ストライク・ザ・ブラッド~史上最強の吸血鬼~ (悩める地上絵)
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前章

ほとんどノリでできたネタです。駄文ですが、よろしくお願いします。


「それが破門を望んだ本当の理由かね?」

 

それはある種異常といえる空間だった。時代を逆行したような年季を感じさせる部屋に床がすべて畳敷きなのはどこかの道場だと思えばそこまで珍しくはない。ただ、そこで1人の少年に対して6人の大人が向かい合っている。大人たちは服装や容姿もかなり特徴的だが、そのうち3人に関してはそれ以上に目につくのが体格の良さであろう。外見も相まって、登場の仕方によってはその辺の子供が見たら泣きかねない。

 

ではそんな大人たちと相対している少年はというと......特段変わったところはない。外見から察するに齢は小学校高学年か中学校に上がったぐらい。容姿はやや整っているし、前髪の色素が少し薄いがどこにでもいそうな少年ではある。強いていうなら今時珍しい黒縁眼鏡が特徴らしい特徴か。

 

そしてそんな少年に冒頭の問いというよりも確認と思われる言葉を発したのは、金髪にかなり豊かなあごひげを生やした、身長2m余りの、この中で最年長の老人である。ただし、漂わせている雰囲気といい、服の上からもよくわかる筋骨隆々の肉体といい、老衰とは無縁な印象を与える老人でもある。

 

そんな老人を前に、少年の方は傍から見ると委縮しているようにうつむいている。

 

元々この少年は、とある事故に巻き込まれ入院するも、身体の方に問題はなく、退院できた。しかし、入院後に知った一つ下の妹の治療のために、現在の住所から遠く離れたとある島に引越しすることが決まったので、普段内弟子として修行をつけてもらっている道場に別離のあいさつと、今後のことを報告に来たのだ。また、少年は、両親にも秘密にしている、入院した際に自身の身体に起こったとある異変(正確には入院する原因となった事故がその原因なのだが、本人はそのことを知らない)のことは最初の内は秘密にして、引越しをきっかけにこの道場で普段死ぬ思い(比喩に非ず)でしている修行から逃げ出すために破門にしてほしいと、ほとんど本当のことを言いながら自分の未熟を理由にした嘘をついたが、嘘がまったく通じず、結果的にすべて白状することとなり、冒頭のような状況になってしまった。

 

「はい。先生には自分の力との向き合い方を教えてもらいましたが、今の俺は命の価値への疑問がどうしても消えません。引越しのこともありますし、いままでお世話になっておいて勝手なことを言うようですが、師匠たちからこれ以上学ぶことはできません」

 

少年の言葉を受けて、和服に口元のストレートなひげが特徴的な壮年の男性が口を開く。

 

「うむ、君が悩んだ上で破門を願い出たというのなら、私たちとしては内心はともかく君の意思を尊重しよう」

 

「元々弟子をとらない主義だったオレはとやかく言わねえが、お前が後悔しないなら秋雨の言う通りかもな」

 

秋雨と呼ばれた男性に続く形で、頬から鼻にかけて一文字に走った傷跡が特徴の、かなり、いや、若干凶悪な顔つきをした筋肉質な男性も何かを隠しているようにも思える様子ながらも口を開いた。

 

また、室内でもなぜか帽子をかぶり、口元に長いひげを生やした小柄な男性もあきらめたように2人に続く。

 

「まあ、逆鬼どんや秋雨どんと同じくおいちゃんもコーちゃんの決めたことにはとやかく言えないね。」

 

さらに、

「アパチャイ、難しいことはよくわからなかったけど、古城がココを出ていってもアパチャイとりあえず応援するよ」

 

「古城がいなくなるのはい…や。だけ…ど、しょうがない、…しょうがな…い」

 

自分の名前を一人称にしていると思われる浅黒い肌の、金髪の老人にもひけを取らない大男と、黒髪をポニーテールにした無表情ながらもかなりの美貌をもった、この中で唯一の女性も、不審な様子ながらも古城と呼んだ少年を支持する。

 

「この通り儂らはコーちゃんの決断には何も言わんよ。ただし、引越しの準備で忙しいと思うが、今週末2日間だけ時間を空けておいてくれんかの?」

 

自分の師匠たちのどこか違和感のある様子に古城は首をかしげながらも、まとめ役の老人からの申し出に言葉を返す。

 

「何とか時間は作りますが、何でまた?」

 

「コーちゃんが出て行く前に最後に教えておきたいことがあってのう」

 

「ですが自分は破門になったのでは?」

 

老人からのまさかの言葉に古城は拒絶に近い疑問を返すが、先ほど秋雨と呼ばれた男性がそれに答えた。

 

「長老の仰ったことは何もおかしくないさ。破門で師匠と弟子ではなくなるということは絶縁を意味しているわけではないよ。これからは師匠と弟子ではなく、一人の人間として付き合っていくということなのだよ」

 

その秋雨の言葉に思わず古城は自分の師匠たちの顔を見ると、若干微笑んでいるような明るさがあった。

 

「秋雨君の言う通りじゃ。年長者のちょっとしたお節介としてどうしても教えておきたいことがあるのでのう」

 

そう長老は締めくくると

 

「本当にありがとうございます」

 

古城は泣くのをこらえているような、消え入りそうな声で感謝の言葉を告げるのであった。

 

 

 

 

 

だが3年後、古城はこのとき師匠たちの優しさに甘えてしまったことを深く後悔することになる。そしてそのことが多くの者の運命を巻き込むことになる。

 

 




キャラの性格や口調がおかしいかもしれません。ご指摘いただけると嬉しいです。
時代が少しおかしいかもしれませんが、時間軸は原作前で古城は彩海学園中等部編入前。古城と美羽は同い年という設定です。


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キャラ紹介(古城と凪沙について)

ほぼタイトル通りです。

多少強引な設定やあくまで裏設定で終わる可能性の高いものもありますが、目をつむっていただけると幸いです。


暁 古城

原作「ストライク・ザ・ブラッド」の主人公。ただしこのSSでは本編からかなり乖離しており、ほぼオリ主と化している。

幼いころからたびたび海外旅行を経験しており、治安の悪いところにも足を踏み入れたことが何度かあった。そういった事情から牙城にかつて縁のあった逆鬼がいる梁山泊を紹介され、その(無間地獄の)門を叩く。妹の極めて高い霊的素質を何度も見てある種の劣等感を抱いたことも武術を始めた理由の一つだが、武術を始めた理由は「自分の身の周りに降りかかる理不尽に抗う力をつけるため」であり、自分の身内に手を出されることや本人の意思を無視して一方的に相手を利用しようとする者をなにより嫌う。

彼の武術の才能は凡才に毛が生えた程度で「天才のはしの先に引っかかる程度」と師匠たちにいわれているが、生命を失いかねない常識を超えた修行と努力で補っている。梁山泊での修行で得た耐久力から打たれ強く(修行するうちに身体が勝手に硬功夫を身に付けた)、最初から重点的にすべての武術の基本である足腰を鍛えている上、岬越寺流によってその細腕からは想像できないような筋力に加え、柔軟かつ鋼鉄のように強靭な身体、馬式の鍛錬法内での内功(内臓機能)の強化による高い自然治癒力まで施されている(小学校の水泳の授業で同級生にドン引きされ、医者には通常の検査では判らない新種の魔族扱いされたことがある)。

小学校卒業直後の海外旅行で巻き込まれた事件により一度死亡するも、とある要因により生き返った。ただしその際に、今までないと思われてきた霊的素質が発現する形で「あらゆるモノの死を捉える眼(直死の魔眼)」に目醒めてしまう。それにより一時、世界中のあらゆるもの、そして世界そのものに多大な恐怖を抱くようになり、感情および自分自身そのものが麻痺したかのような錯覚に支配されるようになってしまった。だが、とある魔法使いとの出会いにより、自分自身や人としての生き方・信念を思い出し、日常生活に戻れるようになった。

中学時代は、小学校時代の教訓を生かして身体に直射日光をあまり浴びると体調を崩しやすい体質ということにして水泳の授業は基本的に見学(教師たちに小学校の頃のことを説明し、泳ぎも独特だがかなり速いことも知られている)していたため、室内で行う部活を探していて(武術系はスポーツの色が強くどことなく合わなかった)、小学校ではそれなりに取り組んでいたのでバスケ部に入部。あとはほぼ原作通り。絃神島に引っ越した後も武術の修行自体は続けており、梁山泊とは破門ということにはなっていたが、手紙のやり取りをしたり、秋雨や馬とはスポーツドクターと患者のような関係になっていたりと、傍から見れば以前とあまり変わらない関係を続けていた。

高校一年生の4月に都市伝説とされてきた第四真祖の能力を引き継ぐことになり、本来消されるはずの記憶は直死の魔眼に覚醒していた影響でそれなりに残っている(原作7・8巻の内容は覚えている)。自身がアブローラを殺したことやその経緯も覚えており、人を殺すことを自分の意志で決め実際に殺したため、活人拳を汚したと考え、それまで続けていた梁山泊との関係を完全に切った。第四真祖となってひと月近く、主に精神的ショックから学校を休み、続けていた武術の修行もやめていた。その後何とか立ち直り、復学。更にその半月後武術の鍛練も再開したが、梁山泊との関係に関しては古城自身は断絶状態となっている。

 

性格は原作の主人公よりも思い詰めやすくなっており、(本人としては)表に出さないようにしているため、周囲に心配されやすい。色事関係では原作よりも耐性が付いている。しかし、中学時代にエロ本の感想を求められた際に「本物を見たり触ったりしているわけでもないからあまりわからない」と真顔で(本人に他意はない)発言するなど、きわどいものがある。また、「かっこいい男性やキレイな女性の水着姿や裸に興味があるのに、そういった話をしたり嗜好品を持っている相手を非難したり、軽蔑するのはおかしい」と考え、そういった相手とあまり関わり合いたくないと思っているなど、敵を作りかねない考え方をしている(友人たちはこの性癖のことを知っている)。

吸血鬼らしく日中は辛いが、梁山泊にいたころは朝4時に起きて修行していたこともあってかつてと同じように朝4時に起きて鍛練をするなど、基本的に遅刻や無断欠席とは無縁となっている。そのため、学校の成績は英語以外は平均以上で、補習や課題をする必要はな……くなるはずだったが、高等部に上がって早々ひと月ほど無断欠席をしていたため、夏休みに追加課題を出される(英語の成績は、秋雨の個人授業を受けていたためかなりいいが、それでも多くの追加課題が出た)

小学2年生のころに梁山泊に入門し、“柔術”“中国拳法”“ムエタイ・古式ムエタイ”“空手”“短刀術”の5つを主に習っていた。梁山泊の壮絶な修行によって、小6の夏休みの時点で緊湊に至り(その際に “静”と“動”のそれぞれの道の怖ろしさを知るため、長老によって“闇”の一影九拳である、“拳魔邪神”シルクァッド・ジュナザードと“妖拳の女宿”櫛灘美雲の2人に引き合わされる)、“静”の武術家となる。長老から制空圏の修行を最後までつけられたので「流水制空圏」も会得している(この頃からアパチャイが無意識の内にしていた手加減があまりされなくなり、“まっし~ん”によるものとは別に、ひと月に一度心停止するようになった)。また梁山泊の豪傑たちや達人の強さをしばしば目の当たりにし、人間だった頃から魔族を倒すことも可能だったので、魔族と人間の種族的な差を個人差程度にしか捉えておらず、神獣化できる獣人や真祖よりも豪傑1人の方が脅威と考えている。

 

暁 凪沙

基本的に原作通り。古城が梁山泊の内弟子となった際に、両親はほとんど家に帰ってこないため、「小学生の女の子一人家に置いておくのは不安」ということで、師匠たちの許可を得て梁山泊に居候することになる。家事は主に美羽と凪沙が担当し、古城がそれを手伝う形を取っていた。そのため家事全般が得意で料理の腕もいい(中華以外は兄よりもだいぶうまい)。梁山泊の面々との仲も良く、美羽にマンガを貸したり、暇なときはアパチャイやしぐれとよく遊んでいた。

元々高い霊媒能力があったが、小学校6年生に進級する直前に遭ったとある事件が原因で重傷を負い、能力も失っている。その際に植物人間に近い状態になり、治療のため絃神島に引っ越すことになった。実際には能力を失ったのではなく、常時使用しているような状態のため、衰弱しやすく原作開始前までは病院に入退院や通院を繰り返していた。入院するきっかけとなった事件のことを「魔族が起こした列車テロ」と教えられ、それ以来事件を引き起こした「魔族」という存在そのものに対して、強い恐怖を抱くようになる。また、古城と異なり梁山泊とは手紙のやり取りを続けるなどそれなりに良好。

 

 




本日12時過ぎに次話を投稿しますのでよろしくお願いします。


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用語&キャラ紹介(史上最強の弟子ケンイチ)

これは原作「ケンイチ」に対する作者の主観による覚書のようなものです。またこのSSのために多少設定をいじってありますが基本的にほぼそのままです。(『戦え、梁山泊』の設定も多少入っています)。

これを見なくても、問題はないと思いますし、「『ケンイチ』を知っている」という人や「『ケンイチ』のイメージを傷つけるな」という人はプラウザバックをオススメします。


用語解説

 

活人拳(活人道)

「活人こそが武術の真髄」を理念とした武術の在り方。「殺しも殺させもしない」「死ぬ気で活人する(殺さずに止める)」「殺されても殺さない」といったように正当防衛による殺人も認めないため、人を殺すよりも遥かに高い練度を要求される事も多い。現代のスポーツ武術もこちらに属する。

 

殺人拳(殺人道)

「殺人こそが武術の真髄」を理念とした武術の在り方。軍隊格闘もこれに当てはまる。別名、修羅道。ただ殺すだけでなく、殺した相手の技や人生の重みを背負い、自身の武術を突き詰めていくことを旨としている。一例として、宮本武蔵が殺した人間の供養のために寺に籠って仏像を彫った話が挙げられる。ただし一歩間違えればただの外道に堕ちる。実際にケンイチ世界では外道の多くは殺人道の達人にいた。

 

弟子級

武術を習い始めた人間から国体やオリンピック陸上優勝クラスの身体能力を持つ人間など若い武術家の多くが属する武術における位階のこと。また、さらに開展と緊湊の二つの段階に分けられる。

 

開展・緊湊

中国武術で実際に使用されている言葉「先に開展を求め、後に緊湊に至る」(最初は威力と正しい動作を重視し、その基礎を身に着けてから実戦的な命中精度や動作を重視する)からきている。武術の第二段階「緊湊」に到達した者は、自身を中心とする全方位に「制空圏」と呼ばれる球状空間を展開し、領域を侵犯した相手に対して識域下による迎撃行動を起こすことが可能となる。これは真後ろのような死角からの攻撃や、複数の敵による多角的な攻撃にも半ば自動的に反応して、回避・反撃することまでできる、言わば「結界」を形成している状態が成立する。その有効半径や形状は実力や戦闘スタイルによって個人差がある。

 

“動”の者・“静”の者

一定以上の実力を持つ全ての武術家(基本的に緊湊の段階に差し掛かり、開展の殻を破った者)は「心を落ち着かせて闘争心を内に凝縮、冷静かつ計算ずくで戦う」“静”のタイプと「感情を爆発させ、精神と肉体のリミッターを外して本能的に戦う」“動”のタイプに分類される。これらの属性に優劣の差があるわけではなく、またどちらに属するかを自律して選択することは難しく、個人のスタイルや性格的な向き不向きで決まる。

“静”は自身の実力を常に安定して発揮でき、力量が劣る相手との戦いで不覚を取ることは少ない。対して“動”はその時のテンション次第では実力以上の力を発揮できる場合もある。しかし“動”のタイプは一つ間違えると精神のリミッターが外れっぱなしになり、人格が豹変して元に戻らなくなってしまう危険性がある。「リミッターを外した自分自身」を制御する事が出来れば問題は無いのだが、完全に暴走させて“動”の気に呑まれてしまうと破壊と殺戮のみを求める修羅道に堕ちることになる。そのため、中国拳法では秘薬を投与し、師の監視の下で“動”の気の修業が行われる。

 

技撃軌道戦

相手の攻防の動きを脳内で先読みし牽制し合うことで発生する戦い方の極み。予測される攻撃の軌道を感覚的に視認できる状態で、当然ながら相当の熟練者同士しか行なえない。また当事者以外の観戦者でもその者が相応の使い手なら技の軌道を読み取ることが出来る。性質上、緊湊中級以上の静の者同士の戦いでは技撃軌道戦になりやすいが、動の者も極めれば動きを感じ取ることができる。

 

妙手

弟子以上達人未満の強さに達した武術家。戦闘力は弟子級を大きく上回っているが、実力、精神共に不安定で危険な状態。才能の無い者にとっては、基本的に武術家としての最終到達地点となる。

 

達人級(マスタークラス)

多大な才能を持ち、無限の努力をした武人のみが到達する完成された武術家。ケンイチ世界で“達人”と呼ばれる者のほとんどはこれに該当する。最下層の達人でも一般的な不良クラスなら吐息一つで吹き飛ばすレベル。上位の者なら一人で軍事基地をほぼ無傷で制圧できる。

 

特A級

達人級の中でも特に強大な者に対し、尊敬の念を込めて使う便宜上の呼び名。B級やC級などのランク付けがあるわけではない。

 

梁山泊

武術界における活人拳の象徴。長老が悪党から土地を巻き上げ、そこに時間をかけて家と道場を建てた。武術を極めた達人や、スポーツ化した武道になじめない豪傑達が住む道場。6人の達人と、弟子の古城、プロローグには登場していないが、長老の孫娘の美羽、古城の妹の凪沙の9人という大所帯だった。

 

武術界における殺人拳の象徴。「殺人拳こそ武術の真髄」を掲げ追求する武闘系秘密結社。構成員は闇人(やみうど)と呼ばれる。武を以って世を正すことを目的とし、要人の暗殺や護衛、麻薬組織の壊滅や不当に強奪された遺物の奪還など非合法な裏の仕事を請け負う。その為各国の政府関係者に信望者が多く存在し強い影響力を持つ。無手組と武器組に分かれているが、無手組は「一影九拳」と呼ばれる10人の幹部が、武器組は「八煌断罪刃」と呼ばれる8人の幹部がそれぞれ統率し、互いに干渉しあうことはない。活人拳の象徴である梁山泊とは敵対関係にある。「真の武人が集う領域」と称され、武術家として闇への加入を目標とする者は数多い。

元々は第二次世界大戦時に多くの達人が死亡し失伝の危機にあったため、文化としての武術の保存を目的に結成された集団で、技の伝承・弟子の育成をその最大の目的としている。しかし、裏の仕事を請け負う性質上、組織の一員となれば金に困ることはないため、金銭を目的に所属している者も多い。あらゆる国籍の武人が所属しているが、所属者は国籍にかかわらず日本語を習得している。

 

YOMI

表向きはよくある若者の不良チームだが、実際には“闇”に属する達人の弟子たちで構成され、武術家たちの間では「達人への登竜門」として知られている“闇”の下部組織。

こちらも無手組と武器組に分かれており、実際に“YOMI”と呼ばれるのは、無手組・武器組のトップ“一影九拳”の長“一影”を除く“九拳”の弟子と“八煌断罪刃”頭領を除く七人の“断罪刃”の弟子。また“闇”では武器組が無手組を見下す傾向にあるが、“YOMI”もその兆候が強い。ただし個々人の力量は逆であることが多い。

 

裏武術界

スポーツマンシップに則った表のスポーツ武術とは異なる、より実践的で危険性の高い裏の格闘技。裏ムエタイや裏ボクシング、裏レスリングなど様々な種類がある。リングの上で試合形式で行われるものでも、グローブがない、もしくは素手と大差ないほど極めて薄いものを使ったり、表の世界では反則として禁じ手とされている危険な技もルール上認めているといった具合に、かなり危険なもので、試合で人が死ぬのが日常茶飯事となっている。

 

道場破り

道場の看板を賭けた勝負を申し込む挑戦者。無法者のように思われることもあり、そういったものたちを嫌う道場も少なくない。ただし梁山泊では、道場破りから一人につき1万円の挑戦料を徴収し、叩きのめした道場破りから道場の裏手で経営する診療所で治療費を毟り取るというシステムを取っており、貴重な金ヅr……もとい収益源として歓迎される存在である。

 

「史上最強の弟子ケンイチ」登場人物

風林寺 隼人

身長2m余り 体重100㎏超

梁山泊の長老。「無敵超人」の異名をもつ、世界最強の武人の一人として武術に深く関わった者たちの間では有名。一説によると戦国時代から戦ってきたとも言われる。海を走る俊足に、(本人にとっては)軽い蹴りで池を割るなど天災クラスの武力を持っている。

超人秘技と呼ばれる108つの技があり、古城にもいくつか実戦で披露、もしくは伝授した。

孫娘の美羽には幼いころから武術を教え、武者修行(世直し)の旅に行く際には必ず同行させるなど、目を離さぬようにし、惜しみなく愛情を注ぐ。

弟子をとらないことでも有名で、現時点で唯一弟子に取った古城に師として愛情を注ぎ、たまにつける修行の内容は他の5人を上回る過酷さ。古城と美羽の2人を連れて世直し旅に出たこともある。

 

岬越寺 秋雨

異名:哲学する柔術家

ポジション:人をシ〇〇カーに改造する人 その1

身長180㎝ 体重80㎏

柔術着にストレートの口髭が特徴的な紳士。彼の柔術はあらゆる物を取り込んで昇華し、「岬越寺流」と呼ばれる独自の流派と化している。細身の見た目には不気味なほどに発達した筋肉をしているが、これは20年以上に及ぶ独自のトレーニング理論により、全身の筋肉を極限まで絞り込んでピンク筋(瞬発力の白筋と持久力の赤筋の両方を併せ持つ性質の筋肉)へと変えた結果であり、弟子の身体も同じように改造している。

「書・画・陶芸・彫刻のすべてを極めたと謳われる天才芸術家」と崇敬され芸術家としても著名な上、接骨医としても有能で、梁山泊の裏で接骨院を経営し梁山泊の家計を助けている。医師の資格も所持しており外科手術も可能で、その腕は日本屈指と評され政府からも秘密裏に手術の依頼を受けるほどだが、血を見ると性格が変わるらしく「病魔すら治療にならぶお医者さん」と怖れられ病院では働けなかった。地球上の公用語の8割を訛りなしで話せる上、茶道もこなすなど隼人とは違う意味で人間を超えた超人である。その多岐にわたる才能を生かし、古城の修業用の“まっし~ん”を造り(古城の知る限り)ひと月かふた月に1度心停止にさせるもその優れた医術で後遺症なく蘇生させている。また柔術だけでなく、英語を含むいくつかの外国語と、武道とかかわりが深いとして茶道も古城に教えた。

 

馬 剣星

異名:あらゆる中国拳法の達人

ポジション:人をショッ〇ーに改造する人 その2

身長158㎝ 体重53㎏

背が低い小柄な中年の中国人。長い口髭と眉毛を蓄え、カンフー服と帽子を着用している。馬家・馬式と称する流派の使い手で、攻撃・防御に優れた発勁・内功を誇る。

元は中国を二分する武術団体・鳳凰武侠連盟の最高責任者で10万人の門下生を抱え、中国武術界でその名を知らぬものはいない。しかし「飽きた」という理由で妻と息子に全権を委ね(押しつけ)、日本に逃げてきた。また中国武術界では実の兄・槍月と共に双壁と謳われ“柔”の技を極めた中国最強の武人の片割れとしても知られている。横浜の中華街に父方の伯父がおり、彼から中国本土の情報をたびたび仕入れている。鍼灸院を経営し、梁山泊の家計を助ける。中華料理もプロ級で、美羽がいないときの平日の昼食は彼が当番をしており、古城にも指導した。

今でこそ禿げた髭親父ではあるが昔は少女と見間違える程の美形で、星の数ほど恋愛経験をしたことがあるという自称「中国の光源氏」(弟子はほとんど信じていない)。性格は昔から女好きで、今では完全にセクハラ中年と化している。盗撮とのぞきを趣味にしており、原作開始前は盟友の一人が被害者だったが、原作開始時には盟友の孫娘もその対象としている(弟子も間接的な被害を受けている)。日頃の盗撮活動が高じて高い撮影技術を持ち梁山泊の写真係も務めている。また。調合師としての腕も高く、死人さえも目覚めると形容される秘伝級の漢方薬などを製薬し、弟子の内功作りや疲労回復に使い、内部を漢方薬で着々と改造し傷の治りを早くしたりと大いに役立っている。

 

逆鬼 至緒

異名:ケンカ100段

ポジション:梁山泊ではまともな人

身長192cm 体重110kg

強面で頬から鼻にかけて横断する一文字の傷があり、素肌の上に革のジャケットが定番ファッションで一張羅。性格は侠気溢れる面倒見がよい兄貴肌の人物。しかしそれを悟られるのが恥ずかしいらしくわざとそっけない態度を取ることが多い。古城の父・牙城とは知り合いで、古城が梁山泊に来たのは牙城の紹介によるものだったが、古城が梁山泊の門をくぐった当初は「弟子は取らない主義」といって指導はしていなかった。しかし、秋雨たちが指導している姿に触発され、積極的に指導を施すようになる。ギャンブル全般と酒が好物(仕事中に競馬の中継を聞いたり、昼間からビールを飲むほど好き)。定期収入はないが警察からたまに表沙汰にできない要人のボディガードなどの依頼が入り、それが梁山泊の収入源となる。普段は荒っぽく、手が口よりも先に出ることが多いが、裏の仕事のときは弟子の身を案じるなど、仲間内では時折過保護とからかわれることもあるが、秋雨たちよりもまともな感性を見せることもある。

元は殺人拳を掲げる“闇”の空手「無天拳独流」の使い手だった。あまりの強さと暴威ゆえに、10代で空手界を追放されほとぼりも冷めたころ、自分とほぼ互角に戦える2人の空手家、鈴木はじめと本郷晶と出会い、友人でライバルという関係を築いていた。しかし後に死病に侵されていたはじめの執念ともいえる空手への一途な想いがきっかけで、はじめとは死別、本郷とも決別することになる。また、はじめの死をきっかけに活人拳の道を歩むことを決め、殺人空手を活人空手へと昇華させた。その後世界ケンカ旅行(武者修行)をしていた時期があり、そのため英語が堪能な上、一部の者の間では“ケンカ百段“の二つ名は日本を象徴する言葉として有名になっている。かつてイギリス人のマイクロフトとフランス人のクリストファー・エクレールとでチームを組んで麻薬組織の壊滅やボディーガードなどの依頼請負屋をしており、古城の父・牙城から依頼を受けたこともある。ただし、価値観の違いからチームを組んでいた2人に命を狙われた所を逆に返り討ちにし、砂漠に生き埋めにしてチームを解消した、という特殊な事情までは牙城も知らなかった。

ちなみに頭の上がらない姉が一人おり、古城の母・深森は彼女の大学時代の友人という作者が描くつもりのない裏設定がこのSSにおいては存在する。

 

アパチャイ・ホパチャイ

異名:裏ムエタイ界の死神

ポジション:梁山泊で最も優しく、最も危険な男

身長201㎝ 体重120㎏

褐色肌のタイ人で、抜きん出た嗅覚と視力を誇る。その外観と存在感から梁山泊の中でも際立って目立ち、よくアパチャイを見て悲鳴をあげる者も少なくはない。いいかげんな日本語を覚えており、普段はカタコトなのに、間違った日本語は流暢に喋る(まともな日本語をしゃべる時はたいてい誰かから聞いた言葉をそのままか、テレビの内容を聞いた通りに喋るだけ。電話の応対も刑事ドラマ等の影響によるものと思われる)。逆鬼とは歳が近いためか、日中は行動を共にしていることが多く、逆鬼のつまみだけをつまみ食いしたり競馬場に付き合わされたりしている。

性格は純真で子供のように無邪気、食べることと子供や動物と遊ぶことが大好き。その純真さゆえ子供や動物にはとても好かれ、動物と意志の疎通をするという不思議な力を持ち、その様はしばしば「古の精霊のよう」と評される程。一方で、裏ムエタイ界で「神童」と呼ばれ、幼い頃から命懸けの戦いを続け、果てには超無差別級チャンピオンにまでなった経験から全力攻撃がもはや条件反射になってしまっている。そのため、子どもと動物を相手にしたときを除くと手加減がまともにできず、度々組み手やミット打ちで弟子を半殺し(もしくは心停止)にしている。

 

香坂 しぐれ(こうさか しぐれ)

異名:剣と兵器の申し子

   梁山泊で最も怖い人

身長159㎝ 体重 素早くて体重計に乗ってくれない

東洋において最強と呼ばれる武器使いであり、その剣捌きは飛来する銃弾を斬り捨て、鋼鉄をも容易に切断する。十数年前、刀鍛冶の父親が秋雨との決闘により死亡した後、秋雨の友人であった香坂八郎兵衛の養女となり武術を教わる。幼少時より自然に生き卓越した身体能力を誇っており秋雨を驚かせている。武器を使いながらも相手に傷一つ負わせずに活人に徹することができる程の腕前を誇る。

八郎兵衛が死去した後に秋雨を頼って梁山泊に住み込み、時折、遠出してはかつて父が作っていた「人斬り包丁」を回収している。回収した人斬り包丁は二度と人の手に渡らないように破壊している。その特殊な育ちのために、下手をするとアパチャイ以上に一般常識に欠ける節があり、天井の桟を足指で挟んで逆さまにぶら下がって歩いたり、着替えや裸を他人に見られても特に気にした様子を見せないなど、奇特なところが目立つ。訥弁で言葉のテンポが独特。相棒に鼠の闘忠丸(とうちゅうまる)がいる。

彼女の手にあるものはすべて強力な武器となり、鉄製のスプーンはおろか木製のしゃもじにすら刀剣並みの切れ味を持たせることができる。バイクや戦車なども操縦できる(ただし無免。そもそも戸籍すら怪しい)。和服を身に付け、下着もさらしとふんどしを愛用。プールや海でも水着をつけずにふんどしで泳ぐ。彼女の羞恥の基準は布面積にあるらしく、水着は卑猥と考えている。また、普段上半身は素肌の上に鎖帷子を着込んでいる。常に携帯している日本刀は彼女の父が彼女のために鍛え上げた最後の一振りであり、刃金の秘密がこめられた「もっとも刃金の真実に近づいた一振り」として彼女の首だけでなくこの刀を狙う者も少なからず存在する。また父親から彼の全ての鍛冶技術を教え込まれたため、彼女自身も極めて腕のいい鍛冶師であり、その実力は現存する鍛冶師の中では最高峰のものとなっている。

梁山泊に来た当初は梁山泊の他の豪傑たちとも目を合わせず、隙を見せることを嫌って食事も屋根裏で取っていたが、弟子ができてからは徐々に他人に心を開くようになり、食事も皆と共にするようになるなど変化している。「ケンイチ」の主人公には水術や対武器戦闘術などを教えたりしていたが、古城にはそれに加えて短刀術も教えていた。ただ、古城は無手に比べて短刀術の上達が若干遅かったためしぐれはそのことを気にしており、しばば修行を張りきりすぎて古城に多大な恐怖を与えることがあった。梁山泊の中では、「5人の師の中でもっとも恐怖に精通した人」であり、古城に恐怖を己を守るためのセンサーとして扱うことを教えた。

 

闘忠丸(とうちゅうまる)

しぐれの相棒というべきネズミ。身長11cm(+しっぽ11cm)。体重200g。

ネズミとは思えないほど賢く多才で、ネズミながらに戦闘能力も中々のもので、猫よりも強く、しぐれからも殿を任されるなど信頼されている(達人をひるませるほどの槍づかいをみせる)。梁山泊の面々とも仲が良い。お風呂が大好きで、シャモジより清潔との説もある。新聞の経済欄の切り抜きと携帯を使ってデイトレードもしていやらしいほど儲けており、梁山泊で最も優雅な暮らしを送っている。

 

風林寺 美羽

風林寺隼人の孫娘。祖父・風林寺隼人の我流、風林寺流武術の使い手。

性格は品行方正で、誰に対しても優しいが、おっちょこちょいで寂しがり屋な面があり、背後に立たれると人を投げ飛ばしてしまう悪癖を持っている。容姿はかなり整っており、ハリウッドの子役に匹敵するレベル。また祖母がロシア系のため、髪の色は見事な金髪をしている。

長老の教育の賜物でやや文法がおかしなお嬢様言葉で話し、語尾に主として「〜ですわ」、「〜ですの」と付けている。一人称も「私(わたくし)」。梁山泊の家事全般、家計のやりくりを一手に引き受け、経済観念が皆無な男揃いの梁山泊は経営は彼女一人の手にかかっていた。古城が正式に弟子となってからは、古城とその妹・凪沙の3人で梁山泊の家事を担当していた。同い年の古城とはお互いに幼馴染の親友として強い信頼関係を築き、凪沙のことは年の近い人懐っこい妹のように可愛がっていた。

武術は神童と呼ばれる程の才能を持ち、中学に上がる頃までは長老の世直し旅に同行していた。腕力は同世代の女子の平均と大差ないが、祖父の教えと梁山泊の達人たちから合間合間に指導を受けたことによる高い技巧と持ち前のスピードを生かした武術スタイルをとっている。

 




本日12時頃に次話を投稿しますので、そちらもよろしくお願いします。


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聖者の右腕篇
プロローグ


一応前回よりも文字数は多くなっていますが、他のSSに比べたら短く感じるかもしれません。


周りを炎に囲まれ月が天から見下ろすなか、積み重なった瓦礫の上に2人の人間が立っていた。一人は腕を震わせながら金属製のクロスボウを構えている髪の色素が薄い少年、もう一人は炎に照らされ虹のような髪を靡かせた少女である。何かを拒否するように必死に叫ぶ少年に対して、少女の方はすべてを受け入れたような穏やかな表情を浮かべていた。少女が泣き笑いのような表情を浮かべた後、少年の構えていたクロスボウから銀色の矢が少女の心臓へと放たれた。

そして白い閃光が巻き起こり、純白の雪が舞う。後に生きていた者は閉じられたまぶたから赫い涙をこぼして横たわっていた少年だけだった。

 

第四真祖という化け物を知っているだろうか。

第四真祖は不死にして不滅。一切の血族同胞を持たず、支配を望まず、ただ災厄の化身たる十二の眷獣を従え、人の血を啜り、殺戮し、破壊する。世界の理から外れた冷酷非情な吸血鬼なのだと。過去に多くの都市を滅ぼした化け物なのだと。

それを聞いた白を基調としたクリーム色のパーカーを着た少年は笑みを浮かべていう。

「うん、だから?」

ここは絃神島。太平洋上に浮かぶ小さな島。カーボンファイバーと樹脂と金属と、魔術によって作られた人工島だ。この街、いや、この世界において、化け物など珍しくもない。それは世界最強といわれる吸血鬼であっても。

 

真夏の森―――――――――――――

深夜の神社境内を煌々と燃える篝火が照らし、拝殿には月光が儚げに差し込んでいた。季節を忘れ去るほどに空気が冷たいのは周囲に張ってある結界のせいであろう。

虫の音すら聞こえなくなった完全なる静寂。そんな社の拝殿の中央に、少女が座っていた。その眼前には御簾に遮られて姿は見えないが、“三聖”と呼ばれる獅子王機関の長老たちが座っている。

いずれも最高位の魔術師、霊能力者であるが、彼らを取り巻く気配は静謐そのもので、威圧感はまるで見当たらない。神秘とは閉じたもの、隠すものであるが、ここまでくるとそういったことを考慮しても異常である。

 

「名乗りなさい」

 

三聖から少女へ向かって声がかけられる。口調は厳かだが、冷血さは感じない。肩書に反して若い女の声だった。

「姫柊です。姫柊雪菜」

 

緊張で震えたような声が一瞬遅く響く。だが、御簾の向こうにいる女は構わず質問を投げかける。

 

「歳は?」

「あと四ヶ月で十五になります」

「そう…あなたは成績がいいわね。縁堂が褒めていたわ。それで、縁堂には何を習いましたか?」

「呪術全般と巫術、あとは幻術と禍祓いを」

「魔術は?縁堂の専門はそちら方面のはずですが」

「大陸系のものについては一通り。西洋魔術は基礎理論だけです」

「魔族との戦闘経験、それに武術は?」

「模擬戦闘なら養成所で集中訓練を二回ほど。実戦はありません。武術は使えます。いちおうは」

「そう―――――――――だといいけれど」

 

くす、と御簾の向こうで女が笑った。その瞬間、爆発的に膨れ上がる殺気を感知し、雪菜は後ろへと跳んだ

 

「――っ!?」

 

危険を察知した反射的な行動であった。雪菜がいた場所には、刃が振り下ろされていた。一瞬でも遅ければ、御簾の前には血だまりができていただろう。そして、闇の中から二体の貌のない鎧武者が現れる。一体は太刀を握った武士、一体は四本腕の弓兵の式神である。おそらくは御簾の向こうの三人の誰かの仕業であろう。

 

「響(ゆらぎ)よ!」

 

短い呪言を唱え、掌に呪力を集中し、それを武士の鎧越しに内部へと叩きつける。武士の式神は霧散し、依り代であろう太刀が空中を舞う。雪菜は太刀を掴み取り、弓士の攻撃を太刀で受け流し、矢を放ち終えた相手を袈裟懸けに切り捨てた。二体目の式神も霧散する。

 

「これは…何の真似ですか?」

 

これ以上するならば術者を討たねば不利なのは雪菜である。ただでさえ力量が劣っているのだから。だが、待ちかねていたかのようにまばらな拍手が御簾の向こうで響いた。

 

「ふははははは。良い判断である、姫柊雪菜。よく凌いだ」

 

男は低く野太い声で満足気に笑う。

 

「呪詛卜筮を不得手とするも霊視、剣術においては抜きん出た才を持つ逸材……典型的な剣巫じゃな。まずは合格と言っておこうかの」

「合格…?」

 

御簾の向こうから聞こえてくる長老たちの声に、雪菜は眉をひそめる。

 

「そう、あなたが剣巫の資格を得るためには本来ならあと四ヶ月の行を修めねばなりませんが、事情が変わりました。座りなさい。姫柊雪菜」

 

雪菜は彼女の言葉に渋々と従い、正座へと戻った。太刀は横に置いておく。

 

「姫柊雪菜、まずはこれを」

 

その言葉とともに一匹の蝶が雪菜の前に止まり、瞬時にある高校生を写した写真へと変わった。友人たちと談笑している姿を隠し撮りしたらしく、フレームの細い眼鏡に少し陰のある笑みを浮かべているが、無防備で隙だらけの表情だ。

 

「この写真は?」

 

「彼の名前は暁古城といいます。知っていますか?」

「いえ」

 

雪菜は正直に首を振る。その答えは予想していたのだろう。女は感慨もない口調でさらに訊ねてくる。

 

「彼のことをどう思いますか?」

「え?」

 

突然の質問に雪菜は戸惑う。

 

「写真だけでは正確なことは判りませんが、おそらく武術は完全な素人か初心者の域だと思われます。危険な呪物を所持している様子もなく、撮影者を察知している気配も見られません」

「いえ、そういうことではなく、あなたが彼をどう思うかと訊いているのです」

「は、はい?なにを......?」

「たとえば顔の良し悪しだとか、見た目の好き嫌いの話です。どうですか?」

「あの......わたしをからかってるんですか?」

 

真意のわからないあまりに場違いな長老たちの質問には悪意すら感じ、雪菜は思わず側に置いた太刀に手が伸びそうになる。

 

雪菜のそんな反応に、御簾の向こうからは落胆のため息が聞こえてくると、

 

「では、第四真祖という言葉に聞き覚えはありますか?」

 

雪菜は息を呑んだ。まともな攻魔師ならばその単語を聞いただけでしばらく沈黙するのは当然のことだ。

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)のことですか?ですが、第四真祖は存在しないと聞いています。ただの都市伝説の類だと」

 

「いいえ、実在するのです。その写真に写っている少年が第四真祖です。東京都絃神市――――――人工島(ギガフロート)の“魔族特区”にいます」

 

女の言葉に雪菜はしばし絶句した。

 

「第四真祖が日本に!?」

「ええ、そうです。そしてそれが今日あなたをここに呼んだ理由です。あなたを彼の監視役に命じます。そして、彼が危険な存在だと判断した場合、全力を以って抹殺してください」

「抹殺......!?」

 

困惑から一変、雪菜は動揺して言葉を失う。第四真祖とは災厄の権化。これまでの修行で手を抜いたことはないが、所詮は見習いである。しかし真祖とは一国の軍隊に匹敵する戦闘力を持つといわれるほどの存在だ。それほどの大役が自分に務まるのであろうか。

 

しかしここで自分が辞退しても、その役は他の誰かに回ってしまう。厄介事ではあるが、誰かがやらなければならないことである。

 

「受け取りなさい、姫柊雪菜」

 

巻き上げた御簾の隙間から女が何かを差し出した。それは一振りの銀の槍。雪菜はその名前を知っていた。

 

「これは…」

「七式突撃降魔機槍、“シュネーヴァルツァー”です。銘は“雪霞狼”」

 

それは魔族に対抗するために作られた獅子王機関が開発した武器だった。だが、武器の核として宝具にもなり得る古代の宝槍を使用しているため量産が効かず、世界に三本しか存在しない。いずれにせよ、雪霞狼は個人レベルで扱える中では間違いなく最強を誇る獅子王機関の秘奥兵器である。この世界の魔導の武器では、という但し書きがつくが。

 

「これを…私に?」

 

差し出した槍を受け取りながら、雪菜は信じられないという表情で聞いた。

 

「真祖が相手ならばもっと強力な装備を与えて送り出したいところですが、現状ではこれが精一杯です。受け取ってくれますね?」

 

「はい、それはもちろん......ですが、......これは?」

 

そう言って雪菜は困惑の表情を浮かべた。

なぜなら差し出されたのは槍だけでなく、セーラー襟のブラウスとプリーツスカート、どこかの学校の制服と思われるものもあったからだ。

 

「制服です。私立彩海学園高等部一年B組、出席番号一番。それが第四真祖たる暁古城の現在の身分です。あなたには、そこへ転校してもらい、彼の監視をしてもらいます」

「え?第四真祖?学生が?え?」

 

床の上に投げ出してあった写真を見下ろし、雪菜は目を丸くした。

 

「あらためて命じます、姫柊雪菜。あなたはこれより全力を以って彼に接近し、彼の行動を監視するように―――――――以上です」

 

一方的にそれだけ言い残して、御簾の向こう側から気配が消えた。

一人取り残された雪菜は渡された槍を凝視し、無意識のうちにため息をもらした。

 

 

 

 

一方そのころ、去っていった3人のうちの1人が誰に向けたものでもなくポツリとつぶやいた。

 

「あの写真では仕方がないとはいえ、彼に武術の経験がないと見られるとは。やはり梁山泊の弟子は変わっていますね」

 

彼の雰囲気はごくありきたりな学生のもの。なぜなら彼は武術を鍛錬をしていく内に、大抵の武術家がまとっていくような、ある種の冷たい威圧感を持つような教えを受けていなければ性格をしていないから。

 

彼が撮影者に気づいたように見えなかったのは当然のこと。なぜなら監視や盗撮をしてくる理由に心当たりがありすぎて反応する必要を感じないから。

 

 

 

人の人生は他者の悪意で動かされていくという。

すべてが悪意によるものではないかもしれない。だが、本人の与り知らぬところで他人の意思が介在し、それによって歪められていくことがありふれたことなのは事実なのだろう。

 

こうして第四真祖となった少年の止まっていた運命の歯車は動き出した。それが緩やかなものか、歯車自身をも壊してしまうほどに激しいものかはまだ誰にもわからない。

 




次話の投稿はキャラ紹介と一緒に載せるので一週間以上先になると思われます。
キャラ投稿は「ケンイチ」と、「ストブラ」のキャラの内「ケンイチ」と関わった者、具体的に言えば古城と凪沙です。
それぞれ原作を読んだことのある人にはつまらないものかもしれませんがどうかよろしくお願いします。


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遅くなってしまい申し訳ありません。

ただ時間があった割に内容は原作とそこまで変わりません(時系列を多少いじったりする程度の小細工しかしていません)ので、ご注意ください。


絃神島――――

太平洋に浮かぶこの島は公的には東京都に属するが、実体は独立した政治系統を持つ特別行政区だ。

だがこの島はただの離島ではない。

魔族特区

獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、そして吸血鬼―――この島では、自然破壊の影響や人類との戦いによって数を減らし、絶滅の危機に瀕した彼ら魔族の存在が公認され、保護されている。そして彼らの肉体組織や特殊能力を解析し、それを科学や産業分野の発展に利用する―――――日本を代表する大企業、あるいは有名大学の研究機関がこの島にはひしめき合っている。そのため、この島の住民の大半は研究の関係者、もしくはその家族である。ゆえに日本本土で珍しいとされるようなこの島の情況も住民にとってありふれたものであることだ。そんなことよりも島民にとって重要なのは周りの環境だろう。暖流の影響を受けた気候は穏やかで、太平洋のど真ん中、熱帯に位置する絃神島は真冬でも平均気温は20℃を超える。つまり、何が言いたいかというと

 

 

 

 

 

「本当にいつもその恰好で暑くないんですか、南宮教諭」

「藪から棒に何だ、わざわざそんなことを言いに来たのか」

 

現在古城がいるのは、普段通っている彩海学園高等部の職員室だ。本日は夏休み最後の火曜日。いくら学園の生徒でも、部活や補修を受けているわけでもなければ普通は来ない場所である。ちなみに古城の目の前にいるのは、黒のレースアップしたワンピースを着た少女である。襟元やそで口からフリルがのぞいていて、腰周りは編上げのコルセットで飾り立てたドレスで見た目は上品だがこの猛暑の中では視覚の暴力としかいえない暑苦しさである。自宅からここに来るまでの間にメガネに垂れ落ちた汗を拭く必要があった古城にとっては嫌がらせかとすら思える。

 

「で、本当に何の用だ?」

 

顔の輪郭や体格が小柄で人形のように見えるがその少女の態度は不遜で、外見年齢からは想像できない口調で再度問うてくる。

その少女の名は南宮那月。実際には(自称)年齢26歳の大人の女性、それも古城のクラスの担任の教師を兼任する攻魔師(魔族に対抗する技術を身に付けた者の総称)で古城が今日彼女のもとを訪れたのもそれが関係していたりする。

 

「学校に来る用事ができたので、そのついでに夏休みの追加課題を新学期初日に忘れたりしないようあらかじめ提出しようかと」

 

「ほう、てっきり私は昨日アイランド・ウエストのショッピングモールで、眷獣をぶっ放したバカな吸血鬼(コウモリ)のことが関係していると思ったのだがな?」

「は?」

 

担任教師の思わぬことばに古城は気の抜けた声をあげてしまった。

西地区のショッピングモールで起こった騒動。困ったことに、古城には心当たりがありすぎた。しかし、そのことを那月に話すわけにはいかなかった。なぜならその騒動には古城と件の吸血鬼以外にもとある少女が関わっているからだ。

その少女は古城の正体を知っているため、重要参考人として事情聴取を受けるようなことになっては困るからだ。なぜなら第四真祖などという吸血鬼は、この絃神市には、存在しないことになっているからだ。つまり古城は未登録魔族なのである。特区警備隊(アイランド・ガード)などに正体をばらされたりしたら、非常に面倒なことになる。

 

結果、錆びついたような動きで首を横に振るしかなかった。

 

「そうか、ならいい。私はてっきり、お前の正体を知って尾け回していた攻魔師がそこらの野良吸血鬼と遭遇して揉めたんじゃないかと心配していたんだ」

「は、ははっ......まさかそんな」

 

偉そうな口調で分かりづらいが、那月の心配していたという言葉は嘘ではないのだろう。古城はそんな担任に偽りを伝えなければいけないことに罪悪感を覚えながらも昨日のことを思い返していた。

 

 

 

「あいつの身体も大概おかしいだろ」

 

この日古城は級友である矢瀬基樹とその幼馴染である藍羽浅葱の二人と市内のファミレスに来ていた。矢瀬は宿題と追試のため、古城は残っていた追加課題ために浅葱から勉強を教えてもらうためである。その見返りとして、浅葱がその細い身体のどこに入るのかと思えるような量のメニューを注文し、矢瀬と割り勘しても財布が氷河期に入る羽目に遭ってしまったが。

 

矢瀬と別れた古城は、吸血鬼である自分を呪い殺さんとしているかのような日差しに顔を顰めてパーカーのフードを目深にかぶり、歩き出した。

否、歩き出そうとした。実際には店を出て数歩と歩かない内に視線を感じて立ち止まったからだ。

 

「……」

 

無言で周囲に視線を巡らせると少し離れたところにいた少女が目がほぼ合った瞬間電柱の影に隠れた。

古城はその様子気づかなかった体を装っててひとつ小さくため息をつくと、皮膚を炙るような日差しに晒されながら尾行者を引き連れて帰路に着いた。

 

 

 

古城は反射鏡や道沿いの店のガラスで確認して、面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「やっぱり尾けられてる......な」

 

古城から十五メートルほど離れた後方を、一人の少女が歩いている。ファミレスを出た時点から付いて来ていた尾行者である。

 彼女が着ているのは、浅葱のものと同じ彩海学園の女子の制服だ。襟元がネクタイではなくリボンになっているということは、中等部の生徒なのだろう。肩に担いだベースギターのギグケースが目を引く。

 見覚えのない顔だった。綺麗な顔立ちをしているが、どことなく人に馴れない野生のネコに似た雰囲気がある。短いスカートに慣れていないのか、ときたま動きが無防備で危なっかしい。

 

彼女は古城から一定の距離を保ったまま、話しかけることもせずに追従していた。この炎天下の中モノレールにも乗らずに表を歩いている時点でおかしいし、かといって尾行中に反射鏡などに映り込むなどいまどき新人刑事や新米探偵ぐらいしかしないだろう。本人は気付かれていないつもりらしいところも含めて、古城としては本気で尾行しているのか判断に悩むところである。

 

一応、古城の1つ違いの妹で彩海学園中等部の生徒である暁凪沙の関係者であるセンも考えてはみたが、そうであるなら話しかけてこないのはおかしい。

 

正直に言えば、尾行される理由については心当たりがある。というよりもありすぎる()。だが、それがどちらのセンなのかはわからない。尾行や監視をされるのは、本土にいたころのとある事情から、この数年散々似たようなことをされて慣れているが、この尾行者はそれらに比べるとかなり拙い。最近付け加えられることになったワケに関しても、このように相手にバレバレな尾行をするような者が来る理由にはならない。

 

どちらにしても相手がどの程度の動きをとることができるのか知っておこうと思いつくと、たまたま目についたショッピングモール近くのゲームセンターに入って様子を見ることにした。

 

そして案の定、少女は困り果てたように周囲に視線を巡らせた。

 古城の姿を見失うのは避けたいが、かといってショッピングモールに入ってしまえば古城とばったり鉢合わせる可能性が高い。そんなところだろう。

 夕暮れ時、ショッピングモールの前で一人立ち尽くす少女の姿は、ひどく儚げに感じられた。それを観察しながら、古城は何か自分がひどいことをしているように感じられてしまった。

 

「…………はぁ」

 

 仕方ない、と言うように溜め息を吐いて、古城は仕方なく通路に出る――と同時に、間の悪いことに少女の方も覚悟を決めたのか、意を決して踏み込んできた。 結果、先程の予想通り、二人はばったり鉢合わせてしまった。

 

 古城たちはしばしの間無言で見つめ合う。どうにか先に反応したのは、ギターケース少女の方だった。

 

「だ......第四真祖!」

 

 彼女はやや上擦った声で叫ぶと、重心を低くした。その速度は、年齢を考えるとなかなかのものかもしれなかったが、古城の関心はそこにはなかった。

古城の好みとはだいぶ違うが、間近で見ても整った容姿をしていたがそれも正直どうでもよかった。

 先の一言で少女が古城を尾行していた理由がやっと判明した。この中学生は第四真祖と呼ばれる吸血鬼を探していたのだ。魔族を狙う賞金稼ぎの類ではなさそうだが、古城を第四真祖と呼ぶ者にろくなのがいた例がない。

 

 世界最強の吸血鬼、などという非常識な肩書きを古城が受け継いだのは、ほんの三カ月ばかり前のこと。ひた隠しにしている努力と担任教師の協力のおかげで、現在その事実を知る者はこの島にそう多くはいないはずで、古城の思い当たる限りの者の関係者にもこの少女は該当しそうにない。

 

 とりあえず面倒事を避けようと思いついたのが、

 

『すみません、ケガはありませんか』

「は?」

 

少女は古城の言った言葉の意味がわからなかったようだが、古城は少女の全体に軽く目を通すような素振りをしてそのまま言葉を続ける。

 

『ケガはないようですね。それでは』

 

少女が呆然としたのも当然で、実は先ほど古城が話していたのは日本語ではない。モスクワ皇国の公用語である。梁山泊にいた頃に「発達段階で語学を学ぶと覚えが早い」と言われて秋雨から叩き込まれていたのだ。

 

幸い少女は古城が何を話していたのかわからなかったようで、その隙を利用して古城は店を出る。と、その直後、

 

「な......!?待ってください、暁古城!」

 

我に返った少女が自分の名前を呼ぶのを聞いて、確実に厄介事だとわかり、古城は胡散臭いものを見る顔付きで振り返った。

それに対して少女は生真面目そうな瞳で古城を見返し、少し大人びた硬い声で答えた。

 

「わたしは獅子王機関の剣巫です。獅子王機関三聖の命により、第四真祖であるあなたの監視のために派遣されて来ました」

 

知らない単語がいくつかあったが、少女が口にした名前を聞いた瞬間、古城は自分の顔が勝手に顔芸を始めたのをはっきりと感じた。

 

“獅子王機関”

 

それまで大事にしてきたものの多くを裏切ることになってしまった古城にとっては、3か月前から忘れることのできない名前である。

失ったものと引き換えに守れたものもあるし、あれはそもそも自身の選択の結果でもある。そのため彼らに対して恨みはない。しかし聞いて愉快な気持ちになれるような名前でもなかった。

 

関り合いになりたくない古城は結局何も聞かなかったことにしようと考えた。

 

「あー……わりィ、人違いだわ。他を当たってくれ。俺は古城なんて名前じゃないし」

「え? 人違い? え、え……?」

 

 少女は騙されやすい性格だったらしく、古城の出任せを信じてしまったようだ。それとも案外根が素直なだけか。

 その隙に立ち去ろうとした古城を、少女は慌てて呼び止める。

 

「ま、待ってください!本当は人違いなんかじゃないですよね!?」

 

「いや、監視とか、そういうのはホント間に合ってるから。じゃあ、俺は急いでるんで」

 

 古城はぞんざいに手を振ってその場を離れた。

 

 呆然と立ち尽くす少女を見た限り、どうやら尾行を諦めてくれたらしい。根本的な解決になってはいないが。

 

ショッピングモールを出るところで少女が尾いてきているかどうか確認するため、またばれないよう念のため、持っていたスマホを自撮りモードで鏡代わりにして背後の様子をうかがう。そして画面越しに目にした光景にギョッと目を剥いた。

 

「イイ歳して中学生に手ぇ出してんじゃねぇよ、オッサンども」

 

 古城の顔に焦りが浮き、低い呻きが漏れた。いつの間にか、少女の冷ややかな態度のせいで少々険悪な雰囲気になっている。

 しかし古城は容易に動くわけにもいかない。

 万が一騒ぎが大きくなって警察沙汰にでもなった際、古城にとばっちりが来ないとも限らないこととは別にもう一つ。

 

 男達が手首に嵌めている金属製の腕輪の存在だ。生体センサーや魔力感知装置、発信機などを内蔵した魔族登録証。それを付けているということは、彼らは魔族特区の特別登録市民、すなわち人外。魔族だ。

 通常、腕輪を着けた登録魔族が自分から人間に危害を加えるということはまずない。そんなことをすれば特区警備隊の攻魔官たちに追いかけられることになるからだ。だからすぐに少女の身が危険になることはない。

 

 問題は、古城の正体、第四真祖の正体が少女の口から漏れる可能性があること。

そちらの方が、古城にとっては大問題だった。そんなことになれば、多くの魔族に古城は様々な理由で狙われることになる。

 いや、やはり少女の身に危険が及んだ時の方が古城の信条にとってははるかに大きな問題だ。それは失ったものを辱めることであり、守ったものすら穢すことにもなるからだ。

 

 再び溜め息を吐き、この状況を丸く収めるため、介入するタイミングをスマホ越しにうかがう。

 

 男のどちらかが少女を罵倒する言葉を吐き、腕を掬いあげるようにしたのを見て男たちが動いたのを悟った。古城はタイミングを逃したと考え、すぐに振り返る。

 

その直後のことだった。

 

若雷(わかいかずち)っ――――‼」

 

少女が柳眉を逆立てて呪文を叫び、腕を振り上げた男の体が、トラックに撥ねられたような勢いで吹っ飛んだのは。

 




今後の投稿予定について簡単に活動報告に書きます。


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若干長い上に切り方が中途半端と感じるかもしれません。切るところが見つからず、かといってこれ以上書くと長すぎるかと思ったので今回のようになりました。ご了承ください。



 「若雷っ―――!」

 

もう一人の男の方には見えていなかっただろうが、古城にははっきりと少女の動きが見えていた。

 あれは妙な光を纏っていたが、掌底だ。呪術や魔術で肉体強化はしていないらしく、魔力の流れや精霊たちの動きは感じなかったから、可能性があるとすれば気功や仙術の類。おそらく、それによって生み出した衝撃波を中国拳法の浸透勁のように相手に叩き込んだのだろう。

吹き飛ばされた男は、あまり強力な個体ではなさそうだが、肉体の強靭さが売りの獣人種らしかった。彼らの筋力や打たれ強さは人間の比ではなく、華奢な少女の一撃程度で動けなくなるような種族ではないはずだ。

 

「このガキ、攻魔師か!?」

 

呆気に取られていたもう一人の男が、ようやく我に返って怒鳴った。

攻魔師は魔族に対抗するための存在だが、魔族特区である絃神市では彼らの活動も厳重に制限されている。彼らの行為はナンパというよりも痴漢と変わらないが、それでもいきなり攻撃されるほどではない。

だが、あまりにも突然の出来事で、金髪の男も動揺していたのだろう。

 恐怖と怒りに表情を歪ませ、魔族としての本性をあらわにする。真紅の瞳。鋭い牙。

 

「D種―――――!」

 

少女が表情を険しくして呻いた。

 

D種とは、様々な血族に分かれた吸血鬼の中でも、特に欧州に多く見られる“忘却の戦王(ロストウォーロード)”を真祖とする者たちを指す。一般的な吸血鬼のイメージに最も近い血族でもある。

 

どうする、と古城は思案する。

 普通に考えれ正面ば吸血鬼に襲われている少女の方を助けるべきなのだろうが、どうやら彼女もただの中学生という訳でもないらしい。

 そもそも彼女は古城を狙ってきた訳で、最悪の場合敵に回るかもしれないのだ。

 だがしかし、彼女がたった一人で吸血鬼にから挑んで勝てるとはとても思えない。

 いくら日没前とはいえ、吸血鬼には高い身体能力、魔力への耐性、そして不死身とすら言われる強靭な再生能力がある。さらに、彼ら吸血鬼にはもう一つ、魔族の王と呼ばれるに相応しい圧倒的な切り札が存在する。

 

結局古城が選択したのは、戦闘を想定しての傍観。

そのため、メガネを外す。その瞬間、古城の双眸は燐光のように蒼く光り、視界も通常のものとは違う赫い点と線の走る世界へと切り替わる。

直死の魔眼(ちょくしのまがん)

とあるテロ事件に巻き込まれて一度死んだときに、死に触れ理解できるようになってしまったため、モノの結末・終わりにあたる「死」そのものをカタチにした“点”とその過程である「死にやすい」“線”を認識できるようになった。

気分のいい光景ではないが、余計な被害を出さずに、かつ確実に吸血鬼の切り札に対抗するためには必要なことだと耐える。そして、できればナイフが良かったがないよりかはマシかと考え、ポケットから鍵を取りだし指の間に挟むようにして、いつでも割り込めるように準備する。

すると、事態はさらに動く。

 

「―――灼蹄(シャクティ)!その女をやっちまえ!」

 

吸血鬼の男が絶叫し、その直後、左脚から何かが噴き出した。

 それは鮮血に似ていたが、血ではない。陽炎のように揺らめく、どす黒い炎だ。その黒い炎は、やがて歪な馬のような形をなす。

 甲高い嘶きが大気を震わせ、黒炎を浴びたアスファルトが焼け焦げる。

 

「こんなところで眷獣を召喚するなんて――!」

 

少女が怒りの表情で叫んだ。

 男が左手に嵌めた腕輪が、攻撃的な魔力を感知して、けたたましい警告音を発している。

 

眷獣。そう、男が喚び出した怪物は、眷獣と呼ばれる使い魔だった。

 吸血鬼は己の血の中に、眷族たる獣を従える。

 その眷獣の存在こそが、攻魔師たちが吸血鬼を恐れる理由である。

 吸血鬼は、確かに強大な力を持った魔族であるが、膂力も、生来の特殊能力でも、吸血鬼を凌ぐ種族はいくらでもいる。

 にもかかわらず、なぜ吸血鬼だけが魔族の王として恐れられているのか――

 その答えが眷獣なのだった。

 眷獣の姿や能力は様々。しかし、最も力の弱い眷獣でさえ、最新鋭の戦車や攻撃ヘリの戦闘力を凌駕する。

 〝旧き世代〞の使う眷獣ともなれば、小さな村を丸ごと消し飛ばすような芸当も可能だと言われている。

 無論、若い世代である金髪のナンパ男の眷獣にはそこまでの能力はない。

だが、この灼熱の妖馬が走りまわるだけで、このショッピングモールが壊滅するくらいの被害は出るだろう。

 そんな危険な召喚獣が、たった一人の少女に向かって放たれたのだ。

恐らくは、実験場以外の場所で召喚し、生身の人間に向けること自体がこれが初めてなのだろう。男の顔には恐怖が浮かび、逆流した魔力によっているようにも見えた。

 

 制御が利かず半ば暴走状態となった眷獣は、周囲の街路樹を薙ぎ払い、街灯の鉄柱を融解させ、アスファルトを焼け焦がしている。

  吸血鬼の眷獣とは、意志を持って実体化するほどの超高濃度の魔力の塊。すなわち魔力そのもの。一度放たれた眷獣を止めるには、より強大な魔力をぶつける以外にない。

 

これはさすがにマズい。古城も参戦しようと近付く速度を一気に上げ、少女の様子を窺う。

しかし、少女の顔には恐怖の色など浮かんでいなかった。

 

「雪霞狼―――!」

 背負ったままのギグケースから、少女が一本の銀槍を抜き放つ。

 槍の柄が一瞬でスライドして長く伸び、格納されていた主刃が穂先から飛び出した。まるで戦闘機の可変翼のように、穂先の左右にも副刃が広がる。洗練された近代兵器のような外観である。

 

だが、古城はその槍の構造よりも槍そのものに目を奪われた。おそらく古城にしか捉えられない異状。その槍には「死」があり、また、なかった。通常、“直死の魔眼”で「死」を見ることができない、もっといえば死ににくいため極めて「死」が見えにくいという相手はいる。その場合見えたり見えなかったりするのだが、見えるようになったときは「線」しか見えずそれすらもごく薄い赫ですぐに消える。しかし、その槍は「死」が見えないときがあるが、見えるときははっきりと「死」が見えたのだ。

 

 少女は2メートル近くにまで伸びたその槍を軽々と操って、暴れ狂う炎の妖馬へと突きたてた。

 もちろん、その程度の攻撃で眷獣の突進が止まる筈がない――――のだが、

 

「な…… !? 」

 

ナンパ男が、驚愕と恐怖に目を見開いた。

 銀の槍に貫かれた姿で、彼の眷獣が止まっていた。

 少女が無言で槍を一閃する。切り裂かれた妖馬の巨体が揺らぎ、跡形もなく消滅する。

 

「う......嘘だろ!? 俺の眷獣を一撃で消し飛ばしただと!?」

 

使い魔を失ったナンパ男が、怯えたように後退る。しかし少女の表情は険しいままだ。

 怒りの籠もった瞳で男を睨みつけ、槍を構えて、硬直して動けない男へと突進する。そして銀色の槍が、男の心臓を貫こうとしたそのとき――――――

 

「チェスト――――!」

古城が叫びながら槍を踏みつけるように飛び蹴りをみまった。穂先がアスファルトと擦れ合い、耳障りな音を響かせる。

 

「えっ!?」

冷ややかに猛り狂っていた少女の目が、驚いたように見開かれる。

 

古城としては攻魔師と吸血鬼のケンカになど割り込みたくはなかったが、さすがに命のやり取りを見逃すわけにはいかなかった。そこの吸血鬼の男とて、ナンパに失敗したくらいで中学生に突き殺されたくないだろう。

 

「暁古城!?雪霞狼を素手で止めるなんて......っ!」

 

攻魔師の少女が、愕然とした表情で後方へ飛んだ。

突然現れた古城を警戒するように距離を取り、近くに停められていたワゴン車の屋根に着地する。

 

「おい、アンタ。仲間を連れて逃げろ」

 

古城は忙しない口調で、背後に立ち尽くしているナンパ男に怒鳴った。

 

「これに懲りたら、中学生をナンパすんのはやめろよ。不用意に眷獣を使うのもな!」

「あ、ああ……す、すまん……恩に着るぜ」

 

男は青ざめた顔で頷くと、気絶した仲間の獣人男を担いで去っていく。少女はそんな彼らの後ろ姿を攻撃的な目つきで睨みつけていた。古城はやれやれとため息を吐く。

 

「おまえもさ……どういうつもりかは知らないけど、やりすぎだって。もういいだろ」

「どうして邪魔をするんですか?」

 

むっつりと古城を睨みつつ吐かれた非難がましい言葉に、古城はますます気だるげな表情になった。

 

「邪魔っつうか、目の前で喧嘩してるやつらがいたら、普通止めようと思うだろ。大体お前、なんで俺の名前を知ってんだよ?」

「……公共の場での魔族化、しかも市街地で眷獣を使うなんて明白な聖域条約違反です。彼は殺されても文句を言えなかったはずですが」

「それを言うなら、あいつらに先に手を出したのはお前の方だろ。むしろ、あいつらは正当防衛も証言できる」

「そんなことは―――」

 

 途中で黙り込んでしまう少女。男達と争いになった経緯を思い出したらしい。

 ほらな、と古城は強気な表情で少女を睨み、

 

「お前が何者なのかは知らないけど、ナンパがしつこかったからって、そんなもの振り回して殺そうとするのはあんまりだろ。いくら下着を見られたからって――――」

 

そこまで言ったところで、銀の槍を持った少女が、蔑むような目つきで古城のことを睨んできた。

 

「もしかして、見たんですか?」

「さっきの獣人男の手を振り上げた動作とお前さんが掌底を出したのと逆の手でスカートを押さえてたのを見て、そう思っただけ」

 

古城は少女の怒った顔をよそに、飄々と答える。ようはカマをかけたのだ。少女もそのことを理解したのか少し顔を赤らめてうつむく。

そんな少女をしり目に古城は言葉を続ける。

 

「それと、いつまでもそんなところに立ってると......」

 

 そしてその瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように、離島特有の島風が海沿いのショッピングモールを吹き抜けていった。

 ワゴン車の屋根に立っていた少女のスカートが、ふわりと無防備に舞い上がる。

 息苦しいほどの静寂が訪れる。

 

「なんで見てるんですか」

 

両手で槍を構えたままの姿勢で、少女が訊いた。

古城はちょうど眼精疲労をとるような目頭を押さえる仕種をして、可哀想なものを見るような目で

 

「おいおい、今のは俺は悪くないだろ。お前がそんな所にいつまでも立ってたのが問題だと思うんだが」

「......もういいです」

 

古城を冷たく見下ろし、少女は刃を格納した槍をギグケースに収めて、音もなく地上へと舞い降りる。

そして、醒めた目で古城を一瞥して、

 

「いやらしい人......」

 

そう一言いい残して、今度こそ古城に背を向けて走り去っていった。

 

「.........」

 

ぽつん、と一人残された古城はメガネをかけ直し、パーカーのポケットに手を突っ込んで、近くの壁にもたれて息を吐く。

一方的にひどいことを言われたような気がしたが、古城の行動は、ナンパされた少女を見捨てて市街地で問題を起こした魔族を庇うような行動を取ったようにも見えただろうし、実際にそうするかどうか迷っていたので、責められても仕方ないとも思う。それに立ち去る直前の真っ赤にしていた彼女の顔を思い出したせいか、不思議と腹は立たなかった。

 冷静ぶっていても、所詮は中学生(コドモ)だよなあ、と自分の歳を棚上げして思う。

 もう少しすれば、吸血鬼のナンパ男の嵌めていた登録証から眷獣の魔力を感知した特区警備隊が来るだろう。疚しい所はないとはいえ、こんな所に長居して巻き込まれるのも面倒だ。

 疲れた、と嘆息して帰路につこうとした古城は、

 

「ん……?」

 

ふと道路上に落ちていた何かに気付いて、眉を顰めた。

 それは、白地に赤い縁取りの、二つ折りのシンプルな財布だった。

 そのカードホルダーに差しこまれていたのは、クレジットカードが一枚と学生証。

 その学生証の、ぎこちなく笑う少女の顔写真と、『3-C―――姫柊雪菜』という名前が刷り込まれているのを見ると、古城は本日何度目になるか判らないため息を吐くのだった。

 

 

 

 

古城は昨日のことから、妙なところで回想を切ってしまったな、とどうでもいいことを考えながら現実に意識を戻す。

そして補修もないのに今日学校にやってきた用件の一つを終わらせることにした。

 

「ああ、そういえば那月ちゃん()に訊きたいことがあったんだけど......」

 

その瞬間、古城の後頭部の辺りの空間が揺らぎ、不可視の衝撃波が古城に向かって放たれる。古城は自身の間合いの中の空間が揺らいだのに気付くとすぐに頭を横に逸らした。

その結果を受けて、目の前の小柄な少女にしか見えない英語の教師は小さく舌打ちを漏らす。

 

「それって一応かなり高度な魔術なんだろ?技術の無駄遣いじゃない?」

「当たり前のように躱すヤツがどの口で言う!?それと、そんな心配するならそもそも年上をちゃん付けで呼ぶな!」

 

ちゃん呼びに対する仕置きを敢行したつもりがあえなく避けられてしまい、かなり頭にきているらしい。

 

「まあいい。それで、そちらの呼び方をするということは攻魔師としてのワタシに用があるんだろう?」

 

古城は緩めていた表情を引き締め、口を開く。

 

「“獅子王機関”って知ってる?」

 

古城の問いかけに那月は沈黙し、露骨に不機嫌な表情を浮かべて立ち上がった。

 

「どうしてお前からその名前が出てくる?」

「いやあ、最近ちょっと小耳に挟んだだけなんだけど」

 

そう古城が答えると、那月は古城を手招きして屈ませた後、

 

「ほう。挟んだというのは、この耳か?」

 

先ほどの仕返しを兼ねているのか、古城の耳を容赦なく引っ張った。何か重要なことを言われると思って近づいた古城は不意を突かれ、痛い痛い、と悲鳴を上げる。

 

「......もしかして、なにか怒ってます?」

「嫌な名前を聞いて、少々苛ついているだけだ。連中は私たちの商売敵だからな」

 

荒々しく息を吐き、那月は古城を解放した。古城は自由になった耳を押さえながら、

 

「商売敵って......攻魔官の?」

「ついでに言うと連中はお前の天敵だ」

 

那月は、古城を冷ややかに見つめながら警告する。

 

「たとえ真祖が相手でも、奴らは本気で殺しに来るぞ。連中はそのために造られたんだからな。そもそもお前自身解っているだろうが、吸血鬼であることを別にしてもお前の下には敵が来やすい。せいぜい連中には近づかないよう注意するんだな」

 

去年のような死合い(仕合い)騒ぎはゴメンだぞ、と最後に小さく付け加えると那月は話を打ち切った。最後に気になることを零していたが、それ以上話を続ける気がないらしい。古城もそのことを察すると、少し前までよく顔を合わせていた、目立ちたがり屋の姉と寡黙な弟の双子や、終了の合図があるまで言われたことを止めない、命令に忠実すぎるモスクワ人、留学生という触れ込みで来ていたキャラの濃すぎる元・同級生たちのことを思い出しながら、

 

「ところで、南宮教諭。今日中等部の職員室は開いてますか?」

 

職員室を出て行こうとしていた那月を呼びとめて、再び質問をする。

 

「中等部にお前が何の用だ、暁?」

「妹の担任の笹崎教諭に少しお願いしたいことがありまして」

「岬に?」

 

 中等部の教師である笹崎岬と那月は仲が悪いらしく、そんな相手を話題に出された那月は露骨に刺々しい表情を浮かべると、

 

「中等部の奴らのことなど知るか。自分で確かめろ」

 

不愉快そうに吐き捨てた。

 

「......そうします」

 

これ以上話題を引っ張るのはまずい、と本能的に感じて古城は素直に那月の言葉に従うことにする。

そんな古城を一瞥すると、那月はスカートをふわりと翻して、乱暴に去っていった。

 




タグやキャラ紹介で書いていた直死の魔眼をやっと出せました。
元々主人公に付け加える設定はこちらだったはずなのに、作者の想像力不足のせいで、この作品では刺身のツマのような扱いになる可能性が高かったので何とか頑張って出しました(とはいえ、しばらく出番の予定はありませんが)。

それと以前感想の返信の際に言ったように、今回の投稿で古城の現時点の強さを明らかにするつもりでしたが、ご覧のようにまともに描けませんでした。次話で必ず描きます。とりあえず1週間以内にあげるつもりでいますので、よろしくお願いします。(この先のあとがきには、次話のネタバレというほどの物ではありませんが、似たようなものがあります。ご注意ください)





















とりあえず次話で描く古城の実力は吸血鬼になって強化された分を差し引いたものだと思ってください。


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申し訳ありません。前回、一週間以内に投稿すると言いながら、かなりギリギリになってしまいました。

今回戦闘を少し書きましたが、かなり難しいですね。みなさんどうやって書いているんでしょう。マンガは一コマ一コマに情報を詰めなければ間の抜けたような感じになってしまうでしょうし、文章にしようとするとかなり細かくかつ短く描写して読者が文章を目で追うのに飽きたりしないようにしなければならない。

世に出てきちんと売り上げを出している作家の方々の偉大さを思い知りました。


 彩海学園は中高一貫教育の共学校だ。生徒数は全部で千二百人弱といったところ。都市の性質上若い世代の多い絃神島では、ありふれた規模の学校と言える。

 しかし絃神島は所詮人工島。慢性的な土地不足に悩む宿命にあり、学園の敷地も広々としているとは言い難い。体育館やプール、学食などの多くの施設は中等部と高等部の共用だ。

 そのため、高等部の敷地内で中等部の生徒を見かけることはざらにあるが、高等部の生徒は中等部を訪れる必要がないのでそちらで見かけることはあまりない。

 

 おかげで古城はどことなく懐かしいような、居心地の悪いような気分を味わいながら、久々に訪れた中等部の職員室に立っている。

 古城の手の中には、昨日ショッピングモールで拾ったあの少女の財布が握られている。彼女の着ていた制服と財布に入っていた学生証から彩海学園・中等部の生徒らしいので、警察より担任の教師から本人に返してもらった方が手っ取り早いと考えたのが、夏休み中なのに登校した理由である。しかし、

 

 「すまんな、暁。笹崎先生は今日は来てないそうだ」

「あ、そうでしたか......ありがとうございました」

 

 顔見知りの老教師にそう言われて、古城の計画はいきなり頓挫した。

 老教師に礼を言い、職員室を後にする。どうやら夏休み終了間際ということで笹崎岬も残り少ない休暇を満喫中らしい。

 

 しばしぼーっとしたまま歩くこと数分。古城は渡り廊下の柱にもたれて、ぼんやりと校庭を眺めていた。

 

 面倒なことになった、と古城は思う。

出来ることなら、この財布はさっさと持ち主に返してしまいたかった。あの短気な中学生に誤解を受けて、変な槍で突き殺されたくはないし、現金が入った財布なんていつまでも持ち歩いていたくはない。しかし現金の入った財布を担任でもない教師に預ける気にもなれなかった。プライバシーを考慮してあまり取りたくなかった手段だが、せめて連絡先の判るものでも見つかればと考え、財布の中身を探ってみる。梁山泊を出る際に逆鬼たちが書いてくれた紹介状を片手に地下闘技場で組み手代わりに頻繁に行った試合のファイトマネーのおかげで、実は古城には高校生らしからぬ金額の秘密の貯金があるのだが、そんな古城から見ても、財布の中には中学生には不釣り合いなそれなりの枚数のお札が女の子の財布らしくよく整理されて入っていた。

 

 他に何かないかと古城が財布の中身を探っていると、間の悪いことに誰かが歩いてくる気配があった。男物と思えない財布を探っている光景を傍から見れば、手癖の悪い生徒がやらかした場面にも映るだろう。古城の焦りは激しくなる。

 気付かれる前に財布を隠そうとしたが、やってきた人物の顔を見て、思わず呆けた表情をさらしてしまった。なぜなら、

 

「中等部で何をしているんですか、暁先輩(、、)?」

「昨日の......誤爆娘!?なんでこんなところに?」

 

 昨日槍を振り回していた少女、姫柊雪菜だったからだ。

 ファーストコンタクトがあまりにも悪かったのと、彼女の昨日の行為もあって半ば無意識に奇妙な呼び方をしてしまう。

 一方、古城のあんまりな呼び名に雪菜は一瞬眉をひそめるも、思い当たるフシがあったのか、なんとか冷静さを装い言葉を返す。

 

「それはこちらのセリフですが、高等部の先輩が何をしているんですか?」

「いや、俺はお前の財布を届けに来たんだ。けど今日は笹崎教諭は休みだって言われて」

 

 そう言って古城は雪菜に財布を見せる。彼女は財布に手を伸ばそうとするが、古城は彼女の手が届く前に財布を持つ手をすこし後ろに引く。

 

 「財布を返す前に話を聞かせてもらいたいな。お前いったい何者なんだ?なんで俺を尾け回してた?」

 「っ!?まさか、私の尾行に気づいていたなんて!」

 「気付かれてないと思ってたのか、あれで?」

 

 古城は雪菜のあまりの言葉に驚いて、今度こそ全く何の他意もなく言葉を返してしまう。彼女の尾行が追っかけの類にしか見えないレベルのものだったからだ。

 

「......わかりました。それは、力ずくで取り返せという意味でいいんですね?」

 

 そう呟きながら、自分をにらんで背中のギグケースに手を回す雪菜を見て、古城は気だるげに息を吐き、本人としては一応純粋な親切心から

 

「やめとけ。その槍があっても、今のお前じゃ俺には勝てないよ」

 

忠告した(もしくは地雷の上で震脚をかました。)。

 

「......っ!」

 

 たちまちのうちに、雪菜は柳眉を逆立てた。そして今度こそギターケースから槍を抜き放ち、主刃と副刃を展開させて古城に向かって真っすぐに突き出す。

 一方古城は雪菜が槍を引き抜いた時点で、構えを取った。両手の指を何本か曲げ、右の掌は相手に向けながら肩の高さに、左掌を上に向けて腰のあたりに構える。古城本来の構えとは違うが、様子見と相手への印象操作も兼ねた手刀構えだ。

 

 心臓の辺りに突き込まれる銀色の槍の穂先を冷静に見つめ、わずかに前進しながら右手で鍔を払う。雪菜の突きはまっすぐで、鋭く速いものだった。まだ中学生だというのにその動きは、以前しぐれに連れて行かれた死合い場で戦うことになった大人の槍使いに匹敵するレベルだ。

 だが、今の古城を相手にするにはまだ甘い。

 とりあえず武器を奪おうと柄に手を伸ばすと、払いのけたはずの槍に動きがあった。

 雪菜はあらかじめ古城に槍を弾かれることを予測していたらしく、後ろに退がりながら槍を右から左へと薙ぐ。古城も槍を薙いでくる直前に“観の目”でその動きを先読みし、とっさに後ろに跳んで槍の有効範囲から逃れる。だがそれも読まれていたらしく、今度は着地点めがけて突きを入れてくる。

 既に制空圏を発動していた古城が槍を足刀で弾くと、その動作に雪菜は驚きながらも納得したかのような表情を浮かべる。どうやら古城の制空圏に驚いているようだ。何に納得したかまでは今の古城には分からないが。

 

「(それにしてもどうなってる?この子は“開展”の殻を破りきれずにまだ“緊湊”にも至っていない段階だ。それなのに、ここまで俺の動きを読んで対応できるのはおかしいだろ)」

 

 そんな彼女の様子を捉えながら、古城は一連の攻防に対して疑問を抱く。

現在の古城は雪菜と同じ“弟子級”だが、その位階は“緊湊”。それも数年前に“緊湊”に至り、今では“妙手”が見えてきている段階だ。本来ならば、古城がケガをさせないようかなり手加減していても、最初の交錯で片が付くだけの実力差が両者の間にはある。

 そうなると、単純に古城が目の前の少女の実力を見誤っていたか、古城の動きを読めるほど彼女が“観の目”を鍛えているのか、のどちらかになる。だが、古城が考察を続けながらも攻撃を続ける彼女の動きは、年齢の割にかなり鍛えていることを窺わせるがやはり“開展”のレベルを大きく逸脱するものではない。

 では“観の目”を鍛えているかというと、それならば先ほどのこちらの制空圏を把握できていなかった様子が腑に落ちない。

 

 武術の腕に対して、あまりに鋭すぎる先読み。そのことから、古城は武術以外の何らかの技能の可能性に思い当たる。昨日使っていた技から古城は彼女の異能を、母・深森のような超能力、過適応(ハイパーアダプター)よりも、古城や妹の凪沙のような霊能力に近いもので、それも自分のように常人とは異なるものを視る幻視系の能力ではないか、と見当をつける。

 

 そしてその推測は実は的を射ていた。霊視能力、獅子王機関に所属する霊能力者の多くが差異はあれど有する、未来の先読みを可能にする異能である。

 

 古城が冷静に分析をする一方、雪菜は焦り始めていた。古城の動きは霊視で先読みできている。だがそれでも雪菜の槍は古城を捉えることはできない。攻撃の尽くが古城の制空圏を侵した瞬間に弾かれるか避けられる。

 

 そして古城は大体の推察も終わり、稽古をつけれるような実力や余裕があるわけでもないので、少し大人げないが一気に終わらせることにする。

 

 観の目で雪菜が突きを放つ瞬間と大体の軌道を洞察し紙一重でかわしながら一息に踏み込み、彼女の空間を占拠する。そして脇から腰へ右手を回し、左手で槍を持つ腕をつかみ、さらに踏み込んで自身の腰を深く入れて投げる。

 

“大腰”

 

いくら先読みが出来ても躱す動作をとれない状態に追い込まれれば対処はできない。そう踏まえての一連の動きだった。

 

「きゃっ!?」

 

 投げられた際に意外とかわいらしい悲鳴を上げる雪菜だが、古城はそんなことはお構いなしに投げた瞬間に次の動作に移る。

 左腕はそのままに、勝負をつけるべく素早く右手を首に回す。それで、おしまい。

 

「さて、これでもういいだろ、姫柊?俺はお前よりも強い。それでこの話は終わりだ」

 

 未だ抵抗の意思を見せる彼女の目を見据えて、古城は言葉を吐く。はっきり言って余人がこの光景を見て槍に気付かなかった場合、高等部の学生が女子中学生を押し倒しているようにしか映らないだろう。古城の方もその自覚があるため、この状態を少しでも早く解くべく、通牒を出す。

 

 グルグルグル......という低い音が、廊下に響き渡ったのは、その直後のことだった。

 古城は無言で眉を寄せる。

 古城の目の前にある雪菜の目からは反抗的な光は消え、彼女の頬は羞恥で赤く染まっていった。

 その低いうなりの正体に気付いて、古城は、何となく気まずい表情を浮かべた。

 

「えーと......もしかして、姫柊、腹が減ってる?財布を落として、昨日から何も食べてないとか?」

「だ、だったらなんだっていうんですか!?」

 

 冷静に答えようとする雪菜だったが、さすがに声が上擦っている。

 先ほどまでの緊張感はどこへやら。古城は内心で、なんだかなあ、とため息を吐くと、彼女の上から身体を動かし、彼女に向かって手を差し出す。

 な、なんですか、と動揺しながらも警戒を崩さない雪菜。

 古城はそんな彼女の手を強引に取って立たせた後、財布を差し出して、

 

「昼飯、おごってくれ。財布の拾い主にはそれぐらいの謝礼を要求する権利があるだろ」

 

 雪菜は何度か瞬きを繰り返して、緊張感の乏しい口調でされた、古城の提案の真意を測りかねていた。まあ、実際に古城はおごってもらう必要はなかったとはいえ、話をする機会ときっかけがほしかったというだけなのだが。

そして、彼女のお腹がもう一度空腹を訴え、結局古城の提案をのむことにした。




初めての戦闘描写(というには短いですが)はどうだったでしょうか。

古城の実力は叶翔以上。大体、ボリスとの最終決戦~ボルックス戦の間のケンイチと同等の強さという設定にしています。それとまた武術の位階に関しては、あくまで武術家としての腕のみを見て言っているつもりです。ようは呪術や種族特性で強化されている分は無視していると思ってください。

今回戦闘描写を書くにあたって、自分は最初に突き技を出すところを書いている最中に『るろうに剣心』のVS斎藤のシーンが頭によぎってしまいました。突き技を使うキャラは作品を超えればいくらでもいますし、そもそも彼が使っているのは槍ですらないのに、なぜだったんでしょうか。
ちなみに「それで避けたつもりか」みたいなセリフも言わせようかと思いましたが、あれはマンガ家の腕と分かりやすく二人の因縁を描いた部分があったから生きるのだと思ってさすがに書きませんでした(とはいえ、やはりキャラの問題が一番にありますが)。

また、実は今回は一日の終わりまで書くつもりだったのですが、諸事情により雪菜から話を聞く前でいったん切らせてもらいました。やろうとすると倍以上の文章になるだろうことに気付いてしまったので。

あとがきを書いている最中に日付が変わってしまいました。
ではいつになるか分かりませんが、また次回お会いしましょう。


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あ......ありのまま今起こったことを話すぜ!
家に帰ってきて時計を見たら、午後10時過ぎ。まだ間に合うと安堵して、今回の話を投稿しようとパソコンを立ち上げて腰かけて、再び時計を見たら4時半を回っていた。
な......何を言っているのか、わからねーと思うが、おれも何が起きたかわからなかった。



ごめんなさい。気づいたら寝落ちしてました。10月中に1話は投稿するつもりでしたが、できませんでした。
とりあえず第6話です。
実はもっとアンチっぽくなるはずでしたが書いていく内に、ここまでやると後で困りそうだ、と考え直していたら大分薄まりました。そのため先日活動報告で書いていたほどではありません。

H30.5.3一部変更しました。


十分後、2人は学園から徒歩5分のところにある大手ハンバーガーチェーンに来ていた。

そして二人は注文した品を受け取ると席について食べ始めた。

空腹を我慢していたのに得がっつくことなく、品よく食べる雪菜を眺めながら、古城は食事もそこそこに本来の目的を果たそうとする。

 

「監視役とか言ってたけど、姫柊を派遣した“獅子王機関”っていうのは、魔導災害やテロ防止を謳ってる政府直属の機関、で合ってる?」

「はい。もともとは平安時代に宮中を怨霊や妖から護っていた滝口武者が源流(ルーツ)なので、今の日本政府よりも古い組織なんですけど」

 

聞けば雪菜は獅子王機関の攻魔師育成所である高神の杜とかいうところで修行を積んできたらしい。

古城にとって獅子王機関のことはほぼ名前だけ知っているような存在で、源流など知らなかったので、まだ色々とあるのだろうが、先ほど那月が言っていたことの一つはこういうことかと少しばかり納得する。

ただ、それでも腑に落ちないものは多々あるわけで、古城はその根本的なことを質問することにした。

 

「で、何でまたその御大層な特務機関サマは、俺みたいな人畜無害な一般市民Aに監視なんかよこしたんだ?」

「無害、という所は分かりませんが……少なくとも、一般人ではないと思います」

「そのこころは?」

「わたしの攻撃を軽々と捌くような人が、ただの一般人であるわけがありませんっ!」

 

どこか幼さを感じさせる拗ねたような表情と口調で言う雪菜。

だがそんな雪菜の心情をよそに、そんなもんかねえ、と古城はどこか他人事のように聞き流す。実際自分と同年代で雪菜をあしらえる人間には何人か心当たりがあるからだ。

それはともかく、と古城は話を戻すため、

 

「俺が何かしたわけでも、何かしようとしたわけでもないだろ。第四真祖ってだけでちょっと反応が過剰すぎやしないか?」

「え、先輩……知らないんですか?」

「は? 今度はなんだよ?」

夜の帝国(ドミニオン)を支配する吸血鬼の真祖は、その存在自体が一国の軍隊と同じ扱いなんです。ですから、当然第四真祖もそれに準ずる扱いになります」

「は?」

 

何だと? 信じ難い情報に、思わず目を瞬く古城。

 それは、いつから自分はあの人たちと同じような存在になったんだ、という困惑と、まだ見ぬ他の同族たちは何をやらかしてくれたんだ、という言いようのない苛立ちからくるものだった。監視をされるぐらいは慣れているが、それが自分がなした行動に起因するものであって、存在そのものを理由に監視(ストーキング)を受けるのは納得できないのである。

 しかし、雪菜はそれを若干違う風に捉えたらしく、

 

「先輩の力は強力なものですし、当然のことだと思いますが......本当に知らなかったんですね......」

 

そんな言葉を返してきた。大体は合っているとはいえ、雪菜の憐みの視線が妙に古城の神経に障る。

だが、それ以上に古城は雪菜の言葉が気になり、彼女の言葉を頭の中で反芻する。そして昨日からの彼女の行動から、雪菜は、というよりも、獅子王機関は自分の天敵だと半ば確信する。少なくとも、それは古城が信じてきた生き方とは対照的なものの見方だったからだ。

とはいえ、今それを指摘しても仕方ないので、

 

「俺は軍隊も夜の帝国も持ってないんだがなあ」

 

とりあえず愚痴をこぼす。

すると雪菜は冷たく攻撃的な視線を向け、

 

 「そうですね……わたしも、それを聞きたいと思ってました。先輩は、絃神島(ここ)でなにをするつもりなんですか?」

 

と問い掛けてきた。

 

 「何をする......ってなんだ?ただ暮らしてるだけだけど......」

 「正体を隠して魔族特区に潜伏しているのは、なにか目的があるんじゃないですか?たとえば、絃神島を陰から支配して、登録魔族たちを自分の軍勢に加えようとしているとか。あるいは自分の快楽のために彼らを虐殺しようとしているとか......なんて恐ろしい!」

 

妙な妄想を語りながら自分で怖がっている雪菜に、この子は妄想に浸る前に資料を読むべきじゃないか、と古城は非難の目を向けながら一応反論する。

 

 「いや。俺は吸血鬼になる前、それこそ3年以上前からこの島で暮らしているんだけど」

 

実際古城が第四真祖になったのは約3か月前、絃神島に来たのはさらにその前で古城が中学に上がってすぐの時期である。

まあ、暁家が引っ越してくることになった大元の理由にも第四真祖が深く関わっているのだが。

 

だが雪菜は何か引っかかるのか、

 

「......吸血鬼になる前から......ですか?」

 

と繰り返すようにつぶやいた。

 

「資料にも書いてあっただろ?俺が今の体質になったのは今年の春だし、この島に引っ越してきたのは中1の春だから、もう3年以上前の話だぞ」

 

それに対して古城ため息をつきながら苦々しげな口調で説明する。

 

しかし雪菜は古城の言葉に、信じられない、というように首を振る。

 

「そんなはずはありません。第四真祖が人間だったなんて」

 

その雪菜の言葉は古城にとって青天の霹靂以外の何物でもなかった。

目の前の少女の『信じられない』という言葉は、既に知っていることが信じられないようなことで古城の説明を聞いてもやはり納得できないものだった、というようなものでは明らかにない。彼女の表情を見ても、古城の言葉自体が初耳だったと言っているようにしか見えない。

だが、そんなことはありえない。なぜならあの一件に関して獅子王機関は裏で糸を引いていたものの一人なのだから。

 

しかし、雪菜は古城のそんな懊悩に気づいていないようで、聞き分けのない子供に言い聞かせるように言葉を重ねる。

 

「いいですか。真祖というのは、今は亡き神々に不死の呪いをうけた、もっとも旧き原初の吸血鬼のことですよ」

「そうらしいな」

「普通の人間が真祖になるには失われた神々の秘呪で自ら不死者になるしかないんです。先輩に神様の知り合いがいるとでも?」

「さすがにそんな知り合いはいないな」

 

古城は考え事をしているため、雪菜の言葉はほとんど右から左に聞き流して生返事になってしまっているが、興奮している雪菜の耳にはそこまで入っていっていない。

 

「だったらどうやって第四真祖になったっていうんですか。他に人間が真祖の能力を手に入れる手段なんて......」

 

雪菜はそこまで言って青ざめた顔で言葉を切った。人間が真祖のチカラを手に入れ得る唯一の方法。それに気づいたのだろう。先ほどまでの柔らかさは消え、代わりに畏怖の感情を込めた視線を向けてくる。

 古城の方も雪菜の変化に気付き、さすがに考え事をやめて彼女の方に意識を向け直す。

 

「先輩......まさか、あなたは......真祖を喰らって、その能力を自らに取り込んだとでも......!?だけど、そんなことが......」

 

真祖喰い―――真祖として生まれ直すことはできなくても、既に存在する真祖を喰らい、その能力と呪いを自身の裡に取り込むことで、真祖となる方法だ。

だがもちろん、魔力や霊的格が圧倒的に劣る人間が神々に匹敵する真祖を取りこむことなど不可能だ。喰らったが最後、逆に自身の存在を吸いつくされ消滅するだけだ。

しかし現実に、目の前の少年・暁古城はそれを成し遂げたという。雪菜が恐怖を抱くのも必然といえる。

 

「好きこのんでやったわけじゃない......あれは......譲り受けたか、押し付けられたっていうのが近いんだろうな......」

 

雪菜の独りごとのような呟きを聞き咎めた古城は訂正する。

 

「押し付けられた......?いったい誰に」

「アブローラ―――先代の第四真祖だよ」

「先代の第四真祖……!?」

 雪菜は愕然として息を呑むと

 

「まさか、本物の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”のことですか!? 先輩は、あの方の能力を受け継いだとでも? どうして、第四真祖が先輩を後継者に選ぶんですか? そもそも、なぜあの“焔光の夜伯”なんかに遭遇したりしたんですか――――――!?」

 

完全にシロというわけではないが、この少女は本当に何も知らないとみていいのだろう。そして先ほど頭を過ったある可能性。ほとんどつじつま合わせに近いもので違う可能性も高いだろう。だが、たとえその通りでなくとも、あの連中ならば碌でもないことを考えていることだけは確実だ。

 

そんな考えに行きついたため無意識の内に表情が変化していたのだろう。雪菜は古城の悲しみを堪えた表情に気付いて、興奮して乗り出すようにしていた身を弾かれたように戻した。

 

「さあ?何でだったんだろうな?」

 

古城はポツリと虚しさを感じさせる声音で呟いた。

 

「俺から昼に誘っておいて悪いが、ここでお開きにしよう。......それと、今のはすまなかった」

 

そう言って頭を下げた後、財布から千円札を取りだして机に置くと、古城はそそくさと逃げるようにその場から去って行った。

雪菜はそんな古城の姿を呆然と眺めることしかできなかった。

 

 

雪菜side

 

あれは何だったんだろう。

 

既に姿の見えなくなった監視対象の少年・暁古城との会話を反芻する。

 

ファーストコンタクトはお世辞にもよくなかった。

吸血鬼の真祖と聞いて恐れを抱いていたのもあって、槍を突きつけるなど敵対と捉れる行動をとってしまったが、彼が想像していた通りの人物であれば命を失っていてもおかしくない。事実先程の彼は明らかに自分にけがを負わせないよう手加減していた。彼が道場に通って武術を習っていたというのは既に知っていた(.......)が、精々素人がかじった程度のものだと思って。彼の実力はそんなレベルではなかった。武器を相手に、自身が傷を負わないようにするだけでなく、相手も無傷で押さえるというのはそうそうできることではないはずだ。

 

しかし彼と会話をするうちに、最初に抱いていたイメージとは違い、理性的なくせに嫌味とも皮肉気とも感じさせる、それなのにどこか抜けているところが多々見られる、見た目通りの普通の少年、という印象を持つようになった。

それゆえに彼の最後の表情があまりにも鮮明にまぶたの奥に焼き付いている。それまでの穏やかに話していた彼の姿からは想像が難しいものだった。

 

(「さあ?何でだったんだろうな?」)

 

彼のあの言葉には、行き場のなくなったような怒りと悲しみがあった。そして何よりも彼が放っていたのは紛れもない殺気だ。それも自分が動きを止めてしまうほどの。

短い間だが話をしていて、彼があんな嘘を吐く性格はしていないだろうとは感じていたし、あの様子を見る限りやはり彼は少なくとも本当だと思っている(.....)ことを言っているのだろう。

彼と第四真祖の関係を聞いても、先程の様子からするともう答えてくれないだろう。

 

 

雪菜はため息を一つつくと、心なしか重くなった腰を上げて店を後にした。

 

雪菜side out

 

 

少し早い昼食を済ませて、時刻は午後1時前。太陽は外にいるもの全てを灼き殺さんと言わんばかりに輝いている。予定のない古城は家に帰ることも考えたが、誰もいない家に帰っても先程のことで悶々とすることになりそうなので頭を冷やすため寄り道することにした。

 

寄り道のために近くのスーパーであるものを買い、学校の裏手にある丘の上へと足を伸ばす。しばらくすると既に古城にとっては見慣れた、廃墟となった教会が見えてきた。痛んだ蝶番に気を遣いながら扉を開けると、銀雪のような髪に氷河を連想させる淡い碧眼、そしてなにより人の目を引き付ける、肖像に描かれるような美しい(かんばせ)の少女が見返していた。

 

「あ、お兄さん」

古城の耳に届いた柔らかな声は、場所も相まって少女に慈母のごとき母性を感じさせ、本当に修道女(シスター)であるかのように錯覚してしまう。

まあ、彼女の周囲に群がるネコをみるとそんなロマンチックな気分も霧散してしまうが。

彼女の名前は叶瀬夏音。彩海学園の中等部に所属し、´中等部の聖女´と呼ばれている少女だ。古城の後輩にあたり、凪沙の友人でもある彼女とは、ひょんなことから知り合って以降、特に約束を交わすわけでもなかったが、こうして度々この修道院跡で会う仲だ。

 

「お久しぶりでした。今日はどうしてこちらに?」

 

「ちょっと学校に用があったんだよ。ついでに寄り道をな。こっちはいらなかったみたいだけど」

 

そう言ってスーパーで買ってきたキャットフードを見せる。

 

「いつもありがとうございます。実は私もまだ来たばかりで、ごはんはあげていないのでちょうどよかったでした」

 

ならば、と古城は夏音にネコの相手を任せ、エサの用意をする。

 

「ほい、準備完了。メシの時間だぞ」

 

そういってキャットフードを盛り付けたエサ皿を地面に置いてネコたちに呼びかけるが、夏音の許から離れようとしない。花の方がいいのかねえ、と内心ため息をつきながら、皿を持って夏音の方へと近づいていく。そうして2人でネコの世話をしながら、最近の出来事について最初は話していたが、そのうち全く関係ない取りとめのない話をして無為に時間を過ごす。古城は夏音とそうして話しているうちに、気付かぬうちに不意に何となく夏音がネコにかまっている姿にかつての友人を重ねていた。そんな古城の様子に気付いたのか

 

「お兄さん、大丈夫でしたか?」

「うん、何かあったか?」

「いえ、何か喜びながら、悲しんでいるように見えました」

 

そう夏音に声を掛けられて自分が想像以上に重症だったことに気付いた。どうやら雪菜との一件はまだ尾を引いていたらしい。

「いやあ、こうして何となく過ごしているのも楽しいけど、贅沢な時間の使い方をしていていいのかなあ、なんて思ってな」

「お兄さんらしいですね」

 

そう嘘にならないようにしながら誤魔化したがうまくいったらしい。夏音も少し微笑む。気付けばそれなりの時間がたっていたので、これ幸いと少し強引だが話を切り替える。

 

「結構時間がたったし、俺はいったん帰るけど、叶瀬はどうする?」

「私はもう少しこの子たちのお世話をします」

「そうか。じゃあ、またそのうち」

「はい、さようならでした」

そう言って古城は少し名残惜しい気分になりながら、帰路に就いた。

 

 

「おかえり、古城君!今日の修行はもう終わった?」

「おう。ただいま、凪沙」

 

市内のとある高層マンションの一室。そこが、古城の自宅だった。

 毎日行っている武術の特訓を夕食前にいったん切り上げ、玄関で靴を脱いでいた古城を出迎えたのは、幼さを残した元気な少女の声だった。

 古城が視線を向けた先には、見慣れた少女の姿があった。

 彼女の名は、暁凪沙。古城の実の妹だ。

 大きな瞳が印象的な、表情の豊かな少女である。

 結い上げてピンでとめた長い髪は、一見ショートカット風にも見える。

 顔立ちや体つきは、まだ少し幼い印象があるが、中学生の平均からはそう大きく外れてもいないだろう。

 今の凪沙の格好は、ショートパンツにタンクトップ一枚というラフな格好で、その上にオレンジ色のエプロンをつけている。

 

雪菜との一件が尾を引いてしまったのか、その後古城は毎日行っている武術修行をしていたが集中しきれていない自覚があったため、頭を切り替えるつもりで、早めに切り上げて夕食の準備を手伝うつもりだったが、既に料理に取り掛かっていたようだ。

 

「今、ご飯の支度してるから、ちょっと待っててねー!」

「分かった。サンキューな」

 パタパタとスリッパの音を響かせて台所に引っこんでいく凪沙を見送り、古城も部屋の中に入る。

 現在の暁家は両親が四年前に離婚し、母・深森と古城・凪沙兄妹の三人家族だ。しかし母は研究職で、ほとんど職場から帰ってこないため、実質的には兄妹の二人暮らしである。

 また、古城も独り暮らしできる程度には家事はできるが、凪沙の方が圧倒的に上手い。そのため、炊事や洗濯などのほとんどは凪沙が一人で担っている。

 

大して物のない自室に入り、大きく息を吐き出す。

 そして、今日起こった出来事を反芻した。

 獅子王機関から派遣されてきた、監視役を名乗る少女、姫柊雪菜のことを。

 古城が幼いころからずっと望んできたありふれた平穏な暮らし。そんな未来もどうやらもう望めなくなってきたらしい。

 

はあ、と無意識のうちにため息をついていたことに気付く。ため息をつく度に幸福が逃げるらしいが、その程度のことで逃げる幸福が自分にまだ残っているとは思えないので、それ以上は気にしないよう、頭を切り替えることにする。

 

着替えて台所に行くと、凪沙が鼻歌を歌いながら、料理の途中だった。もういい匂いが漂ってきている。楽しそうに鍋をかき混ぜていた凪沙は古城が来たことに気付き、パッと振り返った。

 

「あ、古城君。もう待ちきれなくなっちゃった?ちょっと待ってね、もうすぐできるから。あ、そうだ、手を洗ったらお皿出してもらってもいい?洗濯物も中に入れておいてくれるかな。後で洗濯もするから、古城君も今日の修行が終わったんだったら、今の内に洗濯するもの出しといて。それと―――」

 

「どうどう、落ち着いて一つずつ言ってくれ。」

 

凪沙は、顔立ちもかわいらしく、成績もまあまあで家事全般も器用にこなす、出来のいい妹だ。

 しかし、もちろん欠点もある。この口数の多さもその一つだ。

 誰に対してもそうするわけではないが、心を許した相手には自然と先のようなマシンガントークになることが多々ある。

 

 古城が妹から下された指令を一つずつ片づけていると、凪沙がふと話しかけてきた。

 

「そう言えば古城君。今度、うちのクラスに転校生が来るんだってー」

「......転校生?」

「そう。夏休み明けから来るの。女の子。部活で学校に行ったときに先生が紹介してくれたんだあ。転校の手続きに来てたんだって。すっごく綺麗な子だったよ。」

「そうか」

 

古城は素っ気ない態度で返す。いくら可愛かろうと相手は中学生。元々古城には外見が整った女性の知り合いが多い上、その少女は妹のクラスメイト。完全に古城の興味の対象外だ。だが、しかし

 

「興味なさそうだけど、古城くんにも関係あるんだよ?その子、どうしてか古城くんのこと知ってたし。あたしが自己紹介したら、お兄さんはいるかって、どんな人なのかって、訊かれたんだよ?」

「......なんで?」

「あたしの方が聞きたいよ。てっきり古城君と前にどこかであったことがあるんだと思ったんだけど」

「いや、年下の、最近島に来たような知り合いはいないと思うが......」

 

古城は腕を組んで考え込む。どうにも漠然と嫌な予感がする。

 

「で、お前はなんて答えたんだ?」

「一応ちゃんと説明しておいたけど。あることないこと」

「なにぃ?」

「ウソウソ、本当のことしか話してないから。前に住んでた街のこととか、成績とか、好きな食べ物とか、本土にいるころに道場に通ってたこととか、矢瀬っちとか浅葱ちゃんのこととか、あとは初恋の話もしたかなあ」

 

淀みなく答える凪沙に古城はいらいらとした口調で

 

「お前な……なんで初対面の相手に他人(ひと)のそういうことまで話すんだよ?」

「だって可愛い子だったし?」

 

全く悪びれた様子がない。予想された答えではあった。ただでさえ誰かと喋りたくてうずうずしているこの妹に、秘密を守らせるのは至難の業なのだ。そのくせ本当に言いたいことは、決して口にしようとしない難儀な性格なのだが。

 

「女の子が古城君に興味を持つなんて、珍しいからさ、お役に立てればと思ったんだよね」

「......単にお前が話したかっただけだろ」

 

古城は投げやりな態度で息を吐くが、今日学園であった少女のことが頭に浮かぶが一応一縷の望みをかけて凪沙に質問する。

 

「で、その転校生はなんて名前だったんだ?」

「うん、なんか変わった名字だったよ。えっと、......王女様みたいなヒラヒラした感じの」

「ヒラヒラ?......もしかして姫柊か?」

 

ますます膨れ上がる不吉な予感に、古城が苦々しく訊き返す。凪沙が表情を明るくして、

 

「あ、そうそうそれ。姫柊雪菜ちゃん」

「......あいつが凪沙のクラスの転校生......だと!?」

「そうだよ。やっぱり古城君の知り合いだったの?今日来た転校生とどうやって知り合ったの?凪沙にもちゃんとわかるように説明してよ、ねえ!」

 

 興味津々と言った体で瞳を輝かせて質問攻めにしてくる妹を適当にあしらいながら、古城は明日からの日常に思いを馳せ、心の中で叫んだ。

 

「ふ、不幸だ――――」

 

 

 

......ネタに走れる分まだ余裕はあったのかもしれない。

 




やっと一日が終わった!次話はどうしよう。

この作品は無計画にできている(おい、問題発言!)



先日活動報告で挙げましたし、感想欄で質問もあったので、今日はアンチ・ヘイトについて書きます。
この作品のアンチ対象は原作の特定の人物というわけではありません。
しいて言うなら他人を一方的に道具として利用しようとする、日本政府を含めた一部政治家やテロリスト、それに近い思想で動いている者全体でしょうか。主人公にこういった設定を付け加えるとこうなるんじゃないかという具合の後付け設定なので今後どこか矛盾が出てくるかもしれません。実際そういうのって見極めるのは難しいでしょうし。今後おかしな点に気付いたときはご指摘いただければとも思っています。



話は変わりますが、いま多くのハーメルン作者もプレイしている「Fate/Grand Order」私もプレイしています。この一年ほどで以前よりレア度の高いサーヴァントが手に入りやすくなったなあ、と思っていたのですが、今回の復刻からのハロウィンイベントでは敗戦続きです。ここ一週間ほどで諭吉様が三名ほど逝去なされましたが、刑部姫はもちろんイベント礼装もほとんど手に入らず、気分を変えて剣豪ピックアップにも挑戦しましたが、ピックアップサーヴァントは手に入りませんでした。今月の給料あんまり多くないので、ちょっと泣きが入りそうです。みなさんはどんな塩梅だったでしょうか。

最後に、ここ最近は気温差が激しく体調を崩しやすくなっていますが、皆さんお身体は大丈夫でしょうか。
どうかお気を付けて。

それでは次話でお会いしましょう。今後ともこの作品をよろしくお願いします。


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遅くなってしまい、大変申し訳ありません。前話を投稿してすでに半年以上たってしまいました。もうこのSS更新しないんじゃないかと思われていた方も多かったんじゃないかと思います。一応この話自体は結構前から書いていたのですが、細部をどんな感じにするかに詰まってしまいました。この話を投稿する際に前話を一部変え、内容も少し足しました。今話はまだあまり関係有りませんが、そのうち変更した部分がつながってくると思います(他人事のような言い方で申し訳ありません)。

また、長々とお待たせしてしまった割に短いですが、どうかご容赦を。


 

下は全面畳敷き、壁は漆喰と障子だけの何もない、とある町の道場。

そこでは10歳前後の少年と少女が組み合い、年齢はまちまちだが2人を眺める大人たちがいた。

 

一見、少年と少女が組み合っていると聞けば、子供にありがちな取っ組み合いのけんかを連想するが、その実、武術の経験がある者から見れば、いや素人でもその動きを見れば、2人が年齢に不釣り合いな組み手をしているのがわかるだろう。少女がスピードと身軽さを活かして跳び――むしろ、飛び――ながら攻撃するのに対し、少年も畳に足をつけながらも、少女の三次元的な動きの全てに対応し、攻撃できる隙をうかがっている。

 

そしてそんなやり取りを1分ほど続けたころだろうか。転機が訪れる。少女が勝負を決めに行くため、ひときわ高く飛び、かかと落としをみまいにいく。少年はその判りやすい軌道にカウンターを合わせ、受け流しがら拳を少女の顔の手前で寸止めをする、否、させられていた。少女も少年の腕を両手でつかんで、鍔迫り合いの体勢に持ち込んだのだ。だがこのままなら、力の差で勝てると少年は自身の勝利を確信していた。ただし、少女の蹴りが少年の腹を刺すように寸止めされているのに気付いていないからだが。組み手は、少女の勝利で終わった。

 

終わりの礼をしたのち、少女は道場を後にし、少年は敗北を悔やむ暇もなく、観戦していた大人たちに笑われながら指導を受けた。少年は負けて悔し涙を流すというよりも、大人たちの悪意はないが容赦のない言葉と、ただでさえ命の危機を感じさせる修行がさらに厳しくなることが確定したあまり、涙を流すことになる。

 

慣れてしまったいつものやり取り。突っ込みどころは多いが、どこか微笑ましさもある。そんな日常が続いていくと、まだ幼かった少年は疑っていなかった。ましてや、それを自身の手でその日々を穢すことになるなど、言われても信じることなどできなかっただろう。

 

破綻するときはまもなくやってきた。

 

 

 

 ―――――どこまでも沈んでいく。

 

其処は暗く、底は昏かった。

ここはどこまでも果てがなく、光も音も何もない。

否、ここには上下なんて概念はなく、そもそも認識ができる者などいるはずはない場所で。

 

もともと「有」がないここは「無」ですらない「 」。

形容する意味さえない「 」にとって、「在る」自分はお互いにとってどこまでも異端で、どこまでも毒でしかない。だから消えていくことであるべき形に戻るしかない。

 

自分が消えていくのにひどく穏やかで満ち足りていた。

ここには「意味」さえないから、「在る」だけで完璧で、このまま身を任せるのが一番楽で最も正しい選択だ。そもそも意識を持って何かを感じているというのがおかしいのだから。

......けれどそれが『俺』には我慢がならなかった。

何かをしようとして、それが果たせていないのなら、ここでなくなるのはあってはならないことだ。

 

それは微睡みに抗うというよりも、戦いの時間(とき)に似ていて、......永遠に続いていたようにも感じられた。

 

 

―――永い刹那の瞬き

 

『俺』はそこから引き上げられ、胸に氷槍を深々と突き刺された。

目の前にあったのは、妖精のような美しさを湛えた少女。角度によって虹のように様々な色にみえる金髪に、焔のようでありながらひどく冷たい蒼く輝いた瞳が自身をトラエテいた。

 

 

――――――脳をおかされるような夢を視た

 

 

気怠い眠りから古城は目を覚ました。

背中が汗でひどく濡れているのを感じる。夢の内容は覚えていないが、どうやらかなり魘されていたらしい。

 

背中が気持ち悪いので早いところシャツを替えようと、電気も点けずに脱衣所へと直行。着替えるついでに台所で水を飲む。

時計を見てみればまだ午前2時半。日が昇るだいぶ前、いつもの起床時間よりも1時間以上早い。

 

吸血鬼は怪談に出てくるように、本来は夜型の生物で、今はまだ活動時間なのだが、数時間もすれば就寝の頃合いになる。小学生の時から健康志向のお年寄り顔負けの早寝早起きが日常だった古城もそこは変わらない。そのためここで寝るのは難しいだろうし、寝ても後で起きられなくなるのは確実なので、少し早いがこの時間から日課の走り込みを始めることにする。

それだけ聞けば、時刻は別にすれば普通のことのように聞こえるが真実は異なる。

 

古城は自分の部屋から大きな地蔵(...)を三つほど持って外に出ると、それを背中に括り付け、至極当然のことのように走り出した。

普段は抑えている身体能力を全開にして走っているので、古城にとっては日常でも、傍から見れば色々と異常な光景だという自覚はあるので、いつも人目につきそうな時間になる前に切り上げるが、今日は起きた時間が時間なのでその分長く走る。

走り込みが終われば昨日よりも少し重くした各種基礎修業。吸血鬼は不老不死のため、肉体的に衰えることはないがその反面、成長することもない。それでも体の動きを確認することはできるし、基礎を積み上げることもできる。組み手や指導を受けることが出来ない現状(いま)はとにかくそれを繰り返す。

 

それらを6時頃まで続けて家に戻る。

 

家に戻ると凪沙はまだ寝ているようだったので、起こさないよう注意しながらシャワーを浴びて汗を流した後、朝食の準備をする。

使っていい材料が分からないので、簡単に生野菜を手で千切ってサラダを用意し、フライパンに卵を落として目玉焼きを作っていると、ちょうど凪沙が起きてきた。2人分の朝食を作り終え自分用のコーヒーを入れた古城も席に着く。

 

「古城君起きてたんだ。ご飯まで作ってくれるのは珍しいね」

「今日はいつもより早く起きたからな。お前も今日朝練あるんだろう。そろそろ支度しろよ」

「たまたま早く起きたっていう割にかなり疲れてそうだけどもしかして寝てないの?寝てもいいけど、明日からまた学校なんだから休みでもあんまりダラダラしないようにね」

 

春先に真祖になって以来、昔と違って朝がかなり弱くなっている。凪沙には単に梁山泊を出てから時間がたって気が抜けてきたと言って何とか無理やり納得させてはいる。

これは体力の問題というよりも、単純に頭が働かないことが原因にある。実際学校があるときは週に1、2度早くに起きれずに鍛錬ができなかったりするときもあった。今日のような場合はそれこそ徹マンに近いものがある。おかげでかなり顔に出ていたようだ。

とりあえず火傷するような熱いコーヒーに口をつけなんとか頭を働かせようとする。

が、妹の次のことばで結果的にその必要はなくなった。

 

「お夕飯に雪菜ちゃんの歓迎会をするから。メニューは寄せ鍋。今日一日家にいるなら、買い物お願いするね。具材は古城君におまかせするから」

 

いつものように相手のことをおかまいなしにまくしたてて出て行った(基本的に口数が多いのは親しい間柄の相手だけなのであまり問題にはならないが)。残された古城は妹が発していったことばの意味を何とかのみ込むと、天井を仰ぎ見ながら信じてもいないどこかの神を呪った。

 




近いうちに活動報告でちょっとした発表をします。


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