鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか (ピュアウォーター)
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プロローグ

オーバーロードで一番好きなキャラはもちろんアインズ様です。


2017/9/4 玉座の階層とシューティングスターの効果を修正しました。

2017/9/18 アルベドの設定改変のとこを修正しました。


ここはナザリック地下大墳墓の中。10階層の最奥。玉座の間。

 

アインズ・ウール・ゴウンのギルドの印が書かれた真紅の大きなタペストリーの前に一つの巨大なクリスタルからくり抜かれた豪華絢爛な椅子があった。

 

そう、これは玉座である。

 

そして玉座に座る骸骨。アインズ・ウール・ゴウンのギルド長のモモンガはそこに座していた。その隣には美しい女性の従者アルベドがいた。

 

「なんでだぁーーー!なんで簡単に捨てられれる!」

 

彼は憤慨していた。

 

しかし主人であるモモンガの取り乱しようにアルベドは何ひとつ反応しない。

 

彼女はNPCである。ただのデータにしかすぎない。慰めたり話しかけるのも無理なのは当然である。

 

 

 

モモンガは孤独であった。

 

 

 

 

 

今日はユグドラシルというDMMORPG形式のゲームのサービス停止の日。

 

 

 

ユグドラシルが終わる日。

 

廃課金プレイヤーのモモンガにとっては訪れてほしくない最悪の日であり最後に引退した友人達と会える最優の日でもあった。

 

友人達と会えるはずだった。

 

 

 

引退した友人達にモモンガはあらかじめ再会したいというメールを送っていた。

 

しかし来たのは1人。

 

その1人である最後にあったエルダーブラックウーズのヘロヘロさんもブラック企業のプログラマーである彼は急な仕事が入ってしまいすぐに帰ってしまった。

 

モモンガにとってアインズ・ウール・ゴウンは心の拠り所であり絆。家族みたいなものであった。

 

だがメンバーは数年前から皆は現実を優先してしまい引退してしまった。

 

リアルは大事であることはモモンガは知っている。それはしょうがないことだとも知っている。仕事が忙しいことも、事件の捜査が理由で来れないことも、新作のエロゲープレイするので忙しいことも。

 

全部わかっている。

 

現実がひと段落したらいつかきっとみんな戻って来てくると知っていた。

 

そしてまた楽しい時間が始まるのも知っていた。

 

だから皆がいつでも戻って来られるようにギルドを1人で維持していた。

 

毎日ナザリックの維持費を稼ぐために狩場に赴いた。

 

体調が悪い日でも、深夜まで残業した日でも、上司に叱責された日も、

 

毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日・・・

 

彼は仲間がいた居場所を守った。

 

けれど彼らは来なかった。

 

彼らが戻ることを知っていた。違う。そう思いたかっただけだ。それは妄想である。

 

モモンガは妄想であると知っていた。そう思いたかった。帰ってくると信じていた。

 

人はそれを希望と呼ぶ。

 

その希望は今日、見事に砕かれてしまった。

 

「わかっていたんだ・・・みんなはもう帰って来ないって。」

 

モモンガの心は絶望の色に染まっていた。

 

 

 

 

 

玉座に座っていたモモンガは隣にいるアルベドをふと見る。とても美しい女性でモモンガにとってはタイプの女性だった。

 

それ故か、感情の不安定なモモンガでも気になってしまった。

 

「作ったのはタブラさんか。設定魔だったよな覗いてみよう。」

 

モモンガはコンソールを開きアルベドの設定欄を見る。

 

「うわ!長い!」

 

あまりの情報量の多さに驚く。そして最後の文章に目が止まった。

 

「ちなみビッチであるって・・・タブラさん・・・」

 

モモンガはあまりに酷くて可哀想だなと思ってこの部分だけ変更しようと決めた。

 

変更内容は・・・

 

「モモンガを愛しているっ。よし!字数もぴったりだしこれでいいだろう。くふー!」

 

普段なら大切にしてたギルドメンバーが作ったものを勝手に使ったり、改変しないはずのモモンガはこの時ばかりはサービス停止やらなんやらでタガが外れていた。

 

 

 

 

モモンガを愛している。

 

モモンガは自分で書いた文を見た。

 

 

愛している。

 

 

愛。

 

 

この言葉がモモンガの中身である鈴木悟の心にはとても深く刺さった。

 

鈴木悟は愛を与えられて生きて来なかった。両親はすでに死んでおり、兄弟もいない。

 

彼は現実では1人だった。愛に飢えていた。人との触れ合いが欲しかった。

 

そんな時ユグドラシルに出会った。

 

そこで彼は素晴らしい仲間に会い、強敵を倒しアインズ・ウール・ゴウンを作り、絆を育んで来た。

 

掛け替えのない素晴らしい時間だった。

 

そこに愛を感じていたからだ。

 

しかしそれはただのゲーム。

 

ゲームでの付き合いなど家族や恋人など愛に比べたら脆い。そして彼ら去ってしまった。

 

そんな脆い愛でも鈴木悟にはとても大事なものだった。たとえそれが一方的なものでも。

 

それがギルドの維持に掻き立てた。愛を、絆を守るために。

 

 

そして家族がいた場所を守るために。

 

 

家族?

 

 

 

「そうか、俺は家族が欲しかったんだ。」

 

 

 

彼は気づいた。自分が本当に欲しかったもの。ユグドラシルに求めていたもの。

 

 

ユグドラシルはゲームであり、唯の娯楽であって現実ではない。虚構だ。

 

彼が本当に欲しかったものはユグドラシルでは手には入らない。

 

彼は現実で頑張ってて手に入れるべきだった。

 

引退した皆だって、夢を叶えるため現実で頑張ったじゃないか。

 

俺は今まで何をして来た?何年を無駄にした?そこでなにを得たんだ?

 

鈴木悟は小卒である。そして近未来である日本においては貧困層であり、社会の替えのきく部品でしかない。貯蓄は全てユグドラシルの課金に使いほぼ無い。しかも世界は死の霧で満たされており、ガスマスクなしでは生きていくのも富裕層以外は困難な場所。

 

彼はきっと結婚もできず恋人もできず死んでいくだろう。

 

家族を作る。それは現実ではとても難しかった。

 

 

 

だからこそ彼はユグドラシルに固執した。

 

 

 

 

モモンガがアイテムボックスから指輪を取り出す。

 

それは流れ星の指輪。シューティングスターと呼ばれるものだ。

 

これは課金ガチャで手に入れられるアイテムでとても希少なもので、3回まで願いを叶えられる。いわゆる当たりアイテムだ

 

モモンガはその指輪を使う。

 

「さあ指輪よ。I WISH(俺は願う)!」

 

指輪が光りを放つ。

 

ー ギルドのメンバーを思い浮かべながら。

 

「俺に家族をくれ」

 

指輪にかしめてある3つ宝石の1つが砕け散る。

 

ー アルベドのような美女を思い浮かべながら。

 

「俺を愛してくれる人をくれ」

 

2つ目の宝石が砕ける。

 

ーそして日本ではない幸せになれる何処かを浮かべながら。

 

「俺を違う世界に連れていってくれ・・・」

 

3つ目の宝石が砕ける。

 

 

 

 

 

 

 

静寂が辺りを包む。なにも起きない。

 

 

 

 

 

 

この指輪はゲーム内での願いを叶えるアイテムである。この指輪の効果はランダムに選択肢が出てきてその中から1つ選ぶというものだ。その中から選ばなかった場合、無駄に消費される。

 

故にシューティングスターは力を発揮せずその輝きを失ったのである。

 

それにモモンガの願ったことは上位互換の願い事にゲーム運営会社が対応してくれるワールドアイテム。ウロボロスでも無理だろう。

 

 

それはモモンガにもわかっていたことだ。

 

「はは、俺は本当に今までなにをして来たんだろうか」

 

 

 

俺は只々逃げていただけだ。

 

この世界に逃げていただけだ。

 

現実と向き合わず逃げていただけだ・・・

 

 

 

彼は椅子に生気が抜けたように力なく座る。

 

「うぅ、うぅ・・・」

 

彼のすすり泣く声が玉座の間を包む。

 

「ゔっー!ゔゔっー!ゔゔーーーー!」

 

そして魔王の嗚咽はナザリック全体を包んだ。

 

 

 

 

 

 

「心拍数の異常を検知。ゲームを強制終了します」

 

コンソールに映る文字と機械音声。

 

それは鈴木悟にとってそれは新たなる絶望を意味することだった。

 

 

 

 

 

 

 

「心拍数に異常を検知。ゲームを強制終了します」

 

無慈悲な声が鳴り響く。

 

「えっ!待ってくれ!」

 

モモンガは焦った。とても。

 

 

VR法で定められたゲーム会社に課せられた義務。それは

 

"脳波。眼球機能。心拍数などの身体の異常が出た場合、安全のためゲームを強制終了すること。"

 

ここまではいい。またすぐにゲームを起動させれば良いのだから。

 

しかしこれには続きがある。

 

"安全を確保するため、遊戯利用者は2時間の休息をとることを強制すること。"

 

ユグドラシルのサービス停止まであと15分。

 

つまりモモンガはユグドラシルの最後に立ち会えないのだ。

 

 

 

画面が真っ暗になったVRギアを鈴木悟は外す。

 

顔が濡れている。そうか、俺は泣いていたのか。

 

ユグドラシルにはもういけない。俺の全てが詰まった場所。

 

 

こんな形で引き離されるなんて夢にも思わなかった。

 

全てを急に失ってしまった。まるで拒絶されるように。

 

「俺はあっちの世界にも居場所はなかったんだな。」

 

今の彼はとても弱々しかった。

 

 

とても暗い部屋。彼の心を写すような暗さ。そこに鈴木悟はいた。

 

 

「俺はこれからなにをすればいいだろうか?」

 

「このまま生きる意味はあるのか?」

 

「俺はなんで生きているのか?」

 

誰かに問いかけるようにブツブツと喋る彼は不気味だった。

 

 

「俺は生まれるべきではなかったのか?」

 

 

 

誰も答えることはない。

 

 

 

もし彼に家族がいたら、

 

もし彼に恋人がいたら、

 

もしギルドのメンバーがそばにいたら、

 

もし彼がゲームから追い出されなければ、

 

もし"NPC"が自我を持って接してくれれば、

 

彼は自分の存在を否定しなかっただろう。

 

でもそれは"IF"のお話だ。

 

 

 

 

鈴木悟は玄関を開けてガスマスクを付けずに外に出た。

 

そうガスマスクを付けずにだ。それは死の霧が舞う世界では自殺行為だ。

 

彼はもはや生きる意味がわからなかった。

 

 

鈴木悟は死の霧の中を彷徨う。

 

「おい!見ろよ!あいつマスクしてないぞ!」

 

「あひゃひゃ!死んじゃうぞー」

 

「アレには近づかないでね。汚いから」

 

 

街中の人々は彼を奇異の目で見たり、蔑みの目で見る。

 

そこには助けようとする博愛の精神はなかった。

 

 

彼にとってもはやそんなことはどうでもよかった。

 

霧がとても心地よく感じる。

 

段々と手足の感覚がなくなって行くのを感じる。

 

23:59:45

 

目ももう霞んできた。

 

23:59:50

 

ああ。楽しかったなぁユグドラシル。

 

23:59:55

 

神様。もし願わくば次の人生は・・・

 

23:59:59

 

家族が欲しいです。

 

00:00:00

 

 

 

 

 

 

 

「願いは受理されました」

 

 

 

 



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ヘスティアちゃん!家族が増えるね!

タイトルはそのまんまの意味です。(直球


今回、どうしても主人公と貧乳キャラと絡ませたかったので鈴木悟の性癖を変更、強化しました。

嫌な方はプラウザバッ(ry


「はっ!」

 

 

鈴木悟が目を覚ますと周りはレンガだらけだった。

 

「ここは・・・?」

 

まるでユグドラシルの街中に出てくるような場所。そのユグドラシルが作るにあたって参考にしただろう、小学校の歴史の授業で見た中世ヨーロッパの街並みみたいだった。

 

そしてここは家々が立ち並ぶ路地のようだ。

 

「俺はさっきまであの霧の中にいたのに・・・」

 

彼の心の中は疑問だらけだった。ここはもしかしてユグドラシルの中なのか?死の間際に見せる走馬灯のようなものなのか?

 

「匂いも感じるし、足も手もちゃんとある・・・」

 

匂いを感じるということは電脳法よって嗅覚が規制されたVR空間でない証拠であり、見慣れた手足はアバターであるモモンガの、骨の手足ではない。つまりここはユグドラシルでないと言える。

 

 

 

そして彼は首元を触ってみた。そこには神経に直接繋がっている体内蔵型のデバイスジャックがあった。

 

ニューロン・ナノ・インターフェイス。ナノマシーンを利用し、脳に埋め込まれた演算器の機能を増幅しスーパーコンピューターとして使える機材。現代社会では全ての企業が利用し仕事の効率化を図っている。仮想現実も簡単に計算できるこれはユグドラシルの世界を表現するのにも使われている。

 

その機械に繋ぐために肉体に埋め込めれた端子は近未来における日本の労働者の証だ。

 

つまりここは現実。

 

「俺は死んでないのか」

 

それは安堵とも無感情とも取れる声だった。

 

 

 

鈴木悟は街中を歩く。

 

ここはさすがに日本ではないらしい。しかし飛び交う言葉は日本語のように聞こえる。

 

一番驚いたことは空が青く空気がとても澄んでいることだ。ガスマスクをしないで歩けるなんて夢のようだ。

 

 

周りを見渡す。

 

そこにはまるでユグドラシルのようなファンタジーな世界が広がっていた。

 

 

さも当然のように剣や槍、そして重厚な鎧を着た人々が歩いていた。店の軒先には干し肉や葡萄などが吊らされており、林檎などの果実も売られていた。

 

例えば林檎。鈴木悟はこの果実をイラストやゲームで登場するアイテム、画像データなどので知っていたが、実際に本物を見るのは初めてである。彼にとって林檎とは合成着色料によって黄色く、それまた合成甘味料で味付けされた甘い味の四角い棒だ。あんまり美味しくはなかった。

 

本物の林檎は富裕層でないと食べられない。動画投稿サイトで林檎を食べるだけの動画が10億回再生されることから貴重性が窺えるだろう。

 

 

そして飲食店のような場所では今まで日本では感じたことのない食欲を刺激する匂いがする。これも初めての感覚だった。

 

ちなみに彼が日本で主に食べていた合成食料の放つ匂いは消毒用アルコールそのものである。

 

 

 

この街は活気で溢れている。あそことは違う。皆が富裕層の顔を伺い、生きるために取り入る。弱者は奪われ続け、強者は捕食者で居続ける。そんな世界では庶民が生気が満ち足りてるなんてありえない。

 

 

 

ファンタジーを舞台としたゲームにどっぷりと浸かっていた鈴木悟が興味を引かれることがあった。

 

エルフだ。エルフがそこにいた。

 

人間ではありない長い耳に美しい凛とした美貌。それはエルフを表す特徴だ。

 

ユグドラシルにもいたがやはりというべきか品が違う。まるで森の妖精のようだ。

 

ゲームでのエルフの中身は人間。演じているだけで生まれ持った品性まで表現できる者は生粋のロールプレイヤーぐらいだ。実際ナザリックを攻めてきた中にエルフがいたが異形種狩りが大好きな汚物だった。たしかあいつは2ちゃん連合の連中の1人だったか。

 

異形種狩りとは、ヒューマンやドワーフ、エルフといった人間種以外のゴブリンやスライムといったプレイヤーが操れるモンスター的な種族を外見の違いだけで差別し、PK(プレイヤーを殺すこと)をすることである。

 

ユグドラシルでスケルトンを選んだ鈴木悟は異業種狩りによく出くわし被害にあっていた。死ぬとレベルダウンしてしまうため何回もデスペナルティを受けた時はユグドラシルをやめようと思ったほどだ。それも長年のプレイ経験のお陰でPKK、つまりプレイヤーを殺すプレイヤーを殺す達人になっていたが・・・

 

 

 

嫌なことを思い出し、気分を変えようと街中に視線を戻すと、驚くことに獣耳、尻尾が生えた人々が民衆の中に混じっていた。

 

獣人はナザリックのギルドメンバーにもいた。それはバードマンのペロロンチーノさんだ。彼は本当に面白い人だった。彼を端的に表すなら、

 

”エロゲーイズマイライフ!”

 

そう変態だ。

 

R18の規制が強かったユグドラシル中でもエロい格好をしたサキュバスが潜むダンジョンによく突撃しようとして姉のぶくぶく茶釜さんに怒られていた。

 

剣、鎧、エルフ、獣人。そして露天の並べられた果実。ユグドラシルでしか見たことないもの。それらはデータだったがここは違う。本物だ。

 

 

特にケモ耳娘はもし”ガチケモナーでもある”ペロロンチーノさんがいたらすごい喜ぶだろうなぁ。と思っていると。

 

「うお!」

 

褐色の扇情的な服?を着た少女が前からやってきた。胸は小さいが彼にとっては健康的でとても性的に見えた。特に目を引いたのは・・・

 

生ヘソだ!生ヘソ!ペロロンチーノさぁん!

 

 

 

 

生ヘソ!あ^〜

 

 

 

 

彼女のボディラインはとても綺麗に感じた。

 

あのキュッとしたくびれ。それを魅せるしなやかな腹筋。指でなぞりたくなるようなおヘソ。それが健康的で笑顔がとっても似合う可愛い少女に詰まっている。

 

それはもうたまらなかった。どストライクだ。

 

アルベドがタイプとは何だったのか。それは筆者にもわからない。確かに顔の造形からしたらナザリックのアルベドなどのNPCたちの方が綺麗だが、所詮外装データに過ぎず現実味がない。彼らは実物の魅力に勝てなかった・・・アルベドかわいそう・・・

 

 

なぜアルベドかわいそう?と思う方はぜひ書籍版かアニメのオーバーロードを買おう。とても面白いのでおすすめします。(ダイマ

 

 

 

 

彼はヘソフェチであった。しかも少しロリコンが入っている。だが胸の大きいお姉さんも大好きである。彼は夢みる童貞。守備範囲が広いのだ。やったね!アルベド!

 

<よっしゅあああ!by違う世界線のアルベド。

 

 

鈴木悟の性癖はエロの権化によって多くのジャンルにイケるように開発されていた。その中でもヘソは光る何かがあった。

 

エロの権化とはもちろんペロロンチーノである。よくエロゲーのおすすめを教えてもらい、感想を言い合うそんな仲だったからしょうがない。男?の友情である。そんな彼も最後は会えなかったが。

 

 

 

しかし目の前に魅力の塊というべきものがあるのにも関わらず、鈴木悟は目のやり場に困っていた。

 

ゲームならいざ知らず、現実で女性の肌を見るのは童貞の鈴木悟にはいささか刺激が強かった。

 

日本では、人々は毒の霧のためか極力肌を出さない。夏ももちろん長袖だ。しかも皆ネットを使う仕事の関係か、猫背が多く、肉体労働もパワードスーツやロボットのナノマシーン遠隔操作が主流だ。運動するための体育館は富裕層しか使えず、もっぱら娯楽は室内でしかできないものに限る。ユグドラシルもその一つだ。そのため運動不足になりやすい。健康であることもさえも難しく、珍しいのだ。

 

 

つまりだ、健康的な女性であるだけで魅力的に見えるのだ。(プラス要素

 

 

それにアーコロジーに住んでいる富裕層や結婚か恋人を作らない限りは滅多に生ヘソは見られないだろう。

 

もちろん風俗を利用する手もあるがお金は全部生活費以外全部を課金につぎ込んでしまう方が大事だった彼は生ヘソには無縁だ。

 

だから声を出して驚いてしまうのもしょうがないのである。

 

「あんた。今私を見てうお!って言わなかった?」

 

なんと魅惑のおヘソを持った少女から彼は声をかけられてしまった。

 

「す、すみません。とても魅力的だったもので」

 

緊張した鈴木悟はつい本音を言ってしまった。そのせいか、目の前の少女の顔が少し赤い。

 

「ふ、ふーん!ところであなた珍しい服を着てるね。冒険者?」

 

仕事から帰ってきてすぐゲームをプレイしたためスーツのままだった。どうやら周りを見渡してもサラリーマンの戦闘服を着ているものはいないらしい。彼の格好はこの世界ではちょっと浮いていた。

 

そして聞きなれない言葉があった。

 

「冒険者?何ですかそれ?」

 

まるでRPGに出てくるような言葉だ。

 

褐色の女性の顔は驚愕の色に染まった。

 

「冒険者も知らないなんてオラリオに何しにきたの?」

 

オラリオ・・・。この街の名前のようだ。

 

「俺は・・・」

 

 

 

鈴木悟はユグドラシルで最後のに使ったあの指輪を思い出す。

 

流れ星の指輪。シューティングスターと呼ばれるアイテムは3回だけ使用者の願いを叶える。

 

願ったことは・・・

 

「ティオナ〜どこ〜?」

「あーティオネーそっち今行くー」

 

目の前の褐色美少女はどうやら人と待ち合わせしてたみたいだ。彼女の名前はティオナと言うらしい。覚えとこう。

 

「じゃあねぇ〜極東のおにーちゃんー」

 

彼女は人混みに去っていった。

 

 

 

 

さっき彼女が言った極東。それは日本を表す言葉。

 

この世界には日本はあるのか。否。ないだろう。あるとしても俺がいたあの場所ではないはずだ。

 

空を見上げる。そこには絵の具で塗られたような彩度の高い青だった。

 

ここは空気が汚染されていない。もしここがあの世界にあるのならばすぐに戦争となり植民地になるだろう。

 

鈴木悟がいた星。地球は度重なる環境汚染で致死性のガスが漂う惑星になってしまった。そのガスは人間の肺ではいくら良いガスマスクをしようとも3秒も耐えられるものではない。

 

そのため人類は人工肺を移植し呼吸の強化を図った。定期メンテナンスが必要で、日々の生活費が費用で圧迫される。だが富裕層はアーコロジーと呼ばれる汚染を撤廃した地域を作りそこで生活しているので移植せずとも暮らせる。

 

貧富の差はとても激しく、弱者は一生奴隷だ。

 

22世紀の日本はまさに地獄と呼ぶにふさわしい場所だった。

 

 

 

 

確信した。ここは異世界だ。あの指輪で願った一つ。俺が連れてってくれと願った世界。それがここ。オラリオ。

 

俺はここへ連れてきてくれた神に感謝した。あの願いが叶うかもしれない。

 

 

 

家族を得ること。それが俺がオラリオに来た理由。

 

 

なぜここに来てしまったのか。霧ので死んだはずではなかったのか。そんな疑問は何10000倍も素晴らしいこの世界では些細の問題でしかなかった。

 

己は天涯孤独。あの地獄には何も未練もない。これから鈴木悟の素晴らしい人生が始まるのだ。

 

そのためには情報が必要だ。この世界で生きるため。この世界で愛を得るために。

 

彼はオラリオ中を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜よし!これで大まかなとこは完成だ!」

 

細かいところは今度だな!っと鈴木悟の顔は仕事やりきった職人のような爽やかなであった。

 

彼の手にはオラリオの簡単な地図があった。

 

彼が半日以上かけてやっていたのはマッピング。ちょうど胸ポケットに入っていた手帳とペンでオラリオの地図を作っていたのである。

 

ユグドラシルにおいてまず未知の場所で行うのはマッピングだ。自由が売りのあの世界では、運営は既存の地図すら用意しない。プレイヤーが作らなければならないのである。そのためか、未知の場所では手書きの汚い地図すら価値があった。

 

それに廃課金プレイヤーである彼はマップの重要性を知っていた。どこから攻撃を仕掛けると有利になるのか。壁は壊せるのか。隠し通路はあるのか。雪崩や溶岩などの自然罠がある場所では知っていると知らないでは天と地の差がある。それこそ生死を分けるほどに。

 

しかしそれはユグドラシルでのお話だ。それよりも現実の世界なのだからやるべきことがあっただろうに。

 

楽しくなっちゃったのか。そうかそれはしょうがない。

 

 

ネトゲ廃人である鈴木悟はちょっとズレていた。

 

 

 

 

 

彼がここに来て半日が過ぎ、時刻は夕暮れを指していた。

 

地図作りにハマっていた鈴木悟はもちろん今日泊まる宿も探していない。それどころか、

 

グゥ〜

 

お腹の音だ。つまり今日ありつく食事もないのである。

 

「しまった・・・お金もないじゃないか」

 

グゥ〜〜〜〜

 

まずい。店先を覗いただけだったが、体格のいいおばさんが営んでる食事処の胃を狂乱させるような匂いを思い出してしまう。やばい、ますますお腹が空いてきた。

 

日が暮れてきたし、本当にどうしようかと思っていると、揚げ油の良い匂いが漂ってきた。

 

「そこの君!お腹が減っているのかい?これあげるよ!」

 

雰囲気が他の住民と少し変わった少女からジャガ丸君と呼ばれる熱々のコロッケのようなものが入った紙袋を受け取る。

 

・・・女神だ!

 

現実で女性にほとんど優しくされたことがなく、飢えの影響もあってか鈴木悟に目の前にいる年の割にはおっぱいが大きい女の子はもはや神格化されていた。

 

「女神様ぁ〜っ!ありがとうございます!」

 

鈴木悟は喜びあまり泣きじゃくっていた。大人泣きだ。

 

「うぅ〜そこまで喜ばなくてもいいよ。お店で作りすぎちゃってベル君とじゃ食べきれないやつだったし。」

 

女の子はニカッと笑う。

 

「やっぱり君は良い子だ!こんなに良い神様扱いされたのはベル君以外で久しぶりだ!」

 

ホクホク顔で上機嫌な女神様がはしゃいでる。

 

神?

 

 

 

「神様何ですか?あなたは?」

「え?知らないで君は女神って言ってたの?」

 

ちょっと神様は、はぁっと落ち込んだが、すぐに笑って、

 

「僕の名前はヘスティア。ヘスティアファミリアの主神さ」

 

ヘスティア。それは鈴木悟の世界でも知られる処女神の名前だった。続いて女神は問う。

 

「君の名前は?」

 

それが鈴木悟と神、ヘスティアとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君に話しかけたのは、お腹の音もそうなんだけどなんか危なっかしいっていうか不安定というか。とりあえず気になったんだ」

 

食べ終わったジャガ丸君の袋を片手にベンチに座りながら鈴木悟とヘスティアは会話をしていた。

 

 

 

「お昼頃、君はこの辺を歩いていただろう?その時の君はまるで死んじゃいそうなすごく酷い顔をしてたよ。」

 

ヘスティアはとて心配そうな顔で言う。

 

「サトル君。君に何かあったのかい?」

 

鈴木悟は本当のことを喋るのかを迷った。彼自身も荒唐無稽な話だと思うからだ。だからとっさに嘘をついてしまった。

 

「この街に冒険者に憧れて隣の村から来たんです。ですがこの通りお金をスられまして、途方に暮れていたー「嘘だね」え?」

 

ヘスティアは真剣な顔をしていた。

 

「神には嘘はつけないんだよ」

 

彼女の目はとても美しく、どこまでも透き通っていて少し怖かった。そして俺を受け入れてくれるそんな優しい瞳だった。

 

鈴木悟はその瞳に母性のような愛を感じた。その眼を俺を小学校に通わせるため働きすぎて死んでしまって、物心ついてからはあまり覚えてない母親に重ねながら、

 

 

 

 

「願ったんです。あの指輪で3つのことを」

 

 

 

 

彼はヘスティアに全てを喋った。

 

 

己がいかに愚かであることを。

 

己が守ってきたものを。

 

己が本当に欲しかったものを。

 

 

鈴木悟はダムが決壊したかのように心の内側をさらけ出した。普段の社会人である彼なら理路整然に順序をたてて会話をするが、この時ばかしはまるで子供が母親にその日の出来事を思いつくように喋った。

 

 

彼の話はとても抽象的で起承転結がなく、彼女にはSFチックな近未来じみた日本のお話とファンタジー世界のユグドラシルで出来事が混ざり合っておおよそ理解できるものではだったが、神である彼女は彼が本当のことを喋っていて嘘をついてないことはわかった。それに詳しいことはいずれまた落ち着いたときにも聞けば良いと思った。

 

「君は偉い。君は強い。君は優しいよ。サトル君。」

 

ヘスティアは膝枕したサトルの頭をまるで母親が子供をあやすように撫でていた。

 

「サトル君。僕のファミリアに入らないか?」

 

この子は愛を知らない。だからせめて・・・

 

「家族になろう。サトル。」

 

 

 

母親の代わりになろう。もし、なれなくても彼の傍にいよう。彼にはそれが必要だ。

 

 

「・・・はい。こちらこそお願いします。ヘスティア様。」

 

彼は彼女の慈愛に包まれながら答えを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちだ!」

 

ヘスティアに手を繋がれて向かったのは、北西と西のメインストリートに挟まれ場所だ。

 

先程マッピングでも歩いた折れた石柱などの瓦礫の多い地域だった。

 

そして歩き着いたのは、寂れた教会のような建物だった。

 

「ここがベルくんとの愛の・・・ってこれからはそうじゃなくて、君も所属するヘスティアファミリアのホームさ!」

 

ぱーっと腕広げはしゃぎながら言う神ヘスティア。・・・ホームと呼ばれるものは廃墟に近かった。

 

「はは。ちょっと汚いけど落ち着くとこだよ」

 

苦笑いしながら耳打ちするヘスティア。

 

ちょっとどころではない。窓ガラスは割れているし、壁が崩れかかっているとこもある。

 

通常の感覚ならあまりの酷さに顔が引きつるところだが、鈴木悟はと言うと、

 

「風情があって、広くていいですね!好きですこういう建物!」

 

満面の笑みを浮かべていた。気を使ったわけではない。本心からそう思った。

 

そもそも外を霧のせいでガスマスクなしでは自由に歩けなかった彼は野宿すら素晴らしいのだ。

 

もはやちょっとした屋根があれば最高だった彼にこの教会は至福の家だった。

 

「で、でしょう?さぁ入ろう!」

 

まさかそう返してくるとは思ってなかったヘスティアはちょっと驚いた。しかも嘘をついていない。本心だ。

 

さぞかし彼は悲惨な生活を送っていたんだろうかと思いながら彼女は教会の扉を開けた。

 

「あ!おかえりなさい!神様!今日は遅かったんですね」

 

白髪の少年がお出迎えしてくれた。

 

「ベル君ただいま!」

 

彼が神様が言っていたベル君か。兎みたいだ。・・・っとこちらに気づいたようだ。

 

「えーと、後ろにいる方はお客さんですか?」

 

「聞いてくれベル君」

 

ヘスティアは腕を組みながら得意げな顔で言う。

 

「彼はなんと!入団希望者のスズキ・サトル君だ!」

 

「えーー!!!神様!二人目ですよ!!やりましたね!」

 

「「わーい!!」」

 

兎のような少年と神様ははしゃぎにはしゃいでいる。

 

二人目?とりあえずご挨拶せねば。

 

「鈴木悟と言います。よろしくお願いします」

 

社会人らしく礼儀正しい自己紹介した。営業マンであった鈴木悟の所作は他人に不快感を与えないような綺麗なものだった。

 

「ヘスティアファミリア団長のベル・クラネルって言います。団長といってもサトルさんが来るまで1人だったんですけどね」

 

こちらこそよろしくお願いしますね。ベルは笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

 

 

鈴木悟は団長のベルにこれからここで生活するためにトイレがどこにあるのか。木でできた歯ブラシの使い方などの必要なことを教えてもらったりした。

 

案内を終わったあとベルト交流を深めようと雑談していたところ、

 

「サトルさんって29歳なんですか!?」

 

20代前半に見えた鈴木悟はアラサーには見えなかった。

 

「29歳と言ったけれども、実は年齢を覚えていないんです。もしかすると25歳かもしれないし35歳かもしれない。」

 

そのことに関しては興味がなさそうに無味乾燥と言った感じで答えた。自分のことであるのに。

 

鈴木悟は誕生日など興味がなかった。ギルドメンバーがいたときはバースデーパーティをして祝ってくれたが、そのメンバーが離れてからは祝い事はなかった。リアルでも交流は少なく孤独だった彼は自身の年齢など気にかけるべき事柄ではなかった。それよりも狩場に行き、お金を稼ぐことが優先事項だった。

 

それに鈴木悟を示す身分証明書は日本の自室に置いてきた。故に彼の情報はこのオラリオでは正確にはわからない。

 

彼はユグドラシルのアバター。モモンガが使える魔法や持っていたアイテムなどは全て暗記していたが、現実のことは自分自身をも含めどうでもよかったのである。

 

彼に大事にしていたのはナザリックにあった仲間との絆であった。

 

 

 

時刻は就寝の時間。ヘスティアは教会の地下室に鈴木悟はいた。ベルも一緒だ。

 

「サトル君!【神の恩恵】を刻もう!」

 

ヘスティアはソファに座りながら鈴木悟を手招きする。

 

神の恩恵。通称”ファルナ”と呼ばれ自身の器を昇華し強くなっていくのに必要なそれは、冒険者にとってなくてはならないものであった。ダンジョンに恩恵を持たないで挑むのは愚行であるとオラリオ中の誰もが知っている。

 

それに神のファミリアである眷属の証。家族を表すものでもある。

 

「サトル君!上着脱いで!そんでソファ背中見せて仰向けに寝転んでね!」

 

「服脱ぐんですか!?」

 

少し面を食らってしまったが、恥ずかしながらも彼は服を脱いだ。

 

彼の体はとても細かった。運動不足と必要最低限しか栄養を取れなかった結果である。それに・・・

 

「!?」

 

ベルは驚いた。彼の体には金属できた何かが体の腕や胸、首筋などの数カ所に埋め込めていたのである

 

「なんですかそれ?」

 

「このパーツのことかい?首筋のはナノマシンを注入するプラグ。胸のは肺をメンテナンスするための制御装置。腕のはデバイスを高速利用するのによく使っているよ」

 

ベルにはさっぱりわからなかった。

 

「神様ぁ・・・」

 

「大丈夫、僕もよくわからない。サトル君はちょっと特殊なだけだ。危ない人じゃないよ。・・・たぶん」

 

断言してくれよと鈴木悟は心の中で思った。

 

「さ、さぁこっちにきたまえ!」

 

気まずそうな空気を変えようとしてヘスティアは本題である、【神の恩恵】を刻むため鈴木悟をソファに寝転がらせた。

 

 

 

うつ伏せになっている鈴木悟にまたがったヘスティアはあらかじめ用意した針を指に刺した。その指に滴る血で彼の背中に一本の線を書いた。

 

彼の背中は光り、竈のシンボルが現れる。そしてヒエログリフが浮かびだした。その光景はとても美しくベルは魅了された。

 

 

鈴木悟は【神の恩恵】を授かったのである。

 

 

 

 

 

「!?」

 

ヘスティアは驚愕した。鈴木悟にスキルが発現していたのである。

 

ありふれたスキルならば彼女はただ喜ぶだけだっただろう。しかしそれはユグドラシルに関連するものであった。彼が守っていた場所。ニホンではない大切なモノがあった場所。

 

 

その名前を冠したそれは類まれな”レアスキル”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スズキ・サトル

 

Lv1

 

力 :I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

 

《魔法》

 

《スキル》

 

【ユグドラシルの住人】

 

・自身のアバターに近づく。

・その姿を求めるたび効果上昇。

・基礎アビリティに補正。

 

 

 

 

 

【ユグドラシルの住人】。その説明文はヘスティアにとって理解不能であった。

 

基礎アビリティに補正という文はわかる。成長関連だろう。

 

アバターとはなんだ?その姿を求めるたびに近づく?姿ということはこの彼とは違う彼がいるのか?ユグドラシルで彼は何をしてきたのか?

 

彼女の中では疑問をが渦巻いていた。

 

「ねぇ、サトル君」

 

鈴木悟に跨ったヘスティアはステータスを見ながら、先程の子供のようなテンションから打って変わって長い年月を生きてきた大人のように落ち着いて彼に尋ねた。

 

「アバターってなんだい?ユグドラシルで君はなんだったんだい?」

 

 

鈴木悟はかつての分身に思いを馳せる。

 

アバター。それはユグドラシルでプレイヤーが操る体のことである。キャラクターは1人につき一つまでしか作れず、作り直すには前のアバターを消さなければならない。

 

 

鈴木悟のアバターは100Levelのオーバーロード。名はモモンガだ。魔王ロールを重視したビルドのそれの強さはカンストプレイヤーの中では中の上〜上の下あたりだった。

 

死の支配者の雰囲気を大事にしてか、なんと総数718の魔法を使える。しかし専門の魔法職には火力で劣る中途半端なものだった。ギルドのメンバーであった最強の魔法詠唱者。ワールドディザスターのウルベルトさんにはかなわない。

 

それでもロマンを追求したアバターは最強で自慢のキャラクターだった。

 

理想の姿。それがアインズ・ウール・ゴウンのモモンガであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは突然のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

彼の背中が赤黒く光ったのである。その光は禍々しくおどろおどろしかった。

 

彼に跨っていた神。ヘスティアは恐怖した。

 

彼の【神の恩恵】が変化し始めたのだ。

 

ヒエログリフは荒ぶり、数字は目まぐるしく変わっていく。そして極めつけは竈のシンボルが崩れ、徐々に剣を逆さにした円状のシンボルが浮かび上がったのだ。

 

そのシンボルはユグドラシルを知る人が見ればわかるだろう。それはアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインだった。

 

 

一方で鈴木悟は激痛に見舞われていた。痛みのせいで暴れまわり、親愛なるヘスティアを床に落としてしまうのを気づけないほどに。

 

鈴木悟は自分の体の中に無数の見えない手が入っていくのを感じる。

 

 

 

ーこれは俺の体にはいらない。

 

 

 

まるでそう聞こえたかのように、ブチブチと臓物を引きちぎっていく。人工肺を。張り巡りされたケーブルを。脳の奥に入った演算装置を無慈悲に、乱暴に外される。

 

「ゔああああああああああああああああ」

 

痛みに耐えきれなく声を荒げてしまう。

 

「神様!何が起こってるんです!?」

「僕にもわからない!」

 

彼らは鈴木悟の身に何が起きているのかわからずただ見守ることしかできなかった。

 

彼の体に埋め込まれた金属パーツが飛び出し、血まみれになった鈴木悟は強烈な吐き気を覚えた。

 

「おぇええええええ!」

 

吐き出されたのはオラリオでは見ることのできないプラスチック製の何かだった。

 

 

 

 

そして彼は床に糸が切れた人形のように倒れた。微動だにしない彼を見てヘスティアは、

 

「ベル君!ミアハを呼んできてくれ!はやく!」

 

「はい!」

 

ヘスティアに助けを求めるように支持をされたベルは教会を飛び出し、医神であるミアハのもとに向かった。

 

 

 

「君はいったい・・・。どうすれば良いんだ、僕は」

 

ヘスティアは涙を浮かべていた。

 

血しぶきが舞い、まるで殺人現場のような地下室で彼女は悲しみと疑問でいっぱいだった。

 

 

 

すすり泣く女性の鳴き声が聞こえる部屋の中で、意識が失いかけている鈴木悟は自分が吐き出したものを見た。

 

 

それは人工肺であった。

 

 

 

ーああ。俺は本当に解放されたのか。あの地獄から。

 

 

 

彼の顔は笑みが浮かび上がっていた。

 

彼を貫く楔や縛る鎖はもうない。彼は本当の意味で自由になったのだ。

 

 

 

 

 

 

鈴木悟の視界は暗転した。

 




彼はこのあと死にます(大嘘


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死者の覚醒

今回捏造が多いかもしれません。特にミアハファミリアは多いです。注意。





追記。誤字報告機能と言うものがあるのを皆さんのお陰で初めて知りました!ありがとうございます!それとほぼ初めて書いた小説に感想とお気にい入りこんなに来て困惑と嬉しさで一杯です。感謝!


追記。2017 9/18 ヘスティアの一人称と一部の文章を直しました。


ここは西のメインストリートを外れた路地裏にミアハファミリアのホーム。『青の薬舗』がある場所だ。そのホームの室内に男性が1人いた。彼はとても難しそうな顔をしていた。

 

その男性は医神ミアハ。医療を司る神の一柱だ。

 

ミアハは先日のヘスティアファミリアでの出来事を思い出す。

 

「あれは一体なんだったんだろうか」

 

医療を携わるものとして常識を覆すことがあった。いや、あれは例外なのか?それとも・・・

 

 

 

 

「彼はなぜ死んでなかったのか?」

 

 

 

 

彼は先日診た患者の容態に悩んでいた。

 

 

 

 

 

机の上にあるトレーに入った見たこともないプラスチックの塊や金属の部品に視線を向ける。

 

それらは人間の臓器の形をしたものもあった。これらは機能もおそらく実物同様であるだろう。

 

もちろん珍しい物だが、神である私には再現することも難しくはない。さらに冒険者の中でも神秘を極めた者ならば作れるだろう。

 

だがこれらには恩恵や神の力といったものが感じられない。まるで人間が長い時間をかけて掻き集めた技術の粋のようだ。

 

「これは一体なんだろうか?」

 

ミアハの中で素朴かつ、摩訶不思議な出来事に疑問が芽生えていた。

 

 

 

 

時は遡る。

 

 

 

 

昨晩の夜が深くなった時間。ベルはミアハファミリアのホームを訪ねていた。

 

 

 

 

玄関の扉をドンドンと叩く音が聞こえる。何事かと思い、私はその音が鳴る場所へ向かった。

 

こんなに遅くになんだろうか?急患か?

 

「ミアハ様いらっしゃいますか!返事をしてください!」

 

ヘスティアファミリアのベル・クラネル君の声だ。どうしたんだろうか?お産か!?まさかヘスティアが妊娠したのか!?相手は誰だ!?ベル君か!?ヤったなヘスティア!?

 

「やぁ、ベル君。どうしたんだいこんなに遅くに?もしかしてヘスティアが妊娠したのかい!?」

 

「いひっ!妊娠って!違いますよ!」

 

ベルは顔赤くしながら否定した。

 

「そんなことよりも!」

 

やはり違ったのか・・・なんだろうか?

 

「助けてください!サトルさんが!サトルさんが!」

 

彼の表情は焦りと不安の色に染まっていた。

 

 

 

 

事情を聞いた私はベル君と一緒にヘスティアファミリアのホームへ向かった。

 

スズキ・サトルという人物の容体は、ベルの説明では原因はよくわからなかったが全身血まみれ。体は穴だらけらしい。

 

重症だ。

 

念のためポーションの他、無断で"特別なエリクサー"を持ってきたが使うことでないことを祈ろう。使ったらナァーザに怒られること間違いない。

 

想像したら・・・ヒィ!

 

でも必要なら使うしかあるまい。

 

 

 

ミアハは道端でもしも時があれば怪我を癒して欲しいと冒険者にポーションを無償で配るとてもお神好しな神物である。

 

そのため優しいミアハはベルの深夜の時間外診察という無茶な願いを無下にはしなかった。

 

そしてその道の一柱であるため、医療のことに関しては折り紙つきである。

 

ベルがミアハに助けを求めたことは、鈴木悟の容態を考えると、医神の性格も含めそれは正解だった。

 

 

 

 

ベルと私がヘスティアファミリアについた頃、神友であるヘスティアは自身のホームの玄関前でうずくまっていた。

 

「神様〜!ミアハ様を連れてきました!」

 

ヘスティアはその声に反応して顔を上げた。その顔は涙でボロボロだった。

 

普段の彼女から考えられないような状態から私は狼狽した。これは本当に危険な状態かもしれん。

 

「ミアハ〜!頼む彼を、彼を助けてくれ!」

 

泣きすぎたのか彼女の目元がとても赤かった。

 

「ボクには何もできなかったっ!だからっ!」

 

ヘスティアの体はとても小さく弱々しくみえた。そして彼女は何も出来ない自身の無能さ故に震えていた。

 

「わかった。案内してくれ」

 

彼女のこんな姿を見るのは初めてだった。私はヘスティアの友だ。彼女のためになるなら助けたい。

 

 

 

私は教会の地下室に入る。

 

むせるような血の匂い。そしていたるところに飛び散った血痕があった。

 

なんだここは?まるで誰かが殺し合いをした後みたいじゃないか。

 

そして部屋の真ん中にできた血溜まりに仰向けの状態で彼。スズキ・サトルはいた。

 

私はサトルに近づき脈を測る。

 

「脈がない・・・」

 

続いて彼の胸に耳を当て心音を聞く。

 

「何も聞こえない・・・」

 

自分の指を彼の鼻当てる。

 

「息をしていないのか」

 

 

それらが表すことは彼は死んでいるということだった。

 

 

 

鈴木悟は死んだ。

 

 

 

 

死因を確定するために私は彼を診察する。

 

胸に開いた穴を見た。いろんな傷を見てきたがこういう傷はあまり見たことがない。

 

まるで内側から何かが破け出たようだ。

 

「これか?」

 

私は周り散らばっていた血まみれの金属の管が伸びた部品のようなものを手に持った。

 

これを体に埋め込んでるのか。私でも初めて見る物だ。

 

私はそれが埋め込まれていただろう彼の胸の穴に指を突っ込み触診した。

 

クチュクチュ。と嫌な音を立てながら探っているとあることに気づいた。

 

彼には肺がないのである。

 

肺がないとは・・・彼はここに来るまで元気だったというが。

 

彼の口元付近にあった透明の何かに視線を向ける。

 

これは肺の形に似ている。

 

もしやするとこれらの散らばって部品は臓器なのか?

 

彼は一体何者なんだ。これら一体・・・

 

 

 

 

 

「ミアハ。サトル君はどうだい。助かりそうかい?」

 

考察にふけっていた私はヘスティアの声に意識を戻される。彼女の方に顔を向ける。

 

ヘスティアの顔はとても不安そうだった。

 

「彼は・・・」

 

私は言い止まってしまった。おそらく彼はヘスティアの数少ない眷属だろう。真実を言うのは辛い。

 

「彼は死んだ「ヘスティア様・・・」でない!?」

 

私は驚きのあまり声が裏返ってしまった。

 

なんと彼が喋ったのだ。喋るはずもないのに。

 

「あ、ありがとうございます・・・私はこれで・・・自由に・・・家族を・・・」

 

「サトル君!」

 

幻聴ではなかった。彼は生きている。助けなければ。すぐさま行動に移さねば。

 

私は貴重なエリクサーを彼に惜しげもなく使った。

 

彼の傷は塞がり、血の気が引いた顔色はいくらか戻った。そして脈を。心音を。呼吸を測る。

 

なんと正常な状態域まで戻ったではないか。

 

私は安堵した。しかし・・・

 

「ナァーザに怒られるだろうなぁ・・・」

 

鈴木悟の治療に使われたエリクサーは通常とは違う物だった。

 

医療系ファミリアなどで買う事ができる一般的なエリクサーは命さえあれば死に至るような傷までも治ってしまう代物だ。

 

しかし、魔物に足を食われたり、手が溶かされたりして治る部分が無ければその部位は戻る事はない。

 

そしてミアハの持って来た治療薬は鈴木悟が"失った臓器達"を人工内蔵を移植する前に戻す事ができた。

 

 

 

それは本当に"特別なエリクサー"だった。

 

 

 

彼に使ったエリクサーはミアハファミリアのとある団員が腕を失うという取り返しのつかない出来事があり、ミアハはもうこんなことが起きないように、戒めで作ったものだ。

 

そしてその団員を治すための物でもあった。

 

 

 

ミアハは先ほど使った薬の空瓶を見て感慨にふけっていた。

 

ーやはり、あのエリクサーは私が作った物の中でも久しぶりによくできたと思う。

 

当時のミアハは神の力を使ってでも彼女の傷を治せる霊薬を作りたかった。だが彼のファミリアは貧乏であり、求める材料は高価でとても買えなかった。

 

奇跡が起きたというべきか。

 

偶然にも神友たちにミアハがついポロっと弱音を吐いてしまったところ、次々と予想以上に貴重で上質な素材が寄付された。

 

良い素材とミアハの神業で作られたそれは足がなくなろうが、目が潰されようが、爆散しようが命さえあればぶっかけたり、飲み込んでしまえばたちまちに治ってしまう部位欠損上等な霊薬ができてしまった。おそらく他のエリクサーよりすごく良い物だ。

 

ミアハはその団員であるナァーザに使ってもらおうとしたが彼女は断固拒否。

 

「もう私はこんなに素晴らしい義腕があるのだからミアハ様は心配しなくても良いです」

 

それよりも高い値が付きそうですし売っちゃいましょう!と言われてしまった。

 

それは自身の義腕をディアンケトファミリアから買うために作った借金で火の車であるミアハを気遣ったことであった。

 

ミアハは彼女の気遣いに気付いていた。知っていた。

 

彼女は霊薬が置いてある棚をよく見ていた。

 

エリクサーを見る彼女の眼は後悔や期待の混じった色をしていたのは記憶にある。

 

彼は彼女の苦悩を知っている。

 

だが、それ"でも"だ。

 

知っているが助けられる命があるのならば助けたい。何よりも目先の命。

 

 

彼はそういう性格だった。

 

 

故にミアハは落ち込んでいた。

 

「はぁ・・・ナァーザに殴られる」

 

「あの霊薬はそんなに高価なものなのかい?」

 

眷属である鈴木悟を助けてもらったヘスティアは恐る恐る価値を聞いて見た。

 

ミアハはヘスティアに金額を耳打ちする。

 

「・・・うひぃっ!まじですかいな・・・」

 

ヘスティアはあまりの値段に険悪な仲である無乳の女神の口調が出てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこは血溜まりで寝床にするのは辛いだろう」

 

私のホームに今日は泊まると良いとミアハは言った。

 

「ミアハ。君には本当に感謝している。それにとてつもない恩ができた。ありがとう」

 

ヘスティアは真剣な顔だった。

 

「でもミアハのホームにお邪魔するのは流石に君の眷属にも迷惑だろう。恩知らずすぎるから今日は宿を取るよ」

 

「そうか、わかった。なぁに君との仲さ。また頼ってくれ。あとこれは貰っておくよ」

 

手土産みたいなものもできたしなと手を振ってミアハは紙袋を持ちながら自分のホームに帰っていった。

 

「ありがとう〜!ミアハ〜!この恩は一万年掛かっても絶対返すよ〜!」

 

ヘスティアは全身を使って彼を見送った。

 

「そういうわけだから今日は宿に泊まろうか。ベル君」

 

ベル君にまだ覚醒していないサトル君を背負ってもらいながら宿を目指す。

 

 

 

 

「ねぇ神様。サトルさんの背中から出たあの赤い光はなんだったんでしょうか?」

 

宿に向かう途中ベルは素直な疑問をヘスティアに尋ねた。

 

赤い光。禍々しくおどろどろしいあの光。

 

正直ヘスティアはあまり思い出したくなかった。

 

「多分、良いものではないだろうね」

 

ヘスティアはあの惨状を引き起こした原因の目星はついていた。

 

 

 

おそらくあの”レアスキル”だ。

 

 

【ユグドラシルの住人】

 

彼にアバターの事を尋ねた時、この惨状を引き起こしてしまった。

 

もしかしたらその言葉がスキル発動の引き金かもしれない。

 

そして、あれがサトル君の体をあんな風にしたんだろう。何がレアスキルだ。あんなことになるのならなかった方が良かったのに!

 

彼がこんなにも苦しい思いをするなら【神の恩恵】なんてあげなければよかった・・・

 

 

 

ボクは悲しい。

 

 

 

 

【神の恩恵】はその者の所属するファミリアの神が望めば解除する事ができる。だが、ヘスティアは鈴木悟に自ら刻んだ【神の恩恵】を取り消そうと思わなかった。

 

それはミアハの言った言葉で考えたことである。その言葉は、

 

 

"彼は死んでいるはずだった。"

 

 

今の彼はこのスキルによって生かされているかもしれない。もし【神の恩恵】を解いたならスキルは消滅し彼はまた死んでしまうかもしれない。

 

解放してあげたいのに、それをしてあげる事ができない。

 

ヘスティアはジレンマに陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

スキルの発現には個人差がある。あるものは戦闘に長けたもの。あるものは傷を癒すもの。そしてあるものは呪うもの。

 

どのスキルも自分にとってメリットがあるものが多く、デメリットがあるものもある。だがそのデメリットが原因で死ぬほどの大事になることはとても少ない。

 

スキルはその者の人生で経験したことや望んだことに由来する。例えば釣りばかりしていると釣りのスキルが発現し、占いが上手くなりたいと思えば占いのスキルが芽生えて来る。

 

そして恋をすればそれに役立つ便利なスキルが出て来ることもある。

 

故にデメリットはスキルが基本的には保持者を助長するものだから自己に及ぼす利点を超えない。

 

例外として、自己犠牲をしたくてたまらない者がいれば真逆の話に変わるだろう。

 

 

 

 

では【ユグドラシルの住人】はどうだろうか?

 

実はこれはユグドラシルをプレイした者は誰でも発現する可能性があるスキルである。発現条件の緩さから珍しいものではないだろう。そのプレイヤー達が【神の恩恵】を受けられればの話だが。

 

その効果はユグドラシルに魅了された者ほど影響がある。

 

そして鈴木悟はそのゲームにほぼ全てを捧げた廃人プレイヤーだった。

 

そのためか。

 

あの日、彼の体は不死者。アンデッドであるオーバーロードに近づいてしまった。

 

オーバーロードである彼に必要な体は自身を構成する体のみであり、ユグドラシルでない日本で作られた臓器達は拒絶反応を起こしてしまうほど異物だった。

 

だからこそか、それらは鈴木悟の体から排出されたのである。

 

もしもの話だが、彼の種族がオートマトンなど機械種族であれば人工臓器は取り込まれていたかもしれない。

 

そして不死者であるため致死の傷を受けて心臓が止まろうが呼吸できなかろうが意識があったのだ。そもそも臓器が動く必要などないのだから。

 

 

 

ちなみにこのスキルを鈴木悟と同じように、ユグドラシルを経験出来るあの荒廃した世界から来た人間が手に入れたらどうなるのか?。

 

プレイヤーの多くは貧困層だ。皮肉だが生きるために埋め込まれた人工臓器が排出されてしまい致死に至る傷を負ってしまう。

 

その関係で再生能力がある、もしくは必要ないクラスか種族の持ったアバターか、そもそも移植が必要ない富裕層はこの力を存分に使う事ができる。

 

鈴木悟は前者だった。

 

 

 

 

彼に起きた出来事に話を戻そう。

 

 

彼は不幸中の幸いというべきか、アンデッドになりかけた中途半端な鈴木悟の体は"生者"と"不死者"の性質を持っていた。

 

ミアハがエリクサーで治療できたのは生者の性質を持っていたためである。

 

彼が完全にオーバーロードになっていたらエリクサーで大ダメージを受けていた。

 

鈴木悟は死者から生きた人間に戻る事ができたのだ。それは奇跡だった。

 

 

もしミアハが"あのエリクサー"を作らず、治療を受けなければ彼はやがて肉体が腐り、生者を憎むアンデットになっていただろう。

 

そして超越存在である神々とは異なった新たなる"超越者"が生まれてしまったら、迷宮都市オラリオは戦火に見舞われ消え去っていただろう。

 

これは運命か。それとも誰かの手の内で踊らされているのか。

 

彼は何をこの世界にもたらすのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「本当に君は可哀想なやつだ。せっかく家族になったのに死にかけるなんて」

 

ヘスティアは宿屋のベッドに横たわった鈴木悟の頭を優しく撫でていた。彼女の顔は慈愛と自責、悲しみが感じられた。

 

「せっかく君と出会えて喜んでたのに。可愛いボクを心配させて悲しませるなて罪なやつだ」

 

ヘスティアの眼は涙で潤んでいた。

 

 

 

「だからボクを置いていかないで。サトル」

 

 

 

彼はまだ目を覚ませず、何も喋らない。

 

だが、その時のヘスティアには意識を失っているはずのサトルが頷いているように見えた。

 

 

 

 

「神様ー。シャワー出ましたよー」

 

ベルは血塗れの鈴木悟を担いでいたためにひどく汚れていた。

 

ヘスティアもそれなりに飛び散った液体で汚れていたが、ベルの方がカピカピですごいことになっていたので先にシャワーの順番を譲っていた。

 

 

 

 

 

ザァー。

 

 

シャワーの音が小さい浴場に鳴り渡る。

 

 

あれは彼に関係するものだったのだろうか?

 

ヘスティアはシャワーで赤い汚れを落としながらあのシンボルの事を考えていた。

 

そのシンボルとはアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインの事だ。

 

それはとても異質であり、私達を表す象徴が持っているような神々しい感じは全くしなかった。感じられたのは正反対の私達を憎む何かだった。

 

ヘスティアファミリアの象徴である竃のシンボルが侵食されるように現れたそれは恐怖を禁じ得ない。

 

私達の子が私達の子じゃ無くなるようだった。

 

「サトル君は一体何を背負っているんだい」

 

あの日もっと詳しく聞くべきだったと後悔した。

 

もう詳細には彼にユグドラシルのことは聞けないだろう。

 

だって、それがサトルの体を蝕んでしまうかもしれないからだ。

 

 

 

 

 

「神様。おやすみなさい」

 

「待ってくれベル君。彼について話がある」

 

ヘスティアは就寝しようとしていたベルを呼び止めて鈴木悟が持つスキルの内容や発動条件について推測だが話した。

 

彼女はそのスキルについて注意するようにお願いをした。

 

「わかりました。今後はサトルさんにユグドラシルのことは深くは聞かない。特にアバターに関しては厳禁。でいいですね?」

 

彼はヘスティアのお願いを聞き入れた。

 

 

 

ベルはヘスティアとの会話で初めて鈴木悟にスキルが発現している事を知った。

 

しかも"レアスキル"だ

 

 

ベル・クラネルにはスキルは発現していなかった。そして冒険者である彼はスキルが欲しくて堪らなかった。

 

そして、鈴木悟にスキルが発現したことに嫉妬の感情を抱いた。

 

けれど、それは最初だけだ。

 

ベルがその話の途中から鈴木悟に感じたことは哀れみだった。

 

 

 

 

 

「ではおやすみなさい。神様」

 

ベルは2度目の就寝の挨拶をしてベッドに潜っていった。

 

 

ヘスティアも寝ようと思って割り当てられた自分のベッドに向かう。

 

ふと鈴木悟の様子を見る。

 

彼はうつ伏せに寝返りをしていた。

 

背中丸出しだ。シャツを着ていたため恩恵は見えない。

 

彼女は鈴木悟の恩恵が気になった。

 

そもそもアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが浮かび上がった時からか、彼女はあまり見ようとも思わなかった。

 

そのシンボルが怖かったからだ。

 

 

「どうなっているのかな」

 

鈴木悟の上着を恐る恐るめくって見ると、

 

 

 

そこにはヘスティアのシンボルである竃の模様があった。

 

 

ーあった。ボクが刻んだ恩恵が。

 

 

「はぁ〜。良かった。本当に」

 

 

ペタンと脱力したヘスティアは安心したためか、力尽きて鈴木悟が横たわっているベッドで夜を明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

もにゅ。

 

鈴木悟は柔らかい何かに頭挟まれながら目を覚ました。

 

柔らかい。プニプニしてる。

 

これは、

 

 

 

オッパイだ!OPPAIDA!!

 

あ!あ^〜!

 

 

初めて味わう乳房の柔らかさに戸惑いながらも顔を埋めながら、鈴木悟は堪能してしまった。

 

意外な事に、それについて彼が感じたことは、性的な興奮では無く母性だった。

 

「・・・お母さん」

 

その温かさは物心がつく前から死んでしまった母親が与える事ができなかった感情を引き起こす。

 

ヘスティアの心臓音が聞こえる。その鼓動は生きる力を与えてくれるように心地よい。

 

人との温もりを直接感じる事がなかった彼はとても満たされていた。

 

 

 

ちなみに彼の状況を第三者から見るとロリ巨乳にバブみを感じるいい歳した大人である。そういうお店かな?

 

バブみがわからない人は検索しよう。(ヤメテ

 

 

 

 

「ってそんな場合じゃない!」

 

「うわぁ!」

 

彼はガバっと身を起こした勢いでヘスティアを起こしてしまった。

 

鈴木悟は周りを見渡す。

 

床。壁。扉。それら全て見覚えのない物だった。

 

「ここは・・・っ!?」

 

彼は動揺していた。目の前にいたヘスティアが涙目だったのだ。

 

「うわーんーよがったー」

 

ヘスティアはすがりつく様に鈴木悟に抱きつく。

 

「うわぁ。ヘスティア様どうしたんですか!?」

 

彼女は鈴木悟の問いかけ答える余裕もなく泣きじゃくっていた。

 

 

 

ああ、そうか。俺は死にかけたんだった。

 

 

彼は昨日の出来事を思い出す。

 

 

 

「俺は死んでないのか」

 

 

 

その言葉は偶然にも彼がこの世界に来た時に呟いた事と同じだった。

 

ただ一つだけ違う事があった。

 

その声は喜びの色に染まっていたのだ。

 

 

 

 

 

覚醒した鈴木悟はヘスティアに気絶してる間の事を教えてもらった。スキルの事を除いて。

 

 

鈴木悟は、その話で自身が色々とヘスティアたちに迷惑をかけてしまったことがわかった。

 

ミアハと言う神にすごい薬で治療されたこと。自分の起こした出来事のために宿屋に払ったヘスティアファミリアにとって高いお金。

 

そして彼が一番気にしたのは、恩恵を受けた場所である地下室が殺人現場の様になってしまった事だ。

 

彼は義理の堅い人間である。恩を返さねば気が済まないタイプだ。

 

 

そのためには色々やる事はあるが、とりあえず・・・

 

「まず掃除しよう」

 

彼は血溜まりと格闘する事に決めた。

 

 

 

3日後。

 

「フンーフフーンフーン」

 

不器用な鼻歌を歌いながら鈴木悟はモップを巧みに操り床を綺麗に磨いていく。

 

「これで終わり!」

 

あの殺人現場の様な地下室は見違える様に綺麗になっていた。

 

さすがに時間が経ってしまった血の汚れは完全に取れなかったが。

 

 

 

「手伝ってくれてすまない。ベル君。俺がやるべき仕事なのに」

 

「気にしないでください!それにサトルさんは病み上がりじゃないですか」

 

3日の間、元気になった彼はお礼を言いにミアハの下へ訪ねたり、頑固すぎる汚れと格闘していた。ベルはずっと彼の付き添いや手伝いをしていた。彼は優しい人だ。

 

 

 

「明日ダンジョンに行こう思ってるんですけどサトルさんはどうします?」

 

「ダンジョン?」

 

それは鈴木悟が散々耳にした言葉だった。何せ、彼はダンジョンの製作に携わった事があるのだから。しかしそれは仮想現実での出来事で現実ではない。

 

現実のダンジョンというのはどういうものだろうか?

 

「サトルさんはダンジョンのこと知らないんですか?」

 

ベルにダンジョンについて簡単な説明をしてもらった。

 

意外な事に魔物がいてそれを神の恩恵を受けた冒険者が倒し、迷宮の奥を探索するというまるでゲームの様な内容だった。

 

魔物が落とす魔石はギルドという場所で換金でき冒険者の主な収入源になっている。深い階層の魔石ほど価値が高くなるらしい。

 

さらにレベルやスキル、魔法などもあるらしい。それらは恩恵によってもたらされ、超常の力を冒険者は宿すという。

 

本当にゲームみたいだ。

 

もしそうなら彼はパーティーを組んだりしているのかな?

 

「誰か一緒に迷宮に潜る人は・・・」

 

鈴木悟はベルを見る。彼の目はすごく泳いでいた。

 

ぼっちか。前の俺と同じじゃないか。

 

ダンジョンの狩場でひたすら1人で稼いでいた事を思い出す。あれはもはや作業だった。

 

「もしかしてベル君は1人なのかい?」

 

「ええ」

 

先程の話によると、彼は駆け出し冒険者らしい。ソロで潜るのに有用なスキルや経験は持っていないだろう。もしものことがあれば、やり直しができるユグドラシルと違って死んだらお終いだ。なら・・・

 

「俺も冒険者になるよ。そしてベル君とパーティーが組みたい」

 

「いいですか!?」

 

俺がどれだけサポートできるかわからないけど、いないよりマシだろう。それに、

 

 

ニートだしなぁ〜

 

 

 

彼はこの世界に来てずっとヘスティアたちに養われ続けている。社畜であった彼はそのことが耐え難かった。

 

 

 

 

 

「ダメだ!君は行っちゃダメだ」

 

「神様・・・」

 

鈴木悟は冒険者になる事をベルと一緒にヘスティアに話を持って行った。結果はこの通りだ。

 

なんでだろうか?理由を尋ねてみると。

 

「だって!っうぅ〜」

 

ヘスティアは言い止まり、説明をしなかった。彼女はとても気まずそうな顔で不安がっていた。

 

なるほど、そういう事か。

 

日本人ある鈴木悟はそれなりに空気を読む事が得意である。

 

人(神?)の感情に機敏である彼はヘスティアが何を言おうとしているのか分かっていた。

 

彼女は俺がまた死にかけるのではないかと危惧しているのだ。

 

本当に優しい神様だ。本当に会えてよかった。

 

 

 

だが、その心配はダンジョンと言う危険な場所に潜るベルにも当てはまる。

 

鈴木悟はヘスティアに彼がパーティーメンバーがいない事やそれについての危険性を話す。

 

「た、確かにベル君のためにも必要だ。サトル君が冒険者になる事を認めるよ」

 

ベルの事を引き合いに出したらすんなりと話は通った。彼女も彼が1人でダンジョンに潜るのは心配だったらしい。

 

ちょっとの間、彼女は何かを考えている様な渋い顔で言葉を切り出した。

 

「じゃあサトル君。ステータスの更新をしようか」

 

ステータスの更新。それはダンジョンに潜る冒険者にとって必要な事である。

 

【神の恩恵】は刻んだだけではほとんど意味をなさない。更新をして初めて超常の力を得るのだ。

 

ヘスティアには苦渋の決断だった。あのスキルの為か、何が起こるかがわからなく、彼がまた苦しい思いをするかもしれないからだ。

 

だが、更新をしなければベルと違って生身に近い鈴木悟は1階層でもキツイだろう。

 

【神の恩恵】を刻んで数日しかたっていないからステータスの変化は微々たるものだろう。でも少しでも上昇していればベルの助けにもなるはずだ。

 

彼女にとって、鈴木悟とベル・クラネルの2人は数少ない眷属であり可愛い可愛い家族であった。

 

 

 

 

ー鉄の匂いがする。

 

鈴木悟は恩恵を授かった時と同じ様に背中を天井に向けてソファに寝転んでいた。そのソファは血が染み込んでしまい完全に汚れが取れず、独特な赤血球の匂いがした。

 

「じゃあやるね」

 

鈴木悟に跨っていたヘスティアは早速ステータスの更新に取り掛かる。

 

背中が光り出す。自分が高まる様な不思議な感覚が鈴木悟を包む。

 

 

「っ!なんで・・・」

 

ヘスティアの小さな、それでいて鬼気迫る様な声がした。

 

どうしたんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘスティアは鈴木悟の"ありえない"ステータスの変化に驚嘆を隠しきれなかった。

 

 

 

スズキ・サトル

 

Lv1

 

力 :I 0→H 100

耐久:I 10→H 100

器用:I 10→H 100

敏捷:I 10→H 100

魔力:I 0→H 100

 

超越者:I

 

 

《魔法》

 

【マジックアロー/魔法の矢】

 

・第一位階魔法

 

 

《スキル》

 

【ユグドラシルの住人】

 

・自身のアバターに近づく。

・その姿を求めるたび効果上昇。

・基礎アビリティに補正。

 

 

 

まずステータスの伸び方がおかしい。本来ステータスは冒険者の経験によって上がる数値が決まる。剣を振れば力が、攻撃を受ければ耐久が、魔法を使えば魔力が上がる。

 

 

こんなにも数字が"均等"に上がることはまずない。しかも上げ幅が大きい。彼はこの三日間、部屋の掃除しかしてないというのに。

 

異常だ。

 

 

次に魔法だ。これに関しては第一位階魔法という聞き覚えがない言葉以外には問題は無い。

 

彼には魔導の才能があったのだ。で済む話だ。これは純粋に喜んでいいだろう。

 

 

そして、一番の問題はこれだ。

 

発展アビリティ《超越者》の発現。

 

 

発展アビリティは敏捷や耐久、魔力と言った基礎アビリティとは趣が異なるものだ。

 

代表的な発展アビリティは鍛冶、神秘、狩人などがある。

 

その一つである鍛冶について掘り下げてみよう。

 

鍛冶屋はアビリティがなくとも武具を作ることができる。

 

だが鍛冶のアビリティを持ったものは絶対に折れない不壊属性を武器に与えたり、あらゆる耐性を持った防具を作ることができる。

 

それらはやはり恩恵による超常の力であり普通の事では無い。

 

 

スキルの様に説明欄が無い為、未だに謎が多いが、ダンジョン探索や魔物と対峙した時、アイテムの製作などで有用である。そして、応用が利く発展アビリティは第一級冒険者には必須だ。

 

 

発展アビリティはランクアップの時に個々のアビリティの経験値を積むことで選択肢に出現し、その中から一つ選んで取得することができる。

 

ちなみにランクアップとは偉業を達成し、Lv1からLv2にレベルが上がる様なことである。

 

 

だからこそ《超越者》という発展アビリティはとてつもなく異常だった。

 

彼は"ランクアップ"していないのだ。

 

効果もおそらく彼が初めて発現しただろうから不明だ。

 

そしてアビリティの名前。

 

超越者。

 

それは超越的存在である神である私達と同じ意味を持つ名前。

 

それが意味することはわからない。もしかしたら彼はボクと同じ神だったのかもしれない。

 

 

 

彼はどんな運命を定められただろうか。

 

ボクは見守ることしかできないだろうか。

 

ボクは彼を・・・

 

 

 

 

「ヘスティア様。何かありました?」

 

鈴木悟のその言葉に私の意識は戻された。

 

「い、いや。なんでも無いよ。ハイこれサトル君のステータス〜」

 

ヘスティアは鈴木悟に一枚の紙を渡す。

 

それは鈴木悟のステータスが書かれた物だったが、そこには当然の様に、スキル 【ユグドラシルの住人】と発展アビリティ 【超越者】の項目は無かった。

 

ヘスティアはそれらを鈴木悟に見させないように消したのだ。それに他の神の目もある。見つかったら最悪、彼は玩具にされて死ぬ。

 

 

「サトル君は才能があるみたいだ!魔法も発現してるし基礎アビリティだって高いよ!」

 

 

 

彼の力はベル君の助けになるだろう。

 

ダンジョンに1人で挑むのは危険だ。パーティーメンバーだって他のファミリアから探すのは困難だし、私の眷属だって貧乏で知名度が無いためか応募する者がいない。

 

だから、彼がベル君のパーティーに入るのは必然だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日も稼ごうか!ベル!」

 

「はい!サトルさん!」

 

彼らはダンジョンの入り口に立っていた。

 

無手であった鈴木悟はギルドで支給された防具と長剣、片手ワンドを装備している。

 

その姿に、今日初めてダンジョンに潜るような駆け出し冒険者の面影は無い。

 

それもそうだ。彼らは2人で10回以上ダンジョンに潜っているのだから。

 

 

 

 

鈴木悟達はダンジョンを一層、二層と進む。

 

 

「ベル!モンスターだ!敵を引きつけてくれ!」

 

「はい!サトルさん!」

 

 

4階層で現れた3体のコボルトにベルは突っ込む。

 

それは無謀な行為に見えるが違う。

 

ベルは危なげながらもモンスターを牽制し確実に相手の動きを鈍らせている。

 

「ベル!離れてくれ」

 

一方、鈴木悟はワンドを構え、魔法で攻撃する準備をしていた。

 

「《魔法三重化》!《マジックアロー/魔法の矢》!」

 

鈴木悟の周辺から光の玉が三つ現れる。

 

それは矢のように飛んで行ってコボルトの眉間を撃ち抜き、体を魔石に変えていく。

 

「ふぅ〜やりましたね。この調子なら六階層あたりまで行けそうです」

 

「ああ。ベル君の敵捌きも良かったし行けそうだね」

 

2人のコンビネーションはとても良かった。

 

 

 

初めてダンジョンで一緒に潜ってみて、ベルが鈴木悟に抱いた印象は戦上手である。

 

現実で戦った事は無いと言っていたが、初めから魔法の扱い方や敵との間合いの取り方はすでに熟練者の域に達していた。

 

魔法での戦闘であればコボルト10体でも簡単にあしらってしまうだろう。

 

そして戦闘中の指示も的確で、ベルも何度それに助けられたかわからないほどだ。

 

反面、剣などの近接武器はあまり得意な印象は受けなかった。彼は長剣を持っているが切羽詰まった時しか使わないだろう。

 

それに、おそらく鈴木悟しか使えないだろう位階魔法に分類される《マジックアロー/魔法の矢》は威力こそ少ないものの下層では十分通用する代物だ。

 

この魔法はなんと無詠唱で使うことができ、《魔法三重化》や《魔法最大強化》などの追加詠唱することで性質を変えることができる。これはどの位階魔法でも共通しているらしい。

 

なぜ鈴木悟がそれらを知って使っているかはユグドラシルに関連するものだろうからベルは詳しくは聞かなかった。

 

彼はここに来る前は魔法使いだっただろうか?

 

 

話が変わるが、鈴木悟がベルに対して砕けた口調なのはベルがお願いしたことである。

 

ベルの身近な男性は村の人か死んだおじいちゃんしかいなく、オラリオに来てからはいなかった。

 

同じ眷属である年上の鈴木悟は彼にお兄ちゃんができたみたいなものであった。

 

彼はちょっとだけ、頼れる兄という存在に憧れを持っていたのだ。

 

 

 

 

「ここは初めてですね・・・」

 

鈴木悟達は五階層を突破し"六階層"に足を踏み入れた。

 

「ああ。ギルドの情報によるとウォーシャドウが出るみたいだ。気をつけよう」

 

 

彼らはいつ襲われても大丈夫なように身構えて、先を進む。

 

「モンスターがあまりいませんね」

 

道中出会ったのはウォーシャドウ3体のみ。そのモンスターは鈴木悟の魔法により全て一撃で倒せた。

 

 

鈴木悟は違和感を覚える。ギルドで教えてもらった情報ではもっとモンスターがいるはずだ。

 

だがこれは好機だ。無駄な戦闘は避けれる。

 

体力も消耗していないしウォーシャドウだってそんなに強くはなかった。先に進みもっと強いモンスターを倒し質の良い魔石を稼ごう。

 

 

 

 

彼は慢心していた。

 

 

 

 

 

 

100→125→150→175→200→225・・・

 

 

この数字は鈴木悟のステータス更新による基礎アビリティの上昇推移である。

 

全ての項目が均等に上がっている。

 

それはまるで元々高位の存在が段々と力を取り戻すようにも見える。

 

彼は駆け出しの冒険者にしては高ステータスだったためコボルトやゴブリンには全く苦戦をしなかった。

 

 

 

 

そのためか、彼は目の前にいる"5匹"のミノタウロスの脅威に気付けなかった。

 

そのモンスター達は本来15層あたりに潜む者でありLv1の彼らには到底勝てる存在では無い。

 

 

「ミノタウロスか。面白い!」

 

鈴木悟はワンドを構え、魔法を唱えようとする。

 

 

刹那。ミノタウロスの拳が彼に迫る。

 

 

え?なんで?俺は死ぬのか?

 

 

ドグシャ。肉を引きちぎるような音がし鈴木悟は壁へと吹っ飛ばされた。

 

 

ー痛くない。

 

彼は壁にぶつかった痛みはあったが、身を裂くような痛みは無かった。

 

 

それもそのはず、鈴木悟は無傷であった。

 

先ほどの吹っ飛ばされた場所にいたミノタウロスを視線を向ける。そこ床に伏せていたのは、

 

「ベ、ベル・・・」

 

腹に大きな穴を開け、血塗れのベル・クラネルだった。

 

手が血で赤くなったミノタウロスはまだ微かに息があるベルにトドメを刺そうと手を振り上げる。

 

「や、やめてくれ。やめてくれ・・・」

 

やめてくれ。その言葉はミノタウロスには届かない。

 

 

 

 

 

もし鈴木悟がいなかったら、ベル・クラネルはダンジョンを順調に進むことができず、討伐されるはずだったミノタウロス達と出会うことはなかっただろう。

 

もし鈴木悟がいなかったら、ベル・クラネルは"六階層"に降りず五階層でミノタウロスに襲われ、剣姫アイズ・ヴァレンシュタインに救われ恋を抱いただろう。

 

もし鈴木悟がいなかったら、ベル・クラネルは慢心した彼を庇い瀕死の傷を受けることはなかっただろう。

 

 

 

 

 

鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか?

 

その答えは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴木悟は目の前の惨劇に無力さと自己嫌悪を感じていた。

 

ギルドで聞いていたはずだ。ミノタウロスはLv2からでないと対処は難しいと。戦うのは無謀と。

 

だから一目散に逃げるべきだった。

 

だが自身の驕りで立ち向かおうとしてベルを死なせようとしている。

 

慢心せずに知っていたのだから注意すべきだった。俺は馬鹿だ。

 

 

そして力があればこんなことは起きなかった。俺は弱い。

 

 

力が欲しい。

 

 

 

力が。

 

 

 

 

 

欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

彼の背中が光り出した。

 

 

 

 

 

 

その光は赤く禍々しかった。

 

 

 

彼の体を光が包み込む。やがて光は消え去り黒い瘴気が舞う。

 

そして瘴気をまとった彼の姿は皮と肉は消え去り骸骨になっていた。それはアバターであるモモンガと同じであった。

 

 

 

 

ここに死が顕現した。

 

 

 

 

 

 

ミノタウロス達は鈴木悟に起こった変化に警戒した。

 

拳を振り上げていたミノタウロスはベルから興味を失い、鈴木悟であったモモンガに強烈なストレートを繰り出す。

 

その拳はモモンガの骨の体に突き刺さる。そう突き刺さるはずだった。

 

ミノタウロス狼狽えた。骨が砕ける感触も硬い物を打ちつけ跳ね返る感じがなかった。

 

その手で感じたのは空虚。なんの感触も得られなかったのである。

 

 

これはモモンガの持つスキルの中の一つ《上位物理無効Ⅲ》の効果である。

 

それはユグドラシルにおけるレベル60程度の物理攻撃を無効化するというものだ。

 

当然のことながら攻撃したミノタウロスはこの壁を突破できなかった。

 

 

 

モモンガはパンチしてきたミノタウロスの腕を掴む。

 

「《負の接触》」

 

負の接触。ネガティヴ・タッチとは触れた相手に負のエネルギーを送り込みダメージを与えるというものだ。

 

それを受けたミノタウロスは腕が腐り、それが一瞬にして広がり死に絶えた。

 

 

続いてモモンガは残り"3匹"のミノタウロスに死を与える。

 

 

「《心臓掌握》」

 

何かが潰れたような音がして、1匹のミノタウロスは糸が切れたように床に倒れ魔石に変わった。

 

 

 

心臓掌握。グラスプ・ハート。

 

第九位階魔法に属するこれは心臓を直接握りつぶして即死させる魔法である。抵抗された場合、状態異常の一つである朦朧の効果があるためモモンガはよく牽制の意味でもよく使っていた。

 

「《破裂》」

 

それを受けたミノタウロスはまるで体の内側から爆弾が炸裂したように上半身を四散させた。

 

 

破裂。エクスプロード。

 

第八位階魔法に属するこれは対象を内部から爆発させる魔法である。魔法防御力が高くなければ避けることは困難である。

 

 

「《現断》」

 

次元を切り裂く刃が最後のミノタウロスに襲いかかる。それはいとも簡単に肉や骨を断ち切り、威力は衰えずダンジョンの壁に大きすぎる裂け目を作った。

 

 

現断。リアリティ・スラッシュ。

 

第十位階魔法に属するそれはモモンガの持つ攻撃手段の中でも一番の威力と燃費の悪さを持つ魔法だ。

 

 

 

5匹いたミノタウロスは1匹を除いてモモンガによって殺された。

 

その1匹はモモンガの姿を見るや否や、本能で察したのかどこかに逃げてしまった。

 

 

 

事が終わったモモンガは"虚無"から赤い液体が入った瓶を取り出す。

 

それを死に体のベルにかけた。すると、

たちまちお腹に開いた穴は消え去り、彼を健全な状態に戻した。

 

ベル・クラネルは九死に一生を得たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガは自分の骨になった手を。指を見る。

 

その時、彼の心の中は一つの感情で満たされていた。

 

 

それは仲間を救えたことによる安堵か。

 

「ぁ」

 

それは強大すぎる力を持てたことによる全能感か。

 

「ああ」

 

それはミノタウロスに行った暴力による快楽か。

 

「あああ」

 

 

 

彼の心を支配したのは、

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 

 

 

 

 

恐怖だった。

 




Q:彼は何に恐怖したのでしょうか?

ヒント:彼は童貞。


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一万回死ぬ予定の狼 1

4話目は書きたいことが多すぎて長くなってしまったので、できてる部分を投稿し、前編と後編に分割しようと思います。


今回はオリ階層が出てきます。注意。

2017/9/18 アンデッドに精神系魔法が効かないところ直しました。


2017/9/19 ベートの口調改変。アンデッドの精神安定化の部分改変。運命の説明部分改善しました。


「生きてる」

 

ミノタウロスに腹を突き破られた痛みで気を失っていたベル・クラネルは、目を覚ました。

 

周りを見渡す。

 

そこには飛び散った血と赤く湿った床があり、その床の上に魔石があった。

 

あの後、第一級冒険者が倒してくれたのだろうか?いくら駆け出しにしては才能のあるLv1のサトルさんにミノタウロスの相手は荷が重いだろう。

 

だからミノタウロスを倒したのは彼じゃない筈だ。

 

 

 

 

ベルは鈴木悟を庇ってできた傷跡があっただろう場所を触る。

 

ベルの胴体にできた大穴は何事もなかった様になかった。

 

しかし服は破け、血で染まっている。

 

それはミノタウロスの剛腕による暴力の証だった。

 

その証はポーションでは完治は難しい傷だった。もしかしてエリクサーでも使われたのか?

 

もし、それを僕に使ったのなら、その冒険者はぐう根も出ないお人好しである。それとも・・・

 

「後で代金請求されたらどうしよう・・・」

 

霊薬の値段はとてつもなく高い。駆け出しの冒険者では到底払えるものではない。

 

故に彼は救ってくれた冒険者がお金に寛大な人であることを願った。

 

「あ、そういえばサトルさんは?」

 

彼の周りには血溜まりと魔石しかなく、鈴木悟の姿はなかった。

 

「どこにいるんだろう」

 

静寂が辺りを包む。

 

 

 

きっとサトルさんはどこかにいる筈だ。あの人は僕より数倍強い。1人でダンジョンに潜っているにしても大丈夫だろう。

 

それに助けてくれた冒険者と一緒にいるかもしれない。

 

 

 

 

それならなぜ自分を一緒に連れってくれなかったのか?

 

この場にいないと言う事はベルを見捨てたのではないか?

 

 

 

 

 

 

鈴木悟はどこかで死んでしまったのでないのか?

 

 

 

 

 

彼はその事を考えない。

 

ベルは鈴木悟が死んでいるという最悪の事態を想像しようと思わなかった。

 

彼はあの日。オラリオに来る前にいた村の出来事を思い出す。

 

おじいさんと暮らしてたあの村を。

 

彼のおじいさんは魔物に襲われて崖に落ちてしまったという。遺体を見ていないため、生死は不明。だが絶望的な高さだった。

 

そして村人みんなからは死んでしまった。諦めなさいと言われた。

 

唯一の家族が死んだ事は幼少のベルにとってはとても辛い事だった。

 

だから、親しい人が死ぬのは許容できなかった。

 

 

 

サトルさんとは1カ月も一緒にいなかったが、彼との時間はとても楽しかった。

 

色んな事を彼に話して、彼からもいっぱい話してくれた。

 

例えば彼が前に住んでいた場所。

 

そこではインターネットというものが広がってて知りたい事はなんでも見れたらしい。文字や歴史、文化、娯楽までもが誰でも享受できた。

 

その反面、実際に体験できる事はほとんどないと言う。サトルさんが果物を齧って泣くほど喜んでいたのは記憶に真新しい。

 

 

喜怒哀楽の豊かな人だった。

 

謙虚で頭も良くて強い人。

 

もし僕に兄ちゃんがいたらサトルさんみたいな人が良いなぁ。

 

 

 

 

 

「案外近くにいたりして・・・」

 

ベルは鈴木悟を探すべくダンジョンを探索しようと思った。

 

その時、視線に動くものが映った。

 

サトルさんかな?

 

彼はそこに目を向ける。

 

 

 

 

迷宮は薄暗く視界が悪かった。そのためか、その影が人間にしては大きすぎるとベルは気づけなかった。

 

 

 

「サトルさーん!っひ!?」

 

 

 

牛の顔が現れる。

 

 

彼が鈴木悟だと思った人影は、モモンガから逃げたミノタウロスだった。

 

そのミノタウロスはベルに気づいた瞬間、まるで怨敵を見つけたかのように獣声をあげて彼に突っ込んできた。

 

「ブモモオオオオオ!」

 

「ひぃいいいい!」

 

殺される!と思った瞬間。ミノタウロスの身体に銀色の線が見えた。

 

その線は次第に赤くなり、そこから勢い良く血が吹き出る。

 

ベルは目の前にいたために、大量の血を

かぶってしまい真っ赤なトマトの様になってしまった。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

彼はまたもや血塗れなってしまったがそんな事はどうでも良かった。

 

目の前に美しすぎる天使がいるのだから。

 

それがベル・クラネルと剣姫。アイズ・ヴァレンシュタインの出会いだった。

 

 

 

 

 

「うぁああああああああ!」

 

しかし、彼は好みすぎる女性にどう接して良いかわからず、緊張のあまり逃げてしまった。

 

それはちょっと残念な初対面であった。

 

 

 

 

 

 

 

「あははは。トマト野郎に逃げられてやんの(笑)」

 

 

アイズは同じロキファミリアの団員であるベート・ローガに少年に逃走された事で笑われていた。

 

「何で・・・」

 

「そう落ち込むなよアイズ〜」

 

慰め?の言葉をかけて彼は颯爽と下層から湧き出たミノタウロスを狩る作業に戻った。

 

だが、アイズにはその言葉と嘲笑は頭に入らなかった。

 

彼女は目の前にある物に対して動揺していたのだから。

 

「何でこれがあるの?」

 

それは血と魔石、ミノタウロスのドロップアイテムだった。

 

ミノタウロスの角。私じゃない誰かが倒した証拠。

 

 

それを見たはずのベートは疑問を抱かなかった。全てLv5のアイズが始末したと思い込んでいたからだ。そして彼は壁が死角になって見えなかった。あの"裂け目"が。

 

 

 

アイズは壁にできた大きな裂け目を見る。それはどこまでも深かった。どこまでも。どこまでも。

 

そしてダンジョンは悲鳴をあげているように壁を修復しようと蠢く。

 

「一体誰が・・・」

 

 

 

 

それはモモンガの《現断》によって作られたものだった。

 

 

 

アイズはある目的を達成するために強くなりたかった。強さに憧れてた。

 

彼女は力の求道者だった。

 

なのにこの戦跡は"求めていた強者"が行ったというのにアイズを震えがらせる。

 

壁のクレバスはおそらく斬撃。魔法ではないだろう。いや、魔法なのかもしれない。そしてオラリオ最強のLv7のオッタルにはここまで深く破壊する事はできないだろう。

 

「これをやったのはLv8・・・いやもっと高ランクの人・・・」

 

Lv7以上の存在。それは未知なる力を持った者。

 

 

 

その深淵はアイズに疑念と恐怖を植え付けた。

 

 

 

 

 

ミノタウロス掃討に参加しなかったロキファミリアのメンバー達は八階層から七階層に上がる階段付近にいた。

 

団長のフィン。

 

武器を失ったアマゾネス姉妹。

 

魔法使いの女エルフ2人。

 

 

フィン以外の彼らはモンスターの追撃に向いてない団員だった。

 

 

武器を失っただけの前衛であるティオネとティオナはまだしも、後衛の魔法使いのエルフ達はモンスターに襲われたら大変だろう。さすがに上層では遅れをとると思わないが"もしも"ということがある。

 

ダンジョンでは何が起こるかわからないのだから。

 

そのためフィンはそのメンバーに残るように命令した。

 

 

 

 

階段を上る途中。

 

フィンは七階層から壁つたいに降りてくる人影に気づいた。

 

茶色いローブと金属製のガントレットをつけていて顔には赤いマスクをしていた。肌が見えない。体格からして男だろう。

 

彼の格好はとてもちぐはぐで奇妙であった。

 

冒険者だろうか?

 

ダンジョンにいる人間はほとんどが冒険者である。それ以外の者がいるのは自殺行為だ。

 

しかし、フィンには彼が冒険者には見えなかった。彼に対して親指が疼きだしたのだから。

 

 

 

「遠くに行かなければ・・・遠くに・・・」

 

彼はブツブツと何かを喋っている。どこからか逃げてきたようだ。

 

「あんた大丈夫?」

 

フィンが気になっていた様子だったために団長ラブなティオネは彼に近づき声をかけた。

 

「ち、近寄るな・・・」

 

彼の発した言葉は拒絶。それも弱々しかった。それに壁を支えにして歩く様は体のどこかが悪いのだろうか。怪我でもしたのだろうか?

 

 

「大丈夫?怪我でも「ティオネ!!」いひっ!」

 

フィンが彼女の名前を呼んだ。ティオネはいつもならそれだけでとても嬉しい事なのに怖がってしまった。それはフィンの顔が今まで見たことのない形相だったからだ。

 

「彼の言う通りにしろ」

 

「は、はぃ・・・」

 

ティオネは団長の指示に対して素直に従う。

 

「呼び止めてすみませんでした。先を急いでください」

 

フィンの額からは冷や汗が吹き出ており、目の前の存在の機嫌を損なわれないように取り繕うっている様子だった。

 

【勇者】フィンはLv6。オラリオではトップレベルの冒険者だ。そんな彼がおどおどと弱者のように、顔色を伺う事は珍しい事だった。

 

 

 

「ぁ・・・ぁぁ」

 

対して気遣われている人物の容態は体中をガタガタ震えていて、いつ倒れてもおかしくない状態だった。

 

だが、次の瞬間。ローブをまとった男性の体の震えがピタっと止まり様子が変わる。雰囲気が先程と違う。

 

「っ!?」

 

フィン達は警戒する。

 

 

 

「ああ。気遣い感謝する」

 

その男性は壁から手を離し威風堂々と立ち上がる。

 

彼の醸し出す雰囲気は病人のような状態から強者に変わった。威圧的でまるで王者のようだ。先程の様子はなんだったろうか。

 

そして彼はダンジョンの奥深くに消えた。

 

 

 

 

 

「団長〜うわ〜ん〜ごめんなさい〜」

 

団長のフィンに激しい感情をぶつけられたティオネは情緒不安定感になり泣いていた。

 

「ティオネ。さっきはすまなかった」

 

フィンはうずくまっているティオネの頭を撫でる。すると彼女は顔を緩ませながらケロッと機嫌が直った。

 

「んふふ〜〜♡団長〜〜♡」

 

彼女の目はハートになっていた。恋する乙女は単純である。

 

 

 

エルフの魔法使いで団長と同じロキファミリアの幹部であるリヴェリアがフィンに先ほどの行動を尋ねてきた。

 

「さっきはどうした。フィン。お前らしくなかったぞ?」

 

「これを見てくれ」

 

そう言ってフィンは手袋を外し右手を差し出す。彼の親指は危険を察知すると震えだす。フィンは何度もそれに助けられ生き残れた。今回も彼の親指に動きがあったみたいだ。

 

しかし彼女は疑問に思う。

 

なんだろうか?ただ見ても震えるだけの親指があるだけだと思うのだが・・・

 

それを見た瞬間、リヴェリアの目は驚きの色で染まった。

 

 

「これはっ!?」

 

それは内出血で紫色に変色し、あり得ない向きに曲がっている親指だった。

 

折れた親指。これは異常である。

 

彼の指は脅威に対して震えるだけで折れたことなど一度もない。

 

「こんな事は初めてだ。指が震えるならまだしも折れるなんて・・・アレはヤバイ」

 

指が折れる。もし親指に人格があるとするならば、それは立ち向かうことや逃げる事を放棄し死を選んだという事だ。

 

自死を選ばせてしまうほどの存在。それは人知を超えた者。超越者であるオーバーロードだったのだからしょうがない事である。彼の力を図ろうとしたならば当然の事である。

 

 

もしローブをまとった男性の不興を買っていたらこの場にいる全員が死んでいただろう。

 

親指が折れた事で目の前の危険を察知していたフィンの行動は正解だった。

 

 

 

 

彼らは気を取り直して階段を上る。

 

 

 

 

「さっきの人の声・・・」

 

ーどこかで聞いいたことある。

 

ティオナはその声にデジャブを感じていた。

 

それはあの日、胸の無い私を魅力的だと言ってくれた人。

 

神様達が着飾る時に着るような服をワンランク下げたようなものを纏った極東の青年の声だった。

 

 

 

 

 

 

モモンガはダンジョンの深層より奥深くにいた。階層を覚える余裕がなかったため何階層だかわからない。

 

途中、でかい芋虫や植物のツタを持ったモンスターなどが襲ってきたが【絶望のオーラⅤ(即死)】で全て魔石に変えた。

 

 

「遠くへ・・・」

 

それに階層を覚える必要はない。彼はベルから離れればなんでも良かったのだから。

 

 

あの時、オーバーロードになった鈴木悟を襲った変化は恐ろしいものだった。それがベル・クラネルから離れる原因になった。

 

 

 

それは自分の体が人外へと変わった事か。

 

ーああ、そうだ。

 

アンデットの特性である精神抑制が働き、心までもが人間でないという事を突きつけられた事か。

 

ーそれもある。

 

自分の股間が未使用で無くなってしまい、彼が"真の魔法使い"になってしまったことか。

 

ーそう・・・そうだ!!!うわー!!!ベルに先越される・・・しかもあいつモテるからなぁ。この間ギルドでエイナさんとイチャイチャしてたし。

 

・・・悔しい!(憤怒

 

俺だって青春したかった!そして初めてのできた彼女とデートしてその後ホテルで・・・

 

あ、今は骨だわ。ねぇわ。"アレ"

 

うわー(絶望

 

 

 

 

 

童貞の醜くて悲しい妄想は置いといて、

 

 

 

彼がベルがいた場所から去った原因はモモンガに設定された"カルマ"だった。

 

カルマ−500。それは極悪を意味する。

 

魔王ビルドに雰囲気的にも必要だったそれは彼の精神に影響を与えた。

 

それがもたらしたのは価値観の変化。

 

人間がどうでも良い存在に思えてきたのである。親しい人までもが。

 

その辺に転がる石や雑草。それがモモンガにとって人間という認識である。

 

ちなみにベルは雑草の中から芽生えた白い花だった。

 

 

仮に彼がこの世界に初めてきた時からオーバーロードであれば人間達をそういう者だと思いながら接することができただろう。

 

だが彼はここにきて知ってしまった。愛を。家族を。

 

想像してみてほしい。愛すべき夫や妻、恋人、友人。そして目に入れても痛くないような自分の子供がある日突然、どうでもよくなるのだ。それも強制的に。

 

そう思いたくないのにそう思ってしまう。

 

それに恐怖を感じてしまわないだろうか?

 

鈴木悟はとても感じた。

 

 

だからこそ彼は小枝をへし折るようにベルを殺してしまわないよう遠くに離れようとした。

 

 

 

 

「ここなら大丈夫だろう」

 

モモンガの周りには朽ちたマネキンのような物がたくさんあった。

 

 

ここはダンジョンの七十二階層。ピグマリオンの居城。

 

 

倒されてもまた立ち上がってくる無数の人形達が襲ってくる恐ろしい階層だ。

 

それを操る階層主を倒せば不死の人形は動かなくなるが、無数の肉壁に囲まれ突破するのは困難だ。

 

しかしモモンガはいとも簡単に階層主を魔石に変えてしまった。

 

 

「それなりに強そうなモンスターだったみたいだが時間対策を講じてないとはな。やはりここはユグドラシルとは違うな」

 

彼が行ったことは第10位階魔法《時間停止》。タイムストップで時を止め、《魔法遅延化》をかけた《現断》を至近距離で叩き込み魔石を砕くというものだ。それはどんなモンスターでも絶命するような攻撃だった。

 

 

 

 

 

「誰にも邪魔はされない場所だ。ここは。」

 

彼は自分にある魔法をかけようとしていた。

 

それは第10位階魔法《記憶操作》。コントロール・アムネジアである。

 

そのためベルから離れており、記憶をいじる間自分を害する者がいない場所を探していた。

 

なぜ自分にその危険な魔法をかけようとしているのか?その答えは簡単である。

 

彼は"スキル"によって自身がオーバーロードになっていたことを知っていたのだ。

 

もちろんスキルの内容も。

 

だからベルを瀕死に追いやったミノタウルスと対峙した時、モモンガの姿を強く求めた。

 

その結果がこれだ。彼は骸骨の化け物になってしまった。

 

 

 

あの日。ヘスティアから恩恵を授かり、教会の地下室を血まみれにして宿屋で一夜を明かした日。

 

ミアハに治療された彼の体は覚醒していなかったが脳は起きていた。そして聞いてしまった。

 

彼女がベルに鈴木悟が持っているスキルに対して説明と警戒することをお願いしたことを。

 

それに彼らの鈴木悟に対する態度は腫れ物を扱うような感じだったため何か隠しているのはバレバレだった。

 

しかし、鈴木悟はこの身に起きた事に対して隠し事されたことは不快には思わなかった。

 

だってそれは鈴木悟を心配して行っていることなのだから。

 

だから、むしろ彼らの嘘は鈴木悟にとっては心地良かった。

 

それに彼は社会人であり大人である。その気遣いに対してあれこれ聞いたりするのは空気が読めない人がやることだ。

 

空気が読める彼はずっと隠し事に気付きながらも黙っていた。それが"カッコいい大人"だからだ。

 

 

「【ユグドラシルの住人】の効果は三つ・・・」

 

 

・自身のアバターに近づく。

・その姿を求めるたび効果は上昇。

・基礎アビリティに補正。

 

 

 

モモンガは2番目の項目に着目した。

 

その姿を求めるたび効果は上昇。

 

ということはその姿を求めなければ骸骨にならずに済む事では無いのか?

 

ならば自身の力を否定すればいい。それだけのことで良い筈だ。

 

だが彼には出来なかった。人生をかけて作ったこのアバターは鈴木悟そのものだ。捨てることなど出来ない。せっかく積み上げたものだ。愛着だって沸く。

 

そして、彼の心にはユグドラシルへの執着心がこびりついていた。その憑き物は記憶を消さない限り取れないだろう。

 

だからちょうどよくモモンガが覚えていた《記憶操作》を使おうとした。

 

否定できないなら記憶を消せば良い。忘れれば良いと彼は考えた。

 

この世界では現実に合わせて魔法が変質している。効果は未知だ。危険かもしれない。

 

でもやるしか無い。俺はオーバーロードなんかになりたくない。人間でいたい。あそこへ帰りたい。教会の地下室に。

 

家族の元へ帰りたい。

 

ヘスティア様に会いたい。

 

 

 

 

 

母さんに会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「《記憶操作》」

 

何もおこらない。

 

それもそうだ。アンデットには精神系の魔法やスキルは効かないのだから。

 

「やはりか。ならば」

 

至極当然のように納得したモモンガは"虚無"からクラッカーのようなものを取り出す。

 

「完全なる狂騒。これを使えば魔法が効くはずだ」

 

完全なる狂騒。使用するとアンデッドのみに精神系魔法が効くようになるアイテムだ。

 

モモンガはパァン!とクラッカーを鳴らす。彼の体は精神安定の効果がなくなったためか、急激な精神変化で体をぐらつかせる。

 

「ぅ・・・これはきついな。でもこれならばいけるはずだ」

 

彼はもう一度、魔法を唱える。

 

「《記憶操作》」

 

 

鈴木悟の記憶がモモンガに溢れ出てくる。

 

「あああああああっ!」

 

記憶の奔流は彼の精神をガリガリと削る。普通の人ならば発狂してしまうのに彼はヘスティア達の元へ帰りたい思いで耐えた。

 

「遡れ!遡れ!遡れ!遡れっ!」

 

彼は記憶の海を搔きすすむ。ユグドラシルという名前を消し去るために。

 

 

 

 

 

【ユグドラシルの住人】はアバターの力を求めれば効果を発揮する。

 

その力を持つ存在を細かく認識できるほど再現ができ、恩恵を授かることができる。

 

しかし、ユグドラシルの記憶が無ければ意味をなさない。

 

モモンガの導き出した記憶を消すという答えは正しかった。

 

 

 

だが手順が間違っていた。

 

《記憶操作》を使ったのは悪手だったのだ。

 

もし彼がレベルダウン覚悟で超位魔法の《星に願いを》使えば・・・いや使わないだろう。

 

だって"レベルが勿体無いじゃないか"。

 

彼はきっとそう思うだろう。

 

 

 

 

鈴木悟達がミノタウロスに襲われれた日の夜。ヘスティアファミリアのホーム。教会の地下室にベルとヘスティアはいた。

 

彼らの表情は暗い。

 

ベルは鈴木悟がダンジョンから帰ってこなかったことを悔やんでいる。

 

ヘスティアは鈴木悟のこともそうだが、ベルにスキルが発現していたことに頭を悩ませていた。

 

そのスキルは《憧憬一途》。それはロキファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインに恋い焦がれて発現したものである。

 

その効果は相手を想うほど強くなるというもの。

 

実際にステータスの伸びはとても良かった。

 

そしてその相手とは自分では無い女性。それもヘスティアが嫌いな無乳女神の眷属ときた。

 

彼女は悔しかった。

 

ボクのベル君がヴァレンなにがしに染め上げられちゃうよぉ〜。それもロキのとこのやつに〜。それにサトル君だって帰ってこないし〜。

 

彼女の心はちょっとぐちゃぐちゃだった。

 

 

「ねぇ神様。サトルさん帰ってきませんね」

 

「ああ。でも彼はきっと帰ってくるよ」

 

ヘスティアは空元気を出して望み薄いことを言う。

 

もう鈴木悟がダンジョンに入って数時間もたって時刻は夜を指している。普通ならば死んでいると考えるのが妥当だろう。

 

しばし重く暗い空気が流れる。

 

「あ。これ助けてもらった冒険者さんに使ってもらったポーション?なんですけど知ってます?神様」

 

ベルはふと気づいたように鞄の中から水薬の空き瓶を取り出す。

 

その空き瓶はガラス工芸の名だたる職人が作ったように美しかった。

 

「綺麗だね〜。これ高そうだね・・・!?」

 

「ですよね!?やっぱこれ高価なものですよね!?」

 

ヘスティアは気づいてしまった。この綺麗なガラス瓶に入ってた液体は、おそらく・・・

 

「エリクサーだと・・・!?」

 

エリクサー。あらゆる万病を治す薬。値段は今のヘスティア達には到底払えない額だ。その冒険者に請求されたら借金地獄だ。

 

それに霊薬ならミアハの治療で使っている。しかも特別なやつ。

 

奇しくもエリクサーに縁があるファミリアである。

 

 

「ベル君!どうしよう!お金がない!あはは!」

 

「あははって!笑ってる場合じゃ無いですよ!」

 

2人は自暴自棄気味になっていた。

 

 

 

ギギ・・・

 

地下室を開けるドアの音がする。こんな遅くに誰かが尋ねるなんて珍しい。もしかしてベル君にエリクサーを使ってくれた冒険者!?

 

「神様!」

 

「あわわわ」

 

その冒険者と思われる人物はドアを開ける。暗闇から次第に室内の光に照らせられ風貌が明らかになってきた。

 

「あれ?2人とも変な顔してどうしたんですか?」

 

なんとドアを開けたのは"鈴木悟"だった。

 

 

 

 

その後、彼らは無事を確認し合い安堵した。

 

 

 

「ヘスティア様。今日もステータス更新をお願いしてもいいです?」

 

鈴木悟はベルが殺されかけたミノタウロスと対峙した後、気を失っていつの間にかダンジョンの一層にいたと言う。

 

服と防具がズタボロだったために彼は牛のモンスターから命からがら逃げてきたんだろう。

 

Lv2相当の怪物と戦ってLv1の冒険者が倒せなくても生き残ったのだからちょっとした偉業だ。

 

それに彼はステータスの伸びで悩んでた。均等にそれなりに高い数値で上がっていたのだが、いくら剣を素振りしても上昇値は変わらなかった。

 

いくら努力しても変化がなくてつまらない。

 

それが彼の心境だった。

 

だからミノタウロスと対峙したという経験が【神の恩恵】に変化をもたらすので無いのかと考えヘスティアに更新を頼んだのだ。

 

 

 

「じゃあやるよ」

 

いつも通りに鈴木悟はソファにうつ伏せなった。

 

 

 

背中が光りだす。この光は鈴木悟の心を安らげる。それはまるで母親の胎盤にいるような感覚だった。

 

 

 

 

「っ!?」

 

ヘスティアは驚愕した。

 

鈴木悟に新たなスキルと新たな"発展アビリティ"が発現していたのである。

 

また!?なんで!?

 

彼女の心は疑問でいっぱいになった。

 

 

 

 

 

 

 

スズキ・サトル

 

Lv1

 

力 :F 325→C 600

耐久:F 325→C 600

器用:F 325→C 600

敏捷:F 325→C 600

魔力:F 325→C 600

 

超越者: I → C

 

運命: I

 

 

《魔法》

 

【マジックアロー/魔法の矢】

 

・第一位階魔法

 

 

《スキル》

 

【ユグドラシルの住人】

 

・自身のアバターに近づく。

・その姿を求めるたび効果上昇。

・基礎アビリティに補正。

 

【覇王に至る道】

 

・アビリティ【運命】の発現。

・【運命】に補正。

・この世界を支配するまで効果は持続。

 

 

鈴木悟のステータスに問題が3つある。

 

一つは基礎アビリティの上昇値が高すぎること。これはまぁいい。それほどミノタウロスと対峙したことが大変だったのだろう。でもやっぱりこの上がり方は異常だ。

 

二つ目は発展アビリティ【超越者】の値が伸びた。いくらステータスを更新しても変わらなかったというのに。

 

正直効果は現れてないのかわからないし、実害はないので気にしないでおこう。うん。それが良い。

 

 

三つ目、これが一番の問題だ。

 

発展アビリティ【運命】の発現とそれの原因のスキル。

 

 

彼に新たに発現したこのアビリティはヤバイ。それを支えるスキルの名前もそうだが、世界を支配するまで持続するという効果は馬鹿げている。

 

世界中を支配するなんて我々、神でも難しいというのに。

 

彼は本当に何者なんだ。

 

このスキルが発現するということは彼の人生に関係することだ。

 

と言うことは・・・

 

 

 

 

 

その時、鈴木悟の浮かび上がったステータスに一本の光の線が泳いでいた。

 

それは次第に形作り赤い文字を作った。

 

 

 

 

 

 

"この者は己を否定した。だが覇者たるお前はこの運命からは逃れられない"

 

 

 

 

 

 

 

赤いお告げは現れた後すぐに掻き消えた。

 

 

ヘスティアは動揺した。ものすごく。

 

あの赤い文字。あのシンボルの色と同じ色。

 

怖い。彼は運命に操られ覇王になってしまうのか。なぜそんな運命を背負わなきゃいけないんだ。

 

彼はそんなこと望んでないだろうに。アレにだってそう書いてあった。その運命を否定したって。

 

ボクが守ってあげなきゃ。

 

 

 

「はい。ステータスシート出来たよ」

 

そう言って鈴木悟に紙を渡す。ヘスティアは眉間に手を当てていて疲れているようだった。

 

「お!ステータスの伸びが凄い!やった!」

 

鈴木悟は年甲斐もなくはしゃいでいた。

 

「あとアビリティのとこに二つの項目が増えてますね?。超越者・・・?運命・・・?よくわかんないですけど」

 

「っ!?」

 

ヘスティアは先程の出来事に意識がいっていたのかうっかりと鈴木悟のステータスが書かれていたアビリティとスキルの欄を消し忘れていたのだ。

 

まずい!スキルの項目が見られちゃう!

 

彼が知ったらまた・・・!

 

 

「お!スキルも二つ増えてますね!やった!片っぽ名前が物騒ですけど。それと・・・」

 

その時の鈴木悟の表情は何か難しいことを考えているような顔だった。

 

「1番目のスキルの名前なんですが、」

 

 

ヘスティアは息を飲む。

 

 

 

 

「"ユグドラシル"ってなんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

彼は前にいた世界の事を殆ど忘れていた。

 

 

特にユグドラシルのことを。

 

 

 




オリジナル発展アビリティ【運命】についての説明。

まずこの単語の意味は英語の"Fate"です。


つまり彼はどうしようもできない運命を背負ってしまったということです。


効果について。

このアビリティを持ったものは人生を矯正されます。その矯正の仕方は個人個人でかわります。

例えば、自分を導く妖精が見えるようになったり、偶然にも王の選定の剣を抜いて王になったり、竜の血を浴びて無敵なったりです。

千差万別なので何が起こるかわかりません。

鈴木悟にはどんな効果がでるでしょうか?


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一万回死ぬ予定の狼 2

前編後編と言いましたができの良いところまで書けたので中編として投稿させていただきます。

あまり待たせるのも読んでくださる方によくないですからね。

ps:いつも応援ありがとうございます!誤字報告や感想とてもうれしいです!


「うぅ〜ん。もう朝か」

 

社畜であった鈴木悟の朝は早い。彼は目を覚ました。

 

「いてて・・・」

 

彼は床に毛布などのクッションを敷いて寝たためか体中が痛い。

 

床などとホームレスじみたところで就寝するのは、神様や先輩のベルを差し置いて新参者の鈴木悟にはソファやベットなどを占領するのはおこがましすぎるためだ。

 

まぁそれは鈴木悟自身の提案だったが。

 

「ベルはまだ寝ているのか・・・!?」

 

彼はベルが寝ているソファに視線を向ける。

 

なんてこった。そこにはヘスティアと一緒に寝ているベルがいる。それはまるで初々しいカップルのようだった。

 

羨ましい。リア充爆発しろ。

 

彼は心のなかでそう思った。

 

鈴木悟は女性経験はない。童貞だ。故に仲陸まじい男女を見ると反射的に妬んでしまうのだ。残念な男である。

 

「って相手はヘスティア様じゃないか。何を考えてるんだか・・・」

 

ベル・クラネルと鈴木悟はヘスティアのことは異性とは見ていないつもりである。神様なのだから。彼女と彼らは次元が違う存在だ。それに彼女の眷属になったからには長い付き合いになるのだ。関係を壊すようなことをしたくない。

 

だが彼女のおっぱいは魅力的だ。あれは凶器だ。あの柔らかさにはどの男もやられてしまうだろう。母性を感じさせる乳房はあの日の宿で体験した時から鈴木悟も虜である。しかし彼はヘソフェチだ。ヘスティアはそういった服を好まない。なぜだ。見せてくれ!扇状的なヘソを!みたぁああい!

 

 

変態の戯言は置いておいて。

 

 

しかし、彼は二人で仲良く寝ている彼らを見て変な感情をもった。先程の発作を除いて胸のざわつきを覚える。なんだろうか?この感じはまさか・・・

 

「嫉妬しているのか?俺は?」

 

それはまるで妹や弟にかかりきりで親にかまってもらえない兄みたいな感情だった。

 

彼は大人である。だが親に甘えることは経験してこなかった。だからこそか、彼女のファミリアの眷属である今の彼はヘスティアを母として見立ててしまったのである。ベルは弟みたいなものだ。彼も親と兄弟が欲しかったがまさかここまで想っていたとは。そのためか、小さい頃に感じるようなそれを今感じていたのであった。

 

「本当に何考えてんだか・・・」

 

彼は吐き捨てるように呟いた。

 

 

 

 

 

朝早く、ベルと鈴木悟は教会のホームを出てダンジョンに向かう。先日、ミノタウロスによって死にかけたが彼らには、特に鈴木悟には休養を取るという選択肢はない。それは生活費もあるが、ミアハに使ってもらったエリクサーの代金を稼ぐためだ。ヘスティアは気にしなくていいと言っていたが、彼は気がすまなかった。

 

「ぅ・・・サトルさん。お腹が空きました」

 

「慌ててホームを出るからだよ。ベル。俺はちゃんと朝ごはん食べたよ」

 

「だって〜神様が・・・」

 

なんかサトルさんの機嫌が悪い。たしかに上に乗っかってた神様に動揺した僕が焦って朝ごはん食べずにホームを出たのが悪いんですけど・・・っ!?

 

「視られている・・・」

 

「どうしたベル?」

 

ベルは誰かに観察される感覚に陥った。まるで玩具を見定める子供のような、それでいてガラの悪い男が女にゲスな色目を送る性悪な感じだ。

 

「サトルさんは感じないんですか?」

 

「いや。感じないけど・・・どうした?」

 

だが、鈴木悟と会話してるうちにその視線は全く感じなくなった。

 

「いや・・・なんでもないです」

 

「そうか・・・」

 

普段は変な言動をしないベルにこの時ばかりは疑問に想ったが、鈴木悟は深く突っ込まないことにした。彼は空気が読める大人だからだ。

 

ベルも昨日のことで疲れていたんだろう。疲れは労働の敵!俺も日本じゃ・・・あれ?日本ってなんだ?

 

 

 

「あの・・・」

 

「「!」」

 

彼らは可愛らしい声に振り向く。それも素早く。すごい勢いでぐるんと顔を向ける様は異様だった。この童貞達は女性に敏感であったのである。

 

そこにいたのは綺麗な灰色の髪の15か16歳くらいの少女だった。かわいい。エプロンとカチューシャをつけていたためかどこかの食事処の店員かメイドだろうか?あとかわいい。

 

「うわっ!怖い!・・・ごめんなさい。ちょっとおどろきました・・・」

 

驚かしてしまったようだ。ごめんなさいと鈴木悟達は心の隅で謝った。

 

それにしてもなんだろうか?これはもしかしかして伝説に聞く逆ナン!?ならばこの波に乗るしかない!

 

そんなはずないだろうに鈴木悟は舞い上がっていた。

 

「すみません。こちらこそ可愛いあなたを驚かせてしまったようだ。ところで何の御用件で?」

 

鈴木悟はキリッとした顔で歯が浮くようなセリフを言う。何だこいつは。ロリコンか。そうだった。おのれペロロンチーノめ。

 

「は、はぁ〜。そちらの白髪の方がこれを落とされたので」

 

そんな気持ち悪い鈴木悟に愛想笑いをして彼女はベルの方を向く。

 

「え?僕ですか?」

 

ベルに彼女が差し出したのは紫色をした石。魔石だった。ベルは疑問に思う。

 

あれ?魔石は昨日、全部ギルドで換金したはずなんだけどなぁ。でも彼女は冒険者じゃないし・・・

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「もしかしてこれからダンジョンに向かわれるんですか?」

 

 

グゥ〜

 

そうですよ。と言いかけた時、ベルの腹は空腹に耐えきれず鳴った。

 

「・・・」

 

3人を沈黙が包む。ベルは顔が赤くなった。恥ずかしいっ!お腹の音を人に聞かれるなんて!しかも可愛い女の子に!

 

「ふふっ、お腹すいていらっしゃるんですか?」

 

「はぃ。恥ずかしながら・・・」

 

彼女はベルの答えを聞くと勤務しているだろうお店に入りダンジョンで食べるお弁当を持ってきて彼に差し出す。

 

お弁当を渡す。味によっては胃袋を掴んではなさないそれは、異性が意中の相手に愛情送る表現の一つだ。

 

「なん・・・だと?」

 

一見、カップルがするような行為は女性経験を渇望する男性には喉から手が出るほど羨ましいことだ。そのためか、それを蚊帳の外で見ていた童貞である鈴木悟の顔は死人のようだった。彼の心境はなんで俺じゃないんだ!朝ごはん食べなきゃ良かった!リア充爆発しろ!あと壁殴りたい。どこかにないかな〜という感じである。

 

つまり、ベルと少女の甘酸っぱくて青春のようなやり取りは彼には毒だったのであった。

 

「そ、そんな悪いですよっ」

 

「このまま見過ごしてしま「うわああああああああああああああああああああ」って。え?」

 

鈴木悟はこの場から逃げ出した。彼にはこの雰囲気が耐えきれなかったのだ。

 

「サトルさん!?まって〜!」

 

「冒険者さん。まだ話は終わってないですよ!」

 

鈴木悟を追いかけようとしたベルは目の前にいた可愛い女の子に手を掴まれる。

 

そして、残った二人は甘酸っぱい青春を再開するのであった。

 

 

 

 

 

ここはダンジョンの上にある天高くそびえる塔。バベル。その最上階に美の女神。フレイヤはいた。

 

「うふふ。いいわ〜あの子。魂が透き通って・・・美しい。あぁん。」

 

彼女はベルを視姦していた。それは先刻、彼の感じた視線の正体だった。

 

はぁ。はぁ。と鏡の前で息が荒く発情している女神のそばに筋肉隆々の男が立っていた。

 

その者の名は【猛者】オッタル。オラリオ唯一、最強のLv7の冒険者である。

 

彼は口元が唾液で湿っているフレイヤを見てこう思った。

 

ああ。よだれを垂らしてだらしない顔してても美しい・・・

 

オッタルはフレイヤの狂信者だったのである。フレイヤというだけで彼はなんでも受け入れるだろう。こいつらやばい。

 

 

 

 

美の女神は締まりがない顔をキリッとさせる。何か思うことでもあったのだろうか?

 

「あら。隣に居る彼の魂・・・」

 

フレイヤは魂の色を見ることができる。それと彼女の目の前にある鏡は外の風景を自由に見ることができる魔法具だ。

 

彼女が見ていたのは鈴木悟だった。

 

「何の変哲もない色なのに・・・」

 

鈴木悟の魂はそこら辺に居る普通の街人と大差がなかった。本来ならばフレイヤの興味を引くものではない。

 

「この黒い線みたいなのは何かしら?」

 

だが、鈴木悟の魂には普通ではないものがあった。それは黒い煙。それが線となって彼の魂に纏わりついていたのである。

 

フレイヤは凝視する。見たことないものだったからだ。

 

その線は次第に形を作り躯のようなものになる。フレイヤの視線は釘付けになった。

 

「不気味・・・何なのかしらこれは・・・」

 

そしてその頭蓋骨はカタカタと揺れ動き、言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

 

 

ーおまえ、視ているな?

 

 

 

 

 

「フレイヤ様!」

 

刹那、フレイヤの前にバチバチと紫電が舞う。

 

バァアアン!と爆発音がバベルの最上階を包む。鏡は砕けちり、周りに物と血肉が撒き散らされた。

 

 

「フレイヤ様・・・ご無事で・・・」

 

ポタポタと水滴が落ちるような音がする。

 

彼女はオッタルが盾になったことで辛うじて無傷だった。しかし、オッタルは肩から背中にかけて爆破の衝撃によって肉がほとんどえぐられていた。その傷によって彼は死に体だ。

 

本来、Lv7のオッタルを傷つけられる存在はあまり多くない。オラリオの中でも精鋭であるロキファミリアの主力戦力達が全力で挑むことでやっと彼の体に攻撃が届くのだ。されども、先程の魔法によるものか分からない爆発は一発で彼を瀕死に追いやった。

 

これは逸脱したことである。

 

 

 

フレイヤはオッタルに被されながら鈴木悟の魂の色を思い出す。あの爆破の瞬間、彼の魂の色が変わったのである。

 

その色彩はまるで我々神のようでそうではない複雑で美しい色だった。それでいて、とても薄気味悪かった。

 

「ヘスティアはとんでもないものを拾ったわね」

 

フレイヤの凛とした声は瓦礫だらけの部屋に広がった。

 

 

 

 

 

 

「畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!」

 

壁をガンガンと砕き殴る男性がいた。その光景は異様であり非生産的で哀愁が漂う。とても硬い材質のはずなのだが、彼の手は無傷だった。恩恵を受けたためか、彼の耐久が岩壁を上回ったのだ。そして力があるためか、拳を振り下ろすたびに壁がえぐれていく。

 

「うわ・・・またかよ」

 

「またぁ!?こわっ!きもいっ!」

 

「そっとしとこうぜ。みんなも関わらないようにな」

 

それはダンジョンの入り口から入ってすぐの一層エリアだったためか、他の冒険者がたくさん目撃されていた。

 

最近、割と頻繁に見かけるそれはダンジョンの珍名物になっていた。

 

冒険者には《壁砕き》ウォールクラッシャーと呼ばれている。

 

 

その男性の正体は、

 

「畜生!畜生!ベルの畜生が!!!」

 

鈴木悟だった。

 

 

幸いにも壁殴りをしている彼に顔は修羅のようであり、普段の温厚で人畜無害そうな雰囲気からかけ離れてて鈴木悟だと認識できなかった。

 

もし正体を知ったならば誰しもが、

 

「え?えぇ〜!?!?!?」

 

と反応するだろう。

 

 

 

 

「サトルさん〜〜〜先行かないでくださいよぉ〜」

 

ラブロマンスを繰り広げてきたベルは先行してダンジョンに入っていた鈴木悟の元に向う。

 

「うるせぇ!このラノベ主人公!」

 

「そんな!酷い!」

 

壁を殴りまくっている鈴木悟の元についたベルは暴言?に見舞われる。理不尽だ。

 

「あぁ〜またやってますね。はぁ。いつもこうじゃないのになんで・・・僕が悪いことをしたのかな?」

 

 

 

時たま、サトルさんはおかしくなる。僕は何回か目撃している。毎回思うが、何が原因で普段は冷静沈着な彼がここまで変わるんだろうか・・・一体何があったんだろう?

 

でも、安心した。いつものサトルさんだ。記憶を失っていてもサトルさんはサトルさんだ。

 

昨日の深夜、神様に呼び出されてサトルさんがユグドラシルについての記憶が失ったことを聞いた。その時の神様は小さい体を震わせていて、とても不安な顔だった。サトルさんのステータスの更新で何かあったに違いない。でも神様はそれについては何も言わなかった。そして明日、彼の様子を見てほしいと頼まれた。記憶を失ったことで悪い変化が起きるかもしれないからだと。

 

でもそれは神様の杞憂だったみたいだ。むしろユグドラシルの記憶があったときよりサトルさんは元気だ。それにあの記憶で死にかけた彼にとってそれを失ったことは良いことかもしない。たぶんそうだ。もうあの惨劇は訪れないのだから。

 

 

 

 

「いくぞ。ベル」

 

「はい!サトルさん!」

 

彼らはダンジョンの一層の奥深くへ行く。今回は昨日、ミノタウロスによって死にかけたためか、鈴木悟達は安全な入り口に近い浅い階層で稼ぐつもりだ。七階層まで潜れる実力がある彼らにしては慎重すぎるかもしれないが冒険者は冒険してはいけない。慢心などもってのほかだ。それに彼らは身をもってそれを体験したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「サトルさん〜。一緒にいきましょうよ〜」

 

「いやだ。誘われたベル1人で行けばいいじゃないか」

 

鈴木悟はソファの隅で体育座りをしている。その様子は駄々こねている子供のようにすねていた。

 

 

 

ギルドで魔石を換金した彼はホームへもどっていた。ベルは夕食を朝にであった可愛い女の子。シル・フローヴァ(なに!?名前を聞いただと!?)が働いている『豊穣の女主人』という食事処に彼女直々に誘われていた。羨ましい。

 

それに鈴木悟はギルドでベルの担当アドバイザーであるエイナ・チュールが彼と楽しそうに話しているのを見ていた。可愛い女性と話しているだけで嫉妬してしまう。

 

ー悔しい。俺の担当アドバイザーなんて男だよ。不幸だ。

 

だから、今日は色々と嫌な思い出が重なってしまった鈴木悟はふてくされていた。

 

「あ〜残念です。あそこの店員さんは全員若い女性なのに・・・」

 

若い女性?やめろ心を揺さぶるな。確かにシルさんは若くてかわいいかったけど、他はきっとそんなに綺麗じゃない。何度画像修正ソフト詐欺にあったか。

 

彼はおぼろげと上司に無理やり連れて行かれたキャバクラのことを思い出す。

 

ーあれ?こんな記憶あったっけ?なんだろう。

 

 

「しかもみんな可愛いらしいですよ。サトルさんが好きそうなエルフっ子や猫娘、それにスレンダーな子だって・・・」

 

「ガタッ!?」

 

顔をニヤニヤとしてるベルは鈴木悟を行く気にさせる言葉を言う。彼はもちろん鈴木悟の性癖を把握している。鈴木悟自身が熱く語ってくれたからだ。それにベルは1人で食べるよりみんなで食べに行ったほうが楽しいと考えていた。

 

「ベル」

 

「何でしょう?サトルさん」

 

体育座りをやめた鈴木悟は立ち上がり、真剣な雰囲気を醸し出す。

 

「一緒に行こうか」

 

その言葉を言った瞬間、鈴木悟の顔はニヘラ。とだらしなくなった。こいつ、下心丸出しである。

 

 

 

 

 

「ただいま〜ベル君!サトル君!」

 

 

「あ!神様おかえりなさい!」

 

「ヘスティア様。おかえりなさい」

 

 

バイトからヘスティアが帰ってきた。鈴木悟達がベル1人の時より稼いでくれるとはいえ、まだまだ懐は心許ない。それにミアハの件もある。恩は返すものだ。

 

「あ!今日外でサトルさんと一緒に食べるんですけど神様もいかがですか?」

 

「うぅ〜ん。行きたいけど・・・せっかくベル君に誘われてるのに〜。今日は先客があるんだ。ごめん!」

 

行きたかった〜とすごく落胆してるヘスティア。どうやらベルの誘いはタイミングが悪かったようだ。

 

「ヘスティア様。お土産買ってきますよ」

 

「ありがとう〜サトル君!」

 

鈴木悟は気を利かせる。自分たちだけが美味しいものを食べるのは気が引けるし、普段の食事は前にいた場所より質が良いとは言え、質素だ。ヘスティアには少しでもいい思いをしてほしい。それが彼の思いだった。

 

 

そして、ヘスティアに別れを告げた彼らは『豊穣の女主人』に向かった。

 

 

 

 

「さてと、ボクも行かなきゃ」

 

コートは着たヘスティアは紙の包みを持って西のメインストリートの外れへ向かう。袋の中身はガラス瓶が入ってるようで重みが伺える。

 

彼女の足取りは重い。その表情は何か張り詰めた様子だった。

 

 

歩くこと数分。ヘスティアは目的地である、医神ミアハが居るところ『青の薬舗』についた。

 

カランコロン。

 

彼女は薬品を売る店でもあるミアハのホームの扉を開ける。時刻が遅かったためか客はいない。それどころか女性の店員が本を読んで薬草か何かを弄っている。とても集中しているようだ。彼女の”白い右手”は植物の汁のせいか緑に染まっていた。

 

「今日はもう店じまいですよー」

 

どうやらもう終業時間だったみたいだ。だがヘスティアは薬には要はない。

 

「こんばんわ。ミアハは居るかい?」

 

「あ・・・ヘスティア様こんばんわ。ミアハ様なら奥に・・・あ。きた」

 

目の前の散らかっている机から目を離さない彼女は雑に対応する。普段ならケチではあるが面倒臭がり屋ではない彼女だ。よほど目の前の調合が大事なのだろう。それかとっても値段の高い特別な霊薬を鈴木悟に使ってしまったことで機嫌が悪いのだろうか?

 

ヘスティアの目的の神は声を聞こえたらしく、部屋の奥からやってきた。彼の名前は医療を司る神。ミアハ。ヘスティアの眷属である鈴木悟を救った神物である。

 

「やぁ!ヘスティア。こんな夜遅くにどうしたんだい?」

 

ミアハの様子はとても明るい。何か良いことでもあったのだろうか?雰囲気がヘスティア正反対だ。

 

 

「ちょっと相談したいことがあって・・・」

 

「お!そうか。じゃあ奥へ」

 

そう言って、ミアハは彼女を落ち着いて話せる場所へ案内する。

 

 

 

 

 

「ミアハなら記憶についても詳しいよね」

 

 

椅子に座ったヘスティアは記憶について医神に相談する。

 

彼女は鈴木悟のユグドラシルの部分とその周辺の記憶だけがすっぱりと消えたことに疑問を覚えていた。何か人為的なものを感じる。

 

 

そんな綺麗に消えるものなのか?その割にはボク達のことはしっかりと覚えているし。

 

それにあの文字。己を否定した。ということは自分で記憶を消したということじゃないのか。

 

 

 

「特定の記憶を消す方法?」

 

「そうなんだ。実は最近、親しい人で記憶を無くしちゃった人がいるんだ。それも一部分だけ。そして、その記憶は彼の重要なもの。だから知りたいんだ。」

 

親しい人か。ヘスティアもやっと男が・・・とヘスティアは鈴木悟の名前を出さなかったため彼は勘違いしていた。

 

言葉足らずだが、ヘスティアは鈴木悟の名前を出そうと思わなかった。彼にまた深入りさせて迷惑をかけたくないからだ。

 

しかし、その問いにミアハは顔をしかめる。その様子は彼女に満足な答えを出せそうにないと言った感じだった。

 

「ん〜。記憶を消す方法はあるが、特定のと言うと難しいな」

 

そう言って彼はヘスティアにおおまかに記憶の消し方とその症状を伝える。その内容は望んだ記憶をなくすのは困難だというものだった。

 

「それに記憶は完全に消えるものじゃない。脳の何処かに残るものだ。本当に消滅させたいのならムネモシュネのような神がもつ記憶の権能か珍しい記憶操作の魔法を使わないと無理だろう。」

 

物理的に消すのならば脳を切除すればいい、その場合は廃人になってしまうが。とミアハは冗談を言う。

 

神の権能がなければむずかしいなんて。それにそんな魔法は習得してないはずだ。彼は記憶に消すのに本当に何をやったんだろうか。

 

二人共難しい顔をしてうーん。と考える。八方塞がりだ。その時、ミアハはヘスティアが手に持っていた紙袋に目が止まる。

 

「あ。これもミアハに聞きたかったんだ」

 

思い出したようにヘスティアは包みからエリクサーが入っていたと思われるガラスの瓶を取り出す。

 

「ヘスティア・・・これをどこで?」

 

それを見た彼は貴重なものを見るような目をしていた。

 

「ぎくっ!君の反応からするとやっぱりすごく高いのかな?」

 

「そうだな・・・前に教会での治療に使った霊薬と同等かそれより高価だろうな」

 

そう言って彼は部屋の隅にある木箱からヘスティアの目の前にあるテーブルに中身が入った同じ瓶を置いた。

 

その霊薬の色は血のように赤かった。

 

「エリクサーじゃなくて・・・血?」

 

「ちなみにこれはエリクサーじゃない。欠損や外傷など肉体を治癒することだけを極めたポーションだ。

 

効果はすごいぞ。なんせ神の力で作ったものに迫っているのだから。いや超えているのかもしれない!成分を調べているがわからないことだらけだ。未知だ!これを解明すればもっと良いものが作れる。はは!ナァーザもこの霊薬のおかげで腕が生えた。そのせいか彼女の薬制作に熱が入ってたよ。右手を動かすのもとても楽しそうだったよ。他にも・・・」

 

彼は世紀の大発見をした探検家のようにすごく上機嫌で喋る。あまりにも話したいことがあるのかミアハの口は中々止まらない。

 

 

 

ー確かに店番にいた彼女は確か義腕だったような・・・あ。さっき見た彼女の手は白かった。

 

「な、なんでミアハがこれを持っているんだい?」

 

「黒い甲冑を来た男性に貰ったんだ。君の眷属のサトル君を助けたお礼だと言ってな、3本貰った。それと見たことのない金貨をたくさん置いていった」

 

ミアハは困った顔になった様子で話を続ける。

 

「正直私が作ったエリクサーの代金にしては多すぎたんだが、彼は早々に立ち去ってしまった。彼の善意に甘えることにしよう。ナァーザも喜んでたしな」

 

ミアハはヘスティアに顔を向ける。

 

「だからもうお金のことは心配ないぞ。ヘスティア」

 

「っ!?」

 

ヘスティアはとても狼狽えている様子だった。とても代金を払ったことに感謝を覚えられない。その男性に心当たりがないからだ。

 

それは誰なんだ?黒い鎧?そんな人は知らない。不気味だ。なぜ貴重な物を渡す。なぜお金を払う?そいつはサトル君のなんなんだ?なんで彼が死にかけたことを知っているんだ?そいつがベル君を助けたのか?なんのために?どうして。彼女の心は疑問だらけだった。

 

 

「その人の名前は・・・」

 

ミアハは彼女の言葉に顔をしかめる。どうやらヘスティアの眷属かそれの知人だと思ったらしい。

 

「知り合いではないのか?」

 

「ああ」

 

ミアハはう〜んと顎に手を当てながら天井を見上げる。黒い甲冑を着た人物のことを思い出している様子だった。

 

 

「確か・・・”モモン”と言ってたな」

 

 

 



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一万回死ぬ予定の狼 3

今回ベートは死にます。ファンの方はすみません。

オーバーロード最新刊読みました。最後すごかったですね。二度見しました。


「あー。ここか!」

 

鈴木悟は上機嫌だ。そしてその声色はとても明るかった。

 

 

ヘスティアが『青の薬舗』でミアハと会談している時、鈴木悟とベルは『豊穣の女主人』の店先の前にいた。

 

 

鈴木悟は行きたかった遊園地に連れて行ってもらった子供のように嬉しそうだ。朝方、雰囲気が違っていたためかこの店を見かけたときはわからなかったが、ここは鈴木悟がこの世界にやってきた時にお腹を好かせた彼がお金がなくて入店するのを断念した飯処だった。

 

彼は今でもあの匂いを思い出す。初めて嗅いだ合成ではない本物の香辛料の匂い。とても新鮮な油で揚げるパチパチとした音と香ばしい香り。お酒も提供しているのか濃厚な葡萄酒や甘ったるいが嫌いじゃない匂いをさせた蜂蜜酒。

 

ヘスティアファミリアでの普段の食事は質素ながらも前の世界からは比べられないほど栄養満点で自然が味わえるものが多く彼の満足するものであったが、やはり富裕層が食べるような豪勢で贅沢な食事というのは一度食べてみたいものだ。

 

それにウェイトレスに可愛くてスレンダーな娘が多いと鈴木悟はベルから聞いている。

 

なんだここは。天国か。食事もうまくて目の保養にもなるなんて!なんて素晴らしい場所なんだ!そして店員さんと仲良くなって・・・テイクアウト?をしちゃって!ウヒョー!

 

童貞じみた妄想をしていた鈴木悟は鼻を伸ばしながらだらしない顔をしている。普段の冷静な彼からは考えられない。やはり女性とは男性を変える力があるみたいだ。

 

「サトルさん。気持ち悪い顔してないで入りますよ」

 

「っ!ああ!」

 

 

鈴木悟はベルに指摘されたためか顔を締まらせる。そして彼らは酒場の扉に手にかけて中へと入っていく。中に入るとヒューマンやエルフ、ドワーフ、猫人などでごった返していた。とても繁盛しているという印象を受ける。

 

「いらっしゃいませ!あ!ベルさん!」

 

配膳を終えたシルがこちらに気づいたいのか接客しようと近づいてくる。トテトテとこちらに駆ける様はとてもかわいい。

 

「約束通り来ましたよ。シルさん」

 

ベルは爽やかにニッコリと笑いながら言う。その笑顔はイケメンそのものだった。そのためかシルの顔が少し紅潮している。お盆で顔を隠して顔を赤くさせてる様子はとてもかわいい。だがそれを見ていた鈴木悟の顔は怖かったが。

 

「えーと。隣の方は朝叫んでどっか行った・・・確か名前はサトルさんですね!二人共来てくださって私、嬉しいです!今日はお二人とも楽しんでくださいね!」

 

そう言って、彼女は鈴木悟とベルをカウンター席に案内する。

 

シルは鈴木悟に対して元気に対応する。正直、キザっぽくて気持ち悪く、急に奇声をあげて何処かへ行ってしまったため鈴木悟の第一印象は彼女の中ではあまり良くない。しかし、彼女は接客業には慣れている。そういった感情は隠すことに長けていた。そのためか鈴木悟には嫌な顔をせず笑顔で接する事ができた。

 

カウンターのまっすぐ一直線に並ぶ席の端っこ。ちょうど壁際のL字になった場所に2人は案内された。そこは狭く2人が座れれば良いところだ。カウンター内側では壮齢に見えるドワーフの女将らしき人物がおり美味しい匂いをさせながら、料理を作っている。

 

 

 

席についた鈴木悟は手で顔を隠していた。ニヤニヤしていて、とても人様に見せれる顔ではないからだ。

 

 

うひょー!あんな可愛い子に名前覚えられた!これって脈あり!?まじ!?まじぃ!?

 

 

彼の童貞心は第三者からみてて残念なものだった。かわいそうに。脈ないよ。それ。

 

 

「あんたらがシルのお客さんかい?白髪の坊やは冒険者の癖して可愛い顔して・・・あんたどうしたんだい?手で顔を隠して。具合でも悪いのかい?」

 

女将が妄想にふけっている鈴木悟の心配する。その様子は純粋に彼を気遣っている様子だった

 

「いや!なんでもありません!元気です!」

 

鈴木悟は手を払いはっとした顔になる。その表情には恥ずかしさが少し見られる。

 

「そうかい。よかった。元気じゃなきゃ飯も入らねぇからねぇ。」

 

腕を組んだ彼女は続けて喋る。

 

「シルから聞いてるよ!なんでもあたし達を驚かせるくらいの大食いなんだそうじゃないか!じゃんじゃん食って!じゃんじゃんお金使ってくれよぉ!」

 

「「!?」」

 

鈴木悟とベルは顔を見合わせる。彼女の言葉に肝が抜かれたようだ。そして女将に顔をそむけながら内緒話をするように小声で会話する。

 

「おい。ベル。どういうことだ?いつから俺たち大食漢になった?なんか怪しいぞ。金を余計に使わせる気だ」

 

「僕も初耳です!なんでこうなってるか知りませんよぉ〜」

 

彼らは小さな声で囁きながら嘆く。

 

「原因は絶対にシルさんです!女将さんだって言ってましたし!」

 

ベルの言葉によって彼らはそばにいた彼女に視線を向ける。シルは彼らの視線に耐えきれなかったのか目をそらす。その様子は隠し事がバレてしまった人に似ている。いや、そのものだった。

 

「ねぇシルさん。いつから僕たち大食漢になったんですか?そうに見えますか?細っこいし見えないですよねぇ!」

 

ベルは声を荒らげる。どうやら朝の話と違ったみたいだ。

 

「・・・えへへ」

 

「えへへじゃないですよ!!」

 

鈴木悟はベルとシルの言い合いを黙って見ていた。彼の佇まいはまるで子供の喧嘩を見ている親のようだった。

 

ーああ。ベルに責められて苦笑いしてるシルさんもかわいいなぁ。ぺろぺろしたいなぁ。

 

訂正。変態だった。彼はロリコンだった。おのれ!エロゲー好きのバードマンめ!

 

それにしてもかわいい女の子には甘い男である。童貞だからか。いつか美人局に捕まりそうである。

 

鈴木悟の妄想にふけていた間に彼らの言い争いは終わったみたいだ。どうやらシルに言いくるめられたのか、素直にベルは席に戻る。

 

「とりあえず食事しましょう。サトルさん」

 

彼らはカウンターに据えられてたメニュー表を手に取る。普通、オラリオにはメニューを書いた物がある食事処は少ない。置いてあるところは、よっぽどお客に気を使っているお店か高級店だ。

 

この『豊穣の女主人』は西のメインストリートの中では一番大きい酒屋にあたる。つまり、後者。高級なお店だ。

 

それ故に、彼らが食事の値段を見たときの顔は凄まじい後悔と焦りを感じる表情だった。

 

「なぁ、ベル。これ桁を間違えてないか?」

 

「奇遇ですね、サトルさん。僕もそう思いもいました」

 

普段の食事は50ヴァリス(お金の単位)あれば十分にお腹を満たせる。背伸びしてちょっと高いお店で食べても100ヴァリス程度である。がしかし、このお店が提示する値段はパスタが300ヴァリス、肉料理が500ヴァリス、今日のおすすめが850ヴァリス・・・

 

いつも彼らが食べている御飯の約6〜17倍の金額である。

 

鈴木悟は目を凝らす。だが数字は変わることはなかった。

 

「確かに間違ってないな。大きい店だししょうがないか。まぁ、でもお金はないわけでもないしなぁ・・・」

 

あんまり使いたくはないがと独り言を言う鈴木悟。確かにベル1人でダンジョンに潜っていた時に比べて今は鈴木悟も居るため、数倍は稼いでいる。その為、お金の心配はない。しかし、ミアハに払うエリクサーの代金もあるため無駄使いはできない。

 

「たまには贅沢も良いか」

 

めったに来ないお店で豪勢な食事を頬張るのも悪くない。むしろここはそういう場所だ。ベルだって昨日のことで疲れているだろし、おいしい栄養満点の食事も良いものだ。店員さんも可愛いし。よーし、それなら・・・

 

「ベル。今日は俺のおごりだ。好きなの頼め」

 

「良いんですか!?」

 

常識の範囲内でなとベルに鈴木悟は耳打ちをする。それは彼はいつもお世話になってるベルにお礼と年長者のとしての気遣いだった。

 

ベルはそれに遠慮したのか一番安いパスタを頼む。

 

「じゃあ、本日のおすすめと肉料理、パン。あと何か飲み物を2つください」

 

鈴木悟は彼が遠慮したためか、1人で食べるにしては多い量を頼む。それらはベルと一緒に分け合って食べるのためだ。それに同じ物をみんなで食べるのは楽しいことだ。家族ならなおさらだ。ことわざにもある。同じ釜の飯を食う仲だと。

 

 

「良い焼き加減だよ!食べなぁ!」

 

快活な女主人がカウンター越しに鈴木悟の目の前に肉の塊に根菜が添えられた皿がゴトっと置く。どうやら牛のステーキのようなものだ。

 

「おぉ・・・」

 

鈴木悟は口の中が唾液で溢れてくるのを感じる。こんな肉肉しい物を食べるのは初めてではないが滅多に食べれない。これはうまそうだ。

 

彼は手に持ったナイフとフォークで肉を切り分けていく。切り口から肉汁が溢れ出ていて、とても肉と香辛料の良い香りがする。ああ、この匂い。たまらない。

 

切った肉片を玉ねぎと醤油で作ったような焦げ茶色のソースにつけて鈴木悟は自分の口の中に持っていく。

 

 

う、うますぎる!あー!脂が口の中で溶けていく!あ!あー!

 

 

彼はあまりの旨さに頭がうまく回らないため感想があー!としか思えなくなっていた。もはや食レポなど彼には期待できない。

 

日本でこんなうまい肉は貧困層では食えない。そもそも合成ではない肉塊自体を食えることがめずらしいのだ。その肉もまるで革靴の底のような硬さだ。とても食えたものじゃないが、それでも自然の物がなかなか食べれない鈴木悟にはご馳走だった。そんな彼がA5ランク相当の和牛のような肉を食べたのだ。それは衝撃だっただろう。思考が鈍るのもしょうがないのである。

 

「はぁ。はぁ。も、もう一枚食いたい・・・」

 

いつの間にかにベルのことはお構いなしにペロッと肉の塊を平らげてしまった彼は再度注文する。

 

料理が来る間、隣りに座っているベルが頼んだ料理を見る。彼はパスタを食べていたが半分も残っている。どうやらシルさんとの会話に夢中になって食べてないようだ。

 

はぁ・・・やはりこいつも男か。口説くの早いな。

 

ベルが食べてないならと鈴木悟はパスタを少し摘む。うまい!もういい。女がなんだ!それより飯だ!肉だ!

 

彼の心は食欲で支配されていた。

 

 

酒場が静まり返りヒソヒソとざわめく。扉から十数人程度の団体の客が来たようだ。あらかじめ予約していたのか、鈴木悟たちの対角線上の誰も座ってない大きな円卓に案内されていく。

 

その大所帯は種族がバラバラだ。エルフやドワーフなど仲が悪いと噂される人種もいる。だが彼らの醸し出す雰囲気は統一の取れた歴戦の戦士達だ。この酒場の中にいるものでは到底太刀打ち出来ないだろう。その団体の正体はロキファミリア。その幹部などの中心メンバー達だ。

 

その中に剣姫アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

ベルは見惚れる。彼女に一目惚れしてスキルが発現したくらいだ。目が離せないのは当然だろう。だが彼はすぐに紅潮した顔を机に伏せる。恥ずかしいからだ。それでも腕の隙間から彼女を見る。まばゆい黄金は彼の心を魅了する。

 

 

 

「遠征お疲れさん!みんな!よっしゃー飲めー!」

 

糸目で無乳の女の子が声を荒げて宴会の指揮を取る。彼女の名前はロキ。ロキファミリアの主神だ。

 

彼女の合図でロキファミリアの宴が始まる。

 

 

彼らは酒を飲み。飯を食らう。そしてダンジョンでの出来事ことに談笑し、会話に花を咲かせる。

 

「そうだ!アイズ。”6階層”で起きたあの話を聞かせてやれよ」

 

酔いで気を良くした狼人。ベート・ローガはふと思い出したように喋りだした。

 

「遠征帰りによぉ、17階層から信じられないような奇跡が起きて俺らから逃げ出したミノタウロス!お前、6階層で五匹ぶっ殺しただろ?そんでさぁ、あん時いたトマトみてぇな野郎は笑えたよなぁ!なぁアイズ!はは!」

 

ベートは続けて”トマトみてぇな野郎”を侮辱し嘲笑する。周りの団員はまたベートの変な癖が始まったかと皆苦笑いしていた。

 

その”トマトみてぇな野郎”はベル・クラネルだった。それを聞いたベルは嫌な気持ちになる。机に伏せていた彼の表情は苦悶に満ちていた。

 

大事な家族でもあり同じ眷属のベルをバカにされて彼を大切に想っている鈴木悟は怒りを覚えて良いはずだ。だが現場を見ていなかったためにトマトのような状態が白いウザギみたいなベルと結びつかなかったことと、食事に夢中な鈴木悟にはベートの暴言は騒音としか聞こえなかった。

 

なにやら具合が悪そうなうつむくベルに気づいた鈴木悟は様子を伺うように本日のおすすめである揚げたナマズのような魚を切り分け小皿に盛り、ベルに差し出す。

 

「どうしたんだベル。これ美味いぞ。食うか?」

 

うつむきながら首を横に振るベル。鈴木悟は本当にどうしたものかと首をかしげる。

 

本当に具合でも悪いのか?飲み物は酒じゃないから悪酔いでもないしなぁ。良いもの食って胃がびっくりでもしたのか?う〜ん。わからん。しかし、あの狼男うるさいな。

 

 

狼男のこと、ベートは調子に乗って喚き散らしいる。それと対照的にまわりの仲間らしき人達は愛想笑いなどで冷ややかだ。彼は1人で暴走しているみたいだ。

 

鈴木悟は彼をかわいそうにと思いながら見ていた。おぼろげによく酒の席で人の悪口を言いまくって怒鳴り散らす日本でのクソ上司を思い出しながら。その上司はよく影で悪口をいわれ、スレも乱立していたほどだ。おそらくあの狼人もそうなるだろう。

 

そんなことを考えていると、ベートが座っている円卓に見たことある褐色の少女が視線に入る。

 

ーあ、あの子。初めてここに来てあっためっちゃ好みのティオナちゃん。あの子可愛い顔してLv5なんだよなぁ。すごいなぁ・・・まて初めてここに来た・・・?

 

鈴木悟は疑問を覚える。何かおかしい。記憶が曖昧なのだ。それに昨日からやたらと記憶が抜けている感じがする。気のせいではない。

 

 

彼は自身の記憶が虫食いなことについて思案する。そのさなか、吠えていたベートは鳴りを潜める。その様子は言いたい言葉をためているように見えた。

 

 

 

「あのトマト野郎みたいな雑魚じゃ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 

 

ベートの声が酒場に響く。

 

 

 

ガタッ!椅子から乱暴に立ち上がる音がする。その言葉をきっかけにベルは酒場を出る。どうやらただ事ではないようだ。ベルの急な行動に鈴木悟はあっけに取られ、呆けている。だが彼はすぐに顔を締まらせ行動する。

 

「あ!ベル!すみません!後で勘定払うんで!」

 

鈴木悟はベルを追いかけようとして勢い良く酒場の出口に向かう。

 

 

 

 

 

「ミアかあちゃんの店でツケなんて肝の座っとるヤツやな〜」

 

その様子を見ていたロキの言葉は急な出来事で静かになった酒場の中に染み渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖い・・・」

 

シル・フローヴァは小声で呟く。彼女は体を少し震わせていた。

 

シルは見てしまった。鈴木悟が気分良く人を蔑み暴言を撒き散らす狼人。ベート・ローガを見る目を。

 

その目は冷たい狂気で満ちていた。まるで人を人でない”汚物”としてみてるような・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴木悟はベルを探すために町中を走る。

 

 

「どこ行ったんだベルのやつ・・・」

 

 

あいつのせいだ。ロキファミリアの狼人。Lv5 冒険者。ベート・ローガ。あのクソ犬の言葉がベルの心を傷つけたんだ。

 

 

彼はギルドでよく調べ物をしたりしていたので上級冒険者である彼の名前も実力もある程度知っていた。情報は大事だ。それで生死を分けることもあるのだから。もちろん慢心しては意味がないが。

 

そのため、鈴木悟は彼に勝てないこともわかっていた。Lv5とLv1が戦ったらLvの低いほうが絶対負ける。ランクの差はそれこそ天と地の差なのだ。いくら才能があってステータスも高く、魔法も発現している鈴木悟でも勝つことは相当難しいだろう。

 

だから鈴木悟はベートの最後の言葉でベルが飛び出していたのに突っかかろうとしなかった。そして喧嘩を売ろうとしなかった。負けるからだ。それにそんなことよりもベルのことが心配だった。従って鈴木悟はベルを追いかけることにしたのである。

 

しかし、ベルがどこにいるか皆目見当がつかない。ホームか?路地裏か?ミアハ様のところか?それともダンジョンか?ダメだ。わからない。

 

鈴木悟は闇雲に町中を走る。ベル・クラネルを探すために。

 

 

「畜生!見つからない!どこだ!?」

 

長い距離を走ったためか彼の額から汗が吹き出ている。そして探し人が見つからないためか、その表情は焦りが見える。

 

「あのクソ犬のせいでベルが・・・」

 

足を動かしオラリオ中を走りまくる彼は自分の力のなさに嘆いていた。

 

 

 

家族さえ見つけることができない。家族を守ることもできない。そして傷を負わせたやつに立ち向かうこともできない。

 

俺は無力だ。ベルのことを気づいてやれなかった。ベルが何に苦しんでいるのもわからない。そしてあいつにだって敵わない。一発殴ることさえできなかった。

 

俺は弱い。力がほしい。力があればクソ犬をボコボコにぶちのめしてベルに謝らせるのに。

 

違う。そうじゃない。それだけじゃ足りない。俺にとって家族は、ベルとヘスティア様はいちばん大事なものだ。そんなことじゃ許せない。許せないんだ。

 

 

そう、力がほしい。もし力があるのならば、Lv5をぶちのめせる力があるならば、ベート・ローガを凌駕する力があるのならば・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺してやるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!痛ってー!リヴェリアおろせー!」

 

ババァ!と喚くベートは同じロキファミリアのエルフの魔法使い、リヴェリアにどこからもってきたか丈夫なロープで、亀甲縛り?のような縛り方で店先に吊るされている。

 

「調子に乗りすぎだ。ベート。お前の言動はロキファミリアの威厳にも関わる。身をわきまえろ」

 

リヴェリアは凛とした声でベートに苦言を言い渡す。どうやら彼の暴言はやりすぎたみたいだようだ。そのため彼は彼女のお仕置きにあっていた。

 

 

「ふん。まったくあいつはロキファミリアに所属しているという自覚があるのか?」

 

「まぁまぁ。それくらいにしときなよ。リヴェリア」

 

団長であるフィンは彼女をなだめる。その様子は悪戯をした子供を怒る親をあやすように見える。

 

鈴木悟たちが『豊穣の女主人』を飛び出したあと、ロキファミリアのまだ彼らは酒場にいた。テーブルに座っている彼ら、特にフィンは先程の談笑の楽しい雰囲気と違って、真剣な空気になる。

 

「それにしても、7階層から6階層に登る階段であった人物何だったろうか?」

 

「あれは冒険者か?とても装備からしてそうは見えなかったな。武器も持っていなかったし」

 

フィンとリヴェリアの2人は奇妙な体験を思い出す。その様子を見ていたた同じ幹部のドワーフ、ガレスは疑問を覚える。

 

「なんじゃ?知らんぞそいつ」

 

「ああ、ガレスは現場にいなかったね。ちょうどいいみんなにも聞いてもらおう」

 

フィンは円卓についたメンバーにその人物について説明する。親指が折れたことも。

 

「なにー!?親指折れたぁ〜」

 

「そうなんだ。ロキ。もうリヴェリアに治してもらったから問題はないよ。でもこんなことは初めてだ。あれはヤバかった」

 

それを聞いたアイズは顎に手を置き何かを考えているようだ。他のメンバーは驚嘆しているのに対し、彼女の様子はちょっと浮いていた。

 

「どうしたんだアイズ。なにか気になることでも?」

 

「壁の裂け目・・・」

 

その言葉を聞いた皆は首をかしげる。彼女は続ける。

 

「6階層でミノタウロスを追ってたら・・・」

 

 

アイズが喋ろうとした時、漆黒が目に映る。酒場の雰囲気が変わった。新しく入ってきた人物に皆、視線が釘付けになったのだ。

 

 

「おいあれ、あんなやつ見たことないぞ」

 

「あの装備ただものじゃねぇな」

 

「あれ全部アダマンタイトか?」

 

ガヤガヤとその人物をみた人々は思い思いに感想を仲間内で話す。

 

 

その人物は黒い甲冑を纏い、二本のグレートソードを背負っている。鎧を着て特大剣を振り回すのはとても筋力がいる。それは普通の人では無理だ。おそらく彼は神の恩恵を受けた冒険者。おそらく装備の質が良いことから上級冒険者だと思われる。

 

だが、彼を知るものはここにはいない。不思議な事だ。高ランクの冒険者はギルドに周知され有名人が多い。それ故、名前さえわからないと言うのはおかしい。

 

彼は冒険者なりたてのボンボンか、違う国からやってきたのだろうか?しかし、前者ではあの重たいグレートソードを持つことさえ敵わないだろう。ということはやはり後者か?それとも・・・

 

 

「いらっしゃいませにゃー!席に案内しますにゃ!」

 

猫人のウェイトレスは彼に接客しようと声をかける。

 

「いや、食事と酒には用はない」

 

拒絶。彼の声は低く、とても冷淡だ。感情がない処刑人のような印象を受ける。

 

「先刻、飛び出していった者たちは私の知人だ。料金を支払っていなかっただろう?」

 

そう言って彼は腰のポーチから小さな袋を取り出す。

 

「これでいいか?足りなければもっと出すぞ?」

 

それを受け取った猫人、アーニャは中身を確認する。見たこともない金貨が一枚、二枚、三枚・・・合計100枚ほど入っていた。彼女は驚愕する。

 

おそらくこの金貨の価値は一枚、軽く1万ヴァリスを超える。いやもっと高いだろう。

 

アーニャはフレイヤファミリアに所属する上級冒険者であった。今は引退してこの酒場で働いているが。冒険者時代には高ランクの冒険者多いファミリアであったため、高級な装備をたくさん見てきた。そのため、それなりに目利きが良い。故にこのどこの国かわからない金貨の価値がおおよそであるがわかったのである。これはオラリオで使われているものとは金の純度が違う。

 

「多すぎですにゃ!この店のメニュー全部でも多いにゃ!」

 

金額が多すぎることに抗議するアーニャ。それに対する黒い鎧を着用している彼は彼女に背を向ける。

 

「そうか。それでは迷惑料として受け取ってくれ」

 

彼はそう言い捨てると、店先に吊るされていたベートの方へ向かう。

 

「なんだ?てめぇ」

 

情けない格好で軽口を叩くベートの前に立った彼は背にある二本あるグレートソードの一本を掴む。

 

「おい!何してんだおまえ!ぶった切るつもりか!?」

 

慌てるベート。彼は剣を振るう。ロープが切れて、ボトッと音がしてベートは床に落ちる。どうやら彼は見世物にされている狼人に対して哀れみを持ったようだ。

 

「ッチ!一応礼を言うぜ。名前なんていうだ?」

 

「・・・モモンだ」

 

彼の名前はモモン。神ミアハに鈴木悟にエリクサーの代金を払った謎の人物だ。

 

だが、モモンはベートに哀れみを持ったようではなかった。それの証拠にモモンはグレートソードの切っ先を目の前にいる狼人に向ける。

 

「貴様は彼が大事にしている人を傷つけた。お前には罰が必要だ。故に決闘を申し込もう」

 

ベートは話が飲み込めない。誰のことだ?文脈からするとあいつか?

 

「トマト野郎のことか?」

 

ブンッ!その言葉を聞いたモモンはグレートソードを振るう。特大剣の刃は酒場の壁をいともたやすく削る。されど、ベートは当然のように持ち前の俊敏さで避ける。

 

「いきなりアブねぇぞ!てめぇ!」

 

剣を振り抜いたモモンは彼を見ながら殺気だす。彼は本気のようだ。

 

「こちとら武器もねぇっていうのによぉ・・・いいぜ。その決闘受けて立つ」

 

 

 

 

 

 

彼らは酒場の外へ行き、向かい合う。酒場にいた連中も喧嘩という娯楽のためか野次馬のごとく屋外に出る。その中にはロキファミリアの面々もいた。しかし女エルフのレフィーヤを除いて彼らは冷静だ。

 

 

「ベートさんが!装備もないのに危ないですよ!団長!」

 

「たぶん心配ないと思うが。レフィーヤ。そうだな、じゃあアイズ取りに行ってくれ」

 

わかったと返事をしアイズは北のストリートにあるロキファミリアのホーム『黄昏の館』に向かう。彼女の脚力と風の魔法ならば5分から10分の間で帰ってこれるだろう。

 

「団長、止めなくて良いんですか?」

 

ティオネが問う。それは自然なことだ。完全装備の戦士と無手の者が戦うのだから。

 

「彼は本気だ。彼の言うとおりならベートが悪い。そして、その覚悟を止める資格は僕らにはないよ。それに・・・」

 

フィンは親指をさすりながら続ける。

 

「ベートなら負けないさ。ティオネもわかっているだろう?」

 

「確かにそうですけど・・・」

 

 

 

 

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

特大剣が空を切る音がする。モモンが振り回すグレートソードはベートには当たらない。

 

「へっ!遅せぇええ!」

 

ベートは余裕の表情だ。愉悦さえ感じられる。正直、モモンの斬撃を見た外野の上級冒険者達は見掛け倒しと思った。腕力こそLv3相当だが、それに頼った剣の腕はお粗末だ。事実、この中に彼に”接近戦”で勝てる人物は多いだろう。

 

「喰らいやがれ!」

 

ガァン!ベートの蹴りがモモンの兜にクリーンヒットする。彼は一瞬よろめく。その攻撃は強烈だった。

 

「硬ってえなぁ。その鎧はアダマンタイトか?」

 

モモンの鎧には傷は殆ど無い。もし仮にLv5、それも体術が得意なベートの蹴りを食らったら並大抵の防具ではグシャグシャになるだろう。

 

風を切る音が聞こえる。ベートの武装を取りに行ったアイズが戻ってきたようだ。彼女は彼にそれを渡そうとする。

 

「ベート。これ・・・」

 

「いや、いらねぇ。今で十分だ」

 

ベートはそれを断る。なぜならモモンの攻撃は彼に一度も当たらなかったからだ。それに攻撃もものすごく硬い鎧とってもいくらかは通じる。しかも喧嘩だ。だから身につける必要はないのである。

 

「装備しろ。ベート・ローガ」

 

「なんだと?」

 

だが、この決闘において劣勢であるモモンは自分に不利になることを言う。それは愚かなことだ。勝ち目がゼロになるようなものだ。モモンは続けて喋る。

 

「私をもっと楽しませくれ」

 

その言葉は弱者が言うものではない。そしてその煽りはベートに火をつける。

 

「雑魚が調子乗るんじゃねぇぇぇええ!」

 

ベートは彼の武器である素早く足甲。フロスヴィルトを装備し、怒りに身を任せ連撃をモモンに叩き込む。

 

ガンァン!ガンァン!ガンァン!

 

金属がぶつかり合う音がする。モモンはベートの攻撃に身を任せているように動かない。そしてそれは1分ほどで止んだ。

 

「はぁ。はぁ。本当に硬てぇ。マジなんなんだそれ」

 

どうやら、ベートが装備している第二等級特殊武装でも完全にモモンの鎧を破壊することは叶わなかった。しかし、殴打のあとが生々しく残り彼の甲冑はボロボロだ。

 

 

「ふむ。この鎧がここまでダメージを受けるとは」

 

ベートの攻撃を受けたモモンは鎧こそ痛ましいが平然と立っていた。普通なら鎧越しの衝撃で重症を追うはずだ。

 

「貴様はやはりLv5の実力はあるな。そしてわかったことがある」

 

彼の様子は表情こそ見えないがベートを見下しているように感じる。

 

「お前は私に勝てない。雑魚だ」

 

「っ!なんだとぉお!」

 

ベートのこめかみに青筋が立つ。その言葉は彼の一番キライな言葉だ。

 

「雑魚はてめぇじゃねぇえかああ!!!っ!?」

 

刹那。彼の目の前に平たい金属の塊が飛んでくる。それはモモンのグレートソードであった。

 

もちろんベートはそれを躱す。彼にとっては朝飯前のことだ。

 

「クソ!舐めやがって・・・!?あいつ逃げる気か!?」

 

モモンは特大剣を投げた後、ベートに背を向け走り去っていった。まさかの敵前逃亡である。

 

「待ちやがれ!!」

 

ベートは彼の後を追う。それが罠だと知らずに。

 

 

 

 

 

 

「あー団長どうします〜?」

 

ティオネはフィンに抱きつきながらこの場の処理をどうするか聞く。だが、彼の様子が変だ。額には汗がにじみ出ている。まるであの階段での出来事の時のようだった。

 

「親指が震えている・・・」

 

彼の親指は震えて危険を知らせる。それも尋常じゃなく。つまり震えているということは、

 

「ティオネ!アイズ!ベートを追うぞ!彼が危険だ!」

 

 

フィンは即座に追撃に向いているメンバーを選び、ベートの後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつらはいったい・・・」

 

「団長・・・」

 

 

しかし、ベートを追跡していた彼らを待ち受けていたのは3体の血管が浮かび上がった漆黒の鎧を着用したアンデッド。デスナイトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベートはモモンの後を追う。彼は東と南東のメインストリートに挟まれたダイダロス通りに入っていった。ダイダロス通りは複雑怪奇な貧困層が住む集合住宅地区で、罠を張るのに最適な場所だ。普通ならば誘われている段階で気づくはずだが、ベートは酔いと怒りで気づけなかった。

 

「どこにいやがるんだ!?そこか!?」

 

彼はどんどん複雑になる細い道を進む。時折、黒い影が見えベートを奥へと誘う。

 

そして彼は薄暗い路地へとついた。そこは人気が全くしない。石壁に囲まれ何かが起こっても誰もすぐには分からないだろう。

 

「・・・何だありゃ?」

 

ベートは暗闇の中、黒い金属の物体を見つける。それはモモンが身につけていた鎧だった。

 

「なんでこんなものがここに・・・」

 

ベートは疑問を感じた。あやしい。彼はここにきてようやく自分が誘導されていることに気づいた。

 

 

 

「やはり、お前の性格なら追ってくると思ったよ」

 

「っ!?」

 

背後から冷淡な声が聞こえる。この声知っている。モモンの声だ。ベートは振り返ろうとする。

 

 

 

「《心臓掌握》」

 

 

グシャリと彼の体の中で何かが潰れた音がする。ベートは何が起こったかわからず石床に倒れる。

 

「ぁぁ・・・」

 

彼の意識が薄れていく。彼は死にゆくさなか暗闇に浮かぶ赤い2つの光る眼球のようなものを見る。それがベートが見た最後の光景だった。

 

 

 

 

ベート・ローガは死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この剣。どこ製のかな?」

 

褐色娘の呑気な声が聞こえる。

 

酒場に残ったロキファミリアのメンバー。ガレス、リヴェリア、ティオナ、レフィーアなどはモモンがベートに投げつけた地面に刺さっているグレートソードを観察していた。

 

「こんな高級品を使い捨てのように投げ捨てるなんてもったいないですね」

 

「そうだな。確かに勿体無い。私の見立てではティオナのウルガと同等かそれ以上だな」

 

エルフ2人は素直な感想を言う。

 

「えー!ウルガと同じくらいの武器を使い捨てにするの!?あれすごく高かったんだよう!」

 

ちなみウルガとはティオナが使う大双刀のことである。アダマンタイトをふんだんに使ったそれはゴブニュファミリアの鍛冶師が不眠不休で鍛え上げないとできない一品でありすごく高価なものだ。しかし、彼女は前のダンジョン遠征で溶かしてしまったため人のことは言えないだろう。

 

「ガレス。ドワーフのお前はどう見る。ん?ガレス?」

 

リヴェリアはガレスに意見を聞くため話しかける。だが彼の様子がおかしい。彼の表情は信じられない物を見ているようだった。

 

「これは・・・あってはならない。こんなものあってはいけない。」

 

彼はドワーフだ。鍛冶屋ほどではないが武器の良し悪しは見分けられる。だから気づいてしまったのだ。この剣は構造がデタラメだと。まるで誰か武器に詳しくない者が描いた絵をそのまま形にしたようなグレートソード。つまりどうやって作ったかわからないのである。

 

確かにこれを見よう見まねで作る事はできる。だが、構造が合理的ではないため強度に問題が起きてすぐ壊れるだろう。だがこのグレートソードはモモンの剛腕に耐えた。

 

「これはまるで魔法じゃぁ・・・」

 

そう魔法である。これは鍛冶屋が作ったものではない。鍛冶屋の意味がなくなる。だからあってはいけないのである。

 

後日、彼らはこの剣を詳しく知るため鍛冶系ファミリアに持っていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ〜ん・・・ここは?」

 

ベートは目を覚ました。周りは石床。石壁で覆われている。ここはオラリオではないだろう。ダイダロス通りのとは材質と色が違うからだ。そしてどうやら大きい部屋のようだ。無数の朽ちた人形達が隅なくある。それは不気味だった。

 

「おや。割とすぐに覚醒するのだな」

 

目の前に”綺麗な”漆黒の甲冑を着たモモンがいた。彼の手には神聖な雰囲気を醸し出す短杖があった。

 

「質問に答えとこう。ここはダンジョンの72層。ピグマリオンの居城だ」

 

ダンジョンの72層。それは人類の未到達領域を遥かに超えた場所。

 

「あの人形は気にしなくていい。階層主がいなければ動かない。もちろん私が倒したが」

 

 

 

階層主を1人で倒す。それも深層の。オラリオの最強のオッタルさえでも難しいことを目の前の男はやってのける。冗談じゃないか?

 

 

モモンは腰にあるポーチから一本の短剣を取り出す。刀身は赤く、炎が揺らめいている様な雰囲気を感じる。これは魔剣だ。

 

だが、彼のではない。それはベートの物だった。

 

「お前の荷物を漁った時に出てきた物だ。鑑定をしたら魔剣と出た。これは一体どういう風に使うのかな?」

 

モモンは魔剣をベートの前に放り投げる。それはカランカランと音を立てて石床に落ちる。

 

「使い方を教えてくれ」

 

ベートの顔つきが険しくなる。怒りの表情だ。

 

俺はこいつに舐められてる。本当にムカつくやつだ。ぶっ殺してやる!!

 

ベートは床に落ちた短剣を拾い自慢の健脚で一瞬にしてモモンに近づき、彼の兜のスリットへと刃を突き立てる。その瞬間、魔剣から炎が溢れ出す。兜の中への攻撃。それも業火と共にだ。普通の人間ならば即死だろう。

 

「なるほど、力を込めて振れば良いのか」

 

即死。その攻撃は普通の人間ならば即死なのだ。それなのにモモンは平然としている。もはや人間ではない。異常だ。だが、ベートはそれに驚く余裕はなかった。次の攻撃に移ろうとしていたのだから。

 

「うぉおおおお!」

 

ベートは溢れ出る炎をフロスヴィルトに吸収させる。彼の足甲は魔法を取り込んで蹴りの威力を大幅に強化できる。その一撃は下層の階層主ですら簡単に死滅させるだろう。

 

彼はその蹴撃をモモンの頭に放とうとしている。その攻撃は当たれば死を意味する。

 

 

バァアアアアアン!!!!

 

轟音が鳴り響く。もはや金属と金属のぶつかる音ではない。

 

 

 

「その足甲も特殊なものだったのか。魔法を吸収させるとはなかなかのものだ」

 

 

 

ベートは恐怖する。彼の渾身の一撃が効かないのだ。幾度も迷宮のモンスターを葬ってきた必殺の技。それが本当に効かないのだ。モモンは相変わらず平然と立っている。

 

「だが、やはり私を傷つけられないとは・・・ゴミアイテムだな」

 

モモンはベートの蹴りを行った右足の膝を掴む。その瞬間、ジュウと音を立てて腐り始めた。黒い瘴気が立ち込める。

 

「うあああああ!」

 

 

 

ベートは足搔く。そして腐っていく嫌な音は彼の耳に入っていく。

 

だがモモンの手は離れない。

 

 

魔剣を振り回して炎をモモンに振りまく。しかし、ベートの方が防具が薄かったため火傷を負った。

 

だがモモンの手は離れない。

 

 

拳を黒い兜に突き立てる。彼の手は硬い物を殴ったのだ。ぐちゃぐちゃになった。

 

だがモモンの手は離れない。

 

 

狼人としての本能か。ベートは噛み付く。彼の歯も硬い甲冑に負ける。拳同様に砕け散り彼の口元は血まみれだ。

 

だがモモンの手は離れない。

 

 

 

そして肉が溶けるような音は消えた。ベートは石床に尻餅をついた。

 

「あぁ・・・俺の足が・・・」

 

ベートの右足の膝から先はない。腐りちぎれたのだ。狼人であるベートにとって、足は彼の人生そのものだ。彼の心は絶望で埋め尽くされているだろう。

 

そのちぎれた足甲のついた脛を持っていたモモンはそれを空間に波立ててた波紋の中にし仕舞い込む。

 

「ゴミアイテムでもいつか役に立つだろう。それにこれからの実験にはこれは邪魔だ」

 

モモンの声は相変わらず底冷えするような冷たさだ。そこに哀れみや高揚感などの感情は感じられない。

 

 

「お前には魔法の検証に付き合ってもらう。そうだな・・・とりあえず一万回死んでみようか」

 

 

 

一万回死ぬ?一回死んでしまったらおしまいだ。モモンはふざけたことを言う。しかし、彼には冗談に聞こえない。ベートは見てしまった。ベートの攻撃によって欠けた兜のスリットから見えた赤い光。死んだはずの彼が最後に見た同じ光。

 

 

赤い眼光を。

 

 

 

 

「さぁ、始めようか。”実験動物”君」

 

 

 

 




Q リポーター「アインズ様。なぜベートが生きてるでしょうか?」

A アインズ様「ここに蘇生の短杖があるじゃろ?」



Q リポーター「アインズ様は魔法でどんな実験をなさるんでしょうか?」

A アインズ様「※○○○○○○○○○」

  リポーター 「ひぇぇ・・・・(絶望)」



※これをお読みなっている方は想像してみましょう。




お知らせ。

次回の更新は、実はダンまちはアニメしか見ておらず、原作は読んでません。なのでこれから読みます。そのため遅れます。これからもよろしくお願いします。



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『恩恵盗み』の始まり 1

ダンまち!本編13巻!外伝9巻!計22巻全部読みました!とてもおもしろかったです!特に良かったのは8巻です!ベートかっこいい!


「はぁああ!」

 

ベルは短刀を力強く振り回す。その刃はウォーシャドウの額に深く刺さる。

 

ここはダンジョンの六階層。彼の周りにはモンスターの死体や魔石と灰の山がいくつもあった。それは怪物達との闘争の末にできた証だった。

 

 

ベルはあの酒場から出てすぐダンジョンに向かった。ー雑魚じゃ釣り合わねぇ。狼人が声に出したその言葉が彼の心に突き刺さる。

 

 

 

こんな弱い自分ではあの憧れた彼女。アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つ資格などない。そういうことだ。そんなの嫌だ。だけど今のままじゃ憧憬は憧憬でしかない。憧れを超えるためには僕は何をすればいい?Lv5の彼女とLv1の僕との違いは圧倒的な冒険者としての力量。そして器だ。それに近づくためにはどうすれば良いのか。それは・・・

 

 

モンスターを倒して経験値を得ること。

 

 

だから僕は目の前のフロッグ・シューターの体にナイフを突き立てる。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

まだだ。足りない。これでは彼女に追いつけない。もっと。もっと。もっとモンスターを倒さなきゃ。

 

彼の体は連戦に次ぐ連戦で体力を著しく消耗している。それに迷宮を潜るための準備もしていない。防具すら装備していないのだ。だからベルの体はモンスターの攻撃によって傷だらけ。着ていた服のいたるところが破け血が滲んでいる。正直これ以上潜るのは危険だ。

 

「ぐぅっ!?」

 

ダンジョンの壁から新しく生まれたウォーシャドウにベルは背中を鋭利な爪で切り裂かれる。ついに彼はその攻撃によって床に伏せてしまった。このままでは、怪物達に囲まれ、ベルはダンジョンに葬り去られるだろう。

 

それは慢心だったのか。調子に乗ってしまったのか。それとも強くならねばという強迫観念だったのか。彼はつい最近まで”鈴木悟”と2人でダンジョンに挑んでていたというのに1人で潜ってしまった。それは自殺行為に近い。ずっとソロの冒険者だったならまだしも、背中を預ける仲間の力を覚えてしまった彼にはダンジョンの六階層は早かった。

 

「あぁ・・・」

 

僕はなんて馬鹿なんだろうか。自分のちっぽけな矜持で自らの命を散らそうとしている。相談して頼るべきだったサトルさんや神様を残して。そう、ファミリア。家族に頼ればよかったんだ。

 

彼の脳裏にヘスティアの泣き顔が浮かぶ。そしてその隣にはとても悲しそうな顔をした鈴木悟がいた。

 

いやだ。いやだ。いやだ!死にたくない。僕はまだ生きたい!あそこに帰るんだ!まだ何も成し遂げていないんだ!

 

彼はとても原始的な願い。生存を求めた。だが目の前の怪物にはそんなことは関係ない。ウォーシャドウは無慈悲に三本の爪を天井へと挙げる。ベルに突き立てるためだ。彼を確実に殺すために、

 

それは振り下ろされた。

 

 

 

 

その瞬間だった。ベルを殺そうとした怪物に漆黒の一線が走る。魔石が砕かれたのか、ウォーシャドウは灰になった。

 

 

 

 

漆黒の長剣を持った鈴木悟がいた。彼が作ったモンスターの死灰の前に。

 

 

 

彼はすぐさまベルの周りのモンスターを斬る。斬る。斬りまくる。的確に魔石を砕いたためか、もうそこには灰しか残らなかった。その剣筋はとても見事なものであるが、技の美しさはない。どちらかと言うと徹底的に無駄を省いたものに見える。

 

ベルは違和感を覚えた。近接戦闘が苦手なサトルが剣を持って戦うなんて珍しい。それにあの長剣はとても高価な物に見える。サトルさんは持っていなかったはずだ。

 

「ぁ・・・サトルさん?」

 

「傷だらけじゃないか。でも生きててよかったよベル。さぁホームへ帰ろう」

 

鈴木悟はベルに優しい言葉をかける。だがその口調はとても冷淡だ。それは怒っているようにも無感情とも感じ取れる。ベルはその時はダンジョンの薄暗さと血の気のなさで気づかなかったが、鈴木悟の顔は無表情だった。まるで人形みたいだった。

 

ベルは鈴木悟に肩を担がれ運ばれる。

 

「・・・すみません。・・・僕のせいで迷惑をおかけしました」

 

「・・・」

 

ベルは自らのプライドが起こした愚かな行為を恥じて鈴木悟に謝罪する。対して謝られている彼は無言だ。それは彼がベルに立腹しているようにも見える。

 

 

 

 

彼らはダンジョンを歩む。不思議な事に出口へと向かう途中、モンスターは一匹も現れなかった。それは満身創痍な冒険者にとって小さな奇跡だ。

 

 

道すがら、鈴木悟達の様子は終始無言だった。

 

ベルは鈴木悟の様子から怒っているのではないかと思った。先ほどの謝罪への無視もあり、とても気まずい。なにか話を切り出したい。彼は鈴木悟が身につけている武器を思い出す。

 

そうだ。先ほど使っていた剣の事を聞こう。それに剣を使うなんてサトルさんらしくないしなぁ。どこで手に入れたのだろうか?

 

それは鈴木悟の腰に刺さった黒い剣。宝石などの装飾はないが、とても実直で鍛えられているように見える。もしかすると鍛冶系ファミリアが作った第二等級武器。いや第一等級武器かもしれない。

 

「・・・その剣どこで手に入れました?あの酒場では持ってなかった、いや初めて見た気がするんですけど」

 

鈴木悟は問いをかけたベルに顔を向けずに答える。

 

「ダンジョンで拾ったんだよ」

 

相変わらず彼の声が冷たい。それしても迷宮内で手に入れたとは。確かに冒険者がモンスターとの戦いで敗走した場合、武器をダンジョンに置いて逃げる事もある。死んでしまった冒険者も同様だ。

 

しかし、ここは6階層。Lv1の冒険者が多いこの場所でその高価な武器を拾うのには無理があるのではないか。それこそ彼が手にしている剣はLv2以上の上級冒険者が使うものだ。この階層では遅れをとるはずがない。

 

当然のようにベルはその事に疑問を覚える。だが、彼に必要以上に問いただしても機嫌を損ねるだけだ。普段の優しい彼ならば問題ないが今は怒っている。と思ったからだ。

 

ベルは話題を変えようと考える。そうだ。確かにその黒剣は気になる。がもっと聞きたい事があった。

 

 

それは鈴木悟が魔法を使わないでモンスターを倒した事だ。それも苦手な近接のみで。

 

 

普段の彼ならば魔法を使うはずだ。遠距離から無詠唱魔法で攻撃し、接近してくるモンスターがいた場合はVR世界で熟練した立ち回りで翻弄し隙を作って魔法を撃つ。それが彼の戦闘スタイルだ。

 

それとは真逆じゃないか。それに先ほどの剣舞はアイズ・ヴァレンシュタインほど美しさはないがとてもすごかった。苦手とはなんだったのか?だからベルは鈴木悟に聞いてみた。

 

「サトルさん。なんでさっき魔法を使わなかったんですか?いつもなら・・・」

 

「効率的だからだよ」

 

「え?」

 

ベルの言葉を遮るように鈴木悟は喋る。そして彼は続ける。

 

「弱いモンスターを倒すのは物理で殴るのが一番早いじゃないか」

 

それに魔法のための精神力も使わないからねと彼は淡々と言う。

 

弱いモンスター?つい先日まで二人で協力しながら倒していたと言うのに?おかしい。二日前、ミノタウロスに襲われたあの日。6階層まで潜った道中だってベルがいなければ危うい状況だってあったのに。彼はその日ステータスを更新していたが昨日の戦闘は多少成長していたがいつもの鈴木悟だった。

 

ベルの頭に疑問が渦巻いていく。鈴木悟が放った弱いモンスターという言葉がそんな相手をあしらえないベルを指して彼を小馬鹿にしているのだが、ベルの頭にはその意味は伝わるほどの余裕はなかった。

 

「ベルの傷の具合もよくないだろう。そろそろ無駄話はやめようか」

 

彼は余り喋りたくないらしい。ベルの怪我を引き合いに出し強引に話を切り上げる。

 

 

 

彼らは着々と階層を昇り、迷宮の出入り口に向かう。そら、もう街の魔石灯の明かりが見えてきた。でも、もう時刻は深夜あたりなのだろうか。光は少ない。

 

そしてベル達は薄暗い西のメインストリートを進み、ホームである廃教会についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

ミアハは赤い液体が入った小さいフラスコを書類やら摺り鉢などで散らかっている机に置く。彼は新薬の研究で少し疲れているようだ。だが表情はとても明るい。

 

ここは青の薬鋪。ミアハファミリアのホームだ。彼は訪ねてきたヘスティアが帰ったあと彼の眷属であるナァーザと一緒に黒い甲冑を着た人物。モモンからもらった物理的な怪我ならば霊薬以上の効果がある赤いポーションを調べていた。

 

「ナァーザ、もう深夜近くだ。これ以上やると徹夜になってしまう。寝なさい」

 

「・・・いやです」

 

ミアハは手を眉間に添える。それは悩ましいポーズだ。ナァーザがこの水薬から離れない。よほど自身に起きた出来事が彼女を揺さぶるのだろう。自分と同じ境遇の人も救えるのでないか?ということなのだろうか。もう欠損した腕やら足に苦しめられない。本当の肉の手足が戻るのだ。エリクサーではできないそれは神の所行に近い。

 

 

 

「まったく・・・」

 

私は”白い右手”で摑んだ試験管とにらめっこするナァーザを見て思い出す。そう、あれは二日前の事だ。時刻はそうだな・・・今と同じ深夜近くだったか。

 

黒鎧の彼。モモンさんは営業時間すぎたこの店に訪ねてきた。扉を叩く音がしたが、店番のナァーザはもう寝床についてしまってかわりにヘスティアからもらったスズキ・サトル君の体の中にあったと思われる絡繰り仕掛けの臓器を分解し、研究するために起きていた私が応対した。

 

「何の御用かな?」

 

「私の名前はモモン。医神であるミアハ様に礼を言いに御訪ねしました。夜分遅く申し訳ない」

 

扉を開けると偉丈夫が立っていた。なんと私に用があるらしい。お礼を言いにきたがと言っているが彼にはあった記憶がない。モモンさんは漆黒の甲冑を身に纏い素顔は見えなく身元を探るのは難しい。ぱっと見の印象は歴戦の冒険者だ。それに声も聞いた事もない。彼の声は冷たい氷を連想させるほど無感情だ。とても印象的だがどうも覚えがない。どうしたものか・・・

 

「ヘスティアファミリアの鈴木悟をご存知かな?彼があなたの治療を受けたと噂で聞きました。そしてその治療にとても高い霊薬を使った事も。」

 

噂か。余り広めてディアン・ケトの耳に入ってほしくはないのだが・・・なんでわしにそれを売らんのだ!それ売れば早く借金返せたのに!金返せ!彼の怒声が頭に浮かぶ。

 

「私は彼を助けてくれたあなたにお礼を言いにきました。それとと霊薬の代金を渡したい」

 

代わりにお礼?そうだったのか。それなら初対面のはずだ。もしやモモンさんはスズキ・サトル君の友人なのかな?いやヘスティアの眷属と考えるのが妥当かな。それにしても彼女にこんな強そうな冒険者がついているなんて知らなかった。団員はベル君一人だと言っていたが、こんな隠し球を持っていたとはヘスティアの意外な一面だな。こやつは。

 

それにしてもあのエリクサーの代金か。ヘスティアは自分で払うと言ってたんだがどういう事のだろうか。しかし、彼は無手だ。手には何もなく、荷物を入れるカバンも見当たらない。さてどこにお金があるのか・・・

 

「っ!」

 

私はとても驚いてしまった。彼が横に手を伸ばしたら、何もない空間が歪みそこから人が入りそうなとても大きい袋を取り出しのだ。床に置かれたそれはとても重いため床がギシギシときしんだ音が聞こえる。これが彼がバックやポーチを持っていない理由か。スキルか?初めて見るものだ。

 

「とても驚いている様子だが、どうしました?」

 

「ぁ・・・いや、それはスキルかね?」

 

・・・は!?しまった。つい気になって言葉に出してしまった。冒険者のステータスやスキルの詮索はご法度だというのに。でも目の前でスキル使われてしまったのだ。とても気になってしまうのはしょうがないことだと思う。

 

「あぁ・・・スキルですよ」

 

なんと、彼は私の失礼な質問にも答えてくれた。こんなスキルがあったら中身の容量によるがとても便利だ。遠征やダンジョン探索で荷物を減らすことができる。手荷物の多さは冒険者にとって足かせになる。専用のサポーターを雇って怪物に襲われて積荷を失ってはたまらない。しかし、荷を持っていかないとうのは選択できないだろう。迷宮内は人間が食べる食料も物資も乏しいのだから。

 

彼のそのスキルだけでも広まってしまったら他のファミリアの勧誘がたくさん来るだろう。神々のことだ嵐のような出来事になってしまうな。それほどのレアスキルだ。

 

だが、そんな大事なことを喋ってしまっていいのだろうか?私自身は他の神に吹聴する気はないが、口の軽い奴ならばそうではあるまい。そして秘密にしてないのなら今日初めて聞いたというのは不思議だ。それに、あの間はなんだったのだろうか?私に聞かれた時、彼は何か考えて答えたように見える。そう、それは嘘をつくときの様子だ。

 

でも、真偽を確かめようと彼の眼を見ようにも兜の隙間が暗くてわからない。

 

 

「金額はこれでいいですか?」

 

彼は大きな袋の口を広げ、それをを私に見せる。私は袋に手を入れ一つとって見る。これは・・・オラリオの金貨ではない。袋一杯の金貨。ここで使えるかわからないが、とても枚数が多い。金の量、金属としての価値だけ見てもあの霊薬の代金には事足りるだろう。いや、多いか。

 

「ああ。でもちょっと多いかな・・・」

 

「そうですか。しかし彼を診たのは夜遅くだったと聞きます。深夜診察料金として受け取ってください」

 

おぉ。気を使われてしまった。私自身あまり気にしてないのだが、まぁいい。彼の好意を甘えるとしよう。無下にはできなしな。

 

「あともう一つ。あの霊薬は特別なもので作ることが難しい。いや、材料を手に入れることさえ難しいと伺ってますが本当ですか?」

 

「本当だ」

 

私は頷く。あれは本当に”特別”なものだ。今のままでは作ることができるのは当分先になるだろう。私もらしくないことをしたものだ。親しい友神に弱音を吐くなど。しかし、酒の席で溢してしまったがよく材料が集まったものだ。一度だけとは言え皆優しい。いや出来すぎかな。彼らはそこまでお人好しではない。必ず見返りを求める神も中にはいた。だが、求めなかった。おかしい。あれはまるで”因果”を操らているようだった。

 

まぁ、色々と気になることがあるが昔のことだ。疑うことは良くない。今は感謝していいだろう。

 

 

「では代わりにこれを」

 

私が昔のことにふけっていると、彼は赤い液体が入ったガラス瓶をを差し出した。代わりにということはエリクサーの代替え品なのか?その瓶はとても美しい。とても高名な職人が作った物に見える。そして中身はなんだろうか?色は血のようにとても赤い。酒みたいだ

 

「これは何かね?」

 

「ヒーリング・ポーションですよ。効果は最上位の物なので肉体の治癒ならば、あなたが作った霊薬に近いでしょう」

 

ポーションだと?それもあのエリクサーに匹敵する?冗談か?しかし、ただのポーションならこんな高い入れ物には入れないだろう。ではそういう事なのだろうか。しかし、あの”霊薬”と同じくらいの治癒力ある物はオラリオでは一番大きい医療系ファミリア。ディアン・ケトの子ではまだ作れないと思うのだが。素材だってダンジョンの深層の物が多い。私だって神の力を使わず奇跡的に作る事ができたのに。正直、本当に効用があるのか疑ってしまう。

 

「なるほど。本当に効くか疑っているんですね」

 

おや顔に出てしまったか。申し訳ない事をしてしまった。

 

「ですが怪我をした者がいなければ効果を確かめことができませんね。・・・そうだ。ミアハ様の眷属の一人は義腕でしたよね。なんでもモンスターに片腕にされてしまったとか。彼女で試してもらえませんか?腕が生えるかもしれませんよ?」

 

 

なぜその事を知っている。彼女が義腕なのはあまり周りには言っていない。だが、ギルドや腕を買ったディアン・ケトファミリアを調べたり、聞いたりすればわかること。問題はこやつはその情報をあらかじめ仕入れてきてここに来た事か。どうやらきな臭い。がこの水薬の治癒力は気になる。

 

しかし、ナァーザを薬の実験台にするのはあまり気持ちのいいものではない。断ろう。

 

「いや、代金だけで結構だ。ナァーザで薬の検証はしたくない。それはお引き取り願おう。それは高価な物だ。ご自身で使われると良い」

 

「そうですか、それは残念です」

 

モモンさんはすんなりと身を引いた。やはり、高価な物でもったいないと思ったのだろうか。では、またと彼は用件が終わったのか出口の扉へと向かう。

 

 

その時だった。

 

 

「・・・それは本当ですか?」

 

 

いつの間にかに寝床から起きていたナァーザが私たちの会話を聞いていたのだ。

 

「・・・ミアハ様。私なら大丈夫です。・・・こんな機会ありませんから」

 

それにタダですから小声でナァーザ言う。モモンさんにも聞こえるぞ。まぁ、確かにこんなチャンスは滅多にこないだろう。そして私は忘れていた。彼女は”あのエリクサー”が置いてあった棚を良く見ていたという事を。あの眼は後悔と期待が合わさった色だった。ナァーザはいくら自由自在に動かせる義腕があるからと言って本当の自分の腕がいらない訳ではない。欲しいはずだ。

 

「モモンさん、無礼を申しますが先ほどの提案お願いします」

 

私は頭を下げる。どうやら私はお門違いをしていたようだ。被験者になるのはナァーザが決める事だ。なのに私の一存で決めてどうする。

 

「ほう。では一つ条件を付けよう。ここで使ってみてくれないか。お嬢さん」

 

モモンさんの口調が少しだけ怒気を感じられるようになった。彼は自分の提案が拒否されて、兜を被っていたため表情がわからなかったが少し怒っていたようだ。それもそうだろう。一度断っておいてやっぱりやりますというのは心にくるものがある。

 

条件か。ここでという事は治癒の瞬間を見たいという事だろうか?不思議だ。やはり彼も使った事がなく効用がわからないという事なのかもしれない。・・・ますます心配になってきた。

 

一方、ナァーザはそれを承諾したのか、自室で右腕の付け根が見えるような服を着てきた。義腕を外したため接合部が生々しい。

 

 

 

 

 

「・・・ではお願いします」

 

彼女は椅子に座って薬を掛けられるのを待っている。私は彼からポーションをもらい彼女に使った。

 

しかし、何も変わらなかった。つなぎ目から垂らしてみたのだが変化はない。やはりこれは偽物?

 

 

「そうか。その接合部が邪魔をしているのか」

 

背後から冷たい声が聞こえる。モモンさんの声だ。私は振り返って彼を見る。黒いガントレットには棒状の物が握られている。それは・・・剣?

 

なぜ、なぜ彼は剣を持っているのだろうか?それを何に使うのだろうか?

 

 

 

「きゃあぁあああああああああ」

 

 

 

鉄の。赤血球の匂いがする。何が起こったのだ?なぜナァーザが血まみれで床でのたうち回っているのだ?なぜ右肩を押さえている?なぜそこから血が出ている?なぜ真っ赤になった接合部の一部分が床に落ちている?

 

「ポーションを使え」

 

 

無慈悲で冷淡な声がまた聞こえた。彼を見る。その右手には血が付いた剣があった。あぁコイツがナァーザを傷つけたのか。なんてやつだ。ポーションを使えだと?効果が無いのを見ただろうに。何を言っているんだ?

 

「はぁ、しかたがない私がやるか」

 

私はあまりにも衝撃的な出来事で立ちすくんでしまった。その様子が見かねた彼が赤い水薬を床に伏せたナァーザに降り注いだ。

 

 

奇跡が起きた。

 

 

いや神である私が軽々しく奇跡などという言葉を使うのはどうかと思うが、それは奇跡としか言いようがない。

 

 

ナァーザの腕が生えたのだ。それも綺麗に。筋肉の衰えも見えない。あたかもそうであったように生えたばかりの右腕が左腕と同じようにバランスよく肉がついている。まるで私の作ったエリクサーのようだ。いや、それ以上かも知れない。

 

「・・・あぁ、私の腕。私の右手」

 

血まみれのナァーザは左手で白い右手をさする。彼女の瞳には涙があった。嬉し泣きだ。とても嬉しい。そう感じさせるような満面な笑みだ。

 

「少々乱暴だった。すまない。だが生えた。信じてくれるかね?」

 

「ぁ、ああ」

 

私は動揺してしまった。正直目の前でこんな物を見せられたら信じるしか無い。確かに乱暴だったが結果は良かった。どうやら接合部のパーツが治癒を邪魔していたらしい。それを切断してしまうとは普通の人ならばできないことだ。効果がなかったらどうなっていたことか。

 

「良い物を見せてもらった。痛い思いをしたお嬢さんに免じてこのポーションは多めに渡す事にしよう。ミアハ様。受け取ってくれるかな?」

 

そう言って彼は何も無い空間にできた歪みから先ほど使ったポーションを3本出し机に置いた。あれほどの物がぽんぽん出てくるとはいったい彼は何者だろうか?

 

「おっと。血で部屋を汚してしまったな。店内が鉄の匂いがしては困るだろう」

 

彼は己が起こした惨状に気づいたようそれを言葉に出す。当たり前だがこんな状態の店ではお客が困惑するだろう。

 

「《清潔》」

 

モモンさんは無詠唱魔法を唱えた。この人は魔法まで使えるのか。するとたちまち血の匂いは消え、床の赤い染みがなくなったではないか。なんと言うか見た目から反して家庭的な人なのか?魔法の発現はその人の思いや経験に依存する。収納のスキルやら掃除の魔法・・・考えるのをやめよう。正直、目の前の厳つい甲冑を着た戦士とはあまりにもイメージがかけ離れている。それに過激なことをする人だ。違うだろう。

 

 

モモンさんはもう用件が済んだのか扉手に手を添えていた。彼はもう帰るようだ。

 

 

 

「ああ、そうだ。また”近い内”に鈴木悟があなたに世話になるだろう」

 

 

 

彼はその意味深な言葉を残してこの私たちのホームから去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナァーザ。早く寝ないと目の下に隈ができてそなたの美しい顔が台無しになるぞ?」

 

「ぅ・・・ミアハ様。・・・それズルイです」

 

ナァーザは頬を赤らめて寝床へ向かった。彼女はあの薬で治った夜から寝る間を惜しんで研究していた。医療に携わるものとして睡眠不足というのはあまりよろしくない。不健康になってしまう。いろいろ試してみたところ、さっきのように言えば言う事を聞いてくれる。どうやら彼女には好きな人がいるようだ。その人には隈だらけの顔なんぞ見られたくはないだろう。それに・・・

 

「やっと行ったか」

 

こんなに素晴らしい物を研究できるチャンスはあまりないだろう。やはり私も娯楽を求めて下界へ降りた神の一柱というべきか。目の前のポーションを眼にしてとめどなく探究心が湧いてくる。正直、ナァーザが寝るのを待って1人でじっくりと実験する機会を伺っていた。あの黒い甲冑を着た人物。ちょっと危ない人だがモモンさんがどこで手に入れたか分からないがそんなことはどうでもいい。ここに現物があるのだから。

 

「そういえば・・・」

 

モモンさんといえば、彼はヘスティアの眷属ではなかったな。ではおそらくサトル君の知り合いであったか。うーん。あの臓器といい。死にかけた体といい。妙に納得できてしまう。あ。そうか。ヘスティアの親しい人と言うのは彼なのか。今度は記憶をなくしたか。難儀な人だ。

 

記憶。ヘスティアにもいったが記憶は完全に消すのが難しい。それこそ神の所業だ。だが、彼女が去った後思い出したのだが、記憶に”蓋”をすることはできる。いわゆる自己暗示というやつだ。特定のキーワードを一時的に忘れさせたり、自分はこうだと思い込んだりすること。など様々な効果が期待できる。それと、彼が最後に言った言葉。サトル君がまた世話になるというのはどういうことなのだろうか。もしかしてそのためにポーションを多く置いていったのか?うーん。意図がわからん。

 

まぁ、そのことについても気になるが、今は目の前のコレだ。このとんでもない治癒力をもったポーションだ。私に未知を与えてくれる。ああこれだから下の世界は楽しい。

 

 

下界サイコー!!

 

 

 

 

 

 

「う〜ん。ふたりとも遅いなぁ・・・・」

 

一足先にヘスティアファミリアのホームである廃教会の地下室に帰っていた、主神。ヘスティアは自身の眷属である2人の帰りが遅いことに心配をしていた。時刻は深夜を超えたところを指している。彼らに何かあったのではないかと思ってしまうのは当然だ。

 

「それにしても、さっきのミアハが言っていた”モモン”って何者なんだろう・・・」

 

それと二人の事と別の事が彼女をさらに不安にさせる。エリクサーの代金を頼みもしないで払った男の事だ。名前をモモンと言うらしい。普通ならば稼ぎのいい高ランクの冒険者でも尻込みするような額だ。そんなものをポンと出すのはおかしい。そう、おかしいんだ。

 

それに、ミノタウロスから瀕死の怪我にさせられてしまったベルを助けたのも彼らしい。同じポーションの瓶がミアハのところにあったのが証拠だ。

 

彼の行動は善意なのか。それともなにか裏があるものだろうか?後者なら厄介だがロキやフレイヤの大きいファミリアならまだしも弱小な彼女のファミリアを狙って何の利益があるのだろうか?正直損しか無いだろう。そこのところも不気味なところだ。

 

「だめだ・・・考えてもわからない・・・」

 

彼の意図はわからない。それが彼女を困惑の渦へと巻き込んでいく。人も神もよくわからないというのは怖い物だ。神の場合、何が起こるかわからない未知を求めて下界に降りる者が多いが、愛する眷属まで巻き込むとなると勘弁したいし、望んだ物ではないだろう。ヘスティアもそう思っているに違いない。

 

「これってありがたい事なのかな?いやそうだよね・・・」

 

だが、彼女は今後借金にに悩まなくて良いと言うことにちょっぴりだけ感謝していた。現金な物である。

 

 

ギギギ・・・

 

 

扉が開く音がする。鈴木悟達が返ってきたのだ。

 

「おかえり〜今日は遅かった・・・え!どうしたんだいベル君!」

 

二人が返ってきた事で上機嫌なヘスティアが目にしたのは鈴木悟の肩に担がれた血まみれのベルだった。

 

「・・・すみません。神様」

 

彼は血が抜けすぎたのかとてもぐったりしている。特に背中の肩から肩甲骨あたりまである裂傷がひどい。奇跡的に恩恵が刻まれている部分は無事だった。そして幸いにもまだ意識はあるようだ。

 

彼はすぐさま鈴木悟の肩からベッドに運ばれた。それに合わせてヘスティアはいつも使っている応急箱からポーションや包帯を取り出してベルに使う。

 

「一応、手当はできたよベル君」

 

ベットの周りにはポーションの空き瓶や血で重たくなった布やら包帯などで散らかっていた。常備薬をすべて使い切ってしまった。彼の様態からするとまた必要になるだろう。近くてこの時間でも対応してくれる薬鋪はミアハのところしか思い浮かばない。ポーションさえあれば何とかなるだろう。だからヘスティアは鈴木悟にミアハのホームに行くようにお願いしようとした。

 

「ヘスティア様。薬がないようなのでミアハ様のところへいってきます」

 

彼は状況を見て判断したのか彼女が頼みを言う前に申し出る。それは空気の読める彼の優しさだ。しかし、その声は無感情だ。違和感を覚えてしまう。冷たいのだ。いつもの鈴木悟なら明るい声のはずなのに。

 

「では行ってきます」

 

ヘスティアは当然その違和感を覚えた。だが、それ以上に彼女の心を揺さぶる事があった。

 

それは彼の目にあった。重傷のベルに治療に専念して鈴木悟の事をちゃんと見ていなかったが、ミアハの元へ向かおうとする彼が扉に手を掛けて始めて、ホームに返ってきた鈴木悟の眼を見た。

 

 

 

鈴木悟の瞳からなにも感じる事ができないのだ。

 

 

 

感情の色。喜怒哀楽といったものが何も無い。神は下界の子どもなら誰でも嘘を見抜く事ができる。それは眼から感情が筒抜けてわかるからだ。もちろん例外があるが、訓練しないとできないだろう。

 

そして今日の酒場へと行く前の鈴木悟はとてもわかりやすかった。おいしい食事への期待といったところか。楽しい感情だった。

 

だが目の前にいる彼の瞳はそれを感じさせない。未知の感覚が彼女を支配する。いや近いものを知っている。人では無い物だ。そう、ヘスティアが思ったのは、

 

 

まるで怪物のような瞳だった。

 

 

「・・・ぁ」

 

彼女はあまりにも衝撃的すぎる出来事に放心してしまった。。それもそうだ。近しい人が全くの別物になっていたのだから。

 

 

 

彼が出て行って二時間後。

 

 

 

「ヘスティア様すみません!道に迷ってしまって遅れてしまいました!」

 

鈴木悟がポーションなどが入った袋をもって慌ただしく戻ってきた。彼は走ってきたのか汗が頬を濡らす。彼の表情は先ほど無表情と違い遅れた事に対しての焦りと申し分けないという自責の感情が感じ取れる。そして、

 

「も、もう遅いじゃないか〜」

 

その瞳には感情があった。彼は人間だ。ヘスティアは歓喜した。さっきのは勘違いだったのだ。そうとしか思えない。たまたま調子が悪かったのだそうに違いない。彼女はそう思う事にした。

 

 

 

そして彼らは無事夜明けを迎えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、一つ気になる事がある。

 

 

鈴木悟が道に迷っていた事だ。彼がここに来て最初に行った事はオラリオの地図を作る事である。それに何回も『青の薬鋪』には通っている。いくら明かりが少ないとはいえ、そんな彼が道に迷うなんて事はあるのだろうか?そして彼が道に迷った時間の半分以上でミアハのホームにつけるはずだ。

 

 

 

鈴木悟はその余ったで時間何をしていたのだろうか?

 



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『恩恵盗み』の始まり 2

北のメインストリートの最北端。そこから一つ外れた街路の脇に大きな屋敷がある。

 

その建物の外見は一言で表すと混沌。外観こそ赤い銅のような色で統一されているが、無秩序に増築と改修を重ねられた佇まいはとても異様である。だがそれと同時にファミリアが発展していった栄華の歴史を感じる。

 

ここはオラリオの屈指の探索系大派閥、ロキファミリアのホームである。その名を『黄昏の館』と言う。

 

時刻はもう朝なのか住んでいる者は朝食を取りに食堂に行く。主神の意向で大きな部屋で集まって食事している様は大手のファミリア故、眷属の人数が多く見るだけで圧巻である。そしてロキの趣味なのか、美人。とりわけ美少女が多い。見る人によっては目の保養どころではないだろう。

 

カチャカチャと食器と陶器の皿が奏でる音が聞こえる。食事も豪華とまではいかないがそれなりの物でありとても美味そうだ。しかし目の前のご馳走に歓喜し、談笑しながら食べる者はほぼいない。

 

暗いのだ。この食堂の雰囲気自体が。

 

いつもの光景ではない。もっと楽しんで食べるはずだ。違和感を覚える。

 

「ベートさん・・・」

 

エルフの少女。レフィーヤが不安でいっぱいな心の内を口からつい溢してしまう。

 

暗くなってしまうのは当然だ。昨晩から同じ仲間である眷属の1人が消息不明だからだ。

 

その今ここにいない彼。昨日、ベートは『豊穣の女主人』という酒場で一悶着があった黒い鎧を着た人物。モモンを追ってダイダロス通りで姿を消して以来見つかっていない。徹夜をしながら皆で探したが迷宮のような街並みは捜索を困難にさせた。結果として発見できなかったため今日も彼らは探すだろう。

 

そして昨夜、ベートがモモンを追いかけたことについて親指の疼きを感じたフィンがすぐに追跡をしようとした。しかし断言できないがおそらくモモンが服従させたモンスターに妨害された。用意周到である。これは計画的な犯行だと見ていいだろう。

 

つまり、ベートは誘拐されたのだ。これは恐ろしいことだ。彼はLv5の冒険者。オラリオでもトップクラスの実力を持っている。そう、持っているのにも関わらず連れ去られてしまった。いくら酒が入っていたといえ彼の武器である徒手は冴えていた。Lv3程度の力量に見えたモモンに遅れをとるはずがない。

 

漆黒の甲冑を着た人物。モモンは力を隠していたのか。それとも誘い出した先に伏兵を這わせていたのか。今となってはわからない。

 

それに彼を誘拐する理由もわからない。高ランクの冒険者であるベートを自分達のファミリアに引き抜くにしても主神であるロキの許可がなければ改宗できないし、彼は生粋の戦闘職だ。貴重なマジックアイテムや武器など作るための発展アビリティやスキルは持っていない。それと身代金目的ならばファミリアの規模からして、報復されて返り討ちにされてしまうはずだ。とくにかくも謎である。

 

これがフィンの頭をさらに悩ませる。

 

 

「・・・リヴェリア。ガレス。後で僕の部屋に来てくれ」

 

食器を動かす手を止めたフィンは付き合いの長い幹部2人を団長の部屋である自室に呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あのモンスターは一体何だったんだろうか。それに魔石がなかった・・・」

 

食堂から自室に戻ったフィンは昨日戦った黒い鎧を装備したスパルトイのようなモンスターに思案していた。初めて見るものだ。恐らく同じ種族であろうあの三体いた怪物には疑問が多くある。

 

まずは魔石が怪物の体内から見つからなかったこと。

 

これについては珍しいことではない。迷宮の外にいるモンスターは魔石が繁殖に連れて小さくなっていく。それこそ米粒程度の石もある。だから小さすぎて見つからなかったのだろうと推測できる。

 

だがそれだとあの強さには説明がつかない。自然繁殖したモンスターは迷宮産と比べ弱い。これは交配に連れて魔石の力を分散してしまうからだといわれ、実際に力も弱くなっていく。

 

あのモンスターは強かった。

 

黒いフランベルジェのような剣を振るう腕力はLv3の冒険者相当で、身の丈を覆うようなタワーシールドを構えた防御はとても巧みだった。特に防戦に関しては戦ったフィンとアイズ、ティオネを手こずらせる程だった。

 

それに本体も頑丈すぎる。アイズの魔法を込めた斬撃で倒れなかったのだ。階層主であるゴライアスを一撃で仕留められるほどの攻撃を耐えた。だが強烈な一太刀を受けた後はさすがに瀕死になっていたので簡単に小突いただけで倒せた。それでも驚異的な防御力である。

 

だからだろう。このモンスターはフィン達の足止めに使われたのだ。

 

そして剣と盾、鎧。血走ったように赤い筋が入った装備はまるで発展アビリティの持った上級鍛冶屋が作ったように鋭く、堅牢だった。

 

武器を持ったモンスター迷宮にはいるが、ダンジョンに生えている木などを使った自然武器で、人間が手を加えた物ではない。もちろん職人が作ったような刀剣を持つ怪物もいる。だがそれはイレギュラーだ。冒険者が落としたものを使っているに過ぎない。

 

あのモンスターはどうだろうか?装備は統一されていた。モモンが与えたものなのだろうか。禍々しい物だが人の意思を感じる武具だった。

 

しかし倒した後、調べようとしたが手に持った瞬間崩れてしまった。まるで死んだモンスターと一心同体のように。

 

ハッキリ言って冒険者の常識が通じないものだ。疑問点が多すぎる。

 

「正直よくわからない。それに・・・」

 

フィンはそのモンスター以外にも疑問を覚えていた。それはモモンが酒場に来た時に親指が何も反応しなかったことだ。

 

フィンの親指は彼を害する事や周りの仲間に危険が迫る時疼く。彼は右腕の親指に何度助けられた事か

 

こんな出来事が起こるにならば親指が反応する筈だ。だが彼が去るまでピクリともしなかった。

 

だから、ベートとモモンとの決闘を静観してしまったのである。彼は止めに入るべきだった。

 

「僕はこの指に頼りすぎかもしれない」

 

フィンは自分の右手を見て呟いた。

 

 

 

 

バタン。

 

扉の音がする。呼んだ2人が来たのだ。

 

「じゃあ始めようか」

 

彼らは情報を交換しあい、それぞれの役割を決める。

 

ガレスはモモンが持っていたグレートソードを鍛治系ファミリアに持って行き調査を。

 

リヴェリアは昨日と引き続きダイダロス通りの捜索と指揮を。

 

フィンは『豊穣の女主人』に出向きモモンの関係者であろうベートの罵りで酒場を急に出て行った2人を探る。そして見つけ次第、尋問する事になった。

 

ロキファミリアのベート救出の第一歩が歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜。・・・足痛い。眠い」

 

鈴木悟は寝床から惚けた顔をしながら目を覚ました。筋肉痛なのか彼は自分の足をさする。

 

時刻はお昼よりちょっと前。普段の彼ならばとっくに起床している筈だが、昨日の深夜、ベルの捜索と大怪我したベルのためにポーションをミアハのとこから調達するため町中を走り回っていたため疲れて寝過ごしてしまった。

 

「でも良い夢見た気がする・・・」

 

スカッとした・・・と彼は続ける。疲労は取れていないが夢見は良かったようで彼の機嫌は良かった。その夢の内容というのは憎い狼人をボコボコにする暴力的で恐ろしいものだったが。

 

 

「あ。サトルさん起きてたんですね。おはようございます」

 

声が聞こえた方を向くとソファに座って食事をしていた包帯だらけのベルがいた。

 

彼は昨日重症を負ったのだが、その痛ましい姿とは裏腹に彼は元気そうだ。ヘスティアの懸命な治療が効いたのかミアハのポーションが良かったのか。とにかく彼は動けて食事をできるほど回復していた。

 

「昨日は迷惑かけてすみません」

 

「そうだ。すっごく心配したんだからな・・・」

 

鈴木悟は憤慨していた。だが彼の表情は不安と安堵を感じさせるものだった。

 

もしベルがモンスターに右腕を食われたら。もしベルの左目が潰れてしまったら。もしベルが死んでしまったら。取り返しのつかない事になったら俺はどうすればいい。でもそうならなくて良かった。そう感じてしまうような顔つきだった。

 

 

 

 

ヘスティアはもうすでにバイトに行ってしまいもう教会地下室にはいない。彼らは2人で食事していた。

 

 

「ベル。今日は休もうな」

 

 

「サトルさん」

 

 

ベルは遅い朝食をとっている鈴木悟に声をかける。その声色はとても真剣だった。

 

「今日もダンジョンに行きます」

 

「ベル!何を言っているんだ!?安静にしないと!昨日大怪我したじゃないか!?今日は休も・・・」

 

鈴木悟はベルの眼を見た。その瞳は熱情を込めている。彼は絶対にダンジョンに行くだろう。

 

「僕・・・強くなりたいんです」

 

強くなりたい。それはオラリオにいる冒険者なら誰でも思うことだ。深層のモンスターを倒すほど強くなり高ランクの冒険者になる。そして町の人々からは賞賛の声や持ち帰る魔石によって大金が手に入る。想像するだけで気持ちがいいだろう。それはもはや駆け出しの冒険者にとって憧れや羨望と言っても良い。

 

だが、ベルからは裕福になりたいとか人気者になりたいなど俗な感情が見られない。彼は純粋に強くなりたいのだ。まるで誰かに追いつきたいように。

 

鈴木悟はベルの瞳からそれを読み取った。そして彼を止めることは無駄だと理解した。

 

「はぁ・・・無茶はするなよ?」

 

そして彼はベルのわがままを受け入れた。その時の鈴木悟の表情はとても優しかった。

 

彼らはダンジョンに行くために装備を整える。ベルはやはり傷が治りきっていないところがあるらしく防具を着るのがつらそうだった。しかし、それでも彼は気合で留め金のベルトをきつく締める。

 

「サトルさん。あの剣はもっていかないんですか?」

 

「剣?」

 

ベルに指摘され部屋の片隅にあった漆黒の長剣に鈴木悟は目を配る。彼がダンジョンで拾った剣だ。そのはずだが、鈴木悟の記憶にはなかった。朝起きたらいつの間にかあったのだ。いや、記憶ある。おぼろげに夢の中で振り回していたような・・・。その夢では、別人のように剣を扱っていた。まるで精密機械のように。

 

 

 

違う。夢なんかじゃない。俺はコレを知っている。

 

 

 

鈴木悟はこの剣を知っていた。これが自分の物だということも。だが、彼にはそれ以上のことはわからなかった。そのことについて、彼は正直、不気味だと感じた。

 

 

最近、記憶があやふやだ。昨日、ミアハ様のところからポーションを取りに行く時、道を迷ったと言うのは嘘だ。正しくは酒場から出たベルを追いかけてからの5時間くらいの記憶がない。”気づいたら”『青の薬舗』に立っていた。不思議なことに、ベルの傷の具合や何が原因なのか、何をすべきなのかはわかっていた。だからなおさら焦った。意識が戻った途端、急に大事なことが知らされるのだ。焦燥してしまうのも無理はないだろう。そしてこの剣はその記憶がない間に手に入れたものだと思う。少し気味が悪い。俺は何をしていたんだろうか?

 

 

でも、良い剣には違いはない。迷宮攻略では役に立つだろう。だから、彼は長剣を手に取り腰に挿した。

 

ダンジョンに向かう準備は整った。鈴木悟はホームの出入り口へと向かう。扉に手をかけた時、何かを思い出すように彼の動きは止まった。

 

「あ、そういえばお金払ってないや」

 

『豊穣の女主人』での食事代を支払いを思い出した。酒場を飛び出したベルを迎えに行った後払うつもりだったが、ベルの治療やらなんやらで忘れていた。勘定しなければタダ飯喰らいだ。それは犯罪だ。

 

だから彼らはダンジョンに向かう前に『豊穣の女主人』を伺うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「え!もう支払われているですか!?」」

 

昨日食事した酒場を尋ねたベルと鈴木悟は驚いた。『豊穣の女主人』の女将に代金を支払おうとしたところ、もうすでに代金は頂いていると言われたのだ。

 

「だ、誰にですか?」

 

当然、支払ったお人好しの人物が気になる。だから、鈴木悟はそれが誰なのか聞いた。彼のことだ、探して支払った分の金額を渡したいんだろう。

 

「おや知り合いんじゃないんかい?黒い甲冑着た人だよ。確か名前はモモンと言っていた気がするねぇ」

 

 

「モモン・・・」

 

鈴木悟はその名を聞いた時、頭のなかに引っかるものがあった。大事な、それでいて親しみのあるような名前だった。本当に大切な者の名前。そして何かが足りないような気もする。

 

 

モモン。俺はこの名前を知っている。でも誰なのかわからない。しかし、この名前には欠けているものがある。それだけはわかる。モモン・・・モモン・・・モモンガ。そうだ。彼の本当の名前はモモンガだ。

 

だけど・・・なぜ俺は彼の本当の名前を知っているんだろうか?

 

 

 

 

カランコロン。

 

鈴木悟がモモンについて思案していた頃、準備中であるはずの『豊穣の女主人』を訪れる者いた。

 

「ミアお邪魔するよ」

 

その者は金髪の端正な顔をした男性のパルゥムだ。彼の名はフィン。ロキファミリアの団長だ。

 

「おや、タイミングが良かったようだ。ロキ」

 

そして、彼の後に続いて店内に入ってくる人物がいた。いや神物か。

 

「幸先良すぎるで!フィン〜」

 

彼女の名前はロキ。ロキファミリアの主神だ。フィンは彼女が持つ神特有の能力が尋問にこの上もなく適しているためにここに連れてきた。

 

 

「ほな、早速やりますか」

 

 

その能力とは、人の嘘を見抜けることだ。神の前では人の感情など丸裸になってしまう。

 

 

 

 

 

さぁ、彼女の真紅の瞳に鈴木悟はどのように映るのだろうか?

 




ここ数ヶ月仕事が忙しくなってしまい執筆の時間が取れませんでした。楽しみにしている方遅れて申し訳ないです。

一応、大まかな話の流れは最後まで出来てますので気長にお待ち下さい。

ちなみに原作の5巻。黒いゴライアスのところで終わる予定です。


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『恩恵盗み』の始まり 3

話数が増えたので短編から連載に変えました。


「ん〜〜うまい」

 

ここはオラリオの西メインストリートの何処かの喫茶店。店内の隅の席で真っ赤なベリーのタルトを頬張るとびきりの美女がいた。彼女の名前はロキ。神だ。

 

「ロキ、ちょっと気を抜きすぎじゃないか?」

 

そして彼女の対面に座るのはロキファミリアの団長。フィンだ。

 

彼らはつい先程、『豊穣の女主人』で鈴木悟達を尋問した後、ロキの小腹が空いたというわがままでタルトが美味しいと評判の茶屋に入ったところだ。フィンの顔色からするとどうやら彼らの事情聴取はうまくいかなかったようだ。

 

「でも、あんなにあっさり彼らを返してしまうなんてらしくないよ。特にあのサトルという人物は怪しかった。それを見逃すほど君は優しくはない。どうしたんだいロキ?」

 

フィンの問いかけに対して、指についたシロップを舐め終えたロキの真紅の瞳がきらめく。その眼は知恵を感じさせるものだった。それもそうだ。策略と狡智を司る神なのだから。

 

「そうやな。まず白い髪のやつはシロや。そのまんまやな」

 

あれからはなんも感じなかったわ〜と彼女は続ける。

 

「で、問題はサトルっていうやつや。たぶんあいつは何か知っとるかもしれん」

 

フィンの見立て通り、彼女は鈴木悟の様子に気づいていた。だが、なぜ彼女は追求しようとしなかったのだろうか?

 

「けどな、深く聞こうと思ったらこうブワァアアアと寒気がしてな。やめたんや。俗に言う女の勘や」

 

それを聞いたフィンはほっぺに赤いソースが着いたロキを茫然とした顔で見ていた。

 

「まぁ、あいつはモモンのことは知らんと思うで。あの感じは親しい友人に名前が似てましたーもしかしたらその人が犯人!?そんな感情の色だったわ。まぁモモンに接触の良い口実に使われたんやろ。あいつら被害者や」

 

それにしてもあのチビの眷属やったとわーとひとりごちるロキ。結局のところ、彼らは何も知らなかった。モモンのことを聞いた時、鈴木悟の様子が周りがわかるほど動揺していたが、ロキの眼で見ても嘘と言うより彼自身もわからない。そしてそれに困惑してるとしかわからなかった。そして、それを見た彼女は、彼らはこの誘拐事件に利用されたと思った。

 

しかし、もしロキが鈴木悟を必要以上に問いただしていたら、モモンの本当の名前くらいの情報は得られただろう。辺り一帯が消し飛ぶ爆発と引き換えに。もちろんその場にいた者は即死だろう。鈴木悟は除いて。だから彼女の勘は正しかった。

 

 

タルトを食うのを手こずるロキを眺めているフィンは悩む。彼はまだ鈴木悟のことを正直疑っている。ロキが彼を問いたださないのがいい証だ。それに冷静を装っているが、今だって彼女の手は震えている。タルトが上手く食べられないのはその所為だ。よく見ると冷や汗もかいているではないか。余程、嫌な予感がしたのだろう。こんなに動揺しているロキは初めて見る。

 

しかし、彼をモモンと結びつける判断材料は少ない。いや少なすぎる。

 

それでもフィンはギルドの張り紙、リヴィラの街の噂や現場の証拠。日常で得れる限りの事柄から有用な情報をひねり出そうと頭を回転させる。

 

あれは・・・違う。コレも・・・関係ない。そういえばアイズが壁がについて何か話していたような。壁かぁ。壁。壁。壁。

 

・・・あ、一つだけあった。ギルドにあったあの張り紙。冒険者達の噂。そして実際に見たことのある光景。それらが鈴木悟を結びつけるモノが。

 

 

「フィン。どないんしたん!?めっちゃ汗かいとるで!?もしかしてモモンのことで何か気づいたんか!?」

 

彼の様子がおかしい。顔面蒼白だ。余程重要なことに気づいたのだろう。

 

 

「か、彼は。サトルは『壁砕き』だ」

 

 

そう、彼はわかってしまった。ここ最近広まっているダンジョン珍名物の一つ。壁を奇声をあげて殴り壊す冒険者の霊。それは本当に幽霊ではなく実在する人物だとか。ただ単に色恋の嫉妬に狂った冒険者だとか。新種のダンジョンのモンスターが見せる幻覚だったりとか。果ては迷宮を作ったの古代人が飼っている妖精の成れ果てという噂もある。そしてその噂に共通しているのが、近づきがたい般若のようなすごい顔つきだという。鈴木悟を尋問の際、彼を観察をして熟考したフィンは気づいてしまったのだ。

 

鈴木悟こそがウォールクラッシャー。

 

『壁砕き』だと。

 

 

 

「な、なんやてー!!!」

 

ロキの素っ頓狂な声が店内に響く。娯楽好きの彼女も団員から聞かされて楽しんでいたから知っていた。その眷属いわく、ここ一ヶ月くらいの間に突如として表れ、神出鬼没な存在らしい。もはや見るだけで迷宮での御利益あるとかなんとか。実際に見たものはその日のドロップアイテムの量が増えたりレアモンスターの大群を発見したりしたそうだ。しかし、皮肉だがその”幸運の妖精”の顔は恐ろしい。あのオラリオ最強のオッタルも驚愕するほどだ。人畜無害そうな彼の顔や雰囲気から想像するのはとても難しいだろう。衝撃の真実である。だから大声や冷や汗をかくほど驚くのも無理はないのである。

 

 

 

「ってモモンと全然関係ないやんけー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

北東のメインストリートの工業地域。それもゴブニュファミリアに続く道を歩く男女2人がいた。男の方はドワーフ。肩に布で包まれたような特大剣を想起させるものを持っている。女の方はアマゾネス。ウキウキしてて陽気な振る舞いだ。胸はないが(いやそれがいい!)明るい出で立ちはとても魅力的でニコニコしてる表情はとても素敵である。

 

彼らはロキファミリアの団員。ガレスとティオナだ。モモンが残した大剣を調べてもらうためによく使わせてもららっている鍛冶系ファミリアへ向かっていた。

 

「ウル〜ガ〜ウルガ〜私のウルガ〜♪」

 

「はぁ・・・遊びじゃないんだぞ。全く」

 

ガレスはティオナに少し呆れていた。本来この仕事は一人でも事が足りるが、リヴェリアの捜索隊に入る予定だったティオナはガレスがゴブニュファミリアに行くと知って団長を説得し同行することになった。どのようにフィンを説いたかは分からないが、彼女の本音はどうやら頼んだ武器の進行状況を見たいらしい。それがガレスの眉を下がらせる。

 

「そういえばさぁ〜。その剣って魔法で作られてるのってホント?」

 

「・・・たぶんな」

 

それを調べるためにここを歩いてんじゃないかと彼は続ける。ガレスはこの武器が異質だと気づいた。重さや構造がチグハグすぎている。人が作ったものすら怪しい。そのためモモンが持つ魔法で作られているのでははないかと考えた。そうすれば、使い捨ての投擲武器のように投げ捨てるというのも理解できる。魔法で作ればもし壊したり、なくしたりしても失うのは自身の魔力のみだからだ。

 

「でもいいなー。魔法で武器作れちゃうならお金払わなくていいしー。鍛冶屋いらずだね!」

 

「ティオナ・・・。それをゴブニュのところで言うなよ。もう武器作ってもらえんぞ」

 

やばっと口を隠してしゃがむティオナ。その時、入り組んだ路地の影から一筋の光が見えた。段々と速度を増してこちらに近づいてくる。それは、人の瞳が日の光が反射したものだった。何者かが走ってこちらに来ているのだ。

 

「ガレス〜〜〜!」

 

その者は褐色の肌をした逞しい女性だった。特徴的なことに左目に革の眼帯をしており隻眼だ。彼女の名前は椿・ゴルブランド。ヘファイストス・ファミリアの団長。Lv5の冒険者だ。

 

「おお。椿じゃないか」

 

「おおじゃない!その武器はなんだ!?手前はそんな大剣を渡した記憶が無いぞ!」

 

そして、彼女はガレスと直接契約を交わしている上級鍛冶師だ。彼は彼女の作った武器しか使わせてもらえないらしい。可哀想。

 

「ん?勘違いしとるのか?わしの武器じゃないぞ。うーん。ちょうどいい椿にも見てもらおう」

 

ガレスは椿にこの武器のことを話した。どのように入手したか。どのように扱われたかを。そしてこの武器の異質な部分を。

 

「よし、わかった!工房に行くぞ!」

 

椿はこのグレートソードに興味を持ったようだ。詳しく見たいとのことでガレスとティオナは彼女の鍛冶場に向かった。

 

 

 

「うーん。これは・・・」

 

ここは椿の工房の中。先程まで鍛冶作業していたのか炉が温かい。そのせいか室内が少し暑かった。作業机の近くの椅子に座った椿は剣を持ってみたり、刀身をマジマジと観察している。時折、椅子から立ってグレートソードを振って重心を確かめている。そしてその顔はとても真剣だった。

 

「これは格好こそ良いが、ガレスの言う通り構造がデタラメだ。しかし、不思議と重心はバランス良く、切れ味もある」

 

不思議な武器だと彼女は言う。素材や見栄えに比べ、持ちやすさや重心の位置の取り付けは駆け出しの鍛冶屋が打った武器のように拙く作られている。これを作ったものは鍛冶屋としての知識がない者だ。まるで絵に描いた剣をそのまま作ったようにも見える。

 

だが、そんなことをお構いなしにこの剣は使える。剣は重心の位置がとても大事になる。特に片手剣の場合は顕著だ。そして特大剣の場合でも同じなことに変わりはない。このグレートソードは重心のバランスが悪い。でも手で持ってみるとそれを感じさせないのだ。さらに柄を握ると手に馴染む。不自然なほどに。

 

構造が歪なのに、使いやすい。ずっと武器に向き合ってきた鍛冶屋からするとこれはとても不気味なことだった。

 

「ガレス。コレを割ってもいいか?」

 

「・・・やはりか。では割ってくれ」

 

え!割っちゃうの勿体無いよ〜!と言うティオナを無視して椿は鉄床の近くにあったタガネと金槌を取りに行った。彼女はこれの正体を知りたくなった。武器をよく知るために一番効率の良い方法は割ることだ。割れた断面の組織を見ることで、どのように作られているか、何が入っているかがわかる。例えば、鋼ならば炭素の量や※折り返しの回数などがわかる。

 

※鋼をタガネで切り込みを入れて、折り返すこと。回数を重ねて鍛造するとリンや硫黄などの不純物が取れて良い鋼になる。

 

カーン!カーン!甲高い音がしてタガネがグレートソードに入る。彼女は柄と鍔のあたりから始めたようだ。やがてヒビが入り、ビキビキと音を立てて割れ始めた。

 

「なんだと!?」

 

椿は驚いた。彼女は鍔と刀身の一部を砕いたとこであることに気づいた。この剣の中身は全て同じ素材で出来ているのだ。金属の質感が違う鍔も柄も。そう、これはハリボテだ。ただ単に金属を型に流し込んで出来たものに色を塗った物だ。これはそういうものだったのだ。

 

だが、それだと説明がつかないことがある。振り回しやすく、使いやすいことだ。全て同じ素材で出来ているこの剣は重心の構造もへったくれもない。バランスが悪い上、重くて振りづらいはずなのだ。しかし、コレはそうではなかった。まるで魔法がかけられているように。

 

 

「すまん。手前じゃわからないことが多すぎる。他のところに聞いてみてくれ。あ、そうだ。主神様ならわかるかもしれない」

 

椿は落ち込んでいた。ガレスの力になれなかったからだ。そして自分の鍛冶屋としての経験が全く役に立たなかったことにとても不満をもった。だが、今の彼女の眼は力強い。おそらく未知の武具に触れて創作意欲でも刺激されたのだろうか。

 

「いや、手間を掛けた。またな、椿」

 

ガレスは椿に別れの言葉を告げる。彼女のところでモモンの武器について理解出来たことは”よく分からない”ということだった。それでも十分な収穫だ。相手は未知。冒険者の知識だけでは考えてはいけないということなのだから。

 

 

 

「じゃあ、次。ゴブニュファミリアいこっか!」

 

「はぁ・・・。お前さんはウルガが見たいだけだろ・・・」

 

椿の工房を後にしたガレスたちは複数の鍛冶系ファミリア。鍛冶神にさえも聞いて回った。だが、結局のところ、誰が作ったのかわからない。それどころか人間が作ったものすら怪しいという結論に至った。

 

そしてコレは椿が所属しているファミリアの主神。ヘファイストスによって”魔法”で作られているということがやはり真実だというのがわかった。

 

モモンは武器を作る魔法を使う。ガレス達の調査によってその可能性が判明した。

 

武器が魔法で作れるというのは厄介だ。無手を装って相手を油断させることもできるし、武具を持っていけない場所でも出現させられる。それに防具。特に全身鎧も精製できるとなると、変装して身分を隠すことができるではないか。もしかするとモモンは戦士ではないかもしれない。彼は前衛職ではない?ベートの決闘で見せた距離の取り方、そしてあの体捌きは後衛が行うものに近かった。魔法使い?盗賊?それとも治療師?更に、あの素人じみた剣技がその推測に拍車をかける。どうにもわからない。謎は深まるばかりだ。

 

 

「けったいな魔法じゃ」

 

ロキファミリアのホームで、自室で帰路についたガレスはため息を吐きながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜。サトルさん。僕もう寝ますね」

 

時刻は夕暮れ。ダンジョンから帰ってきたベルはそう言って、ベットに潜り込む。そしてすぐに寝息が聞こえてきた。彼は怪我もまだ治っていないところもあり度々の戦闘行為で極度の疲労に見舞われていた。ホームについて、すぐに睡魔に襲われても無理はないだろう。

 

 

「・・・今日のベルはすごかったなぁ」

 

 

鈴木悟はベルの寝顔を見ながら、今日の彼の活躍を思い出す。ベルは率先して何匹のもモンスターに攻撃を仕掛けて打ち倒していた。それもすごくがむしゃらに。出くわした怪物はすべてベルが倒した。正直、鈴木悟は出番がなかった。ついでに腰に下げた強そうな剣も。彼がやっていたことは魔石やドロップアイテムを拾うサポーターまがいのことだった。

 

「ベルは本当に強くなりたいんだな・・・」

 

もちろん、ベルがモンスターの攻撃によって危うい部分もあったが彼は見守った。強くなりたい。それがベルの願いだからだ。そのために手出しをしてほしくない。彼はそうは言わなかったが鈴木悟はベルの瞳からそれを読み取った。

 

今日も彼は優しかった。

 

 

「ただいま〜」

 

可愛らしい少女の声がする。バイトからヘスティアが帰ってきたのだ。

 

「おかえりなさい!ヘスティア様」

 

 

 

 

彼らは鈴木悟がダンジョンからの帰りに市場で買ってきたデーツやドライアップルなどの干し果物を食べながら、今日の出来事などを雑談していた。楽しいひと時である。

 

「あはは。それ面白い〜。あ、そうだ。ベル君が寝てるしちょうどいいよね」

 

「?」

 

今まで、談笑して笑っていた彼女の顔が真剣になる。

 

「実はサトル君に相談があるんだ」

 

相談。彼女からとはめずらしい。そして真面目な雰囲気から彼の顔つきもピシッとしてきた。ヘスティアの力になれるなら何でもする。今の彼はそう思っているだろう。

 

「ベル君は強くなりたいんだって。憧れの人と一緒に立ちたいから。ちょっと悔しいけど。いや、本当に悔しいけど彼の純粋な思いを応援したい。だから、手助けしようかなと思ってー」

 

鈴木悟は今日のベルの行動原理を理解した。彼がなぜ無理をしてでも経験をつもうとしたのかを。

 

「武器を贈りたいんだ。それもとびきり良い物を」

 

どうかなと彼女は鈴木悟に問う。そして、ヘファイストスのところなんかいいなぁ〜。と付け加えるヘスティア。彼女は人差し指を口に当ててあれもいいなぁ〜これもいいなぁ〜と可愛い仕草で考えている。それを見た鈴木悟はとびきりの笑顔で、

 

「いいですね!ベルも喜びますよ!」

 

快諾した。

 

鈴木悟はヘスティアの提案がとても良いものだと思った。彼の心はこれから贈り物をもらうベルの笑顔を思い浮かべ歓喜で満ちていた。

 

 

 

 

 

 

・・・だが、彼の心の奥底にざらつく感情がにじみ出てきた。嫉妬だ。羨みしさと妬みで出来た汚くドロドロとした汚れ。

 

なんで俺には何もしてくれないんだ。俺だってあなたから贈り物がほしいよ。あなたはなんで彼だけに優しいの?俺をもっと見て!見てほしいんだ!

 

それは彼が直視していない自分の思い。感情。ヘスティアを母に見立ててしまったが故に生まれてしまったモノ。

 

人間は理性で物事を理解して正しい方向に進もうとする。だが、感情は別だ。本能とは正直だ。嫌なものは嫌なんだ。そして、感情は時に理性を凌駕し全てを壊してしまう。また、それは己の感情と真摯に向き合わなければ崩壊する直前までわからないだろう。

 

鈴木悟は“大人”だ。自分の感情を隠すことに長けている。いや、そう強要されていた。そうしなければあの地獄で生きていけなかったのだから。

 

だから、彼は己の変化に気づけない。嫌な感情を押し込んでしまう。そう、気のせいだと。

 

静かに燃え始めた嫉妬の炎が鈴木悟の心の中で渦巻き始めた。

 

 

 

 

 

 

「でもヘスティア様。お金はどうするんです?お、俺に使ってくれたエリクサーの借金もありますし」

 

鈴木悟は武器の値段が気になった。ヘファイストスファミリアが打つような武器は上級冒険者が買う物で金額の桁が違う。駆け出しの冒険者は到底払える額でないはずだ。まして、借金持ちの極貧ファミリアでは話にならない。

 

「大丈夫だ!武器のお金はなんとかしてみせるさ!それに借金はモモンっていう怪しい人が払ってくれたからチャラだよ!」

 

ふっふっふ。ボクの神脈をなめないでくれ!とグーと親指を立てるヘスティア。しかし、借金を払ってくれた人が怪しい人呼ばわりとは失礼ではないか。そして、どうやら武器の調達はヘスティアの神友に頼るらしい。流れからするとへファイストスか。だが、ヘスティアは彼女の元で居候してて、あまりの堕落っぷりでここに追い出されたらしいが・・・大丈夫か?

 

彼女は無計画すぎて色々と突っ込みたくなる。

 

「・・・モモン?」

 

だが、彼には指摘する余裕がなかった。聞いたことのある名前が彼女から出てきたからだ。

 

モモン。彼の本当の名はモモンガ。かつての己が作った分身が彼の心を揺さぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの酒場の事件から5日後。

 

 

早朝のロキファミリアのホーム。『黄昏の館』の門の前が騒がしい。

 

「ベートさん!?」

 

門番の男が声を荒げてしまう。それもそうだ。五体満足で”生きた状態”のベートが目の前に転がっているのだから。身体こそ全く傷は無いが、服はボロボロだ。特に腰履きはひどく、脛の部分がちぎれ半ズボンになっている。そして、彼の彼の武装である足甲。フロスヴィルトはなかった。

 

 

意識を失っていたベートは団員たちにホームに運ばれ、治癒師のリーネに介抱されいた。ベートを見た彼女は率先して彼を看病すると手を挙げていた。正直、鬼気迫りすぎて他の仲間たちが引くほどに。

 

「ベートさん。よかった・・・」

 

自室のベットに寝かされているベートを見て彼女は大粒の涙を浮かべ泣いていた。リーネは余程、彼が無事に帰還したのが嬉しかったのだろう。いや、本当に嬉しいのだ。彼女はベートに好意を持っているのだから。

 

 

 

「う・・・。ここは俺の・・・」

 

 

数時間後。彼は目が覚めた。ベートは周りを見渡す。見慣れた光景。ここは自分の部屋だ。そして、自分の太ももに重みを感じる。長い黒髪でおさげの少女がもたれかかって寝ていた。リーネだ。ベートさん・・・と寝言を言う彼女の眼の周囲は赤く腫れている。

 

「なんで俺はここに・・・」

 

覚醒した彼はなぜここに自分が自室のベットで寝ていて、リーネがいるのかわからなかった。ベートの記憶は曖昧だった。

 

「ん〜。・・・あ!起きたんですね!」

 

うたた寝していたリーネが起きた。パチリと瞳を開けた彼女から自身の状況を聞く。なんと自分は『豊穣の女主人』でモモンと言う男と一悶着あった後、行方不明になってしまったらしい。団長はベートを敵方がダイダロス通りに誘い込んだモモンの追跡を防ぐための準備をしていたため誘拐だと判断したらしい。

 

だが、いくら探しても痕跡すら見つからず皆、諦めかけていたところだ。実際、リヴェリアは今日の捜索で見つからなかった場合、ベートを探すために募った団員を遠征の準備もあるために解散させよう思ったほどだ。そして仲間に迷惑をかけず彼女は1人で暇を見つけては探そうと思っていたらしい。そんなリヴェリアも彼がホームに帰ってきたときは安堵の表情を浮かべていた。彼が無事で嬉しかったのだ。もちろん他の幹部たちも同様だ。

 

 

 

 

 

 

「ベート〜。お前どこおったんや〜」

 

無事でよかったわ〜。と彼の肩をバシバシ叩く女神。意識が戻ったベートはロキの自室に呼び出されていた。

 

彼女とベートは他愛のないことを話し合う。それはベートが上の空で、茫然としているからだ。これから話すことについて、彼の意識をはっきりさせようと彼女は話しかける。

 

「リーネが心配して泣いておったで〜。この女泣かせめ〜」

 

「・・・うるせ」

 

憎まれ口が叩けるほどに彼の調子は戻ってきた。彼女の目から見てもベートはだいぶ安定してきたようだ。

 

「で、モモンは何者だったんや?」

 

ロキの糸目が開かれ、真紅の瞳がきらめく。彼女の態度は急変する。さっきのおちゃらけた感じから程遠い。緊迫した空気がベートとロキの間で流れる。

 

「・・・あいつは恐ろしいほどの魔法の使い手だ」

 

それも全ての魔法が無詠唱だったと彼は続ける。ベートはおぼろげな記憶からモモンの情報をロキに伝えた。魔法の種類が30を超えたところで数えるのを止めたとか。ダンジョンの奥深くの見たこともない場所で戦ったとか。武器や鎧を作る魔法を使うだとか。鎧を脱いだモモンが装備していた物がとても神々しいとかだ。

 

そしてモモンはおそらくLv7以上。強さはオラリオ最強のオッタルよりあるかもしれない。

 

「情けねぇ話だが、今の俺じゃあいつに勝てねぇ。奥の手の魔法でさえも意味がなかった。それでも必死に噛み付いて一発きついのをかましたけどな」

 

彼の魔法。『ハティ』。普段ベートはこの魔法の詠唱文が嫌いであまり唱えようとはしない。しかし効果は絶大で魔法使いを相手取るにとても有効だ。なにせ拳や脚に魔法の炎を纏わせ周囲の魔力を吸い取るのだから。放たれた魔法をも吸収してしまうのに魔法詠唱者のモモンはどうやってベートの魔法を攻略したのだろうか?

 

そして、ベートは自身の発現した内容に疑問を持つ。俺はあの幾多の魔法を回避して防げるのだろうか?あの無数の火の玉を。床全体を覆うほどの稲妻を。自身を襲う数多の意思を持った黒曜石の剣を。それらを躱してモモンに攻撃できるのか?いや無理だ。そして直撃を受けた彼は肉の塊さえ残らないはずだ。

 

だが、彼は生きている。無傷だ。おそらく威力は大したことなかったんだろう。と思うことにした。いや、そんなことはないだろう。エリクサーで治癒されたかもしれないし、“なにか別の方法”で肉体の損傷を治したかもしれないのに。ベートは自分のぼやけた記憶から都合のいいことを抽出して理解しようとした。そのことが彼を調子つけてしまう。それは慢心だ。なぜ自分がダンジョンの72層から帰還ができたか覚えていないのにそう考えてしまった。

 

「あ、そうだ。ロキ。ステータス更新してくれ」

 

ベートはあれだけの死闘を演じたのだから多大な経験値を詰めただろうと思った。最近伸び悩んでいた彼は今回は行けるはずだ。そのはずだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあいくで」

 

 

ロキは針を指した人差し指で逞しいベートの背中に血を一線をなぞる。すると彼のステイタスが現れた。ランクはLv5。前に更新した時と同じだ。そして淡い青白い光が部屋を照らす。

 

ロキはベートが得た経験値を操りステイタスを更新しようとする。しかし、彼女はいつもやっている行為なのに違和感を感じた。彼が経験した物語は見えているのにそれらが淡いのだ。いつ消えてもおかしくない霞のように。そして、既視感のある彼の体験も溢れ出てくるではないか。過去の経験だ。彼女も見たことが無いものもあった。おそらくベートが前にいたヴィーザルファミリアで得たものだろう。

 

なんやこれ。なんやこれ。こんなん見たことない。これはベートが前にサシで飲んだときにこぼしていた『平原の主』ってやつか?そして次に見えるのは女の顔。ヴィーザルのとこで見たことがある。たしか副団長だった気がする。でもなんで見えるんや?モモンと戦いで関係あったんか?

 

彼女は疑問を覚えながら作業を終える。終えてしまった。

 

「っ!?」

 

ベートの背中をロキは見つめた。おかしい。おかしい。おかしいのだ。彼女は背中は冷や汗でグッチョリと濡れる。そして心臓の鼓動が早くなる。目の前の光景がロキをどうしようもなく不安にさせる。いや、もうそれは恐怖だ。恐ろしくてたまらない。

 

「ベート・・・。モモンになにされたんや・・・。なんで・・・なんで・・」

 

 

 

Lv1になってるんや。

 

 

 

Lv1。それは神の恩恵を受けたときに最初に現れるランクだ。そして本来ならば種族固有のスキルもあるはずなのだが、彼のステイタスには何もなかった。文字通りまっさらだ。

 

これはモモンの蘇生によるデスペナルティだ。その罰とはレベルダウン。幾多の死で彼は経験をすべて失った。そして幸運にも本来ならば蘇生に耐えきれず消滅するはずだったが、神の恩恵がそれを防いでくれた。腐っても神の力ということか。しかし、副作用まではできなかった。

 

ベートはロキの言葉に衝撃受ける。そしてそれと同時に体から力が抜けていくように感じる。それはとてつもない虚脱感だ。そして思い出してしまった。あの地獄での出来事を。

 

 

「お゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛!」

 

 

彼はあまりに辛い記憶を呼び起こしてしまったために胃の中をびちゃびちゃ床にぶちまける。だが、すべての記憶が鮮明になったのにところどころ不自然にぼやけている。重要なことが思い出せない。例えばモモンの顔だ。

 

ーお前には魔法の検証に付き合ってもらう。

 

あの時、ベートが砕いたヘルムの中の顔がわからない。見えたはずなのに。あの印象的だった赤い眼光さえぼやけている。それどころではない。装備を変えたモモンは素顔を晒していた。なのにそこだけ白かった。例えるならインクの白で塗りつぶしたように不自然に純白だった。それがさらにベートの意識を揺さぶる。

 

「大丈夫なんか!?ベート!?」

 

ロキは彼が心配で床に倒れ込むベートの体を支える。目が虚ろだ。そして意識を失う前に一番大事な事を酸っぱい匂いがする口で何かを喋ろうとする。

 

 

おれは9588回殺された。

 

 

ベートはそのことをロキに伝えようとする。それは彼が死んで生き返ったということ。それも何度も何度も何度も。彼が無傷だったのは、蘇生で体が元通りになったからだ。モモンは自然の摂理に反することができるのだ。もはや、神ではないか。もちろん、蘇生魔法というのは存在する。だがその使い手の賢者は未だ成功していない。だから、それを確実に何度も成功させるモモンはあまりにも異常なのだ。そのことを伝えたいが、彼の言葉は息が絶え絶えでとても聞きづらく理解するのが難しかった。そして彼は気を失った。

 

 

「なんやこれ。なんやこれ」

 

吐瀉物の匂いで満ちた部屋でロキは狼狽えていた。おそらく、オラリオ史上。いや全世界で初めてのランクダウン。それは神の力を侮辱する行為。そして、超越者たる神々に干渉できる力。そんなのはありえない。たしかに、自分たちが神威を使えばランクを操ることもできよう。だがそんなことしたら、神界で一発でばれてしまう。だからありえない。ありえないのだ。でも実際に起きた。

 

ロキの頭は混乱で満ちていた。だが、彼女は聡明だ。なぜモモンはこんなことをしたのか。なぜベートを選んだのかを考える。

 

ベートは高ランクの冒険者。ランクダウン。恩恵を操る術。それは神をも恐れぬ所業。そして彼は生きて帰ってきた。しかしなぜ無事返した?意味がわからない。どうやってランクを下げた?なぜステイタスを更新する前は下がっていなかったのか?

 

あぁ、そうや。これは、

 

「・・・実験や」

 

それならベートの発言と噛み合うのではないか。何種類もの魔法を使ったのは試したかったのではないか?魔法は冒険者にとって奥の手だ。わざわざ大事な手の内を晒すのはおかしい。では初めて使う魔法ならばどうだ?覚えたてだから練習しようという風にも解釈できる。そしてこちらが本命。モモンの使う魔法の数がおかしい。普通ならば30以上の魔法は操れないはずだ。神の恩恵のスロットの容量を遥かに超えている。もちろんレフィーヤの『エルフリング』みたいにエルフの同族が使う魔法であれば詠唱と効果を完全に把握していれば使えるという例外もあるが、彼の話からすると別にエルフの使う魔法とかではなく規則性はないため、そのような感じでは無かった。ではなぜモモンは使えたのだろうか?

 

ロキは仮説を立てる。これにはランクダウンが関係しているのではないか?。ランクダウンで消えた経験値はどこへ行った?恩恵を操った術者が持っているのではないか?つまり魔法を恩恵ごとモモンは奪ったのだ。そして、今まで盗んだ魔法をベートで試したのだ。

 

また、ベートは魔法が使える。それもとてつもなく強力な魔法。それだけで接触してくる十分な理由はある。そして事が終わったから、ベートを帰したのだろう。殺さなかったのは強者としての余裕の表れか。Lv1では何の脅威でもないということか。

 

即ち、ベートは恩恵を盗まれた。ということ。それは超越者たる神々をあざ笑う行為。それと同時に恐怖である。その者は神でもないのに恩恵を操れるのだ。そう、神でないのに。

 

 

「恩恵盗みや・・・恩恵盗み!ベートは盗まれたんや!ワイの恩恵を!」

 

 

ロキは怒声をあげ、恩恵を盗んだと結論付ける。しかしそれは間違っている。

 

彼はただ単に蘇生のペナルティでランクがダウンしただけだ。モモンは魔法の検証をしただけ。それにベートを帰したのはステイタスの更新でランクが下がるのを知りたかっただけだ。その証拠に今、モモンはロキの隣で”視ているし聞いている”。

 

 

 

 

 

 

 

だが、結果的にはロキの考えはあながち間違っていなかった。

 

 

 

「なるほど、そのような結果になったか・・・」

 

だってロキの言葉を聞いたモモンが、

 

「恩恵盗み。そういう考えもあるのか・・・おもしろい。次は実際に奪ってみようか」

 

後に実行するのだから。

 

 

 

不可視の魔法を解き、ロキのホームから去った死の王は自分の手に嵌めた3つの光り輝く宝石をカシメた指輪を興味深く視ながら建物の影に消えていった。その指輪はシューティングスター。流れ星の指輪。どんな願いでも3つ叶う指輪だ。それを何に使うかはもうわかるだろう。

 

 

 

 

 

そう。そして、これこそが迷宮都市オラリオに住まう者を恐怖のどん底に落としいれ、震撼させた『恩恵盗み』の始まりだった。

 

 




さて、今回ベートくんはLv1になってしまいました。彼は今どん底にいます。ということは、これ以上下がらない。あとはあ這い上がるだけ。つまり何が言いたいかというとベートの強化フラグが立ちました^^

彼はこの小説の裏主人公にする予定です。ベートはモモンに勝てるでしょうか?


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幕間 地下72層目で狼は・・・

今回はモモンがベートを使った魔法の検証のお話です。

ベートがいっぱい死んでひどい目にあいます。注意。




目の前に美しい漆黒の色をした金属の光沢が映る。斧だ。過度に装飾されていないそれはとても実直で美しい。もはや美術工芸品だ。シンプルな機能美というものが感じられる。そして、肉を断つには適度な重さがあり、切れ味も良さそうだ。豚や牛などの家畜の首を簡単に両断できる。もちろん骨なんていともたやすくに砕くことができるだろう。

 

そして、それが

 

 

 

「ぎゃぁああああああ!」

 

 

 

ベートの左足に振り下ろされる。

 

 

 

 

今、彼の両足は膝からない。右の断面はぐちゃぐちゃに腐り溶けていて、もう片方はドクドクと新鮮な血が流れていた。

 

 

「五月蝿いぞ。実験動物」

 

 

とても冷たい底冷えするような声が聞こえる。その声の主。黒い甲冑を着た男。モモンだ。振り下ろした斧を持ち直した彼はベートの足甲のついた左脛を拾い、"虚無"にしまい込む。

 

 

「しかし、これでは実験にならないな」

 

 

モモンはそう言いながらベートにカツン。カツン。と石床を鳴らしながら彼の頭上から見下ろし、近づく。その様子はとても無慈悲で、退屈さを感じる。

 

それと対して、両足がなくなったベートは痛みで苦しみで悶ていると思いきや苦痛を感じなかった。自分の脳がアドレナリンをどんどん出して痛みを抑えてくれる。なぜか?痛みでのたうち回る場合ではないからだ。

 

「はぁっはぁっはぁっ」

 

心臓の鼓動が早くなり、息が荒くなる。そして本能が逃げろ。逃げろ。逃げろと訴えてくる。大脳が逃走を要求してくる。端的に言うとベートは最上級の恐怖を感じているのだ。目の前の存在に対して。もはや命乞いの言葉もでない。

 

だが、彼は逃げられない。自慢でもある両方の足がないのだから。

 

 

「リセットするか・・・」

 

 

その”恐怖”は漆黒の斧をもう一度、振り上げる。狙う場所はベートの脳天。斧の一撃は左足同様、グシャリと頭蓋骨を砕き脳漿をぶちまけるだろう。

 

ベートはこれから死んでしまうだろう。そのことについて彼は当たり前のように恐れを抱くが、それ以外にもベートを狼狽えさせるものがあった。

 

それは、モモンの砕かれたヘルムから覗かせる顔。スリットがボロボロと崩れ落ちて顔面の半分が露わになるそれは”白”かった。まるで陶磁器のような美しい乳白色だ。それもそうだ。モモンの顔は肉のない躯なのだから。そして、ポッカリと空いた眼窩には真っ赤に光り輝く目玉があった。ベートはそれを視て思い出す。自分が心臓を潰されて死んだことを。そのときに見た最後の光景。

 

 

それが彼の頭を揺さぶり、滅茶苦茶させる。ベートの頭は恐怖と疑問で混沌とかしていた。もうぐちゃぐちゃだ。

 

なんで俺はここにいる?  怖い!死にたくない!  モモンはモンスターなのか?なぜ喋れる?怪物は言葉を紡げないはずだ。  いやだ!生きたい!  斧はどこから出した?魔法?スキル?おかしい。  ああああ!近寄るなぁ!  まるで恩恵を受けた冒険者じゃないか もう死ぬはいやだ!苦しいのはいやだ!

 

そう、死ぬのは嫌だ。あの感覚は味わいたくない。・・・なんで俺は生きているんだ?

 

 

 

ヒュンと風の切る音がする。自分の頭の何かが潰れて弾け、バキバキと割れる耳障りな音が聞こえる。そして、脳の奥が暖かくなるような感じがした。

 

 

 

ベートの目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは神々が住まうバベルの地下深く。ダンジョンの72層。朽ち果てた人形が散らばっているそこはピグマリオンの居城だったところ。人類が到達した階層を遥かに超えた場所。モモンの実験場であり屠殺場だ。

 

そしてベートの地獄が始まる場所でもある。

 

 

 

 

 

「あ゛ぁっ!?」

 

何かに無理やり起こされたようにベートは覚醒した。

 

体中が怠い。寝起きの悪さとは違う感じだ。だが、頭は不思議と冴えている。自分の手や足の感触、周囲の匂いを感じ取れた。だから服についてしまった血の匂いや、なぜ切断された自分の足が治っているのか。何故"生きているのか"疑問を覚えてしまう。

 

 

「気分はどうだ?狗」

 

 

モモンの冷徹で小馬鹿にしているような声が聞こえる。だが、目の前にいたのは甲冑を着た男では無かった。そこにいたのは、

 

 

「・・・そうか、その様子では自分に何が起こっているのもわからないのか」

 

 

死の支配者だ。骸骨が目の前にいる。彼はモモンなのだろうか?周りを見渡しても壊れたマネキンしかない。ではそういうことなのだろうか?いや、彼がモモンだと断言できる。だってあの赤い光。忘れることのできない真紅の輝きを放つ眼が彼の顔にあるのだから。

 

しかし、死者が喋りかけてくる事はおかしい。スパルトイのような骸骨のモンスターはいるが、基本的に怪物は言葉発することができないはずだ。そのはずだが、今ここにいる。人や魔物を超え、逸脱した存在。それがモモンなのだ

 

次にそれが纏わせる雰囲気は異質だ。やたら身につけているものが神々しいのだ。豪華な刺繍がされた黒いローブ。7つの蛇が絡み合った不気味であり神聖な黄金の色をした杖。指にはめている無数の指輪。おそらくすべてマジックアイテムだろう。それも国宝級。いや、見たことはないが神々の装備と同じくらいの価値ではないか?。自然とそう思ってしまう。極めつけはみぞおちにある宝玉。モンスターの魔石と思わせるそれは違和感を感じるほど怪しく輝く。

 

鎧を脱いだモモンの第一印象はモンスターの神だ。モンスターの神?何だそれは?矛盾した存在である。それで正しい。彼は怪物なのだ。それと同時に神と同じ超越者なのだから。

 

 

「まぁいい。検証を始めよう」

 

 

モモンはベートに対して手をかざす。そうすると、透明なモヤモヤした塊が彼の周りに10個現れた。

 

 

「《魔法の矢》」

 

 

そして、それは弾丸のように飛んで行きベートの四股を貫く。

 

身体中がちぎれ、バラバラになった彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

「《火球》」

 

「《龍雷》」

 

「《溺死》」

 

「《獄炎》」

 

「《破裂》」

 

「《負の爆裂》」

 

「《千本骨槍》」

 

「《黒曜石の剣》」

 

「《万雷の撃滅》」

 

「《嘆きの妖精の絶叫》」

 

 

 

 

 

・・・目が覚めてはモモンの呪文の詠唱が聞こえて暗転。それを20回ほど繰り返したところ、ベートは自分の身に起こったとんでもない出来事に気づいた。いや、気付かされたというべきか。最初からわかっていた。でも到底信じられるものではなかった。夢だと言われた方がはるかに現実的だ。

 

「俺は生き返っているのか?」

 

覚醒したベートは反射的に呟いてしまう。

 

 

「やっと気づいたか?」

 

 

目の前いたのはやはり見慣れてしまった赤黒い光を放つ目の骸骨。これが現実だとどうしようもなく理解させてくる。

 

 

「これで28回目。お前は私の魔法の実験のために生き返っているのだよ」

 

 

蘇生?俺は生き返っているのか?そんなことはありえない。ありえない。ありえない!死んだ者は生き返らない。だって!だったら!あいつら!あいつらは!あいつらはなんで!

 

 

あいつら。その者たちは力の弱い者、自分で敵に立ち向かえない者をベートが罵るようなったきっかけ。そしてベートが心から愛した女達。彼らはもうこの世にいない者達だ。平原の主と呼ばれた怪物に食い殺された妹のルーナと幼馴染のレーネ。ダンジョンで死傷を受けてしまったヴィーザルファミリアの副団長。ちなみに副団長だった彼女とは肌を重ね合ったほどの仲だった。

 

目の前で死んでしまった彼女たちを守れなかったベートは弱者を雑魚と蔑むようになった。それはその者が死地に向かわせないためのあまりにも不器用な親切さ。正直意図は伝わりづらいし迷惑だ。だが、人との付き合いが致命的に下手くそなベートにはそれしかできなかった。

 

彼はもう大事な人には死んでほくないのだ。身近の人。同じファミリアの団員。自分を好いてくれるあの女の子。だから、それらを守れるよう彼は力を求めた。そして強くなった。彼は今や数少ないLV5の上級冒険者だ。二つ名の『凶狼』を貰い受けその名声はオラリオ中に届いている。しかし、彼はそれに満足しない。もっと強く。もっと強くなりたい。彼は常にそう思っている。

 

そう、かつて戦った平原の主のような大事なものをすべてを破壊する理不尽な存在に立ち向かうために彼は己の牙を研磨し続けているのだ。

 

 

「《死》」

 

 

だが、悲しいかな。その時はやってきたと言うのに目の前の"理不尽な存在"には触れることすら叶わない。彼はモモンに対して為す術もないのだから。

 

 

 

彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「体の具合はどうだ?力が抜ける感じはあるか?レベルが下がった感覚はあるか?」

 

 

ベートの蘇生が100回目くらいになったところでモモンは質問してきた。それは彼が使ったアイテム。"蘇生の短杖"のデメリットが発生しているのか。していないのかというのを把握するためだ。ユグドラシルでは低位の蘇生魔法で復活すると1〜4レベルが下がってしまう仕様がある。この杖も同等の蘇生魔法が込められており使用にはやはりデスペナルティが発生してしまう。この世界ではユグドラシルの魔法は現実に合わせて変質している。どうなるかは未知数だ。確かめるのは当然のことである。

 

まぁ、もっともそのことを知らない彼には意味がわからない。レベルが下がる?何ことだ?そう思ってしまうだろう。常識的に、レベルは上がるか。そこで打ち止めてしまうか。そのどちらかなのだから。下がるというのは聞いたことが無い。そして、やはりそれが今のベートの心情だった。だから彼の問に頭が追いつかず口結んでしまう。

 

 

「・・・沈黙か。まぁいい」

 

 

モモンは手をかざす。それは彼が魔法を使う予備動作。ベートは思わず身構えてしまう。また巨大な火の玉が。地を這う雷が。無数の黒曜石の剣が自分に襲いかかると恐怖してしまう。そう思ってしまうのは自然な反応ではないだろうか。

 

 

「《支配》」

 

 

しかし、彼を襲ったのは身を焦がすようなジリジリとした痛み。感電して肉が沸騰するような痛み。剣で刺される鋭い痛みではない。そう、身体的な痛みではない。

 

 

「先ほどの質問に答えてもらおう」

 

 

それは精神への攻撃。魔法を受けたベートは背筋を伸ばして直立する。その様はあまりに彼に似合わなく不気味だった。そしてそれを助長するようにベートの目に光はない。その瞳は何処までも暗く薄気味悪かった。

 

「力が抜けるような感覚はありません。ですが、蘇るたび少し怠さがあります。体は問題なく動きます。他にはーーー」

 

何だこれは。自分の口が他人のように感じる。口だけじゃ無い。手も足も目も耳も鼻も俺じゃない。俺じゃない。おれじゃない。おれじゃぁない。

 

ベートの口はモモンの問いかけに自分の意思とは無関係に素直に答えてしまう。彼はモモンの操り人形になってしまった。だが、この魔法は意識までは支配できない。それが彼の精神を蝕む。ベートは心と体の分離に苦しんだ。自分が自分ではないのだ。もう狂ってしまいそうだ。これにとてつもない苦痛を感じてしまうのは当たり前だろう。彼の戦士としての強靭な心がなければすぐにでも壊れてしまうはずだ。

 

 

「下がっていないようだな。やはり神々の力はこちらの法則を防ぐようだ。神の恩恵というのは素晴らしい」

 

 

モモンはベートにかけた魔法を解く。もう用事は済んだからだ。彼はバタンと床に倒れ込む。心がぐちゃぐちゃになりながらもベートは意識を保った。保ってしまった。次に何をされるはわからないという恐怖のためだ。頭が勝手に冴えてしまう。

 

 

「前に二、三人冒険者と恩恵を受けていない人間で蘇生の実験をした。普通の人間は蘇生した瞬間、灰と化した。これはデスペナルティーのレベルダウンに耐えられなかったと考えられる」

 

 

モモンは手を顎に当てて考える素振りを見せながら独りごちる。その様はとりあえず思考を口に出して整理を試みているように見えた。それは決してベートに話しかけ理解させるためではない。

 

 

「一方、冒険者は問題なく復活できた。聞いたところ、体の不具合はなかったそうだ。私も魔法で調べたところステイタスの変化はなかった。これは恩恵によって防がれたのではないだろうか。別の冒険者でも試したがやはり結果は同じだった。さすが素晴らしき神の力と言うべきか。

 

だが、10回くらいであの人間達は生き返らなくなってしまった。直前にもう生きたくない。死なせてくれ。と言っていたのを考えると、蘇生には生きる意志が必要なのかもしれない。流石に死後の意識はこちらからは手が出せない。しかし、それでは魔法の実験をするたびに的を用意しなければならない。それは面倒だ」

 

 

ベートは破顔した。これは希望だ。生きたいという意志が無ければこの地獄は続くことはない。もはや、彼には生の執着心などない。そう、思ってしまうほど度重なる強制的な蘇生によってベートの精神はとても疲弊していた。

 

 

「そこで私は考えた。"これ"を使ってその条件を取っ払えばいいと」

 

 

モモンは見せびらかすように指輪をはめている手を突き出す。白い骨の指に刺さっている5本うちの中で何かが欠けているリングが眼に映る。不自然だ。三つある石座にカシメている宝石が一個ないのだ。それの名前は『流れ星の指輪』。限度はあるが、3つだけどんなものでも叶えてくれるマジックアイテムだ。一回使用すると3個ある宝石の一つが砕け散る。では、石が一粒ないということは・・・?

 

 

「結果は成功だ。LV5。高ランクの何度も蘇る実験動物が手に入った。下らない茶番だったが手間に見合う収穫だ。私の推論は正しかった」

 

 

100回以上問題なく生き返っているのだからな。とモモンは続ける。その言葉を聞いて、理解してベートは絶望する。この地獄からは開放されない。彼はモモンの実験のための肉袋になるしかないのだ。永遠に続く苦痛。モモンの言葉通りなら、少なくともあと9000回以上は殺されてしまうだろう。ここで数を書いてしまうと終わりが見えてしまって大したことに感じないかもしれない。想像してほしい。ある日、通り魔に包丁で腹を刺され確実に殺しきるまで内蔵をかき乱されて死ぬ。それが9000回もループして体験したらどうなるだろうか?多分3,4回で気が狂ってしまうだろう。例えの死に方は違うが100回殺されて精神が崩壊せず耐えられた彼はすごいのだ。しかし、いくら屈強な戦士であるベートでもいつかは心が壊れてしまう。まぁ、もし狂人になってしまってもモモンは無理やり魔法で治してしまうだろうが。

 

 

「しかし、こんな畜生に使ってしまうなんてもったいない気がするが・・・」

 

 

『流れ星の指輪』はとても貴重な物だ。モモンもおいそれと使えるものではない。なんでも強引に我儘を押し通せるコレはここぞというところで使う物だ。正直、ベートの蘇生のために使うのはとても愚かなこと。あまりにもメリットがない。魔法の実験がしたいなら何人もさらえばいいのに。切り札の一つであるこの指輪を浪費してしまうのは慎重に事を進めるモモンには似つかわし無い行為だ。

 

 

「まぁいい。"また使えるようにすればいい"のだから」

 

 

彼がそんな軽率な行為をしてしまったのには理由がある。そう、彼は課金アイテムを含め使った消費アイテムを補充をする方法を知っていたのだ。それはユグドラシルではなかった法則。ここで生まれた彼だけが使える神を。己を騙す技。自分の存在が依存しているモノを利用したそれは圧倒的な反則であり、もはやチートだ。モモンはズルをしているのだ。

 

 

「さぁ実験を続けよう。《現断》」

 

 

モモンの魔法によって体を真っ二つにされ、自分の空中を舞うハラワタを見てしまったベートの瞳は次第に光を失っていく。

 

彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに?」

 

それはベートの蘇生が300回を超えた頃だ。手をかざして魔法を放とうとしたモモンは何かに気づいたようにベートから興味をなくす。彼は少し苛立っているようだ。言葉に怒気が感じられる。

 

 

「あの人間は自分の力量を計算すらできないのか?レベルに見合わない狩場で死にそうになるなど滑稽だな。しかし、まだあの下等生物は必要だ。まったく癪に障るが助けに行かなくては」

 

 

おそらく、モモンの創造主である鈴木悟の同じ眷属の彼。ベル・クラネルが無謀にもダンジョンの六階層に一人で潜り、ウォーシャドウによって死にかけている。それを魔法か何かで知覚したのだろうか?モモンは鈴木悟のためにベートを使った実験は一旦中止しベルを助けに行くようだ。

 

 

「《中位アンデット創造》」

 

 

モモンは部屋の隅にある朽ち果てたボロボロ人形に手をかざす。大量に山になって打ち捨てられているそれはここの階層主が操っていた戦闘自動人形だ。よく見るとひび割れた胴体から魔石が見える。これも一種のモンスターなのだろう。

 

その怪物だったモノは不死の超越者の言葉によってカタカタと黒い瘴気を纏いながら動き出す。やがて形が変わりローブを羽織った干からびたミイラの姿になった。

 

それはいかにも魔法使いらしい風貌で目には光はなく肌は乾燥しすぎている。それは人間だったモノだ。亡骸と言うべきか。しかし、彼は立って歩き始めている。異常だ。そう、この者はアンデット。不死者のモンスターだ

 

《中位アンデット創造》。これはモモンのオーバーロードとしての種族スキルの一つである。召喚したのはエルダーリッチ。ユグドラシルでのレベルで30レベル程度のモンスターだ。この世界ではおそらくLV3程度の強さだと考えていい。さらにモモンの死霊作成に長けたスキルによって通常よりとても強くなっている。それが続けて8体ベートの目の前に現れた。

 

「ついでだ。スキルの実験もしておこう。武器のないお前にはこいつらで十分だ。遊んでやれ」

 

殺してもいいぞ。最後にそう言い残してモモンは転移の魔法を唱えベートの前から去って行った。無数のエルダーリッチを残して。

 

 

「ははは」

 

 

ベートは床に伏せていた状態で笑っていた。その声色からして呆れているように見える。それは誰に対しての嘲笑か?それは自分自身。己に対してどうしようもなく失望しているのだ。

 

モモンという恐怖がこの場にいなくなったことによって彼は安堵してしまった。それがベートの心を締め付ける。モモンにボロ雑巾のように扱われ何もできない自分が嫌になる。何のために自分は拳を振るい牙を研いだのだ。モモンのような理不尽な存在に打ち勝って、もう愛した女を、愛してくれた女を失う痛みをもう味わいたくないためではないのか?あの"怪物"はおそらくオラリオに住まう者に死を振りまくだろう。もちろんロキファミリアの面々も含まれている。自分が好いているアイズも。

 

だから今が立ち向かうべき時なのだ。モモンは死者を蘇生させられることができるが、彼は生死を弄ぶだけにそれを使う。そして、最後にはその辺に生えた雑草を摘み取るように殺すだろう。それを止めるには迎え撃たなければならない。それなのにモモンがこの場にいないというだけで心の奥底から安らぎ溢れてくる。まるで捕食者から運良く逃れたウサギの気持ちだ。ウサギは弱い。弱者だ。従って、彼はこう思ってしまう。 

 

 

 

これでは自分が"雑魚"ではないか?

 

 

 

ベートの周りにはユラユラと浮かぶ魔法使いの死体。それらは主の命令通り手をかざして魔法を彼に撃とうとしている。その魔法はおそらく『火球』だろう。モモンも使っていた第三位魔法のそれはベートの体を焼き尽くすほどの威力だ。しかし、召喚されたエルダーリッチは召喚主であるモモンより格段に魔法攻撃力が弱い。LV5のベートならば耐えられるはずだ。それでも、8体同時の砲撃はさすがに彼でも堪えてしまうだろう。

 

 

「ふざけんじゃねぇ。こんな雑魚ぶっ殺してやる」

 

 

ナメやがって。彼は小声でつぶやく。立ち上がり、ベートは構えを取る。それは戦うためだ。彼は諦めていない。その証拠にベートの瞳はギラギラと闘志で燃えている。彼はモモンに打ち勝とうとしているのだ。そのための切り札がベートにはある。しかし、普段の彼はこれを使いたがらない。このワイルドカードは彼が嫌悪しているもの。自分の辛い過去を思い出させるからだ。だが、それは魔法使いを相手取るにはとても有用な手段だ。一度使えば完封できてしまうほどに。だから使う。そして、モモンが対峙している時では使う隙がなかったが、弱いモンスターに囲まれているだけの今は絶好のチャンスである。そう、彼の奥の手は、

 

 

「【戒められし、悪狼(フロス)の王ーー】」

 

 

魔法だ。

 

 

 

 

 

 

 

「少しは面白かったぞ。ベート・ローガ」

 

 

モモンはそう言って、白銀の剣をベートの首に突き立てる。彼ではやはり、この"怪物"には勝てなかったようだ。だが、彼にしては善戦したと言うべきか。モモンの声は冷淡ではなく愉悦を含んだものとなっている。ベートは彼を楽しませたのだ。そして違和感がある。モモンの装いがあの神々しい黒いローブではない。裸。今のモモンは骨のみの姿だ。そして手には立派な剣が握られている。それはとても美しく、同時に得体の知れない力を感じる。それもそのはずだ。かつての同志の銀色の甲冑を着た聖戦士の武器なのだから。しかし、彼ではユグドラシルの職業制限により戦士が扱うような剣はもてないはずだが?

 

答えは簡単だ。《完璧なる戦士》という魔法をモモンは使ったのだ。その効果は使用者のレベルをそっくり戦士レベルに移し替えるというものだ。彼は100レベルのオーバーロード。つまりそれを使ったモモンは100レベルの戦士になったということだ。これにより戦士が装備できる近接武器はなんでも持てるようになった。それこそワールドチャンピオンのような特定のクラスでないと持てない剣も装備できるようになる。もちろんデメリットもある。戦士特有のスキルは使えず、そのうえ魔法も使用できない。武装に関してもそうだ。魔法職の装備は《完璧なる戦士》の効果中に着用できない。それが今の彼が裸でいる理由だ。

 

正直、純粋な戦士職に比べたら格段に弱い。それでも、力や俊敏のステータスはベートの能力をはるかに超え、簡単に蹂躙できるようになる。だが、彼を殺すには使う必要はないはずだ。

 

モモンは魔法で捻り潰せばいいのにわざわざ剣で殺した。そうする必要があったのだ。いや、試してみたかったというのが大きかったか。ユグドラシル時代にも魔法が効かず物理のみしか効果がない敵がいたし、現実でもこの魔法でそういう輩に対して対処できるかモモンも気になるだろう。そう、今のベートは《完璧なる戦士》を使うきっかけにはちょうど良かったのだ。

 

ベートの魔法。《ハティ》は拳や足に炎を纏わせる付与魔法だ。その炎はなんと周囲の魔力を吸い自分の力にしてしまう。魔法使いが放つどんな魔法をも吸収してしまうそれはマジックキャスターであるモモンには天敵だ。実際、エルダーリッチはベートに瞬殺され、召喚したアンデッドが倒されたことに気付き、72層に戻ってきたモモンが唱えた《龍雷》や《大致死》のような範囲攻撃さえも吸収してしまった。

 

しかし、結局のところ、それは無駄なことだったが。ベートの手足に吸収した魔力を込めた強烈な一撃を受けたモモンは微動だにしなったのだから。彼の持つスキル。《上位物理無効Ⅲ》と《上位魔法無効Ⅲ》の壁の前ではベートのLV5程度の力量では突破できない。最初からモモンに勝とうなどと彼がいくら足掻こうが無意味なことだったのだ。

 

・・・まぁ少しはモモンを驚かせ興味を惹かせる事ができたが。

 

 

「さて、地上に戻らねば」

 

 

モモンは狼人の首に刺さった剣を抜き、"虚無"にしまう。彼はまだ転移先で用事があったようで、《完璧なる戦士》を解き、転移の魔法を唱え始めた。

 

 

床に仰向けに倒れ、血溜まりの中に放置されたベートは鋭い物で首を刺されたことにより気管が血で詰まり、呼吸ができなくなっていく。コポコポと口から赤い泡を出しながら彼の視界は段々と暗くなる。

 

 

彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《魔法最強化》《火球》」

 

熱い!熱い!腹が!顔が焼ける!指が!腕が焦げる落ちる!

 

 

 

「《魔法遅延化》《破裂》」

 

・・・?何も起きな!?腹が!足が膨れてる!?あぁ!痛い!膨らんだところが!あーーー

 

 

 

「《魔法三重化》《月光の狼の召喚》」

 

なんだありゃ?ただの狼?何だこいつら速え!やばい!やばい!やばい!!こっち来るな!俺を喰おうとするんじゃねぇ!!!

 

 

3匹の狼に臓物を食いちぎられ思う存分、肉をクチャクチャと咀嚼されているベートはこれがいつまで続くのかを考える。まだ痛みには慣れないが、死ぬのには慣れたというべきか。もう死には恐怖がない。死んだらモモンによって生き返らせるだけ。強制的に。それだけのことだ。

 

今の彼の娯楽はこの地獄が終わった後を考える事だ。ロキファミリアの食堂でちょっとした朝ごはんを食べること。行きつけの酒場で馬鹿騒ぎすること。鍛錬場で拳を振るい汗をかくこと。同僚のアマゾネスをバカゾネスともじりおちょくること。そして美しい剣舞を行うアイズの横顔を見ること。それだけが彼の心を保たせている。逃避というべきか。

 

モモンが言うには現時点で蘇生回数は5249回だそうだ。ではあと4000回弱くらいで終わりかぁと思い、夢みたいなことを空想しながらベートの瞼は落ちた。

 

彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定した時間を経過したよー!モモンガお兄ちゃん!」

 

 

 

 

血や死臭が漂うモモンの実験場で場違いな甲高い女性の声が聞こえる。それはモモンの手首に付いている腕時計らしきものから聞こえた。その様子はあまりにもこの場では不適当で不気味すぎる。

 

 

「もう5日目か。もう実験は終わりだな。指輪を使って時間を遅らせたりしたが一万回は無理だったか」

 

 

少し調子に乗ってしまったか?と自笑気味に笑うモモン。今日でベートを使った実験は5日目になる。これ以上は彼は魔法の検証はしないようだ。そう、実験は終わり。ベートはやっとこの地獄から開放されるのだ。

 

ちなみにベートは此処に来てから9588回死んだ。残念ながら、モモンが言った回数。1万回には届かなかった。彼は途中で検証に時間がかかってしまう事に気づき、流れ星の指輪を使って72層の時間を遅らせたりして間に合わそうとしたが既の所でタイムリミットが来てしまった。まぁ、モモンの調べたいものはほとんど終わったみたいで彼は嬉しそうだったが。

 

ベートは心の中で歓喜した。もう痛い思いをしなくて済む。もう心の中を滅茶苦茶にされない。もう生き返る時のあの気持ち悪さを感じないのだから。そして、また地上のロキファミリアのホームに戻って何気ない日常が戻るのではないかと淡い期待を抱いてしまう。楽しいことを考えているうちに彼の心は少しだけ余裕ができた。だから、ふと目の前の"骸骨"が何者なのか気になってしまう。"コレ"は何なんだ?

 

「お前は何者なんだ・・・?」

 

ベートは何気ない疑問を口から自然とこぼしてしまう。モモンはその問いかけには答えないだろう。なぜなら、自分の情報を与える意味がないからだ。彼はベートのことを実験用の狗としか見ておらず、コミュケーションはいつでも一方的だ。

 

 

「今の私は気分が良い。特別に答えてやろう」

 

 

しかし、偶然にもモモンは上機嫌であった。親切にもベートの問に応答してくれるみたいだ。さぁ、彼の正体とはいったい何だろうか?

 

 

 

「私は親愛なる創造主の"記憶の残滓"だ。そして、生まれたときからずっと。それこそ今でも彼を見守っている者。それがモモンガという名前を与えられた私という存在だ」

 

 

・・・親愛なる創造主?今、目の前にいるのは作られた怪物ということなのか?次に気になるのは記憶の残滓と言う単語。その言葉通りなら彼は記憶の残りカスということだがさっぱり分からない。最後に、これが一番気になる。"今でも彼を見守っている”。その彼とは文脈的にモモンを作った創造主のことだろう。それが今でも見守っているということはその創造主は近くにいることではないか?このオラリオに彼はいるのだ。この”怪物”を作った者が。

 

 

「質問は以上か?じゃあ、最後の実験だ。《記憶操作》」

 

 

その魔法を受けたベートは頭の中がぼんやりと虚ろになるような感覚に襲われる。そして脳の中を何者かの手が入っていくような感じがした。彼の視界は靄がかかったように白くなる。それは広がり、彼の意識を薄くしていく。

 

 

ベートの目の前は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ぁあ」

 

 

目が覚めたベートは寝起きで重い瞼を開け、周りを見渡す。見慣れた光景だ。ここはロキファミリアにある彼の自室なのだから当たり前の事だ。

 

 

「喉が乾く・・・」

 

 

ロキの自室で嘔吐して気を失った彼は胃の中何もないため、空腹だった。喉もカラカラだ。

 

何か食べ物か水分が欲しいと思っていると、自分が寝てるベットの隣にあるサイドテーブルにあった布が被せてある果物が入っていそうなバスケットが目に入る。

 

彼が布を取ってみると、そこには真っ赤な林檎があった。それが彼の胃を刺激する。

 

たぶん看病していてくれたリーネが親切にも置いたのだろうか?多分そうだろう。彼女は優しい女性だから。

 

林檎を手に取ったベートは本能に赴くままにリンゴを丸かじりしようとする。しかし、口に入れようとした瞬間、手を止めた。彼はこのまま食べるには食べづらく味気ないと感じたらしい。

 

「たまには割って食べるか」

 

ベートは林檎を割って食べるようだ。彼はヘタのヘコんだ部分に両方の親指を入れ、裂くように力を入れる。

 

ぐっ。ぐっ。ぐっ。

 

・・・割れない。何度やっても割れない。いつもならパカンと割れるはずなのに割れないのだ。彼の手に力が入らないわけではない。その証拠に彼は渾身の力を込めて林檎を裂こうとしている。でも割れない。その事がベートにとっては冷や汗をかくほど信じられない出来事だ。

 

原因は度重なる死と蘇生とステイタス更新によって引き起こされたデスペナルティ。

 

彼の握力は神の恩恵を受ける前に戻っていた。違う、昔なら林檎くらいなら握りつぶせた。ということはそれ以下ということだ。今ならそこら辺の女子供と腕相撲をしたらいい勝負になるかもしれない。それくらいの筋力だ。彼は正真正銘、LV1のベート・ローガという事。LV0と言ったほうが正しいかもしれない。だって狼人の種族特有のスキルもないし、アビリティの数値も0が並ぶ。彼のステイタスはまっさらだ。

 

それが彼の自尊心を傷つける。

 

 

「チクショウ!」

 

ベートは林檎を投げつける。それは勢い良く飛ぶと思いきや、ポトという軽快な音をたてて床に落ちる。もはや物を放り投げるのもままならない。それが彼の心をまた傷つける。

 

「なんだよこれ・・・」

 

ベートはどうしようもない悲壮感に襲われ思わず顔を手で覆う。その時、自分の顔に彫った入れ墨の中に隠した"傷"がないことに気づいた。それは自分の生きる意味となったモノ。平原の主によってつけられた傷跡は自分の弱さであり、死んだ最愛の人たちを繋ぐもの。怪物に食い殺された妹と幼馴染。そしてその怪物を一人で倒しに行くため、オラリオに置いていったヴィーザルファミリアの副団長。彼女はベートのいない間ダンジョンで命を落とすほどの傷を受けた。それがベートに自責の念を抱かせる。もっと自分が強ければこんなことにならなかったのに。だから何なんでも強くなってやる。最強になってやる!そう決意させる証だったのに、それは蘇生の影響で消えてしまった。

 

今、彼を繋ぐもの。拠り所にしているものは何もない。強さも。自尊心も。"傷跡"も何もない。

 

 

そう、残ったのは弱さだけだった。

 

 

 

 

「う・・う・・・」

 

 

 

 

涙を流した狼の嗚咽が室内を満たした。それはとても弱々しすぎる遠吠えだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今のベートは失意のドン底にいる。でも、心配しなくても大丈夫だ。彼は諦めない。どんなに"理不尽な存在"が相手でも勝つためにあがくだろう。かつての平原の主の時のように。

 



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”ロキの子”と呼ばれた男が生まれた日

最近、仕事が多すぎて更新が安定できないため不定期更新にします。時間かかっても完結まではちゃんと頑張ります!

※タグを増やしました。


「知ってるか?ベートさんランクが下がったんだって」

 

「え?ランクって下がるんですか?初めて聞きました」

 

「だよなぁ。今まで冒険者やってきて耳にしたこともないよ」

 

 

此処はロキファミリアのホームにある食堂近くの廊下。そこで夕食を食べ終わった男女二人が壁に持たれながら雑談をしている。

 

内容はやはり話題となっている同じ団員の狼人。その渦中の人物はベート・ローガ。彼は5日前にモモンという男に誘拐されながらも五体満足で帰ってくることができた。だが、モモンに何をされたが分からないが彼はレベルを消失してしまったという。それを始めて見てしまったロキはベートの尊厳のために皆に言いふらすことはしなかった。しかし、どこから漏れたかは分からないが末端の眷属まで知れ渡ったらしい。

 

 

「でも"いい気味"だよな〜」

 

「ははは。そうですね・・・」

 

 

世間話をしていた男性はベートに対して蔑みの言葉を言う。対して女性の方は共感できなかったのか作り笑いをしていた。

 

ベートはロキファミリアの中で皆から好かれているかと言うとそうでもない。正直嫌われている場合が多い。彼はLVの低い団員。つまり弱者に厳しい言葉をよく使うことが多いためだ。雑魚は引っ込んでろ。彼と接する機会があれば一度や二度その言葉を聞くだろう。

 

それは誰にも死んでほしくないと思っている優しい彼の不器用すぎる助言なのだが、その意図に気づくものは少ない。そのため彼に反感を持ってしまう。しかし、厄介なことにベートはLV5の冒険者。実力があり、このファミリアの幹部である彼に怒りを覚えても立場も力も及ばず言い返せない。それにベートの言葉は正論過ぎた。それが罵声を浴びせられた者達のプライドをさらに傷つける。それ故、彼に対して悪態をついてしまうのはしょうが無い事なのかもしれない。

 

まぁ、ベートの言葉はリーネのように理解して好意的に接する者も少数ながらいるようだ。愛想笑いしていた女性は後者であった。

 

 

 

 

「・・・っ」

 

 

日が沈み、暗くなった廊下の角に人影があった。それは空腹を覚え食堂に向かおうとしているベートだった。壁伝いになんとか歩く彼は偶然にも自分に対する侮蔑を聞き、暗闇に隠れてしまう。影で言われる悪口というのは辛いものがあるし、いつもの彼なら鼻で笑って何ともないが今のベートの精神はとても落ち込んでいる。それは彼の心を締め付けズタズタにするような苦しい言葉になってしまった。だから、皆に合わず食堂に向かう道を戻ってしまうのは仕方がないのかもしれない。その時のベートはとても暗い顔をしていた。

 

彼は自室にある”自分がLV1以下だと理解させた林檎”をなんとか食べて夜を越す。それはとても屈辱的だっただろう。でも渇きを癒さずにはいられなかった。

 

深夜。静まった寝室でベートの顔は濡れていた。涙によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベートさん!あーん〜」

 

メガネを掛けた黒髪の美少女が乳白色のスープの中に入った小さく切ってある芋や肉をスプーンに乗せベートの口の中に入れる。

 

「・・・美味しい。もっとくれ」

 

モグモグと咀嚼した彼は久しぶりに塩が効いた食べ物を胃に入れたためそれが極上のご馳走のように感じる。正直、女に食事を世話をさせてる今の状況は彼にとってとても恥ずかしいことなのだが食欲がそれを上回ってしまう。

 

なんでこんな事になってしまったのか。その原因は女神の慈愛である。・・・多分。

 

 

夜が明け、朝食の時間になってもベートは食堂に来なかった。いつもは主神を含めみんなで食べるのに彼は席にいない。おそらく、レベルを失ってしまったことでベートは心を病んでしまってはないか。鬱になって部屋から出られないのだろうと主神であるロキは考えた。その事に心配した彼女は何か元気づけて食事させるいい案がないか思案する。

 

あ、そうや!リーネに餌づけさせたろ!

 

それは少女の好意を利用したイタズラ好きのロキの優しさにあふれるお節介であった。いや、彼女の娯楽であるかもしれない。そうに違いない。その証拠にその事を思いついたロキの顔はとてもニヤついていた。

 

 

 

「もう一杯いりますか〜」

 

おかわりを誘うリーネの顔は満面の笑みだ。今の状況はまさに恋人同士が行うもの。ベートを好いている彼女にとってこのシチュエーションはとても幸せな一時だ。だが、ニコニコしてるリーネを見てベートは疑問を持つ。

 

なんで俺に優しくしてくれるんだ?俺はもう強者じゃない。弱者なのに。もうお前を守れないのに。なんで。なんで。なんでなんだ?

 

心が弱った彼は目の前の親切が理解できない。ロキの頼みで渋々やっているのならわかる。それは命令だから。自分は皆に嫌われている。実際、昨日それを聞いてしまったからなおさらそう思ってしまう。彼は昨日から人間不信と疑心暗鬼の両方を患っていた。

 

「それはベートさんだからですよ」

 

スプーンを机に置いた彼女はベートの目をじっと見つめながら彼を受け入れるような言葉を言う。声に出していなかったがベートの瞳や雰囲気から不安がにじみ出て何を思っているのかをリーネは感じ取っていたようだ。

 

 

 

――私・・・やっとわかりました。ベートさんが言う『雑魚』って、悪口じゃないんだって。

 

 

 

それは二年前のロキファミリアでのダンジョン遠征の時だ。目の前の少女。リーネ・アルシェは他の下位団員と一緒にモンスターの強襲によって窮地に陥りかけていた。その時にベートに助けてもらい事なきを得た。しかし、彼は遠征中に大幅に足止めを食らったということで機嫌が悪く、雑魚は巣穴に帰れ!鈍間!荷物なんだよぉ!と迷宮内での休息の時間に彼女達は罵られた。

 

でも、ベートの右手には傷があった。おそらく下位団員を守った時についたのだろう。そして、それを見た治癒師の少女は思い出す。これで7回目。暴言を吐かれるのも助けられるのも7回目。いや、助けられたのはもっとか。リーネは気づいた。傷を負うまでして必死に私達を守ってくれたのは死んでほしくないため。悪態をつくのは自分の力量をわからせて無理な戦場に向かわせないため。本当の彼は優しい人間なのだ。ちょっと伝え方が不器用なだけ。

 

そして、ベートの真意を理解した彼女は恋をした。

 

 

 

『ベートさんが言う『雑魚』って、悪口じゃないんだって』

 

『私は弱いです。でも、治癒師の私なら貴方を癒すことができます』

 

『だから・・・ベートさんに付いていってもいいですか?』

 

 

ベートは二年前にリーネに言われた言葉を反芻する。あの時、自分は彼女に何を言ったのだろうか?何を言われたのだろうか?何を感じたのだろうか?彼の記憶にあったものは自分の怪我をした右手を包む、温かい彼女の柔らかい手。そして、ベートは思い出す。

 

 

あぁ、目の前の彼女は俺を理解してくれていたんだった。

 

 

 

リーネは無言で両手を広げ彼を抱きしめる。それはまるで聖母のように優しく、温かく、愛に満ちた抱擁だった。彼女の胸に顔を埋めたベートはリーネの体温を感じた。胸の柔らかさも感じた。ちょっと早い心臓の鼓動も感じた。微かに彼女の"体が震えることも"感じた。

 

「だ、大丈夫ですよ。ベートさん」

 

リーネの震える声が聞こえる。彼女も不安なのだ。あんなに強かった彼がこんな仕打ちを受けてしまったのだから。そして、弱り目に祟り目というべきか。昨日からチラチラと彼への侮蔑がホーム内で聞こえてしまう。ベートの味方は少ない。そう感じる。だからこそ私がなんとかしなければと思ってしまう。でも、こうやって食事の世話や抱きしめることしかできない。治癒師の彼女ごときでは失った彼のレベルを元に戻すことはできない。その無力さが彼女を苦しめる。

 

ポロポロと涙を流した彼女に抱きしめられたベートはリーネの背に手を回し抱き返す。

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

その腕が彼女を締め付ける力はとても弱々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神ロキっ!ここは貴女様でも本来は立ち寄ってはならない場所!ウラノスが行っている祈祷のお邪魔になります!帰ってください!」

 

とても小奇麗な”紳士”が赤髪の美女の歩みを静止させようと試みていた。しかし、彼の体はブクブクと太っており鈍重なためにヒラリとかわされ軽快な彼女の動きを止められない。さらに、相手が女神であるため暴力や権力などの強硬手段に取れず、対応をしかねていた。痩せていたら端正な顔立ちなエルフ?の男性はハァハァと動き疲れており、額に脂汗を滲ませている。

 

彼の名前はロイマン・マンディール。迷宮都市オラリオを仕切るギルドの事実上のトップである。

 

「よっとっ。ロイマン〜。ちょっとは痩せたほうがええんちゃうか〜」

 

ここはギルドの廊下。それも主神。ウラノスのいる部屋へと続く道だ。普段はダンジョンに祈祷を捧げる彼の邪魔になるため近づいてはいけない場所。それをロイマンが止めようとした赤髪の美女(胸はぺったんこ)であるロキが躊躇なく歩き、奥へと近づく。彼女はウラノスに用事があるようだ。

 

「本当に祈祷のお邪魔はしないでください!用事あるなら日時をあらためてでもいいじゃないですか!?調整頑張りますから!!そう!これは大事な儀式なんですよ!?」

 

彼女を捕まえようとして、盛大にコケてしまったロイマンはどうしようもなく、悲壮な顔で説得を試みる。もうやけっぱちだ。本来であれば、この廊下は神も入っていけない場所。そもそも、日時をあらためてもギルドの主神はここから出てこないし会えないはずだ。彼はこの場しのぎで嘘を言う。というか、神に嘘は通じないはずだが?

 

 

大事な儀式。ロキはその言葉を聞いて立ち止まる。ロイマンは自分の話術によってやっと諦めてくれたかと安堵した。

 

「その祈祷より重要な事や。ロイマン」

 

しかし、そうではなかった。振り向いた彼女の赤い瞳はとても強い意思を感じるものだった。ロキはオラリオを揺るがすような脅威を伝えに此処に来たのだ。

 

 

 

 

 

「ふむ・・・。にわかに信じがたい。コレは本当なのか?」

 

暗く広い部屋の中央にある黒い玉座に座った2mくらい男が驚嘆の声をあげていた。彼の名前はウラノス。ギルドの主神だ。

 

ロキは一枚の紙をウラノスに渡していた。少し酸っぱい匂いがする紙面にはベートのステイタスが載っている。

 

「信用できんなら後でベートを連れてくるで」

 

その内容とは、LV1と0が並ぶまっさらなモノだ。これが恩恵を受けたばかりの駆け出しの冒険者ならわかる。でも、名前の欄にはベート・ローガと書かれていた。ロキファミリアのベート・ローガと言えば『凶狼』の二つ名を受けるほど冒険者だ。ギルドでもオラリオの戦力として注目していた彼のランクはLV5。だからこれはおかしいのだ。そして、ロキがこれを自ら赴いて持ってきたという事は真実。嘘ではない。

 

それに、数日前からベート・ローガが行方不明になったという噂はウラノスの耳にも入っている。漆黒の甲冑を着た男が関係していることも。そして、今朝に信頼できる部下の報告で彼が帰還した事をウラノスは聞いている。ランクが下がったらしいという事もだ。だから、ロキの話は信憑性に足りるのだろう。でなければ彼女は此処にいない。

 

ロキは続けてベートや他の幹部から聞いた情報をギルドの主神に伝える。モモンいう人物がヘスティアファミリアを利用しベートに接触してきた事。彼の誘拐を追跡するも、モモンに調教されたモンスターが邪魔してきた事。ダンジョンの奥深くで戦った事。武具を作る魔法をはじめ、恩恵のスロットの数を遥かに超えた数の魔法を使う事。しかも、それらを無詠唱で行使できるとの事だ。

 

そして、モモンの実力はLV7。またはそれ以上。オラリオ最強のオッタルも簡単に勝てるかどうかわからない相手だ。そんな強者が急に現れた。一体何処から彼は来たのだ?モモンの能力はあまりにも冒険者の常識を逸脱している。でも、そんなことはどうでもいい。神々にとってはモモンは微々たる存在だ。最悪、ちょっと本気を出して神の力。神威を使えばどうにもなるのだから。そう、問題は彼が神々の領域に土足で足を踏み入れてしまった事。

 

それは”ベートのレベルダウン”。即ち、モモンが神の恩恵を操った事だ。

 

「ベートは恩恵を盗まれたんや。それが何を意味しとるかはわかるやろ?」

 

『恩恵盗み』の出現。それは本来あってはならない事だ。恩恵を盗むなど神々に喧嘩を売るような真似。それはあまりにも畏れ多い行為。超越者と定命の者。それの力の差がわからないはずがない。愚かすぎる。度し難いほど愚かすぎる。

 

「あいつはダンジョンの中でモモンと戦ったと言っておった。そして経験値を奪われた。恩恵を操るほどの神威を使ったら神界にバレる。まして、ダンジョンの中でやったらえらい事になるやろなぁ」

 

神がズルをして自分の眷属の恩恵を弄ってランクでも上げてしまったら神威がどうしても漏れてしまい神界に伝わってしまう。そうすればどうなるか?答えは簡単。察知され神界に強制送還させられるのだ。そうなったらもう下界には干渉できない。それが、娯楽のために地上に降りた彼らが決めたルールだ。もちろん例外的に神威を発動しても良い場合もあるが。

 

では、ダンジョンではどうなのだろうか。迷宮には神は入ってはいけない。地下の世界は彼らにとって冒険者以上に危険だからだ。なぜか?ダンジョンは憎んでいる。神々を憎んでいるからだ。もし迷宮内で神威を放ってしまったら牙を剥き出し、悪意を垂れ流し、殺意を研ぎ澄まして暴れ狂うだろう。神を殺すために。

 

「モモンは神じゃない。おそらく人間や。でもこれはもう、うちらの子として見れん。擁護できんやろ」

 

だから、モモンは神ではなく、人間。またはそれらに近い者だということだ。ダンジョンの中で恩恵を操ったということがそれらを裏付ける。これは恐ろしいことだ。モモンは神ではないのに神の力を行使しているのだから。

 

「あいつはうちらの敵や。神に弓矢を引いておるんやからな」

 

そして、もう彼は。モモンは神々の敵だ。つまりは世界の敵。邪悪なる存在だ。いくら下界のかわいい神々の子供とは言え彼らの目には余ってしまう。そこには慈悲はない。

 

「ギルドの長としてどう対処するんや?ウラノス。たぶんモモンは他のファミリアの子にも手を出すと思うで」

 

モモンはこれからオラリオ中の冒険者を狙うだろう。恩恵を奪い、力を蓄えた彼は何をするのだろうか?街を壊す?人々を惨殺するのか?それとも神に反逆するのか?考えただけで恐ろしい。

 

「緊急指令でも出すんか?相手は恩恵を盗む規格外。そして、LV7。またはそれ以上の強さ。そうなると直接対決して見合う力量のところはウチかフレイヤの所になる」

 

だから、モモンの凶行が始まる前に止めなければならない。ギルドには他のファミリアへの助力要請の権限があるし、阻止する責務もある。相手は罪を犯す外道。誅を与えなければならないのは道理だ。それを抜きにしても彼を捕まえなければ迷宮都市オラリオには未来がない。このまま、冒険者が弱体化したらオラリオの戦力は落ち、魔石の産出量が下がり都市の力がなくなってしまう。そしたら他国との戦争も勝てなくなってしまいラキア王国の属国になるだろう。従って、モモンを場合によっては殺してでも恩恵を盗むことを防がなくてはならない。

 

だが、二つ問題点がある。一つ目。『恩恵盗み』は強い。オラリオ最強の『猛者』オッタルと同格。いや、それ以上かもしれない。でもそれは、人数や物量で解決できるはずだ。冒険者は数より質とはよく言うが複数の高ランクの。例えば、LV6の冒険者に袋叩きにされれば格上のオッタルでも堪えてしまうだろう。それに策略や戦術を講じればいくらでも解決策が出てくるはずだ。つまりこの問題はこちらにも被害が出てしまう可能性があるがどうにかできるということ。そして、最悪、神の力を使えばいい。

 

今回の場合は下界だけの問題ではなく神界への挑発なのだからモモンを殺す程度の神威の発動する許可くらい出るだろう。でも、これは地上で起こった出来事だ。神にはまだ実害はないし、まずは眷属である冒険者が対処せねばならない。しかし、彼らで処理できなかった場合、神が対応することになる。だから、"最悪"だ。人間では勝てない超越した存在ということなのだから。

 

「フレイヤのやつは罰金を払っても命令を拒否るやろ。あまりにもリスクが高すぎる。なんせ自分の眷属をダメにされちまうからなぁ。オッタルや『女神の戦車』がLV1にされたらファミリアの戦力はガタ落ちや。目も当てられん。ウチも同じ立場なら関わりたくないわ」

 

しかし、二つ目の問題点が厄介だ。モモンは【神の恩恵】を奪う。それはファミリアの弱体化を意味する。眷属のランクはオラリオでは神々の権力や富。そして格に繋がる。それらがすべて消し去ってしまうのだ。どの神も二の足を踏むだろう。モモンと対峙するのはあまりにもリスクが高すぎる。

 

そして、ロキはフレイヤの意思を考えずに憶測で語る。あくまで彼女がこう思っているだろうとウラノスに思わせるためだ。

 

「ウチならええで。ベートがお世話になったからなぁ。でも、こっちの戦力はLV6が三人。モモンと戦うにはちと厳しい。せやからー」

 

ロキのファミリアにLV7はいない。正直、一対一でモモンと戦って勝てる者はいない。そんなものはオッタルしかいないだろう。だが、彼らには強みがある。それはチームワーク。個としてではなく軍として見ればロキファミリアは『猛者』が所属しているフレイヤファミリアより軍配は上がるだろう。

 

だが、それでも『恩恵盗み』に勝てるとは限らない。格上と戦うためには武器も新調しなければならないし、重症を受ける可能性が高いため水薬だって大量に必要になる。それこそ高価なエリクサーもだ。そして場合によっては魔法具だって必要になるかも知れない。

 

準備には多大な費用がかかるのが予測される。つまり必要なのは金だ。

 

 

「次回の遠征を無くしてくれへん?」

 

 

直前に控えた遠征の中止。それがわざわざウラノスに恩を売ったと思わせるように口を動かした彼女の狙い。

 

ダンジョン遠征は探索系ファミリアにとっての義務である。迷宮の謎を解くために定期的にギルドから指令が降る。もし、命令を聞かなかった場合には重いペナルティーが課せられるため従わざるをえない。そして、遠征には金がかかる。物凄い大金だ。

 

綿密な計画に基づいて行われる遠征にはハプニング。つまり、唐突な死が訪れることも少なくない。深層ではちょっとした失敗や士気が死へと直結する。それこそ、上級冒険者が一人いなくなるだけで団が崩れてしまう。そう、ロキファミリアは数日前にLV5の冒険者を失った。厳密には戻されたというべきだが、当てにしていた戦力というだけで計画は大幅に狂うだろう。今頃団長のフィンは頭を悩ませているはずだ。そして、『恩恵盗み』の件もある。

 

正直、遠征を行ってもあまり良い結果にはならないはず。それより解決すべきこともあり、そちらを優先すべきだ。もし遠征が中止になれば使われるはずだった費用を『恩恵盗み』対策に回せるし、消耗していない高ランクの人材も派遣できる。これはモモンに報復できるチャンスだ。

 

ロキの言葉は彼女のファミリアにも利があり、ギルドも矢面たってくれる者達が現れた。もし彼らが壊滅し、いなくなっても他のファミリアがあればオラリオはなんとか回る。一石二鳥。いや、三鳥か。これはギルドにも良い話である。

 

「・・・いいだろう。ギルドも協力するようロイマンに通達する」

 

だが、これはオラリオ全体の問題だ。ギルドが助力するのは当たり前で、他のファミリアも間接的に力を貸さなければ、ロキの所だけではモモンを倒せないだろう。

 

ウラノスはこれからそれぞれの今回作戦の要となるファミリアの主神達に通達する。

 

オラリオを揺るがす悪意があると。

 

神に仇なす者がいると。

 

 

そして、恩恵を奪う"世界の敵"がいると。

 

 

『恩恵盗み』の討伐が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方が終わる頃だろうか。もうすでに辺りは暗くなっている。

 

ベートは誰もいない訓練場で拳を振るう。しかし、それはただ握った手をゆっくりと動かしているだけだ。正直、見るに堪えない。まるで老人のようだ。

 

あまりに遅い突きだ。だというのに彼の額には汗がにじみ出ており、表情は険しい。体を動かすのがやっとだ。立ってるだけでもう辛い。それほどまでに体の筋肉が弱まっている。

 

でもやらなければ正気が保てない。こうやって日課であった鍛錬をやっている間だけあの地獄を忘れられる気がする。逃避だ。

 

「・・・チッ」

 

だというのにそれは彼に現実を突きつけてしまう。己の弱さ。それがまた、ベートの心を蝕む。

 

ハァハァと息を荒くした彼は自身に疑問を持つ。なぜこんなことをやっているんだ?なぜ俺は人目を気にしてこの場所にいるんだ?なぜいつものようにできない。

 

 

なんで俺は弱いんだ?

 

 

ベートは汗を拭い、訓練場を去る。おぼつかない足で彼はホームから逃げ出すように迷宮街へと足を運ぶ。その時のベートの顔は悲壮で満ちていた。

 

彼は『黄昏の館』にはもう居場所がないと考えてしまった。ロキファミリアはオラリオでは最強の一角と呼ばれるファミリアだ。最強、つまり強者。強さを求め、認められ入団したベートはもう自分には釣り合わないと思ってしまた。自分よりランクが高かった、フィン。ガレス。リヴェリアはもちろんのこと、同じランクだったアイズやアマゾネス姉妹。そして彼が発破をかけていた下位団員達。それらより弱いのだから強さを信仰していたベートは今の自分に耐えられなかった。

 

だから、逃げた。現実を突きつける場所から逃げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

 

「お前は調子乗り過ぎなんだよぉ!」

 

痛い。

 

「噂は本当だったんだな!『凶狼』様のランクが1になったてのはよぉ〜」

 

痛い。

 

「ベート・ローガ。ロキファミリアの団員から聞いたぜ。丁寧にも俺たちみたいな部外者にも教えてくれるなんてよぉ。お前嫌われすぎだろ」

 

 

 

痛い。

 

 

 

 

ベートは人目が付きにくい路地で横たわっていた。棒や拳で暴行を加えられたせいか、衣服は薄汚れ、生々しい傷跡があちこち見られる。頭から血も流しているではないか。だが、手心というべきか致命傷はわざと外している。彼は簡単に壊れないようにゆっくりと甚振られていた。

 

周りには5、6人からなる集団。彼らがベートに暴力を振るったのだ。目的は憂さ晴らし。今は甘いがこのままエスカレートしていけば彼は死ぬだろう。

 

この連中は彼に対して恨みを持っている者たちだ。中にはベートによって捩じ伏せられた人もいる。

 

彼に暴力を振るわれボコボコにされた者。彼の正論を帯びた暴言によって人格否定された者。そして今此処にいるのはそれらを行った弱った狼。これは復讐のチャンスだ。誰だって仕返ししたくなってしまうのは自明だ。血の気の多い冒険者ならなおさらだ。

 

これは自業自得なのだろうか。

 

 

痛い。痛い。痛い。・・・痛い。

 

 

頬や太腿を殴打され鋭い刺激が痛覚に伝わる。しかし、彼の頭には痛みによる嫌悪感ではなく単なる情報にしか伝わらなかった。あの"無限地獄"に比べれば大したことではないからだ。だが、このまま続けば死ぬことには変わらない。これは危険だ。ここでは生き返ることができないからだ。そもそもモモンが異常だったのだ。命は死んだら取り返せない。あの"怪物"は自然の摂理を覆してしまう。

 

だから、幾千もの死を経験した彼は痛みどころか、死にも慣れてしまっていた。体を動かすことが困難なベートは暴力になすがままだ。逃げることすらできない。彼は死を受け入れるだろう。それが楽だからだ。

 

ベートの意識が薄れ次第に視界が暗くなっていく。罵声も自身を打つ棒の音も聞こえない。もう俺は死ぬのかと思ったその時だ。

 

 

「ベート!大丈夫か!?」

 

 

焦っているが凛とした知性を感じる女性の声が聞こえる。彼はこの声が聞いたことがあった。いつも説教ばかりしてくるあいつだ。重たい瞼を開けたベートの目の前には翠色が映る。何か液体を口に入れられ、ぼやけた視界がはっきりしてきた。そして見えたそれは美しい緑色の髪の毛だった。

 

「・・・ベート。なんでこんなことに」

 

彼を抱え、眉間にシワを寄せ悲しい顔した美女。今にも涙を流しそうだ。彼女はリヴェリア。ベートがホームからいなくなったことを察知し、心配した彼女はオラリオを彼を探しに駆け巡った。発見した時には骨は砕かれたために手足はひしゃげ、体には生々しい紫色をした殴打の跡。そして、全身血まみれのベートの姿があった。彼には恩恵による耐久という加護はない。だから、一般人より劣る脆弱な体はいとも簡単に壊れてしまった。

 

また、暴力を振るっただろう周りを囲っていた男達は第三者に目撃されたためか一目散にこの場を逃げていった。夜闇に紛れてしまって追走も識別も困難だ。

 

だが今はそんな事はしなくて良い。リヴェリアはベートを助けることを優先した。不幸か幸いか、致命傷を外してくれたことによって彼は手持ちのポーションで息を吹き返した。

 

「一緒にホームに戻ろう」

 

手持ちの水薬が尽き、自らの魔力を使って治癒魔法をベートにかけていた彼女は彼に帰路を促す。その時のリヴェリアの顔は慈愛と悲痛が混ざりあったようなものだった。彼女は後悔している。なぜ見張りを付けなかった。こうなることは予想できたはずだ。なぜ、もっと早く見つけなかった。なぜ、なぜ、なぜ。彼女の頭のなかでは"もし"が渦巻いていた。

 

しかし、それ以上にベートが無事だったのが嬉しかった。怪我もギリギリ治せる範囲だ。後遺症もないだろう。彼がランクが下がったことに意気消沈しているのはわかっている。ならばゆっくりと時間をかけてホームで力量を取り戻せばいい。生きていればそれができるのだから。

 

だが、ベートは残念ながらそう思っていはいない。

 

 

「・・・俺をダンジョンに連れて行ってくれ」

 

 

意識を取り戻した彼の第一声。それは今のベートにとっては自殺同然の言葉。負傷も治りきっていないのにだ。そんなことを言う彼は狂っていると言われてもしょうがないだろう。

 

「何を言っている!死にたいのか貴様は!大体まだ治療中・・・だ・・・」

 

リヴェリアは当然、声を荒げる。そんなに命を簡単に捨てられては助けていることも心配も意味ないではないか。だが、彼女はベートの瞳を見てしまった。その瞳孔は"燃えていた"。いや、そういう表現では表しきれないほどに真摯な眼差し。彼は強くなりたい。違う。それ以上に"ナニか"を緋色の眼に秘めていた。それはリヴェリアの心を動かしてしまった。ベートは何としてでもダンジョンに向かう。己が説得しても無駄だ。そうわかってしまうほどの眼力。無理やりホームに戻しても結果は同じだろう。ならば、彼を連れ行くほか選択肢はない。・・・だが、それ以上に共感してしまったかもしれない。彼の瞳に宿る"ナニか"に。

 

彼女はベートの肩を担ぎ、深夜近い月明かりに照らされた町並みを歩きながらダンジョンに連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前のゴブリンが俺を殺そうと腕を振るい、鋭い爪で喉を掻き切ろうとしてくる。俺はもちろん攻撃を避け反撃しようとした。いつもの常道だ。だけど、体は思うように動かない。当たり前だ。俺はLv1。いや、それ以下だ。

 

 

あぁ、やはりダメだったか。

 

 

ゴブリンの爪はベートの首を削ぎ落とすだろう。それは致命傷になり彼は死ぬ。やはり、無謀だったのだ。お前は赤子のように弱者なのだから。

 

しかし、その小鬼はリヴェリアによる杖の一閃によって魔石を砕かれ灰とかした。

 

 

 

「もうやめてくれ。ベート」

 

 

彼女の顔はとても悲壮で満ちていた。当然だ。こんなやり取りをもう10回も繰り返している。ダンジョンの一層でゴブリンと戦う。今の”ベート”がだ。それは本当に自殺に等しすぎる行為だ。リヴェリアは何度も諦めるよう声をかけた。でも、ベートは肩を爪で切られても、ゴブリンの拳で腹を殴打されてもやめようとしない。彼自身、これが無謀なことだとわかっているのに立ち上がり戦おうとしている。

 

「わからない。何がお前を動かすんだ・・・」

 

見ていて辛い。リヴェリアは小声で呟く。彼がなぜこんなことを続けるのか彼女には理解できなかった。いや、理解したくなかった。あまりにも心悲しいからだ。ベートとの付き合いはそれなりある。だから、彼がなぜ強さを信じ、弱きを蔑むのかはある程度はわかる。目の前で諦めないベートは強くなりたいのだろう。彼が求めるモノのために。でもこれはあまりにも無茶すぎる。

 

「俺は・・・」

 

彼は疲労と怪我のために満身創痍だ。ぼんやりした頭でリヴェリアの言葉の回答を考える。

 

俺はなんでこんなことをやっているんだ?今の俺ではゴブリンさえ勝てないとわかっているのに。痛い。辛い。逃げ出したい。どこか安全な場所へ行きたい。そう、あんな化物と会わない生活がしたい。キレイなメスと子供を作って平和な暮らしがしたい。それだけでいい。

 

俺がどう足掻いてもあの”理不尽な存在”はどうもすることができないのだから。

 

・・・でも、”アレ”は誰が倒すんだ?モモンはこれから俺みたいに。いや、もっとひどい惨劇を繰り広げるだろう。誰かが止めなきゃダメだ。フィンか?ガレスか?リヴェリアか?それともアイズ?あぁ、オッタルならやってくれそうだ。だってオラリオ最強だからな。・・・違う。

 

 

違う!違う!違う!なんでそこに俺が出てこないんだ!俺が一番モモンを知っている!モモンの攻撃の予備動作だって!魔法の効果も知ってる!ランクさえ上げれば一矢報いることだってできるはずだ!

 

俺はなんのために今まで生きてきた?もう妹やあいつらを殺す奴らを駆逐するためじゃなかったのか!?守るんじゃなかったのか!?

 

「俺は強くならねばならない。俺がやらなければならない。俺が守らなければならない。俺はーーーー」

 

あの怪物に勝つんだ!理不尽には屈しない!俺なら出来る!俺は、

 

 

 

 

眼鏡をかけたおさげの少女が彼の脳裏に浮かぶ。

 

彼女の温かい手。

 

彼女の体温。

 

彼女の胸の鼓動。

 

そして、彼女の涙。

 

 

 

 

 

守るんだ。あいつを。リーネを。

 

 

 

だから、俺は強くならなければならないだ。守る力が欲しい。

 

 

 

 

守る力が欲しいだけなんだ。

 

 

 

 

その時、彼の背中が青く光輝きだした。ベートの思いに応えるように。

 

 

「・・・なんだこれは?」

 

 

リヴェリアは驚嘆の声を上げてしまうほどに、それはとても幻想的な光景的だった。

 

限定解除。リミットオフと呼ばれたそれは【神の恩恵】をも超越してしまうほどの思い。そして人間の可能性だ。それが、ベートを支え、力を与える。今の彼は神の思惑を超えた存在になった。

 

青白く光を纏った彼は壁から新しく生まれたゴブリンと対峙する。もう構えをとったベートには弱さが見えない。一時的に彼は歴戦の戦士に戻ったのだ。

 

 

「うぉおおおおおお!」

 

 

ベートは渾身の力で蹴撃を目の前のモンスターに行う。当然のようにゴブリンの体は弾け、木っ端微塵になった。いや、それどころではない。彼の蹴りは衝撃波を生み、肉壁を貫いてダンジョンの壁に深く大きな傷を作ったのだ。どこまでも深い穴は昔の彼にはできなかっただろう。そして、それは偶然にもあの”怪物”が作った傷跡と同等だった。

 

だから、迷宮は蠢いた。そして恐怖した。また、”アレ”がやってきた。何をやっても殺せない。どこにいるのかもわからない。憎い超越者であって超越者でない。いつの間にか現れ、いともたやすくダンジョンを破壊してしまう存在の再来に恐怖した。

 

 

ベートはそのまま拳を振るい戦い続ける。30体ものゴブリンを破った彼はフロッグシューターやウォーシャドウを続いて打ち倒し、遂にはミノタウルスまで倒した。それだけではない。

 

魔石に変えたモンスターは500はくだらないだろう。多い?それはそうだ。物凄い量の怪物が彼の周りに現れたのだから。ダンジョンはベートを”異世界の超越者”と勘違いした。だからなりふり構わず、彼を殺すために深層のモンスターや色の黒い強化個体も送った。が、それさえもベートは一撃で倒してしまった。今の彼はLv6。いやLv7に届いている。

 

 

 

「・・・こんなことがありえるのか?」

 

 

それを見たリヴェリアの顔は未知と驚きで満ちていた。ベートだけにモンスターが向かっていたために彼女は棒立ちだった。本来ならば彼をサポートすべきなのだろうが、フィンでも手こずりそうな敵をベートの脚が一瞬にして一閃していく。もはや、竜巻と例えるくらい、今の彼は無双だった。手助けはいらない。だから、彼女はただただベートを見ていた。

 

やがてモンスターは現れなくなりベートは限定解除が解け、それの反動故か床に倒れ込む。

 

「べ、ベート!」

 

リヴェリアはすかさず傷だらけの彼に治癒魔法をかけた。そして、彼らはホームへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

「あれは何やったろうか〜」

 

ここはロキファミリアのとある部屋。そこに女神。ロキがいた。自室がベートのおかげで酸っぱい臭いで充満しており、とても留まる事が出来ない有り様だから故か部屋替えしていた。今日、彼女の団員が掃除したが、臭いはまだ残っており彼女はよく使うこの部屋に避難することになった。

 

ちなみに、ロキは大酒飲みだ。自分も粗相してしまう事もちょくちょくあった。その時は自分で掃除するか、団員に賄賂(酒)を渡して手伝って貰っていた。リヴェリアには内緒だぞ。その時もやはり臭いが取れるまでここで寝泊まりしていた。

 

まぁ、この部屋でしこたま飲みやらかしてしまう事もあったらしい。なんせ酒瓶を秘蔵している場所でもあるのだから。

 

 

 

やはり、一人で酒を楽しんでいたロキは『豊穣の女主人』で鈴木悟の感情を読み取ろうとした時に感じたことを思い出していた。

 

「うぅ〜。思い出しただけで身震いするわ〜」

 

あの時、彼女は恐ろしい存在に睨まれるような錯覚に陥った。神である彼女が恐れてしまう者。それは地上ではありえない。だが、現実にそう感じてしまった。しかもそれは鈴木悟からではない。”どこだかわからない近い場所”から睨まれていたのだ。酒場全体か?外を歩いていた冒険者?それとも自分に恨みを持つ神か?わからない。

 

だが、鈴木悟から発せられているものではないというのはハッキリわかった。だから、彼らを探るのを早々に終えて『豊穣の女主人』から去ったのである。

 

「まるでオーディンに本気で怒られそうになったみたいやったな」

 

そして、ロキはこれに既視感があった。彼女の故郷。アースガルズで向けられた殺意に似ていたのだ。まぁそれは自業自得だが。

 

彼女はイタズラ好きだ。度が過ぎるほどに。というかぶっちゃけ悪神である。友達を何度も窮地に立たせあたふたするところを見物したり、神々を殺しあわせたり、バルドルを殺害してみたり・・・。ちなみこれがラグナロクを起こす原因でもある。彼女、本当はヤバイ神なのでは?

 

そんなクレイジーなロキだが、オラリオにきて、ファミリアを持つようになってから丸くなった。と周りの神から言われているくらいに彼女は変わった。今では眷属思いで大酒飲みのセクハラ親父(女)だ。善神になったというべきか?

 

「でもちょっと違うんよなぁ〜」

 

同じ神から向けられた殺意に似ていた。しかし、そこまでの殺意だとすると神威も漏れるはずである。でもそれはなかった。神ではない。それがロキの頭によぎる。超越者ではなく神を害する者。それは、神を殺せるもの。つまりは、

 

 

「神殺し・・・。そんなわけあるかー」

 

 

彼女がそう呟くと部屋の扉がギギッと音を立てる。ちなみに時刻は深夜はとっくに過ぎ、みんな寝ているはずである。誰だろうか?考えられるのはリヴェリアとベート。彼らはまだ帰っていない守衛から聞いている。おそらく二人は一緒だろう。おおよそだが、ベートが自己嫌悪で家出したのをお母ちゃんムーブしたリヴェリアが捕まえているはずとロキは思っているので彼女はあんまり心配していなかった。

 

それでも、遅すぎる。彼らは何をしていたのだろうか?もしかしてベートがお母ちゃんとかしたリヴェリアにずっと慰められたりして・・・バブバブ。それって赤ちゃんプレイ?っとそんなことを考えていた酔いが少し回ったロキの目線に木の扉からはみ出た灰色の耳が映る。つまり訪問者は狼人。ベートだ。

 

「ベート!?ボロボロやんけ!?」

 

姿を表した彼を見てロキは驚いた。生々しい傷跡はリヴェリアが治してないもの、服は引き裂け血が滲みまくっている。しかもかなり土埃を被ったのか髪もゴワゴワ、上着も汚れている。こんな風になる原因は一つしかない。彼はダンジョンに潜ったのだ。

 

「ステイタスを更新してくれ。ロキ」

 

ダンジョン潜ったんか?アホか?なんでいったんや?と彼女はベートを問いただそうと思った。当たり前だ。彼はLV1。迷宮に挑むなど自殺行為だからだ。さぞ、大変な思いをしたに違いない。目の前のベートの姿が雄弁に語ってくれる。

 

「わ、わかった。椅子に座って背中見せみー」

 

しかし、彼女はベートの瞳を見てしまった。緋色の瞳孔が奏でる感情の色彩は”濃かった”。恐れ。苦しみ。悲しみ。欲望。期待。快感。そして愛。それが混ざりあい凝縮された感情が感じ取れた。あまりの情報量でロキは驚いてしまうほどに。それと同時に強い意志を受け取った。何があったなんて聞くのは無粋だ。

 

 

 

ロキは人差し指に針を刺す。そして、ベートの背中をなぞる。やがて、青白い光が部屋を満たす。

 

彼女の額には汗がにじみ出ていた。また良くないことがベートの身に起きるのではないのか?モモンに恩恵を弄くられたお陰で何が起こるかわからない。自分を楽しませるはずの未知が彼女を不安にさせていた。それでもベートのためにロキは手を動かし恩恵を操る。

 

 

 

 

 

やがて青白い光は消え、ステイタスの更新は終わった。彼の背中を見つめるロキは破顔する。なにも悪いことが起きなかったためだ。そして、”あり得えない”ことが起きた。奇跡というべきか。いや違う。

 

 

「ベート・・・。お前、やっぱ持ってるわー」

 

 

これは人間の可能性だ。

 

 

 

ベート・ローガ

 

Lv2

 

力 :I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

守護者:I

 

《魔法》

 

《スキル》

 

【邪滅願望】

 

・早熟しすぎる。

・アビリティに大幅補正。

・効果は”世界の敵”が消滅するまで持続。

 

 

 

 

彼はランクアップしていた。一日でだ。これは最短記録ではないだろうか?でもそんな事はどうでもいい。ベートは早く惨劇が起きる前にモモンより強くならなければならない。それだけが重要だ。そのために発現したスキルもある。そう、スキルだ。しかも珍しいレアスキル。

 

邪滅願望。これは彼にとって。いや世界にとっての起死回生の切り札だ。ベートが立ち向かうのは”世界の敵”。その怪物は誰も勝つことができない。神でさえも。だが、唯一可能性がある。それは彼だ。このスキルはそれを可能にするものを秘めている。

 

 

ベートはモモンに勝てるだろうか?いや、勝つ。勝つしかないのだ。平原の主の時のように。勝たねば”理不尽な存在”はすべてを壊す。だから、打ち勝つ。

 

 

「・・・邪滅願望」

 

ロキから自分のステイタスを書かれた紙を受け取り、内容をみたベートは己に発現したスキルの名前を呟く。その時のベートの表情は牙をみせ笑っているように見えた。

 

 

そうだ。俺はできるはずだ。モモンに勝つことができるはず。今までそうしてきたように拳を振るえばいい。そのために生きてきたんだ。

 

俺はもう負けない。俺を愛し、信じてくれた人達のために。

 

 

 

 

そう、リーネのためにも。

 

 




次回予告。鈴木悟の風俗レポート〜童貞卒業なるか!?(できません)




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童貞鈴木悟の風俗街初体験れぽーと

宣言通り、鈴木悟が風俗街にいくお話です。


「はぁはぁはぁ。やっと・・・」

 

ここは南東のメインストリート付近の第三区画、第四区画の一帯。『歓楽街』と呼ばれた場所の入り口に息を荒くして顔を紅潮させている男がいた。

 

そいつは我らの主人公。鈴木悟だ。何やら緊張しているみたいで落ち着かない様子である。

 

『歓楽街』は和洋折衷なんでもござれ、といった感じに世界中の建物がずらりと並ぶところだ。目の前にある場所は東洋風の屋倉。西を見れば砂漠地帯にありそうな丸いカタチをした建物。北を見ればいかにも貴族が住んでそうな洋館がある。これは異国情緒が溢れているというべきか?しかも、これらすべて娼館。そして、周囲にはヒューマンやエルフ、アマゾネスなど麗しい女性が肌を大きく見せる男の劣情を煽る服装で道歩く男性を誘惑する。つまるところ此処は色を買う風俗街だ。

 

もうおわかりだろう。なぜ彼が此処にいるのか?それは"大人の遊び"をしにきたのである。

 

「ヘスティア様を言いくるめるのが大変だったが苦労したかいがあった。それにーー」

 

彼は親の形見のように大事なものを胸ポケットから恐る恐る取り出す。それは一枚の紙切れだ。青白い紙は高級な風合いがあり厚みもあって手触りも良い。おそらく神々や地位の高い者が使うものだろう。

 

「うへへへ」

 

それを手に取り見た鈴木悟の顔はスケベだぁ!と言われてしまうくらい変態な顔つきであった。正直ベルなら気持ち悪い顔してますよと言うだろう。まぁ内容が内容だ。彼ならしょうがないのかな?

 

青みがかかったその美しい紙にはこう書いてあった。

 

”一発無料券!”

 

きれいな文字で書かれたそれはあまりにも下品すぎる内容。しかもご丁寧にイシュタルファミリア公認と小さく書かれている。ちなみに、イシュタルファミリアは歓楽街の娼館を仕切る元締めだ。彼らの印も入っているためこれは偽物ではなく、本物だろう。・・・効力もあるはずだ。

 

これは、ヘルメスという神から貰った物だ。なんでもベルくんと仲良くしてくれてるお礼だとか。最初は鈴木悟も遠慮して断った。だが、内容を知るとすぐさま食いつてしまった。これは男の性なのだろうか・・・。

 

「ヘルメス様。神器を俺にくださりありがとうございます」

 

その神器を見て惚れ惚れしている鈴木悟は神に祈り、思い出す。

 

 

 

 

風俗優待チケットを受け取ったのは昨日の夜だ。その日はヘスティアと一緒にヘファイストスのところにベルのために武器の製作依頼伺った。交渉は難航すると思いきやなんと二つ返事で受けてくれた。だが無償ではなく、一つ条件があった。

 

それは鈴木悟の腰に下がった黒剣をへファイストスに見せること。それだけだった。

 

鍛冶屋である彼女は持ち手。つまりベルの癖やよく使う武器のことを彼らから聞き、デザインを決め早速制作に移る。途中、鈴木悟たちも作業を手伝ってためか、時刻は夕暮れになっていた。もう夜遅いから、帰りなさい。とヘファイストスに促され、彼らは自分のホームに帰ることになった。ちなみに彼女は仕上げをしたら自分の眷属に武器を送らせると言っていた。

 

ホームに帰った後、食材が無かったため鈴木悟は市場に買い出しに行った。さすがは冒険者の街と言うべきか、夜の市場は昼とはまた違った雰囲気だ。探索帰りの冒険者が屋台で立ち飲みをして大騒ぎしていたり、顔をヴェールで隠した怪しい占い師がぽつんと店と店の間にいたり、奇妙な踊りを踊る者もいる。明るいうちの市場とは真逆の賑やかさだ。

 

そんな時だ。ヘルメスに声を掛けられたのは。

 

『やぁ、奇遇だね。サトルくん』

 

鈴木悟とヘルメスは面識は無い。だが、彼は鈴木悟の事を知っていたようだ。

 

『実はベルくんの隠れファンでね。彼と仲良くしてくれて、パーティ組んでる君にプレゼントしようと思ってるんだ』

 

そう言ってヘルメスは鈴木悟に一枚の青白い紙切れを渡す。彼はベルの隠れファンということらしい。だから、陰ながら援助しようと鈴木悟に声をかけたという事だろうか。だが、彼は謙虚な大人だ。当然、悪いと思って断ろうとする。それにヘルメスは胡散臭い感じするし、怪しい・・・。

 

『君もいい年だ。溜まってるんだろう?』

 

そのため、鈴木悟は彼からの贈り物を返そうと思った。が、ヘルメスの言葉によって渡されたプレゼントを確認する。溜まっている・・・・・・ということはつまり?

 

それは天国へのチケットだった。童貞を卒業するチャンス。女体を味わえる。しかも、よりどりみどり。好みの子を選べる。そんな夢のようなことが美しい文字が書かれた紙面に詰まっていた。一発無料券。あぁ、なんと甘美な響きのする言葉なのだろうか。

 

ヘルメスの顔を鈴木悟は見る。にやけた面だ。まるで一緒に悪巧みをしている時にするような顔。そうこれは、男と男の秘密の交渉だ。バレてはいけない。禁断の取引。

 

そして、彼らは無言でサムズアップをして別れた。

 

ほくほく顔で食材を買い終え、ホームに戻った鈴木悟はヘスティアになんか隠し事をしていると怪しまれたが、持ち前の演技力でなんとか凌いだ。しかし、神には嘘はつけないはずだ。そんな彼女を騙せたと言うのはすごいことではないだろうか?彼も必死だったのだ。性欲は時にすごい力を発揮させるという事らしい。

 

そして、次の日。つまり今日の夜、ダンジョン探索を無事終えた彼はホームを抜け出し今に至るというわけだ。というか、優待チケットをもらって次の日に女を買いに行くなんて行動力の化身である。彼も男だったのだ。そういうことだ。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうすればいいんだ?」

 

券を握りしめた鈴木悟は女の子と刺激的な一時を楽しむため、街を練り歩く。

 

だが、彼は残念なことに彼は童貞であった。女性とデートもした事が無ければ、手も繋いだことも無い。要は経験不足で何をすればいいのかわからなかった。

 

そこらへんにいる娼婦に話しかけようしてもこれからやる行為のためか緊張してどう声をかけていいかわからず口澱んでしまう。

 

「このままでは卒業できないじゃ無いか。頑張れ!鈴木悟!」

 

彼は現状を打破する為、自分に喝を小声で入れる。

 

そうだ!俺は童貞を散らす為にここに来たんだ!可愛い女の子だっていっぱいるじゃないか!そう!いっぱいいる!・・・いっぱいいる?だ、誰を選べば良いんだ?

 

鈴木悟の視界にはキレイなおへそが沢山。まるで水々しい果実のようなおっぱいが沢山。スラリとした扇情的なお足が沢山。彼は混乱した。人は選択肢を与えられすぎると帰って選べなくなる。つまり、彼は目移りしすぎてしまったということだ。

 

「ハァハァハァハァ」

 

ということで、彼は自分の童貞を捧げるべき相手を探すため、息を荒くして娼婦を視姦する。だが、この世界に来てからというものあまり性を意識しなかったのか、目の前の光景は刺激が強すぎた。今の彼の顔はよだれを垂らし、とてもだらしない顔をしていた。

 

 

 

「眺めているだけで冷やかしかい?」

 

そんな彼に褐色の女性が話しかけてきた。当然だろう。彼は目立っていたからだ。娼婦たちもヒソヒソと何アレ?と喚いてる。

 

彼の目の前にいる胸と股を隠す布しか纏っていない彼女はアマゾネスの娼婦だろう。甘い色香が辺りに漂う。彼女はアイシャと名乗った。

 

「私を買わないかい?ちょうどあんたみたいな童貞ちゃんを抱きたかったんだ。安くしとくよ?」

 

彼はど、童貞じゃないしと見栄からくる苦し紛れの言い訳をしようとしたが、アイシャによって口を人差し指で塞がれる。彼女の柔い指が彼の唇に触れたのだ。

 

「緊張してるのかい?私が気持ちよくしてあげるよ」

 

彼女は鈴木悟に抱きつき耳元でそう囁く。アイシャは加えて手を彼の太腿に回し、耳を甘噛みする。自分を買うよう誘惑しているのだ。

 

「ぁ、ぁ」

 

鈴木悟は彼女に漂うココナッツとピーチの匂い。つまりは濃い女の匂いを嗅いで頭が沸騰する。さらにアイシャのいやらしい手つきが己の劣情を煽り、極め付けは自分の耳元で吐息や彼女の唇の柔らかさ感じてしまいさらに刺激されてしまった。おかげで彼の愚息は臨戦態勢だ。

 

「あら。これってー」

 

色ボケした為か、鈴木悟は大事にしていた神器(チケット)を手から落としてしまっていた。それを見たアイシャは目を開き珍しいものを見たような顔になる。やはりこれは本物。効力があるみたいだ。

 

「良いもん持ってるわねー。決まりだ。こっちに来な」

 

アイシャは鈴木悟に抱きつき彼女のホームである『女主の神娼殿』へと連れ込む。彼は初めて味わう性的な仕草と女の柔らかさで頭がいっぱいだ。もう、アイシャのなすがまま。彼女に彼は喰われるだろう。

 

 

 

頑張れ、鈴木悟。童貞卒業までもうすぐだ。

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

眼帯を付けた女性が額の汗を拭う。彼女の前には漆黒のナイフと細い金属の棒。つまりタガネと、それを打つためのオタフクと呼ばれる小さなハンマーが机の前に転がっていた。

 

彼女はヘファイストス。鍛冶系ファミリアの最大手。ヘファイストスファミリアの主神だ。

 

「あとは、彼を待つだけね」

 

彼女はもう作業が終わったのか机を後にし夜景を見ながら温かい茶を飲む。どうやらヘファイストスはさっきまでこのナイフにタガネで溝を掘っていたらしい。刃筋に沿って付けられた溝はフラーと呼ばれるもの。本来、フラーはロングソードや刀を軽量化しつつ強度をそこわないための工夫だ。さらに、刺した時に抜きやすくする効果もある。だが、このサイズの刃物にはあまり意味のない細工だ。しかもどういう訳か、無駄に深く掘り手入れをしにくくなっている。これは・・・欠陥品だ。それを知っているはずの彼女はなぜこの溝を入れたのだろうか?

 

「・・・ほんと。邪道も良いところだわ」

 

小刀を見たヘファイストスはそう呟く。そう、これはこれから行う作業に必要だから掘ったのだ。

 

彼女は棚にある引き出しから厳重に保管さ、魔法で封印された瓶を取り出す。その中に入っていた紫色をした液体はあまりにもおどろおどろしく、不気味に。怪しく光る。これは毒だ。それもとても強い毒。猛毒と呼んでも良い。

 

「大英雄を殺した毒。これがあればどんな生き物も唯ではすまない」

 

ケイローンやヘラクレスをもがき苦しめ、死に追いやった壊毒。そう、これはギリシャ神話に名高いヒュドラーの毒だ。

 

彼女はこれを『恩恵盗み』の対策に使うため神界から届けてもらった。生物なら死ぬ毒だ。邪道だがあまりにも有効である。しかし、ちょっとばかし過剰すぎる気もするが。

 

そして、ヘファイストスはこれをこの漆黒のナイフに塗り、染み込ませようとしている。だが、ただ塗るだけではない。毒液が剥き出しならばあまりにも危険すぎる。二次災害は当然のように起きるだろう。だから、効果は限定させる必要がある。意図したときだけ相手を死に追いやる毒を纏う刃。それに唯の毒ではない。神さえも苦しめる毒だ。扱いには繊細さ求められる。これは人の身ではできない芸当。それこそ、神の御業である。だが、神である彼女は下界では神の力を行使できない。

 

コンコンと部屋の扉を叩く音がする。誰かが彼女の元に訪ねてきたようだ。

 

「あら、早かったわね」

 

そこに現れたは三角帽子を被った優男。ヘルメスだ。彼の手にはソフトボールサイズの丸いものが入った袋があった。

 

「俺は”早足で駈ける者”だぜ。ヘファイストス」

 

それにオラリオの危機でもあるしなと彼は続ける。

 

「それにしてもヘファイストスの御業がまた見れるなんて運がいいね〜」

 

ヘルメスが持ってきた物は水晶玉だった。これは魔法具だ。効果は神威を室内から周囲から漏れるのを防ぎ感知させなくする為のもの。神々と、とある賢者の合作だ。それはオラリオに住む神々にとって正にチートアイテム。誰もが欲しかろう、そしてもし誰かの手に渡ったら秩序も崩壊するだろう。だからこそ、ギルドが信頼できる者に運用と監視を任せた。それが昔からギルドと密接な関係がある神。ヘルメスだ。

 

この魔道具が作られた経緯から、基本的に『恩恵盗み』の討伐に関わる神のみが使うことができる。彼の監視つきで。まぁ、計画に参加している神は善神が多い。悪用は無いだろう。

 

だが、ここまで隠匿する必要があるのかと言うと疑問がある。なぜなら、神界からは『恩恵盗み』を殺すための神威の発動は既に許可が降りている。大々的に使っていいというお達しだ。やはり神界側もご立腹だったのだろうか。だから、隠す必要は無い。だが、ギルド側。つまり彼らは隠すことにした。

 

この情報をオラリオに住む神々に告知した場合、問題が3つある。

 

一つ。周辺への配慮。枷のない神は周囲の住民に刺激を与えすぎてしまう。神威はあまりも目立つ。神の力を開放するなら当たり前だ。周りを威圧し、畏れ多い存在がそこらかしこにいるのだ。多分人間に取ってみればストレスしか無いだろう。

 

二つ。神威を不正に使ってしまうことを防ぐこと。モモンを討伐するために団員を神の力で強くしましたー!という風に『恩恵盗み』を盾に火事場泥棒ではないが、どさくさに紛れて本当は戦わないのに自分たちが有利になるよう神威を使ってしまうだろう。当然、混乱を生むし、下界に降りる時に決めたルールとはそぐわなくなる可能性が高い。だからダメだ。

 

三つ。これが一番重要だ。上二つは正直言うとあまり問題がない。人的被害は時間が経てばどうにかなるし、不正利用も神界側が厳しく取り締まればいいだけの話だ。じゃあ、なぜか?

 

モモンに神威の発動を見せないためだ。そこらかしこで神の力を行使したら、モモンは警戒するだろう。そして、バベルやゴブニュファミリアの工房、医療系ファミリアで神威が見えてしまった場合、己を殺す準備だと悟るかもしれない。そうなっては撃破は困難だ。要念深い男だから何処かへ隠れてしまうか、無遠慮な行動に出るだろう。例えば虐殺や都市の壊滅とかか。

 

あと、あってはならないが『恩恵盗み』側に神が付いてたとしたら最悪だ。モモンの凶行が止められなくなる。神の力で強化された『恩恵盗み』はいったいどれだけの災害を引き起こすのだろうか。多分起こるのは惨劇。それもとてつもない規模だろう。

 

そんなわけで、誰が敵か味方かわからない内は隠したほうが良いという結論になった。

 

 

 

「さぁ、鍛冶場へ行きましょう」

 

ヘファイストスはヘルメスを連れて火を付けた炉のある部屋へ行った。道具は全て用意されており、鉄床の上には一本の不思議な金槌?があった。そのハンマーは片側は普通の打面に対して、片方はクリスタルで覆われていた。明らかに鍛冶仕事には使わないものだ。観賞用と言ってもいいだろう。だが、使うのは神だ。何か特別な使い方があるのかもしれない。

 

「じゃぁ、さっそくやりますか!『開放』!」

 

ヘルメスは作業机の上に置いた魔道具に微量な神威を当てながら解除スペルを言う。すると白く半透明な膜が室内を包み込みやがて空気と一体化し透明になった。完全には同化していないのか、指で突くと水のように波紋を奏でる。

 

「これで神威を防げるなんて不思議ね〜」

 

「皆で頑張って作ったんだ。すごいだろ?ちなみに効果は俺で実証済みだ」

 

二人は旧知のように軽い談笑をした。彼らの付き合いは長い。ちなみにヘルメスの武器。不死殺しのハルパーは彼女作だ。

 

 

「ヘルメス下がっていて」

 

ヘファイストスは鉄床にヒュドラーの毒瓶を置いて、水晶がついた金槌を握る。一時を置いて彼女は神威を開放する。髪は舞い上がって眼には金色が入り、神聖なオーラを身にまとった。そこには女神ヘファイストスがいた。もしこの場に彼女の団員がいたら涙を流しなら平服するだろう。

 

「はぁ!」

 

ヘファイストスの最初の作業は毒ビンの封印を解くことだ。本来ならば魔法を使うのだが、彼女は鍛冶屋。そして鍛冶神。だから、ヘファイストスにしかできないいい方法がある。

 

 

バリン!なんとハンマーで砕いてしまうという方法だ。そう、彼女はガラス瓶を割ったのだ。当然毒液が飛び散ると思いきや、ゆるい渦を巻きながら空中を漂い溜まりを作った。ヘファイストスはその中に浮かぶ毒のプールにクリスタルの付いた金槌を差し込む。すると、みるみるうちに毒が水晶に吸われる。一滴残らず吸ったクリスタルはもはや別物だ。紫色の宝石。美しいアメジストのように見えた。

 

次に、細工したナイフを取り出す。彼女はそれを鉄床の上に置き白い粉を振るう。聖人の骨と良質な魔石、それとホウ酸の結晶を細かく砕いたものだ。概念を定着させやすくする効果がある。ヘファイストスは炉から火を呼び出し、軽く炙り、粉の余分な水分を取る。そしてーー

 

金槌を目の前の小刀に振り落とした。カァン!キーンと耳にくるが小気味よい高音が聞こえる。これはハンマーの力が刀身を抜けて鉄床まで響いた証拠。上手く打てたという事だ。これは鍛冶屋において基本中の基だ。やはり彼女は鍛冶神なのだ。

 

続けて、カァン!カァン!カァン!と彼女は何度もナイフを叩く。でも不思議かな。硬いもので叩いているのに小刀には傷が一個もない。普通なら打痕がつくはずだ。

 

「概念の鍛造・・・」

 

ヘファイストスの作業を見ていたヘルメスは感嘆の声を漏らしてしまう。彼女が行っているのは概念を歪め、武器にそれを刻む。このナイフは“『恩恵盗み』とこの武器を所持している者と同じ眷属に対してだけ死に追いやる毒を纏い必ず殺す”という誓約に近い性質を付与した。効果が発動したら使い手が死んでも勝手に飛んで行き殺しきるまで対象を滅多刺しにするだろう。

 

やがて、振りかぶった金槌を覆うクリスタルの色は白色透明になりヘファイストスは手を止めた。

 

ヘスティアナイフの最後の仕掛けが終わったのだ。刀身に入った溝が紫色に怪しく光る。解除スペルを言うとそこからヒュドラーの毒液が溢れてくる仕掛け。そして、『恩恵盗み』と"鈴木悟"以外には害のない毒の短刀。本来ならばこの世界には無いもの。

 

ヘスティアが一人で頼み込めば、ヘファイストスがモモンのグレートソードを解析しなければ、そして鈴木悟が彼女に黒剣を見せなければこんな細工はしなかった。

 

「やっぱり、ヘスティアの“あの眷属”は怪しいと思うかい?」

 

作業を終え、テラスで涼んでいた彼女にヘルメスは問いかける。

 

「アレは『恩恵盗み』だと思う。彼が持っていた剣が同じ魔力でできていたから・・・」

 

ヘファイストスは悲しい表情でそう言った。今回のヘスティアの話は正直受けようとはしなかった。お金の件もあるし、駆け出しの冒険者には良すぎる武器は毒だからだ。でも彼が、鈴木悟がヘスティアの側にいた。最初は彼の平凡な雰囲気の男性という印象でしかなった。腰に下がった黒いロングソードを見るまでは。

 

「でも証拠はあの直剣しかなった。実際に接してみれば好青年だし嘘も付いていなかった。良い子に、見えた・・・」

 

「だからこれを作ったんだね。保険に」

 

ヒュドラーの毒は保険だ。もし彼が『恩恵盗み』で友神であるヘスティアに害をなそうとしたら誰が止めるのか?それは、同じ眷属であるベル・クラネルである。そして、彼は『恩恵盗み』ではないとわかっており、信用に足りる。だから、このナイフはベルに送るものだと聞いてそれをヘファイストスは利用したのだ。

 

回りくどいことをしているだろう。鈴木悟が『恩恵盗み』ならば捕まえて殺せばいい。もし違っても芽は一つ潰せるはずだ。何かしらモモンと関係があるのだから。

 

でもそれはできない。ヘスティアが悲しむからだ。彼は心から友である彼女を敬愛してるし、ヘスティアも鈴木悟には心を許している。もし、その仲を強引に引き裂いてしまったら彼女はとても悲しむだろう。それがとても辛かった。だからこそ、この保険を作ることが大事だった。たとえ、毒を買うのに私財の大半を使ってもだ。

 

「俺もサトルを調べてみたんだが・・・ヘファイストスと同意見だ。サトルと話してみたが彼はあまりにも普通だった。普通の男性。だからこそ、調べれば調べるほど異常な経歴を持つ彼は怪しすぎる」

 

ヘルメスは続ける。まず出身地がわからない。どこからオラリオに来たかもわからない。最初の服装も見慣れないものだった。その時、紙を片手に迷宮都市の地図を書いていたらしいが何のためかは不明。順調すぎる冒険者としての成長。オラリオの魔法とは違う魔法体系の使い手。あとあの年で童貞。って最後は違うか。

 

「極めつけはコレだ」

 

ヘルメスは懐からプラスチックのようなものでできた臓器みたいなものを取り出す。

 

「・・・肺?」

 

「そうだ。これが『神の恩恵』を刻んだ時に排出されたそうだ。やべぇだろ」

 

彼はミアハから聞いたその時、起きた事を彼女に伝える。それを知ったヘファイストスの顔は面白いように驚嘆していた。

 

「怪しい。怪しいすぎるが、それだけだ。決定的な証拠はない。むしろ泳がせたほうがモモンに繋がる手がかりが手に入ると思う。ちょうど昨日に種も蒔いたところだしな」

 

 

ヘルメスはそう言い切りはぁ。とため息をつく。

 

 

「ヘスティアがひどい目合わないと良いけどなぁ・・・」

 

「そうね。あの毒が使われないことを祈るわ・・・」

 

 

意気消沈している二人の側で短刀は怪しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほあぁ!」

 

ここはどこだ!?部屋の中!?ってなんで俺下着姿なの!?

 

鈴木悟は混乱していた。気づいたら、見知らぬ天井で上半身には服がない。下半身もパンツ一丁だ。驚かない方が珍しいだろう。

 

「おや、起きたかい?」

 

色香で満ちた声が聞こえる。アイシャだ。彼は彼女によってこの部屋に連れ込まれたみたいだ。ここはイシュタルファミリアの中である。室内は淡いピンクと言うべきか暖色系で染められおり、焚かれた香の良い香りがする。俗物的な言い方をするとめっちゃエロい空間だ。

 

「え!?」

 

鈴木悟はアイシャの姿を見て驚く。湯上がりなのか少し濡れた髪。そして、バスローブのかわりに薄いヒラヒラとしたビスチェを着た彼女。下着こそ履いていたが、上は“透けている”。

 

「じゃあ、やろうか」

 

そう言ってアイシャはベットに横たわった鈴木悟に上に乗った。咄嗟のことで反射的に鈴木悟は抵抗しようとしたが、『戦闘娼婦』である彼女のLV3とLV1の力の差の前では何もできず組み伏せられた。覆いかぶさった彼女はいつも客にやるように彼の首筋を舐め始め、上半身の気持ちのいいところを攻めてくる。

 

「あぁ〜あぁ〜〜〜〜」

 

鈴木悟は喘いだ。需要はないかもしれないがとにかく彼は喘いだ。舐められているだけなのに彼はビクビクと痙攣するほど感じていた。童貞だから?女に免疫が無かったから?違う。いや半分は合っている。アイシャが上手いのだ。伊達に娼婦ではない。男の気持ちのよいところは知っている。

 

「キスも初めてかい?」

 

舐めるのに飽きたアイシャは鈴木悟の顔をガシっと両手で掴み、自身の口と彼の口を合わす。最初は軽く口付けをするだけ。さすがはプロ。初心者には優しい。だが彼女も興に乗ってきてしまい、次第に彼の口内を貪るように強引に舌を入れ始めた。

 

「んっ〜〜!?」

 

鈴木悟はまたもや驚いた。口の中に柔らかくてふわっとしたものが入ってきたのだ。目の前にはアイシャの顔。そして彼女から香る蒸れた女の匂い。自分の舌を絡ませ動いているのは彼女の舌だと理解するにはあまり時間がかからなかった。

 

唾液と唾液の交換。キスという行為自体、電子書籍やアニメ、映画で知ってはいたが、実際にやってみると、とても気持ち良いものだと彼は感じた。それに相手は初々しい女性ではない経験豊富なアマゾネスの女。彼女の舌使いは鈴木悟にとって天国へ逝かせてしまうほどに凄かった。腰砕けになるほどだ。もう彼の脳内はあまりの快感に沸騰するだろう。

 

「・・・あれ?やりすぎちゃったかい?」

 

いや、もう“沸騰”してしまった。鈴木悟は鼻血を出しながら幸せな顔で気絶していた。童貞にとって彼女のディープキスは刺激が強すぎたのだ。こうなるのは当然であろう。

 

 

 

 

「まぁ、いっか。手間も省けるし」

 

そう言って澄ました顔で鈴木悟の上から立ち上がった彼女は彼の手荷物を探る。アイシャは何をしているのだろうか?傍目から見たら盗人にしか見えない。

 

「なんにも怪しいものはないか。おっと、これはーー」

 

彼女は鈴木悟のポーチに入った手帳やら小物類を隈なく調べていく。どうやら、これは一種のハニートラップみたいだ。彼が『恩恵盗み』と繋がっている証拠を探すための色仕掛け。これがヘルメスが仕込んだ種。そしてアイシャはイシュタルファミリアの回し者だ。

 

そう、イシュタルファミリアも『恩恵盗み』討伐作戦に加わっているのだ。ちなみ、鈴木悟が持っているチケットはこの作戦のためだけに作った。

 

彼らはギルドに対してとても協力的である。ギルドのため?都市のため?違う。イシュタルは博愛精神溢れた優しい神ではない。これは打算にまみれたものだ。恩を売っておけばヘルメスが管理している魔道具が使えるかもしれないからだ。神の力を使えば忌々しいあの女神を跪かせられる。陵辱できる。顔をグチャグチャにできる。そして、自分が一番美しいと証明できる。でなければ、危険を犯してでも『恩恵盗み』、またはそれに親しい者に接触するなどするものか。

 

「指輪?石のない?一個だけ?」

 

物色しているアイシャは鞄の奥底にあった石座が3つある指輪を見つけた。だが、そこにあるべき宝石が二つない。これはあまりにも異様で鈴木悟が持っている荷物の中で浮いていた。怪しいが別に変ではない。多分、露天で誰かにあげるために買ったのだろう。と彼女は推測し興味を無くした。

 

「なんもないね〜。うん?」

 

アイシャは『恩恵盗み』に繋がる手がかりを探る手を止め、鈴木悟の顔を見る。鼻血を出しながら幸せそうに眠っているその姿は間抜けであり、あまりにも争いごとに無縁そうな人畜無害に見えた。

 

「これが10人以上の『恩恵』を盗んだ犯人なんて信じられないよ」

 

悲しそうな顔をして彼女は鈴木悟の頭を優しく撫でる。彼を騙して取り入ったためか、アイシャは鈴木悟に対して少し罪悪感を感じてた。こんな童貞で平凡な男が『恩恵盗み』であるはずがない。彼は巻き込まれたのだ。彼女はそう感じた。

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

「起きたかい?まったく意識飛ばしずぎだよ」

 

数刻たってから目を覚ました鈴木悟に対してアイシャは柔らかい笑みを浮かべながらそう言う。そこには最初会った時みたいな妖艶な姿ではなく、優しく慈愛に満ちたものであった。それは彼に対する哀れみとオラリオを襲う災厄ではないとわかったためか。

 

「・・・ぁ。そういえば!」

 

彼女に少しの間だけ見惚れてしまった彼は重要な事を確認する。それはーー

 

「あぁ。ヤッてないよ」

 

じゃあ今からでも!と言おうとした鈴木悟を遮り、アイシャはもう帰ったほうが良いと促す。イシュタル様への報告もあるし、彼が此処に残っていると『ヒキガエル』のことフリュネが襲ってくるかもしれない。主神含め、他の団員も実力行使に出てくるかもしれないこの場所。『女神の娼婦殿』は巻き込まれた彼にとっては危ないところだ。その事をはぐらかしながら、もう夜遅いとか部屋の時間が終わったなど苦し紛れの嘘を交えながらアイシャは鈴木悟を説得し、彼は帰宅することに決めた。

 

「チケットは預かっておくよ。また来てくれたらーー」

 

じっくりと筆卸してあげるよ。と童貞卒業できなくて落ち込んでる鈴木悟に耳打ちしてアイシャは彼を見送る。歓楽街を去る彼はとても晴れ晴れとした顔つきだった。

 

「俺の女神はアイシャさんだった!わーーーー!」

 

いや、そこはヘスティア様でしょと突っ込みたくなるが女性の神秘体験してしまった彼の記憶は上書きされてしまった。もう頭の中はアイシャのことでいっぱいである。明日か明後日には鈴木悟は彼女に会いに行くだろう。

 

そして彼は月明かりの町並みに溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・アイシャ・ベルカ。ランクはLV3。並行詠唱の使い手。二つ名は『麗傑』。そしてイシュタルファミリア所属」

 

 

歓楽街の人通りの少ない路地の暗闇に赤く光る二つの眼があった。それはとてもおどろおどろしく不気味だった。

 

 

「イシュタルファミリアか。不快な所だ。ちょうど良い」

 

 

そして、声はとても冷淡であり、聞いただけで心臓が掴まれると思うほど恐ろしかった。

 

 

 

「最初は“コイツ”にしよう」

 



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