ゴクウブラックが第四次聖杯戦争に喚ばれてみた (タイトル命名 ゴワス様) (dayz)
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本編よりも先にゴクウブラックのステータス作ってみた(最悪)

【CLASS】 セイバー

 

【マスター】 衛宮切嗣

 

【真名】 ザマス

 

【性別】 男

 

【身長・体重】 175cm・62kg

 

【属性】 秩序 善

 

【ステータス】 

 

 筋力A+ランク 耐久A++ランク 敏捷A+ランク 魔力Aランク 幸運Cランク 宝具EXランク

 

【クラス別スキル】 

 

 対魔力 Bランク 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

 

 騎乗 Bランク 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

【固有スキル】 

 

 魔力感知(気) Aランク 生前では生物の生命エネルギーを探知する技術だったが、サーヴァントになったことにより、魔力やサーヴァントの気配を探知するスキルになった。Aランクなら地球全てが探知範囲になる。気配遮断を使用すれば探知をキャンセルできる。

 

 魔力放出(気) A++ランク 気功術の応用で魔力を気に見立てて自在に操れる。全身から放出することで空を飛んだり、魔力をエネルギー弾として撃ちだす、魔力で刃を形成するなど多彩な戦法に繋がる。

 

 魔力砲撃(気) Eランク~A++ランク 別名かめはめ波。腰に構えた両手の中に魔力を圧縮させて砲撃として撃ちだす。威力の調整はコントロールでき、抑えれば自動車を撃ちぬく程度にもできるが、最大出力で放てば一国をも吹き飛ばす。本来の威力なら星どころか恒星系すら簡単に吹き飛ばせるらしい。

 

 瞬間移動 A 相手の気や魔力を感じ取り一瞬で移動する術。Aランクならば気さえ感じ取ることができれば相手が別の次元や世界に居ても移動できる。戦闘中でも使用可能。

 

 神性 B+ 高い神性を持っていたが現在は人間の体を使っている為、神性が落ちている。

 

 神殺し EX かつて全宇宙の破壊神と界王神を滅ぼしたことでついたスキル。神性を持つ相手に常に特攻ボーナスがかかる。

 神性を持つ相手が所持する宝具などにも有効。

 

 精神汚染(神) A 宇宙を滅ぼすほどの極度のナルシスト。同じ思想と価値観を持つものでないと話が通じない。

 Aランク以下の精神干渉を無効化する。令呪の効果すらもランクダウンさせて確率でキャンセルする。

 

【宝具】

 

『罪深き咎人の肉体(ボディオブサイヤン)』

ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

 

【解説】

 スーパードラゴンボールによって奪った宇宙最強の戦士、孫悟空の肉体。神であるザマスが操ることで神の気とサイヤ人の肉体が相乗効果を起こし、本物の孫悟空以上の力を持つに至った。

 サイヤ人の特性である激しい戦いをくぐり抜けたり、瀕死の状態から復活すると戦闘力(正確にはステータスの上限値)が跳ね上がる性質も有している。

 神の気を纏うことができる為、高い神性があり神造兵器と同じカテゴリになる。

 魔力不足の為本来の力を発揮していないが、魔力を溜め込めば溜め込むほど肉体の本来のスペックに近づいていき、戦闘力とステータスが上がっていく。

 しかし一度上がったステータスも溜め込んだ魔力を消費し尽くすと元に戻ってしまう。

 

 

『神なる薄紅の闘気(スーパーサイヤ人ロゼ)』

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

 

【解説】

 悟空の体を乗っ取ったザマスが超サイヤ人ブルーとなった形態。

 ザマスの神の気とブルーの神の気が反応して、その闘気の色は青ではなくピンク色になっている。

 戦闘力はブルー以上で宇宙すら破壊しかねない力があるが、この聖杯戦争においては元の霊基が大幅に弱体化している為、ロゼになっても強さには限界がある。

 この変身をすると莫大な魔力の消費と引き換えにステータスのランクが劇的に跳ね上がり、更に神性がワンランクアップする。

 

 

『時の指輪』

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

【解説】未来に跳躍する力を持った指輪。但し界王神と呼ばれる一部の神にしか使用できない。今回の召喚では聖杯が再現できなかったため、タイムスリップの能力は使えない。

 それ以外にも身につけているだけで別の次元や時間軸からの干渉を無効化することができる。

 

『ポタラ』

ランク:- 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

【解説】それぞれの右耳と左耳につけることで、別人同士を融合させるイヤリング。界王神の証でもある合体宝具。しかし今回の現界にあたっては、ゴクウブラックはポタラを片方しか着けていないので、単なる耳飾りとなっている。

 

【Weapon】

 神裂斬。魔力放出(気)によって腕から生み出されたエネルギーの刃。本人の魔力で構成されているため単なる刃ではなく、伸ばしたり、炸裂させてエネルギー弾を撃ちだしたりと変幻自在。

 ゴクウブラックがセイバーとして喚ばれたのはこの武器があるからである。

 

 怒りの大鎌。魔力放出(気)によって腕から生み出されたエネルギーの大鎌。次元を切り裂く程の威力を持つ。切り裂かれた次元からはエネルギーの霧が吐き出され、その霧はゴクウブラックのコピーとなって敵を襲う。その原理は本人にもわからないらしい。怒らないと使えない。

 それ以外にも切り裂いた次元から敵対者の因果を辿り、その相手と因縁の敵を呼び寄せることもある。

 

 

【解説】

 ゴクウブラックが英霊になった存在。ザマスと共に跡形もなく消滅したはずだったが、概念と化し別の世界にも広がった時、僅かだがゴクウブラックの情報で汚染するような形で、別の世界の根源に情報を残すことが出来たらしい。

 しかし完全な情報ではない上に聖杯の力にも限度があるため、サーヴァント化にあたって本来のゴクウブラックとは比べ物にならないほど弱体化している。万全なら銀河を砕き、全宇宙の神々を滅ぼしうるその力は、あくまでサーヴァントという枠に収まるレベルにダウンサイジング化されている。

 しかしその弱体化した状態でも尚、サーヴァントという括りの中では紛れも無く超一級のスペックを持つトップサーヴァントである。

 聖杯によって再現された人格も完全ではないため、生前の記憶などに穴があるが根本的な部分―――己こそが至上という思考と、人間ゼロ計画を実行して人のいない理想郷を創るという考えはぶれてはいない。

 




 いきなり設定から始めるとか死ぬわこいつって気がしますが、お許し下さいゴワス様!


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聖剣の鞘の偽物掴まされて召喚してみた

 それは、ゼロへと至る物語。

 

「―――告げる。汝の身は我が下に。我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば応えよ」

 

 切嗣は英霊召喚の為の呪文の詠唱と共に、全身の魔術刻印がフル稼働していくのを感じた。

 魔力と血液を循環させる心臓がこれ以上ないぐらいに脈打っているのがわかる。

 切嗣は魔法陣の中に置かれた触媒として置かれた聖剣の鞘を見やった。

 これこそはアインツベルンが用意した切り札の一つ。伝説に名前を響かせる円卓の騎士達―――彼らを束ねる騎士王の聖剣の鞘だ。

 これ程までの厚遇を受けて騎士王の召喚に失敗すれば、下手すれば聖杯戦争に参加する前にアインツベルンに粛清されかねない。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者」

 

 更に呪文を唱え続けた時、それは起こった。

 

 ビシリ。

 

 不吉なその音と共に、魔法陣の中に置かれた聖剣の鞘に罅が入った。そしてその罅割れはみるみる内に鞘全体に広がっていく。

 余りにも異常な出来事に呪文を唱え続ける切嗣の顔に亀裂が入る。

 究極の守りの筈の聖剣の鞘に罅が入るなど、絶対にありえないことだ。

 まさか、偽物だったのか?と言う思いが脳裏によぎるも、それ以上の不吉な何かが魔法陣から放たれる。

 

 不味い。何かが致命的にずれている。

 

 切嗣は本能で何か―――予期せぬイレギュラーが起こりかけているのを察した。無敵の聖剣の鞘が壊れるほどの致命的な何かが。

 だが、止められない。もはやここまで来たら呪文を止めるのは不可能だ。下手に止めれば魔力が暴走して儀式が失敗するどころか術者が死んでもおかしくはない。

 故に切嗣は呪文を唱え続ける。例え現れるのが悪魔でもいい。いかなる怪物が喚び出されようが、自分は全てを投げうってそいつを操り己の理想を貫き通すのだ。

 もっとも後で切嗣は、この召喚を強行した判断を文字通り死ぬほど後悔するのだが。

 

「汝三大の言霊をまとう七天。抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ―――!」

 

 その言葉と共に魔法陣から放たれる光が炸裂した。清浄な美しさに満ちていた青白く輝く光が一瞬にして反転して、極光を思わせるような黒い光に染まる。

 その黒い光に耐え切れなかったのか、とうとう聖剣の鞘が完全に砕けて塵になった。

 そして大きく広がった黒い光の中から光と同じく黒い人影が現れた。

 

「これはこれは……。キミが私のマスターか?」

 

 黒い極光の中から誰何の声が放たれる。

 低く重い男の声だが、男にしては妙な色気のある―――そして凄まじい圧を纏った声だった。

 だが、その重々しい声に反して調子はどこか軽い。声の持ち主としては道を聞くような気軽さで放った言葉なのだろう。

 仮にも自分のマスターに対する言葉ではない。故に、だからこそ、この声の持ち主は自分のマスターなどどうでもいいのだと思わせる何かがあった。

 

「―――そうだ。僕が君のマスターだ」

 

 だからこそ切嗣はあえて胸を張り、その言葉に応じた。もし生温い反応を返せば自分はこの相手を使役するのではなく、使役される側になると理解したからだ。

 返答に込められたその切嗣の意思に気がついたのか、彼はクスクスと笑った。

 そして未だ黒い光が荒れ狂う魔法陣の中から、彼はゆっくりと一歩を踏み出す。その足がかつて聖剣の鞘と呼ばれていたものを踏みつぶしたが、彼は気にしなかった。

 

「ごきげんよう、マスター。セイバーのサーヴァント、ここに参上した」

 

 芝居のかかった調子でサーヴァントが返してくる。

 彼が一歩踏み出す度に闇の光が収束し、彼の体内に取り込まれていく。全ての光が消え去った時、切嗣の前には1人の男が立っていた。

 黒髪黒目。刃物のように鋭い目と、四方八方に髪が伸びたざんばら頭。口にはこの世の全てを嘲るような笑みを浮かべている。色気すら感じる整った精悍な顔立ちだが、大抵の女性は彼を見ても見惚れるより先に、彼の放つ鬼気に恐怖を感じるだろう。

 黒一色の道着を思わせるシンプルな服を着込んでおり、髪と眼の色もあって全身が真っ黒だった。その肉体は服の上からでもわかる程に徹底的に鍛えあげられている。

 そして何よりその威圧感。その禍々しさ。正当な英霊が放つとは思えない鬼気がその黒い男から放たれていた。

 

 ―――間違いなくこの男は反英霊だ。そして同時に超一級のサーヴァントだ。

 

 切嗣は黒い男をひと目見た瞬間、彼の内面を理解した。予定とは全く違うが強大なサーヴァントを喚び出すことに成功した。

 だがそれを喜ぶことができない。切嗣の本能が大音量で警戒音を鳴らしているからだ。それを理性で押しつぶし、まず彼は聞くべきことを聞いた。

 

「―――それで?君は何処の英霊なんだい?」

 

「私の名前など言った所でお前には理解できまい。クラス名―――セイバーと呼べばいい。……かつては孫悟空と呼ばれたこともあると言っておこうか」

 

 それが聖杯戦争はおろか人類史を脅かすことになった事件の始まりだった。

 

 




ゴクウブラックのSS増えろ(他力本願)


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なんか聖杯にかける願い言ったら勘違いされてズッ友認定されてみた

「信じられないな……。君があの孫悟空だなんて……」

 

 切嗣は紅茶を飲みながら自らが呼び出したサーヴァントに疑問を投げかけた。

 召喚の儀式が終わった後、2人は自己紹介の為アインツベルンの城の客室へと場所を移していた。

 アーサー王を召喚出来なかったことに対して、アインツベルンからの叱責が来ると思ったが、今となっては簡単に壊れてしまった聖剣の鞘が本物かどうか怪しいものだ。

 それを向こうも理解していたせいか、特に咎めることもなくアインツベルンの当主は無言で部屋に引きこもってしまった。

 

 むしろこうなると切嗣も自分の好きなように動けるので都合がいい。どの道聖杯戦争に挑むのには変わりないので今は自分が喚び出したサーヴァントの性能を確認するのが大事だ。

 そこで切嗣は改めて最初のセイバーの発言に疑問をぶつけたのだ。

 もっともその疑問をぶつけた相手はそのことを気にした様子もなく、紅茶の味を楽しんでいる。

 

 黒い道着を着こなしたまるで格闘家のようなその外見はとてもではないが、セイバー(剣士)には見えない。だが一見粗野にも見える外見とは裏腹に、その所作は随分と洗練されていた。この部屋の主のはずの切嗣のほうが客人に見えるぐらいだ。

 

「そう呼ばれたこともあるということだ。お前の知る孫悟空と私の言う孫悟空が同じとは限らんぞ?」

 

 ひと通り紅茶の味を楽しむとセイバーはゆっくりと答えた。どうということもない返事だが、いちいち声に迫力があるため、切嗣は返答一つ返すにも気を張らなければならなかった。

 

「では、お前は何者なんだ? 真名はなんだ」

 

「二度も言わせるな。この私の高貴な名前は下等な人間の歴史などには入ってはいまい……。お前達にもわかりやすく言うならば神の現身といえばわかるか?」

 

 その返答に切嗣は体を震えさせた。

 

「馬鹿な……、聖杯戦争で神霊など呼べるはずが―――」

 

「無論、そのものではない。この地の貧弱な聖杯ではこの私の圧倒的な力を再現することなど不可能……。今の私はこの地の行われる戦争の規模に合わせてオリジナルの何千万、いや何億分の一というレベルまで徹底的に力を削ぎ、霊基を縮小させた存在だ。出がらしのような力しか振るえず、地を這う虫けらと同じ視点になるというのは屈辱的だが、なかなか斬新な体験だ。もっともこの地のゴミを掃除するにはこれでも充分だがな」

 

 ―――これで出がらしだと? 冗談もいい加減にしろ。

 

 切嗣は喉元まで出たその言葉をなんとか飲み込んだ。サーヴァントなど早々何度も見る機会はないが、それでも切嗣は断言できる。

 このセイバーは間違いなくトップクラスのサーヴァントだと言うことを。

 試しにステータスを覗いてみた所、そのどれもが高レベルで纏まっていて隙がなかった。スキルにしても反則じみたものばかりだ。

 あらゆる状況であらゆる敵と互角以上に戦える、まさに最優のセイバーに相応しいステータスだった。

 

「私のことはセイバーとだけ認識していればそれでいい。ふむ、最優と呼ばれるクラス、セイバー。気高さと強さを兼ね備えるこの私にはピッタリのクラスではないか」

 

 そう言ってセイバーは笑いながら、紅茶のカップを持ち上げた。

 その様子をみて切嗣は内心でため息をついた。どうもこのセイバーは自己を恐ろしく高く見積もり、他人を下等だと見下しているところがある。そしてそれを隠そうともしていない。

 とんでもないナルシストのようだが、同時にその自己愛に見合った実力を持っているのは間違いないのだ。

 

 流石の切嗣でも相棒にお前気持ちが悪いぞ、とは言えはしない。それどころか下手にその辺りに言及したら命に関わることになるかもしれない。それは真名に関しても同じことだ。こいつに洗いざらい自分を喋らそうと思ったら、令呪を3画使っても足りるかどうか。

 

 この男の自己愛の高さを見るに、自分に無礼を働いた相手は何を差し置いても殺しにくるというのが容易に想像できた。つまり令呪を使って彼の情報を吐かせようとしたら、自動的に令呪全画を使い尽くすレベルの決裂になるということだ。

 喉の奥まで込み上がってきた言葉を飲み込んで切嗣は別の質問を吐いた。

 

「では真名はいいので宝具と戦い方を教えてくれ。それぐらいならいいだろう?」

 

「私の戦い方はこの身を用いて相手を殲滅する。宝具は……強いていうならばこの肉体そのものだ。神であるこの私は貧弱な人間のように武器を用いる必要はない」

 

「セイバーなのに剣は持っていないのか」

 

「持っているとも。この私の清純な心に生まれた正義の怒りという名の刃をな」

 

 切嗣は頭痛を感じながらもそれでも次の質問をしようとして―――セイバーに遮られた。

 

「次は私が質問する番だ。我がマスターよ。お前は何を聖杯に求める。しっかり考えて答えろよ。神に虚偽は許されない」

 

 もし嘘を付けば死に繋がる。

 

 言外にそう言いながら、セイバーは鋭く切り込んできた。切嗣は一瞬迷ったが、あえてそのままを答えることにした。

 

「―――恒久的な世界平和。僕は聖杯を使ってこの世に争いのない真の平和な世界を作り出してみせる」

 

 馬鹿にされるか、笑われるか。

 そのどちらかだと思っていた切嗣はセイバーの意外な反応に唖然とした。

 いや、唖然としているのはむしろセイバーの方だった。まるで信じられない物を見たと言わんばかりに大口を開けてぽかんとしている。

 切嗣からすれば馬鹿にされると思っていただけに、この反応は予想外だった。

 

 しばらくセイバーは切嗣の方を驚きの視線で見ていたが、やがて手にした紅茶のカップをテーブルの上に置き、ゆっくりと切嗣の方へと歩いてきた。

 反射的に身の危険を感じ、令呪に意識を向けるがそれよりも早くセイバーの手が切嗣の肩を捕まえていた。

 だが、そこからのセイバーの行動は切嗣の予想を超えていた。

 なぜならセイバーは―――そのまま切嗣を力強く抱きしめたのだ。

 

「……素晴らしい」

 

「え?」

 

 余りの出来事に思考が追い付いていない切嗣に対してセイバーは続ける。相手が自分の言葉を聞いているかどうかなどこのセイバーにとって関係ないのだ。

 

「お前は確かに嘘は言っていない。神である私にはわかる。間違いなく本心からそれを言っている。実に素晴らしい。貧相だが仮にも万能の願望機を前にして、そのような事を言える者が下等な人間にいようとは! お前は確かに我がマスターに相応しい存在だ! お前のその美しき理想がこの私を喚びよせたに違いあるまい!」

 

 切嗣を抱きしめたままセイバーは感極まったように叫ぶ。だがテンションが上がっているセイバーとは裏腹に切嗣のほうは、彼に抱きしめられても嬉しくもなんともなかった。

 自らのサーヴァントが自分の目的を肯定してくれたのだ。本来なら喜ぶべきことだが、何かが違うと切嗣の理性が訴えていた。

 

 こいつの平和の定義と僕の平和の定義は何か決定的な違いがあると。

 

 だがそんな切嗣の迷いなど知ったことではないとばかりにセイバーは切嗣を抱きしめたまま叫び続ける。

 

「いいだろう我がマスターよ! お前の望みは我が望み! 私はお前の刃となって立ちふさがる愚か者達に裁きを下してやろう! そして共に理想郷を実現しようではないか!」

 

 セイバーの狂気じみた声がアインツベルンの城に響き渡っていった。

 その狂気にあてれられた切嗣は、セイバーが何か致命的な勘違いをしていると知りつつも、その間違いを是正することができなかった。




 ゴクウブラック「世界平和(人間滅ぼす)」
 切嗣「世界平和(なんか聖杯に頼めば何とかしてくれるやろ)」


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試しにランサーと戦ってみた

「よくぞ来た。街を練り歩いて見たものの誰も彼も正面から俺に挑むこともできない腰抜けばかり。ようやく骨のある英霊が現れたようだな」

 

「なあに。すぐに後悔することになる。大人しく家に引き篭もっていればよかったとな。この私と戦うということはそういうことだ」

 

 夜の倉庫街で2人の英霊が対峙していた。

 1人はその手に赤と黄色の二振りの槍を両手に持ち、涼し気な顔立ちの美貌を持った伊達男。ランサーのサーヴァント。

 そしてもう一人は漆黒の道着に身を包み、格闘家のような出で立ちをした黒髪黒目の男。セイバーのサーヴァントだ。

 既にお互いのクラスはどちらも理解している。ランサーは獲物を見れば一目瞭然だし、セイバーはクラス名で同行者から呼ばれているのをランサーは聞いていた。

 

 セイバーの傍らには芸術品のような美しさを持つ、銀髪の美女がいる。彼女の名前はアイリスフィール。衛宮切嗣の妻であり、セイバーの護衛対象だ。

 衛宮切嗣は彼女を偽りのマスターとして囮にしてサーヴァントをおびき寄せ、その隙にマスターを狙撃で始末するという作戦を立てた。場合によってはサーヴァントの挟持を傷つけるような作戦だったが、何やら一方的に切嗣に友情か或いは共感を抱いたセイバーはそれに心良く賛成した。生前において手強い敵だった破壊神を、界王神を殺すことで消滅させた経験があるからかもしれない。

 

「不意打ち、奇襲。結構なことだ。お前達のような弱者は弱者なりに工夫をしなければ生きる余地すらないからな」

 

 あくまで他人を見下すような態度を一切改めないセイバーに、もはや切嗣も言うことを無くしたのか何も言わずに淡々と作業にかかった。

 もっともセイバーと組まされるアイリスフィールのほうは気が気でない。このセイバーはマスターである切嗣以外の人間をゴミのように見ているのだ。それは切嗣の妻子であるアイリスフィールやイリヤスフィールに対しても例外ではない。

 

 人の良いアイリスフィールは最初なんとかセイバーとコミュニケーションを取ろうと、何度か話しかけてみたが大抵は無視された挙句、最後にはドスの効いた重低音の声色で「黙れ」と言われてしまった。その時感じた恐怖は今でも胸の中に残っている。

 

 恨むわよ、切嗣……。

 

 思わず愛するべき夫にそんなことを胸中で呟いてしまったほどだ。

 だが、このセイバーが圧倒的な強者なのは間違いないのだ。高いステータスに反則的なスキルの数々。

 未だに宝具と正体は不明だが、スキルに神性まであった所をみると神霊の分霊というのも本当だろう。

 だが、聖杯戦争においてスペック上の強さがそのまま勝敗を決するということはありえない。様々な宝具や相性によっては絶対的な強者も足元をすくわれることもある。

 この囮作戦はセイバーを早めに戦わせて、彼の性能を確認するためのものでもあるのだ。

 そんなことを考えていたアイリスフィールを尻目に2騎の英霊は舌戦を終わらせ、戦闘に移ろうとしていた。

 

「随分と腕に自信があるようだな。いいだろう、最優と言われたセイバーに俺の槍が届くかどうか試してやる」

 

「英霊といえど所詮は人間か。その思い上がりをへし折り、その自慢の槍で貴様の墓標を作ってやろう」

 

「ほざけ!」

 

 その言葉と共にランサーが一陣の風となって襲いかかる。

 対するセイバーは無手―――剣道三倍段どころではない。剣どころか素手で槍を相手にするなどまともな勝負になるはずもない。

 それが常人の戦いならばの話だが。

 そしてここに居るのは常軌を逸脱した英霊達。常人の常識など当てにはならない。

 

 音を置き去りにして放たれたランサーの砲弾じみた刺突を、セイバーは槍の柄を叩いて軌道を逸らす。続く横殴りの一撃をこれもまた脚で蹴りあげて、上空へと跳ね上げた。

 ランサーが舌打ちをしながら、弾かれた長槍を回転させて石づきでセイバーのこめかみを狙う。

 それをセイバーは態勢を低くして回避すると、更に踏み込んでランサーの槍の間合いの内側へと入り込んだ。

 

 槍を振り回すこともできない、顔が触れ合う程の超至近距離。焦るランサーと嗤うセイバーの視線がぶつかり合う―――怯んだのはランサーの方だった。

 彼は理解してしまったのだ。セイバーの黒い瞳の中にある底なしの禍々しさを。このセイバーが真っ当な英霊ではないことを。

 

 ほんの一瞬の隙だがそれを見逃すセイバーではない。彼は掌をランサーの腹部に押し当てた。次の瞬間、セイバーの掌から光弾が放たれて、ランサーは光弾を腹にめり込ませたまま凄まじい勢いで吹き飛ばされ、背後のコンテナ群に突っ込んだ。続いて撃ち込んだ光弾が爆発してコンテナが数個纏めて上空へと吹き飛ぶ。

 

「おいおい。どうした?準備運動で死なれて貰っても困るんだぞ」

 

 爆発跡を見て、嘲笑うセイバー。一方アイリスフィールはサーヴァント同士の戦闘に―――というよりはセイバーの圧倒的な強さに思わず言葉を失っていた。

 素手で武器を捌く、その技量。

 そしてランサーを一撃で吹き飛ばしたAランク魔術にも匹敵するあの光弾。

 あの正体はアイリスフィールもセイバーのスキルとして切嗣に教えられていたので、既に理解している。

 だが知っているのと実際に見るのとでは天と地程の差がある。まさかこれほどまでに強力なスキルだったとは。

 

 この光弾を生み出した魔力放出(気)と呼ばれるセイバーのスキルは、彼が使っていた気功術がサーヴァント化するにあたって変質したスキルだ。

 彼の言うところの気功術はこちらの気功術とは全くの別物で、気をジェットのように噴出して空を飛んだり、エネルギー弾として射出したり、刃を形成したりバリア等としても使えるらしい。

 その技術の持ち主が魔力を燃料とするサーヴァントになった事により、魔力を気に見立てて自由自在にコントロールできるようになった。それがこのスキルだった。

 

 今ランサーに向けて放った光弾もこの魔力放出(気)によって生み出された圧縮された魔力弾だったのだ。もっとも今の威力もセイバーからすれば挨拶代わりのジャブのようなものでしかない。セイバーがフルパワーでエネルギー波を放てば対城宝具にも匹敵する威力を叩き出せるということだ。

 

 煙を上げ続けるコンテナの残骸を見て、まさかこれで終わってしまったのか―――。そう思うアイリスフィールだったが、流石にそれは楽観的な推測だった。

 炎上するコンテナが下側からはじけ飛び、コンテナの下から槍兵が飛び出す。ボロボロに汚れているが、不思議な事にその体は傷ひとつなかった。

 それを見たセイバーは眉をひそめた。

 

「流石は虫けら。生命力だけは無駄にあるようだ」

 

「……この身は主からの恩寵を賜った。この程度の手傷など手傷にすらならん」

 

 その言葉を聞いてアイリスフィールは槍兵が無傷な理由を理解した。

 

「セイバー! ランサーはマスターから治癒魔術を受けているわ! 生半可なダメージは回復してしまう!」

 

 セイバーは警告するアイリスフィールに一瞥を向けると再びランサーに向き直った。

 

「なるほど、害虫らしい生き汚さはそれが理由か。メインディッシュの前の前菜としては丁度いい。その悲鳴で私を楽しませてみせろ!」

 

 そう叫ぶとセイバーは跳躍し数十メートル上空の高さに来ると、全身から魔力を放出して空中で静止する。魔力放出(気)による舞空術だ。

 そして掲げた手の中に再び光球が生み出される。

 その光景にランサーが顔を引きつらせた。

 

「なんだと……!」

 

「精々逃げ惑え。這いずりまわる隙もない絶望を味わうがいい!」

 

 次の瞬間、無数の光弾が上空から降り注ぎ、倉庫街を蹂躙した。

 セイバーの両手から機関砲のような勢いで光弾が連射され、ランサー目掛けて放たれているのだ。

 幸いにもランサーはランサークラス特有の脚の早さでもって何とか光弾による爆撃を回避し続けているが、もし1発でも着弾して態勢を崩せば、続く何十発という光弾の雨を喰らうことになる。

 そうなれば如何に回復の魔術があろうと関係ない。この聖杯戦争のアサシンに続く脱落者はランサーになるだろう。

 

「おのれっ! 貴様本当にセイバーなのか!」

 

 逃げまわりながらランサーが、空中に陣取り光弾を連射するセイバーに向かって毒づく。

 思わずアイリスフィールも敵の言葉ながら心の中で同意した。

 確かに空中から光弾を乱射するという戦闘スタイルはセイバーというよりもアーチャーのようだ。

 

「爆殺よりも切り刻まれる最後がお望みかな? いいだろう、望み通りの死に方をさせてやる!」

 

 その言葉と共にセイバーは光弾の乱射をやめて右手を横に突き出す。そして同時に全身から黒い魔力炎をまき散らした。セイバーの全身を覆う魔力炎は瞬く間に右手に収束して魔力炎で形成された黒いエネルギーの剣となった。これがセイバーの『剣』なのだ。

 

「死ねいっ!」

 

 咆哮と共に空中にあったセイバーが弾丸のような速度で、地上のランサー目掛けて突っ込んでいく。

 

 疾い!

 

 ランサーは予想外の速度で空から突っ込んでくるセイバーに、反射的に長槍の刺突を見舞った。だが槍の穂先がセイバーの顔面を貫くよりも早く、セイバーがランサーの視界から掻き消える。

 それが舞空術によりランサーの死角である上空へと飛び上がり、槍を回避して後ろに回り込んだのだと気がついた時はもう遅かった。

 防御も迎撃も諦めてランサーは全力で前に飛び込む。後ろから放たれた斬撃によって背中を大きく切り裂かれたが、この判断は正解だった。

 もし振り向こうとしていればランサーは恐らく上下二つに切り分けられていたに違いない。

 

「どうだ? 望み通り、剣で戦ってやったぞ?」

 

 セイバーはランサーを深追いせずに空中に浮かんだまま彼を嘲笑う。

 

「まさかこれほどの強者だったとはな……」

 

 ランサーは背中の傷がマスターの魔術で回復していくのを意識しながら、改めてセイバーを見やった。

 素手で自分の槍を捌く技量。並みのアーチャーの矢雨やキャスターの攻撃魔術をも上回る強力な遠距離攻撃。そして空を高速で飛行可能という下手なライダー以上の機動力を持ち、更に飛行術を応用した変幻自在な動きに加えて、腕から魔力の剣を生み出すことにより近距離戦でも絶大な強さを誇るのだ。

 あらゆる状況において隙がない。これ程の強者は神話の英雄達の中にもそうはいまい。

 

 だからこそ挑みがいがある。とランサーは獣の笑みを浮かべた。

 既に彼のマスターは撤退しろ、とがなりたてているがこのセイバーは背中を向けても逃してくれるとはとても思えない。逃げるにしても一撃を加えて、相手の虚を外さなければ逃げる事すらできないだろう。

 むしろ自分が先に逃げては現場に潜んでいるマスターの方が危険になる。

 

(申し訳ありませんマスター。勝手な判断ですが宝具を開放させて頂きます。こいつには宝具無しで渡り合うには余りにも危険……!)

 

 そう思い宝具封じの封印を解こうとした瞬間、凄まじい落雷音が戦場に響き渡った。

 




 空飛んでビーム撃てるとかそれだけでもうずるい。


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金ピカや征服王と態度のデカさで競ってみた

「双方武器を収めよ! この勝負、余が預かる!」

 

 巨大なチャリオットと共に突然現れてそう言い放った大男に対して、ランサーは勿論さしもののセイバーも唖然とした表情を見せた。

 

「余の名は征服王イスカンダル! この度はライダーのクラスを得て現界した!」

 

 チャリオットの上に仁王立ちした大男が、どこか楽しそうに自らの真名とクラスを名乗る。余りの事にその場にいる全員が沈黙した。その後一番早く再起動したのはチャリオットの中にいた小柄な少年だ。

 ライダーのマスターらしきその彼は、泣きながらライダーに勝手に真名をばらした事に対して抗議していたが、ライダーはデコピン一つで彼を黙らせると再びその場にいるサーヴァント達に向き直った。

 

「で、だ。わざわざ余がこうして姿を現し真名も明かしたのはお主らを勧誘するためよ」

 

「勧誘だと?」

 

 ランサーが不機嫌そうに聞き返す。それに対してライダーはうむと楽しげに頷いた。

 

「我らは聖杯を巡って相争う間柄。……しかしそれはそれとして古今東西の英雄達と顔を合わせる機会なぞ早々来ない。だからこそ戦の前に尋ねたいのだ。うぬらの願望を。その重みを。その願いが我が天地を喰らう大望に比しても尚、重みがあるものなのか―――」

 

「その無駄に仰々しい言い方をやめろ。要点を言え」

 

 やはり不機嫌そうになったセイバーが、苛立ちながらライダーの言葉を遮る。

 セイバーの後ろにいたアイリスフィールはその言葉を聞いて、それに対しては貴方が言えた事じゃない、と思ったがあえて口には出さないでおいた。言っても多分無駄だからだ。

 よく見るとランサーですらアイリスフィールと似たような表情をしている。思う所は皆一緒なのだろう。

 そんな2人を尻目にライダーはうむ、と頷くと威厳はそのままに何処か馴れ馴れしい口調に変わった。

 

「まあ、わかりやすく言うとだな。要は余に聖杯を譲り、余の配下に下らんか?さすれば余はうぬらを朋友として迎え入れ、共に世界を征服する喜びを分かち合う所存である!」

 

 再び沈黙が降りる。

 しかし今度の沈黙は先程の混乱による沈黙ではなく、敵意が混じった沈黙だった。

 まず最初にランサーが口を開いた。

 

「己の真名を明かしてまでのその態度はある意味感服するぞライダー。だが俺は聖杯と勝者の栄誉を今の主に捧げると心を決めている。今更寝返ることなどありえない」

 

「うーむ。ランサーは駄目か。じゃあセイバーよ、お前はどうだ……」

 

 ぼりぼりと頭を掻きながら次はセイバーとばかりに視線を向けると、ライダーのセリフはそこで途切れた。

 彼の視線の先には絶対零度の眼差しになったセイバーの顔があった。

 無茶苦茶怒っているというのが一目瞭然だった。

 

「ええと……。セイバーよ。お前さんも駄目っぽい?」

 

「当然だ。何を言い出すかと思えばまさしく時間の無駄だったな。貴様の矮小な願いと引き換えにこの私の崇高な望みを捨てよとほざき、あまつさえ私に配下になれとうそぶくか。それだけで万死に値する罪だ」

 

 だがライダーはそのセイバーの罵倒よりも、もっと別のところに気を取られたようだ。

 

「ほう。我が世界征服の夢を矮小と呼ぶか。ではセイバーよ。ではお前の聖杯にかける願いは何だ? 余の野望を矮小扱いするなら、さぞやお前の願いはでかいんだろうな?」

 

 わかりやすい挑発だが、セイバー相手には充分だった。

 自分の事を語ることが機会が巡って来たせいか、先程までと違ってあっという間に上機嫌になって嬉々として語り始めた。

 

「無論。我が望みは正義の執行。永遠の理想郷の建設。決して壊れることのない神の楽園。その偉業を成し遂げた時、私はこの世で唯一の絶対神となって理想郷となった宇宙を永遠に支配するのだ」

 

「ほーう! 宇宙に絶対神と来たか! こりゃまたスケールがでかい。なるほどのう~。そんな目的があったんじゃ、むしろ余は商売敵になってしまうわけだ」

 

「自惚れもいい加減にしろ。貴様など私の敵にすらならん。精々が駆除の対象よ」

 

 怒りと自説をぶつけられても全くペースを変えようとしないライダーに、流石に苛立ったのかセイバーの口調に怒りが混じり始める。あわや再びライダーを交えての戦闘再開―――と言った所で、第三者の声が響き渡った。

 

「その通り。自惚れも大概にしろ。雑種共」

 

 その言葉と共に黄金の輝きが半壊した倉庫街を照らす。

 奇跡的に生き残っていたポールの上に現れたその黄金の光は、人の形になってポールの上に直立した。

 突如として現れた第四のサーヴァントに対して、その場にいたサーヴァント達が警戒と好奇の眼差しを送る。

 その場の注目を一心に浴びながらも、その新たに現れた黄金の甲冑を身につけたサーヴァントは、尊大な眼差しで彼らを見下ろした。

 

「我を差し置いて王を名乗る不埒者どころか、神を自称するうつけまで湧くとはな。この時代は己の身をわきまえぬ愚か者が多すぎる」

 

 そのサーヴァントはなんとも派手なサーヴァントだった。黄金の甲冑を着こみ、輝くような金髪を立てている。そして何よりもその態度。天上天下唯我独尊と言わんばかりのその態度は豪快なライダーやナルシズムなセイバーとはまた違う傲慢さを有していた。

 そしてその姿は誰もが知っていた。遠坂の魔術師が喚び出した黄金のアーチャーである。彼がアサシンを無数の宝具で串刺しにしたのはマスターなら皆知っていることである。

 自分とはまた別の方向で偉そうな新たなサーヴァントの突然の出現を見て、ライダーは興を削がれたのか、どこか毒気の抜かれたようにとりあえず反論した。

 

「そんなこと言われても余は誰もが知る征服王イスカンダルにして、アレキサンダー大王なわけで、不埒者と言われても困るんだが」

 

「たわけ。この世で王を名乗れるのは天上天下に置いて我ただ一人。他のものは王を詐称する有象無象の雑種にすぎんわ」

 

 その余りの態度の大きさにむしろ面白さを感じたようで、ライダーは呆れながらもどこか楽しそうにした。

 

「いやはや。余も大概だと思っておったが、貴様もまたなかなかの傍若無人ぶりよな。だが、そこまで大言を吐くからには、当然名乗りぐらいはあげれるのであろうな?」

 

「我に名を聞くのか?我の名など雑種なら知っていて当然、知らねばそれだけで死に値する愚かさよ。全く度し難い時代になったものだ。この世界は愚か者に甘すぎる」

 

 その言葉に返したのはライダーではなくセイバーだった。

 

「愚か者が多いというのは全くの同感だ。もっともこの時代での最大の愚か者は、神と正義の何たるかも知らない成金趣味の間抜けのようだが」

 

 なぜか彼はわざわざ舞空術でゆっくりと上空に登りながら、黄金のサーヴァントに先のお返しとばかりに嘲りの言葉を吐く。なぜ上空に登るのか? それは恐らく視線の高さで負けているのが気に入らないのだろう。このセイバーはこういう性格なのだ。

 とは言え、この言葉は傲慢故に煽り耐性が低そうなアーチャーには覿面だった。ましては相手は高度的な意味で、自分より上の高みへと至りつつあるのだ。

 ビキビキとこめかみに血管を浮かばせながら、アーチャーはセイバーに怒りの視線を向ける。

 

「道化が……。我に無礼な言葉を吐いただけでは飽きたらず、常に地を見下ろすべき我を見上げさせるとは、我の寛容にも限度があるぞ」

 

「神である私が上に立ち、王風情の貴様が地を這うのは必然。人は真実をつかれると常に貴様のように怒り狂う。何故か? それは愚かだからだ。そしてその性質は決して変わることはない。貴様が王を名乗ろうと、私から見れば同じ害虫には変わりない。虫けらの王は所詮虫けらに過ぎないのだ」

 

 突如として始まった傲慢の固まりとナルシズムの固まりの対決。しかしこの状況に慌てているのはセイバーのマスターとライダーのマスターだけで、ライダーは楽しげに、勝負に水を差されたランサーは少々不満気に2人のやりとりを見守っている。ここでアーチャーが激昂してセイバーに仕掛ければ、2人からすればそれはそれで好都合なのだ。

 どのみち罵倒合戦の勝敗は分かりきっている。

 いくら怒りや罵倒をぶつけてもナルシストゆえに罵倒が届かないセイバーと、傲岸不遜な王ゆえに舐めた態度を許さないアーチャーでは勝負にならない。途中でアーチャーが切れて暴発するのは明らかだった。

 

「貴様が神を騙るだと? よりにもよってあの無能どもをか? 妄想をするのは構わんがせめて有意義な方向にしたらどうだ」

 

「その通り。神は無能だった。だからこそ、この正義の化身たる私が神々の愚行を償わさせて、新たなる理想郷を創るのだ。そしてそこには貴様らのような無能の居場所もない。今のうちにせいぜいこの世を満喫していくがいい。」

 

「よくほざいた。その大口の対価は貴様の死を持って償わせることにしよう。塵のように引き裂かれて命乞いの悲鳴を上げろ……!」

 

 噛み合っているようで噛み合っていない会話の結果、予想通りとうとうアーチャーのほうが先に我慢の限界に達したようで、アーチャーの背後の空間が揺らめいて無数の宝具の切っ先が現れる。アサシンをボロ屑のように引き裂いた宝具の一斉射撃だ。余りにも非常識なその光景にマスター達は慄き、サーヴァント達はその能力を見極めようと目を凝らす。

 そして宝具に狙われた当のセイバーは、顔に張り付いた嘲りの笑みをなくすことなく悠然と腕を組んで構えている。

 

「せめて断末魔の叫びで我を興じさせよ、雑種―――!」

 

 王の一斉射撃の号令と共に背後の空間から数十もの宝具が展開し、砲弾の如き勢いで射出される。それに対してセイバーのやったことは笑いながら腕を一振りすることだけだった。

 ただの腕の一振り。だがその一振りでセイバーの手から無数の光弾が射出され、迫り来る宝具の群れを全て叩き落としたのだ。光弾と宝具が激突して両者の中間の空間で次々と爆発が巻き起こる。連続的に巻き起こる爆発は粉塵を巻き上げ、辺り一帯の視界を奪った。

 そしてそれは当然アーチャーも例外ではない。

 

「おのれっ!小癪な真似を――」

 

 煙にまみれて顔が汚れるのを良しとせず、反射的にアーチャーは腕を上げた。それが彼にとって幸運だった。なぜなら次の瞬間に煙に紛れて高速で接近したセイバーが、アーチャーの首目掛けてギロチンじみた廻し蹴りを叩き込んでいたからだ。

 咄嗟に上げた腕がガードになってアーチャーは首を蹴り飛ばされることはなかった。代わりにガードごと吹き飛ばされて、ポールの上から叩き落とされただけですんだ。

 もっともアーチャー本人がこの程度で済んだと喜ぶわけはない。

 

 地面に叩き落とされたアーチャーは怒り狂うわけでもなく、無言で―――そう本当に無言でゆっくりと起き上がった。

 そして顔を上げてセイバーを見上げる。圧倒的な無表情で。

 その無表情から放たれる凄まじい殺意に反応したのは、むしろ周りにいたマスター達だ。人外の殺意にあてられて、ライダーのマスターに至っては腰を抜かして戦車の中に落ちてしまった。 

 常に相手を見下しているセイバーですら眉をひそめ、反射的に構えるほどの殺気だった。

 

「雑種、貴様は我が処する」

 

 簡潔にそう言うとアーチャーの背後の空間が揺らぎ、アーチャーはそこに手を突っ込んだ。今から引き出されるのはアーチャーの最強の武装。その場にいる全員がそれを本能で感じ取った。

 もっとも当のセイバーはまるでワクワクするかのように楽しげな笑みを浮かべている。

 

「面白い。つまらん虫どもの王かと思いきや、なかなか楽しませてくれる。貴様は私の餌としてピッタリの相手のようだ」

 

「空間ごと消し飛ばされて、まだそのような寝言をほざけるなら褒めてやろう」

 

「試してみるといい。できるものなら」

 

「言われずとも―――ガッ!?」

 

 突然歪んだ空間から武器を取り出そうとしていたアーチャーの動きがピタリと止まる。

 そして苛立しげに虚空へ向かうと猛り狂った。

 

「令呪と自分に免じてこの場は下がれだと!? 随分と大きく出たな時臣! ―――おのれ。仕方あるまい」

 

 どうやら彼のマスターから令呪で呼びだしがかかったようだ。

 令呪の効果で頭が冷えたのかアーチャーは冷静さを取り戻した様子で、セイバーに向かって吐き捨てた。

 

「今のうちに己の首に別れを告げておけ。次に会った時が貴様の最後だ」

 

「その捨て台詞、三日は覚えておいてやろう。私が忘れん内にさっさと来ることだな」

 

 最後まで罵倒しあって、アーチャーは姿を消した。

 そしてその様子を物陰から見ていたマスターが1人。

 

「……出遅れた……」

 

 途方に暮れた様子で間桐雁夜は呻いた。怨敵、遠坂時臣のサーヴァントが現れた時はすぐにでもバーサーカーをけしかけようとしたが、彼がバーサーカーを差し向けるよりも早く別のサーヴァントと舌戦になった挙句、敗北して逃げ帰るなど彼の予想の範囲外だったのだ。

 

「……まあ、いいか。一応時臣のみっともないところが見れてスカッとしたし……帰ろうか、バーサーカー?」

 

 集まったサーヴァント達に特に何も思うところのないバーサーカーは、返答代わりに唸り声を上げた。

 




 ゴクウブラックは中身超キモいのに、あんなにかっこよく見えるのはやっぱ野沢さんのお陰。
 逆にザマスは中の人のお陰で更に気持ち悪くなってて声優ってすごい。


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呼ばれてもないのに他人のHOTELにお邪魔してみた

 ランサーのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは今不機嫌の極みにあった。

 現在の場所は彼の拠点として借りきった、冬木ハイアットホテルの最上階のスイートルームである。

 貴族でもあり資産家でもあるケイネスは、金に物を言わせて冬木一番の最高級ホテルの最上家全てを借りきって、そこを自分の魔術工房として改造したのだ。

 既にこのホテルの最上階はケイネスが運び込んで設置した様々な魔術的なトラップによって、異界とでも言うべき空間になっている。並みの魔術師ならばエレベーターを降りてこの部屋に踏み込むまで10回は死ぬことになるだろう。

 例えサーヴァントであっても倒せる―――とまではいかないが、無傷で抜けることは不可能。そう思っていたはずなのだが―――。

 

「ランサー。出てこい」

 

「はっ。ここに」

 

 ケイネスは自分のサーヴァントを呼び出した。打てば響くような声と共に、霊体化して控えていたランサーがケイネスの前に膝を付いた状態で実体化する。

 ケイネスは現れたランサーをじっと見つめた。この工房の防衛網は、このランサーを基準にして作った部分もある。ランサーが手こずるレベルの罠だから他のサーヴァントにも通用するだろうと考えていたのだが、あの倉庫街の戦いを見てからはとてもそうは思えなくなった。

 

 空中を自在に駆けまわり、高ランクの攻撃魔術に匹敵する魔力弾を乱射するセイバーに、無数の宝具を惜しみなく射出するアーチャー。

 特に前者の魔力弾の乱射には隠れて現場を観察していたケイネスも、危うく巻き込まれて死ぬ所だったため恐怖は大きい。

 

 それに比べて自分のランサーはどうだ?

 

 最初のセイバーとの戦いでは一方的に追いやられ逃げ回っていただけ。ランサーの自慢である速度も空を駆けるセイバーや巨大戦車を駆るライダーに及びそうにない。火力に至ってもアーチャーには及ばない。

 もしかして自分は弱いサーヴァントを引いてしまったのか?

 

 勿論客観的に見ればケイネスの考えは的外れだ。まずランサーも英霊の本領である宝具を使ってないし、そもそも運用の仕方もセイバーやアーチャー、ライダーとは全く違う。

 倉庫街の戦いではランサーの戦闘スタイルがうまく噛み合わなかっただけで、運用の仕方によってランサーも、あのトップサーヴァント達に一矢報いるだけのスペックは充分持っているのだ。

 だが人は派手に見えるものに目を惹かれるもの。英霊同士の戦いに詳しくない―――というか英霊同士の戦いに詳しい魔術師などそうはいないのだが―――ケイネスが、そういった考えを持つのは仕方のないことだった。

 

 そんな疑惑の目でランサーを見るケイネスだったが、本人が目の前にいるので直接尋ねてみることにしたのだ。

 

「ランサーよ。お前に聞きたいことがある。先の戦いの無様さはなんだ?私はお前をそれなりの力を持つ英霊と思って喚び出したのだが、それは私の勘違いだったのか?」

 

 尋ねるというよりは叱責するというような物言いだが、これがケイネス・エルメロイ・アーチボルトという男なのだ。生まれついての貴族であり、魔術の天才。敗北などただの一度も経験したことのない男が、今初めての敗北を意識してしまった為、無意識の内に口調が責めるような口調になった。

 

「恐れながら我が主よ。私はセイバーに手こずりはしましたが、遅れをとるとは思っておりませぬ。次の戦いで宝具の開張を許して頂ければ、必ずや奴の御首を取り、主に捧げて見せましょう」

 

 宝具を使えば遅れは取らぬ―――。ランサーとしてはそう言いたかったが、ケイネスはそれを別の意味に受け取ってしまった。実際彼の宝具の一つである破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は、魔力の流れを断ち切る宝具だ。上手く使えばセイバーの魔力弾すら無効化できるかもしれない。ケイネスもそれをわかっているからこそ、この発言を自分に対する嫌味と思ったらしい。

 

「それはつまりこういうことか?私の采配が悪かったからお前は実力を発揮できずに、無様を晒したと。そう言いたいわけか?」

 

「いえ!そのようなことは!初戦に置いて自分の宝具と真名を隠すのは当然のこと。そこに不満など持ちようがありません!」

 

 マスターの不機嫌さに気がついたランサーは慌てて言い繕うが、ケイネスの不機嫌な顔はそのままだった。更にケイネスがランサーの事を責めるべく口を開こうとしたその時、寝室から別の声が飛んだ。

 

「いい加減にしなさい、ロード・エルメロイ」

 

 澄んだ女の声だった。

 いつの間にか寝室に続くドアの前に一人の女性が立っている。

 燃えるような赤毛と氷のような冷たい眼差しを持つ、その美女はケイネス・エルメロイ・アーチボルトがこの戦争に参戦するにあたって呼び寄せた彼の婚約者であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだった。

 

「貴方のそれはただの八つ当たりよ。仮にもロードを名乗るなら自分の使い魔に当たるよりもこれから先ランサーをどう使うかを考えなさい」

 

「いや……これはだな、ソラウ。私はランサーの戦力を確認していただけで、八つ当たりをしていたというわけでは……」

 

 惚れた弱みか、ケイネスはこの婚約者に弱い。たちまちしどろもどろになってしまったが、それを見てランサーが助け舟を出した。

 

「ソラウ様。先刻不甲斐なき戦いを見せた私を叱責するのは、我が主として当然の努め。どうかそのことで我が主を責めるのは止めにしていただきたい」

 

 主を庇う忠義の騎士のようなその発言に対してむしろケイネスは顔をしかめたが、ソラウに対しては覿面の効果があった。

 

「ご、ごめんなさいランサー。私は彼を責めているのではなくて、貴方の事を―――」

 

 当のランサーにピシャリと言われたソラウもまた先程のケイネスの様子を繰り返すかのようにしどろもどろになってしまった。これもまた惚れた弱みである。

 なんとこの三人はそれぞれが別の相手に好意を寄せてすれ違うという、たった三人しかいないのに極めて複雑な人間関係をしているのだ。

 人間三人いれば派閥ができるというが、これはもっと面倒な何かであった。

 

「おい、ランサー。我が未来の妻に対する暴言は許さんぞ」

 

「い、いえ、我が主よ。私は決してそのようなことは―――」

 

「だからランサーを責めるのはやめなさいケイネス。貴方はもっと自分のサーヴァントに対して責任感を持つべきよ。彼を使いこなせないというなら、私が変わってあげましょうか?」

 

「やれやれ。強大な敵を前に一致団結どころか仲間割れか。本当に人間というのは度し難い生き物だ」

 

 喧々囂々となったホテルの一室。三人はそのまま延々と口喧嘩だか議論だか言い訳を続けていそうだったが、それを断ち切ったのは更なる部外者の声だった。

 その言葉に最初に気がついたのはランサーだった。彼は反射的にマスター達の盾になるような位置に飛び移り、武装を実体化させる。そんなランサーの行動に驚いたマスター達もランサーの目線を追ってようやく何者かが、部屋の中に侵入してることに気がついた。

 

 その男はリビングの最高級ソファに座って、まるで自分の部屋のようにこちらに背を向けてくつろいでいた。その手にはこのホテルに備え付けされていたと思わしき紅茶のカップがある。

 

(一体いつの間に……?)

 

 余りの出来事にランサーは全身が総毛立つのを抑えきることが出来なかった。単に侵入されただけならまだしも、紅茶を入れるほど部屋内を自由に動かれるなど、最早自害を申し渡されても仕方がないレベルの失態だ。

 2人の魔術師もこの異常事態についていけないのか呆然とした様子になっている。無理もない。絶対の自信を持って築き上げた魔術工房を物音一つ立てずにすり抜けてくるなど、考えもしなかったに違いあるまい。

 そんなこの部屋の主人達に気にかけた様子もなく、ソファに座った侵入者は紅茶のカップを掲げてみせた。

 

「なかなか悪くない味だ。水の質が悪いのが残念だがな」

 

 そう言って侵入者―――セイバーはランサーに向かって笑ってみせた。

 

「貴様! 一体どうやってここに入った!」

 

 最初に叫んだのはこの部屋の主であるケイネスだった。彼の瞳孔は未だ信じられぬものでも見たかのように開ききっている。それも当然。

 単に正面から突破してきたのなら話はわかる。ここに居るのがセイバーではなく気配遮断と隠密に優れたアサシンなら納得もしよう。

 だが―――よりにもよって正面からの戦闘を得意とするセイバーが一切の警報も鳴らさずに、平然と工房の奥に侵入してくるなど、とても信じられることではない。というよりは信じたくはない。

 

 もしそんなことが可能ならば―――セイバーはいつでも敵対者の工房に音もなく侵入して、工房の主をその圧倒的な戦闘力で蹂躙できるということになる。

 それができるとしたら理不尽どころの話ではない。最早悪夢そのものだ。誰もセイバーに勝つことは出来はしない。だからせめて、自分も見落としていたような工房の穴や、何からのトリックがあってほしいとケイネスは心から願った。

 だが現実は非情だった。

 

「ランサーの魔力を魔力感知で辿り、瞬間移動でこの部屋に転移してきた。ただそれだけのことだ」

 

 余りにも理不尽な返答がもたらされる。口に出すと簡単だが、そもそもサーヴァントがサーヴァントの気配や魔力を探知するのは、余程距離が近づいていないとできない。精々が数百メートル程度。このホテルはあの倉庫街からは数キロ離れており、そう簡単に探知できるものではない。

 そして何よりも―――

 

「……瞬間移動だと?」

 

 ランサーは頬を流れる汗を意識しながら呟いた。

 

「そうだ。それほど珍しいものではあるまい?」

 

 その言葉と共にソファの上のセイバーが消えた。

 

「……っ!奴は何処へ!?」

 

 反射的に槍を構えて全周囲を警戒するが、もはやセイバーは何処にもいない。現れた時同様、唐突に消えてしまった。

 5秒経ち、10秒経って、息をつこうとしたその瞬間、ガチャリという音とともにキッチンへと続く扉からセイバーが現れる。

 その手には先程とは別のティーカップが握られていた。

 

「そして取り込み中のようだったので、こうやって勝手にキッチンを拝借して紅茶を頂いた訳だ。……ふむ、これは面白い味だな。オレンジペコというのか」

 

 そう言いながら手にした紅茶を一口味わう。

 

「そんな……。セイバーなのに空間転移の魔術を自由に使えるというの?」

 

 ソラウが怯えながら呻く。

 彼女の顔に浮かんだ恐怖に満足したのかセイバーは鷹揚に頷いた。

 

「当然だ。空間転移など神である私からすれば容易いこと。セイバーというクラスのみで計れるほどこの私は浅くはない。……さて、ランサーのマスターはそちらの男だな?お前に我がマスターから贈り物があるそうだ」

 

「贈り物だと……?冥土の土産とでも言うつもりか?」

 

「しばし待て。あと五秒程で始まる。……三秒前、二秒前、一秒前」

 

 突然始まったカウントダウンにランサー達は警戒を強める。しかしセイバーは彼らの警戒など知ったことではないとばかりに笑いながら最後の数字を口にした。

 

「……ゼロだ」

 

 その言葉と同時にビルが揺れた。

 

「なんだこれは……?地震か!?……いや、このホテルが傾いている?!」

 

「御明察だ、ランサーのマスター。私のマスターがこのビルに爆弾を仕掛けた。それが今爆発したのだ。なかなかの見世物だ」

 

「貴様正気か?ホテルごと崩すなど、そんなこと監査役が許すわけが――」

 

「私の行動に貴様ら人間風情の許可など不要だ」

 

 全く話が通じない。ケイネスはセイバーとの会話を諦めると崩れ落ちるホテルから脱出するべくランサーに指示を飛ばした。

 

「くそっランサー!私とソラウを連れてここから離脱しろ!」

 

「おっとそうはさせん。折角の私のマスターからの贈り物だ。じっくりと味わうがいい」

 

 そう言うとセイバーは黒い魔力炎を放出、一足でランサーの元に飛び込んで素手での格闘戦を挑んできた。

 傾くホテルの中で2人の超戦士が激突し、破壊の暴風雨が吹き荒れる。

 

「貴様セイバー!お前がここに来たのは俺が我が主を助けるのを阻止するためかっ!」

 

「その通り。喜べ。お前の大事なマスターが目の前で瓦礫に潰されて、挽き肉になる所を特等席で見物させてやろう!」

 

「おのれ―――!」

 

 ランサーは怒り狂いセイバーを跳ね除けて主の元に向かおうとするも、セイバー相手ではそれも敵わない。落下するホテルの中で2人は戦い続け―――そして数秒後にはホテルは完全に倒壊して瓦礫の山と化した。

 1000名近いホテルの宿泊客や従業員達を道連れにして。

 

 

 

 ◆   ◆

 

 

 

「それでここまでやってたのにランサーのマスターには逃げられて、宝具による手傷も負わされたわけか」

 

 切嗣がとったビジネスホテルの一室でセイバーと顔を付きあわせていた。

 確実に敵を仕留める為なら、わざわざ避難警報など出す必要がない。ホテルの宿泊客には世界平和の為の尊い礎になってもらう。

 そうセイバーに強行に主張されてはなまじ合理性がある分、切嗣としてもその案を飲むしかなかったのだ。しかしそこまでしたというのにランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはランサーの手も借りず、自前の魔術を使って見事に逃げ延びてしまった。つまり巻き添えになったホテルの宿泊客は完全な無駄死にだ。

 

 この場合、あの状況でも生き延びたケイネス・エルメロイ・アーチボルトを褒め称えるべきか、それともこれだけ有利な状況でも取り逃がした自分達の無能を謗るべきか。切嗣にはどうすればいいのかわからなかった。

 

 おまけに倒壊するホテルの戦いにおいてはセイバーはランサーの宝具―――必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)により右手に治ることのない刺傷を受けてしまった。あの時のランサーの戦いぶりと来たら、まさしく獅子奮迅―――或いは窮鼠猫を噛むというべき奮戦ぶりだった。

 文字通り自らの生命線であるマスターを背後に抱えた彼は防御を捨てて、鬼神となって襲いかかってきたのだ。その猛攻に対しては流石のセイバーも無傷では居られず手傷を負うハメになったのだ。

 

 代償としてセイバーもランサーに対して消滅寸前の大ダメージを与えたが、あちらにはケイネスの回復魔術がある。おそらくランサーは2日もあれば全快するだろう。対してこちらの手傷は大したことがないものの、ランサーを倒さない限り決して治ることのない傷だ。

 

 このような不覚をとった理由として、先日の戦いでランサーは回復不能な魔槍、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の存在を隠していたというのが大きい。元々セイバーは多少の被弾は物ともせず、圧倒的なスペックで相手を押しつぶすタイプ。その為、防御に関しては疎かにする傾向があったため、そこを見事につかれた形になる。

 もしセイバーがこの宝具の存在を知っていたら接近戦を挑まずに、光弾で相手の動きを封殺する戦術をとっていたはずだ。

 

 そういった意味ではセイバーのミスというよりは、ランサーの作戦勝ちというべき所が大きい。幸いなことにそう大きな傷ではないものの、未だにティーカップを持つ彼の腕からはじくじくと血が流れている他、微かに腕の腱を傷付けられた為、右腕の動きが僅かに鈍っている。

 

 だというのに手傷を追い、獲物を取り逃がした張本人であるセイバーは、引け目や罪悪感など何一つ感じていないかのように、このホテルの一室にあった据え置きのティーパックの紅茶をリラックスしながら飲んでいる。

 

「やれやれ。ゴキブリの生き汚さを少々侮っていたようだ。……ふん。安物の紅茶だなこれは。ないよりはマシだが」

 

「セイバー。真面目に聞いてくれ。僕は君の意見に従ったにも関わらず結果はこの有り様だ。今夜僕達は意味もなくホテルを一般市民ごと爆破しただけのテロリストになってしまった。幸い魔術を一切使わなかったのと、教会の連中もアサシンのマスターを匿うというルール違反のせいで表立って奴らもこちらを非難できないだろうが、次に同じことをすればこうもいかない」

 

「いちいちこれしきのことで気にするな、我がマスターよ。こんなことで気に病んでいたらこれから先、身が持たんぞ。我々の目的は聖杯による世界平和……。この程度の犠牲など犠牲ですらない。それに得るものならあっただろう?アサシンとそのマスターがまだ健在だとわかったのは大きな収穫だ。そしてアサシンの宝具の詳細と、奴らが私の気配感知を掻い潜る術を持っているとわかったのも大きい」

 

 そう。あの後、ホテルを見張っていた切嗣の手駒である久宇舞弥が、アサシンのマスターである言峰綺礼によって襲撃をかけられたのだ。

 連絡によってそれを知った切嗣は付近にいたセイバーを現場に急行させた所、セイバーは無数のアサシンの襲撃を受ける羽目になった。

 襲ってきたアサシンの群れをその圧倒的な戦闘力で叩き潰したものの、そのアサシン達は最初から囮だったようで、いつの間にか彼らはマスターを回収して姿を消していた。

 しかもアサシンは隠形に徹してる時は、セイバーの気配感知でも探ることが出来ない。

 

 この一件でわかったことは死んだと思われていたアサシンはまだ生きているということ。そしてアサシンは自分を無数に分割できる宝具を持っているということ。そして最後にアサシンの気配遮断のスキルは、セイバーの魔力探知でも見破ることができないということだ。

 セイバーの圧倒的な戦闘力は誰もが知る所だ。だからこそマスターを狙ってくるのは当然の話であり、暗殺のサーヴァントであるアサシンの存在を察知できたというのは大きい。

 手傷を負ったこともあり、しばらくはセイバーはマスターの暗殺を防ぐため切嗣とアイリに付きっきりになることだろう。

 

 それでも彼らの拠点は場所が割れているため、襲撃をかけようと思えばかけられるのだが、それは切嗣がストップをかけた。

 何しろ彼らの拠点はこの戦争の監査役を務める聖堂教会なのだ。あそこをクレーターにしたらこれから先、セイバーが大暴れしてもそれを隠蔽する者が居なくなってしまう。いやそれどころか、教会から埋葬機関辺りが派遣されて来て、やらなくていい死闘を繰り広げることになるかもしれない。

 

「私としては、ゴミが何人こようとまとめて始末するだけだが」

 

「セイバー。全盛期のお前なら確かに世界中の戦力をかき集めても、お前の敵にはならないだろう。だが今のお前は一介のサーヴァントに過ぎないということを忘れるな。お前は確かに飛び抜けた強さを持つがそれはサーヴァントの枠内の強さだ。聖堂教会や魔術協会の最高戦力なら、場合によってはサーヴァントをも打倒できる戦力があるかもしれない。唯でさえ君は魔力消費が激しいのに、そんな奴らと戦って無駄な消耗をするのは僕は御免だ」

 

 今までセイバーの振る舞いを黙認していた切嗣だが、流石に今回ばかりはしっかりとセイバーに釘を刺すことにした。彼のやり方に付き合い続ければ、セイバーより先に自分がギブアップすることになる。もし断られたら令呪を使ってでも説得するつもりだった。

 流石にセイバーも自分がしくじったという負い目があったのか、肩をすくめると切嗣の意見を受け入れた。

 

「まあ、人間の犠牲はともかく、無駄に戦力を消耗するというのも確かに馬鹿馬鹿しい。今回の一件で死んだ人間共の魂を喰らって多少魔力を回復できたしな。しばらくはマスターのやり方に付き合ってやろう。だが次にランサーの居所が知れたら、いの一番で潰しに行くぞ。奴ら魔力封じの礼装か何かで私の魔力感知をうまく避けている。だが逃しはせん。私の高貴なるこの肉体にかすり傷とはいえ傷を付けた報いを受けて貰わなければな……」

 

 自分のあずかり知らぬ所で自分のサーヴァントが魂食いをしていたという恐ろしい事実をサラリと聞かされたが、切嗣はなんとかそれを表情に出すのを堪えきった。

 おそらく抗議しても無駄―――それどころか、セイバーから不甲斐ない同志と見なされたら文字通り命の危機だ。

 不快感を飲み込んで何でもないように話を続ける。

 

「そう言ってくれると助かるよ。ランサーの方も僕の方で探しておく。それにしてもこのままじゃ戦争が終わるより先に僕の胃袋がやられそうだ……」

 

 ようやくセイバーをコントロールできそうだとわかって、切嗣は安堵の溜息をついた。

 そして無意識の内に令呪を触る。自分の理想の為の多少の犠牲は止むを得ないが、こいつは危険すぎる。勝ち残ったら即座に令呪を使って自害させなければ世界平和どころではない。

 既に切嗣はこの短い付き合いでセイバーにとっての理想郷が、とんでもなく禍々しいものだと感づいていた。

 

 だがそれでもこのセイバーは最強なのだ。切嗣の願いを叶えるために切り捨てることはできない。

 

 つけっぱなしになっているビジネスホテルのTVには崩壊したホテルの現場が映しだされていて、そこからは巻き込まれた一般市民達の悲鳴と怒号が絶え間なくスピーカーを通じて流れ、切嗣の精神をヤスリのようにすり減らしたが、セイバーはそれを気にした様子もなく紅茶を味わっていた。

 




 ダイジェスト風味なので書きたい場面だけ書いていくスタイル
 というかなるべくIQ下がるようなSSにするつもりだったのに、ゴクウブラックが邪悪すぎてとんだ糞鬱展開になって来た(原作再現感)。



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王様達と酒飲んで聖杯問答やってみた

 夜の森に雷光が閃き、雷鳴が轟く。

 ここはアインツベルンの城がある冬木市から離れた森の奥である。

 地元の人間は誰も近づくこともなく、例え迷って踏み入っても魔術的な結界によって追い返されるのが関の山。こんなところに近づくものはそれこそ聖杯戦争関係者しかいない。

 ましてや雷鳴と共にやってくる者など1人しかいない。

 

「なんてこと……結界を力ずくで打ち破って正面から突破してきているわ……」

 

 この城の主にして結界の管理者であるアイリスフィールは城の廊下で、バランスを崩して膝を着いていた。

 結界を強制的に打ち破られたことで魔力のフィードバックが襲いかかってきたのだ。

 

「大丈夫か? アイリ」

 

 すぐ側にいた切嗣が倒れかけた妻を素早く支えた。アイリスは夫の手を借りながらゆっくりと起き上がる。

 

「ええ。いきなりのことだったから、ふらついただけよ。それよりもこれはサーヴァントの襲撃だわ。以前やってきたランサーとは全く違う」

 

 襲撃を受けるのは何もこれが初めてではない。ホテルでの一戦での意趣返しか一度ランサーが挑んできたことがあったが、騎士と貴族階級の魔術師の挟持故か、策も弄さず正面から乗り込んできた彼らはセイバーの出迎えを受けて、令呪まで使って逃げ帰る羽目になった。

 だが今度の敵はそう容易くはないだろう。

 

「わかっている。セイバー! そっちから見えるか?」

 

 切嗣は念話で自らのサーヴァントに目標を視認できたかを確認した。彼は襲撃があった時点で外に飛び出しこの城の上空で待機している。あの高さと彼の目の良さが加わればこの森の全域を見渡すことができるはずだ。ラインを繋げて五感を共有できれば手っ取り早いのだが、それはセイバーが嫌がったので仕方ない。

 

『ああ、見えるともマスター。あれはライダーのチャリオットだな。……フン、派手に森を破壊しながらこちらに一直線だ。相変わらず無駄に煩いやつだ』

 

『迎撃できるか?』

 

『当然だ。この城を奴らの墓場にしてやる。後、30秒もあればライダーが城にたどり着く……ん?』

 

『どうした。何か仕掛けてきたか?』

 

『いや……。奴らの格好がな。というかなんだアレは。樽か?』

 

 要領を得ないセイバーの言葉に、切嗣は苛立ちを堪えながら尋ねた。

 

『何を言ってるんだセイバー。奴らの目的が分からないのか?』

 

 しかし今度は返答自体が帰ってこない。

 まさか不意をつかれてやられたのかと思うが、すぐにそれは早計だと思い直す。もし自分のサーヴァントが致命傷を受ければ、マスターならすぐに分かる。

 

『何があったセイバー。奴らの狙いが掴めたか?』

 

 暫しの沈黙の後、セイバーからの返答が来た。彼にしては珍しいことに歯切れが悪い返答が。

 

『……ああ、奴らの目的については掴めた。というかライダー自身が私にわざわざ話しにきた』

 

『それで? 奴らはどんな目的でここに来たんだ?』

 

『……酒盛りだ』

 

『……は?』

 

 余りにも馬鹿げた答えに切嗣は思わず気の抜けた返事をしてしまった。

 

『どうやらライダーは私と酒盛りを所望のようだ。酒まで持参してきているからな。どうするねマスター? 私としては別に構わんが』

 

 驚きから覚めたのか、既にセイバーはいつも通りの慇懃無礼な態度に戻っていた。声の口調からしてむしろ楽しげにすら思える。

 

『……つまりこういうことか? ライダーはお前を酒に誘うためだけに、あの雷戦車に乗ってきて結界をぶち破りながらここまできたと?』

 

『そういうことになるな』

 

 念話越しにでもセイバーが笑っているのが感じ取れた。セイバーはこの状況を心底面白がっているらしい。

 舌打ちを堪えながら、切嗣は指示を出した。

 

『とりあえずヤツの誘いに乗ってやれ。玄関にアイリを向かわせるから、いつも通り彼女をマスターとして扱うように。僕は狙撃ポイントに行って万が一に備えてライダーのマスターの狙撃準備をする。言うまでもないがしっかりアイリの事も守ってくれよ。彼女が死んだりしたら別の意味で僕達の聖杯戦争はここでお終いだ』

 

『承ったマスター。ところでもう一つ言っておくべきことがある』

 

『……なんだ?』

 

『ライダーの奴め、アーチャーもこの酒盛りに誘ったらしい。あいつもおっつけやって来るそうだ』

 

 なんでもないように告げられたその情報に切嗣はその場にしゃがみこんで頭を抱えたくなった。

 

 

◆   ◆

 

 

 宴の場所は城の中庭の花壇に決まった。

 手入れされたその庭は客人を迎えるのには相応しい。

 ついでにいうなら狙撃ポイントでもある城の高台から衛宮切嗣が、常に全容を把握できるというのも大きい。

 セイバーは地面に直接あぐらをかくような真似を嫌い、城の中から多人数用のテーブルと椅子、ついでにティーワゴンを中庭に用意した。

 彼は常に不遜な男だが、律儀に礼節を守るところがあった。時折、言動からマナーと教養の高さが見え隠れする時がある。

 

「いやあご苦労、ご苦労! しかしセイバーよ、城を構えてるから見に来たが、ずいぶんと辺鄙な場所に構えてるもんだなぁ? これじゃせっかくの城が台無しじゃないか。庭木も多いんで余が少しばかり伐採しといたぞ。これで出入りもずいぶん楽になるというものだ!」

 

 セイバーの準備が終えた頃に自分のマスターを従えて、中庭に現れたライダーは開口一番そういった。それに対してセイバーは、冷たい口調で返す。

 

「いらん世話だ。それにしてもあの静かな森を無駄に焼き払うとは、これだから下等な人間は……。貴様が客人の体をとっていなかったら、縊り殺してマスター共々森の肥料にしていたところだ」

 

 その言葉にライダーのマスターのウェイバー・ベルベットは小さく悲鳴を上げて、ライダーの巨体の後ろに隠れる。それを見たセイバーの隣に控えるアイリスフィールは彼も自分のサーヴァントに振り回されて苦労しているのね、と場違いな同情心を抱いてしまった。

 それにしても、とアイリスフィールはライダーを観察する。

 

 彼は以前見た戦装束ではなく、現代風の服装をしていた。といっても間違っても征服王と呼ばれた男に相応しい格好とは思えない。

 しかし世界地図が描かれた特大サイズのTシャツと、ジーンズというはある意味この豪放磊落な男にはぴったりな格好だった。

 そしてその格好で酒樽――恐らくは中身はワインだろう―――を抱えたその姿は最早英霊というよりはただの酒屋のおっさんだ。

 彼にどう対応するべきかアイリスフィールが迷っていると、彼女より先にセイバーが口を開いた。

 

「ふん……、客としてきたからには今日は貴様の命は助けてやる。それで? 貴様は一体何のつもりで酒盛りをしようというのだ?和平や命乞いなら受け付けてはおらんぞ」

 

「馬鹿たれ。余もこの後に及んでお主を勧誘できるとは思ってはおらん。余はな、この酒席を通して貴様の考えが知りたいのだ。言うならばどちらに聖杯を求める大義があるか、この席の通して貴様の大義とやらをとことん問いただしてやろうと思ってな。言うなればこれは聖杯戦争ならぬ聖杯問答というわけよ」

 

 セイバーはそれを鼻で笑った。

 

「貴様の貧相な大義とやらで、私の崇高な志に挑むとは身の程知らずもいいところだが……。まあよかろう。どのみち貴様らの寿命もこの戦争が終わるまで。その余興、付きあってやる」

 

 そう言ってセイバーは親指で中庭に用意された大きなテーブルと椅子を指さす。因みにセイバーが用意したテーブルセットの椅子はマスターの分まであった。妙なところで律儀である。

 ライダーは早速その酒樽を、高価なテーブルの上に乱暴に置く。

 その蛮行に木製のテーブルは悲鳴を上げるも、元々がしっかりした作りの為、なんとか耐え切った。

 そして自分のマスターも含めた周りの人間に席につくように促す。全員が各々の席に着いたのを見計らって、彼は酒樽の蓋を素手で叩き割った。

 

「ではこれより宴を始めるとしよう。珍妙な形だが、これがこの国に伝わる由緒正しき酒器だそうだ」

 

 そう言ってライダーは竹製の柄杓を取り上げる。これが日本酒なら確かに合っていたかもしれないが、ワインとの組み合わせはいささか奇妙に思える。が知らぬが仏である。

 ライダーは酒樽の中からワインを一杯掬い取ると一息でそれを飲み干した。

 そして同じように一杯掬い取ると今度はそれをセイバーへと差し出す。

 

「聖杯は相応しき物の前に現れるという。それを見極めるなら闘争の他にも方法はある。この酒を通してお互いの格を見極めるというのもまた一興。そうは思わんか?」

 

 差し出された柄杓をセイバーはしばらく見つめていたが、とりあえずと言った感じで受け取ると、これまた一息でそれを飲み干す。しかし続いて彼の口から出た言葉は酒の感想ではなく、単純にライダーの言葉を否定するものだった。

 

「私はそう思わんな」

 

「……何? そりゃなんでそう思う」

 

「貴様ら人間というのは自分の愚かさと罪深さを指摘されても、決してそれを認めようとしない。私がここでそれを言い当てても、お前はつまらん言い訳を重ねてそれを認めようとしないのが目に見えている」

 

「そりゃまた、随分と見くびられたものだな。このイスカンダル。道理ある言葉を投げつけられてそれを無視するほど狭量ではないつもりだが」

 

「お前個人の資質などどうでもいい。人間というものはそう出来ているのだ。私は神としてそれをずっと見てきた」

 

 そう言い放つセイバーに対して返答は思いも寄らない所から帰ってきた。

 

「ならばお前の目がそれだけ節穴だということよ。我に言わせれば無能でない神々など見たことがないがな」

 

 その言葉と共に中庭の一角が眩い光に包まれる。

 その声と現象に覚えのあるアイリスフィールとウェイバー・ベルベットは反射的に体を固くしたが、セイバーとライダーはようやく来たかと言った視線をそちらに向ける。

 黄金の輝きは人の形となって甲冑姿のアーチャーとして実体化する。

 それを見たライダーが町中で友人に声をかけるようにアーチャーに手を振った。

 

「よう、遅かったな金ピカ。もう始めているぞ。まあ余と違って徒歩で来るんじゃ仕方ないか」

 

 アーチャーはセイバーに対する怒りはすでに覚めたのか、嘲るような視線を向けてくるセイバーに向かって忌々しげな一瞥だけ向けると、ライダーへと向き直った。

 

「たわけ。我の財には貴様の喧しい戦車より優れた乗り物などいくらでもあるわ。だが何故王であるこの我が、貴様らに合わせて急いでやらねばならぬ。おまけに我を待たずに勝手に始めるなど……ライダーよ。貴様は我を酒の席に誘いたいのか、それとも自分が冥界に誘われたいのかはっきりさせろ」

 

「まあまあ、そうプンスカするな。ほれ、駆けつけ一杯」

 

 そう言ってライダーは酒樽から柄杓で一杯掬い取るとアーチャーに手渡した。意外と素直にアーチャーはそれを受け取り、これまた一息で飲み干す。そして顔を歪めた。

 

「安酒だな。こんなものを王へ献上するとは貴様の格も知れるというものだ」

 

「そうか? この程度の安酒ならむしろ、貴様のような虚飾まみれの王に相応しいと思うが」

 

 そこにセイバーが笑いながら口を挟んでくる。

 

「……なんだと?」

 

 流石に今度は受け流せなかったのか、アーチャーが殺気を纏い始める。

 これにはライダーのほうが慌てたのか無理やり話題を変えた。

 

「まあまあ、落ち着けアーチャーよ。これはここらの市場ではなかなかのものだったんだが、お前さんはこれ以上の酒を知っているというのか?」

 

「……当然だ。これを美味いとほざくのはお前が本当の酒を知らんからだ」

 

 アーチャーは手を挙げると背後の空間を湾曲させて、そこから一揃いの酒器をテーブルの上に取り出した。

 無数の宝石で彩られたその黄金の酒瓶には琥珀色の液体がたっぷりと詰まっている。

 

「せいぜいその貧相な眼を見開いて見るがいい。そして思い知れ。これが真の王の酒というものよ」

 

「おお、こりゃまた重畳。うーむ。確かに香りだけで酔えるほどの濃厚な酒のようだ。どれ早速」

 

 面の皮があつすぎるのか遠慮というものを知らないのか、おそらく両方であろうライダーはアーチャーの皮肉も受け流し、早速その酒器に飛びついた。

 一緒に出されていた杯に三人分注ぐと全員に配るとライダーは真っ先にそれを呷った。

 

「おおぅ! ……旨い! 旨いぞこれは! 余の時代にもこんな酒は存在しなかった! これは人間の手によるものではあるまい! 神々の手による酒ではないのか?」

 

 興奮したライダーの賛辞にアーチャーは王の余裕と言わんばかりに悠然と微笑んだ。いつの間にか彼もまた席につき、杯を片手にご満悦である。

 

「当然だろう。我の宝物庫には至高の財しか存在を許されぬ。そしてこの宝物庫には神代の時代の代物も数多く存在するのだ。貴様の見立ての通り、その酒は神の酒よ。―――これでこの場の格付けなど決まったようなものだな」

 

 そううそぶくアーチャーだが、そこに嘲笑う声が響き渡る。アーチャーは再び機嫌を悪くしてその笑い声の持ち主に怒りのこもった視線を向けた。

 得意気に語るアーチャーに再び水を差したのはやはり、というかセイバーであった。 

 彼もまたアーチャーが差し出した酒を飲み干していたが、その顔に現れている表情は神酒の味やその持ち主であるアーチャーへの賞賛のそれではなく、小馬鹿にした笑い顔だった。

 

「……何がおかしい、雑種」

 

 怒りが許容限界を超えつつあるのか、アーチャーが殺気をセイバーに飛ばしながら聞く。

 一歩間違えればこの場で死闘が開始される予感にアイリスフィールとウェイバーは身を硬くした。

 

「何、神々が作りし物を自分の物と言い張る、お前達人間の滑稽さと傲慢さが可笑しくてな」

 

 そう言うとセイバーは空になった杯をテーブルの上に戻した。

 

「確かにこの酒は神々の手になるものだ。この星の神の酒の味は知らんが、神酒かどうかぐらい私にはわかる。これが神造の酒としては中々のものだということもな。しかしだからこそ哀れむべきかな。悲しむべきかな。自分で作り出すこともできず、神が賜ってやったものをまるで己の物のように振る舞う、その愚かで不遜なその態度を。……貴様に比べれば人間が作った酒をこの場に持ってきたライダーのほうがまだ可愛げがあるというものだ」

 

 本来のアーチャーならばそこで激発してもおかしくはなかったが、珍しく彼はセイバーの挑発よりも彼の言葉の内容に興味を持ったらしい。

 

「神の酒の味を理解していたことといい、その物言いといい、やはり本当に貴様はカビの生えた神々の一柱か。どうりで初めて見た時から気に食わんわけだ。だが我は貴様のような神なぞ知らん。一体どこの田舎の神だ?」

 

「貴様のような銀河の外れの辺境の王には知る由もない高位の神だ。見たところ貴様も低級とはいえ神の血を引く者。もう少し察しがよければ助かるのだが、薄汚い人間との雑種では期待するだけ無駄か?」

 

 とうとうアーチャーの背後の空間が揺らめき始めた。その空間の揺らぎから出ているものは酒器などではなく、豪華絢爛な宝具の切っ先だ。それを見たセイバーも悠然と席を立って構えを取る。

 これにはライダーも慌てて両者のなかに割って入る。

 

「まあまあまあまあ! 両者ともそこまでにせい! 酒の問答の席で、怒りに任せて先に刃を振るえば、むしろ先に振るった者こそが敗北者よ! かくいう余も昔、宴の席で酒を飲み過ぎてつい部下に手をかけてしまい、酔いが覚めてから後でしこたま落ち込んだ―――」

 

 なにやら自分の失敗談を語り始めたライダーに毒気を抜かれたか、両者は呆れたように再び席に座り直す。それを見たウェイバーはある意味恐れと共にセイバーとアーチャーを見ていた。

 

(……嘘だろ? あの傍若無人のライダーが苦労して仲裁してる。こいつらどれだけ厄介なんだ……?)

 

 常に自分を振り回してきたあのライダーが、彼らの手綱を操るのに四苦八苦している姿はどこか新鮮だった。この場にライダーがいなければすでにここは戦場になっていたに違いない。もっともここで酒宴を開こうなどと考えたのはライダー本人の訳で自業自得ではあるのだが。

 とりあえずライダーの試みは成功したのか、冷静さを取り戻したアーチャーがライダーに水を向けた。

 

「それで?一体何のために貴様は我をこんな貧相な場に呼び寄せたのだ。本当に安酒を振る舞うだけというならこの場で処するぞ」

 

「おお、ようやく本題に入れそうだわい。セイバーには先に言ったが、余はこの酒席の問答を通して各々の義を、聖杯に賭ける望みを、そして格を図りたいのだ。そうすればわざわざ闘争なんてことをせずとも、誰が聖杯に相応しいかわかるというものだろう?」

 

「何を言い出すと思えば……まず、貴様の考えはまず前提からして理を外している」

 

「と、いうと?」

 

 ようやく話の流れを元に戻せそうなことに安堵したライダーは、勝手にアーチャーの酒を飲みながら話の続きを促す。

 

「そもそもにおいて、聖杯は我の所有物よ。この世の財は全てにおいてその起源を我が蔵の財に遡る。時とともにそれらの財は世界に散らばったが、それでも全ての財の所有権は我にあるのだ。我は本来我のものである聖杯を勝手に奪い合う盗人共に誅を与えるために此度、現世に現界したのだ」

 

 そんなアーチャーの言葉に小さくセイバーが笑ったが、最早アーチャーは彼を完全に無視することに決めたようだ。

 ライダーはアーチャーの言葉に腕を組んでしばらく考えていたが、アーチャーに疑問をぶつける。

 

「じゃあお前さんは昔聖杯を持ってて、それがどんなものか知ってるというのか?」

 

「知らんな」

 

 その言葉にライダーは虚を外されたのかがくっとしたが、アーチャーは気にした様子もなく続ける。

 

「我の宝物庫の財の数は我の認識できる量を超えている。いちいちどれが何なのか確認していたらそれこそ無限の時間が必要になるわ。いずれにせよそれが財宝というだけで元は我の物であることは明白。それを勝手に持ちだそうなど我の法が許しはせん」

 

「ふ~ん。なるほどなぁ~」

 

 ライダーは勝手にアーチャーの酒瓶から、新たに自分の杯に勝手に酒を注ぎながらそれを聞いていた。ちなみにセイバーはテーブルの隣にあったティーワゴンから自前で用意した紅茶に僅かに酒を垂らして、優雅にそれを飲んでいる。

 

「なんとなくお前さんの正体がわかってきたぞ。ま、それは置いといてだ。つまりあれか? 聖杯が欲しければ貴様の承諾を得ればいいわけか?」

 

 それに対してアーチャーは鷹揚に頷いた。

 

「然り。だがお前らの如き雑種に、我が褒章を賜わねばならぬ理由がどこにある? ……ふむ、そうだな。そこの礼儀知らずのセイバーの首を我の前に差し出せば、考えてやらんこともないがな」

 

 突然始まった同盟との誘いとも言える言葉にアイリスフィールはぎょっとした。その発言を彼女に付けてた盗聴器越しに聞いた切嗣もだ。この状況で2騎がかりで襲われたら、どうしようもない。セイバーの瞬間移動で逃げるしかないが、彼が自分の言うことを大人しく聞くかどうか怪しいものだ。

 しかしそんな危惧とは裏腹にライダーはあっさりとその提案をはねのけた。

 

「おいおい、そりゃ余にお前さんの軍門に降れってことだろう? それは征服王の沽券に関わるってもんだ。しかしアーチャーよ。話を聞く限り、やはりお前さんは別段聖杯に固執しているわけでもあるまい。お前さんにとって聖杯を使って叶えたい願いがあるわけでもないと」

 

「無論だ。だが我の財を狙う賊にはしかるべき罰を与えねばならぬ。これは筋道の問題だ」

 

「つまり、アーチャー。お前さんはどんな義があり、どんな道理で動いているのだ?」

 

「法だ」

 

 アーチャーは即座に返す。

 

「我が王として敷いた、我の法。これを破るものには我が誅罰を与える」

 

 ふむ、とライダーは頷いた。

 

「確かにそう言われては余が口を挟む隙はなし。だがな~、余としてはなんとしても聖杯が欲しいんだよ。欲しくてたまらんのだ。で、交渉で取れぬとなったら後はもう略奪するしかなかろうて。何しろ余は征服王イスカンダルであるが故に」

 

「よかろう。貴様が我の法を犯してでも奪うというなら、我が貴様を裁くのみ。問答の余地はあるまい。だがライダーよ。我の法を破ってまで欲するという貴様の聖杯にかける願いはなんだ?酒はまだ残っている。酒の肴に聞いてやろうではないか」

 

「おっ。聞きたいか? そうかそうか聞きたいか。いやはやなんともこうして話すとなると気恥ずかしいなぁ」

 

 何やら照れくさそうに頭を掻いた後、ライダーは杯に残った酒を呷って答えた。

 

「受肉だ」

 

 その答えに静かに紅茶を楽しんでいたセイバーが目を細めた。

 だがそれに他のものが気づくよりも先に、ライダーのマスターのウェイバー・ベルベットがライダーに詰め寄った。

 

「お前何言ってるんだ! あれだけ散々自分の夢は世界征服とか言っといて今更別の願いを―――アウチっ!?」

 

 自分のマスターをデコピンで黙らせると、ライダーは呆れたように肩をすくめた。

 

「慌てるなマスターよ。余の夢が世界征服なのは変わってはおらん。だがな、たかだが器に世界なんぞ取らせてどうする。世界征服は己自身がやり遂げて初めて達成したと言える夢。聖杯を欲するのは征服の道のりの第一歩だ」

 

「雑種……まさかそのような世迷い言のために我の聖杯を欲するというのか?」

 

 呆れたような顔のアーチャーだったがライダーは大真面目に答える。

 

「所詮我らは魔力で現界しているだけのただの亡霊にすぎん。余りにも不安定、余りにも心許ない存在よ。聖杯戦争が終われば例え勝ち残っても、我らは魔力切れにより現世からおさらばよ。それではいかん。征服という世界に己を刻み込む行為をするからにはまずこの世に置ける余の存在を確固たるものにしなければならん。

 征服とは身体一つの我を張って天地と向き合い、突き進む。それこそが余にとっての征服なのだ。しかし今の余は肉体一つにすら事欠いておる。スタートラインにすら立つことができん。まず余にとって必要なのはこのイスカンダル唯一の肉体なのだ。その為には聖杯による受肉は是が非でもしなければならん」

 

 ウェイバーもアイリスフィールも、そして遠く城の高台からその会話を聞いていた衛宮切嗣も征服王のその思想に圧倒されていた。

 所詮英霊は過去から蘇った奇蹟にすぎない。しかしこのライダーは己が一時の奇蹟であることを良しとせず、この世界の人間として再び根を下ろそうとしているのだ。それは神秘の漏洩を防ぐ魔術師の観点からすれば、容易く受け入れられるものではない。歴史上の人物が魔術儀式によって蘇って表の社会に影響を与えるなど大問題だ。しかしどんな妨害があってもこのライダーはそれを蹴散らしてでもやるという確信があった。

 そんなライダーの意思表明に対してアーチャーは実に楽しそうに杯を呷った。

 それはまるで新しい玩具を見つけたような目だった。

 

「決めたぞライダー。お前は我直々に裁く」

 

「ハッ、今更念を押す必要もなかろうて。言っておくが、余は聖杯だけではない。お前さんの宝物庫の中身をまるごと攫ってやる故覚悟しておけ。これほどの酒の味をこの征服王に教えたのは迂闊すぎであったなぁ」

 

 ライダーはひとしきり呵々と笑うと、今度はセイバーに話題を振ってきた。

 

「で、だ。セイバーよ。余もアーチャーもこの聖杯戦争に挑む理由を存分に語り合った。後はお主だけだぞ。せっかくの酒の席、お前さんの大義とやらも聞かせて欲しいんだがなぁ」

 

 紅茶を飲んでいたセイバーはティーカップをゆっくりと机に下ろすと、静かにライダーの問に答えた。

 

「私の目的は受肉だ」

 

 その思わぬ答えにライダーやアーチャーのみならず、マスター達まで目を丸くした。それは高台で話を聞いていた切嗣も例外ではない。

 だがいち早く我に返ったライダーはセイバーの答えに親近感を持ったのか楽しげになった。

 

「はっはっはっ! なんだセイバー! お主も余と同じ望みを持っていたのか! やはり目的はあれか? もう一度この人の世を味わってみたくなったのか?」

 

 その言葉に対してとびきりの嫌悪感を怒りを滲ませてセイバーが答えた。

 

「人の世を味わうだと? おぞましいことを抜かすなライダーよ。確かに私が受肉を望むのは、お前と同じくサーヴァントのままでは、私の真の目的を達成することができないからだ。だがお前のような世界征服などという浅ましい願いなどでもない。そもそも私の遠大な目的は、聖杯如きでは到底叶えられる願いでもないのだ。故にこの身を受肉させて私自身が執行しなければならん」

 

 ライダーは眉を潜めた。聖杯に叶える願いは夢である。そして夢を語る時、人は大抵嬉しそうに語るものだ。だがこのセイバーの夢はそういったポジティブさが全くない。

 夢を語るのに怒りと嫌悪を見せるとはただごとではない。

 アーチャーすらも訝しげにセイバーの発言に注目している。

 

「では、セイバーよ。お前の真の目的とはなんだ。お前は受肉して何をしたい」

 

 そこでセイバーは初めて笑った。今までの他人を嘲るような笑みとは全く違う。純粋なまでに邪悪な笑みだった。

 

「―――人間ゼロ計画の遂行だ」

 

「人間……ゼロ計画?」

 

 聞きなれない単語にライダーはオウム返しのように繰り返した。しかしなんとなくニュアンスはわかる。嫌な予感を感じつつ改めて問うた。

 

「もしかしてセイバー。お前さんは受肉した暁には人類を……」

 

「ああ、一人残らず皆殺しにする」

 

 沈黙がその場を支配した。

 




Q キャスター来なかったの?
A アルトリアいないんで街中でしこしこと芸術に励んでます


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飲み会で自説力説したらドン引きされてみた

 アインツベルンの城の中庭で行われていた聖杯問答。

 それはあくまで互いの願望、戦う理由を語り合い、お互いの格を決める宴に過ぎなかった。

 しかし今やこの酒席の場はセイバーの人間ゼロ計画宣言によって凍りついたように静まり返っている。

 

 ―――人間をこの世から一人残らず皆殺しにする。

 

 それが人間ゼロ計画の全てである。

 常軌を逸したその答えにまず最初に再起動を果たしたのは、ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットだった。

 

「ちょっと待てよ! 人間を全て皆殺しにするなんてそんなこと出来るわけがない!」

 

 セイバーは無礼なこの少年に対して、彼にしては優しく問い返した。

 

「なぜそう思うね。ライダーのマスター」

 

 ウェイバーは一瞬言葉に詰まりながらも、すぐに反論を組み立てていく。

 

「まず、お前が受肉して大暴れしても魔術協会と聖堂教会が黙っちゃいない。あいつらの最高戦力はサーヴァントにだって勝るとも劣らない。世界を何度も滅ぼせるって戦力を持ってるアトラス院だってあるんだ」

 

 ナルシストであるセイバーは自分の計画を話すことが楽しいのか、スラスラと彼の質問に答えていく。

 

「その点なら心配ない。聖杯を飲み干し、受肉することにより私はマスターからの魔力供給を必要とせず、自前で魔力を生成することが可能になる。それでも全盛期には程遠いが、サーヴァントレベルの相手など何十、何百集まろうと私の敵ではなくなる」

 

「う、嘘を言うなよ。いくらなんでも受肉しただけでそこまでパワーアップなんてするもんか!」

 

「パワーアップではない。本来の力を取り戻すのだ。サーヴァントは魔力を燃料に動く存在。

通常のサーヴァントが魔力をいくら貯めこんだ所で、よりしぶとくタフになっても基本ステータスまでは変わらない。

 だが私は違う。私は元々魔力不足故にこの程度のステータスに貶められていたのだ。召喚時に聖杯から付与された魔力も私からすれば微々たるものだった―――故に、魔力を補充すれば私のステータスは無限に上がっていく。受肉すれば自前で魔力、いや気を生成できるようになるため、ガス欠の心配もなく、存分に力を振るうことができるようになるわけだ」

 

 ウェイバーはその話を聞いて頭の中が真っ白になる所だった。唯でさえこのセイバーは、全てのステータスが幸運以外A以上というふざけたステータスだ。

 それがまだまだ上がるというのか?

 

 次にセイバーに問いただしたのは、セイバーの名目上のマスターであるアイリスフィールだ。

 

「セイバー。貴方が喚び出された時、貴方は聖杯を使って理想郷を造ると言ったわよね?あれは……嘘だったの?」

 

「嘘ではない。私にとっての理想郷は、人間が全て息絶えた美しき世界ということだ。そしてそれはマスターよ、お前にとっての理想郷にもなりうる。私は知っているぞ。この聖杯戦争のからくりを。神である私は読心術を使える。アインツベルンの連中の頭を覗いた所、私は知ったのだ。

 この聖杯戦争は人が神の領域に踏み込むという許されざることの為に、作り上げたものだということをな。そしてこの聖杯戦争が成功するということは、お前は死ぬことを決定づけられているということも知っている。

 ……私はこれでも自分を喚び出したマスター達に対して、それなりの恩義を感じているのだよ。もしお前達が私の邪魔をしないというのであれば、全ての人間を滅ぼした後、お前達だけは私の世界で生かしてやってもいい。そしてその寿命が尽きるその時まで家族仲良く暮らすがいい。それはお前達の望みでもあったはずだろう?」

 

「そ、それは……確かにそうだけど……でも私は……」

 

 淡々と語られる悪魔の誘いにアイリスフィールの思考は完全に硬直しつつあった。

 いや、心のどこかでそれを望んでいたのは確かなのだ。

 聖杯戦争もアインツベルンの努めも、何もかも投げ出してイリヤスフィールと愛するべき夫とどこか僻地で静かに暮らしたいという願望は確かにあった。

 そしてその言葉はアイリスフィールが所持している盗聴器を通して、セイバーの言葉を聞いていた衛宮切嗣にも突き刺さっていた。

 

 元より衛宮切嗣の目的は恒久的な世界平和―――。その為なら自分の妻すら犠牲にする覚悟があった。あったはずなのだ。

 しかし戦いが激化するに連れて、同時に何もかも投げ出して妻と子供と一緒に逃げ出したいという気持ちが強く出てきたのもまた事実。

 

 あのセイバーはそれに感づいて例え世界を滅ぼしても、自分達だけは助けてくれるという。

 人間が絶滅したが故に醜い争い事もない、煩わしい事もない平和で穏やかな世界で自分の寿命が朽ちるまで、家族全員で穏やかに暮らす。それは余りにも悪魔的で甘美な誘いだった。

 

 だがそれと引き換えに、人類の命全てを捨てるには釣り合いが取れない。

 今まで大を助けるために小を切り捨て続けたこの男が、自分達という小の為に世界を見捨てては衛宮切嗣の人生そのものが無意味と化す。

 

 そんな切嗣の苦悩など知らぬとばかりにセイバーは得意げに演説を続けた。

 

「見ての通り私のマスターも賛同してくれそうだ。彼女は人間の邪悪なエゴによって作られたホムンクルスでね。人間の存在に思う所があったんだろう」

 

 いきなり勝手に自身の在り方を決めつけられ、挙句共犯者にされかけて慌てたアイリスフィールは他のサーヴァントとマスター達にブンブンと首を横に振った。どこまで信じてくれるか不明だが。

 

 次に疑問をぶつけたのはライダーだった。

 

「だがそれでお前さんが人間ゼロ計画の実行をするとしてもだ、この世界の抵抗勢力を全て蹴散らしてもまだ計画が遂行できるとは限らんぞ?」

 

「ほう、それはまたなぜだ?」

 

「この星の抑止力がまだある。我々サーヴァントは、あくまで抑止の英霊の一側面を切り取ったコピーに過ぎぬ。星の危機に反応して顕現する抑止の守護者達は、我々サーヴァント達とは比較にならん戦闘力を持っている。貴様が聖杯を取り込んで大量の魔力を手に入れても太刀打ちは―――」

 

「できるとも。確かに聖杯全てを飲み干しても得られる力は本来の私の力からすれば、たかがしれている。しかし受肉しても私はサーヴァントであることには変わらない。その気になれば別の方法で魔力を補充することも可能だ。―――確かこの星の人口は60億人を超えていたな?」

 

 その言葉に隠された意味にライダーは珍しく冷や汗を垂らした。

 

「セイバー、お前まさか―――」

 

「何を驚く征服王。戦いに於いて現地での略奪と物資の補充は戦場の常識だろうに。ともあれ世界中の人間共の魂を食らいつくせば、一惑星の抑止力など私の敵ではない。それだけの魂を喰らっていれば、地球を宇宙の塵にできる程度の力を取り戻しているはずだしな。そしてこの星で力を蓄えて、宇宙に飛び出しまた別の星を襲って力を蓄える。

 これを繰り返していけば多少は時間がかかるが、私は完全なる力を取り戻し、宇宙中の人間―――知性をもつ生命体を皆殺しにできるだろう。サーヴァントになったことで、寿命の問題も解決したことだし、何より宇宙中の人間を滅ぼしたのは生前一度やっている。前よりはうまくできるだろう」

 

「……そもそも、貴様はなんで人間を滅ぼそうと考えとるのだ? なんか理由があるのだろう?」

 

 その疑問に対してセイバーはアインツベルンの城の前に広がる森を指さした。

 

「あの森を見るがいい。……世界とは美しい。だが人間の醜さがその美しさを汚す。ライダー、貴様があの静かな森を焼き払ったようにな。よって私は全ての人間、全ての知的生命体を消し去り、本来の美しい世界を取り戻す。それが私の神としての使命なのだ」

 

 余りの返答に呆れたのか、ついていけなくなったのかライダーがとうとう押し黙った。

 次に嘲りの声を上げたのは今まで黙っていたアーチャーだった。

 

「誇大妄想狂もここまでくれば、かける言葉も見当たらん。如何に我の宝物庫にも馬鹿を直す薬は入ってないぞ」

 

「フフフ……アーチャーよ。これが戯言とするならば、なぜお前は『笑っていない』?」

 

 はっとしたようにアーチャーが顔を上げる。確かにアーチャーは先のセイバーの演説を馬鹿にするでもなく、呆れるでもなく脅威として捉えて聞いていたのだ。

 

「理由なら私が説明してやろうか。貴様も混じり物とは言え、神の血を引き千里眼を持つ男。私の言葉が真実であると本能が理解しているのだ」

 

 反論せずに睨みつけてくるアーチャーを尻目に、セイバーは席を立つとゆっくりと舞空術で空に浮かび始め、語り始めた。

 

「一つ昔話をしてやろう……私はかつて界王と呼ばれる神だった。この星にいたような神とは根本的に格が違う、それぞれの星にいる神々を更に束ねる銀河の管理者。それが界王だ。

 数万年、数百万年、いや、それ以上の時間をかけて私は銀河の星々に発生した文明と人間どもを観察してきた。だが人間どもは最終的には必ず己の欲にまみれた野蛮な殺し合いをし、我々界王が管理する大事な星を汚し、破壊してしまう。

 私は忌々しい人間どもの手にかかって、美しい星々が汚されていくのが我慢ならなかった。

 だが私の師―――界王達を更に統括する界王神は無能でな。人間が愚かな争いをしていても奴は決まってこういうのだ。

 

 見守れと。

 そして彼ら自身の手で成長することを祈るのだと。

 

 ……だが私の知る限り、人間が成長し争いを止めた所など見たことがない。

 それどころか、人間どもは未熟な精神をそのままに、我々神々にも届きかねない力を手に入れようとしていた。

 故に私は決心し、我が師でありながら、無能なる界王神ゴワスに見切りをつけ始末した。

 そして私は人間の身でありながら、神の領域に不遜にも踏み込んできた力を持つ孫悟空と呼ばれる無礼者の身体を取り上げ、その力で全宇宙の界王神とそれと対をなす破壊神を皆殺しにし、宇宙中の文明と人間を滅ぼしたのだ。

 皮肉なものだ。あの時、この体の持ち主―――サイヤ人、孫悟空がこの私に神をも越える力を見せつけなければ。或いはあの宇宙の人間が時間を飛び越えるような技術を作り、神の法を乱すような真似をしなければ、私は人間ゼロ計画を実行に移さなかったかもしれん。

 だが現実として奴らはその罪深さと無礼さが故に私の怒りを買い、全宇宙を危機に晒した。愚かな人間の戦士の肉体によって宇宙中の人間が滅びる。これぞまさに罪深き人間に相応しい末路とは思わんかね?」

 

 突如始まった宇宙規模の神話に咄嗟についていけたのは、この中で一番若く順応力があるウェイバーだった。

 

「ちょっと待てよ! お前は今、宇宙中の神々や人間を滅ぼしたといったな!? でも僕達の地球はこうして人間が繁栄してるし、宇宙から神様が攻めてきたなんて聞いたことないぞ!」

 

 その言葉にアーチャーがぴくりと反応したが、結局何も言わずに話を聞き続ける。

 

「私の知る限り宇宙は全部で12個ある。この地球がある宇宙がどの宇宙かは私にもわからん。そして平行世界も含めれば更にその数は増えるだろう。私が神々と人間を滅ぼしたのはその中の一つの平行世界の12の宇宙であって、この世界ではない。

 そして私は最後は人間どもの手で邪魔されたが……。皮肉なことに本来そこで消滅し、宇宙諸共消えるはずだったこの私の情報を、欲深き人間共が作り上げた聖杯がくみ取り、こうして復活させてくれたわけだ。心の底から礼を言うぞ、人間達よ。お前達の醜い欲が再びこの私をこの世に蘇らせた。フフフ……全く愚かなものだ、人間というものは……。孫悟空といい、この聖杯戦争といい、自分達で滅びの道を舗装していくのだからな」

 

 空に浮かびながら、自己陶酔の混じった演説のような言葉を吐き続けるセイバーにしばらく誰も言葉をかけるものはいなかった。余りにもスケールの大きさに事態を咀嚼するのに時間がかかっているのかもしれない。

 この中で最初に自分のペースを取り戻したのはアーチャーだった。

 

「……くっくっくっ。随分と大層なことをほざいていたようだが、結局は貴様の身体はその孫悟空という人間の借り物か。確かにその肉体のスペックは我をして目を見張るものがあったが、盗品では褒めてやる気にすらならん。師殺しの簒奪者の上に、借り物の身体で暴れている分際で随分と大口を叩くものだな?」

 

 軽蔑の混じった眼差しでセイバーを挑発するアーチャーだが、セイバーは何処吹く風といったところだ。

 

「わかっていないな、アーチャー。この体は確かに戦闘民族サイヤ人、孫悟空と呼ばれた男の肉体だ。だが、元より孫悟空にはこの肉体は過ぎたものだったのだよ。事実私はオリジナルの孫悟空よりも余程この肉体を使いこなしている。

 ……戦えば戦うほど、痛みを受ければ受けるほど、より強くなるサイヤ人の肉体はまさに神の恵みだ。

 神の失敗は数あれど、このような肉体をサイヤ人のような野蛮な種族に授けてしまったことが最大の失敗だ。

 故に私はその神の原罪を背負い、浄化すべくあえて孫悟空から肉体を取り上げ、我が物にしたのだ。戒めとして、神々の罪を忘れぬように」

 

 そう言い終えるとまるで何かを掻き抱くようにセイバーは両手を広げた。彼の目には神々とやらの罪というものが写っているのだろうか。

 流石にこれにはライダーもアーチャーも呆れ果てたように上空のセイバーを見やる。

 

「なんというか……ああ言えば、こういう奴だの」

 

「ここまで話が通じん奴は久方ぶりだ。癇癪を起こしたイシュタルを相手にしてる時を思い出すな。神という奴はどうしてどいつもこいつも……」

 

 ウェイバーもうんざりしたようにライダー達に追従した。

 

「下手に文句つけるとその3倍ぐらいの反論が返ってくるな……。ディスカッションとかで一番相手したくないタイプだ……」

 

 それらの皮肉も、精神的にも物理的にも高みにあるセイバーには全く通用しない。

 

「所詮は地を這うしか能がない下等な連中。私の口から奏でられる言葉の気高さと高貴さを理解できるはずもないか……。我が志も美しさも……、この宇宙において、ただひたすらに孤高……」

 

 そう言ってセイバーはニヒルな笑みを浮かべて前髪をかきあげた。

 

「あやつ、もしかして同じ神々にすら相手にされなかったんじゃなかろうか」

 

「少なくとも我はあれの相手はごめんだぞ。ライダーよ、なんでこの様な奴と酒を飲もうなどと考えたのだ」

 

「いや、余もまさかここまでかっ飛んでるやつだったとは思いもせんかったのでな……」

 

 下界でピーチクパーチクと囀っている人間の言葉には耳を貸さず、セイバーは酒ではなく、己に酔い続けた。

 だが突如城の外を見やる。

 

「ところで―――私の美しさを見たいならもっと近づいたらどうだ?」

 

 そう言って彼は城の外に広がる森の中に声をかけた。

 

 

 ◆   ◆

 

 

 城の外に控えるアサシン達は包囲網が完了する前に自分達の存在が見破られたことに、動揺を隠せなかった。もしや上空に移動されたことによって隠れていた場所が見つかったのか。それとも近寄りすぎた故に、相手の魔力感知がこちらの気配遮断を上回ったのか。或いは単なる勘か。

 元はといえば彼らは自分のマスターである言峰の―――もっと言うならその師である遠坂時臣の命令で、彼らの酒宴の隙を付き、アサシンの分裂能力を使った人海戦術でマスターを圧殺する指示を出された。

 正直な所この命令に対して余り納得はしていない。

 

 明らかに捨て駒として使おうとしているのが丸わかりだ。いくら数を増やそうが、相手はあのセイバーとライダー。首尾よく作戦が成功しても8割の同胞が消されるだろう。

 特にあのセイバーの戦闘力は今思い出してもゾッとする。

 だが命令は命令だ。マスターの師はアーチャーと互角以上にやりあったセイバーに脅威を感じているようで、手段を選ばすマスターを殺害せよと命令を受けている。

 念の入った事に令呪まで使われてはいざという時の為に、保険として数人だけ残すと言った手立ても使えない。

 

 だがセイバーは先んじて仕掛けてくることもなく、腕を組んで悠然と中空に漂っている。

 虫けら相手に焦ることなど馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに。

 

 ……我らを侮ったこと、貴様のマスターの命で贖わせてやる!

 

 暗い執念を燃やしてアサシン達は気配遮断をやめて包囲網を縮めていった。

 

 

 ◆    ◆

 

 

 突如として現れたアサシンの集団に対してライダーとアーチャーの反応は冷淡なものだった。

 

「アーチャーよ、これはお前の仕込みか?」

 

 どこか白けた雰囲気で面倒臭そうに問いかけたライダーに対して、アーチャーは杯を煽りながら、これまた面倒臭そうに、ただ一言、

 

「知らん」

 

 とだけ答えた。

 実際に知らないのだが凡その目安は付く。セイバーをこの聖杯戦争一番の脅威とみなしていた時臣が、この機会にセイバーのマスターを始末することで脱落させようと考えたのだろう。もしかしたら時臣はアーチャーが、アサシンの援護の為、セイバーの足止めをしてくれるかもしれないという都合のいい期待をしているのかもしれない。勿論そんなことありえるわけがないのだが。

 

 ちなみにライダーもアサシンの狙いを察しているのか、突然のアサシンの襲来に騒いでいるマスターをデコピンで黙らせると、喚び出した戦車に放り込んで、いつでも離脱出来る準備をしている。この戦車ならあっという間にマスターと共に安全圏へと移動することができるだろう。

 

 もしこの宴でアーチャーやライダーのテンションが上がっていたら、もしかしたらこの両者の内どちらかが、自らこのアサシンの群れを葬っていたかもしれない。

 しかし先程の酒宴でセイバーの正体とその目的を聞いてしまったからにはとてもではないが、そんなことをする気にはなれなかった。

 

 このままお開きにしてもいいが、ライダーはせっかくだから見届けたいという野次馬根性で、アーチャーは余興としてその戦いを見守ることにした。

 だが、アサシン達の殺気を一身に受けているアイリスフィールはそんな呑気ではいられない。

 

「セイバー!?」

 

 反射的に上空のセイバーに助けを求める。ここには夫もいるが、分裂し弱体化したとはいえサーヴァント相手では無力なのだ。

 セイバーの反応は冷淡なものだった。

 

「そこにいろ。マスター、一歩も動くな」

 

 そう答えるとセイバーは一気に急降下してアイリスフィールの前に立つ。

 それと同時にアサシン達が一気に飛びかかってきた。

 

「おっと、いかん。捕まっとけ坊主!」

 

 そう言うとライダーは戦車を急発進させてあっという間に高度数百メートル上空へと退避する。ちなみにアーチャーはテーブルで酒を片手に膝を組んで観戦モードだ。

 もっともアーチャーは後でこの判断を後悔する羽目になった。あのセイバーが周りに気を使うような戦い方をするわけがないのだ。

 

 セイバーはマスター狙いのアサシン達の無数の飛び道具を、毒を警戒してか腕に形成したエネルギー剣で弾き落としながら、彼らがぎりぎりまで距離を詰めるのを待ち構えていた。

 そしてアサシン達の大半が中庭に突入したその瞬間、後ろにいたアイリスフィールを片手でかっさらうと舞空術で一気に遥か上空へと飛び上がる。

 後に残されたのは、中庭という四方を城に囲まれたキルゾーンに置き去りにされたアサシン達と、未だテーブルに着いて酒を飲んでいるアーチャーのみ。

 

「ではごきげんよう。寂しくないように全員まとめてあの世に送ってやる!」

 

 次の瞬間、セイバーのもう片方の手から光弾の雨が降り注いだ。凄まじい爆発が連続して巻き起こり、中庭という牢獄を爆風で埋め尽くす。

 その破壊力と連射速度はランサー戦のそれを遥かに上回る。余りの破壊力に余波で近くの森の木々が高さ数十メートルまで吹き飛び、頑丈な石造りの城の外壁が崩壊していく。

 城の高台にいた切嗣は反射的に脱出を考えたほどだ。

 光弾がこれほどの威力になったのには訳がある。ハイアットホテルで死亡した大量の人間の魂を魔力として取り込んだ結果、セイバーの魔力と戦闘力は更に増大していたのだ。

 それはランサーの宝具で傷ついたダメージを差し引いても、尚釣りが来るほどのものだった。

 そんなことも知る由もないアサシン達は、先日のランサーとの戦いを基準にして挑んでしまった。

 そしてそれが彼らの命運を決めた。

 

 アサシン達の中には嵌められたと気がついた瞬間、逃亡に移ったものもいたが、無駄だった。一旦攻撃態勢に入ったことにより彼らの気配遮断は解除されており、セイバーの魔力感知により全員の存在を完全に知覚されていたのだ。

 そして一度彼らを認識したのなら、分裂し能力が下がったアサシン達をセイバーの光弾が外すことなどあり得なかった。

 

 光弾の斉射が済んだ時、中庭には残っていたのは焼け焦げた大地と、テーブルに着いたまま防御宝具を何重にも展開して、光弾を凌いだアーチャーだけだった。

 もっとも無事なのはアーチャーと彼が座っている椅子だけで、テーブルは焼き焦げた脚しか残っていなかったが。

 アサシンの死体は何一つとしてない。全て消し飛んだのだろう。

 

 爆煙で汚れた杯を見てアーチャーが溜息をつく。

 

「全く、つまらぬ幕切れよ。時臣め……ここまで不躾な奴だったとはな」

 

 そう言うとアーチャーは杯を放り捨てて、クレーターまみれになった中庭を歩き始める。

 最早宴は終わった。後は帰るだけだ。

 そんなアーチャーの前に急降下してきたライダーのチャリオットが回りこむ。

 

「何の真似だ? 雑種」

 

 ライダーはちゃっかりチャリオットに持ち込んだ例の酒瓶を掲げると、アーチャーに向かってニヤリと笑ってみせた。

 

「何、なにやら予想とは違う流れになったからな。どうだ、アーチャー、河岸を変えて飲みなおさんか?」

 

「はあ!? ライダーお前何言って……ひでぶっ!?」

 

 予想通り抗議してきた小柄なマスターを再びデコピンで御者台に送り返すと、ライダーは改めて、アーチャーに向き直った。

 

「勿論、本当に唯、酒を飲もうってわけじゃない。アイツの事だ」

 

 そう言って目線で未だマスターを抱えたまま宙に浮かぶセイバーを指し、声を潜める。

 

「余の目的は世界征服。だってのに征服するべき世界を滅ぼされてはたまったもんではない。それは貴様にしてもそうじゃないか? 自分の支配下にある世界を滅ぼすと言っているのに、お前さんは黙って見ているタマではあるまい」

 

 その言葉に、アーチャーは無表情のままだ。それを続きを促していると見て取ったライダーは続ける。

 

「余はサーヴァントである前に人類の守護者たる英霊でもある。最悪の場合は聖杯を手に入れるよりも、奴を潰すことを優先するつもりだ。そしてそれはお主とて同じなはず。ついでに言えば聖杯は取り逃しても次の機会があるかもしれんが、奴の手に聖杯が渡れば人類史は終わり。下手すれば我ら英霊の座にすら影響がでるかもしれん。」

 

「……それで、なぜ我がお前の思惑通り動くと言い切れる?」

 

 目を細めてアーチャーが問う。自分のことを勝手に図られるのが気に入らないのだろう。

 その問に対してライダーはアーチャーの目を見てきっぱりと答えた。

 

「それが貴様が王の中の王を名乗っているからだ。人を導き、試練を与え、搾取することはあっても滅ぼしはしない。それが貴様だ。違うか」

 

「……ふん。まあいずれにせよ、我の庭を荒らす輩をそのままに放置するつもりはない。いいだろう、雑種。お前の酒にもう少しだけ付きやってやる」

 

「ええええ~~~~~!?」

 

 ようやく終わったと思った所に二次会が始まるとわかって、ウェイバーが悲鳴を上げる。

 2人のサーヴァントはそんな哀れなマスターのことを捨て置いて、次の店の打ち合わせに入った。

 

「よしよし。じゃあ折角だからアーチャーよ。余の戦車に乗っていけ。そのほうが早い。美味いツマミを出す店をこないだ見つけたんだ。そこで飲もう」

 

「下らん料理しか出さんような店だったら、わかっているだろうなライダー?」

 

 そう言いながらアーチャーもチャリオットへと無遠慮に乗り込む。哀れなウェイバー少年はもはや御者台の隅っこで身を縮めるしかなくなった。

 アーチャーが乗り込んだことを確認したライダーは一気に上昇すると、空中のセイバーに向かって大きく手を振る。

 

「じゃあな、セイバー! 今宵はここらでお開きだ。次に出会うときは戦場で雌雄を決しようぞ!」

 

「ライダーよ。今回のような余興は一度限りだ。次に会う時まで心残りを終わらせておくがいい」

 

 言外に次は逃さないという意思を込めた言葉を返すセイバー。

 その言葉が届くか届かないかといったタイミングで、ライダーのチャリオットは踵を返し、雷をまき散らしながらその場を去っていった。

 それをセイバーはしばらくの間見つめていた。

 

「ね、ねえセイバー……。そろそろ降ろしてくれるとありがたいんだけど……」

 

 未だに片手でバックのように抱えられていたアイリスフィールが恐る恐る言う。

 セイバーは無言で彼女を虚空へと手放した。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 当然のように悲鳴が下へと落ちていくが、地面への激突音は聞こえなかった。

 彼女も一流の魔術師、落下制御ぐらいお手の物だろう。

 セイバーは両手を改めて組むと、ライダーとアーチャーを乗せて消えたチャリオットの行き先を目で追っていた。

 

「ライダーにアーチャー……。せいぜい私を高める餌になるように頑張ることだ」

 

 ジクリとランサーに付けられた右手の傷が痛む。

 

「……ふむ。だがその前にあの生意気な若造を始末するほうが先かな?」

 

 




二次会に誘われないタイプの人いるよね
まあ自分のことなんですが(´・ω・`)


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聖杯ガチャに全人類の命を掛け金にして全力で回す決意をしてみた(低評価×60億)

 アインツベルン城の聖杯問答から1時間後、ライダーとアーチャーは新都にある居酒屋の個室で飲み直していた。現代の店で飲むということもあって、アーチャーはあの黄金の鎧ではなく、黒のライダースーツという現代風の格好をしている。

 テーブルにはアーチャーがここの料理を片っ端から持ってこいと命じたため、溢れんばかりの料理が盛られていた。

 個人経営の店でさほど大きくはないが、個室があるのとアーチャーがここの主人の腕を雑種にしては悪くないと気に入ったようで、アーチャーが料理にケチをつけることもなく、つつがなく飲み会は進んでいた。ウェイバーだけは隅で大人しくフライドポテトをつまんでいたが。

 

「で、どうするよ、アーチャー」

 

 ビールをジョッキで飲みながらライダーがアーチャーに尋ねる。その姿は酒癖の悪そうな体躯のいい外国人にしか見えない。ちなみにビールはサーバーごと持ってこさせた為、彼はジョッキが空になると自分でジョッキに中身を注いでいた。

 

「……どうするとは?主語ぐらいちゃんとつけろ、酔っぱらいが」

 

 対するアーチャーは小さなグラスでスコッチを舐めながら、気怠げに答える。

 

「そりゃ、お前あのセイバーのことよ。宇宙の神々を滅ぼしただのと、大層な事言っておったが、あれが話半分だとしてもだ。奴が聖杯を手に入れれば、少なくともこの星を更地にするぐらいの事は確かにできそうだぞ。地球を滅ぼしたらそのまま星の海に飛び出して目についた文明を片っ端から滅ぼしていくというのも……本当だろうな。ありゃ目が本気だった」

 

「……あれが狂人なのは疑う余地はない。だがその狂人が我に並ぶ力を持っているのもまた疑う余地がない事実だ」

 

「奴の実力はあの英雄王ギルガメッシュのお墨付きか。こりゃますます放ってはおけんな」

 

「ほう。雑種、我の真名に気がついたか。少々遅すぎるが一応褒めておいてやる」

 

「なあに。カマをかけただけさ。やはりお前の真名はあのギルガメッシュだったか。あの英雄王とこうして酒を酌み交わせることができるとは、聖杯に呼ばれてみるもんだなあ!」

 

 さらりとアーチャーの真名を明かしたことで、所在なさ気にポテトを摘んでいたウェイバーが激しく反応した。

 

「ちょっと待てよ、ライダー!お前このアーチャーがあのギルガメッシュだってことを気づいたんならなんで先に僕に……」

 

 興奮気味に叫んだウェイバーだが、当のアーチャーにギロリと一瞥を向けられた為、途端に萎縮してしまう。

 それを見てライダーは笑いながらとりなしにかかる。

 

「ははは、すまんすまん。アーチャー。余のマスターは見ての通り半人前でな。酒の席ということもあって多少の無礼は許してやってくれ」

 

「……ふん。まあそんなのでも戦場についてくる気概がある分、時臣よりはマシか。だが雑種、次に我の名を気安く呼べば命はないぞ」

 

「わ、わかったよ。すまない」

 

 失言一つで命が危険に晒されるこの環境。ここは飲み会ではなかったのか。

 ウェイバーはいい加減家に帰りたくなってきた。

 テーブルの上には様々な料理が並んでいるが、味が全くわからない。緊張しすぎて酔うこともできない。

 あの老夫婦が待っている下宿先に戻って彼らの手料理を食べて、ベットでぐっすり眠りたい……。

 ウェイバーがそんな現実逃避をしている間もライダーとアーチャーの話は続いていた。

 

「奴はランサーの拠点で魂食いをしたせいか、強さは前回よりも更に極まっていた。どうだ、アーチャー。奴と戦って勝てる勝算はあるか?」

 

「貴様、誰に向かって物を言っている。あの程度ならば充分に我が財宝で対応可能よ。だがこれ以上強くなると確かに厄介ではあるな」

 

「そこでだ、アーチャー。貴様余と手を組まんか?」

 

 それを聞いてアーチャーは楽しそうにその紅い目を煌めかせた。

 

「なんだ?結局は我が軍門に下りたいと?」

 

「そうではない。これはあのセイバーに対する同盟よ。正直な話、あのセイバーは、余の全力を持ってしても倒せるかどうかわからん。ましてやセイバーの前に貴様と戦ったりしようものなら絶対に勝ち目は無くなる。

 そして何より―――貴様に敗れてもそれは戦の誉れだが、奴に敗れるということは奴が一歩聖杯に近づくということでもあり、それは世界の危機に繋がる。かつて世界の半分を駆けまわった余としては、この愛しき世界を無為に危険に晒すことは絶対に避けたいのだ」

 

 アーチャーの紅い目を真っ直ぐに見つめて放たれたライダーの言葉に、アーチャーも思うところがあったようだ。

 手にしたグラスの中の琥珀色の液体をしばらく見つめた後、一息にそれを飲んだ。

 そして答える。

 

「よかろう」

 

 その言葉にライダーは目を丸くした。

 

「ほんとか!? 自分で言うのも何だが、十中八九断られるだろうなと思ってたんだが?」

 

「征服王よ。お前の時代では神々は殆ど姿を見せなかっただろうから、実感が湧かないだろうが、話の通じん神というのは本当に厄介なのだ。奴らは常に己の理にしか従わず、その結果起きることにすら興味も持たぬ。この我もメソポタミアを治めていた頃は、神々のつまらん嫌がらせ一つに対処するのにしても恐ろしく手間取った。

 奴が人に仇なす神であるというのであれば、人の王たる我も腰を据えて対処にかからねばなるまいよ」

 

「英雄王をしてそこまで言わせるとはな……。まあ貴様と女神イシュタルの確執は後世に伝わるほどえげつないものだったようだが」

 

 ライダーがメソポタミアの女神の名前を出すとアーチャーは嫌そうに顔を歪めた。常に傲岸不遜なこの男がこんな顔を見せるのはどこか新鮮だ。

 

「我の前で奴の名前を出すな。次にあの女の名前を出したらこの話は無しだ」

 

「確かに貴様からすれば気軽に出されて嬉しい名前ではなかったな。これは失礼した。では改めて同盟をこの酒に誓おうではないか!」

 

 そういうとライダーは空のジョッキにビールサーバーから生ビールを注ぐと、それをアーチャーへと渡す。そして自分も空になったジョッキにビールを注ぎ、ついでにウェイバーの分のビールも用意した。

 

「ええっ?僕も飲むのかよ!?」

 

「当然だろう。坊主はこのイスカンダルのマスターなのだから。同盟の義に共に我らと杯を交わすのは必定であり義務である」

 

「そ、それはわかったけど……。そういえばアーチャー、そっちのほうのマスターがいないけど勝手に僕達と同盟なんて結んでもいいのか?」

 

 マスター抜きでサーヴァントが勝手に別のサーヴァントと同盟を組むなど、常識的に考えれば大問題だ。だがこのアーチャーというサーヴァントは常識からもっともかけ離れた存在だ。

 

「構わん。我がマスターである時臣は我の臣下ゆえに。意見を具申する程度なら許すが、我が下した決に口を挟むなど我が許さん。後で我の方から伝えておくだけで充分だ」

 

 ―――こいつのマスターも苦労してるんだな―――

 

 ウェイバーはまだ見ぬアーチャーのマスターの扱いに哀れみの気持ちを抱いた。どうせだったらこいつらよりアーチャーのマスターと飲んでみたかった。

 そんな彼をよそにライダーは乾杯の準備を始めていた。アーチャーもしぶしぶと言った具合でそれに一応従う。

 全員にビールの入ったジョッキが行き届いたのを見ると、ライダーは楽しげに自らのジョッキを高く掲げて乾杯の音頭を取る。

 

「では……征服王イスカンダルの名にかけてここに我らの同盟を宣言する。この誓いがある限り、この酒と血は我らと共にある……。というわけで乾杯だ!」

 

 とりあえずと言った感じで差し出されたアーチャーのジョッキと、オズオズと差し出されたウェイバーのジョッキにライダーは派手に自分のジョッキをぶつけ合った。

 そしてそのまま並々と注がれたビールを一気に飲み干す。アーチャーもその細面に似合わず酒には強いようで、これまた一気に飲み干す。ただ一人、酒に慣れてないウェイバーだけが途中でむせた。

 

「よーし。では同盟の義を結んだということで、これからの戦略を立てるとするか!アーチャーよ!実はだな……余は常々思っていたんだが、貴様の宝物庫と余の宝具が組み合えば最強の軍隊が出来ると思っていたのよ!折角奇蹟みたいな確率であの英雄王と組めたのだから、この戦術を是非とも試してみたい!どうだ、アーチャー!この余の作戦に一口噛んでみんか?!」

 

「この我と轡を並べる栄誉を与えられて浮かれるのはわかるが、大の男がそんなにはしゃぐでないわ。鬱陶しい。話だけなら聞いてやらんでもないからまずは落ち着け」

 

 ……そして新都の夜はふけていった。

 

 

 ◆    ◆

 

 

 セイバーとアサシンの戦闘の余波によりすっかり荒れ果てたアインツベルンの城で、衛宮切嗣は自室で黒い道着を着込んだざんばら頭の青年―――セイバーと向き合っていた。

 

「説明してもらおうか、セイバー」

 

 いつにもまして厳しく暗い眼光で切嗣はセイバーに詰め寄っていた。

 彼の胸には意図的に令呪を宿した右手がこれ見よがしに添えられており、言外に虚偽は決して許さないという態度が見て取れる。

 それを見ても、セイバーはいつもの不遜な態度を崩さず逆に自分のマスターに問い返した。

 

「説明、とは何のことかな?私としては鬱陶しいアサシンを始末したが故に、これから残った連中を狩り出すつもりだったのだが」

 

「ふざけるなっ!お前の正体とその目的についてだっ!お前の目的は恒久的な世界平和の為じゃなかったのか!?」

 

 とうとう耐え切れずに切嗣は叫んだ。しかしセイバーは相変わらず全く態度を変えようとしない。

 

「あの宴の席の話に聞き耳を立てていたのではないか?あそこで語ったことが私の全てであり、目的そのものだ」

 

「人のいない世界が恒久的な世界平和への唯一の道だとでも言うのか……!」

 

 奥歯を砕ける勢いで噛み締めながら切嗣は、呻く。小を切り捨てて大を救い続けてきた彼にとって、それは絶対に認められる物ではなかった。

 そんな切嗣をセイバーはむしろ憐憫の眼差しを持って見つめる。

 

「我がマスターよ。世界は美しい、だが人は常に愚かで醜く争い合い、世界の価値を貶める。それはどんな奇蹟をもっても変えられぬ。私はな、界王として地球だけでなく、様々な惑星に発生した人間とその文明を見つめてきた。しかしどんな種族も必ず相争い、殺しあった。一見平和的な時代になってもそれは一時のみで、時が来ればまた戦争を始める。

 この私の身体、孫悟空と呼ばれた男の種族がいい例だ」

 

「……そういえばお前は言っていたな。その身体は別の人間から奪ったものだと」

 

「そうだ。この孫悟空は別の平行世界の地球で生まれ育った男だが、その正体はサイヤ人と呼ばれる戦闘民族だった。奴らは様々な星に戦争を仕掛け、その星の住民を皆殺しにして別の異星人に売り飛ばすという、邪悪の極みが如き所業を行っていた。

 そんな連中にこれほど強靭な肉体を与える……それが今の世界と神の欠陥を表しているのだ。

 もっともそのサイヤ人共も内乱や別の邪悪な宇宙人との争いで惑星ごと滅んだ。……全く最後の最後まで愚かな連中だったよ。

 わかるか切嗣。例えお前が聖杯にこの惑星の平和を望み、実現したとしてもサイヤ人の如き連中が、ある日突然宇宙から攻めてくるかもしれない。この宇宙に人間がいる限り、真の平和は訪れないのだ」

 

「……だが、人の全てが愚かなわけではない!この世の平和を乱すのは常に力を持った一部の人間だ!お前は罪のない弱者もそんな連中と一緒にしてまとめて裁くというのか!」

 

 そう叫ぶ切嗣に、セイバーはあくまで優しく諭すように反論する。

 

「だがお前の言う罪のない無数の弱者達が、力のある独裁者や悪を生み出す土壌となっているのだ。土が腐っていてはどんな種を植えてもまともな木は育たない。ならば土壌から入れ直すしかないだろう」

 

「……あいにくだが、僕はそこまで人類に見切りを付けてはいない。少なくとも僕の妻や娘を邪悪として断ずることは僕が絶対に許さない」

 

 そういって切嗣は手にした令呪を掲げてみせた。この自我と自尊心の固まりのような神にどこまで令呪が通用するかはわからないが、最悪の場合、悲願である世界平和を諦めてでもこいつはここで始末しなければならない。

 令呪を見たセイバーは警戒の為か、かすかに目を細めた。彼もサーヴァントである以上令呪の存在は無視できない。人間ゼロ計画をやめろと言うような大きな括りにあたる命令ならともかく、自害しろというシンプルな命令なら令呪を使えば可能かもしれない。

 

「切嗣よ。このままでは我々の意見は平行線のようだな。では一つ賭けをしてみないか?」

 

 思いも寄らないセイバーの提案に切嗣は眉を潜めた。このセイバーが賭けなんてどんな風の吹き回しだ?

 

「そうだな。我々がこの戦争を勝ち抜いて、お前が聖杯で恒久的な世界平和を実現することができたなら―――私は少なくとも地球の人類には手を出さない。それどころか神として外敵から地球の人類を守ってやろう。しかし聖杯を持ってしても、世界平和が実現できなかったら―――」

 

「……お前は人類を滅ぼすというわけか」

 

 まさしくそれは悪魔の誘いだった。この賭けに勝てば人類は有史以来決して手の届かなかった物を手に入れることができる。

 しかしもし賭けに負ければ―――文字通り人類は滅び去る。他ならぬ衛宮切嗣が喚び出した神の手によって。

 

 そこで切嗣は自分の決断に人類全ての命が背負われていることに気が付き、吐き出しそうになった。確かにこの戦争、彼は人類を救うという大義を背負って挑んだ。絶対に負けられないという気概があった。

 だが負ければ文字通り人類が滅びるというのは全く意味合いが違う。

 喚び出した相手がこのセイバーでなければ―――単に敗北してもそれは衛宮切嗣の理想と、彼がここに辿り着くまでの犠牲が全て無駄になるだけで済んだ。

 勿論それだけでも彼にとって大きな犠牲には違いないが、人類全ての命運とは訳が違うのだ。

 

 迷い押し黙り、俯いた切嗣の顎を何者かがゆっくりと撫ぜた。

 セイバーだ。

 反射的にその腕を撥ね退けるが、彼は気にした様子もなく、寒気のするような薄ら笑いを浮かべ、子供をあやすような優しい声で語りかけてきた。

 

「迷っているようだな、マスターよ。だが私は敗北し、消滅する運命にあった私を拾いだしてくれた貴様に恩義を感じている。先ほどお前の妻にも言ったが―――例えお前が賭けに負けて私が人類を滅ぼすことになったとしても、お前達一家の命だけは助けてやろうではないか」

 

 こいつは神などではなく悪魔なのではないだろうか。

 

 切嗣は本気でそう思ったが、セイバーはそんな切嗣の内心など知って知らずか、優しく言葉を続けた。

 

「例え万能の聖杯を持ってしても人類に平和をもたらす事が出来なければ、それはもう人間という生き物そのものに平和を享受するという機能そのものがない、欠陥品だったということだ。それがはっきりと分かればお前とて諦めもつくだろう?

 その後は私が創りだした理想郷でその命が尽きる時まで、お前達家族全員で安らかな時を過ごすがいい」

 

「う……うううっ……」

 

 その余りに甘く、そしておぞましい選択肢を突きつけられて切嗣は思わず仰け反った。

 余りにも衝撃的な事実を並べ立てられ、常にクリアなはずの思考が混乱している。

 せめてここに彼の妻であるアイリスフィールがいれば、切嗣の頬を叩いてでも彼の目を覚まさせていたであろう。貴方の理想は、聖杯にかける思いはそのようなものとは違うと。平和の為に人類を滅びの淵に立たすという行為は本末転倒であると。

 衛宮切嗣は己を捨て、妻を犠牲にしてでも人類の平和を勝ち取ると決心をした男だ。

 だがそんな鋼鉄の心もこの10年近い家族との年月で錆びて、脆くなりつつある。

 何よりも眼前のこの邪悪なる神は支えもなしに切嗣1人で立ち向かうには、余りにも邪悪で巨大であった。

 

 そして切嗣は悪魔の賭けに……乗ってしまった。

 彼はもう後戻りできなくなったのだ。

 ここに聖杯戦争最悪最強のマスターとサーヴァントが誕生した。

 

 

◆   ◆

 

 

 光も差さぬ暗いその闇は宛ら現世の冥界というべき所だった。

 実際にこの闇は多くの少年少女の希望とその生命を飲み込んでいるのだ。

 その闇の中でとぼけた青年の声が上がる。それと同時にBGMのように響き渡っていた少女の悲鳴が途切れた。

 

「ああ~。また失敗しちゃった。はぁ~。旦那みたいにうまくいかないなあ俺は」

 

 かつて少女だったもの―――この闇の住人、雨生龍之介の傑作の一つになる予定だった人間キャンパスの残骸を前に彼は悲しげに溜息を付いた。

 今度こそ成功の予感を感じていたのだが、治癒魔術が効いているからと言って少々乱暴にしすぎたらしい。脊髄を弄っている最中に完全に少女は息絶えてしまったのだ。

 落ち込む龍之介にもう一人の闇の住人が優しく励ます。

 

「落ち込んではいけませんリュウノスケ。失敗は誰にでもある。貴方の発想は斬新で瑞々しい。材料は幾らでもあるのです。挑戦を重ねていけばいずれ必ず成功にたどり着きます。とはいえ今夜はここまでにし、また別の拠点に行くべきでしょう。またライダーのような礼儀知らずに荒らされてはかないませんからね」

 

 生徒を励ます教師のように彼に声をかけるのは雨生龍之介のサーヴァント、キャスター『ジル・ド・レ』だ。

 彼らは召喚からこちら、魔力を貯めるという名目で聖杯戦争には一切参加せずひたすら冬木市の住民を夜な夜な攫い、大人は魔力源として海魔の餌に、子供は芸術家気質の殺人鬼である龍之介の作品の材料として利用している。

 幸いというべきか不幸にもというべきか、今回の聖杯戦争はキャスターの琴線にかかるものがなかったようで、彼はその思考を狂気に浸しながらもそれなりに筋の通った考えの元に動いている。

 

 すなわち前述の通り、彼の最大にして唯一の武器である宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を最大限に生かすための魔力補充である。

 彼らが拉致した冬木市民の数はもはや数百にも及び、その大半はもはや餌として海魔の腹に収まっている。これほどの被害が出れば、監督役である聖堂教会も迅速に動くはずだったのだが、セイバーとそのマスターがランサーの一党の拠点がある冬木ハイアットホテルを、内部の宿泊客ごと倒壊させるという一歩間違えれば世界的なニュースになりかねない蛮行を行ったため、その後始末に追われて後回しになっていたのだ。

 

 この大事件に比べれば、夜な夜な市民が失踪するような事件など些事にすぎない。そう思い教会の監督役、言峰璃正はこの一件を後回しにしていたのだが、時間の経過とともに行方不明者の数が飛躍的に増えていっていること、魔術的な隠蔽が殆どなされていないことに気がついて冷や汗を垂らし、その対応としてキャスターを狩れば令呪を与えるという告知をマスター達に伝えたばかりだった。

 

 ハイアットホテルの倒壊には魔術は一切使われていなかった為、建物の構造に致命的な欠陥があったということで、単なる悲劇的な事故として世間の目を欺くことが出来たが、今回の件はそうはいかない。彼らは夜にハロウィンの参加者よろしく、家という家を回って市民を催眠暗示で呼びだし、ハーメルンの笛吹き男のように連れ回して市街地を練り歩いているのだ。

 キャスターはその出自から隠蔽が不慣れなようで、遠目から市民を引き連れて歩く彼らの姿を見た目撃者も多数存在している。

 

 もっともそれはキャスターも承知の上だ。恐らくはそろそろ自分の芸術を理解せず、業を煮やした暗愚共が自分達の首に賞金をかける頃だろうと睨んでいた。生前と同じように。

 だが、こちらも魂食いで充分な魔力は溜め込んだ。今の材料を処分したら自分達の方から打って出て攻撃を仕掛けるべきだとも思っていた。

 

 特にキャスターの勘に触るのがあのセイバーだ。どうせ虚言だとは思うが、神を詐称するような男は、神を冒涜することに全てを捧げたジル・ド・レという男にとって許せるものではない。

 あの男に絶望の悲鳴を上げさせ、奴の美しいマスターを剥製にしてみるのも悪くない。

 そんな事を考えるキャスターに龍之介が呑気な声をかけた。

 

「しっかし、いいのかな俺達。ずっとこんなことしてて」

 

「……こんなこととは?」

 

「いやほら、他の連中は真面目に戦争してるみたいなのに、俺達だけずっと楽しんじゃっててさ。なんていうの?皆が学校行ってる平日に、遊びまわってるような気になっちゃってさ。ちょっと後ろめたいというか?」

 

 その龍之介の如何にも一般市民のような微笑ましい感性にキャスターは思わず頬を緩めた。

 

「そのようなことを気にしてはなりませんよ、リュウノスケ。浪費と怠惰は貴族として当然の嗜みなのです。全ての財、全ての人は貴族である我らの物。食事を取るようにただただ貪り、浪費しなさい。下民などというものは時間が経てば幾らでも増えるもの。それを消費することに異議を感じていては貴族は生きることもままならない。貴方も私のマスターなら王侯としての相応しい風格を身につけなくてはね」

 

「う~ん。まあ旦那の言うこともわかるんだけどね。ほら、俺って現代っ子じゃん?俺の家とか躾が厳しくてさ。もったいない精神みたいなのが植え付けられてるんだよね。ご飯を残したりして無駄にすると神様のバチが当たりますよみたいな?」

 

 そう龍之介が言った瞬間、キャスターの態度が一変した。

 

「これだけは言っておきますよリュウノスケ。……神は決して人間を罰しない。奴らはただ人を弄ぶことしかしないのです」

 

 突如豹変したキャスターの態度に龍之介は目を白黒させた。

 

「だ、旦那?目が怖いんだけど……」

 

「いいですか?生前に置いて私はありとあらゆる悪徳と涜神を成した。神が実在するのなら必ずや、この身に罰を与えるであろうと期待して、そして神罰が降ったその時にこそ、私は神に尽くした筈の聖処女を見捨てた事に対する呪詛を、神に直接ぶつけられると期待して!

 ……だが、どれだけの悪逆を成しても神罰は下ることはなかった。私の悪行は看過され続け―――最後に私を裁いたのは我が手の内にあった富と領土を目的とした欲に塗れた人間だったのです!」

 

「……」

 

「とどのつまり、我が背徳を止めたのは神でも正義でもなく―――私以上に浅ましい人間の欲望だったのですよ!そして私は悟った!我らが悪を成そうと善を成そうと、神にとっては全く意味をなさないことを!だからこそ私は罪を重ね続け、神を汚しつづけるのです!例えそれが無意味であろうとも―――邪悪であり続ける事によって、何処かで我らを見下しつづけている神に否を突きつける為に!」

 

 そのキャスターの胸をつくような慟哭に龍之介は只々、圧倒されていた。そしてようやく彼の内面を理解出来つつあった。このキャスターは過去に神と言うものに手酷く裏切られ、それが故に背徳の道に走ったのだ。神にNOという言葉を叩きつける、その為だけに。

 それを理解した龍之介が、未だに肩を震わせるキャスターに何か言おうとしたその時だった。

 闇よりも尚深い闇から、嘲りの声が聞こえたのは。

 

「神の罰が貴様の望みか―――。ならば存分にくれてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 




やめて!冬木の街中に巨大海魔なんて出現させたらとんでもない被害が出ちゃう!
お願い、死なないでランサー!あなたの破魔の紅薔薇がないとキャスターの宝具を無力化できない!ここを耐えればキャスターに勝てるんだから!

 次回 ランサー死す。デュエルスタンバイ!




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絡んでくるやつらにトレイン行為してみた(低評価3 ランサー×1 ウェイバー×1 ライダー×1)

 冬木市の住宅街付近にある下水施設。

 人の尊厳を陵辱し、神への背徳の祭壇となったこの場所は、キャスターが自分と己のマスターの為に作った人工の地獄。

 ここにはこの地獄の主たるキャスターとそのマスター。そして彼らに消費される哀れな生贄しかいないはずだった。……つい先刻までは。

 キャスターが突然現れた侵入者に目を向いて叫ぶ。

 

「貴様……セイバー! なぜここに!?」

 

「これは面白いことを言う。お前が私を呼んだのだろう。……神罰を与えて欲しいと」

 

 キャスターの魔力を辿り、瞬間移動で現れた黒い道着を着た黒髪黒目の男―――セイバーは、そう言ってキャスターをあざ笑う。最も彼は本当の事情を説明する気はなかった。本来はランサーのほうを探していたのだが、彼らよりも先にキャスターの魔力を探知したためにこちらに来ただけだということも。

 

 セイバーは一言でキャスターの疑問を切り捨てると下水施設に広がる惨状に目を向ける。その目に宿るのは怒りではなく、哀れみと嘲りだ。

 

「貴様の演説は聞かせてもらったぞ、キャスター。……本当に度し難いな、人間というものは。まさかこんな乱痴気騒ぎが神への直訴になると思っていたとは。人の無知と愚かさの極み、ここにありと言った所か」

 

 そのセイバーの言葉にキャスターは落ち着きを取り戻したのか、先程よりも冷静になって問いただしてきた。

 

「まさか……貴様は本当に神だとほざくつもりか!?」

 

「如何にも。私は銀河と宇宙を統べし神。かつて界王であり界王神に到達したもの。貴様の言う、この地の神以上の神格を持つ絶対神だ」

 

「……ならば! なぜ貴様は生前の私を裁かなかった! あらゆる悪徳を成し遂げた私を裁きもせず、神の為に戦った聖処女を救いもしなかった! 答えて見せなさい! 神であるならば!」

 

「愚か者。人間風情が神の意図を想像し、その行動に口を挟む。それ自体が大罪と知れ」

 

 冷え冷えとした答えが熱したキャスターの思考を一気に冷やす。

 そんなキャスターの様子を知って知らずか、セイバーは肩をすくめて言葉を続けた。

 

「だが特別に神としての視点から答えを教えてやる。そうだな……私以外の神々ならば、貴様ら人間の事をいちいちつぶさに観察しているほど暇ではない。そう答えるだろうな。

 神というものはな、お前達が思っているよりも遥かに人間に対して無関心なのだ。或いは観察しても決して手を出さない。

 アクアリウムの中で多少生態系の変化が起きても、致命的な事にならない限りは手を出さないだろう?それと同じことだ。宇宙や星というものは神にとっての水槽に過ぎないのだ。お前は巨大な水槽の中の小魚や虫けら一匹一匹にいちいち気を配るというのか?」

 

 淡々と語られる神の考えにキャスターは怯えるように後ずさった。

 

「では……私の悪行が放置されていたのも……」

 

「この星の神はお前の悪行とやらを見ていたかもしれん。もしかしたら苦々しく思っていたかもしれん。だが手を出さなかったということは、つまりどうでもいい、その程度の些末事でしかなかったのだろう」

 

「それでは……我が聖処女が聞いた神の声は……」

 

「さあな。ただの余興だったのか……或いは、神の声自体がその女の単なる妄想だったのかもしれんぞ?」

 

「嘘だっ!!!」

 

 余りにも突き放した神の言葉にとうとうキャスターが激発した。

 

「そのような無関心なだけの凡愚が神であるはずがない! 神とはすべからく偉大で崇高であり……それ故に無慈悲な存在なのだ!」

 

 それはかつて誰よりも神を信じた男の魂の叫びだった。

 怒り狂ったキャスターは懐から自らの宝具たる魔本を取り出し、戦闘態勢に入る。眼前の神を詐称する男を滅する為に。

 しかしそれを止めたのは彼の隣にいた龍之介だった。

 

「ちょ、ちょっと待った! あんた本当に神様なの!? だとしたら聞きたいことがあるんだけど!」

 

 キャスターにつられて戦闘態勢に入っていたセイバーは、視線だけそちらに向けると続きを促した。

 

「言ってみろ。冥土の土産に答えてやらんでもない」

 

「あ、ありがと。じゃあ一つだけ。神は人間を愛しているのかい?」

 

 質問を許された龍之介は、かねてからの疑問を神と名乗るこの男に尋ねることにした。彼としては驚きと愛に満ちたこの世界は、神も自分達と同じように愛し、楽しんでいるのではないのかと思っていたからだ。

 だがその疑問が投げかけられると同時にセイバーの雰囲気が変わった。

 怒っているのか、哀れんでいるのかどちらともつかない表情になる。

 

「……それは神によって変わるな。確かに神々の中には過度に人間に入れ込む愚か者もいる。だが大半は生態系の維持に必要な一種族として大事にしているだけだ。個人個人に注目するほど気にしてはいない。

 あくまで宇宙のバランスを崩さないかどうか観察し、必要とあらば間引く。それが一般的な神々の視点だ」

 

「え~。なんかそれがっかりだなぁ。……でもその言い方だと、アンタはその一般的な神々とは違うみたいだけど?」

 

 予想以上に無関心な言葉が返ってきて、龍之介は幻想が壊された気分になった。だが彼にはそんな感傷に浸る暇は与えられなかった。龍之介の最後の言葉によってセイバーが劇的な変化を起こしたからだ。

 今まで冷笑的だったセイバーの雰囲気が一変し、薄暗い下水道を激烈なまでの殺意が塗りつぶす。そこで龍之介はセイバーの地雷を踏んだ事に気がついた。

 

「その通りだ人間よ。そして喜ぶがいいキャスター。私はな、他の神々と違って貴様ら愚かな人間共を星を汚すだけの価値の無い、唾棄すべき存在だと思っている。

 お前達人間は暇があれば同族同士で殺し合い、搾取し、己の愚かさを上書きしていく。この醜悪な空間がその証だ。

 キャスターよ。お前は神に罰せられることを望んでいたな? 光栄に思え。貴様にはこの絶対神ザマス自らが神罰を下してやろう!」

 

 そう言い切るとセイバーは全身から黒い魔力炎を発生させた。凄まじい突風と炎が狭い地下に吹き荒れ、死に損なっていた哀れな芸術品達を薙ぎ払っていく。

 

「ほざけ! 貴様が真に神だというのなら! 今! この場で! このジル・ド・レがジャンヌの無念を晴らし、神を地に貶めてくれるぅぅぅぅ!」

 

 叫ぶやいなやキャスターは今まで蓄えた膨大な魔力を全て己の宝具に注ぎ込む。

 次の瞬間、魔本より大質量の肉塊が発生し、地下空間を崩落させた。

 

 

 ◆    ◆

 

 

「深山町の住宅街に全長数十メートルの怪物が現れただと!?」

 

 深夜に突然かかってきた電話から告げられた報告に言峰璃正は頭を抱えた。

 現地からの報告では冬木市を流れる川の付近にあった下水施設から、巨大な肉塊のような怪異が現れて、住宅地に向かい暴虐の限りを尽くしているという。

 そのような怪物を使役出来る存在は、恐らくキャスターしかいまい。ようやく先日キャスター狩りの告知を各マスターに伝えたというのに先手を打たれた形になった。

 

 しかも現れた場所も悪い。人口密集地ということもあって怪物は現在進行形で住民を食らって膨れ上がっているということだ。

 

「……これは時臣君のアーチャーに動いてもらわねばならんな」

 

 言峰璃正は遠坂家への連絡手段である魔道具を使用する準備を始めた。これほど派手に暴れられては隠蔽どころではない。迅速にあの怪異を仕留めなければならない。

 しかも遠坂家もまた怪物が暴れている住宅地からさほど離れていない。放置すれば遠坂家は物理的に潰されることになるため、土地の管理者としても遠坂時臣個人としても他人事ではないのだ。

 あのアーチャーを持ってすれば巨大なだけの怪物など物の数ではない。

 問題があるとすれば―――戦いの後、冬木市が残っているかどうかと、例え被害を最小限に抑えることが出来たとしてもどうやってそれを隠蔽するかだ。

 言峰璃正はこの戦争中に自分は過労死するのではないだろうかと思い始めた。

 

 

 ◆    ◆

 

 

 キャスターが喚び出した巨大海魔による惨状は、当然他のマスター達にも知ることとなっていた。

 住宅地の中を進み、人々を食らいながら更に膨れ上がっていく醜悪な肉塊。

 神秘の隠蔽どころの問題ではない。これを片付けねば聖杯戦争そのものが台無しになるのは明白だった。

 更にこのキャスターを討伐すれば討伐者には令呪が与えられるという。そんなわけでほぼすべてのサーヴァントが海魔の付近に集結しつつあった。

 

 一番最初に到着したのは「神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)」なるチャリオットを持つライダーとそのマスターであった。

 彼らは真っ先に触手をまき散らし、手当たり次第に家ごと人々を捕食している巨大な海魔と、腕からエネルギーブレードを出して迫る触手を切り飛ばしながら空を駆けるセイバーを見て顔色を変えた。

 

「なんかえらいことになってるんですけど……」

 

 如何にウェイバーが未熟な魔術師見習いといえど、この事態を放置すれば聖杯戦争そのものが瓦解するのは理解できる。

 今は深夜なのとあの巨大海魔が自分の周辺に濃度の高い霧を発生させているため、冬木の行政も市民たちもなにが起こっているのか完全に把握しきれていないだろうが、朝になれば全てが露見する。朝までに冬木市が残っていればの話だが。

 

「これはまた……。あのキャスターもとんでもない隠し球を持っていたもんだな。しかしセイバーはありゃ、戦う気があるのか?」

 

 ライダーの危惧する通り、セイバーは空を駆け触手を次々と腕の光剣で切り落としているものの、積極的に攻撃に移ろうとしていない。挑発するように触手の射程範囲ギリギリを飛び回るその姿は、まるで―――。

 

「奴め。あのデカブツを誘導しているな。あの先は―――アーチャーめの根城か!」

 

 ライダーはセイバーの行動の意図を見抜いた。セイバーはまともな思考も持たないであろうあの巨獣を誘導して、自分の敵対者にぶつけようというのだ。

 

「セイバーもキャスターも放置しておくとろくな事にならんな。とりあえず我らもあれを食い止めるぞ!」

 

 

「ならば俺も行こう」

 

 突然響いた涼やかな美声。ふと下を見やると近くの家の屋根の上に、二振りの魔槍を持った美丈夫が佇んでいた。ランサーのサーヴァントだ。

 

「流石にこの状況で聖杯戦争を続けられるとはこちらも思っていない。あの怪物を始末するために我らも一時的に手を組む必要があるだろう。マスターの許可も降りている。我が宝具ならば、あの海魔を喚び出し現世に固定している術式を一撃で破壊できる。ただしそれには奴の本体を引きずり出さねばならないが」

 

「ふーむ。まあ余と、気に食わんがあのセイバー、そして後からやってくるであろうアーチャーがいれば、あの肉塊に穴を開けることぐらい出来なくもないか。ではランサーよ。貴様には我らが好機をつくる故、そこに止めの一撃を頼みたい」

 

「了解した。我が槍にかけて奴を仕留めてみせよう」

 

「うむ、任せた!では行くぞゼウスの子らよ!お前達の力見せてみよ!」

 

 そう叫ぶとライダーは戦車を牽引する神牛に鞭をくれて、一気に海魔目掛けて突撃を開始する。ライダーの雄叫びと雄牛の嘶きと、ついでに心の準備ができていなかったウェイバーの悲鳴が連続して響き渡った。

 それを見届けたランサーは槍を投擲するのに適したポイントへと移動を始める。

 別のサーヴァントと手を組むなど、彼のマスターはいい顔をしないであろうが、あのような悪辣な怪物は騎士の誇りにかけて一刻も早く殲滅しなければならない。奴を一分一秒でも生かせばそれだけ大勢の犠牲者が増えていくのだから。

 

「AAa――AAAAALaLaLaLaLaLaie!」

 

 ライダーの咆哮と共に宝具『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』が雷光と共に空を疾走し、逃げ惑う住民たちを襲わんとしていた触手の群れが纏めて消し飛んだ。

 そこで巨大海魔はセイバー以外にも自分の邪魔をする存在に気がついたのか、その肉塊に着いた目玉がギョロリと動きライダーが駆る戦車を捕捉した。

 次々と迫り来る触手を戦車の雷光で吹き飛ばしながら、ライダーは空中に浮遊するセイバーの近くに戦車を寄せて声をかけた。

 

「よう、セイバー! 派手にやっとるな! 余も混ぜてもらおうか!」

 

 それに対するセイバーの返答はライダーの予想の埒外にあるものだった。

 彼は獲物が罠に引っかかったと言わんばかりの禍々しい笑みを浮かべると、人差し指と中指を額に当てて、こういったのだ。

 

「なあに。気にするな。此処から先は貴様一人で存分に楽しむがいい」

 

 その言葉と同時にセイバーの姿が、文字通りその場から掻き消える。

 後に残されたのは呆気にとられたライダーとそのマスター。そして彼が駆るチャリオットのみである。戦車を引く神牛二頭がどこか悲しげにブモーと鳴いた。

 数瞬後、事態を把握したライダーが頭を掻き、ウェイバーが悲鳴をあげた。

 

「オイオイ、やりおったわ、あやつ」

 

「え? 嘘だろ、あいつ……!? 僕達にこのデカブツ押し付けて逃げやがったああああぁ!?」

 

 次の瞬間、大海魔の触手の大半が雪崩を打ってライダーの駆る戦車へと襲いかかった。

 

 

 ◆     ◆

 

 

 当然そのやりとりは海魔から離れた場所で宝具『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を投擲する準備をしていたランサーも確認していた。

 

「おのれ、セイバー! この様な非常時に真っ先に逃げるなどと……! 奴には戦士の誇りというものはないのか?!」

 

 思わず歯噛みするが、これで状況は更に悪くなった。ライダーの宝具戦車『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』は確かに強力だが、あれほどの巨体相手では分が悪いし、なにより彼単独では周りの住民を襲う触手の群れを完全に抑えることもできないだろう。時代は違えど無辜の民がこれ以上あのような怪物の犠牲になる様を見るのは、高潔な騎士であるディルムッドには耐えられなかった。

 ランサーはここで狙撃ならぬ投擲のチャンスを待つつもりだったが、予定を変えるしかない。

 

「こうなっては仕方があるまい。俺も行って攻撃に加わるしか……」

 

「いいや。残念だが貴様はここで居残りだ、ランサー」

 

 突如として背後からかけられたその聞き覚えのある声にランサーは、脊髄に氷柱を突っ込まれた気分になった。

 反射的に前方に身を投げ出し、空中で身を捻って後ろへと向き直る。

 そこには予想通りの人物がいた。

 鍛え上げた肉体を黒い道着で包んだ、刃物のような鋭い目をした黒髪黒目の青年―――セイバーだ。

 海魔と戦うために現れたランサーの魔力を感じ取り、瞬間移動で現れたのだろう。

 セイバーは笑いながらランサーに傷を付けられた右腕を掲げた。

 

「ずっとお前を探していたぞランサー。そしてこの時を待ちわびていた。この私に身の程知らずにも傷を付けた貴様に神罰を与える時をな」

 

「馬鹿な……! 状況を考えろセイバー! 今は俺達が争っている場合か! あの怪異を放置すればこの街は終わりだぞ!」

 

「それで?」

 

 余りにもあっさりとしたセイバーの返事にランサーは言葉を失った。

 

「虫けら同士がいくら食い合おうとこの私の知ったことではない。命乞いをするならもう少しマシなセリフを考えたらどうだ?」

 

「……どうやら貴様を戦士として見ていたこの俺が間違っていたようだ。貴様はキャスター以上に生かしておいてはこの世の為にならぬ! ここで死ね! セイバー!」

 

「身の程知らずが! 消え失せろ!」

 

 深夜の住宅地で海魔の咆哮と神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の雷音をBGMにして、再びランサーとセイバーが激突した。

 

 

 ◆    ◆

 

 

 海魔をそっちのけにして戦闘を始めたランサーとセイバーの姿は当然ライダーにも見えていた。が、見えていたからといって海魔の攻撃が激しく仲裁どころか文句を言いに行くことすらできない。

 いや、これは最初からセイバーの奸計と見るべきだったのだ。キャスターにあの大海魔を喚ばせ、町中で暴れさせることによって、全てのサーヴァントを集結させる。

 そして大海魔の対処に手一杯なところを狙い、瞬間移動を使って各個撃破するつもりだったのだ。

 

「奴め……。予想以上に頭が切れる。しかもここまで悪辣とはな」

 

 実際ライダーは大海魔に完全に拘束されて動けない。あれほどの巨体相手では自分の奥の手を使っても攻め切れるか怪しい所だ。せめて後一騎、サーヴァントの援軍がいれば……と思ったその瞬間、彼の視界に豪華絢爛な黄金の船が入った。

 その船の上には黄金の玉座に腰掛ける黄金の王、即ちアーチャーと、その椅子の隣に顔を真っ青にしている貴族風の格好をした中年の男性魔術師がいる。アーチャーのマスターだろう。

 何にせよ僥倖である。あのアーチャーの火力ならこの肉塊の核になっているであろうキャスターを撃ちぬくこともできる。

 

 迫る触手を雷撃で打ち払いながら、ライダーはアーチャーに向かって叫んだ。

 

「ちょうどいい所に来た! アーチャーよ! 手を貸せい! 余一人では手が回らんのでな!」

 

 だがその援軍要請に対するアーチャーの反応は冷淡なものだった。

 彼は気怠げな顔をして鬱陶しそうに答えてくる。互いの距離はライダーが声を張り上げなければ届かないほど離れているのだが、そんな距離にも関わらず、不思議とアーチャーの声ははっきり戦車上のライダーとそのマスターに届いた。

 

「そのような汚物に我が出る道理などないわ。我の宝具を汚す気か?」

 

「おいおい! そんなこと言っとる場合か?! そもそも我らは同盟を結んだのだからここは一致団結して事に当たるのが道理であろうが!」

 

「同盟はあくまであの忌々しいセイバーに対してだ。その程度の肉塊に対して、我の力を求めるなど不敬にもほどがある。むしろ我と轡を並べたいと申すのなら、その程度の相手など貴様一人でどうにかしてみせろ」

 

 余りにも傲然にして一方的な通告にさしものライダーも言葉を失った。そしてそれ以上に色を失っているのがアーチャーの隣にいる彼のマスターだ。

 どうやら彼は自分のサーヴァントが他のサーヴァントと勝手に同盟を結んでいることをまだ知らされてなかったようで、泡を食ったような顔でアーチャーに話しかけている。

 

 ……が、すぐにアーチャーの冷たい一瞥で黙らせられる羽目になった。途方に暮れた哀れなアーチャーのマスターを遠目に見たウェイバーは、もしかしてライダーはサーヴァントとしてかなり優良物件なのかもしれない、と今更ながらに思うのであった。

 だが、今はそんな事を呑気に考えていられるときではない。未だに大海魔の攻撃は続いているのだ。

 ライダーは已む無しと言った感じで大きく息をつく。こうなっては自身の最終宝具を開帳するしかないと考えたのだ。もっともあのような大物の相手とは相性が悪いので仕留めきれるかどうか怪しいところだ。

 

 だが、そこでとうとうアーチャーのマスターが精神的な限界を迎えたのか、文字通り床に叩きつける勢いで頭を下げ、アーチャーに対して直訴の姿勢を見せた。ここからでは見えないが、もしかしたら泣いてるかもしれない。まあそれも仕方ないことだ。

 このまま海魔が進み続ければ、彼の拠点である遠坂邸が瓦礫の山になる。というか遠坂家はこの土地の管理者でもあるわけだから、この事態をおさめることができなければ、魔術協会からセカンドオーナーの地位を取り上げられるのは間違いない。

 余りにも哀れで必死なその姿にさしもののアーチャーも閉口したのか、面倒そうに黄金の船の機首を大海魔に向けたその時だった。

 

 直上から魔力を纏った無数のミサイルがアーチャーの駆る黄金の船に降り注いだのは。

 

 

 ◆    ◆

 

 

「ようやく見つけたぞ……! 時臣……!」

 

 大海魔が暴れる現場から遥か数キロは離れた雑居ビルの上から間桐雁夜は、怨敵である遠坂時臣のアーチャーが駆る黄金の船を視認していた。

 元々は彼は新都で敵の探索をしていたのだが、異様な魔力を察知して見晴らしのいい場所を求め、手近なビルの屋上に登ったのだ。

 しかしビルの屋上からは川向かいは一応見ることは出来たのだが、肝心の現場である住宅地は異様な濃霧に包まれており、蟲の使い魔を飛ばしても、距離がありすぎて結局何が起きているのかがわからなかった。

 今から住宅地に向かうにしても蟲に蝕まれ、運動能力が低下した間桐雁夜の肉体では最低でも十数分はかかる。

 どうしたものかと途方にくれていた時、濃霧の上に現れたのだ。黄金の船を駆る時臣のサーヴァントが。しかもその船にはあの遠坂時臣も同乗している。

 

 もしここで大海魔の発生させる濃霧がなく、今住宅地の中で何が行われているのかを間桐雁夜が知ることができれば、或いは時臣への憎悪を飲み込んでライダーや、場合によってはアーチャーと共同戦線を張ったかもしれない。

 だがそれをするには全てが遅すぎた。

 

 彼は殺意を持ってバーサーカーにアーチャーを殺せと命じ、バーサーカーは狂気に侵されながらもその卓越した戦闘者としての判断力で、アーチャーを倒すことのできる武器を探し出す。幸いにもそれはすぐに見つかった。何しろ彼らの上空をジェットエンジンの轟音を響かせて飛んでいたからだ。彼は霊体化してそれに向かうとその武器を乗っ取った。

 その武器の名前は哨戒任務中に冬木市の異変を察知し、様子を見に来た自衛隊の戦闘機、F-15Jと言った。

 

 バーサーカーはF-15Jに取り付くとその宝具『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』によって戦闘機に自身の魔力を流し込み、己の支配下に置いた。

 そして間髪入れず、事態が把握できていない僚機を置き去りにして機体を加速させると(この時点で戦闘機のパイロットは脊髄が折れて即死した)アーチャーの乗る黄金の船に向けて呪装兵装と化したミサイルを発射する。

 間桐雁夜が認識できたのはそこまでだった。余りにも派手にバーサーカーが行動し魔力を大量に食らったため、未だ実戦経験がなくサーヴァントの使役に慣れていない彼はそのままビルの上で意識を失った。

 だがバーサーカーは止まらない。彼の感覚はアーチャーが防御宝具を持って初撃のミサイルを迎撃したのを見抜いていた。バーサーカーは更に機体を加速させ今度は機銃による掃射を加えるべく、アーチャーの船に向かって距離を詰めていった。

 

 

 ◆     ◆

 

 

「はははっ、なかなか愉快な祭りになっているようではないか! ランサーよ! 貴様も存分に楽しめ!」

 

 ライダーと大海魔の激戦。バーサーカーに侵食されて宝具化したF-15戦闘機と、アーチャーの飛行宝具ヴィマーナの空中戦。

 それらを背景に空中から無数の光弾を発射しながら、セイバーは叫んだ。ランサーは咄嗟に跳躍して回避するもの、足場にしていた屋根がその下の家ごと吹き飛んで苦い顔をする。中の住民が避難していればいいのだが。

 

 セイバーの放った光弾が空中で炸裂して、ランサーの視界を一瞬塞ぐ。

 そして再び爆炎が晴れた後、セイバーの姿が消えていた。

 

「バカめ、うしろだっ!!」

 

 次の瞬間ランサーは背中に衝撃を受けて、十数メートルの距離を吹き飛ばされていた。

 それが背後から蹴りを受けたのだと理解したランサーは、別の住宅の屋根の屋上に受け身を取りながら着地しようとして―――その先に人差し指と中指を額に当てたセイバーが何の前触れもなく出現してその美貌を驚愕に歪めた。

 防御を取る暇もなく再び蹴り飛ばされて、また十数メートルの距離を飛ばされる。

 今度は槍を構えつつ着地し、同時に背後にも気を配るがセイバーは先にランサーを蹴り飛ばした場所から移動することもなく、気に障る笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

 ランサーは改めて槍を構え直すと、セイバーは戦闘中に瞬間移動ができる事実を苦々しく認めた。距離が離れていても一瞬で詰めてくる。或いは一瞬で射程の外に逃げる。これではセイバーから一瞬たりとて目が離せない。

 

 実際ランサーはセイバーの猛攻に防戦一方を強いられている。

 セイバーはランサーの『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を警戒しているのか、接近戦を挑むことなく、空からの射撃戦がメインで、たまに距離を詰めても瞬間移動を駆使した徹底したヒット・アンド・アウェイに徹してその影を捉えることができない。

 

 だが、ランサーの宝具は必滅の黄薔薇一つではない。あらゆる魔力効果を打ち消す赤の長槍、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』もあるのだ。

 これはセイバーの発射する魔力の光弾に意外と有効で、光弾をこの槍で打ち払うことによって四散させることができる。

 

 しかし四散させるといっても刃が触れた瞬間、光弾を瞬間的に四散させることができるのみで、拡散した魔力の余波までは完全に無効化させることができず、ランサーは全身に飛び散った魔力弾の余波で無数の裂傷を追っていた。

 とはいえこの程度ならばマスターが健在ならば、彼のマスターの支援である回復魔術でどうにでもなる。問題はこちらから攻め入る隙がないということだ。

 なにしろ相手は常に空中にいる。如何にランサーが俊足を誇っても空に逃げられればどうにもならない。

 

 となると、後は槍を投擲するしかないのだが―――、戦士としての技量にも優れているセイバー相手にまともに槍を投げても、回避されることは目に見えている。

 そしてそれはセイバーの目論見でもあるのだろう。だがそれしかないのも事実だった。

 問題はどちらの槍を投げるかだ。

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を投げれば、セイバーの魔力弾に対抗する術がなくなり、遠距離から圧殺される。

 逆に必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を投げれば、厄介なものが無くなったと見たセイバーは嬉々として接近戦を仕掛けてくるだろう。

 

 だがそれはランサーにとって望む所、接近戦なら槍一本になろうが、こちらもそうやすやすと遅れを取るつもりはなし。

 投げる槍は決まった。戦術もだ。

 ランサーが空中にあるセイバーを睨みつけ、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を投擲しようとしたまさにその瞬間、彼の腕は必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)をセイバーにではなく自身の胸に突き刺していた。

 

「……ば、馬鹿な」

 

 余りの事にランサーはそれだけを言うのが精一杯だった。口から大量の血が溢れる。

 抵抗も意識をすることも出来ずに行われたこの一連の行為。これは間違いなく令呪によるものだ。

 霊核を自らの槍で打ち抜き、致命傷を負ったランサーはその場に膝を着いた。

 そこにセイバーが降りてきて、気取った仕草で拍手をしながら近づいてくる。

 

「どうだランサー。我がマスターの手並みは。少々お前のマスター達を探すのに手間取ったようだが、なかなか見事なものだろう?」

 

「き、貴様、我がマスターを……。」

 

「戦場に女など連れてくるべきではなかったな。お陰で随分と素直になってくれたそうだ。この私との戦いに桟敷席などないということを知れ」

 

 その言葉でディルムッドはこのセイバーのマスターがどんな手段を用いて、自らのマスターを罠に貶めたのか直感的に理解した。

 

「こ、この外道がぁ! 貴様、ソラウ様を人質にとったのか!」

 

 もはや呪詛と化したランサーの罵倒にセイバーは肩をすくめ、人差し指を自分のこめかみに当て笑いながら答えた。

 

「人質というのは少し違う。なぜならお前を始末した後、お前達のマスター共にも後を追ってもらうからな。あの世で仲良く騎士道ごっこでもするがいい。おっと、英霊であるお前は死んでもマスター共と同じあの世にはいけないかな?」

 

 余りにも辛辣で敗者を踏みにじるその言葉にランサーは―――栄えあるフィオナ騎士団員ディルムッドは血の涙を流しながら咆哮を上げた。

 

「貴様は……貴様らは、そんなにまでして聖杯が欲しいのか!? 大勢の弱者を巻き添えにし! 女を盾に取り! 騎士の誇りを踏みにじりって! お前は何一つ恥じ入ることはないというのか!? 赦さん! セイバー! お前の悪行……決して赦さんぞ! 例えこの身が散ろうとこのディルムッド・オディナの憎悪と怒りは決して消えはしない! 我がこの憤怒は聖杯への呪いとなって必ずやお前を―――!?」

 

 ディルムッドが言えたのはそこまでだった。瞬きの間にセイバーが距離を詰め、ディルムッドの顎を掴んでその顔を覗きこんでいたからだ。至近距離でセイバーと消滅しつつあるディルムッドの眼差しがぶつかり合う。本来なら最後の足掻きをする絶好の機会。にもかかわらずディルムッドは―――畏れた。

 そのセイバーの瞳のなんと昏いことか。なんと禍々しいことか。

 先ほどまで怒りと憎しみに茹だっていたディルムッドの頭が、一瞬にして冷えるほどの無限の闇がそこにあった。

 

「赦さん……だと? 愚か者め。それはこの私のセリフだ。この私の人間に対する怒りに比べれば、貴様如きの下らん怒りなど取るに足らん。薄汚い人間どもを抹殺するこの行為に何を恥じることがあるものか。……いいか、これは罰だ。

 ランサー……いやディルムッド・オディナよ。貴様は人間の身でありながら、この神である私に刃を向け、あまつさえ傷つけた。重罪人にはそれに見合った重い罰を受けてもらう。それが神である私の裁きだ。憎むがいい。嘆くがいい。貴様のその絶望が心地良いぞ。それが私の聖杯をより良い味に熟成させるのだ」

 

 余りにも圧倒的な憎悪と邪悪さを魅せつけるその邪神に対して、半ば呆けながらディルムッドはこう尋ねることしかできなかった。

 

「お前は……一体何者なのだ?」

 

 その問にセイバーは憎悪と歓喜に濡れた目を輝かせながら答えた。

 

「我が名はザマス。人間に失望し、神々に絶望し、全てに反旗を翻した神。この世の全ての人間を滅ぼす者。この世の全ての神々を滅ぼす者。地獄に堕ちても我が名を思い出し、悪夢に震えるがいい!」

 

 その言葉と共にディルムッドの顎を掴んでいたセイバーの掌から凄まじい魔力波が放たれ、ディルムッドを跡形もなく消し飛ばした。

 それがランサーの最後だった。

 

 ランサーを始末したセイバーは自身の右腕の具合を確かめる。

 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)に付けられた傷の呪いは持ち主のランサーが消滅したことで消えている。後は持ち前の回復力とアイリスフィールの支援魔術で直に治るだろう。これならば両手を使うあの技も問題なく使用できる。

 

 気分をよくしたセイバーは念話をマスターである切嗣に繋げる。

 

「ご苦労だったな切嗣。ランサーは始末した。私の右腕も問題なく元に戻った。そちらはどうだ?」

 

『こちらもランサーのマスターは、婚約者ごと始末した。それよりも約束を守ってもらうぞ。ランサーとそのマスターを始末したら暴れているキャスターを始末するという約束をな』

 

「フフフ……随分とあのくだらん肉塊の事を気にかけているようだな? いや、気にかけているのはあの肉塊に食われている犠牲者のことか?お優しいことだ」

 

 そのセイバーの言葉に堪えられなくなったのか、念話の先の切嗣の語気が荒くなる。

 

『いい加減にしろ……! お前は自分の右腕が治りさえすれば、あの巨大な怪物も敵ではないと言っていたはずだ! まさかランサーを始末するために僕を騙したというのか!?』

 

「落ち着け、我がマスターよ。フフフ……鬱陶しい輩を片付けることができて、少々気持ちが高ぶっていただけだ。気に触ったなら謝罪しよう。では早速生ゴミの掃除をするか。マスター。今お前達は何処にいる?」

 

『そこから15kmほど離れた廃工場だが……? なぜそんなことを聞く?』

 

「なに。マスターを巻き込んでしまうわけにはいかないからな。それだけ離れていれば充分だろう。それとお前からも少々魔力を頂くぞ。そして見せてやる。神の裁きの一撃を」

 

 そう言ってセイバーは切嗣との念話を打ち切ると、ゆっくりと空中へと上がっていった。

 そして高台にあった3階建ての家の屋根の上に着地すると半身を構え、両手を包み込むようにして左腰に構える。

 

「キャスターよ。貴様には予告通り、私自ら神罰をくれてやろう。この一撃を……死出の手向けとしろっ!」

 

 そして全身から爆発的な黒い魔力炎を噴出させた。

 

「か……」

 

 腰に構えた両手の中に黒い光が発生する。

 

「め……」

 

 セイバーを包む魔力炎が増幅されて、一気に膨れ上がっていく。

 

「は……」

 

 両手の中の黒い極光が小さな恒星のように光輝いた。

 

「め……」

 

 セイバーを中心に小規模の台風のような暴風が巻き起こり、彼が足場にしている屋根が吹き飛んでいく。

 そして彼は力を開放した。

 

「波ぁっ!!!!!!」

 

 気合の声と共に前方に突き出した両手から漆黒のエネルギー波が放出される。

 その黒く輝くエネルギーの固まりは進路上にある全ての家屋や建築物を消し飛ばし、一直線に大海魔へと迫っていった。

 

 

 

 ◆    ◆

 

 

 

「セイバーめ! ランサーを殺りおったか……!」

 

 セイバーが遠く離れた家の屋根の上で、ランサーを消滅させる瞬間を視界に入れたイスカンダルは苦々しく呻いた。

 これでまた一つこの巨大な怪物への対抗策がなくなった。

 もう一つ頼みのアーチャーは現代の飛行兵器に乗ったバーサーカーに絡まれ、手助けは出来そうにない。

 進退窮まる状態に陥ったライダーは、時間稼ぎにしかならないと悟りつつも、やむなく自身の最終宝具を展開しようとして―――全力でその場を離れた。

 両手を構え、凄まじい魔力をその手に集中させはじめたセイバーの行動を目撃したが故に。さしものの神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)もこの急激な方向転換には慣性を殺しきれなかったようで、ウェイバーが潰れたカエルのような悲鳴を上げる。

 

「不味いぞ、坊主! セイバーめが何かやりおる! 一旦逃げるぞ!」

 

「逃げる前に言えよ、そういうの! 舌噛んだぞ!」

 

「舌だけですむなら安いものよ! 噛み切らんようにしっかり口を閉じておけ!」

 

 そんなやりとりをしながらライダーはさらに戦車を加速させていく。

 ライダーだけではない。先ほどまでバーサーカーと空中戦を繰り広げていたアーチャーの黄金の船も、狂犬のようにアーチャーを追い掛け回していたバーサーカーすらも、戦闘機のエンジンを全開にして慌ててその場を離れていく。

 彼らも悟ったのだ。これから起きる惨状を。

 

 三騎のサーヴァントがその場を離れると同時。

 セイバーが放った特大の魔力砲撃が大海魔へと突き刺さった。

 

 瞬間。世界を黒い極光が満たした。

 

 数百、数千の落雷が同時に落ちたかのような轟音と、高空にある雲すら吹き飛ばす衝撃波が発生し、砲撃の着弾地点を中心に直径1km近くはありそうな巨大な黒い光のドームが現れて大海魔を飲み込んだ。大海魔は冬木市民達を喰らうことにより300メートルを越えるサイズにまで成長していたが、この光のドームの前には余りにも小さな存在だった。

 黒い光のドームは発生した後も更に膨れ上がり、飲み込んだものを消し飛ばしつつ―――風船のように炸裂した。

 炸裂したドームから弾け飛んだエネルギーが爆風となって、駄目押しとばかりに付近一帯を纏めて飲み込んでいく。

 まるでそれは津波のようだった。ただしそれは爆風と炎の津波であり、それに飲み込まれた人間は誰一人として助からないだろう。

 爆発圏から離脱したはずのサーヴァント達は勿論、状況についていけずに高空で冬木市を旋回していたもう一機のF-15戦闘機もその衝撃波に巻き込まれて、墜落してしまったほどだ。

 

 エネルギーの奔流が収まった後、冬木市の人々は全員がそれを見た。

 吹き飛んだ深山町の住宅地と、そしてその残骸の上に発生した、核兵器でも炸裂させたかのような積乱雲の如き巨大なきのこ雲を。

 それは冬木市全域に避難警報が流れる実に1時間前のことであった。




Q龍之介君どこいたの?
A旦那と一緒に肉の巣の中にいました。さり気なく令呪とか使ってがんばれがんばれって支援してた模様。まあ仲良く一緒に消し飛んだけど。


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ゴクウブラックが邪悪過ぎて英雄王が賢王モードになってみた

 吹き飛んだ冬木の住宅地だった土地を見て、セイバーは頬を緩めた。

 やはり、破壊はいい。

 増えすぎた人間どもを圧倒的な力で街ごと吹き飛ばすのは、得も言われぬ爽快感をもたらすものだ。

 

 とりあえず一歩踏みだそうとして、彼は自分が予想以上に疲労していることに気がついた。

 この体であれほどの出力のかめはめ波を放ったのはやはり堪えたようだ。魂食いで得た魔力の大半を失ってしまった。

 全盛期ならば、惑星の一つや二つ潰しても疲れすら感じなかっただろうに。

 自分の弱体ぶりに苛立ちを感じながらも、彼は魔力補給の準備に入った。

 その対象はマスターからではない。彼からは先ほどかめはめ波を撃つ際に魔力をごっそり頂いた。これ以上搾り取ると衰弱死してしまうだろう。

 幸いにも魔力の供給源は今現在、そこら中にある。

 セイバーは両手を空に上げて精神集中を始める。それは孫悟空が使っていた元気玉という技の構えにそっくり―――いやそのものだった。

 

「悪いが元気をいただくぞ……。おっとこの場合、魂をと言うべきかな?」

 

 そんなセイバーの呟きと共に、辺り一帯から次々と魔力の塊が飛んでくる。それは通常の人間は勿論、魔術師ですら特殊な魔術を使わねば認識することも難しいエネルギー。即ちこの場で死んだばかりの人間達の魂だった。

 通常のサーヴァントが魂食いをする場合、大抵は対象を直接殺害して魂を摂取する形になる。

 

 しかしこのセイバーは違う。

 彼の体の持ち主である孫悟空はあらゆるものからエネルギーを集めて、球状に収束させて敵に放つ元気玉という技を習得していた。もっとも彼の体を乗っ取ったザマスはその技を見たことがない為、元気玉を完全に習得してるわけではない。

 しかし孫悟空の体は覚えているのだ。効率的に付近からエネルギーを集める時、どうすればいいのかを。

 ザマスは孫悟空の肉体の本能に従うことによって、歪んだ形の元気玉を習得しつつあった。もっともそれは、元気を分けてもらうのではなく、彼が殺した人間たちの魂を強制的に集めて自身のエネルギーとする、元気玉とサーヴァントとしての特性が混ざり合った事でできた余りにもおぞましい技だった。

 冬木ハイアットホテルの倒壊によって死亡した犠牲者達の魂も、彼はこうやって短時間で捕食したのだ。

 

 一分ほどの時間をかけて、セイバーは付近の魂の全ての収集を終えた。圧倒的な魔力が体に満ちていくのを感じる。

 この一件で死んだ犠牲者の数は恐らく一万人を超えるだろう。もはや召喚時とは比較にならないほどの魔力を手に入れ、彼の戦闘力は増大した魔力に呼応して飛躍的に高まっていく。

 こうして大量の魂を全て吸収したセイバーは、かめはめ波を撃つ前以上に充実した力を得た。

 

 今ならば、あの姿になることも可能かもしれない。神域に到達したあの美しき姿に。

 

 セイバーが自身の状態に満足していると、彼の背後から声がかけられた。

 

「雑種共の魂は美味いか?セイバーよ」

 

 その声に対してセイバーは振り向かずに笑みを深めて答えた。

 

「悪くはない。この体は食事に対しては質よりも量を求める傾向にあるからな」

 

 そしてセイバーはゆっくりと振り向く。

 彼の視線の先には黄金のアーチャーが立っていた。

 

 

◆      ◆ 

 

 

 深山町の住宅地の大半を吹き飛ばしたその一撃は衛宮切嗣の網膜へと焼き付いた。

 全てを焼きつくす黒い極光。

 死の象徴の如く、深山町を覆うきのこ雲。

 様々な地獄を渡り歩いた自分だが、これほどの地獄は見たことがない。

 ましてやこれを作り出したのは自らのサーヴァントなのだ。

 

 一体自分は何をしているのだ?

 

 確かにキャスターが操る大海魔を倒して欲しいとセイバーに頼んだのは自分自身だ。キャスターを狩ることで令呪を手に入れる為だけではない。あのまま放置すれば尋常ではない被害が出るとわかっていたからだ。

 だが、結果はどうだ?

 あのセイバーにキャスターの討伐を頼んだことで得られた結果。それはあの怪物を野放しにしてたほうが良かったのではないかと思うほどの惨状だった。

 あのセイバーの嘲笑う声が今にも聞こえてきそうだった。

 

 驕り高ぶった愚かな人間の魔術師風情が。貴様ら如き矮小で貧弱な劣等種が、この私を、いや、我ら英霊という超常の存在を、本当に僅かなりとも御する余地があったとでも思ったのか?

 

 それは単なる幻聴に過ぎないが、英霊―――その中でも規格外の怪物を、殺人しか取り柄のない魔術使いでしかない自分如きが喚び出し、使役するなどとんだ思い上がりにすぎなかったのではないだろうか?という疑念は彼の頭の中から離れることはなかった。

 

 もはや謝っても謝りきれない。償っても償いきれない。

 衛宮切嗣に残された道はただ一つ。聖杯を手に入れて世界平和を実現し、あの神を名乗る男に人の正義と善性を認めさせること。それしかなかった。

 だが、その前に彼には一つやるべきことがある。その為に切嗣は助手である舞弥にある指示を出した。

 

 

◆     ◆

 

 

 凄まじい地響きの音で新都のビルの上で目を覚ました間桐雁夜は、事態を把握しふらつく体を引きずってようやく家へと帰ってきた。そして間桐家の前で……正確に言えば間桐家があった場所の前で呆然としていた。

 住宅地にあった間桐家は幸いな事に大海魔の進軍コースからは外れていたが、セイバーの放った極大の魔力砲撃に巻き込まれて、跡形もなく吹き飛んでいた。

 いや、吹き飛んでいたというのはむしろ優しい表現だ。

 セイバーの砲撃は着弾地点を中心に直径1キロ近いクレーターを生み出しており、間桐家はそのクレーターの圏内に含まれていたのだ。

 

 雁夜はもしかしたら桜は、間桐家の地下のあの忌々しい蟲倉が地下シェルター代わりになって生きているかもしれないという希望を持っていたが、それも現地に着くと消えた。

 間桐家があった場所は地下十メートルを越える深さまで、すり鉢状にえぐられて完全に地上から消滅していたからだ。

 この有り様では如何にあの間桐臓硯―――数百年に渡って生きながらえてきた妖怪爺とて生きてはいまい。ましてや魔道の素質があるとはいえ唯の少女に過ぎない間桐桜なら尚更だ。

 戦う理由も、恨むべき肉親も、縛り付けてきた家も、守るべき少女も、全てを失った間桐雁夜はその場に跪いて子供のように泣いた。

 

 

 

◆    ◆

 

 

 

 言峰綺礼は膨大な後処理に忙殺されていた。

 今回の一件であらゆる勢力―――魔術協会、聖堂教会は勿論、大概の事は金を積めば黙っている日本政府すら怒り狂って凄まじい抗議をしてきたのだ。

 その防波堤になるべき聖堂教会も、余りの被害に彼らと一緒になって怒鳴り散らしてくる始末だ。本来これに対するのは監督役である言峰璃正の仕事なのだが、余りにも手が足りず形式上脱落したマスターであり、彼の後継者である言峰綺礼も引っ張りだされることになったのだ。

 

 ちなみに彼に仕事の手伝いを頼んだ当の言峰璃正は、過労と心労の為に倒れて一足先に病院送りになっている。

 ―――このままでは自分も父親の後を追うかもしれないな。と思いつつも彼は関係各所に送る書類を作成しつつ、肩で電話の受話器を挟んで器用に電話のやりとりをしていた。

 一方的に送りつけられる罵声にひたすら謝りつづけるのを、やりとりと言えるのか疑問だが。

 ようやく抗議の電話が終わり、一旦受話器を置く。が間をおかず再び電話機が鳴り響く。溜息を付きながら、受話器を取ろうとした時、机の上にあった一枚のマスターの写真が目に入った。

 

 ―――衛宮切嗣。貴様は一体何を考えてこの聖杯戦争に参加しているのだ?

 

 思わずそういられずにはいられない。

 彼の目的は不明だが、あの男が介入した紛争や内戦は最小の犠牲で終わらせることはあっても、被害を無駄に拡大させたことはない。だが今回はその真逆だ。彼のサーヴァントが戦場に現れる度に尋常ではない被害が出る。

 

 ……私は奴の在り方を全くの思い違いをしていたのではないだろうか。

 

 今更になってそんな考えが浮かぶが、どのみちもうそれを確認する機会はしばらく訪れそうにない。というか最早そんな個人的な事に構っていられる時間がない。

 アーチャーが暇を持て余していれば、言峰綺礼は彼の蛇の如き誘惑を受けて、別の道を走っていたかもしれない。だがセイバーの尋常ならざる暴れっぷりに、言峰綺礼は自分の中の空虚を見つめなおす暇もなく、只々自分の役割を消化するだけで精一杯だった。

 言峰綺礼の聖杯戦争は、関係各所への膨大な調整と交渉という形でこれから始まるのだ。

 

 ふと窓ガラスから音がすることに気がついた。よく見ると窓に使い魔と思わしき蝙蝠が張り付いている。

 聖杯戦争の隠蔽工作担当者からの使い魔だろうか。電話回線がここの所パンクしているから、使い魔を使って連絡をする羽目になったのだろう。

 できればもうこれ以上嫌な情報は聞きたくもないのだが、そうも行かない。彼は鳴り響く電話をそのままに窓を開けに行った。電話も大事だが使い魔からの鮮度の高い情報も大事だ。

 分裂できるアサシンを使い潰したことが本当に悔やまれる。自分も彼らのように体を分裂させることが出来れば―――というか諜報活動に特化した彼らがいれば、この監督役としての隠蔽工作も遥かに楽になるだろうに。

 もはやそんな本末転倒なことを考えるほど彼は疲れきっていた。

 

 

◆    ◆

 

 

 かめはめ波の爆心地から離れ、余波で瓦礫の山となった住宅地でセイバーとアーチャーは向かい合った。

 既に魂食いで魔力を先ほど以上に充実させたセイバーは、疲れも見せずに余裕の態度を崩さない。

 

「フフフ……。随分と厳しい顔をしているぞ、アーチャー。いつものあの余裕ぶった態度はどうしたのだ?」

 

「我の前で我の物である土地を焼き、我の民を殺す様な輩に寛容な顔を見せるほど、我が優しく見えるのか?」

 

「おやおや。あのキャスターが喚び出した肉塊を放置していた男が、今更正義面か?」

 

「ほざけ。単なる獣風情にいちいち腹を立てるなど王の名折れよ。だがな―――明確な大罪人に怒りを覚えぬというのなら、それは王ではない」

 

 アーチャーが皮肉に応じない事を知るやいなや、セイバーはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。人間ごときに神の行いを図る資格などない。私によってもたらされた死は、それ即ち天誅であり、天命だったと知れ。ここで死んだ人間どもは死ぬべくして死んだのだ。……ところで後ろにいるのはお前のマスターだな?随分と顔色が悪いぞ。大丈夫かね?」

 

 セイバーは突然アーチャーの後ろにいた、くたびれ果てた顔をした人間―――遠坂時臣に話を振った。アーチャーがこの近くに砲撃の余波でダメージを受けたヴィマーナを不時着させた為、成り行き上ついて行くことになったのだ。最もその先にこの惨状を引き起こしたセイバーがいると知れば、優雅さをかなぐり捨ててでもついて来なかったかもしれない。

 自分の管理する土地を更地にされたセカンドオーナーは、それを実行した相手に表面上とはいえ気を使われて、怒りよりもむしろ恐怖を感じた。

 それでも遠坂の誇りにかけて何とか言葉を紡ぎだす。

 

「お、お前は……」

 

「うん?」

 

 時臣がようやく吐き出した言葉は震えかけていた。だがなんとか先祖の家訓と僅かに残っていた彼自身の挟持をかき集めて恐怖を抑え、かねてからの疑問を口に出す。

 

「お前は一体なんなのだ?何を目的としてこのような真似をする?お前のマスターはお前の行動を認めているのか?」

 

 それを聞いたセイバーは、そんなことかと言わんばかりに腕を組んで楽しげにそれに答えた。

 

「私は神であり、目的は世界平和だ。そして私のマスターの目的も同じ。お前達と違って我々は強い信頼関係で結ばれているのだ。今回の一件も私のマスターの頼みによってしたことだ」

 

「ではこの惨状はア、アインツベルンが……いや、衛宮切嗣が起こしたことだというのか!?」

 

 アイリスフィールではなく、衛宮切嗣。自分の真のマスターを言い当てられたセイバーは、ほうと感心しながらも丁寧に答えてやった。

 

「その通り。マスターがどうしてもあのキャスターを始末して欲しいとせがむのでな。奴の願いを叶えてやったのだ。フフフ……私はマスター思いのサーヴァントだからな」

 

 心にも無い事を、邪悪に顔を歪めて嘲笑いながら答えるセイバーに時臣は今度こそ心の底から恐怖し、確信した。

 

 衛宮切嗣はこいつを全く御せていない。いや、どんなマスター、いかなる手練の魔術師であろうとこの邪悪を制御することなど不可能なのだと。

 恐らく衛宮切嗣はキャスターによる被害を抑えるためか、或いは褒章の令呪目的でセイバーにキャスターの討伐を依頼したはずだ。

 だがこのセイバーはその願いを悪意を持って解釈し、より被害を拡大させた。恐らくホテルの一件でも甚大な人的被害が出るように仕向けたのは間違いなくこいつの仕業だ。

 時臣とて裏の世界に生きる魔術師である。神秘の隠蔽さえ行えば多少の犠牲に目を瞑る。だが眼前の存在はそんなレベルの相手ではない。比喩抜きで人類という種そのものを滅ぼしうる存在だということに今更ながら彼は気がついた。

 

 人間として本能的に眼前の存在を恐れた時臣が一歩引いたのを見たセイバーは、組んでた腕を解いた。

 

「どうした? 随分とお疲れのようだな? ……ゆっくりと休むがいい。永遠にな!」

 

 その言葉と共にセイバーの指先から光弾が飛び時臣を狙った。余りの速度に時臣は反応すらできない。

 だが彼のサーヴァントたるアーチャーはその限りではなかった。用意しておいた盾を即座に

時臣の前に展開させてセイバーの奇襲を防ぐ。

 

「フッ、お前にしては随分とお優しいことだ」

 

「何度も言わせるな。我の眼前で我の臣下を傷つけることを、この我が許すと思うか」

 

「お、王よ……」

 

 咄嗟の形とは言え、命を救われた時臣は目の前に立つ自らのサーヴァントに、初めてこの上ない安心感を抱いた。思えば召喚してからこちら、このアーチャーはマスターである自分の事を顧みた事はなかったし、自分もあくまで形式上の臣下を演じることで、彼をコントロールしようとしていた。その為、両者に建前の主従関係はあっても真の信頼関係はなかったのだ。

 だが、暴君ではなく民を守る王として振る舞うこの英雄王を見て、初めて時臣は彼を建前無しに、聖杯戦争の最終的な目的など関係なしに、無条件に信頼するべきかと思い始めた。

 どのみちあのセイバーに対抗できるのはこのアーチャーしかいないのだから。

 

 アーチャーの背後の空間が揺らめき、無数の宝具がその切っ先を出す。

 それに応じるようにセイバーもまた半身をずらして構えを取った。

 

「待て待て待てーい!」

 

 そんな臨戦態勢に入った二人の間に割り込んだのは、雷を纏う戦車だった。ライダーのサーヴァント、征服王イスカンダルである。

 落雷をまき散らしながら現れたチャリオットは、アーチャーのすぐ側に着地する。それを見たアーチャーが面倒げに舌打ちした。

 

「なんだライダー? この期に及んでまた仲裁でもするつもりじゃなかろうな?」

 

「んなわけあるか。流石にこんな惨状を見せられては余の義侠心だって燃えたぎってしまうわい。余がここに来たのは同盟の盟約を果たす為……。つまりは助太刀に来たのよ!」

 

 胸を張って答えるライダーに、アーチャーは一瞬ポカンとしたような表情をしたが、すぐに楽しげに笑った。

 

「とことん阿呆よな、お前は。あんな酒の席の戯言を本気で信じておったのか」

 

「なにっ? 酒の席の戯言って……お前なぁ!」

 

 流石に怒りかけたライダーにアーチャーは小さく微笑んだ。

 

「冗談だ。許せ」

 

 初めて見る英雄王の、童のように純粋な笑みにライダーは芽生えかけた怒りが一瞬にしてしぼんでしまった。

 

「このアーチャーもこんな顔する時があるんだ……」

 

 御者台にいたウェイバーはあの傲岸不遜なアーチャーがこんな無邪気な顔をすることに驚いていた。

 一方ライダーは少々、気が削がれてしまった為、おっほんと咳をして改めてセイバーに向き直る。

 

「ともかくだ!セイバー、貴様をこれ以上野放しにするわけにはいかん! このまま貴様を放っておいたら、余が征服するべき世界がなくなってしまうわ! 征服王イスカンダルの名において我が戦友、英雄王ギルガメッシュと共に貴様をここで成敗してくれるっ!」

 

「勝手に仕切るんじゃあない、征服王。ここは我の口上で決めるのが筋というものであろうが」

 

「はっはっは! 残念だったな英雄王。こういうのはな、言ったもの勝ちなのだ!」

 

 子供のような事で口論を始めた二人の王の後ろで、ウェイバーも時臣に声をかけていた。

 

「ねえ、あんた? アーチャーのマスターなんだろ? とりあえずこの戦車に乗ったほうがいいよ。地上に1人で生身のままでいるとセイバーに殺されちゃうぜ?」

 

「あ、ああ。君はライダーのマスターのウェイバー・ベルベットか。いいのかね? 私が勝手にそのライダーの宝具に乗ってしまっても」

 

「ライダーのマスターの僕が言うんだ。構わないよ。というかあんたは知らないかもだけど同盟相手のマスターに死なれたら僕も困るんだ」

 

「……では、お言葉に甘えさせてもらおう。今は何よりもあのセイバーを倒すことが先決だからな」

 

 納得した時臣はウェイバーの手を借りてライダーのチャリオットへと乗り込んだ。

 それを見計らっていたように英雄王と征服王は口論をやめて、セイバーへと向き直る。

 セイバーもアーチャーのマスターが、ライダーのチャリオットに乗り込むのを気づいていたにも関わらず、手を出さずに見守っていたが、彼らの戦闘準備が出来たと見るやゆっくりと構えた。

 

「もう茶番は終わりか?死ぬ準備も整ったようだが、これで思い残す事もあるまい。心置きなく死ね」

 

「ほざけ。死ぬのは貴様のほうよ。その慢心、真っ二つにへし折ってくれよう」

 

 アーチャーのその返しには隣のライダーがウケたようで大きく笑う。

 

「はっはっは!英雄王、お前がそれを言うか。ではまず余から先手を打たせてもらおうか!」

 

 その言葉と共に大気の匂いが変わった。

 様々な物が焼け焦げ、悪臭に満ちた大地の匂いが消えていく。代わりにその場に吹いたのは太陽の光で消毒された清潔な砂塵の混じった風だ。

 空はいつの間にか晴れ渡り、眩しく輝く太陽と蒼穹の空が天を塗りつぶしていた。

 

「これは……」

 

 世界が塗り替わっていくその異常事態に、さしもののセイバーも警戒心を強める。

 どこからか吹き込む砂塵の量はますます増えて砂嵐となって辺り一帯を覆い尽くした。

 そしてその場に流れてくるのは砂塵だけではない。砂塵と共に無数の規則正しい足音が響いてくる。その数は1人や2人ではない。何千、いや何万という大軍隊の行進の音だった。

 この現象の正体に一番に気がついたのは、やはり魔術師である遠坂時臣とウェイバー・ベルベットであった。

 

「嘘だろ……これってまさか……」

 

「ありえん……ライダーのサーヴァントがよりにもよって……固有結界を使うなどと……!」

 

 最早そこは瓦礫の街ではなかった。いつしかライダーの力によってその空間は熱砂が吹き荒れる砂漠の荒野へと変貌している。

 

「征服王イスカンダル―――貴方は魔術師だったというのか!?」

 

 時臣のその疑問にライダーは誇らしげに笑いながらも首を振って否定した。

 

「まさか、余は生前から一介の王であり、これからもそうだ。こんなことは余ひとりだけでは出来はしない」

 

 そして腕を広げてこの世界の空気を大きく吸い込んだ。

 

「そう―――余ひとりではな。この世界を作れるのは我ら全員が同じ心象風景を共有しているからよ」

 

 その言葉とともに足音が一層強まった。同時に砂塵が晴れて砂嵐が隠していた物が見えていく。

 そこには屈強な歩兵がいた。大弓を携えた弓兵がいた。自身の身長よりも長い槍を持った槍兵がいた。見事な毛並みをした馬に乗った騎兵がいた。ローブを纏い杖を持った魔術師がいた。

 ひとりひとり人種も違えば装備も違う。統一された装備をした者たちもいれば、明らかな一品物の輝く装備に身を包んだ者もいた。ただひとつ共通点があるとすれば、彼らは全員が戦士であり、戦う意思をその目に焼き付けているということだ。

 そしてその総数は数え切れない。ライダーの背後。見渡す限りの視界に彼らはいた。

 

「嘘だろ……。」

 

 ウェイバーと時臣が呻いた。

 

「こいつら全員がサーヴァントだ……」

 

「英霊の連続召喚……まさかそんなことが……」

 

「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 肉体が滅びようと、時空を超えて集う我が歴戦の勇者たちを! これこそが我が至高の宝具! 王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!」

 

 その言葉と共に実体化した何千何万の戦士達が雄叫びを上げる。

 空間そのものを揺るがす戦士たちの咆哮を前に、しかしセイバーは表情を変えなかった。

 

「皆の者! 此度の敵は人理殲滅を目論む邪神なり! ならばこそ! かつて世界を征した我らが挑むのは必然である! この戦にはこの世の全てがかかっていると知れ!」

 

 そして征服王はバサリとマントを翻して、隣に立つ英雄王を指し示す。

 

「そしてこの世の全てがかかっている戦故に! この一戦はこの世の全てを持つ英雄王が我らが至高の援軍として駆けつけた! ―――英雄王よ! 打ち合わせ通りあれをやるぞ!」

 

「喧しいぞ征服王。その濁声でいちいち我に指図するでないわ―――そら!」

 

 征服王に促された英雄王は指をパチンと鳴らす。それを合図にして固有結界の上空に数えるのも馬鹿馬鹿しい数の空間の歪みが現れた。

 英雄王の宝具、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の発動の前兆だ。

 それを自分への攻撃と判断したセイバーは素早く頭上を警戒するものの、そこからの出来事は彼の想像の埒外だった。

 上空から放たれた無数の宝具の数々は、セイバーではなく。征服王の背後に展開する兵士たちに向かって放たれたのだ。無数の宝具が砂漠に着弾し、砂煙が彼らの姿を覆い隠した。

 それを見たセイバーは思わず鼻で笑う。

 

「おやおや。戦う前から仲間割れか?まったくこれだから下等な人間は―――」

 

「―――ハ。勘違いするでないわ、たわけ。やはり貴様の目は節穴のようだな、何なら我が入れ替えてやろうか?」

 

 嘲るセイバーの言葉を遮ったのは、英霊軍団に宝具の群れを撃ち込んだ英雄王本人だった。そして砂煙の中から征服王が言葉を続ける。

 

「その通り。これは単なる戦闘準備よ。此処から先は余も未知の世界だ。何しろ我が無双の兵士たちが、伝説の武具をその手にしたのだからな!この総戦力、余の目を持っても推測できん!」

 

 砂塵が晴れた時、兵士たちの装備は一変していた。

 先ほどまで彼らが身に付けていたものの大半は、使い込まれ磨き上げられているが、あくまで通常の武具に過ぎなかった。しかし今彼らが握っているのは、本来英雄王の宝物庫に納められているはずの原初の輝きを放つ様々な宝具だったのだ。

 これには流石のセイバーも表情を引き締めた。

 

「ふはははははは! この征服王の無敵の軍勢に、英雄王が持つ至高の武具を持たせる! 無敵に至高を掛けて、究極の軍隊の出来上がりよ! さあ、セイバーよ! 貴様はこの軍勢を打ち破ることができるかな!?」

 

「……ふん。まずは下等生物にしては足りない頭をよく使ったと褒めてやろう。貴様らはメインディッシュ故に量には期待していなかったが、量に加えて質まで備えるとは……嬉しい誤算だ。この孫悟空の体も喜びに打ち震えているぞ!」

 

 究極の軍勢を前にしてセイバーは臆すどころか、唇を舐めるとむしろ楽しげに構える。彼がその手に光剣を作り出すと同時に、究極の軍勢が雄叫びを上げ怒涛と化してセイバーへと突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これが至高の武具だって?一週間待っててください
俺が本当の至高の武具ってやつをお見せしますよ(冬木市在住 士郎さん談)



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究極のフュージョン!ギルガメッシュとイスカンダル! ※しません

 まず最初にセイバーに向かって放たれたのは、横殴りの雨の如き勢いで投擲された無数の宝具の投げ槍だった。無論その程度、セイバーにとって高速移動で躱すことなど造作もない。だがこの行動によって、魔力を練り上げて、かめはめ波のような一軍を壊滅させる大規模魔力砲撃を放つタイミングを失った。

 続いて無数の槍を構えた騎乗兵の集団が突撃してくる。

 

 普段のセイバーなら力任せに蹴散らしていただろうが、騎乗兵が構える色とりどりの宝具の切っ先がそれを躊躇わせた。

 つい先日格下と侮ったランサーの宝具に思わぬ痛手を負ったばかりなのだ。単に投げつけてくるだけのアーチャーのそれと違って、使い手のいる宝具には存分に警戒する必要がある。

 

 とは言え、警戒するべきはあくまで宝具の刃のみ。敵兵の大半は自分の敵ではないとセイバーは魔力探知と経験則から、王の軍勢のサーヴァント達の平均な戦闘力を既に見切っていた。

 故に奇襲も策もせず正面から騎兵のランスチャージを迎え撃つ。

 迫り来る槍衾が閉じきるよりも先に、常人どころかサーヴァントにすら視認すら出来ない高速移動で槍の内側へと飛び込むと、敵を見失い方向転換に手間取る騎兵達の後ろに喰らいつき、そのまま当たるを幸いに光剣で英霊達を片っ端から紙切れのように切り裂いていく。

 光剣で馬ごと兵士が両断される、蹴りで数人を巻き込んでなぎ倒される、エネルギー波で騎兵の集団が纏めて吹き飛ぶ。同じ英霊同士とは思えない程の一方的な差がそこにあった。

 だがそれを座して見ている征服王ではない。

 

「矢を放てぃ!」

 

 その一喝と共に後方に控えていた弓兵達が一斉に宝具の弓を引き、無数の矢を放つ。

 放たれた矢は文字通り矢雨となって、セイバーがいる地点に向かって降り注いだ。

 通常の軍勢の行為ならば、セイバーの付近にいる味方を巻き込むことも厭わない非情な攻撃と見るだろうが、彼らは王の軍勢。弓兵にしても一人一人が超常の達人だ。

 まるで矢に意思があるかのように、落下する無数の鏃は王の軍勢には当たらず、逆にセイバーと、彼の逃げ道になりうる空間に降り注ぐ。

 流石にうっとおしさを感じたのか、セイバーは気合とともに全身から全方位に向かって爆発的な魔力放出を行った。

 彼を中心に半径数十メートルが爆発し、圏内にいた騎兵達や飛んできた矢の雨が、纏めて薙ぎ払われて吹き飛んだ。

 

「ふむ。仕切り直しか……」

 

 その様子を見た征服王は慌てた様子もなく顎を撫ぜる。まだまだ兵士はいる。この攻撃は序の口に過ぎない。

 だが、

 

「いいや。これで終わりだ!」

 

 セイバーに取ってはこれは単なる仕切り直し以上の意味があった。周りを薙ぎ払ったのは雑魚を一掃するだけでなく、自分の攻撃の射線を通すためでもあったのだ。

 手から生えた光剣を振るとそのまま光剣は刃として射出されて、一気に征服王達のいる本陣へと向かう。

 

「―――たわけ。我を忘れるとはいい度胸だ」

 

 しかし、それは数十の盾によって遮られた。英雄王の展開した防御宝具だ。

 セイバーの光刃は英雄王の張った十数枚の防御宝具を突き破ったものの、そこでエネルギーを使い果たして減衰し消滅する。

 

「いいタイミングだ! 金ピカ!」

 

「我に守りなどと地味な事をさせるのだ。これで負けたら承知せんぞ?」

 

 意外と息のあったそのコンビネーションにセイバーは舌打ちした。本陣を直接叩こうにも英雄王が本陣の守りを固めているのでは、生半可な攻撃は通らず、一気に決着をつけるのは難しい。

 だが、自身に取って明らかに不利な状況にも関わらず、セイバーは楽しげな笑みを浮かべた。その顔に不快感を感じたのか、英雄王が反応する。

 

「何がおかしい。セイバー」

 

「笑っているのはこの孫悟空の肉体だ。戦う相手が手強ければ手強いほど歓びを感じる。度し難い戦闘民族のサガというやつだな。だが……私自身も悪くはない気分だ。強者を気取った屑どもを踏み潰すのは嫌いではない。屑は、いくら集まろうと所詮屑なのだ……!」

 

「大概に救えん輩よ。最早貴様は、ただの狂った神だ」

 

「神の思考を人間風情が理解できぬのも、無理なきこと。死んで悔い改めろ!」

 

 そう言って本陣に突撃しようとしたセイバーだが、その時ようやく気がついた。

 英雄王との会話の間に、いつの間にか彼らの背後に控えていた王の軍勢が陣形を広げ、自分を半球形状に包囲しつつあるということに。

 英雄王がこちらに話しかけてきたのは、この陣形が完了させるための注意を引くためだったのだ。

 

「突貫せよ!」

 

 征服王が吠える。その言葉とともに再び兵士達が武器を構えて突撃を開始する。

 先ほど騎兵が蹴散らされた事もあってか、彼らの先陣を切るのは歩兵部隊だった。

 セイバーが格闘も含めた超近接戦をも得意としていることを理解したのか、彼らの大半は内側に入られると脆い槍の宝具ではなく、剣の宝具を手にしている。

 

 セイバーは空を飛ぶことを意識するが、空に逃げれば再び先ほどの弓兵の一斉射撃が来るだろう。

 そこであえてセイバーは王の軍勢に押されるように後ろに後退し始めた。無論、後退速度と前進速度では後者のほうが早い。敵が臆したと見た歩兵部隊は更に気勢を上げて追いすがってくる。

 そして彼らの両翼からは騎兵部隊が更にこの包囲網をそのものを包むように、大きく広がっていた。先回りしてセイバーの背後の退路も断つつもりだろう。

 

 なんともいじましい努力ではないか―――。

 

 セイバーは蟻も通さぬと言わんばかりの陣形に僅かばかりの感心と、嘲りを持ってこれを賞賛した。

 元よりセイバーは王の軍勢の数をさほど脅威には思っていない。この宝具も征服王の采配も軍と軍とのぶつかり合いに真価を発揮するものだ。

 たった一人のセイバーに挑むには余りにも無駄が多い。

 例え数万の英霊軍団を呼びだそうと、実際にセイバーと刃を交える事ができるのはその中の極一部―――、精々が数十から数百といったところか。

 

 そしてそれ以外の戦力は唯の予備戦力にしかならず役立たずとなる。通常の軍隊相手ならこれ程の兵士の数は視覚的にも相当なプレッシャーになるだろうし、倒しても倒しても尽きることのない兵力は確実に敵の士気を削ぐ。が、そんな繊細な神経をこのセイバーが持っているわけもなかった。

 それにこれだけの大魔術いつまでも維持できるはずもなし。数を徹底的に減らしていけばいずれ瓦解するだろうとセイバーは当たりをつけていた。

 

 セイバーはそんな事を考えつつ、後退をやめて歩兵部隊に向かって襲いかかる。

 歩兵部隊の先頭に立つ兵士たちは、手にした剣を射程外にも関わらずこちらに向かって振りぬいてきた。次の瞬間、振り下ろされた剣から炎の渦や、不可視の斬撃、魔力の雷など、様々なエネルギーが飛び出してきてセイバーに襲いかかる。宝具の特殊効果だ。

 だが、セイバーに対しては余りにも貧弱だった。

 セイバーは手の光刃の出力を上げるとその全てを一薙ぎで打ち払い、続く返す刀で光刃を数十メートルにまで伸ばして歩兵部隊の先頭を纏めて薙ぎ払った。

 

「ハッ!英雄王よ! この期に及んで随分とけち臭いことをするな! 雑兵共には低級宝具しか恵んでやらんつもりか!?」

 

 セイバーの指摘通り、この歩兵部隊が使っていた宝具の剣は大半がランクの低い宝具だった。今の魔力と戦闘力が増大したセイバーの光剣なら、一合と持たずにへし折られる程度の物だ。

 事実先ほど薙ぎ払われた歩兵達は手にした宝剣もろとも四散している。

 

「ふん。図に乗るな下郎。貴様如きそれで充分ということよ」

 

「左様! どうしても神造クラスの宝具が欲しいというのなら、貴様の最後に腹一杯馳走してやるゆえ待っておけ!」

 

 征服王の言葉を合図にして、一度は蹴散らされた歩兵部隊が態勢を立て直して再び挑んでくる。

 だが今度は彼らの突撃に先じて、再び後方から弓兵の支援射撃が行われる。

 舌打ち一つと同時に光剣を発生させてない方の腕を一振りして、無数の光球を生み出し、迫り来る矢の雨を迎撃する。

 数百の鏃が数百の光弾に撃ち落とされて、蒼穹の空に連続的に派手な花火を咲かせた。

 その光景に口の端を緩めたセイバーだが―――すぐにその表情が驚愕に取って変わる。

 

「なんだと?!」

 

 放たれた矢の五月雨は確かにセイバーの魔力弾で大半が迎撃されていた。

 だがその内の4割程は迎撃されたのにも関わらず、威力を落とすこともなくセイバーに向かって飛んできたのだ。

 反射的に跳躍して回避するセイバー。そしてそれは正解だった。彼が先ほど居た所に突き刺さった矢は、爆弾でも炸裂したかのような大爆発を起こしたのだ。

 それを見たセイバーはカラクリに気がついた。

 

「低ランクの宝具の中に高ランクの宝具を混ぜているのか!おのれ、くだらん小細工を!」

 

「小細工結構! 戦場においては奇手、絡め手は相手を強敵と認めているからこその戦術よ! 喜べ、貴様は余がなりふり構わず全力で打ち倒すべき相手と認めているのだ!」

 

 セイバーの怒りの声に征服王が笑って答える。先ほどまで低ランクの宝具を装備していた兵士達は、セイバーの油断を誘う為のものだったのだ。

 

「下等生物の賞賛なんぞ嬉しくともなんともないわ!」

 

 最早、こんな無礼な連中の戦争ごっこに付き合うのはやめだ。とセイバーは考えた。どの道セイバーには必勝の戦術が残されている。

 再び襲いかかってきた兵士の群れを、視認すらできない超高速で掻い潜り、ついでに進路上にいる者をすべて切り捨てながら、一旦包囲網の外に脱出する。

 その結果、征服王と英雄王がいる本陣からは更に距離が離れてしまったが、問題ない。

 自分には距離というものは関係ないのだから。

 

 一旦軍勢から距離を取ったセイバーはその人差し指と中指を額に当てる。気を―――いや、魔力を改めて探る必要もない。目的のそれは自分の知覚にずっと引っかかっていたのだから。

 セイバーは瞬間移動を発動させてその場から消えた。

 

 

 

 

 次にセイバーが現れたのは征服王と英雄王、そして征服王の宝具たるチャリオットに乗ったマスター達が一箇所に集まる本陣の真後ろだった。

 無数の防御宝具も虚空を渡って現れるこの瞬間移動には為す術なし。

 後は無防備にその背を晒している彼らに、ありったけの魔力弾を叩き込めばそれでゲームセットだ。

 そう思った瞬間、セイバーの体は不可視の力によって、大きく上空に弾き飛ばされていた。

 

「ば、馬鹿な! 瞬間移動が弾かれただと!?」

 

 予期せぬ理不尽に珍しくセイバーが驚愕の悲鳴を上げる。

 だが彼に取って本当に最悪なのはここからだった。周りの空間が歪み、四方八方から無数の鎖が射出され、セイバーの体に絡みつき締め上げる。その力たるや、並の英霊ならそれだけで四肢がちぎれ飛ぶほどだ。

 

「ふん……。ようやく本命の罠にかかったか。我にここまでの手間を掛けさせるとは流石は狂っていても神といった所か。褒めてやる」

 

「おのれ英雄王……、これが貴様の切り札か!」

 

 締め付ける鎖の圧迫に顔を歪めながら、セイバーは叫ぶ。英雄王は捕らえた獣を見物する王侯貴族のような風情で楽しげに答えた。

 

「然り。貴様の瞬間移動はランサーの一件で既に我の知る所にある。知ってさえいれば対策するのも不可能ではない。我の宝物庫の中には、多次元からの干渉や空間移動を封じる宝具もあるのでな」

 

 彼らの背後に瞬間移動した瞬間、吹き飛ばされたのはそれが理由か。だが何よりも厄介なのは瞬間移動を無効化されたことよりも、セイバーを縛り付けるこの無数の鎖だった。

 

「その天の鎖は神獣たる天の雄牛すら捕らえた対神兵器よ。相手の神性が高ければ高いほど、より強固に相手を縛る。貴様が神だったことが災いしたなぁ?」

 

 楽しげに英雄王は解説を続けた。

 

「巫山戯るなよ、人間……! この私をたかが獣風情と同列に扱うか……!」

 

 怒り狂ったセイバーは更に全身から魔力炎を噴出させるが、それでも鎖はびくともしない。それどころか魔力が抑えられる始末だ。瞬間移動もできない。

 まるで蜘蛛の巣にかかった哀れな獲物のような、セイバーの姿に溜飲を下げたのか英雄王は機嫌を良くした。

 だが、隣にいる征服王はそうでもなかったようだ。

 

「なんじゃ、英雄王よ。あれは余が直々に我が勇者達と共に打ち倒すつもりだったというのに、こんな罠を用意しておったのか。貴様、余と余の軍勢を最初から囮にするつもりだったな?」

 

 不満そうに愚痴ってくる征服王に英雄王は楽しげに肩をすくめた。

 

「なに、許せ。征服王。此度の戦は失敗は許されぬ。確実に仕留めるにはこれが一番だと判断したまでよ。―――代わりと言ってはなんだが止めは貴様に譲ってやろう。存分に蜂の巣にでもしてやるがいい」

 

 その言葉に道理を感じ取ったのか征服王は一つ溜息をつくと、配下の弓兵に号令を飛ばして弓を構えさせた。宝具の弓を携えた兵士達が次々と弓矢を引き絞る。

 当然その狙いの先は鎖に縛り付けられたセイバーだ。如何に奴が頑丈であろうと数百、数千の宝具の矢で撃ち抜かれれば滅びるしかあるまい。

 征服王は今や単なる射的の的に成り下がったセイバーを見て独りごちた。

 

「……幕切れは、呆気なかったな」

 

 無論セイバーも唯で撃ち殺される気などさらさらなかった。動きを封じられても出来ることはある。

 彼は念話を自らのマスターである切嗣に繋ぎ、令呪によって自らの脱出を命じていた。本来通話先の相手が固有結界の向こう側では、如何に念話といえどそう簡単には繋がらない。しかし元界王でもあるセイバーにとって、別の世界との念話はお手のもの。さほど苦労することもなく念話のラインはマスターへと繋がった。

 切嗣のほうは令呪を切ることに何故か異常に躊躇っていたようだが、セイバーの、ここで敗北すればこの戦いの犠牲者が全て無駄死になる、という説得にしぶしぶにだが応じた。

 

『……令呪を持ってここに命ずる。我がサーヴァントを離脱させよ』

 

 念話越しのその言葉と共に、全身に増幅された魔力が満ちる。それを持ってセイバーは一気に空間転移をしようとして―――失敗した。

 

「何だと!?」

 

 状況を把握していたのだろう、英雄王が未だ無数の鎖に捕らえられたセイバーを嘲笑う。

 

「愚か者。天の鎖(エルキドゥ)で縛り付けたのだ。令呪による逃亡などこの我とエルキドゥが許すものかよ。貴様はそこで何もなすこともできずに死ね。これは王命である」

 

 王者と勝者の風格を持って、絶対の死を英雄王が囚われの神に命ずる。

 だが、もはや絶対絶命―――風前の灯火にあると思われたセイバーが笑い始めた。

 

「何がおかしい。死を前に気でも狂ったか?」

 

「いいや、私は正常だ。アーチャー。私はお前達を哀れんでいたのだよ。実際この私をここまで追い詰めることができるとは人間にしては見事なものだ。褒めてやる。

 ……だがその半端な実力故に貴様らは真の恐怖を目撃することになるのだ。人間風情では決して届かない神の領域というものをな!」

 

 そのセイバーの言葉に対しては、英霊2人よりも征服王のチャリオットに乗るウェイバーが反応した。このセイバーが引き起こした惨状と、それに伴う恐怖を何度も体感しているが故に。

 

「お、おい。ライダー、あいつまだ何か隠し持ってるようだし、早い所止めを刺したほうがいいんじゃないのか?!」

 

「……確かにな。よし、弓兵隊。撃てぃ!!」

 

 ウェイバーのその言葉は一理あった。

 征服王は頷くと腕を上げ、射撃準備を完了させていた弓兵達に一斉射撃の号令を発した。

 無数の宝具の矢が弓兵隊から放たれる。その全てがセイバーへの直撃コースに乗っていた。

 だがそれは僅かに遅かった。

 

 

 

 

 セイバーは令呪による空間転移をも封じられた時点で、動揺したふりをして英雄王達と会話をし、時間を稼ぎつつも、切嗣に新たな指示を出していたのだ。

 その内容は、再び令呪を切れという命令だった。ただし今回の令呪による命令は先のそれとは全く違う。この意味不明な指示に彼は一瞬戸惑ったが、すぐにその指示は実行に移された。

 

『令呪を持って命ずる。我がサーヴァントよ。超サイヤ人ロゼとなれ!』

 

 それはまさしくギリギリのタイミングだった。

 放たれた矢はセイバーの目前まで迫る。だがそれがセイバーの体に突き刺さるより先に、セイバーから膨大な量の魔力の炎が膨れ上がった。

 炎は嵐となって迫り来る宝具の矢すらも薙ぎ払い、粉砕していく。セイバーを縛る天の鎖はかろうじて魔力炎に耐え切れたが、彼を狙った宝具の矢の群れは全て粉々に消し飛んでしまった。

 

「……なんだと?」

 

 想像を絶するその力に英雄王ですら目を見開く。

 そして更に信じがたいことにセイバーから放たれる黒い魔力炎は更にその規模を巨大にさせつつある。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」

 

 セイバーの咆哮は続く。そしてその咆哮と共にセイバー自身にも変化が起こり始めていた。

 そして世界が悲鳴を上げる。

 

「なんだこれは……セイバーの髪の色と魔力の色が……!」

 

「変わっていく……?!」

 

 時臣とウェイバーがその変化を見て驚愕に打ち震えた。

 もはや真紅と化したセイバーの魔力炎は空中にあるにも関わらず、地に突き刺さり、天をも貫くほど程の高さへと成長していた。それに伴ってセイバーの髪の毛が逆立ち、薄紅色へと変化する。

 蒼天のはずの固有結界内部にも関わらず、薄暗い雲が頭上を塞ぎ、稲光をまき散らす。

 立っていられないほどの地震が大地を揺らした。

 セイバーの圧倒的な魔力が固有結界にすら干渉をしているのだ。

 まさしく神の起こした天変地異が如き現象だった。

 

 そして膨れ上がった魔力がピークに達したその瞬間、余りの魔力量に耐え切れず、甲高い音を立てて、セイバーを縛り付ける天の鎖が木っ端微塵に砕け散った。

 神秘はより強い神秘によって打ち破られる。

 神をも縛る鎖が、神に打ち砕かれた瞬間だった。

 

 そして膨れ上がった真紅の魔力炎が収まり、セイバーを包む。

 血を煮詰めたような禍々しい真紅の闘気、逆立った薄紅色の髪、そして灰色の瞳。

 新たな姿へと生まれ変わり、戒めから解き放たれたセイバーはまさしく全てを見下ろす神の様に、傲然と下界の人間たちを見下ろした。

 

「セイバーが……」

 

「変わった……?」

 

 2人のマスターは唖然として、豹変したセイバーを見上げている。姿が変わったというのもそうだが、それ以上にセイバーの魔力の質が全く変質したことが信じられなかったのだ。

 先ほどまでのセイバーはただそこに居るだけで凄まじいまでの威圧感を感じさせるほどの魔力をまき散らしていた。

 

 だが、今のセイバーを見よ。

 

 膨大な魔力を発散しているはずなのに、まるで澄み切った湖のように底が見えず、その質を感じ取る事が出来ない。

 魔術師であるならば魔力を感じ取る技能は最早、基本であり必須だ。だというのに眼前のセイバーは魔力を抑えているわけでもないのに、一切魔力を感じ取れない。それが何よりも恐ろしかった。

 人は理解できない未知なるものにこそ恐怖するがゆえに。

 

 そして同じサーヴァントである征服王と英雄王は、2人のマスター以上にこのセイバーの変化の本質を見抜いていた。

 

「英雄王よ。まさかあやつは……」

 

「……ああ、英霊でもサーヴァントでもない。正真正銘の神霊へと変化したな」

 

 古代メソポタミアにおいては、神と人の距離は現在よりも近く、度々神々と接触し場合によっては戦ってきたギルガメッシュはいち早くセイバーの正体を理解する。

 あれほどの神威、神格を持った神霊は、過去に神々とも競いあったギルガメッシュをしても尚、未知の存在だ。

 あの姿になったことによって、セイバーの神性は更に高まっている。にも関わらず神性が高ければ高いほどその硬度を増す天の鎖を、奴は力任せで引きちぎったのだ。その力、最早計測すらできない。

 

「フフフ……光栄に思うがいい、ライダー、そしてアーチャー。この俺の神なる姿を拝謁できたことに。そして喜ぶがいい人間ども。この地で死んだ大量の人間どもの魂を喰らっていなければ、例え令呪の後押しがあろうとも、俺はこの姿に成ることは出来なかっただろう。

 貴様ら人間どもの命と絶望を喰らい、俺は更なる美しさの極みへと至るのだ!」

 

 その霊基を神霊のそれへと変えたセイバーが声高らかに叫ぶ。

 変身したことにより極度の興奮状態にあるのか、セイバーは一人称まで変化していた。

 

「この姿の名は……、ロゼ。超サイヤ人ロゼ。フフフ……フハハハ! 美しい名前だろう? 地獄で獄卒共に我が神威の姿を目撃できたことを自慢してやるがいい!」

 

 一人悦に入って高笑いを続けるセイバー。

 英雄王はそれを隙と取って、即座に攻撃態勢に入る。彼の背後で無数の宝具がその姿を表し、撃ちだされた。

 

「ふん、姿を変えたせいか、髪の色以上に頭の中身もめでたくなったようだな! 斯様な台詞は我らを殺して、屍に向かってほざくがいい!」

 

「ではそうさせてもらおう」

 

 セイバーは高笑いをやめ、そのテンションを一瞬で平時のそれに戻す。

 そして瞬間移動でその姿を消して宝具の群れを回避する。

 

 ―――何処に行った!?

 

 ギルガメッシュは周りを見渡す。

 彼の首には豪華な宝石が誂えられた首飾りがある。自身の至近への空間転移を封じる宝具であり、先ほどセイバーの瞬間移動を弾き飛ばしたのもこれだ。

 故に今の瞬間移動は攻撃を回避するためのものであり、距離を取るためのものだろうと推測したのだ。

 だがその予測は覆される。

 

 ビシリという不吉な音と共に転移封じの首飾りの宝石がひび割れたのだ。それが意図することを反射的に理解した英雄王は咄嗟に宝物庫から神剣を引き抜きつつ、背後へとそれを振るった。

 

「遅い」

 

 果たしてセイバーはギルガメッシュの予測通りそこにいた。その神気だけで、転移封じの宝具を破壊して強制的に英雄王の背後に現れたのだ。だがそこから先の展開はさしものの、英雄王の彗眼でも見切ることは出来なかった。

 なんとセイバーはギルガメッシュの振るった一撃―――彼の宝物庫の中でも最上級の神殺しの神剣を、事もあろうに指先で摘んで止めていた。ギルガメッシュの目が驚愕に見開かれる。

 そしてお返しとばかりにセイバーの廻し蹴りが、英雄王の胸に叩き込まれる。上級宝具の一撃すら耐えられる黄金の鎧を大きく凹ませた英雄王は、付近の兵士を巻き込みながら悲鳴すら上げずに数十メートルの距離を吹き飛ばされた。

 

「英雄王!おのれっ!皆の者、かかれっ!」

 

 征服王の声と共にセイバーの神気にあてられて硬直していた王の軍勢の兵士たちが、我を取り戻し、一斉に襲いかかる。

 無数の槍と剣が殺到し、セイバーを串刺した。

 

 いや、串刺したように見えた。

 

 軍勢の兵士達が持つのは、単なる武具ではない。共同戦線に当たって英雄王から貸与された、古今東西にその名を轟かせる伝説の武具の原典である。

 しかしそれらの刃は唯の一つとて、セイバーには届くことはなかった。

 セイバーの纏う真紅の神気に阻まれて、その全てがへし折られ、弾き飛ばされたのだ。

 

「虫けらどもが……煩わしいぞ!」

 

 セイバーの咆哮と共に彼の纏う神気が一気に膨れ上がる。それに爆発の前兆を見て取った征服王は、自ら戦車の綱を引きながらその場を離れつつ、部下へも離脱を命じた。

 

「いかんっ! 引けっ! 引けー!」

 

 臨界点に達したセイバーの神気が炸裂すると同時、凄まじい大爆発が発生し、辺り一帯を吹き飛ばしたのだ。

 セイバーの付近に居た者で避難できたのは機動力に優れた僅かな騎兵と、神牛の駆る戦車に乗った征服王とそのマスター達だけであった。

 

「ぬうっ。よもやこれ程とは……かつて星の海の神々すらをも滅ぼしたというのは、大言壮語ではなかったか!」

 

 空中に戦車ごと逃れた征服王は苦々しい顔をして、爆発跡を見下ろす。今の一撃で数千人の兵士たちが消し飛ばされて、座に戻された。

 巨大なクレーターの中心部には涼し気な顔をしたセイバーがこちらを見上げている。

 まだまだ兵士達の数には余裕があるが、このままでは本当に正面から皆殺しにされてもおかしくはない。

 しかも英雄王の姿も見えない。まさかとは思うが、今の一撃でやられてしまったのだろうか。彼から与えられた兵士達の宝具がまだ消えていないため、何らかの方法で生き延びていると思いたいが。

 

「フッフッフッ……流石にここまで生き残っただけあって、逃げ足の早さだけは中々のものだ。もっとも今の一撃は挨拶がわりだ。こんなことなら英霊にだってできる」

 

 クレーターの中で腕を組んだセイバーが余裕の表情で語りかけてくる。

 彼はゆっくりと舞空術で空中に浮かび上がると征服王のチャリオットと相対した。

 

「ここまで俺と渡り合った褒美に良い物を見せてやろう」

 

「良い物だと……?」

 

 征服王の疑問の声に答えること無くセイバーは顔を厳しく引き締めると、その右腕から真紅の光剣を生み出した。

 そしてその光剣を自らの左の掌へと突き立てる。

 

「ぬううううぁあ……!」

 

 突如として始まったセイバーの自傷行為。その意図が読めず、征服王は混乱した。

 それがセイバーにとっても強烈な痛みを与えているのは、彼の表情と顔に流れる脂汗を見れば明白である。

 

「はああああ……!!」

 

 そしてセイバーは光剣を全て左の掌に撃ちこむと、今度は光剣を掌から一気に引きずりだした。

 

「鎌……だと?」

 

 セイバーの掌から引きぬかれた、新しい武器を見て征服王が警戒する。

 それはセイバーの真紅の神気で構成された巨大な大鎌だった。

 

「美しいだろう? これはこの俺が抱える人間共への無限の怒りが形となったものだ……。だからこそ命を刈り取るこの形状が相応しい。この力、とくと味わえっ!」

 

 そう言うと数十メートルの距離があるにも関わらず、セイバーは大鎌を大きく振りかぶり一気に振り下ろす。

 だが、その行動は大ぶり過ぎた。

 予備動作から相手の動きを見切った征服王は戦車の手綱を走らせて、素早く上空へと回避する。次の瞬間、轟音を立てて大鎌の斬撃が波となって戦車の真下を走り抜けていった。

 

「大層な武器のようだが、随分と大雑把だな!そんな攻撃なら早々当たらんぞ!」

 

「フフフ……果たしてそうかな?」

 

 攻撃を回避されたというのにセイバーは余裕の笑みを崩さない。征服王がその事に訝しんだその時、固有結界の内部を振動と爆弾でも炸裂したかのような重低音が襲った。

 

「な、なんだぁ、あれは!?」

 

 戦車の御者台に捕まっていたウェイバーが素っ頓狂な悲鳴を上げた。彼の視線の先には地上付近に禍々しく口を開いた全長数百メートルはあろうかという巨大な空間の亀裂があった。

 自らの固有結界に巨大な亀裂を入れられた征服王は冷や汗をかきながら、セイバーに問いだ出した。

 

「貴様……! 一体何をした!? 何だあれは!?」

 

「さあな、俺にもわからん。あの亀裂の奥に続いているのは別の宇宙か、遥か過去か、未来か……。或いは俺の抱え込んだ底なしの怒りか、この世界から続く貴様の因果か……。ククク……この俺の強さは、もはやこの俺自身の理解すら超えているのだ」

 

「いったい、何をわけのわからんことを―――」

 

 妄言としか言いようのないセイバーの言葉に業を煮やした征服王が更に問い詰めようとしたその時だった。

 空間の亀裂の中から無数の鬨の声が響いたのだ。

 声だけではない。亀裂から無数の煙が飛び出し、それらは人の形と取って実体化していく。

 その数は数百では効かず、王の軍勢にも迫る数だった。更にそれらの中心に一際巨大な影が実体化を果たし、声ともつかぬ咆哮を上げる。

 

「■■■■■■■■■■■―――!」

 

 それを見た征服王は驚愕に目を見開く。何故ならばその影は彼にとってよく見知った存在だったのだ。

 征服王イスカンダルが生前において幾度も覇を競い合った好敵手にして永遠の宿敵。

 勇猛たる古代ペルシア王にして、アケメネス朝最後の王、ダレイオス三世その人であった。

 

 かつて彼らが生身で大地を駆けた時代より2000年以上先の現代の冬木、その中に形成された異界の中で、喚び出された古代の王は古の宿敵を前に歓喜の産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 鎌で切り裂いた亀裂からゴラクが一杯出てくるのは、余りにも酷い絵面で腹筋が耐えられないので、敵の因縁の相手を呼び寄せる場合もあるというゼノバース2の設定を使いました。


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乖離剣炸裂!ギルガメッシュがやらねば誰がやる!

 セイバーが生み出した次元の亀裂から喚び出された異形の軍団。征服王イスカンダルはひと目でその正体を看破した。

 生前、幾度も刃を交えた宿敵にして、勇猛な古代ペルシア王を忘れるはずもない。

 

「あれはダレイオス三世……!? では周りの兵士達は奴の近衛兵団『不死隊(アタナトイ)』か!?」

 

「ほう? あれは貴様の知り合いか? では俺が切り裂いた次元は貴様の因果へとつながっていたようだな」

 

 セイバーは楽しげに答え合わせをする。彼の怒りを形とした真紅の大鎌は、次元を切り裂き、様々な可能性を引き寄せる。それは時として別の世界の自分自身であり、或いは敵の因果線を辿り、相手にとって因縁深い敵を呼び寄せる。その効果は一定ではなく、実際に次元の裂け目から何が出てくるかはセイバー自身にもわからないのだ。

 ウェイバーと同じく戦車の御者台に乗っていた時臣は、それが意味することに気が付き震えた。

 

「そんな馬鹿な……。これではまるで根源に干渉しているようなものではないか……!」

 

 これは形こそ変則的だが英霊の召喚に近い。ましてや次元を突き破って、直接英霊をサーヴァントとして引き寄せてくるなど聖杯でもない限り不可能なはずだった。

 

「■■■■■■■■■■■―――!」

 

 再び狂気を帯びた咆哮が上がる。ダレイオス三世だけでなく、彼が従える兵士達も実体化を開始したのだ。

 その姿は王の軍勢のような生身のそれではない。肉を持たない無数の骸骨兵士の集団―――これこそはダレイオス三世の宝具『不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)』だ。実体を得た彼らは血に飢えた獣の如く、この地に展開していた王の軍勢の兵士達に襲いかかっていく。

 突如として始まった大混戦に征服王は慌てて、彼らの王たるダレイオス三世に声をかける。

 

「おいっ! よさんかっダレイオス三世! 今は我らが相争っている時ではない! まずは協力してあのセイバーを……!」

 

「■イ■■ス■カ■■ン、■ダ■ル―――!」

 

 しかしダレイオス三世からの返答は戦斧の投擲だった。

 イスカンダルは戦車を操って何とかそれを回避する。

 

「いかん! あやつよりにもよってバーサーカーで顕現しとる! こっちの話が通じん!」

 

「どうすんだこれ!? 敵が更に増えたぞ! 収拾がつくのかこれ?!」

 

 御者台でウェイバーが頭を抱えて、悲鳴を上げる。今回ばかりはイスカンダルといえど全く同じ気持だった。

 地上の戦いは王の軍勢が優勢だ。今は混乱し、押されているとはいえ、何しろ相手の総数は最大で一万に対して、こちらはまだ数万は残っている。加えて軍勢の兵士たちは英雄王の宝具で強化されている。時間さえあれば殲滅することはできるだろう。

 だがこれはそんな話ではない。

 ダレイオス三世がいる限り、王の軍勢の大半はあちらにかかりきりになり、まともに運用できなくなる。そしてこのセイバーがダレイオス三世を倒すまで大人しくしてくれるわけがない。

 

「貴様の死に様を見るために観客も集まったようだ。派手に散らしてやろう!」

 

 予想通りセイバーが楽しげに笑いながら、大鎌を手に突っ込んでくる。自らの王を支援するために地上から弓兵隊が矢を射掛けるが、統率が取れてなく、散発的だ。

 当然そんなものがセイバーに通用するはずもない。そのままセイバーは一気に征服王を戦車ごと破壊せんと腕を振りかぶり―――

 

「天の鎖よ―――!」

 

 ―――背後から射出された鎖にその腕を絡めとられた。

 

「貴様……まだ前菜の分際で生きていたのか」

 

 鎖に絡まれた腕はそのままに、ゆっくりとセイバーは後ろを振り返る。果たしてそこに居たのは、セイバーの腕に絡まった鎖の端を持つ黄金の英雄王の姿であった。黄金の飛行船はまだ使えないようで、代わりに浮遊する絨毯の上に佇んでいる。その鎧は大きく凹み、かつて程の輝きはない。そしてその顔は血と砂に塗れていたが、かえってそれが彼の壮絶なまでの美しさを彩っていた。

 

「生憎だが、貴様に用意した馳走はまだまだ残っている。貴様の腹が弾けるまで胃袋に詰め込んでやろう!」

 

 その言葉と共にセイバーの周りの四方の空間が揺らめき、全方向から宝具の雨が発射される。

 だが、セイバーは動じずに自由なほうの腕で大鎌を一振りし、真紅の衝撃波をまき散らして、その全てを迎撃、吹き飛ばした。

 

「また馬鹿の一つ覚えか! いい加減その芸にも飽きてきたぞ、アーチャーぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 一言吠えるとセイバーは腕の鎖を力任せに引きちぎり、英雄王へと突進する。

 

「ならばこの様な趣向はどうだ!? 『王の号砲(メラム・ディンギル)』!!」

 

 その真名開放により、射出され、セイバーに蹴散らされた宝具の群れが次々と爆発しセイバーを飲み込んだ。

 ―――『壊れた幻想』。ギルガメッシュは自らの唯一無二の宝具の原典を自爆させて、投射するだけでは決して実現できない火力を生み出したのだ。

 この戦法は財宝のコレクターでもあるギルガメッシュにとって、まさしく最後の手段であった。自爆した宝具は修復にも手間取り、下手したらそのまま永遠に失われてしまう場合もあるのだから。

 だがそれ故にその破壊力は絶大だ。宝具を文字通り、全て火力として消費し尽くしてしまう為、概念兵装としての効果は望めなくなるが、どのみち神霊と化したセイバーには生半可な概念など通用しない。

 ならば最初から爆弾として使い切るべきだという合理的な判断だった。

 

 しかしそれでもセイバーには倒し切るには及ばない。

 爆炎の中から狂笑を浮かべながら飛び出してくるセイバーを見て、英雄王は悔しげに舌打ちした。相変わらず尋常ではない耐久の高さだ。これでも倒せなければ、残された方法は彼の最強の武器を使うしかない。

 しかしその最後の手段でもセイバーを倒せるかどうか疑問であり、外せば二重の意味で自分達が危機に陥る。なんとかしてその切り札を切る為のチャンスを見極めなければならないのだ。

 

「涙ぐましい努力、ご苦労! せいぜい絶望に足掻いて俺を楽しませてみせるがいい!」

 

 セイバーは鎌を消滅させると、武装をより小回りのきく真紅の光刃に切り替えて、接近する宝具の群れを爆発するよりも先に次々と両断しつつ、英雄王の首を狙う。

 英雄王のほうも黙って見ているわけはなく、更に広範囲に爆弾と化した宝具をばら撒きながらセイバーの間合いから逃れるべく空飛ぶ絨毯を操り、遅滞戦闘を開始した。

 

 戦いの場が一旦、自分達から離れたことによって征服王は一息ついた。だがどの道英雄王一人では長くは持つまい。早々に軍勢をまとめ上げて、自分も援軍として加わる必要がある。しかしその前に彼にはやるべきことがあった。

 

 彼は一旦戦車を地上へと降下させた。王の軍勢からも、ダレイオスの軍勢からも離れた場所だ。そして腰から剣を抜いて一振りし、空間を切り裂いて自らの愛馬を呼び寄せた。

 アレクサンダー大王の愛馬、伝説に名を残す人喰い馬ブケファラスである。

 乗り手と同じく規格外に巨大なその駿馬は不満げに唸ってみせた。

 

「おお、すまんすまん。折角お前を時空の果てより呼び寄せたのに、放置してしまったわ。余もお前と共に戦場を駆け巡りたかったのだが、今回はそんな贅沢すら許されぬ大敵なのだ。許せ」

 

 そう自らの愛馬に釈明する征服王。それに対してブケファラスは仕方ないな、と言わんばかりに鼻息をついた。どうやら許してもらえたようだ。

 それにホッとした征服王は彼女が更に不機嫌になると知りつつ、本題に入る。

 

「で、だ。ブケファラスよ。悪いがもう一つ頼みがある。お前にはその俊足で今から我がマスターと我が戦友である英雄王のマスターをこの戦場の外に送り届けて貰いたい」

 

 その言葉に驚いたのは、ウェイバーと時臣だ。

 

「ちょっと待てよ! 僕達に逃げろってのか!」

 

「そうだ。これより余は残る軍勢をまとめあげ、英雄王と共に奴に突貫する。それで倒せればいいのだが―――もしそれでも倒せなかった時の為に手を打っておく必要がある」

 

 遠坂時臣がその征服王の言葉の意味に気がついた。

 

「なるほど。征服王よ。貴方は我々にセイバーのマスターを抑えろと、そう言いたいのですね?」

 

「その通り。はっきり言って今のセイバーには真正面からではどんな英霊も勝てんだろう。だがサーヴァントであることには代わりはない。セイバーのマスターを探し出し、なんとか奴を説得するか、令呪を奪うのだ。これは余の勘なのだが、恐らくはセイバーのマスターもセイバーに振り回されている形になっているはずだ。そこに説得の余地なり、つけ込む余地があるはずだ」

 

 時臣は初めてセイバーと接触した時に、セイバーが自分のマスターについて語っていた時の様子を思い起こした。彼は一見マスターを重んじていたようにも見えたが、口先とは裏腹にその態度は余りにも邪悪かつ不遜だった。とてもではないが、両者の間に敬意も信頼関係もあるとは思えない。

 アインツベルン……いや、衛宮切嗣の目的は不明だが、ここでもし征服王と英雄王の二騎がかりでセイバーが倒せなかったら、恐らくこの世にセイバーを倒せるものはいなくなるだろう。

 奴は聖杯を手に入れ受肉し、その圧倒的な力で宣言通り人類を滅ぼしにかかるはずだ。

 もはやそうなれば聖杯だの遠坂だのアインツベルンだのと言った問題ではなくなる。一人の人間としてこの世界を守るために動かなければならない。

 

「わかりました。セイバーのマスターを抑える役、我が主、英雄王の為にも賜りましょう」

 

「うむ。ついでにバーサーカーとそのマスターの方も抑えておいてくれ。我らが負けた後では並みの英霊一騎では大した戦力にならんかもしれんが、戦力は大いにこしたことはない」

 

 その言葉を聞いて時臣は、渋面になったがすぐに頷いた。今は個人的なしこりは置いておくべきだ。

 

「バーサーカーのマスターが私の言葉を聞くかどうかわかりませんが……、できるだけのことは致しましょう」 

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 僕はまだ納得してないぞ!」

 

「安心しろ坊主……いや我がマスターよ。お前にはお前で頼みたいことがある。ほれこれを持て」

 

 そう言って征服王は戦車の荷台から巨大な包みを取り出して、ウェイバーに持たせる。

 

「うわっなんだこれ、重いぞ!?」

 

「ハハハ、それは英雄王めに頼んで余が所有権ごと譲り受けた宝具の一つよ。極めて強力だが使い捨ての宝具故に、微力な魔力さえ込めればお前の様な未熟な魔術師でも発動する。お前にはそれでいざと言う時、聖杯を破壊してもらいたい」

 

「せ、聖杯を? どういうこと?」

 

 その意図に気がついたのは正当な魔術師として優れた遠坂時臣のほうだった。

 

「なるほど。最悪、我ら全員が敗北しても聖杯さえ破壊すれば奴の受肉だけは防げると、そういうことですね?征服王殿」

 

「その通り、出来れば聖杯そのものよりもこの聖杯戦争の根幹となる術式を破壊したほうが効果的だろう。奴もあくまで聖杯の力で具現化しているに過ぎないのだからな。」

 

「術式ですか……。心当たりがないわけではありませんが……」

 

 そう言って時臣は顔を曇らせた。確かにそれには心当りがある。というか御三家の当主である彼は、そのものを知っている。同時にそれを破壊すれば自分達の長年の努力が水泡に帰すことも。

 どう答えるか、時臣が迷ったその時、一際大きな爆発音が固有結界内に響き渡る。

 セイバーと英雄王の死闘が一層激しくなったのだ。

 もはや時間がないと見た征服王はマスター二人をブケファラスの背に乗せる。轡に脚も届かないため、二人は無様にしがみつくような形になり、ブケファラスは不満げに首ををふるも彼らを拒絶することはなかった。

 

「分かっとると思うが、この一戦は聖杯戦争の枠組みを超えた人類の危機だ。聖杯が勿体ないからとかそのような理由で躊躇うでないぞ! では頼んだぞ! ブケファラス! そしてマスター達よ! 幸運を祈る!」

 

 そう言って自分は再び戦車の手綱を握り、戦場へ舞い戻ろうとする。

 その征服王にウェイバーが声をかけた。

 

「ま、待てよライダー!」

 

「なんだ、坊主?手短に頼むぞ」

 

 動きを止めた征服王に向けてウェイバーは掌の令呪をかざしてみせた。

 

「我がサーヴァント、ライダーよ。オマエのマスターたるウェイバー・ベルベットが令呪を持って命じる―――必ず勝利しろ!」

 

 その言葉と共にウェイバーの令呪の一角が光とともに消える。

 

「更に重ねて令呪を持って命じる。必ず生き残れ!」

 

 再び令呪が光って二画目が消える。

 

「最後に令呪を持って命じる。あのくそったれのセイバーをあの世までぶっ飛ばしてこい、ライダー!」

 

 そして三画目の令呪が光輝き、ウェイバー・ベルベットの手から令呪が完全に消え去った。

 それを見た時、彼は自分はなんて馬鹿な事をしたのかとほんの少し後悔が湧き出た。すぐ側にいる遠坂時臣の唖然とした視線がそれに拍車をかけた。

 

 そりゃそうだ。まともな魔術師なら―――同じ令呪を使うにしてももっと賢く使うもんだ。

 

 が、そんなネガティブな感情も自らのライダーに頭を撫でられた瞬間、完全に消え去った。

 ライダーは楽しげに笑っていた。

 

「余としたことが少々悲観的になり過ぎていたようだな。よかろう。必ずやあの忌々しいセイバーを地平線の彼方まで跳ね飛ばして、この聖杯戦争の勝者になってみせよう! そして勝利の暁には再び我がマスターと大空を駆け巡ろうではないか! ではまたな!」

 

 そう言うとライダーはウェイバーの返答を待たずに、戦車を駆り上空へと駆け上がって行った。別れの挨拶にしては余りにもあっさりしているが、そもそもライダーにとっては今生の別れではない。この戦いに勝利した後はまた会うつもりなのだから、これぐらいで丁度いいのだ。

 

「あ……」

 

 ウェイバーが空に駆け上がっていくライダーを見て何か言いかけた。しかしそれより早く、主の命を受けたブケファラスも彼と遠坂時臣を乗せて、また走りだす。伝説の英霊馬は瞬く間に固有結界を抜けだして冬木市へと舞い戻った。

 

 

◆      ◆

 

 

「待たせたな! 英雄王!」

 

「遅いぞ、征服王! 昼寝でもしていたか!」

 

 セイバーと空中戦を繰り広げる英雄王の側に征服王がついたのは、マスター達を送り出してから数分後のことだった。

 

「ははっ! なあに、軍団の編成に手こずってな! ともあれ我らがマスター達は外に送り出しておいた! 残った戦力もかき集めてきた! 第二幕の始まりだ!」

 

「笑わせる。第二幕だと? これで終幕だ! 貴様らがな!」

 

 征服王の言葉を聞いたセイバーが鼻で笑う。もはや英雄王は消耗しきっており、風前の灯火だ。そして英雄王が消滅すれば、彼が王の軍勢に貸し与えた宝具も消えて、征服王達など雑兵の集団と化す。

 

「あまり人間を侮るなよセイバー! 皆の者、撃てい!」

 

 征服王の号令と共に地上から統率された一斉射撃が行われる。矢、投槍、魔術、更に宝具による遠距離攻撃だ。

 流石にこれを完全に無視するわけにはいかず、驚きながらもセイバーは大きな回避行動を取る。

 先ほどまでの地上からの攻撃はあくまで散発的なものだった。何しろ彼らの敵はセイバーだけでなく、次元の裂け目からやって来たダレイオス三世とその配下の兵士達もいたのだから。

 疑問に思ったセイバーが地上を見やると戦況は一変していた。王の軍勢はいつのまにか二手に分かれていた。片方の部隊がダレイオス三世達を完全に抑えこみ、そしてもう片方の部隊がセイバーに向けて刃を向けている。

 征服王はこの僅か数分で対ダレイオス三世用と対セイバー用に部隊を分けて、再編成し直したのだ。

 

「空を戦場に選んだのは失敗だったな、セイバー! これならば大半が単なる予備兵力となるだけの地上戦と違って、我が軍勢の火力を存分に発揮できるわ!」

 

「ちっ! 雑魚どもが鬱陶しいわ!」

 

 咆哮と共にセイバーが光弾を地上の軍勢に向けて放つ。対軍宝具もかくやと云わんばかりの爆発が立て続けに起こり、英霊達が消滅していく。

 だがその隙を見て取った英雄王が再び天の鎖を四方から放ち、絡めとらんとする。それを見たセイバーは舌打ち一つと共に瞬間移動で回避。一瞬後、鎖の射線から僅かに離れた所に再出現する。

 それを見た英雄王は愉しげにセイバーに笑いかけた。

 

「どうした、セイバー? 以前の貴様ならそんな『鎖ごとき』避けるまでもなかったであろう?」

 

 その挑発にセイバーは答えない。ただ顔をしかめるのみだ。

 しかし答えがなくとも、その態度が答えとなっていた。

 征服王は得心のいった顔で推論を披露する。

 

「なるほどな。セイバーよ。どうやら貴様のほうも燃料切れが近づいてきたんじゃないのか?よーく見ると今の貴様からは、変身したばかりの時の圧倒的な神気が感じられんぞ?」

 

 征服王の推論は的を得ていた。このセイバーの変身―――宝具『神なる薄紅の闘気(スーパーサイヤ人ロゼ)』はステータスの圧倒的な向上と引き換えに、凄まじい魔力を消耗する。

 変身前の王の軍勢との戦闘、変身後の英雄王による徹底した遅滞戦闘により、セイバーは魂食いによって蓄えた魔力の大半を使い潰しつつあった。

 そしてセイバーの魔力量が減るにつれて、ロゼの戦闘力も落ちてきたのだ。

 ここが通常の空間なら再び市街地を爆撃でもして、魂食いを行えばいいが、生憎とここは征服王の固有結界内部。餌になるべき相手がいないのだ。

 渋々ながらセイバーは征服王の推論を認めた。

 

「確かにお遊びが過ぎたようだ。この姿は少々燃費が悪い。故に―――」

 

 その言葉の途中でセイバーが消えた。

 次に現れたのは英雄王の背後だ。その右腕には真紅の光刃が輝いている。

 

「早々に片付けるとしよう!」

 

「後ろだ! 英雄王!」

 

 征服王の警告に空飛ぶ絨毯に乗った英雄王は振り向きながら、大量の防御宝具を展開させた。

 

「受けてみるがいい!我が刃!」

 

 何重にも展開された防御宝具を無視して、セイバーが英雄王に向かって大きく光刃を一閃させる。次の瞬間、光刃から無数の真紅の光針が撃ちだされ、それらは全て盾の宝具を撃ちぬき、その奥にいる英雄王の黄金の鎧に食らいついた。

 

「貴様―――! よもや、まだこれ程の―――」

 

 英雄王が言えたのはそこまでだった。

 

「ハァッ!」

 

 裂帛の気合と共に光刃を振りきったセイバーが、まるで大陸の剣舞を思わせる残心を決める。

 それを合図にしたかのように、盾の宝具と英雄王の鎧に突き刺さっていた無数の光の針が一斉に紅く輝き、大爆発を巻き起こした。

 これにはさしものの防御宝具の群れも黄金の鎧も耐え切れず、英雄王が乗っていた絨毯諸共、木っ端微塵に砕け散る。

 征服王に見えたのは爆炎の中から鎧を砕かれた英雄王が、ボロ人形の様に地上に落下していく姿だった。

 

 反射的に助けに行く選択肢が頭によぎるが、あえてそれは無視する。あれはセイバーの必殺の術の一つのはず。最大の攻撃の後には最大の好機が生まれるのだ。

 故に―――彼の取る行動はただ一つ。

 

「AAAA―――ALaLaLaLaLaLaLaLaLaie!!!!」

 

 即ち神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の真名開放『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』による渾身の一撃である。

 令呪の後押しもあり、全ての力を開放したゼウスの神牛は全力で空を疾走して上空からセイバーへと突撃する。

 だが、残心を終えていたセイバーは即座に反応し、突撃するチャリオットへと向き直った。

 右腕の光刃が解かれて、真紅の神気となってセイバーの全身を覆う。

 

 そして固有結界の上空で轟音が炸裂する。イスカンダルは驚愕に目を見開いた。

 事もあろうにセイバーは―――全力で突撃する二頭の神の雄牛の頭をそれぞれ片手で掴み、受け止めていたのだ。神牛がその蹄で空中を蹴りだす度に雷撃が放たれるが、それらはセイバーの纏う真紅の神気によって完全にシャットアウトされている。

 しかしそれでも完全に勢いを止めることは出来ず、二頭の神牛は頭部を押さえつけられながらも、そのまま地上へと向かって自由落下じみた全力疾走をやめることはなかった。

 高速で迫る大地。

 如何にセイバーと言えどこのままの勢いで地上に激突し、チャリオットと地面に挟み潰されれば唯ではすまない。

 だがセイバーの底力はこの神獣の力をも上回るものだった。

 

「このくたばり損ないがぁぁぁぁあああ!!」

 

 怒りの雄叫びと共にセイバーが二頭の雄牛の頭部を素手で握りつぶす。

 引き手を失った神威の車輪だが、慣性の法則までは消せはしない。

 そのまま戦車は完全に消滅するよりも先に、その重量を持って乗り手たるライダーとセイバーを巻き込み、地上へと墜落した。

 1トンを軽く越えるであろう重量物が時速数百キロで地面に激突し、クレーターを作り轟音をまき散らす。

 

 そしてそのクレーターの中心、砕けた戦車の破片を吹き飛ばして、セイバーが姿を現した。

 少しずつ光となって形を失いつつある戦車の破片を踏みつけながら、歩いてクレーターの外を目指す。

 

「全く……しぶとい連中だ…‥…これだから人間は……」

 

 大したダメージは負っていないようだが、セイバーの顔には疲労が滲み出ている。あくまで一介のサーヴァントに過ぎない状態で超サイヤ人ロゼになり続けるというのは、彼にとっても予想以上の負担を強いるものだった。

 今のセイバーは当初ロゼになった時の数十分の一の力もない。一刻も早くこの固有結界から出て、休息を取らなければならなかった。

 そこでセイバーは違和感に気がついた。固有結界がまだ解除されていない事に。未だ多数の軍勢が存在しているようだが、主たるライダーが死ねば間違いなく消滅するはずなのに。

 

 ―――まさか!?

 

 その可能性に思い当たったセイバーは珍しく焦りながらクレーターの中心、未だ完全に消滅していない戦車の残骸に向き直ろうとする。

 だが、遅かった。

 それよりも先に彼の足元の戦車の残骸を蹴散らして、満身創痍の征服王イスカンダルが飛び出し、彼を背後から羽交い締めにしたのだ。

 

「ライダーぁぁぁぁぁあ!死に損ないが、まだ生きてたのか!?」

 

「おうともよ!貴様を殺すまでは死ねんわい!」

 

「ほざけ!貴様ごときにこの俺を止められるか!」

 

 そう言ってセイバーは体に力をこめる。魔力炎ならぬ神気を全身から放出すれば征服王は吹き飛ばされるだろう。だが彼は笑って叫んだ。

 

「おお、確かに余一人では無理だろうな!やれい!英雄王!」

 

 その言葉と共に空間を無数の鎖が走った。

 

「なんだと!?」

 

 驚愕するセイバーを無視して、四方から放たれた天の鎖は彼を羽交い締めにする征服王諸共、何重にも縛り付ける。

 

「よくやった。大義であるぞ、征服王」

 

 労いの言葉と共にクレーターの淵から姿を現したのは、ボロボロの姿の英雄王であった。

 彼が身に付けていた美しい黄金の鎧はセイバーの光刃の奥義―――神烈斬によって粉々に砕かれ、上半身はその素肌を晒している。死闘の末、逆立っていた髪の毛は下ろされていて、顔には疲労が見え隠れしていた。それでもその紅い目には未だ戦意の炎が燃えており、その威光と美しさは些かも損なわれてはいない。

 そして彼の手には奇妙な剣が握られていた。それは剣というよりは、柱。3つのパーツが石臼のように互い違いに回転し、奇妙な重低音を響かせている。

 それを見たセイバーは不味いと思った。あれは自分を殺せる数少ない神の道具だと本能が告げている。

 

「英雄王! 貴様もかぁぁぁああ!! どいつもこいつも……なぜ神の下す裁きを大人しく受け入れんのだぁああ!」

 

「ふん!貴様のような身勝手な神の裁きなんぞ御免こうむるわい!」

 

「そぉうやって神の正義に背き続けるかぁぁあ! 貴様ら人間はその弱さゆえにぃいい!!」

 

 イスカンダルは最後の力を振り絞って、更にセイバーを押さえつけてくる。

 憤死寸前まで怒り狂いながら、セイバーは全身から神気を放出し、力づくで天の鎖を千切ろうとする。だが千切れない。

 

「なんだと……!?」

 

 その理由は彼の疲労だけではなかった。一緒に縛り付けられている征服王にもあった。彼も神性を有しているため、対象の神性が高ければ高いほど頑丈になる天の鎖の強度が増しているのだ。

 

「ふふふ……逃がさんと言ったろうセイバーよ。貴様はここで余と散りゆく定めよ。……英雄王! まだか…!? こっちはあばらが折れとるんだぞ……!」 

 

「ああ、待たせたな。征くぞエア……! 久方ぶりの神殺しだ……!」

 

 ギルガメッシュがイスカンダルの言葉に応じると同時に、彼が握る剣―――英雄王ギルガメッシュの最強宝具、乖離剣『エア』の発動準備が整った。

 固有結界すら揺るがせる颶風が互い違いに高速回転するパーツから放たれ、天地を切り裂く創世の奇蹟を再現せんとする。

 

「星喰らいの天の神よ―――地の理を思い知れ! 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!!」

 

 乖離剣から放たれる暴風が頂点に達する。

 3つの互い違いの巨大な魔力の渦は擬似的な空間切断を引き起こし、征服王の固有結界に巨大な亀裂を入れていく。

 乖離剣はその圧倒的な暴風によって偽りの地を裂き、天を割りながら、セイバーへと振り下ろされた。

 天の鎖に囚われたセイバー達の足元に巨大な亀裂が走り、大地が断裂する。蒼天が砕けて奈落の如く、闇が全てを飲み込む。

 

 破壊の渦はその余波でセイバーを縛りつける天の鎖すら打ち砕いたが、空間すら揺るがす圧倒的な暴風の前にはさしものセイバーも身動きが取れない。それどころか拘束していた鎖が吹き飛んだことによって、征服王と共に乖離剣によって生み出された奈落へと放り込まれることになった。

 

「おのれ―――! おのれっ!! ギルガメッシュっ! イスカンダルぅぅぅぅ! 神たる我がこんな―――こんなところでぇぇぇええええ!!」

 

 セイバーの怨念のこもった叫び声が、崩壊しつつある固有結界内部に響き渡る。が、それもすぐに掻き消え、後には崩壊する固有結界の悲鳴がそれを上書きした。

 無論生き残っていた王の軍勢達も、その崩壊する結界に巻き込まれて消滅していく。だが彼らの目に悔いや恐怖はない。彼らは奈落に落ちながらも、命を賭して神殺しを成し遂げた自分達の偉大なる王と、その戦友に簡易な敬礼をして消えていった。

 

「―――ふん。これほど興じた狩りは天の雄牛の時以来か。痛快であったぞ、征服王よ。」

 

 そうして全ての力を振り絞った英雄王も膝をつき、その場に大の字になって倒れこむ。

 まさしく、乾坤一擲の大博打は今ここに見事に相成った。

 初手からあの乖離剣を放てば、瞬間移動を使えるセイバーは容易く回避する。ロゼになった後は、力づくで相殺してくるだろう。

 更に『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』は対界宝具としての側面も持つため、下手に撃てば折角展開した征服王の固有結界を破壊してしまい、自分達が作り上げた包囲網を自分達で台無しにしてしまうことになる。

 

 故に乖離剣を振るうチャンスは一度のみ。だが征服王は見事にそのチャンスを作ってくれた。自分もそれに応じることが出来た。文句の付けようない勝利である。

 心地よい達成感に身を任せながら、ギルガメッシュは目を閉じた。そんな彼を砕けた大地が飲み込んでいく―――。

 

 

 

 

 

 




もうちょっとだけ続くんじゃ


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聖杯ガチャで大当たり引いてみた(尊だね×1)

 かつて深山町と呼ばれていた更地を、間桐雁夜は呆然と歩いていた。目的地などない。帰るべき、或いは憎むべき家は、憎むべき肉親と守るべき少女と共にこの世から消えた。

 彼の隣には霊体化したバーサーカーが控えている。

 セイバーの特大の魔力砲撃の余波を喰らった彼の操る戦闘機は既に墜落し、標的たるアーチャーも見失ったため、戻ってきたのだ。

 

 だが、全ては今更だった。

 今更アーチャーや時臣を見つけて倒す気力すら残っていなかった。元より聖杯などと言う胡散臭いものは自分はさほど信じてはいない。そんなものがこの惨状を、或いは今の自分の救ってくれるとはとても思えないし、それを欲しがっていた妖怪も消えた。

 いったい自分は何処に向かえばいいのか。

 先ほどまでこの付近で何やら強大な魔力が渦巻いていた。サーヴァントが戦闘していたのかもしれないが、彼にとってはどうでもいいことだった。

 放置すれば力尽きるまで彼はこの荒野を歩き続けただろう。

 

 そんな彼の前に、突如として何かが出現した。

 何の前触れもなく中空に現れたそれは、ドサリと力なく地面に落下する。

 

「がはっ……! フ……フフフ……フハハハ……! やった、やったぞ! ざまを見よ! ライダー、アーチャー! 貴様ら如きがこのザマスを倒せるものか!」

 

 地面に仰向けに落下したそれは、全身ボロボロだったが、それを気にした様子もなく、周りを見ることもせず、突然笑い始めた。

 呆気に取られた間桐雁夜は、呆然としながら見覚えのあるそれの名前を呟いた。

 

「……セイバー?」

 

 虚空から出現し地面に倒れこんだのは、黒い道着を着込んだ黒髪黒目の青年―――セイバーのサーヴァントだった。

 時臣のサーヴァントであるアーチャー以外には興味をさほど払っていなかった雁夜だが、アーチャーと互角以上にやりあったこのセイバーの事はよく覚えていた。

 突然現れたセイバーは困惑する雁夜には目もくれず、ひとしきり笑った後、僅かに身を起こして雁夜に目を向けた。

 

「フッ、バーサーカーとそのマスターか。……礼を言うぞ。アーチャーのお陰で危うく奈落に落ちる所だったが、そこのバーサーカーの魔力を辿って瞬間移動で抜け出せた」

 

 セイバーはギルガメッシュの天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)により、空間の断裂に叩き落とされる所だった。そのまま落下すれば如何にセイバーといえど、消滅は免れなかっただろう。

 しかし、乖離剣の余波により天の鎖が砕け、イスカンダルからも引き離されたこと、そして固有結界が崩壊しつつあったことにより、外界の魔力―――この場合はバーサーカー―――を探知することが可能になり、断裂に落ちる寸前で瞬間移動で脱出することが出来たのだ。

 

 当然そんなことも知らない雁夜にとっては、意味不明な台詞だ。だが一つだけ理解できる単語があった。

 

「アーチャーだって? お前はアーチャーと戦っていたのか?」

 

「そうとも。ライダーと共に愚かにも、この俺に歯向かってきたので叩き潰してやった所だ。王を気取って俺が消し飛ばした民草の仇討ちとほざいてな」

 

 気が高ぶっているのか、セイバーは常より饒舌だった。だがそんなセイバーの台詞には雁夜は聞き逃す事ができない単語が入っていた。

 

「消し飛ばしただと……。まさか深山町をこんなふうにしたのは……お前なのか?」

 

 雁夜のその問いに対して、セイバーは未だ体の自由が効かないのかその身を地面に横たえながらも、とびきりに歪んだ邪悪な笑顔を見せた。

 その笑みは何よりも雄弁に答えを語っていた。

 

「……お前が……お前が、桜ちゃんを……!」

 

「おやおや、消し飛んだ連中の中に、お前の知り合いでも混ざっていたか? それはすまないことをしたな。だが安心しろ。この場で死んだ人間共の魂は俺の餌として残さず食ってやったからな。なかなかの味だったぞ? フフフ……ハハハハ……!」

 

 雁夜を挑発するように愉しげにそう言うと、セイバーは戦いの興奮がまだ残っているのか、倒れたまま高笑いを始めた。

 

 殺そう。

 

 間桐雁夜は即座に決意した。

 桜の仇というのもある。自分が生まれ育った町の仇というのもある。だがそれ以上にこいつは邪悪すぎる。あれほど恐れた間桐臓硯すら、こいつに比べればただの小物だ。

 何よりもこいつの笑い声は耳障りにすぎる。

 うまいことにこいつは消耗しきっているようだ。殺すなら今しかない。

 

「こいつを殺せ、バーサーカー!!」 

 

 雁夜の怒りの声と共に彼の隣で霊体化していたバーサーカーが実体化する。

 現れたバーサーカーはその拳を、倒れこんだまま未だに笑い続けるセイバーの顔面に打ち込んだ。

 しかしその場に響いたのは人体の頭部が潰れる音ではなく、バーサーカーの拳が地面を掘り起こす鈍い音だった。

 セイバーはバーサーカーの拳が当たる直前、再び瞬間移動で逃げたのだ。

 獲物を取り逃がしたバーサーカーは、珍しく動揺したように周りを見回している。

 事態を理解した雁夜は悔しさと怒りの余り、地面を殴りつけた。

 

「畜生! セイバー! 畜生……!」

 

 セイバーへの怒りを口に出しながら雁夜は、燃え尽きていた自分の心に再び憎悪の火が灯りつつあることを自覚した。

 セイバー。

 奴は時臣のアーチャーをも倒したようだ。なら時臣は聖杯戦争を脱落したということか。だがそんなことはもうどうでもいい。桜の仇でもある奴をなんとしてでも殺すのだ。

 彼は再び歩き始めた。今度の歩みは目的を持った力強い歩みだった。

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 固有結界を抜けだしたブケファラスは広大なクレーターと化した住宅地を走りぬけ、未遠川にまだかろうじて掛かっていた冬木大橋を走り新都へと抜けた。

 その巨体は新都の住民達に目撃されたかもしれないが、巨大な馬が走っている姿など深山町の住宅地を消し飛ばした大爆発に比べればさほどインパクトがあるものではない。

 時臣としてはこの程度の神秘の漏洩の隠蔽など後回しだ。

 

 新都に入ってしばらくして、ようやく安全と判断したのかブケファラスは乗せていたウェイバーと時臣を下ろしてその姿を消した。

 二人は黙っていたが、やがてウェイバーが暗い顔をしていった。

 

「……魔力のラインが途切れた。ライダーが負けたみたいだ」

 

「そうか……。こちらのアーチャーはAランクの単独行動がある故に、元々五感の共有もしておらず、魔力のラインも確固たるものではない。彼は必要な時に必要な時だけ勝手にラインをつないで魔力を徴収していく。先ほどまでは大量に魔力を徴収していたが、それも止まった」

 

「……てことは、セイバーに負けたのかな二人とも……。あんなに強かったのに」

 

「わからん。だがそうだと仮定して行動するべきだ。私はこれから聖堂教会に赴き、今回の一件について監督役と話をする。君はどうする? 降りるならそれでも構わない。その場合早めに冬木市から……いや日本から出るべきだ」

 

「……僕も行くよ。ライダーにこれを託されたからね」

 

 そう言うと彼は手にした包みを胸に掲げてみせた。

 

「それは元はといえば私のサーヴァントであるアーチャーのものでもあるわけだが……。まあいいだろう。ではまず教会に行くとしようか」

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 瞬間移動でバーサーカーから逃れたセイバーは薄暗い武家屋敷の一室に実体化した。

 その屋敷は先のセイバーのかめはめ波の爆心地から離れていたようだが、それでも全く被害を受けていないわけではなかった。屋敷は原型をとどめているが襖が倒れ、屋根の一部やら屋敷を囲む壁の一部が崩落している。しかし作りがしっかりしていたようで、屋敷そのものは何とか無事だった。

 

「フン……」

 

 セイバーはそんな屋敷の一室で身を起こすとゆっくりと立ち上がった。体力の消耗は激しいが時間が経過すれば、マスターからの魔力でも回復するだろう。

 それでも足りなければ魂食いをすればいい。

 もっとも残りはバーサーカー一騎のみ。先ほど見た限りではそこそこの相手のようだが、回復さえすればあの程度の相手、大した相手ではない。

 

 そんなことを考えつつセイバーは足元を見下ろした。そこには布団が敷かれて彼のマスターの妻であり、今回の聖杯でもある、アイリスフィールがゆっくりと眠っている。

 大量のサーヴァントを一度に取り込んだので意識を失ったのだろう。

 この屋敷は、彼のマスターである衛宮切嗣が冬木市の拠点として購入した物件であり、別行動を取っていた彼女はこの屋敷に滞在していたのだ。

 

 当然それを知っていたセイバーはこの屋敷の彼女の魔力を目印にして、瞬間移動を行ったのだ。

 さて、肝心の彼のマスターは何処に行ったのであろうか。

 念話でも繋ぐかと、セイバーは思案する。が、すぐに念話の準備を取りやめて部屋の外へと話しかけた。

 

「切嗣はどうしている、女」

 

 投げかけた言葉に、かすかに外に怯む気配が生まれる。

 しかしそれも一瞬、すぐに冷静な女の言葉が返ってきた。

 

「彼は現在新都に行っています。聖杯を降臨させる為の場所の候補が幾つかあるので、そこの下見と確保の準備をしに」

 

 その言葉の持ち主は久宇舞弥。衛宮切嗣の助手である。

 彼女は聖杯戦争当初から切嗣とは別行動を取っていたが、アイリスフィールがこの屋敷に滞在するにあたって、護衛としてこの屋敷に詰めていたのだ。

 もっともセイバーとしてはマスターの助手の名前など覚える気はないようで、彼女を女としか呼ばない。久宇舞弥としてもこの邪悪なサーヴァントに名前を覚えられるのは、御免だったのでそれでも構わなかった。

 しかし今回強敵を倒し上機嫌なセイバーは珍しく、愉しげに久宇舞弥に話しかけた。

 

「そうか。厄介なアーチャーもライダーも既に倒れた。残るは狂犬じみたバーサーカーが一匹のみ。ライダーやアーチャーに比べればデザートのような存在よ。上手くいけば明日には全てのカタがつくだろうよ」

 

「……おめでとうございます」

 

「実に楽しみだ。我がマスターが聖杯をどう使って世界平和とやらを実現するかがな。それまでは一度体を休めるとするか。……女。紅茶の準備をしろ」

 

「かしこまりました。では居間においでください。そちらに用意がありますので」

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

「これは、これは……よく参られました師父よ。しかし申し訳ありませんが、今は紅茶の一杯も出せそうにない状態でして……」

 

「構わない、綺礼。そんな事態ではないことはよく分かっている。ところで璃正氏はどうしたのかね?」

 

「父は……心労と過労で倒れまして、現在入院中です。故に私が預託令呪も含めた監督役の権限を全て引き継いでおります」

 

「……成程。無理もない。状況が許すならば私も倒れてしまいそうだからな」

 

 

 新都の外れにある教会の奥の部屋で、遠坂時臣はウェイバーベルベットを伴い言峰綺礼と面会をしていた。ウェイバーのことは綺礼にはセイバー打倒の為に、共闘したマスターであり、同時に脱落したマスターであると紹介してある。そしてこの状況を共有する存在であると。

 さっそく彼らは現在の状況について情報交換をはじめる。ライダーとアーチャーが手を結び、その上でセイバーに敗北した恐れがあること。その出自が外宇宙の神でもあるセイバーには、この星の抑止力もうまく働くかどうかもわからないこと。そしてもはやセイバーの存在により現在の聖杯戦争はその枠組みを大きく逸脱し、人類の存続に関わる事態になりつつあるということを時臣は言峰綺礼に伝えた。

 余りにも現実離れしたその言葉に、綺礼は色を無くすも薄々そのことを感じ取っていたらしい。疑うこともなく彼は師父の言葉をそのまま受け入れた。

 

「綺礼、まず教会や世間の状況が知りたい。今どうなっている?」

 

「セイバーによる魔力砲撃は隕石の落下というカバーストーリーで誤魔化しております。苦しい言い訳ですが、アレを見てそれ以外に反論できる人間はおりますまい。民間では核兵器を撃ち込まれたと騒いでいるものもいますが、放射性物質は検出できないので、すぐにその声も収まることでしょう。それと冬木市全域に災害による避難警報を出しました。今日中には避難が終わるでしょう」

 

「よくやった。見事な判断だよ。綺礼。結果論だが避難警報は、あのセイバーにとって実に有効だ」

 

「と、言いますと?」

 

「奴は特殊な魂食いをするのだ。あの爆発で死んだ市民の魂は全て奴に食われて、奴の強化に使われた。避難警報で市民が冬木市からいなくなれば、セイバーは魂食いができなくなる」

 

「成程……。しかしそれとは別に聖堂教会の実行部隊が動き出す準備をしております。明後日まで決着を付けなければ、彼らが冬木市に到着するでしょう。魔術協会のほうも独自に動いている節があります」

 

「避難警報で市民がいなければ、彼らにとっても都合がいいという訳か。まあいい。どの道彼らが到着する頃には全てが決着がついてる。情けない話だが、我々で駄目なら彼らに人類の運命を託す羽目になるのだが……望み薄だろうな。ところでセイバーのマスターに接触したい。もしセイバーが生きていた場合、マスターの方を抑えるしかないのだ。何か手段はあるかね?」

 

 師のその問いかけに言峰綺礼は珍しく躊躇う様子を見せた。衛宮切嗣を渡りをつける方法はないわけではない。だが、なぜかこの非常時でもその方法を口に出すのを彼は躊躇った。

 その時、彼らのいる応接室のドアが激しくノックされた。

 この教会に出入りしている聖堂教会の連絡員だ。今回の事態ではとてもではないが綺礼一人では手が回らないため、事務や連絡の為、数人を教会に在駐させているのだ。

 綺礼は眉をよせつつも、扉に向かって声をかける。

 

「今、大事な来客中だ。後にしろ」

 

 その言葉でノックが止むが、代わりに扉の向こう側から焦った声が聞こえてきた。

 

「いえ、それが―――」

 

 

 

◆     ◆     ◆

 

 

 

「聖杯を喚び出す準備は整った。行くぞセイバー」

 

 昼近くになって帰ってきた衛宮切嗣が、武家屋敷の居間で紅茶を飲んでいたセイバーに向かって話しかけてきた。睡眠不足か魔力不足か、それとも精神的なものかその目の下には大きな隈が出来ており、唯でさえ冴えない顔をした切嗣の人相を更に悪くしている。

 セイバーは紅茶のカップをテーブルに置くと楽しげに立ち上がり、右の拳を左の掌に打ち付けた。

 こちらはマスターとは対照的に体の調子は万全のようだ。

 とはいえ、魂食いで手に入れた魔力は全て消耗してしまいステータスも元に戻っている。それでも彼はバーサーカー程度の相手なら、正面から叩き潰せる自信があった。

 

「ようやくか。それでバーサーカーはどうする?」

 

「後回しだ。まず、聖杯を降臨させる場所―――柳洞寺に行ってそこで儀式の準備をする。そしてその後、狼煙を撃つ」

 

「狼煙?」

 

「ああ、我は聖杯を手に入れたという狼煙だ。そうすれば残った一騎は向こうからやってくるだろう。後は君が柳洞寺でそいつを叩き潰せば、その場で聖杯は完成する」

 

「そしてお前は世界平和という望みを叶えるという訳か。フフフ……叶うといいな?」

 

「柳洞寺への移動には君の瞬間移動を使わせてもらう。何しろ誰かさんのせいで道路も吹き飛んでしまったから車が使えない。現地には先に出た舞弥が到着してるから、彼女の魔力を目印にしろ」

 

 小馬鹿にしたように笑いかけてくるセイバーの言葉をあえて無視して、衛宮切嗣はもはや人形となった妻を運ぶ準備を始めた。

 全ての終わりが近づいてきている。切嗣は最後に残った一画の令呪を意識した。ライダーとアーチャーの戦いで二画も使ってしまった。

 いや、令呪二画であの征服王と英雄王を倒せるものなら安い買い物だが、令呪とは己のサーヴァントに対する武器でもある。最悪の事態になった時、果たしてこのセイバーを仕留めるのに令呪一画で足りるとは到底思えなかった。

 

 

 

 ◆       ◆

 

 

 

 間桐雁夜は困惑していた。どうやってかは知らないが、新都の自分の隠れ家に突然現れた遠坂時臣に対してだ。

 突然憎き敵が現れたのもそうだが、それ以上に彼の言葉の意味が理解できなかった。

 

「俺と共闘したい……だと?時臣、お前が?」

 

「そうだ。最後のマスター、間桐雁夜よ。もはやセイバーと戦える存在は君しかいない。この土地のセカンドオーナー、遠坂家の頭首として臥して願いたい。この冬木市を……いやこの世界をあの邪神から救うため、我々に力を貸してもらいたいのだ。その代償として私は君が望むもの全てを支払う」

 

 そう言って貴族然と礼儀正しく頭を下げる遠坂時臣に間桐雁夜は信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いていたが、やがて混乱は収まっていき、代わりに無数の疑問が出てくる。

 

「どうやってこの場所を知った?」

 

「私の弟子にして、現在は監督役代行を務める聖堂教会の言峰綺礼から手に入れた情報だ。知っての通り、彼はアサシンの元マスターであり、アサシンがセイバーに滅ぼされるまで彼はほとんどのマスターの居場所を逐一把握していた」

 

 感情を殺し、淀みなく答える時臣。

 では、自分は最初から彼らの手の平で踊っていたのだろうか。その事実に薄ら寒いものを感じながら次の質問をする。

 

「セイバーが……邪神ってのはどういう意味だ? それに世界を救うだって?」

 

「奴は……正規の英霊ではない。この世界の理の外から喚び出された外宇宙の神だ。その目的は人間ゼロ計画。即ち宇宙から全ての人間、あらゆる知的生命体を抹殺することにある。故に奴が聖杯を手に入れて本来の力を取り戻せば、まずこの地球上の人類を滅ぼそうとするだろう」

 

 余りにも荒唐無稽なセイバーの正体とその目的に、冷静になりかけた雁夜の頭がまた混乱する。

 

「なんだそれは……。それが遠坂流のジョークなのか?」

 

「冗談だったらよかったのだがな。だが冗談で喚び出された英霊が、かの征服王イスカンダルと、英雄王ギルガメッシュを二騎まとめて相手にして返り討ちにするなど、もはや悪夢だよ。間桐雁夜」

 

 笑うべき所などないと真剣な表情でそう言ってくる遠坂時臣の表情に、雁夜は仰け反った。

 反論しようとするが、否定する情報も見つからない。

 代わりに雁夜は別なことを聞いた。

 

「あいつが起こした爆発で……桜ちゃんも死んだって事、お前は知っているか?」

 

 その時、初めて鉄面皮を被っていた時臣の表情に罅が入った。その下に見えたのは悔恨と怒りだ。

 

「……いや、今はじめて知った。そうか。確かに吹き飛んだ地域には間桐の家も含まれていたな」

 

 苦しみを滲ませた表情、時臣は呟いた。それを見た雁夜は怒りをこらえきれずに、時臣の襟首を掴んだ。

 

「何で、お前が桜ちゃんが死んだことで悔しがるんだ! お前は桜ちゃんを見捨てた癖に!」

 

「私は桜を捨てたつもりはない。今でも私は二人の娘を平等に愛しているとも。私は魔導の才能ある愛娘の未来の為に、間桐家に預けたのだ」

 

「ふざけるな! お前のその一人よがりな愛情の為に……桜ちゃんは、桜ちゃんは!!」

 

 雁夜は時臣の襟首を片手で掴んだまま、彼を殴りつけようともう片方の腕を振りかぶった。

 しかしその腕は途中で力なく下ろされる。それどころか掴んでいた襟首も離して、俯いた。

 

「……いや、もういい。終わったんだ。何もかも。桜ちゃんの命も。あの子を修行と称してなぶっていた臓硯の奴も。何もかも」

 

「……なぶっていただと?どういうことだそれは?」

 

「いいさ。この際、全部教えてやる。あの子が受けた仕打ちを。あの臓硯が考えていたこともな」

 

 雁夜は自嘲気味の笑みを浮かべると、時臣に全てを告げた。間桐桜が受けた魔導の修行と称した拷問を。間桐臓硯が彼女をまともな後継ぎにするつもりは一切なく、単なる胎盤として扱うつもりだったことを。

 話を聞くに連れて、時臣の顔色が変わっていく。当然だ。娘の才能を守る為に養子に出したというのに、才能を伸ばすどころか使い潰されようとしていたのだから。

 

 時臣は一般の家庭に桜を養子に出した場合、その才能故に様々な怪異や在野の魔術師に狙われ、食い物にされると思い、同じ御三家である間桐の家に養子に出した。

 だが、事もあろうにその間桐家が彼女を食い物にしていたとは思いもよらなかったのだ。

 遠坂時臣の悪くなった顔色から、そんな彼の考えを察した雁夜はほんの僅かだが、自分の溜飲が下がる気分になった。

 

 あの常に優雅で完璧な遠坂時臣がこんなマヌケな野郎だったとは!とんだお笑い草だぜ!

 

 雁夜は時臣をそう言って罵ってやりたくなったが、すぐにその思いも消えて自責の念が押し寄せる。間抜けなのは彼だけではない。初恋の女性の為にも桜を守ると息巻いていた癖に何も出来なかった自分もそうだ。

 二人の間に痛々しい沈黙が訪れるが、先に口を開いたのは間桐雁夜だった。

 

「……いいぜ」

 

「何?」

 

「お前の話に乗ってやるって言ったんだ。桜ちゃんの仇だ。あのセイバーは俺のバーサーカーが殺してやる」

 

「……そうか。桜の親として礼を言う」

 

「ふざけるな!今更あの子の父親面をするんじゃない!……それともう一つ。今回の一件が終わったら思いっ切りお前を殴らせろ。本当は殺してやりたいぐらいだったけど……そんな気持ちももう消えた」

 

「……その程度の対価でよければ、喜んで頬を差し出そう」

 

こうして、間桐雁夜は遠坂時臣と手を組むことを了承したのだった。

 

 

 

◆     ◆     ◆

 

 

 

 避難警報によって無人となった冬木市の外れにある円蔵山の中腹にある柳洞寺。数ある霊地から衛宮切嗣が聖杯降臨の地として選んだ場所はそこだった。当然この寺も避難警報により無人となっている。

 この山の地下には大聖杯がある。その為、冬木市でもっとも力のある霊地でもあり、聖杯降臨にはうってつけの場所だ。

 何よりも人里離れた場所の為、例え何が起きても被害が最小に抑えられるというのもここを選んだ大きな理由の一つだ。

 その寺の敷地の境内の中心にアイリスフィールの体は横たえられていた。

 奇跡的な事に彼女に息はある。だが意識はなく、その生命が消えるのも時間の問題だ。

 そんな彼女の手を切嗣は膝を付き、しっかりと握っていた。それがまるで彼の夫としての義務だというように。

 アインツベルンの陣営が柳洞寺に来て陣を構えて、半日が過ぎた。もう日は暮れて深夜の時間帯だ。

 もうすぐ夜が明ける。だがアイリスフィールが次に登る太陽を見ることはないだろう。

 

 そんなマスター達の様子を暫く離れたところから、セイバーが口の端を歪めて眺めて見ていた。

 狼煙は既に放っている。後はバーサーカーが来るのを待つだけだ。

 ふと、その視線が唯一の出入口である山門へと向けられた。

 久宇舞弥がその姿を見せていた。

 

「……バーサーカーとそのマスターが山の麓に姿を見せました」

 

 彼女の報告に、セイバーは頷くと切嗣に一言告げる。

 

「では、もてなしてやるとしよう。―――切嗣よ。賭けがどうなるか楽しみだな?」

 

 そう言って彼の姿は山門の向こうへと消えた。

 セイバーを見送ると、舞弥は切嗣へと近づいていった。

 そしてここに来て以来、ずっと抱いていた疑問を尋ねる。

 

「本当によろしいのですか? ここへ来るルートは山門へと続く階段のみ。そんな絶好の場所にトラップも張らず、監視しか置かないというのは余りにも―――」

 

「僕らしくないか? 逆だよ。分かっているはずだ、舞弥。僕らにとって本当の敵は誰なのか。使えるものは何でも使う。それが衛宮切嗣の戦い方だ。君は予定通り、無線機を持って例のポイントに行け」

 

「……分かりました」

 

 どのみち彼女が切嗣の指示に逆らうことはない。彼女は予定通り機材を背負って境内から姿を消した。

 

 

 

  ◆      ◆      ◆

 

 

 

 山門の手前でセイバーとバーサーカー、そしてそのマスターたる間桐雁夜は対峙していた。セイバーは階段の途中にいるバーサーカーと雁夜を腕を組んで見下ろしていた。

 

「ようこそ。逃げずによく来た、最後のマスターよ。貴様のバーサーカーはデザートとしてじっくり堪能してやろう」

 

「セイバー……!」

 

 半死人寸前の体であった間桐雁夜は、言峰綺礼の治療魔術や遠坂時臣の宝石魔術による補助によって、完璧にとはいかないが、まともな戦闘には一度ぐらいには耐えれる程度に回復していた。

 元々、彼の体に施されていた間桐の魔術は彼を苦しめる為の意味合いが近く、正道な魔術による治癒と補助は彼の体調を劇的なまでに回復させた。雁夜の体に施された魔術を見た時臣は、こんな魔術を操る家に桜を出したことを改めて後悔したほどだ。

 

 今回の戦闘にあたってバーサーカーは尋常ならざる武装をしていた。聖堂教会からバーサーカーに与えられた武装はM134ガトリングガン。戦闘機用のバルカン砲を小口径にして小型軽量化したものだ。もっともそれでも車載やヘリに搭載しなければ使えない程の重量を持つのだが。このミニガンを両手に持ち、秒間100発という発射速度による弾薬消費を補うためにバーサーカーは、背中に弾薬ボックスを背負ってる。

 更にそれ以外にサブアームとして、腰に軽機関銃や回転式自動擲弾銃をスリングでぶら下げていた。これらの武器は全て、バーサーカーの魔力によって侵食されて黒く染まっている。

 だがそれら最新鋭の現代兵器もセイバーからすれば玩具のようにしか見えない。

 

「随分とめかしこんでいるが、そんな装備で大丈夫か? アーチャーとライダーは無数の宝具で武装していてもこの俺に勝つことは出来なかったんだぞ?」

 

「……黙れ! 俺のバーサーカーは最強なんだ! 行けっ、バーサーカー! セイバーを叩き潰せ!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!」

 

 その言葉と共に間桐雁夜の腕の令呪が光を放ち、バーサーカーのステータスを一時的に向上させる。

 セイバーは宝具に頼るタイプではなく、高いステータスと技量、そして変幻自在の魔力放出で相手を圧倒するタイプだ。その為、まともに戦おうとするならばまず、こちらもステータスを上げなければ勝負にならないというのが、遠坂時臣から得た助言だった。

 

 雁夜の令呪と命令に背中を押されたバーサーカーは、咆哮を上げて手にしたミニガンの銃口を山門に陣取るセイバーに向ける。束ねられた銃身が高速で回転して、雪崩の如き勢いで弾幕を吐き出した。本来なら曳光弾は数十発に一発の割合なのだが、バーサーカーの魔力に侵食された結果、ミニガンから放たれる数百の弾丸全てが禍々しく輝き、夜空に無数の光の軌跡を走らせる。それが一種、幻想的なまでの景色を生み出していた。

 だがセイバーは一瞬にしてその攻撃を空へと飛び上がり、回避していた。

 

「なんという未熟。感情に任せただけの攻撃でこの俺を倒せると思っているのか?」

 

「■■■■■■■■■―――!!」

 

 セイバーは舞空術で、ミニガンの斉射を回避しつつ、反撃の光弾を放った。バーサーカーは持ち前の反射神経で回避出来たが、マスターたる雁夜はそうも行かず、至近弾の爆発の衝撃で悲鳴を上げながら参道を転げ落ちていった。悲惨だが、この後に続いた戦闘を考えれば、むしろ階段を転げ落ちて戦線から離脱できたのは、ある意味幸運だった。

 

 それにバーサーカーは勿論セイバーも、そのような些事を気にするようなタイプではない。彼らは天と地に別れての射撃戦を続行していた。

 常とは逆に地上から天に向かって、降り注ぐ光の豪雨はバーサーカーのミニガンによる射撃だ。それを縦横無尽の三次元移動と高速移動で尽く回避して、爆撃を降らすセイバー。

 一見互角に見えるこの戦いも、時間の経過とともにバーサーカーが押され始めてきた。

 元々対空砲と対地攻撃機では、後者のほうが有利なのだ。バーサーカーという対空砲は、それでも高い機動力を有していたが、生憎と場所が悪すぎた。

 

 この円蔵山には山全体に自然霊以外を排除する強力な結界が張られている。

 それはサーヴァントをもってしても無視できるものではなく、唯一結界が及ばない参道しかサーヴァントは行動できない。一旦寺の中に入ってしまえば、結界はその効果をなくすが、それを許すセイバーではなく、そこまでの判断力をバーサーカーが持つはずもなし。

 

 結果としてバーサーカーは、一本道の参道を飛び回るしかなく、当然そのような狭い場所に逃げ場などない。一方セイバーはそのような制限などない高空を飛び回り、光弾を撃ちこんでくるのだ。

 既にバーサーカーはセイバーの光弾を避けきることができずに、満身創痍になりつつあった。一方セイバーは空に浮かんだまま、悠然とバーサーカーを見下ろしている。

 それでも狂戦士たる彼は諦めること無く、手にしたミニガンの銃口をセイバーに向けようとするものの、突如セイバーの姿が消える。

 狂気に満たされながらも、スキル『無窮の武練』の効果によって、素早く状況判断したバーサーカーは反射的に後方へとミニガンを向け―――そして背後に出現したセイバーの光剣によってミニガンの銃身を両断された。

 

 だが、そこから先の行動はさしもののセイバーも予測できなかった。バーサーカーはもはや無用の長物と化した、背中に背負ったミニガンの弾薬バックをもぎ取り、セイバーに向かって投げつけたのだ。

 反射的にそれをも光剣でなぎ払うセイバー。しかし彼に現代兵器の正確な知識があれば、そのような悪手を避けていただろう。

 次の瞬間、高エネルギーの塊である光剣に両断された弾薬バックは、中に詰まっていた数千発の弾薬を暴発させて、四方八方に散弾のように撒き散らした。

 

「ちっ下らん小細工を!」

 

 セイバーは瞬時に光刃を消して、それに費やしていたエネルギーを全身に魔力炎として纏い、防御壁として至近距離の魔力弾薬の暴発に耐え切る。一方バーサーカーも全身鎧を纏っていたことによってセイバー程ではないが、ダメージを軽減することができていた。

 メインアームを失ったバーサーカーは、即座に両腰にぶら下げた軽機関銃と回転式自動擲弾銃を両手に構える。

 

「無駄だと言うのがわからんのか!」

 

 至近距離で乱射される銃弾と、擲弾。しかし黒い魔力炎の防壁を纏い、尋常ではない耐久を誇るセイバーには砂礫をぶつけられたに等しい攻撃だ。擲弾の直撃を受けながらもセイバーは狂的な笑みを浮かべて突撃し、そして目にも留まらぬ拳のラッシュをバーサーカーへ叩き込む。そして最後に一際大ぶりのボディブローをバーサーカーの腹部へと打ち込んだ。そのまま勢いをつけてバーサーカー諸共、一気に山門の上まで飛び上がっていくと、そのままバーサーカーを山門に叩きつけた。凄まじい破砕音と共に、バーサーカーが崩壊した山門の瓦礫の下に飲まれて消える。

 

「終わりだ……!」

 

 最後の止めを刺すべく、その手に今までとは比べ物にならない威力の黒い魔力弾を形成する。後はこいつをバーサーカーに叩き込めば全てが終わる。

 そう思った時だった。

 

 柳洞寺の境内から間欠泉のように闇が吹き出した。

 セイバーはバーサーカーへの止めを中断し、唖然とした表情で境内を埋め尽くす勢いで溢れ出る闇―――いや黒い泥を見つめる。

 それはただの泥ではなかった。サーヴァントだからこそわかる。これは魔力と悪意が形を成したものだ。

 セイバーは知るよしもなかったが、元々多数のサーヴァントの魂を収納したアイリスフィールの肉体は限界だった。

 もし騎士王の聖剣の鞘があれば、もっと保ったかもしれないが、現実問題そんな都合のいいものが無い以上、彼女の体は予想より早くその機能を停止し、聖杯としての性能が表に出始めていたのだ。

 そしてついにバーサーカーとの戦闘中にその限界が来て、彼女の中の聖杯の中身があふれたのだ。

 

 セイバーは瓦礫に埋もれたバーサーカーを一顧だにせず、ゆっくりと境内に入っていき、そして見た。

 吹き出る泥の中にあっても尚、光り輝く黄金の杯を。話には聞いていた。聖杯はアイリスフィールの中に保存されていると。

 

 セイバーは理解する。

 境内を汚すこの世の全ての汚物を凝縮したかのような黒い泥は、その美しき黄金の杯―――即ち、聖杯から溢れでていることに。

 アイリスフィールの姿はない。マスターたる衛宮切嗣の姿もだ。恐らくあの吹き出た泥に飲まれたのだろう。全くお笑いではないか。世界平和を実現させるための聖杯の中にこんなものが入っていたとは!

 その事実を理解した時、セイバーはとうとうこらえきれずに大きく笑った。

 

「―――ハ。フハハハハハハ! これが聖杯の正体か! 切嗣よ! 我がマスターよ! お前はこんなものに世界平和の願いを託そうとしていたのか!? どうやら賭けは俺の勝ちのようだな!」

 

 泥は無限に溢れ、境内を覆い尽くそうとしている。それに触れれば例えサーヴァントでも、いや霊体であるサーヴァントだからこそ容易く侵食されてしまうだろう。

 だがセイバーは気にした様子もなく、境内に向かって進んでいく。途中、黒い泥の中につま先が沈む。同時に凄まじい悪意がセイバーの肉体と精神を喰らい尽くすべく、牙を向いてきた。

 だが。

 

「黙れ」

 

 その一言で泥は一瞬で大人しくなった。憎悪はより強い憎悪に塗りつぶされる。

 この星の人類全てを憎むその泥が、宇宙全ての人間と神々を憎むセイバー、いやザマスの憎悪に勝る道理などない。

 彼は足元に広がる霊体を喰らう悪意の泥を従えて、まるで無害な水たまりの上を歩くように進んで行き、そして境内の中空に固定されて、未だに泥を溢れ出し続ける聖杯を手にとった。

 後はこれの中身を飲み干せば受肉は成る。

 そして人間ゼロ計画を再び始めるのだ。

 

 

 我がマスター、衛宮切嗣、その妻アイリスフィール。思えば彼らも哀れな存在だった。この様な殺人にしか使えないような代物に世界平和の望みを託していたとは。

 おまけに折角命を助けてやると言っておいたのに、その愚かさ故に自滅してしまった。こうなってしまっては、彼らの愛娘たるイリヤスフィールも両親の後を追わせてやるのが神の慈悲だろう。

 そこまで考えてセイバーは、もはや用済みとなった彼らの存在を頭の中から一切消去した。

 

 自分ならばこの聖杯を上手く使いこなすこともできる。いや本来の使い方をしてやれる。

 そう思い、まずは手始めに聖杯の中身を飲み干そうとして―――山門の方角より放たれた一条の矢が彼の手から聖杯を弾き飛ばした。

 

 

 




ゴラク「俺が死んだように見えたか? 絶好調だ! 死ね!」


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フフフ…フハハハ…まぁたか…人間よまたなのか人間は常に聖杯を模倣する…なぜ(以下略)

 セイバーの掌から弾き飛ばされた聖杯は、彼の足元の泥の中へと落下して沈んでいった。

 それはいい。また拾い直せばすむことだ。

 だが、問題はそこではない。自分の邪魔をした不届き者への処罰が先だ。

 

 怒りを抑えなからゆっくりとセイバーは、先の一撃が飛んできた山門の方向を見やる。

 てっきり殺し損ねてたバーサーカーの攻撃かと思っていたが、違った。

 そこには彼の予想外の人物がいた。

 

 ボサボサになり、かつての輝きを無くしたくすんだ金髪。血と砂に汚れた顔。その身に纏っていた黄金の鎧は既に無く、上半身は血と文様に紅く染まった肌を晒している。

 もはや王というよりは落ち武者が如き有り様だったが、それでもその紅い瞳には些かの陰りはない。そしてその手には上級宝具らしき大ぶりの弓が握られている。

 あの固有結界の死闘以降、姿を見せなかった英雄王ギルガメッシュがそこにいた。

 てっきり固有結界の消滅と自分が放った乖離剣の余波に巻き込まれて、消滅していたとばかり思っていたが……。

 

 いずれにしてもそんな無様な姿を晒す彼を見てセイバーは怒りを通り越して、もはや呆れ果てた。

 死ぬべき時に死なぬ人間のなんと無様なことか。

 セイバーはわざとらしげに肩をすくめる。

 

「これはこれは……ごきげんよう、英雄王殿。調子は如何かな?」

 

「悪くない。貴様のその面もこれで見納めと思うとな」

 

「確かに見納めになるな。貴様はここで死ぬのだから」

 

 最後の皮肉のぶつけあい。

 だがそれは更なる山門からの侵入者の言葉によって破られた。

 

「王よ……。ご無事だったのですか……?!」

 

 それの言葉は山の麓で待機していたものの、参道の階段から転がり落ちてきた間桐雁夜に肩を貸して、共にここまで登ってきたギルガメッシュのマスター、遠坂時臣だった。

 そんな彼に対してギルガメッシュは、変わらず不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふん、情けないことに自分で作った次元の狭間に飲み込まれてな。奴が生きているのは千里眼でわかっていたのだが、現世に舞い戻ってくるのに少々手間がかかった。お陰で財宝の何割かを狭間に落としてくる羽目になったわ。そのせいで貴様とのラインも一時的に途切れてしまったようだな」

 

 その言葉にホッとしたような顔になる時臣。最強の切り札が再び戻ってきたのだ。当然だろう。

 セイバーはそんなアーチャーのマスターに面倒くさそうな目を向ける。

 

 あの衛宮切嗣の手下の女は一体何をしているのだ?サーヴァントならいざしらず、マスター如きの足止めも出来ずにこの場への侵入を許すとは。やはり人間は使えない。

 

 だがまあいいだろう、と思い直す。

 

 どの道、ここからから先はセイバーが一人いれば済むことだ。かつてのような同志がいないのは残念だが、この星一つ潰すのには自分一人で釣りが来る。

 サーヴァントである自分にとって、厄介な令呪を持ったマスターは消えた。魔力不足にしてもたった今解決した。

 

「感動の再会の所、悪いがお前達にはすぐにあの世に行ってもらう。もはや貴様らには万が一にも俺に勝てる見込みはないのだ。

 見るがいい、この聖杯が生み出した泥を。これはこの世全ての悪。人によって煮詰められた60億の悪意。貴様ら人間共は万能の聖杯に、よりにもよって人間を呪うための泥を詰め込み、奪い合っていたのだよ」

 

 そう言ってセイバーは自分の足元に広がる黒く汚染された魔力を指し示す。

 ギルガメッシュは表情一つ変えなかったが、この聖杯の完成に全てを捧げていた御三家の一角である遠坂家の頭首は顔色を変えた。

 

「馬鹿な……。聖杯とは無色の魔力のはず。貴様がその邪悪な魔力によって汚染したのではないのか!?」

 

「相変わらずの責任転嫁か。愚かな人間の十八番だな? 残念ながらこの聖杯は最初から悪意と泥に染まっていた。お前達の聖杯は欠陥品だったのだよ。俺のマスターは残念だったな。もし聖杯がこんな失敗作でなければ彼は賭けに勝てたかもしれんのだが」

 

「……賭けだと?」

 

「そう。俺のマスターが聖杯を使って人類の恒久的世界平和を実現できれば、俺は人間ゼロ計画の対象から地球を外すという賭けをしていたのだ。

 フフフ……もっともこんな聖杯ではどんな使い方をしても切嗣の言う世界平和など不可能だろう。よって賭けは俺の勝ち。もっとも賭けの勝敗を見る前に、奴はこの恋い焦がれていた聖杯に飲み込まれて死んだ。

 故に最後に残った俺がこの聖杯を正しく運用してやる。人間を殺すという正しい運用をな……」

 

「気の早い奴め。聖杯は最後に生き残った者の物だということを忘れたか。我はこの通り生きているぞ」

 

 ギルガメッシュの反論に今気がついたと言わんばかりに、セイバーはわざとらしく驚いた顔をした。

 

「言われてみれば、余りにも見窄らしい格好なので忘れていたな。では最後にゴミを片付けるとするか。

 ……はあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そう言うやいなやセイバーは黒い泥の上で構えを取り、雄叫びをあげた。次の瞬間、その場にいる人間の目を疑うような事が起きた。柳洞寺の境内に広がり、その敷地の大半を覆っていた聖杯の黒い泥。それが底に穴が開いたかの様に、凄まじい勢いでセイバーの足元に吸い込まれていく。

 もっと正確に言えば魔力としてセイバーに吸い上げられているのだ。

 吸い込む勢い以上に泥の中に沈んだ聖杯から未だに泥は吐き出されてる。その為、完全に消えることはなかったが、数十メートルの範囲で広がっていた泥の海は、小さな水たまりのサイズにまで縮んでしまった。

 

 そしてその代わりに、境内の上空に黒い太陽じみた小さな孔が発生する。セイバーに呼応して聖杯の中身が、顕現しかけているのだ。それを見たマスター達は原始的な恐怖に身を竦ませた。

 その孔は今はまだ小さいが、もしこれ以上サーヴァントが聖杯にくべられたら更に拡大するだろう。そうなれば孔の向こう側にいるセイバーに匹敵するほどの邪悪さを有する『何か』がこちらに顕現することになる事をその場にいる全員が本能的に悟った。

 孔から先ほどとは比べ物にならないほどの泥が溢れつつあったが、溢れて地面に落ちる先からセイバーが吸収してしまう。

 

「フフフ……聖杯も納めるべき中身が来たようで喜んでいるようだぞ」

 

 泥を吸収しながらセイバーが嗤う。

 その悪食ぶりにさしものの英雄王も嫌悪に顔をしかめる。場合によっては自分もあの魔力の塊である泥をかぶり、魔力補充をするつもりだったがアテが外れた。

 故に彼は背後に控える自分のマスターにこう告げた。

 

「時臣。令呪を持って支援しろ。タイミングと内容は我が念話で告げる」

 

「かしこまりました。王よ」

 

 無論それを黙って見過ごすほどセイバーはお人好しではない。

 

「それは困る。先にお前から死んでおけ」

 

 笑いながら、虫でも潰すような気軽さでその手から光弾を発射する。

 満身創痍のギルガメッシュは自分のマスターへと襲いかかるそれを防ぐのに、一歩遅れた。

 だが、山門の瓦礫を突き破って飛び出した影が、時臣への攻撃を跳ね返す。

 セイバーはそれを見て怒りに顔を歪める。

 

「狂犬が……。デザートの分際でまだ生きていたか」

 

「SA――BERRRRRRRRRRRRRッ!!」

 

 バーサーカーもまたアーチャーに勝るとも劣らないほど満身創痍だった。

 用意した武装の大半を失い、崩れた山門の柱であった丸太を武器として両手で構えている。だがセイバーの戦闘力を考えると、それは余りにも非力な武装と言わざるをえない。

 時臣に肩を貸してもらっていた雁夜が嫌そうに溜息をついた。

 

「まさかお前を殺す為に喚び出したバーサーカーで、お前を守ることになるとはな」

 

「お互い様だ。私も君に肩を貸す羽目になるとは思わなかった」

 

 そんなマスター同士のやりとりをよそにアーチャーとバーサーカーは並んでセイバーの前に対峙する。

 二対一。先ほどまでのセイバーなら多少手こずったかもしれないが、聖杯の泥を喰らい尽くしたセイバーにとっては羽虫が二匹に増えたのと大差ない。

 

「その程度の戦力では俺には勝ち目がないと分かって尚、挑むか。人間というものは知恵がある分、諦めが悪いようだな」

 

「座して滅びを待つ王なぞいるわけなかろう。例え国が滅び、我一人になろうとも我がやることは変わりはせん」

 

「……俺は貴様などよりも遥かに高みからこの世界を、この宇宙を、万物を、真理すべてを見ているのだ。結果、人間は滅ぼすべきだと判断した。今回の件でそれは一層の確信を持てた。自らを救う為の願望機一つまともに作れない愚かな種族。もはや滅ぼしてやるのが慈悲というものだ。その神の判断に、人間の王風情が口を挟むことの愚かさを、その身を持って教えてやろう!」

 

 その言葉と共にセイバーから地響きを伴って黒い魔力炎が吹き出す。瞬く間に膨れ上がった黒炎は天へと突き刺さり、その空をくすんだ黒い雲で覆い尽くし、無数の稲光が発生する。

 

「ちっ。これは―――」

 

 その現象に心当りのあるギルガメッシュは咄嗟に矢を放ちながら、更に背後からも無数の宝具を撃ちだすが、それらはセイバーに着弾するよりも先にセイバーの纏う黒い魔力炎によって消し飛ばされた。

 

「はぁああああああああああ―――!!」

 

 攻撃されたこと自体、眼中にないと言わんばかりにセイバーが咆哮する。それを合図として黒い魔力炎が真紅の神気へと変貌し、セイバーの髪の毛が逆立ち、その色が薄紅色へと変わり、彼の霊基が神霊のそれへと変化する。

 

「超サイヤ人ロゼ……。この美しき姿が貴様らがこの世で見る最後の姿となる。光栄に思うんだな」

 

 変身が完了して天変地異がおさまった。

 真紅の神気を纏いながらセイバーは勝利を確信していた。当然だろう。あの万全の状態の英雄王と征服王の二人がかりでも、このロゼと化したセイバーには敵わなかったのだ。

 半死半生の英雄王とどこの英雄とも知れぬ、バーサーカーでは尚更勝ち目はない。

 しかも―――

 

「念のため言っておくが、今回の変身に時間制限は無いと思え。聖杯のバックアップがある限り俺は永遠にロゼに変身していられるのだ……!」

 

 

 ―――絶望的な戦いが始まった。

 

 

 

 ◆      ◆      ◆

 

 

 

 ―――絶望の海に沈んでいく。

 

 今の衛宮切嗣の心境とそして現状を表すならまさにそう表現するしかなかった。

 迫るバーサーカーをセイバーに任せ、アイリスフィールから取り出した聖杯の器。

 そこから溢れでた60億の悪夢は、思考と行動を切り離すことができる戦闘機械、衛宮切嗣を持ってしてもその思考を完全に停止させるほどの意味合いを持っていた。

 

 なぜ無色の願望機であるはずの聖杯の中に、こんな禍々しい呪いが詰まっているのか。大聖杯に何か欠陥でもあったのか。元に戻す方法はあるのか。自分はこれからどうするべきか。

 そういった疑問や建設的な思考は、全て消し飛んだ。

 残ったのは諦観と絶望。自分は、願いを叶えるのに失敗し、セイバーとの賭けに負けたのだという事実が今更ながら襲ってくる。

 

 故に彼は―――取り出された聖杯から黒い泥が溢れ、それがアイリスフィールの遺体を飲み込み自分に迫ってもそれを避けようとはしなかった。

 そして彼は闇の中へと沈んでいった。

 

 無抵抗に泥の中に沈んだ衛宮切嗣に与えられたのはかつて彼が切り捨ててきた人間の顔をした無限の憎悪だった。父親の、初恋の少女の、育ての親の、かつて彼が殺めた人間の、この聖杯戦争で出た犠牲者達の姿をした呪いが、それぞれの憎悪の槍を持って、無抵抗な切嗣を串刺しにしていく。

 抵抗する気にもならない。彼らの怒りはきっと正当なものだ。手にはいつしか愛用の銃が握られていたが、それを使う気にはならなかった。

 何度串刺しにされたか数える気にも起きなくなった時、彼は手を掴まれて泥の海から引き上げられた。

 

「可哀想な切嗣。こんなに傷ついてまで叶えたかった願いなのね。さあ、私に言って。どんな願いでも叶えてあげる」

 

「……アイリ?」

 

 彼女は切嗣の記憶とそれと変わらない笑顔を浮かべた。だがそこに猛烈な違和感がある。

 彼女は戸惑う切嗣を気に留めた様子もなく、空を指さした。

 そこには黒い太陽があった。全てを飲み込む黒い太陽が。

 

「あれが聖杯。きっとあれならば切嗣の望みをなんでも叶えてくれる。さあ願いを言って。あの子に形を与えて上げて」

 

「……あんなものが僕の願いを叶えてくれるだって? 一体どうやって?」

 

「さあ?」

 

 余りにも無責任なその物言いに切嗣は声を荒げた。

 

「ふざけるな! 聖杯は万能の願望機だ! さあ? なんて言葉が出てくるわけないだろう!?」

 

「それは仕方ないことなのよ。―――だって聖杯は貴方の望みを燃料に駆動するのだから。まず貴方が具体的に何をしたいかを決めないと動けない」

 

「―――な」

 

 その言葉に衛宮切嗣は絶句した。今までは聖杯さえ手に入れれば自動的に願望が叶うと思っていた。信じていた。故に何をどうやって世界を平和にするかまでは考えが及ばなかったのだ。なぜならそれは衛宮切嗣がどれだけ考えても答えが出せなかったのだから。

 だが。それでも。聖杯さえこの手に掴めば、方程式すらわからない計算を飛び越えて、平和という答えをもたらしてくれるはずだった。

 しかし聖杯はまず答えを得るためには、自身に方程式を入力しろという。これでは意味がない。衛宮切嗣は方程式を知らないから、聖杯という奇蹟にすがったのだから。

 

「お前は、誰だ。アイリじゃないな?」

 

 切嗣は手にしていた愛銃を―――これも本物かどうか怪しいものだが―――目の前のアイリスフィールの顔をした誰かに向けた。

 銃を向けられたアイリスフィールは顔色一つ変えずに頷いた。

 

「ええ、本物のアイリスフィールそのものではないわ。私は彼女の人格を借りて顕現した聖杯の意思。こうでもしないと私は他者とコミニュケーションが取れないの」

 

「聖杯の意思だと? 無色の聖杯になぜそんなものがある!」 

 

「なぜと言われてもわからないわ。でも私の意思は確かにある。そしてそれは貴方達に限りなく近い」

 

「貴方―――達?」

 

 複数形で言われて切嗣は戸惑った。

 

「貴方のサーヴァント。セイバーのことよ。おかしいとは思わなかった? 本来正規の英霊しか喚び出せないはずの聖杯が、反英霊の枠組みを超えた外宇宙の神霊を喚び出せた理由が。それは私とセイバーが限りなく近い存在だったから。聖杯という存在そのものが彼を喚び出す触媒になったの」

 

「聖杯がセイバーに近い存在だと?」

 

「彼はこの世の、いえこの宇宙の全ての人間を憎んでいる。私はこの世全ての悪意で出来ている。ほら、そっくりじゃない? 最初は聖杯はこうじゃなかった。でもいつしかこうなってしまったの。それはもう元には戻らないのよ」

 

「お前の、聖杯の目的はなんだ?」

 

「勘違いしないで。目的を与えるのはあくまで切嗣、貴方なのよ。私に目的はない。強いて言うなら目的を与えられることで産まれ出ることが目的」

 

「お前に明確な自我があるなら、僕が世界平和を聖杯に望んだのなら―――、どうそれを叶えるつもりだ?」

 

「そんなことは貴方のサーヴァントに聞いてみればいいんじゃない? 彼の目的も貴方と一緒でしょう?」

 

「違う!」

 

 反射的に叫ぶ。切嗣はそれを認めるわけにはいかなかった。決して。

 

「違わないわ。サーヴァントはマスターに近い性質を持つものが喚び出される。貴方達はそっくりよ。平和を求めながら、死体の山を積み上げていくその在り方が。だから私もそれに習うの。私も貴方達みたいに上手に『願い』を叶えてみせるわ」

 

 愛しきアイリスフィールの顔でそう楽しげに告げられ、衛宮切嗣は恐怖と共に一歩後ずさった。いや、彼の後ろには何もなかった。足を踏み外してそのまま更なる闇へと落下する。

 その言葉とともに視界が暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 300人を救う為に、200人を殺す。200人を救う為に100人を殺す。まさしく衛宮切嗣がやってきたことを改めて見せつけられた。それを追体験させられた。

 だが決断をすればするほど、救った人数より殺した人数が増えていく。それは衛宮切嗣の欠陥そのものだった。

 

 そしてついに灰色の世界に残ったのは5人の人間。体の自由は効く。此処から先は真に衛宮切嗣が自分の意思で行う選択となる。

 最初に実の父親の頭を拳銃で撃ちぬいた。少年時代にやったように。

 次に育ての親であるナタリア・カミンスキーを携行ミサイルで爆殺した。青年時代にやったように。

 その次は久宇舞弥だ。彼女にナイフを向けると、舞弥は顔色一つ変えずにその刃を受け入れた。

 

 残るは二人、妻たるアイリスフィールと、イリヤスフィール。

 彼女達は自分が衛宮切嗣に選ばれたことに対して、なんの疑問も持ってはいなかった。

 イリヤスフィールはニコニコと笑いながら、切嗣のコートにしがみつき、これから何をして遊ぼうかと聞いてくる。アイリスフィールは微笑みながらそれを見守っていた。

 

 どこからともなく気取った仕草の拍手が聞こえてきた。そちらに目をやると、セイバーが彼にしては珍しく邪気のない様子で、こちらを祝福するように手を叩いていた。黒髪だったはずのセイバーの髪の色はなぜか薄紅色に染まり、逆立っているがそんなことは瑣末なことだ。

 セイバーは彼にしては珍しく、刺のない笑みで心の底からこちらを祝うようにして言った。

 

「おめでとう我がマスターよ。約束は果たされる。ここが君たちの理想郷だ」

 

 その言葉とともに世界が一変する。地平線の果てまで色とりどりの花が咲き乱れ、空は全てを祝福するかのように、雲ひとつ無い青空へと変わる。

 小動物や小鳥達がどこからともなく現れ、衛宮一家の周りで飛び回り、この世界へ来たことを歓迎した。

 イリヤスフィールが歓声を上げて、セイバーの元へ走る。セイバーはそんな彼女に対して、信じがたいことに―――腰を落とし、自分の目線を彼女の目線に合わせると優しくイリヤスフィールの頭を撫でた。それを見たアイリスフィールは、楽しげに切嗣へと腕を絡ませてきた。

 切嗣はその手を握り返す。ここが僕の最後の地だというなら悪くはない。本当に悪くはない。

 そんな事を思いながら、もう片方の手を上げる。銃を握った手を。

 

 雲ひとつ無い理想郷に銃声が響き渡る。

 セイバーに頭を撫でられて気持ち良さそうに目を閉じていたイリヤスフィールは、衛宮切嗣の正確無比な射撃にその頭を撃ち抜かれ、死んだ。

 

「あなたっ!? なんで―――なんでぇ!?」

 

 アイリスフィールが錯乱して掴みかかってくる。

 衛宮切嗣は愛娘を殺害したことに対して、いつもどおり表情を変えなかった。そしてアイリスフィールの足を払い転倒させると、滑らかな動作で愛銃のコンテンダーに次弾を装填、妻の顔に押し付けて引き金を引いた。

 

 自らの家族を殺害した切嗣に対して再び拍手が起こる。

 セイバーだ。彼はさっきとは違い、彼らしい皮肉げな笑みを浮かべて衛宮切嗣のその行動に拍手を送った。

 

「それがお前の選択というわけか?」

 

「そうだ。お前は僕が望んでいた聖杯とは違う。僕にとっては不要だ」

 

「賭けを反故にすると?私自身も君たち家族程度なら庇護してやってもいいと思ってたんだが」

 

 セイバーの顔をした聖杯の意思はそう告げてくる。

 切嗣ははっきりと自分の意思を伝えた。

 

「聖杯の中にお前なんかが入っていた時点で賭けは成立しない。よってこのゲームはノーゲームだ。悪いが掛け金は返してもらう」

 

 セイバーは肩をすくめて大げさに溜息をついた。

 

「セイバーの言うとおりだったな。これだから人間は度し難い」

 

 無言で切嗣は愛銃コンテンダーをセイバーに向けた。これが本物のセイバーなら、全く意味のない行為だろう。だがここは衛宮切嗣の精神世界の中でこのセイバーは聖杯の意思のアバターにすぎない。殺せるはずだ。

 だがセイバーは気にした様子もなく銃口を見つめた。

 

「聖杯戦争の勝者が私を欲しがらないというのならば仕方がない。衛宮切嗣。幸いにも君のサーヴァントは君以上に私を求めてくれている。彼の期待に答えるとしようか」

 

 その言葉が終わるか終わらないかと言った瞬間に、切嗣は引き金を引いた。

 放たれた弾丸はセイバーの脳天を撃ちぬいた。

 

 

 

◆    ◆   

 

 

 

 衛宮切嗣が目を覚ました時、寺の境内から随分と離れた寺の本堂の床下近くにいた。

 泥に飲まれた時にここまで流されてきたようだ。反射的に泥に一緒に飲み込まれたアイリスフィールを探すが、見つからない。見つかるはずもない。

 微かに残った未練を断ち切り、切嗣は境内で繰り広げられる戦闘を見やった。

 果たしてそれを戦闘と言っていいのか。

 バーサーカーはアーチャーから渡された神殺しの神剣を両手に持ち、セイバーに猛攻を仕掛けている。しかし薄紅色に髪の毛を逆立てたセイバーは、笑いながら神気を纏った指一本で神剣を跳ね返し、その猛攻を捌いている。

 アーチャーは後方からバーサーカーを支援するべく、自らも矢を射掛けつつ、平行して様々な宝具を撃ちこむ。だがそれもセイバーが先頭の矢を指一本で弾くと、その弾かれた矢が更に後方から来た宝具に激突し、更にそれが別の矢と宝具に、といった具合にビリヤードのように全ての攻撃が弾き飛ばされてしまった。

 明らかにセイバーは遊んでいた。

 

 後方でバーサーカーのマスターと思わしき男が令呪を使う。バーサーカーは、刃こぼれして使い物にならなくなった両手の神殺しの神剣を捨てると、自身の最終宝具を展開した。

 一度使用するとそれ以外の宝具が使用不可能になる代わりに、自身のステータスをワンランクアップさせる円卓の騎士、サー・ランスロットの聖剣、『無毀なる湖光(アロンダイト)』である。

 だが、今更バーサーカーのステータスをワンランクアップさせた所で何になるのか。超サイヤ人ロゼと化したセイバーは、元のステータスとは比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの強化を施されているのである。

 

 無駄なあがきとセイバーが嗤う。バーサーカーが吠える。

 その光景を尻目に衛宮切嗣は懐に入っていた無線機を取り出した。あのような呪いの泥にまみれていた為、使用できるかどうかは賭けだったが、それは正常に動き、程なくして目的の相手に繋がった。

 彼は賭けに勝ったのだ。

 

 

 

 ◆    ◆ 

 

 

 

 円蔵山にある獣道。そこを歩き、魔術的な偽装をくぐり抜けた先にそれはあった。

 黒々と開く洞窟への入り口。

 それを前にしてウェイバー・ベルベットはごくりと唾をのんだ。

 洞窟の奥からは濃密な魔力を感じる。遠坂時臣に聞いた話では、この奥にこそ、この冬木の聖杯戦争の根源。大元の術式である大聖杯が安置されているとのことだ。

 ウェイバーは手にした包みの重さを意識する。自らの戦友であり、サーヴァントに託されたそれは見た目以上に重い。魔術で重量軽減をしていなければ体力の自信のない彼では、ここに来るまでで力尽きてしまっていただろう。

 これは強力な武器になりうるが、セイバーに向けて放っても防がれるか、避けられるかしてまともなダメージを与えることもできない。

 だからもっと別な―――そして効率的な使い方をしなければならない。

 

 そのためにウェイバーはここに来たのだ。

 魔術的な罠を警戒しながら彼は、洞窟の中をゆっくりと進んでいく。しかし彼は気づいていなかった。ここには魔術的な罠以外にも現代の道具を駆使したセンサーも取り付けられていたことに。

 自らがセンサーにかかったことにも気づかず、ウェイバーは奥へ奥へと進んでいく。

 そして。

 

「これが……大聖杯」

 

 彼は初めてみるその大術式に目を奪われた。

 山そのものを繰り抜いたかのような広大な空間。これが天然の洞窟だとはとてもではないが信じられない。

 そしてその広大な空間の中央にその術式は展開されていた。

 何十何百何千と刻まれた魔方陣の中央に位置する魔術炉心。

 そこから放たれる魔力はウェイバーのような見習い魔術師は、近寄っただけで魔力にあてられて気絶してしまいそうだ。

 だが何よりも彼を驚かせたのは、その場に充満する魔力の邪悪さだ。まるで破裂寸前の泥を思わせる魔力が大聖杯の上で渦巻いている。

 こんなものが万能の願望機とはウェイバーには思えなかった。

 しばし呆然としていたがすぐに我に変える。

 ここで呆然としているために来たのではない。自分がここに来たのは自らのサーヴァントの……仇討ちだ。

 

 手にした包みに意識を向けながら、ウェイバーは大聖杯に向かって一歩踏みだそうとしたその時だった。

 

「動かないように」

 

 冷たい女の声と共に、ウェイバーの後頭部に銃口が押し当てられたのは。

 ウェイバーは混乱する。道中に仕掛けてあった魔術トラップは全て回避した。何しろこの大聖杯の関係者たる遠坂時臣からトラップの位置と仕掛けを全て知らされていたのだ。

 そもそもこの女はなんなのか?衛宮切嗣は柳洞寺で戦闘中のはずだ。

 となれば衛宮切嗣の手先なのだろうか。もしそうなら魔術だけではなく、現代的な警報装置も設置していてもおかしくない。魔術的な罠にしか注意を払ってなかった自分は、あっさりそれに引っかかってしまったのだろう。

 ウェイバーは自分の迂闊さに穴があったら、入りたくなった。こんな所で自分が死んでしまっては、全ての計画が台無しになる。

 

 ウェイバーの頭に銃口が突きつけられて、両者は押し黙ったまま一分が経ち、二分が経ち、五分が経った。

 いい加減その緊張に疲れたウェイバーが、とうとう撃つなりなんなり好きにしろ、と啖呵を切ろうとしたその瞬間だった。

 この幻想的な空間には不釣り合いな電子音が鳴り響く。知っているものにはすぐにわかる。無線機の呼出音だ。

 ウェイバーがそれがなんなのか確認するよりも早く、銃口の持ち主は銃口をそのままに無線機を取る。

 

「はい……はい……。わかりました。ではプランBで」

 

 その言葉と共にウェイバーの後頭部に突きつけられていた銃口が下げられた。

 もはや何がなんだかわからず、ウェイバーは包みを抱えこみつつ後ろを振り向いた。

 そこには刃物のような鋭さを持つ目をした、黒髪の東洋人の女性がいた。彼女は動きやすい服を来ており、まるで兵士のように、現代兵器で武装していた。先ほどウェイバーの頭に押し付けられたのは、彼女のもつ突撃銃だろう。

 

「な、なんなんだお前は? セイバーのマスターの仲間か?」

 

 その疑問に女―――久宇舞弥は淀みなく答えた。

 

「そういうことになります。ですが私はセイバーの仲間ではありません。」

 

 意味がわからず、ウェイバーは聞き返した。

 

「なんだそりゃ?どういうことだよ」

 

「私の主―――セイバーのマスターである衛宮切嗣は、セイバーを切り捨てることを決定しました。よってこれからは私は貴方と共に大聖杯を破壊します」

 

 その言葉にウェイバーは目を白黒させた。

 

「どういうことだよ? セイバーのマスターもセイバーのことを邪魔に思ってるってことか? だったら令呪で自害でも命じればいいんじゃないか?」

 

「通用すると思いますか。あのセイバーに」

 

 冷たい目でそう問われて、ウェイバーは言葉に詰まった。確かに令呪数画ではあれは止めれそうにない。

 舞弥は更に説明を続ける。

 

「……アーチャーとライダーの戦いで切嗣は二画もの令呪を消費してしまった。残った一画の令呪では、あのセイバーには嫌がらせ程度にしかならないでしょうね。もはやマスターですら表立ってセイバーを止めることができないのです。その為、切嗣はセイバーを滅ぼす為に様々なプランを練りました。私がここにいるのはその一環です」

 

「つまり……あんたは僕の味方ってことでいいんだな?」

 

 端的に噛み砕いて解釈したウェイバーのその言葉に、舞弥は初めて微笑を浮かべた。

 

「味方というわけではありませんが、同じ目的を持っている同志と考えて頂ければと」

 

「でも、なんでさっきは僕に銃を向けたんだ? というかセイバーを倒したいなら早い所僕らに接触して協力してくれれば……」

 

「勿論出来る限りの範囲でそれはしました。ですが、つい先程までは切嗣は聖杯を手に入れることを諦めたわけではなかったのです。セイバーは危険な存在ですが、聖杯を手に入れるためには必要な存在だった。その為、聖杯を手に入れるまでは切嗣はセイバーを生かしておかなければならなかった。しかし―――」

 

 そこで彼女は手にした無線機を掲げた。

 

「先ほど連絡がありました。聖杯は彼の願いを託すことはできない代物だったと。聖杯を求める必要はなくなった。後はセイバーを始末してこの聖杯戦争は終わりです」

 

 舞弥のその目には、寂寥感があった。彼女は、いや彼女の主たる衛宮切嗣は長い時間をかけて、この聖杯戦争に挑むべく準備してきたのだろう。その意気込みは、噂話に聞いて飛び入りで参加した自分とは比べるべくもないはずだ。

 それを自分の手で終わらせる事に対して思うところが無いはずがない。

 だが、ウェイバーは彼女のそんな内心を考察するのはやめて、現実的な事を聞いた。

 

「どうやってセイバーを……大聖杯を止める気だ?」

 

「ここには大量の爆薬を仕掛けてあります。術式とこの大空洞を同時に爆破して埋めるつもりでしたが、少々確実性にかけるプランでした。ですが、貴方が来たお陰で成功率が増した」

 

「そうだな。これだけの規模の術式だと物理的に破壊した程度じゃ完全に止まるか、怪しいもんだ。でもこいつを使えば―――」

 

 そういってウェイバーはここに来るまで後生大事に胸に抱えていた荷物の包みを解いた。

 魔力封じの布の下から現れたのは三角錐の本体に取っ手のような装飾がついた黄金の宝具。

 古代インド神話の神、雷神インドラが武器、ヴァジュラの原典だ。

 本来ヴァジュラはインドラの武装の総称を指す。その為、ヴァジュラはこの一つだけを指すものではなく、様々な形状、力を持つヴァジュラがある。

 その中でもこのヴァジュラは魔力を込めれば発動し、対軍宝具に匹敵する破壊をまき散らす使い捨ての宝具だった。

 これならばウェイバーにも発動させることができるし、大聖杯を破壊することもできるだろう。

 

「こんなにでかいと宝具でも一発で木っ端微塵ってわけにはいかないけど、爆薬や崩落と合わせれば間違いなく機能停止には追い込める」

 

 ウェイバーの切り札を見て、彼女は満足そうに頷いた。

 

「では、こちらの爆破のタイミングに合わせて、それを大聖杯の中心に撃ちこんでください。……急ぎましょう。セイバーは聖杯から溢れた魔力を手に入れて手がつけられない存在になりつつある」

 

 ウェイバーは頷いた。聖杯からのセイバーへの魔力供給を止めることができれば、こちらにも勝機は生まれる。

 逆に言えばここを破壊しない限り、セイバーの勝利は揺るがないのだ。

 

 ウェイバーは手にした宝具に意識を向ける。

 本物の宝具の原典。売ればそれだけで来世まで遊んで暮らせれる金額になるだろう。

 だが世界が滅んでしまってはどれだけ金があっても仕方がない。

 金はあの世まで持って行くことはできないのだから。

 

(ライダー……。お前の仇は僕が取るからな……)

 

 そして決意と共に彼は宝具に魔力を込め、発動する準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 




 みんな丸太は持ったな!! 行くぞぉ! 
 次回、最終回。希望の未来(トランクス編の最後とか)に向かってレディ・ゴー!



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尊さが押し寄せてくる 泣いてる場合じゃない 人間をZEROにして 理想郷の主神になろう テッテー♪ 孫悟空になれるものが いつか私をすげぇ神にするんだ(ED曲)

 

 間桐雁夜はバーサーカーに最後の令呪を回復の為に切った。

 膨大な魔力が手の甲で発動し、甲冑すらボロボロにされたバーサーカーの傷を癒していく。

 再び万全の状態になったバーサーカーは雄叫びと共に、セイバーへ跳びかかっていく。

 だが所詮焼け石に水だということは、彼が一番よくわかっていた。

 捨て身のバーサーカーの猛攻もアーチャーの援護射撃も、神霊となったセイバーは笑いながら、その場を一歩も動かず捌いている。両者の間には同じサーヴァントでも隔絶した力の差があった。

 

「時臣! お前のアーチャーも回復させてやれ!」

 

 思わず彼は隣に立つ時臣にそう言うが、苦々しく彼は首を振った。

 

「駄目だ。この二画の令呪はセイバーに放つ最後の一撃を後押しするために、絶対に必要なものだ。アーチャー自身から使うタイミングを間違えるなと厳命されている。……全くこんなことになるなら綺礼に預託令呪を分けてもらうべきだった」

 

「でもこのままじゃバーサーカーがやられちまう。前衛のあいつがやられたら、今のアーチャーは一瞬で倒されちまうぞ!」

 

「わかっている……! だが、今のセイバーは遊んでいる。とにかく時間を稼ぐんだ。そうすれば、ライダーのマスターが……」

 

 大聖杯を破壊する。

 そう言いかけた時、地響きが境内を揺らした。

 

 柳洞寺、いや円蔵山そのものを揺らしたその地震は数度の揺れでおさまった。

 だが、この地震がもたらしたものは別にあった。

 

「馬鹿な……! なんだこれは!?」

 

 初めて聞く、セイバーの驚愕の声。

 彼の姿は、もはや真紅の神霊ではなくなり、元の黒髪黒目の青年に戻っていた。聖杯からの魔力供給が途絶えたのだ。それに伴って聖杯の孔も急速に小さくなっていく。

 彼が受肉していればそれも問題なかっただろうが、あの聖杯から溢れていた泥は聖杯がまだ完成していなかった為にほんの僅かに聖杯の器から溢れた程度のものに過ぎない。魔力の濃度も薄く、凄まじい魔力喰いであるセイバーを完全に受肉させるには量が足りず、あくまで魔力の供給源でしかなかったのだ。

 セイバーは信じられないような表情をしていたが、すぐにその原因を理解した。

 

「聖杯が機能不全を起こしただと……!?」

 

「ふん……待ちくたびれたぞ。ようやく、雑種どもの企みが成功したようだな」

 

「企みだと……!?」

 

 ギルガメッシュの言葉に思い当たる節があったのか、セイバーは歯噛みする。

 彼にとって敵はサーヴァントのみ。マスターである魔術師など塵芥が如き存在だと侮り、放置したツケがここに回ってきていた。

 せめて遊ばずにバーサーカーだけでも殺しておけば、聖杯の完成度が高まりそれに伴い泥の量と濃度も濃くなり、一足先にセイバーは受肉できていたかもしれない。だが全ては後の祭りだった。

 いや、これはセイバーの油断だけではない。絶望的な状況においても尚、勝負を捨てず時間を稼ぐことに徹したバーサーカーとそのマスターである間桐雁夜、そしてライダーを失っても戦うことを諦めなかったウェイバー・ベルベットが手繰り寄せた好機なのだ。

 状況を判断したセイバーが呻く。

 

「そうか……。この聖杯の大元の術式そのものを破壊したのか! おのれ、あの切嗣の手先の女は何をしていたのだ!? これだから人間というやつは……」

 

「無能な人間を頼りにして、足元を掬われる。まさにお前にふさわしい最後よな?」

 

 ギルガメッシュのその挑発にセイバーは怒りながらも冷静に返す。

 

「調子に乗るなよ、人間。残存魔力だけでも貴様ら如き、皆殺しにして釣りが来る。その後は世界中の人間どもを殺して回って力を貯めて、地球上から人類を滅ぼす。俺のやるべきことに些かの支障もないのだ……!」

 

 そういって構え、今にも飛びかからんとするセイバーの背後から、冷徹な声が掛けられた。

 

「いいや。悪いがそういうわけにもいかないな。―――令呪を持って我が傀儡に命ずる。自害せよセイバー」

 

 その言霊が、セイバーの肉体を強制的に動かした。

 その右手は光剣を発生させ、セイバーの意識とは無関係に自分の首を断ち切ろうとする。

 だが。

 

「……人間風情が神に指図をするかぁ!!」

 

 自らの首を落とすはずのその右手を、セイバーは左手で掴むことで防いでいた。

 セイバーはその信じがたいエゴで令呪の強制力に逆らっているのだ。

 そして自分の意思とは無関係に首を切り落とそうとする右手を抑え、背後を見やる余裕もないセイバーは、背後に向かって怨嗟の声を投げつける。

 自分に対して令呪を使うことができる相手などこの世に一人しかいない。

 

「衛宮切嗣……。貴様、この期に及んで何の真似だ!? 賭けは俺の勝ちだったはずだ……!!」

 

 セイバーからは見えないが彼の背後、柳洞寺の本堂の前で、衛宮切嗣は懐に偶然残っていた煙草を口に咥えて火を付けながら、答えた。

 

「すまないな。セイバー。賭けはなかったことにしてもらう。聖杯の中身があんな代物では、どうあがいても僕の負けになるのでね」

 

「ふざけるなぁ! おのれ―――おのれっ!! 約束事一つ守れんとは、貴様も所詮薄汚い人間だったか! 今すぐ縊り殺して、娘も後を追わせてやる!」

 

 そう憎悪に猛るセイバーは既に令呪の効果を振り払いつつある。

 だが、セイバーにとって状況が悪い。眼前には敵対するサーヴァントがいるのだ。

 四方から神をも拘束する鎖が射出され、更にバーサーカーがそれに続く。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」

 

 ここが最後のチャンスと見たバーサーカーは最後の力を振り絞って、跳躍しセイバーへと『無毀なる湖光(アロンダイト)』を振り下ろす。

 アーチャーの鎖はギリギリで回避されたが、バーサーカーのその一刀は完全にセイバーを捉えている。

 バーサーカーの渾身の魔力が込められたそれは、魔力による過負荷を起こし、澄んだ湖のような青い光を放っていた。

 これぞ『無毀なる湖光(アロンダイト)』を使ったサー・ランスロットが秘剣、『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』。本来なら剣から放出する魔力の斬撃を剣の中に溜め込み、切り裂いた対象の体内で魔力を炸裂させる秘技である。

 狂気に満ちているはずのバーサーカーが何故にこの秘剣を使うことができたのか―――それは彼も理解していたからかもしれない。眼前の邪神を滅ぼさねば、人類史に未来はないと。

 その危機感と英霊としての使命感が狂気を超えて、バーサーカーのクラスにも関わらず、この秘技を使用可能にしたのだ。

 

 しかしセイバーにはその英霊の渾身すら届かない。

 彼は、今だ光剣を発して自分の首を落とそうとする右手を左手で掴んだまま、右手から発生した光剣を『無毀なる湖光(アロンダイト)』の軌道上に無理やり動かして、ランスロットの秘剣を受け止め、そして押し込まれた。

 予想外のその威力にセイバーの足元が陥没し、蜘蛛の巣状の罅が入る。右手の光剣が押し込まれて、自らの首に更に迫る。セイバーのこめかみに一筋の冷や汗が流れた。

 だがセイバーが聖杯から手に入れた魔力は充分に残っていた。それを絞り出せば高ランクの宝具が相手でも正面から鍔迫り合いすることも、押し切ることも可能だった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」

 

「令呪で縛られたからと言って、この俺に勝てると思ったか! 狂犬!」

 

 その言葉と共に、セイバーが令呪の効果を完全に振り切る。

 体の自由を取り戻したセイバーは鍔迫り合いをしていた光剣の出力を上げて、『無毀なる湖光(アロンダイト)』諸共、ランスロットを袈裟懸けに切り倒し、返す刀で光刃を射出してランスロットの後方に位置するアーチャーを、彼が咄嗟に展開した防御宝具ごと吹き飛ばす。

 

 蹴散らしたサーヴァント達には一瞥もくれず、セイバーは切嗣に向かって振り向くと、ゆっくりと歩いて行く。

 

「切嗣……貴様は賭けに負けたにも拘らず俺に牙を向いたな?それが何を意味をするのか分からん貴様ではあるまい。貴様はこの俺の、神の慈悲を無下にしたのだ。絶対に許さん! 貴様を殺した後は貴様の娘も仲間の女も八つ裂きにしてやろう!」

 

 既に与えられた三画の令呪は使いきった。もはやセイバーを縛るものなど何もない。その証拠に彼の右の手の甲には何も残ってはいなかった。

 セイバーの死刑宣告に対して、衛宮切嗣は口に加えてた煙草を下ろすと、肺から大きく煙を吐き出した。そして逆に尋ねる。

 

「……かつて孫悟空とその家族にしたようにか?」

 

「なに……?」

 

 絶望的な状況的にも関わらず悠然と構えている自分のマスターに違和感を持ったのか、セイバーが警戒心を抱き、前進をやめる。

 

「お前の過去を僕は夢という形で見させてもらった。お前がなぜ孫悟空の体を奪ったのかも僕は理解している。お前は平和だの大義だのほざいているが、人間を憎む一番の理由はそんなんじゃない。

 お前は……人間である孫悟空が、神々の中でも戦いの天才と呼ばれた自分を簡単に一蹴したことに対して嫉妬したんだ。その力を羨んだんだ。だからドラゴンボールへの願いの中から、あえて孫悟空の体を奪うという選択をした。人間の分際で自分を簡単に追い抜いた男に意趣返しをする、ただそれだけのために!

 お前が人類を滅ぼすのは宇宙を汚すからではない!お前の人間への僻みがそうさせたんだ!」

 

 その切嗣の弾劾にセイバーは眉一つ動かさなかった。

 

「知ったふうな口をきく……私も貴様のことは理解しているぞ。大の為、小を切り捨て続けてきた殺人者。お前はそれを正義と思っているようだが、違う。

 それを行う資格があるのは神だけだ。神が行えば正義となることも、人間が行えば罪となるのだ。

 高みから大局を見下し、歴史と威厳を持つ神が行うからこそ、罪ではなく裁きとなるのだ。お前は自分の狭い視野と独りよがりの信念を元に、神の真似事をして正義の味方を気取っている道化にすぎない。

 貴様には道化に相応しい最後をくれてやろう。所詮、人の正義など独りよがりの傲慢にすぎない。神の正義の前には無価値なのだ」

 

「僕は自分が道化だなんてとっくにわかっているさ。誰かさんに独りよがりの正義が、如何に馬鹿げてるかをよーく教えてもらったからね。だがお前も同じ穴のムジナだってことに気がついてないらしい。お前は僕なんかよりもよっぽど自分自身を騙すのが得意みたいだからな。……僕たちは確かに似たもの同士かもな」

 

「……遺言はそれでいいのか?人間。末期の言葉は最早聞かんぞ……!」

 

 光刃を構えるセイバー。切嗣との距離はまだ数十メートルあるが、そんな距離はセイバーからすればゼロに等しい。

 今にも襲いかかってこようとするセイバーに対して、切嗣は右腕のコートの袖口をたくし上げた。そこにあるものを見て、セイバーは驚愕した。

 

 彼の右腕には十数画もの令呪が存在したのだ。

 

「馬鹿なっ……!貴様、そんなもの一体どこで!?」

 

 初めてセイバーの顔に恐怖が浮かんだ。

 その顔を見て切嗣はこの聖杯戦争が始まって以来の満足気な笑みを浮かべた。

 同時に、この無数の預託令呪を教会の監督役から譲り受けた経緯が頭の中を流れていく。

 それは英雄王と征服王の決戦の後、セイバーが満身創痍で武家屋敷に戻ってきて、その身を休めている間に、最後の決戦の準備と称して切嗣が舞弥と共に、外に出ていた時の事だった。

 

 

 ◆      ◆      ◆

 

 

 

 ―――時は遡り、集まったマスター達がセイバーに対する決戦準備を始めた聖堂教会。

 そこでマスター達と打ち合わせをする言峰綺礼の元に一人の来訪者が来た。

 来訪者の名前は久宇舞弥。

 言峰綺礼がこの聖杯戦争で自らの宿敵と定めた、衛宮切嗣の配下の女だ。

 教会に詰めていた事務員に彼女が来たという報告を受けても、言峰綺礼はその場に同席していた自分の師と同盟者であるウェイバーに、地元の有力者が来たので直接相手してくると、もっともらしい嘘を顔色一つ変えずについて、その場を辞して教会の外で彼女を出迎えた。

 

 実の所、彼女が来るということは言峰綺礼は事前に知っていた。

 これより少し前、まだ彼がセイバーの魔力砲撃の被害に対処するべく、教会の一室で隠蔽工作にかかりきりになっていた時、彼女の使い魔である蝙蝠が彼の部屋の窓を叩いたのだ。

 その蝙蝠は、ある手紙を持っていた。その文面を要約するとこうだ。

 

 『自分はセイバーのマスターであり、暴走しつつあるセイバーの事で教会の監督役と大至急話がしたい。話し合いの結果によってはセイバーをこちらで始末してもいい。ただし、この一件を他のマスターに伝えた場合、この話は無かった事になる』

 

 この文面を読んだ時、言峰綺礼は迷った。ブラフも考えたが、最強のセイバーを従えて圧倒的な優位に立っているはずなのに、今更こんな策を使うのはセイバーのマスターである衛宮切嗣らしくなくも思える。

 もしかしたら―――衛宮切嗣は本当に、比喩抜きで自らのサーヴァントを御せていないのてはいないのだろうか?

 綺礼は教会の窓から、外を―――正確には川向いの深山町の方角を見やった。

 

 空を幾重にも覆っていた重々しい雲はセイバーの魔力砲撃の余波で消し飛び、それによって発生した停電によって街の光の大半が消えた故に、はっきりと輝く月明かりと星明かりが冬木市を照らしている。

 砲撃によって発生した住宅街の上に佇む巨大なキノコ雲は今だ完全に消えず、月と星に照らされて太古の怪物のようにその場にうずくまっている。

 

 衛宮切嗣が情報通りの男なら、自らのサーヴァントにあんな無軌道な振る舞いを許すわけがない。必要とあればやるかもしれないが、今回のこれは如何にキャスターが暴れていたとはいえ、オーバーキルに過ぎる。

 機関銃座を核兵器で吹き飛ばすような愚行だ。全くもってらしくない。

 この申し出を悩む時間は短かった。

 

 監督役として、あのような存在を放置するわけには行かないという建前。

 言峰綺礼として衛宮切嗣に会ってみたいという本音。

 公私の欲求を同時に解消できるとあらば、この話に乗らない理由がない。

 時臣師には申し訳ないが―――事後承諾とさせてもらおう。

 

 

 

 そうして言峰綺礼は教会の敷地の外の墓地で、衛宮切嗣の使いと称する女と会うことになった。

 その女の顔には見覚えがあった。以前、倒壊前後の冬木ハイアットホテルを見張っていたセイバーの仲間だ。あの時はアサシンのマスターとして彼女を尋問しようとしたが、突然現れたセイバーによって、その場から逃げるので精一杯だった。

 

 やはりこいつは衛宮切嗣の手の者だったか。

 

 あの時抱いた確信は間違っていなかったと思いつつ、まず綺礼の方から女に向かって口を開いた。

 

「セイバーの陣営には色々と聞きたいことがあるが。監督役と話がしたいとは一体どんな用件だ、女?」

 

「話がしたいのは僕の方だ」

 

 返答は言峰綺礼のすぐ背後からだった。それもくたびれた男の声。

 言峰綺礼は久しぶりに全身が総毛立つような感覚を味わった。

 同時に背中に何かが押し付けられる。それが大口径の銃火器の銃口なのは明白だった。

 

「この距離では何をしても無駄だ。お前が何をするにしても、加速した僕が指を引くほうが早い。助けを求めても無駄だ。僕の仲間が僕がお前を殺せるだけの時間を稼ぐ」

 

 ふと前を見やると切嗣の仲間と名乗る女の姿は消えていた。この場から離れたわけではない。気配がある。彼女もこちらの死角に潜み、もしこの場に誰か来たら排除するつもりなのだろう。

 それを確認した言峰綺礼は肩をすくめた。両手を上げたかったが、それだけで不審な動作と見なされて射殺されかねない。今回は自分が完全にしてやられたということだ。

 

「……それで? 話とはなんなのだ? ここは懺悔を聞くにも、茶飲み話をするにも適していないが」

 

 背中の相手は皮肉に応じず、単刀直入に用件を伝えてきた。

 

「監督役が代々受け継いできた預託令呪―――それを全部こちらに譲渡してもらいたい」

 

「無茶を言う。普通なら殺されても渡さんよ」

 

「これが普通の聖杯戦争なら、な。お前もアサシンのマスターだったのならセイバーの危険性は理解しているはずだ。奴を放置すれば世界が滅びる」

 

「喚び出した張本人がよく言う。そんなに危険なら令呪で自害させればどうだ?一番手っ取り早い話だ」

 

「それはできない。僕はまだ聖杯を手に入れる気でいる。この戦争から降りるつもりもない。何よりも僕は既に令呪を二画使っている。令呪一画程度であの怪物を殺せるとは僕は思っていない」

 

「それで預託令呪に目をつけたのか。成程、一画で殺せなければそれ以上の数でもって圧殺する。全くもって理に適った考えだ」

 

「聖杯が目前にある以上、セイバーにとってもはやマスターなどおまけだ。僕が生きようが死のうがセイバーの脅威は変わらない。だが、セイバーを倒せることが出来る存在がいるとしたら―――」

 

「それはセイバーの令呪を握るマスターであるお前しかいないというわけか。奴は正面から英雄王と征服王すら打ち破った規格外の怪物。確かにもう奴を止めれる者はマスターしかいないだろうな」

 

 問答が止まる。言峰綺礼はしばし目を瞑ると、出会うことを夢にまで見た背後の男に質問をした。

 

「一つ聞きたい。あのセイバーを利用してまで、なぜ聖杯を求める?お前の聖杯にかける願いはなんなのだ?」

 

 その質問により背中に押し当てられた銃口から一瞬の逡巡が感じ取れたが、すぐに答えは帰ってきた。

 

「恒久的な世界平和。僕が聖杯に望むのはそれだけだ」

 

 予想もしなかった答え―――というわけではない。もしかしたら、本当にもしかしたらと心の何処かで薄々その予兆は感じていた。

 もしかしたら、衛宮切嗣は自分が考えているような男ではないと。この男に会った所で自分の心の虚無は晴れないかもしれないと。

 だから、言峰綺礼は彼に対してこう言ってやった。

 

「ああ―――お前は全くつまらない男だな、衛宮切嗣」

 

「―――今更言われるまでもないことだ。言峰綺礼」

 

 反応もやはりつまらない。言峰綺礼は鼻を鳴らした。

 

「いいだろう。私が持つ預託令呪、全て貴様にくれてやる。精々有意義に使うがいい」

 

「本当か?」

 

「そちらから持ちかけておいて疑うのか。これ程の被害を出したのだ。どうせ冬木の聖杯戦争はこれで終わりだ。となればこの預託令呪も意味を失う。無駄に消えるなら派手に使いきったほうが楽しめるだろう。

 どの道、遠坂師はあのセイバーには勝てん。バーサーカーを仲間に引き込んでもな。あのセイバーを倒せるのは、奴のマスターであるお前しかいないだろうよ。

 ……腕を出すがいい。全ての預託令呪をお前に移植する。何、移植自体は一瞬で済む」

 

 言峰綺礼が言うとおり、預託令呪の譲渡は僅かな聖句を唱えるだけで終わった。

 そして深夜の教会で宿敵になりうるはずだった二人の男は、そのまま何も言わずに別れていった。

 

 

◆      ◆      ◆

 

 

 走馬灯のように走った預託令呪を手に入れた経緯を思考の隅に追いやりつつ、切嗣は令呪に告げた。

 

「唯の貰い物さ。―――令呪をもって、我が傀儡に命ずる。滅びろ、セイバー。この星にお前という神は不要だ」

 

「やめ―――」

 

 その言葉と共に次々と衛宮切嗣の腕に刻まれていた令呪が光を放ち、セイバーを縛る。

 

「ぐぁああああああぁああああああぁあああ!?」

 

 そんな様子を切嗣は目を細めて無感動に見やった。

 

「……悪党の死に様ほど見応えのある見世物もない。そのままゆっくり、相応の末路を晒してくれ」

 

 十画を越える令呪の前にはさしものセイバーと云えど為す術がない―――はずだった。

 

「ふ…ざ…け…る…な…! 人間風情が……! この正義の執行者であるザマスを悪党呼ばわりだとぉぉぉぉぉ……!?」

 

 令呪で縛られたことよりも悪党呼ばわりされた事のほうが、よりセイバーの怒りを引き出したらしい。

 セイバーの咆哮と共に再び真紅の神気が爆発する。その圧倒的なエネルギーと神気は十数画の令呪の縛りすら力尽くで破ろうとしていた。

 

「超サイヤ人ロゼ!? まだそんな力が残っていたというのか!?」

 

 だがセイバーは変身しても尚、完全に令呪の束縛を振り切れたわけではないらしい。

 圧倒的な神気を撒き散らしつつも、その動きは油の切れた人形のようにぎこちないものだった。

 それでもセイバーは止まらない。

 彼はゆっくりと両手の掌を前に付きだして合わせると、そのまま両手を腰に構える。

 その構えを見た切嗣は、脅威に顔を歪ませた。

 

「かめはめ波か……!」

 

「喰らえ……。残った魔力の全てを貴様にくれてやる! こんなちんけな島国、塵も残らんぞ……!!」

 

 だが狂気に侵された笑みを浮かべるその顔を、背後から来た一条の鎖が叩く。

 その神をも縛る鎖はセイバーの纏う神気に弾かれたが、彼の注意と怒りを引くには充分だった。

 

「まぁぁぁぁた貴様かぁぁ! ギィィィルガメッッッシュぅぅぅぅぅう!」

 

 鎖を投擲したのは再び立ち上がった、満身創痍のギルガメッシュ。

 鎧のない状態で防御宝具ごと強烈な光刃の一撃を喰らった彼は、全身が血まみれで消滅一歩手前だ。

 しかしその目はようやく巡ってきた好機に輝き、その手には今の今まで抜かなかった乖離剣が握られている。

 

「やれやれ……! ようやく隙を見せたな、抉り落とすぞ! 時臣! わかっておるな!」

 

「承知しました……! 令呪を持って我が王に奉る! 乖離剣のその真の力を発揮すべし!」

 

 後方で見守っていた時臣の手から令呪が光とともに消え、ギルガメッシュを後押しする。

 それと同時に本来の力に枷をはめられていた乖離剣がその枷を解かれ、喜ぶかのように真っ赤に輝いた。

 

「滅びの神ザマスよ! この乖離剣の真の全力をくれてやる―――天の理を持って再び原初に還るがいい!」

 

 それに脅威を見たセイバーは、もはや切嗣など眼中にないとばかりに即座に反転すると標的をギルガメッシュにした上で、再びかめはめ波の構えを取る。

 

「人間風情が理を語るなぁぁぁ! 全ての理はこの俺!! ザマスこそが、天の理であり、地の理なのだ!」

 

「貴様は確かに我が出会った神々の中でもとびきりの大物よ。その力も、そして狂気においてもな! だが人は神を越える。超えねばならぬ。この一撃を持って貴様という神との決別の義としよう……! 我の最大、最後の一撃だ! これを喰らうことを冥府で誉れとするがいい!」

 

「ぬかせっ!人の分際で天地の理に触れようとするその卑しき性根! 粉々に叩き潰してやる!」

 

 怒りで令呪を振りほどきつつあるセイバーは、かめはめ波の構えそのままに、更にその力を増幅させていく。

 余波だけで冬木市そのものが地震のように揺れて、台風のような暴風が円蔵山のみならず、市街まで到達し、家屋を倒壊させはじめた。

 

 だがセイバーのそれを神の怒りとするならば、ギルガメッシュもまた然り。令呪によるシンプルな後押しを受けた彼は、自身の消滅も厭わず、乖離剣からその力を引き出そうとしていた。それに加えて乖離剣は宝物庫からのバックアップも受けている。

 3つの刀身は互い違いに回転し、暴風を超えた時空流と言うべきエネルギーの渦をギルガメッシュの周りに展開している。その規模はかつて征服王の固有結界内でのそれを更に上回る。本来ならば神の権能の化身たる乖離剣は、地上では、ましてやその持ち主がサーヴァントという格に収まっていてはその真価を発揮することはできない。

 

 しかし令呪と宝物庫のバックアップで引き出した最大出力は、乖離剣の真の力―――神の権能たる天の理の力をも引き出そうとしていた。

 本来なら使用しようとしただけで、抑止力が顕現しかねない乖離剣の真の能力。ギルガメッシュはこの機能を使用するにあたって、その場で消滅することも覚悟していたつもりだったが、それに対する世界の反発は起きず、むしろ後押しするような感覚を受けた。

 この世界もまた理解しつつあるのだ。眼前の邪神をあらゆる方法で滅ぼさなければこの星の未来はないと。

 

 天地を揺るがす神の力の激突。その余波に巻き込まれまいとして、サーヴァントのマスター達は慌てて互いのサーヴァントの射線から走って逃れる。

 その場にいる全員が、これが最後の激突になると理解していた。

 

「原初を語る。天地は別れ、無は開闢と言祝ぐ。乖離剣よ、星々をも廻すその渦で、神々の魂すら引き裂いてみせよ!『 天地乖離す開闢の星 (エヌマ・エリシュ)』ッ!!」

 

「罪人共が……徒花と散って、永遠にこの世から消え失せろッ!かめはめ波ぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 ギルガメッシュの乖離剣が高速回転し、三層の巨大な時空流を発生させて、そのままセイバーに向かって叩きつけられる。

 それに応じるかのように、放たれたセイバーの超特大の魔力砲撃、かめはめ波。

 超サイヤ人ロゼとなって真紅と化したその砲撃は、信じがたいことに三層の時空流の内、実に二層までを容易く撃ちぬき、三層目でようやく拮抗する。

 

「ちぃぃぃぃぃぃ! あれだけの令呪で縛られて、まだこれほどの力が出せるのか! 火力馬鹿もここまでくれば笑えんぞ……!!」

 

「ハハハハ! 神を侮った愚か者が! その傲慢さ、我が真紅の煌めきによって浄化してやろう!」

 

 そしてセイバーが眼前の愚か者達に止めを刺すべく、更にかめはめ波の出力を上げようとしたその時だった。

 銃弾がセイバーの頬を叩いた。

 無論、例え魔術礼装だとしても今のセイバーにそんなものは通じない。精々が一瞬気を引く程度の効果しかないだろう。

 だがそれでも反射的にセイバーは銃弾が飛んできた方を見てしまう。

 

 そこにはコンテンダーを構え、剥き出しの右腕をこちらに向けて掲げたセイバーのマスター、衛宮切嗣がいた。

 その右腕に宿っていた令呪の大半は力を使い果たして痣となっているが、ただ一画。一画だけが未だに彼の右腕に宿っている。

 

 ―――まさか、この期に及んで令呪を出し惜しみしていたのか? 令呪だけでは自分を完全に殺せないと踏んで?

 

 その考えに至った時、セイバーはこの世界に現界して初めて―――全身が粟立つ感覚を味わった。

 

「待て―――」

 

「令呪を持ってザマスに命ずる。超サイヤ人ロゼを解除せよ」

 

 その時、セイバーは目の前に迫る死神の影を確かに見た。

 たかが、令呪一画。されど一画。

 渾身の力で砲撃の鍔迫り合いをしているこの瞬間。例え令呪の効果がほんの一瞬だとしても、超サイヤ人ロゼによる神化を解除されるのは余りにも致命的だった。

 そして英雄王がその致命的な隙を見過ごすはずもない。

 

「今だっ!時臣っ!令呪を切れぃぃぃぃ!」

 

「令呪を持って我が王にたてまつ……ええいっ! アーチャー!! とにかく全力でぶちかませぇぇぇぇ!!」 

 

 もはや優雅さもかなぐり捨てた時臣が声も枯れよとばかりに叫ぶ。その意思に反応して彼の最後の令呪が消え―――乖離剣の放つ時空流が爆発的に膨れ上がった。

 変身を解除され、黒髪のサイヤ人へと戻った今のセイバーのかめはめ波にそれを押しとどめる力は無い。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 拮抗していた莫大なエネルギーの激突。それのバランスが崩れるということは、即ち敗北した側に自分の放ったエネルギーが相手のエネルギーに上乗せされて跳ね返ってくることを意味する。

 

 神の権能たる乖離剣の最大出力。神霊と化したセイバーの最大出力かめはめ波。

 それらが一体化した星すら砕きかねない、圧倒的な暴力の塊が一丸となってセイバーへと迫ってきたのだ。

 視界を埋め尽くしながら迫り来る巨大な死を前にして、セイバーは頭の中をフル回転させる。

 瞬間移動―――駄目だ。精神集中する時間がない。

 回避する―――これも駄目だ。全力でかめはめ波を放った体は硬直し、指一本動かせない。

 せめて―――せめて再び超サイヤ人ロゼになることができれば、まだこれを喰らっても生き延びられる見込みはある。

 

 だが―――令呪の縛りがそれを邪魔をする! あの忌々しい嘘吐きの薄汚いマスターが使った令呪が!

 

「おのれっ! おのれぇぇえぇぇ!! この俺が……神の正義が二度も……二度も人間に敗れると言うのかぁぁぁぁあ!? そんなことは……あってはならぬ!! ならぬはずなのだぁあああ!!!」

 

「……貴様の正義など、知った事か」

 

 心底うんざりしたように衛宮切嗣が吐き捨てた。それは奇しくもかつてザマスを倒した人間、トランクスの名を持つ若き戦士が言った言葉と、一言一句全く同じものだった。

 その言葉を切っ掛けにしたかのように、とうとう抑えきれなくなった破壊のエネルギーがセイバーへと喰らいつく。

 

 

 

「ぐわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 柳洞寺の境内を激震と称しても生温いほどの振動が走り、余波で大地がひび割れ、無人の本堂が屋根ごと吹き飛び、まだ上空にかろうじて残っていた聖杯による孔を空間ごと消し飛ばす。セイバーを飲み込んだ破壊の渦は、山頂を砕いて雲を吹き散らし、大気圏外へと突き抜けていく。

 そして時空流が放つ颶風音と魔力砲撃の炸裂音、それらの轟音をまとめて塗りつぶすほどのセイバーの断末魔の叫びが冬木市全域に響き渡り、そして全てが鎮まり返った。

 

 それが聖杯によって、再びこの世に蘇った滅びの狂神ザマスの最後だった。

 

 

 

 ◆       ◆

 

 

 

「う……うううっ」

 

 衝撃の余波で再び階段へ押し戻されて、危うくまた転げ落ちる所だった間桐雁夜は何とか這いずるようにして境内に戻ってきて、そしてその景色を見て言葉を失った。

 境内の中は一変していた。

 大地にはそこら中に巨大な亀裂が走り、柳洞寺の本堂は半分程が消し飛んでいる。

 そして何より、円蔵山の形が変わっていた。

 柳洞寺は円蔵山の中腹に位置するのだが、二つの巨大なエネルギーが激突しセイバーが競り負けた結果、円蔵山の頂上はセイバーごと消し飛ばされて、その標高を大幅に下げていた。

 

 だがこれは幸運だったと言うべきだろう。これだけのエネルギーが地上で炸裂していたら、かつて恐竜を全滅させたような巨大隕石にも匹敵する大惨事が起きていたはずだ。いや、それどころか地球を貫通していたかもしれない。

 吹き飛んだ山頂の端から登りつつある朝日の光が差し込み、境内を照らす。

 その光景のなんと美しいことか。

 

「……バーサーカー!」

 

 その景色に見とれて呆然としていた雁夜だが、すぐに境内の隅に人形のように転がった自らのサーヴァントに気がついた。慌てて駆け寄るが、霊核を切り裂かれており、もはや助からないのは一目了然だった。

 

「……マスター。ご無事でしたか」

 

「っ!?バーサーカー、お前喋れるのか!?」

 

 常に唸り声しか上げなかった自らのサーヴァントが喋ったことに雁夜は驚いた。

 砕けた兜の下に隠していたその美貌の顔に彼は安らかな笑みを浮かべる。

 

「どうやら死の直前の為……狂化が解けたようです。さほど……お役に立てず……申し訳ありません」

 

「そんなことはない! お前がいなければアーチャーだってすぐにやられてたさ!」

 

「ありがとうございます……。我がマスターよ。これで貴方の戦いは終わったのです。もはや貴方を縛り付けるものは何もない。せめてこれから先は自由に生きてください。生前の私はそれもできず、闇雲に運命を呪い、近しい人を傷つけ、忠を捧げるべき相手に刃をむけてしまった。……貴方のように」

 

 その言葉を聞いて、雁夜は胸を突かれた気持ちになった。これはバーサーカーの遺言だ。

 

「貴方は憎しみに囚われ、本来ならば自分が吐いた血の中に沈んで終わるはずだった。だが、皮肉にもあのセイバーという巨大な竜巻が、貴方の運命を変えてしまった」

 

「でもあいつは……桜ちゃんを……!」

 

「無論、そのことで奴に感謝しろなどと、馬鹿げた事を申す気はありません。ですが、貴方は機会を得た。もう一度やり直す機会を。今度は決してそれを手放さぬように。それが不甲斐なき不義の騎士である私からの、マスターへの最初で最後の助言です」

 

 そう言い切ると、バーサーカーのサーヴァント、サー・ランスロットは消滅した。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 全てが吹き飛んだ後、意識を回復させた遠坂時臣の視界に写ったのは、境内の中心で仁王立ちする英雄王の姿だった。慌てて彼は走り寄って声をかける。

 

「王よ……!ご無事ですか……!?」

 

「たわけ。これが無事に見えるならお前の目は無事ではないな。よく効く目薬でもくれてやろうか?」

 

 意外としっかりした返答が返ってくる。だがしっかりしているのは、声だけだった。

 アーチャーに近づいて時臣は改めて理解する。この英霊は全ての力を使い果たしてもはや消滅寸前だ。

 実際下半身などは既に透けて反対側の景色が見える。

 

「全く、物見遊山のつもりで現世に喚び出されたら、神殺しをする羽目になるとはな。それもあのイシュタルめが、可愛げのある小娘に思えるほどの狂乱の神と相まみえることになろうとは、宇宙とは我が思っていたよりも広いものよ。

 ……フン、だが退屈だけはしなかった。時臣よ。お前はつまらんマスターだと思っていたが、最後まで我に付いてきたことだけは褒めてやる。大義であったぞ」

 

 その言葉に遠坂時臣は、今更ながら罪悪感じみたものが胸に浮かんできた。

 

「王よ。私は貴方に謝罪しなければならなき義が御座います」

 

「ほう? なんだ、言ってみよ」

 

 時臣は頭を下げつつ、彼は隠していた計画をあえて喋った。

 

「本来この聖杯戦争は、七騎のサーヴァントを聖杯にくべて、根源へと至る儀式。故に―――私は最終的には貴方を令呪を用いて自害させるつもりでした」

 

 その言葉を聞いてアーチャーが目を細める。

 例え消滅寸前でも人間の魔術師一人、死に際の道連れにすることなど彼には容易いだろう。それを承知の上で、時臣は本来秘すべき聖杯戦争の真実を語ったのだ。

 

「なぜ、今更それを言う? 我がお前を罰するとは考えなかったのか?」

 

 頭を下げたまま時臣は答える。答えを間違えればそのまま首が地面に落ちるだろう。

 

「お怒り御尤もでございます。ですが、貴方は英雄として我ら魔術師の不始末を拭い、この世界を救ってくださった。そのような大恩ある御方に、謀略を隠したまま別れるというのは、我が遠坂家の恥と思った次第故」

 

 それを聞いて、ギルガメッシュは小さく笑った。

 

「大したものよ。我の怒りを買うことより、己の家の面目が大事か。つまらん堅物ぶりも、そこまでくればいっそ天晴よな」

 

「は」

 

 ―――よい。此度の戦、中々の趣向だった故、今回限りは特別に許す。

 

 そんな声が風に乗って流れた。時臣が頭を上げた時、黄金の王の姿はどこにもなかった。

 

 

 

◆     ◆

 

 

 

「で、どーなったんだよこれ!?」

 

 ウェイバー・ベルベットが崩落する大聖杯の空洞から死ぬような思いで逃げ出し、長い参道を登り柳洞寺の境内に辿り着いた時、全ては終わっていた。

 崩れた本堂、吹き飛んだ山頂。境内のそこらには疲れ果てた顔のマスター達が腰を下ろしている。

 

「セイバーは……いないよな? ってことは僕たちは勝ったんだよな!?」

 

「そういうことになりますね」

 

 なぜか一緒に付いてきた舞弥が肯定する。

 もしセイバーが残っていれば全員こんな呑気にしてはいないだろう。

 そう考えると改めてウェイバーの全身に歓びが満ち溢れてくる。

 全く奇蹟のような勝利だった。自分にアーチャーとバーサーカーのマスター。おまけに土壇場でセイバーのマスター達すら味方につけての大逆転。バックアップも含めるとこの聖杯戦争に関わった者の全てが、セイバーを倒すために集まったようなものだ。

 そしてそれだけの戦力があっても、誰か一人欠けたら、或いはタイミングが一つズレただけでもセイバーに勝つことは出来なかった。それ程の強敵だった。

 だが自分達はやり遂げたのだ。

 

「やった……! やったぞ、ライダー! お前の仇は討てたんだ!」

 

 思わず、近くにいた舞弥に抱きついてはしゃぐ。数秒程してから自分のしたことに気がついいて、慌ててウェイバーは顔を真っ赤にして舞弥から離れた。

 

「ご、ごめん。つい……!」

 

「気にしてませんよ」

 

 その言葉は彼女を知る者が聞けば、珍しく彼女にしては優しいと驚くような口調だった。

 もっともそんなこと知る由もないウェイバーは茹蛸のように顔を真っ赤にしている。

 彼女はそんな少年から目を離すと、境内を見回し、隅で座り込んでいる衛宮切嗣を見つけると近寄っていった。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 衛宮切嗣は他のマスター達と言葉を交わすこともなく、久宇舞弥に肩を貸してもらい砕けた山門を通って、参道を降りた。

 そして彼女と共に麓に隠しておいた乗用車に乗り込もうとしたまさにその時。

 

「それで、これからお前はどうするのかね? 衛宮切嗣」

 

 その声は意趣返しとばかりに衛宮切嗣の背後から聞こえた。

 一足先に車に乗り込んでいた久宇舞弥が慌てて、車から飛び出してくる。

 声をかけた相手に銃を向けようとする彼女を切嗣は手で制してから、淡々と答えてやった。

 

「セイバーは完全に滅び、聖杯戦争は終わった。だから僕はアインツベルンに戻る。そして娘を連れだして、一緒に暮らす」

 

 その答えに声の持ち主―――言峰綺礼は期待外れと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「つまらん答えだな。理想が折れてもっと意気消沈していると思ったのだが」

 

 趣味の悪いその答えに今度は切嗣が鼻を鳴らす。

 

「生臭坊主め。人の不幸がそんなに楽しいか?」

 

「ああ、これが意外とな。今回の一件の隠蔽工作で様々な連中のくたびれた姿や悲嘆に暮れた顔を見てきた訳だが―――これが意外と楽しめる」

 

「神に仕える者の台詞とは思えないな」

 

「無論、仕事自体は確実にこなしているつもりだ。これでも神父だから、懺悔や相談を聞いて心の負担を軽くすることもしている。ただそれを後で個人的な酒の肴にしているだけだ。

 それで、だ。横紙破りをしてまでお前に協力してやったのだ。もう一つ酒の肴を増やす手伝いをしてくれても構わんだろう?」

 

「……何が聞きたい?」

 

 言葉を交わすのも嫌になってきた切嗣が、単刀直入で尋ねると彼はセイバーを思わせるような嫌らしい笑みを浮かべてみせた。

 

「聞きたいことは一つだけだ。……お前の理想は折れたか?」

 

 その問に切嗣は暫く無言だったが、やがて答えた。

 

「ああ、折れたよ。真っ二つにね。僕のやって来たことは全部台無しになった」

 

「ふむ。その割にはさほどショックを受けてないように見えるが?」

 

「勿論ショックは受けている。だがそれ以上に、この上ない反面教師を間近で見ることが出来たのが僕にとって幸運だった」

 

 これにはさすがに言峰綺礼も苦笑した。

 

「あのセイバーか。思えば奴の目的も恒久的な世界平和だったな」

 

 切嗣は苦々しく頷いた。

 

「奴のお陰で僕は自分の考えを、誰よりも客観的に見ることを強制された。そして理解したよ。自分の正しさだけを信じて突っ走れば、あんな末路が待ってるんだとね」

 

 この答えに言峰綺礼は納得したらしい。やや不満気だったが。

 そんな様子の彼に対して切嗣が噛み付いた。

 

「折角こっちの心境を喋ってやったのに何が不満なんだお前は」

 

「答え自体に不満はない。しかし……随分とつまらん普通の人間になったなと思ってな」

 

 今度は切嗣が小さく笑った。

 

「お前を喜ばせないならそれに越したことはない。それに……今になって気がついたが普通の人間になったってのは実に喜ばしいことだ。僕らみたいな人間にとってはな」

 

 切嗣の答えに言峰綺礼は虚を突かれた表情をしたが……やがて彼も小さく自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

「違いない」

 

 それから暫くして、自動車のドアが閉まる音と、自動車が発進する音がして―――その場に静寂が訪れた。

 

 

 

 

 ◆       ◆       ◆

 

 

 

 戦いが終わって半日が過ぎ、動けるようになった遠坂時臣と間桐雁夜は、揃って間桐邸があった場所―――今は広大な唯の更地だ―――に来ていた。

 互いの手にはそれぞれ花束がある。

 セイバーの砲撃に巻き込まれて、その小さな命を散らした少女への手向けの花束だ。

 雁夜邸があった場所、その敷地の中心に花束を置きつつ、雁夜は呟いた。

 

「桜ちゃん……。ごめん。俺がもっと時臣のアホ面を殴ることばかり考えずに、もっとうまく立ち回ろうとしていれば……君は……」

 

「当人のいる目の前で随分と言ってくれるな……」

 

 半眼になって遠坂時臣が睨みつけてくるが、雁夜は無視した。

 実際の所、彼に恨みしか抱いていないかと言われれば、嘘になる。今回の事件の後で彼は間桐臓硯に改造された体を、改めて彼と聖堂教会に治療してもらった。その結果、人並みとは行かないが、あと一ヶ月もなかった寿命が、数年程度には伸びた。もっともその伸びた寿命で何をするべきかは、未だに彼は答えを見つけていない。

 体の調子が戻り、精神のバランスも戻ってきたせいか、雁夜の想い人である遠坂葵に対する執着も薄れている。代わりに残ったのは、桜を守れなかったという罪悪感と、桜の母親である彼女に対する申し訳の無さだ。

 

 彼は膝をつき、間桐桜の冥福を祈った。あの妖怪の冥福は祈らない。どうせ地獄に落ちてるはずなので存分に苦しんで欲しい。

 時臣も彼に習って花束を置こうとしたその時だった。

 

 ボコっという音を立てて、目の前の地面に人が一人通れそうな小さな穴が空く。

 

「……え?」

 

 唐突なその現象に、そこにいた二人の男が目を丸くする。

 そして彼らが我に返るより先に、空いた穴から小さな少女が頭を出した。

 ちょうど二人の男は彼女の真後ろにいる形になっているので、その少女―――間桐桜は彼らの存在に気づいていない。桜はキョロキョロと周りを見渡すと穴の下に話しかける。

 

「お爺さま。もう大丈夫みたいですよ」

 

 そう言って彼女は穴から這い出ると、穴の下に手を伸ばした。彼女の小さな手が穴の中から引っ張りだしたのは皺だらけの老人だった。

 

「やれやれ、こんなこともあろうかと蟲倉を地下深くに作っておいて助かったわい。……なんじゃぁあ、こりゃあ!?家どころか何もかもなくなっておるではないか!?」

 

 穴から這い出た間桐家の当主、間桐臓硯は外の景色を見るなり、文字通り腰を抜かした。どうやら雁夜の予想以上に深く掘り下げていた蟲倉が地下シェルターになって助かったようだが、外がここまで酷い事になっていたとは考えてなかったらしい。

 

「……桜ちゃん?」

 

 唖然としたその声に間桐桜は振り向いた。彼女の視界に見覚えのある人が映る。

 

「雁夜おじさん……それに……」

 

 お父さん、と続けようとして桜はその言葉を飲み込んだ。

 だがもう父親ではないはずのその男性は、ゆっくりと桜に近づくと彼女の小さな体を抱きしめた。

 

「桜……。よく生きててくれた……」

 

 混乱した桜だったが、その父親だった男性の言葉には心からの心配と安堵と優しさがあった。だから彼女はその暖かさに身を委ねた。

 

「これはこれは……。遠坂家の若造か。勝手にうちの娘に手を出さんでくれるか」

 

 そこに親子の抱擁を断ち切るしわがれ声が響く。

 状況を判断し、立ち直ったのか間桐臓硯が粘着くような目で彼らを見ていた。

 咄嗟に雁夜がその視線から親子を庇うように立ち塞がる。

 それを見た臓硯は驚きと感心にほっ、と声を出した。

 

「なんのつもりじゃ雁夜? お主はその後ろにいる桜を捨てた男を殺す為に、聖杯戦争に挑んだのではないのか?」

 

 臓硯のその言葉を聞いて、間桐雁夜の心に浮かんだ言葉は今更、という言葉だった。

 確かに、かつては時臣を自分の全てを賭けて殺そうと誓った。それは臓硯に誘導されたものとはいえ、間違いなく自分が抱いた望みだ。

 だが、圧倒的な暴力の塊とも言うべきセイバーとの戦い以降、自分のその考えが余りにも小さく思えるようになったのも確かだ。

 

 聖杯戦争? あんな化け物達を喚び出し、コントロールしてやろうと思うこと自体が烏滸がましい。

 

 この老人は災害が人型になったかのような、あのセイバーを直に見ていない。だから……こんな呑気な事を言えるのだ。

 あの怪物に比べると眼前の老人のなんとちっぽけに見えるものか。そしてあの世界を滅ぼさんとした神霊に立ち向かった自分が―――こんな妖怪一匹に恐れなど抱くものか。

 

 バーサーカーが今際の際に言い残したように、セイバーの凄まじさはある意味、雁夜の心に堆積していた鬱屈した物を吹き飛ばしていた。

 それは例えるなら宇宙の広さに比べれば、自分という存在は小さなものだというような単純な考えだったが、そんな単純な考えすら頭に思い浮かべる余地を奪われていた雁夜の心に大きな風を吹かせたのだ。

 自分を前に一切感情を揺らさない雁夜が気に触ったのか、臓硯が更に一歩踏みだそうとしたその時だった。

 娘を抱きしめていた遠坂家の当主が立ち上がって、こちらに杖を突きつけてきたのは。

 

「間桐家の当主よ。貴方とは桜の教育に対する認識に重大な行き違いがあったようだ。申し訳ないが、桜はここで返してもらう」

 

「お父さん……?」

 

 呆然とした表情で桜は父親の顔を見上げている。彼の言っている言葉が理解できないという風に。しかし暫くすると彼女の目から涙が溢れ、少女は泣きながら自分の父親にすがりついた。

 当然それを間桐臓硯が受け入れるわけがない。

 

「一体何のつもりじゃ?遠坂の当主よ。一度は間桐に預けた物を再び返せという。遠坂にとって血筋とは犬猫のように気安く受け渡しできるものなのかのぅ?」

 

「桜の受けた修行の内容については全て、雁夜から聞かせてもらった。魔術の修行と呼ぶのも悍ましい、虐待の数々をね。私は間桐の家に虐待用のペットを提供したつもりはない」

 

「かっかっかっ。それは見解の相違というものじゃ。間桐の家に代々伝わる鍛錬と魔術を外様にとやかく言われる筋合いはないのぅ。彼女は大事な間桐の後継者として次の聖杯戦争の勝者にするべく、儂のほうで念入りな修行をさせておる」

 

「何言ってんだ爺。もう起こらないぞ聖杯戦争なんて」

 

「……は?」

 

 呆れた様子でそう告げた雁夜の言葉に理解が追いつかなかったのか、臓硯の動きが止まる。

 

「見ろよ、このセイバーが作ったクレーターを。魔術協会も聖堂教会も日本政府も揉み消すのにとんでもない金額がかかってカンカンになって怒ってる。もう日本で聖杯戦争なんてさせないってよ。しかもセイバーを倒すために、聖杯の術式である大聖杯は宝具と爆薬でぶっ飛ばした。掘り出すだけで向こう10年はかかるだろうな」

 

「……」

 

 無言になった臓硯はブリキ人形のように鈍い動きで首を回して、時臣を見た。

 止む無く彼も肩をすくめて、事情を説明する。

 

「彼の言ったことは全て事実です。つい先程魔術協会と聖堂教会の実行部隊が到着し、睨み合っています。本来ならそのまま殺し合いになってもおかしくなかったのですが、不幸中の幸いと言うべきか、倒すべき英霊は全て消え、奪取するべき小聖杯は戦闘の余波で消し飛んだようで行方不明、大聖杯は中枢が対軍宝具で粉々になり再起不能。これにより互いに目標がなくなったせいで大人しくしています。

 セイバーが冬木市の地形を変えるレベルで暴れまわったために霊脈も大きく狂い、仮に大聖杯を修復しても聖杯戦争はもう起こらないというのが遠坂家の当主の見解です」

 

 因みに遠坂家もこれからの交渉次第では、セカンドオーナーの地位も剥奪されそうで困ったものです、と溜息をつきながら時臣はそう締めくくった。

 

「……」

 

 臓硯は無言である。

 

「残念だったな。これであんたが聖杯を手に入れることは永遠になくなった訳だ……。おい、なんか言えよ?」

 

 全くの無言の臓硯に不審感を抱いたのか、雁夜が彼に近づく。そして暫く観察して気がついた。

 

「こいつ……。立ったまま気絶してる」

 

「……余程ショックだったのだな。同じ御三家として分からんでもないが。彼をどうするね? 間桐雁夜」

 

「どうもしないよ。このまま放っておけばいい。ちょうど太陽も出てるしその内消毒されるだろ。ついでにこの下の蟲倉にあんたの宝石爆弾でも放り込んで埋め立ててやれよ」

 

「……随分と変わったな。君は。私も正直完全に割りきれているわけではないのだが」

 

「そんなに変わったわけでもないけどさ。気がついたんだ。あのセイバーと戦ったことを思い出せば、大抵の困難なんて困難ですらないってことに」

 

 間桐雁夜のその答えには珍しく遠坂時臣も同意したようだ。

 

「確かに。あの嵐に立ち向かうことに比べれば、これから待っている面倒事は、子供の使いを相手にするようなものだな」

 

 そう言って彼は桜の頭を撫でながら、上空を見上げた。雲ひとつ無い空には、大型の旅客機が飛行し真っ直ぐな人工の雲を作っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその飛行機の中では一人の男が、これから行う計画を練っていた。

 アインツベルンの本家から自分の愛娘を奪還する為の計画を。

 

「切嗣。本当にいいのですか?」

 

 隣の席に座っていた久宇舞弥が切嗣に尋ねる。これから行うことは切嗣の10年を全て否定することでもある。

 だが、彼は憑き物が落ちたようなさっぱりした顔で頷いた。

 

「いいんだ。大事なのはこれからだ。僕は確かにこの戦いで理想も挟持も折られた。でも残っているものがある。ならそれを守るべきだと気がついたんだ」

 

「そうですか……。貴方がそういうのなら私から言うことは特にありません。私は貴方に従うまでです」

 

「ありがとう……。ところでイリヤを取り返す事が出来たら……君も一緒に暮らさないか?」

 

「え?」

 

 切嗣のその言葉に舞弥は珍しく戸惑った顔をした。自分の口走った事を改めて考えて切嗣はしまったと思い、慌てて弁明した。男が女に一緒に暮らさないかなどという言葉は控えめに言ってもプロポーズだ。

 アイリスフィールを失った後すぐにこんなことを言い出すのは、余りにも節操がなさすぎる。そのことに気がついた切嗣は慌てて、言い訳を始めた。

 

「いや、違うんだ。僕一人じゃイリヤをうまく育てる自信がないというか、よく考えたら僕らも長い付き合いだし、そろそろお互いの関係を見つめなおしてだな―――、いや違う、何言ってんだ僕は」

 

 混乱の余り、自分の発言に自分でツッコミを入れ始める切嗣に、舞弥はとうとうこらえ切れず、口元を抑えて笑った。

 

「わかりました。貴方の娘を取り戻すまでには返事を考えておきます。まだまだ考える時間はあるのですから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その飛行機の下で、一人の少年が、ある老夫婦に別れを告げようとしていた。

 

「じゃあ行くよ。ありがとう、お婆さん」

 

「ちゃんとハンカチはもった? パスポートは? 先に行ったアレクセイさんへのお土産は確認した?」

 

「……お婆さん。子供じゃないんだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ。またその内日本にも戻ってきて顔を出すからさ」

 

「そうね。ウェイバーちゃんが帰ってくるまでには家の修理も終わってると思うし」

 

 そんな会話を交わす彼らの上から、トントントンという金槌の音が降ってくる。

 この家の主人であるグレン氏が穴の空いた屋根を修理しているのだ。

 先日の隕石の衝突とそれに伴う大地震のせいで、ウェイバーが冬木市の隠れ家として居候させてもらっていたこのマッケンジー夫妻の家は、随分傷んでしまった。

 まあそれでもこの家は郊外にあったおかげで、冬木市の中では被害が少ないほうである。

 隕石の直撃を受けて消し飛んだ住宅地の住民など恨み事すら言えない。

 

「お爺さん!もうウェイバーちゃんが出発するんだから一旦、降りてきてください!」

 

 そうマーサ夫人が屋根の上に向かって叫ぶ。

 すると屋根の端から金槌を持ったグレン老人が姿を見せた。

 

「もう出発か。気をつけてな。アレクセイくんにもよろしくな!」

 

 そう言ってまた屋根の上に引っ込む。

 マーサ夫人はその態度に怒ったが、屋根の上から楽しげなグレン老人の反論が返ってきた。

 

「なあに。ちょっと旅に出るだけでまた戻ってくるんじゃろう? 今生の別れでもなし、大げさにすることはあるまいよ」

 

「まったく、お爺さんったら……ごめんなさいね、ウェイバーちゃん。時間が出来たらまた顔を出してあげて。あの人、あなたの事本当に気に入ってるの」

 

「うん、また遊びに来るよ。あいつは来れないかもしれないけど」

 

「それでももう絶対に会えないって訳じゃないんでしょ? 私達はここで気長に待ってるわ。気が向いたらいつでも帰ってきなさいね」

 

「ありがとうお婆さん……。じゃあ行ってくる! お爺さんも屋根から落ちないようにね!」

 

 そう言ってウェイバーは手荷物を抱えると、マッケンジー家を後にした。

 数分ほど歩いて、後ろを振り返ると屋根の上に立ったグレン老人がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 

 ―――ほんとに落ちても知らないからな。

 

 歳の割に元気で、そして得体の知れない外国人である自分を笑って受け入れてくれた、お人好しの老人。

 また日本に来たら会いに来るのも確かに悪くない。

 だが、その前に彼は一度帰国して、魔術協会に今回の出来事を報告することになっていた。

 師であるケイネスの聖遺物を盗んだことをはじめとして、弾劾される要素など幾らでもある。下手したらそのまま、処罰されてもおかしくない。一応遠坂家の当主からは同盟のよしみということもあり、擁護の約束も取り付けたが向こうも向こうで弾劾される身だ。あまり期待はできない。

 

 だが、それがどうしたというのだ。

 自分の胸の中には誇りがある。

 綺羅星のごとき伝説の英雄達と、共に肩を並べ、世界を滅ぼさんとする邪神と戦った輝かしい誇りが。

 自分は確かにあの征服王イスカンダルの戦友として、彼と共に戦い、道の半ばで果てた彼の仇を取ったのだ。

 

 彼は自分に言い聞かす。

 これから先、困難が立ちはだかった時は、あの戦いを思い出せと。

 自分は人理を滅却せんとする邪神と戦い、打ち倒した輝かしき勇者達の一員。それが、少々群れてて、実力があって、歴史があるだけの魔術師達なんかに負けるはずがない。多分。きっと。

 

 少年はそんな少年らしい考えと共に、空港へ向かって歩いて行った。

 そこで必要なのはパスポートではなく、この戦いで得た思い出とほんの小さな自信だけ。

 それさえあれば、彼はそこから何処までも飛べるのだ。

 世界の果てを目指した友人のように。

 

 

 

 

 

 

 

 終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ED曲(サブタイトル)へと続く




 後書き


 これにて東映まんがまつり ドラゴンボール/Fate 『激神ザマス! 外宇宙(そと)から来たすげえ(ヤツ)!』は終了です。
 タイトルが違うような気がしますが気にしないでください。
 ここまでお付き合いありがとうございました。
 とりあえず一気に書き終えた今、とても清々しい気持ちと開放感で胸がいっぱいです。具体的に言えば洗脳が解けたような気分。これでもうザマス様の事を考えなくていいんですねやったぁぁぁぁぁあ!!1!1!!
 
 ここから先は後書きというか言い訳です。

 最初はしょうもないネタのつもりで始めたため、タイトルもあらすじもタグも全部アレな上に各話タイトルまでネタ縛りにしたせいで、毎回タイトル考えるのに無駄な苦労をした……ってゴワス様が言っておられました。
 しかし改めて見ると目次からして酷い作品ですねこれ。見た瞬間、護身完成させてブラウザバックしそうなこんな作品に、わざわざ付き合っていただいた読者の方々には感謝しかありません。クソみたいなラーメン屋だと思って、試しに入ったら予想以上にスープのザマス味が濃厚で吐いた! みたいに読者の皆さんが感じてくれれば、作者にとって至上の歓びです。……いかん、まだ洗脳が解けてねえ。

 そもそもなぜこんなSSを書こうと思ったのか、録画して積んでた未来トランクス編をまとめて見たせいか、頭ザマスにでもなってしまったのか。書こうと思った経過を全く思い出せない。しかもなぜFateとクロスさせようとしたのか、甚大な精神的被害を被ったFateファンには申し訳ないとしか言い様がない。すまない。これも全部ザマスってやつが悪いんだ。

 あと作中では基本ゴクウブラックにだけカメラを当てていたため、ギルが真面目だったり、言峰が愉悦しなかったり、雁夜おじさんがあんまり苦しんでなかったり(そうか?)、ウェイバーが自分の人生とかに悩んだりとZEROらしいキャラクターらしさを余り発揮できなかった部分が心残りですが、それは最初の内はダイジェスト風味でカットしてるのと、ゴクウブラックがあんまりにも暴れまわりすぎて、皆目の前の対処に一杯一杯で個人的な悩みとかに思いを馳せてる暇がなかったと解釈しといてください。

 ドラゴンボールの劇場版風味を目指した為、なるべく最後はDB映画らしい清涼感あふれる最後にしました。というかアニメからして、未来トランクスを応援していた全国の子どもたちにトラウマを植えつけそうな酷い最後でしたし、二次ぐらいはね。
 桜ちゃんとかも蟲倉の深さ見たら、部屋と階段合わせるとこれ確実に10メートル以上の深さありそうなので生きてても何も問題ないのです。いいね?
 士郎くんも元は新都の市民会館付近の住宅地に住んでたようですので、多分彼も無事です。
 これで皆ハッピーエンドになったはず……何か忘れてるような……ランサー……ケイネス先生……アサシン……アイリスフィール……殺人鬼コンビ……はいつもどおり……あとなんか巻き込まれた冬木市民……うっ、頭が。いやこれらは原作通り……問題ない……。
 

 という訳でザマスらしい気持ちの悪い言い訳も終わったことだし、この作品をFateファンの皆様に捧げ……られてもきっと困るでしょうし、ザマスファンの皆様に捧げます。
 え? いない? 一人も? マジかよ……。どうすんだこれ(困惑)


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