劣等生と異界の魔術師 (セロリ畑)
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入学編 入学編1 外国人新入生

プロローグを飛ばして本編開始。

9/3:傍点を追加。
9/15:誤字報告を確認、修正。


 国立魔法大学付属第一高校の校門前。

 入学式と表示されている電光掲示板の脇を一組の男女が通りすぎた。

 殆ど背の変わらない二人──少女の方が少しだけ背が高いが──に対して、その場の老若男女の一切を問わず視線が向けられる。

 濃さの違う金色の髪を靡かせる二人組の顔立ちは、明らかに日本人のものではなかった。

 そして真新しい第一高校の制服を着ている彼らが、新入生だと察するのは簡単だろう。

 

 ならば何故注目を集めているのか。

 それは現在の世界情勢から鑑みて、外国人が魔法科高校に入学するなど、ほぼ有り得ない事だからだ。

 交換留学でさえ極々稀となった今、二人もの外国人が堂々と歩いていれば、好奇の視線に晒されるのも仕方のない事と言えよう。

 

 また、彼らの容姿が平均を軽く越える水準で整っているのも理由の一つと思われる。

 男子生徒は茶金色で揃った髪と瞳、耳に覗いている青いピアスのようなものが幼めの顔立ちを大人らしく見せていて、立てられた制服の襟が彼のこだわりを強く表している。

 女子生徒は金髪碧眼を文字通り体現しており、10人中10人が振り向くような美貌、後ろに靡く透き通った金髪に自己主張し過ぎない程度に飾りの付いたカチューシャ、制服の上からでも分かるはちきれそうな大きさの胸、引き締まった長い脚と、見た目に非の打ち所が無い美少女だった。

 

 故に二人には四方八方から視線が浴びせられているが、全く気にせずに歩きながら、女子生徒が男子生徒に話しかける。

 

「入学試験以来だったので早めに来ましたが……少し早すぎましたかね」

「確かにね。式のリハーサルが終わるまで、のんびり校内を散策でもしようか」

「はい……しかしテオドール様と一緒にこういった学舎に通える日が来るとは思いもしませんでした」

「俺もだよ。グレイスと二人で青春を送れる日が来るなんてね」

「……贅沢を言うなら同じ教室で、共に学べれば良かったのですが……」

 

 グレイスと呼ばれた女子生徒は少し気まずそうに自身の胸を、正確には制服の左胸を見る。

 テオドールと呼ばれた男子生徒のブレザーには、同じ位置に八枚の花弁をデザインした第一高校のエンブレムがある。

 しかしグレイスの視線の先には、それがない。

 

「気にしなくていいよ。クラスが違っても授業以外は一緒に行動出来るだろうしさ」

「それは、そうですが……その……」

「二科生と一緒だと、一科生の俺に迷惑がかかる、とか思ってる?」

「…………はい」

「グレイス」

 

 俯いて立ち止まってしまった少女の頬に、少年は自らの手を添えた。

 彼女が驚いたように顔を上げた先で、彼の優しい瞳に視線が交差する。

 

「俺はグレイスを、誰よりも知ってるし想ってるつもりだ」

「っ」

「むしろ俺の方が我慢出来ないかもしれない。魔法力しか計らない試験のせいで、グレイスが侮られるなんてな」

 

 一瞬だけ、瞳に燃え盛るような怒りを宿したテオドールは次の瞬間にはまた優しい光を戻し、グレイスを見つめる。

 

「恐らく俺がグレイスと一緒に居る事を快く思わない者は結構居るだろう。それぐらいこの学校に根付いた差別意識は顕著だからね」

「…………」

「けどさ、そんな奴らはそもそもこっちから願い下げだよ。グレイスに近寄らせたくもない」

「テオドール様……」

 

 自分の事だけを想ってくれている目の前の少年の言葉に、少女は自らの顔が熱くなるのを感じる。

 熱く、けれど温かな感情に、彼女は頬に添えられている彼の手に、自身の手を重ねた。

 

「それにこれは二科生と一緒に居ても気にしない、差別意識の無い友人を作るチャンスだって考えてる」

「それは……確かにそうですね」

「だろ? だからグレイスも、もうちょっと気楽にいこう、って話」

「……ふふっ。了解しました」

 

 穏やかに笑うグレイスは彼の手を取り、手の甲にキスをする。

 テオドールも苦笑しながら、お返しとばかりに彼女の手の甲にキスを落とした。

 一部始終を見ていた周囲の人々が黄色い歓声を上げるのを気にする事無く、二人は校内散策へと歩みを進めて行く。

 この直後に校門前で別の一組の男女が言い争う姿も目撃されるが、先の二人よりは注目度が低かった。

 

 

 

 

 妹と別れた司波達也は、入学式までの待ち時間を中庭のベンチで読書をしながら暇を潰していた。

 三人掛けベンチの端に座っていた彼は、ふとこちらに近づいている気配を察知する。

 人通りが少ない訳ではないこの場所に近づく者がいるのは不思議ではなかったが、明確に自分の方に向かってくる人は初めてだった。

 二人組のようなので恐らく座る場所を探していたのだろうと当たりをつけ、何となく気配を感じた方向に視線を向ける。

 向かってきた二人を見た達也の表情に、少なからず困惑と動揺が見られても仕方はなかった。

 何せ日本の魔法科高校で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を着ていたのだから。

 その視線に気づいた外国人二人組は、そのまま近寄って来て、男子生徒の方が全く悪意の感じられない笑みを浮かべて問いかけてきた。

 

「すみません、お隣は空いていますか?」

「……え、ええ、どうぞ」

「ありがとうございます。グレイス、座ろう」

「はい。失礼しますね」

「いえ……」

 

 綺麗な日本語で揃って友好的な笑みでお礼を言われ、達也は戸惑いながらも少しの間で落ち着きを取り戻し、読書に戻る事には成功した。

 しかし隣の二人組が気になる……と言うよりは警戒してしまう思いは避けられず、怪しまれない程度に観察してしまう。

 男子生徒はベンチに腰を下ろすと軽く伸びをしており、女子生徒は手荷物らしい鞄から銀の筒と木の入れ物──恐らく水筒とコップ──を取り出している。

 彼女はそのまま水筒から幾つかあるコップに中身を注ぎ、一つを男子生徒に手渡すと、何故かもう一つを達也へと差し出してきた。

 

「良かったら如何でしょうか?」

「……頂きます」

 

 一瞬毒か何かでも入れているのかと疑い、明らかな善意のみで分けてくれているのだと感じとった達也は、疑った事への若干の気まずさと共に木のコップを受け取った。

 湯気を立てているそれを紅茶と判断した彼は何の気も無しに口を付けて……固まってしまう。

 

「…………美味い」

 

 その言葉は達也としてはとても珍しい事に、無意識に口から漏れたものだった。

 彼は少なからず、自身が舌が肥えていると思っている。

 それは妹の深雪が食に凝っているからであり、家の出からしてもそこそこ以上に良いものを飲み食いしてきた自覚があったからだ。

 そんな達也にして、目の前に出された紅茶はかつてないほどに洗練されている。

 漏れ出た感想に対してか、二つの小さな笑い声が達也の耳に入る。

 思わず隣を見ると、女子生徒が心から嬉しそうな笑みを、男子生徒は苦笑いに近い笑みを浮かべていた。

 

「いや失礼。美味しいでしょう? 彼女はこだわり出すととことん極めるまで取り組むんですよ」

「ああ……これは素直に驚いたよ。少なくとも俺が今まで飲んだものの中で一番美味い」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 この現場を達也をよく知る者が見れば、目を疑ったに違いない。

 何故なら彼が驚愕と感嘆の混ざった表情で、最高の評価をしているのだから。

 口調が崩れているのも、本心からそう思っている証拠であり、彼自身も客観的に自分を見て驚きが隠せないだろう。

 そんな彼の内心は露知らず──少なくとも表面上は──男子生徒は苦笑しつつ、達也へと向き直った。

 

「と、自己紹介がまだでしたね。僕はテオドール・ガートナー。宜しくお願いします」

「テオドール様の従者をしております、グレイス・フラムスティードと申します」

「あ、ああ、司波達也です。こちらこそ宜しく。同じ新入生だし、敬語は要らないぞ」

「んー、ならそうさせてもらうよ。ファミリーネームより名前で呼んでほしいかな」

「私もグレイスとお呼び下さいませ。話し方は普段通りでこれなので、お気になさらず」

「オーケー、テオドール、グレイス。俺も同じ学年に妹が居るから達也で構わない」

「オーケー達也。妹が同学年って事は双子?」

「いや違う。俺が四月生まれで妹が三月生まれなんだ」

「ふむ、ある意味双子より珍しいな」

「ああ、少しずれれば学年は違っただろうね」

 

 紅茶や自己紹介で気が解れたのか、三人は短時間の間にかなり打ち解けていた。

 とはいえ、達也は警戒を解いていない。

 外国人が日本の魔法科高校に通うなど、普通はあり得ない事を流すほど彼は無用心ではなかった。

 

「ところで……聞いても良いか分からないが、二人は何故日本の魔法科高校に? 珍しいなんてものじゃないだろう」

 

 表情の変化一つ見逃さないようにして聞いた問いに……テオドールは苦笑い気味の顔をしつつも、気にした素振りもなく答えた。

 

「あー、厄介払いみたいな感じかな」

「厄介払い?」

「そう。俺は所謂妾の子ってやつでさ。高校進学の歳って事で、日本の知り合いに預ける名目で追い出されたんだ」

「…………済まない、それは悪い事を聞いた」

「気にしてないよ。で、グレイスはそんな俺に着いてきてくれたんだ」

「テオドール様の側が私の居場所ですから」

「……仲が良いんだな」

「うん、まあ、ね」

 

 グレイスに寄り添われて、達也に生暖かい目線を送られたテオドールは、照れたように頬を掻いた。

 この段階で達也から二人への警戒心は限りなく低くなった。

 完全に解いてはいないが、感じた限りで話に嘘偽りはなさそうだと判断した為だ。

 それからは何事もなかったかのように世間話を続けていると、意外と時間が経っていたらしく、達也の端末からアラームが鳴る。

 それが入学式まで後三十分を示すものだと二人に告げ、折角だから一緒に行こうとグレイスがコップを回収してベンチから立とうとした所で声を掛けられた。

 

「新入生ですね? 開場の時間ですよ」

 

 三人が声の主に視線を向けると、一人の女性がそこに居た。

 左腕にCADが巻かれているのを見て、彼女が生徒会役員か特定の委員だと達也は判断する。

 

「ありがとうございます。すぐ向かいます。行こうか、二人とも」

「ああ。それでは失礼します、先輩」

「失礼致します」

「……はい。また会いましょうね」

 

 そそくさとその場を離れる三人の背中にそう声をかけた女生徒……七草真由美は、彼らを見送りながら一人声を漏らす。

 

「……テオドール・ガートナー君と、司波達也君、か」

 

 名乗られていない新入生の名を呟いた少女は小さく笑うと、その場を後にした。

 




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入学編2 入学式とテオドールたちの成績

 後半ちょっと暗め。
 早くテオドール無双&達也無双したい。

9/3:傍点を追加。


 入学式会場の講堂に入った三人は、半分以上埋まった座席を見渡して軽く眉を潜めた。

 

「これは酷いな……」

 

 思わず呟いた達也の言葉に、テオドールとグレイスも同じ感想を抱く。

 新入生たちは座席指定がないにも関わらず、半分より前が一科生、後ろが二科生とはっきり分かれていたからだ。

 

「嘆かわしいな。たかが入学試験の結果でここまで差別意識が生まれるなんて」

「虐げている側だけでなく、虐げられている側にも根付いているのですね」

「……二人とも、その話は後にして先に座らないか?」

「ああ、そうだね」

 

 外国人新入生の酷評が聞こえていた周りがギョッとしている。

 それに気づいた達也が言外に注目を集めていると伝えると、二人は悪びれた様子もなく形式上の軽く頭を下げる謝罪を行った。

 その光景に呆れながらも、達也は一番後ろで一列全て空いている席を見つけていた。

 

「ここが空いているな……一応聞いておくが、テオドールもこっちに座るのか?」

「そのつもりだよ。自由席だしね」

「そうか。まあテオドールはどこに居ても目立ちそうだしな」

「そうかな?」

「私もそう思います」

「あはは……それより座ろうか」

 

 知り合ったばかりの達也だけでなく、最も付き合いの長いグレイスにまで同意されてしまったテオドールは、乾いた笑いを返して二人に席に着くように促した。

 入ってきた通路側から順に、テオドール、グレイス、達也の並びで座ると、周りからの目が集中する。

 主に視線を集めているのはテオドールとグレイス。

 テオドールに対しては一科生からの怪訝や非難を含む視線に、二科生からの困惑と意外感を籠めた視線。グレイスは主に男子生徒の色を帯びた視線を集めていたが、本人たちは全く気にしていない。

 

 逆に達也に視線を送る者は殆ど居なかったが、何となく自分も見られている気がして居心地が悪いと感じ前を向いていた。

 

「あの、お隣は空いていますか?」

 

 そんな達也の状況を知ってか知らずか、反対側の席の方から声が聞こえた。

 そちらを向いて確認すると、声の主の女生徒は間違いなく自分へ言葉を向けている。

 隣の二人に視線を向けると問題ないと頷かれたので、達也はどうぞと許可を出した。

 

 注目を浴びかねないだろうに何故この場所に……とは思ったが、それは本人の勝手だと自己完結する。

 

「ありがとうございます。あの、私、柴田美月っていいます。宜しくお願いします」

 

 ……が、座りながら少し緊張気味に自己紹介をした少女の様子から察するに、気を張っていて周りが見えていないだけのような気もした。

 これは言わない方が良いのだろうが、恐らく手遅れだと思いつつ、達也も挨拶を返す。

 

「司波達也です。こちらこそ宜しく……それでこっちの二人だけど」

「えっ? ……あっ、外国の方!?」

 

 思わず声を上げてしまったというような彼女の反応を見て、やはり気づいていなかったかと達也は納得し、テオドールとグレイスは苦笑を漏らしていた。

 

「驚かせてしまったようで申し訳ありません。私はグレイス・フラムスティードと申します」

「テオドール・ガートナーです。宜しくお願いします」

「よ、宜しくお願いします!」

「おー、これはまた美男美女な外人さんコンビじゃん! あっ、あたしは千葉エリカ! 宜しくね!」

 

 ペコリと音が聞こえそうなほど頭を下げる美月の横から、ひょっこりと明るい髪色の少女、千葉エリカが顔を出す。

 異質な存在である自分たちに対して物怖じも人見知りもしていない彼女の態度に、テオドールたちは好感を抱いていた。

 

「っていうかテオドール君……んん、ちょっと長いしテオ君って呼んでもいい?」

「構いませんよ。テオドールの愛称ですしね」

「ありがとー。それでテオ君。一科生なのにこっちに居ても良いの?」

「席は決まってませんからね。一科生二科生の差別に興味もありませんし、なによりグレイスや、折角知り合えた達也と離れる理由もありませんでしたから」

「面倒な奴らに目を付けられちゃうかもよ?」

「既に目立っていますし、今更ですよ」

「あはは、それもそうだね」

 

 テオドールとエリカが友好的に話しているのを、二人の間の三人はそれぞれが違った反応を示しながら聞いていた。

 美月はテオドールに差別意識がない事への安堵と、エリカの遠慮の無さすぎる態度への呆れの混ざった溜め息を。

 達也はこの空間に挟まれている事に対して再び居心地の悪さを感じて無言を貫き。

 グレイスはそんな彼らを微笑みながら見守っていた。

 

「二人とも、そろそろ入学式が始まるぞ」

 

 その中で無言だった達也が声を掛けたのは、時間的にそろそろお喋りを止めた方が良いと思う親切心……というよりは入学早々この集団の一員として、目を付けられたくないが故の自己保身から来た忠告だろう。

 ……深雪の存在や既に生徒会長に認知されている時点で最早手遅れなのだが、今の彼にその事実を知るよしはなかった。

 達也の言葉に否を返す必要も意味もないと分かっているテオドールとエリカは大人しく席に座り直し、他の三人と共に前に向く。

 そのまま特に特別な事もなく、入学式は始まっていった。

 

 

 

 

 つつがなく終わった入学式の後、達也やテオドールたちは別れる理由も無かったので一塊になってIDカードの交付受付へと向かった。

 女性陣、男性陣の順に受け取り終えると、エリカがワクワクした顔で全員を見回す。

 

「ねえねえ、みんな何組だった?」

「僕はA組ですね」

「私はE組です」

「あっ、私もE組です!」

「俺もE組だな」

「あたしもE組! テオ君は一科生だから仕方ないけど、他の皆は揃うなんて凄い偶然だね!」

 

 オーバーに手を上げて喜ぶエリカに、動作は無いにせよ嬉しそうな美月。

 達也はそんな二人を入学式というイベントに酔っているのだろうなと少々捻くれた感想を抱き、テオドールは彼女たちを微笑ましげに見ていた。

 と、そこでテオドールはグレイスが少し残念そうにしているのに気がつく。

 

「やはりテオドール様とは違うクラスなのですね……」

「気にし過ぎだよグレイス。朝も言ったけど、授業以外は一緒にいるからさ」

「しかし……それではテオドール様が他のご学友と親睦を深める時間が少なくなってしまいます」

「俺がグレイスを優先したいんだから、遠慮されたらその方が困るよ」

「テオドール様……」

 

 軽く頬を染めながら見つめ合う二人。

 往来の中でそんな光景を広げる彼らに、他の三人は何とも言えない視線を送っている。

 

「ねえ司波君。この二人ってやっぱりそういう関係?」

「グレイスがテオドールの従者をしているとは聞いたが、それ以上は知らないな」

「主人と従者の禁断の恋……ロマンチックですね……!」

「チョッと美月? 一人でエキサイトするのは止めた方が良いよ?」

「へっ!? そ、そんな事してないよ!?」

「…………四人とも、そろそろ周りの邪魔になるからその辺にしておけ」

 

 エリカと美月までじゃれついては収拾がつかなくなると思った達也は、溜め息を吐きそうになりつつも、呆れるような声で皆に呼び掛ける。

 全員自覚はあったらしく、苦笑いや気まずそうな顔をしながらも、その呼び掛けに従っていた。

 

「ごめん達也。気苦労を負わせたよな」

「申し訳ありません」

「いや……分かってくれれば良いさ。見知らぬ国に二人だけと言うのは心細いだろうしな」

「そ、そうですよね……私だったら不安で気が休まらないと思います」

「ならさ、あたしたちがテオ君やグレイスに馴染んでもらえるように頑張ろうよ!」

「あっ、それは良い考えだねエリカちゃん」

「……俺も出来る範囲でなら協力しよう」

「……あー、うん、ありがとう」

「ありがとうございます」

「あれー? テオ君ってば照れてるのー?」

「いや、まあ……」

「ふふ、良かったですねテオドール様」

 

 ぽりぽりと頬を掻くテオドールに周りが温かい眼差しを向けている。

 落ち着いた印象を受ける少年の見た目相応に見える反応に、エリカや美月は親近感が沸いていた。

 ……因みに、達也は自身が更に年齢よりも落ち着いている事を自覚しているので、逆の意味で多少の親近感を感じていたとか。

 

「さてと、これからどうする? ホームルームに行ってみる?」

 

 かなり遠回りになったが、エリカの質問で全員がこの後の予定へと意識を向けられた。

 そこで達也は全員の視線が何故か自分に向いている事に気がついた。

 エリカと美月はともかく、グレイスやクラスの違うテオドールさえ彼の判断を待っているらしい。

 いつの間にこの濃いメンバーを牽引する立場にされていたんだろうか……と頭痛を感じながら、自らの予定を告げる。

 

「悪い、妹と待ち合わせをしているんだ」

 

 深雪と帰る約束をしている達也に、必要以上の時間的拘束はあまり好ましいものではない。

 しかし、かなり遠回しにされた言葉の真意を理解できたのは、事前に彼の妹が同学年だと知らされていたテオドールとグレイスだけで、エリカや美月に関しては提供された話題に興味を持ってしまった。

 

「へぇ……司波君の妹なら、さぞかし可愛いんじゃないの?」

「俺の妹なら、の意味はよく分からないが……身贔屓無しでも可愛いんじゃないかな」

「あっ、もしかして、新入生総代の司波深雪さんですか?」

 

 何かに気づいたような美月の問いに、達也は頷く事で答えを返す。

 それを見たエリカは驚いたような顔を、テオドールとグレイスは納得といった表情をしていた。

 

「あの子が件の妹さんか。じゃあさっきの際どいフレーズ満載の答辞は達也の事を思ってのものだったのかな」

「兄想いの素敵な妹様なのですね」

「まあ……そうかもしれないな」

「っていうか二人は双子なの? 顔立ちはあんまり似てなかったみたいだけど」

「テオドールたちには言ったけど、双子じゃないよ。俺が四月生まれで妹が三月生まれなんだ」

「ふーん、司波君たちのお父さんとお母さんは仲良しだったのね」

「ちょ、ちょっとエリカちゃん……女の子なんだから……」

 

 あまりにも直接的な物言いに美月は顔を赤らめて、テオドールとグレイスは苦笑いに失敗したような微妙な表情になる。

 言われた本人である達也は、両親が仲が良いとか悪いとか以前に無関心の間柄だった事を知っているので、聞かなかった振りをして話を逸らすしかなかった。

 

「それにしてもよく俺と深雪が兄妹だと分かったね。柴田さん?」

「えっと、お二人はオーラの面立ちがよく似ていましたから……」

 

 自信無さげにこぼされた美月の言葉は、達也の頭を冷やすのに十分な力を持っていた。

 メガネを掛けていた彼女が霊子放射光過敏症ではないかと疑ってはいたが、まさかオーラの面立ちが判別出来るほどのものだとは思っておらず、警戒していなかったのだ。

 

「……柴田さんは、本当に目が良いんだね」

「えっ? 美月、メガネ掛けてるよ?」

「そういう意味じゃないよ。柴田さんのメガネには度が入ってないだろ?」

 

 達也の台詞に美月は目を見開いて、固まっている。

 その瞳に若干の怯えが見えたのは、恐らく達也の表情に少なからず警戒心による鋭さがあったせいだろう。

 

「なるほど、柴田さんのメガネは霊子放射光過敏症対策用のものだったんですね」

「あ、見え過ぎ病ってやつ? オーラが分かるなんて、美月って凄いんだね」

「そ、そうかな?」

 

 なのでテオドールが軽く二人の間に入ってそう言ったのは、微妙な空気が流れそうなのを防ぐ為だ。

 疑問が解消されたエリカが声を発したのも、丁度良いタイミングになったらしい。

 美月自身も苦笑い程度の反応になった事で、場が変に気まずくはならずに済んだ。

 自身が雰囲気を悪くしかけた事に気づいた達也は、間に入ってくれた少年に小さな声で「済まない」と謝罪して、テオドールも頭を振りつつ「構わないよ」と返した。

 

 しかし仮にテオドールが入らずとも、そこまで場は乱れなかっただろう。

 

「お兄様! お待たせしました」

 

 達也の待ち人である深雪が、五人の下へ駆け寄りながら声を掛けてきた為だ。

 いの一番に兄の下まで来た妹は、そのまま彼の懐へと飛び込んでゆく。

 その反動を抑え、深雪に衝撃が無いように受け流しながら抱き締めているのを見て、テオドールやグレイスは少なからず感嘆していた。

 

「お疲れ様、深雪。早かった、ね?」

 

 深雪の頭を撫でながら発された達也の言葉が疑問系になってしまったのは、妹が後ろから予定外の同行者を伴っていた為だ。

 その先頭にいる女生徒に見覚えがあったのは、彼と外国人新入生の二人。

 三人と視線が合ったその少女……七草真由美は、にっこりと笑みを浮かべていた。

 

「こんにちは、お三方。また会いましたね」

「……いえ、先ほどは挨拶もせずに失礼を。俺、いえ、自分は……」

「司波達也君、よね?」

「…………ご存知でしたか」

「ええ、司波君と後ろのお二人……テオドール・ガートナー君にグレイス・フラムスティードさんの三人は先生方の間で噂で持ちきりでしたから」

「本当ですか!?」

 

 その言葉に一番に反応したのは、達也の胸の中で恍惚の笑みを浮かべていた深雪だった。

 勢いよく真由美の方へと振り向いて、詳細を聞きたいとばかりに目を輝かせる彼女は、兄の噂が良いものであると確信しているのだろう。

 ……達也がその逆に、首席合格の深雪の兄でありながら落ちこぼれである、という噂だと思っているなどと知れば、彼女は兄に対して説教するに違いない。

 

 温度差がある兄妹を微笑ましく思いつつ、人懐こい笑みを浮かべた真由美は人差し指を立てながら解説を始める。

 

「ええ。まず司波君は入試七教科平均、100点満点中98点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学ね。合格者の平均が70点にも満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点! 前代未聞の高得点ですね」

 

 彼女の言葉で周囲の生徒、特に新入生の一科生が驚愕して達也に注目する。

 実際に自分たちが解いたものなので、それがどれほど凄い事なのかが嫌でも分かってしまったからだ。

 一科生たちの反応を見て、深雪は心の底から誇らしげにしていると達也には感じられた。

 

「そして外国人新入生のお二人、ガートナー君は七教科の平均が100点満点中90点。魔法理論と魔法工学も小論文では点は落としましたが平均越えの88点に86点。フラムスティードさんも七教科の平均は80点で、司波君には及びませんが二人とも十分に優秀な成績を残しています」

 

 そして続いた言葉に、今度は達也が関心する番だった。

 外国の教育方針や進度を詳しく知っている訳ではないが、魔法科学校受験の難易度は日本がトップクラスなのは聞いた覚えがあったのだ。

 そのうえ更に日本語を覚える手間もある。

 どれほどの勉強に励んだかは分からないが、少なくとも並大抵の努力で取れる点数ではないと、達也は二人の方を向きながら評価を大幅に上方修正した。

 

 けれど何故か、当人たちは苦笑い気味の表情をしている。

 ……そして、彼ら以上の苦々しい顔の真由美が告げた次の言葉で、その疑問を吹き飛ばされた。

 

「……加えて、ガートナー君は実技試験全ての項目で過去最高を大きく上回る圧倒的な評価を出していて……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、新入生の首席だったほどの人物です」

 

 この場の空気が止まってしまった錯覚。

 真由美に、テオドールとグレイス以外の人々が、そんな感覚を味わっていた。

 驚愕を越えて唖然としてしまった彼らは、件の二人……正しくは一人の外国人の少年へと視線を向ける。

 色々な感情が籠っている視線を受けたテオドールは、軽く笑みを浮かべ、真由美へと言葉を紡いだ。

 

「高い評価をして頂いてありがとうございます。改めまして、テオドール・ガートナーです。グレイス共々、宜しくお願いします」

「生徒会長の七草真由美です。こちらこそ宜しくね……時代遅れの制度で本当にごめんなさい」

「七草先輩のせいではありませんし、お気になさらず」

「……ありがとう。それじゃあ今日のところはこれで。フラムスティードさん、司波さんに司波君もまたいずれ」

「……あ、は、はい……」

 

 深雪が辛うじて返事を返したのに対して軽く微笑み、真由美が立ち去っていった。

 それを見て彼女に付いてきていた生徒たちも、慌ててその後ろに続いてゆく。

 

 残されたのは六人。

 そのうちの達也、深雪、エリカ、美月の四人は、集団を見送るテオドールと、彼の側に寄り添うグレイスへと、どう言葉をかければいいのか分からなかった。

 




 根本的な差別はどこにでもあるのだろう、という話。

 まあテオ君は殆ど気にしませんけれど。


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入学編3 交流とそれぞれの思惑

三話かかってまだ一日目という。
色々気になる所は入学編の後に。


「こう……特に気にしてない事を謝られると反応に困るもんだね」

「……会長の立場からすれば、謝らない訳にもいかなかったんだろうな」

「そういうものかな」

 

 真由美に声を掛けられる前までと変わらない声色で苦笑するテオドールと、肩を竦めながら返事を返した達也の会話によって、周りの空気が弛緩する。

 エリカや美月はホッとしたように息を吐き、深雪も達也からポンポンと軽く頭を撫でられた事で落ち着きを取り戻したようだ。

 

「改めてお疲れ様、深雪。良い答辞だったよ」

「ありがとうございます! ……それでお兄様。こちらの皆さんに紹介して頂いても構いませんか?」

「ああ。皆、妹の深雪だ。良ければ仲良くしてやってくれ」

「司波深雪と申します。お兄様共々宜しくお願い致します」

 

 綺麗にお辞儀する深雪に、達也以外の四人は感嘆の息を吐きながら見惚れてしまう。

 彼女の動作は美貌とマッチしており、高い水準の教育を受けただけではこうはならないだろう。

 

「これはご丁寧に。テオドール・ガートナーです」

「グレイス・フラムスティードと申します」

 

 しかし同じように綺麗な礼を返す二人も、相当高い教養を身に付けているのが伺える。

 深雪が淑女の嗜みとしてのお辞儀だとするなら、テオドールやグレイスのそれは貴族の作法としての礼とでも言い表せる。

 両者とも確実な共通点と言えるのは、育ちが良いところか。

 

「深雪、テオドールにグレイスもだが、幾らなんでも同級生にその挨拶は固すぎるだろう」

「あっ……し、失礼しましたっ」

 

 この場所だけ城の社交界か何かになったように錯覚をする前に、呆れた表情の達也が三人へ声を掛ける。

 兄の前で失態を犯さないようにと、良かれと思ってした行動にダメ出しをされた深雪は、慌てて頭を下げる。

 先ほどとは一転して年相応な反応に、微笑ましげな空気が漂う。

 

「んーん、気にしてないよ。みんな育ちが良いんだね」

「そう、でしょうか?」

「は、はい! 司波さんもグレイスさんも、思わず見惚れちゃいました!」

「そ、そう? それならお稽古を頑張ってきたかいがあったかしらね」

「やっぱり練習してるんだ……あっと、あたしは千葉エリカ! エリカで良いよ!」

「あっ、私、柴田美月です。美月と呼んで下さい」

「私もグレイスとお呼び下さい。ファミリーネームは長くて呼びにくいでしょうし」

「エリカ、美月、グレイスね。私も深雪でいいわよ。苗字だとお兄様と同じで分かりにくいですものね」

「りょーかい! それにしても深雪って見た目より気さくでちょっと意外かも」

「エリカは見た目通りの開放的な性格なのね。私は好きよ?」

「そう? なら良かった!」

「エリカちゃんの砕けた態度ってなんだか憎めないんだよね……」

「ふふ、それがエリカさんの美点なのでしょう」

「び、美点かなあ?」

 

 どうやら気があったらしい四人が仲良く会話し始めたのを見て、その場から少し離れた達也は軽く息を漏らした。

 ようやく気苦労が無くなったと考えていると、横のテオドールも軽く息を吐いているのに気がつく。

 

「まだ学校生活が始まってもいないのに、前途多難だな……」

「……何がだ?」

「いや、どんな意味合いであれ生徒会長に目を付けられたのは面倒かなって」

「……まあ、頑張れ」

「達也も他人事じゃないだろうに、妹さんと一緒に覚えられてるぞ、絶対」

「……気が重いな」

「気にしすぎても仕方ないけどさ」

「それもそうか」

 

 顔を見合わせて、軽く肩を竦める動作をした二人。

 半分諦めは入っていそうだが、両者とも気は持ち直せたようだ。

 女子勢とは別に、妙な一体感が生まれた男子勢だった。

 そんな彼らに気づいてか、エリカが二人に呼びかける。

 

「司波君にテオ君! これからみんなでお茶でも飲みに行こうかな、って思うんだけど、どうかな?」

 

 提案された誘いに対して、達也は深雪を、テオドールはグレイスへと視線を向ける。

 どちらも苦笑い気味ではあったが、否定的な雰囲気ではなかったので、決定権は彼らにあるらしい。

 

「僕は構いませんよ。達也は?」

「いいんじゃないか? 折角知り合いになったんだ、深雪にも同性で同年代の友人が出来るのは良い事だろうしな」

「……達也、そこに自分を度外視してるんだな」

「司波君ってシスコンなんだねぇ」

「そこは妹さん思いって言おうよ……」

「達也様は良い兄をなさっておられるのですね」

「自慢のお兄様ですもの!」

 

 何気なく放たれた言葉の中にある深雪への思いに、周りは達也へ呆れたやら微笑ましいやらの温かい視線を送る。

 誇らしげな様子の妹以外からそのような目で見られた彼は、苦笑いで煙に巻くしかなかった。

 

 

 

 六人でお茶という名の昼食を済ませ、短くない時間を雑談に費やして、解散した後の事。

 家に帰り着いた達也はリビングで深雪と共に彼女の淹れたコーヒーを飲みながら寛いでいた。

 ゆったりとした雰囲気の中、彼は今日知り合えた者について静かに思考していた。

 

(テオドールにグレイス……見た限り二人ともかなりの実力だろう。テオドールに関しては実技試験で深雪を上回っているというのも含めて、恐らく実戦経験もありそうだ)

 

 達也は立ち姿や歩き方を見ただけで、ある程度その人物の実力を測る事が出来る。

 怪しまれないレベルで観察した結果、テオドールには見た目からは測れない程の研鑽が伺えた。

 グレイスも自然体で芯が通っている歩き方であったし、基礎以上の体術を学んでいるのは間違いない。

 

 しかし、達也の警戒心……というよりも興味は、更に別の所に向く。

 

(少し視えたあれ……テオドールとグレイスのエイドスの間の、霊子の繋がりのようなもの……あれは、一体何なんだろうか)

 

 自らと妹の間にある『誓約』とは、似て非なる不可思議な繋がり。

 普通に考えるなら──達也にとっての普通が、一般的な普通であるかは別として──精神干渉系の何かの可能性が高いが、それはないと断言出来た。

 

(基点となっていたのは、グレイスの付けていた指輪。CADではないのは確認したが、伝統的な補助具の一種か、もしくは……聖遺物、か?)

 

 膨大ともいえる達也の知識でさえ、あの繋がりを説明出来るだけのものが思い付かない。

 ならば現代において、解明の進んでいない何かしらの聖遺物である、というのが現在彼に出せる精一杯の答えだろう。

 正解は直接聞くしかないだろうが、相手に警戒を与えないように尋ねる理由を、達也には思い付けなかった。

 

 そうして無意識の内にほんの少しだけ、考え込むような表情になっていた兄の顔を、深雪は心配そうに見つめていた。

 

 

 

 達也があれこれと考えているのと同時刻。

 テオドールも自宅のリビングのソファーで、グレイスの淹れた紅茶を楽しみつつ、二人でのんびりとしていた。

 住宅街の一角にある二階建ての一軒家は、どう見ても二人暮らしには広すぎるように思えるが、()()()()彼らしか住んでいなかった。

 テオドールはグレイスと手を繋ぎ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、共に一日を振り返っていた。

 

「今日はどうだった? 千葉さんたちとは馴染めそう?」

「はい……皆さん良い方々ばかりで、私には勿体ないぐらいです」

「なら良かったよ」

「それで折角ですし、明日は皆さんに紅茶と軽く摘まめる焼き菓子でも持って行こうかと思います」

「いいね。きっと達也みたいに驚くんじゃないかな」

「だと嬉しいですね」

 

 小さく笑い寄り添い合う二人の距離間は、少なくともただの主人と従者の関係ではないと分かる。

 互いが互いを想いあっている様は、司波兄妹と比べても勝るとも劣らなく見えた。

 

 そんな二人の側に、いつの間に部屋に入ってきたのか、大きな体躯の黒猫が一匹近寄ってくる。

 テオドールは驚く事もなく、その黒猫をグレイスとは逆隣へと招いた。

 

「おかえりカドケウス。どうだった?」

 

 カドケウスと呼ばれた黒猫は、問いに対し首を横に振る。

 その言語を理解しているかのような振る舞いを当たり前のように受け入れているテオドールは、少しだけ肩を落としたが、そのまま横で丸まった黒猫の背に手を乗せ、撫でながら自らのサイオンを送り込んでゆく。

 

「カドケウスも疲れているようですね」

「仕方ないさ。元々俺たちだけじゃ認知出来ないしされない存在を探せ、って言う方が無理がある」

「あちらとこちらの世界の核が揃わなければ、でしたか」

「ああ。だからこのまま彼らに……達也たちに関わっていければ、近い内に向こうから来てくれると思う」

 

 二人の間で交わされる言葉は、第三者が聞いていたとしても理解できないものだろう。

 彼らの抱える事情を知っている者は、この世界において極々少数しかいないからだ。

 その一部の人々も、この場には居ない。

 

「……心苦しいのですか、テオ」

 

 けれどその限られた中でも、現在テオドールが浮かべている憂鬱げな表情の理由を察する事が出来るのは、隣にいるグレイスだけだった。

 学校内とは違い愛称で呼ばれた少年は、口元だけ笑みの形を作り、言葉を漏らす。

 

「……本来なら関係のない、俺たちの事情に巻き込む訳だからね。彼らには近いうちに全てを説明はするつもりだけど、理由が理由だけに拒否は出来ないだろう」

「……」

「なるべく俺たちだけで済ませるつもりだけど、状況によっては皆を巻き込みかねない。危険に晒してしまいかねない。不本意な事を頼まなければならないかもしれない」

 

 独白しているテオドールの手が、少しだけ震える。

 自らの話している内容が不本意だと言わんばかりに、表情に影が生まれる。

 そんな顔を見たくないと……グレイスはテオドールの頭を、自らの胸元に抱き寄せた。

 

「大丈夫ですよ、テオ」

「グレイス……」

「テオが誠実なのは、私がよく知っています。きっと、皆さんにも伝わります」

 

 慰めるように、自分が信じているから信じてほしいと言うように、グレイスは大切な人へ語りかける。

 安らぎを感じながらも心配をさせてしまったなと、テオドールは少しばつが悪いように苦笑を漏らした。

 

「……悲観的になるのは良い事じゃない、か」

「最悪を想定しながら、しっかり最善へ導く。そこもテオの凄い所です」

「それはちょっと違う話な気もするけどね」

 

 そう返しながら、テオドールはグレイスを抱き締め返す。

 お互いの温もりも感じながら、二人は少しの間だけ抱擁を続けていた。

 やがてどちらからともなく離れて、顔を合わせて笑い合う。

 

「ありがとうグレイス」

「いいえ、私はテオの──」

 

 言葉を紡ぎながら、グレイスは首元に付けられたネックレス……に通されている指輪に触れる。

  中央に光源によって色が変わって見える特殊な宝石……アレキサンドライトが装飾されている。

 テオドールの首元にも全く同じ指輪が下げられており、同じ職人たちの手によって同じ用途に用いる為に作られた事が伺えた。

 

 それは、彼と、グレイス()()の絆の証である──

 

「──妻ですから」

 

 

 ──結婚指輪だった。

 

 




境界迷宮はハーレムものだけど、話の流れとかで違和感が無くてハーレムっていうより家族感が強い気がします。


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入学編4 クラスでの交流時間

 二日目スタート。
 けど進まない展開。


 高校生活二日目。

 妹に惜しまれながら別れ、1-Eの教室に辿り着いた達也は、何やら教室内に妙な空気が漂っているのに気がついた。

 既に構築されている幾つかのグループや個人個人が、ある一つの女子グループ……の中の一人の生徒を、遠目で注目しているらしい。

 それは昨日知り合った内の一人で、達也の席の近くであった為、自らその方向に向かわなければならなかった。

 頭を抱えたい衝動を覚えながらも、彼はそちらへと歩みを進めると、当の注目先……エリカ、美月、グレイスのグループが達也の存在に気がついた。

 

「あっ、達也君。オハヨ~」

「おはようございます」

「おはようございます、達也様」

「……おはよう」

 

 傍目から見て文句無く美少女の三人と知り合いだと教室内に認知され、達也にも悪い意味での注目が集まる。

 昨日のカフェで互いに名前を呼ぶのを許可したのは間違いだったか……などと思いつつも、今更呼び方の程度に意味は無いと、どうにか溜め息を吐くに留まった。

 怨嗟の多い視線を意識的に無視し、達也は挨拶を返しながら席へと辿り着く。

 生け贄が来て面白がっているのか、ニヤニヤとしているエリカを無視して、残る二人へ話を振った。

 

「美月は横で、グレイスは前の席なんだ」

「偶然……というよりは名前順の結果でしょうか」

「だろうね。まあ、二人ともまた宜しく」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

「宜しくお願い致します。私も知り合えた方々が近くで良かったです」

 

 穏やかな笑みを浮かべるグレイスは表情には出していないが、自らが集めている視線に少し辟易としていたらしい。

 美月もそれを察していたのか、達也と顔を見合わせて苦笑いを漏らす。

 

「グレイスさん、困った事があったら力になりますからね!」

「俺も力になれるかは分からないが、相談なら多少は乗れなくもないだろう」

「……はい、ありがとうございます」

 

 ほわほわとした空気を醸し出す美月とグレイス。

 達也が似合わない雰囲気に若干居心地悪そうに思っていると、話に入れなかったエリカが拗ねたような、からかい混じりの声で割って入って来た。

 

「……何だかあたしだけ仲間はずれ?」

「エリカを仲間はずれにするのはとても難しそうだけどな」

「むっ……どういう意味かな」

「エリカさんは社交性に富んでいらっしゃいますから」

「エリカちゃんって良くも悪くも怖いもの知らず、って感じだよね」

「むぐっ……なんか昨日の今日であたしの事がみんなに解られてる気がする……!」

 

 悔しそうにするエリカに微笑ましげな視線を送るグレイスと美月。

 それらの光景を横目に、達也は端末を立ち上げ、受講登録を済ませようとキーボードを叩いていた。

 その速さは見慣れない美月やエリカを驚かせたが、グレイスは二人と違い感嘆の表情を向けている。

 

「達也様のタイピングはとても速いのですね。私は元より、もしかしたらテオドール様よりも上かもしれません」

「要は慣れだからね……しかしテオドールは何となく分かるが、グレイスがキーボード入力なのは少し意外だな。イメージ的な話で済まないが」

「私の場合はテオドール様に教えて頂いたのもありますが……個人的に視線ポインタや脳波アシストは、少しばかり正確性に欠ける気がしまして」

「なるほど、確かに俺もそう思うよ」

 

 顔を上げずにグレイスと話していた達也は、一通りの作業を終えたタイミングで一息吐く。

 と、美月とは逆隣の席の男子生徒が自らの手元に注目しているのに気がついた。

 そちらを向くと視線が合い、微妙にばつの悪い顔をされる。

 

「いや、済まん。珍しいもんで、つい見入っちまった」

「別に見られても困りはしないが、珍しいか?」

「珍しいと思うぜ? キーボードオンリーの入力するヤツなんて、見るのも初めてだ」

「見ていたならこちらの会話も聞いていたと思うが、俺以外にもこっちの彼女と、一科生にも一人いるんだがな」

 

 そう言いながら達也は前の席に視線を向けるが、向けられた少女は首を横に振る。

 

「テオドール様も今時キーボード入力は珍しいとおっしゃってましたね」

「少数派なのは分かるが……珍しい、と言われるほどだったのか……」

「そこまで悩まなくても良いんじゃねえか……?

 おっと、自己紹介がまだだったな。西城レオンハルトだ。親父がハーフ、お袋がクォーターな所為で、外見は純日本風だが名前は洋風、得意な術式は収束系の硬化魔法だ。志望コースは身体を動かす系だな。レオで良いぜ」

「司波達也だ。俺の事も達也で良い」

「グレイス・フラムスティードと申します。グレイスとお呼び下さい」

 

 座ったままではあるが、綺麗な動作でお辞儀をするグレイスに、容姿端麗な見た目も合わさって、教室内で見惚れる者が続出する。

 そんな彼女に挨拶されたレオはしどろもどろになりかけながらも、どうにか平常心を保って返答した。

 

「ご、ご丁寧にどうも。えーっと、それで、二人とも得意魔法は何よ?」

「俺は実技は苦手でな、魔工技師を目指している」

「なーる……頭良さそうだもんな、お前」

 

 納得したようにレオは頷いているが、グレイスは少しだけ首を傾げてから頷いていた。

 その様子が気になった達也は内心で警戒感を出しながら彼女に問い掛ける。

 

「俺が魔工技師志望なのは意外だったか?」

「いえ、意外というほどではありません……けれど達也様は立ち姿から見ても、相当な戦闘技能も持っていらっしゃるように感じたので、技術者か実戦担当かで言えば実戦かな、と勝手ながら考えておりました」

 

 その言葉に、達也は思考が冷えていくのを自覚した。

 彼女の発言は裏を返せば、自らを観察していた、という他ならないからだ。

 勿論、何か意図してのものではないかもしれない。

 けれど何の意図も無いと思えるほど、達也は甘く考えていなかった。

 一瞬だけ間を空けて、グレイスへ怪しまれない程度の情報を開示する事にした。

 

「多少だけど体術の鍛練はしているからね。姿勢とかが気になったのならそのせいかな」

「なるほど……」

「えっ、なになに? 達也君って体術の心得があるの!?」

「うおっ!? 何だコイツ!?」

 

 良いことを聞いたと言わんばかりのハイテンションで首を突っ込んできたエリカに、思わず引きながらレオは声を上げる。

 その声に一瞬眉を顰めながらも、彼女の関心は達也へと向いたままだった。

 

「体術の心得というか……かじった程度のものだぞ」

「えー、そうかな? 体幹がしっかりしてるし、かなり強そうなんだけどなー」

「……そういうのが分かるって事は、エリカはやっぱりあの千葉家の出なんだな」

「あー……うん、まあね」

 

 家の事にはあまり触れられたく無いのか、先程までの勢いが萎んでゆく。

 けれど達也に対する興味が薄れた訳ではなく、エリカは一転して明るさを取り戻し、話を続けた。

 

「あたしの事は良いの。ねえ達也君、今度手合わせしようよ!」

「いや……本格的にやってるヒトには敵わないって」

「やらなきゃ分かんないよ。それにそれならそれであたしが鍛えてあげる! 達也君って筋良さそうだしね! うん、決まり!」

「……勝手に決めないでほしいんだが……」

 

 一人で話を進めているエリカに、達也は頭痛を覚えてきた。

 それを見ていた周りの三人も、同情的な視線を彼に送る。

 

「え、エリカちゃんってば強引過ぎるよ……」

「それだけ達也様を評価なされているという事ではないでしょうか……?」

「俺もコイツが自分勝手な女なのは分かったぜ……」

「アンタさっきから煩いし失礼ね! いきなりコイツ呼ばわりするし! モテない男はこれだから!」

「んなっ!? 失礼なのはテメーだろうがよ! ちょっとツラが良いからって、調子こいてんじゃねーぞ!」

「ルックスは大事なのよ? だらしなさとワイルドを取り違えてるムサ男には分からないかもしれないけどー。

 それにな~に、その生まれる時代を一世紀間違えたみたいなスラング。今時流行んないわよ~」

「なっ、こっ、このアマっ……!」

「止めなってエリカちゃん……言い過ぎだよ」

「レオももう止めとけ。多少はお互い様だし、口じゃエリカには敵わないと思うぞ」

 

 剣呑な雰囲気で睨み合うエリカとレオを、それぞれ美月と達也が仲裁する。

 

「……美月がそう言うなら」

「……分かったぜ」

 

 手合わせの話が蒸し返されないならばとの思いでの介入だったが、丁度予鈴も鳴るタイミングなのも合わせて、不本意そうではあるが休戦に持ち込めたらしい。

 そっぽを向きながらも、エリカが席に戻るまで互いに視線を逸らさなかったのを見るに、実の所、相性は悪くなさそうだ。

 

「ふふ……」

 

 そんな彼らを、グレイスはにこにこと微笑みながら見守っている。

 少女の小さな笑い声が耳に入った達也は、そういえば彼女の得意魔法を聞いていなかったな……と思い、また後で尋ねてみるかと頭の片隅で考えていた。

 

 

 

 

 登校したテオドールは、1-Aの教室に入った瞬間、クラスの視線が全て自身に集まったのを感じた。

 昨日の騒ぎ(実際は凍りついていたが)の内容は既に広まっているようで、彼が新入生総代を遥かに上回る成績で入学した事が知られているらしい。

 ただでさえ外国人で注目される要素があるのに加え、成績優秀という付加価値がプラスされたテオドールは、ある意味で深雪以上に関心を寄せられている。

 とはいえ当の本人は敵意や悪意が無いなら気にしないと、特に反応もせずに決められた席へ座った。

 遠巻きに感じる視線を無視して、座席の端末を立ち上げる。

 テオドールが使い慣れたキーボードオンリーの操作で黙々と受講登録などを進めていると、ふと前から他より強い興味の視線を感じた。

 顔を上げると、前の席の女子生徒が彼の手元をじーっと見つめている。

 女子生徒はテオドールが自身を見ているのに気がつくと、そのまま視線を彼の瞳へ合わせた。

 どちらが何を言うでもない見つめ合いが数秒続き、内心気恥ずかしくなってきたテオドールが先に言葉を発した。

 

「……えっと、僕に何か?」

「珍しいな、と思って」

「……ああ、キーボードオンリーの操作の事ですか?」

「今時殆ど見ない。うちの会社にも極々たまにしか居なかったし」

「慣れればこちらの方が速いんですよ。訳あって一世紀前のパソコンの操作にも慣れてますので」

「へぇ、そうなんだ」

 

 一通りの疑問が解消されたのか、少女は小さく頷きながら納得を示した。

 そこで女子生徒は自分のまだ名前さえ言っていなかった事に気がついたらしく、挨拶を述べながら片手を差し出して来た。 

 

「私、北山雫。これから宜しく」

「テオドール・ガートナーです。こちらこそ」

 

 出された手を無視する理由も無く、テオドールは握手に応じた。

 

「うん。それと、ほのか」

「ひゃいっ!?」

 

 表情変化の乏しかった雫が小さく笑みを浮かべて、それまで二人の横(正確には雫の横)でおろおろとしていた女子生徒に声を掛けると、その少女は裏返った声を上げる。

 テオドールも彼女の存在は見えていたが、どうやら微妙に怯えられていたようなので気を向けないようにしていた。

 

「この子は光井ほのか。ちょっと変かもしれないけど、悪い子じゃないからこっちも宜しく」

「ど、どういう紹介なのよそれ!?」

「事実でしょ」

「ひ、酷い! っていうか雫も人の事言えないよね!?」

「ほのかほどじゃないよ」

「あはは……」

「ほらぁ! 反応に困られてるよぉ!」

 

 涙目寸前のほのかとポーカーフェイスの雫の対比に、テオドールは小さく苦笑していた。

 そして確かに少し変わっているが、悪い子たちではないと納得する。

 先ほどまでほのかが怯えていたように見えたのも、自分に対する態度の取り方が分からないのと、友人が遠慮無く接していたからなのだろう。

 

「ともあれ光井さんも、宜しくお願いします」

「うぅ……騒がしくしてごめんなさい……」

「いえいえ、二人とも仲が良いんですね」

「幼馴染だから」

「なるほど」

「だから弱みも色々と知ってるから、つついて楽しんでる」

「いつも止めてって言って、るの、に…………」

 

 一方的にからかわれていたほのかだったが、何故か言葉を途中で途切れさせる。

 不思議に思ったテオドールと雫は、クラス全体も似たような状況になっているのに気がついた。

 理由は明白。今しがた絶世の美少女である新入生総代、もとい深雪が登校してきたからだった。

 存在するだけで男女問わず周囲を魅了する、そんな少女は席に荷物を置いて座る……かと思われたが、一人の生徒を見つけると、先にそちらへと歩みを運んだ。

 言わずもがな、その生徒は前日に交流を深めていたテオドールである。

 

「おはよう、テオドール君」

 

 社交辞令が混ざってはいるが、幾らか素顔も入っている微笑みと共にされたテオドールへの挨拶は、向けられた訳でもないクラスメイトを釘付けにするには十分な破壊力を持っていた。

 近くの雫もほんのり頬を染め、ほのかに至っては顔を真っ赤に染め上げている。

 しかし向けられた本人はと言えば、軽く笑みを浮かべて返事をするという、友人知人への対応と変わらなかった。

 

「おはよう、深雪さん……で、良かったかな」

「ええ。昨日言った通り、お兄様もおられるもの。私こそ名前で読んでも良かったのかしら?」

「勿論。ガートナーより呼ばれ慣れてるしね。ああ、呼びにくいならテオでも良いよ」

「そう? なら、テオ君と呼ばせてもらうわね」

「了解。しかし凄いな、深雪さんが入ってきた瞬間はクラスの時が止まったかと思ったよ」

 

 そう言ってテオドールが周りを見渡すと、慌ててクラスメイトたちは目を背ける。

 何も疚しい事などないのに過剰に反応する様に、深雪は困った表情を作って頬に手を当てる。

 

「新しい場所だといつもこんな感じなのよ。高校なら同級生だし、変わらないかと思ってたんだけれど……」

「気持ちは分かるよ。俺……というか、グレイスもよく似たような視線に晒されるからね」

「そんなグレイスと一緒のテオ君は、幸せものじゃなくて?」

「きっと達也も、深雪さんと一緒に居られて幸せだと思うよ」

「そ、そう? そう、見えたかしら?」

「俺にはね」

 

 仲良く話している二人を、周りは色々な思いの混ざった視線で見ていた。

 おおよその男子はテオドールに対し羨望や嫉妬を、女子は深雪に対し羨望や諦念の感情を向けている。

 テオドールは自身の見た目を「まあ普通」と自己評価しているが、幼めの顔立ちと凛とした雰囲気は、十分に異性の目を惹き付けるレベルに達している。

 そんな彼に興味を向けていた女子生徒たちも、深雪という美貌の持ち主に勝てるとは微塵も思っていなかった。

 実際は両者とも、心に決めた相手がいるので(深雪は無意識下の願望混ざりだとしても)、何がある訳でもないのだが、それは本人たちにしか分からない事だ。

 様々な視線を意に介さず、彼らの話題は移ってゆく。

 

「ところでテオ君、そちらの二人はお友達かしら?」

「さっき知り合ったんだ。北山雫さんと光井ほのかさん」

「……あっ、初めまして。北山雫です。お噂はかねがね」

「みっ、みみみみちゅいほのかですっ! 宜しくお願いしましゅっ!?」

「ほのか、落ち着いて」

「あうぅぅ……」

 

 茹で蛸の如く顔を真っ赤に染め上げ目を回しながら噛み噛みのほのかの頬を雫がぱちぱちと叩き、引っ張る、揉む。

 その様子を見て、テオドールと深雪は小さく肩を震わせながら笑ってしまった。

 

「ふふふ……仲が良いのですね」

「幼馴染なんだってさ」

「そうなのね……光井さん、北山さん、司波深雪です。良かったら私とも仲良くしてくださいね」

「うん。宜しく、司波さん」

「宜しくお願いします……」

 

 返事を聞いた深雪は微笑みを浮かべ、また後でと自分の席へと戻る。

 一人になった彼女に、ここぞとばかりに同級生たちが集まってゆく。

 横目で見ていたテオドールは内心で同情しながら、恥ずかしさで突っ伏しそうなほのかへと言葉を掛けた。

 

「そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。深雪さんからすれば光井さんぐらいの方が好印象でしょうから」

「私もそう思う。少なくともあっちに群がってる連中よりほのかの方が仲良くなれるよ」

「そう、かな……」

「そうです。あれだと接されてもストレスしか溜まりません」

「し、辛辣なんですね……」

「けど、事実」

 

 二人のフォローでやや不安げながらもほのかは精神を持ち直した。

 

「二人ともありがとう……え、えっと、テオドールさん。改めて光井ほのかです。宜しくお願いします」

「ええ。宜しくお願いします」

「固い」

「え?」

 

 テオドールのほのかへのにこやかな応対に、雫がぴしっと指差す。

 言われた少年側は一瞬何の事かと思案し、ややあって意味に気がついた。

 

「ああ、言葉遣いですか」

「そう。テオ……は、司波さんにはもっと砕けてたし、私たちにも気楽に接して良いよ」

「んー、気になりますかね」

「気になると言うか……距離を感じるかな。ね、ほのか」

「えっ、そうかな? テオドールさんの……う、うん! ちょっと感じるかもです!」

「ほら」

「……分かった、これで良いかな?」

「大丈夫」

 

 砕けた言葉に変えたテオドールに、雫は満足げに頷いた。

 ちなみにほのかが意見を覆したのは、幼馴染の視線での重圧によるものである。

 勿論テオドールもそれが分かっていて苦笑い気味になってはいたが、雫が気づく事はなかった。

 

「後、テオって呼んだけど、良かった?」

「ああ、好きに呼んでくれ」

「そっか。それと、私も雫で良い」

「あっ、私もほのかで構いませんよ」

「オーケー。雫、ほのか」

「うん、テオ」

「(……なんだか雫、普段より積極的?)」

 

 今日が初対面のテオドールに普段の雫との差違は分からない。

 しかしほのかには、いつもよりどこか積極的な幼馴染の姿が目に映っていたのだった。

 その違和感を口にしようか迷っていると予鈴が鳴った為、その場は追及される事はなかった。

 

 




 変なフラグが建った(?)。
 原作劣等生や優等生では達也の前がレオ、横が美月。深雪の前が雫。
 グレイスは名前的にまだしもテオ君の前が雫なのはちょっと無理がありましたね。


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入学編5 平穏な昼食と不穏な放課後

 今更ですが、基本的に三人称視点で、
 達也かテオドールを追いかける感じです。


 あまり特筆すべき事もなく終わったガイダンスの後、達也たち五人は昼までに工房や闘技場など専門課程を見学していた。

 新入生たちの興味を惹くそれらの場所を程々に見つつ、混雑する前に食堂へ行こうという話になる。

 そうして食堂へ向かう途中、グレイスの端末に着信が入った。

 彼女は端末を操作しながら、皆を見渡しながら内容を口にする。

 

「テオドール様から、深雪さんや新しいご学友の方たちと、一緒に昼食はどうかと連絡を頂いたのですが、如何でしょう?」

「俺は構わないが……」

 

 そう言いながら達也が他の三人に視線をやると、特に反対する意見はない。

 昨日テオドールや深雪に接したエリカと美月は、彼らが連れてくる一科生なら大丈夫だろうと信用していたからだ。

 レオに関しては二人とは面識がないので、グレイスから自分の主であるとか、達也から新入生総代の妹であると補足説明が入ると、問題なくOKサインが出た。

 

 皆の意向を確認したグレイスが返事を送ると、少しの間をおいて返信が来た。

 その内容が面白かったのか、彼女は口許を手で隠してクスクスと笑い声を上げる。

 

「どうかしたのか?」

「ふふ……いえ、深雪さんを取り巻いている()()()()()()を適当に撒いてから合流されるそうです」

「あぁ…………済まないな、どうやらテオドールに面倒を掛けてるらしい」

 

 確かに妹の人気を考えれば、取り巻きが出来ていてもおかしくはないと、達也は謝罪を口にする。

 そしてその取り巻きたちが、温厚な性格であろうテオドールに()()()()()()などと言わせるレベルの人間なのは、好ましい事ではなかった。

 なので彼がそれらの輩から深雪を遠ざけてくれているのだろうと、達也は察していた。

 

 謝罪に対して、グレイスは変わらぬ笑みのまま首を横に振る。

 

「お気になさらず。学友に助力しただけと、テオドール様ならおっしゃるでしょう」

「なら、俺は本人に礼を言うだけだよ」

「……ふふ、律儀なのですね、達也様は」

「律儀っていうか、シスコ……んん、深雪に過保護なだけじゃないの?」

「あんまり言い直せてないよエリカちゃん……」

「良いじゃねえか。達也は家族を大事にしてるんだろ」

「や、アンタも見りゃ分かるわよ。あれはそんなレベルじゃないから」

「本人の前で言いたい放題だな」

 

 妹を溺愛していると、短い付き合いの中で理解したクラスメイトたちから送られる温かい視線に、達也は居心地の悪さを感じながらも、釈然としないと言葉を漏らした。

 話の中身には否定しない辺り、過保護な自覚はあるらしいが。

 

 等と会話をしながら食堂に着いたE組の面々は、座席を確保してから昼食を取りに向かう。

 全員が何かしらを確保して席に着いた辺りで、達也の『精霊の眼』が近くに深雪が来ている事を知らせる。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()という事態に、達也は眉を顰めそうになった。

 けれどその前に、彼女の近くに知っている存在が居るのに気がつき、表情には出さずに済んだ。

 恐らく自分を驚かそうとしている()()()()に、達也は溜め息混じりで声を掛けた。

 

「テオドール、こういう場での魔法はあまり褒められた事ではないと思うが」

 

 誰も居ない筈の空間に向けられた言葉は、その場の変化によって返事がなされた。

 達也たちが居るテーブルの横に、四人の生徒……テオドール、深雪、ほのか、雫が現れる。

 正しく言えば少し前から居たのだが、彼女たちが他から認識されたのは、今この瞬間からだった。

 

「いや、まさかバレるとは思わなかったよ」

「やはりお兄様を驚かせるのは無理でしたね」

 

 頬を掻きながら現れたテオドールと、残念そうに、けれど誇らしそうにしている深雪を見て、エリカたちは驚愕して固まっている。

 気づいた達也は呆れていて、手段を知っていたグレイスは小さく声を漏らしながら微笑んでいた。

 

「ふふふ、テオドール様の負けですね」

「むう」

「何に対する勝ち負けなんだ……どうであれ、深雪を助けてくれて感謝するよ」

「ああうん、どういたしまして」

「それで、そっちの二人は?」

 

 微妙に悔しそうなテオドールに再び呆れながらも、達也は彼にお礼を述べる。

 その後深雪の後ろにいたほのかと雫に視線を向け、おおよその辺りをつけながらも問いを言葉にした。

 

「光井ほのかさんと北山雫さん。二人とも変な差別意識もないし、一緒に誘ったんだ」

「み、光井ほのかです!」

「北山雫です」

「深雪の兄の司波達也です。妹ともども宜しく」

 

 やはり深雪とテオドールが連れてきただけあって、一科生や二科生にこだわらない子たちだと感じながら、達也は軽く笑いながら挨拶を返した。

 そこで固まっていたE組の面々も復帰して、それぞれ自己紹介を始める。

 A組の面々が昼食を取りに行っている間に、近くの席を寄せて9人分座れるようにしながら、達也はグレイスを除く三人から、先ほどテオドールが使った魔法について質問を受けていた。

 

「結局、テオ君は何をしたの?」

「俺の知っているものと同じかは分からないが、恐らくは隠密系の術式だろう」

「オンミツ……隠密系、ですか?」

「古式魔法って事か?」

「……簡単に言えば意識を逸らしたり、姿を消したりする術式だな」

 

 首を傾げる美月やレオを見て、詳しく解説するより簡潔に用途を説明する方が良いと達也は判断する。

 成る程と頷く二人に合わせて、知っているように見えたエリカも、ふんふんと頷いていた。

 グレイスは笑みを浮かべたまま表情を変えていないが、続きが気になっている様子は窺える。

 全員が興味をもっているのを見て、達也は話を続けた。

 

「テオドールはその術式を小規模に、自分を中心に深雪たちを含める範囲で展開していた。察するに、教室を出た辺りで術式を使用。深雪の取り巻きがテオドールたちを見失ってどこかに行くまで待ち、周りから意識を向けられなくなった状態で悠々とここまで来たのだろう……どうだ、テオドール?」

 

 そこまで言ってから達也が背後に視線を向けると、食事を乗せたトレーを持ったテオドールが苦笑しながら戻ってきていた。

 彼は続いて来る深雪たちとともに席に着きながら──意図して空けられていたグレイスや達也の隣に、テオドールと深雪が座ったのは言うまでもない──、投げ掛けられた問いに答える。

 

「お見事。寸分の違いなく正解だよ」

「魔法の制御が細かく正確に出来てこそだな。実技に反映されない部分も随分と極めているようだ」

「まあね、研鑽の賜物ってことで」

 

 自慢するでも淡々という様子から、本人は大した事をしたつもりはないらしい。

 けれど特殊な()を持つ達也を相手に、すぐ近くに来られるまで気配すら悟られない技能と言うのは決して無視出来るものではなかった。

 それも気づけたのは深雪が居たお陰で眼で反応出来たからあり、テオドール一人であれば、警戒していない状態の達也に探知する方法はない。

 その事実に戦慄し、警戒心を持ちかけたところで──達也は彼を敵に回した時の事ばかりを考えているのに気がついた。

 

 高校生活はまだ二日目。テオドールたちに出会ってからもまだ二日。

 けれど一科生と二科生の枠など気にせず、友好的に接してくれている相手に対して、わざわざ悪意的に考える意味はないだろう。

 自分の役目から警戒しない訳にはいかないが、無条件で敵にする必要もないと、内心で苦笑する。

 早くも打ち解けたらしいテオドールとレオが話しているのを見ながら、達也も話に混ざっていくのだった。

 

 そんな兄の様子をずっと窺っていた深雪は、その学生らしい光景を穏やかな笑みを浮かべて見守っていた。

 

 

 

 

 無事に昼食が終わり、午後の専門課程の見学などもゆっくりと済ませた後の放課後。

 達也たちE組の面々とテオドールたちA組の面々は、全員の気が合ったらしくおおよそ一緒に行動するメンバーになっていた。

 エリカに美月、ほのかや雫も女子同士で打ち解けていて、深雪やグレイスとも仲良くしているようで、その兄や主人も安堵の息を吐いている。

 そんな彼らが、周りからの注目を集めるのは、必然といえよう。

 美男美女の集まりなのは勿論の事、一科生と二科生が当たり前のように話している様子は、普通入学直後には見られない光景だからだ。

 更にその中には新入生総代の深雪や、それ以上の実力と広まっているテオドールもいるのだから、下手なちょっかいを出す者は殆ど現れなかった。

 加えて、要所要所でテオドールが認識阻害の術式を展開して面倒そうな相手の意識から逃れていたのだ。

 なので本来ならば、特にトラブルも無く学校から出られる筈だった。

 故にこの事態は起こるべくして起こった、因果的なものだろう、そう達也は思う他なかった。

 

「お兄様……」

 

 その傍らで、深雪が不安と困惑の混ざった眼差しで、兄の顔を見上げている。

 

「んん……やっぱり認識阻害を解くのが早かったか…………」

「いいえ、テオドール様のせいではありませんよ」

 

 そして妹と逆隣には、頭を押さえて溜め息を吐いているテオドールと、彼に気を遣うグレイスがいる。

 

「深雪もテオドールも、気にするなよ。一厘一毛たりともお前たちのせいじゃないんだ」

 

 達也はそんな二人──間接的にはグレイスもなので三人か──を力付けるように、強い語調で声を掛ける。

 

「はい、しかし……止めますか?」

「いや……深雪さんや俺じゃ逆効果だと思うよ」

「私もそう思います……しかし、エリカさんやレオさん、雫さんはともかく、美月さんやほのかさんまでああなっているのは……少し予想外です」

「……同感だ」

 

 四人が視線を向けているのは、睨み合う二つの新入生のグループ。

 片方は言うまでもなく、エリカ、美月、レオと、ほのか、雫の一科生二科生の混合の五人。

 もう一方は、深雪やテオドールのクラスメイトである一科生の集団だった。

 

 

 話は少し時間を遡って、数分前。

 二日目のカリキュラムが終了し、一緒に帰る約束をしていた達也たちは、校門前で待ち合わせて居た。

 先に終わっていたE組の面々に、A組の皆が合流した所で、テオドールはクラスを出てからすぐに発動していた認識阻害の術式を解除。

 校外で魔法を使うのは良くないと、考えた上での判断だったのだが、解くタイミングが悪かった。

 ずっと捕まらなかった深雪やテオドールと、少しでも交流を深めたかった彼らのクラスメイトが、二人を見つけてしまったのだ。

 

 帰ろうとする彼女たちを呼び止め、一緒に帰ろうと言う。

 適当にあしらおうにも、特に男子生徒はちょっとだけでも深雪と話したいとかなり執着強く、一向に諦める気配がなかった。

 

 更に、一緒にいるのが二科生だと気づくと、一科と二科のけじめをだの二科生なら立場を弁えろだのと傲慢な難癖を付け始める始末。

 出来たばかりの友人を悪く言われたほのかや雫が反論すれば、一科生の自覚が足りない、そんな奴らと居ないでこっちに来い、と、どんどんと発言が過激化してゆくばかり。

 

 そんな一科生の理不尽な言動に、最初に切れたのは意外にも美月だった。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんはお兄さんと、テオ君は従者さんと一緒に帰ると言ってるんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう」

 

 丁寧な物腰ながら、美月は一科生を相手に一歩も引かずに、雄弁に、正論を叩きつけていた。

 そう、正論だった、筈なのだが。 

 

「別に深雪さんもテオ君も、あなたたちを邪魔者扱いなんてしてないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。何の権利があって彼女たちの仲を引き裂こうとするんですか!」

 

「……引き裂くとか言われてもな……」

「み、美月は何を勘違いしているのでしょうね?」

「深雪……何故お前が焦る?」

「い、いえ? 焦ってなどおりませんよ?」

「落ち着け。そして何故に疑問形?」

 

 どういうわけか慌てる深雪に、達也は首を傾げながら妹の狼狽を収めようと頭を撫でる。

 

「俺たちはそう見えるような事、あんまりしてない筈なんだけどなぁ……」

「自然体でそう思われているのなら、私としては嬉しいです」

「いや、まあ……俺も嬉しいけどさ」

 

 対して的を射た表現だったテオドールは、気恥ずかしげに頬を掻いていて、そんな彼にグレイスは嬉しそうに寄り添っていた。

 

 離れた場所にいる二組の男女が桃色の空気を出しているのに気づかずに、その友人たちは深雪のクラスメイトたちと更に激しい言い争いをしている。

 

「僕らは彼女たちに相談することがあるんだ!」

「そうよ! 司波さんやガートナー君には悪いけど、少し時間を貸して貰うだけなんだから!」

「ハン! そういうのは自活中にやれよ!」

「相談だったら予め本人の同意をとってからにしたら?

 深雪やテオ君の意思を無視して相談なんてあり得ないわ。それがルールよ? それとも高校生の癖してそんなことも知らないの?」

「煩い! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

「同じクラスの私や雫が言っても聞かない癖に! どう見ても深雪たちや達也さんたちに迷惑かけてるそっちが悪いんじゃない!」

「同じ一科生として恥ずかしい。禁止用語まで使って、幼稚が過ぎるよ」

「そこの二人も何故ウィードに味方する! 一科生として恥ずかしいのはそっちだろう!」

「……訂正する。これは一科生とか二科生とか以前に、人間性に問題がある」

「君たちはウィードに毒されているんだ! 目を覚ませ!」

 

 最早論理的にも破綻しているような暴言(全てが一科生グループと言って相違ない)が、どんどんと飛び交い続けている。

 その最後の侮蔑的な発言に、とうとう美月が我慢の限界を越えてしまった。

 

「同じ新入生じゃないですか! あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですか!?」

 

「……あらら」

「……言っちゃったか」

 

 達也とテオドールが思わずと言った様子で、小さな呟きを漏らす。

 プライドの高い一科生(ブルーム)に、その言葉は不味いと。

 

「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

「ハッ、おもしれえ! 是非とも教えてもらおうじゃねえか!」

 

 売り言葉に買い言葉な言い合いで、その一科生男子の最後のブレーキが外れた。

 

「だったら教えてやる!」

 

 そう言うと同時に、彼は小型拳銃形態の特化型CADの銃口を、レオに突きつけた。

 攻撃的な魔法の起動式が格納されている場合が多いのは、魔法師ならば誰でも知っている常識で、どこからか悲鳴が上げる。

 

「お兄様!」

 

 特化型CADを見た深雪が達也の名前を呼ぶと、彼は一瞬の躊躇の後、手を前に伸ばす。

 結果がどうあれ、深雪や自分に味方してくれた友人が怪我をするかもしれない状況を見逃すほど、達也は薄情な人間ではなかった。

 

 しかし、その動作の続きは隣から聞こえた声で停止する事となる。

 

 

「──拘束解除」

 

 

 そして彼が、言葉を発した人物の……テオドールの方を向いた瞬間。

 

 とてつもない轟音と共に、グレイスの姿が消えていて。

 

 ──彼女が居た筈の、辺り一帯の地面が爆ぜていた。

 

 




 次回はようやくグレイスとテオ君の見せ場です。多分。


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入学編6 グレイスの力とテオドールの怒り

 前話以降一気にたくさんの評価や感想を頂きました。
 本当にありがとうございます。
 日間ランキングにちょくちょく入ってるのを見てびびりました。
 今後とも大体5日に一度の投稿を続けるつもりなので宜しくお願いします。
 それと先日の活動報告におまけ程度の閑話を書いたので、よければそちらもご覧ください。

 今回はグレイスとテオドールの見せ場回。


 第一高校の放課後の校内。

 地の底まで響き渡るような轟音が、()()起こった。

 音の発生源である校門付近では、誰もが──轟音の当事者とその主人を除き──動く事が出来ずに固まっている。

 

 カシャン、と、何かが落ちる音が響く。

 どさっ、と、何かが倒れる音がした。

 

「ぅ……ぇあ……!?」

 

 声にならない呻き声を上げたのは、特化型CADを手から滑り落とし、尻餅を突いた一科生の男子生徒だった。

 何故そうなったかは、彼の目の前を見れば一目瞭然だ。

 男子生徒の足先すぐの地面は、大きく凹みクレーター状になっていた。

 その中心に、一人の女子生徒が拳を叩きつけたような姿勢で存在していた。

 彼女……グレイスはそのまま身体を起こし、視線を前に向ける。

 

「ひぃっ……!?」

 

 視線を向けられた男子生徒は、掠れるような悲鳴を上げる。

 それは先程まで碧色だったグレイスの瞳が、血のような緋色に変わっていた事と無関係ではない。

 

 まるで、蛇に睨まれた蛙のように。

 

 捕食者に捕まった獲物のように。

 

 圧倒的強者に対峙した弱者のように、男子生徒は怯えてきっていた。

 

 グレイスは彼に興味を示さず、地面の状態を一瞥した後、後ろを振り返った。

 

「レオさん、エリカさん、大丈夫ですか?」

「……え、ええ……」

「……へ、平気だぜ」

 

 とんでもない威力の一撃に唖然としながらも、問われた二人は返事を返した。

 特化型CADを向けられた直後に飛び出していたレオとエリカは、無意識に感じ取っていた。

 ──後一歩、前に出ていたら無事では済まなかった、と。

 もっとも、グレイスが位置を調整していたとも理解出来たので、例え前に出ていても被害は起きなかっただろうが。

 

 目の前の光景を見て、最も驚愕しているのは達也だった。

 その一番の要因は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()という事実。

 彼女はその華奢に見える身体の力だけで、地面を砕き割ったのだ。

 達也のように魔法使用の有無が分からなくとも、端麗な少女が踏み込みと殴打で地を砕く様は、見ていた者たちにとてつもない衝撃を与えていた。

 

 誰もが動けずに静まり返った中、コツコツと足音が響き渡る。

 自分の方へ歩みを進める人物を見て、グレイスが目を閉じた。

 

 その隣まで来て歩みを止めた彼女の主……テオドールは、未だに座り込んだままの一科生の男子生徒を見下ろしている。

 

 

「──まさか、と思いたかったが」

 

 

 今までの彼とは、雰囲気が違う。

 

 

「人に攻撃魔法を向ける事を」

 

 

 その視線は、酷く冷ややかな眼差しで。

 

 

「犯罪行為を厭わずにする奴が居たとは」

 

 

 その声色は、低く冷めきった声音で。

 

 

「流石に俺も予想しなかったよ」

 

 

 誰も口を挟めない威圧感を醸しながら。

 

 

「CADを玩具か何かと勘違いしているようだが」

 

 

 男子生徒を睨み付けるテオドールは。

 

 

「それは人を殺傷しえる武器になるものだ」

 

 

 友人たちを傷つけようとした男への怒りを。

 

 

「それが分からないような輩は」

 

 

 グレイスにも向けられる可能性があった事に対する憤りを。

 

 

「魔法科高校に、必要ない」

 

 

 ──ただ静かに、爆発させていた。

 

 

 一科生グループは、全員がテオドールの発する威圧に腰を抜かしている。

 彼の目の前の男子生徒はグレイスの一件もあって、涙や鼻水まで溢れる始末だった。

 威圧を向けられていないエリカたちも、冷や汗を流しながら固まって動けない。

 

「少し落ち着けテオドール……皆、怖がっている」

「……っと、悪い」

 

 そんな中、唯一動けた達也が、テオドールの元へ歩み寄って彼の肩に手を置いた。

 すると今までの空気が嘘のように四散して、

威圧を受けていた全員が深く息を吐き出す。

 肩で息をしている者も多くいて、達也でさえ一息吐いたぐらいだ。

 張り詰めた空気が無くなった中、テオドールの側で静かにしていたグレイスが彼の表情を窺い見ていた。

 

「大丈夫ですか、テオドール様」

「俺はね。けど、やり過ぎたかな」

「彼らに対しては直接何かした訳ではないが…………地面がな」

 

 軽く達也が周りを見渡すと、グレイスの踏み込みと殴打による衝撃で無惨な状況になっている。

 これで何もなかったと言い切るのは不可能だろう。

 

「ああ、それは大丈夫」

 

 けれどテオドールはそう言うと、その場にしゃがみこんで地に手を付けた。

 何をするのかと達也が()で彼を見ようとして……再び驚愕する。 

 イデアを通して視たエイドス上のテオドールは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを地面へと浸透させていた。

 

(サイオンとプシオンを体内で意識的に流しながら操作している? ……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()、と言うべきか?)

 

 眼に視える光景を分析する達也の表情は、険しいと言っても相違ない。

 彼の知識の中に、この()()を説明出来るものが無かったのだ。

 仙術に類似する技能、と言うのが一番近いのではと達也が考察していると、テオドールが小さく「起きろ」と呟く声を耳にする。

 意識を現実の視点に戻すと、突如地面に変化が現れた。

 

「…………へっ?」

 

 呆けたような声は、誰のものだったのか。

 割れていた筈の地面、砕けていた筈の道。

 それらが全て巻き戻るかのように元に戻っていく。

 バラバラに散った土や石の破片が引き寄せられ、大きく凹んでいた場所は何もなかったかのように、いつもの(と言えるほどまだ通っていないが)校門前の風景がそこにあった。

 現状を作り上げたテオドールはといえば、軽く手を払いながら立ち上がって、辺りを見渡して頷いている。

 

「んー、整地にはそこそこ慣れてるけど、やっぱり向こうとは若干勝手が違ったな」

「お疲れ様ですテオドール様」

「グレイスもお疲れ様。それと……嫌な役割をさせてごめん」

「ふふ、お気になさらず……それではお願いします」

「ああ」

 

 嬉しそうに微笑むグレイスを優しい眼差しで見つめあうテオドールは、彼女の手を取り、口付ける。

 周りが突然の行為に目を丸くしている中、正確には指輪に口を触れていたのは、近くにいた達也にだけ見えていた。

 それと同時に、グレイスの瞳が元の碧眼へと変わってゆく(もしくは戻ってゆく、が正しい表現だろうか)。

 加えて、色々な視点から観察していた達也には、()()()()()()()()()()()テオドールとグレイス間の霊子の繋がりが復活していく様子が確認出来た。

 

 するとグレイスが少しふらつき……テオドールが軽く支える。

 先ほどの力の代償か? と気になった達也が心配と探りの意味で二人に話しかける。

 

「グレイスは大丈夫なのか?」

「ええ。問題ありません」

「発散のタイミングが無かったからね……帰ったらゆっくりしよう」

「はい。テオ、ドール様」

「あはは……さて、と。後はこっちか」

 

 テオドールは愛称で呼び掛けたのをやや不自然に直したグレイスに苦笑してから、真面目な雰囲気に戻し、未だへたり込んだままの男子生徒に視線を向ける。

 先ほどのように怒りや威圧が籠ってはいない視線に、しかし彼は恐怖を魂に刻み込まれたかのごとく大きく肩を跳ねさせた。

 やり過ぎたとは思わないが、これ以上責め立てるのもどうかと思ったテオドールは、小さく溜め息を吐いてから言葉を掛ける。

 

「グレイスのお陰でこちらに実害はなかった。今回だけは警察に付き出すのは勘弁してやる」

「っ……」

「一応言っておくが、次は無い。同じような事があれば人生を棒に振ると思え……先輩方も、それで宜しいですね?」

 

 違う方向に顔を向けながらそう言ったテオドールに、その場の全員が彼の向いた方へと意識を移す。

 そこには二人の女子生徒が控えていて……少なくとも片方が入学式で挨拶もしていた生徒会長、七草真由美なのは誰もが分かり、非があった自覚が出ていた一科生グループは、一気に顔色を悪くした。

 真由美は何とも言えない顔をしていたが、テオドールの言葉を自分の中で折り合いを付けて咀嚼したのか、苦笑い気味の表情に変わる。

 

「……そうね、私はガートナー君の言った通りで良いと思うわ。ね、摩利」

「むぅ……色々と言いたい事はあるが、お前がそう言うなら仕方ないか」

 

 摩利と呼ばれた女子生徒は複雑そうな表情だったが、一つ咳払いをしてから全員に聞こえるように声を上げる。

 

「風紀委員長の渡辺摩利だ。校門前で騒ぎがあると報告を受けたので駆けつけたが……生徒会長がこう仰られてることでもあるし、その男子生徒の言うように今回は不問にします。以後気を付けるように」

 

 温情(?)判決を下されて、一科生グループはほっとしてから、慌てて頭を下げた。

 それを横目に、摩利はテオドールとグレイスに興味を向ける。

 

「真由美がとんでもない外国人新入生が入ってきたと騒いでいたが……成る程、納得したよ」

「……どうも」

 

 反応に困ったテオドールは、とりあえずの返事と共に軽く頭を下げる。

 同じタイミングでグレイスも同じ程度に頭を下げているのは、息が合っていると表現して良いものか。

 それを見てから摩利は一つ頷き、最後にと言葉を投げ掛ける。

 

「外国人新入生二人と……あの凄まじい威圧の中でも動けていた君。三人の名前を聞いておこう」

「…………自分ですか?」

「君だ」

 

 急に話に入れられた達也は、自分の事だろうとは分かりながらも、思わず確認を取っていた。

 本人的には目立ったつもりは無かったのだが、テオドールの威圧は離れていた摩利や真由美でさえ動けなかったのだから、実際は当然の注目と言える。

 

「僕はテオドール・ガートナーです」

「グレイス・フラムスティードと申します」

「……司波達也です」

「覚えておこう」

 

 結構です、と言いかけた達也は代わりに溜め息を飲み込み、テオドールとグレイスはもう一度頭を下げる。

 そのまま踵を返した摩利に続いて行く真由美が、ふと振り返り、彼らに小さく微笑みながら手を振ってきた。

 

「それじゃあまたね。ガートナー君、フラムスティードさん、司波君」

 

 やけにその笑みが達也達の印象を残ったのだが、どういう真意があったのか、その場で知るよしはなかった。

 

 




 達也の視点から見える光景の表現が難しいです。


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入学編7 理解ある仲間たち

 10000UA、お気に入り500越えありがとうございます。
 ちょっとびっくりしながらも頑張りたいと思いました。

 境界迷宮最新刊も発売しましたね。
 美しさの極みのテフラとか、マリーとステフ姉様のやり取りの挿絵とか凄く良いです。

 では本編へ。少しずつ風呂敷を広げて行きます。



 一科生グループが座り込んだままの男子生徒──今更ながら森崎という名前だったと、テオドールはふと思い出していた──をそそくさと回収して足早に去っていくのを確認して、残ったメンバーは息を吐いた。

 時間にすれば短かったが、色々と衝撃的な出来事が多かった為にようやく気が休められる、といった心情だ。

 生徒会長だけでなく風紀委員長にも目を付けられたテオドールと達也は、同時に肩を落としていたが。

 そんな彼らの元へ、他の皆が集まってくる。

 その中から代表して、エリカが三人に声を掛ける。

 

「お疲れテオ君。グレイスと達也君も」

「俺は思った事を言っただけだよ。行動に移してくれたのはグレイスだしね」

「私はテオドール様の意向を汲んだだけですから」

「俺に関しては本当に何もしてないぞ」

「いや、達也は暴走気味の俺を止めてくれたじゃんか」

「一応口を挟んだが、それがなくとも大丈夫だっただろう?」

「あー、はいはい。謙遜しあうのはそこまでそこまで」

「あはは……とりあえず、帰りませんか?」

 

 三人とも自分は大した事をしていないと思っているのが、その場の全員に伝わった。

 エリカの心底呆れたという声色に同調するように、ほのかが苦笑しながら帰宅を促すと皆がそれに乗った。

 おおよそ好意的な態度で、内心ほっとしていたのがテオドールとグレイスの二人。

 自分たちの見せたもので怖がられるのではないか、という感情があったからだ。

 ……今後説明をして、そうならないという保証もないのだが。

 テオドールがそんな憂慮をしている中、帰宅道中では先程までの出来事が話題となっていた。

 

「しっかし凄かったなぁ。グレイスさんの威嚇攻撃もテオの威圧も」

「あのいけ好かない一科生が怯えてるの見た? 絶対もうちょっとで漏らしてたわ」

「エリカ……女の子のする話じゃないわよ?」

「けど、言いたい事は分かる」

「はい。不満が溜まってたのがすっとしました」

「言い方はあれだけど、ざまーみろって思っちゃったよね」

 

 醜態を晒した一科生男子に追い討ちを掛けるような話題を、何かを考え込んでいる達也を除く全員がすっきりした表情で語っていた。

 そこで美月は何かに気づいたようにはっとして、グレイスの方へと寄っていく。

 

「そういえばグレイスさん、手は大丈夫なんですか?」

「はい、問題ありませんよ」

 

 傷一つ無い綺麗な手を軽くひらひらさせると、皆は安心したような反応を見せ、後に興味の視線を向ける。

 

「結局グレイスは何をどうしたの? 自己加速術式とか硬化魔法の組み合わせ?」

「けどさ、俺は魔法の発動は見えなかったぜ?」

「仮にそうだとしても、発動が速すぎる。あの一瞬でそこまで出来るのに、二科生なのはおかしい」

「もしくはグレイスさんは、あらかじめ魔法式展開してたとか?」

「えっと……」

「……純粋な身体能力、だろう?」

 

 投げ掛けられる疑問にどう答えたものかとグレイスが言い淀んでいると、思考の海から帰ってきた達也が答え合わせのつもりで口を挟んだ。

 彼の言葉に、全員が疑問や驚きの籠った顔を彼に向ける。

 それから誰かが口を開くより早く、テオドールが驚愕よりも感心の強い声を達也に掛けた。

 

「達也、どうしてそう思ったんだ?」

「ただの消去法だがな。俺も後ろから見ていたが、レオの言うように魔法の発動も兆候もなかったのは間違いない。ならば古式系統の魔力操作の一種かとも考えてはみたが、だとしてもあれだけの現象を起こせはしないだろう。だとすれば、あれはグレイスの身体能力によるものとしか判断出来なくてね」

 

 どうだろうか、とグレイスへ言葉を向けると、彼女は小さく笑みを浮かべながら回答する。

 

「……お見事です、達也様。私はあの時魔法を使わない、力任せの踏み込みと打撃を行っただけに過ぎません」

「…………はっ?」

 

 呆けたような声を漏らしたのはレオだったが、テオドールと司波兄妹を除く他の皆もまた、内容を理解すると同時に固まってしまう。

 肉体行使のみで地面を砕き割るというおよそ人間の限界を越えた行為に、軽く思考が停止してしまったらしい。

 深雪も似たような心境ではあったが、違うところに意識を取られていた為、そうならずに済んでいたのだ。

 

 彼女の心は、先程グレイスの見せた小さな笑みに向いている。

 笑顔の仮面の下に隠した、寂しそうな表情に深雪は気づいてしまった。

 いつかどこかで見覚えのあるような、諦念すら混じっている顔は──

 既視感を思いだそうとする深雪を横に、グレイスが説明を始めていた。

 

「私は生まれつき常人を遥かに越える力を持った体質でして……軽く力を入れただけでああなってしまうのですよ」

「体質か。しかしあれほどまでになると日常生活が不便そうに思えるが」

「普段はテオドール様が力を部分的に封印して下さっていますので」

「……それは先程テオドールが「拘束解除」と呟いていた事と関係があるのか?」

「あの状況で聞こえてたのか……」

 

 あの状況を落ち着いて見極めていた達也の洞察力に、テオドールは軽く首を竦める動作と共に苦笑いしている。

 

「まあそこまで隠すことでもないから言うけど……母さんが「封印術」を扱う古式魔法の家系でね。魔法の技能とか特性とかをある程度抑える術式をそこそこ使えるんだ」

「封印術、か……」

「そう。で、グレイスの付けてる指輪は昔母さんが作ってくれた特性封印の呪具だ」

 

 見ててくれ、と言いながらテオドールはグレイスの手を取る。

 彼は唇を噛んで血を出すと、そのまま指輪へ口付けた。

 皆が注目する中、グレイスの瞳が碧眼から緋色に変わる。

 誰かが声にならない悲鳴をあげたのは、本能的なものだろう。

 先程までは感じられなかった、禍々しいと表現せざるを得ないような雰囲気が、グレイスを覆っていたのだ。

 彼女の目を見て、達也以外は少なからず身体を強張らせてしまう。

 皆の反応に、ほんの一瞬だけ悲しそうな笑みを浮かべたテオドールがもう一度口付けると、グレイスの瞳が元の色に戻ると同時に不吉な感じが消えた。

 

「……とまあ、こんな感じかな。封印してる時は見た目通りの力になるから、非常時は早めに駆け付けるようにしてるけどね」

 

 全員が強張っていた肩の力を抜いている一方、達也は目の前で起こった光景を冷静に分析していた。

 だが彼は眼で視えた出来事に触れる選択をせずに、ただ優しい笑みを浮かべるだけに留まった。

 

 ──そんな兄の笑みを見た深雪は、既視感の正体に思い至った。

 

 あれは、逸脱した力を持つが故の差別を受け、孤立を知る者の顔。

 かつて沖縄で達也に命を助けられた深雪が、その後の引き止める会話でほんの少しだけ表面化していた感情と同じもの。

 

 そして今、兄の浮かべている笑みは、同族への同情に近いものなのだろう。深雪はそれに気がついた。

 

「……成る程な。()()()驚いたが、怖がる理由はなさそうだ」

「そうですねお兄様。むしろ新しいお友達が珍しい才能を持っているのは、学校生活でも良い刺激になりそうです」

 

 なので達也と深雪が、二人に友好的な立場を崩さない姿勢なのは、ある意味当然と言える。

 あからさまな擁護に近い司波兄妹の反応にテオドールとグレイスは目を見開き、他のメンバーも無意識だとしてもグレイスを畏怖し、距離を取りかけていた事を自覚した。

 気まずい雰囲気が流れる前に、兄妹に便乗したのはエリカだった。

 

「深雪の言う通りね。あたし的にも元々面白いグループが出来たなーとは思ってたけど、こりゃ期待以上だわ」

「面白いグループって……エリカちゃんそれってここの皆のこと?」

「勿論。良い意味で変わってる集まりでしょ?」

「オメーは悪い意味で変わってる女だと思うがな」

「あんたに言われたくないわよこの野性動物」

「なんだとこら。息継ぎも無しで罵倒しやがったな?」

「二人とも止めなよ! 会ったその日でしょ?」

「えっ、これで!?」

「相性が良いんじゃない?」

「「ちょっ、勘弁してよ(しろよ)雫(北山さん)!」」

「ほら、息ぴったり」

「「真似してんじゃないわよ(ねえよ)!!」」

 

「……ここの面子は、誰も気にしていないらしいぞ、二人とも」

 

 言い争いを始めるエリカとレオを横目に、達也は若干呆けている外国人二人に話を振る。

 彼の言葉や同級生たちのやり取りを聞いて、テオドールはやや恥ずかしそうに頬を掻き、グレイスは心から嬉しそうにしていた。

 

「んん……余計な心配だったか」

「ふふ……そうみたいですね」

「そもそもここに居る全員、変な差別意識を持っていないのは分かっていただろう?」

「まあ、それはね」

「私はテオ君もグレイスも、もうお友達だと思っていたのだけれど、違ったのかしら?」

「いいえ、違いません……深雪さん、ありがとうございます」

「達也も、ありがとう」

「あら、私たちは何もしてないわよ? ですよねお兄様」

「ああ、俺たちは思ったこと言っただけだからな」

「あはは、そうだったね」

 

 それぞれの反応に、四人は小さく笑い合う。

 その後、彼らは未だに言い争うエリカとレオを仲裁して、先程までの出来事など無かったかのように、仲良く帰り道を進んでいったのだった。

 

 

 その日の終わり、夜も更けてきた頃。

 達也は深雪を連れて、九重寺へと訪れていた。

 本来は朝に修行とついでに入学報告やをする予定だったのだが、前日の晩に入学祝いの言葉と共に「明日は早朝に来客があるから、来るなら夜にしてほしい」と連絡を貰っていたのだ。

 寺の住職をよく知る兄や、兄ほどではないが面識のある妹からしても、わざわざ連絡を入れてくるのは妙だと思っていたが、それも行けば何かは分かるだろうとの意見で一致した。

 ついでに達也は今朝は心当たりがなかった来客の正体にも、()()()ではおおよその予想がついていた。

 

 全く灯りの無い境内に入り、僧侶の住居(庫裏とも言う)へと向かうと、兄妹は縁側の方に尋ね人の気配を感じる。

 普段ならば気配を消して待っていそうなものなのだが……と達也は首を傾げながらも、その方向へ声を掛けた。

 

「こんばんは、師匠」

「夜分遅くに失礼します、先生」

「やあ、こんばんは、達也君、深雪君。待っていたよ」

 

 こちらにおいで、と招く言葉に従って二人は彼、九重八雲の下へ歩みをめた。

 八雲に近づいてから、達也は少しだけ違和感を覚える。

 普段の飄々とした表情がなりを潜め、ほんの僅かにだが落ち込んでいるように見えたのだ。

 

 勘違いかと思いながらも、当初の目的を果たさねばと思い直した。

 

「改めて入学の報告を。深雪が直に言いに行くと聞きませんでしたから」

「もうお兄様。こういった事は顔を合わせて直接言うのが良いのですよ?」

「そういうものか……?」

「確かに電話だけで終わってしまうのも寂しいからね。僕からも改めておめでとう、と言わせてもらうよ」

「「ありがとうございます」」

 

 同時に頭を下げる兄妹を軽く笑みを浮かべながら応対する八雲。

 ここにきて、深雪も八雲の様子が普段と違うようなに感じた。

 そして達也も、先程の違和感が確信に変わる。

 八雲も気づかれた事に気づいたのだろう。苦みが多めに含まれた笑みになりながら、二人に隣に座るように進めた。

 

「いやはや、情けない姿を見せたね」

「いえ……しかし師匠がそのような顔をしているのを俺は初めて見ました」

「そうだったかな。いやね、少しばかり見聞が狭まっていたと、今まで反省していた所だったんだ」

「……テオドール・ガートナーですか」

「ああ、君たちの同級生のね」

 

 達也が何の脈絡も無く出した名前に、八雲も疑問に持つ事なく肯定した。

 唯一話に着いてこれていない深雪だけ、何故テオドールの名前が出るのかと首を傾げている。

 それが分かっている達也は詳しい答えを求めて話を続ける。

 

「やはり今朝訪れていた来客はテオドールたちでしたか」

「達也君の予想通りだよ。この辺りは僕が目を届かせている場所だから、余所者の古式魔法師は挨拶に、ってね」

「あの、お兄様。お兄様は何故テオ君たちが来客だと?」

「引っ掛かりを持ったのは帰りにテオドール本人から古式魔法師だと聞いてからだな。一日二日程度の付き合いでも分かったあいつの性格からして、この土地をテリトリーとしてる古式の陣営……つまり九重寺へあらかじめ顔を見せておこうと思うのは不自然な事じゃない」

 

 兄の簡潔な説明に深雪は納得したように小さく頷いて、少ししてから再び首を傾げて八雲へと顔を向ける。

 

「それだけなら先生が反省なされる理由はないと思うのですけれど……」

「ああ…………実はここだけの話、彼と組手をしてみたんだけど、引き分けてしまってねぇ……」

 

 さらりと溢された言葉に、達也と深雪はにわかには信じられない、と言わんばかりの表情で驚愕してしまう。

 九重八雲の実力を良く知っている二人からすれば、彼が苦戦する姿すら全く想像出来ないのだ。

 何より二年半程の鍛練の中で、達也は八雲に勝てた試しがなかった。

 体術だけなら上かもしれない、なんて言われた記憶も達也にはあったが、テオドールはそれに加え読み合いなどでも最上級の忍術使いと互角、という結論になる。

 

 驚く兄妹に苦笑して、八雲は話を続けた。

 

「魔法ありならどうなるか分からないけど、純粋な体術ならあの子は相当だね。得物も無しであれだから畏れ入る」

「……得物ですか?」

「うん。恐らくは杖……杖術が主な戦闘スタイルなんだろう」

「杖とはまたマイナーなものを……」

 

 達也は少し呆れたような声を出しつつも、相手の土俵上で引き分けたテオドールと、戦いながら相手の得意分野を図り当てた八雲の技量に対して純粋に感嘆し、同時に警戒していた。

 

 それほどまでの人物と入学式に出会い、交流を深めているのは本当に偶然なのだろうか、という疑念。

 

 何か目的があって自分たちに近づいたのではないか。

 

 それとも自分や深雪の正体を知っているのではないか。

 

 もしそうならば、自分は彼らを──

 

「大丈夫だよ達也君」

 

 険しい顔をしていたであろう達也に、八雲は落ち着くように声を掛ける。

 その言葉に暗い所へ落ちそうになっていた意識を引き上げる。

 彼の視界には、心配そうに覗き込んでいる深雪が映ったので、表情を笑みに変えて妹の頭を撫でた。

 

 雰囲気が柔らかくなったところで、八雲は二人へ自らの考えを述べる。

 

「彼は根っからの善人だ。加えて仲間や友人の為なら強大な相手を敵に回すのも厭わない、達也君と似たようなところもあるだろう……少し話しただけだけど、それは間違いないと言えるよ」

「……それだけでは警戒しない理由にはなりませんが」

「だろうね。だからこれは君にとってどう映る言葉かは分からないけれど……」

 

 八雲は少しだけ言い淀んでから、()()()()()()()()も付け加えた。

 

「「()()()()()()()()()()()()()()()()()」……テオドール君からの伝言だ。詳しくは本人から聞いてくれ」

「「っ!」」

 

 この伝言は、達也がテオドールを警戒している上、八雲との繋がりを持っているのを知られている事を意味する。

 つまり、少なからず素性を探られていた訳だ。

 警戒が最大級になる……その前に、達也は伝言の意図に気がついた。

 テオドールは達也に探りを入れた事を気づかせて、その上で敵にはならない、と言いたいのだと。

 どうしてわざわざ八雲に伝言を頼み、警戒させたのかまでは達也に分からなかったが、含まれた意味を一蹴してまで敵対する必要はないと思い至った。

 

「…………分かりました。因みに師匠、彼らの情報を調べてもらう事は出来ますか?」

「あの感じだと君が聞いたら教えてくれると思うけど……」

「裏付けになりますから」

「ふむ。まあ個人的にも調べるつもりだったから構わないよ」

「宜しくお願いします」

 

 依頼を受けてくれた八雲に、達也は頭を下げる。

 頭を上げるとふと、妹の様子がおかしい事に気がついた。

 瞳が揺れている辺り、テオドールやグレイスを信じて良いのか少しだけ迷っているのだろう。

 達也は妹の肩に手を置き、優しく抱き留める。

 

「お、お兄様……?」

「心配するな。テオドールからもグレイスからも、俺たちへの害意は感じられなかった……少なくとも、友人だと思ってくれているのは、信じていいと俺は思うぞ」

「……そう、ですね。お友達ですものね」

「ああ……明日また、聞いてみよう」

「はい、お兄様」

 

 兄妹は微笑み合いながら、お互いな体温を感じていた。

 そこにいるという安心感と、確かな繋がりを。

 

 ……八雲からニマニマとした視線を向けられているのに気づいた深雪が慌てて離れるまで、二人は兄妹愛を深めているのだった。

 

 




 境界迷宮キャラの力は規格外だけど達也の分解に勝てる気はしない。テオ君は除いて。


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入学編8 生徒会室への招待

 遅れました。ご容赦を。


 

「生徒会から呼び出し?」

 

 高校生活三日目の朝。

 登校したテオドールは深雪から声を掛けられ、言われた内容について首を捻る。

 

「ええ。先程七草会長からお兄様共々お誘いを受けてね。テオ君も来てくれないかしら?」

「深雪さんは生徒会への勧誘だよな……なんで俺も?」

「さあ……けれど「連れてきて下さいね」って私に笑顔で仰られていたから……」

「行かなかったら放送での呼び出しもあり得る、か……」

 

 若干頬を引き攣らせて述べるテオドールに、深雪は曖昧な笑みを浮かべて肯定の意を示す。

 用事も分からないのに敵地(と敢えて表現する)に招かれざるを得ないの状況。

 あまり気は進まないが、無視できるものではない。

 

「……因みに、グレイスも?」

「会長はそのつもりだと思うわ。そちらはお兄様からお話がいっている筈よ」

「ん、分かった」

 

 半分諦め気味ではあったが、特段断る理由も無いと判断したテオドールは了承を示す。

 従者にも連絡しておこうと端末を操作し始めた彼を、深雪は極めて自然に努めながら窺い見ていた。

 

 このテオドールという少年は、一体何者なのだろうか。

 昨晩兄と一緒に八雲の所へ行った事を、彼は知っているのだろうか。

 あの伝言についてどういう意味なのか、どういう意図なのかと言及した方が良いのだろうか。

 兄に任せておとなしくしておくべきなのか、まだ深雪には判断しきれない。

 そんな彼女の何か言いたげな視線にテオドールは気がついていて、理由にも当たりが付いていたが、特に何も言わなかった。

 

 

 A組で二人が話していたのと同時刻、E組でも達也たちいつものメンバー(まだ高校生活三日目だがそう言って構わないだろう)からグレイスが同じ話をもたらされていた。

 どう返答すべきかのタイミングでテオドールから同行の意のメールを受け取ったので、反対する気もない彼女はその旨を達也に伝える。

 

「テオドール様も行かれるそうなので、私もご一緒させて頂きます」

「そうか。会長が喜ばれそうだ」

「達也様はあまり乗り気ではないご様子ですね」

「……入学早々に生徒会に目を付けられて良い気分な訳がないだろ」

 

 憂鬱げに面倒そうな表情で漏らす達也だったが、こちらは妹と違って探るような目を隠さずにグレイスへと向けていた。

 彼の視線に対して、グレイスは曖昧に微笑みを浮かべるだけで何も言わない。

 それが誤魔化しではなく、主の居ないところでは話すつもりはない、という意思表示なのだと達也には感じ取れる。

 ならば恐らく今は問いただしても意味はないかと、彼は一度目を閉じてから含みのない視線に切り替えた。

 

「……そういえば、何故グレイスは俺にだけ様付けなんだ?」

 

 そして代わりの話題に、少し気にかかっていた話を持ち出した。

 グレイスは友人たちを呼ぶ際、おおよそ「さん」付けで呼んでいたと認識している。

 E組の皆は「エリカさん、美月さん、レオさん」で、A組の子も「深雪さん、ほのかさん、雫さん」と呼称していた。

 しかし達也に限り「達也様」と、彼女の主と同列の敬称を使っている。

 様付けされるような人間ではないと達也は思っているので、何かしらの理由があるのかと多少なりとも気になっていた。

 問われたグレイスは……若干きょとんとした表情になると、微妙に困ったように小さく微笑みながら答えを返した。

 

「達也様はその、貫禄があると言いますか」

「……貫禄?」

「テオドール様にも言える事ですが、何か悪い状況に陥ってもお一人でどうにか出来るように見える風格を、達也様からも感じるのです」

「……随分と過分な評価だな」

「あー、でもあたしも何となく分かる気がするな」

 

 達也に対する評価に言葉で同意を示したのはエリカだけだったが、よく見れば美月やレオも頷いている。

 それに困惑したのは達也本人で、何故出会って間もない友人たちにそこまで高い評価をされているのかと戸惑っていた。

 

「……偉そうに見えるって事か?」

「いんや、そうじゃないんだけどよ……」

「ほら、達也さんって落ち着いてて大人びてますし、人の上に居てもおかしくないっていうか」

「的確な言葉が思い付かないわね……」

「「「うーん……」」」

「いや、そこまで悩んでくれなくても良いんだが……」

 

 本気で悩んでいるように見えるクラスメイトたちを、達也は更に困惑する。

 その様子を見ていたグレイスは、申し訳なさそうにして端的な答えを述べた。

 

「つまり、私は達也様にテオドール様と同様の雰囲気を感じて、無意識に敬称を用いていたのです。ご不快でしたら申し訳ありません」

「ああいや、気にしなくていい。俺も少し気になった程度だったからね。この話はここまでにしよう」

 

 頭を下げようとするグレイスを制する達也は、これ以上自分が持ち上げられるのを拒んでいるようだ。

 その行動は一般的に、照れ隠しと呼ばれている。

 本人的には限られた感情内の気まずさ程度だったが、達也の頬にほんの少しだけ朱が差していたのがグレイスだけには見えていた。

 

 

 

 時は進み昼休み。

 足取りが重そうな男子二人と足取りの軽い女子二人、計四人は生徒会室の扉の前に居た。

 男性陣は面倒事になりそうな予感のせいで、女性陣は好意を寄せる兄や主と一緒に昼食を食べられる時間になったが故の気分の違いだ。

 招かれたのは主に深雪、次いでテオドール、達也とグレイスは謂わばオマケなので、インターホンを押す役目は必然的に深雪に譲られた。

 深雪が名を告げると明るい歓迎の声が返され、入室の許可が下りる。

 四人が目配せして、戸を開く役目は担った達也がドアを引き戸をスライドさせた。

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

 やけに楽しそうだな、と達也とテオドールが同じ感想を持つ笑顔で手招きしているのは、生徒会長の七草真由美だ。

 深雪とテオドールが先に入り、二人の後ろに兄と従者が続く。

 そして一礼。

 深雪とテオドールとグレイスが礼儀作法のお手本のようなお辞儀を、達也が軍人のような角張った礼を。

 あらかじめ四人が示し合わせていた……訳ではなく、深雪の威嚇じみた行動にテオドールとグレイスが合わせ、達也が呆れ半分で付き合った、という次第である。

 

「えーっと……ご、ご丁寧にどうも」

 

 新入生四人にそのような態度を取られれば、幾ら十師族と言えど真由美がたじろいでも仕方がない。

 事実、他の生徒会役員や風紀委員長もすっかり雰囲気に呑まれていた。

 場の様子を見た達也は、妹や友人たちの行動の意味が何となく理解出来た。

 相手の陣地でイニシアチブを確保するのが無理なら、空気を制圧する……そんな所だろうと。

 

「と、とりあえず掛けて。お話は、お食事しながらにしましょう?」

 

 それに少しだけ臆した様子を隠す為か、やや早口で着席を促す真由美の言葉に、四人は順に腰掛けてゆく。

 深雪、達也、テオドール、グレイスの順番になったのは、必然だと言えるだろう。

 堂々とし過ぎている新入生たちに調子を乱されていた真由美は、小さく咳払いをして自らのペースを整えた。

 

「こほん。ダイニングサーバーがあるのは……そちらのお二人も聞いていますよね? お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」

「俺は精進を」

「私も同じものをお願いします」

「僕とグレイスは弁当があるので大丈夫です」

 

 メニューを達也と深雪が即答して、テオドールがグレイスの持つ手提げ袋を指差しながら辞退した。

 機械に入力して料理が出来るまで、真由美が間を繋げようとしてか、話を切り出す。

 

「入学式で紹介しましたけど、念の為もう一度紹介しておきますね。

 私の隣から会計の市原鈴音、通称リンちゃん」

「……私をそう呼ぶのは会長だけです」

 

 美少女というより美人と表現する方が相応しい少女、鈴音が溜め息を吐く。

 これは苦労していそうだな、と達也とテオドールは内心で勝手に考えていた。

 

「その隣は知ってますよね? 風紀委員長の渡辺摩利。それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん」

「会長……お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください。わたしにも立場というものがあるんです」

 

 小柄で童顔な少女が潤んだ瞳で抗議する様に、深雪やグレイスも含めた四人共「これは『あーちゃん』だ」と本人には気の毒ながらも思った。

 

「もう一人、副会長のはんぞーくん……服部刑部を加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」

「私は違うがな」

「そうね。摩利は別だけど……あっ、準備ができたようです」

 

 ダイニングサーバーからトレーに乗った料理が出てきたのを見て、真由美が話を区切る。

 テオドールとグレイス、それから摩利の弁当持参組を除く全員に配膳が終わると、会食のような昼食が始まった。

 しかし、全員の主な注目はテオドールたちへと集まっていた。

 それもそのはず。グレイスが手提げ袋から取り出したバスケットからは、弁当というには豪勢過ぎる内容のものが広げられたからだ。

 

「凄く綺麗で美味しそう……グレイスが作ったのよね?」

「はい。テオドール様にはきちんとしたものを召し上がって頂きたいですから」

「分かるわ。私もお兄様には同じように考えているもの」

「だってさ。愛されてるね達也」

「いや、お前も似たようなものだろう……しかし、グレイスは紅茶やお菓子だけでなく、料理も高レベルなんだな」

「あー、色んな所から味を盗んだりしてるからなぁ……よかったら少し分けようか?」

「いいのか? なら、遠慮なく頂こう」

「深雪さんも、よければいかがですか?」

「まあ! ありがとうグレイス。頂くわね」

 

 司波兄妹は取り分けられた鶏肉の香草焼きを口に運ぶ。

 微妙に羨ましそうな視線を複数感じていた二人だったが、それを口に入れて咀嚼した瞬間、一瞬だけ思考を停止させた。

 

「…………美味い。これは、超一流の店でも十二分に通用するぞ」

「……は、はい……香草の風味も、お肉の食感も、これ以上にないぐらい……」

「ふふっ、お口にあって何よりです……先輩方もいかがでしょう?」

「これはどうも。頂きます」

「あっ!? リンちゃんズルい! 私も!」

「ちょっ、あたしの分も残しておけよ!」

「中条先輩はこちらを」

「えっ? あ、ありがとうございます……」

 

  グレイスが差し出した分を間髪を入れずに鈴音が手元に寄せると、真由美と摩利も慌てて箸を伸ばす。

  三年生三人の取り合いを横目に、入る勇気がなかったあずさにはテオドールが自分のおかずを分けていた。

 そしてそれぞれが分けられたものを食べて……洗練度の高さに、先の司波兄妹と同じく固まってしまう。

 

「……フラムスティードさん、うちで専属シェフをやらない? 出来る限りの好待遇でお迎えするから」

 

 中でも一番初めに復帰した真由美が、至極真面目な、摩利や鈴音たちには未だかつてないほどの真面目さに見える表情で、雇用の勧誘をする。

 

「申し訳ありませんが、私の全てはテオドール様に捧げておりますので」

「そ、そっか……残念ね……」

 

 そしてグレイスは爆弾発言──本人的には当たり前だと思っているもの──をにこやかな顔で述べた。

 彼女の笑みの中に有無を言わせぬ雰囲気を感じ取った真由美は、少し気圧されながら引き下がる。

 けれど他の女性陣はグレイスの告白にも等しい台詞から、二人の関係に興味を向けた。

 この集団では最も落ち着いている鈴音が、テオドールへと直球で投げ掛けた。

 

「ガートナー君とフラムスティードさんは主従関係と聞いていましたが、お二人は男女の関係でもあるのですか?」

「私もはっきりとは聞いていませんでしたね。テオ君、どうなの?」

 

 鈴音の言葉に重ねて、ずっと気になっていたであろう深雪も事の真偽を問うた。

 逃げ場の無い話を向けられたテオドールは、傍目でも嬉しそうにしているのが分かるグレイスと視線を合わせてから、照れが混ざった笑みで回答する。

 

「まあ……お察しの通り、とだけ」

「なるほど、回答ありがとうございます。そして不躾な話を失礼しました」

「いえ、お気になさらず」

「けど、テオ君は本当に幸せ者ね? こんなに綺麗でおしとやかで、お料理もとっても上手な子と一緒なんて」

「そうだね。違いないよ」

「私も、テオドール様のお傍に居られて幸せです」

 

 グレイスがそう言って寄り添うようにしてテオドールへもたれ掛かると、女性陣から黄色い歓声が上がった。

 テオドールもそんな彼女に優しい目を向けて、軽く髪に手櫛を通す。

 お互いがお互いを想い合っている……そんな様子に生徒会室に居る皆は口を挟めず、程度の差はあれど顔を赤くしたり視線を逸らしたりしていた。

 

「やれやれ……」

 

 その甘い空間を作り出した二人に、達也もだけは唯一呆れた視線を向ける。

 しかしふと、隣の深雪の様子が少しおかしくなっているのを感じとった。

 目を伏せて少し震え始めた妹にどうかしたのかと声を掛けようとしたが……

 

「──深雪も負けてはいられません!」

 

 その前に深雪が、何かを決意したような眼差しで声を上げて立ち上がった。

 いきなり大声を出した彼女に他の者たちも驚き、目を白黒させている。

 ……テオドールに関しては、何となく心当たりが付いたのか、すぐに苦笑いの表情へ変わっていたが。

 

「み、深雪っ?」

「お兄様! 私たちの兄妹愛も知らしめましょう!」

「待て、深雪、落ち着け──!?」

 

 トンデモ発言をした妹君が最愛の兄に飛び付くまで、僅か数瞬の間。

 この時の深雪の表情が見えていたテオドールは、後に目を逸らしながらこう語る。

 

 ──美女が野獣になると、迫力があるんだな──

 

 それからの話は、司波兄妹の名誉を守る為にも、出会って間もない生徒会役員の面々に、シスコンやブラコンなどの認識が早くも確立された、とだけ記しておこう。

 

 




 次回はいよいよ模擬戦。多分。


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