戦姫絶唱シンフォギア -俺を誰だと思っていやがる!!!- (GanJin)
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第一章 覚醒編
プロローグ


 太平洋の何処かにあまり認知されていない無人島が存在する。そこで誰にも気付かれずに設立された研究所ではある聖遺物の実験を行っていた。

 

「『ギャラルホルン』の状態は?」

 

 研究の責任者である男は画面に映る聖遺物『ギャラルホルン』を見ていた。モニターに映っている『ギャラルホルン』の周りには夥しいほどの機械で埋め尽くされている。

 

「安定しています。この調子であれば、新エネルギー起動実験を行なうことも可能でしょう」

 

「うむ。皆も知っている通り、異端技術の研究は世界中で極秘裏に行われている。しかし! この『ギャラルホルン』はこの世界に存在しない未知の技術、エネルギーをもたらす可能性の象徴であり、成功すれば我々は長年の夢を叶え、どの組織、国家よりも優位に立つこととなるだろう」

 

 その言葉に研究室にいる誰もが気を引き締めた。もしこの実験に成功すれば、富も名声も欲しいままであると分かっているが故に、失敗することは許されないと理解しているからだ。

 

「では、これより『螺旋エンジン』起動実験を始める! 各員、作業に取り掛かれ!」

 

 それが合図となり、職員は自分に課せられた作業に集中した。

 

「螺旋エンジン待機状態に移行」

 

「ギャラルホルン、起動準備よし」

 

「螺旋エンジン起動用コア、準備よし」

 

 それぞれの準備が完了し、後は責任者がボタンを押すのを待つだけとなった。

 

「では……ギャラルホルン起動」

 

 責任者がボタンを押す。するとモニターに映るギャラルホルンに光が発せられ、ゲートが開かれた。

 

「ギャラルホルンによる異次元へのゲートの開口を確認」

 

「ゲートより螺旋エネルギーを検知。螺旋エネルギーを起動用コアに供給します」

 

「コアのエネルギー充填率、ニ十パーセント。三十五、五十、更に上昇」

 

 実験は順調に進んでおり、責任者は成功を今か今かと待ち望み、子供のように笑みを浮かべている。

 

「エネルギー充填率九十パーセント」

 

 あと少しだと誰もが待ちわびる。だがあと一歩の所で警告を表すブザーが鳴り響いた。

 

「何事だ!?」

 

「ギャラルホルンから膨大なエネルギー反応を検知!」

 

「なんだと!? 止むを得ん、ギャラルホルンを緊急停止だ!」

 

「ダメです、受け付けません!」

 

 これまで何度か実験してみたが、そのような事は一度も無かった。一体何が起こったというのか。職員の誰もが慌てふためていた。

 

「まさか遠く離れた螺旋力すらない次元宇宙にもこのような愚か者がいたとは」

 

 突然、第三者の声が聞こえたことに誰もが驚愕する。その声は耳からではなく、まるでテレパシーのように頭に呼びかけている感覚だった。

 

「誰だ!」

 

 男は辺りを見渡す。だが、その声の主は何処にもいない。

 

「モニターに、ギャラルホルンの隣に誰かいます!」

 

 だが変化は既に起こっていた。先程まで無人であったギャラルホルンの隣に人影があった。

 いや、そもそもあれが人かどうかも怪しかった。その姿は人に近い形でありながら肉体、表情はおろか光すらも感じさせない虚無的な姿であった。

 

「貴様、何者だ!?」

 

「君達が知る必要はない。この宇宙でスパイラル=ネメシスを起こさない為にもここで君達には消えてもらうのだから」

 

「スパイラル、ネメシス?」

 

「知る必要は無いと言ったはずだ」

 

 人型の何かが手をかざすと辺りモニターに映された部屋が光に包まれた。その光はそこだけでなく、男達がいる部屋も包み込む。職員の中には悲鳴を上げる者もいたが、光に完全に呑まれた瞬間に掻き消された。

 

「何故だ、何故このような……」

 

 光に包まれた瞬間、男の意識は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンチ=スパイラルは研究室が光に包まれていくのを空から眺めていた。

 

「螺旋力による進化は滅びしか生み出さない。あのような事を起こしてはならんのだ。許せ、螺旋の力を持たぬ者達よ。せめて、その命をもってこの宇宙を守ったことを誇るが良い」

 

 島を包み込むほどの強い光は徐々に弱まり、クレーターを残して完全に消え去る。そこに残っているのは研究所の残骸とギャラルホルンだけだった。

 

「成程、あれ程のエネルギーを受けても破損しないとは多元宇宙を繋ぐだけのことはあるか」

 

 空から降りたアンチ=スパイラルはギャラルホルンに近づきに手をかざす。

 

「本来なら破壊すべきだろうが、流石に時間が掛かるか。だがせめてこいつの能力に制限はつけておいた方が良いだろう。我々の世界に干渉しない為にもな。後は極力誰にも発見されない所に置けばどうにかなるだろう」

 

 ギャラルホルンを人目につかない所へ転送した後、アンチ=スパイラルはまだ展開されている空間の裂け目に目を向ける。

 

「では私はこちらに残ってこれまでの干渉によって螺旋力を内包している者が誕生していないか監視をすることとしよう。ゲートの修復と例の螺旋族の件はそちらに任せる」

 

 アンチ=スパイラルはゲートの先にいる者にそう告げるとゲートはみるみる塞がっていった。 

 完全にゲートは閉じ、彼は一人となった。

 

「螺旋力が存在しない宇宙か……。私にとってこれほど平和な世界は無いな」

 

 ここに留まる必要が無くなったアンチ=スパイラルはゆっくりとその場から消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人島に建設された研究室が消失してから数年の月日が経った。

 

「これが完全聖遺物『ギャラルホルン』」

 

 櫻井了子は遺跡から発掘されたそれを見て目を輝かせていた。

 

「さーて、一体どんな代物なのかしら。楽しみ……あら?」

 

 調査していると、ギャラルホルンの近くにライトの光で反射する何かがあることに気付いた。

 

「何かしらこれ? ドリル?」

 

 それは手のひらサイズのドリルだった。ドリル部分が黄色く、金属のようなもので出来ているようだった。

 

「アクセサリー? でも、だったら少しダサい気がするけど、何でこんなものがあるのかしら?」

 

 聖遺物がある遺跡には似合わないそれを見て、了子は首を傾げた。

 

「櫻井教授、ちょっと来てくれますか」

 

「はいはーい、今行きまーす」

 

 その後、彼女が見つけたものはギャラルホルンと一緒に調べられたが、特に聖遺物のような価値のある代物ではなかった。それでも見つかった場所が場所なだけに、深淵の竜宮にて保管されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズが特異災害として国連総会で認定されてからそれほど年月が経っていない頃、一人の少女が小学校の窓を見てボーっとしていた。

 彼女は何時からか、何気ない日々が少しだけ退屈に感じることが多くなった。別に家族といるのが嫌だとか、友達と遊ぶのに飽きたとかではない。勿論、そんな日々が幸せだと感じているし、楽しいと思ってる。でも、やっぱり心の何処かで物足りなさを感じているのは否定できない事実だった。

 

「あー、何か面白い事無いかなぁ」

 

 教室の机で寝そべっているとまたいつものように何気ない日々の始まりを象徴するように学校のホームルーム開始のチャイムが鳴った。また、同じ日々が始まるんだと思っていると……。

 

「おはよう、テメェら!!」

 

 その少年はチャイムが鳴り終わった後に教室の前の扉を思いっきり開けて登場した。

 周りのクラスメイト達が何事だとビックリした顔を晒しているのを見て、少しだけ笑ってしまった。

 

「先生が後で呼ぶから待っててって言ったのに」

 

「良いじゃないっすか、後でも先でも。どうせ紹介するならド派手にやらないと!」

 

「あんまり派手にやって欲しくないんだけど……」

 

 担任の女性教師が慌てて教室に入ってきた。彼はどうやら転校生らしい。

 今まで何人か転校生を迎えてきたことはあったがが、どういう訳かその少年を見た瞬間、あたしは彼が他の奴らと何か違うと直感した。

 

「良いかテメェら、良く聞きやがれ!」

 

 するとあろうことか少年は教師を前にして、教卓の上に立ったのである。

 突然の事に担任も注意することを忘れて、呆然としている。

 

「俺は今日からこのクラスで厄介になるもんだ。よろしく!」

 

 そう言うと少年は高らかに上を指さした。

 

「まずは宣言させてもらうぜ。このクラス、いや学校はこの俺が占めるってことをなっ!」

 

 言ってることは滅茶苦茶で、意味不明でありながらも、あいつの言葉があたしの心の中で失いかけていた熱に火をつけた。

 

「学校を占めるたぁ、大きく出るじゃねぇか。何者だよ、お前」

 

 あいつに乗せられたのか、いつの間にかあたしも机の上に足を乗っけて啖呵を切っていた。

 そしたらあいつはあたしを見て、嬉しそうに笑みを浮かべやがった。

 

「俺の名前を知らねぇたぁ、もぐりだな? 教えてやるよ! 西海一の暴れん坊、神野神名(かみのかみな)様たぁ、俺のことだ! よく覚えときやがれ!」

 

 それがあたし天羽奏と神野神名、カミナとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カミナと出会ってあたしの見る世界は変わった。いつもやっていた遊びも悪戯も何もかもが楽しくて仕方なかった。

 そして今日もそんな楽しい悪戯が始まろうとしている。

 

「計画通り、夜の学校に忍び込んで校庭に俺達のマークを描く。メガネ、用意はできてるな?」

 

「当然さ」

 

 あれから数日で、カミナは何人もの仲間を集めて、あるグループを作り上げた。その名は『グレン団』、兎に角馬鹿みたいに目立つことをしまくる悪ガキ集団だ。当然、団長はカミナだ。

 そのメンバーの一人である、メガネがいっちょ前に方眼紙で丁寧に図面を引いてきたものを皆に見せる。

 メガネはクラスで一番頭がいい奴で、最初はカミナを毛嫌いしていたが、道端で怪我をした猫を拾ってどうすれば良いのか分からない所をカミナに助けてもらってことで慕うようになり、グレン団に入団した。

 

「校庭の広さがこれぐらいだから、最も大きく描くならこの木を目印に……」

 

 グレン団が活動を開始してから、もう三か月が過ぎた。悪ガキ集団と言っても、保護者や周りからは元気な子供と言う印象を抱かれていた。その理由はカミナが『悪戯でも、誰かに嫌がられることをするのは俺が許さねぇ。やるなら皆を笑わせるような悪戯をしようぜ!』と言い出したからだ。

 

「テッド、鉄平、ファット。石灰の準備は?」

 

「勿論だ、指定の場所に隠してあるぜ」

 

 テッドがそう言い、鉄平はサムズアップして準備万端だと報告する。

 この二人はグレン団の設立メンバーの一人で、主に悪戯の準備をすることが多い。

 

「本当に大変だったぞ。おかげでお腹がすいちゃった」

 

「ファット、さっき晩飯食べたばっかだろ」

 

 食いしん坊のファットはパワーがあるがすぐにお腹がすいてしまう。もう少し痩せた方が良いのだが、デブと言う単語はグレン団の中でも禁句とされている。

 

「でも奏ちゃん、見つかって怒られたりしない?」

 

 グレン団でも数少ない女子メンバーであるあっちゃんが不安そうな顔をしている。彼女はあたしの友達でいつもおどおどしているのをどうにかしたいと相談され、ここに居れば少しは度胸が付くだろうと思い、引き入れた。

 最初は文句を言う奴がいたが、そこはあたしの拳で黙らせた。

 

「大丈夫だって、ジョーがちゃんと準備してるってさ」

 

「おうよ! 俺の親戚があそこの警備やってんだ。何処の時間に何してるのかも二週間前から聞き出してるぜ!」

 

 ジョーは正義感が強い少年で、最初はカミナとぶつかっていたが、河原で喧嘩をしてから随分と打ち解けた(どこの少年漫画だよ)。将来の夢は警察官らしいが、そんな奴が悪戯するとかどうなんだよと尋ねてみると、本人は特に気にしていないようだ。

 

「ジョー、描ける時間はどれくらいだ?」

 

 校庭に大きな絵をかくならば、それなりに時間が掛かる。ならばどれほど長い時間を得た上で、最短で描けるかが勝負となる。

 

「おっちゃんが言うには、同じ所を巡回するのは大体一時間後。でも深夜二時になれば、おっちゃんの好きな番組が始まるから仕事をさぼってテレビを見てるんだってよ。上手く行けば最長で二時間は確保できるぜ」

 

「メガネ、グレン団のマークを描くのに必要な時間はどれくらいだ?」

 

「安心してくれ団長、一時間もあれば十分だ。それにノッポがいれば大丈夫さ」

 

 メガネはカッコつけて眼鏡を人差し指でクイっと上げて、決め顔で断言した。

 

「うん、任せて」

 

 のっぽはこのメンバーの中で最も身長が高くて、人一倍優しい奴だ。将来は教師になりたいそうだ。彼ならいい先生になれると思う。

 

「よっしゃ、なら後は予定通りノッポ達が見張りになって周囲を警戒、俺達はメガネの指示通りにマークを描く。やるぞ、お前ら! グレン団の名前を町中に広めてやれ!」

 

「「「「「「「「おうっ!」」」」」」」」

 

 そして彼らは計画を実行する為に散り散りとなった。

 

「完成させて皆を驚かせてやろうぜ、カミナ!」

 

「当たり前だ! そっちも頼んだぜ、奏」

 

「ああ!」

 

 そして計画が上手くいき、あたし達の校庭には大きくグレン団を象徴するサングラスを掛けた髑髏を象る炎が描かれ、学校中の生徒や教師達を驚かせることが出来た。

 それから数年間、あたしの世界は嘗てないほど色鮮やかなものになった。




どうもです。
前にシンフォギアの二次創作を書いていたのですが、色々思うところもあり、削除いたしました。
この作品はAXZの第一話で響がやらかしてるを見て「グレンラガン……、カミナぶち込んでらいけるんじゃね」という安易な思いつきで書き始めました。
初のクロスオーバーと完全な見切り発車で書いた作品ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


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そして時は流れ

はいどうもです。
色々と初めての試みが多いので、失敗することも多いと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。


 とある日の早朝、ある一人の少年が走っていた。改造した長ランを肩に羽織る姿は様になっており、長ランにはサングラスを掛けた髑髏を象る炎が描かれている。

 

「やっべー、遅刻だ! 遅刻だ!」

 

 その少年、カミナは全速力で学校に向かって走っていた。 

 

「あらカミナ君、おはよう。いつも元気ね」

 

「おう、おばちゃん、おはようさん」

 

「カミナ、おめぇまた遅刻すんじゃねぇか。送ってこうか?」

 

「大丈夫だって、おっちゃん。今からダッシュすれば間に合うって」

 

「そうかい、頑張れよー」

 

「おうっ!」

 

 いつも通る商店街で営んでいるおばさんやおじさんとはすっかり顔見知りだ。もうこの街にカミナを知らない人はいないほど、彼は有名となっていた。

 全速力で走っていると校門が見えてきた。

 

「よし、今日も間に合ったぜ」

 

「また貴様か、カミナ!!」

 

 遅刻せずに済んだと安堵していると、校門の前で竹刀をもって仁王立ちしている筋骨隆々の男がカミナを待ち構えていた。

 

「げっ、体育教師のハゲじゃねぇか」

 

「ハゲではない、スキンヘッドだ! 何度言ったら分かるんだ!」

 

「俺からすれば同じなんだよ! 良いからそこを退けーっ!」

 

 門が閉まるまであと十秒、なんとしても通り抜けなければならない。

 

「何度も校則違反を続ける貴様の行動は目に余る! そうやすやすとここを通すわけにはいかん!」

 

 傍から見れば、教師が生徒を遅刻させるというのは如何なものかと言いたい光景だが、ここではもう何度も起こっている出来事であり、生徒達は呆れていたり、面白がっていたりして教室から見ていた。

 

「そうそう捕まってたまるかよ!」

 

「その動きはとうに見きったわ!」

 

 カミナが自身の横を通り過ぎるのを予測した教師は即座に動く。

 

「悪いな、そう読んでくれると読んでたよ!」

 

「何っ!?」

 

 横を通り過ぎようとしたカミナが突然、空高く跳躍したのである。

 

「カミナ、貴様謀ったな!」

 

「ああ、はかったよ。俺の運と男の度胸をな!!」

 

 一気に跳躍したカミナは校門をやすやすと乗り越えて、下駄箱へと走っていく。

 

「じゃあな、ハゲ」

 

「カぁぁぁミぃぃぃナぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 一人残された教師は、悔しそうに彼の名前を叫ぶ。

 奏と出会って月日が経って、今のカミナは十六歳の高校一年生となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして奏が消息を絶ってから二年が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようカミナ、いつもバカやって懲りねぇな」

 

 カミナが教室に入るとジョーが可笑しそうに笑っている。グレン団のメンバーの殆どがカミナと同じ高校に通っており、ジョーとは同じクラスだ。他にはあっちゃんとのっぽがいる。テッドと鉄平、ファットは別のクラスだが、家が近いのもあり帰宅で一緒になることが多い。

 唯一違うメガネは都心の高校に進学している。向こうでも元気にやっているらしい。どうも何かがあったらしく、向こうに行ってからオタクになったと以前彼に会った鉄平が言っていた。

 

「うっせぇや。昨日もバイトだったんだよ」

 

「カミナ君はお母さんと二人で生活してるからね。本当に良く頑張るよ」

 

「おう、あっちゃん。おはようさん」

 

 あっちゃんは随分と明るくなった。自分に自信を持つようになってからやりたいことが見つかったらしく、今はその為に猛勉強中らしい。

 

「うん、おはよう。でも遅刻はしちゃダメだよ」

 

「そんなにしてないだろ?」 

 

「おいおい、遅刻常習犯が何言ってんだよ」

 

「そうだよ。カミナ君は今度のテストで赤点とったら留年しそうって噂が立ってるんだから、あんまり騒ぎを起こすと僕らが先輩になっちゃうよ」

 

 相変わらず背の高いのっぽは未だに成長期らしい。既に百八十センチを超えているのにまだ伸びるのかと誰もが驚愕していることだった。

 

「高校は卒業するって亡くなったお父さんと約束したんでしょ?」

 

 カミナの父親は去年他界している。今は母親と一緒に暮らしており、カミナも家計に負担を掛けないようにバイト三昧である。

 

「まぁな。そうでなきゃあ、今頃高校入ってねえで()()()探してるよ」

 

 あいつと言っただけで三人は直ぐに誰のことか理解出来た。

 のっぽとあっちゃんは気まずそうな顔をしている一方、ジョーは頬杖をついて溜息を吐いた。

 

「カミナ、春休みの殆どを使って日本全国廻っても見つからなかったんだろ。全国三周したんだからそろそろ諦めろって」

 

「ジョー君、そんな言い方はないよ」

 

「事実だ。昔何があったかは知らねぇが、もう過ぎた事だろ。お前もいい加減に大人になれよ。グレン団はもう終わったんだ。昔みたいにバカやれる年じゃ……」

 

「グレン団は終わってねぇ! 俺達の結束は未来永劫無くならねぇって約束だろうが!」

 

 カミナが声を張り上げる。確かにグレン団として活動することは無くなってしまった。だが、だからと言ってその結束を蔑ろにする気はカミナには無かった。

 

「そいつには同意するさ。だがな、奏はグレン団を抜けるって書置きがあっただろうが! いい加減に下らねぇ拘りは捨てろって言ってんだよ!」

 

「ちょっと二人共」

 

「まずは落ち着こうよ、ね?」

 

 二人の言い合いが始まり、のっぽとあっちゃんは抑えようとする。しかし我の強い二人がぶつかると止めるにはこの二人では力不足であるのは否めなかった。いつもなら奏が二人を止めるのだ。その彼女がいない今、二人の喧嘩を止めるには最後まで見届けるしかなかった。

 

「団長の許可がない限り脱退は認めねぇんだよ!」

 

「昔のことだろうが!」

 

 ついには取っ組み合いが始まるのではないかと言う空気なりつつあり、二人はどうすれば良いのか分からなかった。

 

「そもそもあいつがいなくなったのは、お前がヒデェことでも言ったからじゃねぇのか?」

 

 その瞬間、パシンっとあっちゃんがジョーの頬を叩く音が鳴り響き、周りは一瞬だけ静寂に包まれた。

 

「テメェ……」

 

 ジョーがあっちゃんを睨み付けるが、彼女は怯むことなく彼の眼を真っ直ぐ見ている。

 

「ジョー、それは言い過ぎよ。あの時何も出来なかった私達だって悪いの。それを全部カミナ君の所為にしちゃダメだよ」

 

 彼女の言葉に返す言葉がなく、ジョーは悔しそうに舌打ちをする。

 

「ちょっとカミナ君、どこ行くの」

 

 カミナは教室を出ようとしているのをのっぽが引き留める。

 

「少し頭冷やしてくる。先生には腹壊したとでも言っといてくれ」

 

「ええっ、もうそんな手使えないよ」

 

「じゃあ、頭壊したで」

 

 そう言ってカミナは教室から去っていった。

 

「カミナ君、それは人として終わってるよ」

 

 さらっと酷いことを口にするのっぽのツッコミは虚しく空振りとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人になったカミナは屋上で横になって空を眺めていた。こうやってボーっとしたい時は空を見上げて、一人で色々考えることがここ数年で多くなっている気がする。

 

「ジョー、お前の言う通りだな」

 

 今でも思い出す二年前のあの日。奏の家族がノイズに襲われ、唯一生き残った彼女が病院から退院した直後の出来事。

 

―――――カミナに、あたしの何が分かるって言うんだ!!

 

 いつもは過ぎた事を振り返らないカミナだが、今でもあの日の出来事だけは引きずっている。

 

―――――誰も彼もがお前みたいに前向きに生きられるわけじゃないんだよ

 

 アレから直ぐに消息を絶った奏を探すことにカミナは躍起になった。この二年間、長い休みをフルで使って日本全国を巡って奏を探し続けた。少しでも有力な情報がないか手当たり次第に走り回った。

 だが結果はすべて空振りに終わった。日本中探しまわっても碌な情報が出てこなかった。

 

「ここまで出てこねぇとすれば、後はあそこだけか……」

 

 ある地域だけを除いて、この二年間カミナは日本中を探していた。そこは東京にある日本で最もノイズが頻繁に出現する地域。そもそも日本全国を廻ることを父親から許可してもらったのは、あそこに行かない事を条件にしていたからだ。当初は自分の身を案じてくれたからかと思ったが、どちらかと言えば、あの念の押し方は自身をそこに近づけさせない為の理由だったのではないかと考えられる。

 

「そう言えば、奏の親父さんとオヤジが昔一緒の仕事してたっけか」

 

 昔は奏の家族と家族ぐるみで遊びに行くことも多かったが、それは単に奏と仲が良かっただけでなく、二人の父親が昔一緒の職場で働いており、仕事終わりに何度も飲みに行っていたほど仲が良かったからだと一度だけ聞いたことがあった。

 豪快な男であったくせに隠し事が多い彼ならもしかしたら奏の居場所を知っていたのかもしれない。そうすれば、あの念の押し方にもいくらか得心がいく。

 

「よし、今度の休みに行く場所はあそこに決まりだ!」

 

 もう少しで夏休みに入る。補習があるだろうが知ったこっちゃない。可能性があるなら砂漠で金の粒を探すことだってやってみせるカミナは決意する。

 

「待ってろよ、奏。ぜってー見つけ出してやるぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、都心にあるとある学生寮にて。

 

「まったく三次元の何が良いんだか。やはり女の子は二次元に限ります」

 

 すっかりオタクと化したメガネは一枚のCDを眺める。

 

「アイドルオタクの彼が珍しくアーティストのCDを勧めてきましたが、生憎僕はこういうものに興味はないのです。やはりCDはキャラソンやシチュエーションCD、ドラマCDが一番ですね」

 

 昔の知的な少年は完全に残念なインテリオタクと成り果てていた。部屋を見渡せば、参考書以上にアニメのヒロインのフィギュアがずっしりと並べられており、昔の彼とはかなり掛け離れている。

 

「ですが、笑顔で勧めてきた友人に罪はありません。折角ですから聞いてみましょうか」

 

 グレン団と離れてから独り言が多くなったのに気付かないまま、彼は曲を流す。曲名は『逆光のフリューゲル』だ。

 流し始めて少しして素直に良い曲だと思った。曲が終わるともう一回聞こう、また終わるともう一度といつの間にか夢中になり、ふと時計を見てみると十回以上も聴いていることに気付いた。

 

「そう言えば夏にライブがあると言ってましたね。……可能であれば一緒にチケットをとってもらえないか聞いてみましょうか」

 

 間違えない為にもメガネはこのアーティストの名前を確認した。

 

「アーティスト名は『ツヴァイウィング』、風鳴翼と天羽奏……?」

 

 その名前を呟いた瞬間、彼はローラー付きの椅子を倒すほど勢いよく立ち上がる。

 

「そんな、まさか……」

 

 メガネはすぐさまパソコンを開いてツヴァイウィングについて調べる。ここ最近有名の十代のアーティストユニットである二人の顔は直ぐに出てきた。その顔を見た瞬間、彼はすぐに机にある写真立てに目を向けた。

 

「どうして、彼女が……」

 

 彼の目に映っているのは、見た目は少々変わってはいるものの、数年前に消息を絶ったかつての仲間だった。




如何でしたか?
いきなり時間が跳びました。
設定では戦姫絶唱シンフォギアの三年前に出来事になっています。
ぼちぼち進めるような形ですが、頑張っていきます。
それでは今回はこれにて。


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カミナ対OTONA

どうもです。
XDで遂に未来が出てきましたね。
どのような展開になるのか楽しみです。


「ようやく着いたぜ、目的地!」

 

 自転車にまたがりサングラスを掛けた少年カミナは目の前に広がる街並みを眺める。夏休みに入った日に彼は愛機である自転車を駆ってここまで爆走してきた。仲間には馬鹿じゃないかと言われたが、もう何年も彼のバカさ加減を見てきた彼らはすっかり慣れていた。

 

「ここにあいつがいるかもしれねぇんだな」

 

 夏休みに入る少し前に、奏に関する有力な情報をメガネからもらった鉄平が大慌てでカミナに話したことで、どうやって彼女を探すか考えた。すぐさまメガネと連絡を取ったカミナは一週間後に始まるツヴァイウィングのライブの情報を聞き、チケットをメガネの友人に取ってもらえるよう頼んでおり、どうにかライブに行けるよう漕ぎ着けた。

 今は藁にも縋る思いでここに来ている為、空振りにならない事を彼は望んでいる。しかし、今回は何となくだが手ごたえがある気がしてならなかった。ここに奏がいると彼の本能が叫んでいた。

 

「さてと、メガネと合流して飯でも食べに行くか」

 

 ペダルを強く踏みしめ、カミナは愛機を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、カミナの非常識さには毎度呆れますね」

 

「褒めんなよ、メガネ。照れるじゃねぇか」

 

「褒めてませんよ。本当、鉄平達の苦労が目に浮かびます」

 

 メガネと合流したカミナはさっそく昼飯を食べに街中を歩いていた。

 

「ですがカミナ、いくらライブに行けたとしても本人と直接会えるわけじゃありません。ツヴァイウィングは有名になって日が浅いですが、有名人であることに変わりありません。おいそれと近づくのは困難と言っておきましょう」

 

「そうなのか?」

 

 首を傾げるカミナにメガネは呆れた顔を浮かべる。

 

「知らないでここまで来るのは君らしい。今回のライブで出来るとすれば彼女の顔を見る程度だと思いますよ」

 

「馬鹿野郎、そんな弱腰でどうするんだ。男がやるって決めたもんは最後までやり遂げる。何が相手でも気合で突き進めばいいんだよ」 

 

 カミナとはそういう男だなとメガネは改めて思い出した。グレン団を結成してから彼の無茶で自分達はこれまでいろんなことをしてきた。自分達が出来ないと言っても彼が背中を押してくれたから自分に自信を持つことができ、それぞれの道を歩もうと頑張れる。

 

(本当に敵いませんね、君には。気合で片を付けてきた君のそういう所が今でも羨ましい)

 

「なら、その道の先に何があるか特等席で見せてもらいましょうか」

 

「バーカ、高みの見物してねぇでお前も一緒にやるんだよ」

 

「ハハハ、確かにその方が面白いでしょうね」

 

 それからカミナはメガネがお勧めするラーメン屋に辿り着いた。カミナの性格を知っているメガネは『安い・上手い・ボリューム大』の体育会系が好むようなラーメン屋を紹介した。

 店の中はカウンターだけであり、昼前である為、席がまだ空いていた。

 

「ここのラーメンは僕も週一で通ってます。昼、夜になるといつも満席になるので、学校のない日にしか行きませんが」

 

「へぇ、そいつは楽しみだ」

 

 席に座ってメニューを見るとカミナはある品に目が移った。

 

「こいつは……」

 

「やはり、君ならそのメニューに食い付くと思っていました」

 

 カミナの目に映っていたのはチャレンジメニュー『超特盛チャーシューメン』。通常の十倍の麺の上に大量に盛られたチャーシューと煮卵が山を作っている写真が載っている。

 

「三十分以内で食べあげたお客様には二万円贈呈だとっ!! 店長、マジか!?」

 

「おう、マジだ! なんだ兄ちゃん、やろうってのかい? 見た所、腕に自信があるようだが、俺の品はそんじょそこらのデカ盛りとは訳が違うぜ」

 

 メガネ曰く、テレビで出た大食い芸能人もリタイアしたほどの品らしい。メニューにもでかでかとそれが書かれている。

 

「じゃあ聞くが、成功した奴はいるのか?」

 

「いない!……と言いたいところだが、一人だけいる。奴の食いっぷりには俺も感動したもんだぜ」

 

「だったら俺が二人目になってやらぁ。店長、俺にそいつをくれ!」

 

「おしきたっ! もし食いきれなかったら五千円払ってもらうからな。根性見せろよ、兄ちゃん!」

 

「おう、任せろ!!」

 

(ここの店長も煽るのが得意ですね。僕が知るだけでもう十人以上はカモられている筈ですが……。さて、我らが団長はどこまで行けるのやら?)

 

「あ、僕は味噌ラーメン普通盛で」

 

「あいよ!」

 

 それからラーメンが出来るまで二人は高校生活を話し合った。鉄平の言う通りメガネはアニメオタクとなり、その変化を見せつけた。

 

「ですから、君にもこの作品は気に入っていただけると思うんです。後で貸しますから、是非見てください!」

 

「お、おう。分かった。分かったら、少し落ち着け、な?」

 

 すると新たな客が入ってきた。見た所三十代の男女と言ったところだ。カップルと言うより職場の同僚なのだろう。 

 

「またアレ食べるの?」

 

「ああ、そのつもりだ。店主『超特盛チャーシューメン』を頼む」

 

「私は塩ラーメン普通盛で」

 

「あいよ!」

 

 メガネの会話を聞きながらも、カミナは男の注文した品を聞き逃さなかった。

 

「それにしても、今日は随分とチャレンジャーが多いな。昼まで少しあるって言うのにこの忙しさだ」

 

「へー、最近は減ったって聞いてたけど、まだ挑戦する人がいたのね」

 

 常連客であるらしい女性は、店主と気さくに話しているとこちらに視線を向けてきた。

 

「もしかしてあなた達? 超特盛チャーシューメンに挑戦しようって子は」

 

「え、ええ。彼が……」

 

 隣のカウンターに座った女性が随分と余裕のある笑みを浮かべる。異性、それも年上の女性との耐性がなかったメガネは目を逸らしてカミナを指さす。

 

「おうよ。俺が二人目の達成者になってやるぜ!」

 

「成程ねぇ。若い内に色々挑戦するのは良いことだけど、そう簡単に乗り越えられないわよ。何せ、現在唯一の達成者が彼なんだから」

 

 彼女は隣にいる男に目を向けた。

 

「そのようだな」

 

 カミナはその男を見た瞬間、彼が只者ではないと直感した。服越しでも分かる鍛え抜かれた肉体、そしてそこから放たれるオーラ。まるで幾千もの戦場を駆け抜けた強者と言うにふさわしい男だった。

 男はカミナと眼を合わせると不敵に笑みを浮かべた。

 

「成程、良い眼をしている。自信にあふれ、失敗を恐れず、何事にも折れない不屈の魂を持った男の眼だ」

 

「へっ、そう言うおっさんもやるじゃねぇか。それにしても今日はついてるぜ。まさか最初にチャレンジメニューを制覇した男と出会えるとはな。どうだいおっさん、いっちょ勝負しないか? どっちが早く食いきれるかさ」

 

「ちょっと待つんだ、カミナ。初対面の人にいきなり喧嘩を持ち掛けるなんて」

 

(カミナ……だと?)

 

 メガネがカミナの名前を呼んだ瞬間、男は一瞬だけ訝しむ。しかし、カミナとメガネはそれに気付かなかった。

 

「少年、君の勝負受けよう!」

 

「だったらお二人さん、勝った人は四万円、負けた人は超特盛チャーシューメン二つ分の代金一万円を払ってもらうってのでどうだい?」

 

「「乗った!!」」

 

 どうやらこの三人似た者同士であるらしく、勝手に話が進んでいく。

 

「……大変そうですね」

 

「まぁね。でももう慣れたわ」

 

「僕もです」

 

 それから店主は直ぐに超特盛チャーシューメンを二つ作り上げ、カミナと男の前にそれが姿を現した。

 

「こいつが超特盛チャーシューメン……」

 

 実物を見て、カミナは驚く。聞いていた物よりずっと迫力がある品だった。見たこともないデカい器にチャーシューが盛大に盛られていた。まさしく肉の山というに相応しい姿に圧倒される。

 

「どうした少年、まさか臆したか?」

 

「はっ、むしろこれ位じゃなきゃあ張り合いがないってもんだ。そっちこそ年の所為で負けたなんて言うんじゃねぇぞ」

 

「無論だ。こちらも全力で相手をさせてもらおうか」

 

「よし、二人共準備は良いか? 制限時間は三十分だ。よーい……」

 

 二人は箸を構える。真剣勝負と言わんが程の気迫に後から来た客は静かにそれを見守っていた。

 

「始めぇぇぇっ!!」

 

 たった今、男と男の意地のぶつかり合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男同士の勝負が繰り広げられている一方、一台の車がこの近くを走っていた。

 

「来週のライブですが、会場の準備は滞りなく進んでいるようです」

 

 助手席に座っている緒川慎二が後部座席に座っているツヴァイウィング、風鳴翼と天羽奏に今後の予定について話していた。

 

「もう来週なんだ」

 

 緊張して俯いている翼の姿に奏はやれやれと言った顔をしていた。

 

「おいおい気が早いぞ、翼。今から緊張してもしょうがないだろ」

 

「だってライブなんだから緊張しない方がおかしいよ。もし失敗したらって思うと……」

 

「真面目だねぇ、翼は。もっと肩の力を抜いたらどうだい? 撮影の時みたいにさ」

 

「テレビとは違うもん」

 

「だとしても……ってなんだ? 随分と外が騒がしいな」

 

 先程から外が騒がしく、それに気付いた奏は窓から外を眺めた。

 

「なぁ、あそこのラーメン屋で前人未到の大食い勝負してるってよ。あそこのチャレンジメニューを達成した人に学生がどっちが早く食い終わるか勝負を挑んでるってさ」

 

「えー、どうせその人の圧勝だろ? 前に同じことしたヤツがいたらしいけど惨敗したって聞いたぜ」

 

 一番近くで騒いでいた学生が携帯端末を見ながら友人達とあるラーメン屋で繰り広げられている勝負について話していた。

 

「いや、SNSで今あげてる奴が言うには、互角の勝負をしてるらしいぜ。そんで一杯目はほぼ同時だったからそのまま再試合を始めたって」

 

「つまり超特盛チャーシューメン二杯目を食ってるのか?」

 

「そう」

 

「やっべ、そんな勝負見なきゃ損だろ!」

 

「だから行こうぜ!」

 

 すると少年達は揃って駆け足で何処かに行ってしまった。

 

「ラーメン屋でチャレンジメニューを出してるとすれば、弦十郎の旦那が昔食べ切った店ぐらいだよな」

 

「ええ、そのはずですが。まさか……」

 

 緒川もデカ盛りを出すような店はあそこ以外ない筈だと記憶しており、嫌な予感がしてならなかった。

 

「翼、前に旦那に連れて行ってもらったとこ覚えてるか?」

 

「うん、覚えているけど……って櫻井女史からメールが来た」

 

 ふと携帯端末を眺めていると櫻井了子からメールが届いたことに翼は気付いた。

 

「緊急の用事ですか?」

 

「いえ、どうやら外の騒ぎについてらしいです」

 

「了子さんから何だって?」

 

「えっと、『今、ラーメン屋で弦十郎君と学生君が男と男の意地のぶつかり合いと言う名の大食い勝負をしてまーす。ただいま第三ラウンドに突入! それにしても若いって良いわねぇ』って書いてある」

 

 それを聞いた緒川と運転手が揃って苦笑いを浮かべた。自分の上司がくだらない勝負をしていればそうなるのは当然だろう。

 

「なんだそりゃ?」

 

 それは奏も同じだった。

 

「よく分からないけど、司令が誰かと勝負してるってことだよね」

 

「外の話は本当だったのかよ。旦那に喧嘩を売るとか一体どこの身の程知らずだよ」

 

 ふと、そんなことをしそうな少年が昔いたなと思い出したが、奏はすぐにそれを頭から消し去った。

 

「ちょっと待て、第三ラウンドってことは超特盛チャーシューメン三杯目ってことか!?」

 

「そこまでは分からないけど」

 

「いえ、外の会話とメールの内容からそうなると思いますが」

 

「じゃあ、旦那とそいつはラーメン三十杯分を食べてるってことじゃねぇか。旦那もそうだが、そいつも人間じゃねぇな。ちょっと仕事が終わった後にでも了子さんに聞いてみるか。どうせ旦那が勝ったんだろうけどさ」

 

 それから奏達は次の仕事へと車を走らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「見事だ少年。まさか、この歳になって俺も自分の限界を超えることができるとは……思わなかった」

 

「当たり前だ。男には無茶だと分かっていてもやらなきゃならねぇ時があるんだ」

 

「ふっ、確かにその通りだな」

 

 男二人は見事に燃え尽きていた。限界を超えた戦いを乗り越え、ぐったりとしている。

 

「勝負あり」

 

 審判をしていた店主も昼飯を食べに来た客も目の前の戦いに息を呑み、先程まで躍起になってその勝負を見届けていた。そして、その勝負もついに終わりを迎える。

 

「勝者、チャレンジャー!!」

 

 店内が一気に勝者を称える叫び声で溢れた。

 超特盛チャーシューメン早食い対決は第三ラウンドを迎えて僅差でカミナが勝利を勝ち取ったのだ。

 

「勝ちましたね、カミナ!」

 

「メガネ、背中を叩くな。吐く……」

 

 口を両手で抑えてどうにか吐き出さないように堪えた。

 

「もう、そんなに若くないんだからあんまり無茶したらダメよ」

 

「いやなに、こんなに熱い勝負をしたのは久しぶりでな。俺も年甲斐もなくはしゃいでしまったよ」 

 

 すると男は立ち上がって、カミナに近寄った。

 

「いい勝負だった。今度は別の勝負をしたいものだな」

 

「おう、望むところだ」

 

 二人は互いの手を取り、お互いを称え合った。

 

「俺、昼休み過ぎちまったけど、この勝負見てて良かった!」

 

「ラーメンってあんなにするする入る食い物だったっけか?」

 

「こんなに白熱した大食い勝負を見るのは久しぶりだ」

 

「カッコよかったぞ、兄ちゃん! おっさんも!」

 

 観戦していた客の中には泣いている者までいた。

 なお、この勝負により、今年の夏、ラーメン屋は嘗てないほどの売り上げになったらしい。また、その売り上げの一部が、再び熱を帯びたチャレンジメニューによるものであったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負が終わった後、カミナはメガネに肩を貸してもらいながら彼の寮へと帰っていた。しばらくメガネの部屋に泊めてもらうことになっており、そこを拠点に彼方此方探してみるつもりだった。

 

「先ほどの勝負、本当に凄かったですよ」

 

「まぁな、これくらいどうってことないさ」

 

 そうは言うもののカミナの覇気が先ほどから感じられなかった。勝ったはずなのにその本人があまり喜んでいるようには見えなかったのである。

 

「その割に随分と喜んでいない気がするのですが?」

 

「確かに三杯とも三十分以内に食べ切ったのはよくやったと思ってる。だが、おっさんとの勝負は俺の負けだ」

 

 カミナが自身の敗北を口にしたことにメガネは驚いた。

 

「それはどういう事ですか? だってあの時僅差で……」

 

「メガネ、あの勝負は一杯目で俺の敗北は決まってやがったんだ。あのおっさんが食うラーメンを作ってるのを見て違和感があった。ラーメンの麺は大体同じデカい箱に入っているっていうのに、おっさんのラーメンを作る時、店長が別の容器から麺を取り出してるのを見て後で聞いてみたんだ。そしたら、その麺はあのおっさんの為に用意した『二倍麺』だったって話だ」

 

 カミナが悔しそうに自分の敗北の理由を口にし、メガネは納得した。

 

「『二倍麺』……聞いたことがあります。質量が通常の麺の二倍と言われる伝説の麺。まさか実在していたとは」

 

「滅多に作れねぇから二杯目以降は俺と同じ麺だったが、『二倍麺』の超特盛チャーシューメンで俺と同時に食べ切ったおっさんの実力は本物だった。もし俺がおっさんと同じ土俵に立っていたら負けていた」

 

 そんなことはない、とはメガネは口にしなかった。勝負事においてカミナが見誤ったことは一度もない。彼が負けたと断言したなら、それは確実な敗北なのだ。

 

「くそっ、世界は広いな。あんなとんでもない奴がまだいるなんてな。今度こそ勝ってやる」

 

 しかし、先程まで悔しがっていたカミナはいつの間にかリベンジに火が付いていた。

 

(困ったものですね、君と言う男は。挫折して立ち止まることを知らないのですか?)

 

 そう思っているメガネであったが、彼の顔はうっすらと笑みを浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。

 

「流石に食べ過ぎたな。しばらくラーメンは避けておこう」

 

「本当に何やってるんだか。でも弦十郎君、気付いてる?」

 

 カミナと勝負をしていた男、風鳴弦十郎は櫻井了子の問いかけに頷いた。

 

「ああ。あの少年、間違いなく彼の息子だろう。昔見せてもらった写真と瓜二つだった」

 

「でしょうね」

 

「メールをしていたようだが、あの少年について奏には伝えたのか?」

 

 了子は首を横に振った。

 

「まだ伝えてないわ」

 

 弦十郎は難しい顔をして眉間にしわを寄せた。 

 

「もしかしたら彼女との約束を守れなくなるかもしれんな」

 

「この二年間、彼のおかげであの子をこの街に近づけないようしてくれたから約束を守ることが出来た。でも彼が亡くなったしまったからには、いつ来てもおかしくはないと思っていたけど、それにしては早すぎるのよね」

 

 了子の言う通りであり、弦十郎は苦笑いを浮かべた。

 

「彼の行動力は父親譲りと言う事なんだろうさ」

 

「そこは似て欲しくなかったわね。さて、困ったわー。奏ちゃんになんて説明しようかしら?」

 

 これまであの少年と奏が会わないようにしてきたが、限界だと思っていた。あの少年に対してこれからどんな妨害をしても気合で乗り越えてしまうだろうと思ってしまう。

 

「いや、このまま奏には黙っていた方が良いかもしれん」

 

 どうしたものかと了子が悩んでいると、弦十郎はなにかを決意したようだった。

 

「弦十郎君、何を考えているのかしら?」

 

「心配しなくていい。大したことではない。ただ、子供を導くのも大人の務めってだけの話さ」




如何でしたか?
男シリーズを読んでいれば、この話の元ネタが分かる筈です(かなり改変しましたけど)。
今回はこの勝負がやりたかっただけです。
それでは今回はこれにて。


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そしてライブへ

はいどうもです。
九月に入り、暑さも少しずつ和らいできました。
気温が変化してくると体調が悪くなりやすいので気を付けたいです。
ではお楽しみください。


「あー、疲れたー」

 

 カミナは疲れ果てた状態でメガネの部屋に戻ってきた。メガネが通っている高校の寮は今回の目的地の隣街である為、拠点にするにはもってこいの場所であった。

 

「お疲れ様、何か情報でもあったかい?」

 

「初日と同じだ。不審者だと勘違いされた」

 

 その答えにメガネは苦笑いを浮かべる。

 

「君のやり方にも問題があるのでは?」

 

「警察の奴もまたかよって顔してやがった」

 

 奏の捜索を始めた初日、カミナを不審者と思ったここの住人が警察に通報したのである。どうにか誤解は解けたものの、やはり人探しをしていると怪しまれるのか、今日も通報されてしまった。

 

「似ているとはいえ、ツヴァイウィングの天羽奏を探している追っかけかもしれないと疑った人もいたのでは?」

 

「俺は犯罪者になるつもりなんてねぇぞ。それよりそっちは何か見つかったか?」

 

「一応ですが。公式サイトを見てみましたが、彼女の経歴に関しては大雑把なことしか書いていませんでした。後は口コミもありますが、上がっても直ぐに削除されたものもあるようですね」

 

「ふーん。難しいことはよく分からねぇがつまりどういう事なんだ?」

 

「どうも彼女の情報はあまり拡散されたくないようです。しかし、彼女をプロデュースしている芸能事務所一つでこんなことが出来るとは思えませんが……。これはどういうことでしょう?」

 

「だから、どう言う事なんだよ。俺にも分かり易く教えてくれよ」

 

 芸能界についてあまり興味がないカミナには少々難しい話だったようだと、メガネは勝手に思い込み、自分の意見を彼に聞かせることにした。

 

「彼女の背後にかなり大きな組織が関わっているのではないか、と言う事ですよ」

 

「まさか……ヤクザか?」

 

「いえ、この手際の良さならもっと大きな組織それも政府機関クラスじゃない限り難しいのでは?」

 

「おいおい、どうもきな臭い話になってきたな」

 

 カミナは帰りに勝ってきた飲み物をグイっと飲み干す。

 

「これはあくまで可能性の話です。僕もそれほど芸能界に精通してるわけではありません。ただ単に有名になって日が浅いから、情報が少なくて対処がしやすいのかもしれません」

 

「ま、分からねぇことを考えても仕方ねぇか。数日は探してみたがあんまし情報もねぇようだし、ライブまでのんびりするか」

 

「ええ、そうした方が良いでしょうね」

 

「ちょいと昼寝するわ。飯の時間になったら起こしてくれ」

 

 ゴロンと横になるとカミナは速攻でいびきをかいて眠った。

 

「横になって直ぐに眠りますか。随分とお疲れのようですね」

 

 ここ数日、カミナはいつも街で奏の情報を集めては戻ってきて休むことを何日も続けている。カミナは長い休みに日本中を廻り、時には野宿、下宿、ネットカフェなどの様々な方法で拠点を作って奏を探してきた。それを二年も続けているのなら、その執念はすさまじいものだ。

 口にしてはいないが、ここ最近のカミナの行動が普段以上に活発であるとメガネはうっすら感じていた。ようやく見つけた手掛かりに、奏の捜索に力が入っているのだと簡単に予想出来た。だが、気になるとすれば、なぜそこまで彼女に拘るのかと言う事だ。

 カミナはグレン団を結成した日からメンバーに対して兄貴分として接してきた。悩みや辛いことがあった時には積極的に励ましたり、何気ない言葉で道を開いてくれる男であり、その性格は今も変わっていない。しかし突如として姿を消してしまった奏にそこまで躍起になれる理由が思い付かなかった。彼女はグレン団の副団長のような立ち位置であったが、他のメンバーより仲が良かったのはただ単に家が近くで、父親同士が知り合いだったからと記憶している。それがあったとしても、二年もどこにいるかも分からない奏を探せるのか、メガネには理解できなかった。

 そしてカミナには口にしていないことで気になることが一つあった。それは彼が躍起になって探しているにも拘らず、天羽奏と言う名が一度も世間に出たことが無かったことだ。彼女が家族で長野県皆神山に行った時、ノイズに襲撃されたことで妹を含め家族を全員失ったことは知っていた。だが、ニュースでもそこまで騒がれることは無く、一度も天羽と言う名前が上がってくることは無かった。

 それから二年後、突如としてツインボーカルユニットでデビューした同姓同名の少女が現れたことが気にかかった。

 

「さて、僕の考えがただの中二病を拗らせた妄想であったら良いのですが……」

 

 どうにも胸騒ぎがするメガネは机の上に置いてあるコーヒーを飲み、一息つくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間はあっという間に過ぎ去り、ライブ当日。今回のライブがあるコンサート会場にカミナ達は来ていた。

 

「へぇー、こいつがライブ会場か。随分賑やかなんだな」

 

 カミナが面白そうにあたりを見渡しているのを見てメガネは友人に申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「すみません、僕の友人の無理を聞いてくれて」

 

「気にしなくってええよ。本当は今日来る奴が来れなくなっちまったから、頑張って手に入れた一枚が無駄にならなくなってこっちは大助かりだ。それにしても本当なんか? あの天羽奏がオメェの知り合いかもしれないって」

 

 メガネは友人に今回の件を頼んだ理由について話しており、彼はそれを快く引き受けてくれたのである。

 

「数年前に消息を絶った友人が彼女に似ているんですよ。年も僕たちと近いようですから、もしかしたらと」

 

「別に疑っとらんよ、見せてもらった卒業アルバムに同じ名前のそっくりさんがおるなら納得じゃ。それにしてもいなくなった一人の女を二年間も探し続けるたぁ、お前さんの友人、見た目のわりに一途じゃねぇか。もしかして、あいつその子に惚れてたんか?」

 

「さぁ、どうでしょう。ただ単にグレン団の団長だからなのかもしれませんが、あの執着具合からして、彼にも僕らに言えない事情を抱えているのかもしれません」

 

「ふーん。ま、面倒な話は無しにして、今はライブを楽しもうや!」

 

「ええ、そうですね」

 

「あれ? そう言えば友人はどこ行ったんや?」

 

「……カミナ、君と言う人は」

 

 辺りを見渡してもカミナが見当たらなかった。少し目を離した隙に、姿を消していたことにメガネは少々頭が痛くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しまった。完全に迷っちまった」

 

 メガネとはぐれたカミナは頭を掻いて、どうしようかと悩んだ。地図を見てもここが何処だかさっぱり分からず、右を見ても左を見ても同じ道が続いている。

 

「あの……ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 

「あん?」

 

 背後から話しかけられ、カミナは後ろを振り向いた。

 そこにいたのは如何にも怪しげな人物だった。声からして女性なのは分かる。しかし、身に付けているものをカミナは異様だと感じた。

 白のローブのようなものを纏い、カミナからして少々小柄な人物がそこに立っていた。顔はフードを深くかぶっている所為かよく見えず、それを目にしたカミナは首を傾げた。

 

「それ、何かのコスプレか?」

 

「ち、違います! これは必要だから着てるんです!」

 

 声からして同年代の少女だとカミナは直感した。 

 

「そうか。なぁあんた、ここが何処だか分かるか? ダチとはぐれちまって地図見ても自分の居場所が分からねぇんだ」

 

 目の前の少女は一瞬だけ警戒するが、カミナが嘘をついているように見えなかった為、直ぐに警戒を解いた。

 

「ここは関係者スタッフ以外立ち入り禁止区域です。早く出て行かないと警備の人に捕まりますよ」

 

「じゃあ、あんたはどうなんだよ?」

 

 そう尋ねると少女は何故かあたふたし始め、カミナは怪訝な顔をする。

 

「わ、私は、その……ア、アルバイトのスタッフです!」

 

「スタッフってそんな格好するのか?」

 

「アルバイトです」

 

「いや、でもよ……」

 

「アルバイトです!!」

 

 彼女は声を張り上げて主張するのでカミナは一応そう言うことにしてあげた。嘘であるのは当然理解しているのだが、彼女も色々とあるのだろうと不快詮索はしないで挙げることにした、

 

「分かった分かった。そんで、ここからツヴァイウィングのライブ会場までどう行けばいいか知ってるか?」

 

「それなら、この道を真っ直ぐ行って突き当りを右に行けば、会場入り口に辿り着けます」

 

「サンキュー、嬢ちゃん。助かったぜ」

 

「いえ。それより早く行った方が良いですよ」

 

「そうするよ、じゃあな!」

 

 そう言うとカミナはここから去っていった。

 

「……変な人」

 

 フードを外して、翼はそう呟いた。噂に聞く追っかけや少々過激なファンと言う訳でもなく、興味本位で来たと思われる人に会ったのは初めてであった。だが、何故か嫌悪感は抱かなかった。彼の雰囲気が誰かに似ていると感じたからだ。

 

「翼さん、ここに居ましたか。もう少しで始まりますよ」

 

 すると翼を探しに来た緒川が現れた。

 

「すみません。忘れ物をしたので部屋に戻っていました」

 

「言ってくれれば、僕が取りに戻りましたよ」

 

「いえ、自分で探した方が早いと思ったので」

 

「そう、ですか」

 

 翼は整理整頓があまり得意ではない。その為、今頃控室では折角片付けた荷物がぐちゃぐちゃになっているのだろうと思うと緒川は少々気が重くなった。

 

「それより先程誰かと言い合っているように聞こえたのですが……」

 

 どうやら緒川に先ほどの会話が聞かれていたようで、恥ずかしさのあまり翼は少々顔を赤らめる。

 

「大丈夫です、迷子になった人に道を聞かれただけなので」

 

「ここで、ですか?」

 

 関係者以外立ち入り禁止であるはずの場所で道を聞く人物がいるとは思えなかった緒川はその人物が不審者ではないかと疑った。ツヴァイウィングのライブにおける警備はそれなりに自信があり、ここに足を運ぶ不埒者は一人も居なかった。

 

「翼さん、その人に何かされませんでしたか?」

 

 当然、翼は緒川の心を読めるはずもなく、唐突に彼が真剣な顔になる翼は何事かと驚いた。

 

「いきなりどうしたんですか? 別に何もありませんでしたけど」

 

「本当ですね?」

 

 じっと見つめる緒川に対し、翼は首をぶんぶんと縦に振った。

 

「ほ、本当です。嘘じゃありません」

 

 翼が嘘をついていない事を理解した緒川は安心した顔をする。

 

「なら良かったです」

 

「緒川さん、いくらなんでも心配し過ぎです」

 

「いえ、翼さんを守るのが僕の役目ですから。ですが、今後はもう少し警備を厳しくした方がよさそうですね。このライブが終わった後、風鳴司令に進言しておきましょう」

 

 少々過保護な緒川に対し、翼は苦笑いした。

 だがこの日の事により、ツヴァイウィングのライブにおける警備がさらに厳しくなったとかならなかったとか。

 

(でも、あの人何処かで見た気が……)

 

 何処で見たのか考えるがすぐに思い浮かばず、ライブ開始まであとわずかなこともあり、彼について考えるのを止めた。今はライブに集中する為、気を引き締めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、どこ行ってたんや。探したんやで?」

 

「いやー、悪い悪い。道に迷っちまって関係者以外立ち入り禁止区域に行っちまった」

 

 そんなところまで行っていたのかとメガネは呆れた顔をする。

 

「まったく、君と言う人は……」

 

「なっ!? う、羨ましいぞ!」

 

「いえ、そうじゃありませんよ」

 

 羨ましそうにする友人にメガネはツッコむ。

 

「下手をすれば警備の人に捕まっていましたよ。そうしたら会うどころか見ることさえ出来なくなるかもしれないんですからもう少し慎重に動いてください。大体君は昔から……」

 

 メガネは容赦なく文句を言いまくる。挙句の果てに昔のことまで蒸し返し始める。

 

「分かった分かった、俺が悪かったよ」

 

「まぁ、良いじゃねぇか。それより、全員が揃ったところで俺がライブの楽しみ方ってヤツをレクチャーしてやるぜ!」

 

 この中で一番張り切っているメガネの友人がライブが始まるまでその楽しみ方をガッツリとレクチャーしていると、ツヴァイウィングのライブが遂に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日も暴れた暴れた。思いっきり歌ったから腹が減っちまった」

 

 ライブが終わり、翼と奏は緒川達が来るのを待っていた。

 

「奏はいつも飛ばし過ぎ。もう少しペース配分を考えた方が……」

 

「真面目だねぇ、翼は。楽しいことを思いっきりやるのが良いじゃんか」

 

「それはそうだけど……」

 

「だったらそれで良いいいじゃん。ほれほれー、そんな頭の堅い翼にはこうしてやるー」

 

「ちょっ、待って奏。そこは……やめっ……」

 

 いきなり体中をくすぐりだした奏に翼は抗おうとしたが体に力が入らず、大きな声をあげないよう必死に耐えることしか出来なかった。

 

「抵抗しても無駄だぞー。翼の弱い所は全部知ってるんだからなー」

 

 奏が翼と出会って既に二年も経っており、奏にとって翼の弱点を見つけるには十分な時間だ。その為、抵抗出来ないようにする方法も熟知している。

 

「本当に、ダメだって……」

 

 この時、二人は油断していた。ツヴァイウィングはある政府機関が背後にいる為、追っかけなどの過剰なファンに対する二人への安全対策は他のアーティストと比べてかなり厳重となっている。その為に今まで事件に巻き込まれずに済んでいる。今日あった件を除いて、関係者以外立ち入り禁止区域まで侵入を許したことは無かった。翼もそれは偶々だと思い込んでいた。

 

「奏?」

 

 唐突にじゃれるのを止めた奏に翼は怪訝な顔をする。ふと彼女の顔を見てみると、翼は奏が驚いた顔をしているのを目にした。二年も一緒にいて驚いた顔を何度も見てきたが、今の奏は今まで見たことがない顔をしていた。驚くべき真実を突きつけられたようなものでもない。誕生日パーティを開いて驚いたものでもない。それはまるで予期していなかったことを目にしたような顔だった。

 

「カ、ミナ……」

 

 そう呟く奏の視線の先を翼は見る。

 

「漸く……見つけたぞ」

 

 翼が目にしたのは両手を膝につけて、息を荒げて額に汗を浮かべる男の姿だった。そして、彼と出会うのは今日で二度目となった。

 

「元気そうだな、奏」

 

 二人の前に現れた男、カミナは不敵に笑みを浮かべてそう言った。




如何でしたか?
次回あたりに、カミナと奏の過去について触れる予定です。
それでは今回はこれにて。


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二人の過去

どうもです。
今週のAXZで「あー、また響がドリルやってるなぁ」と思いながら見ていました。


 あの瞬間、あたしは雷に打たれたような気分を味わった。

 

「カミ、ナ……」

 

 もう二度と会うことはないと思っていた。

 

「漸く……見つけたぞ」

 

 あの日から再開することを一度も望んでいなかった。そんな日があって欲しくなかった。

 

「元気そうだな、奏」

 

 どうして、あんなことがあったのに昔のように笑ってられるんだ。

 

「奏っ!?」

 

 そんなあいつを見て、あたしは逃げだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この先を語る前に、少し昔のことを話そう。

 それはグレン団のメンバーも翼でさえも知ることのない、二人の間に起こった出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連休が始まる少し前。

 

「皆神山だぁ?」

 

 その日もカミナと奏は学校で楽しそうに話をしていた。

 

「そっ、長野県にある皆神山に今度皆で遊びに行こうぜ。どうせ、連休中に予定ないだろ?」

 

「バカ言うな! 俺にだって予定ぐらいあらぁ!」

 

「でもさっきジョー達と遊べなくなったって聞いたぜ」

 

「テメェ、聞いてやがったのか!? 趣味悪いぞ!」

 

「バカでかい声で話してるカミナが悪いです」

 

 隣で読書をしていたメガネがバッサリと切り捨てる。

 

「メガネ、今度の連休暇か!?」

 

「唐突に誘ったところで意味ないですよ。僕は家族で旅行に行くので」

 

「くそっ! じゃあ……」

 

「他のメンバーも既に予定が入ってますから無駄ですよ」

 

 奏に暇人だと思われたくなくて、他に暇な奴を探して巻き込もうとする思惑が完全に途絶えてしまった。

 

「で、どうだ? 皆神山で遺跡発掘が終わったら近くの河原でバーベキューやるんだ」

 

「バーベキューだぁ?」

 

「そっ、色々出るらしいぜ。特に肉が」

 

 バーベキューと言う単語を聞いてカミナは悩んだ。そこまで貧乏ではないが大量の肉にありつけるのは誕生日かクリスマスぐらいだ。しかもバーベキューという言葉は、一度もやったことがなかったカミナの好奇心を刺激させるには十分だった。

 

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 

「確か、父さんの仕事仲間がステーキを持ってくるって」

 

 その言葉が、カミナの背中を押すきっかけとなった。

 

「よし、乗った!!」

 

「決まりだな! 父さんにはあたしから言っておくから」

 

 奏は心底嬉しそうに笑っていた。

 

「よっしゃー、いっぱい食うぜ!!」

 

 遊びに行くよりも食べることを楽しみにしているカミナにメガネは呆れる。

 

「まったく、ちょろいですね」

 

「そうかな? 奏ちゃんも随分頑張ってるみたいだったけど」

 

 ボソっと口ずさむメガネにあっちゃんが話しかける。彼女も二人のやり取りを見ていたようだ。

 

「頑張っているって何をですか?」

 

「もちろん内緒だよ」

 

 彼女は何かに気付いているようで、お茶目に人差し指を口の前に置いてそう言った。

 

「あなたも随分と明るくなりましたね。昔は随分と彼女の後ろでビクビクしてた気がしますが」

 

「そういうメガネ君も随分と丸くなったと思うけど」

 

 そう言われてメガネは眉を顰めた。

 

「僕は昔から何も変わってませんよ」

 

「自分のことって案外気付かないことが多いんだよ」

 

 そう言われてへそを曲げたメガネは読書中の本に顔を近づけて、あっちゃんと口を利かなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして皆神山に向かう当日。

 

「ごめんね、カミナったら楽しみ過ぎてここ一昨日から一睡もできなくて風邪ひいちゃったのよ」

 

「いえ、おばさんの所為じゃないですよ。バカやったカミナが悪いですし」

 

 カミナが風邪で来れなくなった連絡を奏は彼の母親からもらっていた。昔から運動会などのイベントが近づくとカミナはテンションが上がって夜眠れなくなってしまうことを奏は知っていたが、まさかこの時になって風邪をひくとは思わなかった。

 

「す……すてーき……」

 

「カミナ何やってるの! さっさと布団に戻って寝てなさい!」

 

「い、いやだ、絶対……に……食べる、んだ……」

 

 電話越しにカミナのゾンビのような声が聞こえてきたことに奏は思わず笑みを浮かべてしまう。

 

(まったく懲りないな、カミナの奴)

 

「本当にごめんね、折角誘ってくれたのに。そろそろ時間だろうから、あの子の分まで楽しんできてね」

 

「はい」

 

 電話が切れて後、奏は溜息を吐いた。

 

「こんな時に風邪ひくなよな、バカミナ……」

 

「ねぇ、お姉ちゃん、カミナが来れなくて寂しいの?」

 

「うわっ!? 何だ、いたのかよ」

 

 背後から妹に話しかけられて驚く奏は彼女の言葉を聞き洩らさなかった。

 

「ねぇ、カミナが来れなくて寂しい?」

 

「そ、そんな訳ねぇだろ」

 

「だって、昨日までお姉ちゃん、カミナと一緒に行くの楽しみにしてたから」

 

「楽しみにしてねぇよ。ただ、あいつが来たら面白いかなぁって思っただけだし……」

 

「でも約束した日から毎日カミナの事ばっか話してた」

 

「毎日、あいつが学校で何かやらかすんだよ」

 

 まだしらばっくれる姉に対して、妹は最後のカードを引くことにした。

 

「でも、カミナと一緒に行くためにあっちゃんに頼みごとしてたよね? 他の団員に予定を作っておくようにって」

 

「何でお前が知ってんだよ!?」

 

 この時、奏はしまったと思った。しかしもう遅い。

 

「だってあっちゃん言ってたよ、カミナは朴念仁だって。お姉ちゃんは不器用だけど」

 

「おいコラ、妹のくせに生意気だぞ」

 

「事実だもん」

 

「くっ……」

 

 事実である為に、奏は何も言い返せない。

 

「おーい、そろそろ行くわよー」

 

 母が呼ぶ声が聞こえたため、奏はさっさと荷物をもって車に乗り込み皆神山へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、あたしもカミナもあんな悲劇が起こるなんて思いもしなかった。

 そして、それがすべての引き金になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が長野県皆神山でノイズが発生し、多くの死者を出したニュースを聞いたのは風邪が治った後だった。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 俺は奏が病院にいると聞いて、すぐさま駆け出した。学校から病院の場所を聞き出し、奏が入院している病院に駆けつけた。

 受付で聞いた話ではノイズから逃れたのは奏一人らしく、山から逃げる時に足を滑らせてケガを負ったらしい。治療は終わっており、もう意識は回復していると聞き、俺は直ぐにあいつがいる病室に向かった。

 

「奏っ! ……あっ?」

 

 病室を間違えたのかと一度部屋から出て病室を確認するが、間違っていない。奏が入院している部屋である。

 だが、そこにいるはずの奏がベットの上に居なかった。

 部屋中を探しても誰も居ない。

 

「どこ行ったんだよ、あいつ」

 

 看護師に尋ねて漸くあいつが失踪したことが分かった。

 それからすぐに俺は奏を探しに病室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたあたしはいつの間にか外に出ていた。

 何処を歩いているかも分からず、いつの間にか河原に沿う道を歩いている。

 歩きながら、あの出来事を何度も思い出していた。

 あの日、楽しい旅行になるはずだった。カミナがいなくても家族で楽しい思い出が作れると思っていた。

 そんな矢先に死んだ。みんな死んだ。目の前で死んだ。

 父さんも母さんも妹も、皆、炭素に分解されて死体も残らず、墓に埋葬出来るものもない。

 人としての死さえ迎えられなかった。

 

「みんな……」

 

 あれが夢であって欲しいと何度も願っても、ニュースや新聞がそれは現実だと叩きつける。

 

「何でこんな目に遭うんだよ……」

 

 どうしてこんな目に遭わなければならないのか。

 どうして自分だけ生き残ったのか。

 生き残ったところで何をすればいいのか分からない。

 怖い、苦しい、寂しい。

 突然一人になったことで、負の感情が一気に押し寄せて来る。

 そして、ある一つの感情があたしの中で芽生え始める。

 

「ようやく見つけたぞ」

 

 そんな時に、後ろから声が聞こえた。もうすっかり聞きなれた声だ。

 何時もそうだ。

 あたしが折れそうになるといつも駆けつけてくれるのはあいつだった。

 

「何やってんだよ、奏」

 

「カ、ミナ……?」

 

 いつだってあいつは笑ってあたしの前に現れてくれる奴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく見つけたぞ。何やってんだよ、奏」

 

 病院の付近を走り回って俺はようやく奏にたどり着いた。

 

「カ、ミナ……?」

 

「病院の奴らが慌てて探してやがるぜ。お前もまだ怪我も治り切ってないんだ。早く戻って休めよ」

 

「休んで怪我が治ったら、それからどうするんだよ?」

 

 その時、奏の様子がおかしいと俺は思った。

 

「治ったらまた学校に来いよ。皆心配してるぜ」

 

「……」

 

 うつむいて黙っている奏に俺は手を差し出した。

 

「ほら、さっさと行こうぜ。疲れてるんならおぶってやるから」

 

 だが、奏は動こうとしない。

 

「……らない」

 

「あっ?」

 

「戻らない」

 

「戻らないって、お前何言って……」 

 

「このままおめおめと戻れるかって言ってんだよ!」

 

 奏は思いっきり叫んだ。流石の俺も何事かと驚いた。

 

「父さんも母さんも妹も居なくなったのに、あの平穏に戻れる訳ねぇだろ!! 笑える訳ないだろ!!」

 

「奏……。でもよ」

 

「俺達、グレン団がいるってか? カミナに、あたしの何が分かるって言うんだ!! 所詮、お前らは赤の他人なんだよ!! お前らがあたしの家族の代わりになんかなれない! あたしの家族はもういないんだ!」

 

 何も言っても奏は聞く耳を持たないと、俺は直感した。家族を失った悲しみが大きすぎて歯止めが利かなくなったのだろう。

 今の奏の気持ちを理解出来るとは言わない。家族を失う悲しみを知らない俺が下手な慰めをしても何の意味も持たないだろう。

 

(だとしても……)

 

 それが分かっていても俺は拳を握りしめる。

 

「奏……」

 

「あ?」

 

「歯ぁぁ、喰いしばれぇぇぇぇっ!」

 

 カミナは右の拳を振り上げて、あたしの顔面を思いっきり殴って、あたしは背中から地面に倒れた。

 

「確かに俺達はお前の家族じゃねぇし、お前の苦しみも分からねぇよ! でもな、俺達は赤の他人だとしても仲間って絆があるだろうが! 嬉しいことや楽しいことは分かち合って、辛いことや苦しいことは支え合ってきた! そうやって積み上げてきた絆をそう簡単に無碍にするんじゃねぇっ!」

 

「カミナ……」

 

 さっきまで叫んでいたあたしはカミナの言葉に何も返せなかった。

 

「今が苦しいなら遠慮せずに俺達を頼れ! お前の心の傷が治るまで、俺達はずっと支えてやる。何日でも何年でも何十年でもお前が笑えるようになるまでずっとだ! だから今はこの手を取れ」

 

 カミナは倒れているあたしにもう一度手を差し伸べた。

 この時、あたしは本当にカミナには敵わないと思った。どんな壁が立ちはだかってもぶち壊す拳と何事にも恐れない熱い魂を持つ人間をあたしはカミナしか知らない。例え、自分がどんなに弱気になってもカミナは手を差し出して立ち上がらせてくれる。あたしはそれに何度も助けられた。そして今回もあいつはあたしを助けるならなんだってするだろう。

 あの時、カミナがあたしを探しに来てくれたのが嬉しくなかったと言えば嘘になる。誰よりも早く駆けつけてくれるカミナはあたしにとってヒーローのような存在だった。

 あたしはいつの間にかカミナの手を握っていた。

 それを見たカミナは明るく笑っていた。

 

「ったく、世話やかすんじゃねぇ、よっ!」

 

 カミナは握った手を引いてあたしを立たせる。

 そして立ち上がった瞬間、あたしはカミナの腹に重い一撃を叩き込んだ。

 

「か……はっ」

 

 足に力が入らなくなったカミナは、地面に座り込んだ。

 

「悪い、カミナ。お前の言葉は本当に心に響くよ。お前の無茶にあたしは何度も助けられた」

 

「お、前……」

 

 苦しそうな顔をするカミナにあたしは少しだけ心が揺らいだ。でも、今のあたしの中にある感情がそれを塗りつぶす。

 

「でもよ誰も彼もがお前みたいに前向きに生きられるわけじゃないんだよ。今のあたしの心の傷を癒せるとしたら、お前らといることじゃない。あたしの家族を奪った奴らを根絶やしにしないと気が済まないんだよ」

 

「ノイズに……復讐するっていうのかよ」

 

 その目が何を語ってるのか分かる。出来る筈が無いって目だ。

 

「その当てがあるんだ。あたしは一生を賭けてでもノイズを一匹残らず殲滅する」

 

「ふざ……けるな……。そんなこと、やらせるかよ……」

 

 カミナはあたしを止める為に再び立ち上がろうとする。あいつは仲間の為ならどんな無茶でもする男だ。

 だから、あたしはこの瞬間、全てを捨てる覚悟を決めた。

 

「悪いな、カミナ」

 

 そしてあたしはフラフラのカミナに向けて拳を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カミナの前から立ち去ったあたしは路地裏を歩いていた。

 

「天羽奏、ですね」

 

 すると何処からか黒服の男達があたしの前に姿を現した。

 

「何もんだよ、お前ら」

 

「我々は特異災害対策機動部二課の者です。先日の皆神山についてお聞きしたい事があります。どうか御同行願います」

 

 あたしは心の中でニヤリと笑みを浮かべた。あたしの望みを叶える存在がのこのこやって来たのだ。

 

「良いぜ。連れてけよ、あんたらの所に」

 

 そして、あたしはすべてを捨てて復讐に生きる道を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏が消息を絶って一か月が過ぎ、もう少しで夏休みに入る。そんなある日、俺はオヤジを呼び出した。

 

「どうした、カミナ。お前が大事な話なんて珍しいじゃねぇか?」

 

 何を話すかは決めていたし、覚悟も決まっている。

 

「オヤジ、俺、今度の夏休みを使って奏を探しに行きたい」

 

「おう、良いぞ」 

 

「止めるなよ……って、はぁっ!?」

 

 オヤジ今なんて言った?

 

「なんだよ、間抜け面しやがって。別にやりたいならやれば良いだろうが」

 

 そりゃなるだろ。流石の俺でも馬鹿なことやるって思ってたんだぞ。

 

「理由は聞かねぇのかよ」

 

「男がやるって決めたんなら、それを止めるのも理由を聞くのも無粋だろうが。いくつか条件は付けるけどな」

 

「オヤジ……」

 

「それに奏ちゃんの花嫁姿が見てぇしな」

 

「何言ってんだ、オヤジ?」

 

「あの子は絶対美人になるぞ。俺が保証する」

 

「だから何言ってんだよ」

 

 そしてその年から、俺は長期休暇中は奏を探す旅に出るようになった。




如何でしたか?
今回は二人の間に起こったことについて書いてみました。
次回は前話の続きです。
それでは今回はこれにて。


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こいつはあたしの……

どうもです。
AXZ最新話、終盤の急展開を見て今後の話に目が離せません。
他にも最終回に入るアニメが少しずつ出てきており、二期が出てくれないかなぁと期待したりしています。
では、お楽しみください。



 あたしは無我夢中で走った。何処に向かっているのかも分からず、ただひたすら走り続けた。

 あいつが追いかけているかどうかも気にしている余裕すらなかった。ひたすら走って、走って、全力で走る。

 限界まで走り続けてようやく足を止めると、そこはかつてカミナ達と決別したあの河原のような場所だった。

 

「なんでだよ……」

 

 見間違えるはずがない。背丈と格好が変わってもあいつだと気付いた。気付かない筈が無い。

 全力で走り、呼吸が乱れ、頭が上手く回らない。

 

「もう……探さなくなったって、言ってただろうが」

 

 あの人からそう聞いていた。あたしの事を忘れて、自分の道に向かって頑張っているって。それを聞いてあたしは安心した。

 もうあいつに会うことはない。ようやくあたしは復讐だけに生きていける。

 それから翼とノイズを倒してから月日が経ったある日、救出したある自衛官の言葉があたしを変える切っ掛けを作った。もう顔も覚えていないが、その人の言葉であたしはこう考えるようになった。自分達の歌は誰かを勇気付け、救うことが出来る、と。

 復讐のためだけではなく、人々をノイズから護るために歌う。その為にツヴァイウィングを結成することを提案した。

 勿論、躊躇いはあった。誰かの中には当然あいつ等もいる。復讐で捨てたあいつ等を救うために歌っても良いのか。だが、それでもあたしは歌うことを決めた。自己満足なのは分かっている。業を背負うことを覚悟の上であたしは歌おうと。

 なのにどうして逃げだしたのか。

 

「なんでだよ……」

 

 自分の覚悟がその程度のものだったのか。

 

「なんでなんだよ……」

 

 いや、それ以前の問題だった。

 あの時、あたしは……。

 

「なんであいつの顔を見て、ほっとしちまったんだよ!」

 

 逃げたのはあいつと顔を合わせたからじゃない。あいつと会うのが怖くなかったと言えば嘘になるが、それ以上にショックだった。

 あいつがあたしを見て、最初に見せたあの笑顔に、あたしは苦しむどころか何処かで安堵していた。あの時みたいにまたあたしを見つけ出してくれたことが嬉しいと思ってしまったことにショックを受けた。

 

「どうして、なんだよ……」

 

 もしかしたら心の何処かで期待していたのかもしれない。

 

―――――忘れんな、グレン団の絆は未来永劫消えることはねぇ!

 

 アーティストになって有名になれば、あいつは探してくれるのかもしれない。無意識にそう考えていたのかもしれない。

 そうだとすれば自分は最低な人間だ。未練を断ち切れないまま、復讐を言い訳に歌を歌い戦ってきた愚か者だ。

 

「くそっ!」

 

 あたしは地面を思いっきり殴った。

 

「くそっ! くそっ! くそっ!」

 

 何度も何度も地面を殴る。痛みなんて知ったことかとひたすら自分自身を責め続ける。指の皮が剥け、血が流れる。殴った場所がその血で赤く染まっていく。

 

「くそったれ――――――っ!!!!」

 

 自分の腕を折りかねないほど強い恨みを込めて、あたしは地面を殴ろうとした。

 

「それ以上は止めとけ」

 

 だが、その手前でその声の主はあたしの手を掴んだ。

 

「あーあー、こんなにボロボロにしやがって。皮がズル剥けじゃねぇか」

 

 その声の主にあたしはゆっくりと視線を向ける。

 そして、あいつはあたしの顔を見て、安心したような笑みを浮かべていた。

 

「やっぱお前じゃねぇか、奏」

 

 どうしてここに居るのかなんて聞くのは野暮だ。こいつはそう言う奴だ。

 

「カミナ……」

 

「おう、ご存知のカミナ様だ」

 

 昔と変わらず、あいつは少年のような笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面をひたすら殴った所為で血が流れるほどボロボロになった手を見て、カミナは自身の上着を破き、軽い手当てを始める。

 

「ったく、何やってんだよ。ガキの頃でもここまで怪我しなかっただろうが」

 

「……」

 

 奏はカミナから視線を外したまま、一言もしゃべらない。ただ黙ってカミナの治療を受ける。

 

「いきなりいなくなるかと思えば、突然アーティストになりやがって。心配かけさせんじゃねぇよ。皆揃ってお前が元気でやってるか心配してたんだぜ」

 

「……」

 

「まさか、二年も探さなかった地域にいるとは思わなかったがな。灯台下暗しってやつだ」

 

 それからカミナは一人で勝手に語り続けた。奏を見つけた経緯やグレン団のメンバーの近況についてなどを奏に聞かせる。

 しかし奏は黙ったまま一言も話さなかった。

 

「そう言えば、こっちに来る前にお前の曲を聞いてきた」

 

「……そうかよ」

 

 それを聞いた奏は初めて反応した。

 

「俺は音楽についてはさっぱりだが、お前が本気で歌うことを楽しんでるんだってことはしっかりと感じたぜ」

 

「なんでそんなことが分かんだよ」

 

 それを聞いたカミナは大きく溜息をついた。何をバカな事を聞いているんだと言わんばかりの溜息に奏は少しだけムッとした。

 

「お前なぁ、楽しんでなかったらライブであんな顔するわけねぇだろ。あの顔は心の底から楽しんでなきゃ到底出せるもんじゃねぇよ」

 

「知った風なこと口にすんなよ」

 

「おいおい、何年お前と一緒にバカやって来たと思ってんだ。それぐらい分かるに決まってんだろ。俺を誰だと思ってやがる、グレン団の団長のカミナ様だぜ。団員の事を分かってやらねぇでどうすんだ」

 

 小さい頃から一緒に遊んできたカミナにとって、奏が心の底から楽しんでいる時に見せる顔はもう何度も見てきた。だからこそそう言い切れる。

 

「ほれ、応急処置は終わったから途中で消毒液買って戻ろうぜ。あの嬢ちゃんも心配してるだろうしな」

 

 立ち上がったカミナは奏に手を差し伸べた。あの時のように。

 それを目にした奏は顔を下に向ける。あの時の事を思い出し、胸が苦しくなる。

 

「どうして……」

 

「ん?」

 

 怪訝な顔をするカミナに対し、奏は肩を震わせ、手を強く握った。

 

「どうして……どうして怒らねぇんだよ! 何でそんなことが出来るんだよ! あたしは全部捨てたんだ! 復讐の為にグレン団も友達も当たり前だった平穏もすべてだ! なのに何でお前はそんな風に笑ってんだよ! 違うだろ! お前らを捨てたあたしを罵れよ! 恨めよ! 気が済むまで殴れよ!」

 

 カミナと会って奏は初めて叫んだ。悲痛な声で叫んだ。

 

「お願いだから……そんな顔をしないでくれ。本当の事を、言ってくれよ……」

 

 嗚咽を漏らしながら奏はそう言った。恨み言を口にしてくれた方がどれだけ良かったか。これではそうなると思っていた自分が惨めではないか。

 

「ずっと恨んでたんだろう? あんなことをして、今まで積み上げてきたものを全部ぶち壊したあたしを……」

 

「おりゃ」

 

「あだっ!」

 

 唐突にカミナは奏での頭をチョップした。声に反して威力がかなり強かったために、奏は素っ頓狂な声を上げる。

 

「何を言うかと思えば、たかが一回の喧嘩程度に二年も思い悩んでたのかよ。バッカじゃねぇか?」

 

 呆れ口調で頭を掻くカミナに奏は頭が真っ白になった。

 

「喧嘩……?」

 

 カミナはそう言った。たかが喧嘩だと。

 

「俺達が何回喧嘩してきたと思ってんだ。あんなのその一回に過ぎねぇよ。たく、二年も見ない間につまんねぇこと考えるようになりやがって。情けねぇ」

 

「なんだよ。それじゃあ、あたしがバカみたいじゃねぇ……痛っ!」

 

 今度は奏のおでこにデコピンを食らわせる。

 

「そうだ。大バカ野郎だよ、お前は。ぶん殴ってその場から立ち去れば全部捨てた気でいるような大バカ野郎だ」

 

 カミナは持ってきていたカバンからある物を取り出した。

 

「そいつは……」

 

 それが何なのか奏はすぐに分かった。忘れる筈が無い。アレは自分達の手で作った物だからだ。

 カミナはそれを一気に広げ、奏に見せつける。グレン団のマークが描かれた一枚の旗を。

 

「この旗を作った時に誓っただろ。グレン団の結束は遠く離れていても、死んじまっても切れることはねぇ! 俺達の絆は魂と魂で繋がれてんだ。何度もぶつかって何度も手を取り合って作ってきた俺達の絆は簡単に切れる軟なもんじゃねぇんだよ!」

 

 カミナの言葉に奏は再び心を揺さぶられた。あの時、決めた覚悟が揺らいでいくような気がした。だが、そう簡単に崩れ去る程、奏の決意は弱くなかった。

 

「そんなの……そんなのお前が勝手に思ってるだけだ! あたしはお前らを捨てたんだよ! 今更はいそうですかって戻れる分けねぇだろうがっ!」

 

「そんなの当たり前に決まってんだろ!!」

 

「なっ!?」

 

 唐突に叫ぶカミナに奏は圧倒されて言葉を失った。

 

「お前はまず皆に謝んだよ! メガネにもあっちゃんにもテッドにも鉄平にもジョーにものっぽにもファットにも迷惑かけた奴全員に謝って、謝って、謝って、謝りぬけ!」

 

「お前、何言って……」

 

「悪い事をしたと思ってんなら、謝ればあいつ等なら大体の事は笑って水に流してくれんだろ。そうしたら、お前が捨てたものだって少しは取り戻せるさ」

 

 また奏の心は揺さぶられた。言ってることは時々めちゃくちゃだが、何処か核心をついてくる。それがカミナの言葉の凄さでもあった。

 

「そんなこと……あるはずがないだろ。あたしはあいつ等を捨てたんだ。今更会う資格なんてない……」

 

「ふんっ!」

 

「あだっ!?」

 

 今度はカミナは奏での頭に拳骨を叩き込んだ。

 

「なーにが会う資格がないだ。自分で自分を罰してんじゃねぇよ。人ってのは何処かで間違いを起こすんだ。一回やらかした程度でいちいち思い悩んでんじゃねぇ。間違ったなら誰かがお前をぶん殴る。罰なんざそれで十分なんだよ」

 

「……」

 

 再び奏は黙った。彼女は悩んだ。本当に謝って許してもらえるのだろうか。自分から捨てたものをもう一度拾っても良いのだろうか。

 

「でも……あたしは」

 

 しかしカミナ達を捨ててしまった事実は変わらない。復讐の為に捨てたことに変わりはない。あと一歩を踏み出す勇気がなかった。

 

「奏ちゃんのバカーっ!!!!」

 

「うわっ!?」

 

 唐突に少女の声が聞こえ、奏は何事かと驚いた。

 

「あっちゃん……?」

 

 随分久しぶりに聞く声だが間違いない。あっちゃんの声がカミナの持ってるボイスレコーダーから聞こえてきた。

 

「あいつ等からのメッセージだ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべてカミナはそう言った。

 

「ちゃんとご飯食べてるかー! 一人で寂しくなってないかー! 勝手に消えるな、バカーっ!!!」

 

 昔と比べて随分と明るく力強い声であっちゃんは思ったこと言い続ける。その中には文句もあったが、奏の事を心配していたのが窺えた。

 

「おーい、奏、元気かー。あっちゃんのメッセージでびっくりしてないか? テッドだぜ。アーティストになってるなんてびっくりしたぜ。ホントマジで。だからここで俺もびっくりすることを暴露するぞー」

 

 するとテッドが大きく深呼吸をする音が流れる。

 

「俺にーっ! 彼女が出来たーっ!!」

 

「はぁーっ!? テメェふざけんな!」

 

「ちょっ、鉄平割り込むな! 今は俺の番だろうがっ!」

 

「そんなことどうでもいい! 相手は誰だ! 俺の知ってる奴か!?」

 

「ぜってーお前には教えねぇっ!!」

 

「まさかテニス部のマネージャーか!? お前、いっつも仲良く帰ってたもんな! マネージャーとラブラブとかいつの時代だよ!?」

 

「それはこっちのセリフだ! バレンタインにいっつも下駄箱の中覗きやがって。何時の時代だよ!」

 

「良いだろうが! その日だけただの下駄箱は夢を詰める箱に変わるんだ。夢を抱いて何が悪い!」

 

「何やってんだあいつ等」

 

 二人の喧嘩する音が流れ始め、それを聞いていたカミナは呆れて頭を掻いていた。

 

「二人共、いい加減にしなさい!」

 

「おい、ちょっと待て! 何でそんなもん持ってんだよ!?」

 

「それは洒落になら……ぎぃぃぃやぁぁぁぁ!」

 

 あっちゃんの声が聞こえた後に様々な音が聞こえた。マシンガンの発砲音、チェーンソーの刃の回転音、ハンマーで叩く音などが聞こえ、同時にテッドと鉄平の叫び声が木霊する。

 

「えっと……二人はしばらく出てこれないので、僕が代わりに話すことになりました、のっぽです」

 

 二人の叫び声が聞こえなくなるとのっぽが出てきた。

 

「テッドは彼女が出来たみたいで、鉄平はお父さんのラーメン屋を継ぐために日々精進してます。僕も学校の先生になる為に勉強をしたり、時々カミナ君達の宿題を手伝ってます。アーティスト活動は大変だと思いますが、無理して倒れない程度に頑張ってね。後はしっかり栄養あるご飯を食べるのと適度な睡眠を心掛けてください」

 

 のっぽは少し堅苦しい感じだが、それも彼らしい内容であった。

 

「奏、元気ー? 僕は元気だよー。最近、近くに美味しい焼肉屋が出来たから今度皆で食べようねー。あ、でも昔みんなで行ったお好み焼き屋でも良いかなぁ。バイキングに行くのもありかも。寿司とか天ぷらとか食べ放題だしー。あっ、でもラーメンもありかなぁ」

 

「おーいファット君、どんどん自分の欲に変わってるよ。戻って戻って」

 

「ああ、ごめんごめん。とにかく、僕らは皆元気にやってるよー。じゃあ、次はジョーよろしくー」

 

「……本当にいきなりだな。何言えば良いんだ? もうほとんどお前らが言っちまったじゃねぇか」

 

「言いたいことを言えば良いんじゃない?」

 

「奏に惚れてたとか」

 

「なっ!? 鉄平、変なこと言うな!」 

 

「あれー? 違ったのかなぁ?」

 

「テッドうぜぇー!」

 

「だって、ジョー君、近所の神社で……」

 

「なんでのっぽがそんなこと知ってんだよ!」

 

「えっ、グレン団の皆が知ってることだけど?」

 

 あっちゃんがそう言うと、しばらく間が空いた。

 

「……マジで?」

 

「「「「「うん、マジで」」」」」

 

「いやあああああああああああああああっ!!!!!!」

 

 ジョーの悲鳴にも近い叫び声が流れる。これは流石に耳を塞ぎたくなるほどうるさかった。

 

「ほら、ジョー、最後にみんなでやるから落ち着けよ」

 

「穴があったら入りたい……」

 

「後で掘って埋めてあげるから、今はちゃんとやろう」

 

「のっぽ、お前って偶に酷いこと言うよな」

 

「それよりテッド、お前、さっきの話は終わってないからな」

 

「ほらほら、のっぽもテッドも鉄平も打ち合わせした通りやろうよ。後、ジョーはいい加減に立ち直りなさい」

 

「あっちゃんは本当に変わったよねー」

 

「ファット、早くしないとファットの分だけおやつ抜くからね」

 

「イエス、マム!」

 

「じゃ、準備は良い? せーのっ!」

 

「「「「「「奏ーっ! 心配かけんな、バカやろーっ!!」」」」」」

 

「他にも言いたいことはあるけど、それは今度会った時に全部言うから覚悟してね、奏ちゃん」

 

「お菓子は用意しておくからねぇ」

 

「あ、そうだ、ツヴァイウィングのサインよろしくー」

 

「あ、テッドずりぃぞ! 奏ー、俺の分も!」

 

「だったら人数分用意してもらった方が良いんじゃない?」

 

「そうだな」

 

「テッド君もジョー君もあっちゃんもこのタイミングで言う事じゃないと思うけど……」

 

「のっぽ、チャンスってのは何時やってくるか分からないんだぜ。折角つかんだチャンスは掴むべきだろ?」

 

「鉄平君まで……。じゃあ、僕の分も」

 

「あははははー、最後の最後でグダグダだねぇ」

 

「兎に角、これを聞いたら一度戻ってくるように! 以上、グレン団一同からでした!」

 

 それが最後のメッセージだった。

 

「何録音してるかと思えば、何やってんだかあいつ等……。で、どうだ、奏?」

 

 グレン団からのメッセージを聞いた奏はずっと黙って聞いていた。耳をふさぐことも逃げることもせずに、そこで彼らの言葉を受け止めていた。

 

「なんで……。なんでだよ。なんであいつ等まで、あたしを見捨てねぇんだよ……」

 

 下を向いて、奏は涙を流した。

 これはかなりズルい。こんなことを言われたら二年前の決意が崩れてしまう。今更会ったところで、彼らが昔のように迎え入れてくれるはずがないと思っていたのに、あんなメッセージを聞いてしまえば会ってみたいと思ってしまう。

 

「なぁ、あたしなんかがあいつらに本当に会って良いのか?」

 

「良いに決まってんだろ。俺がやれるって言ってんだ。出来ないはずがねぇ」

 

 それに全く根拠はない。だが、カミナの言葉に理屈をこねる事など無駄に等しい事だ。やれると言えばやってしまうのがカミナと言う男である為に、本当にできるのではないかと希望を抱いてしまう。

 

「お前がやるって言うなら、俺は全力でお前の背中を押してやる。だから自信を持て!」

 

 カミナは再び手を差し伸べる。

 それを見た奏の気持ちは先程と比べて変化していた。胸が苦しくなるような感じはしない。貯めていたものを一気に吐き出したからだろうか。

 

「本当に敵わないな、お前には」

 

 ゆっくりと奏は手を伸ばす。かつて捨てたものを今度は掴んでみせるように。

 そして、カミナと手が触れるまであと少し。

 

「奏から離れろーっ!」

 

「えっ?」

 

「なんだ……へぶっ!?」

 

 唐突に顔面に跳び蹴りを受けたカミナは変な声を漏らして吹っ飛んでいった。吹っ飛ばされたカミナはシャチホコのような姿で止まるとピクリともしなかった。死んではいないと願いたい。

 

「奏、大丈夫!?」

 

 跳び蹴りを食らわせたのは翼だった。

 奏は慌てて目元をぬぐって、泣いているところをなかったことにしようとした。

 

「翼、なんでここに?」

 

「いきなり飛び出していくから心配になって……奏、その手はどうしたの!?」

 

「あ、いや……。これは、その……自分でやったというか、何と言うか」

 

「すぐ病院に行こう。大丈夫、緒川さんが警察を呼んでくれたから」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、そこまでしなくてもと言うのが奏の本音だった。

 

「いや、待ってくれ……」

 

「大丈夫、何があっても奏は私が絶対守るから」

 

「いや、だから……」

 

「そうだ、救急……痛っ!?」

 

 どんどんヒートアップする翼に奏はデコピンを喰らわせた。

 

「翼、良いから人の話を聞け」

 

「う、うん……」

 

 そう言われて翼は少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 すると奏はカミナの元に近いていく。

 

「カミナー、生きてるかー?」

 

「……」

 

 返事がない、まるで屍のようだ、と言うのはこう言う事だろうかと奏はふと思ってしまう。

 

「あー、ありゃ打ちどころが悪いな。気絶してやがる」

 

 それを見た翼は今の状況がまったく呑み込めなかった。突然、奏がカミナを見て逃げ出したかと思えば、今はそれが嘘のように親しげにしている。自分が知らない間に一体何が起こったのだろうかと翼は疑問に感じた。

 

「奏、その人、質の悪いファンじゃないの?」

 

 それを聞いた奏は翼が慌てた理由を理解した。

 

「あー、違う違う。こいつはあたしの……」

 

「奏の……?」

 

 突然口を閉ざしてしまったことに翼は首を傾げる。

 この時、奏は迷った。自分がそれを口にしても良いのかと。しかし、その迷いは一瞬で吹っ切れた。もう一度悩んでしまえば、目の前のカミナがまた殴ってきそうな気がしたからだ。

 

「こいつは神野神名、あたしの友達だ」

 

 今日一番の笑顔で奏はそう言った。




如何でしたか?
まぁ、こんな感じでおさまりました。
もうしばらく話をしてから原作につなげるつもりです。
現在、GXの頭までざっくりとした構想を練っていますが十月から更新がかなり遅くなります。
少なくとも月に一回は更新するようにしたいです。
では今回はこれにて。


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再開

どうもです。
二か月以上音沙汰無しで申し訳ありません。
個人的な理由でこちらに時間を割く余裕がありませんでした。



 カミナがあたしの前に現れてから、嘗てないほど多くの出来事が短時間で起こった。

 ライブで三人の客が関係者以外立ち入り禁止区域に強行侵入した件を何事も無かったようにするのに弦十郎の旦那が少々ぼやいていたが、あたしの顔を見て何処か嬉しそうにしていたのは気のせいじゃないだろう。後で了子さんから聞いた話だが、例の大食い勝負の相手はカミナであったらしく、遅かれ早かれあたしと出会うことを予想していたらしい。まったくお節介な人だよ、ほんと。

 それから気絶したカミナを病院に運んだ。どうも打ち所が悪かったのか目を覚ますのに二日かかって、それを心配しておろおろする翼を慰めた。ちゃんと鍛えてるんだから手加減してると思ったんだが、あたしの事を心配し過ぎて加減を忘れてしまったらしい。ここぞという所で翼は抜けてるんだよな。

 カミナが目を覚ます前にメガネと顔を合わせたが、オタクになっていた事には驚された。今まできざっぽいインテリだったくせに、随分と豹変したもんだ。通ってる学校を聞いてみればかなりの難関高校のはずなんだが。アレだな、インテリオタクってやつだろうな。でも、メガネがあたしの捜索に手を貸すのは意外だった。本人もカミナがあそこまで探していなければ手伝わなかっただろうってさ。

 それからカミナが目を覚ました後、色々な事を話した。と言ってもこの二年間に起こった出来事が殆どだ。あたしを二年間ずっと探してきた冒険譚はなかなか愉快な話だったが、笑うよりもそこまでしてくれたことにあたしは感極まって泣いちまった。その所為で聞き耳を立てていた翼に勘違いされて再び大騒ぎになり事態を収拾するのが大変だった。

 こんな日々が続いて普段仕事をしているより忙しかったが、疲れを一切感じることは無く、とても心地の良い忙しさだった。

 そして時間はあっという間に過ぎ、カミナと再会してから一週間が経った。

 

「……」

 

 休みをもらったあたしは扉の前に立っていた。昔通っていた小学校の教室の扉の前だ。

 

「どうした奏、さっきから立ち止まってよ。そろそろ中に入ろうぜ?」

 

「分かってるよ。分かってんだよ、そんなことは」

 

 あたしは久方ぶりに緊張していた。もう慣れたと言っても最初のライブでもここまで緊張したことは無かった。それもそうだ。いきなり音信不通になった人物が戻ってきたのだ。そんな経験のないあたしにはどうしていいのか分かる筈が無かった。

 この先に誰が待っているのかも分かっている。この先にグレン団の面々がいるのをカミナから聞いている。

 

「しょうがねぇ、それなら俺が開け……」

 

「待て! もう少しだけ待ってくれ! 後十分くらいで良いから……」

 

 両手を合わせて深く頭を下げる。

 

「いや、そりゃ待たせ過ぎだろ」

 

 そんなのあたしも分かってる。でもどうしても気持ちの整理がつかない。まず何から言えば良いのか分からない。

 

(よ、久しぶり……は軽すぎる。ご迷惑をお掛けしました……じゃ、あたしらしくねぇ。本日は御日柄も良く……って何言ってんだよ!?)

 

 うーんとうなっている奏に対し、カミナは呆れて溜息をついた。これ以上待たせるのも教室の中で待っている奴らに悪い。

 しかし奏はずっと難しい顔をして梃子でも動こうとしない。

 

「あー、これなら翼に何か聞いておけば……」

 

「もー、じれった――――――いっ!!」

 

 そんな中、辛抱できずに扉を思いっきし開ける人物が現れた。

 

「あっちゃん!?」

 

「おま……、自分から段取りぶっ壊してどうすんだ!!」

 

「結局ぐだぐだだねぇ」

 

 扉の近くで待機していたジョー達が顎が外れるほど口を開けて驚いた顔を晒している。

 あっちゃんの扉を開けた後の行動は早かった。奏の顔を見るや否や、獲物を見つけたチーターも驚く素早さで奏に抱きついた。

 

「うわっ!?」

 

 あまりの事に奏はバランスを崩して後ろに倒れてしまう。それでもあっちゃんは奏に抱きついていた。

 

「……あっちゃん?」

 

 抱き着いて胸に顔を埋めているあっちゃんはそれからずっと黙っており、奏は戸惑いつつも声を掛けた。

 

「……心配した」

 

「ごめん……」

 

 その一言だけで彼女がどれだけ心配していたのか分かってしまった。

 

「本当に心配したんだよ。カミナはボロボロになって帰ってくるし、奏ちゃんは書置きだけ残してどっかに行っちゃうし、グレン団も解散しかけて……。本当に……一人で、勝手に……何やってたのよ」

 

 あっちゃんは遂に我慢できずに涙を流し、嗚咽混じりに奏に対する文句を口にする。

 

「本当にごめん」

 

「……ひっく、う……うう……」

 

 あっちゃんも奏に対して言いたいことを全部口にしたいのに、怒りと嬉しさが混ざり合って感情の整理ができずにただひたすら泣き続けた。

 あっちゃんにとって奏は憧れだった。男子に負けず劣らず気が強く、分け隔てなく優しい。そんな彼女に惹かれて、後を追う為にグレン団に入った程だ。奏が突然姿を消した日、彼女は夜通し泣き続けた。それからしばらくの間、折角明るくなった彼女は昔のように引っ込み思案に戻っていた。

 だが、それでも立ち直れたのは、奏との思い出があったからだ。

 

――――いつまでも下向いてんじゃねぇ。もっと自信もっていこうぜ!

 

――――あっちゃん、早く来いよーっ!

 

――――文句あんのか? 上等だ、おらぁっ!!

 

 そんな些細な出来事の数々が彼女を奮い立たせた。それでも……。

 

「相変わらず、あっちゃんは泣き虫だな」

 

 そこだけは変わらなかった。レコーダーの声では随分と明るくなったと思っていたが、昔のように泣き虫な所は相変わらずだ。

 いつまでも泣き続けるあっちゃんの頭を奏はそっと撫でる。それから彼女は気が済むまで泣き続けた。

 周りにいる男子全員を完全に無視して。

 

「なぁ、俺ら何時まで空気扱いなんだ?」

 

「テッド、君は少し空気を読むべきですね」

 

「良い話だよなぁ、俺こういうのよえぇんだよ」

 

「鉄平君、ほらティッシュ」

 

「ずびーっ!!」

 

「もう少し静かにかんでください。ムードが台無しですよ」

 

「ねぇねぇ、僕お腹減ったんだけどー」

 

「ファットもマイペース過ぎるのですが……」

 

 メガネが突っ込みつつ、そんな会話をしているとカミナは教室の扉に寄り掛かる。

 

「ま、しばらく待ってやれよ。あっちゃんもずっと我慢してたんだろうしな」

 

「自分がしっかりしなければ、と思ってたんでしょうね」

 

「一度解散しそうになったしな」

 

「カミナとジョーが喧嘩して、あっちゃんがフライパンで二人をぶん殴って止めた時は流石に驚いたよー」

 

 そんなこともあったなぁ、と誰もが当時の事を思い出して笑みを浮かべる。アレはなかなか面白い光景だった。その日から、あっちゃんの行動が少しだけアグレッシブになり、喧嘩を止める為なら、どんな手段も使うようになっていた。

 

「それよかジョー、さっきから黙っているがどうしたんだ」

 

 先程から会話にまざらないジョーにカミナは尋ねた。

 

「……別に」

 

 そっぽを向くジョーに対して、テッドは何か知っているようでニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「どうせ、悔しがってるだけだろ。カミナが見つけらんなかったら、警察官になって俺が探しだしてやるって息巻いてやがったから」

 

「テッド、変なこと言うんじゃねぇ」

 

「なんだかんだでジョー君も奏ちゃんの事、心配してたんだよね」

 

「そんなんじゃねぇよ」

 

「えー、ほんとでござるかぁ?」

 

「テッド、うぜぇ」

 

「ねぇ、お腹減ったよー」

 

「ファット、テメェ少しは我慢しやがれ。このデブ! ……あっ」

 

 最後に口にしてしまった言葉を思い出して、ジョーはやってしまったと後悔した。

 

「デブ……」

 

「ファット君、落ち着こう。誰もそんなこと言ってないから」

 

「デブって言ったね、ジョー君」

 

「気のせいだって。な、鉄平も聞いて無いだろ?」

 

「あ……、ああ……」

 

 周りにいたのっぽ達は揃ってファットを宥めようと口裏を合わせ始める。

 

「いいや、言ったね。僕はその言葉には敏感なんだ」

 

「あーあ、俺知ーらね」

 

「あ、カミナ逃げやがった!」

 

「ファット、カミナがデブって言ったんだ」

 

「あ、バカ! 更に墓穴を掘りやがった!」

 

 ジョーがどうにか罪を擦り付けようと慌てるが、後になって更に墓穴を掘ったことに気が付いた。

 

「またデブって言ったね。僕はデブじゃない……」

 

「やっべ……、ってメガネなんで俺を縛ってんだ」

 

 気付いた時にはジョーはメガネによってガムテープで上半身を縛られていた。

 

「種をまいたのはジョーですから、責任を取ってください」

 

「ふざけんな!」

 

 そうかもしれないが、こんな仕打ちはあんまりだろうとジョーは説得しても、誰も耳を貸そうとしない。

 

「では、撤収」

 

 メガネがそう口にすると、ジョーを残してカミナ達は教室を後にした。しかも、あっちゃん達もいつの間にか消えている。

 

「ジョー君……」

 

 ずしんとずしんと音を立てて、ファットはこちらに近づいてくる。

 

「お、落ち着け。まずは話し合おうぜ。なっ」

 

 だが、ファットは聞こえていなのか、ゆっくりとこちらに進んでくる。

 

「ま、待て、待ってくれ。俺が悪かったから」

 

 自分の非を認めて懇願するが、時すでに遅しだ

 

「僕はデブじゃない。僕はぽっちゃり系だー!!!」

 

 それから学校中にジョーの叫び声が響き渡った。

 

「ったく、何やってんだよ、あいつ等は」

 

 それを校内の何処かで聴いていた奏は懐かしそうに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 騒動の後、あたしは再開を喜び合った。色々思い出話を語り合ったり、将来の話をしたりした。グレン団の皆は昔と変わらずに接してくれた。詳しいことは何も言えなかったが、アーティストとして頑張っていることだけは伝えることができたので、皆は良しとしてくれた。でも今度ライブがあるときはグレン団全員で見に来ると言われた時は流石に恥ずかしかったな。

 それからグレン団の皆と別れた後、あたしはカミナの実家に立ち寄った。カミナのお母さんがあたしの顔を見るやいなや、あたしを抱きしめた。耳元で何度も泣きながら「生きてて良かった」なんて言われたら、流石のあたしの涙腺も完全に緩んじまった。

 その後、時間ギリギリまでカミナの家で世話になり、あたしは緒川さんの車に乗って帰っていた。何故だかわからないが翼も一緒に乗っている。

 

「久しぶりにご友人に会っていかがでしたか?」

 

「ああ、最高だった」

 

「それは良かったです。風鳴司令も喜んでいると思いますよ」

 

 それを聞いた奏は溜息をついた。

 

「結局、ここまでは旦那のシナリオ通りかよ」

 

「司令ではなく、あの人のシナリオですよ。いつかまた二人は会うことになるとよく口にしていましたから」

 

「はぁ、豪快なくせに喰えない性格だと思ってたが、まさかここまで読んでいたとはね。あいつの執念もさることながら親子揃ってとんでもねぇな。翼もそう思わねぇか?」

 

 唐突に話題を振られるが、当の翼は窓の外をボーっと眺めて無反応だった。

 

「おーい、つーばーさっ!」

 

 むにゅっと翼のほっぺたを引っ張る。

 

「にゃにするの!?」

 

 ちゃんと言い切れてないことに奏は思わずにやけてしまった。

 

「人の話を聞いて無い翼が悪いんだぞー。どうしたどうした辛気臭い顔しやがってー」

 

 ムニムニと翼の頬を弄る奏。肌触りが良い。癖になりそうだ。

 顔を弄るが、翼は抵抗するどころか、まだ辛気臭い顔をしている。

 それを見た奏は仕方ないと思いつつ、笑みを浮かべた。

 

「心配しなくても、あたしは何処にも行きゃしないよ」

 

 それを聞いた翼は目を丸くした。

 翼はカミナと出会ってから奏が以前に増して明るくなったと感じていた。仲良くなった頃よりも昔話をするようになった。もしかしたら、このままあの場所に行ってしまうのではないか。自分といるより彼らと一緒にいる方が奏の為になるのではないかと思っていたのである。

 奏はそんな翼の気持ちに気付いていた。翼は思っていることを顔に出しやすい。それもかなり分かり易い顔をしてだ。だから、その不安を除くためにちゃんと言葉で伝えることにした。

 

「寧ろあいつらに会って、あたしの居場所はもうここなんだって再確認できた。あいつらは昔と変わらず笑ってた。それを見て、あたしはあの笑顔を失いたくない、守りたいって思ったんだ。あたしにはその力があるし、一緒に戦ってくれる仲間もいる。ノイズが消滅するまであたしはずっと戦い続けるし、歌い続ける。その決心をもう一度つけることができた」

 

「奏……」

 

「だからうじうじすんな。それにあたし達はツヴァイウィングだぜ。忘れたのか?」

 

 最後の言葉が何を意味するのか理解出来ないほど翼は鈍くなかった。 

 

「うん、そうだね。そうだよね」

 

 自分の悩みが馬鹿馬鹿しいものだと気付いた翼は嬉しそうに頷く。

 

「あ、そうだ。緒川さん、ちょっと聞きたいんだが……」

 

 帰りの道中、何かを思い出した奏は緒川にあることを尋ねた。

 

「そうですね……。まだ未定ですがピッタリのものがありますよ」

 

 それを聞いた奏はあることを思いつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、奏はそんなことを思いつくのではなかったと後悔することになる。

 守るべき者達を戦いの運命に引きずり込むことになるとは、この時、予想していなかったのだから。




如何でしたか?
今回は奏がメインの話にしたつもりです。
さて、次回はとうとうあの場面に……(行けたら良いなぁ)
これから少しずつ更新していくつもりですが、来年に入ると更に忙しくなるので、可能な限り更新していくよう努力していきます。
それでは今回はこれにて。


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歓声は悲鳴へと変わる

どうもです。
前話を更新して一日置いてみれば、お気に入りが一気に百人以上増えていたことに驚愕しました。
さて、今回はついにあの話に入ります。
それではお楽しみください。


 あれからまた月日が経ち、カミナを含めグレン団一同はとあるライブ会場に来ていた。

 

「ほー、でっけーな」

 

「以前、僕達が行ったものよりずっと大規模なライブですからね。人気上昇中の彼女達にはピッタリの会場ですよ」

 

 彼らは奏からツヴァイウィングのライブに誘われた。全員行くと伝えると本ライブのチケットを渡され、全員が驚愕し、奏が本物のアーティストなんだと実感させられた。

 

「人が多いな」

 

「それだけ人気なんだね。やっぱすごいなー、奏ちゃん」

 

 周りをキョロキョロしているジョーとあっちゃんは素直な感想を口にする。

 

「そう言えばテッド君、鉄平君とファット君がいないけどどうしたのかな?」

 

「あいつらライブ始まる前に腹ごしらえしとくってよ」

 

「あの二人はまた勝手に……」

 

 困った顔をするメガネにあっちゃんがまぁまぁと宥める。

 

「まだライブ開始まで時間があるから、折角だしもう少し自由行動してみない?」

 

 あっちゃんの提案に全員が賛同し、後でまたここで落ち合うことにした。

 皆と別れたカミナとメガネは一緒に売店を巡ることにした。

 

「改めて見ると、あいつ等って本当に人気者なんだな」

 

「それはそうでしょう。あの歌声でも充分素晴らしいのに、あの容姿ですから幅広く人気が出てもおかしくはありません」

 

「そうか? 翼の嬢ちゃんは兎も角、奏は普通だろ。まぁ、胸がでけぇのは確かだが」

 

「む、胸って……まったく君と言う人は」

 

 未だにそこらへんが初心なメガネは顔を赤くしてメガネをかけ直すポーズをとった。

 

「だけどさ、やっぱ有名になってもあいつはあいつなんだなって思うよ。俺達のよく知る天羽奏だって」

 

「……ええ、そうですね。昔から意地っ張りで、負けず嫌いで、男勝りで、何事も一生懸命でしたから。このまま、遠くに飛んでいってもそれは変わらないでしょうね」

 

「そうだろうな」

 

「うわっ!」

 

 ふと上を見上げてしまったカミナは誤って一人の少女とぶつかってしまった。

 それに気付いた時には少女は既にしりもちをついていた。

 

「大丈夫か、嬢ちゃん?」

 

 ぶつかった少女が少々小柄だったのともともと体格の大きいカミナがぶつかれば、少女が倒れるのは当然である。

 

「す、すみません。私が余所見をしてて。本当にごめんなさい!」

 

「いえ、僕の友人が余所見をしてた所為ですから」

 

「私、こういう所に来るの初めてで……本当にごめんなさい!」

 

 ぶつかってしまったのが年上の所為であろうか、少女はてんぱって何度も頭を下げる。

 周りから不審な目で見られ始めたことに気付いたメガネは彼女を早く落ち着かせようと思ったが、一体どうすれば良いのかと頭を悩ませるが良い案が浮かばない。メガネはグレン団のメンバー意外の異性と碌に話したことが無く、以前ラーメン屋で出会った美女に動揺するくらい初心なヘタレに浮かぶ筈が無かった。

 しかし、頭で考えるよりも先に動く男が彼の隣にいた。

 

「嬢ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

 幸か不幸か、カミナの大声に少女はびっくりして謝るのを止めた。

 

「良いか、自分が悪くないのに悪いなんて言うんじゃねぇ! 嬢ちゃんがぶつかったのは俺が余所見をしていたからだ! 自分に非がない事を自分の所為にするな! 相手が悪いなら堂々と悪いと言え!」

 

「え、えっと……」

 

「……君は年下の女の子に何を言ってるんですか」

 

 カミナの言葉に少女はどう反応すれば良いのか分からない顔をしている。それを見ていたメガネは少女に同情した。流石にまだ中学生(メガネ推測)の少女にカミナのトンデモ理論を叩き込むのは如何なものか。

 

「じゃあ、メガネは俺じゃなくて嬢ちゃんが悪いって言うのかよ!」

 

「いえ、十中八九、君の余所見が原因ですが……」

 

 それを聞いたカミナは納得したように頷いて少女を見る。

 

「そういうこった。自分が悪くないのに下手(したて)に出ると相手はつけあがるんだ。だから相手が年上だろうが年下だろうが関係ねぇ、自分が正しいって思ったら最後までその思いを貫き続けろ!」

 

「は、はぁ」

 

 そんなことを大声で話すカミナが別の意味で目立ち始めていることに気付いたメガネは、さっさとここから離れる為に強硬策に出ることにした。

 

「そろそろ集合時間ですから行きますよ」

 

「ちょっと待て、まだ話は終わってねぇ!」

 

「はいはい、遅れるとあっちゃんのフライパンで顔面叩かれますよ」

 

 それを聞いたカミナは少しだけ大人しくなった。今のグレン団にとってあっちゃんは陰の団長となりつつある。今では彼女の機嫌を損ねることだけは絶対にしてはならないというのが、彼女を除く全メンバーの暗黙の了解なのだ。

 

「お嬢さん、この人の言ったことは全部鵜呑みにすると痛い目を見ますから忘れてください。それと初めてのライブ楽しんでください。彼女もそれを望んでますから」

 

 それを言うとメガネは無理矢理カミナを引き摺るようにここから立ち去っていった。

 

「凄い……凄い変な人達だ」

 

 少女は素直な感想を口にする。

 正直、先程まで自分に向けて話していた人の内容の意味を半分も理解出来なかった。なんだかとっても凄いことを言っている気がするが、目の前にいる人達の存在感で話を聞く余裕はなかった。

 それでも、印象に残ったものがあった。

 一つは、その少年が着ていた上着の後ろに描かれていたサングラスを掛けた髑髏を象る炎。

 もう一つは、彼が最後に口にしたあの言葉。

 

―――――自分が正しいって思ったら最後までその思いを貫き続けろ!

 

 その言葉を覚えていたことで少女の運命は少しだけ変わることになるのだが、あの少年達はそのことを知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 合流したカミナ達が会場に入る同時刻、奏と翼はライブが始まるのを待っていた。

 

「そろそろあいつ等が着いてる頃かな」

 

 時計を見て奏は呟いた。

 

「奏の友達のこと?」

 

「ああ。今頃、楽しみにしてんだろうなって思うとさ、あいつ等の度肝を抜いてやりてぇって心が昂るんだ」

 

「……奏、少し変わったよね」

 

「ん?」

 

 翼の言葉に奏はキョトンと首を傾げる。

 

「前は間が持たないから早く始まらないかなって言ってたのに、あの人達に会ってから、私と一緒に歌い始めた頃よりも心に余裕が出てる気がするの」

 

「そうかぁ? そんなことな……いや、きっと翼の言う通りなんだろうな」

 

 上を見上げて奏は自分が少しだけ変わったのだと気付いた。 

 

「本当はさ、あいつ等に会うまであたしは歌ってて良いのかなって思うことがあったんだ。子供の頃にとっても大切だったあいつ等との思い出を全部捨てたあたしが誰かの為に歌って良いのかって罪悪感に襲われて、もう辞めようかなって思うことがあったりしてさ」

 

 初めて聞かされる奏の思いに翼は驚いた。彼女はそんな素振りを一度も見せたことは無かった。いつも明るくお節介で意地悪な奏しか、翼は知らなかった。

 

「実際、歌を思いっきし歌ってる時ぐらいしか、そんなこと忘れることが出来なかった」

 

 どうして相談してくれなかったのだろうかと言おうとしたが、その答えは奏での言葉で遮られた。

 

「でも翼がいてくれたから、あたしは歌い続けることが出来た。あたしの隣で一生懸命に練習して、上手くなって笑っていてくれたから歌い続けられた」

 

 それを言われて翼は少しだけ照れくさくなって顔を赤らめた。

 

「でも時間が経つにつれて少しずつあの罪悪感が募っていった。もう限界かなって思ったそんな時にあいつがあたしを見つけてくれた」

 

 あいつとは誰なのか翼は直ぐに頭に浮かんだ。

 

「昔っからあいつはあたし等が困ってると、勝手に首突っ込んできては、口にしてもねぇのにやって欲しいことをやっちまう。だからさ、あの時もあたしの事を心配してるって、待ってるって言ってくれた時は一気に憑き物が落ちた気分だった。そんなあいつ等が応援してるから、もうあたしは後ろを見なくて良いんだって、全力で飛んでいいんだって思うようになった。だからなんだろうな、翼が変わったって思ったのは」

 

「本当に凄い人なんだね、あの人。ちょっと非常識だけど」

 

「初めて会った翼にとっては衝撃的だっただろ?」

 

「うん」

 

「奏、翼、ここに居たか」

 

 そんなことを話していると弦十郎がやって来た。

 

「司令」

 

「こりゃまた弦十郎の旦那」

 

 珍しくスーツをしっかりと着ていることに奏は内心驚いていた。だが、彼がそんな姿でいると言う事はこのライブで秘密裏に行われることがそれほど重要なのだと改めて感じさせられる。

 

「分かってると思うが、今日は」

 

「大事だって言いたいんだろ。分かってるからダイジョブだって」

 

「ふっ。分かっているならそれでいい。今日のライブの結果が人類の未来を懸けてるってことをな」

 

 それから奏と翼は自分達の向かうステージへと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 ツヴァイウィングのライブは時間通り始まった。最初の曲はもちろん『逆光のフリューゲル』だ。

 

「ねぇねぇ、奏ちゃん来たよ!」

 

 テンションが上がったあっちゃんは隣に座っているジョーの背中をたたく。

 

「あっちゃん、分かるから叩くな、地味にいてぇ!」

 

「やっぱ、可愛いなぁ翼ちゃん。言っちゃ悪いが、奏がグレン団にいてくれて良かったわ」

 

「現金な奴だな」

 

「そうだね」

 

 鉄平はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべており、テッドとのっぽがそれを見て呆れていた。ファットは相変わらずマイペースにソフトドリンクを飲みつつライブを楽しんでいる。

 奏はグレン団のメンバーに気付いたのか、ステージを移動している途中で少しだけニッっと笑って見せた。

 

「どうやら気付いたようですね」

 

「みたいだな」

 

 それに気付いたカミナとメガネもあっちゃん達に混ざってライブを満喫していた。

 最初の曲が終わった後も、熱狂は冷めることなくライブは更に盛り上がる。ライブ会場にいる誰もが最高の気持ちになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、多くの歓声が一瞬にして悲鳴へと変貌した。

 

 

 

 

 

 

 

 突然の爆発にカミナ達は揃って何事かと辺りを見渡す。

 

「なんだ、何が起こった?」

 

「分かりません。ですが、ここから避難した方が良いでしょう。幸い非常口に近いですからすぐに非難を」

 

 メガネの冷静な判断に従い、カミナ達は周りの客に呼びかけながら非常口を目指した。

 

「ノイズだー!!!」

 

 その声の言う通り、床から大量のノイズが出現していた。加えて空からも飛行型のノイズが現れる。

 

「なんだこのタイミングの悪さはよ!」

 

「鉄平、愚痴なんて言ってないで逃げるの!」

 

 少々離れていても何時こちらに飛んでくるか分からない以上、急いで逃げることを優先する。

 加えて、爆発とノイズによる混乱の中で統率の取れる動きなど出来る筈もなく、非常口に入った後も人が溢れておりその中を彼らは進んでいく。

 恐怖による悲鳴が、我先に生き残りたいが故に漏れる怒声が、助けを呼ぶ声が響き渡る。

 

「おい、奏達はどうすんだ」

 

 そんな中でカミナは大切な事を思い出す。ステージの上に立っていた奏と翼が無事に逃げ切れたのか分からない。

 

「おそらくスタッフの方が……」

 

「この混乱にそんな余裕ある訳ねぇだろ!」

 

 カミナはすぐさま元来た道を戻り始めた。

 

「あー、もう君と言う人は!」

 

 考えなしですか、と口ずさみながらメガネはカミナの後を追う。

 

「メガネ!」

 

 突然二人が離れたことに皆は驚くが、流れに呑まれて二人から徐々に引き離されていく。

 

「ジョー、皆さんをお願いします!」

 

 それだけ言い残して二人は人ごみの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 同じルートでなければ、ステージに行くのは簡単だった。人ごみの少ない所を通り、ステージの全体を眺められる場所にカミナ達は急いで向かう。

 カミナの後に続いて外に出たメガネはその光景に目を疑った。

 

「なん……ですか、アレは……」

 

 先程までライブをしていたステージはボロボロになっており、ノイズの被害による炭素の塵が散乱している中、ノイズを倒す二人の少女を目にする。

 歌を歌いながら、刀と槍でノイズを倒してる少女達は翼と奏だった。身に纏っている物がライブの時と違っていてもあの顔だけは絶対見間違えるはずがなかった。

 

「これは一体……」

 

 彼はシンフォギアと言う存在を知らない。認定特異災害ノイズに対抗しうる唯一の装備であるが、現行憲法に抵触しかねないため完全秘匿状態とされる。故に彼女達がノイズを倒している光景に驚きを隠せない。

 

「おい嬢ちゃん、何やってんだ! 早く逃げろ!!」

 

 カミナが唐突に誰かに向けて叫ぶ。メガネはカミナの見ている方へと目を向けるとそこには先程、カミナとぶつかった少女であった。何故この状況下で逃げていないのかと彼は内心悪態をつきながらも、カミナと一緒に彼女の元へと駆ける。

 だが、彼女の元に辿り着く直前、彼女の足元が一気に崩れ落ちる。幸い、少女は瓦礫に埋もれることは無かったが、彼女の存在に気付いた人型のノイズが襲い掛かる。

 

「んなろうっ!!」 

 

 彼女に襲い掛かる一歩手前で奏が助けに入る。すぐに逃げるよう少女に言うが、足を怪我した少女は思うように足が動かない。

 それからノイズは奏と少女に向けて何度も攻撃を仕掛ける。奏は手にした槍を振り回して少女を守り切ろうとする。

 纏っているシンフォギアに亀裂が入る。リンカーと呼ばれる薬を投薬することによって、シンフォギアを纏うに必要とする適合係数を強制的に引き上げることで戦える奏は今回のライブに限りそれを投薬していなかった。

 それが不幸を呼んだのか、奏のシンフォギアが砕けると、その破片が少女の胸に当たってしまった。

 

「っ!」

 

 それを目にした奏は息が止まる気分だった。目の前で守るべき少女に怪我をさせてしまったことに、思考が一瞬だけ止まってしまう。

 

「嬢ちゃん!!」

 

 だが、彼の声で奏は再び意識を取り戻す。

 胸から血を流す少女に、駆け寄ってきたのはカミナだった。後ろからメガネも追ってきている。何故ここに居るのかと疑問に思うのは二の次だった。奏は急いで少女の元へと駆けつける。

 

「おい嬢ちゃん、しっかりしろ! 目を開けろ!」

 

 ぐったりと倒れていた少女を起こし、カミナは呼びかける。

 

「死ぬな! 死んじゃダメだ! 生きるのを諦めるな!」

 

 奏も駆けつけ、瞼を閉じたままの少女に意識をしっかり持つよう呼びかける。それが届いたのか、少女はうっすらと瞼を開ける。

 

「二人共、手を放してください。とにかく止血します。このままでは彼女は助かりません!」

 

 二人の後から駆けつけたメガネはこの時混乱していた。目の前の状況に対し何ら呑み込めていない。奏の姿も、ノイズがいるのに少女を助けようとするカミナの行動にも全く理解が追いついていない。

 しかし、それでも分かっていることが一つだけある。それは彼らが彼女を助けようとしていることだ。ならば、その手助けを出来るのはここに自分しかいない。これでも医者の息子である彼は応急処置位が出来る程度の知識を叩き込んでいる。

 彼は混乱した頭を無理矢理リセットして、自分の作業に取り掛かる。

 

「助かる……のか?」

 

「助けて見せます! 二人の無茶に付き合ってあげます! だから、貴方は貴方のするべきことをしてください! その代わり絶対に助けて見せますから!」

 

 メガネの普段とは想像もつかない必死な言葉に奏は気付かされる。このままでいても自分が彼女にしてやれることは無い。ならば、自分に出来る事は何だろうか。

 

(ああ、そうだ……。あたしに出来る事はそれしかないじゃないか)

 

 少女をカミナ達に任せた奏は槍を再び携えて、カミナ達をノイズから守るように立った。

 目の前には未だに数多くのノイズが蔓延っている。このままでは生き残っている観客だけでなく自分の友達にも被害が出かねない。

 ならば、ここで奴らを一度に一掃すれば片が付く。

 

(いつか、心と体、全部空っぽにして歌いたかったんだよな……。そして全部終わったら、あいつに言いたかったな)

 

 故に奏はここで『最後の歌』を歌う覚悟を決めた。




如何でしたか?
原作一期の第一話の前半の話に到達です。
そして、次回、物語は新たな動きを見せる(予定だよ(笑))。
それでは今回はこれにて。


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そして男は目覚める

あけましておめでとうございます。
今年も皆さんに楽しんでいただけるように頑張っていきます!
今回はかなり長めに書きました。


 カミナは人ごみの中を走っていると頭に何かがよぎった。

 軽く眩暈が起こり、テレビの砂嵐が掛かったように頭にこことは違う景色が見え始める。幻覚かと思ったが、それとは全く違う何かだとカミナは何故か理解出来た。

 

(なんだ……これ……は?)

 

 少しずつ景色がはっきりとしてくる。

 

(あれは……ノイズか?)

 

 頭に先程までカミナ達がいたライブ会場が浮かんできた。先程まで歓喜で溢れ返っていた会場とは思えないほどボロボロで、人だったであろう炭素の塵が舞い上がっている。人がほぼいないそこにはノイズで溢れていた。

 

(いや、人が……いる?)

 

 だが、人がいないと思われたそこに二人の人影が見えた。誰なのかと思うと一瞬にして頭に浮かぶ景色が変化し、その二人を映しだした。

 そのうちの一人を見てカミナは息がつまった。

 

(か……なで?)

 

 奏がノイズの大軍を前にしている姿が見えた。ライブとは全く異なる衣装で槍を振り回してノイズを塵へと還す。奏と同じように翼も戦っており、二人で次々とノイズを倒していく。しかし順調と思われていた奏の動きが突然悪くなり、防戦一方になっていく。

 

「おい、奏達はどうすんだ」

 

 次々と頭に流れていく光景を見てカミナはジョー達にそれを口にした。

 

「おそらくスタッフの方が……」

 

 メガネがそう口にした瞬間、カミナはある光景を目にしてしまう。

 

「この混乱にそんな余裕ある訳ねぇだろ!」

 

 それを目にしたカミナは自分に何が出来るかも分からず、奏の元へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 会場に辿り着くとカミナは頭に浮かんだ景色と同じ光景を目にした。殆ど人がおらず、奏と翼がノイズを倒している。

 そして、カミナが会場に入ると同時に奏の動きが唐突に悪くなった。

 

「奏っ……」

 

 だが、彼の声は彼女に届かない。思った以上の声が出なかったのである。まるで何かに自分の体を操られている感覚だった。

 後ろから後を付けてきたメガネがこの光景を見て絶句するが、カミナはそれに気を取られる暇もなく視界の端に移った小さな人影に驚く。

 

「おい嬢ちゃん、何やってんだ! 早く逃げろ!!」

 

 今度は先程より声が出た。幸いノイズが近くにいない。カミナは急いで少女をあそこから連れ出そうと走り出すが、足を一歩踏み出した瞬間、少女の足場が一気に崩れた。

 

「嬢ちゃん!」

 

 崩れた足場と共に少女は落ちるが、瓦礫に埋もれることは無かった。しかし少女の悲鳴を聞いた人型ノイズが少女に襲い掛かる。

 

「んなろうっ!」

 

 それを奏が槍で薙ぎ払う。その後もノイズは少女と奏に執拗に攻撃を続け、奏は少女を死なせまいと必死に守り抜く。

 カミナは再び奏の名を呼ぼうとするが、今度は声が嗄れたように息だけが口から出た。何故出てくれないんだと自身に苛立ちを覚えるが、それも目の前の光景を見て吹っ飛んだ。

 奏のシンフォギアが砕け、その破片が少女の胸に当たったのだ。

 奏が少女を守っている間に瓦礫を滑り降りていたカミナはそれを見て動揺する。力尽きた人形のように倒れ、血を流す少女を目にしてカミナはノイズなど知ったことかと無我夢中で走り出した。

 

「嬢ちゃん!!」

 

 少女の元へと駆けつけ、カミナは少女を抱きかかえる。

 

「おい嬢ちゃん、しっかりしろ! 目を開けろ!」

 

 そう呼びかけるが、少女は目を閉じてぐったりとしている。

 

「死ぬな! 死んじゃダメだ! 生きるのを諦めるな!」

 

 駆けつけた奏も少女に呼びかける。すると奏の声に応えるように、少女がうっすらと眼を開けた。

 

「二人共、手を放してください。とにかく止血します。このままでは彼女は助かりません!」

 

 後から駆けつけたメガネに奏は目を向けた。

 

「助かる……のか?」

 

「助けて見せます! 二人の無茶に付き合ってあげます! だから、貴方は貴方のするべきことをしてください! その代わり絶対に助けて見せますから!」

 

 彼が医者を目指しているのは知っており、自分よりも確実に手当てが出来るのを見込んでカミナは少女を彼に引き渡した。

 その後、奏はメガネの言葉通り、自分にしか出来ない事をするために再び槍を携える。

 

(ダメだ!)

 

 カミナは奏を呼び止めようとするが、再び声が出せない。何度も息を吸って声を出そうにも体が言う事を聞かない。 

 

(やめろ……。やめてくれ……!)

 

 カミナは焦る。体を張ってでも彼女を止めたいのに、その場から体が動かない。

 

(何で、何で体が動かねぇ!)

 

 ノイズに対する恐怖で動けないのではない。怪我をしたから動けないわけでは無い。

 先程から感じている体の違和感が徐々に強くなっていった。何故か奏を助けようとすると彼の肉体が動かなくなるのだ。手足を釘で打ち付けられ、その場から動けなくなったかのように、彼の体は言う事を聞かなかった。

 そして、先程よりも鮮明に流れてくるあの光景がカミナを更に焦らせる。

 

 

 奏がここで塵となって命を落とす。

 

 

 その光景が何度も何度も頭に流れてくる。

 槍を高く持ち上げ、とても綺麗な声で歌う。その後、ここに居るノイズが一掃される。そのおかげで生き残っている誰もが助かる。

 奏の命を代償として、彼らは助かるのだ。

 

(認めねぇ! 認めねぇ! そんなことは認めねぇぞ!)

 

 しかしカミナはそれが許せなかった。家族を亡くし、大切なモノを捨てた彼女がようやく笑えるようになった。皆と再会するまでの間も苦しかった筈だ。そんな彼女の終わりがこんな形で良い筈が無い。

 だが、現実はカミナの足掻きを嘲笑う。

 カミナの思いが通じないまま、奏はカミナが先程頭に流れた光景と同じようにゆっくりとその槍を高々と上げる。

 

(やめろ! やめろ! やめろ! やめろ! やめろ! やめろ!……)

 

 そして奏の口が開き……。

 

「やめろーっ!!!」

 

 声が出ているのかも分からず、カミナは思わず目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「やかましいわ、馬鹿者が」

 

「……はっ?」

 

 唐突にここにはいない第三者の声を聞き、カミナは素っ頓狂な声を上げる。

 

「おい、いつまでそこに座っている。儂はここだ」

 

 背中から蹴り飛ばされて、カミナは何度か前転を繰り返して、頭を下にして壁のようなものに背中から思いっきりぶつかった。

 

「いでぇっ!?」

 

 今いる場所にそんな物があっただろうかと思いつつ、カミナは目を開ける。

 

「はっ……?」

 

 目に入ってきた光景にカミナは思わず間抜けな声を出した。

 先程までボロボロだった会場にいた筈だ。近くに奏やメガネ、あの少女がいた筈だった。

 それなのに、今自分の目に映っている光景は辺り一面、地面から光の柱が上っている世界だった。

 

「なんだ……ここは?」

 

「当然の反応だ。貴様がいた世界ではこのような景色は存在する筈が無いのだからな」

 

 何処か神秘的なその光景にカミナは頭が追いつかなかった。そして、更にカミナの戸惑いに拍車をかけるのは目の前にいる人物だった。

 岩に腰を下ろし、ドンと構えるその人物がそこにいた。

 上半身は裸で、屈強な肉体を惜しげもなくさらし、衣服はズボンだけ。そして坊主頭の髭の男が王者のごとくそこに座っていた。

 目の前の事に未だ理解できていない様子であるカミナを見て、男は溜息をついた。

 

「所詮は戦いを知らん小僧か。大層な事をほざいて何も出来ない小虎であれば仕方のないことかもしれんがな」

 

 それにはカミナもイラッときた。

 

「誰が小僧だ! 誰がっ!! 日本を渡りに渡り、挑んだ勝負は負け知らず、全国にその名を轟かせたぁ西海一の暴れん坊、神野神名様たぁ、俺のことだ! いずれ世界にその名を響かせる男の名をよぉく覚えておきやがれ!!」

 

 人差し指を伸ばし、高々と点を指してカミナは声高らかに名乗りを上げる。

 しかし、男はその名乗りを聞いても微動だにせずに退屈そうにに欠伸をしていた。

 

「はっ、高々島国に名を轟かせようとも儂のと比べれば大したことは無いな。やはりただの小僧だな」

 

「なんだと!?」

 

「まぁ、よい。今そんな話をしたところで意味はあるまい。貴様もこんな所で儂と言い争っている場合では無かろう。儂もあまり時間のないのでな。手短に話をするとしよう」

 

 勝手に話が進んでいくことにカミナは食って掛かろうとするが、その後に髭の男が発したその言葉でその気が失せてしまった。

 

「奏と言ったかあの娘。あの娘、あとわずかで確実に死ぬぞ」

 

「なっ……」

 

 カミナは呼吸が止まるかと思った。同時にカミナはあの時見た光景を思い出した。

 

「ふざけんな! あいつが死ぬはずがねぇ!」

 

 だがカミナは即座に否定した。そんなことを認められるはずがなかった。あの光景を見ただけで奏が死ぬはずがないとそう思っていたからだ。

 

「ほう、貴様の頭に映った光景が現実に起きているというのに、何故それを否定できる?」

 

「それはっ……」

 

 カミナはその言葉に対して何も言い返せなかった。

 理由は明白だ。あの時見ていた光景において、間違ったことは一つも起こっていなかった。奏がノイズと戦い、傷付き、そして命を落とす切っ掛けと思われる歌を歌う。

 すべてカミナの見ていた通りに起こっていた。

 

「貴様が見たのは予知夢だ。既に何度か体が上手く動かないことを経験しているだろう。アレは未来が予知の通りになる為に働く抑止力によるものだ」

 

「なんだよ……それ。訳分かんねぇぞ」

 

 カミナの反応に男は呆れたと言わんばかりに深い溜息をつく。

 

「要はあの子娘は必ず死ぬ。貴様がいくら足掻こうがその未来は変わらん」

 

 奏が死ぬ。そんなことをカミナは納得できなかった。予知の通りになる為に助けられないなんて話、冗談にもほどがある。

 しかし、否定できる材料がない。目の前の男の言葉を覆せる言葉をカミナは持ち合わせていなかった。

 

「そんなの……」

 

 だが。

 

「そんなこと……」

 

 この男は。

 

「そんな……もの……」

 

 そんな理不尽を。

 

「認められるわけねぇだろ!!!」

 

 はいそうですかと受け入れられるはずがなかった。

 

「ほう、ならばどうする? ただここで叫んだところで未来は変わらぬぞ」

 

「そんな事知ったこっちゃねぇ! 俺はどんなことをしてもあいつが死なねぇ未来を掴む。あいつだけじゃねぇ、あそこにいる俺のダチもあの嬢ちゃんも、死なねぇ未来を掴んでやる!」

 

「無謀だな。何の策もなく行動するなど愚の骨頂だ。やはり貴様はただの……」

 

「可能性ならある!」

 

「……ほう」

 

 髭の男は初めてカミナの言葉に興味が沸いた。

 

「何故そう言い切れる?」

 

「決まってる、その未来はまだ起こってねぇからだ! あいつが死んでねぇなら、それが起こる瞬間まで俺は諦めねぇ!」

 

「成程。だが抑止力はどうする?」

 

「抑止力ってことは力だろ! 力って言うなら俺はそいつを捩じ伏せる! もしあいつが死ぬことが誰かに決められたレールの上の事だってなら、そいつを俺はぶっ壊す!」

 

 カミナの言葉には一切の根拠はない。だが、カミナにとってして見れば目の前の男の言葉も根拠がない。そもそも偶々起こったことが幻覚と一致していた可能性だってあるのだ。もしそれが本当で世界の規則であろうとも関係ない。最後の最後まで足掻き続けるべきだとカミナは強く思った。

 

「例え神様が決めようが何しようが、俺が納得できるまで無理と通して道理を蹴っ飛ばしてやるっ! 俺は絶対に諦めねぇ!!」

 

 言いたいことを言いきるカミナに、髭の男はギロリと睨む。

 

「つまり貴様は神の定めた未来を壊すというのか?」

 

「はっ、神様だろうが誰だろうが関係ねぇ、未来は俺達が決めるんだ。俺達が選んだ道が俺達の未来だっ! よく覚えとけ、髭ジジイっ!!」

 

 しかしカミナは臆しなかった。その目は覚悟があった。絶対に折れないという覚悟を宿した炎がその目に宿っていた。

 

「ふっ……。フハハハっ、アッハッハッハッ……!!」

 

 初めて男が笑った。しかしそれは相手を見下したような笑い方ではない。愉快なものを見て笑っているそんな風に見えた。

 

「成程、あの男と同じ魂を宿しているだけはあるか。可能性を信じて前に向かうか……。まぁ、とりあえず合格としておこう」

 

「はっ?」

 

 男の反応にカミナは怪訝な顔を浮かべる。一体何が合格だと言うのか。

 

「あの男は問題無いから普通に渡せと五月蠅かったが、儂はそう易々と渡すような優しさは無いのでな。少々貴様を試させてもらった」

 

「待てよ、どう言う……」

 

 ことだ、と言う直前、カミナの視界がぼやけた。眩暈に似た感覚が襲い、意識が朦朧としてきた。

 

「その力であれば貴様はどんな壁も乗り越えるだろう。だが、気を付けるがいい。それは使い方を誤れば、破滅の道を進むことになる。〇〇〇はそれを乗り越えたが、さて、貴様はどのような道を歩むか見物だな」

 

 ニヤリと楽しそうに髭の男は笑う。

 

「さぁ、受け取れ。あの男からの餞別だ」

 

 そして男はカミナの後ろを指さした。朦朧とする意識の中、カミナはゆっくりと背後を見る。そこにあったのは先程カミナがぶつかったと思われる人一人が余裕で入る程の大きな金属の箱だった。

 箱がゆっくりと開き、中から緑色の光が溢れ出す。

 

「なんだ……、こいつは……」

 

「その力の名を覚えておくが良い。可能性を生み出すその力の名は……」

 

 箱が完全に開き、中から溢れた透き通った緑の光がカミナを呑み込み、一瞬にして彼の意識を奪っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの最中、翼は焦っていた。自分の大切な人が諸刃の刃とも言える奥の手を使おうとしていることを。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl……」

 

 絶唱。

 歌唱にて増幅したエネルギーを一気に放出し、対象に莫大なダメージを与えるシンフォギアの奥の手。しかし、その反動は大きく、シンフォギアを纏って強化された肉体であっても負荷を軽減しきれない。

 そして、今の奏はそれに耐えきれる状態ではない。

 歌わせてはいけない。歌えば確実に彼女は命を落とす。

 

「いけない奏っ! 歌ってはダメーっ!!」

 

 翼の悲痛な叫び声を聞いても彼女は歌うことを止めない。翼はそれを理解していた。傷付き血を吐きながらもその手で何かを守ろうとするだろう。何故なら、今まさに彼女が守りたい存在がその場にいるのだから。

 それでも翼は彼女を失いたくない。彼女が居なくなった後の事が考えられない。

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)

 

 奏の元へ行こうとするが、ノイズがそれを阻む。

 

「そこをどけーっ!!」

 

 翼は足掻く。らしくもなく感情的にその剣を振るう。間に合うかどうか分からない。それでも足掻く。

 だが、現実は彼女の望みを易々と打ち砕く。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl」

 

 そして、奏は命を懸けてその歌を歌い切った。

 人々にとっては希望であっても、翼にとっての絶望が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、わずかな可能性がある限り、最後まで諦めない男がそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 最初に違和感を感じたのは奏だった。

 

(なんだ、力が抜ける……?)

 

 絶唱を歌い切った筈だった。莫大な力が溢れ出る筈だった。だが実際に起こっているのは体の力が抜ける感覚だけだった。

 そして彼女の意志とは関係なくガングニールが解除され、体に力が入らなくなった彼女は膝をついた。

 

「おい……何が……どうなってんだ?」

 

 自分の状況が今一つ分からなかった。リンカーが無かったせいもあるだろうが、こんな現象は一度も起こらなかった。

 だが、彼女の理解が追いつかないまま、事態は新たな局面を迎える。

 突然、自分の後ろから突風が巻き起こった。

 

「なんだっ!?」

 

 下手をすれば吹き飛ばされかねないほどの突風だった。飛ばされないよう可能な限り踏ん張って、奏では自身の背後に目を向ける。

 そこには彼女の想像もつかない現象が起こっていた。

 突如として、彼女の背後に天に届かんと言わんばかりの竜巻が起こっていたのだ。しかしこれが自然現象で起こる竜巻ではないことは直ぐに理解出来た。何故ならそれは自然災害とは思えないほど神秘的な光を放っていたからだ。

 それをしっかりと目に焼き付けた奏は竜巻と呼ぶのは相応しくないと思わずそんな感想を抱いてしまった。

 

「天に届く螺旋……」

 

 心に余裕が出てきた奏は周りに起こった変化に気付いた。

 

「ノイズが退いていくだと……?」

 

 まるで何かに恐れる人のようにノイズがあの螺旋から離れるように後ろに下がっているのだ。こんな現象を奏は見たことが無かった。前に進んで人を襲う事しか能のない連中だと思っていたノイズが後ろに下がるなど前代未聞の事だった。

 そして、その中心に立っていた人物がいる事に奏はようやく気が付いた。

 

「カミナ……?」

 

 螺旋の真下に、右手を開いて天高く伸ばして立っているカミナがそこにいた。彼の右手からその螺旋は発生していたのだ。

 近くに居たメガネも何が起こっているのか分からないという顔を晒している。一体、カミナに何が起こったと言うのか。

 そして、その螺旋は一瞬にしてカミナの右腕に収まり、その手には小さなドリルが現れる。

 

「……行くぜ!」

 

 力強くカミナはそのドリルを握りしめる。

 その後の変化は一瞬だった。

 ドリルを掴んだ右手から緑色のオーラが発生し、一気にカミナの体を包み込み、そのオーラは人型を形成していく。色は赤いが、目には幼少から見慣れたグレン団のマークにあるV字型のサングラスが現れる。

 包み込んだオーラは、まるでカミナと言う人間を型にしたような形となっていた。

 

「未来に希望が無かろうが、逃げねぇ、泣かねぇ、くじけねぇ! 前しか向かねぇ、諦めねぇ! ねぇねぇ尽くしの男意地!」

 

 オーラを全身に纏ったカミナは今度は右手の人差し指を天に向け、声を張り上げる。

 そして、右腕を腰まで引き、カミナは構えた。

 

「掛かって来いノイズ共っ! これ以上の無法は、天が許そうともこのカミナ様が……」

 

 カミナは地面を蹴った。地面がめり込むほど強く蹴り、わずか一歩で近くの人型ノイズに接近した。

 

「許さねぇ!」

 

 その言葉と同時にカミナの拳がノイズに触れる。本来であれば、ノイズの持つ位相差障壁で干渉することが出来ない。しかし、彼の拳はノイズに()()()()()

 その光景に奏と翼だけでなく、その場にいたメガネさえも驚愕させる。

 そして拳が入ったノイズはシンフォギアで倒されたように消えていった。

 

「来やがれっ!」

 

 それが合図となった。一斉にノイズがカミナに向けて襲い掛かる。

 それと同時に、カミナの右手に変化が起こり、オーラがドリルを形成していく。

 

「うおぉぉぉぉらぁぁぁぁっ!!!」

 

 その右手を突き出しカミナはノイズに突っ込む。そのドリルに触れたノイズは砂のように抉られ消えていく。

 

「せぇぇぇぇりゃぁぁぁぁっ!!」

 

 左手にもドリルを形作られ、左手を突き出すと一気に長く伸びていった。射線上に居たノイズは風穴を開けられ消滅していく。

 芋虫型の大型ノイズがカミナの攻撃の隙をついて、体液を吐き出す。

 

「その手はくわねぇっ!!」

 

 カミナは右の掌を突き出し液体に触れる。すると液体は球面を流れる水のように霧散していった。

 

「凄い……」

 

 次々とノイズが殲滅していく光景に翼は圧倒され、思ったことを無意識に口にする。

 

「っ! ダメだ、カミナっ!!」

 

 カミナの状況に気付いた奏は慌てて彼を呼ぶ。怒涛の勢いでノイズを倒していく姿に圧倒されていた為に、カミナはノイズの群れの中心に進んでいたことに気付けなかった。

 だが彼女の声は既に遅く、ほぼ同時に人型や蛙型のノイズが体を紐状にしての特攻を仕掛けてきた。

 

「雑魚はすっこんでろぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 ノイズが特攻を仕掛けた瞬間、カミナが纏っているオーラから全方位に向けて、無数の長いドリルが放たれ、特攻を仕掛けてきたすべてのノイズを貫いた。ドリルが引っ込むと同時にノイズは一気に消滅した。

 小型のノイズはすべて殲滅され、残るは大型のノイズが二体。

 大型のノイズはすぐさま戦力を増やそうと、口から体液をはき出し、小型のノイズを生み出そうとする。

 

「させるかぁぁぁっ!」

 

 そんな余裕をカミナは与えることはしなかった。両手から特大のV字型のサングラスが現れ、二体の大型のノイズの口にブーメランのごとく投げつけた。

 

「○!※□◇#△!」

 

 サングラスが直撃するとノイズは悲鳴に近い何かを発して身じろぎ、口からはノイズを生み出さない液体だけが零れ落ちる。

 攻撃が出来ないこの好機を逃すことはしない。

 

「ひっさぁぁぁぁぁぁぁぁつぅぅぅ!!」

 

 右手を掲げると同時に再びオーラから無数のドリルが現れる。

 

「ギィィィィガァァァァ! ドリルゥゥゥゥ!!」

 

 すべてのドリルが引っ込むと同時にカミナの右手には人の身長を優に超える巨大なドリルが現れ、超高速に回転する。一度左手で支えて狙いをつけ、カミナは一気にその右手を突き出し、二体のノイズに向けてミサイルの如く突っ込んでいく。

 

「ブレェェェェェェイクゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 二体の大型のノイズはドリルに貫かれ、爆発と共に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 大型のノイズが爆発と共に消えていくのを奏は目に焼き付けていた。

 すべてのノイズが駆逐され、残るは爆発後の煙だけとなった。

 

「カミナ……?」

 

 体に鞭を打ってゆっくりと立ち上がり奏は彼の名を呼ぶ。当然、返事は無かった。

 彼の身を心配した奏ははゆっくりと足を前に出して進んでいく。後ろからメガネの声が聞こえた気がしたが、そんなこと知ったことではなかった。

 

「おい……返事しろよ」

 

 奏はカミナを呼ぶ。しかし煙の所為で彼が何処に居るのか見当がつかない。我武者羅に呼ぶしかなかった。

 

「返事しろって」

 

 だが何度呼び掛けても返事は聞こえない。風の音だけが聞こえてくるだけだった。

 

「返事しろよ……」

 

 そして彼女の呼び掛けは煙の中に吸い込まれていくだけだった。

 

「返事しろよ、カミナぁぁっ!!」

 

「うっせぇっ!! 聞こえてるわっ!!」

 

「っ!」

 

 煙の中から怒声が聞こえてきた。それから間もなく、煙の中から少々煤にまみれたカミナが現れた。

 

「ったく、いちいち叫ぶんじゃねぇよ。耳が痛くならぁ」

 

 カミナは耳を小指でほじってぼやく。

 

「お前、無事だったのか」

 

「あん? 何言ってやがんだ。俺を誰だと思ってやがる。グレン団の団長、カミナ様だぜ。この程度でくたばる訳ねぇだろ」

 

 それを見た奏は心から嬉しさがこみあげてきた。

 カミナに聞きたいことは山ほどあった。ノイズを一掃したあの力は何なのか。何故今まで隠していたのか。

 だが、今の奏にとってそんなことは些細な問題だった。今はただ彼が無事であったことが嬉しかった。

 

「奏、お前泣いてんのか?」

 

 近づいてきたカミナが言うまで、奏は自分が涙を流していたことに気付けなかった。無意識だったのだろうが、その理由が何なのか奏には分かり切っていた。

 

「な、泣いてねぇよ。目にゴミが入っただけだ!」

 

「おいおい、それって漫画の常套句じゃねぇか。そんな簡単にゴミが入るかよ」

 

「うるせぇ、本当にゴミだって言ってるだろ!」

 

 予想外にも口喧嘩が出来るほど元気であり、奏はそのままカミナに殴り掛かる。

 だが、奏の拳をカミナは紙一重で避けた。そして、そのまま奏に寄り掛かる。

 

「えっ? うわっ!?」

 

 しかしカミナを支えるほど踏ん張る力は奏にはなく、一緒に地面に倒れ込んでしまう。

 

「おい、いきなり何しやがんだっ!?」

 

 突然カミナに抱きつかれたと思った奏は顔を赤く染める。こういうのはもっとムードのある場所でやるべきじゃないかと奏は場違いな思いを抱いていた。

 だが奏の声に対してカミナは反応しなかった。奏ではそれに困惑するが代わりに聞こえてきた音にその気持ちは一蹴される。。

 

「かぁー……。かぁー……」

 

 聞こえてきたのはカミナのいびきだった。

 

「……はっ? おいカミナ」

 

 体を揺さぶってもカミナは起きなかった。梃子でも起きないと言わんばかりに彼は熟睡している。

 

「ぷっ……。ははは……、ははははははっ!」

 

 それには奏も思わず笑ってしまった。なんとも締まらない終わり方だ。いやむしろ、こっちの方がカミナらしい。

 

(ったく、お前は……本当にスゲェよ)

 

 その後もしばらくの間、奏の笑いは終わることは無かった。




如何でしたか?
ここまで来たら最後までやってしまおうと思い、一気に書かせていただきました。
話の途中で出てきた男が誰だか、分かる人には分かる筈です(たぶん)。
響が本格的に参戦する話に入るのはもう少しだけ後になります。
空白の2年をそれなりに埋める予定ですのでもう少しだけお付き合いください。
では今回はこれにて。

追記
書き忘れていましたが、カミナが変身した状態は、劇場版の超天元突破グレンラガンみたいな感じだと思ってください。


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必殺技は男の浪漫だっ!

どうもです。
今回は割とサクサク書けたので更新しました。


「んー?」

 

 カミナは目を覚ますと、そこは見慣れない真っ白な天井だった。何故ここに居るのだろうかと思い出そうとするが、頭がぼんやりとしていて前後の記憶が曖昧だった。

 

「えーっと、確か奏達のライブに行って会場で爆発が……」

 

 ゆっくりと上体を起こし、彼方此方をキョロキョロと見渡すと、隣のテーブルに上に置かれている物を見つけた。その時、初めて自分が病院のベッドに居ると理解した。

 

「こいつは……」

 

 それは掌に載る程小さなドリルだった。ドリルの部分は黄色く根元は銀色の金属で覆われている。これを目にすると、カミナは少しずつ自分の身に何が起こったのか思い出した。

 

「そうか……。夢じゃ……無いんだな」

 

 あの会場で起こったこと。奏の身に起こる筈だったこと。そして自分しか知らないであろうあの場所で出会った髭の男との会話。そして手に入れたあの力。あの時起こったことがすべて現実であることをこのドリルが証明していた。

 

「俺、守れたんだよな」

 

 意識を失う直前、間違いなく奏が自分の前に立っていた。そのはずなのに未だに実感がわかない。それに、あの会場に居た仲間達は無事なのだろうか。

 色々考えてみたが、ここにはカミナ以外おらず誰も答えを教えてくれなかった。ここでじっとしていられなかったカミナはベッドから出て外に出てみることにした。

 

「だから翼まで来なくて大丈夫だって」

 

「でも奏だって怪我しているし……」

 

「見た目よりも大したことねぇって了子さんも言ってただろ」

 

 すると扉の外から良く知った声が聞こえてきた。その声を聞いてカミナは少しだけ心が軽くなった。そして、心に余裕が出たカミナはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズを殲滅した後、二課の救助隊が到着し一通りの作業を終えてから、あたし等は病院に搬送された。翼は比較的軽傷だったが、あたしは発動はしなかったものの絶唱を使用していたこともあり入念に検査することになった。リンカー無しで絶唱をやろうとしたことには後で弦十郎の旦那にガッツリ怒られた。珍しく拳骨付きでだ。

 あの場所にいたメガネはしばらく二課に身柄を預ける事になった。事情を知ったメガネは「国家機密を知ってしまったのだから仕方ないですよ」とカッコつけやがった。様になっているから余計腹が立つ。

 後から聞いた話だが、メガネが応急処置した少女は命を取り留めたらしい。応急処置が的確であったらしく、彼女を搬送していた救護班がメガネを絶賛していた。将来、ここで働かないかと勧誘したらしい。

 あっちゃん達も連絡が取れて、軽傷は負ったものの全員無事だったようであたしはホッとした。

 と言っても良いことばかりでは無かった。

 

「なんでカミナが退院したら身柄を拘束するんだよ!」

 

 意識を取り戻し、退院後にカミナの身柄を拘束するという話をしていた二課の職員達を目撃し、あたしはすぐさま弦十郎の旦那に直談判することにした。

 

「奏、ちょっと落ち着け」

 

「あいつのおかげで大勢助かったって言うのに、その扱いはねぇじゃねぇかっ!」

 

「だから一端落ち着け。本来ならノイズから人々を守った彼の行いは称賛されるべきことだ。だが、事はそう簡単な話ではない。彼の持っている力、聖遺物ではない力でノイズを倒す。嘗てないこの事態に対して、他から横槍が飛んでこないためにも、こちらから先に動く必要がある。分かってくれ」

 

「……でもよ」

 

 それでも納得できなかった。カミナがこちらに巻き込まれることが嫌だった。あたしは予感していた。もしカミナにノイズを倒す力があれば、上は絶対にカミナを戦いに巻き込もうとする。あいつにはノイズとの戦いとは関係ない生活を送っていて欲しかった。ただ、あたしの大切な友でいて欲しかった。

 

「奏、お前の気持ちは分かっているつもりだ。彼が戦場に立つことを望んではいないことを。もし彼が平穏を望むのなら、俺達はそれを全力で守ってやる。だから今は抑えてくれ」

 

 それを最後にあたしは渋々それに従うことにした。

 そして事件が発生してから三日目、あたしはカミナの様子を見に行くことにした。外傷は殆ど無いらしいが、三日間も寝ている理由は医者でも分からなかったらしい。

 

「だから翼まで来なくて大丈夫だって」

 

 それを翼に言ったら、自分も良くと言い出して聞かなかった。

 

「でも奏だって怪我しているし……」

 

「見た目よりも大したことねぇって了子さんも言ってただろ」

 

「でも……」

 

「カミナの事警戒し過ぎだって。あいつは阿保だが、変なことしようとは考えねぇよ」

 

 そう言いながら、カミナの病室の扉を開ける。

 

「あれ?」

 

 しかし病室のベッドにカミナは居なかった。

 

「まさか……嘘だろ!?」

 

 掛け布団をめくると案の定、カミナはそこにいなかった。ぐるりと部屋を見渡してもカミナの姿は無かった。

 まだ目が覚めたという報告を受けていないあたしは焦った。

 

「翼、急いで……」

 

 連絡を、と言おうとした瞬間、足首に何かがあたしの足首を掴んできた。

 

「ひっ!? ○※□◇#?※□◇?#△―――――――――っ!」

 

 その後、あたしは嘗てないほど無様な悲鳴を上げた。翼曰く、あんな声を出したのは初めてだそうだ。

 

「ぷははははははっ! なんだ今の悲鳴、聞いたことねぇよ。くくくっ……」

 

 ベッドの下から腹を抑えて大笑いするカミナが現れた。

 この時、あたしはすべてを悟った。これはカミナが仕組んだ悪戯であることを。

 

「お、お前……。人が心配してると思えば……」

 

「いやぁ、起きたらお前の声が聞こえてきたからこっち来るかなぁって思ってよ。折角だし脅かそうかと思ってさ」

 

 相変わらず清々しい笑顔に奏は先程まで本気で心配した自分があほらしく感じた。

 

「このバカミナぁぁぁっ!」

 

 お礼にあたしは全身全霊の拳をカミナにぶつけてやることにした。

 

「へぶっ!」

 

 その拳はカミナの顔面にクリーンヒットし、そのまま後ろに倒れた。

 

「えっ?」

 

 あまりにもあっさり当たってしまったことに素っ頓狂な声を上げた。避けるなり受け止めるなりすればいいものをカミナは何も出来ずにもろに攻撃を受けたのだ。

 倒れたカミナは起き上がろうともせず、そのままぐったりと横になっていた。

 

「おい、もうその手は効かねぇぞ」

 

 流石に同じ手を食う程、あたしはバカじゃないつもりだ。

 

「いや……。あのー、大変申し訳ないんだが、何か食いもんくれ。腹が……減った」

 

 ほぼ同時にこれまで聞いた中で一番大きな腹の虫がカミナの腹から鳴り出した。

 

「はぁっ?」

 

「えっ……」

 

 あたしと翼は揃って困惑するが、カミナにとってしてみればかなり切実だったようだ。随分と衰弱しきった顔になりつつあったのだ。

 加えて腹の虫は鳴りやむ様子もなく、ひたすらグゥグゥなり続けている。流石にうるさかったのか、後から看護婦さんが来てすぐさま対応してくれた。

 

「はぁ、食ったぁ食ったぁ。いやぁ、助かったぜ二人共」

 

 食べ終わったカミナは満足げに腹を擦った。

 

「多分お前くらいだぞアーティストにコンビニへ御使いさせる奴なんて」

 

 そう、こいつの腹の虫は病院食だけでは収まらなかったのだ。緒川さんも居なかったので、やむなくあたしと翼で買いに行った。弦十郎の旦那もそうだが、気合と根性で出来てる男ってこうも大食いなのか?

 

「いやぁ、それは悪かった。なんせ、病院食食っても腹が膨れなくてさ。今なら昔食った超特盛チャーシューメンもすんなり入るくらいなんだが、流石に病院抜け出すのは無理そうだからな」

 

 超特盛チャーシューメン? どっかで聞いたことがあるなと思ったが、直ぐにどうでもよくなった。

 

「腹が減ったから病院抜け出したなんて奴聞いたことねぇぞ」

 

「やろうとしてた奴はここに居るがな」

 

 他愛ない話をしてから、あたしはカミナにあの時あったことを覚えているのか尋ねた。自分の身に何が起こっていたのかカミナはちゃんと覚えていた。あの力は何なのかと聞こうとしたが、先にメガネやあっちゃん達、他の観客は無事なのかを聞いてきた。あっちゃん達は全員無事だと伝えると安堵したが、死者・行方不明者の数が一万近くおり、まだ増える見込みだと知るとカミナは悲しそうな顔をしていた。

 それを見るのが辛くなったあたしは話題を変えようと思った。

 

「なぁ、カミナ。あの時見せた力って何だったんだ?」

 

「あー、あれか? あれはなぁ」

 

「はーい、ストップストップ! その話は私も混ぜて欲しいわね」

 

「櫻井女史!?」

 

「了子さん!?」

 

 いきなり扉を開けてやって来たのは了子さんだった。それと同時にカミナは驚いた顔をしていた。

 

「あっ! あんたラーメン屋でおっさんと一緒に居た!」

 

「あら、覚えてくれてたなんて嬉しいわ。それで調子はどう、神野神名君?」

 

「なんで俺の名前……」

 

「まぁまぁ、そんなことどうでもいいじゃない。そ・れ・よ・り、お姉さんはあなたのその力について知りたいわね。そしたらあなたの質問に何でも答えましょう」

 

「はぁ?」

 

 いやいや、勝手に話進めないでくれよ、了子さん。

 

「了子君。研究者としての君の気持ちも分からなくもないが、一端落ち着こうか。彼もかなり困っているようだしな」

 

「叔父様っ!?」

 

 今度は弦十郎の旦那までやって来た。さっき看護婦さんが来たから旦那に連絡が届いてるから当然の事か。

 

「あっ! 二倍麺のおっさん!!」

 

「二倍麺のおっさんとは……また妙な覚え方をされたな」

 

 ああ、その覚え方は酷いな。

 

「おっさん、あん時のリベンジマッチだ。今度はお互い二倍麺で勝……」

 

「カミナは少し黙ってろっ!」

 

 どんどん話が脱線していくので、めんどくさくなったあたしはカミナを殴って黙らせた。

 

「ぶっ!?」

 

「あらあらダメよ、奏ちゃん。一応、彼は病人なんだから」

 

「これぐらいでカミナはくたばりませんよ」

 

 で、話は元に戻って最初の話題に入った。

 

「あー、あれか? いきなりマッチョで禿げた髭ジジイが俺の前に現れて、俺にあの力を渡してきたんだ。俺も詳しくは分からねぇ」

 

「はぁ? なんだそりゃ?」

 

 あまりにも容量を得ない話にあたし等は揃って首を傾げた。

 

「カミナ君、それは何時の話だ?」 

 

「あー、ライブ会場で奏が俺等の前に立って槍を持ち上げた直後だったかな? そしたら突然、周りが妙な所になってよ、その髭ジジイが俺の前に居たんだ」

 

「奏、それって……」

 

「あたしが絶唱を使おうとした時だな。なぁ、あたしが絶唱を歌い終わってから力が抜けたのはお前の仕業なのか?」

 

 どういう理屈でそうなったかは分からねぇが、一番辻褄が合うのはこれ位だ。力が抜けるほぼ同じタイミングでカミナがあの変な力を発動したのだから、無関係とは思えない。

 だが、カミナは首を横に振った。

 

「……いや、よく分からねぇ。あのジジイが話したのは精々あの力の名前くらいだしな。後はコイツぐらいなんだが」

 

「それって……」

 

「……成程」

 

 その手に持っていたのは一見センスのないドリルのキーホルダーだったが、旦那と了子さんの反応からして無関係ではないようだ。

 

「でも名前が分かるだけでも収穫は大きいわ。名は体を表すって言うしね」

 

「確かにな。それで、その男は君の力を何と呼んでいたのかね?」

 

「確か……『螺旋力』、可能性を生み出す力ってあいつは呼んでたな」

 

「可能性を生み出す力……どういう事でしょうか?」

 

「言葉通りの力なのか、それとも単なる比喩なのか、よく分からねぇな。今の所、ノイズを倒せるくらいしか分かってねぇし」

 

「了子君はどう思う?」

 

「そうねぇ。螺旋でイメージできるものだとネジとか人間の遺伝子なんかがあるけど、情報不足だから何とも言えないわね」

 

「ネジって言えば、カミナ、大型ノイズを倒す時にドリル何とかって叫んでなかったか?」

 

「そう言えばそんなこと言ってたような」

 

「ギガドリルブレイクだ、ギガドリルブレイク」

 

「なんだそりゃ?」

 

 何故か不服そうな顔をするカミナにあたしは首を傾げた。

 

「何って、決まってんだろ! 男なら誰だって憧れる必殺技の名前だっ!!」

 

「成程、必殺技か……。確かに男の憧れだな」

 

 うんうんと何故か旦那が納得して頷いてるが、翼も了子さんもいまいち理解が追いついていない。

 

「応よっ! 必殺技を叫ぶは男の浪漫だっ!」

 

「ああ、男の浪漫だっ!」

 

 いや、何で旦那が分かるんだよ。と言うか男の浪漫って何だよ。

 それから暑苦しい男二人は無言で握手を交わした。

 

「よく分からないけど、男の友情が芽生えた瞬間かしらね?」

 

「さぁ、私にも分かりませんが良いことではないでしょうか?」

 

「でもなぁ、こんな暑苦しい友情を見せつけられてもな」

 

 暑苦しい男の友情に、女性達は揃って置いて行かれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、空からカミナが入院している部屋を覗いている者がいた。

 

「螺旋力が目覚めた兆候を感じたが、間違いないようだ」

 

 アンチ=スパイラル。以前、とある組織による螺旋力の実験を阻止をした人物であり、あの日からこの世界で螺旋力に目覚めたものが居ないか探していた。

 

「これで三人か……。予想はしていたが、あの時から随分経ってから発動するとは……。偶然か、それとも……。こちらも準備を急がねばならないか」

 

 アンチ=スパイラルはゆっくりと姿を消していった。

 

「それにしても可能性を生み出す力か……。残念ながら、その力の先にあるのは可能性ではなく絶望だ。それに早く気が付けばいいが……」

 

 無理な話か、とアンチ=スパイラルは言い残していった。




如何でしたか?
今回はあまり劇的な変化は無かったですね。
前回で一気にヒートアップしたので今回はこれで堪忍してください。
それでは今回はこれにて。


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奏の思い

どうもです。
遂に、XDにセレナがっ!!
いつ出るのかと首を長ーくして待っておりました。
それではお楽しみください!
 


 あの騒動から二週間ほどの時間が経った。ノイズによる被害だけでなく、あの爆発の後、ネフシュタンの鎧が強奪されており、その行方も分かっていない為に二課の職員はその後処理と捜索で大忙しであり、何処も人手が足りてない状況になっていた。

 カミナが退院した後、予定通り身柄を二課で預かることになり、事情聴取などが行われた。加えて、会場で見せたあの力、螺旋力が何なのかを調べるためにカミナは了子と共に解析をする日々を送っている。

 翼と奏はツヴァイウィングの活動がしばらくの間制限されることになっており、かなり暇を持て余していた。

 

「あー、暇だーっ」

 

 二科本部の廊下のソファーでゴロンとしている奏に翼は呆れていた。

 

「奏、おじさんみたいだよ」

 

「だってさぁ、しばらく外に出れないとなると暇なんだよ」

 

「それは分かるけど」

 

「結局、アレからあいつらとも会ってないし、電話も出来ないし、カミナはずっと了子さんところだし、翼をからかうネタも尽きたし、暇で死にそうだよぅ」

 

 最後に何故か妙なワードが混ざっていたような気がするが、その直後、司令室に来るよう翼と奏を呼ぶアナウンスが聞こえたため、翼はそれにツッコめなかった。

 司令室に辿り着くとそこには怪我が完治しているカミナがソファーに座って二人を待っていた

 結局、螺旋力の解析の為にカミナには二課に所属してもらうことになった。弦十郎も奏の気持ちを汲んでやりたかったが、ノイズの脅威から人々を守る手段を上から求められている以上、カミナをただの一般人に戻すことが出来なくなってしまった為に、その決定を出さざるを得なかった。

 当の本人もそれで構わないと決断し、カミナは正式に二課の協力者となった。学校については今の所普段通りで構わないことになっている。少々手間がかかるが、なるべく普段通りの生活をさせてやりたいという弦十郎の思いで学校にいる間は数名の職員を近くで待機させるように働きかけた。

 そして現在、了子の監修のもと螺旋力について様々な調査が行われている。今回の呼び出しはその調査結果についてらしい。

 

「よう、奏、暇そうな顔してるな」

 

「おう、やることが無さすぎて暇死しそうだ」

 

「大丈夫だ、その程度でお前がくたばるかよ。どうせ、面白いネタなら勝手に見つけるだろ。ついこの間まで翼を弄るネタを考えてたじゃねぇか」

 

「まぁな、カミナがいると悪戯のバリエーションが増えるから大助かりだ」

 

「奏……」

 

 そんなことをカミナとやっていたのかと翼は呆れていた。奏は翼を揶揄うことが多かったが、恐らくその元凶はこの男だと翼は考えている。カミナと再会してから少しずつ奏は昔話をするようになり、何かしら悪戯をすることにおいて必ずこの男が出てくるのだ。つまり、カミナが二課に入ったことで、今まで以上に揶揄われるのだと思うと翼も気が重くなった。

 実際、この後、翼は二人の悪戯に翻弄される日々を送ることになるのだが、それはまた別の機会に話すこととしよう。

 

「皆揃ってるな」

 

 そんな話をしていると弦十郎と了子がやって来たので、調査報告を始めることとなった。

 始まったのだが……。

 

「数日程調べてみたんだけど、なーんにも分かりませんでしたー」

 

 最初に了子から聞かされたお手上げ宣言に誰もが呆気にとられた。全員がそんな馬鹿なと言いたい顔をしている。

 

「……了子君、それは本当なのか?」

 

「こんな忙しい時に冗談が言える余裕があると思う?」

 

「ああ、そうだな。すまない」

 

「まず、何を切っ掛けにあの力が発揮されたのかが分からないのよ。映像はかろうじてあったけど、でも詳しいことは彼がその力を使えたくらいしか分からなかったわ。それに……」

 

「何度かやってみたが、アレが全く発動できねぇんだよな、これが」

 

 アレから力が使えないことをあっけらかんと言うカミナ。

 

「何度も体を調べてみたけど、聖遺物の反応も一切なかったし、エネルギー反応が微弱に観測できるくらいで、肉体的に本当にただの人間なのよ。でも、あれ程のエネルギーをただの人間がコントロール出来るとは思えないし……。あの小さなドリル、アレをコアドリルと名付けるとして、恐らく螺旋力の発動の鍵を握っている気がするけど、これも検査しても碌な反応がないし」

 

「了子君、彼からエネルギー反応が出たと言っていたが」

 

「微弱だけどね。でも聖遺物特有のエネルギーではないのは間違いないわ。エネルギー波形が螺旋を描いていたからね」

 

「ふむ、謎が深まるばかりだな……」

 

「エネルギーの源と発動条件も知っておきたいところだけど、これは気長にやるしかないわね。そもそも、戦闘技能も無かったのにどうやって戦えたのって聞いたら……」

 

「そんなもん、気合でやればなんとかなるっ!!」

 

 これよ、と言いたげに了子は困った顔をする。なんとも非論理的である。

 

「成程、気合か。確かに男の最後の武器は拳と気合だと相場が決まっているからな」

 

「流石おっさん、話が分かるぜっ!」

 

 だがそんな自信満々に答えるカミナに弦十郎は納得するように頷き、了子はガックリと項垂れる。

 

「なんだか弦十郎君が二人に増えた気がするわ」

 

 奏や司令室にいた職員達も揃って首を縦に振って同意する。根本的な所はこの二人同じものがあると誰もが考えていた。

 

「カミナさんが大人になったら司令のようになるのかしら?」

 

「いや、カミナの成績は赤点まみれだっていうからそれはない」

 

「あら、分からないわよ? 案外、弦十郎君もそこまで成績は良くなかったかもしれないわ」

 

「いやー、でもカミナより悪いってことはないだろ」

 

 男性陣が熱い語らいをしている中、女性陣は熱血漢共を肴にある事ない事話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと研究室で調査三昧であった為、カミナは久方ぶりに外を散策する許可をもらった。折角だからリディアンの周りを案内すると奏が提案し、翼もついてくることにした。当然、それなりの変装をしてだ。二週間とはいえ、しばらく活動休止状態のツヴァイウィングが揃って外に出ていることが知られれば、かなり騒ぎになる為の配慮だ。

 

「へぇー、ここが奏が通ってる学校か」

 

 まず最初に案内されたのが、奏と翼が通う学校だった。二課の基地の丁度真上にあるのが小中高一貫の私立リディアン音楽院だ。

 

「音楽に力を入れてる学校ってのも珍しいな」

 

「まぁな、しかも学費も安いから、結構応募者が多いんだよな」

 

「なぁ、ここに居る生徒って、二人がアーティストって知ってるんだよな」

 

「まぁな。あたし等が有名になってから応募者が一気に増えたらしいぞ」

 

「それって、お前らに会いたいからか?」

 

「らしいぜ」

 

 実際、二人がアーティストととして活動した次の年から入学希望者が更に後を絶たなくなっており、弦十郎からもその話を聞かされていた。

 

「動機が少し不純な気がしますけどね」

 

「良いじゃんか、あたし等に影響を受けて歌が好きになってくれるなら」

 

「それはそうだけど」

 

 肩を組んでじゃれつく二人にカミナはふと笑みを浮かべた。

 

「さっ、次に行こうぜ」

 

 それからカミナは奏に連れられて、彼女が今まで訪れた場所に足を運んだ。暇を見つけた時に向かう行きつけのゲーセン、偶に食べたくなるお好み焼き屋、スーパーや公園など、彼女がいた世界をカミナは目にした。

 歩き回った三人は少し公園で休むことにした。翼は自販機で飲み物を買ってきてもらっており、今は二人だけでベンチに座っている。

 

「なかなかいい街だな」

 

「まぁな」

 

「お前がちゃんとここで生きていたってのがよく分かったぜ」

 

「まるであたしが碌な生き方してねぇみたいな言い方じゃねぇか」

 

「当然だろ、あの時のお前は何時死んでも構わねぇって面だったからな」

 

「えっ……」

 

「ノイズに復讐できれば、自分の命なんてどうだっていいって思ってる面だった」

 

 あの時、カミナと別れを告げた時の自分の顔がそんなに酷かったとは思いもよらなかった。

 

「お前が居なくなってからずっと復讐する為だけに生きてるんじゃねぇかって思ってよ。そんなお前を見捨てられなかったから、俺は探し続けてきたんだ。正直、ノイズと戦ってるとは思わなかったが、お前は一度やるって言ったことは何が何でもやろうとするから、そこまで驚きはしなかったけどな」

 

「……悪い」

 

「別に良いさ、再開した時のお前の顔を見たら俺も怒る気も失せた。というか安心したんだ。いつ死んでも良いって顔じゃねぇ、今を全力で楽しむ生き方をしてた昔のお前と同じ顔だったからな」

 

「……そうかよ」

 

 カミナが平然と恥ずかしい言葉を口にするのに奏はほんのり顔を赤くする。いつ死んでも良いと思っていた当時の自分のことを思ってずっと探していたのかと思うと、嬉しいような恥ずかしいような気分になる。カミナが恋愛感情で動いてるとは思わないが、それでもグレン団の絆だからと言ってここまでする人間は他にいないだろう。いや、むしろこの男しかいないとさえ思っている。

 

(ああ、もう。だからこいつは面倒なんだよ、昔からっ!)

 

 昔からこうだった。大バカ野郎のくせに、意外な所で優しくて、面倒見が良くて周りから慕われてる。だが慕っている者の一部には異性として好意を持つ者がいることに気付いていなかった。朴念仁にもほどがあった。と言っても、告白する勇気がある奴が一人も居なかったのが幸いしたのだが、こいつの行動と言動は時々勘違いさせられて、こっちとしてははた迷惑な事だった。

 

(あー、何でこいつのこと好きになっちゃたんだろ……)

 

 初めて会った頃に自分の見る景色を変えてくれたカミナに、何時からか奏は憧れとは別の感情を抱いていることに気が付いた。それに最初に気付いたのはあっちゃんであり、奏は初めて勉強以外で彼女に相談したほど動揺していた。

 因みに初めての恋愛感情にどうすれば良いのか分からず、あたふたしていた奏の姿は未だにあっちゃんの奏との思い出ランキングの中で不動の一位となっている。

 奏から今度、両親と一緒に皆神山に行くことを知ったあっちゃんはならそこでカミナを誘って二人っきりになって告白しちゃえと提案した。最初は渋ったが、今後、彼に告白する人がいないとも限らないと思った奏は人生最大の決断をすることにしたのである。

 結果はご存知の通りであったが、再開して未だにその恋心が涸れていなかったこと自分自身に驚かされた。昔のように慌てふためくことは無かったが、今でもカミナに対しドキリとすることは少なくなかった。

 例として挙げるなら、カミナの二課への歓迎会を開いた時に、了子が冗談で『服を脱ぎましょうか』と言ったら、『分かった、これで良いか?』と恥ずかしがることなく上着を脱いだのである。それには女性職員から悲鳴が上がったが、どちらかと言うとアレは黄色い声に近い。バイト三昧の生活を送っていたカミナの肉体にはがっちりと鍛えられた筋肉が浮かび上がっており、あの弦十郎をうならせたほどだ。最後にカミナの裸を見たのは学校のプールぐらいで、アレから数年が経ち、別人のように鍛えあげられたカミナの肉体に心臓がドキドキしたのである。

 

「そう言えば、翼、おっそいな」

 

「お、おう……。そうだな」

 

 ふとカミナが口にするまで、奏も気付かなかった。少々変な声が出たがカミナは気付かなかったのは幸いだった。

 飲み物を買いに行ってるにしてはあまりにも時間が掛かり過ぎている。流石に攫われた可能性は低いが、ここまで時間が掛かっているのは奇妙だった。

 

「ファンに追われてるとか?」

 

「そうなったらもう少し騒ぎになってんだろ。それなりに変装はしてるんだし」

 

「メガネかけたくらいじゃねぇか。……まさか、飛び蹴りかましてねぇよな?」

 

「そんなことしたのはカミナくらいだよ。あの時はあたしもびっくりしたわ」

 

 そんなことを話していると突然、カミナと奏の端末に弦十郎から連絡が入った。

 それと同時に、二人の後ろの木陰から同じアラームが聞こえてくる。

 

「えっ?」

 

「あん?」

 

 二人揃って背後を見ると、物陰に隠れていた翼が慌てふためいている姿が確認できた。

 

「何やってんだ、お前?」

 

「えっと、それは……その……」

 

 歯切れの悪い返答をするが、間違いなく盗み聞きしていたと思われる。しかし、今はそのことに議論している場合ではなかった。

 ノイズが現れたと二課から連絡が来たのである。




いかがでしたか?
今回は少し日常的な話にさせていただきました。
次回、カミナが大暴れ……出来るのか?
それでは今回はこれにて。


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俺が信じるお前を信じろ!

どうも、お久しぶりです。
リアルが多忙すぎて半年近くも放置してましたが、どうにか更新することが出来ました。
今後も更新スピードが遅いと思いますが、しっかり終われるように頑張りますので、温かい目で見守っていただけたら幸いです。
それではお楽しみください。


 ノイズが発生した場所は三人がいる公園からそれほど遠くない為に、ノイズによる被害がここからでも良く見えていた。

 

「カミナ、お前は基地に戻ってろ!」

 

「はぁっ!? なんでだよ!」

 

 確かに弦十郎からの先程の指示でそう言われていたが、カミナは無視して奏達と向かおうとしていた。

 

「あの力が何時使えるかも分からない状態で、人命救助の素人のお前がいても足手纏いになるだけだ。ダンナの指示に従っとけ」

 

「ふざけん……」

 

「行くぞ、翼!」

 

 奏はカミナの言葉を遮り、現場へと駆けだす。

 

「カミナさんは直ぐに基地に引き返してください」

 

 そう言うと翼も奏の後を追いかける。

 二人が立ち去った後、カミナはその場に一人残されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「奏、良かったの?」

 

 カミナが見えなくなった所で翼は奏に尋ねた。

 

「まぁ……少し言い過ぎたな」

 

「だったらどうしてあんなことを」

 

 その問いに奏は少しだけ黙った。言いたくないのだろうと思ったが、直ぐに彼女はその問いに答えた。

 

「見たくなかったんだ、あいつがあたしと同じ場所に立つ姿をさ。あたしが喚いても、何も変えられないってのは分かってる。それにあいつのことだから、目の前で困ってる奴がいたら絶対に動いちまうだろうしな。でも、あたしは少しでも長くカミナには戦いのない生活を送って欲しいんだ」

 

 カミナが二課に入ることに反対していたのだから、奏がそう思うのは当然だと翼は思った。それにあの言葉は奏らしくなかった。力が無いからそこで大人しくしていろという言葉を彼女は一度だって口にしたことは無い。それを言わせるほど奏にとって彼は大切なのだろう。

 

「……怖いんだ。あたしの大事な人が目の前で死んでいく光景を見るのがさ」

 

 それは目の前で大切な人が亡くなるのを目の当たりにした奏だからこそ分かる恐怖だった。

 その恐怖を多くの人に味わって欲しくない思いを抱いて奏は戦ってきた。しかし、大切な人がその危険に晒される戦場に立つことになってしまった。

 それだけは避けたいと奏は強く願った。これは無駄な悪あがきであると分かっていたとしても何もせずにはいられなかった。

 翼はその思いを重く受け止めた。大切な人を亡くし、ノイズへの復讐を誓って血反吐を吐きながらも力を掴みとった奏が見せた数少ない弱い一面なのだから。

 

「翼、もう少しだけあたしの我が儘に付き合ってくれるか?」

 

「いっつも奏の我が儘に付き合わされてる気がするけど?」

 

 今更?と翼の顔には書かれていた。

 

「そんなに言ってたか?」

 

「奏が自覚してないだけ。でも付き合うよ、これからも」

 

 奏の無茶に翼は何度も救われた。今も昔も彼女の無茶が自分を前へと踏み出す切っ掛けとなった。だからこそ、彼女と共に歩いて行けるのだ。

 

「翼、ありがとうな」

 

 そう言われて、奏は少しだけ口元を緩ませる。

 

「うん」

 

 そうこうしている内に、現場が見えてくる。ノイズによって破壊された所から黒い煙が上がっており、いくつかの建物が壊れ、新たな戦場となっていた。

 

「行くぞ、翼!」

 

「ええ!」

 

 予め持っていたリンカーを首筋に打ち、シンフォギアを纏って奏はノイズに槍を携え突っ込んだ。翼もギアを纏い、その後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 装者が現場に辿り着いたほぼ同時刻、二課の司令室にて。

 

「装者二人が現場に到着。ノイズとの戦闘を開始しました」

 

「周辺への避難はどうなっている」

 

「まだ完了していません」

 

「二人が交戦している内に急がせろ!」

 

 場所が人が多いと言うのもあり、逃げ遅れている人々を安全な場所まで誘導することに職員は全力を尽くしていた。

 そんな中、藤尭があることに気が付いた。

 

「この反応……」

 

「どうした、藤尭」

 

 画面で状況を把握していた藤尭の呟きに弦十郎は視線を向ける。

 

「微弱ですが、カミナ君から発していたエネルギーと同じ反応が現場付近に出現。今も移動を続けています」

 

「なんだと!?」

 

「まさかあの子、二人の後を追って……」

 

 螺旋力を持っているのはカミナしかいない。弦十郎は了子の推測は間違っていないと断定した。

 

「カミナに連絡を入れろ!」

 

「ダメです! 通信機への反応ありません!」

 

 友里が既に連絡を入れていたが、反応がない事に弦十郎は机を強く叩いた。

 

「直ぐに装者二人に連絡しろ!」

 

 眉間に皺を寄せる弦十郎に対して、了子は冷静な様子で考え事をしていた。

 

「ねぇ、さっきの反応って唐突に出てきたのかしら?」

 

「え、ええ。いきなり画面に反応が出てきて」

 

 了子の問いに藤尭はありのままの事を口にした。実際、彼が困惑したのは何もない所から唐突に螺旋力のエネルギー反応が検知されたからだ。

 

「待ってください。これは……」

 

 再び画面を確認して、その変化に彼は怪訝な顔をする。

 

「司令、これを見てください」

 

 そう言うと藤尭はエネルギー反応を前方のモニターに表示する。

 

「これは……」

 

 そこには螺旋力のエネルギー反応が徐々に大きくなり、より大きな螺旋を描き始めていた。

 

「エネルギーがゆっくりとだけど増加してるわね」

 

 それを見た了子はとても興味深く眺めていた。これまでうんともすんとも言わなかった未知のエネルギーがここに来て活性化したのだ。彼女の反応は当然と言えるだろう。

 

「映像は流せないの?」

 

「どうやら、ノイズの起こした爆発の所為でカメラの回線が……」

 

「復旧を急がせろ!」

 

「了解!」

 

 現場で何が起こっているのか分からないことに弦十郎の眉間の皺の溝がより一層深くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あのバカミナが!」

 

 司令室から連絡を受けた奏はカミナの反応があった場所に向かいたかった。しかし、ノイズの数が予想以上に多く、今の場所から離れられない状況に二人は陥っていた。未だに民間人が避難を終えておらず、何としてもノイズの進行をここで留めるにはどちらかが欠けてしまう訳にはいかない状況に陥っていた。

 

「旦那、カミナは何処ほっつき歩いてるんだ!」

 

「どうやら避難が完了していない区域を中心に動いているようだ。今の所、ノイズが集結しているそっちに向かう気配はないが……あいつの息子だ、何をするか分からん」

 

「くそっ! こっちの気も知らずに勝手にやりやがって!」

 

 散々愚痴をこぼしつつ、奏はひたすらノイズを倒していく。しかし、先程から斬っても斬ってもブドウ型と芋虫型のノイズが大量に仲間を増やしていき、奏を更に苛立たせる。

 基本的に一騎当千でノイズを殲滅しているが、今回のような長期戦になると面倒になり、火力に物を言わせたやり方になることも少なくなかった。最近はその傾向もなりを顰めていたが、カミナの行動によって彼女には心の余裕が無くなってしまっていた。

 

「だぁ、もうめんどくせぇ!!」

 

 キレ気味になった奏は乱暴にノイズを吹き飛ばしていく。

 少し街を破壊することになるが、自棄になった奏は大技で一気にケリをつけるつもりでいると翼は理解した。

 

「奏、少しはペースを考えて……」

 

「だけどよ、ここで一気にデカブツとブドウ野郎を叩けば……」

 

 だが、奏はその後の言葉を口にすることは出来なかった。彼女の目に映った光景に驚かされたからだ。

 

「嘘だろ……」

 

 奏の視線の先には、少年が物陰に蹲って隠れていたのである。

 幸い、ノイズは少年の存在に気付いていない。しかし、見つかるのは時間の問題だった。

 

「悪い翼、少しだけここ任せた!」

 

「分かった!」

 

 翼も少年の存在に気付き、奏の言葉の意図を理解する。少しの間であれば、どうにか持ちこたえられると判断し、気にせずに少年を助けに行くよう翼は頷いた。

 すぐさま奏は進路上にいるノイズを一掃しつつ、少年の元に駆けつける。

 

「大丈夫か!?」

 

 奏が目の前に現れて、少年はビクッと驚いた顔をする。

 

「おねえちゃん、だれ?」

 

「あたしか? 通りすがりのヒーローだよ」

 

 少年の純粋な問いかけに奏はそう答えると、軽々と少年を抱きかかえる。

 

「よく我慢したな。心配するな、お姉ちゃんが安全な場所まで連れてってやるからな」

 

「……うん」

 

 少年を抱えた奏はすぐさまビルの屋上まで上り、少年を安全な場所に送り届ける為に屋上を走りだした。

 かなりの数のノイズが出現していた為に、翼の攻撃から逃れた一部のノイズが奏の後を追う。

 

「ったく、しつこいっての!」

 

 建物を壊すわけにはいかず、奏は一端屋上から道路へと降りて、道路を走ることにした。

 ノイズもすかさず奏の後を追うが、道路に降り立った瞬間、奏が放った槍の雨がノイズを一掃していく。

 

「へっ! ざまあみろってんだ」

 

 後ろをついてくるノイズがいないのを確認した奏は少年を安全な場所まで連れて行こうと足を踏み出す。 

 その直後だった。

 

「……マジかよ」

 

 奏が視線を向けた先には、地面から新たにノイズの集団が出現し始めていたのである。

 

「時間差で出現って、今日はノイズのバーゲンセールかよ」

 

 時間差でノイズが再び出現することはこれまで一度も無かった。出現してしばらく経ってから新たに別の場所に現れることはあったが、同じ場所に立て続けにノイズが出現することなど過去一度も起こっていない。

 前代未聞の出来事に奏は困惑していたが、それでも現実逃避をするような軟な鍛え方はしていない。直ぐに少年を守ることに意識を切り替える。

 

(でも、流石に厳しいな……)

 

 少年を抱えたままノイズを捌き切れるだろうかと奏は焦っていた。翼は後方でノイズを倒している為、支援は期待できない。かなり危険な状況だ。

 どうするべきが考えようとするが、ノイズはそんなことを待ってくれはしない。

 地面から出てきたノイズは奏達に向かって襲い掛かる。

 

「くそっ、やるっきゃねぇか!」

 

 少年を抱え直し、奏は槍を構える。まずは槍の雨を降らせて牽制をしようと試みる。

 しかし、その攻撃は不発に終わることとなった。

 

「どけぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 唐突に上空から叫び声が聞こえてきた。

 奏はすぐさま上を見ると、上空から緑の光を纏った物体が急速に接近していた。

 

「まさか……」

 

 あの光が誰のものかすぐに理解した。あの声を聞けば、直ぐにその顔が思い浮かぶ。

 光を放つ物体はノイズの群れに向けて高速で落下する。地面に激突し、大きな爆発を起こしつつ、その衝撃でノイズの群れを一気に吹き飛ばした。

 

「目と口を閉じてろっ!!」

 

 奏は衝撃による突風から少年を庇う。

 吹き荒れた風が治まり、奏は先程までノイズがいた場所に目を向ける。

 そこに立っていたのは一人の男だった。

 

「助けを求む声を聞き、手を差し伸べるは男の器量。救える奴を見捨てれば、明日の俺が許さねぇ!」

 

 男は右手の人差し指を空に向けて指して、声を張り上げる。

 

「子を思う親との約束を果たす為、神野神名様、ここに参上っ!!」

 

 決め顔のカミナが奏の前に現れたのであった。

 

「お前、何で……」

 

 奏は驚いた顔でカミナを見る。

 

「馬鹿野郎っ! 俺が自分可愛さに逃げるような奴だと思ってたのか? 冗談じゃねぇ! さっきまで逃げ遅れた人達を安全な場所まで誘導してたんだよ」

 

 それを聞いた奏は弦十郎との通信を思い出した。カミナは現場付近を動いていた。それが人助けの為ならば、彼の行動範囲に納得がいく。

 

「そんで一通り終わったら、息子とはぐれた母親に会ってな。ちょうどこいつが使えるようになったから俺がここまで来たってわけだ」

 

 奏に近づいてきたカミナが右手で持っていた物を奏に見せる。光を宿しているコアドリルがその手にあった。

 

「いやぁ、こいつ本当にスゲェよな。使えるようになったら体が軽くなるし、力も上がるしで良いこと尽くしで……」

 

 パァーンっ!

 カミナが言い切る前に奏は彼の頬を叩いた。

 

「いってぁな! なにすんだ……」

 

「なんでだよ……」

 

「あ?」

 

 頬を叩かれたカミナは呆けた顔をして奏に目を向ける。

 

「なんで、なんでそんな無茶すんだよ!」

 

 奏は叫んだ。カミナを睨み付け、襟元を掴んで引き寄せる。

 

「そいつはシンフォギアとは根本的に違うもんなんだ! 本当にノイズを倒せるか分からねぇってのに、なんで来たんだよ! もしその力が使えずにノイズに触れたらどうすんだ! 死んじまってたかもしれないんだぞ!」

 

 いつか彼がここに立つとしても、それはまだ先の事だろうと思っていた。いくら彼でもここまで早く来るとは考えもしなかった。

 だからだろう。まだ覚悟を決めていない所為か、感情に収まりがつかない。あんな危険な行為をして平然としていることに腹が立った。自分の命を大切にしろと怒りがこみ上げ、カミナにすべての怒りの矛先を向ける。

 

「お前には家族がまだいるだろうが。グレン団の奴らだって、お前のことを心配してるんだぞ……。そんな簡単に命を捨てるようなことはしないでくれ」

 

 今にも泣きそうな声で奏は言った。

 彼には本当に死んでほしくない。こんな危険な事から離れてほしい一心で奏は口にする。

 

「……うん、やっぱりな」

 

 するとカミナは何かを納得したように小さく首を縦に振った。

 

「は?」

 

 予想外の反応に怪訝な顔をする奏だったが、カミナの次の行動によって思考が止まってしまう。

 何故ならカミナが頷いた後、彼の両手が自分のある部分に触れていたからだ。具体的に言うと、腰より上にある発育の良い双丘を両手でガッシリと……。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

「ぶべらっ!!」

 

 奏は右手の槍を捨てて、全力でカミナの顔面を殴った。

 シンフォギアを纏った奏の腕力によって吹っ飛ばされたカミナは何度もバウンドしてビルの壁に直撃する。

 

「いててて……。ったく、何しやがんだ」

 

 螺旋力の影響によって体が頑丈になった所為か、コンクリートの壁が壊れるほどの攻撃を受けても平然とカミナは立ち上がった。

 

「何してんのはそっちだろっ!? バカじゃねぇの!! 本当にバッカじゃねぇの、お前っ!!」

 

 カミナに触られた所を手で押さえつつ、奏は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「いやぁ、健全な男子高校生としてはここはとりあえず触っておかねぇとと思ってな」

 

 カミナは真顔で言い切った。それと同時に両手が何かを揉んでいるような嫌らしい動きをしていた。

 

「両手をワキワキ動かすのを止めろ、このバカミナっ!! ほんと何なんだよ、こっちは真面目に心配してやってんのによ!」

 

「でもよ、やっぱ触ってみたいもんは触ってみたいしさ。ぶっちゃけ、その服装結構エロいし……」

 

「死ね」

 

 奏は地面を蹴ってカミナに殴り掛かる。渾身の一撃を込めた拳がカミナに襲い掛かった。だが、奏の拳はカミナの左手によって受け止められた。

 

「なっ……」

 

 その光景を目にして奏は驚いた。手を抜いていたわけでは無いが、こうもあっさりと掴まれるとは思ってもみなかった。

 

「ったく、あぶねぇだろ」

 

「カミナが変なこと言うからだ。良いから、お前はさっさとその子連れてダンナのところに戻ってろよ」

 

「悪いがそいつは聞けねぇな。ダチを見捨てるつもりはねぇよ」

 

「訓練してもないお前じゃ、足手まといだって言ってんだよ」

 

「それでもお前の手助けくらいは出来る」

 

「邪魔だって言ってんだよ!」

 

 互いの主張は拮抗したままどちらも引き下がろうとしない。

 だが、その言い合いはすぐに終止符が打たれた。

 

「心配すんな。俺は簡単に死なねぇよ」

 

 カミナはニッと笑みを浮かべてそう言った。

 

「っ!」

 

 その言葉に奏は目を見開いた。カミナは先ほどの翼との話を聞いていない筈だ。それなのに自分が最も不安を抱いていることを知っているかのように彼は言った。

 

「大体よ、『もし』とか『たら』とか『れば』とか、そんなもんに惑わされてんじゃねぇよ。現に俺はここに居るんだ。それが真実だろうが」

 

「……今はそうかもしれない。でも……」

 

 それでも奏の不安はぬぐえない。これまでも無茶を成し遂げてきたが、それが何時までも上手いく行くとは思わない。

 

「次もそうならねぇよ」

 

「何で……そんなこと言いきれんだよ。そんな保証、何処にもないだろうが」

 

「お前らがいるからだ」

 

「え……?」

 

「俺の無茶を支えてくれたお前らがいればな。これまで俺達が意地を通してやってこれたのも俺だけの力じゃねぇ。俺の無茶に中身をくれたお前らが居てくれたから、どんな無茶も無謀も逆境もブチ破ってこれた」

 

 それは違うと奏は言いたかった。これまで自分達がしてきた事はカミナの全く根拠のない自信と自分達のやる気を駆り立てるカリスマ性があったから出来た事であったからだ。

 今まで彼の後ろを走っているだけだ。彼の後を追えば、嘗て退屈だった日々が色鮮やかになると思い我武者羅にやっていただけだ。

 だと言うのに、この男はそれが自分達のおかげだと口にする。

 

「だから俺は絶対に……」

 

「だとしてもっ!」

 

 奏は声を張り上げて、カミナの言葉を遮った。 

 

「カミナの言う通りだとしても……、あたしはカミナみたいに強くないんだよ」

 

 奏は翼にさえ言えなかった弱音があった。カミナが螺旋力を解放してからずっと抱いていた思いだ。

 

「カミナを守れる自信があたしには……ない」

 

 カミナから立ち去り、辛く苦しい思いをしてノイズを倒す力を手にした時、復讐心がより一層強くなる片隅で一つの喜びがあった。ようやく彼の背中を追い抜いたと思ったのだ。やり方は異なっても誰にも出来ないことをしてきた『彼』のようになれたのだと奏は歓喜したのである。

 だと言うのに、つい数日前に彼は自分を一気に追い抜いた。絶唱を使おうと覚悟していたにもかかわらず、彼はあの窮地を手に入れたばかりの力であっという間に切り抜けてしまった。

 ショックだった。彼を守っていこうと思っていた矢先に彼に守られてしまった。流石に自信を失ってしまう。

 精々救いだったのは彼が力を上手くコントロール出来ていないことだった。あの時は火事場の馬鹿力で切り抜けただけであり、まだ完全に追い抜かれたわけではないと了子の説明を聞いて安堵してしまった。まだ彼を守れると自分でも無様と思えるようなことを考えてしまったのである。

 奏は自身の額をカミナの胸元に押し付ける。このとき、奏は自分が泣いているのだと気付いた。

 

「なんでカミナはあたしの前ばかり行くんだよ。何でもかんでもあたしが躓いている壁を簡単に乗り越えられるんだよ」

 

 結局、自分は彼より弱い人間なのだと思い知ってしまう。絶唱を使わないと誰一人として守れなかった自分はここが限界なのだと。

 

「はぁ……」

 

 カミナが溜息をついた。

 

「ガキの頃に給食の早食い勝負して勝ったのは誰だ?」

 

「えっ……」

 

 それを聞いた奏はわずかに顔を上げてカミナの顔を見る。

 

「お前だろうが」

 

 唐突にカミナが昔の事を話しだして奏は困惑した。

 

「学校の成績だってお前の方が上だった。体育は俺が勝ってたが、他じゃ全部奏の圧勝だ。音楽なんざクラスで最強だったんだぞ」

 

 そんなことあったかもしれない。しかし、それが一体何だと言うのだ。

 

「俺は歌は歌えねぇし、ライブに出れるような人気者でもない。だがお前は違う。お前はツヴァイウィングの天羽奏だろうがっ!! さっきからなに寝ぼけた事ばかり言ってやがんだ! お前が俺に勝ってるところなんざ、山ほどあるだろうがっ! たった一回負けたくらいでクヨクヨしてんじゃねぇっ!!」

 

 カミナの一喝に奏は体を強張らせる。ずっと心にたまっていたもやもやが一瞬にして吹き飛ばされるような気分だった。

 

「本当に弱い奴ってのはな、躓いてそこから何もしねぇ奴のことを言うんだ。躓いた後も前に進む奴だけが本当に強い奴だ。奏、お前もその一人だ。何度も立ち上がったお前が弱いはずがねぇ」

 

「……カミナ」

 

「お前は強ぇ。側にいた俺が言うんだから間違いねぇ。だから、お前を信じろ。俺が信じるお前を信じろ!」

 

「……っ」

 

 本当に敵わない。奏は改めてそう思った。

 彼の言葉はいつも心に響き、勇気づけられる。

 だから、信じてみよう。彼が信じてくれた自分自身を。

 

「それに忘れたか? 昔、皆から何て言われてたか」

 

 そう言ってカミナは右拳を奏に突き付ける。

 それを見た奏は自然と笑みを浮かべていた。

 

「……ああ」

 

 そして奏はカミナの拳に自身の拳を当てる。

 

「「俺(カミナ)とお前(アタシ)が組めば、誰にも負けねぇ最強コンビだってな!」」

 

 

 

 

 

 

 

 奏が少年を保護した後、翼はかなり手古摺っていた。兎に角ノイズの数が多い。それに尽きる。

 

「本当に奏の頼みは無茶ばかりだ」

 

 先程、少年を無事保護した連絡が入り翼は安堵したかったが、ノイズはそんな暇を与えてくれなかった。

 

「この数……今日はノイズのバーゲンセールでもやってるのか」

 

「まったくだ。特売は店だけにしておけってんだ」

 

 翼がぼやいた直後、空から槍の雨が降り注ぎ、ノイズを一掃していく。

 それが奏によるものだと翼はすぐ理解した。

 

「奏っ!」

 

 戦線に復帰した奏を見つけ、翼は駆け寄る。

 

「悪い、遅くなった。その代わりといっちゃあなんだが、助っ人を連れてきた」

 

「助っ人?」

 

 すると彼女の脇を緑の光が空から降り立った。

 

「まさかっ!」

 

「ああ、そのまさかさ」

 

 そこにはあの会場で見た螺旋力を纏ったカミナが立っていた。

 

「助っ人として俺、参上っ!!」

 

 しかもわざわざ決めポーズを付けて。こんな時にすることではないが、中々様になっている。

 

「翼、訳は後で話す。今はこいつらが先だ」

 

「え、ええ」

 

 突然ことに戸惑いつつも、翼は奏の言う通りにすることにした。

 

「三人同時攻撃で雑魚どもを一掃して道を作る。そんで一気に奥にいるデカブツとブドウどもを叩くぞ!」

 

「おうっ!」

 

「分かった」

 

 二人で難しかったが、今のカミナがいれば十分にそれが可能である作戦であり、翼も異論はなかった。

 三人はノイズに向けて構える。

 奏は槍の穂先を回転させ、翼は刀を大型に変化し、カミナは二枚のブーメランを生成する。

 

「ぶっ飛べっ!」

 

「はぁぁぁっ!」

 

「せりゃぁぁぁっ!」

 

 『LAST∞METEOR』、『蒼ノ一閃』、『グレンブーメラン』が放たれ、一気にノイズを殲滅する。

 そして芋虫型とブドウ型への道が開けた瞬間、三人は走り出す。

 

「カミナ、デカブツは頼んだぞっ!」

 

「おうっ!」

 

 奏と翼はブドウ型が新たにノイズを生み出そうとしているのを目にした。

 

「させるかよっ!」

 

「はっ!」

 

 二人はその前に止めを刺し、ノイズを炭素の塵へと変える。

 

「ギィィィガァァァ……ドリルゥゥゥゥ……ブレェェェイクゥゥゥゥゥっ!!!」

 

 そして芋虫型はカミナの必殺技で倒されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「終わったか……」

 

 カメラが復旧し、奏達がノイズを殲滅したことを確認した弦十郎は安堵していた。

 

「今回はちょーっとやばかったわね。でも、カミナ君のおかげで切り抜けられたようだし、結果オーライね」

 

「ああ。だが、あいつの無茶には少々肝が冷えるな。まったく、ああいう所は父親にそっくりだ」

 

「そうね。それに、これからいろいろ忙しくなるわね」

 

 カミナが正式に二課に所属することで、恐らく今回のように想定外の行動をすることに頭を悩ますことになるのと、再び発動した螺旋力の解明のことを了子は示唆していた。

 

「なに、忙しいのはもう慣れているさ。それに……」

 

 了子の言葉に弦十郎は不敵に笑みを浮かべ、モニターを見る

 いまだに分からないことが多いが、モニターに映る三人の様子を見れば、余計な不安を抱く必要は無いと感じた。

 

「なかなかいいチームになりそうじゃないか」

 

 戦闘が終わって、カミナと一緒に笑っている奏とそれを見て呆れた顔をしている翼。

 カミナという存在が二人にとっていい影響を与えることになると弦十郎は確信した。だが、まだまだ彼らは未熟だ。それ故に。

 

「どれ、近々三人を鍛えてやるとするか……」

 

 鍛えがいのある男が現れ、嬉しそうに笑みを浮かべる弦十郎なのであった。




いかがでしたか?
次回、少しだけ時間が飛びます。
あと数話で本編に入れたらいいなと考えております。
それでは今回はこれにて。


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新しい絆

どうも、ご無沙汰しています。
前話から半年以上放置していたくせに戻ってきました。
少々スランプ気味だったのですが、どうにか投稿することが出来ました。
楽しんでいただけたら幸いです。


「良い天気だな」

 

 上を見れば青い空と白い雲が視界の隅まで広がっている。そんな空を奏は眺めて呟いた。

 隣にいる翼も同じように空を見上げる。

 

「ああ、本当に良い天気だ。こういう時にのんびりするのも悪くない」

 

 カミナが正式に二課に所属して半年以上が経って、三人は揃ってとある山に来ていた。

 これまでのノイズとの戦いを頑張り続けてきた事を讃えて、弦十郎から二泊三日の大自然の中でのキャンプをプレゼントしてもらったのである。

 

「おーい、お前ら。俺にだけ荷物を持たせてんじゃねぇよ。少しは手伝え」

 

 そしてカミナはと言うと大きな荷物を沢山持って、ゆっくりと二人の後を追ってきていた。ひっかけられる所はもうないほどの荷物にカミナはかなりつらそうな顔をしていた。

 

「ジャンケンで負けたのはカミナだろ。グダグダ言うなんて男らしくねぇぞ」

 

「せめて自分の荷物くらい持ちやがれ! お前らが持ってきた荷物が多すぎるんだよ!」

 

 カミナの持っている荷物の量はとてもではないが三人でキャンプするほどの量ではない。明らかにその数倍の荷物を一人で持っているのである。

 そんな量を問題なく持てているのは螺旋力の影響だと了子の調べで出ている。彼の身体能力は螺旋力を解放していなくてもかなり上昇していたことが判明しており、通常時でも常人以上の力が発揮できるようになっていた。

 

「だって、しょうがないだろ。今回のキャンプは……」

 

「おーい、おせーぞ、お前らー」

 

 二人が会話していると、カミナ達を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「皆早くー、もうお腹すいたよー」

 

「マイペースだな、ファット」

 

「まぁまぁ、それも彼の良いところなんだし」

 

「三人とも、早く早くー!」

 

 声のする方には、グレン団のメンバーが勢揃いしていた。

 

「お前ら―、急かすなら手伝えー」

 

「肉体労働はテッドと鉄平とジョーの仕事ですから、彼らに頼んでください」

 

「「「いや、お前も手伝えよ(えや/いやがれ)、メガネ!」」」

 

 メガネに呼ばれた三人は揃って声を上げる。

 

「僕は頭脳労働優先ですので、体力は必要最低限にしておきたいんですよ」

 

「いや、医者になろうとしてる奴が、体力ねぇとか話にならねぇだろ」

 

 テッドのつっこみに鉄平もジョーもうんうんと頷く。

 

「毎週ジムに行っていますから問題ありません」

 

「だから、そう言う問題じゃねぇだろ。とにかく手伝えや、このインテリオタク」

 

 テッドに言われたメガネは自身の眼鏡を人差し指でわずかに上下させ、仕方がないと言いたげな顔をした。 

 

「仕方ないですね」

 

「だから偉そうにすんな」

 

「誰でも良いから早く手伝えよ、お前らっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 さて、何故グレン団のメンバーが揃っているのかと言うと今回のキャンプはただ休息するだけでなく、グレン団と翼の懇親会も兼ねているからだった。

 発案者は当然、奏とカミナの二人。それに乗っかったのは弦十郎と緒川である。やはり翼にも近い年の子と交友を深めて欲しいと思っており、二人の友人ならば問題無いと言うことで今回のキャンプを企画したのだ。

 その為、このキャンプ場は実質貸し切り状態となっており、他の客は誰一人としていないので、伸び伸びとキャンプを楽しむことが出来るようになっていた。

 

「それにしても、翼ちゃんの叔父さんって太っ腹だね。ここ一帯を貸し切りにしてくれるなんて」

 

 キャンプの設営を男子一同に丸投げして、奏と翼はあっちゃんと共に辺りを散策していた。

 

「まぁな。最近はずっと仕事で疲れてるだろうから、時にはリフレッシュをしなきゃダメだって。つってもホントはさぁ、翼を連れてくるの大変だったんだぜ? 折角の休日だって言うのに翼ったら、じゃあ自分を鍛えるって言いだしてさ」

 

「ちょっと、奏! そのことは言わないでって」

 

「あー、やっぱり?」

 

 納得するように頷くあっちゃんに翼は呆気にとられた。彼女との面識は無いに等しい。奏からも話でしか聞いたことがないのに何故分かると言いたげに頷けるのだろうか。

 

「奏ちゃんが前に翼ちゃんについて話してたら、そんな子なんだろうなぁって気がしたんだよね。堅物で、頑固で、努力家で、可愛げがあって、いじり甲斐がある子なんだって」

 

 最後の二つに関しては物申したいことではあるが、ほぼほぼ合っている為に何も言い返せない。

 

「奏、皆に一体何を話したの?」

 

「あることないことぜーんぶ」

 

「ちょっと!?」

 

「ははっ、冗談だよ。ホントにからかい甲斐があるなぁ、翼は」

 

 またいじられたことに翼はムッとなって頬を膨らませてそっぽを向いた。

 それを見たあっちゃんは翼に聞こえないよう奏の耳元に顔を近づけた。

 

「奏ちゃん、翼ちゃん持って帰っていい?」

 

「いや、ダメだろ!」

 

 唐突に誘拐宣言する友人に奏はツッコむ。

 

「だって、すっごくかわいいんだもん!」

 

 未だにそっぽを向いている翼の可愛さにあっちゃんは自分を抑えられずに抱き着いた。

 虚を突かれたとはいえ、その素早さは翼でも回避不可能だった。

 

「わわっ!?」

 

「この可愛さはもう反則級だよね! 奏ちゃんだけ独占するなんて勿体ない!」

 

 思わず頬擦りしかねないほどの勢いに翼は圧倒された。

 

(嘘だろっ! 翼があっさり捕まった!?)

 

 友人の隠れた潜在能力に驚かされつつ、奏は引っ込み思案だった友人がわずか数年でここまで変貌したことに喜んでいいやら悲しんでいいやらと言った心情だった。

 

「見ただけで分かるよ! この子、将来すっごい美人さんになるけど、まだ中学生っぽさが残ってるからすっごく可愛い! この可愛さは今堪能しておかないと将来絶対後悔する!」

 

 それにはすごく同意するが、抱き着かれている翼は唐突のことに頭が回らずに固まっていることに奏は心配した。

あっちゃんに可愛いを何度も連呼されて、徐々に顔が茹蛸のように真っ赤に染まっていく様はもう少し見ていたい気がしなくもないが、流石に止めに入った方が良い気がしていた。

 

「あ、あっちゃん、もうそれぐらいにしておけ。翼もそういうのにあんまり慣れてないから……」

 

 そう言われると、あっちゃんも不承不承と言いたげだったが、まだ理性が残っていたおかげで、ゆっくりとだが翼から離れていった。

 

「うー。でもまだ時間があるし、またあとでモフモフすれば……」

 

「いや、させねぇよ! 流石に可哀そうだわ! というかあっちゃんいつからそんなキャラになった!?」

 

「えー、誰の所為だと思う?」

 

 満面の笑みのはずなのに、目が全く笑っていないまるで死んだ魚のような目をしてくるあっちゃんに奏は戦慄した。その上、どこから取り出したのか背中からちらりと見えるフライパンが更に彼女から発している圧力を増長させていた。

 人は何かが起これば変わるものと言う言葉を奏はここ数か月で何度も実感した。

 もはや、今のあっちゃんに勝てる者はグレン団の中には誰一人としていないのだろう。伊達に数年、たった一人の女子団員をしていたわけではないんだなと奏はそんなことを思った。

 

「でもねぇ、翼ちゃんが奏ちゃんに懐くのは分かる気がする。昔の私に物凄い似てるもん」

 

「あー、確かにそうだな。会った時は気の弱い感じは昔のあっちゃんと同じだったかもな」

 

「奏ちゃんって、昔からリーダーとかに向いてる性格だったもんね。小学校の頃なんて、クラスの女子を纏め上げて、調子に乗ってる男子と全面戦争したこともあったんだよ」

 

「あったなー、そんなこと」

 

 そんな昔話をしている二人に翼は若干心がもやもやしていた。

 やはり自分が知らない奏をよく知っているからだろうか。

 

(もしかして私、嫉妬……してるのかな)

 

付き合いの長さの違いというのを見せつけられて、そんなことを考えていると唐突に自身の背後から暖かくて柔らかな感触があった。

 

「あんまり拗ねちゃダメだよー、翼ちゃん」

 

 気配を感じさせずに、背後から再び抱き着いてきたあっちゃんに翼は思わず振り切ろうとした。しかし、先程とは違う自分よがりな抱き着き方ではなく、優しく包み込むような感じであり、翼はどうにか踏みとどまった。

 

「本当はねー、翼ちゃんと奏ちゃんがテレビで仲良くしてるのを見てすっごく複雑な気持ちだったんだー。奏ちゃんは私を変えてくれた大切な友達だからさ。それなのに勝手にいなくなるわ、突然アーティストになるわ、いつの間にか知らない可愛い子と仲良くしてるわで腹が立つことも少なくなかったんだよね」

 

 半ばあっちゃんの愚痴になっているものの、奏は何も言い返せず、翼は彼女の言葉に耳を傾けているだけだった。

 

「翼ちゃんって、昔の私みたいだから、奏ちゃんは翼ちゃんにとって凄く大切な人なんだなって分かるよ。心の支えだったし、いつも困ったら自分を引っ張っていってくれる凄い子だったからね」

 

 彼女の言葉に翼は黙ったままだったが、心の中では同意していた。少々引っ込み思案だった翼の背中を押してくれたのはいつも奏であり、彼女の言葉に何度も助けられた。

 

「でもね、翼ちゃん。そんな大切な人がいても何時か離れ離れになるかもしれないってことは忘れちゃいけないんだよ」

 

 あっちゃんは優しく翼の頭を撫でてそう言った。

 その言葉に翼は少しだけ目を見開いて、はっとした顔を浮かべる。

 

「いつも隣にいた人がいなくなった時、自分が何をすべきなんだろうって、私すっごく悩んだんだ。皆がバラバラになりかけた時もすっごく不安だった」

 

 翼はあっちゃんの話を聞いているうちに、あの事件のことを思い出した。

 自分達では限界であり、奏も本調子じゃない為に絶体絶命のピンチに陥った。あの時はカミナのおかげで窮地を脱することが出来たが、奏が絶唱を歌ったことを思い出すたびに、奏が消えてしまうのではないかと何度も不安に思った。

 あっちゃんの話を自分に当てはめると、間違いなく自分も同じようになるだろう。

 

「あの、あっちゃんさんは……」

 

 ぎこちない呼び方をする翼に、あっちゃんは頬を緩ませた。

 

「あっちゃんで良いよー。もしくはお姉ちゃんでも良しっ!」

 

「いやいや、翼に何言わせようとしてるんだよ……」

 

「えっと……じゃあ、あっちゃんで……」

 

 翼がそう言うとあっちゃんは少しだけ不満げな顔をしていた。

 

「それで、あ……あっちゃんはどうしたんですか?」

 

「私はね、自分に正直になろうって思ったんだ。このまま、誰かに引っ張ってもらうだけじゃダメなんだって、自分のしたいことを言葉と行動で示せるようにしようって思うようになったの」

 

 そう考えるようになって、彼女がまず行動したのは、カミナとジョーの喧嘩を止めることだった。昔のように仲のいいグレン団を残したい。いつか奏が帰ってきてもいいように。その思いを叶えるために、腕力のない彼女が取った行動がフライパンによる襲撃である。

 そして、これがあっちゃんの変貌伝説の始まりでもあった。

 

「翼ちゃんと奏ちゃんは今はツヴァイウィングとして活躍してるけど、いつかお互いの進む道が別々になるかもしれない。そうなったときに、翼ちゃんには私みたいになって欲しくないなってさ」

 

「……」

 

 その可能性はありえないとは翼は思えなかった。今は共に歌を歌い、戦場を掛ける仲間であるが、ノイズを完全に殲滅したら自分達は一体何をするのだろうかと考えたことがあった。

 このまま歌を歌い続けるかもしれないし、別の道を渡るかもしれない。もしかしたら……。

 

(そうなったら……。私は……)

 

 あるかもしれない未来に翼は少しずつ不安になった。思っていた以上に自分の心はそれほど強くないようだ。

 

「という訳で、翼ちゃんにはこれを進呈したいと思いまーす!」

 

 暗い顔をする翼を元気づけるかのように明るい声のあっちゃんは翼の手に何かを握らせた。

 

「これは……?」

 

 あっちゃんが渡したのは白いリストバンドだった。よく見てみるとグレン団を示すサングラスを着けた髑髏のマークが描かれていた。

 

「翼ちゃんをグレン団三人目の女性団員に任命します!」

 

「え……えっ!?」

 

 最初は事態にまったく理解できなかったが、少しだけ間を開けてあっちゃんが何を言ったのかを認識した。どうすればいいのか分からず、翼は奏の方に目を向けた。

 

「良いんじゃないか? 別に入って損することはねぇしな。あたしもこの間、副団長に戻されたし」

 

「そうそう。やっぱりグレン団は全員が揃ってないと。それにそろそろグレン団に女性団員が増えてもいいと思ってね」

 

 翼はどう返事すればいいのだろうか迷った。こういうことに誘われることは今まで一度もなかったからだ。

 

「それにね、このマークは絆の証なんだよ」

 

「絆、ですか?」

 

「そう。たとえ離れてても、遠くに行っても、死んでもこの絆は絶対に切れることは無いって。髑髏にサングラスのデザインはカミナ君のセンスだけどね」

 

 それには翼も納得の一言だった。

 カミナは二課に所属してから、自身の服にこの髑髏のマークを付けていた。最初は趣味が悪いと思っていたが、奏は特に気にすることなく同じマークを端末のカバーのデザインにしていた。

 

「形はどうあれ、グレン団があったから今みたいにまた一緒に遊べてる。たとえ一人になっても、これを持った仲間が何処かにいると思えば寂しくならないんじゃないかな?」

 

 この時、翼は一つ納得することがあった。奏がどうして彼らとの縁を切りたくても切れなかった理由だ。カミナもそうだが、グレン団のメンバーは揃って絆を大切にしているのだ。性格も何もかも違うのに、彼等は揃って仲間という存在を誰よりも大切にしていた。

 特に絆を大事にしていたのはカミナだった。彼がいたから、グレン団はバラバラになりかけても、またこうして一緒に集まれている。

 

「人間誰だって一人じゃ生きていけない。困った時に支えてくれる人達がたくさんいれば、きっと翼ちゃんも大変なことになってもなんとかなると思うんだ」

 

「……はい。私もそう思います」

 

 翼にも覚えがあった。支えてくれる友がいたから、ここまでこれたのだと。

 友は一人だけで良いという決まりはない。ならば、彼女の申し入れを断る理由は一切なかった。

 翼はあっちゃんからもらったリストバンドを左腕に付けた。

 それを見た二人は満面の笑みを浮かべる。

 

「「ようこそ、グレン団へ!」」

 

 こうしてグレン団に新たなメンバーが加わった。

 

「あ、そうそう。もし男子が変なことしてきたら私に言ってね。……シバくから」

 

 ついでに満面の笑みでありながら何処か黒いオーラを発するあっちゃんに翼は戦場で感じたものとは別種の恐怖を感じることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、女子達が辺りを散策している頃、男子は揃ってキャンプの準備に取り掛かっていた。

 そのはずだったのだが……。

 

「カミナ、何故僕らは釣りをしているのでしょうか?」

 

「さーな。文句ならおっさんに言ってくれや。色々と準備してくれるって言うから期待したっていうのに、ふざけやがって」

 

 カミナとメガネはキャンプ場の付近にある川で魚釣りをしていた。

 どうやら弦十郎はただの懇親会で終わらせる気はなかったようで、用意しておいたバーベキューセットの食糧が人数分に達していなかったのだ。足りない分がないのか探してみたが、一番大きなクーラーボックスに入っていたのは川釣り用の釣竿と餌であった。そして、クーラーボックスの底には一枚の紙が入っていた。

 

『足りないものは自分達で追加するんだな!! 弦十郎より』

 

 とだけ書かれており、これを見たカミナはまんまと嵌められたと思いながら追加の食糧を探すために釣りをしているのである。

 

「もう三十分も経っていますが釣れませんねぇ」

 

「くそう! おっさんの野郎、帰ったらこの間の借りも纏めて返してやるからな!」

 

 ぐぬぬと歯軋りするカミナにメガネは呆れた。力を入れた程度で魚が釣れるわけがないのだ。

 

「それで、二課に所属することになってどうなんですか?」

 

 カミナが二課に所属していることを知っているのはグレン団の中でもメガネだけであった。実家の近くのバイトを辞めることになったが、周りには親父の知り合いに良いバイトを紹介してもらったとどうにか言い含めている。

 

「あー、どうって言われてもなぁ……。人助けをするバイトって感じだな」

 

 その返答にメガネは口をポカーンと開けていた。カミナらしいと言えばらしい言い方なのだが……。

 

「軽すぎませんか? 人の命がかかってる仕事なんですよ」

 

「まぁ、そうなんだけどよ。それはどっちかって言うと救助隊の仕事だぜ。俺の仕事はノイズをぶっ飛ばすことだ。いざって時は動くけど、おっさん共が俺らがノイズを殲滅できるようにしてくれてるんだ。だから俺はおっさん達を信じてそっちに専念できるってだけさ」

 

「なるほど。まぁ、確かにカミナは救助活動の素人ですからね。出来ることをするのは間違ってませんね」

 

「後はノイズが出なかったらほぼ訓練だな」

 

「訓練はどんなことを?」

 

「おっさんと一対一(タイマン)でひたすら殴り合い。しかも一度も勝ったことがねぇ」

 

「はい?」

 

 何を言っているんだとメガネの顔に掛かれていた。

 

「冗談抜きであのおっさん強いんだよなぁ。俺らの大技をパンチ一発でぶっ壊すし、爆発を発勁で吹き飛ばすし、剣も槍も指先だけで受け止めるから防御も半端ねぇ。しかも俺も本気で防御しても攻撃が強すぎて意味がねぇし。人間じゃねぇわ、化物だぜ」

 

「……冗談ですよね?」

 

 カミナ達の力を目にしたことがあるメガネにとってシンフォギアや螺旋力に勝てる者はいないと思っていたが、まさかいるとは思わなかったという顔であった。

 

「後で奏達からも聞いてみろ、二人揃って頷くからよ。いつか絶対に勝ってやるけどな」

 

「Oh……」

 

 綺麗な発音で驚きつつ、メガネは考えることを放棄した。

その後、食料が足りないのを知った奏達や他のグレン団を集めて釣り大会をすることになった。

 因みに勝者は意外にものっぽであった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから翼を新たに加えたことでグレン団と翼の懇親会から翼の歓迎会に変わり、二泊三日のキャンプは全員で大自然の中をひたすら遊び続けた。川で遊んだり、星を見に行ったり、花火で遊んだりと充実した休みを彼等は過ごした。

 全力で遊ぶということをしてこなかった翼にとって彼等との出会いは多くの刺激を得るいい機会であった。

 そしてキャンプが終わってからも、彼等は時折集まっては一緒に遊ぶようになった。

 カミナ達が高校を卒業してそれぞれの道を歩み始めてもなお、長期休暇で集まっては一緒に色んなことをしてきた。

 そんな彼等と共に過ごしたことで、翼はアーティストとしてどんなに忙しくても彼等との絆を大切にするようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、カミナが二課に入り、ノイズとの脅威から人々を守り続けて二年が経過した。

 忙しくも充実した日々を過ごしていた彼等の運命は新たな局面へと進むのであった。




如何でしたか?
実はこの話でまず一区切りとなります。
次回から本編へと入ります。
本編で出てくる彼女達が一体どのように参加するのか、楽しんでいただけたら幸いです。














『次回予告』

 ライブ会場の惨劇から二年が過ぎ、高校を卒業したカミナは二課の職員となり本格的にノイズの脅威から人々を守っていた。
 そんなある日、カミナは一人の少女と出会う。

「あっ、あなたはあの時のっ!?」

「お前、どっかで会ったっけか?」

 カミナのことを知る謎の少女との出会いによって、二人の装者と螺旋力を手にした男は新たな脅威と遭遇する。

「はじめまして、と言うべきかな? 異世界で誕生した螺旋族」

「テメェは一体ナニモンだっ!!」

「アンチ=スパイラル、君を滅ぼす者だ」

 そして、新たな脅威は多くの者達を巻き込み、新たな波乱を呼び起こす。

「ようやく見つけたぜ。ずっと探してたんだ。パパとママを殺したテメェをよ!!」

「違う……。私は、そんなことを望んでなんかない!」

「誰だって隠しておきたいことぐらいあるさ。大切な人ならなおさらな」

「もうすぐ……もうすぐ完成するわ。私の願いを叶えるカ・ディンギルが」

「ひと汗かいた後で、話を聞かせてもらおうか!!」



次回、新章『戦姫絶唱シンフォギア編』開幕!!



 そして、波乱の中で男は叫ぶ。

「なめんじゃねぇっ! 俺を誰だと思っていやがるっ!!」


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第二章 戦姫絶唱シンフォギア編
それぞれの進路


どうもです。

ついにシンフォギア第五期の情報が解禁されました!

前作の締めに続くような不穏な言葉が出てもう……(わくわく)。

というわけで、今回から戦姫絶唱シンフォギア編に突入です!


 ライブの惨劇から二年が経ち、翼以外のグレン団の団員は揃って高校を卒業し、それぞれの道を歩み始めた。

 

「メガネは都市部の医大、ジョーは警察官になる為に専門学校、テッドとファットは同じ大学、鉄平とあっちゃんは調理学校、のっぽは難関大学にそれぞれ進学したんだよなぁ」

 

 頬杖をついて奏は友人達の進路を口ずさんだ。

 

「お前もリディアンを卒業してアーティスト活動がメインになって忙しくなったしな」

 

「そうなんだよ。翼は学生だから、結構ソロで活動することも多くなるってさ。少し前までは学生だったのに、一気に仕事が増えたわ」

 

「ま、それでも楽しいんなら良いんじゃねぇか?」

 

「ははは、まぁな」

 

 ツヴァイウィングとして活動しつつ、奏はソロでも歌うようになるらしく、現在、新しい曲に取り組んでいるらしい。学生時代より忙しいが、それでも充実しているようだ。

 ではカミナはと言うと……。

 

「ほい、豚玉お待ちどう!」

 

「おう、サンキュー」

 

 カミナは現在二課の本部の近くにあるお好み焼き屋で何故かお好み焼きを焼いていた。

 それには色々と訳があるのだが、その原因の発端は二年前のことだ。

 実はライブの事故の後、弦十郎は彼の母親にカミナの身に起こったことを伝えたのである。カミナの父親が二課で仕事をしていたことを知っている為に、それを聞いた彼女はすべてを受け入れた。

 その後、カミナの力のこともあり、二課に関わることになることを聞かされると、彼女はカミナに二課で人助けをしたいかと尋ねた。それを聞いたカミナは『やる!』と即答すると、彼女は『本人がやりたいなら好きにやらせます』と了承したのである。

 それからしばらくして高校卒業後、二課の職員として働いてはどうだろうかと弦十郎が話を持ち込んだところ、カミナの母親はこう言ったのである。

 

「せめて二課の職員として十分に働けるかどうかを見極めてからにしてください」

 

 実際、カミナの卒業時の成績は赤点ギリギリであり、友人だけでなく学校の教師からも良く卒業できたと言われたほどだ。

 ただ、本当に馬鹿と言うわけではなく、高校時代でのバイト先では仕事の飲み込みが早く、要領も良い為、かなり信頼されていた。

 そのことを踏まえ、じっくりと話し合った結果、研修期間を経て十分に仕事を任せると判断してから正式に二課に所属するということで話はまとまった。

 そして、現在は翼や奏と共にノイズを殲滅しつつ、救助活動の訓練や螺旋力の能力解明および応用方法などを検討しつつ、二課の仕事を覚えていっているのである。

 当然だが、給料はしっかりと払われているので、バイトをせずとも良いのだが、今、お好み焼き屋で働いているのには別の理由があった。

 

「それにしてもまさか鉄平の親戚がリディアンの近くでお好み焼き屋を開いてるとは思わなかったな」

 

「ああ、世の中ってのは広いようで狭いわな」

 

 鉄平の親戚のおばさんがリディアン音楽院の近くにあるお好み焼き屋『ふらわー』を経営していた。学校と駅の近くにある為、かなり繁盛しているのだが、どうも人手が足りない時があるらしく、鉄平の両親も時折手伝いに来ていたらしいのだが、事情が重なってしばらく手伝いに行けないとのことらしい。

 そこで、数々のバイトを熟してきたカミナがここら辺で働くことを耳にして、時間が空いている時にピンチヒッターとして手伝ってくれと頼んだのである。

 この店はグレン団全員が無事卒業してから、奏と卒業祝いをする為に来ており、カミナも彼女とは知らぬ中ではない為、その頼みを快く受け入れ、こちらに来てから時折、店の手伝いをしているのである。

 

「そう言えば、知ってるか? 翼から聞いた話だが、お前の存在が学校で噂になってるらしいぜ」

 

「はぁ、なんだそりゃ?」

 

「卒業式後に現れた店の若い男性店員が出すお好み焼きはおばちゃんの腕にも勝るとも劣らないからだってよ。いつ出てくるか分からないから、出会った人は運が良いって言われてんだと。見た奴はゲームのレアモンスターとかUMAを発見したのと同じくらい運が良いって話らしいぜ」

 

 まぁ、実際はちょっとカッコいい男がいるからと言うのが含まれているのだが、そんなことをわざわざ口にする気は奏にはなかった。

 

「珍獣扱いするんじゃねぇよ。そう言ったら、お前だって似たようなもんじゃねぇか。寧ろ、有名なアーティスト様がこんなところで飯食ってる所を見れる方が珍しいだろうが」 

 

「そうでもないさ。あたしも学生の頃にここで何度か食べたことがあるからな」

 

「そうねぇ、時々食べに来てくれたわね。でも、まさかあの子の友達が奏ちゃんだったなんて知らなかったわ」

 

 店の奥で作業を終わらせた鉄平の親戚のおばちゃんがグレン団の卒業直後に卒業祝いでここで撮った集合写真を見て微笑んでいた。

 

「それはあたしも同じですよ。寧ろ、鉄平の両親とかち合わなかったのが不思議なくらいですし」

 

「ま、いいじゃねぇか。今はこうして連絡とり合ってるんだからよ。……あ、そういえばそろそろ発売だったよな、新作のCD」

 

「カミナのくせによく覚えてたな。明後日に発売だ」

 

「メガネ達に店頭限定版が出るから予約しておいてくれって頼まれてたんだよ。そろそろそんな時期だったなって思い出してな」

 

「あら、そうなの? じゃあ、私も一つ買っておこうかしら。それに明日はリディアンの入学式だし、新入生に馴染んでもらう為にお店で流そうかしら」

 

「お、良いねぇ、おばちゃん」

 

 そんな話を目の前でしているのを見ていた奏は苦笑を浮かべた。

 

「何だかむず痒いな。目の前でそういう話されるのも」

 

「ま、仕方ねぇさ。有名になっちまったもんのサガってヤツだろうぜ」

 

「ははは、そいつは確かに否定できねぇな」

 

 そうこうしているうちに、客が増えてくる時間になった為、騒ぎにならないように奏は裏口から出ていった。

 

「へい、いらっしゃい!」

 

 客がやってくると、カミナの元気な声が店に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、次の日の朝。二課の仕事が入っている為、カミナは早朝から本部に向かっていた。

 時間的にリディアンの入学式に近いこともあり、歩いているとまだ中学生の雰囲気が抜け切れていない少女達をちらほら見かけた。

 

「当時の奏もあんな感じだったのかねぇ?」

 

「きゃ!」

 

 そんなことを呟いて余所見をしていると、カミナは誰かにぶつかった。

 声のする方に視線を移すと、そこにはしりもちをついている少女がいた。彼女は後ろ髪をリボンで結んでおり、新品のリディアンの制服を着ていることから新入生であることが伺えた。

 

「大丈夫、未来?」

 

 どうやらもう一人いたらしく、彼女と同じくリディアンの制服を着た薄い茶色の髪の少女がぶつかった少女に駆け寄っていた。

 

「ああ、すまねぇ。余所見して気付かなかった。怪我はねぇか」

 

 カミナが手を差し伸べると、少女は少々びっくりした顔をする。しかし、直ぐに手を取るとカミナは少女を立たせた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「悪いな、制服汚れてねぇか?」

 

「いえ、大丈夫です。その、お兄さんの方は……」

 

「おう、大丈夫だ。これでも鍛えてるからな! バイクにはねられたってへっちゃらだぜ!」

 

「おー、すごい筋肉だ」

 

 力瘤を見せると、薄い茶髪の少女が感嘆の声を上げる。彼女の反応にカミナは笑みを浮かべる。

 

「これでも救助活動の仕事をしてるんだが……よくよく考えりゃ、人に怪我させちまったら笑い話にもならねぇな」

 

「へー、救助活動をしてるなんて凄いですね!」

 

 どうやら救助活動という言葉に少々強く反応しているらしく、少女は目をキラキラさせていた。

 そんなことを話していると、カミナの端末からアラームが鳴り響いた。それを手にしたカミナはギョッと驚いた顔をする。

 

「やっべ遅刻だ! じゃあな、嬢ちゃん達、楽しい学園生活を送ってくれや! あ、そうそう、近くにある『ふらわー』ってお好み焼き屋は旨いから絶対食べに行ってくれよな!」

 

 ちゃっかり店の宣伝をして、カミナは全力ダッシュで本部へと向かった。

 

「なんか、嵐のような人だったね」

 

 後ろ髪をリボンを結んだ少女、小日向未来が素直な感想を口にした。

 

「……響?」

 

 隣にいる親友の立花響が何の反応もしないことに未来は首を傾げる。

 響の顔を覗いてみると、彼女は目を見開いてカミナの背中を注視していた。正確にはカミナの着ている服の裏に描かれたグレン団を象徴する印だ。

 

「あのマークは……もしかして」

 

 その時、立花響が二年前に受けた胸元の傷跡に一瞬だけ電流のような衝撃が走った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 カミナが二課の本部に着いてから、彼は午前中に二課の仕事をやりつつ、午後は了子達と共に螺旋力の実験を行った。

 本来ならもっと早く終わるはずだったのだが、色々とトラブルがあった為に予定より大幅に遅れて実験は終了した。

 

「お、終わった……ガク」

 

 なかなかハードな内容であった為に、カミナは研究ルームにある長椅子に突っ伏した。

 

「はいはーい、カミナ君、お疲れ様。今日のデータ収集はこれまでね」

 

「ま、マジでしんどい。あー、一体何時までこれを続けんだよ」

 

 カミナの螺旋力に関する研究は聖遺物の研究とは異なり完全に一から始めることである為にここ数年間で様々な実験を行った。

 今のところ分かっているのは、以下の通りだ。

 

・螺旋力はシンフォギア・システムと同様にノイズの位相差障壁を無効化することが可能ある。

・螺旋力の発動時に発生する緑色の光は高エネルギーを可視化したものであり、様々な形態に変化させ物理攻撃をすることも可能である。

・これまでの実験の結果、ドリルおよび大型サングラス(?)などいくつかが物質化にすることが可能となっている(恐らく他の物体の物質化も可能であると考えられる)。

・螺旋力を纏っている状態であれば、様々な環境下で活動が可能である。

・螺旋力の出力は本人の精神に関係しており、感情が昂るほどそのエネルギー量は大きくなる(本人曰く、困ったら気合でどうにかする)。

・螺旋力を解放したことで本来の身体能力も一部底上げされている

 

「この物質化が出来る場合と出来ない場合の境界線が良く分からないのよねぇ。やっぱり、カミナ君の想像力の問題なのかしら?」

 

 現在、物質化が可能となった例はいくつかあるのだが、その条件があまりにもふわっとした内容なのだ。

 

(ほぼ気合でどうにかしてるのよねぇ)

 

 これまで何度か奏達との実戦を踏まえた実験を行った時に、翼の刀を見て、『やっぱ、刀ってのはカッコいいよなぁ』とカミナがふと口にして、さっそく螺旋力を刀の形状に持っていくと無駄に気合の入った叫び声をあげると、カミナの手には螺旋力の物質化による刀が完成していたのである。

 まさしく、気合で解決したと言うしかなかった出来事だったのだ。まったくもって頭の痛い話である。

 今日のノルマを達成したため、了子はさっそくデータをまとめ始めた。

 

「カミナ君、今日はもう上がっていいわよー」

 

「りょうかーい」

 

 そう言って疲れている体を起こして部屋を出ていこうとすると、唐突にサイレンが鳴った。ノイズが出現したのである。

 

「どうやら、もう一仕事することになりそうね」

 

 終わりと言っておいて、仕事が発生したことに苦笑を浮かべる了子。

 それに対して、カミナは両頬を手で叩き、再度気合を入れ直す。

 

「しゃーねー、気合でやってやらー!」

 

 既に疲れ切っていたが、拳と掌を打ち付けて気持ちを昂らせカミナは駆け足で部屋を出ていった。

 

「ふふ、やっぱり若いって良いわね」

 

 妖艶な笑みを浮かべて、了子もその後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 多くの人が家に帰って眠っている中、リディアン音楽院のある街から少し離れた森林地帯にてノイズが発生し、自衛隊および特異災害対策機動部の一課がその対処を行っていた。

 幸い、その地域の住人達の避難は完了しており、後はノイズの進路を街から離れるように変えるだけである。

 しかし、彼等の装備ではノイズに攻撃が当たらない。何丁もの銃を放ってもミサイルをぶつけても位相差障壁によって無効化されるだけだった。

 カエル型、人型、そして巨人型のノイズの群れによる進軍は止まらず、付近の家々を壊していく。

 

「やはり、通常兵器では無理なのか!」

 

 自衛隊の一人がそれを見て苦悶する。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

 

 その直後、二人の女性の綺麗な声が戦場に響き渡り、白いヘリが現れた。

 ノイズと自衛隊の間を通ると、ヘリから奏と翼、そしてカミナが飛び降りた。

 飛び降りた直後、少女二人は光に包まれシンフォギアを纏い、カミナは螺旋力をその身に纏わせる。

 三人が華麗に着地して、ノイズの前に立ちはだかる。

少女達は剣と槍をノイズに向けて構え、男は右手を高らかに挙げて、人差し指を天にめがけて向けた。

 

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! ノイズを倒せと、俺を呼……」

 

 男が言い切る前に金属によって叩かれる音が戦場に響いた。少女の槍と刀(峰)がカミナの石頭に叩きつけられた音である。

 

「いってーっ!! 何すんだよ、良いとこだったのに!」

 

「アホか、このバカミナ。こんな状況下で決め台詞を吐く奴があるか!」

 

「少しは緊張感を持って臨んでくださいとあれ程言いましたよね!」

 

 一触即発の戦場にあるまじき漫才が自衛隊とノイズの前で始まった。

 

「良いだろうが! 俺だって戦う前に何か言いてぇんだよ!! 決め台詞は男の浪漫だろうが!!」

 

「起動詠唱は決め台詞じゃねぇっ! いい加減にしろよ、このアホ!!」

 

「だって俺一人だけ黙って変身したくねぇんだよ!」

 

「どんな我儘ですか!」

 

 だが、そんな漫才もいつまでも続くわけがなく、痺れを切らしたかのようにノイズは再び進撃を開始し、三人に襲い掛かる。

 その直後、先程までの騒ぎが嘘のように、三人は即座に動き出した。

 

「はぁっ!」

 

 翼は脚部のブレードを展開して、『逆羅刹』で接近する周囲のノイズを次々切り裂いていく。彼女の攻撃が接近するノイズを一気に殲滅した。

 

「くらえっ!」

 

 奏は『STARDUST∞FOTON』によって大量の槍を投げつけ、奥にいるノイズの群れを駆逐する。

 そして、翼と奏によって敵が減ったところを、カミナの右手に物質化させたドリルによる一点突破で残りのノイズを蹴散らし、後方にいる巨人型へと特攻を仕掛ける。

 

「おらぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 巨人型のノイズの股から頭へとドリルで貫き、ノイズは爆発して消滅した。

 三人の攻撃は一切互いを妨害、または干渉することは無く、一体も打ち漏らさずに一瞬にして片付けてしまった。

 周囲を確認してカミナは二課からノイズの殲滅の連絡を受けると、奏と翼の元に駆け寄った。

 

「お疲れさん」

 

 三人はハイタッチして互いを労った。

 

「お疲れ、奏」

 

「あー、終わった終わった。さぁて、さっさと後処理終わらせて帰ろうぜ」

 

 肩をコキコキと鳴らして、気だるげな顔をするカミナに二人は呆れていた。

 

「ったく、このバカミナが。お前がふざけなければもっと早く終わったっての」

 

「奏の言う通りです。戦場は遊びではないと言っているのにあなたと言う人はどうしてこうも自分勝手なことばかりするんですか」

 

「えー、だってやっぱカッコいいだろ、決め台詞」

 

「「こんな時にカッコよさを求めるな!!」」

 

 一瞬でノイズを殲滅して呆気に取られてしまい、三人の会話に入る余地がない自衛隊や一課はその様子をただ見ていることしか出来なかった。

 

「アレがシンフォギア。そして、あの三人が二課の『チームグレン』か」

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、ノイズが発生しているとは知らず、響はリディアン音楽院の寮で未来と一緒に眠りについていた。

 

(やっぱり、あの人……)

 

 入学式の直前に出会った救助活動の仕事をしているあの青年の服にあった髑髏のマークに見覚えがあった。

 それは二年前のツヴァイウィングのライブ会場でのこと。ライブの途中で突如ノイズが発生し、人々が逃げ惑う中、私は一人逃げ遅れた。観客の人達がいなくなった後、私が目にしたのは武器を携えて戦うツヴァイウィングの奏さんと翼さんだった。

 何が起こっているのか分からず、唯その場に立ち尽くしているとノイズの攻撃によって客席が崩れ、足場を無くした私はそのまま落っこちてしまい、怪我をして逃げることが困難になってしまった。

あの時、誰かが私を呼んでくれた気がするけど、崩壊の音が大きくて、その声が誰なのか分からなかった。

 そんな私にノイズが襲い掛かると、奏さんが身を挺して守ってくれた。

 直ぐに逃げろと言われて、残った力を振り絞って逃げようとしたら、唐突に自身の胸元に何かが刺さった。アレが何だったのかは今は分からないけど、その所為で体に力が入らなくなって私は倒れてしまった。

意識が朦朧としている中で、奏さんと二人の男の人が私に駆け寄ってきてくれたのが分かった。

 必死に私の命を繋ぎ止めようとする男の人の隣で奏さんは私に呼び掛けてくれた。

 

『生きるのを諦めるな!』

 

 その言葉は今でも耳に残っている。それに、そのおかげで今私が生きている気がした。

 でも、奏さんの言葉と同じくらい、私の記憶に残っている光景があった。

 それはとても暖かい緑色の光だ。力強くまるで大空に届かんばかりに伸びる光の螺旋が私の目一杯に広がっていた。その螺旋の真下にいる男の人に私はゆっくりと目を向けると、彼は大空を掴もうとするかのように高々と手を挙げていた。

 その時、私は思った。まるであの人の心を示す光のようだと。

 そして、私の意識が途切れる直前、その人が身に着けていた衣服にあったマークが私の目に焼き付いた。

 サングラスを掛けた髑髏を象る炎を。

 

(ああ、そっか、あの人が……)

 

 その時になって私はようやく思い出した。顔は覚えていないけど、あの言葉を言った少年のことを。

 

『自分が正しいって思ったら最後までその思いを貫き続けろ!』

 

「えへへ……」

 

 今日は散々なことがあって呪われてると思ったが、ちゃんと良いことがあったことが分かり、笑みを浮かべて響はゆっくりとその目を閉じた。

 




如何でしたか?

さてさて、グレン団はそれぞれの道を歩んでいきました。

ここだけの話、カミナを奏のマネージャーにしてみようかと思ったんですが、あの性格からして無理ですねぇ(笑)。

さぁ、次回は原作一話後半に突入です!

では、今回はこれにて!


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第二の神槍

どうもです。

今回は珍しく早く書けました。

XDのグリッドマンコラボの情報を見たんですけど、うん、本当にグリってたわ……。


「ふあー、眠い」

 

 二課の本部で昨日のノイズ討伐の件について報告書をまとめていたカミナは大きく欠伸した。

 

「はいはい、ぼやいてないでさっさと報告書書いた書いた。あ、そこ字間違ってるぞ」

 

 カミナの報告書を見つつ、隣で仕事をしているのは藤尭である。

 

「うげ。勘弁してくれよ、藤尭ぁー」

 

「藤尭・さ・ん・だ! これでも君の先輩なんだからもう少しくらい敬ってほしい所なんだが」

 

「えー、なんか藤尭ってここぞって時にヘタレな気がするからよー、敬語使う気になれねぇわ」

 

「はぁっ!?」

 

「ぷっ、くくく……」

 

 藤尭の隣にいる友里あおいが的を射ているカミナの言葉に思わず吹いてしまう。

 他の職員も同じ思いであったため、『カミナ良く言った』と一部の職員には親指を立てる者もいた。

 

「だ、誰がヘタレだ!」

 

「だってこれまで女と付き合ったことねぇんだろ?」

 

「ぐはっ!」

 

 的確なツボを押されて、精神的ダメージを藤尭は受けた。

 そういうカミナも女性と付き合っていないと藤尭は言いたかったが、奏がカミナを異性として見ていることを知っており、なおかつ実際に自分よりも女性職員と接していることもあって何も言い返すことが出来ない。藤尭は恨みがましい目をカミナに向けるだけしか出来なかった。

 

「ま、それはそれとして、カミナ君はもう少し誤字脱字に注意して書いてね」

 

 友里もカミナの報告書を覗き見て、苦笑を浮かべてそう言った。

 

「了解でーす」

 

「おーい、俺と彼女との接し方が全然違うんだが?」

 

「友里さんには常日頃お世話になってるんで」

 

「俺も結構サポートしてたはずなんだけどなぁ!?」

 

「……そうだっけ?」

 

「この野郎っ! もう知らん!」

 

 その一言に藤尭は嫌気がさして、しばらく机に突っ伏してぶつくさと何かを呟き始めた。

 

「カミナ君、あまり藤尭を悪く言うな。それにここにいる職員は全員優れた技能を持っている。君達をサポートするのに彼等ほど相応しい者はいないのだからな」

 

 そんな三人の会話を聞いていた弦十郎がカミナを窘めた。

 

「そりゃそうだけどよ、昨日は実験のアクシデントもあった所為でほぼ疲れかけの状態でノイズと戦ったんだ。まだ全然疲れが抜けねぇのよ」

 

「ま、そういう時もあるさ。そうならない為にも、まずは特訓あるのみだ! また今度修行をつけてやろうじゃないか」

 

「よーし、仕事をさぼる口実が出来たぞー!」

 

「こらこら、そんなことを声に出して喜ばないの」

 

 カミナが二課の仕事を出来るようになるにはまだまだクリアするべき課題は多いが、その代わり、彼の活気は二課に多大なる貢献をしていたことをここにいる誰もが気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 昨晩のノイズ討伐のこともあり、今日は少しだけ早めに上がることが出来た。

 それを利用して、カミナはメガネ達の頼みであるツヴァイウィングの新曲CDを買いに二課の本部からモノレールで少し移動した先にあるCDショップに向かった。

 予約した物をさっさと買うと、今日の夕食の食材を買い足しについでに近くのスーパーに立ち寄ることにした。

 意外だと思われがちだが、カミナは父親を亡くしてから母親と二人で生活していた為、家事は一通りこなせるのだ。

 今は二課が用意した部屋で暮らしており、その家事スキルを駆使して普通に暮らしている。

 因みにそれを見た翼はカミナが自分より生活力があることにショックを受けたのだが、何度か改善しようとチャレンジを試みるも結果は変わらず、現在もほぼ緒川に任せきり状態だ。これをカミナと奏は愛すべき欠点と捉えていた。

 

「さてと今日の買い物はこれで終わりだな」

 

 一通り買い物を済ませ、帰ろうと駅の入り口に辿り着いた。

 

「CDっ! 特典っ! CDっ! 特典っ!」

 

 するとリディアン音楽院の生徒が一人マラソンの掛け声のように急いで駅から出ていくのを目撃する。

 どこかで見たような気がするが、直ぐに思い出せず、家に帰ろうとカミナは改札口を通っていく。

 それからわずか数分後、モノレールに乗る直前、ノイズ発生の連絡をカミナは受け取った。

 

「……おいおい勘弁してくれよ。今日は卵が安かったんだぜ?」

 

 両手に持った荷物を見て、カミナはガックリと項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 これは今日一番の不幸だと私、立花響は思った。

 ツヴァイウィングの新作CDを買う為に、近くのCDショップまで急いであと少しと言う所で、私はコンビニの中にあった『ありえないモノ』を目にしてしまった。

 店内に黒い炭素の山があったのだ。そして、店の外では炭素が風に舞っている。

 それを目にした時、私はあの日の悲劇を思い出した。

 ノイズが人々を襲い、そこにあった命が唯の炭素へと変貌する様を。

 

「ノイズ……!」

 

 あの恐怖がまた自分の近くで現れた時は動けなくなるかと思った。

 それでも私が逃げることが出来たとすれば、それは奏さんの言葉のおかげだった。

 

『生きるのを諦めるな!』

 

 それが私の心と体を動かした。

 現れるノイズから逃げるように私は走った。

 途中でお母さんと逸れた女の子を見つけると、私は直ぐに彼女と一緒に逃げた。

 私は路地裏に逃げ込んだり、川に飛び込んだりしてノイズから逃げ続けた。

 でも川に飛び込んだのは失敗だったと後になって後悔した。避難シェルターからかなり離れることになったからだ。

 ここまで走ったのは私の人生で初めてだった。呼吸が荒くなり、肺も心臓も体中が悲鳴を上げていた。

 でも、ノイズと言う災厄はそんな私の都合に合わせてくれなかった。

 遠くに見えるノイズの大群によって、皮肉にも私の火事場の底力を発揮させた。

 奏さんの言葉を思い出しながら、最後の最後まで足掻いてやると私は海の近くにある工場に逃げ込んだ。

 その時には日がもう沈みがかって、街の明かりがはっきりと見え始めていた。

 私は一緒に逃げている女の子を背負って梯子を上った。梯子を登り切ると、私は仰向けに倒れ込んでいた。

 

「死んじゃうの?」

 

 女の子が不安と絶望を含んだ声で私に言った。そんな彼女の不安を除くために私は笑みを浮かべて首を横に振った。

 絶対にこの子は助けてみせるとその時私は決意した。

 でも、周りを見た瞬間、私は絶望を目にしてしまった。

 ノイズの大群が背後にいた。

 それを目にした女の子は私の後ろで怯えている。

 ノイズが一歩ずつ迫ってくる。

 それでも、私は諦めようとはしなかった。

 まだ何か自分に出来ることがあるはずだと言い聞かせる。

 

「生きるのを諦めないでっ!!」

 

 だって、私には会いたい人がいるから。その人と会わずに、こんなところで死んでたまるか!

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 そう強く思った時、私の心に歌が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、おっさん! 工場でなんか光ってんぞ!」

 

 ほぼ同時刻、建物の屋上を駆けながらノイズを探していたカミナは、工場から強い光が放たれているのを目撃していた。

 

「今こちらでも確認した!」

 

 弦十郎に連絡を取ると端末の向こうでも職員達が慌てて解析している音が聞こえた。

 

「まさかこれ、アウフヴァッヘン波形?」

 

 端末から了子の驚いた声が聞こえた。

 因みにカミナは「アウフヴァッヘン波形ってなんだっけ?」と首を傾げていた。螺旋力の研究ばかりに時間を費やしていた為、シンフォギアについてあまり詳しく覚える機会が少なかったこともあったので仕方のないことだろう。

 しかし、彼の疑問は直ぐに解決した。

 

「ガングニールだとぉっ!!」

 

(ガングニールって確か奏の……)

 

「ちょっと待て、おっさん! 奏はあそこにいねぇだろうがっ!! さっき連絡とったぞ!」

 

 カミナの疑問は尤もだ。シンフォギアは貴重であるのは流石のカミナも知っており、そこにいない人物と同じ反応が工場から検出されたとなれば、驚くほかなかった。

 

「ああ、分かっている。こちらでも防犯カメラから新たな装者を確認した」

 

「はぁっ? いつの間に増やしたんだよ?」

 

「いや、彼女は我々が把握していない。とにかく今は奏君達と共に現場に向かってくれ」

 

「言われるまでもねぇよ!」

 

 色々と疑問があったが、それを一旦横において、すぐにカミナは螺旋力を駆使して、屋上を全速力で駆け抜ける。

 

「カミナ、お前今どこにいるんだ?」

 

 移動中に奏と翼から連絡が入った。

 

「リディアンの近く駅から二、三駅隣の所だ。買い物の帰りにノイズの出現を知って探してた」

 

「見つけられなかったのですか?」

 

「数体見つけたんだが……少し前からいなくなりやがった。聞いた話だとかなりの数だって聞いたんだが、何処にも見当たらねぇんだ」

 

「……もしかしたらノイズは誰かを追っていたのかもしれません」

 

 翼の予想にカミナは疑問符を頭に浮かべる。

 

「誰かって誰だよ?」

 

「まさか、工場にいる子か?」

 

 一方、奏はそれが工場に現れた新たな装者だと予想した。

 

「……恐らくだけど。カミナさんがいた付近に確かにノイズの強い反応があって、そこから徐々に工場の方へと反応が移動していたようです」

 

「成程なぁ。で、二人はどれぐらいで現場につきそうなんだ?」

 

「私は本部から出ることになるけど、五分はかからない」

 

「俺はそんなに離れてねぇな。本気で走れば数分で着くな」

 

「了解。じゃあ、ビリはあたしだな。現場には民間人の女の子もいるから、救助は頼んだぜ二人共」

 

「分かった!」

 

「おっしゃ、任せろ!」

 

 その言葉と同時にカミナは螺旋力をその身に纏わせ、一気に飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 カミナが工場で光を見た直ぐその後、響は自分の身に起こっていることが理解できていなかった。

 

「ええっ!? 何で!? 私、どうなっちゃってるの!?」

 

 先程まで制服を着ていたはずなのに、体中に特撮ヒーローのような少々ごついプロテクターを装着していた。

 それこそ、まさしく翼や奏が纏うシンフォギアと全く同じものであった。

 

「お姉ちゃんかっこいい!」

 

 そんな中、響は女の子を見ると、彼女の目は希望の光があった気がした。不安も恐れもない純粋な目であり、響は自分の置かれた状況を後回しにすることにした。

 とにかく彼女を助ける、その為に動こうと響は女の子の手を取る。

 胸の中から歌が浮かび上がり、自然とそれを口ずさむと体の底から力が湧いてくる気がした。

 まずは一歩踏み出そうと、足に力を入れると響はノイズの頭上を飛び越え、空を駆けていた。

 

「えっ!? なに!?」

 

 響は再度驚いた。人間の持つ身体能力では明らかに不可能な動きに目を丸くする。

 しかし、驚くのも束の間、そのまま重力に従って一気に落下する。

 どうにか着地するが、その後はひたすらノイズから逃げ続けるしか響は出来なかった。

 迫りくる人型やカエル型、巨人型のノイズの攻撃を避けつつ、抱えている女の子が怪我しないかおっかなびっくりに響はとにかく逃げ回る

 上手くやっているものの、それでも戦いの素人であり、シンフォギアを知らない響は本来の使い方を知らない。

 その為に、ノイズの動きに完全についていくことは出来ず、襲い掛かるノイズに響は虫を払うように思わず手を振りかざしてしまう。とっさのことで目を瞑ってしまうが、彼女の纏っているシンフォギアのおかげでノイズは炭素と化して消えていった。

 

(私が、やっつけたの?)

 

 驚くのも束の間、バイクのエンジン音が近づいてくるのが分かった。

 ノイズをかき分けて少女を乗せたバイクが響の横を通り過ぎると、彼女はバイクを捨てて飛び上がった。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 空中で新体操のように優雅に体を回転させ、響の前に着地したのは翼だった。

 

「呆けない」

 

「えっ?」

 

 響は目の前に翼が現れたことに呆気に取られていた。

 

「あなたはそこでその子を守ってなさい」

 

 翼が響を見ずにそう言うと、ノイズの集団へと走りだすと、シンフォギアを纏い刀を携えて戦場へと足を踏み入れた。

 

「ひっさぁぁぁつ、火の車ぁぁぁ、キィィィィックっ!!」

 

 その直後、翼が立ち向かおうとしていたノイズの集団の後方にいる巨人型に何かが飛来して大穴を開けられ、爆散した。

 

「えっ!? こ、今度は何っ!?」

 

 ノイズの爆散による煙の中から、今度は緑色の光を纏った人型らしき何かが出てきた。

 突如として現れたのは螺旋力を纏ったカミナなのだが、初めて見た人からすれば、彼が人間だと思わないだろう。

 先程から驚きの連続で響は状況を把握することが出来ず、おろおろとしていた。

 

「遅いですよ! 一体どこで油を売っていたんですか!」

 

 激昂する翼に響は驚いた。歌姫と今日偶然食堂で会った時の学校の先輩としての一面しか知らないが、それでも翼があんな風に怒るとは思わなかったからだ。

 

「そう怒んなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」

 

「っ! そうやって何時も茶化さないでください!」

 

 そう言うと翼はやや八つ当たり気味にノイズを倒しにかかった。

 

「うおっ!? あぶねぇだろ! 俺ごとやる気かっ!」

 

「すみません、手元が狂いました。次は外しません」

 

「おおう、殺る気満々マン!?」

 

「日頃の行いを思い返せば当然です!」

 

 少々コメディチックな会話があったが、それでも二人は迅速にノイズを倒していき、二分もかからず周囲のノイズを殲滅するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 カミナと翼がノイズを殲滅してから少しして、特異災害対策機動部の職員が到着し、後処理に取り掛かっていた。

 その片隅で、奏は目の前で正座している親友二人と対峙していた。

 

「……で、あたしが到着する前にノイズは片付けたけど、カミナの態度に翼の堪忍袋の緒が切れて喧嘩してたって訳か」

 

「……そうです」

 

「ああ、そんな感じだな!」

 

 シュンとしている翼に対してカミナはガハハと豪快に笑っていた。

 奏は一人で仕事をすることが増え、二課の本部から離れた場所で仕事をすることが増えていた為、戦闘に間に合うことは出来なかった。

 しかし、いざ急いで来てみれば、翼の刀を全力で真剣白刃取りしているカミナがおり、何が起こっているんだと首を傾げた。その後、職員達が来る前に二人を仲裁して、現在、事情を聴いているのである。

 真相を知った奏は呆れたように溜息をついた。

 

「……バカだねぇ、二人共」

 

「返す言葉もないです」

 

「まぁ、遅れたのは悪いと思ってる」

 

 翼の怒りは尤もだと、バツが悪そうな顔をするカミナに奏は怪訝な顔をする。

 

「一応聞いてやるけど、翼より少し遅れた理由は何だよ?」

 

「今日買った食材を無事に置ける所を探してた。食材を無碍にするなって母ちゃんとの約束だからな」

 

「あー、なるほどなぁ」

 

「カミナさんのお母さまですか……」

 

 二人は納得したように頷いた。

 カミナの母親は普段であれば誰もが認めるいい母親なのだが、食べ物に関しては物凄く厳しいのである。

 加えてカミナは母親との約束を絶対に破ることはしない為に、それを知っている二人は一方的に悪いとは言えなかった。

 

「ったく、今度から気を付けろよ」

 

「へいへい分かってますよ」

 

「今回ばかりは大目に見ますけど、別の理由で遅れた場合、今度は蒼ノ一閃を叩き込みますので」

 

「まぁまぁ、翼も少しは手加減してやれって」

 

「いや、奏、そこは止めろよ」

 

「自業自得だ、バカミナ」

 

「うわ、ヒデェ」

 

 事態の収拾は済んだと判断した奏は、少し離れたところにいる新たな装者に目を向ける。

 どうやらシンフォギアが解除できないらしく、そのままで友里がいれた飲み物を飲んでいた。

 

「さて、それじゃあ、そろそろあの子の所に行くか」

 

「へいへい。ま、結局二課に連れて行くんだろ?」

 

「そうなりますね。彼女について色々調べておく必要がありますから」

 

 この時、三人は新たな装者の出現によって運命の歯車が回りだしたことを知る由もなかった。

 




如何でしたか?

今回は原作の二話冒頭部分のみになります。

カミナと関わって翼が響に対する態度に変化が生まれるのかは次回以降明かされます。




前回更新したらお気に入り登録の数が一気に百以上増えて驚いています。

それと高評価をつけていただいて感謝感激です!

今後もカミナ達の活躍をご期待ください!


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歓迎会

どうもです!

2019年ももう少しで折り返しですよー、早いですねぇ。

そして日に日に迫る『戦姫絶唱シンフォギアXV』をこれまでの話を振り返りながら待っています。

今ならGまで一気見出来るんで、見てない人は今すぐゴーッ!


 カミナと翼のくだらない喧嘩の収拾をつけ、三人は突如として現れた三人目の装者、立花響の元へと向かった。

 当の響は友里からいただいたコーヒーを飲んでほっとすると、ほぼ同じタイミングでシンフォギアが解けた。

 

「わわっ!」

 

「おっと」

 

 唐突に解除したことに響は驚き、思わずバランスを崩して後ろに倒れかける。それをちょうど背後にいたカミナが支えたことで、彼女はしりもちをつくことは無かった。

 

「あ、すみません。それにありがとうございます」

 

 誰かにぶつかってしまい、直ぐに響は頭を下げてお礼を言った。ぶつかった相手の顔を見ようと顔を上げると響は目を丸くした。

 

「あ! あっ、あなたはあの時のっ!?」

 

「ん? お前、どっかで会ったっけか?」

 

「なんだ、カミナの知り合いか?」

 

「か、奏さん!?」

 

 先程まで周りのことに目を向けていた為に、響は奏がここに来ていたのに気づかなかった。加えて隣に翼もいる為に、響は昔見たあの光景が嘘ではないのだと改めて確信した。

 一方、奏がカミナにそう問いかけるが、当の本人は首を傾げてうーんと唸っていた。

 

「んー。でも待てよ、見覚えがあるような……ないような」

 

「いやどっちだよ! はっきりしろや」

 

「大方いつもの人助けをした時に会った人じゃないですか? カミナさん、困ってる人を見たら誰彼構わず助けますから」

 

「いや、最近はふらわーの手伝いくらいしかしてねぇ……。あっ」

 

 何かを思い出したようにカミナは拳で掌を叩いた。

 

「昨日リディアンの近くで会った嬢ちゃんか」

 

「はい! それに皆さんに助けてもらったのはこれで二回目なんです!」

 

 笑顔でピースする響に三人は呆けた顔をする。

 

「「「……二回目?」」」

 

 見事に三人の声が重なった。カミナは首を傾げ、翼は口元に手をやり考える込む。こんな子を助けたことが任務中にあったかどうかを思い出してみたが、二人の記憶にはなかった。

 

「……お前、まさか」

 

 一方、奏は何かを思い出したのか、再び響の顔を見てると確信したかのように僅かに目を見開いた。

 それにカミナと翼が反応しかけたが、響と一緒にノイズから逃げていた女の子と母親が再開しているのが四人の目に映った。

 子供が無事であることを安心する母親だったが、二課の女性職員が今回起こった出来事を口外しないことを詳細に話し始め、親子共々唖然としていた。

 それを見た響は苦笑を浮かべる。

 

「じゃあ、私もそろそろ……」

 

 家に帰ろうとすると、奏が響の肩を掴んだ。

 

「ところがそうはいかねぇんだ」

 

 その瞬間、黒服の男たちが四人を囲むように並ぶ。

 

「な、何でですかっ!?」

 

 響は突然のことに目を丸くする。親友の未来にこれ以上心配をかけさせない為にもすぐにでも帰りたかった。

 

「特異災害対策機動部二課まで同行していただきます」

 

 翼がそう言うと、何処からともなく緒川が響の前に現れ、一瞬にして響の両手に手錠をかけた。

 

「おー、相変らずの早業だな。というかいつの間に出てきたんだ?」

 

 カミナが感嘆の声を上げると緒川はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「恐縮です。それと、すみませんね。あなたの身柄を拘束させていただきます」

 

「えっ、え?」

 

「緒川のあんちゃんよ。乗せるんだったら俺らと一緒で良いだろ?」

 

 カミナからは二課の職員は様々な呼ばれ方をしており、緒川はよく『あんちゃん』呼ばわりされている。当の本人はその呼び名に不満はなかった。

 

「ええ、構いませんよ」

 

「よーし、じゃあさっさと行くぞー。はい、撤収撤収」

 

 カミナが柏手を打ってそう言うと黒服の男達は直ぐに移動する用意を始めた。

 

「おいおい、カミナ、勝手に仕切るなよ」

 

「こういうのはさっさと動いた方が良いんだろ? あ、買ってきたモン回収しておかねぇと」

 

「そちらは僕の方で回収しておきましたのでご安心を」

 

「おー、出来る大人は違うねぇ。どっかのバカミナと違って」

 

「うるせぇ、一言余計だっつうの。ほれ、さっさと行くぞ」

 

「えっ? ちょ、ちょっと」

 

 響を車の後部座席に乗せると奏と翼が彼女を挟むように乗り、カミナは助手席に座った。

 緒川がその車を運転して、彼等は現場を後にして、二課の本部があるリディアンへと向かう。

 

「な、何でーっ!?」

 

 状況の理解が追い付いていない響の絶叫が夜の空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ! 人類守護の砦、特異災害対策機動部二課へ!」

 

 響を連れて、絶叫マシン並みの高速降下するエレベーターを降りた先には弦十郎を含め、二課の職員が総出で響の歓迎会を開いていた。

 先程まで不安そうな顔をしていた響は唐突に『熱烈歓迎! 立花響さま☆』と書かれたボードを目にし、拍子抜けしたように間抜けな顔をしていた。

 一方、翼は額に手を当てて困った顔をしており、緒川は苦笑を浮かべ、奏とカミナは愉快そうに笑っていた。

 そんな呆けた響に了子が記念写真を撮ろうとしているのを眺め、カミナが自分が着た頃を思い出していた。

 

「懐かしいな。俺が来た時もこんな感じだったっけか?」

 

「皆、お祭り騒ぎが好きでも忙しいからな。花見とか宴会とか開くとかなり盛大にやるんだよな。ま、あたしは嫌いじゃないけどさ」

 

「だけど、この短時間でここまで用意できるとは思わなかった」

 

 カミナが来た時の歓迎会は割と時間をかけており、翼と奏も手伝いをしていたが、この短期間で良くもここまで用意できたものだと驚きと呆れが半分ずつ、翼の心にはあった。

 カミナの歓迎会では、了子の「とりあえず脱いでもらいましょうか」発言に対して、素で上半身裸になり、その所為で唐突の男性職員によるボディビルが始まり、それが終われば弦十郎と大食い対決を始め、かなり盛大な歓迎会となった。

 

「なぁぁぁー! 私のカバーン!! なーにが調査はお手の物ですかー! カバンの中身勝手に調べたりなんかして!」

 

 そんな会話をしていると弦十郎が二課について軽く話していた。

響の素性を知っているのは、二課にとって調査はお手の物だからと言いつつ、響のカバンの中身を調べており、当の持ち主から猛抗議を受けていた。

 

「というか、何時まで手錠つけてるんだ?」

 

「緒川さん」

 

 カミナの指摘に翼は確かにと思い、緒川に響の手錠を外すように示唆した。

 

「はい」

 

 そうして手錠を外した後、職員達は日ごろの疲れを癒すために雑談や飲み物に手を出し始め、歓迎会が始まった。

 

「では、改めて自己紹介だ。俺は風鳴弦十郎、ここの責任者をしている」

 

「とてもじゃねぇけど、そうは見えねぇよなぁ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべるカミナが響にそう言うと彼女は困惑した顔を浮かべる。

 

「えっと……、どうなんでしょうか?」

 

「まぁ、カミナの言うことにも一理あるわな。それに司令っていうより前線出て戦うタイプだし」

 

「それに一度も手合わせで勝てたことがありませんから。相手がノイズでないなら絶対に前線に出てきますから」

 

「君達なぁ。まぁ、確かにその通りだが……」

 

 苦笑を浮かべる弦十郎だったが、内心、翼がカミナと奏に乗っかってそんな軽口を言うようになったことを喜んでいた。

 

「はいはい、それじゃあ次は私の番ね。二課の出来る女こと、櫻井了子よ、よろしくね。そして、そっちの三人が二課に所属しているノイズ対策特殊部隊の通称『チームグレン』。それじゃあ、三人共、自己紹介をよろしく」

 

 了子に促されて、三人は誰から行くと視線を合わせると、先に出てきたのは奏だった。

 

「一応知ってると思うけど、ツインボーカルユニット『ツヴァイウィング』の天羽奏だ。リディアン音楽院のOGで、今はソロ活動も始めてる。そんで隣にいる彼女が」

 

「三年生の風鳴翼です。風鳴司令の姪で、暴走した二人のストッパーを担当しています。最近はある人の独断専行が悩みの種です。そして、最後に彼が」

 

「おし! 俺の番だな! 日ノ本に名声轟くグレン……」

 

「「口上が長いのは禁止!」」

 

 奏と翼に出鼻を挫かれて不貞腐れるカミナに職員達は揃って苦笑を浮かべていた。

 

「俺はカミナ、神野神名だ。奏とはガキの頃からの付き合いで、今は二課の職員(仮)兼チームグレンのリーダーだ。たまにふらわーってお好み焼き屋で手伝いをしてる。よろしく!」

 

「は、はい。えっと、立花響です。よろしくお願いします」

 

 頭を下げて挨拶をする響。その時、彼女は小さい声でカミナの名前を反芻したが、誰もそれに気付くことは無かった。

 その後、弦十郎と了子からここに呼んだ理由を聞き、自身の身に起こったことが何なのかを響は尋ねる。

 その問いに対して、弦十郎達は今日起こったことを他言しないことを彼女に約束させた。そして、響の身に起こったことを調査する必要があるのだが、了子が甘く魅惑的な声で『とりあえず脱いでもらいましょうか』という爆弾発言をしたために、唯一意味を理解していない響の悲痛な叫び声が二課の本部に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 響の歓迎会と彼女が何故シンフォギアを纏っていたのかを調査するための検査を粗方終わると彼女はそのままリディアン音楽院の寮へと帰っていった。

 彼女が無事に寮に戻った後、カミナ達三人は休憩スペースに集まっていた。

 

「結局、あの嬢ちゃんはナニモンだったんだろうな」

 

「それを今、了子さんが調べてるんだろ」

 

「素上で言うなら、怪しい所は何もないごく普通の新入生みたいです」

 

「まぁ、お前らの新作CD買いそびれて心底ガッカリしてたしな」

 

「そういや、お前が買ってたヤツを渡してたけど、良かったのか? アレってメガネ達の分だろ」

 

 帰る前に響がツヴァイウィングのCDを買いそびれていたことを思い出し、心底ガッカリしているところを見ていたカミナが、ノイズが出てくる前に買っていた物の内の一つを彼女に渡したのだ。

 

「メガネのダチの分も入ってるんだよ。四セット分な」

 

「あー、アレか? 観賞用、保存用、布教用ってやつ」

 

 メガネの友人と言われて奏が思い浮かべたのは、一度も会ったことがない重度のオタクのことだった。彼はアニメ、アーティスト、アイドルなんでも大好きであり、バイトの給料をすべて趣味に使い果たしている生活をしているらしい。

 奏は知らないが、カミナとメガネがライブのチケットを手に入れたのは彼のおかげであり、グレン団が再集結する切欠を作った人物なのである。

 

「そうみたいだ。さっき、買えなかった子がいたから渡しちまったが良かったかって連絡入れてみたら、『相手がファンならOKっ!』だとよ。しかも女子高生だって言ったら、さらに食いついてきやがった」

 

 それを聞いた奏は苦笑を浮かべた。

 

「あの子に会わせるんじゃねぇぞ」

 

「分かってるって。っじゃ、俺は一旦家に帰って寝ようかね。嬢ちゃんの検査結果は明日になりそうなんだろ?」

 

「櫻井女史が言うにはそのようです。恐らく彼女も同伴すると考えれば夕方辺りになるかと」

 

 先程まで行っていた響の検査結果をまとめるには少々時間がかかり、なおかつ明日のこともある為、三人は帰宅することにした。

 

「当分は書類整理かぁ。めんどくせーっ!」

 

 帰りがけに気だるげな顔をするカミナに奏は苦笑を浮かべる。

 

「逃げるんじゃねぇぞ、カミナ。ダンナが言うには、それなりにものになってるらしいぞ」

 

「でも怠いんだよなぁ。……よし、サボるか」

 

「真面目な顔でサボる宣言しないでください」

 

 冗談抜きで良い顔をして、バカなことを口にするカミナに翼は呆れて溜息をついた。

 

「その程度の困難ぐらい、いつものように気合で押し通してください」

 

「へぇへぇ、分かりやしたよ」

 

 そう言われると漢として逃げる訳にいかないので、カミナは翼の言葉通りどうにかすることにした。

 幸か不幸か、この二年でカミナの扱いを大方理解した翼にとって焚き付けることは造作もないことだった。

 カミナは奏と翼と帰る方向が途中で異なる為、次の交差点に辿り着くと、三人は別れを告げた。

 

「じゃあ、カミナ、また明日な」

 

「カミナさん、今日はお疲れさまでした」

 

「おう! ……あ、そうだ」

 

 横断歩道を渡ろうとした直前、カミナは唐突に振り返った。

 

「お前らー、何か悩んでることがあったら言えよー」

 

「「っ!」」

 

 さらっと言うカミナに二人は揃って目を見開いた。

 だが、これ以上追及はしないと言いたいのか、点滅し始めた信号を見てカミナは横断歩道を大慌てで渡っていった。

 残された二人はカミナが見えなくなると、互いに目を合わせた。その後、二人は笑みを浮かべた。

 

「ったく、相変らず勘が鋭いなぁ、バカミナのくせに」

 

「本当にね」

 

 なるべく顔に出さないようにしていたつもりだったが、どうやらカミナには気付かれていたらしい。流石に長年の付き合いなのだろうが、こうも早く勘付かれると少々自分に腹が立ってしまい、胸にしまっていたことを考え込む気が失せてしまった。

 それは翼もそうだったようで、今日のことで色々と思うことがあったらしい。

 奏もいつもは何となく気付くのだが、どうやら今日は自分のことだけでいっぱいいっぱいだったらしく、翼の異変に気付けなかった。

 

「あーあ、あいつの所為で考え込むのもバカらしくなったわ。明日はあたしの愚痴に付き合わせてやる。翼も付き合え!」

 

「えっ……。でもカミナさんのことだから、途中で寝るよ。多分……いや、絶対」

 

「そこは色々策を練るんだよ。人の心に土足で入ってくるデリカシーのない奴は、それなりの罰は受けても文句は言えねぇよ」

 

「具体的には?」

 

「……カミナの母さんに言いつけるとか?」

 

 それを聞いた翼は溜息をついた。

 

「どうして初手から最終手段を用いるの」

 

 そう言い返されて、奏は困ったように苦笑を浮かべて、頬を掻いていた。

 

「いやー、よく考えたら、あたしから仕掛けて成功した悪戯ってあんまりなかったなって今になって思い出した」

 

「えー」

 

 結局、二人はカミナのおかげで今日はぐっすりと眠ることが出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 二課から帰ってきた響は心身共に疲れ果てていた。

 ノイズに襲われたかと思えば、いきなり変身して常人離れした身体能力を手にし、なおかつノイズに触れても炭素分解することもなくなっていた。

 そして、突如として現れた翼と奏、そしてカミナの三人にリディアン音楽院の地下にある二課の本部に連れていかれて、自分の身に起きたことを調べる検査を受けてきたのである。

 今日はここ数年で最も忙しい一日だった。

 帰った後、未来の小言をしっかりと受け止めた後、二人は一緒にベッドに入った。

 

「あのね、未来……」

 

 ふと思わず、今日あったことを言おうとしたが、響は二課との約束があったことを思い出して口をつぐんだ。

 でも、そのことを一緒の部屋に住んでいる親友の未来に言う事が出来ないのが響にとって少々心苦しかった。ずっと一緒だった彼女の心を苦しめることに躊躇いがあった。

 だから、響はある事柄だけを未来に伝えることにした。少しでも彼女の不安を取り除けるように。たとえ、それが自身の心を傷つける形になったとしても。

 

「実は夕方に昨日未来がぶつかっちゃった人にたまたま会ったんだ」

 

「あの嵐のような人?」

 

「うん。でね、その人が着てた服の後ろに描かれてたマークがあったんだけど、それが二年前に会った人が着てた服のマークと似てたんだ」

 

「それって一時期、響が熱心に探してた厳ついサングラスをかけた髑髏のマークのことだよね?」

 

 それは未来も良く覚えていた。一緒に探したこともあったが、どうやらブランドではなくその人が持っていたオリジナルだったようで、何度も調べても結果は出てこず、半年後には探すのを諦めることにした。

 そんな人がいたのだろうかと未来は一度疑ったことがあったが、それでも彼女が今まで言わなかったことを口にしている為に、その人が本当に実在するのだろうと確信した。

 

『自分が正しいって思ったら最後までその思いを貫き続けろ!』

 

それに、ライブの直前に偶然出会った人が口にしていた言葉があったから、今の響がいると言っても過言ではないからだった。その言葉を信じて彼女は今日まで強く生きてこれた。

 もし、彼女がその言葉を耳にしていなければ、『あの悲劇』があってなお、家族が全員無事でいられなかっただろうと響の両親は断言しているほどだ。

 

「CDを買った帰りに困ってる人がいたから、偶然居合わせたその人と一緒にお手伝いをしたんだ。その後、少しだけお話ししたんだけど、その人も二年前にツヴァイウィングのライブに来てたんだって」

 

「響、それって」

 

「うん、その人は覚えてなさそうだったけど、間違いないよ。豪快でカッコよくて、私の心に光をくれた人」

 

いつの間にか響の声が数段明るくなっていた。

探すのを諦めたはずの人物がようやく発見出来たからもあると思うが、ここまで嬉しそうに話す響に未来は少しだけムッとした。

 

「でもね、あの人と会って思ったんだ。やっぱり、側に未来がいてくれたから今の私がいるんだって。家族以外で私の心配をしてくれるのは未来だけだから」

 

 今は背中合わせで寝ているはずなのにまるで未来の心を読んだかのように響はそう言った。

 

「……響? わっ!」

 

 未来が問いかけようとすると、突然響が未来に抱き着き、驚きの声を上げる。

 

「んー、未来は暖かいなー」

 

「響……」

 

「小日向未来は私にとっての陽だまりなの。未来の側が一番暖かい所で私が絶対に帰ってくる所。これまでもそうだし、これからも……そう」

 

 響の声が少しずつ小さくなり、いつの間にか彼女の意識は夢の中であった。

 未来が何かを言おうと思っていたが、響の安らかな寝顔を目にして優しい微笑みを浮かべた。

 

「おやすみ、響」




如何でしたか?

まぁ、今回はそれほど大きな話はないです。

次回以降に色々やれたらいいなと思ってます。

さてさて、カミナがいる中で響と出会った二人はその心に一体何を思うのか?

では、今回はこれにて!


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殴る!叩く!そして叫ぶ!

始まったぞぉぉぉっ!! シンフォギアぁぁぁぁっ!!!

と心の中で五期が始まったのを叫びながら喜んでおります。

















……と、そんな時期が私にもありました。

第二話で心にぐさりと刺さりましたよ、本当に。

結構精神的ダメージが高かったです。

でもその反面、物凄くこの先の展開が気になるので毎週楽しみにして待っています!!

と言うわけで、一か月ぶりの更新です。


 唐突に現れた三人目の装者、立花響が現れた翌日。

彼女に思うところがある者達がいる一方で、カミナは昨日のことに関してあまり深く考えていなかった。

 響から二年前のことを聞いて、会場に残って怪我を負い、偶々そこにいたメガネが助けた少女が彼女であることを知り、ぼんやりと思い出した。

 響が言うにはノイズの事故が起こる前にも会っているらしいが残念ながらあまり覚えていない。当時は、自身が開眼した力に関して色々と調査していた所為で忙しく、そっちでの出来事の方が印象に残っていた為だった。

 当時のことを思い出してもカミナはいつも通りだった。

 今朝も普段通りに起きて身支度を整えて二課に来ると、直ぐにトレーニングルームに足を運んだ。朝からここに来た理由は弦十郎に呼び出されたからである。

 そして、呼び出された直後、弦十郎は話は軽い運動をしながらだと言って、軽めと言いつつガチの格闘訓練が始まった。

 

「カミナ君、昨日は翼と奏君と何か話していたようだが、彼女達から何か聞いている、かっ!!」

 

「あぶっ!! いや、特になーんも聞いてねぇ、ぜっ! 何か、おっと! 考えてるようだった、がっ! 詳しいことはきいてねぇっ!!」

 

「……そうか。ふん!」

 

 殴り合いながら昨日のことを二人は話し合っていた。

 普通に話せよと思うだろうが、二年前から二人は何かを話すときは拳を交えつつやるのである。

 思いを拳に乗せて相手に叩き込むことでの自身の思いを伝える。互いの拳をぶつけ合い、魂と魂をぶつけたことでこの二人は師弟とも呼べる仲になったのである。

 話を戻すが、弦十郎は昨日、翼と奏の様子が少しおかしかったのを気にしていた。しかし、色々とやるべきことが増えたために聞くことが出来なかったのである。

 結局、カミナから有力な情報を得ることは出来なかったが、恐らく二年前のことが関係しているのではないかと弦十郎は推測した。

 その後は、通常通りトレーニングに入り、互いの拳をぶつけ合った。

 二人のトレーニングはとにかく殴り合うことがメインとなっている。喧嘩三昧で手にしたカミナの喧嘩殺法を弦十郎が矯正しているのだ。

 始めは何度も昏倒させられていたが、戦闘センスはかなり高く、二か月ほどやり合った結果、螺旋力を纏った状態であれば奏達とまともな戦いが出来るようになっていた。

 

「良いパンチだ、カミナ君! だが踏み込みが甘いぞ!! 言ったはずだ、一撃を放つときは、稲妻を喰らい、雷を握り潰すように打つべしとっ!!」

 

 地面にヒビが入るほどの左足で強い踏み込みをする弦十郎にカミナは戦慄する。

 経験上これを喰らったら本気でマズいのだが、それでもカミナは恐れずに前に進もうとする。逆境ごときで躓くほどカミナは軟な男ではないのである。

 

「負けるかぁぁぁっ!!!」

 

「おぉぉぉっ!!!」

 

 僅かな遅れだが、カミナの右拳を弦十郎の右拳に叩きつけた。

 

「それは悪手だと前にも言ったぁぁっ!!」

 

「分かってんだよぉぉっ!!!」

 

 ぶつかり合っても踏み込みの弱さがものを言い、カミナの拳は後退する。しかし、カミナは自身の拳の軌道を横にずらして、弦十郎の手首を掴んだ。そしてもう一歩前に踏み込み、脇を広げて左肘を弦十郎に勢いよく叩きつける。

 見事なカウンターだと、それをモニターで眺めていた職員達が驚いた。

 しかしそれでも彼等は知っている。

 風鳴弦十郎はその程度でやられるような男ではないと。

 

「猛虎硬爬山……。見事だ、カミナ君」

 

「……くそ! これでもダメか!」

 

 しかし、カミナのカウンターは弦十郎の左手によって阻止されていた。

 

「はぁっ!!」

 

 弦十郎はそのまま左手で発勁を叩き込み、カミナはものの見事に吹っ飛んで壁に激突した。

 

「あー! 今回は上手く行ったと思ったのになぁ!!」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、悪態をつくカミナに弦十郎は笑みをこぼす。

 

「今の良い一撃だ。だが、俺もまだ負けるわけにはいかんのでな。さ、もう一度だ。今度は螺旋力を纏って掛かってこい!」

 

「はっ! 悪いが、このままやらせてもらうぜ。こいつの力は他でいくらでも試せるんだ。それにこの力ばっかに頼ってちゃあ、いざって時に困るんでな。まずは生身でおっさんに一発決めてからだっ!!」

 

 カミナの言葉に弦十郎は感嘆の息を漏らす。頑固とも言えるだろうが、彼の言葉は一理あると思った故に弦十郎はカミナの決意を尊重した。

 

「ならば、君の()を俺に届かせてみせろっ!」

 

「上等だぁぁぁっ!!!」

 

 それから午前中はただひたすらに漢同士の熱い戦いが繰り広げられ、時折、耐震強度がしっかりとしているはずの二課だけでなくその上にあるリディアンまで揺れたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 学校が終わった後、響は一人教室に残っていた。

 本当は未来やクラスの友人達と一緒にお好み焼き屋に行きたかったが、二課で昨日のことについて話を聞かなければならない為、断念した。

 本当は行きたいという気持ちがあったが、了子との約束通り、このことを皆に話すわけにはいかない。

 それに自分は知らなければならないと思った。あの時見せた力が何なのか。どうして自分にそれが出たのかを彼女は知りたかった。

 未来達と別れ、夕日が差し込み始めた頃、教室に翼がやってきて、響は再び二課へと足を運ぶ。

 部屋に案内されると、そこには弦十郎と緒川、了子を含めた二課の重役メンバー、そしてチームグレンが揃っていた。

 

「それではー、先日のメディカルチェックの結果発表ー!」

 

 調査の結果、響の体に異常はほぼ見られなかった。いたって健康体であることに響は内心安堵した。

 しかし、響が知りたかったのはそのことではない。

 

「教えてください、あの力のことを」

 

 自身が使ったあの力について響は尋ねた。

 

「あ、了子さーん、俺も詳しいこと忘れたから解説お願いしまーす!」

 

「何で忘れてんだ、アホっ!!」

 

 カミナが手を上げて発言すると、奏は何処から取り出したのか、ハリセンでカミナの頭をぶっ叩いた。見事な高い音が部屋に鳴り響く。

 それには翼は呆れた顔をして、弦十郎達は苦笑を浮かべていた。

 

「いや、だってよ、俺は別のことをやってたからあんまり触れることが無かったからさぁ。それに難しいことを忘れることにおいて俺の右に出る奴はいねぇぜ!」

 

「偉そうに言わないでください!!」

 

「少しは治す努力しろ、バカミナ!!」

 

 今度は翼も加えて二撃、ハリセンがカミナの頭を襲う。

 三人の漫才に響は驚いて口をポカーンと開けていた。

 

「あ、あのー、奏さん達っていつもああなんですか?」

 

 響の戸惑うのは当然のことだった。

 現在、ツヴァイウィングの認識はクールでカッコいい翼と明るく奔放な奏と言う印象が根強くファンに浸透している。当然、それはアーティストとしての二人なのだろうが、そんな二人が目の前で漫才をしているのだ。もしこの状況下ではない所で、それを言われても到底信じられるものではなかっただろう。

 そんな響の問いかけに、大人達は様々な反応をした。

 

「ほとんどこんな感じよ」

 

「いつもこんな感じなんだよ、冗談抜きで」

 

 友里と藤尭が響の戸惑いは尤もだという顔で頷く。

 

「数年前からあんな感じよ。カミナ君がボケ担当で二人がツッコミ担当なの、戦闘時も結構やるのよ」

 

 面白そうに笑みを浮かべながら了子はそう言った。

 

「ま、アレが普段の三人だ。だが、中々どうして良いチームだろう?」

 

 確かに、色々と言い合っているようだが、別段仲が悪いという印象は感じられなかった。寧ろ、アレはお互いを信頼し合っているからこそのやり取りなのだと響は感じた。

 

「さて、話が脱線しているので、そろそろ本題に入ろうじゃないか」

 

 弦十郎がそう言うと了子は先日響が使った力、シンフォギアシステムについての説明を始めた。

 一通り説明を終え、響に何か質問があるかと尋ねてみると……。

 

「あの……全然分かりません」

 

 いきなり聖遺物だの歌の力だのと言われてすべてを理解する方が土台無理な話なのである。

 奏と翼を含めここにいる者達は揃って分からないのも無理はないという顔をする。

 

「ま、俺も詳しいことは全然分かってねぇけどな、アハハハ、いでっ!!」

 

 一方、カミナはガハハと笑い、呆れた奏と翼から三度目のハリセンを喰らうのであった。

 それを見ていた響は苦笑を浮かべつつ、新たに浮上した疑問を口にした。

 

「でも、私はその聖遺物と言うものを持っていません。なのに何故……」

 

 響は翼や奏のように聖遺物の欠片を埋め込んだペンダントを持っていないのに、その力を振るうことが出来たのか分からなかったが、その答えは直ぐに部屋のモニターに映された。

 それは一枚の胸部のレントゲン写真である。響はそれに見覚えがあった。

 心臓部に本来あるはずのない無数の小さな影が映っており、それを見た奏は目を大きく開いて動揺する。

 奏の反応に隣にいた翼とカミナが気付いて、何かを言いかけようとするが、弦十郎の言葉がそれを遮った。

 

「これが何なのか、君には分かるはずだ」

 

「は、はい、二年前の怪我です」

 

 弦十郎の問いに響はすぐ答えた。

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいる為、手術でも摘出不可能な無数の破片。調査の結果、この影は奏ちゃんのガングニールの破片だというのが分かりました」

 

「なっ……」

 

 その結果を耳にして、奏は絶句した。

 昨日から嫌な予感はしていた。

 響と出会った時、奏は思い出したのである。二年前に自分が弱かった所為で怪我を負わせてしまった少女がいたことを。

 何であの時まで忘れてしまっていたのだろうか。一命を取り留めたことに安堵して、カミナのことばかりに目を向けてしまって、彼女がその後どうなったかなど気にもしていなかった。

 

「……悪い、ちょっと外出てくる」

 

 そう言い残して、顔色を悪くした奏は部屋を出ていった。

 

「奏……」

 

 翼が後を追おうとすると、カミナが翼の肩を掴んだ。

 

「悪いが翼、そいつは俺の役目だ」

 

「……カミナさん」

 

 それでも、と翼は言おうとしたが、今の自分に奏を励ます資格がない気がした。自分にも彼女の事を聞いて思うところがあり、誰かを気にしている余裕が無くなってしまったのだから。

 

「分かりました……。後の事はお願いします」

 

「おう、任せとけ!」

 

 サムズアップしてカミナは奏の後を追った。

 残された翼や弦十郎達は、その後、響にシンフォギアについて機密にしなければならない理由を説明し、彼女に二課への協力を依頼した。

 弦十郎達の頼みに対して響は少しだけ考えた。しかし、それはものの数秒だった。

 この力が誰かの為になる、誰かの助けになるならと二課への協力を響は了承するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出た奏は一人、廊下の一角にある休憩スペースの椅子に座って項垂れていた。

 先程の話を聞いて、奏は自分がしてしまった事に気付き後悔していた。

 

「あたしは、なんてことを……大馬鹿野郎だ、あたしは」

 

 震える声で奏は呟いた。

 

「どうした今更。俺もお前も揃って大馬鹿野郎じゃねぇか」

 

 ぽつりと呟いた言葉に反応があったことに奏はそれほど驚きはしなかった。

 

「……カミナか」

 

 顔を上げずとも誰がやってきたのか奏にはすぐ分かった。

 

「おう、俺だ! で、突然どうした? 腹でも壊したか?」

 

「……そんなんじゃねぇよ、見りゃ分かるだろ」

 

「悪いが口にしなきゃ分かんねぇよ」

 

 その言葉に奏ははっとする。

 口にしなければ分からない。言葉で言わなきゃ伝わらない。そんな当たり前のことを忘れていた。

 カミナは何の断りも入れずに奏の隣にドスンと座った。

 

「なぁ、愚痴、聞いてもらっていいか?」

 

「今更何言ってやがる。俺達の間で愚痴を言うのに許可なんかいらねぇよ」

 

 それもそうかと奏は少しだけ口元を緩めた。

 

「あたしさ、自分が……自分が疫病神なんじゃないかって気がしてきたんだ」

 

「へぇー」

 

「あたしが皆と出会わなかったら……二年前のあの時、ノイズに襲われずに済んだかもしれない。あんな事に巻き込まれなかったかもしれないって心の何処かで後悔してたんだ」

 

 二年前の事故の後、カミナとメガネ以外のグレン団のメンバーが何事もなく平穏な生活に戻れたかと言うとそうではなかった。

 あのライブの悲劇の後に引き起こされた別の悲劇に彼等は巻き込まれたのだ。しかし、彼等のこれまでの行動によって比較的被害は少なかったのだが、それでも普段通りになるのにかなりの時間が掛かったのである。

 

「あー、あったなぁ、そんなこと」

 

 カミナはそれを懐かしむように呟いた。まるであのことを何でもないかのような態度であった。

 しかし、奏はそんなことを気にしている余裕はなかった。

 

「あの子も……同じじゃないかって、今朝から考えてたんだ。あたしが弱かったから怪我を負って、あたしが守れなかったから装者になっちまって。あたしと関わらなかったら、カミナみたいに戦いに巻き込まずに済んだんじゃないかって」

 

「だったら聞けばいいんじゃねぇか?」

 

「……そんな簡単に言うなよ、バカミナ」

 

 俯いたまま奏は隣にいるカミナをポコポコと叩いた。

 

「イテテ、やめろって」

 

 何度か叩くと、奏は膝を抱え込んでさらに深く俯いた。

 

「あたしは自分のしたことに後悔してばかりだ。カミナは起こっちまったことは仕方ねぇって言って済ませるだろうけどさ、あたしはそう簡単に立ち直ることは出来ねぇみたいだ」

 

 カミナから自分は強い奴だと言われたが、どうやら思っているよりも心が弱かったようだ。

 何度も何度も仮定のことを思い詰めてしまう。自分がいなければ良かったのではないかと考えてしまう。

 

「カミナ、あたしはどうしたら良いんだろうな。あたしの所為で誰かが巻き込まれるなら、あたしはもう……」

 

「……」

 

 カミナから返事がないことに奏は奇妙に感じ、顔を上げて隣に目を向ける。

 

「カミナ?」

 

「かぁー、がぁー、かがぁー……」

 

 カミナがいびきをかいて爆睡していた。さっきまでちゃんと話をしていたはずなのに、僅か数秒で寝落ちしているのである。

 それには先程まで泣きごとを呟いていた奏も頭に来て、握り拳を作り、カミナの頬に叩き込んだ。

 

「このバカミナ、人が喋ってんのに寝てんじゃねぇっ!!」

 

「へぶうぅぅっ!!」

 

 殴られた勢いで何度か床にバウンドしながら回転するカミナ。

 受け身を一切取っていないので、かなり痛そうである。空耳だろうが、カミナの体から嫌な音が聞こえた気がした。

 

「かぁー、イッテーっ! テメェいきなり何しやがんだっ!!」

 

「こっちの台詞だ、アホっ!! 人が色々抱え込んで悩んでるっていうのに聞いてるうちに爆睡する奴があるかっ!!」

 

「そんなもん、俺に聞いたお前が悪いわ!! お前が本当はどうしたいかなんて、俺にはさっぱり分からねぇっ!! そもそも自分の事を誰かに決めてもらおうとすんなっ!! 大事な事は自分で決めやがれっ!!」

 

「それは……」

 

 カミナから正論を言われて、奏は口をつぐんだ。

 確かに自分の事を誰かに決めてもらうのは違う気がした。

 

(……おい待てよ。お前、ちゃんと聞いてるじゃないかっ!!)

 

 そんなことを口にしようと思ったが、それを言ったらカミナの演技に騙された自分がバカじゃないかと思い、その言葉を飲み込むことにした。

 

「心の弱さが悪い訳じゃねぇ! 絶対に強い奴なんざ何処にだっていやしねぇんだ! 誰だって不安になるし、辛い事に目を背けたくなることだってあらぁ! それが人間ってもんだろうがっ!! その弱さを支える為に俺達がいる! だから辛くなれば話は聞いてやるし、相談に乗ってやる! だがな、最後に決めるのはお前自身だ! そこだけは忘れんじゃねぇ!!」

 

「お、おう……」

 

 相変らず無茶苦茶なことを言うが、理に適っている。

 それにカミナが口にするからか、どうにも彼の言葉は心に響きやすい。

 いや、カミナという男が言うからこそ、彼の言葉は人の心に響くのではないかと思った。

 業腹だが、カミナのお陰で少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

 

「……ったくお前ってそういう恥ずかしい言葉を簡単に言ってくれるよな」

 

「はっ! 俺を誰だと思っていやがる! 本気で言いてぇことは絶対言い切るカミナ様だぞ!」

 

 恥ずかしがるどころか、むしろ自慢げに言い切るカミナに奏は思わず笑った。

 

(まったく、カミナは本当にバカミナだな……。だったら……)

 

 そんなことを思い、奏はあることを決意して大きく息を吸った。

 そして腹に力を入れ……。

 

「だぁー!! ねちねち考えてたあたしがアホじゃねぇーかぁーっ!!!!」

 

 奏は自身に喝を入れるように声を大にして叫んだ。

 カミナを見て、何でもかんでうじうじ悩んでいたことがバカバカしくなったのである。

 

「そうだぁー!!! お前はアホウ奏だーっ!!!」

 

 それに呼応するようにカミナも叫ぶ。

 意味があるのかと言えば、ほぼ無いに等しいのだが、それでも叫ぶ。

 

「誰が上手いこと言えって言ったぁーっ!!! このバカミナぁぁぁぁっ!!!」

 

「うっせぇぇぇーっ!!!」

 

 二人の叫び声が廊下に鳴り響く。外聞など知ったことかと腹に力を込めて二人は叫んだ。

 喧しいだろうが、この二人のやり取りに慣れた二課の職員達は、外に出ることもせず、「あー、まーたあの二人が何かやってるよー」という感想を抱きながら自身の作業を続けていた。

 因みに、何も知らない響はと言うと……。

 

「アレ、一体何なんですか?」

 

「気にしなくていいわ。いつもカミナさんが絡むと殆ど訳が分からないことをするから」

 

「ええっ! いつものことなんですか!?」

 

「ああ、いつものことだな!」

 

 二人の様子を見て、呆れる翼の一方で弦十郎は軽快に笑った。

 

「そうそう、いつもああなのよ」

 

「ええ、いつものことですね」

 

「ったく、カミナの奴は近所迷惑ってのを考えろよ」

 

 了子や友里もほぼ同じことを口にし、藤尭はバカをやっているカミナを見てぼやいた。

 

「えー、うそーん」

 

 慣れている皆の反応を見て、響はそんな感想しか口に出来なかった。




如何でしたか?

もう最後の方は感情的になって書きました。

「後悔? 何それ美味しいの?」と言うノリでやっちまいましたよ。

タイトルなんて今回の話であったことを端的に書いただけですからね!

やっぱりカミナが出るからにはこれぐらいはっちゃけたことがあっても良いと思うんです!

と言うわけで今回はこれにて!


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絶対の絶対です!!

どうもです。

いやー、XVの三話、良かったですねー(特に何がとは言いませんが、考えてることは皆同じと信じています)。

話を分けるのが難しかったので、今回は少々長くなっています。


 奏とカミナが揃って廊下で騒いで少し経った後、ノイズの出現を伝えるアラームが鳴り響いた。

 カミナ達は弦十郎達と合流してすぐさま司令室へと向かう。

扉を開けると二課の職員が既に対処に入っていた。

 

「おいおい、これで三日連続だぞ。ノイズのバーゲンセールなんざお断りだぜ」

 

「嫌な表現するな、バカミナ」

 

「確かに不謹慎……と言いたいけど、確かにここまで連続で出てくると……」

 

 カミナの不適切発言に溜息をつきたくなるが、翼の言う通りここまで連続で出てくるのは珍しい事であるのも事実である。

 そんな彼等の反応を横目に、弦十郎が今回の件を二課で預かることを通達するよう指示を飛ばす。

 

「出現地特定、座標出……えっ、そんなっ!?」

 

 先に戻っていた友里がノイズの出現地を特定し、モニターに出そうとしたが、その結果に思わず目を丸くした。しかし、すぐさま平静を保ち、座標をモニターに表示する。

 

「リディアンより距離二百、そして距離千です!」

 

「二か所同時だとっ!」

 

 弦十郎も驚く一方で、カミナ達は即座に行動を開始する。

 

「奏、免許は取れてる?」

 

「あるが、そもそも運転出来る車がねぇな」

 

 翼は奏がバイクに乗らず、自動車免許を取ろうとしているのを知っていたが、あいにくと奏はまだ自身の車を持っていない。

 

「司令、私とカミナさんで遠方に向かいます。奏は近場をお願い」

 

 一方、カミナはバイトの都合上バイクの免許を取得している為、移動するのにバイクを使うことが多い為、二課には専用のバイクを置いていた。

 状況確認を行ったことで複数個所への対策方針が決まった。機動力のあるカミナと翼が遠方に向かい、奏が近場のノイズを対処する。これが最も適切な判断だろう。

 

「了解だ」

 

「おう! じゃあ行くぞ!」

 

「三人共、頼んだぞ!」

 

 翼の提案を呑んだ弦十郎は三人の出撃を許可する。

 三人が指令室を出た直後、残された響はあることを決意して、彼等の後を追いかけようとする。それはほぼ衝動的と言っても過言ではないものだった。

 

「待つんだ! 君はまだ……」

 

 弦十郎が制止しようとする。

 しかしこの時、その場に留まるという選択は彼女には無かった。誰かを助けることが出来るのなら動くべきだという気持ちが心の底から湧き続けていた。

 

「私の力が誰かの助けになるんですよね! シンフォギアの力でないとノイズと戦うことが出来ないんですよね! だから行きます!」

 

 響はそう言って、カミナ達の後を追った。

 響の言葉に圧倒され、弦十郎は彼女を見送ることしか出来なかった。

 

「危険を承知で誰かの為になんて、あの子、良い子ですね」

 

「果たしてそうなのだろうか?」

 

 それを見ていた藤尭が彼女の在り方を称賛するが、一方で弦十郎の考えは違った。

 

「翼のように幼い頃から戦士としての鍛錬を積んできたわけではない。奏のようにノイズに家族を奪われ、その復讐心によって一心不乱に研鑽を重ねたわけではない。そしてカミナのように友の為に立ち上がり、仲間の為に努力を続けてきたわけではない」

 

 彼は戦場を駆ける三人の少年少女をその目で見てきたからこそ、響と彼等の違いをはっきりと認識できていた。

 

「ついこの間まで日常の中に身を置いていた少女が『誰かの助けになる』と言うだけで命を懸けた戦いに赴けるというのは、それは……歪なことではないだろうか」

 

 いつも人助けをするカミナでさえ、戦いに身を置こうとした切欠は友、すなわち奏を助けたいという思いからだった。技術も知識もないのは承知の上であっても、目の前で大切な仲間が傷を負い、戦っているのをただ黙って見ていることは彼には出来なかった。それ故に彼は二課へと入ったのだ。

 そして彼が努力を続けたことで仲間だけでなく後々多くの人々を救うことになった。

 他の二人もそうだ。

 チームグレンの三人は始めから見ず知らずの者を含めた誰かを助けるためにその力を振るおうとしたわけではない。翼も風鳴の家に生まれ、シンフォギア装者としての資質があるから鍛錬してきた。奏も己の復讐を果たすために血を吐く思いをしてきた。

 彼等は得た力を振るってから紆余曲折を経て『誰かを助けたい』と思うようになっただけなのだ。

 

「つまり……あの子もまた私達と同じ『こっち側』ということね」

 

 弦十郎と了子の会話から彼女のあり方を素直に褒めることは出来る者はいなかった。

 

「藤尭、カミナに連絡を入れてくれ」

 

 弦十郎はカミナに無線を繋ぐよう藤尭に指示した。

 

「どうした、おっさん。帰りにDVDでも借りて来いってか? 最近、アクション映画がいくつか入ったって聞いたぜ」

 

 すぐにカミナが出ると、何時もの軽口を叩いた。それには思わず弦十郎も口元を緩ませかけたが、平静を保って要件を伝えることにした。

 

「それは魅力的な提案なんだが、また今度にしてくれ。……実は先程響君が君達の後を追っていってな」

 

「おいおい、何やってんだよ」

 

 カミナは、弦十郎らしくないと言いたげな声で口にする。

 

「彼女は誰かの助けになるならと言って飛び出してしまってな」

 

「いや止めろよ」

 

「分かっている。だが、彼女の決意を無理に止める気にはなれなくてな」

 

 弦十郎が彼女を止めきれなかった理由をカミナは何となく理解てきた。

 実際、ノイズに立ち向かおうと考える一般人はほぼいない。触れば死ぬし、真っ当な対処法は逃げるだけならば、立ち向かうことなど出来るはずがない。

 長年積み重ねてきた恐怖を知っている人々が勝てもしない存在に立ち向かうことなど出来るはずがないのだ。

 たとえそれが、ノイズを倒しうる手段を手に入れたばかりだとしてもだ。

 

「すまんが彼女のことを……」

 

 弦十郎が止めきれなかったことにカミナは呆れて溜息を吐いた。

 しかし、カミナは彼が何年もの間、少年少女にノイズと戦わせてきて何も感じない冷血漢ではないのを知っている。それほどまでに響と言う少女の決意が固かったというだけなのだ。

 

「了解了解、俺らでどうにかしとくよ」

 

「……頼む」

 

 弦十郎がそう言っうと、カミナは通信を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 現場に向けてカミナは廊下を走りながら、先程の弦十郎からの連絡内容を二人に伝えた

 

「緊急連絡だ。あの嬢ちゃんが俺達の後を追ってるんだと。丁度良いから奏、お前が一緒につれて行ってやれや」

 

「は……、いやいやいや待て待て待てっ!! お前何言ってやがんだ!? あの子は昨日今日ギアを纏った素人だろうが!」

 

「私も反対です! いくら何でも彼女には荷が重すぎます!」

 

 カミナの提案に翼と奏は当然ながら反対した。

 

「そんなこと言ったって、俺だって最初は素人だったじゃねぇか」

 

「あの時とは状況が違いすぎるだろうが! お前、あの子を殺す気か!」

 

 奏の言う通り確かに二年前と状況が違いすぎる。響は命を懸ける場所にいたわけでもないし、カミナの様に少しばかり喧嘩慣れしているわけでもない。

 

「どの道、あの子も俺らに協力するんだろ? ギアを纏っていればノイズに向き合っても死ぬこたぁねぇんだ。後にやるはずの実践訓練が早くなっただけであんまし変わんねぇよ」

 

「そう言う問題ではありません。彼女は本当にただの一般人なんですよ!」

 

 あまりにも軽く言うカミナに流石の翼も怒りを露わにした。しかし、それぐらいカミナも理解していた。

 

「嬢ちゃんが無理矢理行かされたってなら話は俺だって止めるさ。だがな、覚悟を決めた奴の意志を俺達が勝手に圧し折って良い訳じゃねぇだろ?」

 

「なっ……」

 

「それは……そうですが」

 

 その言葉に反論しようとした奏と翼が口をつぐんだ。

 カミナの言葉に一理あると思ってしまったからだ。

 響が自分の意志で戦場に立とうとしているとすれば、その思いを自分達が勝手に捻じ曲げて良いはずがないのだ。

 

「ですが、私達が行こうとしている戦場は彼女の想像を絶するものです」

 

 カミナの言葉に奏は黙ったが、それでも翼は食い下がった。

 

「そん時はそん時で考えるさ。嬢ちゃんの覚悟を見てから決断しても遅くねぇよ。そんでやるっていうのなら俺等で導いてやればいい。無理なら何時ものように嬢ちゃんを俺等で守ってやればいい。ただそれだけの話だろ?」

 

 そうこう話している内に、それぞれのノイズの出現地に向かう為の分かれ道に差し掛かった。

 

「悪いが奏、あの嬢ちゃんのことよろしく頼むわ。俺と翼でさっさと終わらせて、後で援護に行ってやるからよ」

 

 遠回しにもう考えを変える気はないとカミナは主張していた。最早何を言っても曲げる気はないのだと理解した奏は諦めることにした。

 

「はぁー……はいはい分かったよ。仕方ないから今回はカミナの提案に乗ってやる。ま、二人が来る前にあたしが全部殲滅しておいてやるからゆっくり来な」

 

 笑みを浮かべて言うとカミナはニヤリと笑い返した。

 

「じゃ、頼んだぜ。行くぞ、翼!」

 

 そう言ってカミナは現場に向けて走り出す。

 

「奏、あまり無理はしないでね」

 

「心配すんな、翼。あたしを誰だと思ってやがる?」

 

 カミナの真似をする奏に翼は思わず笑ってしまう。

 彼がそう言うと決まって色々と無茶をやり遂げるのだ。恐らくそれにあやかったものだろう。

 

「うん、でも気を付けてね」

 

「はいはい、分かってる分かってるって」

 

 心配した顔を浮かべる翼だったが、早く現場に向かわなければならない為、カミナの後を追った。

 一人残った奏は後ろから駆け足でこちらに向かってくる人物がいることに気付く。

 

(本当に来たんだな)

 

「か、奏さん……」

 

 後ろを振り向くと少し息の上がった響がそこにいた。

 

(さて、どうしたもんかねぇ?)

 

 つれて行くと決めてしまった以上、それに従う気でいたが、彼女にどう言えば良いのか悩んでいた。正直、時間も惜しいので手早く済ませたいのだが、さてどうしたものか。

 

「奏さん、私も行きます!」

 

「お、おう?」

 

 しかし奏の悩みは響の所為で完全に無駄となった。

 

(まぁ、良いか)

 

 本来なら自分から言うべきだったのだが、手間が省けたので良しとすることにした。

 

「時間がねぇ。ついてこい!」

 

「は、はい!」

 

 もっとかける言葉があるのだが、それだけ言って奏は現場へと向かい、響はその後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 バイクで移動したカミナと翼は出現したノイズを目視で確認すると、バイクから降りてノイズと対峙する。

 カエル型、人型のノイズがうじゃうじゃとしていた。

 この地域の避難はほぼほぼ完了しており、後はノイズを倒すだけである。

 

「しつこいと思いますけど、本当に二人にして大丈夫だったんでしょうか?」

 

「問題ねぇだろ。ど素人の俺がいてもどうにかなってんだからな」

 

 カミナは例外だと言いたげに翼は溜息をついた。

 

「気合と根性でどうにかし続けるのはあなたくらいですよ」

 

「そんなもんか? ま、いいさ。さっさと片付けるか」

 

 そう言うとカミナは腰にあるホルダーからナックルダスターを取り出した。人差し指で引っかけて西部劇のガンマンのように何度か回転させ、親指以外のすべての指にはめ込んで構える。

 彼が手にしているのは通常のナックルダスターではなく、丁度中指と薬指の間に黄色いドリルが付随していた。それは紛れもなくコアドリルであり、カミナが二課の工房に頼んで勝手に改造したものであった。当初は首にかけていたのだが、ナックルダスターの方が漢心をくすぐるという理由で作ったのだ。

 カミナが戦闘準備に入ると同時に翼もシンフォギアのペンダントを取り出した。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

起動聖詠を口ずさみ、翼は天羽々斬をその身に纏ってノイズに刀の切先を向ける。

 そして、カミナもコアドリルを光らせ、その身に螺旋力を纏う。余談だが、いつかカッコいい変身ポーズを決めたいと思っているのだが、今回は省略することにした。

 

「さぁさぁ! 今宵見せるは戦姫と漢の刀拳乱舞!! 死にてぇヤツから掛かってきやがれ!!」

 

 カミナが啖呵を切ると、ノイズは一斉にカミナと翼に襲い掛かる。

 しかし、この程度の敵にカミナと翼には全く脅威にはならなかった。

 いくつもの刀が舞い、螺旋を纏った拳が旋風を巻き起こす。二人の攻撃はまさしく一騎当千の武将の如くノイズを次々と殲滅していく。

 共に戦い、共に成長してきたカミナと奏、翼の三人にはもはやノイズに遅れることはなかった。

 

「こいつでぇぇ、ラストっ!!」

 

 最後のノイズを殴り倒し、カミナは辺りを見渡した。

 

「これで終わりですね」

 

 翼も辺りを見渡し、二課と連絡を取って周囲にノイズの反応がないか確認を取っていた。

 

「奏の方もほぼ終わりかかっているそうです」

 

「な、言っただろ。あいつなら大丈夫だって」

 

 確かにどうにかなったのは良いが、その根拠のない自信は何処から出てくるのだろうかと翼は常々疑問に感じる。常に気合でどうにかなるわけではない。彼にはもう少し考えて欲しいものだと何度も思っていた。

 

「カミナさんはもう少し先を見据えて慎重に動くことを覚えるべきだと思います」

 

「おい、そいつは俺が考えなしの無鉄砲だって言いてぇのか?」

 

「はい」

 

「即答かよ!」

 

「日頃の行いを顧みれば当然ですから」

 

「これでも俺なりに考えてるんだがなー」

 

 不貞腐れるカミナの顔が少し面白くて、クスリと笑みを浮かべた。

 

「まぁ、その件は後日話すとして、まずは奏達と合流しましょう」

 

「了解了か……ん?」

 

 バイクの方へと向かう翼の後を追いかけようとした直後、カミナは視界の端に何かが映り、直ぐにそちらに目を向けた。

 

「どうかしましたか?」

 

 カミナが来ないことを気付いた翼が呼びかける。

 

「いや、さっき人影が見えた気がしてな」

 

 そう答えるカミナに翼は怪訝な顔を浮かべる。

 

「すでに避難は完了しています。人がいるとは思えませんが?」

 

 翼も念のために辺りを見渡し、二課に連絡を入れるが、それらしい反応はないようだ。

 カミナも先程と同じ場所を凝視するが、そこには何の変哲もない風景だけが映っていた。

 

「だよなー」

 

「ここは街灯も少ないので辺りも暗いですから、何かが人の形に見えたのかもしれません」

 

「そうだな。悪いな、足止めしちまって」

 

「気にしてませんよ、カミナさんの勘が役立つ所は稀にありますから」

 

「そうかいそうかい。じゃ、行くか」

 

 それから二人は奏と響の元へとバイクを走らせ、ここを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 二人がノイズを倒して離れた後の事だ。すでにカミナ達は遠く離れ、そこに誰かがいても気付くことは出来ない距離にいた。

 

「それなりに存在を希釈していたのだが、まさか見つかるとは思わなかった。成程、僅か二年でそこまで進化していたか、螺旋の男よ」

 

 二人が去った後、現場に人影が現れていた。いや、正確には人の形をした影そのものと呼べた。人の形をしているが性別を判断することは出来ず、声だけが男のモノだと言える。

 人の影とも言える存在、アンチ=スパイラルは先程の戦闘を最初から見ていたのだ。

 カミナが二年でどれだけ変化していたのか、それを観察し、優先度を決めていたのである。

 

「準備に時間が掛かってしまったが、やはりあの男から処理した方が効率は良さそうだ。残りの二人は後から処理しても問題はないだろう」

 

 二課の職員を乗せた車両が此方に来るのに気付き、アンチ=スパイラルはここから立ち去ろうとする。

 

「さて、螺旋の男よ。君にはその力に絶望しながら消えてもらおうか」

 

 アンチ=スパイラルはニヤリと笑みを浮かべ、その場から消え去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翼とカミナがバイクで移動中の頃、ノイズを倒し切った奏は響の様子を見ていた。

 少々息が上がっており、額に汗も浮かべていた。

 

(まぁ、最初は大体あんなもんか。良く出来た方……なのか?)

 

 奏はノイズとの戦いの中、響の動きを見てそんな感想を抱いた。

 はっきり言えば、素人丸出しの動きだった。やはり何か格闘技をやっていた訳でもなく、覚束ない足取りでノイズの攻撃を躱したり、アームドギアを出せなかったりと内心ハラハラしていた。

 正直に言えば、戦うことに向いているようには見えなかった。

 

(まぁ、今はあいつらはいないし聞いてみるか)

 

 意を決して奏は響の方へと足を運んだ。彼女に『あのこと』を聞くために。

 

「か、奏さん……」

 

「えーっと、立花響で良いんだよな?」

 

「は、はいっ! 立花響、好きなものはごはん&ごはんです!」

 

 炭水化物オンリーなのか?と奏は思わず笑みをこぼした。

 

「で、初めてそいつで戦ってみてどうだった? ノイズと戦うのは怖くなかったか?」

 

「……ノイズと戦うのはやっぱり怖いです。それに昨日も必死にノイズから逃げ続けてましたし、二年前のあの時も死ぬんじゃないかって凄く怖い思いをしました」

 

 先程まで明るい顔をしていたのが一変して、彼女は神妙な顔で当時の出来事を口にした。

 

「でも、そんな時に奏さん達が私を助けてくれたんです。怪我をして意識を失いかけてる間も、奏さん達が私を助けようとしてくれました。そんな皆さんの姿を見たのが切欠で、私も人助けをしようって思ったんです。だから、この力で誰かを助けることが出来るなら、私はこの力を誰かの為に使ってあげたいんです」

 

「……それがお前の戦う理由なのか?」

 

 奏が響に対して抱いた印象はその歪さだった。ノイズが怖くとも誰かの為に戦おうとする。それは自身の危険を顧みず、誰かの為に命を懸ける歪んだ自己犠牲精神ではないか。

 あの時助けた少女がこんなことになっているなんて思ってもみなかった。

 止めるべきだと思った。このままでは彼女が死ぬことさえも恐れずにノイズと戦おうとする。

 

(いや、そう言ったらあたしも似たようなもんだったな……)

 

 しかし、ふと嘗ての自分を思い出せば、経緯は異なれど自身を顧みずに行動していたことを思い出す。

家族を失い、全てを捨てたあの頃はノイズを倒す為なら命なんて惜しくなかった。ノイズを全滅させる為なら痛みにいくらでも耐えてきた。だが、それでどれだけ周りに迷惑をかけたのかを知り、自分が愚かだったことに気付かされた。それからは自身を無碍に扱うことはしなくなった。

 

「戦う理由って程でもないですけど、もともと人助けが趣味なものですから」

 

「……そうか」

 

 しかし、そんな奏から見てもやはり彼女はかなり歪だ。

 戦うなと言ってもすでにその力を持っており、自分や翼のようにペンダントを所持しているわけではない為に力を取り上げることも出来ない。別のことで人助けをすればいいだろうが、間違いなく現代において人々の最大の脅威はノイズだ。故に彼女はノイズと戦おうとするだろう。

 だから、奏に出来ることは一つだった。

 この子が道を踏み外さないように、戦う者として導くことが奏にとって唯一出来ることなのだと。

 

(ま、やってみるか)

 

 彼女を育てることを決めた奏は、最後に一番聞きたかったことを口にした。

 

「なぁ、私のことを恨んでないのか?」

 

「えっ……?」

 

 その問い掛けに響は目を丸くする。

 

「二年前、あたしが不甲斐なかったから怪我を追っちまった。その所為でシンフォギアなんて物騒な力を手に入れて、ノイズと戦うことになっちまったのに恨んでねぇのかなってさ」

 

「そんな! 私が奏さんを恨むなんてありえませんよ! 感謝こそすれど恨むなんて絶対にありえません!! 絶対にです!!」

 

「そ、そうなのか?」

 

「はい! 絶対の絶対です!!!」

 

「お、おう?」

 

 先程の神妙な雰囲気とは打って変わって、いつもの明るい性格に戻りぐいぐいと顔を近づけて迫る響に奏は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「それに奏さんがあの時私に言ってくれたんです。『生きるのを諦めるな』って。その言葉に私は何度も救われたんです。リハビリで苦しくなった時も、奏さんの言葉のお陰で頑張って日常に戻ることが出来たんです。奏さんは覚えてないかもしれませんけど」

 

「いや、あたしもあの時のことは覚えてるよ。忘れてるのはカミナのバカだけだ。あいつ、トリ頭だから」

 

 かなり酷く言われていることに響は苦笑を浮かべた。

 

「でもカミナさんにも助けられたんですよ。ノイズに襲われる前にカミナさんに偶々会って言われたんです。『自分が正しいって思ったら最後までその思いを貫き続けろ』って。あの言葉があったから、自分に少しだけ自信を持てるようになれたんです」

 

 それを聞いて奏は少し頭が痛くなった。彼女の歪な自己犠牲精神の原因に遠からずカミナが関わっているのではないかと思ったからだ。

 しかし、過ぎたことを悩んでも仕方ないので、そのことは一旦横に置いておくことにした。

 

「あー、あいつの言葉って滅茶苦茶なんだけど、何でか核心を突くんだよなぁ」

 

「はい! 私も会った時はそれ以外のことは殆ど何を言ってるのか全然わかりませんでした!」

 

 やっぱそうだよなと奏もうんうんと頷くと、聞き覚えのあるバイクのエンジン音が聞こえてきた。

 

「お、翼達が来たよう……」

 

「誰がトリ頭だ、奏テメェェェェェェっ!!!」

 

 奏の言葉は、バイクの爆音とカミナの怒号で掻き消された。バイクのエンジンに負けず劣らずバカでかい声である。

 カミナが怒号を発した経緯を奏は直ぐに理解した。

 

「げ、もしかしてさっきの話聞かれてたのかっ!?」

 

「ええっ! ここから結構離れてますよ!?」

 

 ここからバイクは見えるが、カミナの顔までは見えない距離であるにも拘わらず、先程の会話が聞かれていたようである。

 

「あいつにそんな常識が通じる訳ねぇだろ! このまま逃げるぞ!」

 

「えっ!?」

 

 まだギアを纏っている為、身体能力的にバイクに遅れは取らない。

 

「とにかくそいつの使い方に慣れとけ! まずは二課までカミナから逃げきる訓練だ!」

 

「えっ? ええっ!?」

 

 いきなりのことに響はよく分からず、流されるように奏の後を追う。

 

「待ちやがれっ! バカと言われ慣れてはいるが、トリ頭は流石に我慢ならねぇっ!! 今日と言う今日は許さねぇからなぁぁぁっ!!」

 

「奏さん、カミナさんを何とかしてください! アレ、本気で怒ってますよ!!」

 

「はははっ!! 気にすんな気にすんな。二課じゃあ、こういうのは日常茶飯事だ! 今のうちに慣れとけ!」

 

「そんなぁーっ!」

 

「待てやゴラァァァァっ!!」

 

 このまま行くとカミナのバイクが追い付いてきそうなので、とにかく響は急いで奏の後を追い続けた。

 だが、よくよく考えてみれば、追いかけられているのは奏だけなので、自分はその場に残っても良かったのではないかと、後で気付くことになる。

 これからの響の高校生活は色々な面で前途多難なようである。

 

 

 

 

 

 

 

 カミナのバイクから全速力で逃げている奏と響を翼は少し離れたところで眺めていた。

 

「何をやってるんだ、あいつら」

 

 防犯カメラからその様子を眺めていた弦十郎の呆れた声に翼は少々同情した。

 

「カミナさんと奏ですから仕方ありませんよ」

 

「いや、それを言えばすべてが解決するわけでもないんだがな」

 

 確かにその通りだと翼は笑みを浮かべた。

 

「それで、翼は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫とは何がですか?」

 

 弦十郎の問いかけに、何のことだろうかと首を傾げるが、思い当たることは無かった。

 

「いや、問題ないなら別に良いが……」

 

「はぁ……」

 

 そんな会話をしていると、カミナ達が二課へと戻るルートに入った。カミナの怒号に対して、奏の笑い声と響の悲痛な叫びがここからでも聞こえてくる。

 

「では私も戻ります」

 

「ああ、後はこっちに任せてゆっくり休むと良い」

 

「はい。では後程」

 

 通信を切り、翼もカミナ達の後を追おうとする。

 

「イタっ」

 

 その直前、首筋にチクリと何かが刺さるような痛みを感じた。

 痛みを感じた場所を触るが、特に血が出ているわけでもなければ、虫に噛まれたわけでもなさそうだ。

 ただの錯覚だろうと翼は思い、バイクを走らせてカミナ達の後を追いかけるのであった。




如何でしたか?

今回の奏と響のくだりは前々から考えていました。

自分の所為で怪我を負わせた上に、事故とはいえシンフォギア装者にしてしまった響を目にした奏がどう思うのか、すごく悩みました。

XDで奏が弱音を吐くシーンがあったので、これをもとに私なりに考えてみました。

と言うわけで、これで原作だと三話の頭までの話が終了となりました。

あと少しで、『彼女』が出てくることになります。

そして……ついに『ヤツ』も動き出します。

では、今回はこれにて!


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一か月が経っちまったぜ

どうもです!
いやー、シンフォギア、盛り上がってますね!
ついにやっちゃいましたよ、緒川さんっ!!
NINJAって凄いねっ!と思える話でした。
そろそろアニメも折り返しに入ってきましたが、こちらはのんびりとやらせていただきます。


 響が二課の協力者となって一か月が過ぎたある日、装者とカミナは司令室に集まっていた。

 指令室にあるソファに奏と翼と響が隣り合うように座り、カミナはその向かい側に座っていた。

 

「うーん……参ったなぁ」

 

「確かに困ったわね……」

 

「かぁー……かぁー……」

 

 眉間に皺を寄せて唸る奏に、深く考え込む翼、そして鼾を掻いて爆睡するカミナを前に響は困惑と申し訳なさが入り混じった表情をしていた。

 

「すみません、私の所為で」

 

「気にすんなって、誰だって上手く出来る訳じゃねぇんだし」

 

「困難に直面したら、我武者羅にやるより一度立ち止まって考えた方が良いわ。そうすれば、ふとしたことで突破口が見えてくるかもしれないから」

 

「は、はい……」

 

 彼女達が集まっているのは響のアームドギアに関してだ。

この一か月、カミナ達の指導の下、そこそこ戦闘に慣れてきたものの、シンフォギアシステムの主兵装であるアームドギアが展開できなかったのである。

 最初は奏と同じ聖遺物である為に、彼女を中心にアームドギアの展開を訓練していたのだが、同じようにやっても上手くいかなかった。方向性を変えようと翼に任せてみれば、指導する側になったことが少ない為に、なかなか上手くいかず、そもそもシンフォギアですらないカミナに関しては気合でどうにかするしかないという無茶ぶりである為に、一向にアームドギアを使いこなせなかった。

 これには了子も色々と調査をしているのだが、一か月経っても良い解決案が出てこなかった。

 

「アームドギアって元となった聖遺物の形が大きく影響を与えてるんだろ? となれば、響のは槍だと思うんだがな? 何で出ねぇんだろ?」

 

「それに装者の心象も影響を与えるはずだけど、私と奏は聖遺物の形状にかなり近いものだからあまり意識したことは無いのよね」

 

 実際、この二人の使用しているガングニールと天羽々斬のアームドギアは槍と刀である為に、それほど心象の影響がないように見える為に二人には実感が無かったのである。

 その為、弦十郎と了子が一度シンフォギアについて考え直してみれば、良いアプローチが思いつくのではないかと話し合いの場を設けたのだが、ここにいる装者達とカミナにはいい案を出すことは出来ずにいた。

 

「成程、事情は理解しました。ですので、いい加減解放してもらえませんか?」

 

 そんな彼女達にカミナの横に座っている五人目の人物が話しかける。

 先程から響が困惑していたのは、二課の職員でもない『彼』がここにいたからだった。

 

「おっ、ようやく喋る気になったか、メガネ」

 

 響にとって初対面であるメガネがロープで縛られていたのだから当然の反応である。

一方、メガネは口元を引きつかせ、眉間に皺を寄せていた。

 

「何がようやく喋る気になったですか! 君達がいきなり『ヒマか?』と連絡してくれば、唐突に拉致してこんな場所に連れて来て、そんな状況下で平常運転できると思いますか!?」

 

「え、大丈夫だろ、お前なら?」

 

「僕の感性は一般人と大差ありませんからね! いきなり連れてこられて、重要機密の話を無理矢理巻き込まれて平然としていられる方が可笑しいですから!」

 

「えー、だってこういう相談できる奴って、あとメガネしかいないじゃん?」

 

 奏があっけらかんとそう言うと、メガネは眉間の皺を更に深くした。

 

「平然と僕を巻き込まないでください! 僕はなるべく平穏な暮らしがしたいんです!」

 

 その言葉に奏は首を傾げる。まるで無理だと言わんばかりの苦笑いも一緒であった。

 

「いや、無理だろ? お前のトラブル体質的に。高校時代は銀行強盗に巻き込まれて犯人を説得する羽目になってただろ。他には友人の恋愛相談のはずが、人身売買の現場とかち合って、よく分からないとばっちりで友人に歪んだ恋愛感情を抱いていたクラスメイトに殺されかけただろ。後は、アキバで知り合った女の子がヤクザの令嬢だと知らずに悪漢から逃走したら、海外のマフィアとの闘争に巻き込まれただろ。で、今ではその子の家庭教師をやってる。もう今の時点で色々と巻き込まれてるじゃん?」

 

 「お前、何処のラノベの主人公?」と言いたいほどにメガネは高校時代からトラブルに巻き込まれているのである。だから、今更一つや二つ増えたところで問題ないだろうと奏は彼を連れてきたのだ。

 

「トラブルに巻き込もうとしているあなたが言いますか! と言うか、カミナ君は一体何時まで寝てるんですか!」

 

「……あ? ふぁー……起きてるぞ?」

 

「いや、絶対嘘ですから! さっき鼾掻いてましたよね!」

 

「何言ってやがんだ……寝たふりだ!」

 

「いや、無理ですからね!? そんなキメ顔したところで魔化されるとでもっ!?」

 

「まぁまぁ、良いじゃねぇか。プライベートであのツヴァイウィングの風鳴翼と現役の女子高生と会話が出来るんだから、役得だと思っておけよ」

 

 憤慨するメガネを落ち着かせるように奏はここにいるメリットを提示するが、メガネにとってそれを役得と思ったら終わりだった。色々な意味で。

 

「思ったら僕が終わりですよね、それ! それに僕は戦闘に関する知識は皆無ですよ! アニメや漫画やゲームじゃないんですから! そもそもシンフォギアについてはざっくりとしか知りませんし、僕に何を期待してるんですか!」

 

「「えっ? お前のアニメとマンガの知識」」

 

 声をそろえて言うカミナと奏にメガネは唖然とした。

 

「そんなの役に立つと思うんですか!!」

 

「いやー、だってあたしらの知識と感性じゃ、良い考え浮かばないしさ」

 

「メガネってアニメとかマンガは好きだろ? それに俺等が使ってる力ってぶっちゃけアニメとかマンガで出てきそうだから、何かいい案が出るんじゃないかって思ってさ」

 

 そんな滅茶苦茶な理由で連れてこられたのかとメガネは開いた口が塞がらなかった。

 

「すみません、私達では良い案が思いつかなかったので」

 

 唯一申し訳なさそうに頭を下げる翼にメガネは首を横に振った。

 

「いえいえ、翼さんは謝らなくていいですから。元凶はそこのバカ団長とアホ副団長にあるので」

 

「あー、翼だけ優しくするなんてズルいぞー」

 

「そうだそうだ、年下だからって甘やかすなー」

 

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるカミナと奏にメガネは口元をひくつかせた。

 

「二人共、ふざけるのも大概にしてください! あー、もー、分かりました! 分かりましたよ! 微力ながら彼女がアームドギアを使える糸口を探してみますから、二人は真面目にやってください! ついでに縄もほどいてください!」

 

「「はーい」」

 

 グレン団にとってはいつもの流れであるのだが、唯一ついていけない響は目の前のやり取りにただただ圧倒されていた。

 縄から解放されたメガネはやれやれと溜息をついて、響の方に目を向けた。

 

「確か、立花響さんですね? そこのカミナ君と奏は時折凄いことをすることがありますけど、基本碌なことをしないので気を付けてくださいね。特にカミナ君の無茶ぶりには気を付けてください」

 

「え……。あ、はい。分かりました」

 

 もう既に遅いのだが、これ以上妙なことに巻き込まれないようにメガネなりに気を使って二人の扱いについて助言した。

 

「あ、そうだ。二年前のライブでメガネが応急処置した子、その子だわ」

 

「……は?」

 

 早速話を進めようと思った矢先、奏が唐突に思い出したことを口にした。

 すると、メガネが響をじっと見つめる。

 

「あ、あの……」

 

 まじまじと見つめられ、響は少しずつ顔を赤くしていく。

 そんなことを気にせず、メガネは口元に手を当てて考え込んだ。すると、何かを思い出したかのようにはっとした顔を浮かべた。

 

「あの時は応急処置をすることに躍起になっていたので、顔はあまり見ていなかったのですが……。もしかしてですけど、二年前のライブが始まる前に、カミナ君にぶつかってませんか?」

 

 それを聞いて響は目を丸くして頷いた。

 

「は、はい! その時にカミナさんに『自分が正しいって思ったら最後までその思いを貫き続けろ!』って言われました!」

 

 それを聞いて、カミナと響を除く全員が『ああ、こいつなら言いそうだ』と心の中で頷いた。

 

「へー、よく覚えてたな。流石天才」

 

「カミナ君の記憶力が旧世代のパソコン並みに無いだけですよ。あれだけ周囲に変な視線を向けられれば嫌でも覚えられますから」

 

 容易にそんな光景を想像できた奏と翼がうんうんと頷くが、カミナは納得していなかった。

 

「それにしてもあの時の子が……。世間と言うのは広いようで狭いですね」

 

「カッコつけてねぇで、サクサクッと良い案出してくれよ、グレン団参謀!」

 

 カミナがメガネの背中をバンバンと叩いた。

 

「そう簡単に言わないでください。物事には順序と言うのがあります。何故使えないのかを探る為にも色々と確認することがあります。まずは立花さんと奏と翼さんの違いについて考えることから入ってみましょうか」

 

「あたしらとの違い?」

 

「特に奏と立花さんを比較するのが最も適切でしょう。同じ条件、つまり同じ聖遺物でありながら異なる結果を出している。であれば、その違いはまず二人の違いを明確化するべきでしょう。どうやら使用者の心象にも影響を与えるようですので、もしかしたらそこに違いがあるのかもしれません」

 

 メガネが珍しく知的な面を見せながら説明し、翼はなるほどと相槌を打ち、奏は何となくニュアンスだけは伝わったようである。一方、カミナと響は頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいた。

 響は兎も角、カミナまで理解できていないことにメガネは呆れて溜息をついた。

 

「例えばですが、同じ辛さの料理を二人の人が食べて、一人が辛いと感じる一方でもう一人が辛くないと感じた場面を見たことがありませんか?」

 

「あ、あったわ」

 

「あ、確かにありました!」

 

 テレビの特番でそんなことをやっていたなと二人は思い出した。

 似た者同士だなとメガネは思ったが、変なことを口にすると奏に突っかかれそうな気がしたため何も言わなかった。

 

「同じことをしても個人差が出るのはシンフォギアも同じではないでしょうか? 人は似ることはあっても同じになることはありませんから。その人が得た経験や知識は全く異なり、その結果はその人のみにしか出せません。奏と立花さんのこれまでの経験の違いがアームドギアに影響を与えているのでしょうか?」

 

「なるほどなー」

 

「やっぱ呼んでよかったな!」

 

 流石メガネと言いたいように頷く奏とカミナに当の本人は呆れて溜息をついた。

 

「まだ確証は得てませんよ。それに……」

 

 メガネが響を一瞬だけ見てすぐに視線を二人に戻した。当の本人は自分が見られていたことに気付いていなかった。

 すぐには用意できないので、その検証準備の為にメガネはさっそく作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 響と奏の違いを調べる用意に時間が掛かる為、一人になれる場所は無いかと尋ねると、弦十郎の計らいで個室を用意してもらった。

 

「まったく、どうして僕がこんなことをしているのでしょうか?」

 

 一人ポツリと口遊みながら、メガネは様々な検証内容をまとめていった。

 正直に言えば、彼がここまでする必要はないのだ。

あくまでも彼は一般人であり、特例としてシンフォギアについて知っている協力者という立場ではあるものの、この二年間、あまり関わってこなかった。精々、休日に一緒に遊びに行ったり、親の実家から過剰に送られてきた果物や野菜をカミナ達におすそ分けする程度だ。

 そんな彼が唐突にシンフォギアについて意見を出してくれと言われても、直ぐに思いつくわけがないし、そんな重要機密に関わりたくもなかった。

 それでも彼が協力することを了承したのは理由があった。

 

「お邪魔させてもらうぞ」

 

「失礼しまーす」

 

 大まかに完成してきたところで、部屋に弦十郎と了子がやってきた。

 

「ああ、丁度良かったです。そろそろお二人をお呼びしようと思っていたので」

 

 そうメガネが言うと、弦十郎はバツが悪そうな顔をした。

 

「すまない。本来ならこういうことは俺達の方でやるべきなんだが……」

 

「構いませんよ。友人の頼みですから。それに、彼女……立花響さんも関係しているのであれば、知らん顔をするほど僕は冷血ではないつもりですので」

 

「響ちゃん? どうして?」

 

 首を傾げる了子にメガネは苦笑を浮かべた。

余談だが、メガネは色々とハプニングに巻き込まれることが増えた為に、大人の色気たっぷりの了子を前にしても挙動不審になることは無くなっていた。

 

「彼女は僕が初めて助けた人だからですよ。無我夢中で助けた彼女が、何の因果か、こうして目の前に現れて、彼等と共に戦うことになりました」

 

 それは弦十郎達も把握していた。過去の記録から響が奏達に救出されていたことを知り、彼女が一命を止めたのはメガネの適切な応急処置によるものであることも知っていた。

 

「二年前のあの時のような場に彼女は行かなければならない。あそこで死んでしまった方々のようになるかもしれないのに、彼女は戦場に向かおうとしている。それを見て見ぬふりをしたくなかっただけです。それに人々の平穏を守るために戦場に向かう彼等が、勉強しか取り柄のない僕を頼るというのなら友人として協力は惜しみませんよ」

 

「友人として、ね……。良いわねぇ、まさに青春って気がするわ」

 

 そんな感想を抱く了子を横に弦十郎はカミナ達は良き友を持ったと深く感心した。

 すると、弦十郎はメガネの話の内容を聞いて、二年間の中で彼が休日によく彼等と会っていたことを思い出し、あることを考えた。

 

「もしや、君が休日にカミナ君達と会っていたのは……」

 

「それは流石に買いかぶり過ぎです。僕はただ彼等に平穏な時間を過ごして欲しかっただけですから」

 

 そう言うとメガネは天井を見上げた。

 

「以前読んだ本に書いてありました。戦場に立つ人間は体だけでなく心も削られていく。読んだ時は所詮は空想の中での話で、僕自身、記憶の端に置いていました。ですが、以前、彼等が戦っている姿を見て、話をして、彼等にとって平穏とはどれ程大切な事なんだろうかと考えるようになったんです」

 

 カミナが二課に所属して半年が経った頃、メガネは運悪くノイズと遭遇したのである。

 二課との関わっていたこともあり、メガネは適切に対処をしつつノイズから逃げ続けた。

 その後、どうにかカミナ達が到着し、彼は生きながらえることが出来たが、その時、彼は自分が生き残ることが出来たことより、戦いで疲れていた三人の姿に意識が向いていた。

 やはり彼等もまた自分と同じ人間なんだと、その時メガネは痛感したのである。

 何時も気合でどうにかしてきたカミナと奏、そして戦う為に鍛錬を続けてきた翼はどうあっても自分と何ら変わらないことに気付けなかった自分にメガネはその時腹を立てた。

 ノイズと言う抗えない災害から平穏を守り続けることが如何に大変なのかを知ったメガネは自身の出来ることをしようと、その日を境に積極的に彼等と何気ない平穏を送れるように努力した。自身の学んでいる医学関連から彼等をサポートできるように本来なら受講する必要のない講義にも参加し、可能な限りの情報を調べて、彼等と接してきたのである。

 

「僕は特別な力を持った人間でもなければ、皆さんのように彼等をサポートできる力もない勉強が取り柄のただの学生です。それでも、何も出来ないわけじゃないと嘗てカミナ君に教えてもらいました。僕はただ僕自身が出来ることをやっているだけですよ」

 

 ―――――グダグダ言う前に、お前にしか出来ないことを全力でやれよ!

 嘗て、サル並みの知能しかない無能と見下し、今後の人生で絶対に関わることは無いだろうと思っていた男に言われた言葉をメガネは今でも鮮明に覚えていた。

 自分を変えてくれた友人の為ならば持てる力を惜しみなく使って支えてやろうとメガネはあの時から心に決めていたのだ。

 

「……そうか」

 

 弦十郎はメガネがそれほどまで考えていたとは思わなかった。確かに、ノイズと戦うことは心身ともに疲弊することであるのは重々承知だ。その為に、出来る限りのサポートをしてきた。

 しかし、それでも弦十郎達はカミナ達にとっては大人であり、人生の先立なのだ。近しい言葉として戦友ともいえるだろうが、決して彼等と対等な友にはなれない。メガネはその立場を最大限に利用して彼等を支えていたのである。

 

(丈、お前の息子も本当に凄い奴だな)

 

 すでにこの世にはいない友のことを思い出し、弦十郎は改めてカミナという男の計り知れない人望を実感した。

 思い返してみれば、カミナはこれまで無茶も無謀も承知の上で行動してきたが、そのたびに彼の隣には仲間や友がいた。一人で切り抜いたこともあったが、危機的状況に陥った時は常に彼の横には共に戦う者達が並んでいた。それは戦場にいない弦十郎達も同じだった。彼の無茶の為に友里や藤尭、他の職員も全力で支援に回った。いつの間にかカミナと言う男は二課の中心になっていたのだ。

 それは二課だけでなく彼と関わってきた人も同じだった。現に目の前の彼は友の為に自身に出来ることをしようとしている。それほどまでに彼への信頼は厚いのだ。

 

「君には苦労を掛けていたようだ。改めて礼を言わせてくれ」

 

 弦十郎は深々とメガネに頭を下げた。

 それにはメガネは目を丸くしたが、直ぐにその顔は苦笑に変わった。

 

「苦労なんて今更ですよ。二人の無茶に何年も付き合わされてきたんですから。それに頭を下げるのは僕の方です。僕の友人達をどうかよろしくお願いします。特にカミナ君は苦労することになると思いますが」

 

 席から立ち上がってメガネは頭を下げた。

 

「ああ、もちろんだ」

 

 それを見ていた了子は少々湿っぽくなっているこの空気にややうんざりし始めていた。

 

「はいはい、その話はこれ以上にして、そろそろ本題に入りましょうか」

 

「む……。確かにそうだったな」

 

「そうですね。それに色々とお聞きしたいことがありましたので」

 

 そう言うとメガネは気持ちを切り替えて、部屋にある大型モニターに今回の検証内容についてざっくりとした内容を表示した。

 

「成程、使用者の心象がアームドギアに与える影響か」

 

「確かにシンフォギアには総数301,655,722種類のロックが施されているわ。装者の技量やバトルスタイルに応じてロックが限定解除される構造になっているの。と言ってもこれまで成功した例は少なすぎて、誰がどんな感情でどの程度のロックを外すのかまでは正確に計測できていないのよね」

 

「約3億のロックですか……。今更ですけど、凄い数ですね。流石は天才」

 

「いや、桜井理論を短時間で大雑把に理解する君も相当凄いと思うが……」

 

 弦十郎がシンフォギアシステムについて理解した期間よりメガネの方がずっと短いために、彼の頭脳が如何に優秀なのか理解できた。

 因みに、メガネがシンフォギアについて知ってしまったために彼のトラブル体質によって面倒なことが後に起こるのだが、それは別の話だ。

 

「僕の場合は面白いと思ったら大抵のことは覚えられますから」

 

「カミナ君と奏ちゃんの友達じゃなかったら二課に……ううん、私の助手にしたいわね」

 

「それは光栄ですが、僕からしてみれば世界を揺るがしかねない技術を取り扱う勇気が無いので間違いなく辞退させていただきます」

 

「あら残念」

 

 それから三人は今後どのように検証をしていくかを話し合って、今日のところはお開きとなった。




如何でしたか?
誰が予想したか、まさかまさかのメガネ回!
なのでここらでメガネについてのプロフィールをまとめてみました。


・メガネ(本名:西蓮寺(さいれんじ)大翔(はると))
 眼鏡を外すと目つきの悪いイケメンになる。
 父親は医者、母親は弁護士であり、三つ離れた姉と二つ下の妹がいる。
 両親が忙しいため、小・中学校は父方の祖父母の元で姉妹と共に暮らしていたが、高校、大学ではアパートを借りて一人暮らしをしている。
 小学校の頃は何年も奏と同じクラスであったが、将来医者になる為に周りとはあまり関わらないようにして勉強ばかりしていた。しかし、カミナが入学してから彼の人生は大きく変化する。その後、グレン団参謀となる。
 『メガネ』の呼び名は小学校の頃から周りに『ガリ勉メガネ』と呼ばれていたのをカミナが省略しただけである。
 高校は都心部の進学校へと入学し、医者になる為に猛勉強するが、息抜きも必要だと思い、高校の友人に何か息抜きになるのは無いかと尋ねると、アニメを勧められる。最初は何が面白いのかと疑問を抱いたが、アニメを一気見してからハマってしまい、インテリオタクとなる。
 奏がいなくなって二年が経ち、ある日、友人の勧めでツヴァイウィングの曲を聴き、偶然にも消息不明の奏を発見する。
 現在は大学の医学部に進学している。なお、ツヴァイウィングを勧めた友人も同じ大学の工学部に進学している。
 基本、面倒なことには巻き込まれず平穏な日々を送りたいのだが、高校時代からトラブル体質となり、数えきれないほどの面倒ごとに引っ掻き回されている。なお、ラッキースケベも発現しており、割と洒落にならないところまで行ったこともある。
 あまり表には見せないが、友達思いであり、友の為であればどんな助力でもするつもりでいる(ただし、厄介なことはやらないつもりでいるのだが、最終的に巻き込まれる)。その為、戦場に向かうカミナ達に平穏な時間を過ごせるよう陰ながら支えている。
 現在彼女はおらず、自分は異性に好かれる人間ではないと本気で思っているため、結構な数の女性から好意を持たれていることに気付いていない。なお、装者達からは頼れる友人または頭のいいお兄さんと思われている。
 まとめると、ラノベの主人公のような男。


こんな感じですかね。
ジャンルが違えば主人公になっていたかもしれない男、それがメガネです!
(修正するかもしれませんが……)
ここで本名を明かしましたが、メガネは今後も『メガネ』の表記で行きます。
他のグレン団のメンバーも気分次第ではこんなプロフィール紹介をするかもしれません。

そして次回、ついに『彼女』が……来る、かも?

と言うわけでは、今回はこれにて。


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夜に蛇は現れる

どうもです!

四か月近くも放置していましたが、戻ってきました!


 響のアームドギアの件から数日が経った日の夕方、カミナ達はミーティングをする為に集まっていた。

 議題はここ最近のノイズの出現頻度の異常性についてだ。

 モニターにはここ一か月のノイズの発生地点が表示され、響の為にノイズについて一旦復習してから本題に入った。

 

「それにしても増えたよなぁ。一年くらい前はここまで酷かなかったぞ」

 

 カミナの感想に奏と翼は揃って頷き、響は首を傾げた。

 

「そうなんですか?」

 

「そうそう。響と会うまでは一か月に数回、無い月もあったしな」

 

 奏の言う通り、ノイズがここまで高い頻度で出現したことはここ数年一度もない。まったく平穏である時は良くグレン団と集まれるくらいには余裕があったのだ。

 

「ええ。ノイズの発生率は決して高くないの。この発生率は誰の目から見ても明らかに異常事態。だとすると、そこに何らかの作為が働いていると考えるべきね」

 

「作為……ってことは誰かの手によるものだと言うんですか?」

 

「中心点はここ、私立リディアン音楽院高等科、我々の真上です。『サクリストD』デュランダルを狙って何らかの意思がこの地に向けられている証左となります」

 

 翼の説明を聞くと、カミナが右拳で左の掌を荒々しく殴った。

 

「一番怪しいのはアメリカだな。前々から色々といちゃもん言ってきやがるからよ。デュランダルは自分達の方が上手く使えるから寄越せってさ。ったく、どの面下げて言ってやがんだ。自分達の方が上だっていうあの態度が気に入らねぇ!」

 

 物凄く不機嫌な顔でカミナは悪態をついた。

まだそれほど時間は経っていないものの彼がそんな態度を取ることに響は内心驚いていた。

 目を白黒させていると響は側にいた奏に目が合った。

 

「あのー、奏さん、カミナさんはどうしてあんな態度なんですか?」

 

 カミナに聞こえないようにひそひそ声で質問すると奏はバツが悪そうな顔を浮かべた。

 

「響が来る前に色々あったんだ。十中八九米国政府が絡んでるんだが、証拠不十分で有耶無耶にされちまってからカミナの奴ずっと根に持ってるんだ。それにあいつ昔から相手に舐められっぱなしでいられるのが嫌いでさ、いつかぜってぇブッ飛ばすって聞かねぇんだ」

 

「な、成程」

 

 最後の方は明らかに子供っぽい理由である為に、苦笑を浮かべる響だったが、カミナらしいと思った。響もそこそこにカミナの色に染まってきたようである。

 

「あの……それでデュランダルって何ですか?」

 

 先程の会話にあったワードで知らない単語が出たので、今度は全員に質問した。

 

「デュランダルってのはこの下にあるほぼ完全状態の聖遺物のことだ。聖剣エクスカリバーとか魔剣グラムみたいな神話とか御伽噺に出てくる伝説の剣さ」

 

「フランスの叙事詩ローランの歌に登場する英雄ローランが持つ聖剣です。岩に叩きつけても折れずにそのまま斬ってしまうほど強固な剣と言われています」

 

「伝説の剣っつうと翼の天羽々斬も八岐大蛇を斬ったことで有名だよな」

 

「へー、皆さん、物知りなんですね」

 

 因みに奏のその知識はメガネによるものだ。神話や伝説に出てくる武器はサブカルチャーではお馴染みであり、彼のお陰と言うべきか彼の所為と言うべきか少々神話について詳しくなっていた。

 

「後は天叢雲剣、カラドボルグ、アスカロン……ゼッ〇ソード?」

 

「いや、そいつは違うから。老人封印してるヤツ。しかも大した力はないし」

 

 だが、残念なことにその中には当然余計な知識も入っていた。

カミナがいくつか神話の剣を挙げるがその中には明らかに関係ないものまで入っており、奏がツッコんだ。

 

「斬〇剣は?」

 

「薄い鉄板であればギアを纏わずとも出来なくもないですが……」

 

「「マジかっ!?」」

 

 翼の才覚にカミナと奏は揃って目を丸くする。

 

「こらこら三人共話が脱線しちゃってるわよー。斬〇剣は個人的に見てみたいけど」

 

 完全聖遺物の剣から空想の剣に話題がシフトしているので、この先のコントも見てみたかったが了子は話を元に戻すことにした。

 デュランダルもとい完全聖遺物と響達のシンフォギアに使用されている聖遺物との違いを友里と藤尭がざっくりと説明する。

 シンフォギアは装者が歌うことでその力を発揮し、完全聖遺物は一度起動すれば、装者以外でも使用できるということなのだが、残念ながら響には難しすぎて完全に理解することは出来なかった。

 

「今の二人の歌であれば、起動できるかもしれんが……」

 

「でも政府から起動実験の許可が下りねぇんじゃねぇか?」

 

 カミナの言う通りだと友里と藤尭が頷く。

 

「カミナ君の言う通りね」

 

「それ以前に、安保を楯に米国がデュランダル引き渡しを要求しているんだ。扱いは慎重にならざるを得ないだろうね」

 

 今回の件を含め、様々な出来事が一度に起こっていることから、全てが米国が関わっているのではないかと大人達は憶測を立てるが、残念ながら確固たる証拠が無い以上、断定することは出来なかった。

 その後、奏と翼はアーティストとしての仕事が入っている為、今回のミーティングはこれで終了となった。

 

「私達を取り囲む脅威はノイズばかりではないんですね」

 

 二人と緒川を見送り、響がこのミーティングを聞いて思ったことを口にすると、弦十郎達は揃って曇った顔を見せた。

 

「何処かの誰かがここを狙ってるなんて、あまり考えたくありません」

 

「そればっかりは仕方ねぇさ。世界にはいろんな奴らがいるんだ。その中には自分の欲望の為にどんな手を使ってでも叶えようとする奴だっている。皆が同じじゃないから争ったり、互いの主張をぶつけたりするんだ。それが今回は悪い方向にいっただけだ」

 

「カミナさん……」

 

「ま、心配すんな。天才考古学者様が設計したここがそう簡単に落とされる訳がないからな! 期待してるぜ、姐さん!」

 

 カミナが了子にサムズアップすると、彼女もサムズアップで返した。

 

「もちのろーん! この櫻井了子に任せなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 あの会議からしばらくしてカミナは今日の二課の仕事を終わらせて二課に配備されているジムでトレーニングに入っていた。

 比較的仕事が早く終わった弦十郎も一緒である。

 

「それにしても大丈夫かねぇ、あの嬢ちゃん」

 

「響君がどうかしたのか?」

 

 ランニングマシーンで走りながら、ぽつりと呟くカミナに弦十郎は問いかけた。

 

「いやさ、アレから一か月以上たったのに未だにアームドギアは展開できないこととか、妙に翼と関係が上手くいってないこととか、いろんなことに悩んでる所為で普段の生活に支障が出てきてるんじゃねぇかなーって」

 

「彼女から聞いたのか?」

 

「いや、何となくそんな気がしただけだ。翼に関しては表面上は上手くやってるんだが、何か思う所があるんだろうな。時々、あいつの目が嬢ちゃんを睨んでるように見えんだ。何度か聞いても大丈夫ってしか言わねぇし」

 

「まさか、そんなことがあったとは……」

 

 この一か月の間、そんな素振りがあったことに弦十郎は気付かなかった。

彼女達の身を案じることが出来ない自分を弦十郎は恥じ、眉間に皺を寄せる。

 

「気にすんなよ。おっさんはおっさんにしか出来ないことをやってんだ。それにこういうのは、先輩でありチームグレンのリーダーである俺の役目だ。おっさん一人で全部背負わねぇで、信頼出来る奴に仕事を任せてドーンと構えてりゃいいんだよ。俺等で無理なら、力を貸してもらうからよ」

 

 そんなことを言うカミナを見て、弦十郎は笑みを浮かべた。

 

「君のそう言う所は、親父さんに似ているな」

 

「親父?」

 

 カミナの父、神野丈(かみのじょう)が二課に所属していたのは、カミナが二課に入ってすぐに知ることとなった。主な仕事は了子と同様に聖遺物の研究であり、数年前に事故で亡くなっている。

 弦十郎と丈の付き合いは長く、学生時代からの友人だった。そんな彼は弦十郎の推薦で二課の技術部門として働いており、二課の施設の製造に殆ど関わっていた。了子の無茶な要求をクリアしてきたのも彼の実力あってのモノであり、カミナとは似ても似つかぬほどの天才であった。

 

「猪突猛進な所と、一度決めたことは絶対に曲げないその強い意志。君と出会うまであいつ以上の不屈の魂を持った男を俺は会ったことが無かった」

 

 弦十郎にそこまで高く評価されていることにカミナは内心驚いた。カミナ自身も父親のことは尊敬しているし、今でも目標としているが、弦十郎ほどの男に認められているとは思いもしなかったからだ。

 

「司令に就任すると決まった後、あいつは言っていた。『組織の長ってのは相手になめられないようにドーンと構えてなきゃいけねぇ。お前はお前の仲間を信じて、大局を見据えろ。細かいことは俺達、下に就いている奴等がカバーしてやる』とな」

 

「へぇ、あの親父がねぇ」

 

「正直、最初の頃は俺よりもあいつが二課の司令になるべきだと思っていた。誰よりも仲間を信頼し、二課の中心となっていた彼をな」

 

「そうか? 親父なら、『そんな面倒なことやりたくねぇ! お前がやれっ!!』とか言いそうだぜ」

 

 カミナが首を傾げると、弦十郎は軽快に笑った。

 

「ハハハっ! あいつもまったく同じことを言って断っていたよ。それでも俺が司令に就任してからも、あいつは俺を陰ながら支えてくれた。奏の件もあいつがいてくれたから、上手くいったところが多いからな」

 

 奏が二課に入った時には彼女とカミナを会わせないように裏で色々と動いていたが、いつか二人が向き合って話せるようにしようと画策しており、その役目を弦十郎が引き継いでいた。

 二人は絶対に仲直りするから、絶対に何時か会わせてやってくれというのが丈の弦十郎への最後の頼みだった。だからこそ、彼はカミナがここに現れた時、必ず成し遂げようと本来の仕事を疎かにしてまで、二人を引き合わせたのである。

 

「知ってるか、昔、翼と奏は良く喧嘩していたんだぞ」

 

「マジでか?」

 

 初めて翼に会った時には、奏にかなり懐いており、とても昔は仲が悪かったとは思えなかった。

 

「翼は今よりも内気でな。当時の奏と全く噛み合わなかったんだ。それが、奏の気に触れてな。何度もギアを纏ったまま喧嘩しては止めていたよ。丈の機転で今では二人でアーティスト活動をする仲にまでなったのさ」

 

「へぇ、そんなことがあったのか」

 

 昔からシンフォギア装者と正面から戦えたのかと、カミナは弦十郎の実力に心底驚かされた。

 

「俺も大人としてやれることをやろうと奮闘したが、本職の父親には勝てなかったわけだ」

 

「ふーん。なぁ、おっさんは結婚しないのかよ?」

 

 弦十郎の話を聞いてカミナはふと思ったことを問いかけた。

 すると弦十郎は神妙な顔を浮かべる。

 

「一人の男として家庭を持ちたいと思わないわけではないが、仕事上なかなか難しくてな……」

 

 弦十郎の仕事は重要機密に関わる案件ばかりであり、事件に巻き込まれてしまう危険性を考えると、一般女性と付き合うことに躊躇いがあるのだ。

 

「姐さんとかはどうだよ? 割と長い付き合いだろ」

 

「了子君か……。確かに、十年近くも一緒に仕事をしてはいるが……」

 

 苦笑を浮かべる弦十郎を見て、その笑みに僅かな陰りが見えたが、カミナはそれに気付くことはなかった。

 それからトレーニングを一通り終えて休憩に入っていると、ノイズの出現を検知したアラームが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズが出現したという連絡を受けた時、響は内心憂鬱だった。

 未来との約束を破るように学校から現場に向かっている中、響の心は曇っていた。

 

(見たかったのに……)

 

 こんなことが無ければ、大切な人との約束を破ることなんてなかったのに。

 

(楽しみにしてたのに……)

 

地下に出現したノイズを倒しながら、響は心の底から苛立ちが込み上げていた。

 それは倒したノイズが増えていくたびに増していった。

 

(約束したのに……。未来と一緒に)

 

「見たかった……」

 

 ぽつりと響は呟いた。

 その直後、出現したノイズの中にいたブドウ型が球体を放り投げて爆発させ、建物の瓦礫で響を生き埋めにしようとする。

 無数の瓦礫が響に襲い掛かるが、シンフォギアを纏った彼女には全くダメージが入らなかった。

 だが、それでも彼女の心の中にあるタガを外すには十分だった。

 

「見たかった……」

 

 瓦礫を押しのけて、響は目の前のノイズを睨みつける。

 

「未来と一緒に、流れ星、見たかったぁぁぁぁっ!!」

 

 約束を破った自分への苛立ちとその切欠を作ったノイズへの怒りを込めた拳がノイズに襲い掛かる。

 

「あんた達が……誰かの約束を犯し、嘘のない言葉を、争いのない世界を、何でもない日常を剥奪するというのならっ!!」

 

次々と怒りを込めた猛攻を繰り広げる響は、普段の彼女とはかけ離れ、修羅の如くその拳を振り続けた。ノイズの体を抉るように殴り、乱暴につかんで真っ二つに引きちぎる。

 しかし、それも長くは続かず、響から逃げていたブドウ型が爆弾再度爆弾をけしかけ、それを直に受けたことで響は我に返った。

 加えて、更に距離を取ったブドウ型は地上へ抜けようと天井に向けて球体上の爆弾を投げつけ、地上への脱出口を作ると、猿も驚くほどに瓦礫を伝って地上へと逃げていった。

 

「まずい……」

 

 今の響にあそこまで素早く上ることが出来ない為に、どうするべきか苦悶の顔を浮かべた。

 

「ところがどっこいっ!!」

 

 しかし、こんな危機的状況を待っていたかの如く現れる頼れる漢がいた。

 

「おりゃぁぁぁっ!!」

 

 螺旋力を纏ったカミナの蹴りがブドウ型ノイズに風穴を開け、逃げたノイズは塵へと帰った。

 カミナがノイズを倒した後、響は足場を確認しながら地上へと上がっていった。

 地下から地上に出るとそこは公園であり、カミナだけでなく後からやってきた奏と翼もその場にいた。

 もうすっかり日が沈み、夜になっていた。どんなに頑張っても未来と流れ星は見れないのだと響は内心沈んでいた。

 

「よっ、お疲れさん」

 

 しかし、そんなことをカミナに悟らせないように響は普段通りの顔になるように努めた。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

 辺りにはノイズの反応がないと連絡を受け、四人はもうすぐやってくるであろう奏と翼、そして二課の職員を待つことになった。

 

「それにしてもすげぇじゃねぇか、一人でここまでやれるようになるなんてな」

 

 一人でノイズを最後の一体まで倒せるようになったことに奏は手放しで称賛した。

 

「皆さんが色々教えてくれたお陰ですから」

 

「そうか? これまで戦い方を人に教えたことなんてないから、正直上手くやれてんのか不安だったんだが、そう言ってくれるならこっちも頑張った甲斐があるな。なぁ、翼」

 

「ええ。でもカミナさんは気合とは根性しか叫んでいませんでしたが……」

 

 そんなことを言う翼にカミナは不満そうな顔を浮かべた。

 

「ああ? 何が悪いってんだ。体一つで戦うんだから、最終的には気合でやることになるだろうが」

 

「毎回背水の陣で上手くいくわけがないと言ってるんです。しっかりと土台を作ることも大切です」

 

 根が真面目な翼と動物的直感で行動するカミナとではその方向性がかなり異なっており、戦いにおける心構えに対して衝突することは時折あるのだ。

 

(でもなぁ、翼ってここまでカミナに文句言ってたか?)

 

 しかし、それはカミナが二課として活動し始めた頃であり、ここ最近は翼もカミナの良さを理解して上手くやっていたはずだった。だというのに、ここ最近、翼はカミナに対して強く当たるようになり、奏は時折違和感を感じていた。

 一方、当の本人は妹分のような翼が年頃の少女の様に突っかかってくるだけだと思っているらしい。

 

「まぁまぁ二人共、お互い言ってることは間違っちゃいねぇんだからさ」

 

「でも……」

 

 何処か不満げな顔を浮かべる翼に、響は苦笑を浮かべるしかなかった。

 そんな会話をしていると……。

 

「戦った後だってのに随分とおチャラけてるじゃねぇか? とんだ甘ちゃん連中だぜ」

 

「「「っ!?」」」」

 

 突如として第三者の声を耳にして、四人は驚いて声のする方へと目を向けた。

 公園にある林の中からゆっくりとこちらに向かってくる人影があった。だが、月が雲に隠れてその姿をはっきりと捉えることは出来なかった。

 しかしそれも束の間だった。雲に隠れた月が顔を出し、突如現れた人物はその姿を現した。

 そこにいたのは白銀の鎧を纏った少女だった。

 

「そんなっ!」

 

「嘘だろっ!?」

 

 その姿を目にして翼と奏が驚愕する。

 

「奏?」

 

「翼さん?」

 

 二人とは相反してカミナと響は怪訝な顔を浮かべた。

 彼等と異なり、二人が過剰に反応は至極当然とも言えるだろう。何故ならば、突如として現れた少女がその身に纏っているモノを二人は見たことがあるからだ。

 

「何でテメェが、そいつを……ネフシュタンの鎧を纏ってやがんだ!」

 

 声を荒げる奏を見て、少女は不敵に笑う。

 

「へぇ。ってことは、あんたはこいつの出自を知ってんだ。まぁ、そんなことはどうでもいいんだ」

 

 激昂する奏をよそに、少女は奏の隣に立つ男を睨みつける。

 

「ああ、間違いねぇ。忘れるもんかよ、テメェのその姿をよ」

 

 ぽつりと少女は呟き、腕部にある蔦状に繋がれたピンクのクリスタルで指をさすようにカミナに向ける。

 

「ようやく見つけたぜ。ずっと探してたんだ。パパとママを殺したテメェをよ!!」




如何でしたか?
ついに『彼女』が登場です!

四か月も放置してすみませんでした。
XVを見て、少々話の展開を再構成していたのと、リアルが忙しくて更新が出来ませんでした。
亀更新ですが、少しずつ更新出来たらいいなと思っています。

それでは今回はこれにて。


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一秒前の俺よりも強く

どうもです。
時間が出来て、サクサク書けたので投稿しました。
12月24日にも更新してますので、読んでない方はそちらからご覧ください。


「……は?」

 

 突如現れたネフシュタンの鎧を纏った少女の言葉を聞いて、カミナは首を傾げた。

 

「いやいや待て待て、一体全体何のことだよ?」

 

 カミナには全く身に覚えのないことだった。

 

「とぼけんな! テメェ以外に螺旋力纏ってる野郎なんているわきゃねぇだろうがっ!!」

 

「バカ言ってんじゃねぇよ! カミナの野郎が人殺しなんてするはずがない!!」

 

 この時、少女がシンフォギアと同等の機密レベルである螺旋力を口にしたのであるが、奏は大切な人が人殺しの汚名を着せられたことに激昂してしまい気付けなかった。

 

「そうです! カミナさんがそんなことをするはずがありません!」

 

「ええ。普段は不真面目な態度であっても、彼が人類守護の役目を忘れたことはないのは私も知っている」

 

 響も翼もカミナが誰かを傷つけることを積極的にするような男ではないと確信しており、少女の言葉を信じなかった。

 カミナを擁護する三人を目の当たりにした少女は忌々しく舌打ちする。

 

「テメェら、そんな聖遺物でも何でもない出自不明の力を纏った奴を信じるってか? おめでたい頭してるじゃねぇかよっ!!」

 

 何の前ぶりも無しに少女は腕から延びる蔦状のクリスタルを展開して、鞭のように振るってカミナ達に攻撃する。

 

「散会しろっ!」

 

 奏の指示と共に四人は少女の攻撃から逃れた。

 蔦を境に翼と奏、カミナと響に分けられた。

 

「お高く留まった人気者共はこいつらの相手でもしてなっ!!」

 

 すると少女は背中から一本の杖を取り出して、銃の様に奏達に向ける。

 杖が変形して紫色のクリスタルが剥き出しになり、そこが光ったと思ったら大量のノイズが出現した。

 

「なっ!?」

 

「嘘だろっ!?」

 

 それには奏と翼は驚愕し、揃って目を丸くする。当然、カミナと響も同じ気持ちだった。

 ノイズは自然災害と同じであり、出現するタイミングは一切不明とされていた。だというのに、この少女はノイズを生み出し、操ってみせたのだ。

 少女は尋常ではない数のノイズを生み出すと、奏達の興味が失せたようにカミナ達に目をやった。

 

「さて、じゃあ、テメェをぶっ殺すついでに仕事も済ませるか」

 

少女がそう言うと、カミナは構えた。

 

「下がってろ、嬢ちゃん」

 

「でも……相手は私達と同じ人間ですよ」

 

 戦うつもりであるカミナを見て、響は戸惑った。

 彼女と共に過ごして、カミナは響が超が付くほどお人よしなのだと理解した。人を傷つけることを躊躇っているし、恐らく翼や奏とは違って戦う意味を持ち合わせていない。

 

「ああ、分かってる。だがな、俺は俺の仲間(ダチ)に手を出す奴は許せねぇ。ましてや、アイツの家族を殺したノイズを操ってる奴なら猶更だ」

 

「はっ! テメェも人殺しだろうがよっ!!」

 

 少女が右手のクリスタルの蔦を展開して、カミナに襲い掛かる。

 上空から襲い掛かる蔦をカミナは左手に展開したドリルで横に払った。

 

「ちょせぇっ!!」

 

 立て続けに横から迫る攻撃をカミナはジャンプで躱す。

 地面に着地する直前、少女は一気にカミナに詰め寄って右拳を腹に叩き込む。

 もろに入ったと少女は思ったが、僅かの所でカミナの右手がそれを遮った。

 

「良いパンチじゃねぇか。おっさんほどじゃねぇけどなっ!!」

 

 カミナの左拳が少女の顔面に襲い掛かり、とっさに少女は横に躱す。

 

「オラオラオラぁぁぁっ!!」

 

 更にカミナの猛攻が少女に襲い掛かる。

 そのすべてを少女は躱し、クリスタルの蔦を使って防御していく。

 

「調子に乗るな、この脳筋野郎っ!!」

 

 カミナの攻撃を見切った少女は、カウンターで腹部に蹴りを叩き込んだ。

 

「がっ!」

 

 後方に吹き飛ばされつつ、態勢を立て直そうとするカミナだったが、少女はそれを許しはしなかった。蔦による猛攻がカミナを襲いかかる。

 何度か攻撃を受けるが、即座に螺旋力を使ってドリルを薄く広く伸ばして盾にして態勢を立て直していく。

 

「隙だらけだぜ」

 

「しまっ……」

 

 しかし、僅かな隙間を狙った蔦はカミナの胴体に巻き付き、少女は水風船で遊ぶ子供の様にカミナを振り回す。

 

「そらそらそらぁぁぁぁっ!!」

 

 勢いが付き、そのままカミナを地面に叩きつけた。

 

「だぁっ!」

 

「カミナさん!!」

 

 それを見ていた響が彼を助けようとする。

 

「お呼びじゃないんだよ、こいつらでも相手してな」

 

 それを邪魔するように、少女は再度杖を操作してダチョウ型のノイズを呼び出した。

 

「そんな……」

 

 ブドウ型ノイズに苦戦する響にとって、大型のノイズは厄介な相手であり、一旦距離を取らざるを得なかった。

 

「逃がさねぇよ」

 

 するとダチョウ型のノイズは口から粘液を響に向けて吐き出した。

 とっさに動くことが出来ずに、響は粘液を浴びる。粘液が響に触れると、体から離れず、そのまま彼女の身動きを取れなくした。

 

「しまっ……!」

 

「大変だなぁ、足を引っ張る奴がいてよ。満足にギアを使いこなせねぇのくせに戦場に出て、こいつらと一緒に戦った気でいるんだからさ」

 

(そんなこと……)

 

 彼女に言われずとも響には分かっていた。自分がまだ全然カミナ達の役に立っていないことを。

 この時、響は自分の不甲斐なさを呪った。奏の様にアームドギアを展開すればこんなことになるはずがないのに……。

 

「余所見してんじゃねぇぞ、下乳女!!」

 

 響に意識を向けていたのは数秒だったはずなのに、その僅かな時間でカミナは少女に肉薄し、拳を振り上げていた。

 

「おらっ!」

 

 カミナの一発が頬を掠ると、少女は忌々しく舌打ちする。だが、明らかにダメージがあるのに気付くと直ぐに余裕の笑みへと変わった。

 

「へぇ、結構タフじゃねぇか? まぁ、あんなことをしてくれたんだ。簡単に倒れちまったらつまらねぇよな!!」

 

「だから知らねぇって言ってんだろうがっ!!」

 

 カミナが拳を振りかざすと少女はそれを片手で受け止める。その直後にカウンターでカミナにパンチを喰らわせようとするが、カミナの手に止められ、取っ組み合いの状態に陥った。

 

「見てくれの割に良いパワーしてんじゃねぇか」

 

 体格差があるにもかかわらず、カミナと拮抗するパワーで押してくる少女にカミナは思わず賞賛の声を上げる。

 

「はっ。あたしのテッペンはまだまだこんなもんじゃねぇんだよ!」

 

 少女の前蹴りがカミナの鳩尾に叩き込まれる。

 かなりの威力だが、カミナはそれを何とか耐えきり、その場に踏みとどまる。

 

「んぐぐぐぐ……。嘗めんじゃあ、ねぇぇっ!!」

 

 少女の足を掴み、ハンマー投げの様にカミナは体を回転させる。

 

「お返しだぁぁぁぁっ!!」

 

 手を放して少女を勢い任せにぶん投げた。

 

「こんのぉぉぉ、調子に乗んなぁぁぁっ!!」

 

 しかし、少女はやられっぱなしではいられないのか、足を放される直前、悪あがきに蔦をカミナの体に巻き付ける。

 そのまま道連れにしようと思った矢先、カミナの体が唐突に更なる輝きを放った。

 

「ギガァァァァ、ドリルゥゥゥゥ、マキシマム!!」

 

 カミナの叫び声と共に体全体から無数のドリルが形成され、蔦を一瞬でズタズタに引き裂いた。

 

「はぁっ!?」

 

 驚愕したまま少女の目論見は頓挫し、そのまま吹き飛ばされた。

 空中で態勢を整えつつ、少女は杖を使ってノイズを出し、カミナに仕向けた。

 

「雑魚は引っ込んでろ!」

 

 カミナは即座にグレンブーメランを取り出して、ノイズに投げつけた。カミナの攻撃にノイズはなす術もなく即座に塵へと帰っていった。

 

「ノイズなんざ俺の敵じゃねぇんだよ!」

 

「なら、こいつはどうだっ!!」

 

 態勢を立て直した少女は蔦を先を回して特大のエネルギー弾を作り、それをカミナに投げつけた。

 カミナは即座に横に逃げようとする。

 

「良いのか? お仲間が吹き飛んじまうぜ?」

 

 少女の言葉を耳にして、カミナは直ぐに後ろに目を向ける。

 そこにはノイズの攻撃で身動きが取れなくなった響がいた。

 

「どうすんだぁ、ドリル野郎?」

 

「しゃらくせぇぇっ!!」

 

 カミナは避けることを止め、右手にドリルを生み出してそのままエネルギー弾へ思いっきり殴り掛かった。

 エネルギー弾とカミナのドリルがぶつかり合う。衝撃の余波が地面をえぐり、吹き飛ばしていく。

 最初は拮抗しているかに見えたが、直ぐにエネルギー弾が押し返していく。

 

「はっ、完全聖遺物に勝てるわけねぇだろうが。そんなお荷物なんざ見捨てて良ければよかったのによ」

 

 なんとか耐えきろうとするカミナを見て少女は鼻で笑った。

 

「んぎぎぎぎぎ……」

 

「カミナさん、私のことは良いですから逃げてください!」

 

「ふざけ、んなよ。そんなこと出来るわけねぇだろうが」

 

 背後にいる響が悲痛な声で叫ぶが、カミナは聞く耳を持たず、その場から動こうとしなかった。

 徐々に押されていき、そのままエネルギー弾が押し勝つかと思った矢先、カミナが一歩踏み出した。

 

「おい、下乳女、テメェ、仲間がお荷物だって言ったな。バカ言ってんじゃねぇよ」

 

「はぁ?」

 

「俺は仲間を誰一人邪魔だなんて思ったことはねぇ。良いところも悪い所も含めて俺はあいつらが好きなんだ。だから大切にするし、どんな時でも守ってやるんだよ」

 

「……カミナさん」

 

 それを聞いた少女は失笑する。

 

「はっ、泣かせるじゃねぇか。そこの足手まといの所為で今にも潰されそうになってるのに、よくそんなことが言えるな。まさか、この状況をひっくり返せるとでも思ってんのか? 随分とおめでたい頭してるじゃねぇか」

 

「嘗めんじゃねぇ。今の俺が勝てねぇからなんだ?」

 

「はぁっ?」

 

 何を言ってるんだと言いたげに少女は首を傾げる。

 

「俺は一秒前の俺より前に進んでる。このドリルみたいにな。一回転じゃ大して進まねぇかもしれねぇが確実に前に進んでんだ」

 

「だから何言ってんだよ、お前?」

 

 眉間に皺を寄せる少女を見て、カミナは不敵に笑う。

 

「分かんねぇか?」

 

 カミナはまた一歩踏み出した。

 

「今の俺は……一秒前の俺よりも強いんだよぉぉぉっ!!」

 

 すると、ドリルが押し勝ち始め、エネルギー弾が徐々に押され始めている。

 

「はぁっ!? こっちは完全聖遺物なんだぞ。そこの人気者共と実力が変わらねぇテメェが勝てる訳ねぇだろうが!!」

 

「だから言ってんだろ! 俺は少し前の俺より強くなってんだ! その鎧より強くなれば良いだけの話だぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 理屈でも何でもない、滅茶苦茶なカミナ流の根性論だ。普通ならそんなことはあるはずがない。しかし、彼の気合は常識の範疇を超えていた。

 カミナのドリルがエネルギー弾を押している。少しずつ足を前に出している。

 

「でぇぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 そして、均衡は崩壊し、カミナのドリルはエネルギー弾を完全に跳ね除け、風穴を開けた。

 それを見た少女は目を丸くする。

 

(嘘……だろ。こんなことあるはずが……)

 

 シンフォギア相手なら余裕で勝てる力であるはずなのに、目の前にいるカミナは完全聖遺物と互角に渡り合い始めていた。

 最初は明らかにこちらが優勢だった。

 だというのに、このわずかな時間で状況は一変した。

 蔦で搦めとって地面に叩きつけようとも再び立ち上がる。

 エネルギーの塊を叩きつけてもドリルで突き破ってくる。

 本当に、僅かな時間で彼が完全聖遺物の力に対応できるよう成長したのである。

 

「何なんだよ……テメェはよ!」

 

 少女は歯がゆかった。

ようやくここまで来たというのに。復讐出来る力を得たと思っていたのに。

 蓋を開けてみれば、ワンサイドゲームにすらならなくなっている。

 

「……ふざけんな」

 

 呪詛の様に少女は呟いた。

 このままでは終われない。必ず果たすと誓ったことを出来ないのは絶対に許されない。

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 少女の叫びに呼応するかのように、唐突に空に罅が入る。

 そして文字通り、空が砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズを全て倒し切った奏は空に現れたモノを見て、驚愕していた。

 

「何だ、アレ……」

 

 そう問いかけても隣にいる翼も絶句しており返答がなかった。

 二人の反応は当然と言うべきものだった。

 ネフシュタンの鎧を纏った少女の叫びが辺り一面に響き渡った直後、突如として空が割れた。ガラスを叩いたように罅が入り、粉々に砕け散ったのだ。

 そして、そこから現れたのはソレはノイズではなかった。

 全体はブロック状パーツで構成され、縁は赤、それ以外は黒で彩られている。上は回転する円盤、下は出っ張っている部分を中心に左右対称の形状をしていた。それは生物とは異なる無機質な外観を持っていた。

 敢えて言うなら、それは未確認飛行物体と呼べるモノだった。

 空中を漂うソレはしばらく左右に揺れていたが、何かを感知したのか、ゆっくりとカミナ達の方へ先端を向ける。その直後、そこに光が収束してビームが放たれた。

 ビームが放たれた場所は、その直後に大爆発を起こした。

 カミナは即座に回避行動をとり、難を逃れたが爆風で吹き飛ばされた。

 

「カミナっ!!」

 

「カミナさん!!」

 

 それを見た二人はとっさに叫んだ。

 爆風で飛ばされたものの、カミナは直ぐに態勢を立て直して無事に地面に着地した。

 それを見て二人はほっとするが、攻撃してきた未確認飛行物体は再びカミナを狙うように先端を向ける。

 

「……翼」

 

 奏が槍を構えるのを見て、翼は何も言わずに刀を構える。

 正体は不明だが、カミナを狙っているアレは敵であるのは間違いない。

 ならば、二人が取る行動は一つだった。

 

「行くぞっ!!」

 

 奏と翼は未確認飛行物体に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、二課の司令室では突如発生した未確認飛行物体に騒然としていた。

 

「何だ、アレは……」

 

「分かりません! 突然膨大なエネルギーを発生した直後に出現して……、一体何なんだコイツは!」

 

「反応はノイズのものではありません! これまで遭遇したことのない何かです!」

 

 藤尭がぼやき、友里が現在調べ上げた情報を提示する。しかし、それ以上のことが分からず、不確定要素が多すぎる為に誰もが動揺を抑えることが出来なかった。

 しかし、そんな緊急事態でも平静を保っている漢がいた。

 

「ノイズでないなら俺が出る!」

 

「待ってください! 未知の相手に生身で向かうなんて……」

 

「相手が未知である以上、あそこにいる彼等と変わらんだろう! ここは任せる。連絡を怠るなよ」

 

「「りょ、了解!」」

 

 これ以上彼等を危険に晒させるわけにはいかないという思いを抱いて、弦十郎は司令室を後にした。

 

「ネフシュタンの件もあるし、私も向かうわ」

 

 彼の後を追うように了子も部屋を後にする。

 残された職員は緊急事態ではあるものの、自身の為すべきことを思い出し、さっそく行動を開始した。




如何でしたか?
ついに彼女を出すことが出来ました。
カミナからの下乳女と呼ばれていますが、まぁ、彼ならそう言うかなと思いまして……。(ファンの皆さんすみません)
それと後半の最後の方に出てきた未確認飛行物体は言わずもがなアレ(名前伏せる意味はないけど……)です。

では今回はこれにて。


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それは音もなく崩れ落ちる

どうもです。
いやぁー、シンフォギアライプ2020開催決定ですよ!
Blu-rayを是が非でも手に入れなければっ!


 空が割れる。そんなのを見たのは初めてだった。

 そして割れた先から出てきた未確認飛行物体を目にして、カミナは自分の目を疑った。

 

「何だありゃ? UFO?」

 

 その直後、出てきた未確認飛行物体の出っ張っている先端がカミナの方に向き、唐突に光出し、ビームを放った。

 

「やべっ!」

 

 即座にカミナは回避行動を取った。しかし、ビームが地面に当たると爆発を起こし、その爆風でカミナは吹き飛ばされてしまう。

 

(嬢ちゃんは!?)

 

 爆風にあてられるがダメージは軽微である為に、態勢を立て直しつつ近くにいたはずの響を探す。

幸い、響はカミナから離れている場所にいた為、爆風でノイズと一緒に吹き飛ばされるものの怪我は追っていないようである。

 

「さてと、どうしたもんか……」

 

 二課に連絡を入れようとしたが、通信障害が起こっているのか全くつながらないのである。

 

「カミナ!」

 

 ノイズを倒し切った奏と翼がやってきた。遅れてノイズの拘束が解けた響も合流する。

 

「何ですか、アレは?」

 

 翼の問いかけにカミナは分からないと首を横に振る。

 ネフシュタンの鎧を纏った少女に問いかけようと思ったが、いつの間にか彼女は姿をくらませていた。

 

「さぁな? だが、俺等のやるこたぁ変わらねぇだろうよ」

 

 カミナの言う通りだと奏と翼は頷いた。

 

「ええ、あんなものが街に出たら被害は甚大ですし」

 

「じゃあ、やることは決まってるな」

 

 あれ程の脅威をそのままにしておけない三人の考えは同じであった。

 

「兎に角ブッ飛ばす!!」

 

カミナは拳と掌を力強く打ち付けて戦闘態勢に入った。

 

「私も……」

 

 響も戦おうと思っていたが、奏が手で制止した。

 

「響は下がった方が良い。流石にアレの相手をさせる訳にはいかねぇよ」

 

「そんな! 私も一緒に」

 

「ノイズなら兎も角、未知の敵を相手にするのはあなたにはまだ早いわ」

 

 翼の言葉に響は口をつぐんだ。

 

「響は一旦二課に戻ってくれ。さっきから通信がつながらないんだ。誰かが二課に戻って連絡を取る必要がある」

 

 翼と奏の言い分に響は納得せざるを得なかった。今の響はノイズなら兎も角、他の脅威に対応できる程強くない。

 現在、二課と連絡が取れない以上、直接二課に行くか通信がつながるところまで移動する必要がある。現状、消極的に考えれば、戦闘経験が少ない自分が適切なのである。

 

(私は……皆みたいに戦えないなんて……)

 

 自分が強くなれないことに歯がゆさを感じていた。確かに自分は三人の様に訓練を積んでおらず、ただ守れる力があるだけで使いこなせていない。ノイズは倒せても、それはあくまでシンフォギアの力であって自分の力ではない。

 ふと、あの時の少女の言葉が響の頭をよぎった。

 

―――――満足にギアを使いこなせねぇのくせに戦場に出て、こいつらと一緒に戦った気でいるんだからさ。

 

(私は……)

 

 響が俯いて自暴自棄になりかかっているとふと頭に何かが当たる感触があった。

 

「へ?」

 

 視線を上にあげると、頭の上にはカミナの手がそこにはあった。

 

「そう気にすんなよ。お前は前よりちゃんと進んでるからよ」

 

「カミナさん……。でも、私は皆さんみたいに誰かを守れるようになりたいのに、足を引っ張ってばかりで……」

 

 再び俯くとカミナは響の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「はわわわわっ!?」

 

 唐突のことに響は全く理解が追い付いていないが、カミナに頭を撫でられて赤面する。

 カミナは響の頭から手を離すと、響の目線に合うように腰を低くする。

 

「良いか、嬢ちゃん。自分が信じろ!」

 

「え? えっ……?」

 

 カミナの言葉に響は首を傾げる。

 

「もし迷ったり間違ったりしたら俺が殴ってやる。だからお前を信じろ。俺が信じるお前を信じろ」

 

「……カミナさん」

 

「今は隣に立てなくても、信じて進めば必ず俺達に追いつける。だから嬢ちゃんは今出来ることをやれ!」

 

 響はこの時、カミナは本当に凄い人なのだと改めて思った。悩んでいる時、落ち込んでいる時に心に光をくれる。そんな彼の言葉にどれだけ救われたのだろうと思い出すと、胸の中がいっぱいになってくる。

 響にとっての未来が陽だまりであるのなら、カミナは暗い道の中を指し示す光そのものだった。

そんな彼の言葉だからこそ、何度だって立ち上がれる。そんな気がした。

 

「……分かりました。私は私が出来ることをします!」

 

 そう言うと、響は二課の方へと走り出した。

 背中が見えなくなると、カミナは未確認飛行物体と再度対峙する。

 

「待ってくれるとは殊勝な心掛けじゃねぇか? 感謝するぜ」

 

 カミナが響と話をしている間、未確認飛行物体は一切の攻撃をしてこなかった。そのことにカミナは感謝の言葉をかけた。

 

「いや、会話が成り立ってるのかも怪しい奴に礼を言ってもなぁ」

 

「ただ観察していただけかもしれませんよ」

 

「うっせ、気持ちの問題なんだよ。おっと、向こうもやる気になったようだ」

 

 カミナの言う通り、先程まで沈黙を続けていた未確認飛行物体は再度先端に光を収束させていた。

 

「作戦は?」

 

「兎に角ブッ飛ばすっ!」

 

「……結局無いってことですか」

 

 カミナの言葉に呆れる翼に奏は笑みを浮かべた。

 

「ま、そっちの方があたしららしいか」

 

「そう言うこった。……行くぞっ!!」

 

 カミナの掛け声と共に敵に向かって駆けだした。

 その直後、未確認飛行物体からビームが飛んでくる。

 

「はっ!」

 

 攻撃を避けつつ、奏はアームドギアである槍を投げる。その槍から大量の槍を複製し、未確認飛行物体に襲い掛かる。

 

(動かない?)

 

 直撃コースだというのに未確認飛行物体はその場に佇むだけで、回避行動を取らなかった。

 その理由は直ぐに明らかになった。

 

「なっ!?」

 

 奏の攻撃が当たる直前、映像に出てくるノイズのような壁が浮かび上がり、槍を吸収したのである。

 

「ならばっ!」

 

 それを見た翼が未確認飛行物体に急接近して、巨大化した刀を叩きつける。

 しかし、その攻撃でさえも同様に壁に阻まれて弾き飛ばされた。

 その直後、未確認飛行物体はお返しとばかりにビームを放ち、二人は紙一重で躱していく。

 

「何だよ、こいつは!」

 

「ノイズではないのは間違いないけど、攻撃が一切届かないなんて……」

 

 見た目からその予想はあったが、まさかこちらの攻撃が通じないとは思いもしなかった。

 そんなのは弦十郎ぐらいで他にいないだろうと高を括っていた。

 想像以上にやばい敵かもしれないと二人は再度気を引き締める。

 

「でりゃあっ!!」

 

 だが、そんな覚悟を決めた直後、カミナの拳が壁をいとも容易く粉砕して未確認飛行物体に直接叩き込まれる光景が二人の目に入った。

 殴られた飛行物体はバランスを崩し、放とうとしていたビームはあらぬ方に放たれた。

 

「はぁっ!?」

 

「攻撃が……入った?」

 

 こちらの攻撃が一切通じなかったというのにカミナの一撃があっさりと入り、二人は目を丸くする。

 

「はっ、デカい見た目の割には随分軽いじゃねぇか。見掛け倒しかよ、顔無し野郎っ!」

 

 バランスを崩した敵にカミナは更に蹴りを叩きつけて吹っ飛ばした。飛行物体はそのまま態勢を立ち直せないまま地面へと落下した。

 どうやらカミナはあの防御を破るのを全く苦に感じていないらしく、かなり余裕の笑みを浮かべていた。

 敵が活動再開する間に、二人はカミナの元に駆け付ける。

 

「カミナ、お前、あの壁に阻まれなかったのか?」

 

「あ? 変な壁があるなぁって思ったが、力を入れたらすぐに割れたぞ」

 

 あっさりと言い切るカミナに二人は唖然とする。

 

(どういうことだ? あたしらの攻撃は一切通じないってのに、カミナの攻撃には耐えきれなかったってのか)

 

 これまで三人で何度も試合をしてきたが、互いの力はほぼ互角であり、技の威力もそれほど違いはなかった。数えきれないほど手合わせをしているのだから、それは間違いない。

 攻撃の威力が関係ないとすれば、カミナと二人の違いは一つしかなかった。

 

「螺旋力の攻撃は相手も無効化できない?」

 

 翼がそう呟くと奏はその通りだと頷いた。

 

「だったらやることは一つだな。カミナ、あたしらが囮になる。だからデカいの一発頼むぞ」

 

「構わねぇが、出来るのか?」

 

「そう言うカミナも結構疲れてるだろうが。ネフシュタンの奴との戦いで結構消耗してんだろ」

 

 奏の言う通り、カミナはかなり疲労していた。今の状態で大技を出せるとすれば一、二回程度と言わざるを得ない。

 だが、カミナが弱みを見せるわけがなく……。

 

「はっ! そこは気合と根性で……」

 

「相手は未知の敵です。いくら攻撃が通っているとはいえ、先が読めない以上、現状において万全の策で行くべきです」

 

「真面目だねぇ、翼はよぉ。たまには肩の力抜いたほうが良いぜ?」

 

「誰かさんの所為でこうなってるんですが……」

 

「ったく、年上相手に手厳しいねぇ」

 

「別にカミナさんのことは言ってませんが?」

 

 仏頂面で返す翼にカミナは苦笑を浮かべつつ肩をすくめる。

 そうこうしているうちに、未確認飛行物体は態勢を立て直し始めていた。

 

「しゃあねぇ、そっちは任せるぜ。大技で一気に決めてやるよ!」

 

「おう! こっちは任せた」

 

「必ず決めてください」

 

「応よっ!」

 

 未確認飛行物体が態勢を立て直した直後、奏と翼は同時に駆けだした。

 剣と槍を無数に展開して飛行物体に叩きつける。だが、やはり攻撃は一切通らず、藪蚊を払うようにビームで二人を攻撃する。

 二人が囮になっている一方で、カミナは右手に螺旋力を集中させていく。

 かなり見栄を張ったが、ネフシュタンの少女との戦いはかなりカミナの体力を奪っており、大技を出すのに時間が掛かるのだ。

その上、奏達もかなりのノイズとの戦闘で体力を削られており、攻撃が一切通らない上に強力な攻撃を避けなければならないという状況に耐えなければならない。

 どちらかが失敗すれば、相手を倒すチャンスが失われるのだ。

 だが、三人は焦らなかった。

 二年以上も共に戦い、互いを研鑽してきたからこその信頼によって冷静さを保っている。

 カミナの手にあるドリルが徐々に大きくなっていくのを見て、あと少しでカミナの準備が整うと奏と翼は確信する。

 

(あともう少し!)

 

 だが、その直後、突然飛行物体が奏達に攻撃するのを止めて方向転換した。

 その方向を見て、奏は直ぐに狙いが何なのか察した。

 

「狙いはカミナか!」

 

「まさか、彼のエネルギーを感知して……」

 

 すぐに狙いがカミナだと分かった二人は、さらに攻撃を加えるが、飛行物体は攻撃を吸収するだけで奏達を悉く無視して進んでいく。加えて、先端にエネルギーを溜め始め、カミナに照準を合わせている。

 

「やらせるかよ!」

 

 奏と翼は全速力で走り出し、飛行物体を追い抜いてカミナの前に立った。

 

「っ!? お前ら、そこ退けっ!」

 

「あたしらのことは良いからお前は急げっ!」

 

「一発くらいなら防いでみせます!」

 

 二人の気迫にカミナは喉から出かけた言葉をグッと飲み込み、螺旋力を溜めることに集中する。

 その直後、飛行物体がカミナ達に向けて特大のビームを放った。

 

「翼!」

 

「ええ!」

 

 ビームが放たれた直後、二人は自身の出せる最大火力の攻撃を放った。

 翼の『蒼ノ一閃』,奏の『LAST∞METEOR』がビームを抑え込む。

 だが、拮抗していたのは少しの間であり、徐々にビームに押されていった。

 

(マズいっ!)

 

 奏が焦った直後、二人の攻撃は打ち破られ、ビームが三人に襲い掛かる。

 視界が光で包まれ、奏と翼は揃って目を閉じた。

 しかし、いくら経ってもビームが二人を襲うことはなかった。

 それどころか時間が経つにつれて、ビームの赤い光が緑の光へと変貌していることに気付く。

 目をゆっくり開くと、二人の目には巨大なドリルと良く知った背中が映っていた。

 

「カミナ!」

 

「カミナさん!」

 

 ビームが当たる直前、カミナはとっさに二人の前に立ってドリルをビームに叩き込んでいたのである。

ドリルに当たったビームは外に霧散し、二人を守っていた。

 

「んぎぎぎぎ……。嘗めんじゃねぇぇぇぇぇっ!!」

 

 カミナが吠えた直後、ドリルが飛行物体が放つビームを弾くのではなく飲み込んでいった。まるでビームを飲み込んで自身のエネルギーとしているかのようにドリルは更なる輝きを見せて、徐々に大きくなっていく。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!! ギガァァァ、ドリルゥゥゥゥ、ブレェェェェイクゥゥゥゥゥっ!!!!」

 

カミナの咆哮に合わせて、巨大化したドリルは大回転を始め、弾丸の如く放たれる。

ビームを押しのけ、ドリルは飛行物体の防壁も破り、飛行物体に風穴を開けてパズルのピースの様にバラバラに砕け散った。

 

「よしっ!」

 

 飛行物体が倒され、奏はガッツポーズを取り、翼は安堵する。

 だが、その直後、翼は違和感を覚えた。

 飛行物体を構成していたブロックがその見た目に反して綿の様にゆっくりと降りてきているのだ。しかもノイズの様に霧散する様子もなく、ブロックは自分達の上空を覆いつくさんと広がっていく。

 

「まさか……」

 

 翼が嫌な予感がした。

 

「皆、逃げて!」

 

 そして翼の予感は的中し、飛行物体を構成していたブロックは突如として爆発を起こし、三人を巻き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい自爆までするのか、アイツ」

 

 ほぼ同時刻、ネフシュタンの鎧を纏った少女は近くの林に隠れて様子を窺っていた。カミナの戦闘力が予想外であったが、突如として現れた謎の飛行物体はそれを上回る想定外だった為に、一旦その場を離れていたのである。

 

「あー、それにしてもどうすっかな……」

 

 あれ程の大爆発であればいくらシンフォギア装者といっても無事ではないだろう。当然、その中にはあの男も含まれる。

 

「くそっ!」

 

 少女は苛立ちを込めて近くの木を蹴飛ばした。

 ようやく見つけたというのに、自分の手ではなく、正体不明の敵の自爆に巻き込まれるとは何とも味気ない終わり方だった。

 

「ま、あの足手纏いが手に入れば問題ないか。それにまだやることがあるしな」

 

 業腹だが、まだやるべきことがある少女は気持ちを入れ替えることにした。

 自分の手で敵を討てなかったが、それでも憎い奴がこの世から消える所を見れただけでも十分だと思い吹っ切れることにしたのである。

 響がこの場から去っていったが連絡係としてこの場を離れたのなら、もう少しでここに戻ってくるだろう。動けるシンフォギア装者は彼女だけで力も大したことが無い。ならば二課の職員程度を相手しても問題なく彼女を奪うことが出来ると踏んでいる。

 

「さてと、奴等の最後でも見ておくか」

 

 気晴らしに林から出ると、彼等のいた場所は爆発によって舞い上がっていた土煙で充満していた。まったく詳細が見えないわけではなく、煙の隙間から地面が大きく抉られたり、燃えている所が見えている。もはや生存は絶望的だと言わざるを得ないだろう。

 

「あ?」

 

 辺りを散策していると、少女は土煙の中から光が見えた気がした。忘れもしない緑色の光が……。

 

「まさか……!」

 

 その光の方へと少女は駆けだす。

 あの爆発を受けてまだ無事だったことは驚きだが、それ以上に復讐したい相手をこの手で始末できる可能性があることに少女は歓喜した。

 光が見えた先へ向かうと、煙の隙間から螺旋力が体から僅かに漏れているカミナがいた。

 口から血を吐き出し、完全に力尽きたように見えるが、息はまだあるらしい。しかもこちらに気付いていないようだ。

 

(もらったっ!)

 

 少女がそう思って踏み込んだ直後だった。

 カミナが背中から刀で串刺しにされている光景を彼女の目に映った。

 

「……は?」

 

 それを見た少女は足を止めて目を丸くする。

 その直後、カミナを貫いていた刀が抜き取られ、カミナはその場に膝をついた。

 

「ごふ……ごばぁぁ!」

 

 カミナの口から大量の血が吐き出された。貫かれた傷からも大量の血が流れ、辺りは赤色に染まっていく。

 

「えっ?」

 

 その光景に少女は頭が真っ白になった。一瞬呼吸が止まるかと思うほどに目の前の光景に唖然とする。

 

「……何で、だ?」

 

 少女は声を震わせて、カミナを刺した人物に問いかける。

 何故そんなことを口にしたのかは少女にも分からない。そう言えたのはこの光景が明らかに異常だと彼女の頭でも理解していたからだろう。

 事前情報でも彼等は共に背を預け合った戦友であることを知っていた。先程の戦いも互いに息の合った戦いをしていた。

 だというのに……。

 

「何で、何でテメェがそいつを斬ってんだよ!!」

 

 少女の目の前には刀と体をカミナの血で染めた翼が立っていた。




如何でしたか?
年末の更新でこんな展開にしていいのかよ!と自分でも思ってます。
でも仕方ない。だってこうした方が面白いと思ったんだもん!
恐らく今年最後の更新となります。

では今回はこれにて。

よいお年をお迎えください!!


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螺旋力の脅威

今更ですが、あけましておめでとうございます!
今年もマイペースに更新していきます。
XDの新イベの未来が凄いことになってますけど、切ちゃんの姿が完全にクシャト〇ヤになってて……。
新年一発目は少し長めになってます。


 時は少し遡り、未確認飛行物体を撃破し、それを構成したブロックが浮遊していた時のことだ。

 翼の叫び声が響く前に、カミナは行動していた。

 理由はほぼ直感と呼べるものだった。ただ未確認飛行物体を貫いた瞬間、脳裏にノイズが走っただけだった。このままでは危険だと警告している気がしたのだ。

だからこそ、カミナは敵を撃破した直後,残る力の全てを使って二人を守ることにした.

 だが、自分の余力を考えると二人同時に助けることは困難だと直感で理解する。一人だけこのブロックの範囲外に飛ばせるが、あとは自力で耐えるしかない。

螺旋力を使って右腕を伸ばし、直ぐに掴める位置にいた奏をブロックの範囲外に投げ飛ばした。それは翼が叫んだ直後の事だった。

 飛ばされた奏は目を丸くするが、カミナはそんなことに構ってられる暇はなく、直ぐに翼を伸ばした右腕で掴む。もう飛ばして逃がすのは難しいと直感したカミナは彼女を自身の方に引っ張る。

 

(一か八かだっ!)

 

 翼がカミナの元に辿り着いた瞬間、カミナは自分と翼を包むように螺旋力を展開して盾を作った。

 その直後、未確認飛行物体のブロックが爆発した。

 最初の爆風はどうにか防ぐことが出来たが、ブロックは無数にあり立て続けに起こる爆発がカミナ達を襲った。

 

(マズい……!)

 

 かなり危険な状態だとカミナは自覚する。立て続けの戦闘で余力がもうないのだ。

 

「カミナさん!」

 

「良いから黙ってろっ!!」

 

 カミナの背後にいる翼が悲痛な声を上げるが、彼はそれを一喝で黙らせた。

すぐ後ろに仲間がいる。奏の友であり、彼女をずっと支え続けてきた彼女を守らねば、男が廃るとカミナは己を鼓舞する。

 

(やらせて……やらせてたまるかよぉぉぉぉっ!!!)

 

「うおぉぉぉぉぉぉあああああああっ!!」

 

 獣の咆哮の様に声を上げ、カミナは全身全霊を駆けて螺旋力を絞り出す。

 その時、僅かに彼の体に纏う螺旋力に変化が起きていた。

 すぐそばにいた翼はその変化を目にして驚愕する。

 

「これは……」

 

 先程までカミナの体表を覆うように展開していた螺旋力が別の形に変化していたのだ。まるで戦国時代の武将が身に着けていた甲冑の様な形になり、エネルギー体だった螺旋力が紅蓮を纏った鎧を実体化されていく。

 

『ふむ、やはり保険はかけておいて良かったか』

 

「えっ……」

 

 唐突に見知らぬ声を翼は耳にする。

 その直後、いつの間にか刀でカミナを背後から刺していた。

 刀はカミナの体を貫き、傷口から血が滴り、刀を伝って翼の手を赤く染めていく。

 

「なに、これ……」

 

 その一方で彼女の頭は真っ白になり、地震にあったように視界が大きく揺れる。まったく状況が理解できず、彼女の脳は視覚から伝わる情報を拒んでいた。

 だが、彼女の手に流れる血は少しずつ冷えていき、翼の意識を無理矢理現実に戻していく。

 自分がカミナを刺したという実感が彼女の意識を犯していく。

 そして、また無意識にカミナを貫いた刀を引き抜いており、傷口から噴き出した血が彼女の顔を赤く染め上げる。

 

(わた、しは……)

 

 血を吐き出しながら倒れていくカミナを見て翼は気が狂い、喉がはち切れるほどに叫びそうになる。

しかし、そうなる直前、彼女の意識はプツリと切れ、視界が真っ黒になった。

 

 

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの鎧を纏った少女はカミナを刺した翼を目にして困惑していた。

 

「ふむ……やはり能力に縛りを掛けると上手く事が進まないものだ」

 

 喋っているのは間違いなく翼だというのに、感情が消えた抑揚のない口調と先程まで彼女から感じられなかった人ならざる気配に少女は息を呑む。

 

「まぁいい」

 

 翼(?)が少女に興味を失い、倒れているカミナに目を向ける。そのまま手にした刀を高々に振り上げる。

 

「さらばだ、螺旋の男」

 

 振り下ろされた刀がカミナに斬りかかる。

 しかし、カミナに刃が当たる少し手前でクリスタルで繋がれた蔦が割って入り、刀を弾き返した。

 

「……何のつもりかね?」

 

 翼(?)はネフシュタンの鎧を纏った少女に目を向ける。

 

「何のつもりだと? テメェ、勝手にあたしの獲物を横取りしてんじゃねぇよ!!」

 

 激昂する少女に翼(?)は首を傾げる。

 

「ふむ……。彼と君に接点はないはずだが?」

 

 それを聞いた少女は気持ちが昂りギリッと歯軋りして、思わず伸ばした蔦を横に払った。払った蔦は翼(?)に襲い掛かり、彼女は後方へと飛んで回避した。

 

「接点だと? あるに決まってんだろうがっ! 八年前にあたしの両親を殺した奴がそいつなんだよ!! その理由を聞くまでテメェなんぞにそいつのタマをやれるかってんだ!!」

 

「八年前?」

 

 翼(?)は首を傾げ、考える仕草を取る。

 

「……成程、これも因果か。やはり螺旋の力は互いに引き合う運命にあると言う事か」

 

 何かに納得するように頷く翼に少女は苛立ちを覚えた。

 

「残念だが、あの爆発はその男のものではない」

 

 翼(?)の言葉に少女は目を丸くする。

 

「……今、何て言った?」

 

「聞こえなかったのか? その男は君と何の関係もないと言っているんだ。哀れだな。復讐する相手をその程度の共通点だけで決めつけるとは……」

 

「待てよ! だったら、あたしが探してる奴は……」

 

「それをお前に教える義理はない。螺旋の力を持つ者にこれ以上関わるな」

 

「ふざけんなっ! そんなの納得できるわけ……っ!」

 

 かなり距離が離れていたはずなのに瞬きした直後、翼(?)は少女に肉薄し、刀を喉元に付きつけていた。

 

「これは最終通告だ。これ以上関われば、お前を処分する」

 

(いつの間に……!)

 

 少女は身動きが取れなかった。少しでも動けば首が飛ぶと本能で理解したからだ。

 

「それでは納得いかないというのならどうだろう? この男の処分さえ邪魔しなければ、お前の目的を手伝ってやってもいい。先程、ここから去って言った少女が狙いなのだろう?」

 

 何故そこまで知っているのかと少女は驚いたが、表情に出さないようにポーカーフェイスを決める。

 その上で翼(?)の提案に、少女は首を縦に振らなかった。翼の姿をした正体不明の人物を簡単に信じられるほど、お気楽な考え方はしていないのである。

 さらにタイミングが良いのか悪いのか、ここから離脱するよう少女に連絡が入る。

 

(ちっ、一旦出直しか)

 

 少々面倒なことになるが、これ以上自体がややこしくなると、収拾がつかなくなりそうだと思い、一旦退却することを決める。

 

「お望み通り退いてやるよ。だがな、あたしの邪魔をするなら次は必ず潰す!」

 

 そんな捨て台詞を吐いて、少女は踵を返してビル街を飛んでいった。

 残された翼(?)は彼女に対して興味を失い、本来の目的であるカミナに目を向ける。

 カミナは意識はあるらしく、音を立てて呼吸をしていた。

 

「ほう、それほど血を流してまだ息があるとはな。残った螺旋力でギリギリ生命を維持していたか」

 

 刀の切先をカミナに向けた直後、彼女の背には槍を構えた奏が立っていた。

 

「話は全部聞いていた。お前は一体ナニモンだ? それに翼の体に何をした。答えろ!」

 

 さらに槍を突きつけ翼の首筋を槍の切先がかすめる。

 奏は爆発から免れた後、ネフシュタンの鎧を纏った少女と翼(?)のやり取りをすべて聞いていたのだ。そして本物の彼女ならするはずのない行動を取ったことで、目の前にいる翼が本物ではないと断定したのである。

 

「良いのか? これはお前の友の体だぞ」

 

「はっ、少しくらい痛めつける程度で翼が死ぬタマかよ」

 

「……その返答は予想外だな。ならば、こうするだけだ」

 

 そう言うと翼に乗り移った何者かが翼の体を操り、彼女の喉元に剣を突きつけた。

 

「私の邪魔をすれば、この少女の命はない」

 

「テメェっ!」

 

 奏が怒りに満ちた目で翼を睨みつける。

 しかし、それで自体が改善される訳もなく、奏は悔しさのあまり歯軋りする。

 

「や、めて……」

 

 すると掠れるような声が奏の耳に届く。

 

「翼?」

 

 奏にはそれが本物の翼の声がした。それを証明するかのように翼の左手が刀を持った右手を抑えつけていた。

 

「ほう、まだ意識が残っていたか。完全に支配していたつもりだったが、これは予想外だ」

 

「これ、以上……私の中に、入って……来ないで。こんなこと……」

 

「何を言うかと思えば、これはお前の望みだろう」

 

 翼にとりついた何者かの声を聞き、奏は信じられないという顔をする。カミナを傷つけることが翼の望みであるはずがないのだ。

 

「違う……。私は、そんなことを望んでなんかない!」

 

 悲痛な声で否定する翼は今にも泣きそうな顔をしていた。

 だが、彼女を操っている者はそれを嘲笑う。

 

「いや、思っていたはずだ。心の奥底で、この男が邪魔だったと!」

 

「っ!」

 

 奏は目を丸くし、彼女が驚くさまを見た翼は首を我武者羅に横に振り続けた。

 

「違う、違う違う違うっ!! 私は……ただ。うっ……」

 

 呻き声をあげた後、翼の意志が宿っていた左手はだらりと下がった。

 

「ショックで意識が飛んだか。だが、おかげでこの体を十二分に使えるようになった」

 

 左手を何度も握っては開いて、翼に乗り移った者は彼女の体を使ってニヤリと笑みを浮かべる。

 

「シンフォギアと言ったか……。この世界の人間は面白いものを作ったものだ。折角だ、その性能、試させてもらおうか」

 

 すると翼のシンフォギアが光を放ち、その形状を変えていく。シンプルだった装甲は厚みを増し、より禍々しい形状となり、色も白と青を基調としたものから黒とオレンジへと変貌していく。更に本来シンフォギアに無かったフェイスパーツが形成され、目を覆うゴーグルパーツが禍々しい赤色の光を放っていた。

 

「何だよ、それは……」

 

 距離を取っていた奏の問いかけに翼に乗り移った者は答えることもせず、形状変化したシンフォギアの調子を確認する。

 

「ロックを完全に解除するにはもう少し時間が要るか。だが五百万のロックを解除するだけでもこれほどとは……なっ!」

 

 翼は一瞬で奏に迫る。

 

「くっ!」

 

 横からの一振りに奏はとっさに槍で防御するが、先程の戦闘のダメージが大きすぎて踏ん張りがきかず、そのまま吹き飛ばされた。

 

「がっ!」

 

「ほう、アレを防ぐか。この世界の戦士も存外にやるようだな」

 

 そんな感想を言われても、奏の耳には届かなかった。受けたダメージが大きすぎて体中が悲鳴を上げ、それどころではなかった。

 奏が邪魔をすることが出来ないと分かり、翼はカミナの元へと足を向ける。

 

「行かせる、ぐっ……」

 

 奏がそれを阻もうとするが、体中から走る痛みに耐えきれずその場から動けない。

 

「心配するな。要件が済めばこの女は返してやる」

 

 そう言って、翼はカミナの前に立ち、刀を高々に振り上げる。

 

「さらばだ、螺旋族」

 

 刀が振り下ろされ、冷徹無慈悲な刃がカミナを襲う。

 奏がとっさに手を伸ばすが、その手は届かない。

 希望が見えない。

 絶望に染まった世界が奏の目に映る。

 まだやりたいことが、伝えていないことがあるのにその手は何も掴めない。

 絶望から目を背けるように奏は目を瞑る。

 そうしたのはこの先に希望が見えないなら、いっそ見えない方が良いと思ったからだろうか。

 それは奏にも分からなかった。

 だが、この時、奏は不思議な体験をした。

目を瞑った直後、奏の伸ばした手を誰かが掴んで諦めるなと喝を入れた気がしたのだ。

 

「それ以上好きにはさせんっ!」

 

 その声に奏は驚いて閉じていた目を開く。

 奏の目にはこちらに向かって飛んでくる弦十郎の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、カミナ達のいる公園から百メートル以上離れた場所では口をポカーンと開けて驚いている響がいた。

 

「凄い……本当に飛んで行っちゃった」

 

「まったくもう……。弦十郎君ったら無茶するんだから」

 

 驚く響の隣には呆れてた顔をしている了子の姿があった。

 

「あんなことが出来るなんて……。二課って凄い人が多いんですね」

 

「あんなことが出来るのは弦十郎君とカミナ君ぐらいよ。他は常人並みの体力しかないからね。まぁ、緒川君は別方向で凄いことが出来るけど」

 

 響が間違った認識をしそうになっているので了子はそれを正した。

 

「それにしても、響ちゃん、よくあんな無茶な案に乗ったわね? 現場に向かって弦十郎君を全力で吹っ飛ばすなんて普通は考えないと思うわよ」

 

 それを聞いた響は苦笑いを浮かべつつ、頭の後ろを掻いた。

 

「あー、やっぱりそうですよね。でも、カミナさんに勝ってますし、弦十郎さんも着地は気合で何とかするって言ってたから問題ないかなぁって」

 

「マズいわね。この子も少しずつカミナ君化してる気がするわ」

 

 気合でやれば何とかなる、と言う根性論の塊と呼べる弦十郎とカミナの波長に響が上手い具合に噛み合っていると了子は薄々感じていたが、この会話で確信に変わった。

 

「えへへ……」

 

 カミナに似ていると言われて、響は満更でもないように嬉しそうに笑う。

 

「響ちゃん、全然褒めてないわよ?」

 

 そう言いつつ、了子の中にある乙女センサーがアラートを放っていた。

 彼女を観察して、響がカミナに気があるのではないかと疑っていたが、間違いなさそうである。

 突如として舞い降りた話題で盛り上がりたいのだが、残念ながら今はやるべきことが満載である為、了子はこの話題を後の楽しみにとっておきつつ、車に響を乗せて弦十郎の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 響の協力によって超高速で飛んできた弦十郎は刀を振り下ろそうとしている翼に向けて拳を振り上げた。

 

「くっ!」

 

 それに驚いた翼はとっさに回避行動を取る。

 その直後、弦十郎の拳は地面に叩きつけられ、地面を陥没させ、衝撃で地面に無数の亀裂が生まれる。

 

「貴様、風鳴弦十郎か」

 

 ゆっくりと立ち上がる弦十郎はちらりとカミナを見て、その傷が刀傷であることを理解する。状況はよく分からないが、目の前にいる翼が斬ったのは間違いないようだ。

 

「翼、仲間に手を上げるとはどういうつもりだ! それにその姿は……」

 

「ダンナ、そいつは翼じゃない! 誰かが翼に憑りついてんだ!」

 

「何だとっ!?」

 

 奏の言葉を聞き、弦十郎は目を丸くする。

 

「彼女の言う通りだ。しばらくの間、この少女の体を借りさせてもらう。心配せずともそこにいる男を含め、残りの螺旋族を滅ぼせば無事に返してやろう」

 

「それを信じられると思うか?」

 

「私とは本意ではない。本来ならアレでその男を倒したかったが、彼の進化は私の想像を超えていた。もはや、この世界の異端技術を使うほかない。これは世界を守るために必要な事なのだ」

 

「あの未確認飛行物体はお前が!? それに世界を守るだと? 何故彼を滅ぼすことが世界を守ることに繋がる!」

 

 憤る弦十郎に翼は刀を降ろして、カミナを一瞥する。

 

「ならば問うが、貴様等は螺旋力の恐ろしさを知っているのか?」

 

「螺旋力の恐ろしさ、だと?」

 

 カミナの持つ螺旋力について翼に乗り移った者が知っていることに驚きだが、弦十郎は螺旋力が恐ろしい力だと思っていない。

 彼のお陰で乗り切った危機は多々あり、シンフォギアと同じ人類守護の希望だと信じていた。

 

「螺旋力は人間の意志で引き出された銀河のエネルギーだ。その力は進化すればやがて銀河を生み出す程になるだろう」

 

「銀河そのものを……」

 

「そうだ。貴様等はこの少女が扱うシンフォギアと同様に扱っているが、こんなものが可愛く見えるほどの脅威を螺旋力は内包している。そのことを貴様等は全く理解していない」

 

「確かに俺達は彼の力の全てを知っているわけではない。だが、彼のお陰で多くの人命を救ってきた。螺旋力は可能性を生み出す力だと俺達はそう信じてこれまで共に戦ってきた!」

 

「可能性を生み出す……。成程、見方を変えればそう言えるだろうが、それは螺旋力の本質を見誤っただけにすぎん。永遠に進化する力はやがて滅びの道を歩み、必ず世界の敵となる」

 

「世界の敵だと? ふざけるな! 彼はそんなことをする男ではない!」

 

「本人の意思など関係ない。例え今は問題なくとも、進化し続けた螺旋エネルギーはその男の体を食い破り、最終的には宇宙の全てを喰らい尽くすブラックホールへと成り果て、その男は世界に牙を剥く存在になる。これは確定事項なのだ」

 

 つい先程まで感情がないような口調であったはずなのに、徐々に怒りを込めた声色へと変貌していた。

 

「ブラック、ホールだと……そんな馬鹿な話が」

 

 いくら異端技術でもブラックホールを作れるような力はない。しかし、カミナが内包している力はそれが可能だという奴の言葉に弦十郎は信じられないという顔をする。

 

「あるのだよ。言ったはずだ、螺旋力はシンフォギアが可愛く見えるほどの脅威を孕んでいると。君達はそれを既に体感している」

 

「何だって?」

 

 翼の言葉に奏は思い当たる節はなかった。カミナの力は確かに未知数だが、それでも共にノイズと戦い犠牲はあっても多くの命を救ってきた。

 そんな脅威はないと奏は信じていた。

 

「螺旋力はその気になれば生命すら生み出し、肉体や精神にも干渉することさえ出来る。二年前、相打ち覚悟だった彼女が本来死ぬはずだったのに今でも生きているのは、その男が螺旋力を使って君の体を再生させたからだ」

 

「なんだとっ!!」

 

 その言葉に奏と弦十郎は揃って目を見開き、息を呑んだ。奏に関しては一瞬、呼吸を忘れるほどの衝撃的な事実だった。

 

「あたしが生きてるのは、カミナのお陰……? 体を再生したって……じゃあ、あたしは」

 

「そうだ! 本来ならば死んでいるはずだった! だが、彼は崩壊しかけた君の体を強制的に活性化させて超速再生させて生き永らえさせた! つまり、君はこの世界で唯一の螺旋力によって生まれ変わった人類なのだ!」

 

 狼狽する奏だったが、何度か考えたことがあった。絶唱を歌ったのに生きているのは、カミナのお陰ではないかと。そうでなければ説明がつかないことがいくつもあるのだ。本来リンカーを使わなければ耐え切れないバックファイアが来るはずなのに、その兆候すら見られなかった。無理をしてシンフォギアを使った程度の負荷しか当時は掛かっていなかったのだ。

 

「じゃあ、あたしは……」

 

「いや、君は百パーセント人間だ。だが、一歩間違えれば君は人間ではなくなっていたのは間違いない」

 

 そんな馬鹿なと弦十郎は思いたかったが、二年前に浮上した謎が言う通りならば、合点がいくのだ。

 当時、身体検査をしていた了子から弦十郎にだけ伝えていたことがある。それは、あの惨劇の後、奏の体に掛かっていたこれまでの疲労やダメージが綺麗さっぱりなくなっていたと言う事だ。日常生活で掛かる疲労や、軽いケガ、ダメージと定義できるものの全てが綺麗さっぱりなくなっていた。了子が言うにはシンフォギアを纏えるようにリンカーで薬物投与する前並みに奏の体は全快になっていたのである。

 

「これで分かったか? 本来消える命ですら蘇らせる。万物を創造し、この世の全てを破壊する。それが螺旋力だ」

 

 奏と弦十郎が黙ってしまい、翼に憑りついた者は止めを刺すことにした。

 

「螺旋力は終わりのない進化をし続け、やがて自ら滅びの道を歩むことになる。それを阻止するためにもその男は消えねばならん。私が見てきた螺旋族の中でも奴の特性は最も危険だ。だからこそ、力が枯渇した今がチャンスなのだ。分かったならば、そこを退け。螺旋力によって無残に滅ぼされる無辜の命を救うことになるのであれば、人類守護を志す貴様等にとって私の邪魔は出来ないはずだ」

 

 翼にとりついた者の言葉に間違いはないだろう。九十九の命の為に一つの命を捨てる。必要最低悪の犠牲を人類はこれまで数えきれないほど強いてきた。

 この国だってそうだ。もし、あの男がここにいたら、それを是としてカミナを切り捨てるだろう。

 

「成程、確かにお前の言い分は間違っていないだろう」

 

 弦十郎は拳を力強く握りしめ、拳を前にして構える。

 

「だがな、子供の命を捨てて得た平和な世界で生きるなど俺には出来ん!」

 

 だが、弦十郎は犠牲を強いて得た平和など良しとしなかった。

現実的に考えれば間違っていないことなのは頭でも理解している。だが、弦十郎の心が、魂が損得勘定だけで生殺与奪の権利を行使していいはずがないと叫んでいるのだ。

 

「確かに、あんたの言っていることが本当だとしたら、確かにそいつは恐ろしいだろうな。そんな神様みたいな力があれば世界を破壊するのも納得さ」

 

 奏は槍を使ってゆっくりと立ち上がる。

 

「だとしてもよ、カミナは本当にあたしにとって命の恩人ってことになるぜ。カミナのお陰で今でもみんなと笑っていられるし、やりたいことが出来てる。だったら、次はあたしの番だ! 今度はあたしがカミナを救ってやる!!」

 

 フラフラの状態でありながらも、奏の心を表すように槍だけはまっすぐに構えた。

 

「……愚かな」

 

 失望に満ちた声で言うと翼は刀を再び構え、弦十郎と奏に相対する。

 

「奏、カミナ君を頼む」

 

「いや、あたしも」

 

「それ以上は無理をするな。後は俺に任せろ。心配するな、お前の思いも一緒に奴にぶつけてやる!」

 

 いくら槍を構えていたとしても、すでに戦える状態ではない。これ以上奏に無茶をさせれば、あとでカミナにどやされる。

 

「……分かったよ。じゃあ任せたぜ、ダンナ」

 

「ああ」

 

 そう言って奏はゆっくりとした足取りでカミナの元へと向かう。

 

「貴様に出来るのか? 私を倒すと言う事は彼女に手を掛けるということだぞ」

 

「……そうだな。その通りだ」

 

家族と戦うことに躊躇いがないと言えば、嘘になるが、今の弦十郎に迷いはなかった。

 

「だが翼とは何度も手合わせをしてきたのでな。まずは翼に憑りついたお前をブッ飛ばす! 面倒な話はそれからだ!!」

 




如何でしたか?
まさかの弦十郎が参戦です。
本編以上に暴れさせる気満々でやっていきますよ!
翼のギアが変貌しましたが、色合いとかデザインはグランゼボーマみたい禍々しくなってると思ってください。
イメージ図ぐらい載せたいんですけど、絵心がないので姿形はご想像にお任せします!

次回はOTONAが暴れる?かも……。

それでは今回はこれにて!


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その魂は不屈なり

はいどうも。
一月も後半に突入です。
いやぁ、早いわ。
新作アニメ、結構面白いのが多かったです。


 何かが聞こえる。

 ノイズにまみれてはいるが、それが人の声であるのに気付いたのはどれくらいの時間が経った頃だろうか。

 いや、実際は時間なんてそれほど経っていないのかもしれない。

 

「へ……しろっ! ……ちゃ、…めだ……」

 

(あー、うるせぇ)

 

 まるで目覚まし時計のアラームに起こされた気分だった。

 頭がぼーっとして意識がはっきりしない。

 もうひと眠りしたいと開いているはずのない目を閉じると……。

 

「何時まで寝てるんだ! 起きろ、カミナぁぁぁっ!」

 

「うおぉっ!?」

 

 突然の怒号に慌ててカミナは布団から起き上がった。

 

「ん? 俺って何時の間に昼寝してたんだ?」

 

 記憶があやふやでいつの間に実家に帰ってきたのだろうかと思いつつ、のそのそと起き上がって声のする方へと足を向ける。

 

「おい、カミナ!」

 

「うるせぇな、聞こえてるよ()()()

 

 玄関まで向かうとそこにはカミナの父親である神野丈がいた。

 

「おう、カミナ。ちょっと買い物してくるから、洗濯物取り込んでおいてくれ」

 

「買い物って何処までだよ?」

 

「近くのコンビニ」

 

「すぐ戻って来れるじゃねぇか。俺は寝る!」

 

「この野郎! 今何時だと思ってんだ!! 起きろ!!」

 

「いててててっ!!」

 

 丈はカミナの頭をくしゃくしゃになるまで撫でた。このお陰でカミナは嫌でも目が覚めてしまい二度寝をすることが出来なくなった。

 

(待てよ、この光景、俺は見たことあるぞ……)

 

 そして、これが現実でないことも思い出した。

 

「母ちゃんは町内会で出掛けてんだよ。ちったぁ、家事の手伝いして母ちゃんを喜ばせてやれってんだ」

 

「ってーなっ! 何しやがんだ!」

 

「ハハハっ! 変な髪形だな」

 

「誰のせいだ!!」

 

 そうして丈がカミナの頭から手を離した。

 

(ああ、間違いねぇ。この光景は……)

 

「何だ、それとも……」

 

 カミナがこの時を忘れるはずがなかった。

 

「お前も行くか?」

 

 奏がいなくなって一年が経ったある日、丈は帰らぬ人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 神野丈。

 カミナの父であり、二課では研究員として働いていた。

 理工学系でも難関大と呼べる大学を卒業した後、聖遺物の研究をしており、奏の両親とは仕事関連で知り合うことになる。紆余曲折を経て、やがて家族ぐるみの付き合いとなる。

 弦十郎とは学生時代に拳を交えた友人であり、彼が二課の司令に就任する際にヘッドハンティングされて二課に所属することになる。

 カミナの母親との出会いについては詳しくは知らないが、母親が何度もアタックして丈が折れたことで結婚したとのことだ。

カミナが知っている父親の経歴はこれぐらいだ。

 

「オヤジって凄い奴だったんだな」

 

 カミナはそう呟いて父親のことを思い出す。

 今、カミナがいるのは実家の玄関ではない。上も下も真っ白であり、周りは壁一つない永遠とも呼べる広さを持つ空間にただ一人立っていた。

 

「にしても、まさか人身事故で亡くなるたぁな」

 

 当時のことを思い出すと、今でも信じられないことだった。

 カミナにとって目標でもあり、第一に超えるべき壁だと思っていた男が人身事故に合うとは思ってもみなかった。

 当時、近所のおばちゃんが血相変えて丈が車に撥ねられたと聞かされたは、カミナは靴も履かずに無我夢中で走っていた。

 現場に辿り着けば、救急隊員にタンカーで運ばれていく親父の姿がカミナの目に映っていた。

 顔は白い布で隠されていても分かったのは、丈が普段左手に身に着けている髑髏のアクセサリーがだらんとタンカーからはみ出ていたからだった。

 

「そう言えば、あの時は泣けなかったな……」

 

 葬式の時、一部の親戚からは父親が亡くなったのに涙も流さないとはとんだ親不孝者とさえ罵られたこともあったが、あの時のカミナには彼等の言葉に耳を傾ける余裕はなかった。

 本当は泣きたかった。だが、漢が簡単に涙を流すもんじゃないという死んだ父親との約束を守って強がっていただけだった。

 

「悪いな、オヤジ」

 

 墓の前ですら言えなかったことをカミナはぽつりと呟いた。

 

「良いんじゃねぇか? 俺の時に流せなかった涙は母ちゃんと惚れた女の為に使ってやれよ」

 

「……は?」

 

 背後から聞こえた声にカミナは素っ頓狂な声を上げ、慌てて後ろを振り向いた。

 その人物にカミナは目を丸くする。

 

「よっ、久しぶり! 元気そうだな、カミナ」

 

「オ、オヤジぃぃぃぃぃっ!!?」

 

 同窓会にでもやってきたかのように気さくな挨拶をしてきたのは、死んだはずの神野丈だった。

 

「何だよ、幽霊にでも会ったみたいに驚きやがって」

 

「いや、あんた死んでるだろうが!!」

 

「おう、それもそうだな!」

 

 ガハハと軽快に笑う丈にカミナはげんなりとしていた。

 

「それにしてもあのガキだったらカミナがなぁ、随分見ない間にデカくなったじゃねぇか」

 

 しみじみと思い出に浸るように丈は何度も頷いた。

 そしてカミナの胸板を手の甲で叩いた。

 

「ははっ、息子に背ぇ抜かれちまったな」

 

 言われてみればその通りだ。いつの間にか自分は父親よりデカくなっていたらしい。そのことに気付いたカミナは少しだけ口元を綻ばせる。

 

「今ならオヤジと喧嘩しても勝てる自信があるぜ」

 

「ほう、言うじゃねぇか。喧嘩ならいつでも買ってやるが……カミナ、お前も来るか? こっちの世界によ」

 

 丈の言葉を理解できないほどカミナもアホではなかった。いや、バカではあるが……。

 

(ああ、やっぱりそう言う事かよ)

 

 カミナは首を横に振った。

 

「あいにく俺を信じて待ってる奴等がいるんでね」

 

 今のカミナなら分かる。自分の身に起きた事、今周りで起こっている事の全てが見えていた。そして、カミナのことを心配してくれている存在もすぐ傍にいることも。

 自分を慕ってくれている者達のことを思い出し、ふっ、と笑みを浮かべると目の前に拳が迫っていた。

 

「ぶっ!」

 

 唐突に丈が顔面に殴ってきたのである。

 

「何すんだよ!!」

 

「良い顔で随分と生意気言うようになったからな。ま、来るって言ったらぶん殴ってでも追い返してたがな!!」

 

 ニシシっと笑みを浮かべる丈に、カミナは呆れた。

 

「ったく、このクソオヤジが」

 

 顔をさすっていると、その掌にコアドリル付きのメリケンサックがあることに気が付く。よく見れば、コアドリルが少しずつ光を放っていた。

 まるでカミナの心を表しているようにその光は鼓動していく。

 よく見れば、周りの景色も味気ない真っ白な空間ではなく、果てしない荒野と星空が見え始める夕焼け空になっていた。その空の中で一際輝く星があった。

 それを見た丈は笑みをこぼした。

 

「俺が亡くなった後も随分と良い仲間に囲まれてるじゃねぇか」

 

「その内の何人かは親父の同僚だろうが」

 

 丈は軽快に笑った。

 

「そうだな。弦の奴、強いだろ?」

 

「ああ、一度も勝って事がねぇ」

 

「了子ちゃんはバインバインの良い女だったろ。まぁ、母ちゃんの方が数段良い女だけどな!」

 

「惚気んなよ、クソオヤジ。あーあ、母ちゃんより良い女だって言ってたら言いつけてたのによー」

 

「おい、それだけは止めろ。アイツの方からこっちに来そうで怖いわ」

 

 真剣な顔で言う丈にカミナは首を傾げる。カミナの記憶では母親はそれほど怖い所はない印象だったからだ。

 丈が言うには家庭を持てば分かるとのことだが、まったく分からないのでカミナはこれ以上考えないことにした。

 

「奏ちゃんは良い女になっただろ」

 

「そうか? 昔と変わらねぇだろ? まぁ、了子さんほどじゃねぇが胸はデカくなったがな」

 

 そう答えるカミナに丈は何言ってんだこいつと言わんばかりに呆れた顔をしていた。

 

「はぁ。ったく奏ちゃんが不憫でならねぇな。これは花嫁姿を見るのも随分先の事か……」

 

「どういうことだ、イテっ!」

 

 カミナが怪訝な顔をすると丈は額にデコピンを喰らわせた。

 ここまで言っておいて何も察しない我が息子に呆れて溜息をついた。

 

「この唐変木が」

 

「はぁ?」

 

「ま、奏ちゃんには頑張ってもらわんとな。俺の勘だがライバルが後二、三人は増えると見た!」

 

「だから何言ってんだよ、オヤジ?」

 

「もうお前は知らんでいい!」

 

「何でだよ!」

 

 もう諦めたという丈の態度にカミナは納得いかないという顔をしていたが、丈が空に輝く星をまっすぐ見つめており、それ以上続きを追求するのを止めた。

 

「さぁ行けよ、カミナ。待ってる奴等の元に」

 

 丈がそう言うとカミナは下を向いて俯いた。

 

「……今度こそ、本当に“あばよ”だな」

 

 ここを発つ前にカミナは少しだけ心残りがあった。もっと話したいことがあった。伝えたいことがあった。この数年で何があったのか、どんな奴等と会ったのか。挙げてもキリがない。

 そんな神妙な顔をしているカミナを見て、丈は拳をカミナの胸に押し当てる。

 

「“あばよ”じゃねぇ。俺が教えた熱い心と不屈の魂が宿ってる! それがある限り、俺はお前の中で生き続けるんだ!!」

 

「オヤジ……」

 

 それを聞いたカミナは顔を上げて丈の顔を見た。

 

「だから、“あばよ”じゃねぇ! これからも『一緒』だ!!」

 

 満面の笑みを浮かべる丈。

カミナの心の底から熱い思いが溢れてくる。カミナは知っている。これがカミナが最も誇り尊敬する父親であると。

 それに気付いたカミナは溢れ出てくる感情を抑えつけ、代わりに思いっきり笑い返した。

 

「ああっ!!」

 

 カミナの手に宿るコアドリルが強烈な光を放ち、カミナとこの景色を包んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「カミナ! おい、カミナ! 返事しろ!! 眠っちゃダメだ!!」

 

 奏はカミナを止血しつつ何度も声を荒げて呼びかけた。

 螺旋力によるものなのか血の流れは少なくなっているが、大量出血も相まって体温が下がっていた。

 今の奏が打てる手はすべて打った。それでも足りない。

 目の前では弦十郎と翼が嘗てないほどの戦いを繰り広げている。

 今までの翼とは思えないほどに強力な技を繰り出し、弦十郎はその攻撃を拳圧で吹き飛ばしたり、割った地面を畳み返しの様に立てて壁を作って防いでいた。

 

「まさかここまで渡り合うとは……。正直驚いたぞ、螺旋の力を宿していない上でここまで戦えるとはな!」

 

 続けて刀で高速で何度も斬りつけるが、同等の速さで弦十郎は捌いており、致命傷を与えることは出来ずにいた。

 

「ふんっ!」

 

「甘いわっ!!」

 

 翼の上段から振り落とされる一閃を弦十郎は片腕の指先二本で白刃取りで防ぐ。そのまま、肩でタックルし翼を吹き飛ばした。

 

「ぐはっ!」

 

 現状、弦十郎の方が優勢だが、実際の所、打開策が見えていない為に均衡状態に陥っているのは間違いなかった。

 翼に憑りついている者を引き剥がす方法が分からない以上、このまま長期戦に持ち込まれれば、どうなるか分からない。

 何も出来ない奏は自分の無力さを嘆いた。肝心の所で何も出来ず、これまでずっと支えてくれた友を一人も救えない自分が嫌になる。

 

(カミナ、あたしはどうしたら……)

 

「ああ、クソっ……。おちおち寝てもいらんねぇかぁ……」

 

 その声に奏は目を丸くし、下を見る。

 カミナがうっすらと目を開け、ゆっくりと首を横にして弦十郎と翼が戦っている光景を目を向けていた。

 

「あの……バカ野郎が、世話焼かせやがって」

 

 ゆっくりと立ち上がろうとしているカミナを奏は抑えつけた。

 

「バカっ! そんな傷で無理して動くな! カミナが死んじまう!」

 

 だが、カミナが予想以上に強い力で立ち上がり、逆に押し返された奏は座り込んでしまう。

 明らかに瀕死の重傷であるのにどこにそんな力があるのかと奏は驚きを隠せなかった。

 

「奏、翼の奴、まだグレン団の流儀が魂に刻まれてねぇようだぜ」

 

「カミナ?」

 

 いきなり何を言っているんだと奏は怪訝な顔をするが、カミナは気にもせずに翼を見つめていた。

 

「だからよ、翼に教えてやらねぇとな。俺達の、グレン団の魂ってヤツをな!」

 

 その瞬間、カミナの右手にあるコアドリルが嘗てないほど力強く光を放った。

 その後の変化は劇的だった。

 先程まで血を流していた胸元の刀傷は消え去る。それだけではない。まるで時が戻ったかのようにカミナの全身の怪我がなくなっていく。

 変化はまだ終わらない。カミナの前身に巡る螺旋力が新たな形を形成していく。

 物質化はしていないが、これまでのカミナの体表を覆う形状ではなく、鎧武者の様に手足に装甲が増え、赤いサングラスがなくなり三日月飾りの兜が形成され、より武骨な姿となる。

 

「無茶と無謀と笑われようと、意地が支えの喧嘩道! 友の涙に心が騒ぐ、救ってやらなきゃ男が廃る!!」

 

 その光景は離れて戦っていた弦十郎と翼の目にも焼き付いていた。

 

「アレはカミナ君、なのか……?」

 

「バカな……。あの傷を負って何故動ける……? いや、そこまでしてまだ無様に生きたいか! ぬぅぅぅぅ……往生際が悪い。まだ足掻くか螺旋族ぅぅぅぅっ!!」

 

 風前の灯火であったはずのカミナが突然息を吹き返し、その姿が翼に憑りついた者の逆鱗に触れ、怒り狂った声で叫んだ。

 

「ああ、足掻くさ! オヤジから受け継いだ熱い心と不屈の魂がある限り、俺は何度でも立ち上がる!!」

 

 カミナは右手の人差し指で空を高らかに指す。

 

「俺を誰だと思っていやがる!!」

 

 世界中にその名を轟かすかのように、威風堂々たる姿を見せつける。

 

「チームグレンの鬼リーダー、カミナ様たぁ、俺のことだ!!」




如何でしたか?
今回は色んなシーンが想像できる話だったと思います。
原作とか男どアホウ!編を知っていれば分かると思います……多分?
ただ思った以上に弦十郎が暴れていなかったのが心残りです。(もしかしたら追記するかも……)
それでは今回はこれにて!


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はっきり言いやがれ!

どうもです。
サクサク書けたので、更新出来るうちにやっちゃおうと思った次第です。
今回は少しだけ短いです。


「ぬうぅぅぅ……」

 

 先程まで死にかけていたカミナがここに来て息を吹き返したことに翼に憑りついた者はカミナの力を侮っていたと認識を改めざるを得なかった。

 

「ったく、翼の声で喚くなよ。あいつには似合わねぇよ」

 

 ゆっくりとカミナは歩き出し、翼の元に向かう。

 

「貴様の螺旋力は他の者と比べて特に危険だと警戒していたが、どうやら私は貴様を見くびっていたようだ。瀕死になれば何も出来まいと高を括っていた」

 

「残念だったな。俺はその程度じゃ止まらねぇんだよ」

 

「どうやらそのようだ。ならば今度はDNAの一片まで完全消滅してやろう」

 

 刀の切先をカミナに向ける翼にカミナは臆することなく前に進む。

 

「待つんだカミナ君! 今の君の体では」

 

 翼とカミナの間を弦十郎は割って入る。

 明らかに死に体の状態であるカミナが息を吹き返したことは驚くべきことだが、たとえそれが螺旋力によるものだとしても明らかに無理をしているはずなのだ。螺旋力がカミナの精神の影響を受けているのならば、今の彼は決死の覚悟を持って魂の炎を燃やしているのだ。

 

「どいてくれ、おっさん。こいつは俺の喧嘩だ」

 

「喧嘩だと? バカを言うな! 命を賭けた喧嘩などあるものか!」

 

 弦十郎にとって互いの主張をぶつけ合う喧嘩ならば止めることはない。だが、今のカミナは自分の命を削ってまで戦おうとしている。そんなものは喧嘩と呼べるはずがなく、弦十郎はカミナを戦わせまいと彼の前に立ちはだかる。

 

「命を賭ける? ちげぇよ、おっさん。こいつは俺と翼の……グレン団としての喧嘩だ」

 

「……何だと?」

 

 怪訝な顔をする弦十郎にカミナは口をへの字にして、頭を掻いた。

 

「あー、上手くは言えねぇが、翼にも色々あったんだろうよ。不安とか悩みとかな。あの野郎にそこを付け込まれて乗っ取られたんだろうよ」

 

「その根拠は?」

 

「何となくそんな気がしただけだ」

 

 あっけらかんと言うカミナに弦十郎は眉間に皺を寄せる。ここに来て勘とは思わなかったが、理屈もへったくれもなく確信を突くのはカミナらしいとも言える。

 弦十郎はそれが間違っていると断言できなかった。確かに、翼が普段より調子が悪いことは何度かあった。そのことを尋ねてもノイズが普段より多く出ていて疲れているだけだと言うだけで相談することはなかった。

 少々思う所はあるが、翼がそう言うのならと弦十郎は静観することにした。

 しかし、今思えば、無理にでも彼女の悩みを聞いてやるべきだったのではないかと後悔した。そうすれば別の道もあったのではないかと己の不甲斐なさを呪った。

 何が大人だ。家族にも寄り添って支えてやることも出来ない自身が恥ずかしいと弦十郎は強く自分の手を握りしめたくなった。

 

「何でもかんでもおっさん達が背負う必要はねぇだろ」

 

 まるで弦十郎の心を読んだかのようにカミナはそんな言葉を掛ける。

 その言葉に弦十郎は虚を突かれ、目を瞬かせる。

 

「相手が大人だからって遠慮することがあっても友達(ダチ)なら話は別だ。自分から心を開いた奴だから大人より腹を割って話せることもあるってもんだろ。おっさんには無かったのか?」

 

「……ああ、あったさ。丈がそうだった」

 

 大人だからこそ話せることもあれば、友だからこそ話せることもある。思い出せば確かにそのとおりであり、そんな友が自分にもいたと言う事を弦十郎は思い出す。

 

「だからよ、おっさん達には言えなくても俺達ならグレン団なら話せるかもしれねぇ。何せ、翼は俺の仲間で友達(ダチ)だからな。よく言うだろ、ガキの喧嘩に大人が入るなってさ。心配すんな、おっさんはいつも通りドンと構えて俺等を見守ってくれりゃ良いんだよ」

 

 その時、弦十郎はどこか懐かしい気分になった。それが何なのかすぐに分かった。カミナと丈の姿が重なったように見えたのだ。

 

(丈、カミナ君は本当にお前に似ているな)

 

 根拠はないが、経験と勘が言っている。この男に任せても大丈夫だと。

 そんな思いを抱きながら弦十郎は何も言わず、カミナに道を譲った。

 子供に任せるのは大人として負い目を感じるが、彼がそんなことを気にするような男ではない。

 そしてカミナは弦十郎の横を通り過ぎ、翼と相対する。

 カミナを見送りつつ、弦十郎は腕を組んでその場に佇む。それはこの喧嘩に手を出さず、結末を見届けるという意思の表れだった。

 

「よう、寄生虫野郎。待ってくれるとは殊勝な心掛けじゃねぇか」

 

「お前達の行動を観察することにも意味はある。螺旋族が周りに与える影響を知れば、残りの螺旋族への対処にも役立てると思ったからだ」

 

「はっ! もう勝負に勝ったと思ってんのか?」

 

「死に体の貴様ごときに私に勝てると? 思い上がるな、螺旋族!」

 

「テメェこそのぼせ上ってんじゃねぇぞ。俺はお前に用はねぇんだよ!」

 

「なんだと?」

 

 その直後、カミナは超高速で翼に接近した。

 

「単調だな!」

 

 その動きは見えており、単調な突進に翼は刀でカミナを串刺しにしようと無数の剣を投げつける。

 全てカミナに当たったかに思えたが、剣はカミナの体をすり抜けただけだった。

 

「むっ!?」

 

 アレはカミナの突進ではなく、ただ密度の濃い螺旋力を人型のまま叩きつけただけの囮だと理解し、翼は背後に目を向ける。

 案の定、背後にはカミナがいたが、既に遅かった。

 彼は拳を振り上げて、殴り掛かりに来ていた。

 

「翼ぁぁぁぁ! 歯ぁぁ、食いしばれぇぇぇぇっ!!」

 

 カミナの渾身の一撃が、熱い魂を込めた拳が翼の顔面に叩きつけられた。

 

「んぶぅ!!」

 

 顔面にもろ入り、フェイスパーツが砕け散る。渾身の一撃で殴られた翼は何度も地面をバウンドして吹き飛ばされた。

 数回ほど地面に激突して減速し、なんとか態勢を立て直す。

 直ぐにカミナを探そうとするが、その必要はなくなっていた。

 既にカミナは翼に肉薄していたのだ。

 だが、カミナは攻撃することはなく、翼の胸倉を掴む。

 

「おい翼……言いたいことがあるなら……」

 

 そのまま翼を自身の元に引き寄せ……。

 

「はっきり言いやがれっ!!!!」

 

 全力でカミナは翼の額にヘッドバッドを叩きつけた。

 その直後、翼に憑りついていた者は視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 私の目の前には一心不乱に木刀を振り続けている幼い少女がいた。

 覚束ない動きをしながらも必死になって木刀を振り続けている彼女に私は親近感を覚えていた。

 その理由は分からない。

 どうしてあんなに我武者羅に振っているのだろうか。

 何が彼女をあそこまで必死にさせるのか。

 何度か見ているうちに、アレは自分の為ではなく、誰かに認めてもらいたいという思いで木刀を振っているのだと私は理解した。

 いや、正確には思い出した。何故親近感を覚えた、その理由も。

 

「ああ、そうか。あの子は私なんだ」

 

 私はようやくその子が幼い頃の自分、防人となる覚悟がない風鳴翼だと理解する。

 父に認められたいが為に一心に研鑽を積むが、彼は一度も自分を娘と思ってくれなかった。認めてすらくれなかった。

 そんな中、私はシンフォギアを起動出来る装者であることが判明する。

 ノイズと戦える力を得れば、父も認めてもらえるのではと希望を抱いたが、結果は変わらなかった。寧ろ、どこまでも汚れた風鳴家の道具とさえ罵るようになった。

 そんな自身の境遇を悲観的に捉えて自信を持てなかったが、ある日、転機が訪れた。

 目の前にいる木刀を振っていた少女が少しだけ成長する。

 

「この時、私は奏と出会ったんだ」

 

 天羽奏と出会いだった。

 最初は怖かった。貪欲に力を欲し、ノイズと戦う力を得ようと血反吐を吐きながら足掻く彼女に戦慄した。

 なんて怖い人。まるで獣のように我武者羅に暴れまわって、自分を傷つけてまでどうして力を得ようとするの?

 そんな疑問が私の中に芽生えていた。

 でも、そんな彼女に私は何時からか惹かれていた。誰かに認めてもらう為じゃなく、自分の為に力を得ようとする姿に何時からか憧れを抱くようになっていた。

 彼女とは時折ぶつかりもしたが、何度も繰り返すうちに互いを知り、競い合い、共に成長していく中で、奏は私にとって道を指し示す光となっていた。

 でも、あの男……カミナが私達の前に現れてから、奏は変わっていった。

 いや、正確には嘗ての彼女に戻っていったというのが正しいのだろう。

 自分が知らない奏を知っている彼が気に入らなかった。彼女の友達にはそんな感情を抱かないのに、何故か彼だけにそんな負の感情を抱いていた。

 それでも私が自制出来ていたのは奏と共にノイズと戦い、ツヴァイウィングとして共に歌えたからだった。

 しかし、それも僅かな時だった。

 二年前に唐突にカミナが力に目覚めた。

 ノイズを妥当し、シンフォギアに引けを取らない力を得た彼はあっという間に自分達と並ぶ、いやそれ以上の力を得てしまった。

 それから二年間、カミナという男と接したことで、彼は彼なりの良い所を認めるようになった。奏以上にまっすぐで、自分を曲げない人なのだと理解した。奏がカミナのお陰で今の自分があると言っていたのも理解できる。奏はカミナに憧れていたのだ。そしてそれ以上の感情を抱いていることもこの二年間で分かってしまった。

 

―――――君はどうしたい?

 

「……うるさい」

 

 ここ最近になって聞こえていた幻聴がまた私を惑わしてくる。

 

―――――君の心の支えであった大切な人が取られてしまうぞ?

 

「……やめろ」

 

 何度も聞きたくないと拒絶しても、その声は私を嘲笑うかのように囁き続ける。

 

―――――彼女が笑えるようになったのは誰のお陰だ?

 

「誰のお陰でもない! 奏は昔から明るく笑える人だった!」

 

―――――では、君の前ではこれまでと同じように笑えていたか? 腹を抱えるほど、騒がしいと思えるほどに笑っていたことはあったか?

 

「っ!」

 

 その言葉に私は動揺してしまう。確かに彼女は良く笑う明るい性格だったが、騒がしいと思えるほどの大笑いをしたことはこれまで一度だってなかった。

 そして、そんな彼女を初めて見たのは彼と出会ってからだと言う事を、翼は改めて思い出す。

 

―――――理解しているはずだ、君は彼とは違うのだと。君は彼女の本当の心の支えにならないのだと!

 

 もう聞きたくない。

 

―――――目を背けるな! 理解しろ! 彼女は彼を慕っているのだと!

 

 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。

 

―――――君は彼の代わりにはなれないのだと!!

 

 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。

 

―――――…………っ!! ……………………っ!!

 

 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。

 

 目を閉じ、耳を塞ぎ、何度も何度も拒絶し続けたことで、ようやく幻聴は聞こえなくなった。

 何度も深呼吸して、私は心を落ち着かせた。

 アレはただの幻聴だ。気にする必要はないと何度も自分に言い聞かせる。

 それからゆっくりと瞼を開ける。

 そこには奏とカミナが立っていた。

 周りは暗闇の様に真っ黒だが、いつものように笑っている二人を見て、私は安堵した。もう悪夢は終わったのだと。

 何時か離れ離れになるかもしれないけど、それは今じゃない。もう少し後の事なのだ。

 だからまだ今のままでも大丈夫だと私は自分にそう言い聞かせる。

 二人が先に歩き出し、その後を追おうとすると私はふと違和感を覚えた。

 同じ歩幅で歩いているはずなのに、二人と距離が離れているのだ。

 歩幅を大きくしてもその差は埋まることはなく、どんどん距離が広がっていく。

 

「待って!」

 

 私は走って走って走り続けた。それでも追い付けない。

 

「置いてかないで!」

 

 手を伸ばし続けても全く届かない。

 何かに躓いて、私は倒れてしまう。

 いや、躓いたのではない。唐突に足元に発生した黒い沼が足を呑み込んでいたのだ。

 徐々に沈んでいき、このままでは危ないと必死に足掻くが、容赦なく沼が体を飲み込んでいく。

 そんな私に目もくれずに、二人は先に進んでいく。

 遠ざかっていく二人の背中を掴むように手を伸ばすが、それに意味はなく、私はいつの間にか涙を流していた。

 

「お願い……私を一人にしないで……」

 

 体が泥に飲み込まれるにつれて私の意識は少しずつ薄れていった。

 それでも地表に上がろうと意味もなく右手を伸ばす。何故こうしたのかは分からない。もしかしたら奇跡が起こるかもしれないと思ったからか。

 指先まで浸かり完全に黒い泥に飲み込まれ、意識がなくなろうとする。

 

「あっ、やべぇやべぇ!」

 

 そんな焦り声と共に、誰かが私の手を掴んだ。

 

「よっこいせっ!」

 

 そんな掛け声と共に黒い沼から引き揚げられた。

 

「おー、釣れた釣れた。(胸は小さいが)でっけぇ翼が釣れたー」

 

 こんなふざけたことを言うのは私の知る中で一人しかいない。

 

「……私は魚ですか、カミナさん。というか今凄く失礼なことを言いませんでしたか?」

 

 目の前には何故かカミナが釣りで魚を取ったかのように私を持ち上げていたのである。




如何でしたか?
今回は翼の負の面出しまくりです。
奏が死ななかったことで翼の心境が原作といささか違うので、若干キャラ崩壊が起こっているかも……。
次回で原作の四話の前半が終わればいいなぁ。結構引き延ばしちゃったし……。
という訳で今回はこれにて!


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思いを乗せて

どうもです。
一か月以上放置してましたが、どうにか完成したので投稿しました。
この一か月でシンフォギアXDの情報に脳がパンクしました。
公式イベであれだけはっちゃけるならこっちも没案をいくつか引っ張り出そうかな。
まぁ、使えるかは分からないけど……。
前回より長めになっています。


 カミナが翼に頭突きを叩き込んだ直後、二人はカミナの放つ光に飲み込まれた。

 光が発生したと同時に突風が吹き荒れる。

 奏と弦十郎は吹き飛ばされないように踏ん張りつつ、二人から目をそらさないようにしていた。

 しばらくすると風が止み、徐々に光が弱まっていくと、カミナと翼が十メートル程離れて向かい合っていた。

 翼の顔を覆うフェイスパーツは砕けており、その隙間から彼女の顔が露わになっていた。

 一方カミナは螺旋力を纏っておらず、生身の状態で彼女と向き合っている。

 あの短時間で何があったのかは奏も弦十郎も分からない。

 だが、二人は声を上げず、黙って二人を見守っていた。そこには一切の不安はないのは、彼ならばこの状況を打開できると二人は信頼しているからだ。

 カミナも翼も何もしゃべらず下を向いて黙っており、風の音だけが彼等の耳に入った。

 この静寂もそれほど長くは続かなかった。

 

「……翼」

 

 カミナが彼女の名を呟く。

 拳を握り、皮膚がこすれ合う音と共に再び螺旋力を纏う。

 先程見せた鎧の形状ではなく、これまでのカミナの体表を覆うように螺旋力を展開する。

 翼も太腿のプロテクターから柄を取り出し、刀へと変形させる。

 

「用意は良いな」

 

 その声に呼応するかのように翼は柄を力強く握りしめた。

 

「バカな……何故コントロールが」

 

「ふん!」

 

 困惑する声は、翼が刀の頭でフェイスパーツを叩いたことで遮られた。

 

「貴様っ!」

 

 力強く打ち付けられ、フェイスパーツは粉々になる。

 

「んぐぐぐ……ああああっ!!」

 

 翼は唸り声をあげ、残った部分は自身の手によって無理矢理剥がした。

 それを皮切りに二人は顔を上げ、互いを見つめ合った。

 

「行くぞぉぉぉぉぉっ、翼ぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 カミナが叫ぶ直後、翼は本来の構えをとった。

 

「来いっ!!! カミナァァァァっ!!」

 

 二人が同時に地面を抉るほど強く踏み込み、駆け始める。

 一瞬で二人は互いの距離を詰める。

 

「はあああっ!」

 

「せいやぁぁぁっ!」

 

 そして、カミナの拳と翼の刃が衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 二人がぶつかり合う少し前に遡り、カミナが沼のような所から翼を引き揚げたところに戻る。

 

「で、ここ何処だ?」

 

 首を傾げるカミナに私は溜息をついた。

 

「……あなたがそれを言いますか」

 

「いやー、なんかお前に頭突きしたらここに出てさ。そしたらお前が溺れてるから引っこ抜いただけなんだわ」

 

 つまり行き当たりばったりでここに来て咄嗟の行動だったと……。

 

「待ってください、頭突きしたら?」

 

 何故そうなったのか心当たりが……。いや、今になって思い出した。私は……。

 

「……私はあなたを刺したんですよね」

 

 あの時、彼を背中から刺したことを思い出した。

 今なら思い出せる、あの時の感触が。この手を血に染めて、彼を傷つけた。

 自分の意志では……いや深層心理では望んでいたのかもしれない。

 

「そうそう。そのお陰で親父に会えたぜ」

 

 彼の声色と笑顔に私は驚愕した。

 あんなことをされておいて感謝している意味が分からなかった。

 

(どうして……どうしてそんな風に笑っていられるの!?)

 

 叫びたくなる気持ちを私はぐっと堪えた。

 よく分からない人だと思ってはいたが、今回は飛びぬけて理解不能だった。

 

「あ! 思い出した、お前に言わなきゃいけないことが……」

 

 どうやら私は思った以上に堪え性がないようで、明るく話す彼への感情が抑えきれなかった。

 

「どうして!!」

 

「ん?」

 

 カミナの言葉を遮り、私は肩を震わせる。

 

「どうしてそんな風にいられるんですか!! 私はあなたを殺そうとしたんですよ!!」

 

「それってお前を乗っ取った奴が望んだこ……」

 

「私があなたの存在を疎ましく思っていたのは事実です!!」

 

 今まで溜まっていた負の感情が一気に込み上げ、喉元まで溢れ、一気に零れだしたのだ。

 今の私は感情に歯止めが効かなくなっていた。

 

「勝手な行動を取るあなたが気に食わなかった!! 考えるより先に感情的に行動するあなたが嫌だった!! 気合で何でも貫き通せると思っているあなたの無神経さに何度も腹が立った!! 我武者羅に行動しているくせに何時だってやり遂げているあなたにムカついた!!」

 

 もうあの頃のようになれない。そう頭では理解している。でも心の底から湧き出る感情があのことまで口にしなければ気が済まないと訴えていた。

 

「私から奏を奪っていくあなたが憎かった!!」

 

 ああ、ついに言ってしまった。

 

「奏は私にとってかけがえのない存在だった! 奏がいたから私はずっと戦ってこれたし、歌ってこれた! この先も一緒だと思ってたのにあなたが現れてから何もかも変わった!! 奏がずっと遠くに行ってしまうのが怖かった!!」

 

 彼に抱いていたのは醜い嫉妬だと口にしてしまった。

 そして、心の奥底にあった言葉を私は口にしてしまう。

 

「本当はあなたが居なければ良いと思っていた!!」

 

 私の醜い感情の全てをついに晒してしまった。

 人として恥ずべき感情なのは分かっている。こんな醜い感情を持って防人を名乗っていた自分が嫌になる。

 こんなのは防人ではない。私はただの醜悪な心を持った人間だ。

 すべての感情を吐き出すと、唐突に恐怖が私に襲い掛かった。

 私は取り返しのつかないことを口にしたのだとすぐに後悔した。覚悟していたはずなのに恐怖に抗えず体の震えが止まらなかった。

 これまでの関係が一気に瓦解する恐怖が私を追い詰めようとする。

 

「はぁ……」

 

 彼が溜息をついた時は覚悟を決めるしかないと思った。

 

「ようやく本音を言いやがったな。グレン団の団員のくせに言うのがおせーんだよ、バーカ」

 

「……え?」

 

 その言葉を聞いて、私は目を丸くする。

 どうしてそんな態度でいられるのか、私には理解できなかった。

 深層心理で彼の存在を疎んじていたのは事実だ。それに付け込まれて私は彼に手を掛ける手助けをしてしまった。だから私が彼を死の縁に追いやった張本人と言っても過言ではないのに、彼はそれを怒らなかった。

 本音まで聞いて、私に対して怒りや憎しみを抱くのが普通のはずなのに、彼は文句の一つも言わずにそんな言葉を投げかける。

 

「……どうして」

 

 私の頬に一滴が流れた。

 

「どうして私を責めないんですか! あんなことをしたのにどうして私を憎まないんですか!!」

 

 そんな優しい顔を浮かべるくらいなら、いっそのこと罵倒してくれた方が気が楽だった。

 

「私には分からない!! あなたが何を考えているのか、全然分からない!!!」

 

「そりゃそうだ。相手の考えてることが分かる奴なんているはずがねぇ。それが人ってもんだろうが」

 

 やはり彼は怒らない。これほどまで罵倒されて、怒らない彼が全く理解できない。

 もういい。彼という人間を理解するのはもう疲れた。いっそのこと拒絶すれば楽になれる。そうすればもう悩むことはない。

 どの道、何を言っても私には届かな……。

 

「だから俺達は喧嘩するんだろ? 互いの思いをぶつける方法の一つとしてよ。何はともあれ、ようやく翼も俺に本気の思いをぶつける気になったってわけだ」

 

「え……」

 

 私が彼に本気の思いをぶつけたことがない……?

 そんなことはない。そんなはずはない。だって、今までも何度も……。

 

「お前、今までずっと本当に俺に言いたいことを隠してただろ。さっきの言ったことだって一度だって俺に言わなかったじゃねぇか」

 

 その言葉に私は動揺した。

 

「それ、は……」

 

「お前が俺に本気で怒ったことは一度だって無かった」

 

 記憶を思い返してみれば、確かにその通りかもしれない。これまで何度彼がふざけても本気で怒ったことはなかった気がしてきた。

 

「お前の主張はいつも一歩身を引いてる感じだった。だがよ、ようやくお前は俺に本当の想いをぶつけてくれた」

 

 そう言うと彼は一歩踏み出して近づいてくる。

 すぐさま私は一歩下がろうと思ったが、何故か体が言う事を聞かなかった。

 カミナが右拳を上げた時、私は殴られると思い、咄嗟に目を瞑ってしまう。

 だがいくら待っても痛みを感じることはなかった。

 ただ、とんと胸元を叩く感触だけが伝わった。

 

「これでようやくお前と本気の喧嘩が出来る対等の関係になれたってわけだ」

 

 満面の笑みを浮かべて発した言葉に私は目を開けて驚いた。

 

「何を、言ってるんですか?」

 

「何って決まってんだろ? これでお前は本当のグレン団になれるってこったよ」

 

「は……?」

 

 何を言っているのか私には理解できなかった。

 本気の喧嘩が出来る対等な関係? 本当のグレン団になる?

 彼は一体何を言っているのだろうか。

 

「じゃあ、今までは仲間じゃなかったって言いたいんですか?」

 

「いや、団員として俺達はお前を迎え入れたのは事実だ。だが、お前の心がグレン団に入り切ってなかったって話だよ」

 

 ますます意味が分からない。心がグレン団に入り切っていないとはどういう事だろうか?

 

「良いか、グレン団にはグレン団の流儀ってのがある」

 

 二年前にそんなものがあるとは聞いていたが、詳しいことは知らなかった。奏が言うには知っていても知らなくてもあんまり意味はないということで詳しくは調べていなかった。

 

「一つ、仲間を大切にすること! 一つ、テメェを信じぬけ! 一つ、テメェの決めた道をテメェのやり方で貫き通せ!」

 

 それは知っている。あまりにも単純明快で彼等らしいものだ。

 

「これが俺達のやり方だ。だがな、全員が全員同じ道を進むわけじゃねぇ。時には互いに信じたものの違いでぶつかる時もある」

 

 カミナは握り拳を私に見せつけた。

 

「そういう時は決まって俺達は喧嘩する。言い合いだろうが殴り合いだろうが、自分の魂を賭けて己の思いを全部乗せて全力でぶつかる」

 

「……思いを全部乗せて」

 

「どんなに仲が良かろうが考えが違うなんてよくあることだ。そもそも人間全員一人一人何でも違うのは分かり切ってることだろ。そんな当たり前のことで俺達の絆が切れるなんてバカバカしいだろうが」

 

 この時、私はようやく分かった気がした。あれ程性格も何もかもが違う奏達が彼の元に集い、今でも繋がっている理由が。

 どんな思いでも受け止め、その上で真正面から自分の思いもぶつける。

 互いに全力でぶつかっていけるからこそ、皆が彼に惹かれるのだ。

 そして、彼は今、私の感情の全てを受け止めた。

 

「お前は一度だって俺達に全力でぶつかって来なかった。だからよ、お前も全力でぶつけてみろ。団員の悩みを聞くのも団長の仕事だからな」

 

 そう言って彼は私の前に拳を突きつけた。

 

「なぁ、翼、お前もグレン団なら俺と全力で喧嘩しようぜ?」

 

 満面の笑みで彼は私にそう言った。

 何だろうか、この心の高鳴りは。心の支えになっていた奏や幼い頃から面倒を見てきた緒川さんとも、尊敬する叔父様に抱いている感情とは違う。

 彼のことを良く思っていないのは変わらないのに憎めない。

 今でも彼が分からない。だというのにカミナという人を信頼しようとしている自分がいる。

 だったら先の事を考えずに我武者羅に付き合ってみようと思えてしまう。

 まだ怖いが、一歩だけでも進んでもいいのではないかと私の心に変化が生まれていた。

 

「ええ、全力でやりましょう」

 

 いつの間にか私は自然と笑みをこぼした。

 そして、私の思いをぶつける為に拳を彼の拳に当てた。

 

「あなたとの本気の喧嘩を」

 

 その直後、私の視界は光に包まれた。

 次の瞬間、先程までいた街中の広場が私の目に映っており、目の前にはカミナがいた。

 

(体のあちこちが痛い……)

 

 身に覚えのない痛みが体中に走っているが、そう言えば彼が頭突きをしたとか言っていたが、人が気を失っている間に色々と好き勝手にやってくれたらしい。

 今になって気付いたが、視界の片方が塞がっていた。よく見るといつの間にかマスクを被っていたらしい。

 

「……翼」

 

 彼が私の名を呼んだ。

 アレはただの夢ではないのだと私は直ぐに悟り、アームドギアを展開する。

 分からないことを考えるのは後回しだ。

 

「用意は良いな」

 

(ええ、もちろんです)

 

 返事をしようと思ったら声が出なかった。

 

「バカな……何故コントロールが」

 

 どうやら私の体を乗っ取った者が喋っているらしい。だが、体は思う通りに動く。

 驚いているところ申し訳ないが、今あなたに構っている暇はない。

 

「ふん!」

 

 面倒になったので、刀の頭で気に入らないマスクを叩き割ることにした。

 案の定、マスクは簡単に割れた。

 

「貴様っ!」

 

 砕けると分かれば後はこちらのものだ。手足が動くなら無理矢理剥がせばいい。

 

「んぐぐぐ……ああああっ!!」

 

 マスクが外れると憑き物が取れたように体が軽くなった気がした。

 こちらの準備が整うと、カミナと視線が合った。

 

「行くぞぉぉぉぉぉっ、翼ぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 カミナが叫んだ瞬間、私は構えた。

 

「来いっ!!! カミナァァァァっ!!」

 

 踏み出したのはほぼ同時だった。

 そして数秒も経たずに互いの距離を詰める。

 

「はあああっ!」

 

「せいやぁぁぁっ!」

 

 そして、カミナの拳と私の刃が激突した。

 初めてだった。本気で誰かと戦いたいと思ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 弦十郎の後を追い、現場に辿り着いた了子は呆然としていた。

 

「弦十郎君、この状況について説明してくれる?」

 

「子供の喧嘩に大人が手を出すな、とのことだ」

 

 眉間に皺を寄せて、了子は困惑する。

 

「……ごめん、流石の私も理解が追い付かないんだけど」

 

 弦十郎を現場に吹っ飛ばした後、響と了子は二課の職員を連れて彼の後を追った。

 司令室の情報で翼の身に何かがあったのは分かっていたが、状況はかなりマズいものだった。

 だというのに、目の前で起こっている状況は何だと天才である了子の頭をもってしてでも理解できない光景だった。

 

「いつの間に翼ちゃんとカミナ君の喧嘩が始まってたの?」

 

 了子の目の前にはこれまで見たことが無い規模で翼とカミナが戦っている光景が映っていた。

 データのない翼のシンフォギアの変化にも驚かされるが、それ以上に強化された翼を前にして互角に渡り合っているカミナの急激な成長にも驚かされた。

 見た目はさほど変化がないのに技の一つ一つの威力がこれまでと一線を画すものだった。

 

(変わっていない? いえ、そんなはずは……)

 

 了子が疑念を抱いていても二人の戦いは続いていた。

 目にも止まらぬ速さで何度も斬りつける翼の攻撃をカミナは紙一重で躱し、受け流していく。

 連続の剣戟の中で僅かな隙を見逃さなかったカミナは渾身の一撃で翼を殴り掛かる。翼は両手でその攻撃を受け止め、脚部のブレードをスラスターにして上へと逃げつつ攻撃のダメージを減らした。

 カミナの攻撃を利用して空へと高く飛び上がり、翼はそのアドバンテージを惜しげもなく使っていく。

 

「これならどうか!!」

 

 無数の剣を展開し、『千ノ落涙』による文字通り剣の雨がカミナに襲い掛かる。

 

「嘗めんな、翼ぁぁぁぁっ!!」

 

それを彼は全身から小型ドリルをミサイルとして発射し全て撃ち落とす。

 

「ならば!!」

 

 攻撃が防がれた直後、巨大化させた剣を蹴る『天ノ逆鱗』にてカミナを押し潰そうとする。

 カミナは拳にドリルを形成し、剣の切先にドリルの先端を叩きつけた。ぶつかった衝撃が周囲を吹き飛ばし、彼等を中心に地面が抉れていく。

 

「おおおおおおおおっ!!!!!」

 

「はあああああああっ!!!!!」

 

 二人の雄叫びに共鳴するかのように互いに力を上げてぶつかっていく。

 

「ねぇ、これ大丈夫なの!?」

 

「分からん! 今は二人を信じて見守るしかあるまい!!」

 

「そんな悠長な!」

 

「いや、今は二人のやりたいようにさせてくれよ、了子さん」

 

 流石に止めに入った方が良いのではないかと思っていると響に支えられて歩いてきた奏が待ったをかけた。

 

「奏ちゃん、どうして……」

 

「こいつは翼にとって必要な喧嘩だからだよ」

 

「必要な喧嘩、ですか?」

 

 奏を担いでいる響が首を傾げる。

 

「翼の奴、カミナに対して色々思う所があったんだよ。でもあいつ、根は真面目で優しいから本音を言ったらどうなるか分からなくてずっと言えなかったんだ」

 

「でもだからってお互いを傷つけあうなんて。こうなるくらいなら話し合えば……」

 

 戦うより話し合えば良いのではないかと響は疑問を抱くが、奏は首を横に振った。

 

「それが一番理想的だろうけど、場合によっては言葉じゃ分かり合えない時もある。言葉ってのはやっぱり難しくてさ、心で伝えたいことが言葉で伝わり切らないことも少なくないんだ。特にあたしらは口下手でさ、ぶつかった時は揃って喧嘩するのさ。自分の思いを拳に乗せてな」

 

「それってグレン団の流儀かしら?」

 

 了子の問いに奏は頷いた。

 

「喧嘩するのは良くないってのは分かるけどよ、実際に殴り合ってる相手の拳で分かるんだよ。相手がどれだけ強い思いでぶつかろうとしてるのかがさ」

 

 少々野蛮なやり方かもしれないが、それで分かり合ってきた彼等を見て、了子は頭ごなしに否定できなかった。

 

「でも、やっぱり喧嘩は良くないですよ。怪我もするし、お互いに嫌な思いもするかもしれないのに……。翼さんもカミナさんも仲間なんですよ、こんなのって」

 

 響にとって暴力で物事を解決することはあまり好ましくないものだった。人と争うことは避けたいと思っており、二人の喧嘩も今すぐに止めるべきではないかと考えていた。

 悲しい顔をしている響に奏は彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「はわわわっ!?」

 

 唐突のことに混乱する響に奏は笑みを浮かべた。

 

「まぁ、確かにな。でも、何でもかんでも避ける必要はないんじゃねぇか? それに何事も要らないことなんて無いと思うぜ。要は加減だよ、加減。ほら良く言うだろ、毒薬変じて薬となるってさ」

 

「奏ちゃん、よくそんな言葉を知ってたわね」

 

 驚く了子に奏は自分がそんなにおバカに見えていたのかと少々傷ついた。

 

「それにさ……」

 

 奏は戦っている二人を見て微笑んだ。

 

「あの二人を見てみろよ。あれだけ全力でぶつかってるのにすっげぇ楽しそうに笑ってるぜ」

 

 奏の言葉を確かめるように二人はカミナと翼を注視する。

 これまではただ全力で戦っているようにしか見えなかっただが、彼女の言葉を意識してみれば、二人の視界に映る光景は違って見えるようになっていた。

 

「良い一撃だ! もっとだ! もっとぶつけてこい、翼っ!!」

 

「本当におかしな人ですね、あなたは。怪我をして後悔しても知りませんよっ!!」

 

「上等だっ!!」

 

 刀とドリルがぶつかり、鍔迫り合いになる。

 動きが止まったことで響と了子は二人の表情を正確に捉えることが出来た。

 

「本当に……笑ってる」

 

 響は二人の表情を見て目を丸くする。重傷を負ってもおかしくないほどの力でぶつかっているというのに二人は揃って笑っていたのだ。

 それはまるでゲームやスポーツで競い合う友達の様に裏表のない、清々しい笑顔だった。

 互いに怪我を負いながらも、血を流しながらもあれ程笑っていられるものなのかと響は目の前で起こっていることにただただ圧倒され続けた。

 響には彼等のやり方に理解できない部分もある。だが、不思議と嫌悪感は抱かなかった。二人の闘争を見て心が痛むことはなかった。それは響にとって初めての体験だった。

 

「アレがカミナさんのやり方なんですね……」

 

「まぁな。アレのお陰であたしも何度も救われた。自分をトコトン信じ抜いたあいつだからこそ出来る芸当なんだろうさ」

 

「……凄いですね、カミナさん。凄く―――――」

 

 騒音の所為で奏は響の最後の言葉を耳にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、永遠と続くような二人の闘争はついに終局へと向かっていた。

 どれほど戦っていたかは覚えていない。

 とても長かった気もするし、短かったのかもしれない。

 限界に達していたカミナは両手を膝につけ息を荒げ、翼は刀を杖代わりにして無理矢理体を立たせており、肩を上下させて呼吸するほどになっていた。

 

「本当に、はぁ……しぶといですね。はぁ……あなたは」

 

「嘗めんじゃ……ねぇよ。俺を……はぁはぁ……誰だと、思っていやがる」

 

 翼のシンフォギアは彼方此方が破損していた。一方、カミナは螺旋力が薄まり、生身の部分が見え隠れし始めていた。

 互いに疲労が溜まり立つのもやっとなのである。

 だが、二人はこの喧嘩をこのまま終わらせる気は毛頭なかった。

 

「私の全力……最後まで、はぁ……受けきれ、ますか?」

 

 翼の問いかけにカミナはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「当たり、前だ。寧ろ……テメェに、はぁ……出来んのか? ボロボロ、じゃねぇか」

 

「お互い、様です」

 

 疲れているはずなのに二人は笑顔を絶やさなかった。

 それほどまでにこの戦いが二人の心を滾らせたのだ。

 

「これで……最後です」

 

 翼は両足で立ち、ゆっくりと刀の切先を天へと向けた。

 雲の隙間から漏れた月光が彼女を照らし、神秘的な風景となっており、その中で彼女は歌った。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

 シンフォギアの最大の攻撃手段。それを起動する歌を彼女は口にする。

 周りから制止の声が聞こえるが彼女は歌うことを止めなかった。

 使用すれば装者には更なる負荷が襲い掛かるのに翼は自身の全てをぶつける為に躊躇わずに歌う。

 全てを掛けて全力でぶつかってくる彼女にカミナはその思いを無碍にしない為にも最後の気力を振り絞る。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 螺旋力が更なる輝きを増し、カミナは再び鎧の形状に変化した螺旋力を纏った。

 全身から無数の細長いドリルを展開し、再度収納して、ドリルを形成したエネルギーを右手に収束して巨大なドリルを形成する。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl」

 

 絶唱を歌い切った翼は刀を巨大化させて構える。

 すぐさま膨大なエネルギーが彼女の身を纏い、全エネルギーを刃へと収束させる。絶唱による全エネルギーを注がれた刃は眩い光を放っていた。

 

「ひっさぁぁぁぁつ……ギガァァァァドリルゥゥゥゥ……」

 

 カミナも超高速回転している巨大化したドリルを左手で支え、翼に狙いを定める。

 

「いざ、押して参る!!」

 

「ブレェェェェイクゥゥゥゥっ!!!!」

 

 同時に二人は飛び出した。

 互いの思いを纏った()(ドリル)をぶつける為に、二人は全速力で駆けた。

 そして、剣とドリルが衝突した瞬間、彼等を中心に強大な光が発生し、周囲を呑み込むのだった。




いかがでしたか?
かなり引き伸ばしましたが、これで原作四話前半は終了です。
原作三話後半からここまで来るのに七話って……。
でもやりたいことはやれたので悔いはないです!
という訳で今回はこれにて!


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先輩だからな

お、お久しぶりです。
最後に投稿してから半年以上空けてしまいました。
リアルがかなり忙しすぎまして……本当に申し訳ない。
ようやく落ち着いたので徐々にリハビリしながらチマチマと続けていこうと思います。


 カミナと翼の渾身の一撃によって、周囲を呑み込むほどの光と共に爆風が巻き起こった。

 周りにいた奏達は二人の最後の激突の末を見ることが出来なかった。その強烈な光に思わず瞼を閉じ、飛ばされないようにするのが精一杯であったからだ。

 だが、過去類を見ない力のぶつかり合いは一瞬にして決着を迎えた。

 二人を中心にした光は奏達が再び二人のいる方へ目を向けた時には消えており、爆風によって舞い上がった土煙が彼女達の目に映っていた。

 

「カミナ! 翼!」

 

 爆風が治まると奏はすぐさま二人がいた方へと走り出した。

 

「奏さん!」

 

「待つんだ、二人共!」

 

 響と弦十郎も彼女の後を直ぐに追いかける。

 だが、奏は土煙の中を突っ切ることはせず、その手前で突然足を止めた。土煙の中からこちらに向かってくる人影が見えたからだった。

 土煙の中から出てきたのは翼を抱えたカミナの姿だった。

 二人は満身創痍であり、二人揃って元の姿に戻っていた。

 翼はカミナよりも傷が酷く、体中が血だらけで意識不明の重体となっていた。カミナも翼と戦う前からあれ程の重傷があったにも拘らず、人一人抱えて歩いていることが不思議なほどだ。

 

「おっさん、翼を頼む」

 

 カミナの声に弦十郎は我に返り、丁度やってきた二課の医療班に翼の治療を指示した。

 

「カミナさん、大丈夫なんですか!?」

 

 響がカミナのもとに駆け寄り、おろおろとしているとカミナはゆっくりと手を上げて、彼女の頭を撫でた。

 

「はわわわっ!?」

 

 突然の事に響は驚いた声を上げる。

 

「よくやったぜ、嬢ちゃん。ちゃんとおっさん達に連絡してくれたんだな。お陰で助かったぜ」

 

 それは未熟な響が出来る限りの事をしたことへの賛辞だった。

 カミナに褒められたのだと理解した響は嬉しさと頭を撫でられた照れくささで頬が少しだけ赤く染まっていた。

 

「は、はい! これからも頑張っていきます!!」

 

「おう!」

 

 元気よく返事をするとカミナは満足げに笑った。

 

「おい、カミナ、お前も早く治療を……」

 

 カミナを医療班の元へと促そうと奏が言いかけると、カミナが手で制して遮った。

 

「出て来いよ、寄生虫野郎。どうせ無事なんだろ?」

 

 先程カミナと翼がぶつかった跡地へとカミナが声を掛けたことに、二人は怪訝な顔を浮かべた。

 

「ほう……気付いていたか。本当に恐ろしい成長スピードだな、貴様は」

 

「「「「っ!!」」」」

 

 全員がその声を聞いて戦慄した。

 声のした方に目を向けると、ここにいる誰もが目の前に現れた人物に目を丸くする。

 その人物は真っ黒な姿をしていた。人種として肌が黒いのではなく、立体となった影というほどに本当に真っ黒な人の姿をした何かが彼等の前に現れたのである。

 

「この短期間でここまで進化するとはやはり貴様の螺旋力が一番危険だ。必ず貴様を滅ぼす」

 

「けっ、いきなり現れたと思えば翼を使って好き勝手しやがって。俺のダチを傷つけた落とし前はきっちりつけさせてもらうぞ!」

 

「お前が翼を乗っ取っていた張本人か!」

 

 弦十郎が激昂し構えると、職員達も銃を向けた。

 

「何者だ、貴様!」

 

「アンチ=スパイラル。螺旋族を滅ぼす者だ」

 

 弦十郎の問いに平然と答え、臨戦態勢である彼等を見て、アンチ=スパイラルは首を横に振った。

 

「止めておけ。そちらが無駄に消耗するだけだぞ。先程の戦いで君達の攻撃が私に届かないことは分かっているはずだ」

 

 弦十郎だけでなく多くの職員が先程の戦闘を見ている為に、通常武器では太刀打ちできないことを理解している。だが、それでも仲間の為に構えを解く者は誰一人としていなかった。

 それを見たアンチ=スパイラルは呆れていた。

 

「その決断が貴様達の世界を滅ぼすことになるぞ」

 

「だとしても俺達は仲間を、ましてや子供を見捨てるようなことは決してしない!」

 

 アンチ=スパイラルと二課との衝突は直ぐにでも始まりそうな空気であった。

 その直後、アンチ=スパイラルは彼等に背を向けた。

 

「……今回は引くとしよう。だが、必ずその男は始末する。これは確定事項だ。貴様らが私の邪魔するというのなら次は容赦などせん」

 

「はっ、やってみやがれ、真っ黒野郎!」

 

 カミナが啖呵を切ると、アンチ=スパイラルはカミナを睨みつけ、その場から文字通り消え去った。

 付近を見渡しても、アンチ=スパイラルの影も形も残っていなかった。

 異端技術とも異なる力を備えたノイズとは異なる謎の飛行物体を保有し、翼を操り、あまつさえシンフォギアさえも瞬時に使いこなして見せた脅威に多くの者が息を呑んだ。

 アンチ=スパイラルの存在に圧倒されているが、紛失した完全聖遺物であるネフシュタンの鎧を纏い、ノイズを操っていた少女もこれまでとは比べ物にならないほどの脅威である。

 これまで戦ってきた敵とは大きく異なる存在が今回で二勢力現れたことに一抹の不安を覚える者も少なくなかった。

 だが、そんな相手を前にしても弦十郎は二課のトップとして、そして大人としての意地を見せた。警戒態勢を保ちつつ、事後処理に取り掛かるよう彼は職員に指示する。

 彼の言葉に多くの職員が平静を取り戻し、自身の役割を全うするために動き始めた。

 

「皆さんは直ぐに病院で治療を受けてください。僕がお送りします」

 

アンチ=スパイラルが現れる前に翼は病院に運ばれており、カミナ達もその後を追うように現場に駆け付けていた緒川に促された。

 

「ああ、分かった」

 

「分かりました。カミナさんも……」

 

 奏と響が彼の車に向かおうとした直後、二人の背後で誰かが倒れる音が聞こえた。

 その音を耳にした二人は揃って自分の呼吸が止まるほどに動揺した。

 まだ何も見ていないというのに嫌な予感がした。

 特に奏は先程まで棚上げにしていた疑問がこの瞬間に浮上した。浮上してしまったのだ。

 それはカミナが見せた急速な回復である。

 ついさっきまでアンチ=スパイラルに操られていた翼に刺されていたのに、その傷が瞬く間に治り、あれ程の戦闘を行っていた。普通ならそんなことはありえないことであるはずなのに、あの時は冷静に判断することが出来ず、螺旋力によって急速的に回復したのだと無意識に納得していた。

 だが、それは間違いなのだと奏は気付いた。そもそも彼は一人で完全聖遺物と戦い、続けざまに未確認飛行物体と戦った上で重傷を負っている。あれだけ消耗した体で、急速に回復する為に回す螺旋力が残っているはずがないのだ。

 確かに螺旋力はカミナの感情に呼応していることは判明している。それによって本来なら絶望的な状況を何度も打破してきた。

 しかし、急速に重傷を治したことは今まで一度も見たことが無かった。怪我の回復は早い方だが、それでもアニメやゲームの様に一瞬にして回復はしたことが無い。あくまでも重傷を負っても気合で立ち上がってきただけなのだ。

 そんな彼がこの時だけ急速に回復した。それは彼が進歩したのではなく、それほどまでに彼の体が危険な状態だったからではないかという疑念が奏の頭をよぎった。

 

(まさかっ!)

 

 即座に背後に目を向ける二人は追い打ちを掛けるように絶望を目の当たりにした。

 そこには先程まで軽傷であったはずのカミナが大量に血を流して倒れていた。

 体中に深い傷跡があり、彼を中心に大量の血が流れ続けていく光景に響が奇声を発した。

 

「カミナさんっ!! カミナさんっ!!!」

 

「緒川さん、医療班を早く!!」

 

「はい、直ぐに!」

 

 死に体の状態になったカミナは大急ぎで病院に運ばれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 カミナと翼が病院に運ばれ、緊急治療をしている中、響は一人病院の廊下の椅子の上で蹲っていた。

 彼女の心は絶望と悲しみに染まり切っていた。

 シンフォギアの力を使いこなせず、戦いで足手纏いになってばかりで、少しでも役に立ちたくて躍起になっていた。それでも三人の背中は遠く、何時も迷惑を掛けてばかりだった。

 ノイズではない未確認飛行物体と相対した時も自分では役に立たないという現実を叩きつけられた。

 それでもカミナは響を元気づけてくれた。自分に出来ることをして前に進めと言われ、今の自分に出来ることをやろうと決意した。それを達成し、褒められた時は嬉しかった。これから少しずつ頑張っていこう。そうすれば彼の言う通り、三人に辿り着ける。

 そう……思っていた。

 なのに、本当は自分が何も出来ていなかったのだと気付かされた。

 翼が仲間を手に掛けた時も、カミナが重傷を負った時も、弦十郎が戦っている時も、自分は何もせずにただ蚊帳の外にいただけだった。

 

「私、は……何も……」

 

 人助けをしたいと思って始めたのに、身近にいる人さえも救えない自分の弱さに響は大粒の涙を流して己の弱さを呪った。

 そんなことをしていると誰かが隣に座ってきた。

 

「どうした、響?」

 

「奏……さん」

 

 顔を上げるとそこには治療を終えた奏が座っていた。

 

「はい、これ。適当に選んだけど、ジュースで大丈夫か?」

 

 そこの自動販売機で買ってきたと見られる缶ジュースを奏は響に手渡した。

 

「あ、ありがとうございます。あの……怪我は大丈夫、なんですか」

 

「ああ、アイツ等ほど怪我をしてねぇし、精々擦り傷くらいだ」

 

「そう、ですか。怪我が少なくて良かったです」

 

「何言ってんだ、あたしより響の方が大丈夫じゃないだろ?」

 

 奏の言葉に響は目を見開いた。

 

「そ、そんなこと」

 

 涙目で視線が泳いでいる響を見て奏は首を横に振った。

 

「イヤイヤイヤ、そんな泣き顔浮かべて大丈夫って言われても説得力ゼロだぜ? 今回の事で思うことがあるなら全部吐き出しちまえ。いつまでも抱えてるよりずっと良い」

 

「奏さん……でも」

 

 響は中々言い出せなかった。自分の悩みを打ち明けても良いのか分からなかった。

 そんな響の気持ちを察したのか奏は優しく彼女の頭を撫でた。

 

「気にする必要はないぞ。なにせ、あたしは先輩だからな。後輩の面倒を見るのも先輩の務めってもんさ。それが仲間なら猶更だ」

 

 こんな自分でも仲間だと言ってくれる奏の言葉に響は更に大粒の涙を流した。

 

「……はい。ありがとう……ございます」

 

 それから響は自分の気持ちが落ち着かせて、ゆっくりと口を開いた。

 

「シンフォギアを使えるようになって私も奏さん達みたいに誰かを守れると思ってたんです。でもいつまで経っても皆さんの足を引っ張ってばかりで、肝心な時に私は何も出来ませんでした。翼さんとカミナさんが傷ついてるのに私はそこにいることしか出来ませんでした」

 

 それは響のせいじゃないと奏は口にしたかったが、奏は響の思いをまずは全部受け止めることにした。

 

「もっとこの力を使いこなせてたら何か変わったんじゃないかって。私の手の届く人だけでも救えたんじゃないかって。私が至らないから周りが傷つくんじゃないかって頭から離れないんです」

 

 両手を眺めている響の声が徐々に震え始め、彼女は再び涙を流し、涙の雫は彼女の掌に落ちた。

 

「私にも守りたいものがあるのに、こんな力を持ってるのに何も出来ないなら、私は一体何のためにここにいるのか分からなくなって……」

 

 声が小さくなり、響は俯いて再び肩を震わせて泣き出した。

 

「響は凄いよ。そんな強大な力を手に入れたのに誰かを救いたいって思えるなんてさ」

 

「え……?」

 

 顔を上げて響は奏の顔を見つめた。

 響と目が合うと奏は優しく微笑えんだ。

 

「あたしはさ、本当は誰かを助ける為に装者になった訳じゃないんだ」

 

 その言葉に響は目を丸くした。かつて生きることを諦めるなと響を励ました彼女が、装者になった理由が自分と全く違ったことに驚きを隠せなかった。

 

「昔、あたしの家族はノイズに殺されて、一人だけ生き残ったあたしはノイズに復讐することしか頭になかった。ノイズを根絶やしにしたい、その為なら全てを捨てる気でいた。友達も思い出も、自分の命も捨てるつもりでいたんだ」

 

 当時の事を思い出しながら、奏は過去の自分を語り始めた。今にして思えば、未熟な自分を口にするのは恥ずかしいことだが、この子の為にもこの話はするべきだと決意したのである。

 

「当時のあたしは復讐の鬼だった。あたしみたいにリンカーを使わずにシンフォギアを纏える翼が気に入らなくて何度もぶつかるほど気が立ってた」

 

 有り得ないと言いたげな顔をしている響に奏はニシシと笑った。

 

「今のあたしらを見てるとそうは見えないだろ?」

 

「は、はい」

 

 素直に頷く響に奏はうんうんと頷いた。

 

「とまぁ、シンフォギアを纏えるようになった後も翼と何度もぶつかって今に至るわけなんだが、それでもあたしの復讐心は変わらなかった。ノイズと滅ぼす為に何度でも歌ってやるって思った」

 

 今にして思えば、当時の自分は相当壊れていたのだ。目的の為なら手段を選ばないほどに周りが見えていなかった。

 

「でもノイズから人を助けた時に、あたしの歌に勇気づけられたって言われたんだ。その時初めてあたしの歌はノイズを滅ぼす為だけのものじゃないんだって気付かされたんだ」

 

「もしかして、それが……」

 

「そう、ツヴァイウィング結成の切欠になった出来事さ」

 

 首に下げているシンフォギアのペンダントを手にして懐かしそうに奏は語った。

 

「響はあたしからしたら凄いことをしてるんだよ。こんな力を得て、誰かの為にその力を振るいたいって思えるのは簡単な事じゃない」

 

「そんなこと……」

 

 ないと言いかけるが、奏は首を横に振った。

 

「人ってさ、心に余裕が無くなると自分の事しか見られなくなるんじゃないかって思うんだ。あの時のあたしも周りが全く見えてなかった。自分の力が誰かを助けるなんて思いもしなかった。それに気付くのに何年も掛かっちまった」

 

 本当に自分は周りをよく見てなかったのだと、自分で口にして改めて感じた。

 弦十郎やカミナの父親が心配してくれていたこと。切り捨てたと思っていた嘗ての仲間が再会するまでずっと自分の事を思ってくれたこと。自分の力が誰かを救えていたと言うこと。

本当に何も見えていなかった自分が今になって恥ずかしくなった。

 

「だとしたら、私が誰かを救いたいと思ったのはやっぱり奏さんのお陰です。いえ、奏さんだけじゃありません。あの場所にいたカミナさんも翼さんもメガネさんも私を、皆を助けようと一生懸命になってくれたから今の私がいるんです」

 

 胸の傷に手を当てて響は嘗ての事を思い出した。

 ノイズに晒され、初めて命の危機に直面した。あの時に傷を負った時は自分は死ぬと思っていた。それを繋ぎ止めてくれたのが奏達だった。そして、響は彼等によって一命をとりとめ、今もここで生きているのである。

 誰かを救うために力を振るっていた皆の姿を見て、自分もそうなりたいと強く思い、人助けをしてきたのである。

 

「そっか。そう言われると嬉しいけどちょっと恥ずかしいな」

 

 頬を掻いて奏は微笑んだ。

 

「響、誰かの為に動けるってことは確かに凄いことだ。でもそれだけが絶対に正しいってわけでもない。誰かを守りたいなら自分の事もちゃんと守れなきゃダメだ。今回のことでそれは分かっただろ?」

 

「……はい」

 

 俯きながらも頷く響を見て、奏は立ち上がった。それにつられて響は奏を目で追った。

 

「あたしが出来るのはここまでだ。最後にどうするべきかは自分で決めるしかない。このまま装者を続けて戦いに身を置くか、それとも装者を辞めるか。響が決めたことならあたしは全力で支えてやる。続けるならきっちり鍛えて響がやりたいことを出来るようにしてやる。辞めるならあたしらで響を全力で守ってやる」

 

 奏の言う通りだと響は思った。これは誰かに決めてもらっていい話じゃない。自分がどうしたいのか、己自身で決めるべきことなのだ。

 確かに装者にならなくても人助けは出来る。だけど、誰もが抗えないノイズと戦える数少ない手段が自分の手の中になるのも事実だ。

 ならこの力を使えるように自分自身が変わらなければならないのだろうか。誰かを傷つけることを良しと考えるべきなのだろうか。それが最初からできていたら、先程の戦いでも少しはまともに戦えていたのだろうか。そんなことを考えてしまう。

 

(でも私は誰かと戦いたいわけじゃない。誰かを救うためにこの力を振るいたいのに、今の私じゃ、やりたいことも出来ない)

 

 カミナ達の様に人と戦う事を躊躇わないのかと言われれば、正直気乗りはしない。ならどうすればいいのだろうかと響は葛藤する。

 

「直ぐに決める必要はない。じっくり考えた上であたしは響に悔いのないを決断して欲しい」

 

 難しい顔を浮かべる響の頭を優しく撫でて奏はそう言った。

 

「……はい、分かりました」

 

 それから少しだけ顔色が良くなった響は二課の職員の車で寮まで送ってもらうためにこの場を後にした。

 響が去り、一人になった奏は温くなった缶ジュースを一気に飲み干した。

 

「難しいなぁ。後輩の悩みを聞くなんて」

 

「良く出来ていたと思いますよ、奏さん」

 

 そんな愚痴を口にしていると、メガネを掛けた緒川が奏の前に現れた。

 

「緒川さんにそう言ってもらえるとちょっと自信が出るよ。あーあ、カミナの凄さが今になって良く分かるわ」

 

「一見滅茶苦茶な事を言っているようで、実は確信を突いていますからね。アレは一種の才能でしょう」

 

「ガキの頃から大物になりそうな雰囲気あったからなぁ。本当にすごいよ、カミナは」

 

 今更ながらカミナという男が自分達にとってかけがえのない存在なのだと実感する。

 

(でも、このままカミナに頼りっきりじゃいられないんだろうな)

 

 自分が思っていた以上に彼への依存があったことに気付いた奏はこのままではいけないと今回の件で理解した。

 嘗てないほどの強敵が現れ、これまでとは違い誰かが傷つくこともある。その時に柱になる人物が一人だけではチームとしてやっていけない。こういう時の為にも自分も先達として後進をしっかり導けるようにならなければならないのだと奏は己の未熟さと向き合った。

 

「このままじゃいられないな。響だけじゃなく、あたしも……」

 

「奏さん?」

 

 ぽつりとつぶやいた奏に緒川は首を傾げた。

 

「なぁ、緒川さん。翼が復帰できるまでアーティスト活動は控えちゃダメかな?」

 

「不可能ではありませんが……」

 

 翼は重傷であるが、奏は彼女なら必ずこの苦境を乗り越えられると信じている。だが、彼女が復帰できるまで何もしないという選択は奏にはなかった。

 今回の件で、今の自分では完全聖遺物にもアンチ=スパイラルにも太刀打ちできないと奏は悟った。カミナや翼がおらず戦力が半減したこの苦境を乗り越えられるようにならなければならないと奏はある決意をする。

 そんな奏の強い覚悟を宿した目を見て緒川は彼女のやりたいようにさせるべきだと、今後のスケジュールを後で見直すことにした。

 

「さて、忙しい旦那には悪いが、ちょいとあたしに付き合ってもらおうかね」

 

 拳で掌を叩きつけ、奏はニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、響は親友の言葉により自分のあるべき姿を見出し、装者を続けることを決意した。

 そんな自分の決意を奏に伝え、二人はその日から日本最強の漢に修行を付けてもらう日々を送り始めるのだった。

 




如何でしたか?
半年ぶりに書いたので後日修正するかもしれません。
今回は奏が装者の先輩としてどう振る舞うのかに観点を置いてみました。
XDの並行世界の奏には後輩はいませんが、他のキャラ達とのやり取りを参考にしています。
生存した奏は徐々に大人へと進んでいく年齢ですので、OTONAほどではないですが、後輩や仲間を率いるANEGOにはなるだろうと思っています。
では今回はこれにて!


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心堅石穿こそ俺の道

お久しぶりです。
前話よりずっと短い期間(それでも一か月以上経っとるやん!)で更新です。


「ん……」

 

 目を覚ますとそこは二年前に見た天井だった。

 

「あー、良く寝た」

 

 体を起こしたカミナは患者衣を着ていることから自分は病院のベッドで寝ているのだと理解した。自分の置かれた状況を把握できていたのは、ここに来るだけの理由を彼は覚えていたからだ。

 

「それにしてもあんだけ血を流して生きてるのも不思議だわな」

 

「一番の重傷だったそうですよ。だというのに、傷の回復は恐ろしく早かったそうです。まぁ、目を覚ますのにずいぶんと時間が掛かりましたが」

 

「うおっ!?」

 

 唐突に声が聞こえたことにカミナはびっくりしてベッドから落ちた。

 

「あだっ!」

 

「何をしているんですか、君は」

 

「イテテ……。いたのかメガネ。ったく、脅かしやがって」

 

 ベッドを伝って立ち上がったカミナの視線の先には花瓶の花を取り換えているメガネがいた。

 

「落ちたのはカミナ君ですよ。それ以上怪我を増やさないでくださいね」

 

「うっせぇ。それより起きたら男がいるとか最悪だな。美人でボインな姉ちゃんが良かったぜ」

 

「酷い言われようですね。折角毎日皆と交代で君の様子を見に来ているというのに」

 

「そうなのか?」

 

「今日は僕とあっちゃんと鉄平ですね。彼は親戚の店の手伝いに外に出てます。あっちゃんもその付き添いで向こうに行っていますね」

 

「ふーん……待て、それより他の奴はどうした!?」

 

 メガネがいたことで忘れていたが、記憶がはっきりとしているカミナはもう一人重傷者がいたことを思い出した。

 

「その様子ですとここに運ばれた理由を覚えているようですね」

 

「んなことはどうでもいいんだよ! あいつは、翼はどうした!!」

 

 自分の容体が酷いというのに仲間の心配をするカミナを見て、メガネは彼らしいと思い、口元を綻ばせた。

 

「彼女は無事ですよ。もう目が覚めて今もリハビリ中です。奏も立花さんも軽傷で済んでずっと前からいつも通りの生活を送っています」

 

「……そうか。そいつは良かった」

 

 焦っていたカミナは安堵の顔を浮かべた。

 

「リハビリに励んではいますが、今回のライブはダメみたいです。皆残念がってましたよ。特にあっちゃんは翼さんが入院したと聞いたらとても大変だったそうで」

 

 あっちゃんは翼のことを妹みたいに可愛がっている。それ故に彼女が入院するのを知った時には授業を抜け出してでも病院に駆け付けようとした。鉄平や同級生が全員で止めにかかるほど彼女は本気であり、物凄い剣幕だったそうだ。

 因みに会う度にあっちゃんに抱き着かれて頭をなでなでされるのがグレン団にとって見慣れた光景となっていた。あまりにもスキンシップが強いあっちゃんに翼は若干苦手意識を持っているのだが、彼女が悪気が無いことと翼の真面目さが相まって突き放せないのが現状である。

 

「ははは、アイツらしいな」

 

 それからメガネはカミナが目を覚ましたことを二課やグレン団に連絡を入れた。

 弦十郎達は面会時間を過ぎた後にやってくるそうで、それまでは友人達と談笑していることを勧められた。

 

「俺はどんだけ寝てたんだ?」

 

「二週間近くですね」

 

 予想以上に長い間眠っていたことにカミナは驚いた。あの出来事からもうそんなに経っていたとは思わなかった。

 

「君が眠っている間に色々ありましたよ。立花さんが弦十郎さんに弟子入りしたり、大掛かりな任務を行ったり、本当に色々です」

 

 響が弦十郎に弟子入りした理由についてメガネは聞いていたが、その理由は自分の口から言うべきではないと思い詳しいことは言わなかった。

 

「二課の方から詮索は避けるようにと言われましたが、君が重傷を負うほどの敵が現れたと考えていいですか? それもノイズではない何か」

 

「……相変らず頭が良く回るぜ。流石グレン団の参謀」

 

「カミナ達がノイズで怪我をするとは思いませんよ。彼女達を除けばグレン団で唯一現場を見ている人間ですからね」

 

 メガネは二回も彼等が戦っている姿をその目で見ている。それ故に彼等がノイズに苦戦しても大怪我をすると言う事はまずないと断言出来た。如何に体調が悪くともシンフォギアや螺旋力を纏えば傷つけられることはまずない為に、メガネはカミナの怪我はノイズではないと確信したのである。

 

「まぁな。でもあの下乳女は良い胸だったぜ。小柄であのデカさは反則だろ。直接触っちゃいねぇが、アレは奏並みにデカい」

 

「ぶぅっ!? い、一体何の話ですか!」

 

 唐突に女性の胸の話をしだすカミナにメガネは思わず吹いて目を丸くする。

 

「え? だから敵の下乳女の話」

 

「下乳女って何ですか! というかどうして胸のサイズの話になるんですか!」

 

「だってそいつが下乳丸出しだったからな。それにあいつめっちゃデカいんだぞ! あのデカさで下乳丸出しとか、男なら本能的にそっちの方に目が行くだろうが!」

 

 カミナが両手で胸のあたりに大きい山二つを何度も描き、彼女がどれだけ大きいサイズだったのかを理解させられた。この時、カミナの言葉に不自然な点があったのだが、混乱していたメガネはそれに気付くことは出来なかった。

 

「まさか、その姿に見惚れて怪我を負ったんですかっ!?」

 

「んな訳ねぇだろ。怪我をしたのは別件だ」

 

「……ですよね。まさか胸に気を取られてやられたとしたら流石に笑えませんよ」

 

 ここに女性陣が一人もいなくて良かったとメガネはホッとした。

 だが、残念なことにメガネの体質的にタイミングが悪い時に限って一番来てほしくない人が現れるのである。

 

「お二人共、声が外に漏れてますよ。それといくら関連施設と言ってもおいそれと機密情報を口にしないでください」

 

 ノックをして扉を開けてやってきたのは翼だった。

 まさかのタイミングで現れた翼にメガネがビクッと体を強張らせた。一方でカミナは平然と笑顔を浮かべていた。

 

「よう、翼、元気そうだな」

 

「万全とは言えませんが。それにしても私より重傷だったカミナの方が元気そうで羨ましい限りです。私なんてようやくまともに歩けるようになりましたから」

 

「ハハハ! 元気と体の丈夫さが俺の取り柄だからな!」

 

 力瘤を見せつけるカミナに翼は呆れた。

 

「それにしても……男の人はどうしてそう胸の話を嬉々としてするんですか」

 

 やや侮蔑するような目を向ける翼にメガネは戦慄するが、カミナはケラケラと笑った。

 

「いやぁ、だってあの服装を見ればなぁ。絶対誰でも意識しちまうぞ。メガネだってそうだ」

 

「ちょっ、僕に振って欲しくないんですが!」

 

「そうなんですか?」

 

 こちらに視線を向け、首をかしげ、純真無垢な瞳で見つめる翼にメガネは全力で首を振った。

 

「た、確かにスタイルというのは女性の魅力を表す項目の一つだと思いますが、別にすべての男がスタイルの良い女性を好むという訳ではないかと。笑顔が素敵な方とか、優しい性格で心に余裕がある方とか、奏の様に自信を持った方とか、魅力的な女性というのは千差万別です。僕の知り合いにも確かにスタイルの良い女性はいますが、ストーカー気質のかなりヤバい性格です。僕も彼女に何度も刺されかけましたし、その光景が時折夢に出てくることもあります。正直、僕としては見た目よりも中身を重視していますね」

 

 必死に熱弁したことでズレた眼鏡を元に戻すメガネの姿を見て翼はクスリと笑みを浮かべた。

 

「そんなに慌てなくても、メガネさんがそんな風に女性を見ていないことぐらい分かりますよ」

 

(……おや?)

 

 そんな翼の様子にメガネは疑問符を浮かべる。翼がカミナを呼び捨てにしたのと、彼女の雰囲気が少しだけ丸くなった気がしたからだ。どうやら自分があずかり知らぬところで二人の間に変化が起きたようであるが、詳しいことは聞かないことにした。

 

「それにしてもカミナは少し口が軽すぎます。またメガネさんの警護対象レベルが上がりますよ」

 

 この数年でメガネはシンフォギア装者とカミナの次に重要な人物として二課の職員が護衛についているのである。学生の身のでありながら、櫻井理論を二課の職員以上に把握するだけでなく、その特性から響がアームドギアを展開できない仮説を立て、現在、大学の合間を使って響の特訓の補佐をしているのだ。

 その上、カミナが時折サラッと重要機密を彼に言ってしまう為、弦十郎達はたびたび彼の護衛対象レベルを上げ続け、今ではただの一般人から要保護対象にレベルアップしていた。

 

「しまった。さっきの話は僕の想像ってことで黙っててくれませんか?」

 

「私だけでは判断できませんので頑張って交渉してください」

 

 翼の言葉にメガネはガックリと項垂れた。

 

「あー、僕の平穏な日常が再び遠のいていく……」

 

「カミナといる時点で平穏な日常があるとは思えませんが」

 

「それは……ええ、そうですね」

 

 翼の言う通り、カミナと関わっている時点で真っ当な日常生活が遅れていないことを思い出したメガネは真顔で何度もうなずいた。

 

「おい、テメェら、そいつはどういう意味だ!」

 

「君といると退屈しないってことですよ」

 

「悪い意味でも良い意味でもですが」

 

「まったくですね。これでは何時まで経っても平穏な日常に戻れませんよ」

 

 そんなことを言うメガネだが、実は弦十郎達はまだ伝えていないことがあった。

それは彼が医師免許を取得した際には二課の関連施設である病院にて研修医になってもらい、そのまま将来は二課に引っこ抜くと言う事である。

 これは弦十郎達がメガネの才能を測り切れなかったことが起因している。始めは彼を頭脳明晰である一般的な天才少年だと思っていた。しかし、その才能は了子が認めるほど常軌を逸していたのである。いつの間にかシンフォギアについてかなり把握しており、装者よりもシンフォギアの専門家になっていた。それ故にこの決定は弦十郎達にとってもかなり苦渋の決断だった。

 なお彼がそれを知るのはもうしばらく後の事だ。

 

「では、僕はあっちゃん達を迎えに行ってきますので」

 

 メガネが部屋を出て行った後、カミナと翼は二人っきりになった。

 あっちゃんはカミナの部屋を知っている為、迎えに行く必要はないのだが、メガネが意図的に外に出たのだと翼は察し、あっちゃん達が来るまでに要件を済ませることにした。

 軽く深呼吸をして翼は深々と頭を下げた。

 

「あの時はすみませんでした。私の所為であなたに大怪我を負わせて」

 

「気にすんなよ。全部お前が悪い訳じゃねぇだろ。あの寄生虫野郎がそもそもお前を操ってたんだからよ」

 

「……寄生虫野郎ではなく、『アンチ=スパイラル』ですよ」

 

「えっ、あんかけスパゲッティ? 美味しそうな名前だな」

 

「アンチ=スパイラルです!」

 

 どんな耳をしたらそんな名前と聞き間違えるのか。ボケるカミナに翼は呆れた顔を浮かべた。

 

「ふーん。まぁいいや。それにそのことはもうあの喧嘩でケリは付けただろ。蒸し返しても誰も得しねぇよ」

 

「ですが……」

 

 カミナが今日まで寝込むほどの怪我を負わせたのは自分であるのは間違いない。その罪悪感に翼は蝕まれているのだ。

 

「仲間が道を間違えたら殴ってでも止めてやる。俺はグレン団として当然の事をしただけだ。だからこれ以上は……」

 

「当たり前の事をしたと思うのなら、なおのこと信賞必罰は重視すべきです」

 

 言葉を遮る翼に今度はカミナが呆れた。

 

「真面目、いや頑固だなぁ、お前は」

 

 これ以上何を言っても彼女は考えを改めることはないと察したカミナは面倒と思いながらも罰として何をやらせるか考えることにした。

 

「あー、直ぐに思いつかねぇから、数日以内には考えておく。それでチャラにしろ。これはグレン団団長としての命令だ」

 

「……分かりました」

 

 カミナがそう言うと翼は渋々了承することにした。

 これで話は終わりかと思ったが、まだ続きがあるようである。

 

「それと先程、あの子……立花響と話をしてきました」

 

 再度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた翼はカミナにそう言った。

 

「……おう」

 

「正直、私は彼女を認めたくありませんでした。奏と同じ力を持つことを心の底で私は嫌悪していました。あの力は……ガングニールは奏が血を吐いて何度も傷ついて手に入れた。それをついこの間までただの一般人だった彼女がアームドギアさえ展開できず、戦う理由も希薄であるのに平然と使っていることが……許せなかった」

 

 拳を握りしめ翼はこれまで我慢していた自分の気持ちをカミナに暴露した。

 翼の言葉をカミナは彼女の目を見て黙って聞いていた。

 

「でも、それは間違いなのだとあなたと戦って気付かされました。今日(こんにち)まで抱いていた感情は、私が立花響という少女を理解していないのに、私の物差しで彼女を測っていたが故に抱いた愚かな感情であったのだと……」

 

 翼は自分自身を責めるような声色でそう言った。

 

「それで、お前はちゃんと話せたか?」

 

「はい」

 

 ここに来る前に翼は響に色々と自身の痴態を見られてしまった後、彼女に戦う理由を聞いた。

 その理由は『人助けが趣味だから』というシンプルなものだった。響は自分には誰かより秀でた能力はないと思い、その上で自分ができることで誰かの役に立てればいいと言った。

 誤魔化すように笑う響を見て、それはまだ彼女の本心ではないと翼は思った。少し前ならば彼女の態度に腹を立てただろうが、不思議とそのような感情は湧いてこなかった。

 それから響の人助けをしたい理由を翼はちゃんと最後まで聞いた。

 切欠は多くの少年少女達の人生を変えたあの事件、二年前のライブがあったあの日が始まりだった。多くの人が命を落とした中で響は奇跡的に生き残り、今日まで生きている。だから明日も生きるために誰かの役に立ちたいのだと彼女は言った。

 翼は立花響という少女に触れ、その時の彼女の顔を見てあの事件に彼女の身にも何かがあったのだろうと翼は理解した。その上で、戦う理由を聞き、ようやく自身の胸に抱いていた感情を整理することができた。

 それでも彼女はまだ危うい所がある。先日の任務で力を暴走させて甚大なる被害を出していたことは既に知っていた。力を制御できていないということは戦士になれていないという証拠であると翼は考えている。その覚悟さえあれば、彼女は力に振り回されることはなくなるだろう。

 だが、戦士になると言う事は人の道から離れる事を意味する。その覚悟を響が持っているかが問題だった。

 

「誰かの日常を守りたいと思う彼女には確かに戦士になる覚悟がありました。後は胸に抱いたモノを強く思うことで彼女は成長出来るはずです。私達と共に戦う仲間として」

 

 その言葉を聞き、カミナは笑みを浮かべた。ようやく翼が響を仲間として接することができるのだから。

 

「そうかよ。ったく、テメェは前から一人で何でも抱え込み過ぎてんだよ。ちったぁ俺を信用しやがれ」

 

「人生相談をしても気合でどうにかしろとしか言わない気がしますが……」

 

「あ? そんなわけねぇだろうが! 俺を誰だと思っていやがる!! 不屈の……」

 

「不屈の魂その身に宿し、無敵の拳が全てを砕く、七難八苦もなんのその、心堅石穿(しんけんせきせん)こそ俺の道、曲者沿いのグレン団団長、神野神名様たぁ、俺の事だ」

 

 翼がカミナのモノマネをしたことに彼は目を丸くした。

 かつての彼女ならそんなことを口にすることはなかった。カミナの口上に辟易していた彼女がその真似をしたのは驚くべき変化とも言えた。

 しかし、カミナの驚きはすぐに終わり、眉間に皺をよせて首を傾げていた。

 

「……しんけん、せき、何だって?」

 

「……そこからですか」

 

 残念ながら翼がカミナという男を理解するのは、まだしばらく掛かりそうであることだけは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 学校の授業が終わり、用事を済ませた小日向未来は一人でふらわーに足を運んでいた。

 一見すれば普通に歩いているように見えるが、何処か寂しそうな顔を浮かべていた。

 

「……響」

 

 ここ数か月、親友である響の様子がおかしくなっていたのは気付いていた。しかし、その理由を聞けず、何度も嫌なことがあった。

 それでも今日までは割り切ることができていた。

 しかしつい先程、自分が知らないうちに翼と親しくしている光景を目撃してしまってから、嫌な事ばかり考えてしまっていた。

 暗い面持ちのまま、いつもの扉を開ける。

 

「へいらっしゃい! カウンター席にどうぞ!」

 

 そこにはいつものおばちゃんの姿はなく、若い男の人がお好み焼きを何枚も焼いていた。

 

「あ……、はい」

 

 見知らぬ従業員に戸惑いつつも、未来はカウンターの席に座った。

 すると店の奥から、また見知らぬ女性が出てきた。

 

「鉄平、早く焼かないと面会時間終わっちゃうよ」

 

「分かってるって、後二枚で終了だ。ったく、メガネの野郎、カミナが起きたと思えば、腹が減ったからお好み焼き十枚持ってこいなんて無茶な注文するなっての。ってか病み上がりが食えるのかよ!」

 

「カミナ君にそんな常識は通じないと思うよ」

 

「それもそうだな!! そうだ、あっちゃん、悪いけどお客さんにお冷!」

 

「はーい」

 

 そう言うとあっちゃんと呼ばれた女性が未来にお冷とおしぼりを持ってきた。

 

「あの……お店のおばちゃんは?」

 

 状況が良く分からない為、思わず未来は彼女に尋ねた。

 すると未来が常連さんだと悟ったあっちゃんは状況を説明することにした。

 

「おばさんは奥で仕込み中よ。私達、というよりそこの彼は時々ここのお手伝いしているの。おばさんの甥っ子さんなのよ」

 

「な、なるほど……」

 

 親戚だというのなら納得である。

 ぎこちなく頷く未来を見て、あっちゃんはうんうんと頷いた。

 

「そうだよねぇ。普段は優しいおばさんがいるのに、突然人相の悪い男の人が店にいたら驚くよね」

 

「おい、誰が人相が悪いって? そういうあっちゃんだって常連から見れば部外者じゃねぇか」

 

「あたしは女性だからまだ良いのよ」

 

「納得いかねぇんだが!?」

 

 鉄平は不服な顔をこちらに向けつつ、調理中のお好み焼き二枚をよそ見したまま綺麗にひっくり返す器用な技を見せた。

 その光景は沈んだ気持である未来でも思わず拍手を送りたいほど鮮やかな動きだった。

 

「眉間に皺をよせてばっかりいるからそう見えちゃうわよ、鉄平ちゃん」

 

 すると店の奥から話を聞いていたのか、未来のよく知ったおばちゃんが顔を出してきた。

 

「おや、いつも人の三倍は食べるあの子は一緒じゃないの?」

 

「今日は私一人です」

 

 それを聞いたおばちゃんは未来に元気がないことを察した。

 

「よし準備できた。おばちゃん、ちょっと出掛けてくるな」

 

「ええ、早く彼に届けて上げなさい」

 

 鉄平は焼き上がったお好み焼きを容器に入れると、そそくさとあっちゃんを引き連れて店を後にした。

 

「騒がしくてごめんね。あの子らが来ると店の雰囲気も良い意味でガラッと変わっちゃうのよ」

 

 確かに普段よりも店内の様子が活気にあふれていたのは間違いなく先程の青年がいたからだろう。

 

「親戚の方はよくお手伝いに来るんですか?」

 

「月に数回ね。料理学校に通ってるし、小さい頃から実家のラーメン屋の手伝いをしてるから腕も良くて助かってるわ」

 

「そう言えば稀にお店で男性店員が出てくるって噂があったんですけど、もしかしてあの人がそうなんですか?」

 

「うん? ああ、それは鉄平ちゃんじゃないわ。噂の店員っていうのはあの子の親友よ」

 

 未来の注文でお好み焼きを焼いていたおばちゃんはちらりと店内に飾ってある写真を指差した。

 

「そこの真ん中のツンツン頭の子が皆が噂をしている幻の店員さんね」

 

 未来はその写真に目を向けると誰がその男なのかすぐに分かった。

 そして、その写真に写っている人物を見て目を丸くした。その人物こそ、今年の春に出会った二年前に響を助けてくれた男、カミナであった。

 

(そんな、うそ……)

 

 だが彼女の驚きは彼が写真に写っているだけでは収まらなかった。何故ならその写真には先程店には鉄平とあっちゃんだけでなく、ツヴァイウィングの奏と翼が一緒に映っていたからだった。

 響の人生の転換点となった二年前のライブの関係者であるツヴァイウィングの二人は彼女を助けたという少年に繋がりがあった。

 そして、響は先程、病院内で翼と一緒にいた。

 それだけでなく未来は響の様子がおかしくなったのはカミナと出会ってからであると思い出す。

 繋がるはずの無かった点と点が結びついたような気がした。

 自分の知らない所で何かが起こっているのではないだろうかと、そんな不安を未来は思い浮かべてしまった。

 ただし、そんな彼女の不安はふらわーのおばちゃんの機転で少しだけ軽くなり、一度、響としっかり話をしようと考えるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼女の不安は直ぐに蒸し返され、現実となることを彼女は知らなかった。




如何でしたか。
前話から少々時間が飛んでいます。
正直、デュランダル護送の話はあまり改変できる見込みが無かったので、後日サラッと書かせていただきます。
ですので、原作で翼が目を覚ました当たりから始まります。
原作では翼の心が成長し、響との関係が変わっていく転換期であり、物語は新たな展開へと進んでいきます。
さてさてアンチ=スパイラルが本格参戦したことでどう変わっていくのか楽しみにしてください!
そして、今回のタイトル、カミナが口にしたと思った人がいるかと思いますが、まさかのカミナのモノマネをした翼です。
因みに出てきた四字熟語は以下の意味を持っています。

『心堅石穿』
意味:意志を貫き通せば、どんな困難なことも解決することができるということ。

まさしくカミナを表す言葉だと思いました。
翼が彼のモノマネをする際にちょっと難しい言葉はないかと探して、これを知った時、『絶対使える!!』と即採用しました。
原作とは違った展開で成長する翼を描けて今回は満足です。

長くなりましたが、今回はこれにて!!


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