超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress (シモツキ)
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作品情報
人物紹介Ⅰ(第一話〜第五十五話)


本項では前作前々作にて紹介した人物も改めて紹介しています。また、これまでの時点で身体情報を書いた人物に関しては省いております。タイトルの通り第五十五話までの人物紹介であり、後の紹介は本編終了後に出る事となります。


イリゼ/オリジンハート

 

信次元最古の守護女神にして原初の女神たる存在によって生み出された、複製体の少女。守護女神戦争(ハード戦争)集結の折に女神としての力を失い(とある出来事にて一時的に力を取り戻していた)、特務監査官として生活していたがギョウカイ墓場への偵察の際、『原初の女神の複製体』としての啖呵を切りつつ力を取り戻した。守護女神の四人がいない事もあり、現在は女神候補生の先輩兼師匠として立ち回っている。……が、元々の性格と上に立つ者としての経験不足が影響し空回りする事もしばしば。また、パーティー内でも中心人物として扱われているが、こちらもやはり空回り気味。

バスタードソードを主兵装とした戦闘スタイルは変わらないが、女神化時には剣の持ち替えだけでなくシェアエナジーで作り出した各種武器も使うという戦法を模索する様になった。これは相手に動きを慣れさせず、ペースを崩すという元々の戦法をより発展させたものだが、原初の女神も最盛期は同じ戦い方をしていた為発展ではなく先祖返りとも言える。

基本的に人が良く、出来るだけ相手を立てようとする性格だが、それが災いして(敵も有効的な人物も共に)いつから敬語を取り払えばいいか悩む事や、それが最も良い選択だと判断したとはいえ立場と信頼を利用して虚偽報告を行ったりするなど、性格として問題な部分も露見する様になってきている。

国を持たない為統治者として見られる事はないが、有名となった為に女神として扱われる事が増え、僅かながら信者も生まれる事となった(信者によるシェアが得られる様になった事が、女神化能力復活に大きく貢献している)。

余裕が無くなると思っている事をそのまま口にしてしまう悪癖は相変わらずで、パーティー内ではそれを苦笑と辟易の反応を見せるのがお決まりとなりつつある。

 

 

ネプギア/パープルシスター

 

プラネテューヌの女神候補生で、ネプテューヌの妹である少女。明るく活発で周りを無理矢理引っ張るネプテューヌとは違い、落ち着いていて真面目な性格。良くも悪くも物事をきちんと見られる為に傷付き易くギョウカイ墓場で戦力外通告を受けてからは暫く暗い性格となっていた。しかし偵察で姉の真意を知り、周りの支えもあって旅に出る直前に立ち直る事が出来た。表面的な性格は姉と正反対で、雑談の際も突っ込みに回る事の多い彼女だが、利害を無視した優しさや思いの強さ故に周りが見えなくなる一面など根本的な部分は似通っており、姉妹らしさが見て取れる。

近接格闘と射撃を織り交ぜた中距離主軸の戦い方は変わっていないが、ある時期を境に治癒魔法の勉強を開始。師事しているコンパの治癒魔法が特異である為現状ではまだ初心者の域を脱していないが、勉強の中で結果的に応急手当ての方法を会得した。

候補生という事もあり旅に出てからも未熟な面を見せていたが、ユニとの関わりでは女神としての覚悟を決め、ロムとラムとの関わりでは候補生としての成長を見せ、同じ候補生とは良い影響を与え合っている。その姿からは周りを強引に引っ張っていく姉とは違い、同じ歩幅で共に進んでいくという女神としての在り様の違いが見て取れる。

趣味の機械弄りも成長と共に勢いが増し、今では自身の武器や携帯端末を本格的に改造してしまうまでに至っている。それだけに機械に対する造詣は深く、対兵器戦ではその知識が決め手となる事すらあった。

因みに彼女は強い感情に流され易いにも関わらず、本人は感情に流されず状況を正しく把握出来るタイプ…と思っていた為、指摘された際にはかなりショックを受けていた。

 

 

ユニ/ブラックシスター

 

ラステイションの女神候補生で、ノワールの妹である少女。姉同様生真面目且つ冷静な性格だが、素直でない点や過激な面などあまり良いとは言えない部分も似てしまっている。他の候補生と同じくギョウカイ墓場突入時の件では強く傷付いていたが、自身の弱さがその原因だと認識出来た為それ以降は姉の代理として精力的に活動していた。パーティー内でもノワールに近い立ち位置の彼女だが、候補生共通の幼さや年長組への敬意もあって『後輩』という見られ方をする事が多く、彼女自身もそれを意識した言動を行う事が度々ある。

犯罪組織台頭前までは狙撃中心の射撃スタイルだったが、ギョウカイ墓場の件以降は一人でも女神として戦える様前線に出て射撃を行う術にも力を入れる様になった。しかし狙撃(及び火力支援)の鍛錬も同時に続けていた為、パーティー内では貴重な後衛として立ち回る事が多い。

一見立ち直った様に見えていた彼女だったが、実際には責任感と限界を知るが故の無力感から自身を気丈に振る舞っていただけであり、同じ立場でありながら考え方が大きく違うネプギアとぶつかった際にはその感情を露わにした。だが結果的にはそれが覚悟と思いを見つめ直す良い機会となり、彼女とは互いに認め合うライバル関係となった。

上記の通りユニとネプギアはライバルであり友達という関係な上、ユニとノワールが性格的に似ているという事もあってネプギアとのやり取りは周りから懐かしい光景の一つとして見られる事が時々ある模様。

余談だが、彼女がラムに皮肉を言ったり逆に悪口を言われたりする事が多いのは悪戯心と同族嫌悪からくるものであって、別に嫌っている訳ではないらしい。

 

 

ロム/ホワイトシスター

 

ルウィーの女神候補生で、ブランの妹であり双子であるラムの姉の少女。内気で大人しく、怖がりという女神の中では珍しい性格だが、見た目相応の好奇心や行動力も持ち合わせている。ネプギアやユニより精神的に幼かった分ギョウカイ墓場でのショックも大きく、ルウィーに戻ってからはラム共々ブランの事から目を逸らし、考えない様にする日々を送っていた。ラムと共にボケる(ふざける)事もそこそこある彼女だが、目立ちたい、周りを笑わせたいという欲求はそれほどない為突っ込み(というか間違いの指摘)に回る事もあり、現状では両対応タイプとなっている。

能力と習得魔法の傾向からはオールラウンダーの面が強いが、本人的には支援(治癒)魔法を得意としている。攻撃魔法偏重からオールラウンダーへ変わったのは知識の増加も勿論あるが、これには自身の性格と攻撃を優先しがちなラムに合わせていった結果という側面もある。

一行がルウィーに来た当初はラムの意思を尊重し、負い目を感じながらも一行と敵対していた。しかしネプギアに助けてもらって以降は態度が軟化、その後彼女(とユニ)との対話では目を逸らそうとしながらもネプギアの思いと姉への気持ちに後を押され、双子の姉としての面を見せながらラムと共に姉を助ける決意を固めた。

心身共にロム(と双子のラム)は最年少である為、教会内でもパーティー内でも『子供』として見られる点が多い。しかしそれは同時に『変人にまだなっていない』という事でもある為、パーティーでは憩いの存在ともなっている。

言葉の後に括弧で擬音や特殊な単語を表現する癖があり、周りは全て素で言っていると思っているが…実は稀に狙って言ってる事もあるらしい。

 

 

ラム/ホワイトシスター

 

ルウィーの女神候補生で、ブランの妹であり双子のロムの妹でもある少女。活発で元気いっぱいという姉二人とは正反対の性格で、性格通りの行動派。ギョウカイ墓場から撤退して以降本気で姉から嫌われたと思っており、ブランに関する事柄は口に出す事も考える事も避け、周りにも触れてはいけないという雰囲気を作っていた。パーティーの中ではボケキャラとしての地位を得つつあるが、彼女の場合は狙っている訳でも天然という訳でもない、単純に幼いが故の無知や無遠慮からくるものである為他のボケメンバーとは些か立場が異なる。

魔法の勉強を進めた事で扱える魔法の幅は大きく広がったが、攻撃魔法重視の傾向は変わっていない。しかし攻撃特化という訳ではなく、実際攻撃以外の魔法に関しても一般魔法使いの平均を軽々越えている為、そこから彼女(無論ロムも)のポテンシャルの高さが伺える。

紆余曲折の末に一行(というか候補生)と和解した彼女だったが、意地っ張りな性格とやきもちからロム程ネプギアと仲良くする事が出来ずにいた。しかしネプギアの優しさはきちんと理解しており、身を呈して助けようとしてもらった事でやっと彼女を友達と認める事が出来る様になった。

平然と悪口を口にしてしまう。…がこれはボケの件同様子供ならではの面が強く、的確な侮辱や皮肉は滅多にしない。また、悪口に関してはブラン(特に女神化時)の言葉から覚えてしまった感が否めない。

基本的にラムがロムを引っ張る事の多いこの双子だが、稀にロムが姉としてラムに接する(弄る)事もあり、その時は慣れていない事もあってかなり恥ずかしがっている模様。

 

 

コンパ

 

プラネテューヌ教会のお抱え看護師としてプラネタワーで働く少女。元々は落ちこぼれの看護学生だったが女神と共に様々な経験を積んだ事で大きく成長し、看護学校飛び級卒業&(ネプテューヌの意向もあるが)教会からの勧誘を受けるという看護師界期待の新星となった。新たなパーティーでも衛生担当として信頼されており、ゆるふわな性格と常識的思考から暴走しがちなパーティーメンバーのブレーキ役となる事もある。…が、強く指摘する事はあまりなく天然ボケを発してしまう事も多々ある為に、突っ込みポジション扱いは基本されていない。

自分が必要とされているのは戦闘能力ではない、と自己評価している為戦闘スタイルはあまり変わっていない。その分医療技術には力を入れており、手当ての効率化や魔法による複数人同時手当てなど所謂『衛生兵』的能力を向上させている。

前パーティーでは記憶喪失状態だったイリゼやネプテューヌと共に学んでいく側の立場だったが、現パーティーでは逆に教える側の立場となり、特にネプギアに対しては治癒魔法の先生となった。…が、元々先生など経験がなく魔法も我流魔法である為に先生としては四苦八苦中。

上記の通りパーティー内では決して戦闘能力が高いとは言えないコンパだが、対強敵の際は女神の露払いを他の面子と難なくこなすなど明らかに常人の域を超え始めている。

 

 

アイエフ

 

プラネテューヌ教会の情報機関、諜報部に所属する元旅人の少女。守護女神戦争(ハード戦争)集結後はその能力と人脈を教会(ネプテューヌ)から買われてプラネテューヌ教会に所属する様になり、旅業は一時終了する事となった……のだが、仕事柄プラネテューヌから離れる事も少なくはない為、旅の延長線上に仕事があるとも言える。時折中二病の発作が起こるが普段は冷静且つ慎重、それでいて面倒見もいいとパーティーにおける参謀やサブリーダーの様な立ち位置にいる(これはアイエフを骨抜きにするベールが不在というのも大きい)。

諜報部員となって以降は隠密行動や情報収集の鍛錬を積んでおり、元々素早く機敏に戦うスタイルだった事も相まってよりアサシンらしくなった(別に暗殺業は行なっていない)。一方で我流魔法も(趣味が作用してる為に)おざなりにする事はなく、派手に立ち回る力も衰えてはいない。

先にも上げた様にアイエフは情報関連ではパーティー内でも頭一つ抜けている為、旅の中では犯罪組織撹乱の為の誤情報流布を担っていた(一応イリゼも行なっていた)。怪しまれるまでこれは候補生や新メンバーには話しておらず、そこから彼女の責任感と気遣いが見て取れる。

形式上教会から望まれて諜報部所属となった彼女だが、実際には『ねぷ子が心配だけどベール様の所に行きたい』という私的な理由に合致していたからなのかもしれない。

 

 

RED

 

身長・145㎝

体重・39㎏

スリーサイズ・B85 W54 H78

 

旅の途中にてパーティーメンバーと出会い、その流れで仲間となった少女。お転婆で活発、元気で天真爛漫というまるでネプテューヌの様な性格で、実際パーティー内からも度々ネプテューヌと重ねられている。人並みの正義感は有しているが、彼女がイリゼ達に協力する最たる理由は『嫁候補探しと候補攻略』であり、元々していた旅もそれが目的だった。ネプテューヌと似ているのは会話におけるポジションもであり、彼女から過度な主人公発言とマニアックなネタを引いてハーレム(?)思想を足すとREDになる…といった感じになっている。

武器はけん玉やヨーヨー、フリスビーに文庫本等の玩具セットを使用。…と言っても正しくは玩具を模した武器セットであり、実際強度やサイズは玩具のそれではない。他の面子の例に漏れず我流魔法も使え、更には身体に巻いたアクセサリーらしき金の龍も武器になる…らしい。

嫁に関して本人的には本気なのだが何かにつけて言いまくっている結果、早くもパーティーでのネタの一つとして扱われている(つまりはある意味で愛されている)。

 

 

ケイブ

 

身長・159㎝

体重・47㎏

スリーサイズ・B89 W57 H85

 

リーンボックスの一件にてパーティーに同行し、その後正式加入した特命課の少女。クールで落ち着いた性格に子供らしさの抜けた外見も合わさって大人の雰囲気を持つ女性だが、完璧人間という訳ではなく時偶抜けている一面を見せる事もある。性格だけならば突っ込みに回ったベールやパープルハートの様に慌てる事なく落ち着いて窘める人物の様に思えるが、彼女はどちらかというとコンパやサイバーコネクトツー等のまずは眺める…といったタイプである為、自分が会話の中心にいる訳でなければ然程誰かに突っ込みを入れる機会は多くない。

武器は鋏をスケールアップした様な物(区分としては一応刀剣類の模様)を使用。それを使った素早い戦闘が得意だが、真に実力を発揮するのは遠距離からの(我流魔法を使った)攻撃と回避(攻撃の掻い潜り)であり、特に回避に関しては女神に迫るレベルを有している。

一見して大人っぽいケイブ。しかし本人はそんな大人っぽい自分に満足している訳ではないらしく、そこに関する会話となると普段はあまりしない反応を見せる。

 

 

5pb.

 

身長・157㎝

体重・41㎏

スリーサイズ・B77 W55 H80

 

女神候補生四人の活躍に感銘を受け、後日自らパーティー加入を申し込んだ少女。シンガーとして活動しており、ステージの上では快活な姿を見せているものの実は人見知りであり、加入の際には自ら来たにも関わらず人見知りを発揮しパーティーメンバーを困惑させた。元々の認知度や旅の目的(彼女は巡業も兼ねている)などパーティー内ではやや特殊な立場を持つ5pb.は、根が真面目でそこまでふざける事はない為主に突っ込みか静観を行う……と思いきや、若干天然が入っていたり魔が差したりでボケに回る事が意外とある。

武器はある人物に製作(改造)してもらったギターを使用。強度や鈍器としての取り回しが大きく強化されており、棍や槌の様に扱う。本人自体も高くはないながら戦闘能力を有している他、声やギターの音色を攻撃や支援魔法に消化が出来るだけの熱意を持ち、それを使う事もある。

ギターの製作者は親戚であり、その人物と5pb.は容姿が似ている。そしてその人物はイリゼ達のよく知る人である為、初見の際にはイリゼ達に既視感を覚えさせた。

 

 

ファルコム

 

身長・162㎝

体重・51㎏

スリーサイズ・B84 W60 H86

 

旅の途中にてパーティーメンバーと出会い、後に海岸で倒れていたところを助けられ成り行きで加入した少女。ケイブとはまた違う大人っぽさを持つ(こちらは大人のお姉さん的雰囲気)女性で、これまでに数多くの冒険をしてきたベテラン冒険家。その為地理やモンスターの生態にはかなり詳しく、パーティー一行と偶然出会った際にはモンスター探しの手助けとなった。経歴や冒険の為に乗った船が必ず難破するというジンクスを持つ割には常識人であり、パーティーの中では比較的ながら突っ込みポジションに位置している。

武器は両手剣を使用。その戦い方は(ある意味当然ながら)もう一人のファルコムと酷似している。しかし経験の量は勿論全く同じ経験をしてきた訳ではない為基本の部分は同じでも違いがあり、こちらは堅実且つ経験に裏打ちされた様な動きをする事が多い。

イリゼ達の予想通り彼女と旧パーティーのファルコムとはそっくりさんでも姉妹でもない、それぞれ別の次元で生まれた同一人物という事らしい。

 

 

ネプテューヌ/パープルハート

 

プラネテューヌの守護女神で、ネプギアの姉の少女。ギョウカイ墓場での戦闘ではマジック・ザ・ハードを相手取り、犯罪組織のモンスター戦力を完全壊滅させるのと引き換えに監禁状態となった。候補生を引かせる為とは言え罵詈雑言を口にした事は後悔しており、偵察の為ネプギアが再び姿を現した際にはその身の無事を知って涙を流した。

 

 

ノワール/ブラックハート

 

ラステイションの守護女神で、ユニの姉の少女。ギョウカイ墓場での戦闘ではブレイブ・ザ・ハードを相手取り、正に神の名に相応しい姿と力を見せつけた。妹ならば立派に成長してくれると信じ辛辣な言葉を叩きつけたものの、実際にはかなり堪えており、それは心身共に極限状況の監禁中にも絶えず自責の念に駆られていた。

 

 

ベール/グリーンハート

 

リーンボックスの守護女神の少女。ギョウカイ墓場での戦闘ではジャッジ・ザ・ハードを相手取り、他の守護女神同様多数のモンスターを屠りながらも四天王を相手に有利な戦闘を続けた。他の守護女神と違い候補生がいない為彼女達の撤退時の心境は些か以上に違うものであったが、仲間として同じ重荷を背負う意思を見せた。

 

ブラン/ホワイトハート

 

ルウィーの守護女神で、ロムとラムの姉の少女。ギョウカイ墓場での戦闘ではトリック・ザ・ハードを相手取り、四天王すら震撼させるだけの力を見せた。妹が二人である事、候補生の中でも特に幼い事から悔恨の感情は特に強く抱いていたが、それもまた自分達の責任だと自らの心に弁明する事なく嫌われる可能性すらも受け入れた。



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人物紹介Ⅱ(第一話〜第五十五話)

内容の形式については人物紹介Ⅰと同様です。もし不明瞭な部分や抜け落ちてる様に感じる事があれば、お気軽にお伝え下さい。


イストワール

 

プラネテューヌの教祖で、イリゼ同様原初の女神によって生み出された存在。無事封印から解放された事により教祖業を再び行える様になり、まともに仕事を行わないネプテューヌの代わりに多くの雑務をこなしている。かなり皮肉な話だが他の教祖と違い複数の女神に仕えてきた為ショックは(勿論比較的だが)小さく、そのお陰もあって守護女神救出の作戦を一歩早く進め始める事が出来た。とはいえ彼女にとって現守護女神四人は封印から解いてくれた恩人でもある為、出来る限り早く助け出したいと考え教祖という立場から策を巡らせている。

世界の記録者たる彼女だが、万物全ての情報を記憶に取り入れている訳ではないので知らない事に関しては『調べる』行為が必要。その行為は所謂ネット検索の様なものだが、それとは情報量が桁違い且つ常時更新され続ける為ものによっては調べるのにかなりの時間がかかってしまう。

創造主が同じという意味で姉妹関係に当たるイストワールとイリゼだが、基本はお互い敬語。但しそれは互いにそちらの方が慣れてるというだけで、仲が悪い訳ではない。

 

 

神宮寺ケイ

 

ラステイションの教祖。犯罪組織によって守護女神を失った中、傷心のネプギア、そもそも精神年齢的にデスクワークが困難なロムラムと違い表面的には守護女神監禁前より仕事熱心になったユニがいた為四ヶ国の中では負担が小さかった模様。ただ、それはあくまで仕事上の話であり、精神的にはノワールの喪失で少なからず堪えている上、ユニの精神状態が宜しくないと気付きつつも気遣いの苦手な自分では力になれないと悩んでいた。その為表面には出さないものの、ネプギアがユニの友人となってくれた事には感謝している。

過ぎるが付く程真面目で、しかも仕事を苦とは思わない正真正銘の仕事人間のケイは、一個人としては間違いなく優秀。しかしその結果部下は休むのを遠慮してしまう、ノワールも(シアン含め彼女の)ワークライフバランス崩壊を憂いてるなど立場や環境的に考えると問題があるとも言える。

案外共通点があるシアンとはノワールとイリゼの策略に嵌まって以降親しくなり、上記の通り仕事人間な彼女にとっては数少ない友人と呼べる存在になった。

 

 

箱崎チカ

 

リーンボックスの教祖。リーンボックスは元々女神候補生がおらず(それが当たり前なのだが)女神はベール一人であり、彼女自身教祖歴が現教祖の中では最も短い事もあって犯罪組織台頭後は教祖の中でも特に苦労させられていた。おまけにそこを突いた犯罪組織によって誘拐されてしまうが、パーティーメンバーの活躍(と実力)により無事帰還。またこれは結果論ではあるが、捕まっている際に真実と見せかけ誤情報を伝え、逆に相手に悟られぬ様情報を引き出す事によって犯罪組織に対する情報のアドバンテージ獲得を成功させた。

元はベールの付き人であり、彼女へべた惚れしている事もあって始終ゲームに付き合っている。その結果(+ベールを満足させたいと密かにしていた特訓の成果で)ゲームの腕はかなり上達し、自慢出来るかどうかは別としてゲーム技術が教祖の中では抜きん出ているらしい。

どの国も守護女神と教祖の仲は良好だが、中でもチカがベールを『お姉様』と呼ぶ程慕っていた為、その分ショックは候補生四人に匹敵するレベルだった様子。

 

 

西沢ミナ

 

ルウィーの教祖。ロムとラムが女神候補生の中でも特に幼い分、守護女神不在となってからは候補生のいない国のチカとは別方向で苦労が多く、比較的常識人という事もあって頭を悩ませる事が度々あった。気が弱い訳ではないものの普段は強く出られない為に中々ロムとラムに言う事を聞かせられずにいるが、その二人が文句無しに言う事を聞く程本気で怒ると怖い。ネプギア及びユニとの対話の結果二人が精神的な成長を見せた際にはそれを喜ぶ反面、彼女等と共に旅に出ようとする二人を心配して入念に準備させるという正に保護者らしい対応を行った。

西沢家は教祖の家系であるのと同時に魔法の名門家系でもある為、ミナは自身の使う使わない関係無しに相当量の魔法知識を有している。その知識を活かし、ロムとラムの魔法勉強は彼女が主に教えている(知識だけならブランも劣っていないが、実演の面を考え主導はミナに譲ったとの事)。

 

 

ビーシャ

 

プラネテューヌのギルド支部長である、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の少女。現支部長四人の中では最年少であり、子供らしい明るい言動が多く、本人が子供の味方として活動している事もあって幼い少年少女からは人気が高い。しかし支部長としての仕事は苦手…というかあまりやりたがらず、その為に同国の守護女神であるネプテューヌと似ていると言う者も少なからずいる(実の所、この二人は気が合うのか仲がかなり良好)。

支部長就任以前からクエストはよく行っており、その頃から目元のみを隠すマスクを着用し『プレスト仮面』と名乗って活動していた。その理由は他人へと話していないが本人的には誰も自身がブレスト仮面だと気付いてないと思っているらしく、隠す為慌てる事が時折ある。

 

 

ケーシャ

 

ラステイションのギルド支部長である、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の少女。若干気が弱いが表面的には常識的な性格で、経歴の特殊さから支部長でありながら学生でもある。彼女にとってノワールは命の恩人であると同時に新たな人生のきっかけを作ってくれた人物でもある為に強い信仰心を持っており、その関係から(趣味が合う事もあって)ユニとも仲が良かった。だが、そのノワールが帰ってこなくなって事でその関係に亀裂が生じてしまった。

彼女の正体はアヴニールのある派閥が秘密裏に育てていた要人暗殺用の私兵で、アヴニール国営化の際にこの件が発覚するのを恐れた派閥が切り捨てた為路頭に迷う事となった。そこで偶然ノワールがケーシャを保護した事が彼女にとっての転機であり、支部長となるきっかけでもあった。

 

 

エスーシャ

 

リーンボックスのギルド支部長である、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の少女。支部長としての仕事をそつなくこなす上あまり自身の考えている事を話さない、外見やその立ち振る舞い通りのクール&ミステリアスな女性。だが実際にはクールどころか『興味ないね』が口癖となってしまっている程の淡白人間(本当に興味ないのかは謎)で、女神や教祖等の個性的な人物を多数知る者達からも色々な意味で異質な人間だと思われている模様。

他の支部長よりもギルド(そして自身)の評価向上の念が強く、特に女神や教会を意識した行動を取る事が多い。また極稀に寝ぼけてるのかという程反応が薄くなる事もあり、上述のミステリアスな雰囲気と合わせて周囲からは様々な憶測をされている…が本人的にはそれも興味ないらしい。

 

 

シーシャ

 

ルウィーのギルド支部長である、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の少女。飄々としたノリの軽い人物で、一応支部長としての仕事はしているがあまり真面目ではない様子。しかし常識人且つ言うべきだと思った事はきちんと言う胆力を持ち、人をまとめる力は低くない。ビーシャ同様支部長就任以前からギルドはよく利用していた為彼女とは元々面識があり、双方支部長に就任したと知った際にはお互い驚いていた。

師弟関係…という訳ではないが、シーシャはアズナ=ルブが支部長であった頃からその才覚を見込まれており、彼女の支部長就任は彼からの強い推薦が大きな要因となってた。その事もあってか、彼女は犯罪組織台頭を前後して不審さが増したアズナ=ルブを心配している。

 

 

シアン

 

ラステイションの中小企業パッセの社長を務める少女。展覧会及びMG開発において知名度は大きく上がり、特に後者に関してはMGの軍採用となった結果『外部特別技術顧問』という軍部に影響力を持つ程の人物となった。…が、本職はあくまでパッセの社長であり、先代である父親、食堂を切り盛りする母親、そして社員と共に日々働いている。

 

 

イヴォワール

 

リーンボックス教会の職員で、実質教祖に次ぐ立場の老人。一時期は思考が凝り固まっていたが、現在は物腰柔らかな好々爺という元々の性格に戻り教会の中核人物の一人として職務に勤しんでいる。老人である今も素手なら人間状態のベール(女神)と互角、ゲームも嗜み教祖代行としての手腕も十分などと彼の全貌は色々と計り知れない。

 

 

兄弟

 

ルウィーから移住してきた青年の兄弟。欲望に忠実で(ある意味)差別的という性格面での問題は大きいが、能力はそれなりにあり義理は通す一面も持ち合わせている。守護女神全員に対して何としても助けたいと思うだけの意思があり(ブランのみ理由が特殊)、上司のチカも彼等にとっては丁重に扱うべき相手の為、現在は職員として精力的に活動中。

 

 

フィナンシェ

 

ルウィー教会でブランの侍従を務める少女。戦闘や政治は管轄外だが女神の侍従をほぼ一人で務めている為、その能力はかなり高い様子。現在では仕える対象が不在という事でミナの補佐と女神候補生であるロムとラムの世話係というのが主な仕事となっており、前述の能力の高さと職務へのひたむきさにより周りの人物から信頼を得ている。

 

 

ガナッシュ

 

ルウィー教会で職員として働く男性。一時はラステイションに移住し、悪事や本来のブランの否定などを行なっていたが現在は改心(というか認識が変化)した事で無事正式な職員として迎え入れられた。(比較的)機械に疎いルウィーにおいて工学に精通する彼は有用な人材であり、科学技術が大いに関わる事柄では彼が度々重用されている。

 

 

ユピテル

 

リーンボックスでそこそこ人気な男性アイドルグループ。本職の歌って踊る事だけでなく、近年はイベントのMCやバラエティ番組出演の仕事なども増えてきている。

 

 

シュゼット

 

ラステイション国防軍MG部隊の隊長の一人。T型装備群の実戦運用試験を任されたパイロットで、新型動力炉を積んだラァエルフでもってブレイブと一戦交えた。彼にとって従来の機体ではフルチューン状態でも不満があった様子で、新型動力炉とT型装備群でやっと満足いくレベルの動きが出来る様になったらしい。

 

 

クラフティ

 

ラステイション国防軍MG部隊の隊長の一人。G型装備群の実戦運用試験を任されたパイロットで、新型動力炉を積んだラァエルフでもってブレイブと一戦交えた。彼女は元々空中からの射撃に秀でていた為空戦仕様のG型とは相性がよく、ブレイブ戦では新装備での初陣でありながら卓越した空中機動を見せた。

 

 

アズナ=ルブ

 

ルウィーのギルドの前支部長である男性。些か胡散臭い印象を持つ人間だが支部長としては評価も実績も十分にあり、ギルド職員や常連からは一定の信頼を得ていた。最近怪しい仮面を被り始めた彼だが……実は裏で犯罪組織に協力しており、強奪され犯罪組織独自に改修されたラァエルフのパイロットとして暗躍している。

 

 

スライヌマン

 

リーンボックスに在住する、エスーシャの友人の男性。がっしりとした身体つきにどう見てもスライヌにしか見えない頭を持つ謎の人。日々筋トレに励んでおり、自身の筋肉には自信を持つ。

 

 

スライヌレディ

 

リーンボックスに在住する、エスーシャの友人の女性。グラマラスな身体つきにどう見てもスライヌ(雌)にしか見えない頭を持つ謎の人。筋肉関連でスライヌマンが暴走すると、彼女が窘める事が多い。

 

 

ライヌ

 

イリゼのペットとしてプラネタワーに住むスライヌ。熱心な躾けとライヌ自身の利口さから人の言葉をある程度理解し、道具の使い方も(僅かながら)覚えたが、相変わらずイリゼ及び会う機会の多い人以外へはビクビクしている。

 

 

マジック・ザ・ハード

 

身長・173㎝

体重・不明

スリーサイズ・B98 H60 W89

 

犯罪神によって顕現した、マジェコンヌ四天王の一角。四天王の中で唯一普通の人間の様な身体を持ち、右目に眼帯を着けている。どちらかと言うと自らの目的の為犯罪神に協力しているというスタンスの四天王三人と違い、彼女は完全に犯罪神への信仰心から忠誠を誓っている。それ故私欲で暴走する事はまずなく、犯罪神は勿論他の三人もそれを理解している為に四天王内でのまとめ役は彼女に任されている(あくまでまとめ役でありリーダーではない)。

武器は戦闘用の大鎌を使用。本来は武器ではない鎌を巧みに操り戦う他、負のシェアに汚染されていた頃のマジェコンヌの様に魔法も積極的に活用する。指揮官としての能力もあるが彼女は自分自身含め構成員を全て(犯罪神の私)物としか見ていない為、信頼はあまり獲得出来ていない。

 

 

ブレイブ・ザ・ハード

 

犯罪神によって顕現した、マジェコンヌ四天王の一角。ヒーローが乗る(操る)ロボットの様な外見を持つ、かなりの熱血漢。子供達の笑顔の為に全てを尽くすという信念を持ち、その手段の一つとしてマジェコン生産を主導している。犯罪神の配下ではあるが女神への憎悪や個人的な敵意はなく(これについてはトリック、ジャッジも同様)、むしろ矛を交えたノワールとユニから子供の未来に繋がる『輝き』を感じて同士となる様勧誘すらしている。

武器は外見に沿う大剣と二門の砲を使用。基本は遠近双方で一撃の威力を重視する戦い方をし、状況によっては背部の翼とブースターを使った空中戦も行う。またある理由により第三者を意識した動き(見得や口上等)も見せる事があり、特に大技を放つ際には大々的に行う。

 

 

トリック・ザ・ハード

 

犯罪神によって顕現した、マジェコンヌ四天王の一角。だらんと伸びた舌が特徴的な、モンスターの様な外見を持つ。自他共に認めるロリコンで、何かと理由を付けて幼女を舐めようとする(舐める舐めないに関わらず、幼女は丁重に扱う)……のだが、本人曰く自身はただのロリコンではなく、紳士でもあるらしい。四天王の中でも特に奇抜な格好の彼だが実は切れ者であり、四天王内及び犯罪組織においては参謀として動く事も多い。

武器は持たず、舌と魔法を使って戦う。舌は鞭の様な柔軟さと舌とは思えない程の強度を持ち、攻撃だけでなく巻き付ける事による捕縛も得意。魔法に関しては趣味なのか触手らしき物を生成して操るものを多用しており、舌と共に中距離を基本にして戦う事が多い。

 

 

ジャッジ・ザ・ハード

 

犯罪神によって顕現した、マジェコンヌ四天王の一角。とにかく気性が荒く、女神と互角かそれ以上に好戦的。彼の人となりは戦闘狂、の一言で片付いてしまう程戦いに全てを費やす酔狂者。だが戦う事が出来れば、暴れられれば何でもよいという訳ではなく、むしろ全てを費やすからこその信念を下に戦っている。彼は現在墓守を担当しているが、それは彼が他の四天王程多彩でも頭が回るからでもないかららしい(これは本人も一応理解している)。

武器はハルバートを使用。大型の武器でありながら、卓越した技術と武器だけに頼らない柔軟さから隙のない動きを見せる。戦術構築や指揮を全くしようとしない(能力がないのかどうかは不明)為総合力では他の四天王と互角だが、単純な戦闘能力に関しては四天王随一を誇る。

 

 

リンダ

 

身長・156㎝

体重・38㎏

スリーサイズ・B75 H56 W81

 

犯罪組織の四天王直属部隊マジパネェに所属する少女。短気で捻くれており、口の悪さも含めて小悪党の様な雰囲気を醸し出している。…が、四天王直属部隊に所属している事からも分かる通り無能ではなく、(演技は下手だが)変装に関しては魔法や超能力の域と言っても過言ではない程の技術を有している。性格の悪さから否定される事が多い為か承認欲求が強く、性格関係無しに能力を評価してくれているトリックを上司として慕っている。

武器は鉄パイプを使用。鉄パイプ状の武器ではなく、本当に単なる鉄パイプ。戦闘においては目立った成果を上げていない彼女だがそれはどちらかと言えば相手が人外の域に到達している者ばかりであるからであり、常人の範疇内にいる人間の中では強い方。

 

 

ワレチュー

 

犯罪組織に所属する、二足歩行のネズミ。本人(?)が特に何も言わない為、動物なのかモンスターなのかそれ以外なのか不明。戦闘能力は決して高くないが高等教育を受けていないとは思えない程の知識と思考力、状況判断能力を持ち合わせており、特殊部隊や独立部隊所属ではないものの単独で任務に当たる事も度々ある。彼はコンパに一目惚れしていて彼女とそれ以外の人物とではあからさまに反応が変わるが、コンパの方は思いに全く気付いていない。



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人物紹介Ⅰ(第五十六話〜エピローグ)

イリゼ/オリジンハート

 

女神候補生を女神として導いた、原初の女神の複製体。守護女神奪還作戦時には代表を務め、ジャッジと死闘を繰り広げた。守護女神復活後は国を持たない事もあってか積極的に前に立つ事は減ったが、奪還作戦以降の死傷者に対しては強い負い目を感じており、あまり表には出さないものの内心でかなり思い詰めていた。だがそれもある友人とイストワールとの交流によって解消され、二度目のジャッジ戦や犯罪神戦においてはもう一人の原初の女神である事を胸に、理想の為に戦った。

多彩な武器を精製し、状況に合わせて使い分ける戦い方は仲間との連携、特に相手に合わせる際にも持ち味を発揮し、特に守護女神の一人と連携する場合にはその相手と同じ武器を使うという選択も見られるようになった。また、プロセッサの翼が可変式になった事で、武器や狙いに合わせた動きにも一層の向上が見られる。

自身が原初の女神の複製体だと知って以降、イストワールを姉の様な存在だと認識していたイリゼだったが、彼女と出掛けた日を切っ掛けに強く姉である事を意識するようになった。その日イストワールから貰ったリボンはイリゼにとっての宝物であり、編んでいる前髪へ毎日肌身離さず身に付けている。

しっかりしているようでしっかりしていない面は改善どころか悪化の一途を辿っており、加えて子供の様な一面も時折見せる為、優しく弄る(又は愛でる)事がパーティーの恒例の一つとなってしまった。当然イリゼは不服な模様。

 

 

ネプギア/パープルシスター

 

旅の中で候補生及び新パーティーの中心となっていった、プラネテューヌの女神候補生。仲間と歩みを合わせて共に進むという彼女の在り方は、揺らぐ事なく彼女の成長と共に周囲の人へと作用していき、本人は無自覚ながら気付けば切り札や犯罪神へのトドメを託される程の信頼を得るに至った。同時に女神としての在り方も模索していった彼女は、自らの信じる道を突き進む姿がマジックとの戦いで顕著となり、犯罪神との最後の戦いでは未来を願う女神の輝きを体現させた。

中距離主体の戦い方は変わらない彼女だが、ユニからのアドバイスを切っ掛けに射撃のスタイルが変化。更に同格以上が相手では自身の戦い方が『中途半端』になってしまう事を理解し、状況の分析と的確な切り替えをより意識するようになった。また、ブランから魔法の手解きも受けており、治癒魔法の質も向上している。

科学と魔法の融合をコンセプトとした充電器開発は、旅や戦いの合間で少しずつ進み、遂に完成の瞬間を迎えた。当然機械好き故にやる気を出していた面もあったが、一番は『候補生同士で協力し、目標を達成する』事への意欲であり、披露の瞬間には同じ候補生である三人と共に心から喜びを感じていた。

気付かぬ内にパーティーの中心となっていたネプギアだが、その性格故に振り回されがちなのは相変わらずで、イリゼやノワール、アイエフと同様の立ち位置へと順調に進みつつある。

 

 

ネプテューヌ/パープルハート

 

ギョウカイ墓場から解放され、療養の末に戦線復帰を果たしたプラネテューヌの守護女神。凡そ守護女神には似つかわしくない性格をしているのは相変わらずだが、仲間や国民への愛情も変わる事はなく、パーティー集合の際には積極的に鼓舞を行っている。しかし犯罪神戦やゲハバーンの使用に関してはネプギアの姉として、信次元の守護者としての意識や緊張も見せており、されど仲間の思いに触れながら前向きに捉える事で、信次元の平和と自らが望む日々に向かっていった。

仲間内でも屈指の前向きさを持つ彼女でも、墓場で拘束されていた時の記憶はトラウマとして心に刻まれており、その傷の深さは今も一人では墓場へと入れない程。しかしネプギアやイリゼと触れ合う事で傷は消えこそせずとも癒され、如何なる時も希望は捨てないという自分自身の在り方を失わずに済んだ。

上記の通りパーティーの中心…というより彼女の望む主人公らしい活躍もそれなりに出来た為、一安心な模様。彼女曰く、この次元のわたしは『前作』主人公なんかじゃないんだからね!……との事。

 

 

ユニ/ブラックシスター

 

迷い、悩み、されどそれを糧に自らが進む道を見出したラステイションの女神候補生。理性的且つ責任感が強いが故に旅の前にはネプギアと、旅の中ではブレイブと衝突し、特に後者からの敗北は心が折れかけてしまう程に至ったが、姉の姿や国民の思いで持つべき『覚悟』の形を見付け、決闘の果てにブレイブの夢を引き継いだ。復活したブレイブを再び討つ事には躊躇いを見せたものの、彼女の見出した道は犯罪神の脅威を前にしても揺らぐ事なく、彼女はそれを貫き続けた。

彼女は個人としての戦闘能力も向上していったが、特筆すべきは指揮、支援能力。女神候補生の中心たるネプギアは唯一の前衛であり、ロムとラムは成長しているといえどまだ幼い為にユニが指示を出す事も少なくなく、また状況に合わせて攻撃の主体から前衛の援護、後衛同士による多角的な連携など、視野の広い戦い方を身に付けていった。

ライバルと称しつつもネプギアの事は実力、人柄共に信頼し、またネプギアもユニの事を信頼している為、ぎくしゃくしていた頃からは思えない程の仲となった。しかし二人の関係はネプテューヌとノワールのそれに近いものの二人に比べると衝突は圧倒的に少なく、円満さではこちらが上回っている様子。

性格の関係から突っ込み側の気質があるユニだが、同時に皮肉屋である事、小悪魔的一面も持つ事が軽口へと繋がり、候補生同士を始めとする打ち解けた相手にはかなり遠慮のない発言をする姿が見られるようになってきた。

 

 

ロム/ホワイトシスター

 

女神として目覚ましい成長を遂げつつある、ルウィーの女神候補生。気弱で引っ込み思案な普段の性格は変わっていないが、戦闘時には不安を感じる事はあっても物怖じする事は滅多になくなった。トリック戦でブランから信頼の言葉を受けて以降は秘める思いを更に強め、同時に『助けてくれた敵にかけるべき言葉』を考えるようになるなど、その成長はネプギアやユニにも引けを取らない。しかし上記の通り素の性格は無垢なままで、その一面も最終決戦の中では見受けられた。

強力な前衛たる守護女神組の復帰と、より攻撃能力を伸ばしたラムとの連携を考えロムは支援能力の向上を目指していった。手数や面制圧を重視した遠隔攻撃がその一例であり、それは周りを見て動く彼女の性質にもあった発展と言える。しかし経験を重ねた事で戦術眼も鍛えられており、攻撃能力も順調に伸びている。

心を開いて以降は急速にネプギアへの友情を深めていったロム。ネプギア自身はロムを友達と思いつつも、精神年齢の違いもあってか一見すると姉妹のようでもあり、しかし二人はあまりそれを意識していない。…が、ネプギアは時折抜けている事もある為、特訓の一幕の様にその立場が逆転しかける事も稀にある。

基本的にロムはラムの後をついていく事が多いが、自身はラムの姉だという意識は常日頃から持っており、誰よりも気を許せる相手だからか意外にもラムに対しては弄る事もある。静かに弄る姿はやはりブランの妹と言ったところ。

 

 

ラム/ホワイトシスター

 

双子の姉に負ける事なく著しい成長を見せる、ルウィーの女神候補生。元々積極的で物怖じをしない性格だったが、訓練や多くの経験が影響してか無策に突っ込む短絡さは減りつつある。ブランからの信頼がブレイクスルーであったが如くトリック戦では真価を発揮し、更に復活したトリックには最後の最後で感謝を述べるなど、彼女の成長は間違いなく本物。また彼女の元気の良さはパーティー内の明るさ維持にも貢献しており、ネプテューヌやREDとはまた違うムードメーカーの位置を確立している。

元々得意であった攻撃魔法を、ラムは旅や戦いの中で更に強化。ルウィーの女神としての素養を遺憾無く発揮し、対単体対多数のどちらでも圧倒的火力を披露している。しかし次第に相手が無視出来ない威力である事を利用し誘導や攻撃の阻止を行うなど、自分の長所をより多くの方向に活かす事も増えていった。

ロムとは対照的にネプギアへは噛み付く事の多かったラムながら、内心では彼女の事を悪しからず思っていた。守護女神奪還戦前後からは態度も軟化し、最終決戦では遂に友達であるとネプギアへ明言。活発なラムはロムとはまた別の形でネプギアとの相性も良く、何だかんだ互いに実力を認めるユニとも現在は良い関係を築くに至っている。

心的に極端な疲弊や摩耗をした際には、ロムの様に語尾へ括弧を付けた話し方になってしまう事がある戦闘にて判明。その雰囲気は普段の彼女とは真逆であり、初めて見たパーティーメンバーをかなり驚かせていた。

 

 

ノワール/ブラックハート

 

守護女神奪還作戦にて救出され、静養の後に戦線復帰を果たしたラステイションの守護女神。生真面目さは変わらないどころか、守護女神でありながら候補生であるユニに長期間国の運営を任せ切りになってしまった事を悔やんでおり、復帰後はすぐ職務に精を出していた。復活したブレイブに対しては真意を見抜いて敬意を評し、ユニには姉としての優しさを向けつつも女神としての成長を促すなど、その性質に陰りのある様子は一切なく、最終決戦では他の守護女神と共に女神の誇りを見せ付けた。

妹達女神候補生を逃がす為に残った事、苦しくとも耐える選択をした事は一切後悔していなかったが、それでもノワール達にとって拘束されていた時の事は悪夢の様な経験。ユニにそのトラウマを触れられた際には姉として守ってきた威厳が崩れてしまう程だったが、同時にその対話が心の癒しとなり、妹の心の成長を知る機会ともなった。

衰えていないのは何も女神としての実力だけでなく、パーティーメンバーに対する突っ込みも健在。しかしパーティー全体としての突っ込み役が増えたからか、ボケに回る頻度も若干増えている。

 

 

ベール/グリーンハート

 

未来へ託した希望に救出され、完治後は早々に戦線復帰を果たしたリーンボックスの守護女神。いつ命を落としてもおかしくない状況で拘束され続けていたとは思えない程穏やかな生活は失われておらず、それどころか失った趣味の時間を取り戻そうと熱意を燃やす程。無論失われていないのは女神としての精神も同様で、復活したジャッジを戦士として心から認めつつも、国と国民の為に全力で撃破。候補生の有無からイリゼと組む機会も増え、その連携は犯罪神相手にも見られた。

ベールにとっても墓場で拘束されていた間の事は深い心の傷となっており、更に傷を負った自分と理想の自分との乖離が彼女を苦しめた。だが自らを否定しようとする事を否定し、ベールの在り方を肯定したネプギアの思いによって自分の大切なものを思い出し、理想を全身全霊で目指すグリーンハートとしての道を取り戻した。

女神候補生のパーティー入りによって姉妹のやり取りを見る事が増えた結果、彼女の妹を求める心は一層強くなってしまった様子。隙あらば候補生からの好感度を上げようと画策しており、その道においても余念がない。

 

 

ブラン/ホワイトハート

 

想像絶する苦痛を耐え抜き、回復後も女神らしく戦線復帰を果たしたルウィーの守護女神。普段の物静かさ、女神の姿での勇ましさ、その双方が復活後の職務や戦いでも欠ける事はなく、二度のトリック戦や犯罪神戦では二人の妹を導きつつ自身も実力を発揮した。特にギャザリング城では幼いロムとラムへの心配から逆に不満を抱かせてしまうも、恐怖に打ち勝とうとする妹達へ心配ではなく信頼の思いを向けた事が二人の更なる成長、そして姉妹としての絆をより深める事へと繋がった。

耐え抜いたと言えど、墓場での苦痛は表面を取り繕う事で精一杯な程に心へ刻まれていた。特に二人の妹に対しては心配をかけまいと必死に取り繕っていたが、同じく必死に自身を元気付けようとしてくれたロムとラムの思いに触れ、成長する二人の様に自身も前を向いて進もうとする思いを手にした。

本人は意識していないものの、その熱く懐の深い人柄はガナッシュに続きアズナ=ルブやトリックと、どういう訳か敵…それも単なる敵対関係ではない男性に強い影響を与えている。そんな機会が妙に多い理由は完全に不明。

 

 

コンパ

 

守護女神救出後も引き続きパーティーの治療役を務める、ナースの少女。人数及び激戦の増加で治療の負担は増えたものの、全くそこへ不満を口にする事はなく、柔らかな笑みと共に仲間の傷を癒し続けた。また、複数の治癒魔法を持つが故に忘れられがちだが本職はナースであり、守護女神達の入院時には率先して世話を引き受けていた。

 

 

アイエフ

 

守護女神奪還後も機動力や情報力で女神達を手助けする諜報部の少女。冷静且つ面倒見の良い性格でパーティーのストッパー役の一人を請け負い続け、パーティー最初期メンバーである事もあってか纏める姿も時折見られた。しかし、ベール相手では途端にクールさや頼もしさが抜けてしまうのも相変わらず。

 

 

RED

 

新パーティーメンバーの一人。守護女神及び旧パーティーメンバーの加入は嫁探しを元々の目的としていた彼女にとって喜ばしい事であり、嫁勧誘の積極さも増加。だが嫁候補の増加は闘志の向上にも繋がっており、強大な敵にも彼女が臆す場面は一度もなかった。また、やはりネプテューヌとは気が合うらしく、中でも温泉での競争は特徴的。

 

 

ケイブ

 

新パーティーメンバーの一人。元々は特命課の仕事として加入した彼女だったが、パーティーメンバー達との友情を築いた事で守護女神奪還後もパーティーに残留し、職務ではなく自らの意思で協力を続けた。依然パーティー内の漫才的やり取りには積極的な参加をしないが、面白そうにはしている為眺めて楽しんでいる事は間違いない。

 

 

5pb.

 

新パーティーメンバーの一人。コンパ同様戦闘面では素人の人間として参加し、実際攻撃面で目覚ましい活躍を見せる事は少なかったが、それでもモンスターどころか四天王や犯罪神相手でも引かない姿はパーティー全体の士気へと繋がっていた。メンバー内での人見知りは大分解消された様子で、談笑中は彼女も笑顔をよく見せるようになった。

 

 

ファルコム

 

新パーティーメンバーの一人。冒険家としての技術や経験、それによって鍛えられた精神はどの戦闘でも頼もしい前衛として活きるに至っている。だがそんな彼女でも別次元の自分と対面した事に対しては驚きを隠せず、同時に強い興味を引かれていた。背中や雰囲気の違いからか、彼女達二人が並ぶとまるで姉妹の様に見える。

 

 

MAGES.

 

旧パーティーメンバーの一人。他の旧パーティーメンバーと共に犯罪組織の裏側に関する情報を集めており、合流は守護女神解放直後となった。我流魔法を主軸とした遠距離戦能力は健在で、パーティー内では多彩な後衛として活躍。若干鳴りを潜めてはいるが、彼女の個性とも言える例の一面もまるで衰えてはいない様子。

 

 

マーベラスAQL

 

旧パーティーメンバーの一人。潜入や諜報を生業とする忍者の面目躍如とばかりに、情報収集では多くの成果を上げていた。パーティー合流後は新旧双方の機動力に長けるメンバーとの連携が多く、忍術(我流魔法)も合わせた戦い方で敵を翻弄していた。因みに忍術の中には太巻きを食べさせるという、何とも不思議な治癒技がある。

 

 

ファルコム

 

旧パーティーメンバーの一人。未開の地へ挑む冒険家の勘を活かして犯罪組織の拠点を探し、情報収集に勤しんでいた。やはり新パーティーに合流してからはそちらのファルコムと関わる事が多く、同一人物という事もあって抜群の連携を見せていた。普段は新パーティーのファルコムを立てており、姉妹の様にも師匠と弟子の様にも見える。

 

 

鉄拳

 

旧パーティーメンバーの一人。諜報作業に長けている訳ではなかったが、武道家として各地を回る中で築いた人脈を活かして活動していた。情報収集中も鍛錬を続けていた為戦闘技能はまるで落ちておらず、決戦も己の身一つで戦い抜いた。同じく素手での戦いを主体とするシーシャには興味があるらしく、一度手合わせしてみたい模様。

 

 

ブロッコリー

 

旧パーティーメンバーの一人。小さな体躯は隠密行動に適しており、マーベラスAQLとは違う方向性で活躍した。毒舌気味ながらも思慮深い発言は相変わらず冴えており、戦闘においてもゲマを使う独特且つ多彩な戦い方は相手の目を引く事に貢献。また、前回の旅でも異彩を放っていた『目からビーム』が治癒魔法である事が遂に判明した。

 

 

サイバーコネクトツー

 

旧パーティーメンバーの一人。身軽で軽快な運動能力を尾行に活かし、犯罪組織構成員を追う形で何度も拠点を発見していた。機動力の高さで相手を翻弄する事は勿論、逆境でも『絶望禁止』と曇りない表情で言ってのけるその精神力が、味方の士気の維持へ強く繋がっていた。そんな彼女がかなりのゲーマーである事は、意外と知られていない。

 

 

マジェコンヌ

 

旧パーティーメンバーと共に犯罪組織の裏側を暴く為奔走し、その後パーティーへと合流した女性。負のシェア(犯罪神のシェア)に汚染された結果とはいえ信次元を破滅させようとした事を悔やみ、犯罪組織に対しても『自らの責任』と捉えて積極的に女神へ協力していた。しかしその戦いは贖罪の為だけでなく、自身を救ってくれた女神や受け入れてくれたパーティーへの恩義、そして長い時が経とうと消えなかった『英雄としての精神』もまた彼女の原動力であり、その思いを胸に再封印のその時まで戦い抜いた。

彼女は本来魔法による遠隔攻撃を主体とする戦闘スタイルを持っており、数多くの経験や技量を活かしてパーティーメンバー達と共闘。しかしそれなりではあるものの近接格闘の心得もある為、基本は距離を取って戦いつつも要所や他の遠隔攻撃主体メンバーとの連携時には前に出る姿も見られる。

最悪この身を犠牲にしてもよい。そう考えていたマジェコンヌだったが、再封印以降に彼女が見せた穏やかな表情は、彼女が贖罪を第一としつつもそれに囚われている訳ではない事な証明。そんな彼女が、新旧どちらのパーティーに属するのかは…パーティー内でも有数の謎。




活動報告にORにて行う予定のコラボ企画について書きました。コラボに参加して下さる方を募集中なので、興味のある方は是非読んで下さい。


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人物紹介Ⅱ(第五十六話〜エピローグ)

イストワール

 

原初の女神によって生み出された、プラネテューヌの教祖。教祖や世界の記録者としての活動は守護女神奪還以降も変わらず、基本的には女神のサポートに務めていた彼女だが、守護女神達が誤った優しさで行動しかけた時は信者の代表として諌め、思い詰めるイリゼには姉として寄り添い絆を深めるなど、そのサポートを業務として行っている訳ではない事は間違いない。また、彼女はとある出来事にて次元を繋げる術を得た……が、どうも彼女のその能力は別次元のイストワール程優秀ではないらしい。

 

 

神宮寺ケイ

 

クールでビジネスライクな性格が特徴な、ラステイションの教祖。合理的で遊びのない点は相変わらずだが、ユニからブレイブとの一騎打ちに向かう旨を伝えられた際には彼女の意思を尊重して送り出し、最終決戦では自国の女神二人へ負ける筈がない(という意図の発言)と言ってのけるなど、二人へ全幅の信頼を寄せている事が散見された。それはわざわざ信頼を伝えずとも二人には伝わっているという考えによるものだが、周りからは「彼女もまた素直でないだけでは…?」と思われている。

 

 

箱崎チカ

 

病弱ながらも気が強く、何よりベールにぞっこんなリーンボックスの教祖。ベールの帰還には喜びを露わにし、入院中はベールが辟易とする程に甲斐甲斐しく世話をしていた他、決戦時には信頼しつつも心配を隠せない様子を見せていた。しかし教祖としての意識や思考も洗練されつつあり、その点を彼女が教祖となるまで教祖代行を行っていたイヴォワールにも認められている。妹を欲する心が増しているベールに対しては当然複雑な感情を抱いているものの、流石に女神候補生を敵視する程には至っていない。

 

 

西沢ミナ

 

良識、良心、そして若干の自己評価の低さを併せ持つルウィーの教祖。候補生の中でも特に幼いロムとラムへつい過保護になってしまいそうになる気質は変わらないものの、二人が成長している事はきちんと認識し、ブラン同様『女神』として信頼する事を選んだ。一方で超一流の魔法使いとしての面も衰えておらず、ギョウカイ墓場前の戦いでは戦闘能力の高さを他の教祖と共に発揮した。指導者、魔法使い、そのどちらの面でも優秀でありながら何故自己評価が低いのかは、付き合いの長いブランにとっても謎の事。

 

 

ビーシャ

 

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の一人で、プラネテューヌのギルド支部長を務める少女。プレスト仮面としての活動を続けていたが、ビーシャではなくプレスト仮面として戦うのはトラウマが原因。ある時そのトラウマが仇となってネプテューヌに多大な迷惑をかけてしまい意気消沈するも、ネプテューヌもまたトラウマを克服出来ていない事を明かし、彼女に『プレスト仮面もビーシャの一部』と肯定された事で自信を取り戻し、友の為にもプレスト仮面として戦い続ける事を心に決めた。

バズーカを使った遠距離戦を得意とし、戦闘では小柄な見た目からは想像出来ない程派手に立ち回る。威力と効果範囲を活かす事は勿論、発射時の反動を背後への移動に使うなど応用にも抜かりはない。支部長となる前からクエストを受け、数多くの戦闘を経験してきた為、戦術眼や状況把握能力も中々のもの。

支部長の四人は女神や教祖に劣らず個性的で、ビーシャも濃い個性を持つ…が、知識や性格は比較的まともであり、ケーシャやエスーシャには驚かされる事もそこそこある。

 

 

ケーシャ

 

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の一人で、ラステイションのギルド支部長を務める少女。恩人であるノワールの役に立たなくてはという一種の強迫観念と、暗殺者としての思考が意識の根底にある事が組み合わさった結果、暴走紛いの行動を取ってしまった。それが原因でノワールから拒絶されてしまい、あわや自殺という段階に至るも、ユニの働きかけとノワールとの対話によって崩れかけていた絆を結び直す事に成功し、ノワールの為ではなく自身の為に生きる道を進み始めた。

二丁のサブマシンガンを使う、高機動射撃戦が得意。当然弾幕形成も戦術の一つとして活用するが、元々彼女の戦闘技能は暗殺を基本としている為、精密射撃こそが真骨頂。また体術(絞め技)や狙撃に関しても十分な技量を持つ。ユニと比較される事もある彼女だが、ユニとは違い無理を強引に突破する事はまずしない(=確実な状況作りを優先する)。

平時は支部長四人の中でも随一のまともさを持つが、知識に偏りがある事やノワールへの只ならぬ感情等、意図しないところでは周りを唖然とさせる事も少なくない。

 

 

エスーシャ

 

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の一人で、リーンボックスのギルド支部長を務める少女。イーシャへの罪悪感と失う事への恐れをマジックに突かれる形でベールを魂移動の器にしようとするも失敗し、絶望の淵に立たされる。だがベールの危険を顧みない行動でイーシャとの対話が実現し、彼女の『共にいたい』という思いを知って、漸く心に光が射した。同時にスライヌマン、スライヌマンレディ、そしてベールから向けられた友情の温かさも再認識し、その時の彼女は憑き物の取れた笑みを浮かべていた。

シンプルながらも無駄のない、王道や正道とでも言うべき片手剣術を軸に戦う。派手さはないが堅実で相手を問わない通常の剣撃と、激しく乱戦でも周囲の目を引く程の大技を兼ね備えており、静かな性格に反して戦闘の幅は豊富。また普段は携行していないが、盾を装備した戦い方も心得ている。

性格面では分かり易く個性的なエスーシャ。興味ないね、が代名詞になる程性格は尖っている……が、ケーシャとは逆に感性や思考回路は比較的普通なタイプ。

 

 

シーシャ

 

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の一人で、ルウィーのギルド支部長を務める少女。怪しい動向を見せていたアズナ=ルブが犯罪組織に与していると知り、単独でけりを付けようと半ば暴走してしまっていたが、駆け付けたブランの言葉で誤解が解け、恩義を感じていたアズナ=ルブとの和解に成功。彼だけでなくシーシャにとってもそれは印象深く、また自分の身を案じて少ない情報から駆け付けてくれたブランへ強い感銘と感謝を抱いた事から、友としても仲間としても力になり続ける事を彼女へ誓った。

彼女は素手による打撃を得意とし、間合いを意識した戦い方が特徴的。武器を持たないが故の高い小回りと動きの柔軟さが強みで、武器を持たずとも高い攻撃力を有する。しかし状況によっては大剣や腕に装備するタイプの砲も利用するなど、シーシャの持つ柔軟さは打撃戦闘のみでなく、戦術構築全体に渡っている。

一見すればシーシャも他三人に劣らず個性的。しかし没個性では決してないものの、非常識の観点で言うと若干三人に遅れを取っている(?)点を彼女自身は気にしている。

 

 

シアン

 

パッセの社長兼ラステイション国防軍技術部の特別顧問である少女。犯罪組織との全面激突となった際には、後者の立場から教会へ呼ばれる事が増えていた。しかし社長職にも四苦八苦する彼女にとって、特別顧問としての立場はそれなりに経った今もまだまだ慣れない模様。

 

 

イヴォワール

 

嘗ては教祖代行を務めていた、リーンボックスの教会職員。年配者の穏やかさや経験豊富さを感じさせながらも衰えた様子はまるで見せず、チカを始め職員からの信頼も相変わらず厚い。前線に出る事こそなかったが、出ようと思えばまだまだいける模様。

 

 

兄弟

 

元ルウィー国民であり、現在はリーンボックスの教会で職員を務める二人の青年。普段は欲望に忠実な人間として見られており、実際にその通りではあるが、時折気高い精神性を見せ、行動にも一定の品性を感じさせるなどから、教会内では単なる変態ではない…という評価を得つつある。

 

 

フィナンシェ

 

ブランの侍女を勤め、ロムやラムの世話、ミナのサポートなども担う少女。今回は教会も再編された軍も正しく機能していた為本分外の活動をする事は殆どなかったが、その分侍女としての職務に専念する事が出来、女神達の精神面の安定に貢献していた。

 

 

アズナ=ルブ

 

強く正しき者を守る為ならば、と犯罪組織に与していた、ルウィーの前ギルド支部長。厳密には仮面によって感情を増幅された結果の行動だったが、体制側が理想通りの勝利を迎えた事もあり、仮面が機能を失ってからも行動を続けていた。だがシーシャとブランの言葉、そして彼女達や彼の守りたい者達の在り方によって自分が本当にすべき事はなんなのかを見つめ直し、支部長として信頼を得ていた頃の自分を取り戻した。

MGの操縦において、天才的な実力を持つ。その実力は他国のトップエースに比肩しており、装甲を削った機体による圧倒的機動から『赤い流星』の異名すら得ていた。また生身での戦闘能力もそれなりに高く、支部長職をしていた事もあって指揮官としての能力も侮れない。

仮面はファッションとして付けていた訳ではない、と誤解の解けたアズナ=ルブ。しかし現在はノースリーブにサングラスという、これまた奇抜な装いをしてしまっている。

 

 

シュゼット

 

MG部隊の隊長の一人として、ラステイション国防軍に所属する男性。歴史を研究する家系の生まれで、守護女神奪還と同時に行われた大規模制圧ではその一面を見せていた。またその際にはアズナ=ルブとの戦闘も行っており、トップエース級同士によるMG戦はそれ以降のMG開発に少なからず影響を与えたともされている。

 

 

クラフティ

 

MG部隊の隊長の一人として、ラステイション国防軍に所属する女性。彼女とシュゼットはブレイブ相手に二度時間稼ぎを行い、そのどちらでも生還している。浪漫という意味で通じるものがあったシュゼットと違い、クラフティはブレイブの発言を一蹴する事が多かったが、戦闘時の言動からも分かる通り決して冷めた人間ではない。

 

 

メイジン・タカナシ

 

ラステイション国防軍における、MGの特務隊隊長を務める男性。普段はクールながら、その心には熱い思いを持つ。現在はラステイションに住む彼だが出身はプラネテューヌであり、信仰対象もネプテューヌからは変わっていない。そんな彼が特務隊の隊長に任命されたのは偏にそれだけの実力と精神性を見せたから(国の在り方の関係上、自国の女神の信仰者の方が信頼はされ易い)で、特務隊内は勿論他の部隊の中でも彼を認める者は多い。

上記の通り、特務隊隊長の名に恥じない操縦技術を有する。素早く無駄のない動きを基本とする彼だが戦い方に偏りはなく、状況に合わせて最適な距離や武装を選択して戦う。特務隊の部下も当然それなり以上の実力を持つ為、部隊での連携は見事なもの。

戦闘中…特に彼が持つ熱い心が前面に出ている際には、フラメンコの様な曲がどこからか流れてくる。……が、それがどういう原理なのかは完全に不明。

 

 

スライヌマン

 

とある事故によってスライヌに魂を移された、エスーシャの友人の男性。スライヌの身体となってしまった事に関してエスーシャへは全く恨みを持っておらず、それよりも思い詰めるエスーシャを心配していた。その彼もエスーシャの心を光で照らしたベールには強い感謝を抱いている。

 

 

スライヌレディ

 

とある事故によってスライヌに魂を移された、エスーシャの友人の女性。彼女もスライヌマンもエスーシャ、イーシャの両方に言いたい事、伝えたい事があったが、二人の対話の際には二人を信じて見守っていた。現在は四人揃って新たな映画の製作準備を行っている様子。

 

 

イリゼ様親衛隊

 

初めての信者となった二人が作り上げた、所謂イリゼのファンクラブ。他の女神の信者に比べれば雀の涙程の人数しかいないが、思いは他の信者に負けていない。親衛隊、というのは名前だけで実際に部隊としての能力がある訳ではないが、結束力は強く、中には元国防軍人の様な人物もいる模様。

 

ライヌ

 

イリゼの部屋で暮らす、気性の穏やかなスライヌ。イリゼの留守中に世話をしてくれるイストワールに対しては多少気を許し始めた。激しく動揺すると身体がスライム状になってしまう…が、なんとその時の対処を行う経験が、とある戦闘においてイリゼと女神達の窮地を救う事となった。

 

 

マガツ

 

リーンボックスのある山を縄張りとするドラゴン。正体は八億禍津日神という信次元でも最強クラスのモンスターだが、ベールに対しては非常に甘えん坊な様子を見せる。マガツも保護及び研究の対象となっているモンスターの一体ではあるが、教会の地下施設では生活する上で狭いと判断され、普段は上記の山で暮らしている。

 

 

マジック・ザ・ハード

 

犯罪神との契約で配下となった、四天王の一人。自らの目的や理想の為に散っていった他の四天王とは違い、最後まで彼女は犯罪神への信仰一筋。それは蘇ってからも変わらず、敗北後も置き土産として信次元に混乱を招いた。彼女にとっては犯罪神に尽くす事、全てを捧げる事が至上の喜びであり、結果はともかく彼女もまた理想に殉じる事が出来たと言える。女神に対しては蔑む発言が多かったが、内心ではネプテューヌの実力もネプギアの意思も強者のそれとして認めていた模様。

彼女は全く語らなかったが、他の四天王同様彼女も元々は普通の人間。しかし言動から考えるに、生前も犯罪神の信者であったと思われる(それ以外の目的らしきものを見せていない為)。

 

 

ブレイブ・ザ・ハード

 

犯罪神との契約で配下となった、四天王の一人。揺るがない覚悟を手にしたユニと決闘し、互いの理想をぶつけ合ったが、自らの進む道が子供の夢を奪っていたと知り、最後は理想よりも目の前の子供の笑顔の為に散っていった。復活後も大人としての忠義を貫き、その姿にノワールは賞賛を送った。ユニへと夢を託し、ノワールにも彼の理想とする世界を作ると明言されたブレイブ。生前果たせなかった夢を彼が思う素晴らしき女神二人に託す事が出来た彼は、感謝と誓いを胸にしながら眠りについた。

病弱な少年からヒーローを目指す青年、夢を叶えた大人から夢破れても尚努力を続けたクリエイターと、生前の彼の人生は、夢を追い求める道そのものだった。そして四天王となってからも、彼の中のヒーローは生き続けている。

 

 

トリック・ザ・ハード

 

犯罪神との契約で配下となった、四天王の一人。卑劣な手(人死は極力出さないようにしている)で外見の幼い女神を誘い出すも、その真意は歪んだ愛情と『幼い少女を守りたい』という願い。それ故に最後はロムとラムを庇って生き絶え、復活後も彼女達を傷付けない事を貫き、最後にはルウィーの女神達の思いに涙を流した。ブレイブが生前果たせなかった夢を託せたように、彼は生前悩み続けた心の呵責から救われており、彼もまた恩義にいつか報いる事を誓って消滅した。

具体的にどんな人生を歩んでいたかを彼は語っていない。しかし決して幼くはないリンダを最後まで気にかけていた事や、敵味方どちらの被害も抑えるよう努めていた事から、ただの幼女愛者ではなかった事は間違いない。

 

 

ジャッジ・ザ・ハード

 

犯罪神との契約で配下となった、四天王の一人。守護女神奪還戦においては『邪魔の入らない、女神との全力勝負』という念願の願いを叶える事が出来、復活後はイリゼとベールの二人と同時に再戦を果たす事に成功。また彼は相手の好戦性を引き出す力があり、実際イリゼとベールは彼との戦いに対して異様に酔いしれていた。自らを打ち倒した二人の女神へ心からの敬意を表しており、同時に二人から更なる再戦を望まれるなど、彼は望み通りの充実した時間を過ごす事が出来ていた。

強者との戦いを求めて犯罪神に挑んだ事からも分かる通り、彼の戦闘狂は生来のもので、尚且つ生前から満足のいく戦いが殆ど出来なくなってしまう程の戦闘能力をその身に有していた。

 

 

リンダ

 

犯罪組織に所属していた少女で、組織の崩壊後も残党として活動を続けていた。彼女がトリックに付き従っていたのは唯一自分を認めてくれた相手だからであり、彼が二度目の消滅を迎えた際には激しい憎悪を女神に向けていた。しかしトリックから憎悪に身を堕とすのではなく、実力で周囲を見返し未来へ歩んでほしいと遺言同然の言葉を受け、同時にネプギアから謝罪と敬意を向けられた結果、彼女なりの形で女神達に勝ち、自分の才能を活かして生きていく事を決心した。

 

 

ワレチュー

 

犯罪組織構成員であったネズミで、残党としても活動していた。ある時犯罪神の力を受けて暴走した後拘束されたが、他の元構成員と共にリンダの手引きで脱走。その後はリンダと行動を共にし、彼の考える『悪人なりに貫くべき事』に沿ってリンダを助けていた。しかし、脱走に関してはコンパに対して負い目を感じている様子。

 

 

犯罪神

 

信次元の歴史において幾度となく復活し、次元を滅亡へ導こうとした存在。人に近い状態こそが真の姿であり、巨大な化け物としての姿は、謂わば負のシェアが洗練され切っていない状態。本質的には女神と表裏の関係だが、個としての意思はなく、滅びの化身、実体化した悪意そのものと言える。まだ不明な点も多い存在だが、女神以外に向けられる悪意の多くが糧となっている為、四ヶ国体制となってからはいつの時代も女神を遥かに超えた力を持ち、されど女神と女神が導く希望によって滅びは回避されている。

不完全な姿では理性のないモンスターの様に、完全な姿では双刃刀を主軸に負のシェアを利用した様々な遠隔攻撃を行う。単純な単発攻撃力や耐久力では不完全な姿の方が高いが、総合力では完全な姿の方が数段上。しかし強大な力を持つが故に必要とするシェアエナジーの量も多く、復活には多大な時間を必要とする。

人々の思い(悪意)が根源である為、封印によって復活を大きく遅らせる事は出来ても完全な根絶は不可能とされている(その為にはまず人類から根絶しなければならない)。

 

 

ディール/グリモアシスター

 

別次元のルウィーに住まう、ロムに非常によく似た女神。自分のいる次元にイリゼが来てしまった事には驚いていたが、彼女との再会には喜んでいた。初対面ではない事、前回とは状況が違う事からイリゼに対して笑みを見せる事も多く、同時にイリゼをからかう機会も創滅の迷宮時より増加気味。だがイリゼ、エストの両方から振り回される事も少なからずあった為、二人といる時は苦労する姿も散見された。

 

 

エスト/グリモアシスター

 

別次元のルウィーに住まう、ラムに非常によく似た女神。次元の狭間、自身のいるルウィーで計二回イリゼと会っており、初めこそ勝負を仕掛けた為警戒されたものの、ディールよりずっと早く友好的な関係を築いた。反応が面白く、本気の勝負に付き合ってくれる(イリゼも楽しんでいたが)イリゼの事は気に入っているらしいが、彼女もディールもイリゼに対して友好的であった事が、同次元のロムとラムから逆に不信感を抱かせていた。

 

 

グリモワール

 

とある次元で嘗て封印されていた、イストワールに似た存在の魔導書。イリゼとの直接的な交流は少なく、彼女もあくまで「ディールとエストの友人」として見ていたが、イリゼの特異さには一定の興味を持っていた。帰還後まで隠してはいたが、やろうと思えば単独で現在いる次元と信次元を繋げる事も出来たらしい。

ディール、エスト、グリモワールが一体どのような存在なのかは、『超次元ゲイム ネプテューヌG 蒼と紅の魔法姉妹 -Grimoire Sisters-』を参照。



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機体解説(第一話〜第五十五話)

本作に登場する兵器やその武装、名前やシステム等にはパロディ…というかオマージュの元ネタが存在している物もあります。もし気になる、確認したいという場合はどうぞお聞き下さい。……因みに聞いて頂けると、ロボット物好きの作者は喜びます。


LMG-04(A/S)/(F・T・G) 【ラァエルフ】

 

・F(Force)型装備群

 

追加推進器・背部スラスター×2

専用武装・無し

特殊機構・前作機体解説を参照

 

ラァエルフ本機と同時にロールアウトしたタイプであり、後述の装備群完成までは唯一だった仕様。地上での戦闘が基本となるが、スラスターと脚部の小型ウイングを使用する事で短時間ながら滞空する事も可能。陸戦ではT型、空戦ではG型に遅れを取る為部外者からは下位互換や器用貧乏の装備群として見られがちだが、実際にはそうではなく、装甲強度(厚さ)や機体バランス、燃費や運用難度など本装備群が優っている点も多い。特にエネルギー関係は如実で、従来動力炉で運用出来るのが本装備群だけであった事が、後述の装備群のロールアウトが遅くなった最大の要因となっている(逆に言えば新型動力炉を使った場合、本装備群ならペイロードにかなりの余裕が出来る)。

 

・T(Torrent)型装備群 【ラァエルフ・トゥオート】

 

追加推進器

可変バックパック搭載フレキシブルスラスター×2

専用武装

MW-S02 大型重破砕槍剣(/21㎜機銃×4)×1

(HRI-L03Y 試作携行重粒子砲(ビームライフル)×1)

(HRI-S01Y 試作重粒子収束剣(ビームサーベル)×2)

特殊機構

MFS-01 可変バックパック搭載ホバーシステム

 

陸戦重視の装備群。F型装備群と比較して前面装甲以外がやや軽量化されており、脚部ローラーがオミットされている。本装備群最大の特徴はバックパックの可変システムで、バックパック本体は腰部を基点に下へ90度、バックパックから伸びるスラスターは逆に90度持ち上げる事で本体と合わせてケンタウロスの様な姿(高機動形態)となり、内蔵されたホバーシステムを起動させる事で地上での高速移動を可能としている。ホバー移動は素早い上にある程度の安定性が確保出来るのが強みだが、接地していない分踏ん張りが効かず反動の押さえ込みが通常形態より難しくなる為連続で近接格闘を仕掛ける際やあまり動かず射撃を行う際は通常形態の方が良い。

また、推力重量比的にはF型装備群とそこまで変わらない為スラスターによる大跳躍も可能だが、ウイングの有無や機体形状から滞空能力は(高機動形態では特に)やや劣る。

 

可変バックパック搭載フレキシブルスラスター

バックパック上部と繋がっているスラスター。途中に関節を持ち、接続部位と関節の双方がかなりの可動域を持つ為様々な方向に推力を向ける事が可能。高機動形態でも可動域の広さは健在で、後脚として活用する(元々後脚として運用出来る様に設計されている)。

 

大型重破砕槍剣(/21㎜機銃)

やや平たい正八面体から穂先側を伸ばした様な形状の近接格闘武装。マニュピレーターだけでは保持し切れない為前腕をはめ込む形で装備する。基本は突撃槍で(技量次第では)大剣としても使用出でき、更にはそのサイズと厚さから盾としても扱えるという多芸な装備だが重過ぎ且つ大き過ぎる事が災いし、エースの乗るT型でなければ満足に使えない武装となっている。また穂先側四面にはそれぞれ機銃(本体の頭部機銃と同型)が装備されているが、上述の通り取り回しは最悪で火器としても性能据え置きな為牽制や衝突後の追撃などが主な運用方法となる。

試作携行重粒子砲(ビームライフル)

マニュピレーターで保持するビーム火器。エネルギーがバッテリーパックと本体配給の両方に対応しており、状況によって使い分ける事が可能。ルエンクアージェの物と違い出力の切り替え機能はないが、これは汎用武装として運用する予定の本機には不要と判断された為。試作の名の通り本来これはシュゼット機で実戦運用テストする予定だったが、彼が装備せず出撃する為殆どテスト出来なかった。

試作重粒子収束剣(ビームサーベル)

マニュピレーターで保持するビーム近接格闘武装。ビームの収束技術の応用で刀身を形成している。軽い上に切断(溶断)力が実体剣を大きく上回る為単純に払うだけなら実体剣よりかなり優秀だが、エネルギーを消費する事や質量を利用した運用は出来ない事など欠点も存在する。シュゼットは性能の安定している実体武装を好む為、現状では重粒子砲同様テスト武装だったが殆ど運用されずにいる模様。

 

可変バックパック搭載ホバーシステム

高機動形態の要となっている機能で、バックパック中央に装備されている。キラーマシンシリーズの物をダウンサイジングした上で採用したという経緯があり、小型化の結果推力的には大幅に低下してしまっているが、それを四本の脚(のスラスター)を活用する事で補っている。

 

・G(Gale)型装備群 【ラァエルフ・ゲイル】

 

追加推進器

背部大型ウイングスラスター×4

専用装備

HRI-L04Y 試作携行重粒子機関砲(ビームマシンガン)×1

GM-07 肩部3連装マイクロミサイルポッド×2

GM-08 大腿部4連装マイクロミサイルポッド×2

P-02 プロペラントタンクβ

特殊機構

MEB-01 高エネルギーシールド発生装置

 

空戦重視の装備群。全身に姿勢制御スラスターの増設や装甲の軽量化が図られている他、装備群の形状も空力を意識し曲線が中心となっている。本装備群は跳躍ではなく完全な自立飛行を目的としている事が特徴であり、活動限界一杯まで人型で飛び続ける事が可能な点は革新的と言える。その上脚部も健在の為陸戦も当然可能だが、あくまで飛行を前提とした仕様である故に安定性や機体への負荷の面ではF型やT型に遅れをとっており、着陸時も他の装備群より注意が必要。

本装備群は背部の大型二枚(上部の物)と脚部の副翼二枚(F型の物より大型)を展開する通常形態と更に下部二枚を展開する高機動形態の両方で飛行可能だが、当然高機動形態時の方が空戦能力が高い。但しその分パイロットの負担は大きくエネルギー消費も激しくなる為常に高機動形態を取るのは推奨されていない。

 

背部大型ウイングスラスター

二対四枚で背部に装備されているスラスター。名前の通り揚力を得る為の主翼と推力を得る為の推進器が一体化しており、展開状態では横に長いX字を描く。四枚全てが基部から背中に沿う様に折れ曲がる仕様で、非戦闘時はそちらの形を取る。

 

試作携行重粒子機関砲(ビームマシンガン)

マニュピレーターで保持するビーム火器。連射性を重視した武装で、それまでラァエルフの主力火器であった機関砲(特に軽)に近い感覚で扱う事が出来る。また、ビームライフル同様二種類の配給システムに対応している。

肩部3連装マイクロミサイルポッド

左右の肩部装甲に装備される誘導兵器。空気抵抗が大きくならない様サイズを意識して作られた武装で、ミサイルポッドの中ではかなり小さい部類に入る。その分総弾数には欠ける為、使用タイミングはよく見計らう必要がある。

大腿部4連装マイクロミサイルポッド

左右の大腿部外側に装備される誘導兵器。肩部の物と同様のコンセプトで開発されており長所短所も共通している。ラァエルフのオプション装備である脚部5連装ミサイルランチャーとは装備部位が違う為、両立も可能。

 

プロペラントタンクβ

MGの活動時間延長を目的に開発された増槽の一つで、比較的活動時間の短いG型に標準採用される事となった物。βは先に完成していたαタイプを小型化(という名目の容量縮小)したもので、αは友好条約の軍備制限に抵触してしまう為こちらが開発される事となったという経緯を持つ。

 

高エネルギーシールド発生装置

両前腕部に二基ワンセットで装備されている光学防御兵装。T型のホバーと同じくキラーマシンの物からダウンサイジングする形で開発されているが、動き回る本装備群に全方位の防御は不要と判断され前面限定展開の試作型が元になっている。二基の発生装置を一定距離まで近付ける事で機体の前面を完全に覆えるレベルのシールドを発生させられる本機だが、一基のみで展開する事も可能(但しその場合の展開範囲は前腕周辺程度に限られる)。

 

 

LMG-04S/M 【アズラエル】

 

所属・犯罪組織マジェコンヌ

設計開発・ラステイション国防軍/ラステイション工業団(犯罪組織が独自に改修)

生産形態・量産型

生産仕様・S型(指揮官機)

動力・GOE- B62エンジン×1

主推進器

脚部内蔵中型スラスター×2(主器)

背部スラスター×2(副器)

武装

FRI-L05 58㎜携行重機関砲×1

MB-01 320㎜携行ロケットランチャー×1

AA-04C 大型片刃戦斧×1

FRI-M03 21㎜頭部機銃×1

FRI-S03 コンバットナイフ×2

IDW-02-M 左肩部可動型シールド×1

特殊機構

RR-03 脚部ローラー×2

PBX-01Y 視線誘導式マルチロックオンシステム

BMRシステム

 

ラステイションで輸送中だったS型のラァエルフを犯罪組織が強奪し、独自に改修を施した機体。名称のアズラエルは『アズナ=ルブ専用ラァエルフ』を縮めたもの。装備群の換装機能をオミットし、その上でスラスターの増設及び強化と各部装甲の軽量化を行ったF型装備群(元々本体に装着されていた物)を固定装備化。更に頭部をキラーマシンシリーズを元にしたモノアイタイプに替え、武装の取捨選択も行った事で原型機とは似つつも差異のあるMGとなった。

本機は犯罪組織唯一のMGであり、パイロットであるアズナ=ルブの戦闘スタイルと技量に合わせて限界ギリギリまでチューンが行われている。高級キラーマシンと互角以上の戦闘能力を持ちながらも有人機故に細かな指示や複雑な作戦も実行出来るという事で犯罪組織内では特殊任務に重用されており、一部で噂になる程度には各地を転々としている。

 

GOE-B62エンジン

元から搭載されていた、ラァエルフの共通動力炉。出力では新型の魔光動力炉に劣っているものの、犯罪組織に組する旧アヴニール社員の技術とパイロットに合わせた徹底的な改修によって本機のポテンシャルは魔光動力炉搭載機に追い縋るだけのものを持つ。

 

脚部内蔵中型スラスター

元から搭載されていた、ラァエルフの共通主推進器。物自体は変わらないがラステイション国防軍のトップエース機に匹敵するレベルまでチューニングしてある為、推力は相当なもの。

 

背部スラスター

F型装備群の物を改造した推進器。F型では副器だったが本機のものは主器と呼んでも差し支えない程の大出力スラスターになっており、脚部スラスターと合わせる事で素体のF型とは一線を画す動きを可能としている。

 

58㎜携行重機関砲、21㎜頭部機銃、コンバットナイフ

ラァエルフの物と同様の武装。重機関砲は流用の形を取っているが、機銃とナイフ(正確にはその鞘が)は素体に固定装備されており、わざわざ取り外すだけの理由もないという事で変わらず装備されている。

 

320㎜携行ロケットランチャー

肩掛けで使用する携行火器。所謂バズーカという名前から想像する形状通りの武装で、単発火力を重視している為に施設破壊で使用される事もある。弾頭は炸裂タイプの他発射後に分裂する散弾頭の二種類に対応しており、状況に合わせて使い分ける事が可能。

 

大型片刃戦斧

マニュピレーターで保持する近接格闘武装。キラーマシン・フライトの戦斧をMG用に調整したもので、当然殆どの部品がフライトの物と共通している。流用したのは鹵獲機でパーツ調達が難しい(不可能ではない)点を考慮した為。

 

左肩部可動型シールド

ラァエルフの中型シールドを若干小型化した防御兵装。左肩装甲とアームで接続されている為に両腕部で保持する必要がないのが特徴的。但し接続の性質上機体右側を防御するの困難であり、防御時には体勢に注意する必要がある。

 

脚部ローラー、視線誘導式マルチロックオンシステム

ラァエルフの物と同様の装備。パイロットに合わせて調整が行われいるが、改造や大幅な変更はされていない。

 

BMRシステム

機体動作と身体動作の一部をリンクさせる操縦支援システム。システムそのものは元のままだが、パイロット保護を目的とした出力リミッターがやや緩められている(その分パイロットの安全性は低下している)。

 

 

AW-K11 【キラーマシン・フライト】

 

所属・犯罪組織マジェコンヌ

設計開発・犯罪組織マジェコンヌ(旧アヴニール派)

生産形態・量産型

動力・GOE-B59エンジン×1

主推進器

後部大型ロケットスラスター×2

武装

AA-04 大型片刃戦斧×1

AR-07 左腕部41㎜軽機関砲×1

AM-01 対空対地ミサイル×4

 

犯罪組織が侵攻及び四大国家との戦争に備えて量産した、キラーマシンシリーズの一つ。開発には国営化以前のアヴニールに所属していた者が多数参加し、外見を真似た猿真似ではなく正式な系列機と呼んでも差し支えないレベルの完成度を持つ(型番にキラーマシンシリーズのAW-Kナンバーを使用しているのもその為)。名称からも分かる通り、本機は下半身に当たる部位(ホバーシステム含む)をスラスターと大型固定翼に変える事で自律飛行を可能としており、空戦での主力を担う機体として量産が進められている。

上半身フレームはそのままに飛行可能とした本機だが、その為に武装装甲共に大幅な削減と軽量化がなされており(特にエネルギー兵器は完全撤廃)、飛行能力の関係上力押しが出来ないなど、従来機の強みであった『高馬力重装甲』からは離れてしまっている点は否めない。

 

GOE-B59エンジン

本機の動力炉。ラァエルフの物より若干前のモデルではあるが、機体サイズとコックピットが不要な分の余裕からキラーマシンシリーズはMGより大型の炉を積んでいる為、出力的には劣っていない。

 

背部大型ロケットスラスター

下半身(おおよそ腰から先)を換装し装着された推進器。サイズに見合う大出力によって、本機の飛行能力を生み出す最大の要素となっている。しかしその分小回りが効き辛くなっている為、白兵戦時は一撃離脱が推奨されている。

 

大型片刃戦斧

マニュピレーター(主に右腕部)で保持する近接格闘武装。本体に合わせ軽量化されたモデル。鋲槌に比べれば重さが威力の比重を占めている割合が少ないという事でこちらが採用され、左腕部から右腕部へ位置変更される事となった。

 

左腕部41㎜軽機関砲

腕部に嵌め込む形で保持する火器。ビーム砲及中距離以上の武装を全て外した分を補う為に搭載された武装で、MGの(軽)機関砲と同等レベルの性能を持つ。また嵌め込み型の為着脱の容易さと引き換えに反動が軽減されている。

 

対空対地ミサイル

ロケットスラスター上部の大型固定翼に左右二基ずつ懸架される誘導兵器。

 

 

AW-K10 【アヴニング】

 

所属・犯罪組織アヴニング

設計開発・アヴニール(犯罪組織マジェコンヌ)

生産形態・少数生産型(フラグシップモデル)

動力・GOE-B58エンジン×1

主推進器・改良型底部大型ホバーシステム

武装

AH-03 大型重鋲槌・三型×1

AA-03大型重戦斧・三型×1

A-HL05 胸部重粒子砲/拡散粒子砲(ビームブラスター/ビームショットカノン)×1

A-HL07頭部重粒子砲(ビームシューター)×1

AO-02 有線ビット・アーム(重粒子砲(ビームガン))×2

機構装甲尾

特殊機構

AEB-04 高エネルギーシールド発生装置

背部コネクター(対女神用女神化封印システム)

 

犯罪組織の大規模兵器廠や重要拠点に配備されている、キラーマシンシリーズの機体。本機は解体前のアヴニールが関わった最後の機体であり、設計自体は解体前に完成していたが時間や技術が追い付かず、データ上のみの機体となっていた。それを犯罪組織と手を組んだ旧アヴニール派が開発を続けた事で完成に漕ぎつけたという経緯を持つ。

シリーズの集大成とも呼べるMK-νを更に高性能化した上で小回りの効く武装と兼ねてより研究されていた遠隔操作端末を搭載し、女神化封印システムも仕様を変えて続投させたこの機体はそれまでのシリーズ全てを凌駕する最高傑作となり、名称も社名を意識したものとなった。但し可能な要素を全て取り入れた結果活動時間は無視出来ないレベルで短くなっており、補給のし易い拠点防衛や対エース、対作戦目標に限定した要所での投入などでなければ作戦中に活動不能となってしまう危険性を孕んでいる。

 

GOE-B58エンジン

胴体に搭載されている動力炉。アヴニングはフライトより先に開発された機体で動力炉も一つ前のモデルだが、B59は本機より生産性と整備性を重視している為、炉のパワー的にはこちらの方が上回る。

 

改良型底部大型ホバーシステム

ホバーにより陸地を問わず滑る様に機動出来る推進システム。装置そのものは大きな変化をしていないがそれまでのシリーズで蓄積されたデータを元に最適化が図られている為、機体としての性能は向上している。また本機は機体各部に小型スラスターを搭載した為、跳躍力や姿勢制御力も上がっている。

 

大型重鋲槌・三型

マニュピレーター(主に右腕部)で保持する近接格闘武装。二型の時点で破壊力は十分と判断された為、三型では威力より強度や取り回しの向上が図られた。

大型重戦斧・三型

マニュピレーター(主に左腕部)で保持する近接格闘武装。データの蓄積によりある程度引き斬りのシステムも構築出来た為、二型よりも切れ味が高められている。

胸部重粒子砲/拡散粒子砲(ビームブラスター/ビームショットカノン)

胸部に装備される本機最大火力のビーム火器。どちらのモードでも粒子の収束率を上げる事でこれまで以上に威力と射程を上げ、一撃必殺武装と呼んで差し支えない程の性能を得るに至った。

頭部重粒子砲(ビームシューター)

頭部(の口に当たる部分)に内蔵されるビーム火器。頭部の向きで砲身の向きを変えられる為射角が広く、回す事で真後ろへ撃つ事も可能。しかし頭部に内蔵する事を最優先にした為、ビーム火器としての性能は特筆する程ではない。

有線ビット・アーム

非使用時は下腕部として機能する遠隔操作端末。接続部に装備されたスラスターで飛ぶ為本体とは別方向から攻撃する事で、変幻自在な戦闘を可能としている。端末側にはマニュピレーターも装備しており敵の捕縛も可能だが、射出中は下腕がなくなった事で腕部のパワーが落ちる他、有線部分は巻き取りによる端末の素早い後退を実現した代わりに弱点ともなっている。下腕には重粒子砲が搭載されており、合体時は取り回しの良い火器として扱える上、射出中も射撃可能だが他の機能で端末は容量がギリギリの為出力や射撃可能回数ば大きく限られる。

機構装甲尾

下半身に該当する部分に装備される近接格闘武装。先端の鋭利化を進める事で、それまでの薙ぎ払いや叩き付けの他ある程度の刺突も可能とした。

 

高エネルギーシールド発生装置

両肩部に装備される、全方位防御型のエネルギー防御兵装。防御能力は据え置きだが展開と解除の速度が改良されており、咄嗟の防御や防御からの素早い反撃の際にその改良結果が活きる。

背部コネクター(対女神用女神化封印システム)

ハードブレイカー時は頭部に装備されていたシステムを移し替えたもの。これはシステムがアヴニールの開発ではなくマジェコンヌの提供でデータ不足だった事から機能再現には大型化を余儀なくされ、頭部に収まり切らなかった為。またこのシステムはシェアエナジーを使う相手以外には完全に無用の長物となってしまう、という前々からの意見を反映し、固定装備から他の武装やコンテナと付け替える事も出来る仕様に変更した。



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機体解説(第五十六話〜エピローグ)

あとがきで「毎回7000字以上…」とか書いておきながら、7000字を切ってしまいました…。……ま、まぁ今日はもう一話(設定・用語集)も出すつもりなので、そっちと合わせれば取り敢えずノルマ(?)達成って事で…。


PMG-01(A/S) 【ルエンクアージェ】

 

・ハイパーパック

 

追加推進器

背部スラスターユニット×2

下腿部ブースターユニット×2

追加武装

NTW-05C 右背部荷電粒子砲(ビームカノン)×1

PSE-M-14 背部6連装マイクロミサイルポッド×2

NTW-08S 左腕部増設型荷電粒子収束剣(ビームサーベル)×1

追加装甲・肩部、側腰部、脚部

 

ルエンクアージェの機能拡張を目指して開発された追加パック。元々ルエンクアージェには機動強化ユニットと火力強化ユニットという、二種類の追加装備があった。しかし脚部、それも下腿部のみで完結しているユニットで可能な強化には限界があり、追加装備による強化の限界点を大幅に引き上げる為本装備が作られた。

脚部のみでなく機体各部に追加装備が施されており、火力、防御力、機動力の全てが強化されている。その上で可変機構を阻害しない作りをしている為、ルエンクアージェの持ち味を殺す事なく高性能化を果たしているが、重量増加や多武装化により操作性や燃費はやや低下。またそもそもハイパーパック装備のルエンクアージェは手に余るというパイロットも少なからずいる為、配備はエースや隊長機が中心となっている。

 

背部スラスターユニット

人型形態では背部、航空形態では機体上部に位置する二基のスラスター。先端上部にはミサイルポッドが装備されており、追加の推進剤も積んでいる。推進力はフレキシブルスラスターと大差ないが、下腿部ブースターと合わせての推力は重量増加分を十分補えるものとなっている。

下腿部ブースターユニット

下腿部の裏、所謂ふくらはぎの部位に装備されるブースター。背部スラスターより低出力だが、脚部に装備されている為様々な方向へ推力を向けられる。このパーツは機動・火力強化ユニットに増設する形で装備する為、両ユニットとの両立が可能。

 

右背部荷電粒子砲(ビームカノン)

背部スラスターに挟まれる形で装備される固定火器。人型形態時には右背部へスライドさせながら前方へ展開する。連射性は低く、射角も固定火器故に広くはないがその分高威力で、射程も同機のビームライフルに勝る。現在は一基のみの装備となっているが、開発段階では左右で計二基装備するプランもあった。

背部6連装マイクロミサイルポッド

背部スラスターユニットの先端上部に装備される武装。上部のビームカノンとは対照的に、面での攻撃で力を発揮する。コンパクトに纏める事を念頭に置いている為、総弾数は少ないが、それでも火力強化ユニット選択時にはそちらのミサイルポッドと合わせて計36発のマイクロミサイルを一斉掃射可能。

左腕部増設型荷電粒子収束剣(ビームサーベル)

左腕部40㎜機関砲の上部に設置される近接格闘武装。右腕で引き抜く事を前提としており、高い切断力を有する。性能はラステイション製の物と同等だが、機体側のフレーム強度に差がある為、一撃離脱で使用する事を推奨されてい。また、右腕部荷電粒子砲には代わりに荷電粒子砲用のエネルギーユニットが装備されている。

 

肩部、側腰部、脚部装甲

機動力や運動性を損なわない範囲で装備された追加装甲。火力に比べると機体全体としての上昇値は低いが、元々ルエンクアージェは装甲で耐える事より機動力で避ける事を重視している為、パイロットからはこれでも十分とされている。また各装甲には姿勢制御スラスターが内蔵されており、姿勢や挙動の微細な調整の際に使われる。

 

 

LMG-04(S) 【ラァエルフ】

 

・A(Ace)型装備群 【ラァエルフ・エース】

 

追加推進器

MCI-01 背部大型コンテナスラスター×2

MCI-02 脚部中型コンテナスラスター×2

専用武装

HRI-S01Y 試作重粒子収束剣(ビームサーベル)×2

(HRI-L04Y 試作高射程重粒子砲(ロングレンジビームライフル)×1)

特殊機構・無し

 

F型装備群をベースに開発された、発展型F型装備群プランの一つ。現在はデータ収集の為のテスト運用中であり、特務隊にのみ配備されている(特務隊は全機S型ラァエルフの為本装備を纏ったA型は実戦に出ていないが、当然A型も装備可能)。何と言っても背部と脚部で計四基のコンテナが本機最大の特徴で、格納する装備を変える事によって高い汎用性を実現。同時にコンテナとスラスターを一体化する事によって無理なく推力を確保し、装甲を削る事なく全体的な性能向上を果たした。但しこちらは魔光動力炉での運用を前提としている為、完全な上位互換という訳ではない。

T型やG型の様な特殊装備を搭載していないのも、F型装備群の後継機種として開発された為。しかし逆に言えばパイロットの腕が戦果に直結するという事であり、コンテナを介する事で装備の多彩さを獲得した本装備群は、調整次第で名前通りのエース用装備となり得るポテンシャルを秘めている。

 

背部大型コンテナスラスター

二基を背負う形で装備される、コンテナと一体化したスラスター。F型装備群の背部スラスターより大幅に出力が強化されており、脚部と合わせてメインスラスター四基構成ともされている。だが高出力化した分、姿勢制御スラスターとしての運用は厳しい。

脚部中型コンテナスラスター

両膝部の外側に装備される、コンテナと一体化したサブスラスター。出力こそサブスラスター程度だが、ユニット側面で脚部と接続している為、回転させる事で噴射口を上方や前方に向ける事も可能。また二種類のユニットには、それぞれ推進剤も搭載されている。

 

大型コンテナ

背部大型コンテナスラスターの上部を構成する、マルチコンテナ。大型装備であれば一つ、中型以下であれば複数の格納が可能。そのまま引き出す事も可能だが、展開したハッチから射出する事も出来る。ラァエルフの携行装備であれば一部を除いてほぼ全てに対応している。

中型コンテナ

脚部中型コンテナスラスターの上部を構成する、マルチコンテナ。大型コンテナより小さい為、格納可能な装備はそちらより限られる。汎用性を目指して開発されたという事もあり、大きささえ合えば武装以外も格納し持ち運ぶ事が可能。

 

試作重粒子収束剣(ビームサーベル)

大腿外部に一基ずつ装備されている、光学近接格闘武装。装備群側に装着されているという意味で専用武装にカテゴライズされているが、T型も同一の武装を装備している事からも分かる通り、ビームライフルと同様に汎用武装としての運用を視野に入れて開発されている。

試作高射程重粒子砲(ロングレンジビームライフル)

砲身を二つ折りにした状態で大型コンテナに格納される射撃武装。コンテナへの格納を前提とした武装だが、コンテナのない機体でも運用可能(=専用ではない)。名前通り高い射程を持ち、同時に長砲身化と収束率向上によって威力も高いが、その分連射性や取り回しの良さは低下している。

 

 

LMG-04S-YR 【十式】

 

所属・ルウィー国防軍

設計開発・ルウィー国防軍/ラステイション国防軍/ラステイション工業団(ルウィー国防軍による改修にラステイション国防軍が協力)

生産形態・改修機

生産仕様・S型(指揮官機)

動力・GBXE-02 魔光動力炉×1

主推進器

脚部内蔵中型スラスター×2(主器)

背部スラスター×2(副器)

武装

HRI-L03Y 試作携行重粒子砲(ビームライフル)×1

FRI-L05 58㎜携行重機関砲×1

MB-01/W 320㎜携行ロケットランチャー×1

HRI-S01Y 試作重粒子収束剣(ビームサーベル)×2

FRI-M03 21㎜頭部機銃×2

FRI-S03 コンバットナイフ×2

特殊機構

試作対魔力コーティング

PBX-01Y 視線誘導式マルチロックオンシステム

BMRシステム

 

 

ルウィー国防軍がラステイション国防軍からの技術協力を得て開発した、ラァエルフの改修機。MGという新機軸の兵器の運用データ及び有用性、自国技術との親和性を模索していたルウィーと、光学兵器を中心とする各武装や技術の更なる実戦データを求めていたラステイションの利害が一致する形で、本機は開発される事となった。より正確に言えば犯罪組織によって改修されたアズラエルがベースの機体であり、国防軍所属となったアズナ=ルブが引き続きパイロットを務めている。

全面改修が施されており、原型機の特徴であった装備群換装システムの完全廃止(アズラエルの時点で装備群の固定化は行われていた)や基本設計レベルでの変更により、外見は細身なものへと変化。更にフレームが所々露出している為耐久能力は空戦仕様であるG型ラァエルフと同等かそれ以下だが、その分圧倒的な機動力と運動性能を有し、更にパイロットに合わせて限界までピーキーなチューニングが施されている。またエネルギー消費の激しい武装やシステムが少ない事から、継戦能力も高い。

本機は運用データ収集用の機体で、実戦能力はあっても元々実戦用として開発された訳ではない。しかし犯罪組織の四天王を相手に単騎で時間稼ぎを果たしたその性能をテスト用のみで終わらせるのは惜しいという判断から、後にルウィー国防軍の戦力として正式採用されるに至った。

 

脚部内蔵中型スラスター

ラァエルフに共通する、脚部内蔵型のメインスラスター。基礎フレーム同様根幹レベルの設備であり、機体全体のバランスを大きく変えてまで換装する必要はないとの事からそのまま続投する形となった。機体の更なる軽量化によって、本機の機動力は一層増している。

背部スラスター

外部側面に大型のバインダーを有する、バックパックのスラスター。噴射口はそれぞれ二基あり、またアズナ=ルブの搭乗を前提としている為主器にも劣らない大出力を持つ。バインダーは稼働させる事で細やかな姿勢制御を担い、本機の運動性の高さに一役買っている。

 

試作携行重粒子砲(ビームライフル)

ラステイションより提供された、試作光学兵器の一つ。後述のビームサーベルにも言える事だが、運用データ収集を目的として提供されている為、独自の改造は行われていない。一発一発が通常目標なら十分撃破に至れる威力を持つ他、牽制に使える程度の連射性も持つ。

58㎜携行重機関砲

アズラエル(ラァエルフ)からそのまま引き継がれた携行武装。ビームライフルは試作武装である事、ロケットランチャーは弾幕形成や小型目標への攻撃等に向かない事から、『堅実に使える』装備として選ばれている。本装備の反動は、アズナ=ルブが機体側の姿勢制御で対応している。

320㎜携行ロケットランチャー

アズラエルからそのまま引き継がれた携行武装。威力に長け、爆風を使った様々な副次効果も望める事から、機関砲とは別の形で応用が利く武装とされている。但しあくまで犯罪組織が開発した武装である為、視覚的な問題を避ける事を目的として外装のみ変更された。

試作重粒子収束剣(ビームサーベル)

ラステイションより提供された、試作光学兵器の一つ。非使用時は左右側腰部に装備されている。軽量高機動型の本機には実体剣よりもこちらの方が使い易く、非使用時は刀身がない分重量や動きへの干渉を気にせず装備出来る為、出撃時は常に装備されている。

21㎜頭部機銃、コンバットナイフ

ラァエルフの固定装備。アズラエルへの改造時と同様の理由でそのまま装備している。どちらも補助武装としての物だが、機銃は回避主体の戦術の重要な装備として、ナイフは投擲という射撃とは違う運用が出来る装備として、それぞれ多用されている。

 

試作対魔力コーティング

全身の装甲に施された、文字通り魔力を利用した攻撃の威力を減衰させるコーティング。それの色により、本機は非常に目立つ黄金の装甲を持つ機体となった。発想自体は画期的なものの、まだまだ未成熟な技術であり、現状のコーティングでは気休め程度にしか減衰出来ていない。

視線誘導式マルチロックオンシステム

ラァエルフに基本搭載されているシステムの一つ。システムそのものの変更は特にされていないが、頭部がキラーマシンに近い形状(モノアイ)から原型機に近い形状(メインカメラは一眼レンズ風のゴーグルアイに変更)になった為、機体側への負担は減っている(元々大きかった訳ではない)。

BMRシステム

ラァエルフに基本搭載されているシステムの一つ。こちらも機能としての改造や変更はない。しかし危険性を二の次としてリミッターの限界値を引き上げられた状態から、安全性を考慮し30%を上限とする通常の状態へと調整し直された。



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設定・用語集

本項は一先ず必要だと思った説明を載せたものです。今後必要だと思った事を追加で記述するかもしれません。そして設定や単語に関するご質問があれば、その際にもこちらに追加します(今日の二作であとがきにて9000字云々書いてた部分が崩れてしまった……)。


アンチシェアクリスタル

 

形成された結界内のシェアエナジーを無差別に吸収する、シェアクリスタルとよく似た物質。結界は吸収したシェアの一部を利用し強度を増す。内部のみでなく結界そのものもシェア吸収能力を持ち、シェアによる生半可な攻撃は強度を上げてしまうだけだが、単位時間辺りの吸収量には限界がある為、それを超えるシェアをぶつける事で一時的に結界を破る事が可能。

この物質がシェアエナジーを力とする者にとって脅威となり得るのは、範囲内であれば吸収を防ぐ術が基本的にない事と、継続的に吸収し続ける事。しかし一瞬で全て吸われる訳ではなく、結界も展開直後は強度が低い事から、余裕のある状態では範囲外に逃げられてしまう可能性が高い。

現代では犯罪組織が守護女神に対して使ったが、それは犯罪神や四天王が精製したのではなく、偶然手に入れた物を利用しただけであり、精製方法は不明とされている(イストワールは精製について何かしら知っている節がある)。

 

 

ゲハバーン

 

対神決戦兵装や神滅兵装と称される、正体不明の武器。使い手によって形状が変化する機能と、アンチシェアクリスタルと同様且つ、アンチシェアクリスタルを大きく超えるシェアエナジー吸収能力を持つ。

吸収を行わない封印形態、一定範囲内のシェアエナジーを吸収する封神形態、吸収能力を刀身(又は打突部位)に収束させた滅神形態の三つを持ち、滅神形態は万全の状態の女神や犯罪神であっても擦り傷が致命傷となる程の吸収能力を有する。同時に滅神形態はシェアエナジー同士の結合を崩壊させる力も持つ為、シェアを利用した装備や攻撃での防御は不可能。

シェアエナジーを吸収する事でその強度を増すという点でもアンチシェアクリスタルと共通しているが、こちらは時間経過で少しずつ内包されたシェアが霧散していく。その為犯罪神のシェアを(ある程度なら)吸収しても問題ないとされているが、元々ゲハバーンは『発見された』物であり、全貌は未だ解明されていない。また女神は本来天敵とも言えるゲハバーンに対し、形容し難い感覚を抱く事があるが、その理由についても不明。

完全状態の犯罪神に対する切り札として歴史上何度か使われてきたが、上記の通り女神に対しても圧倒的な優位を取れる(=これ自体が災厄の発端となり得る)危険性を考慮し、平時は各国教祖のみが知る天界のある場所に保管されている。その為女神も保管場所は知る事が出来ない。

 

 

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)

 

四ヶ国それぞれのギルドの支部長を務める四人の別称。支部長はギルド本部の取締役としての立場も有し、自身の受け持つ支部の運営を担うと同時に、ギルド全体の方針にも影響力を持つ。

選出は基本的にその代の黄金の第三勢力(ゴールドサァド)に一任されており、選出基準もこれといってない為、極論好き勝手に決める事も可能。だが選出そのものは自由でもあくまで支部長は組織の中の一人である以上、最低限同ギルドの職員や常連からある程度納得を得られる人物でなければ代替わり以降の運営に支障が出る。また決まっている訳ではないが、代替わりは出来る限り全支部で同じ時期になるよう当代側が調整する事も多い。

上記の通り明確な選出基準こそないが、後述のギルド設立理由及び現在のギルドの在り方から、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)にはそれなり以上の戦闘能力が求められる。更に組織の長である事から指導力や経営能力も必要となるが、そちらは就任後に備えれば良い、必要であれば周りがサポートする、という風潮がある為、就任する段階ではそこまで気にされていない。

本来黄金の第三勢力(ゴールドサァド)というのは、女神が歩むべき道を誤り、国が間違った方向へ進んでしまった時に、女神と国の味方でも敵でもない『第三勢力』として異を唱えられるよう有志によって創立された組織、即ちギルドそのものを指した名前だった。時の流れによって当初の目的は形骸化し、それによって名前が指すものも支部長の四人のみに変わってしまったが、支部長がその名前で呼ばれているのは、『例えギルドが本来の形を失おうとも、その中核たる者は、保身で従う事も、悪意で敵対する事もなく、女神の為にその立場と力を行使する精神を持ち続けている』という意味(願い)も込められている。

 

 

身体強化魔法

 

読んで字の如く、身体能力を強化させる魔法。習得そのものは容易で、基礎魔法の一つとして扱われている。…が、強化された身体能力と脳が認識している身体能力(本来の能力)との齟齬で想定外の動きをしてしまう、部位を限定した強化では非強化部位との能力差で身体が振り回される、常に発動状態と強化割合を維持し続けないと二つ目と同じ状況に陥る…などの問題から実戦で運用するとなると途端に難易度が跳ね上がる為、高い集中力や戦闘センスを兼ね備えた高位の魔法使いでなければ実戦での活躍は難しい(使える人間でも、積極的に使う者は多くない)。

因みに女神の身体(シェアエナジーの力を受けている存在)はこの魔法で向上させられる身体能力の域を超えている為、使ったところで意味がなく、ルウィーの女神も基本的に使わない。

 

 

封印術

 

四神封晶

守護女神四人によって行われる、対犯罪神用の封印術。犯罪神のシェアの核(再構成・再復活する際中核となり得るシェア)を四人のシェアエナジーで包み込み、結晶体を作り出す事で封印する。対犯罪神用に編み出された術ではあるが、犯罪神にのみ有効な技という訳ではない。

 

 

魔光動力炉

 

リーンボックスが主導し、ラステイションが協力する形で開発された動力機関。直接開発に携わったのはこの二国だが、元々リーンボックスは技術の融合に長けており、魔光動力炉にはプラネテューヌやルウィーの技術も組み込まれている為、実質的には四ヶ国全ての技術の産物とも言える(特に魔法技術が根幹にある為、ルウィーの存在は大きい)。

付与した魔法によって動力炉の出力を引き上げ、同時に炉全体の強化を行う事により、従来であれば炉が持たないレベルでの稼働を安定して行う事が可能となった。更に魔法維持の為の魔力はパイロットから自動配給(吸収)する術式も組み込まれており、パイロットは魔法の維持を気にする必要がない。しかし要求値はあまり高くないとはいえ、魔法である以上最低限の適性や魔力量は必要となる為、パイロットとしての技量があっても魔法方面が極端に低い場合は運用出来ない。また魔法は一つ一つ付与しなければならず、より高出力を望むのであれば魔力との親和性が高い素材を使わなくてはならない事から、コストや整備性においては従来の動力炉が上。

系統としては工業製品に該当する物だが、魔法を付与されている事からも分かる通り、魔法内包型の魔導具とも言える。

 

 

マジェコンヌ四天王

 

犯罪神の配下である、四人の元人間。次元を滅亡させる尖兵として、また犯罪神が自身の復活に必要なだけのシェアエナジーを集めさせるべく、シェアエナジーを肉体として権限する。その為性質としては犯罪神は勿論女神とも近く、アンチシェアクリスタルやゲハバーンは四天王にとっても脅威となる存在。全員が一定以上の力を持つが、それ以上は各々の精神性や生前の経験、受肉後の鍛錬等で変化する。絶命相当の傷を負う事で肉体が姿を保てなくなり消滅するが、その際シェアエナジーの多くは犯罪神の元に戻る為、四天王の精製は犯罪神にとっての損失にならない。

元となった人間そのものが四天王として蘇生されている訳ではなく、犯罪神が魂を核に再誕させている、というのがより正確な表現。四天王と犯罪神とは契約関係であり、望みを叶える事と引き換えに四天王は配下となっている。…が、こちらもより正確には『死後配下となるのであれば、将来望みを叶え得る身体を用意する』と言うべきもの。その為協力関係や利害の一致と捉えている四天王もおり、忠誠心は四天王によってまちまち。

犯罪組織同様、マジェコンヌというのは犯罪組織の側が付けた名前であり、正式名称ではない(加えて言えば、四天王というのもマジック・ザ・ハードが便宜的に付けた名称)。

 

 

魔術機動部隊

 

ルウィー国防軍に所属する部隊の一つ。現在は二つ部隊がある。実戦での使用が難しい身体強化魔法を巧みに操れる者達で構成された精鋭部隊で、攻撃魔法が力を発揮し辛い屋内戦闘や強敵がいる戦場での遊撃など、名前の通り『機動力』を持ち味としている。また身体強化魔法に特化している訳ではなく、作戦や相手次第では遠隔魔法による援護や治癒魔法による補助も行う(他の魔法に関しても大概は優秀)。

 

 

魔導具

 

魔力貯蔵型

魔力を内部に溜め込み、タンクとして活用するタイプ。内包可能量は使用する道具や術式によって変化する。謂わば魔力版シェアクリスタルとでも言うべき物であり、こちらも急速な魔力回復や膨大な魔力を必要とする魔法の補助に使われるが、回復の直後は魔力の流れの関係から身体に負荷が掛かる為、使用する際は非戦闘時が望まれる(身体を介さず魔導具から直接魔力を魔法に注入する場合は別)。

 

 

女神化封印具

 

破壊されたアンチシェアクリスタルの欠片を使って作られた、女神化を封じる首輪。女神化の為のシェアエナジーを吸収する事によって封じている。欠片となって機能が落ちている事、開発を主導したトリックは女神を苦しめる事が目的でなかった事から、女神化出来なくなる事と身体能力の減衰以上の影響はない。結界の展開及び強度の上昇もない為、一般的な手段でも破壊可能(但し封印具の影響及び首という位置の関係から、使われた本人が破壊する事は難しい)。

性質自体はマジェコンヌが開発した女神化封印システムと似ているが、シェアエナジーの活動を乱す訳ではない為、結果は同じであれど機能は違う。そして女神化封印と銘打ってはいるが、女神は女神化状態が本来の姿で、人の姿はシェアエナジー消費を抑える為に生み出された姿である為、厳密には人間化解除封印具と言うべき物。



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技(スキル)集(第一話〜第五十五話)

技(スキル)集は人物紹介や機体紹介と違い、本項のみで纏めます。その為第五十六話以降に登場する予定の技(スキル)は登場後、こちらに追記するという形を取ります。


イリゼ

 

天舞参式・睡蓮

自身の体格ではまともに振るえない程の巨大武器を作り出し、圧縮したシェアエナジーの爆発で勢いを付けて武器を叩き込む技。その性質上、短剣や手斧の様なサイズの小さい武器では意味がない(というより、大きくする為小型武器のカテゴリから自然と外れる)。シェアエナジーの爆発を推進力とする単発技という意味では『天舞陸式・皐月』と似ているが、そちらは速度と切れ味、高速の中でそれを操る技量に重点を置いた技なのに対し、こちらは重量による破壊力と攻撃範囲に重点を置いた技である為住み分けが出来ている(どちらも近距離では使い辛い事への注意が必要)。

(使い手から一言)「もう一人の私が編み出した天舞技法の一つ。でっかい武器でどーん!…って、もう一人の私は案外脳筋だったのかなぁ…」

 

 

ネプギア

 

ギア・ナックル

拳(基本的に右手)にシェアエナジーによって生成した炎を纏って殴りつける技。自身の制御下にある炎であり、手が火傷する危険はない。素手で行う関係上武器が無い状態でも使用出来るという長所を持つが、目を見張る程の威力はない為普段から使う技というより咄嗟に役立つ技という面が強い。

(使い手から一言)「炎を纏った拳でパンチする技。この炎はわたしの燃え上がる正義の心そのものですから、そう簡単には消えません!」

 

スラッシュウェーブ

ビームソードであれば刀身そのものであるビームを、M.P.B.Lであれば刀身に展開したビームを飛ぶ斬撃として放つ技。ビームソードならリミッター解除、M.P.B.Lならビームの展開と準備段階を一つ踏まなくてはならないが、出力的に高威力な上準備が出来ていれば比較的体勢を問わず放てる為使い勝手が良い。但し一瞬ながら放った直後は刀身が消えてしまう(M.P.B.Lは実体剣部分が残るのであまり問題はない)事や、本来は射撃用に出力したビームではないが故に遠距離技としては心許ないなどの欠点もあり、使うタイミングには気を付ける必要がそれなりにある。

(使い手から一言)「ビームの斬撃を飛ばす技です!…M.P.B.Lの時は射撃でいい?線での攻撃だったり意表を突けたり結構意味があるんですよ?」

 

マルチプルビームランチャー

M.P.B.Lの砲口から最大出力の照射ビームを放つ技。放つ為にはそれ相応のチャージが必要だが、その分威力は相当なもの。かなりの大口径且つ薙ぎ払いも可能な為射程距離内での効果範囲は広いが、元々M.P.B.Lは砲身が短く長距離射撃や精密射撃(狙撃)には向かない事から、後述する『エクスマルチブラスター』とは同系統の技でありながら射程の面で大きく劣る(エネルギーを湯水の如く注ぎ込めばそれに応じて射程距離は伸びるものの、エネルギーの消費量とM.P.B.Lへの負担は酷く、射程距離の上昇率とは割に合わない)。

(使い手から一言)「武器の名前を冠するビーム射撃。そういえばユニちゃんも同じ発想の技があるんだよね。ふふっ、わたしとユニちゃんって気が合うのかな?」

 

ヒール

魔力によって対象の傷を治癒する魔法。直接触れる必要はないが、傷や怪我を負った対象と距離が離れていると上手く機能しない(これは多くの治癒魔法も持つ欠点)。この魔法はコンパの我流魔法がベースとなっているが彼女とネプギアでは治癒に関する考え方が違う事、ネプギアが魔法初心者である事、コンパが指導に慣れていない事から魔法としての質が低く、治癒効果が低い(低位魔法級)割に魔力と集中力の消費が大きいという長所より短所の多い技となっている。

(使い手から一言)「コンパさんから教えてもらった回復魔法です。まだまだ問題点が多いから、これからも勉強頑張らなきゃ…!」

 

 

ユニ

 

エクスマルチブラスター

X.M.B.から大出力の照射ビームを放つ技。使用時には砲身を上下に二分割した開放状態へと可変させる必要がある。高威力高射程で照射時間もそこそこという優秀な射撃技で、前述のマルチプラビームランチャーよりもエネルギー効率が良い。とはいえエネルギー消費は少なくない他連射は出来ず、短時間での範囲攻撃ならば散弾や拡散ビームの方が長けている為範囲攻撃もこれ一つで全て賄えるという訳にはいかない。また射程距離自体はかなり長いものの精密射撃には向いておらず、狙撃が必要な際には基本的に使われない。

(使い手から一言)「武器の名前を冠したビーム射撃よ。ネプギアと発想が被ったのは偶然よ偶然!…べ、別に嬉しくなんかないんだからねっ!」

 

 

コンパ

 

コンパの応急キット

効果範囲内且つ自身が認識している対象全てに治癒を行う我流魔法。魔力さえあれば対象の人数や怪我の数を問わずに纏めて治癒する事が可能だが、彼女の他の治癒魔法同様怪我の状態をきちんと認識する必要がある為人数次第では治癒完了までの時間がルウィー式やリーンボックス式の範囲治癒魔法に劣る事もあり得る。治癒能力としては低〜中位であり、範囲も広範囲と呼べる程のものではないが、コンパは高位の同系統魔法を習得している上性能で劣っている分魔力消費や疲労は少ない為、コンパは状況に応じて使い分けている。

(使い手から一言)「わたしが気付いたら使える様になってた魔法の一つです。怪我した人が沢山いても、全員わたしにお任せですっ!」

 

 

西沢ミナ

 

グリフ・コキュートス

氷の身体を持つ巨大鳥を作り出す魔法。この魔法は西沢家に代々伝わる大技であり、ルウィー式魔法で考えるならば最上位の魔法に当たる。使い手の意思をある程度反映して動く巨大鳥は氷でありながら大型飛行モンスターと互角かそれ以上の機動力を持ち、嘴や鉤爪による近接攻撃の他刃の様に鋭い羽根を飛ばす遠隔攻撃も可能。またミナは独自研究により作り出す巨大鳥の口から低〜中位の氷魔法を放つ事も可能としており、巨大鳥単騎でもかなりの戦闘能力を持つ。因みに巨大鳥は人よりも大きい為、移動手段として使う事も可能。

(使い手から一言)「氷鳥は西沢家の積み上げてきた魔法技術そのもの。普段使う事はまずありませんし…この技を出した時、わたしは本気であると思って下さい」

 

ブレイブ・ザ・ハード

 

ブレイブ・カノン

二門の砲と胸部のライオンの顔風レリーフにエネルギーをチャージ、その後同時発射した三条のビームを収束させる事で一本の巨大なビームとする技。通常の砲撃とは一線を画する火力を有しており、余波だけでも攻撃として成り立つレベルの出力を持つ。しかしその分反動も大きく、踏み締める為の足場が無ければ最大出力で放てない、収束するのは発射後故に近距離の敵には使えない(ただの同時砲撃になってしまう)など、トドメの一撃としてでなければ運用し辛いという面もある。因みにレリーフからのビームは砲との収束専用であり、単体で撃つ事は基本的にない。

(使い手から一言)「夢、希望、そして勇気の三条が折り重なる事で、一つの必殺技となるのだ!ブレイブッ!カノォォォォォォォォンッ!!」

 

 

トリック・ザ・ハード

 

タンタクルウィップ

触手を作り出し、その触手を操る魔法。魔方陣から触手が伸びている為転移や召喚系の魔法にも見えるが、触手は魔力によってその場で作っている物。一つの魔方陣から複数本放てる上魔方陣自体も複数作り出せる手数の多い技で、一本一本もある程度操れる為近〜中距離での迎撃や連続攻撃で特に活きる。攻撃は勿論防御や捕縛にも使えるが、強度はそこまで高くはなく、発生源も同じという事で範囲攻撃には弱い。

(使い手から一言)「特化も良いが、汎用性の高い技が一つでもあると戦術の幅が大きく広がるものだ。そして、触手と言えば…アクククク……」



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技(スキル)集(第五十六話〜エピローグ)

本稿は、執筆段階で必要と思った技のみ載せています。しかし見落としている技、今後必要だと思い直す技がある可能性もあるので、その点はご了承下さい。


イリゼ

 

天舞零式・百花繚乱

精製した武器群の射出、肉薄から多数の武器を振るう怒涛の連撃、手放した武器による再度の射出、そして天空からの最大加速斬撃と、シェアエナジーを惜しみなく注ぎ込む、原初の女神の切り札の一つ。零、という文字から分かる通り、天舞壱式から玖式まではこの技を源流に一部を抽出、派生させる事で編み出されている。短時間で立て続けに行う武器精製と圧縮シェア爆発は心身共に負担が大きく、現状のイリゼでは攻撃の結果に関わらず、終了後は継戦能力に支障が出てしまう。だがその分威力は凄まじく、次元の脅威を退けるのに十分なだけの力を持つ。

(使い手から一言)「原初の女神の威光を前に、あらゆる悪は討ち倒される。思いの光は、進むべき花道を照らす。人の未来よ、咲き誇れッ!」

 

ロンド・オブ・グングニル

ベールとの合体技。敵の全身へ左右から超速度の連撃を叩き込み、一瞬の空白の後イリゼは武器を大槍に持ち替え連撃を再開。槍の乱舞の果てにイリゼの斬撃、投げ渡した大槍によるベールの投擲、そしてベール自身の大槍による全力の突貫でもって敵を斬り裂き穿ち尽くす。ベールに比べて劣る槍の技量は圧縮したシェアエナジーの爆発による加速と連携を前提とした動きによって補われており、連携の質が技全体の性能に直結する。特に最後の投擲は連携の質が求められ、回転によって投げ渡しの力を全て投擲に加算出来る一方、失敗すればベールは致命傷を負いかねない。

(使い手から一言)「我等が華麗にして苛烈な槍撃、受けるがいいッ!女神と人には栄光を、戦場には旋律を、そして敵には…誉れ高き敗北をッ!」

 

 

ネプギア

 

ハイヒール

対象の傷を癒す魔法。コンパから教わった我流魔法がベースであったが故にネプギアの治癒魔法は性能の良いものではなかったが、ロムラム、そしてブランの指南を受ける事で質が大幅に向上。特にブランからの指南はワンランク上の治癒魔法を会得する程に影響を与えており、同時に魔法使いとしての才覚も少なからず見出された。ヒールに比べ治癒速度に長け、より深い傷にも対応している魔法だが、その分消費する魔力の量も増えている。

(使い手から一言)「ふふっ、これでもっと皆を助けられるよね。…色んな人に教えてもらったし、これで恩返しが出来ると良いなぁ…」

 

プラネティックディーバ

斬撃、刺突、連射、照射と持てる全ての技術を駆使して放つ大技。連続斬撃で打ち上げ、光弾による追撃をかけ、刺突から続く二度の最大出力照射で締め括る。一連の流れの中でも頻繁に距離が変化する為対応し辛く、額面以上に強力な技だが、膨大なエネルギーを必要とする為それなり以上の充填時間を用意しなければならず、系統の違う負荷が立て続けにかかる事から身体的な負担も大きい。紫の光が宙を舞う姿は文字通り神々しく、また動きとそこから溢れるネプギアの強い思いは美しき歌姫の如く見る者の目と心を奪う。

(使い手から一言)「これがわたしの全力全開、全身全霊ですッ!わたしの進む道は、貫く思いは……誰にも邪魔はさせませんッ!」

 

ヴィオレットシュバスター

ネプテューヌとの合体技。姉妹ならではの抜群の連携を活かし、相手が自分の思う理想の動きをする前提で連続攻撃を仕掛けていく。締めは敵の前後から放つ二段構えの同時攻撃であり、トドメに移行するタイミングはその時々で変化する。同時攻撃があるとはいえ基本的には全て個々で放つ斬撃や射撃である為、女神姉妹の合体技の中でも特に単純な動きとなるが、上記の通り理想の動きをする前提で組まれているが故に技としての性能はなんら劣っていない。また単純さは柔軟性に繋がっており、状況に合わせた調整能力にも長けている。

(使い手から一言)「わたしがお姉ちゃんを信じて、お姉ちゃんもわたしを信じてくれる事で、この技は完成します。これが、わたしとお姉ちゃんの絆なんですッ!」

 

スペリオルアンジェラス

ユニ、ロム、ラムとの合体技。ネプギアは初撃、続くユニとの同時射撃、そして三人から託される最後の一撃を担当。守護女神四人の切り札であるガーディアンフォースを意識した技だが、戦闘スタイルの関係から遠隔攻撃が主体となっている。四人の連携によって作り出される動き自体も圧巻のものだが、この技における真の連携とは即ち互いを信じ合い、その思いで自身を高め続ける事。ことこの技の最中だけに限れば、女神候補生の四人は守護女神の四人に匹敵していると言っても過言ではない。

(使い手から一言)「皆と合わせたこの力、皆で描いたこの思い、皆で紡いだこの絆…その全てが、わたしの、わたし達の未来を作るんですッ!さぁ、行こう皆ッ!」

 

 

ユニ

 

ブレイブカノン

重粒子、荷電粒子、そしてシェアエナジー。三種のエネルギーを抑制による調整ではなく活性化状態のまま融合させ、極大出力の光芒として放つ技。元々構想していた技術に、「ブレイブ・カノン」から得た発想を土壇場で組み込む事で技へと昇華した。発想元である事、大望よりも目の前の笑顔を優先したブレイブへの敬意、そして何より彼から夢を受け継ぐという覚悟を込めて、ユニはこの技へ『ブレイブカノン』という名を付けた。

(使い手から一言)「覚悟、決意、そして理想!アタシの夢は、アタシの思いは全てを貫く!届け必殺……ブレイブカノンッ!」

 

N(ネクスト).G(ジェネレーション).P(ポータブル)

砲身展開状態から更に左右へ分割した、リミッター完全解除の四分割モードで一撃必殺級の射撃を嵐の様に放つ大技。前半の攻撃で敵の体勢を崩し切り、続く射撃で撃ち上げ、全てを飲み込む程の照射で締め括る。X.M.B.への負荷は勿論の事、底を抜いたバケツの如く凄まじい勢いでシェアエナジーを注ぐ事となる為、この技を出し切った時点で身体的には余裕があったとしても戦闘不能、或いはそれに近い状態となる事もあり得る。リミッターを解除している時点で威力の調整も出来なくなるが、それに見合う以上の超火力がこの技の単純にして最大の持ち味。

(使い手から一言)「この技で終わらせるわッ!受けてみなさい、ラステイションの女神候補生の…成長し続けるアタシの全力をねッ!」

 

リヒトシュバルツ

ノワールとの合体技。二人同時に肉薄し、ユニは射撃を、ノワールは斬撃を一瞬足りとも絶やす事なく浴びせ続ける。強力無比な乱舞の果てにあるのはトルネードソードと全開照射で、初撃から最後の一撃まで凡そ隙と呼べるものが存在しない。ヴィオレットシュバスター同様この技も相手が理想通りに動いてくれる前提で組み上げられているが、そちらが絶対の『期待と信頼』が根底にあるのに対し、こちらは相手への揺るがない『自信と信用』が根底を担う。お互い不器用ながらも心の奥底では通じ合っている、そんな二人の関係性を象徴するような技。

(使い手から一言)「アタシは後衛。アタシが立つのは皆の後ろ。だけど、アタシの心は皆の…お姉ちゃんの隣にいるのよッ!それを、この技で証明するわッ!」

 

スペリオルアンジェラス

ネプギア、ロム、ラムとの合体技。ユニはネプギアとの同時射撃、合間を埋める追撃、ロム、ラムとの収束照射を担う。戦況や仲間の状態を後方から把握し、その時最も求められる射撃を行えるユニの長所を活かしたポジションとなっており、この技における精神的な支柱はネプギアだが、技術的な支柱はユニであると言っても過言ではない。姉である守護女神を目指して歩み続けた女神候補生が辿り着いたのは、彼女達とは違う形。されど形は違えど、その輝きは確かに女神として並び立っている…それを表しているのが、このスペリオルアンジェラスと言える。

(使い手から一言)「まさかアタシ達が、こんな技を作り上げる事になるなんてね。…ふふっ、でもまだまだアタシ達は強くなる。そうでしょ、皆!」

 

 

ロム

 

アイスサンクチュアリ

ロム、ラム共に習得している氷結系魔法。ルウィー式魔法をベースにアレンジを加えた、亜種ルウィー式魔法とでも言うべき魔法の一つ(発展や派生の域である為我流魔法には該当しない)。氷塊そのものによる攻撃と着弾地点より周囲を氷結させる追撃の二段構えとなっており、氷塊を敢えて避けさせ、回避したと思ったところへ氷結をかけるという運用も可能。因みに名前はロム及びラムから命名を求められたブランが付けている。

(使い手から一言)「ラムちゃんといっしょにおぼえた魔法、だよ。…あ…アイスさん、じゃなくて…アイス、サンクチュアリなんだよ…?」

 

メモリーオブ・リードアンドランダム ※1

ラムとの合体技。背後に展開した魔法陣より自らの持てるあらゆる攻撃魔法を放ち、魔力による飽和攻撃をかける技。そこから更に二人の魔法陣を融合させ、白く輝く膨大な魔力の光芒を叩き込む。一つの魔法陣にまるで違う系統の魔法を組み込む事、それにより際限なく複雑化していく魔法陣を融合させる事、その上で膨大な魔力を放つ事の全てが一流の魔法使いでなければ達成出来ない事であり、これを一つの技として成り立たせている事自体が偉業そのもの。それ故に咄嗟の使用は不可能だが、現代に存在する魔法の中では間違いなく最高位の一つに位置する。

(使い手から一言)「わたしも、女神さまだから…守りたいものがあって、しんじてくれる人がいるから…だから、ラムちゃんとぜったいに…勝つ……ッ!」

 

ドライ・ラヴィーネ

ラム、ブランとの合体技。ブランの飛翔を援護すると同時に冷気を放つ魔法陣を展開。冷気より無数の氷の礫を撃ち込み、ラムの氷結に続いて鋭利な氷塊による追撃の果てに、ブランが魔力とシェアエナジーを帯びた戦斧で敵を両断する。普段は支援や援護に回る事が多いロムだが、作り上げる氷塊は一つ一つが強力無比。礫により敵の迎撃体勢を潰し、氷結で行動を封じ、高威力の二重攻撃で仕留めるというこの技は、女神の使う合体技の中でも特に戦術性が高く、同時に前半で相手への妨害を行っている為技の途中で崩される可能性も他の合体技より低い。

(使い手から一言)「ラムちゃんと、おねえちゃんと、三人でいっしょにやるんだよ。わたしたち三人で力を合わせるんだもん、どんなてきでも負けないよ…!(ふんす)」

 

スペリオルアンジェラス

ネプギア、ユニ、ラムとの合体技。ロムはラムと共に対象を氷塊の中へ閉じ込め、複数本の巨大な氷塊で貫き、ユニも加えた三人で収束させた光芒を撃ち込む。二人が担う部分はドライ・ラヴィーネの一部と似ているが、こちらは魔法を融合させ、二人同時に行っている。また光芒は敢えて同調させず、ロムとラムで独自色を出した上でユニの光芒と組み合わせている為、難易度は上がっている反面組み合わさった時の相乗効果も増している。初めは距離を置いていた候補生同士で力を合わせて、より大きな力とする。そんな彼女達の歩んできた道が、この技を作り上げた。

(使い手から一言)「色んなことがあったけど、それがぜんぶわたしたちの力になってくれたんだよね…。…わたしはみんなが大すき。だから…がんばろうね、みんな…ッ!」

 

 

ラム

 

アイスサンクチュアリ

ロム、ラム共に習得している氷結系魔法。元となった魔法はミナから教わり、それを二人が相談しながらアレンジする事で編み出された。同じ氷結系とはいえ氷塊の射出と対象の凍結は別軸の魔法であり、それを一つの技として組み合わせている点から二人の能力の高さが見て取れる。また凍結は作動させない事も可能で、一度この魔法(凍結の存在)を見せた上で作動させず、相手の対応を空振りさせるという応用も出来る。

(使い手から一言)「ロムちゃんといっしょにかんがえた魔法なのよ!…いみはよくわかんないけど…かっこいい名前よね!やっぱりおねえちゃんってすごい!」

 

メモリーオブ・リードアンドランダム ※1

ロムとの合体技。威力、範囲、効果時間の何れかに重点を置くのではなく、全ての要素を限りなく追い求めた決戦魔法。単純に一流の魔法使いが女神の力を重ね合わせ、出し惜しみなしで魔力を注ぎ込むというだけでも強力ながら、単一の魔法ではなく多種多様な魔法を撃ち込む事によってピンポイントでの対処を不可能とし、相手にも相当の回避能力又は防御能力を強いる事が出来るのも長所の一つ。そしてこの魔法は二人で揃って使うが故に成り立っている部分も多く、仮に一人で再現しようとした場合、性能は確実に半分どころか二分の一を下回る。

(使い手から一言)「女神ってのはね、だれかにしんじてもらえるからつよいの!しんじてくれる人がわたしにはいるの!だから、ぜったいにロムちゃんと…勝つッ!」

 

ドライ・ラヴィーネ

ロム、ブランとの合体技。普段は攻撃を担当する事が多いラムだが、攻撃魔法はただ力一杯に魔力を叩き付けばいいものではなく、精密なコントロールと集中力、卓越したイメージ力によって組み上げられるもの。そしてそれが出来ているからこそラムの魔法は強力なのであり、同時に敵を氷結させ動きを封じるという役目でも、攻撃時と遜色のない魔法の質を見せている。二人の姉が放つ全力の攻撃を支援する為、進んで支援を引き受ける。それはラムの戦術的な、そして精神的な成長の垣間見える瞬間でもあり、成長の証明の一つがこの技とも言える。

(使い手から一言)「ふふん、わたしたちの力見せてあげる!わたし一人でも強いのに、ロムちゃんとおねえちゃんもいるんだから、こんなのさいきょーに決まってるわよね!」

 

スペリオルアンジェラス

ネプギア、ユニ、ラムとの合体技。ラムはロムとの連携で氷塊への拘束、杭を彷彿とさせる氷塊での猛攻、二人の連携にユニも加えた三人での照射を行う。氷塊を使った攻撃はドライ・ラヴィーネと似ているものの、そちらと違い二種類の氷塊は衝突後に爆発を起こす。これは次なる攻撃に対する障害物にならないよう氷塊を撤去させる事と、その際最大限の効果を上げられるよう工夫した事の結果であり、動けない状態での魔力の爆発は敵へ超至近距離からのダメージを与える。一つ一つの攻撃が、次の攻撃へと繋がる様は、候補生の心の繋がりがあってこそのもの。

(使い手から一言)「前はロムちゃんやおねえちゃんたちさえいればって思ってたけど……今はどうかなんて、言わなくてもわかるわよね?…これで勝つわよ、みんなッ!」

 

 

ネプテューヌ

 

ヴィオレットシュバスター

ネプギアとの合体技。ネプテューヌは大太刀そのものの高い斬れ味と鍛え抜かれた技量で、ネプギアは刀身へビームを纏わせる事による切断能力の向上で止まる事なく敵を斬り裂き、駆け抜けた次の瞬間には素早いターンで次なる攻撃へと移行する。元々ネプテューヌは他の守護女神より妹を認めている部分が多く(これに関しては普段ネプギアに助けられる事が多いのが最大の理由だが)、それがこの技における卓越した連携の土台の一つ。信頼あっての連携技だが、相手任せにはせず、相手の為に全力を尽くそうとするが故に、この技は高い完成度を誇る。

(使い手から一言)「ネプギアと肩を並べて戦う…いつかはあると思っていたけど、もう実現するなんてね。…ふふっ、姉としても仲間としても、期待させてもらうわねッ!」

 

 

ノワール

 

リヒトシュバルツ

ユニとの合体技。姉妹共々得意とする三次元の高機動戦を前面に押し出した技であり、短所を補い合うのではなく、長所を重ね合わせる事がコンセプト。言い換えるならば最初からフォローする事を想定しておらず(最後のトルネードソードはあくまでアシストも兼ねた攻撃)、微細なミスですら技全体の瓦解に繋がる危うさを持っているが、その不安を『相手が失敗する訳がない』という絶対の自信で打ち消している。お互い相手の負担となりかねない程の期待をしてしまう事があるノワールとユニだが、それすらも力に変えてしまう在り方こそか二人の強み。

(使い手から一言)「ユニ、妹だからって甘い評価をしたりはしないわ。…でも、貴女なら出来るでしょう?貴女と私、ラステイションが誇る二人の女神で…勝つわよッ!」

 

 

ブラン

 

ドライ・ラヴィーネ

ロム、ラムとの合体技。ブランは二人からの支援を受けて天空へと舞い上がり、空中で戦斧へ魔力とシェアエナジーを織り交ぜた刃を形成。その刃でもって敵を氷塊ごと叩き斬る。行動そのものは二人に比べて単純だが、声も上手く届かない程の上空から完璧にタイミングを合わせ、遥か下方の敵へと一直線に降下するという攻撃は女神であっても容易には達成出来ない程の難易度を持ち、特に前者はロムやラムと心で通じ合っていなければ不可能な所業。しかしそんな困難であっても二人を信じる事を決めたブランは、見事実戦において成功を収めた。

(使い手から一言)「二人がこんなにも成長した以上、わたしも成長しない訳にはいかないよな。…見せてやるよ、ロム、ラム。二人の憧れる、姉の凄さってやつをなッ!」

 

 

ベール

 

ロンド・オブ・グングニル

イリゼとの合体技。前半ではそれぞれの得物での連撃を、後半では二振りの大槍による猛攻を叩き込み、投擲と刺突で締めを飾る。姉妹での合体技と比較した場合、この技は相手に合わせるという面がやや強く、ともすれば合わせる為に力を抑える…という事にも繋がりかねない。しかし元々の戦闘センスと相手へ合わせる事を一心にに突き詰める事によって『全力のまま互いに合わせる』という状態を作り出すに至っている。乱れのない槍捌きと連携は最早攻撃というより芸術であり、舞い踊る二人の女神の姿は受ける者の心すらも貫き通す。

(使い手から一言)「わたくし達の連携は、強固にして強靭。グリーンハートとオリジンハートによる全力を受ける覚悟があるのなら…お望み通り見せて差し上げますわッ!」

 

 

RED

 

アミューズメントワルツ

剣玉やヨーヨーを始めとする玩具型武器を、言葉通りに踊る様な動きで叩き付ける技。きちんとした形がなく、完全に我流の流れで繰り出される為洗練されていない印象も持たれるが、逆にそれが予測不能な挙動へと繋がり、『荒いにも関わらず中々対応し切れない』という曲者的強みを持つ。だが何より驚くべきは、RED自身がその時々の気分や調子で動きを決めるが為に、本人すらも終わるまでどんな動きになるか分からないという無鉄砲さにある。

(使い手から一言)「アミューズメントワルツ!ふざけるつもりはないけど、戦いにも明るい感じはあってもいいよね!君も一緒に踊ろうよっ!」

 

甘露玉

回復薬としての力を持つ、飴玉の様な物質を作る我流魔法。甘、の字の通り甘く、見た目もそこまで奇抜ではない為口に入れる事に抵抗がないのが長所。しかしこの系統(飲食する事で回復を図る)の我流魔法は多様すると身体に不調を及ぼす恐れがあり、味も大概は魔力が味覚や脳を騙して誤認させている為、大きな怪我の場合は通常の治癒魔法と兼用する事が望まれる。また、我流魔法故に一つ作るだけでもそれなりに魔力を消費する。

(使い手から一言)「疲れた時、怪我した時、後は甘いものが欲しいなーって思った時はこれっ!嫁の為なら幾らでも作るから、皆アタシを頼ってね!」

 

 

5pb.

 

ハードビート

攻撃能力を持つ音(音波)を撃ち込む我流魔法。基本的にはギターを使って使用する。最大の長所は不可視という事であり、並みのモンスターならば回避はほぼ不可能。また扇状に放つ事で面制圧にも使えるが、あくまで音へ魔力によって攻撃能力を付加させている攻撃である事から、音が通り辛い状況では威力や射程が減衰してしまう。そしてこれは他の技にも言える事だが、5pb.の音による攻撃や支援は彼女の精神状態が性能に少なからず影響する。

(使い手から一言)「音による攻撃は、シンガーならでは…だよね?…でも気分が乗り過ぎるとライブ中にお客さんへ撃っちゃう事もあり得るし、気を付けないと……」

 

 

マーベラスAQL

 

太巻き

魔力で構成された太巻きを作り、それを食べる事で治癒を行う我流魔法。本人曰く忍術の一つ。同系統の我流治癒魔法と比べた時に特徴となるのは、食べる長さを変える事で傷の規模に合わせられる点(他の魔法は一口サイズの物が多い)。この系統の欠点であるリスクを必要以上に負わなくても良いという利点を持つが、一方で傷が深い場合は太巻きを食べ切らなくてはいけないという、重傷者にとってはやや厳しい条件にもなってしまう。

(使い手から一言)「わたしの所属する忍者組織伝統の一品!……を忍術で再現した物だよ。…食べる時、何故か色っぽくなっちゃうけど…あれはなんで何だろう……」

 

 

鉄拳

 

パワーバッシュ

全身を使い、力を込めた拳をぶつける技。見る者によっては単なる殴打と思われる程単純な動きであり、実際飛翔や魔力の具現化等、外見から分かる特異性は有していないが、体重移動や腰の動き、腕の伸ばし方など技を成り立たせる上で必要な要素は数多くあり、相当な技術と鍛錬がなければ本当に単なる殴打となってしまう。単純である事は読まれ易さにも繋がるが、読まれても尚容易には防御されない(出来ない)という強みにもなる。

(使い手から一言)「武器や魔法を使わなくても、わたしにはこの身体だけで十分…!常日頃の特訓の成果、その一つがこれだよっ!ていやーっ!」

 

 

サイバーコネクトツー

 

絶望禁止

思いを乗せた鼓舞によって回復を図る我流魔法。その思いとは文字通りの「絶望しない」という意思であり、音波系の魔法でもある。最大の長所は複数人へ纏めて治癒を行える事で、正しく認識さえしていれば二桁の人数でも治癒が可能。だが相手がその声を聞く事で魔法がかかる為、意識のない相手には効果が大きく減少する。また声と同じく思いの強さも重要となり、サイバーコネクトツー自身が諦めの感情を抱いてしまっている場合は発動自体が出来ない。

(使い手から一言)「どんなに辛くたって、どんなに苦しくたって、希望は必ずどこかにある!だから皆、諦めないで!絶望禁止、だよ!」

 

 

ビーシャ

 

ラウンドショット

バズーカを用いた射撃技。円を描くように弾頭を連射し、爆風と合わせて一定範囲への攻撃を行う。ビーシャ自身は名前を分けてはいないが、この技は爆風同士が重ならないよう大きな円を作る事で範囲を広げる型と、円を狭めて狭い範囲へ多重爆破を与える型の二つがある。元々弾頭(爆発)そのものがそれなり以上の威力を持ち、それを連射するこの技は言うまでもなく強力だが、一発毎別の場所を狙う事もあり腕や肩への負担には気を付けなければいけない。

(使い手から一言)「ヒーローの武器は剣?片手持ちの銃?…いいや、真の武器とはバズーカの事さ!このパワー、君達にも見せてあげよう!」

 

 

ケーシャ

 

バレットアプローチ

両手に持つサブマシンガンを連射しなから走り込み突撃する技。突っ込み方で対単体への活用も可能だが、対大多数、それも相手がある程度固まっているところですり抜けながら撃つ事によって真価を発揮する。自身の軽快さと如何なる戦場においても冷静に状況分析が出来る精神を活かした戦法を探す中でケーシャが編み出した技の一つであり、敵陣突破に応用する事も可能。但し残弾に気を付けなければ、最悪敵陣の中央で弾切れになってしまう。

(使い手から一言)「完璧な陣形など存在しない。僅かな隙を突き、そこから崩せば一気に敵戦力を削る事も可能。……この技、ノワールさんにも見てもらいたいなぁ…」

 

 

シーシャ

 

龍昇拳

捻りを加えながら全身の力を込めたアッパーカットを打ち込む技。素手、それも上へ向けて放つ関係から攻撃が届く距離は極端に短いが、その分威力は絶大。更に仰け反った相手は無防備同然となる為、これを追撃の起点とする事も出来る。また二次元的な攻撃可能距離は短いものの、高い身体能力から行われる跳躍によって上への距離はそれなりに稼げる事から、上空からくる相手への対空攻撃に応用する事も出来る。

(使い手から一言)「龍昇拳ッ!ってね。バスター使ったり大剣使ったりするけど、やっぱりアタシといえば肉弾戦。このプロポーションこそ最大の武器よね」

 

 

エスーシャ

 

ヴレイヴァー

素早く鋭い一直線の斬撃により、対象を両断する技。小細工無しの、純粋な力と技術によって振り出す技の為、相手を問わず使用出来る。その上即座に放ち即座に終わる関係から相手だけではなく状況も問わず、高威力でありながら別の技への繋ぎや咄嗟の反撃にも対応する。しかし無駄が極端にない為に自身も同じく高い実力を持つ相手には防御されてしまう事もあり、その場合は適宜駆け引きや別の技への移行が必要。

(使い手から一言)「興味ないね。…………。…………。……シンプルイズベスト。余計なものを入れないからこそ、この攻撃は…強い」

 

 

マジック・ザ・ハード

 

神滅の黙示録 ※2

大鎌の刃へと収束させた負のシェアを斬撃と共に放ち、そこから膨大な量の斬撃を飛ばす技。遠距離攻撃の類いではあるが、無数の斬撃は散弾の様に広がっていく為、接近する相手へカウンターで使うという運用にも長けている。言うまでもなく、神滅とは犯罪神ではなく女神に対して向けた単語。破滅を先導する犯罪神の武器として、犯罪神の威光を示し最大の障害である女神を滅ぼす為の技として編み出されたが為に、この技はその名を持つ。

(使い手から一言)「我が行動全ては犯罪神様の意思。犯罪神様の道を阻む女神を排除する事こそが、我が存在意義。女神よ、散り、滅び、犯罪神様の糧となるがいい…ッ!」

 

 

ブレイブ・ザ・ハード

 

ブレイブ・ソード

思いに反応し負のシェアが生み出した炎を大剣に纏わせ、斬撃の様に放つ技。炎を大剣に纏わせる事、炎を放つ事自体はこの技以外でも行われているが、この技は熱量が桁違いに高い。女神であっても防御は困難な程の威力を持つが、ブレイブ・カノン同様力の充填に時間がかかり、また放つ直前は炎自体が多少ながら視界を阻んでしまう事もある為、こちらもブレイブ・カノンと同様にトドメの一撃として使う事が望まれる。

(使い手から一言)「この炎は、俺の燃え上がる心そのもの!俺が夢を追い続ける限り、この炎は消えんッ!さぁ切り開け、未来への道をッ!」

 

 

トリック・ザ・ハード

 

ペロフェクション ※3

武器である舌へ限界まで魔力及びシェアエナジーを込め、振り出すと同時に一層巨大な舌を撃ち出す技。巨大な舌も元々の舌と同様の長所を持つ他、側面から細い触手の様な物を生やし、それによる追撃や範囲攻撃を行う事も可能。舌をぶつける、というある意味単純な技ではあるが、圧倒的な射出速度(とそれによる威力)持つ為防御は非常に難しい。また高威力でありながら、その柔らかさから『加減』が出来るという側面も持つ。

(使い手から一言)「この技は、敵を討つ為のものではない。我が守りたいものを、傷付けない為の技。故に、この技に込める思いは……愛、それだけだッ!」

 

 

ジャッジ・ザ・ハード

 

審判の刻

己の持てる全ての力をハルバートに込め、全身全霊で振り抜く技。力を込められたハルバートは、純粋な闇色の輝きを放つ。大仰且つ充填にそれなり以上の時間を必要とする技だが、それに反して攻撃範囲は得物の届く範囲まで、攻撃も一発のみとそれだけならば拍子抜けなもの。だがそれは超威力特化の結果であり、掠めるだけで女神のプロセッサユニットを吹き飛ばし、致命傷を与える程の異常な威力を有している。

(使い手から一言)「やっぱり戦いってのは楽しいなぁッ!楽しいからこそ…全力を出さなきゃ相手に失礼ってもんだよなぁッ!なぁそうだろ女神ぃッ!」

 

 

使い手が不特定の技(スキル)

 

ウィザーディー・サテライト

ある程度任意の軌道を描いて飛ぶ魔法球を対象に随伴させる、ルウィー式魔法の一つ。一人が一度に精製出来る数は、概ね四つまでとされている。一発の威力は眼を見張る程のものではないが、付加された対象が任意のタイミングで、任意の目標へ放てる事が強み。維持や随伴も完全に精製した側の魔法として行われる為一切負荷を負わずに済むが、一定レベルの魔法適正が付加される側になければ随伴及び射出させられないという難点もある。

 

トリニティ・フルドライブ

三者による全力投射攻撃の総称。ユニ、ロム、ラムの三人で行われていたが、上記の通り三人のみの技ではなく、全く違う三人でも使用は可能(当然その場合技としての威力や性質も変わる)。あくまで力を合わせた投射攻撃でしかないが、ただ目標へ三人が全力の一撃を放つのではなく、三者の全力を一つに束ねる事でより高出力の技へと昇華させる事が目的である為、技として成り立たせる為には信頼と意思疎通が必要不可欠。また、二人で行うタイプや四人以上で行うタイプなど、人数違いで同系統の技も存在する。

 

 

※1 この技は、原作における『ろむちゃんらむちゃん』のポジションに位置する技です。名称及び技の動作を物語上の展開と照らし合わせ、その結果変更する事としました。

 

※2 この技は、原作における『アポカリプス・ノヴァ』と同様の技です。アイエフの技と同名である為、こちらを変更しました。

 

※3 この技は、原作における『ぺーろぺろぺろ』と同様の技です。『ろむちゃんらむちゃん』と同様の理由及び思考から、変更させて頂きました。



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コラボエピソード 信次元とグリモワール
第五十五・五話 原初と紅の邂逅


今回の話は橘雪華さんの作品、『超次元ゲイム グリモワールofネプテューヌ』にて掲載された話『紅と原初の邂逅(コラボエピソード)』をイリゼ時点で書いたものです。その性質上グリネプやこちらで行なったコラボ(OIの『創滅の迷宮・蒼の魔導書編』)を先に読んでおくと良いかもしれません。また、話数から分かるかと思いますが、この話は第四十七話から第五十六話の間までに起こった、謂わばリーンボックス編です。……では、前置きはこの位で…どうぞ。


リーンボックスにはいない女神候補生の代わりに私がこの国の担当となってから数日。私はオリジンハートが…女神が今居るんだと知ってもらう為に街に駆り出したり、人目に付き易い仕事なんかをしながら日々を過ごしていた。そして今日は、早めに昼食を済ましてクエストに出ている。

 

「これで…終わりだッ!」

 

長剣の投擲にモンスターが気を取られた一瞬の隙を突いて肉薄する私。直前で気付いた茄子に顔と手足が付いた見た目のモンスター(多分ネプテューヌは物凄く強いモンスターなんかよりこの系統のモンスターが苦手なんだろうなぁ…)は咄嗟に短い手で迎撃の殴打を仕掛けてくるけど、それを私は蹴り上げて打ち払い、振り上げた両手に短剣を精製。モンスターが下がるよりも早くその二振りの短剣を振り下ろし、二本同時に頭頂部へと突き刺した。

短剣から伝わってくるのは、見た目通りのぐにゅりとした感触。刺された瞬間モンスターは目を見開いていたけど…その数秒後にはだらりと両手を垂らし、私が短剣を引き抜くと地面へ倒れ込んだ。

 

「ふぅ…これで依頼達成、っと」

 

数歩下がり、気を抜かずに私が注視する中モンスターは光となって消えていく。消滅はモンスターが死亡した事を表す現象であり…それを見たところで私は短剣を消して一息吐いた。

 

「お疲れ様です、イリゼ様。こちらのタオルをお使い下さい」

「お見事です、イリゼ様。こちらのドリンクをどうぞお召し上がり下さい」

 

すっ、と私が一息吐いた瞬間現れた二つの人影。それは私がクエスト対象探しで手を煩わせる事のないよう先んじて目的地入りし、戦闘中は私の指示通り後方待機をしていてくれた二人組の男性……通称兄弟。

 

「あ、どうも…」

「いやぁ、それにしても華麗な動きだったな。揺れる胸、弾む乳房、跳ねるバスト……あの圧倒的な胸部に、わたしは心を奪われた…」

「僕もだよ兄さん。あのままずっと見ていたらオリジンハート教に改宗してしまいそうだった…この気持ち、正しくあ……」

「相変わらずですね!ほんっとブレませんね!私はベール程寛容じゃありませんよ!?」

『巨乳の女性に倒されるならば悔いはない!』

「そこまでいくと最早天晴れですよ!欠片も尊敬はしませんけどね!」

 

この二人はそこそこ優秀らしいし、欲望第一とはいえ私達女神に何度も協力してくれてるし、今日だってすぐ討伐を開始出来たのは二人が先に出て見つけておいてくれたからだけど……やっぱり、女性としてちょっとね…。

 

「はぁ……私軽く見回りしてから戻るので、先に帰っていてくれますか?」

「ご命令とあれば何なりと。クエストの達成報告もしておきましょうか?」

「お願いします…あ、タオルは洗って返しますね」

「いや、それはそのまま返して頂いても…」

「…………」

「…兄者、ここは言われた通りにした方がいいんじゃないかな?」

「その様だな…では我々は失礼を」

 

私の「ちょっとほんとに斬ろうかな…」という心情を閉口から感じ取ったようで、満足半分名残惜しさ半分みたいな顔して帰還する兄弟。その二人の後ろ姿を見て、私は再び大きな溜め息を漏らす。…兄弟といいガナッシュさんといい、どうして私や皆の周りにいる男の人って大体見た目は良い割に中身が残念なのかな…イヴォワールさんもかなり独特だし…。

 

「……って、それは私達もか…」

 

女神化を解いた私は近くにあった岩に座り、半分程飲んだドリンクと軽く身体を拭いたタオルを白い本の隣に置く。私達だって中身の残念さじゃ悲しい事に全く引けを取らないし、これは類は友を呼ぶってやつかな……

 

「…………え?」

 

自分達の事を顧みた私は、人の事を言えないって気付いて苦笑いを……浮かべた次の瞬間、驚愕に目を見開いた。だって、そこには白い本があったから。ここにはない筈の、持ってきていない筈の、プラネタワーの私の部屋にある筈のあの本が、いつの間にかあったのだから。

 

「え……え?…嘘、なんで……?」

 

ぞくり、と鳥肌が立つのを感じる。あり得ない事が起きただけでも驚きなのに、現れたのはよりにもよってあの時の本。これは私にとって思い入れのある、大切な物だけど……同時に超常現象の切っ掛けにもなった、曰く付きの本でもある。そんな物が今、突然現れたんだから…不思議な事もあるんだなぁ、なんて軽く流せる訳がない。

 

(……っ…取り敢えず、他にも何か妙な事が起きてないか確認しないと…!)

 

もしこれが大きな事件の兆候ならば、取り返しがつかなくなる前に動かなくちゃならない。そう思った私は、動揺する気持ちを抑えながら白い本を掴んで……

 

「…………あ、れ…?」

 

──立ち上がった時、私がいたのはリーンボックスの森林付近ではなく……見覚えのない、どこか別の空間だった。

 

 

 

 

異空間とでも言うべき場所に迷い込んでから約十数分。私は、思考を巡らせながらこの場所の探索を行っていた。

 

「……やっぱり、何か違う…」

 

どういう訳かこの場所へと迷い込んだのだと気付いた当初、私はここをあの場所だと…『創滅の迷宮』だと思った。…けど、そことここは何となく違う気がする。具体的にこう、って説明は出来ないけど…感覚的に、一緒ではないように思える。

じゃあ、どこなのか。現段階でその手がかりとなるのは、ここが圏外でシェアエナジーの配給が感じられないという事だけ。シェアエナジーの配給が感じられないって事はつまり、信次元の外なんだろうけど…数多ある可能性の中から一つ抜けた程度じゃ殆ど意味がないし、むしろシェア配給が感じられないのは不安感を掻き立てられてしまう。女神にとってシェアは、文字通りの生命線なんだから。

 

「…とにかく、まずは情報を得ないと…」

 

何も分からない場所、感じられないシェア、そんな中で一人の私。現状不安要素しかないし、その不安で心拍もちょっと上がってしまっている。……けど、あの時よりはずっと落ち着いている。例え楽観視出来る状況じゃなくても、一前にも同じ様な事があって、その時は解決まで持っていけたって経験があるおかげか私の心には余裕があった。それに……ほんのちょっぴりだけど、この状況に『期待』を抱いている私もいる。

 

(もしかしたら、もしかするのかな…)

 

私が心に思い浮かべているのは、ある友達の事。今と同じ様な出来事の時に出会って、短い間だったけど一緒に頑張って、その中で仲良くなって…最後に、またねって言って別れた、小さな友達の事。…その友達に、ここでなら会えるのかもしれない。確証はないし、またこんな形で会う事になるのかって思いもあるけど…それでも、次会えるのがいつか分からなかった相手に会えるかもって思ったら、私は期待を抱くのを抑えられない。

不安だらけなこの場で、その期待は私に勇気を与えてくれた。……でも、その期待は同時に私の警戒心を薄れさせてしまってもいた。

 

「なっ!?くっ!」

 

突如感じた、身体の底からの危険信号。何が、とかどうして、とか思うよりも先にその感覚に従う事を選んだ私は、バスタードソードを手元に取り出し振り向きながら防御。その瞬間、バスタードソード越しに衝撃が走る。

 

「──へぇ、防ぐんだ。不意打ちだったのに」

 

私へと攻撃を仕掛けてきたその人は、防がれたと見るや否や後ろに飛んで構え直す。その手にあるのは、杖とそこから伸びる氷の剣。

 

「急に斬りかかってくるなんて、一体……」

 

相手が即座に次の攻撃を放ってくる様子はないと見た私は、こちらも武器を構え直しながら相手を見る。そしてまず、私を襲った相手が少女である事に気付いた。

ポニーテールで結んだ飴色の髪に、深みを感じる青と水色の中間のような瞳。不敵な笑みを浮かべる彼女は少女というより幼女と言うべき背格好をしていて、手に持つ氷剣さえなければ外見相応の元気な女の子にしか見えてこない。…と、そんな見た目を持つ少女に対し、私は驚いた。でも、それは幼い子がここにいたからじゃない。そうじゃなくて…私が驚いたのは、少女の見た目が……

 

「……え、ラムちゃん…?」

 

ルウィーの女神候補生、ラムちゃんに瓜二つだったから。勿論髪型や服装なんかは違うから完全に一致している訳じゃないし、雰囲気を加味しなければ当然双子であるロムちゃんとも少女は似ている。…まぁ、どっち似かは置いておくとして…謎の空間で、突然襲ってきた相手が数日前まで一緒に旅をしていた仲間の一人にそっくりだったんだから、驚かずにいられる訳がない。

 

「いや、でもラムちゃんがこんな所にいる訳が……」

「考え事してる場合?てりゃぁッ!」

 

この少女はラムちゃんなのかそうじゃないのか。ラムちゃんなら、何故ここにいるのか。そんな事を自然に考え始めた私だけど…少女はゆっくり考える時間をくれはしなかった。

地を蹴り、弾丸の様に飛び込んでくる少女。今度は相手の存在を認識しているし、意識も戦闘のそれへと切り替えていたから慌てる事なく放たれた斬撃を受け止められたけど…流石に楽々ガード、とはいかない。

 

「ぐっ…見た目に反して、重い…ッ!」

 

攻撃自体先の一撃より鋭いものだったけど、それ以上に私は相手の見た目と威力のギャップに苦しめられる。この見た目ならこの位だろう、という脳の無意識な推測に惑わされてしまう。…まさか、普段は相手の推測を崩して戦う私が逆に崩されるとは……。

 

「これも受け止めるんだ!やっぱり思った通りだ、おねーさんは、強い人ッ!」

「っ…ど、どうしてこんな事をするのッ!何が目的!?」

 

私の内心はどうあれ少女からすれば攻撃を防がれたというのに、その表情は欲しかった玩具を見つけた子供の様に輝いている。そんな少女に反して私は度重なる驚きで冷静さを欠き始めており、質問を叩き付けながら半ば力任せに弾き返した。

 

「わああー。…なんて、ねっ!」

 

押し返された少女は予想より大きく…見た目以上の力を持っていると知る前ならば予想通りに後方へ飛んでいく。その最中で一回転する少女に対し、私は追撃でもすればよかったんだけど…動揺から来る『相手の情報を得たい』という気持ちに沿って様子見してしまったのがいけなかった。

風を切る音と共に少女の手から放たれた何か。近距離、小さな物体、女神化していない状態と様子見しようとしていた事に加えて色々なマイナス要素の加わった状態では到底回避行動なんて間に合わず……ずぶり、とそれは私の脚へと突き刺さった。

 

「い…ッ!しまっ、何が…!」

「あはっ!もーらいッ!」

 

左脚の大腿部に走る鋭い痛みに身体を屈める私。少女はその瞬間嬉しそうな声を上げた。

女神化していない今の私にとって、脚の負傷は機動力の大幅低下に直結する。相当な強さを持つ少女を相手にこのディスアドバンテージは致命的だけど……そのおかげで私は、疑問も動揺も振り切り意識の全てを戦いに注ぎ込む事が出来た。

屈んだ体勢のせいで姿は見えないけど、少女が勝負を決めにかかってくるのは声から分かる。だから私は顔を上げよう、避けようと叫ぶ恐怖心を押さえ込み、一瞬よりも更に短い刹那の時間を全神経で認識し……ここだと思った瞬間バスタードソードを振り出した。

 

「……」

「……やるじゃん」

 

突き出す形となったバスタードソードのすぐ先にあるのは、少女の首元。この時少女も氷剣を振るっていたけれど、体格差もあって武器と身体との距離は間違いなく私が勝っていた。…この子が選んだのが遠距離攻撃だったら、立場は逆だったかもしれないけど、ね。

 

「…っはーあぁ、勝てると思ったのになぁ」

 

首元に切っ先を突き付けたとはいえ、相手はまだまだ万全の状態。油断はならないと思って睨み付ける私だったけど…少女は杖を手放し、残念そうにしながら座り込んだ。敵の剣がすぐ側にある中で座り込み、両手を上げた少女は、とても逆転の策を巡らせてるようには思えない。…って事は、つまり……

 

「は、はぁ…もう敵意はない、って思っていいんだね?」

「無いよ、無いでーす。降参ー」

「そ、そっか、急に来たと思ったら終わりも急だね…いつつっ…」

 

いきなり襲ってきた相手とは思えない程軽い感じで降参宣言をする少女。その様子があんまりにもあっけらかんとしていたものだから、私もそれで緊張感が抜けて(もう戦うつもりはないって確信して)……脚の痛みを、より鮮明に感じるようになった。

 

「あー。おねーさんストップ。無理に抜いたらよくないわよ」

「いや、そもそも君が投げたんでしょ!?」

「てへっ☆」

「か、かわいい…って誤魔化されないよ!!」

 

一度は剣を振り出すのと同時に身体を起こした私だったけど、今は痛みで再び屈んで膝立ち状態に。ともかくまずは刺さった棒状の物を引き抜かないと、と思ってそれを掴むと…そこで少女が声をかけてきた。しかも私の言い分に対し、少女がしてきたのはまさかの誤魔化しだった。……お、おねーさん呼びはグッとくるものがあるし、時々ネプテューヌにも似たような誤魔化しを図られる私だけど…流石に奇襲からの棒状の物ぶっ刺しを「てへっ☆」で流される程甘くはないよ…!

 

「ごめん、ごめんってばー。ほら、見せなさいよ」

「……信用薄いんだけど」

「あーもーめんどくさい!パラライズ!」

「へっ、ちょぉぉおぉぉおぉ!?」

 

相手の身体に直接干渉する類いの魔法は成功させるのが難しく、女神に行うとなると難易度は更に上がる(ブラン談)…というのが私の知る干渉系魔法だけど、少女は超一流の魔法使いなのか、それとも違う性質の魔法を使っているのかあっさりと私の身体を麻痺させてきた。あば、あばばばばばばば…。

 

(か、かおす先生じゃないよ…じゃなくて…まさか、騙された……!?)

 

魔法で身体の自由を奪われた私は、一気に血の気が引いていく。全力を尽くせば多分僅かに動く程度の事は出来るだろうけど…この状況じゃ全く動けないのと何も変わらない。

姿勢を直した少女が手を伸ばす中、私はどんどん心拍数が上がっていく。不味い…不味い不味い不味い不味い!このままじゃ私……!

 

(……っ…こうなったら一か八か、近距離射出で…!)

 

精度も質も落ちるけど、シェア圧縮技は今の姿だって使える。状況的にも少女の無力化だけを行うのは出来そうにないけど…こうなってしまえばもうそんな悠長な事は言っていられない。だって、死んでしまえば元も子もないんだから。…悪いけど、そっちがその気ならこっちだって相応の事を……

 

「えいっ」

「〜〜〜〜〜〜ッッッ!?!!?」

 

…しようとした直前、少女は私の脚に刺さった棒状の物を一息に引き抜いた。それは結構深く刺さってたし、少女は勢いよく抜いてきたし…何より抜かれるとは思っておらず痛みに備えていなかった私はあまりの痛みに悶絶寸前。しかも私の身体は反射的に転げ回ろうとするけれど麻痺してるせいでまるで動かず、結果痛みを逃がす事も出来ずに私は膝立ちで声にならない叫びを上げるばかり。…ま、まさかこの子…私をすんなり殺すつもりはないって事……!?

ただ殺せばいいところにわざわざ苦痛を与えてくる少女へ恐怖を抱き始める私。その間にも少女は何かを私にかけてくる。

 

「ナチュレキュア、ブースト」

 

顔を動かせない私は少女が何をしているのか分からず、声と脚への違和感に更なる恐怖を煽られる。き、傷口から毒でも送り込んでるの…?それとも私の脚の神経を駄目にして歩けない身体にしようとしてるとか…人の身体を内側から食い破る魔導生物を入れようとしてるとか……ひッ…嫌、嫌ぁ…!

どんどん恐ろしい可能性を思い浮かべてしまう私は、段々涙が出てきそうになる。その内「苦悶の末に殺されるなら左脚を切り落とした方がいいんじゃないか」なんて思い始めて、切るなら左脚のどの部分からがいいのか考えようとして……いつの間にか痛みが大分引いている事に気付いた。

 

(へ……?)

 

事態がよく分からない中、痛みに続いて麻痺も弱くなっている事に気付いた私はゆっくりと目線を下へ。すると見えてきたのは、治癒魔法の光と塞がりかけてる脚の怪我、そして汗をかきながら治癒をかけてくれている少女の姿だった。

 

「ふぅ…ふぅ……よし、と…リフレキュア。…これで痛まない、わよね?」

「……あ、うん。ホントだ、もうなんともない。…抜かれた時すっっっごく痛かったけど…」

 

私が見ている間にも治癒は続き、遂には傷が完治の状態に。それと同時に身体の痺れも取れて、私の身体は元通りに。……って、事は…今のって、私に苦痛を与えようとしたんじゃなくて…円滑に治癒を進めてくれてただけって事…?

 

「ごめんなさーい。おねーさん強そうに見えたから、つい」

「本当に反省してるの?…いや、うん、いいけど…」

「……おねーさん案外お人好し?」

「いくら私でも流石に怒るよ!?」

 

またあっけらかんとした態度を見せる少女は、やっぱり敵意や悪意を感じられない。…それが半分、自分でも驚く程の勘違いで怯えてしまったという複雑な心境半分で私は少女を責め立てる気にはなれず、パーティーメンバーにからかわれた時のような気分になってしまった。…そんな私に対してからかいを重ねてきた瞬間はちょっと「生意気な…」とか思ったけど。

……と、そこで当初の目的を思い出す私。

 

「あ、そうだ…ここ、どこだか知ってる?」

「うん」

「そっか……まあ流石に知らない…知ってるの!?」

 

こんな入り方からしてあり得ない場所を少女が知ってるとは思えないけど、それでもまずは聞いてみるのが人付き合いというもの。だから私は一応少女の返答を聞いて、すぐにじゃあどうしようという話に……と思ったら、少女の回答はNOじゃなくてYESだった。

 

「うん。ここは、次元と次元の狭間にある、何次元でもない欠片みたいな場所。たまーにおねーさんみたいな迷子がいたりするけど、基本的に何もないところよ」

「そ、そうなんだ……うーん、どうやって帰ろう…」

 

一瞬なんちゃって、って言うのかとも思ったけど…どうやら少女は本当に知っているみたいだった。何次元でもない欠片みたいな場所に、偶にとはいえ迷い込む人がいるのかと思うとかなり恐ろしくなってくるけど…それよりまずは帰る方法。そう思って私は白い本を取り出してみる。

 

「いつの間にかなんか持ってたし、これが原因かなぁ…」

「…おねーさん、それ、どこで拾ったの?」

 

正しくは持っていたというか手元にあっただけど…それはこの際どうでもいい事。また私はこれに飛ばされたのかと眉をひそめつつ本を見つめていると…少女は、何か思うところがあるような表情をしていた。それを見た私は、一瞬考えて…素直に話す事にした。

 

「え?これは……ある子との大切な約束が詰まった本なんだ」

「……!」

 

素直に、とは言っても一から話していたらキリがない。だから掻い摘んで…というより私にとって一番大事な部分だけを抜き出して答えると、少女の表情は驚き…それにどこか安心したかのようなものに変わった。

 

「…ね、おねーさん。わたしがおねーさんの元いた場所に返してあげよっか?」

「え…?で、できるの?」

「うん!ただ、ちょっとだけ時間がかかっちゃうかもだけど」

「ううん、それでもいいよ!お願いできるかな?」

 

少女の口から発せられたのは、思ってもみない言葉。すぐには出来ない、と少女は付け加えたけど…前の時は今よりずっと時間がかかったんだから、数時間と経たずに帰還の目処が立っただけでも僥倖というもの。それだけで嬉しくなった私は、さっきまでの不満を全部チャラにしてしまう気持ちで提案してきた少女へとお願いした。

そうして少女は作業を開始。私が本を渡すと少女は魔法陣を描き、まるで触媒にでもするかのように魔法陣の中心へと本を置く。

 

「ん。これで後は待つだけよ」

 

見返りも求めず転移魔法か何かを準備してくれる少女に私は感謝の念を抱いたけど…同時にさっきの疑問も再び膨らんできた。二度の攻撃を受けた後と違い、今は多少だけど少女の人となりを知れた訳で、そうなるとやっぱりある仮説が浮かび上がってくる。…まぁ、少なくとも信次元の二人のどっちか(特に妹の方)、って事はないだろうけど……

 

「氷属性に、魔法…やっぱりあなたは「はいストーップ」え?」

 

少女が私の思い浮かべた相手なのか、そうじゃないのか。それを確認、或いは断定しようとした私は…言い切る前に止められた。私がそれに目を瞬かせる中、少女はちょっと大人びた顔で言葉を続ける。

 

「おねーさんはわたしの事知ってるかもしれない。けど、おねーさんが知ってる"わたし"とここにいる"わたし"はきっとたくさんの事が違っているはずよ」

「う、うん」

「わたしの自意識過剰かもだけど、おねーさんはその名前で呼んだら、きっとわたしがこうなっちゃった理由も気になっちゃうかもでしょ?だから、良いじゃない。ここにいるのは、名前も知らないおねーさんと、名前も知らないわたし。それでさ」

 

そう言って、私に同意を求めた少女は…私のよく知る顔だけど、私の知らない表情だった。

どうして少女はそう言うのか。少女の言う通り『おねーさんが知ってる"わたし"』の事を思っての言葉かもしれないし、『わたしがこうなっちゃった理由』というのをさっき出会ったばかりの私には語りたくないのかもしれない。ただ、どちらにせよ…少女の言葉の中には真摯な思いがある事は、よーく伝わってきた。……そういえば、あの子の時も同じ様な事があったな。勿論あの子が嘘を吐いてるとは欠片も思ってないし、私もそれが真実だって思ってるけど。

 

「そこまで言うなら…これ以上は何も言わないよ」

「ん、どーもね。……代わりにって言ったらなんだけど、わたしの事について以外なら答えるよ?」

 

私が少女の言葉に首肯すると、少女の顔はすぐに元通りになった。その後少女はちらりと魔法陣の方を見て…質問どうぞ、という旨の言葉をかけてきた。…うーん、この子の事以外っていうと……

 

「…あ、なら、さっき私に投げたあれって、なんだったの?鉄の針か何かだったのはわかったけど…」

「あぁ、あれ?まぁぱっと見じゃ針か何かに見えなくもないわねー」

 

気になる事、となると思い浮かぶのは先程刺さった鉄針らしき物の存在。あれって…ちゃんとした武器だよね?適当に使えそうな物転用したとかじゃなくて。

 

「って事で忍者じゃないけど忍者道具セットー。、じゃじゃーん」

「い、色々出てきた……っていうか多すぎない!?それにその大きな手裏剣とかどこからだしたの!?」

「ふふん、おとめのヒミツってやつよーっ♪」

「えぇ…」

 

質問を受けた少女が見せてくれたのは、サブカル業界じゃよくある割に言及はあまりされない『どこからか物を取り出す能力』…じゃなくて、忍者道具セット。各種手裏剣やら苦無(漢字にしちゃうと一瞬なんだか分からないね)やら鉤爪に……後何かの玉と、小さい忍者アイテム店なら経営出来そうな位少女はたくさん出してきた。…マベちゃんもこれ位持ち歩いてるのかな…後今、私の言葉が誰かとシンクロしたような気がする…。

 

「わたし忍者ではないけど、結構使い道あって便利なのよー?」

 

こっちの「えぇ…」って反応は気にも留めず、少女は広げた道具の内の一つ……正に先程私へ向けて放った、棒状の武器を手に。

 

「おねーさんに使ったこれは慣れるのちょっと大変だったけど、色んな場面で役に立つし」

「ああ、これって手裏剣の一種だったんだ。でも手裏剣って言うとこっちのイメージが強いよね」

「あー、確かにねー」

 

少女は具体的にこれは何だ、と言った訳じゃないけど…その左右に手裏剣が置かれているのを見て気付いた。…そうだ、元々マイナーな上に使おう、って機会もなかったから分からなかったけど……これ、棒手裏剣って名前の投擲武器じゃなかったかな?よく見る手裏剣がブーメラン(戻ってくるやつじゃなくて狩猟とかに使う方)に近い武器だとすれば、こっちは投げナイフに近い武器…とかだったよね。

そして物珍しさで私が棒手裏剣を見つめていると…少女はぱっと何かを思い付いたような表情に。

 

「んー…そうだ!急に襲ったお詫びにはならないだろうけど、おねーさんにこれの打ち方のコツ教えてあげる!」

「え?それって……棒手裏剣の?」

「そうっ。覚えたらおねーさんも忍者ごっこできるよ!」

「それはごっこで済むことなのかな…?」

 

にんにんって人差し指と中指を立ててみるとか、玩具屋で売ってるようなラバー手裏剣を打つとかならごっこだろうけど……マジの手裏剣投げちゃったら、それはもうごっこじゃなくて訓練な気がする。……けど、それも悪くないかも…その時私は思った。

普段は遠隔攻撃がしたいなら適当な武器を投げるなり飛ばすなりすればいいし、手投げにしたって大概は投げナイフや短剣で事足りる。でも、だからこそ…色んな武器を使って戦うスタイルに移行しつつある私ですら簡単には気付けなかった武器なら、他の人だって即座に気付いて適切な対応を取るのは難しい筈。そんな武器を、奇策としてピンポイント運用出来るようになれば…この戦闘スタイルはより洗練されるし、私はもっと強くなれる。……なんて考えていた私は、自分でも知らず知らずの内に少し頬が緩んでいた。…こういうところがある辺り、やっぱ私も女神だよねぇ。

そういう事を考えていた私は返答をしていなかったんだけど、少女はもう乗り気になっていて勝手に指導を始めてしまった。…ま、乗り気になってたのは私もだけどね。

 

「ふっ。…こうかな?」

「おー。おねーさん飲み込み早いわね!もしかして忍者の生まれ変わりだったり?」

 

教えられた通りに棒手裏剣を投げる事数十回。棒手裏剣を使う事こそ始めてだったけど、これまでも武器投擲は何度もしてきたからか身体は作法をすんなり覚えてくれて、棒手裏剣は自分でも思っていた以上に上手く飛んでくれるように。

 

「う、うーん、流石にそんな事はないはず…忍者の知り合いもいるし…」

「忍者の知り合いねぇ。いいなー、せっかくならわたしもなんか秘伝忍法とか教わってみたいかも。ごくらくせんじゅけん!なんてね!」

「教わってみたいっていう割には技名が具体的!流石に私の知り合いでもパイル付き手甲は使ってないから難しいんじゃないかなー…」

「むぅ、そっかー。残念」

 

原初の女神の複製体は、なんと忍者の生まれ変わりでもあった!……なんてなったらびっくり過ぎだね。だとしたら私の過去が更に複雑になっちゃうよ。

……にしても、いつの間にかこの子と打ち解けちゃったな。最初はいきなり襲われたし、途中ヤバい子かもとかも思ったけど…ちょっと、いやかなり遠慮がなかったり説明足らずだったりするだけで、普通にいい子じゃない。まだ疑問はいくつか残ってるけど…それはおいおい訊くか話してもらうかすればいいよね。だってもう、私はこの子の事を友達だって思ってるんだから。

と、私が思っていたその時、視界の端に魔力の光が映り込む。なんだろうと思ってそちらを向くと…そこでは魔法陣が輝きを放っていた。

 

「おねーさん、もう帰れるわよ。知らないとこに飛ばされる〜なんてことにはならないと思うから安心してね。たぶん」

「多分!?なんだろうすっごく不安になってきたんだけど…」

「だいじょーぶだいじょーぶ!ほらほら、早く帰った方がいいわよ?次元によっては時間の流れが違って、ここでの数分があっちでの数日になったりすることもあるんだから」

「えっ、じゃあこれくぐって戻ったら色々が終わった後だったり…?」

「それか世界が滅んでたりしてね!」

「笑えないよ!?止めてよね!?」

 

帰るという事はつまり、この子とのお別れにもなる。折角仲良くなれた相手ともうお別れになるのはやっぱり寂しい事なんだけど…そんな気持ちにはさせまいと言わんばかりに少女はキレッキレのブラックジョークをぶっ込んできた。このタイミングでここまで容赦無いボケを入れてくるなんて…この子はうちのパーティーでも十分やっていける逸材だよ……。

 

……ふふっ。

 

「もう…でも、色々ありがとうね」

「襲ってきた相手にお礼って変じゃない?」

「でも、ちゃんと謝ってくれたし、こうやって帰り道も用意してくれたでしょ?だから、ありがとう」

「む…どういたしましてー」

 

お礼を言われる事に少女は釈然としていない様子だったけど…私は重ねてありがとうを口にする。…だって、お礼って言う側が感謝を伝えたいから言うものだもんね。勿論社交辞令とか媚びとかで言う事だってあるけど……少なくとも、今は違う。私は心から感謝をしているし、ありがとうって伝えたかったんだから。

少女に促され、魔法陣の中へと入る私。その中で本を拾い上げると、魔法陣が放つ光が強くなっていく。

 

「それじゃあ、…えっと」

「?…ああ、そういえばおねーさんに自己紹介してなかったわね」

 

一度おふざけで遮られたとはいえ、私の名残惜しいという思いは変わらないし、出来るならばもう少しこの少女と話していたい。…でも、少女の言った通りここでの時間と信次元の時間が同じとは限らない。実際創滅の迷宮では時間経過に差があったんだから、ゆっくりしていたら冗談じゃなくて本当に世界が滅んでいた…なんて事になりかねない。だから私は後ろ髪を引かれる思いをしながらも帰る事を決めて、最後に挨拶を……しようとして、なんて声をかけたらいいのか困ってしまった。え、えっと…少女、って呼んだらおかしいし…さっきも言ったけど君とか貴女が無難かな……

 

「──わたしはエスト!もし今度会うことがあったら、わたしのお姉ちゃん共々宜しくしてあげるわ!」

「え…!?ちょ──」

 

……私が迷っていたその瞬間、少女は…エストちゃんは元気一杯の笑顔で言った。お姉ちゃん共々、って。

それが何を意味するのか。そんなの、分からない訳がない。でも分かったとしても驚きは隠せなくて、驚いてしまった私は声を出すのがほんの少し遅くなってしまって……私は一言すら満足に言えないまま、光に包まれ信次元へと戻っていった。

 

 

 

 

「……っ…」

 

眩い光が収まった時、私がいたのは日が暮れつつあるリーンボックスの森林付近にいた。……私の在るべき場所に、戻っていた。

 

「…戻って、これたの……?」

 

無事に帰還出来てほっと一息…といきたいけど、まだ安心は出来ない。私がいるのは次元と次元の狭間に飛ばされる前の場所に見えるけど、信次元にそっくりな別次元かもしれない。仮に信次元だとしても…かなりの時間が経ってしまっているのかもしれない。

 

「…で、電話してみるのが一番だよね…」

 

ちらりと首を動かしてみると、岩の上にボトルとタオルが置いてあった。その時点で信次元である事は確定、時間も二つの状態を見るに長くても数日から一週間程度だとは判断出来るけど、最悪のパターン…犯罪神が復活し、皆やられてこの世界の崩壊が決定付けられてしまったという可能性を考えると、とてもそれだけじゃ安心出来ない。…と、いう事で私は携帯を出し(携帯の時計やカレンダーは…次元超えた時に狂った可能性があるよね…)チカさんへと電話をかけた。知り合いの中で彼女を選んだ理由は簡単。私がクエストに出たのを知っていて、一番話がスムーズに進むと思ったから。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

「…はいはい、どうしたのよ?」

「……っ!」

 

通話を待つ事数十秒。現実的には一分にも満たない、でも体感的にはその何倍にも感じる時間の末……チカさんは、電話に出てくれた。それだけで私は「良かったぁ…」と漏らしたいところだったけれど、何とか気持ちを落ち着かせて冷静さを装う。

 

「あ、え…っと…私がクエストに出たの、いつだか知ってましたっけ…?」

「クエスト?そんなのお昼頃だったでしょ?さっき兄弟が帰ってきたけど、貴女はまだ散策中なのかしら?」

「…ま、まぁそんなところです…でも今から戻りますね、では」

 

通話だと言うのに頭を下げながら電話を切る私。そうして私は改めて携帯の時計を見て……ふぅぅー…と大きく息を吐きながら肩の力を抜いた。

 

「良かったぁぁ……」

 

チカさんの返答により、信次元ではあっちと同じかそれよりちょっと長いか程度の時間しか経ってないって確信した。…うぅ、ここまで安心したのも久し振りかも…もし最悪のパターンだったら、私絶望と罪悪感から自殺を図ってたかもしれないよ……。

 

「……あ…そういえば…私挨拶言えてない…」

 

平常心を取り戻した私は、岩の上の物を拾いながらエストちゃんへと言葉を返せていなかった事に気付いた。それと同時に、私の中で一つの結論が出来上がる。

 

(…もう、疑いようがないよね…エストちゃんは、それにあの子は…きっと……)

 

色々、思うところはある。複雑に感じるところもある。気になる事も、分からない事も…沢山ある。……けど、不思議とそれで心が重くなる事はなかった。むしろ私の心はすっきりしてて、なんだか安心したような気持ちすら芽生えている。…それが何故なのかは…まだ、分からない。

 

「…まぁ、それは全部次のお楽しみ、ってやつだね」

 

荷物を持って、私はリーンボックスの教会へと向かい始める。次のお楽しみなんて、次がある確証があるのか?…と言われたらそれはないけど、不安になんかなってない。だって、私にはこの本があるから。エストちゃんは、あの子と姉妹だって言ってたから。……あの子とは、またねって言ったんだから。

 

(…また会おうね、エストちゃん。…約束忘れてないからね──ディールちゃん)

 

とんとんっと足取り軽く進む私。私の胸は、新たに出来た友達の事と、大切な友達とまた会えるって気持ちが強くなった事とでぽかぽかとしていた。前の時と同じく、次がいつになるかは分からないけど……それでも、私はまた会えるって強く強く思っていた。

 

 

私の背を押す、信次元の夕焼け。それは、鮮やかで、綺麗な……紅の色だった。




今回のパロディ解説

・「〜〜わたしは心を奪われた…」「〜〜この気持ち、正しくあ……」
機動戦士ガンダム00の登場キャラ、グラハム・エーカーの代名詞的台詞の一つのパロディ。兄弟が心を奪われてるのは女神化したイリゼだけじゃないでしょうね、えぇ。

・かおす先生
こみっくがーるずの主人公、萌田薫子のペンネームの事。あばばばば、というのは彼女を象徴(?)する台詞ですね、イリゼの場合は痺れてるだけですが。

・ごくらくせんじゅけん
閃乱カグラシリーズの登場キャラ、夜桜の使う秘伝忍法の一つの事。こちらはグリネプ側でも解説されてますね。何せ同じシーンのネタなんですから。

・パイル付き手甲
上記と同じくこちらも夜桜というキャラが使う装備の事。上記と合わせ、同じパロディ解説を二度しているという形になっています。だからなんだという話ですが。

橘さんに合わせ、こちらも今回は一話のみとしてみました。同じ話を別視点で描く…新しい試みでしたが、私としては大変楽しむ事が出来ました。なので読者の皆さん、そして橘さんに楽しんで頂ければ幸いです。もしこの話やOIにてグリネプに興味を抱いた方がいたのであれば、是非読んでみて下さい。シモツキお勧めの作品ですよ?…それと、上記の通り展開は全く同じなので、両方を比べて読むのも面白いかもしれません。まぁ、ともかく…やはり橘さんの作品とコラボ出来るのは嬉しいのです!以上!これかも私はOriginsシリーズを頑張るので、『グリネプの方が面白いからこっちはいいや』とかにはならないで下さいねっ!


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第一話 迷い込んだ先で

今回のお話はOI及び第五十五・五話で行われた、『超次元ゲイム ネプテューヌG 蒼と紅の魔法姉妹 -Grimoire Sister s-(橘雪華さん作)』とのコラボ編となっております。ですのであちらの作品及び、これまでのコラボへ目を通しておく事をお勧めします。
また、この時の時間軸は第百十六話の後という形となっていますが、ネプテューヌGの側の時間はまだ伏せさせて頂きます。


──あの時のように、始まりは偶然だった。意識して辿り着いたのではなく、偶発的な事態によってもたらされた結果。少なくともそこに、故意と呼ばれるものはない。

けれど、偶然とはどこまでを指す言葉なのだろうか。必然でないものは、全て偶然なのだろうか。そこに起こりうるだけの要素があったのなら、可能性があったのなら、狙っていなかったのであれば、それは偶然ではないのか。

……そんなものは、私には分からない。私にも、彼女達にも分からない。けれど、ただ一つ…たった一つ、言い切れる事があるとすれば……そこには、願いと約束があった。再会を望む、私達の願いと約束が。

 

 

 

 

ある物を片手にプラネタワーの廊下を歩く私。向かっているのはイストワールさんの私室で、理由はイストワールさんに呼ばれたから。

 

「イストワールさーん。いらっしゃいますかー?」

「はーい。居ますよ(・∀・)」

 

部屋の前に到着した私がノックをすると、すぐに声が返ってくる。呼ばれたのはついさっきだから、うっかり屋ではないイストワールさんが部屋に居るのは当然と言えば当然だけど…そこはまあ、所謂形式的なもの。

 

「お待たせしましたイストワールさん。本、持ってきましたよ」

 

中へと入った私が目にしたのは、ミニチュアな家具と普通の家具が混在する特徴的な内装。それは初見なら高確率で混乱を招く、けれど既に何度も訪れている私にとってはなんて事ない、イストワールさんの部屋。その部屋の中心にいるイストワールさんへと私は近付き…手にしていた『白い本』を彼女に見せる。

 

「ありがとうございます。そこの机の上に置いてもらえますか?(´・ω・)」

「ありがとうなんて、そんな…私が頼んで調べてもらってるんですから…」

「わたしとしても、少なからず興味を惹かれていますからね。わたしが知識と記録の検索で分からない事なんて、それ自体が珍しいものなんですから( ̄▽ ̄)」

 

指定された通りに本を置くと、早速イストワールさんは調査を開始。…と言っても今は本をぺたぺた触っているだけで、それは傍から見れば和むだけの光景。…勿論実際には解析とか情報の取得とかしているんだろうけど…。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……えと、イストワールさん…?」

「……?何です?(・ω・?)」

「あ、いえ…凄く集中している様子だったので、何か進展があったのかなと…」

「あぁ…これ、調べれば調べる程底知れなさを感じるんです。正直、わたしでも全容解析出来るのはいつになるか…(ーー;)」

 

三時間だとか三日だとか、調べ物をする際は三を基準(?)に目安を教えてくれるイストワールさん。そんなイストワールさんが三ヶ月でも三年でもなく、いつになるか分からないなんて、ほんとにこの本はなんなのか。

…と、いう思いが顔に出てしまっていたのか、イストワールさんは「あ、でも」と言って気になる事を言ってくれる。

 

「どこまで正確に出来るかは分かりませんよ?分かりませんけど…多分、これを使えばわたしも別の次元へと繋がるゲートを作れると思います(`・ω・´)」

「え…ほ、ほんとですか!?出来るんですか!?」

「ふふっ、ではやってみましょうか?(´∀`*)」

 

イストワールさんの言葉に、私のテンションは一気に上昇。でも、それも当然でしょ?私が調査を頼んでいたのは、また次元を超える為…再会の為なんだから。

 

「お願いします!…あ、何か手伝う事はありますか?」

「その必要はありませんよ。でも、強いて言うなら作ったゲートに入ろうとはしないで下さい。どの次元に繋がるか分からないどころか、ちゃんとどこかの次元に繋がっているかどうかさえ分かりませんから(ー ー;)」

「は、はい…(ちゃんと繋がるかどうかさえ分からないって…じ、次元の狭間は勘弁……)」

 

興味本位で出来たゲートに入ってはいけないと言われた私は、何だかよく分からない内に次元の狭間へと飛ばされたハプニングを思い出す。…あれはあれで変えようのない大切なものを得たけど、また行きたいかと言われると答えはNOだよね…。

 

「…それでは、開いてみましょう……」

 

開かれた本に手を当てたまま、目を閉じるイストワールさん。集中力を削がないよう私が口を閉じ、真摯に見つめる中十秒、二十秒と時が経ち…数十秒、或いは数分経ったところで、イストワールさんと本の前の空間が、ぐにゃりと歪み始めた。

 

(……!これ…この先に、どこか別の場所が……)

 

生まれた異変はその歪みを深め、次第にその先が見えなくなっていく。上手く言葉には出来ない、でもここではない『どこか』と繋がりつつあるのを肌で感じて、私の鼓動はほんのり早くなる。

……そんな時だった。歪みの性質が、何か別の方向へと『歪み』始めたのは。

 

「……っ…これは、干渉されて…いや、作用し合っている…?」

「…イストワール、さん…?」

「…下がっていて下さいイリゼさん。一旦このゲートは閉じます…!」

 

何かおかしい事に私が気付いた次の瞬間、動揺混じりの声をイストワールさんが漏らす。その声は、続くイストワールさんの決断は、何か不味い事が起きているのだと如実に表していた。

その言葉を受けて、一度は後ろへ下がった私。でも、歪みの範囲が広がり、イストワールさんとの距離が縮まっていくのを見て……私の心は、大きく揺れる。

 

(このままいったら…イストワールさんが、飛ばされる…?)

 

それはあくまで、私の主観。確信のない、もしかしたらの話。でも確証がなくとも、そのもしもを考えるだけで、私は平常心じゃいられなくなる。だって、私にとって仲間は例外なく大切な人だから。それに彼女は、イストワールさんは……

 

「……っ!イストワールさん!」

「……!?イリゼさん!?」

 

歪みからイストワールさんを守るように、咄嗟に伸ばした私の手。その結果イストワールさんの前にあったもの、白い本へと指先が触れて……本が強い光を放ち始める。

 

「え……?」

 

見覚えのある輝きを目にした次の瞬間、私の中から力が流れ出ていく感覚に襲われる。そんな中、私の目に映ったのは目を見開くイストワールさんの姿で……

 

 

 

 

────私がイストワールさんの部屋にいたと断言出来るのは、そこまでだった。

 

 

 

 

気付いた時に私がいたのは、真っ暗で冷たい空間。光の全くない、深淵の様な場所。

 

「……っ…」

 

凄まじい速度で体温が奪われていく。その冷たさのおかげで私の頭は冴えていたけど、はっきり言って不味い。この冷たさは、非常に不味い。

 

(何、ここ…身体が動かな…くはない…?足首から先は動いて…何か柔らかい、でも押すと固くなる物に包まれてて……)

 

寒さで冷や汗さえも出ない中、生命の危機を感じた私の頭はフル回転。五感(視覚は機能してないけど)を駆使して情報を集め、自分が今どこにいるのかを推理していく。

暗くて、冷たくて、柔らかいけど固くなって、独特の音がして…水っぽくて……って、これは…これはまさか、私……

 

(──ゆきのなかにいる!?)

 

思えばネプテューヌは地面に刺さっていたという。思い出せば、確かラムちゃん以外の女神候補生は全員ルウィーで雪の中に突っ込んでいた。そして何より、私も一度敵に投げ飛ばされて雪の中に突っ込んだ経験がある。だから何か…特に雪の中に埋まるなんて、そうとも。よくある、よくある事さ……っていやいや、そんな事考えてる場合じゃない…!

 

「んっ…ふ……」

 

もぞもぞと、雪の中で身を捩る私。捩って、もがいて、少しずつ隙間を作っていく。その内に脚の方にも余裕が出来始めて、そこから一筋の光が差して、それに希望を感じた私は更に身体を動かし続けて、そして……

 

「とっ…りゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ある程度の隙間が出来たところで力を振り絞り、私は雪の中から脱出した。私を埋めている雪の一角を崩すようにして、私は冷たい暗闇からの生還を果たす。

この時私は、清々しい気持ちだった。空気は澄んでいて、空は綺麗な青さで、雪の中に比べれば外は暖かくて、視線を前へと向けてみればそこには小さな女の子が二人。

 

「…………ん?」

 

自然と浮かんだ笑みのまま、私は固まる。目を何度か瞬かせて、もう一度しっかり見てみるけど…やっぱりそこには女の子が二人。…つまり、恐らく私はこの二人にばっちり今の一部始終を見られていた。というか、その二人は…ロムちゃんとラムちゃんだった。

 

「…………」

「…………」

「…あっ、いや…えーっと……」

 

ロムちゃんとラムちゃんは、変なものでも見るような目付きをしている。そして言うまでもなく、二人の見ている変なものというのは私。足首から先だけが雪から出ていて、それが暫く動いていて、突然一角を跳ね飛ばしつつ人が登場…なんて場面を見たら、そりゃそういう目もするよね…。…でも、よかった…別次元じゃなくてルウィーに飛ばされただけで……。

 

「…あはは、びっくりさせちゃってごめんね…でも大丈夫!ちょっとハプニングに見舞われただけだから!」

「へっ……?」

「…なれなれしいわね…」

「……あれ…?」

 

恥ずかしさを混じらせながら誤魔化しにかかった私。…でも、返ってきたのはよそよそしい反応。まるで、私の事をほんとにただの『変な人』としか思っていないような…そんな反応。

 

「ロムちゃん、ラムちゃん…だよね…?」

「む、何それ。わたしとロムちゃんがわたしとロムちゃんじゃないなら誰だって言うのよ」

「ええっと、それは…誰だろうね、はは……」

「…行こ、ラムちゃん……」

「…うん、行こっかロムちゃん」

「あっ、ちょっ!ちょっと待って!」

 

私の返答を不審に思ったのか、或いは元々あった不審感が今ので後押しされたのか、ロムちゃんがラムちゃんの袖を引っ張り二人は帰ろうとしてしまう。…そこにはやはり、私を姉の友達であり共に旅をした仲間…という思いの籠らない瞳を浮かべながら。

 

「…こんどは何?」

「……私、二人を怒らせるような事した…?」

「…してない…(ふるふる)」

「じゃあ…もしかして、私の事…知らないの…?」

 

さっきは寒さのおかげで出なかった嫌な汗が、じっとりと私の背筋を伝う。まさかという思いで訊いて、その返答を…なんでそんな当たり前の事を、とでも言いたげな表情を見て……確信した。……ここはゲイムギョウ界ではあっても、信次元ではないんだって。

 

「…………」

「へんなの…これがフシンシャ、ってやつ?」

「かも…だから、早く行こ…?」

「……待って、ロムちゃんラムちゃん」

 

背を向け立ち去ろうとする二人を、再び止める。既に私へと不審感を抱いている二人へこれ以上話しかけるのは、二人からすればあまり気分のいいものじゃないと思うけど…仕方ない。ここで二人と別れてしまったら、それだけで私は手詰まりになりかねない状況なんだから。

 

「わたし達、もう行きたいんだけど…」

「…私、実は迷子なの。だから、教会に連れて行ってくれないかな?」

『迷子…?』

 

意識を切り替えた…というより切り替わった私は、話の狙いを大きく変更。…嘘は言ってない。だってここは私の知る場所じゃないんだもの。

 

「教会って、色んな情報が集まるでしょ?それに教会には、物知りで格好良い守護女神もいるでしょ?だから頼るなら教会かなって」

「ものしりでカッコいい…へぇ、お姉ちゃんの事はよくわかってるじゃない」

「まぁね、それに二人の事もよく知ってるよ?強くて可愛くて優しい、人気の女神候補生だってね」

「へ、へぇー…なによ、へんなやつだと思ったら案外良いやつじゃない。いいわ、ならこの強くて可愛くて優しいラムちゃんとロムちゃんが、教会につれてって…」

「ら、ラムちゃん待って…この人、だましてるかも…」

「へっ?…あー!あんた、わたしをだまそうとしたのね!」

 

私の紡ぐ言葉に気を良くしたラムちゃんは、頬を緩めて案内をしてくれ……かけたところで、ロムちゃんに止められてしまった。…流石に二人一度に納得してもらうのは無理か……でも。

 

「騙そうとはしてないよ。だって今言ったのは事実でしょ?…ロムちゃんは、私を怪しいと思ってる?」

「…………」

「…じゃあさ、尚更連れてった方がいいんじゃないかな?私が危ない人だったら、放置したら駄目でしょ?でもだからってここでこてんぱんにして、その後怪しくない人だって分かったら、ロムちゃん嫌な気持ちにならない?」

「それは…うん……」

「なら、色んな人の意見を聞く為にも、連れて行った方が良いと思わない?教会には信じられる人、いっぱいいるでしょ?」

 

少し身を屈め、目線の高さを近くしてロムちゃんに問う。ラムちゃん程ストレートではないけど、ロムちゃんもまた素直な子。だから子供騙しなんて考えず、真面目に話せば分かってくれるし…って、この表現だとラムちゃんが子供騙しに騙される子みたいになっちゃうか…。

そうして二人の説得を試みた私。話す中で違う次元でも二人は二人なんだなと感じて……

 

「いい?おかしな事したら、かちんこちんにしてやるんだからね!」

「ちゃんと、見てるから…」

「うん。妙な事はしないって約束するよ」

 

……無事、私は教会へと案内してもらえる事になった。案内っていうか、連行っぽい雰囲気だけど…そこはこの際気にしない。

私は二人の半歩前を歩き、二人は後ろからどこを通るかの案内を出してくる。案内人が後ろなのは、私を見張る為らしい。

 

(…やっぱり、街並みも違う…気候や雰囲気は一緒だけど、色んな事が違ってる……)

 

飛ばされた先であるルウィーの公園から出て、見覚えのない道を通って、大通りへ。私だってルウィーの地理を完璧に把握している訳じゃないけど、大通りさえ分からないなら、もうここは私の知らない次元という事で間違いない。

 

「あらロム様ラム様、今はお散歩中かしら?」

「こんにちはーおばさん。今はへんな人をれんこー中なの!」

「あ、ちょっ……!?」

「まぁ、そうなの。ふふっ、大変ね」

「…あ、あはは……(よ、よかったぁぁ…この人私を『二人の遊びに付き合ってあげてる人』と思ってくれてる…)」

 

……途中公衆の面前で変な人扱いされてヒヤヒヤしながらも、私は教会へと向かう。つい知っている物を見つけようと私はしきりに見回していて、それでまた二人に変な目をされて……その内にやっと、教会が見えてきた。私の知る教会と似た外観を持つ、この次元のルウィー教会が。

 

「…あのおっきいのが、教会…だよ」

「だよね。二人共、案内してくれてありがとう」

「ほっといちゃまずそうだから連れてきただけよ。じゃあ中に……」

 

正面まで来たところで、私は二人へお礼を口に。それを受けたロムちゃんは無言で小さく頷き、ラムちゃんはツンとした態度で中に入ろうとして……二人は顔を見合わせた。

 

「……?」

 

そこから二人はひそひそと内緒話。内容は多分私に関する事だろうけど…流石にそれに聞き耳を立てる程私は子供じゃない。むしろ二人の内緒話というのはここの次元でも可愛らしいもので、答えが出るまで暫し気を休めてのんびり眺めていると……

 

「…迷子の人は、ここで待ってて…」

「ステイよステイ!まずお姉ちゃん達に話して、それから入れてあげるかどうか決めるんだから!」

「あ、うん…(ステイって……わ、私飼い犬扱い…?)」

 

身元不明の人間(私が女神って事には気付いてないみたいだし)を教会に入れるのは不味い、と思ったのか二人は私を残して中へ。そういうところに気が回る辺りここの二人もそれなりの経験積んでるんだろうなぁとか、でも私を一人にしちゃうのは二人らしいなぁ…なんて思ってたのが、この時の私。……けれど、数十秒程したところで衝撃的な声と単語が聞こえてくる。

 

「……なのよエスト。ミナちゃんよりちょっと背が高くて、なれなれしかったり途中でわたわたしてたりして…」

「迷子、って言ってたの…あ、まいこちゃんじゃないよ…?」

「ふぅん…迷子、ねぇ……」

 

中から微かに聞こえてきたのは、三人のやり取り。その内二人は今入ったロムちゃんとラムちゃんで…もう一人は、ラムちゃんとよく似た、でもどことなく違う声音の誰か。

……でも、私は知っている。その声の主を。会話の中に出てきた、その人の名前を。だって、それは…その子は……

 

(エスト、ちゃん……!?)

 

──私が次元を超えてまた会いたいと思っていた二人の内の、一人なんだから。

 

「今のって、エストちゃんの声だよね…エスト、って言ってたよね…じゃあまさか、まさかここって……」

 

驚きと興奮で、鳥肌が立つ。気持ちの昂ぶりで、無意識に思考を口にしてしまう。

飛ばされてしまったと分かった時、私は酷い事故(私の軽率な行動にも問題があるけど)に遭ったと思った。自分が次元を超えてしまったと理解した時、心の内側から不安が湧き出してきた。…でも、今はそれを不幸だなんて思っていない。それどころかこれを幸運だと喜びたい位に、私の心はドキドキしている。…こんなにも早く、また会える事になるなんて…って。

 

(……まだかな…まだかな…)

 

勢いよく扉を開けて彼女の姿を見たいと思う気持ちを押さえ、扉が開かれるのを待つ。折角こんな幸運に巡り会えたのだから、ここで焦って更にロムちゃんラムちゃんからの印象を悪くする事もないと自分に言い聞かせ、じっと目の前の扉を見つめる。

そして遂に、その時がやってきた。まず扉が僅かに、本当に見ていなければ分からない程僅かに開かれて、それから一気に扉が全開になって…………

 

「……──ッ!」

「な……ッ!?」

 

人の域を超えた少女が、その手に持つ氷剣で斬りかかってきた。……それは、あの時の再現をするかのように。

 

「──あはっ、腕は落ちてないみたいね。おねーさん」

「……っ…挨拶が乱暴過ぎるよ、エストちゃん…!」

 

反射的にバスタードソードを抜いた私は、その場で脚に力を込めて防御。行動とは裏腹に楽しげな笑みを浮かべる少女…エストちゃんと視線を交わらせ、次の瞬間互いに飛び退く。

 

「ちょ、ちょっとエスト!?何よいきなり!」

「ど、どうしたのエスちゃん…!」

 

教会の正面入り口のすぐ前へと着地したエストちゃんの隣へ、慌てた様子のロムちゃんとラムちゃんがやってくる。…でも、そりゃそうだよね。二人からしたら、突然エストちゃんが扉を全開にして飛び出したんだから。

…と、そこで私はこの状況が誤解を招きかねない事に気付く。

 

「あっ……お、落ち着いて二人共!私は二人が思ってるような事した訳じゃないから!」

「おちつく…?……あ…剣…!」

「エストも杖に氷の剣…って事は、あんたがエストをおそったのね!」

「うっ…だよね…そうなるよね…!」

 

先んじて弁明をしようとするも、お互い武器を手にしていた時点で時既に遅し。二人からしても今のは先にエストちゃんが仕掛けた姿が見えている筈だけど…仲間と謎の変な人とじゃ、信用の観点で差があり過ぎる。

けれど、別段慌てる必要はない。私が変な人からヤバい人にランクアップしたとしても、ここにはエストちゃんが…私を知っている人がいるんだから。

 

「え、エストちゃん…」

 

二人から厳しい視線を受ける私は、「お願い、誤解を解いて…」という思いを込めてエストちゃんを見つめる。するとエストちゃんは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべて……それから「ふふん、まっかせて!」と言わんばかりの自信に溢れた笑みを返してくれた。それで私は一安心。…もう、某ガンダムマイスターさんばりの不意打ち上等スタイルもそうだけど、こんな誤解必至の状況で過激な事をするのは勘弁してほしい……

 

「エスちゃん…この人、知り合いなの…?」

「こいつ、エストを狙ってきたの!?そうなの!?」

「あぁ、うん。この人は……」

 

 

 

 

 

 

「……出会ったばかりのわたしが戦う事になった、とっても危険な奴よッ!」

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

 

 

 

「…………え"?」

 

──びしり、と私を指差し二人の誤解を解くどころか助長させたエストちゃん。その時のエストちゃんは……心から愉快そうな、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

その日わたしは、ブランさんと買い物に出ていた。今は買い物を終えて、二人でルウィー教会へと向かっている。

 

「悪いわね、買い物に付き合わせちゃって」

「気にしないで下さい。わたしも買いたい物がありましたから」

 

わたしが買い物に付き合った事に、他意はない。本当にただ同じタイミングで出掛けようとしていたから、なら一緒に…とわたしが言っただけ。…意外と偶然って、ありふれてるよね。

 

「…………」

「…………」

 

あまり多くの事は話さず、二人で並んで歩く。元々わたしは積極的に人と話そうとするタイプじゃないし、それはブランさんも同じだから、二人きりの時に静かな時間があるのは当然の事。でも、この静かさは嫌いじゃなくて…むしろ落ち着く感じすらあった。

そんな事を思いながら、歩く事十数分。教会の屋根が見えてきたところで…わたし達は、異変に気付く。

 

「…あれ……?」

「…人だかり、ね…どうしてここに……」

 

教会は元から人がそれなりに訪れる場所だから、見知らぬ人が周囲にいる事自体はおかしくない。…でも、今見えている人の数は明らかに普段より多い。まだ通る上で問題があるレベルではないけど…人だかりが出来ているなら、それには何か理由がある筈。

そう考えたわたしとブランさんが、歩く速度はそのままに周囲に注意を払い始めると……そこで教会の方から、戦闘音らしきものが聞こえてきた。しかもそれに混じって聞こえるのは、ロムちゃん達の声。

 

「……ディール」

「はい。戦いになるのであれば援護します」

 

わたし達は目を合わせ、そこから小走りで教会の前へ。まだ何が起きているかは分からない。ロムちゃんとラムちゃんが派手な魔法を思いついて、それを試しているだとか、エスちゃんが何か悪戯を行っているだとかの可能性も、まだ十分ある。

でも…もし大変な事が起きていたら。皆の身に、何かあったら。…その可能性が1%でもあるのなら、わたしは気を抜けない。抜ける訳がない。……大切なものを失うのは、辛い事だから。

 

(何が…何が起きているの……?)

 

そうして教会の正面に出たわたしとブランさん。一抹の不安を抱いてここまで来たわたし達は、人だかりを抜けて視界が開けた瞬間……そこで起きている事を、それぞれの目で目の当たりにする。

起きていたのは、やはり戦闘だった。女神化こそしてないものの本気な様子のロムちゃんとラムちゃん。何だか含みのある様子で戦うエスちゃん。そして、その三人と戦っているのは……三人の攻撃を何とか凌ぎながら、叫んでいるその人は…………

 

「────イリゼ、さん…?」

 

──ある時、ある場所で出会った…一度は敵対して、でも同じ目的の下協力する中で互いの事を知って、最後にはまた会おうと約束した人……遠く離れた場所の友人、イリゼさんだった。




今回のパロディ解説

・ゆきのなかにいる
Wizardryシリーズに登場する文章の一つのパロディ。そういえば、イリゼとエストの邂逅編でも同じネタのパロディがありましたね。無意識に意識してたのかもです。

・〜〜そうとも。よくある、よくある事さ〜〜
きつねのおきゃくさまにおける、きつねの心の声の一つのパロディ。昔絵本で、或いは国語の教科書で読んだ方も多いと思います。この文は記憶に残ってるんですよね。

・まいこちゃん
どうぶつの森シリーズに登場するキャラクターの一人(一匹?)の事。イリゼを親である原初の女神の下へ連れて行くとプレゼントが…貰えるのかもしれません。

・某ガンダムマイスター、不意打ち上等
機動戦士ガンダム00の登場キャラ、ロックオン・ストラトス(ニール)及び彼の台詞の一つの事。これは邂逅編のオマージュというより、またこうなるだろうという想像ですね。


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第二話 二人との再会

思いもよらない事は、案外よく起こる。別の次元に飛ばされたり、雪に埋もれたり、それを知り合い(の同一人物)に見つけてもらったり、その先で一度会ったっきりの友達と再会したりと、起こる時は本当に起こる。

思いもよらない事は、思いもよらないんだから回避や準備のしようなんてない。…でもそれは、正真正銘想像する事が『現実的に』不可能な事の時だけ。だから私は思った。──浮かれてないで、もっとエストちゃんがしそうな事を想像しておくべきだったと。だってエストちゃんなら…悪戯っ子で私の力を評価してくれてる彼女なら、これはあり得ない事じゃなかったんだから。

 

「ちょ、ストップストップストップ!待って聞いて!私の話を……うわわわわわっ!」

「悪いやつから聞く話なんてないわ!」

「エスちゃんの敵は、わたし達の敵…!」

 

容赦無く襲いかかる多彩な魔法を、剣撃と身体能力全開の立ち回りで何とか凌ぐ。それを行うのは、私の訴えを一蹴しているロムちゃんとラムちゃん。私の知る二人と同一なのは見た目や性格だけじゃないようで、一撃一撃がまともに喰らえば洒落にならない威力を有している。

 

「ほらほら!わたしも無視しないでよおねーさんッ!」

「二人を焚き付けておいてよく言うよ…ッ!」

 

片手飛び込み前転で回避をかけた私の先へ、嬉々とした表情のエストちゃんが斬り込んでくる。前に会った時も不意打ちからの戦闘になったけど…今回はロムちゃんラムちゃんがいる上に、地の利も三人の側にある。今のところは地の利が影響してはいないものの、だからって最後まで機能しないとは限らない。

 

(せめて、女神化出来れば振り切って逃げる事も出来るのに…!)

 

エストちゃんを押し返し、直後にロムちゃんラムちゃんから放たれた魔法を跳躍で避けた私は、先程出来なかった女神化をもう一度試してみるも…やっぱり女神の姿にはなれない。三人も女神化はしていないから、そういう意味では現状フェアとも言えるけど…こんなフェアさがあったってしょうがない。……というか、そろそろ本当に不味い。

 

「……っ…エストちゃん、もう満足したでしょ…!これ以上は、私も…ッ!」

「むぅ、わたしはもうちょっとおねーさんと斬り結びたいんだけど…それもそうね。あー、ロムちゃんにラム。実はこの人は悪い奴じゃ──」

「……っ!ラムちゃん、今…っ!」

「うんっ!さっき言ったとーり、かちんこちんにしてやるんだからっ!」

「え?あ……ッ!?」

 

更にエストちゃんと数度打ち合い、二人の魔法を斬り払った私は、少し声に怒気を孕ませながらエストちゃんへ嘘の撤回を求める。これ以上戦えば本当に怪我をしかねないし、今ある余力でそれを避けようとするなら私は三人を傷付けなきゃいけなくなる。それだって成功するかは分からず、下手すれば怪我以上の事だって…。

そんな思いも込めて私が発した言葉は、やっとエストちゃんに届いた。私の言葉、それに状態も顧みて杖を下ろしたエストちゃんは、振り返ってロムちゃんラムちゃんへと声をかける。

けれどここで、私もエストちゃんも致命的なミスを犯した。エストちゃんが一言かければ、その時点で終わると思って気を緩めてしまった。……二人が既に、攻撃に入っていた事に気付かず。

 

(しまっ……ッ!?)

 

ロムちゃんとラムちゃんが杖を突き出した瞬間、私の足元に魔法陣が現れる。咄嗟に私は飛び退こうとし、エストちゃんも何かしらの魔法を使おうとしていたけど…もうどう見たって間に合わない。

足元から感じる、予兆の様な冷気。魔法陣が強く輝き、その光に私は氷漬けにされる自分の姿を容易に想像出来て……

 

 

 

 

──気付いた時には、私は空を飛んでいた。

 

「間に合った……!」

 

飛んでいると言っても、自力じゃない。私は首の後ろと両膝の裏に腕を回す形…所謂お姫様抱っこの体勢で抱かれていて、飛んでいるのもその相手。

自分が飛んでいる事、抱かれている事に気付いた私は、私を抱いている相手…助けてくれた人へと目を向ける。目を向けて……私は再び驚いた。だって、助けてくれたのは…飛びながら安堵の声を漏らした、その人は……

 

「……ディール、ちゃん…?」

 

私が会いたいと思っていたもう一人の女の子。またね、と再開を約束した友達…ディールちゃんだったんだから。

 

 

 

 

「エスちゃん、ごめんなさいは?」

「…別に…わたしだって最後のはわざとじゃない……」

「ご・め・ん・な・さ・い・は?」

「……ごめんなさい」

 

おろおろと怒り怒られの二人を交互に見るロムちゃんラムちゃんと、気迫に押されて私へ頭を下げるエストちゃん。事件や襲撃ではなく訓練だったと教会の職員や人だかりを誤魔化すブランに……何か前に会った時には無かった雰囲気でエストちゃんを叱責するディールちゃん。…ルウィー教会の敷地は、先程とは違う意味で人目を集めそうな状況になっていた。

 

「はぁ…悪戯も過ぎればただの悪事だって事位、エスちゃんなら分かってると思ってたんだけど…」

「わ、分かってるわよ。でもそれは受け手次第…」

「じゃ、イリゼさんに訊く?」

「…今日のディーちゃん、厳しい…」

「そりゃそうでしょ…これ最悪ここと信次元の戦争の切っ掛けになってたかもしれないんだから…二人なら多少の加減はしてくれてたと思うけど…」

 

流石のエストちゃんもディールちゃんには頭が上がらないのか、それともちゃんと悪いと思ってくれてるのか、私の時程お茶目な様子は出てこない。…というか、戦争って…確かに私は女神だけど、発想が過激だよ…。

 

「…わたし達も、ごめんね…?」

「あ、ううん。二人はそこまで反省しなくてもいいよ。エスちゃんに騙された訳だし」

「…一応言うけど、別に騙してはいないわよ?『わたしから仕掛けた結果』出会ってすぐ戦闘になったんだし、『敵に回したら』危険な人だし」

「…わたしその時の会話聞いてないけど、口振りからして明らかに恣意的な伝え方してるよね…後、謝るならわたしじゃなくてイリゼさんにね?」

 

一先ずお叱りが終わったからか、ディールちゃんに話しかけるロムちゃん。すると途端にディールちゃんは表情を緩め、それから二人の謝罪を私に振ってくれた。

二人のおずおずとした「ごめんなさい」を受けた私は、軽く手を振りつつ気にしないでと返答する。…ここにきてやっと私が口を開いたって?…しょうがないじゃん、私半分位蚊帳の外だったし…。

…と、そんな事をしている内に誤魔化しを終えたブランがこちらへ。

 

「ふぅ…そっちは済んだ?」

「あ、はい。…すみません、ブランさん」

「貴女が謝る事じゃないわ。それと、誤魔化したとは言っても注目はされたままだから、済んだのなら中に入って」

「みたいですね…ほら、行こう皆」

 

例え事件性がない(という説明をされた)としても、女神が人前で模擬戦してたり穏やかじゃない雰囲気をしていたら注目されるのは当然の事。だからディールちゃんはそれに同意し、他の皆も正面の出入り口に向かって……私は一人、ぽつーんと残されてしまった。

 

「……?何してるんですかイリゼさん」

「あ…な、何でもないよ何でも…」

 

着いてきてない事に気付いたディールちゃんに呼ばれ、皆の後を追う私。

残されたと言っても、私は言われてない…と思った訳じゃない。私が出遅れたのは……単純に、ディールちゃんが喜んでいるようには見えないから。

 

(…あんまり、嬉しくなかったのかな……)

 

行動はどうあれ、エストちゃんは嬉々とした表情を見せてくれた。でもディールちゃんは私を助けてくれた時こそ安堵してたけど、それからは殆ど私に感情を向けてくれていない。これまでは状況が状況だから、ってのもあったと思うけど…それが理由になるのもさっきまでの事。なのに今も平然としてるのは……多分、今のディールちゃんにとって私はその程度なんだって事。……思いは、私の一方通行だったって事。

 

 

……なんて、柄にもなく私は友達関連で凹んでいた。馬鹿みたいに友達を信じようとするのが、私なのに。

 

「……あぁ、そうだイリゼさん」

 

少し先を歩くディールちゃんが、教会の中へ入る直前不意に止まる。ふと思い出したような声を出し、手を後ろで組んだディールちゃんの声で私が俯きがちだった顔を上げると、ディールちゃんは見返りの姿勢で微笑んでいて……

 

「──約束、しましたもんね」

 

決して満面の笑みではない、少し大人びた…でもその奥に幼さを感じる、穏やかな微笑み。そんな笑みを見て、私は思った。……やっぱり、また会えて良かったって。

 

 

 

 

教会に入った私は、応接間へと案内された。ブランと私は向かい合う形で座り、私へ対する若干の壁を感じるロムちゃんラムちゃんはブランの両側に座って、ディールちゃんエストちゃんはそれぞれ一人用ソファへ。

 

「さて、と…貴女はわたしの事を知っているらしいけど、一応自己紹介をさせてもらうわ。わたしはブラン。ルウィーの守護女神、ホワイトハートよ」

「あ…うん。私はイリゼ。原初の女神、オリジンハートの複製体で、守護する国はないけどれっきとした女神だよ」

「イリゼ、ね。まずはうちの者がやらかした事をわたしからも謝罪するわ」

「い、いいよ別に。…いや良くはないけど…ブランにまで責任追及するつもりはないから」

 

簡素な自己紹介を終えたところで、早速ブランは謝罪を口にする。するとロムちゃんラムちゃんは「お姉ちゃんは悪くない…」みたいな表情を浮かべて、エストちゃんは「真面目ねー」と言いそうな顔に。…この三人はブランやディールちゃんより表情がよく変わるね。

 

「そう。じゃあ…二人への説明も兼ねて、ここに来た…いえ、来てしまった経緯を教えてもらえるかしら?それと、二人との関係もね」

「勿論…って、あれ?二人は私の事話してないの?」

 

てっきり私の事は知っていて、自己紹介は初対面の形式的なものだと思っていたから、全く知らない様子のブランに私は驚く。…まぁ、かく言う私もディールちゃんの事は皆へざっくりとしか言ってないし、エストちゃんの事は調査に絡んで伝えたイストワールさん以外は知らないだろうけど…。

と、いう事で私は何故この次元に来てしまったかを伝え、二人は私とどういう間柄なのかを説明。すると途中でロムちゃんラムちゃんは何かを思い出したのか、「あー!」と揃った声を上げていた。

 

「…って訳で、わたしがおねーさんと会ったのはここに来る前なの。わたしが会っていたのはディーちゃんよりずっと短い間だったけど」

「…………」

「……?わたしの説明、何かおかしかった?」

「いや、そうじゃなくて…彼女、イリゼの視点で言えばエストより先にディールと会っているのよね?でも、貴女の視点で考えると、ディールより先の時間軸で会っているようにも思えて…」

「あ、言われてみると確かに…エスちゃん、イリゼさんと会ってからここに来るまではどれ位だったの?その期間によっては、矛盾が生じない?」

 

一通り説明が終わったところで、ブランは一度考え込んで…それから私達が気にも留めていなかった点に疑問を呈した。

考えてみれば、それはとても不思議な事。一体時系列はどうなってるんだとか、まさかエストちゃん何か隠してるんじゃ…とか各々思い浮かべる中、一人エストちゃんは「あぁ…」と声を漏らして、そこから訳知り顔で続ける。

 

「時間の流れは次元ごとに違うのよ。ディーちゃんとおねーさんが飛ばされた時も、戻った時にきっちり同じ分の時間が過ぎてた訳じゃないでしょ?」

「そういえば…じゃ、あんまり客観的な視点は機能しないって事かな?」

「多分ね。わたしも経験則以上の事は言えないけど」

 

事例を出して教えてくれたエストちゃんに確認をすると、エストちゃんは断定こそしないものの首肯してくれた。…因みにこの話の際、ロムちゃんラムちゃんはぽかんとしてたけど…この説明はディールちゃん達に任せればいっか…。

 

「時の流れる速度の違い、ね…それは中々思考のしがいがある理由…」

「ブランさん、話逸れてます…」

「あ…そ、そうだったわね…こほん。…確認だけど、貴女は故意ではなく事故で来てしまったと?」

「うん、事故というか軽率な行動というか…」

「つまり、帰る手段は……」

「…ないです……」

 

次元を超える手段を持つ人なんて、滅多にいない。だから出来なくても別におかしい事ではないんだけど…それでも自分の尻拭いを自分で出来ないという意味で、少し私は恥ずかしくなった。返答が敬語になったのは、それが理由。

 

「そう…エスト、貴女は帰してあげられるのよね?」

「え、母なる大地に?」

「…その場合は、エストちゃんにも来てもらおうかな。独りぼっちは、寂しいもんね」

「いいわ、一緒に……って危なっ!?あ、危うくわたしが自ら道連れになる流れに!?…おねーさん、いつの間にそんな性格悪いトラップ覚えたの…」

「いや、エスちゃんは人の事言えないから…」

 

先程の事に懲りず(?)にダークなネタを振ってきたエストちゃんだけど、私が驚くのではなく反撃をしたからか結構驚いていた。…でも実際に死の間際になったら、私はどうするんだろう…死ぬのは嫌だけど、大事な友達となら……っていやいやいや…流石の私もそこまで友達第一じゃないから……多分。

 

「……エスト」

「あー、はいはい。おねーさん、本持ってる?前みたいに持ってるなら、同じ方法で帰せるんだけど」

「本?……えっと…多分、今回は置いてきちゃった…これまでは勝手に着いてきたんだけどね…」

 

公園から出る直前に、私は今回もあると思って本を探した。けれど、本は雪の中にもその周りにもなかった。可能性としては、迷宮の時みたいに別の場所へ飛んでいるか、そもそも今回は残ったまま(飛んだのは事故だけど、ゲート開いたのは故意だった訳だし)かだと思うけど…。

 

「そう…じゃあ、無理じゃないけど結構危なくなるかも。とんでもない場所に飛んじゃってもいい?」

「そ、それは出来れば勘弁してほしい…。……けど…」

「けど?」

「…もしそれしか方法がないなら、お願いするよ。私には我が身可愛さで自分の居場所を忘れるなんて事、出来ないから」

『……っ…』

 

エストちゃんのいう『危険』が、緊急フォールド的なものだったら勿論避けたいところだけど……それよりも私は、信次元の皆と別れる事の方が怖いし辛い。

だから、私の口にした言葉は、深い意味なんてない単純な思い。でも……

 

「…ディールちゃん?」

「エスちゃん、どうかしたの…?」

「あ……う、ううん何でもない。それよりエスちゃん、エスちゃんの取れる手段に危険があるなら、グリモに手を貸してもらうのはどうかな?」

「そう、ね…いいんじゃない?でもグリモワールは今何かしてるみたいだし、他のプランも考えておいた方がいいと思うわ」

 

まるで何か触れちゃいけない面に触ってしまったかのように、二人は表情を曇らせた。…けど、それは即座に気付いたロムちゃんラムちゃんが訊くまでの一瞬の事。訊かれた二人はすぐにさっきまでの顔に戻って、グリモワールという人へ協力してもらう案を口にしていた。…グリモワール…確かディールちゃんが持ってた本の名前だったと思うけど…あれかな?某錬金術士みたいに精神を本に写してたとかかな?

 

「となると、後頼れそうなのは…イストワールかしら」

「イリゼさんがこちらへ来たのも半分はイストワールさんの力ですし、案外イストワールさんが何とかしてくれる可能性はありますね。…三日位待たされるかもですけど」

「三日なら安いものだよ。じゃあ、私は一回プラネテューヌに行ってみるから、ディールちゃん達はそのグリモワールさん?…に連絡を取ってくれる?」

「いいですけど…ちゃんとプラネタワーまで行けるんですか?」

「あ…そうだった……」

 

イストワールさんに、グリモワールさんに、危険はあるけどエストちゃん。この短い間に三つ(三人)もの帰還の可能性を知る事が出来た私は少し気分が上向きになって、早速行動に移そうとし……そこで自分が一人じゃまともに動き回れない身である事を思い出した。ルウィーの街中から教会までも全然分からなかったんだから、確かに一人でプラネタワーまで行くのは無謀過ぎる。

 

「…えっと、その…早速迷惑をかける事になるんだけど…」

「地図を貸して「案内をしてほしい、そうでしょう?」…むぅぅ、なんだかさっきから扱いが悪い…扱いが悪いのはプラネテューヌの女神が担当の筈なのに…」

「う、うん…案内をお願いしても大丈夫かな…?(扱いが悪いのはこっちもなんだ…後ふざけてばっかりだからだと思うけど…)」

 

…まぁ、エストちゃんの事はさておきとして私が頼んだのはプラネタワーまでの案内。驚きの事態に巻き込んでしまったブラン達に頼むのは少し申し訳ない…というのが私の心境だったけど、この頼みに対してブランは嫌な顔一つせずに答えてくれる。私のよく知る表情で、私のよく知る雰囲気のままで。

 

「えぇ。ディール、エスト、案内は二人に任せるわ」

「ありが……──え…?」

 

──この時私は、自然に思っていた。ブランが案内してくれるだろうって。仕事があって忙しいから、一日待って…とかは言われるかもしれないけど、ブランは自分で案内をしようとしてくれるって。……でも、返ってきたのは二人に任せるという言葉。

勿論それは、自分よりお互い面識のあった二人の方がいいだろう…っていう気遣いだと思う。そこにあるのは単なる善意。けど……私は気付かない内に、自分が信次元のルウィーに出向いて、そこにディールちゃんとエストちゃんが来ているようなつもりになっていた。本当は私だけが『違う』存在なのに、その事を忘れていた。

ロムちゃんとラムちゃんが自分を知らないと分かった時にも感じた、この気持ち。私は知っているのに、仲間や友達だと思っているのに、相手はさっき会ったばかりの人としか思っていない……まるでこれまで積み重ねてきた事がリセットされてしまったかのような、心の冷えていく感覚。

 

「……?何か不味かった?」

「…ううん、全然。でも今からプラネテューヌに行くのは大変だし、案内は明日でいいよ」

「そう。だったら今日は教会に泊まっていくといいわ。二人が世話になった相手なら、わたしも無下には出来ないもの」

「わたしは世話されてないけどねー。でも、案内位ならしてあげるわ」

「わたしもいいですよ。…どっちかって言うと世話した覚えがありますが」

「ほぇ?ディールちゃん、大人の人をお世話してあげたの…?」

「ディールちゃん、けっこーしっかりしてるもんね」

「ちょっ…私が世話された事にしないでよ!?…そりゃ確かに全く世話になってないって言ったら嘘になるけど、それでも助け合ったって感じでしょ!?」

「ふふっ、じゃあそういう事にしておきましょうか」

「妥協したみたいに言わないで!?そしてエストちゃんとラムちゃんは面白そうな顔してないでよ!?も、もうっ!」

 

皆の厚意で宿と案内人を手にした私は一安心。それで気が緩んだ事もあって、今度はディールちゃんにからかわれてしまう。面白そうにしていた二人は勿論の事、ブランとロムちゃんも「あぁ…この人はこういう感じなんだ…」と何か理解したような表情を浮かべていた。…うぅ、次元が違っても女神は女神って事なのね……。

 

 

そうして私への聞き取りは終了し、今度は教会内の案内を受けた。教会内の案内を受ける中で、私は思う。…こっちの皆も優しいのに、二人と再会出来たのは本当に嬉しかったのに、それなのに皆が自分の知る皆でない事に気を落とすなんて……私は自分が思っているよりずっと贅沢な女神だったんだな、って。




今回のパロディ解説

・「〜〜独りぼっちは、寂しいもんね」「いいわ、一緒に〜〜」
魔法少女まどか☆マギカに登場するキャラ、佐倉杏子の名台詞の一つのパロディ。何かイリゼがダークな感じに…本気で道連れを望んでる訳ではありませんよ、えぇ。

・緊急フォールド
マクロスシリーズに登場するワープ技術の事。正確な計算を行わない緊急フォールドは危険が伴う…もしかしたら酸素のない次元や恒星みたいな次元に行くかもですね。

・某錬金術士
アトリエシリーズの一つ、不思議シリーズに登場するプラフタの事。グリモワールからプラフタを想像した方はそこそこいるのではないでしょうか?私もそうでした。


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第三話 彼女の気持ちの在り方

教会の中を案内してもらって、ミナさんやフィナンシェさんにも挨拶をして、その中でお茶を出してもらって、更に万が一の事があるからと医務室にも行く事になって…それからフリーになった私は、来客が泊まる為の部屋へとやって来た。

 

「前にディールちゃんから聞いてたけど、違う次元なのに同じ人って結構いるんだなぁ…」

 

見た目が似てる人や名前が同じ人は探せばいるけど、『同一人物』はいないというのが常識。複製体の私だってもう一人の私とは『オリジナル』と『コピー』という違いがあるし、戦闘能力に関しては恐らく劣化コピーなんだから、限りなく近くても同じじゃない。

でもここには、同一人物が何人もいる。常識が、覆っている。…まぁ、次元超えてたり女神だったりする時点で常識も何もって話だけど…やっぱり引っかかる感じが拭えない。なのに話していると段々ここが別次元だという事を忘れそうになるんだから、私の頭と心は難儀なもの。

 

「早くそういうものだって慣れないと、帰る手段を確立する前にバテるかも…」

 

自分の心境に肩を竦めながら、扉に手をかけ開ける私。さて、一先ずはご飯まで休んで……

 

「…あ、もう来たの?」

「へ?エストちゃん?」

 

……部屋の中には、何故か人がいた。っていうか、エストちゃんだった。テーブルを台拭きで拭いている、エストちゃんだった。

 

「…私、部屋間違えた?」

「いや、ここで合ってるわよ?」

「じゃあ、どうしてエストちゃんが…?」

「……お姉ちゃん二人が、これしないとおやつ抜きだって言うから…まさか人質でもさるじちでもなく菓子じちを取ってくるなんて…」

「あ、あー……」

 

むすーっと口を尖らせながら言うエストちゃんに、私は苦笑い。途中で案内が二人からディールちゃんだけになったけど、それはこれが理由だったんだ…。

 

「…ま、でも正直一回位おやつ抜きになったっていいんだけどね。無しになるのは惜しいけど、わたしそこまで子供じゃないし」

「…じゃあ、どうして掃除を?」

「さーて、それはどうしてかしらね」

 

何を思ってかエストちゃんははぐらかし、手早く掃除を進めていく。割と真面目に、でもちょっと雑な掃除をするエストちゃんを暫く眺めて…終わったらしきところで、私は口を開いた。

 

「…エストちゃんってさ、実は人に迷惑かけっ放しなのは嫌いでしょ」

「へぇ、どうしてそう思うの?」

「だって前に一戦交えた時は治癒してくれたし、今日もペナルティが然程苦でもないのにちゃんと受けてる。それってつまり、迷惑をかけたままなぁなぁにするのが嫌だって事じゃないの?」

「…相変わらずお人好しなのね、おねーさんは。ディーちゃん達のご機嫌取りの為にやってるかもしれないのに」

 

台拭きを持ったまま立ち上がるエストちゃんは、わざわざ自分を貶めるような発言をする。けど、私がその発言に何も返さずただ微笑んでいると、エストちゃんは「はぁ…」と軽く溜め息を吐きつつ振り返って……

 

「…せーかいよ、正解。わたしはおねーさんが思ってる程良い子じゃないけど、今回はそう。だからディーちゃんに言われたからじゃなくて、自分の意思で言わせてもらうわ」

「うん」

「……ごめんなさい。浅はかな事をしたわ」

「じゃあ、これからは気を付けてね」

 

エストちゃんが謝って、私がそれを受け入れた。だからさっきの事はこれでお終い。甘いだとか謝って済む事なのかとか思う人がいるかもしれないけど、私がいいと思ってるんだから文句を言われる筋合いはない。…こうして形だけじゃないごめんなさいをしてくれたんだから、それで十分。

 

「さって、やる事終わったしこれでわたしは自由ね。おねーさん、これお願い!」

「いいよ…ってこれ台拭きじゃん!これは自分で片付けなよ!?片付けまでは責任持とうよ!」

「えー、でもおねーさん今『いいよ』って言ったし…」

「そんな子供みたいな事…ちょっ、何しれっと扉の方に移動してるの!?こら待ちなさ……」

 

 

「エスちゃん、いる?ちゃんと掃除して「あ痛っ!?」え?」

 

私の気が緩んだ事を好機だと思ったのか、台拭きを押し付けて逃げようとしたエストちゃん。でも、バチがあったのか……扉に手をかける寸前でディールちゃんがやってきて、エストちゃんは開いた扉にぶち当たっていた。

 

「あぅぅぅぅ〜〜…!」

「え、っと……あ、イリゼさん…」

「あはは……」

 

ぶつけた額を押さえてエストちゃんは座り込み、入ってきたディールちゃんは戸惑った様子を見せる。で、何がどうなったかを見ていた私は……苦笑い。

 

「な、なんでノックしないのよぉぉ……!」

「いや、まだイリゼさん来てないと思って…って、どうしてイリゼさんが台拭きを…?」

「うっ…それは……」

「……まさかエスちゃん…」

 

涙目でエストちゃんは抗議するも、さっさと逃げなかったのが彼女のミス。私の方を見たディールちゃんが私の手にある台拭きに気付き、動揺したエストちゃんへと疑いの視線を向ける。

詰め寄られたエストちゃんの視線は、私の下へ。…台拭き押し付けといた相手に、自業自得のフォロー求めるのは虫がいいと思うけどなぁ…。

 

…………。

 

「…あーディールちゃん、エストちゃんはちゃんと掃除してくれたよ?私が台拭き持ってるのも、片付けをお願いされた私がいいよって言ったからだし」

「…本当ですか?」

「本当だよ。少なくとも、今私が言った事はね」

「……ここを使うイリゼさんがそう言うなら、まぁいいですけど…ごめんね、エスちゃん。治癒かけとく?」

「いや、そこまでじゃないからいい…後、やっぱり台拭きはわたしが片付ける…」

「そう?」

 

…という訳で、持っていた台拭きは再びエストちゃんの手元に。半ば取り返すように台拭きを手にしたエストちゃんは、色々な感情が混ざり合っているような顔をしていた。……やっぱり、エストちゃんって迷惑かけっ放しが嫌なんじゃん。

 

「エスちゃんがちゃんとやってないならと思ってたけど…終わらせたならいっか。お邪魔しました、イリゼさん」

「あぁ、待って待ってディールちゃん。それとエストちゃんも」

「……?わたし達に何か用事?」

「用事、って言うか…まあそんな感じかな」

 

それまで座っていたベットから立ち上がり、二人を呼び止める私。二人の「何だろう?」という視線は、当然私の方へと向く。

 

『……?』

 

不思議そうに見る二人の瞳は、深い青。横と後ろでそれぞれ結んでいる髪は、柔らかそうな飴色。ブランよりも幼く、ブランによく似た容姿で、大人しい姉と活発な妹の、魔法が得意な女神の姉妹。互いに相手の変装をすれば周りからは分からなくなってしまいそうな程に、似ているディールちゃんとエストちゃん。

一度私は、追求を止めた。一度私は、止められてそれに従った。それはどちらも、訊こうが訊くまいが二人が二人である事は変わらないと思っていたから。それ以前に、確信がなかったから。……でも、今はその確信がある。いや、もしかすると…本当は気付いていて、でも無意識に理解してなかったのかもしれない。だから、考えるのはこれまで。これからは……答え合わせの、時間。

 

「……訊きたい事があるの。教えて、ディールちゃん、エストちゃん。…ううん……

 

 

 

 

 

 

 

────ロムちゃん、ラムちゃん」

 

 

 

 

落ち着いていたここ最近の中では、とびっきりのハプニングがあったのが昨日の事。昨日わたしとエスちゃんはプラネタワーへの案内を頼まれて…今、プラネテューヌへと向かっている。

 

「ねぇ、ディールちゃん!ディールちゃんってば!」

「…………」

「聞いてる!?ってか聞こえてるよね!?幾ら風が強い空だとしても、この距離なら聞こえるよね!?」

「…………」

「聞いてよ!返事してよ!そして何より……お姫様抱っこで私を連れて行こうとしないでよッ!?」

 

陸路だと時間がかかるから、わたし達は飛んで目的地へ向かっている。でもイリゼさんは女神化出来ないみたいだから、現在わたしが運搬中。……にしても、イリゼさん……

 

「…五月蝿いなぁ……」

「五月蝿いなぁ!?私の切実な頼みを五月蝿いなぁ!?ひ、酷くない!?突っ込みとかじゃなくて、ほんとに酷くない!?」

「あれ、忘れました?イリゼさん。わたし…結構酷い時は酷いですよ?」

「そんな自己申告聞きたくなかったよ!覚えてたけど、ここまで酷いものかと私は叫んでるのーーっ!」

 

溜め息混じりの声を漏らすと、わたしの腕の中でイリゼさんは大騒ぎ。それはもう、ラムちゃんと張り合えそうな位にビビットな反応で。

 

「あんまり暴れないで下さいイリゼさん、バランス崩れますから…」

「燃料投下したディールちゃんが言う!?あぁもう!ディールちゃんに頼んだ私が軽率だったよ!」

「えぇ……じゃあ、エスちゃんに任せます…?」

「そうして!エストちゃんお願いっ!」

 

不満たらたらなイリゼさんにチェンジを提案すると、イリゼさんはぶんぶんと頭を振って首肯。ビビットイリゼさんは、続行のようです。

 

「うーん…確認しておくけど、お姫様抱っこみたいな恥ずかしさを感じる方法が嫌なのよね?」

「そう!そうなの!私はエストちゃんが常識ある女の子だって信じてるからね!」

「ふふん、信じられたからには断れないわね!よーしじゃあ……」

 

エスちゃんとイリゼさん間で要求と了承が成立し、チェンジが決定。なら仕方ないね、とわたしが近付くとエスちゃんがイリゼさんを掴んで上昇。そうする事でイリゼさんはわたしの手から離れ、引き継ぎ作業は完了するのだった。……え、今のイリゼさんの体勢ですか?…まぁ、一言で表すなら……上下逆さま、かな。

 

「さって、スピード上げていくわよおねーさん!」

「ちょおぉぉぉぉおおおおおおいッ!?な、何して…何してくれてんの!?」

「これで恥ずかしくないわよねっ!」

「恥ずかしいよ!?馬鹿っぽくて非常に恥ずかしいんだけど!?何故に!?何故にティターニアさん的運び方なの!?」

「へぇ、黒地に白の水玉なのね」

「え、何が……って、うわぁあぁああああああっ!!?降ろしてっ!降ろしてぇぇぇぇっ!!」

 

スカートの端を引っ張るイリゼさんは、真っ赤な顔で今日一番の絶叫。ビビットイリゼさんは、その勢いが衰える様子は微塵もなかった。……大人っぽいようで、ちょっと可愛いのが好きなんだ…。

 

「う、うぅぅ……普通に、普通に運んでくれればいいのに…」

「普通、ねぇ…でもそれって難しくない?よくある抱っこやおんぶは動き辛いし、特におんぶは翼との兼ね合いがあるし、手首掴んでぶら下げるのは腕辛くなるでしょ?」

「ならいいじゃん、腋の下に手を入れてくれれば…私が運ぶ時はいつもそうしてるし…」

「腋の下?……ふふっ、じゃあ手を回して〜っと♪」

「ひゃわっ!?ちょっ、そこは…あははははっ!く、くすぐるなんて何考えて…ひゃははははははっ!す、素肌へ直接くすぐるのはらめえぇぇぇぇええぇっ!」

 

……とまぁ、こんな感じにわたし達はイリゼさんで…もとい、イリゼさんと遊びながら向かう事数十分。不安定な中くすぐられるイリゼさんを見ながら…わたしは、昨日の事を思い出す。

 

(…意外、だったな……)

 

あの時イリゼさんは、わたし達を本名で…『ロム』と『ラム』という名前で呼んだ。わたしが隠していた、エスちゃんが言わないでおいた、『本来のわたし達』を呼んだ。……それが意味するのは、わたし達の真意への問い。

迷宮で言わなかったのは、迷いと不安があったから。でもあれから考える時間は沢山あって、エスちゃんもイリゼさんと会ったって話も聞いて…だから、答える心算は出来ていた。今度は正直に、話そうって。

質問をされて、それに答える。当たり前のやり取りで、そこからどうしてだとか、どう思っただとか……そういう話になる筈だった。なると、思っていた。

 

(…でも……)

 

返事を聞いたイリゼさんの返答は、驚く程簡素なものだった。わたし達の返答に頷いて、理由もさらっと聞いただけで…それから「話してくれてありがとね、ディールちゃん。エストちゃん」…と、『今のわたし達』の名前を改めて呼んで、それで終わりだった。イリゼさんは口数が少ないタイプでも必要な事しか話さないタイプでもないのに、この時だけは静かだった。少し位は怒ったり、過剰な同情をしたっておかしくないのに。

 

(……イリゼさん、貴女は…)

 

多分、わたし達二人の考えや思いは全部分かっていたんだと思う。ただわたし達から『答え』を聞きたかっただけなんだと思う。……だからこそ、そこにズレを感じた。底知れないだとか、おかしいだとかじゃない…上手く言い表せない、彼女のズレ。そこにあるのは間違いなく、優しさの筈なのに。

 

「あ、プラネタワー見えてきたわよおねーさん!投げる?投げてみる?」

「投げてみない!絶対投げないでよ!?」

「じゃ、脚掴んでくれる?」

「…脚?えっと、下腿でいいのかな…?」

「そうそう。それじゃあ…空軍(アルメ・ド・レール)メガミ……」

「蹴り飛ばすのも止めて!?そ、そこまでして私を飛ばしたいの!?二人に疲弊させられた今の私が飛ばされたら、確実に着地失敗しちゃうって!洒落にならないからね!?」

 

思考に一区切り付けたわたしが目を向けると、蹴りの体勢を取ろうとするエスちゃんをイリゼさんが相変わらず叫びながら止めていた。……エスちゃんもよくやるなぁ…楽しくなっちゃうのは分かるけど。

 

「エスちゃん、もうすぐ着くんだからそろそろ落ち着いてね。それとイリゼさんも」

「はーい」

「私も…?私被害者だよ?ディールちゃんも加害者だよ?…私まで注意されるの…?」

 

イリゼさんはわたしより大きいのに、わたしを見る目は小動物のよう。…そんなイリゼさんは、やっぱりイリゼさんらしかった。あれから色々あって、わたしはあの時のわたしじゃないけどわたしであるように、イリゼさんだって少し気になる事があったところで、イリゼさんじゃない『何か』に変わる訳じゃない。もう元通りにはならないわたしとエスちゃんがそれでも二人で一つであるように…大事な事は、もっと他にありますもんね、イリゼさん。

 

「…それと、ネプギアちゃんとネプテューヌさんに()()は無しだからね?」

「えー」

「えー、じゃない。夕飯を抜きにされたい?」

「むむ…はぁーい……」

「あ、やっぱりディールちゃんの言う事なら聞くんだ…私以外になら挨拶、割とすぐに引っ込めるんだ…へぇ、へぇー……」

 

プラネタワーが大分近くなってきて、わたし達は降下をスタート。エスちゃんはともかく、わたしは窓突き破って入ったり砂煙を上げて着地したりする趣味はないから、あまり人目を引かない位置へ誘導しつつ降りていく。で、後はもう着地して女神化解いて入るだけだから、わたしのパートはお終い。

 

 

……べ、別に遂にイリゼさんの雰囲気が何か変わったからとかじゃないよ?流石にヤバそうだから、爆発する前に危険回避を試みてるとかじゃないんだからね?

 

 

 

 

私は上下関係は必要だと考える反面、そこに友情や愛情があって相手にも伝わってるならある程度それが崩れてもいいんじゃないかと思っている。でも何にだって限度はある訳で、私だって怒る時は相手が友達でも怒る。

だけど、怒りというのは発散しなければ消えないものではない。その怒りが誤解だったり、それ以上に感情を揺さぶられるものがあれば、最低でもそれがある間は怒りも消える。……例えば、今の私のように。

 

「い……イストワールさんが──大きい…!?」

 

この次元のプラネタワーの応接室。そこにいたのはネプテューヌに、ネプギアに、イストワールさんだった。興味津々な様子で私を見るネプテューヌに、一見落ち着いているようだけど目にはネプテューヌと同じ光を灯しているネプギアに……明らかに私の知る姿より大きい、違和感バリバリなイストワールさんだった。

 

「……えっと…はい?」

「か、顔文字も付いてない…!?元々真剣な話の時は外してたけど、まさかのデフォルトで付いてないの…!?」

「…あの、ディールさん、エストさん…彼女は、何を言っているんですか…?」

『さ、さぁ……』

 

容姿はイストワールさんそっくりなのに、サイズと言葉の特徴がまるで違うから私は混乱しちゃってしょうがない。言葉の特徴はまだまぁ性格の違いかな、で済むけど…とにかくサイズは何で!?ここのイストワールさんは牛乳沢山飲んでるとか!?

 

「…貴女って、もしかして結構サイコなタイプ?」

「え、ネプテューヌには言われたくないよ?」

「えぇっ!?しょ、初対面なのに結構キツい事言うね!?」

「いや、それはお姉ちゃんが先に言った事だよね…?」

 

人も女神も慣れ親しんだ相手には無意識に反応してしまうもので、イストワールさんの事で頭が一杯だった私はつい辛辣な返しをしてしまった。そしてそれにネプテューヌがショックを受けた事で、私もふっと我に返る。

 

「あ…ごめん、今のは失礼だったよね…」

「もー、びっくりしたなぁ。けどわたしは寛大なねぷ子さん、これ位で腹を立てたりはしないから大丈夫だよ!」

「ならよかった…えぇと、自己紹介がまだだったね。私はイリゼ、女神オリジンハート…の複製体の女神だよ」

「へぇ、わたしはネプテューヌ!わたし達の事は知ってるんだよね?」

「複製体…あ、わたしはネプギア。プラネテューヌの女神候補生です」

 

我に返ったわたしは驚いてたって話は進まないと考え、ブランの時同様まずは自己紹介(あの時はブランが先だったけど)。ここに来た経緯や訊かれそうな事を先んじて話し、ついでにその中での反応を見て三人も信次元の三人と基本は同じなんだなぁと確認。それと……

 

「…あ、ちょっと携帯出しても大丈夫?」

「え?…いいけど、どうして?」

「それはね……ほら、これを見せる為だよ」

「ねぷ?写真?これがどうし……わっ、何これいーすんがちっちゃい!ねぇ見て見て二人共!いーすんちっちゃい!ちっちゃいーすんだよ!?」

「は、はぁ…しかしそうは言っても、元々わたしは小さいんですよ?何を今更驚いて……って、た…確かに小さいですね…」

「いーすんさんよりずっと小さいですね…大きいポケットなら入っちゃいそうかも…」

 

一体何故私が驚いていたのか分かってもらう為に、私は携帯のフォルダの中からイストワールさんが写っている写真を公開した。すると皆はさっきの私に負けず劣らず驚いていて…って、ディールちゃんとエストちゃんも見てる…そういえば、二人も知らないんだったね…。

 

「そっちのいーすんはちっちゃくて癒されそうだなぁ…ねぇねぇいーすん、いーすんもこのいーすんみたいにちっちゃいーすん化は出来ないの?」

「いや出来ませんよ…というか、一度の台詞の間で何回『いーすん』って言うんですか…」

「そっかぁ…で、何だっけ?いーすん談義会だっけ?」

「違うよ…それは正直ちょっとしてみたくもあるけど…」

 

どうしてイストワールさんがこんなに違うのか気になる私としては、その談義にも興味はあるけど…流石に今はそれより優先したい事がある。何度か次元移動の経験をして多少は心に余裕があるけど、それでも帰る為の手段は最優先事項なんだから。

 

「…こほん。ブランから聞いていると思いますが…イストワールさん。私は貴女に頼みたい事があるんです」

「…はい。イリゼさんが元の次元に帰る為の方法…ですよね?」

 

イストワールさんの問いに、私は黙って首肯。……横から「だったらわざわざ来なくても電話のやり取りだけでよかったんじゃない?」とか「しっ、そういうのは思っても言わないの」とか聞こえたけど…まぁ、気にしないでおく。

空気が俄かに張り詰めていく中、私とイストワールさんの視線が交錯する。どんな答えが来るのかと緊張する中、イストワールさんは私を数秒見つめて……ゆっくりと、首を横に振った。

 

「…すみません。わたしも次元に関する事は多少知識がありますが…流石に全く手がかり無しに探すというのは、かなり難しいと思います」

「…そう、ですか……」

 

申し訳なさそうに言う、イストワールさん。皆も私の心境を思ったのか、しんと静まり返っている。でも、私は…正直に言うと、この答えをある程度予想していた。

だって、私の知るイストワールさんも、本の調査には難航させられていたから。私の知るイストワールさんが次元関連で苦労してるんだから、こちらのイストワールさんだって苦労したって無理はない。……けど、やっぱり…期待はしていたんだから、残念じゃないと言ったら…それは、嘘になる。

 

「…いーすん、難しいって具体的にはどういう事?わたし達が何か手伝えば、何とかなるものだったりしない?」

「それは厳しいですね。取り敢えず思い付くのはイリゼさんの次元…信次元のわたしを目印にする事ですが、どうやらわたしも様々な次元に居るようですし、そうなると手当たり次第に探すしかない訳で……」

「そっか……」

「…エスちゃん、エスちゃんが協力すれば変わったりは?」

「うーん…わたしは経験と技術があるだけでエキスパートって訳じゃないから、それも難しいと思う…」

 

後ろ向きな空気の中、ネプテューヌとディールちゃんが食い下がって可能性を探してくれる。…私よりも先に、私の事を。

 

「申し訳ありません。折角ここまで足を運んで下さったのに…」

「い、いえ…私こそ無理なお願いしてすみません。手がかりも無しに探してくれなんて…」

「…せめて、そちらのわたしの情報…見た目や性格ではなく、生体データとでも言うべきものが分かれば、可能性は大いにあるんですが…」

「せ、生体データって…いーすんさん、それはせめてと言える事ではない気が…」

「……待って、それなら分かるかも…」

『え?』

 

生体データなんて普段は聞きもしない言葉に、ネプギアは困り顔を浮かべるも……私はそれを、無茶な話だとは思わなかった。むしろ現実味のある…十分に可能性のある『せめて』だと思った。だって……

 

「…私、複製体って言いましたよね?実はイストワールさんも私と同じ人によって生み出された存在で、私とイストワールさんは言ってみれば姉妹みたいな関係なんです。だからもしかしたら、私の生体データが探す手がかりになるかもしれません」

「そうだったんですか…でしたら、後でそれを確かめさせてもらってもいいですか?それがあれば、もしかすると……」

「も、勿論です!宜しくお願いします、イストワールさん!」

 

一度失意を感じた先での光明。それは最初から光明を感じるよりも嬉しいもので、自然に私は頬が緩んでしまう。やっぱりイストワールさんは頼りになると思いながら。同時に皆への感謝も抱きながら。

 

「よかったわね、おねーさん」

「うん。皆も話に付き合ってくれてありがとね。特にネプテューヌ達なんてほぼ見ず知らずの相手なのに…」

「そんな、お礼なんていいですよ。わたしはほんとに自己紹介して話を聞いた位しかしてませんし…」

「そうそう、それに見ず知らずの相手じゃないよ?」

「え……?」

「だって、イリゼはイリゼの次元のわたしと友達なんでしょ?別次元のわたしの友達なら、それはわたしにとっての友達でもあるんだからね!」

「ネプテューヌ……」

 

にぱっと屈託のない笑みを見せるネプテューヌに、私は一瞬うるっときそうな程の感動に包まれる。道中精神的に疲弊しまくった事もあって、ネプテューヌの飾らない優しさが胸に染み渡っていく。…あぁ、やっぱりネプテューヌは優しいよ…ディールちゃんエストちゃんに再会出来た事が今回の事故から得た幸福だと思ったけど、こうして別次元の皆の優しさに触れられるのもまた、私にとっては幸せな事……

 

「…お姉ちゃん、普段より張り切ってる?」

「当たり前だよっ!だってコラボ回だよ?ここでなら大活躍も望めるんだよ?ここで活躍したら、ひょっとしたら主人公ポジに食い込めるかもしれないんだよ?だったら、ここで頑張らない訳にはいかないでしょ!」

 

……笑顔はそのままに、フルスロットルで超絶メタ発言を口にするネプテューヌ。…自然に浮かんだ笑顔のままで、自然に浮かんだ笑顔が固まった状態で……私は思った。──ネプテューヌは、そういう女神だったね…。

 

「…おねーさん、ハンカチいる?」

「大丈夫、涙出る程じゃないから…うん、でもこういう事言ってこそネプテューヌだもんね…」

「おー、分かってるじゃんイリゼ!って事で、これからはうちに泊まってもOKだからね!そうすれば自然とわたしの出演機会も増えるし!」

「うん、お断りするねっ!」

 

そんなこんなで、イストワールさんに会いに行った結果帰る為の行程は一つ進展した。可能性が上がっただけで、信次元のイストワールさんを見つけられる保証はないし、時間も結構かかってしまうかもしれないけど…一歩進んだだけでも、この次元での繋がりを増やせただけでも、私にとっては大切な意味のある時間になったんじゃないかな…と思う私だった。

 

「さて、では少し付いてきてもらえますか?」

「はい。ちょっと待っててね、二人共」

「はーい、勝手に帰ったりはしないから安心してね!」

「ディールちゃん、エストちゃん、お茶菓子どうぞ」

「あ…ありがとうネプギアちゃん。じゃあ、これを食べて待ってようかな…」

「あはは、先に帰るのはほんとに勘弁してね。それと……」

『……?』

 

 

 

 

 

 

「……運んでくれた『お返し』は、ちゃぁんとしてあげるか・ら・ね?」




今回のパロディ解説

・さるじち
MOTHER3に登場するキャラ(猿)、サルコの事。これ、女神の場合は人質じゃなくてかみじちになるのでしょうかね。でも神が人質なんて…ありますね、このシリーズは。

・ティターニア
叛逆性ミリオンアーサーに登場するサポート妖精の一人の事。鉄拳アーサーを空輸した時と同じ様な運び方をしていた訳です。物凄い体勢なのです。

・「〜〜空軍(アルメ・ド・レール)メガミ〜〜」
ONE PIECEに登場するキャラの一人、サンジの連携技の一つのパロディ。一応ギャグ補正と女神の頑丈さで死にはしませんが、それでも飛ばされたら危なかったでしょう。


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第四話 逆襲の庭球

旅に出る事になってから、わたしに残った最後の『大切な人』との再会を目指して歩き出したあの時から、色んな戦いを経験してきた。強い敵も、怖いと思う相手も、沢山いた。でもわたしは生き延びて、乗り越えて、ディーちゃんと再会する事が出来た。それからも戦いを重ねて、今のわたしはここにいる。

なのに、わたしは今……圧倒的な実力の前に、成す術なく蹂躙されていた。

 

「はぁ…はぁ……」

「そん、な……」

 

立っていられず、膝を付く。過負荷で、腕が震える。息も絶え絶えで、脂汗が額を伝う。

圧倒されたのはわたしだけじゃない。わたしと同じように…ううん、わたし達二人がかりでも、その相手には手も足も出なかった。力の差を見せ付けられ、弄ばれ、格の違いを思い知らされた。……戦いにすら、なっていなかった。

 

「ふぅ…まぁ、慣れない勝負でここまで出来たなら大したものだよ。けど……もう少しは骨があると思ったんだけどなぁ…」

 

自陣から離れ、わたし達の前へとやってくる相手。わたし達を見下ろすその人からは、疲労を微塵も感じない。必死に抗っていたわたし達に対し、その人は楽しんでいた。全力の勝負で負けたんじゃない。楽しむだけの余裕がある程度の力にすら……わたし達二人は、敵わない。

 

「…どういう事よ…どうなってるのよ……おねーさん…ッ!」

 

手を握り締めて、力を振り絞って叫ぶ。…そう、相手は…わたし達を蹂躙し、今はつまらなそうにわたし達を見下ろすのは──他でもない、おねーさんだった。

 

 

 

 

事の発端は、ディーちゃんの一言。用事が終わってルウィーへと戻ったところで、ディーちゃんがその提案をした。

 

「…ルウィーの案内?」

「はい。イストワールさんが信次元のイストワールさんを見つけるまで少しかかるようですし、どこに何があるか分かっていた方がイリゼさんも楽かと思いまして」

「それはそうだね。一々ディールちゃん達に着いて来てもらうのも悪いし」

 

ディーちゃんが何を提案したかは今の会話の通りだけど、もうちょっと具体的に言えば、まだ夜まで時間があるから教会周辺だけでも見て回ろう…って事。……因みに、帰りは普通に運んだわ。おねーさんって弄ると面白いけど、別に怒らせたい訳じゃなかったし。

 

「じゃあ、行きます?」

「うん、お願いしようかな」

「任せて下さい。エスちゃんはどうする?興味ないなら先帰っててもいいけど…」

「うーん…じゃ、わたしも行くわ。教会に帰るより着いてった方が面白そうだしね〜」

 

帰ってロムちゃんやラムと遊ぶのも悪くないけど、今ここにはお気に入りの玩具…じゃなくて別次元から来たおねーさんがいるんだから、そっちに着いて行こうと思うのもふつーの話。…で、でもこれはあくまでおねーさんがいるのは期間限定イベントみたいなものだからってだけで、別におねーさんへ特別何かの感情を持ってる訳じゃないんだからねっ!

 

「……エスちゃん、何言ってんの…」

「何って…あれ?ディーちゃんいつの間に読心術覚えたの?」

「読心術っていうか、迷宮で身に付けた地の文読みスキルだけど…」

「へ、へぇ……(ディーちゃん、そんな技術持ってたんだ…)」

 

よく分かんない技術で読者さんへのサービス発言を見抜かれながらも、わたしとディーちゃんでの案内がスタート。…でも、基本真面目なディーちゃんとただ案内するだけじゃつまんないと思うわたしだから……

 

「ここを左に曲がると住宅街なんです。なのであまり来る事はないかと思います」

「でも、狭い道も多いから鬼ごっこには使えるのよね!おねーさん、わたしを捕まえられるかしら!?」

「えっ、ちょっ…ほんとに走り出した!?案内は!?いきなり案内終了するの!?」

 

 

 

 

「右から順に本屋さん、喫茶店、旅行代理店です」

「うん、みたいだね」

「見れば分かるわね」

「……じゃ、後は自分で見てくればいいじゃないですか…」

『えぇぇ!?ヘソ曲げられた!?』

 

 

 

 

「ふふん、ここは魔導具店!けどわたしやディーちゃんからすれば物足りないアイテムも多いけどね!」

「え、エスちゃん…お店の前でそういう事言うのは営業妨害だからね…?」

「へぇ……あっ、無いと思ってた白い本あった!」

『あった!?あの本凄いアイテムだと思いきや、まさかの市販品だったオチ!?』

「……ごめん、今の嘘…」

 

……ちゃ、ちゃんと案内出来たのかしら…おねーさんもおねーさんで時々ボケを挟んできたし…。

 

「…案内って、案外難しいわね…」

「エストちゃんは案内以外のところへ力入れてたのが原因じゃないかな…」

 

そんなこんなでわたし達がやってきたのはある複合アミューズメント施設。…って言っても、目的地にしてた訳じゃなくて、歩いていった先がここだっただけだけどね。

 

「アミューズメント施設、かぁ…二人もこういう所来たりするの?」

「わたしはあんまり…」

「わたしも同じかなー。興味ない訳じゃないけど」

「そうなんだ。……じゃ、ちょっと寄ってかない?」

 

施設の壁面看板を暫し眺めていたおねーさんは、振り返って提案を口に。今言った通りわたしは興味ゼロではないけど…入る事は考えてなかったから、わたしとディーちゃんは顔を見合わせる。

 

「…どうしよっか、ディーちゃん」

「案内はノルマじゃないから、入るのは問題ないと思うけど…イリゼさん、お金は大丈夫ですか?」

「それは問題無い…って、よく考えたら通貨が違う可能性あるよね…しかもさらに考えたら、交流がほぼ不可能な場所で信次元の通貨使うのはあんまり宜しくない気も……」

「そんなの気にしなくって大丈夫よ!最悪『請求はお姉ちゃんに!』って言えば何とかなるし!」

「ならないよ!?ならないし、姉として流石にそのマインドは看過出来ないよ!?」

 

折角の機会に小難しい事(…普通に、何事もなく成長出来たらわたしもそういう勉強してたのかな……)を考え始めたおねーさんを差し置いて、施設へ走るわたし。ディーちゃんもディーちゃんで何故か姉としての意識に駆られていて、わたし一人が先行する形に。

で、受け付けを済ませた(宣伝になるからって事で無料クーポンを貰えたわ)わたし達が、もう何をするか決めているらしいおねーさんの後に続いていくと…到着したのはテニスエリア。

 

「……?テニスしたかったんですか?」

「うん、私実はテニス得意なんだ。二人はルール知ってる?」

「えぇ、まぁざっくりとは…」

「って事は、あんまり経験もないんだよね?…なら、二人まとめてかかっておいで」

「む……」

 

ラケットとボールを手にしたおねーさんが浮かべているのは、不敵な笑み。…二人まとめて、って……

 

「…おねーさん、それはわたし達への挑発なのかしら?」

「ふふっ、まぁそう言ってもいいかもね。…で、どうする?一対一が良いならそれでもいいし、そもそもテニス以外をやりたいなら考えるけど」

「……自信満々じゃん、おねーさん」

 

おねーさんが強い人なのは間違いないし、女神の力がスポーツでも活用出来るのも間違いない。でも、これまでおねーさんはその力をひけらかす事なんてしなかったから、見るからに自信のある様子を見せられると…何だか挑戦状を叩き付けられたみたいな気分になる。

 

「…エスちゃん、これ受けるつもり?」

「勿論。こんな事言われて、わたしが黙ってると思う?」

「もう、エスちゃんったら……けど、もしイリゼさんがわたし達の力を軽んじてるなら…それは、訂正してもらわなきゃいけないよね?」

「あはっ♪そうこなくっちゃ!」

 

横から声をかけてきたディーちゃんに言葉を返すと、ディーちゃんもまた不敵な笑みに。ふふっ、ディーちゃんもおねーさんも勝負に乗り気なんて、楽しくなってきたじゃない!

 

「ねぇねぇおねーさん。折角やるなら、何かを賭ける方が面白いと思わない?」

「賭け?罰ゲームとかならいいけど、お金賭けるのは遊びの域超えるから賛同出来ないよ?」

「わたしが言ってるのは罰ゲームの方。で、賭けるのは定番の『負けた方は勝った方の言う事を一つ聞く』でどう?」

「言う事、ね…私は構わないよ。ディールちゃんは?」

「良識のない要求は無し、って事ならわたしもそれでいいかと」

 

ラケットを持ってびゅんびゅん振りながら、勝負をより楽しくする為のスパイスを投下。ディーちゃんが要求へのセーフティーをかけてきたけど…ま、ディーちゃんならそう言うわよね。

 

「さて、じゃあ…始めよっか。ディールちゃん、エストちゃん」

「はい。…そう言えば、戦うのはお互いの事を全く知らなかった時以来でしたね」

「わたしは昨日戦ったばっかりだけど、昨日は中断したも同然だし…その続きといこうじゃない、おねーさん!」

 

びしっとラケットを突き付けるわたしと、クールに…でも瞳に闘志を燃やして構えるディーちゃん。そしておねーさんは何やら嬉しそうな顔でわたし達を見据えて……勝負は始まった。

 

 

……それからすぐに、おねーさんの真価を目の当たりにするとも知らず…。

 

 

 

 

…と、そんな事があって今に至る。…振り返ってみると、勝負前のわたし達ってフラグ立ててた感あるわね…。

 

「うぅ…もーっ!おねーさんチート使ったでしょ!それか名字が羽咲だったりするでしょ!」

「いや使ってないし羽咲でもないよ。これバトミントンじゃないし」

 

テニスコートに仰向けになって、わたしは叫ぶ。だって、どこに打っても簡単に返してくるのよ?どんどん上書きしてるが如く動きが変わっていったのよ?……明らかに雰囲気が普段のおねーさんじゃなかった…。

 

「ここまで得意なら、もっとちゃんと言って下さいよ…」

「だってあんまり言ったら自慢してるみたいになっちゃうし…二人が乗ってくれなきゃ困るもん」

「悪どいです、イリゼさん…」

「あれ、忘れてたの?ディールちゃん。私…悪どい時は結構悪どいんだよ?」

 

ラケットを自分の肩に引っ掛けたおねーさんは、それはもう満足気な笑顔。しかも今言ったのは、プラネタワーに行く時ディーちゃんがおねーさんに言ったのとほぼ同じ言葉。…って事は、やっぱり……

 

((これが、プラネタワーで言ってた『お返し』……!?))

 

あの時は言ったっきりでわたしもディーちゃんも忘れかけていたけど、まさかこんなところでたっぷりお返しされるなんて…しかも全くわたし達に気付かせないなんて……おねーさん怖っ!おねーさんがじゃなくて、わたし達がちょっとおねーさんを軽んじてたかも…。

 

「…で、どうする?私はまだまだいけるんだけど…なッ!」

『…………』

 

わたし達の表情を楽しんでいた(気がする)おねーさんは、ボールを軽く上に投げてラケットで一閃。物凄い勢いで打ち出されたボールは壁に直撃し、跳ね返った末にわたしとディーちゃんのすぐ近くへと転がってくる。……どうしよう、おねーさん完全に変なスイッチ入っちゃってる…。

 

(…エスちゃんがイリゼさんにストレス溜めさせるから……)

(む、ディーちゃんだってふざけてたじゃん…)

(ま、まぁそれはそうだけど…降参する…?)

(それは嫌!)

(…だよね…じゃあ、女神化…?)

(…したら流石にズルい気がする…勝ってもなんかモヤモヤしそうだし…)

 

座り込んだディーちゃんとわたしでアイコンタクト。このままやったって勝ち目ないのは明白だけど、命がかかってる訳でもないのに簡単に降参するのは嫌だし、女神化しちゃったらもうその時点で『真っ当にやったら勝てない』って認めるみたいだからそれも嫌。…実は途中からわたしもディーちゃんも身体強化の魔法使ってたから、既にグレーゾーンではあるけど…。

 

「…………」

「…………」

「……もしや二人、会議してる?」

「…バレました?」

「この距離で私無視して見つめ合ってたら、ね。…遊びなんだから、そこまで意地にならなくてもいいんだよ?こんな事で二人との中に水を差したくはないし」

「…別にー?わたし達は意地になんて……」

「…ふふふ、何をやってもらおうかなぁ…二人は小さくて可愛いし、それに沿った方面の事が良いかなぁ…それか逆に、似合わない大人っぽい事をしてもらうのも面白いかも……」

((…や、ヤバい人の目をしてるうぅぅぅぅぅぅ!))

 

軽く握った手を口元に当てて呟くおねーさんは、危ない人の顔だった。もし次元の狭間で会った時にこの顔をしていたら、見なかった事にしてるかもしれない。

 

「…おねーさん、もしかして知らぬ間に違う人と入れ替わった…?」

「それか、ネガティブエネルギーが溜まりつつあるとか…」

「え、ネガティブエネルギー?…負のシェアエナジーみたいなもの?」

 

ほんとに同じ人とは思えないような変わりように、わたしとディーちゃんは声に出して会議続行。でも、わたしの別人云々も大概だけど、まさかネガティブエネルギーが溜まりつつあるなんて……

 

『……あるかもしれない…』

「いや何が?ネガティブエネルギーってのもそうだけど、何の話してるの?」

 

ふっとわたし達の頭に嫌な予感がよぎる。ディーちゃんの時やわたしの時と違って、今回おねーさんがいるのは普通の別次元。原初の女神?…の複製体らしいからわたし達とはちょっと性質の違う女神かもしれないし、わたし達よりずっと溜まり易い体質だったとしてもおかしくない。それに、おねーさんは信次元からここに飛ばされてきたって言ってたけど……事故の様な形で来た以上、『記憶に障害が起こる次元に一度飛ばされて、暫く放浪した末にここへ来た』って可能性もゼロじゃない。…もし、わたしの想像した通りだったら…今のおねーさんを、見て見ぬ振りなんて出来ない。

 

「…エスちゃん、やるよ」

「うん。今のおねーさんは止めないと…」

「え、っと…ディールちゃん?エストちゃん…?」

 

手放していたラケットを握って、立ち上がる。ボールを拾って、深呼吸して、おねーさんに自陣へ戻るようジェスチャー。戻ったおねーさんが構えたところでディーちゃんと一度目を合わせて、強化の魔法を身体に巡らせる。

 

「ここからが、本当の勝負です…!」

「そう簡単には負けてあげないんだからねッ!」

 

そう言い放って、ボールを宙へ放る。遊びだとか、実力差だとか、そんなのはどうでもいい。目の前でよくない方向へ進みつつある人がいて、それが友達なら、何とかしたいって思うのは当然だもの。出来るかどうかじゃなくてやる…なんか当初の目的とは大分変わっちゃってるけど、そんなの些末事!

そんな思いを力に変えて、わたし達は再開を……

 

「やぁぁっ!」

「ふふん、甘いよッ!」

「くっ、ぅ……っ!」

「ほらほら、まだいけるよねッ!」

「……ッ!ここなら…!」

「ふっ……残像だよ」

『残像!?』

「後、ボールもね」

『えぇぇぇぇぇぇっ!?』

 

……した数分後、またわたし達は冒頭のシーンみたいになっていた。…まぁ、作戦も逆転の手段も無しにただ再開したんだからこうなるのも当然と言えば当然だけどねっ!

 

「…むぅ…今の心境が逆転フラグになると思ったのに……」

「ねぇ、さっきから二人は何を言ってるの?」

「何か要素が足りないのかも…」

「ねぇってば。内緒話なら別に構わないけど、こうもあからさまにハブられるとシンプルに傷付くよ?日に二度も無視とか私泣きたくなっちゃうよ?」

 

おねーさんの謎パワーを分かっていた分さっきよりは疲労してないけど、それでもこんなの続けてたらほんとに体力が持たない。…やっぱり、女神化をするしかないの…?でも、女神化してないおねーさん相手に女神化&本気なんてぶつけたら、怪我させちゃう可能性もあるし…どうしたら、わたし達はどうしたら……

 

「──ディールちゃん!」

「エスト、ちゃん…!」

『え……?』

 

──そんな時、二人の声が聞こえた。驚いて、まさかと思って、わたし達が出入り口の方へと振り向くと…そこにはこちらへ駆け寄ってくるロムちゃんとラムの姿。

 

「ふ、二人共…どうして…?」

「どうしてって、帰ってこないからへんだなー、って思って…」

「お外出て待ってたら、違うとこ行ったよって教えてくれた人がいて…」

「だから色んな人に話聞いて追っかけたら…」

「ここについたの…(ごーる)」

「それで着けるって…二人は時々凄い行動力見せるわよね…」

 

幾らわたし達が見た目的に認識され易いからって、街の人からの情報だけでここまで辿り着くのは凄過ぎる。……と、わたし達が呆れ混じりの驚きを抱いていると…二人はおねーさんの方へと振り返る。

 

「でしょ?…それより、あんたよあんた!よくも二人をいじめてくれたわね!」

「やっぱり、悪い女神…!」

「はい!?い、いやいやいや違うよ!?私は二人とテニスしてただけ…ってあれ!?この展開前にもあった気が……」

「今度こそかちんこちんにしてやるわっ!」

「わぁぁ!?す、ストップラムちゃん!氷魔法使うのはストップ!」

 

杖を取り出しおねーさんを氷漬けにしようとしたラムを、ディーちゃんが慌てて止めさせる。…因みにその時ロムちゃんが「わたしも、ダメ…?」って顔をしてたから、アイコンタクトで駄目だって教えてあげた。

 

「ど、どうしてストップなの?…まさか、あいつに脅されて……」

「そ、そうじゃなくて…ほんとにテニスしてただけなの。なんか謎の力を発揮されてこうなってるけど、別に襲われた訳じゃないから…」

「…じゃあ、わたし達…役に立てない……?」

「それは…うーん、どうかしら…」

「……あ、ならわたし達も一緒にテニスしてあげるわ!」

『え?』

 

ディーちゃんの言葉でラムは誤解だったと分かってくれたみたいだけど、今度は何故か一緒にやるという話に。しかもロムちゃんはと言えば、こっちもこっちでやる気な様子。

 

「あ、あのね二人共。気持ちは嬉しいけど、二人が入ったら四対一っていう流石にアレな状態に…」

「それは、大丈夫」

『大丈夫…?』

「わたしとラムちゃんは、二人で一つ。ディールちゃんとエストちゃんも、二人で一つ。だから…わたし達は、四人で二つ(ぐっ)」

「あぁ、それなら!…とはならないわよ……」

「いや、いいよ?」

「……いいの?」

 

まさかのダブルスどころかフォース(?)を提案してくるロムちゃんに、わたしは辟易とするも…なんとおねーさんがこれに許可を出してきた。そしてその結果……

 

「ふふーん!わたし達四人なら、怖いものなんてないもんね!」

「ラムちゃんと、ディールちゃんと、エストちゃんとなら…負けない…!」

「…な、なんか凄い事になっちゃったね…でも、ここまできたらもう…やれるだけやってみるしかない…!」

「そ、そうね…よし。…おねーさん、おねーさんがいいって言ったんだから…最後まで付き合ってよねっ!」

 

前はわたしとラム、後ろはディーちゃんとロムちゃんという、普通のテニスならあり得ないフォーメーションに。これで勝っても最早「まぁ、そりゃそうよね…」という反応しか出来そうにないけど、二人の思いを無下にはしたくないし、何としても止めたいって思いは変わらない。だから…わたし達の、わたし達四人の絆で……この思いを、貫く──!

 

 

 

 

……えっと、後日談というか…今回のオチ。その日の夜の事。

 

「…………」

「…………」

「……?ディール、エスト…それは?」

「…罰ゲームです……」

「ちょっと、色々あったの……」

「そ、そう…大変ね…」

 

 

 

 

「……テニスコートに四人なんて、人数多過ぎて逆に動き辛いに決まってるわよね…」

「うん…もっと早く気付くべきだったよね……」

「…………」

「…………」

「……メイトとペットボトルの水って、寂しい夕飯だね…」

「懐かしいご飯だよ…はは……」

 

──皆が普通の夕飯を食べる中、バランス栄養食と水を口にするわたしとディーちゃんだった。……おねーさんのセンスは、よく分からない…。




今回のパロディ解説

・羽咲
はねバド!の主人公、羽咲綾乃の事。作中でも言ってますが、彼女はテニスではなくバトミントンですね。一応テニスボールを弾き返すシーンはありましたが。

・「ふっ……残像だよ」
幽☆遊☆白書の登場キャラの一人、飛影の名台詞の一つのパロディ。何故イリゼがそんなにテニスが得意なのか。それは一応ちゃんとした理由があるのです。

・後日談というか……今回のオチ
〈物語〉シリーズの各エピローグパートで出てくる文章のパロディ。なんかこう書くとイリゼが怪異で強化されたっぽくなりますが、勿論そんな事はありません。


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第五話 三人でクエストを

私が次元移動をしてしまってから、数日が経った。勿論初めは何かと戸惑ったけど、知ってる事柄が何もない訳じゃなく、ルウィーの教会では私を大切なお客として扱ってくれたから、信次元の事を考えるとちょっと寂しくなる点を除けば結構快適な生活をする事が出来た。…でも、慣れると今度は別の意味で居心地が悪くなってくる。

 

「…休暇…とは言えないよねぇ、今回の場合は……」

 

備え付けのTVでドラマの再放送(序盤の話は知らないから微妙に入り込めない)を見ながら、ぼそりと呟く。思っている事をそのまま口にしてしまう私の悪癖が出てしまっていたけど、周りに誰もいないから問題無し。…いや本当はあるけど。この悪癖は早く直したいところだけど。

 

「楽っちゃ楽だけど、断りなしにどっか行っちゃった挙句、その先でも至れり尽くせりは悪い事してる気分になるなぁ……」

 

わざとじゃないとはいえ、自分だけ不当な形で休んでいるというのはどうも居心地が悪い。…仕事してないと落ち着かないとかじゃないよ?居心地悪いのは、こうしてる事で負担が多くなってる人がいるかもって思うからだし。

 

「……うん。やっぱりだらだらしてるのは良くないよ、私」

 

暫くドラマをBGMに考えていた私は、思考を纏めてすっと立つ。TVを消して、廊下に出る。

 

「教会の中の仕事…はどれも皆に気を使わせちゃうかもしれないし、クエストがベターかな。…でも、地図がないと目的地に着かないか…うーん……」

 

どうするか考えながら歩く事数十秒。地図ならブランやディールちゃんエストちゃんに訊くより、受付の職員さんに訊いた方がいいかなと思って正面出入り口のある方へと向かっていると……その道中で、ディールちゃんとエストちゃんに遭遇した。

 

「あ、ディールちゃんにエストちゃん。今からお出かけ?」

「まーね。おねーさんも?」

「私は…まぁ、私もそう言えるかな。その前に地図を借りるか携帯のカメラで撮らせてもらうつもりだけど」

「地図…遠くへ行くんですか?」

「遠くっていうか、クエストに行こうと思ってね」

 

そう言って私が肩を竦めると、二人は一瞬きょとんとした後顔を見合わせる。そして……

 

「へぇ…だったら、わたし達と一緒に行くのはどう?」

「…二人と?」

「はい。わたし達も、今からクエストに行くつもりだったんです」

 

クエストの内容が書かれた書類を出して、その概要を説明してくれるディールちゃん。この次元に飛ばされたというとびきりの偶然に比べたら些細なものだけど、この偶然も凄いもの。エストちゃんもそれは思っていたらしく、ディールちゃんが説明を終えたところで「これは一緒に行けって天啓かもね!わたし達女神だけど」…と言っていた。

 

「…それで、どうします?簡単なクエストではないですし、元々わたし達二人で行く予定だったので、断ってくれても構いませんが…」

「ううん、同行するよ。一人じゃ手続きや道中で手間取りそうだし、どこの誰だか分からない私じゃクエスト受注させてもらえないかもしれないからね」

 

もしギルドのルールが信次元と同じなら、身分を証明出来ない(だって違う次元だもん)私は門前払いされてしまう。…恥ずかしいよね、そんな羽目になったら…。

 

「じゃ、早速行こー!」

「おー!」

「えっ?…おねーさん、今日はハイテンション?」

「あ、いや…こういう反応求められてるのかなって…」

「ふーん…なんか今の子供っぽかったわね」

「それをエストちゃんが言う…?」

 

なんてやり取りを経て、三人パーティーになった私達は出発。二人に着いて行く形で、目的地…討伐対象のモンスターがいる場所へと向かう。

 

「…そういえば、ブランやロムちゃんラムちゃんは誘わなかったの?」

「ブランさんはお仕事が忙しそうだったので…」

「ロムちゃんとラムも『女神の勉強』とかで誘えなかったのよねー。二人なら喜んで同行してくれそうだけど、そしたらミナちゃん怒りそうだし」

「そっか…やっぱり皆はやるべき事やってるんだよね…」

 

ロムちゃんラムちゃんの事は「へぇ…」と思ったけど、ブランに関しては思った通りの理由。その答えに私が自分の感じていた居心地の悪さを再確認していると…何やらディールちゃんがじーっと私を見ていた。

 

「…えと、何?」

「…もしかしてイリゼさん、自分だけ休むのは…とか思ってます?」

「よく分かったね…うん。こっちの皆は勿論、信次元の皆にもただだらけているのは悪いなと思って…」

「貴女は分かり易いですからね…しかし、信次元の方々の負担を考えているなら、こっちでクエストをしても意味はないのでは…?」

「うっ…痛いところを……」

 

ここでどんなに頑張ったって、利益が生じるのはこっちの次元であって、皆の負担が減る訳じゃない。それは分かってる事だったけど…結局は自分の気を紛らわせてるだけだから、いざ言われると目を逸らしたくなるね……。

 

「まー、悪い事してる訳じゃないんだからいいじゃない。それよりおねーさん、フォーメーションはどうする?」

「フォーメーション?…うーん、取り敢えず私は前衛がいい…っていうか、前衛じゃなきゃ指示出す位しかやる事なくなっちゃうかな」

「なら…ディーちゃん、今日は前衛をおねーさんに任せるってのはどう?わたしもディーちゃんもおねーさんの戦闘スタイルなんてちょっとしか見てないし、強引に合わせるよりはおねーさんに自由に動いてもらって、後ろからわたし達が適宜応援を入れる…って方が上手くいくと思うんだけど」

「確かに…でもそれだとイリゼさんの負担が大きくなるし、わたしよりイリゼさんに訊くべきじゃない?」

「あ、あぁ…私はそれでいいと思うよ?(元気一杯な時は普通だけど…知的な面が出てくると違和感が凄い……)」

 

二人は二人であって、ロムちゃんラムちゃんとは同じだけど違う存在。…そうは思っていても頭のどこかでは二人を同一視してしまっている私もいて、その部分がエストちゃんへ違和感を覚えていた。…でも、成長して性格が変わるのは普通の事だし、私の知るラムちゃんもこうなる可能性はあるよね…。

 

「だったらそれで決定ね!わたしとディーちゃんが任せてあげるんだから、しっかり戦ってよ?」

「戦いなんだから、言われなくたってしっかりするよ」

 

駄弁りつつそんな話もしつつ歩く事数十分。生活圏を出て、地面も木も雪を被った森の近くまで来たところで…瞳を細めたディールちゃんが制止をかけた。

 

「そろそろ…というか、多分向こうに見えるあれが討伐対象の取り巻きです」

「討伐対象そのものは一体、だったよね?」

「はい。ですが見ての通りなので、まずは取り巻きを片付けるのが無難だと思います」

「でも結構遠いし、近付いてくるまで雪合戦でもして身体温めとく?」

「呑気だねエストちゃん…私は森の木を壁にして近付くから、二人はこのままゆっくり近付いてくれる?」

 

エストちゃんからの言葉で前にロムちゃんラムちゃんと雪合戦(というか雪激戦)をやった事を思い出しつつ、環境を見て提案を口にする私。それに二人が頷いてくれた事で最初の動きが決定し、私は軽く微笑んだ後森へと入る。

 

(向こうは気付いてないんだから、接近は冷静に…)

 

素早く、でも極力足音は立てないようにして木の陰から陰へと移る。木々の隙間からディールちゃん達の方を見れば、二人も慎重な足取りで移動中。…決して派手さはない、でも堅実で着実な接近を、私達はモンスターへとかける。そして……

 

「……ここだッ!」

 

遂に私は一跳びで肉薄出来る距離にまで接近。木の陰からもう一度だけ二人の位置を確認して、手元にバスタードソードを取り出して……モンスターの前へと躍り出る。

 

「討伐対象は……って、あれ…?」

 

モンスターの視線が集まる場所へと出た私は、まずは攻撃せずに群れを見回す。目的は、狙うべき敵の確認。

突然何かが現れたら、人だってモンスターだって驚く。けれどその何かが脅威だと分かれば、モンスターや戦い慣れしている人は本能的に戦闘行動へと移ってしまう。だから敢えて私は攻撃をせず、動揺の隙を使って視線を巡らせた。そしてその結果……見える範囲に討伐対象がいない事に気付く。

 

「いない…?まさか、これは違う群れ…っとと…ッ!」

 

群れが驚く中、今度は逆に私も軽く動揺。でもモンスターだっていつまでも驚いてくれてる筈がなく、私は特に近くにいた数体に飛びかかられた。

 

「この場にいれば、素早く討伐対象だけ倒して終わりにする事も出来たんだけどな…ッ!」

 

後方に跳んで飛びかかりを避けつつ、再度視線を巡らせる。…が、やっぱり私の見間違いという事はなく、群れも交戦状態に入っている以上戦闘はほぼ避けられない。……なら、私も意識を切り替えるだけ…!

最初の攻撃を行ってきた数体を飛び越える形で突っ込んできたモンスターを、バスタードソードの腹で受け止め、跳ね返すように蹴り飛ばす。続けて雪原を蹴り、目の前の群れの真っ只中へ。

 

(ディールちゃんとエストちゃんに…いや、モンスターが気付いてないなら二人へ声をかけない方が良いか……)

 

片手持ちで素早く牽制をかけつつ、隙を見て一体一体きっちりとダメージを与えていく。モンスターが陣形を整えたり、幾つかの小集団に分かれたりしない内に高火力の魔法を叩き込んでほしいものだけど、あの二人はそんな事を言わなくたって状況を理解している筈。…だったら、不意打ちのチャンスを潰すような真似はするべきじゃない。

私は前衛。一口に前衛と言っても役目は様々だけど、今の私はアタッカーであると同時にモンスターの注意を引き付ける役目も担っている。後衛のアタッカーがその火力を存分に発揮する為の、陽動という任務を。

 

「もう少し…テンポを上げていくよ…ッ!」

 

目の前のモンスターの身体を駆け上がるようにしてバク宙をかけ、そこから背後のモンスターへオーバーヘッドキック。振り上げた時点じゃなくて、振り下ろしの中でぶつけたからオーバーヘッドだったかどうかは怪しいけど…まぁそれはどうでもいい事。横回転で身体をずらして着地し、立ち上がる流れのまま回転斬り。…数瞬の間に三回転しているけど、女神の三半規管の前では朝飯前。

バスタードソードを振るって、体術も駆使して、でも時には防御に徹する事で群れを私の周囲に留まらせて、前衛の務めを遂行し続ける。今も二人は攻撃の準備を整え、ベストの瞬間を見定めている筈。強力無比な二人の魔法が、その牙をモンスターへと向けている筈。だから二人が、二人が最高の攻撃をしてくれるその時まで、前衛の役目を…役目、を……

 

(…………って、それにしては…遅くない…?)

 

正確な時間は分からないけど、どんなに少なく見積もっても戦闘開始から数分は経っている。であるならば、二人からの火力支援なり大出力攻撃なりがモンスターを襲っていてもおかしくない。二人程の魔法使いなら、この戦闘で使うレベルの魔法に何十分もの溜め時間を必要にする訳がない。……だったら、今現在まだ一撃も魔法が放たれてない事には…何か理由がある筈。

そう考えた私は柄頭で近くのモンスターを殴り付け、そのモンスターを踏み台にして跳び上がる。跳び上がって、二人がいるであろう方角へと目をやって……そして、私は見た。見て、しまった。

 

 

 

 

「獅子奮迅、って感じだね。イリゼさん」

「だねー。このペースならわたし達いなくても片付いちゃいそうだし。…そうだディーちゃん、キャンディ食べる?」

「あ、うん。ありがとエスちゃん」

「…………」

 

 

「ちょおぉぉおおおおおおいッ!!?」

 

女神化してない私は重力に引かれ、群れの中へと落下する。敵意剥き出しなモンスターは私が降ってくるや否や全方位から私を引き裂きにかかってくるけど……今は、それどころじゃない。

 

「ちょっとッ!?何まったり見てくれちゃってんの!?何飴玉口に放り込んでんの!?今は戦闘中なんですが!?」

『あ、バレた…』

「ば、バレた!?まさかの故意!?君達後衛担当ですよねぇッ!?」

 

邪魔するモンスターをもうめっちゃくちゃな動きで押し返しながら、私は想定外過ぎる事をしていた二人へ突っ込む…というか叫ぶ。な、何を考えてんの二人は!?正気!?正気でアレやってんの!?

 

「っていうか、応援は!?適宜応援を入れるって言ったよね!?」

「あー、うん。……じゃあ、こほん」

「…………(きりっ)」

「おねーさん、ふぁいとっ!」

「イリゼさん、頑張って下さい…!」

「応援って…そっち!?サポートじゃなくてエールの方だったの!?」

 

二人で左右対象なポーズを取って応援してくれる二人は、見る分には可愛い……けど、この状況じゃ可愛いなぁなんてとても思えない。そんな心境になる訳がない。

 

「うぅぅ…!なら今までのはいいよ!良くないけどいい!だから今から即刻戦闘に参加してよッ!」

「えー…でもわたしモノクロ写真を撮るのに忙しくて…」

「わたしも監督生(プリフェクト)のお仕事が……」

「それ違う人じゃん!確かに片や魔法使いだったり片や性格も近かったり、何より二人組だったりでそんな感じはするけど、それ二人ではないからねッ!」

 

戦闘の真っ最中で、パーティーメンバーが戦ってる中で、一体何をふざけてるのか。これはもう「全くぅ、二人共お茶目さんなんだから〜」…とかの域じゃない。こ、この……性悪姉妹めっ!

 

「ならいいよもう!私一人で片付けるから二人は兎でも追いかけてればいいじゃん!ディールちゃんとエストちゃんの馬鹿ぁッ!」

 

その叫びを最後に私は二人の方を見るのを止め、『前衛』から『単独戦闘』へと意識を切り替える。ここまでは引き付ける事も意識していたけど、一人で戦うならその必要もない。…というか、討伐対象がいないんだから負担との兼ね合いを考えれば殲滅しない事だって十分選択肢に入る。…二人の事は嫌いじゃないけど…終わったら怒るよもう!怒ってやるんだからっ!

 

「ほら退いてッ!逃げるなら追わないから…っていうか、親玉はどこ行ったのッ!?」

 

前方への跳躍と同時にバスタードソードを突き出し、更に掌底を叩き込んで追撃としつつ反動で引き抜く。暫く雑な戦闘をしていたせいで何ヶ所か擦り傷切り傷が出来ちゃったけど、動きに支障がないなら問題無し。

結構頭に来ていた私は、少々声を荒くしながら戦闘を続ける。すると次第に群れは動き始め、一部が森の中へと入っていく。今さっき「逃げるなら追わない」とは言ったものの……森の中となると話は別。

 

(あっちじゃ逃げたのか攻撃の機会伺う為に隠れたのかが分からない…森からは引っ張り出さないと…!)

 

すぐ側にいるモンスターへの攻撃を止め、踵を返して森へ向かった集団を追う私。引っ張り出す上での具体的な策はないけれど、それを考えていたらそれこそ見失って判別出来なくなってしまう。だったら多少勢い任せだったとしても、捕捉出来てる内に追った方がいい。

そう考えた私の判断は、多分間違っていなかった。でも、この時の私は少々運が悪く……そして、注意を払う為の冷静さに欠けていた。

 

「──んな……ッ!?」

 

森の中へと飛び込んだ私は、その瞬間に群れのどの個体よりも大きいモンスター…討伐対象を発見した。でも、その討伐対象がいたのは……私の目の前。

 

(保護色……ッ!?)

 

モンスターの体毛は、雪と同じ白。注意力散漫だった私は伏せて虎視眈々と待ち構えていた討伐対象を認識する事が出来ず、今この瞬間モンスターの目の前へと飛び込んでしまった。

この時同時に、私はモンスターが逃げるでも隠れるでもなく、戻ってきた群れの主の下へ私を誘き出そうとしてたのだと気付いた。…けど、時既に遅し。咄嗟に私は脚を地面に突き立てブレーキをかけるも、その時にはもうがばりと口を開いた討伐対象が私へ向かって飛びかかってきていて……

 

 

 

 

──その口へと、杭の様な氷塊が突き刺さった。

 

「ふぅ…大丈夫?おねーさん」

「あ…エスト、ちゃん……」

 

氷塊が突き刺さった直後に、私は空へと連れ去られる。でも、私を連れ去ったのはモンスターではなく女神化したエストちゃん。女神化状態のエストちゃんを見るのは初めてだったけど…表情と声音から、この人がエストちゃんだって事はすぐに分かった。

 

「もー、駄目よおねーさん。もっとクールに戦わないと」

「……クールじゃないのは誰のせいだと…?」

「…まぁ、そうよねー。……後でディーちゃんと一緒にごめんなさいするから、今はこれで勘弁してくれる?」

 

大きく討伐対象と群れから離れた位置まで私を運んだエストちゃん(またお姫様抱っこだった…こっち来てからもう三回目…)は、流石にちょっと申し訳なさそうな顔をしながら私へ蜂蜜キャンディをくれた。それから先程放たれたものと同様の魔法で群れに牽制をかけているディールちゃんの方をちらりと見ると、彼女は私に視線を戻してふふんと笑う。

 

「それと、お詫びじゃないけどわたしとエストちゃんの力を特等席で見せてあげるわ!後で感想も聞くから、ちゃーんと見ててよね!」

 

それだけ言ってエストちゃんは飛び上がり、討伐対象へと向かっていく。……特等席、か…。

 

「…なら、もうちょっと特別感のある場所に降ろしてほしかったかな…」

 

降ろされたのは特別でも何でもない雪原で、見ててと言われてもその相手はさっきまでまともに戦ってもくれなかった二人。…でも、私は女神化した二人の動きをつい見つめてしまった。

 

「エスちゃん、まとめて叩くよ…!」

「もっちろんッ!」

 

ディールちゃんが斬り込んで、エストちゃんが後を追いつつ魔法で援護。討伐対象へはエストちゃんが追撃をかけ、ディールちゃんは引きつつ遠隔攻撃で討伐対象の退路を塞ぐ。

阿吽の呼吸とでも言うべき、二人の連携。それは正しくロムちゃんラムちゃんのそれで……だけど、それだけじゃない。

 

(…この連携は…どこか、私達とも同じ……)

 

ロムちゃんとラムちゃんがするのは、連携を前提とした動きでの連携。けど今の二人からは、私やネプテューヌ達守護女神組のする連携…個々の動きが組み合わさった結果の連携という雰囲気も感じられる。どちらも長所短所があって、加えて言えば二人のは二つの複合型とでも称するべきものだけど…何れにせよ、二人の連携は見てて惚れ惚れするものだった。

 

「……困ったな…こんな凄いもの見せられたら、私の怒りが削がれちゃうじゃん…」

 

…全く、大したものだよ。そんな思いを抱きながら、気付けば私は肩を竦めていた。

 

 

 

 

……因みにその後…

 

「そういえば、さっきと逆の立場だなぁ…」

「…………」

「…さっき貰った飴食べながら見よう…かな…ってモンスター!?」

「…………」

「…あ、アルラウネの…雪原タイプ…?……が、飴玉見てる…?」

「…………」

「…虫じゃないけど、甘いもの欲しいのかな…?…じゃあ、頂き物だけど…食べる?」

「……ガブッ」

「わぁあぁぁぁぁッ!?て、手ごと食べられたあぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 

……なーんて事がありました。でも即撃破したから手は無事でした。…うん、疲れてるね私……。

 

 

 

 

二人が討伐対象を撃破し、それから謝罪と怪我の治癒を私へしてくれて、私達は街へと戻ってきた。

 

「すみません。こちらのクエスト、ただ今達成してきました」

 

受付でディールちゃんが報告を行い、それを職員さんが特に驚く様子もなく手続きを行う。…元々ディールちゃんはしっかりしてるけど、こうして事務的なやり取りをしてるとそのしっかりさが尚引き立つなぁ。

 

「お待たせしました、イリゼさん」

「ううん、然程待ってもいないから大丈夫だよ」

「ディーちゃん、わたしは?わたしはー?」

「もうちょっとここで待っててね、エスちゃんだけ」

「わたしまだ待たされるの!?わたし『だけ』何か待つの!?」

 

…ディールちゃんが妹弄りを挟んで、それから外へと向かう私達。……と、そこで私達…というか二人はギルドにいた人達に話しかけられていた。

 

「二人共、今日もクエストしてきたのね。偉いわ〜」

「いえ、お仕事ですので」

「二人は強いもんなぁ。けど、大変じゃなかったのかい?」

「えぇ、中々骨の折れるクエストで…でも一人ではなかったので、何とかなりました」

「そうなのね。あ、これ皆で食べて」

「あぁ、どうもありがとうございます。後で頂きますね」

 

二人はルウィーの人達にも認知されてるみたいで(テニスの時ロムちゃんラムちゃんがそれらしき話をしてたけど)、二人を中心に和やかな雰囲気が広がっていく。……けど…皆さん、お分かり頂けただろうか…。今返答を行っていたのは、全てディールちゃんという訳ではなく、ディールちゃん、エストちゃん、ディールちゃんの順番だった事を……エストちゃんが、敬語を使っていた事を…。

 

(え、エストちゃんって…一般の方相手にはこういう言動するんだ……)

 

…と、私がエストちゃんに対して本日二度目の新発見をしていると、周りの方々の視線は私の方へ。

 

「ところで、君は?」

「あ…えぇと、私は……」

「彼女はわたし達の友人なんです。遠い場所に住んでいるんですけど、数日前からこちらに来てまして」

「クエストも彼女と行ったんです。中々強いんですよ?」

「へぇ…エストちゃんに強いと言われるなんて、貴女凄いのね」

「い、いえ。…良い雰囲気ですね、ここは」

「当たり前さ。こんなに小さい子がしっかり頑張ってるんだから、俺達だって活力持って生活するに決まってるじゃないか」

 

訊かれた私はどう説明したものかと一瞬困ったものの、二人のフォローで違和感を抱かれる事なく切り抜ける事が出来た。…この質問は今後もされる可能性あるし、今ディールちゃんが考えた設定は覚えておかないと…。

 

「では、わたし達はそろそろ帰りますね」

「皆さんもクエストの際はお気を付けて」

 

それからディールちゃんエストちゃんは頭を下げ、私もそれに続いてギルドを後にする。さっき貰ったお菓子はといえば…勿論、まだ開封せずに抱えたまま。

ここへ来てから数日経って、私は二人と共にクエストを行った。これは居心地の悪さと申し訳なさを解消する為のもので、三人でクエストを行った事自体が想定してなかった事だけど……その中で私は、二人の新たな一面やルウィーの人達との関係を知った。だから、私は思った。ここにいつまでもいる訳にはいかないけど……こうして普段は会えない友達の色んな面を知る事が出来るのは、嬉しいなって。




今回のパロディ解説

・モノクロ写真を〜〜
色づく世界の明日からの主人公、月白瞳美の事。声優ネタその一ですね。彼女はラムと違って大人しい(ロムちゃん風)ですが、連想した方も多いのではないでしょうか。

監督生(プリフェクト)
寄宿学校のジュリエットのヒロインの一人、王手李亞及び作中に出てくる役職の事。声優ネタその二。こちらは性格もロムに似ていますが、姉ではなく妹なんですよね。

・ゴートゥーワー
アニマエールの主人公、鳩谷こはねが初期に言い間違えていた言葉の一つの事。応援という事でアニマエールが出てきました。意味は…まぁ、戦闘中ですもんね。


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第六話 一人一人の気持ち

ルウィーでの生活は、概ね良好。逆に居心地の悪さを感じてしまう程には皆私によくしてくれて、特にディールちゃんエストちゃんはあれ以降もクエストに誘ってくれたり、何か不都合はないかと気にかけてくれた。…自分より小さい子に気にかけられる私って何だろう…ともちょっと思うけど、まぁ二人は見た目より精神年齢が高いからそれは別に『私が見た目程しっかりしてない』とかじゃない筈。……それに多分、同じ次元移動者としての気遣いもあったんだと思う。

…けど、勘違いしちゃいけないのは良好なのが『概ね』って事。快く思っていない…とまでは言わずとも、私に疑念を抱いていそうな相手も…いたりする。

 

「ディールちゃん、探してた本ってこれ?」

「あ…イリゼさん、どうしてこれを…?」

「だって昨日書庫にある筈なのに見つからないって言ってたでしょ?」

「確かに、話してる途中でそんな事は言いましたが…まさか、探してくれたんですか?」

「書庫に用事があったついでだよ、ついで。だから恩を感じなくても大丈夫だからね」

「…そんな事言って…でも、お礼を言う位はいいですよね?…ありがとうございます、イリゼさん」

 

私が渡した本(駄洒落じゃないよ?)を両手で受け取って、頬を緩めるディールちゃん。……癒されるよね、優しい笑みを浮かべてるディールちゃんって。

 

「…今、何かイリゼさんから邪な感情の波動が…」

「え…い、いやそんな感情抱いてないよ?うん抱いてない抱いてない。思いっきり健全だもん」

「…健全な、でも動揺する程度の感情は抱いてたんですね?」

「うっ……はい…」

「はぁ…まあ健全ならいいですけど。わたしもイリゼさんに『この人ほんと弄り甲斐があるなぁ…』とか思ったりしますし」

「うん…うん?え、それはちょっと聞き捨てならないんだけど?」

「じゃあ、わたしは早速これを読みたいのでこの辺で」

「ちょっと!?そんな雑な誤魔化しで逃げるつもり!?ねぇちょっと!?」

 

しれっと出てきた失礼なカミングアウトを私は追求しようとするも、ディールちゃんは背を向けどんどん廊下を歩いて行ってしまう。…うぅ、ディールちゃんってば酷い…って、え?今までそういう感情持たれてた事に気付いてなかったのかって?……わ、分かってても言われたら素直には飲み込めないものなの!

 

「…はぁ…言われっ放しは嫌だけど、ディールちゃんもエストちゃんも小さいからあんまり毒のある弄りはし辛いんだよなぁ……って、ん…?」

 

ディールちゃんが去った事で無人となった、前方の廊下。ネプテューヌ達やコンパ、アイエフ達なんかには多少棘のある弄りも出来るけど、あの二人(とロムちゃんラムちゃん)にはどうも躊躇いの感情が生まれてしまう。勿論こっちの気分次第で躊躇いの度合いは変わるんだけど……なんて軽く肩を落としつつ考えていたところ、私は誰かからの視線を感じた。…で、振り返ってみると……

 

「…じー……」

「……(じー)」

 

…曲がり角に隠れて、ロムちゃんとラムちゃんが私を見ていた。

 

「…えっと、何かな…?」

「…別にー」

「なんでも、ないよ…?」

「ほんとに?」

『…………』

 

角に身体の大部分を隠したまま、素っ気ない態度を取る二人。…これはどう考えてもなんでもない時の反応じゃない。というか、なんでもないなら普通こんな事はしない。

 

「…私に何かついてる?」

「…悪霊」

「悪霊!?悪霊憑いてるの!?」

「ふぇぇ!?あ、悪霊…いるの…!?(びくびく)」

「あっ…ご、ごめんねロムちゃん!悪霊は…えっと、わたしの見間違いだったわ!」

 

ラムちゃんが更なる私の問いにキツい返しをしてくるも、その返しはロムちゃんにも衝撃が入っていた。…信次元でも似たようなやり取りあったなぁ…。

 

「そ、そっか…よかった…」

「ラムちゃん…攻撃する時は範囲内に味方がいないか確認しなきゃ駄目だよ…」

「う、うっさい!そーゆー話じゃないの!」

「じゃあ、どういう話?」

 

予想外の返しに驚いた私だけど、それは返しのチョイスにであって本気で取り憑かれたと思っていた訳じゃない。そしてラムちゃんの言葉に乗じて再度訊いてみると…自分で「そういう話じゃない」と言った手前か、今度は違う反応が返ってくる。

 

「…ディールちゃんとお絵かきしようと思ってたけど…ディールちゃんがご本読むなら誘えないから、代わりに一緒に遊んであげるわ!」

「…あー…えっ、と……(凄い支離滅裂な…要求?…が来た…。…けど……)」

「何よ、文句あるの?」

「…いや、いいよ。お絵かきしようか」

 

びしり、と要求を突き付けられた私は再び戸惑うも、一拍置いてその言葉に了承。理由は…ラムちゃんの言葉の裏に、『ディールちゃんの代わり』以上の意味合いがあるように思えたから。

ロムちゃんラムちゃんの後に着いていく形で、二人の部屋へと移動した私。部屋に入ってみると…内装は結構信次元の二人と似通っていた。…性格がほぼ同じなんだから、そりゃそうだって話ではあるけど。

 

「ねぇねぇロムちゃん、今日は何かく?」

「んと…うさぎさんとか、くまさんとか…?」

「あ、いいかも。じゃあそれにしよー!」

 

取り敢えず部屋の一角に私が座ると、二人は画用紙を床に置いて早速お絵かきを開始する。

 

…………。

 

「……わ、私もしてもいいのかな…?」

「勝手にどーぞ」

「う、うん…描くにはどれ使えばいい?」

 

勝手にどうぞと言われても、どこに何があるのか分からないんじゃどうしようもない。そう思って訊くと…今度はロムちゃんが反応してくれた。

 

「…どれ、使いたい…?」

「わ、色々あるね…」

「うん…クレヨンと、色鉛筆と、カラーペンと……もくたん」

「木炭!?な、中々本格的な物使うね…」

「でも、使うと手がまっくろになっちゃうから…あんまり使わないの…」

 

ロムちゃんがテーブルに並べてくれた画材の中から木炭…ではなく色鉛筆を選び、私も二人からちょっと離れた所でお絵かきスタート。……は、したものの…。

 

(…別に私、絵を描きたかった訳じゃないしなぁ…うーん、絵描き歌で何か書いてみる?…某名前に『カス』が付いてる消しゴムとか…)

 

遊びなんだから真剣に考える必要はないと思うものの、目的も無しに絵を描くというのは結構難しいもの。絵が上手なら二人を描いてあげるのも面白そうだけど…私はそうじゃないから(っていうか絵を描く経験なんて殆どない)なぁ…。

 

「ふんふんふ〜ん。うさぎさんの目って、赤かったよね?」

「うん、そうだよ」

「それで、お口はばってんだっけ?」

「えっと…多分、そう…」

 

一方二人はと言えば、可愛らしい動物をお絵かき中。床にぺたんと座って、クレヨンを持って、上手く描こうというより思いのままに描こうとしている二人は……って、

 

「……あ…ねぇ、ラムちゃん…もしかしてこれって、私に金色のサカナを描いてほしかったり…?」

「……?なんで?」

「…だ、だよね〜…はは、あれはエストちゃんの冗談だもんね…」

『…………』

 

ふと思い付いた事を口にしてみるも、二人に変な目で見られただけという残念な結果に。その後二人は絵を描く事に熱中し、私も私で熱中している二人に喋りかけるのは悪いかなと思い、それぞれの活動に入る事数十分。やっと私も描きたいものが思い付いて、それに集中しつつあった時……二人の方から、私へ対する声が聞こえてくる。

 

「……ねぇ、ちょっと」

「……?…あ、私?」

「…なんでちょっとしか一緒にいなかったのに、あんなにディールちゃんと仲良いのよ…」

 

声に反応して画用紙から顔を上げると、いつの間にか二人共私の方を向いていた。ロムちゃんは私の心を探っているような瞳で、ラムちゃんはどこか不機嫌そうな顔をして。

 

「……もしかして、それを訊きたくて私を誘ったの?」

「…いいから、答えてよ」

「…うーん…なんでって言われても、上手く説明は出来ないかな…同じ目的があって、その為に協力関係となったのが切っ掛けではあるけど…」

 

最初はお互い精神的な余裕がなくて敵対しちゃったけど、敵対するような相手じゃないって分かって、迷宮脱出の為に協力するようになって、その中で段々仲良くなった…そんな風に言えば説明にはなるけど、これは経緯の説明であってラムちゃんの求める答えじゃない。ラムちゃんが求めているのは、もっと納得出来るような理由で…でも、それは凄く難しい問い。

 

「…二人とディールちゃんとは、私と同じように公園で出会ったんだっけ?」

「え…?…どうして、知ってるの…?」

「詳しくじゃないけど、前に会った時にお互いの事を話してね。その時知ったんだよ」

 

そういえば最初の日にはそこを言ってなかったなと思い、さらっと触れる私。でもこれは本題じゃないから、あまり深くは掘り下げない。

 

「ディールちゃんと二人との出会いはそれで、そこから一緒にいるうちに仲良くなった…そうだよね?」

「…まぁ、そうだけど」

「じゃあ、二人はどうして仲良いのか言える?」

「え?そんなの……」

 

難しい理由を伝えるには、理論立てて説明するより実際に体験してもらう方が早い。…そう思って、同じ質問を返す流れに誘導した私だったけど……

 

「ディールちゃんがいい子で一緒にいると楽しいからに決まってるじゃない」

「わたしも、ラムちゃんと同じ。ディールちゃんとは、仲良くなりたいって…思ったから…」

 

──二人はいとも簡単に、私の質問に答えを出した。何を当たり前の事を…とでも言いそうな位、迷いなく答えてくれた。……あぁ、そっか…そう言えばよかったのか…。

 

「……私も、同じだよ。ディールちゃんは何度も私を助けてくれた凄く良い子で、落ち着いてるけど時々子供っぽかったり、かと思えば妙に大人びてたりして一緒にいるだけでも楽しい…そんな子だったから、私もディールちゃんと仲良くなりたいと思って、仲良くなったの」

「ふーん…わたし達の言葉をマネしたんじゃないでしょうね?」

「そんな事はないよ。…でも、先に答えたのは二人だし…仲良しのレベルじゃ私が負けかな」

「……!…そ、そんなの当たり前でしょ!あんた…えっと、イリゼ…だっけ?…より、わたしとロムちゃんの方がディールちゃんと仲良しに決まってるじゃない!ね、ロムちゃん!」

「う、うん…わたし達の方が、仲良しだもん(こくこく)」

 

仲が良い理由なんて言葉じゃ上手く表せないと思ったけど…本当は、少し違った。合っているかどうかは分からないけど、ちゃんと言葉に表せるものもあって…それを迷いなく言えた二人は、本当にディールちゃんと仲が良いんだと思う。そう思ったから、私は少し惜しさを込めた笑みを浮かべつつ負けを認めて…それを見た二人は、どこか嬉しそうにしながら改めて仲が良いんだと私に伝えてきた。……でも…

 

(…仲良しさの度合いじゃ負けてても、大切な友達だって思ってる心は…負けてるなんて、欠片も思ってなんかいないんだからね)

 

……なんて、気付けば大人気ない事を私は心の中で呟いていた。

 

「…ええっと…ラムちゃん、満足した?」

「む…なんで上から目線なのよ!そんな事言うならお絵かきさせてあげないわよ!」

「あはは、ごめんごめん。もうちょっとで完成するから、それまでは描かせてよ」

「…あの…わたしもききたい事…ある…」

「…ロムちゃんも?」

 

私に対して態度を軟化…はしてないけど、少しだけ好転させてくれた(気のする)ラムちゃん。それで私も一安心して、書きかけの絵へ…と思っていたら、今度はロムちゃんがおずおずと声をかけてきた。それを受けて私が訊き返してみると……

 

「…エストちゃんは?エストちゃんとは、ディールちゃんよりちょっとしか会ってないのに…どうして…?」

「あ……そ、そうだね…今はディールちゃんの話しかしてないもんね…(これ、同じ回答で良いのかな…?)」

 

ディールちゃんとエストちゃんで経緯は違うけど、仲良くなりたいと思って、仲良くなった事には変わりない。…という訳で、ロムちゃん…それにまだ絵には戻らず話を聞いてるラムちゃんに向けて、表面的な部分だけを変えた実質焼き直しの回答を口にする私だった。…ラムちゃんがディールちゃんの、ロムちゃんがエストちゃんの事を訊いたのは、何か理由があるのかな?…あ、でも単にさっき私がディールちゃんといたからまずディールちゃんの事が出て、それが終わったから今度はエストちゃんの…って可能性もあるか…。

 

(…にしても、これは私そのものじゃなくて『二人と仲の良い』私に訊きたい事があったって感じだなぁ…子供って、無自覚に残酷だ…)

「…エストちゃんとも、イリゼさんより…わたし達の方が、仲良しだからね…?(びしっ)」

「そうそう。あんたはえーえんの二番手…じゃなくて、ロムちゃんがいるから三番手…でもなくて、ディールちゃんにはエスト、エストにはディールちゃんがいて、お姉ちゃんとかもいるから…えーっと、多分四十八手位よ四十八手!」

「ず、随分私は下の方…って番が抜けてる番が抜けてる!番を忘れたら全然違う意味になっちゃうし、それをラムちゃんが言うのは非常に宜しくないからね!?」

「……?そうなの?」

「そうなの!ちょっと詳しくは言えないけど、今後は絶対間違えないように!いいね!?」

「う…わかったわよもう…よくわかんないけど…」

 

勘違いとしてもボケとしてもあるまじき発言に気付いた私は、それはもう全力で間違いの訂正を行った。ラムちゃんの明るい未来を守る為に。そしてまかり間違ってこの発言がブラン辺りの耳に届き、私がぼっこぼこにされる危険を避ける為に。…で、ラムちゃんはと言えば…流石に私の気迫が通じたのか、一応は分かってくれたみたいだった。……よかった…。

 

「ふぅ……さってと、後は尻尾を塗って…出来たっ!」

「…何、かいたの……?」

「ふふっ、見てみる?」

 

そうして話は終わり、私は絵を完成させる。一度調子に乗ってしまえばお絵かきというのも面白いもので、完成した瞬間の私は達成感に包まれていた。そんな時にロムちゃんから問いかけられた訳だから……当然私は、微笑みながら絵を公開する。

 

「…………」

「…………」

「どう?可愛いでしょ?」

『…スライヌ……?』

「うん。スライヌのライヌちゃんだよ」

 

色鉛筆で描いたのは、私の部屋の同居人ならぬ同居モンスターであるライヌちゃん。立体を意識して描いた紙の上のライヌちゃんは、本物程じゃないけど満足が出来る位には可愛くて、ライヌちゃんの可愛さを上手く表現出来たと思える絵だから、きっと二人も……

 

「……へんなの」

「なの(ぽかん)」

「えっ……?」

 

──私にとっては可愛い可愛いライヌちゃんでも、知らない人からすればただのスライヌで、それを嬉々として見せる私は変な女神。…考えてみれば当たり前な事を、二人に気付かされる私だった。

 

 

 

 

信次元にいるイストワールさんとの連絡が付いた。…その報告がプラネテューヌから来たのは、唐突な事だった。

 

「いーすんさーん。イリゼさん達を連れてきましたよ」

 

前回と同じ方法でプラネテューヌに来た私達は、出迎えてくれたネプギアと共に会議室へ。はやる気持ちを抑えてネプギアに着いていった私は、この扉の先にあるものに思いを馳せて期待と緊張の真っ只中。そんな中でネプギアが扉を開き、開かれた先で広がっていたのは……

 

「さっすがわたし!マジックをネプギアと二人で倒しちゃうなんて、同じネプテューヌとして鼻が高いよ!」

「でしょでしょ〜?でもそういうわたしだって凄いよ!だってわたし達はずーっと戦ってて、守護女神同士仲良くなるまで物凄い時間がかかったんだもん!…まぁ、わたしはその記憶がないんだけどね!」

 

……こっちのネプテューヌと信次元のネプテューヌが上機嫌で互いを褒め合うという、何とも言えない状況だった。

 

「…えぇー……」

「あ、イリゼ!良かったぁ、無事だったんだね!」

「良かったぁって…今思いっきり別次元の自分と盛り上がってたよね…?」

「うっ…いやー、それはほら…既にイリゼは元気だって聞いてたから、ね…?」

 

半眼の私に気付いたネプテューヌは、頬をかきつつ言い訳を展開。その言い訳は理解出来ないでもないし、私だって別次元の自分と出会う機会があったらそりゃ興味津々になると思うけど…なんか、凄いもやっとする…。

 

「…まあ、いいや。それより急にいなくなっちゃってごめんね…って、うん…?」

 

思うところはあるものの、それより今は連絡が取れた事を喜びたいし、不在にしてしまった事を謝りたい。そう思って改めて見回したところで…二つの事に気付いた。

 

「あー、もしかして私の事ですかー?」

「あ、はい。…イストワールさん、じゃないですよね?イストワールさんはここにいますし…」

「そういえば、おねーさんは初対面だったわね」

 

一つ目は、この場にいるイストワールさんらしき人の存在。見た目(というかサイズ)も雰囲気も似ていて、でもイストワールさんは信次元のネプテューヌとここまで苦笑いをしていたネプギアの映るモニター的な物の近くにいるから、彼女がイメチェンしたとかでは間違いなくない。で、私の視線に気付いたイストワールさん似の人が反応し…説明してくれる気なのか、エストちゃんがひょいと私の前に出てきた。

 

「あいつはグリモワールよ。グリモワールはおねーさんも知ってるでしょ?」

「うん。ディールちゃんが持ってた本の事だよね?…でも…」

「あの見た目は何なのかって?それは「いーすんも封印されてた時は本のみの状態だったでしょ!きっとそんな感じだよ!」…せ、台詞取られ「下手するとわたしの登場はここだけかもしれないからねっ!」……はぁ…」

「うん、気を落とさないでエスちゃん。イリゼさんはきっと説明しようとしてくれた事を感謝してると思うから…」

 

一度の台詞の中でまさか二度も横槍を入れられるとは思ってなかったのか、ちょっと凹むエストちゃん。そんなエストちゃんを、ディールちゃんが慰めていた。…第三話でもそうだったけど、出番が関わる時のネプテューヌはエネルギー凄いなぁ…。

 

「まぁ、細かいところはともかくそんな感じですねー。…ふむふむ……」

「…な、何です…?」

「いえ、少し気になっただけですよ。…貴女も中々、特殊な存在のようですから」

「そ、そうですか。…ところでネプテューヌ、ネプギア。イストワールさん…そっちにいる方のイストワールさんはいないの?」

 

一応は彼女…グリモワールさんが何者なのか分かったところで、彼女が私の方へとやってくる。それからグリモワールさんは興味深そうな顔で私を見つめて…それから満足した様子で、元いた場所へと戻っていった。

それを見送った(ちょっと移動しただけだけど)私は、二つ目の気付きを口にする。だってこちらのイストワールさんが信次元のイストワールさんを手掛かりに連絡を取っていたんだから、ここにいないのは変だよね。

 

「あぁ、いますよ。…わたしの後ろに」

「…ネプギアの後ろに?」

「はい。何でも合わせる顔がないとかで、イリゼさん達が入ってきた瞬間わたしの後ろに…」

「もー、らしくないよいーすん。ほら、折角イリゼが見つかったんだから出て出て!」

「わわっ!?ひ、引っ張らないで下さいっ!Σ(>□<;)」

『あ、顔文字……』

 

ネプギアに所在を言われて凝視すると、確かにネプギアの背後からは本の端っこらしき物が見えている。でも合わせる顔がないなんて…と思っていると、後ろに回ったネプテューヌがイストワールさんを引っ張り出していた。ディールちゃんとエストちゃんが顔文字に反応する中、つんのめりながら登場するイストワールさん。

 

「も、もう!危ないじゃないですか!……あっ…」

「え、えーと……」

「……も、申し訳ありませんイリゼさん…わたしが軽率だったせいで、道具を使っても満足に開かない無能だったせいで、イリゼさんを大変な目に……」

 

私と目の合ったイストワールさんは、まず硬直。それからみるみる表情が変わっていって、深く頭を下げてきた。…そのあまりにも気落ちした雰囲気に、そこそこ陽気だった空気が冷えてしまう。

 

「え、い、いや…そんな気にする事はないですよイストワールさん!あの場で軽率だったのは私の方ですし、私はご覧の通り無事なんですから!」

「それは結果論です。幸いこちらと似た環境の次元…それも知り合いのいる所に飛んだから良かったものの、運が悪ければ……」

『…………』

 

運が悪ければ…その言葉の先は言わなかったものの、誰だって言わんとしてる事は想像出来る。私にあり得たかもしれない危険も……その時の、イストワールさんの気持ちも。

二人のネプギアは勿論、ネプテューヌやこちらのイストワールさんも気不味そうな顔をしていて、グリモワールさんも口を挟むべきじゃないと思っているかのような表情を浮かべている。私も私で、こんなに罪の意識に苛まれているイストワールさんへなんて声をかければ元気にしてあげられるか分からなくて……そんな時、私の横から声が聞こえた。

 

「…一つだけ、いいですか?」

「…なん、でしょう…」

「貴女の言う結果論というのは分かります。…でも…イリゼさんは、こちらへ来てから一度も貴女を悪く言うような言葉は口にしていませんよ?」

「……っ…」

 

声を出したのは、真っ直ぐにイストワールさんを見るディールちゃん。言い終えたディールちゃんは「ですよね?」と私に視線を送ってきて…そこにエストちゃんが続く。

 

「そうそう、むしろわたし達と再会出来て大喜びだったしねー。そうでしょ、おねーさん」

「…それは、まぁ…自分から言うのは恥ずかしいけど、二人と再会出来たのは本当に嬉しかったよ…って、にやにやしないでよエストちゃん!?」

「…らしいですよ、イストワールさん。結果オーライなんだから気にする必要はない…とは言いませんけど、大切なのはイリゼさんがどう思っているかじゃないでしょうか。…すみません、初対面の癖にこんな事言って」

「い、いえ…そう言って下さるのはありがたいです。……じゃあ、その…イリゼさん…」

 

最後にディールちゃんは謝って、私に前に出るよう目で合図。それを受けた私が一歩前に出ると、イストワールさんは不安の籠った瞳で私を見つめている。

……まさか、イストワールさんに…私にとっては実質的な姉ともいえる相手に、そんな顔をされるとは思っても見なかった。…でも、これは二人がわざわざお膳立てしてくれた場面。だから私は小さく肩を竦めて……言う。

 

「…私は怒ってなんかいませんよ、イストワールさん。だから、そんなに自分を責めないで下さい。…イストワールさんには、いつものイストワールさんでいてもらえる事の方が、私は嬉しいですから」

「…イリゼさん……」

「そうそう。…あっ、そうだイリゼ!いーすんってばね、あれから物凄く取り乱してたんだよ?一生かけてでもイリゼを見つけるとか言って次元超えようとするし、わたしに迷惑をかけられないからって後任の教祖候補を挙げようとしてくるし、もうわたしもびっくりだったよ」

「ちょっ、な、なんで言うんですかネプテューヌさん!?」

「後任の教祖って…あ、貴女止める気だったんですか…」

「そ、そちらのわたしも食い付かないで下さい!し、仕方ないじゃないですか!わたしはイリゼさんが信次元ではないどこかに飛ばされた以上の事は分からなかったんですから!」

 

ただ思っていた事を口にしたのか、それとも今度は私へ過剰な感謝をイストワールさんが口にしそうなのを察したのか、ネプテューヌが大暴露。しかもそれにこちらのイストワールさんが反応した事で、イストワールさんはわたわたと慌てる事に。…けれどそのおかげで、重くなっていた空気は無事元の和やかなものへと戻っていった。

 

「あはは…そこまで私を心配してくれてたんですね」

「うぅ…もう触れないで下さい…(ノ_<)」

「やっぱりそちらのいーすんさんって、こっちのいーすんさんと雰囲気違うんですね…」

「だねー。…あ、そうだぐりもん!ぐりもんの力でイリゼを帰してあげる事は出来るの?その為にこっちに来たんでしょ?」

「おっと、それを話すのがまだでしたね」

 

一頻り話したところで、思い出したようにこちらのネプテューヌが気になる言葉を口に。そうなの?…と思って再びグリモワールさんへと視線を向けると、グリモワールさんもまた思い出したような顔でネプテューヌの言葉に首肯した。

 

「えー……残念ながら、私はご期待に応える事が出来ません。…でも、二人が次元を繋げる準備を進めれば、三日…で出来るかどうかは微妙でも、三週間あれば確実に帰してあげる事が出来る。そうですよねぇ?」

「えぇ。というか、三週間も要らないと思いますよ」

「はい。一日でも早く繋げられるよう、全力を尽くします…!( ̄^ ̄)ゞ」

「ですって。それと…代わりと言ってはなんですが、信次元から今の接続経路を利用して貴女にシェアエネルギー…いえ、そちらの言葉ではシェアエナジーですね。…が流れるようにしてみます。もう少し待って頂ければ、女神化出来るようになると思いますよー」

「皆さん…ありがとうございます!三週間でも帰れるなら安心ですし、女神化出来るだけでも大助かりですよ!ほんと、ありがとうございます!」

 

こちらでの生活も悪くないとはいえ、やっぱり私の居場所は信次元で、女神の力は私の大切なアイデンティティの一つ。一度は事実上の喪失をしてしまったからこそ、もう無くしたくはないと思うもの。…だから、帰る目処が立ったのも、女神化出来るというのも、私にとっては凄く嬉しい事だった。

それから重要な話は済んだという事で、別次元の同一人物(イストワールさんの場合はちょっと違うけど)と対面した三組六名が会話の中心に。グリモワールさんは先程言った私へのシェア配給路を繋いでくれてるみたいで、私達三人は部屋の椅子へと腰をかける。

 

「おねーさん、いいの?ほんとは向こうのネプギア達と話したいんじゃない?」

「まぁ、ね。でもいいよ。三人の顔を見られただけでも、私はほっとしたから。それに、この瞬間を逃したら帰るまで話せない…って事でもないでしょ?」

「まあ、多分そうですね」

 

皆を眺めながら、私達は話す。…実を言うと、三人の姿を見た瞬間ちょっぴりある感情…ホームシック、って言うのかな?…に駆られたけど、今ここにいる事が嫌な訳じゃない。…二人に再会出来て嬉しかったのは、紛れもない事実なんだから。

 

「にしても、ただ同意するだけじゃなく自分で改めて言うなんて、そんなにわたし達と再会出来たのが嬉しかった?」

「む、蒸し返さないでよその話を…ほんとに恥ずかしかったんだから…」

「知ってる知ってる。…でも、ああ言ってくれたらわたし達も嬉しいよねー、ディーちゃん」

「へ?…な、なんでわたしにここで……」

 

私を弄ると思いきや、今度は視線をディールちゃんに向けるエストちゃん。その言葉を受けて動揺する姿を見ると、エストちゃんはにやりと悪戯っぽい笑みに。

 

「なんでって、ディーちゃんも関わる話じゃない。嬉しかったよね?ディーちゃん」

「べ、別にわたしは……」

「あれ?嬉しくなかったの?もしかしてそもそも、そんなに再会したくなかったり?」

「え……?…そう、だったの…?」

 

ディールちゃんが受けた言葉を否定気味に返しつつそっぽを向くと、エストちゃんは更に笑みを深めて彼女へ追求。その文言の中には、私としても「えっ?」と思うものがあったし、実際その旨の言葉を発したけど…目を逸らしているディールちゃんと違って、私は気付いていた。エストちゃんが、私へ含みを持たせた視線を向けている事に。

 

「そ、そうは言ってないじゃん…!イリゼさんもショック受けないで下さい…!」

「なら言ってあげなきゃ。言わなきゃ伝わらないものよ?」

「うっ……わ、分かったよもう…わたしも嬉しかった、嬉しかったですイリゼさん。…ほ、ほら…これでいいでしょ…?」

「だってー。よかったわね、おねーさん」

「うんうん。嬉しいなぁ、ディールちゃん」

「……!ま、まさか……」

『……にやり』

「〜〜〜〜っ!ふ、二人の…馬鹿ぁっ!」

 

顔を赤らめ恥ずかしそうに呟くディールちゃん。それを見た、それを聞いた私とディールちゃんは顔を見合わせて……それから二人して、ディールちゃんへと茶目っ気たっぷりの笑顔を見せてあげた。…その瞬間のディールちゃんの驚きに包まれた顔、そしてその後引っかかった事に気付いて真っ赤になった顔は、眼福ものだったなぁ。

今にも魔法を撃ち込んできそうなディールちゃんから、私とエストちゃんは揃って逃走。正直捕まったらヤバそうな気もするけど…やっぱりここに飛ばされたのは、あの事故は、私にとっては不幸じゃない。……そう心に強く思いながら、頬を緩ませエストちゃんと共に逃げる私だった。




今回のパロディ解説

・某名前に『カス』が付いてる消しゴム
ケシカスくんの主人公、ケシカスの事。彼(?)の絵描き歌って、実際あるんですよね。書いている途中ではとそれを思い出し、懐かしさを感じた私でした。

・金色のサカナ
色づく世界の明日からにおいて登場する、物語のキーの一つである絵の事。ラムは色の認識が出来なくなってたり、家族の事で落ち込んでたりはしないのでご安心を。

・紙の上のライヌちゃん
ジブリ作品の一つ、崖の上のポニョのパロディ。意識してやったのではなく、書いてから気付いたタイプのパロディです。パロネタと言えるかは微妙なラインかもですね。


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第七話 友達として、姉として

信次元のイストワールさんと連絡が取れ、帰る目処も付いたからか、それからイリゼさんはルウィー以外にも出向くようになった。ラステイションやリーンボックスの教会へ挨拶に行ったり、各国の名所を見て回ったり、時には守護女神の皆さんのクエストに協力したりと、それはもうアグレッシブに。

 

「ただ今戻りましたー」

 

出先から戻り、いつものように帰還報告を口にするイリゼさん。…と言っても正面の出入り口以外はいつも人がいる訳じゃないし、教会は広いから反応が返ってこない事もよくある。けど反応を求めてるというよりただ普段の行いとしてやっているらしく、反応が返ってこなくても気落ちする様子は特になかった。……まぁ、今回はわたしがいるんだけど。

 

「お帰りなさい。今日はどちらへ?」

「ルウィーの観光だよ。教会周辺は前に回ったけど、まだ行ってない所は沢山あったからね」

 

満足のいく観光になったのか、イリゼさんの表情は柔らかなもの。

まだルウィーの地理を完全把握した訳じゃないイリゼさんが問題なく観光に行って帰って来られたのは、グリモの力で女神化出来る状態になったから。あれ以降イリゼさんがアグレッシブになった理由の一つは、飛行移動が可能になった事であると見て間違いない。

 

「…疲れません?毎日飛び回るのは」

「え、見た目どれだけ走り回っても疲れないお年頃風なディールちゃんがそれ言う…?」

「残念ながらわたしは疲れるんです。そこまで子供じゃないので」

「そっか…って、それ遠回しに私を子供扱いしてない…?」

 

見つめながらわたしに向けられた問いを「いいえ」と軽く受け流す。…実際にはどうなの、って?…それは秘密だから言えないかな。イリゼさんに地の文読まれるかもしれないし。

 

「…なら、いいけど…。…疲れると言えば疲れるよ?でもこっちはそんなほいほい来られる場所でもないし、近いうちに帰るんだから、それまでに気になる事は全部やっておきたいの」

「まあ、理由はそれですよね」

 

今のところ次元を繋げるのに問題が生じた、という話は届いてないし、次元なんてそんな簡単に超えられるものじゃないんだから、やり残しがないようにしたいのは当然の事。帰った数日後に「行き忘れていたお店あったからまた来ちゃった」…とかされるのも、ねぇ……。

 

「…にしても、ここと信次元の時間の流れがほぼ同じだった事は幸いだったよ。こっちの方がずっと早いならまだしも、向こうがこっちの何倍も時間が経っていたら目も当てられないからね」

「迷宮の時は全然違いましたもんね。…因みに、前者の場合…信次元がまだ一日も経っていなかったら、どうします?」

「どう、って…もしかしてディールちゃん、もう少し私に居てほしかったり?」

「いえ、単なる興味です」

「そ、そう…クールだよね、ほんと……」

 

イリゼさん的には、わたしがその問いに首肯するか動揺するかを期待していたんだろうけど…それに乗る気はさらさらない。…ほんとに今の質問は興味だけだよ?

 

「で、実際どうなんです?」

「うーん…その場合は、もう少しこっちに居るかな。勿論信次元で問題があったり、私を必要とする人がいたりしたら別だけど」

「そうですか。…そういえば、どうして今回は本が向こうに残ったんでしょうね」

「あぁ、それに関してはこっちのイストワールさんとグリモワールさんが推測してたよ。今回は本自体が私を飛ばしたんじゃなくて、本を道具にイストワールさんがゲートを開いたからじゃないかって」

 

いつまでも出入り口前にいたってしょうがない、と話しつつ歩き始めるわたし達。普段は話さない(というか話せない)上、次元移動に関して色々疑問もあるから、話のネタはそう簡単には尽きたりしない。

 

「そうそうディールちゃん、ギルドの近くでやってるクレープ屋さん行った事ある?」

「移動販売のですか?あそこのクレープは生地がいいですよね」

「そう!クレープと言えば中のクリームとか果物だと思ってたけど、あそこのはむしろ生地がメインだよね!中身を引き立てつつも影には隠れない、って感じ!」

「…あー、だから頬にクリームが付いてたんですか」

「へっ!?つ、付いてた!?」

「嘘です」

「酷い!地味な嘘酷い!」

 

…それに、話すのは何も真面目で利益のある話だけじゃないからね。

 

「…さて、私は部屋に着いた訳だけど…ディールちゃんはどうする?というかどうしてあそこにいたの?」

「わたしも出先から帰ったところだったんです。そしてロムちゃんとラムちゃんに用事があるので…」

「寄ってはいけないんだね」

 

部屋に到着したイリゼさんは、扉を開いたところでわたしの方へと振り返る。中々話の盛り上がってきたところだったから、ここで終わるのは中途半端な感じになっちゃうけど…二人をほったらかしにしたら絶対後で何かされるし、来なかった理由が『イリゼさんと話してたから』だって知られたら、イリゼさんに危険極まりないアタックを仕掛ける子が二人(ロムちゃんは…やらないよね、流石に)になってしまう。…そう考えると、精神衛生の観点だけで言えば二人やエスちゃんよりイリゼさんと接してる方が安心するかも…。

 

「じゃ、二人の所に早く行ってあげて」

「そのつもりですよ。……あの、イリゼさん」

「ん?」

 

先んじてわたしの結論を理解し、引き止めはしなかったイリゼさんの言葉にわたしは頷いて……でも、それからイリゼさんの名前を呼ぶ。

 

「…さっき、信次元がまだ全然時間経過していなかったら、もう少しこちらに居るって言いましたよね?」

「うん、言ったよ」

「……です、よね。すみません、実はさっきちゃんと聞こえてなくて」

「え……難聴、じゃないよね…?

「そんな訳ないじゃないですか。偶々ですよ、偶々…」

 

それじゃ難聴系主人公になってしまいますよ…と心の中で言いながら、わたしはイリゼさんの部屋の前を去る。

勿論、本当にちゃんと聞こえていなかった訳じゃない。本当は、聞いてみたかった。今のイリゼさんの気持ちを。今の考えを。

 

(…そういう事、考えるつもりじゃなかったんだけどな……)

 

迷宮の時も、エスちゃんが会った時も、イリゼさんの帰還はそれが出来ると知ってから数時間も経たない内の事。でも今回は違って、ゆっくり考える時間も、色々やる期間もある。だからこそ、帰りたい気持ちや、今抱いている安心はどんなものか気になった。……帰る事なんて出来ないから。

でも、別にわたしは暗い気持ちになんてなっていない。だって、今も本来の次元に思うところはあるけど……今のわたしの居場所は、ここだから。

 

「…全くもう…来た最初の日と言い、どうして自覚してる時と無自覚の時とで精神衛生面が逆転するんですか、イリゼさん…」

 

どうして自分から上げた株を直後に落としてくるのか。結局この人はわたしにどう思ってほしいのか。……って、思ったけど…よく考えたら今回はわたしが勝手に上げて勝手に下げてただけだった…意図せずわたしの心の中で一人相撲させるなんて、イリゼさん恐るべし…。

……という訳で、ロムちゃんとラムちゃんの所に行くわたしだった。…どういう訳だよ、って突っ込みはしないでね?

 

 

 

 

「んー…ここら辺、かな」

 

翌日、イリゼさんとわたしはエスちゃんに連れられて街から離れた雪原へとやって来た。

 

「ここら辺かな、って…目的地決めてなかったの?」

「うん、適当に良い感じの所があればそこにしようって思ってたから」

「それはまた適当だね…」

 

下降するエスちゃんの後を追いつつ訊いてみると、返ってきたのはあっけらかんとした反応。その返答にわたしは呆れ、わたし達のやり取りを聞いていたイリゼさんは苦笑い。

 

「いーの。大事なのはどこでやるかじゃなくて、何をやるかなんだから」

「なんか名言っぽい事言ってるけど…それ普通に意味不明だからね?何をする気なのか分からない時点だと、『うん…うん?』みたいな印象にしかならないからね?」

 

腰に手を当てドヤ顔をするエスちゃんへ、わたしはドライな突っ込みで対応。まだ何も始まってない段階から突っ込みに熱入れてたら、スタミナ持たないもんね。……イリゼさんみたいに。

 

「私みたいに!?…いや確かに突っ込みでスタミナ持ってかれる事時々あるけど、別に好きで熱入れてる訳じゃないからね!?後私に触れる必要ある!?」

「あっ、この技術…おねーさんも出来るんだ…」

「え?…あー、私の友達は結構出来る人多いよ?エスちゃんもその内使えるようになるんじゃない?」

「そうなのね。…これ使えたら色々面白そうだし、後でコツとか教えてよね!」

「これは狙って会得する技術でもないけどね、エスちゃん…」

 

気付いたら出来てたというか、某二刀流スキル宜しくいつの間にかあったというか…とにかくこれは便利なスキルでも、エスちゃんが思っているような技術でもない。…けど、言っても分かってもらえそうにないし、自分で気付いてもらうしかないかなぁ…。

 

「…っと、そうだ…エスちゃんはここで何をする気なの?」

「ふふっ、よく訊いてくれたわねディーちゃん!」

「あ、これ間違いなく面倒なやつだ…帰りましょうか、イリゼさん」

「うん、そうしようか」

「ちょっ、ひっどーい二人共!わたし傷付いちゃうかもよ?」

『いやそれはないでしょ』

「ふ、二人して…むーっ!じゃあいいわよ!実力行使だからッ!」

「わっ、ちょっ……!?」

 

悪い企みの気配を感じたわたしがイリゼさんと帰ろうとすると、エスちゃんはわざとらしい態度を取って…それでも冷たく返すと、あろう事かエスちゃんは杖でイリゼさんへと殴りかかった。それに対してイリゼさんは反射的に腕を交差し、プロセッサの手甲で防御するけど……なら安心、な訳がない。

 

「今度は武器すら出さないんだ…さっすがオリジンハート様」

「さっすがオリジンハート様、じゃないよ!?な、何やってんの!?」

「何って…これがおねーさんの近くに虫がいたから、とかだとでも思う?」

 

防がれたエスちゃんは、嬉しそうにも残念そうにも聞こえる声を出しながら数歩後退。その明らかに手を抜いていなかった一撃をわたしは問い詰めるけど…それで萎縮するようなエスちゃんじゃない。

 

「おねーさんは、この意味が分かるよね?」

「い、いやまぁ分かるけどさ…まさか、こっちの姿で手合わせしたいの?」

「勿論!折角女神化出来るようになったんだから、実力を体感しないのは勿体ないじゃない!」

「…守護女神級だね、エストちゃんの好戦さは……」

 

わたしからイリゼさんへと視線を移し、やる気に満ちた目で戦いに誘うエスちゃん。…イリゼさんがこっちに来てから、彼女の呆れ顔を見るのはこれで何度目だろう…。

 

「ねー、やろうよおねーさん。ディーちゃんも付けるからさー」

「付けるって…私サイドに?」

「ううん、わたしサイドに」

「え…それで私が乗ると思ったの…?」

「っていうか、わたしの扱いおかしいよね…わたしの意思は…?」

 

その後もエスちゃんはあの手この手で勝負を提案。でもわたしは勿論の事、イリゼさんだって乗りはしない。だからこのまま否定を続ければ二対一でエスちゃんを押し切れる…と、思っていたんだけど……

 

「…そんなに私と勝負したいの?こっちの守護女神だって強いよね?」

「強いけど、今はおねーさんと戦ってみたいの!」

「…ディールちゃんと、二人で?」

「そう!アナザーホワイトシスターズVSオルタナティブオリジンハートなんて、名勝負回になる事間違いないじゃない!」

「どの視点で言ってるの…アナザーVSオルタナティブ、ってのには惹かれるものもあるけど…」

 

アタックを続けるエスちゃんに、相変わらずイリゼさんは困り顔。…でも、その表情からはどこか「仕方ないなぁ…」と言いそうな雰囲気を感じる。しかもイリゼさんの瞳の奥にあるのは…今のエスちゃんの瞳と、同じ色。

 

「もー、強情なんだから。じゃあ二対一のハンデとして、じゃじゃーん!」

「……?それは?」

「転身出来る巻物と、キメると滾れるスパイスよっ!」

「まさかのアイテムだった!?確かに忍者要素繋がりで持ってそうな感じはあるけど、凄いアイテム持ってるね!?」

「後これも!アンセムとバナナフィッシュ!」

「要らないよ!?前二つはともかく、それは危険薬物じゃん!しかもバナナフィッシュに至っては強化にすらならないよねぇ!?…っていうか……」

「……?」

 

 

「──強化アイテムが必要なのは、エストちゃんの方じゃないの?」

「……へぇ…おねーさんもそういう顔、するんだ…」

 

どこからかアイテム(本物、じゃないよね…?)を取り出したエスちゃんへ、イリゼさんは盛大に突っ込んで……それからにやりと、不敵な笑みをエスちゃんへと見せた。それを見たエスちゃんは、一瞬ぽかんとした顔になって…すぐに、イリゼさんと同じ表情になる。

 

「い、イリゼさんまで…本気ですか…?」

「まぁ、エストちゃんに勝負ふっかけられるのはこれが初めてじゃないからね。何も無理難題を求められてる訳じゃないし…何より私も、女神だから」

「……はぁ、それを言うならわたしもそうですよ…なら、二人でどうぞ」

 

二人ならエスちゃんを止められそうでも、イリゼさんまでやる気になられたらもう止めるのは困難。そう結論付けたわたしは小さく溜め息をついて、近くの木陰へ。

 

「あれ、ディーちゃんやらないの?」

「わたしは二人程戦いが好きじゃないの」

「えー。わたしはディーちゃんと一緒じゃないとつまんなーい」

「大丈夫大丈夫、エスちゃんなら一対一でも楽しめるから」

「うむむ…はぁ、じゃあしょうがないかぁ…」

 

エスちゃんはゲームのお誘い感覚で参加を求めてくるけど、熱烈であろうとフランクであろうとわたしの意思は変わらない。っていうかそれこそ、二人となら現実で刃を交えるよりゲームでバトルする方が楽しめそうだし。

そういう事を考えながら軽い調子で拒否していると…イリゼさんの時とは裏腹に、結構早い段階でエスちゃんは諦めてくれた。…ありがたいけど……うぅ、ん…?

 

「……?いいの?エスちゃん」

「ディーちゃんって割と強情なところあるからね。普通の手でディーちゃん説得しようとしたら時間かかっちゃうかもだし、そしたらおねーさんと勝負する時間が減っちゃうでしょ?」

「強情…あ、確かにそういう節はあるよね。…じゃ、始める?」

「おねーさんはもうやる気満々な感じ?」

「ま、やるとなったら気持ちだってそっちに持っていくよ。…この勝負、手を抜ける感じもつまらなそうな感じもしないからね」

 

わたしが強情だというやり取りの後(戦いに関してはわたしが普通だと思うんだけど…)、いよいよ開始へと話を持っていくイリゼさん。エスちゃんの質問にイリゼさんは意気込みとも取れる言葉を返して…それを受けたエスちゃんは、もう何段目か分からない機嫌のギアを上げていく。……それはもう、楽しそうに。

 

「そうそうそういうのを待ってたのよ!実は最初会った時おねーさんの事、ちょっと良い子ちゃん系かと思ってたけど…やっぱり女神なんだから、そういう反応してくれなくちゃ!」

「そんな事思ってたんだ…なら安心しなよ、エストちゃん。オリジンハートとはなんたるかを…この勝負で、エストちゃんに味わわせてあげるから」

「……っ!…はぁ…おねーさんわたしの期待を超えてき過ぎ…何回仕掛けても付き合ってくれるし、悪戯にもいつも全力で答えてくれるし、温和だと思ったらこんな一面まであるし…わたしおねーさんの事、もっと気に入っちゃったかも……」

「…………」

 

普段わたしでもそうそう見ないような表情でエスちゃんが嬉しがって、イリゼさんもそれに応えるように自信と戦いへの意欲を露わにしていく。もう二人共わたしの事なんか気にしてないみたいに、二人の世界へ入り込んでいく。

……心が、ざわっとした。エスちゃんが元気なのはいつもの事だし、イリゼさんの反応もそこまで予想外だった訳じゃない。…でも、わたしの事はあっさりと諦めたエスちゃんがイリゼさんにはこんなに執着して、どんどんどんどんご機嫌になって、わたしやロムちゃん、ラムちゃんにだってそうは見せない顔をイリゼさんに向けているって思うと、何だか凄く心がざわざわして、自分でもよく分からない気持ちになって…………

 

 

 

 

 

 

「……うん、決めたっ!おねーさん!もしこの勝負でおねーさんが勝ったら…わたし、おねーさんに着いていってあげるっ!」

 

────え……?

 

「…え……ぁ、えっ…?…エス、ちゃん…?」

「え、エストちゃん…今なんて…?」

「だから、おねーさんに着いていってあげる!だっておねーさんと一緒にいたら、これからも楽しい事が沢山ありそうだもん!」

 

イリゼさんの側に寄って、にこにこと笑顔を見せるエスちゃん。開戦の直前とは思えない発言に、イリゼさんは戸惑ってるみたいだけど…そんなのわたしの比じゃない。…え、待って…エスちゃんが、イリゼさんに着いていく?一緒にいる?それって……

 

 

──エスちゃんがわたしの隣からいなくなって、イリゼさんと信次元に行っちゃうって事……?

 

「ねぇねぇどう?別に賭けとか報酬とかって訳じゃないけど、そう言われるともっと頑張りたくなるでしょ?」

「ど、どうも何も…そんな事、軽い気持ちで言っちゃ駄目だよ……」

「…じゃあ、軽い気持ちじゃなかったら?もし、本当におねーさんと一緒にいたいって思ってたら…おねーさんは、嫌?」

 

ざわざわした気持ちが、ぐるぐるとした気持ちに変わる。全然分からない。これがどんな気持ちなのか分からない。……でも、一つだけ言える事がある。そんなの、嫌だって。

気持ちを問われたのは、わたしじゃない。けど、訊かれたのはイリゼさんで、イリゼさんは信頼の置ける人。だから大丈夫。どうせこんなのエスちゃんのおふざけで、イリゼさんはそれをきっちり窘めて、それで後はわたしも注意すれば、それでお終い……

 

「……それは…これからもエストちゃんと一緒にいられるなら、嬉しい…かな」

「……──っ!」

 

問いかけられたイリゼさんは、微笑みながら言葉を返した。窘めじゃなくて、嬉しいって言葉を口にした。……その瞬間、わたしの中で何かが弾ける。

 

「……ふ、ふふ…ふふふふっ…そうですか、そういう反応するんですかイリゼさんは…」

「へ……?」

 

ゆらり、と木陰から出て二人の前へ。無意識にほんの少し口の端を歪ませながら、わたしはイリゼさんを見上げる。

 

「…イリゼさん、わたしイリゼさんの事嫌いじゃないです。むしろ好きか嫌いかで言えば好きです」

「あ……う、うんありがとうディールちゃん。私もディールちゃんの事……」

「で、もぉ…エスちゃんはわたしの大事な妹で、かけがえのない存在なんです。なのに、そのエスちゃんを取る気なら……友達として、ちゃあんと教えるべき事は教えなきゃですよねぇ…(くすくす)」

 

そう言って、手元に杖を顕現させる。勿論不意打ちなんてしないし、開始前に仕掛けるなんて事もしない。だってイリゼさんは友達だもん。友達と戦うなら、正々堂々やらなくっちゃ…。

 

「え、エストちゃん…これは……?」

「……あー…ごめんなさいおねーさん。ディーちゃんやる気にさせたくて色々やってたんだけど…ちょっと、やる気にさせ過ぎたかも…」

「ちょっ…しゃ、洒落にならなそうなんだけど…?」

「うん、でもおねーさん物凄く強いでしょ?もし本当にヤバそうだったらわたしも止めに入るから…良い機会だと思って、本気で戦おうよ」

「そんな勝手な…もう、こっち来てから二人に振り回されるのこれで何度目…?」

 

何やら二人が小声で話してたけど、そんなのはどうでもいい。その後エスちゃんがこっちに来て、わたしと一緒に戦う姿勢になってくれたから、何にも問題はない。

 

「…頑張ろっか、エスちゃん」

「…一応訊くけど、まさかおねーさんを凍らせて雪山の奥に…とか考えてたりはしないよね?」

「……?わたしが友達にそんな事すると思ってるの?」

「なら良いけど…油断しちゃ駄目よディーちゃん。おねーさん、本気でくると思うから」

 

油断なんてする訳ないじゃん、エスちゃんの言葉に肩を竦める。エスちゃんと違ってわたしは女神化したイリゼさんと共闘した経験があるんだから、むしろ理解度で言えばわたしの方が上。本気のイリゼさんの姿だって、ちゃんと分かってる。

お互い少し離れて、また向かい合う。もうわたしは臨戦態勢。イリゼさんも、長剣をこちらに向けて構えている。後は、エスちゃんが合図を出せば……それでスタート。

 

「ディーちゃん、おねーさん、準備はいい?」

「勿論」

「…私もいいよ」

「じゃあ、後はもう決着までノンストップだからね!いざ、尋常に……勝負──」

 

張り詰めた空気の中、はっきりとした声で声を上げるエスちゃん。期待に溢れた、でも上擦った様子は欠片もないその声で開始の合図を完遂し……

 

「…………なッ!?」

 

──最後の一文字が聞こえた次の瞬間には、爆ぜるような音と共に、長剣を振り上げたイリゼさんが眼前にいた。

 

 

 

 

元からディールちゃんは(少なくとも私に対しては)毒のある一面があった。けどそれはあくまで冗談の域で、基本的にディールちゃんは私に思いやりを持って接してくれる子。……そのディールちゃんが、私へ黒い意思を向けていた。

理由は分かってる。ディールちゃんは私が、エストちゃんを連れて行ってしまうと思ったから。…正直「これ私が悪いの…?」と思ったけど、今のディールちゃんに落ち着いて聞いてくれるような雰囲気はないし、エストちゃんも取り返しがつかなくなるレベルじゃないと止めてくれそうにもない。それに……私も私で、ここまできて中止じゃ高まったやる気をどうすればいいか分からなくなる。

だから私は、全力でもって戦う事を選んだ。エストちゃんを連れて行く為じゃなくて……全力で戦う事こそが、最適解だと私の本能が伝えていたから。

 

「……っ!」

 

初撃で決着にしてもいいって位に神経を張り詰めていた私は、先制を許さず圧縮シェアエナジーで加速。ディールちゃんの真正面へと踏み込み上段からの斬撃を叩き込む。それに辛うじて反応し杖を掲げたディールちゃんを力のままに弾き、目を見開くエストちゃんへは見向きもせずに再び地を蹴る。狙いは当然、受け止めきれずに雪の大地へ二本の線を作ったディールちゃん。

 

「二撃目いくよッ、ディールちゃん!」

「くっ……!」

 

先の一撃で振り下ろした長剣を、その流れのまま脇構えに近い形へと構え直し、再度の肉薄と同時に振り出す。それはディールちゃんが杖から展開した氷の剣で防がれるも、ならばと私は次の攻撃へ。三撃、四撃、五撃と片手持ちの長剣で次々と斬りつけていく。……その背後に迫るのは、この場にいるもう一人の相手。

 

「わたしを…無視しないでよねッ!」

 

ディールちゃんと同様の氷剣…ではなく氷大剣とでも言うべき刃で仕掛けてきた攻撃を、後退で回避。着地と同時に放たれた回転斬りでの追撃は飛翔で避け、そのまま一度上空へと登っていく。

 

「ディーちゃん、わたしが突っ込むから!いいよねッ!」

「う、うん……っ!」

 

エストちゃんはそう言葉を発し、氷大剣を片手剣サイズまで小型化しつつも私を追って飛翔。その後方から放たれる魔法を視認した私は、上昇を止め精製した武器の射出で全弾撃ち落としていく。更に射出しながら手元に四本の投げナイフを作り出し、左手の指で全て掴む。

 

「はぁぁぁぁッ!」

「勇猛果敢だね…。……でも」

 

躊躇いなく接近してくるエストちゃん。エストちゃんはほんとに私と本気の勝負がしてみたかったんだと分かった私は薄く笑みを浮かべ、四本纏めてナイフを投擲。即座にエストちゃんが障壁を展開し、ナイフを弾く中……私はすぐ側を駆け抜ける。

 

「……エストちゃんの相手は、また後でね」

「……ッ!」

 

上昇を続けるエストちゃんとすれ違い、ディールちゃんへと突撃をかける私。防御の動きが見えてから下降したんじゃ反応される可能性があったから、私は投擲とほぼ同時に動き始めていた。ナイフが、そしてエストちゃん自身の展開した障壁が目眩しになると信じて。

驚きながらも魔法での遠隔攻撃を続けるディールちゃんに、私も出し惜しみなしの射出で対抗。再び上段斬りをディールちゃんへと放って、体術も織り交ぜた連撃を浴びせ続ける。

 

「……随分…ディーちゃんを狙ってくるじゃない…ッ!」

「……っとぉッ!」

 

後でねとは言ったけど、エストちゃんが素直に待っててくれる訳がない。ディールちゃんへの攻撃を邪魔しに来る度私は軽くあしらっていて、今回も武器の射出で凌ごうとするも……紙一重の動きで避けたエストちゃんは、少々声を荒らげながら私へと追い縋ってきた。

 

「別に無理してディーちゃんを狙う必要はないんだけど…?」

「無理なんてしてないよ。まずはディールちゃんから狙おうと思ったからそうしてるだ…けッ!」

 

長剣と氷剣で斬り結んだ私達は、そこから一度離れ再び激突。私の標的はディールちゃんのままだけど…どうもすぐにはエストちゃんを振り切れそうにない。そして、ならどうするか?…を考えさせようとする二人でも……ない。

 

「恨まないで下さいね。二対一に文句を言う機会は、あった筈なんですから…ッ!」

「ふっ、言う訳ないよ。言う必要が…ないんだからッ!」

「……っ…おねーさん…ッ!」

 

側面から迫ってきたディールちゃんは、エストちゃんと目も合わせずに巧みな連携を見せてくる。片方が斬りかかる瞬間にはもう片方が回避先を潰す動きをしていて、カウンターを狙えばそれを狙われていなかった側が防いで、防御に徹しようとすると息つく間もない連続攻撃が襲いかかってくる。本来は後衛担当だという事を疑いたくなる程の激しい攻撃は、気を抜ける瞬間なんて欠片もない。

横薙ぎをかけてきたエストちゃんを弾き返した時、私は視界にディールちゃんの姿がない事に気付く。背後か、それとも上空か…と神経を研ぎ澄ます中、弾かれたエストちゃんは横に跳んで……その瞬間、エストちゃんの背後からディールちゃんが現れる。

 

(……ッ!これは、上手い…ッ!)

 

後ろに跳んだ私の顔を氷剣が掠め、前髪数本が宙へと舞う。今の動きは連続攻撃を一度断ち切って放ったものらしく、そのおかげで私は距離を取れたものの……正直今のは、かなりヒヤッとした。

 

「……っとと…やるね。ちょっと擬似天帝の眼(エンペラーアイ)を彷彿としちゃったよ…」

「それはどうも。…わたし達の力は、こんなものじゃないですよ?」

「そうよおねーさん。もし各個撃破なんて…ディールちゃんなら素早く倒せるなんて思ってるなら、それはわたし達を舐め過ぎだから」

「へぇ……なら、舐め過ぎかどうか…確かめてみようか」

 

並んで構える二人を見据えながら、こちらも長剣を構え直す。今のところは一進一退。まだ勝敗が決するのは先だし、ここから戦いがどう転がるかは分からない。そんな事を考えながら、私は口元に笑みを浮かべる。……そう、今のところは…ね。




今回のパロディ解説

・某二刀流スキル
ソードアート・オンラインシリーズに登場する、ユニークスキルの一つの事。ユニークスキル、地の文読み…と言っても、地の文読みはかなりの人数が出来るんですけどね。

・転身出来る巻物
閃乱カグラシリーズに登場する、忍転身時の巻物の事。エスト(とマベちゃん)は持ってそうですよね。エストは忍者的な技術あるだけで忍ではないようですが。

・キメると滾れるスパイス
RELEASE THE SPYCEに登場するアイテムの一つの事。こっちは忍者要素のあるスパイ、と言うべきですが…こっちは本当に持ってそうな気がします。何となくですけど。

・アンセム
DOUBLE DECKER!ダグ&キリルに登場する、違法薬物の事。致死率30%の上しななくても暴走はほぼ確実…というか、これ本物ならSEVEN-0に捕まりますね。

・バナナフィッシュ
BANANA FISHに登場する薬物の一つの事。これは最早強化にすらなりません。なっても廃人です。…こっちも本物ではありませんからね?

・擬似天帝の眼(エンペラーアイ)
黒子のバスケにおいて、主人公黒子テツヤが見せた能力の一つの事。ただこれはエストの動きを読み切ってたのではなく、単にイリゼがそれを彷彿としただけですね。


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第八話 オルタナティブVSアナザー

苛烈にして、熾烈。普段の柔和さをまるで感じさせない攻撃が、わたしとディーちゃんへと襲いかかる。わたし達二人の本気を持ってしても、互角へ持ち込むのが精一杯。……それが、おねーさんの本気。

 

「天舞陸式・皐月ッ!」

 

爆発的な加速で間合いを詰めてきたおねーさんの、重い一撃。防御した次の瞬間には吹き飛ばされて、大きく距離を開けられる。そのわたしへ更に飛んでくる、複数本の剣。

 

(……っ…また…ッ!)

 

翼を広げて崩れた姿勢を立て直しつつ、風魔法で剣を散らす。それからすぐにわたしは目線を剣の発射地点に向けるけど…やっぱり、おねーさんはそこにはいない。おねーさんがいるのは……ディーちゃんの、すぐ側。

 

「ふん……ッ!」

「この、位…ッ!」

 

勢いのまま振り下ろされた長剣を避け、下がりつつ氷弾を放つディーちゃん。それをおねーさんは精製した大きな盾で受けるとすぐに手放して、足元の雪を撒き散らしながらディーちゃんを追う。…わたしには、視線も向けずに。

 

(また、またディーちゃんを…ディーちゃんばっかり、狙って……ッ!)

 

一人で複数人を相手にする時は全員に満遍なく攻撃しなきゃいけないルールなんてないし、むしろ余裕のある内に相手の頭数を減らすのは普通の戦術。…でもそんなの、おねーさんの都合。

わたしを狙ってくれたなら、何にも問題は無かった。おねーさんと戦いたくて勝負を提案したんだから、むしろ望むところよっ!…って感じ。…なのにおねーさんは、ディーちゃんを執拗に狙う。例えそこに戦術があるんだとしても…わたしの守りたいディーちゃんをこうも狙われるのは…はっきり言って、不愉快でしょうがない。

 

「わたしそういうの…好きじゃないんだけど…ッ!」

「そういうのって…何かな…ッ!」

 

遠隔魔法は放たず、追撃を続けるおねーさんとディーちゃんの間に無理やり割って入る。さっきからわたし達の魔法はきっちり撃ち落とすなり防ぐなりしてきてるから、魔法撃つより割って入る事に出来る限りのリソースを割く方が、ディーちゃんを守れる可能性が上がる。それに、近接戦なら…武器も射出し辛いって分かってるんだから…!

 

「エスちゃん…!」

「ディーちゃん下がって!こういうのはわたしに任せてくれていいからッ!」

「ま、任せてって…!」

「ふぅん…優しいね、エストちゃんは…ッ!」

 

数度の斬り合いを経て、おねーさんと斬り結ぶ。後ろから聞こえてくるのは躊躇い混じりの声で、前から聞こえるのはどこかわたしを子供扱いしてる風な声。しかもおねーさんの視線はまだディーちゃんを捉えていて…それがまたわたしの神経を逆撫でる。

 

「…そういうのも…好きじゃ、ないッ!」

 

力任せに押し返し、さっきの仕返しも兼ねて宙に出した氷剣を射出。長剣で斬り払っている間に足元へ飛び込んで、下からの攻撃を図る。…けど……

 

「よ……っとッ!」

「……ッ!」

 

それまで斬り払っていたおねーさんは、最後の一本だけは長剣の腹で受けて防御。しかもその時ある程度力を抜いていたみたいで……わたしの攻撃が当たる直前、おねーさんの身体は後ろへ倒れていった。

対象が倒れた事で空振る、わたしの攻撃。しかも倒れる動きを利用しておねーさんは蹴り上げを放ってきていて、仕掛けた筈のわたしが防御を余儀無くされる。そして防御で脚が止まった瞬間、おねーさんは翼を広げて体勢を持ち上げ……わたしの鼻先を、長剣が駆け抜ける。

 

「……!ディーちゃん…!?」

「勝手に、任されないでよ…ッ!」

「か、勝手になんて…!」

 

長剣の刃が当たらなかったのは、ディーちゃんが後ろに引っ張ったから。入れ替わるようにディーちゃんが前に出て、割って入ったさっきのわたしみたいにおねーさんと斬り結ぶ。…怒っている様子はない、でも語気の強い声を上げながら。

 

「出てきたね、ディールちゃん…!」

「知っているでしょう…わたしの近接格闘は、自衛の為じゃなくて…自分以外を守る為のものだって…ッ!」

 

おねーさんをわたしから離すように、激しい連撃をディーちゃんが叩き込む。おねーさんは短距離のバックステップを繰り返しながら、氷剣の斬撃を逸らして凌いでいく。そしてその最中で一瞬だけわたしを見て……笑う。

 

(まさか……罠…ッ!?)

 

しまった、と地を蹴るわたし。ディーちゃんに助けられたと思ったわたしだけど、徹底してディーちゃんを狙っていたおねーさんからすれば、今のディーちゃんの行動は獲物が自ら来てくれたようなもの。…じゃあ、どうしてそうなった?……そんなの、わたしがヘマしたから。

 

(…わたしが至らなかった?力が足りなかった?…違う、そんな訳……ッ!)

「わたしを狙うというのなら、望むところです…このまま、わたしが…ッ!」

「ディーちゃんッ!」

「……!」

 

鋭いターンをかけ、おねーさんの後方へ。ディーちゃんの姿はおねーさんの身体が間にあるからちゃんと見えなくて、逆にディーちゃんもわたしの姿は見えていないから、わたしは声をかけて……

 

(…………あれ…?)

 

──氷剣を振り被って、振り下ろす直前…おかしい、って思った。だって…わたし達の連携は、意識してやるものじゃない筈だから。

 

「…まだ、ここまで合うんだ……でも、甘いッ!」

「くっ……!」

「きゃっ……!」

 

精製した片手剣を左手に持ち、おねーさんは長剣と合わせて前後からの攻撃を両方受け止める。そこからおねーさんはわたし達の力を利用する事で身体を回して攻撃を逸らし、即座に空に舞い上がる。

それぞれ斜め前に転びかけたわたし達は、咄嗟に手を伸ばして握り合う事で勢いを相殺。そのままお互い引っ張って体勢も立て直して……

 

『(ディー・エス)ちゃん!援護お願……えっ…?』

 

……わたしとディーちゃんは、殆ど同じ事を…でも、全く逆の意味の言葉を口にしていた。そして、それに驚いていた一瞬で…戦いが、大きく動く。

 

「……楽しかったよ、二人共」

『な……ッ!?』

 

上から聞こえた声に、反射的に視線を上げるわたし達。見上げたわたし達が見たのは……巨大な、剣。大剣とかそういうレベルじゃない、どう見たって数十mはある異常な刃。……あんなの喰らったら、一溜まりもない。

 

「でも、これで…終わりだよッ!天舞参式・睡蓮ッ!」

「……っ!ディーちゃん、防御!」

「わ、分かってる…!」

 

唸りを上げて振り下ろされる巨大剣に、わたしもディーちゃんも咄嗟に防御。二人で展開した障壁を重ね合わせて、瞬時に出せる最大限の盾を作り上げる。あれだけの剣を瞬間的なもので防げるかどうかは分からないけど…これ以上の事は間に合わないんだから、後は障壁を信じるしかない。

迫る巨大剣。掲げられた障壁。衝撃に備えてわたし達は歯を食い縛り、おねーさんは剣を振り抜いて、巨大剣が障壁に触れ……

 

 

 

 

 

 

──巨大剣が折れた。それはもう、剣じゃなくてゴボウだったんじゃないかな?…って位、あっさりと。

 

『へ……?』

「……なんてねッ!本命は、こっちだよッ!」

『しまっ……!』

 

あんまりにも簡単に折れた剣に拍子抜けしたわたし達は、つい障壁を解除してしまって……その瞬間、これまでで一番の量の武器が、おねーさんの周囲から射出された。

 

 

 

 

確実に防がなきゃいけないと思ったわたし達は、防御に全力を注ぎ込んだ。でも巨大な剣は張りぼてで、本命は範囲攻撃だった。その範囲攻撃は、普段のわたし達なら何とかなる程度のものだったけど…全力を注いだばかりのわたし達に、そんな余裕はなかった。

だからわたしは、下に向けて魔法の衝撃波を放った。衝撃波で足元の雪を抉って、穴を開けて……即席の塹壕として、そこへエスちゃんと一緒に退避した。退避した次の瞬間、放たれた武器が駆け抜けていく。

 

「…ぎ、ギリギリセーフ……」

「あ、ありがとディーちゃん…」

 

雪煙が上がる中、冷や汗をかきながらもわたし達は安堵。結構な量の雪煙が上がっているから、多分暫くイリゼさんはわたし達を見付けられない筈。

 

「…おねーさんって、女神化すると結構性格悪くなるのね…」

「う、うん…元々の戦い方からしてトリッキーさはあったけど…正直、わたしもあんまり好きじゃない…」

 

騎士の決闘じゃないんだから、清い戦い方をするかどうかはイリゼさんの自由。…とは言っても、そのイリゼさんと戦うわたし達は当然嫌な気持ちになるし、普段とのギャップでショックがある。でも好きじゃないからもう止める、と言って止めてくれるかどうかは今のイリゼさん的に怪しい訳で……なんて思っていたら、いつの間にかエスちゃんがわたしをじぃっと見ていた。

 

「…な、何?」

「…もう、頭は冷えた?」

「あぁ……エスちゃん、ちょっと顔近付けてくれる?」

「……?いいけど…」

「……てい」

「痛っ!な、なんでデコピンするのよ!?」

 

きょとんとしながら素直に顔を近付けてくれたエスちゃんに、わたしはそこそこ強めにデコピン。理由は……言うまでもない。

 

「…わたし、ああいうのは今のイリゼさん以上に好きじゃないから。自分だって、前に思い込みで怒ってた癖に…」

「前?思い込みって……あ…!あ、あれはその…あの時はまだ子供だったし…」

「今だって子供じゃん」

「……うぅ、ごめんなさい…」

「分かれば宜しい」

 

もう少し何か言うと思ったけど…想像以上にあの勘違いはエスちゃんにとって恥ずかしいみたいで、割と早めに謝ってくれた。…全く、別にわたしはエスちゃん(というか、ラムちゃん)よりネプギアちゃんを優先しようとした訳じゃないのに…って違う、それより今はこれからの事考えないと…。

 

「…どうする?今のペースに乗ってるイリゼさんだと、何か策がなきゃ勝てないよ?」

「…って事は、勝負から降りたりはしないんだ」

「う…何か文句ある…?」

「ううん、全然。でもそうだよね、何度か接近戦で惜しいところまではいったし、この方向で何とか……ディーちゃん、援護に徹するのは嫌?」

「…別に、援護自体は嫌じゃないよ。エスちゃんが、『危ないから』って理由で下がらせようとしてるんじゃないなら、ね」

 

ロムちゃんやラムちゃんと戦ってるなら断固としてわたしが前に出るけど、わたしと同じく前衛の訓練もしてるエスちゃんなら別。…勿論、納得出来る理由があるならだけど。

…というのがわたしの思いだけど、対するエスちゃんは複雑そうな顔。

 

「そうは言われても、おねーさんに狙われ続けるディーちゃんなんて見たら、わたしは下がってほしい…って、思…う……」

「……?エスちゃん、どうした──」

「あーーっ!」

「わぁぁっ!?な、何!?急に何!?」

 

複雑そうな顔から一転して、声が小さくなったと思いきや大声を出すエスちゃん。それにわたしがびっくりする中、エスちゃんは何やら興奮した様子でわたしを見てくる。

 

「やられた…もうっ!やっぱりおねーさんってちょっと性格悪いかも!」

「お、落ち着いてよエスちゃん…何か気付いたの…?」

「まんまと嵌められたのよ、わたし達!おねーさんの策略に!」

「策略……?」

 

そう言って分かり易く悔しがるエスちゃんだけど、まだ何を言いたいのかいまいち伝わってこない。だから改めて問い直すと、エスちゃんはこくんと頷いて続けてくれる。

 

「ディーちゃんおねーさんにずっと狙われてたでしょ?でもあれ、狙いはわたしだったのよ!で、わたしを利用してディーちゃんも狙ってたの!」

「う、うん…つまりどういう事?後、声が大きいから…」

「あ……こほん。…ディーちゃんが狙われたらわたしはいつも程冷静じゃいられなくなるし、わたしが冷静さに欠ける言動をしたら、ディーちゃんも調子が狂うでしょ?」

「……って、事は…イリゼさんの真の狙いは、わたし達のペースを乱す事だったの…?」

「…多分」

 

神妙な顔で再び頷くエスちゃんの言葉からは、説得力が感じられる。…確かにイリゼさんの狙いがわたし達のペースを乱す事なら、元々の戦い方に通じるものもあるし、さっきの巨大な剣なんかは間違いなくこの系統。…けど、だとしたら……

 

「…嫌な戦い方だね、ほんと……」

「同感。で、目論見に乗っちゃったわたし達は連携よりも前に出る事を優先しちゃったって訳。確証はないけど、接近戦も誘われてたのかも…」

「…なら、二人で遠距離戦を仕掛ける?撃ち合いならわたし達の方がずっと得意だし」

「それは嫌。雑魚蹴散らすならそれも楽しいけど、強い人とはやっぱりぶつかり合いたいもん」

 

策に乗せられていたと言っても、その策は分かれば何とかなるタイプのもの。ならばとわたし達の得意分野を提案してみた訳だけど…ちょっと物騒な理由で拒否されてしまった。…ほんとになんでこんなに戦い好きになっちゃったかな…。

 

「じゃあ、どうする気?ペースを崩す策が一つだけだとは思えないけど」

「それはね…ふふっ。援護、してくれる?」

「……はぁ…やるなら、勝つ気でいくよ?」

「勿論よっ!教えてあげましょ、ディーちゃん!おねーさんも強いけど…真の最強は、わたし達なんだって!」

 

それからエスちゃんは自分の考えてる案を口にして、わたしの意見もそれに組み込んで、勝つ為の作戦を構築。それが出来上がった頃には舞い上がっていた雪煙が収まりかけていて…丁度良いとばかりに、わたし達は飛び上がった。……反撃、させてもらいますよ…イリゼさん。

 

 

 

 

勝負が始まる前から、力技で勝つのは厳しいと分かっていた。もっと言うなら、ディールちゃんの参戦を許した時点で、『勝負の前の勝負』で劣勢になっていた事は明白だった。だから私は、初手から本気で…全力でもって仕掛けていった。

結果、私の意図した通りに二人は本領発揮を出来ずにいた。二人共「大切な人を守りたい。その為に力を振るいたい」って気持ちがあるのは分かっていたから、エストちゃんには『大切な人が狙われる状況』、ディールちゃんには『守られる側として見られる状況』をぶつけて、更に遠隔攻撃は無理してでも確実に処理する事で、二人を感情的にしつつ、遠距離戦より近距離戦を選ぶマインドに仕向けさせた。

ここまでは、想定通り。後は見かけだけの剣で隙を作って、範囲攻撃を叩き込めば勝利は目前。そう考えていて、その目前までも実際に進んで……でもそれから数分以上経った今も、勝負は続いている。

 

「あははははっ!おねーさんは大きいから、わたしに動き回られると大変でしょ!」

「大変になる程の体格差は、ないと思うけどね…ッ!」

 

忍者刀を手に飛び回るエストちゃんの一撃離脱攻撃を、目で追いながら長剣で捌いてカウンターを狙う。エストちゃんは私と馬鹿正直に斬り合えば私の方に分があると分かっているからか、私が体勢を崩して連撃を誘ってみても乗ってくれない。

 

「ほらほら、まだまだいくわよッ!」

「…ほんと、元は後衛専門だったとは思えない位良い動きするね…でも、エストちゃんじゃ私に勝てないよ…ッ!」

「……っ…そうかも、しれないわね…でも…」

 

更に数度の攻撃の後、甘く入った斬撃を横薙ぎで叩き潰した私は、精製した細剣を左手で握って即座に刺突。咄嗟にエストちゃんは下がるも彼女がいるのはまだ私の攻撃が届く範囲で、真っ直ぐに伸びる細剣はエストちゃんを捉え……

 

「……わたし達ならッ!」

「……ッ!」

 

……る直前、下方から放たれた氷弾が細剣の刀身をへし折った。そして追撃はさせないとばかりに、光芒が曲線を描いて私に襲いかかる。

 

「(攻撃の…いや、一つ一つの動きの精密さが戻ってきてる…まさか雪煙の中で立て直しを……?)天舞壱式・桜ッ!」

 

周囲の全方位へ向けた連撃で光芒を斬り裂き、対処完了…と思った瞬間、今度はエストちゃんの魔法が飛来。対処の最中でも構え直した後でもない、絶妙なタイミングの攻撃に、私は後退を余儀無くされる。

 

「……だっ、たら…ッ!」

 

エストちゃんからの攻撃が残り数発になったところで、私は大剣を精製。その腹で受けつつシェアの圧縮も行い、攻撃終了と同時に射出。射出した先は…勿論、地上にいるディールちゃん。

もしまだ私の術中の中なら、これをエストちゃんは無視出来ない筈。もし無視しなかったら、気を取られた隙を突いて反撃が可能。そう私が策を巡らす中、大剣が放たれたのを目にしたエストちゃんは翼を大きく広げ……私の方へと、突撃をかけてきた。

 

「んもう、おねーさんってばディーちゃんが大好きなんだか…らッ!」

「エストちゃん…ッ!」

 

大上段からの斬り下ろしを、長剣を横に掲げて防御。……やっぱり…もう二人は、普段のペースを取り戻してる…!

 

「でも、そんなにディーちゃんが気になるなら…見せてあげるわ!わたしの、とっておきの忍術をね!」

 

斬り結びも早々に離れたエストちゃんは、二つの巻物を放り投げる。そして次の瞬間……空中で広がった巻物から、私へ向かって火球が放たれた。

 

「忍術・炎龍!」

「な……っ!?ほ、本物の忍術…!?」

 

放たれた火球はそれまでにも出された炎魔法と大差はなかったけど、まさか『技術』ではなく本物の『忍術』までも使えると思っていなかった私は驚かされる。…けど、所詮は火球二発。驚いていようとも、それ位なら反応出来ない私じゃない。

 

「ふ……ッ!」

「おねーさん、やっるぅ!なら、これはどうかしら!?」

(さっきより多い…!けど…この程度なら……ッ!)

「え、嘘……っ!?」

 

火球を斬り払った直後、楽しげな声と共に再び放られた巻物。その数は六…さっきの、三倍。

でも、一回目の時点で私はこの忍術の欠点に気付いていた。巻物から放たれる攻撃の欠点…それは、エストちゃんが放ってから放たれるまでにタイムラグがある事。そしてそのタイムラグは……私の武器精製と射出を合わせた時間より、間違いなく長い…!

精製時間が短く済むナイフを六本精製し、忍術発動より先に射出をかける私。飛ばしたナイフは狙い違わず巻物に直撃し、私は笑みを浮かべながら狼狽するエストちゃんへと反撃を……

 

 

 

 

「……なーんて、ねっ♪」

「んな……ッ!?」

 

──その瞬間、私へと放たれた忍術。それは……破れた筈の、巻物から。…いや、違う…これは…この位置は……っ!

 

「ぐぅぅ……ッ!」

 

身体を捻り、プロセッサの浮遊ユニットを身代わりとする事で私は直撃を回避。でも衝撃とユニットの破裂を諸に受け、弾かれたように落下してしまう。

 

「もらったぁっ!」

「……っ…まだ…ッ!」

「えぇ、まだですよ……ッ!」

「……っ!?」

 

私を追って下降してくるエストちゃんに、長剣を投擲。…が、またも私の攻撃はディールちゃんの援護によって弾かれ、私は接近を許してしまう。

空中で前転をかけかかと落としを放つエストちゃんと、その場で回って上へと回し蹴りを放つ私。例え魔法で強化していても、近接格闘能力なら私の方が上。…けど、今この瞬間は私の体勢が良くなかった私より、落下に逆らわず攻撃エネルギーに転化したエストちゃんの方が上手だった。

 

「ぐぁっ……!」

「……おねーさん、つーかまーえたっ♪」

 

雪原に落ちた私の両手首に、エストちゃんの振り出した鉤縄らしき物が絡み付く。更にエストちゃんの側へとディールちゃんが飛び上がっていて、二人の武器が私の方へと向けられている。…こうなればどう考えたって、私が攻撃するより二人の攻撃が私に届いてしまう。

 

「ふふん、これっておねーさんからしたら、中々屈辱的な状況じゃない?」

「…油断しないでよ?エスちゃん」

「分かってるって。で、おねーさんどんな気持ち?ねぇどんな気持ち?」

 

私を見下ろすエストちゃんは勝気な笑みで、ディールちゃんは油断を感じられない落ち着いた表情。……確かに、叩き落とされて両手縛られて、その状態で小さい子二人に見下ろされるというのは屈辱的な状況。それは、間違ってない。

 

(…どんな気持ち、か……)

 

…でも、屈辱的な気持ちでいっぱいかと言われると…そうじゃない。その気持ちもあるけど、それだけじゃない。…むしろ、今一番大きい気持ちは……

 

「……ふ、ふふっ…」

「……?」

「…中々……面白くなってきたじゃないか、アナザーホワイトシスターよッ!」

『わわ……っ!?』

 

一纏めにされた両手を握って、思い切り振り抜く。私の手とエストちゃんは、縄でもって繋がった状態。だから、私の腕を振った勢いはエストちゃんにも伝わり…狙った通り、エストちゃんはディールちゃんへとぶつかった。…ジャッジと戦って以来、心踊る戦いなんてしてなかったんだから……そんなの、楽しいに決まってる…ッ!

 

「勝ち誇るのが早過ぎたね、エストちゃんッ!」

「……っ!エスちゃん、まだいける!?」

「…とーぜんッ!」

 

ぶつかった衝撃で縄が緩み、自由になった右手に私は苦無を携える。左手は拘束から抜き、縄を引っ張りエストちゃんを引き寄せる。ディールちゃんが離れる中、私は身体を跳ね起こし……一閃。

 

「…さっきの忍術、実はただの魔法なんでしょ」

「あ、バレた?…そうよ、巻物はフェイクで…実際には巻物の前から魔法を放ってるだけだもの!」

「やっぱりね…意趣返しをされるとは思ってなかったよ…ッ!」

 

苦無と刀がぶつかり合い、武器が…そして交差する視線が火花を散らす。それから数秒の間私達はせめぎ合い…私達のすぐ側に落ちてきた長剣が雪へと突き刺さった瞬間、エストちゃんは縄を離し、代わりに長剣を掴んで振り抜いた。

 

「おねーさんが苦無使うなら…わたしもこれ使わせてもらうからねッ!」

「結構難しいんだよ?その長剣を使いこなすのは、ねッ!」

「手裏剣…!?…このタイプも使えたんだ、おねーさんッ!」

 

横っ飛びで斬撃を避けた私は、空中で通常の数倍はある大型手裏剣を精製して投擲。それをエストちゃんは長剣を投げる事で撃ち落とし、私達は再び空へと舞い上がる。

 

「もう性格悪い攻撃はしてこないのかしらッ!?」

「だったら、忍法慈愛の術でもやってあげようかッ!」

「やってもいいわよッ!わたしはそんなに甘くないけどねッ!」

 

私は両手に苦無を、エストちゃんは両手に忍者刀を構えて何度も激突する。二つの光の軌跡を描きながら、離れては斬り結んでを繰り返す。

楽しくてしょうがないと言いたげなエストちゃんの笑みに、私も自然と笑みを返す。…でもその半分は、エストちゃんがまた私の策に嵌まってくれつつあるから。

 

(本当に楽しいよ、エストちゃん。…でも、二人に勝ちを譲るつもりは…毛頭ない…ッ!)

 

もう何度目か分からない激突の末、私は苦無を下へと投げ落とす。そこから翼を姿勢制御重視に可変する事で強引にブレーキをかけ、続けて直線機動重視に変えつつその場で反転。更にバスタードソードを精製し……私に遅れてエストちゃんが方向転換した瞬間、全力の天舞陸式・皐月を叩き込む。

 

「きゃっ……!」

「一定の速度に目が慣れると、急加速された時反応が遅れるよね…!」

 

防御した際の衝撃で落下するエストちゃんを追って、下降をかける私。どんどん距離を詰め、バスタードソードの届く間合いに入った瞬間右手を振り上げ、そのまま振り下ろ……すと見せかけて、私は下降の軌道を逸らした。

 

「……!?」

「残念だけど…ディールちゃんがずっと何かを企ててた事は、お見通しだよッ!」

 

機動を逸らした私は、手が付く程の低空飛行に移行し……エストちゃんが落としたままの鉤縄と、私がついさっき投げた苦無の一本を拾い上げる。

これまでディールちゃんは、援護に徹していた。でも援護に徹している割には、攻撃が妙に少なかった。もしディールちゃんが並みの魔法使いなら、闇雲に攻撃してエストちゃんの邪魔になる事を避けてたとも考えられるけど…ディールちゃんはそんな低次元の魔法使いじゃない。…だからこそ、私は気付いた。魔龍と戦ったあの時のように、ディールちゃんは大掛かりな魔法の傍らで援護をしていたんだろうと。

 

「え……縄が、広がって…!?」

 

迎撃の魔法を避けつつある地点まで飛んだ私は、鉤縄と苦無を同時に放る。ディールちゃんも私がそれ等を拾った時点で使ってくるとは予想していたようだけど…縄が広がった瞬間、目を見開いて驚きを露わにしていた。

何故縄が広がったか。…それは、縄の鉤爪が付いていない側に苦無を括り付けて、重みのある地点を二つに増やしたから。そして鉤爪と苦無をそれぞれ斜めに投げた事で、二つに引っ張られて縄は広がった。驚いているディールちゃんは当たる寸前我に返って氷剣を展開するも…もう遅い。

 

「……さぁ、決着といこうか…エストちゃんッ!」

 

ディールちゃんの身体を中心に縄が巻き付く中、私は背後に迫るエストちゃんへと叫ぶ。今私は武器を持っていない。けど私が移動していたのは、先程エストちゃんが投げて再び雪へと刺さった長剣のある場所。ディールちゃんは数秒もあれば拘束から脱して戦線復帰してくるだろうけど、次の一撃でエストちゃんを倒せば一対一。そして、今この瞬間も……一対一。

長剣を抜き放ち、シェアエナジーの圧縮を行いながら私は振り向く。目の前にいるのは、大剣を振り上げ全速力で私へ斬りかからんとしているエストちゃん。だけどもう私も攻撃体勢に入っていて…先に攻撃を当てられるのは自分だって確信が、私にはある。

元々はエストちゃんの言葉から始まった、この勝負。途中ディールちゃんが危ない感じになったりしたけど…この戦いは、十分満足出来る勝負だった。だから私は二人に敬意を評して、最後まで全力のまま戦い抜く。……そんな思いを胸に抱きながら、全身全霊の一撃をすべく私は雪の大地を踏み込んで…………

 

 

 

 

 

 

 

 

────脚が、滑った。

 

(えっ……?)

 

降り積もってそれなりの固さになった雪ではなく、まるで溶けかけた雪を踏んでしまったかのような感覚。けど、そんな訳ない。これまで雪はすぐ溶けるような状態じゃなかったし、急激に気温が上がったりもしてない。…なのに、私の脚は滑り、前のめりの体勢になっている。そんな訳がないのに、まだこの状態になる訳がないのに、自然に溶ける事なんて……いや、待った…。

 

(……まさか、これって…これが、ディールちゃんの…ッ!?)

 

否定は気付きに、気付きは驚きに、驚きは確信に変わっていく。原理は分からない。分からないけど……ディールちゃんなら、この一帯の雪を任意のタイミングで溶ける状態に仕上げる事だって不可能じゃない。…けど、だとしたら……

 

(嵌められたのは、私の方……?)

 

目を見開く私。その私へ、エストちゃんの大剣が迫る。危機的状態に全ての動きがゆっくりに見えて、大剣の軌道もはっきりと分かって、でも私の動きも緩慢になってるから避ける事なんて間に合わなくて……

 

 

……次の瞬間、私の用意していた圧縮シェアが爆発した。爆発して……私は前のめりのまま前に吹っ飛ぶ。

 

「え、ちょっ……」

「あ、不味っ……」

 

…………ごつんッ!!

 

『……いったあぁぁぁぁああああぁあぁッ!!?』

 

エストちゃんの顔がアップになったと思ったのも束の間、額に頭が割れたんじゃないかと思う位の激痛が走る。

聞こえた絶叫は、私のものとエストちゃんのもの。私もエストちゃんもお互い弾かれてひっくり返り、狂ったように叫びながら痛みで転げ回る。もう痛いとかのレベルじゃない。なんていうか…えっと……前言撤回、やっぱり痛い。訳が分からない程に痛い。痛いのなんのって感じに痛くて、頭が粉々になってるよと言われても信じちゃう位に超痛い。痛い、痛い、痛い、痛……

 

「……えっ、と…これでわたし達の勝ち…かな…?」

「あ……」

 

──気付いたら、ディールちゃんが私のすぐ近くにいて、氷剣を私へ突き付けていた。……なんか、決着…付いちゃったみたいです、はい。




今回のパロディ解説

・「〜〜エストちゃんじゃ私に勝てないよ…ッ!」「〜〜そうかも、しれないわね…でも…」「……わたし達ならッ!」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの登場キャラ、マクギリス・ファリドとガエリオ・ボードウィンのやり取りのパロディ。阿頼耶式・タイプE(st)…じょ、冗談です!

・忍術・炎龍
原作シリーズの一つ、四女神オンラインにおけるラムの技の一つの事。エストも使えるらしいです。まぁ、実際には忍術っぽくしてるだけの魔法ですけどね。

・忍法慈愛の術
LIFE! スペシャル 忍べ!右左エ門においてムロツヨシさんが演じた甲賀忍者(頭領)の使う忍術の一つの事。イリゼはプロセッサ着てるので、恐らく元々胸元は開いてますね。


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第九話 最後の日、その前に

イリゼさんとの勝負は結局わたし達の勝ちとなり、連れていかれそうになっていたエスちゃんを無事守る事が出来た。……え、そうじゃない?…ふふふ、何を言っているんです?

…まぁ、それはそれとして、その日は涙目で額を押さえる二人を連れて帰った。決着の形以外は満足のいく戦いになったみたいだし、これでエスちゃんも大人しくなってくれると思ってたんだけど……

 

「ねね、おねーさん!おねーさんはどういうタイミングで意表を突くのがベストだと思う?やっぱり大技とか連撃の後で相手の緊張が高まってる時かな!」

「え?…うーん、それは内容によるんじゃない?意表を突くって言ったって、ただ突飛な行動をすればいい訳じゃないんだし」

「だよねー。うんうん、やっぱり戦いは頭を使ってこそよね!」

 

あれ以降、イリゼさんに対するエスちゃんのお気に入り具合が明らかに増していた。

 

「むぅぅ……」

「エストちゃん、ごきげん…」

「戦闘に関する事だから、尚更テンション高いよね…」

 

楽しげに話すエスちゃんと、お茶の入った湯呑みを片手に受け答えするイリゼさんを、少し離れた所で眺めるわたし達。イリゼさんは適当にあしらったりしないし、相変わらず弄られると力一杯反応をしてるから、それがエスちゃんの琴線に触れまくっている模様。…まぁ、時々エスちゃんに着いていけなくて、わたしに「エストちゃんの相手、変わって…」みたいな視線送ってきたりする事もあるけど。

 

「…ねぇディールちゃん。おむねの事でバカにされたって言えば、お姉ちゃんも許してくれるよね?」

「うん、嘘吐いてイリゼさんを亡き者にしようとするのは止めようね。流石にそれはやり過ぎだから」

「……?…ちょっとなら、ディールちゃん止めないの…?」

「……ラムちゃんの気持ちも、分からない事はないし…」

 

何となくラムちゃんの考えが分かったわたしが制止すると、ロムちゃんに突っ込まれてしまった。…だって…エスちゃんはわたしの妹だし…。

…と、ちょっと気分を害するわたしだけど、別にイリゼさんに敵意を持ったりはしない。それは勿論イリゼさんが友達だからだし、それ以上に……

 

「…ふぅ。なんか喉乾いちゃったし、わたしも何か飲んでこよーっと」

「え、あ……嵐の様に来て、嵐の様に去っていっちゃったよ…」

 

……お気に入り具合は増してるのに、これまで通りイリゼさんへの扱いはぞんざいだったから。…同じくエスちゃんによく振り回される身としては、椅子の背にぐったりともたれかかるイリゼさんには同情の念を禁じ得なかったり…。

 

「…別にそこまでエスちゃんに気を遣わなくてもいいんですよ?エスちゃん、イリゼさんが嫌がらないから話し続けてた節ありますし」

「あはは、そうかもね…でも大丈夫だよ。私にとっては、友達が心を許して接してくれるのは凄く嬉しい事だから」

「…そんな事言ってると、その内ラムちゃんからほんとに嫌われますよ?」

「うっ……それは嫌かな…別次元とはいえ仲間だし…」

 

わたしの言葉を受けたイリゼさんはラムちゃんを見ると、ラムちゃんはぷいっと顔を背ける。…前言撤回。その内じゃなくて、現段階で結構レッドゾーンかも…。

 

「……ディールちゃん、ラムちゃんとの間を取り持ってくれたりは…?」

「…それ、後々情けない気持ちになったりしません?」

「するかも…でも、嫌われたり嫌われてる状態にあるよりは、情けない思いをする方が私はいいよ」

 

イリゼさんはわたしを対等の相手として見てくれてるみたいだし、わたしもそう思っているけど…やっぱり『イリゼさんの方が年上』って認識が、わたしは勿論周りにもある。その中でこういう頼り方をするのはイリゼさん的に大丈夫なのか…と思って訊いてみたわたしだったけど、返ってきたのは何ともイリゼさんらしい反応。…所詮別次元の相手だし、なんて答えじゃなくて……ほっとした。

 

「…仕方ないですね…イリゼさん、こっちの通貨ちゃんと持ってます?」

「え?…うん、クエストの報酬がそれなりに残ってるけど…」

「なら…ロムちゃん、ラムちゃん、イリゼさんが明日美味しいケーキのお店連れて行ってくれるってー」

「はい!?」

 

くるりと振り返って二人に呼びかけると、真っ先に驚いたのはイリゼさん。…当たり前だよね、それは。

 

「ほぇ?ケーキ屋さん…?」

「どうして急にケーキ屋さん?…まさか、ケーキに毒を入れてわたし達を……」

「いやいやそういう事じゃないよ。信次元に戻ったらこっちでのお金は使えないし、だからって無駄遣いするのも嫌だから、『お世話になった』わたし達のお礼に使いたいんだって」

 

続けて声を返してきた二人の反応は、概ね予想通り。だからそれっぽくて、しかもラムちゃんの機嫌が取れそうな説明をその場で考えて展開するわたし。ちらりと後ろを見るとイリゼさんが「え、ちょっ…え……?」みたいな顔をしてるけど…嘘も方便だし、嘘は真実にしちゃえば嘘じゃなくなるもんね。

 

「お世話になった…ふ、ふーん…そういう事なら、行ってあげてもいいけど?」

「…好きなケーキ、食べていいの…?」

「うん。そうですよね?イリゼさん」

「それは……も、勿論だよ。私は二人に感謝してるんだから」

「そうなの…?…じゃあ、楽しみ…(わくわく)」

 

ラムちゃんはちょっと気分良さ気にしながらも態度を崩さず、ロムちゃんは素直に喜んで……

 

「話は聞かせてもらったわッ!」

「うわっ!?エスちゃん!?」

「最初の方は知らないけど、わたしもケーキ食べられるのよね?」

「あ……う、うん。エストちゃんもだよ…」

 

丁度戻ってきたエスちゃんもコップ片手にその気になって、もうケーキを食べにいく雰囲気は完成した。これはあくまで口約束だけど…三人の期待を裏切るようなイリゼさんじゃない。

 

「…って事で、明日はお願いしますね」

「お願いしますねって…こういうのは一言言ってからにしてよ…」

「あはは、すみません。…大丈夫ですよ、足りなければわたしが補填しますから」

「そ、それこそ情けないじゃん…そこまで心配されなくても大丈夫ですー」

 

口を尖らせるイリゼさんに苦笑いしつつ、勝手に話を進めた事は謝罪。でもその後イリゼさんは肩を竦めて「しょうがないなぁ…」と言ってくれて、それにわたしが返そうとして……

 

「…っと、電話が…ちょっと失礼しますね」

 

そのタイミングで、わたしの携帯端末に電話がかかってきた。廊下に出つつ液晶画面を確認してみると…かけてきたのは、ネプギアちゃん。

 

「はい、ディールです」

「こんにちは、ディールちゃん。イリゼさんって、近くにいる?」

「…って事は、イリゼさんに用事?」

「うん。イリゼさんの携帯番号が分からない…というか、別次元の携帯で連絡が取れなくて…ごめんね、代わりにかけちゃって」

「それ位謝らなくてもいいのに…」

 

電話の向こうで謝るネプギアちゃんに、わたしは軽く頬をかく。確かにわたしは伝達役にされてる訳だけど…電話が通じないのはネプギアちゃんのせいじゃないし、伝達なんて大変な事じゃない。…けど、こういうのってつい謝っちゃうよね…。

 

「…それで、伝言は何?」

「あ、それはね…」

 

それはさておき、と話の流れを修正。イリゼさんにって事は、信次元関連か何かかなと思いつつ言葉を待っていると……

 

「…明日の夕方には、次元を繋げられるんだって」

「え……あ、明日…?」

 

──その報告は、何ともまぁタイミングの悪いものだった。

 

 

 

 

小さい子四人をケーキ屋に連れて行く事になってから数分後。楽しそうに何のケーキ食べたいか考えるロムちゃんを微笑みながら眺めるラムちゃんとエストちゃん…を微笑みながら眺めてると、ディールちゃんが戻ってきた。……明日には帰れるという、ビックニュースを持ってきて。

 

「夕方なら、ケーキ屋行くのは大丈夫そうだね」

「ごめんなさい…流石に帰る前はゆっくりしたかったですよね…」

「いやいや気にしないでよ、ディールちゃんは悪く……ない事もないか、タイミングは偶然でも勝手に予定作ったのはディールちゃんだし、一言言ってくれればギリ電話間に合ったかもしれないし…」

「…け、結構グサグサ言いますね……」

「あはは、明日帰ると思ったらこっちでの事色々思い出してね。…それで弄られてばっかりだった事に気付いたから…」

「だからって帰るまでに清算しようとしなくても…弄ったわたしが言う事ではないですけど…」

 

昼食を跨いで今は午後。思い出してたら名残惜しい気持ちも出てきて、それを落ち着けようと散歩に出たら…ディールちゃんとエストちゃんが着いてきた。…私と別れるのが寂しいのかな?だとしたら…二人も可愛いところがあるんだから、も〜。

 

「おねーさん、自分に都合良く解釈するのはどうかと思うんだけど」

「う、バレた…ってあれ?エストちゃん出来るようになってるじゃん」

「え?…あ、ほんとだ!ふふん、これで事実上の読心術確保ね!」

「だからそんなものじゃないって…後イリゼさんが帰っちゃったら機能するかどうか怪しいし…」

 

私の前を歩いていたエストちゃんは、くるりと振り向き半眼を私に向けてくる。それからは後ろ向きのまま歩くのを続けていて…見ていて危なっかしい……。

 

「まぁそれはそうとして、おねーさんは明日帰るのよね?」

「…うん。国を持っていなくても、私には私の役目があるからね」

「じゃ、明日はケーキ屋だけじゃなくて、もっと色んな所行きましょ!ディーちゃんもそれでいいよね!」

「それは…駄目じゃないけどさ、ディールちゃんに続いて急だね…」

「仕方ないじゃない、明日開けるって連絡も急だったんだから」

 

ロムちゃんラムちゃんは成長すると『前もって話す』能力を失うのかなぁ…と一瞬思ったものの、考えてみればエストちゃんの言う通り。前もっても何も、って話だもんね。

 

「…ディールちゃんは大丈夫?」

「構いませんよ。それにケーキ食べるだけでイリゼさんに好感持ってくれる程ラムちゃんも単純じゃないですし、明日出来る限り頑張ってみてはどうでしょう?」

「それもそっか…なら、頑張ってみるよ」

「はい。でも肩に力が入っていては駄目ですからね?」

 

アドバイスしてくれたり釘を刺してきたり、本当にディールちゃんはしっかり者。エストちゃんもエストちゃんで破天荒に見せかけて頭が回る事は勝負でよく分かったし、本当に二人は大人っぽい。

 

「…これも経験…いや、過去の成すものなのかな……」

「え、何がです?」

「あっ……う、ううん何でもない…(またやっちゃった…)」

「ふーん…そういえば、おねーさんってわたしやディーちゃんと別れてから何かあったりしたの?」

「あぁうん、あったよ。こっちにも存在するのかどうかは分からないけど、犯罪神って負の神が復活して……」

『犯罪神!?』

 

エストちゃんから訊かれてお互い『あれから』を話していなかった事に気付いた私は、一番大きな出来事である犯罪神と犯罪組織絡みの話に触れ……た瞬間、二人が目の色を変えて食い付いてきた。当然それは面白そう、なんて興味の色じゃない。

 

「は、犯罪神って…犯罪組織が信仰するあの犯罪神ですか!?」

「な、なんでそれを今まで黙ってたのよ!?」

「ちょっ、す、ストップ二人共!圧凄いし…何より周りの目!周りの目あるから…!」

『えっ?……あ…』

 

明らかに態度の変わった二人だけど、自分達の大声で注意を浴びてしまった事に気付いて一旦冷静になってくれる。…けど、周りの人の反応で分かった。周りの人の反応は、単に大声に驚いた…ってだけのものじゃない。

ディールちゃんに案内されて、私達は川に隣接する自然公園へ。川へ降りられる坂の前のベンチの所で、ディールちゃんは足を止める。

 

「…ここなら、周りの注目を浴びずに話せると思います」

「みたいだね…えぇと、落ち着いて聞いてくれる?」

「それって…落ち着いてなきゃ不味い話になるの…?」

「そうじゃなくて、一々さっきみたいなリアクションされたらこっちも困るし…」

 

普段は快活なエストちゃんが、今は落ち着いた…そしてどこか険しさも感じる表情。…これは、冗談も交えて…なんて雰囲気じゃないね…。

 

「…じゃあ、まずは…私を除く女神全員がギョウカイ墓場に向かう、少し前の事からかな…」

 

出来る範囲で無駄を省き、でも必要だと思った部分は細かな部分まで意識して話す私。旅の事も、戦いの事も…その結果、どうなったのかも。…その間、二人は驚いたり不安そうな顔をしたりはしていたものの…変に口を挟んだりせず、頼んだ通りに落ち着いて聞いてくれた。

 

「…それからは、再封印出来るようになるまで待ちつつ犯罪組織絡みの後処理と残り僅かな残党制圧をしてたの。だから後は犯罪神を封印すれば、それで取り敢えずはお終いかな」

「…え、と…はい、丁寧な説明ありがとうございました」

「どう致しまして。…で、話しながら思ったんだけど、もしかして前に迷宮でディールちゃんが話してくれたのは……」

 

迷宮で自分の話をした時は、お互い経歴についてはあまり深く話さなかった。それは相手の経歴そのものはそこまで重要じゃなかったからで、だからこれまで気付かなかったけど…こうして話してみると、あの時のディールちゃんの話と私の話とはかなり似通っている。そして…ディールちゃんが私の言葉に頷いてくれた事で、私の憶測が正しかったのだと判明した。

 

「…じゃあ、やっぱり…こっちでも、信次元と同じ事が起きてたんだ…私の主観だと正しくはこっちと同じ事が信次元でも、になるけど…」

「そう、ですね。でも、大まかな部分は同じでも差異は結構あると思います」

「…そう?」

「えぇ。そもそもこっちはネプギアちゃんしか候補生は最初の戦いに行ってませんし、相手もマジック一人だったらしいですし」

 

そうして今度は二人が話す番。信次元との差異を中心に、最初はディールちゃんがしっかりと、後半はそれまで黙っていたエストちゃんが入ってきてややざっくりとした説明を私にしてくれる。…確かに色々差異があるなぁ…って、いうか……

 

「…あの、二人共…ジャッジの説明、短くない…?」

『……?』

「え、何その『何か問題でも?』みたいな反応…ジャッジだよ?私が相打ちになってた可能性十分にあるあのジャッジだよ?」

「そ、そんな事言われましても…」

「わたし達的には、おねーさんがそこまでジャッジを評価する方がよく分からないのよね。勿論雑魚ではなかったけど、記憶に焼き付くような相手でもなかったし…しかもこっちでの本来のジャッジとは、わたしそもそも戦ってないし…」

 

別に彼は悪くないとか、仲間になれたかもしれないとかは思ってないけど、私にとっては色んな意味で忘れられない相手であるのがジャッジという存在。そのジャッジが二人の説明の中じゃさらーっと流されてしまったから、つい訊いた訳だけど…違うのはジャッジだけじゃないもんね。マジックの強さなんか明らかに別物だし、トリック撃破までの経緯も大分違うし、ブレイブは……関わりが薄かったから、私は何とも言えないけど…。

 

「…不思議なものだね。同じ目的の同じ敵が、同じ組織を作ったのにこんな違うだなんて…」

「まぁ、そもそもこことそちらは似ていても違いの多い次元な訳ですし、何から何まで同じだったら逆に不自然だと思いますよ」

「殆ど同じ事が起きる次元もあったりはするけどね。…にしても、おねーさんにそこまで言わせるジャッジなら、わたしも戦ってみたいかも…」

『言うと思った…』

「えー…ま、言われると思ってたけど」

 

私達二人の言葉にエストちゃんがけろっとした顔で返し、それに私とディールちゃんは「全くもう…」と肩を竦める。

話の内容は決して明るいものじゃないのに、こうして砕けた雰囲気で話す事が出来る。…それはここにそれだけの環境があって、私は二人とそれだけの仲になれているから。……私は、こんな雰囲気が大好き。

 

「でも、良かったわ。犯罪神の名前が出てきた時には驚いたけど、なんかもう解決してるみたいだし。ねー、ディーちゃん」

「え?……う、うーん…イリゼさんの言った通り、解決と呼べるのはその再封印をしてからだと思うけど…そうだね。…一番大変な時にこっち来ちゃって、それで作戦の崩れた信次元の皆さんが犯罪組織に…なんて事にならなかったのは、本当に良かった…」

「え、縁起でもない事言わないでよ…前にエストちゃんにも似たような事言われたけど…」

 

普段容赦ない事を言うのはエストちゃんだけど、偶にディールちゃんも意図せず物騒な事を言ってくる。…勝負の時といい今といい、もしや闇が深いのはディールちゃんの方…?

…と、少しばかり私がディールちゃんに不安を抱いたところで、不意に冷たい風が吹く。それはルウィーではよくある、ルウィーの『普通』の一つの風。

 

「…安心したのは、私もだよ。二人共私と違って普通の女神じゃないし、あれからどうなったのかな…って思ってたから」

『…(イリゼさん・おねーさん)が、普通の女神……?』

「うっ…そ、そこは食い付かなくていいの!…こっちも色々楽じゃなかったみたいだけど、ここは安心して、違う次元から飛ばされてきた私でも『良い』って思える場所があるんだもん。お姉さんは、二人が元気で嬉しいです」

 

何か私がお姉さんぶった瞬間二人に微妙そうな顔をされるも、まぁ問題なし。うんうん、大人っぽくても二人は可愛いなぁ。

 

「…気を付けてね、エスちゃん。イリゼさんは隙を見せるとお姉さんとして接してくるから…」

「うん、気を付けとく…」

「んもう、そう嫌がらないでよ。にしてもほんと、こっち来てからは多少危ない事があっても気を抜いていられる日々が続いた……」

 

相手を挟んで内緒話という、隠す気あるのか無いのか分からないやり取りを受けて苦笑いする私。それからまたこっちでの出来事を思い出して、こっちも優しい人がいっぱいだったなぁと温かい気持ちになって……

 

「……あ、れ…?」

『……?』

 

……気付いた。自分の言葉で、気付かされた。自分が気を抜いていたって。気を抜ける環境だと思って、自然に楽しんでいたって。

来たばかりの時は、それでも「自分だけ休んでいるのは…」と思っていた。でもその気持ちも、クエストという形で活動する中で薄れていった。ブランを始め色んな人が私を快く受け入れてくれて、道で会った人やギルドにいた人も感じがよくて、ディールちゃんとエストちゃんと再会出来た事で心が舞い上がって、何よりここは『信次元じゃない次元』だったから、いつの間にか私は素の私になっていた。ありのままのイリゼでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────私は大きな大きなものを背負って、その責任を負って……その上で、いつものオリジンハートでいなきゃいけないのに。

 

「……あ…あ、ぁ…あぁぁ……」

「い、イリゼさん…?」

「おねーさん大丈夫?酷い顔になってるわよ…?」

 

身体が芯から冷えていくような感覚。寒さとは違う震えが、胸から全身に広がっていく。

……最低だ。私が皆の信者を、今の信次元を愛する人を駆り立てたのに、煽って戦わせたのに、それから目を離すなんて。犯罪組織にも悪意だけで加入している訳じゃない人も沢山いた筈なのに、それを忘れるなんて。戦いを避ける事より、一刻も早く助けたいって思いを優先してあれだけ大きな戦いを起こしておいて、それからも最善の策だからって沢山の操られた人を傷付けておいて…その中で、人を殺しておいて……私が背負うべきもの全てから目を逸らして、ここで楽しんでいたなんて。…最低だ、最低だ、最低だ……。

 

「…あぁぁ…あぁ、あぁぁあぁぁぁ……」

 

視界が歪み、聞こえる二人の声がぼんやりとしてくる。私はずっとそれを背負ってなきゃいけないのに。楽しい時も、悲しい時も、幸せな時も、ずっと心の奥底でそれを感じて、感じ続けてなきゃいけなないのに。それこそが、何人もの人を戦いと苦しみに誘った私の、十字架だったのに。最低だ。私は最低だ。最低、最低、最低……最低最低最低最低最低最低最低最低…………

 

「……イリゼさんッ!」

「……っ!」

 

前から両肩を掴まれて、ふっと私は我に返る。我に返った時、私の目の前にいたのは……真剣な表情をした、ディールちゃんだった。

 

 

 

 

突然様子のおかしくなった、おねーさん。何が引き金になったのかは分からないけど、息が荒くなって、呻き声を漏らして、真っ青な顔で俯くおねーさんは、どう見たって普通じゃない。切っ掛けも、原因も分からなかったけど…何が起きているのかは、はっきりと分かった。……おねーさんがしていたのは、自分で自分が許せなくなった人の目。

そんなおねーさんを、放っておける訳がない。そう思ったわたしは、取り敢えず行動しようと立ち上がりかけて……それよりも先に、ディーちゃんが動いていた。

 

「…ぁ……え…ディール、ちゃ……」

「深呼吸です、イリゼさん。ほら、吸って…吐いて……」

「……っ…すぅ…はぁ……」

「そうです。じゃあ、もう一度」

「…すぅ……はぁ……」

「……では、エスちゃんは?」

「…ぶっとびガール…」

「…多少は落ち着いたみたいですね。ふぅ……」

「え、待って。なんで今わたし出したの?なんでぶっとびガールはスルーなの?」

 

両肩を掴んだディーちゃんは、おねーさんに目を合わせ、静かな…でも深みのある、どこかお姉ちゃんみたいな声音でおねーさんを落ち着かせていた。……わたしを出した理由はさっぱりだけど…。

 

「……ご、ごめん二人共…今、私……」

「大丈夫です。気にしないで下さい」

「で、でも……」

「わたしが大丈夫と言ってるんだから、いいんです。エスちゃんもそう思うよね?」

「あ……う、うん。わたしも同感」

 

ついさっきまではお姉さんぶっていたのに、今や襲われた子供の様に瞳を震わせるおねーさん。そんなおねーさんを宥めるディーちゃんは、わたしから見ても頼もしい雰囲気。

 

「…………」

「…………」

「……えぇ、と…」

(…エスちゃん、これからどうしよう…?)

(どうしようって…見切り発車だったんだ……)

 

……と思いきや、アイコンタクトで意見を求めてくるディーちゃん。…そりゃわたしも一先ず動こうと思ってたし、考えてる間もおねーさんの状態が悪化する可能性は十分にあったけど…うーん、やっぱりディーちゃんはディーちゃんかも…。

 

「…おねーさん、何か辛い事思い出しちゃった?」

「…忘れちゃいけない事を忘れてた事を、思い出した…」

「忘れちゃいけない事?…っと、待った前言撤回。言いたくない事なら言わなくていいからね?」

 

選手交代…じゃないけど、ディーちゃんから引き継ぐ形で今度はわたしが言葉をかける。おねーさんが豹変した理由は何にせよ、ざっくりでもそれが分からなきゃわたし達は話のしようがない。大丈夫大丈夫って言えばそれで安心する程、おねーさんは幼くないんだから。

 

「……言いたくない、訳じゃ…ないけど…」

「…わたし達以外の方がいいですか?それとも、場所を変えます?」

「…ううん、ここでいい」

「じゃ、おねーさんのタイミングで話して。それまでわたし達は待ってるから」

 

こういうのは、ぐいぐい話しかけちゃいけない事位わたしも分かってる。だからディーちゃんと目を合わせて、黙っておねーさんの言葉を待っていると……ぽつり、とおねーさんが声を漏らす。

 

「……守護女神の四人を助ける時、犯罪組織を壊滅させる作戦を決行した、って言ったでしょ…?」

「…えぇ、聞いたわ」

「…操られた人を助ける為に、強引な手段で動かないようにしたとも、言ったでしょ…?」

「はい。聞きました」

「……他にも作戦はあったのに、これを選んだ。その結果が影響して、残党は操られる事になった。…だから、私は背負ってなきゃいけないのに…私がそうさせたんだって、責任があるのに……」

(…これは……)

 

罪の意識に苛まれているような声で、話してくれたのはおねーさんの背負ってるもの。背負わなきゃって、思ってるもの。…それが本当に背負うべきなのか、それとも思い過ぎなだけかは何とも言えないけど…一つわたしは、思う事があった。そして多分、ディーちゃんも同じ事を思っている。

 

「なのに、私は忘れてた…気を抜いて、忘れちゃってた……」

「あの、イリゼさん…それは……」

「酷いよ…最低だよ、私…私も女神なのに、私は背負う覚悟をして、これまでそうしてたのに…なのにこれじゃ、これじゃ私……」

「すとーっぷ。おねーさん、それ以上は駄目よ」

 

また不安を感じる様子になってきたおねーさん。それに気付いたディーちゃんが止めようとして、でもそれを聞こえてないのかおねーさんは話を続けようとしたから……わたしはおねーさんの口を手で塞いだ。…たーっち、なんてね。

 

「むぐぐ……!?」

「おねーさんの思いは何となく分かったわ。長年の付き合いでもないわたしが何言ってるんだって思うかもしれないけど、おねーさんらしい思いだと思う。…でも、それはわたし達にするべきじゃない」

「……二人に、するべきじゃない…?」

「だって、わたしもディーちゃんもおねーさんとは友達だけど、おねーさんの抱えてるものに対しては全くの無関係だもの。そういうのは、一緒に同じ問題へ立ち向かった仲間へするべきだもの。…他に話すべき人、おねーさんにはいるでしょ?」

「あ……」

 

なんていうか、それは裏切り…じゃないけど、良くないよね…ってわたしは思う。おねーさんが信次元の仲間を信頼してない訳ないし、だからこれは偶々ここにいるのがわたしとディーちゃんだったってだけなんだけど……それでもおねーさんは、落ち着いたら落ち着いたでそれが心に残っちゃうんだと思う。…だっておねーさん、優しいから。

 

「支えが欲しいというなら、支えます。…でも、わたしも話すならわたし達じゃないと思いますよ。信次元の皆さんだって、イリゼさんの思いを知ったらきっと自分達に話してほしいと思う筈ですから」

「…そう、かな……?」

「…信次元の皆さんは、イリゼさんの抱えてるものなんか知った事か…なんて考える人達なんですか?」

「そ、そんな訳ないよッ!…うん、そんな訳ない…んだよね…」

 

わたしに続いたディーちゃんの言葉におねーさんは強い反応を見せて……それから、やっと少し穏やかな表情が戻ってきた。…それだけで分かる。おねーさんが、どれだけ仲間を大切にしてるかって事が。

 

「なら、やっぱりわたし達に話すべきじゃないでしょ?」

「…うん、そうだった……」

「分かってくれたのなら安心です。もう、急に豹変して驚きましたよ…」

「ほんとにごめん…じゃ、じゃあさ……」

『……?』

「…今は…明日帰るまでは、これまで通り…二人には話さないまま、最後までいてもいい…かな…?」

 

少しずつ元気を取り戻し、顔色も良くなっていくおねーさん。それからおねーさんは、不安そうにわたし達へ問いかけてきたから……わたしはにっこりと笑って、おねーさんの背中を引っ叩く。

 

「とーぜんよっ!陰気臭い顔してたって面白くないし、明日は色々しようって思ってるんだから、最後まで元気でいてくれなくっちゃ!だからこれまで通りに頼むわよ、おねーさんっ!」

「わああぁぁぁぁああぁぁっ!!?」

「うんうん……うん?わぁぁ…?」

 

わたしとしては冗談半分、元気付け半分で行った背中への一発。でも何故かおねーさんから返ってきたのは叫び声で、おかしいなぁと思って見直したら……おねーさんが坂から転げ落ちていた。

 

「ちょ、え、エスちゃん……」

「……や、やっちゃった…」

「やっちゃったじゃないよ!?うわぁ!イリゼさん大丈夫ですか!?」

 

ごろごろごろ、どっぼーん!…と、おねーさんは草の生えた坂を転げ落ちて、川へと入水。中々の水飛沫が上がる中、慌てて走り出したディーちゃんに続いてわたしも川岸へ。……流石のわたしも、今はちょっと冷や汗が…。

 

「う、うぅぅ……」

「あ、足は…付く水位ですね、よかった…」

「よかないよ…びしょびしょだよ……」

「あ、あははー…わ、わざとじゃないのよ…?」

 

全身突っ込んだおねーさんはずぶ濡れで、項垂れながら川岸の方へやってくる。…けど、おねーさんが次に発したのは意外な言葉。

 

「……でも、ありがとねエストちゃん。威力はあり過ぎだったけど、気持ちは伝わってきたよ」

「お、おねーさん……」

「…手、貸してくれる?」

「そ、それは勿論!」

 

優しい笑顔と共にそう言ってくれた事で、わたしもほっと一安心。それからおねーさんが手を出してきたから、わたしも手や袖が濡れる事なんて気にせずおねーさんの手を握って……

 

 

──川に引き込まれた。

 

「きゃあっ!?」

「あははははっ!引っかかったねエストちゃん!」

「ぷはっ…!も、もう!何するのよおねーさん!」

「何するも何も、先にやったのはエストちゃんでしょ?私だってやる時はやるんだからねっ!」

「わぷっ……や、やったわね!ならわたしも容赦しないんだから!」

 

酷い仕打ちに抗議するわたしに対し、おねーさんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら水をかけてくる。それを宣戦布告と受け取ったわたしは、思い切り水を掬っておねーさんへ反撃。わたしとおねーさんによる着衣水かけ合戦が、驚く程突然に開始される。

 

「ほぉら!この水位なら私の方が有利!」

「ふーんだ!背の高さの違いが戦力の決定的差ではない事を教えてあげるわ!」

 

全身を使って水をかけ合うわたしとおねーさん。…一応言っておくけど、別に恨みを晴らしてやろう的な気持ちでやってる訳じゃない。そしてわたし達が一進一退の攻防を続ける中、近くで冷ややかな視線を向けている女神が一人。

 

「……子供じゃないんだから…」

「…………」

「…………」

「……おねーさん!」

「うん!」

「え、な、何……わああああっ!?」

 

見てるだけならいざ知らず、呆れられたらわたし達だって見過ごす訳にはいかない。…という事でわたしとおねーさんは協力し、二人でディーちゃんにも水の洗礼を叩き込んだ。当然ディーちゃんはそんな事を予想してなくて、わたし達に続いて三人目のずぶ濡れ女神に。

 

「やったぁ!大成功ね、おねーさん!」

「ふふん、さしものディールちゃんもこれは対応出来なかったみたいだね!」

「……ふ、ふふふ…」

『……へ…?』

「…いいよ、二人がその気なら…わたしだって容赦しないんだから…っ!」

『うわぁぁ!?み、水魔法使ってきた!?』

 

ディーちゃんが手を振ると同時に川から二つの水の柱が生まれ、それがわたしとおねーさんへ。わたし達が水流に襲われる中、本気の目をしたディーちゃんも本格参戦。……そうしてわたし達は、最終的に三人で戦う事となった。

水をかけて、かけられて、時々足を滑らせて、自然に笑いが漏れて。濡れた服が張り付いたり重かったりするのは不快だし、勿論寒くはあったけど……それでもこの時の水かけ合戦は、とっても楽しいものだった。…やっぱり、折角おねーさんがこっちにいるなら、その間は楽しくいなくっちゃよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、身体が冷えきるまで三人は川で遊んでいたと?」

『はい……』

「ここはルウィーで、雪だって降ると分かった上での水かけだったと?」

『はい……』

「……子供じゃないんだから…」

『…うぅ……』

 

……帰ったらお姉ちゃんや皆に心から呆れられちゃった。…てへっ☆




今回のパロディ解説

・「話は聞かせてもらったわッ!」
MMR マガジンミステリー調査班の代名詞的なネタ(台詞)の一つのパロディ。この時エストが持ってた飲み物は、多分ジュースです。可愛らしいですね。

・ぶっとびガール
ポケットモンスター ブラック(2)・ホワイト(2)に登場するジムリーダーの一人、フウロの二つ名の事。エストの場合、大空ならぬ次元のぶっとび、ですかね。

・「〜〜背の高さの〜〜教えてあげるわ!」
機動戦士ガンダムの登場キャラの一人、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。因みにこの後三人は風邪引いたりはしてませんので、ご安心を。


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第十話(コラボ編最終話) 約束の、またね

晴れた空、光を反射し白く煌めく雪、ひんやりとしつつも寒過ぎはしない気温。

 

「さーって、今日は遊ぶわよーっ!」

「ケーキ、楽しみ…(きらきら)」

「どこから行く?ねぇどこから行く?」

「皆、元気なのはいいけど勝手にどっかいかないでよ?」

 

そして、教会の前で嬉々として話す四人の女神候補生。…今日はとても、お出掛け日和。

 

「…なんか、引率の先生になった気分だなぁ…」

「む…それはわたしを除いた三人を見ての発言ですよね?」

「え?ディーちゃんじゃなくてわたし以外の三人でしょ」

「うーん…二人はロムちゃんラムちゃんよりは大人だけど、除ける程じゃないかな」

『えー……』

 

私の返答にディールちゃんとエストちゃんが不服そうな声を漏らすも、実際はそこまで不満じゃないのかすぐに普段の表情に戻る。…自覚がある辺り、二人が思ってるよりは大人だと思うけど、ね。

 

「さ、じゃあ行こうか。最初はどこがいい?」

「なんか楽しそうなとこ!」

「ふーんだ、教えてあげないわよー」

「怖くない、ところ…」

「あ、それはイリゼさんにお任せします」

「うっわ、見事に分かれたね!しかもエストちゃんとロムちゃんはざっくりしてるしディールちゃんは実質答えてないし、ラムちゃんに至っては回答拒否!?」

 

ケーキ屋以外は特に決まってなかったし、取り敢えず意見聞こうかなぁ位の感覚で訊いた訳だけど…返ってきたのは予想以上に酷い回答だった。どうしよう、全く参考にならない…。

 

「えーっと…楽しそうで、怖くない…ネットで検索したら幾らでも出てくるよこんなの!…一先ずお化け屋敷とかジェットコースターとかは無し、って事でいい…?」

「う、うん…お化け屋敷、いや……」

「なら、それを除いて遊園地回るとか?」

「遊園地、ねぇ…わたしはもうちょっと自分から動ける方がいいかも。遊園地って大概受け身の物ばっかりだし」

「ふーむ…なら、そういう方向性で…と、いきたいんだけど……」

『……?』

「…私、別次元の女神だから具体的な施設名とか場所は分からないです……」

『あ……』

 

なら何故私が音頭を取ったんだ…と言われそうなものだけど、なんか雰囲気的に『私が連れてく』って感じだったんだからしょうがない。でも言った通り私に案内する能力はない訳で……

 

「もー、なっさけないわねー。エスト、だったらあそこなんていいんじゃない?」

「あそこ?…あー、確かにいいかも」

「でしょ?じゃあ行こっ!ロムちゃん、ディールちゃん、エスト!」

「あ、私は呼んでくれないんだ…」

 

結局場所はエストちゃんとラムちゃんが決めて、先頭も二人が歩く事となった。…まあ、いいや。先頭歩きたかった訳じゃないし、皆が行きたい場所行けるのが一番だし。

最前列は快活組、二列目は大人しい組、最後尾に私という三列で向かう私達。途中街の人に声をかけられれば元気良く挨拶し、お菓子を貰えばきちんとお礼を言う四人は見ていてとっても微笑ましいもの。……ネプテューヌも似たようなものだった気もするけど…い、今は気にしないでおこうかな!

 

「ここを曲がれば〜…はい、とうちゃーっく!」

「へぇ、こういうルートもあったのね」

「ここに来るの、久しぶり…」

 

そうして到着したのは、前にディールちゃんエストちゃんと行った複合アミューズメント施設と近い系統の…でもあそこより広く多彩な屋外施設。幾つかお祭りの屋台みたいなものもあって、確かに身体を動かして遊びたい場合は普通の遊園地よりも合ってそうな気がする場所。

 

「ここなら私も楽しめそうだね。さて、何からやろうかな」

「…イリゼさん、目的は忘れてませんよね?」

 

入場したところで、私の言葉にディールちゃんが反応。それからちらりと、ディールちゃんはラムちゃんの方へと視線を送る。

 

「目的?最後の一日だから、皆で思いっきり楽しむ、でしょ?」

「それは…間違ってはいませんけど、ラムちゃんの事は……」

「忘れてないよ。でも、気に入られる為を最大の目的にしたら、ラムちゃん以外に失礼だもん。だからラムちゃんの事はあくまで『出来たらいいな』で、私の目的は皆と楽しむ事だよ」

「なら、わたしがアシストしなくてもいいですよね?」

「うっ…ま、まぁそうなるけど…」

「ふふ、冗談です。でも取り敢えずは…お互い、楽しみましょうか」

 

そう言ってディールちゃんは小さく微笑み、数歩先を歩く三人と合流。どこから回ろうか、自分は何をやってみたい、と顔を綻ばせて話す四人と、それに着いて行きつつも自分の趣味や特技に合うものはどれか探す私。

帰りたくない訳じゃないけど、いつだってお別れは寂しいもの。だから少しでも『楽しかった』って思いで帰れるよう、私は精一杯四人と遊びたいと思う。……それに、二人と約束もしたもんね。ここにいる間は、最後まで元気でいようって。

 

 

 

 

「ふふーん!両手に持てばカクリツは二倍だもんね!」

「ターゲット、ロック…(ばきゅん)」

 

最初に訪れたのは、射的場。これに興味を示したのはロムちゃんとラムちゃんで、ラムちゃんは二丁銃スタイル、ロムちゃんは台に身体を預けた狙撃スタイルで景品のお菓子や小物を狙っていく。

 

「そういえば、ユニちゃんが言ってたよ。ただ真ん中を狙えばいいんじゃなくて、目標に合わせて狙う位置も変えるのが効率のいい射撃だって」

「へぇー。じゃ、ここの担当してるスタッフを狙えば…」

「出禁になるね。やってもわたしフォローしないから」

「え、エストちゃん…そんな事は、やっちゃだめだよ…?」

「じょ、冗談よ…本気じゃないからそんな『悪に染まろうとしてる友達を止めなきゃ…!』みたいな顔しないでロムちゃん…」

 

意気込む二人だけど、意気込んだって普通は威力や精度なんて変わらないのが銃というもの。全然景品ゲット出来ない…とまでは言わないものの、結果は可もなく不可もない感じに。

 

「あぅ…ゲーム、取れなかった…」

「う、うん…残念だったね、ロムちゃん…(言えない…ロムちゃん相手に『あれはそもそも狙うのが無謀…』だなんてわたし言えない…!)」

「むむー…こう、手をぐるーってやったら銃がたっくさんになったりしないかしら…」

「それやるにはリアクターとハイパードライブが必要だから…」

 

思った程取れず、でも不満たらたらって程でもない…それこそ結果をそのまま反映したような二人に、ディールちゃんとエストちゃんがそれぞれ返答。…そしてその傍らに置かれているのは、手に入れた景品。

 

「……ねぇ、この景品どうするの?」

『あ…お願いしまーす』

「私に丸投げ!?も、持ってろと!?」

「…あ、あの…その…お、おねが……でも…」

「い、いやいいよ!?私が持ってるから、そんな申し訳なさそうな顔してまで言わなくていいからね!」

 

三人に乗りたいけど、なんだかそれは酷い事のような気がする。イリゼさん怒ってるみたいだし……みたいな顔をしておろおろしてるロムちゃんは、やっぱりこっちでも良い子だった。…えぇはい、私が持つ事になりましたよ。

 

「次は…あ、ねぇねぇあれやろディーちゃん!」

「あれって…リアル脱出ゲーム?」

「そうそれ。ここを使う遊び、ってのも悪くないでしょ?」

「…それはまぁ…確かに」

 

続いて向かうのはエストちゃんが選んだリアル脱出ゲーム。これは途中で私の助力が必要になるかな…?…と思ったものの、ディールちゃんもエストちゃんも中々頭の回転が速く、意外とロムちゃんラムちゃんもヒントになる気付きを何度かしたおかげで、結果としてはほぼ四人だけでクリア。凄いなぁと思う反面、二回連続観客状態だった私は「あれ?私まだ何もやってない…」と次やる事を自ら提案。それから私達は、興味の湧いたものへと片っ端から取り掛かっていく。

 

「パンチングマシン、ですか…」

「腕力や打撃の技量なら私が一番だろうからね。近接戦メインの女神の実力、見せてあげるよ」

「ふーん。パンチならお姉ちゃんの方が強いと思うけど…ま、やりたいならやったら?」

「それじゃあ……ふんッ!…あ、やったベストスコア更新だよ!しかも他の追随を許さない高得点!これは我ながら大したもの……」

『…うわぁ……』

「あれ、引かれてる!?ちょっと本気で殴り過ぎた!?」

 

パンチングマシンで助走まで行った全力の一撃を叩き込み、トップスコアと共に「遊びの域じゃない…」みたいな評価を獲得してしまったり、

 

流星のダンク(メテオジャム)!」

「うわぁ!?嘘でしょ!?このゲームでダンクとか正気!?」

不可侵のシュート(バリアジャンパー)…!」

「と思いきやこっちは相手がいないのに下がった!?ちょっ、二人共アナザーっていうかイレギュラー過ぎない!?」

 

フリースローゲームではディールちゃんとエストちゃんがはっちゃけ過ぎのトンデモスタイルで点数を重ね、

 

「ラムちゃん、時間は残したよ…!」

「ありがとディールちゃん!んー…ねぇ、ここに立って自分の足首ぎゅってしててくれない?」

「……?…いいけど……」

「とうっ!ショートカットせいこー!」

「ぐぇぇ!ひ、酷い!酷いしルール違反だよ!?」

 

クリフでクライムな感じのゲームでは馬跳びの要領でラムちゃんに台扱いされたり(一応後で『いい台だったわよ』と労ってくれた。……いい台って…)、

 

「おねーさん、ここはわたし達の腕の見せ所よね!」

「ここ?……あぁ、そっか。せいっ!」

「わっ…二人共、すごい……」

「確かに凄い…形状違うのに……」

 

ダーツゲームで私とエストちゃんが棒手裏剣の技術を発揮し、二人で高得点を連続獲得してみたり、

 

「これと、これ…!」

「後は、これで……っ!」

「…あっ、クリアできた…!えへへ…(にぱっ)」

「みたいだね…ふふっ、これ好きかも…(にっこり)」

((あ、あれ!?どっちがどっちだっけ!?))

 

デジタルアトラクションのパズルゲームをディールちゃんとロムちゃんがクリアしハイタッチした瞬間、一瞬両方ロムちゃんに見えて私達三人が混乱したりと、割と本当に時間を忘れて私達はゲームやアトラクションを満喫した。そして……

 

「ん〜♪イチゴがあまずっぱくて美味し〜♪」

「ラムちゃんラムちゃん、チーズケーキも…美味しいよ…?(ぽわぽわ)」

「エスちゃんはチョコケーキにしたんだ。もう少し見栄張ると思ってたから、ちょっと意外…」

「ここで見栄張ったってしょうがないじゃない。そういうディーちゃんは…懐かしいわね、モンブランなんて」

 

お昼…というか早めのおやつとでも言うべき時間になって、遂に私達は当初の目的であるケーキ屋に訪れた。…昼食を抜く形になっちゃったけど…まぁ、いっか。

 

「皆、食べられるならもう一つ注文してもいいからね。…流石に全員でホールケーキとか頼まれると不安になるし、ほぼ確実に残った分を私が頑張って食べる展開になるから勘弁してほしいけど…」

「いやいや、そんな事はわたし達もしないですって。ね、皆」

『えっ……?』

「…た、多分二人共冗談で言ってるだけなんで大丈夫です。大丈夫……大、丈夫…?」

「あ、あはははは…」

 

私を安心させる筈がむしろ軽く動揺してしまってるディールちゃんに、私は苦笑い。因みにここで言う二人っていうのは……分かるよね、明言しなくても。

 

「…でも、あそこまで夢中になるとは思わなかったなぁ……あ、このタルトの林檎、食感が丁度良いかも…林檎自体にも何か工夫してるのかな…」

「…おねーさん、ケーキ作ったりするの?」

「ケーキっていうか、お菓子全般だね。勿論プロには劣るけど、そこそこ自信はあるんだよ?」

「ふーん、おねーさんにも女の子らしい面があったのね」

「もう、エストちゃんったら酷いなぁ。…エストちゃんだけ、今日自腹にしてもらおっと…」

「わわっ!嘘嘘!冗談だってばー!」

 

いつも私を軽快に弄ってくるエストちゃんだけど、今の私にはケーキ代金という武器がある。そう、私は今…支払いが済むまでは…この場の誰に対しても、圧倒的有利……ッ!

 

 

……って、何言ってんだろ私…。

 

「はふぅ…美味しかったぁ…」

「食べるの早いね、ラムちゃん。…もう一個食べるの?」

「うーん…うん!…あ、でもどうしよう…ディールちゃんのモンブランも美味しそうだし、ロムちゃんのチーズケーキも美味しそう……」

「…じゃあ、イリゼさんに訊いてみたら?二つ頼んでもいいですか、って」

「え……」

 

むむむ、抜かったわ…みたいな顔をしてるエストちゃんを眺めていた頃、何やらディールちゃんとラムちゃんも話し込んでいた。しかもその最中に名前が出てきた事で私が二人の方を見ると、すっと私へ視線を向けたディールちゃんが軽くウインク。それを目にした私が反射的に思ったのは「あ、可愛い…」って感想だけど……ディールちゃんが伝えたいのはそういう事じゃない。

 

「…ディールちゃん、代わりに言ってくれない…?」

「それは駄目だよ。自分のお願いは自分で言わなきゃ」

「うぅ…じゃあ、我慢……するのも、やだし…」

「……ラムちゃん」

「わ、わかったわよ…。…ちょ、ちょっと」

「うん、何かな?」

 

椅子から降り、私の隣にくるラムちゃん。先程合図をくれたディールちゃんは、「お膳立てはしましたよ」という意図の籠った視線をこちらへ向けている。…やっぱり頼り甲斐があるなぁ、ディールちゃん…アシストはしてくれたんだから、私もそれを無駄にしないようにしないと…。

 

「えーと…その、あれよあれ…」

「あれ、って?」

「…け……」

「け?」

「……ンタウロスみたいになる車ってなーんだ…!」

「えっ……エクウス…?」

「そ、そう!せーかいよせーかい!…って、わたしはクイズしたかったわけじゃないの!」

「だ、だろうね……ケーキ、二つ食べたいんでしょ?」

 

ぼかしたり、ついクイズにしてしまったり、それに自分で文句を言ったりと、何ともまぁラムちゃんらしい反応に再び私は苦笑い。でもラムちゃんが何を言いたいのかは分かってる訳で……私は自ら話を進める。

ラムちゃん、それにロムちゃんの事をどれだけ知っているかという事に関して、私がディールちゃんやエストちゃんに優っている事なんて殆どない。けど、私だって信次元で二人と触れ合って、私なりに二人へ指導だってしてきた。…だから言える。私も私で、二人の事を知ってるんだよ、って。

 

「…それは……」

「あれ、違った?…そっか、違うのかぁ……あー、なんか話してたら私、チーズケーキを食べてみたくなったなぁ。でも一つ丸ごと食べたい訳じゃないし、一口食べたら残りを『全部』食べてくれる人いないかなぁー?」

「……!へ、へぇ〜…じゃあそのチーズケーキ、わたしが食べてあげてもいいけど…?」

「ほんと?ありがとうラムちゃん!じゃあ早速注文するね!後これは私が頼む物だから、当然ラムちゃんはもう一つ注文してくれていいよ?何にする?」

「な、なら…モンブラン…!」

 

私が『お願い』をするとラムちゃんは嬉しそうにしながらも平然を装って、私の言葉を『訊き入れて』くれた。それからもう一つの食べたかったケーキであるモンブランも口にし、彼女は席へと戻っていく。席に戻った時のラムちゃんは…ちょっぴり笑顔。

 

「……やりますね、イリゼさん」

「やる?何の事かな?」

「…ですよね。何でもありませんよ」

 

それからディールちゃんも柔らかく微笑んで、その笑みを私に向けてくれる。

午前中ディールちゃんに言った通り、私の一番の目的は皆で楽しむ事。でも今の二人の笑顔を見られただけでも、今日は価値ある一日だったなぁと思って……

 

「……?…ロムちゃん?」

 

くいくい、と服を引っ張られる感覚。何だろうと思って振り返ると、ラムちゃんが来たのとは逆側の隣へロムちゃんが来ていた。

 

「…わたしも、いい…?」

「…ケーキの事?」

「うん。チョコケーキと、ショートケーキ食べたいの。…でも、二つは食べられないから、チョコケーキだけ……」

「あ、じゃあわたしがショートケーキ頼むから半分こしない?」

「ほぇ…?…エストちゃん、いいの…?」

「いーのいーの。おねーさん、半分こしたっていいよね?」

「勿論。ならもう全員纏めて注文しようか。ディールちゃんも欲しいのあったら言ってね」

 

特に押し付けがましい様子も気を使った素振りも見せず、ロムちゃんに提案したエストちゃん。それにロムちゃんがぱぁぁと咲く様な笑顔を見せると、エストちゃんもこれまで見せたのとは違う…穏やかで優しげな微笑みを浮かべて、私達の使うテーブルは気付けば笑顔が溢れていた。

 

「……ふふっ」

「…どうしました?」

「面白いメニューでも見つけた?シフォンならぬエリエラ・ジフォンケーキとか」

「そんな新統合軍の大尉プロデュースみたいなケーキはないよ……そうじゃなくて、私…ほんとにこの次元に来られて良かったなって」

 

……それは、私の素直な思い。この次元に来られて、二人と再会出来て、色んな人と触れ合えて、本当に良かったって気持ち。

私は遊び始める前、少しでも『楽しかった』って思いで帰れるようにしようと思った。あの時は『そうしたい』って願望も含まれていたんだけど…もうそんな事は思っていない。だって……こんなにも、今は楽しい思いで一杯なんだから。

 

 

 

 

……一応言っておくけど、ロリコンではないよ?

 

 

 

 

短かったような、長かったような…いややっぱり短かった気のする、この次元での日々。こちらでの生活が……もうすぐ、終わりを迎える。

 

「凄い凄い!ほんとにわたしが向こうにもいるわ!」

「なんだかぶんしんのじゅつ使ってるみたい!…はっ!色んなジゲンのわたしをあつめれば、ラムちゃんズとか作れるかな!?」

「かがみ…じゃ、ないよね…?」

「うん…鏡じゃ、ないよ…?」

「…そちらは大変そうね…ロムラムだけじゃなく、更に二人もいるなんて…」

「貴女だって大変だと思うわ。だって心構えする時間もなく、突然ロムラムが生まれた訳でしょう…?」

「……って、シリアスな地の文から始めたんだけどなぁ…」

 

わいわいがやがやと賑やかな、プラネタワーの会議室。私の帰還に際し、ディールちゃんエストちゃんだけじゃなくロムちゃんラムちゃん、それにブランも来てくれたのは嬉しいんだけど…想定外だったのは信次元サイドの状態。まさか女神全員+新旧パーティーメンバーの一部が待ってくれてるとは思っておらず、ルウィーの女神組を中心にそれはもう大賑わいだった。

 

「イリゼ、そっちにも私はいたのよね?どんな感じだった?」

「あ、それアタシも聞きたいです。アタシもいたんですよね?」

「…妹は…そちらのリーンボックスに女神候補生はいたんですの…?」

「えーと…二人共…っていうか、皆同じような感じだったよ?リーンボックスは…み、未来に期待かな…」

 

私が無事である事は既に知れ渡っているからか、皆の興味は専ら私の事よりこちらの次元…ひいてはこちらの自分に対して向けられている。…分かるけどさ…興味抱くのは分かるんだけどさ、それは私がそっちに戻ってからでもいいよね…?

 

「あの…ゲートを開いても、宜しいんですよね…?」

「それはそうだよ!後、出来れば二人位倒れるサイズにしてほしいなー!」

「二人位…あーっ!さてはわたし、こっちに来てわたしの座を奪う気だね!けどそうはさせないよ!過去の記憶を持ったわたしが過去の記憶のないわたしの場所を奪うなんて展開、こんなギャグパートで消化なんてさせないんだから!」

「じ、自重しようよお姉ちゃん……あ、因みにそっちのわたしは、こっちに来てみたいなー…って思ってたりしてない?」

「それって…わ、わたしだって主人公の座は渡さないよ!?わたしはこのまま『元』主人公にならずに頑張るつもりだもん!」

「…開きましょうか。恐らく、皆さんが静かになるのを待ってたらいつまで経っても開けませんから…(ーー;)」

 

お約束というかなんというか、まぁやるだろうなぁと思ったやり取りを交わす二人のネプテューヌ。ネプギアまでやるとは思ってなかったけど…これに関してはこっちのネプギアは間の悪いタイミングで言っただけで、その気はなかったのかもしれないね。……確証はないけど。

 

「はいはーい、開くみたいなのでどちらのイストワールからも離れて下さいねー。…失敗すると何が起こるか分かりませんし、プチカーライルの黒い嵐とかもあり得ますから」

『…………』

「あ、皆静かになった…」

「それはそうでしょうね…ここに失敗して別次元に放り出された人がいる訳ですし…」

 

それまで賑やかだった皆は、グリモワールさんの一言でしんと静まり返る。理由はまぁ、ディールちゃんが言った通りだと思うけど…分かり易いなぁ、ほんと……。

 

「…でも、皆がわざわざそっちで待ってくれてるのは嬉しいかな」

『え?』

「え?…って、あれ?私を出迎える為に集まってくれたんじゃないの…?」

 

…とまぁおよそお別れと帰還には似つかわしくない雰囲気ではあったけど、皆が私の為に来てくれてるのは本当に嬉しいと思っていた。だってそれだけの価値がある相手だと、皆に思われてるって事だから。

でも、何故か私の言葉を聞いた皆はきょとんとした顔に。おかしいなと思って、確認の言葉を口にしてみると……

 

「あー…えっとねイリゼ。近々プラネテューヌで教会や軍部の高官も呼んだ会議をする事になって、私達は今日前乗りとしてやってきたのよ」

「ここに集まったのはイリゼの言う通りですけれど…プラネテューヌに来た理由は?…と言われると100%イリゼの為、ではなかったり……」

「…………」

『えっ、と……』

「…もう少し、こっちにいようかな…ぐすん……」

「あーよしよし。向こうの人達は理由の一つとして別の用事を挙げてるだけなんだから、そんなに落ち込まないの」

 

……返ってきたのは、酷く悲しい真実だった。…そっか、そうだよね…皆だって女神としての務めがあるし、仕方ないよね…。…悲しくないよ、うん。むしろ別の用事を挙げてくれた事で、来てない面子もきっと万が一に備えて各国を離れられないだけなんだろうなって気付く事が出来たもん。だから、悲しくなんて……。……この時のエストちゃんの手は、とっても温かかったです…。

 

「……って、勝手に期待して勝手に落ち込んで、挙句慰めてもらうんじゃ何してんだ私、ってなっちゃうよね…」

「いや、イリゼ。わたし達は別に勝手に期待された、とは思ってないわよ…?単に…」

「大丈夫。何はともあれ皆が待ってくれてるのは事実だもん。そこに目を向けるだけで、割とほんとに私は元気になれるよ」

「…なら、沈んだ気持ちで帰る事はなさそうですね」

 

私を、それからこちらのイストワールさんをちらりと見てグリモワールさんが発した言葉。その言葉を発した数秒後に、私が信次元で見たのと同様の歪みが部屋の一角に現れ、それが広がっていく。…今度は、おかしな動きになったりしない。

 

「…ふぅ…出来ましたよ、イリゼさん」

「お待たせしました、イリゼさん( ̄^ ̄)ゞ」

「……はい。イストワールさんもグリモワールさんも、協力して下さりありがとうございました」

 

こちらを向いたイストワールさんとグリモワールさんに、感謝の言葉を伝えて頭を下げる。それから振り返って、こちらでの日々で特に接してきた五人へ向き直る。

 

「…また来るといいわ。出来れば、こちらにはない本の話を土産に持ってね」

「ありがとう、ブラン。信次元にしかなくて、しかもブランが気に入りそうな本、探しておくから期待してて」

 

まずはブランと握手。ディールちゃん達四人と接する事が多かった私だけど、次に来るならもっとブランとも話したり遊んだりしたいと思う。例え別次元だって、ブランとは友達なんだから。

 

「…ロムちゃん、ラムちゃん。私と遊んでくれてありがとね」

「あ…う、うん…」

「…まあ、うん……」

「……あの、イリゼ…さん…」

「…うん、どうしたの?」

「…わたしも…ありがとう、ございました…(ぺこり)」

 

続いて目を合わせたのはロムちゃんとラムちゃん。ロムちゃんは少し私の顔色を伺うようにしながらも、さっきの私みたいに感謝を伝えてくれた。…それを私は、嬉しいと思う。その言葉の中に、建前以外のものも感じる事が出来たから。

 

「……むむ、む…」

「……?」

「……はぁ…あのさ、あんたが何番手か覚えてる?」

「何番目…あ、四十八番手…って、やつ?」

「そう。あの時は四十八番手位だと思ったけど……あ、あんたが悪いやつじゃないって事は分かったし、ちょっとだけ上にしておいてあげる!でも忘れないでよね!ディールちゃんとエストと一番仲良しなのは、わたしとロムちゃんなんだから!」

「…うん。それじゃあ私は、もっと上になれるように…二人共もっと仲良くなれるように、帰ってからも頑張るね」

 

やっぱりラムちゃんの態度は、まだキツい。…けど、進展はしてる。少しだけど、良い方向に変わってる。なら、もっと頑張ればいいだけだもんね。仲良くなれるかどうかは、気持ち次第…!

 

「…ディールちゃん、エストちゃん」

「…はい」

「うん」

「……写真、いいかな?エストちゃんとは取ってないし、ディールちゃんとのは…」

「あぁ…事情知らない人が見たらぎょっとするレベルで、わたし達ぼろぼろでしたもんね…」

「ならおねーさん携帯貸して貸してー!」

 

最後に声をかけたのは、ここで再会した二人。あの時のように記念を残しておきたいと思って写真を提案すると、二人は快く乗ってくれる。

 

「それじゃあ撮るわね!おねーさんそっちに立って、ディーちゃん退いて〜」

「はーい。…って、それじゃ無駄に手間のかかった自撮りだよ!?ディールちゃんにもやられたからねそれ!」

「あ、なーんだやったんだ…じゃ、携帯はおねーさんに返して…えいっ!」

「わわっ!?エスちゃん!?」

「ほらほらおねーさん撮って!」

「あ、うん!」

 

私の携帯に私の写真が残るだけだよネタを挟んだ後、今度はディールちゃんを引っ張ったエストちゃんによって私自身が挟まれる。そうして出来たスリーショット状態で私は斜め上へと手を伸ばし、三人揃って記念撮影。その後すぐ二人の携帯も受け取って、三人それぞれの携帯に記念の写真を収めていった。

 

「これでよし、っと。ありがと二人共」

「もう、急に止めてよねエスちゃん…こんな事されなくたって、記念撮影位するのに…」

「あはは、ごめんごめん。…じゃあ、最後位は真面目な事を…おねーさん」

「……何かな」

「…わたしは今のままでも十分強いけど、これからももっともっと強くなるわ。だからおねーさんも…次に会った時もまたわたしを楽しませてくれる位、もっと強くなっていてよね!約束よっ!」

「…約束、したよ。次に会う時を、楽しみにしてるからね」

 

真面目な事かと言われれば、ちょっと首を傾げたくはなるけど…エストちゃんは、最後までエストちゃんらしかった。…受けて立つよ、エストちゃん。何度でも、何回でも…ね。

 

「…………」

「…………」

「…正直、そこまで言う事はないです」

「え……あ、そ、そうなんだ……」

「えぇ。だって話したい事は、これまでに全部話せましたから」

「……だよね」

 

エストちゃんとは打って変わって、ディールちゃんはクールというかドライというか。でも、それがディールちゃんらしさだし……私は知ってる。性格はクールでも、心は温かくて優しいのがディールちゃんなんだって。

 

「…だから、わたしから言うのは一つだけです」

「……奇遇だね。私も一つだけ、伝えたい事があったんだ」

 

 

「……またね、イリゼさん」

「またね、ディールちゃん」

 

……私は、背を向けてゲートの方へと歩いていく。これまでの楽しかった事、嬉しかった事を思い浮かべて、進んでいく。そうして後一歩となったところで……もう一度だけ、振り返る。

 

「…私、本当にここに来られて良かった!凄く凄く、楽しかった!楽しかったから、絶対にまた来るよ!また来るし、もし皆が信次元に来た時は歓迎する!だから…また会おうね、皆っ!」

 

──それから私は、皆に見送られた私は、ゲートの中へと入る。その瞬間真っ暗になって、ほんの僅かな間何もない世界になって……次の瞬間には、明るくなった。瞬きした私の視界に広がっているのは、皆の姿。見覚えのある、馴染みのある、大切な……私の、居場所。

あぁ、帰ってきたんだ。…その光景を見て、私はそう思った。そう思った瞬間胸が一杯になって……そんな思いを込めて、私は言った。

 

「────ただいま、皆」

 

 

 

 

イリゼさんがゲートの中に消えて、その数秒後にゲートも消えた。それが消えたのか、消したのかは分からないけど……もうイリゼさんがいない事は、今はもう遠く離れてしまった事は、疑いようのない事実。

 

「…行っちゃったわね」

「うん、行っちゃったね」

 

喪失感…ではないけど、少しだけ寂しさを感じる。でも、後悔はない。話したい事は話せたし……またねって、言ったんだから。

 

「…あっ、そういえば…勝負の途中でちょっと口調変わってたけど、あれがどうしてなのか訊くの忘れてた…」

「それは…ま、まぁまた今度訊けばいいんじゃない…?迷宮の時もそういう事あったし、そもそも口調変化するのはイリゼさんだけじゃないし…」

「ま、そうなんだけどねー。…ところでグリモ、ちょっと訊きたい事あるんだけど」

「はい、何ですかー?」

「……ほんとは、信次元と繋げる事が出来んじゃないの?」

 

いつもの調子でわたしと会話した後、エスちゃんはグリモに目を向ける。目を向けて……真意を問い質すような声音でグリモへ問いかけた。

その言葉に、わたしは驚いた。だってエスちゃんの言う通りなら、グリモは嘘を吐いていた事になるんだから。まさかとは思うけど、ここでエスちゃんが根も葉もない事を言う理由だって思い付かない。…そうわたしが思っている中で、グリモは小さく肩を竦めた。

 

「ははぁ、バレてしまいましたかー」

「当たり前よ。グリモの力は近くでよーく見てきたんだから。…で、理由は?」

「半分は彼女への興味ですねー。それで、もう半分は……」

「…………」

「…飛ばされた事自体は偶然でも、ここへ来たのは偶然じゃない。彼女にとって、そしてもしかしたらお二人にとっても何かあって、だから来たんじゃないか…そう感じたからですよ」

「ふーん…なら、よかったわ」

 

グリモの声音は、いつも緩みがあるのが特徴で、そのせいで感情が読めない事もある。…けど、今は何となく分かった。これが嘘じゃなく、グリモなりに気を回してくれてたんだって。

 

「…じゃ、今度はディーちゃんに質問ね」

「……?なに?」

「……良かったのかな…わたし、こっちで起きた事を一部ぼかしちゃったけど…あの時は、余計な不安やディーちゃんへの偏見がおねーさんに生まれないようぼかしたんだけど……もし、そのせいで…わたしがちゃんと経験した事を伝えなかったせいで、わたし達と同じ道を歩む事になったら……」

 

視線をわたしに移したエスちゃんは、普段通り…じゃなかった。多分よく知らない人なら気付かないけど…わたしが見れば、エスちゃんが不安を感じてる事がよく分かる。

エスちゃんがわたしやイリゼさんの為にわざとぼかした説明をしてたのは、わたしにも分かっていた。それに、同じ当事者であるわたしだから、エスちゃんの不安もよく分かる。……でも、

 

「……大丈夫だよ、エスちゃん。その道自体はあるのかもしれないけど…イリゼさんと信次元の人達なら、きっとその道を歩む事なく未来を掴み取れる筈だもん」

「…そう、かな?」

「そうだよ。それに……もしそうなりそうになっても、わたしとエスちゃんで助けに行けばいいだけ。…そうでしょ?」

「……そう、ね…えぇ、そうだったわね!ふふん、わたし達のコンビがいれば向かうところ敵なしだもんね!…ありがと、ディーちゃん」

「ふふっ。これでも一応、お姉ちゃんだからね」

 

気持ちは分かるけど、不安はない。可能性は感じるけど、大丈夫だって自信がある。……だってそれがイリゼさんで、そんなイリゼさんと繋がりを持ったのがわたしとエスちゃんなんだから。

それからわたし達も帰り支度。その最中でふと見た、先程撮った一枚の写真。そこに写っているのは、大切な妹と、大事な友達と……そして、そんな二人と一緒に笑顔を浮かべる、わたしの姿。その写真を見て……わたしはもう一度、思うのだった。

 

 

 

 

────次を楽しみにしてますからね、イリゼさん。




今回のパロディ解説

・リアクター、ハイパードライブ
重神機パンドーラに登場する二種類の動力炉の事。この前でラムが言ってるのもハイパードライブの進化による攻撃ですね。…人がやったらビビる光景になるかもです。

流星のダンク(メテオジャム)
黒子のバスケの主人公の一人、火神大我のシュートの一つの事。これを現実でやったらスタッフが確実に止まるでしょう。そもそも出来るかどうかの問題がありますが。

不可侵のシュート(バリアジャンパー)
上記と同じく黒子のバスケの登場キャラの一人、日向順平のシュートの一つの事。エストとは逆に下がったディール。…普通に考えば難易度上がっただけですね。

・クリフなクライム
VS嵐におけるゲームの一つ、クリフクライムの事。あんな感じのアトラクションをやっていたと思って下さい。…どんな場所なんでしょうね、五人が行ったのは。

・圧倒的有利……ッ!
カイジシリーズに登場する代名詞的台詞のシリーズのパロディ。圧倒的○○、なので汎用性が凄いですね。意図せずともパロディになってしまいそうです。

・エクウス
コンクリート・レボルティオに登場するロボット(奇Χ)の一つの事。結構無理矢理な流れですが…無理矢理な流れになるネタですからね。ラムなりの誤魔化しでしょう。

・エリエラ・ジフォン、新統合軍
マクロスシリーズに登場する軍隊及び、マクロスFrontierのメディアミックスに登場するキャラの事。ジフォン大尉のケーキ…個人的にはチョコケーキな気がします。

・カーライルの黒い嵐
マクロスΔにおける出来事の一つの事。プチでもそれが起きたらプラネタワーは大惨事となってしまいます。正に『次元』が関係している訳ですからね。


これで三度目となったコラボ企画も今回で終了となります。改めて登場させられたディールに、私から動かす事の出来たエスト…今回も前二回に劣らぬ楽しさでした!いっつも言っていますが、橘さんありがとうございます!そして毎度毎度無茶苦茶してすみません!…という話の詳しいところはまた活動報告で書きますので、もし興味を抱いて下さる方がおられましたら是非見て下さい。

では、次回より本編に戻ります。まだまだ終わる気配のないOPですが、一話一話丹精込めて書きますので、今後とも応援宜しくお願いしますっ!


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本編
プロローグ 託す為のプレリュード


長きに渡る守護女神戦争(ハード戦争)を終結させ、信次元ゲイムギョウ界に平和と四ヶ国の友好を取り戻した女神と英雄達。人々は彼女等を讃え、尊敬し、彼女等に夢を見た。

だが、それから少しして『犯罪組織マジェコンヌ』という新興宗教が現れた。マジェコンヌの名を借り女神統治への革命、世界への革新を謳うこの宗教は、それだけなら些か目標の過剰なだけの、ただの新興宗教に過ぎない。しかし、犯罪組織の末端こそ稀に見受けられるものの、上層部や中核は一切影の見えない当組織に不信感を抱いた各国教会は、公的には存在を認めながらも調査を開始。その結果見えてきたのが……犯罪神とマジェコンヌ四天王だった。

独創的な新興宗教というのは仮の姿で、その正体は負のシェアに汚染されていた頃のマジェコンヌに劣らない程の危険な組織である事が判明した頃、教会は女神のシェア率低下と犯罪組織のシェア率上昇の兆しを察知した。その流れが加速する事への危惧、そして再び信次元に生まれた災いの種が芽吹く事を防ぐ為、犯罪組織の本拠地であるギョウカイ墓場へと向かった守護女神と女神候補生。

--------世界を守ろうとする女神達と、世界を破滅させようとする犯罪組織。両者の戦いは……この時、始まった。

 

 

 

 

マジェコンヌ四天王を倒し、犯罪神の再封印、或いは封印の強化を目的にギョウカイ墓場へと向かったわたし達女神候補生と、お姉ちゃん達守護女神。

最初、お姉ちゃん達やいーすんさん達はこのメンバーだけで全て終わらせるつもりでいて、戦いも運が良ければ四天王だけ、運が悪くても四天王と犯罪神、それに邪魔になるモンスターだけだと思っていた。けど、ギョウカイ墓場の奥地に到着したわたし達が見たのは……ギョウカイ墓場を埋め尽くしてしまう程の、モンスターの大群だった。

 

「はぁ……はぁ……、……っ!」

 

正面から襲ってきたモンスターを斬りつける。そのすぐ後に飛んできた二体のモンスターを撃って返り討ちにする。直後に仕掛けてきた三体のモンスターの攻撃にはたまらず避ける。その先に待ち構えていたのは…四体のモンスター。

 

「何なのよ…何なのよこのモンスターの数はッ!」

「やだ…来ないで……!」

「ろ、ロムちゃんはなれないで…とおく行っちゃやだっ!」

 

ちらりと横を見れば、そこにはX.M.B.で必死に迫り来るモンスターを撃ち抜くユニさんと、逃げ惑いながらも何とかモンスターと魔法で戦うロムさんラムさんの姿。三人共…特にロムさんラムさんは完全に本来の距離で戦えていなくて、出来るならばわたしが援護に行きたいところだったけど…三人と同じ様に、わたしも自分の事でいっぱいいっぱいだった。それも、いつまで持つか分からないギリギリの戦い。

でも、わたしが戦えているのは…まだ諦めないでいたのは、わたし達よりずっと中央で、わたし達よりずっと激しい戦闘を繰り広げているお姉ちゃん達がいたからだった。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

四天王の一人、大鎌を武器に戦う眼帯の女性を相手に大立ち回りするお姉ちゃん。数度の斬り結びの後、上段から振り下ろされた大鎌を大太刀で受け、そこから踏み込むと同時に大太刀を90度下に回す事で女性の体勢を崩したお姉ちゃんは膝蹴りで女性を弾き飛ばす。

大きく飛ばされた女性は、それでも地面に落ちると同時に跳ね起きて再びお姉ちゃんへと仕掛ける。時間にすればそれはだった数秒の事。だけどその間にもお姉ちゃんは近くにいたモンスターを強襲し、一瞬で何体も斬り伏せて、しかも仕掛けてきた女性にも一切隙を見せずに交戦を再開する。

それはお姉ちゃんだけじゃなかった。ヒーローみたいな色合いのロボットっぽい人と戦うノワールさんも、真っ黒の魔人ロボットっぽい人と戦うベールさんも、舌をベロンと出した怖いぬいぐるみみたいな人と戦うブランさんも、皆四天王と互角以上に戦いながら、その片手間でモンスターを片付けていた。

圧倒的な力で四天王を相手取り、大半のモンスターを引き付けながらも一歩も引く様子のないお姉ちゃん達。……わたし達は、そのおかげでまだ立っていられた。

 

(お姉ちゃん達があんなに頑張ってくれてるんだから…わたしももっと頑張らなきゃ…!)

 

シェアエナジーをM.P.B.Lに流し込み、刀身にビームを纏わせる。これによって一気に切断能力(溶断能力の方が正しいかな?)を増したM.P.B.Lで近くのモンスターを真っ二つにして、更に回転斬りを連打する事で周りの敵を減らしていく。その勢いのまま今度はシェアエナジーを砲身に集中。即座に斬撃から射撃に切り替えて数体を撃ち抜く。

立て続けにモンスターを倒した事で気分が高揚したわたし。けど……わたしは甘かった。モンスターがまだまだ数えきれない程いるのに、その内の極僅かを倒しただけで調子に乗って油断してしまった。…勿論、わたしに遠慮して攻撃を控えてくれるモンスターなんていない。

 

「……っ!?きゃあぁぁッ!」

 

上空から仕掛けてきた鳥類型モンスターの突進を喰らい、転んで地面に叩きつけられるわたし。次の瞬間には粒子になって消えていくモンスターを踏み越える様に殺到してきたモンスター群に群がられ、あっという間に押し潰される。

女神の身体は頑丈で、何体ものモンスターに乗られてもそう簡単に圧死したりはしない。だけど……

 

「ひ……ッ!?」

 

覆い被されて殆ど視界の効かない中、どろり…と生温い液体が頬に垂れる。この状況で垂れるものと言えば……牙を剥いたモンスターの唾液しかないじゃないか。

そう分かった瞬間、わたしは途端に怖くなった。それまでも感じていたけど、ここにきて遂にすぐ側まで迫った『死』を感じ取ったわたしは、背筋が凍りつく様だった。

怖くて怖くて闇雲に引き金を引くけれど、砲口は涎を垂らしてるモンスターとは別の方向を向いているから当たる訳がない。でも恐怖でそれも分からなくて、その内にも牙は迫ってきて、それで息が詰まりそうになって…

 

「お姉…ちゃん……っ!」

 

そう、言ってしまった。そう、助けを求めてしまった。……優しいお姉ちゃんなら、無理をしてでも助けにきてしまうって、分かっていたのに…お姉ちゃんを、頼ってしまった。

 

「……ッ!ネプギアから…離れなさいッ!」

 

吹き抜けた突風。わたしの身体を覆っていたモンスターは瞬く合間に斬り飛ばされ、気付けばわたしは空を飛んでいた。お姉ちゃんの左手に抱えられて、空を舞っていた。

 

「ネプギア、大丈夫!?」

「お、お姉ちゃん……」

「ごめんなさいネプギア。貴女を、貴女達妹を、こんな場に連れてきてしまっ……」

「余所見とは…余裕だなパープルハート…!」

 

危険を冒してまでわたしを助け、その上で気にかけてくれたお姉ちゃんへ迫る女性。咄嗟にお姉ちゃんは反応して攻撃を大太刀で受けたけど…流石に両手で振るう大鎌を片手持ち状態の大太刀で防ぐのはキツいのか、焦燥の表情を浮かべていた。

 

「あ、お…お姉ちゃん……!」

「心配しないでネプギア…それに、これ位出来なきゃ皆に格が劣るって思われてしまうもの…!」

 

わたしを抱えたまま戦闘を続けるお姉ちゃん。皆、という言葉が気になったわたしが周りを見回すと…すぐにその理由が分かった。

ピンチに陥っていたのは、わたしだけじゃなかった。多少状況は違うけど、候補生は全員不味い状態だった。そして、そんな妹達を守る為にお姉ちゃん達守護女神は全員候補生を抱えて、或いは背にして四天王とモンスターの猛攻を捌いていた。

 

「私の妹をリンチしようなんて、いい度胸じゃないのよッ!」

「わたしの妹喰おうとしたんだ、死ぬ覚悟は出来てるって事だよなぁッ!」

「例えわたくしの妹はいなくとも…守る対象である事に変わりはありませんわッ!」

 

妹という足枷があるせいで、攻撃も防御も満足に出来ないお姉ちゃん達。そんなお姉ちゃん達を見て……わたしは情けなかった。わたし達候補生組は、元々はこの作戦に参加する予定じゃなかった。でも、少しは役に立てるんじゃないかと思って…それは皆も同じ様思ってて、だから半ば駄々をこねて、その結果予備戦力として連れてきてもらった。……その、結果がこれだ。役に立つどころか足を引っ張って、守ってもらう羽目になって、そのせいで余計お姉ちゃん達の負担が増えた。

結局、まだまだわたしは子供だったんだ。生まれてからそれなりに時間が経って、守護女神戦争(ハード戦争)の最後には国民の皆と一緒に国を守って、最近は少しは仕事も任せてもらえる様になって……だから、わたしは自分がもう一人前だと思っていた。駄々をこねて連れてきてもらった時点で、一人前でも何でもないのに。それすらも気付けず自分の力を見誤る、未熟な『候補生』に過ぎないのに。

 

「……無理しなくていいよ、お姉ちゃん…」

「…ネプギア……?」

「わたし、邪魔でしょ?いない方が、戦い易いでしょ?……いいよ、見捨ててもらって…どうせ、役に立たないんだから……」

 

そうして、わたし俯く。お姉ちゃんの迷惑になる事が辛くて、それに甘んじるのが恥ずかしくて、ついそんな事を言ってしまう。

嗚呼、やっぱりわたしは子供だ。本当にそう思ってるなら、死に物狂いで自衛をして、一心不乱にギョウカイ墓場から逃げる事こそがお姉ちゃん達の為になるのに、わたしはただ弱音と自虐を口にしただけだった。……そんな事をしても、またお姉ちゃんの精神的負担を増やすだけなのに。

後悔したところで、一度言ってしまった事は変わらない。慌てて撤回したところで、それは嘘でしかないと簡単に分かってしまう。だからきっとお姉ちゃんはわたしを想って、わたしを安心させる様な事を言うんだと思う。いつもの様に、わたしは駄目な子なんかじゃない、わたしは必要な存在だって……

 

 

 

 

「……そうね。妹だから守ってたけど…正直、ネプギアは邪魔でしかないわ」

 

------------------------え?

 

「少しはモンスターを引き付けて負担を減らしてくれるかと思ったのに…この程度だったのね。役に立たない自覚があっても仕方ないのよ、役に立たない事には変わりないんだから」

 

--------え?え?え?

いつも優しかったお姉ちゃん。時には怒る事もあったけど、すぐ頭を撫でてくれたお姉ちゃん。なのに……今のお姉ちゃんの言葉からは、いつものお姉ちゃんの優しさは感じられなかった。それがまるで意味分からなくて、俯いた状態から顔を上げるわたし。でも、わたしの瞳に映ったのは……冷たい、冷え切った目をした、お姉ちゃんの顔だった。

 

「はぁ…姉として残念よ。いないよりはマシだと思ってたのに、いない方がマシだったなんてね」

「……ッ!」

「こんなに弱いとはな…教育を間違えたのか、それともそもそも才能が無かったのか…」

「ど、どうして…そんな事、いうのおねえちゃん…」

「や、やだ…おねえちゃんそんな事いわないで…」

「あらあら…今まで妹がいない事を不幸に思っていましたけど、これならばむしろいなくて幸運でしたわね」

 

思考がまとまらなくなるわたしの頭に、それぞれの声が聞こえてくる。その内の半分はお姉ちゃんと同じ様な凍てついた声で、もう半分は今のわたしの心を表している様な声。……あぁ…皆、お姉ちゃん達に愛想を尽かされたんだ。皆、これっぽっちも役に立てなかったんだ。

 

「……とはいえ、見殺しにするのは目覚めが悪いわね…ベール!ちょっとの間二人で押し留めるわよ!」

「二人で?…あぁ、そういう事ですのね」

「あーあいよ、こっちは任せな」

「相変わらず説明しないわね、貴女は…」

 

お姉ちゃん達は短いやり取りで何かを伝え合っていた。お姉ちゃんに見放されて、お姉ちゃんに失望されてその言葉が殆ど右から左に流れていたわたしは…気付いたら、お姉ちゃんに投げられていた。

 

「っとと…んじゃ、やるかノワール」

「こっちは準備万端よ。しかしどうして私とブランなのかしらね」

「さぁな、こういうのは喧嘩っ早いわたし達の方がいいって判断したんじゃねぇのか?」

「喧嘩っ早いって…まぁ女神化してる時は貴女とが一番テンション合い易いけど…ねッ!」

「同感だ、ぜッ!」

 

投げられたわたしを受け止めてくれたのはブランさん。それで地面に着地出来たわたしはブランさんにお礼を言わなきゃ…と思ったけど、言えなかった。だって…わたしを降ろした次の瞬間には、ブランさんはノワールさんと物凄い勢いでモンスターの海へと飛び込んでいってしまったんだから。

端から斬り崩すのではなく、勢いのまま突入してしまう二人。その突入で一度は海が割れたけど、それはすぐに埋まってしまって、二人の姿が見えなくなって、ユニさんロムさんラムさんが不安げな表情になった刹那……数十体のモンスターが、吹き飛んだ。

 

『……ッ…ぁぁぁぁああああああああッ!!』

 

爆発が起こったかの様に吹き飛ぶモンスター。更にその爆心地を中心に、あり得ない速度でモンスターが消滅していく。

数秒経って、やっとそれは二人が行った事だと分かるわたし達。Uの次元にいるのかと思っちゃう位に、複数体をまとめて沈める様な攻撃を次から次へと放つノワールさんとブランさんは……女神というよりも、まるで鬼神の様だった。

そして、それが数十秒続いた後…一本の道が出来たモンスターの海から、声が飛んだ。

 

「道は作ってやったんだ、さっさと帰りやがれッ!」

「ぼさっとしてんじゃないわよ!私達の前で犬死になんてしないでよねッ!」

 

モンスターを排除しながらの二人の声。その声にわたし達は一瞬ビクリ、としたけど…逃げたりはしなかった。だって、だって……

 

「い…嫌よ!だってアタシはまだなんの役にも経ってない…こんな事じゃ帰れないよ!」

「わたしも、いや…わたし、よわくない……(ふるふる)」

「わ、わたしも…ま、まだやれるもん!おねえちゃんなら分かるでしょ…!」

 

キツい、キツい言葉に必死に言い返す三人。わたしは、三人の気持ちが痛い程に分かった。お姉ちゃんに酷い事を言われたのも、冷たい目をされたのも嫌だったけど…だからこそ、このまま逃げるのは嫌だった。もっと戦って、頑張って戦って、お姉ちゃんにさっきの言葉を訂正してほしかった。見直した、って言ってほしかった。だから、わたしも三人に続いて口を開こうとして……

 

「……ッ!目障りだから消えろっつってんのが分からねぇのかよッ!役立たずどもなんか…要らねぇんだよッ!」

「……っ…う、うぇ…うえぇぇぇぇ…ぐすっ、うぇぇぇぇぇ……」

「おねえちゃん…おね"え"ちゃんのばかぁぁぁぁぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁぁんっ!」

「あーあーやっと行った。…で、あんた達はまだ行かないの?行きなさいよ、ほら…行けっつってんでしょ女神の恥晒しがッ!」

「……ごめんなさい…ごめん…な"ざい"…」

「あ…ああ……」

 

泣きじゃくりながら、ブランさんから離れる様に去っていくロムさんとラムさん。だらんと腕を垂らし、茫然自失としながら涙を流して去るユニさん。わたしはどうしていいか分からなくて、またお姉ちゃんに助けを求めてそちらを向いてしまって……また、お姉ちゃんの冷たい目を見た瞬間、三人の後を追っていた。もう気持ちがぐちゃぐちゃで、もう消え去りたくなっちゃって、それで逃げた。逃げて、逃げて、息が切れるまで逃げ続けた。

気付いた時には、もうギョウカイ墓場から出ていた。周りには誰もいなくて、お姉ちゃん達があの後どうしたかも分からなかったけど…その時には何も考えたくなくて、ただ彷徨い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

----------------わたし達とお姉ちゃん達。ずっと仲良しだった筈なのに、失望されて、要らないと思われて、お姉ちゃん達から逃げたわたし達。……それが、わたし達とお姉ちゃん達とのお別れだった。あれから、お姉ちゃん達は…帰って、こない。

 

 

 

 

「ふぅ……駄目だわ、女神だけど今猛烈に神に懺悔したい」

 

ネプギア達を逃してから十数分。ノワール達と共に並び立ちながらわたしはそんな事を呟く。

ノワールとブランが作った道を通って逃げたネプギア達を追うモンスターはいない。…まぁ、追おうとしたモンスターは全て爪と膂力で引き千切って、踏み付けて地面にめり込ませて、各々の武器でモンスターが消滅する前に立て続けに刺し殺してバーベキュー状態にしたんだから、わたし達に背を向けて追おうとするモンスターなんか出てくる訳ないわよね。

 

「奇遇ね。私も今猛烈に自傷行為がしたいわ」

「わたしは両方だ、何せ妹が二人だからな」

 

なんだか三人でぶつぶつ言いながらお酒飲みそうな勢いだった。…が、ベールに半眼で見られていた事と、何より状況が状況だから後悔を胸の奥に押し込む。

 

「…わたくしだから言える事かもしれませんが…この結果妹ちゃん達との関係が劣悪になってしまったとしても、それは自業自得で、自分が被害者意識を持つのは御門違いてすわ。…それを分かっていまして?」

「分かってるよ。貴女の為にしたのにー、とかわたしだって辛いんだー、とか言うのは相手の気持ちも考えずに、自分の行動が絶対正しくて、一番大変なのは自分なんだって本気で思ってる自惚れ野郎だからな」

「理由はどうあれ、私達は妹を傷付けて涙を流させた。…嫌われたところで、それは当然以外のなんでもないのよね」

 

そう、わたし達は妹が嫌いになった訳じゃない。この場においては足枷になってしまっているのは事実だけど…それを責めるつもりも毛頭ない。

ただ、こうするしかなかっただけ。こうでもしなければネプギア達はもっと長い間留まっていただろうし、それはつまりより長くネプギア達を…この最悪の状況を生き抜くだけの術を持たない人を、危険に晒すという事。もっと言えばネプギア達がこんな怖い目に遭う事になったのは、ネプギア達の我が儘に押し切られてしまったわたし達の、犯罪組織の戦力を読み違えていた自分達の落ち度。……だから、わたし達は責任と罪はあっても同情の余地なんて微塵もない。

 

「さて…これからわたし達がすべきなのは、戦って戦って戦い抜く事ね」

「ですわね。どうせ四人では逃げる事も出来ませんし、嬲り殺されるか僅かな望みにかけて戦うかの二択ですもの」

「あーあ、ちょっと前まではバカンスしてた筈なのに、今や泣きたくなっちまう様な状況だな」

「せめて同日に投稿された作品のツインテ槍使いが援護に来てくれないかしらね、間柄が間柄だし」

 

普段強気で勝気なノワールとブランが泣き言とたられば話をするというのはあまりにも珍しくて、それは本人達も自覚があるらしくて、敵陣の真ん中というのについわたし達は笑ってしまう。ピンチ具合なら過去最高クラスなのに、ほんとわたし達は相変わらずね……

 

「……沈めるぞ」

 

わたし達が笑ったせいで構えが崩れた瞬間、四天王と遠隔攻撃手段を持つモンスターによる中・長距離攻撃の嵐が降り注ぐ。

一個師団の一斉掃射にも匹敵するんじゃないかと思う位の暴力的火力。そんな中、わたし達は--------動く。

 

『……ーーッ!?』

 

遠隔攻撃によって生まれた爆煙を斬り裂く四つの斬撃。数えきれない程の攻撃の嵐に比べれば、取るに足らないだった『四』。だけど四天王はそれに震撼する。だって、わたし達の生み出した四つの斬撃は、数十体の…もしかしたらそれ以上のモンスターをまとめて屠ったのだから。

 

「はっ!いいぜ、この戦いはてめぇ等に勝利をくれてやるよッ!守護女神は敗北だ、わたし達は逃げる事すら出来ずにここで地面を舐める事になるだろうよ!だがな……」

「ただでやられると思わないでよねッ!何十体でも何百体でも何千体でも何万体でも…あんた等の僕を、私達の目に映る限りのモンスターを地獄に送ってやるわッ!」

「ここでわたくし達が負けようと、希望が潰える事は有りませんわッ!わたくし達守護女神は希望の象徴ですけど、わたくし達だけが希望であったりはしませんもの!」

「わたし達は未来を託した。その託した皆の為に、わたし達は全力を賭して戦い抜くわ!覚えておきなさい、わたし達守護女神を相手にするって事は…四大国家の全戦力を相手にするのと同じだって事をねッ!」

 

それまで戦っていた四天王の懐へと飛び込み、一太刀浴びせる。喰らいついてきたモンスターを斬り裂き、飛び込んできたモンスターを抉り、押し潰そうとしたモンスターを貫く。撃たれようと、焼かれようと、裂かれようと、喰らわれようと、倒し続ける。腕が動かなくなろうと、脚が使い物にならなくなろうと、翼が灼け落ちようと、プロセッサが皮や肉ごと失われようと、痛みを正常に感じられなくなろうと、光や音などの外部からの情報をきちんと受け取れなくなろうと、牙を剥き続ける。……だって、皆がきっとわたし達の託そうとしたものを受け取ってくれるから。わたし達の代わりに、皆が絶対勝ってくれるから。

イリゼがいる。こんぱがいる。あいちゃんがいる。別次元組の皆がいる。一緒に旅をして、一緒に戦って、一緒に勝利を掴んだ皆がいる。

いーすんがいる。教祖の皆がいる。教会の皆がいる。国防軍の、ギルドの、国民の皆がいる。わたし達を支えてくれて、わたし達の出来ない戦いをしてくれた皆がいる。

そして何より--------ネプギア達がいる。愛しい妹が、自慢の妹が、いつかは名実共にわたし達と並び立てると確信を持てる妹がいる。傷付けておいて勝手だけど…わたし達は、信じている。

 

(ごめんなさい、一方的にお願いしちゃって。でもね、それは皆がわたし達の願いを叶えてくれるって信じてるから。皆なら大丈夫だって心の底から思ってるから。…犯罪組織の今の力は、わたし達が全部消し去るわ。だから……後は、頼んだわ、皆)

 

----------------わたし達は、戦い続ける。

 

 

 

 

何時間も経った。何日も経った。そして--------守護女神は、敗北した。

 

「ぐ、ぅ……まさか、ここまで当代の守護女神がやるとは……」

 

斬り裂かれた胸元を押さえ、よろめく女性。…だが、それは守護女神ではない。彼女はマジェコンヌ四天王の一角、マジック・ザ・ハード。そして満身創痍で呻きを上げたのは、四天王全員であった。

 

「こんなにやるとは、思って無かったぜ…」

「もし当初の予定通り、四ヶ国へ一斉に武力制圧を仕掛けていようものなら、女神だけでなく国防軍や有志とも戦う事となっていたであろう。そうなれば…」

「負けていたのは俺達の方だろうな……」

 

ちらりと、とマジックが目線を上げると、そこには傷付き療養が必要不可欠と思われる同じ四天王と、まばらに存在が確認出来る程度の数のモンスター。戦闘開始前はギョウカイ墓場の深部を埋め尽くさんばかりにいた筈のモンスターの内、生き残る事が出来たのは……極僅かだった。

 

「……壊滅寸前、としか言いようがないな」

「ここまでやられては、逆に笑えてこよう。アクククク、アクククク、アククク……はぁ…」

 

途中から笑うしかない、という思考から笑う事すら出来ないだろう、という思考に変わったのか、トリック・ザ・ハードが溜め息を吐く。その後一時は静寂に包まれたが……それを破るが如く、ジャッジ・ザ・ハードが唸り声を上げる。

 

「あー……クソッ、クソッ、クソがッ!こんな戦いで満足するかよッ!血湧き肉躍るかよッ!俺が望んだのは、こんな戦いじゃねぇぇぇぇッ!」

「…珍しく気が合うな、ジャッジ。俺もこんなただただ下劣で惨めなだけの戦いなど望んでいない」

「相変わらず貴様等はくだらん事に酔狂だな…これだから男は……」

「酔狂、というのは同感だが……プロローグで早速読者批判にもなり兼ねない事を言うのは良くないと思うぞマジックよ」

「五月蝿い黙れ…後コントみたいになるからそういう指摘の方法は止めろ…」

 

あまりまとまりのない様子を見せる四天王。しかしこれも仕方のない事。彼女等は犯罪神に見込まれ忠実な部下となった者達だが…見込んだ部分も違えばそれぞれの価値観、犯罪神への感情も違うのだから、上手くまとまれる筈もない。同じ思いを持つ集団と同じ目的を持つだけの集団では、集団としての在り様に違いがあって当然なのだ。

 

「…して、これからはどうする気だ?まさか、残り滓状態の残存戦力だけで攻めるつもりではないだろうな?」

「するものか……残念だが、暫くは戦力の補充と我々の回復を最優先とする他あるまい。…第二プランに移行するぞ」

 

ブレイブ・ザ・ハードの問いにマジックは歯嚙みしつつ答える。秘密裏に用意してきたモンスターの大部隊。それを四つに分け、四天王を指揮官に四ヶ国を同時に攻めるというのが第一プラン…単純且つ確実、そして最速とされていた作戦だった。しかし用意したモンスターは九割以上が消滅し、方法が方法故に現段階では短時間での大量補充が出来ない為に、第一プランは当面実行不可能となってしまった。

だからこそ、四天王は第二プランへと移行する。信仰心と偽りの加護による、堕落と言う名の支配と破壊を行う、第二プランへと。

 

「んじゃあ、女神はどうすんだよ?もし要らねぇなら俺が貰っていくぜ?まだまだ俺は欲求不満だからなぁッ!」

「ならば各々一人ずつとしようではないか。ラステイションの女神の信念の強さ、説得し同志となってくれれば心強いものになろう」

「一人ずつぅ?…まぁいいぜ、俺の戦ったリーンボックスの女神は敵として不足ねぇ強さだからな」

「ふん、提案されずとも年増などくれてやる。吾輩は幼女女神を…ルウィーの女神さて手に入ればそれで良いのだからな!アクククク…その傷付いた身体、吾輩が責任持って治癒しようではないか…勿論ねっとりと舐め回す事でっ!」

「何を勝手に話を進めている、そんな事駄目に決まっているだろうが…!……あぁ、犯罪神様…何故この様な者達と私が同じ立場に…ましてや統率する立場にあるのですか…」

 

額に手を置くマジック。ジャッジ、トリック、ブレイブ…皆戦力としては申し分なく、いつの時代も犯罪神の為に必要不可欠な存在。しかしあまりにも個性が過ぎる彼等に、マジックは辟易としていた。

もしジャッジに渡していれば、彼は適度に女神の体力が戻る様計らった後再戦とするだろう。ジャッジが負けて死ななければ、彼が満足するまで戦いは続くだろう。

もしブレイブに渡していれば、彼は彼自身の下らない正義を女神へぶつけるだろう。熱弁を振るい、女神が呆れようと耳を貸さずにいようと己が正義を語り続けるだろう。

もしトリックに渡していれば、彼は言った通り舐め回すのだろう。舐め回し、性癖の限りを尽くすだろう。それはマジックですら同性として同情を禁じ得ない程に。

そうしてマジックは一通り呆れ…他の四天王を制す。まとめ役というのも犯罪神様が自分を頼りとした為…と自身を納得させ、私利私欲に走る三名に反対する。……彼女は当然気付いていないが、彼女もまた個性が過ぎる一人であった。

 

「…守護女神はここで拘束する。……あれを使って、な」

「あれか…気を付けろよ?あれは俺等にとっても危険な、諸刃の剣ってやつだろぉ?」

「ヘマなどするか。…第二プランを進める為にも、失った戦力を効率よく補充する為にも、膨大なシェアエナジーが必要だ。ふっ……奴等にはその為の苗床になってもらおうではないか」

「苗床とはまたそそる言い方であるなぁ…だが、いいのか?吾輩は反対…とは言わずとも、文句無しの賛成は出来ぬぞ?」

「…どういう事だ、トリック」

 

だらんと舌を垂らしながらも、どこか表情の読めない顔を見せるトリック。それに四天王は訝しげにしながらも耳を傾ける。普段は変態の名が相応しいと思われている彼だが……同時に思慮深く実質的な参謀を務めている彼の、そういった言葉を無視する四天王ではない。

 

「簡単な話だ。守護女神は吾輩達を首の皮一枚の状態まで追い詰めた。今回は物量のおかげでなんとかなったが…もう、これまでと同じだけの物量は用意出来んだろう。そしてそうなれば、再び守護女神に刃を向けられればそれは絶体絶命以外のなんでもない。……ならば、目的の完遂まで多くの時間がかかろうと、別の不安要素が増える事となろうと…この場で、守護女神を亡き者とするのも間違いではなかろう?……勿論、幼女女神はやらせんが」

 

一言余計だ…と四天王三人は心の中で突っ込みつつ、小考する。トリックの言う事は最もだった。早々守護女神を逃してしまう彼女達ではないが、彼女達は守護女神の異常としか言い様のない底力を身を以て知っている。安全第一ならば、それが正しいのだろう。

だが……

 

「…俺は反対だ。戦闘中ならまだしも、勝敗の決した相手に危害を加えるのは性に合わんからな」

「俺もだぜ。せっかくこんなに強ぇんだ、そんな事で殺しちまうのは気が乗らねぇよ」

「…危険であろうとリスクがあろうと、犯罪神様の復活を最優先とするのが絶対だ」

「だろうなぁ…まぁよい。どうせ亡き者にするとなっても三対一で幼女女神も殺す事とするんだろう?ならば吾輩とて賛成は出来ん」

「ならいいな。では……、……っ!?」

 

話を締めくくったマジック。そして彼女は守護女神を拘束する為に首を掴んで持ち上げ……戦慄する。

守護女神は、まだ意識があった。まだ意識があり、身体を動かす事もままならない状態でありながら……睨んでいた。闘志の、意思の消えぬ瞳で、四天王を睨み付けていた。

 

「……天晴れだ。その胆力、さぞ我々の力となろうな」

 

薄く笑いを浮かべたマジックは、そのまま守護女神をある地点へ放る。それに続く残りの四天王。

そして守護女神四人が宙に舞い、マジックが指を鳴らした瞬間……ギョウカイ墓場の地面や岩、壁や瓦礫から無数のコードが、傷んだ太いコードが射出された様に勢いよく伸び、守護女神を縛り吊るし上げる。

そして……

 

「…アンチシェアクリスタル、起動」

 

マジックの言葉と共に、どこからか浮かび上がった結晶が輝き、守護女神とコードを包む様に四角錐の結界が展開される。

その瞬間、コードという新たな刺激に顔をしかめていた四人の守護女神は、目を見開いた。目を見開き、ずっと浮かばなかったその表情を……怯えと恐怖の表情を、遂に浮かべた。

 

「--------守護女神は我々の手に落ちた。女神候補生が、力を失ったもう一人の女神が、世界を救った英雄達がいようがもう遅い。世界は……我々犯罪組織が、蹂躙する」

 

戦闘という視点で見れば、犯罪組織の勝利だった。特別何か言うまでもなく、この状況がこれを示している。

しかし、戦術という視点で見れば、犯罪組織の敗北…それも完膚なきまでの、一切の言い訳が出来ない程の大敗だった。結果倒せたのはたった四人。国の指導者ではあるものの、その代わりや代理となれる存在は残っており、守護女神以外の戦力は微塵も削れていない。対して犯罪組織はモンスター戦力がほぼゼロとなり、四天王も長期療養必須なのだから、その評価は覆り様がない。

だが…戦略という視点で言えば、犯罪組織の辛勝だった。戦術的惨敗は事実だが、倒せた四人というのは最も危険な存在であり、逆に最も失われてはいけない四天王は誰一人欠ける事なかった。これから守護女神を失った四ヶ国は衰える事確実であり、それは犯罪組織にとってかなりの利益なのだから。

四天王は各々動き出す。療養、そしてそれぞれがすべきだと思う事の為に。そうして残ったのは数体のモンスターと、吊るし上げられアンチシェアクリスタルによりシェアエナジーを奪われる守護女神四人だけだった。

 

 

 

 

こうして、ギョウカイ墓場での戦いは終わった。この戦いの後、犯罪組織は少しずつ…されどもそれまでとは一段違う勢いで、勢力を…犯罪組織の『シェア』を、拡大する事となった。

四ヶ国はそれぞれ対応に当たったが、守護女神という最大の求心力を失った状態では犯罪組織の拡大を押し留める事は難しく、信次元は緩やかに、教会も人々もそれに気付かない程に、崩壊への道を歩き始める事となった。

----------------女神と英雄達が、新たな仲間と友が、手を取り合い思いを重ね合い、あの時の様に…守護女神戦争(ハード戦争)と、その裏で暗躍していた悪意に打ち勝ち平和と笑顔を取り戻したあの時の様に、信次元へ光を取り戻すのは……もう少し、先の事である。




今回のパロディ解説

・Uの次元
原作シリーズの一つ、超次元アクションネプテューヌUの事。パワーバランスが崩れるのは嫌なので細かい事は言いませんが…今回の守護女神はかなり無双していますね。

・同日に投稿された作品のツインテ槍使い
本作同様にハーメルンにて投稿されている作品、双極の理創造のメインキャラの一人の事。ネタバレ回避の為に名前は載せませんが…こういうパロも有りだと思います。


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第一話 翼は再び舞い上がる

犯罪組織と犯罪神及び四天王の調査・封印の為ギョウカイ墓場へと向かったネプテューヌ達守護女神とネプギア達女神候補生。正直私やイストワールさん達は再封印の成功を、悪くても調査完遂をネプテューヌ達がしてくると思って帰りを待っていたけど……プラネテューヌに帰ってきたのは、打ちのめされた様子のネプギアただ一人だった。

ネプギアから話を聞いて、私達は何があったのかを知った。数日経っても数週間経ってもネプテューヌ達が帰って来ない事、深部を埋め尽くさんばかりにいた筈のモンスターがまるで進軍を開始しない事、何よりも教会のシェアクリスタルからネプテューヌ達のシェアエナジーが減り続けている事からネプテューヌ達の敗北と、ネプテューヌ達がただやられた訳ではない事を理解した。

その時から、私達と教会は動き出した。公にはそれまで通りに振る舞いつつも、極秘裏に対犯罪組織活動を開始した。犯罪組織を完全にクロと認定し、犯罪組織にも国民にも気付かれぬ様にしながら出来る事を進めていた。

そして、対犯罪組織活動は……今日、次の段階へと移行する。

 

 

 

 

一切整備の手の届いていない、ギョウカイ墓場の大地を歩く四人の少女。それは、ある目的の為に深部へと向かう私達だった。

 

「…もうすぐ深部だよ。三人共大丈夫?」

「あ、はい…わたしは大丈夫です…」

「身体的には大丈夫よ。これがギョウカイ墓場なのか…って結構驚きはしてるけど」

「わたしもです…変なのがいっぱいあるです…」

 

先頭を歩いていた私は、負のシェアの密度が特に濃くなる深部の直前で一度止まって皆の方を振り向く。

この任務の同行者…ネプギア、コンパ、アイエフの三人は皆、私に比べると若干表情が曇っていた。ネプギアは当然の反応だし、私やネプギアと違ってギョウカイ墓場に入るのが初めてな二人も曇ってしまうのは無理のない事。それに……二人にとっては私達女神より、数段精神的負荷が大きいんだよね。ここに満ちる負のシェアのせいで。

 

「…もう一度手、握る?」

「あ…その心配は要らないです。さっきぎゅってしてもらったばっかりですし、まだまだ精神的な余裕はあるです」

「私もよ。というか…イリゼの方こそ大丈夫なの?イリゼに手を握ってもらったコンパが精神汚染されてない以上イリゼ自身も大丈夫なんだろうけど…」

「うん。私は女神化は出来ないけど、女神じゃなくなった訳じゃないからね。女神の力の防護フィールドは私もコンパもしっかり機能してるよ。…女神のっていうよりシェアのフィールド…シェアで繋がるフィールド……」

「イリゼ、それその内オレンジの女神の技っぽくなるから女神の力のでいいわ…」

 

裏天界同様…どころか裏天界より負のシェアが濃い場所だから、当然私とネプギアはコンパとアイエフの手を握って二人が汚染されない様にしていた。ちゃんとした女神に握ってもらったアイエフとコンパとで差がない事を見る限り、この能力に関して私は一切減衰してない…と見ていいみたいだね。

 

「じゃあ、最後にもう一度確認しておこっか。ネプギア、イストワールさんと連絡取れる?取れるならここで一度報告もしておきたいんだけど…」

「えっと……やっぱり無理、みたいです…すいません…」

「気にしなくていいよ。ここより密度低い場所でネプテューヌが行なった時だって無理だったんだから」

 

負のシェアのせいで連絡が取れないというのも裏天界の時と同じだった。……まぁ、それはともかくとして…ネプギアが終始沈んでるのはちょっと不味いかな…これが災いする様な事がなければいいけど…。

 

「こほん。今回の目的は簡単。ネプテューヌ達守護女神四人の状態確認と、持ってきた装置の設置だけ。勿論ネプテューヌ達を助けられるならそれに越した事はないけど…」

「それはあくまで出来たらの話。救出は二の次三の次、でしょ?」

「ねぷねぷ達は助けたいですけど…無事脱出する事を最優先にするって約束したですからね」

 

それは、私達にこの任務を依頼したイストワールさんの言葉だった。無理はするな、というのは今までもよく言っていたけど…それまでと今回とは意味合いが違う。取り敢えず安定している状態と、既に『守護女神』という重要な人間が失われ、分かり辛い形ではあるけれど『劣勢』になっている状態とでは、人が減る事のダメージが違い過ぎる。だから私達……特にネプギアは、残された『女神』であるネプギアは絶対に相手の手に落ちてはいけない人間だった。

 

「…ネプギアもいい?……一応年長者である私達が候補生のネプギアに色々任せるのは申し訳ないけど…」

「…分かってます。わたしも……女神、ですから…」

 

私の言葉にネプギアは頷いた。…けど、前は緊張と憧れを含んで言っていた筈の『女神』という単語は、今は不甲斐なさと申し訳なさを含んでいる様に聞こえた。……だったら…ううん、だからこそ……

 

「……行くよ、皆」

 

私達は深部へと足を運ぶ。

きっと、ここから先では戦闘になる。その時要になるのはネプギアだけど……いつ折れてしまうかも分からないネプギアに、もうこれ以上の重荷は追わせられない。ネプギアは今の段階でもやれる事をやっている。コンパもアイエフも自分の力でやれる限りの事をしている。だから……私も、私のやれる事を──役目を、義務を果たす。

 

 

 

 

ギョウカイ墓場に再び行く、という話が出た時、その場にわたしが呼ばれたのは少しでもギョウカイ墓場で上手く立ち回るのに必要な情報を話す為だと思っていた。だけど、それは違った。

どうして、とわたしは思った。確かにわたしは女神化すればイリゼさんやコンパさん、アイエフさんとは比べ物にならない力もスピードも出る様になるし、空だって飛べる様になる。でも……それだけ。お姉ちゃんから、誰よりもわたしの事を知ってる人から『役立たず』と見捨てられたわたしがいたってなんの意味もない。

なのに、皆さんはわたしが必要だと言った。それがいつまで経っても納得出来なくて、ずっと考えているうちにギョウカイ墓場に着いた。ギョウカイ墓場について、あの時の事を思い出してずっと沈んだ気持ちでいたら、ギョウカイ墓場の深部……思い出したくもないあの場所に、いつの間にか着いていた。

 

『……っ!』

 

お姉ちゃん達の姿が見えた瞬間、イリゼさん達は駆け出していた。よく分からない結界の中で縛られているお姉ちゃん達の元に走っていた。……それを、わたしは複雑な気持ちで見つめていた。

こんな事を言うとわたしが薄情な人だって思われるかもしれないけど……実はわたしは、お姉ちゃんに会いたくなかった。どんな顔をして、なんて声をかければいいか分からなかったし、それ以上にまた何か言われるんじゃないか、もっと失望させてしまうんじゃないかと不安だったから。

でも、お姉ちゃんの姿を目にした時…胸がきゅっと締め付けられる様な思いになった。そして、わたしは気付いた。……怖かったけど、苦しかったけど…それでも、心の奥ではお姉ちゃんに会いたかったんだって。

だから、わたしは動けなかった。お姉ちゃんに会えた嬉しさ、自分が変われていない事への負い目、あの時役に立てなかった後悔、そしてまた否定されるんじゃないかという恐怖。それらが混ぜこぜになって、どうしていいか分からなくて……

 

 

 

 

「…やっと来たか…待ちくたびれたじゃねぇかぁぁぁぁああああッ!!」

 

────その瞬間に、その人は現れた。

 

「……っ!やっぱり監視がいた…!」

「お、おっきいです…!」

「感動の再会を邪魔しないでよ…ッ!」

 

どう見ても隠れられる様なサイズじゃないのに、マリオシリーズのボスキャラの如くどこからか跳んできて、地面へと降り立つ四天王の一人。あれは確か、ベールさんが戦っていた…!

 

「感動の再会ぃ?はっ、そりゃ悪かったな…だがこっちもただ観賞してる訳にゃいかねぇんだよ、諦めるこったな」

「ちっ…ちょっと無茶言ってもいいかしらイリゼ!」

「私一人で時間稼ぎしてくれって事でしょ分かってる!」

「ま、任せたですよイリゼちゃん!」

 

わたしが立ち竦んでいるその間に、イリゼさん達は動き出していた。コンパさんとアイエフさんは今回の目的…調査装置の設置の為に左右に跳んで、イリゼさんはバスタードソードを手に四天王の一人へと走る。

にぃ、と笑って手にしたハルバートらしき武器を振るう四天王。それをイリゼさんは跳躍する事で避け、更にハルバートの柄を蹴って再度跳躍する事で頭上へと舞い上がった。そしてそのまま上段斬りを仕掛けたけど…四天王はハルバートから離した左腕で防御。それどころか左腕を振るってイリゼさんを吹き飛ばしてしまう。

 

「あぐ……ッ!」

「オイオイ、そんな攻撃じゃあ擦り傷にもならねぇぜ?」

 

力も体重も違い過ぎて、瓦礫の山へと吹き飛ばされたしまったイリゼさん。四天王が砂煙もまだ消えない瓦礫の山とその中のイリゼさんへ向かおうとした時……わたしはやっと動き出した。人としての力しか出せないイリゼさんが戦ってて、女神化出来るわたしが見てるだけなんて……何やってるのわたしは…!

 

「わ、わたしが相手です…!」

「おっと、テメェは確かプラネテューヌの女神候補生だったな…少しは楽しませてくれよなああああッ!」

 

女神化して進路上に割って入るわたし。対する四天王はわたしを目にすると嬉しそうな声をあげて突進してきた。

 

(勝たなきゃ…わたしが皆を守らなきゃ……!)

 

避けたらイリゼさんが轢かれるかもしれないと思ったわたしはM.P.B.Lを構えて突撃。同時に光弾を放つ事で迎撃を試みる……けど、光弾もわたしも弾かれて宙を舞ってしまった。

 

「……っ…まだまだ…!」

 

翼を広げて姿勢制御しつつ、痛みの大きさで身体の状態を確認。特に外傷がないと分かったわたしはその場でM.P.B.Lを構え直して空中からの射撃を敢行する。

それをそれまでと同様鎧で弾く四天王。でも流石に鬱陶しくなってきたのか一度体勢を低くして……一気にわたしのいる高度まで跳び上がった。

 

「な……ッ!?」

「なんだよその気の抜けた戦い方は……それであのプラネテューヌの守護女神の妹かよッ!」

「きゃああああああぁぁっ!」

 

鈍重そうな見た目からは想像出来ない程の跳躍に度肝を抜かれたわたしは防御がやっとで、身体は地面へと叩きつけられてしまう。

一瞬息が詰まり、その後咳き込む。ガシャリと鎧の音を立てながら着地した四天王はまだまだ余裕そうで……わたしの方は、もう身体に幾つも傷が出来ていた。……やっぱり、無理なのかな…わたしが守らなきゃいけないのに、わたしは弱くて役立たずだから、また皆の足を引っ張るだけなのかな…。

また、逃げたあの時の様に折れそうになるわたしの心。でも……そこで、わたしは気付く。

 

「……あ…」

 

わたしの視界に映ったのは結界の壁。わたしが叩き付けられたのは結界のすぐ近くみたいだった。そして顔を上げたわたしは──お姉ちゃんと、目が合った。

 

「あ……あ、ぁ……」

「…………」

「お……お姉、ちゃん…わたし……わたしは……」

 

お姉ちゃんを近くで見て、お姉ちゃんと目が合ったわたしは上手く言葉を言えなくなった。何を言えばいいか分からない。思い付いた言葉もすぐ消えてしまう。それでも何とか言おうとしたのに、口が上手く動かない。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよ────

 

 

 

 

「……ネ…プ、ギア…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……元気で…良か、った……あの、時は……お姉ちゃん…酷い事、言って…ごめん…ね……」

「……──ッ!!」

 

それは、蚊の鳴く様な小さな声。掠れてて、普通じゃ聞き取れない様な、弱々しい声。でも、わたしには聞こえた。申し訳なさそうな…でも、心の底から安心した様な、お姉ちゃんの声が。

嗚呼、嗚呼…わたしは泣きそうになる。自分が嫌われた訳じゃなかった事に…自分が、こんなにも想われていた事に。

 

「お姉ちゃん…お姉ちゃん……っ!」

 

もう、負い目とか恐怖とかはどうでもよかった。あの時力になれなくてごめんねって、もっと強くなるからねって言いたかった。頭を撫でて、ぎゅーって抱き締めてほしかった。また、今までの姉妹に戻りたかった。でも……

 

「…ぁ…ぇ……?」

 

結界の側により、結界の壁に触れた瞬間……すとん、とわたしは膝をつく。触れた瞬間に、力が抜ける様な感覚があった。

それでももう一度触れるわたし。けど、結果は同じだった。力が抜けるだけで……お姉ちゃんに触れる事は、叶わない。

 

「そん、な……」

「なーにしてんだ候補生。敵に背を向けて無視とは、随分と余裕じゃねぇかよぉ…?」

 

後ろから聞こえてくる、四天王の声。その声を聞いた時……やっと、わたしは気付いた。お姉ちゃん達は、傷だらけだって事を。

顔も、胴も、手も足も、全身に切り傷と痣があるお姉ちゃん達。プロセッサはもう防具としてはほぼ崩壊していて、お姉ちゃん達が何か細工したのか普段とは違う形状になっている。そして、お姉ちゃん達の下には血溜まりが出来ていて、顔は血の気が全然なくて……目の奥の光は弱々しく、遠目に見たら虚ろな瞳だった。

そんな状態で、乱雑にコードで縛られて吊るし上げられているお姉ちゃん達。……普通の人なら、どう考えたって死んでいる状態。

……お姉ちゃんが、大切なお姉ちゃんが、大好きなお姉ちゃんが、友達と一緒にそんな酷い状態で、この最悪の環境で監禁されている。それは、誰のせい?誰が、お姉ちゃん達にこんなにも事をした?…そんなの、決まってる……

 

「……よくも…」

「ぁん?」

「よくも、よくもよくもよくも…よくもお姉ちゃんをぉぉぉぉおおおおおおおおッ!!」

 

ギョウカイ墓場に来てからずっと心の中でぐるぐるしていた感情。それが、この瞬間全て怒りと憎悪へと変化した。

M.P.B.Lを拾い、地を蹴って突貫するわたし。それを見た四天王がハルバートを構えた瞬間……シェアエナジーをM.P.B.Lへとドライブ。怒りのままに、憎しみのままに引き金を引いてビームを叩き込む。

近接格闘を仕掛けると思い込んでいた四天王に襲いかかるビームの柱。直撃し、爆炎が上がる中…わたしは更にシェアエナジーを注ぎ込んで、引き金を引いたまま第二射へと入る。

爆炎の中へ飛び込む第二射。続けて第三射。第四射。第五射。余力も、時間当たりのシェア配給も無視してわたしは撃ち続ける。

こんなの愚策でしかない。四天王の姿は爆炎で見えないんだから当たってるかも分からないのに、エナジーを垂れ流すかの様な射撃を続けるなんて、普段のわたしなら絶対しない。だけど、業火の様な感情に頭を支配されていたわたしはそんな事をまるで考えていなかった。

 

「はぁ……はぁ……、……っ!」

 

急激なシェア消費で立ちくらみの様な症状が起こるわたし。それでも頭を叩いて、また引き金を引こうとして……

 

「──へっ、やってくれるじゃねぇかよおおおおおおッ!」

「……ッ!?」

 

視界が、ブレた。わたしは殆ど水平に跳ね飛ばされて……結界の壁に、直撃した。

全身を襲う倦怠感。力が抜けていく様な感覚。それと同時に感じる、心の奥からの不快感と恐怖。……気付けばわたしは地面に落ちていた。

 

「か…はっ……」

「威勢は認めてやるよ。その激情も俺は嫌いじゃねぇ、だがな……それだけじゃ、俺には敵わねぇんだよッ!」

「……っ…」

 

拳を握り締めて、手をついて上半身を起こす。わたしが全力で、奴の言う激情に任せて攻撃した四天王は……未だ、損耗の一つも見えない姿だった。

…いや、よく見れば鎧が何箇所か灼かれて爛れている。どうやら完全な無傷じゃないみたいだったけど……それでも、乾坤一擲の猛攻の結果はあまりにも無残なものだった。

 

「……っ…!」

「残念だったな。ま、世の中強ぇ奴が勝って弱ぇ奴が負けるっつー単純な作りなんだ。お前もこれからそっちに加えてやるよ。よかったな、姉妹揃って同じ場所に居られて」

 

ゆっくりと近付いてくる四天王。わたしは必死に身体を動かして、M.P.B.Lにシェアエナジーを送るけど……もう、心の中では分かっていた。この四天王には、勝てないって。そして同時に、こうも思ってしまった。──お姉ちゃんとまた一緒に居られるなら、それもいいんじゃないか、と。

わたしの目を見て、四天王は何故か詰まらなそうな様子を見せる。…ごめんね、お姉ちゃん…わたし、また無理だったよ……せめて、わたしが捕まる間にイリゼさん達が逃げられるなら…それで、きっと十分…………

 

 

 

 

「────そうは、させない」

 

わたしの前に、四天王の前に……イリゼさんが、立ちはだかった。

 

 

 

 

私が吹き飛ばされた先にあった瓦礫は、幸運にも強度の低い物の集まりだったおかげで重症を避ける事が出来た。けど情けない事に私はその瓦礫に埋まってしまい、暫く四天王ではなく瓦礫と格闘する羽目になっていた。

やっとこさ出た時、私が目にしたのは見た事もない様な形相のネプギアが、一心不乱に爆炎へビームを放つ姿。それに一瞬圧倒され、しかもビームと爆炎のせいで近付けず…私が戦線復帰したのは、ネプギアが捕まる寸前だった。

 

「い、イリゼ…さん……?」

「ごめんねネプギア、奴の相手を一人でさせて。…よく頑張ったね」

「に…逃げて下さい……わたし達じゃ、敵わない相手なんです…このまま皆捕まっちゃったら……」

「ううん。さっき言ったでしょ?そうはさせない、って」

 

背中越しに話す私とネプギア。彼女の方は見ていないけど…訳が分からない、って顔をしてるのは容易に想像出来る。

 

「そうはさせない?…この状況で割って入る辺り、テメェの威勢も中々のもんだが…聞いてなかったのかよ?それだけじゃ勝てねえってのをよ」

「聞こえていましたよ?だから…威勢だけでも、激情に囚われてる訳でもないって事です」

「はぁ?何言ってんだテメェ…?」

 

訝しげに私を見る四天王。

ネプギアの言う通りだった。こいつ相手では、私達四人がかりだったとしても勝つのは厳しい。勝てたとしても、こっちもほぼ全滅する可能性が高い。

四天王の言う通りだった。威勢は自信を奮い立ててくれるし、激情は視野狭窄に陥るけどそれのおかげで出る力もある。…でも、私と四天王の間にはその程度じゃ決して覆せない程の差がある。

……けど、二人は一つだけ勘違いしていた。と、言うよりも誤認していた。

 

「すぅ、はぁ……」

「…………」

「ネプギア、それに四天王。教えておくよ。私の行動原理は、私の正義は、私の大事な人と大事な人が守りたいものを守る事。それが、女神として絶対に譲らない、私の思い」

「そいつはご大層なこったな。だがよ、その思いは力があって初めて成立するもんだろ?……絵空事抜かしてんじゃねぇよ、元女神…ッ!」

「……元、女神?」

 

元女神。力を失った原初の女神の複製体。それが皆の私に対する認識で、それは確かに間違ってはいない。だけど、それはこれまでの事。人として生きていく事を選んだ私の肩書きに過ぎない。

もう一人の私は言っていた。私は女神でなくなった訳じゃないって。私は、私達女神は知っている。女神は奇跡の担い手で、女神に不可能なんてないって。そして何より……私は一度、力を取り戻していた。今は遠く離れた大事な友達を守る為に、力を合わせる為に、共に在るべき場所へと戻る為に、女神として戦っていた。

ここには、あの時の本はない。もう一人の私が残してくれた力のラインも機能不全を起こしたまま。だとしても…私が女神である事は、原初の女神の残した希望である事は、今も昔も変わっていない。だったら……

 

「────侮るなよ、犯罪神の従者。見縊るなよ、当代の女神候補生。私はもう一つの原初、もう一振りの女神の始祖。この私が、二度と力を振るえない訳などなかろう。過去の存在である訳がなかろう。私は女神、オリジンハート。今再び己が思いを貫く為、守るべきものを守る為に、望む世界をその手で描く為…………私はもう一度、空へと…私が在るべき希望の元へと、舞い上がるッ!!」

 

私が、女神化出来ない理由なんてない────ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

収束する光。空へと駆ける二条の光。溢れんばかりの思いの力。そして……光が収まった時、そこには────女神の姿を纏った、原初の女神の複製体が存在していた。




今回のパロディ解説

・オレンジの女神の技
原作シリーズに登場する女神の一人、オレンジハートこと天王星うずめ及びシェアリングフィールドの事。彼女が出てくるのは…まぁ流石にまだまだ先です。

・マリオシリーズ
その通り、マリオシリーズの事。マリオシリーズに関わらず、どっかからワープして来たのかと言いたくなる(画面外からの)登場って多いですよね。ある意味様式美?


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第二話 二つの約束

────前に、お姉ちゃんが話してくれた事がある。イリゼさんは、戦いの時偶に口調が変わる事があるって。それは常に変わってる訳じゃなく、その時その時で言いたい事を言いきるまでの短い時間だけど、普段の柔和な口調じゃなくて、心に一本の柱を持っている様な口調になるんだって。

同時に、お姉ちゃんは言っていた。普段からイリゼさんは信用も信頼も出来る仲間で、いつでも頼もしい友達だけど…この口調をした時のイリゼさんは、いつも以上に心強いって。

実のところ、わたし…というか候補生は皆イリゼさんが女神化した姿を殆ど見た事がない。だからイリゼさんがわたしと四天王の間に割って入って、口上を述べた時は凄く驚いたけど……その声と共に女神化した時、女神化したイリゼさんの背中を見た時、わたしは思った。……お姉ちゃん、確かにそういう時のイリゼさんは…凄く凄く、心強いんだね…。

 

 

 

 

確たる証拠はないけれど、自信はあった。ひょっとしたらではなく、絶対に出来るという意思があった。ただ、私はそれを実行に移しただけ。…でも、ほんとの事を言うとちょっとだけ不安もあった。

そんな思いを抱きながら、久し振りに女神化した姿…オリジンハート本来の姿となった私。あぁ、安心する……やっぱり、こっちの私も居てこそ『イリゼ』だよね。

 

「オイ…オイオイオイマジかよ……マジで女神の力を取り戻したってのかよ…」

「取り戻した、というより出来る状態になった…というべきですけどね。…これでも尚、威勢だけだとでも言います?」

「まさか、その姿を見て言うかよ。テメェは守護女神と互角の実力者なんだろ?むしろ必要なら言葉の撤回だってするぜ?だってよぉ……これでやっと、待ちわびた戦いが出来るんだからなああああああッ!!」

 

嬉しそうな雄叫びと共に地を蹴り、私へと接近してくる四天王。元々そこまで離れてなかった事もあって距離は一瞬で詰まり、次の瞬間には斜め上からハルバードの一撃が襲いかかってくる。

どう見ても重い一撃。久方振りに女神化した事もあり、出来るならば防御ではなく回避をしたいところだったけど…私が避けたら刃がネプギアに当たりかねない。だから、私は地面を踏み締め、四天王を見据えて……長剣で、ハルバードの一撃を正面から受ける。

 

『……ッ!』

 

長剣とハルバード。両者の得物が激突する事による衝撃で、互いに歯嚙みをする私と四天王。激突の瞬間に地面には軽くヒビが入り、得物からは火花が散り…風圧すら、周囲へと放たれた。

 

「…その威力、見た目に違わずですね……!」

「今のを正面から受けとめるってか!やっぱりその実力は本物だなぁ、原初の女神の複製体ぃッ!」

 

数秒のせめぎ合いの末、私と四天王は共に跳んで距離を取る。

そこからは、高速近接格闘戦となった。機動力と小回りで勝る私は縦横無尽に動き回って隙を狙い、リーチと膂力で上回る四天王は待ち構えて反撃する戦法を取る。

 

「いいねぇその動き!燃え上がるじゃねぇかッ!」

 

大上段から振るわれたハルバートを紙一重で避け…私はそれへ長剣を叩き付ける。当然ただでさえ凄まじい威力で地面を抉ったハルバートなのだから、そこから更に衝撃が加われば四天王ですら即座には抜けない程の深みに嵌る。

結果生まれた一瞬の隙。それを突くべく私は飛翔し頭部にこちらも上段斬りを仕掛ける。

開戦直後とほぼ同じ状況。でも今の速度なら腕での防御が間に合わない筈。……そう思った私だったけど、四天王の判断力は私の予想以上だった。

 

「うらぁッ!」

「ず…頭突き…ッ!?」

 

長剣に自らぶつかってくる四天王の兜。加速の最中であった事もあって長剣には威力が乗り切っておらず、攻撃を仕掛けた私が逆に弾かれてしまった。

 

「痛つ……危ねぇ危ねぇ、後一瞬遅けりゃ頭がパッカーンするところだったぜ」

「見た目に似合わないネタを…」

 

空中で宙返りして着地する私。その頃には四天王もハルバートを引き抜き、仕切り直す形となる。

長剣を握り直しながら私は思考する。一見脳筋系な四天王だから、動き回って隙作って仕掛ける…の定番でいこうと思ったのに、中々どうして付け入れられない。サイズこそキラーマシンや大型モンスターのそれだったけど…体感としてはむしろ、歴戦の戦士の様だった。

 

(…無難にネプギアに後衛をしてもらう…?……いや…)

 

あくまで意識は四天王に向けたまま、私はちらりとネプギアを見る。そうして数瞬悩んだ後……自分の左右に直剣をそれぞれ一本ずつ展開し、それの射出と同時に突撃をかける。

 

(もういっぱいいっぱいのネプギアに、これ以上の事をさせる訳にはいかない!ネプギアが私達を守るんじゃない、私がネプギアを…皆を守るんだッ!)

 

守る為に、もう一度女神として戦場に蘇る為に私は力を呼び覚ました。なら、この戦いでそれを果たさなきゃ、原初の女神の複製体の復活とは、呼べないよ…!

私に先行する形で四天王へと飛びかかる直剣。それを四天王はハルバートの横薙ぎではたき落とし、膝蹴りで私を潰しにかかる。…が、その程度私も想定済み。右手での片手持ちにした長剣の全力振り抜きで膝を止め、その瞬間左手元に精製したナイフを鎧の隙間に突き立てる。

 

「ぐ……ッ!」

「がぁ……ッ!?」

 

互いに呻く私と四天王。ナイフを刺された四天王勿論……私も私で『両手持ちでも辛い攻撃を片手で押し留める』という芸当をしたせいで、右手が軽く痺れてしまっていた。

 

「…痛み分けっつーところか……あぁ、いいなぁオイ!ギャハハハハハハハッ!!」

「……っ…何が楽しいんですか…」

「戦いがに決まってんだろうがよぉッ!痛み分けっつー事は、俺とお前の実力が近いって事だ!分かるだろ女神、実力が近い奴との戦いの楽しさをよぉッ!」

 

笑いながら四天王はナイフを引き抜く。ダメージの度合いで言えば四天王の方が上の筈なのに、奴は嬉しくてしょうがないという表情をしていた。…不味いなこの相手は…下手すると向こうのペースに乗せられるかも……。

 

「だが、俺は負けるより勝つ方が好きだ……だからテメェも油断すんじゃねぇぞぉぉぉぉおおッ!」

「油断なんて…するものですか…ッ!」

 

膝関節付近の怪我を意に介す様子もなく突撃してくる四天王。それを私は左へのステップで避けつつ斬りつける。

どうやら飛行能力を有していない四天王が相手なら、飛んでしまうのがベストに思える。…けど、それは間違い。奴は女神にこそ敵わないものの巨体からは想像出来ない程俊敏で、しかもかなり跳躍力がある。下手に飛ぼうものなら、逆にその隙を突かれてしまうのが明白だった。

 

(功を焦るのは愚の骨頂。傷付ける事が出来るのなら、倒せる可能性は確かにある。なら、私がすべきなのは熱くならず、相手と自分…その両方を冷静に見る事──)

 

 

 

 

 

 

(……あ、れ…?)

 

冷静さを失うという事は、動きが単調になるという事。熱くなり過ぎるという事は、自分の状況も相手の状況も正しく認識出来なくなるという事。それは本来避けるべき事で、長さも重量も中途半端な武器を扱う私にとっては自分の長所を殺す事にもなり兼ねないタブー。

だけど…今回は、今の状態においてのみは、冷静になる事が……裏目に出た。

 

「うらああああああぁぁッ!」

「……っ、しまっ……!」

 

攻撃が空振った四天王と、鎧で防がれた私。すれ違う形になった私達は即座に振り向き次なる攻撃を仕掛けたけど……私は、その動きが一瞬遅れてしまった。

違和感。自身を冷静に見直した瞬間、それに気付いた。身体はきちんと動くし、シェアの圧縮だって不備はない。なのに感じる、何かが違うという感覚。それに気を取られた私は一瞬遅れ……結果、最初の攻防の様に大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「ち…ぃ……っ!」

 

翼を広げて身体を起き上がらせ、両足先と膝、それに左手を地面に押し付ける事で何とか滑りながらも勢いを殺しきる。…プロセッサ纏ってなかったら左手と両足が血だらけになってただろうね……。

 

「ふぅ……ちょいちょい持ち方変えてたから何かと思ったが…そうやって相手の手を狂わせるのが戦法って訳か。段々分かってきたぜ」

(もう読まれた…なんて観察眼と理解力の高さなの…!?)

 

片手持ちと両手持ち。それを適宜切り替える事でこちらの手を複雑にし、同時に相手のペースを崩す事で相手が本調子を出せない様にしつつ、そこを女神の力で一気に打ち破るのが私の定番戦法で、そこから派生させたり連携の為に応用したりするのが私の戦闘の基本。でも、四天王はそれを初戦で理解してきた。読まれたら完全に無力になる…なんて事はないけど、読まれてない状態の方が有利なのは事実。これは、私にとって間違いなく不安要因となった。

拭えない違和感と、もう読まれたという不安。特に前者は雑念となるせいで…四天王の言う通り、実力の近い相手との戦闘では恐ろしい程の危険を孕む事となる。だから今……私は選択を迫られていた。

 

「俺の力を知ると殆どの奴は距離を取って外からチマチマ攻撃しようとする!だが、テメェやリーンボックスの女神はそんな事せず俺と矛を交える!ほんとにありがたい事だぜぇぇぇぇッ!」

「人の理想に『逃げ腰』ってのはありませんからね…ッ!」

「だよなぁ!勇猛果敢に戦ってこそだよなぁッ!」

 

更に激突する事数度。四天王は相変わらず猛牛の様な勢いで攻め立ててきて、彼の動きに陰りや弱点はまだ見受けられない。この数度の攻防でそれを確認した私は、声を上げる。

 

「……!二人共あれはどうなった!?」

「こっちはもう完了したわ!」

「はい!こっちも……出来たですっ!」

「OK、なら……」

 

四天王とせめぎ合いながら、私はもう一度だけ考える。

やりたい事と、やるべき事。理想と現実。リスクとリターン。…出来る事と、出来ない事。そういう事を一瞬で、でも全力で考えて……決断を、下す。

 

「────撤退するよッ!」

 

 

 

 

撤退。この場に置いての意味を簡単に言えば逃げる事。やるべき事は済んだから、離脱とか帰還とかでもいいと思う。

イリゼさんが言ったのはそういう事。ギョウカイ墓場からプラネテューヌに戻るという事。作戦を終了するという事。────お姉ちゃん達の救出を、諦めるという事。

 

「はぁぁッ!」

「ぬぅんッ!」

 

撤退を指示したイリゼさんは、次の瞬間には仕切り直す様に距離を取って戦闘を再開。それまでの陸戦とは打って変わって空を飛び、高速でのヒットアンドアウェイを開始した。

……わたしは、今何をやってるんだろう。イリゼさんと四天王が激突する中、わたしはただそれを見ていただけだった。確かにイリゼさんの女神化に呆気を取られて最初は動けなかったし、わたしが下手に加勢しても危険を増やすだけではあるけれど…射撃で牽制位は出来た筈。接戦なんだからそれだけでもイリゼさんは戦いが楽になった筈。なのに……わたしは何もしていなかった。

 

(…わたしは、なんの為にここに……)

 

深部に着くまでずっと落ち込んでて、着いてからは動揺して、四天王相手には歯が立たなくて、激情して攻め込んでもやっぱり無駄で、その後は完全に諦めちゃって、今は戦いを見ているだけ。自分の勘違いに、お姉ちゃんの優しさに気付けた事は本当に良かったけど……同時に、やっぱりわたしは役立たずだった。

気付いたのだから、今からでも加勢すればいい。わたしは今フリーなんだから、お姉ちゃん達を助けられないか動いてみればいい。…そう、頭では分かっている。でも動けなかった。……失敗するのが怖くて、なんの成果も上げられないで終わるのが怖くて、また役立たずになるのが怖くて…立ち上がれなかった。

それに……

 

「……?ネプギア、あんた何してんの!やる事は終わったしさっさと退くわよ!」

「そうです!わたし達が行かなきゃ、その間イリゼちゃんはずーっと戦わなきゃいけなくなっちゃうです!」

 

へたり込んでいるわたしの元へ、コンパさんとアイエフさんがやって来る。そうだ、確かにその通り。イリゼさんが四天王の足止めをしてるんだから、動かないでいるのはよりイリゼさんに迷惑をかける事になる。でも、だとしても……

 

「……わたし、出来ません…」

「出来ない…って、何がです…?」

「お姉ちゃんを置いていく事ですよ!…お姉ちゃん達は凄く辛そうで、わたしや候補生の為に無理してこうなってるのに、当のわたしがお姉ちゃん達を見捨てて安全な場所に行くなんて……」

 

わたしは今、凄く身勝手な事を言っている。自分はただ座ってるだけの癖に、お姉ちゃんを…なんて大層な事を言っている。…こんなの、通る訳がないのに…。

 

「…ギアちゃん、別に見捨てる訳じゃないですよ。見捨てるつもりなんてないから、助けたいからここに来たんです」

「でも、今はわたし達だけがプラネタワーに戻る…それは変わらないじゃないですか…」

「そりゃそうだけど…酷な事を言うけど、今は我慢しなさい。ここで無理して、皆大怪我したり捕まったりする事をプラネタワーで待ってる人やねぷ子達が望むと思う?」

「そうですけど……そうですけど…っ!」

「ギアちゃん……」

「……ごめんなさい…こんなの、わたしの勝手な思いですよね…」

「…いいわよ、だって…私達だって、気持ちは同じだもの」

「あ……」

 

アイエフさんの言葉を聞いて、二人の顔を見て…わたしはやっと気付いた。二人共、凄く悔しそうな顔をしている事に。

なんでわたしは気付かなかったのか。コンパさんもアイエフさんもイリゼさんも、お姉ちゃん達とは大の友達で、わたしが生まれる前から友達だった。なら…わたしの気持ちが分からない訳がない。いや、分からないどころかわたし以上に辛いのかもしれない。だって…最初の戦いの時、三人は戦いに出る事すら出来なかったんだから。

 

「……ごめんなさい、二人共…」

「…じゃあ、約束したらどうですか?」

「約束…?」

「そうね。今は助けられないけど…いつかは絶対助けに来るからって、わたしが助けるからって…そう約束して、心を決めれば少しは気持ちが整理出来るんじゃない?」

 

約束。一瞬わたしはそんな事で…と思った。だって、そんな約束はわたしの自己満足にしかならないから。

でも…考えてみれば、わたしの思いは全部自己満足だった。お姉ちゃんが酷い事を言ったのはわたしの為の嘘だって分かった時点で、わたしを役立たずだと言う人はわたし以外誰もいない。わたしがここにいるのは皆がわたしを役立たずどころかむしろ必要だって思ってくれたからで、お姉ちゃん達があんな無理をしたのも今わたしにこうして苦しんでほしいからじゃない。……だったら、ここでうじうじしてるより約束してその『いつか』の為に今は逃げた方がずっと良い。

わたしは一つ深呼吸。胸の前できゅっと手を握って…口を開く。

 

「……ごめんね、助けられなくて…でも、ちゃんと助けに来るから…わたしもっと強くなるから、だから…待ってて、お姉ちゃん…!」

 

それだけ言って、わたしは二人と共にギョウカイ墓場の出入り口へと走る。弱ったお姉ちゃんにちゃんと言葉が伝わったかどうかは分からないけど…それでも、言うべき事は言った。ほんの少しだけど、心の中で何かが決まった。

……そうだ。わたしはもっと…強くならなきゃ…!

 

 

 

 

機敏な動きで隙を狙う作戦から、空中強襲によるヒットアンドアウェイに切り替えたのは、ひとえに四天王の注意を引き付ける為だった。空中強襲ならば単純な動きだから対応はされ易いけど、速いし威力の乗る攻撃だから無視はされ辛い。倒す事ではなく引き付ける事が目的なら、こっちの方が賢明だった。

 

(やっと動き出してくれた…二人共、フォローありがと…!)

 

ネプギアの心境はなんとなく察していたし、ここは女神の先輩として私が何か言いたいところだったけど、それを許してくれる程四天王は弱くない。こうしてチラリと一瞬視線を向けるのが現状精一杯だった。

 

「オイオイ上手い事逃げてやろうって魂胆が見え見えだぜ?それでいいのか、よッ!」

「撤退って言った時点でバレてますから…ねッ!」

「はっ、そりゃそうだな!」

 

直上からの刺突。それを四天王はバックステップで避けつつハルバードで縦斬り。しかし私は横へ転がって回避し、そこから跳ね起きからのドロップキック。四天王は身体を反らせる事でギリギリ回避。私が戦法を切り替えて以降、互いに傷は負っていない。

そうして数分後……

 

(ネプギア達は撤退した…後は私が逃げるだけ…!)

 

それは口で言う程(頭で思う程)楽な事ではないけど、ネプテューヌ達を助けるにはそうするしかない。

 

「……っ!喰らえッ!」

 

刀剣を十数本纏めて一度に精製し、一斉掃射と言わんばかりに四天王へと叩き込む。当然四天王はそれを跳んで避けるけど…そこに向かうは私の攻撃。飛行能力のある私と違って空中では踏ん張れない四天王はぐらつき、そのまま地面へと落ちていく。そして…そこへ私は大剣を撃ち込んだ。

 

「ち…いぃぃッ!」

 

が、四天王の反応も相当なもの。脚の力を頼りに無理矢理衝撃を抑え込み、大剣をハルバードで弾いてしまった。だけど…それもまた、予想の範囲内……ッ!

 

「……ッ!」

 

私は大剣を撃ち込んだ。けどそれだけではない。それを追う様に私は飛び、一気に懐へと潜り込んでいた。

大剣が邪魔で鎧の隙間を見据える事は出来なかったものの、勢いは十分。ここで重い一撃を鎧にぶつければ、四天王は怯んで撤退する隙が出来る筈…!

私の策は自分で思うに盤石だった。けれどここで二つ問題が起こった。

攻撃を仕掛けながらも視界の端で捉えていた大剣。それは捉えていただけで気にも留めていなかったのに……それを見た瞬間、大剣…そして大剣がぶつかった結界へと注視してしまった。

 

(…嘘…消えた……!?)

 

偶然にもネプテューヌ達を捉えていた結界へと飛んだ大剣は……結界へと触れた瞬間消滅した。

それは、あり得ない事だった。勿論シェア圧縮で作った武器は長時間その場に残るものじゃないけど、消えるにはあまりにも速過ぎる。

そしてもう一つ。異様に速く消えた大剣に疑問を抱いた私は…それをずっと感じてる『違和感』と関連付けてしまった。驚愕と、それについての思考。もしこれが絶テン宜しく推理もバトルもする作品ならそれもいいのかもしれないけど…今重要なのはあくまでバトル。でも推理に比重を置き過ぎた私の攻撃は甘くなり…怯まなかった四天王は反撃を仕掛けてくる。

 

「へっ…抜かったな女神ィッ!」

(……っ…不味い……ッ!)

 

長剣を鎧で弾いて大振りの一撃を放つ四天王。咄嗟に私は長剣を掲げたけど…攻撃が弾かれて体勢の崩れている今の私ではほぼ確実に吹き飛ばされる。そうなれば撤退は大きく遠ざかるし、下手すれば撤退不能の怪我を負うかもしれない。

そう思っても避けられる筈もなく、重量の乗った一撃が私へと────届く直前で、止められた。

 

「……へ…?」

 

欠片も想定してなかった事態に目を丸くする私。一体何事か…と四天王を見ると…彼は、ふぅ…と息を吐いてハルバードを引っ込めた。

 

「ふん、豆鉄砲食らった様な顔してんな女神」

「…何のつもりですか……」

 

ガチャリとハルバードを肩にかけた四天王からは、もう戦意を感じられない。これは絶好のチャンスだけど…あまりにも唐突過ぎて、意味が分からなくて、罠にしか思えなかった。

…が、そこで再び私は目を丸くする事になる。

 

「何のつもりぃ?細けぇ事聞くなぁ、逃げるチャンスなんだからさっさと逃げればいいじゃねぇか」

「…………」

「あー、そうかい。だったら教えてやるよ。…いや俺の言葉聞いてたら言うまでもねぇだろ、俺は全身全霊の戦いが好きなんだよ。だから逃がすっつーだけだ。……テメェ今本調子じゃねぇだろ」

 

私が違和感に悩まされているのを見抜いていた事にも驚いた。けど…それ以上に、『全身全霊の戦いが好きだから』という理由は驚きだった。そ、そんな……

 

「…そんな、理由で…?」

「そんな?違ぇな、俺にとっちゃ最優先の理由だ。テメェは強い、だが本調子じゃねぇ。このまま戦えば俺が勝てるが…折角こんな強い奴と全力で戦う前にその機会失っちまうのは惜し過ぎんだよ。俺は最高の状態のテメェと戦いてぇんだ」

「で、でも…貴方の目的は……」

「俺の役目は墓守、女神を助けようとする奴を追っ払って女神が逃げられない様にする事であって、女神が逃げなきゃ殺そうが追っ払おうが逃げるのを見逃そうが俺の自由なんだよ。俺はより俺が望む戦いを得る、お前は安全に撤退出来る。win-win…とまでは言わねぇが、互いに損を避けられる案だと思うぜ?それとも……まだ戦うか?」

 

その言葉を聞いて…彼の本心を聞いて、私は唖然とした。彼は、さも当然かの様に組織としての利益より個人の利益を優先している。役目放棄はしていないから、違反をしている訳ではないんだろうけど……一言で言えば、無茶苦茶な人だった。…でも……

 

「…分かりました。ご厚意感謝します」

「そんなお利口なもんじゃねぇよ、ただ私欲を満たしてぇだけだ。だがそう思うなら……逃げんじゃねぇぞ?」

「勿論。逃げも隠れもしますが、敵であろうと受けた恩は忘れず嘘を吐かないのが女神ですからね。……次に来た時、私は貴方と一対一で刃を交える事を約束します」

「おうよ、万全の状態で来いよ?楽しみにしてるからなぁ!」

 

こくり、と四天王の言葉に頷き、私は背を向ける。四天王が背後から攻撃を仕掛ける気配は……無い。

 

「…ジャッジ・ザ・ハードだ、覚えときやがれ原初の女神の複製体!」

 

私は飛ぶ。今度こそ助けるから、もう少し待っていて…という大切な友達への思いと、ただの敵、ただの倒す対象…とは思えない四天王…ジャッジとの約束を胸にしながら、ギョウカイ墓場の空を飛翔する。目指すはプラネタワー。ネプギア達と合流し、今回の結果を伝える為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

────こうして、犯罪組織との二度目の激突は終了した。今回守護女神の四人を助ける事は出来なかったけど…得るものはあった。次に繋げる事は出来た。だから……犯罪組織との本格的な戦いは、ここから始まる。




今回のパロディ解説

・パッカーン
携帯会社AUのCMにおいて流行を生んだフレーズの事。桃の様に頭がパッカーンする…響きだけだと明るいですが、真面目に考えたら凄くグロいシーンになりますね。

・某絶テン
推理バトル物作品、絶園のテンペストの事。推理物がいつの間にかバトル物に…というのは時々ある事ですが、推理とバトルをある程度両立している作品は珍しいですね。

・「逃げも隠れもしますが〜〜嘘は吐かないのが女神ですからね〜〜」
新機動戦記ガンダムWシリーズのメインキャラの一人、デュオ・マックスウェルの名台詞の一つのパロディ。…何故かイリゼとジャッジがライバル風になりました、何故か。


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第三話 新たな旅の指針

「コンパ…ほんと包帯巻くの上手だね。もうプロ級なんじゃない?」

「ふふっ、沢山の経験を積んできたですからね。でも、まだまだナース道は長いです」

「な、ナース道…?」

 

ジャッジとの戦闘から数時間後。ギョウカイ墓場の出入り口で待っていてくれた三人と合流してプラネタワーに帰還した私は、コンパから怪我の手当てを受けていた。

こうして手当てを受けていると思い出す。どうやっても勝てない程の敵との戦いになって、その中で女神化出来る様になって、なんとか帰還して手当てを受けて……それは、まるで初めてマジェコンヌと戦った時の様だった。あの時と違ってコンパの技術はプロ級(というか教会お抱えのナースだから実際プロなんだけど)だし……あの時一緒にいたネプテューヌは、ここにいないけど…。

 

「……?イリゼちゃん、急に顔が曇ったですけど…どこか痛かったです?」

「あ、ううん…私はもういいよ、次はネプギアにしてあげて」

 

そういうとコンパは首肯して、私より軽傷だったネプギアの手当てに移る。…割と表情に出易いところは何とかしたいなぁ……。

 

「しっかし驚いたわよイリゼ。いつから女神化出来る様になったのよ?」

「あー…えっと、出来るんじゃないかって予感は結構前からあったよ?実際にやったのはさっきが初めてだったけどね」

「え…ぶっつけ本番だったんですか…?」

「まぁ…そうなるかな」

 

よくそんな事をぶっつけ本番で…と呆れているコンパとアイエフに苦笑いを見せる私。確かにあの場で女神化出来なかったら洒落にならない(そして超恥ずかしい)から確認して然るべき事ではあるけど……呼吸やHB鉛筆へし折りレベルで出来るという自信があったし、状況は違うけど前にも一度女神化をした事があったから、確認しなきゃとは思わなかった。…それに、ぶっつけ本番だったからこそ思いが力になってくれたのかもしれないしね。

 

「……でも、今から思えばもっと早い段階で確認すれば良かったかな。そうすれば、私もネプテューヌ達と戦えて…結果を、変えられたのかもしれないもん」

「…過ぎた事は仕方ないわ。今は大幅な戦力強化になったと考えましょ」

「…うん、分かってるよ。私達は次こそ皆を助ける。……皆で、ね」

「ですね。でも…今のままじゃ難しいです」

 

ネプギアの手当ても終えたコンパが、普段のほんわかさとは離れた冷静な表情になる。

そう、今のままじゃ助けられない。ジャッジ一人でも手強いのに四天王は他にもいる訳だし、仮にジャッジが何とかなったとしても結界がある。あの結界がそう簡単には壊せない…って事は、確かめるまでもない事だった。

 

「…じゃ、その事も含めてイストワールさんの所行こうか」

「いーすんさん…今は装置の起動確認をしてるんでしたっけ…?」

「らしいわ。作動してないなんて展開は勘弁ね…」

 

結構な危険を乗り越えてやっと戻ってきたのに、もう一回やってきてくれ…なんてなるのは辛過ぎる。…それに、もしそうなれば「オイオイもう来たのかよ…絶対テメェまだ万全の状態じゃねぇだろ…」とか言われ兼ねない。

そんな事を思いながらイストワールさんの執務室に向かう私達。ノックの後部屋に入ると、起動確認は終わったのかイストワールさんはお茶(コップはミニミニサイズ)を飲んでいた。

 

「いーすんさん、イリゼちゃんとギアちゃんのお手当て終わったです」

「ご苦労様です。お二人共身体に不調はありませんか?(´・ω・`)」

「大丈夫ですよ。怪我も軽傷ですし」

「わたしも大丈夫です。…というか、わたしの怪我はコンパさんに頼まなくても良かった気が…」

 

頬をかきながらそんな事を言うネプギア。幸いネプギアは擦り傷や軽い痣位で済んでたからそれもそうだけど…「ナースが怪我してる人を見過ごせる訳がないです!」と言うコンパに押しきられて手当てを受けていた。…怪我が絡むとコンパはいつもより迫力が増すんだよねぇ。

 

「とにかく大丈夫なのですね。コンパさんとアイエフさんも負のシェアに汚染されている様子はありませんし、ならまずは一安心です(=´∀`)」

「私達は戦闘に参加しておらず、余裕がありましたからね。…してイストワール様、機材の調子は…」

 

意識を仕事モードに切り替えたのか、上司であるイストワールさんに敬語で接するアイエフ。それを受けたイストワールさんはコップを置き、こくりと頷く。

 

「はい、起動は確認出来ましたよ。これでやっとネプテューヌさん達や装置周辺の状況をモニタリング出来る様になりました( ̄∇ ̄)」

 

その言葉を聞いてほっとする私達。世界の記録者であるイストワールさんは、この次元内の事であれば森羅万象全て調べる事が出来るのだけど…それはあくまで何もない状態の話。シェアエナジー(特に負のシェア)が濃い場所やそれを利用した妨害がなされている事柄は、記録自体はされるものの上手く検索出来ないらしかった。他にも検索出来ない事があるらしいけど…それはまた別の話。

 

「一先ずこれでネプテューヌさん達に何かあれば分かりますし、ある程度はギョウカイ墓場の異変も察知出来る様になりました。…ですが、ネプギアさんとイリゼさんの状況を見る限り、何もなかった訳ではない様ですね(-_-)」

「はい。順を追って話すとまず…「そうです!イリゼちゃんがまた女神化出来る様になったんです!」それコンパが先言う!?…言うつもりだったけど…」

 

私の事なのに先に言っちゃう位には、コンパにとって私の女神化は衝撃らしかった。それを受けたイストワールさんはまず苦笑いを浮かべて…その後、予想外の言葉を返した。

 

「えぇ、もしやそうなのでは…と思っていましたよ(・ω・)」

「え?…あ、あれ?私女神化出来る気がする…なんて話しましたっけ?」

「されてませんよ。えっとですね、後で確認をするつもりですが…皆さんがギョウカイ墓場にいる頃、魔窟のある方からシェアの光の柱が立ち昇ったんです。魔窟の方と言えば…( ̄^ ̄)」

「私の眠っていた場所がある所…」

 

魔窟の奥には、神殿の一角の様な場所がある。そこは私の眠っていた場所である他にも、教会のシェアクリスタルの間に近い雰囲気があって、しかももう一人の私の事を感じる事も出来る場所。なら、私の女神化に反応を起こしても確かにおかしくはなかった。

 

「じゃあ…イリゼはやっぱり力を取り戻したって事ですか?」

「それはですね…少し長くなるので、先に報告をしてもらって良いですか?出来る限り記憶が鮮明なうちに聞きたいですから」

「それもそうですね…」

 

イストワールさんの要望で脱線していた話は元に戻る。

ネプテューヌ達が結界とコードによって監禁されていた事、ネプギアが戻ってきた時に言っていた四天王の一人がいた事、救出も撃破も困難で撤退を選択した事…それに私がジャッジと再戦の約束をした事や、シェア製大剣が消えた事、ネプギア曰く結界に触れた瞬間力が抜けた事など、私達は大きい事小さい事構わず思い付いた事は全て報告した。

 

「…それで、出入り口でネプギア達と合流して戻ってきた…というところです」

「分かりました。ふむ…四天王が一人だけだったのは幸いでしたね。シェア率の関係で四天王は以前より強くなっているでしょうし、約束したからと言って安易に勝負を仕掛けないで下さいよ?( ̄▽ ̄;)」

「し、しませんよ…でも、反故にするつもりもありません。違和感を解消して、万全と言える状態になれば…その時は、きちんと決着をつけたいと思ってます」

「イリゼ…貴女もそういうところは女神よね…」

「女神だからね。…それに、利害の一致とはいえ見逃してくれた相手だもん、それには報いたいよ」

 

ネプギア以外の三人は私の言葉に不満…というよりも、どこか心配してる様だった。……まぁでも、そうだよね…私だって頭では好意的に捉え過ぎ、必要以上に誠実過ぎって分かってるもん。…分かってても反故にはしたくないって思ってる面も、皆は心配してるんだろうけど…。

 

「…こほん。それはともかくよく分かりました。皆さんは今回の事で何か疑問がありますか?(・・?)」

「あ…いーすんさん、あの結界はなんなんですか?どうやったら壊せるんですか?」

「確かに…さっきも言った通り、あれに触れた瞬間剣が消えたんです。あれは一体……」

「そうですね…ネプギアさんの力が抜けた事、イリゼさんの精製した武器が消滅した事、そして何よりネプテューヌさん達が満身創痍とはいえただ捕まっているという事から、一応一つ思い浮かぶものがあります。…しかし……」

『しかし……?』

「まだ装置からのデータが少ない以上、確定とはいきません。…その件については、もう少し待ってもらっても良いですか?」

「分かりました…どっちにしろ今のままじゃ力不足だもん、ね…」

『……?』

 

こくり、と自己解決した様な表情を浮かべるネプギア。後半の言葉は小声でよく分からなかったけど…彼女自身は納得した様な顔をしていたから、私達は聞かなかった。

 

「…では、私からもいいですか?…当然、今後も動くんですよね?」

「勿論です。…が、女神、特務監査官、衛生部、諜報部というそれぞれの活動ではなく、皆さんにはこれから今回の様に四人で動いてもらいたいと思っています(´・ω・)」

「四人で…また何かを見に行ったり探したりです?」

「いえ…皆さんには、『旅』をしてもらいたいのです( ̄^ ̄)」

 

旅。一般的には滅多に…それこそ人によっては一生しない事。特務監査官の仕事柄、私は時折する事。そして……守護女神戦争(ハード戦争)末期に、私達の日常だった事。

その言葉を聞いた瞬間、私達は皆同時にある事を思い付く。

 

「それって…もしや、前みたいに私達に四ヶ国を回ってほしい…って事ですか?」

「そういう事です。…あ、勿論職務として扱うので給料も労災も降りますよ?(^.^)」

「そ、その心配はしてないです…でもどうしてです?前と違って、今は連絡だけで候補生は皆集まってくれると思うですけど…」

「確かに、教祖の皆さんであれば連絡一つで集まってくれると思います。…しかし今は各国犯罪組織への対応に追われ、守護女神がいなくなった事で政治にも支障が出で、おまけに候補生は皆ネプギアさんの様に気落ちしてる可能性も高いです。…そんな中、連絡一つで協力してもらうのは、これまで築いてきた関係があっても難しいのでは無いでしょうか?」

 

私達はあの旅の中で、戦いの中で国同士の繋がりを取り戻した。教祖の皆さんは元々憎み合う関係ではなかった。けど、ネプギア達候補生は姉の存在を前提とした交流ばかりだったし、そうでなくとも平時に協力するのと有事に協力するのとでは負担が全然違う。そんな中、連絡一つで…というのはあまりにも誠意が無さ過ぎるいうイストワールさんの言葉は全員が成る程、と思えるものだった。

彼女は言葉を続ける。

 

「それに…皆さんは知っていますか?皆さんの旅は、各国でちょっとした語り草になってる事を( ^ω^ )」

「ほぇー、そうだったんですか?」

「そうよコンパ。私も諜報活動をする中で耳にした事があるわ」

「皆さんの旅とその顛末は正に御伽噺の様であり、その人物達が今も生きているのですから話題になってもおかしくない、というものです。…では、ここで皆さんが再び旅を…その話題の再現、或いは続編の様な旅をしたら、どうなるでしょうか?(・∀・)」

「それは……あ!そうする事で各国民は私達…特に女神にまた憧れを抱く様になって、それがシェア率上昇に繋がるって事ですか?」

「その通りです。犯罪組織に奪われたシェアを取り返す為、そして今もなお女神を信じてくれている人達を勇気付ける為に、皆さんには新たな話題となってほしいんです(*´∇`*)」

 

自ら出向く事で、候補生の協力を得る。女神とその仲間が旅をする事で、女神にはそれまでのゲイムギョウ界を取り戻す意思があると分かってもらう。つまりは、アピールをするという事だった。

ただ呼んで協力してもらうのと、こちらの本気を見てもらって協力してもらうのは違う。ただどうにかすると言うだけと、実際に動いてる姿を見てもらうのとも違う。イストワールさんが言いたいのは、そういう事だった。

 

「……ですが、無理にとは言いません。これまで築いてきた関係性のおかげで前より色々と支援は出来ますし、これが上手くいけばネプテューヌさん達の奪還に大きく近付きます。でも…旅は旅、楽なものではない上、途中様々な危険に遭う事だってあり得ます。なので嫌であれば嫌だと言ってくれて構わな……い、と言うのは皆さんに言うまでもなかった様ですね(^◇^;)」

『勿論(です)!』

 

イストワールさんの気遣いに、私コンパアイエフの元旅パ…もとい、ねぷねぷ一行初期パーティー組(厳密にはネプテューヌとコンパが最初期組)は威勢良く言葉を返す。だって……

 

「ねぷねぷ達を助ける為なら、その位へっちゃらです!」

「私とイリゼは職務上今でも偶に旅に出ますからね。それに私は元々旅人でしたし」

「これから候補生が頑張らなきゃいけないんですから、女神の先輩である私がまったりなんて出来ませんよ。…女神化がまた出来る様になった今は、特に」

「ふふっ、ほんとに皆さんは頼もしいですね。…ネプギアさんはどうですか?候補生のネプギアさんには行ってもらわなければ困るので、嫌なら止めても…とは言えませんが…」

「大丈夫です。わたしも、行きます」

「あ…はい、では宜しくお願いします…(´・ω・`)」

 

しっかりとした声音で言葉を返すネプギア……だったけど、やはり何かちょっと彼女には違和感があった。なんていうか…気負い?…後で訊いてみようかな……。

と、思っていたところでコンパが口を開く。

 

「……あ、いーすんさん質問いいです?」

「なんですか?(^_^)」

「メーちゃんやマベちゃん達はどうです?参加出来そうです?」

「あ…そういえば、皆さんは最近どこに…?」

「皆さんは今、別の案件…まぁ犯罪組織関連ですが…で動いてもらっているんですよネプギアさん。…事が事なので、間に合わせるのは厳しいかもしれません…(-。-;」

「それは残念…皆がいれば大概の事には対応出来そうだったけど…」

「仕方ないわよ、私達含めて無茶が出来る人材は限られてるんだから」

 

若干自画自賛の混じってたアイエフの発言はさておき…彼女の言う通り仕方ないという事で私達は納得した。……因みに「わたし候補生とはいえ女神なのにそんな事聞かされてなかった…」とネプギアがショックを受けてたので、そこから数十秒はネプギアへのフォローをしました。

 

「…わたしが未熟ってのは分かってますけど、もっと話してほしいです……」

「う、うん…次からはそうする様皆で気を付けるよ…」

「お願いします……それで、出発はいつですか?」

「出発の日程は皆さんに任せます。仕事の引き継ぎや旅の準備があると思いますからね(。・ω・。)」

「じゃ、それは各々かかる時間を確認してから決めましょ」

「質問はもう良いですか?良いのであれば…話を戻しますよ(`_´)ゞ」

 

アイエフの言葉に、そしてイストワールさんの言葉にも私達は首肯する。この流れにおいて話を戻す…というのは、私の力に関する話に戻すという事。当本人である私は勿論、皆も結構興味があったのか佇まいを正す。

 

「では…まず大前提として、イリゼさんは女神化の力を失った訳ではないんです(。-_-。)」

「私が出来なくなったのは、能力を失ったからじゃなくて女神化する為の…謂わばスターターとしてのシェアエナジーすら用意出来なくなっちゃったから。ユニミテス戦でもう一人の私の想定してなかった戦法を取ったせいで、それまでのシェアエナジー配給経路に問題が発生しちゃったんだよ」

 

イストワールさんから言葉を引き継ぐ私。だって、これは私も知ってた部分だからね。……知ってたって言っても前にイストワールさんから聞いただけだけど。

 

「それで女神化出来ずにいたイリゼさんですが…今日、その戦いの中で不具合が解消された。それは恐らく……イリゼさんを信仰する人が、それなりの人数になったからだと思われます」

「私を、信仰する人…?」

「これまでイリゼさんはイリゼ様…あ、わたしとイリゼさんの創造主の方ですよ?…の用意したシェアエナジーで戦っていました。しかしイリゼさんとて女神。そして…イリゼさんが女神、というのは今や多くの人が知るところですよね?」

「はいです。看護学校の時の友達が、『プラネテューヌってこれからはイリゼ様が守護女神になるの?』って訊いてきた事あるです」

「そ、そうでしたか…(−_−;)」

「正直違うと言い辛かったです…」

「お、お姉ちゃんがすいませんほんと…」

 

……なんだか変な空気になってしまった。その原因であるネプテューヌはギョウカイ墓場でちょっと反省するべきだと思う。

 

「こほん…本来女神は信仰され、それによって生まれたシェアを力とするもの。多くの人に知られ、一定の人に信仰されたイリゼさんは本来の形で女神として『在れる』状態になったんです」

「女神…いえ、女神化の条件を満たしたという事ですか?」

「そういう事ですね。後で確認しますが…イリゼさんが眠っていたあの場所には、女神化に必要な教会のシェアクリスタルの機能も備わっていたのだと思います。…守護女神戦争(ハード戦争)末期から少しずつ貯まっていった、イリゼさんへ向けたシェアエナジー。それがギョウカイ墓場でのイリゼさんの思いに反応し、クリスタルからイリゼさんへのシェア配給路の確立と、それまで機能不全になっていた元々の配給路の復活を遂げた…わたしはそう考えています」

「シェアの…女神の、奇跡…ですか…?」

「それは…微妙なところですね。奇跡と言えなくもないですが、ネプテューヌさんやマジェコンヌの件程のレベルではありませんし……言うなれば、それまで動かなかった機体をトランザムで起動した…的な感じですね(´・∀・`)」

 

何故かぶっ込まれたネタはともかく…女神の事を、シェアの奇跡の事を知る私達にはよく分かる説明だった。

そして同時に私は思う。私を思ってくれる、私を女神として期待してくれている人達の事を。…考えてみれば、私は女神でありながら自分を女神として思ってくれる人の事をあまり考えていなかった。それは国を持たず、シェアエナジーも特殊な得方をしていたからだけど…これからは、そういう人達の事も考えようと思う。だって、私を心から思ってくれる人は…私が守りたい人と言ってもいい筈だから。……もしかしたら、その人達の中にはあの二人が…今拡大中らしい、私の親衛隊の人もいるのかな。

 

「…イリゼ、いい表情してるわね」

「イリゼちゃん、嬉しそうです」

「そう?…ふふっ、そうかもね」

「では……皆さん。ゲイムギョウ界の平和の為、ネプテューヌさん達の奪還の為……わたし達の、未来の為に、宜しくお願いします」

「はい。皆、頑張ろうね!」

 

私の言葉に、皆が頷いてくれる。

まだまだ始まったばかりの戦い。不安がないと言えば嘘になるし、どれだけの苦労が、どれだけの時間がかかるかは分からない。でも……絶対、出来るって思ってる。だって、それを行うのは…手を取り合うのは……私達、だから。




今回のパロディ解説

・呼吸やHB鉛筆へし折りレベルで出来るという自信
ジョジョの奇妙な冒険第三部の登場キャラ、エンヤ婆の名台詞の一つのパロディ。スタンド能力と女神化は同レベルの技術…かどうかは謎です。あくまでネタですからね。

・旅パ
ポケットモンスターシリーズにおける、エンディング前までの旅で仲間にしたポケモンでのパーティーの通称。でもねぷねぷ一行は旅パ兼ガチパですね。

・それまで動かなかった機体をトランザムで起動した
機動戦士ガンダム00における、ダブルオーガンダム起動時の流れの事。ここには私へのシェアと、もう一人の私の残したシェアと…私がいる!……的な感じです、多分。


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第四話 憩いと心配

「んー…今日は疲れたなぁ……」

 

報告と新たな指針を決めてから数十分後。皆でご飯を食べた後解散し、私は自室へと向かっていた。…今や教会のクリスタルとしても機能し始めた私の眠っていた場所を見に行きたくはあったけど…それは明日にする事にした。一応後で身体検査をしたいとイストワールさんが言っていたし、私自身も今日のうちに確かめておきたい事があるからね。

でも、今はその前に……

 

「ただいま〜」

 

扉を開け、自分の部屋へと入る。…あ、因みにこの際だから言っておくと、私の部屋は一般家庭の一部屋的な感じじゃなくて、マンションの一室みたいに複数の部屋からなってるんだ。所謂高待遇、一応女神だからね。……と言っても、主に使うのは一番広い部屋だけで、他は物置き(でもがらがら)と化してるけどね。……え、そんな事よりどうして自分の部屋に入るのにただいまなんて言ってるのか、って?ふふ、そんなの同然……

 

「ぬら〜〜♪」

「ライヌちゃんただいま♪ちゃんと良い子にしてた?」

 

──ライヌちゃんが、いるから!

 

「ぬらぬら〜」

「そっか、よしよし偉いねぇ」

 

ぴょこんと胸元に飛び込んできたライヌちゃんことスライヌをキャッチし、頭を撫でる私。そっか、と言いつつも実際はなんて言ってるのかさっぱり分からないけど…ご機嫌な様子だから問題なし!あぁ、ライヌちゃん可愛いなぁ…。

 

「うりうり〜」

「ぬらぁ……」

 

顎の下をくすぐりながらベットに移動。腰掛けてライヌちゃんを膝の上に乗せ、再び頭を撫でる。

 

「このひんやり感は癖になっちゃうなぁ…」

 

弾力のあるウォーターベットの様な触り心地の時もあれば、ぺたぺたと手に吸い付く…それこそスライムの様な触り心地の時もある。ライヌちゃんの気分によって変わるその触り心地は私のお気に入りだった。…それはもう、変なスキンシップをしてしまう位には。

 

「よっと…ふへぇ、癒される……」

「ぬらぬらぁ?」

「はぁう…ライヌちゃん段々上手くなってきたね……」

 

ベットに脚を投げ出し、膝の辺りにライヌちゃんを置くと…ライヌちゃんはぴこぴこと軽く耳を動かした後、とろんと身体を伸ばして私の脚の周りを這いずり始める。

にゅるにゅる、すりすり、むにゅむにゅ。歩いたり走ったり跳んだり蹴ったりで疲労した脚にひんやりぷにぷにの生き物が自由に這いずり回るのは、マッサージとは違う、でもマッサージにも劣らない気持ち良さと、仮にもモンスターである生物に脚を自由にされてるというなんとも言えない背徳的さがあって、病み付きになりそうな魅力を秘めている。……というか、疲れてる時はほんとに病み付きになり兼ねない。

 

「…これ、誰かに見られたらヤバいなぁ……」

 

両脚とその間を這い回るスライヌを止める事なく気持ち良さげにしてる少女とか、普通に変態だと思われても仕方ない。そうでなくとも、ドン引きされる可能性は十分ある。…でも、夜に私の部屋訪ねてくる人なんてあんまりいないし、ライヌちゃんもライヌちゃんでなんだか楽しそうだしもう少しこのままでも……

 

「……あの、イリゼさん…」

「ひにゃああぁぁぁぁぁぁああああっ!!?」

「イリゼさん!?」

 

突然のノックとネプギアの声に悲鳴を上げてしまう私。思わずベットから飛び降りて(ライヌちゃんはつるんとベットに落ちちゃった)、顔を真っ赤にしながら扉の方を見ると……当然と言えば同然だけど、ありがたい事に扉はまだ閉まったままだった。……よ、良かったぁぁ……。

 

「だ、大丈夫ですかイリゼさん!?何かあったんですか!?」

「い、いや何でもないよ!ちょ、ちょっと驚いちゃっただけだから!」

 

周りに聞こえてるんじゃないかと思っちゃう位の凄い勢いで鼓動する心臓の音を耳にしながら、私は慌てて言い訳を行なった。…ま、まぁ言い訳って言っても嘘は吐いてないし!

 

「そ、そうですか…ならいいですけど…」

「うんいい!いいから!……こほん、それで…どうかしたの?」

 

ちょっと落ち着いてきた私は、一先ず扉を開けてネプギアを招き入れる。中に入ってきたネプギアは…まぁ案の定、まだ怪訝な顔をしていた。

 

「あ、あはははは…ほんとに何でもないからね?」

「…えと、イリゼさん…そうやって念を押すとむしろ怪しさが増しますよ…?」

「うっ……」

「あ、でも別に疑ってる訳ではないですからね?…っと、ライヌちゃんこんばんは」

「ぬ、ぬら……」

 

私にフォローしつつライヌちゃんに挨拶するネプギア。そのライヌちゃんと言えば…ネプギアを見た途端、私の後ろ(厳密には脚の後ろ)に隠れつつちらちらとネプギアを見る感じだった。

 

「…まだ私以外には苦手意識持ってるみたいなんだよね」

「それでもよくなった方では…?前は威嚇とかしてましたし…」

「まぁ、ね…それでどうしたの?」

「あ、はい。さっきイリゼさんが後で時間いいかと訊いたじゃないですか。それで、わたしは特に用事もなかったのでこちらから出向こうと…」

「え…わざわざ来てくれたの?」

 

そう、私の確かめておきたい事というのはネプギアの様子の事。ネプギアが報告の最中、どこか変だったのは私だけでなく皆感じた事で、だから代表して私が訊く事にしたのだった。何かネプギアが抱えてるなら、同じ女神である私が一番話し易い…と思うからね。

 

「今さっき言った通り特に用事なかったですし…それに、気になるので早めに話をしておきたくて…」

「そういう事ね…好きな所に座っていいよ、立ち話もなんだし」

 

…と、言ったもののネプギアはすぐには座らない。それに一瞬どうしたものか…と思った私だけど、すぐにそれが目上の私が立ったままである事と、目上の人に大雑把な事を言われても固まってしまう事が原因だと気付いて椅子をネプギアの近くに移動させつつベットに座る。すると予想通り、ネプギアは私に続いてその椅子へと座ってくれた。…これから旅をする以上一緒にいる時間はもっと増えるだろうし、一応目上の人なんだからこういうところにも気を付けなきゃなぁ…。

 

「…ライヌちゃん居ても大丈夫?嫌なら隣の部屋に居てもらうけど…」

「いえ大丈夫です。…と言っても話の内容によっては大丈夫じゃないかもですが…」

「そんな重い話するつもりではないよ。えーとだね…」

 

お互い座った事だしでは話を…としようとしたものの、そこで私は口籠ってしまう。…だって、ネプギアと同じ様に私もこういう事慣れてないんだもん。更に言えば私は自ら話を振る事もあんまり慣れてないんだもん。…こ、こういう時はまず場を和ませて、双方楽に話せる様にするんだよね!ええっと……

 

「……あ、太子サブレ食べる?」

「あ、ありがとうございま……あるんですか!?太子サブレ持ってるんですか!?変な味とかするんじゃないんでしたっけ!?」

「ご、ごめん…今の冗談……」

「ですよね…」

 

……あれ、どうして私はネプギアにノリ突っ込みさせてるんだろう…。……えぇはい失敗ですよ失敗!分かってるって!

 

「うぅ、私の配慮力の低さが恨めしい…」

(……配慮力…?)

「でも仕方ないし……うん」

「……?」

「…単刀直入に言うね。ネプギアは今悩みとか…ある?」

 

配慮力という自分でもよく分からない力の無さは一旦諦め、私はストレートに話を進める事にした。

 

「悩み…ですか?」

「うん、悩みじゃなくても考え事とか気掛かりになってる事とか…そういうのがあったりしない?」

「…えと、わたしある様に見えます…?」

「それは……まぁ、そうだね」

 

ある様に見えるのか。そう訊く時点で何かしらあるんだろうから、私は変に言葉を濁したりせずネプギアの言葉を肯定する。半端な気遣いはろくな事にならないと数十秒前に知ったし、お茶濁されても困るからね。

 

「…そんな、イリゼさんの気を揉ませる様な事じゃないですよ…?」

「だとしても、だよ。気掛かりになっちゃった以上それが小さい事でも大きい事でも分からなければ気になり続けるし、私は細かい事に一々首突っ込んでくるウザい人と悩みに気付いてあげられない人となら、前者の方がいいからね」

「う、ウザいとは思ってませんけど……そう、ですね…悩みというか、思いなら…あります」

 

意を決した…訳ではないと思うけど、自らの口で思っている事があると認めたネプギア。そして彼女は続ける。

 

「……強くならなきゃ、って思ったんです」

「強く…?」

 

…それは、私が予想していた答えの内の一つだった。姉を救えず、敵に圧倒され、挙句候補生とはいえ女神なのに助けられる側になってしまった。そんな事があれば強くなりたい、強くならなきゃと思うのは自然な事で、何もおかしくない。

 

「皆さんは、わたしを必要としてくれてます。候補生として、期待だってしてくれてます。でも、わたしは弱いんです。…そう、ですよね?」

「……ごめん、事実だけを言うなら…その通り、ネプギアはまだ弱いよ。でも、だからって…」

「いいんです。分かってますから。……イリゼさん、強くならなきゃって思うのは間違いですか?」

 

ネプギアの思いは、確かに私の予想の範疇。でも…ネプギアの落ち着きようは、完全に予想外だった。もっと隠すと思っていたのに、もっと感情的になると思っていたのに、ネプギアは、落ち着いていた。これは、私が思っているよりネプギアが大人だったって事か、それとも……

 

「…間違ってないよ。強くならなきゃって気持ちは何も間違ってない。私達周りの人間は勿論ネプギアらしくあればいい…って言うけど、ネプギアがしてほしいのはそんな気遣いじゃないんだもんね」

「…ありがとうございます、わたしの気持ちを分かってくれて」

「ううん、これでも私は女神の先輩だからね」

 

強くなりたい、強くならなきゃ、強くあらなきゃ…そういう気持ちは、女神なら皆が思っている事。いつも自由奔放なネプテューヌだって、自分の強さに疑いを持たないノワールだって、一見強さに拘りのないベールだって、今の自分に納得してるブランだって……個の強さよりも皆との、仲間との強さを信じる私だって、そんな思いが心の中にある。……なら、私達と同じ思いを抱いているネプギアに、私が出来る事はなんだろう。

 

「…何かあれば言ってね?相談に乗るからさ」

「はい。でも、出来る限り自分で頑張ってみようと思います。お姉ちゃんも、『自分で頑張るのも大事だよ?』って言ってましたから」

「それは…単に仕事関連で頼られるのを避けたかっただけじゃ…?」

「あはは…正直、それはあり得ます……」

 

やる時はやるのがネプテューヌだけど、逆に言えば彼女はやる気が出ない限りはあんまり頼りにならない。だからもしかしたらほんとにネプギアを思っての『自分で頑張るのも大事』だったのかもしれないけど…ネプテューヌの事をよく知る私とネプギアには、それよりも「仕事に関しては出来るだけわたしを頼りにしないでね!」というのが本心じゃないかなと思えてしょうがなかった。

 

「…他に何か思いとか悩みとかはない?」

「えっと…無い、と思います。少なくともイリゼさんに話す事とかでは無いかと…」

「そう?私はどんなちっちゃな事でも聞くよ?」

「え、じゃあ…わたしのスタイルはこのまま変わらないのかな…とかでも聞いてくれます?」

「…ごめん、場合によっては聞けないかも……」

 

そ、そういう話じゃないよ…と突っ込みたいところだったけど、さっきのある様に見えるか、という問いと同じく遠回しな意思表示だろうから私はそれを飲み込み、ならいいかな…なんて表情をネプギアに見せる。

 

「こ、こほん。それじゃ話は終わりだよ、時間取らせて悪かったね」

「気にしないで下さい、イリゼさんがわたしを心配してこの話をしたんだって事は分かってますから」

「ネプギア…ほんとにネプギアは良い子だね…」

 

友達や知り合いが割と我の強い人ばかりな中、素朴で素直な性格のネプギアは本当に貴重な存在だと思う。イストワールさんやコンパも我が強い訳じゃないけど、イストワールさんは性格以外のインパクトが強いし、コンパは時々天然さで振り回してくるし…。

 

「さて…来てくれてありがとねネプギア。…折角来たんだし、お茶でも飲んでく?」

「同じ屋根の下に住んでる人が部屋に来た時ってお茶出すものですか…?…屋根って言ってもタワーですけど…」

「部屋が部屋だからね、一軒家より距離離れてるだろうし」

「それはまぁそうですね…話済みましたし、わたしはそろそろ失礼しますね」

「じゃ、私も検査に行ってくるかな」

 

ライヌちゃんを降ろし、私はネプギアと共に部屋を出る。偶々向かう方向が同じだった為、私達は途中まで一緒に歩く事に。

 

「検査…女神化の件ですか?」

「それと違和感の事だね。違和感は出来る限り早めに解消したいから」

「…イリゼさんって違和感感じててもあれだけ動けるんですね…」

「まぁ、ネプテューヌ達守護女神なら皆これ位戦えると思うよ」

「…先は長いんですね」

 

あ、しまった…と思った時にはもう遅い。私の発言はネプギアの目指す先はまだまだずーっと高いところにあると言っている様なもので、しかも運の悪い事にそこでネプギアの部屋に到着してしまった。

 

「……せ、千里の道も一歩からだからね!」

「千里……」

「あ……」

 

フォローのつもりで言った言葉は…完全に追撃になってしまった。わ、私の馬鹿!スカポンタン!

 

「…頑張りますね…お休みなさい…」

「ごめん……」

 

部屋に戻るネプギアは、どこか哀愁の漂う背中をしていた。これ以上何か言っても逆効果…下手すると更なる追撃になってしまうと思った私は、申し訳ない気持ちを抱きながら検査に向かうのだった。

 

 

 

 

──翌日、私が本屋で『うっかり失言しちゃう貴女もこれで大丈夫!後輩との付き合い方』という本を買ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

プラネタワーには、女神用の人間ドック的な器具がある。…と、言っても女神の身体は一見普通の人と同じだから、それを扱って女神の身体を検査出来るのは女神に関する膨大な知識を有してるイストワールさんだけらしい。

 

「イストワールさん、私の身体どうです?」

 

検査が終了した私は、検査結果と睨めっこしているイストワールさんの元へと行く。…因みに検査結果は普通の人間サイズで出てくるからイストワールさんは新聞を読もうとする子供の様だった。

 

「あ、イリゼさん。そうですね…結果から言えば問題なし、むしろイリゼさん自身を信仰する人達のシェアエナジーが身体に通った為か好調ですねd(^_^o)」

「それは良かったです。あの、違和感の方は…」

「そうですね…(´ー`)」

 

私と検査結果を交互に見るイストワールさん。これは、明白な理由が分かってない時の反応だ…と私はその様子だけで思った。イストワールさんは私にとって姉妹の様なものだから、なんだかんだそういう事がすぐ分かる位にはよく接してるんだよね。

 

「…推測でもいいですよ?」

「そうですか?では…違和感の正体は、シェアエナジーの系統が変わったからではないかとわたしは見ています( ̄^ ̄)」

「シェアエナジーの、系統ですか?」

 

どこか身体に不調があって、それが違和感となって表れている…そう私は思っていたけど、イストワールさんの見立ては違う様だった。シェアエナジーの系統…私自身へのシェアが原因って事…?

 

「簡単な話です。今まで…と言っても暫く前ですが、それまではイリゼ様のシェアエナジーでイリゼさんは戦っていました。しかし今はそれまでのシェアと自分自身へのシェアの両方を力にしている。ならば、違和感を感じても仕方ありませんよ( ̄ー ̄)」

「そういう事ですか…なら、心配は必要ないんですね」

「えぇ、言ってみれば愛車をカスタムしたり自分の部屋を模様替えした様なものです。すぐに違和感を取り除く事は出来ないと思いますが、女神化を重ねていけば、自然と違和感は消える筈ですよ(^_^)」

「分かりました。お時間頂きありがとうございます」

「いえいえ、こういうフォローもわたしの役目ですからね( ´∀`)」

 

フォロー、か…と私はさっきの事を思い出して肩を落とす。考えてみれば、女神は人を守るだけじゃなくて導くのも役目なんだから、その能力が劣ってるってのは結構致命的な問題なんだよね…。不特定多数の人へのフォロー能力はともかく、身近な人位はちゃんとフォロー出来る様にならないと…。

 

「……イリゼさん、今後は宜しくお願いしますね」

「え……?」

 

私が自分の事を考えていると、イストワールさんはそんな事を言った。絵文字が付いてないって事は…真面目な話、だろうけど…。

 

「旅の事です。今度の旅は、イリゼさんがリーダーになる筈ですから」

「わ、私がリーダーですか?」

「ネプギアさんにとっては当然イリゼさんが先輩ですし、コンパさんアイエフさんにリーダーの資質がないとは言いませんが、やはり二人も女神であるイリゼさんを立てると思いますから。それに…今後仲間になるであろう他の候補生にとってイリゼさんは、尊敬する姉の友達な訳ですからね」

「それは、そうですね…これまではネプテューヌがやってた役割を私が、かぁ……」

「なんだかんだ言っても、ネプテューヌさんのリーダーとしての資質…カリスマ性は他の守護女神に一切劣っていませんからね。難しい役割だとは思いますけど…」

「…やれる限りの事はします。ネプテューヌ程周りを強く引っ張れるかは不安ですけど…」

「いいんですよ、ネプテューヌさんと同じではなくとも。ネプギアさんにも言っていますが、女神の在り方に明確な間違いはあったとしても、明確な正解はないんですから」

 

それは、その通りだ。人の思いを受けて立つのが女神なんだから、単一の正解がある訳がない。人は十人十色なんだから、それを受ける女神だって十人十色に決まっている。…なら、私の女神としての在り方は……

 

「……精一杯、頑張りますね」

「はい、頑張って下さいね」

 

イストワールさんの期待を受け、私は自室へ戻る。私の女神の在り方は、あの時決めて以来変わってない。皆と、皆が守りたいものを守る。……勿論、私一人でじゃなくて皆で、ね。

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後、私が部屋に戻ると……

 

「ぬら……っ!」

 

なんと、ライヌちゃんが部屋の真ん中に立ち、遊んでほしそうにそうにこちらを見ていた!

遊んであげますか? >はい いいえ

 

 

 

 

「そんなの……言うまでもなく『はい』だよっ!」




今回のパロディ解説

・太子サブレ
ギャグマンガ日和に登場する食べ物の一つの事。なんでもあれは蟹の食べられないところみたいな味がするとか……ある意味気にはなりますね。食べたくはないですが。

・スカポンタン
タイムボカンシリーズ、ヤッターマンに登場する敵キャラ、ドロンジョの怒った際の台詞の事。イリゼが言うとちょっと可愛い気がします、あんぽんたんでもいいですが。

・なんと〜〜いいえ
ドラゴンクエストシリーズ(特にナンバリングシリーズ)における、モンスターが仲間になる際の表示のパロディ。ま、一応スライヌ自体ドラクエパロでモンスターですからね。


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第五話 目指すべき強さ

ギョウカイ墓場からの離脱と新たな旅の決定を下した日の翌日。私とイストワールさんは朝一で魔窟奥の私の眠っていた場所を調査していた。…というか、調査して帰路についていた。

 

「正直ガラリと変わってるかと思ってましたけど…」

「そこまでの変化はしていませんでしたね(^_^;)」

 

街へと戻る道を歩く私と、私の肩の辺りの高さを飛ぶイストワールさん。私の眠っていた場所は意外と変化が無く、中央の柱(それまでもほんのりエネルギーを感じていた物)にシェアクリスタルや女神の瞳に浮かぶマークと同じものが浮かび上がってた位だった。

 

「…でも、機能としてはやはり変わってましたよ?あそこからは教会のシェアクリスタルと同じ力を感じましたから( ̄▽ ̄)」

「となるとやはりイストワールさんの見立て通りの様ですね。…元々そういう機能も用意されてたんでしょうか…」

「うーん…それもあり得ますし、新たに機能が生まれたのかもしれません。それについては調査を重ねないと分かりませんね(´・ω・)」

「そうですか…しかし朝だけあって空気いいですね」

 

朝である事に加えて周りに人工物がまるでないからか、私は空気が相当澄んでる様に感じていた。そしてそれはイストワールさんも同じ様で、私達は顔を見合わせて微笑む。…なんか、姉妹で朝の散歩してるみたいで楽しいな。

 

「…今度、一緒にお出掛けしてみます?それより今はやらなければいけない事がありますから、すぐには無理ですが…(・ω・)」

「え……いいんですか?」

「いいも何も、わたし達は家族じゃないですか。…家族と出掛ける事は、変だと思います?( ̄∀ ̄)」

「……じゃあ、やるべき事が済んだら私から誘いますね」

「はい、お待ちしてますよ(^-^)」

 

イストワールさんと約束を交わした私は、思った。ネプギアも…候補生の皆も、きっと今の私の様に自分の姉とまた話したり、遊びたいって思ってる筈だって。…ただ守る為だけでも、取り戻す為だけでもないんだよね。だからこそ、頑張らなきゃ。

 

「さて、そろそろ街に着きますね。イリゼさんは今日どうするんですか?(・ω・`)」

「今日はクエストをします。昨日の戦いでは余裕がありませんでしたし、今日は違和感以外にも何か変化はないか確かめながら戦おうと思って…」

「では、一つ頼んでも宜しいですか?昨日ギルドからクエストの依頼がありまして…(´-ω-`)」

「ギルドからですか…なら放置は出来ませんね。分かりました」

 

ギルドから教会へと直接委託されたという事は、そのクエストは一般人には危険過ぎるか、何かしら一般人には触れてほしくない情報や事情が絡んでるという事。今回のそれがどちらに該当するかは分からないけれど、どちらにせよ女神が担当するのが一番なんだから断る訳にはいかないよね。私は何かやりたいクエストが決まってた訳でもないし。

という事で、プラネタワーに戻った私はそのクエストを確認し…ネプギア、コンパ、アイエフの三人を誘ってクエストに向かうのだった。

 

 

 

 

従来のクエストは、ギルドで受付を通して受注しなければクエストを行なった事にならない(受注せず依頼内容を達成しても報酬は払われないから、タダ働きになるんだよね)。けど、教会へと委託されたクエストを教会が突き返す事はない(突き返してもデメリットしかない)から、教会に来た時点で受注完了となっており、ギルドに寄らなくても済む。だから私達は、今回の目的地であるバーチャフォレスト深部へと直接向かっていた。

 

「こうやって来ると、ねぷねぷと初めてクエストに行った時の事を思い出すですぅ」

「最初のクエストは自然公園のものだったんだっけ?確かにここは自然公園に近いものね」

「はいです。それでクエストの後ねぷねぷが刺さってた場所を見に行って、そしたら地面が陥没して魔窟に落っこちちゃったです」

「それで私が出会って、その後魔窟の隠し通路みたいな所の先に行ったらイリゼが現れたのよね」

「こう振り返ると、私達の出会いって偶然に次ぐ偶然なんだってよく分かるよね」

「誰一人として普通の出会いをしてないって…どうなってるんですか皆さん……」

『あはははは……』

 

至極真っ当な指摘をされて、乾いた笑いを零す私達。そうやって言われると、確かに私達…特に女神はまともな出会い方をしていない気がする。…出会い方からしてこんなんだから、私達はまともなガールズトーク一つ満足に出来ないんだろうね…。

 

「…それで、犯罪組織の影があるのはこの先なんですか?」

「うん。…と言っても、犯罪組織って確定した訳じゃないけどね。依頼確認しておく?」

「あ、はい」

 

歩きながらプリントされた依頼書をネプギアに渡す。

この依頼の元々の依頼主は、バーチャフォレストの深部で時折キノコ狩りを行なっているという男性。…あ、キノコ狩る男性って言っても赤いオーバーオール着てたりしないよ?……その人の依頼は『最近本来生息しない筈のモンスターが現れる様になったから退治してほしい』というものだだたけど、それを請け負った人は『妙な人達がモンスターと一緒にいたから変に思って止めた』らしい。

本来生息しない筈のモンスターに、モンスターと一緒にいた人達。この時点で怪しいし、更にこの時期に…となれば犯罪組織が絡んでいる可能性は十分にある。だからこそギルドはこのクエストの一般公開を停止し、教会に報告したのだった。

 

「しかしその最初受けた人が賢明で助かったわね。…教会に依頼がいく事を狙った犯罪組織の自演自作かもしれないけど」

「それならそれで、犯罪組織を捕まえるだけですよ」

「…もし、勘違いだったらどうするんです?」

「そしたら普通にモンスター討伐して終わりだね。その人達ってのが不審な行動してたなら、女神候補生と特務監査官の権限でもって取り締まればいいだけだし」

 

なんて事なければ普通に、なんて事あれば武力や戦力をフル稼働して成敗すればいいだけの話。私とネプギアは勿論、コンパとアイエフも人外の域に片足どころか両足突っ込んでる様なレベルで強い。…自分で言うのも何だけど、大概の事なら私達四人で何とかなると思って問題ない筈。

 

「…だったら、逆に…四天王がいたら…」

「そうなったらまぁ…私とネプギアで時間稼ぎ、その間にコンパとアイエフに軍を呼んでもらうよ。それなりの部隊が援護してくれれば今の私でも勝ち目あるし」

「ここはプラネテューヌ領だから軍も展開出来るものね」

「それはそうですね……あの、わたし達って実は結構余裕があったりします…?」

「…まぁ、なりふり構わなかったら…ね」

 

私のニュアンスだけで理解出来たのか、ネプギアはこくりと頷く。

犯罪組織は勢力拡大をしつつあるとはいえ、ネプテューヌ達の獅子奮迅の活躍のおかげで、武力的には四ヶ国の総戦力が上回ってる可能性は高い。…けど、ただ犯罪組織を潰しただけじゃ『四ヶ国が勢力拡大中の新興宗教を一方的に武力で壊滅させた』としかならない。犯罪組織が表向きには好意的に見られてる今そんな事をすれば、一体どれだけの人々が現女神体制に叛旗を翻すだろうか。そしてそれは、私達の目指す先だろうか。…・そんなものは、断じてい──

 

「あ、例のモンスター見つけたです…!」

「タイミング悪っ!」

「えぇっ!?」

 

い、否って格好良く言おうとしたところなのに…!

…って、何馬鹿やってんだろ私…コンパにごめんなさいしなきゃ…。

 

「…ごめんなさい、コンパ……」

「あ、えと…何だかよく分からないですけど、ごめんなさいは受け取ったです」

「よく分かんない事してないでよね。周りに人は…」

「……あ、いました!あそこです…!」

 

ネプギアが指差す先にいたのは、フードを被った一人の少女。私達は取り敢えず近くの木々の陰に隠れ、彼女とモンスターの様子を伺う。

近くにモンスターがいるにも関わらず少女は逃げる事も戦う事もせず、モンスターも少女を認識出来ている筈なのに襲う様子は一切見せない。ベールとベールの意図を知る一部の人達はまだモンスターとの共存案を口外していない以上、この時点でクロである事はほぼ間違いなかった。

 

「…どうする?回り込んで捕まえる?」

「でもあの人がいるのは開けてる場所だから、回り込むのは難しそうです」

「となれば、正面から仕掛けるかここで向こうのアクションを待つか、だね。出来れば捕まえたいし、下手に仕掛けたりせず待つのが無難……」

「…いえ、仕掛けましょう皆さん」

『え?』

 

私の意見に異を唱えたのは、ネプギアだった。それまでは周りに合わせる事が多かったネプギアが自ら意見を言うだけでも珍しい事なのに、その意見が慎重論ではなく大胆論だったものだから、その意外さに私達は目を瞬かせる。

 

「し、仕掛ける…?」

「そうです。あの人が私達とは逆側に行ってしまうかもしれませんし、モンスターが街の方に行くかもしれません。そう考えれば、相手が動かないうちに仕掛けるのも間違ってはいませんよね?」

「それはそうだけど…急にどうしちゃったのよ?なんだかねぷ子みたいな思考になってない?」

「お姉ちゃん…はい、お姉ちゃんならこうしてた筈です!」

「ちょっ…ネプギア!?」

 

そう言うや否や、ネプギアは木の陰から飛び出してしまう。私達がそのネプギアらしからぬ行動に驚き目をぱちくりさせてる間にもネプギアは進んでしまい、結果引き戻す事も叶わずモンスターに気付かれてしまった。

 

「ど、どういう事よ…って言ってる場合じゃないわね」

「だね、皆戦闘準備は出来てる?」

「勿論です!」

 

既にもう回り込むも何もない状態になってしまった以上、隠れてたってしょうがない。という事で私達はそれぞれ武器を手にして駆け出した。

 

「ああ?なんだモンスター共急にざわつきやがって…って何だテメェ等!」

「ネプギア!策はともかく勝手に飛び出すのは駄目だよ!」

「そうです!皆で一緒に動くべきです!」

「あ…す、すいません…」

「ったく、出るにしてももう少し上手くやれば奇襲になったのに…」

「いや無視するなよ!?」

『あ……』

 

ネプギアに追い付いた私達が叱責していると、無視するなと文句が飛んできた。…というか、あんまり気にしてなかったけど叱責する前にも何か言われた気がする。

 

「あ、じゃねェよ!無視か!?無視したかったのか!?」

「い、いえそういう事ではなく…貴女こそここで何してるんですか!」

「質問に質問返すんじゃねェよ…まあいいさ、教えてやるよ、耳かっぽじってよく聞きな。犯罪組織マジェコンヌ・四天王直属部隊マジパネェ構成員、リンダ様たぁアタイの事だ!」

 

ばん!と見得を切って名乗り上げる少女。彼女の言葉を聞いた私達は、その瞬間────同時に呟く。

 

 

 

 

『…月外縁機動統合艦隊アリアンロッド……?』

「違ぇよ!?全然違ぇよ!?おまっ、掠りもしてねェじゃねぇか!漢字と片仮名の組み合わせで漢字の割合が多いって事位しかあってねェじゃねェか!」

「…あいつ結構突っ込むわね。意外だわ」

「現段階ではわたし達のパーティーでもやってけそうですぅ」

「入るかよ!…ふん、口上にビビって思考がとっちらかってんだな?テメェ等は」

「いやそれはないわよ、というか構成員って事は下っ端?」

「下っ端だね」

「下っ端ですね」

「下っ端さんです」

「な……ッ!?誰が下っ端だ!誰が!」

 

私達による四連下っ端コールで怒りがうなぎのぼりの下っ…いやリン……やっぱり下っ端。…うん、いきなり下っ端扱いは酷い気もするけど…何だろうね、下っ端以外の呼び方はしちゃいけない気がするんだ。

 

「五月蝿いわよ下っ端の癖に。で、アンタはここで何してんのよ?」

「下っ端言うな!…はっ、誰がテメェ等見たいな小娘に教えるかよ」

「小娘…あの、外見的には貴女もイリゼさん達とあんまり変わらない気が…」

「どっちにしろ小娘だろうが!……うん?イリゼ…?」

「はい、なんでしょう?」

「…あー…もしやお宅、女神のイリゼさん…?」

「女神のイリゼさんですけど?」

「……という事は、お隣の方は…」

「あ、女神候補生のネプギアです」

「…………よし、逃げるか」

『切り替え早っ!?』

 

くるり、ぴゅー!下っ端は 逃げだした!

…って違う違う違う!逃げられちゃったよ!?

 

「切り替えもだけど逃げ足も速いです!?」

「追うわよ皆!」

「そうはいくかよ!やっちまえお前達!」

『グルルルゥッ!』

「っと、そうはいかないみたいだよ…!」

 

下っ端の声に反応し、臨戦態勢に入るモンスター。数的には撒ける可能性もあるけど…下っ端を追う最中ずっと追いかけられるのは勘弁だし、もしもこのモンスターが街の方に向かってしまったら洒落にならない。今はネプテューヌがいないしネプギアはネプテューヌ程の突撃型じゃないから、ここは私が一番前に……

 

「……っ…わたしが女神化して追います!下っ端は任せて下さい!」

『ネプギア!?』

 

指示を出そうと口を開いたその瞬間にはもう、ネプギアは飛翔していた。その突然の行動に私達だけではなくモンスターも一瞬硬直し、その間を縫ってネプギアは出来つつあったモンスターの包囲網を突破していく。

再びの自己判断と独断専行。またもやのネプギアらしからぬ行動に、私達は『変だ』と確信する。でもその本人は既に飛び去っており、目の前にいるのは今にも襲いかからんとするモンスター。ネプギアの真意を問いただすには…まずこの場を片付けるしかなかった。

 

「イリゼちゃん、昨日ギアちゃんに話をしたんじゃなかったんですか…?」

「したよ、けど…こんなの全く持って予想外だよ…!」

「とにかく今は倒すしかないわね…それともイリゼ、貴女も追う?一応私達二人でも何とかなると思うけど」

「…いや、あんまりバラバラになるのもよくないから先に倒す事にする。…二人共、一気に片付けるよッ!」

 

そう声を上げると同時に女神化。それに触発されて飛び込んできたモンスターを斬り伏せ交戦を開始する。でも、私の頭の中にあるのはネプギアの事。ネプギアらしくない……それこそまるで、ネプテューヌの様な(・・・・・・・・・)行動を取った、彼女の事を。…ネプギア…どうして……!

 

 

 

 

「逃がしません…!」

 

女神化して飛ぶわたしは、すぐに下っ端をはっきりと目視出来る距離まで追いついた。そこからわたしはM.P.B.Lで威嚇射撃。移動しながら移動する相手への攻撃だったけど…そもそも当てる事が目的じゃなかったから上手くいった。

 

「うおわっ!?くっ、飛ぶなんてずりぃぞ!」

「そ、それをいうならモンスターを使う事の方がずっとズルいです!」

「うっせェ!…けど、追ってきたのはお前一人か…だったら!」

「……!」

 

その場で急ブレーキしつつ反転した下っ端。一瞬戦う気なのか…と思ったけどそうではなくて、彼女は懐からディスクみたいな物を取り出した。あれって…まさかお姉ちゃんが前に言ってたエネミーディスク!?だったら……

 

「ほぉら、こいつならどうだ!」

「……ッ!大きい…!」

 

ディスクから飛び出る様にして現れたのは巨大な狼型モンスター。そのモンスターはわたしを捕捉するとすぐに襲いかかってきた。

 

「これ位…わたし、一人で……ッ!」

 

先制の突進を上昇する事で回避。同時にM.P.B.Lを構え、モンスターの背を素早く斬りつける。…けど、流石にそれだけでやられてくれはしない。

爪での切りつけを捌き、噛みつきを避け、攻撃後の隙を狙って遠近両方から少しずつ攻撃を当てていく。わたしはモンスターより小さいおかげで上手く立ち回る事が出来ているけど、逆にモンスターは大きい分数度の攻撃じゃビクともしない。

 

「へへっ、少しはやる様だが…その調子じゃ先にバテるのはお前かもしれねェな!」

「そんな、事……っ!」

 

身体全体で押し潰そうする飛びかかりを後退で避け、着地した瞬間に鼻先へ光弾を撃ち込む。更にそこからわたしも着地し突撃、怯んでいるモンスターに横薙ぎを浴びせる。

吠えるモンスター。モンスターは少しずつでも身体に傷が増えていった事で激昂したのか、完全に目が血走っている。

 

(相手はたった一体のモンスター…お姉ちゃんならもっと無駄なく、相手に余裕を与えず倒せる筈……目指さなきゃ、それを目指さなきゃ……!)

 

腕を大振りさせた攻撃をしゃがんで避け、後ろ足に射撃。続けて斬り上げ、追撃射撃。モンスターの牙が顔のすぐ近くを喰らい、わたしの髪が数本切れたけど…気にしない。気にしてる様じゃ、わたしは変われない…!

 

「この、まま…押し切る……!」

 

後はもう、とにかく斬りつけ続ける。お腹の下に滑り込んだ状態ならまず攻撃なんてされないんだから、後は一気に攻めるだけ。お姉ちゃん程スマートじゃないけど、これなら…これなら勝て────

 

「グルガァァッ!」

「……ーーっ!」

 

どすん、とモンスターは身体を地面に着けた。後がなくなった…と言わんばかりに、M.P.B.Lが刺さるの覚悟で身体をわたしごと地面に押し付けた。

お腹の下にいたわたしは、体勢を低くしてた事もあって逃げられず、モンスターの目論見通り潰される。ダメージこそ小さいけど……息が、出来ない…ッ!

 

(そ、んな…後、少しなのに……!)

 

モンスターは重過ぎて、今の体勢からじゃ全く押し返せない。その間にも呼吸は出来ず、段々わたしは苦しくなってくる。…後、少しだったのに…もう少しで成長出来た筈なのに…お姉ちゃんみたいに、なれたのに……!

そう思ってもモンスターは動いてくれる訳もなく、わたしは苦しいだけじゃなく頭も痛くなってくる。苦しくて、痛くて、無念で……何より悔しくて、どうしようもない位悔しくて、でもやっぱり何も変わらなくて、それで…………

 

 

 

 

 

 

──わたしを押し潰そうとしていたモンスターが、跳んだ。

 

「……え…?」

 

後少しで勝てていた筈のモンスターが跳んだ。それは全然意味の分からない事で、わたしは一瞬呆然として……次の瞬間、わたしの上を高速で通っていった大槍を目にして、全てに気付く。それと同時に聞こえる、一つの声。

 

「ネプギアッ!トドメをっ!」

「……っ!はい!」

 

M.P.B.Lを握り締めて跳ね起きる。視線を周囲に巡らせると、そこには回避の為に跳んだまままだ空中にいるモンスターの姿。今なら…いけるっ!

 

「『スラッシュウェーブ』ッ!」

 

M.P.B.Lにシェアエナジーを一気に流し込んで刀身にビームの刃を展開。その状態でモンスターに向かって思い切り振るい……ビームの斬撃を放つ。

モンスター目掛けて駆ける斬撃。飛行出来ないモンスターは当然避ける事が出来ずに直撃。十分にダメージを蓄積していた事もあって、モンスターは地面に落ちると同時に消滅した。

 

「はぁ…はぁ……」

「ネプギア、大丈夫!?」

「は、はい…」

「うげっ、追い付かれた!?」

 

わたしの元まで飛んできて、わたしの肩に手を置いてくれるイリゼさん。対する下っ端はイリゼさんの姿を見て、「不味い」と言いたげな表情を浮かべていた。

 

「そうだ…あの人捕まえないと…!」

「つ、捕まるかよ!世の中逃げるが勝ち……」

「おっと、そうはいかないわよ?」

 

逃げようとした下っ端の前に現れるアイエフさん(コンパさんはわたしの元に来てくれた)。どうやらアイエフさんは逃げるのを見越して静かに回り込んでいた様だった。

 

「ぐっ…どきやがれ!痛い目に合わせるぞ!」

「痛い目、ねぇ…あんたに出来る訳?」

「……っ…覚悟しやがれッ!」

 

挑発する様にやれやれと首を振るアイエフさんに、下っ端は鉄パイプを手に殴りかかる。勢いよく振られた鉄パイプはアイエフさんに……ぶつかる前にコートの袖から露わにしたカタールによって遮られ、そこで止まってしまった。

 

「覚悟するのは…あんたの方よッ!」

 

にぃ、と笑みを浮かべると同時に下っ端を蹴りつけるアイエフさん。後退る下っ端に当然アイエフさんは追撃を仕掛け、連続攻撃を叩き込む。

数度の攻防。流れる様なアイエフさんの動き。防御に手一杯で時折反撃するのが手一杯の下っ端。そして……

 

「あぐっ……!」

「ふぅ…思ったよりは戦えるのね。普通の人間相手なら優位に立ち回れるんじゃない?あんた」

 

尻餅をつく下っ端と涼しい顔のアイエフさん。アイエフさんの言う通り圧勝ではなかったけど…それでも、結果は歴然だった。

 

「容赦なかったですね、あいちゃん」

「容赦してたら一発位は喰らっちゃうのかもしれないもの」

「くそっ…どういう事だよテメェ等!ここって確かアタイに強制敗北するやつだろ!?」

「はぁ?何言ってんのよあんた。残念だけど…」

 

またアイエフさんはやれやれと言いたげな様子を見せる。わたしの近くに立つイリゼさんとコンパさんが肩をすくめる中、アイエフさんは言い放つ。

 

「私達は本編一作に幕間の物語をこなしてきた、謂わば強くてニューゲーム状態なのよッ!」

「し、しまったぁぁぁぁああああああッ!」

 

がっくしと項垂れる下っ端。……な、何だろう…理由が理由過ぎるせいでなんて反応したらいいか分からない…。

……それはともかく、これがわたし達の勝利が確定した瞬間だった。

 

 

 

 

強くてニューゲーム。クリアデータを使う事でクリア時の状態を引き継いだままストーリーを初めからやり直せるシステム。原作シリーズにも採用されてるこのシステムは、本シリーズでも採用されていたのだ!

…というのは当然ボケで、実際は単に『積み重ねがある』から下っ端に勝つ事が出来たアイエフ。勿論積み重ねがあるのはアイエフだけじゃないから、私達は今圧倒的に有利な状態にある。けど…世の中良い事だけを積み重ねられる訳じゃない。良い事と同じ様に、悪い事も積み重ねてしまうのが人間というもの。例えば……

 

「畜生…こんな序盤から完敗するのかよ…」

「下っ端さん、諦めて素直に投降するです」

「ぐぅ…だったら、だったらもうあれしかねェ…」

「あれ?まだ隠し球があるっていうの?」

「あああるさ…ふっ、覚悟しやがれ……」

『…………』

「…………」

『…………』

「…………あ、あんなところに空飛ぶスパゲッティモンスターが!」

『えぇっ!?』

「……え?」

 

明後日の方向を指差す下っ端の言動に、私達は驚愕し釣られてしまう。そ、空飛ぶスパゲッティモンスターって…実在してたの!?そしてゲイムギョウ界に出てくるものなの!?くっ、そうなると恐らく空飛ぶスパゲッティモンスター教も存在してると思っていい筈。ただでさえ犯罪組織という存在がいるのに、そこに更にスパモン教が現れるんじゃ、あまりにも厄介過ぎる…………うん?

 

…………。

 

…………。

 

…………。

 

 

 

 

『……あれ!?いない!?』

「いると思ってたんですか!?アレ絶対下っ端の嘘ですよ!?」

『嘘だった(の・です)!?』

 

……こういうあからさまな嘘でも、ギャグ感が溢れてるとついノってしまう。これが、私達の積み重ねの悪い面である。

 

「…下っ端は……」

「えと…皆さんが必死に探してるあいだに逃げていきました……」

『…やっちゃったぁぁぁぁ……』

 

その場で落ち込む私達。…一切の言い訳も弁明もありません。反省します、はい。

 

「…どうします……?」

「帰るしかないでしょ、あの逃げ足の速さじゃもうどこにいるか分からないし…」

「今日は猛省です……」

「取り敢えず報告しなきゃ……って、違う!ネプギア!」

「は、はい!?」

 

私とネプギアは女神化解除し、四人で肩を落としながら帰路に…つきかけたところで私は思い出す。そうだ…きちんと、問いたださなきゃいけない事がある。

 

「…どうしたの、ネプギア。二度も一人で動くなんて、ネプギアらしくないよ?」

「あ…えっと、はい…そうですね、ごめんなさい」

「いや、そうじゃなくて理由を言って頂戴。…大事なのは、そこだから」

 

謝る事は大事。でも、なんでも謝ればいいというものじゃない。何をやったかも重要だけど、何故やったかも重要なのだから。

 

「…強くならなきゃ、だからです」

「…それは昨日も言ってたね。でも、本当に?今日のネプギアは、それだけの様には見えなかったよ?」

「…それだけですよ」

「……もう一度聞くよ、本当に?」

「本当、です」

「そっか……」

 

ネプギアは、私の目を見て言った。その瞳に、嘘の色は見られない。それが分かった私は一瞬だけ考えて、その後コンパとアイエフに目配せする。少しだけ、私の自由にやらせてほしいって。

そして、二人がこくりと頷くのを見た私は……言い放つ。

 

「……なら、旅には出られないよ」

「え……?」

「旅には出られない、それだけだよ?出るとすればネプギアを置いて三人で行く。…でもネプギアが同行しなきゃ意味のない旅だから、私達は旅を遅らせる」

「な、なんでですか…?」

「なんで?…そうだね、自分で考えろ…なんて言うのは言う側の身勝手なだけだから、ちゃんと教えてあげる。…ネプギア、今のネプギアじゃ女神として及第点にも及ばないからだよ」

「……っ…!?」

 

ぴくり、と肩を震わせるネプギア。そんなネプギアに、あくまで私は同じ態度を貫く。…こういうのは苦手だけど、やるしかない。

 

「きゅ、及第点…そんな、わたしは……」

「頑張ってる、って?…違うよ、今のネプギアは迷走してるだけだもん」

「……お姉ちゃん達は、今も捕まってるんですよ…?」

「だとしても、だよ。ネプテューヌ達の事を思うなら、やっぱり今はいけない。何週間先か、何ヶ月先か…或いは何年先か分からないけど、ね」

「……ません…」

「…なに?」

「聞けませんッ!わたしは、嫌です!今だってお姉ちゃんは辛い思いをしてる、なのに、なのにわたしは……わたしは、もう役立たずじゃないのにッ!」

 

ぽたり、とネプギアの頬を垂れた涙が地面に落ちる。

辛かった。ネプギアの心を傷付ける様な事を言うのが、辛かった。…ネプテューヌ達は、こんな思いをしても尚ネプギア達を守ろうとしたんだよね……だったら、私も…私も、背負ってあげなきゃ。

 

「…役立たずじゃない、って言い放てるって事は…それなりの理由があるんだよね?…それとも、もう自分は強いって思ってる?」

「わたしは…わたしは強くなろうとしてますっ!でも、無理だから…すぐには無理だから…だから、心だけでも…思いだけでも強くなろうって、お姉ちゃんみたいになろうって、そう思ったんです!そう思って頑張ったんです!…なのに、どうして…そんな事言うんですか……っ…」

 

ぽろぽろとネプギアの瞳から涙が溢れる。その姿を見て、その言葉を聞いて、やっと私は知りたい思いを知る事が出来た。

お姉ちゃんみたいに、それがネプギアの根本にある思いだった。自己判断も、独断専行も、確かにネプテューヌはしている。強さは心技体からくるものだから、心だけでも強くなろうとするのも間違っていない。……だけど…

 

「…ネプギア、それは無理だよ。ネプギアは、ネプテューヌみたいにはなれない」

「……っ…なれます…なれるんです、だってわたしはお姉ちゃんの妹だから…お姉ちゃんだって言ってたんです!ネプギアはいつかわたしに追いつけるよって!だからわたしは……」

「無理だよッ!」

「……う、うぇぇ…ぐすっ…」

 

私の言葉は、ネプギアの心を、ネプギアの支えを抉る。……でも、本当に責められるべきは私だ。昨日の段階で気付けてやれなかった、私の責任。その結果ネプギアは圧死の危険まであったんだから、私はその償いをしなければならない。これからするのは、その第一歩。

ネプギアの前に立ち、手を振り上げる。ネプギアの肩がまた震えるのを見て、私は心を決めて、振り上げた手を────ネプギアの頭に、優しく乗せる。

 

「……ぇ…?」

「…ごめんね、ネプギア。私、候補生皆を引っ張れる様になろうと思ってたのに、いつも一緒にいるネプギアの事すらちゃんと出来てなかった。私はネプギアを責めたけど、駄目駄目なのは私の方だよ」

「…………」

「…ネプギアはネプテューヌの様にはなれないよ。才能とか、努力とかじゃない。女神の魅力は、真価は一人一人違って、それは妹であっても同じにはなれないんだよ。有り体な言葉になっちゃうけど…ネプギアはネプギア、ネプテューヌはネプテューヌだもん」

「…じゃあ、わたしは…どうしたらいいんですか…すぐ強くなる事も出来なくて、お姉ちゃんの様にもなれないわたしなんて……」

「……だったら、私が見つけてあげる。ううん、私とネプギアで、ネプギアの魅力を、真価を見つけるんだよ」

「……っ…」

 

ネプギアは、顔を上げる。涙に濡れた、ネプギアの顔。でも、その瞳は死んでいない。まだ、心の底は諦めてはいない。

 

「ネプギアはネプギアなりに強くなればいいんだよ。きっとその強さは、無理にネプテューヌらしくするより、ずっと強い筈だよ」

「でも…そんな事、わたしには……」

「大丈夫。ネプギアは素直で頑張り屋で、本当は強い心を持ってるって私知ってるもん。それに…私はネプテューヌ達と名実共に並び立つ、もう一人の女神だよ?…私の事、信じられない?」

「……わたし…強く、なれますか…?」

 

私を見つめるネプギア。私は、そんなネプギアの頭を撫でながら…笑顔で、返す。

 

「──なれる、なれるよネプギアは。だから、一緒に頑張ろうよ。……ゲイムギョウ界を巡る、旅の中でね」

「……ーーっ!」

 

ネプギアは頷く。頷いて、涙声で声を返す。

それは、張り詰めていた心が溶かされる様に。やっと心から、前を向ける様になった様に。ネプギアの涙は、ネプギアの声は、私にはそう感じられた。そして、私は思う。それがどんなに大変でも、難しくても……絶対に、ネプギアをネプギア自身が望むネプギアになれる様にしてあげよう、と。

 

 

バーチャフォレスト深部の調査。結果的には犯罪組織の裏を知る構成員に逃げられてしまったけど……他には代え難い、大事なものを得られたと思った私だった。




今回のパロディ解説

・赤いオーバーオール
マリオシリーズの主人公、マリオの服装の事。いや別にマリオはキノコ狩りしてる訳じゃないですけどね。ブロック叩いたら出てきてるだけですけどね。

・下っ端は 逃げだした!
ポケットモンスターシリーズ又はドラゴンクエストシリーズの、敵(ポケモン、モンスター)が逃げた際の表示のパロディ。下っ端視点なら『うまく逃げきれた』でしょうね。

・原作シリーズ
超次元ゲイム ネプテューヌシリーズの事。原作シリーズにおけるデータ更新と違い、本作は文字通り全要素を引き継いでおります。…だってゲーム媒体じゃないもの。

・空飛ぶスパゲッティモンスター(教)、スパモン
ボビー・ヘンダーソンさんによって考案された、一種の風刺的パロディ宗教とその信仰対象の事。一応ちゃんとした宗教でもあるので、もしかしたら信次元にも支部が…?


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第六話 協力、そして旅立ちへ

バーチャフォレスト深部での戦闘から数十分後。私はネプギア達三人と別れ、ギルドに向かう為一人で歩いていた。

 

「居るといいんだけどなぁ…」

 

ギルドに向かう理由の一つとして、今回のクエストの報告がある。でも、それはわざわざギルドに出向かなきゃいけない理由ではない。だって、そもそもの話クエストをギルドで直接受けた訳じゃないんだから、報告だけ行かなきゃいけないというのも変な話。だから、それが主な目的ではない。…まぁ、詳細報告したい場合は当然ちゃんと出向く方が楽ではあるけどね。

 

「…ま、いなきゃ予定組んでもらえばいっか」

 

プラネテューヌのギルドに到着した私は、真っ直ぐに受付へと向かう。向かってまず行うのは、勿論クエストの報告。

 

「こちらのクエストの完了確認お願いします」

「はい、こちらのクエストは…あら?これは……こほん、本日はお疲れ様ですイリゼ様」

「いえいえ、これも教会と女神の役目ですから」

 

クエストの書面からこれが一般のクエストではない事に、そして私が誰なのかに気付いて佇まいを正す受付員さん。友好条約が締結したばかりの頃は、誰も彼もが私を敬う態度で接してくる事に少し居心地の悪さを感じていた私だったけど…人間大概の事は慣れてしまうもので、今となっては敬語で話されようとも特に戸惑う様な事はなくなった。

そこから十数秒後。受付員さんが完了のデータ入力を終えた辺りを見計らい、私はここに来た本題を口にする。

 

「……あの、今こちらに支部長さんはいらっしゃいますか?」

「支部長ですか?えぇ、とですね…はい、おりますよ」

「それは良かった…お呼びして頂けますか?」

「あ……畏まりました、少々お待ち下さい」

 

一瞬言葉に詰まった受付員さん。それは恐らく、普通ならこんな形での面会要求を受ける訳にはいかないから。私のやっている事はどこかの会社に行って、受付で社長を出してくれと言っているのと大差ないんだから、マニュアル通りにいけば私の要求は断られる。…けど、私は女神。更に言えば特務監査官でもあり、さっきの例で言えば国の大臣や内閣府の人間が来た様なもの。……そう考えると、一回の受付員(と思われる)から直接、じゃなくて一回受付のリーダーさんに仲介してもらった方が良かったかな…。

受付員さんは一度裏に引っ込み、数分後にまた出てくる。行きは当然一人だった受付員さんだったけど、戻ってきた時には隣に別の職員さんもいた。

 

「お待たせしました。こちらで案内しますので、着いてきてもらって宜しいですか?」

「構いませんよ、お願いします」

「では、こちらです」

 

隣にいた職員さんはぺこりと一礼し、私を連れて裏へと向かう。

支部長さんのいる場所、支部長室へと向かいながら私はプラネテューヌのギルド支部長の事を考える。立場柄時折会う人だけど…正直、彼女は支部長という役らしからぬ性格だと思う。…彼女といいネプテューヌといい、プラネテューヌはトップにトップっぽくない人を選ぶ風習でもあるのかなぁ…。

 

「…着きました、こちらです」

「はい、案内ありがとうございました」

「いえいえ。では支部長は好きに入って…との事ですので、ええと……」

「自由に入ればいい、という事ですよね。分かってますよ」

 

前にもこんな事ありましたから、と付け加えて伝え方に困ってる様子の受付員さんを安心させ、私は扉をノックする。

数秒後、受付員さんが下がるのと同時に部屋の中から聞こえてくる返事。それを受けた私は扉を開く。さてと、まずは現状報告って所かな────

 

「ふっふっふ…よく来たね原初の女神の複製体!君が来たって事は今回のクエストで何かしらあったって事だろう!わたしには分かっているよ!」

 

……部屋の中にいたのは、目元だけを隠すシンプルな仮面を着けた少女だった…。

 

 

 

 

「……あー、ご苦労様ですプレスト仮面さん」

「反応薄っ!?」

 

テンションの高い突っ込みに定評のある(らしい)私。実際私はボケを冷静に対処するのではなく、真正面から返しちゃう傾向があるけど……そんな私でも、今回は塩対応スルーだった。

 

「うぅぅ…わざわざこの仮面着けたのにそんな素っ気ない反応するなんて…」

「いや、だって…誰かは知ってるしどういう人かも知ってるから…」

「…ま、まぁ構わない!それより君はわたしに用があったんじゃないのかい?」

「えーと…私はプレスト仮面じゃなくてビーシャ支部長に用があったんだけど…その格好のままで大丈夫?」

「あ……こほん、すまないがわたしはここで失礼するよ!とうっ!」

「とうってどこに…ってえぇぇっ!?」

 

 

ビー…プレスト仮面は私に背を向け、窓際まで走って…なんとそこから飛び降りてしまった!(律儀に扉は開けていた)

飛べる女神ならともかく、人間がやったら投身自殺にもなりかねないトンデモ行動に目を剥く私。慌てて窓の下を見に行くと……

 

「ふぅ…あ、ごめんねーちょっと不在にしてたんだー!」

 

下でプレ…ビーシャが手を振っていた。よく見ると膝にちょっと砂利が付いてるけど…ぱっと見怪我はしていない。…や、まぁよく考えれば支部長に選ばれる人が常人な訳はないけど、それにしても…あーびっくりした……。

 

「……ビーシャのぶっ飛び具合はネプテューヌにも引けを取らないと思うよ、うん」

「ねぷねぷと?…それって褒めてる?」

「褒めてる褒めてる、それより真面目な話したいから戻ってきてよ」

「あ、そうだね。ちょっと待ってて」

 

と、いう事で支部長でもないのに支部長室で人を待つ私。数分後ビーシャがやってきて、やっと話が進み始める。

 

「こほん。えっとまず、今日私とネプギア、コンパとアイエフの四人で委託されたクエストをやってきました」

「それの確認はしたよ、ご苦労様」

「で…やっぱりあれば犯罪組織が絡んでたよ。ビーシャはエネミーディスク知ってるんだっけ?」

「モンスターが出てくるディスクだよね?……か、回収してここにありますとかはないよね…?」

「それはないけど……ビーシャ?」

 

何やらビクビクしているビーシャに私は戸惑う。…何だろう、カラスと同じでディスクが苦手なのかな…ブレスト仮面名乗ってモンスター討伐してる以上、モンスターが苦手って事はないだろうし…。

 

「な、何でもない何でも…こほん、それで結局どうなったの?」

「…ごめん、犯罪組織の構成員には逃げられちゃった。意外と足が速い奴だったもので…」

「…女神ならすぐ追いつけるんじゃ?」

「……それはちょっと、色々あってね…」

 

流石に何があったかは話せない。…恥ずかし過ぎて、絶対話せない。もし問い詰められたら『単純故に対策のしようがない罠に嵌められた』とそれっぽい事を言っちゃうだろうと思う位話せない。話せないったら話せないのである。

 

「んー…まぁでも君達が取り逃がしたって事はそれなりの理由があったって事だよね、了解だよ」

「あ…う、うん……」

 

女神とその仲間なんだもんね、みたいな顔で納得してくれたビーシャ。それはありがたい、ありがたいけど…な、何か騙してしまったかの様な罪悪感が……。

 

「そっか…うん、過ぎた事は仕方ないよ。それよりも…本題はそこから先でしょ?ここまではまだ結果報告だし」

「まあ、ね。…教会から私達の旅の件について話は来てる?」

「来てるよ、女神がいなくなると委託がし辛くなるからギルドとしては少し大変だけど…必要な事だもんね」

「そこはほら、女神程のフットワークはないけど軍もあるし…ギルドにはプレスト仮面もいるでしょ?」

「それは勿論!…と言いたいけど、やっぱり女神が国にいて守ってる…っていうのは実益以上のものがあると思うよ?」

 

それはその通りだ、と私は思う。誰かが人に害を及ぼすモンスターを倒した、となるとそれはそれ以上でもそれ以下でもないただの事実だけど、女神が倒したとなればそれは『国の守護者がその責務を全うしている』『女神は人を見ていてくれている』という思いを国民は抱いてくれる。だからこそ人々の信仰を力としている女神にとってクエストをこなす事はデスクワークと同じ様に重要な事。……でも、

 

「今は、それだけじゃ足りないよ。ただ自国でクエストをこなすだけじゃ、国の守護をしてるだけじゃこの状況を打破する事は出来ない。…それに、候補生を悪く言うつもりはないけど…やっぱり求心力に関しては現状守護女神の四人より大きく劣ってるからね…」

「…分かった。あくまでギルドはクエストの斡旋所だけど…やれる範囲の事はするよ」

 

こくり、と頷いてくれたビーシャに私は一安心。ビーシャ自身はあくまで斡旋所…と言っていたけど、ギルドは立場柄民間に大きな影響力を持つ国際組織なのだから、実際の力はただのクエスト斡旋所に過ぎない訳がない。今のは支部長故の謙遜だろうけど…私の認識は、間違っていない筈。だから…私は、言葉を続ける。

 

「……その上で、さ…少し邪なお願い、してもいいかな?」

「…そのお願いを聞くかどうかは、内容次第だね」

「そっか…じゃあ、これから私達が守護女神四人の奪還に乗り出すまで、私達に…女神候補生に国民受けのいいクエストを回してほしいの。これは、支部長へ…というよりギルド本部の最高意思決定機関とその役員へのお願い。…勿論、これは他の支部長にも頼むつもり」

 

ほんの少し声のトーンを落とし、ビーシャの目を見据えて言う。……頭は、まだ下げない。

 

「……女神がクエストを行うのはあくまで国と人を守り、国民の要望を受ける為、でしょ?でも、今言った事はつまり、本来二次的に発生するものである信仰心をメインの目標に据えてクエストをしたいって事だよね?……それで、いいの?」

 

帰ってきた言葉は、ギルド支部長としてのもの。間違いなく正しい、正論。

信仰は女神の行いに付いてくるものであって、それを目的に活動するのは本来の女神の在り方ではない。勿論信仰…というかシェア獲得の為に動く事はあるし、ノワール辺りはそれが顕著だけど…それはあくまで向上心から来るものであって、女神の本分を二の次にしてまで追い求めていたりはしない。……それは、私も分かってる。十分に理解している。だとしても…いや、だからこそ──

 

「今、本当に必要なのは信仰を集める事…人々がまた、女神の統治を…女神に夢を見る事だから。それが、私達の力になるし、果ては犯罪組織から人を、国を、世界を守る事になる。…犯罪組織の最終目標を聞いた訳じゃないよ?でも、犯罪神の目的がこれまで通りなら人々の願いとは絶対相反してる。そうでなくとも……個人個人はともかく、犯罪組織全体としての負のシェアは人々を少しずつだけど悪い方へと蝕んでいくって私の女神の部分が言ってる。……だから、お願い。私に…私達に、協力して」

 

私は頭を下げる。私の思いは、私の言える事は全て言った。私もビーシャも責任ある立場だから、これで断られるのならそれはもうきっぱりと諦めるしかない。

そうして待つ事数秒。頭を下げた私に返ってきたのは……

 

「…そこまで言われたら、断る訳にはいかないねっ」

 

────顔を見なくても分かる、笑顔での首肯だった。

 

「……ありがとね、ビーシャ」

「いーのいーの、流石にプラネテューヌ外の事はわたしの一存じゃ決められないから一度話し合う必要はあるけど…犯罪組織がこのまま勢力拡大していくのは支部長としても一個人としても嬉しくないし、人を襲う兵としてモンスターを使役する様な人達を、わたしは見過ごせないからね。…もし、ここにプレスト仮面がいたならきっとこう言ってる筈だよ。『君は正しい女神だ』って」

 

ぐっ、と親指を立てて頼もしげに言ってくれるビーシャ。そんな彼女を見て、私はこういうところが支部長に選ばれた理由なんだろうなぁと思った。

けど、そこでビーシャはまた支部長の顔になる。

 

「…だけど、わたし達ギルドがするのは手助けだけなんだからね?ギルドはギルドの意思で動くもの。時には教会に力を貸すし、逆に教会を頼りにする事もあるけど、ギルドは教会の下部組織でも権力影響下でもない。協力はすれど隷属はせず。それがギルドであり……わたし達

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)』だから」

「……じゃあ、協力者として今後も頼むね、支部長さん」

「こっちこそ宜しくね、原初の女神の複製体さん」

 

お互いちょっと格好付けて、肩書き呼びで握手する私とビーシャ。…肩書きとしては複製体じゃなくて特務監査官の方が適切だけど…お願いをしたのは、複製体としての私だもんね。

こうして、私達とギルドとの協力体制は作られたのだった。

 

「……あ、それはそれとして犯罪組織構成員を取り逃がしちゃった分は報酬金引かせてもらうからね?」

「うっ…相変わらずお金が関わると厳しい…」

「ギルドは民間組織だからね、そこら辺シビアなのも仕方ないのだよ」

「肝に命じておきます……」

 

 

 

 

私とネプテューヌの記憶を探す(為に鍵の欠片を集める)事とマジェコンヌの野望を阻止する事という、大きな目標しかなかった前回の旅。対して今回の旅は大きな目標は勿論、その為に必要な事や道中で行っておく事が細かく決まっており、各国で支援が受けられる(分、逆に行き当たりばったりの事はし辛い)事もあって出発準備は前回より多めの一週間となった。そして今日が、その出発日。

 

「ネプギアさん、忘れ物はありませんか?やっておかなきゃいけない事は全部済ませましたか?( ´△`)」

「えっと…はい、今準備は完了してるって頭の中で確認出来ました」

「本当ですか?世の中うっかりはあるもの、今取りに行っても別にそれを責めたりはしませんよ?ヽ(・∀・)」

「だから大丈夫ですって…うぅ、いーすんさんそんなにわたしがうっかり屋に見えますか…?」

「それは…その、ネプギアさんは確かにしっかりしてますが、おっちょこちょいな面もありますし…何より姉がネプテューヌさんなのでつい…(ーー;)」

 

女神候補生と教祖…というより初めてキャンプに行く子供と子を心配する親みたいな会話を繰り広げるネプギアとイストワールさん。ネプギアからしたら心配し過ぎ、って心境なんだろうけど…まだまだ幼さと経験不足が否めないネプギアを心配するイストワールさんの気持ちも分かる。…どちらかと言えば、私もイストワールさん側だし。

 

「まぁまぁいーすんさん、わたし達もついてるですから大丈夫ですよ」

「えぇ、それに別段別世界に行くとかじゃないもの。最悪何とかなるわ」

「…そうですね。でもネプギアさん、いつでも確認を怠ったりする事はいけませんからね?(´・ω・)」

「はい、気を付けますね」

「むしろ心配すべきは……」

 

コンパとアイエフの援護で納得してもらえた様子のネプギア。うんうん、イストワールさん側と言った私だけど…心配するのと同じ位信じるのも大切だよね。

…なんて思っていたら、いつの間にか四人がこっちを向いていた。

 

「……?どうかしたの?」

「えーと…別にどうかした訳じゃないですけど…」

「そう?ならいいけど…」

 

私の方を見ていたけど、どうやら私の事ではない様子。うーん、見てたのは私じゃなくて私のいる方向だっただけかな?ま、いいや。それよりも……

 

「ぬらぁ……」

「うんうんごめんねライヌちゃん。ほんと私も連れてきたいの、でも連れていけないの…」

「ぬら……」

「ライヌちゃん……」

『…こっち(です)ね……』

 

プラネタワーの正面出入り口まで着いてきてしまったライヌちゃんを撫でる私。何やら四人が呆れた声で何か言ってたけど…今はそれどころじゃない。

スライヌ種全体がそうなのか、それともライヌちゃんが特別なのかは分からないけれど、ライヌちゃんはある程度私の言葉を理解している。だからこそ私は説得しようと思ったんだけど…考えてみれば、そもそも説得しようなんてしなければ旅の事を気取られずに済んだかもしれないんだよね…。

 

「ぬら、ぬら〜…」

「お土産いっぱい買ってきてあげるから、ね?」

「ぬ、ら……」

「ら、ライヌちゃん…」

 

最初はまだ不安げなだけだったけど、話す内にライヌちゃんはどんどん寂しげになっていって……遂には目元にじんわりと涙を浮かべてしまった。それを見た私は、ついライヌちゃんを抱き上げてしまう。

 

「ね、ねぇ…やっぱりライヌちゃんを連れていっちゃ駄目…?」

「それは前も言ったでしょ、駄目だって」

「…ライヌちゃんは悪さしないよ?ほら」

「ぬらぬら、ぬら〜」

「ね?『ぼく、悪いスライヌじゃないよ』って言ってるでしょ?」

「ね、って…イリゼさんはその子の言葉が分かるんですか?(ー ー;)」

「ううん、でもそんな事言ってる気がする」

『えー……』

 

何故かまた皆は呆れ声を出していた。……?

 

「…イリゼ、貴女の気持ちも分かるわよ?でも何かあった時、危険なのはそのライヌだって分かってる?」

「それは…でも、ライヌちゃん位守れるよ」

「私やコンパとライヌじゃ自衛力に差があり過ぎだって言ってるの。…もしその子に何かあった時、イリゼはどうする気?」

「え?まぁ…犯罪組織は全て殲滅する!…って言うかな」

「フリット司令みたいな思考になってるじゃない…」

 

三度目の呆れ声をかけられ、流石の私も冷静になる。このままライヌちゃんを残していくのは結構心にクるけど…正しいのは皆の方だ。本当にライヌちゃんを心配するなら、連れていくよりも旅をきちんと遂行して……

 

「…出来る限り早く戻ってきてあげる事、だよね…。……ライヌちゃん」

「ぬ、ら……?」

「…待っててね」

「……!…ぬ、ぬら…!」

 

やっぱり、ライヌちゃんは私の言葉を理解していた。だって、私の言葉を…思いを受けたライヌちゃんはぷるぷると顔を振って涙を飛ばし、元気のいい返事を返してくれたのだから。

私は最後にもう一度頭を撫で、ライヌちゃんを降ろす。

 

「…余計な時間取らせてごめんね。もう私は大丈夫」

「全くよ、候補生を引っ張ってくつもりならもう少ししっかりしなさい」

「これがイリゼちゃんを『しっかりしてる様でしっかりしてない』と言わせる所以ですね」

「あはは、ですね…」

「うぐ…実際その通りだから言い返せない…」

 

正直『しっかりしてる様でしっかりしてない』は割とよく言われる上普通に不名誉な称号なのでかなり不服だけど…ほんとにその通りだからどうしようもない。…お、汚名返上したいよほんと……。

 

「では、イリゼさんの事も済んだ様ですし…皆さん、宜しくお願いしますねm(_ _)m」

「はい、です!」

「精一杯頑張りますっ!」

「世界の、ベール様やねぷ子達の為だもの。やってやるわ」

「頼もしい限りです。わたしや教会も出来る限りの支援をしますので、困った時は頼って下さいね。…それでは皆さん、お気を付けて」

 

イストワールさんの言葉は、勿論教祖としてのもの。だけど…最後の一言は、お気を付けてという言葉だけは教祖ではなく、家族や仲間としての言葉の様に思えた。

 

「分かってますよ、イストワールさん。ちゃんと無事に帰ってきます。……行ってきますね」

 

頷き、手を振るイストワールさん。その下ではライヌちゃんが手の代わりという感じで耳をぱたぱたさせている。

そんな一人と一体に見送られながら、私達は行く。これからの旅は、初めての旅とは別の大変さがあると思う。何度も戦いになるだろうし、色々と頭を使ったり手を回したりする必要も出てくるかもしれない。…けど、物怖じはしない。世界の、捕まってるネプテューヌ達の為に物怖じなんてしたいられないし、同行の有無に関わらず、私には助けてくれる、協力してくれる皆がいるから。それに…今はまだ未熟かもしれないけど、ネプギア達女神候補生もいる。だから────私は、私達の未来を信じてる。




今回のパロディ解説

・君は正しい女神だ
コンクリート・レボルティオ〜超人幻想〜に登場するキャラ、怪剣クロードこと長川神の名台詞の一つのパロディ。仮面繋がり、という事で一つどうでしょう。

・ぼくは悪いスライヌじゃないよ
ドラゴンクエストシリーズにおける、敵ではないスライムが時折言う台詞のパロディ。本家はこの前にぴきぴきーっ!と言いますがスライヌはぬらぬらーっ!でしょう。

・フリット司令
機動戦士ガンダムAGEの主人公の一人、フリット・アセムの事。ライヌちゃんを倒されたイリゼは怒りのあまりMGで犯罪組織を…なーんて展開にはなりませんよ?


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第七話 最初のお勉強

世界とお姉ちゃん達の為に旅立ったわたし達。旅には色々不安があるけれど……実は少し、楽しみでもあった。だって、わたしはお姉ちゃんに連れられて他国に行く事が何度かあったけど…基本的に行った事があるのは教会かその周辺位で、各国の大部分は知らないままだったから。それに…お姉ちゃんやイリゼさんが教えてくれた旅の話は、わたしにとって憧れでもあったから。

 

「あの、わたしも頑張りますからねっ!」

「え?あ、うん…頑張ろうね」

 

流石にちょっと唐突過ぎたからか、隣にいたイリゼさんはきょとんとしていた。…いきなり言うのは駄目だね、覚えておかなきゃ……。

 

「その様子なら長い距離歩くのも大丈夫そうね。ネプギア、旅は基本徒歩になるから覚えておきなさい」

「あれ?そうなんですか?わたしはてっきり空港から行くものと…」

「ネプギアとイリゼは勿論、私達も犯罪組織にはマークされてる可能性があるから飛空挺は出来るだけ避けたいのよ。こっちの動き把握されても困るし」

「あいちゃんは分かるですけど…ほんとにわたしもマークされてるです?わたしただのナースさんなのに…」

「女神が全力を出す戦場で物怖じせず味方の治療をしたり、ノンアクティブモンスターと正面から戦えたりする人はもうただのナースさんではないよコンパ…」

 

普段はほんわかしているコンパさんだけど…実は凄く強い。女神化なしなら一応女神であるわたしより強いんじゃ…って思う位強い。アイエフさんもいーすんさんも常識離れした強さだし、わたしの周りの人は皆戦闘能力がおかしい気がする…いーすんさんは普通の人じゃないけど……。

 

「ま、そういう事だから必要でもない時に目立ちまくったりするのは厳禁よ?」

「はい、気を付けておきますね」

「ネプテューヌだったら…うん、絶対無理だろうね」

「ねぷねぷは目立ちたがり屋さんですからね…」

 

そんな話をしながらわたし達は街を出て、国境管理局へと向かう。……あ、そう言えば…

 

「あの、だったらわたしとイリゼさんで空輸するのはどうですか?郊外なら人目もないですし、そっちの方が速い……」

「そ、それは遠慮するですっ!」

「え…こ、コンパさん…?」

「も、もうあんな思いをするのは嫌ですぅ!」

「…ねぷねぷ航空の件がトラウマになってるんだね、コンパ……」

「あれはトラウマになっても仕方ないわ…」

「 ? 」

 

わたしが提案した瞬間、コンパさんはぶるぶると震えだしてしまった。しかもイリゼさんアイエフさんはそれを見て懐かしそうにしながら肩を竦めている。…完全にわたし、蚊帳の外だった。…ねぷねぷ航空って事は、お姉ちゃんがコンパさんにやったのかな…?

 

「ま、まぁそういう事だから空輸は避けよっか、ネプギア…」

「は、はい…」

「ま、一刻一秒を争う訳じゃないものね」

 

という事で、やはり移動は陸路に。わたしも別に「絶対空から行きたいんだもん!」という訳じゃないからすぐに食い下がり、皆に着いていく形となる。

そうして数刻後、わたし達は国境管理局へ到着した。

 

「へぇ…ここが国境管理局…」

「あれ、ギアちゃんは初めてくるですか?」

「はい。お姉ちゃんと出かける時はいつも二人で空飛んで行ったので…」

「そういうところは女神って便利よね、ちょっと羨ましいわ」

「…アイエフも頑張れば飛べるんじゃない?厨二を魔法に昇華させちゃった訳だし」

「厨二ゆーな、あれは狙ってやったんじゃなくて気付いたら出来る様になってたのよ」

「……え…あ、アイエフさんの魔法って厨二病からきてるんですか!?」

「え、ネプギア知らなかったの!?ちょっ、イリゼあんたのせいでネプギアが知らなくてもいい事知っちゃったじゃない!」

「えぇ!?や、それはそうだけど…私責められるの!?」

 

クール&ビューティーの名前が相応しそうなアイエフさんは、真面目で仕事も出来て突っ込みも上手いという、正に『格好良い年上の女性』。…だと、思ってたけど……

 

「……厨ニ病、だったんですか…?」

「うぐっ…そ、そんな悲しそうな目で見ないで……」

「……わたしはアイエフさんが厨ニ病でも、今まで通り尊敬してますからね」

「逆に辛い!そういう気遣いは逆に辛いわよ!…うぅ……」

 

わたしはアイエフさんが落ち込まない様フォローを……した筈なのに、項垂れてしまった。…あ、あれ……?

 

「なんというか…ギアちゃんは真っ直ぐ過ぎですね……」

「ほんと、なんかごめんねアイエフ…」

「えと…わたし何か不味い事言っちゃったんですか…?」

「不味くはないけど…うん、まぁ…気遣いは気遣いだって気付かれない事が大切なんだよ…私もそこまで気遣いは得意じゃないんだけどね……」

 

なんだか微妙な雰囲気になってしまった私達。……という事で、多くの事を見聞きするだろうこの旅でまずわたしは『コンパさんが空輸は苦手だという事』『アイエフさんは厨ニ病だという事』『イリゼさんは気遣いが不得手だという事』を知るのだった。…どうしよう、今のところどうでもいい事と知らない方がいい事しか知れてないよ……。

 

 

 

 

「ネプギアに必要なのはまず、前衛としての目だね」

 

国境管理局を通り、プラネテューヌから出てから十数分後。林道を歩く中でイリゼさんはそう言った。

 

「前衛としての『目』……しゃ、写輪眼辺りを開眼すればいいんですか…?」

「ネプギアはうちは一族じゃないでしょ…というかうちは一族ならもう数回開眼の機会あっただろうし…」

「で、ですよね…それでその、前衛としての目って一体…」

 

一応わたしだってそこそこ戦闘は経験してきたし、戦闘の為の知識だって最低限はあるからイリゼさんが言うのが『戦闘では何を気を付けて見るべきか、どう考えて見る必要があるかというのがあって、それは役割毎に違う』…っていう事だというのは分かるけど、わたしにはそこまでしか分からない。

 

「前衛ね…でもネプギアの場合、必要なのは一概に前衛としての目…とは限らないんじゃない?」

「わたしもそう思うです。イリゼちゃんやねぷねぷと違って、ギアちゃんは女神化したら武器が射撃も出来る…えと…えむぴーびーえる?…になるんですよ?」

「うん、それはその通り。だから私が意識してるのはネプギア一人や私達との連携じゃなくて、候補生同士の時の事なんだよ」

 

あぁ、と納得した様な表情を浮かべるコンパさんとアイエフさん。二人の反応を確認したイリゼさんは言葉を続ける。

 

「ネプギアは確かに遠近どちらかがメインの戦い方じゃないから、ネプギア個人で考えれば一番必要なのは適宜距離を切り替える為の『中衛』としての目。けど、今後ネプギアが共闘する事になるだろう候補生は…長距離からの射撃と超長距離での狙撃を主軸にするユニと、中・長距離から魔法による制圧を基本にするロムちゃんラムちゃんの三人。この三人と組むなら、当然ネプギアは前に出る事になるよね?」

「この面子じゃネプギアしか前衛出来ないものね。後確か、双子はどっちかが攻撃より支援を優先する傾向があるらしいわよ?まぁ後衛って事には変わりないけど」

「勿論私がその場にいれば私が前衛、ネプギアは自分の力を一番活かせる中衛として動くのがベストだけど…私がいつもいる前提で考えるのは、ねぇ?」

 

肩を竦めるイリゼさんにわたしは頷く。状況によってはわたし達が別行動をする事もあるだろうし、イリゼさんが怪我をして戦えなくなる時だってあるかもしれない。だったらわたしも前衛として戦える様にならなきゃだよね。それに、誰かに頼ってばっかりでお姉ちゃんを助けられる訳もないし。

 

「分かりました、わたし前衛としても戦える様に勉強します!」

「その意気だよネプギア。でも半端な能力は身を危険に晒すだけだし、慣れないうちは無理に前に出ようとしなくていいからね?」

「それも分かってます、それでまずはどうすればいいんですか?」

「百聞は一見にしかず、最初は見てくれればいいよ。その為にこの林道選んだんだから」

「あ、もしかして…何か討伐クエストを受注していたですか?」

 

コンパさんの言葉に頷くイリゼさん。その後イリゼさんはきょろきょろと見回して…あった、と声を上げる。

 

「ほら、あそこにあるもの分かる?」

「えと、あれは…人参ですね。……え、人参?」

 

イリゼさんが指差す先に目を凝らしたわたしが見つけたのは、地面から生えている人参らしき茎と葉。…それはいいけど…人参ってこんななんでもない所に生えるものだっけ?少なくとも、わたしが普段食べてる人参は畑で栽培されるものの筈だけど……。

 

「…怪しいわね」

「見るからにおかしいですぅ」

「罠…としてはお粗末過ぎですけど…」

「案外引っかかる人はいるものだよ、駄目と言われたらやりたくなる類いの人とかは特にね」

「あー…お姉ちゃんみたいなタイプが引っかかるんですね…」

 

もしもお姉ちゃんがここにいたら、絶対「あ、何あれ何あれ!ねぇねぇちょっと引っこ抜いてみようよ!」とか言って近付いちゃうだろうなぁ…近付いて触って、罠にかかっちゃうんだろうなぁ……。

 

「ま、要はあれがモンスターの擬態な訳だよ。今ならじっくり狙って攻撃出来るから、遠距離攻撃で叩いてしまうのが一番楽だけど…」

「それじゃギアちゃんのお勉強にならないです」

「そう、だから罠にかかるとします。…コンパ、後衛頼める?」

「勿論いいですよ」

「私は?私も戦えるわよ?」

「アイエフはネプギアと一緒に見ててもらえる?モンスターの数的に、三人じゃ速攻で終わっちゃうから」

「あぁ、ネプギアがよく見られる程度には時間かけなきゃいけないものね…分かったわ」

 

方針が決まり、イリゼさんとコンパさんがモンスターの元へと向かう。当然わたしとアイエフさんはその場で見学する事に。

そうして数十秒後に二人はモンスターの元へ到着。そこから更に一歩出たイリゼさんが人参擬態中のモンスターに触れ、モンスターが地面から飛び出した瞬間…戦闘が開始した。

 

「っとと…分かってる罠に引っかかるのはもどかしいね!」

 

飛び出すと同時に頭突きを仕掛けるモンスターの一群。それをイリゼさんは跳躍する事で避け、それと同時に前に出たコンパさんが早速一体を巨大注射器で貫いた。

 

「顔、特に目線をよく見るのよネプギア。今回重要なのはそこなんだから」

「大丈夫です、分かってます」

 

一体倒したコンパさんは即座に後退。モンスターは味方を倒したコンパさんを当然狙おうとするけど…両者の間に降り立ったイリゼさんがそれを阻止。片手持ちのバスタードソードを手に走り込む。

 

(…これがイリゼさんの戦い方……)

 

返り討ちにしようとしたモンスターの突進を、斜め前に出ると同時に横薙ぎで両断。続いて軽快なステップでモンスターを翻弄しつつモンスター陣の中に入り込み、格闘を含めた戦法で一体ずつ倒していく。

イリゼさんと一緒に戦う事はこれまでにもあったけど、こうしてじっくり見るのは初めてだった。イリゼさんの戦い方は、自らのスタイルを相手にぶつける…というよりも、相手のスタイルや戦法をバスタードソードの持ち替えを基本とした技術で崩していくというもの。お姉ちゃんはそれとは真逆の、身体能力と太刀の切断力を活かした突撃と猛攻で圧倒するスタイルだから、尚更イリゼさんの戦い方は目新しく見える。

 

「残り半分ッ!」

 

攻める…と思いきや退き、牽制…に見せかけた重い一撃を放つ。コンパさんはイリゼさんがモンスターから離れた瞬間や、モンスターの注意が完全にイリゼさんへ向かった瞬間に強襲する。結果一体一体着実にモンスターの数は減っていって、半分を切った辺りからはもう『ずっと俺のターン!』状態だった。

そして……

 

「ふぅ、お終いっと」

 

突き刺されたバスタードソードが抜かれると同時に消滅する、最後の人参型モンスター。他に隠れてるモンスターの影もなく、クエストは完了の様だった。

 

「お疲れ様です、イリゼさんコンパさん」

「はいです。でも殆どイリゼちゃんが倒してくれたですよ?」

「そんな事ないよ。…いや倒した数はその通りだけど、コンパがいいタイミングで動いてくれたから私も余裕持てた訳だし」

「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいですね」

「でしょ?…それでネプギア、見ていて何か分かった?」

 

バスタードソードをしまいつつ、イリゼさんはわたしに問いかける。分かった事、かぁ…えっと……

 

「お姉ちゃんとイリゼさんじゃ全然戦い方が違うんだなぁ…っていうのを最初に思ったんですけど…これは駄目ですか?」

「駄目じゃないよ?前衛としての目…ってのからはちょっと離れるけど、色んな人の戦い方を知って違いを認識するのは為になる事だからね」

「よかったぁ…あの、わたしはイリゼさんとお姉ちゃん、どっちのタイプでしょうか…?」

「そうだね…どちらかと言えば私タイプじゃない?」

「私もそう思うわ、と言ってもイリゼの戦い方は特殊だから参考程度に留めておいたほうがいいだろうけど」

「ですよね、ビームソードじゃ持ち方変えても威力は殆ど変わりませんし…」

 

わたしの武器、ビームソードは見た目剣だけど、実際には焼き溶かす武器だから、鋭く高速で当ててもちょんと触れさせるだけでも斬れ味は変わらない。そもそもわたしのビームソードは柄に内蔵されたバッテリーをエネルギー源にしたビームを刀身として形成する武器で、軽量且つ名工に作られた刀にも劣らない斬れ味を誇る強い装備だけど、エネルギー補充やメンテナンスを怠るとビームの出力が落ちたり刀身が形成出来なくなるし、どんなに刃がボロボロになっても鉄の棒として殴りつけられる実体剣と違って刀身そのものが無くなっちゃえば武器にならない。だから信頼性や劣悪な環境では実体剣の方が現状上で……

 

「ネプギア…地の文地の文……」

「……はっ…!…ご、ごめんなさい…」

「ほんとにギアちゃんは機械大好きですね…」

「お、お恥ずかしながら…」

「同じ様な機械好き…正確には開発好きだけど…もいるし、いいと思うけどね。…こほん、他には?」

 

いつの間にか求められてもいないのに説明を始めていたわたし。造詣が深いものに対してはこうしてつい説明したくなっちゃいますよね……な、なりますよね…?

…それはともかく、今はそういう時間ではない。他に気付いた事といえば…

 

「…これはそんなに自信がないんですけど……あまり、コンパさんの方を意識してない様に見えました」

「あ、いいねネプギア。それに気付けたなら上出来だよ?」

「ほんとですか?やったぁ…!」

 

イリゼさんは戦闘中、モンスターや周りの環境(障害物とか使えそうな物とかに気を付けてたのかな?)にはよく目を走らせていたけど、後衛であるコンパさんの方は一度か二度見た程度だった。…様に見えたけど、それが正解だったみたいでわたしは少し嬉しくなる。

 

「よく見てたね。ネプギアの見立て通り、私は殆どコンパの方を向いてない。それがどうしてかは分かる?」

「えっと…わざわざ見なくても、コンパさんならどう動いてるか分かる位の仲だから…ですか?」

「半分正解、でもそれは見なくてもいい理由だね」

「見なくてもいい…って事は、もう半分は『見られない』…?」

「その通り。ネプギアは優秀な生徒さんだね」

「そ、そんな事…えへへ……」

 

嬉しそうに微笑むイリゼさんに褒められて、わたしまで嬉しくなる。……こうして誰かに一つ一つ指導してもらうのって、久し振りかも…。

 

「中衛や後衛は敵との間に前衛がいるけど、前衛は敵の真ん前にいる事になる。そうなれば当然一番狙われ易いのも攻撃され易いのも前衛だよね?」

「中・後衛が高火力叩き込めば一時的には前衛から注意が逸れるけど…」

「前衛さんは敵を引き付ける事もお仕事ですから、さっきのイリゼちゃんみたいに仕掛けてまた自分が狙われる様にするんです」

「アイエフはともかく、コンパまで説明に入ってくるんだ…やっぱただのナースさんじゃないじゃん…」

「わたしはいつも後衛ばっかりですけど、だからこそ前衛さんがどんな動きをしてるかよく知ってるんです」

「後衛は自然と前衛の動きが見えるものね。私もイリゼ達女神と組む時は中衛や後衛になる事が多いから、結構皆の癖とか分かってるのよ?」

「それもそっか…うん、そうだよね」

 

説明とその補足から一転して、後衛は前衛の事を知れるという話になってしまった。わたしにとってはそれもまた勉強になるけど…こういう話になるとわたしは入れなくなるからちょっと寂しい。……わたしも候補生の皆さんやこれから仲間になってくれる人達と、いつかはこんな感じに話せたりするのかな?

 

「そういう意味じゃ、味方の動きを知りたいならまず後衛を…っと、話が逸れちゃったね」

「あ、大丈夫ですよ。前衛は中衛以降より相手から狙われ易い、狙われなきゃいけない立場だから、後ろへ出来る限り視線を移さない方が良い…って事ですよね?」

「そうそう、ネプギアは飲み込みが早くて助かるよ」

「そんな事ないですよ、イリゼさんの説明のおかげです」

「ふふっ、そうかな?」

「そうですよ、きっと」

「……なんかねぷ子の姉としての立場がぐらついてる気がするわね」

「もしかしたらイリゼちゃんも、ベールさんと同じ様に姉に憧れてたのかもですね」

 

元々わたしはイリゼさんを頼れるお姉ちゃんの友達、物怖じせず話せる女神の先輩として見ていたけど…バーチャフォレストの奥で、わたしの思いを全部吐露した上で一緒に頑張ろうと約束してから、前よりも親密になれた様な気がする。今思えばあの出来事は恥ずかしいものだけど…わたしは胸が軽くなった(ぶ、物理的じゃないですよ!?)し、こうして今に繋げる事が出来た。……人と話す事って、大事なんだね。

 

「じゃ、まとめといこうか。前衛は相手に狙われるし狙われる事が前衛の意義でもあるから、後ろを見過ぎない事が必要。援護や火力支援が邪魔にならない様にするのは後ろの担当が気を付けるべき事で、前衛はとにかく自分を中心にした動きをすればいいんだよ。それに…仲間の人となりを知って、何度も共闘を重ねていけば意識せずとも自然に連携出来る様になるからね」

「分かりました。前衛としてちゃんと戦える様、これから頑張りますね」

「うん。でも、さっきも言ったけど慣れない事は無理にしない事。約束だよ?」

「はい、約束します」

「よし、じゃあ街までもうそんなに遠くないし、行こっか皆」

 

授業の終わりと同時に歩き出すイリゼさん。わたし達も後に続き、遠くにうっすら見えてきた街へと向かって歩みを進める。

今学んだ事は、すぐに強さに繋がる様な事ではないと思う。言うまでもなくこれは複数人で戦う場合の教えであって、そもそも前衛や後衛が関係ない単独戦闘じゃほぼ役に立たないと思う。でも…それが普通なんだよね。強さに近道なんてなくて、一つ一つ積み重ねていくしかなくて、だからこそ沢山のものを積み重ねてきたお姉ちゃん達は強いんだから。だから……

 

(わたしも一つ一つ、積み重ねていかなきゃね)

 

──そう思えた事もまた一つの積み重ね。そう、わたしが気付けたのは…もう少し先の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、前の旅では話と話の間に移動が全部終わってたのに、今回は移動だけで一話使っちゃったですね」

『そこ指摘(する・します)!?』




今回のパロディ解説

・写輪眼
NARUTOシリーズに登場する、三大瞳術の一つの事。ネプギアが写輪眼を開眼したら…瞳の色的にノワールやユニと少し被っちゃいますね。写輪眼は紋様がありますが。

・ずっと俺のターン
遊戯王シリーズで時折登場する、一方的な攻撃(や文字通りターンを渡さない展開)の事。本来ターンバトルの遊戯王ですらこれが起こるなら、普通の戦闘でも起こるでしょう。


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第八話 趣味と仕事と

「わぁぁ…やっぱり、凄い景色……」

 

私の横、感嘆の声を漏らすのはネプギア。きらきらと瞳を輝かせ、食い入る様に街並みを見つめている。ネプギアはそもそも他国へ出向く事が少なく、出向いた時も空路が主だったから、こうして街を横から眺める事が少なかったらしい。

さて、ここで皆さんに問題です!ネプギアが見入ってるのはどの国でしょうか!やはり前々作と同じ流れでラステイションかな?それとも緑豊かで景観もいいリーンボックスかな?はてまた文字通りの銀世界が広がるルウィーかな?さー皆さん分かるかな?正解は……って、え?mk2やRe;Berth2をプレイしてりゃ分かる?ネプギアの性格を知ってりゃ聞くまでもない?…もう、皆さんは夢がないなぁ…まぁその通りですけどね。皆さんの予想は9割正解してると見て宜しいですけどね。えーはい、正解は……

 

「ふぅ……着いたね、ラステイション」

 

はい皆さんせいかーい。よしこの話終わりっ!変な雰囲気になっちゃったしお終いっ!

 

「プラネテューヌはやっぱり最先端過ぎると思うんです。色合いも綺麗ですし、自然も街に上手く溶け込んでますけど……そのせいで機械らしさ、工業らしさが無くなってしまってるというか…」

「…機械オタにはバリバリ工業チックなラステイションの方が燃える、と?」

「そういう事です!」

 

目をきらっきらさせたまま詰め寄ってくるネプギアに若干気圧される私。普段は姉であるネプテューヌよりも落ち着いていて、遠慮や気遣いの出来るネプギアだけど…ほんとに機械やそれ関連の事が出てくるとキャラが豹変するし、その面はそんなしょっちゅう出てくる訳じゃないからどうしても慣れない。…その点だけに関しては、ネプギアは生まれてくる国間違えた可能性あるよね…。

 

「…あ、そういえば…お姉ちゃんが初めてここに来た時はどんな感じだったんですか?」

「えーっと…疲れて肩で息してたですね」

「へ?」

「あー、そうだったわね。その時はねぷ子だけじゃなく私達全員だったけど」

「へ?へ?」

「いやぁ、調子に乗って競争なんてするもんじゃないって勉強になったよね、あの時…」

「へ?へ?へ?」

 

私達はネプギアの質問に答えていた筈なのに、ネプギアはむしろ訊く前よりぽかーんとした表情を浮かべていた。…まぁそんな顔されたら普通に説明するよね。

 

「競争したんだよ、競争。プラネテューヌからね」

「あ、そういう事ですか……え!?この距離をずっと走ってたんですか!?」

「それは流石にないわよ…それでも結構な距離競争した覚えはあるけど…」

(…皆さん多かれ少なかれしっかりしてるのに、どうして時々お姉ちゃんと同レベルの事しちゃうんだろう……)

 

いやー、しょうもない事やっちゃったよねぇ…と私達が思っていたらネプギアは、何というか…呆れた様な表情を浮かべていた。……うん、分かるよその意図は。でもね…

 

「……この一行にいたら、誰だってそういう人間になっちゃうんだよ」

「い、嫌な呪いですね…」

「…案外慣れると面白いものだよ?」

「は、はぁ……」

 

某漫才コンビ的に言えば『クセが凄い』私達パーティー。完全にアレ、って事はパーティーメンバー全員が自覚してるけど…一回突き抜けるともう楽しくなっちゃうんだよね。きっとネプギア達候補生組も犯罪組織を壊滅させる頃には完全に染まってるよね、うん。

……っと、いつまでも街の前で突っ立ってても仕方ないね。

 

「さ、そろそろ入ろうか」

「あ、はい。…えっと、ラステイション滞在中って少しは自由時間ありますよね…?」

「あらネプギア、もしかして機械漁りでもしたいの?」

「……実は…はい」

「ふふ、ギアちゃんは正直ですね」

「素直なのはいい事だね。安心してネプギア、犯罪組織がこっちの意図に気付けない様それなりに自由時間や娯楽にうつつを抜かす時間は用意するつもりだから」

 

時間がある、と聞いた瞬間安心した様な表情を浮かべるネプギアに、私達は微笑ましいなぁと感想を抱く。ネプテューヌ達の状態を考えれば一日でも早く助けるべきだけど…今のままじゃまだ助けられない。可能性はゼロじゃないけど、まだ分の悪過ぎる賭けをする様な時期じゃない。だから守護女神救出は長期的作戦になるし、そうなれば休憩や息抜きを適度に入れなきゃパフォーマンスに支障が出てきてしまう。こういう事情もあるし、ネプギアに今話した理由もあるし…それに私達が独自に行なっている事もある。だから、自由時間を作るのはだらけでは断じてない。

 

「…あ、でもまずは教会に向かうよ?教会と候補生の協力は早めに取り付けたいから」

「そこまでわたしも娯楽優先にしたりはしませんよ…でも、楽しみだなぁ…色々見て回りたいなぁ……」

「…これがお菓子屋さんやお洋服屋さんなら、年頃の女の子っぽいですけど…」

「実際は工場やジャンク屋なんでしょうね…」

 

中央通りを通って教会に向かう私達。自然と会話も教会絡みのものとなり、そこからラステイションの教祖と候補生の話になる。

 

「ケイさんとユニさん…わたし、お二人と仲良く慣れるでしょうか…」

「うーん…ケイさんはちょっと難しいかも。私もケイさんとそれなりに信頼関係結べてると思うけど、仲良いかと言われたら微妙だし…」

「ノワールもだけど、ラステイションのトップって良くも悪くもお堅いのよね」

「ケイさんは特に出来るビジネスマン、って感じです。…あ、でも女の子だから、出来るキャリアウーマンです…?」

「ま、まぁ女神は他国の女神と自国の教祖と仲良ければ何とかなるし、ケイさんの方は信頼関係さえ作れれば大丈夫だと思うよ?」

 

彼女の場合、信頼関係作るのも容易じゃないけど…とまでは言わずに言い切る。会う前にこんな事言うのは余計な不安を煽るだけだし…ケイさんはケイさんなりに優しいし筋は通してくる人だから、必要に駆られでもしない限りこんな事は言いたくない。……まぁ、可愛い服を無理矢理にでも着せて街中を連れ回せば少しは女の子らしい面を見せてもくれるんだけどね。

 

「じゃあ、ユニさんの方は…」

「そっちはもっと楽だと思うよ?…と言っても、ユニは上下関係きっちりするタイプっぽいから私とネプギアじゃ対応違うかもだけど…」

「でも、ギアちゃんとユニちゃんは生まれた時期も外見年齢も近いですし、普通に仲良くなれる気がするです」

「性格真逆なねぷ子とノワールも今じゃ仲良しだし、何とかなるわよきっと」

 

ネプテューヌ(私達)とノワールの出会いは今の仲間の内でも最悪レベルのもの。そんな二人が今や大の仲良し…というかノワールは私と同じくあんまり一般的じゃない恋愛の扉開きかけてる訳だから、出会いは至って普通の二人が仲良くなれないとは思えない。……と、思ったところで教会に到着。私達の訪問についてはイストワールさんが予め連絡してくれている筈だけど…。

 

『……うーん…』

「……?入らないんですか?」

「いや、まぁちょっとね…」

 

少しばかり身構えてしまう、私とコンパとアイエフ。思い出しているのは初めて教会に来た時の事。大丈夫だとは思うけど……大丈夫だといいなぁ…。

 

 

 

 

「やぁ、待たせてすまないね。まずはわざわざご足労頂いた事に礼を言うよ」

 

ラステイション教会に到着してから十数分後。職員さんに案内された応接室でお茶とお茶菓子をつまみながら待っていたところで、教祖のケイさんがやってきた。……そう、丁重に挨拶され、きっちりと案内され、丁寧にお茶とお茶菓子まで用意してくれて、その上でちゃんと教祖が来てくれたのである。

 

『…前とは大違い(だ・です)……』

「そこに感銘を受けないでくれ……」

 

初めてラステイションの教会に来た時は、教会がアヴニールに占拠されてた事もあって酷い対応だった。その後も何度かラステイション教会には来てるから同じ対応される訳がないとは分かっていたけど…あの時と似た状況という事もあり、私達はつい身構えてしまっていた。……ま、当然結果はこうなんだけどね。

 

「そういえば、あの時の職員さんはどうなったです?」

「当然アヴニールに送り返したさ。そのアヴニールも今や国営企業だから、彼が退職していなければ今もアヴニールにいるだろうね」

「あの愛想の無さでアヴニールの営業とか人事とかしてたら驚きね。元は技術者だったのかしら」

「さぁ、どうだろうね。…さて、そんな事より早く本題に入ろうか。このご時世、時間を無駄にはしたくない」

「相変わらず仕事人間なんですね…」

「相変わらずも何も、僕は元からこういう人間さ」

 

眉一つ動かさずそんな事を言うケイさん。横を見ればネプギアが『こ、こんな人に信頼してもらえるのかな…』みたいな感じに表情が固まってしまっている。……うーん…前にノワールが懸念してた事もあるし、ここは一つ手を打とうか。……よし、

 

「…ほんとに仕事一本なんですか?」

「この僕に仕事以外の面が見受けられるかい?」

「えー…主に白のワンピースとブレスレットを着ると女の子らしい面が…」

「よし、少し最近教会の近くに出来たケーキ屋の話でもしようか。それか君達の雑談を聞くのもいいかもしれないね」

 

またもケイさんは眉一つ動かさず……でもよく見ると冷や汗かきながら、今度は私達にガールズトークを提案してきた。…女の子が女の子らしくするのは何も恥ずかしい事じゃないのに……。

 

「…まぁ、こんな感じだから安心してよネプギア」

「えっ、と…安心というかむしろ、イリゼさんの悪どい面を知ってなんとも言えない気分に……」

「…そ、そう……」

「あ…イリゼちゃんがちょっとしゅんとしちゃったです…」

「これに関しては自爆としか言えないわね…」

 

う、うぅ…自分にも悪どい面があるって事は百も承知だったのに、いざネプギアに言われるとメンタルにダメージある!分かってても辛いねこういうの!

そこから数分後。ちょっと遠回りになった(まぁまぁ私のせい)けど、本来すべき話が始まる。

 

「……こほん。ではまずはギョウカイ墓場での一戦と我々の目的についてを。本来ならばプラネテューヌの女神候補生であるネプギアが話す事だけど……」

「彼女はまだ的確に説明出来るだけの経験がない、という事だね。構わないよ」

「助かります。…出来るなら次はネプギアにしてもらうから、ちゃんと聞いててよ?」

「は、はい」

 

こういう政務上の会話はこれまで殆ど守護女神であるネプテューヌが行ってきたから、ネプギアにその経験はほぼない。勿論リーンボックスとルウィーでも私が説明しちゃうのが一番楽だけど…そうはいかない。形式だとか、決められた手順だとか、そういうものを遵守するのが政治で、それを『無駄』なんて言って省略撤廃してしまえば少しずつ体制に綻びが生じてしまうからね。

と、いう事で説明する事数分。

 

「…以上より、私達は四ヶ国…特に女神候補生の徹底した協力と巡業による信仰の回復が必要と思い、ここへとやって来た…という事です」

「…うん、了解したよ。結論から言えば、教会の協力については全面的に同意さ。ラステイションも余裕の状況…という事ではないけど、信仰の回復と守護女神の奪還は一刻も早く行いたい事だったからね。取り敢えず、ラステイションで活動する内は教会を拠点にしてくれて構わない」

「ありがとうございます、ケイさん」

 

手を差し伸べ、握手を求めてきたケイさんの手を握る。これでまずは教会の協力を得る事が出来た。…けど、少し気になるニュアンスでもあった。教会の協力については、という事は……

 

「…それで、候補生の協力は……」

「うん、その事については…僕の口からは、難しいとしか言えないね」

「…難しい?」

「勿論、犯罪組織に味方してるという事じゃない。ユニも信仰の回復と守護女神奪還には賛成な筈さ。…けど、君達に協力してくれるかどうかは分からないという事さ。…まぁ、これは本人に聞いてみるのが一番分かり易いだろうね」

「じゃあ、そのユニは…」

「今は外で活動中だよ。どんなに遅くとも夜には戻ってくる筈だから、それまでここで待機なり観光するなりしていて待っていてくれるかい?」

 

協力を得るのは一刻一秒を争う程の事ではないから、待ってほしいという言葉にはそのまま頷く私達。だけど、内心ではケイさんの言葉について思考を巡らせている。

私達と同じ目的を持っているのに、協力してくれるかどうか分からない。一般的に考えればまず思い付くのは『本人じゃないから絶対とは言えない』という保険的なものだけど…その様なニュアンスには聞こえなかった。だとすれば…協力出来ないのは目的じゃなくて『私達』……?

 

「…さて、じゃあ僕は仕事に戻るよ。何かあれば連絡をしてくれればその都度対応しよう」

「はい、何かあれば連絡します」

「……そうだ、ネプギア。…ユニの事を、頼むよ」

「…へ?」

 

応接室の扉を開けたケイさんは、そこで思い出したかの様にそんな事を言った。頼むとは一体どういう事なのか、何故私達ではなくネプギアなのか…私達はそれが気になってたけど、それを聞く前にケイさんは応接室を出て行ってしまった。

 

「…まぁ、教会の協力を得られただけで上々ね。入る前も言ったけど、ノワールも最初はとても仲間になれそうな雰囲気じゃなかったし」

「ですね。とにかくまずは会ってみなきゃです」

「でも、そのユニさんは外出中…」

「うーん…ま、ここまで歩き続けてきた訳だし、早速だけど夜まで自由行動にでもする?ネプギア的にはその方がいいでしょ?」

「え?い、いや別に…と言ったら嘘になっちゃいますけど…」

「だよね?二人共それでOK?」

「はいです」

「私も構わないわ」

 

という事で、私達は休息を兼ねて自由行動とする事に決定。さて、それじゃ私はどうしようかな……。

 

 

 

 

ラステイションの中央通りはプラネテューヌと同じく観光客を意識した、華やかしい作りになっています。でも、そこから暫く離れた、工業団地となると……

 

「〜〜♪」

「楽しそうだね、ネプギア」

「はいっ!」

 

右を見ても左を見てもTHE・工場。プラネテューヌの工場も格好良いけど、ラステイションの工場も工場らしさがあっていいなぁ。あっちは部品メーカーかな、それでこっちは多分外装メーカー。それであそこの大きい所は……

 

「ネプギアー、足止まってるよー?」

「あ…す、すいません。つい…」

「ほんと楽しそうだねぇ」

「見るだけじゃなく、作るのも好きなんですけどね。…でもすいません、わたしのしたい事に付き合わせちゃって…」

「気にしなくていいよそれ位。それに、場所よく分かってないネプギア一人を行かせて迷子になっても困るしね」

 

そう、別にイリゼさんも工場に興味がある訳じゃない。ただわたしの行きたい場所…シアンさんの工場『パッセ』に興味があったけど行った事のなかったわたしの為に、イリゼさんはわざわざ案内役を申し出てくれたのだった。

 

「…シアンさんって、ノワールさんと仲良いんですよね?」

「そうだね、シアンとの付き合いは私達よりノワールの方が長いし」

「なのにパッセはただの一企業なんですか…」

「あー…それは確か、お互いお金や利益の為に友達になったんじゃないんだから、女神や教会の力でパッセを大きくしたくはない…って事だったと思うよ?」

「…なんか、そういうのって格好良いですね」

「同感だよ、さて…ここだよネプギア」

 

足を止めたイリゼさんの前には居住区と工場。イリゼさんの顔を見ると『ここに来るのも懐かしいなぁ…』みたいな表情をしていた。

直接話した事は殆どないけど、シアンさんは優秀な技師で、ラステイションの博覧会で結果を出した上に、MG完成の立役者でもあるらしい。そんな人と話が出来るなら、それはきっととても楽しい経験に……

 

 

 

 

────と、思っていたのに…

 

「すみませんね、イリゼ様にネプギア様。娘は丁度出かけておりまして…」

 

シアンさんは、何やら素材調査の為に出かけているみたいだった。うぅ、ユニさんといいタイミングが合わない……。

 

「いえ、連絡もなしに来たこちらの落ち度でもありますのでお気になさらないで下さい」

「そう言ってもらえるとこちらも助かります。…ところで、何故今日はここに?」

「それはですね、ネプギアが機械に興味がありまして…」

「あ…そうなんです。わたしは……って、あれ…?」

『……?』

「…あの、貴方はシアンさんのお父さん、なんですよね…?」

「えぇ、そうですよ?」

「って事は…MGの基礎設計を生み出したシアンさんのお父さんって貴方の事ですか!?」

「へ?……や、まぁそう、ですが…」

「ネプギア…興奮するのは分かるけど、同じ質問二度しちゃってるよ…?」

「しちゃいますよ!だって基礎設計者なんですよ!?プラネテューヌのMGもラステイションのMGも、この人から始まったと言っても過言じゃないんですよ!?」

 

シアンさん当人には会えなかったけど、代わりに同じ位凄い人に会えて興奮するわたし。もう、どうしてわたしはこの人の事を失念していたのかな。わたしのお馬鹿!

 

「あのっ、お話聞かせてもらっていいですか?誕生秘話とかあったりするんですか?」

「これはまた…面白い子ですね、ネプギア様というのは」

「はは…シアンと気の合いそうな子でしょう?」

「ですねぇ。それに、俺とも気が合いそうです。なにせ…俺もまた、機械が好きで、作るのが好きでこの世界に足を踏み入れたんですからね」

「じゃあ……!」

「お話しましょうじゃないですか。俺の…いやメカ好きの浪漫、人型ロボットの生まれる経緯を!」

 

──こうして、話は始まった。

 

「やはり難しかったのは『人型である理由』ですね」

「ですよね!人型は生物だから、人だから有用であってロボットじゃ器用貧乏になるかそもそも動かないかですもん!」

「そういう事。そこで俺も行き詰まっていた訳ですが…ふっ、そこに答えを出したのがサンジュとアヴニール…キラーマシン、という事ですよ」

「……!」

「俺は人をそのままスケールアップして作ろうとしていた。けど、考えてみれば当然の話なんすよね。人と人型ロボットはサイズも役目も全く違う、なら…ただスケールアップして上手くいく筈がない。むしろ、同じ比率にする必要自体がない訳ですよ」

「勉強になります!正に『MGは自由なんだ』って事ですね!」

「……えーと、MGの話するのってそんなに楽しい…?」

『勿論っ!』

「ま、まぁそう思うから盛り上がってるんだよね…うん、熱量はよく伝わってくるよ…」

 

何やら圧倒されているイリゼさんを他所に、わたしとシアンさんのお父さんとの話は続く。何年も工業に携わっていただけあって、知識量も経験もわたしよりずっと格上のお父さん。ふふっ、男の人とこんなに熱く話すのなんてこれが初めてかも。

 

「いやぁ、ここまで理解ある女神様がいるとは驚きましたよ。後でうちの工場見学していきます?」

「い、いいんですか?」

「構いませんよ、それにここまで造形のあるネプギア様なら、案外うちのマシンの改善点を見つけてくれるかもしれませんからね」

「そんな事……あったらそこ分解していいですか?」

「それは流石に…」

「で、ですよね…でも見学させてくれるだけでも嬉しいです!ありがとうございます!イリゼさんイリゼさん、いいですよね!?」

「う、うん…でも夜には教会に戻る事忘れないでね…?」

「あ……っ」

 

つい、言ってしまった「あっ」という言葉。それを聞いた瞬間イリゼさんはジト目に。……い、言い訳したら誤魔化せたり…

 

「しないよ?」

「…ごめんなさい……」

 

出来ないみたいです。はい、忘れてました。…反省しよう、うん……。

 

「あー…ここは俺に免じて…って言える程大層な人間じゃないですが、許してやって下さい。俺が乗せちゃった面もありますし」

「いや、まぁ説教しようとまでは思ってませんけどね。ただ私達はユニと話さなければならないので…」

「ユニ様と?それはまた奇遇ですね」

『…奇遇?』

 

思いもよらない言葉に顔を見合わせるわたしとイリゼさん。奇遇、って一体なんだろう…ユニさんもここに来てたとか?それか、シアンさんもユニさんを探してたとか…?

そうわたしが予想してる中、お父さんは言う。

 

「そういや言ってませんでしたね。シアンの素材調査にユニ様が着いて行ってくれたんですよ、護衛役を引き受けるってね」

『えぇ……?』

 

────世の中、凄い奇遇というものがあるんですね…。




今回のパロディ解説

・某漫才コンビ、クセが凄い
漫才コンビ、千鳥とその一人、ノブこと早川信行さんの代名詞的突っ込みの一つの事。クセが凄いというか捻りまくりのパーティー、そのトンデモ力は凄まじいです。

・MGは自由なんだ
ガンダムビルドファイターズ全体における重要なフレーズ、『ガンプラは自由』のパロディ。MGだって自由なんです、ロボ好き作者の理想と妄想が詰め込まれてるんです。

・「……えーと〜〜楽しい…?」『勿論っ!』
同じくガンダムビルドファイターズの第十五話Cパートラストのやり取りのパロディ。いや別にネプギアとシアン父がMG直してる最中だったりはしませんけどね。


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第九話 とある騒動、とある意思

──ラステイションの一角。街外れの雑木林へと向かうわたしとイリゼさん。十数分前、ここではある戦闘が起きていた。

 

「…あの、イリゼさん」

「どうかした?」

「…確認したい事、って何ですか…?」

 

偶然、わたし達の近くで起きた騒動。幸い(?)わたし達が出る事なくそれは終息したけど…それが終わった後、イリゼさんは「確認したい事がある」と言って歩き出した。…あまり、普段のイリゼさんらしくない表情を浮かべながら。

 

「少し、ね。私一人でも問題ないし、ネプギアは着いて来なくても大丈夫だよ?」

「…着いて来てほしくない事なんですか…?」

「あ…いや別にそういう事じゃないよ。ほんと単に私一人で済むから、ってだけ」

「なら、着いて行きます。わたしもイリゼさんが気になってる事、気になりますから」

 

まだ、これは推測に過ぎないけど…イリゼさんが確認しようとしてる事は、わたしにとっても知っておくべき事な気がする。その内容は、女神候補生として考えなきゃいけない事の様な気がする。だって……その騒動というのは…ユニさんと犯罪組織の戦闘だったんだから。

時間は数十分程遡る。

 

 

 

 

「…あれ、何だろうあの人だかり……」

 

シアンさんのお父さんと熱い談義を交わした後、わたしとイリゼさんは街中を散策していた。…工場見学?それはまた今度です。だって、今から工場見学始めたら絶対帰るのが遅くなっちゃいますもん。

そんな中見つけた人だかり。街の賑わっているところならともかく、どちらかといえば町外れな場所で出来ていた人だかりにわたしは興味を惹かれた。

 

「うーん…チンドン屋さんが来てるとか?」

「な、懐かしい響きですね…わたしは実物見た事ないですけど…」

「わたしも無いよ?だからきっと違うんだろうね」

「えー…じゃあどうしてチンドン屋って……」

「…思い付いちゃったから?」

「えぇー……」

 

まぁ行ってみようか、と言って人だかりの方へ向かうイリゼさん。対するわたしはボケかどうかすらよく分からないネタに困惑気味。…さっき全く会話に入れなかったからその分積極的に話したかったとかかな……。

 

「…あんまり見えませんし聞こえませんね」

「男女入り混じる人だかりだと、どうしても私達女の子は後列じゃ見えないもんね。…そういえば、前にリーンボックスのゲーセン前でもこんな人だかりに遭遇したなぁ…」

「へぇ、その時はどうしたんですか?」

「石垣を足場に跳んで人だかりの中央に躍り出たね」

「な、中々アグレッシブな事したんですね…」

「私も躍り出た後は恥ずくなったけどね。結果マベちゃんと鉄拳ちゃんに会えたからやって良かったけど」

「……じゃあ、今回もやるんですか?」

「それは…どうしようかな……」

 

わたしがそう訊くと、イリゼさんは考え込み始める。それを「あ、考える余地はあるんだ……」なんて思いながら見ていると……断片的ながら、人だかりの中央からの声が聞こえてくる。

 

「……なのです……から、我々……えたいと思って……れが、マジェコンヌの……」

「え……っ?」

 

それが聞こえた瞬間、わたし達は目を合わせる。

 

「い、イリゼさん今…マジェコンヌって……」

「聞こえたね…まさか、犯罪組織の勧誘演説…?」

 

マジェコンヌ。それは暫く前まではマジェコンヌさんの名前で、少し前からは犯罪組織の名前にもなった名詞。マジェコンヌ、という言葉だけでこれが犯罪組織の勧誘演説だと判断するのは早計かもしれないけど…少なくとも、このご時世で人だかりが出来る程の事をしている人がその名前を出したのなら、それは何かしら宜しくない事である可能性が高い。

そう思ったのはイリゼさんも同じみたいで、わたしへと視線で合図を出してくる。それに私は頷き……二人して人だかりへと突入する。

 

「す、すいませーん!ちょっと通して下さーい!」

「むぎゅー…い、イリゼさぁん……」

「は、離れない様にどこか掴んでネプギア!」

「は、はい!えーと…これっ!」

「ちょおっ!?それスカート!捲れるから!この場で掴まれたら捲れるからっ!」

『え!?』

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁああああっ!?」

 

スカート捲れる、と言った瞬間注目(した人の大部分は男性)され、イリゼさんは悲鳴を上げる。それよりも前に私が掴んでしまったらしいスカートを手放したから、イリゼさんは公衆の面前でパンツを公開する事にはならなかったけど…イリゼさんの顔は真っ赤になっていた。……ごめんなさい、イリゼさん…。

それはそうとして、何とかそこそこ前へ出る事が出来たわたし達。それまでは断片的だった演説も、はっきりと聞こえる様になる。

 

「…さい!今の守護女神様達は守護女神戦争(ハード戦争)を終結に導いたと褒めそやされていますが、そもそも守護女神戦争(ハード戦争)自体、事の発端は女神様達だった筈です!女神様達はただ発端として責任を果たしただけ!子供ならいざ知らず、一国の長が当たり前の事をするだけで評価されるなど、あってはなりません!」

「…無茶苦茶な事を…と、言いたいけど…一応は筋が通ってるね……」

 

演説を行う男性に鋭い視線を向けているイリゼさん。わたしは守護女神戦争(ハード戦争)の発端を詳しく知らないから何とも言えないけど…あの人のいう事に嘘がないのなら、確かに無茶苦茶な事は言ってない様に思える。でも……

 

「…ほんとに、あの人の言う通りなんですか…?」

「言う通りだよ。でも、発端は当代じゃなくて先代の守護女神だし、更に言えばそれも犯罪神が大元の原因だから、犯罪組織がそれを糾弾するのは完全に自分達の事棚に上げてるよね。…最も、そんな言い訳が通用しないのが一国の長な訳だけど」

「それって、言い訳なんですか?…どうして責任ある立場の人は、当然の反論を言っても駄目なのかな…」

「上の立場になればなる程、しがらみも責務も増えるからね。女神は実力次第じゃ自由にやれるけど……信仰無くして女神は成り立たないからね」

「難しいですね、女神って…」

 

わたしの記憶の中にあるお姉ちゃんは、しがらみや責務とは無縁だった様な気がするけど…もしかしたら、わたしの知らないところでそういうものに頭を悩ませてたりしたのかな。

 

「…さて、それはそうとしてどうしようか」

「どうしよう…って何をですか?」

「この状況を、だよ」

「…止める訳にはいかないんですよね?」

「うん。こういう演説は宗教の自由の範囲内だからね。あからさまに女神や信者を誹謗中傷したら問題だけど、正否はともかく理論立てた批判なら取り締まったりは出来ないかな」

「でも、わたし達としてはありがたくない事ですし…」

「そうなんだよね…私が顔割れしてないなら、一般人に扮して反論をするところだけど……ん?」

 

何か気になった様な声を上げたイリゼさん。何が気になったんだろう…と一瞬わたしも思ったけど、すぐに人だかりの端で何か騒ぎが起きてる事に気付く。そして、その騒ぎも──一人の悲鳴によって、原因が明らかになった。

 

「ひっ……も、モンスターだぁぁぁぁっ!」

『……!?』

 

その悲鳴が響いた瞬間、騒ぎは人だかり全体へと走る。街外れとは言え、街の内側に突然…しかも人が集まっている所にモンスターが現れたら、普通の人が慌ててもおかしくない。…って、そんな冷静な考察してる場合じゃないよ!

 

「イリゼさん!」

「うん!でもこの人数だと…わわっ…!」

 

急いでモンスターがいると思われる方向に向かいたいわたし達だったけど…逃げようとする人達に押されて上手く進めない。女神化すれば押し退けて前に出られるけど…そんな事したら、転んで怪我する人が何人出るか分からない。

 

「……っ…こうなったら一回流れに乗って人だかりから出るよ…!」

「分かりました、とにかくすぐ動ける様にならないと……」

 

急がば回れ。無理に前に出るよりも、一旦自由に動ける場所に移動してから女神化して戻った方が早い。そう判断して反転しようとしたわたし達だけど……そんな中、一つの声が聞こえてくる。

 

「め、女神様はいないのか!?こういう時国民を守ってこその女神様なのに、来ないじゃないか!やはり、女神様は過剰評価されていたんだ!」

「な……っ!?」

 

その声の主は、さっきまで演説をしていた人。その言葉にわたしは、反射的に声を上げそうになった。だって、その論は無茶苦茶だったから。騒ぎが起きてからまだ数分、だった数分で事態を知って駆けつけるなんて、それこそわたし達みたいに偶然居合わせでもしない限り、出来る筈がない。なのにそんな事を言うなんて、それじゃまるで最初から女神を貶めたいという気持ちがあるみたいな……

 

「……!…そっか…だからここにモンスターが…」

 

…そこで、わたしは気付いた。そうだ、その通りだったんだ。あの人は初めから女神を貶すつもりで、だから演説をしてたんだ。演説の最中に襲われれば、女神への非難も正しい言葉の様に聞こえるから。だとすれば、きっと今現れてるモンスターも犯罪組織が用意したもの。普通の人は犯罪組織の裏側を知らなくて、このモンスターの襲撃が犯罪組織によるものだとは考えないから、自演自作を疑われる事もない。…その言葉からは想像もつかない程、卑劣な手段だった。

 

「イリゼさん!出来れば演説してた人を捕まえましょう!あの人はモンスターの襲撃を承知で演説をしていた可能性が高いです!」

「マッチポンプ、って事ね…!」

 

わたしの推測をイリゼさんが察してくれたところで、わたし達は人だかりからの脱出に成功する。

まずわたし達がすべき事はモンスターの討伐。その間にあの人は逃げちゃうかもしれないけど…だからって人を襲うモンスターを無視なんて出来ない。犯罪組織の悪行を掴む事はまた出来るかもしれないけど、死んだ人は生き返ったりしない。だったら…ラステイションの人を助けなきゃ!

そう思い、わたしとイリゼさんは女神化しようとする。そして、女神化しようとして……わたし達は、空からの光芒に目を奪われた。

 

『────え?』

 

わたし達二人の、わたし達と同じ方向を向いていた人達の声が重なる。そうして、気付く。空からの光芒が、ビーム攻撃である事に。

一射だけに留まらず、次々と放たれる上空からのビーム。そのビームの標的は…モンスター。人とモンスターが混じり合う様な状況でありながら、的確にモンスターだけを狙って撃ち抜いている。

 

「こんな事が出来る人なんて…」

「…女神位しか、いないよね」

 

わたしより一足先に視線を地上から空へと移していたイリゼさん。イリゼさんの視線の先には……銀色の髪と翡翠色の瞳を持つ、長大なライフルを構えた一人の少女。ここからは距離があるけど…間違いない。あれは……

 

「ユニ、さん…」

 

空からの一方的な攻撃で着実にモンスターの数を減らしていく、女神化状態のユニさん。元々大量にいた訳ではなかった事もあって、気付けばモンスターは残り一体となっていた。勿論、そのモンスターも、直ぐにユニさんに撃ち抜かれて消滅する。

モンスターの消滅により、一瞬静かとなった人だかり。けど…ユニさんは、そこでライフルを降ろす事なく今度は近くの雑木林へと砲口を向ける。

 

「…よくもまぁ街でやってくれたわね…そこに隠れてるのは分かってるわ!モンスターの後を追いたくなければ出てきなさい!」

 

女神の登場とモンスターの制圧、そして何よりもう結構な人数が逃げた事でわたし達二人にもはっきりと見えてくる雑木林。そこへ目を凝らすと……居た。木に半身を隠してるからはっきりとは見えなかったけど、そこには複数の人影があった。そして……数瞬の後、人影は一斉に逃走する。

 

「ち……っ!」

 

投降してくれれば幸い、と思っていたのかそれに舌打ちをするユニさん。ユニさんは舌打ちして、次に高度を落として……撃った。

 

『……っ!?』

 

まさか撃つとは思っていなかったわたしとイリゼさんは目を剥く。その間にもユニさんは弾丸を(切り替えたのか今度は実弾だった)放ち、それは人影が雑木林の奥へと消えてしまうまで続いた。

結局、有効打はゼロか当たっても擦り傷程度に終わった様に見える、ユニさんの射撃。でも……この時のユニさんの射撃は威嚇射撃ではなく、明らかに『人影を狙った』射撃だった。

 

 

 

 

それが、ここで起きた事の顛末。ユニさんは完全に見えなくなった人影を追う事まではせず、その後はこの場に残っていた人に安否確認と注意喚起をして、教会の方へ飛び去ってしまった。そうして、話は冒頭へ戻ります。

 

「……あった」

 

雑木林に到着したところで足を止め、木を触るイリゼさん。その触っている木には、一発分の弾痕が。

 

「…そういえば、ネプギアって実弾銃の知識はあるんだっけ?」

「えっと…普通の人よりはあると思いますけど、わたしの武器はあくまでビーム主体なので…」

「だよね。ふぅむ…」

 

弾痕を眺めたり、弾が埋まった事で出来た穴に指を突っ込んだり、頑張って取り出そうとしたり(結局出来てなかったけど…)して、イリゼさんは何かを調べている。…もしかして……

 

「…ユニさんが殺意を持って攻撃していたかどうかを調べてるんですか?」

「当たり。どう見ても逃げる人を狙ってたからね。でもこの様子だと…暴動鎮圧用とかの殺傷性が低い弾丸か…」

「だと思いますよ。それに、もしほんとに殺意があったなら、この木位簡単に貫ける威力の射撃をしてる筈です」

「そう考えるとユニは…殺す気は無いけど、怪我させて動けなくする意図はあった…ったところかな」

 

納得がいった様子で頷くイリゼさん。イリゼさんの気になる事が解明出来たのは良かったけど…今度は、ユニさんの事で思うところが出来る。

ユニさんとわたしはそこまで仲良しだった訳じゃ無いけど、こんな容赦ない人じゃなかったと思う。……いやギョウカイ墓場での戦いの時は、ブランさんを思い出す名前のバルキリーパイロットさんばりに初撃からモンスターにヘッドショットかましてた気がするけど…それでも、人に対して容赦無く撃つ様な印象はなかった。そんなユニさんがここまで容赦なくなったのは…きっと、わたしが消沈したり変に気負ったりしたのと同じ理由。だからそれは分かるけど……でも、それは正しい事なのかな…敵だからといって、戦闘意思がない様に見える相手に容赦無く撃つ事は正しいのかな……。

 

「…良かったよ、ネプギアがそういう顔してくれて」

「へ……?」

 

無意識に考え込んでいたわたしの耳に聞こえてくる、イリゼさんの声。わたしがそれに気付いて顔を上げると、イリゼさんは少し安心した様な表情をしていた。

 

「ユニのスタンスについて考えてたでしょ」

「…もしかして、顔に出てました…?」

「出てた出てた。ネプテューヌもだし、姉妹揃ってほんと表情に出易いよね」

「うっ…でもイリゼさんもそこそこ顔に出易いじゃないですか…」

「そ、そうだっけ?…まぁとにかく、ネプギアがユニのスタンスを肯定する様子が見られなくて安心したよ」

「それは……答えが出せてないだけです。ユニさんが正しいのか、間違ってるのか…」

 

人道的…なんてそれっぽい言葉を使うつもりはないけど、そういう考え方でいけば、ユニさんは間違ってる様に思える。けど、まだまだ勉強中のわたしでも女神は普通の考え方だけじゃやっていけないって知ってるし、威嚇だったとはいえわたしだって逃げる下っ端を攻撃した。でも、じゃあユニさんは正しかったのかと言われるとそれもまたすぐにはそうと言えなくて……。

そうしてまた思考の迷宮に迷い込みそうだったわたしだったけど、イリゼさんは「それでいいんだよ」と続ける。

 

「こういう事に明確な正解なんてないからね。強いて言えば、自分できちんと考えて導き出したものがその人にとっての正解なんだよ。だから、答えが出せてない事を恥じる必要はないよ。答えを出せてない、って事はつまりどうでもいい事とは考えてない訳でしょ?」

「…はい。わたしなりによく考えてみたいと思います」

「それがいいよ。じゃあ、そろそろ教会に戻ろうか。ユニが教会に帰ったのならケイさんが待つ様話してるだろうからね」

「そうですね。行きましょうか」

 

いつの間にか日が落ちかけてるなぁ…とわたしは空を見て思いながら、イリゼさんと教会に戻る。……って、あれ?戻ったら…

 

「…ユニさんと会うんだよね……」

「……?そうだけど?」

「…うぅ、わたしちょっと緊張してきました…」

「え…いやまだ教会に着いてすらいないよ…?」

「そ、そうですけど…あれを見てスタンスについて考えた後すぐ会うっていうのは……あ、女神化していれば少しは緊張ほぐれるかな…」

「女神化して行くとかネプギアどころか教会全体に緊張が走るから……」

 

そんなこんなで、苦笑いするイリゼさんとちょっと緊張で表情が硬くなったわたしは教会へと到着。またも職員さんの言葉を受けてまたも応接室へと向かう。

 

「うぅぅ…よく考えたら、面と向かって話す事自体ギョウカイ墓場以降だよ…」

「緊張し過ぎだって。今までユニと話す時はそんな緊張してなかったでしょ?」

「そうですけど、今回は事情が……イリゼさん、パペット持ってませんか?出来ればぎあのんって名前が似合いそうな…」

「ないよ、そしてそのネタはネプギアよりロムちゃんの方が適任だよ」

「あ、確かに…ってそうじゃなくて!」

 

イマイチ乗ってくれない(当然だけど)イリゼさんに、わたしは何とか真面目に聞いてもらおうと軽く走って前に出るわたし。そこから反転してイリゼさんの前に立とうとしたけど…そこで、事故が起こる。

 

「わ……っ!」

「きゃっ……!?」

 

ドンッ、という衝撃が走り、尻餅をついてしまうわたし。気付けばそこは教会内の十字路、わたしは別の方向からやってきた人とラブコメ漫画みたいにぶつかってしまったみたいだった。あぅ…何やってんだろわたし…じゃなくてそれよりまずは謝らないと…。

そう思ってわたしは顔を上げる。どうやらぶつかったのは、わたしと同じ位の背格好の子。黒い髪をツーサイドアップにした、赤い瞳の……って、

 

 

 

 

『────え?』

 

同時に声を上げる、わたしと目の前の女の子。そう、わたしがぶつかった女の子というのは……当のラステイションの女神候補生、ユニさんだった…。




今回のパロディ解説

・ブランさんを思い出す名前のバルキリーパイロット
マクロスFに登場するキャラ、ミハエル・ブランの事。…ですが、この表記だけなら彼の姉、ジェシカ・ブランも該当しますね。どちらでも良いのですが。

・ぎあのん、そのネタ
デート・ア・ライブに登場する人物(パペット)、よしのんの事。幼女、引っ込み思案、氷の能力等、パペット使うならロムが適任だと思います。だから何だという話ですがね。


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第十話 援護、提案……奇行

「…………」

「…………」

 

応接室で黙り込む、二人の少女。

一人はネプギア。色々と思うところが出来てしまったユニに会うというだけでも多少緊張していたのに、そこへあの少女漫画第一話的展開が起きたんだから、それはある意味仕方ない事。…にしたってこうも黙られると困るけど。

もう一人はユニ。ネプギア同様妙な展開に陥り(しかもこっちは完全被害者)、その上で今は『他国の女神候補生、女神兼特務監査官、他国の教会直属ナース、他国の諜報員(しかも全員姉の友達。……え、ノワールは友達いないって?そんな事言う人は怒るよ!ノワールに友達いないという事はつまり、私とノワールが友達じゃないという事!…私にとってはみーんな大事な友達なのに、そんな事言わないでよ…ぐすっ……)』を一度に相手しなければならないという状況なんだから、緊張しない訳がない。…うん、候補生の中でも特に上下関係への意識が強いユニにはかなりキツい状況だよね。

 

(うーん…どうしたものかな……)

 

この場で一番口を開いてほしいのは候補生の二人だけど…この状況で積極的に話してくれるとは思えない。それにこの場での年下二人に丸投げするというのも年長組の一人としては忍びない…という事でアイコンタクト会議をしようと思った私だけど、帰ってきたのは「ここは任せたわ、イリゼ」「イリゼちゃんなら出来るです」という何とも無責任な返答だった。酷い…というか二人はどうして示し合わせたかの様な返答出来るの…私の目に移る相手の瞳でアイコンタクトしたとでも言うの……?……はぁ…。

 

「…あー、二人共…取り敢えずさっきので怪我はしなかった?」

「あ、はい。わたしは大丈夫でした」

「アタシもです。ただ尻餅ついただけですし」

「そっか……じゃあ、こほん。私達の目的については聞いてる?」

「ケイから聞きました。あ…それとイリゼさん、力の復活おめでとうございます」

 

私に向かって会釈をするユニ。まさかこのタイミングで女神化の事(しかもおめでとうという言葉)を言われるとは思っていなかったから、少し戸惑う私だったけど…すぐに頷き、話を進める。

 

「なら率直に言うとするね。ほら、ネプギア」

「は、はい……え、わたしがですか…?」

「そうわたしが。一応仕切りは私がしてるけど、このパーティーの顔はあくまでネプギアなんだよ?」

「で、ですよね…それじゃあ、その…ユニさん」

「…なに?」

「お姉ちゃん達と、ゲイムギョウ界の為に…わたし達に、協力してくれないかな…?」

 

意を決した様に頼み込んだネプギア。やはりまだ緊張はしているみたいだったけど、目はしっかりとユニの目を見据えていた。それに対するユニは……

 

「…具体的には?」

「え…?」

「具体的にはどう協力してほしいのか、って事。…そこ言ってくれなきゃ回答のしようがないわよ…」

「あ、そっか…えっと…簡単に言えば、わたし達の旅に同行してほしいの。同行して、わたし達と一緒に戦ってほしいの。駄目、かな……?」

「そういう事。……悪いけど、それには乗れないわ」

「……っ…!?」

 

──ユニの口から発されたのは、拒否の言葉。ネプギアにとっては思いもよらぬ言葉だったからか、ビクリと肩を震わせる。そしてそれは私達三人も同じで、多少なりとも断られる可能性を考えていたとはいえ平然と流せたりはしない。

 

「……ど、どうして…?」

「やろうとしてる事は分かるし、それ自体を否定する気はないわ。でも…アタシは今のラステイションを離れる訳にはいかないし、もっとアタシは強くならなきゃいけない。…あんただって分かってるでしょ?弱いままじゃ、半端なままじゃ何にもならないって」

「それは…そうかもしれないけど……」

 

弱いままじゃ、半端なままじゃ何にもならない。その最後の言葉が響いた様で、ネプギアは口籠ってしまう。…やっぱ、ユニにはノワール譲りの意志の強さがあるみたいだね。

 

「…少し、いいかなユニ」

 

見かねた…訳じゃないけど、そこで私は口を挟む。正直、今のネプギアじゃユニと相性が悪いと思った。多分今のまま話していてもユニの意思は変わらないだろうし、ネプギアも気落ちしてしまうだけ。…ならこういう時に助け舟を出さなきゃ、私がいる意味がないよね。

 

「…なんですか?」

「ラステイションを離れる訳にはいかない…っていうのは分かるよ。でもさ、強くなる事は私達と一緒に来ても出来る筈だよ?私達に同行すればネプギアという競い合う相手が出来るし、自分で言うのもアレだけど、私だって先輩としてのアドバイスは出来る。…ユニ一人で、ラステイション一国でこの状況をひっくり返せるとはユニも思ってないでしょ?」

「…はい、それは勿論です」

「だったら、さ…私達と来た方がいいと思わない?ラステイションにいなきゃラステイションの為になる事を出来ない訳じゃないし、その方がノワール達の救出も早まる。一石二鳥だとは思わないかな?」

「……ありがとうございますイリゼさん。アタシを高く評価してくれて」

 

ネプギアに変わって勧誘をした私に返ってきたのは、肯定でも否定でもなく、評価への感謝だった。ユニは、そこから続ける。

 

「…でも、それは過大評価です。アタシはまだまだ未熟で、イリゼさんやお姉ちゃん…それにコンパさんやアイエフさんと並び立てる様な女神じゃありません。国の守護なら国の守護だけ、自己鍛錬なら自己鍛錬だけで精一杯、一石で一鳥を落とすのが精一杯なんです。だから…ごめんなさい、アタシは協力出来ません」

 

両手を膝の上に置き、ユニは頭を下げた。私達に協力出来ない事を申し訳ないと思っているのか、自分の意思を汲んでほしいのか、あるいはその両方か。とにかくこうもきちんと頭を下げられてしまっては、私としても食い下がり辛い。…けど、ユニに協力をしてもらわなければ私達の旅の、作戦の完遂が出来ない以上、こっちも諦める訳にはいかない。だから、私はコンパとアイエフに目配せをした後、妥協…というか提案をしてみる。

 

「…分かった。一旦はこの要望を下げるよ。その代わり…ではないけどさ、なら私達がラステイションにいる間だけでも協力してくれないかな?」

「…うちにいる間、ですか?」

「そう。私達は暫くラステイションに滞在するつもりだし、その間色々とやる事もあるし、その上でラステイションの実情をよく知ってる人がいるとありがたい。だからその間ユニには出来る範囲で同行してほしいの。これなら『ラステイションを離れる訳にはいかない』という事には引っかからないよね?」

「…………」

「これは、ユニにとっても悪い話じゃないと思うよ?さっきも言った通り、ネプギアや私がいる事が向上に繋がる可能性はあるし、実際問題として、ユニ一人じゃ大変なんじゃないの?ラステイションは守護女神が日常的にきちんと仕事してた分、余計にさ」

「…それは、その通りです」

「…それに、前に話したでしょ?私達とノワールも、なんやかんやでラステイションでは行動を共にしたって。…時には同じ道を歩んでみるのも、追いつく為の方法とは思わない?」

「……中々ズルい言い方しますね、イリゼさんって」

「ま、これでも一応監査の仕事をする様な女神だからね」

 

相槌か軽く返すだけで完全に聞き手に回っていたユニは、私の言葉を全て聞いた後そう言った。…まぁ確かに、仕事の内情やユニの憧憬を突く様な事を言ったんだからズルいと言えばズルいけど…協力してもらう為には仕方ないよね。別に嘘や根拠のない事言ってる訳じゃないし。

少し上を向き、数秒。そうして息を吐いたユニは…言う。

 

「…分かりました。ラステイションにいる間は協力しようと思います」

「うん、ありがとね」

「でも、あくまでアタシはアタシがすべきだと思う事を優先します。それでもいいですよね?」

「構わないよ、今はまだ『期間限定の協力者』だからね」

「…今は、ですか…」

「今は、だよ」

 

こうして、私達はユニの協力を得る事が出来た。勿論これで満足しちゃいけないけど…何も一度で全てクリアする必要はない。これからの事を考えれば、これでも首尾は上々と言える筈。

ネプギアは相手の意思をきちんと聞こうとする、出来る限り相手の思いを尊重するタイプ。対するユニは私の見立て通り(ノワールと同じタイプ)ならば、自分の意思を相手にぶつけ、魅せる事で相手に自分の意思を納得させようとするタイプ。その両者となれば、後者が優勢になるのは当然の話。前者にも譲らない、譲れない一線がはっきりしていれば盛り返す事は可能だけど、ネプギアはまだそれが明白になっていない。でも…それはきっと、ユニも同じ。女神の意思というのは多くの知識と経験、時間をかけてやっと出来上がるもので、候補生にそれが出来上がるのは早過ぎる。出来上がってる様に見えるのは、恐らくノワールの真似をしているだけ。……そんな二人だからこそ、ラステイションにいる間交流する事で、お互いの『貫くべきもの』を作り上げていけるんじゃないかと、私は思った。

 

 

 

 

ユニの協力を得て、応接室を出てから十数分後。私達は滞在中自由に使っていいと言われたゲストルームの一つに集まっていた。

 

「ふぅ…そう言えば、前はお手頃なホテルに泊まったですね」

「そうだったわね。あの時は節約もしたかったし、頼る当ても少なかったけど…」

「今は重要な来客に使ってもらう為のゲストルームを使用出来る身。…ほんと、支援があると無いとじゃ違うねぇ」

 

私がありがたさをひしひしと感じながらそう言うと、コンパとアイエフはうんうんと頷き、ネプギアは空気を読んて苦笑いを浮かべる。金銭面だけならそれこそ教会からの支援でどうとでもなるけど…ホテルに泊まるより、教会に泊まれる方が何かと助かるもんね。

 

「…それにしても、上手く丸め込んだわねイリゼ」

「丸め込んだって…ま、まぁ否定は出来ないけど…」

「…あの、すいません。わたしが本来上手くやるべきところだったのに…」

「気にしなくていいよ。性格は勿論、何とか協力してもらわなきゃいけないこっちと協力するかどうかの選択が出来るユニじゃこっちが不利なのは明白だし…それに、私が…あー、その…丸め込む様な事言えたのは、情報をネプギアが引き出してくれたからだしね」

 

初めから私が話していた場合、ユニはネプギアの時よりも身構えてしまってネプギアの時とは違う反応をしていたかもしれない。そしてそうなれば、ラステイション内での協力すら叶わなかったかもしれない。…まぁ、要は……

 

「…結果論的には良い方に転がったからね」

「…次はもう少し、食い下がれるよう頑張ります」

「うん、でもまずはユニと色々話すといいよ。ユニとの交流は、ネプギアにとっても良い影響になる筈だから」

「さ、そろそろご飯にでもしましょ」

「ですね、ご飯が遅くなると変な時間にお腹空いちゃうです」

 

お話お終い、という事で私達は食堂へ。ご飯は別に個々でとってもいいけど…皆で食べた方が楽しいからね。

という訳で、ラステイションの滞在一日目は終了する。なんか、前の旅に負けず劣らず一日目から濃かったなぁ…。

 

 

 

 

「ギルドからのクエスト、ですか?」

 

翌日、食事と身支度をしてさぁ何をしようか…と考えていたところで私達はケイさんに呼ばれた。勿論、ユニも一緒に。

 

「あぁ、丁度今日の朝にね。情報から、犯罪組織が関わってる可能性がある」

「犯罪組織…バーチャフォレストの時みたいにでしょうか…」

「かもしれないわね。確定じゃないなら取り越し苦労になるかもしれないけど…」

「普通の人が行ったら犯罪組織だった、ってなっちゃったら大変です」

「そういう事さ。君達がいなければユニ一人に頼むところだけど…こちらはこちらで協力するんだ、君達も協力してくれないかな?」

 

ケイさんの言葉に、当然私達は首肯する。ネプテューヌ達との旅の再現も目的の一つなんだから、各国で何かあれば無視する訳にはいかない。…そうでなくても、仲間に手伝ってほしいと言われて無下にするのは女神じゃないからね。

けれど、それは私達プラネテューヌ組の考え。ユニの方はそれが少し気に入らない様子で、苦言を呈する。

 

「…ちょっとケイ、それはアタシ一人じゃ無理そうだからって事?」

「いいや、そんな事はないさ」

「だったらどうしてよ。さっきちょっと見たけど、この位アタシ一人でも出来るわよ」

「…忘れたのかいユニ。それと同じ様な考えの下犯罪組織を制圧しようとした結果、その時のこちらの最高戦力四人をまとめて失った事を」

「それは……」

 

口篭るユニ。ケイさんはそんなユニを見ながら続ける。

 

「いつ如何なる時も保険をかけられるならかけるのが定石というもの。何も彼女達は恩を売りつけようという訳じゃない、なら万が一に備えて協力してもらうべきだ」

「…そうね、アタシが軽率だったわ」

「そういう事だ、いいねユニ」

「えぇ。宜しくお願いします、皆さん」

 

納得…したかどうかは微妙だけど、言っている事はケイさんが正しいと考えたのか、ユニは私達にぺこりと頭を下げる。これで取り敢えず、話はまとまった。

 

「これが詳細だ。手続きも報告も僕が請け負うよ、君達はとにかく達成してきてくれ」

「あ、いや報告は私がします。少しギルドに用事があるので」

「ふむ…分かった。犯罪組織ならば極力捕まえてほしいところだけど…無理はしない様に」

「分かってるわ。案内はアタシがしますね」

 

クエストの詳細(人数分コピーしていてくれた)を受け取った私達は、それを軽く読んだ後に教会を出る。依頼を見る限り、場所は水辺に近い場所らしい。

 

「本来生息しない筈のモンスターに、妙な人影…前と同じですね」

「さっきもそんな事言ってたわね…プラネテューヌでも似た様な事ったの?」

「あ…うん、その時は犯罪組織構成員もいて…逃げられちゃったんだけどね」

「逃げられた?こっちでも同じ事はしないでよ?」

「うっ…に、逃げられたのはイリゼさん達が初歩的な嘘に引っかかってたからで…」

「責任転嫁?お姉ちゃん達が信頼するイリゼさん達がそんな事する訳……」

『…ぴー、ぴひょ〜…♪』

「したんですか!?」

 

「この子どう思います?」と言いたげな呆れ顔で私達を見たユニだけど…私達は汗かきながら全力で口笛。軽く掠れた全力口笛。逆にもうバラしてる様な口笛。……結果ユニが呆れたのはネプギアに対してじゃなくて私達に対してだった。

 

「…な、なんか悪かったわね…」

「だ、大丈夫…わたしもあの時は信じられなかったから…」

「ごめんね…悪い慣習を身に付けちゃった年上組でごめんね…」

 

大変肩身の狭い私達年上組。…でも、よくよく考えたら悪いのは私達じゃなくて騙してきたあの下っ端だよね…許すまじ下っ端…!

と、そこで何かを思い出した様に声を上げるアイエフ。

 

「そうだ、ユニ様。戦闘になれば連携しない訳にはいきませんし、一度確認取った方が良いのでは?」

「あ、そうですね。…それとアイエフさん、敬語は必要ないですよ。アイエフさんもコンパさんもお姉ちゃんの友達ですし」

「そう?じゃあ了解よ、それでどうする?」

「そうですね…アタシは取り敢えず皆さんから比較的離れたモンスターへの攻撃に徹します。まだ皆さんの動き良く分かりませんし」

「それじゃあ、わたしとユニちゃんで後衛するです?」

「そうだね。私とネプギアで前衛、アイエフは適宜前衛と中衛切り替えてもらえるかな?」

「えぇ、任せて」

 

道中で戦闘時の確認を行う私達。……ん?そう言えば…

 

「…遠距離の銃火器使いがパーティー入りするのって、ユニが始めてだったよね」

「そういえばそうですね。メーちゃんが魔法使ったり、マベちゃんが手裏剣とか忍法で遠距離攻撃したりは時々あったですけど、このパターンは初めてです」

「…あれ、ネプギアも女神化したら火器使うのでは?」

「あ、ううん。わたしは後衛してたら近接能力が無駄になっちゃうから、基本いつも前衛してるんだ」

「ふぅん…じゃ、余裕があればアタシの技術を見るといいわ。射撃なら絶対アタシの方が上手だし」

「いいの?ありがとねユニさん」

「あ、う…うん……」

 

少し調子に乗った様子のユニだったけど…それをネプギアが素直に返した結果、逆にユニは毒気を抜かれた様な顔を見せる。……これがネプテューヌとノワールなら、「わーさっすがノワール!某英雄王並みの自信過剰だね!」「でしょ?…って誰が自信過剰よ!」って言いそうだし。…そう考えると、前は前もハイテンションで突っ込んでたなぁ…。

 

…………。

 

「……イリゼちゃん?」

「…え?」

「ぽけーっとしてどうしたですか?」

「い、いやちょっとね……」

 

私はぽけーっとしてしまっていたのか、それに気付いたコンパが声をかけてくる。…確かに、私はぽけーっとしていたのかもしれない。だって、重要な事に気付いてしまったのだから。だって、大変な事に気付いてしまったのだから。

私達には、足りないものがある。足りていない、全く足りていない。

 

 

 

 

────ボケ要員が、全くもって足りていない!

 

(これは…由々しき事態だよ!)

 

どこぞの家政婦さんが如く心の中で叫ぶ私。そんな事かよ…と思った貴方は大間違い!だってこれはゲイムギョウ界の話だよ!?ネプテューヌシリーズを原作とした話だよ!?なのにボケが無いって、パロディが足りないって…そんなの片腕落ち状態だよ!ネタの無いお寿司みたいなものだよ!ヒロインのいないラブコメみたいなものだよ!足のないジオングみたいなもの……って、

 

「それは無くても完成状態だよッ!未完成ってのはそこじゃないよ!」

『イリゼ(さん・ちゃん)!?』

「あぁやっちゃった!でもある意味この手があった!」

『い、イリゼ(さん・ちゃん)!?』

 

心配をすっ飛ばして一撃でドン引きにまで到達してしまう皆。しかも私の恥ずべき得意技『思考の迷宮に入り込むと思ってる事をそのまま口に出してしまう』まで発揮してしまって、普段の私なら恥ずかしさで逃げ出してしまうレベルだけど…今の私は違う。気付いてしまった大問題を速攻解決した私自身に、少し酔っていた。

そうだ、考えてみればうちのパーティーのボケの起点になってたのは、ネプテューヌを始めとする守護女神組。だったら、同じ女神の私がそれを務められない訳がない。しかも、私は思考の迷宮とは別の迷宮で実際そこそこボケていた。なら、私に出来ない理由はない。

 

「ふふ…やってやろうじゃない。あのネプテューヌ達に出来て私に出来ない筈がない…ってね…ここで私の成長を皆に、読者の皆様に見せてあげるよ……」

 

自分でもよく分からないテンションで先へ進む私。これは私の新たな可能性に気付いた、そんな瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ、あんな人でしたっけ?イリゼさんって…」

「絶対あんな人じゃなかったわ…」

「わ、わたし達の知らないうちに頭ぶつけたんでしょうか…」

「わたし、後でちょっと診察してみるです…」

 

────まぁ、それから数分後には私も冷静になってほんとに逃げ出したくなったけどねッ!自分の奇行に自分自身ですらドン引きしたけどねッ!




今回のパロディ解説

・某英雄王
Fateシリーズに登場するキャラ、ギルガメッシュの事。傲慢&慢心の塊の彼ですが、彼もまた王でありカリスマのある存在。適度な自信はむしろ指導者に必要ですね。

・どこぞの家政婦さん
ダンガンロンパシリーズに登場キャラ、雪染ちさの事。まぁ由々しき事態、と言うとこの人の印象が強いですね。…何故家政婦は事件に巻き込まれてしまうのか…。

・ジオング
機動戦士ガンダムに登場する、ジオン軍のMSの事。あれ元々そういう機体なんですよね。よくある間違いです。…ぱっと見足無いから未完成に見えるのは当然ですが!

・「〜〜あのネプテューヌ達に出来て私に出来ない筈がない〜〜」
機動戦士ガンダムSEEDのラスボス、ラウ・ル・クルーゼの名台詞の一つのパロディ。イリゼもまた女神の一人。暴走すればこんな奇行に走る事もあるのです。


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第十一話 初めての友達

潮の風を感じる、ラステイションのとあるダンジョン。言うまでもなく今回は討伐クエスト及び、犯罪組織の調査が目的だけど…まだまだ私達は成熟したとは言い難い少女五人。気持ちの良い風と匂いを感じた私達は、少し浮ついた気分になっていた。

 

「ここはバカンスに良さそうな場所だね。…モンスターがいるけど」

「適度に整備されてるからそれも良さそうですね。…モンスターがいるですけど」

「今の時期は日差しが強過ぎないのも良いわね。…モンスターがいるけど」

 

思い付いた感想を続けて述べていく私達三人。風で髪がいい感じになびくのも気分が良いし多分良い絵にもなる。…アイエフ以外は油断してるとパンチラの危険性があるけど。

 

「…ユニさん、ここが整備されてるのって何か理由あるの?」

「えー…っと、確かここは新しい交易路にする計画があったのよ。けど、犯罪組織のせいかモンスターが増えちゃって、今は計画が止まってるの」

「そうなんだ…あれ?じゃあ今回の討伐対象って、その増えたモンスターなの?」

「違うわ、というかそれなら今日の朝じゃなくてずっと前から討伐要望出るでしょ」

「あ、それもそっか」

 

私達より数歩後ろの方で会話しているネプギアとユニ。昨日の私の言葉を意識しているのか、教会から出て以降ネプギアはユニに積極的に話しかけている。先程からクエスト関連の事だったり仕事関係の事だったりと、とても華のある会話ではなかったけど…普通に会話出来る様になったのは良い傾向に思える。

 

「…ネプギアとユニ、このまま仲良くなれるかしら……」

「うーん…お互い社交性に難がある訳じゃないし、悪いイベントでもなければ仲良くなれるんじゃない?」

「悪いイベント、です?」

「うん、例えば…不注意からネプギアがユニにぶつかって、そのまま押し倒して胸揉んじゃうとか」

「それは…前のねぷねぷとイリゼちゃん、ノワールさんの出来事ですね…」

「そんな事もあったわね。…というか、それはむしろ良いイベントなんじゃない?イリゼもノワールもネプテューヌ大好きじゃない」

「ぶ……っ!?な、ななな何の話かなっ!?」

 

思いもしないタイミングで、思いもしない方向からぶっ込まれた超鋭い指摘に私はテンパる。ば、バレれた!?

 

「ど、どうしたのよイリゼ…顔が一瞬で赤くなったわよ…?」

「こ、これは私の開発中の隠し芸!それで何の話かなっ!?」

「隠し芸!?…何のも何も、貴女達は仲良しでしょ?違った?」

「え、や…違ってはないけど……」

「だったら何よあの反応は…」

「……なんでもないです…」

 

怪訝な表情を浮かべているアイエフを見て…気付く。私の勘違いに。アイエフの言う大好きは、あくまでlike的な意味である事に。……わ、私早とちりさん過ぎる…。

 

「ふぅん…まぁいいわ。もし何か調子悪いなら言いなさいよ?さっきも何か暴走してたし」

「う、うん…気を付ける……」

「…でも、ほんとに仲良しさんですよね。わたし、ちょっとジェラシーです」

「…あー、その…そんなジェラシー感じなくても大丈夫だよ?」

 

コンパは別に、本気でやきもちを焼いてる訳じゃないと思う。少なくとも、声音からはそう感じる。…でも私は、その言葉を聞いて…アイエフとコンパが二人して『自分達よりも』というイントネーションで、そんな事を言うものだから……つい、続けてしまう。

 

「…だってさ、二人とネプテューヌは私の始まりだもん。コンパに、アイエフに、ネプテューヌに見つけてもらったから、私は今ここにいる。三人と冒険に出たから、今の私がある。だから、そりゃ二人にとっては私はネプテューヌ大好きに見えるかもしれないけど…私にとっては、二人も大好きな友達だよ」

 

私にとってネプテューヌは特別な存在。コンパもアイエフも大好きだけど、それとはまた別の気持ちを抱く相手。……でも、二人以上とかネプテューヌ以下とか、そんな事はない。そんな事はないし、大切な人達に順位を付けるのなんてしたくない。これを八方美人と言うならそれでもいい。八方美人上等、だって私は本気で皆大切だって思ってるだから。……って、なんかどこぞのハーレム王さんみたいな思考してるね私。

 

「…よくそんな事、面と向かって言えるわね…」

「うっ…い、言いたかったんだからいいの…!」

「ほんと、イリゼも女神だからかどっかズレてるわね…でも、ありがと」

「わたしも大好きですよ、イリゼちゃん」

「…うん」

「……なんか、ちょっと憧れるよねああいうの」

「…こういうのがきっと、お姉ちゃん達の強さの一つなんでしょうね」

 

アイエフは苦笑い混じりの、コンパは優しげな微笑みを私に向けてくれる。そんな微笑みを見て、私は思う。私はネプテューヌ達を助ける為に戦う訳だけど、同時に今いる皆を守る為にも戦っているんだって。…そういうところは、前の旅と変わってないんだよね。前と変わらない、あの時から変わらない、私の信念。私が守りたいのは、こういう風景なんだから。

…なんて、少しナイーブな気持ちになっていた私。そんな私を現実に引き戻したのは、アイエフの言葉だった。

 

「……っと、イリゼ。気持ち切り替えてくれるかしら?」

「へ…?」

「あそこ、モンスターの集団がいるわ」

 

その一言で、私は意識が切り替わる。アイエフの指差す先に目を凝らすと、そこには一体の大型鳥類モンスターと、数十体の水棲系、両生類系モンスター。大型モンスターを中心にして集まっているその様子は、まるで……

 

「…集会、してるみたいです……」

「あの大きいのがリーダーかな…」

「その線はあり得るね。人影は……」

「…少なくとも、近くにはいません」

 

近くの白い塀の裏に隠れ、モンスターの様子を伺う私達。ユニはスナイパーライフルのスコープを使って周辺を監視。その結果を教えてくれる。…スコープって便利だね。

 

「あの親玉っぽいのは今回の討伐対象ね…ここから狙撃出来るかしら?」

「出来ます、けど…一撃で倒すなら、女神化した上で急所を狙い撃つ必要がありますし、背を向けられている今はそれも難しいです。…人間サイズのGNスナイパーライフルとかあれば別ですが」

「じゃあ、無理に狙撃を狙うのは止めておこうか。数が多いしまずは集まってるのを蹴散らして……」

 

そこまで言って、私は一度言葉を止める。上下関係のある集団ならば、それが人であろうとモンスターであろうと上の立場の相手…もっと言えば指揮を取るトップを落とすのが戦いの基本。けど、それを素直にやらせる組織なんていないし、トップ以外を無視していれば横槍を入れられる事は間違いない。だから私はまず集団の方を蹴散らそうと思ったけど…そこで一つ、作戦としても交流としても中々良さそうな案を思い付く。

 

「…イリゼさん?」

「…いや、二手に分かれようか。私とコンパ、アイエフで群れの相手、ネプギアとユニは女神化して討伐対象と空中戦…でどう?」

「どうって…まぁ、私は別に構わないけど…」

「アタシとネプギアで大型の相手、ですか?」

「空が主戦場の敵には同じく飛べる女神が相手した方がいいし、二人は遠隔攻撃をメインで出来るから、飛び回られても対応出来るでしょ?」

「それは分かりますけど…それはイリゼさんも同じでは?イリゼさんは火器こそないですが、その分アタシ達より機動力が高いですし…」

「…んー…もしや、ユニはネプギアと組みたくない?」

「えっ……そ、そうなの…?」

「そ、そういう事じゃ…」

「ならいいね?行くよ!」

 

言うが早いか私は突撃。私の意図を理解していてくれたコンパとアイエフも私に続き、三人まとめて集団に突っ込む形となる。

三人同時の強襲を受け、モンスターの群れは動揺。その間に私達はとにかく攻撃を仕掛けて、群れの方が戦闘態勢に入る前に少しでもダメージを与えていく。さて、ちょっと強引な流れになっちゃったけど…二人なら、上手くやってくれるよね。

 

 

 

 

「なんて強引な……ネプギア!もうこうなったら二人でやるわよ!」

「う、うん!前は任せて!」

 

三人一丸となって飛び出していったイリゼさん達。コンパさんとアイエフさんは付き合いの長さのおかげかイリゼさんの意図を汲み取ったみたいだけど…わたしとユニさんはまだ今の言葉だけで全て理解出来る程には至ってない。……けど、イリゼさん達が突っ込んじゃったらもうやるしかないよ!もうっ!

 

「まずは一撃…ッ!」

 

わたし達は二人同時に女神化。わたしは飛翔し、ユニさんは塀を台にライフル…X.M.B.を構えて大型鳥類モンスター…大怪鳥ってところかな…を狙い定め、狙撃。わたし達に気付いて騒ぎ出したモンスターに反応し、振り返ろうとしていた大怪鳥の背中を撃ち抜く。

 

「やぁぁっ!」

 

先制攻撃を受けてよろめく大怪鳥。そこへわたしが肉薄し、狙撃に続く形で一閃。更に背中を傷付ける。

 

「ピッ…ィィィィイイイイイイッ!!」

「わっ、とと……!」

 

大怪鳥が体勢を整える前に畳みかけよう…と思ったわたしだけど、流石にそれは許してくれない。大怪鳥は一気に上昇、それによって発生した風圧でわたしはよろけてしまう。

 

「ネプギア!アタッカーはアタシがやるわ!アンタはとにかくそいつを引き付けて頂戴!」

「け、結構速いよ!撃てるの!?」

「撃てるから言ってんのよ!狙われ易い役割を任させたんだから、これはアタシに任せなさい!」

「……!…うんっ!」

 

距離が開いてるから、わたしとユニさんは互いに叫び合う。そうして叫んで、ユニさんの言葉を聞いて…気付く。今までわたしはお姉ちゃんやイリゼさん達の様な、目上の人とばかり組んで戦っていた。だから基本は指示に従うだけだったし、わたしはあまり危険な役目を負う事はなかったけど…今は違う。わたしの後衛になっているのは、わたしと連携してるのは、対等な立場のユニさん。そんなユニさんにわたしは『前は任せて』と言ったんだから、ユニさんからすれば自分と対等な相手に危険な役割をさせてるのと同じ事。……そりゃ、ユニさんだって任せた分の事は何かしたいって思うよね。だって、わたしならそう思うもん。──なら、

 

(わたしも、ユニさんに任せる事は任せて、任された事を完遂しなきゃ…っ!)

 

敵を寄せ付けまいと翼を大きくはためかせるモンスターに、わたしは喰らい付く。押し返そうとする風に踏ん張って、風の弱い位置へと捻る様な機動で滑り込んで、近距離から射撃を撃ち込む。とにかく近付き続ける事を目的にしてるから、あんまりダメージにはなってないかもしれないけど…それでいい。その間に、何度もユニさんが狙撃を当てていてくれてるから。

 

「このまま、ペースは渡さない……ッ!」

 

離れてくれ、と言わんばかりの翼での鋭いはたき。それを察したわたしは力を抜き…翼に先行する様に発生した風を利用する事で下がって、攻撃を回避する。

その瞬間、またユニさんの正確な狙撃が大怪鳥を撃ち抜く。もう何発も狙撃を当てていて、わたしもわたしでそこそこ攻撃しているおかげで、大怪鳥の勢いは初めより明らかに落ちていた。もう少しで倒せる、そんな状況。でも、そんな状況だからこそわたしとユニさんはほんの少しだけど油断してしまって……大怪鳥に、起死回生の一手を打たせてしまった。

 

「ピィイイイイイイイイイイッ!!」

「なッ!?しまっ……!?」

 

くるり、と空中でお腹を空、背中を地上へと向けた大怪鳥。それと同時に大怪鳥は全力で羽ばたき、わたしを吹き飛ばす。

風を受けただけだから、わたしにダメージはない。けど、吹き飛ばされて大怪鳥から引き離されてしまった。そして、わたしを吹き飛ばした大怪鳥はすぐさま反転して、ユニさんの方へと向かう。やっぱり大怪鳥にとってはわたしよりユニさんの方が脅威らしかった。

 

(……っ…この距離なら、ユニさんは対応出来るかも…)

 

大怪鳥とユニさんの間には結構な距離が離れていて、一瞬で詰められるとは思えない。それにユニさんも後衛担当とはいえ女神なんだから、回避位出来てもおかしくはない。それに、もしかしたら回避だけじゃなくてカウンターも出来るかもしれない。

 

 

────けどッ!

 

「行かせ……ないッ!」

 

翼を広げ、飛ばされた方向にM.P.B.Lを振るって勢いを殺し、その後すぐに全速力で大怪鳥を追う。進路の先に見えるユニさんは、飛んで避けるつもりだったのか、わたしの動きに驚いた様な表情を浮かべている。そんなユニさんに、わたしはアイコンタクト。伝わるかどうか分からないけど、それでも視線に意思を乗せる。…こいつはわたしが止める、って。

だって、それがわたしの役目だから。ユニさんがわたしに任せてくれた、役割だから。わたしはまだ戦闘のプロには程遠いけど、それでも分かる。仲間と信頼関係を築くのは、自分が相手を信用するだけじゃなくて、相手にも信用してもらえる様に動かなくちゃいけないって。──だからっ!

 

「────ユニちゃんッ!」

 

近距離まで入った大怪鳥は、スピードはそのままに右脚を前に出し、鉤爪を使った飛び蹴りの体勢になる。もうその間は僅か。そうして大怪鳥が更に距離を詰めて……ユニさんに届く刹那、わたしが割って入る。

 

「……ーーッ!?」

「……!今だよッ!」

「……っ…!えぇ!これで決めるわッ!」

 

大怪鳥の脚をM.P.B.Lで受け止め、声を上げるわたし。次の瞬間、後ろから凛とした声が聞こえて…わたしの頭上を、銃声を響かせながら弾丸が駆け抜ける。

ズドン、と大怪鳥の頭を撃ち貫く弾丸。その瞬間、大怪鳥の脚からの圧力が消えて、大怪鳥は地に落ちる。地に落ちて、一度だけ鳴いて……消滅した。

 

「……ふぅ、倒せた…」

 

M.P.B.Lを下げ、着地しながらわたしは嘆息。なんだかんだ攻撃を受ける事は無かったけど…素早くて厄介な相手だった。やっぱり飛ぶ敵は大変だなぁ……あ。

 

「…ユニさん、ごめんね。わたしが最後まで引き付けてなきゃいけなかったのに…」

 

結果的になんとかなったけど、最後にわたしは接近を許してしまった。だから、もしかしたら少し怒ってるのかも…と思っておずおずと振り返ったわたしだったけど……

 

「……やるじゃない、ネプギア」

 

ユニさんは、楽しげな笑みを浮かべていた。……え?

 

「お、怒ってないの…?」

「はぁ?怒る?」

「だ、だってほら…ユニさんって周りにも自分にも厳しそうだし、わたしのミスに怒ってるのかもって…」

「あのねぇ…別にアタシは攻撃受けてないのよ?そりゃ確かに一度は抜かれてたけど、すぐフォロー入ってくれたじゃない。アタシが言うのも何だけど…ネプギアの動きは上出来だったと思うわ」

 

お互いに女神化を解除した後、ユニさんは腕を組みながらわたしを評価。更にそこからユニさんは…ちょっと目を逸らしながら、言う。

 

「…それに、ほら…アタシも一回か二回、あんまりダメージにならない所に当てちゃったし…」

「…そう、だったの…?」

「え、気付いてなかったの…?」

「う、うん。わたしは何か考えがあってそうしてたのかと……へぇ、ユニさんもミスしたりするんだ…」

「うっ…あ、アタシだってミス位するわよ!悪い!?」

「ううん、むしろ良いかも…」

「良い?…何よ、アタシが思ったよりしょぼくて安心したっての?」

「そ、そうじゃなくて…その、それなら一緒に頑張れるなって思って…」

「一緒に……?」

「うん、わたしもユニさんも女神候補生でしょ?だから…一緒に頑張ろうよ、ね?」

 

話してる内に、わたしは気付いた。そういえば、わたしは今までずっと『友達』と呼べる人がいなかったって。お姉ちゃんの友達とか、先輩とか、そういう人はたくさんいるけど、こうして話せる人は殆どいなかったって。だから一緒に頑張れるかもって思ったら、途端に嬉しくなった。嬉しくなって、つい期待を込めてユニさんを見つめてしまう。

(その後のユニさん曰く)純真そうな目で見つめたわたし。それを受けたユニさんは戸惑った様な、一瞬なんて返せばいいか分からない様な表情を浮かべて、そして……

 

 

 

 

「……ユニちゃん、でいい…」

「え……?」

「呼び方…ほら、さっきユニちゃんって言ってたでしょ?」

「あ……そう言えばあの時、そう言ったっけ…」

「ユニさん、じゃ他人行儀でちょっと嫌なのよ。アタシだってアンタを呼び捨てにしてるんだから、ネプギアも…その…ユニちゃんって、呼んでくれればいいから…」

「ほんと!?いいの!?」

「い、いいからいいって言ってるのよ!」

「そ、そっか…えへへ、ユニちゃん…ユニちゃんかぁ…」

「な、何度も言わなくていいわよ…」

「うん。それじゃあ…これから一緒に頑張ろうね、ユニちゃん!」

「……えぇ、宜しく頼むわネプギア」

 

右手を差し出すわたし。ちょっと照れくさそうな顔で、その手を握ってくれるユニちゃん。わたしはそこから左手でもユニちゃんの手を握って、上下に振る様に握手。それを受けたユニちゃんは更に少し顔を赤くしてたけど…わたしの手を振り払ったりはしないでいてくれた。

 

 

 

 

────ふふっ、お姉ちゃん。わたし今日、初めて友達が出来たよ。




今回のパロディ解説

・どこぞのハーレム王
生徒会の一存シリーズの主人公、杉崎鍵の事。別段イリゼがハーレム作ろうとしてる訳じゃありません。杉崎は恋愛的な意味で、イリゼは友情的な意味での考えですからね。

・GNスナイパーライフル
機動戦士ガンダム00に登場する機体、ガンダムデュナメスの武装の一つ。ユニはこれのパイロットの台詞言ったりもしますからね、00への造詣は深いかもしれません。


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第十二話 少し気になる間柄

大型をネプギアとユニに任せ、群れの掃討を行った私達。予想通り群れは大型の配下の様だったけど…正直言って、統制は全く取れていなかった。ただ本能的に強い個体の元に集まっただけの様で、その大型が別の対象にかかりっきりとなればてんでバラバラ。挙句大型が劣勢と見るや一部は逃げ出してしまった。…まぁ、討伐対象じゃないから自発的に投げてくれればそれはありがたい(勿論私達は追撃する気無し)し、勝ち目がないから逃げるというのは当然の判断だけど。まぁそんなこんなで私達三人は二人よりもほんの少し先に戦闘を終え……戦闘後の二人の一部始終をじっくりと見る事が出来た。

 

「…策の首尾は上々かしら?」

「想定以上の結果、かな」

 

ネプギアとユニの様子を眺めながら、アイエフが言う。策、と言うのは勿論お互いの事を知り、仲を深めてもらう為に二人で戦ってもらうというもの。私としては取り敢えず互いの技量を認識して、協力者としての信頼を持ってくれればそれで上等…と思っていたけど、驚く事に二人は一気に仲良くなってしまった。…いや、二人の性格を考えれば、あり得ない事でもなかったんだけどね。

 

「ねぷねぷとノワールさんを見てるみたいですね」

「実際二人共姉と共通するところあるもんね。…特にユニの方はあからさまに」

「…因みに、逆に仲違いしたり二人がピンチに陥ったりしたらどうする気だったの?」

「その時は私がフォローに入るつもりだったよ、まぁ二人なら連携取れなくても倒せてただろうけど」

 

候補生とは言えそれなりの力量を持った女神が二人。その時点で汚染状態でもない大型モンスター一体にやられる可能性は低いし、心配する程の事でもない。…それでも連携が取れてなきゃそこそこ怪我をする危険があるから、連携してくれてほっとしたけどね。

 

「…さて、モンスターの方は片付いたし、二人が仲良くしてる間に私達は周辺調査でもしよっか」

「エネミーディスクがあれば、これが犯罪組織の仕業だって分かるですけど…」

「見つからなかった場合、なんとも言えないわね」

 

クエストの依頼内容は、今ネプギアとユニが倒したモンスターの討伐だけど…私達の目的は、犯罪組織の裏の構成員を現行犯で捕らえる事。だから構成員が姿を現してくれなければ意味が無い…って事はないんだけどね。討伐対象を倒す事で依頼を出していた人が助かる訳だし、こういう地道な活動がシェア回復にも繋がる訳だし。

と、いう事で私達は調査を開始。何かしら証拠が残ってないかと探し始める……けど、結論から言えば特に何も見つからなかった。…いやほらだって、私達普通…ではないけど、そういう方面に精通してる訳じゃないもん。…近くに米沢さんでも通りかかってくれないかなぁ…。

 

 

 

 

それから一時間と少しした頃。私達は犯罪組織の手がかり無し、と判断して街へと戻った。…手がかりを残さなかったのか、そもそも犯罪組織は無関係だったのかは分からないから、この表現は若干語弊があるけど。

 

「うぅ、調査任せっきりにしちゃってすいません…」

「あはは、二人共仲良くなるや否やお喋り始めちゃったもんね」

「あ、あれはネプギアが次から次へと話しかけてくるから…」

「え……もしかして、ユニちゃんは迷惑だった…?」

「うっ…べ、別にそういう事じゃ……」

 

私とユニのそれぞれの言葉でしょぼんとするネプギアと、素直じゃない感が凄いユニ。二人の関係性がなんだかよく分かるワンシーンだった。

 

「イリゼちゃん、これからどうするです?」

「私は報告と所用でギルドに行くよ。皆はどうする?」

「そうね…私も行くとするわ。ギルドは情報収集にもってこいだし」

「それならわたしもそうするです」

「じゃ、二人はどうする?」

 

ギルドはその性質上、色んな人が利用するし色んな情報が集まってくる。勿論気になった事を全て調べられる訳じゃないけど…私には私の、アイエフにはアイエフの、コンパにはコンパのコネクションがある(特にアイエフは頭一つ抜けてる)。…けれど、ネプギアもユニには私達程のコネクションがあるとは思えない。こういうのは経験がものを言うから、ね。

で、実際二人は最初「うーん…」と唸っていた。唸っていたけど……

 

「…わたしも行きます。ラステイションのギルドがどんな感じか見てみたいですし」

「そう、ならユニは?」

「…じゃあ、アタシも一応……」

「それじゃあ、全員で行く事になるですね」

「えぇ、報告はイリゼに任せてもいいかしら?」

「いいよ、報告云々は私が言い出した事だし」

 

ユニは少し思うところがある感じだったけど…全員で行く事に決定。そこそこ動いたという事もあって、途中一度自販機でジュースなりお茶なり買った後にギルドに向かう私達。そうして数十分後……

 

「すいませーん、クエストの報告をしたいのですがー」

 

ギルドに到着した私達は、個人行動に移った。……因みにネプギアとユニは待合所みたいな場所の椅子に座って待ってる。…やっぱ先に帰っても良かったんじゃ…別にギルドに見所なんてあったりしないし…。

 

「はい、こちらのクエストですね」

「ええ、それと一つお願いがあるのですが…」

 

第六話を読んでくれた方にはお分かりの通り、私の所用とは女神のシェア率向上に繋がり易いクエストを優先的に回してもらえる様お願いする事。なのでクエスト報告の後にラステイションのギルド支部長を呼んでもらおうとしたんだけど……

 

「すみません、今丁度席を外していまして…」

「そうですか…」

 

残念ながら、入れ違いになってしまった様だった。うーん…まぁ、アポ無しで来たんだし仕方ないよね。ビーシャの時が運が良かったんだよ。

 

「一度教会に戻って、教会で連絡取ってもらうしかないかな…」

 

待っていればその内戻ってくるのかもしれないけど…それは幾ら何でも時間が無駄になり過ぎる。なので私は待ってる二人の元に移動し、コンパとアイエフが情報収集終わるまで、支部長がいなかった事をネタに候補生二人と話をしようかなぁ…と思っていた。…んだけど、ここで一つ嬉しい誤算が発生する。

 

「あー……えっと…アタシ、支部長に連絡取れます…」

 

なんと、ユニは支部長の連絡先を知っていた。それを言うユニは、なんだか気まずそうな口調ではあったけど…私としてはありがたい事だし、言い出してくれたって事は協力する気はあると判断しても悪くない筈。という事で連絡をしてもらい、私達は来るまで待つ事とした。

 

「教会として、じゃなくて個人で連絡先持ってるとは思わなかったよ。支部長と仲良いの?」

「いえ、仲良かったのはアタシじゃなくてお姉ちゃんで…アタシにとってはお姉ちゃんの友達で、向こうにとっても友達の妹、って感じだと思います」

「そっか…そうだよね。じゃなきゃさっきのネプギアとのやり取りが理解出来ないし」

「で、ですからあれは…!」

 

と、軽く私がユニを弄っていると、コンパとアイエフが戻ってくる。表情から察するに…結果はぼちぼちってところかな?

 

「そ、ぼちぼちって感じよ」

「あれ、地の文読んだ?」

「いや、貴女がうんうんと軽く頷いていたから察しただけよ」

「お互いに察し合ってた、って事ですね」

「と言いつつコンパも私が察した事を察した訳ね…」

 

なんちゃってサイコメトリー合戦(メタ視点合戦とも言う)を行う私達三人。こんな事したって何の意味もないけど…ま、何の意味もない事して楽しむのが友達だからね。ま、それはさておき…

 

「……という訳で、支部長さんが来るまで私はここで待つけどいい?」

「はいです、わたしはいいですよ」

「そんなに時間かかる訳じゃないんでしょ?なら私もいいわ」

「…ねぇユニちゃん、ラステイションの支部長さんってどういう人なの?」

「どういう人…経歴以外は割と普通の人だと思うわ。さっきも言った通り、アタシ自身はそこまで交流があった訳じゃないから性格の細かい部分なんかは分からないけど…」

「経歴以外…?」

「えぇ、経歴以外。……っと、もう着くみたいです」

 

到着直前、という旨の応答があった様で、ユニは携帯端末を見ながらそう言う。それを受けて私達がギルドの正面出入り口に目をやると……十数秒後、そこには扉が開くと同時に小走りで入ってくる一人の少女の姿が。

 

「…なんていうか、普通の女の子って感じの人来ましたね。ここギルドなのに…」

「それはアタシ達全員にも言える事な気が…」

 

ユニの指摘にうんうん、と心のどこかで「それでいいのか私達…」と思いながら頷いていると、向こうもこちらを認識した様で……エクスクラメーションマーク(ビックリマーク)と共にピュイィン!という音がなった。へぇー……

 

『……いやなんの音!?後今なんか出てたよ!?』

 

突然のあり得ないエフェクト&音に私達五人、そしてトンデモ展開にそこそこ慣れた周りの人数人が一斉に突っ込む。それを受けたその人はびくり、と肩を震わせた後にその場であたふた。…数秒でギルドがよく分からない展開になった瞬間だった。……ほんとにあれなんだろ、私も一度位は似た様なの出した事あった気もするけど…。

 

「あ、あー…えーと、支部長さん…」

「は、はい!お呼びですか!?」

「お呼びです…取り敢えずこちらへ……」

 

変な注目受けちゃってどうしよう、と言わんばかりにわたわたしてる支部長さんを私達の座ってた場所へと誘導する私。そのやり取りの中で周りの人も「あ、ギルド支部長と女神様か…」と気付いた様子で、私達を注目しながらもそれぞれで散っていく。さっきのアレを本気で追求しようとする人がいない辺り、ゲイムギョウ界人は変な意味で洗練されているなぁ、ほんと。

 

「す、すいません…いきなり騒ぎ起こしてしまって…」

「いえいえ、それよりも…こっちこそごめんね、わざわざ呼びつけちゃって」

「あ、いえ…元々ギルドに戻るつもりではあったので、それは大丈夫です」

「…あの、自己紹介いいですか?」

「へ?…あ、貴女は…確かプラネテューヌの女神候補生の…」

「はい、ネプギアです」

「ネプギアさん、ですか……私はケーシャと申します」

「私はアイエフよ」

「コンパっていうです」

 

ネプギアを皮切りに、それまで面と向かって会う事のなかったコンパとアイエフ、そして支部長ケーシャがそれぞれで自己紹介(私は支部長全員と既に面識有り)。それが済んだら早速本題に入る。

 

「じゃあ…そのね、今回はちょっと頼み事があって…」

「…あの、もしかしてそれはビーシャさんに頼んだ事ですか?」

「あれ、もう伝わってた?」

「はい。もう支部長全員に伝わってますよ。…というか、プラネテューヌだけで完結しては意味のない頼み事ですし、当然では…?」

「それはそうだけど、伝わるのはもう少し後かと思って…」

 

子供と正義の味方としての活動に惜しみのないビーシャは、信頼出来る人物の一人……ではあるけど、ネプテューヌと同系統の人っぽいビーシャがこんなに早く話を通していてくれてるとは、正直思ってなかった私だった。これは積極的に協力してくれるっていう現れなのか、偶々話す機会があったからなのか……まぁ、前者って事にしよう。ポジティブシンキングポジティブシンキング。

 

「……それで、協力の方は…」

「勿論良いですよ。イリゼさんの真摯さは聞きましたし、最近はラステイションも物騒ですから。それに…それが、ノワールさん…もとい、女神様達の救出に一歩近付くなら、私は全面的に協力します。えぇ協力しますとも」

「そう言ってくれると助かるよ。ありがとね」

 

健気そうな様子でそう言ってくれるケーシャに、私は感謝と安心の念を抱く。しかし、それと同時に一つ疑問も…実は前に会った時にも思った疑問を抱いた。

先の謎演出はともかく、ケーシャはこうして接する限り普通の人の様に思える。けど、普通の人がギルドの支部長に任命されるとは思えないし、ユニ曰く彼女は経歴が特殊らしい。それに……なんというか、ケーシャさんのちょっとした距離の取り方や視線の動きには、違和感を感じる。…と言っても、その違和感がどういうものなのかは私にも上手く説明出来ないんだけどね。

 

「いえいえ。ところで聞いた話なんですが、イリゼさんが女神化出来る様になったっていうのは本当ですか?」

「あ、うん。最近ね」

「そう、ですか…」

「そうだけど…?」

「……もっと早く出来る様になっていれば、ノワールさんは帰ってこれたかもしれないのに…」

「ケーシャ…?」

「…あ、いえ、何でもないですよ」

 

──一瞬、ケーシャの目元が暗くなった様な気がした。でもそれは本当に一瞬で、私が聞き返した時にはもう普段通りに戻って、結局何故そう見えたのか、その時何か言ってたけどなんと言っていたのかは分からず終いだった。

数分後、ケーシャは元々別件もあって暇だった訳じゃない…という事で長く拘束するのは悪いと思った私達は話を切り上げ、改めてお礼を言った後にケーシャと別れる。……そう言えば…

 

「ユニは特に何も話さなかったね」

「特に何も話す事はなかったですし…」

「そう……」

 

別れてから…いや、話してる最中ずっとユニは気まずそうな様子をしていた。…というか、ケーシャもケーシャでユニに対してはどこか目を合わせない様にしてた様な気もする私だった。…この二人の間には、何か事情があるのかもしれない。

 

 

 

 

それから数日。私達は国内で犯罪組織の調査をしたり、選出してもらったクエストをこなしたり、ユニが不在の時はネプギアの訓練に付き合ったり(ラステイションのシェアはやっぱりラステイションの女神が集めた方がいいから)して過ごしていた。今日もそんな感じで、国の見回りの後お昼休憩という事で教会に戻ると……

 

「よ、お前等。こうして会うのは久し振りだな」

 

頭にかけたゴーグルが特徴的な少女、シアンが教会に訪れていた。…博覧会で結果を残しただけでなく、ノワールと友達で、ケイさんともとある出来事(私とノワールが仕組んだアレ)以降ちょっとした交流のあるシアンは、今や教会のお得意さんとなっていた。前も説明した通り、お得意さんではあっても不正な賄賂をもらってたり内密に利益のある情報流してたりはしてないみたいだけどね。

 

「あ、シアンさん久し振りですぅ」

「貴女も元気そうね、仕事の方はどう?」

「取り敢えずは黒字さ。犯罪組織のせいで一時期よりは落ちてるけどな」

「そうだ、数日前に私とネプギアでパッセに寄らせてもらったよ」

「親父から聞いたよ、不在にしてて悪かったな」

「わたし達が連絡無しに行った事ですし、気にしないで下さい。そ、それよりも後で少し話を……」

「こほん、雑談は後にしてくれるかな?」

 

私達が会話に華(特にネプギア)を咲かせそうになったところで割って入るケイさん。…と、いう事は……

 

「ケイさんはシアンに用事が?」

「いや、僕とシアンが君達に用があるのさ」

「アタシ達に…?」

「そう。ユニは知ってると思うが…この国は今、あるものの開発中でね」

「あるもの、です?」

「…君達に隠す事でもないか…開発中なのは軍用のとある武装さ、流石に細かい部分までは話せないけどね」

 

その一言で、私達はあぁ…と納得する。シアンの会社であるパッセは工業社で、パッセが中心となって開発されたMGはラステイションとプラネテューヌの軍用機動兵器の雛型となっている。その後もパッセは開発に携わっているのだから、その関連の依頼ならその場にシアンがいてもおかしくはない。具体的な話になれば、ケイさんよりシアンの方が上手く話せるだろうしね。

 

「とある武装、ですか…私達は何をすればいいんですか?アルマッスの時の様にテストを?」

『アルマッス……?』

「あぁ、二人は知らないか。アルマッスっていうのは、わたしが前に開発してた剣だよ。それの材料調達とテストをイリゼ達三人と、ネプテューヌノワールに頼んだんだ」

 

アルマッスの話が出なければ知る由もないネプギアとユニに、シアンはアルマッスとその開発経緯について簡単に話す。…ユニはノワール関連の事以外「へー…」って位の反応だったのに対し、ネプギアは終始目を輝かせていた。しかも……

 

「へぇ、普通の素材じゃ駄目な理由が分かるのか。やるなお前」

「当然です!あ、あの!それって今もありますか?あれば見せてもらっても…」

「…ネプギア、話脱線させないでね?」

「あ、すいません…」

「はは…今度見学に来るんだろ?その時に見せてやるよ」

 

またネプギアはハイテンションになっていた。…ラステイションにいるともう一度か二度位こんな展開あるんじゃないかなぁ…。

 

「…それで、結局私達は何を?」

「とある素材を取ってきてほしい。聞いた事位はあるんじゃないかな?宝玉と血晶と呼ばれるものなんだけど…」

「なっ!?それって…両方とも超レア物素材じゃない!」

「…あの、アイエフさん。アタシそんなに詳しくないんですけど…そんなにレアなんですか?」

「えぇ、そうね…古龍の宝玉なんかと同じ位レアよ」

「そ、それは確かにレアですね…」

 

アイエフの説明で軽く驚くユニ。素材なんてそれこそマニアやそれ関連の仕事をしてる人レベルじゃなきゃ知らない訳で、その説明に私やコンパ、それにネプギアも内心驚き質問してくれたユニに感謝する。血晶は…多分これも同じ位レアなんだろうね。まさかこっちも同名のアイテムと同じとは思えない(それならむしろ割と簡単に手に入る)し。

 

「まぁ、そういう事だから…頼めないか?」

「それは、まぁ二人の頼みなら構わないけど…それは別に、軍や教会の部隊でもいいんじゃ?」

「両方ともある場所に強いモンスターがいるのさ。それに出来ればその装備は迅速に完成させたい。…教祖が言うべきではない事だけど、下手な軍人より君達の方がずっと信用も安心もおける。ここは一つ、頼まれてくれないかい?」

「ケイ…アンタってほんと交渉得意ね。イリゼさん達がそう言えば断らない、断れないって分かってて言ってるでしょ」

「さて、それはどうかな…少なくとも嘘はついていないさ」

「あそう…そう言う事なので、アタシからもお願いします。協力してくれませんか?」

「そうだね……」

 

そう言われ、私は三人を見る。三人を見て、顔を見て……確信する。うん、皆私と考えは同じみたいだね。なら…

 

「分かりました。宝玉と血晶、私達にお任せ下さい」

 

教会、そして軍の開発部からの依頼を受けた私達は、この日その素材を回収する為にダンジョンへ向かうのだった。




今回のパロディ解説

・米沢さん
相棒シリーズに登場する鑑識官、米沢守の事。シリーズで何度もその実力を発揮し、事件の解決に役立ってきた彼がいれば、残された証拠(あるなら)も見つけられるでしょう。

・エクスクラメーションマーク(ビックリマーク)と共にピュイィン!という音
メタルギアシリーズにおける、所謂発見音のパロディ。ケーシャ自体メタルギア(スネーク)を意識したネタがありますし、きっと原作でもこういう事はあり得るでしょう。

・古龍の宝玉
モンスターハンターシリーズにおける、比較的レア度の高い素材の事。モンハンの場合は○○の宝玉と出ますが…この場合の宝玉って一体何の宝玉なんでしょうか…。

・同名のアイテム
上記同様モンスターハンターシリーズに登場する精算アイテム、血晶の事。これならまぁ、凍土辺りでピッケル振るっていれば手に入るのでかなり楽ですね。


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第十三話 再開?それとも初対面?

「うーん、これは一体どうしたものかなぁ…」

 

ラステイションの街中で、歩きながらそんな事を呟く私。どうしたものか、と呟いたのこそ私だけだったけど、胸中では現パーティーメンバー全員がそう呟いてるんじゃないかと思う。だって……宝玉も血晶も、どこへ行けば手に入るのか分かっていなかったんだから。

 

「ケイさんは、なんというか…したたかな人なんですね…」

「そう言えば、イストワールも言ってたわね。彼女程仕事上の取引において信用出来る人はいないけど、同時に油断も出来ない相手だって」

「なんか、うちの教祖がすいません…」

「ユニちゃんが気にする事じゃないですよ、それは」

 

正確な場所が分からない、という事実を述べたのは私が請け負った後だった。明らかにこれは『分かってて言わなかった』であろう事だから私達は文句を言ったけど…一度引き受けたものを断るのか、と返されれば言葉に詰まってしまう。それに……

 

「渡り鳥ならぬ渡りモンスターか…しらみ潰しに探さなきゃいけなくなるのだけは避けたいね」

 

二つの素材の内の一つ、宝玉はとあるモンスターが生成するようだけど…そのモンスターというのは、決まった住処を持たない生態らしい。モンスターそのものの外観はもう分かっていて、渡り先もある程度決まっているらしいからゲイムギョウ界中を探す必要はないけれど…それでも、可能性があるのは十数箇所。一つ一つ回るのだけは避けたいところだった。

 

「ま、だから情報収集の為にギルドに行くんでしょ?」

「こういう情報は街頭調査やネットよりギルドの方が向いてるからね。取り敢えず何ヶ所かに絞り込めれば上々だよ」

「そんなに上手くいくんでしょうか…」

 

ちょっとネガティヴな発言をするネプギアだけど…そう思うのは最もな事。簡単に分かるなら教会の方で情報を掴んでいてもおかしくないし、準備はきっちりするタイプっぽいケイさんがそれをしない筈がない。…でも、今ある手段の中じゃこれが一番なんだから、これに期待するしかないよね。

 

「…ま、あんまり気負わなくていいわよネプギア。これは人命のかかってる依頼じゃないし、本来ならネプギア達が手伝わなきゃいけない事でもないんだから」

「うん、でも…頼ってくれた以上、なんとかしたいなって…」

「お人好しね、アンタは…」

「えー…お人好しじゃ駄目?」

「別に。人の頼みを無下にする奴よりは好感持てると思うわよ?」

「でしょ?…って、これじゃわたしがお人好しの自覚あるみたい……きゃっ…っ!」

 

ギルドが見えてきた頃、気を遣ったらしいユニのおかげで少し足取りが軽くなったネプギアだったけど…タイミングの悪い事に、ネプギアがギルドに入ろうとした瞬間とギルドから人が出てくる瞬間が被った事で両者はぶつかりかけてしまった。

 

「ぎ、ギアちゃん大丈夫ですか?」

「は、はい…今といいユニちゃんの時といい、わたし最近出会い頭の運悪いかも…」

「危ない危ない…前方不注意だったよ。ごめんね君」

「あ、いえこちらこそ……あれ?」

 

幸い両方とも直前に横に逸れた事で、ぶつかる事は回避。それでもネプギアを心配して私達が集まったところで、ぶつかりかけた相手の方が謝ってくる。それを受けてネプギアも謝ろうとしたけど……そこで、私達は目を瞬かせる。

 

「……?」

 

ネプギアがぶつかりかけたのは、赤いショートカットの髪に、オレンジがかった瞳の少女…というよりも、女性。ベールやミナさんとはまた違う類いの大人っぽい人で、私の記憶に綻びがなければ間違いなく初対面の人……なのに、どこか見覚えがある気がする。そしてそれは皆同じ様で、なんなんだろう…と思ってまじまじと見つめていると、女性は困った様な表情を浮かべる。

 

「…えーっと、その…あたしの顔に何か付いてる…?」

 

見るからにそれなりの場数を踏んできたであろうその女性も、流石に五名からの『じーっ』という視線を受けては気まずくなってしまったらしい。……っていやいや、何冷静に分析してるの私。

 

「っと、悪かったわね。ちょっと見覚えがあったからつい…」

「見覚え?うーん、あたしは君達と初対面だと思うけど…」

「わたし達も初対面だと思うです」

「じゃあ所謂他人の空似、ってやつかな。……あ、いや待った…」

 

すっ、と手の平を私達に見せて、逆の手を軽く頭に当たる女性。数秒後、彼女は合点がいった様な顔をする。

 

「…あー、もしかしてそっちの三人は女神様だったり?」

「あ、はい。私はイリゼ、こっちはネプギアとユニです」

「って事は、あたしは危うく女神様を転ばせるところだったのか…ほんとごめんね」

「そんな、わたしも不注意でしたし気にしないで下さい」

「そう言ってくれると助かるよ。…っと、一方的に名乗らせるのはフェアじゃないね。あたしはファルコム、しがない冒険家さ」

「ファルコムさんですか、ご丁寧にありがとうございます」

「礼儀は対人関係における基本だからね」

「…………」

「…………」

『……やっぱりファルコム(さん)だった(です)!?』

「え、えぇっ!?」

 

女性に名乗られて、私達はやっと相手がファルコムである事に気付いた。…って言うと私達の物覚えが悪いみたいだけど…これは仕方ないよ、うん。だって女神化前後のネプテューヌ並みに外見年齢違うし。

 

「わぁぁ…ファルコムさん、知らないうちに凄く大人になったんですね」

「胸もえらい成長してる…見ない間に一体何が……」

「でもこんな所にいるなんて思いもよらなかったよ。ファルコムも情報収集の最中?」

「ちょ、ちょっと待った。き、君達は何を言ってるんだい…?」

「何を…って、何が?」

「何が、って言われれば…全部だけど…?」

『……?』

「その反応をしたいのはあたしの方だよ…」

 

久し振りに会う(一応私コンパアイエフはギョウカイ墓場の調査へ行く少し前に会ったけど)人との再会に湧く私達だったけど…当のファルコムは困惑気味。それを見た私達も、何かおかしい…と思い始める。

 

「え、っと…ファルコム、なんだよね…?」

「そう、だけど…」

「…『もし知り合いが急成長したら、信じる?信じない?』の仕掛け人だったりは…?」

「そんなモニタリングみたいな事はしてないよ…」

「嘘ついてる様には見えないわね…そういえば、さっきも初対面って言ってたし…」

「もしかして、ファルコムさんも記憶喪失になっちゃったです…?」

「それか、同姓同名という可能性も…って、それにしては似過ぎですよね…」

 

どうも話が噛み合わない事に不信感を覚えた私達は、一旦皆で会議。まずコンパが、続いてユニがありそうな可能性を上げるけど…記憶喪失なら自身の事を知ってる様な発言をする私達に反応してもおかしくないし、同姓同名にしては共通点が多過ぎる。となるとやっぱり私達の知ってるファルコムとは別人で、でも私達の知るファルコムと同じ人になるけど…どう考えてもこれは矛盾だよね。普通の人なら勿論の事だし、それが非凡な人なら尚更…………あ。

 

「…もしや……」

「イリゼさん、何か思い付いたんですか?」

「ひょっとして、だけど…このファルコムは、この次元のファルコムなんじゃない?」

「あ、そういう事ね…」

「この次元の、です…?」

「うん、だって私達の知ってるファルコムは『別次元組の』ファルコムでしょ?」

『あー……!』

 

一足先にアイエフが、続いて残りの三人も私の意図に気付く。別次元組、と言う通りファルコムは元々別の次元から来た人の一人で、この次元のファルコムという訳ではない。そうなると次元毎に同じ人物がいるのか…ってなるけど、それは既にあり得る事だって確証を持っている。…まぁ、私やあの子みたいに例外もいるんだけどね。とにかく目の前のファルコムがこの次元のファルコムなら、全部納得出来るんだよね。

 

「えと…なにか分かったのかい?」

「あ、うん。私達は多分初対面で間違いないと思う」

「なのにあんな親しげに…あたしも色々な人と会ったけど、君達はかなり特殊な方だと思うよ…」

「あ、あはははは……」

 

もうこれについては乾いた笑いを零すしかない私。親しげに話した理由は当然あるけど…本人もいなければ女神化したり次元超えたりしてないこっちのファルコムじゃ、ちゃんと理解してくれるか怪しいところ。となると誤魔化すしかないよね、初対面でもあるし。

 

「まぁでも、普通の人じゃ世界は救えないもんね。…っと、クエスト受注の邪魔しちゃったかな?」

「いえ、わたし達は情報収集に来たんです」

「情報収集?何か探し物かい?」

「はい、アタシ達宝玉を持つモンスターの居場所を探してるんです」

「宝玉…それって、確かエンシェントドラゴンが作り出すと言われる…?」

「あら、知ってるの?」

 

そう言えば…と言いそうな顔で言うファルコム。それにアイエフが反応すると、彼女は首肯する。

 

「冒険家として色んな所を回ったからね。…ふふっ、だとしたらあたしが君達と会ったのは何かの運命かもしれないな」

「……?どういう事ですか…?」

「見かけたんだよ、ラステイションに来る前に、ね」

『え!?』

 

楽しげに言うファルコムの言葉に驚く私達。取り敢えず何かしら情報手に入れられればいいなぁ…位の感覚でギルドに行ったら、まさかの一人目で、しかもギルドに入る前に決定的な情報の可能性が発生してしまった。た、確かにこれは運命感じるかも……。

 

「あ、あの!どこで見かけたか、教えてくれませんか?」

「勿論だよ。バーチャフォレスト…と言えば分かるかな?」

「は、はい!ありがとうございます!」

「お礼なんていいよ、偶々見かけただけなんだから」

「でも、ファルコムさんには話しても利益がある訳じゃないですし…」

「確かに利益はないね。けど、話さない事による不利益はあるよ?知ってるのに話さなかった、という罪悪感がね」

「ファルコムさん…」

「それに、あたしは困っている人を見かけるとほっておけないお節介でもあるんだ。だからこれはあたしが教えたいと思ったから教えた、それだけだよ」

 

微笑みを浮かべるファルコムに、私達は感銘を受ける。そう言えば、別次元組のファルコムもラステイションで初めて会った私達に気さくに道を教えてくれたし、コンパとアイエフ、ネプテューヌが偽者討伐に向かった時は颯爽と現れて味方になってくれたらしい。そして目の前にいるファルコムは、同じく気さくに教えてくれた上に、私達に恩を売るどころか『自分がしたいだけだから』と言ってくれた。…ファルコム…良い人過ぎる……!

 

「どうしよう皆…私、私やネプテューヌ達守護女神組よりファルコムの方が立派な人間に思えてきた…」

「い、いやまあ…イリゼやベール様達だって立派な人間だから大丈夫よ。…同時に相当な駄目人間でもあるけど…」

「駄目駄目な部分含めてのイリゼちゃん達女神様ですもんね」

「フォローありがとう二人共。…フォローどころかコンボアタックだったけどね…!」

「凄いやり取りだね…ええと、大丈夫?」

「大丈夫、こういうやり取りは日常だから」

「そ、そうなんだ…さてと、それじゃあたしは行こうかな」

「あ…ほんとにありがとうございました。えっと、冒険頑張って下さいね」

「うん、君達も元気で。また会える事を期待しているよ」

 

ひらひらと手を振って立ち去るファルコム。そんな彼女に私達は心の中でもう一度お礼を言い、早速プラネテューヌへと向かう。住処を転々とするモンスターなら早く行かないと入れ違いになりかねないし…せっかく教えてくれた情報を、無駄にはしたくないからね。

 

 

 

 

それから数時間後。辺りが大分暗くなった頃に私達はバーチャフォレストに到着した。…森の中という事もあって、結構暗い。

 

「な、何か出てきそう…」

「なによネプギア、まさか怖いの?」

「そ、そういう訳じゃ……あ、ゆ、ユニちゃん後ろ!」

「え、な、何……!?」

「……あ、ごめん…木の枝が風で動いただけだった…」

「はぁ!?ちょっ、何驚かしてんのよ!や、止めてよね!」

(…実はユニちゃんもちょっと怖いんじゃ…)

「怖くなんかないわよ!」

「心の声読まれた!?」

 

足元に気を付けなきゃなぁとかお腹空いたなぁとか思って口数が減ってる私達とは裏腹に、元気に話す候補生二人。…若い子は元気だなぁ……いや私も若いけど。更に言えば別に楽しげに話してる訳じゃなさそうだけど。

 

「こうも暗いとドラゴン見つけるのだけでも難しそうね…」

「わたし、木の根と間違えてドラゴンさんの尻尾踏まないか心配ですぅ…」

「…そう言えば…宝玉って、エンシェントドラゴンが持ち歩いてるんじゃなくて、自分の身体で作り出す物なんですよね?」

「らしいけど、それがどうかしたの?」

 

整備された道を進む中、ネプギアがそんな確認を口にする。なんだろう…と思って私が見ると、ネプギアはちょっと浮かない顔。

 

「その…悪さしてるモンスターならともかく、何も悪い事してないモンスターを倒すのは気が引けて…」

「ふふ、ギアちゃんは相変わらず優しいですね」

「アンタねぇ…じゃ、わざと無防備で近付いて襲わせてから倒す?」

「そ、それもちょっと…」

「なら、そんなネプギアに朗報よ。宝玉はドラゴンの背中で排出物として生成されるの」

「え?って事は…殺さなくてもいいんですか?」

「そうなるわね。流石に戦いは避けられないでしょうけど」

 

ほっとした様な顔をするネプギアに、私とアイエフは苦笑い、コンパは微笑み、ユニは呆れとそれぞれの反応を浮かべる。…でも、私もネプギアの気持ちは分かるかな。モンスターは本能的に人や動物を襲うのであって、楽しんでる訳じゃないんだから、襲いかかってきてもいないモンスターを殺すのは忍びないよね。…ま、そういう事は割り切らないといけない部分なんだけどさ。

 

「…そういう気持ち…っていうか考え方は、持ち続けたいものだよね」

「…そういうものですか?」

「そういうものだよ。少なくとも、私はそう思う」

 

いまいちユニはネプギアの発言も私の発言も納得出来てないみたいで、思うところがありそうな顔をしている。けれど、別に私は無理に納得させようとは思わない。だってこれは個々人の性格や思考に依るものだからね。

そこからまた十数分。バーチャフォレストの奥地付近まで来た所で、私達は小休憩を入れる。

 

「結構歩きましたけど…まだ見つかりませんね」

「ここもそこそこ広いものね。もう暫く探していなかったら、一旦帰る?」

「それがいいかもね。視界が悪くてお腹も空いてるんじゃ戦闘中に事故起こしかねないし」

「お昼ご飯以降、何も食べてませんもんね……あれ?」

「……?ギアちゃん、どうかしたですか?」

「今、何か聞こえませんでした?」

 

座っていた木の幹(勿論倒れてた木だよ)から立ち上がり、周りを見回すネプギア。何が聞こえたんだろう…と思って私達も耳を澄ますと……確かに、何か低い音が聞こえてくる。これは、もしかして……

 

「大型モンスターの、寝息…?」

「あ…皆さん、あれ……!」

「あれ、って…岩、じゃないの…?」

「違うわ、あれは…やっぱり…!」

 

何かを見つけたらしいユニはライフルを取り出し、それに付属していたライトを点灯させて、近くにあった岩っぽいものへと光を向ける。そして、皆気付いた。自分達が岩かなにかだと思っていたものは、丸くなって寝ていたモンスターである事に。

 

「こ、こんな偶然があるのね…」

「寝てるなんて都合のいい…コンパ、ユニ、麻酔系の薬品とか弾丸ある?」

「麻酔、ですか…あるにはありますが…」

「こんなおっきいモンスターさんに効く様な物はないです…」

 

麻酔があれば安心して取れるけど…ないなら仕方ない。という事で私達はエンシェントドラゴンの背に回り込み、そこにある筈の宝玉を確認する。

 

「…球状、ではないですね…」

「ゴツゴツしてるのは厳密には外殻で、そこを剥がすと丸い宝玉が出てくる…らしいわ。正確な位置は分からないし、やっぱり根元から切り落とすのが良さそうよ」

「了解。なら起きない事を祈って一緒に採取しようか、ネプギア」

「はい。…え、わたしもですか?」

「一太刀で根元から切り落とすのは難しそうだからね。一発で成功すれば、傷付ける必要すらなくなるかもよ?」

「そ、そういう事なら…分かりました」

「じゃ、三人は起きた場合に備えて戦闘準備しておいてもらえる?」

 

三人の頷きを確認した私とネプギアは、忍び足でエンシェントドラゴンのすぐ側まで移動。それぞれバスタードソードとビームソードを宝玉に添え、目を合わせてタイミングを計る。

 

「斬れなかったら即退避、いいね?」

「……斬れ過ぎちゃったらどうします…?」

「斬れ過ぎちゃったら…?」

「だって…これ、勢い余ったら互いに腕ばっさりやっちゃうパターンじゃないですか…」

 

宝玉はそこまで大きい訳じゃなく、確かに言われてみれば私とネプギアはお互いに刃を当てられる距離にいる。…そっか、普通に考えたら怖い状況だよねこれ。よし、ここは一つ私が安心させてあげなきゃ!

 

「…大丈夫だよ、ネプギア」

「大丈夫、ですか…?」

「うん、大丈夫。女神は……腕一本斬り落とされた程度じゃ死んだりしないから!」

「な、なんで斬り落としちゃった場合の事言うんですか…!?」

 

ぶるぶると震え出すネプギア。…あ、あれ……?

 

「…イリゼさんに訊いたわたしが馬鹿でした……」

「がーん…でもほんと、大丈夫だと思うよ…?コンパいるし…」

「あ…それはそうかも……」

 

ネプギアは訊く相手ミスで、私は自爆でそれぞれダメージを受けるも、コンパの存在のおかげでお互い落ち着きを取り戻す。…腕ばっさりいく程の事態でもナース一人いれば大丈夫、ってのも中々アレだけど…ここにいるのはコンパだからね。私達女神一行の治療主任コンパさんだからね。普段は天然感の強いけど、治療に関しては全幅の信頼をパーティーから寄せられてるコンパがいれば安心だよ。

 

「さて、じゃあ改めて…やるよネプギア」

「はい、合図お願いします」

「いくよ…いっせーのー……でッ!」

 

で、の瞬間二人で剣を振り抜く。外殻、と言われるだけあってドラゴンの皮や肉よりは明らかに硬かったけど…戦闘中と違って、好きに立ち位置やタイミングを決められるから切断はむしろ楽な部類。そのおかげもあって私とネプギアの剣は一気に食い込み……宝玉を外殻ごと斬り落とした。

 

『……よしっ!』

 

気持ちいい位見事に斬れて、私とネプギアは揃って左手でガッツポーズ。しかもその時の声が噛み合った事もあって、ついハイタッチとかしてしまった。

 

「やりましたね、イリゼさん!」

「だね、それに腕も斬れなかったし完璧完璧」

「グ…ルゥ……」

「腕ばっさり、なんて杞憂でしたね。じゃあこれ持ち帰りましょうか」

「外殻剥がすのは、シアンに任せればいっか。宝玉だけ必要なのか、外殻も欲しいのか聞いてなかったし」

「グルル…グル……」

「これで後は血晶…こっちは明日にします?」

「そうしよう、今からじゃ徹夜確定だもん」

「ですよね」

「そうだよ」

「…………」

「…………」

「……さっきから、何か唸りみたいな声が聞こえてきてません…?」

「そ、そうかな?気のせいじゃない?ほら、こんなに綺麗に斬れたんだから起きてる訳ないって!」

「そ、そうですよね!それじゃあ帰って────」

「グルガァァァァアアアアアアッ!!」

「きゃああああああああああああっ!!」

 

普通の女の子の様な悲鳴を上げながら、尻尾を巻いて逃げ出す私&ネプギア。歴戦の女神と将来有望な候補生が、このザマだった。…だ、だって仕方ないじゃん!気分良くなってたところに、超至近距離がらの大音量咆哮を喰らったんだよ!?こんなの守護女神や教祖だってビビるよ!不可抗力だもんっ!

 

「ちょっ、何起こしてんのよ二人共!」

「お、起こしたくて起こした訳じゃないよ!」

「宝玉忘れてる宝玉忘れてる!」

「こ、こんな状況じゃ取れないよ!ならユニちゃん取ってよ!」

「えぇ!?アタシが!?この距離で!?」

「み、皆落ち着くです!龍はみかんの皮が好物だから、それあげれば気を引ける筈です!」

「それ龍じゃなくてりゅうだよ!エルマー氏の友達のりゅう限定だよ!?」

 

エンシェントドラゴンが一瞬で臨戦態勢に入った上、普段前衛を担当してる二人が揃って全速力で逃げ出してきたものだからパーティーは大慌て。折角戦闘準備の出来ていた三人も、驚いて即攻撃には移れなかった。

そんな感じで軽くテンパっていた私達だけど、当然エンシェントドラゴンは皆が落ち着くまで待ってくれたりはしない。それがどういう事かと言うと……炎の息や鋭い爪牙に逃げ惑う、情けない女神一行という絵面となってしまっていたという事だった。……依頼は拠点に帰るまでが依頼だって痛感したよ、とほほ…。




今回のパロディ解説

・モニタリング
テレビ番組、ニンゲン観察バラエティ モニタリングの事。比較的ドッキリ対象が楽しめたり得したりする事も多いこの番組は、ドッキリ系の中では好きな方だったりします。

・エルマー氏の友達のりゅう
エルマーのぼうけんシリーズに登場する、捕らえられていたりゅうの事。りゅうだけでなく、この作品に出てくる動物はかなり特殊なタイプが多いですね。


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第十四話 真っ直ぐな気持ち

エンシェントドラゴンの口から放たれた火球。それが魔法によるものなのか体内に発火器官を持っているのかは分からないけど、それに当たったら良くて『上手に焼けましたー!』状態、悪いと人型の炭になっちゃうんだから避けなきゃ不味い事だけは間違いない。…けど、場所が場所だから……

 

「い、イリゼさん木に引火しました!どうしましょう!」

 

──一概に避ける事が正しいって訳じゃないんだよね。

 

「これ位なら……ッ!」

 

引火した木を確認した私は跳躍。燃えている枝の部分を斬り落として舗装された道へと投げ付ける。これで取り敢えず他の木に燃え移る事はない筈…。

 

「ふぅ…やっぱりこの場所は危険だね。大火事にならない様、出来る限り火は吐かせないでおかないと…」

「…やっぱり、女神化して一気に攻めるべきでは?見たところ、アタシ達全員で本気を出せば十分倒せると思いますよ」

「だろうね。けど、女神化したら奴は警戒レベルを最大まで上げて、遠距離からの炎攻撃の頻度を上げると思うよ?…本能で生きてる生物は、人間よりもずっと危険察知能力が高いんだから」

「じゃあ、どうするです?」

「そうだね……」

 

まず思い付くのは、さっさと宝玉を回収して逃げる事だけど…逃げるというのは即ち距離を大きく開けるという事。もしそうすれば…まぁ当然ながら、エンシェントドラゴンは火を放ってくる。それじゃ、やっぱり大火事の危険性を上げる事になるから却下。それに私達は『寝ているところに衝撃与えて叩き起こした』立場なんだから、ボッコボコにするのもちょっと心苦しい。だから……私は提案する。

 

「ネプギア、エンシェントドラゴンの近距離まで入ったら、私の言う通りに攻撃出来る?」

「え、と…無茶振りじゃなければ、出来ます…!」

「OK、なら私とネプギアで奴を気絶させるから、三人は気を引いて」

「気絶?あんなデカい奴を気絶させられるの?」

「予定通りにいけば、ね」

 

努めて自信ありげな表情を浮かべ、私はサムズアップ。それを見た皆は、一瞬考える様な顔をしたけど…すぐに頷き、行動を開始してくれる。…追求もせずに乗ってくれた皆の為にも、確実に成功させないとね……!

 

「功を焦るのは駄目。三人なら確実にチャンスを作ってくれる筈だから…タイミングを待つよ」

「は、はい」

 

コンパとアイエフは奴と付かず離れずの位置を走り、視線を誘導。ユニは攻撃の瞬間に合わせて撃つ事で攻撃位置を狂わせ、走る二人の安全を確保する。

そうする事数分。初めは私達全員に注意を配っていたエンシェントドラゴンも、次第に動き回る二人と邪魔をするユニばかりに視線を向ける様になり、私達への注意は薄れていく。そして……

 

「……ッ!行くよネプギアッ!」

 

具体的な説明は出来ない。ただ、これまで培ってきた経験と女神の本能が今だと叫んだ瞬間、私は声を上げ、地を蹴る。

それは、コンパとアイエフがエンシェントドラゴンの左右を駆け抜ける瞬間だった。左右を抜け、自身の死角へと移動しようとする二人を追う形で、エンシェントドラゴンは振り向く。けれど、そこにいるのは二人じゃない。そこにいるのは、振り向いた奴の正面にいるのは…私とネプギアだッ!

 

「ネプギア!女神化して頭に衝撃を与えて!全力の、打撃を頼むよッ!

「……っ!いきますッ!」

 

私に並ぶ様に走り込んでいたネプギアは、私の声と同時に女神化。地面を踏み込んで跳び上がり、空中で前転。その頂点で右足を伸ばし、助走と回転、そして女神の力を合わせた強烈なかかと落としをエンシェントドラゴンの脳天へと叩き込む。

エンシェントドラゴンからすれば、私とネプギアがすぐ側にいる事自体が驚きだったと思う。その状況で、その驚きの中で叩き込まれた女神化からの回転空中かかと落とし。完全に不意を突いたその一撃は、エンシェントドラゴンをぐらつかせるに至る。けど…まだ、私が残っている。女神化し、ネプギアに一切劣らない踏み込みを入れた私が残っている。

 

「────悪いけど…沈めッ!」

 

踏み込んだのは、奴の正に目の前。両脚に、翼に力を込めて跳び上がり…エンシェントドラゴンの顎へ膝を突き刺す。突き刺し、そのまま突き上げる。

上からのかかと落としと、下からの飛び膝蹴り。一瞬の時間差の後直撃した二つの蹴りは上下からエンシェントドラゴンの頭部を襲い、脳を激しくシェイクする。

一瞬止まるエンシェントドラゴン。それぞれ勢いが無くなると同時に飛び退いて着地する私とネプギア。そして、次の瞬間……

 

「グ……ル、ゥ……」

「た…倒れた、です……」

 

──エンシェントドラゴンは、気絶した。

二足歩行に、四肢の配置。各部の作りや翼、尻尾の有無こそ違うけれど、大まかな骨格は人と同じエンシェントドラゴン。だから私は思った。頭頂部に、そして顎に強い衝撃を与えれば脳震盪を起こして気絶するんじゃないかと。勿論人と同じ程度の衝撃で気絶なんてしてくれないと思うけど…だからこその、女神二人による上下同時攻撃。その結果、私の目論見通りエンシェントドラゴンは脳震盪によって気絶したのだった。……これを人間にやったら頭潰れちゃうね。

 

「…ネプギア、グッジョブ」

「ふふっ、わたし相手に合わせるのは得意ですからね」

 

にっ、と笑いを見せた後に私は女神化解除。ネプギアも同じ様に解除しながらにこりと笑みを浮かべ、言葉を返してくれた。

 

「やるじゃないイリゼ。中々見応えのあるコンビネーションだったけど、あれ新技?」

「んー、即興の技だけどね。名前は…タイガーファング式○○、とか?」

「即興…よく合わせられたわね、ネプギア…」

「コンパさん達程じゃないけど、わたしもイリゼさんと付き合いあるからね。それに…ここ一番、って時は凄く頭が冴えたりしない?」

「それは、まぁ…アタシも偶にあるわね…」

「でしょ?だからこれはわたしの実力じゃないよ」

「…謙遜なのか本気でそう思ってるのかよく分からないのよね、アンタの場合……」

 

倒した訳ではないものの、エンシェントドラゴンを無事無力化した事でホッと一息ついた私達。結果的に殺さずに済んだから、ネプギアもどこか嬉しそうで私は一安心。ユニだけばまだ少し思うところもあるっぽいけど…それよりも今は上手い事合わせた事に興味がいっている様子。そんな二人を見ながら私は落ちたまんまの宝玉を回収し、皆に帰ろうと告げる。さて、今からラステイション戻ったら夜が明けちゃうし、今日はプラネタワーに戻ろうかな……

 

 

 

 

 

 

「アーハッハッハ!油断大敵だったな、テメェ等ッ!」

 

────え?

 

 

 

 

嵌めてやった、と言わんばかりの笑い声。その声が明らかに悪意と敵意を孕んでいるものだと私達が察した瞬間、木々の陰から銃器を持った人が次々と現れた。…それも、私達を囲う様に。

 

「……っ!誰ッ!」

「勝って兜の緒を締めよ、ってな!この顔を忘れたとは言わせねェぞ!」

 

集団に対応する様に五人で背中を合わせ、視線を巡らせる私達。すると他の面子が私達を包囲した後に、先の声の主であろう少女が姿を見せる。それは、手に持つ鉄パイプを肩にかけた、小悪党の様な雰囲気の少女。

あぁ、確かにそうだ。その顔を忘れたとは言わない。そう、彼女は…彼女の名は……

 

『──下っ端(さん)!』

「下っ端じゃねェよ!リンダだよリンダ!顔じゃなくて名前忘れてやがったな!?」

 

早速地団駄を踏み出す下っ端。やはりマジェコンヌやジャッジ辺りよりずっと普通の人間寄りなのか、結構しっかり突っ込んでくる。……ジャッジはそもそもボケに突っ込み入れてくれるか微妙だけど。

 

「誰よ、あいつ…」

「下っ端だよ!犯罪組織の下っ端!」

「聞けよ!テメェ等実は結構性格悪ぃな!?」

「いきなり囲んで銃向けてくる人には言われたくないです!後、それは割と今更です!」

『コンパ!?ちょっ、今しれっと私達disった!?』

 

威勢良く下っ端に反論したコンパだったけど、それにビビったのは向こうではなく私とアイエフだった。…ほんと、コンパの天然毒舌は突発的過ぎる……。

 

「なんなんだお前等…まぁいいさ、おい!相手は女神とその連れなんだ、油断すんじゃねェぞ!」

「油断…というか短絡的思考で私に返り討ちに遭っただけあって、説得力あるわね」

「うっせェ!てか、この状況分かってんのか!?」

「この状況……はっ…!」

「やっとかよ…そう、テメェ等は追い詰められて……」

「…し、下っ端が下っ端なのに人に指示出してる!」

『た、確かに!』

「ちっ、がぁぁぁぁああああうッ!!ふざけてると発砲指示出すぞコラァ!」

 

ネプギアの気付きにノって皆で衝撃を受けていたら、下っ端がブチギレてしまった。正直何割かはほんとに驚いていたんだけど……うん、流石にふざけてる場合じゃないね。そろそろ真面目に考えないとヤバい自体になりそうだね。

 

「この人数だと…先手取って制圧するのは難しそうですね」

「わたし達は女神化すれば何とかなりそうですが…」

「拳銃ならともかく、流石に両手持ちのマシンガンじゃ避けきれないと思うわ」

「それに、囲まれてるんじゃ避ける場所がそもそもほぼ無いです…」

 

さっきから下っ端にばかり気を取られていたけど…現在私達は囲まれている。個々の能力では劣ってないとしても、この状況では恐らく被弾は免れない筈。…いや違う。コンパとアイエフが、被弾は免れない。

 

「今度こそ状況に気付いたか!バーカ!」

「姑息な手を使った癖に偉そうに…だから下っ端って呼ばれんのよアンタ!アタシ初対面だけど!」

「ゆ、ユニちゃんもう煽らない方がいいよ…せめてこっちの作戦決まるまでは煽るの止めとこ…?」

「作戦、ね…普通に考えたら私達が被弾覚悟する以外ないでしょ」

「ですね。わたしもそう思うです」

「ふ、二人共!?急になに諦めて……」

「諦め?それは違うですよイリゼちゃん」

 

一か八か指揮官らしい下っ端を強襲するか、それとも射線を集める為になにかするか…と一人思考を巡らせていた私。そんな中、撃たれるのも仕方なし…みたいな事を言った二人に、私は反射的に否定しようとした。けど、それをコンパが制して…二人は言った。

 

「あのね、私達は女神でも束にならなきゃ勝てない様な戦いを何度も経験してきたのよ?今更普通のマシンガンで数発撃たれる程度、臆しはしないわよ」

「わたしはナース、怪我をお手当てするのがお仕事です。だから、ちょっと位怪我してもわたしが何とかすればいいだけです」

「で、でもさ……」

「…言っとくけど、棒立ちで撃たれる気はないわよ?」

「出来る限り避ける、です!」

「……っ…」

 

──嗚呼、全くこの二人は頼もし過ぎる。避けきれる可能性は十分にある私達と違って避けるのは困難な筈なのに、どうして私よりも落ち着いて構えられるのか。……ほんと、人間である二人にそんな姿見られたら、私達女神は形無しだよ。

 

「……ネプギア、ユニ、全力で制圧するよ」

『はい…!』

「一秒でも、一瞬でも早く撃破する……全員、行動開────」

 

二人の勇姿を見せられては、私も腹をくくらない訳にはいかない。完封…は流石に無理かもしれないけど、撃たれる弾数を減らす事は私の動き次第で出来る筈。だから、二人の為に、私は全身全霊で……

 

 

 

 

──そう思い、女神化しようとしたその時……

 

「グッ……ォォォォオオオオオオオオッ!!」

 

猛々しい雄叫びが、周囲に響き渡った。

 

『……ーー!?』

 

一瞬、その場にいた全員が状況を忘れて雄叫びの元へと視線を向ける。その先、雄叫びの中心部にいたのは……目を爛々とぎらつかせる、エンシェントドラゴンだった。

 

「な……っ!?こ、こいつやられたんじゃなかったのか!?」

「き、気絶させてただけですよ!こんな早く目覚めるなんて…!」

「馬鹿かよ!?くっそ、これは想定外……」

「グルルゴオオオオオオッ!!」

『ひ……ッ!?」

「あ、ば、馬鹿!テメェ等撃つんじゃねぇ!」

 

突如現れた(というか意識が戻った)第三勢力に、動揺が走る両陣営。特に犯罪組織側…下っ端の部下らしき人達にとっては、敵が『ぱっと見華奢な女の子五人』から『どう見ても常人には勝ち目のない大きな龍』へと変わったのだから、落ち着いていられる訳はない。それを不味いと思った下っ端は部下を制しようとしたけど……遅かった。

まずエンシェントドラゴンから見て真正面にいた一人が発砲し、それに感化された様に次々と犯罪組織の部下達がマシンガンの引き金を引く。……一般人が使える様な携行火器じゃ、集中砲火を浴びせたとしてもノンアクティブ級を即死させられたりはしないのに。

 

「グルルゥ…!?」

「よ、よし効いてるぞ!このまま撃って撃って撃ちまく……」

「……ガァァァァアアアアアアッ!!」

「────ぇ…?」

 

唸りを上げながら、正面の犯罪組織員へと飛び交うエンシェントドラゴン。ドラゴン…それも巨大な体躯に一対の手足と尻尾、それに翼を有する類の生物は、瞬発性があまり高くない事が多い。けど、それはあくまで『スタート』が遅いというだけで、『スピード』全体が遅いという訳ではない(そして、語呂が似てるからこの2単語を選んだのか、とか邪推するのは良くない)。女神や常人の外へと足を突っ込んでる人ならまだしも、常人の域にいる人間からすればそれは…一瞬で眼前へと迫られた様なもの。接近は勿論、その勢いのまま放たれた一撃に反応出来よう筈もなく、その人は近くの木ごと跳ね飛ばされてしまった。

 

「ひぎ……っ…」

「……ッ!テメェよくもッ!」

 

仲間の一人が跳ね飛ばされて、戦々恐々よりも怒りに燃えて以前撃ち続ける他の組織員。しかしエンシェントドラゴンは先の私達の攻撃、そして弾幕で怒り狂っているのか攻撃を意にも介さず再び突進。狙う先は、ぐったりと倒れている組織員。

ここまでいって、やっと私達は呆気に取られた状態から立ち直った。戦況だけで言えば、敵の敵は味方の如く私達に利のある状況だけど…私達は犯罪組織の面子を皆殺しにしたい訳じゃない。そうでなくとも、逃げる事すらままならない状態の人を見殺しになんて、出来る筈もない。

けれど、私達が動くのは一瞬遅かった。女神化しても、今からじゃ間に合わない。だって、私が踏み込もうとしてる間にもエンシェントドラゴンは爪をその人へと……

 

「そうは……させないっ!」

 

──届く前に、M.P.B.Lの刀身と激突し火花を散らした。

私は目を見開き、横を…ネプギアがいた筈の場所へ顔を向けた。けど当然ながら、そこにネプギアはいない。……ネプギアは唯一、私達よりも一足先に動いていたのだった。

 

「……っ…ええぃっ!」

 

既に女神化していたネプギアは力任せにM.P.B.Lを振り抜き、エンシェントドラゴンの突進を弾き返す。そこから両者は正対し、再び激突。M.P.B.Lと爪がせめぎ合う。

 

「そこの人!倒れてるあの人を連れて早く逃げて下さい!」

「に、逃げる!?敵のお前が何を……」

「死にたいんですか!?少なくとも、急いで連れて帰らなきゃお仲間さんは死んでしまいますよ!?」

「……っ…わ、分かった…」

「後は…皆さん!」

「大丈夫!遅れてごめんね!」

 

ネプギアの行動に動揺していた組織員を叱咤し動かしたネプギア。続いて私達にも何かを言おうとしたけど…流石にもう私達も動いている。コンパとアイエフは組織員を背にする様に動き、ユニはエンシェントドラゴンの背を撃ち、私は側面に回ってネプギアと激突している腕を斬りつける。

 

「ネプギア、アンタこのまま戦う気!?」

「その通りだよ!」

「その通りって…アンタ……!」

「ユニ!言いたい事は分かるけど、今は倒すのが先決だよ!もうこいつは倒さなきゃこっちも被害受けかねない!」

「……っ…そうですね…」

 

私達が気絶させる前までの奴は、一応冷静に戦っていたからこそ、ある程度は行動を予測出来た。けど頭に血が上っている今のエンシェントドラゴンは、どんな動きをするか分からない。折角殺さずに済まそうとした相手を倒さなきゃいけないのは複雑だけど…こうなればもう、仕方なかった。

そして、私達がエンシェントドラゴンを倒した頃、犯罪組織員は誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

「はぁ…何なのよ、ほんと……」

 

エンシェントドラゴンを倒してから数時間後。改めて宝玉を回収したアタシ達は、プラネタワーに泊まる事とした。ネプギア達は元々プラネテューヌにいたからそれぞれの部屋に行ったけど、アタシは貸してもらった客室の一つに泊まる事となった。……じ、地の文ってこんな感じでいいのかな…?

 

「…………」

 

何なの、というのは勿論ネプギアの事。ネプギアが悪い奴じゃない…どころかむしろ、良い奴である事は間違いないだろうけど、どうしてもアタシは理解出来ない。…特に、犯罪組織を見逃した事は。

イリゼさんなら分かる。お姉ちゃん…守護女神に匹敵する女神のイリゼさんなら敵すらも守れる実力があるんだろうし、経験と知識に基づいた判断なら十分に信用出来る。

コンパさんやアイエフさんも、分かる。普通の人よりずっと強い二人も人間である事には変わりないし、目の前で死にかけてる対象を助けるのは優しささえあれば普通の事。

でも…ネプギアは違う。アタシと同じ女神候補生なのに、実力も経験も大差無い筈なのに、自分が未熟者だって分かってる筈なのに…どうして、ネプギアは……

 

「ユニちゃーん、入っていいー?」

「わひゃぁっ!?」

 

突然のノックと声(突然じゃないパターンなんて普通ないけど)に驚いて変な声を出してしまうアタシ。…は、恥ずかしい……。

 

「……?大丈夫…?」

「え、えぇ…」

 

驚いたには驚いたけど、別に何かしてた訳じゃないからすぐに扉を開けると…ネプギアは怪訝な顔。まぁ、そりゃ変な声出してたらそういう顔するわよね…。

 

「…ねぇ、ユニちゃん」

「…なに?」

「わたし、ちょっと前にイリゼさんの部屋行った時も同じ様な反応されたんだけど…わたしのノックって変なのかな…?」

「い、いやそんな事はないと思うけど…」

 

一体イリゼさんの時はなにがあったか知らないけど…ノックに変もなにもあるのかという話。仕方ないからアタシは原因不明のニュアンスを込めて小首を傾げる。

 

「そっか…次は無言で入ろうかな、逆に……」

「普通に失礼な奴になるわよ、それは」

「じゃあ…勢いよく現れて、『わたしが来た!』って言うのは?」

「アタシ達はヒーロー候補生じゃなくて女神候補生だけど?」

「……颯爽登場、銀河美少女パープルシスター…」

「…………」

「…は、恥ずかしいんだからせめて反応はしてよ!?」

「恥ずかしいならなんで言ったのよ!?」

 

ガーンとショックを受けながらそんな事を言うネプギアにアタシは全力突っ込み。いや、確かにボケをスルーされるのはキツいってお姉ちゃん達見ていれば分かるけど…アタシは何でもかんでも突っ込む人じゃないっての……。

 

「うぅ…酷いよユニちゃん…」

「酷いのはアンタの突然なボケの方だから…で、なにしに来たのよ?」

「あ、そうだった。えとね、折角だから一緒に寝ようかなって思ったの」

「……は?」

 

さも当然かの様にそんな事を言うネプギアに、アタシはぽかんとする。…もしや聞き間違えたのかも…と思って一度聞き返してみるも、どうやら聞き間違いではないらしい。……ネプテューヌさん、貴女の妹は一体何を言っているのでしょうか?

 

「…自分の部屋から締め出されでもした?」

「ううん、してないよ?」

「じゃあ、なんで…」

「なんでって…友達ならお泊まり会するものじゃないの?」

「そ、そうなの?」

「そうじゃないの?お姉ちゃん普段から時々イリゼさんの部屋に泊まりに行ってたりしたし、ノワールさん達他国の友達が来た時はほぼ毎回お泊まり会してたよ?」

 

ネプギアが何を思って一緒に寝ようかな、なんて言ったのか疑問だったアタシだったけど…今の発言で納得した。…ネプテューヌさん、貴女の妹がこんな事言ったのは貴女の影響ですね…。

 

「…っていうか、お姉ちゃんは追い返したりしてなかったんだ……」

「あ、うん。ノワールさんはいつも文句言ってたけど、追い返した事は一回もなかったと思うよ?」

「そう…でもだからってアタシ達までやらなきゃいけない理由はないでしょ」

「わたしは面白そうだと思うけど…もしかして、わたしと同じ部屋で寝るのは嫌…?」

「そ、それは…そういう事言ってる訳じゃ……」

「……っ…も、もしや…同じ部屋云々じゃなくて、そもそもユニちゃんはわたしを友達だとは思ってなかったの…?」

「ちょっ、ちょっと!?思考が跳躍し過ぎじゃないの!?」

 

突然しゅんとしてしまうネプギア。た、確かにアタシは泊まるのに否定的だったけど…そこまでなる!?

 

「…ごめんねユニちゃん、一人で勝手に友達認定して浮かれてて……」

「だから思考が跳躍し過ぎだって!なんでそうなるのよ!?」

「無理にそんな事言わなくてもいいよ…?」

「む、無理になんて言ってないわよ!話聞きなさい!」

「…じゃあ、ユニちゃんはわたしを友達だと思ってくれてる…?」

「うっ…そ、それは……」

「……ぐすっ…」

「わぁぁ!?な、泣かないでよ!あーもう…思ってる!アンタを友達だと思ってるわよ!」

「じゃあ、お泊まりは…?」

「あーするする!お泊まり会だろうとなんだろうとするわよ!ほら枕持って来なさい枕!」

「ほんと!?わーい!」

「……はっ!?」

 

気付いた時にはもう既に遅し。いつの間にかアタシは泊まるのも許可してしまっていた。にっこにこ笑顔で喜ぶネプギアを見てアタシは戦慄する。ね、ネプギア…色んな意味で油断ならな過ぎるわよ…!

 

「〜〜♪」

「も、もう…アタシは今日は色々あって疲れたし、明日は血晶探しするんだからふざけてないでさっさと寝るからね?」

「あ、そうだね。もう遅いし、素直に寝よっか」

「…寝るだけなら、自分の部屋でも……」

「……ぐすっ…」

「だから泣かないでよ!っていうか嘘泣きじゃないでしょうね!?」

 

と、こんな感じでネプギアが来て以降、ずっと振り回されるアタシだった。うぅ、恥ずかしい事は言わされるし突っ込みさせられまくるし……なんかお姉ちゃんがネプテューヌさんにぶつぶつ言う理由が分かってきたかも…。

しかも……

 

「…すぅ…くぅ……」

「…アタシより先に寝入ってるし……」

 

エンシェントドラゴンと戦ってた時の姿は何処へやら。寝入る前も今もネプギアは普通の女の子の様だった。アタシとネプギアはまだ長い付き合いでもないのに、警戒の欠片もない様子で寝るネプギアの顔を見てアタシは思う。それも、悪い事じゃないと思うけど……

 

(…ほんと、アンタは純真っていうか…素直過ぎるのよ……)

 

アタシには無い、まだアタシ達候補生が持つべきではない理想を本気で掲げてるんじゃないかと思うネプギアに、ネプギアの意思に……アタシは、複雑な気持ちだった。




今回のパロディ解説

・上手に焼けましたー
モンスターハンターシリーズにおける、肉焼きセット系アイテムでこんがり肉を作った際に流れるSEの事。こんがり女神……見たいですか?流石にエグいですよ?

・タイガーファング
タイガーマスクWの主人公の一人、タイガーマスク(東ナオト)の必殺技(フィニッシュホールド)の事。かかと落としと膝蹴りを頭に…というのは最終決戦でのアレですね。

・わたしが来た
僕のヒーローアカデミアに登場するキャラ、オールマイト(八木俊典)の名台詞の一部のパロディ。この台詞言いながらだと、扉をぶち破ってきそうな気がしますね。

・颯爽登場!銀河美少女・パープルシスター
STAR DRIVER〜輝きのタクト〜の主人公、ツナシ・タクトの口上のパロディ。ネプギアが高らかにこんな事を言ってたら可愛い気がしますが…まぁ、恥ずいのでしょうね。


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第十五話 血晶&MG強奪事件

プラネタワーで夜を明かした日の翌日…というと、明かす前の日の翌日なのか、明かした後の日の翌日なのか分かり辛いね。で、どっちなのかと言うとそれは前者なんだけど…私達は皆で朝食をとっていた。

 

「ふぁ、ぁ……」

「ユニちゃん、寝不足ですか?」

「はい、少し…昨日夜に色々ありまして…」

 

手を当て欠伸をするユニ。少し、って何だろうと思う私達だったけど…その中でネプギアは、一人にこやかな表情を浮かべていた。……?

 

「…それより、今日は血晶探しをするんですよね?」

「うん、そうだよ?」

「血晶の方は、何か情報ってあるんですか?」

「ううん、今のところはゼロだね」

 

咀嚼していた卵焼きを飲み込んだ私はそう返答。因みに、昨日手に入れた宝玉は昨日のうちにラステイション教会に送ってもらうよう、職員さんに話を通しておいた。血晶のありかがどこであろうと、ラステイション教会にすぐ戻るのは無理だと思うし、わざわざ手元に置いておく理由もないからね。

 

「血晶…一体どんな見た目なんでしょう?やっぱり色は赤かな…」

「案外、縁起でもない物かもしれないわよ?」

「縁起でもない物…?」

「そうね…例えば、女神の血を全て抜き取って、それを濃縮する事で精製出来る…とか」

『ち、血を全部……』

「や、止めてよアイエフ…そういう冗談は笑えないよ…」

 

アイエフは少し伏し目がち&マジなトーンで禄でもない事を言うものだから、女神であるネプギアとユニは血を抜かれた…レベルではないけれど顔がブルーに。私も私で卵焼きを摘んだ箸が止まってしまう。……卵焼きばっかり食べてるって?い、いいじゃん別に…そんな何十個も食べてる訳じゃないし……あ、甘くて美味しいんだもん…。

 

「もうあいちゃん、二人を怖がらせちゃ駄目ですよ?」

「軽いジョークよジョーク、仮にそれが本当だったとしてもやらせる訳ないじゃない」

「ジョークがブラック過ぎるって…食事中なのに…」

「あーはいはい分かったわよ。三人とも悪かったわ」

 

ぺこり、と椅子に座った状態でアイエフは頭を下げて謝罪。まぁ悪い冗談とはいえほんとにショック受けた訳じゃないから、笑って許そうかな…と思ったところで、後ろからおはようございます、という声がかけられる。…ん?この声は……

 

「あ、イストワールさん」

「いーすんさん、おはようございますです」

「はい。朝食ご一緒しても宜しいですか?(´・∀・`)」

「それは勿論」

 

私達が首肯するとイストワールさんはテーブルに着地。頂きます、と言って特注の食器に盛られた朝食を食べ始める。

 

「りょ、料理も食器も小っちゃい…」

「わたしにとって普通の食器は食器として扱えませんし、ユニさん達と同じ量食べたらわたし、破裂してしまいますから(´-ω-`)」

「は、破裂……」

「…いや、それ以前にそんな量食べられませんけどね?(~_~;)」

 

イストワールさんの食事姿をちゃんと見るのは初めてなユニは、そのミニマムさに興味ありげな様子。……一人前食べたら破裂するというのを聞いて、無理矢理食べさせる度にぶくぶく太っていくイストワールさんを想像してしまった私は、悪い妹です…ごめんなさい…。

 

「…イリゼ?」

「な、何でもないよ……イストワールさん、血晶の事は何か分かりました?」

「……?…あ、もしかしてイリゼさん、昨日いーすんさんに訊いたんですか?」

「もしかしたら、って思ってね。それでどうです?やっぱり三日かかっちゃいます?」

「む…わたしが何でもかんでも三日かかると思ったら大間違いですよイリゼさん( *`ω´)」

「あ、すいません…」

「ものによっては三分や三時間でも調べられます。……逆に三週間や三ヶ月かかる事もありますが…(・ω・)」

「は、はぁ……」

 

そう言われて言葉に詰まる私。何でもかんでも三日、というのは確かに間違いだった様だけど…私はこれになんて返せばいいんだろう…。

 

「こほん。それで血晶ですが…ユニさん、テコンキャットというモンスターを知っていますか?( ・∇・)」

「テコンキャット…えぇ、知っていますけど…」

「でしたら、その巣を探してみて下さい。理由は不明ですが、テコンキャットは血晶の採れる洞窟や洞穴を巣にする傾向がある様ですから( ̄^ ̄)」

「そうなんですか…分かりました、行ってみます」

 

期待していなかった…なんて事はないけど、昨日の今日で判明するとは思ってなかったから少なからず私は驚く。そしてそれは皆も同じ様で、真っ先にコンパが口を開く。

 

「いーすんさん凄いです!一晩でやってのけるなんて、ジェロニモさんみたいです!」

「まさかコンパの口からその作品のネタを聞く事になるとは思わなかったわ…でも、確かに凄いわね。ラステイション教会では両方情報を掴めなかったのに」

「そんな事ありませんよ。偶々過去にプラネテューヌでも血晶を採取しようとした事があり、その記録を見つけられただけなんですから( ̄▽ ̄)」

「それでもうちとしては大助かりですよ、ありがとうございます」

 

イストワールさんと、過去に血晶を探していたプラネテューヌの人達のおかげで思った以上に早く情報を得た私達。そのテコンキャットというのは主にラステイションに生息しているらしい(だからイストワールさんはユニに訊いたんだろうね)から、食事を終えた私達は手早く支度をし、数十分後にはプラネタワーを後にしたのだった。

 

 

 

 

「ねぇユニちゃん、テコン『キャット』っていう位だし、やっぱり猫みたいなモンスターなの?」

「いや、兜を被った爪の大きいチンピラみたいなモンスターよ」

「そっか……」

「なんでちょっと残念そうなのよ…あんまり可愛くない方が倒す時楽じゃない」

「あ、そっか……っていうか、ユニちゃんも可愛いモンスターならちょっと躊躇うんだね」

「…そ、そりゃそうでしょ……」

 

ユニの知る、テコンキャットが確認されているダンジョンへと足を踏み入れてから十数分。私達はモンスターを呼び寄せてしまわない程度に雑談をしながら巣穴を探していた。

 

「でも、どうして血晶の採れる場所を巣にしてるのかな…まさか鉱物を食べてるとかじゃないよね?」

「血晶に何かエネルギーがあるとか?それか…案外、光り物が好きなだけかもしれないわよ?」

「テコンキャットが出払ってるといいわね、それなら倒さなくても済むし」

「わ、わたしの顔見て言わないでよユニちゃん…そう思ってないって言ったら嘘になるけど…」

「けど、わたしも戦わずに手に入れられるならそっちの方がいいです」

 

それはその通りだ、と私はコンパの言葉に心の中で賛同する。大概のモンスターなら私達の相手じゃないし、例外級の強さを持つモンスターでも、まぁまず『逃げる事も叶わず全滅』なんて羽目にはならない。…とはいえどんなモンスターでも油断すれば怪我する可能性はあるし、慢心していれば足元を掬われる事もあり得る。だからこそ、端からそうならずに済む方が一番良い…って思うのは、当然だよね。

 

「…っと、ちょっと待って下さい」

「……?どうしたのユニちゃん」

「あそこ、サイズ的にもあり得そうでしょ?」

「確かに…ちょっと見てくるよ、皆はここで待ってて」

「イリゼちゃん、一人で大丈夫ですか…?」

「見てくるだけだから大丈夫。むしろ人数多い方が足音とかでバレちゃいそうだし」

 

と言って私は前進。万が一の為にバスタードソードを手元に出した後、ゆっくりとユニが見つけた洞穴へと入っていく。

そこから数分後……

 

「……ふぅ、ただいま」

「ご苦労様ですイリゼさん。それで、どうでした?」

「そうだね…良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」

「良いニュースと…悪いニュース?」

 

調査を終えた私が含みのある表現をすると、ユニが怪訝な表情を浮かべながら聞き返してくる。総合的に言うと悪い結果を伝える事になるんだけど…一回言ってみたかったんだよね、この台詞。

 

「えと…どうしようかな…」

「上げてから落とされるのは嫌だし、悪いニュースからにしない?」

「えっ…わ、悪いニュースからにするの…?」

「……?何?悪いニュースからじゃ不味いの?」

「それは、その…悪いニュースを聞いた後に良いニュースを聞いても意味無いというか、良いニュースは悪いニュースの前情報も兼ねてるというか……」

「えぇ、何よそれ…だったらわざわざ選択肢出す必要ないでしょ」

「そ、その通りです…」

 

アイエフに呆れ気味に突っ込まれた私は…ご覧の通り、言葉を返せませんでした。……思い付きで妙な事するべきじゃないね、うん…。

 

「ま、いいわ。なら良いニュースから教えて頂戴」

「う、うん…こほん。良いニュースって言うのは、巣の中にはテコンキャットが一匹もいなかったから戦闘になる心配はないよって話」

「それは良かったです。なら血晶も安心して採れるですね」

「…と、私も思ったんだけど……」

「あ、ここから悪いニュースなんですね」

「そうだよネプギア、えー…いないのを確認した私は血晶を探したけど…血晶らしき物は見つからなかった」

 

ゆっくりと首を横に振るう私。もう分かったよね。悪いニュース先に聞いてたら後で良いニュース聞いたって何の得にもならないって。…うん、ほんとアイエフの言う通りどうして私はこれで二択にしちゃったんだろう…。

 

「そ、それじゃ確かに意味ないですね…今回は血晶のない巣だったんでしょうか…」

「それか、アタシの見立てがそもそも間違っていて、あれは巣じゃなかったとか……」

「いや、それは違うと思うよ?」

「ほぇ?どういう事です?」

「血晶そのものは見つからなかったんだけど…鉱物を採った形跡はあったんだよ。それも、最近出来たっぽいのがね」

 

一部だけ埃を被っていない岩盤、そこに付いた新しい傷、そしてテコンキャットのものとは思えない足跡。そこから私は、誰かが血晶を採掘したのだと推測した。けれど、問題は……

 

「だからどうしろ、って話よねそれって…」

「そうですね。いくらアタシ達に必要だからって、その相手が譲ってくれたり交渉に乗ってくれたりするとは限りませんし」

「そもそもどこの誰かも分からないもんね。イリゼさん、その形跡から誰かって分かります?」

「うーん…足跡がやけに小さかったから、大人が採った訳ではないと思うけど…」

「それだけじゃ、探せないですね…」

 

コンパの締めに皆が頷き肩を落とす。別にテコンキャットの巣はこの一つのみ…って事はないだろうし、出発当初は『一つ目から見つかるとは限らないよねー』なんて思ってたけど…いざ巣を見つけたとなると、しかもそれが家主不在で、更にもう少し早ければ血晶入手出来たのかも…となると、気を落とさずにはいられない。でも、無かった以上仕方ないし、採った人探しは絶望的だから…と諦め、次の巣を探そうとしたところで……

 

『……あれ?』

 

私達は、揃って眉をひそめた。眉をひそめ、視線を合わせて…アイコンタクトで伝え合う。

──今、声が聞こえなかった?

 

「向こうから聞こえたよね…?」

「声的には、モンスターに襲われてる最中って感じじゃなかったけど…」

「…もしかして、血晶を手に入れた人の声じゃ……?」

『いやそんな都合良い事……あるかも(です)…』

 

そのまさかの可能性を思い浮かべてしまう私達。普通に考えれば、そんな都合良い事あり得ない。……けど、ここは信次元。ここはゲイムギョウ界。あり得ない様な事が、案外あり得てしまう、トンデモワールド。この世界で、このタイミングで声がしたんだから…その可能性を信じないのはあまりにも勿体ない。

 

「…行ってみる価値はありそうね」

 

アイエフの言葉に私達はこくりと頷き、声のした方へと歩き始める。その最中にも時折声は聞こえ、更に声の主は水辺付近いるのか段々と水の流れる音も混じり始めた。

そして、いよいよ声がはっきりと聞こえてきた…というところで私が目にしたものは……

 

「ちゅーちゅちゅちゅ!正に対岸の火事ならぬ対岸の猫っちゅね!オイラの策は完璧だったっちゅ!」

 

──数匹のテコンキャットと、水辺を挟んだ対岸側からテコンキャットを煽りまくる二足歩行のネズミだった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

((……ぽかーん…))

 

ぽかーんとしてしまった。その斜め上にも程がある光景に、私達は揃ってぽかーんとしてしまった。心の声とはいえ、ぽかーんと言ってしまう程ぽかーんとしてしまった。

 

「悔しかったら来てみるっちゅー!猫パンチの一つでもやってみろっちゅー!」

 

……本当に、これは何の光景だろうか。私達は一体何を見せられているんだろうか…と私が真剣に考え始めようとした時、ユニが「あっ……」と声を上げた。

 

「ユニちゃん…?」

「じょ、状況がアレ過ぎて最初見逃してたけど…あのネズミの後ろに落ちてる赤い原石っぽいのって…」

『……まさか、血晶…?』

 

ユニの指差す方を凝視すると…確かにそこには小さな赤い岩の様な物が転がっていた。……こんな偶然、あってもいいのでしょうか…ほんと、ゲイムギョウ界はバッドエンドが多数あるゲームのアニメ版ばりに何かの加護でも受けてるんじゃないのかな…加護云々っていうか私女神だけど…。

 

「どうします?泳いで渡るですか?」

「いや、それよりわたし達が女神化して渡った方が安全だと思います」

「うーん…これは陸路で向こう側に行った方がいいかもよ?テコンキャットは大分気が立ってるみたいだし、真っ直ぐ行ったら横槍を入れられかねないと思う」

「その場合、移動してる間に逃げられる…事はなさそうですね。両方共相手に夢中っぽいですし」

 

そんなやり取りの後、私達は走ってその場から離脱。すぐに向こう側へと渡れる道を見つけ、ネズミの方へと回り込んでいく。

そうして数分後……

 

「さーて、気晴らしは十分出来たし、そろそろ仕事に戻る……ちゅ!?」

 

ネズミと、回り込んできた私達は対面した。

 

「あー…残念、後少し待ってくれれば手の届く範囲まで近付けたのに…」

「な、何者っちゅかお前等は!まさか、あいつ等が雇った傭兵っちゅか!?」

「傭兵って…モンスターに雇われる女神候補生二人と女神、それに人間二人の組がいる訳ないでしょ」

「ならお前等は…って、女神!?くっ、女神の接近を許すなんて、オイラ一生の不覚っちゅ…!」

 

一体何故かは分からないけど、どうやらこのネズミは女神を敵視してる様だった。…因みに私達に気付いたテコンキャットは、向こう側から「やっちまえッ!」みたいな雰囲気を醸し出している。いやだから君達に雇われてる訳じゃないんだって。

 

「あの、事情はよく分かりませんが…その血晶、譲ってくれませんか?」

「血晶?あ、この石っちゅか…はっ、どうしてオイラがそんな事しなくちゃいけないんだっちゅ」

「何もただでとは言いません、代わりに何か欲しければ交換に…」

「そうじゃなくて、女神の要求に応える義理はないって事だっちゅ!」

 

ネプギアの頼みを跳ね除けるネズミ。いきなり譲ってと言った一回目はともかく、次の発言も荒く跳ね除けていたネズミに、私達は悪印象を抱くけど…ネズミはそれを察した様子はない。

 

「というか、突然後ろに回ってきた奴等の言う事なんて聞きたくないっちゅ!」

「うっ…全然聞いてくれそうにない……」

「そ、そこをなんとかお願いしますです!」

「コンパ、多分こいつに交渉は無理よ。諦めましょ」

「そうそう、諦めてさっさと帰る……ちゅ、ちゅちゅ!?」

『……?』

「……あ、あのあの…柔らかそうな髪のお嬢さん、お…お名前は、なんというんでちゅか…?」

「柔らかそうな髪…って、わたしの事ですか?」

 

左右を見回した後、私達の「いやコンパだよコンパ」的視線に気付いて聞き返すコンパ。ウェーブのかかった飴色の髪は、少なくとも私達の中じゃ一番柔らかそうだもんね。実際柔らかいし。

 

「あ、わたしなんですね…えっと、わたしはコンパって言うです」

「コンパちゃん…コンパちゃん……」

「な、なんでコンパさんの名前反芻してるのよあのネズミ…」

「……はっ!コンパちゃんだけに名乗らせるなんて失礼だったちゅ!次はオイラの番っちゅ!」

「へ?あ、ネズミさんの名前の事ですね」

「こほん、オイラの名前はワレチュー!ネズミ界の映えあるナンバー3、ワレチューとはオイラの事っちゅ!」

『…ナンバー…3……?』

 

勝手に話を進めて名乗りだすネズミ改めワレチュー。私達がナンバー3、というワードに反応したのをワレチューは感銘を受けてる…と見ている様だけど、私達は現在全然違う事を考えている。

 

「…ナンバー3、って言ったね、今」

「言いましたです。という事は、ネズミさんより上は二人…」

「ナンバー1は…恐らく王様よね」

「ナンバー2は、ねずみポケモンかな?」

「で、その次がアイツになると…」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

『……大尉は?』

「ぢゅっ!?」

 

全員でワレチューの顔を見て、聞く。いや、だって…大尉だよ?ゲイムギョウ界にも負けず劣らずのギャグ補正世界にいる住人だよ?その大尉より上…?

 

「ね、ネズミさんはほんとにナンバー3なんですか?」

「ううっ…す、スペックならともかく人気の面ではオイラの方が……」

『…全世界の子供を、長年相棒と共に爆笑の渦へと誘ってるのに?』

「……う、うう五月蝿いっちゅ!そんな事言うならこれを投げ捨てるっちゅ!」

『まさかの逆ギレ(です)!?』

 

あからさまに慌てたワレチューは、なんと血晶を流れの速い水辺へと投げ捨てようとした!そのあんまりな行動に私達は目を剥いてしまう。

 

「さぁ!血晶を捨ててもいいんだっちゅか!?」

「いやいやいやいや!これ私達間違ってます!?っていうかそんな事言ってるとほんとにネズミ界で怒られますよ!?」

「うぐっ…し、知るかっちゅー!」

「うわ、なんか引くに引けなくなってない…?」

「なってるね、うん…」

「……って言うかイリゼ、あんたいい加減敵にまで敬語使うの止めたら?どう考えたって敬意払うべき相手じゃないし、今の貴女は社会から女神って思われてるのよ?」

「それは確かに…指摘ありがと、アイエフ」

「それはその通りかもですけど、今話す事じゃないと思うですよ二人共…」

 

と、私とアイエフはコンパに注意されてしまった。…でもアイエフの言う通りだね。コンパみたいに普段から敬語ならともかく、女神が謎のネズミや犯罪組織の下っ端に敬意を使ってたら私を応援してる人達に示しがつかないか…。うーん、そうなるとジャッジ辺りはどうするか微妙だけど……まぁそれはその内決めればいっか。

 

「む、無視するなっちゅ!……あ、というかよく考えたら、これを利用すれば女神へ有利な交渉が出来るんじゃ…」

「げっ、気付かれた…どうします?この距離なら確実に撃ち抜けますよ?」

「待ちなさい、ここで撃ったらその衝撃で血晶が水中に落ちかねないわ」

「で、でも結構不味い事要求されるかもしれませんよ?折角女神の信仰を回復しようとしてるのに、それと真逆の事言われたら…」

 

ワレチューが冷静になった事で不利になってしまった私達。水は幅が広く流れも速いから、落とされたら回収が恐らく厳しい。かといって要求を飲むかと言われると…それはない。まだ何も言われてないけど、何かワレチューからは悪の気配がする…でも、血晶は惜しいし……。

 

「…き、聞くだけ聞いてみる?ほら、こっちが従うフリすれば油断するかもしれないし…」

「…そうね。でも変な事言われても貴女達、従わなくなっていいんだからね?っていうか変な要求しようものなら私があのネズミはっ倒してあげるわ」

 

姉御感溢れるアイエフの言葉に後押しされた様に頷く、私達女神三人。そして、代表してネプギアが声を上げる。

 

「アイエフさん…分かりました。わたし達は要求を聞きます!言ってみて下さい!」

「ふっ、利口で助かるっちゅ。じゃあまずお前達女神には、オイラと一緒にこれを売る仕事を……」

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ったーーっ!」

「ぢゅぅぅっ!?」

 

悪どい表情を浮かべ、要求を言い切ろうとしたワレチューは──茂みから現れた少女の飛び蹴りを横から受けて、跳ね飛ばされた。

 

「げふぅっ!い、痛いっちゅ!蹴られて地面に激突したのも痛いっちゅけど、それ以上にローラースケートのタイヤに肉が挟まれたのが痛いっちゅぅぅぅぅ!」

「そんなの知らないよ!それよりも可愛い女の子達に、なんて酷い事させようとしてるの!」

「ひ、酷い事って…まだ言い切ってない──」

「その子達は嫁候補としてずーっと前から狙ってたんだから、これ以上酷い事させようとするなら、このREDちゃんが許さないよ!」

「い、言ってる意味が分からないっちゅ…」

 

ローラースケートで器用に着地した少女…REDさんは、ぽーんと空中に飛んだ血晶をキャッチしてワレチューに啖呵をきった。その行動自体は凄くありがたいし、颯爽と現れて啖呵をきる様子はちょっと格好良かったけど……

 

((……ぽかーん…))

 

それを受けた私達は、本日二度目のぽかーんだった。え、っと…え?嫁候補?狙ってた?……性別的に生徒会長になれた方のエロゲーマーさんかな…?

 

「え、あ、あの…貴女は……?」

「将来の嫁の為、助太刀させてもらったよ!」

「よ、嫁…でもありがとうございます!」

 

血晶を持って私達の方に来るREDさん。いまいちまだよく分からない人だけど…助けてくれたのは事実。しかも普通に血晶を渡そうとしてくれたから、一番近かったネプギアがお礼と共に受け取ろうとして……

 

「そ、そうはさせないっちゅ!ネズミを蹴り飛ばした事、この一撃で後悔して……」

「ーーッ!ギアナックル!」

「ちゅうっ!?な、殴られ…ぢゅっ!?も、燃えてる!燃えてるっちゅー!」

 

…復活したワレチューが突っ込んできた。けど、咄嗟に反応したネプギアがパンチで跳ね飛ばし、その一撃で引火したワレチューはあたふあと水辺へ飛び込んでいった。……見事なまでの返り討ちだった。

 

「はぁ、はぁ…濡れ鼠になってしまったっちゅ…どうして火が出てくるんだっちゅか…」

「正義の心が燃えているからです!」

「説明になってないっちゅ……」

「それより、血晶は頂いたわよ?これでもまだアタシ達に有利に立てると思ってる訳?」

「ぐっ…こ、ここは戦術的撤退っちゅ!覚えていろっちゅ!」

「あ、逃げた!?」

「それと、コンパちゃんご機嫌ようっちゅ〜!」

 

私達には捨て台詞を、コンパにはにこにこ笑顔で挨拶して逃げ出すワレチュー。そうはいくかと私とアイエフが追ったけど…あっという間に草木の多い場所に入り、私達は見失ってしまった。…ね、ネズミだけあって速い……!

 

「逃げられた…結局なんだったのかしらあのネズミ…」

「喋ってたし、ただのネズミじゃないんだろうね…」

「でも、血晶は手に入れられたです。REDさんのおかげです」

「将来の嫁の為だもん、助けて当たり前だよ〜」

 

逃げてしまったものは仕方ない、と私達二人は戻り、REDさんに感謝を伝える。

左側で髪の毛をR字に結んだ赤い髪に、灰色の混じる黒目。胸のサイズはともかくぱっと見私達よりも子供っぽい彼女に、自然と私達は興味を抱く。…嫁発言関連も含めて。

 

「えっと…それで、結局貴女はどちら様なんです?わたし達とどこかで会った事あったですっけ?」

「ううん、今回は初めてだよ」

「今回『は』?」

「まぁまぁそれは置いといて、アタシはREDちゃん!嫁を探してゲイムギョウ界を旅してるんだ〜」

「嫁…そう言えば、聞いた事があるわ。嫁を探してゲイムギョウ界を旅している、不思議な女の子がいるって噂。もしかして、あんたの事?」

「おぉー!アタシって噂になってるんだー!アタシすっごーい!」

 

きゃっきゃと皆の問いに答えるREDさん。幾つか不思議な点はあるけれど、彼女が悪い人間じゃないって事は明白だった。…というか、この子…ちょっとテンションがネプテューヌっぽいかも…。

まだ疑問は多いけど、次は追求より私達の自己紹介の番。そう思ってまず私が口を開こうとしたところで……突然電子音が鳴る。

 

「これは…誰かの携帯?」

「っと、アタシのです…って、これは…!」

「……どうしたの?ユニ」

「今のは緊急用の通信です!ラステイションで何かあったのかも…!」

 

慌てて連絡に出るユニ。緊急用、と聞いた私達も何があったのかと心配になり、REDさんと共にユニを見つめる。そして、数十秒のやり取りの後……携帯を耳から離したユニは、言った。

 

 

 

 

「────うちのMGを輸送中の車が、郊外で正体不明の集団に襲撃を受けました!」

 




今回のパロディ解説

・ジェロニモさん
デスノートに登場するキャラクターの一人。ジェロニモが一晩でやってくれました、というそこそこ有名な台詞に掛けてみました。難易度的には…彼の方が上でしょう。

・王様
キングダムハーツシリーズの登場キャラの一人、ミッキーマウスの事。勿論KH自体公式パロみたいなものなので、実際にはディズニーシリーズのキャラと言うべきですね。

・ねずみポケモン
ポケットモンスターシリーズの代表的なポケモン、ピカチュウの事。ミッキーとピカチュウの次がワレチューと言ってますが…差があり過ぎて比較にならないでしょう。

・大尉
トムとジェリーシリーズの主人公の一人、ジェリー・マウスの事。大尉というのはある回でのジェリーの階級です。知ってる貴方はきっとトムジェリ好きですね。

・生徒会長になった方のエロゲーマーさん
ゲーマーズ!の登場キャラの一人、星ノ守心春の事。彼女も生徒会の先輩同様ハーレム思考なのかは謎ですが…まぁきっと理解あるのでしょう。碧陽の生徒会長ですし。

今回(というかOP)以降は、微妙に締まりが悪くなる…という事で技名に鉤括弧を付けないものとします。代わりに今後はOI同様技・スキル集を出し、技名と技名じゃない部分の区別はきちんと付くようにするのでご安心下さい。


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第十六話 不穏な空気

ラステイションの機動兵器、MGことマルチプルガーディアン。その輸送方法は、プラネテューヌと同じく基本的には車両を利用する。それは勿論、兵器が剥き出しで移動していたら国民の不安を煽るという理由もあるし、戦闘用に色々と詰め込んであるMGで移動するより輸送に特化してる車両を使った方が燃費が良いという理由もある。

────そんな車両が、正体不明の集団に襲撃された。当然護衛の車両もある筈の軍用輸送車を襲うなんて、そこらの強盗や山賊とは思えない。戦力的にも、襲う利益的にも、あり得るのは……

 

「犯罪組織が襲撃者なの!?」

「分かりません!通信が途絶したみたいです!」

 

先導するユニを追って、私達は走る。ユニ…というか教会からの情報では、輸送中に突然襲われ、輸送車の壁になった護衛車が走行不能になったらしい。それ以降通信途絶してしまい、情報を得られなくなった為にまず私達は走行不能となった護衛車へと向かっていた。情報収集と、護衛車に乗っていた人の救助の為に。

 

「私達の近くで起きたのは不幸中の幸いね…!」

「すいません、これは完全にうちの問題なのに…」

「気にしないでユニちゃん。人が危ない目に遭ってるなら女神としてほっとけないし…MGを渡す訳にはいかないもんねっ!」

「なんでちょっと鼻息荒くなってんのよネプギア…!」

 

ネプギアには明らかに女神としてのものとは別の意図がある様に聞こえるけど…言葉自体はその通り。助けが必要な人がいると聞いて何もしないのは女神の道に反するし、どんな組織であれ軍用機動兵器を奪われるのは後々の被害に直結する。特に後者は私達自身への被害にだってなりかねないし、それだけでもユニに協力する理由としては十分だった。

 

「あっ、なんか煙が見えたよ!あれじゃないかな!」

「だね!…っとRED、REDは無理に来なくてもいいよ?何があるか分からないし…」

「もー、水臭い事言わないでよイリゼ。乗りかかった船から降りるアタシじゃないよ?」

「…分かった、近くに襲撃者の仲間がいるかもしれないし皆油断しちゃ駄目だよ!」

 

その純真っぽさと天真爛漫さですぐ私達と打ち解けたREDも、今は共に走っている。…ほんと、REDはネプテューヌと雰囲気が似てるなぁ…趣味は大分違うっぽいけど。

そうして走る事暫く。段々と道の整備状態が良くなり、大型車両でもすんなりと通れる位の道へ合流したところで……横転し煙を上げている車を発見する。

 

「見つけた…!生存者はいる!?いるなら返事しなさい!」

 

車辿り着くと同時に扉を叩いて声を張るユニ。続いて私達が扉を開くと……

 

「ぐっ…重傷者はいますが、全員…生存してます……!」

 

ゆらり、と私達が開けた方の扉(逆は地面に接しててそもそも開かない)から一人の軍人が出てきた。そこから車内を覗くと…確かに、全員息がある。

 

「……っ…良かった…コンパさん、手当て出来ますか…?」

「勿論です!でもまずは、全員車の外に出さないと診られないです!」

「なら、皆で運び出すよ…!」

 

私はそう言うと同時に空を向いている扉を全て開け、極力怪我した軍人さんを揺らさない様にしながら外へと引っ張り出す。…軍人さんは勿論大の大人だけど、人外筆頭の女神であれば女神化せずとも持ち上げる事が出来るんだよね。背丈の格好でネプギアとユニは二人で協力して引き上げてるけど。

 

「わたしは早速診ていくです。あいちゃんとREDさんは診易い様皆さんを並べて下さいです」

「了解よ、任せて」

「はーい、じゃあこの女の人はアタシが運んであげるね!」

 

私達が外へと出した軍人さんは、アイエフとREDが道路横の草原に寝かせていく。

コンパはまだ手当てを始めない。全員手当てしなければいけないのは明らかだけど、目の前の人からやるより重傷の人から始めた方が結果的に生存確率は上がるから。それに…場合によっては、コンパ特有の治療を行う必要もあるから。

 

「うぅ…女神様の手を煩わせて、すい…ません…」

「そんなの気にしないで、戦って傷付いた国民を助けるのは女神として当然の事なんだから。…コンパさん、この人で最後です」

「じゃあ、その人も寝かせて下さいです。それと車は……」

「危ないから移動、だね。二人共、爆発しても大丈夫な所に移動させるよ」

 

全員運び出した私達は目を合わせ、女神化した後車両を持ち上げる。見たとこ即爆発しそうな風には見えないけど…気を付けて運ばないと…。

 

「…ここら辺で大丈夫では?」

「そうだね。指挟まない様にゆっくり降ろそうか」

「な、なんか家具移動させてるみたいな言い方ですね…」

 

ユニの突っ込みに苦笑しながら車両を安置。その後皆の元に戻ろうと振り向くと……コンパが軍人さん達の列の丁度中央辺りで立っていた。

それを見て不思議そうな表情を浮かべているネプギアとユニ。……あ、そっか。

 

「二人はコンパの治癒魔法見るの初めてだっけ?」

「あ、はい。…コンパさんって魔法使えたんですか?」

「うん、と言ってもほぼ全て我流だけどね」

「そうなんですか…わたしコンパさんは普通の手当て専門だと思ってました…」

「旅を始めたばかりの頃はそうだったよ?…その頃のコンパはまだ普通の人だったな…」

 

と、私が昔の事に想いを馳せていると…コンパの足元に魔方陣が現れ、淡い光を帯びながら広がっていく。それが軍人さん達全員をカバーする程に広がると、淡い光が一瞬強くなり、魔方陣から生み出される様に光を帯びた包帯が現れた。

 

『包帯……?』

「コンパにとって包帯は、手当ての象徴なんだろうね」

 

包帯は数秒程宙を舞った後、次々と軍人さん達の怪我へと向かい、しゅるしゅると巻き付いていく。そして……

 

「凄い…怪我が癒えてる……」

 

──魔法の包帯が消えた時、それまであった筈の怪我は綺麗に消えていた。それこそ、物を消す類いのマジックの様に。

 

「ふぅ、これで取り敢えずは大丈夫です」

「おぉー!アタシの嫁候補として申し分ない手当てだね!」

「…けど、これは応急処置なんでしょ?」

「はいです。これで暫くは持つですけど、後でちゃんと手当てしなきゃ傷がまた開いちゃうです」

「…なら、それはうちに任せて下さい。アタシ達が来たのは近かったからですが、それとは別に救援部隊がこっちに向かっていますから。それと…ネプギア、イリゼさん」

 

まずコンパに向けて、続けてくるりと振り向いて私とネプギアの方を見るユニ。

 

「アタシは、逃走を続けてる輸送車の援護に向かおうと思っています。二人共、着いてきてくれますか?」

「援護…軍人さん達の方はどうする気?」

「それは、コンパさん達にお願いします。…それを含めて、皆さんいいですか?」

「そういう事ね…いいわ。私達と歩み合わせてるんじゃ機動力ガタ落ちでしょうし」

「アタシもいいよ、それより援護なら急いでいかないと不味いんじゃない?」

「なら、二人は…?」

 

もう一度、私達を見るユニ。そんなユニの反応に、私達は顔を見合わせ…返す。

 

「協力するよ、ユニちゃん!」

「REDの言う通り、急がないと…ね」

 

言うが早いか私達は飛翔。後に続く形でユニも飛び、戦闘痕を目印に輸送車と襲撃者を追い始めた。

 

 

 

 

──飛び続ける事十数分。私達が逃走を続ける輸送車と襲撃者の車両に追い付いたのと、襲撃者の車両からの射撃で輸送車のタイヤの一つが撃ち抜かれて逃走不能になったのはほぼ同時だった。

 

「あれは…航空兵器……!?」

「あんなものがあったなんて……ネプギア、ユニ!まずはアレの注意を引くよ!」

 

ブレーキの音を響かせながら停止した輸送車にも私達は衝撃を受けたけど…それ以上に衝撃を受けたのは、襲撃者達に随伴して飛ぶ数機の機動兵器の存在だった。

機関砲らしき兵装で輸送車の周辺を撃つ、数機の機動兵器。目的が撃破ではなく輸送物の強奪だからか、輸送車自体は被弾してないけど…だからって無視出来る訳がない。

二門の銃から放たれたビームと、複数本の剣が最後尾の機動兵器に襲いかかる。その内の一発…ユニの放った射撃は、噴射炎をたなびかせる機動兵器のメインスラスターらしき部位を撃ち抜き地面へと落下させた。

 

「まず一機……って、アレは…ッ!?」

 

機動兵器の全容を把握しようと、地面に突っ込んだ機体へ目をやった私は……その姿に、驚愕を隠せない。…いや、機動兵器の姿に驚いたのは私だけじゃない。ラステイションの女神であるユニも、趣味の関係で機動兵器への造詣も深いネプギアもその『あり得ない筈の機体』に目を見開いていた。だって、その機体はどう見ても──キラーマシンタイプだったのだから。

 

「ゆ、ユニちゃん…どうしてキラーマシンが…」

「アタシにだって分かんないわよ!キラーマシンはお姉ちゃんがアヴニールを解体した時点で、一部除いて生産停止してる筈だもの!」

「でも、このキラーマシンはどう見ても新型……」

「ストップネプギア、ユニ!そういう事は後回しだよ!」

「あ……は、はい!」

 

二人のやり取りを制し、各個行動開始の指示を出す私。ネプギアの疑問は分かる…というか私も抱いたけど、襲撃者は私達があーだこーだ考えてる間待ってくれたりはしないんだから、考えてる場合じゃない。

 

「ここまでよく逃げたわ!敵はアタシ達が蹴散らすから、もう少しだけ頑張りなさい!」

 

空飛ぶキラーマシンと私達に気付いた襲撃者の車からの射撃を避け、輸送車の運転席部分の上へと強行着地したユニ。ユニは声を張り上げて私達の事を伝え、膝立ちの姿勢で輸送車を包囲しようとする襲撃者の車両を牽制する。ユニがそっちに向かってくれたなら、私は……!

 

 

「武器や推進器が違えど、キラーマシンが相手なら…!」

 

追い縋る様にキラーマシンの一機へ近付き、一閃。その一撃で左腕部の機関砲の砲身を斬り飛ばし、反撃に移られる前にキラーマシンの背に沿う様にしてバレルロール。一気に左側から右側へと移動した私はそこから更にもう一撃叩き込む。

 

(この感覚…もしかして、これまでの陸戦タイプより装甲が薄い…?)

 

装甲を叩いた長剣から伝わる振動で、一つ情報を得た私。同水準の技術で陸戦兵器と空戦兵器を作ったのなら、空戦兵器の方が軽装甲になるのは当然の話だからこの見立ては間違いない筈。そう思った私は、右腕部の斧を振るってくるキラーマシンから離れつつ攻撃目標を切り替える。

 

「パワーならこっちの方が……ってねッ!」

 

最大速度で別のキラーマシンの前へと躍り出た私は、長剣を両手で持って大上段の構えを取る。キラーマシンもそれに反応してメインカメラと私の視線が交差するけど…このサイズ差で避けられる訳がない。大上段から振り抜かれた長剣は胴体をしたたかに打ち付け、胴体装甲をひしゃげさせた。

 

「やっぱり…ネプギア!こいつは関節部を狙う必要はないよ!」

「その様ですね…精密性より火力なら…!」

 

私の言葉に同意しつつ、ネプギアはビーム弾をばら撒きながら輸送車の方へ移動。戦法も関節狙いの近接格闘から弾幕による装甲削りへと移行した様だった。…だったら、私は…ネプギアに注意を向けたキラーマシンを落とす!

 

「このまま、一気に決めるよ…ッ!」

 

女神の基礎能力に圧縮したシェアの爆発を乗せ、背後から一撃でもってキラーマシンの頭部を破壊。飛び去ると同時に大剣を射出し、抉れた頭部を切り口に胴体を貫く。新型とはいえ単なるキラーマシン系列の機体なら…私は負けない!

 

 

 

 

わたしの火力支援とイリゼさんの重斬撃により、一機、また一機とキラーマシンの数は減っていく。…初めてみた新型っぽい機体を壊すのはちょっと残念だけど、我慢我慢…。

 

「ユニちゃん、そっちはどう!?」

「どうもこうも…あっちはアタシが麻酔弾使ってるからって容赦なく撃ってくるから、こっちの人員守るので精一杯よ!」

 

視線を下げて見れば、襲撃者達は乗ってきた車両を盾にして、輸送車を半円状に取り囲んでいる。それにユニちゃんと輸送車に乗っていた人とで対抗してるみたいだけど…ユニちゃんの言う通り、手詰まり状態に見えた。

 

(…ここまでキラーマシンの数を減らしたんだから、後は頼めばイリゼさんが引き受けてくれるかもしれない…そうすれば、わたしもユニちゃんに加勢出来る、けど……)

 

ユニちゃんのX.M.B.は(どういう原理かまでは分からないけど)およそ銃で撃てるものならあらかた使える、文字通りの万能銃。でもわたしのM.P.B.Lが撃てるのはビーム弾頭だけで、とてもじゃないけど普通の人間に対して撃てる代物じゃない。…それが、今は歯痒かった。

 

「……っ!?ネプギア!アンタちょっとそこ退きなさい!」

「へ……?」

「グレネード!アンタ爆風浴びたいの!?」

「あ……っ!」

 

余計…ではないけど雑念混じりの事を考えていたせいか、危うくわたしは車両の上部へ飛んできたグレネードの爆風に巻き込まれるところだった。た、助かったよユニちゃ────え?

 

「もう、あったまきた!いいわ、そっちがその気ならアタシだってやってやろうじゃないッ!」

「え、ゆ、ユニちゃん?」

 

ジャコン、と重々しいリロード音がX.M.B.から聞こえてくる。見ればX.M.B.の砲身も一部変形していて、それまでの麻酔弾とは一線を画す弾頭を使おうとしているのは明白だった。……っ、まさか…!

 

「出てこなければやられなかったのよ!あの世で後悔しなさいッ!」

「……ーーッ!ユニちゃん駄目ぇぇぇぇぇぇっ!」

 

ユニちゃんが引き金に指を添えた瞬間、わたしは飛び出した。飛び出して、手を伸ばして──届いた…っ!

わたしの手が触れた事でX.M.B.の向きがズレて、放たれた弾頭は車両から撃墜されたキラーマシンへと向かっていく。そして着弾した弾頭は……先程放たれたグレネードより、数段規模の大きい爆発を引き起こした。……やっぱり…!

 

「あ、アンタ…何してくれてんのよ!?」

「それはわたしの台詞だよ!今のどう見ても対戦車クラスだよね!?今の、人に向けて撃つものじゃないよ!」

「こっちはもう負傷者が出てるのよ!先に仕掛けてきた方に遠慮しろって言うの!?」

「それでも殺さずに済みそうなのに、そんな物を使うのはおかしいよ!悪い人だって、人間なんだよ!?」

「五月蝿い!そういうならアンタがこの状況を……」

「喧嘩してる場合じゃないでしょうがッ!まだ戦闘は終わってないんだよッ!?」

 

わたしとユニちゃんの間に、一本の剣と怒号が割って入る。その主は……イリゼさん。

 

「……っ…で、でもイリゼさん…」

「でもじゃない!それとも二人は増援が見えない訳!?」

「ぞ、増援…!?」

 

ぴしゃり、とわたしの言葉をイリゼさんは制して飛び去る。その先にいるのは…それまでいなかった筈の、新たなキラーマシン。それを見て、流石にわたしもユニちゃんも少し頭が冷える。けれど……

 

「……ユニちゃん、ごめん…」

「ふん…今は相手を倒すのが先よ!アンタはさっさとイリゼさんの援護に……」

「ぶ、ブラックシスター様!二号機が動いています!確認出来ますか!?」

「二号機?二号機……って、まさか…!?」

 

飛び立とうとした瞬間、輸送車の車内に残っていた軍人さんがそう言った。そして次の瞬間……半壊していた輸送車のハッチが、弾け飛んだ。

 

「このタイミングでなんて……人員の中にパイロットは!?」

「い、いない筈です!」

「じゃあやっぱり……きゃぁぁっ!」

 

味方にパイロットがおらず、第三者もいない状況なら、動かしているのは敵しかいない。戦闘中に乗り込んだのか、最初から潜り込んでいたのか……とにかく今は輸送車から姿を見せたMGを止めなきゃと思ったけど、MGは立ち上がるや否やスラスターを全開に吹かして跳躍。その衝撃でわたしもユニちゃんも吹き飛ばされてしまった。

 

「い、今の音は……うわッ!?」

 

一気に飛び上がったMGは抜剣し、イリゼさんへと振るう。それをギリギリで気付いたイリゼさんは宙返りをする様な動きで避けたけど、その間にMGはイリゼさんの横をすり抜けて、キラーマシンとすれ違う様に退避していく。

 

「……っ…残りの機体は!?」

「そちらは動いていません!奪われたのは一機だけです!」

「くっ…一機取れれば満足だっていう訳…!?」

 

スタスターを吹かし、大跳躍でどんどん離れていくMG。それに合わせる様に襲撃者の車両も離れ始め、逆にキラーマシンはそれまでと打って変わって乱射を始める。……正直、ここからMGの奪還をするのは困難だった。

 

 

 

 

襲撃者達が撤退をしてから数分後、ラステイションのMG小隊が増援として到着した事で、戦闘は終了した。

 

「ブラックシスター様、我々がもっと早く来れていれば…申し訳ありません…」

「…気にしないでクラフティ、本国の基地からじゃ仕方ないわ。…それより、追撃は出来る?」

「可能な限りはやってみます。全機、作戦は続行よ!」

 

結果から言えば、死傷者はゼロ。奪われたMGも一機だけで単純な被害はかなり少なく済んだと言える。…けど、ユニ……それにネプギアは、悲観的な表情だった。

MGの飛んでいった方向へ向けて発進するMG小隊。それを見送り、私はユニに声をかける。

 

「……緊急事態でこの結果なら、上々だよ」

「…そうかも、しれませんけど……」

「ユニは最初の救助から今に至るまで最適な指示を出してたし、そもそも私達がもっと離れていたら救助も援軍も間に合わずに被害は大きくなってたかもしれない。…それは分かるでしょ?」

「…お気遣い、ありがとうございます」

「一応、ユニよりは年長だからね」

 

そうは言ってもユニは浮かない様子。それは、完璧主義のノワールを見て育ったからなのか、それとも……ネプギアとの言い争いが関係してるのか。…何れにせよ、それは今すぐには聞けそうになかった。

 

「…こちらへの救助は?」

「あ、はい。こちらへともう向かっている様です。…すいません、他国の女神様にまで迷惑をかけてしまい…」

「女神は自国他国構わず人を助けるものですよ。それに、私はプラネテューヌの女神という訳ではないですからね」

「そう言って頂けると幸いです。我々は大丈夫なので、先にお帰り下さい」

 

そう言って輸送車に乗っていた軍人さんのリーダー格が頭を下げる。……うん、この状況ならその方が良さそうだね。

 

「…皆はもう教会に行ってるだろうし、私達も戻ろうか」

「…そうですね」

「あ、あの…イリゼさん……」

「話なら教会で聞くよ、ネプギア」

「は、はい…」

 

女神化したままだった私達は、そのまま飛翔し真っ直ぐ教会へと向かう。

──血晶を手に入れるのが目的だった筈が、大分予想外の展開になってしまった。結局血晶は手に入ったし、強奪騒動だってやれるだけの事をやれたと思っているけど……この一件で、それまでなんとかなっていたネプギアとユニの間に溝が出来てしまった様に感じる私だった。




今回のパロディ解説

・パワーならこっちの方が
機動戦士ガンダムZZの主人公、ジュドー・アーシタがガンダムVS系で発する台詞の一つのパロディ。…どちらかというと女神はスピードの方がずっと有利なんですけどね。

・出てこなければやられなかったのよ
機動戦士Zガンダムの主人公、カミーユ・ビダンの名台詞の一つのパロディ。グレネード系弾頭まで撃てるX.M.B.は凄いですね。そこらの設定は私が付けたものですが。


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第十七話 思いの衝突

「……まずは、君達お疲れ様」

 

依頼と緊急事態を終えて教会へと戻ったわたし達を出迎えたのは、ケイさんの労いの言葉だった。

 

「ふむふむ、こういう中性的な子も素敵だね。おめでとう、君も嫁候補だよ!」

「……彼女は?」

「血晶探しの途中で会ったのよ。性格はちょっとアレだけど…アタシ達に協力してくれた恩人よ」

 

ちょっと近付き難い雰囲気のケイさんにも全く物怖じしない様子で話しかけるREDさん。……もしかしてこの人、誰が相手でもブレないのかな…?

 

「そうか…なら君にも感謝するよ。それで、血晶の方は?」

「これです。宝玉の方は受け取ってくれたですか?」

「早朝に受け取ったよ。…しかし、こんなに早く両方手に入るとは…やはり君達に頼んで正解だった」

「私達は回収をしただけですけどね」

「だとしても、さ」

 

イリゼさんの言う通り、情報を教えてくれたのはファルコムさんといーすんさん。そういう意味ではわたし達じゃなくとも…と一瞬思ったけど、よく考えたら両方共結局一筋縄じゃいかなかったんだよね…もしかして、ケイさんはそれも考えてわたし達に頼んだのかも…。

 

「…さて、それじゃこれは早速使わせてもらうよ。それで…」

「…襲撃事件、の事ですね」

「一応軍からも報告は受けているけど…君達からも聞かせてもらえるかな?」

「なら、それはアタシがするわ。二手に分かれた後の事は…」

「それは私に任せて頂戴」

「じゃあ、お願いします」

 

ケイさんの言葉を受けて、ユニちゃんとアイエフさんが報告。その間ケイさんは頷くだけで、口を挟む事はなかった。

ただ、途中で……

 

「そう言えば、盗まれちゃったのって二号機なんだよね?……宿命かな…?」

((…………かも、しれない…))

 

…という、気の抜けた瞬間がありはしたけど。……こほん。

 

「──で、最後はうちの部隊と合流して片付けた…ってところよ」

「……分かった。まだ調査中だから断言は出来ないけど…見立て通り、襲撃者は犯罪組織だろうね」

「…あの、キラーマシンについては……」

「それも残骸を回収して調査中さ。…見ていない僕としては、ガワだけ似せた機体にも思えるけれど」

「いや、あれは確かにキラーマシンだったと思いますよ?ネプギアもそう思ったんだよね?」

「はい。関節やメインカメラの作りは明らかにキラーマシンのものでした。あれは何かしらキラーマシン開発か実機に関わった人じゃなければ作れない筈です」

「…そういうのなら、そうかもしれないね。とにかく元アヴニール社員にあたってみるとしよう。さ、話は終わりだ。移動に戦いと君達も疲れてるだろうから、後は僕に任せて休んでくれ」

「ちょ、待ってよケイ。だったらアタシも調査に回るわ。アタシはまだ動けるし、当事者がいた方が…」

「それは不要だよユニ。君だって疲れていない訳がないんだ、無理せず休めばいいさ」

「だからアタシは……」

 

ユニちゃんの言葉を最後まで聞かずに、ケイさんは奥へと戻っていってしまった。

話が途切れた事で、静かになってしまった私。けど、すぐにイリゼさんが口を開く。

 

「…じゃあ、そういう事だから今日はこれで解散にしようか。明日以降の方針は、明日の朝に決めてもいいし」

「そうね。ふぅ、一息つくとやっぱり少なからず疲労を感じるわね…」

「それならアタシは教会の探検しよっかな、奥って入った事ないし」

「ギアちゃんもユニちゃんも、ちゃんと休まなきゃ駄目ですよ?」

 

コンパさんの言葉にこくり、と頷くわたしとユニちゃん。確かにわたしも疲れたし、休もうとは思うけど……その前に、ちゃんと言わなきゃだよね……よし。

 

「……ご、ごめんねユニちゃん」

「…ごめん、って?」

「その、さっき…射撃の邪魔しちゃったから…」

 

わたしはあの時、反射的にユニちゃんの射撃を邪魔した。その時は咄嗟だったし、その後言った事は嘘じゃないけど…今考えれば、やり方はユニちゃんの怒りを買っても当然の様に思える。だから、謝らなきゃ駄目だよ、うん。

 

「……ふん、別にいいわよ…どうせあそこで邪魔されてなくても強奪は阻止出来なかったし」

「そ、それは…そういう意味では、殺さずに済んだとも言える…とか…」

「はぁ?何よ、謝っといて自分の行動が正しかったって言う訳?」

「ち、違うよ!…わたしはただ、出来る限り人には死んでほしくないだけで…お姉ちゃんみたいに、最高のハッピーエンドを目指したいだけで…」

 

わたし達がここに来たばかりの頃の様な目をするユニちゃん。そんなユニちゃんに少しでも分かってもらおうとわたしは言葉を紡いだ。けど……

 

「ハッピーエンド、ね…アンタにそれが出来るとでも?」

「……っ…出来るって断言は出来ないけど、だからってそれを諦めるのは…」

「出来るかどうかも分からない事にうつつを抜かしてる場合じゃないでしょうが…」

「う、うつつって…」

「ふ、二人共、喧嘩は良くないですよ…?」

「止めないで下さいコンパさん、これは大事な事なんです。そうでしょネプギア?アンタも女神候補生なら、覚悟を決めなさいよ」

「覚悟…?…覚悟ってなに?ユニちゃん…」

「なに?って…そんなの、女神としての……」

「そんな覚悟、分からないよッ!」

 

わたしは、ユニちゃんの言葉を遮った。話し合いがしたいなら、最後まで相手の言葉を聞くべきだって分かってる。だけど…だけど……ッ!

 

「ユニちゃんの覚悟って何なの!?容赦しない事なの!?人が相手でも殺す事なの!?わたし達が来た日にやってた事が、ユニちゃんの覚悟の表れなの!?ねぇ!」

「それって…アンタ、あれを見てたの…?」

「そうだよ見てたよ!それからもユニちゃんの姿を見てきたよ!ユニちゃんは真面目で、事務にも戦いにも真剣で、でもわたしとも友達になってくれた、優しくて格好良い人だと思ってたのに!なのに、そんな事…女神はそんなものじゃないよ!お姉ちゃんもイリゼさんもそんな冷たい人じゃないもん!ノワールさんだってそうでしょ!?ユニちゃんは、ユニちゃんは……ユニちゃんは間違ってるよッ!」

 

堰を切ったようにわたしは声を上げる。どうしてもユニちゃんの考えが認められなくて、それを認める事はわたしが尊敬する人達への否定になってしまう様な気がして、感情をそのままにぶつけた。そしてその瞬間……ユニちゃんの中でも、何かが弾けた。

 

「…アンタに何が分かるってのよ…甘っちょろいだけのアンタに何が分かるってのよ!えぇそうよ!お姉ちゃんもイリゼさん達もこんな考え方してないわよ!する訳ないじゃない!でもそれは力があるからよ!お姉ちゃん達の足元にも及ばないアンタが、そんな理想語ってんじゃないわよッ!」

「力って…力が無きゃ理想語るのも駄目って言うの!?」

「そうに決まってるでしょ!力も無いのに理想を語って、理想に溺れて国民を守れなかったら、その時アンタは国民になんて言う訳!?」

「そ、それは……」

「アタシはお姉ちゃんの分まで頑張るって決めたのよ!アタシは自分が弱いって認めてるのよ!アタシはそれでも女神として国と人を守るって、その為に何でもするって決意したのよ!アンタはどうなのよ!?そこまで言うならアンタの女神としての覚悟、言ってみなさいよッ!」

「……っ!…わたしの、覚悟…それは……」

「言えないって言うの…?…だったら、アタシの覚悟にケチ付けるんじゃないわよ!イリゼさんっていう女神がいても尚女神の覚悟一つ考えてないってなら、邪魔をするんじゃないわよ!どうしても否定したいってなら…力尽くで認めさせてみなさいよね!」

 

ユニちゃんは、そう言ってわたしの前から去っていった。……わたしに反論を許さず、ねじ伏せていった。

 

 

────あぁ、そうだ…わたしには、何が何でも貫くって言えるだけの覚悟なんて、まだ無かったんだ…。

 

 

 

 

ネプギアが、普段は温厚で遠慮がちな彼女が感情を爆発させた。それに触発…というか逆鱗に触れる形で、ユニもまた怒号を上げた。……それは、もう一歩進めば殴り合いになっていたかもしれない程に。

 

「…止めなかったの?それとも、止められなかったの?」

 

後ろからアイエフが言う。それに、私は肩を竦めながら返す。

 

「…上から押さえつけるだけじゃ止まらないと思ったのが半分、驚いて止めようという気になるのが遅れたってのが半分…ってところかな」

「要は両方って訳ね。確かにこれは予想外だけど」

「…やっぱり、火がつく前に止めた方が良かったですか…?」

「止めても衝突が少し後になっただけじゃないかな、どうでもいい事で起こった訳じゃないし」

 

ユニに続く様にネプギアもこの場を去ってしまい、今いるのは私達四人だけだった。…厳密には遠巻きに仕事してる職員さんもいるけど…話に関わってくる訳じゃないしね。

 

「でも、ほんと驚いたわね。ユニがあそこまでの思いを持ってたなんて」

「…持っててもおかしくはないよ。ユニはノワールを目指しているんだろうし、ユニだってあの戦いに出てた訳なんだから」

「…二人、このまま喧嘩別れしちゃうんでしょうか……」

「それは…二人次第だと思う、けど…」

「じゃ、イリゼはどうするの?」

 

コンパの言葉に私が当たり前な事を返すと…そこでそれまで黙っていたREDが話に入ってくる。え、いや、どうするって……

 

「…な、何を……?」

「二人の事だよ?何もしてあげない気なの?」

「あ…それは…何もしてあげない、気はないけど…」

「なら、何かしてあげようよ。イリゼは二人と同じ女神だから、アタシ達より色々分かってあげられてるでしょ?二人も言いたい事が言えてすっきり、って感じじゃないし、二人の為に出来る事するのが仲間ってものじゃないかな?」

「RED……」

「あ、その顔アタシに感銘受けてるね!ふふん、褒め言葉はいいから早速行ってあげてよ。それともアタシとデートする?アタシ的にはそれでもいいよ?」

「…ふふっ、分かったよRED。ありがとね」

「……?アタシとデート?」

「そっちじゃないよ…じゃあ、行ってくるね」

 

本気なのか、私が行き易い様にわざとふざけたのか…それは分からないけど、REDは私の後押しをしてくれた。REDの言葉は何も間違ってないし、私自身今の二人に何かしてあげられるならしようと思っている。だったら…うん、REDの言う通りだ。ネプギア達を導く立場として、そして仲間として……私が出来る事を、してあげなきゃだよね。

 

 

 

 

「REDさん、格好良かったですぅ」

「そうね。ちゃらんぽらんな子だと思ってたけど、見直したわ」

「おぉー!これは予想以上にアタシの株が上がってる予感がするよ!それじゃあ、二人がアタシとデートしてくれる?」

「そ、それは…凄くデートしたいんですね、REDさん…」

「恥ずかしいなら教会内デートでもいいよ?探検デートとかどう?」

「……あんたまさか、教会探検の道案内がほしいだけじゃないの?」

「ぎくっ…な、なんの事かな〜…?」

 

 

 

 

去っていったネプギアはどこにいるんだろう…と思って探し始める事数分。私は教会の裏手でネプギアを発見した。

 

「…風が気持ちいいね、ここ」

「あ…イリゼさん…」

 

私の声に反応して振り返ったネプギアは、自嘲じみた笑いを浮かべていた。……見た目や人柄の関係で絵になるとか考えてる場合じゃないよ私!

 

「…そのさ、今話大丈夫?」

「…はい」

「……ユニと本気で言い争ってたね」

 

雑談から入るか直で本題に入るか捜索中考えていた私だったけど…雑談で下手に空気を和ませたりはしない事にした。私は小粋なネタを常にいくつも持ち歩いている訳じゃないし、ネプギアは相手の事を考えられる子。だからこそ、私が気を遣ってると思ってしまうだろうと考えて、私はストレートに話をする事に決めた。

 

「…わたし、本気で喧嘩したのって始めてかもしれません」

「そうだね。バーチャフォレストのアレは、喧嘩ともまた違うし」

「…言い負かされたのって、喧嘩の経験が無かったからかな…?」

「い、いや…問題はそこじゃない気が…」

「ですよね、分かってます。…ユニちゃんは明確な信念があって、わたしにはそれが無かった。それが、わたしとユニちゃんの差だと思います」

 

意外にも、ネプギアは取り乱したりはしていなかった。それは即ち、頭が冷えてその上で自分とユニの言った言葉をきちんと受け止められているという事。…それは、私にはネプギアの成長に思えた。少なくとも、ギョウカイ墓場での最初の戦闘の後よりは確実に成長している。

 

「…じゃあ、ネプギアはユニの方が正しかったと思ってる?」

「…そうは、思ってません。わたしが覚悟や決意においてユニちゃんより劣っていた事は認めますけど、やっぱりユニちゃんは間違っていると思います」

「…前に私が言った事、覚えてる?そういう事に正解や間違いなんてない、って言ったの」

「覚えています。でも、イリゼさんはその人にとってよく考えて導き出したものがその人にとっての正解だとも言いました。……それって、自分にとっての正解間違いは、あくまで自分にとってのでしかない…って事ですよね?」

「……うん、そうだね」

 

ネプギアの声を聞いていれば分かる。ネプギアには、何か思っている事が…それこそ覚悟や決意にまつわる事が渦巻いてるんだって。だから、私は聞く事に徹する。

 

「…ほんと、ユニちゃんは凄いと思います。わたしと生まれた時も、経験も殆ど変わらない筈なのに、わたしよりも一歩も二歩も先に行ってるんですもん。…ユニちゃんの言う通り、あれ以降もずっと女神であるイリゼさんが近くにいたのに、ユニちゃんより後ろのわたしは駄目駄目ですね」

「…………」

「……だけど、わたしは踏み留まりたくはないです。わたしだって、お姉ちゃんを助けるって…もっと強くなるって決めたんですから。それに、わたしがこのままユニちゃんに何も出来なかったら、これまでわたしを育ててくれた皆のしてきた事が、無駄にもなっちゃいますから。……って、そう思えたのもユニちゃんと言い争ったからなんですよね…ほんと、凄いなぁユニちゃんは…」

 

また、ネプギアは自嘲的な笑いを浮かべた。けど、今度はその顔に『だからこそ、負けられない』って思いが滲み出ている様に、私は見えた。…全く、今のネプギアの様子をネプテューヌに見せてあげたいね。

 

「…ありがとうございます、イリゼさん」

「うん。……って、何が?」

「話を聞いてくれた事です。イリゼさん、わたしを気にして来てくれたんですよね?」

「…気付いてた?」

「あの後すぐに人が来たら、誰だってそう思いますよ。それに…話をする事で、わたしの中での思いもまとまってきましたから」

「…そっか。なら、ネプギアの覚悟が決まったら…その時は、教えてもらおうかな」

「はい。…それと、ユニちゃんに伝えてほしい事があるんです。お願い、出来ますか?」

 

そう言ってネプギアが口にしたのは、少しネプギアらしからぬ発言だった。ネプギアらしくない発言だけど…ある意味で、女神らしい発言だった。

…で、それを私がどうしたかって?そんなの勿論……

 

 

 

 

コンコン、というのは扉をノックする音。

今いいかな、というのは来客の声。

はい、というのは部屋主の声。

今、私はユニの部屋の前にいる。

 

「あら、中々気品を感じるお部屋…そこはかとなくオイルの匂いがするけど」

「…すいません、銃器使いの宿命なんです…」

 

ユニの部屋は、寒色系でまとめられたお姫様の部屋の様だった。……壁にかけてあるライフルが異彩を放っていたけど。

 

「…先程の件について、話に来たんですか?」

「まぁ、そんなところ(ユニにも即バレた…)」

「そうですか…その、さっきはお見苦しいところを見せてしまって、申し訳ありませんでした…」

「…私はそうは思ってないけど、ね」

 

進められたソファに座ったところで、私は謝られた。ネプギアもネプギアで普段より控えめなテンションだったけど…もしかすると、ネプギアよりユニの方が気にしているのかもしれない。

 

「…駄目ですよね、女神があんな取り乱したら」

「えーっと…それは遠回しに私やノワール達をdisってる…?」

「あ、いや、そんな事は……」

「少なくとも私は、さっきの二人以上に取り乱した経験あるよ?…だから、あれについては問題無しだと思うね」

 

私は自分の正体を知った時、それはもう取り乱した。期間こそ短かったものの、荒れに荒れていた。盗んだバイクで夜の校舎の窓ガラスを壊しながら走りかねない位に荒んでいた。……うん、思い返すと恥ずいね、これ。

 

「そう、ですか…あの、一つ訊いてもいいですか…?」

「うん、いいよ」

「じゃあ…アタシの覚悟を聞いて、どう思いましたか…?」

 

それは、もしかしたら触れてくるんじゃないかと思っていた事。思うところは当然あって、でもそれを聞いてどう思うかなんとも言えなかったから触れてこなければ話すつもりもなかったけど…聞かれたのなら、話さない理由はないよね。

 

「正直に言っても、大丈夫だね?」

「……はい」

「なら……女神としては、肯定出来ないと思ったよ」

「……です、よね…」

「……でも、一個人としては…私と同じだな、って思った」

「え……?」

 

そんな事を言うとは思わなかった、と言いたげな顔をするユニ。そんな反応すると思ったよ、と心の中で呟きつつ私は話を続ける。

 

「私はね、私の大切な人と大切な人が守りたいものを守るのが信念なんだよ。…だからね、私は線引きをしてる。ユニと同じ様に、助ける人とそうじゃない人の線引きをさ」

「そうだったんですか…」

「まぁ、その線はかなりガハガハだから、ぶっちゃけ実際には助けられそうな人なら誰だって助けるって感じだけどね。それでも、そもそも線引きしないネプテューヌやネプギアなんかとは違うんだよ」

「……なら、やっぱりアタシとは違いますね。アタシは、その線は結構シビアですから」

「…それなら、そうなのかもね」

 

私は、無理に否定しない。だって、これは論破したってしょうがない事だから。本人が本気で思ってる事は、理論的な間違いでもない限り、論破してもギクシャクするだけだから。

 

「…いいんです。分かってますから、アタシの考えが女神らしくないって」

「そっか…」

「……ネプギアって、凄いですよね。あいつは甘いけど…アタシみたいに、妥協はしていない。アタシと生まれもしてきた事も大差ない筈なのに、実力の無さに諦めず迷い続けてる。……アタシがキレたのは、アタシより心の強さがある事が悔しかったってのも、ほんとはあるんです」

 

悔しいと言いつつも、ユニの顔は苦々しそうなそれになっていない。…それは、きちんと覚悟が自分の中で固まってるから、一度冷静になった事で受け止める事が出来たって事なんだろうね。

 

「……でも、アタシは負けません。その程度で揺るがない位には、アタシだって考えて考えて決めたんですから。…お姉ちゃんみたいに全部守るのは、アタシがもっと強くなってからです」

「…安心したよ、ユニが強い子で」

「アタシだって、女神候補生ですから」

「なら、ユニ…ネプギアからの伝言だよ」

 

ぴくり、と眉を動かしたユニ。それを確認し、一拍おいて…私は言う。

 

「──決闘してほしい、って。わたしは全力で、わたしなりの覚悟でユニちゃんと戦うって。戦って、わたしの思いを見せるって。…ネプギアは、そう言ってたよ」

「決闘…そっか、アタシが力尽くでって言ったから……」

「だろうね。…答えは、どうする?」

「…勿論、受けますよ。それと…アタシからも、伝言いいですか?」

 

ユニから伝言を受け取る私。私は受け取り、それをネプギアに伝える。そして……思う。

ネプギアもユニも、互いに相手を凄いと思っていた。互いに相手を認めていて、だからこそ負けたくないと思っていた。それはまるで、ネプテューヌとノワールの様に。

私は思う。この決闘はどんな形であれ、きっと二人にとって良い経験になると。二人は、その決闘の結果やっぱり仲良くなれると。そう、確信している。……さて、それじゃ二人の為にも…私も私でやれる事をしようかな。




今回のパロディ解説

・二号機が盗まれる宿命
これはパロディ…というかロボット系作品のジンクスの様なもの。ガンダム試作二号機やYF-19など、二号機はよく盗まれますね。制作サイドも意識してるのでしょう。

・盗んだバイクで〜〜走り
尾崎豊さんの名曲の一つ、15の夜の有名なフレーズのパロディ。15でバイク盗んで走るなんて相当な度胸がありますよね。思春期の衝動も当然関係するのでしょうが。

・夜の校舎の窓ガラスを壊しながら
上記と同じ歌手、尾崎豊さんの名曲の一つ、卒業の有名なフレーズのパロディ。上と合わせてやったらもう完全に大ニュースですね。…ヤンキーイリゼ…なんちゃって。


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第十八話 激突・女神候補生

海岸沿いのダンジョンに立つ、二人の少女。二人共ただ、静かに時間が経つのを待っている。──指定された決闘の、開始時刻を。

 

「…………」

「…………」

 

ここは、私達が…ネプギアとユニが、共闘の末に友達になった場所。そんな場所を決闘の場に選んだのは、ユニだった。こういう場合、決別の為に選んだ…というのが創作物における定番だけど、それは恐らく違う。思い入れがあるから…というのは間違いないだろうけど、少なくともマイナスの感情の下選んだ訳ではないと断言出来る。

 

「……さて、時間だね」

 

時間を確認した私は、ネプギアとユニの中間の辺りに移動する。

 

「これから行うのはネプギアとユニによる決闘。審判は私が務めさせてもらうよ」

『はい』

「それじゃあ、まずはルールの説明。時間制限、範囲制限は無しで、勝利条件は相手に降参宣言をさせるか私が戦闘不能と判断した場合のみ。けど、これは殺し合いの為の勝負じゃないから、私が目的に反すると思ったらその時点で『実力行使』で止めさせてもらう。…簡素だけど、ルールは以上だよ。質問はある?」

 

決闘、と言っても家柄やら何やらが関わっている騎士同士のものではないから、綿密にルールを考えた訳ではない。けど、ルールを増やし過ぎるとややこしいばかりで全力勝負からは離れてしまうから、敢えて簡素なものに留めていた。

私が質問があるか聞いた数秒後、すっ…とネプギアが手を挙げる。

 

「どうぞ、ネプギア」

「はい。範囲制限無しと言いましたけど…見えないところまで移動してしまっても決闘は継続するんですか?」

「するよ。その場合、私は女神化して追随するから」

「なら、アタシからも一つ質問を。決闘中にモンスターの横槍が入った場合も継続ですか?」

「その場合は……」

「わたし達が、モンスターさんの相手をするです」

 

私が具体的な返答をする前に声を上げたコンパ。続けて、アイエフとREDも口を開く。

 

「ノンアクティブモンスターだろうと四天王だろうと、何人たりとも二人の決闘にあやはつけさせないわ」

「その為にアタシ達は来たんだもんね。…あ、勿論見届けるのも目的だよ?」

「皆さん…感謝します」

「わたしからも感謝を…それと、なら人が来てしまった場合はどうするんですか?」

「それは大丈夫。私が話を通してここら辺一帯は進入禁止にしてもらったから」

「進入禁止…よくケイが了承してくれましたね…」

「ケイさんなりに二人の事を考えてくれてるんだよ、教祖だもん」

 

ネプギアの二つ目のものを最後に、質問は打ち止めになった。時間を見れば、丁度開始時間の数十秒前。それを見た私は、まず後ろで待機している三人に目をやって、続いてネプギアとユニを見て…手を掲げる。

 

「言うまでもないだろうけど…双方、女神の覚悟と誇りに恥じぬ様、全身全霊でもって戦う様に。決闘────開始!」

 

掲げられた手が振り下ろされると同時に女神化する二人。その光と共に、決闘は幕を開けた。

 

 

 

 

先手を取ったのは、ユニちゃんだった。早撃ちの様な射撃が、決闘の初撃になった。

 

「ふ……っ!」

 

最初から先手を取られる事を予想していたわたしは左へ空中側転。その動きで射撃を避けながら、上下が完全に逆になった瞬間M.P.B.Lの引き金を引いて、お返しの三点バースト射撃。それをユニちゃんはサイドステップで避けてわたしに照準を合わせ直す。

 

「撃たせないよ、ユニちゃん…!」

 

ユニちゃんが合わせ直しを始めた時点でわたしは地面を蹴り、地面すれすれの高さでユニちゃんへと突進する。

言うまでもなく、遠近両用のM.P.B.Lと射撃専門のX.M.B.で撃ち合ったらわたしが押し切られてしまう。だから、わたしの勝ち筋は……近付く事にある…っ!

 

「はっ、舐めんじゃないわよネプギア!」

 

突撃からの斬り上げは、ユニちゃんが飛翔した事で空振りに終わる。次の瞬間わたしに降り注ぐビームの連打。それをわたしはそのまま駆け抜ける事で避けて、わたしもユニちゃんを追う様に空へと舞い上がる。

 

「さぁ、射撃戦といこうじゃない!」

「そうはさせないッ!」

 

わたしとは逆に、距離を開ける事が勝ち筋のユニちゃんはわたしと正対しながら飛びつつ引き金を引く。それに対してわたしは螺旋を描きながら追蹤し、エネルギーを刀身へと充填させていく。

 

「ほらほら、避けてるだけじゃ勝てないわよ?」

 

ビームと実体弾を織り交ぜた射撃をしてくるユニちゃんに、わたしは反撃したい気持ちをグッと堪える。射撃と射撃の合間にほんの少しだけど隙があって、ユニちゃんの煽りもあって撃ち返したくなるけど…これがわたしの反撃を誘ってるんだって分かってる。功を焦って撃とうとしたところで、本命の射撃を撃ち込まれるんだって分かってる。だって、短い間だけどわたしはユニちゃんと一緒に戦っていたんだから。

 

(もう少し…もう少し我慢……!)

 

エネルギーの充填率が高まった事で光を帯び始めたM.P.B.L。それを身体で隠す様にしつつ飛ぶわたしの顔を、銃弾が掠めたけど……大丈夫。だってもう、充填は完了したから。

 

「……っ!スラッシュウェーブ!」

「ビームの斬撃!?…でも、その程度ッ!」

 

背に隠したM.P.B.Lを逆袈裟で振り抜くと同時に、その延長線上を駆け抜けるビームの刃。それは飛ぶにつれて幅を広げ、ユニちゃんへと襲いかかるけど…それを冷静に見切ったユニちゃんは下への回避行動を取る。その結果ビームの刃はユニちゃんの上を通り過ぎるだけに留まって、視界の端でそれを捉えていたユニちゃんはニヤリと笑みを浮かべる。

この瞬間、ユニちゃんは見切ったと思っていた。でも…ユニちゃんが見切れていたのは、スラッシュウェーブの『一発目』なんだよね。

 

「な……ッ!?」

 

驚くユニちゃんの眼前に迫る、二発目のスラッシュウェーブ。

そう、わたしは溜めていたのは二発分のエネルギーだった。一発分溜まった時点でその分をプールして、その上で刀身に充填していたからすぐには放てなかったけど…そのおかげでユニちゃんの意表を突く事が出来た。

ただ、それでもユニちゃんは身体を捻って避けてくる。……でも、それもまたわたしの予想範囲内。

 

「もらった……ッ!」

 

振り抜いたM.P.B.Lを両手で持つ事で無理矢理銃口を向けて、強引な回避で無理な体勢になっているユニちゃんへフルオート。上手くいけば、これで……!

 

「……ーーッ!まだ、まだぁッ!」

 

光弾がユニちゃんに辿り着く直前、X.M.B.から放たれたビームの柱がそれ等をまとめて飲み込んだ。…今のに、対応してくるんだ……。

 

「…中々、上手い手を取ってくるじゃない…」

「わたしだって、女神候補生だからね」

「…アンタ、覚悟は決まったっていうの?」

「うん。決まったから、わたしはユニちゃんと戦いにきたの」

「…なら、聞かせてよ。昨日の今日で決めたっていう覚悟を」

 

わたしもユニちゃんも、武器を構えたまま言葉を交わす。今はお互い多少の隙はあるけど…それを突いたりはしない。だって、これはわたしとユニちゃんの、覚悟と意地の勝負だから。

一つ、深呼吸。わたしの覚悟はユニちゃんにとって絶対に気に食わない事で、聞いたら怒ると思う。だから、出来る事なら言わずに済ませたい…って思う気持ちも、正直に言えば、ある。けど……それじゃ、わたしは前に進めない。友達にすら覚悟を言えない様じゃ、それこそユニちゃんの言う『甘っちょろい』だけの自分でしかない。だから……

 

「──わたしは、誰であろうと助けるよ。だって、それが女神だもん。わたしが目指すのは『守護』女神だもん。…これが、わたしの覚悟だよ」

「そう…なら、」

 

 

 

 

「────アタシは、アンタを否定するッ!」

 

空気が爆ぜる様な音と共に、ユニちゃんは一直線にわたしへと突撃してきた。これにはわたしも予想外で、カウンターの動きを取らずに後ろに下がる。

 

「どんなに崇高な理想でも、どれだけ温かな言葉でも、それを実現出来なきゃ意味はない!夢を語るだけじゃ、女神は務まらないのよッ!」

「でも、だからってわたしは妥協出来ない!わたしには、それが正しいとは思えないよッ!」

 

近距離からの散弾を、わたしは真下にスライドしながらM.P.B.Lを横にして防御。流石にM.P.B.Lを持つ手までは防御出来ないけど…わたしは既に散弾の範囲端まで移動済み。その上で当たる数発程度ならプロセッサが耐えきってくれる。むしろ怖いのは、それよりも追撃。

 

「アンタにとっては正しくないかもしれないけど、それはアンタにとってでしかないじゃない!国民は、守るべき人は無理な理想を掲げる事を肯定してくれるって言うの!?それがアンタの自己満足なんかじゃないって断言出来る訳!?」

「それは…分からないし出来ないよ!出来ないけど…それはユニちゃんもじゃないの!?守るものの取捨選択をして、零れ落ちた人に対しては諦めてって言うの!?わたしにはそっちの方が、仕方ないからって自己満足してる様に思えるけど、それは違うの!?」

 

中距離と近距離の間、ギリギリ近接格闘を仕掛けられない位置取りでビームを乱射するユニちゃん。それに対抗してわたしも連射で迎え撃つけど…同じ戦い方をするとなると、どうしても武器性能の差で押されてしまう。だけど、この状況なら一瞬でもチャンスがあれば接近戦に持ち込める…!

 

「……っ…そんな事言ってないじゃない!確かにアタシは敵であれば人でも撃つつもりだけど、守るべき人まで取捨選択したりはしないわよ!無茶だろうが何だろうが、守るべき人は守るに決まってるじゃない!」

「それって、わたしと何か違うの!?守るべき人は無茶でも守るって、一度線引きするかどうかの違いだけで、『皆守りたい』って事には変わらないんじゃないの!?」

「その線引きがアタシには…アタシ達候補生には必要なのよ!ネプギアだって、分かってるんでしょ!?アタシ達には出来ない事が沢山あるって!知ってるでしょ!?お姉ちゃん達だって、頑張って頑張って必死になってやっと世界を救う事が出来たんだって!守りたいって本気で思ってるなら、尚更きちんと現実を見なさいよッ!」

「現実?…見えてるよ、わたしにも見えてる!」

「……ッ、アンタのどこが…!」

「──仲間がいるもんッ!わたしには、わたしに手を貸してくれる人達がいるんだよッ!」

 

何回もの撃ち合いの末、遂に見つけた僅かな隙。そこへわたしは捻り込む様に踏み込んで一閃。後一寸足りなくて、M.P.B.Lの刃はユニちゃんの腹部プロセッサを斬り裂くだけに留まったけど…それでも、攻撃を届かせる事が出来た。遠距離以上が主戦場のユニちゃん相手に、銃撃じゃなくて剣撃を当てる事が出来た。

 

「イリゼさんが、コンパさんが、アイエフさんが、REDさんが、いーすんさんがいる!皆力を貸してくれてる!…ううん違う、わたしを助けてくれてるのはこの人達だけじゃない!」

「それと現実に、何の関係が……」

「ユニちゃんも、その一人だよッ!」

 

わたしの一撃を受けた瞬間、ユニちゃんは大きく後方へ飛んだ。それと同時にX.M.B.の砲身が可変し、内側から光が漏れ出す。

 

「……ッ!エスクマルチブラスター!」

「……っ!マルチプルビームランチャー!」

 

わたしとユニちゃん、同時に発砲。それぞれの砲から放たれた大出力のシェアエナジービームが空中で激突し、周囲に拡散しながら爆発を起こす。火器としての性能はこっちの方が下で、実際射程を始め色々な面で負けてはいるけど…射程圏内での照射ビームの火力ならM.P.B.Lも負けてはいない。

エネルギーの激突によって大きな反動が生まれて、わたしは右手を起点に軽く仰け反ってしまう。それをわたしは身体の力を抜く事で流し、爆煙が霧散した瞬間に仕掛けてくるだろうユニちゃんへ対応する為に構え直しを……

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なのよ、何なのよアンタはッ!!」

「なぁ──ッ!?」

 

爆煙を蹴散らす様に中心から現れたのは…ユニちゃん。爆煙を切り裂いたのは弾丸でもビームでもなく、ユニちゃん本人だった。

ユニちゃんは突っ切るや否や、わたしを捕捉して突進をかけてくる。それがただの銃撃ならともかく、意思を持ちわたしとも大差ない大きさの相手となると虚を突かれた状態じゃ流石に避けられない。咄嗟に腕を交差させて防御はしたものの、わたしはそのまま崖まで押し切られてしまった。

 

「かはっ……」

「皆が助けてくれる?アタシもその一人?はっ、ほんとにアンタは甘いわね!それって結局、他人任せじゃない!」

「違うよ…そうじゃ、ないよ…!」

「違わないわよッ!他人ありきなんでしょ!?そうなんでしょ!?」

「……っ…だったら、ユニちゃんはわたしが大変な時、助けてくれないの…?」

「そ、それは……」

 

わたしを崖に叩きつけて以降続いたユニちゃんの殴打は、わたしがその問いをぶつけた瞬間止まった。それを見逃すわたしじゃない。

それまで防御の為に交差させてた腕を解放してユニちゃんを突き飛ばすわたし。そこから即座に崖を蹴って放ったパンチは、空中で姿勢を直したユニちゃんの膝蹴りとぶつかり合う。ぶつかり合って……止まる。

 

「嘘…蹴りを止められた……?」

「パンチやキックも、技術次第で威力や精度が変わるものなんだよ、ユニちゃん」

「そんな事…言われなくても分かってるわよッ!」

 

X.M.B.を振るってユニちゃんは殴りつけてくる。それをわたしは後退して避け、近距離から射撃。光弾と一緒に、ユニちゃんへ言葉も投げかける。

 

「ユニちゃん、ユニちゃんは強いよ。もしかしたら、わたしより強いのかもしれない…でも、やっぱりユニちゃんは間違ってるよ!」

「だから、それは…」

「──無理、してるじゃんッ!」

 

発砲しながら突撃。旋回しながら斬り払い。攻撃の合間を突いた飛び蹴り。わたし達は崖に沿う形で、二重螺旋を描く様に肉薄と離脱を繰り返して刃と弾丸を、言葉をぶつけ合う。

 

「わたしには分かるよ!ユニちゃんは無理してるって!」

「してたら…無理してたらなんだってのよ!女神は皆自然体でいるべきだっての!?」

「そうは言わないよ!でも…ユニちゃんだって、助けてくれる人がいるでしょ!?なんで…なんで頼らないの!?」

「頼ってるわよ!ケイにもシアンさんにも、アタシは沢山…」

「なら、もう少し余裕を持ったっていいじゃん!完璧にならなくたっていいじゃん!」

「意味が分からないわよ!女神なのに半端でいいっての!?」

「そうだよ!だってお姉ちゃんもイリゼさんもそうだから!」

「は、はぁ!?」

 

本当に意味が分からない、と言わんばかりに素っ頓狂な声を上げるユニちゃん。そこへわたしは言葉を続ける。

 

「お姉ちゃんはいざという時凄く頼りになるけど、普段から凄く頼りになるって訳じゃない!イリゼさんはいつも気遣いしてくれるけど、時々気遣いの方向性がズレてたりする!きっとノワールさんもベールさんもブランさんもそうだよ!ユニちゃんのお姉ちゃんはそうじゃないの!?」

「それは…そうかもしれないけど、お姉ちゃんは完璧であろうとしてるわ!イリゼさんやネプテューヌさんだって、駄目なところを放置してる訳じゃないでしょ!?」

「だからだよ!だからお姉ちゃん達はきっと仲間になったんだよ!一人で完璧になるのは無理だから、皆で協力する事で、助け合う事でなろうとしてるんだよ!わたしが憧れてるのは、そういう人達だよ!ユニちゃんが憧れてるのは無理に一人で全部やろうとする女神なの!?」

 

二人の射撃が崖を叩いて砂埃が起こる。それもまた、射撃とわたし達の飛行による風圧で吹き飛んでいく。

気付けば、プロセッサはボロボロになっていた。これまではなんとか有効打を避けられていたけど、もう耐えられるとは思わない。それに、仮にプロセッサが無事でもそろそろ体力や集中力がそろそろ尽きてしまう。だから──勝負を決めるなら、今しかない……ッ!

 

「そうかもしれない…だとしても、アタシは強くなるって決めたのよ!だって今ラステイションの女神は、アタシしかいないんだから!お姉ちゃんを助ける為にも、お姉ちゃんが帰って来られる場所を守る為にも…アタシはネプギアの覚悟は認められない!」

「わたしも強くなるって決めた!だけどわたしにはわたしの力になってくれる人がいるから、その人達と一緒に強くなるって、助け合うって決めたから!その為にわたしも、皆の力になれる存在になるって決めたから!だから…わたしはユニちゃんの覚悟を認めない!」

「……ーーッ!ネプギアぁぁぁぁああああああああッ!!」

「……ーーッ!ユニちゃぁぁぁぁああああああんッ!!」

 

最後の突撃。お互いに至近距離から撃ったビームが互いの頬を掠め、その光と共にわたし達は交錯する。

すれ違ったその瞬間に、ユニちゃんも勝負を決めようとしているのが分かった。さっきの照射ビームの激突といい、わたしとユニちゃんは性格は違うけど…やっぱり気は合う様な気がする。だから、わたしは思う。今すぐには無理だけど、いつかはユニちゃんにもわたしの思いを分かってもらえるって。いつかはわたしもユニちゃんの気持ちを分かる様になるって。それにさ、ユニちゃん…わたしは、今でもユニちゃんを友達だと思ってるよ。

わたしは真上にいるユニちゃんへ、ユニちゃんは真下にいるわたしへ最後の一撃を込めた武器を向ける。照準を合わせ、引き金に指をかける。さぁユニちゃん、これで決めるよ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

────その瞬間、わたしの目に崖から剥がれ落ちた岩盤の一部が映った。

 

 

 

 

二条のビームが、両者の得物から駆け抜けた。ユニの放ったビームはネプギアのM.P.B.Lに直撃して弾き飛ばし、ネプギアの放ったビームはユニの頭上を越えていった。

武器への直撃を受けたネプギアはその衝撃で落下。その勢いを殺しきれずに地面に激突してしまう。それに対するユニは…追撃も追随もせず、ただその場に止まっていた。

 

「痛た…女神じゃなきゃ大怪我してたかも……」

「…………」

「M.P.B.Lは飛んでいっちゃったし、この状況じゃ動く前に撃たれちゃうね…そうでしょ?ユニちゃん…」

「アンタ……」

「悔しいけど…仕方ないね。うん…イリゼさん、わたし降参します」

 

残念そうな表情を浮かべ、ネプギアはそう言う。女神化して追従していた私は、ネプギアのその言葉を聞いて降り立つ。

 

「…降参で、いいんだね?」

「はい。本当に、ユニちゃんは強いですから」

 

その言葉にどんな意図があれ、降参宣言したらそれで勝敗を決するとルールに付けた以上、審判である私はそれを遂行するだけ。だから、私は言う。

 

「……分かった。ならこの決闘、勝者はユ──」

「…何でよッ!」

 

言いかけた言葉は、ユニによって遮られた。黙っていれば自分の勝ちが決定するにも関わらず、ユニは遮った。

武器を離し、地上に降り立ったユニはネプギアの胸ぐらを掴んで立たせる。その顔は、納得出来ないと叫び出しそうな表情だった。

 

「な、何でって…ここから逆転は無理だから…」

「そうじゃない!どうして射撃を外したかって訊いてんのよ!アタシには分かるわ、あれは外れたんじゃなくて外したんだって!」

「…そっか、やっぱりユニちゃんには分かるよね…でも、深い理由なんてないよ?」

「深い理由なんてない?…アタシを、落石から助けたってのに?」

「え……?…それも、気付いてたの…?」

「射撃が外れた瞬間岩が弾ける様な音がして小石が飛んできたら誰だって分かるわよ!」

 

そう、ネプギアの射撃は外れていたけど…当たらなかった訳じゃなかった。反射的に私が破壊するより前(審判としてその行為は宜しくないと思うけど)に、ネプギアの射撃がユニへと迫る岩を四散させていた。…けれど、ユニはその確証を得られても…否、得られたからこそ余計に吠える。

 

「これは真剣勝負なのよ!アタシは全力で戦ってたのよ!その上で負けるなら、悔しくても認めるって思ってたのよ!なのに、なのにアンタは…こんな勝ち方、したって欠片も嬉しくないッ!」

「そっか…ごめんねユニちゃん。でも…わたし嫌だよ。わたしも勝ちたかったけど、それよりずっとユニちゃんが酷い怪我する方が嫌だよ。だってユニちゃんは、わたしの初めての友達だもん」

「……っ…どうして、どうしてアンタは…ネプギアは、そんなに他人の事を思うのよ…他人の事を思えるのよ…!」

「…それは、上手く言葉に出来ないかな…でもね、それはわたしだけじゃないよ?」

「…イリゼさんやネプテューヌさんでもそうした、って言いたいの?」

「ううん、違う。ユニちゃんはさっき、わたしが大変な時助けてくれないのって訊いたら言葉に詰まったでしょ?それって、助けないなんて事はないって事でしょ?…わたしを助けてくれるユニちゃんだもん。そのユニちゃんを助けるのは、当然の事だよ」

「……──ッ!」

「あっ…ゆ、ユニちゃん…ユニちゃん!?」

 

ネプギアの言葉を聞いた瞬間、ユニはビクリ…と震えて、飛び去ってしまった。ネプギアを離し、この場から離れてしまった。

それを、ネプギアは追おうとする。……けど、

 

「…あ、あのイリゼさん!決闘を放棄しちゃう形になりますけど…ユニちゃんを、追ってもいいですか…?」

 

……なんて質問を私にしてきた。全く、この子はもう…。

 

「あのねネプギア、そういうのは間違ってるよ」

「え…ま、間違ってる…?」

「うん、間違いも間違い、大間違いだよ。……いいですか、じゃなくて…追ってきます、でしょ?」

「……!は…はい!わたし、ユニちゃんを追いかけてきます!」

 

一息で飛び上がったネプギアは、ユニの飛んでいった方向へと加速する。

こうして、二人の決闘は終わった。有耶無耶になる形で、終わってしまった。……でもきっと、これはこれで悪い終わり方じゃない…そう、飛んでいくネプギアの背を見ながら私は思った。




今回のパロディ解説

・「〜〜アタシは、アンタを否定するッ!」
デート・ア・ライブの主人公、五河士道の台詞の一つのパロディ。これだけだと一巻のパロディに見えますが、否定なので正確には六巻のパロディだったりします。

・「〜〜何なのよ、アンタはッ!!」
機動戦士ガンダムSEED Destinyの主人公の一人、シン・アスカの名台詞の一つのパロディ。ユニはなにかとガンダムパロが多いですよね。ビームのSEもそうですし。

・「……ーーッ!ネプギアぁぁぁぁああああああああッ!!」
「……ーーッ!ユニちゃぁぁぁぁああああああんッ!!」
所謂掛け合いのパロディ。ガンダムSEEDのキラとアスラン、ガンダムAGEのアセムとゼハート、マクロス30のリオンとロッド等、結構この類いの掛け合いは多いですね。


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第十九話 ライバルで、仲間で、友達

「…また、派手にやったよねぇ……」

 

ユニを追うネプギアを見送った私は、視線を空から地面へと移した。そこに転がっているのは二人の決闘の流れ弾を受けて崖から剥離した、岩盤の破片。激戦の結果、地図を書き直す羽目に!…なんてレベルじゃ流石に無いけど、それでも放置するのは不味い状態ではある。

 

「崖崩れは起きないだろうけど…起きた場合、責任は私にくるのかな……」

 

決闘を申し込んだのはネプギアで、場所を選んだのはユニだけど…このパーティーの責任者は誰かという話になると、恐らくそれは私になる。人が下にいる時起きたら本当にヤバいし、注意喚起をしておいてもらわないと…。

 

「イリゼー、決闘はどうなったのー?」

「あ、えーとね…って、あれ?ケイさん?」

「途中からだけど、決闘を見させてもらったよ」

 

後ろからの声に振り返ると、そこには二人と私を追って移動してきた三人の他にケイさんもいた。これには内心少なからず驚く私。だって…ほら、ケイさんって『決闘?ふぅん…結果だけは後で聞こう』とか言いそうなタイプだもん。内容には興味示しそうにない印象あるんだもん。

 

「…あ、イリゼ私達と同じ様な事思ったわね?」

「って事は、皆も思ったんだ…」

「僕だって身内が関わるとなれば気にはするさ、それがユニにとって大きな意味を持つ決闘となれば尚更にね」

「それで、二人はどうしたんです?どこかに飛んで行っちゃったですけど…」

「あぁ、それはね…」

 

距離の関係で見えていなかったらしい四人に私は決闘の結末を説明。動きはまだしも二人の掛け合いは断片的にしか聞こえなかったから、きちんと説明出来たのは流れだけだけど…そもそも四人は断片的どころか全く声が聞こえていなかったという事もあって、流れだけで満足してくれた。

 

「で、ユニを追ってネプギアが飛んでいったってところだよ。決闘としては…まぁ、強いて言うならまだ継続中?」

「二人はそんなつもりないでしょうね…イリゼは追わなくて良かったの?」

「うん。私が行くよりも二人きりにした方が良さそうな気がするからね。……ネプテューヌとノワールも、仲良くなったのは二人きりの時だし」

「……?今何か言ったですか?」

「や、何でもないよ」

 

思い返せば、ネプテューヌとノワールは何度か二人きりで出かける事があった。そしてその度に帰ってきた二人の仲は良い方向に進展していた様な覚えがあるし、偶然にも一度私は二人きりで何をしているのか目にしてしまった事もある。あの時二人は仲睦まじくプリンをあげっこしてたなぁ…。

 

 

…………。

…なんか、胸の中がぐるぐるする……。

 

「……そ、それよりも皆はどうするの?今からじゃ二人を追うのも大変だと思うよ?」

「そうですねぇ…わたしは教会で二人の帰りを待つのが良いと思うです」

「アタシも〜、皆で待っててくれれば二人もほっとすると思うもん」

「…なら、二人が…ユニが戻ってくる前に、一つ頼みたい事がある」

「頼みたい事…また依頼ですか?」

「依頼、か…そうとも、そうでないとも言えるね」

 

いつもどこか含みのある言動を見せるケイさんだけど…今回は普段以上に含みを感じる言い方だった。

顔を見合わせた後、ケイさんに頷く私達。それを受けたケイさんは、真剣そのものの顔で口を開く。

 

「…君達には、ユニを君達の旅に連れて行ってほしい」

「…女神の皆の、ゲイムギョウ界の為にですか?」

「それもある、けど…一番はそれじゃない。ユニ自身の為にだよ」

「…………」

「ユニは女神としての職務を全うしてくれている。けど、僕からは今のユニは負い目と責任感から視野狭窄になっている様に見える。まだまだ成長出来る筈なのに、その可能性を押し留めている様に思える。…それはきっと、彼女が今のままラステイションにいたら変わらない」

「…そういう事、ですか」

 

あぁなんだ、そういう事だったんだ。…と、私は合点がいく。要は『ユニにユニ自身の輝きを取り戻してほしい』という事。教祖の中で一番女神をどう思っているか分からないケイさんだけど…仕事上の関係でしかない、とは思ってないんだね、やっぱり。……でも、一つ思うのは…

 

「…ケイさん自身では、どうにもならないんですか?」

「僕も結局は国民の一人。…僕では、役者不足さ」

「…本当に、それが理由ですか?」

「…そう訊く、という事はもう分かっているんだろうに…」

「まぁ…そうですね」

 

ほんの少しだけ拗ねた様な顔をするケイさんを見て、私は自分の考えてる通りなのだと確信する。…確かに、言えば何でも伝わる訳じゃないし、言う事自体楽じゃない事もあるけど……ほんと、ラステイションの首脳陣は不器用だよね。

 

「…それで、答えは?」

「……元々私達はユニに協力してもらう為に来たんです。無理矢理ふん縛って連れてく事は出来ませんが…出来る限り説得はします。その上で着いてきてくれると言うなら…喜んで、連れて行きます」

「…感謝するよ」

 

こうして、ネプギアがユニと合流した頃、私達は一つのやり取りを交わしていたのだった。

 

 

 

 

わたしがユニちゃんを追って飛び上がったのは、ユニちゃんが飛んでいった後すぐだったけど…追い付く事が出来たのは、ユニちゃんが着地してからだった。それ程までに、この時のユニちゃんのスピードは凄まじかった。

 

「はぁ…はぁ…全力で決闘した後に、これはキツいよユニちゃん…」

 

追い続ける事十数分。ユニちゃんは景色の良さそうな高台へと降り立った。着地して、女神化を解除して、背もたれのないベンチに座った。

その後を追う様に着地しようとするわたし。でも…どうしたらいいんだろう?反射的に追ってきたわたしだけど、何をするとか何か言うとか考えていた訳じゃない。そんな状態で、わたしは一体何を……

 

「……ううん、そんな事気にしてたってしょうがないよね」

 

わたしはごちゃごちゃ考えてユニちゃんを追ってきた訳じゃない。ただ追いかけなきゃいけないと思って、放っておけなくて追いかけてきた。…なら、考えるより動かなきゃ。

 

「……よし」

 

着地して女神化解除。お姉ちゃんなら元気良く話しかけたり後ろから抱きついたりして一気に相手を乗せるんだろうけど…流石にそれはわたしには出来ない。という事でゆっくり後ろに回って…

 

「……ユニちゃん」

 

まずは、名前を呼んだ。まずはここから、だよね。

 

「…追ってきたの?」

「うん。…隣、座っていいかな?」

「…勝手にしたら?」

 

許可をもらったわたしはユニちゃんの隣に座る。そこから気取られない程度にユニちゃんの方を向いたら…普通の表情をしていた。怒ってたり、不愉快そうにしてるんじゃないかと思ってたけど…そんな様子は一切なかった。

 

「…………」

「…………」

 

ユニちゃんが話も聞いてくれない程の状態じゃなかった事は助かったけど……いざ何か話そうという段階になると、言葉が出てこない。…というかこんな時はどんな話をすれば良いのか分からない。うぅ、考えるより動かなきゃとか思ったのは誰!?そのおかげでわたしは早速困った事になっちゃったよ!……なんてふざけてる場合じゃないよぉ…。

 

「……アンタが普通に撃ってても、アタシ負けてたとは思ってないから」

「へ……?」

「最後の一撃よ、最後の」

「あ、あぁ……」

 

わたしがむぅぅ…と心の中で思い悩んでいたら、ユニちゃんはぷいとそっぽを向きながらそんな事を言った。それはわたしの考えている事とはあまりにもかけ離れていたから、つい……

 

「…ユニちゃんって、意地っ張りだよね」

「は、はぁ!?なんでそうなるのよ!?」

 

こんな事を言ってしまった。でもこれはユニちゃんにも問題あるよね、うん。

 

「だって、わたしそんな事考えてなかったもん。っていうか、普通に撃ってたらわたしの方が不利なんて当たり前だし」

「うっ…な、ならいいわよ…」

「…意地っ張りっていう認識が?」

「な訳ないでしょ!」

 

思った通りの反応をしてくれて、ちょっと笑ってしまうわたし。…そう言えば、こうして『狙って弄る』事が出来るのは、ユニちゃんが初めてかも……。

 

「…何笑ってんのよ……」

「あ、ううん。ただ、やっぱりユニちゃんと友達になれてよかったなぁって」

「どうして今の流れでそうなるのよ…ほんとネプギアってよく分からない奴ね…」

「そうかな?わたしでよく分からないなら、お姉ちゃん達の事はもっとよく分からないと思うけど…」

「アタシと同じ立場だからこそ、よ」

 

アタシと同じ立場。ユニちゃんの言ったその言葉を、わたしは心の中で反芻する。

候補生で、お姉ちゃんに憧れてて、周りは年上ばっかりで、少し前にはギョウカイ墓場から逃げ去るしか無かったわたし達。確かにここまで同じ立場なのに、わたしとユニちゃんは性格が全然違う。…ほんとに不思議だよね。ロムちゃんラムちゃんだってこれには当てはまるし。

 

「…その、さ…わたし、ユニちゃんに一つお礼を言わなきゃいけない事があったんだ」

「お礼?」

「わたしの覚悟、あれってユニちゃんがわたしにああ言ってくれたから…正面からぶつかってくれたから、決める事が出来たの。だから、これはユニちゃんのおかげなんだ」

「…あの後、一人でじっくり考えたの?」

 

二人、ベンチで景色を眺めながら話す。人と話す時は相手の目を見て話しましょう…とは言うけれど、こうやって同じものを見ながら話すのも悪くないんだね。

 

「じっくり考えた、っていうかじっくりまとめたんだ。これまでにも自分の事考える機会があって、昨日言った通りユニちゃんの戦いも見て、わたしの中でも色々出来てたから。で、それ等を繋げて一つにするタイミングをくれたのが…ユニちゃんだよ」

「そ、なら…アタシは敵に塩を送っちゃった訳ね…」

「て、敵って…」

「そういう諺なんだから仕方ないでしょ。はぁ、あんな事言わなきゃアタシが名実共に勝ててたのなら、ほんとに惜しい事したわ。あーあ、前に会った時はおどおどしてて『負ける気がしない』と思ってたし、今回教会で会った時も『アタシの方が上だ』って思ってたのに、最後には助けられるなんて…あーもう、ほんと……」

 

 

「……悔しい、悔しいよ…っ…」

 

しれっとこれまでわたしを下に見てた事をカミングアウトしたユニちゃん。流石にこれは苦笑いしながら流せるレベルじゃないなぁ…と思って、言い返してやろうと思ったら……ぽたり、とユニちゃんのスカートに水滴が落ちた。

それだけじゃない。肩が震えて、声もちょっと震えて、頬に水の線が出来ていた。──ユニちゃんは、涙を零していた。

 

「…ユニ、ちゃん……?」

「ごめん、ネプギア…少しだけ、一人にして……」

 

俯き、二の腕まである指ぬき手袋で涙を拭うユニちゃん。ユニちゃんの、友達の涙を見たわたしは一瞬どうしていいか分からなくて、言われた通りその場から離れようとして……思い留まる。

お姉ちゃんはわたしが不安になっている時、いつも一緒にいてくれた。わたしに言葉をかけて、安心させてくれた。イリゼさんはわたしが泣いちゃった時、真剣に言葉を受け止めて、手を差し伸べてくれた。だったら、わたしも……

 

──いや、違う。それもあるけど、それも理由になるけど…違う。そうじゃない。だって、わたしが思い留まったのは、そういう憧れや尊敬からじゃなくて……ユニちゃんに泣いてほしくないから、ユニちゃんの力になりたいからだから。

 

「ユニちゃんは…ユニちゃんは負けてなんかいないよっ!」

「……っ…ネプギア…」

「そんな事思う必要ないよ!ユニちゃんだって言ったじゃん、負けてたとは思ってないって!」

「それは、そう…だけど…アタシは、アタシも本当は……」

「わたし凄いと思ったもん!ユニちゃんの覚悟、認めないとは言ったけど…勝てないとも思ったもん!それに…ユニちゃんは、この決闘手を抜いてくれてたでしょ…?」

「……気付いて、たの…?」

「途中から、ね。だって、わたしあまりにも近接格闘出来過ぎてたもん」

 

初めは気付かなかった…というか気付きようが無かったけど、崖にぶつけられた辺りからわたしはユニちゃんが本気であっても手抜き一切無しではない事に気付いた。

X.M.B.は長砲身の大型火器。対してM.P.B.Lは遠近両用で、火器としては短砲身にカテゴライズされる。だからユニちゃんは射程距離において大いに上回ってる訳で、それを活かしてわたしが攻撃出来ない距離から一方的に撃つとか暫く逃げに徹した後に隠れて狙撃に移行するとかが勝率の高い戦い方だった筈。なのにユニちゃんは殆どずっとわたしの攻撃可能範囲…具体的には射撃の届く範囲に留まっていたし、最後の方は近接格闘も何とか出来る距離に入る事も多々あった。距離を取る事がユニちゃんにとっての定石なのに、それをしなかったって事は…打てる手を尽くした、とは言えないよね。

 

「……あれは別に、手を抜いていた訳じゃないわよ。確かに、ガンナーがあの距離で戦うのは変だけど」

「じゃあ、どうしてなの?」

「それで勝っても意味ないじゃない。殺し合いだってなら、そりゃ距離取るけど…これは決闘で、アタシはアンタの実力も覚悟も全部受け止めた上で勝ちたかった。ただ、そんだけよ」

「…それ、結構格好良いと思うな」

「お世辞なら要らないわよ」

「お世辞じゃないよ。さっきも言ったでしょ?わたしユニちゃんの事凄いと思ってるって」

「……なら、アタシだってそうよ」

 

言葉を続けよう…と思った瞬間、わたしの言葉はユニちゃんに遮られる。

それに驚いてきょとんとするわたし。気になってユニちゃんの顔を覗き込むと……ユニちゃんは、不思議な表情をしていた。

 

「…ネプギア、言ったでしょ?アタシの覚悟も自己満足じゃないのかって。……その通りよ、アタシ自身さえも誤魔化してたけど、その通りなのよ。…そういう意味じゃ、同じ自己満足でもアタシより多くのものを守ろうと思えたネプギアは…ほんとに、凄いと思ったわ」

「…そんな事ないよ。わたし昨日の夜、職員さんに聞いたよ?わたし達がギョウカイ墓場から逃げ帰った後、ユニちゃんはすぐ女神として頑張ってたって。わたしはあの後暫くお仕事なんて手がつかなかったのに……多分、ユニちゃんはわたしより経験を積んでるんだよ。その分の差が、覚悟に影響してるんだよ、きっと」

「経験、ね……経験で上回ってるのに決闘でほぼ互角って、アタシはネプギアより才能ないのかしら…」

「そ、それは…あれだよ、イリゼさんの有無だよ」

「イリゼさんの有無?」

 

わたしとしては励ますつもりで言ったのに、何故かユニちゃんにはネガティヴに受け取られてしまった。なのでわたしは慌てて軌道修正を図る。

 

「う、うん。わたし旅に出る直前から、イリゼさんに実戦の知識教えてもらったり、訓練つけてもらったりしてるの。…ユニちゃんって、ノワールさんにそういう事してもらってた?」

「それは…知識はそれなりに教えてもらったけど、訓練はあんまり無かったわね…」

「でしょ?付け焼き刃でもやっぱり実戦形式で教えてもらったりするのは結構変わると思うんだ。それにそもそも一人で鍛錬するより誰かに指導してもらう方が効率いい筈だし」

「なら、良いけど…」

「……ユニちゃんも、教えてもらうのはどうかな?」

 

ユニちゃんも落ち着いてきたみたいで、気付けば涙は止まっていた。それに気付いたわたしは一安心して…同時に、一つの思いが心の中に浮かんだ。その思いを届けたくて、わたしは話を切り出す。

 

「わたしが訓練つけてもらってるのはわたしの要望…って事もあるけど、イリゼさん自身もお姉ちゃん達を助ける為にわたし達候補生には強くなってほしい、って考えてる面もあるらしいんだ。だからユニちゃんを突っぱねる事はないと思うよ?」

「それはありがたいけど…そんないつまでもラステイションにいる訳じゃないでしょ?」

「うん。だからさ…ユニちゃん、わたし達と一緒に来てよ」

 

ベンチからとんっ、と勢いを付けて立ち上がったわたしは、ユニちゃんの前へ立つ。

わたしは、ユニちゃんに着いてきてほしい。ラステイションの来た時からそう思っていたけど、今はその時よりずっと強くそう思っている。

 

「一緒に来て、って…あの時言ったでしょ、アタシには出来ないって」

「国の事なら大丈夫だよ。プラネテューヌだって今女神不在だし」

「それはそうだけど…アタシ、ラステイション守るので精一杯だし…」

「なにかあったらわたしが協力する、って事でも駄目?」

「協力……だ、駄目よ駄目!そもそもうちにいる間だけって約束でしょ?」

「むー……」

 

取りつく島もない…程ではないけど、中々うんと言ってくれないユニちゃん。でも、ここで引いたら着いて来てくれないよね…よーし!

 

「ねぇユニちゃん、着いて来てくれればイリゼさんの他にも色々な人から学べると思うよ?というか逆に着いて来なかったら、わたしとの差広がっちゃうかもよ?」

「ちょっと、なんでアタシが負けてる前提なのよ…」

「じゃあわたしが負けてるって事なら着いて来てくれる?」

「いや意味分からないから」

「分かるよ!ユニちゃんなら分かる!」

「何が…?」

「何かがだよ!えーい、ならお菓子あげるから着いて来て!」

「誘拐犯か!アタシを幼児だとでも思ってんの!?」

「あ、なら座布団の方が良かった?」

「座布団?……って笑点か!別に年齢層上げろとは言ってないわよ!」

「なら何がいいの!?わたしにあげられるものなんて、後はわたし自身位しかないよ!?」

「ぶ……ッ!?な、なな何言ってんのよ!?馬鹿じゃないの!?後あげられるもののレパートリーおかしくない!?」

「もう!ユニちゃんの分からず屋!」

「アンタの言ってる事が無茶苦茶なだけだからね!?」

「むー!だったらユニちゃん出番無くなっても知らないからね!?既に原作と違うエピソードちょいちょい入ってるんだから、今後もどうなるか分からないんだからね!」

「脅しが斜め上過ぎる!ほんとどうしたのよネプギア!」

「はぁ…はぁ…ここまで言っても駄目なんて…」

「ぜぇ…ぜぇ…アンタ必死過ぎておかしくなってるわよ…」

「…………」

「…………」

 

 

「……ふふっ、楽しいねユニちゃん」

「楽しいって……まぁ、そうね」

 

若干息を切らしながら、笑い合う。我ながら馬鹿馬鹿しい事を言ったけど、頭おかしい感じになっちゃったけど……楽しかった。友達とこうして話せるのが、凄く凄く楽しかった。……だからこそ、わたしはユニちゃんに着いて来てほしいと思う。明日も明後日も明々後日も、こうして仲良くお喋りしたいと思う。

 

「…わたし、ユニちゃんと一緒に強くなりたい。ユニちゃんと一緒に、憧れる女神像へと近付きたい。まだわたし達は半人前だけど…二人であれば、きっと一人前になれるよ。二人でならお姉ちゃん達にも負けない気がするし、二人でいればいつかは二人共一人前になれる気がするの。…勝手な思いでごめんね。でも、これがわたしの本心なの。だから…一緒に来てよ、ユニちゃん」

 

もう、言える事は全部言った。気持ちは全て話した。それでも駄目だ、って言われたらもうわたしはどうしようもないし、友達としてユニちゃんの気持ちを尊重するべきだと思う。後はもうユニちゃん次第。それがどんな結果でも、わたしはそれを受け入れなきゃ。

ただ、ユニちゃんを見つめるわたし。ユニちゃんも頭を上げて、わたしを見ている。そして、そうして……

 

 

 

 

「……はぁ、分かったわよ。ネプギアの気持ちはよーく分かったわ」

「じゃ、じゃあ……!」

「但し、これはあくまでアンタの為よ。今の言葉を要約すると、ネプギアにはアタシが必要で、どーしても着いて来てほしいって事でしょ?」

「うん!その通りだよ!」

「うっ…そ、そこは多少なりとも反論しなさいよ……」

 

すとん、とわたしと同じ様に立ったユニちゃんは、高台の先まで歩いて行って、手すりに手をかける。手をかけて、わたしの方へ振り向く。

 

「…アタシ、負けないから。先に一人前になるのはアタシだから。覚えておきなさいネプギア。アンタは…アタシのライバルよ」

「…勿論だよユニちゃん、わたしだって負けないから。でも…ライバルだけど、同時に友達でしょ?」

「それは……そうね。えぇそう。友達よ、それも大事な…ね」

「ユニちゃん…ユニちゃん大好きっ!」

「わぁぁっ!?ちょ、ネプギア!?」

 

感極まったわたしはユニちゃんに抱きついて、そのままほっぺに頬擦りまでしてしまう。あ、ユニちゃんのほっぺ柔らかくて気持ちいいなぁ…。

 

「えへへ…ユニちゃ〜ん♪」

「は、離れなさいよ気持ち悪い!後ここ高台だから!アタシバランス悪くなってるから!」

「ユニちゃんがいてくれるなら百人力だよ。むしろハンドレッドパワーだよ〜」

「なんで新しい力手に入れてるのよ…!っていやほんと危ないから!アタシかなり手すりから外に出てるから!」

「あ、そうだユニちゃん。今度わたしパッセに見学に行くんだけど、ユニちゃんもどう?」

「い、行く!行くから離して!離して離れて!いよいよシャレにならないレベルだから、大分アタシ空が見える体勢になってるからぁ!…………あ」

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

「落ちてる!落ちてるよユニちゃん!わぁぁぁぁぁぁっ!」

「それはアンタのせいでしょうがぁぁぁぁああああああああッ!!」

 

決闘して、思いをぶつけ合って、話もして……わたし達は、全力で相手の事を知った。自分の思いを打ち明けた。それは、普通の人が普通にする交友関係ではないと思うけど…わたしとユニちゃんは女神候補生だから、そういう形でもいいと思う。…ううん、例えどういう形でも…こうしてまた仲良くなれたのなら、より深い関係になれたのなら、わたしはそれで大満足。やっぱりわたしとユニちゃんは、いい友達になれるんだなぁ…と思うわたしだった。

────な、なんか最後にヤバい事になってる感じだけど、気にしないでね!わたし達次回でも普通に登場するから、いつも通りのオチだと思って下さいねっ!




今回のパロディ解説

・笑点
日曜夜(夕方)の長寿番組の事。もしネプテューヌシリーズメンバーで大喜利をやったらどうなるか。それは恐らく、OI第一話みたいな感じになるでしょう。

・ハンドレッドパワー
TIGER&BUNNYに登場する能力(NEXT)の一つの事。百人力でハンドレッドパワー…という事ですね。シンプルですが分かり易くてなんだかいい感じだと思います。


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第二十話 出発の裏には不器用が

来た日早々犯罪組織絡みの事件に遭遇したり、思ったより早くネプギアとユニが仲良くなったり、意外な出会いがあったり、決闘をする事になったりしたラステイション滞在も、遂に終わりを迎える事となった。

とはいえあたふたと旅立つ必要もないだろう…という事で、予定日を一日ずらし、旅立つ日の前日を完全なオフとした。で、私達はその日…パッセに訪れた。

 

「宝玉と血晶の件はほんとに助かったよ、ありがとなお前等」

「あれ位いくらだって引き受けるわよ、前からの付き合いなんだし」

「そう言ってくれると嬉しいよ。…と、言ってもあれは半分教会からのお願いな訳だが…」

「そうでしたね。実はわたし、探してる途中にアルマッス開発手伝ってた時の事思い出したです」

「あー、あの時も素材探しを頼んだりしたなぁ…」

「懐かしいねぇ…」

 

パッセの食堂でテーブルを囲んで話す、私達四人。素材探ししていた時もそうだったけど、こうしているとほんとに私達が前の旅の中でラステイションに来た時の事を思い出す。あの時と今じゃ、結構違うなぁ…。

 

「あの時うちはしがない零細企業だったのに、今や中小企業の代表的存在なんだ。ほんと皆には感謝してるよ」

「それを言ったら私とコンパだって教会の職員よ?…我ながら結構な変化だわ」

「私は…立場もそうだけど、あの時は記憶取り戻すのに必死だったなぁ」

「色々変わったよな。これで後はノワールとネプテューヌもいれば、あの時の面子が勢揃いなんだが……って、あ…す、すまん…」

 

言ってしまってから気付いて、済まなそうな表情を浮かべるシアン。私達もそれを責めるつもりはないけど…懐かしい気持ちになってた事もあり、一瞬言葉に詰まってしまう。

そう、前はこの場にネプテューヌとノワールもいた。私達と共に旅をスタートしたネプテューヌと、ラステイションで会って紆余曲折(丁度今回の私達とユニみたいな展開)の末仲間となったノワール。でも二人は今ここではなく、ギョウカイ墓場で監禁状態にある。それは重々承知で、ある意味もう分かりきった事だけど…やっぱり、その話となると少し気持ちが沈んでしまう。こういう時、それこそネプテューヌがいればこの雰囲気をバーンと壊してくれるけど、今その役目をしてくれる人はここには──

 

「嫁の皆、お待たせー!REDちゃん帰って来たよー!」

 

……いた。結構ネプテューヌに近い子が、いた。

 

「お、お帰りなさいです。工場見学はもう終わったんですか?」

「うん、飽きちゃったから先に帰ってきたんだ」

「飽きたって…ま、まぁ興味ない奴にとっちゃ工場なんてそんなものだけど…」

「あーでもでっかい機械はちょっと格好良かったよ?それよりもはしゃぐネプギアと振り回されるユニの方が見てて面白かったけどね」

 

空気を読む、という事を知らないんじゃないかと思う位マイペースを貫く少女、RED。ネプギア&ユニと共に見学しに行っていた彼女は、どうやら二人より先に戻ってきたらしい。

 

「…ムードメーカーとしては優秀なのかな」

「ムードメーカー?アタシの事?」

「うん。……そう言えば、出会った後すぐ緊急事態が発生したせいで、なし崩し的にパーティーメンバー入りしてたけど…REDはこれからも私達に着いてくるつもり?」

「うん」

「あ、随分と簡素な反応を…えと、皆どうしよう…?」

 

私達にとっては慣れっこで『大変だけど…頑張ろう!』位の感覚でいられるけど、一般的に考えれば私達のしてる事は結構な期間の伴う旅。しかも相手にしてるのが犯罪神復活を目論む組織なんだから、ボコボコにされる位ならいい方で、下手すると非人道的行為を受けてしまうかもしれない。それに、どこから情報が漏れるか分からない以上、下手に関係者を増やすのも宜しくない。……と、いう事で取り敢えず私はコンパとアイエフに意見を求めた。

 

「そうね……能力的には大丈夫じゃない?ワレチュー…だっけ?…への蹴りは結構いい動きだったし」

「わたしも賑やかになるのは賛成ですぅ」

「ふーむ…あ、でもそもそもの話、REDは私達関係なく旅してたんだっけ?」

「嫁探しの旅してたよ?」

「嫁探し…どこから突っ込んだらいいのか分からない旅してたんだな…」

「……ねぇイリゼ、今思ったんだけど…この子、むしろこのまま一人で旅させた方が危ないんじゃ…?」

「た、確かに……」

 

きょとーんとしてるREDに対し、私とアイエフは目を合わせて軽く冷や汗をかく。…この子どう見ても一人旅させたら不安だよね。悪い人とか犯罪組織にほいほい着いてっちゃいそうな気がすっごくするよね?……保護の目的も含めて、加入してもらった方が私達の精神衛生上宜しいのかもしれない…。

 

「…RED、これからもパーティーメンバーとして宜しく頼むね」

「もっちろん!嫁候補達の為ならアタシ頑張っちゃうよ!」

 

──という事で、正式にREDがパーティーに加入する事となった。ここまで特殊な理由で入るのは、REDが始めてだと思う。……あ、一応言っとくけど、別にREDがお荷物だったりはしないからね?身体能力は勿論、ボケと突っ込みの比率が偏ってる現メンバーにおいて、REDは期待大の存在だからね?

その後も暫く雑談を続ける私達。その内ネプギアとユニが帰ってきて(ネプギアは遊園地に行ってきた子供の様な、ユニは子供に色々せがまれた後の保護者の様な表情をしていた)、私達は夕食をとる事にした。

 

「なぁ、前も言ったがうちの食堂なんかでいいのか?うちは高級料亭なんかじゃないぞ?」

「シアンさん、ご飯は皆で一緒に食べるのが一番美味しいんです。だから高級料亭よりここの方が美味しく食べられるですよ」

「ですね。それにわたし、高級そうな所はちょっと物怖じしちゃいますから…」

「女神がそれじゃ不味いでしょネプギア…」

 

シアンさんのお母さんが作ってくれた料理を、長テーブルを囲んで食べる。誇張なしに言えば、確かに食堂の料理は所謂大衆向けのものだけど…実際のところ、私達は高級料理より大衆料理の方が慣れているし、個人的には一人で高いもの食べるのと皆でインスタント食べるのなら後者の方がいいと思っている。まぁつまりなんだって言うと…パッセの食堂で食べるのは楽しいよね、って事。

そうしている内にパッセの従業員さんもやってきて、REDとそこそこ従業員さんとも(ノワールに着いてく形で)面識があったユニが仲介役となる事により、食堂はいつの間にか宴会状態に。

 

「ひゅー、いつもは俺等ばっかりの食堂が今日は随分と華々しいじゃねぇっすか社長!」

「一応言っておくが、大事なお客なんだから失礼な事はしないでくれよ?」

「そーそー、皆アタシの嫁候補なんだから手を出さないでよね?」

「ちぇー…あ、なら社長ならいいのか?」

「おう、その場合取り敢えず俺に殴られるところから始めるんだぞ?」

「前社長!?凄ぇタイミングで来たっすね!?」

「それはさておき、工場見学どうでした?」

「最高でした!64のこうじょうけんがく位よかったです!」

『その工場はダンジョン的な所なのに!?』

 

……こんな感じで、大賑わいの夕食だった。…ネプテューヌ達を奪還した頃には別次元組の皆も合流出来てるだろうし、その時は皆で宴会っぽい事やってみたいな。あの時の打ち上げみたいに、ね。

 

 

 

 

「ケイ、ちょっと邪魔するわよ」

 

皆より一足先に教会へと帰ったアタシ。…と言っても別に、雰囲気が嫌になった訳じゃない。単に用事が…ケイと二人で話したい事があったから、先に帰らせてもらっただけ。

 

「邪魔をするなら帰ってくれないかな?」

「なら帰る…って、え……まさかの吉本新喜劇…?」

「…僕が開口一番ボケに走ると思うかい?」

「そ、そうよね…」

 

一瞬嘘でしょ!?…と思ったけど、偶然みたいだった。…ケイが開口一番ボケに走る性格になったら、アタシどころか教会中に衝撃が走るわね…。

 

「こほん…で、そんな反応するって事は忙しいの?」

「勿論。君が暫く不在になる関係で、教会を取り仕切る身として色々決め直さなきゃいけないからね」

「うっ…わ、悪いわね…」

「同行には当初から賛成なんだ、気にする事はないよ」

 

ケイはアタシが部屋に入ってきた時一度顔を上げただけで、それからはずっと書類仕事をしながら言葉に応答している。それは、アタシが知る限りで最も仕事人間であるケイの有り様を正に表している様な姿だった。

……だからこそ、アタシは気になっている。普段から教祖としての、仕事人間としての面以外を殆ど見せないケイが、アタシが不在になる事に心から賛成しているのかどうかが。

 

「…それは、教祖としてでしょ?ケイ個人としてはどう思ってるのよ」

「愚問だね。僕は教祖となるべく育てられ、今までずっと教祖として生きてきた人間だ。僕の考えと教祖としての考えは、イコールと言っても過言じゃないのさ、ユニ」

「…本当に?本気でそう思ってる?」

「…僕の言葉は信じるに値しないのかい?」

 

そう言われたアタシは言葉に詰まる。…信じるに値しない、とは思ってない。でもそう返したら『ならこれ以上の会話は必要ないね』と打ち切られてしまうだろうし、それに……ケイにとってアタシは信じるに値しているのかどうか、少し不安だから。

 

「…ケイはさ、お姉ちゃんを信じてる?」

「守護女神を信用していない人間が教祖になれるとは思わないね」

「だから…はぁ、まあいいわ。どっちにしろお姉ちゃんとケイが信用し合ってるって事は確認出来たし」

「確認出来た…?」

「アタシ、前にお姉ちゃんに訊いたのよ。お姉ちゃんは世界の為とはいえ国を空ける事に不安はなかったのかって。…そしたら、なんて返したと思う?」

「…………」

「…信頼してる人がラステイションには沢山いるから不安はない、って言ったのよ。で、その時最初に出た名前が…ケイ、貴女の名前よ」

 

あの時のお姉ちゃんの目は、今でも覚えている。その時まだアタシは存在してすらいなかったから、名前が挙がる可能性は最初からゼロだった訳だけど(というか挙がったらむしろ怖いし)…それでもアタシが羨ましいと思ってしまう程、その目からはケイへの信用と信頼に満ち溢れていた。

 

「あのお姉ちゃんに真っ先に挙げられるなんて凄いわねケイ。で、ケイもケイでお姉ちゃんを信じてるから、変に焦ったりせず確実に救出する道を選んでる。…全く、妹として…同じラステイションの女神として、両方が羨ましいわ」

「…僕が君を信用していない、とでも?」

「信用してるなら、本当に思ってる事話してよ」

「…君も強情だね」

「それに関しては環境の問題かもね」

「……はぁ…分かった、ユニ…」

 

溜め息の後、顔を上げて椅子から立ち上がるケイ。あぁ、やっぱり本心は別にあるんじゃない…と思ったアタシは佇まいを正し、ケイの本心と向き合う心積もりを……

 

「さ、出て行ってくれ」

「……は?」

 

…してたのに、部屋から追い出されそうになっていた。肩を押されていた。

 

「ちょ、ちょっと…今のって話すノリでしょ!?」

「さあね、僕にはそんなつもりはないよ」

「いやありなさいよ!っていうか力強い力強い!逆ゼロ・グラヴィティみたいになってるから!」

 

照れ隠しとかネタとかそういうレベルではない力で追いやられるアタシ。女神化すれば対抗するのなんて簡単だけど…押し返したところでなんの意味もない。というか、無理矢理押し返してケイの執務室に居座っても気まずいだけだし…。

なんて思っているうちに廊下に出され、扉を閉められてしまった。

 

「嘘でしょ…あーもう、なんなのよケイ……」

 

閉められた扉を前にアタシは肩を落とす。ケイが素直に話してくれるとは最初から思ってなかったけど、まさかここまでとは…。…仕方ないわね、もう諦めて荷物の確認でも……

 

「──僕にとってノワールは、ただの国の長じゃない」

 

扉越しに、声が聞こえた。扉越しでありながら、はっきりと聞こえる声が、ケイの声が聞こえた。

 

「え……け、ケイ…?」

「無論、僕もノワールも仕事をなあなあの関係で進めるつもりはないから、あくまで守護女神と教祖として接しているし、それに不満はない」

「ケイ……?」

「…でも、僕とノワールは長い付き合いなんだ。僕が教祖になる前からの、ね」

 

淡々と話すケイ。アタシの声は聞こえている筈なのに、まるでアタシがいないかの様に言葉を続けている。でも、その不可解な言葉を聞いているうちに、気付く。

 

(……これは独り言だ、君に話している訳じゃない…って事ね。…ほんと、強情なんだから)

 

中々面倒な事をしてる…と思うけど、気持ちは分かる。アタシだって、正直面と向かって本心を告げるのは好きじゃないから。

 

「……素直に言えば、僕が助けに行きたい位だ。僕だって戦えるんだから、国の維持より救出をしたいと思っている。……けれど、所詮僕は人間だ。それに、僕が教祖の職務をおざなりにする事を、ノワールは絶対に望まない。仮に助けられても、ラステイションが犯罪組織の侵略を許してしまったら、ノワールは自らが長い間国を離れる事となった自分を責めるだろう。……僕では助けられないんだ。それは、ノワールを苦しめるだけだから」

「…………」

「…だから、頼む…ユニ、僕の代わりに……ノワールを、助けてほしい…っ」

 

ケイの話は…独り言は、それが最後だった。独り言、というか定なだけあってケイは普段よりずっと饒舌で、ケイの感情的な部分を目にした(正確には耳にした)のは、これが初めてだと思う。

内に秘める思いだとか、お姉ちゃんへの感情だとか、色々感じるところはあったけど……アタシは、最後の一言が聞けただけで十分だった。

 

「…任せなさい、ケイ。アタシは旅の中でもっと強くなって、見聞を広げて…お姉ちゃんを助けられるだけの力を付けてくるわ。だから…その間、ラステイションの事は頼むわね」

 

背を預けていた扉から離れて、執務室の前からも離れる。アタシの最後の言葉の返答は聞いていないけど…聞く必要なんてない。だって…あのケイの言葉で、ケイもアタシの事を信じてるって分かったから。

 

 

 

 

遂に、ラステイションを立つ時が来た。と言ってももうラステイションには何度も来ていて、それと同じ回数立ってもいるんだから、もう慣れたものだけど…それは私や旅に慣れている面子の話。ネプギアとユニにとっては、そうじゃないみたいだった。

 

「ほ、ほんとに後は頼むわねケイ」

「分かっている。君も女神なんだ、もう少ししゃきっとしてくれ」

「え、えぇ……」

「そ、そうだよユニちゃん。えと…お世話になります!…あ、逆だった…」

「アンタもしっかりしなさいよ…」

 

なんだか余裕のない二人を苦笑いしながら眺める私達。ケイさんも流石に呆れ気味の表情を浮かべて…その後、ふっと真面目な顔に変わる。

 

「…そうだ、ラステイションを去る前に一つ伝えておかなきゃいけない事がある。…例のキラーマシンの事で進展情報があった」

 

それを聞いた瞬間、苦笑いしていた私達も表情が真面目なものへと変わった。

本来ならもう一部の研究組織で厳重に保管されている数機を除いて存在していない筈のキラーマシン。それは私が監査で実際に確かめたんだから間違いない。なのに、あの時襲撃者の部隊にはキラーマシンがいた。ならもうそれは、何かしらの非合法が存在してるとしか思えない。

 

「…生産元が分かったんですか?」

「いや、元アヴニール社長のサンジュに協力してもらったが、彼の情報網でも手がかりは見つからなかったよ」

「…それって、進展って言えるですか…?」

「これだけなら言えないね。…けどこれは逆に言えば、彼とは別派閥の人間が関わっている可能性が高いという事さ。そして恐らく、生産工場はラステイションの外にある」

「ラステイションの、外…」

「僕の推測では、アヴニールの国営化の時にそれを許容出来なかった派閥が離脱、その後潜伏していた後に襲撃者…恐らくは犯罪組織に協力を申し出たんだろう。…アヴニールの技術力はラステイションでも有数のものだ、油断はしないように」

 

ケイさんの忠告に私達は首肯する。今でこそ対キラーマシンのノウハウが出来上がってるけど、状況や目的次第では女神をもヒヤリとさせられるキラーマシンシリーズを、アヴニールの兵器を軽んじられる筈がない。犯罪組織と協力してる可能性もある以上、それは尚更だった。

 

「…じゃ、そろそろ行くとしましょ」

「そうだね。皆、忘れ物はない?」

「大丈夫です、ジャンクパーツも珍しい電子機材も抜かりはありません」

「そ、そう…じゃあ行こうか「あーっ!お土産買うの忘れてた!途中で寄り道していい?」…はいはい…お世話になりました、ケイさん」

「もしアヴニールの事で何か分かったら、連絡するです」

「あぁ。……ユニの事を頼むよ、君達」

「ケイさん…はい、ユニちゃんは任せて下さい!」

「イリゼさん達ならともかく、ネプギアがそれ言う?」

「あはは…これから一緒に頑張ろうね」

「…えぇ、頑張りましょ」

 

そうして、私達は賑やかにラステイション教会を去る。教会の協力と、ユニの同行の約束の両方を取り付ける事が出来たラステイションでの行動は上々。襲撃の件を始め、不安要素も多少はあるけど…それはそれ、これはこれ。パーティーとしての雰囲気は全く悪くないんだから、この調子のまま進めていきたいと思う私だった。さて…あのケイさんに頼むと言われた訳だし、女神の先輩としてユニの事もしっかりと導いていかなきゃ、ね。

 

 

 

 

「…その派閥というのは、恐らく私の関係してた派閥ですよ」

 

イリゼ達が教会を後にしてから数分。教会内に戻ろうとしたケイにかけられた、不意の言葉。その言葉の主は…一人の少女だった。

 

「……君か。…心臓に悪い事をしてくれるね」

「すいません、出来ればユニさん達に気付かれたくなかったので」

「…流石は虎の子の傭兵…いや、厳密には暗殺者だったかい?」

「どちらでも構いませんよ。どちらにせよ、訓練終了時点で路頭に迷ってたんですから」

 

現れたのは黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の一角、ケーシャ。普段通りの言動を見せるケイも、内心彼女の登場にはかなり驚いている。…それ程までに、ケーシャの気配を殺す技術は卓越したものであった。

 

「…どうして、ユニさんには協力を申し出て、私には申し出てくれなかったんでしょうか」

「君の実力を知らないだけだと僕は思うね」

「そうでしょうか?これでも私、支部長ですよ?…どうしてノワールさんを助ける為の旅なのに、私じゃなくて、敗走したユニさんなんでしょうか…」

 

純粋に疑問を抱いている様な…それと同時に何か深い闇の様なものを感じる、ケーシャの言葉。全く、僕は人の感情を意識して納得させるのが得意ではないというのに…と心の中で嘆息しつつ、それにケイは答える。

 

「僕に教祖としての役目があるように、君にも支部長としての役目がある。きっと、彼女達はそれを気にしてくれたんだろうね。…君は、ノワールが後押ししてくれた支部長としての役目を、放り出す気かい?」

「そ、そんな事ありません!…そうですよね、支部長の仕事はノワールさんが私を信じて、私に期待して、私に頼ってくれた職務。…ごめんなさいケイさん、私そんな単純な事にも気付かないなんて…」

「…これ位は構わないさ」

「私、ギルドに戻りますね。…あ、でもノワールさん絡みの情報があれば、私に教えて下さいね。ノワールさんの為に死力を尽くすのが、ノワールさんに助けてもらった私のすべき事ですから」

 

大事な事に気付いた、と言わんばかりの様子で教会前から去るケーシャと、それを見送った後に今度こそ教会内に戻るケイ。彼女は自らの仕事に戻りつつ、思う。自分も含め、何故ラステイションの重役はこうも拗らせてしまっているのだろうか、と。

 

 

────感謝と友情の思いを拗らせた少女と、少女を助けた不器用な女神の間ですれ違いが起こるのは、これから暫く先の話である。




今回のパロディ解説

・64のこうじょうけんがく
星のカービィ64に収録されているBGMの一つのパロディ。あのステージ(ブルブルスター)は当然危険な訳ですが、ネプギアにとってはパラダイスなのかもですね。

・「邪魔を〜〜かな?」「なら〜〜吉本新喜劇?」
吉本新喜劇におけるお約束ネタの一つのパロディ。ラステイションメンバーでお笑い劇をやったらどうなるか。…うん、まぁ…イタい感じになるのは確実でしょう。

・逆ゼロ・グラヴィティ
伝説的歌手、マイケル・ジャクソンさんの代表的パフォーマンスの一つのパロディ。それっぽいだけであって、ほんとにマイケルさんレベルで斜めになってたりはしません。


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第二十一話 草原で思う、それぞれの事

四大陸は、それぞれ中心部分が最も栄えていて、逆に端の部分は大半が自然のままになっている。人口増加や文明の発展に連れて人間の生活圏は広がっていってるけど…それでも自然保護の観点や、モンスターの生息地の関係で、恐らく大陸全土が生活圏になる事はあり得ない…なんて言われている。

私達がいるのは、そんな周り一面自然のままとなっている場所。一応道はあるけど…レンガやらアスファルトやらで舗装されていたりはしない、大変のどかな場所。そこで私達は休憩を取っていた。

 

「モンスターの影がないと、やっぱりゆっくり出来ますね」

「モンスターも人の生活圏以外の全ての場所にいる訳じゃないからね」

「ギアちゃん、イリゼちゃん、お茶飲むですか?」

「あ、はい頂きます」

「私も貰おうかな」

 

レジャーシートの上に座って駄弁る私達。はふぅ、草原で飲むお茶は落ち着くなぁ……。

 

「ねぇねぇ、休憩ってどれ位するの?」

「具体的にいつまでって決めてる訳じゃないけど…何か理由があるの?」

「近くにちょっとした川があるから、そこで遊んでこようかなーって」

「子供か……って、REDは結構子供っぽい容姿してるわよね…一部を除いて」

「……?」

 

羨ましそうにREDの胸元を見るアイエフと、意図に気付かずぽかーんとしてるRED。それを私達が何とも言えない気持ちで眺めていると…ユニが話しかけてきた。

 

「…あの、アタシもちょっといいですか…?」

「え?…ユニも川で遊びたいの?」

「そっちじゃなくて…ちょっとイリゼさんに付き合ってほしい事があるんです」

「付き合ってほしい事?」

 

ユニが何をしたい(してほしい)のかは分からないものの、真面目な話っぽい事は察して私は立ち上がる。そして暫く席を外すと皆に伝え、私とユニは少し離れた木陰へ移動した。

 

「…で、なんなの?」

「はい。もし問題無ければ…その、アタシと模擬戦をしてほしくて…」

「模擬戦?あ、だから人気のないここに来てからそれを……私が教わるだけの価値のある相手か見極めたい、的な…?」

「そ、そんな失礼な事じゃなくて…きちんと知っておいてほしいんです、今のアタシの実力を。…それに……」

「それに?」

「…ちょっと、お姉ちゃん達守護女神と同格のイリゼさんと、戦ってみたくて…」

「あぁ…ユニらしい理由だね」

 

真面目さと内に秘める好戦性。その両方が理由だと分かったところで、私は笑みを零す。…ほんと、ユニはノワールと似てるというか何というか…割と正反対なネプテューヌネプギア姉妹とは真逆だよね。

当然そのお願いに首肯する私。けど、折角だから……

 

「…少し、試しながらの模擬戦でもいいかな?」

「試す…ですか?」

「うん。私も今の強さに甘んじる訳にはいかないからね」

「そういう事でしたら…分かりました。模擬戦、宜しくお願いします」

 

話が決まった私達は、ネプギア達に戦闘の余波が及ばない様更に移動。十分な距離を取ったところで私とユニも距離を開け、先日の決闘の時の様に向かい合う。…まぁ、ユニはともかく私は先日と位置が違うんだけどね。

 

「さ、それじゃあ始めよっか」

「…模擬戦とはいえ、本気でいきます」

「勿論。それは私もだよ」

 

私とユニは、同時に女神化。ユニはいつでも撃てる様にX.M.B.を構え、私は──右手に短槍を、左手に手斧を…シェアエナジーで精製した武器を携える。

 

「え……?」

「言ったでしょ?試したい事があるって」

「そう、でしたね…いつでもどうぞ」

「あら、先手を譲ってくれるの?なら、お言葉に……甘えさせてもらうよッ!」

 

ちょっとおどけた様子のまま私は脚に力を込め…次の瞬間、地を蹴って一気にユニの眼前まで突進。その勢いのまま短槍を突き出し刺突をかける。

それに寸前で反応したユニは横へ跳躍。同時に翼を広げて鋭いターンをかけ、私の後ろに回りつつ射撃をかけてくる。

 

「っと…!」

 

突進刺突で引き気味になっていた左手を振るい、身体を反転させながら手斧で最初の一発を撃破。更に短槍を捻りながら手放す事で回転させ、次弾以降も弾き飛ばす。

 

「凄い芸当ですね…!」

「ブランなら斧だけで、ベールなら槍だけで全部迎撃したと思うけどね」

 

後方上空へと飛び退きながら射撃を続けるユニ。私は槍をキャッチした後それを追いかける。

距離を取りながら射撃をかけるユニと、ユニを追う私。それは決闘の時とほぼ同じ構図だけど…同じ流れには、ならない。

 

「逃がさないよ、ユニ!」

「……っ…!」

 

スピードが落ちないよう回避は最小限に、軽い攻撃(弾頭)は弾く事で私は段々と距離を詰めていく。私とネプギアでは、基礎スペックも技量も経験も違う。その違いが、その差が流れに影響を及ぼしていた。

 

「なら…これならッ!」

 

ある程度距離を詰めたところで一瞬止まるユニの射撃。恐らくは使用弾頭交換の隙で、その一瞬で近接格闘を仕掛けられる程の距離ではまだなかったけど…それでも私は真っ直ぐに接近。その結果私の眼前に放たれたのは、拡散ビームだった。

…が、それ位は想定済み。私は足元に盾を精製し、蹴りの要領で盾の持ち手に足を引っ掛けビームの接近に合わせて盾をぶつける。

拡散ビームの数条が盾に当たって更に拡散する中、私は脚を振り抜き上下逆転。そこから手斧を手首だけでユニへと投擲した。

 

「くっ……!」

「まだ終わりじゃないよ…!」

 

盾を霧散させ、全速力で私は接近。手斧を避けたユニは短槍の一撃も更に避けるけど…その瞬間、私の左手から伸びた物にX.M.B.が絡みつく。それは……私が放った鞭。

 

「捕まえたッ!」

「……ッ!まだ、まだぁ!」

 

鞭を引っ張りつつ更に攻撃をかけようとした私だったけど…そこでX.M.B.が大きく揺れて攻撃がブレる。予め変えておいたのか、一瞬で判断したのか分からないけど、ユニは反動の大きい弾丸に切り替え、それを反動軽減の工夫無しに放つ事で状況打破を試みていたのだった。

無理に鞭からX.M.B.を引き抜こうとしたり、素手での打撃で対応しようとしなかった事に、私は内心驚く。ネプギアとの決闘で近距離に持ち込まれたら近接格闘を仕掛けてくるタイプかと思っていたけど…それは私の思い違いだった。けど……X.M.B.を手放さなかった時点で、私の術中に嵌っている。

 

「ユニ、早速一つ教えてあげられる事が出来たよ…!」

「急に、何を……!」

「それはね……意外なものでも武器になるって事だよッ!」

 

空中で取っ組み合いを繰り広げる中、笑みを浮かべる私。それと同時に短槍を手放し、それまでよりも若干の時間をかけて、薄い三角形のものを作り出す。

笑みと言葉、そしてユニからすれば新武器に見える物を目にして表情を険しくしたユニ。そんなユニの前で、私はその三角形の物体を振り抜く。

三角形の物体は、おおよそ十数㎝。対して私とユニの距離は2m弱。その状態で振り抜いても、当たる訳が無い。だから当然その物体は空を切って────パァン、という乾いた音が代わりになった。

 

「……へっ?…か、紙鉄砲…?」

「そう、紙鉄砲。武器だと思った?」

「そ、そりゃ思いましたよ…紙鉄砲なんて、それこそ音だけの…」

「でも、意表は突ける。…さて問題です、私の左手は今何をしてるでしょう?」

「左手?左手は鞭を……あ…」

 

私の質問を受け、私の左手へと目をやったユニは、そこで気付く。私が紙鉄砲を鳴らした次の瞬間には鞭を手放し、切っ先をユニの脇腹に向けたいつもの長剣を携えている事に。

 

「…アタシは紙鉄砲に注意を引きつけられて、本命を見逃していた…って訳ですね」

「そういう事。ま、ある種の心理戦だね。武器にならないものだから失敗したら危険だけど…成功すれば今のユニみたいに気を張り詰めてる相手でも油断を誘う事が出来るから覚えておくといいよ」

「ご教授ありがとうございます。…やっぱり、強いですね」

「ユニだって中々強いと思うよ?…って言っても皮肉っぽくなっちゃうか…」

 

二人で下降しながら私は頬をかく。ユニはそんな事ないですよ、と言ってくれるけど…そういう事を気にしてしまうのが私というもの。…でも、候補生達を指導するんだったら褒め方ももっと勉強しないとなぁ……プラネテューヌ出発前に買った本、改めて読み込まないと…。

 

「…ところでイリゼさん、イリゼさんが試したかったのって…今みたいな武器の複数使用ですか?」

「そう、これまでもナイフ投げたり片手剣作ったりはしたけど…それはあくまで遠距離攻撃したかったり武器がなくなったりした場合の手段だったからね。でも、今回は違う」

「…今後はメイン武装として使うと?」

「うーん…それはまだ未定かな。やっぱ一番馴染むのはバスタードソードだし、某正義の味方さんの台詞じゃないけど…中途半端な多芸より一芸特化の方が強いからね。なんたって私達は女神だし」

 

量が質を上回るのは戦いの基本だけど…それはあくまで質の差が常識的範囲の場合のみ。差が非常識なレベルになればそれこそ漫画みたいな一騎当千が起こりうるし、実際女神の戦いはそういうレベルもしょっちゅうある。…まぁ早い話が、ただ色んな武器を使うだけならこれまで通りバスタードソード一本で戦う方が強いよねって事です。

 

「…さて、もう一戦する?したいなら構わないよ?」

「いえ、これだけで十分です。…休憩中ずっと動いた挙句道中でバテる、ってなったら恥ずかしいですから…」

「そっか。……そういえば、道中調子乗り過ぎてバテた女神なら前にいたなぁ…」

 

ふふっ、と思い出し笑いをしながら私は女神化を解除し、ユニと共に皆の元へ戻る。…ふむ、この戦闘でユニの長所短所は多少見えてきたけど、これからどう指導してくのがいいのかな……。

 

 

 

 

「ギアちゃん、風が気持ちいいですねぇ」

「そうですねぇ…」

 

ユニちゃんとイリゼさんはどこかへ、REDさんは川へ、アイエフさんは保護者的感覚でREDさんへ着いていった結果、この場に残るのはわたしとコンパさんだけになった。

 

「…ギアちゃんはどっちにも着いていかなくて良かったんですか?」

「はい。ユニちゃんの方は個人的な話みたいでしたし、水着も持ってきてませんから」

 

コンパさんの淹れてくれたお茶でほっこりしながら雑談するわたし達。靴とニーハイ脱げば川には入れるけど…REDさんと一緒となると、わたしびっしょびしょにされる可能性高いよね…。

という事で天気の話をしたり、これから向かう国の道中で気をつけるべき事を聞く事十数分。流石に話のネタが尽きてきたなぁ…と思い出し始めたところでアイエフさんとREDさんが帰ってきた。

 

「あ、お二人共お帰りなさい」

「ただいま〜。どうかなネプギア、アタシ今水も滴る良いREDになってる?」

「え?えーっと…そう、かな…?」

「惚れた?惚れた?」

「そ、それは……」

「ネプギア、それに真面目に返す必要はないわよ」

「ふふっ、ほんとにREDちゃんは不思議な子ですねぇ」

 

開口一番口説く感じの事を言ってくるREDさんにわたしもタジタジ。…っていうかREDさん、タオル持っていかなかったんだ……。

 

「…あ、ところで誰か絆創膏持ってる?」

「絆創膏ですか?それならわたしが持ってるです」

「流石ナースさん!じゃあ、一枚くれないかな?実はさっきちょっと足に切り傷出来ちゃって…」

「それならわたしが貼ってあげるです。そこに座って下さいです」

「はーい」

 

ぺたーん、とREDさんがレジャーシートに座り込むと、コンパさんは切り傷の様子を見た後ポーチから絆創膏を出して貼ってあげた。…消毒液とか使ってなかったけど…傷の様子は見ていたし、必要ないって事なのかな?

 

「そういえばさ、今回はあの魔法使わないの?」

「前に軍人さんにやったあれですか?あれは、人数が多いか時間がない時の緊急技です」

「回復魔法は時間経過で効果がなくなっていくものね。…まぁ今回の切り傷なら、そもそも回復魔法どころか絆創膏も必要不可欠じゃなさそうだけど」

「むー、じゃあアイエフはこの切り傷放っておいた事が原因でアタシ倒れたら看病してくれる?」

「あーはいはい、もしそうなったら看病してあげるわよ」

「言ったね?約束だよ?」

「…アンタ、コンパが絆創膏貼ってくれたんだから隠れて傷口悪化させる様な事はするんじゃないわよ?」

「そんな事はアタシもしないよ…」

 

二人がちょっと漫才みたいなやり取りをして、それをコンパさんが苦笑いしながら眺めてる中、わたしは改めてコンパさんの存在について考える。

今ではナースの域を超えるヒーラー担当のコンパさんだけど、前はへっぽこさんだったらしい。でもその時から既に天界から落っこちたお姉ちゃんを看病したり、パーティーとして活動する中での手当てを一手に引き受けていたコンパさんは、この新しいパーティーでもその力を発揮している。……わたしは女神候補生で、戦いにおける女神の役目は最大戦力兼指揮官、って言うのが普通だけど…それだけしかしちゃいけない、って事はないよね、うん。

 

「…あの、コンパさん。一つ、お願いしてもいいですか?」

 

 

 

 

私とユニが戻ってから数分後、私達は休憩を終えて出発した。結局ユニはあまり休めてないと思うけど…大変そうならそこでまた休憩を入れればいいだけの話だしね。それか最悪私がおんぶしてもいいし。

 

「ね、ユニちゃん。ユニちゃんってこれまでこういう旅した事ある?」

「それは…まぁ、ないわね。お姉ちゃんと一緒に他国行く事はそこそこあったけど」

「そっか…じゃあやっぱり、プラネテューヌからラステイションの道のり分長く旅してるわたしの方が旅の先輩になるね」

「旅の先輩って…そんなちょっとの差で先輩後輩なんてある訳ないでしょ」

「じゃあ、その話で行くとアタシは大先輩になる?」

「そう、ですね。えっと、嫁探し…の旅でしたっけ?」

「その通り!アタシの旅は嫁探しの旅であり、夢を追う旅なのだ!」

「な、なんかよく分からないけど格好いい…」

 

ネプギアユニREDの三人が楽しげに談笑する様子を、私は後ろから眺めている。旅の経験、というと私とコンパがほぼ同じ経験量だから…この中ではアイエフが一番の先輩になるのかな?REDがいつから旅をしてるのか分からないから、アイエフとREDの差については謎だけど……

 

「…イリゼ、ちょっと」

 

ぼんやり眺めながらそんな事を考えていると、後ろからアイエフに呼ばれた。…なんだろう、まさかアイエフも模擬戦したいとか?

 

「な訳ないでしょ。少し気になる事があるから呼んだのよ」

「自然な流れで地の文読んできたね…他の皆は呼ばないの?」

「えぇ、用があるのは貴女とコンパだけよ」

 

そういう事なら…と少し歩行速度を落とし、私達は談笑している三人から数m程距離を取る。

 

「…二人共、私達がプラネテューヌを出て以降、どこで何度犯罪組織と会ったか覚えてる?」

「出て以降、となると…犯罪組織だって確定してるのはラステイションに来た最初の日に一度、宝玉を手に入れにバーチャフォレストに行った時に一度だね」

「ユニちゃんと初めて一緒に行動した時のクエストと、襲撃者さん達ももしかしたら犯罪組織が関係してるかもしれないです」

「そうね。他にも一応それっぽいのは見かけたけど…少なくとも、犯罪組織の裏側が関わってそうなのはその四件よ」

 

信仰宗教という表の顔と、犯罪神復活を目論むという裏の顔を持つ犯罪組織。あんまり宜しい事ではないけど…表の顔の部分の活動は、特筆する必要が無い程度にそこそこ見かけるから、今回は触れないらしい。…そういえば、ワレチューとかいうあのネズミは結局何だったんだろう…奴も犯罪組織の一員なのかな?やってた事はトムジェリの冒頭かラストにありそうな単なる猫(テコンキャット)煽りだけど。

 

「四件…それ自体不味い事だけど、それよりも…私達の行く先々、目的の先々で犯罪組織の影が見受けられるなんて不自然だと思わない?」

「それは……ラステイションの教会が、裏で犯罪組織と繋がってるって言いたいの?」

「まさか。クエストと宝玉の件はともかく、他二つは偶然の要素が強いから教会が情報流してるとは思えないわ」

「でも、確かに全部偶然で片付けるのは無理があると思うです」

「でしょ?だから私は、私達の活動そのものが犯罪組織に筒抜けになっているか、犯罪組織の活動がここに来て活発になっているかのどちらかだと考えているわ」

「それは……」

 

推理中の探偵や刑事宜しく顎に手を置きつつ、私は内心嫌な汗をかく。

もし前者ならば、それは非常に困る。筒抜けだとしたら今後も犯罪組織の攻撃や妨害があるだろうし、常に罠の危険を感じなきゃいけない。そして、もしその筒抜けというのがこちらから情報を奪われてるのではなく、誰かが流しているのだとしたら……それは、考えたくないよね。

で、もし後者ならば…それはシンプルに困る。敵組織の動きが活発になる事が問題だなんて言うまでもない。しかもその理由が犯罪組織の中で何かの段階が移行したから、とかなら更に困る。……要は、どっちにしろ困るって訳だね。

 

「…取り敢えず、次の国ではその事を念頭において活動しようか」

「そうね。この二択…とは限らないし、結論はまだ出さないでおきましょ」

「……こういうところは、前の旅より大変ですね」

「そうだね…アヴニールやルウィー教会みたいに組織が敵になった事もあったけど、敵の本丸は組織じゃなくて個人だったし」

 

実質単独で世界を大立ち回りをしたマジェコンヌさんも相当なものだけど、やっぱり個人と組織じゃ危険度が違う。…まぁ、逆に個人故の強み、組織故の弱みってのもある訳だけど。

 

「…とにかく、私達は気を抜かないでおくわよ。REDはまだ入ったばかりだし、女神とはいえ候補生二人はまだまだ子供なんだから」

「はいです。こういう事はわたし達が頑張らなきゃ、ですね」

「だね。二人共、私の手の回らないところは頼むよ」

「えぇ、イリゼもね」

 

そうして話を終えた私達は前の三人に合流。そのまま道を進んで次の国を目指す。その内ネプギア達にも話すだろうし、場合によっては気の重い話になるかもしれないけど……出来るならば、その時は不安を掻き立てない話に出来るといいなと思う私だった。




今回のパロディ解説

・某正義の味方さん
Fateシリーズの主人公の一人(というか無印主人公)、衛宮士郎の事。やろうと思えばイリゼはなんちゃってUBWが出来ます。精製出来るのは全部普通の武器ですが。

・トムジェリ
トムとジェリーの略称。この作品は割とジェリーがトム(猫)を煽るシーンがありますね。…しかしどうも私はワレチューというとトムジェリを思い出してしまいます、何故か。


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第二十二話 偶然意外、想定外

監査の旅の時も感じたけど、国境管理局の局員さんはかなりここを詰まらない職場だと思っているらしい。確かに陸路で他国へ行く人は少ないから暇な時間は長くなるだろうし、近くには自然しかないから外も変わり映えないし、おまけに地理の関係で泊まり込みに成らざるを得ないんだから、そう思うのも仕方のない話。幾ら給料が良くても、これじゃ不満持つよね。

とはいえ……

 

「女神様を一度に三人も見られるとは…」

「お仕事ですか?ご旅行ですか?いずれにせよご苦労様です」

「国を越えれば気候も変わるもの、寒暖差に対応する為の準備は大丈夫ですか?」

 

──こうも局員さんに次々と話しかけられたら、苦笑いを禁じ得ないよね…。

 

「ええと…手続きの方は……」

「勿論しておりますとも。雑談するだけならともかく、話に夢中で仕事を疎かにすれば査定に響きますからね」

(雑談はいいんだ…まぁ、こういう職場の場合私語禁止にしたらむしろ仕事効率落ちる結果になるんだろうけど…)

 

流石に面と向かって話しかけてきた人を無視する様な感じ悪い事はしないけど…こうも意欲的に話されると、それはそれで困ってしまう。だから私は相槌中心で局員さんの話を聞いていると……

 

「…そう言えば、女神様達はこの世界のどこかにあらゆる悪を滅ぼす呪われた剣がある、って話聞いた事あります?」

 

なんて、ちょっと興味を引く話題を持ちかけられた。なんだかアイエフの琴線に触れそうな話だなぁ…と思って彼女の方を見たら……案の定『へぇ、中々面白そうな話じゃない』みたいな顔をしていた。後、逆にユニは胡散臭そうな顔をしていた。

 

「ないですけど…えっと、悪を滅ぼすのに、呪われているんですか?」

「そうらしいです」

「それって、どんな呪いなんでしょう…」

「さぁ、そこまでは…僕も風の噂で聞いただけなので…」

 

それじゃほんとにただの噂話だな、と同僚に突っ込まれた局員さんは肩を竦める。呪いの剣、呪われてる剣かぁ……

 

「…装備すると外せなくなるとか?」

「アタシは妖怪との間じゃ子供を残せなくなる呪いを推すかな」

「いや、もしかすると常に瀕死になるとか周りに自分の事を忘れられ続ける呪いかもしれないわ」

「ど、どれも嫌ですね…かなり局地的なものをありますけど…」

 

女神パーティーの血が騒いだのか、私REDアイエフと三人立て続けにボケてしまった。…これが局員さん達にウケたのはまあ、描写する程の事でもないから地の文報告だけにしておくけど。

 

「…でも、もし本当にそんな剣があったら……」

「ただの噂だって言ってるでしょ、絶対あり得ないとは言わないけど…信じるだけ時間の無駄よ。というか、皆さんもある前提で話してどうするんですか…」

「そ、そうね…」

 

…と、話が込み入り始めたところでユニがクールに流れを制した。こういう時、こうして冷や水を浴びせる様な発言はともすれば『空気が読めない』と非難される事もあるし、実際私達は冗談半分だったけど…ネプギアは確かに本気で考えてしまっている様にも見える。仮にも国のトップである女神が信憑性の薄い噂に惑わされるというのは宜しくないし、それを考えての言葉なら…ユニの判断は、賢明だったと思う。

 

「…ま、何れにせよ私達には関係なさそうな話だね。どちらかと言えば、私達は解呪する側だし」

「女神様、ですもんね。手続きも終わったみたいですし、もう行くですか?」

「そうしよっか」

 

局員さん達に挨拶をして、私達は管理局を後にする。…しかし、呪われた剣ね…毒をもって毒を制すとも言うし、もし実在してたら誰かしら使うのかなぁ……。

 

 

 

 

「ルウィーの街にとうちゃーく!アッタシがいっちばーん!」

 

管理局を出て、段々と草原から雪原へと変化していった道を進み続け、私達はルウィーに到着した。うーん、この寒さが懐かしい…。

 

「うぅ、やっぱり寒さが身にしみる…あ、ユニちゃんの長手袋温かそう…」

「そんな目したって貸さないわよ?というかアンタ長袖なんだからそれでいいでしょ」

「まずはどこ行くの?かまくら?」

「かまくら入ってどうするのよ…教会よ教会。ネプギア達もはぐれない様にね」

 

REDはいつも通りのテンションとして…ネプギアとユニも、ルウィーの街をじっくりと回った事はないのかちょっと気になっている様子。アイエフの言う通り、まずは教会に行って教会と候補生の協力を得る事が最優先だけど…ラステイションの時みたいに、取り敢えず挨拶が終わったら自由行動にするのもいいかもね。

 

「…そういえば、ルウィーはうちやプラネテューヌとは逆の、魔法国家でしたよね?」

「そうだね。リーンボックスも多少魔法技術はあるけど…現状魔法に関してはルウィー一強って位の魔法国家だよ」

「ですよね……なら、弾薬や火薬って売ってます?無いならアタシ、かなり節約して戦わないといけなくなるんですけど…」

「え……じゃあ、まさかジャンク屋とかもないんですか…!?」

「いやいや無いとは言ってないじゃん…他国には劣るってだけで、ルウィーにも科学技術やそれを売りにするお店はあるよ。…一時期はマジェコンヌさんの手によって、アヴニール社製兵器による軍事国家化しつつあった時期もあったし、さ」

 

教会へと歩みを進めながら、私は候補生二人の質問に答える。昔…というか前の旅の前半では知らない事ばかりだった私も、あの旅とそれ以降の活動(特に特務監査官としての仕事)でかなり見識が広がった。…ふふっ、前は教えられる側だった私も今では教える側、か…。

そんな感じで歩く事十数分。質問も無くなり、各々「寒いなぁ」とか「ラステイションの後だと、雰囲気の差が凄い…」とか呟きながら歩いていたところ、REDが突然声を上げる。

 

「ねーねー、向こうの方がなんか騒がしいよ?行ってみようよー」

「だからまずは教会だって言ってるでしょ……ん?…ちょっと、国到着の日に人だかりを発見って最近あった様な気がするんだけど…」

「最近あったというか、当事者が三人程いるですね…」

『あー……』

 

コンパとアイエフに注目されて、当事者三人こと私ネプギアユニは頬をかく。厳密には私達とネプギアは人だかりの発見、ユニはその後の事態での登場とやってた事は違うけど…まぁ、似た様な出来事という事には変わりない。

 

「……覗いて、みる…?」

 

数秒の逡巡の末、私の言葉に皆は頷いた。前に似た様な事があったからって今回も犯罪組織絡みとは限らないし、何なら違う可能性の方が高いと思う。とはいえ、これまで信じられない様な事態を何度も経験してきた私達にとっては、これを数分惜しむ為に無視するのが正しいとも思えない。そして、その二つを天秤にかけた結果が…後者だった。

 

「全員固まって奥までは行けそうにないし、犯罪組織と関係なかったらここに戻ってくるって事にしましょ」

「わたし、人混みって苦手ですぅ…」

「…イリゼさん、今回は変な所掴まない様気を付けますからご安心下さい」

「へ?変な所って……あ、当たり前だよ!次やったら今後変態候補生って呼ぶからね!?」

「……ネプギア、アンタイリゼさんに何したのよ…」

 

ネプギアのせいで若干変な話になるも、そこ掘り下げたってしょうがない(というか掘り下げられてたまるか…)から私達は人だかりに突入。さぁ、侵攻頑張るぞ…!

……と思っていたけど、見た目程人だかりの密度は高くなくて、案外すんなりと私達は中心付近まで入る事が出来た。……パンチラシーン?無いよ?ルウィーでパンチラなんて私風邪引いちゃうでしょ?ルウィーじゃなくてもパンチラなんて御免だけど。

 

「よいしょっと…ふぅ、出られたぁ…」

「うー…背の低いアタシにとっては辛い道だったよ…」

「えっと…やっているのは露天販売、です…?」

 

人だかりの中心には何かを売っているらしい数人と、それに興味を示す子供達がいた。販売側はにこやかな様子で接客&商品紹介しており、そこまでは特に問題無かったけど……売っている商品は、見逃す事の出来ない代物だった。

 

「…皆さん、あれって…マジェコン、ですよね?」

「その様ね。また厄介なツールを…となると、あいつ等は犯罪組織で確定ね」

「でも、どうして販売を…犯罪組織勧誘の為の物品ですよね?わたしなら、無料配布するのに…」

「恐らく資金調達も兼ねてるんだと思う。犯罪組織に加入すれば本来高いこの商品を格安のお値段で…とか言えば、資金調達しつつ信者も増やせるからね」

 

──マジェコン。ゲームを始めとする既存のデジタルデバイスのデータを解析・コピーする事で新たなソフトの購入、更新等を一切必要としない犯罪組織製の非合法端末で、教会やマジェコンが通用する市場の頭を悩ませている存在の一つ。

言うまでもなく解析・コピーは違法であり、それを所持してる人も売ってる人も法に引っかかる訳だけど…マジェコンは現状取り締まれないでいる。というのもマジェコンの構造が問題で、結論から言ってしまうと……押収したマジェコンには、そんな機能なんて存在していなかった。厳密に言うと、マジェコンを分析した限りではそんな機能を発見出来なかった。マジェコンが違法ツールである事が明白で、現に解析・コピーはされているものの…それを立証出来なければ、司法は取り締まる事が出来ない。ならば法改正を…といきたいところだけど、立証無しに糾弾出来る法なんてでっち上げが横行してしまう以上法改正も出来ない。そうした背景があるせいで、教会側はマジェコンに関して犯罪組織の悪行を止められずにいる。

ただ、幸いにも便利過ぎ且つ機能の不可思議さが仇となり、それなりに知識のある人には『凄いけど何か危険な気がする…』と判断された事によりマジェコンは現状一定の普及率を超えていない。…超えていないものの……科学技術より魔法技術が優先されているルウィーでは、危険だと判断する人が少ないせいか、他国より普及率が高いと言われている。…そして、目の前の光景を見る限り、それは正しいらしい。

 

「…さて、どうする?これは無視出来ない案件よ」

「ぶっ飛ばすのはどうかな?」

「REDさん、それはわたし達が悪者になっちゃいますから…」

「マジェコン自体は取り締まれないし、今回はマッチポンプ狙いという訳でも無さそう…ちょっと難しいかも…」

「…あの、今思ったんですが…あの人達がしてる事って、路上販売ですよね…?」

 

ふと何かに気付いた様な声を上げるユニ。そんなの考えるまでもなく路上販売で、一見だから何だって話だけど……そこで私も、気付く。…確かに、これはいけるかもしれない…。

 

「……ユニ、頼めるかな?」

「え…アタシですか?」

「法を振りかざす以上、権力者の方が効くからね。で、こういう事に関してはネプギアよりユニの方がきちんと言えるでしょ?」

「…確かにネプギアよりアタシ向きな気はしますね…分かりました」

「えと…よく分からないけど、ユニちゃん頑張って」

 

こくり、と頷いたユニは私達の期待を受けて販売員の方へと向かう。具体的な打ち合わせはしてないけど…女神として国を切り盛りしていたユニなら、これ位の状況で物怖じしたりはしない筈!

数秒後、販売員さんもユニに気付いた様子で数人が視線をユニへと向ける。対して販売員の前まできたユニはにこりと笑みを浮かべ、話し始めた。

 

「こんにちは、お寒い中ご苦労様です」

「いえいえ、我々は皆さんによりよい物を手にし、よりよい生活をしてほしいだけなのですよ」

「わぁ、凄い立派ですね。これが商品なんですか?」

「えぇ、このマジェコンは容量を増やした最新モデルなんです。お嬢さんもいかがですか?」

「そうですねぇ…あ、その前に一つ質問いいですか?」

「勿論。なんでしょう?」

「じゃあ……道路使用許可と路上販売許可、この二つをきちんと取った上で商売してます?」

 

にこやかな笑みを浮かべたまま、ユニの放った一言。その一言により、その場の空気は凍りついた。それを感じて私は…そして恐らくユニも、心の中でほくそ笑む。

確かにマジェコン規制も犯罪組織規制も私達教会側は出来ない。けど、あの人達が他の形で何か法に反しているのなら、それを理由に解散させるなり捕まえるなりで活動を止める事は可能。演説の時は販売ではなく場所も路上と言えるか微妙だったけど…今回は、その擬似別件逮捕的手段を取る事が出来るのだった。

 

「あー…ええと…よ、よく知ってますねお嬢さん」

「当たり前ですよ。法も碌に知らないで国を運営するなんてアタシには出来ませんから」

「国を運営…ってお嬢さん、いや貴女はまさか…」

「お、おい…許可の件も含めて一回リーダーに確認取った方がいいんじゃないか…?」

 

凍りついた空気が解けると同時にざわめき出す販売員達。あの様子を見る限り、悪事に慣れてないみたいだけど…そこは関係ない。後はこの時点で買っちゃった人だけど……

 

「んー?どうしたお前等、何か問題があるンならアタイが……あ」

『あ……』

 

…なんて思っていたところに現れた、販売員達のリーダー格は……まさかの下っ端だった(面識のないREDは「うーん…嫁候補にしようかな、しない方がいいかな…」とか言ってたけど)。

 

「あら、久し振りね下っ端」

「な、なんでお前等が…」

「さぁね。それより、まさか許可も取らずに路上販売してる訳じゃないわよね?」

「うぐっ……よ、よーし待ってな。許可取ったって証拠をすぐ出してやろうじゃねェか…」

「えぇ、待ってあげるからさっさと出しなさい」

「────と見せかけてマジェコン在庫一斉処分アターックッ!」

「なぁっ!?へ、変な技使うんじゃないわよ!」

「そしてこいつも喰らえ!お前等、着いて来な!」

 

言葉の裏に圧力を秘めたユニに問い詰められた下っ端は、驚く事に箱に詰められていたマジェコンをユニへと投げつけた。所詮は端末でまとめて投げたものだから、ユニはせいぜい一瞬ビビった程度だけど…そこから更に煙玉を使った事により、私達は視界を奪われてしまった。し、下っ端の名前に合わない賢しい手段を……!

 

「わぁぁ!?なんだなんだ!?何が起きた!」

「これって煙幕!?凄ぇ!」

「くっ…でもこの位、女神化して思いっきり武器を振るえば…!」

「駄目よネプギア!視界の悪い中でそんな事したら一般人が怪我しかねないわ!」

「だったら…!」

 

とんっ、と石畳を蹴る様な音がしたと思った次の瞬間、上から風が吹き込んで煙幕が一気に晴れていく。そしてその中で、いつの間にかいなくなっていたネプギアが、上から女神化解除時の光を纏いながら降りてきた。

 

「…これでよし、っと」

「跳んで上から風を起こした…って事か、考えたねネプギア」

「いえ、それよりも犯罪組織は…!」

「あ、もう結構遠くまで逃げてるよ!」

「相変わらず逃げ足が速い…!追うわよ!」

「イリゼさん、女神化して追いますか!?」

「いや、走って追うよ!ここで他国の女神が現れたら騒ぎの収拾がつかなくなりかねない!」

 

必要ならここから狙撃する、と言いそうなユニを制し、私は教会に事態を連絡しつつ駆け出す。全く、二国連続でこれなんて悪い偶然だよ…!

 

 

 

 

下っ端とマジェコン販売をしていた人達が逃げ込んだのは、時期の関係で人気の無い国際展示場だった。人気ないし広いし隠れられそうな場所も多いから、身を隠すには良さそうな所ではあるけど…。

 

「み、見失っちゃったです…」

「でもまだここの中にいると思うよ。そういえば…イリゼはさっき何の電話してたの?」

「教会に事態の報告と応援要請をだよ。多分もう少しすればここにも警察組織が来てくれると思うけど……っと、教会からだ…」

 

展示場の入り口で立ち止まったわたし達。さて、どうやってこれから探そうか…という雰囲気になったところで、イリゼさんが教会かららしい電話を受けた。

 

「はい、はい……え?それはありがた…い、のかな…?」

『……?』

「…分かりました、まずは一度合流しようと思います」

「…イリゼちゃん、合流…って教会から誰か来るですか?」

「あ、うん。ロムちゃんラムちゃんが来るらしい…んだけど…」

 

電話を下ろしたイリゼさんは困り顔。それにわたし達は困惑する。ロムちゃんラムちゃん、って候補生の二人だよね…こんなに強い応援はないのに、どうしてだろう…?

…と思っていたのはわたしだけじゃないみたいで、イリゼさんはこくりと頷いた。

 

「えっとね、来るには来るんだけど…ミナさん曰く、話をよく聞かずに飛び出しちゃったんだって」

「あー…つまりは状況も目的もきちんと分かってない可能性があるって事?」

「そういう事。万が一の事もあるし、取り敢えずは二人の到着を待った方が良いと思うんだけど…いいかな?」

「アタシは良いと思うよ。…って、もしかして…あれじゃない?」

 

何かを見つけた様子のREDさん。そのREDさんが指差す先に目を凝らすと…二つの人の様な物体が、こちらに向かって飛んできていた。って、あれ……?

 

「…は、早過ぎません?」

「飛び出したのは私が最初に連絡した時点だからね。だから方向だけを頼りに来たんだろうけど…あ、こっちに気付いたみたい」

「…ロムにラム、か…ネプギア、アンタ二人と仲良かったっけ?」

「ううん、全然」

「やっぱりか…同じ候補生とはいえアタシ達の方が精神的には年上でしょうし、色々気遣ってあげないとね」

「そうだね。二人にも旅に協力してほしいし、まずは仲良くならないと──」

 

 

 

 

 

 

「てんちゅーーーーーーッ!!」

『え、ちょっ…きゃあぁぁぁぁああああっ!!』

 

スピードを一切落とさずにこちらへ来る二人。まずは第一印象だよね、と思って手を振ろうとしたら……吹っ飛ばされた。というか、ハイスピード女神タックルだった。

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッ!?』

「ふっふーん!決まったわねロムちゃん!」

「うん、てんちゅー成功…!」

「う、うぅぅ……」

「な…何すんのよアンタ達はッ!」

 

展示場の一角に出来ていた雪の小山に激突するわたし。ぶつかった場所を押さえながら身体を起こしたら…隣でユニちゃんがブチ切れてた。あ、ユニちゃんもタックルされてたんだ…。

 

「てんちゅーよ!」

「何をしたかは聞いてないわよ!後女神が天誅されてたまるかっての!」

「女神?…ってあれ?どこかで見たことあるよーな…」

「お、落ち着いてユニちゃん…えっとね、わたし達は…」

 

トンデモ展開にぽかーんとしてるイリゼさん達を差し置いて、話が進む。ユニちゃんの気持ちも分かるけど、相手はわたし達よりちっちゃい子なんだから、まずは優しく、だよね。自己紹介自己紹介……

 

「あーっ!そうよ!あんた達はネプチューンとプレイステーションの女神!」

『まさかの元ネタの方!?それだとリアルゲイムギョウ界の女神になっちゃう(わ)よ!?』

「…違った?」

「えと…ラムちゃん、多分プラネテューヌとラステイション、だよ…?」

「あ、そっか。さっすがロムちゃん!……さて」

 

 

 

 

 

 

 

 

「女神のくせにマジェコン売るなんてさいてーね!ルウィーの女神であるわたしとロムちゃんでせーばいしてやるわ!覚悟しなさい!」

『…………え?』

 

……うん、自己紹介どころじゃないね。自己紹介というか自己弁明とかしなきゃいけない展開だよね。…と、とんでもない事になってきちゃった…。




今回のパロディ解説

・装備すると外せなくなる
ドラゴンクエストシリーズにおける、呪われた武器のデメリットの一つの事。外せなくなる呪い…瞬間強力接着剤の効果がある呪いとかでしょうか…。

・妖怪との間じゃ子供を残せなくなる呪い
ぬらりひょんの孫に登場する、ぬらりひょん及び奴良家の子孫にかけられた呪いの事。ゲイムギョウ界に妖怪がいないなら、実質ノーリスクという事になりますね。

・常に瀕死になる、周りに自分の事を忘れられ続ける
これはゾンビですか?にて悪魔男爵と主人公相川歩にかけられた呪いの事。例に挙げた中じゃ一番怖い呪いですね。…上の奴はゲイムギョウ界で意味あるか微妙ですし。

・ネプチューン
ネプテューヌの元ネタと言われている、幻のハードな事。SEGA社ハードは他社ハードと違い毎回全然違う名を出すので、プラネテューヌの元ネタもこれかは正直謎です。

・プレイステーション
ラステイション及びノワールとユニの元ネタであるハードシリーズの総称の事。ゲイムギョウ界の女神がゲーム業界の女神になる日が…あったら色々とカオスな気がします。


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第二十三話 困惑抱く対決

凄い速度で合流…というかリアル人間弾丸でネプギアとユニを吹っ飛ばしたロムちゃんとラムちゃん。そして……私達がぽかーんとしてる内に、何故か二人に宣戦布告されていた。……ミナさん…これはちょっと合流どころじゃないですよ…。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!二人共、勘違いしてない!?」

「かんちがい…?……プラネテューヌとラステイションじゃなかったの…?」

「そ、そっちじゃなくてマジェコンの事!マジェコンを売ってたのはわたし達じゃないの!」

「そう言ったってむだよ!こっちに向かったってミナちゃんから聞いたもの!」

「こっちに向かったのは下っ端…犯罪組織だよ!それをわたし達は追ってきただけで…」

「しょーこは?」

「え…証拠…?」

「出せないの?出せないならやっぱりあんた達が売ってたって事ね!」

「そ、そんな無茶苦茶な…」

 

ネプギアの言う通り、二人は無茶苦茶な事を言っている。けれど……

 

「代わりなさいネプギア。…証拠云々って言うなら、アンタ達だってアタシ達が売ってたって証拠はあるのよね?」

「追いかけた先にあんた達がいた!それがうごかぬしょーこよ!」

「…それ、偶々そこにいただけの一般人でも該当すると思うんだけど?」

「それは……ラムちゃん、その通りかも…」

「ろ、ロムちゃん!?だめよ悪い人の話なんてきいちゃ!アイツはだまそうとしてるの!」

「騙そうって…アンタアタシの話全部それで済ます気?」

「ふん!しんよーならない相手にはうたがう方が正解なのよ!」

「……なんかアタシ、本格的にイライラしてきた…」

 

──案の定、ユニは説得失敗していた。でも、それも無理のない話。だって二人は…少なくともラムちゃんは、話を聞く気がない様子だから。どんなに筋が通った話だって、それを聞く相手が対話のテーブルに立っていないなら通用する訳がない。……だとすれば、この状況を打開する方法は一つ。

そう決めた私は、女神化して両者の間に割って立つ。

 

「…ネプギア、ユニ、二人を一回退けるよ」

「え…い、イリゼさん!?二人と戦う気ですか?」

「戦う気だよ。相手もその気だしね」

「…正直、やるってんならやってやろうじゃないとは思ってましたけど…本気、ですか?」

 

私の登場にロムちゃんラムちゃんは杖を構え、ネプギアは驚きの声を、ユニは真意を問いただす様な声を上げる。

そりゃそうだ。今の私の言動は、普段の私には反するものだし、二人がすんなり飲み込めないのも当然の事。だから、私は「いいから戦うよ!」……なんて説明をすっ飛ばしたりはしない。

 

「…二人共さ、さっき私が警察組織が来る筈…って言ったの覚えてるよね?この状況でその人達が来たら、どうなると思う?」

「…この対立状態を見られますね……」

「そう。で、この場合…自国の女神と自国の女神に疑われている他国の女神、どっちが信じてもらえるかな」

「そういう事ですか…でも、それならアタシ達二人だけでも…!」

「この戦闘は『退ける』のが目的だよ?勝っても二人に大怪我させるんじゃ意味がない。…二人だけで、目立った怪我もさせずに完封出来る?」

「…分かりました。アンタもいいわねネプギア」

「う、うん…イリゼさん、別に二人と手を取り合う事を諦めた訳じゃないですよね?」

「勿論。実戦風雪合戦をした仲だもん、一度疑われた位で諦めたりはしないよ」

 

そう言って二人に笑みを見せる私。私は私の意図を汲んで黙っていてくれているコンパ達に目配せした後、ロムちゃんラムちゃんに長剣の切っ先を向ける。

 

「ふーん、よく分かんないけどわたし達に刃向かう気なのね。ならかえりうちにしてやるわ!」

「……ラムちゃん、ほんとに戦うの?ほんとに、それでいい?」

「…うん。これが、女神のお仕事だから」

「そっか…なら、わたしも戦う…!」

「じゃあ、おっきい方…イリゼなんとかはお願いね!」

「うん!後ラムちゃん、あの人はイリゼの後に名前は続かなかった、と思う…!」

 

トン、っと二人が地へ杖をつけた瞬間、その二本の杖の間から次々と氷の刃が私達の元へと走った。私が左に、ネプギアとユニが右に跳んで避けた瞬間、二人も分かれて私達へと向かってくる。……こうして、私達とロムちゃんラムちゃんとの戦闘は始まった。

 

 

 

 

──かに、思われた。

 

(……う、ん…?)

 

私に向かって氷の刃を次々と放ってくるロムちゃん。それを斬り払い、接近のタイミングを図ろうとしていたところで…私は気付いた。……あまりにも、接近のチャンスがあり過ぎる事に。

 

「えいえい、えい……っ!」

 

氷の刃は絶え間なく飛んでくる。けれど、まるで脅威は感じない。それこそ、接近しようと思えばいつでも接近出来る程に。

私とロムちゃんの間に実力差があるから?……それは違う。確かに実力に差はあるけど…それにしても攻撃がぬる過ぎる。

なら、ロムちゃんは罠を用意している?……それも恐らく違う。罠があるなら悟られない様もう少し攻撃する筈だし、そう考える相手の裏をかく作戦だとしたら…それはロムちゃんには不釣り合い過ぎる。ロムちゃん、というよりも…そこまでの事を今の候補生が出来るとは思えない。……だとすれば、あり得るのは……

 

「……私を倒す気ないでしょ、ロムちゃん」

「…………」

 

私が長剣を下ろすと、その瞬間ロムちゃんの攻撃が止んだ。溜めの必要な魔法を使う様子も、私の油断を誘う様子もない。…やっぱり……。

 

「…何か、思うところがあるの?」

「…うん」

「それは、戦いたくないって事?」

「…ううん、ちょっと違う…」

「なら、どうして?ラムちゃんにやらされてる…って訳じゃないよね?」

「…………」

 

黙ったまま、肯定も否定もしないロムちゃん。そのまま数秒、お互い何も行動を起こさない時間が過ぎて……

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

「え……それって……──ッ!?」

 

ロムちゃんは、本当に申し訳なさそうな声音で頭を下げた。そして、顔を上げた時には……既にロムちゃんは臨戦態勢の女神の目をしていた。

私がその場を飛び退いた瞬間、氷塊が私の一瞬前までいた場所を押し潰した。魔法の発動も速度も狙いも先程とは数段違う一撃に、私の額から一筋の冷や汗が垂れる。

 

「それが言いたかっただけ、だから…!」

「こっからは真剣勝負…って訳ね…!」

 

火球、電撃、そして氷塊。複数の系統の魔法を織り交ぜた魔法攻撃に私は後退を余儀無くされる。正直、ユニの射撃に比べると大味で力任せな攻撃だけど…それぞれの魔法の性質が違うせいで弾道(魔法道?)を読み辛く、意外と手こずってしまう。…こうして振り返ると、ユニの射撃は良くも悪くも実直過ぎて『ブレる事』がないから逆に回避し易かったのかも……っと、余計な事考える場合じゃない…!

 

「当たらない…でも……!」

 

私に反撃のチャンスを与えたくないと言わんばかりに放たれ続ける魔法。それを斬り払い、避ける中で私は再度接近するチャンスを伺っていたけど…ロムちゃんの若干焦燥を孕んだ声を聞いて、私はふと思い付く。

大きくバク宙を打って更に距離を開ける私。そんな私を追うように放たれた魔法を……私は空中に精製した短剣を射出して撃ち落とす。

 

「……っ…!」

「…折角だから…撃ち合いといこうか、ロムちゃん」

 

私の放つ武器とロムちゃんの放つ魔法が、私達の間の空間でぶつかり合い、逸れ、砕け、拡散し、消滅する。……けれど、これは互いの攻撃が激突している訳じゃない。ロムちゃんが魔法を撃って、それを捕捉した私が武器を撃ち込んで迎撃している。ロムちゃんが私へと攻撃してるのに対し、私はあくまで攻撃を挫いているだけ。これでは戦況が硬直するだけ、私の集中力とシェアが損なわれていくだけだけど……それでいい。

 

「流石女神候補生。遠距離戦じゃキツいね…」

 

迎撃を抜けた数発の魔法を長剣で斬り返しながら、私はロムちゃんに聞こえる様に呟く。これを素直に受け取るか、私の皮肉と受け取るかは分からないけど…どちらで受け取ってもらっても構わない。どちらで受け取るにせよ……早く勝ちたいと思っているに違いないんだから。

致命傷になり兼ねない攻撃が近距離で発生し、そのまますぐ自分の元へとやってくる近接戦と違って、遠距離戦…それも今の様にその場に留まりながら空中で攻撃がぶつかり合うだけの戦いでは、どうしても変化を起こしたい欲求に駆られてしまう。特にそれは優勢な側が思う(この場合なら撃ち合いで若干有利なロムちゃん)事で、このまま一気に決めたい、とか後数歩で勝てるのに押し切れないのは焦れったいとか、そういう心の余裕があるからこそ考えてしまう事柄がある。さっき上げたユニの様に実直な人や多くの経験を積んだ戦士ならその欲求を理性が抑えるけど……そうでない人は、つい勝負を急ごうとしてしまう。──今の、ロムちゃんの様に。

 

「……っ…わたしはこんな事、したいんじゃ…!」

「────甘いッ!」

「ーーッ!?」

 

早く終わらせたいかの様に周囲に浮かばせた氷の刃をまとめて放ち、同時に杖を振り上げ一際大きな氷塊を作り出すロムちゃん。私はそれを視認した後微かに笑みを浮かべ……飛翔。氷の刃が密集する前にフルスピードで駆け抜け、ロムちゃんの前へと躍り出た。

目を見開くロムちゃん。バスタードソードを両手持ちで振り被る私。あの時の様に形勢は…………

 

 

……あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

──どうして私は、この策を『ふと』思い付いたんだろう?

──どうして私は、まるで前にも一度戦った事があるかの様に、こんなにすんなりと戦いを進められたんだろう?

 

 

────あの時って、私は何と今の戦いを重ねているの…?

 

「ひ……ッ…!」

「……っ…!」

 

思いもしなかった私の接近に、ロムちゃんは声を詰まらせ生成しかけだった氷塊を強引にぶつけてくる。既視感の様な、何か大きな事に気付きそうな感覚に一瞬飲まれていた私も氷塊が眼前に迫った事で我に返り、振り上げていた長剣を叩きつける事で防御。…刹那、砕けた氷塊によって視界が奪われる。

 

「少々大人げないけど…全力でいくよッ!」

 

左手で砕けた氷塊の破片を押し退けながら私は前進。やはり、と言うべきか後退を始めていたロムちゃんに対して次々と剣撃を浴びせていく。

シェア爆発による加速も使った、文字通り本気の攻撃。ロムちゃんは魔法による障壁と杖で防御を図るけど……この距離でなら、近接戦になってしまえば私が圧倒的に有利だった。

 

「……ロムちゃん、怪我はない?」

 

振り抜いた長剣が、ロムちゃんの杖をはたき落とす。そこから後ずさったロムちゃんの肩に私が手を置くと…彼女はびくり、と身体を震わせた後、しゅんと肩を落とした。そして、私の言葉にロムちゃんがこくりと頷いて……この勝負は終了した。

 

 

 

 

「あーもう!さっさと当たりなさいよっ!」

「あ、あんな魔法当たったら大怪我しちゃうから嫌だよ!?」

 

空を飛び回りながら衝撃波の様な魔法を撃ってくるラムちゃんに、わたしは付かず離れずの距離を保ちながら対抗する。……と、言うよりも追いかけっこをしていた。…気を抜いたら大怪我しちゃう、全くもって遊びらしさのない追いかけっこだけど。

 

「じゃあ、ちょっとびりっとした後すぐ眠くなる魔法ならどうよ!」

「それ気絶してるよね!?意識奪われてるよねぇ!?それも嫌だよ!」

「だったらアレよ!ザではじまってキでおわるアレ!」

「わたしの息の根止める気なの!?後二文字の時にその表現するのはどうかな!?」

 

ふざけてるのか本気なのか分からないけど…そう言いながらもラムちゃんは一切容赦無しで魔法を放ってくる。それをわたしは避けて、時々射撃で反撃するけど…

 

「っとと…どこねらってるのかしら!あははっ!」

 

余裕で避けられる攻撃しかしてないせいで、ラムちゃんに対しては殆ど意味を成していない。……仕方ないじゃん、M.P.B.Lは低出力でも結構な怪我になりかねないビーム弾頭しか撃てないんだもん…。

 

「ほらほら、素直にやられるかちゃんとたたかうかしなさいよねっ!」

(うぅ…ラムちゃんは気付いてないんだろうけど…今ラムちゃんはわたしの術中に嵌ってるんだからね!…って言いたい、言いたいよぉ…!)

 

思った以上に煽ってくるラムちゃんに、わたしも言い返したくなるけど…きゅっと唇を噛んで我慢。言ってやればすっきりはすると思うけど…折角これまで作ってきた流れが無駄になってしまう。そうなれば、警察の到着までに勝負を終わらせられなくなるかもしれないし、もしかしたら怪我をさせずに勝負を決める事も出来なくなるかもしれない。……って頭の中では分かってるけど、やっぱり自分より小さい子に馬鹿にされるのはキツいよ…!

けれど、我慢の甲斐あって……遂にラムちゃんがわたしの…わたし達の誘いに、乗ってくれる。

 

「はぁ、一対二だからたいへんかもって思ってたけど…あんたはぜんぜん強くないし、もう一人はどっか行ってるしでこれじゃひょーし抜けね。いいわ、もう終わらせてあげるッ!」

「……ほんとにそう思ってる?」

「とーぜんよ、だってぜんぜん手強くないもの!」

「そっか、じゃあ……」

 

 

 

 

「──アンタは油断しない事を覚えるべきねッ!」

「い……ッ!?」

 

下方から響く、ユニちゃんの声。そして次の瞬間──木箱の山の合間から放たれた銃弾が、杖を持つラムちゃんの前腕を撃ち抜いた。

…いや、違う。確かに銃弾は直撃したけど、撃ち抜いてはいない。血が出るどころかプロセッサも崩れず、ラムちゃんはただ手を押さえているだけ。だって、放たれたのは…ゴム弾だったから。

ユニちゃん曰く、『ゴム製だから初速は稼げないし有効射程も短いし、おまけに空気抵抗でブレるからとても実戦じゃ使い物にならない』らしい、相手を怪我させ辛い事だけが取り柄のゴム弾。それを当てる為の作戦が、わたしの陽動だった。わたしが注意を引き付けて、その間にユニちゃんが狙撃態勢を整えて、ラムちゃんが止まってくれるタイミングを狙う。その上でも必中の保証はない…とユニちゃんは言っていたけど、杖を持っている手というこれ以上ない位にベストな部位に着弾させてくれた。それを確認したわたしは、心の中で改めてユニちゃんの実力を尊敬しつつラムちゃんの元へと突撃する。

 

「信じて、ラムちゃん!わたし達は、敵じゃない…っ!」

 

M.P.B.Lを投げ捨てて接近。わたしは腕を押さえたままのラムちゃんへと迫る。

もしこれでラムちゃんが聞いてくれれば、素直に嬉しいと思う。もし聞いてくれなかったら…その時は身体ごとラムちゃんを捕まえる。同じ女神候補生だけど、わたしの方が体格は優れているし、筋力も前衛を行なってる分わたしの方が上手な筈。例え予想が外れたとしても、その時はユニちゃんも捕まえるのを手伝ってくれる手筈になっているから、心配はない。

だからこの時、わたしはいけると思っていた。どちらの反応だったとしても対応出来るし、魔法の知識に薄いわたしでも今のラムちゃんが即魔法を放つ事は出来ないと分かる。けど、わたしは忘れていた。わたし達が戦っているのは、ラムちゃん一人ではない事を。イリゼさんなら、相手が余力を残した状態でも決着まで持っていってしまえる事を。

 

「……っ…ダメぇぇぇぇっ!!」

「え──っ!?」

 

全く違う方向から声が聞こえたと思った瞬間、斜め前にロムちゃんがいた。最初にここへ来た時と同じ、或いはそれ以上の速度で現れたロムちゃんにわたしは度肝を抜かれて……思った。あ、マズい。

 

『きゃあぁぁぁぁああああああっ!!』

『……!?(ネプギア・ロムちゃん)ッ!』

 

一瞬前まで止まるつもりなんて欠片もなかったわたしと、どう見ても全速力で飛んできたロムちゃん。そんなわたし達が「おっと」なんて軽い感覚で止まれる筈もなく……お互い斜めから激突してしまう。

くるくる視界が回る中で殆ど同時に聞こえる、ユニちゃんとラムちゃんの声。体勢を立て直そうにも激突の衝撃が思った以上に強く、それ以上にロムちゃんと密着状態にあるせいで身動きが取れなくて、わたしはロムちゃんもろともそのまま落下。二人まとめて雪の小山へと突っ込んでしまった。

 

「…けほっ、けほっ…うぇぇ、雪が口の中に入っちゃった……」

「いたい…ふぇぇ……」

 

追突の十数秒後、雪の中から体を引っ張り出すわたし達。突然の激突、回転しながらの落下、そして冷たい雪の小山への突入の三重苦のせいで、わたしもロムちゃんも女神化が解けていた。後、見回したら穴が他にも二つ空いていた。……ここ、さっきわたしとユニちゃんが突っ込んだ小山だったんだ…。

 

「ご、ごめんねネプギア!ロムちゃんの方も大丈夫!?」

「あ、イリゼさん…わたしは大丈夫です。ロムちゃんも……」

「あっ!ロムちゃん泣かした!やっぱり悪いやつらだったのね!」

「はぁ!?アンタねぇ…今のはネプギアにロムが突進したからなったんでしょうが!」

「あんた達がやられてればロムちゃんもあんな事しなかったわよ!もう絶対にゆるさない!わたしの最大魔法で……」

「ま、待ってラムちゃん…」

 

おろおろするイリゼさんと、お互い殺傷性の高い攻撃を今すぐにでも仕掛けそうなユニちゃんとラムちゃん。わたしは慌てて止めようとしたけど……それよりも前に、目に涙を浮かべていたロムちゃんが動いていた。

 

「あ、ロムちゃん…そうだ!二人でいっしょにやっつけよ?わたし達二人でなら、相手が三人でも…」

「ううん…ダメ」

「え…だ、ダメ?」

「ダメ。わたし達の、負けだから…」

「ま、負けって…まだわたしはたたかえるわ!ロムちゃんもそうでしょ!?だから…」

「たたかえるけど…それでも、ダメ。わたしもラムちゃんも、あの人達がほんきだったら……」

「……っ…ほんとに、ダメ…?」

「…うん、ダメ」

「……ふ、ふん!今度会ったらぜったいやっつけてやるんだからね!あっかんべーっだ!」

 

諭す様に話すロムちゃんと、それに反抗しながらも…最後には渋々頷いたラムちゃん。そうしてラムちゃんは敵意むき出しで、ロムちゃんは済まなそうな表情で女神化をした後、この場を飛び去ってしまった。……わたし達に、複雑な気持ちを残したまま。

 

「……一先ずは、三人共お疲れ様」

「うん…ほんとごめんねネプギア。私がちゃんとロムちゃんを掴んでいなかったばっかりに…」

「い、いえ。この通り怪我はないですし、二人も無事なんですから…」

 

普段私やユニちゃんにはまず見せないしゅーんとした様子のイリゼに謝られて、逆に気まずくなってしまうわたし。い、色々理由はあるけど…お姉ちゃんの友達兼今のわたしの先生的役割をしている人に謝られると、ね…。

 

「…イリゼさん、これからどうするんですか?」

「あ…うん。そろそろ警察が来るだろうから、捜査の為に状況説明しないとかな。…にしても、二人はどうしたんだろう…」

「どうしたって…二人がアタシ達を勘違いしただけじゃないの?」

「最初は私もそう思ったんだけど…二人の言動には違和感があるんだよ。それに、私の記憶にある二人は悪戯っ子だけど…あんなに乱暴な子達じゃなかった筈だよね?」

 

そう言われたわたし達は、二人の事を思い出す。わたしはあんまり会う機会はなかったけど…確かに、こんな意地悪な感じじゃなかった気がする。それに、ロムちゃんは最初からそこまで戦おうとはしてなかった様な…。

 

「…そう、ですね。ロムちゃんは最後負けを認めてたですし、ラムちゃんも戦う前に『女神のお仕事だから』って真面目な顔で言ってたです」

「それに、ロムちゃんは一度私に謝ってきたんだ。…もしかしたら、二人共ただ勘違いしただけじゃないんだと思う」

「…アタシみたいにお姉ちゃんを見捨てて逃げた事が心に残って、考え方が変わってるのかも……」

「それはあり得るわね…そこら辺は教会に行けば何か分かるかもしれないし、行ったら聞いてみましょ」

「そうだね。でもまずは、誤解を解くところからかなぁ…」

 

イリゼさんが悩ましげな声でそう言ったところで、聞こえてくる車の音。それは、呼んでいた警察の車両のものだった。

そうして警察と合流したわたし達は、犯罪組織の事を報告。そこからの捜査をその人達に引き継いで、わたし達は改めてルウィーの教会へと向かう。

わたしは決闘として、ユニちゃんと全力で戦った。その時はお互い同意の上だったし、気持ちのぶつけ合いって意味が強かったけど…今回の戦いは、全然違う。勘違いで仕掛けられて、戦うしかなかったからやむなく行った戦い。これは仕方ない、と言い訳はつくけど……こういうのは、やだな……。




今回のパロディ解説

・ザではじまってキでおわるアレ
ドラゴンクエストシリーズに登場する呪文の一つ、ザキの事。そう言えば原作シリーズには即死系魔法がありませんね。あると覚えるキャラの超優遇になるからでしょうか。

・「信じて〜〜敵じゃない…っ!」
劇場版マクロスF 恋離飛翼〜サヨナラノツバサ〜の主人公、早乙女アルトの台詞の一つのパロディ。ネプギアが携行武器を投げ捨てるのも若干パロディだったりします。


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第二十四話 会談の前にお叱りを

国際展示場を後にしてから数十分。大分長い寄り道をしてしまったけど……私達はルウィーの教会に到着した。さて、まずは勿論……

 

『温かいものを下さい(です)っ!』

「あ、は、はい…」

 

出迎えてくれた職員さんに挨拶をした後、私達は揃ってそう頼んだ。だってほら、ルウィーに来てからこっち、ずっと外にいたんだもん。しかも途中走ったし、その上で私ネプギアユニは戦闘もして少なからず汗もかいたもん。雪国で汗が引いたら…寒いのは、分かるよね?

 

「はふぅ、暖房のありがたみをひしひしと感じるよ…」

「えぇ、かじかんでた手足が元に戻っていくのを感じるわ…」

 

メンバーの中でも特に慣れていなかったネプギアとユニは、二人仲良く天井にある暖房器具の吹き出し口下に陣取ってほんわかした表情を浮かべている。そんな二人を温かい目で眺めていると……

 

「皆さん、ご足労と犯罪組織の対応お疲れ様でした」

 

教会の奥へと引っ込んだ職員さんの代わりに、ブランの侍従であるフィナンシェさんがお茶とお饅頭を持ってやってきた。…そういえば、フィナンシェさんってブランがいない今は主に何してるんだろう?

 

「こんにちはです、フィナンシェさん」

「まずはお茶頂くわ。…ってこれ、もしかして…ブラン饅頭?」

「はい、美味しいですよ?」

「女神の顔がプリントされたお饅頭…どうしよう、食べるのが勿体無いよ〜!」

 

フィナンシェさんの持ってきたお饅頭というのは、上面にジト目のブランの絵がプリントされたルウィーの新名物『ブラン饅頭』だった。甘くて美味しいし、ブランの絵もゆるキャラっぽくて良いけど…自分の名前と顔が食べ物に採用された事について、ブラン自身はどう思ってるんだろう……というか、まさかこれブランが発案を…?

 

「渋いお茶と甘いお饅頭が合うですねぇ」

「うんうん、甘くて温かくて元気出るね」

「え、RED十数秒前の葛藤はどこに…?…まぁそれはともかく、フィナンシェさん。ミナさんと今から話したいんですが…」

「大丈夫ですよ。…ロム様とラム様も呼びますか?」

「あ…二人は戻ってきたんですね」

「少し前にお帰りになりました。今は……ミナ様に叱られているかと…」

「そ、そうなんですか…」

 

訊いたネプギアだけでなく、私達もフィナンシェさん自身もその言葉に苦笑いを浮かべる。…まぁ、そりゃそうだよね…。

 

「…どうします?わたしは二人と会うの嫌じゃないですけど…」

「二人が大人の話についてこられると思う?」

「あらユニ、それは遠回しに自分が大人だって言ってるのかしら?」

「そ、それは…あの二人よりは大人ですから…」

「ま、それはそうね。ならそれは任せるって事でどう?二人に関しては私達より分かってるでしょうし」

 

私達の中でもそれぞれロムちゃんラムちゃんへの理解度が違うけど…どっちにしろミナさんやフィナンシェさんの方がずっと知ってる事には変わりないから、アイエフの判断は至極真っ当なもの。という事でその旨をフィナンシェさんに伝えると、フィナンシェさんはこくりと頷いて呼びにいった。

そしてフィナンシェさんが再び戻ってくるまでの間、私達がお茶とブラン饅頭を頂きながら「いやー、まさか偶然パート2があるなんてねぇ」みたいな会話で時間を潰す事数分。

 

「お待たせしました皆さん。フィナンシェさんも仰ったと思いますが…ここまでお疲れ様です」

 

私達は、ミナさんの待つ応接室へと案内された。私達が入ると同時にソファから立ち上がり、深々とお辞儀をするミナさんの低姿勢ぶりにはこちらもつい深々とお辞儀を返してしまう。…でも、高圧的な態度取られるよりはずっといいよね。早速お茶とお饅頭貰えたし、友好的に接してもらえるし、最初思わぬ形で敵対組織認定されたけど、教会でこれなら…敵対組織認定、教会なら……ルウィーで、敵組織…………

 

『…これは、犯罪組織の使いとして包囲される流れ(です)……!?』

「し、しませんよ!?今のルウィー教会は乗っ取られていたりしていませんよ!?」

「…な、なにを言ってるのかしら…」

「さぁ……」

(この流れ、ラステイションでも見た気が…)

 

初めてルウィー教会に来た時は、温かく迎え入れてくれたと思ったらブラン直々に(このブランは偽物だったけど)ユニミテスの使い扱いされ、職員と兵に包囲されるという散々な目に遭った。当然あの時の展開再び…なんてあり得ない話だけど、ロムちゃんラムちゃんの件もあったせいでつい私コンパアイエフは連想しちゃった訳である。

 

「…とはいえ、その節は失礼致しました……」

「あ、いえ…女神がすり替わっていた以上仕方ありませんし、敵のすぐ側で活動し続けていたミナさんが謝る事ではないですよ」

「お気遣いありがとうございます。…では、早速お話を……の前に、一つ宜しいでしょうか?」

「と、言いますと…?」

「勿論、ロム様とラム様の非礼についてです」

 

ミナさんがそう言うと、扉前で立っていたフィナンシェさんが一礼をして部屋を出る。その流れで私達が「あ、まさか…」と思っていると……案の定、フィナンシェさんはしょぼーんとしてるロムちゃんとむすーっとしてるラムちゃんを連れて戻ってきた。

 

「…うわ、ほんとにいる……」

「やっとミナちゃんのお小言、おわったところなのに…」

「ふ、二人共…はぁ…。……こほん、この度は二人があの様な事をしてしまい、申し訳ありません!」

「わわっ、いいですよ!そんな思いっきり頭下げなくても!」

 

私達が入ってきた時以上に頭を下げるミナさんに、ネプギアを始め私達は揃って慌てる。危害を加えた当事者ならともかく、せいぜい犯罪組織が向かった方向位しか教えていないミナさんが謝らなきゃいけない理由なんてほぼ無いのに、こんな私達のうちの誰かが大怪我でも負ったかの様な謝罪をされてしまってはこっちがたまらない。

……けれど、ミナさん当人は被害者である私達よりもずっと事を重く捉えてる様子。

 

「いえ、教祖として、二人の教育者として、保護者として!しっかりと謝らせて頂きます!」

「こ、こんな謝ってくるなんて…うちのケイとは大間違いね……」

「ほら、お二人も謝罪を!」

『しゃざい…?』

「ごめんなさい、の丁寧な言い方です!」

 

こんな中でもしっかりと教育をするミナさん。双子はその強い口調に一瞬気圧されるものの…素直に従ったりはしない。

 

「えぇー…怪しーやつにあやまるのはやだー」

「…………(だんまり)」

「ですから、怪しい云々はお二人の早とちりだと…!」

「ふーんだ。うたがわれる方が悪いのよ、うたがわれる方が」

「リカちゃんのおぼうし……」

『リカちゃんのおぼうし?』

「ほぇ…?…前に、ミナちゃんがおしえてくれた…」

「わたしが?…あぁ、李下に冠を正さずの事ですね。確かに使い方はそれで正しい……って、そうではなくて!皆様にご迷惑をかけて謝らない気ですか!?」

「わたし達は悪くないもーん」

「ラムちゃんがそういうなら、わたしも…」

「…そうですか、あくまで謝罪する気は無しですか…」

 

謝る気ゼロのラムちゃんと、何というか…自分自身の意見を避ける様な発言をするロムちゃん。これはもうどう見ても謝る事には至らない…というか別に謝ってほしい訳でもない私達は、これ以上ミナさんの心労を増やさない為にもなあなあで済ます流れを作──

 

「…ロム、ラム、最後に一度だけ訊きます」

 

 

 

 

「……ご・め・ん・な・さ・い、は?」

「ごめんなさい」

「なさい(ぴしっ)」

 

それまでと同じ、穏やかな表情のまま。穏やかな口調のまま。ミナさんは、最早負のシェアの象徴である闇色と見紛う程のオーラを纏っていた……様に見えた。──私達は、この瞬間ルウィーの教祖の真価を見たのだった。

 

「今一瞬、黒いオーラが見えたですけど…」

「あ、アタシでもあれは謝っちゃうかも…」

「だよね…まさかこんなところでミナさんのブランに通ずる部分が見られるとは…」

 

コンパとREDの言葉に顔を引きつらせながら、私は頷く。教祖の中でも大人しく、まともそうな印象の強いミナさんがあんなオーラを出せるなんて……考えてみればルウィー教会部隊と無人機軍による戦闘の時は指揮に当たっていたし、雰囲気とは違って実際には芯の強い人なのかな…。

 

「……お恥ずかしいところをお見せしました、すみません」

「あ、はい……えーと、謝罪は済んだ訳ですし、この件は終わったとして本題を…」

「そうですね。…ここからはわたしだけでも宜しいですか?政治上の話となると、直接聞いてもお二人にはちんぷんかんぷんでしょうから」

「確かに…分かりました」

「では、お二人共もういいですよ。フィナンシェさん、おやつを用意してあげてもらえますか?」

「はい、お任せを」

「え、もういいの?」

「今日のおやつ、なに…?」

 

と、いう事で二人はフィナンシェさんに連れられて応接室を出ていった。……そういえばフィナンシェさん、さっきから人呼んだりお菓子用意したりしてばっかりだ…私も皆もさせてる側だけど…。

そして、やっと私達は本題へと取り掛かる。

 

「まずはギョウカイ墓場と守護女神四人の事ですが……ネプギア、出来る?」

「は、はい。…でも、少し不安はあるので…」

「うん、補足は私がするよ」

 

この話については私ではなく、事実上プラネテューヌの現守護女神代行となっているネプギアがする…というのはラステイションで既に言った事。ネプギアもそれは忘れておらず、慌てたり尻すぼみしたりせずに説明を始めてくれた。

ラステイションの時と同様、始めにギョウカイ墓場の調査結果を、続いて私達が進めている目的を話し、最後に目的の為に必要な教会と女神候補生の協力を頼み込む。…所々補足が必要だった(何度か私ではなくユニが補足してくれた)けど、ネプギアはしっかりと言うべき事を言ってくれた。そんなネプギアの姿を見て、まだ返答をもらってもいないのにちょっとほっとしてしまう私。

 

「──ルウィーも余裕がある状態じゃないと思います。でも、その…お姉ちゃん達とゲイムギョウ界の為に、わたし達に協力して下さい!お願いします!」

「ネプギア、そこはお姉ちゃん達じゃなくて守護女神って言うべきでしょ…こほん、アタシからもお願いします」

「そ、そんなわたしなんかに頭を下げずとも…上げて下さいネプギア様、ユニ様!」

「じゃあ……!」

「は、はい。…こほん。そういう事でしたらルウィー教会は謹んでご協力させて頂きます。守護女神不在がこのまま続けばいつかは国が立ち行かなくなりますし……わたし個人としても、世界の為には先のブラン様達の様に協力すべきだと思っていますから」

 

そう言って手を差し出すミナさん。それにネプギアが応じ、握手をする事でルウィー教会の協力は決定した。……けど、その後ミナさんは少し顔を曇らせる。

 

「…どうかしましたか?」

「いえ、その…教会としての協力は惜しまないつもりです。ですが……」

「…ロムちゃんとラムちゃんの事、ですか…?」

「はい…申し訳ありませんが、お二人の協力については、少し考えさせてもらっても良いですか?」

「それは……」

 

どうしましょう…と言いたげな表情で私を見てくるネプギア。…いやどうしましょうって…うーん……。

 

「…考えさせてほしい、というのは二人が私達に非協力的だから、ですか?」

「いえ、それもありますが…それ以前に候補生とはいえ幼い子供ですし、何より……」

「何より…?」

「…すいません、それも含めて考えさせて下さい。数日できちんと答えは出しますので、何卒……」

「…分かりました。私達も暫くはルウィーに滞在しますし、その間に答えを出して頂けるのならこちらはそれで結構です」

 

そう私が締めくくり、ルウィーでの最初の会談は終了した。…ネプギアに担当させると言っておいて締めを奪ってしまったのは、今日の私の反省点。

ミナさんが…ロムちゃんラムちゃんが何を思って、何を抱えているのかは分からないけど…そういう事なら、私達は素直に待とうと思う。利害の一致で利用し合ってるのならともかく…相手を信頼して協力関係を作るなら、自分の主張ばかり押し付けるのは良くないからね。

 

 

 

 

「……で、ここを左に曲がると商業施設、右に曲がると娯楽施設が多いんだったかな」

 

会談を終えてから数十分後。考えていた通り、会談終了後は個人個人の自由時間とした私は今、ネプギアとユニにルウィー案内をしていた。

 

「左が商業、右が娯楽……やっぱりどこもかしこもうちとは正反対の印象ですね…」

「メイン技術の方向性からして違うからね。それに、ルウィー…とリーンボックスはラステイションやプラネテューヌより観光名所も多いしさ」

「…すいません、イリゼさん。ラステイションの時に続いて付き合わせちゃって…」

「気にしなくていいよ。ギルドに行く道中のついでなんだから」

 

大通り周辺の案内をしながら進む私と、観光客の様にきょろきょろとしながら着いてくる二人。今は二人共『わざわざ案内してもらっている』という気持ちが強いからか、特に趣味に走ったりはせず、素直に私達に着いてきている。…ここでいきなりヘンテコなお店紹介したらどうなるんだろう?……やらないけど。

 

「それで、ここを進むと……まぁ、ギルドがあるね」

「向こうがですか…じゃあ、案内はここまででいいよね?ユニちゃん」

「そうね…あまりイリゼさんの手を煩わせるのもよくないですし、後はアタシ達だけでなんとかしますよ」

「いいの?まだ電子機器店とか銃器店とか教えてないけど…」

「そういうのを自分で見つけるのも楽しいんですよ。……わたし好みのお店は表通りにはあんまりないので、偶に子供が入っちゃいけないお店見つけたりしちゃうんですけど…」

「分かるわ。っていうか例えそういうお店じゃなくても、裏通りのお店だと店内の隅にアレなコーナーあったりするのよね…」

「あ、だよね?」

「お互い、趣味のせいで苦労するわよね」

「…そ、そうなんだ……」

 

肩を竦めながら共感し合っている二人に、私は表面上は頷くも…内心あんまり穏やかではない。…え、大丈夫だよね?そっち側に染まってたりそっち側の人に染められてたりしてないよね?……ネプテューヌとノワールには、助けた後一応これ伝えておいた方がいいかも…。

そんなこんなで二人と別れた私は、目的通りギルドへ。ルウィーのギルド支部長は結構取っ付き易いタイプの人だし、ラステイションや今後行くリーンボックスよりは楽かな……って、ん?

 

「……また人だかり…?」

 

ギルドに入った私が目にしたのは、本日二度目…旅全体としては三度目の人だかりだった。…二度ある事は三度ある、って言うし…まさか……

 

「ちょっとすいません、前通して下さい……あれ?」

 

前回前々回よりも人が少なく、殆ど苦労せずに人だかりの原因を目に出来る位置まで移動出来た私。…けど、そこにいたのは言い争いをしている二人だった。……見たところ、犯罪組織絡みというよりただの喧嘩っぽいけど…。

 

「…あの、何かあったんですか?」

「あ、えぇ。何かちょっと報酬関連でいざこざがあったらしくて…あっちの怒ってる方が依頼主で、言われてる方が受注して達成した方よ」

「ご丁寧にどうも。でもそっか、ならもう少し話聞かないと…」

「時々いるのよね。達成してから文句言う依頼主が……ってあら?貴女どこかで…もしや芸能人ですか…?」

「あー…芸能人というか…どちらかと言うと政治系の…」

「政治系……あ、イリゼちゃん!?」

「い、イリゼちゃん…!?」

「あ、す、すいません…でもわたしファンなんです!えーとえーと…い、今サイン貰えますか!?ゲートカードしかないんですけど!」

「何故にゲートカード!?爆丸ユーザー又はラクロジユーザーなの!?」

 

喧嘩について訊いていた筈が…どういう訳かカードにサインをしてほしいという流れになってしまった。いやいや、そんな事してる場合ではないんですが……

 

「……こんな感じでいいですか?」

「は、はい!ありがとうございますっ!」

 

…えぇ、書きました。サインしましたとも。……押しに弱い女の子、イリゼです。……こほん。

何やってんだろうなぁ…と思いつつ視線を戻す私。必要とあらば仲裁も…と思っていたけど、私が女性とサインに目を移している間に見知らぬ第三者が現れていた。──白い仮面を被った、とびきり怪しい第三者が。

 

「……話は分かりました。要約すると、そちらの方はただクエストを達成しただけ、こちらの方は払う報酬に不満がある…それで宜しいですね?」

「あ、あぁ…これ、俺は間違ってないよな?提示されてた通りの報酬を要求してるだけなんだから…」

「いーや間違ってるね。確かにオレは最初報酬を提示していたが…お前みたいに能力がある奴はこの程度のクエスト、余裕だったろ?なら報酬がもっと少なくとも問題ない…というかむしろ、このままではお前が報酬を貰い過ぎる訳だ」

「はぁ!?…無茶苦茶だ、ルール違反だろ…」

「なんだよ、力があるくせに他者を思いやる心はないってか。はーぁ、やだねぇこういう自分が正しいって思ってる奴は…」

「……っ…お前…!」

 

仮面の方は大変怪しいけど…その人のおかげで、状況がよく分かった。全く……その達成者の言う通りだ。それは……

 

「…まぁ、お待ちを。失礼ですが…彼の言う通り、貴方の主張はルールに反しています」

 

──その時、達成者さんを…つい口を開きかけていた私すらも、その仮面の人は手で制した。…そして、その人の目元は仮面で見えない筈なのに、彼からは視線を鋭くした様な気もした。

 

「あんたもそいつの味方かよ…やだね、ルールルールって、不公平を正当化しようとするのは」

「悪法も法…とは言いません。しかし、でしたら何故貴方は自分自身でやらなかったのですか?」

「はぁ?そんなのクエスト依頼してる時点で分かる……」

「他者に目的を委託出来る、というルールの恩恵を享受しながら自分の気に食わないルールは守らない、と?」

「……っ、それは…」

「それは通用しないでしょう。少なくともギルドでは通用しません。ギルドは民間組織であり、民間組織は万人の為の機関ではないのですから、貴方のそれは一方的な契約破棄でしかありません。…ご不満なら、裁判という手もありますが?」

「……ちっ…いいよ、悪かったな…」

「お分かり頂けた様で何よりです。あちらにアンケート用紙と箱がありますので、そこに改善案があれば投書して頂けると幸いです」

 

不満そうにしながらもきちんと報酬を払う依頼主さんと、その人を見送る仮面の人。依頼主さんがギルドから出た時……周りからは、仮面の人への拍手が巻き起こった。それ程までに、仮面の人の対応は適切且つ鮮やかだった。

 

「…ありがとうございます」

「いえ、ギルドに関わるものとしてつい口を挟んでしまっただけです。それに、こんな形で常連を失うのは惜しいですからね」

「そうそう、とはいえご苦労様です」

「あ…支部長さん…」

「……シーシャ、君か」

 

依頼主だけでなく、達成者にも穏やかな対応で接する仮面の人。その見た目と性格のギャップに私が何とも言えない気持ちになっていた頃…ギルドの奥から一人の女性が現れた。…というか、ルウィーのギルド支部長、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)が一人、シーシャだった。

 

「相変わらずの鮮やかな手腕、流石ですね」

「その慇懃無礼な態度は止めてくれないか。というか、こういう仲裁をするのが君の仕事だろう」

「アタシが?…まぁそれはその通りだけど、こういう件に関してはアタシより得意な人が当たる方がいいとは思わない?」

「思わない、と言ったら?」

「またまた〜」

「…君には支部長としての才能があるんだ、頑張ってくれなければ推した私の立つ瀬がないというのに…」

 

先とは一転、支部長であるシーシャに親しげな雰囲気を醸し出し始める仮面の人。…っていうか相変わらずラフな態度だなぁ、シーシャ…。

 

「はいはい、頑張りますよ」

「頼むぞシーシャ。では私は……うん?君は…」

「あ…えと、お邪魔しております…」

「あら、イリゼちゃんじゃないか。ルウィーに来てたんだね」

「例の件でね。…それで、そちらの人は…?」

 

どのタイミングで話しかけようかな…と思っていたら、なんと仮面の人は私に気付いてくれた。それに続いてシーシャも気付き、さっきの達成者さんと入れ替わる形で私が会話に参加する。

 

「貴女とはお初、ですね。私はアズナ=ルブ、見ての通り一般人です」

「え……一般、人…?」

「いや、その珍妙な仮面で一般人は無理がある気が…あー後彼、うちの前支部長よ?」

「前支部長!?…あぁ、だからあそこまで適切な対応を…」

「女神様にそう言ってもらえるとは光栄です。それと、これは所謂ファッションですのでご心配なく」

「え……ファッ、ション…?」

「いや、ファッションにしても無理がある気が……少し前までは普通に素顔晒してたんだけどね。アタシもこの人の考えてる事は分からないわ…」

 

シーシャはかなり飄々とした人間で、なんとなくベールの大人っぽさ(とスタイル)とアイエフの姉御肌を合わせた様な性格をしてるけど…そのシーシャからしても、前支部長アズナ=ルブさんの姿には辟易としている様だった。…まあ、支部の最高責任者であり自分の前任者が突然『ファッション』で仮面付けだしたら…ねぇ?

 

「…さて、元々ここへ寄ったのは別件だったんだ。済んだ事だし私は帰るとしよう」

「別件…というのは知りませんが、お疲れ様です」

「それはお互い様ですよ、イリゼ様」

「え……お互い様…?」

 

そう言って去るアズナ=ルブさんの背に、私は疑問を抱く。お互い様…って、私仕事の話なんてしたっけ?…例の件、っていうのを特務監査官としての仕事だと勘違いしたのかな…?

 

「……イリゼちゃん?」

「へ?…あ、ごめん…元支部長だけあって、変わった人だね」

「まあ、ね。けど彼は信用のおける人物よ。少なくとも、アタシやうちの職員、常連なんかはそう思ってるわ」

「シーシャがそういうなら、そうなのかな…」

「勿論、自分で接して自分で確かめるのが一番だけどね。それで、例の件…って事はアタシに話があるんじゃないの?」

「っと、そうだった…」

 

一瞬私は疑問を抱いたけど…それよりもまずはやる事がある。そう頭を切り替えて、私はシーシャと話を開始。

そうして数十分後、協力を取り付けた私はギルドを出て、やっと羽を伸ばすに至るのだった。……女神だけに。

 

 

 

 

……あ、あれ?なにその反応?もしかして私、滑っちゃった?寒かった?ルウィーだけに?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、これは自分で思ってる以上に疲れてるね、私…」

 




今回のパロディ解説

・ゲートカード(爆丸)
爆丸シリーズに登場する、ゲーム上で使うカードの一つの事。カードはカードでもかなり重くて厚い爆丸のゲートカード、持ってた彼女は一体なんなんでしょうか。

・ゲートカード(ラクロジ)
ラクエンロジックに登場する、ゲーム上で使うカードの一つの事。こちらはまぁ普通のカードですが…ほんと何故持ち歩いてるんでしょう。盟約者なのでしょうか。

・「〜〜私はアズナ=ルブ、見ての通り一般人です」
機動戦士ガンダムに登場する敵メインキャラの一人、シャア・アズナブルの台詞の一つのパロディ。彼は存在自体シャアパロですし、こういう事を言うのも自然でしょう。


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第二十五話 ほんの少しの優しさで

翌日。ミナさんの回答待ちでロムちゃんラムちゃんと行動を共に出来ない私達は、ルウィー郊外の状況確認を兼ねてクエストを行った。

 

「…雪って、戦闘だとかなり脚を取られるんですね…」

「そうね。場所によって雪が固まってる部分と柔らかいままの部分があるから、雪の大地で戦う時は常にそれを頭に入れておいた方がいいと思うわ」

「スケートを履いて戦えばその心配もないんじゃないかな?それか、雪ゾリに乗って戦うとか」

「それをほんとに出来そうなのはREDさん位ですよ…まさか玩具を武器に戦う人がいるなんて…」

「そんなに変?ヨーヨーを使うスケ番さんとかけん玉を武器にする玩具屋の息子さんとかいるよ?」

「両方創作じゃないですか……」

 

クエスト帰りの道中にて、今回の反省…の様な雑談を交わす私達。件のREDは、ネプギアの言う通り本当に玩具を…具体的にはヨーヨーやけん玉やフリスビーや本等を武器に戦っていた。私達が剣やら銃やらカタールやらを構える中、真剣な顔で玩具を構えるREDの様子は凄くシュールだった。……それを言ったらでっかい注射器構えてるコンパも大概だけど。もっと言えばゲマという謎のクッション(ボール?)を武器にする人も友達にいるけど。

 

「しかし…何かする度身体の芯まで冷えちゃうのは厄介だよね。……お風呂に入りたくなるし」

「寒さは悪い事ばかりじゃありませんよ?ビーム火器の排熱が捗って運用し易くなりますし」

「排熱か…でもその分引き金引く指が震えて大変だったりしないの?」

「寒さで指が震えるのは火器も近接武器も同じですよ」

「それもそっか。かといってもこもこの手袋着けてたら戦闘に支障出るし、気候は案外侮れないよね」

「健康面でも侮っちゃ駄目ですよ?……あれ?」

 

私の方を向いてそういうコンパ。それに私が頷こうとしたら…それよりも前にコンパは不思議そうな表情を浮かべる。……どうしたんだろう?

 

「…下っ端さんです」

「下っ端?…私と下っ端じゃ160度位違うと思うんだけど…」

「正反対まではいかないんですね…そうじゃなくて、あそこに下っ端さんがいるです」

『へ?』

 

きょとんとしながらコンパの指差す先へ目を凝らす私達。すると…そこには、確かに下っ端がいた。……後、よく見たら子猫もいた。

 

「な、何してるのかな…?」

「動物虐待してる…様には見えないわね。となるとアタシ達を尾行していたって事も無いのかしら…」

「尾行、ね…近付いてみる?声が聞こえる距離までいけば、何してるか分かるかもしれないわよ?」

 

アイエフの提案に、私達は首肯。建物や誰かが作った雪だるまの陰に隠れながら少しずつ近付き、十分かな…と思ったところで二組に分かれて聞き耳を立てる。そうしたところで聞こえてきたのは……

 

「はーぁ、どうして行く先行く先で女神とその仲間に会うんだっての…アタイは女神につけられてるのか…?」

「…なんか、愚痴ってますね……」

「わたし達、悩みの対象になってるみたいですね…」

「しかも、偶然今のアタシ達の行動にドンピシャな事言ってますよ…」

「…な訳ネェか…上司は成功か失敗かでしか見ネェし、下の奴等は失敗しても自分の責任じゃないとか考えやがるし、女神共には変なあだ名付けられるし、これじゃしがない中間管理職だっつーの…」

「…な、何やら下っ端の背中から哀愁が……」

「ちょっと可哀想だから、アタシが貰ってあげようかな…」

「いや犯罪組織の構成員を嫁にするのは止めなさいよ…それ以前に突っ込むべきところも色々あるけど…」

 

子猫を相手に愚痴(それも結構社会人っぽいものを)を漏らす下っ端は、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。…嫁に貰うつもりはないけど、確かにちょっと可哀想になってきた……だからって悪事を見逃したりはしてあげないけど。

 

「…で、伝わってる筈もネェのにどうしてお前はずっとここにいるんだよ」

「うにゃ…にゃ〜…」

「…さっぱり分からネェ……が、多分こういうパターンだと腹減ってんだろうな。ほら、食いかけのパンでもいいならやるよ」

「にゃ!?にゃにゃーっ!」

「やっぱ腹減ってたのか…一応お前は愚痴を聞いてくれた猫だからな、そいつは礼としてとっとけよ。じゃあな」

「にゃう〜!」

 

懐から取り出したパンを置いて立ち去る下っ端。その背に声をかける子猫の鳴き声は、どこか礼を述べてる様にも聞こえた。

 

「…し、下っ端さんが良い人に見えるです……」

「見える、というか良い人でしたね…」

「えっと…どうするの?追っかけるの?」

「いや…現行犯じゃない以上、捕まえても裁くのは難しいわ。…最も、ここにいる三人の女神の内の誰かが職権濫用してくれるなら話は別だけど」

「それ絶対メリットよりデメリットの方が多いじゃないですか…アタシは嫌ですからね?」

 

予想外の行動をされ、またその行動というのが善意的なものだった事でパーティーはそこそこに騒ついた。そして結局、告発が難しいという事もあって今回は見逃す事にしたのだった。

……そんだけだよ?うん、そんだけそんだけ。特に変わった事なんてないもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ライヌちゃん…」

「ライヌちゃん?」

((ペットの事思い出してる……))

 

 

 

 

「あ、あのー…ちょっと席を外しても宜しいでしょうか…?」

 

下っ端を見逃してから数十分後。全員で街中を回っていたところ…わたしは遂に、『それ』を我慢出来なくなった。

 

「……?寄りたいお店でもあったの?」

「いえ、寄りたいところはあるんですけど、お店じゃないっていうか…」

「気分が悪くなっちゃったですか?」

「そうでもなくて…その、すぐ終わらせてくるので皆さんはお気になさらず……」

 

理由を適当に誤魔化して皆から離れるわたし。わたしの求める場所がありそうな所を探しつつ、小走りで移動を始める。女の子として出来ればバレたくないし、すぐ行ってすぐ戻って詮索されない様にしなきゃ……

 

「うーん…あ、分かった!トイレだね?ここ寒いもんねー。早く行ってきなよネプギア!」

「お、大きな声で言わないで下さい!」

 

──と、思っていたけどあっさりバレてしまった。…うぅ、どうしてこんな時だけ察しがいいのREDさん……。

…そ、それはともかく席を外したわたし。無事トイ…用事を済ませたわたしは、ほっとしながら来た道を引き返す。

 

「ふぅ、思ったより時間がかかっちゃった…早く戻らないと」

 

記憶を頼りに歩く事十数分。時間をいちいち気にしながら探してた訳じゃないから絶対ではないけど…感覚的にはもう皆と合流出来てもおかしくない筈。なのにわたしは「確かこの辺だった様な…」と思う場所に来ても誰にも会えず、周りの建物も始めて見る様な気のするものばかり。……あれ、これってまさか…

 

「もしかしてわたし、迷子になっちゃった!?いい歳して迷子!?……うぅ、困ったなぁ…」

 

いい歳もなにも、女神候補生は全然身体&精神と生まれてからの時間がミスマッチだけど…それでも迷子というのは恥ずかし過ぎる。『お客様にご連絡します。白と紫のセーラー服を着た、とても幼児とは思えない外見のお子さんのお連れの方は、迷子センターまでご足労下さい』とか言われたら……うわぁ、考えただけで顔が赤くなってきた…!

 

「……っと、そ…そうだ。何を慌ててるのわたし。こんなの電話をすればすぐに解決なのに…」

 

ここは街の中で、携帯端末はいつも持ち歩いているから、皆に連絡を取れない筈がない。迷子になった事を話すのはちょっと恥ずかしいけど、迷子センターで保護されるよりはずっとマシだもんね。えーっと、取り敢えずイリゼさんに連絡を……

 

「ふぇ…どこ…?ぐすっ……」

 

──そう思った瞬間、十字路から今にも泣き出しそうな(というかもう涙目)小さい子が姿を現した。水色と白の帽子に、同じく水色と白のコートを着たその子は……どう見ても、昨日二度顔を合わせたルウィーの女神候補生の一人、ロムちゃんだった。

 

(…どう、しよう……)

 

突然の事に戸惑うわたし。…今はわたし一人。もし昨日みたいな流れになったら、その時はわたしだけで戦わなくちゃいけなくなるし、そうなればわたしもロムちゃんも大怪我しちゃうかもしれない。勿論、比較的戦闘に積極的じゃなかったロムちゃんなら戦わずに済むのかもしれないけど…そもそもわたしには戦う理由なんてないし、ロムちゃんはまだ気付いてない以上、静かにこの場を去るのがきっと賢明な判断。…………でも。

 

「…ねぇ、ロムちゃん…だよね?」

 

わたしは、声をかける。だって…ロムちゃんは今、泣いているから。どうして泣いているのかは分からないけど、瞳に溜めていたものが流れ、涙を零している事は変わりようのない事実だから。それがたとえ軽率な行動でも、声をかけない事の方が賢明でも……女神として、お姉ちゃんの妹として、目の前のロムちゃんを見過ごす事なんて……わたしには、出来ない。

 

「ふぇ…?…あ、ね、ネプギア…さん……!?」

「こんにちは、ロムちゃん。…えと…奇遇、だね」

「え、あ……き、昨日の…しかえしに、きた…!?(びくびく)」

「ち、違うよ!?仕返しなんてしないしない!」

「じゃあ…ゆう、かい……!?(がくがく)」

「誘拐もしないよ!ほ、ほら!これでわたしはロムちゃんに何にも出来ない!大丈夫!」

 

思ってもみない程怖がられたわたしは慌てて近くの石垣へと走って密着。手も身体もぴたーっと石垣にくっ付けて、ロムちゃんに何も出来ないアピールを行う。…物凄く石垣冷たいし、側から見たら完全に頭おかしい人の行動だけど…背に腹は代えられない…!

 

「……え、と…」

「な、何かなロムちゃん?」

「…おそとでそういう事は、しない方が…いいと思う…」

「…だよね……じゃあ、離れてもいいかな…?」

「う、うん…」

 

……ロムちゃんの安心を得る筈が、注意と心配を受けてしまった。しかもロムちゃん、離れていいか訊いた時には若干気を遣ってる様子すらあった。…ちょっと、ロムちゃんの心配する以前にわたしが泣きそうかもしれない……。

 

「…って、わたしが泣きそうになってどうするの……。えーっと、さっきどこって言ってたけど…ロムちゃんも迷子なの?わたしも皆とはぐれちゃって…」

「…迷子、ちがう。ペン、さがしてた…」

「ペン?」

 

自問自答の後気を取り直したわたしは、ロムちゃんが泣いていた理由を状況から推測して質問したけど…ロムちゃんは迷子になっていたんじゃなくて、探し物をしていたらしい。まぁ、考えてみれば自分の国で迷子なんてそうそうならないよね…。

 

「ラムちゃんと、一緒に買ったの。おそろいで、とっても大切なの。でも、落としちゃったの…」

「そうなんだ…どこで落としたか、分かる?」

「ううん…でも、昨日教会からとびだすまではあった…と思う…」

「昨日教会から…って、わたし達と会った時の事だよね?」

 

ロムちゃんから聞きながら、わたしは考える。飛び出すまでって言っても、ペンの存在を見たのが出る寸前なのか、数十分前とかなのかで結構変わるけど…教会内ならもうロムちゃんが探してるだろうし、職員さんの誰かが見つける可能性も高いよね。となると…うーん、ただ空を飛ぶのと女神同士で戦うのとなら……

 

「…わたし達と戦ったのは、国際展示場だったよね?もしかしたら、そこにあるんじゃないかな?」

 

…どう考えても、後者の方があり得るよね。

そう思って予想を伝えるわたし。するとロムちゃんははっとした様な表情を浮かべる。

 

「勿論、絶対あるとは言えないけど…闇雲に探すよりはずっといいよ。わたしも一緒に探してあげるから、元気出して」

「…探して、くれるの?」

「うん。暗くなっちゃったら見つけ辛いから、早く行こっか」

 

少しだけ屈んで、ロムちゃんと目線の高さを合わせてわたしは言う。まだ、完全にわたしを信用した訳じゃないかもしれないし、ペンが見つかる保証もないけど……それでも、ロムちゃんはほんの少し表情を緩ませて、「うん」と言ってくれた。少しでもわたしに心を開いてくれたのが、わたしには凄く嬉しかった。それじゃあ…頑張って探そうね、ロムちゃん。

 

 

 

 

それから数十分後。国際展示場に到着したわたしとロムちゃんは、早速わたし達が戦った場所を中心に探し始めた。…因みに、昨日の今日という事もあって出入り口には警察の人がいたけど……わたし達が理由を言ったら、簡単に通してくれた。…女神って、やっぱり凄い。

 

「ペン。ペンー…ないなぁ…ロムちゃん、そっちあった?」

「ない……」

 

しゃがみ込んだり、落ちてる物を退かしたりして探すわたし達。…探し物と言えば、お姉ちゃんはあんまりお片付けが得意じゃないからよく物失くして一緒に探してあげてたなぁ…。

 

(…国際展示場ならあるかも…って言っても、結構広いんだよね、ここ……)

 

わたし達は展示場中を駆け回った訳じゃないとはいえ、元々が広いせいでとてもすぐには探しきれない。それに、風で転がっちゃってる可能性もあるから、思った以上に広い範囲を探さなきゃいけないのかも…。

 

「…………」

「…………」

「…おねえちゃん」

「……?」

「…………」

「……え、もしかして…わたしの事?」

 

少しの間、お互い黙々と探していると…突然ロムちゃんが『おねえちゃん』と言った。一瞬わたしは訳が分からなくて、続いてまさかブランさんがギョウカイ墓場から脱出を?…と思って見回して見たけど、この場にはわたしとロムちゃんしかいない。だから、消去法でわたしになるけど…いやいやまさか、わたしがお姉ちゃん?そんな訳ないよね、だってわたしは女神候補生、ネプテューヌお姉ちゃんの妹なんだから……

 

「(こくり)」

「わたしだった!?」

「そ、そう…だけど…」

「勘違いじゃなかったんだ…。や、やだ…嬉しいけど、なんか恥ずかしいな…。…おねえちゃん、か……」

 

近付いてきて顔を見上げてくるロムちゃんに、わたしは何とも言えないふわふわした気持ちを抱く。い、いつもはお姉ちゃんって呼ぶ側だったわたしがおねえちゃんって呼ばれる側になるなんて…はぅぅ、頭の中でロムちゃんの「おねえちゃん」がリピートするよぉ…。

ぐるぐると、わたしの頭の中でその言葉が駆け巡る。そしてそれは発展して『ラムちゃんの「おねえちゃん」』になり、そしてそして妹&候補生繋がりで『ユニちゃんの「お姉ちゃん」』にも……

 

「…って、それはいき過ぎだよ!?ロムちゃんラムちゃんならまだしも、ユニちゃんまでわたしはそういう目で見てるの!?それじゃシスコンだよ!」

「おねえちゃん…?」

「はぁうっ!だ、駄目駄目!やっぱり!…えっと…さっきみたいに名前で呼んでくれないかな?ネプギアって」

「…ネプギア、ちゃん」

「うん、なあに?ロムちゃん」

 

再度放たれたおねえちゃん攻撃に、わたしは何かに目覚めそうになったけど…ぐっと堪えて呼び方を変えてもらう。…ネプギアちゃん、も友達っぽくていいかも…。

 

「……けが、してない…?」

「怪我?してないけど…」

「なら、よかった…」

「え?それって…」

 

それだけ言ってまた探しに戻るロムちゃん。最初わたしは「どうして探し物で怪我?」と思ってたけど…数秒経ってそれが、「昨日怪我していないか」という意味である事に気付く。…ロムちゃん……。

 

「…絶対、見つけようね」

「ほぇ……?」

「ううん、何でもないよ」

 

口元が緩むのを感じながら、再び探し始める。一通り探したら少し移動して、新しい場所でまた探す。それでも簡単には見つからなくて、わたしは段々と不安になってくる。…わたしの予想は、間違ってたんじゃないかって。

 

「も、もしかしてもっと奥なのかな…?」

「分かんない…」

「だ、だよね…それか、案外出入り口辺りにあるとか…」

「…………」

「ひょ、ひょっとすると、警察の人が昨日見つけて拾ったのかも──」

「……あっ…」

「あ、あったの!?」

 

心の焦りのせいか、どんどん可能性を挙げていくわたし。そんな中……ロムちゃんが、何かを見つけた様な声をあげた。

けど……

 

「ペン、あった…」

「ほんとに!?やったねロムちゃん!」

「…でも、ちがう…わたしのじゃない…」

「へ…?そ、そうなの?見間違いじゃなくて…?」

「…これ、刺してある……」

「……刺してある?」

「うん…りんごとパイナップル…」

「PPAP!?」

 

すっ…とロムちゃんが持ち上げたペンは、確かに林檎とパイナップルへ刺してあった。…え、あの人ここに来てたの!?来た上で落っことしてったの!?これを!?

 

「これ…どうしよう…?」

「う、うーん…落し物って事で、出入り口の警察さんに渡そっか…TV局持っていっても渡せるか怪しいし…」

 

渡すだけなら帰りに寄ればいいんだけど…その異様な存在感が気になってしょうがないわたし達は、先にそのペン&果物を警察の人の元へ。その後わたし達は、目を丸くする警察の人へそれを渡して戻るのだった。

 

「ここら辺はもう探した所だけど…一応見回しながら進もっか」

「…ネプギアちゃんは…なんでルウィーに来たの?」

「え?…えっとね、やらなきゃいけない事があるんだ」

 

気になる様子のロムちゃんの質問に、わたしはざっくりとした答えを返す。本当は世界とお姉ちゃん達の為に、協力を得に来たんだけど…ミナさんが待ってほしいって言ってるんだから、これは隠した方がいいよね。

 

「…忙しい、の?」

「それは…まぁ、暇ではないかな。体力や集中力は無限じゃないから、って事で休憩や休暇もあるんだけどね」

「…………」

「…ロムちゃん?」

 

わたしがそう答えると、ロムちゃんは黙って俯いてしまった。あ、あれ?わたし今、ロムちゃんに悪い事言ったっけ?だとしたら、まずそれがなんなのか考えないと──

 

「…なんで、いっしょに探してくれるの?」

「え……?」

 

ロムちゃんは、顔を上げた。顔を上げたロムちゃんは、わたしの思いを知りたい…そんな顔をしていた。

 

「ペン見つけても、ネプギアちゃんはなにも得しない。ネプギアちゃん、やらなきゃいけない事がある。それに…わたしとラムちゃんは、ネプギアちゃん達にいじわるした。…なのに、どうして…?」

「…ロムちゃん、困ってたでしょ?泣いちゃう位、辛かったんでしょ?だからだよ」

「だから…?」

「確かに、わたしにはやらなきゃいけない事があるし、それはとっても大切な事だけど…だからって目の前で困ってる人を無視していい理由にはならないもん。たとえ理由にはなっても、わたしはそんなの嫌だもん。…困っている人は、助けるのが大変でも何かしてあげたい。わたしはそう思うな」

 

わたしはその思いを…ユニちゃんとの関わりで得た、わたしの女神としての覚悟を伝える。…これだけは、わたしにだって譲れないよね。それに……簡単に諦めちゃったら、それこそユニちゃんに怒られちゃうよね、わたし。

 

「ネプギアちゃん…やさしい…」

「そ、そんな事ないよ。多分ユニちゃんやイリゼさん達だって、この状況なら無視なんてしないと思うもん」

「……ふぇ…」

「え、えぇっ!?どうして泣くの!?」

「だ、だって…わたし、いじわるした…ネプギアちゃん、こんなにやさしいのに…わたしもラムちゃんも、いじわるしちゃったから…」

「い、いいんだよもう。それに、えっと…ほら、さっきロムちゃんわたしが何も得しないって言ったでしょ?…そんな事ないんだよ。わたしちょっとだけだけど、得があると思ってる部分もあるもん」

「そう、なの…?」

「うん。ここで見つけられれば、ロムちゃんとちょっとは仲良くなれるかな〜…って思ったの。だから、わたしはそんなに優しくなんてないんだよ」

「ネプギアちゃん…」

「それよりも、早く探そ?さっきも言ったけど、暗くなったら……」

 

探し辛くなる。そう言おうとして…わたしは、既に大分暗くなり始めている事に気付いた。まだ人影も物の形も分かるけど、完全に暗くなるまではもうあんまり時間がない。それに慌てそうになったわたしだったけど……動揺してたのは、わたしだけだった。

 

「…もう、いい……」

「もういい…?も、もういいって…ロムちゃん諦めるの…?」

「ううん。でも…もうくらいから、後はわたしだけで探す…」

「…もしかして、わたしの事気にしてるの?」

「これ以上、ネプギアちゃんにめいわく…かけられないもん…」

「迷惑なんて…そんな事ない、そんな事ないよロムちゃん…!」

 

申し訳なさそうにふるふると首を振るロムちゃんの顔は、どこか寂しそうなものだった。それを見たわたしは、軽く自分の頬を叩いて思考をフル回転させる。そんな事を言われたら、そんな顔をされたら…余計に諦められないよ…!

 

(地道に探すんじゃ、見つかる前に真っ暗になっちゃう。だから、ありそうな場所を考えなきゃ。落ちるには何が必要なのか、落ちた物はどうなるのか、そもそも女神が落し物をするのはどういう時か……って、あれ…?)

 

考えて、考えて、あり得そうな可能性を全部頭の中で取り上げて、検証して……そして、気付く。

 

「もしかしたら……!」

「ね、ネプギアちゃん…?」

 

駆け出すわたし。向かう先は、雪の小山。わたしが二回、ユニちゃんとロムちゃんがそれぞれ一回ずつ突っ込む羽目になった、女神候補生が埋もれる事に定評のある雪小山。

 

「そこって…」

「わたしとロムちゃん、ここに入っちゃったでしょ?その時、わたし達二人共女神化が解けて、その後雪をかき分けて脱出したでしょ?だから…!」

 

冷たい雪へと手を突っ込んで、掘り返す。少しやるだけで指先が冷えで痛くなってきたけど…それでも、掘り続ける。そして────わたしの手に、硬い棒状の物が触れる。

 

「……これ、だよね?」

「あ…!わたしの、ペン…!」

 

引き抜いた手に包まれた、一本のペン。それをロムちゃんに見せると、ロムちゃんはぱぁぁと顔を輝かせ、ペンを渡すとロムちゃんは大事そうに両手で受け取った。そんなロムちゃんの顔を見て、わたしは心から安堵する。

 

「良かったぁ、見つかって…結構時間経っちゃったけど、大丈夫?」

「あ…ラムちゃん、怒ってるかも…」

「そっか、きっと心配してるよね。早く帰ってあげた方がいいよ」

「(こくこく)

女神候補生とはいえ、ロムちゃんはまだまだ子供。姉妹のラムちゃんは勿論、ミナさんやフィナンシェさん達職員の人も心配しているかもしれないと考えると、ここまで連れ回した事はちょっと悪かったかなぁ…と思うわたしだった。

ペンを両手で握ったまま、出入り口へと駆け出すロムちゃん。それを見送ろうとしたら…ロムちゃんは、途中でわたしの方へ振り返った。

 

「あ、あの……」

「ん?どうしたの?」

「あ…ありがとう、ございました!」

 

それまでで一番大きな声で、ぺこりとお礼をしてから今度こそ去っていくロムちゃん。そんなロムちゃんを見たわたしは、心の中が温かくなる様な気がしたのだった。

 

「ありがとう、か…えへへ、少しは仲良くなれたかな?さて、わたしもそろそろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ!いけない!トイレ行くって言ってそのまんまだ!きっと皆怒ってるよー!」

 

 

 

 

「はい、はい…今気付いたみたいです。多分すぐに戻ってくるかと…」

 

ロムを見送ったネプギアは、やっと自分が皆を待たせっぱなしである事に気付いた様子で慌て始める。…はぁ、何してんのよネプギア…。

 

「…分かりました。アタシも戻りますね」

 

ネプギアが中々戻ってこない事を不審に思ったアタシは、ネプギアを探しに出た。電源切ってるのかマナーモードで気付かないのかは分からないけどネプギアは電話に出ず、結局アタシはこうして探し回る事でネプギアを発見した。……ほんとに何してんのよネプギア…!

 

(…けどまさか、ペン探しを手伝ってたとはね……)

 

建物の裏に隠れてネプギアを見ながら、アタシは思う。アタシは、ネプギアがロムのペン探しをしているのが最初信じられなかった。だって、相手は一方的に言いがかりをつけてきた相手で、謝るのも渋っていた相手。確かにアタシも同じ状況なら無視はしないけど……少なくとも、ネプギアの様に真摯には…自分の事の様に真剣には、探さない。身内や自国民でもないのに、別にその人の命や人生がかかってる訳でもないのに、そこまで必死になれる理由が分からない。……でも。

 

(…そういう奴なのよね、ネプギアは)

 

そう、ネプギアはそういう奴なんだ。ちょっと抜けてて、女神の割に自信が無くて、遠慮がちで…でも、凄く凄く優しい奴。アタシの信念に真っ向からぶつかれる位の優しさを持った奴。……アタシのライバルであり、友達。だから…安心したわ、ネプギア。やっぱりアンタは、そうでなくちゃね。

 

「…待たせてる事忘れてたのは擁護のしようがありませんが…ネプギアは、人助けしてたんです。そこは、考慮してあげて下さいね」

 

最後にそう話して、アタシは電話を切る。電話を切って、ネプギアを追う形で皆の元へ戻る。さて、と…わざわざ遅いアンタの為に探しに出て、アンタの為にフォローもしてあげたんだから、感謝しなさいよねっ!……あ…あ、アンタの為って言っても、これはイリゼさん達の手を煩わせるのはいけないと思ったり、評価されるべきところはきちんと評価されるべきだって思ったからであって、アンタが心配だとかアンタが落ち込んでほしくないとかじゃないんだからね!勘違いしないでよねっ!

 




今回のパロディ解説

・ヨーヨーを使うスケ番
スケバン刑事シリーズの主人公、麻宮サキの事。スケバン刑事に触ると火傷するらしいですが、REDだったらどうなのでしょう?…女の子なら、嫁になるのでしょうか…。

・けん玉を武器にする玩具屋の一人息子
タイムボカンシリーズの一つ、ヤッターマンの主人公高田ガンの事。基本玩具のけん玉ですが…玩具の中では打撃&刺突&中距離武器として、比較的使えそうな感じですね。

・〜〜でも〜〜ロムちゃんは今、泣いているから
機動戦士ガンダムSEED Destinyの主人公の一人、キラ・ヤマトの名台詞の一つのパロディ。この後ネプギアはユニをビームサーベルで…なーんて展開は勿論ありません。

・PPAP
小坂大魔王さんがプロデュースしてる(らしい)シンガーソングライター、ピコ太郎さんの持ち歌の事。林檎とパイナップルが付いてるペンを使うロム…うわ、シュールですね。


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第二十六話 封じ込めた思い

トイレに行っていた筈が大幅な変更寄り道をしていたネプギアと、そのネプギアを探しに行っていたユニが私達の元へと戻ってきてから数十分後。そこそことはいえ情報収集が出来た事、そして二人が合流した頃には陽も大分暮れてしまった事を理由に私達は教会へと戻った。うぅ、長時間外でただ待ってたせいで、完全に身体が冷えちゃったよ…。

 

「偶然トイレに行ったら迷って、しかもその先で丁度困ってる人を発見なんて、ネプギアも人助けの神に愛されてるわね。ネプギア自身女神な訳だけど」

「しかもその困っている人がロムちゃんという、ね。二人に協力してほしい私達側からすれば、棚から牡丹餅だけどさ」

「あはは…ほんと、すいませんでした…」

「ギアちゃんは良い事をしたんですから、謝らなくてもいいんですよ。…途中で連絡をくれたら、もっと良かったですけど…」

 

コンパの言葉に、私達はうんうんと頷く。人助けそのものは褒められる行為だけど、人付き合いや社会において重要な『ほうれんそう』を全部忘れて私達に待ちぼうけをくらわせた事は頂けない。今回は何でもない時だったからいいけど、切羽詰まった状況だったら色々と不味いしね。

 

「まあまあ、話はその位にしてご飯にしようよ。皆もお腹空いてるでしょ?」

「ま、それはそうだね。ネプギアも故意だった訳じゃないし、この辺にしてご飯にしようか」

 

上手くネプギアをフォローしようと思ったのか、単にお腹が空いていただけなのかは分からないけど…REDは話の流れを変えた。それに私も乗って流れを後押しし、私達はルウィーの食堂へ。

 

「〜〜♪」

「…なんか楽しそうだね、RED」

「うん。一人旅の時はお金を気にしたりしなきゃいけなかったけど…今は『女神御一行』という事で美味しい料理を好きに食べられるからね〜」

「あ、あそう…」

「ふふっ…別にREDの肩を持つつもりじゃないけど、気持ちは分かるわ。一人旅は気楽だけど全部自己責任だから、一人旅した事ない人が思ってる程自由じゃないのよね」

「お、さっすがアイエフ!RED的に嫁ポイント高いよ!」

 

謎のポイントの発生に苦笑いしつつ食堂へ入る私達。時間が時間という事もあり、食堂はそこそこ賑わっていたけど…どうやら、理由はそれだけじゃない様子。

 

「んしょ…んしょ…」

「はいはーい、これ終わったわ!」

「あれ?あの子って……」

 

可愛らしいエプロンを着けて、お皿を運んだりテーブルを拭いたりしている二人の少女。その二人は…どう見ても、ロムちゃんとラムちゃんだった。

 

「な、なんで候補生二人がこんな事を…」

「さ、さぁ…ネプギア、アンタは食堂で手伝いした事ある…?」

「ううん、後片付けの手伝いは偶にするけど…特に理由がない限り、食堂は使わないもん」

「アタシもよ…ルウィーはこれがルールなのかしら…」

「いえ、あれはロム様への罰ですよ」

 

ちょこちょことお手伝いの為に食堂を走り回る二人はとても愛らしく、見ているだけでほんわかとした気分になる。そんな二人が食堂の賑やかしとなっているのは明白だった。…というか、幼女が食堂的な場所で料理関連の事してるってどこの極東支部だろう…。

それはともかく、何故二人がこんな事をしてるんだろうと疑問を抱く私達。そんな私達に答えてくれたのは、後ろからの声だった。

 

「あ、ミナさん…」

「皆さんこんばんは。先程はロム様を助けて頂きありがとうございました」

「助けたなんて、そんな…わたしはちょっと手助けしただけですよ」

「そうですか?ロム様はその事を『ネプギアちゃんが、ずっと一緒にさがしてくれたの』と、嬉しそうに言っていましたよ?」

「ロムちゃんが、ですか?…そっか、そうなんだ……」

 

ミナさんからロムちゃんが嬉しがってた事を聞いて、こちらもまた嬉しそうな反応を見せるネプギア。そんなネプギアにユニが茶々を入れ、ネプギアがちょっとわたわたしながら突っ込むというやり取りの後、話は進む。

 

「それで…罰というのは?」

「黙って遅くなるまで出かけていた事に対して、です。全く、今は犯罪組織もいるというのに…」

「あ、あの…それってわたしが連れ回したせいですよね。その、ごめんなさい…」

「い、いえ!さっきも言った通り、わたしもロム様も感謝しているのですから、気にしないで下さい!」

「そ、そうですか?…あれ?でもそうなると…どうしてラムちゃんまで?」

「一緒にやりたい、とラム様自身が言ったんです。…ですがあの調子では、あまり罰になりませんよね…」

『あはは……』

 

罰、というよりゲーム感覚でお手伝いをしている二人と、それを見て溜め息を吐くミナさんを見て私達は苦笑いを漏らす。…っていうか、ミナさんとロムちゃんラムちゃんだと親子感が凄い……。

 

「ま、まぁそういう事ですので、皆さんはお気になさらず…」

「あ、はい…じゃあ改めて皆、ご飯に……」

「あーーっ!」

 

意外なお手伝いさんの存在に気を取られていたものの、私達の目的はあくまで晩ご飯。という事で奥へ進もうとした私達だったけど、それよりも前に食堂中へ大きな声が響き渡る。その声の主は……ラムちゃん。

 

「あらわれたわねロムちゃんをゆーかいした悪い女神!またゆーかいしようったって、そうはいかないんだから!」

「え……えぇっ!?」

「今すぐわたしが……えーっと、そこのおにーさん!これ持ってて!」

「え?……あ、はい…」

「こほん。…今すぐわたしが叩きのめしてあげるわ!」

 

持っていた食器を近くの職員さん(食事中)に渡し、ラムちゃんは腕まくり…っぽい仕草をしながらこちらへずんずんとやってくる。…なんか、また早とちりされてない…?

 

「……ネプギア、言い返してやったら?」

「い、言い返すって…えと、わたしは誘拐なんてしてないよ…?」

「ふーん。ロムちゃんにはそう言ったみたいだけど、わたしはだまされないわ!○○してあげるからおいで、っていうのはゆーかいはんのじょーとーしゅだんだもの!」

「そ、それは…そうだね…」

「ちょ、何認めてんのよネプギア!それはそうかもしれないけど、アンタはそれ目的じゃなかったんでしょ?てかそもそも、それ知り合いじゃない場合だから!」

「それも確かに…でもユニちゃん、わたしラムちゃんを説得する自信が……」

 

ラムちゃんとユニに強い口調で言われてたじろぐネプギア。相変わらずネプギアは強い口調で言われると弱いらしく、今は軽い板挟み状態になってしまっている。そして……そこにやってくるのは、この話の当事者でもあるロムちゃん。

 

「あ……ネプギアちゃん…」

「ちょ、丁度いいところに…ロムちゃん、ラムちゃんを説得してくれないかな?わたしには難しくて……」

「さ…さっきは、ありがと…」

「へ?…う、ううん。さっきも言ったでしょ?わたしはそうしなきゃと思って、ロムちゃんと仲良くなりたいと思ってやっただけだって」

「ネプギアちゃん……」

「ふふっ。もう無くさない様にね?」

 

ぎこちないながらも小さな笑みを見せるという、昨日とは全然違う様子のロムちゃん。ネプギアも初めは説得をしてもらおうとしていたけど…ロムちゃんの雰囲気に流されたのか姿勢を低くし二人の世界へ。

その瞬間、私は「あ、不味いな…」と思った。だってさ、今ラムちゃんご立腹なんだよ?そんな中、ロムちゃんが自らネプギアに話しかけて、ネプギアも楽しそうに返してるんだよ?そんな事が目の前で起きれば、そりゃまぁ……ラムちゃんの怒りは限界突破するよね…。

 

「う、うぅぅぅ……ふしゃーーッ!」

『ら、ラムちゃん!?』

 

なんかもう、威嚇してる時の猫みたいな感じになってしまったラムちゃん。それに気付いたネプギアとロムちゃんは止めようとするけど、もう止まらない。

 

「もう絶対、絶対、ぜーったいにゆるさないんだから!せんせんふこくよせんせんふこく!むきーっ!」

「せ、宣戦布告!?また戦うの!?」

「当たり前よ!ロムちゃんを取ろうとするやつなんかぶっとばすに決まってるじゃない!ロムちゃんもどいて!」

「あ、え…ら、ラムちゃん…?」

「っていうか、なんであんたはロムちゃんにちょっかいかけようとするのよ!そっちのユニ一人じゃ不満なわけ!?」

「ちょっと、なんかその言い方は変な意図がある様に聞こえるんだけど…」

 

昨日以上に牙を剥くラムちゃんは最早ロムちゃんもテンパる程。私とミナさんは流石にこれは危険と判断し、機を見て割って入ろうとする。

……けど、それは叶わない。ヒートアップしていたラムちゃんはもうそんな隙も見せてくれず…何より、もう流れは『それ』へと向かってしまっていたのだから。

 

「表に出なさいネプギア!さぁほら!」

「ほ、ほんとに違うんだってラムちゃん!うぅ、どうしたら信じてくれるの…」

「信じるもなにも、なにしに来たのかすらよくわかんないやつの事なんて信じられる訳ないでしょ!」

「……!ラム様、それはわたしが後から話しますから、ね?」

「わたしはネプギアの口から聞きたいの!」

「ですが……」

「…いい機会じゃない。ネプギア、ラムの言う事も一理あるわよ」

「だよ、ね…うん。ラムちゃん、それにロムちゃん。わたし達はね、二人に協力してもらいにきたの」

『協力…?』

「そう。こんな状況で言ってもわざとらしいかもしれないけど…わたし達は、お姉ちゃん達を助ける為の旅をしてるの。だから、お姉ちゃん達を…ブランさんを助ける為に、協力してくれないかな?」

『……──ッ!!』

 

──その瞬間、空気が凍り付いた。ロムラムの二人が、だとか私達の周りが、とかのレベルではない。その瞬間に、その場全てが…食堂全体の空気が、凍り付いてしまった。

 

「……あ、あれ…?」

 

思いもよらない激変に、ネプギアは…私達は驚きを隠せない。もしネプギアがとんでもない事を言ったのなら、こうなるのも分かる。けど、ネプギアは何も変な事は言っていない。強いて言えば、ミナさんに待つよう言われていた事だけど…それでも、空気が凍り付く事は全くもって理解が出来ない。

 

「ろ、ロムちゃん…?ラムちゃん…?これって、一体…」

「し、知らない……」

「そんな…わたしは、わたしはただお姉ちゃん達を…「言わないでッ!」……え…?」

 

ネプギアが再び言おうとした瞬間、ラムちゃんは叫んだ。叫んで、ロムちゃんと共に食堂を出ていってしまった。──姉の存在を口にした瞬間に、二人は出ていってしまった。

 

「え…え……?」

 

何が何だか分からない。そんな様子でネプギアは周りを見回すけど…私もコンパもアイエフも、REDやユニだって何も答えられない。だって、私達にも分からないから。

……そんな中で口を開いたのは、ミナさんだった。

 

「……お二人は…ロムとラムは、ブラン様の事を思い出さない様にしているんです」

「は、い……?」

「…お話します。何故、わたしがすぐに返答出来なかったのかを…二人がギョウカイ墓場から帰ってきてから、一体何があったのかを」

 

 

 

 

ロムちゃんとラムちゃんは、わたしやユニちゃんと同じく傷心のままルウィーへと逃げ帰ってきたらしい。帰ってからはお姉ちゃんに拒絶された辛さとまるで戦いの役に立てなかった情けなさに泣いて、その後いつまで経ってもお姉ちゃん達が帰ってこない事にショックを受けて…というところまでは、わたし達と全く同じ。そこからわたしは暫く腑抜け状態になってて、ユニちゃんは理想を妥協してでもノワールさんの代わりになろうとして…という違いはあったけど……ロムちゃんラムちゃんは、それ以上にわたし達とは違っていた。

 

「……ブラン様を姉として慕っていた気持ち、ブラン様が帰ってこない事への寂しさ、帰ってこない一因が自分達にあるという罪悪感、そして何よりブラン様が自分達を好きでいてくれる姉でなくなってしまった事への絶望…その様な感情が折り重なった結果、ある時二人はブラン様の事を口にしなくなりました。それこそまるで、ブラン様が初めからいなかったかの様に」

 

だから、自分達職員も二人の前ではその話をしない様にしていた…とミナさんは付け加える。…話をしている最中のミナさんは、凄く複雑そうな顔をしていた。

気持ちは、分かる。わたしとロムちゃんラムちゃんとは完全に同じ立場で、同じ辛さを味わったんだから。でも、一つだけ納得がいかない。二人はブランさん…お姉ちゃんに本気で拒絶されたって思ってるみたいだけど、それは……

 

「…違いますよ…確かにあの時わたし達は酷い事言われましたけど、あれはお姉ちゃん達の本心なんかじゃないんですよ…逃げる度胸も無かったわたし達を、それでも何とかギョウカイ墓場から逃がす為に言った事で、わたし達を嫌ってなんか……」

「分かってます。二人から話を聞いた時、わたしも思いました。ブラン様はそんな冷たい人じゃない、と。…ですが、二人は候補生の中でも特に幼く、ブラン様と会ったのもあの戦闘きりです。…そんな二人が、ブラン様達の真意に気付けると思いますか?」

「それは……」

 

気付ける…とは言えない。わたしだって、お姉ちゃん達の真意に確信を持てたのは調査の時に無事でよかったって、あの時はごめんねって言われて以降だし、そもそもわたしやユニちゃんだって一度は拒絶されたと思ったからこそ逃げ出した訳だから。…だけど、やっぱり納得いかない。

 

「でも、だからって…辛いからって、お姉ちゃんの事そのものを触れない様にするなんて……」

「…二人にとっては、そうでもしないと耐えられなかったんだと思います。二人なりの処世術なんです、きっと…」

 

そういうミナさんの顔は、悲しそうな色が浮かんでいた。…わたしは納得出来ないけど…ミナさんがそういうんだから、きっとそうなのかな……。

 

「もっと早く、話しておくべきでした。迷っていた結果がこれでは、本末転倒ですよね…」

「わたしこそ、すいませんでした…わたしが言葉選びに気を付けていたら…」

「…気にする事はないよ、ネプギア。これは良い事ではないけど…お姉ちゃんが禁句なんて予想する方が難しいもん。今回は間と運が悪かったのであって、ネプギアのせいじゃないよ」

「でも……」

 

そう言ってイリゼさんはフォローしてくれたけど…わたしの心はすっきりしない。

 

「…イリゼさん、ロムちゃんラムちゃんの事を放っておいたりはしませんよね?何とかしてあげますよね?」

「それは……うん、出来る範囲の事をするつもりではあるけど…」

「…イリゼ、さん…?」

 

わたしは、イリゼさんの顔を見る。イリゼさんはわたしが無理な道を歩もうとした時は窘めてくれて、わたしとユニちゃんが喧嘩した時は上手くお膳立てしてくれた、わたしにとっては頼れる人。だから今もきっと『よし、なんとかしよう』と言ってくれると思って見たけど……イリゼさんは、そうは言ってくれなかった。イリゼさんは、ただ曇った顔で曖昧な言葉を返しただけだった。

 

「…ごめんね、ネプギア。ネプギアの気持ちは分かるけど…今回に関しては、即答出来ない」

「そんな…」

「…その通りね。これについては私も感情を先行させない方がいいと思うわ」

「二人の事は心配ですけど…大事だからこそ、よく考えなきゃですもんね…」

「…ミナさん。事情が事情ですし、私達が今後二人に対してどう接するかは…こちらで少し、相談します」

「…はい。お願いします」

 

そうして話は終わってしまった。わたしはロムちゃんとラムちゃんの事に納得出来ないまま、イリゼさんやアイエフさん、コンパさんの判断にも納得出来ないままで終わってしまった。

確かに、簡単に何とか出来る事ならミナさんや職員さん達が何とかしていただろうし、二人がブランさんの事を心の奥底に封じ込めてしまっているならよく考えて接するべきだとも思う。わたしは具体的にどうするかもまだ思い付いてなくて、きっとわたしよりイリゼさん達の判断の方が正しいんだと思うけど……

 

 

 

 

「……そこは、もっと強気になってほしかったです…」

 

……この時、少しだけ寂しい気持ちになるわたしだった。




今回のパロディ解説

・RED的に嫁ポイント高いよ!
やはり俺の青春ラブコメは間違っているの主人公の妹、比企谷小町の代名詞的台詞の一つのパロディ。嫁ポイント云々をアイエフに言うと原作無印っぽいですかね…?

・幼女が食堂的な場所で料理関連の事してる
GODEATERシリーズの登場キャラクターの一人、千倉ムツミの事。こちらは食堂ではなくラウンジですし、食事関連の事もしてるので、実際には結構違いがありますね。


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第二十七話 気持ちは同じだから

ロムちゃんとラムちゃんの秘めているものを知ってから、数日後。クエストを行ったり、女神のシェア回復に努めたりしていた私達だったけど……当のルウィーの女神候補生である二人とは、あまり接していなかった。

私達が選んだのは、ミナさんや職員さん達と同じ対応。向き合うでもなく、慰めるでもなく…ただ、現状を維持している。……少なくとも、表面上は。

 

「ミナ様、イリゼ様達をお連れしました」

 

扉越しに声をかけ、私達を部屋内へと案内するフィナンシェさん。私達が案内されたのは、教会の中の会議室の様な部屋…というか、会議室。フィナンシェさん経由でミナさんから『重要な頼みがある』と言われた私達は、その内容を聞く為にこの部屋に来ていた。

 

「ご苦労様です、フィナンシェさん」

「お待たせしました。それで、頼みというのは……あれ?」

「お久し振り、ですね」

 

早速話を聞こう…と思った私だったけど、会議室にはミナさんの他に二人程男性がいた。

一人は軍の制服を身に纏った男性。全くもって見覚えのないその人は、それなりの階級なのかこの場においても平然とした表情を浮かべている。

もう一人は、眼鏡をかけたスーツの男性。私達に向かって柔和な笑みと共に声をかけてきたその人は良くも悪くも見覚えのよくある、ブランの熱狂的信者……

 

「…ガナッシュさん、です?」

「えぇ、ガナッシュです。そちらの赤髪の方は、お初ですね」

 

そう、元アヴニール社員で今はルウィー教会職員のガナッシュさんだった。私は……監査以来だったかな?

 

「……いけすかないものを感じる…」

「い、いけすかないですか?」

「いけすかない!この人多分表の顔はにこにこしてても裏で悪い事考えてるタイプだよ!アタシの嫁候補達をイケメンスマイルで誑かそうったってそうはいかないんだからね!」

「…す、凄い……後半はともかく前半は的を射ているよ…」

「確かに私達は騙されて殺されそうになったし、その後も襲われたりまた騙されたりしたわね」

「ほらやっぱり!つまり…えと、ガナッシュ?…はアタシの敵!」

「なっ、み、皆さん…!過去の事は否定しようがありませんが、そんな彼女を駆り立てる様な事は言わないで下さい!」

「そうですよ!REDさん、今は教会職員さんですから、襲わないであげてくれませんか?」

 

理由はよく分からないものの、ガナッシュさんの性格をそこそこ見抜いたRED。しかも私とアイエフが余計な事を言っちゃったせいでエンジンがかかり、今にもけん玉かヨーヨー辺りをぶつけそうな雰囲気になってしまった。

が、そこでREDを鎮めに入ったのはまさかのネプギア。ユニ同様ガナッシュさんとは殆ど面識がない筈のネプギアが止めようとした事に、私達は目を丸くする。

 

「えぇー…でもイリゼ達に悪い事した人なんでしょ?」

「そうらしいですけど…改心した人を襲うなんてあんまりですし、そんな事したらREDさんも悪い人になっちゃいますよ?」

「む…ネプギアがそういうなら、まぁ……」

「た、助かりましたネプギア様…」

「いえいえ。ガナッシュさんが本当は良い人だって事、わたしには分かってましたから」

「分かってた?ネプギア、アンタそんな交流あったの?」

「ううん。でも……機械好きに悪い人はいないもん!」

『……あー…』

 

ふんすっ、と意気込んで持論を言ってのけるネプギアに……私達は全員で苦笑いだった。…純真さと機械好きが混じった、ネプギアらしい発言だよこれは……。

 

「……えぇ、と…大変言い辛いのですが…私は確かに機械への造詣は深いですが、別に機械好きという訳では……」

「え……っ?」

「…何か、期待を裏切ってしまって申し訳ありません…」

「い、いえ…わたしが勝手に勘違いしてただけなので、別に……」

「…………」

「…………」

「…あのー…本題、宜しいでしょうか…?」

「あ、は、はい!どうぞ!」

 

残念!ネプギアの持論はともかく、ガナッシュさんは別にメカオタという訳ではなかった!……ネプギアとガナッシュさんは勿論、それを見ていた私達までそのなんとも言えない流れに微妙な気分に。

数秒の静まり返った時間の後、口を開いたのはミナさん。その発言は若干空気の読めないものだったけど…空気を読んだところでどうしようもないのが今の状況だった為、ネプギアを始め全員がその質問に首肯する。

 

「では…先日ラステイションで新型のキラーマシン系列機が発見された…のはご存知ですよね?その発見者というのが皆さんという話ですし」

「はい。この事はラステイションの教会から各国に通達したと聞いていましたが…」

「えぇ。その件を知って以降、ルウィー教会はガナッシュさんを中心に対策チームを立ち上げ、国内の調査をしてきました」

 

私達の同意を得たミナさんは説明を開始。まだ説明はとっかかりの部分だけど…既に大分雲行きが怪しい。教祖に、調査班のリーダーに、軍人に、女神を含む私達。それだけの面子がいる場でこの話となると…この時点でもう、この先の内容は読めてしまう。

 

「ガナッシュが?…目には目を、歯には歯を、元アヴニールには元アヴニールを…って事かしら?」

「半分はその通り、私はこれでもアヴニールの役員でしたからね。私なりのコネクションもありますし、私だからこそ気付けるものもある…とミナ様に判断された訳です」

「それじゃあ、もう半分は何です?」

「私が工業畑の人間という事、ですね。魔法が発達している分、ルウィー国民は他国民に比べ科学技術への認識が甘いですから」

 

ガナッシュさんの言葉にミナさんと軍人さんの両方が肩を竦める。彼の言う通り、ルウィーの社会における技術シェアは他国に比べて圧倒的に魔法の割合が多い(というより、単に他国は魔法のシェアがほぼゼロなだけだけど)。だからその分上から下まで科学を軽んじてる人が多少ながらいるし、それはつまり他国よりも調査能力に欠けるという事。そこに四ヶ国でも特に工業に力を入れているラステイションの元大企業役員を登用するというのはよく分かる話だった。……そういえば特務監査官になってから、随分と私は各国の実情を知る様になったなぁ…。

 

「…とまぁ、そういう事で調査をしてもらっていたのですが……話の流れからも察せられる通り、先日キラーマシンの生産工場と思しき施設が発見されました」

「じゃあ、あのキラーマシンはルウィーで…?」

「それはどうでしょう。発見出来たのはその一ヶ所ですが…恐らく生産施設は他にもあります。というより、一ヶ所だけで生産などリスク回避が出来てないにも程がありますから」

「それは、確かに…」

 

ユニの問いにガナッシュは否定の回答を返す。ガナッシュさんの言う通り、十中八九氷山の一角だけど…それはあんまりありがたくないよね。

 

「そして…我々ルウィー教会はその施設を非合法施設と断定。明日軍による制圧作戦を行う事を決定しました」

「制圧作戦……」

「出どころが分かった以上、一機でも多く外部に出される前に止めておきたいですからね。こちらが作戦の概要です」

 

そこで遂に口を開いた軍人さん。彼が机上のリモコンを操作すると、会議室の大型モニターが起動し工場の画像や地理、それに部隊の展開予定図等が映し出される。

 

「…この様に陸戦部隊で工場を包囲した後、屋内戦闘に長ける部隊を筆頭に制圧を開始する…というのが本作戦の概要です。しかし、問題はキラーマシンの存在」

「イリゼ様達のおかげで対キラーマシンノウハウが出来ているとはいえ、それが出来る人間は軍と言えどそう多くないというのが現状。余程大規模な作戦にするか、制圧ではなく殲滅を目的とするかでなければ軍の被害も馬鹿にならないでしょう」

「…そこで、私達の出番…という事ですね」

 

軍人さんの説明をガナッシュさんが引き継ぎ、ガナッシュさんの説明の結論を私が引き継いだ。…ま、具体的な役目はともかく私達にも参加してほしいのであろうって事は予想済みだったしね。

 

「その通りです。…誠に勝手ながら、我々軍は皆さんに先陣を切って頂き、可能な限りキラーマシンを排除してほしいのです」

「勿論、これは本来ルウィーの責任で行う事。わたし達は強制しない…というより出来ませんし、それ相応の対価も払うつもりです」

「えっと、つまり…アタシ達は協力して、ってお願いされてるって事?」

「はい。ご協力、どうか宜しくお願いします」

「わわっ、皆さんそこまで畏まらなくても!」

 

そう言ってミナさんに…ガナッシュさんや軍人さん、ずっと黙って待機していたフィナンシェさんも含めた四人に頭を下げられる私達。私やアイエフ辺りはそれを冷静に受け止めたものの、逆にネプギアは元々の性格も相まって完全にわたわたしてしまっていた。…これは放っておいたら勝手に了承しちゃいそうだよ…まぁ、私としてはそれでも構わないけどね。

 

「…じゃあ、どうするです?わたしは協力してあげたいと思うですけど…」

「アタシもです。キラーマシンとなれば、ラステイションの女神として無視は出来ませんから」

「アタシも二人に賛成!可愛い教祖さんと侍従さんに頼まれたら断れないもん」

「皆さん…あ、勿論わたしもです!」

「この段階で賛成四、ね…」

 

次々と上がる了承に、私はパーティーメンバーの相変わらずさと優しさを再確認。…けど、同時にもう一つ確認したい事があって、私の意思を言う前に質問を口にする。

 

「私は一人でどうとでもなるし、ネプギアとユニも油断さえしなければキラーマシン相手にも優位に立ち回れると思うけど…コンパ達はそこら辺どうなの?っていうか、二人はキラーマシンとの戦闘経験あったっけ?…MAGES.と一緒に起動前のキラーマシンを片っ端から潰していった事あるのは私も知ってるけど…」

「あーそれは大丈夫。足止めの為にイリゼが別行動してた時あったでしょ?その時私とコンパ、それに女神化出来なくなってたねぷ子の三人でキラーマシンを倒したもの。って事で、私も参加には賛成よ」

「今はねぷねぷはいないですけど…代わりにREDちゃんがいるですし、三人で動けば何とかなると思うです」

「そうだったんだ…なら大丈夫そうだね。…という事で、私達はその作戦に協力させて頂きます」

 

全員の意思を聞けた私は、一度佇まいを正して…パーティーとしての協力を明言した。……因みに今のコンパとアイエフの言葉を聞いた時、軍人さんは「少女三人でキラーマシンを、だと…?…世界は広いものだ…」…みたいな顔をしていた。…まぁ確かに、今は不在の別次元組含めうちのパーティーに所属してる人達は皆戦闘能力がおかしな事になってるもんね…。

 

「…皆さんのご協力を、心より感謝致します」

「いえいえ。…あ、でも私達は軍の指揮とは別に動かさせてもらってもいいですか?恐らく軍の指揮下で動くよりもそちらの方が上手く立ち回れるので…」

「それは勿論。むしろ女神様とそのご友人を指揮下に加えるなど、恐れ多いというものです」

 

協力するという事で話は進み、私達は軍人さんから作戦の詳細を説明してもらう。…と言っても私達の役目は『最初に突入してキラーマシンを破壊しまくる』という単純明解なものだから、ぶっちゃけ私以外はそこまで聞く必要もなかった。私は一応部隊長扱いという事で軍からの通信を聞いたり、有事の際に指揮官として動いたりするお仕事が出来たから聞いとかないと不味いんだけどね。

そうして数十分後、話を終えた私達は明日に備えて早々に解散する。さて、皆オフになったからって明日に障害が発生する様な事はしないだろうし…私も今日はゆっくり休ませてもらおうかな。

 

 

 

 

「ユニちゃん、いる?」

 

同日の夜。お夕飯もお風呂も終えて、明日に備えて後はもう寝るだけ…という段階になったけど、まだ寝るには早いし、今日は特に疲れる事もしていないから眠気もない…という事で手持ち無沙汰になっちゃったわたしは、何となくユニちゃんの借りてる部屋に出向いた。

 

「ネプギア?…あー、いるにはいるけど…」

「……?」

 

ノックと同時に声をかけたら、すぐに部屋の中からユニちゃんの返事が聞こえてきた。…けど、どうもその返答は歯切れが悪い。あれ、もしかして……

 

「…今、お取り込み中だった?」

「いや、別にそうではないけど…」

「そう?邪魔ならわたし、帰るよ?」

「うーん……ま、ネプギアならいっか…。多少散らかっててもいいなら入ってくれて構わないわ」

「それじゃあ、お邪魔するね」

 

ユニちゃんは数秒考えた後、わたしならいいらしくOKを出してくれる。わたしならどういいのか分からないけど…ちょっとその「ネプギアなら」って言葉がわたしを特別視してくれてるみたいで嬉しくなって、わたしは駆け足気味で扉を開ける。すると……その瞬間に、嗅ぎ慣れた臭いとあまり嗅ぎ慣れない臭い、その二つのツンとする臭いがわたしの鼻腔を刺激した。

 

「これって…あ、やっぱり……」

 

前者は機械油、後者は火薬。二つの臭いとユニちゃんの人となりから予想を立てて、扉を開けきると…予想通り、ユニちゃんは銃弄り…もとい、メンテナンスをしていた。…確かにこれはちょっと散らかってるね……。

 

「大丈夫だとは思うけど…部品がそっちに転がってるかもしれないし、足元には気を付けてよ?」

「あ、うん。これやってたから、最初微妙そうな反応したんだね」

「そうよ。アタシが銃のメンテ中してる姿は大概変わった目で見られるし…ま、アンタならそんな事ないんだろうけど」

「あはは、まぁわたしも似た様な事するからね。火薬の臭いはともかく、機械油の臭いはしょっちゅう嗅いでるし」

「アタシもよ。……変な女の子よね、アタシ達って」

「だね…」

 

重度のメカオタ女子に、重度のガンオタ女子。女神に子も大人もあるのかという話はおいといて…世間的にはかなりニッチな部類に入るという事をわたし達は自覚していて、だからこそお互いに苦笑を漏らす。……まあ、刀やバスタードソードを手入れするのもやっぱり普通の女の子っぽくはないし、そういう事言い出したらわたし達だけに留まらないんだけどね。

 

「にしても、いっぱい持ってきてるんだね…ワルサーP38とかトンプソン・コンテンダーとかもある?」

「それ大怪盗や魔術師殺しの愛銃じゃない…流石に持ってないわよ、興味はあるけど」

「そっかぁ…あのさ、ちょっと触ってみてもいいかな?」

 

メンテの邪魔にならなそうな位置に座ったわたしだけど…つい目線は置いてある銃に向かってしまう。だって、銃も『機械』の一種だもん。

 

「…壊したり部品懐に入れたりしない?」

「しないしない、っていうかわたしこれでも常識人のつもりだよ?」

「ならまあいいわ。…常識人云々はスルーとして」

「スルーされた…」

 

と言いつつも早速わたしは近くの銃を手に。うーんと、外見だけじゃ断定は出来ないけど…これはガス圧で装填するタイプかな?で、口径的には対通常モンスター用っぽくて、それでそれで…あ!これもしやレーザーサイト!?…か、格好良い…!

 

「どう?アンタも少しは銃の良さが…って、その様子だと少しどころか大分分かったみたいね」

「うん!…あ、それでさユニちゃん。わたしちょっと気になる事があるんだけど、聞いてもいいかな?」

「はいはいどうぞ」

「見たところどの銃も普通のモデルみたいだけど…光実複合型とか、万能タイプの銃は使わないの?」

 

これは実は、今ではなく少し前から気になっていた事。ユニちゃんは用途に合わせて銃を使い分けてるけど、わたしの知識と記憶が正しければラステイションの技術でも万能銃は作れる筈。勿論多機能型の万能銃は扱いが難しいし、コストも高くなるから量産には向かないけれど…ユニちゃんなら技量的にも立場的にも使えて当然なんじゃないのかなぁ…。

 

「あぁ…使うわよ?特注品を徹底的にカスタムした、アタシの相棒とも呼べるライフルだってあるし」

「でも、ここにはないよね…?」

「そりゃそうよ。万能銃は整備が面倒だし、消耗部品も簡単には用意出来ない…ってのは分かるでしょ?そんな銃を、ホームであるラステイションから離れてる時にほいほいと使うと思う?」

「あ、そっか……」

 

銃を組み立てながらの説明に、わたしは合点がいった。確かにその通り、どんなに良い武器でも整備が出来なければ役に立たないし、希少なパーツや脆い部品はおいそれと使えない。だからユニちゃんは一つの万能銃じゃなくて、どこでも整備が出来て運用出来る個別の銃を複数使うという事だった。…こういう堅実さ、ユニちゃんらしいなぁ……。

 

「っていうか、ネプギアのビームソードも整備に難があるでしょ?アンタはどうしてるのよ」

「わたし?わたしは…部品が調達出来ない時は、用意出来るものの中から代用品作っちゃうかな。それ用にジャンク品集めてたりもするし」

「…作っちゃう?」

「うん。流石に正規品と同性能…とはいかないけど、それなりの物なら作れるからね。それに、上手くいけば予想してなかったメリットが生まれたりもするんだ」

「…やるわね、ネプギアも……」

「ふふっ。でも確実さにはやっぱり欠けるし、わたしも少しはユニちゃんを見習おうかな」

 

なんて、わたし達は女の子らしさ皆無の話題に花を咲かせる。もし知り合いが今のわたし達を見たら、きっと呆れちゃうんだろうけど…わたし達自身が楽しいんだから、いいよね。

けれど、流石にユニちゃんが銃のメンテナンス中という事もあってあんまり深い話にはならず、数十分程したところで一度会話が途切れる。そうして数十秒程無言の時間が続いて……わたしは、ぽつりと思っていた事を漏らす。

 

「……どうして、明日の作戦にロムちゃんとラムちゃんは参加しないんだろう…」

 

会議室で細かい内容を聞いた時から、頭の隅でわたしはそう考えていた。他国の女神が手出しする事じゃない…とは思わないけど、一緒に参加する軍人さん達にとってはわたし達よりロムちゃんラムちゃんの方がいいんじゃないのかな…。

 

「そりゃ…二人がまだ子供だからでしょ。キラーマシンはそこらのモンスターとは違うし、突入後敵になるのは機械だけじゃないんだから、二人に任せるのは不安を感じるのも無理ないわ」

「そういう事なのかな…確かに二人だけで先行させるっていうのはわたしも不安を感じるけど、それならわたし達と一緒に…って案だってあるし…」

「それは、その…アタシ達との仲が良くないから…」

 

言い辛そうな顔をするユニちゃん。その言葉を聞いて、わたしはつい……ううん、本当はずっと思っていた事を…口にする。

 

 

 

 

「──このままで、いいのかな?…本当にこのまま、二人に何もしないままで…いいのかな…?」

 

ユニちゃんは、何も答えてくれない。けれど、分かる。これは答えられないとかじゃなくて、わたしの言葉の続きを待ってるんだって。

 

「分かってるよ?簡単に何とか出来る事じゃないって。わたし達がお姉ちゃん達を助けて、ブランさん自身の口からあの時の言葉を撤回してもらうのが一番楽且つ安全だって。……でもさ、それって…なにか、違うと思う」

「…………」

「別に、辛い事から逃げないのが正しいとは言わないけど…二人の思いに向き合わないで、勘違いやすれ違いを放置して、わたし達がここで何もしないのは…なんていうか、その……」

 

自分から切り出した事なのに、言葉が尻窄みになってしまう。一番大事な結論の部分が上手く言えずに口籠るなんて、感情が先走った行動の最たる例で、二人の抱えてるものを知ったあの時感情的に動いたりせず冷静に判断を下したイリゼさん達が、如何に的確だったかわたしは思い知る。…でも、それでもわたしはこの気持ちを心の中にしまって見ない様にする事が出来なくて、だから……

 

「……放っておけない、って事でしょ?何とかしてあげたい、力になりたいって事でしょ?…同じ気持ちを抱いた女神候補生だから、同じ立場の妹だから、二人を助けたい…そういう事よね?ネプギア」

「…ユニちゃん…どうしてわたしの気持ちを……」

「どうしてって…そりゃ、アタシも同じ気持ちだからに決まってるでしょ…」

 

銃を置いて、ユニちゃんはちょっと恥ずかしそうにしながらもわたしへ身体ごと向き直ってそう言った。わたしと同じ気持ちなんだって、そう言ってくれた。

その瞬間、わたしの心に炎が灯る。その炎に突き動かされる様に、わたしはこの気持ちと共に秘めていた思いを言葉にする。

 

「じゃあ…じゃあさ、やろうよ!わたしとユニちゃんで、ロムちゃんラムちゃんと向き合おうよ!わたし達なら、同じ女神候補生のわたし達ならきっと大丈夫だよ!だから……」

「…もし失敗したら、二人をもっと追い詰める事になったら…その時は、謝って済む事じゃなくなるわよ?」

 

わたしの言葉を、ユニちゃんが制す。真剣な表情で、勇み足の様になっているわたしへ再確認を取る様な雰囲気で制す。

 

「もしそうなれば謝って済む事じゃなくなるし、きっとイリゼさん達にも監督責任が発生するわ。アタシ達は女神だけど…イリゼさん達にとっては庇護対象でもあるんだから。二人にも、ルウィー教会にも、イリゼさん達にも迷惑をかける可能性もあるって事を分かった上で、それでも…言える?」

「……そう、だよね…うん。わたしまた浅はかだった。ユニちゃんに言ってもらえなきゃ困ってたよ」

「なら……」

「──でも」

 

ユニちゃんに言われた事を受け止めて、よく考えて……わたしの考えに、思いに組み込む。そして……今度は、わたしがユニちゃんを制す。制して、今度ははっきりと言葉を紡ぐ。

 

「それでも、わたしは二人を助けたい。だって……それが、わたしの目指す女神だから。危険だとしても、わたしはより満足出来る方へ進みたいから。それで、もし駄目だったら…最悪の結果になったら、その時はきちんと責任を取るよ。責任は…責任を取る覚悟は、あるよ」

「……ったく、ほんっとアンタは普段気弱気味なくせにこういう時は全力で強気を取るわね。…だったら、やるわよ。二人でロムとラムの気持ちを全部受け止めて、力になって…それで、仲間になるわよ、ネプギア!」

「うんっ!」

 

決意は固まった。覚悟も決めた。そして何より、同じ思いを抱く仲間が…友達がいる。ならもう後は動くだけ、目標に向かって走るだけ。ただ、それだけ。

わたし達は立ち上がる。立ち上がり、扉を開け、そして二人の元へ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それは、私に止められたとしても…貫ける思いなの?」

 

扉を開けた先。その先の廊下に…イリゼさんはいた。腕を組んで、壁に背を預ける形で立っていた。イリゼさんの姿に、わたし達は凍りつく。

 

「い、イリゼ…さん…?…いつから、そこに…?」

「少し前から、ね。内緒話をしたいなら、最低限戸締りは確認するべきだと思うよ?」

「……っ!…ご、ごめんユニちゃん…もしかしたら、わたしちゃんと扉閉めてなかったかも…」

「この馬鹿……!」

 

イリゼさんには厳しい目で、ユニちゃんには怒った目で見られる。…全くもって、わたしは言い訳が出来ない。前者はともかく後者は完全にわたしのミスだから、言い訳のしようがない。

 

「姉妹揃ってどこか抜けてるよね、ネプギアは……で、どうなの?私に止められても、二人はロムちゃんラムちゃんのところに行くの?」

『……っ…』

「悪いけど、時間はあげないよ?明日は重要な作戦があるんだから、ここできっぱりと答えられない様なら行かせないし、二人にはこの事をきっぱりと諦めてもらう。……私も、覚悟を持って動いてるんだから」

 

イリゼさんの言葉に、イリゼさんの気迫に、わたし達はたじろぎそうになってしまう。そして同時に気付く。イリゼさんも、イリゼさん達も安易に二人と接しない事を選んだんじゃなくて、よく考えて覚悟を決めた上でそうしていたんだと。……やっぱり、わたしはまだまだ学ぶ事が多いんだね。…でも、イリゼさん、わたしは…わたし達は……

 

「…行きます。例えイリゼさんに反対されようと…わたし達は、二人を助けます!」

「それがアタシ達の覚悟です!これは譲れません!」

「そっ、か……ならッ!」

『……っ!』

 

わたし達の決意を聞いたイリゼさんは、ゆっくりと頷いて…次の瞬間声を荒げ、どんっと一歩踏み込んだ。

そこにいたのは、国を守るのに何の遜色もない女神。同じ女神であるわたし達ですら畏怖をしそうになる迫力を纏ったイリゼさんは、わたし達の──

 

 

 

 

 

 

「……頑張ってね。ネプギア、ユニ」

 

……背中を、押してくれた。すっとわたしとユニちゃんの間に入って、優しい微笑みを浮かべながらわたし達の肩を叩いてくれた。叩かれたのは肩だけど…その時わたしは、本当に背中を押された様な気がした。

わたし達は、ロムちゃんとラムちゃんの元へと向かう。イリゼさんはそれ以上は何も言わず、わたし達も何も返さなかったけど…わたし達の気持ちも、イリゼさんの思いも互いに相手に伝わっている。そう思えたから、わたし達は迷わず進む。心の中で、感謝を込めながら。

 

──はい。ユニちゃんと頑張りますね、イリゼさん。

 

 

 

 

強い意志を持った足取りで二人の元へと向かうネプギアとユニを、見送る。見送りながら、私はつい苦笑いを漏らす。

 

「……まさか、このタイミングでとは…ね」

 

ここに来たのは、本当に偶然だった。なんて事ない用事で偶々ここを通ったら、僅かに開いてた扉から二人の話が聞こえてきて、二人の決意を知っただけだった。だから、これは100%想定外の展開。だけど、

 

(…二人なら、そうするとは思ってたよ)

 

私だって、ロムちゃんラムちゃんを放置なんてしたくなかった。でも幼い二人に私の言葉を聞いてもらうのも、二人に思いを吐露してもらうのもあまりにも難しいと思っていたから、私からアクションを起こす事はなかった。

でも、内心実はネプギアとユニに期待していた。二人なら双子と話せるかも、気持ちを共有出来るかもって期待して、二人が動くのを待ってる自分が心のどこかにいた。コンパやアイエフ、それにひょっとしたらREDもそんな私の思いに気付いて何も言わなかったのかもしれない。……指導してる候補生達に期待して任せるなんて、ちょっと情けないかもね。でも……

 

「……二人は仲間でもあるから。仲間を信頼するのは、何も変じゃないよね」

 

私とネプギアユニは、そういう縦の関係もあるけど…仲間という対等の関係もまたあるって私は思ってる。だからこそ時には怒るし、時にはこうして頼りにする。……それでいいんだと、私は思ってる。

 

「さて…じゃ、私は二人の事を説明してくるとするかな」

 

私が向かうのはミナさんの所。この事は一応言っておかなきゃいけないし、万が一の事を考えて明日に影響する可能性を伝える事もしなきゃいけない。場合によってはミナさんや軍を説得しなきゃいけないし、明日の作戦における私の負担が大きくなるかもしれないけど…それでもいい。二人にロムちゃんとラムちゃんの事を任せたんだから、代わりに二人のフォローをしなきゃ仲間とは言えないもんね。二人は二人の出来る事を、私は私の出来る事をする。それでいいんだよ。……それが、仲間なんだから。




今回のパロディ解説

・大怪盗
ルパン三世シリーズの主人公、ルパン三世の事。言うまでもなくワルサーP38は拳銃なので、ユニは恐らく使いません。まぁそもそも入手出来るか否かの問題がありますが。

・魔術師殺し
Fate/ZEROのメイン主人公、衛宮切嗣の事。トンプソンはその性質上、現実の実戦で使われる事は滅多にありませんが…ユニなら興味を持ってもおかしくないでしょう。

・「〜〜覚悟は、あるよ」
ガンダムSEED Destinyの主人公の一人、キラ・ヤマトの台詞の一つのパロディ。この台詞だとネプギアがユニに銃向けてるっぽくなりますね。丁度銃がその場にありますし。


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第二十八話 妹思う、小さき姉

イリゼさんに後押しされてから数分後。わたし達は行った事が無かったせいでちょっぴり手間取ったけど…無事ロムちゃんとラムちゃんの部屋前に到着した。

 

「ここ、だよね…?」

「職員がそうだって言ったんだからここで合ってる筈よ」

「それじゃあ「待った」…へ?」

 

別に迷ってる訳じゃないけど…事が事なだけに不安や緊張もあるし、そういうものは抱えている時間が長くなればなる程大きくなるから善は急げの精神でわたしは扉に手をかけようとして……ユニちゃんに止められる。

 

「へ?ってねぇ…ネプギア、アンタ策はあるの?」

「……策?」

「あるないどころか考えてすらいなかったって顔してるわね…思いのぶつけ合い、感情の対話ってなら確かに策を弄すればいいって訳じゃないけど、一筋縄じゃいかない相手に無策で突っ込むのは愚の骨頂でしょうが。第一、相手は二人なのよ?最後の一押しは二人まとめて…ってならともかく、最初から二人同時に話そうだなんて無茶もいいところよ?」

「……えっと…」

「えっと?えっと何?」

「返す言葉もないです…」

 

ユニちゃんの言う事は、完全にその通りだった。もしユニちゃんがいなかったら、わたしはこのまま入って門前払いになっていたかもしれないと思うと…正直、かなり情けない。うぅ、わたしって感情が先行した場合になる視野狭窄の度合いが普通より高いのかな…。

なんて事を考えてちょっとテンションが下がるわたし。するとそんなわたしの様子を見たユニちゃんは呆れた表情で溜め息をついて…

 

「…なら、まずはロムの方からよ。少なくともロムはネプギアにそこそこ心を開いてるみたいだし、すぐに追い出される事はない筈よ。それにロムからラムの事を聞ければ、その後のラムも少しは楽になるでしょうし」

「わ、分かった。でも、どっちかと話すにしても、二人一緒にいるんじゃ……」

「それはアタシに任せなさい。どれだけ出来るかは分からないけど…それなりの時間はラムを部屋から連れ出していてあげるわ」

 

そう言ったユニちゃんは自信気な笑みを浮かべて、両開きの扉の前に立った。そこから扉を確認する様に一瞬止まった後…わたしを扉の横へと引っ張る。

 

「わっ、とと……」

「ほら、アンタはここにいなさい。アタシはこっちの扉を開いてラムを連れ出すから。…そうすれば、扉が壁になってネプギアの姿は見えなくなるでしょ?」

「…わたしは無策で突っ込みかけてたのに、ユニちゃんは冷静に順序も案も考えていたなんて…や、やっぱり凄いよユニちゃん!クレバーだよ!」

「べ、別にこんなの褒められる程の事でもないわよ…後大声出して気付かれたら意味無いでしょうが…」

 

ユニちゃんはクレバーなだけじゃなく、謙虚でもあった。わたしの中でユニちゃんの株、絶賛上昇中だよ!

…と、いう事でわたしはその場に立ち、ユニちゃんが入室するのを待つ。そしてユニちゃんはわたしが見る中、扉をノックして……

 

「…頭、少しはクールになったでしょ?」

「……!」

 

ふふん、と小悪魔みたいな笑みを浮かべて部屋に入っていった。その顔を見た瞬間、これまでのやり取りの裏には『わたしの頭がきちんと働く程度にクールダウンさせる』という意図があった事に気付く。しかもユニちゃんはわたしにお礼を求める事なく入っていって……どうしよう、今日のユニちゃん凄く格好良い…。

 

「…って、ユニちゃんにときめいてる場合じゃない……」

 

今のロムちゃんとラムちゃんの状況認識と、入るタイミングの見定めの為に耳をそばだてるわたし。すると……歓迎ムードの全然感じられない声が聞こえてくる。

 

「誰だと思ったら…とつぜんなんのよーじよ!」

「な、なにしにきたの…?」

「…酷い出迎えね…あーこほん、今日はアンタ達にお願いがあってきたのよ」

『お願い?』

(お願い……?)

 

二人の反応に呆れ気味の声を出すユニちゃん。でも、次の瞬間……ユニちゃんの雰囲気が変わる。

 

「そうお願い。……アタシ、ラムの強さに感動したわッ!」

(え……感動!?ゆ、ユニちゃんが他人の強さに感動!?)

「アタシとネプギアの二人を相手にしても物怖じしないメンタル、積極的に攻めるスタンス、魔法を次々と放てる実力…こんなの、感動しない訳ないじゃない!」

「な、何よ急にほめだして…」

「褒めるなんてものじゃない、心からの叫びよ!あの瞬間アタシは思ったわね、ラムって最強なんだ…って」

「わたしがさいきょー…?…ふ、ふーん。少しは分かってるじゃない…」

「でしょ?だからお願いがあるの!ラム…いやラムさん、いやいやラムお姉さん!アタシに戦いの手解きをして下さい!」

「ら、ラム…お姉さん……!?…も、もう一度言ってみて…」

「え…ら、ラムちゃん…?」

「ラムお・ね・え・さ・ん」

「よーしユニ!わたしに…おねーさんについて来なさい!」

「はい、宜しくお願いします!」

(つ……釣れたぁぁぁぁああああああああッ!?)

 

ユニちゃんを連れ、ラムちゃんは声だけで分かる位意気揚々と部屋から出てくる。ユニちゃん、ラムちゃんの一本釣りだった。…いやラムちゃんどんだけ『お姉さん』ってワードに魅せられてるの!?某甘い飲み物と名前が同じ人並みの反応だったよ!?……まあ少しは分かるけどね!わたしもロムちゃんに『おねえちゃん』って言われて魅せられかけたけどね!

 

「ら、ラムちゃん…?どこ行くの…?(わたわた)」

「ちょっと外でおしえてくるだけよ!ふふーん、なんたってわたしはおねえさん!そんけーしてくれる人を見てあげるのも必要よね!」

「あ……ほ、ほんとに行っちゃった…」

 

開いた扉を壁にしてるから正確な状況は分からないけど…どうやらロムちゃんはぽつんと置いてかれちゃったみたいだった。…まさか連れ出すんじゃなくて自発的に移動させるなんて…っていうか、ここまで身体(というかプライド)投げ打ってまでやってくれたのに失敗したら、わたし絶対ユニちゃんにボコボコにされるよね…い、色んな意味で頑張らないと…。

 

「えっと、まずは……」

「へ……?」

 

扉は片方開いたままとはいえ、突然入ったらロムちゃんを驚かせちゃうと思ってわたしもまず扉をノック。すると不思議そうな声がした後足音が聞こえて……ひょっこりとロムちゃんが顔を出した。

 

「あれ、ネプギアちゃん…?」

「…こんばんは、ロムちゃん」

「う、うん…こんばん、は…」

「…えと、お部屋入ってもいいかな?」

「んと……うん(こくり)」

 

扉の淵に手をかけて首を傾げてるロムちゃんに挨拶して、わたしは中へ。全体的に暖色系で可愛らしい部屋は、正にロムちゃんとラムちゃんの部屋…って感じだった。

 

「今、ラムちゃんと何してたの?」

「絵本、よんでたの…」

 

そう言ってロムちゃんはカーペットに置かれていた絵本を持ち上げ、胸の前で持ってわたしに見せてくれる。ふふっ、絵本なんて可愛いなぁ…じゃなくて、本題本題……。

 

「…って言っても、ユニちゃんの言う通りただ突っ込んだら大変な事になるだけだよね……」

「……?」

「あ、ううん。こっちの話」

 

早かれ遅かれ本題には入らなきゃいけないけど…いきなり言ったらショックを受けるに決まってるんだから、順序を追って話さない訳にはいかない。えっと、まずは関係ない話で雰囲気を…そうだ、丁度いいのがあった。

 

「ねぇロムちゃん、読んでたのってどんな絵本?」

「えっと…おひめさまが出てくるの」

「お姫様?へぇ、人魚姫とか白雪姫とか?」

「えっとね、おやゆびひめ」

「そっか。おやゆび姫かぁ…ツバメさんが出てくるお話だっけ?」

「ううん、出てくるのはハギタ…」

「あ、そっかハギタかぁ……は、ハギタ?」

 

聞き慣れない名詞につい聞き返してしまうわたし。あ、あれ?おやゆび姫にハギタなんて出てきたっけ?というかそもそも、ハギタって何……?

 

「うん。ゴーとか、ギャーってなくんだよ…?」

「ご、ゴーとかギャー?…ハギタって怪物か何かなの…?」

「そう、かいじゅう。さむーい所にいるから、わたしもラムちゃんもちょっと気持ちわかる…」

「寒い所にいる怪獣ハギタ……」

「おやゆび姫とハギタが戦うのは、名シーン。わたしもラムちゃんも、そのシーン好き…(わくわく)」

「そ、そうなんだ…悪いんだけどロムちゃん、ちょっとその絵本貸してくれないかな…?」

 

絵本を抱えたままどんな本かロムちゃんは教えてくれる……けど、わたしはそれを全く理解出来ない。というか、今のところそれが絵本だとすら思えていない。そんな状況にたまらずわたしは絵本を受け取り、実際に読んでみようとする。本題からは外れてるけど…これは気になるよ!確認しなかったら絶対後で引っかかるもん!

ええっと、タイトルは『おやゆび姫VS怪獣ハギタ 南海の大バトル』……って、

 

「えぇぇぇぇ!?じ、実在したの!?これ実際にあったの!?」

「ふぇ……!?」

「あ……お、驚かせちゃってごめんね。…でもまさか、絵本がこれだったなんて……よく買ってもらえたね…」

「う、うん…『ほんとにあったのね…逆に興味を惹かれるわ』とかで、かってくれたの…」

「そうなんだ。誰が?」

「それはおね……ぁ…」

「……!」

 

──その瞬間、またあの空気になった。ロムちゃんは、またあの表情を浮かべた。……ロムちゃんは、その時『お姉ちゃん』と言いかけていた。…そっか…自分でも、言わない様にしてるんだ……。

 

「あ…ぅ、えと…えと……」

「ろ、ロムちゃん…え、えとさ!ロムちゃんってほんとラムちゃんと仲良いよね!」

「……う、うん…」

 

ロムちゃんの狼狽する様子を見て、わたしは咄嗟に話を切り替える。話術に長ける人なら今の瞬間に本題に入るんだろうけど…わたしにそんな話術はない。

 

「仲良いのって、やっぱり双子だから?」

「それは…わかんない…気付いたら、なかよしだったから…」

「そっか…確かラムちゃんが妹で、ロムちゃんがお姉ちゃん──あ…ッ!」

「…ネプギアちゃん…?」

「へ……?…あ、あれ……?」

 

不思議そうな顔をしているロムちゃんに、今度はわたしが軽く狼狽する。

今、わたしは間違いなく『お姉ちゃん』と言った。けれど、ロムちゃんはそれに反応しなかった。…これって、どういう事…?前にわたしが言った時は、凄く切なそうにしてたよね…?……いや、でも待って…そう言えば…。

 

「……ロムちゃんって、ラムちゃんに『お姉ちゃん』って呼ばれないの?」

「うん、そうだけど…」

(……やっぱり…)

 

今のやり取りで、わたしは一応だけど確信する。思い出してみれば、ユニちゃんがラムちゃんへお姉さんと言った時は無反応だったし、ラムちゃん自身お姉さんと言っていた。そして、ロムちゃんもペンを探してた時にわたしをお姉ちゃんって呼んでいた。それはどれも『姉』を彷彿とさせる言葉にも関わらず、反応しないという事はつまり……ロムちゃんとラムちゃんは、姉の入る言葉全般ではなくブランさんを指す『お姉ちゃん』をのみ拒絶してる可能性が高いと言える。

 

(だったら、もしかしたら…わたしの思った通りなら……)

 

もしのべつ幕なしに拒絶してるなら、それはきっと感情の…心の反応。でも、ブランさんを指す時のみ拒絶してるなら、それは文脈や話している対象からブランさんかどうかを判別してるって事で、心の反応の前に頭のフィルターを通ってるんだって考えられる。……なら、ロムちゃんもラムちゃんも…わたし達が思っている様な状態では、ないのかもしれない。

 

「……ごめんね、ロムちゃん」

「ほぇ…?どうしてあやまるの…?」

「わたし、ロムちゃんを勘違いしてた。…だから、誤魔化しなんてしないで話すよ」

「ネプ、ギア…ちゃん…?」

「すぅ、はぁ……よし」

 

 

 

 

「……ロムちゃん、お姉ちゃんを助けよ?わたし達と一緒に、お姉ちゃん達を…ブランさんを、助けようよ」

「……っ…!」

 

ロムちゃんの正面に座って、ロムちゃんの手を握る。わたしの思いを伝えたくて、ロムちゃんに直に触れる。

瞬間、びくりと肩を震わせたロムちゃん。……けれど、今度は逃げようとしない。それはわたしが手を握ってるから?…違う。だって、手を振り解こうとはしてないもん。

 

「…分かるよ。わたしだって、あの時は凄く辛かったもん。辛くて情けなくて、今の自分が嫌になっちゃったもん。……酷いよね、あそこまで言うなんて」

「あ、あの時なんて…知らない…」

「……でも、あそこでお姉ちゃん達がああ言ってくれなきゃ、わたし達は逃げる事も出来なかった。…これってさ、お姉ちゃんがわたし達を逃がしてくれた…って事じゃないかな」

 

あの時のわたし達は半ば我が儘で着いてきて、感じた事もない恐怖に冷静さを失っていて、とても足手まといになる自分達は逃げた方がお姉ちゃん達の為になる…って事が理解出来ていなかった。そんなわたし達を最短で逃がす為…一秒でも早くわたし達に安全な場所に行ってもらう為にお姉ちゃん達はキツい言葉を使った。…そういう事、なんだよね…。

 

「……わたしね、お姉ちゃんを助けたいんだ。あの時助けてくれたから、とか国には守護女神が必要だから、とかもあるけど…一番は、やっぱりお姉ちゃんが大好きだから。お姉ちゃんが大好きで、お姉ちゃんとの日々が楽しくて、それを取り戻したいから助けるの。…それはきっと、ユニちゃんも同じ」

「…わたしは……」

「聞かせて、ロムちゃん。ロムちゃんが、今どう思っているのか…お姉ちゃんを、どう思っているのかを」

 

わたしは、きちんと聞いておかなきゃいけない。受け止めなきゃいけない。ロムちゃんが秘めようとしている部分に触れてるんだから、見ないでいようとする部分を引っ張り出しているんだから、その分きちんとロムちゃんと向き合わなきゃいけない。

……っていうのは、ほんとは建前。本当は…

 

「…友達として、ロムちゃんが抱えてるもの……わたしにも、背負わせてよ」

「……──ッ!」

 

 

 

 

 

 

「…わたしは…わたし、は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わたしも…会い、たいよ…おねえちゃんに会いたい…また、おねえちゃんとラムちゃんとあそびたい…やだよ、このままおねえちゃんと…おねえちゃんと、なかなおり出来ないなんて…やだよぉ……」

 

肩を震わせて、声を震わせて、それでも凍らせていた思いを声に、言葉にしてくれたロムちゃん。わたしは、そんなロムちゃんの小さな肩を、ぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

 

「…少しは落ち着いた?」

「…うん……(ぐすっ)」

 

あれからロムちゃんは、思いを全部吐き出してくれた。辛くて辛くて、寂しくて寂しくて、それでもお姉ちゃんが帰ってきてくれなくて、だからブランさんの事を考えないようにしていたんだって。ラムちゃんと示し合わせて触れないようにしたんじゃなくて、お互いに自然とそういう事にしたんだって。

 

「…ほんとはね、わかってたの。こんな事しても、意味ないって…」

「意味無い…なんて事はないと思うよ。きっと、二人にはそれが必要だったからしたんだと思うもん」

「…ネプギアちゃんは、やさしいね…」

「友達だもん。当たり前だよ」

 

落ち着いてきたロムちゃんは、少しだけどすっきりした様な顔をしていた。…やっぱり、抱えてるのは辛いよね。

 

「友達だから、当たり前…」

「うん。わたしはロムちゃんの力になりたいし、ロムちゃんと一緒に頑張りたい。ロムちゃんは?」

「…うん、わたしも…わたしも、ネプギアちゃんの力になりたい…」

「ふふっ、ほらね?こういう感じに思えるのが友達なんだよ」

「…じゃあ、ネプギアちゃん……ネプギアちゃんは、ラムちゃんとも友達に、なってくれる…?」

「え……?」

 

わたしを見上げるロムちゃん。そんなロムちゃんの言葉に、わたしは一瞬反応に困ってしまった。…それって、一体……?

 

「…わたし、だめだめなの」

「だめだめ…?」

「わたしは、ラムちゃんのおねえちゃん。だから、ラムちゃんが困ってたら助けてあげたいし、わるい事したら、おこらなきゃいけない。……でも、わたしはラムちゃんにひっぱってもらってばっかり…」

「そ、それは…性格の問題もあるんじゃ…」

「それでも、わたしはおねえちゃん。こわがりで、よわむしで、なきむしのだめだめだけど…おねえちゃん、なの…ラムちゃんは、大切ないもうとなの…」

「…もしかして、ラムちゃんと一緒にわたし達と戦ったのも……」

「……(こくり)」

 

ルウィーに来た日の、ロムちゃんラムちゃんとの戦い。あの時ロムちゃんはあんまり乗り気な様子じゃなくて、わたし達はそれが疑問だったけど…やっと分かった。あれは、ロムちゃんなりにラムちゃんのお姉ちゃんをしようとしていたんだ。薄々勘違いなのかもと思っていたけど、自分じゃラムちゃんにきちんと説明する事も納得させる事も出来ないから、せめてお姉ちゃんとしてラムちゃんを肯定してあげようとしていたんだって。…間違ってるかもしれないのにそれを指摘せず、ただ肯定するのは決して良くない事だと思うけど……ロムちゃんの気持ちは、否定なんて出来ない。ラムちゃんの事を思う、姉のロムちゃんの思いは本物だって断言出来る。だって…今のロムちゃんの目は、お姉ちゃんがわたしを見る目と似ているんだから。

 

「…ネプギアちゃんは、やさしい。こんなわたしでも友達になってくれる位、やさしい。だから…」

「…代わりに、ラムちゃんを助けてほしい…って事?」

「うん。おねがい、ネプギアちゃん…わたしの事は、だめだめだって思っていいから…ラムちゃんを助けてあげて…ラムちゃんの力に…ラムちゃんの、友達になってあげて…」

 

これまでわたしがロムちゃんの手を握っていたけど…今度はロムちゃんがわたしの手を握る番だった。小さくて、わたしより華奢な、ロムちゃんの手。柔らかくて、温かな、ロムちゃんの思い。

ロムちゃんは、わたし達やミナさん達が思ってる様な子供じゃなかった。勿論、大人って訳じゃないけど…わたし達は、必要以上に子供扱いしていたんだった。だから、わたしは……決める。

 

「……それは、聞けないかな」

「え……っ?」

「ロムちゃん、友達だからって何でも聞ける訳じゃないよ?友達でも嫌な事は嫌だし、無理な事は無理だもん」

「そ、そんな…でも、わたしじゃ…ラムちゃんは……」

「嫌なものは嫌だよ、ロムちゃん。だから諦めて。わたしは……」

 

 

 

 

「──わたしは助ける為じゃなくてわたしがなりたいから友達になるし、ロムちゃんの事をだめだめだなんて思えないし…ロムちゃんがラムちゃんの力になれないなんて、絶対思わない」

 

また、ロムちゃんの瞳に涙が浮かぶ。でも…それは悲しさからくるものなんかじゃないってわたしにも分かる。だからその涙を指で拭ってあげて、頭を撫でて…手を伸ばす。

 

「諦めちゃ駄目だよロムちゃん。ロムちゃんだって凄く優しくて、凄く妹思いで、きっとブランさんにも負けない位お姉ちゃんであろうとしてるんだから、諦めちゃ駄目だよ。…だから、一緒に頑張ろうよ。わたしも協力するから、さ」

「……っ…うん、うん……っ!」

 

握られた手。その手は小さいけど…小さくても確かに感じる。ロムちゃんの力を。ロムちゃんの、思いを。

わたしは立ち上がる。ロムちゃんは立ち上がる。わたし達は手を取り合って、共に立ち上がる。

わたしはロムちゃんの思いを知れた。ロムちゃんを理解する事が出来た。優しくて、ちゃんと自分で物事を考えて、わたし達が思ってるよりずっと頑張っているロムちゃんと分かり合う事が出来た。だから……わたしの手を取ってくれたロムちゃんの、友達であり仲間であるロムちゃんの力に絶対なるって…心に、誓った。




今回のパロディ解説

・某甘い飲み物と名前が同じ人
ご注文はうさぎですか?の主人公、ココアこと保登心愛の事。なんとなく候補生四人の中ではラムが一番姉と呼ばれたい欲求がある気がします。姉が二人いる訳ですしね。

・おやゆび姫VS怪獣ハギタ 南海の大バトル
クレヨンしんちゃんシリーズに登場する絵本の一つの事。絵本自体も突っ込みどころ満載ですが…そもそもこれは伝わるのでしょうか?超マニアックなネタな気がします。


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第二十九話 建て前の強がり

「ふーんふふーんふふ〜ん♪」

 

鼻歌を歌いながら歩くラム。よっぽどお姉さんと呼ばれたのが嬉しかったのか、アタシへの敵意は何処へやらの様子のラムは…まぁ、それだけ見れば悪い感情を全く抱かない。……これまでの『可愛くない奴』って評価が覆る程ではないけど。

 

(さて、ネプギアはちゃんとやってるんでしょうね…?)

 

ロムとの対話をネプギアに任せ、時間稼ぎの為に動いてるアタシだけど…やっぱりどうしても上手くやってるか気になってしまう。ネプギアは相手の事を思えて、相手の立場になって考えられる奴だけど…押しの弱さがネックなのよね。相手の事を理解するだけならそれでもいいけど、そこから先に進むにはきちんと自分の意思を主張しなきゃいけないんだから……

 

「ちょっと、どこ行くつもりよ?」

「え?……あぁ…」

 

…と、そこでラムに話しかけられた事でアタシの意識は引き戻される。どうやらアタシはラムの行きたい方向と違う方へ行きそうになってたらしい。多分ラムの行きたいのは外だと思うけど…ほんとに外でラムに師事なんてしたらアタシの精神が持たないわね。……仕方ない。

 

「ラムお姉さん、アタシライフルを部屋に置き忘れちゃったんですけど…」

「え?…もう、しょうがない弟子ね…」

 

知らぬ間にアタシはラムの弟子にされていたらしい。……が、我慢よアタシ…。

…と、いう事で精神的負担と引き換えに行き先を外から部屋へと変える事に成功したアタシ。今度はアタシが先導となり、真っ直ぐにアタシの借りている部屋へと向かう。

 

(イリゼさんが部屋前に留まってくれてたら手助けを頼めるんだけど…ま、そんな訳ないよね)

 

無人の部屋前を通ってアタシ達は部屋の中へ。…と、そこでメンテしていたライフルをしまい忘れてた事に気付いたけど……時既に遅し。

 

「うわっ!ら、ライフルってこんなにあるの!?後変なにおいがする!」

「銃はそういう臭いしちゃうものなのよ、我慢して頂戴」

「えぇー……じゃあわたしろうかで待ってるから、早くよーいしなさいよね」

「あー、その気になってるとこ悪いんだけど…嘘よ」

「へ……?」

「だから、戦いの手解きしてほしいって言ったでしょ?…あれは嘘よ」

「な……!?」

 

ベットに腰掛け、腕を組みながら飄々と告げる。意識してやれる最大限の挑発を声に乗せながら、アタシはラムにそう言ってやる。するとラムは一瞬きょとんとした表情を浮かべて……次の瞬間、顔を真っ赤にして怒り出した。

 

「だ…だましたの!?このわたしをだましたっての!?」

「えぇそうよ?」

「えぇそうよ?…じゃなーい!よ、よくもだましたわね!」

「そっちこそ前に早とちりで襲ってきたんだからお互い様よ。あー…すっきりした」

「むかーっ!なに他人をだましておいて気分よさそーにしてるのよ!ふんっ!ならもうあんたなんか信じてあげないんだから!」

「え、今までは信じてたの?…あの態度で?」

「う、うるさーい!だったらもう一人でバンバンやってればいいじゃない!ばーかばーか!」

 

あー、言ってやった言ってやった。今まではネプギアやイリゼさん達がいたから煽るのは避けてたけど…やっぱり一方的に言われるのは気に食わないわよね。ふふっ、短い言葉で怒らせられたのも気分がいいわ。

……なんてちょっと大人気ない事してたアタシだけど、ラムが部屋を出ていく素振りを見せた事で冷静になる。っと、危うく馬鹿やらかすところだったわね…。

 

「待った待ったラム。戻るのはもう少し後にしてくれないかしら?」

「ふーん!わたしはせーかくサイテーの人の言う事なんてきかないもんねー!」

「何よ、ほんと可愛くないわね…って言っても今回はアタシが悪いか……こほん。…もし待ってくれるなら、これをあげるんだけどなー?」

 

肩を怒らせながら帰ろうとするラムに声をかけるも、案の定突っぱねられる。けどそれは予想していた事だし、簡単に話を聞いてくれる相手ならそもそもこんな面倒な手なんか使わない。だからアタシは…荷物の中から、切り札となり得る『それ』を取り出した。

その瞬間、ぴたっ…と止まるラム。まだアタシに背を向けてるけど…これはアタシが何を出したのか気になってる様子ね。

 

「ほらほら、別に物騒なもの渡そうってんじゃないんだから、見る位したらどう?」

「うっ……こ、これはアレよ!あんたが変なもの持ちこんでるかも知れないからチェックするだけよ!」

 

何やら言い訳がましい事を言いながら振り返るラム。…気になるならわざわざそんな事言いながらじゃなくてもいいでしょ…。

 

「はいはい…ほらこれ、箱で分かるでしょ?」

「……チョコレート…?」

「そ、チョコレート。けどただのチョコレートなんかじゃないわ」

「毒とかポイズンとか入ってるってこと?」

「毒なんて入ってないわよ」

「…ポイズンは?」

「ポイズンも入ってないしそれ同じよ!……ふふん、聞いて驚きなさい!これはラステイションでも超有名なお店で一日30セットしか作られない、激レアチョコレートよ!」

 

びしっ、とチョコの箱をラムへ見せつけるアタシ。これは元々特に疲れた時に食べようととっておいた物だけど…一秒でも長く引きつけておくには出し惜しみなんて出来ないものね。……今度ネプギアに買ってきてもらわないと…。

 

「げ、げきレアチョコレート…?」

「ただでさえ凄いお店の、一日で30セットしか作られない最高級品よ。そんじょそこらのお店のチョコとは比較にならない美味しさよ?…気になるでしょ?」

「…ま、まぁ…そこそこ?気にならないこともないかな〜…?」

「そこそこ、ねぇ…どうよラム?アンタがもう暫く付き合ってくれるなら、代わりにこれあげるわよ?」

「わたしをばいしゅーしようってつもり…?」

「買収なんて人聞きの悪い、単にチョコ食べながら話しでもしないかって言っているだけよ。どうする?」

「……そ、そこまで言うならきいてやってもいいかもしれないわね。…別にチョコレートにつられたとかじゃないんだからね!」

 

バレバレの言い訳を言いながら、ラムは自分の部屋に戻るのを止めた。……買収完了、ね。しかし、なんでこうも建て前を作ろうとするのかしら。素直になればいいのに……へ?お前等姉妹はどうなんだって?…な、なんでそこでアタシとお姉ちゃんが出てくるのよ!今は関係ないでしょ!

 

「…あ、言っとくけど全部はあげないわよ?」

 

ラムがベットに座ったところで箱を開くアタシ。流石は最高級品と言うべきか、それだけで魅力的な匂いが鼻孔をくすぐってくる。

 

「…ほんとに変なものは入ってないのよね?」

「入ってないって言ってるでしょ…なら先にアタシが食べるわ、あむっ……ん〜♪」

「……わ、わたしも…あむっ…」

「ほら、どうよ?」

「……ほわぁぁ…」

 

口の中に広がる濃厚な甘さと、その甘さを引き立てる僅かながらのほろ苦さ。味も固さも口どけも最高レベルで調和しているそれは、最早王者の風格らしきものすら感じてしまう。で、アタシに続いてそれを食べたラムはと言うと……目を輝かせて感嘆の吐息を漏らしていた。

 

「…ね?美味しいでしょ?」

「ほわぁぁぁぁ……」

「……ちょっと、ラム?」

「……はっ!…す、すごい…けど、すごいのはあんたじゃなくてお店の人でしょ!」

「ま、そりゃそうね。簡単には手に入らないんだから、次々食べないでよ?」

「それ位わかってるもーん」

 

それから少しの間、アタシとラムは特に会話もせずにチョコを堪能する。チョコは決して沢山ある訳じゃないけど…一つ食べる毎に口の中に長く味が残るから、すぐに残りが無くなっちゃう…なんて事はなかった。

そして、チョコの残りが少なくなってきた頃……

 

「…アンタ、なんでそんなにアタシ達を敵視するのよ」

 

アタシは、ラムに質問を投げかけた。

ラムが元々他国の相手を良く思ってないとか、強情な性格をしているとかなら分かる。けど、ラムは良くも悪くも元気一杯の子供…って感じだった筈だし、今の目の前でチョコに心を躍らせているラムとアタシ達に敵意バリバリのラムとを比較すると、どうしても違和感がある。ま、それもあの戦いが原因なんだろうけど…原因と動機はまた別よね。

 

「敵だからよ」

「敵にチョコ貰って幸せそうに食べる女神がどこにいるのよ…」

「うぐっ…と、とにかくあぶないやつにはゆだんしないってわたしは決めてるの!」

「…まぁ、分かるわよ?転ばぬ先の杖って言葉もあるし、安易に信用してつけ込まれるのは嫌だものね」

 

取り敢えずアタシはラムの言葉に同意するものの…実際のところ、納得はしていない。だってそれはさっきまでの言い訳と同様、建て前の様にしか聞こえないから。

 

「…本当にそうなの?そうだとしても、アタシの言う理屈的な意味でなの?」

「そ、そーよ…」

「……アタシが言えた義理じゃないけど、本心を隠しっぱなしってのは止めた方がいいわよ?本心隠して、それで周りに勘違いされたら損するのは自分なんだから」

「よ…よけーなお世話よ!わたしはロムちゃんとミナちゃんとフィナンシェちゃん、それに教会の人たちみんなにわかってもらえてるもん!今わたしはみんなとなかよしだもん!わたしは、わたしは…これでいいの!」

「……そう…」

 

そう言って突っぱねるラム。ラムの言う事はかなり主観的な考えで、正に子供の我が儘って感じだったけど……アタシは何も言い返さなかった。だって…アタシはここから話すべき事には向いていないから。少なくとも、今のアタシにラムを納得させるだけの言葉を紡ぐ実力なんてないから。

お姉ちゃんとケイを筆頭に、ラステイションの教会には真面目で優秀な人が多い(…自画自賛ならぬ自国自賛だって?…真剣な話なんだから茶々入れるんじゃないわよ)から、アタシはいつも上を見て日々を重ねてきた。だから、アタシは自分に出来る事と出来ない事がきちんと分かってるつもりだし、正直それを拗らせたせいでネプギアと激突する事になったんだと思っている。勿論女神として対話する力は絶対疎かにはしちゃいけないのは分かってるけど、努力を止めない事と力不足を『諦めない』という言葉で棚に上げて無謀な事をするのは違う。それに……

 

(アタシの役目はネプギアが思うようにやれる場を作る事。アタッカーだけじゃなく、時には支援と援護に徹するのもガンナーってものよね)

 

もしここにアタシしかいないならともかく、今はネプギアと一緒に…二人で一つの目的に向かって動いている。だったら出来ない事や無謀な事はこの際さっぱりと断念して相手に任せ、代わりに自分の出来る事を…ネプギアの出来ない事をした方がずっと建設的じゃない。

……なんてひとしきり思った後、アタシは自分でも思っていた以上にネプギアを信頼している事に気付いた。それは恥ずかしくて、何か凄く悔しかったけど……悪い気は、しなかった。

 

 

 

 

わたしは最初、ロムちゃんと心を通じ合わせる事が出来たらそのままラムちゃんの所に行こうと思っていた。けれど、ロムちゃんのお姉ちゃんとしての思いを聞いて、その思いを応援したくなった。だから今、わたしは……

 

「あ、あのねラムちゃん……お、お話したい事が、あります…!」

 

──ロムちゃんの、『お姉ちゃんとしてのお話』の練習に付き合っていた。

 

「えっと…どうして後半敬語になってるの…?」

「…気付いたら、なっちゃった…(しょぼん)」

「そ、そうなんだ…」

 

部屋に置いてあるぬいぐるみをラムちゃんに見立てて練習するロムちゃんを、わたしは苦笑い気味の表情を浮かべながら見守る。…最初の言葉からこれだと、もしかすると前途多難かも……。

 

「うぅ…こんなにきんちょうするの、初めて…」

「こう…重要な話!って感じじゃなくて、普段の気分で話せばいいんじゃないかな?」

「ふだんのきぶん……」

 

わたしの言葉を受けたロムちゃんは、軽く握った両手を口の前に当ててイメージ開始。……あのポーズ可愛いなぁ…わたしがやったらぶりっ子っぽくなるんだろうけど…。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……だめだった…」

「上手く言えなかったの?」

「ううん…いつのまにか、雪だるまの話してた…」

「そ、それは普段の気分になり過ぎなんじゃないかな…」

 

話をするのにリラックスは有効だけど…リラックスし過ぎて話したかった事を忘れるのは本末転倒だった。今のはあくまでロムちゃんのイメージ結果ってのは分かってるけど…実際そうなっちゃいそうな気がしないでもないから困る…。

 

「…ネプギアちゃんは、きんちょうしなかったの…?」

「わたし?…それってさっきロムちゃんと話してた時の事?」

「うん。さっきのネプギアちゃん、始めはちょっとおどおどしてたけど…ぜんぜんきんちょうはしてなかった…」

「うーん…わたしはロムちゃんと話したい、って気持ちに突き動かされてた感じだけど…」

「気持ちに、つきうごかされてた…?」

「そうしたい、そうしなきゃ…って強く思ったら身体が自然と動いちゃった…って感じかな。こう、心がメラメラ〜って燃えてるみたいな」

 

心の動きを明文化するのは難しいけど…それでも表現するならこんな感じだったとわたしは思う。……最後擬音を使ったのはそっちの方が伝わり易そうだったからだよ?別に他の表現が思い浮かばなかったとかじゃないよ?

 

「つよい気持ちが、だいじ…?」

「そうだね。ロムちゃんもラムちゃんとちゃんと話したい、お姉ちゃんとして伝えたいって気持ちがあれば、きっと話せるよ」

「……じゃあ、上手く言えないのは、わたしの気持ちがよわいからなの…?」

「わわっ!?そ、そういう事じゃないよ!大丈夫、大丈夫だから!ね?」

 

わたしの言葉を受けてみるみる悲しそうな顔になっていくロムちゃんに、わたしは慌ててフォロー。同時にロムちゃんの自信を奪わない…というか元気付けられる言葉と表現を必死に探す。

 

「ほんとに、大丈夫…?」

「大丈夫!ええっと、じゃあ…ほら!」

「ふぇ……?」

 

ロムちゃんを元気付けられる言葉を色々と考えたわたし。でもイマイチ良さそうな言葉が見つからなくて…だから、代わりにロムちゃんの手を握る。

 

「今からロムちゃんにわたしの勇気を分けてあげる。手をぎゅーっとしてたら、ちょっとずつパワーが湧いてくる気がしない?」

「えと……わかんない、けど…あったかい…」

「温かいとなんか元気になれる気がしないかな?お姉ちゃんに撫でてもらったり、ぎゅーってしてもらったりしたらわたし、心も温かくなれるって思うよ」

「……そう、かも…」

 

そう話しながら両手でロムちゃんの手を握っていると、ロムちゃんの表情は少しずつ明るくなっていった。それにわたしは一安心。

 

「…元気、出てきた?」

「…うん。…わたし、もうちょっとれんしゅうしてみる…」

「そっか。頑張って」

 

再びぬいぐるみに向き合うロムちゃん。やっぱり緊張感が強いのか、時々上手く言えなくなったり噛んだりしていたけど…ロムちゃんが必死に思いを口にしようとしているのは十分に伝わってきた。きっと、これならばきちんと言葉にする事は出来なくても、ラムちゃんなら分かってくれるんじゃないかとわたしは思う。

…そうだ、そういえば……。

 

「…ロムちゃん、ちょっとだけわたし電話してきてもいいかな?」

「……?いいよ…?」

 

誰にだろう…って視線を受けながら廊下に出るわたし。電話をかける相手というのは……ユニちゃん。

 

「……あ、今話大丈夫?」

「えぇ、そっちは…って、その声音なら大丈夫そうね」

 

ユニちゃんは今、わたしがロムちゃんと対話をする為の時間を作っている真っ最中。一応その目的は果たせたけど…今はそれとは別の用事(ロムちゃんの練習)があって、それはまだかかりそうだからユニちゃんにはもう少し頑張ってもらわなきゃいけない。…けど、現状報告はしておいた方がいいかなと思ってわたしは電話をしたのだった。

 

「うん。ロムちゃんとは一緒にお姉ちゃんを助けようって話になったよ」

「へぇ…やるじゃない、ならこっちも時間稼いだ甲斐があったわ」

「ありがとね、ユニちゃん。でもラムちゃんにはロムちゃんにも話してほしいから、今はもう少し時間がかかりそうなんだ。……だからその、もう少し頑張ってもらってもいいかな…?」

「ロムに?…そういう気を回すのはいいけど、やるなら先にアタシに相談しなさいよ…」

「うっ…ご、ごめんなさい…」

 

全くもってごもっともな事を言われたわたしはしゅんとしながら謝罪を述べる。うぅ、電話越しなのにユニちゃんが半眼で呆れ顔してるのが分かるよ…。

 

「……はぁ…まあでもそうしちゃった以上、後はもうアタシがその分の時間も稼ぐしかないんでしょ?」

「う、うん…勝手な事してごめんね…」

「ほんと、アンタは一人にしておけない奴ね…けどいいわ。時間稼ぎを引き受けた時点で面倒事は全部アタシがなんとかするつもりだったし、もうちょっと位ならなんとかしてみせるわ。だから…任せなさい、ネプギア」

「ユニちゃん…これのお礼は今度絶対するよ。覚えててっ」

「えぇ。期待してるわ」

 

ユニちゃんの言葉は、最後までちょっと呆れの感情が含まれていたけど…わたしの選択を肯定してくれた、そう思える声音だった。…それだけで、わたしは救われる様な思いを抱く。

 

「…あぁそれと、ラムに対してもネプギアは話すんでしょ?」

「それは…うん、そうだね。だってわたしが言い出した事だもん」

「そう、なら一つ分かった事を教えておくわ。……ラムは多分、かなり強がってるわ。半分は生来の性格なんだろうけど…ね」

 

電話を切る直前、ユニちゃんはそう教えてくれた。確かに言われてみると、ラムちゃんの言動は強がってる様にも思える。……もしかして、ユニちゃんなりにわたしの助けになる様質問をしてくれたりしたのかな?だったら…うん、やっぱりユニちゃんにはお礼をしなくちゃ。

 

「じゃ、あんまり長く話してるとラムに逃げられるかもしれないからもう切るわね。そっちも頑張りなさいよ?」

「勿論。…頼むね、ユニちゃん」

 

わたしは電話を切り、ロムちゃんとラムちゃんの部屋に戻る。ラムちゃんとの対話もあるけど……今はユニちゃんがラムちゃんの相手をしてくれてるんだから、それよりもロムちゃんの練習に付き合ってあげなきゃ。…ユニちゃんの頑張りを、無駄にしない為にも、ね。




今回のパロディ解説

・「〜〜戦いの〜〜あれは嘘よ」
映画コマンドーの主人公、ジョン・メイトリックスの代名詞的台詞のパロディ。ユニの場合かなり台詞が合ってる気がします。やはり銃繋がりでしょうか…?

・「毒とかポイズンとか〜〜ってこと?」〜〜「ポイズンも〜〜同じよ!〜〜」
ギャグマンガ日和内の聖徳太子シリーズにおける、聖徳太子と小野妹子の掛け合いの一つのパロディ。ここでユニが毒盛ってたら話し合いどころの騒ぎじゃなくなりますね。

・「〜〜ラムちゃん……お、お話したい事が、あります…!」
涼宮ハルヒシリーズの登場キャラの一人、朝比奈みくるの台詞の一つのパロディ。この切り出しだと、ロムはラムの質問に悉く禁則事項だと返しそうですね。


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第三十話 姉思う、小さき妹

ネプギアからの電話から数十分後。何だかんだでラムを部屋に引き留め続けたアタシのところに一件のメールが届いた。

 

「…さっきは電話でこんどはメール?…ユニってせーかくの割に友だち多いの?」

「アンタ喧嘩売ってんの?…さっきの電話と同じ相手よ」

 

液晶画面に表示された送り主の名前は、ネプギアだった。内容次第によってはラムに読まれちゃ不味いと思って、見られない様にしながら開封してみると…書いてあるのは『準備完了だよ』の一文だけ。…えらい簡素な文章ね。それだけでも伝わる状況にあるからいいけど。

 

「…さて…じゃ、付き合わせて悪かったわね。もう帰るなり何なりしてくれて構わないわ」

「え…なによ急に。……あやしいわね…」

「あ、怪しいって何よ…」

 

じとー、っと訝しむ様な目でアタシを見るラム。……こんな時に限って鋭いわね…。

 

「むー…急に言ったってことは、なにかが理由なはず……」

「推理しなくていいから…」

「チョコがなくなった…のはもっと前だし、はなしがすんだ…ってのもなんかちがいそうだし……あ、メール!メールがかんけーしてるのね!」

「…あーうん、そうそう。その通りです、名探偵さん」

「ふふーん!わたしにかかればこれ位よゆーね!しんじつはいつも一つなのよ!」

「はいはい。ご苦労様でした」

「くろう?よゆーだったからくろうなんてしてないけどね〜」

「あそう…ほら、もう解決したし帰ったらどう?」

「そうね。もうここによーじなんてないし、さっさと帰ろーっと」

 

上機嫌な様子のラムはそんな事を言いながら、アタシの部屋を出ていった。確かに、思ったよりは鋭いけど…手がかりを見つけた段階で満足してるし雰囲気に乗って帰ろうとしてる辺りはまだまだ幼児ね。……そんな幼児を煽って怒らせてたアタシもまだまだなんだろうけど。

 

「……アタシも、行こうかしら…」

 

取り敢えずこれでアタシの役目は終わったけど、全ての目的が達成された訳じゃないし、ネプギアの役目はまだ終わっていない。そんな状態で、役目終わったからってゆっくりしてるのは……アタシの性に合わないわよね。それに気になって何かやろうにも手がつかないだろうし。

という事で、アタシもラムの姿がもう近くにない事を確認してから部屋を出て、ロムラムの部屋へと向かった。

 

 

 

 

ネプギアちゃんといっしょにれんしゅうをして、ちょっとだけだけど自信を持つことが出来た。そして今、ネプギアちゃんはもうすぐラムちゃんがお部屋に戻ってくるっておしえてくれた。

 

「わたしがいるとちゃんとお話出来ないだろうから隠れてるけど…大丈夫。ロムちゃんの頑張る姿は見ててあげるし、それに…ロムちゃんなら一人でもちゃんと出来るよ」

「う、うん…わたし、がんばる…」

 

わたしの手をまたにぎってくれるネプギアちゃん。わたしはよわむしで、いつもラムちゃんの後ろにいるような子なのに、ネプギアちゃんはそんなわたしの為にがんばってくれた。わたしだって出来る、っておしえてくれた。だから、がんばらなきゃ…!

 

(だいじょうぶ、ラムちゃんなら…わかってくれる…)

 

むねの前で手をにぎる。たいじょうぶ、だいじょうぶと心の中で自分に言う。そして、だいじょうぶって五回言ったところで……ラムちゃんがかえってきた。

 

「たっだいま〜!」

「お、おかえり…ラムちゃん…」

 

元気よくかえってきたラムちゃん。ラムちゃんはいつもの様子で、わたしはいつもならラムちゃんが元気なだけでちょっとほっとしてたけど…今日はちがう。むねがどきんどきんして、おなかがきゅーってして、あたまがぐるぐるする。

 

「……?ロムちゃん?」

 

わたしが何かへんだって思ったのか、ラムちゃんはわたしの顔をのぞきこんできた。…やっぱり、言うのはやめようかな…せっかく元気なラムちゃんをいやな気持ちにはしたくないし、きっとわたしが言えなくてもネプギアちゃんが言ってくれる。わたしには、きっと…むりだもん…。

…………でも。

 

「……あのね、ラムちゃん」

「う、うん。どうしたのロムちゃん?」

「…あ、ちょ、ちょっと待って…!」

 

はなしをしようとして…ストップ。し、しんこきゅーするの忘れてた…。……すぅ、はぁ…よ、よし…!

 

「ラムちゃん…わたし、わたしね……ネプギアちゃんと、おはなししたの…!」

「え……ネプギアと…?」

 

ネプギアちゃんの名前がでたとたん、ラムちゃんはいやそうな顔をした。それを見てわたしは、ちょっとだけどむっとした気持ちになる。だって、ネプギアちゃんはラムちゃんの思ってるような子じゃないもん…すごくやさしい子だもん…。

 

「いっぱいはなしたの。さいしょにえほんのおはなしをして、そのあとわたしがラムちゃんとなかよしだっておはなしをして、それで……おねえちゃんのことも、はなしたの」

「……っ…!?」

「ネプギアちゃん、ぜんぶちゃんと聞いてくれたの。わたしはちゃんとはなそうとしなかったり、とちゅうで泣いちゃったりしたけど…それでも、ちゃんと聞いてくれたんだよ…?」

「な、何言ってるのロムちゃん…あのネプギアがそんなことするわけないわ!したとしてもそれはロムちゃんをだまそうとしてるのよ!」

「ら、ラムちゃん…ちがうよ?ネプギアちゃんは、そんなわるい人じゃないの…。……ラムちゃん、わたしのはなしを…聞いて」

 

おこりだしたラムちゃんはちょっとこわくて、それにネプギアちゃんをひどく言われてまたむっとしたけど……わたしはむねの前でまた手をにぎってがまん。わたしはラムちゃんの一番のなかよしで、ラムちゃんのおねえちゃんだもん。だから、おこっちゃダメ。ネプギアちゃんみたいに、ちゃんと聞いてあげなきゃ。おねえちゃんみたいに、相手のことを考えてあげなきゃ。……だって、わたしはラムちゃんといっしょにがんばりたいから。いっしょに、前にすすみたいから。

 

 

 

 

ユニにつきあってあげて、ユニのかくそうとしてることをあばいてやったわたし。ロムちゃんにわたしのぶゆーでんを教えてあげようと思ってへやにもどったら…ロムちゃんは、まじめそうな顔をしていた。

わたしは楽しいはなしをしようとしていた。わたしのかつやくをはなして、そのあとえほんの続きを読んで、いつもみたいにあそぼうと思っていた。なのに…ロムちゃんは、ネプギアのはなしを始めた。…ううん、それだけじゃない。ロムちゃんはおねえちゃんのことも、あのたたかいのことも…わたしたちがずっとはなさないようにしていたことを、聞いてほしいって言ってはなし始めた。

 

「ネプギアちゃん、言ってたの。おねえちゃんがひどいこと言ったのは、わたしたちの為だって」

「い、いみ分かんないよ…そんなのおかしいもん!わたしたちの為にひどいこと言うって、言葉と気持ちが逆じゃない!」

「そうだね…でもわたしたち、そう言ってもらえなかったらきっとおねえちゃんにたよってた…じゃまになるのに、守ってもらおうとしてた」

「……っ…それは…」

「ラムちゃん、もしわたしたちがあのままいたら…どうなってたと思う…?」

 

ロムちゃんの言葉に、どきりと心がはねるのを感じる。もし、もしあのままいたら…その時わたしたちは、おねえちゃんは……

 

「…ラムちゃんは、ネプギアちゃんきらい?」

「あ…当たり前よっ!ネプギアなんて、だいっきらい!」

「それなら……──おねえちゃんは?」

「……ッ!」

 

また、どきりとする。ロムちゃんに言われて、ロムちゃんのふかい海みたいな目で見られて、すごくすごく苦しくなる。

こんなこと、今まで一度もなかった。こんなに話してて苦しく感じることなんてなかったし、こんなにロムちゃんらしくないロムちゃんを見るのも初めてだった。

 

(こんなの、わたしの知ってるロムちゃんじゃない…どうして、どうして……?)

 

今のロムちゃんがきらいなわけじゃない。けど、今のロムちゃんはさっきまでのロムちゃんと、いつものロムちゃんとはちがってて、わたしはロムちゃんが変わったことにかんけーしてないどころかその理由すら分からない。……わたしじゃないんだ…ロムちゃんを変えたのは、わたしじゃなくて……

 

「…ロムちゃん、ネプギアはどこ…」

「え…ネプギアちゃん…?」

「そうよ!ネプギアよ!ねぇどこ!あいつはどこにいるのよロムちゃんッ!」

「ひ……っ!?」

 

気付いたら、わたしはロムちゃんのかたをらんぼうにつかんで揺さぶっていた。こんなことしたらロムちゃんはびっくりして、こわがっちゃうって分かってるのに、止められなかった。

 

「ロムちゃんはネプギアのばしょ知ってるんでしょ!?教えてよロムちゃん!」

「ら、ラムちゃ…おち、ついて…っ…!」

「かくすの!?わたしにネプギアのばしょかくすの!?ネプギアには全部はなすのに、わたしにははなしてくれないの!?ロムちゃんはわたしよりネプギアの方がだいじなの!?」

「ち、ちがう…ちがうよラムちゃん……!」

「だったら教えてよッ!」

 

くやしくて、かなしくて、むかーっとしてしょうがなかった。おさえられない気持ちを、だいすきなはずのロムちゃんにぶつけていた。

ゆるせない。ネプギアがゆるせない。どうしようもなくネプギアがゆるせなくて、ゆるせなくて、ゆるせなくて……

 

「い、いやっ……やめて、やめてよぉ……ぐすっ…ネプギア、ちゃん…!」

「……ッ!…わたしはここにいるよ、ラムちゃん!」

「……!?…ネプギア…ネプギア、あんた…あんた……ッ!」

 

ロムちゃんがふるえる声で名前を呼んだしゅんかん、ネプギアは現れた。…ネプギアは、このへやの中でかくれていた。

ついに現れたネプギア。そのネプギアに、わたしは……言う!

 

 

 

 

 

 

「……ベットの下からいきなり出てこられたらびっくりするでしょうがぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

ロムちゃんが話す、という事でわたしは話が済むまで黙って見ていようと思っていた。ラムちゃんの心に触れるならわたしよりロムちゃんの方が良いし、今はロムちゃんの思いを優先させてあげたかったから。……だから、ロムちゃんが怯えた顔をして、わたしの名前を呼んだ時…反射的に、出てきてしまった。…………ベット下から、突然。

 

「……え、っと…うん、それはごめんね!ほんとその通りだよ、ごめんね!」

 

隠れてるわたしと、わたしがいるのを知ってるロムちゃんにとってはなんて事ないけど、ラムちゃんからすればわたしの登場は驚き以外の何物でもない。それを考えずに出てきてしまったのは、状況が状況とはいえ反省すべきだったと思う。……シリアスな状況に突然ギャグみたいな展開起こしちゃった事も含めてねっ!

 

「…こほん。ラムちゃん、わたしに言いたい事があるならわたしに言って。……ロムちゃんを怖がらせるのは、違うよ」

「……っ…い、言われなくてもそのつもりよ!っていうか、最初からあんたが出てたらこんなことにはならなかったんだから、ロムちゃんにあやまりなさいよ!」

「…それも違うよ、ラムちゃん。確かに、わたしが見える位置にいればこういう流れにはならなかったと思うけど……ロムちゃんを怖がらせたのは、間違いなくラムちゃんなんだから」

 

わたしは、あくまでも冷静に話す。ラムちゃんがこれまでになくヒートアップしていた事で、逆にわたしは冷静になれていた。だから、冷静に話を続ける。

 

「うるさい!わたしはロムちゃんの一番のなかよしなの!あんたはわたしより下!だからネプギアのせいよ!」

「仲良しだって、喧嘩をしたり酷い事しちゃったりする事もあるよ。上下関係なく、ね」

「ないもん!わたしとロムちゃんにはないもん!ね!?そうでしょロムちゃん!」

「え……?…あ、えと…」

 

わたしが出てきて以降ずっとこっちを睨んでいたラムちゃんは、確認をする様にロムちゃんの方へと振り返る。対するロムちゃんは、突然振られた事とラムちゃんの剣幕とで戸惑ってしまった。

それは、普通に考えればそれこそ普通の事。でも……

 

「…またなの…?またロムちゃんは、わたしよりネプギアのかたをもつの…?」

「そ、そうじゃないの…今は、びっくりしちゃった、から…」

「だったら、今は言えるよね?ほら、ネプギアに言ってやってよ。わたしとロムちゃんにはそんなことないって」

「……それ、は…」

「ロム、ちゃん……?」

「…ごめんね、ラムちゃん…これは、ラムちゃんより…ネプギアちゃんの方が、正しい…と、思う…」

「そ、そんな……あ…お、おどされてるんでしょ?ネプギアにそう言えって言われてるだけでしょ?」

「ううん…これは、わたしが考えて言ったの…」

「…う、うそよ…ロムちゃんが、ロムちゃんが…わたしよりネプギアなんかをゆうせんするはずない…ぜんぶ、ぜんぶネプギアのせいよ…ネプギアがロムちゃんを変えたから、ロムちゃんをうばったから……ネプギア…ネプギア…ネプギアぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「……っ!ラムちゃん…!」

 

声を荒げながら左手を振りかざすラムちゃん。その手には……魔力の光が灯っていた。

瞬間、わたしとラムちゃんの間に流れ込んだ冷気。反射的に魔法を放たれると思ったわたしはビームソードを抜こうとして、その間にも冷気は収束して氷の刃へと変わり……かけたところで、ラムちゃんはぐらついた。──ロムちゃんに横から押さえつけられ、冷気の霧散と共にぐらついた。

 

「な……っ!?ろ、ロムちゃん…どうして…」

「止めて……っ!ね、ネプギアちゃんは、わたしとラムちゃんのためにがんばってくれて、わたしをおうえんしてくれた、わたしの…わたしのともだち、なの…!だから、わたしのともだちを…傷付け、ないで…!」

 

…その時のロムちゃんは、これまでになく大きな声だった。さっきまでのロムちゃんからは考えられない程に、強い意志の込められた言葉だった。ロムちゃんは……わたしの為に、怒っていた。

押さえつけられて、心からの怒気の篭った言葉を向けられたラムちゃんは、びくりと肩を震わせながら信じられない様な顔をしていた。そして……ラムちゃんは、膝から崩れ落ちる。

 

「…なんで…なんで、わたしをひていするの…?ほんとうに、わたしよりネプギアの方がいいの…?ロムちゃんは、わたしを…きらいになっちゃったの…?」

「そ、そんなこと……」

「なら、わたしの知ってるロムちゃんでいてよ!わたしの一番のなかよしのロムちゃんでいてよ!わたしの知らないロムちゃんにならないで!やだ…やだやだやだ!ネプギアッ!ロムちゃんを、ロムちゃんを…ロムちゃんをとらないでよぉ……ふぇ、ふぇぇぇぇ…」

 

ラムちゃんの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。それまでの様子が嘘の様に、嗚咽を漏らして泣き始める。…今度は、わたし達が愕然とする番だった。

 

「な、なに言ってるのラムちゃん…」

「だって、だって…ロムちゃん、変わっちゃったんだもん…」

「それは…ラムちゃん、ラムちゃんはロムちゃんが変わるのは嫌なの?」

「当たり前、でしょ…!おねえちゃんがいなくなっちゃって、ロムちゃんと二人になっちゃったのに、ロムちゃんまでいなくなっちゃったら…ロムちゃんがさみしくなっちゃわないように、いっつもいっしょにいたのに…ロムちゃんが、わたしをきらいになっちゃったら…わたしは、わたしはっ…!」

 

落ちる涙を手の甲で拭いながら、ラムちゃんは涙声で心情を吐露する。それを聞いて、そんなラムちゃんを見て、やっとわたしは気付く。

ラムちゃんはずっとわたし達を敵視して、わたし達を遠ざけようとしていた。それはわたし達を嫌いだからだと思っていたけど……それはちょっと違った。確かにそういう面もあるのかもしれないけど…ユニちゃんが言っていた通り、それは強がっていただけだった。本当はロムちゃんがただただ大切で、そんなロムちゃんがブランさんの様に自分の手の届かない場所に行ってしまうのが怖くてそう言っていただけだった。…それに、やっとわたしは気付く事が出来た。

どうしていいか分からず、でもラムちゃんを放っておけなくておろおろとするロムちゃん。そんなロムちゃんの肩に、わたしは手を置く。

 

「へ……?」

「…ロムちゃん、わたしに任せてくれないかな」

「……うん」

 

視線を交わらせる事数秒。ロムちゃんは、わたしの言葉にこくりと頷いてくれた。

今のラムちゃんが、どこまでわたしの言葉を聞いてくれるか分からない。けど、それでも言葉にしなきゃ。思いは形にしなきゃ。…じゃなきゃ、わたしはラムちゃんに分かってもらえないし、仲間にもなれない。だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ラムちゃん、わたしの友達になってくれないかな」

 

──わたしは、一歩踏み出す。

 

「……へ…?」

「友達、嫌かな?」

「な…なんで、急にそうなるのよ…」

「それは、わたしがラムちゃんと友達になりたいからだよ」

「…いみ分かんない……」

 

わたしと目を合わさないままのラムちゃん。良い悪い以前にわたしの言葉は唐突で、ラムちゃんがそういう反応をするのも当然の話。だけど、わたしは続ける。

 

「そうかな?わたし、ラムちゃんとは気が合うと思うんだけど…」

「…わたしはそうは思わない…」

「えー?だってさ、ラムちゃんはロムちゃんの事大好きなんだよね?」

「そうよ……」

「ふふっ、だったらやっぱり気が合うよ。だってわたしもロムちゃんの事好きだもん。ほら、気が合うでしょ?」

「……ッ…ば、バカじゃないの!?なにかと思ったら、ロムちゃんが好きって…ふん!あんたよりずっとわたしの方が大好きなのよ!いっしょにしないでよね!」

 

また怒りだすラムちゃん。やっと見えたラムちゃんの目元は真っ赤で、顔も涙でぐちゃぐちゃだったけど…雰囲気は、さっきのラムちゃんに戻っていた。

 

「む…本当にそうかな?わたしロムちゃんの探し物手伝ったり、隠し事を聞かせてもらったりしたんだけどな〜」

「そ、それくらいわたしだって何度もあるわよ!じゃあネプギア、あんたロムちゃんのきらいな食べ物知ってる!?」

「え?……それは…ピーマン、とか…?」

「しいたけよしいたけ!ほら、あんたはロムちゃんのすききらいも知らないじゃない!わたしはロムちゃんのこといっぱい知ってるし、おふろもねる時もいつもいっしょなのよ!レベルがちがうのよ、このバカ!」

「い、一緒にいるのは生まれの違いであって仲の良さとは関係ないよ!なら逆に訊くけど、ラムちゃんはロムちゃんに『おねえちゃん』って言われた事ある!?ないよね?」

「それはわたしがいもうとなんだからとーぜんでしょうが!それならわたしだってもっと知ってるもん!」

「わたしももっとたくさん言えるよ!?」

「も、もう止めて…!…うぅ、はずかしいよぉ……(かぁぁ)」

『あ……』

 

最初は策略だったけど…いつの間にかわたしまでヒートアップしてしまい、わたしとラムちゃんはロムちゃんに止められるまで『どっちがロムちゃん思いか』の言い争いをしていた。……目の前で妹と友達にこんな言い争いをされたロムちゃんの気持ちは…うん、想像しただけで恥ずかしくなってくるね…。

 

「あ…あやまりなさいよネプギア!」

「それはラムちゃんもでしょ…」

「うっ……ご、ごめんねロムちゃん!」

「あ、先に言われた…わたしもごめんね」

「う、うん……」

「…ふぅ、まあどっちが上かはともかく「だからわたしの方が好き!」……ら、ラムちゃんがどれだけロムちゃんの事を好きかはよく分かったよ…」

「とーぜんよ!ロムちゃんをすきな気持ちなら、おねえちゃんにだって負けないもの!」

「……だったら、さ…不安になる必要なんてないんじゃないかな?」

「…なにが…?」

「ロムちゃんの気持ちだよ。大好きなら、信じてあげなきゃ。ううん、そんな事考えなくても大好きな人なら信じられるよ」

「……っ…!」

「……ちゃんと、訊こ?ロムちゃんの気持ちをね」

 

はっとしたラムちゃんに、わたしはそう提案する。提案して、ロムちゃんに目を合わせる。すると、それだけでロムちゃんは分かってくれた。

 

「…き、訊く…のは…」

「…ラムちゃん、訊いて。わたし、すきすきっていっぱい言われたから…ちゃんと、わたしの気持ちも言いたい」

「……う…」

「…ラムちゃん」

「……ろ、ロムちゃん…ロムちゃんは、わたしのこと…すき…?」

 

ロムちゃんに真っ直ぐな目で見られたラムちゃんは、数秒の逡巡の末に…小さな声で、そう訊いた。不安そうな声音で、ロムちゃんの思いを知ろうとした。そしてその問いに、ロムちゃんは……

 

「…うん。だいすきだよ、ラムちゃん」

 

優しげな、暖かな微笑みと共にラムちゃんを抱き締めながらそう言った。

抱き締められた腕の中で、ロムちゃんの胸の中でラムちゃんは再び嗚咽を漏らす。そんなラムちゃんの頭を撫でながら、ロムちゃんは言葉を続ける。

 

「ごめんね、ラムちゃん。ラムちゃんにしんぱいさせちゃって。ありがとね、ラムちゃん。わたしの為に元気でいてくれて。…ラムちゃんは、わたしのだいじないもうとで…一番の、なかよしさんだよ」

「ロムちゃん…ロムちゃぁんっ……」

「だいじょうぶ。わたしはいなくならないし、ラムちゃんをきらいになったりもしないよ。…だって、だいすきだもん」

「……そっか…それじゃ、わたしはラムちゃんには勝てないかな…」

 

よしよしと撫でているロムちゃんを見て、わたしはそう呟く。半分はラムちゃんを安心させる為で…もう半分は、悔しさで。妹に対する気持ちと友達に対する気持ちは違うんだろうし、分かってはいたけど…こうして目の当たりにすると、やっぱり…ね。

それからも、ロムちゃんはラムちゃんを抱き締めていて、ラムちゃんはロムちゃんにくっ付いていた。お互いの気持ちを確かめる様に、大切だって思いを伝え合う様に。……そんな二人に、未来の自分を…お姉ちゃんを助け出した未来の自分とお姉ちゃんを思い浮かべる、わたしだった。

 

 

 

 

「……お疲れ様、ネプギア」

「あ、ユニちゃん…」

 

それから数十分後。気付いたらロムちゃんもラムちゃんも寝息を立てていた。けれどそれもその筈。二人共泣き疲れていただろうし、精神的に大きな疲労をしていて間違いない。それに、時間はもう0時を回って真夜中になっていたんだから、二人が眠くなってもおかしくない。

そんな二人をベットに寝かせて、毛布をかけたところでユニちゃんが部屋にやってきた。

 

「…えっとね。順を追って話すと…」

「あ、いいわよ。ずっと廊下で聞かせてもらってたから」

「そうなんだ…え、最初から?」

「最初かどうかは微妙だけど…事の顛末が分かる位には」

「…なら、わたしが二人をベットに運ぶの手伝ってくれてもよかったのに…」

「アンタの軽率な行動に付き合ってお膳立てもしてあげたんだから、それ位一人でやりなさいよ」

 

ベットの側面を背にして座っていたわたしの隣にやってくるユニちゃん。お疲れ様と言いつつ皮肉めいた事を言うユニちゃんだけど…一仕事(?)終えたばかりのわたしには、そんな皮肉も心地よかった。

 

「…ねぇユニちゃん、これで良かったのかな?」

「良かったのか、って?」

「わたしがやった事。間違ってはいないと思うけど…やっぱりちょっと、自信がなくて…」

「…良かったかどうかはアタシにだって分からないわよ。けど……」

「けど?」

「……精一杯の事は出来たんじゃない?」

 

にっ、とユニちゃんが笑みを見せてくれて、わたしもつい顔をほころばせる。

そうだ、わたしの行動の是非は分からないけど…わたしは精一杯やった。精一杯やれる事をやった。…だからロムちゃんに、そしてきっとラムちゃんにも思いが通じたんだよね。

 

「…ほんと、今日はありがとねユニちゃん」

「お安い御用…と言いたいところだけど、楽じゃなかったんだからいつかきちんとお礼しなさいよね」

「分かってるよ、約束だもん」

 

安心した途端、睡魔を感じ始める。もう既に普段なら寝てる時間で、考えてみればわたしも結構精神的に疲労しててもおかしくないから、これはしょうがないかもしれない。……あ、でも…

 

「そうだ…明日の事があるから、ゆっくり寝てられないんだ…」

「そうだったわね…でも、睡魔に襲われながら戦闘なんて危険過ぎる…」

 

ユニちゃんも眠くなってるみたいで、声に少し焦りを感じる。工場の制圧作戦は朝からだからあんまり寝ていられないし、かといって徹夜したら明日にどんな悪影響が起こるか分からない。どちらを選んでも大変そうで、しかも考えてる間にも眠気は強くなって…という中々に困った現状。そんな中、わたしは一つの事を思い出す。

 

「…そう言えば…眠気を覚ますだけなら、短時間の睡眠がいいって聞いた事があるんだけど…」

「あぁ、そうらしいわね…後確か、目を瞑って姿勢を楽にするだけでも身体は休められるって話もあるわ…」

「じゃ、じゃあさ、ちょっとだけ目を瞑って休もうよ?で、それでも眠かったら少しだけ寝る。それなら作戦にも遅れないし、戦い一回分位はなんとかなるんじゃないかな?」

「……そう、ね…けど、目を閉じたからって寝ちゃ駄目よ?それをしたら一巻の終わり…ふぁぁ…」

「そんなの分かってるって…ふぁ、ぁ…」

「…じゃあ、少し休みましょ……」

「うん……」

 

ユニちゃんの欠伸につられてわたしも欠伸。このまま話してると本当にすぐ寝ちゃいそうだから、わたし達はそれきり黙って目を瞑り、ベットの側面に背を預ける。

そう、これはちょっと休むだけ…ちょっと、休む…だけ……。

 

…………。

 

…………。

 

…………。

 

「……ギア…プギア…!」

 

──わたしを呼ぶ声がする。揺さぶられる様な感覚がある。ん…なんなんだろう…?

 

「……ユニ、ちゃん…?」

「ユニ、ちゃん…?じゃないわよ!ほら時間見て!」

「へ?時間って……あぁぁっ!?」

 

ユニちゃんが指差したのは壁の時計。そんなに慌ててどうしたんだろう…と思いつつその時計を見たら、時刻はもう朝。……もっと言うと、作戦の出発時刻…どころか、開始時刻。……だ、だ、だ…

 

「大遅刻だよぉぉぉぉ!ゆ、ユニちゃんどうしよう!?」

「どうしようも何も今から急いで行くしかないでしょ!言い訳考えるのはその後よ!」

「だ、だよね…ユニちゃん準備は!?」

「出来てる!さっさと行くわよネプギア!」

「う、うん……!」

 

跳ね起きて顔を叩くわたし。出来ればご飯を食べてから行きたいけど…そんな余裕は全くない。完全に遅刻のわたし達は、すぐに女神化して出発を……

 

「…どこ、行くの…?」

 

…しようとした瞬間、後ろからの声に止められた。振り返ると、そこには目を覚ましたロムちゃんとラムちゃんの姿。…どうやらわたし達は起こしちゃったらしい。

何も知らない二人に話すべきか迷い、わたしとユニちゃんは目を合わせる。…けど、ロムちゃんはそれよりも早かった。

 

「…もしかして、たたかい…?」

「そ、それは……」

「それなら、わたしも行く…」

「え……?」

「ネプギアちゃんは、わたしのともだち。ユニちゃんは…えと、ともだちのともだち。だから、わたしは力になりたいの。それに…わたしも、ルウィーの女神様、だから…」

「ロムちゃん…」

「……ネプギア、そう言うならロムも連れていきましょ。戦力は多い方がいいし、女神だからと言われちゃ仕方ないわ」

 

わたしがどうこう言うよりも早く、ユニちゃんはそう決断した。それにわたしは一瞬考えて…その後すぐに頷く。だって、ユニちゃんの言う通りだから。

そして、ここでもう一人が声を上げる。

 

「だったらわたしも行くわ!」

「え…ラムちゃんも?」

「当ったり前よ!まだしんよーならないネプギアと、せーかくわるいユニといっしょじゃロムちゃんがしんぱいだもの!」

「アンタ、ほんと生意気ね…」

「ふーん。それよりもほらロムちゃん、早く準備しよっ」

「ラムちゃん…うん…!」

「……あー、それと…ネプギア」

「え?なに?」

 

ラムちゃんはちょいちょいとわたしを手招き。どうやら耳打ちで何かを伝えたいらしくて、それにわたしが乗って耳を近付けると……

 

「……ロムちゃんがすきなのはわたしの方が上。…けど、ネプギアの気持ちも分かったわ。だから…ともだちのことは、ほりゅーにしてあげる!かんしゃしてよね!」

「ラムちゃん…うん!期待して待ってるね!」

 

そして、ロムちゃんとラムちゃんが準備を終えた事でわたし達は外へ。外に出て、女神化し、目的の施設へ向かう。わたし達四人で、候補生四人で……一つの、目的へと。




今回のパロディ解説

・しんじつはいつも一つ
名探偵コナンシリーズの主人公、江戸川コナン(工藤新一)の代名詞的台詞のパロディ。見た目は幼女、中身も幼女、でも女神!名(?)探偵ラム!…なんてどうでしょう。

・レベルがちがうのよ、このバカ
新日本プロレス所属のプロレスラー、オガタ・カズチカさんこと岡田和睦さんの名言の一つのパロディ。ラムなら降らせるのは金の雨ではなく雪か氷の礫でしょう、多分。


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第三十一話 制圧作戦、始動

ルウィーの生活圏から離れた、辺境の雪山。その一角の開けた場所に、工場施設は位置していた。

 

「第四第五陸戦歩兵中隊、展開完了しました」

「同じくこちら第二魔術機動部隊、いつでも行動可能です」

 

インカムから聞こえてくるのは各部隊長の通信。一瞬私も何か言ってみようかな…と思ったけど、そんなふざけた事を言える場ではない。というか、私達は独自に動くから逐一連絡する必要もないし。

 

「イリゼちゃん、確認ですけど…わたし達はとにかくキラーマシンを倒せばいいんですよね?」

「うん。厳密には施設内の戦力を削る事が目的で、その戦力の筆頭がキラーマシンなんだけどね」

「こういう施設でキラーマシンを…ってなると、アヴニールの取り引き妨害を思い出すわね。その時はルウィーじゃなくてラステイションだったけど」

 

私達がいるのは、施設の正面出入り口を目視出来る距離にある岩陰。作戦開始時刻になったらまず私達が侵入し、道場破りが如く侵攻していくというのが作戦の第一段階。だから私達の結果如何で作戦全体の進行速度も軍の側の負担も変わる訳だけど……幸い私達の中で緊張してる人はいなかった。

 

「こんな所に作るなんて…苦労したんだろうな〜」

「それを考えるとちょっと忍びないわね…情けをかけるつもりはないけど」

「悪い事は悪い事、ですもんね」

 

既に破茶滅茶な出来事や戦いを何度も経験してきたコンパアイエフと、筋金入りのマイペースなRED。およそ緊張とは無縁そうな雰囲気の私達が期待の戦力とされてるんだから、世の中変わってるよね。…恐らく一番変わってるのは女神の私だろうけど。

 

「……っと、そろそろ時間だよ。皆、準備はいい?」

 

作戦開始時刻の数分前にセットしておいた携帯のアラームが鳴り、私達は気持ちを切り替える。

 

「…ネプギアとユニは間に合わないみたいだね」

「ごめん……でも、その分も私が頑張るから心配しないで」

 

二人については昨日の段階でもう話したし、実のところネプギアとユニがロムちゃんラムちゃんの部屋で肩を寄せ合って寝ているのを見てきた。その上で、二人を起こさなかったのは私の判断。だから内心意気込んでいた私だったけど…そこでこつん、とアイエフに小突かれた。

 

「頑張るのはいいけど、変に気負ったりするんじゃないわよ?女神にとってキラーマシンは格下なんだろうけど、それでも油断すればどれだけ怪我するか分からないんだから」

「それに、わたし達もちゃんと戦えるんですから、頼るところは頼ってほしいですっ」

「そーそー、アタシも二人の分まで頑張るつもりだもん!」

「……だよね…うん。皆、二人がいない分の余裕はなくなるだろうけど、何かあればその時は頼むよ?」

『勿論(です)!』

 

皆からの言葉に私は一瞬驚いて…すぐに笑みを溢す。……全く、皆ってば…こういう時に心強過ぎて、これじゃ女神の私の立場がないよ…ふふっ。

そして、時間になると作戦司令(会議室にいた軍人さん)から作戦開始の通信がきて、私はそれに返答すると同時に皆と動き出す。

 

「取り敢えずは出入り口からどう入るか、ね」

「えーっと…男の人が二人見えるよ?倒しちゃう?」

「待った待った。あの人達は雇われてるだけの警備員かもしれないし、一度話し合いでの解決を試みたいんだけど…駄目かな?」

 

歩きながら侵入方法について会話を交わす。…別に話すの忘れてたんじゃないよ?さっきまでいた場所からだと、人なのか模様なのかよく分からなかったからだよ?

 

「まぁ…そうしたいならそれでいいんじゃない?イリゼなら近距離で先手取られても何とかなるでしょ?」

「二人ならまあ、女神化しなくても無力化出来るね」

「どんな話をするつもりです?」

「うーん…特務監査官としての立場を利用した話、かな?」

 

変に刺激しないよう、抜剣せずに向かう私達。暫く歩いたところで出入り口の見張りらしき二人は私達に気付き、顔を見合わせて何かやり取りを始める。さしずめ、「おいおい人来ちゃったぞ、どうする?」「そうだなぁ…てか女の子四人だけに見えるが…遭難かなんかか?」…ってところかな?

 

「あの人達が『近付く奴は問答無用で撃て』って指示を受けてませんように、っと……すいませーん!」

 

声が十分届くだろう距離まで来たところで私は声を上げ、小走りで見張りの人達の前へ駆け寄る。…すると、二人は扉を塞ぐ様に移動した。

 

「……どうしたんだい?登山の最中かな?」

「いえ、用事なんです」

「そうなんだね。えー…悪いけど、ここは企業の私有地なんだ。道が分からないなら案内してあげるから、帰ってくれないかい?」

 

一瞬考える様な表情を浮かべた後、二人は親切そうな雰囲気で私に応対してくれた。……けど、どうも慣れてない感じがする。それも人と話し慣れてない、ではなく演技に慣れてない感じの。

 

「案内、ですか…では、一つ案内してほしい場所があるんですが、聞いてもらえますか?」

「構わないよ、と言っても分かる場所に限るけどね」

「それなら…この中の、兵器生産工場内の案内は出来ますか?」

『……!?』

 

小首を傾げてそう私が訊いた瞬間、二人の眉がぴくり、と動いた。…やっぱり…この人達、嘘を吐き慣れてないんだね。まあ、こんな辺境の山の一角にわざわざ出向く人なんて滅多にいないだろうし仕方ないのかもしれないけど。

 

「は、はは…兵器生産工場なんて、勘違いしてないかな?ここは焼却場だよ?」

「焼却場?でしたら、焼却場の見学を…」

「だからここは私有地なんだよ、分かってくれないかい?」

「そうですか、なら仕方ありませんね……」

「分かってくれて助かるよ。じゃあ、真っ直ぐ帰って……」

「──特務監査官の権限を持って、これより本施設の強制監査を行わせて頂きます。邪魔をする場合、威力業務妨害に抵触致しますので、ご了承を」

『と、特務監査…!?』

 

そういう指示を受けているのか、あくまで隠そうとする見張りの二人。だから私は……女神の武力とは別の力、特務監査官としての権力というカードを切った。

本来は監査や監視がきちんと機能しない女神に対する牽制力として設置された特務監査官だけど、三権どころかほぼ全ての権威を超越する存在である女神にきちんと対抗出来るように、本来の目的からすれば過剰とも思える権力……それこそ、一般企業に対して監査の名の下一方的に捜査を行う事だって出来てしまう。だけどその分乱用すればえらい事になるし、私自身そんな事をしたら嫌な奴にしかならないから普段は名前すら出さないけど……今回は相手が既に非合法という事で話は別。

そして、私はそこから更に揺さぶりをかける。

 

「現在、本施設には工場建設時に関わる各種法律違反、違法兵器建造等の容疑がかかっています。これより強制監査を行いますが、その結果に関わらず法的制裁が発生するのはほぼ確定でしょう」

「や…えと、俺等は雇われっていうか…」

「経営者及び役員でなくとも、場合によっては処罰の対象となります」

「……っ…や、ヤバい仕事かもとは思っていたが、マジだったのかよ…おい、どうする?」

「ど、どうもこうも…顔と役職的にどう考えても相手は女神様だろ?…絶望的だ……」

 

法の執行者と言わんばかりに冷たい声音で、説明の定でもって二人を暗に脅す。それを受けた二人は雪山でありながら額に汗を浮かべ、明らかに動揺した様子で小声のやり取りを始めた。

もう演技をする余裕なんて皆無な見張りの二人。そんな二人の言動を見た私は……心の中で笑みを浮かべる。…よし、機は満ちた…。

 

「……まあ、それはともかくちょっと困り事があるんですよ。聞いてくれませんか?」

「そ、相談…ですか…?」

「はい。先程言った通り強制監査をするつもりなんですが…私達、内装は全く知りませんし、中にいる人が素直に言う事を聞いてくれる保証もないんですよね。だから、施設の地図があると凄く助かるんです」

「…俺等に、地図を渡せと…?」

「いやいや、ただの愚痴ですよ。はー、どこかに出入り口を開けてくれた上、地図の提供までしてくれる人達はいないかなー。もしいてくれたら、その人達の事は『良心に従い、積極的に監査に協力してくれた善良な方々』として口添え出来るんだけどなー。その場合処罰は受けないか、受けてもかなり軽いもので済むんだろうなー」

『…………』

「…聞いてくれてありがとうございました。それで…何か、あります?」

「…………」

「…………」

「……地図は、手書きでも構いませんか…?」

「勿論」

 

ごくり、と唾を飲み込んだ二人の質問に、私はゆっくりと首を縦に振る。そう……

 

 

────交渉成立である。

 

「……で、こことここが繋がってる訳ですよ。小さいメモ帳しかなくてすいませんね」

「いえいえ、むしろ無理に一枚に詰め込まず二枚に分けてくれてありがたい位です」

「なんのなんの。あぁそうだ、カードキーもどうぞ。これで重要区画以外はすんなり入れる筈ですよ」

「わっ、こんな物もくれるんですか?」

「へへっ、これで平和に一歩近付くなら安いもんです」

「ふふっ、こんな善良な方々に接触出来るなんて私達は幸運です」

 

にっこにこで地図のメモとカードキーを受け取る私。私もにっこにこ、見張り…もとい善良な二人もにっこにこ、これぞwin-winの関係だよね。勢い余ってにっこにっこにーとか言いそうなレベルでにこにこだよ。

 

「それでは……どうぞ!」

「はい!さ、皆行こうか」

「え、えぇ……」

「……皆?」

 

二人が私に渡してくれたのとは別種のカードキーで扉を開いてくれたところで、私は皆へと振り返る。前の私は政治的能力がないどころか知識も足りていなかったけど、今の私はそうじゃない。そんな私の様子を見せたんだから、付き合いの長いコンパとアイエフはさぞ感慨深い表情を……

 

「……悪い女になっちゃったわね、イリゼ…」

「イリゼちゃんがそんな子に育っちゃって、わたし達は悲しいです…」

「悲しまれてた!?え、何その娘が不良になった事を嘆く家族みたいなの!?わ、私悪い女にはなってないよ!?」

「そうね、どんな形であれ成長は喜んであげなきゃよね…」

「だからダークサイドへの成長はしてないって!誰も怪我しないどころか双方が利益を得てる、ベストな状況に持っていっただけだよ!?」

「…結果だけを追い求める人になるのは、寂しい事です…」

「ねぇ!?私の言葉聞いてるの!?それじゃ私が真っ当じゃない手段取ったみたいじゃん!」

「えと、イリゼ…今のはアタシからしてもちょっとうわぁ…って感じなんだけど……ま、まあでもアタシはそんなイリゼも魅力的だと思うよ!うん!」

「そんな慰めは要らないよッ!」

 

してないどころか完全に私が悪女になったと思ってたよ!しかも弁明をまるで聞いてくれなかったよ!……酷い、酷過ぎる…友達なのに…。

 

「しょぼーん…」

「あ…く、口で『しょぼーん』って言う位イリゼちゃんが落ち込んじゃったです…」

「これから突入、って時にこれは不味いわね…ほらイリゼ、しゃきっとなさい。今の状況忘れた訳じゃないでしょ?」

「そ、それはそうだけどさ…いいもん、じゃあもう何か困った事あっても私何にもしないもん」

「と、言いつつ実際には何とかしようとしてくれるんですよね」

「そうね、だってイリゼだものね」

「そんな都合よく持ち上げられても困るよ…信頼が嬉しいから元気出すけどさ…」

「あ、元気出すんだ…」

 

我ながらちょろい奴だなぁ…と思いつつも、立ち直って扉をくぐる。続く形で皆も歩く最中、後ろから声が聞こえた私は立ち止まった。

 

「…約束は、守ってくれますよね?」

「約束?何の事やら……私は良心的な人に協力してもらったという事しか覚えにないんですけど…これだと不味かったりします?」

「い、いえ。では監査頑張って下さい!」

 

びしっ、と敬礼なんてしてくれた二人に軽く頭を下げて、私は先行する三人に合流。ここから私達による施設強襲はメインフェイズを迎えるのだった。……皆さんは私を悪女なんて思ってないよね?私、信じてますからね?

 

 

 

 

「死にたくなければついてこい!…じゃなくてついて来ないで!」

 

行く手を塞ぎ、或いは後ろから撃とうとする敵の武器を引ったくり、はたき落とし、蹴り飛ばす。狼狽えている間にその人達の間を駆け抜け、コンパ達も後から続く。

交渉による侵入から数十分後、私達は施設防衛に動く人を蹴散らしながら(今のところ完全不殺だけど)侵攻中だった。

 

「アイエフ!次は左だっけ!?右だっけ!?」

「左よ!で、その次は右!」

「了解……っとッ!」

 

地図のメモを持つアイエフに次の目的地…まだ破壊作業を行なっていない格納庫の場所を聞いて、十字路を曲がろうとした瞬間逆側から銃弾が放たれた。けどそれに私は反応し、瞬時にナイフ二本を精製して全弾撃墜。次の射撃が来る前にそのナイフを投擲し、弾丸の発生源であるライフルを破壊する。

施設は工場だけではなく倉庫も兼ねていたらしく、格納庫の中には結構な数のキラーマシンが格納されていた。しかも格納庫は一つではなく、場所も襲撃に備えてか位置がバラバラ。そのせいで私達は、現在施設内一周マラソンみたいな事をする羽目になっていた。

 

「こういう場合、手分けして動いた方が手っ取り早いけど…」

「皆で動かないと危ないんじゃないかな?」

「そうですね。それに、わたし一人じゃキラーマシンは倒せないと思うです…」

「一つずつ潰してくしかないって事…って言ってる内に到着したわね」

「皆、遠隔攻撃の準備はいい?」

 

格納庫前の扉で立ち止まり、エラーを起こさない様丁寧にカードキーをパネルにかざす。すると当たり前ながら、電子ロックが解除されて扉が開く。…壊そうと思えば壊せるけど、やっぱりこっちの方が楽だし安全だよね。気を利かせてくれた事に感謝しないと。

中に入ったところで目に映るのは、キラーマシンを始めとする多数の機動兵器。その中にはラステイションで戦った空戦仕様のキラーマシンもちらほらと見受けられる。

 

「これはまた壊し甲斐のある数だね!」

「まぁ、気持ちは分からないでもないかな。それはともかく、一斉掃射いくよ!ファイヤッ!」

 

扇状に広がった私達は、各々技やら魔法やらを発動し、私の掛け声で一斉に攻撃。幾らキラーマシンやそれに準じる機動兵器と言えど、起動していなければただの鉄の塊に過ぎず、その状態ならばそれなりの威力を持つ遠隔攻撃でも有効打を与える事が出来る。だからこその、一斉掃射。

精製した武器や爆炎、魔力によるビームや熱線による第一陣が起動兵器群に直撃し、最前列の兵器を破壊していく。そして、それによる煙が上がる中で放たれた第二陣。だが……

 

『■■■■ーー!』

『な……ッ!?』

 

着弾の直前、煙を霧散させながら展開された光の壁……否、キラーマシンシリーズの装備である高エネルギーシールド。強固なエネルギーの盾に衝突した私達の攻撃は、全て弾かれ四散していく。見れば、次列以降の機動兵器には次々とメインカメラに光が灯り始めていた。

 

「向こうがこっちの侵攻に追いついたみたいね…」

「なら、ここからはいつも通りの戦い方をするだけだよ。とにかく私が撃破しつつ注意を引くから、三人は一機一機確実に倒していってくれるかな?」

「はーい、それじゃ皆頑張ろーね!」

「もし怪我したら、その時はちゃんと言って下さいね?」

 

コンパの言葉に私達は頷き、次の瞬間には散開。私は真っ直ぐに突っ込んでいき、三人は屋内で本来のスペックを発揮出来ないであろう空戦仕様から狙っていく。……そこからは、激戦だった。

 

「せぇぇぇぇぇぇいッ!」

 

機動兵器の間を縫う様に飛び回りながら、目に付いた機体を手当たり次第に攻撃していく。時には武器を射出し、時にはシェアエナジーの爆発で長剣を加速させて斬り裂いていく。殆ど全方位から私に向けて巨大な武器や装甲に覆われた尾を振るわれ、ビームが駆け抜けていく中で飛び回るのは相当な臨場感と緊迫感、そして高揚感があった。

 

「この程度の、攻撃でぇッ!」

 

真っ直ぐに振り下ろされた両刃の斧を紙一重で躱し、そこから瞬時に前へと跳んで肘関節を一突き。次の瞬間後ろから迫る装甲尾の存在を直感的に察知し、振り向くと同時に長剣を振るって装甲尾を横へと逸らす。息つく間も無く襲いかかる攻撃に対し、私は全神経全感覚をフル稼働させる事で対応していた。

 

(敵陣中央にいる限り、ビームは放たれても散発的か私が空中に飛んだ時のみ。無人機でも、そう簡単には味方ごと撃ったりはしない訳ね)

 

両手の武器や尾での攻撃なら気付くのが直前になっても防御という選択肢を取れる。けど、ビームは長剣一本で防げる訳がないから当然厄介さ度合いが跳ね上がる。それを防ぐ為に敢えて敵陣のど真ん中に身を躍らせていた私だったけど……そんな私の前に、明らかにキラーマシンのものとは違う攻撃が通り抜けていった。

 

「銃弾!?……まさかッ!」

 

捻る様な動きで攻撃を避けながら視線を出入り口へ向けると…そこには銃を持った人、施設の人間がいた。……これは不味い…。

 

「皆!出入り口付近の人を倒せる!?」

「む、向こうまで行くのは無理ですっ!」

「キラーマシンと銃弾の両方を避けながらはキツ過ぎるよ!」

「く……っ!」

 

その場で歯噛みをする私。キラーマシンや他の機動兵器の遠隔武装は対兵器、大多数を想定したものだから味方に当たればダメージに繋がるけど、あの人達が持つライフルは対人用だからもしキラーマシンに当たっても大半は弾かれて終わってしまう。だからこそ、あの人達は乱戦状態の私VS機動兵器群に対しても躊躇いなく撃てているのだった。

 

(ここからじゃまともな攻撃も出来ないし、出来たとしても致命傷を与えちゃう危険性が大きい。かといって無視してたら私に当たるのが時間の問題だし、どうすれば……?……いや、待った…)

 

防御と回避に専念する事で何とか避けながら、私は考える。今ある情報全てを洗い直し、考えて……思い付く。そうだ、無人機は心理戦なんて通用しないし、合理的にしか動かないけど…人間は、そうじゃない。

 

「ふ……ッ!」

 

回転斬りで攻撃を牽制し、スペースが空いた瞬間近接武器を多数精製。それ等を全方位にまとめて放ち、周りの機体全てに攻撃を仕掛ける。

予想通り装甲、或いはエネルギーシールドで難なく攻撃を弾いていく機動兵器。でも、そのおかげで私には大きな余裕が出来た。数秒足らずの短い…けどこの状況においてはとても大きな余裕が。

 

「……ッ!天舞参式・睡蓮ッ!」

 

私の頭上に精製された、巨大な大剣。私の身長よりもずっと大きい、それこそキラーマシンやMG用武装サイズの大剣を両手で握り、私の力とシェアの爆発の併用でもって前方のキラーマシンへと斬りかかる。斬りかかり…頭部諸共胴体を大きく削り取る。

 

「ふんッ!」

 

巨大剣がキラーマシンを腰部まで斬り裂いたところで私は手を離し、剣の柄を蹴って一気にキラーマシンの肩へと飛び移る。そして……

 

「こ……のぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

半壊した頭部の切れ目に腕を突っ込み、全身の膂力を込める。キラーマシンの肩を踏み締め、お腹の底から声を上げ、内部の機材を破壊して……頭部の片側を引き千切る。

そのあまりにもパワフルな、そして乱暴な破壊行動に目を剥いたのか、私への銃撃は止まっていた。それに気付いた私は一瞬笑みを浮かべ、その後すぐに憤怒の表情へと切り替える。

 

「こんな状況じゃ、流石の女神も誰一人傷付けずに制圧するのは正直難しい。だから──命が惜しいなら、邪魔を、するなッ!!」

 

そう吠えて、私は引き千切った頭部の片側を投げ付ける。狙ったのは銃を持つ人達より数mも前の床だったけど……その人達は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行ってしまった。…あの人達には、私が人の形をした猛獣かモンスターにでも思えてるんだろうな。

 

(でも、そう思ってくれたなら御の字。それなら、暫くは戻ってこないだろうしね)

 

と、私が演技の成功に安堵するのも束の間、人と違って恐れたりビビったりを一切しない無人機が次々と攻撃を仕掛けてくる。既に全機頭部を引き千切られた機体は戦闘不能だと判断したらしく、その攻撃は容赦の欠片もない攻撃だった。

跳躍して回避した私への次の苦難は、キラーマシンが次々と放つビームの乱撃。それをヒヤヒヤしながら乗り切った私は、再び意識を機動兵器群に戻して戦闘を続行する。

 

 

 

 

それからまた数十分後。更に侵攻を進め、次の格納庫を制圧に入る私達だったけど……ペースは、明らかに落ちていた。

 

「はぁ、はぁ…もー!ロボット多過ぎ!ガンダム無双と間違えてるんじゃないの!?」

「格納庫に暖房は点いてないってのに、もう汗だくね…」

 

堪らず叫ぶREDと、焦燥を露わにするアイエフ。コンパは二人程は動いてないから身体的疲労は少ない様子だけど、治癒担当として常に気を張り巡らせてるだろうから精神的疲労は四人の中でも一番の筈。私は一応まだまだ戦えるけど……正直、開戦直後に比べると勢いは間違いなく落ちていた。

 

「RED!誘導してビームを撃たせるよ!その先にコンパとアイエフは攻撃をお願い!」

 

少し前から作戦を変更し、私も三人に合流していた。そうしてからは私と誰かが引きつけ、残りの二人が着実にダメージを与えるという戦法で効率と引き換えに負担を減らしていたけど……どうやらそれもそろそろ限界らしかった。

作戦通りに一機行動不能にした私達。でも、次の瞬間二つの呻き声が上がる。

 

「い"……っ!?」

「ぐっ……!」

「RED!?アイエフ!?大丈夫!?」

「……!イリゼちゃん!三十秒…いや、二十秒耐えて下さいです!その間にわたしがお手当てするですっ!」

「……っ…頼むよコンパ!」

 

怪我を負って後退した二人に駆け寄ったコンパの指示を受け、私は再び敵陣へと突撃する。本気のコンパの治癒魔法なら確かにその短い時間で応急手当てが出来るんだろうけど、やっぱりその間は注意を引きつけておかなければならない。

 

(休憩なしで継戦したら、今後も怪我は増える筈。ここは一度通路に退いて……いや、それともいっそ…)

 

私の脳裏によぎるのは、軍の施設内突入。そのタイミングは中で戦う私に任されていて、当初私はキラーマシンを全て撃破した後にしようと思っていたけど…キラーマシンの数は私の予想を大きく超えていた。

私達の役目はあくまでキラーマシンの数を減らす事。その目的は十分に達成出来ている筈で、これ以上今の状態で戦うのは本当に取り返しのつかない事になり兼ねない。……だったら、ここら辺が潮時だよね。

 

「……皆!もう十分だよ!私が道を作るから、皆は牽制しつつ撤退を────」

 

 

 

 

 

 

──その瞬間、二条のビームと二つの氷塊が私の眼前を駆け抜けた。

コンパ達のものでなければ機動兵器群のものでもない、完全に想定の外からの攻撃に目を見開く私。その間にもその攻撃は続けられ、私同様に想定していなかった様子のキラーマシンが立て続けに破壊されていく。

最初の攻撃は、何がなんだか分からなかった。けど、二条のビームと二つの氷塊といえば、私には思い当たる事が一つある。作戦開始時にはあり得ないと思っていた、けど0%ではないその可能性。まさか、でもそうだとしたら…という驚愕に包まれた私が、それ等の攻撃の発生源に目を凝らすと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました皆さん!──女神候補生、ただ今到着ですっ!」

 

……そこには、ネプギア達候補生が…四人の女神候補生全員が武器を構えて立っていた。




今回のパロディ解説

・にっこにっこにー
ラブライブ!のメインキャラの一人、矢澤にこの代名詞的台詞(掛け声?)の事。にこではなくイリゼなので、やるなら「いっりいっりにー!」…?…う、うーん……。

・「死にたく〜〜こないで!」
ターミネーターシリーズにおいて複数のキャラが言った台詞のパロディ。そう言いつつ全力で戦闘行動を取るイリゼは中々にアレですね。あくまで不殺に徹していますが。

・ガンダム無双
無双シリーズとガンダムシリーズのコラボ(というか無双のガンダムver)の事。流石にそんなとんでもない規模のキラーマシンが出てきてる訳ではないですけどね。


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第三十二話 発電所を守りしもの

候補生四人の参戦により、戦況は一気に変わった。ロムちゃんとラムちゃんはその場で魔法による範囲攻撃を続け、ユニは突撃するネプギアの援護を行い、ネプギアは私の元へ…敵陣へと入り込んだ私が脱出する為の退路を作る様に斬り込んでくる。

 

「イリゼさん、遅れてすいません!」

「全くだよ……けど、タイミングとしては最高だよ!」

 

私とネプギアの間にはまだ若干の距離があるけど…私への注意が大きく減っただけで、私にとっては十分だった。

動き易い状態になった私は余裕のある上……ではなく下へと降下。ホバーで浮いて移動するキラーマシンと床の間の間を滑る様に通り抜け、ネプギアが作ってくれた退路から一気に脱出する。

 

「ったく、二人揃って寝坊なんてするとはね」

「す、すいません…って知ってたんですか!?ならアタシ達を起こして下さいよ!?」

「あまりにも安心した様に寝ていましたから、つい…」

「二人も二人で頑張ってたって知ってると、起こすに起こせないもんね〜」

「あ、なんだ二人ともねぼーしてたのね」

「知らなかった……(はつみみ)」

 

私とネプギアが敵陣から下がるのと同時にユニ達もコンパ達のところへ移動。私達全員が一ヶ所に集合する形となる。

 

「寝坊の件は一旦保留、まずはここの機動兵器を掃討するよ!」

「はい!ロムちゃんラムちゃん、協力してくれる?」

「えー、そりゃたたかう気はあるけど、その言い方だとわたしたちがメインじゃないみたいでいや「うん、きょうりょく…する…!」……じゃないわ!ロムちゃん、がんばりましょ!」

 

ネプギアの言葉に始めラムちゃんはやや不満そうだったけど…ロムちゃんの意思を聞いた途端に意見がくるりと反転した。…なんだろう、ネプギアが二人とどんなやり取りをしたのかほんの少しだけど分かった様な気がする……。

 

「こほん…それじゃ候補生四人!私達で相手をするよ!コンパ達は体力回復に努めつつ増援が来たらそれの対応…って事でいい?」

「なら二人に改めてきちんとお手当てするです!」

「この人数なら後方射撃に徹した方が良さそうね…ネプギア、アンタは突っ込みなさいよ?」

「うん。……にしても、こんなしっかりした工場だったなんて…これは作戦が終わった後、女神として隅から隅まで調べないと…」

「…ネプギア、アンタねぇ……」

「だ、だって気になるんだもん…でも作戦中はしっかり戦うよ。遊びでやってるんじゃないんだから」

 

ユニに続き、私も何か言ってやろうと思ったけど…ネプギアが思った以上に真面目な返答をしたせいで言えず終いだった。…これがネプテューヌだったら、もう二言三言ボケてただろうなぁ……。

 

「なら…準備はいいね?」

「勿論です!皆、頑張ろうね!」

「えぇ、後ろは任せなさい!」

「ロボット、やっつける…!」

「わたしたちの力、見せてやるわ!」

「それじゃあ、いくよっ!」

 

掛け声と共に見得を切り、そして先陣も切って飛翔するネプギア。ユニはその場で脚を広げて火力支援の体勢を取り、ロムちゃんラムちゃんは浮き上がって連携魔法攻撃を始める。増援として、四人揃ってやってきたネプギア達は…これまでになく頼り甲斐があった。…………ただ……

 

「……ネプギアにリーダーの座を取られた…」

「ネプテューヌみたいな事言ってないでイリゼも行きなさいよ…それとも私が突撃しようかしら?」

「じょ、冗談だよ…!」

 

勿論冗談、冗談だけど……私、ネプテューヌの気持ちがちょっと分かったよ…。

 

 

 

 

「ロムちゃん、せーのっ!」

『アイスコフィン!』

 

宙に精製され、完成と同時に発射される巨大な氷塊。自分の身体よりも大きな氷の塊を難なく作り上げたラムちゃんの意思が乗った氷塊は、かなりの速度でキラーマシンに迫る……が、それはエネルギーシールドによって阻まれる。女神の力を持ってしても、容易に破壊する事は難しいのが高出力のエネルギーシールドだった。

だが、キラーマシンに迫っていた氷塊は二つだった。ラムちゃんと寸分違わぬタイミングで、ラムちゃんとは別方向から放たれたロムちゃんの氷塊はシールドの範囲外からキラーマシンを叩き、それによって出力に乱れが生じたシールドをラムちゃんの氷塊が破り、二つの氷塊がキラーマシンを貫く。

 

「さっすがロムちゃん!ロムちゃんなら合わせてくれると思ってたわ!」

「うん。ラムちゃんなら、こうするって分かってたから…」

「でしょでしょ?ふふーん♪」

 

スパークを起こしながら倒れるキラーマシンを尻目に、ロムちゃんとラムちゃんはハイタッチ。……その後ラムちゃんがネプギアに自慢げな視線を送ってたけど…気にしないでおこう。

 

「ふぅ…何とか片付きましたね」

「ユニ達が来てくれたおかげで大勝利だよ!やっぱ女神って強いね」

「女神が四人も増えると安心感が段違いね。イリゼも少しは気が楽になったんじゃない?」

「まあ、ね。そっちは休めた?」

「はいです。これならもう一踏ん張り出来るです」

 

二人が倒したのはこの格納庫の最後のキラーマシン。流石にあっという間に殲滅!…とはいかなかったけど、私達はこれまでで一番のペースで全機撃破する事が出来た。おまけにコンパ達三人も身体を休める事が出来たみたいだから、このまま作戦を続行する事も出来る。

 

「…そういえば、皆はどうやってここを見つけたの?アタシ達と違って地図なんかないよね?手当たり次第?」

「あ、いえ。戦闘の跡を追ってきたんです。通路に壊れた銃とか弾痕とか残ってましたから」

 

教会を出てからの事をかいつまんで話すネプギア。基本的には今上げた跡を頼りに追って、よく分からないところは戦闘音で大体の位置を推測していたらしい。確かにガチャガチャだのドカンドカンだの大音量だったしねぇ…。

 

「そういう事だったんですね、ご苦労様です」

「それはコンパさん達こそ言われるべき事ですよ。ほんとすいません、アタシ達が寝坊したせいで…」

「理由があるって知ってるですから、気にしなくていいですよ」

「それに、今はまだ作戦中だものね。お喋りはこの辺にして次に向かいましょ」

「あ……その事なんですが、一ついいですか?」

 

アイエフが話を締めようとしたところで、ネプギアは手を挙げた。

 

「どうかしたの?」

「はい、えと…一度地図を見せてもらってもいいですか?」

「いいわよ、はい」

 

受け取って地図を見て、ネプギアは小考。その後ユニに確認を取る様な質問をして…こくり、と頷く。

 

「…あの、一つ提案があります」

「提案、です?」

「作戦を続けるなら、余計な事をされないよう先に発電所を落とすべきだと思うんです。人数が足りないなら素直に機動兵器潰しに専念した方がいいですが…今は女神だけでも五人もいますから」

「発電所…その案は一理あるけど、場所分かるの?発電所とか責任者の部屋とかは知らなかったのか、書かれてなかったと思うんだけど…」

「施設の規模とこの地図があれば、だいたいの予測はつきます。工場も機械と同じで、動力源は適当な所に配置するべきものじゃありませんからね」

 

そう言ってネプギアは、地図の空白となっている箇所の一つ…発電所があると思われる場合を指し示す。

発電所を落とせばシャッターを下ろしたりは出来なくなるし、待機中のキラーマシンの遠隔起動なんかも出来なくなる。もし予備電力があるならまた少し変わるけど…それでもこっちの作戦遂行が有利になるのは確実。後は、ネプギアの予測が信じられるか否かだけど……

 

「……分かった。なら、私とネプギア、ユニで発電所に行こう。それで他の皆はこのまま作戦続行…でどう?」

「えーと…わたしはさっきみたいにどっかんどっかんやれるならそれでいいわ!」

「ま、そっちはドンパチやるのがほぼ確定でしょうね。…というか、発電所落とすだけなら女神一人でもいいのでは?」

「重要施設は何があるか分からないからね。それに広いとはいえ屋内戦闘な以上、あんまり多過ぎても大変でしょ?」

「それもそうですね…分かりました」

 

反対意見は特に無し、という事で二手に分かれる作戦は決定。短時間とはいえ会話に時間を費やしちゃった私は、時間が惜しいとばかりに行動開始を……

 

「あ、ギアちゃんギアちゃん」

「はい?なんです?」

「ほら、あれです。練習の成果を出すチャンスですよ」

「成果を出すチャンス…?……あ、そういう事ですね。やってみます」

「ふふ、頑張って下さいね」

「はいっ!…イリゼさん、道中でやりたい事があるんですが…」

「……?」

 

 

 

 

数分後、私達三人はネプギアの予測したポイントへと到着した。

 

「ここ、か…確かに扉が他の所より厳重だね」

「一警備員のカードキーで開く訳無いですし、アタシがぶっ壊します。下がってて下さい」

「頼むよ、ユニ」

 

扉に向けて構えたユニの指示に従い、私とネプギアは後ろに下がる。……そういえば、あの時もこんな事が…って、あの時は扉じゃなくて壁だっけ。

 

「…ネプギア、治癒ありがとね」

「いえ、それよりわたしこそすいませんでした。ほんとはぱぱっと治癒しちゃうつもりだったんですが…」

 

二手に分かれる前、ネプギアとコンパが話していた事。それは私の腕の怪我の治癒についてだった。

キラーマシンの頭部を引き千切る為に腕を突っ込んだあの時、どうやら私は前腕を怪我していたらしい。それに私自身は気付いてなかったけど…気付いたコンパはネプギアにそれを伝え、ネプギアは移動中に私の腕へ治癒魔法をかけてくれた。…けどまさか、ネプギアがコンパに治癒魔法を教えてもらってたなんて……。

 

「…治癒魔法、興味あったの?」

「興味…そう言われれば、そうかもですね。わたしは中衛っていう特殊な立ち回りが基本になりますし、使えると自分も周りもずっと楽になると思ったんです」

「そっか……あれ?でもコンパの魔法って、一般的な治癒魔法とは違うらしいんだけど…」

「あ、はい。なのでわたしもコンパさんも練習の時は四苦八苦してたり……」

 

ネプギアがそう言って苦笑いを浮かべた瞬間、ユニの射撃(撃ったのはグレネード系かな?)によって扉が破壊される。…ユニがこういう事してると、制作費が莫大なアクション映画っぽいなぁ…。

 

「…ユニちゃんがこういう事すると、二十四時間で事件を解決するドラマや一人でテロリストと戦う映画みたいだなぁ……」

「あ、やっぱ皆そう思うんだ…」

「え、何がです?」

「今ネプギアが思った事だよ。ユニもご苦労様」

 

壊れた扉をくぐって私達は中へ。

そこは、格納庫程ではないものの広い部屋だった。中央に大きな機械が設置されているだけの、だだっ広い部屋。そしてその機械というのは…間違いなく、発電機だった。

 

「ネプギアの予測は正しかったみたいね。…で、どうする?景気良く爆発させちゃう?」

「そ、そんな事したら大惨事になっちゃうよ…」

「冗談よ。…ネプギア、この発電機ってここからでも停止操作出来る?」

「多分ね。取り敢えず触ってみないと」

 

ネプギアは発電機の操作パネルらしき物を発見し、その前へ。そこで私は最悪停止操作が出来なくても、周辺機器を傷付ければ安全装置が作動して強制停止するかな…と思い、インカムから作戦司令に通信をかける。

 

「イリゼ様、突入指示ですか?」

「はい。現在私達は残存機動兵器の撃破と発電所の制圧を実行中。発電所制圧後は状況が変わると思われますので、可能であれば即座に突入をお願いします」

「了解しました。女神様方、ご無理はなさらず」

 

既に私達は格納庫の半分以上へ突入し、そこの機動兵器を全壊させた。私達の目的は少しでも軍人さんが動き易い様にする事であり、それについてはネプギア達が現れる前から達成したと言っても差し支えない状態にあったのだから、現段階で突入しても問題はない筈。そう考えて私は通信をかけた。

その最中もパネルを操作していたネプギア。丁度私が通信を終えた時にそちらも手の動きが止まり……次の瞬間、警報を伝える様なブザーが鳴り響いた。

 

「……っ…すみません!失敗しました…!」

「失敗!?ちっ、やっぱそこら辺はセキュリティしっかりしてる訳ね…」

「失敗は失敗で仕方ないよ。それよりも今は別の方法で発電機の停止を……」

 

──その瞬間、光の壁…高エネルギーシールドが、発電機を覆う様に展開された。そして、それに呼応する様に開いた天井の一角。……そこから、不完全な人型の鉄塊が飛来する。

 

「…キラー、マシン……?」

「あの機体、ぱっと見MK-νタイプみたいだけど…ユニちゃん、あの機体に見覚えある?」

「無いわ、恐らく新型よ」

 

一目で目の前の機体と知識の中にある機体とを照らし合わせ、ネプギアとユニは現れた機体が新型だと判断した。私は二人程キラーマシンに対する細かな知識がある訳じゃないけど、頭部や腕部の形状はこれまで戦った事のある機体のどれとも違う様な感覚がある。ただ、何れにせよ……今私達に向けてモノアイを向けているキラーマシンが、発電機の防衛用である事だけは確実だった。

 

「奴を倒さないとシールドの対応もままならないだろうね…どんなシステムを積んでるか分からないし、まずは二人共援護をお願い!」

『はいっ!』

 

私は跳躍し、ネプギアとユニはそれぞれ得物を構える。

────だが、二人の得物から射撃が放たれる事は無かった。

 

「え……っ?」

「な、なに……!?」

 

私が飛び上がった瞬間、下方から戸惑った様な声が聞こえた。それに反応した私が下を向くと……そこには、女神化を解いた二人がいた。

 

「ふ、二人共何を…、……ッ!」

 

敵前でありながら、女神化を解いた二人の意図が分からず困惑した私。だが、それを聞くよりも前に放たれたキラーマシンのビームにより、私は回避行動を余儀なくされた。咄嗟に私は急降下でそれを回避するも、回避した先にも次々と光弾が襲いかかる。…その光弾は、胸部からではなく両腕の下部からのものだった。

 

「別のビーム兵器!?……くっ、それよりも二人はどうして女神化を…!」

「わ、分かりません!アタシは女神化を解除したんじゃないんです!」

「わたしもです!どうしてか、勝手に女神化が解けて……」

「勝手に…?……まさか…ッ!」

 

胸部の照射ビームは避け、両腕のビームは回避または斬り払いで対処しながら私は思い出す。

キラーマシン系列機との戦闘において、今のネプギアとユニが言った様な事態は、これまでに二度起こった事があった。そしてそれは……

 

(女神化封印システム…!これがあったのを失念してた…!)

 

マジェコンヌさんが開発し、一部の機体に搭載された女神化封印システム。無関係な組織が作ったデッドコピー機ならともかく、搭載を行なったアヴニールの派閥の一つが開発したキラーマシンならば、それが搭載されていてもおかしくはない。

私の推測の裏付けとばかりに、私の女神化は解けていない。それだけは不幸中の幸いというものだった。

 

「ネプギアとユニは下がってて!恐らくそれはこいつのせいだから、こいつは私が落とす!」

 

捻り込む様な動きで射撃を避けながら突進し、一閃。対するキラーマシンは左腕の戦斧で受け、長剣と戦斧の激突により火花が散る。

強引に押し切る前に可動した、キラーマシンの右腕。その下部の砲口が向けられている事に気付いた私は、宙へと舞う。

 

 

 

 

縦横無尽に飛び回り、隙あらば攻め込んでいくイリゼさんと、距離が開いている時は火器、イリゼさんが接近した時は近接武装でカウンターを狙う新型キラーマシン。……その戦いを、わたし達は歯痒い気持ちで見つめていた。

 

「ここにきて、戦力外なんて…」

 

今のわたしとユニちゃんは女神化出来ず(イリゼさんの言うように、恐らく原因はキラーマシン)、キラーマシンもかなり動きがいいからわたし達では太刀打ち出来ない。それが、歯痒くて歯痒くて仕方なかった。

 

「戦力外?はっ、女神化出来なくたって…援護位出来るわよ!」

 

わたしがそんな気持ちに苛まれてる中、隣からはユニちゃんの反骨心溢れる声とリロードの音が聞こえてくる。

 

「ユニちゃん…でも、キラーマシンの装甲はそう簡単には…」

「やらないよりはマシでしょ!それに例え無駄でも…ぼーっと突っ立ってるよりは意味があるわ!」

 

言うが早いかユニちゃんは射撃。放たれた弾丸はキラーマシンの腰部装甲を叩き、激しい金属音を立てる。

一発、二発、三発…ユニちゃんの射撃は続く。その射撃が上手く装甲の間をすり抜けたり、センサーを破壊したりはしなかったけど……それでも確かに、今ぼーっと突っ立ってるだけのわたしよりもずっと意味のある行動に見えた。

……けど…

 

「■■…■ーー!」

「……ッ!」

「きゃっ……!」

 

何度目かの射撃により、ほんの少しぐらついたキラーマシン。それにユニちゃんが笑みを浮かべた……その瞬間、ぐりん、とイリゼさんの方を向いていた頭部が、わたし達の方へと向き直った。向き直って……口の様なパーツから、ビームが放たれた。

ギリギリで反応出来たわたし達は左右に跳躍。次の瞬間、わたし達のいた場所をビームが駆け抜けていった。

 

「二人共!大丈夫!?」

「ぶ、無事です!」

「口っぽいところからビームって…どこのモビルなスーツよ!」

 

キラーマシンはすぐに頭部の向きを戻し、イリゼさんとの戦闘を続ける。それを見たユニちゃんは、一瞬躊躇った後にまた射撃を再開しようとしたけど……それを、わたしが止めさせる。

 

「な…なんのつもりよネプギア!まさか今の射撃にビビったんじゃないでしょうね!?」

「ううん。…わたし、思い付いた事があるの。試したい事があるから、協力してほしいの」

 

わたしは、思い付いた事を…ユニちゃんの出来る事をやろうという姿に感化されて考えた事を口にする。そして、わたしは……ユニちゃんから借りた狙撃銃を構える。

 

(どこかに、どこかにきっとある筈。絶対って確証はないけど…やってみなくちゃ、分からないもん!)

 

慣れない武器のスコープを覗き、目まぐるしく動くキラーマシンを全力で観察する。一ヶ所一ヶ所、パーツ一つ一つを注視して、それを探す。

 

「…見つけられそう?」

「…………」

「…ネプギア?」

「ごめんユニちゃん、ちょっと集中させて」

「あ、うん……」

 

遅くても数秒、早ければ一瞬で位置や向きが変わってしまう相手を観察するのは、とんでもなく難しい事。それでも……わたしは見つけた。見つける事が出来た。

 

「……!ユニちゃん!延髄の辺りを狙って!」

「分かったわ!イリゼさん!一瞬でいいです!一瞬でいいですから…奴の注意を引いた状態で、アタシ達に背を向けさせて下さい!」

「え……?…分かった、チャンスは無駄にしないでよッ!」

 

わたしから狙撃銃を受け取ったユニちゃんは、イリゼさんに叫ぶや否やその場に寝そべって狙撃体勢に。イリゼさんもまた、理由も聞かずにユニちゃんの言葉を承諾して動き始める。

わたしの言葉を即座に実行に移そうとしてくれるユニちゃんと、ユニちゃんの言葉を確認もせずに了承したイリゼさん。──わたし達は今、信頼の下最低限の言葉だけで動いていた。

 

 

 

 

────そして、遂にその時が来た。

それまで冷静な戦い方をしていたイリゼさんはユニちゃんの言葉を聞いて以降、打って変わって荒々しい戦い方に変わり、キラーマシンを攻め続けていた。それはどう見ても体力の配分を無視した戦い方で、それは少し不安にもなるけど……今はそれよりも、イリゼさんがユニちゃんを、わたし達を信頼してるんだって感じられる事が嬉しかった。だって、それはわたし達の策が成功するって信じてくれてるって事だから。

そして来た、そのチャンス。懐に入り込んだイリゼさんは長剣を叩きつける様に振るい、力技で強引にキラーマシンの向きを変える。……ユニちゃんの射線上へ、キラーマシンの背を向けさせる。

 

「……ッ!ユニッ!」

「……──っ!もらったぁぁぁぁぁぁッ!」

 

ユニちゃんの叫びと共に放たれた、一発の弾丸。それは真っ直ぐにキラーマシンの延髄へと…わたしの見つけた対女神化システムの発信器へと襲いかかり、狙い違わず貫いていった。

 

「■■■■ー!?」

「…や、やった…当たったよユニちゃん!」

「当たり前よ!アタシはラステイションの女神候補生、ブラックシスターなんだから!」

 

的中の興奮に包まれるわたし。ユニちゃんもそうは言っていたけど……見れば口元が緩んでいる。やっぱりこういう状況ならユニちゃんも喜ぶみたいだった。……って、それはそうだよね。僅かなチャンスをものに出来たら、誰だって嬉しいに決まってる──

 

「……っ!ネプギアッ!ユニッ!」

 

その瞬間、イリゼさんの怒号が聞こえた。その言葉に、わたしもユニちゃんもハッとして……気付いた。キラーマシンの腕が、迫っていた事に。

キラーマシンはその場から動いた訳じゃない。機体はまだイリゼさんの方を向いていて、腕もイリゼさんの方を向いている。…けど、それは腕の上部だけだった。腕の下部はわたし達が気付かぬ間に外れていて……ワイヤーに繋がった状態で、射出されたかの様にわたし達へと迫っていた。

 

(嘘……遠隔操作兵装…!?)

 

噴射炎を吐き出しながらわたし達へと迫る前腕下部。反射的にユニちゃんは撃ったけど、前腕下部は横へと逸れて当たらず終い。……間違いなく、それは遠隔操作兵装だった。

不味い、避けなきゃ。…そう思ったけれど、もう時既に遅し。わたし達の目の前まできた前腕下部…遠隔操作兵装はマニュピレーターを開き、わたし達を……

 

 

 

 

 

 

「させ…るかぁぁぁぁああああああッ!」

 

 

 

 

ネプギアとユニが狙われたと分かった瞬間に、私は床を蹴った。翼を全開に広げ、シェアエナジーの爆発も複数纏めて発動する事で一気に前腕下部を抜き去り二人を弾き飛ばした。──その瞬間、がくんという衝撃が私の脚に走る。

 

(つ…掴まれた……!?)

 

前腕下部が射出された段階で、腕部のビーム砲もこちらに搭載されているという事には気付いていた。だから、私はてっきりその砲を使うものと思っていたけど……キラーマシンが使ったのは前腕下部先端のマニュピレーターだった。

 

「……っ…ネプギア!ユニ!油断大敵……ぃ…っ!」

 

前腕下部と本体とを繋ぐワイヤーを斬るよりも前に、前腕下部は引き戻されて私は体勢を崩す。結果私の言葉は某闇の魔術に対する防衛術の講師の一人っぽい部分までで途切れてしまい、瞬く間にキラーマシン本体の所まで引っ張りだされる。そして……

 

「なッ……わぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

ぐるん、と視界が高速で回転する。次の瞬間には強烈な風圧と風切り音が聞こえて……全身に叩きつけられた様な衝撃が駆け抜けた。そう……私は引き戻された状態から勢いを付け、天井へ向けて投げ飛ばされてしまったのだった。

私の身体の非常識な強度と、キラーマシンの非常識なパワー。それが噛み合った結果私は天井にぶつかるだけに留まらず、そのまま突き抜け外へと吹っ飛んでいく。

 

(…そんな、馬鹿な……)

 

あまりにも意外過ぎる出来事に、投げ飛ばされた私が胸の中で抱いたのは…ただその一言だけだった。




今回のパロディ解説

・二十四時間で事件を解決するドラマ
テレビドラマ、24シリーズの事。別にユニにハードボイルドさとか無骨さを感じてる訳じゃないです。ただなんとなく、アクション系が合いそうだなぁと思っただけです。

・一人でテロリストと戦う映画
アクション映画、ダイ・ハードシリーズの事。実際ユニ(女神)なら一人でテロリストと正面戦闘出来そうですね。女神の強さの一つはその圧倒的なスペックですし。

・モビルなスーツ
機動戦士ガンダムシリーズに登場する機動兵器、モビルスーツの事。口からビームというとジオングやレイダー、デストロイ辺りですね。所謂ゲロビというやつです。

・某闇の魔術に対する防衛術の講師
ハリー・ポッターシリーズに登場するキャラクター、アラスター・ムーディの事。やはり油断大敵、という四字熟語が一番似合うのは彼ですね。


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第三十三話 決着は唐突に

ピンチはチャンス、という言葉がある。ピンチはピンチなんじゃないかなぁ…とわたしは思うけど、チャンスはピンチ(になり得る可能性がある)の逆だって考えれば、そうなのかもって思えてくる。だって、有利になったり何かに成功したりしたら、どうしても嬉しさとか安心感、達成感で油断をしてしまうから。──例えば、今のわたし達の様に。

 

「くっ……完全に抜かったわね…!」

「こんな装備があったなんて…」

 

遠隔操作端末はプラネテューヌでも研究されているし、うちのMG…ルエンクアージェもざっくりした区分けで言えば、遠隔操作端末に該当する。けど、一武装として機動兵器に搭載されているのを見るのはこれが初めてだった。

…でも、だからってそれは言い訳になったりしない。わたしとユニちゃんは確かにあの時油断してて…そのせいで、イリゼさんが被害を被る事になったんだから。

 

「…イリゼさん、大丈夫だよね?あれ位じゃ死なないよね…?」

「大丈夫よ、イリゼさんなら。…アタシ達が、追撃を許したりしなければね」

「……!そ、そうだよね…!」

 

イリゼさんを投げ飛ばしたキラーマシンは、壁に向けて胸部ビーム砲を放とうとしていた。その向きは、明らかにイリゼさんが飛んでいった方と合致している。それに気付いたわたし達は…勿論、キラーマシンの自由になんてさせない。

 

「女神候補生二人を無視なんて、舐めた事してくれるじゃないのよッ!」

 

女神化するわたし達。ユニちゃんはそれと同時に銃撃を始めて、わたしは飛翔して距離を詰める。…一瞬、無事女神化出来た事に一安心する気持ちが芽生えたけど……同じ轍は踏みません…!

 

「やぁぁぁぁっ!」

 

わたしの接近とユニちゃんの銃撃に気付いたキラーマシンは後退。ホバーで滑る様に移動しながら武器とエネルギーシールドでわたし達の攻撃を捌いていく。

 

「ネプギア!そいつ相手に正面から戦える!?」

「いけるよ!わたしはイリゼさんやお姉ちゃん程強くはないけど…機械に対する知識では負けてないもん!」

 

正対したまま両腕のビームを撃ってくるキラーマシンに対し、わたしはバレルロールで回避しながら距離を詰める。機械は本能とか直感とかはないけれど、代わりにレーダーやセンサーがある。戦闘の勘とか身体に染み付いた動きとかはないけれど、戦術データや設定された動きがある。そしてそれは似てる様だけど……実際は全然違う。

 

(機械は確率の低い賭けなんてまずしない。だから、『攻撃は最大の防御』が通用する…!)

 

射撃をかいくぐりながら接近して、M.P.B.Lを振るう。両手の武器で防御されたらすぐに引っ込めて次の一撃を狙って、その合間には近距離射撃も交える。すると予想通り、キラーマシンは無理に私を弾き飛ばしたり相討ち覚悟で攻撃したりはせずに防御に徹していた。

今のところわたしのペースだけど、攻撃は全部防がれてるからあまり有利という訳ではない。でも……わたしは、一人じゃない。

 

「そのまま引きつけてなさい!まずはその頭を吹っ飛ばしてやるわッ!」

 

M.P.B.Lとトゲ付きハンマーで鍔迫り合う。その最中、キラーマシンの肩越しに見えたユニちゃんは、背後からキラーマシンを狙っていた。

次の瞬間、割れる様な音と共にキラーマシンの頭部が揺れる。

 

「よしっ!ネプギア、今ので後頭部の装甲を剥がせたわ!」

「なら、もう一度狙って!それまではわたしが……わぁっ!?」

 

引きつけている。そう言おうとしたわたしだったけど…突然キラーマシンが下がった事でがくんと前のめりになって、言うどころか危うく舌を噛みかける。それでも何とか踏み留まって、下がってしまった視線を上げると……キラーマシンはその場で反転してユニちゃんの方へと向かっていた。

 

「やっぱり一筋縄じゃいかな──」

「腕!そっち行ったわ!」

「う、うん!」

 

キラーマシンはユニちゃんへ頭部と胸部からの砲撃を浴びせながらも両腕下部を分離、左右から挟み撃ちにする様な形でわたしへと飛ばしていた。

それをM.P.B.Lの射撃で牽制しながらも動きを見るわたし。遠隔操作端末である両腕下部は、後方のスラスターによる噴射とワイヤーの巻き戻しによる後退を利用してわたしの射撃を巧みに避けていく。その動きは、同じ位のサイズのマシン系モンスターとは比べ物にならないレベルだった。

 

(マシン系とは段違いなのは、恐らくAI系統を本体に積んでるおかげで内部構造に余裕があるのと、その本体AIが高性能だから。メインカメラがユニちゃんの方を向いてるのに正確な動きが出来るのは、多分こっち側にもカメラを搭載してるから。そして、撃破しようと思っても……)

 

マニュピレーター中央からのビームを斬り払って、片方へと急接近。そこから近接格闘で斬り裂こうとしたけど…横槍の様に今度は本体からのビームが飛んできて、わたしは斬撃を断念する。

遠隔操作端末の恐ろしさは色々あるけど、その中の一つには本体より先に落とそうと思わせる…というのがある。機能を限定し、更に一部を本体へ移譲してる分遠隔操作端末は小さくてもそこそこの強さがあって、しかも本体が遠隔操作端末の運用に特化してる訳じゃなければ大概は本体も強いから、遠隔操作端末に意識を向け過ぎると本体に不意を突かれてしまう。…いつどこへどう動くかが完璧に分かってる遠隔操作端末相手なら、相手と近接戦になってても心配なく攻撃出来るし、ね。

 

「ごめんネプギア!取り逃がした…!」

「気にしないで、それよりもちょっと作戦会議がしたいんだけど…戦いながら出来そう?」

「作戦会議、ね…出来ない理由が見つからないんだけど?」

「だと思ったよ。じゃあまずは、わたしの話を聞いて!」

 

両腕下部を引き戻したキラーマシンは四門の砲をわたし達に向け、胸部のビーム砲も拡散モードに切り替えて物量で押してくる。それをわたし達は壁に沿う様に飛び回りながら避け、これまでの戦闘で分かった事を伝える為に声を張り上げる。うぅ、ビームの音とユニちゃんの射撃音、それにその両方が壁や床に当たる音で騒がしいから大声出さないと会話が通用しない…。

 

「…って感じで、このキラーマシンには隙がないの!近付いても距離を取っても、攻めても守っても上手く対応してくる!だからはっきり言って、弱点を上手く突いて〜…ってのは通用しないよ!」

「そう…ってそんなマイナスな情報だけ出されても困るわよ!完全無欠な訳がないし、ほんとは弱点あるんでしょ!?」

「あるにはあるけど、わたし達じゃ突けないと思う!…あ、いや絶対無理って訳でもないけど…この施設の中には色んな人がいるんだもん!あんまり無茶苦茶は出来ないよ!」

「だったらどうする気!?っていうか、それを話す為の作戦会議なの!?」

「ううん!策はあるよ!だって、突ける弱点はないけど…欠点ならあるから!」

 

声を張って、気付いた欠点を…対キラーマシンの突破口を口にする。それは少なからず危険も孕んでいて、わたしよりもユニちゃんの方が負担が大きくなる作戦だったけど……

 

「へぇ……ネプギアも言う様になったじゃない!いいわ、その案乗ったッ!」

 

ユニちゃんは、不敵な笑みと共に快諾してくれた。そのユニちゃんの笑みを見てわたしは……ううん、わたしも自信が溢れてくる。

自分で言っておいてアレだけど…自分の案には、多少の不安もあった。機械関連に詳しいとはいえ所詮はわたしの推測だから、わたしの提案した作戦は根本から問題がある可能性も存在している。でも、ユニちゃんは不安を口にしないどころか、自信たっぷりの姿を見せてくれた。そんな姿を見せられたら…友達でライバルのユニちゃんがそこまで強気なら、提案したわたしが不安がってなんかいられないよね。

 

「それじゃあ……やるよユニちゃん!」

「ヘマするんじゃないわよネプギア!」

 

絶え間なく砲撃を続けるキラーマシンだけど、弾幕の密度は時々薄くなる。その瞬間を狙ってわたし達は弾幕を突破……じゃなくて、突撃をかけた。

普通なら、砲撃をかけてくる相手に正面から突っ込むなんてただの自殺行為。でも、候補生でも女神は女神。常識外れの動体視力と反応速度、それに自分でも上手く説明出来ない本能的な勘をもってわたし達は砲撃を避けて、一気に至近距離にまで入り込む。

わたしとユニちゃんによる、同時の飛び蹴り。これはそこそこの危険を背負ってまで仕掛けた攻撃だったけど…それをキラーマシンは両腕の武器でそれぞれ受けて、そのままわたし達を左右に弾き飛ばす。

 

「ちぃ……っ!」

「まだまだ…!」

 

両腕を振り抜いた後すぐ腕の向きをズラして、両腕下部の砲口をわたし達へと向けるキラーマシン。次の瞬間にはビームを放たれるけど、わたしはM.P.B.Lの剣先を床に突き立てて急ブレーキをかけた後横に転がる事で、ユニちゃんはそのまま壁まで飛んた後壁を蹴って上へ跳ぶ事で追撃を回避する。

そこからまた接近をかけるわたし達。貫手、裏拳、肘打ち、回し蹴り…近付く度に攻撃をかけて、その度わたし達は失敗に終わる。大概は当たる前に防御か迎撃されていたし、突破出来ても…装甲に貫手したり裏拳したりしてもダメージがあるのはわたし達の方。…お姉ちゃん達みたいなプロセッサだったら装甲を軽く抉る位は出来たのかもなぁ。

 

「…ぐっ……!」

「っと、ユニちゃん大丈夫?」

 

何度かの攻防の後、装甲尾に叩かれてわたしの方へと飛んでくるユニちゃん。それをわたしは受け止める。

 

「え、えぇ、防御自体は出来たから大丈夫よ。…けど、アンタもイリゼさんもよくこんな奴相手に正面から近接戦出来るわね…」

「そこはまぁ、メインの戦闘距離の関係だよ。ほら、前にわたしがパンチでユニちゃんのキックに押し勝った事もあったでしょ?」

「…なにそれ嫌味?」

「そ、そういうつもりじゃ…それより戦闘だよ戦闘!」

「ふん、今に見てなさいよ…」

 

わたしとしては具体例を出しただけのつもりだったのに…ユニちゃんからの心象がちょっと悪くなってしまった。…きっとこれはキラーマシンのせいだよね、うん。

それからもまた近接格闘を狙っていくわたし達。キラーマシンの動きに慣れてきたおかげで行動予測をし易くなってきたけど…それでもやっぱり有効打を与えるところまではいかない。ここまで攻撃が失敗すると普段なら焦り出すわたしだけど……今回は違う。だって、作戦は失敗どころか順調に進んでいるから。

 

「ユニちゃん、そろそろどう!?」

「丁度準備完了ってところよ!ネプギアはいける!?」

「うん、いつでもいけるよ!」

「なら勝負をかけるわよ!タイミングはアタシが決めればいいのよね?」

「わたしがそれに合わせるから大丈夫!とびっきりのを頼むよ!」

「ふふっ、だったらネプギアも火傷するんじゃないわよ!」

 

お互い準備が完了した事を伝え合い、わたし達は再び合流する。そこからまたわたし達は正面から突撃。二人で二重螺旋を描きながら光弾を避け、ビームの柱も凌いでキラーマシンの前へと迫る。そして、一定距離まで近付いたところでユニちゃんは身体を持ち上げX.M.B.の照準を合わせにかかった。

その瞬間、待っていたと言うばかりに頭部のビーム砲を向けて放ったキラーマシン。でも、そこからユニちゃんは両脚の踵を床に落として、踵で無理矢理ブレーキングする事でビームをやり過ごす。

 

「予測射撃が仇になったわねッ!」

 

ユニちゃんのすぐ前の床を直撃するビーム。それをユニちゃんは見送って……引き金を引く。

X.M.B.の砲口から放たれる、大出力のエネルギーの奔流。それは、作戦開始からずっと溜めていた最大の一撃。携行火器は勿論、機動兵器でも再現出来るかどうか怪しい程のビームは轟音を立てながら真っ直ぐ伸びていって…………発電機の周囲、防衛設備であるエネルギーシールドに直撃した。

女神の溜めに溜めた光芒と、恐らくはキラーマシンのもの以上に大型の装置を使った光の壁が激突。互いにエネルギーを拡散させ、激しい音とスパークを響かせる。…けれど、キラーマシンは何の反応も示さない。感情がなくAIで動くキラーマシンは、既に自機への影響がないかあっても無視していいレベルと判断したユニちゃんの一撃には欠片も反応せずに、ただ淡々と右腕部のトゲ付きハンマーを振り上げる。

感情がないからこそ余計なものに思考や判断を邪魔される事がなくて、AIだからこそ常に合理的で認識した状況に最適な行動を取れるキラーマシン。それは確かに長所だけど……この時点で、キラーマシンが今の一撃を無視した時点でわたし達は勝利を確信した。そしてキラーマシンがユニちゃんを狙う中、わたしは────()()()()()()()現れる。

 

「このチャンス…無駄にはしないッ!」

 

ビームの柱を背にする様なバレルロールでキラーマシンの前へと躍り出たわたし。ビームで隔てていたとはいえ、元々わたしとキラーマシンはさほど距離が離れていた訳じゃない。でも、わたしは断言出来る。もしキラーマシンに表情があったなら……驚愕に包まれていただろうと。

一気に懐に入ったわたしは、M.P.B.Lを振るって斜めに一閃。ユニちゃん同様にフルチャージしていたエネルギーを刀身に回した事でM.P.B.Lは超出力の光実複合剣状態となっていて、わたしの一閃は胸部を装甲ごと深くまで斬り裂いていった。…勿論、装甲の内側のビーム砲も破壊して。

 

「よしっ!次行くよユニちゃん!」

 

胴体に大きなダメージを負ったキラーマシンは、ユニちゃんへの攻撃を中断して後退。それを見たユニちゃんはビームの照射を終了して、わたしと共に追撃の体勢をとった。

 

「■■■■ー!!」

 

二人同時に床を蹴った瞬間、キラーマシンは両腕下部を射出。射撃を行いながらわたし達へと突っ込んでくる。

キラーマシンへと向かうわたし達と、わたし達へ向かう両腕下部。お互いぐんぐん近付いていって、その距離がゼロになる瞬間、わたしとユニちゃんは交差。射撃を避けながら両腕下部とすれ違う。

当然わたし達を追う様に方向転換をする両腕下部。その間にわたし達は…武器を両腕下部と本体とを繋ぐワイヤーに向かって投げつけた。

 

「やっと…捕まえたッ!」

「せーのっ!」

 

それまで常に端末と本体を直線で結んでいたワイヤー。でもそれは両端からしか力が加えられてないからで、もしワイヤーの中央に強い力が加われば……端末側である両腕下部が勢いよく本体側に突っ込んでくる。つまり…制御を失った状態で、その線上にいるわたしとユニちゃんの元へ飛び込んでくる事になる。

わたしとユニちゃんは飛び込んできた両腕下部をキャッチ。そのまま脇に抱えてホールドし、勢いをつけて二つの両腕下部をぶつけ合う。それによって両腕下部の前方は大破、ビーム砲もひしゃげて発射不能になっていた。

 

「有線遠隔操作端末の欠点、それは射出してる間ワイヤーが常に無防備になり続ける事!」

「残るは本体のみね!」

 

両腕下部を潰した後、即座にわたし達はワイヤーを掴んで左右に飛翔。するとキラーマシンは力のかかり方の関係で前に、数瞬前までわたし達がいた所に引き寄せられる。

わたし達も、別に目的無く移動した訳じゃない。わたし達が目指したのは、それぞれ投げつけた自分の武器の落ちた先。ワイヤーを掴みながら一直線に飛んでいったわたし達は素早く武器を回収し、最後の一撃の為に反転からの接近をかける。

モノアイを反復横跳びの様に素早く左右に動かしたキラーマシン。わたし達の接近に対応する様に両腕部の武器を振ろうとしたけど…それはわたし達を捉えるにはあまりにも遅かった。もしかしたら両腕下部が無い状態だと腕部のパワーが劣るのかもしれないし、そうでなくとも胴体を斬り裂かれて悪影響が出ない筈がない。胸部への攻撃も、両腕下部の破壊も、今の突撃も……全部、予想通りの結果になった。

 

『これで……決めるッ!』

 

わたしは後方へ、ユニちゃんは前方へ。わたしはユニちゃんの射撃で装甲が剥がれた後頭部を、ユニちゃんはわたしが斬り裂いた胸部を狙う。

キラーマシンがここまで一気に追い詰められたのは、一重にキラーマシンが機械であり、無人機であるから。

機械というのは光学映像や熱源探知等の、カメラやレーダー、センサーなんかを使った方法で外部の情報を取り入れる。だからこそわたしを隠せる程大口径で高い熱量も持っているビームの裏に隠れて接近したわたしの姿に気付かなかった。でも、そこまでは人間だって同じ。人間だって同じ状態ならわたしの居場所を捉える事は出来ない。……けど、もしキラーマシンが人ならユニちゃんがあの距離で攻撃を外した事、わたし達がわざわざ武器を使わず素手の攻撃に専念していた事、何よりわたしの姿が見えない事に疑問や不安を抱いた筈。そして、そういう考えが頭をよぎった人は用心をする。だって、人は言動や状況に理由を求めるものだから。もしそうなれば、わたし達の作戦は失敗していたかもしれない。

だけど、キラーマシンはそうしなかった。疑問も不安も持たない…認識した状況を認識した通りにしか受け取らないAIにとって、ユニちゃんが射撃を外した事に対しては『対応不要』としかならないし、わたしの姿が見えなくなった(認識不能になった)事に至っては『存在しないもの』として捉えてしまう。それが、AIの欠点。仮にそういう事柄に対応するシステムがあっても、そこに引っかからない限りは同じ結果になる。プログラムされた事以上のものはバグでも起こさない限り一切しないし出来ないのがAIの限界。だからわたし達の策を看破される事はなかったし、キラーマシンはわたしの存在を予測する事も出来なかった。

想定された通りには完璧に動くけど、想定の外というものに対しては何も出来ないのが機械。常に合理的で正確な動きをするからこそ、対処をする際方法が正解なら絶対に予想通りになるのが長所であり短所。でも……だからこそ、機械のそういうところが愛くるしいんだよね、とわたしは思いながら、引き金を引いた。

 

 

 

 

投げ飛ばされて場外退場処分を喰らった私は、動ける様になった時点で全速力で発電所へと戻った。

私達が相手にしていたのは、これまででも最大クラスの性能を持ったキラーマシン。投げ飛ばされる直前の様子から、多分女神化封印システムは潰せたんだと思うけど…それでも、二人だけで戦う事には不安があり過ぎる。だから焦る気持ちと不安感を必死に抑えながら施設上空まで戻り、私の身体で開けた穴(人型の穴が出来ていた。……恥ずかしい…)を通り易い様破壊しつつ発電所まで戻った私が目にしたものは──頭部と胴体を撃ち抜かれ、バチバチと電気の漏れる音を立てながら倒れるキラーマシンの姿だった。

 

「……?今の音なんだろう…って、イリゼさん!」

「ご無事ですか!?…って無事みたいですね。こっちはアタシとネプギアで片付けましたよ」

 

私の復帰に気付いて飛んでくるネプギアとユニ。その最中、キラーマシンの存在がスイッチだったのか、発電機を覆うエネルギーシールドが消滅したけど……それは正直二の次だった。

 

「…え、っと……まさか、二人で倒したの…?」

「今そういう意味でアタシ言ったんですけど…」

「あ…そ、そっか…でも、ほんとに…?」

「ほんとに…?って…もしかして、アタシ達の事疑ってます?」

「ひ、酷いですイリゼさん…わたしとユニちゃんの力とコンビネーションで倒したのに…」

 

私の反応が気に入らなかったのか、ユニはちょっとムッとした顔を、ネプギアは悲しそうな顔を見せてくる。……ってそりゃそうか…せっかく倒したのに先輩にこんな反応されたらそりゃ気分良い筈ないよね…。

 

「ご、ごめんね二人共。その、正直三人がかりでも一筋縄じゃいかないと思ってたから、二人で撃破した事に驚いちゃって…」

「む…わたし達だって女神なんですから、やる時はやりますよ」

「それに、ネプギアは勿論アタシだってキラーマシンの知識はそこそこあるんです。イリゼさん無しじゃ戦えないなんて事ないんですからね」

「…だよね……ほんとにごめんね。私、二人を見くびってた」

 

適当にお茶を濁して済ませられる雰囲気じゃない事と、私の中で二人を過小評価していた事に気付いた私は心の中で反省。同時に頭を下げて二人に謝罪する。

 

「やっぱりですか…まあでも、アタシ達も油断してイリゼさんに迷惑かけたんですから当然といえば当然ですけど…」

「…それに、実のところわたしも二人で倒せた事にはちょっと驚きだったり…」

「それもそうね…その、今回はネプギアの知識のおかげで倒せた面が大きいと思うし……い、一応礼を言っておくわ…」

「そ、そんな事ないよ。それにもし仮にそうだったとしても、ユニちゃんの強さとわたしへの信頼あっての勝ちだもん。お礼を言うのはわたしの方だよ」

「し、信頼なんて……そういうネプギアだって、良い動きしてたし…」

「ユニちゃん……」

「ネプギア……」

 

 

 

 

「…えぇー……」

 

私が謝って、二人がそれを許してくれて…という流れの筈だったのに、何故だかネプギアとユニが二人の世界に入っていってしまった。……私いるんだけどなー…そういえば初めてキラーマシンと戦ったのは丁度二人の姉だったなー…ネプテューヌとノワールが二人っきりで出かけて、偶々それを見かけた私が陰から見てるって出来事が前にあったなー……はぁ…。

 

「……どうせ私は蚊帳の外ですよーだ…」

「……へっ?…あ、す、すいません…」

「い…今のはなんでもないですから!気にしないで下さい本当に!っていうかなんでアタシ妙な雰囲気になってたのよほんと!自分で自分が訳分からないわよ!」

「ふーんだ、私はいるのは蚊帳の中じゃなくて雪の中ですよー…」

「ゆ、雪の中?…あ、イリゼさん投げ飛ばされた後雪に埋まってたんですね…」

「アタシ、ネプギア、ロムに続きイリゼさんもとは…次はラムが埋まるんじゃないかしら…」

 

また話がズレて(今度は私がズラして)、内容がなんだかよく分からない事に。結果グダグダになってしまい、私達が当初の目的を思い出すまで数分程……かからなかった。

 

「き、緊急事態です!緊急事態発生ですイリゼ様!」

「え……?」

 

突如私の耳に聞こえてきた、切羽詰まった声。それは、インカムから聞こえてきたもの。

 

「…何があったんですか?」

「敵襲です!正体不明の機動兵器が強襲!こちらの部隊の迎撃を突破し、進軍を続けています!」

 

返答と共に、大きな爆発音が響く。その爆発音は次々と響き、音を立てる度に大きくなっていく。……私達のいる場所に、近付いてきている。

 

「……っ…皆さんは作戦遂行を優先して下さい!機動兵器はこちらで対応します!」

「あ、あの…イリゼさん、何があったんですか…?」

「うん、敵襲…増援だよ」

 

その一言で、ネプギアもユニも表情が変わる。ただでさえ連戦で、しかもたった今強敵を倒したばかりの二人だけど……スタミナ的にはともかく、精神的にはまだまだ戦える様子。それに一安心した私は気持ちを切り替え、長剣も構え直して音の聞こえる方へと身体を向ける。そして、十数秒後……発電所の壁が、吹き飛ばされた。

 

『な……ッ!?』

 

壁が吹き飛び、煙と共に姿を現した機動兵器。キラーマシンか、パンツァーか、はたまた新たな種類かと思いながら目を凝らす私達は……その機体を見た瞬間、驚きの声を上げる。その機体は……人型をした機動兵器、マルチプル(M)ガーディアン(G)だった。

 

 

 

 

全身を赤い塗装に包んだ、重厚そうな雰囲気を持つ人型機動兵器。バズーカを携えたMGが、キラーマシンに似た頭部のモノアイを私達に向けた瞬間……ネプギアとユニが叫ぶ。

 

「あれはまさか…ラステイションのラァエルフ!?」

「えぇ、恐らくあの時強奪された機体よ!」

 

私達がラステイションに滞在していた時、襲撃によって運搬中の機体を一機盗まれる事態が発生した。その後その機体の行方は不明だったけど……二人の言う通り、間違いなく目の前にいるのはその機体だった。

思いもよらぬ増援に動揺した私達だったけど…構えを崩したりはしない。こんな形で現れた機体が味方な訳がないし、一機で侵入してきたのなら弱い筈もない。……油断出来る要因は、一つもない。

それぞれの武器を構える私達と、バズーカを肩にかけて発射体勢をとるMG。数秒の沈黙がその場に起こり……次の瞬間、MGが先制の一撃を放った。…………私達に向けてではなく、発電機に向けて。

 

「な、何を……!?」

 

再び驚く私達。対してMGはそれだけで満足したが如く反転し、スラスターを吹かして離脱を始めた。

 

「……っ!理由はよく分からないけど…ッ!」

「逃がしはしません!」

 

ハッと我に返り、MGの背に向けて攻撃を放ったのはネプギアとユニ。だが……キラーマシンは機体各部の小型スラスターを利用する事で機体の姿勢を逸らし、二人の射撃を回避してしまった。

 

「そんな…避けた!?」

「嘘…あの機体のパイロットは何者よ!?」

 

巨大な者の攻撃を小さい者が避けるのは比較的楽だけど、その逆は難しい。それが常識であり、ネプギアはともかくユニの射撃は的確に機体の中央を狙ったものだったけど…それでもMGは確かに避けていた。確かに避けて、あっという間にMGは脱出していく。

──そして、私達が反射的に追おうとした瞬間…発電機が、大爆発を起こした。

 

「これは…ま、不味いですイリゼさん!これ下手したら…施設全体が爆発しちゃいますよ!?」

「嘘でしょ!?…ってこんな状況で嘘言う訳ないよね!今は軍人さん達もここにいるってのに……ネプギア!ユニ!皆と合流して離脱するよ!」

 

元々あった自爆機能が作動したのか、発電機が暴走した事によるものなのかは分からないけど…このままいたら洒落にならない事だけは間違いない。そう判断した私はネプギアとユニを連れ、コンパ達と合流する為に飛翔する。

 

「全部隊に通達!当施設は自爆規模の爆発を起こす可能性が生じました!作戦行動中の皆さんは施設員を連れて即時に施設内から離脱して下さい!全軍……退避ッ!」

 

廊下を駆ける最中、私は通信で軍の皆さんにも離脱の指示を出す。軍人さんは分かれて移動してるから口頭で伝える事は出来ないけど…そういうところは職業軍人。今の言葉だけで全員投げてくれる筈!

そうして私達がそれまで行っていなかった格納庫…つまり皆がいる場所の前まで到着した私達は、飛び蹴りで扉をぶち破って突入。それに驚いているコンパ達の前へ一気に移動する。

 

「わわっ!?ど、どうしたんですか!?」

「どうしたもこうしたもないよ!とにかくロムちゃんラムちゃんは着いてきて!それでえーと…ネプギアはコンパ、ユニはアイエフを掴んで離脱!ちょっと失礼するよRED!」

 

私はあんまり『説明は後!』っていうのは好きじゃないけど…今回ばかりはそうはいかない。今回ばかりはやっつけ仕事の指示を出して、目の前にいるREDを掴んで出口へと向かう。もしこれに皆が戸惑って棒立ちになったら困ってたところだけど…幸い全員これだけで理解してくれて(ロムちゃんラムちゃんには大声をビビられたけど)、私に続いて出口へと向かってくれた。

記憶を頼りに爆進する私達。各所から聞こえる爆発の音にヒヤヒヤしながらもスピードは一切落とさず進み続け、やっとの思いで(実際にはそんな長い時間じゃなかったのかも)施設を脱出。私達の目に雪山の雪原と先に脱出した軍人さん達の姿が見えた瞬間……これまでで最大級の爆発が響き渡った。

施設全体を包む様な大爆発が巻き起こる。私達の後ろで、それなりの広さがあった施設が巨大な火の玉の如く燃え盛る。その様を見た私達は……呟く。

 

『…あ、危なかったぁ……』

 

──それは、その場にいた全員の言葉だった。その瞬間、『危なかった』がその場にいる全員の総意だった。…ここまで多くの人が同じ感想を抱くって、かなり珍しい事なんじゃないかな……。

 

 

 

 

脚部のローラーでもって雪原を走る、赤い機体。その機体へと、一般の通信が入る。

 

「あー、お疲れ様っす。成果はどうですか?」

「一先ず成功と言ったところだ。…と、言っても私は発電機を破壊しただけだがね」

 

通信を入れたのは犯罪組織構成員の一人、リンダ。彼女が些かながらも敬意を持って話す相手もまた、犯罪組織の一員である事は…言うまでもない。

 

「ったく、まさか女神共が偶々いる時に見つかるなんて…環境も厳しいですし、ここの人員はついてネェですね」

「…偶々いる時に、か…私もよくよく運のない男だが、君は見つかった事をそう思っているのか…」

「……?」

「いや、なんでもないさ。ただの戯言に過ぎんよ」

「そうですか?…というか、あんた…貴方ならキラーマシンと協力すれば女神を倒せたんじゃネェんですか?」

「まさか。私の操縦技術がどれだけあろうと、所詮対人戦闘をメインに据えていないMGで女神に勝つのは無理というものさ」

「そうですかネェ…ま、ほんとお疲れ様です」

 

リンダの言葉に対し、赤いMGのパイロットは終始冷めた様子で返す。そんなパイロットに、リンダは思った。…どうも信用出来ない人間だ、と。

スラスターを吹かし、速度を上げるMG。そのコックピットの中に座するのは……仮面の男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦終了。アズナ=ルブ、これより帰還する」




今回のパロディ解説

・全軍……退避ッ!
機動戦士ガンダムSEED destinyの登場キャラの一人、イザーク・ジュールの台詞のパロディ。一応このシーンはパロディ元のシーンよりは時間に余裕がある感じです。

・私もよくよく運のない男
機動戦士ガンダムのメインキャラの一人、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。今後も彼はシャアパロをしていくかと思います。だって存在自体パロがですから。


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第三十四話 候補生の約束

施設制圧作戦から数日後。その直前にやっとロムちゃんラムちゃんと仲良くなれたわたし達は、ラステイションでの時みたいに一緒に活動をした。…その間ラムちゃんは事ある毎にわたしに対抗心を燃やしてきたり、わたしより目立とうとしてきたけど…一緒に行動してくれてるだけでも最初よりはずっと前進してるよね。

そんな数日の内の、ある夜。わたしは、趣味の時間を堪能していた。

 

「〜〜♪」

 

右手に持っているのは、プラスのドライバー。左手に持ってるのは、ルウィーの最新型携帯端末。はい、わたしは今…絶賛機械弄り中です!

 

「へぇ、ここはこういう構造になってるんだ。この配置は渋くて素敵かも…」

 

取り外しの順番をしっかりと覚えて、ややこしい部分は自分の携帯で撮ったりメモ書きしたりして分解を進めるわたし。こうやって過程を記録するのも楽しいんだよね♪

…因みに、今わたしが手にしている端末は、ルウィーの教会経由で購入した物。ミナさんはタダでくれるって言ったけど…わたしが個人的に欲しい物を経費で買うみたいな事はしたくないもん。

 

「ルウィーの物は魔法技術も使われてると思ったけど…わたしの思い違いだったんだ。ふふっ、またわたし一つ賢くなっちゃった…なんてね」

 

テーブルに並べた分解済みのパーツを見ているだけで楽しくなる。改造プランを考えるだけで、改良した後の性能を想像するだけでわくわくしてきて止まらなくなる。これこそ正にやめられない、止まらない。あーもう、やっぱり機械弄りは最高だよっ!

そんなこんなで数十分。分解作業がひと段落ついて、今度は分解の最中に描いた、頭の中の設計図を元に持ち合わせのパーツを使って改造を……と思ったところで、わたしの借りてる部屋の扉がノックされた。

 

「はいはーい。どちら様ですか?」

 

丁度キリのいいところで来てくれた事にちょっとだけ感謝しつつ、わたしは工具を置いて扉を開けに行く。すると開いた先にいたのは…ロムちゃんとラムちゃんだった。

 

「えっと…こんばんは、ネプギアちゃん…」

「ロムちゃんがわざわざあそびに来てくれたのよ、ありがたがりなさい!」

 

日中にも会った(というか一緒にクエストをしてた)のに、ご丁寧に挨拶をしてくれるロムちゃんと、なんかちょっとお嬢様キャラの取り巻きの一人みたいな台詞を言っているラムちゃん。…二人もキャラブレないよね……。

 

「こんばんは、二人共。それで、わたしに用事?」

「だから、ロムちゃんはあそびに来てやったの。わたしのことば聞いてた?」

「あ、そっか…じゃあ、ラムちゃんは遊んでくれないの?」

「わたし?わたしはロムちゃんのつきそいだもの。…けどまぁ、ネプギアがあそんでほしいならいっしょにあそんであげるけど?」

 

さも普通みたいな感じでかなり偉そうな事を言ってくるラムちゃん。…まだまだわたしがラムちゃんに友達として認められるのは先みたいだなぁ……。

 

「あはは…じゃあ、何して遊ぼっか?」

「んと…ネプギアちゃんはなにしてたの…?」

「わたし?わたしは機械弄りだよ」

「きかい…」

「いじり?」

 

やっていた事をそのまま口にすると、きょとん、とロムちゃんは右に、ラムちゃんは左に首を傾けて不思議そうな声を上げる。しかも丁度左ロムちゃん右ラムちゃんという立ち位置で立っていたから、まるで二人は線対称。……か、可愛い…。

 

「……?ネプギアちゃん…?」

「…あ……こほん。機械弄りはわたしの趣味なの。ほらこれ、ルウィーの携帯端末…って言っても、今はその影も形もないけど…」

「…こわれてる…?(ばらばら)」

「ううん、壊れてバラバラになったんじゃなくて自分で分解したんだ」

「ぶんかいした?…え、じゃあまさかこの中にこれだけ入ってたの!?」

 

携帯端末のカバーとフロントガラスを渡すと、二人はテーブルに並べたパーツとそれとを見比べて目を丸くする。うんうん分かるよ。わたしも機械弄り始めたばかりの頃は同じ様に驚いたもん。

 

「こんなに入ってたんだ…ロムちゃんは知ってた?」

「ううん、知らなかった……もしかして、ゲームもこんなかんじなの…?」

「そうだね。据え置き…テレビに繋いでやるゲームはまたちょっと違うけど、持ち運べるゲームはそこそこ似てるかな」

「これはたしかにすごいけど…これしてて楽しいの?」

「勿論!楽しいだけじゃなくて、ドキドキワクワクだよっ!だって、機械には夢とロマンがあるもん!」

「そ、そう……」

 

ラムちゃんが興味を示してくれたと思ったわたしは、熱のある返答を……したけど若干引かれてしまった。…ま、まだちょっと二人に魅力を語るのは早かったかな……。

そこから暫く見慣れない部品を物珍しそうに持ったりひっくり返したりするロムちゃんとラムちゃんを見守るわたし。部品の並びが崩れちゃったけど…まあいっか。

 

「ほぇぇ…なんか、すごいもの見たきぶん…」

「魔導具は本とか杖とかふくざつじゃないものでつくってるけど、ケータイとかも出来るのかしら…」

「…魔導具?魔導具って…魔法の杖とか?」

「そーよ?ネプギア知らないの?」

 

二人の言葉の中に出てきた『魔導具』というワードにわたしが反応すると、ラムちゃんは少し驚いた様な返答をしてくる。

 

「知らないっていうか…身近にないっていうか…」

「あ……ラムちゃん、前にミナちゃんがルウィーの外じゃあんまり魔法がつかわれてない、って言ってた…」

「そういえばそうだった…わたしたちは持ってるし、いっぱい見たことあるのにね」

「ネプギアちゃんは、魔導具…気になる…?」

「うん。殆ど見た事ないし、気になるかな」

「そっか…じゃあ、待ってて」

「あ…ちょっ、ロムちゃん?ロムちゃーん?……お、おいてかれたわけじゃないんだからね!」

 

わたしが素直に返すと、ロムちゃんはその後すぐたたっと軽快に部屋を出ていってしまった。その結果、ラムちゃんは一人(一応わたしもいるけど)部屋に残される形になって、ロムちゃんの後を慌てて追いかけていく。……い、言ってないどころか思ってもいないのに怒られた…。

そうして待つ事数分。邪魔になるかなと思って工具と分解した携帯端末を片付けていると、再び部屋の扉がノックされる。

 

「……?戻ってくるの分かってるんだからノックしなくてもいいのに…お帰り、ロムちゃんラムちゃん」

「……はぁ?」

「へっ……?」

 

出ていった二人かなと思って声をかけたわたしだったけど……返ってきたのは『何言ってんの?』的ニュアンスが含まれた「はぁ?」という言葉。……はい、人違いです。ロムちゃんラムちゃんじゃなくてユニちゃんでした。

 

「なんでアタシをロムラムと間違えてるのよ…」

「ご、ごめんね。さっきまで二人がいたからつい…」

「ふーん…」

「わたしも再度ノックするのは変だなぁと思ったんだけどね…それで、ユニちゃんはどうしたの?」

「ちょっとね。教会から出て十分位の所にジャンク屋あるの知ってる?」

「え?…ううん、知らないけど…あったの?」

 

ルウィーでもジャンク屋はそこそこ見つけたけど(やっぱりプラネテューヌやラステイションよりは少なかった)、ユニちゃんの言う距離のジャンク屋には覚えがない。そう思ってそのまま返すと…ユニちゃんはやっぱりね、みたいな表情を浮かべた。

 

「まあね、ちらっと覗いてみたけど結構穴場っぽい雰囲気だったわよ。もし時間があったら今度行ってみたらどう?」

「そっか、それじゃあ行ってみようかな。ありがとね、ユニちゃん」

「えぇ。…………」

「…………」

「…………」

「……?」

 

わたしにとっての耳寄り情報を持ってきてくれたユニちゃん。その優しさにわたしは感謝の言葉を告げて、ユニちゃんがそれに頷いてくれて……そこで会話終了。…え、えーと…。

 

(お、おかしいな…なんで会話終わってるんだろう?いや確かに『このジャンク店知ってる?』ってやり取りは済んだけども……って、あれ…?もしかして……)

 

さっさと終わってしまった会話に戸惑うわたしだったけど……一つ思い付く。もしわたしの思い付いた通りなら、こうしてさっさと終わってしまうのも分かるし、ある意味それはとてもシンプルな理由。そう……

 

「……ユニちゃんは、わざわざそれを教える為だけに来てくれたの?」

「えっ……あ、いや、それは…」

「こんな事パーティーで動く時とか偶々鉢合わせた時とかにでも言えばいいのに、それだけで来てくれたの?」

「うっ……そ、そうよ!悪い!?」

「ううん全然、むしろ嬉しいよ?だって、わざわざ時間割いてくれたんでしょ?だったらただ教えてくれるよりずっと嬉しいもん。ほんとにありがとね、ユニちゃん」

「……ど、どう致しまして…」

 

どういう訳か怒ったユニちゃん。対してわたしはユニちゃんの優しさについ笑顔になって、そのまま改めてお礼を言ったら……ユニちゃんはちょっと顔を赤くしながら目を逸らした。……変なの。

それでまた会話が途切れるわたし達。今度こそどうしよう…と思ったわたしだったけど、丁度そこでロムちゃんとラムちゃんが帰ってくる。

 

「お待たせ、ネプギアちゃん…あれ…?」

「あ、ユニ…ユニも魔導具気になるの?」

「魔導具…?」

「えっとね、実はかくかくしかじかで…」

 

さっきのわたしと同じ様な反応をするユニちゃんに、わたしはそれまでしていた事を説明。その間に二人は部屋に入って、両手で抱えていた本や杖、アクセサリーなんかを床に並べていく。

 

「そんな事してたのね…」

「そんな事してたんだ。ねぇ二人共、それって魔導具だよね?ユニちゃんにも見せてくれないかな?」

「アタシは別に気になるとはまだ言ってないんだけど…」

「…気にならないの?」

「気にならないとも言ってないけど?」

「な、なら異を唱えなくたっていいじゃん…それで、いいかな?」

「わたしは、いいよ…?」

「どうせ見せることで減るわけじゃないしわたしもいいわ。それに、ユニにもわたし達がどれだけすごいのか教えるいいきかいにもなるし」

 

と、いう事でユニちゃんも参加決定。ロムちゃんとラムちゃんが並べ終わるのをベットに座って二人で待つ。

 

「えーっと…どうやって教えればいいと思う?」

「…じっさいに、見せる……?」

「あ、そうね。じゃあはい、二人ともちゅーもーく!」

 

顔を見合わせた後、腕輪を持って立ち上がったラムちゃん。それからラムちゃんは窓際まで移動して……窓を全開にする。

 

「ちょっと、なんで開けるのよ」

「なんでって…じゃあ、かべとかテーブルに向かって魔法つかう?」

「あぁ…悪かったわね、今の言葉は忘れて」

 

前言撤回のユニちゃんと、それを聞いてやれやれ…って仕草を見せるラムちゃん。わたしは二人のやり取りを苦笑いしつつ見てたけど…内心こう思った。…ユニちゃんがわたしより先にわたしの疑問と同じ質問してくれてよかったぁ…。

 

「今からふつーの魔法と魔導具をつかった魔法を見せるから、よく見てなさい!まずふつーの魔法!」

 

そう言いながらラムちゃんは左手を窓の外へ。そこから手の平を夜空に向けた数秒後、ラムちゃんの手の平の前の空間からそれなりの規模の衝撃波が放たれる。

 

「…うん、今のが普通の…魔導具無しの魔法って事だね?」

「そうよ。じゃ、次。これが…魔導具ありの魔法よ!」

 

わたしの確認に返答した後、持っていた腕輪を左腕にはめたラムちゃん。それでもう一度手の平を夜空に向けると……今度は先程よりも範囲速度共にスケールアップした衝撃波が駆けていった。その様にラムちゃんはご満悦。

 

「わっ…確かに、無しと有りだと魔法の規模が違う…」

「となると、その腕輪は魔法のブースターってところかしら?」

「そう、これによってゼンリョクの技になったのよ!」

「いやその言い方だと魔導具じゃなくてZパワーリングになるでしょ…でも便利なものね。身に付けるだけでブーストがかかるなら、それこそゲームの装備アイテムみたいじゃない」

「…身に付けるだけじゃ、だめ」

 

ユニちゃんの言葉を受けて、ふるふると首を横に降るロムちゃん。…駄目なんだって、ユニちゃん。

 

「魔導具は、ただ身に付けてもいみないの。えと…魔法こうていにくみこんで、魔導具にないほーされた術式をはんのうさせて…あ、でもその前に、どんな魔導具かたしかめて…それで、えっと…」

『…………』

「……ふぇ…うまく、せつめいできない…」

「えぇっ!?だ、大丈夫だよロムちゃん!今の説明でも伝わってる伝わってる!だよねユニちゃん!?」

「あ、アタシ!?……えーっと…乗り方知らないと役に立たない自転車と同じで、使い方をきちんと理解してなかったりそれを使っての練習をしてなかったりすると、ちゃんと機能を発揮出来ない…って、感じ…?」

「よ、よくわかってるじゃないユニ!ほらロムちゃん、ロムちゃんのせつめーでつたわってたわ!」

 

必死に説明してくれようとしたけど…ロムちゃんは自分の思った様な説明が出来なかったのか涙目に。

それにわたしとラムちゃんは大慌て。咄嗟にわたしはユニちゃんに話を振って、ラムちゃんはユニちゃんの発言を全力でフォロー。その結果、なんとかロムちゃんの説明はちゃんとしてた…という雰囲気にする事に成功した。

 

「つたわって、よかった…でも、今度はもっとせつめい、がんばる…!」

「そ、そうだね。頑張って。……ユニちゃん、グッジョブ」

「よくやったわ、ユニ。…ま、ロムちゃんがせつめーしたんだからつたわってとーぜんだけど」

「アンタ達ねぇ…はぁ、自分にアドリブ力があって良かったわ…」

 

無事ロムちゃんが落ち込むのを回避したわたし達は一安心。それぞれでユニちゃんを労っていると…つんつん、とわたしの脇腹がつつかれる。

 

「ネプギアちゃん、魔導具は…もう一つ、あるの」

「もう一つ、って…別の種類って事?」

「そう。見てて」

 

そう言うロムちゃんの手の上には、綺麗な石が一つ。これも魔導具なんだ…と思ってわたしとユニちゃんがその石を見つめていると、ロムちゃんは不意にぼそぼそと何かを呟いて……それが終わった瞬間、石に光が灯った。

 

「これは……?」

「これはね、光魔法が入ってたの。この光魔法はパワーがないから、おへやでつかってもだいじょーぶ」

「確かに、光の力で攻撃…ってより明かりの代わりになるって感じね。このサイズならポケットにも入るし、明かりとしては便利かも…」

「あと…わたしが持たなくても、光きえないの」

 

ロムちゃんの言う通り、その石はテーブルに置かれても光を発し続けている。…それじゃあ、もしや……

 

「…こういう魔法が入ってる魔導具が沢山あれば、誰でも魔法使いみたいになれるの?」

「言うと思ったわ。…けどざんねん、それはむりよ」

「え、無理なの?」

「魔法の入ってる魔導具をつかうのも、おべんきょうがひつよう…(すたでぃー)」

「そうなんだ…まあでも機械だって使い方知らなきゃ動かせないし、そういうものだよね」

 

魔法も魔導具も馴染みのない(治癒魔法は勉強中だけど)わたしは、魔導具をそれこそユニちゃんが言ったみたいに『ゲームの装備アイテム』みたいなものかなと思っていたけど、実際にはそこまで都合の良いものではない…あくまで『道具』なんだって知った。でも、別に落胆なんてしていない。だって……わたしの大好きな機械と同じ様なものなんだもん、落胆よりも新しく生まれた興味の方が勝っちゃうね。

 

「…ロムちゃんとラムちゃんは、魔導具の作り方は知ってる?」

「う……も、もちろん知ってるわよ…」

「…でも、まだ作ったことない…」

「つまり、アンタ達は知識はあるけど技術が足りない、って訳?」

「うぐっ…ふ、ふん!魔導具作るのはむずかしーのよ!」

「そっか……じゃあさ、今度一緒に作ってみない?それも、ただの魔導具じゃなくて機械を魔導具にしてみるの。それが出来たら凄いと思わない?」

 

ラムちゃんは部品物色をしていた時に言った、「携帯も魔導具に出来るのか」という言葉。それがずっとわたしの中では気になっていた。魔法と科学の融合。二人の得意分野と、わたしの得意分野の合体。それが、もしあり得るなら……。

 

「勿論、簡単にはいかないと思うけど…やってみようよ。難しい所は詳しそうな人に聞いたり、わたし達で考えて色々試してみれば、きっと何か出来る…わたしはそう思うな。二人はどう?」

「わたしは…ネプギアちゃんがやりたいなら、わたしもやってみたい…」

「ロムちゃんがそういうなら、わたしも…」

「ふふっ、なら決定だね。後は……」

「……?…まぁ、科学と魔法の両立はMAGES.さんやリーンボックスも研究してるし、不可能な挑戦ではないんじゃない?」

「あーいや、そういう意味で見たんじゃなくて…ユニちゃんも一緒にやらない?」

「…アタシも?」

「うん、だって同じ女神候補生だもん」

 

誘ってみると、ユニちゃんは意外そうな様子。…わたしが声かけないと思ったのかな…?

 

「アタシ、魔法は勿論科学…っていうか工学方面でもそこまで役に立たないわよ?」

「そんなの問題ないよ。わたしだってアマチュアの域だし、どちらの専門でもないからこその視点が必要になるかもしれないもん」

「そういう事なら…分かったわ。協力してあげる」

「それじゃあ、もし完成したらそれはわたし達女神候補生全員の合作って事になるね。楽しみだなぁ」

 

そんなこんなで決まった、工学製品を利用した魔導具作り。わたし達の一番の目的はあくまでお姉ちゃん達の救出と犯罪組織の対処だけど……女神の力は繋がりの力だってお姉ちゃん言ってたもん。こういう形でわたし達がより仲良くなれるなら、それはきっと無駄な事じゃないよね。

 

 

 

 

「皆さん、お世話になりました」

 

ぺこり、と見送りに出てきてくれた人達に(ミナさん一人じゃないよ。ミナさんはいるけど)挨拶を述べるネプギア。ルウィーですべき事を終え、女神一行が活動している事もある程度知ってもらえたと判断した私達は、ルウィーを後にする事を決定した。そして今日は、その当日。

 

「いえそんな、わたし達はロム様ラム様の件でご迷惑もかけましたし、制圧作戦では大いに助けて頂きましたし…礼を言うのであれば、それはこちら側です」

「制圧作戦、ですか…調査に何か進展はありましたか?」

「残念ながら……やはり、あの強襲は施設諸共情報隠蔽を目的としていたんだと思います」

 

ミナさんの返答は、半ば予想通りとはいえ…やっぱり芳しいものではなかった。

調査というのは勿論あの施設の事。当初は制圧した後他の工場施設や犯罪組織にまつわる情報を回収する計画になっていたけど…赤いMGの攻撃によって施設全体が爆発してしまい、紙媒体も電子データもまとめて回収不能となってしまった。おまけに拘束した施設員の内管理職はイマイチ口を割らず、末端の人に至ってはそもそも碌な情報を持っていなかったという事で人からも情報を得る事が出来なくて、結果として今回の作戦ではただ施設を一つ潰した以上の成果を生み出す事が出来なかった。…まあ、それだけでも意味はあるし、犯罪組織に対する探りや諜報は別の形で前から行われているけど。

……因みに、手書きの地図とカードキーを渡してくれた二人は不起訴となった。その理由は…言うまでもないよね。

 

「今回はしてやられましたが…完璧な情報隠蔽などそう出来るものではありません。それに人はこちらで捕縛出来た訳ですし、調査はこれからも続けていきますよ。…私にとっては、元アヴニール社員という責務もありますからね」

「…ほんと、変わったわよねあんたは。前は本気で私達を始末しようとしてたのに」

「私は変わっていませんよ。今も昔も、敬愛するホワイトハート様の為になる事をしたいだけですから」

「前言撤回、確かに変わってなさそうね…」

 

曇りのない表情のガナッシュさんに、前のガナッシュさんを知ってる面子は苦笑い。……今でこそ苦笑い出来るけど、実際にキラーマシンやら何やらをけしかけられた時は洒落にならなかった…。

と、主に年長組と職員組で会話が進む中、ネプギアとユニはフィナンシェさんの横が気になる様子でちらちらと見ている。そして二人の視線の先にいるのは……

 

『む〜……』

 

ふくれっ面の女神候補生、ロムちゃんとラムちゃんだった。私達は二人がその気になってくれるのなら連れていくつもりだったし、二人もその気になっていたけど……ミナさんを始めとするルウィー教会の人達がストップをかけた。理由としては、まだまだ二人共小さいんだから準備は入念にさせたい…というもの。それは私達にも理解出来る理由で、しかも準備が出来次第私達に合流するという事になったから承諾したけど…当人二人はやっぱり不満みたいだった。

 

「せっかく、ネプギアちゃん達となかよくなれたのに…」

「そーよそーよ、わたしは別にさみしくなんてないけど…女神なのになんにも言うこと聞いてもらえないのはおかしいわよ!ミナちゃんもフィナンシェちゃんもガナッシュも、早くおねえちゃんにかえってきてほしくないの?」

「それは勿論帰ってきてほしいです。けど、ミナ様達はお二人を心配してるんですよ?」

「…いっつも、しんぱいされてばっかり……」

「まあまあ、別に行ってはいけないと言われた訳じゃないんですから…そうですよね?ミナ様」

「そうですよ。それに、いつも魔法勉強の際言っているでしょう?ちゃんとした準備、ちゃんとした順番でなければ強い魔法は使えない…と」

 

不満たらたらな二人をミナさんとフィナンシェさんが嗜めるものの、流石にそれじゃ納得してくれない。そんな二人に困り顔を浮かべていると……そこでネプギアが口を開いた。

 

「…大丈夫だよ、ロムちゃん。確かに少しの間お別れだけど…わたし達は、別の場所に行くんじゃないもん。ただ、わたし達はちょっと先に行くだけ。…ちゃんと待ってるからさ、ちゃあんと準備をして…それで、追いついてきてほしいな」

「ネプギアちゃん…」

「ラムちゃんも、焦っちゃ駄目。お姉ちゃん達を助けるんだから、きちんと準備しなきゃ。……知ってる?ヒーローはね、遅れてやってくるものなんだよ?わたし達が偵察、二人がメインって事だよ?」

「ヒーローはおくれてやってくる……た、たしかにそーゆーことなら慌てるのはダメかも…」

「…二人共、それでいいかな?」

「…うん。ちゃんとじゅんび、する」

「ふ、ふふん。そう言うんなら、少しくらいは待つことにするわ!」

「……凄い、二人を上手く嗜めるなんて…」

 

ずっと不満そうだった二人を上手く丸め込んだネプギアに、ミナさんは目を丸くする。私達は一応パーティーとして行動してる間にネプギアと二人の間が縮まったのを知ってたけど…なんだかんだミナさんはその姿を見た事が無かったらしい。…まあ、教会内でネプギアが二人とやり取りする機会はそんなになかったしね。

 

「…えぇと、話もまとまったみたいなので…私達は行きますね」

「あ…はい、今後も必要とあればルウィー教会は全面的に支援します。お気を付けて」

「ロム様とラム様が合流するのは少し先ですが、その際は宜しくお願いします」

「前の旅でも、皆さんはかなり無茶をしていましたが…本当に無茶な事はしないで下さいね」

「…ネプギアちゃん、待っててね」

「…フィナンシェちゃんも言ったけど、むちゃはしないよーに。それだけよ!」

 

ミナさん達の、ロムちゃんラムちゃんの見送りを受けて私達はルウィー教会を後にする。行き先は……勿論、まだ行っていない最後の大陸。

 

「雪国ともこれでお別れかぁ…もうちょっと雪で遊びたかったな〜」

「REDちゃんはほんとにねぷねぷと同じ位マイペースですねぇ」

「そういうなら貴女一人残ってもいいのよ?」

「あ、それはいいですね。それならロムちゃんとラムちゃんも安心です」

「むむ…酷いよ二人共ー!」

 

コンパとアイエフの二人にからかわれ(コンパはそんなつもりなかったのかもだけど)、ぷくーっと頬を膨らませるRED。その隣を見ると、そこではネプギアとユニがルウィーでの出来事について談笑中。……そう言えば…

 

「…二人共、またちょっと仲良くなった?」

「え……そ、そう見えますか…?」

「私にはそう見えるけど?」

「べ、別に仲良くなったとかそういう事では…」

「へ?…わたしは来る前より仲良くなれてると思ったんだけど…わたしの勘違いだったの…?」

「そ、そうは言ってないでしょ!っていうかこれ位の事で一喜一憂するんじゃないわよ!」

「……ユニちゃんも大分感情の起伏がある様に見えるんだけど…」

「うぐっ……」

「……ふふっ」

 

やっぱりどこかネプテューヌとノワールのやり取りを思い出す二人の会話に、つい笑みを漏らす私。正直、ラステイションへ行ったばかりの頃は前途多難だと思ったけど……この様子なら二人は…いや、候補生組は全員、大を付けられる位の仲良しになれるんじゃないかな。

──そう思うと、候補生達を引っ張る側として安心出来る私だった。

 

「…ほんと、仲良くなったみたいだね」

「はいっ!」

「違いますからっ!」

「……ここはハモるパターンなんじゃないかなぁ…」

 




今回のパロディ解説

・やめられない、止まらない
スナック菓子、かっぱえびせんのキャッチフレーズの事。意識した訳じゃありませんが、ネプギアはスナック感覚で機械を分解したり改造したりしてるかもしれませんね。

・機械弄りは最高だよっ!
ロウきゅーぶ!の代名詞的台詞(ワード)のパロディ。ノワールのコスプレ好きやベールのネトゲ好きもそうですが、ネプギアは何故機械好きになったのか語られてませんね。

・ゼンリョクの技、Zパワーリング
ポケモンシリーズにおける要素とその要素に関わるアイテムの事。…言うまでもないと思いますが、別にラムは特殊なポーズをした後魔法を使った訳じゃありません。


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第三十五話 雪原で振り返って

それまで一面に積もっていた雪の層が薄くなり、道路や地面、地面に生える草の全容が見える様になったルウィーの外縁付近。──そこで、刃とビーム、弾丸が僅かに降る粉雪を散らしていた。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

地を蹴り、一気に距離を詰めてきたネプギア。跳躍の最中から放ってきた上段斬りを、私は両手持ちのバスタードソードで受け止める。

 

「動きの無駄は減ってきたね。でも、距離を詰めながらの攻撃は、体勢の崩れてない相手には余裕を持って対応されるよ!」

「は、はいっ!」

 

体重の乗った攻撃を、両脚で踏ん張りつつ腕を畳んで衝撃吸収。勢いを殺せたところで今度は一気に押し返し、着地の前で脚を地面に付けられていないネプギアを弾き飛ばす。

無理に対抗しようとはせず、私の力に身を任せて退くネプギア。私には即座に追撃するチャンスがあったけど……斜め後ろに跳躍。その瞬間、私の居た場所をゴム弾が通り過ぎていく。

 

「ユニも位置取りとタイミングは流石だね!だけど、近距離でも遠距離でも手練れは死角への注意を欠かさないって事は覚えておいて!」

「分かりまし……っとと…!」

 

ゴム弾の軌道を視認しつつ腕を振り、空中で方向転換。更に向きがユニの方へ向いたところでバスタードソードを持つ腕の手首をスナップさせ、その力と遠心力でもってユニの足元へ剣を投擲。ユニの次弾を妨害する。

このままユニに仕掛けるか、それともネプギアにもう一度正対するか…そう考えながら着地する私。……けど、どうやら投擲は判断ミスだったみたい。

 

「ネプギア!ちょっとでいいからイリゼさんを相手してて頂戴!」

「分かったよ、ユニちゃん!」

 

後ろから来たネプギアは再び跳躍上段斬り実行。今度はバスタードソードが手元になく、白羽取りなんてしたら手がえらい事になる(そもそも成功するか微妙)から左に回避。そこから数度攻撃を避けた後にフェイントをかけて反転し、バスタードソードを回収しに走ろうとしたけど……その時にはもう、バスタードソードはユニの手の内にあった。

 

「これで……ッ!」

「げっ……厄介な事してくれるね、ユニ…」

「相手にとって厄介な事をするのは戦闘の基本ですよね?」

 

勢いよく投げ飛ばされる、私のバスタードソード。バスタードソードはくるくると飛んで近くの木のそこそこ高い所に引っかかってしまった。……あれは勢いつけても一度のジャンプじゃ取れないかな…というか、不味い…。

 

(武器無し且つ人間状態で、二人を相手にするのはちょっとキツいなぁ……)

 

一旦距離を取りながら、思考を巡らせる。武器無しじゃまともに戦えないなんて事はないし、訓練だから別に負けても問題はないけど……流石に武器無しだと本気で戦わざるを得ない。そして本気となると…お互い、怪我をする可能性が跳ね上がってしまう。

 

「今回はかなり有利な状況になったわね」

「うん、でも油断は禁物だよ?」

「分かってるわよ。っていうか、ここから油断で逆転なんてされたら恥ずかしいし」

 

功を焦るつもりはないのか、バスタードソードの引っかかった木を背に構え直すネプギアとユニ。ビームソードを持つネプギアはともかく、ライフルが武器のユニは早々木から離れてくれないだろうし……このまま戦うのも、回収に行くのも危険が伴う訳ね。ほんとに厄介な事をしてくれる…。

 

「……けど、これはいい機会かもしれない…ネプギア、ユニ。武器毎に戦い方が変わるのと同じ様に、武器があるのと無いのとでも変わる…っていうのは勿論分かるよね?」

「それは…まあ、当然そうですよね」

「そう、当然の話。だから、今後の為に…素手の戦い方も知っておくといいよッ!」

 

そう言って私は突進。二人とその後ろの木に向けて爆進を開始する。

対する二人も私の突進を受けて行動開始。ネプギアは私を迎撃する様に走り込み、ユニはその場で片目を閉じて狙いを定めてくる。

 

「ネプギア!武器が無い状態の一番の利点はなんだと思う!?」

「それは…即座に掴む動作に入れる、とかですか!?」

「その通り!そして掴むのは、何も武器や相手だけじゃ……ないッ!」

 

ネプギアとの距離残り数m。そこで私は全速力のまま両手を掲げて……

 

「──ロン、ダート…!?」

 

側転からの派生、ロンダート…それも敢えて両肘を曲げた状態で逆立ちになり、腕力でもって跳ね上がる事で私はネプギアの背後へ。……その最中、跳ね上がった状態で見たネプギアの顔は…驚きの色に染まっていた。

着地の後更にバク宙を行い、回転の頂点で身体を捻ってネプギアに背を、ユニに顔を向ける私。そこからまた私は走る。

 

「……っ!素手の戦い方って、そういう意味だったんですか!?」

「殴り合いだけが戦いじゃないって事だよ!」

 

殴り合い…物理的な激突だけが戦いという訳じゃない。激突はあくまで戦いの手段の一つであって、戦いも目的を達成する為の手段の一つしかない。確かに『激突せずに突破』という意味では素手の戦い方以前の問題だけど……これはこれで経験になる筈。それに……

 

「…私は別にネプギアと素手で戦う、とは言ってないしね」

 

足音でネプギアが真後ろから追いかけてきている事を確認した私は、そのまま真っ直ぐに駆ける。当然それはユニからしたらいい的になる行為だけど…それは私とユニが一対一で戦っている場合の話。…ネプギアが私のすぐ後ろにいる今は、撃てる訳がないよね。

 

「ちょっ、ネプギア!邪魔!」

「邪魔…?…あ、ごめんねユニちゃん!」

 

予想通り、私のすぐ後ろにいたネプギアは私が壁になってユニの位置が見えていなかったらしい。そして、その間に私はユニとの距離を詰め、今度こそ素手での戦闘に移行した。

 

「ふふっ、ユニ…厄介な事やり返させてもらったよ!」

「やり返させてもらったって…こ、子供ですか!」

「大人でもやり返したくなる時はあるもの…ってね!」

 

ユニの眼前に踏み込むと同時に手刀で横薙ぎ。それをユニはしゃがんで避け、その姿勢のまま私に向けてボディーブロー。ユニの拳が私のお腹を捉える刹那……私は振るわなかった左手で拳を受け止める。

 

「よい……しょっとッ!」

「わっ……!」

 

手の平に当たった拳をがっしりと握り、同時に右手で二の腕も掴んでユニを捕獲。そこから腰を軸に身体を回し、私はユニをネプギアの方へと放り投げる。

身体全体を使った訳でもなければ投げ易い体勢でもなかった為にユニは大きく吹っ飛んだりはせず、ネプギアが受け止めた事もあってダメージとしてはほぼゼロだった、今の投げ飛ばし。でも……数秒でも稼ぐ事が出来れば十分だった。

数歩の助走で踏み切って跳躍した私。目の前の木の枝の一つに足をかけ、その枝を足場に更に跳んで……木に引っかかっているバスタードソードへ手を伸ばす。そして……

 

「…ふぅ……やっと取り返せたよ」

 

──しっかりとバスタードソードの柄を握り、私は地面へと降り立った。

 

 

 

 

「三人共、今日もお疲れ様です」

 

すっと差し出された、コップに入ったお茶。コンパから渡されたお茶を揃って呷り、ふへぇ…と一息つく私達女神三人。…あれから十数分後、私達は訓練を終えて休んでいた。

 

「今日は中々奮戦してたじゃない。…武器の件は、どっちかっていうと二人の功績じゃなくてイリゼのミスっぽいけど」

「でも、その後は翻弄されてる内にバスタードソード取り返されちゃいましたし、まだまだです」

「翻弄…そうね。やっぱりアタシ達はまだ経験が足りてないし、自分の尺度で考えるのは避けないと……」

「…だって。生徒は二人共勉強熱心みたいだよ、イリゼ」

「生徒って…私は先生なんかじゃないよ、ただの先輩ってだけ」

 

おだてる様なREDの言葉に、私は頬をかきながら返答。…もし二人が私を先生として慕ってくれてるのなら、それは嬉しいけど…私はそんな大それた存在じゃないしね。……あ、でも…

 

(先生、って言われるのは…悪くないかも……?)

 

ふと、ネプギアとユニが私に対して「先生」と呼んでくれる姿を想像する。

…………。

 

 

 

 

「……やっぱり、悪くない…」

『……?』

「…あ、ごめん何でもない……」

 

思った以上に魅力的だったせいで、つい口に出してしまった。……久し振りに私の悪い癖、発動だった。

 

「何なのかはよく分かりませんが……イリゼさん、今回のアタシ達はどうでしたか?」

「あ、うん…うーんと…」

 

私に向き直り、わざわざレジャーシートの上で正座をして私に訊いてくるユニ。それを聞いたネプギアも同じく正座をして、何だか武道の指導者と門下生みたいな構図になってしまった。……まぁ、立場だけならそこまで間違ってもいないけど…。

 

「…二人共、行動の迷いは大分無くなってきたんじゃないかな。迷いが減れば減るだけ時間が生まれるから、これは良い傾向だと思うよ」

「迷い……でも、考える事は必要ですよね?」

「それは勿論だよ。感覚的に戦う方が良い時もあるし、人によっては思考が邪魔になる事もあるけど…二人はそういうタイプじゃないだろうしね」

「ですよね。じゃあ、逆にアタシ達の改善点はどうですか?」

「改善点は……戦いとは常に二手三手先を読むもの、って感じかな」

 

こうして訓練後に話をするのは、別に今回が初めてとかではない。特に理由がない限りは毎回やっていて、二人も毎回私の話を熱心に聞いてくれていた。…きちんと聞いてくれてると、教えてる側もやり甲斐があるよね。

 

「二人共全く相手の動きの予想をしてない…って事はないと思うけど、それでも二手三手…ってレベルではないでしょ?」

「それは…そうかも……でもその、先を読むって難しいというか…わたしの予想は機械以外だと大概外れちゃうっていうか…」

「それは仕方ないよ。私だって予想が外れる事はあるもん。だから重要なのはピンポイントで予想を当てる事じゃなくて、予想する事自体なんだよ」

「予想する事自体、ですか…?」

「うん。読み合い、って言葉があるけどあれはただ相手の動きを予想するだけじゃなくて、お互いに自分の策を進めつつ相手の策を潰せるよう動く事で発生するものだからね。で、どうせ外れるからって予想するのを止めると、それは相手の策を野放しにしてしまう事になる。…先読みっていうのは、自分がアドバンテージを取る為だけじゃなくて相手がアドバンテージを取る事を阻止する為でもあるんだよ」

 

自分の策や得意戦法が発揮出来ないのは辛いけど、それよりも怖いのは相手の策に嵌まり、相手の土俵で戦わざるを得なくなる事。例え予想が外れに外れたとしても、相手の可能性を潰す事が出来たのならそれは十分に意味のある行為だって私は思っていて、それを二人に伝えた。これはあくまで私の持論で、もしかすると他の人は違う意見があるのかもしれないけど……

 

「……だから、読める読めない関係なく、相手の動きは考える事。いいね?」

『はい!』

 

私は、さも私の言う方が正しいかの様に言い切る。私の持論だけど…とか、個人的には…なんて間違っていた場合に備えた予防線を張ったりはしない。だって、今の私は二人を導く側、二人に対して『正解』とならなくちゃいけない立場だから。もし私がそんな予防線を張ったら、二人は自信を持って鍛錬をする事が出来なくなってしまう。灯台の光は強くはっきりとしてなきゃいけないのと同じ様に、私もぼやけた事なんて言っちゃいけない。

 

(…もし仮に私の教えが二人に合わなくても、二人ならその内きちんと自力で自分の指針を見つけられる筈だもんね)

 

戦い方は人それぞれ。競技やスポーツなら決められたルールがあるから自然と戦い方も狭まるけど、実戦にはルールも手順も存在しない。正当な国同士の戦争、ってなるとまた別だけど…それは戦争の、謂わば戦術以上の事柄に対するもので、目の前の相手とどう戦うかに規則なんてありはしない。だからこそ、私は二人に…候補生に、自分に合った戦い方を見つけてほしい、私の教えはその手助けと繋ぎになればいいと思っている。

 

「さ、今日はこれまでだよ。いつも言ってるけど、戦闘能力鍛えるだけが旅の目的じゃないんだから一人でこっそり無理な練習とかしちゃ駄目だからね?」

「…いつも思ってたんですけど、もしこっそり無理な練習したらどうするんですか?」

「え、ネプギアしてるの?」

「い、いやしてないですけど…」

「ならいいけど…そうだねぇ、もししてたら……あ、巷で噂の『粗品リボン』を着けて街を闊歩してもらうとか?」

「結構な辱めですね!女神候補生が粗品って色々危ない気配を感じますね!……気を付けよっか、ユニちゃん」

「そ、そうね…ってなんでアタシに振るのよ!それじゃアタシがこっそりしてるみたいでしょうが!」

「え、ユニしてるの?」

「い、いやしてないで……すっと粗品リボン出した!?えぇっ、持ち歩いてるんですか!?」

「何かの時ネタに出来るかな、と思ってつい買っちゃった…」

「出来心!?」

 

トリオ漫才みたいなノリで締めくくって(締まりすっごく悪いけど)、訓練の話はこれで終了した。…粗品リボンは誰かに着けてみたいなぁ…。

 

「さ、それじゃあそろそろ出発しましょ。休憩するにしたって、ここよりは国境管理局なり何なりの施設内の方が休めるでしょうし」

「そうですね。寒い場所でじっとしてたら余計に寒くなっちゃうです」

「寒さに関しては、おしくらまんじゅうとかすればいいと思うなー」

「温かくなる程おしくらまんじゅうしてたら休憩にならないでしょ…」

 

…という会話の下、片付けをしてその場を後にする私達。……そう言えば…

 

「ライヌちゃんと出会ったのも、雪原だったなぁ…」

「ライヌちゃん?誰それ、イリゼの友達?」

「ううん、一応ペットって事になってるスライヌだよ」

「モンスターがペット?…変わってるね……」

「あはは…でも可愛いんだよ?ぴょこぴょこ跳ねてすり寄ったり、お菓子あげると頬張って食べたり、知らない人相手だとビクビクしてたり…それにね、触ってみると凄いすべすべでぷにぷになんだよ?今度REDも触ってみる?」

「えっ、と…そ、そうだね……」

 

私がちょっとライヌちゃんの事を話したら…何故かREDは困った様な表情を浮かべていた。…やっぱりモンスターがペットっていうのは衝撃的過ぎたのかな?でもきっと、REDもライヌちゃんと遊べば可愛さを分かってくれるよね。

 

「……ねぇ、イリゼって時々キャラが崩れる事あるよね。なんでだろう…」

「さ、さぁ…別に天然って訳じゃないとは思うんだけど…」

「出会った頃からイリゼちゃんはこんな感じだったです…」

「……?皆、どうしたの?」

「な、なんでもないよ!それよりこんな所でモンスターとなんて珍しいね!」

「まあね。あ、でも実際はもう少し積雪のある場所だったから、出会ったのは正にここ…って訳じゃないけどね」

 

ルウィーで見つけた時は凍えていて(ほんとなんで寒さに耐性無いのにルウィーに居たんだろう…)、それに見かねてカイロを貼ってあげたらほくほく顔で逃げていったライヌちゃん。もしここだったら、凍えずに暖かい所まで行けてたのかな?…その場合、私とライヌちゃんは出会えなかった可能性もあるけど……。

 

「…まあ、不思議な出会いって感じかな」

「不思議な出会い…それならアタシと皆も不思議な出会いだよね!」

「ですね。ここにいる皆も、前の旅で仲間になった皆も、不思議な出会いばっかりだったです」

「私も数時間…いや、数分でも時間がズレればコンパやねぷ子と出会わず、今もここにいなかったでしょうからね。…ここにねぷ子がいないからこそ言うけど、あの出会いは私にとっての転機であり、私の人生の中でも最大レベルの幸運だったと思ってるわ」

「ふふっ、確かにそれはネプテューヌがいたら『あいちゃんがそこまでわたしとの出会いに幸せを感じてたなんて…心の友よー!』とか言ってからかいそうだもんね」

 

なんて、私が声真似しながら言うとアイエフは止めてよね…と言いながら頭を振る。ネプテューヌと面識のないREDや、そこまでネプテューヌの人となりを知ってる訳じゃないユニはきょとんとしてたけれど、逆にコンパとネプギアは苦笑いしながら頷いてくれた。

そしてそれから数秒後、ふとネプギアが呟く。

 

「……これからも、この旅でもそういう不思議な出会いがあるでしょうか…」

「…ま、あるんじゃないの?実際REDさんがそうだし、アタシとネプギア、アタシ達とロムラムだって出会いはともかく今の仲になったのはこの旅の中でだもの」

「そうだね。世界は広いし、色んな人だっているんだから、これからもきっとそういう出会いがあるよ。……私に至っては、次元を超えた出会いだって経験済みだもん」

「けど、仲良くだけならともかくパーティー入りするのは極僅かでしょうね」

「このパーティーのノリに着いていける人が沢山いたら、それはそれで怖いです…」

 

なんともまあ皮肉めいたアイエフとコンパの言葉に、またまた苦笑いを浮かべる私達。でも、私は苦笑いをしながら……思う。

もしアイエフがネプテューヌやコンパと出会わなかったら、もしコンパが落ちてきたネプテューヌを見かけなかったら、もしネプテューヌが天界から落ちる事にならなかったら…もし、もう一人の私が私を生み出してくれなかったら……皆との出会いは、きっと無かったと思うし、最後のはそもそも私が存在すらしていなかった筈。そう思うと、本当にその偶然が…不思議な出会いが愛おしく思える。

 

(出会いは一期一会、ってやつだよね。……これまでの出会いも、これからの出会いも、ずっと大切にしていきたいな。だって……皆との繋がりは、私にとっての宝物なんだから)

 

まだまだ寒い、ルウィーの大地。でも、今の私の心は……その思いでほんのりと暖かくなっていた。




今回のパロディ解説

・戦いとは常に二手三手先を読むもの
機動戦士ガンダムのメインキャラの一人、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。一手なら無意識に読むものですが、二手以上となると途端に難しくなりますね。

・心の友
ドラえもんシリーズのメインキャラの一人、ジャイアンこと剛田武の代名詞的台詞の一つの事。からかいながら言うでしょうが、ネプテューヌなら本心で思ってるでしょう。


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第三十六話 それは思ってもみない反応

プラネテューヌから出発して、ラステイション、ルウィーと渡ってきた私達。そして遂に、今日四ヶ国目であるリーンボックスへと到着した。

 

「ふぅ、やっと着いたね」

「うちからルウィーに行った時に比べると、雰囲気の差が小さいですね。…雪の有無っていう大きな違いはありますけど」

 

リーンボックスの街に着いた私達は、中央通りを進行中。私はリーンボックス出身じゃないけど…気候的にも景観的にも、やっぱりここが一番落ち着くなぁ…。

 

「リーンボックスに来るのも久し振りだなぁ…皆は?」

「私も前来たのは最近じゃない…けど、久し振りって程でもないかな」

「わたしは久し振りです」

「私は割と最近来たわよ。勿論諜報員として」

「…ベールの信者としてじゃなくて?」

「言うと思った…言っとくけど、最後に来たのはねぷ子達が捕まった後だからね?」

 

誰かしらに弄られるのは予想済みだったらしく、特にわたわたもせずに口を尖らせて反論してくるアイエフ。…タイミングが悪かったのかな?それとも私じゃボケのセンスがまだ足りてないのかな…?

 

「…それで、今回もまずは教会に行くんですか?」

「あー、そうだね。何をするにせよ、まずは教会とコンタクトを取っておきたいし」

「ですよね。……あ、でもまた人だかりからの犯罪組織発見になるんじゃ…」

「まっさかぁ、三度もそんな偶然が起こるなんて、レアどころの騒ぎじゃない確率だよ?流石に三度目はないって。だよね皆?」

「イリゼさん、それは多分フラグになるんじゃ…………あ」

 

三度目の正直って言葉もあるし、幾ら突飛なイベントに出会い易い私達でもそんな事は……なんて思いながら言った、その言葉。でも、その言葉を受けてユニが私に指摘をしようとした──その瞬間、ユニは何かを見つけた。……残念ながら、見つけてしまった。

 

「…………」

『…………』

「……えっと、その…大変言い辛いんですが…人だかり、ありました…」

『ですよね〜…』

 

肩を落としながら声をハモらせる私達。その中には、勿論私もいる。…うん、分かってた…分かってたよ。どうせこうなるんだろうな〜って思ったよ。けどもしかしたら、って思って否定してみただけなんだよ。……結果はこのざまだけどさ…はぁ…。

 

「…取り敢えず、行ってみよっか……」

「え、えと…見つけたアタシが言うのもアレですが、無視するって選択肢も…」

「いやこのタイミングで見つけた事だもん、絶対私達に関係あるか無かったとしても色々思うところの発生する人だかりだよ、あれは…」

「…なんかほんと、すいません……」

「いいんだよユニ、きっとユニが見つけなくても誰かしら見つけてただろうから…」

 

避けられぬ運命を呪いつつ、私達は人だかりの方へ。……いやいいんだけどね。やっぱりかぁ…みたいな感じでちょっとテンション下がってただけで、何が何でも人だかりとは遭遇したくない!…って事はないし。

 

「うーん…人数的にはルウィーとそんな変わらないね」

「ラステイションの時よりは少ないけど…ま、ここだけ見ても何が起きてるかは分からないか」

「どうせ覗くんだから問題ないわよ」

 

人だかりの中で何が起こってるんだろう…と考えつつ、私達はその中へ。すると、聞こえてくるのはラステイションの時ともルウィーの時とも違う、どうも荒々しさを感じる声と息遣い。

 

「これって…もしかして、喧嘩です…?」

「…みたい、ですね……」

 

声を上げるコンパと、それに同意するユニ。人だかりを抜けた先で見えてきたのは、肩で息をしながら羽交い締めにされている男性と、そこから数m程離れた所で頬を押さえながらアスファルトに腰を落としている男性の姿。…確かに、これでは喧嘩或いは一方的な暴行が起きていた様だった。

 

「一応、もう止まってる…というか止められたみたいだけど…こんな路上で喧嘩なんて物騒ですね…」

「だね…あの、大丈夫ですか?救急車必要ですか?」

 

まだ細かい状況は分からないけど…怪我をしてるとなれば放っておく訳にはいかない。そう思って携帯を出しつつやられた方らしい人に近付くと…その人は、疲れた笑みを浮かべながら私に手を振りつつ立ち上がった。

 

「あぁいえ、ちょっと殴られただけですから…」

「そうですか?怪我してるなら早めに対処した方が…」

「本当に大丈夫です。それと、恐らく私からではあの方の神経を逆撫でしてしまうだけだと思うので、代わりに言ってほしい事があるのですが…」

「…と、言いますと?」

「余計なお世話をしてすいませんでした、と伝えて下さい。宜しくお願いします…」

「え…あ、ちょっと……」

 

肩を竦めながら立ち去る男性。私は本当に必要なら救急車を呼ぶつもりだったけれど、あの人の言う通りそこまで酷い怪我はしていなかったのと、当の本人がどこか哀愁を感じる背をしていたせいとで期せずして見送ってしまった。……これが無気力、ってやつ?話した限りは善人っぽいけど、あの人が殴られるなんて一体何が…?

 

「…ふん、あんな奴を心配する必要はねぇよお嬢さん」

「…随分な物言いですね。あの人のお知り合いで?」

「まさか、話しかけられるまでは全くの無関係だった奴だ」

「そう、ですか…」

「ったく…てかあんたもいい加減離せや。ほら、もう暴れたりしねぇからよ」

 

路地へと消えていく男性を見送っていると…後ろから声をかけられた。それに反応し振り向いてみると、声の主は羽交い締めされていた方の男性。……正直言うと、あまり印象は良くない。

 

「…話しかけられて、それで殴ったんですか?」

「まぁな…けど先に喧嘩ふっかけてきたのはあいつの方だからな?野郎、人の気持ちを馬鹿にしやがって…」

「だからって怪我させちゃ駄目でしょう。…というか貴方、もしやお酒を?」

 

眉をしかめながら羽交い締めを解かれた男性に近付くと…独特なアルコール臭が匂ってきた。見てみれば男性の顔も若干赤らんでいて、状況的にはこの人がお酒を飲んでいた様に思えてくる。

お酒によって、馬鹿にされたからって殴って、挙句反省してる様子もない。……全くもって擁護のしようが無い、酷い人だった。そしてそれは皆も思ったらしく、私は後ろへと引っ張られる。

 

「ねぇイリゼ、この人の事は気にしないでおこうよ。アタシ、こういう人好きじゃないよ」

「そうですね…これも犯罪組織のせいで治安が悪くなってるからでしょうか…」

「犯罪組織だぁ?あーくそ、ほんとにむしゃくしゃするなぁ!俺は、俺はなぁ…」

 

ぴくり、とコンパの言葉に触発されたかの様に声を荒げる男性。その様子に私達は、やはり関わらない方がいい人だ…そう判断し、何か言いかけてる男性を無視して教会へ────

 

「…俺は、根っからの女神信者だってんだよ!犯罪組織が何だ、信仰の自由がなんだ!俺は誰がなんと言おうが、一生女神様を信じるんだよ!文句あるか!」

『……え…?』

 

……反射的に振り向いた、私達。その瞬間、熱弁を振るう男性と目が合う。

 

「お嬢さん達も分かるだろう?お嬢さん達と同じ位の年恰好の人が、国一つを背負ってるんだぜ?その女神様を信仰しないってなら、手前は一体何を尊敬するんだって話だよ!」

「は、はぁ……だってさ、ネプギア、ユニ」

「あ、アタシ達に振らないで下さいよ…イリゼさんだって女神なんですから…」

「こうも真正面から言われると、こそばゆいですね…」

「いや、なんでお嬢さんがこそばゆいなんて……ん?んんん?」

 

私が反応に困って候補生二人に振ってみると、ユニは私と同じ様に困った顔を、ネプギアは若干照れた顔をしていた。そして私達のそんなやり取りを見ていた男性は……気付いたご様子。…あー…これは面倒な事になるな……。

 

「えーと、それでは私達はこの辺で……」

「……うおぅ…見間違いじゃねぇ、マジの女神様だ…嘘だろオイ!?」

「はぁぁ!?お、俺!?」

 

気付きが確信に変わる前に立ち去ろう……と思ったけど、時既に遅し。男性は目を剥き、驚きを露わにしていた。後何故か(それ位動揺してたのかな?)、さっきまで羽交い締めをしていた人に確認を取ろうとしていた。これには羽交い締めしていた人もびっくり。

 

「…って事は、俺は女神様に女神様の事を語ってたのか?……何やってんだ俺ぇ…」

「あ、落ち込んじゃいましたね…ど、どうします?」

「どうもこうも…どうしよう?」

「それはわたし達に訊かれても困るです…」

「アタシもこういう場合の対処方法は知らないかな」

「まぁ、無難な対応すればいいんじゃない?なんかさっきより注目され始めてるっぽいから何も言わずに逃げる訳にはいかないし」

 

アイエフの言う通り、女神が三人もいるという事で野次馬が集まってしまい、気付けばなあなあで立ち去る事が出来ない状況になってしまっていた。…三つ目の人だかりにして遂に私達が人だかりの理由になっちゃったよ…元々あった人だかりを乗っ取った形だけど…。

そんな訳で、何とか立ち去れる流れにしなきゃなぁと思った私は、同じ立場のネプギアとユニに視線を向ける。

 

「えーと二人共。何とかしなきゃなんだけど…」

「イリゼさん……(うるうる)」

「イリゼさん……(おねがい)」

「なんで二人してロムちゃんの真似するかなぁ!?……はぁ…」

 

……えー、はい。何とかするのは私という事になりました。…まさか二人がいつの間にか、うちのパーティーメンバーらしい、しょうもないスキルを身に付けてるとは…。

 

「…えぇと…そこまで信仰して頂けてるなんて、女神として光栄です…」

「そ、そんな滅相もないっすよ。俺みたいに休みだからって昼間から酒飲んでる奴に信仰されたって困るでしょう?」

「いや別に困るって事は…それよりは、警察のお世話になり兼ねない事はしないでいてくれる方が助かります」

「お、仰る通りです…ご迷惑をおかけしました…」

 

酔いが覚めた…感じではないけど、私の言葉を聞いて男性はしっかりと反省してくれているみたいだった。…っとそうだ、あれを伝えないと…。

 

「それと、さっきのあの人が余計なお世話をしてすいませんでした…と言ってましたよ?」

「…あいつが?…はっ、それこそ余計な世話ってもんですよ…謝るなら他人を不愉快にする前にさっさと帰ればよかったんだ…」

「……一体何が?」

「…犯罪組織の勧誘…っつーか紹介ですよ。今必要なのは犯罪組織の様な新たな存在だ、女神は既に過去のものになるんだって散々勝手言ってくれやがったんです。懇切丁寧に話されたって、その気がねぇんだから耳傾ける訳ないだろうが…」

 

アルコールのせいか、やや乱れた敬語で話してくれる男性。そして同時に、彼の言葉で今回も犯罪組織が関係しているという事が明確になった。…と言っても今回は、組織としてではなく個人としてのいざこざみたいだけど。……にしても、この人が私達にとっての味方であの人が私達にとっての敵なのか…当然だけど、どっちの側にも色んな人がいるんだね…。

 

「さっきの人、犯罪組織の人間だったのね…追います?あのペースで歩いているなら、追いつけると思いますが…」

「うーん…いやいいよ。あの人の様子と話を聞く限り、仕事としてじゃなく親切心で紹介してたみたいだし。裏を知らない人なら、追っても意味無いからね」

「……うん?よく分かりませんが…公務の途中だったんですかい?」

「それは……まあ、そんなところです」

 

公務といえば公務だけど、その内容は公務と呼べる範囲なのか微妙だし、私達が旅をしているという事以上が知られるのは教会の人間としてあまり好ましくない。だから若干言葉を濁した私だったけど…男性はそれを『口外出来ない程重要な仕事をしてる』と捉えちゃったのか(全く合ってない訳でもないけど)、引き止めてしまって申し訳ないみたいな表情をしだしてしまった。

 

「で、ですよね…本当にすんません。お時間取らせてしまって…」

「あ…いえいえ、ですがそういう事なのでそろそろ失礼させて頂きますね(よし!自然に立ち去れる流れになった!)」

「お勤めお疲れ様です。……あ、最後に一つ質問しても…?」

「はい、どうぞ」

「……最近、守護女神の皆様をお見かけしませんが…何か、あったんですか…?」

「……!……それは…」

 

最後に一つ、と言われて了承した質問は、今の私達にとっては最大レベルで答え辛い問いだった。

守護女神がギョウカイ墓場で囚われている事は、混乱とシェア率の低下を防ぐ為に現状秘匿にしているから正直に答える訳にはいかない。だから嘘を吐くかさっきの様に誤魔化すかしなければいけないけれど、真剣な質問に対して誤魔化すのは難しいし、やっぱり女神を信じてくれている人に嘘を吐くのも忍びない。そして、今私の返答を気にしているのは男性だけじゃなく、集まってしまった人達全員だからベストな返し方が中々見つからなくて……

 

「……いや、こんな質問は無粋ってもんですよね」

「え…い、いやそんな事は…」

「いーや、無粋です。そりゃ確かに姿が見えないのは気になりますが…女神様の姿が見えねぇ時は、人知れず俺達民衆の為に頑張ってくれてるに決まってるじゃねぇですか。……ですよね?女神様」

「…そう、ですね……はい。今は四人共、必死に頑張ってくれてますよ」

「でしょう?へっ、それなら安心ってもんです。そんじゃ俺も女神様の力になるよう、信仰心を磨いておくとしますかな。こんな下々の野郎とまで話して下さり、ありがとうございました」

「…お酒、飲み過ぎはいけませんからね?」

「へへ、気を付けますよ」

 

そう言って、男性はここから去っていった。やはりまだ酔いは残っているみたいで、ほんの僅かに足取りがブレていたけど…そんな事より、

 

「…ただの酔ったおっさんだと思ったら、かなりお姉ちゃん達を信じてくれてるおじさんだったわね……」

「うん。なんというか…感想に困る人だったね…」

 

相手は犯罪組織の信者とはいえ、酔って殴って人だかり作って…というのはとても擁護出来ない。その時点では関わりたくない感じの人だったけど……蓋を開けてみたらむしろ、女神として大切にしたい感じの人だった。だからって悪い部分がチャラになったりはしないし、それは同時に好ましい部分が削がれる訳でもないから、結果ネプギアの言う通り、感想に困る感じの人だった。

…それにしても、と私は思う。当たり前の話だけど、女神側にいてくれる人だって善人ばかりとは限らないし(今の人は善人じゃないかと言われれば微妙だけど)、逆に犯罪組織側の人だって裏を知らないだけの善人がそれなりの数いる筈。そう考えると……『女神側だから助ける、犯罪組織側だから倒す』っていう、単純な二元論が通用しないんだよね。須らく世の中はそういうものなんだけどさ。

そんな思いを抱きながら、改めて教会へと向かう私だった。

 

 

 

 

人だかり騒動の後は特に何もなく、無事教会に到着した私達。入ってみると偶然にも聖堂(正面出入り口から入ると最初に出る大きい部屋)に教祖であるチカさんがいて、これ幸いと早速話しかけたんだけど……

 

「え…?あ、あああ!そうです、わたしが箱崎チカです!」

 

──ご覧の通り、明らかに様子がおかしかった。もっと言えば、怪しかった。

 

(わ、わたしあんまり面識無いんですけど…チカさんってこんな人でしたっけ…?)

(いや、こんな人じゃなかったわ)

(ベール以外に対してはアイエフやノワールに近い対応をする人だった筈だよね)

(話し方もですが、なんだか挙動も不審ですぅ…)

(どう見ても驚いてますよね、チカさんらしき人)

(ねぇねぇ、この人今変なおじさんみたいな事言わなかった?)

 

……約一名、激しくどうでもいい事を言っていたけどそれはきっとチカさんと初対面なせい。私達のアイコンタクト会議としては、ほぼ満場一致で『このチカさんは私達の知るチカさんではない』という事になった。でも、内面はともかく…見た目はおかしな点なんて一つも見つからない。

 

(…変装…にしては完璧過ぎるわよね。もしこれが変装なら、イメージガムを使ってるかルパン三世レベルよ?言動は駄目駄目だけど)

(じゃあもしかして、チカさんはイリゼちゃんやねぷねぷみたいに記憶喪失になっちゃったです?)

(アタシ達が来る前に物凄く動揺する事が起きて、それがまだ残ってるー、とかかもしれないよ?アタシは皆の言ってる普段を知らないからなんとも言えないけど)

(うーん…現段階じゃなんだかよく分からないし、もう少し話してみた方がいいかもね)

 

取り敢えずチカさんがおかしい、という見解で一致した私達だけど、その原因については意見が分かれる…というかイマイチ「これだ!」ってものが出てこない。だから一先ずは気付かないフリして会話を続行する事に。

 

「えと、突然訪問してしまってすいません。予め連絡は入っていたと思いますが…」

「え?……あ、はいそうですね。お待ちしていました!」

「なら良かったです。ふぅ、これで拠点確保だね」

「へっ?こ、ここに泊まるんですか…?」

「そのつもりですけど…何か問題があるんですか?」

「そ、それは……も、勿論ありませんよ?えぇありませんとも」

 

──輪をかけて怪しい。教祖の中では気の強い方で、同時にどこか斜に構えた雰囲気もあるチカさんの反応としては違和感があるどころか違和感しかない。もう正直、全財産賭けてもいい位怪しかった。さて、それはそうとしてどう切りこもうかな…。

 

(イリゼ、なんだかよく分からないうちは私達の目的を話しちゃ駄目よ?)

「(分かってるよ、私だって駆け引きの経験はあるんだから)…ところでチカさん、最近のリーンボックスの状況はどうですか?」

「はぁ、まあぼちぼち……ではなく、やっぱり女神様がいなくなってしまった分、治安維持が大変ですね」

『……!』

「……?」

 

女神様がいなくなってしまった分。……その言葉を聞いた瞬間、私達の間に緊張が走った。当の本人はきょとんとしているけど、彼女が偽物だとしたら間違いなく大きな失態を犯している。だって……守護女神の所在(リーンボックスにいる女神は守護女神のベールだけだからね)を知っているのは、教会や軍部の上層又は女神に近しい一部の人達だけで、それを除けば犯罪組織…それも裏側の人間しかあり得ないんだから。勿論、前者が偽物として化けているというのも可能性の上では存在するけど、それは現実的じゃない。だから今目の前にいる人物は、犯罪組織の人間と見て間違いない。

 

「……あぁそうだ!リーンボックスの治安維持の為に、ここは一つ協力してくれませんか?」

「…協力、と言いますと…?」

「えぇと…そう!モンスターを退治してほしいのです!」

 

私達の疑いに気付いていないのか、チカさんは思い付いたかの様にモンスター退治を申し込んでくる。どうも考えながら喋っているみたいだけど…。

 

「…まあ、治安維持に協力するのは吝かではないですが…」

「でしたら是非街の近郊の草原にいるモンスターをお願いします!全然大した事ないモンスターですので皆さんなら楽勝な筈ですよ!」

「…大した事ないならアタシ達に頼まずとも、ギルドなり軍なりで対応すればいいのでは?」

「うっ……み、皆さんなら楽勝、という事です!なんたってベテラン女神候補生二人に女神一人とおまけ…ではなく、おまけにその仲間までいるんですから!」

「は、はぁ……まぁ、分かりました…」

 

疑惑いっぱいのチカさんらしき人。もうこの時点で捕縛しても良さそうだけど、リーンボックス教会全体の状況がまだ分からない以上下手に動くと自分の首を絞めかねないし、出来ればこの人には『自分が偽物とはバレていない』と思っていてほしい。だからその意思をアイコンタクトで皆に伝え、ベテランの候補生って何だろう…それって万年係長的なものじゃないのかなぁ…なんて思いながら教会を出ようとして……

 

「──まあお待ちを。せっかく御足労頂いたのです、依頼の前にお茶の一つでも頂いてもらうというのはどうでしょう?」

 

教会の裏から、そんな声が聞こえてきた。

振り返ると、そこにいたのは温和そうな雰囲気を持つ老齢の男性、イヴォワールさんだった。

 

「い、イヴォワール……しかし治安維持は一刻も早くする事で…」

「かもしれませんな。しかし、他国の女神様がいらしたにも関わらず、お茶一つ出さないというのは()()()()()()()行動ですぞ?」

「……!…そ、そうですね…ではお茶の用意を…」

 

ぴくり、と肩を震わせた後あたふたとお茶の準備に動くチカさん。…教祖が公的な形で真っ先にお茶淹れにいくって…と普段の私なら突っ込みたくなるところだけど、今はそれよりも気になる事がある。

 

「……イヴォワールさん、貴方は…」

「私は一度、愚かにも信仰の意味を履き違えイリゼ様達に…特にイリゼ様とネプテューヌ様に償いきれない程の仕打ちをした過去があります…と、言えば分かって頂けますかな?」

「…えぇ、一言でここまで分かって頂けるとは驚きです」

 

だった一言で、私達の本物かどうかという疑惑を取り払った…しかも自分にとっては隠したいであろう過去を、信用の為にはっきりと口にしたイヴォワールさんに軽く尊敬の念を抱きつつ、私は更に質問を述べる。確信に至る為の、その質問を。

 

「チカさんが戻ってくる前に、訊いておきます。…彼女はチカさんですか?」

「いいえ、偽物ですな」

 

────こうして、教会へと訪れた私達は今いるチカさんが偽物である事、そして教会全体が犯罪組織に掌握されたという最悪の事態にはなっていない事を知ったのだった。




今回のパロディ解説

・変なおじさん
芸人、志村けんこと志村康徳さんの持ちキャラの一つの事。多分その台詞(原作にもあるもの)はパロディじゃないと思いますが…変なおじさんを彷彿とさせる台詞ですよね。

・イメージガム
怪盗ジョーカーに登場する変装アイテムの事。イメージガムなら話し続けていれば時間切れでガム風船が爆ぜてバレますが、流石にそれで変装してる訳じゃないですからね。

・ルパン三世
ルパン三世シリーズの主人公、ルパン三世の事。上記のネタもそうですが、やっぱり変装といえば怪盗ですよね。その次に来るのは…忍者かスパイかな?

・「〜〜彼女はチカさんですか?」「いいえ、偽物ですな」
これはゾンビですか?の第一巻のタイトル&サブタイトルのパロディ。なんとチカさんは知らぬ間に魔装少女に!……なってなどいませんのでご安心を。


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第三十七話 各々の関わり合い

強力なモンスターは、基本的に草原の真っ只中を根城にしてはいない。一口に強力と言っても身体能力が高い、厄介な能力を持っている、配下の群れの規模が凄い…って感じに色々あるけど、何れにせよ強力なモンスターはダンジョン…それも森や洞窟の奥を縄張りの中心にしている事が多い。その理由は諸説あるけど、少なくとも理由なく強力なモンスターが草原や雪原に現れたりはしない訳で、それは逆に言えば強力なモンスターがそういう所にいる時はそこに何か特殊な理由があるんだと言える。例えば、そのモンスターは何者かによってそこに現れるよう仕向けられた…とか、ね。

 

「いました!偽チカさんが言っていたのは、あのモンスターですよね?」

「恐らくそうね、アタシ達に退治してほしい…って言っていたのは」

 

リーンボックス教会に到着してから数時間後。チカさんに疑惑を抱き、イヴォワールさんから彼女が偽物だと聞いた私達は、偽チカさんに頼まれた通りモンスター討伐に出向いていた。

 

「こいつは…確かここら辺に生息するモンスターじゃなかったわね」

「って事は、やっぱりエネミーディスクで呼び出されたモンスターです?」

「断定は出来ないけど、その可能性は高いだろうね」

 

私達が発見したのは、なんとなく鯨っぽい魚類風(鯨は哺乳類なんだっけ?)大型モンスター。見た目魚類だからって水辺にしか生息していない…って事はないけど、アイエフの言う通りこの草原には本来生息していない筈のモンスターがいるんだから、偽物なのはチカさんだけじゃなくこの依頼も…って事になってくる。……まあ、端からこの依頼はあの場で考えたものだろうと思ってたけど。

 

「さ、それじゃあ見つけた事だしさっさと倒しちゃおうよ」

「だね。あんまりゆっくりしてると後の予定が詰まっちゃうし」

 

それぞれ武器を抜き放ち、歩いてモンスターの背後へ。特に作戦会議をしたりはしない。……と、いうよりその必要はない。

 

「…そういえば、あの偽者は嘘ばっかり言ってた訳になるけど…このモンスター関連については真実も語ってたわね」

「それって大した事ない〜…の部分?そーだよね?」

「あぁ…確かにそうですね。確かにアタシ達なら……」

 

外敵の接近に気付いた様に振り向くモンスター。確かにこの類いのモンスターは強いか弱いかで言えば断然強いし、ギルドや軍にとっては面倒な依頼になるんだろうけど…………

 

「──楽勝、ですね!」

 

ユニの放った自信満々な言葉通り、私達の敵ではなかった。嘘だと見抜かれない為に用意したのか、それとも油断させて私達を倒そうと思っていたのかは知らないけど……私達を倒そうってなら、あまりにも戦力不足過ぎたね。

 

 

 

 

「さてと、そろそろかな」

 

先手を取り、そこから出し惜しみ無しの(と言っても女神化だったり魔法使ったりはしなかったけど)猛攻でモンスターを沈めた私達は木陰で人を待っていた。

 

「いやはや、お待たせしてしまいましたかな?」

「あ、噂をすれば…ですね。皆さん、イヴォワールさんが来ましたよ」

 

真っ先に気付いたネプギアが、私達にここで会う約束をしていた人物…イヴォワールさんの到着を教えてくれた。

何故ここで私達とイヴォワールさんが待ち合わせをしていたのか。それは、偽物についての話を私達が聞く為。最初は教会で聞くつもりの私達だったけど…万が一偽チカさんに聞かれてしまったらそれまでしていた気付いていないフリが全て無駄になってしまう、という事で教会から離れたこの場所で聞く事としたのだった。

 

「わ、お爺ちゃん歩いて来たの?」

「お、お爺ちゃん…?…いやまぁ、私ももう随分と歳をとりましたが…」

「ああ見えてこの人元気なのよ?それに無駄に多彩で……って、ん?」

 

チカさんと同様にイヴォワールさんとも初対面で何も知らないREDに対し、アイエフが教えようとしたけど……そこでアイエフが…ではなく私達全員が頭に疑問符を浮かべた。と、いうのも……

 

((…隣にいる女性はどちら様……?))

 

イヴォワールさんの隣には、赤い髪を短いツインテールにしている、深い緑の瞳を持った女性の姿が。……ま、まさか…年の差カップル!?…ってそんな訳ないよね、うん。

 

「あぁ…まずは、彼女の説明ですな。彼女は暫く前に設立した教会の新部署、リーンボックス特命課の一員なのです」

「特命係、です?」

「わ、わ!なんか格好いいね特命係!」

「それだとどこかの二人組になってしまうわ…特命係じゃなくて特命課、そして私はケイブよ」

 

天然ボケをかましたコンパとREDに対し、クールに突っ込んだ女性…もといケイブさん。…にしても特命課、ね…リーンボックスでやる事が済んだら、少し調べておこうかな。

 

「宜しくお願いしますね、ケイブさん。…それで、彼女は何故ここに?」

「私は教会でそこそこの立場故、偽者からのマークは無視出来ませんのです。ですので、今後はケイブに皆様の手助けをしてもらおうと思い、連れてきたのです」

「じゃあ、ケイブさんはこれからわたし達に同行してくれるんですか?」

「そういう事よ。女神様程じゃないけど私も戦えるから、少しは期待しておいて」

「可愛い女の子なら戦えなくても大歓迎だよっ!」

「か、可愛い女の子?……まさか私よりずっとその言葉が似合いそうな人にそんな事言われるとは…」

 

REDのハーレム精神は相手が大人っぽい女性でも関係ないらしく(会話の流れ次第でミナさんにもこういう事言ってたんだろうなぁ…)、いつもの調子で口説いて(?)いく。そんな様子に私達とイヴォワールさんは苦笑い、初対面のケイブさんは困った様な顔をしていたけど……なんだろう、今のケイブさんの声にはそれ以外の感情もあった様な気がする…。

 

「RED、話が進まなくなるからそういう発言は後にして頂戴。今は色々聞かなきゃいけないんだから」

「では、本題に入るとしましょう。先程も言いましたが、今教会にいるチカは偽者…それも恐らく犯罪組織の者でしょうな。根拠云々以前に、このご時世にこんな事をするのは犯罪組織位しかありませぬ」

「ですね…いつから偽者に?」

「然程昔ではありませんな。プラネテューヌから皆様が旅に出た事を聞いた時点では間違いなく本物でしたから、すり替わったのはそれ以降かと」

 

私達が旅に出た以降となると、すり替わったのは割と最近という事になる。あの偽チカさんは違和感だらけだし、そうなると教会の職員さんの大半が偽者だって分かってる事になるかな。……考えてみるとそれはかなりカオスな状態だけど…。

 

「それじゃあ、本物のチカさんはどうなってるです?居場所は分かっているんですか?」

「今のところは不明…というのが正直な話。とはいえ全く情報無しという訳でもありませぬぞ」

「だったら、その情報を教えて下さい!わたし達も協力します!」

 

イヴォワールさんが髭を撫でつけながらそう言うと、即座にネプギアは協力を申し出た。私達もその言葉には同意で、こくりと頷いて皆でイヴォワールさんを見たけど……イヴォワールさんは、ゆっくりと首を横に振った。

 

「その申し出には感謝致します。…が、協力は少し待ってもらえませぬかな?」

「ま、待つですか?…わたし達はそれで何か困る訳じゃないですけど…いいんですか?偽者がいるって事は、本物のチカさんは犯罪組織に捕まってるかもしれないんですよ?チカさんの為にも早く助けるべきなんじゃ…」

「チカの為だからこそ、なのです。チカの性格からすれば、ただ助けられるのは大きな負い目を感じてしまうのはほぼ確実。故に私は、少なくとも偽者の目的を暴くまでは助けるべきではないと思っておるのです」

「でも、その間にもし何かあったら…」

「病弱とはいえチカは箱崎本家の人間。教祖となるべく育てられた者は、そう柔ではありませんぞ」

 

チカさんなら大丈夫だという意図の言葉を言い切ったイヴォワールさん。親戚であり私達よりもずっとチカさんの人となりを知っているイヴォワールさんにそう言われてしまえば、私達は不安はあってもそうなのかもしれないと思わざるを得ない。確かに教祖という激務をこなせる人が柔だとは思わないし、立場的にも人質として十分使えるだろうから雑な扱いもされてはいないと思うけど…。

ただ、そうなると気になってくるのは「偽者の目的を暴くまでは」という言葉。という事は、つまり……

 

「まだ目的は判明してない、と?」

「えぇ。演技は雑にも程があるのですが、なかなかどうして彼女は尻尾を出してくれないのです」

「…あの、尻尾も何も本物とすり替わって潜入するなんて、目的は情報を盗み出す事に決まってません?」

「いや、確かに普通ならそうだけど…今回の場合は違うと思うわよ?」

 

一問一答の最中、ずっと気になっていたと言いたげな様子でユニは意見を述べたけど…それに異を唱えたのはアイエフ。続いてアイエフは私に視線を送ってきたから、それに私は頷いて反論への同意を示す。

 

「…違うんですか?」

「セオリー…って訳じゃないけど、素早く必要な情報だけを確実に盗み出すっていうのがスパイ行為の定石だもの。特に成りすましなんてスパイだってバレやすいんだから、何日も留まってる時点でその線は消えるわ」

「いやでも、バレない事に味を占めて…実際はバレバレですけど…情報を引き出し続けようとか、そもそも長期的に潜入するつもりだったとかの可能性もあるのでは?」

「さっきも言ったけど、スパイは利益より確実性を重視するべきなんだから、それはないと思うわよ。後者についても…そうね、確かに無くはないけどそのつもりならスパイよりも職員の買収や脅迫で寝返らせる方が安定するし、あんなバレバレの奴を長期的にスパイさせておくのは現実的じゃないと思うわ」

「そうですか……アタシもまだまだ無知ですね、アイエフさんありがとうございます」

「ま、仕事柄そっち方面は自然と詳しくなるからね。…油断してるとラステイションの機密情報、プラネテューヌに筒抜けになるわよ?」

「わ、笑えない冗談は止めて下さい…」

 

口角を少し上げ、腕を組みながら中々に際どいジョークを口にするアイエフにユニはタジタジ。……因みに、この話にはここにいる面子の約半数程が着いていけてなかった。私も特務監査官になってなかったら着いていけなかったかも…。

 

「こほん。アイエフさんの言う通り、恐らく偽者は単なるスパイではないのでしょうな。それ故に警戒はしつつも敢えて泳がせ、上手く奴を起点に犯罪組織へと打撃を与える事を画策中…というのが今の我々の状況ですぞ」

「…分かりました。そういう事ならば、一先ず私達は私達の目的を進めようと思います。…皆、それでいいよね?」

「アタシはいいと思います。チカさんの事は心配ですが…来たばかりのアタシ達がちょっとどうこうするだけで何とかなるならもう教会が解決してる筈ですしね」

「わたしはやっぱり心配ですけど…時が来たら、ちゃんと助けるんですよね?」

「勿論です。…その時は、パープルシスター様達も手助けして頂けますかな?」

「当たり前です。その時は任せて下さい!」

 

ネプギアが胸を軽く叩きながら断言した事で、私達の密談は終了した。今後教会はこれまで通り目を光らせ、私達は治安維持や女神の信仰の回復を行いつつ、リーンボックスでの犯罪組織の動向を調べるという事で決まり、イヴォワールさんは教会へと戻っていく。

 

「…それで、貴女達はこれからどうするの?」

「あ、はい。えっと、これまでは教祖さんと同じ女神候補生に協力を申し出ていたんですけど…」

「教祖は本物が不在、女神候補生はそもそも存在しないから予定が無くなった…と?」

「…ですよね?」

 

くるり、と振り返ったネプギアに私は首肯。…ネプギア、今回は言われるまでもなく申し出を担当するつもりだったんだ…候補生はほんと成長が早いなぁ…。

 

「それじゃあ、今日はどうするの?パトロール?」

「ううん、今回も到着初日って事で休みにしようかなと思ってる。ケイブさんは私達にやっておいてほしい事…とかあります?」

「特にはないわ。それと、立場的には貴女の方が上なのだから敬語は不要よ。…といいつつ私も貴女に敬語を使っていないのだけど…」

「そう?じゃあそうさせてもらうね、ケイブ」

 

無理に予定を作る事もない…と意見が一致した事で、今日の残り時間は自由行動で決定。とはいえこんな草原にいたってやれる事なんて殆どないから私達は皆で街に戻り、改めて解散する。恐らくネプギアとユニ、REDは街巡り、ケイブは教会に帰還かネプギア達に同行、コンパとアイエフは目的を持って散策…ってところかな。私もどっかで軽く息抜きをした後、目的を果たしにいかないと……。

 

 

 

 

色んな意味で子供っぽさが拭いきれないビーシャ、普通っぽいけど何か違和感のあるケーシャ、大人っぽいけどその割に態度の軽いシーシャ。黄金の第三勢力(ゴールドサァド)のメンバーは皆ちょっと変わってて、良くも悪くも責任のある立場らしくない。……けれど、リーンボックスのギルド支部長…もう一人の黄金の第三勢力(ゴールドサァド)は、変わってるという意味では同じでも…そのベクトルは、三人とは明らかに違う様な気がする。

 

「失礼するよ、エスーシャ」

 

ギルド職員の案内を受け、支部長室へと入る私。皆と別れ、多少ながら寄り道をした後リーンボックスのギルドへと訪れた私は、それまでの例に漏れず支部長への面会を行おうとしていた。理由は…もう大分前に語ってるしいいよね。

 

「イリゼか…リーンボックスにはいつ来たんだ?」

「ここ周辺についたのは今日だよ。ギルドへは着いたその足で…って訳じゃないけど」

 

支部長へ入ると、支部長…エスーシャは、椅子に深く腰掛け透明な液体の入ったワイングラスを手に携えていた。そんなそこはかとなく品性っぽいものを感じるエスーシャだけど……あの液体、まさかただの水じゃないよね…?

 

「そうか。まあ、わたしには関係ないね」

「そんな事はないよ。…頼み事があるんだけど、いいかな?」

「興味ないね」

「えぇー……」

 

眉一つ動かさず言い放った、『興味ないね』の一言。…これが、エスーシャの口癖であり自身の態度を如実に表す言葉。ちょっと洒落た言い方をすればキラーフレーズというやつ。……分かる?今から私はこういうキャラの人と話さなきゃいけないんだよ…?悪意的な人間じゃない事は分かってるけど、それでもこんな癖のある人と話す私の心境、お分かり頂けます…?

 

「そんな事言わずに聞いてよ。別に聞いた以上同意以外は認めない!…なんて事は言わないからさ」

「それでも興味ないね」

「酷い…シンプルに酷い……」

「…………」

「…………」

「……何故話さない?」

「…へ……?」

「興味はない。…が、聞かないとも言っていないんだ。聞かせたいなら話せばいいじゃないか」

「あ、あーそういう事ね……うわ面倒臭っ!一応聞いてくれる意思あるにも関わらずだったとしたら尚更厄介だよ!?」

「…よくそれを本人の前で言えるな……」

「あ……こ、こほん…」

 

まさかの取りつく島はあったという展開に、ついエスーシャの事を気にせず突っ込んでしまった。すると興味無さげなエスーシャも目の前で悪口言われたからか、若干だけど眉間にシワを寄せる…という外見で分かる感情の変化を見せてきた。…でもうん、これに関しては私悪くないよね。エスーシャの性格と態度に非があるよね。私は悪くないもん。

…というやり取りを経て、リーンボックスでの協力を求めた私。ラステイションやルウィーの時と同様先に話が通っていたおかげで説明はすんなりと終わり、後はエスーシャの返答を待つだけになった。

 

「…って、事なんだけど…お願い、出来るかな…?」

「…………」

 

時には世界を滅ぼさんとする敵と戦い、時には多数の人の前で立ち振る舞う事もある私にとって、緊張はもう慣れっこだったけど……今回はちょっとそうもいかなかった。…いやだって、興味ないねって早々に言われたんだもん。最初から取り合う気なさそうな人相手にお願いしてるんだもん、緊張感から軽く不安を感じる事だってあるよ…。

そうして待つ事数秒。私の言葉を聞いたエスーシャはグラスを執務用の机に置いて…こくり、と頷いた。

 

「…分かった。君達に有益なクエストが出てくるかどうかは運任せだが…もしあれば、その時は優先的に回す事を約束するよ」

「…いいの?」

「いいからそう言ったんだ。それに、わたしにも目的がある」

「目的…?」

「君に話す様な事じゃない。けれど、その目的の為には現状が快くなく、だからわたしは現状打破に動く君達に協力する…そういう事さ」

「そ、そう…でもそれなら助かるよ。ありがとねエスーシャ」

 

エスーシャが一体何を目的にしているのかはまるで分からないけど…それを話すかどうかは本人次第で、話してくれなかったからって文句を言う筋合いはない。そもそも私のお願いは聞き入れてくれたんだから、それでいいよね。

 

「…じゃ、私の用事はもう済んだけど…雑談なんかに興味は?」

「ないね」

「だと思った…なら私は帰るよ。それじゃあまた────」

「エスーシャ!見る価値はありそうな書物を見つけたよ!」

「へっ……?」

 

案の定無駄なお喋りをする気は無しのエスーシャに私は帰る事を告げ、出入り口に向かった……んだけど、私が扉に手をかける直前に扉は開かれた。そして、開かれた扉から部屋に入ってきたのは……

 

「……す、スライヌ…?」

 

首から下はスーツを身に付けた、服の上からでも分かる位に体格の良い男性。でも、首から上は…………スライヌだった。顔がスライヌ、というより首から上にスライヌが乗っかっていた。

 

…………。

 

…………。

 

……?

 

「おや?お客さんがいたのかい?」

「ご覧の通りだ。ノック位はしてくれないかヌマン」

「そうよヌマン。貴方が突然目の前に現れたせいで、この子目が点になっちゃってるじゃない」

「へっ……?…も、もう一人…?」

 

ちょっと…いや大分訳の分からない存在に私が固まっていたら…その人(?)の後ろからもう一人(もう一匹?)現れた。しかも今度は女性。……って言っても、首から上は最初の人と殆ど変わらないけど…。

 

「…あら?この子、見た事あると思ったらもう一人の女神ちゃんじゃない。ふふっ、私はスライヌレディよ、宜しくね」

「そしてオイラはスライヌマン!趣味は筋トレさ!」

「あ、は、はい。私はイリゼです、宜しくお願いします。……っていやいや、いやいやいやいや…え、エスーシャ…このペコポン人スーツを着たケロン人みたいな二人は何…?」

 

全然理解が追いついていないところで自己紹介をされた私は、動揺し過ぎて逆にシンプルな返答をしてしまった。…こ、この人達はなんなの!?モンスターなの!?スライヌなの!?

 

「彼はヌマン、彼女はレディさ」

「な、名前じゃないよ!名前はもう聞いたよ!…何者なの…?」

「あぁ…気にしなくていい、二人共人間だ」

「人間なの!?……そ、そうなんですか…?」

「あぁそうさ。オイラもレディもれっきとした人間ヌラ」

「この格好は…まあ、個性と思って頂戴」

(こ、個性!?気にしなくていい!?語尾にヌラ!?……ここはアウターゾーンか何かなの!?)

 

意味が分からず説明を求めた結果…余計意味が分からなくなってしまった。女神も十分に特異な存在だとは思うけど……なんかもう、目の前の光景はそれとは段違いな気がする。そんな二人と冷静に接してるエスーシャも含め、本当に訳が分からなかった。

 

「……それにしても、君は…」

「な、なんですか…?」

「……!イリゼ、君とは仲良くなれそうだよ!あぁそうさ、オイラの腹直筋もそう言っている!」

「は、はい!?」

「だからヌマン、イリゼちゃんが驚いちゃってるでしょ?…でもそうね、確かに彼女とは仲良くなれそうな気がするわ」

「ひゃい!?な、何故に!?何故にですか!?」

 

にこにことそんな事を言ってくれる二人だけど……今の私には混乱しか感じられない。普段なら、誰かと仲良くなれるのは私にとってほんとに嬉しい事だけど……

 

(流石にこんな妙ちきりんな二人と説明も無しに仲良くなるのは怖いよ!どうして仲良くなれそうなのか全く分からないよ!そしてどうして腹直筋は出てきたの!?ねぇ!?……って、あれ……?)

 

…………。

……もしや…。

 

「…私、ライヌちゃんってスライヌを飼ってるんですけど…もしかして、それですか…?」

「あ、そうだったのね。それは知らなかったけど…それなら貴女から仲良くなれそうな雰囲気を感じるのも合点がいくわ」

「ライヌ、か…ふっ、いい名前だヌラ!」

「あ、あぁやっぱりですか……って、知らなかったの!?知らずに言ってたんですか!?」

「……イリゼ、二人は別に悪人じゃない。もし君にその気があるなら、仲良くすればいいさ」

「あ、うん……じゃないよ!?このタイミングで締めになりそうな事言う!?天然か!」

 

……やっぱり、訳が分からなかった。理解をしようとすればする程疑問が増えてしまった。…こんなに早く私の精神的キャパシティが削られるのは久し振りだよ……。

 

 

 

 

…という事で、新たに知り合いが三人増えた私だった。




今回のパロディ解説

・特命係
ドラマ相棒シリーズに登場する、警察内の組織の一つの事。現実にはドラマ内で出てくる様な特命係というものはないらしいですね。…まあ架空感満載の部署ですが。

・ペコポン人スーツ、ケロン人
ケロロ軍曹シリーズに登場するアイテム及び人種(?)の事。原作と違い、ある理由でスーツを着てるヌマンとレディの見た目はこんな感じかな…と私は思っております。

・アウターゾーン
漫画アウターゾーン内に登場する世界の事。原作ではいつの間にかモンスタータイプの人種というのが出てきましたが…普通なら今回のイリゼみたいな反応になるでしょう。


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第三十八話 気付いた事、知らなかった事

「わぁぁ…ユニちゃんユニちゃん!このパンケーキふわふわでとっても美味しいよ!」

 

草原から街中に戻り、自由時間という事で解散してから数十分後。わたしとユニ、それにケイブさんはREDさんに連れられてとある個人経営のお店に来ていた。

 

「こっちのミルクレープも濃厚な甘さで美味しいわ。個人経営でこれは凄いわよね…」

「でしょでしょ?ここはアタシのお気に入りのお店なんだ〜」

 

他国と同じ様に教会周辺しかよく知らなかったわたし達と、元からリーンボックスに居て自由時間と言われても特にする事のなかったケイブさん。そんなわたし達をREDさんは誘ってきて…着いていった先にあったのがこのお店。そんなに広くないし、お客さんも殆どいない店舗だったけど……注文した料理は本当に美味しかった。こういうお店の事を隠れ家的、って言うのかな?

 

「私もこのお店は知らなかったわ…貴女はどうやってここを?」

「大分前の旅の最中にね、偶々お腹が空いていた時にここの前を通ったんだ。それで、お店からする匂いに釣られて入ったのが初めてだったかな」

「大分前…って、それも嫁探しですか?」

「うん、自由奔放嫁探しの旅だよ!」

「…ある意味ほんと特殊な旅ですよね、それこそ今のアタシ達の旅にも匹敵する位の…」

 

もうどこから突っ込むべきなのかよく分からない旅の内容に、わたしとユニちゃんは苦笑い。…REDさんの嫁探しって、現在進行形なんだよね…世界を救う旅のついでに嫁も探す女の子なんて、創作業界全体を通して見てもREDさん位なんじゃ……っていうかまさか、今もメインは嫁探しでわたし達への協力はついでだったりはしないよね?……そ、そんな事ないって断言出来ませんよREDさん…!

 

「…ネプギアどしたの?アタシの顔になんかついてる?」

「あ、い、いえ別に……と言いたいところですが、鼻の頭にパフェのクリーム付いてます…」

「え?あ、ほんとだ…」

 

そういうつもりで見ていた訳じゃないけど、運良く誤魔化せそうだったからそれを伝えるわたし。その後これ以上変に思われないよう視線を移して……今度は、ケイブさんと目が合った。

 

「あ……」

「……?」

「え、えっと…け、ケイブさんって大人っぽいですよね。コーヒー持ってる姿もなんだか格好いいです」

 

ケイブさんが頼んでいたのはチーズケーキとコーヒー。コーヒーは勿論、チーズケーキっていうのもわたし達よりちょっと大人な選択……の様な気がする。わたしにとって『大人っぽい女性』といえばで最初に出てくる女神化したお姉ちゃんとはまたちょっと違う感じだけど…こういう大人っぽさも素敵だなぁ…。

 

「…やっぱり、そういう評価になるのね……」

「…そういう評価…?」

「こっちの話よ。それに、私だっていつも飲み物はコーヒーを選んでる訳じゃないわ」

 

そういいながらもコーヒーを口に運ぶケイブさんは、やっぱり飲み慣れてる様な雰囲気があった。……あ、でも紅茶が好きなベールさんも大人っぽいし、コーヒーだけが大人の飲み物って事もないのかな。

 

「…大人、ねぇ…外見や好みだけで判断しようとしてるんじゃ、ネプギアもまだまだ子供ね」

「む…確かにわたしも子供だけどさ、それを言うならユニちゃんだってそうでしょ?」

「えぇそうね。でもアタシはネプギアよりは大人よ?」

「むむ、わたしの方が大人な部分あるもん」

「どうせそれも背丈とかでしょ?いいわよ別に、身体的特徴の一つや二つ上回られたところで悔しくもなんとも……って、どこ見てんのよ!?胸!今胸見てたわね!?」

「え、えぇっ!?み、見てないよ!?」

 

フォークをひらひらさせながら、余裕の態度をしていたユニちゃんだったけど……いきなりキレた。しかもわたしの視線のせいらしい。…い、いや今ぼんやりユニちゃんを見てただけだよ!?その中で偶々胸元に視線がいったのかもしれないけど…普通同性に、服を着た状態で見られて怒る!?

 

「アンタも女なら、女性にとって胸がどれだけ重要な要素なのか分かってるわよね!?それとも何!?嫌がらせなの!?」

「な、なんでそうなるの!?わたしそんなつもりないよ!?ほんとに違うから!」

「くっ、候補生の中で一番発育いいからって調子乗らないでよね!所詮こっちは仮の姿なんだから、女神化すれば……」

「……?」

「…………なんで、なんで萎まなきゃいけないのよ…アタシが一体何をしたって言うのよ…」

「自爆した!?えぇぇ!?な、何その超アクロバティック自爆!?何がしたかったの!?」

「う、うっさい!人は見た目が100パーセント、なんかじゃないのよ!」

「う、うんそうだね…わたしもそう思うよ…」

 

ヤケを起こした様にミルクレープを口に放り込むユニちゃんに、わたしは若干引きながらとにかく首肯する。そしてこの日、わたしは発育の事…特に胸の話題には気を付けようと心に決めた。

そうしてかれこれ数十分。注文した料理は全部食べ終わり、ケイブさんは用事で一旦戻らなきゃいけないという事もあってわたし達はお店を出る。

 

「用事って特命課のお仕事?」

「えぇ。と言っても今からするのは事務関連の仕事だけど」

「あ、特命課にも事務仕事ってあるんですね」

「報告書だとか予算申請だとか、そういうものに過ぎないのだけどね。じゃあ、私は失礼するわ」

「はい、お仕事頑張って下さいね」

 

ケイブさんを見送った後、わたし達もお店の前から移動する。…それにしても、このリーンボックスの落ち着いた感じの街並みはいいなぁ…さっきの話じゃないけど、ここはいるだけでちょっと大人っぽい感じになれそうかも。例えばあそこのお店のテラスなんか……って、あれ…?

 

「……アイエフさん?」

 

視線を向けた先にいたのはなんとアイエフさん。後ろを向いているから顔は見えないけど…髪型と服装は一時間と数十分程前まで一緒にいたアイエフさんと全く同じ。…流石にアイエフさんのコスプレイヤーじゃないよね、流石に。

 

「あ、ほんとだ。アイエフもお茶してたのかな?」

「かもですね。…そういえば、アイエフさんやコンパさんは自由行動の時何してるんだろう…」

「そりゃ……い、言われてみると確かに分からないわね…なんとなくアイエフさんは旅時代の知り合いと会ってたり、コンパさんは特産の調味料仕入れてたりしそうな気はするけど…」

 

お姉ちゃんやイリゼさん達程じゃないけど、私も二人の事はそれなりに知っている……と思っていたけど、こうして考えてみると思い付かない。…わたし、自分で思ってる程二人の事を知らないのかな…っていうか、そういう意味ではイリゼさんも該当するかも…。

 

「……ね、ちょっと後をつけてみない?」

「はぁ?一緒に街を回る、じゃなくて?」

「そうじゃなくて、後をつけてみたいの。ユニちゃんは気にならない?アイエフさんが一人の時何してるか…」

「それは…まぁ、気にはなるけど…」

「そうでしょ?REDさん、勝手な話ですけど…いいですか?」

「もっちろん!っていうか、アタシも気になる!」

「REDさんもですか…じゃ、それでいいわよ。銃器扱ってるお店を見て回るのは別に今じゃなきゃいけない訳でもないし」

 

そういう事で、わたし達はアイエフさんの尾行を開始。といってもわたし達は尾行のイロハなんて知らないから、看板とか電信柱とかに隠れたり(多分身体の一部はみ出てる)、時々思い出した様に忍び足をしてみたりのレトロな追跡スタイルで後を追ってみる。

 

「…な、なんかこういうのドキドキしますね…」

「探偵になった様な気分になるよね。茶色いハンティング帽とコート、それにパイプを用意すればよかったなぁ…」

「そんなガッツリと探偵装備用意してたらアイエフさん見失いますって…っと、お店入ったわね。アタシ達も入る?」

「うーん…折角だから入ってみない?見つかったら戦いになる…って訳じゃないんだから、積極的にいってみようよ」

 

普段わたしは慎重派(お、臆病の間違いじゃありませんよ!?)だけど、偶には大胆に行動してみるのもいいよね。……って、思うのは尾行のドキドキ感に浮ついちゃってるからかな…?

そうして入ったお店の中でもわたし達は細心の注意を払い、無事気付かれずに観察する事が出来た。それに安心しつつも同時にちょっと自信のついたわたし達は、その後もお店の中まで尾行を続け、アイエフさんがお店の中でどんなものを見たりどんな人と話したりさてるのかよく分かったんだけど……同時に、段々と雲行きが怪しくなってくるのを感じ始めた。

 

「やっほ、アイエフ。今回も仕事?」

「えぇそうよ、状況が状況だけに私も忙しくてね…リーンボックスでの仕事が終わったら次はラステイションなのよ」

 

ちょっと怪しげな雑貨屋さんに入ったアイエフさんは、馴染みのある様子の店主さんと会話を交わす。それ自体はなんて事ない、アイエフさんの交友関係の広さを表す光景なんだけど……

 

「……また、嘘吐いてるわね…」

「うん……」

 

不可解そうな声音のユニちゃんにわたしは頷く。ここのお店でも、その前のお店でも、その前に街中であった知り合いとも、アイエフさんは嘘を吐いていた。それも、毎回内容を変えた嘘を。

 

(どういう事…?本当の事を言わないのは、犯罪組織に情報漏洩しない為だと思うけど…アイエフさん、積極的に嘘を口にしてる様な……)

 

アイエフさんは嘘ばっかり言う様な人じゃないし、忘れっぽい人でもない。だからこそ、わたしにはアイエフさんが嘘を吐く理由が分からなかった。人には普段見せない裏の顔があるって言うけど…実はアイエフさんがこんな情報の混乱が起きそうな事をする人だった、なんてそんな訳ないよ。確かにちょっとアイエフさんは捻くれてる感じもあるけど…優しいし真面目でわたし達の事を気にかけてくれる人だもん。わたしの知ってるアイエフさんは、こんな事する人じゃ……って、あれ……?

 

 

──()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……もしかして、偽者…?」

「え……?」

「今いるアイエフさんの事だよ。ここにいるのが本物じゃなくて、偽者だったら?それなら、変な事言ってるのも説明つくでしょ?」

「に、偽者って…そんな都合良くいる訳……あるわね…」

「あるね。教祖の偽者が現れたんだもん、アイエフの偽者が現れてもおかしくないよ!」

 

わたしの考えに、ユニちゃんは理解を示してくれて、REDさんも賛成してくれる。

理由は分からないけれど、もし今いるアイエフさんが偽者ならおかしな行動をしてるのも納得出来る。というよりも、偽者じゃなきゃこんな妙な行動をする訳がない。

 

「…ユニちゃん、ラーの鏡とか持ってない?」

「ある訳ないでしょ…そんなのあったら教会に着いた時点で使ってるっての」

「そ、そっか…でも、疑わしいのは事実でしょ?」

「えぇ、そうなると追って正解だったわね。奴が人気のない場所に行ったところで捕まえるわよ」

「う、うん。…あ、でもその前にこの事連絡した方がいいんじゃ…?」

「今はまだ偽者だって確定した訳じゃないし、偽者だったとしても犯罪組織とは無関係の愉快犯かもしれないでしょ。中途半端な情報を教えるのは避けるべきよ」

「分かった、じゃあ……」

 

わたし達は頷き合って、尾行を続ける。それまでは好奇心に駆られた遊び半分の尾行だったけど、これからはそうはいかない。細心の注意を払って、何かあればすぐに戦える心持ちで追いかけなきゃ…。

 

(こんな事になるなんてついてない…それとも、偶然偽者を発見出来るなんてついてる…?)

 

緊張しながら尾行する事十数分。アイエフさんはぷらぷらと歩いた後…ふと立ち止まって、その数秒後に路地へと入っていった。わたし達が後を追って路地に入ると、更に奥…裏路地へと歩いていく。

 

「裏路地…闇取引でもするのかな…?」

「さ、さぁ…でも裏路地なんて怪しいにも程がありますね。気を引き締めていこう…」

 

足音で気付かれないよう、今度こそ真面目に忍び足をして(REDさんローラースケートなのに忍び足出来てる…)アイエフさんの行った角を曲がる。そして、その先でわたし達が見たものは…………

 

「え……行き止まり…?」

 

作ろうと思って作った訳じゃない裏路地は、途中で行き止まりにぶつかってしまう事もそこそこあるけど…今回の場合は明らかにおかしい。だって……その行き止まりに、偽者らしきアイエフさんは居なかったんだから。

 

「あ、アイエフが消えた!?」

「そ、そんな馬鹿な…でも、行き止まりなんだからどこかに行ける筈ないし…まさか見逃した…?」

「ここまで分かれ道なんてなかったんだから、それはあり得ないよ…けど、アイエフさんがいないのも事実だし…」

「……はっ!まさかあの偽者のアイエフは瞬間移動の能力者で、ここを曲がった後すぐに瞬間移動しちゃったとか──」

 

 

 

 

「…な訳ないでしょ、何してんのよ」

『わぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

突然、それも後ろから聞こえたアイエフさんの声にわたし達は跳び上がる。う、後ろに回り込まれた!?

 

「こ、このアタシの背後に回るなんて…ネプギア、REDさん!この偽者、ただの人間じゃないわよ!」

「は?に、偽者?」

「もしかしたら、アイエフさんの力をコピーしてるのかも!それなら後ろに回り込まれたのも納得いくよ!」

「は?は?」

「むむ、アタシの可愛い嫁候補に化けるなんて…でも同じ顔だから戦うのは気が引けるよー!」

「…あー…うん、過程は謎だけどどういう結論に辿り着いてるのかはよく分かったわ…」

 

わたし達が警戒する最中、偽アイエフさんは何やら一人で喋っている。わたし達が何を言ってるんだか分からない、みたいな事言ってるけど…偽者認定されてはいそうです、って認める偽者なんかいないよね…!

 

「ここはぐっと堪えましょうREDさん。大通りに出られたら大変ですし、ここで一気に…」

「待った待った、私は偽者じゃないわよ。正真正銘、本物よ」

「偽者は皆そう言うわよ!」

「えぇぇ……ま、偽者って思ってるならそりゃ信じてもらえないか…だったら、あの時はえーっと…あんた達、私に本人じゃなきゃ分からない質問してみなさい。それで私がきちんと答えられたら、本物の証明になるでしょ?」

「に、偽者のくせにちゃんとした事言ってる…二人共、本人じゃなきゃ分からない質問って思い付く?」

「そうですね……」

 

REDさんに訊かれて、わたしとユニちゃんは顔を見合わせる。誰でも答えられる様なものじゃなくて、しかもわたし達が合ってるかどうかを自信持って判断出来る質問なんて……。

 

「……よく考えたら、ぴったりなのがあった…」

「ぴったりなの?…あぁ、あれね。それならいいんじゃない?」

「だよね。それじゃあ、質問します」

「えぇ、どうぞ」

 

わたしの言葉に首肯した偽者(の疑惑有りの)アイエフさん。

 

「…アイエフさん、貴女の好きなものはなんですか?」

「好きなもの?…また抽象的な質問ね…そんなの一つ二つじゃないし範囲が広過ぎるから、答えようがないわよ?」

「……っ…やっぱり偽者だった…!」

「はぁ!?なんで今ので偽者になるのよ!?確かに質問に適した回答ではなかったけど、これは質問が悪いでしょ!」

「そんな事ありません!だって、アイエフさんなら…アイエフさんなら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベール様、って言う筈ですもん!」

「なぁ……ッ!?」

 

普段はクールで大人なアイエフさんだけど、実はベールさんの事が大好きなのはわたしもユニちゃんもよく知ってる事。でも、目の前にいるアイエフさんはそれを答えられなかった。答えられず、ただ顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせるだけ。やっぱり、このアイエフさんは……って、うん?……あれ…

 

「……もしかして、本物…?」

「だ…だからそう言ってるでしょ!っていうか、な、何なのよその質問は!」

「だ、だってアイエフさんが言えって…」

「その選択はおかしいでしょって事よ!質問内容もおかしいし、それならそれで好きな人、って言いなさいよね!」

「……好きなもの、じゃ駄目でした?」

「駄目に決まってるでしょ!もの、なんて…ってもしやものって『者』の事!?わ、分かり辛っ!それならそれで漢字表記しなさいよ!」

「め、メタいですアイエフさん…」

 

烈火の如く怒るアイエフさんに、わたしは思わず後退り。……こ、この鋭い突っ込みも、アイエフさんである証明…。

 

「突っ込みで判断されるって、私はどこのアイドル親衛隊長よ!」

「地の文まで!?お、落ち着いて下さいアイエフさ「誰のせいで怒ってると思ってるのよッ!」ですよねっ!ごめんなさいっ!」

 

場を収めよう、とか反省した、とかじゃなく、単純にわたしはビビって頭を下げてしまった。しかもそれに続く様に、ユニちゃんとREDさんもぺこりとアイエフさんへと頭を下げる。わたしは見えないから理由は分からないけど…あ、アイエフさんに凄まれたのかな…。

 

「ったく…人の後をつけるだけでも失礼だってのに、偽者だと思った上辱めてくるなんて…流石に殴ろうかしら…」

「うっ…すいません、勘弁して下さい……」

「勘弁してほしかったら反省する事ね。……で、あんた達は何で私の後をつけて、偽者認定するに至ったのよ?」

「あ、えっと……」

 

最初から尾行がバレたら怒られるかなぁ…とは思っていたけれど、理由自体は別に隠す事でもなかったから包み隠さず答えるわたし。その間アイエフさんは黙って聞いていて……話終わると、一つ頷いて言った。

 

「…それ、尾行せずとも直接訊けばいいじゃない」

「言われてみると、確かに…」

「あのねぇ……ま、気持ちは分かるけどね。尾行って良い意味でドキドキするし」

「分かってもらえてよかったです…それでその、質問が…」

「あぁ、私が行く先々で嘘吐いてた事?」

「はい。アタシ達、それを不審に思った事が偽者認定のきっかけで…」

「そうだったのね。うーん…ま、見られちゃったし仕方ないわよね。…あれは噂を作ってたのよ」

『噂?』

 

わたし達三人は、噂を作ってた…という回答に揃って首を傾げる。それって…ど、どういう事?

 

「私達が陸路で旅をしてる理由は知ってるわよね?」

「えと、犯罪組織に気取られない為…でしたよね?」

「そうよ。でも考えてみて、私達は各国でシェア回復に努めてるのよ?目立つ行動をしてる…というか、シェア回復と旅の事を知ってもらう為に自ら目立ってるのに、気取られないも何もあると思う?」

「…そっか、陸路で移動しててもアタシ達の事はバレバレになっちゃうね」

「だから、嘘情報の噂を作ってたのよ。世間話をする体なら変に思われないし、色んな場所で話していればそのうち犯罪組織員の耳にも届くでしょ?それで犯罪組織が私達の動向を察知出来なくなれば御の字だし、嘘情報の通りに動いた時には私達は別の場所…って寸法よ。……あ、因みに話してた相手には後々嘘だったって伝えるわよ?」

 

その言葉を聞いて、わたし達はやっと納得がいった。アイエフさんが嘘を吐いていたのは本当だったけど、その対象は話してる相手じゃなくてその場にいる不特定多数の人だったなんて…でも、それってつまり……

 

「……じゃあ、アイエフさんは…わたし達が遊んでる間も仕事をしてた、って事ですか…?」

「…まぁ、そうなるわね」

「それって、イリゼさんやコンパさんもなんですか?」

「そうね。私と同じ事してる訳じゃないけど…役目があるって意味じゃ同じよ」

「…すいません、わたし達そんな事も知らずに遊んでて…」

「あー…知らないのは仕方ないわよ、言ってなかったんだもの」

 

知らぬ間に頑張ってくれていた、と分かったわたし達は意気消沈。アイエフさんはフォローしてくれるけど、ならいっか…と思える程わたしは単純じゃない。

 

「…教えてもらえなかったのは、アタシ達が実力不足だからですか?」

「違う違う。貴女達は戦闘でメインになるし、女神としてのプレッシャーもあるだろうから休みの時はゆっくり休んでほしいって私達が思ったのよ。イリゼはまぁ…立場が特殊だから別として。それに……やるにしたって、二人は自国以外に世間話の出来る知り合いはそんなにいないでしょ?」

「だったら、アタシは?アタシはなんで?」

「REDも理由は色々あるけど…敢えて言うなら、上手く嘘を吐けそうにないからよ。同じ理由でコンパも噂作りとは別の役目を担当してるから、気にする事はないわ」

「でも……」

「私達がそれでいいと思ってやってるんだからいいのよ。…私達にはシェア回復のメインも、強力な敵とのメインも、大局を動かす事も出来ない。それを私達の代わりに、貴女達女神二人はやってくれてるんだから、お互い様よ。私は自分には出来ない事を貴女達に任せてるんだから、その代わりにこういう事は任せなさい。…仲間なんだから」

 

そう言ってアイエフさんは、ぽふり…とわたしとユニちゃんの頭に手を置いてくれた。それを受けて、わたしは少し心が軽くなった様に感じる。…仲間なんだから、か……それは分かってた筈なのに、わたしもアイエフさんや皆さんを仲間だと思ってたのに、自分が『任せる』って考えに至れてなかったんだ……仲間って、難しいな…。

 

「…二人共、分かってくれた?」

「……無理してる訳じゃ、ないんですよね…?」

「当たり前よ。っていうか、私としては知り合いに会いに行くついでに役目もこなしてるって感じなんだから、無理も何もないわ。…それよりは、負い目を感じられる事の方が辛いわね」

「……っ…で、ですよね…あの!だったら…これからもわたし達、やれる事を頑張りますので…こういう事は宜しくお願いします!」

「えぇ、お願いされたわ。…じゃ、そろそろ出るとしましょ。こんな裏路地にいたってつまらないもの」

「はーい……って待って!アタシは頭にぽふっ、ってやってくれないの!?」

「あんたは大人なんだから我慢しなさい。それとも何?歳下扱いされたいの?」

「むー…アイエフの意地悪っ!」

「はいはい、ほら早く行くわよ」

 

こうして、今日わたし達はアイエフさんが何をしているかを知った。アイエフさん曰くイリゼさんやコンパさんもそれぞれ何かしてるらしいし、やっぱりその間わたし達は遊んでたり趣味に興じてたりしてたって事になるけど…わたしは、それは気にしないでおこうって決めた。だって、それは皆さんの好意だから。好意を無下にするなんてしたくないし、無理を言って同じ事をしようとしたってあの時みたいに足手まといになっちゃうんだから、出来ない事や必要ない事は我が儘を言ってやるよりも……わたしにしか出来ない事、皆さんに任されてる事を頑張る方がずっといい筈だもんね。




今回のパロディ解説

・人は見た目が100パーセント
漫画及びそのメディアミックス作品のタイトル、人は見た目が100パーセントの事。こう言いつつも、ユニはどう見ても美少女ですよね。胸だって別に貧乳ではないですし。

・ラーの鏡
ドラゴンクエストシリーズに登場するアイテムの一つの事。…そう言えば、化けてる訳ではない原作各作品の偽女神にこれ使ったらどうなるのでしょう?

・アイドル親衛隊長
銀魂のメインキャラ、志村新八の事。一応この台詞の直前の突っ込みで判断…というのと合わせれば、パロディとして成り立つと思います。…成り立ちますよね?


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第三十九話 意外な成果と再集合

リーンボックス教会に到着した日の翌日。チカさんに関する新着情報はなくて、それに対する一抹の不安を多少燻らせながらもわたしは皆と共にクエストを行った。

 

「…心なしかですけど、リーンボックスは他の国より雰囲気に不安さが感じられますね…」

「それは恐らく、リーンボックスには貴女やネプギアの様な候補生がいないからね。例え候補生でも、女神がいるのといないのとでは大違いよ」

「女神がいて、姿を見せてくれる…それだけでも意味があるんだよね、今の国の体制にとっては」

 

わたし達は今、クエスト完遂の報告を終えて帰る最中。一般の人には荷が重そうなクエストをこなして、道中何かあれば手を貸して、犯罪組織の噂があればそれを耳に挟んでおいて……そんな、芸能人の営業や政治家の選挙活動みたいな事をするのが各国でのわたし達の平常業務。それは、教祖さんときちんと話が出来ていなくても変わらない。

 

「…あれ?じゃあ、わたしやユニちゃんが自分の国から離れるのは不味いんじゃ…?」

「それは大丈夫よ。二人が旅の最中で、その中で人助けをしてるって事はもうそれなりに広まってるから」

「みたいだね。ほら、ネットでも話題になってるよ?」

 

そう言ってREDさんが見せてくれた携帯の画面には、『女神様の旅・2nd』というタイトルのスレッドが開かれていた。…こ、この旅スレのネタになってるんだ…。

 

「それはわたし知らなかったですぅ……って、あれ?ナースちゃんは今日もほんわかしてたなぁ…って、もしかしてわたしの事です…?」

「この面子の中でナースに該当するのはコンパだけだと思うよ?」

「で、ですよね……うぅ、なんだか恥ずかしくなってきたです…」

「げっ、よく見たら私の事らしきレスもあるじゃない…女神三人はともかく、私達まで個別に注目されるとは…」

「でもこれって人気者みたいで嬉しくなーい?アタシはもっと注目されてもいいかな〜」

 

わたしはお姉ちゃん達程じゃないものの、ネットで自分の名前を見つける事が時々あったから慣れてるけど…コンパさん達はそうじゃないからか、自分の名前がスレに出てくる度に一喜一憂していた。…わたしやユニちゃんが慣れない事に興味持ったり驚いたりしてる時って、こんな風なのかな……。

 

「えーと、気になるのは分かるけど…見るのは教会に戻ってからにしてくれないかな…?」

「あ……そ、そうね。悪かったわ…」

「別に悪いとは言わないよ。さ、明日も色々やるんだから早く帰って休息を────」

 

 

 

 

「みんなー!ボクの歌を聴けええぇぇぇぇ!」

『……?』

 

コンパさん達を窘めたイリゼさんが、歩き出そうとした瞬間……そんな声が聞こえてきた。

それぞれで不思議そうな顔をして、周りを見回すわたし達。それと同時に耳を澄ますと、どこからか演奏の様なものも聞こえてくる。これって、もしや……

 

「…ライブかな?これってライブだよね?」

「ですよね、わたしもそう思います。…聞こえてきてるのはあっちからかな…」

「言われてみるとそうかも…ねぇ、行ってみようよ!」

「え?…まぁ、行っちゃいけない理由は無いし、ご飯が遅くなっても構わないならいいと思うけど…」

「わたしもいいと思いますよ。音楽を聴くのは身体を休めるのにも効果的ですから」

 

いつもの様にREDさんが興味を持って、駄目な理由や反対意見が出てこなかった事でライブを観に行く事に決定。折角見るなら早く行こう…という事で、わたし達は会場がありそうな方へ小走りで移動する。…にしても、ライブかぁ…一体どんな人が、どんなライブをしてるんだろう…?

 

 

 

 

「今日はこんなに集まってくれてありがとう!皆の為にドンドン歌うよ!次のナンバーは…とっておきの、この曲だっ!」

 

シンガーさんの言うとっておきの曲が始まったのは、丁度わたし達がステージの見える距離にまで来た時だった。正に絶好のタイミング、という事でわたし達は早速気持ちを落ち着けて(曲調は静かな感じじゃないけど)歌に耳を傾ける。

 

「わあ…素敵な曲…」

「はい、皆も聴き入っているですね」

 

ステージの上で歌っているのは、青のストレートヘアーにルビーみたいな色合いの瞳を持った女の人。左目下の泣き黒子が特徴的なその人は……って、あれれ?

 

「…あの人、どっかで見た事ある様な……」

「アンタも?…アタシも最近…じゃないけど、そこはかとなく見覚えがあるのよね。…シンガーだし、テレビでかしら…」

 

間違いなくあの人とは初対面だけど…何故か既視感が感じられた。しかもそれはわたしとユニちゃんだけじゃないみたいで、イリゼさん達も気になる様子で首を傾げたり頬に指を当てて疑問を表現している。…何だろう、いつの間にかわたし達はループ世界に入っちゃったとか…?

 

「うーん…ねぇケイブ、彼女ってメディア露出とかはしてるの?私達が誰も明白に分かってない以上、世界的シンガーではないと思うけど…って、こういう言い方はあの人に失礼だったわね…」

「あの子は怒りっぽい訳じゃないから大丈夫だと思うわ。で、質問に対しては…彼女の名前は5pb.。ラジオ活動はしてるけど、それ以外のメディア露出はあまりしてなかったと思うわ」

「ラジオじゃ顔が見える訳ないし、そうなると気のせい…になるのかなぁ…皆で揃って気のせいなんて釈然としないけど…」

「アタシはむしろこの会話の方が釈然としないかなー、アタシはそんなに見覚えないもん。それより今はライブを楽しもうよ!」

「…そうだね。気にはなるけど…それを考えててライブを楽しめなくなるのも勿体無いし、この事は保留にしよっか」

 

……という事で、この話は一度打ち切りに。打ち切りにしたからって気にならなくなる訳じゃないけど、それよりもすぐに『この歌を聞き逃したら勿体ない』って気持ちが上回って、わたし達は歌を聴く事に熱中していく。

そうして聴く事約十分。

 

「あー、この曲もいいなー。アタシ、すっかりファンになっちゃったよー!これはあの子も嫁候補決定だね!」

「どんどん増えるわね嫁候補……ん?あれは…」

「どうしたですか?あいちゃん」

「…ちょっと嫌なもの見つけちゃってね、ほら」

 

皆で楽しく聞いていた中、突然気落ちしてしまったアイエフさん。それにいち早く気付いたコンパさんが声をかけると、アイエフさんはライブ会場の横…道路の植木の辺りを指差した。そしてその指差してる方向を見てみると、そこには……下っ端がいた。

 

「…なんともまぁこの場に似つかわしくない人が……」

「アイツがライブを楽しんでるとは思えませんし、むしろ何か企んでる可能性が高いですね。…狙撃しちゃいます?」

「そ、それはまだ早いよユニちゃん…でも企んでる可能性は確かにあるし、声はかけた方がいいのかも…」

「そうね、ならネプギア行ってらっしゃい」

「うん。……え、わたし?」

「言い出しっぺの法則よ。言葉には責任を持つのが当たり前よね?」

「言い出しっぺの法則と責任持つのとは別でしょ……ど、どう思いますか皆さん…って、えぇー……」

 

なんだかズルい理由で行かされそうになったわたしは、助け船を求めて皆に意見を……求めようと思ったのに、いつの間にか全員『よし、任せたよネプギア!』…みたいな表情をしていた。う、うぅ…もしわたし一人で行って何かあったらどうするんですか!相手はあの……って、下っ端だった…。

 

「こんなのがまかり通ったら、誰も意見言えなくなるよ…」

「言い出しっぺ一人に任せるには荷が重過ぎる、って時にはきちんと皆でやるから大丈夫だよ。ふぁいと、ネプギア」

「わたしはそういう応援よりも戦力的な意味の応援の方が欲しいですよ…はぁ、行ってきます…」

 

とぼとぼ…なんて擬音が出てきそうな位肩を落としながら、わたしは下っ端の下へ。普通に話しかけてもまともに話してくれないだろうなぁ…という事で背後に回る。

 

「…あの、何してるんですか?」

「んぁ?…別に何もしてねェよ、強いて言えば休憩だけどな」

「休憩…お仕事の最中だったんですか?」

「あァ、尊敬する上司に頼まれた、重要な仕事をな」

(重要な仕事……?)

 

気を抜いていてわたしだって気付かないのか、下っ端はライブの方を見ながら返答してくる。それに一瞬わたしは「わたしが機械要素以外だとキャラ薄いから覚えられてないのかな…」と思ったけど……そんな事より、これはチャンスじゃないかと気付いた。…上手く会話を弾ませれば、その仕事について分かるかも…!

 

「重要な仕事を頼まれるなんて、下……こほん、貴女は期待されてるんですね」

「へへっ、当たり前だ。何せアタイは優秀だからな!この前なんか必死こいて追いかけてきた女神共を上手く撒いてやったんだぜ?」

「へ、へぇ…それは凄いですね…(ルウィーの件だよね、それ…必死こいてって……)」

「そうそうアタイは凄いんだよ。でもどいつもこいつもアタイは態度が悪いだの社会性が無いだの言って、まるで能力を評価しやしねェ。…それをしてくれるのは、トリッ…ごほん、上司だけなんだ。…アンタはどうなんだよ?アンタも性格と能力の評価を切り離せねェ輩か?」

「え?そ、それは…えっと……わ、わたしはさっき言った通り、貴女を凄いなぁと思ってたり…」

「だよな!いやー、あの人以外にも分かってくれる奴に会えるとは幸運だぜ!呑気にライブなんか観てる奴等ばっかりで気が滅入ってたけど、息抜きにここまで来たのは正解だったな!」

「そ、それは良かったですね…」

 

正直なところ、なら性格を直せばいいんじゃ…と思ったけど、折角上手く話を進められているんだからと考えて同意を示したわたし。すると、声だけで分かる位に下っ端はご機嫌になった。

 

「ほんと良かったぜ!さーて、そんじゃ仕事も頑張るとすっかな……っとそうだ、アンタ見込みがあるからこれ渡しておいてやるぜ!」

「あ、ありがとうございま……あ…!(不味いバレる…!)」

「これはなぁ、マジパネェへの推薦書だ!これ持って書いてある場所にくれば、アタイの名前できっとアンタも所属出来る!犯罪組織マジェコンヌはいつでもウェルカムだかな!それじゃあばよ!」

「……え、えぇー…」

 

くるりと振り返り、下っ端はわたしに書類を握らせて走り去っていった。……わたしが女神候補生・ネプギアだって事に気付かぬまま。

 

(…バレずに済んだのは良かったけど……な、なんか釈然としない…)

 

もう日も落ちて、しかも丁度わたしが立っていたのは植木の影になるところだったから顔がよく見えなかったのかもしれないけど…わたしの脳裏によぎってしまうのはやはり、顔を覚えられていないという可能性。…やっぱりお姉ちゃんみたいにはっちゃけたり、イリゼさんみたいに時々口調が変わったりした方がいいのかな…。

そんな事を考えながら皆の下に戻ったわたし。取り敢えず話した内容を報告しようかな……と思っていたら、皆は半眼でわたしを見ていた。

 

「……?…あの、皆さんなにか…?」

「何か?…ってアンタねぇ…犯罪組織の構成員を普通に見送ってどうするのよ!」

「あ……あぁぁっ!」

 

ユニちゃんに言われてわたしは愕然とする。……わ、忘れてた…シンプルに忘れてたぁぁ…。

 

「ぎ、ギアちゃんはうっかりさんですね…」

「何もせずに帰らせた、と捉えればまぁ…私は彼女の事を何も知らないけれど」

「すいません…肯定的な捉え方させちゃう位のうっかりをしちゃってすいません…」

「ほんとよ…アンタこれじゃほんとにただ話しただけじゃない」

「うぅ…で、でも情報は引き出せたよ?下っ端は重要な仕事を任されてるって言ってたもん」

「あら、それなら確かに成果も……って、なら尚更見送っちゃ駄目でしょうが!重要な仕事なのよ!?」

「うぅっ、考えてみたらその通りだった…」

 

結構な剣幕で怒るユニちゃんに、わたしはユニちゃんの言う通りって事もあって言い返せない。せめてまだ下っ端が見える距離にいたなら「それより追わないと!」って事で有耶無耶になってくれたかもしれないけど、それは無い物ねだりというもの。……しょんぼりだよ、わたし…。

そのままわたしは怒られるのかな…と思っていたけど、そこでイリゼさんがわたしへ擁護をかけてくれる。

 

「まぁまぁユニ、それ位にしてあげなよ。ネプギアは確かに失態を犯しちゃった訳だけど、雰囲気作って上手い事ネプギア一人に任せた私達にも問題があるんだからさ」

「それは、そうですけど…」

「反省してる相手に言い過ぎるのはよくないよ。……で、ネプギア。その手に持ってる紙はなんなの?さっき下っ端から貰ったみたいだけど…」

「あ…はい。話の流れでご機嫌になった下っ端がくれたんです」

「へぇ、なになに……ってこれ、なんか犯罪組織への紹介状っぽいんだけど…」

「あはは、下っ端もそんな感じの事言ってました…」

「あのねぇ……女神が犯罪組織に勧誘されるなんて前代未聞にも程があるわよ!アンタ馬鹿ぁ!?」

 

今回のもう一つの成果、貰った推薦書(?)を見せた結果またわたしはユニちゃんに怒られてしまった。さっきは擁護してくれたイリゼさんも、「これに関しては擁護出来ないかなぁ…」といった様子で苦笑いを浮かべるだけ。ここまでくるとわたしも、言い出しっぺの法則なんて適当な理由で向かわせたくせに…って気持ちが湧いてきて、その気持ちを込めて反論を……しようとした瞬間、イリゼさんの手元の書類を見ていたケイブさんがちょっといいかしら…と声を上げた。

 

「…なんですか?」

「一つ確認なのだけど、貴女は勧誘という形でこの書類を渡されたのよね?」

「は、はい…そうですけど…」

「なら…ここを見て」

 

わたしとユニちゃんの間を割って入ったケイブさんは、イリゼさんから受け取った書類の一部…地図がプリントされた所を指差した。当然わたし達二人は勿論、他の皆さんも急にどうしたんだろうと思ってケイブさんと地図に注目する。

 

「言うまでもなくこれは犯罪組織の支部なり派出所なりの案内図だと思うわ。そして、ここはリーンボックスの生活圏外に位置しているの」

「生活圏外?じゃあ、アタシ達みたいにモンスターと正面から戦える位じゃないと行くのも大変じゃん」

「そうなるわね。下っ端は犯罪組織の裏側の人間だし、同じく裏側の人間が使ってる場所なんじゃないかしら」

「…そして、ここは教会がまだ認知してなかった場所よ。……お手柄ね。教会の人間としてお礼を言うわ、ネプギア」

「え……お、お手柄?」

 

ケイブさんは小さな笑みを浮かべてそう言った。わたしは手柄を上げて、感謝をされた訳だけど……こんな形で成果が出るとは微塵も思っていなかったから喜びや安心感より意外に思う気持ちの方が強過ぎて、言われてから数秒はきょとーんとしか出来なかった。

そんなこんなで終わった、ライブの最中の出来事。…それにしても…振り向いた時の下っ端、これまで見た事無い程いい笑顔をしてたなぁ…。

 

 

 

 

……因みに、

 

「…………」

「……?」

「…………」

「えと…ユニちゃん?」

「…わ、悪かったわね……」

「へ?…悪かったって…何が?」

「せ…成果上げてた事にも気付かず好き勝手言って責めた事よ!それを悪かったって謝ってんのよ!そんだけ!」

「あ…う、うん……」

 

帰り際、わたしはユニちゃんに荒々しく謝られた。…謝る時はしおらしくなれ、なんて言う気は無いけど……その圧は何かおかしいよ、ユニちゃん…。

 

 

 

 

ライブが終わって教会へと帰った私達は、その日のうちに事実上の教祖代行であるイヴォワールさん(そういえば、私が初めてリーンボックスに来た時も教会代行してたっけ…)に書類とその地図の事を話した。ケイブの見立てでは未確認だったその場所はイヴォワールさんもやはり知らず、そこが完全に私達教会(女神)側の目を欺いている場所だという事が判明した時点で私達の翌日の行動が決定した。──そう、施設の潜入及び調査である。

 

「棚から牡丹餅、とは正にこの様な事を言うのでしょうな。…認知してない犯罪組織の施設があった事は、喜ばしい事とは言えませんが…」

「元々犯罪組織の保有施設を全て把握出来てた訳でもないですし、喜ばしい事と言えると思いますよ」

 

教会前で集合し、とある時間を待つ私達。幸いにも偽チカさんはもう出かけていたから、私達はこうして教会前での集合が出来ていた。

 

「今回もまた、機動兵器の生産工場なんでしょうか…」

「どうだろうね。でも今まで私達に気付かれてなかった以上、強い情報統制が敷かれている重要施設である可能性は高いと思うよ」

「残念だったわね、ネプギア」

「べ、別に工場である事を期待してた訳じゃないよ…でもまさか、そんな施設を下っ端が知ってるなんて…」

「もしかしたら、下っ端さんは下っ端じゃないのかもですね…」

「そういえばリーダー的仕事をしてた事もあったわね…あの言動でリーダーが務まるのか怪しいけど」

 

色々な事情から見逃してるか監視だけに留めているかが大半だけど……教会は多く(恐らくは過半数)の犯罪組織所有施設を認知している。でも犯罪組織側で情報統制や徹底的な秘匿をされてる場合までは把握出来ないし、国の中心機関である教会ですら把握出来ない場所は十中八九放置しておけない施設と見て間違いない。だからすぐに対処に動こうとしてる訳だけど…考えてみれば、確かにこんな施設を下っ端が知ってるって事は下っ端が単なる下っ端ではない証明になるよね。それを顔もよく確認してない相手に教えちゃうのは迂闊としか言えないけど。

 

「ごめーん!待ったー?」

「今来たところ…じゃないけど、遅刻じゃないからセーフだよRED」

「ふぅ、良かったぁ…」

「じゃあ、時間まで後数分だね」

「……えーっと…イリゼさん。面子はもう揃ってますし、今すぐ出発してもよいのでは?」

「ううん、まだ駄目だよ。何せまだ揃ってないからね」

『……?』

 

ケイブ含めた現パーティーの中で最後に現れたのはRED。待ち合わせ場所にやってきた彼氏みたいな言動についてはまあ流して、時間を確認。そこでユニがそんな質問をしてきたから……私は曖昧な笑みを浮かべて深みのある言葉で返す。すると二人は予想通り、不思議そうな表情を見せてくれた。

 

「にしても、ほんとに割と早いわね。陸路と空路の違いはあるけど」

「それは二人にとってもネプギア達にとってもいい事じゃない?…カタルシスはあんまりないけどね」

「二人?わたし達?なんの事ですか?」

「それは……丁度時間だし、あっちを見れば分かる事だよ」

 

再び私が時間を確認すると、携帯端末の時計は丁度伝えられていた時間を示していた。だから私がもったいつけながら、教会へと繋がる大通りを手で指し示すと……

 

「……あ…ネプギア、ちゃん…!」

「ふふーん、わたしとロムちゃんがきてあげたわよ!」

「……!ロムちゃん!ラムちゃん!」

 

────ぱたぱたと足音を立てながら、こちらへとやってくるロムちゃんとラムちゃんの姿がそこにはあった。

名前を呼ばれたネプギアは勿論、ユニも突然二人がやってきた事に目を丸くする。…ふふっ、これなら二人にだけ昨日ルウィーから連絡がきた事を教えなかった甲斐があるね。

 

「ネプギアちゃん…わたしも、ラムちゃんも、ちゃんと準備…してきたよ」

「うん。二人がきてくれるの待ってたよ」

「せんこーてーさつごくろーさまね、二人共」

「相変わらず生意気ね、アンタは…まあこんな短い間に変わってたら変だけど」

「ふぅ…お待たせしました、皆さん」

 

嬉しそうに顔をほころばせるネプギア&ロムちゃんと、皮肉っぽい言葉を交わすユニ&ラムちゃん。そんな女神候補生四人のやり取りを私達が微笑ましく思っていると、二人に遅れる形でフィナンシェさん(付き人兼道中の保護者)も私達の元へやってくる。

 

「フィナンシェさんもご苦労様ですぅ」

「いえいえ、これは侍従の仕事の範疇ですから。…ところで、そちらの方は…?」

「リーンボックス特命課のケイブよ。今は諸事情で彼女達と行動を共にしているの」

「そうなんですね。では、お二人の事宜しくお願いします」

「はい、任されました」

 

フィナンシェさんの侍従らしい綺麗なお辞儀を受けた私達は、しっかりと頷いて返答を述べる。…うちの女神さまを、というのが一番なんだろうけど…この場合は、「色々ご迷惑をおかけするかもしれませんが…」という意図もあるんだろうなぁ…。

そのやり取りの後、二人の方へ向き直るフィナンシェさん。

 

「…ロム様、ラム様。皆さんがしているのも、これからお二人が行うのも女神としての責務であり、とてもとても大事な事です。きちんとやらなくてはいけませんよ?」

「そんなの言われなくてもわかってるわ」

「おねえちゃんの為にも、わたしたち…がんばる…!」

「そうそう、フィナンシェちゃんもわたしたちのかつやくを期待しててよね!」

「ふふっ、元気の良い返事を聞けてよかったです。では最後に、ミナ様との約束は覚えていますか?」

 

やっぱり二人は国の指導者候補、ではなく庇護対象として見られてる面が強いのか、ミナさんと何やら約束をしてきたらしい。きっと夜更かしはしないとか、どこか行きたい時は私達に行く場所を伝えるとかなんだろうなぁ…。

 

「えっと…毎日ぎゅうにゅうをのむ、と…」

「おへやを片付ける、と…」

『…あいさつを忘れない?』

「あ、そういう約束してたんだ…フィナンシェさん、私達もその約束守れるように注意をしておきますので、どうぞご安心を……って、いやそれ界堂親子の約束じゃなかった!?え、何!?ミナさんって実はあの人だったの!?」

「あ、あはは…二人共約束間違えてますね…」

「で、ですよね…びっくりした……」

 

どうやら二人の言った事は偶々合致してしまっただけらしく、フィナンシェさんの訂正を受けて私は一安心。……候補生四人だけじゃなくてタツノコレジェンズにまで協力してもらわなきゃいけなくなるとか無茶過ぎる…(なんて私が思ってる間に改めて二人は約束を言い、今度はきちんと言い当てていた)。

 

「…それでは、わたしはルウィーに戻りますね。皆さんもお気を付けて」

「あれ、フィナンシェは一人で帰るの?…大丈夫?」

「公共交通機関を使いますし、多分大丈夫ですよ」

「でも可愛い女の子を一人で帰らせるのは、アタシ的にちょっと不安……」

「──ならば、彼女の事は我等が送り届けよう」

『……!そ、その声は…!」

 

REDの不安の言葉を遮る様に後ろから聞こえてきた、男性の声。キャラが強烈過ぎて忘れようがない、その人の声に反応する私とアイエフ。そして振り向いた先には……あの兄弟がいた。

 

「げ……やっぱり…」

「……?誰?」

「僕達はリーンボックス教会でお世話になっている兄弟さ。身長に似合わぬ豊かな胸を持つお嬢さん」

「コンパ様、ケイブ様、そしてお嬢さん。フィナンシェの事はお任せを」

「……相っ変わらずね、こいつ等は…」

「わたし達、挨拶した方がいいのかな?」

「止めときましょ、碌な反応しないわよこの二人は」

「そ、そうだね…(わたしは多分可もなく不可もない反応されると思うけど…黙っておこう…)」

 

二人の登場で一気に私達はざわつき状態に。……勿論、良い意味でのざわつきじゃないけど。

 

「…貴方達、ちゃんと彼女を送ってくれるの?」

「当然ですケイブ様。皆様の代わりである以上下手な仕事など出来るはずもありませんし、それに…」

「フィナンシェとはそこそこの付き合いだものね、兄者」

「ま、まぁご心配なさらずケイブさん。一応わたしは二人を信用していますから…」

「な、ならいいけど……」

 

…という事で、フィナンシェさんは兄弟を護衛に帰っていった。皆はその様子を不安そうに見ていたけど……私は、そんなに不安でもないかなぁと思っていた。…だって、二人とフィナンシェさんは友好的な関係の幼馴染みらしいからね。

 

「……こほん。それでは皆さんも、出発してはどうでしょう?」

「あ…そうですね。ロムちゃんラムちゃん、早速なんだけど…私達と一緒にお仕事、してくれるかな?」

「ふぇ……?…え、えと…そのおしごとは、ネプギアちゃんもするの…?」

「そうだよ。わたし、二人と一緒に行けたら心強いなぁ…」

「…なら、おしごとする…」

「ロムちゃんがそういうならわたしも……って、あ!前に言ってた、ヒーローは…ってのはこのことだったのね!いいわ、わたしたちが力をかしてあげようじゃない!」

「そう言ってもらえてよかったよ。……それじゃ、出発しようか」

 

思ったより話が盛り上がったり脱線したりしてしまったけど……私達の目的は、発覚した施設の調査に変わりない。だから私は一拍置く事で気持ちを切り替え、皆と共に地図に示されたその場所へと向かうのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜ボクの歌を聴けええぇぇぇぇ!」
マクロス7の主人公、熱気バサラ又はマクロスFrontierのヒロインの一人、シェリル・ノームの代名詞的台詞のパロディ。きっとこの後はアップテンポな曲だったんでしょう。

・アンタ馬鹿ぁ!?
エヴァンゲリオンシリーズのヒロインの一人、惣流・アスカ・ラングレーの代名詞的台詞の一つのパロディ。女神の中じゃユニが一番この台詞に合いそうな気がします。

・「〜〜毎日ぎゅうにゅうをのむ」「おへやを片付ける〜〜」『…あいさつを忘れない?』、界堂親子
infini-T Forceの主人公、界堂笑と父親界堂一道の事と二人が交わした約束の事。別に西沢ミナラスボス説を建てた訳じゃないです、単なるパロディネタなんです。

・タツノコレジェンズ
タツノコプロが1970年代に手がけた作品四つの主人公(ガッチャマン、ポリマー、キャシャーン、テッカマン)の総称の事。この四人が参戦したら心強過ぎますね、えぇ。


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第四十話 地下の探索

イリゼ達を見送ったイヴォワールは、職務に戻る為教会の中へと入っていった。既に全盛期と呼べる時期を過ぎた彼だが……守護女神も本物の教祖もおらず、女神候補生に至っては存在してすらいない今、全盛期を過ぎているといっても休んでなどはいられない…というのが彼の考えだった。

 

「イヴォワールさん、女神様達はどちらへ?」

「平常業務、ですぞ。他国の女神様とはいえ、このご時世にリーンボックスの治安の為に協力してくれるというのは助かりますなぁ」

「えぇ。今いる教祖が偽物な以上、こちらも動き辛いですからね」

「偽物?…はて、なんの事やら…」

「あ…すいません。先程出かけた奴は何の変哲もない教祖…でしたね」

 

今は偽物が出かけているとはいえ、いつ戻ってくるか分からない以上教会内で下手な会話をする訳にはいかない。些か今のは雑な誤魔化しだ…とイヴォワールは思ったが、考えてみればあのお粗末な演技の偽者ならば気付く事もないだろうとすぐに考え直した。

 

(……しかし、あの演技といい尻尾を出さない事といい、どうも不可解ですな。…この違和感が気にし過ぎなのか、それとも儂の経験がもたらす警鐘なのか……)

 

そんな事を考えながら、イヴォワールは事実上の教祖代行として、今日も職務を遂行する。

 

 

 

 

書類の地図に描かれていたのは、リーンボックスの生活圏からかなり離れた岩山の一角だった。私達にとっては「一応油断しないでおこっか」なんてゆるゆるに構えられた道中も一般人にとっては決死の道のりだし、やっぱりここは犯罪組織(裏側)の施設と見て間違いないらしい。…間違いないんだけど……

 

「……施設、見当たりませんね…」

 

近くの丘から見る限り、そこにあるのは岩山とまばらに生える草木だけだった。

 

「…ケイブ、確認だけど場所を間違えてたりは…」

「しないわ」

「だよね…ネプギアの話を聞く限りこの書類が偽物とは思えないし、ここにあってしかるべきなんだけど…」

 

そうは言っても見当たらないものは見当たらないんだよねぇ…と心の中で自己否定。……まさかどっかの空中艦宜しく、本当の場所は地上じゃなくて空!?…なんて思って見上げてみるけど、そこには天気のいい青空が広がっているだけ。

 

「…どうするです?」

「どうしよっか……」

「うーん…あ、もしかしてアタシの嫁にならないと見えない仕組みになってるとか?」

「その場合、REDは永遠に見えないわね」

「あっ……ほ、ほんとだどうしよう!?」

「多分そんな仕組みはないから大丈夫かと…それはともかく、REDさんの言うように何かしら見えなくなる仕掛けが使われてる可能性はあるんじゃないですか?」

 

例の如くREDによってギャグ調になりそうだった雰囲気を上手く修正したのはユニ。ユニの発言を受けた私は、『無い』ではなく『見えない』の方向性で思考を巡らせていく。

 

「…ネプギア、光学迷彩って実用化されてたっけ?」

「いえ、研究自体はされていますが…わたしの知る限り、施設を丸ごと隠せる光学迷彩なんて無かった筈です」

「じゃあ、科学じゃなくて魔法による隠蔽かな…ロムちゃんラムちゃん、何か分かる?」

「え?…あ、えと…それはない、と思う…」

「っていうか、そんなのあってもとおすぎてよくわかんないわよ」

「そ、そっか…うーん、なら近付いて確認をしたいところだけど…本当に隠蔽されてた場合、私達はのこのこと敵陣に足を踏み入れる事になるんだよね…」

「だったらここからでっかい魔法うってもいいけど?」

「そんな無差別爆撃みたいな事はしちゃ駄目だよ!しかもそれを言うのが最年少の子って尚駄目だよ!?」

 

アイエフやユニならキャラ的にもジョークだって分かるけど、ラムちゃんが言うと色んな意味で洒落にならない。…子供故の純粋さだよね?ブランの悪い面がもう影響及ぼしちゃってるとかじゃないよね?

 

「むぅ…じゃあどうするのよ」

「それは…まだ考え中」

「…流石に私も爆撃は賛成しかねるけど…取り敢えず動いてみるのは有りなんじゃないかしら。用心するのは大切だけど、このままじゃ時間の無駄になってしまうわ」

「そうね。慎重且つ大胆に、ってやつよ」

「…それもそっか…じゃ、それでいい?」

 

ケイブとアイエフのクールキャラ二人に進言された私は、私自身手詰まり状態だと思っていたところもあって皆に確認。そこで異論も反論も起こらなかったから、私達は丘から岩山へと移動した。

 

「…で、到着した訳だけど……施設が見えてきたりはしないね…」

「もう少し登ってみます?それか飛んで上から見てみるとか……にしても、やけに穴の多い岩山ですね」

「あ、ユニちゃんもそう思う?ここってウサギさんが住んでそうな穴がいっぱいあるよね」

「ウサギって…そんな事考えてたってしょうがないでしょ…」

「いや……ネプギアは結構いい着眼点かもしれないよ?」

『え?』

 

しゃがみ込んで小さい穴を覗いているネプギアに、ユニは呆れ気味だったけど…私はむしろ、可能性を感じた。……いや別に兎の可能性じゃないよ?

 

「私さっきね、冗談半分だけど地上じゃなくて空中に施設があるんじゃないかと思ったんだよ」

『は、はぁ……』

「まぁ当然そんな訳ないんだけどさ……空中はともかく、地中…地下ならあり得そうじゃない?」

『あ……!』

 

空中の事を言った時は二人に変な目で見られたけど、続いて地下の可能性を口にした時にはその目が驚きの色に染まっていた。ふふん、私だって思い付く時は思い付くんだよね。

その事を皆に話し、全員で岩山の穴を調べ始める私達。穴の数は一つや二つじゃないものの、私達だってそこそこの人数がいるし、何より出入り口として過不足なく使える穴となれば自然と選択肢は限られて……

 

「……あ!あったです!中に手を加えられてる穴があったです!」

 

──こうして無事、私達は施設への出入り口を見つける事が出来た。

 

「確かにこれならそう簡単には見つからないわね。…見つかり辛過ぎて、地図を渡されただけじゃ発見出来ない気もするけど」

「ひみつきち、みたい…(わくわく)」

「なんだか探検してみたい気持ちになるよね!よーし、中へレッツゴー!」

「じゃあわたしいっちばーん!」

「あ、ちょっ…ラムちゃんロムちゃんREDさーん!?」

 

コンパが見つけたのは、かなり奥まで続いている上所々に補強が見られる、正に秘匿施設の入り口っぽい穴だった。ほんとならここからは一層気を引き締めて、警戒しながら進まなきゃいけないところだけど…三名程好奇心に駆られて走って行っちゃったものだから、もう警戒もへったくれもない。

 

「これじゃ結局のこのこと敵陣に足を踏み入れる羽目になっちゃうじゃん…!」

「このパーティーは色々と大変そうね…」

 

三人を追って走る私達。三人が犯罪組織やモンスターに囲まれる事態になったり、地下で迷子になったり(当然ここは圏外だから電話は無理)したら一大事だと思って急ぐと……予想に反し、三人とはものの数十秒で合流する事が出来た。

 

「追いついたぁ…もう!犯罪組織の施設なんだから気を付けなきゃ駄目だよ!REDさんも二人と一緒に走っていかないで下さい!」

「う…ご、ごめんなさい…」

「嫁候補に怒られた…」

「三人共子供なんだから…で、なんで立ち止まってたのよ?何か気になるものでもあったの?」

「気になるっていうか……ほら」

 

腕を組みながらのアイエフに訊かれ、穴の先を指差すラム。そのジェスチャーに従い、私達が目を向けると──そこには、下方にマグマの流れる洞窟が広がっていた。

 

「これは……」

「こんな光景が広がってたら、アタシでも立ち止まっちゃうよ…」

「一から掘っていたのではなくて、元々あった洞窟を施設に利用した…という事ね。それなら時間がかかる筈の地下に施設を用意出来た事にも納得よ」

 

ドラゴンなクエストなら終盤に出てきそうな洞窟の大半は自然のままだけど、更にその奥には今度こそ基地らしき施設が見える。そんな洞窟を前にして、私達はシンプルに驚いたり、マグマを見てヒヤヒヤ(マグマは熱そうだけど)したり、冷静に状況から考察したりと三者三様の反応を見せる。そして、その十数秒後……

 

『……暑い…』

 

と、九者一様の感想に落ち着いた。特に雪国出身のロムちゃんラムちゃんは既に「もうやだ…」みたいな感じになっていた。……いやそりゃそうでしょ!だって下マグマ流れてるんだよ!?上手く表現出来ない薄ら寒さを感じるギョウカイ墓場と違ってここは普通の地下洞窟なんだよ!?当たり前でしょ!

 

「早速汗ばんできた…うぅ、長手袋張り付く…」

「イリゼちゃん、ここでゆっくりするのは身体に悪そうです…」

「だね…あそこが犯罪組織の施設っぽいし、あっちに移動しようか。恐らくあの中なら空調も効いてるだろうしね」

「さんせーよ…だから早くいきましょ…」

「さんせー……(べたべた)」

 

穴を見つけた段階では元気一杯だったロムちゃんラムちゃんも、今では持久走大会後並みにぐったりな様子。という事で私達は次の目的地をさっさと決めて、さっさと歩き出した。……別に空調目当てで向かうんじゃないからね?

 

「こんな場所一般人が迷い込む訳ないし、カモフラージュ無しで入ったら即犯罪組織と交戦開始…ってなるかもしれないわね」

「それじゃあ、裏口とか探してみます?わたし裏口探すの得意ですよ?ジャンク屋って表は別のお店してて、裏口からじゃないとジャンク売り場の所に入れないパターンが時々ありますから」

「そ、そうなの…でもこんな所に裏口はないでしょ。緊急用の隠し通路はあるのかもしれないけど」

 

犯罪組織と洞窟に棲まうモンスターを警戒しながら施設へ向かって直進する事数分。何事もなく施設前へと辿り着いた私達は再びそこで足を止める。

 

「…入らないの……?」

「入るよ?入るけど……あれ、監視カメラだよね…?」

「その様ね。もう私達の存在は中に伝わってると思うわ」

「となると気付かれずに潜入するのは不可能、か…どうせ開けてくれる訳ないし、扉吹き飛ばす?」

「え…あの扉、鉄製ですよ…?」

「別にタックルで鍵壊そうってんじゃないわよ。高火力の魔法でも叩き込めば、鉄製だろうがどうとでもなるし」

 

熱さで気が立ってるのか、いつもより実力行使の判断が早いアイエフ。それを私やネプギア、コンパといった穏便派が例の如く反対しようとしたけど……そこでふと、思い付いた。

 

「…アイエフ、ちょっとあっちに向かって何か魔法放ってくれない?」

「あっちって…あの岩に向かって?」

「うん。この程度の扉じゃ軽々と壊される…って思える位のやつをね」

「…そういう事ね。いいわ」

 

私の含みを持たせた言い方だけで目的を理解してくれたアイエフは、私達から数歩離れた後に右手を指定した岩へ向けて…得意魔法の一つ、魔界粧・轟炎を放った。

放たれた炎の魔法は唸りを上げながら岩へと突進し、直撃と同時に爆音を上げて岩を火柱で包み込む。そして岩が炎によって焼かれる中、アイエフはゆっくりと手を降ろして監視カメラへと視線を送る。

 

「……ご覧の通り、こちらはやろうと思えばこの程度の扉、幾らでも吹き飛ばす事が出来ます。もし三十秒以内に扉が開かれる様子がない場合、問答無用で破壊させて頂きますので、ご了承を」

 

扉の前に立ち、私は監視カメラに目を向けてそう言った。……後ろから「イリゼちゃん、また悪の道を進んでるです…」って聞こえたけど気にしない。「…ああいう事も、立派な女神になる為には必要なのかな…」とか、「女神だって全知全能なんかじゃないもの、仕方ないわよ…」とかの残念そうな声がしてきたけど気にしちゃいけない。……き、気にしてないんだからねっ!ほんとだもん!

 

「三十秒かぁ…うーん、開けてくれると思う?」

「可能性は十分にあると思うわ。今のアイエフの魔法を見てそれでもアクションを起こさない様な輩なら、こういう秘匿施設に配属なんてされない筈だもの」

「言った身としては、開けてくれなきゃ困るんだけどね…後二十秒!」

 

問答無用で破壊…とは言ったけど、実際それをしたら中にいる人(特に扉付近の人)まで巻き込む事になるし、99%犯罪組織裏側の施設とはいえもしそれを知らない単なる信者がいた場合は、取り返しのつかない事態に発展してしまう。…それだけは、絶対に避けないと。

 

「……後十秒!」

『…………』

「……五、四、三、二、一──」

 

ギリギリまで迷っていたのか、少しでも抵抗を見せたかったのか。施設の扉が動き、ゆっくりと開き始めたのは残り一秒となった瞬間だった。

扉の解錠に一先ず私は安堵。さて、向こうは一触即発の雰囲気だろうし、今度は温和且つ下手に出た態度で話を……

 

「相手は女神だ!容赦せずに撃てッ!」

「これは予想以上の反応だよッ!?」

 

施設から顔を出したのは中にいた人……と銃火器&フルオート射撃という、大変熱烈な歓迎だった。あー、全くもって嬉しくない!

一番扉に近かった私は大きく跳び退き、アイエフとケイブはそれぞれロムちゃんとラムちゃんを抱えて全員退避。近くにあった窪みや岩の裏(さっきアイエフが焼いた物とは別)に一旦身を隠す。

 

「い、イリゼさん!あの人達戦う気満々ですよ!?」

「見れば分かるよ!…やっぱり不利益ちらつかせるより利益の提案した方が上手くいくのは当然だよね…」

「反省より今はなんとかしなきゃだよ!どーするの!?」

「話聞いてくれそうもないし、ここは力技で制圧する!先に撃ってきたとはいえ、こっちも脅迫まがいの事してて正当防衛の一言で片付けられる状況じゃなくなってるから、極力無力化だけに留めなきゃ駄目だよ!……脅迫まがいの事した私自身が言うのは大いに間違ってるけどさ!」

「アイツらそこそこ銃の撃ち方がなってますし、女神化無しでこの状況から無力化するのは一苦労ですよ!」

「……なら、ここは私に任せてくれないかしら?」

 

発砲音に負けない様大声でやり取りする私達。ユニの言う通り相手は訓練済みの様だし、ゆっくりしてるとどんどんここに相手が集まってきてしまうから私が女神化して先陣を……そう思っていたところで、ケイブが岩陰から離れた。

 

「ちょっ……ケイブ!?」

「丁度いい機会だから、私の実力を見せておくわ」

「じ、実力……?」

 

鋏の様な形状の武器を手に持ち、とんっと軽く地を蹴って走り出すケイブ。当然、それまで面制圧の様に放たれていた銃撃はケイブ一人に集中する。

今いる犯罪組織の人間が持つのは両手持ちの機関砲で、複数人によって作られる弾幕は、間違いなく常人を辞めたうちのパーティーメンバー(女神以外)でも無傷で突っ切る事は不可能。……不可能な、筈なのに…

 

「わ、凄い…あっという間に行っちゃったよ」

「嘘でしょ…ケイブさんには弾道予測線でも見えてるっての…?」

 

次々とケイブに迫る銃弾。しかしその全てがケイブを捉える事は叶わずに、地面や岩に当たって跳弾していく。スピード自体は速いものの、それはアイエフやマベちゃん、サイバーコネクトツーの様な高機動組ですら追随は不能…って程じゃなかった。なのにケイブは時に機敏に、時にひらひらと舞う様に動いて弾丸を躱し続けていた。

その明らかに非常識な光景に、目を丸くする私達。その間にもケイブは接近を続け……遂には銃火器を持つ人達の所まで到着してしまった。

 

「……っ…あ、あり得ねぇ…」

「残念だったわね」

 

鋏で銃を斬り裂き、持ち手と蹴りによる打撃でケイブはあっという間に扉前を制圧。ふぅ、と息を吐きながらこちらを向いた彼女は……偉業を成し遂げた直後とは思えない位に涼しい顔だった。

 

「こんなものよ。さ、先を急ぎましょ」

 

手に持つ鋏を降ろし、私達を手招きするケイブ。クール&ビューティー。この言葉がここまで似合う人がいるだろうか…なんて思う位、この瞬間のケイブは格好良かった。

そして……

 

『はぅ、すずしぃ…』

 

施設に入った瞬間、それまでぐったりだったロムちゃんラムちゃんが幸せそうな表情を浮かべる。それを「分かり易いなぁ…」みたいな目で見守る私達も、二人程あからさまな反応はしないものの、実際のところ軽く気を抜いてしまいそうになる位には施設内の涼しさに心安らいでいた。

 

「さて、無事に入れた訳だけど…ネプギア、アンタはなにしてるのよ?」

「あ、この人達も施設の中に入れておこうかなって。地面…っていうか岩盤まで外は熱を持ってるし、ずっとそんな所で倒れてたら脱水症状になっちゃうでしょ?」

「…アンタはほんとにお人好しね…だったらライフル以外の武器持ってないか確かめておきなさいよ?後でまた襲われちゃたまらないわ」

「分かってるって。よいしょっと」

 

ケイブに気絶させられた人達を施設内に引きずるネプギアと、そんなネプギアの様子を呆れながらも止めはしないユニ。候補生四人がそれぞれの行動を行う中、私達は今の状況に思考を巡らせていた。

 

「さて、侵入自体は出来たけど…こっから先も戦いは避けられない筈よ。素直に進むの?」

「進むしかないよ、前みたいに施設ごと爆破されたら洒落にならないし」

「ここの場合、下手すると洞窟自体が崩れて生き埋めですね…」

『…………』

 

コンパの恐ろしい…でも爆破された場合、十分にあり得る可能性にひやりとしたものを感じて数秒言葉を失う私達。……さ、さっきまでは暑かったのに…。

 

「…な、なんかわたし、余計な事言っちゃったです…?」

「だ、大丈夫よコンパ。…それよりイリゼ、極力無力化…ってなら、貴女がそれ相応に頑張ってくれるのよね?脅迫まがいの流れを作ったのは貴女なんだから」

「うっ……そ、そのつもりだよ…うん…」

「大変そうならアタシが援護してあげるよっ!」

 

最悪の展開を想像して数秒寒気がしたけど…幸い皆の士気は落ちていないし、ここはキラーマシンや大型モンスターを何体も用意出来る様な広さはなさそうだから、状況的にはまだまだ悲観する様なレベルではない。

双子が元気を取り戻し、ネプギアも運び終わったところを見計らって私は候補生を呼び、施設の調査(今はもう調査じゃなくて制圧になりそうだけど)を再開する。ここは一刻も早く対処しなきゃいけない場所だし、何より偶然とネプギアの機転が生んだ折角の機会なんだから…無駄にはしたくないよね。




今回のパロディ解説

・どっかの空中艦
デート・ア・ライブに登場するラタトスク機関の空中艦、フラクシナスの事。イリゼの例えは一巻序盤のシーンとなっておりますが…分かり辛かったかもしれません。

・ドラゴンなクエスト
ドラゴンクエストシリーズの事。マグマ(溶岩)があるダンジョンというと、ドラゴンクエストに限らず色んなRPGで終盤ですよね。やはり見るからして危険だからでしょうか。

・弾道予測線
ソードアート・オンラインシリーズに登場する、VRMMO内の要素の一つの事。原作では人だかりで力を発揮していましたが…きっとケイブならこんな事も出来る筈です。


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第四十一話 張り巡らされた策略

地下施設内を進む私達。私とネプギアで進路を塞ぐ銃撃を斬り払い、ユニが遠距離から武器破壊を行い、ロムちゃんとラムちゃんが通った後の通路を凍らせたり氷柱を配置したりして背後から撃たれる危険を潰していく。……はっきり言って、余裕綽々の進軍だった。

 

「あ、また退いていきました!」

「特攻紛いの接近戦仕掛けられるよりはずっといいよ!ロムちゃんラムちゃん、後ろは!?」

「ふふん、ごらんのとーりよ!」

「ごらんのとーり…!(かちこち)」

 

問いかけながら後ろを振り返ると、通路の床どころか壁も天井も凍りついていた。……普通の人は飛べないんだから床だけでいいのに…。

 

「…さっきから思ってたんだけど、これここから出る時大丈夫なの?一つ一つ解除したり壊したりしてたら凄い手間取るわよ?」

「ううん、そんなに長くもたないから…だいじょうぶ」

「魔法は込めた魔力が切れればかってに消えるのよ。ユニってばぜんぜん知らないのねー」

「ルウィー出身でもなければ魔法学んでる訳でもないんだから知らなくて当然でしょうが…」

「はいはいそこ剣呑な空気にならない。別の部隊が来る前に移動するよ」

 

二人に軽く仲裁を入れつつ、私達は移動を再開。ルウィーの時は地図を手に入れられたから行きたい場所へぱっぱと進めたけど、今回は地図も案内人も皆無だから勘で進むしかない。…ゲームみたいに自動でマッピング出来ればまだ楽なのになぁ……。

 

「うーん…嫁候補達の活躍を落ち着いて見られるのは嬉しいけど、アタシ達ほんと何にも役目ないね」

「はい。女神様が五人もいますし、ギアちゃんも旅に出てから少しずつ頼もしくなっていってるですからね」

「ネプギア達女神候補生が全員集まると多彩、ってのもあるんじゃない?ねぷ子達守護女神組はイリゼ含めても、皆実体武器による近接格闘がメインだし」

 

進軍中の戦いは私達女神だけで(双子は直接戦闘に参加してる訳じゃないから正確には私とネプギアとユニだけで)事足りてしまっている為手持ち無沙汰のコンパ達。正直アイエフの言葉に関しては多少反論したくもあったけど……私とネプテューヌ達で同じ状況だったら、と考えるとぶっちゃけ『一気に接近して無力化&追いつかれない様ハイスピードで移動』…という脳筋戦法しか取れない気がする。……悲しいね、皆。

 

「…にしても、やけに毎回退くのが早いわね…ルウィーで行なったっていう制圧作戦の時も、こんなものだったの?」

「いや、ルウィーの時はもう少し粘ってきたわよ?粘ったって言っても悪足掻きみたいなものだけど。……でも確かに、引き際が早過ぎるわね…」

「イリゼ達の戦い振りを見て怖気付いてるんじゃないかな?」

「それなら助かるけど…」

 

そうして進み続ける私達。ケイブの口にした事は確かに気になるけど…気になる事柄に対しての情報が少な過ぎる以上、私達に出来る事といえば油断しない事しかない。

そして数分後……

 

「……へっ、随分と遅かったじゃねェか」

「それでも想定よりは早いっちゅけどね」

『……!』

 

豪快に蹴り破った扉の先。そこにいたのは数十人規模の武装した人と……下っ端、それにワレチューだった。

 

「ね、ネズミさんです!?」

「久し振りっちゅね、コンパちゃん。……こんな形で再会するのは、オイラ残念でならないっちゅ…」

「ここにいるって事は、アンタも犯罪組織の一員だったって訳ね。ま、アタシにとってはアンタが敵だろうがどうだっていいんだけど」

「オイラだってお前の事なんかどうだっていいっちゅ、オイラの瞳に映る天使はコンパちゃんだけだっちゅ!」

「……え、えーと…」

「コンパ、無理に反応しようとしなくたって大丈夫よ」

「コンパも妙なのに好かれちゃったよね…」

 

元々好印象を抱いていた相手ではなかったけど…ワレチューが犯罪組織の一員だった事は少なからず驚きだった。…まぁ、私もユニと同じくだからどうって事もないんだけど。

それはさておき、犯罪組織は待ち伏せ…って程ではないものの、ここに本陣を敷いていたらしい。となると……

 

「…道中の抵抗が弱かったのは、ここで返り討ちにするのが本命の策だったから…って訳ね」

「みたいだね。…ケイブ、この人数相手でも入り口の時みたいに避けられる?」

「流石にこれじゃ無理ね。開けた場所ならまだ可能性もあるけど…」

「だったら、私達女神で蹴散らすしかないか…」

 

数人だろうと数十人だろうと普通の人間が相手なら勝ち目なんて幾らでもあるけど、犯罪組織構成員の落ち着きようからはどうも何か油断ならない空気を感じる。…向こうも数を揃えただけじゃ敵う訳ないの分かってる筈なのに、ここで待ってたって事は…戦力差を覆す、或いは私達に撤退を余儀なくさせる何かがあると見て間違いないよね。……その何かを見極める為に慎重にいくか、それとも一気に攻めて何かを使われる前に片を付けるか…さて、どうしようかな──。

 

「そこのネズミはよく知らないけど、とにかくぜーいん倒しちゃえばいいのよね?」

「せんて、ひっしょー…!」

「え、ちょっ……!?」

 

私が戦闘プランを立てようとした、まさにその時、後ろから唸りを上げて二つの竜巻が吹き抜けた。自然現象のそれと比べればごく小規模の、しかし攻撃としては十分な力を持ったその突風は、私同様「え、ちょっ……!?」みたいな反応をするので精一杯な犯罪組織集団へと直撃し、ある意味私がさっき言った通り蹴散らしていく。

しかも、それだけじゃない。

 

「アンタ達…でもこの状況なら一気呵成に仕掛けるのが得策ね。ネプギア!敵陣に潜り込めば相手はそう簡単に撃てないわ!」

「わ、分かった!ネプギア、いきます!」

「ちょ、ちょ…ちょっと!?」

 

ロムちゃんとラムちゃんの先制攻撃で陣形が崩れ、相手に動揺が生まれたのをチャンスと見たユニも攻撃を選択。更にユニはネプギアへ指示の意図を込めたアドバイスを飛ばし、ネプギアがそれを受け取った事で戦況は女神候補生全員が一気に攻め込むという形となった。

 

「なっ!?こ、こういう場合普通先制攻撃はアタイ達側がするもんだろ!」

「そうっちゅ!先制攻撃なんて体制側、それもトップクラスがするものじゃないっちゅよ!」

「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすのよ!残念だったわね!」

「あぁ!?なんだてめェ、こっちにネズミがいるからって動物の諺を出しやがって…」

「言い返してる場合じゃないだろリンダ!お前も早く戦いに……ぐへぇっ!…やっぱ女神超強ぇ……」

 

M.P.B.Lを手放し、素手で敵陣の中から相手を倒していくネプギアによって下っ端に怒号を飛ばしていた一人が殴り倒される。こちらではユニが足元を銃撃する事で集団を混乱させ続け、ロムちゃんとラムちゃんは魔法をぶつけてなぎ倒していく。……期せずして、ネプギア達は私の考えていた選択肢の一つ、一気に攻めるという策を取っていた。その始まりは『敵を全員倒せば万事解決』という短絡的思考で動いたロムちゃんとラムちゃんによるものだし、ネプギアとユニも状況に際して行動を選んだとはいえ犯罪組織が用意していたであろう隠し球の事を気を付けているのかどうかは微妙なところ。早い話が今の四人は、些か軽率な判断をしてしまってるという事だけど……

 

「ふぅ…さぁ、もうこれで勝ち目はない事が分かった筈です!観念して下さい!」

「ちゅ、ちゅぅぅ…候補生が全員揃ってるとかズルいっちゅ……」

 

──その結果私達は全員ほぼ無傷、対して犯罪組織は大半の人が床で伸びてるか膝をついてるという状況になると、四人が軽率なんじゃなくて私が小難しく考え過ぎてただけなんじゃないかと思っちゃうんだよね…。

 

 

 

 

殺したり大怪我させたりせずに戦うのには不向き、という事で手放していたM.P.B.Lを拾い上げて、下っ端達に銃口と切っ先を向ける。……油断は、しません。

 

「あっとーてきね、わたしのパーティーは!」

「わたし達の、でしょ。アタシはラムの軍門に下ったつもりはないわよ」

「いちいちうるさいわねユニは…それで残りはどうするのよ?凍らせちゃう?」

「だからそういう物騒なのはNGだよ…で、ですよね?」

 

ラムちゃんの過激な発言を窘めつつ、イリゼさんに確認を取ろうと後ろを振り返ったら……イリゼさんはなんだか凄く複雑そうな表情だった。…………?

 

「あ……こ、こほん…四人共ご苦労様。まさか私の出る幕がないとはね」

「流石に相手は普通の人ですからね。それにユニちゃんの言った通り、潜り込んだら殆ど撃たれませんでしたし」

「この人たちなら、わたしとラムちゃんでも十分…」

「な、なーにが十分だ!調子乗んなよガキが!」

「……強がり?」

「ち、違ェし!全然違ェからなッ!」

((どう見ても強がり(だ・です・ね)…))

 

わたしも虚勢かなぁ…とは思ってたけど、思った以上に虚勢だった。……でも、まだ諦めてはいないみたいで、「お、おい…もう少し必要だろ…」とか「お、お前がやれよお前が…」みたいな会話が犯罪組織側から聞こえてくる。

 

「何の話だかは知らないけど…投降しないんだったら、アンタ達もグロッキーな他の奴等と同じ目に遭わせるわよ?」

「ま…待て待て!お前等今の人数で戦闘続行したらお前等のリンチになるだろ!女神がそれでいいのかよ!」

「あ、じゃあアタシ達は手を出さない事にするね」

「それならわたしもギアちゃん達の為にお茶淹れておくですぅ」

「こ、コンパちゃんの淹れるお茶…!?」

「お前はさっきから何なんだよ!?あーくそ!ってかそもそもなんでお前等ここを知ってんだよ!」

 

どんどん慌てた様子になっていく下っ端。そんな下っ端が、ちょっと今更感のある質問を飛ばした瞬間……パーティーメンバー全員の目がわたしに向いた。…これって…わたしが理由なんだから、言うのもわたしがしろって事かな…?

 

「……えっと、言っても傷付きませんか?」

「傷付く?よく分かんねェ事言ってないでさっさと話せっての!」

「それなら、じゃあ……」

「……ん?なんだその紙」

「貴女に貰った紙ですよ?」

「アタイに?てめェ何言って…………あ……あぁぁっ!?」

『……?』

 

わたしが取り出したのは例の紙。殆どの犯罪組織員の人はこの紙を見てもイマイチピンときてない様子だったけど……予想通り、下っ端は全てを理解した様に目を見開いて大声を上げた。…まぁ、それはそうだよね。攻め込まれた理由が自分のミスだなんて分かったら、誰でもそういう反応を──

 

「……騙してたのか、てめェッ!」

「へ……?」

「てめェ、あん時アタイに合わせるフリして騙してたのか!ふ、ふざけんな!ふざけんなよ!」

「い、いや…確かに合わせてはいたけど、あれは騙してたっていうよりそっちが気付かず話を進めただけ……」

「黙れ!アタイは、アタイは分かってくれる奴が出来たと思ったのに…クソがッ!」

「ちゅっ!?ど、どこ行くっちゅか!?」

 

その瞬間、これまで以上に下っ端の感情が露わになった。……けど、露わになったのは驚きでも狼狽でもなく、怒りの感情だった。その反応に、わたしは…わたし達は数秒言葉を失う。

一人仲間から離れて、後ろの扉から出ていく下っ端。呆気に取られていたわたし達はそれを許してしまい、少し遅れて追わなきゃ…って考えに至ったけど、それよりも前に下っ端は戻ってきた。────とある、人物を連れて。

 

「痛た……ちょっと、人質ならもう少し丁重に扱いなさいよ」

『ち、チカ(さん)!?』

「あ……あーうん、そういう事ね。だからアタクシを引っ張り出してきた訳ね」

「何全てを察したみたいな反応してんだよ!」

「全てを察したからだけど?」

 

連れてこられたのは、両手を後ろに回した(こっちからは見えないけど多分拘束されてる)教祖、チカさんだった。…まさか、チカさんが捕まってたのはここだったなんて…。

 

「これは思わぬ展開ね…でも、無事でよかったわ」

「あら、ケイブ?他にも見慣れない人がいるけど…どうして貴女が?」

「色々あって今は彼女達に同行してるんです。今助けますから、もう少しお待ちを」

「助ける?はっ、何呑気な事言ってんだ…動くんじゃねェぞ!」

「ちっ……」

 

本物らしきチカさんと会えて安堵したわたし達だったけど…その空気は下っ端が仲間から借りた拳銃をチカさんに向けた事でかき消される。

 

「とうとう人質なんて下衆な手段使ってきたわね…」

「可愛い女の子を人質になんて…!」

「(あ、ケイブさんと同じ様に大人っぽい外見のチカさんも、REDさんにかかれば『可愛い女の子』なんだ…)チカさんを離して下さい!さもないと…」

「立場分かってんのかてめェは!ふん、こうなったのもてめェがアタイを馬鹿にしたからだからな!」

「そ、そんな……」

 

幾ら女神でも、人質が銃口を当てられている状況じゃ動く訳にはいかない。お姉ちゃんやイリゼさんレベルなら、下っ端の反応出来ない速度で動けるのかもしれないけど……それだって、下っ端に攻撃するかチカさんを引っ張った瞬間の衝撃で引き金を引かれるかもしれない以上、やっぱり動けない。折角追い詰めたのに、最後の最後でこんな事になるなんて……。

 

「やっと立場再逆転だぜ。さっきの段階で投降の余地なんか与えねェで、さっさとアタイ達を倒していればよかったな!」

「人質使ってるくせにデカい態度取って……アンタ覚悟してなさいよ!」

「へいへい覚悟してますよー。…あぁそうだ、どうせ引き上げさせるつもりらしいから教えておいてやるぜ。…てめェ等が教祖だと思って接してたのは……このアタイなんだよ!」

『……あー…』

「いやもっとここは驚けよ!?なに軽く納得した感じの反応してんだ!」

 

下っ端は自慢げに暴露したけど……下っ端の言う通り、わたし達はそれを言われても軽く納得するだけだった。…いや、だって偽者なのは分かってたし…下っ端がやってた、ってなっても「言われてみればそんな感じだなぁ」としか思えないし…。

 

「……あんた、よくあの演技で堂々と言えるわね。私なら恥ずかしくて言えないわ」

「うっせェ!アタイはあれでいいんだよ!むしろアレがいいんだよ!」

「ど、どういう事です…?」

「へっ、やっぱり気付いてねェのか…なら耳かっぽじってよーく聞きな!あの変装はスパイ行為の為の変装じゃなくて、偽者だってバレる為の変装なんだよ!今度こそ驚きやがれ!」

『な……ッ!?』

『……え?』

 

よっぽどわたし達を動揺させたいのか、再び…しかも今度はよく分からない言い回しで暴露する下っ端。けど……わたしには、その意味が全く分からなかった。バレる為の変装って…何の意味が?

その後、分かってないのはわたしだけなのかな…と不安になって見回したら、ユニちゃんやロムちゃん、ラムちゃんにコンパさんとREDさんはわたし同様小首を傾げて不思議そうな顔をしていたけれど、そんなわたし達とは対照的にイリゼさん、アイエフさん、ケイブさんは驚きと悔しさを混じらせた様な表情を浮かべていた。

 

「やられた…完全に盲点だったわ…」

「あの半端な演技を策に組み込むなんて…」

「…あ、あの…今の言葉の意味、分かったんですか…?」

「…上手く敵を罠に嵌める手段の一つだよ。敵を罠に嵌めたい時には分かり辛い罠と一緒に分かり易い罠も用意する、って手があるんだけど…何故か分かる?」

「えっと、それは……」

「人間の心理をつく為、だよ。人は分かり易い罠を見つけると、その時点で安心して『もう罠は無いだろうな』とか『この程度の罠なら全部回避出来るなら』考えちゃうからその後の罠に不用心になる。で、そこに元から分かり辛い様な罠がきたら……」

「分からずに嵌まってしまう…って事ですか…」

 

イリゼさんに聞いた事で、わたし達も下っ端の言葉の意味を理解した。今回は罠と人っていう違いはあるけど、敢えて気付かせる事で油断を誘う…という点においては全く同じ。…そっか、さっき引き上げ『させる』って言ったのは、自分とは別のスパイに対して言った言葉だったんだ……。

 

「これで犯罪組織の恐ろしさが分かったか女神共!」

「そ、それはオイラも知らなかったっちゅ……まさかリンダが作戦を立てたっちゅか?」

「いーや、アタイ…と言いたいところだが、これを考えたのはアタイじゃなくてトリック様さ」

「あぁ。それなら納得っちゅ」

「なんか引っかかる言い方だな……」

「…………」

 

犯罪組織の策略に、まんまと乗せられてしまった事を理解したわたし達が歯噛みする中、犯罪組織の側でもちょっとしたどよめきが起こっていた。……そんな中、チカさんだけは一人、静かに立っていた。

 

「…そういう事が起きていたのね……捕まったのもだけど、偽者を使った策に教会が嵌められていたというなら、責任はアタクシにあるわ」

「あ……チカさん、嵌められたのは私達ですし、チカさんが負い目を感じる必要は…」

「あるわ。貴女達女神と同じ様に、教祖にも背負うものがあるのよ。だから…この捕まってる状況位は、自分でなんとかするわ」

「はァ?御大層な事は勝手に言ってりゃいいがよ、みすみす捕まる様な奴がこの状況をどうするってんだ?教祖様は温室育ちで世間知らずなんですかァ?」

「世間知らず、ねぇ……なら直々に教えておいてあげるわ。教祖が、何者なのかって事を……ねッ!」

「がぁ……っ!?」

 

下っ端がチカさんを馬鹿にして、それにチカさんが平然と答えた、次の瞬間────下っ端は後ろに吹き飛んだ。…チカさんの鋭い後ろ蹴りによって、吹き飛ばされた。

腕を拘束され、構えも取らず立った状態から即座に放たれた後ろ蹴りに驚愕するわたし達と犯罪組織。でも当人であるチカさんだけは当然別で、後ろ蹴りの体勢から身体を捻る事による回し蹴りでもって隣の犯罪組織員をくの字に曲げさせると同時にその人の背中を踏み台にし、一気にわたし達の方へと跳び込んでくる。

時間にして僅か数秒。その数秒の間にチカさんは二人にダメージを与えつつ、安全圏であるわたし達の側まで移動をしてのけた。

 

「……これでも温室育ちだと思うかしら?」

「…流石ですね、チカ」

「ぶ、ブルース・リーさんみたいだったです…」

「アタクシはお姉様から直々に手解きを受けたんだから当然よ」

「げほっ、げほっ…この威力、明らかに普通の人間じゃねェ……」

「あら、気絶させるつもりで蹴ったのに…三下みたいなくせにやるじゃない」

「誰が三下だッ!」

「三下じゃなくて下っ端よね。……さてと、それじゃあ人質は解放されたし…アンタの言う通り、さっさと倒させてもらうわ!」

 

そう言ってユニちゃんは銃口を下っ端に向ける。そうだ、あまりに突然の事で忘れてたけど…もうわたし達に攻撃を躊躇う理由はないんだよね。さっきも油断してた訳じゃないけど…今度こそ、本当に決める!

M.P.B.Lを再び構えるわたし。わたしと同じ様に皆も一斉に構えて、そして…………

 

『え……っ!?』

 

──部屋の中を、複数の煙玉を一度に爆ぜさせたかの様な煙幕が包み込んだ。

 

「ま、間に合ったっちゅ!さぁ全員、さっさと逃げるっちゅよ!」

「間に合った…って、もしや…今までの話は全部時間稼ぎの種だったの!?」

「時既に遅しっちゅね!それじゃあコンパちゃん、また今度っちゅー!」

「これもトリック様の策だ、色んな意味で覚えてやがれ!」

「……っ…何この煙幕量…!」

 

煙幕を霧散させようと、それぞれで武器を振るうわたし達。でも屋内のせいで煙の逃げ場はなく、しかも煙は出され続けてるらしくて中々視界を取り戻せない。そうしてる間にもドタドタという音はし続けて……視界を取り戻せた頃には、部屋の中はもぬけの殻だった。

 

「くっ…最初妙に余裕だったのはこれがあったからなのね…」

「でもなんか変だよ!逃げるつもりなら、最初から皆で逃げてたらいい筈じゃないの?」

「言われてみると確かに……まさか!」

 

REDさんの言葉を聞き、ハッとした様な表情で出て行くアイエフさん。その数分後に戻ってきたアイエフさんは……悔しそうな表情だった。

 

「…強襲出来たのは僥倖だったけど……今回の件は、完全にしてやられたわ…」

「してやられた、って…?」

「……誰も居なかったのよ」

「え、それって……」

「言葉通りの意味よ。ここにはもう誰も居なかった、つまり……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「道中の抵抗が弱かったのも、ここを本陣の様にして待ってたのも、時間を稼いだのも全部……ここにいる犯罪組織員全員を逃がす為だったのよ」




今回のパロディ解説

・「あっとーてきね、わたしのパーティーは!」
機動戦士ガンダムに登場するキャラの一人、ギレン・ザビの名台詞の一つのパロディ。状況的に一番合うのは戦闘に参加してないイリゼかも…と解説中に思ってます。

・ブルース・リー
武術(武道)家であり俳優でもあるブルース・リーさんの事。捕まってる状態から格闘技術でもって相手を倒し逃げる…といえばやはり彼ではないでしょうか。


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第四十二話 一息つけたところで

「さて……じゃあ最後になったけど、経緯はどうあれ貴女達には助けられたわね、感謝するわ」

 

犯罪組織に逃げられてから数時間後。私達は保護(自力で人質状態から脱してるから保護って表現は合わないけど)したチカさんを連れて、教会まで戻ってきた。……ここ最近ではトップレベルに落ち込みながら。

 

「感謝なんてそんな、チカさんを助けられたのは完全に偶然でしたし…」

「偶然、ね。…まさかアタクシの救出を、教会が進めてなかったなんて……」

「チカがただのか弱い少女であれば、即刻救出作戦を進めていたかもしれぬな」

「…アタクシ、病弱なんだけど…」

「それ以前に教祖じゃろう?」

「いや病弱は生まれつきよ、教祖以前に病弱よ…」

 

と、教祖と教祖代行…というより親戚の会話を交わすチカさんとイヴォワールさん。私なら大丈夫だって信じてたから、って言うところだけど……それを言わないのは年の功が成せる心理とかかな?

 

「…まぁ、あの場でそのまま連れていかれていればこちらが不利になっていたのは紛れもない事実。教会の者として、私からも感謝をさせて頂きますぞ」

「ネプギアも言いましたけど、本当に気にしないで下さい。…むしろ、千載一遇のチャンスで誰一人捕縛出来なかった事を謝罪します…」

「なんのなんの。話を聞く限り、教会主導で行なっていたとしてもどれだけ成果を上げられたか怪しいものですし、何より今回の件に関して教会は、ケイブの協力以外何一つしておりませんからな。責める理由がありませぬよ」

「それに、人には逃げられたけど見方によっては施設を掌握とも言えるのが今回の結果。何れにせよ、今回の件で犯罪組織に打撃を与えられた筈よ」

 

全員…とは言わずとも、ある程度の人数は捕らえ、施設から各種情報を手に入れるつもりでいた私達だったけど、その結果は構成員には全員逃げられ、情報も殆どが持ち去られたか廃棄されたかで入手不能という散々なものだった。勿論イヴォワールさんとチカさんは私達の為に誇張表現してる…なんて事は無いし、実際私達もそれは分かってるけど……やっぱり、たらればを考えて気落ちしてしまう。

 

「ここまで何だかんだ成功続きだったけど…それで私達、無意識に油断してたのねきっと…」

「特にわたし達は、イリゼちゃんやギアちゃんが凄い活躍してたからって気を抜き過ぎだったです…」

「相手は巨大な組織だって失念していたから、こんな事になったんだよね…」

「み、皆さん…何もそこまで落ち込まなくても…」

「…ネプギア、アンタ前からイリゼさん達と一緒にいたんだから、何か元気付けてあげたら?」

「わ、わたしが?そんな事言われても……あ、こういう時こそREDさんお願いします!お姉ちゃんと波長が合いそうなREDさんなら出来る筈です!」

「え、アタシ?…なんかちょっと失礼な言い方された気もするけど…嫁候補に頼られちゃ、やらない訳にはいかないよね!ネプギア、ちょっと教えて!」

 

ずーん…と私にコンパ、アイエフが落ち込んでる中、何やら話しているネプギア達。ちょっと気になってそっちを見ると…何やら自信ありげな表情でREDがこっちを見ていた。

 

「……えと、何…?」

「はいはいちゅーもーく!アタシ、よく知らないネプテューヌの事を、ネプギアから聞いた情報だけでモノマネしてみます!」

『……はい…?』

「こほん。……ねっぷねぷにしてやんよっ!」

((え…えぇぇぇぇ……?))

 

びしっ!とポーズを決めて、ネプテューヌの決め台詞(?)を口にしたRED。続けてREDは「カンガルーの様に!」とか「ねっぷねっぷ〜♪」とか「プリン大好きねぷ子だよ!」とか、かなり意味不明なモノマネを続けていく。…えーと、何これ?どういう事?私達は何を見せられているの?後、最後のはネプテューヌ言ってないよね?

そして……

 

「……ふぅ…」

((や、やりきった顔を…モノマネ終わった(の・です)…?))

「こんなものだよね。それで、どうだった?」

『……な、何が(です)?』

「え?」

『え?』

「…………」

「…………」

『…………え?』

 

え?いや…本当に何?私達いきなりモノマネ見せられただけだよ?しかもそこまで上手い訳でもないんだよ?…ねぇ、ちょっと……

 

「誰か説明してよッ!?」

「ぴいっ!?」

『イリゼさんがキレた!?』

「あー!ちょっと!ロムちゃん怖がらせないでよ!」

「あ、ご、ごめんキレてないキレてない。キレてないからロムちゃん怯えないで…」

「……ほ、ほんとに…?怒ってない…?」

「ほんとほんと、キレてないっすよって言っちゃう位怒ってないから…ね?」

 

落ち込んでたところに理解不能過ぎる事態が起きて、つい心の声を心だけに留めておけなかった私。けどそれは、ネプギア達からすれば突然キレて大声を出した様にしか見えない訳で……結果ロムちゃんに怯えられてしまった。……うぅ、意味分からないしまた悪い癖出たし怯えられるしで散々過ぎる…。

 

「…加入以降ほぼ毎日思っているけど、ほんとにこのパーティーは賑やかね…」

「あ、あはは…わたしのチョイスがいけなかったのかな…」

「いやそれ以前の問題でしょ。多分イリゼさん達、なんでREDさんがモノマネしたか分かってないわよ?」

「え……あの、少しでも元気なってもらえるかなと思ってREDさんに頼んだんですけど…」

「そ、そうだったんですか…?」

「……えぇー…」

「えぇーって言いたいのはこっちの方よ…でも元気付けようとしてくれてたのね。それはありがと」

「どう致しましてだよ!…でもよかったぁ、反応悪かったけど別にスベってた訳じゃなかったんだね」

「それは…まぁ、うん……」

 

と、皮肉にも私が声を上げた事で、会話は私達三人が理解していなかったという事に辿り着き、無事相互理解に到着する。…最後私がREDの言葉に対してお茶を濁した事については…訊かないでね?要はREDは性格こそネプテューヌと似てるけど、見た目や声は別に似てないって事だからそれで納得してね?

正直元気はそんなに出てないし、私なんかはただただ災難に遭っただけな気もするけど…それでも気は紛れた私達三人。私達は何とかしようとしてくれたネプギア達に感謝しつつ、意識を本題へと切り替える(因みにチカさんは呆れ顔を、イヴォワールさんは苦笑いをしていた)。

 

「犯罪組織がただのならず者集団ならば、そもそもこの様な状況にはなりませぬ。過ぎた事、と安易に開き直る者は同じ轍を踏むのでしょうが、必要以上に振り返る事もまた己が為になりますまい」

「ですよね…ご教授ありがとうございます」

「女神様にご教授など滅相もない、老人の戯言とでも思って下され。…しかし、まさかまたもマジェコンヌの名を冠する相手に騙されてしまうとは…」

「またも、ってどういう事です?」

「昔…と言っても、貴女方が初めて来た時に、儂はルウィーの使いに扮したマジェコンヌさんに騙されてしまいましてな。何を吹き込まれたか、その結果どうなったかは…」

「あぁ、そういえばそんな事言ってたけど…それもマジェコンヌが原因だったのね。…改めて考えると、ほんとマジェコンヌは一人でよくあそこまで出来たものよね……」

 

意外なところで意外な事実が判明。同時にただでさえ半端ない活動量(守護女神三人を唆してネプテューヌを天界から落としたり、アヴニールと裏で繋がってたり、ルウィー教会を掌握してたり、移動大陸を不動大陸に変えてしまったりetc…)だったマジェコンヌさんの悪行記録に新たな1ページが追加されてしまう。……教会掌握とか女神の力コピーとかは分かるけど、他国の使いに扮する事まで自分でやるなんて…そこまでして一人で進めたかったのかな…。

 

「ねー、話がだっかんされてないー?」

「ラムちゃん、それ多分…だっかんじゃなくて、だっせん…」

「そうそうだっせん。だっせんするならせめて、わたしたちにも楽しめる話にしてよね」

「あ…またもごめんね。ええと……そうだ、イヴォワールさん。下っ端を隠れ蓑にした本命のスパイについて心当たりありますか?」

「そうですな…言われてみればもしや、と思う者はありますが……そやつは既に逃げた後でしょうな」

「じゃあ、リーンボックス…というかわたし達の情報がかなり流れちゃって、今後は先手を取られたり、裏をかかれたりするんでしょうか…」

「あー、それは大丈夫よ。…いや大丈夫ではないけど、それはお互い様だもの」

 

ネプギアが口にした不安は私達全員が思っていた事で、情報漏洩をみすみす許してしまった事はかなり洒落にならない。だから場合によっては即刻その対処に動かなければ…と思っていた私だけど、その言葉を受けたチカさんはひらひらと手を振って大丈夫アピール。そんな反応に私達は揃って首を傾げる。

 

「お互い様…って、情報を奪われた事ですか?」

「そうよ?」

「それって…まさか、捕まっている間に情報を?」

「えぇ、それとついでに権謀術数に乗せられて情報吐いた様に見せかけて、上手い事偽情報を掴ませてやったわ。今頃犯罪組織はそれに踊らされてるか、盗んだ情報と合わずに混乱してるかでしょうね」

 

さも当然です、と言わんばかりの平然とした表情で答えるチカさん。それならまぁ、不幸中の幸いというかまだマシな結果って言えるけど、それよりも……それはもうちょっと誇示してもいい成果ですよ、チカさん。

 

「流石ですね、チカ。…でも情報盗まれた事には変わらないし、特命課も今後は気を付けないと…」

「私達も情報には注意しようか。情報戦、なんて言葉がある位には重要なものなんだからさ」

「ですね。…そういえばネプギア、本物の教祖と会えたんだからあの話するべきじゃない?」

「あ…そうだね。チカさん、プラネテューヌの女神候補生として、お話があるんですが…」

 

話がひと段落ついたところでユニから言葉を受け、ネプギアは二度目(パーティーとしては三度目)の報告と協力要求を口にする。それを私はラステイションの時は代行、ルウィーの時はきっかけと補足をそれぞれ私が担当していた会談も、遂にはノータッチでもきちんと進められる様になったんだなぁ…としみじみと聞くのだった。……え?会談の結果?どんな反応したか?…聞くまでもないと思うけど…。

 

「えぇ勿論協力するわ、協力するに決まってるじゃない。お姉様を助ける為ならば、アタクシはどんな手だって使ってやるわ!……え?世界の為?…それもまぁそうね、けど最優先すべきはお姉様よ!」

 

…ほらね?聞くまでもなかったでしょ?……ベールはほんと愛されてるなぁ…。

 

 

 

 

それから数日。私達の情報を元に、教会によって地下施設の調査が行われたけど、やっぱりこれといった発見や成果は得られなかった。でも、同時に『利便性のある施設をほぼ無傷で押さえる事が出来た』と軍部を始めとする一部からは感謝の声も上がったらしくて、私達としては何とも言えない気持ちに。…感謝されるのは嬉しいけど、失敗の結果ってなるの素直に喜べないんだよね…。

そんな私達は、今もリーンボックスに在留中。そして私は、借りた部屋で思考中。

 

「ふぅむ……リーンボックスでもそれなりに私達の活動が伝わってきてる様だけど…これからどうしようかな…」

 

この旅の大きな目的は、教会からの協力を得る事と、女神候補生に同行してもらう事と、各国に女神が再び世界の為の旅をしてると伝える事。先日一つ目はクリアして、二つ目は候補生がいない為に達成不能(だからそもそもここでは目的にしてない)で、残る三つ目もこのままなら滞りなく十分と言えるレベルに達する。そうなれば私達はリーンボックスを後にして、プラネテューヌに戻るんだけど……

 

「…やっぱり、女神候補生がいない分活動期間を伸ばした方がいいかなぁ……いやむしろ、短い方が後々いいのかも…?」

 

当然滞在期間が長ければ長い程、リーンボックスにおける犯罪組織の活動への牽制になるし女神のシェア回復にも繋がるけど……回復出来るのはあくまで女神のシェア、もっと言えば現女神一行にいる女神のシェアであって、ベール個人のシェアではない。おまけにベールには妹(女神候補生)がいないから「候補生の活躍につられる形で守護女神のシェアも…」って事も起こり辛く、結果私達がシェアを集め過ぎると相対的にベールのシェアが降下する事になり兼ねない。…守護女神四人を奪還は出来たものの、ベールのシェアは……なんて事になったら私、ベールにもチカさんにも顔向け出来ないよ…。

 

「ここは他国と同じ位にしておくか、それかそこまで個人シェアへの影響力が少なそうな私が単独で動くっていうのも……っと、もしもし?」

 

色々と選択肢を思い浮かべていた中で鳴った、私の携帯。電話の相手はイストワールさん。

 

「わたしです。今お時間宜しいですか?(・・?)」

「はい、大丈夫ですよ(あ、電話越しでも顔文字が分かる…これほんとどういう技術なんだろう…)」

 

別に疑ってた訳じゃないけど、受話口から聞こえてくるちょっと舌足らずな声は、間違いなくイストワールさんのものだった。……それ以前に言葉の中に顔文字混ぜる知り合いなんて、イストワールさん位なんだけどね。

 

「それは良かったです。旅立たれてから暫く経ちましたが…イリゼさんも皆さんもお元気ですか?(´・∀・`)」

「皆元気ですよ。…と言っても、途中一回プラネテューヌに戻りましたけど」

「あの時はケイさんの依頼でしたね。こちらもライヌさん含め、元気ですよ(^ ^)」

「…ライヌちゃん、ご迷惑をかけていませんか?」

「かけてませんよ。…強いて言えば、未だにわたしに心を開ききってくれていないせいでご飯をあげるのが大変ですが……(⌒-⌒; )」

「あはは、すいません…」

 

旅に連れていけないライヌちゃんの事は、あんまり口外しない方がいいと思ってイストワールさんに頼んでおいたんだけど…サイズ的な問題は勿論、女神不在の中教祖として忙しい筈のイストワールさんに任せるのはよくなかったのかもしれない。…感謝します、イストワールさん。

 

「…それで、どの様な要件なんですか?」

「あぁはい、と言ってもただの状況確認ですけどね( ̄▽ ̄)」

「それならば、定期的に連絡を入れてますけど…」

「業務的なものではなく、もっと身近な感じの確認ですよ。前の旅の時では、鍵の欠片を見つける度に話していましたからね」

「そういえばそうでしたね。でも、ほんとにわざわざ報告する様な事はありませんよ?リーンボックスでも毒殺されかけたり処刑されかけたりしてませんし」

「それは無いのが普通かと…というか、今そんな事されたらプラネテューヌとリーンボックスは戦争待った無しですよ(ーー;)」

 

あんまり笑えない冗談でしたね、と私とイストワールさんは互いに苦笑いを漏らす。…にしても、ほんとに前の旅に比べると今回は危機的状況ってのが少ない気がするなぁ…。

 

「…先手を打てるだけで、ここまで上手くいくものなんでしょうか…」

「そう、ですね…確かに先手を打てればそれだけで有利になるものですが、それだけではないと思いますよ?少人数で各国を巡る、という点では同じですが、今回は教会を始め協力体制がしっかりしていますからね。それに……」

「…それに?」

 

含みを持たせて言葉を区切るイストワールさん。私がおうむ返しの様に単語を聞き返したところで…イストワールさんは再び口を開いた。

 

「…きっと、ネプテューヌさん達が最初に大打撃を与えてくれたのが大きいんだと思いますよ?(´∀`=)」

「……今まで侮ってた訳じゃないですけど、ほんとに四人は凄いですよね」

「えぇ。何だかんだ言っても守護女神は偉大です。…複製された原初の女神様と、遜色ないと思える位には」

「え……それって…」

「今リーンボックスという事は、戦略を次のフェイズに移行するのもそう遠くないという事です。焦る必要はありませんが……相手は人類史の中で何度も女神を、世界を危機に陥れた犯罪神。決して抜かってはいけませんよ?」

「あ……は、はい。それは身を持って痛感しましたし、脅威度を違えない様気を引き締めます」

「お願いします。では、これからも頑張って下さいね。それとお土産、期待していますよ(・∀・)」

 

イストワールさんの、ネプテューヌ達守護女神への…そして私への評価を意外なタイミングで聞いた事で私は動揺してしまう。しかもそれをイストワールさんは狙っていたみたいで、私が動揺しているうちに話をまとめて通話終了に持っていってしまった。……これは多分、イストワールさんの方もちょっと言うのが恥ずかしかったんだろうなぁ…してやられちゃったよ。

 

「…でも、その通りだよね。頑張ってくれたネプテューヌ達の為にも、期待してくれてるイストワールさん達の為にも、協力してくれてる皆や色んな人の為にも、私だって頑張らなきゃ」

 

油断すれば、成功に傲れば地下施設の時の様に足元をすくわれる。慎重になり過ぎて二の足を踏んでいたら、目的はいつまで経っても進められない。だから……動く事、考える事、注意する事、覚悟を決める事…どれかじゃなくて、どれもを選ばなきゃ、だよね。

 

「さてと、お土産期待してるって言われちゃったし、息抜きも兼ねてリーンボックスの人気お土産検索でも……」

 

そこで再び鳴った、私の携帯。タイミング的にもイストワールさんが言い忘れた事を伝えようとしてるのかな…と思った私は相手もよく確認せず、ちょいちょいと呼び出しを受けて耳に当たる。…あ、ならついでにさっきのお返しも──

 

「やあ、突然電話してすまないね」

「……あれ、その声…エスーシャ?」

「そうだが?」

 

電話越しに聞こえてきたのは、舌足らずな声ではなくちょっと低めの、クール感溢れる声だった。……わぉ、びっくり。

 

「えーと…こんな時間にどうしたの?ギルドに何か問題が?」

「いいや、大至急受注してほしいというクエスト依頼がきてね。その依頼内容は君達にとって大いにプラスになると思って連絡をいれたのさ」

「…と言いつつ、実際は受注も達成も確実にしてくれるだろう私達に頼めば、『急且つ厄介な依頼もこなしてくれるギルド』って評価を簡単に得られるって打算をしてるんでしょ?」

「さぁ、その話題には興味ないね」

 

興味ない興味ない言うエスーシャだけど、支部長なだけあって強かな面も持っているし、腹芸だってお手の物。…というか、女神も教祖も皆大概はそういう能力を有している。ネプテューヌやビーシャは怪しいところだけど。

…と、そんな感じに言葉の裏にあるものを探る私だけど、特に追求したりはしない。それ位の事は当然だって思ってるし、何より……元々教会への委託や受注制限を行っている依頼だけじゃなく、一般公開される筈の依頼まで私達に大きな利益がありそうなら優先的に回してくれって頼んでる時点で、私も人の事言えないからね。

 

「……で、その内容って言うのは?」

「とあるライブで突然欠員が出てしまったらしくてね。依頼内容は、当日その代理を務めてほしいというものさ」

「それって、運営スタッフが足りないから人手が欲しいって事だよね?…確かに普通のクエストよりは人目浴びるけど……そこまでの事かな?っていうか、当日でもないのに身内でスタッフ補充出来ないってかなり問題じゃ…」

「いいや、足りないのはスタッフじゃない」

「え?……って事は、まさか…」

「そう。足りないのはスタッフではなく出演者。……やってくれるな?」

 

なんと、足りないのはスタッフではないらしい。あぁそっか、それならスタッフより換えが聞かないのも分かるし、大々的に人目を浴びるんだから私達にはうってつけの依頼だね。こんな降って湧いた様な好機、逃す訳にはいかないよ。よーし、その依頼は……

 

 

 

 

 

 

「……い、いや…ちょっと皆で相談させて…」

 

────そりゃ、即決出来る訳がないでしょうが…。




今回のパロディ解説

・プリン大好きねぷ子だよ!
アホガールの主人公、花畑よし子のテレビCMにおける代名詞的台詞のパロディ。別に二人に関連がある訳じゃないですが…キャラの関係かどうしても結び付いてしまいます。

・キレてないっすよ
プロレスラー、長州力さんのモノマネ芸人である長州小力こと久保田和輝さんの持ちネタの一つのパロディ。いやほんとイリゼはキレてないです、テンパってるだけです。


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第四十三話 女神候補生のステージ

「いいですかギアちゃん。いつも言ってるですけど、応急手当ては『取り敢えず』なんです」

「はい。怪我が悪化するのを防いだり、一先ず動かせるようにするだけ…ですよね?」

 

いつもの様にクエストを終えて、自由時間になった夜。今日はコンパさんが時間を取ってくれるという事で、手当ての勉強をさせてもらっていた。

 

「そうです。ちょっとした擦り傷とかなら別ですけど…ほんとに大きな怪我をなんとかするのはお医者さんの役目で、応急手当ての範疇じゃないって覚えておかなきゃ駄目ですよ?」

「はーい。…でも前にうちの職員さんが言ってましたよ?そこらの経験が浅い医師よりコンパさんの方が実力ありそうって」

「そ、そんな事はないですよ。わたしなんて、ナースさんの技術とねぷねぷ達の役に立ちたい、あいちゃん達の足手まといになりたくないって思いが高じて治癒魔法を会得しちゃった位ですから」

「それは十分凄い事ですよ…アイエフさん達もですけど、思いが我流魔法へ至ってる時点で普通じゃないです…」

 

ルウィーの魔法やリーンボックスの戦闘魔法は才能、勉強、経験によって習得していくもの(らしい)けど、我流魔法は意思や覚悟……所謂思いが唯一絶対の条件だって聞いた事がある。…女神のわたしが言うのもアレだけど、魔法を創り出してしまう程の強い思いを持った人が、今の旅でも前の旅でも結構な人数いるなんて相当常識外れだよ…。

 

「あはは…じゃあ次は、骨折の応急手当ての復習です。まずはこの部屋の中で手当てに使える物を集めてみて下さいです」

「分かりました。えーっと…副木って、固定出来ればなんでもいいんですよね?」

「はいです。大きさにもよりますけど…棒状じゃなきゃ駄目、って事はないですよ」

 

コンパさんから指示を受け、部屋の中を探し始めるわたし。今日わたしが時間を取ってもらったのは、治癒魔法の勉強の為だった。…え?治癒魔法じゃなくて応急手当ての勉強してる様にしか見えない?…いいえ、これは治癒魔法の勉強なんですよ?コンパさんの編み出した治癒魔法は、使用者の医学(手当て)の知識と技術が効果に作用するらしくて、治癒魔法を向上させるには手当ての勉強が必要不可欠なんです。

 

「…よし。雑誌に、ビニール紐に、風呂敷に、それにハンカチ。これでいいですよね?」

「ふふっ。よく出来ました、ですっ」

「えへへ…」

 

折れた部分の固定に必要な物を集めて見せると、コンパさんはにっこりと笑って頭を撫でてくれた。…コンパさんのなでなでって、なんだかすっごく安心するなぁ…お姉ちゃんがコンパさんに甘えたくなる気持ち、ちょっと分かるかも…。

 

「…姉妹なんだから当たり前ですけど、ギアちゃんは時々ねぷねぷにそっくりの顔をするですね」

「え…今わたし、お姉ちゃんみたいな顔してました?」

「今のほわ〜っとした顔、ねぷねぷみたいだったですよ。それじゃあ次は、この集めた物を使って……」

「コンパ、ちょっと今いい?」

 

懐かしそうな顔をした後手を離したコンパさんは、次の指示を……口にしようとしたところで、ノックと共に廊下からイリゼさんの声が聞こえてきた。

 

「あ、いいですよ〜」

「じゃ、失礼して……あれ?ネプギア?」

「コンパさんに手当てを教えてもらってたんです。イリゼさんはどうしたんですか?」

「少し話があってね。でもネプギアがいるなら丁度いいや、二人共来てくれないかな?」

「…何かあったんですか?」

 

部屋の入り口に立って話すイリゼさん。その様子にただ遊びに来た訳じゃないのかな?と思ってわたしが訊くと…イリゼさんは、こくんと頷いた。

 

 

 

 

初めは私含め四人だった私達パーティーも、各国で少しずつ仲間が増えて今では倍以上の九人。前のパーティーに比べればまだ少ないけど、それでもやっぱりそこそこの所帯。で、それが何かって言うと……

 

「……狭いわね」

「食堂とか会議室とかにすればよかった…」

 

…皆を普通の部屋に呼んでしまったばっかりに、今私達はちょっと狭い思いをしているのです。……それだけです。

 

「なんか某自虐が売りのピン芸人さんのネタみたいな地の文だね」

「RED、そんなどうでもいいところに触れなくていいから…こほん。早速だけど…さっきとあるクエストの依頼がきたんだ」

「…と、いうと?」

「…候補生四人に、ライブのお仕事がきました」

『……はい?』

 

ケイブの質問に、私がそのまま答えると…皆ぽかんとしてしまった。…まぁそりゃそうだよね。私も今の言葉だけで理解してもらえるとは思ってないし。

 

「わたし達にライブのお仕事、ですか…?」

「うん、それもまさかの明日が開催日」

「急にも程がありますね!……あ、ライブって言ってもアタシ達に依頼されたのは運営スタッフの方「じゃなくて、出演者の方だよ?」……えぇー…」

「ライブ…歌ったりおどったりするあれよね?」

「うん。テレビでやってたライブ…すごかった…」

 

私と同じ発想だったっぽいユニは、私の訂正を受けて「そんな無茶な…」と言いたげな表情を浮かべた。あんまり乗り気じゃないユニと、まだ戸惑ってる感じのネプギアと、取り敢えず興味は抱いてるらしいロムちゃんとラムちゃん。依頼達成のメインとなる四人の反応は、おおよそ考えていた通りだった。

 

「ほんとに急ね…一日にも満たない時間で出演までもっていくなんて、流石に無茶じゃない?」

「それは依頼者…っていうか依頼社?…も分かってるみたいで、とにかく欠員の分の時間を埋める事とウケる事さえ達成してくれれば何したって良いらしいよ」

「とにかくウケろって、大御所さんの無茶振りみたいですぅ…」

「ま、まぁネプギア達ならクレームの来る様な事しない限りは何してもウケると思うよ?元々女神ってアイドル的側面あるし」

 

国の統治者であり信仰対象でもある女神。でも女神は例外なく美少女(美人)であり、これまた例外なく『若々しい』事から、『可愛い』だとか『萌える』だとか『イエス!ユアハイネス!』…みたいな形で信仰(?)される事も少なくない。実際ネプテューヌやベールは実務よりこっち方面でのシェア獲得が多そうだし、ありがたい事に私を信仰してくれてる人達は殆どがそういう目線で私を見てる(私は国を持たないからね)と考えて差し支えない。ここはリーンボックスだから候補生四人の信者はそんなに多くないと思うけど……それでも、四人がステージで仲良く喋ってたり歌ってたりすれば、そこそこ観客席も賑やかになる筈だよね。

 

「……けどまあ、アイエフの言う通り急な話だからね。気が乗らないなら不参加でも大丈夫だよ」

「はいはーい、しつもーん!」

「何かな、ラムちゃん」

「そのライブ、せいこうしたらシェアのたいりょーかくとくできる?」

「うーん…大量かどうかは怪しいけど、シェア獲得には繋がると思うよ?というか、シェア獲得に繋がるからこそ四人に話を持ちかけたんだし」

「シェア獲得に繋がる…それは無視出来ない魅力ですね…」

 

ラムちゃんはやっぱり興味有りげで、真面目さが働いたのかユニも心が揺れ始める。不参加でも大丈夫、とは言ったけど守護女神奪還の為に女神のシェアは増やしておきたいし…嫌がってないなら後押ししようかな。

 

「因みにね、この依頼は私達…もっと言えばネプギア達なら請け負ってくれるって事で私に話がきたんだよね。…四人共、実は結構信頼も期待もされてるんだよ?」

「そ、そうなんですか?…ちょっとプレッシャーだけど、そう思われてるのは嬉しいかも…」

「でしょ?それに考えてみて、普段の女神の仕事ならお堅い感じで真面目にやらなきゃいけないけど、これは好き勝手にやっていいんだよ?好き勝手が出来て、その上で上手くいったら観客の人達からキャーキャー言われるなんて…素敵だと思わない?」

「……すてき…(どきどき)」

「…個人的にはね、皆には受けてほしいんだ。さっき言った通りシェア獲得にも繋がるし、戦闘以外の突然の事態にも対応するいい経験になる。他にも色々あるけど…とにかく私は皆にとってプラスになるって思ってるの。大丈夫、皆なら何とか乗り切るどころか観客も運営も喜ぶ成果を出せるよ。だから……私のお願い、受けてくれないかな?」

 

何だかんだでネプギア達はやっぱりまだ子供(私や守護女神組が大人かと言われると……あ、あはははは…)で、良くも悪くも他人の言葉や一時の感情に感化されやすい。だから、これだけの言葉を並べて、好奇心を刺激して、頭を下げれば……

 

「ふぅん…いいわ、おねえちゃんの仲間のたのみってことでうけてあげる!わたしとロムちゃんのみりょくでお客ぜーいんメロメロにしてやるんだから!もうメロメロもメロメロ、メロメロのドロドロのボコボコよ!」

「ドロドロのボコボコってラムちゃん何する気!?…こほん…わたしもやります。イリゼさんがそこまで言ってくれるなら、わたしも精一杯頑張ります!」

「わ、わたしも…わたしもラムちゃんと、ネプギアちゃんと、ユニちゃんといっしょに、がんばる…!」

「…三人が出るなら、アタシだけ不参加って訳にはいかないわね…任せて下さい。やると決めた以上、どんなライブだろうとベストを尽くしてみせます」

「そう言ってくれるのを待ってたよ!皆、宜しく頼むね!」

 

私の思いに応え、依頼を受ける事を決めてくれた四人。そんな四人の真っ直ぐさに私は若干罪悪感を抱いたけど……それよりも今は、私の思惑通りに話が進んだ事への満足感と安心感の方が上だった。…ふっ……計画通り…。

 

「ねーイリゼ、なんか死のノートの所有者みたいな事考えてる?」

「だからどうでもいいところを触れなくてもいいし地の文読まないでよ!?何なの!?REDは何なの!?」

「イリゼを嫁候補に据えてる可愛い女の子だよっ!」

「ですよねッ!」

 

 

 

 

翌日……つまり、ライブ当日。早速当日。昨日の夜に聞いて、今日当日。……こんなに時間的余裕がないライブは初めてだよ…ライブ出演自体初めてだけど…。

 

「…結構な人数集まったわね…流石にちょっと緊張してきたわ…」

「あぅ…失敗したら、ざぶとんなげられる…?(びくびく)」

「だいじょーぶよロムちゃん、あの人たちはみんなメロメロのボロボロのバラバラになるんだから」

「昨日より恐ろしい感じになってる!?リンチの挙句八つ裂きにでもしたの!?……座布団は置いてないから大丈夫だと思うよ…」

 

ライブ会場に移動したわたし達が今いるのはステージ裏。イリゼさん達は万が一に備えて会場警備に協力する、という事でパーティーメンバーの内ステージ裏にいるのはわたし達四人だけだった。普段クールなユニちゃんは少しだけど余裕のない様子で、ラムちゃんはいつも通りで、ロムちゃんもこの人数じゃ緊張を……って、ロムちゃんも普段とそこまで変わらないかも…。

 

「アンタ達はマイペースでいいわね…皆、朝決めた事覚えてる?」

「うん…決めたとーりに、やる…」

「それで時間が余っちゃったり予定通りにいかなかったら、後はもうアドリブで何とかする…だよね」

「…すっごいてきとーよね、このプラン」

「…ご、ごめんね。プランもまともに建てられない位急なお願いしちゃって……」

『え?』

 

ふと冷めた表情で突っ込みを入れたラムちゃんの言葉に、わたし達が苦笑いを浮かべていると…後ろから、どこかで聞いた事がある様な声で話しかけられた。…というか、謝られた。

誰だろう…と思いながら振り向くわたし達。するとそこにいたのは……ケイブさんだった。

 

「あれ?ケイブさん?……ケイブさんって、そんな声でしたっけ…?」

「今のは私の声じゃないわ。声の主がいるのは私の後ろ」

「あ…えと、うん…今のはボクです…」

 

わたし達が疑問符を浮かべる中、恐る恐るな様子でケイブさんの後ろから姿を見せた女の人。青のストレートヘアーにアイドルっぽい服を着たこの人は、えーっと……え?

 

『5pb.さん!?』

「え……HBさん?」

「それは鉛筆とかシャーペンの芯でしょ…えと、5pb.さんですよね?どうしてここに?」

「それは…このライブにボクも出るから、かな…」

 

ラムちゃんのボケ(ただの聞き間違いかも…ロムちゃんとラムちゃんはライブ見てないし)はさておき、ケイブさんの後ろから現れたのは数日前に見た5pb.さんその人だった。……って今、5pb.さんボクも出る、って言った?じゃあ…わたし達は5pb.さんの前か後に出る可能性もあるって事?

 

「…うぅ、プレッシャーが……」

「5pb.さんの前なら前座、後なら超高ハードルって事になるわね…」

「そ、そんな事ないよ!むしろボクこそ女神の皆に釣り合うかどうか…」

「互いに自虐し合ってどうするの…他にも出演者はいるし、貴女達は双方人気が出る筈よ。大丈夫」

「う、うん…皆、今さっきああ言ったけど…ボク達が気にしなきゃいけないのは、同じ出演者じゃなくてお客さん。だから、頑張ろう」

「…そう、ですね…はい、お互い頑張りましょう!」

 

…と、会話している間も5pb.さんはケイブさんの服を摘んでいて、なんだか人見知りみたいな印象を受ける。けど、出演者じゃなくてお客さんを…って言った時には、ライブの最中の時の様な雰囲気を纏わせていた。…これって、女神の仕事にも言える事だよね…ちゃんと覚えておかなきゃ。

 

「あ……5pb.さん、その…アドバイスとかありますか?アタシ達、人前に出る事は慣れてますがライブは初めてで…」

「アドバイス?…えっと…最初はお客さんのちょっと上を見る事…かな」

「ちょっと上?こういうのって、おやさいに例えればいいんじゃないの?」

「おきゃくさんは、じゃがいも…?」

「それでもいいけど、こっちは思い込む必要もないし、こういうのはお客さんを直視しないだけでも結構違うんだ。それで、場の雰囲気に乗れそうだったらすぐに乗る。雰囲気に乗っちゃえば後は肩の力が抜けて楽になる筈だよ」

「雰囲気に乗れば…っていうのは分かります。抽象的な質問なのにちゃんと答えてくれてありがとうございました」

「気にしないで。それに…皆なら大丈夫なんじゃないかな?話したのはこれが初めてだけど……なんていうか、皆の声からは『歌もいけます!』みたいなものを感じるっていうか…」

「そ、それは……まあ、はい…そうかもですね、あはは…」

「ネプギアの場合は特にそうかもね。今からでも犬耳と尻尾用意する?」

「し、しなくていいから!わたしお姫様ではないからね!」

 

アドバイスを訊いていた筈なのに、どういう事かメタい感じの話に。しかも結構掘っていくとキリがなさそうな事を察して止めようとしたけど…幸運にも、そこで開始五分前のアナウンスが響いた。

 

「っと…5pb.、貴女もそろそろ移動しておいた方がいいんじゃない?」

「そうだね。それじゃあ、皆…」

「はい、お互い頑張りましょうね」

 

アナウンスを聞き、どこかへと行くケイブさんと5pb.さん。ステージ裏も雰囲気がぴりっとしたものに変わって、運営スタッフの一人がわたし達に最終確認に来る。そして最終確認も終えて、わたし達が深呼吸していると……

 

「やあ、リーンボックスの皆!僕達はユピテル!」

「君達が楽しみにしているこのライブの進行は、僕達が務めさせてもらうよ!早速一曲目を歌ってくれるユニットの登場だ!」

「は、始まったね…」

 

観客席からの声援と共に流される、大音量のサウンド。進行さんの合図で最初のユニットがステージに立つと、再び湧き上がる声援。まだ一曲目なのに、会場のボルテージは相当なものだった。

 

「…だいじょうぶ、だいじょうぶ…」

「そ、そうだいじょーぶ!…だいじょうぶ、よね…?」

「う、うん大丈夫。…わたし達は女神候補生だもん、絶対人気だよ」

「…ま、安心しなさい。例えアンタ達がミスっても、アタシがカバーしてあげるわ」

「む…だ、だったらわたしたちだってあんたのミス、カバーしてやるわよ!だよねロムちゃん?」

「え…?……あ…それって、助けあい…?」

「え、えーと…そ、そう助けあい!…まだわたしはネプギアをともだちだとは思ってないし、ユニはそれ以下だけど…今回だけは助けあいしてあげるんだから、かんしゃしなさいよね!」

「はいはい……そういう事だから、お互い頑張りましょネプギア」

 

不安げな二人にユニちゃんがかけたのは、皮肉っぽい軽口。でもラムちゃんはその言葉への反抗心で、ロムちゃんは優しさからくるポジティブシンキングで前向きに。…やっぱり、ユニちゃんは気遣いとか配慮とかが上手だなぁ……わたしも、負けられないね。

ライブは滞りなく進んで、一曲毎に会場は盛り上がっていく。そうして気付けば、次はわたし達の番。

 

「それじゃあお次は……開会前のアナウンス通り、ユニット変更!急に変わってしまってごめんね!」

「でも落ち込む事はないよ!だって、急遽決まったユニットっていうのは……そう!愛らしくも健気な女神候補生様達なんだから!」

「さぁ、女神候補生様達の登場だっ!」

『……っ…』

 

進行に合わせてわたし達はステージへ。その瞬間見えてくる、ステージ裏で見るのとは全然違う観客と沢山のお客さん。正直、人数だけなら女神の仕事でこれ位何度も経験したけど……雰囲気も、熱量も全然違う。

まるで圧力の様な、ステージの空気。その空気にわたしは一瞬臆しそうになったけど……ぐっ、と踏み留まる。だって、ステージにいるのは…わたしだけじゃないんだから。

 

「こんばんはー!アタシはラステイションの女神候補生、ユニよ!アタシの…ラステイションの女神の魅力を今から見せてあげるわ!」

「ルウィーのラムちゃんとロムちゃんでーっす!みんな、よろしくーっ!」

「よ、よろしくっ…(びくびく)」

「わたしはプラネテューヌの女神候補生、ネプギアです!今日はわたし達、歌います!聞いて下さいっ!せーのっ!」

 

もう雰囲気に乗れたのか、自信満々の様子で声を上げるユニちゃん。ロムちゃんを誘いつつ元気一杯にポーズをとるラムちゃん。誘いを受けて、ちょっとびくびくしながらも一緒にポーズを取るロムちゃん。最後のわたしは…いいのが思い付かなかったから、とにかくぺこっと頭を下げてその後はスマイル。頭を下げるまではわたしも内心びくびくしてたけど…頭を上げて、お客さんさんの「おおっ!」って反応を見た瞬間……あ、いける、って思った。

 

『皆、抱き締めてっ!次元の……果てまでっ!』

 

 

わたし達四人の声と共に始まる、わたし達の一曲目。わたし達のステージは…これからですっ!

 

 

 

 

「うんうん、皆凄く輝いてるよ」

 

ステージからは大きく離れた、会場の一角。そこで私達は、周囲に目を光らせつつネプギア達のステージを観賞していた。

 

「流石は女神候補生、って感じね。やるじゃない皆」

「今すぐアイドルとしてやっていけそうだよね。アタシもやってみたかったなぁ…」

 

初めは本来出る筈だったユニットが急遽欠場という事で、若干盛り下がっていた会場。でも、ネプギア達は登場後、それぞれの性格を活かした第一声を上げる事で完璧に掴みを成功させ、早々に会場の盛り上がりを復活させていた。今では合いの手に混じって「歌上手い!これ歌手としてやっていけるんじゃね!?」とか、「優等生にツンデレ、性格が正反対な双子と見事なバリエーションじゃないか!」とか、「ば、馬鹿な…大人のお姉様好きである私の心が震えているだとぅ!?」とか、明らかに四人のファンになってしまいそうな声すら聞こえてくる。……些かアレな声も聞こえるけど…ま、まぁライブの空気に当てられただけだよね、きっと。

 

「…ところで、イリゼちゃんは出るつもりなかったんですか?」

「私?…まぁ、誰も出ないってなったら出る事も考えたけど…シェアを集める必要があるのは私じゃなくて候補生四人だからね。それに色々と違う私と候補生四人だと、どっちかがどっちかのおまけっぽくなっちゃうでしょ?」

 

私がシェア獲得しちゃ不味い事はないけど、対犯罪組織を考えると国を持つ候補生四人が得た方がずっといい。それに、昨日は方便的な意味で言った言葉も実際は私の本心。…私無しで、こういう大きい出来事を成功させれば…きっと良い自信をつけてくれるよね。

 

「まあ何にせよ、無事役目をこなせそうならそれで何よりよ」

「そうね。後はこのまま何もなければいいけど…」

「いやあのケイブ、そういう発言はフラグに…」

「す、すいません!裏口付近に不審者の集団が現れたとの事です!万が一がありますし、応援に向かってもらえますか!?」

「……なっちゃった…」

 

私が言い切るよりも前に聞こえてきたのは、切羽詰まった様子の声。そちらの方を向くと、一人のスタッフがこちらへ走ってきてきた。

 

「…何か申し訳ないわ……」

「べ、別にいいよ…でもまさか、念の為と思って警備についていたらほんとに不審者が現れるとは…」

「ネプギア達が歌ってる時に現れた不審者…犯罪組織かな…?」

「かもしれないね、皆!ライブに来てる市民と候補生達を守るよ!」

 

目を合わせ、裏口へと向かう私達。相手が犯罪組織だろうと何だろうと物騒な事をする気なら止めなきゃいけないし、対処が遅れたらライブが中止になってしまう可能性もある。ここで今楽しんでる人の為にも、楽しませようとしている人の為にも、何より頑張ってるネプギア達の為にも……邪魔は、させないよ!

 

 

 

 

『ありがとうございましたーっ!』

 

割れんばかりの声援の中、深く深く頭を下げて、手を振りながらステージの上を後にする。ステージ裏に入ると…そこでも、拍手が沸き起こっていた。

 

「は、はぅ…た、たのしかった…!」

「うん!ライブがこんなにたのしいなんて思わなかったわ!」

「子供は元気でいいわね、今終わったばっかだってのに…」

「そういうユニちゃんも、頬緩んでるよ?」

「うっ……そ、それはネプギアもでしょ!」

 

頭を上げた瞬間に感じた、やれるという思い。その思いに乗って歌い始めたら…そこから後は、ずっと楽しかった。ドキドキしたし、汗もかいちゃったし、疲れたけど……それよりも、凄く凄く楽しかった。心の底から湧き上がる様な喜び…わたし達は今、そういう気持ちに包まれていた。

 

「…お疲れ様、皆」

「あ、イリゼさん…わたし達のステージ、見てくれました?」

「勿論。…凄かったよ」

「ですよねっ!実は、今回はわたしも凄いステージに出来たって思ってるんです。…それで……何かありました?」

「あー…うん、まぁね。でももう済んだから大丈夫だよ」

 

空いていたパイプ椅子に座ったところで、わたし達はこちらへやってくるイリゼさん達を発見した。…何故かちょっとイリゼさん達は息が上がってたけど……。

 

「……?…よく分かりませんけど…無事に終わりましたね」

「ネプギア、無事じゃなくてだいせいこうで、でしょ?」

「ふふっ、そうだね。大成功、だよね」

「おー、ネプギアが珍しく謙遜してない!」

「これだけの声援を受けたんだもの、当然の事よ。…さて、次は5pb.の番ね」

 

大成功、という言葉でまたちょっと心が浮つきそうになってたわたしだけど…ケイブさんの言葉と新たな声援で現実…というかライブの進行に引き戻される。…って、ほんとにわたし達の後が5pb.さんだったんだ…。

疲労感は当然まだあるけれど、今座ってるところからじゃステージがよく見えないから、わたし達は立ち上がって移動。そんな中、イリゼさんはわたし達へこんな言葉をかけてきた。

 

「……ねぇ皆、今日のライブ…出てよかった?」

 

出てよかったかどうか。何の捻りもない、普通の質問。きっとただ、わたし達の気持ちを知りたいだけの、単純な質問。それを受けたわたし達は、目を合わせる。目を合わせて、そして……

 

『────はいっ!』

 

この時わたし達が自然と浮かべていたのは──紛れもない、満面の笑みだった。




今回のパロディ解説

・某自虐が売りのピン芸人
ピン芸人のヒロシこと、齋藤健一さんの事。スーツを着て、スポットライトが当たる中ポケットに手を突っ込んで自虐を述べるイリゼ…私ならどうしたのかと思いますね。

・計画通り
DEATH NOTEの主人公、夜神月の名台詞(恐らく心の声ですが)の一つのパロディ。残念ながらイリゼはそこまで計算高くはないです、そこまで計算した上ではないのです。

・〜〜皆の声からは『歌もいけます!』みたいなものを感じる
パロディ…というか、女神候補生の声優は全員歌手としてよ活動をしている事からくる(所謂声優)ネタ。原作でのイベントも、それが関係してるのでしょうか(踊りでしたが)?

・〜〜今からでも犬耳と尻尾用意する?
ネプギアの声優である堀江由衣さんは、DOG DAYSのヒロインの一人、ミルヒオーレ・F・ビスコッティの役も行なっている事へのネタ。両者は外見や性格も似てますよね。

・『皆、抱き締めてっ!次元の……果てまでっ!』
マクロスfrontierのヒロインの一人、ランカ・リーの代名詞的台詞の一つのパロディ。もしかすると、本当にこの後四人は星間飛行を歌ったのかもしれません。


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第四十四話 触れ合いの中で分かる事

ネプギア達が出演したライブは、大盛況の内に幕を閉じた。勿論出演者はネプギア達だけじゃないし、出演者だけでライブが成り立つ訳でもないけど…それでもやっぱり、盛況となった理由の一つにはネプギア達の存在があると、贔屓目無しに私は思う。…途中現れた不審者達は…丁重にお帰り頂いた。「うるせぇ!いいからやっちまうぞ!」みたいな事言って仕掛けてくるタイプじゃなくて、「ちっ…いいよ悪かったな、あばよ」みたいな事言って帰ってくれる人達でほんと良かった…。

で、今私達は……

 

「みてみてロムちゃん!チョコフォンデュがあったの!」

「え…どこどこ…?」

「偶には色々気にせず甘いもの食べるのもいいわね」

「色々?……太ったの?」

「太ってないわよ!いや確かに気になる事の中に体重は入ってるけど!」

 

リーンボックスの高級ホテルで開かれている、スイーツバイキングに来ていた。

 

「…でも、私達まで良かったの?今回の依頼はライブに出演する事で、その依頼を請け負ったのはネプギア達四人なんだよ?」

「良いんですよ。報酬目当てで依頼受けた訳じゃないですし、わたし達だけで行くのも気が引けますもん」

 

今日のスイーツバイキングはライブの出演者やある程度のスタッフさん達限定の貸し切り状態で、出演していたネプギア達はともかく(というか、むしろこっちにも来て下さいと頼まれていた)、自主的に警備に協力していただけの私達は来ていいのかどうか怪しいところ。でもそこで、わざわざネプギアが私達も来ていいか訊いてくれた事で私達にも声がかかった…というのがここまでの経緯。スイーツバイキングという、女の子にとってのご褒美を頼んでもいないのにお膳立てしてくれたネプギアには感謝せねばなるまい…。

 

「それに、ライブの主催サイド的には元から来てもらって構わなかったみたいですよ?イリゼさん達が警備に当たってくれなかったら、不審者の件がもっと大事になってただろうから…って事で」

「あ、そうなんだ。不審者の存在は偶然だし、大事にならなかったのはあの人達が言葉だけで帰ってくれたおかげでもあるのに…」

「それでも感謝してる、って事ですよきっと」

「それもそっか…うん、それなら私も気兼ねなく食べられるかな」

 

無理言って来ている(と考える)のと、ウェルカムな中来ているのとでは箸(フォークだけど)の進み方が全然違う。そして今回が後者である事に一安心した私は、心のままにケーキやら果物やらをお皿に乗せて至福のスイーツタイムを……

 

「…ねぇちょっと」

「むぅ?」

 

丁度ケーキを口に運んだところで話しかけられた私。誰だろう…と思って声がした方を向くと、そこにはチョコフォンデュを手にしたロムちゃんラムちゃんがいた。

 

「…お、おはなしが…あります」

「お話?……あ、このプチシュー欲しいの?」

「ちがうわよ、プチシューはさっき食べたもん」

「そうじゃなくて…まじめな、おはなし…」

 

普段二人は私に話しかけてくる事なんて殆どないし、私も女神候補生全員に話をする事はあっても二人に限定して話をする機会はあんまりなかったから、まずは「お皿の上の物についてかな?」なんて思った私だけど……どうやらそうじゃないみたい。

 

「そっか…真面目なお話って?」

「…リーンボックスでやることおわったら、もう四つのくに全部まわったことになるのよね?」

「うん、厳密に言うとプラネテューヌでは活動してないけど…プラネテューヌは旅に出る前から色々やってたからね。四ヶ国を回る旅はここが最後だよ」

「じゃあ…おねえちゃんたち、たすけに行く…?」

「それは…えーっと、ね……」

 

ロムちゃんとラムちゃん、二人の双眸が私を見上げる。その問いからは、その瞳からは、姉との…ブランとの日々を早く取り戻したいという思いがひしひしと伝わってくる。

二人は、本当に真剣だった。それはもう、きっと最初は話しながら食べようと思っていたであろうチョコフォンデュの存在も忘れてしまう位には。二人に忘れられたチョコフォンデュは、たらりとマシュマロから棒へとそのチョコを伸ばし、そのまま二人のちっちゃな手へ──

 

「って、二人共チョコ垂れてる垂れてる!一回置くか食べるかしようか!じゃないと手がべとべとになっちゃうよ!?」

「わわっ!?ぼうまでフォンデュになってる!?」

「手べとべと、やだ…!」

 

私の声で気付いた二人は慌ててチョコフォンデュを口に放り込み、その後棒をお皿へと手放した。……せ、セーフ…。

 

「もう、二人共持ってる物忘れちゃ駄目だよ?」

「う、うん…それで、どうなの?」

「……うん、えっとね…勿論、次の大きな目標はブラン達の救出だよ。けど…まだ、すぐ助けに行く訳じゃないの」

「…そう、なんだ……」

 

ネプギア以外の候補生にも協力してもらえる様になって、シェアも犯罪組織台頭前にはまだ劣るものの、ある程度の回復が出来た。……はっきり言って、奪還に最低限必要な戦力にはもう達しているというのが今の状況。だけど、まだ奪還の前にすべき事も待つ事もあると私は思っている。だって、守護女神四人を奪還すればそれで万事解決…とはいかないから。

 

「……ごめんね、二人共」

 

幾ら女神候補生と言っても、二人はまだまだ子供。二人にとってそれは望んでいない回答だったんだろうな…と思った私は、深く考えず二人に謝ってしまう。でも……それは、私が二人の事をよく分かっていない事の証明でしかなかった。

 

「…ごめんって、何がよ?」

「え……?」

「わたしたち、何もいやなことされてないわよ?むしろ安心した位だし」

「うん。すぐじゃないなら、安心…」

「え?え?」

 

怪訝そうな表情を浮かべるラムちゃんと、安堵の声を漏らしたロムちゃん。私は二人が不満そうな様子になるんじゃないかと思っていたから…つい、身を乗り出して訊き返してしまった。

 

「……それ、本心…?」

「……?…うん…」

「…二人は、早く助け出したいから訊きに来たんじゃないの?」

「はぁ?わたしたちはいつ行くかききに来ただけよ?あんまり短いと、もっとつよくなれないもの」

「強く……?」

 

予想とは違う反応が続いて動揺する私へ、二人は何を言ってるんだろう…みたいな顔付きのまま言葉を返してくる。

 

「そうよ、だってたすけに行ってもかえりうちになったら台無しでしょ?」

「つよくなれば、おねえちゃんをたすけられるかのうせい…上がるから」

「……っ…そっ、か…うん、そりゃそうだ…そうだよね…」

『……?』

 

仮にまたネプテューヌ達の元へ行けても、返り討ちになるようじゃ意味がない。強くなれば、障害の排除も上手くいくから助けられる可能性が上がる。それは当たり前の事で、誰だって分かる事。……なのに、私は二人がそれも分からない程子供だって勝手に思っていた。

 

(…いや、違う…私は二人を過小評価してたんじゃなくて…それが過去のものだって事に、気付いてなかったんだね…)

 

ロムちゃんもラムちゃんも、ネプギアやユニとの触れ合いによって変わった。それが今まで持っていなかったものを得たのか、封じ込めていたものを再び手にしたのかは分からないけど…間違いなく、変わっていた。……それを気付きもしないで、候補生達を導こうなんて…自分の至らなさを思い知らされるね。

 

「…二人共、私に師事するつもりはある?」

「しじ?…えっと、じゃあジュース取ってきて」

「そっちじゃないそっちじゃない…私が特訓相手になってあげようか、って事」

「…イリゼ、さんは…魔法、つかえるの…?」

「ううん、確かに魔法の先生役は出来ないけど…敵役なら出来るよ?」

「…それは悪いはなしじゃなさそうね。イリゼはおねえちゃんがみとめるじつりょくだし、相手にとって不足なしかも」

「うん…動かないまとより、すばやいまとの方が…くんれんに、なる…」

(あ……私は師匠とか先生ポジとしては見られてないんだ…)

 

二人が向上心豊富なのは大変良い事だけど……私を『ブランが認める実力者』って思ってくれてるなら、もうちょっと目上の人として扱ってくれないかなぁ…。

 

「…まぁ、今はいっか。訓練となれば本気で相手するから、二人も頑張るんだよ?」

「…くんれんの時は、こわくなる…?」

「うーん……少なくともネプギアとユニにそういう感じの事を言われた経験はないかな」

「なら…えと、よろしくおねがいします(ぺこり)」

「ふふん、わたしたちのコンビネーション、イリゼにやぶれるかしら?」

「ならそのコンビネーション、楽しみにさせてもらうね。それじゃ話はこの位にしようか、折角のスイーツバイキングなんだしさ」

 

私がそういうと、二人はスイーツが並んでいるテーブルに向かって走っていった。ほんとに二人はいつも元気一杯。

 

「スイーツは逃げないんだから、走らないでー…って言っても、二人の耳には届いてないかなぁ…」

「届いてないでしょうね。物理的じゃなくて、認識的に」

「だよね……ってわぁぁ!?ゆ、ユニいつの間に!?」

「あ……す、すいません。来たのは今さっきです…」

 

独り言にまさかの返答が来てビビる私。丁度ロムちゃんラムちゃんと入れ違いになる形で私の所に来ていたらしい。わ、私に気付かれずこの距離にまで来るなんて…まぁ、殺気や敵意があったら本能的に気付いてただろうけど。

 

「そ、そう…次からは視界に一度入ってから言ってくれると嬉しいかな…」

「気を付けます…それで、二人と何を話してたんですか?」

「リーンボックスでの活動が終わったらすぐ姉を助けに行くのか、って質問されたからそれに答えてたんだよ。後半は違う話になってたけどね」

「…すぐ助けに行くんですか?」

 

ぴくり、と眉を動かした後ユニは、二人と同じ問いを口にする。当然私は二人に話したのと同じ内容を答え、ユニはそれを頷きながら聞いてくれた。お分かりの通り、ユニは冷静に『まだすぐ助けに行く訳じゃない』…という事を受け止めている。

 

「……分かりました。功を焦れば隙が生じる…って事ですね」

「それもあるし、助けたからって犯罪組織が消える訳じゃないからね。…ユニは今すぐにでも助けに行きたい?」

「…気持ち的には、勿論そうですね。けど、それは軽率な行為だって分かってますから」

 

ユニは、私達がラステイションに来る前からずっと冷静に、犯罪組織に対して現実的な対処を行なっていた。生まれてからの時間は他の三人と変わらない筈なのに、ここまで大人なのは生まれ持った性格なのか、ノワールの教えの結果なのか……何れにせよ、私はユニが理性的なおかげで色々と助かっている。これが自分の感情を上手く出せない…とかなら問題だけど、候補生同士で話してるところを見る限り、その心配はなさそうだしね。

 

「…でも、助けるってなったら一気呵成に進めるから準備は万端にしておいてね?」

「勿論です。……それで、なんですけど…一つ訊いてもいいですか?」

 

さっきの双子と同じ様に、真剣な表情でそういうユニに私は頷く。……一瞬、ユニにもプチシューが欲しいの?と訊いてみようかと思ったけど、なんかそうしたらユニからの信頼がちょっと落ちそうだったから止めた。…まだまだ私は適切なボケを思い付く能力も、物怖じせずボケる度胸も足りないみたい…。

 

「…どうぞ」

「はい。…前から気になってたんですけど…やはり、もう少し犯罪組織に対しては厳しく対処した方がいいんじゃないですか?」

「…ユニは、厳しく対処した方がいいと思ってるの?」

「はい。…あ、いや一緒に旅して『やっぱりネプギアの思想は甘過ぎる』って思ったとかじゃないですよ?」

 

ネプギアの甘さは短所ですけど、短所と長所は表裏一体ですからね、とユニは付け加える。

 

「個人とか、その場その場のレベルじゃなくて、もっと大局的に見ると…その……」

「…規制や制裁が緩いから、犯罪組織をのさばらせてしまってる…って事?」

「ストレートに言えば、そうですね。そりゃ、厳し過ぎる規制や制裁は第三者やライトな支持層からも批判されるんでしょうけど…」

 

あくまでアタシの個人的な考えですよ?…というニュアンスを込めたユニの意見は、特に間違ってはいない。それどころかむしろごもっともと言える考えで、実際法や民意に添う形で犯罪組織の取り締まりを強化する術は確かにある。でも…今はそれをしていない。出来るけど、していない。

 

「…犯罪組織は大きい上に一筋縄じゃいかない相手だからね。半端に取り締まったところで捕まえられるのはきっと末端の人間ばかりになるだろうし、本格的に動けない以上いたちごっこにしかならないのが関の山なんだよ」

「そうかもですけど、何もしないよりは意味があるんじゃ…」

「何もしないのも意味があるんだよ。…ユニなら、分かるんじゃないかな?」

「…何もしない、意味…?」

 

何もやらないよりはいい…というのは色々な場面、色々な創作で使われる言葉だけど、それはいつでも通用する言葉じゃない。どんな事だろうとやろうとすればその分の時間を消費する事となるし、スタミナを消費する事にだってなる。もし何か組織を動かすなら資金やら設備を使わなきゃいけない事にだってなる。時間、なんてのは言い出したらキリがないけど……世の中何にも消費せずに何かを進める事なんて不可能なんだから。それに…何もしないのは、何も選択しなかったんじゃなくて、動かないという選択を取ったとも言える。

 

「……力の温存、犯罪組織の油断を誘う…後は、チャンスを待つ…とかですか…?」

「そう、ざっくり言えばそういう事だよ。…今教会は、犯罪組織を壊滅させる為の準備を、策を着々と進めてる。決して日和ってる訳でも対応を後回しにしてる訳でもなくて、規制や制裁が緩いのも理由があるの。だから、大丈夫」

「…なら、教会はアタシ達にも詳しく教えてくれればいいのに…」

「余計な事で頭悩ませなくて済む様に…っていう配慮だよ、それは。私だって詳しい部分はイストワールさん達に任せてるから、策の全容を知ってる訳じゃないし」

「よ、余計な事って…でも、そういう事だったんですね。それなら納得です」

 

私の説明は悉く細かい部分が抜け落ちているけど…それでもユニは納得してくれた。それは多分、今の緩い対処にもきちんと理由があると私が説明したから。ユニの不安が私の言葉で撤回されたから。…ほんと、ユニの理解の良さは姉譲りだね。

 

「…ユニ。ロムちゃんラムちゃんは勿論、ネプギアも少し感情に流され易い部分があるから、これからもストッパー役を頼むよ?」

「任せて下さい。ガンナーは味方の動きを見れるのが長所の一つですからね」

 

そう言ってユニは得意げな表情を浮かべて、私の所から去っていった。ユニの持つお皿はもう空になってたから、双子同様またスイーツを取りに行ったんだと思う。

 

「……珍しく、候補生四人と立て続けに話したなぁ…」

 

長らくお皿の上で待機していたプチシューを口に運びながら、ふと考える。ネプギアは住んでいる場所が同じだから、これまでにも色んな事を話したし人となりもよく知っている。そのネプギアと比較すると…多少は仕方ないとはいえ、やっぱりユニ、ロムちゃん、ラムちゃんと接する機会が少なかったんだよね、私。……三人は、私をどこまで信頼してくれてるんだろう…。

 

「……って、今それを考えてたらスイーツバイキング終わっちゃうか」

 

それを考えるのも大切だけど……折角のスイーツバイキングなんだから、甘いものを堪能するのも大切。そう思って私は立ち上がり、新たなスイーツを取りにいくのだった。さてと、二人の持ってたチョコフォンデュ美味しそうだったし、私も貰いに行こうかな〜。

 

「えー、申し訳ありませんが、現時点をもってチョコフォンデュは終了しました。バイキングはまだ時間がありますので、皆様は今暫くご堪能を」

 

────嘘ぉ…。

 

 

 

 

「いい?今すぐではないとはいえ、お姉様を助けに行くのは貴女達なの。油断も慢心も厳禁よ?」

『は、はい……』

 

リーンボックスでの活動も終わりとなり、出発の時となった。…チカさん、見送りしてくれるのは嬉しいですけど…ネプギア達が気圧されてますよ…。

 

「まぁ、あまり気負わないで下され。女神とは常に余裕を持って優雅であればこそ、ですぞ」

「いい事を言うね、イヴォワール。そう、胸も女性が優雅な立ち居振る舞いをすればする程魅力を増すというものさ」

「だが同時に、優雅な立ち居振る舞いでなければ魅力が減るという訳でもない。胸の魅力の発揮方法は、一つではないのだ」

「あぁ、そうだね兄者」

「あんた等は何をしにここにいるのよ…」

 

チカさんの他にも、イヴォワールさんと兄弟の二人も見送りに来てくれた。……けど、イヴォワールさんはともかく兄弟の二人は…ほんとに、何しに来たんだろう…後珍しく男の人が多い…。

 

「え、えっと…取り敢えず、皆さんお世話になりましたです」

「…どっちかって言うと、お世話になったのはアタクシ達だけどね」

「そ、そんな事ないですよ。というかわたし達がした事は、全部女神として当たり前の事ですから」

「そうそう、ひとだすけをしてこそ女神よね」

「それに、アタシ達も色々助けられたもんね。そういえば、ケイブはいないの?」

「呼んだかしら?」

「あ、いた!…ってあれ?」

 

REDの声に反応したのは、いつの間にか来ていたケイブ本人。来てくれたんだ、と思ってそちらを向くと……何故か、そこには5pb.さんもいた。

 

「あ、えっと…お、おはようございます…」

「おはようございます…何故5pb.さんがここに?」

「それは、その…」

「…5pb.、私から言ってもいいけど…」

「…ううん、ちゃんとボク自身で言うよ。…すぅ、はぁ…」

 

どういう訳かもじもじとしている5pb.さん。それを気にしてケイブが何かを代弁しようとしたけど…5pb.さんは首を横に振る。そして、私達が何の事だろうと気にする中……

 

「ぼ、ボクも皆さんに協力させて下さいっ!」

『……へ?』

 

……パーティー加入の申請を口にした。…し、シンガーさんが何故…?

 

「えと、5pb.さん…理由を教えてもらえますか?流石に今の言葉だけじゃ何とも…」

「…ボクは、リーンボックスの為に…ベール様不在のリーンボックスを守る為に歌ってたんです。でも、頑張っても現状維持がやっとで……ボク自身も、行き詰まりを感じながらも『ただのシンガーがこれだけ出来れば上等だよね』って心のどこかで妥協してたんです。でも…」

「…でも?」

「あの日、ボクはネプギアさん達の歌う姿を見ました。あの時はボクも出演しなきゃだったから、考える余裕はなかったけど…それでも、凄いって思ったんです。殆ど即興状態なのに請け負って、役目を完遂して、その上であれだけの声援を…本職じゃないのにあれだけ人の心を動かした皆さんの姿に感動したんです。……シンガーとして、ちょっと嫉妬しちゃう位には」

「し、嫉妬なんて…」

「そうですよ、あれはまぐれですって」

「まぐれでも、人の心を動かした事には変わりないよ」

 

ネプギアとユニが謙遜するけど、5pb.さんは首を横に振る。最初はケイブの陰に隠れていた彼女は、話していく中で少しずつ身体を陰から出し、口ぶりもしっかりしたものに変わっていった。

 

「…きっと、皆さんがあんなに輝いていたのは、妥協なんてせずに、よりよい結果を目指してたからです。ボクにはそう思えました。だから……ボクも、リーンボックスの為に…もっと多くの人へ、世界中の人へ、妥協無しに歌を届けたいんです」

「…それは素晴らしい事だと思います。でも、私達の旅は…」

「大丈夫です、ボクも少しは戦えますから」

「…ケイブ、そうなの?」

「えぇ、かなり独特な戦い方だけど…足手まといにはならないと思うわ」

 

ケイブがそういうなら、戦闘能力的な問題はないと思うし、思いをこうも熱弁されたら無下には出来ない。そうなると後は、皆の意見だけど……皆の顔を見たら、わざわざ訊くまでもない事は明白だった。だから、私は皆を代表して……告げる。

 

「…分かりました、そういう事なら……宜しくね、5pb.」

「は…はい!こちらこそ宜しくお願いします!」

「良かったわね、5pb.。それじゃ、私も気を引き締め直して今後とも協力させてもらうわ」

「うん。…って、私も?」

「えぇ、そうですよね?」

「うちには候補生がいないから、その代わりの同行者…という事よ。リーンボックスの面子的な問題もあるから、貴女達は特命課に迷惑が…なんて思わなくていいわ」

 

…という事で、5pb.の加入とほぼ同時にケイブの同行続行も決定した。……あ、という事は遂に今回のパーティーも二桁に?

 

「…賑わいが更に大きくなりそうだなぁ…」

「辛気臭いよりはいいんじゃない?…っていうか、5pb.は事務所的な問題はないの?事務所に所属しているのかどうかは知らないけど…」

「あ、それに関しては各国不定期ツアーって事になってるので…」

「そ、それが理由として成り立つんですね…芸能人凄いです…」

「あはは…さて、じゃあ行こうか」

 

二人共同行の準備は出来てる…という事で、私達は出発。チカさんにイヴォワールさん、兄弟の二人に見送られながら私達は次の目的地へと向かう。

遂に揃った女神候補生。前回の旅より速いペースで突破した、パーティーメンバー二桁の壁。そうして確かにパーティーとしての賑やかさを増した私達は、リーンボックスを後にするのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜わたしたちのコンビネーション、イリゼにやぶれるかしら?」
ポケットモンスターシリーズに登場する双子、フウとランの台詞の一つのパロディ。ロムとラムなら名前的に、ゼクロムとレシラムを使ってきそうですね。

・〜〜女神とは常に、余裕を持って優雅であればこそ〜〜
Fateシリーズに登場する家系、遠坂家の家訓のパロディ。ベールはこの台詞似合いそうな気がしますね。趣味方面は優雅どころか完全に俗物的って感じですが。


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第四十五話 再会は災難の先に

リーンボックスを出てから数刻。来た時は六人だったパーティーは十人となり、遂に端から見ても「ん?なんだあの集団…」みたいな状態になった。…人数的にはわたし達候補生が参加してなかった前のパーティーの方が多いんですけど、ね。

 

「ほぇぇ…じめん、がたがた…」

「どかーん、ってなったかんじよね。ちょっとわたしたち見てくるからー!」

「あ、こら!衝突面は崩れ易いんだから気を付けなさい!…ちょっとアタシ、二人を見てきます!」

 

国境管理局で手続きを待つ最中、リーンボックスとプラネテューヌの大陸衝突面が気になり走っていってしまうロムちゃんとラムちゃん。それにいち早く気付いたユニちゃんは、イリゼさん達に声をかけつつ二人を追いかけていく。その時わたしは荷物をごそごそしてたから……

 

「…ものの数秒で置いてけぼりになっちゃった……」

 

置いてけぼりといってもイリゼさん達は国境管理局の中にいるから、一人ぼっちって訳じゃないけど…ロムちゃんラムちゃんが合流してからは候補生四人で行動する事が多かったから、その三人が突然離れてしまうと何か疎外感みたいなものを感じてしまう。

 

「多分五分もすれば戻ってくると思うけど…どうしよう、わたしも行こうかな…?」

 

ちゃんと行ってくるって言えば、イリゼさん達は怒ったりせず送り出してくれると思う。行く理由が『三人に置いてけぼりにされて疎外感が…』ってのはちょっと恥ずかしいけど、一人でぽつんと待ってるのもそれはそれで嫌だもんね。

そう思って立ち上がったわたし。けれどそこでわたしは見知らぬお爺さんに話しかけられた。

 

「…少し、宜しいですかな?」

「はい?……えと、貴方は…?」

「ただのしがない老人ですわい。ついでに言う事があるならば、遠出の帰りのパープルハート様信者…といったところですな」

「お、お姉ちゃんの信者さん…ですか…」

 

わたしは今、知らない人(しかも異性)にいきなり話しかけられたという状況だけど…お姉ちゃんの信者なら、無視して離れる訳にはいかない。それに、欲情してたり凶器ちらつかせてたりしてる訳でもない人を一纏めに『怪しい人』って片付けるのもあんまり好きじゃないし、用事を聞く位はしてあげようかな。何かあってもここならなんとかなりそうだし。

 

「お姉ちゃんに何か伝えたい事があるんですか?」

「いえ、ただ少し訊いてみたい事があるだけなのです」

「訊いてみたい事?」

「えぇ。こほん…もし命と引き換えに、世界を救えるとしたらどうしますかな?」

「え……?」

 

お姉ちゃんの信者でわたしに話しかけてきたんだから、訊いてみたいというのもお姉ちゃん関連かな…と思っていたけれど、質問はわたしの予想とは全く違うものだった。…命と引き換えに、世界を…命と世界を、天秤にかけるって事……?

 

「例えば、の話です。その答え次第でどうこうする訳でもありませんから、心理テスト感覚で答えて下され」

「し、心理テストとして考えるには内容が重過ぎる気が……でも、そういう事なら…もし、それしか手段がなかったら、きっと……」

「ふむ…流石パープルハート様の妹君、その様な方に守ってもらえる事に感謝致しますぞ」

「い、いえ…それが女神の務めですから…」

「謙遜ならさずですぞ。…では、もう一つ質問を……パープルシスター様。その命というのが自分ではなく、自身の味方をしてくれる人のものならば…どうですか?」

「……それは…」

 

さっきお爺さんは、心理テスト感覚でと言っていた。その後今度は本気で…とは言ってないし、この質問もきっと軽い感じで答えればいいんだろうけど……例え心理テストだったとしても、それは簡単には答えられない。

ユニちゃんに、ロムちゃんに、ラムちゃん。お姉ちゃんや女神の皆さん、わたしと一緒に旅をしてくれる人や教会の皆さん。色んな人が頭に思い浮かぶし、わたしはその内の誰にも死んでほしくない。でも…人や女神も世界の一部だから、世界を救えなかったらその時は自分含めて皆が死んでしまう。つまり……この問いは、初めから世界と天秤にかけられてる『誰か』は必ず死んでしまう…誰かが死ぬ事が前提の問い。

 

(……それが前提なら、考えるまでもない事。何か一つ失うのと、その一つを含めた全部を失うのとなら、比較にすらならない。…だけど…そんなのって…)

 

考えるまでもないけど、それは選べない。だって、そんなの悲し過ぎるから。選んでしまったら、わたしは絶対後悔するから。例え世界を救えても、それでめでたしめでたし…なんて言える訳がない。────でも、それでもやっぱりわたしには、誰かを犠牲にする事を突っぱねられなくて……

 

「……分かりません、その時わたしがどうするか…でも、一つだけ言える事があります」

「…と、言いますと?」

「わたしの尊敬する人は、尊敬する人達は…絶対、どっちも選ばないと思います。選べず終い、って意味じゃなくて…誰も犠牲にしないで世界を救う、第三の選択肢を選ぶって思ってます。……ごめんなさい、質問にちゃんと答えられなくて…」

「お気になさらずとも宜しいのですよ。これは正しさを求めている訳ではない、答えの無い問いなのですから。…さて、老人のくだらない会話に付き合って下さりありがとうございました。儂はそろそろ行くとします」

「あ、はい…あの、一人で大丈夫ですか?」

「これでも足腰は丈夫なのですぞ。それに、女神様の尽力のおかげで多少遠回りにはなりますが、ある程度の安全が保障された道も出来ましたからな。そこを通って帰るとします」

 

そう言ってお爺さんはわたしへ深いお辞儀をして、プラネテューヌ側の出入り口へと歩いていった。言葉通りお爺さんの足取りはしっかりしていて、確かに途中で倒れたりする心配はなさそうに見える。…まぁ、考えてみればこんな場所にいる時点でヨボヨボじゃないのは分かりきった事だけど…。

 

「……にしても、あの質問は何だったんだろう…」

 

人や世界の命運なんて、暇潰しのお喋り…にしてはあまりにも重過ぎる内容で、気軽に、しかも偶々あった初対面(一応お爺さんの方はわたしを知ってた様子だけど)の人に振る話題としては最悪もいいところ。こんな話題を振るなんて……や、やっぱり怪しい人だったのかな…わたし何もされてないけど…。

 

「…………」

 

わたしは結局、答えを出せなかった。お爺さんはあの答えでも満足してくれたみたいだけど、言ったわたし自身は満足出来てない。

お姉ちゃんやイリゼさん達ならきっと選ぶ、第三の選択肢。それは勿論わたしも思い付いたし、実際ユニちゃんと決闘した時はそれに近い言葉を口にした。でも、目の前にいる人や自分の国じゃなくて世界規模での話って認識で、落ち着いた状態で改めて考えたら……自分の意見として第三の選択肢を口にする事が出来なかった。ただの雑談だって分かっていても、その選択肢の重みがわたしにのしかかって言えなかった。

 

(…そう、だよね…第三の選択肢を選ぶって事は、まずそれを発生させる為に時間を費やさなきゃいけなくて、しかも時間をかけたって第三の選択肢が現れる保証もなければ実現出来る保証もない。それにもし、第三の選択肢を追求したばっかりに世界の危機に間に合わず、最小の犠牲で救えた筈の世界を守れなくなったら……その時は、どうしようもない位の責任と後悔が襲ってくるんだから…生半可な覚悟で、それを選べる訳がないんだよね…)

 

そう、わたしにとっては重過ぎるその選択肢。それを、わたしの尊敬する人達ははっきりと口にする事が出来る。多分、一人一人その言葉に対する捉え方や覚悟は違うんだと思うけど、どの人も言葉の重みに負けないだけの強い思いがあるから言えてるんだってわたしは思う。

 

(今は、まだ言えないけど…いつかはわたしも、自信を持って言える様になりたいな)

 

それがいつになるかは分からないけど、もしかしたらわたしが思ってる以上に困難な事かもしれないけど、それでもわたしは目指したい。だって、わたしは女神候補生なんだから。憧れの人に追い付ける様に頑張らなきゃ、候補生じゃないもんね。

そうして数分後。ユニちゃん達が戻ってきたところで手続きも終わって、わたし達は国境管理局を後にした。

 

 

 

 

私達は舗装された道を通る事も時々あるけど、基本は安全が保障されてない最短ルートを選んでいる。それは単純に最短ルートだから…っていうのもあるけど、犯罪組織構成員に見つかってしまう事を回避する(きちんと舗装された道は一応の安全が確保されてる分、少ないけど人の通りもある)為でもある。折角偽情報を流して行き先を撹乱してるんだから、実際の移動中に見つかる訳にはいかないんだよね。

 

「5pb.、歩き疲れてたりはしない?」

「あ…うん、大丈夫だよ」

「貴女案外体力あるのね。元々部署が部署のケイブはともかく、シンガーもスタミナ関係には気を付けてるの?」

「それは、えっと…大衆の前で何曲も歌って、場合によってはギターも弾いてってなると、それなりにスタミナがないとやっていけないからかな…」

 

ケイブに気遣われていた5pb.だけど、彼女の言う通り辛そうだったり無理をしてたりする様子はない。……というか、それよりも…

 

「…ほんと、ステージの上ではあれだけはきはきしてたのに、実は人見知りだったなんてね…」

「う…す、スイッチが入れば平気、なの…でもどうしても普段は駄目で…」

「あー、スイッチっていうのは分かるよ?私も偶に大衆の面前に出たりするし。…それで、敬語が取れたのは多少なりとも緊張が解れたって解釈で…」

「う、うん。それで合って…ます」

「それは良かっ……どっち!?今合ってると間違ってるが混在してたよね!?どっちなの!?」

 

内容的には肯定され、口調的には否定されてしまった。…なんという高等テク、これが狙ったボケだったとしたら即うちのパーティーにおけるボケ&突っ込み最前線で活躍出来る人材だよ5pb.……。

 

「…そういえば、イリゼちゃんも前より誰かと打ち解けるのが早くなったですね」

「そう?……って、それもしや敬語とかさん付けな事?」

「はいです。何か理由があるんですか?」

「理由っていうか……やっと人との距離感を掴める様になった、的な…?」

「遅っ!ここにきてやっとなの!?イリゼあんた遅くない!?」

「い、いや違うの!距離感を掴める様にっていうか、もっと単純な…そう!相手がフレンドリーにきてるのに暫く敬語さん付けのままとかそっちの方が相手には失礼だって思うようになったの!…ってこれもこれでなんか違う!違うよ!」

「違うよ!って…なんで今私怒られたのよ…落ち着きなさいイリゼ…」

 

自分自身としては、それなりに理由があったつもりだったけど……いざ訊かれたら、自分でもよく分からなくなってしまった。…で、ご覧の通りテンパりイリゼちゃんの完成です。笑ってやって下さい。

…………。

 

……ごめんなさい嘘です、やっぱり誰か慰めて…。

 

「イリゼって、偶に突然余裕を無くすよね。何かの発作かな?」

「ほっさ…?…イリゼさん、びょうきなの…?(しんぱい)」

「や、止めてあげなさいロム…イリゼさん、アタシ達は気にしてませんからね?」

「そういうフォローはむしろ辛いよユニ……」

「んもう、おねえちゃんのなかまのくせになさけないわね。ほら、水いっぱいあるわよ?」

「わー凄い…って私は赤ちゃんか!そんなの知ってるよ!さっきからずっと見えてたよ!…うぅ……」

 

傷心の私へ投げかけられたのは、温かな態度ではなく言葉のリンチだった。皆悪気はない…というか少なからず心配してくれてたり慰めようとしてくれてたりはしたけど、言葉選びのせいで完全に追撃だよそれは……。

そんなこんなで私はちょっぴりしょんぼりモード。歩きながらぼんやりと海岸線を眺めていると(別にラムちゃんに言われて気になった訳じゃない…)、ネプギアが隣にやってくる。

 

「その…元気出して下さい、イリゼさん」

「うん…そのうち出てくるだろうから、それまで待ってて…」

「り、リポップみたいなシステムなんですね、イリゼさんの元気……えっと、ラムちゃんの言葉じゃないですけど、海とか山とか見ると気分が晴れるって言いますよ?」

「それは、まぁ…でも即元気になれる訳でもないから…」

「流れ着いた物見るのもいいかもですよ?ほら、流木に貝殻、海藻になんと人まで海岸線に落ちてるじゃないですか」

「手紙の入った瓶でも落ちてたら面白そう……ん?」

「それはちょっとロマンチック……あれ?」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

『……人!?』

 

目を剥いた状態で裏返った声を上げた私とネプギア。突然私達が素っ頓狂な声を上げたものだから、皆私達を変な目で見てきたけど…それどころじゃないよ!

 

「い、イリゼさん!人って海産物でしたっけ!?」

「な訳ないでしょ!あれは絶対溺れたか何かでここに流れついた人だよ!」

「あんた達、砂浜眺めて何叫んで…って、あれまさか人…?」

 

私達に遅れる形で皆も倒れている人に気付き始める。そして数秒の後、視線を交えた私達はその人の所へと走っていった。その理由は勿論、助ける為。

……が、その人の所に到着し、上半身を起き上がらせたところで私達は愕然とする。

 

『え……ファルコム(さん)!?』

 

倒れていたのは赤いショートカットの髪を持つ女性。近寄った時点で何か引っかかりは感じていたけど、顔を見たらやはりその人はファルコム…それもラステイション滞在中に出会った、大人の方の彼女だった。偶々別次元組の一人と同一人物である人と旅の中で出会って、しかもその人は偶々私達の欲しかった情報を持ってて、おまけに暫くした後その人が倒れているのを偶々私達が見つけるって…一体どんな偶然なの!?これ確率的には天文学的数字になるよね!?…って、今はそんな事気にしてる場合じゃない…。

 

「と、取り敢えず脈と呼吸…コンパ、脈拍確認してくれる?」

「勿論です!イリゼちゃんはファルコムさんの体勢をそのままにしておいて下さいです!」

「うん、呼吸は…良かった、ちゃんとしてる…」

「脈拍も大丈夫です、でもかなり身体が冷えちゃってるです…」

「だね、早くなんとかしてあげないと…」

 

呼吸と脈が確認出来たから、既に絶命してた…という最悪の事態は回避出来たけど、このまま放っておいたらファルコムの状態が悪化するのは間違いない。そう考えて私は皆に目を向ける。

 

「こういう時は…多分まず水だよね、誰か水ある?」

「こういう時は王子さまのキスじゃないの?」

「王子様はいないしファルコムは白雪姫じゃないよ…水とか水分とかない?」

「ごめんなさい、さっき持ってきた物は飲んでしまってないわ…」

「お水…あ……こ、これで足りる…?」

「う、うん…足りる足りない以前に、ロムちゃんが手に汲んできてくれたのは海水だよね…出来れば塩分濃度の濃い水分は避けたいかな…」

「うーん……ねぇ、もうただの砂糖水もどきになってるこれでも大丈夫かな?」

「ほう、炭酸抜きコーラですか…えぇいもそうそれでいいよ、飲ませてあげて!」

「任せて!見知らぬ女の子でもピンチならアタシが助けなきゃね!」

 

紆余曲折の末、やっと出てきたのは緩くなった酸抜けコーラ。ほんとは水とかお茶とかが良かったけど…なんかこの調子だとベストな水分が出てくるまでにかなり時間がかかりそうだったから、ここは妥協。…ファルコムにとってはREDと間接キスする事になるけど…うん、間接キスならセーフだよファルコム。私だってそれ位の事は…それ位の、事は…それ、位の……

 

「…あぁぅ……」

「わわっ!?い、イリゼちゃんどうしたですか!?」

「ぼ、ボクが初対面の人と話す時と互角かそれ以上レベルで顔が赤くなってる…」

「ふぇっ!?な、何でもないよ!うん何でもない!一作目第四十二話の事思い出してただけだから!」

『何故にこのタイミングで!?』

「つ、追求しないで!お願いだから追求しないでぇ!」

 

間接キスからとあるキスを思い出してしまって、その瞬間に物凄く恥ずかしくなってしまって……結果、本日二度目のテンパりイリゼちゃん。正直ファルコムの肩を持っていなかったら、冗談抜きに某人見知りアイドルの如く穴掘って埋まろうとしてたと思う。

完全に取り乱してしまった私と、「え、いや…本当にイリゼ大丈夫…?」みたいな感じで手の止まった皆。色々インパクトが強過ぎたせいか誰一人として気を取り直す事が中々出来なくて、お互いだんまりの時間が────

 

「……っ…」

「あ…目を覚ましたみたいだよ!…ボクは面識のない人だけど…」

 

誰も雰囲気を変えられない中、一気に流れを変えたのは……他でもないファルコムだった。

 

 

 

 

「まさか、こんな形で君達と再会するなんてね…助けてくれた事を心から感謝するよ」

「気にしないで下さい。倒れてる人を見て見ぬ振りは出来ませんし、アタシ達には情報提供してもらった借りもありますからね」

 

ファルコムが目を覚ましてから数分後。私達は意識を取り戻したファルコムを連れて近くの木陰へと移動した。…熱中症とか脱水症状ではないから、日光を避ける必要はないんだけどね。

 

「偶々知ってた情報と命じゃ、君達が大損だよ。だからこの恩は必ず返させてもらうよ」

「だからいいって。…あ、カイロとか毛布とかは足りてる?カイロならもう少し余ってるわよ?」

 

アイエフの言葉に首を振り、もう十分だと伝えるファルコム。意識は戻っても当然体温は下がったままだから、私達は砂浜から運んだ後に毛布とルウィーで使い残したカイロを渡して、ファルコムに暖をとってもらった。…流石にこの段までくれば、私も大分落ち着いている。

 

「…それにしても、前に会った時より大分人数が増えてるね」

「わたしたちはルウィーの女神候補生なのよ、知ってるでしょ?」

「一応、ね。女神候補生が勢揃いなんて、何か重要な事でもしているのかな?」

「ちょっとね。…ファルコムこそどうしてあんな所にいたの?誰かに襲われた、とか?」

 

私達の知るファルコムは手練れで、目の前にいるファルコムからも戦い慣れてる様子を感じるから、そう簡単にやられるとは思えないけど…砂浜に流れ着くなんて、余程の事が無ければあり得ない。だから、場合によっては厄介事…それこそ犯罪組織が絡んでいるかもしれないと思った私はファルコムに問いかけてみたけど…返ってきたのは意外な答えだった。

 

「あぁ……ちょっと、ジンクスにね…」

「ジンクス?……え、まさかGN-X…?」

「えーっと…残念だけど違うよネプギア……そんな馬鹿なと思うかもしれないけど、あたしは『旅先で毎回船が難破する』ってジンクス持ちでね…今回も局地的な嵐に襲われてこうなった…んだと思う。途中で意識が飛んじゃったから、断言は出来ないんだけどね」

『……あー…』

「え、何その『それがあったか』みたいな反応!?」

 

RED、ケイブ、5pb.は驚きながらも同情的な視線をファルコムに向けていたけど…別次元組のファルコムを知ってる私達は、驚きより納得が先行していた(ロムちゃんとラムちゃんはジンクスとか難破がよく分からなかったのかきょとんとしてた)。…そういえばあのファルコムもそういうジンクスがあるって言ってたっけ…どの次元でも難儀なジンクス持ってるんだね…。

 

「あ、あはは…でもそれじゃ、荷物も殆ど流れちゃったって事ですよね?だ、大丈夫なんですか?」

「心配ご無用だよ、幸か不幸か毎回最低限の荷物は残るし、ジンクスを見越して今じゃ最低限の物しか持たないようにしてるからね」

「た、逞しいです…」

「けど、残るのはほんとに最低限だからね…暫くは困窮生活かな…よいしょ」

「え……ファルコムどこへ?」

「取り敢えずは食料確保かな。多少だけど体力回復出来たし、日の出てる内にやれる事をしておこうと思ってね」

 

そう言ってファルコムは毛布を下ろし、ファルコムと一緒に私達が運んだ荷物をまとめ始める。この散々な事態にあってもすぐ立ち直ってる辺り、確かに逞しいというか慣れ過ぎというかだけど……うーん。

 

「…この人、かわいそう…」

「だよね…イリゼさん、わたしこのままファルコムさんと別れるのは嫌です」

「ボクも、これでお終いは心苦しいかな…」

「私も同感だよ。だから……ねぇファルコム、一つ提案があるんだけど…」

「提案?」

「うん、ここでの再会も何かの縁だし…私達のパーティーに入らない?私達もこのままじゃ後味悪いし、ファルコムにとってもそっちの方が色々楽でしょ?」

「それは……君達に迷惑だったりは…?」

 

驚いた様な表情でそう訊いてくるファルコムに、私達は肩を竦めながら笑みを見せる。ファルコムなら……いや、誰だってこうして見せれば言わずとも分かるよね。…そんな事は、なにもないって。

ファルコムは私達の反応を見て、少し考える様な顔を見せた。そして数秒後、頭をかいた後に申し訳なさそうな…でも、晴れやかな笑顔で、

 

「……うん。それじゃあ…今日からあたし、ファルコムは君達にお世話になるとするよ。皆、宜しく頼むね」

 

───こうして、ひょんな事から出会ったもう一人のファルコムと私達は、ひょんな事から再会をして……共に旅をする仲間になったのだった。

 

 

 

 

「……それで、なんだけど…何か食べられるものあるかな?…実はその、かなり今空腹で…」

「あ、カロリーなメイトならあるよ?」

「あ、ありがとう……もしかしてこれ、携帯してるのかい?」

「うん。前に書庫で本を読む筈が謎の迷宮に転移させられちゃった事があって、その時この系統の食料には助けられたからね」

「そ、そうなんだ…お互いトンデモな経験してるね……」




今回のパロディ解説

・白雪姫
童話白雪姫の事。最早この作品は常識レベルで皆知ってて、創作でも伏せ字にされたりはあんまりされませんが…これも作品なんですから、パロディに該当しますよね?

・ほう、炭酸抜きコーラですか
グラップラー刃牙の登場人物の一人(モブキャラ?)が発した台詞の事。砂糖水でもやっぱり喉乾いてしまいますよね、最も喉潤す為に水分を飲ませてる訳じゃないですが。

・某人見知りアイドル
アイドルマスターシリーズの登場人物の一人、萩原雪歩の事。普段はしっかりしてるけど、時々全然しっかりしてない子…イリゼはそんな感じの女の子(女神)です。

・GN-X
機動戦士ガンダム00シリーズに登場するMSの一つの事。GN-Xだからジンクスというのは中々粋ですね。勿論信次元にGN-Xも擬似太陽炉も存在していたりはしません。


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第四十六話 旅からの帰還

教会、そして女神候補生の協力とシェアの回復を目的に行った四ヶ国巡りの旅。途中、プラネテューヌに用事が出来て一時的に戻ったりはしたけど…それはあくまで寄っただけで、帰還した訳じゃない。だから……新たなパーティーメンバーと共にプラネテューヌへと再び来た時、私は純粋に『帰ってきた』と感じた。

 

「ただいま〜」

 

荷物を持って、プラネタワーの自室の扉を開いた私。プラネタワーに戻った私はまず報告を…と思っていたけど、イストワールさんの「今日はもう遅いですし、そういう事は明日に回して休んで下さい( ˘ω˘ )」という言葉を受けて現在ここにいる。今頃皆も自室か来客用の部屋に行ってるんじゃないかな。

 

「えーっと…あ、いた」

 

取り敢えず荷物を入り口付近に置いて、部屋を見回す。で、私が目を止めたのは部屋の一角に落ちてる水色の物体。それはスライヌのぬいぐるみ……ではなく、スライヌのライヌちゃん。

 

「私だよ、ライヌちゃん。ただいま」

「ぬら?……ぬらぁ!ぬらぬら〜♪」

「よーしよし、お留守番よく頑張ったね〜」

 

近くにしゃがんで声をかけると、私に気付いたライヌちゃんはぴょこんと振り返って私の元へと飛び込んでくる。

ライヌちゃんの事は基本イストワールさんに任せていたし、出来るだけ一人(一匹)の時は部屋の外に出ないよう言っておいたけど…更に万が一の事に備えて、部屋の中に居ても誰かが来たらぬいぐるみのフリをする様教えていた。今回はタイミングが悪くて私が見えない向きでぬいぐるみのフリを始めたっぽいけど…それはさておき、この様子なら留守番中もちゃんとやってたみたいだね。えらいえらい。

 

「ライヌちゃん、私がいない間なにかあった?」

「ぬらぁ?…ぬらー、ぬら。ぬらぬらぬっら」

「うん、やっぱり分からないや。あはは…はいライヌちゃん、お土産だよ」

 

私は一度ライヌちゃんを降ろし、荷物の中からリーンボックスで買ったお菓子を取り出してライヌちゃんの前へ置く。

 

「…………」

「…………」

「……ぬ、ぬら…」

「だよね!包装された状態で渡されてもどうにもならないよね!…ごめんね、どんな反応するのか見たくてつい…」

 

ことん、と自分の前にお土産(お土産の意味はともかく、自分にくれるんだって事は理解してた模様)を置かれたライヌちゃんは、見るからに困った表情を浮かべた後…戸惑いながら包装に噛り付いていた。…包装ごと食べようとしたのかな、それとも包装を破りたかったのかな…?

 

「テープを取ってっと…じゃーん、リーンボックスで人気のクッキーだよ」

「ぬらぁ……!」

「美味しそうでしょ?他にも買ってきてあげたから、どんどん食べていいからね〜」

 

包装を取り、箱を開け、中のクッキーの個別包装も開いてライヌちゃんの口元へ。するとライヌちゃんは嬉しそうな表情を浮かべ、ぱくりとクッキーを食べてくれた。…はぅ、ライヌちゃんの舌が一瞬手の平に触れる感覚も久し振りだよ……。

そうしてライヌちゃんがクッキーを咀嚼してる間、私は次々と個別包装を開けて、戸棚から持ってきたお皿へとクッキーを入れていく。気分的には全部手渡しであげたいところだけど、荷物の片付けとかお土産配りとかもしなきゃいけないからね。

 

「うーん…これ位にしておく?それとも全部食べたい?」

「ぬー……ぬら!」

「……こ、これ位でOK?」

「ぬらぬら」

「そ、そっか…首を振ってOKかNOか教えるジェスチャーを習得してくれてるのはほんとにありがたいよライヌちゃん…」

 

こくこくと首を(スライヌは頭しかないけど)縦に振ってくれた事でOKだと分かった私は、軽く頭を撫でた後に荷解きを開始する。取り敢えずお土産は後回し、捨てそびれたゴミはゴミ箱へっと。

 

「…っていうか、よく考えたらお土産なんて呑気なものだよね。四ヶ国のトップが揃って捕まってて、絶望的とまでは言わないものの決して悠長には構えていられない状況だってのに…」

「……ぬら?」

「…前の旅でもそこそこ気楽に構えてた節あるし、私達って実はかなり呑気者なのかな…」

「……ぬら、ぬらぁ〜」

「あ……大丈夫大丈夫、別に落ち込んでる訳じゃないからね」

 

ふと思ってしまった事で、少し自嘲的な気分になっていたら…いつの間にか足元にきていたライヌちゃんが、私を心配そうな目で見上げていた。それに気付いた私はライヌちゃんを安心させる為に笑顔を浮かべて……あぁそうだ、と思い出す。

 

「そうそう、実はまたちょっとあれを買ってきちゃったんだ。ライヌちゃん、見てみる?」

「ぬらぬらー!」

「そっかそっか、じゃあまずは…はい!手乗りサイズのひよ子ぬいぐるみ!ふふっ、これはテーブルの上にひょこっと載せておくと可愛いと思うの!」

「ぬら…ぬらぁ!」

「お次はこれ!梨の妖精さんぬいぐるみ!着ぐるみじゃなくてぬいぐるみ!この妖精のPRしてる地域がゲイムギョウ界にあるのかどうか怪しいところだけど、それは些末事だよね!」

「ぬらぬらぬー!」

「そして最後は……まさかのしゃけこさんぬいぐるみ!ただのパンダぬいぐるみじゃなくて、まさかのしゃけこさんぬいぐるみだよ?ライヌちゃん、間違ってもこのぬいぐるみを汚したり潰したりしちゃ駄目──」

「突撃となりのイリゼ部屋ー!」

「わぁぁぁぁああああああああっ!!?」

 

小さなひよ子ぬいぐるみ、ヒャッハーなぬいぐるみに続いてナイトキャップを被った見た目パンダのぬいぐるみを取り出した瞬間──元気一杯な声と共に半端ない勢いで扉がぶち開けられた。その突然さに、そしてタイミングの悪さに私は跳び上がってしまう。

 

「えぇっ!?な、なに!?イリゼどうしたの!?」

「そ……それは私の台詞だよッ!?ノックは!?挨拶は!?普通に開けるという選択肢は!?」

「……えと…イリゼ、怒ってる…?」

「ビビってるのッ!!」

「わわっ、ごめん!ごめんなさい!」

 

あわや天井に頭をぶつけるレベルで跳ね上がってしまった私。心臓バクバクのまま、着地と同時にキッと扉の方へ視線を向けると……そこにいたのはREDだった。REDは私の悲鳴じみた言葉を受けた時には、これまた驚く事にきょとんとしてたけど…次の瞬間には私に向かって平謝りしてきた。……後で聞いたけど、この時私は驚愕と怒りと羞恥とその他諸々が混ざった、何とも言えないヤバさを孕んだ表情をしていたらしい…。

 

「…全く…RED、他人の部屋に入る時はノックする。これが出来ない人なんて赤ちゃんかネプテューヌ位だよ?」

「あ、この国の守護女神様は出来ないんだ…じゃあむしろ光栄かも?」

「REDさん、今位きちんと反省しないとイリゼさんに愛想尽かされますよ…?」

「あ、ユニ?…それに…ロムちゃんラムちゃんも?」

 

REDのこれまたネプテューヌを彷彿とさせるポジティブシンキングに、私が頭を抱えそうになったところで廊下から姿を見せたユニ。更にその後ろからロムちゃんとラムちゃんもひょこっと顔を出して、一気に私の部屋の人口密度は上昇した。

 

「お、おじゃまします…」

「あ、うん…えーと、REDが来た理由はまぁ大方予想がつくとして、三人はどうしたの?」

「んと…わたしとラムちゃんは、ここのたんけん…してたの」

「そしたらREDを見つけたから、たんけんのなかまにしたのよ」

「アタシはネプギ…じゃなくて、ちょっと用事の帰りに迷子状態の三人と遭遇したので、案内を…」

「べ、べつにまいごにはなってなかったわよ!たんけんのさいちゅーだったんだからね!」

「ふぅん、なら不安そうな顔でウロウロしてたのはアタシの見間違いかしら?」

「うっ……」

「まぁまぁ気にする事はないよ、私とネプギアもプラネタワーが完成して間もない頃に迷った事あったし」

 

ユニに痛いところを突かれ、言い返せなくなってるラムちゃんへと私はフォロー。そして「えー、訊いてくれないのー?」と言いたげなREDの視線はスルー。…だって絶対二人同様探検か嫁候補に会いに来た、か新たな嫁候補探しかだもん……絶対と言いつつ三つも可能性上げるのはどうかと思うけど。

と、そこでそういえば…と思って下を見る私。すると……

 

「…………」

 

ころーん、とライヌちゃんはぬいぐるみのフリして床に転がっていた。…ライヌちゃん、ナイス反応。

 

「……でも、三人…というか新パーティーメンバーは今後も来るだろうし、きちんと紹介しておいた方がいっか…」

「……?イリゼ、また独り言?」

「ま、またって…こほん。ユニとロムちゃんラムちゃんは聞いた事あるかもしれないけど……この子はスライヌのライヌちゃんです」

 

ぬいぐるみモードのライヌちゃんを持ち上げて、私は四人へライヌちゃんを紹介。それを受けた四人は……

 

「あ、はい。聞いた事あります。……でもほんとに居たんですね…」

「モンスターをペットにするなんて、イリゼもかわってるわね」

「…お、おそわない……?」

「ぬいぐるみじゃなかったんだ…うんうん、面倒見が良さそうなのも嫁候補としてグットだよイリゼ!」

 

…とまぁ、ご覧の通りかなり予想通りな感じだった。…なんかライヌちゃんそのものへの反応より、私や飼っている事への反応が多いけど…ま、まぁそういう事もあるよね…。

 

「モンスターではあるけど、人を襲ったり器物破損を行ったりはしないから安心してね」

「凍えてるのを見つけたのがきっかけなんでしたっけ?人を襲わない事といい、珍しい個体ですよね」

「へぇ、じゃあこのライヌちゃん?…は寒がりなの?今もよく見るとちょっと震えてるし」

「あー…震えてるのは多分、皆を怖がってるからだと思うよ。ライヌちゃんはモンスターとしては致命的なレベルで小動物的だから」

「こわがり……ちょ、ちょっと触ってもいい…?」

「いいよ、でもそっとね」

 

怖がり、という点にシンパシーを感じたのか、瞳に興味の色が灯ったロムちゃん。私が許可を出すと、ロムちゃんは右手の人差し指をそーっと近付けて……つん、と指先でライヌちゃんへ触れた。

 

「…………」

「…………」

「……?ろ、ロムちゃん?そいつなんか変だった…?」

「……スライム、みたい…(ぷにぷに)」

「そ、それはまぁ…スライヌ、なんて名前がついてる位だからね…」

 

ロムちゃんはライヌちゃんに触れた指先を見つめながら、当たり前過ぎて逆に的外れな感想を口にした。…いや、ある意味ロムちゃんっぽいけどね。正に純真無垢って感じで、謎の安心感を感じさせてくれるんだけどね。

その後、ロムちゃんの姿を見て興味を抱いたのかラムちゃんとユニも接触(REDはスライヌ系統の感触なら接近戦の時何度か触れて分かってるからいい…らしい)。ぷに、とかつんつん、とかの可愛らしい擬音が鳴りそうな程度でしか触ってない二人だけど……二人が触ってる間、ライヌちゃんの震えは僅かながら激しくなっていた。

 

「…ぷるぷるしてますね」

「あはは…皆、今後もライヌちゃんと遭遇する機会はあると思うけど、ライヌちゃんが慣れるまでは無理に触ったりはしないであげてね」

「うん…わたし、この子の気持ち…ちょっとわかるから、やくそくする…」

「…むりにさわろうとしたらどうなるの?」

「ライヌちゃん は にげだした!……ってなるかな?」

「え、なにそれ見たい!」

「しまった、好奇心を刺激してしまった…ほんとに止めて、ライヌちゃんは私の大事な子だから」

「ふーん…ならまあわたしもやくそくするわ」

「…だって。良かったねライヌちゃん」

 

ぽんぽん軽く頭を撫でながらそう言うと、ライヌちゃんは頷きながらもまだ少し心配そうな目で私を見ていた。……か、可愛い…これはこれで可愛い…。

 

「…にしても、イリゼの部屋って結構普通だね。女神様の部屋って皆こんな感じなの?」

「え?…うーん、まぁ突飛な部屋してるのはベールだけじゃないかな。ブランの部屋は本が多い事除けば私と同じ位普通だし、ネプテューヌの部屋は所謂女の子の部屋って感じだし、ノワールは…そこはかとなく貴族感がある部屋だけど突飛って訳ではないし」

「そうなんだ、ユニ達も部屋は普通?」

「うん、質問続けるのはいいけどしれっと私の部屋物色始めようとするのは止めようか」

 

本棚やら引き出しやらに興味を持ち始めたREDを窘めつつ、私は皆の部屋を思い出していた。…別に女神だからって、部屋の内装まで独特である必要はないもんね。突飛って表現したベールだって、趣味のアイテムが部屋中にあるだけだし。

 

「あ…ロムちゃんロムちゃん、このとだなの中アニメのDVDいっぱいあるわ!」

「ほぇぇ…ほんとだ…」

「……ねぇユニ、ユニは悪くないって分かってるけどさ…よりにもよって何故この三人を連れて来ちゃったかな…」

「す、すいません……その、イリゼさんもサブカル趣味あったんですね…」

「あれは…主にノワール達の影響だよ。色んな作品勧めてくるから、本やゲームより取っ付き易いアニメをスタートにしよう…と思ってたらいつの間にか沢山になっちゃってね」

 

結局部屋物色タイムなってしまった事と、自身が着実にサブカル方面へ進みつつある事に苦笑しながら私は回答。四人からすれば『作品への愛が足りない』って評されるかもしれないけど……アニメは性質上原作より短くまとめられてる場合が多いし、勝手に進んでくれるから『ながらプレイ』に最も適してる媒体なんだよね。その上で強く惹かれたら改めて見ればいいだけだし。

そんなこんなでREDとロムちゃんラムちゃんは物色を続け、ユニも何だかんだで気になる様子だったから私は諦め、ライヌちゃんと共に四人が満足するのを待つ事にするのだった。全くもう、これじゃあゆっくりするどころか荷解きすら碌に出来なくなっちゃったね、ライヌちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?…えーと…待つ事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……あ、あれ?何で『*』が出てこないの?流れ的にもう終わりだよね?場面転換するのに丁度いいタイミングだったよね?おかしいなぁ…もしやまだやり残しでもあるのかな?でも日常パートだし、絶対にこれはやっておかなきゃってものもないと思うけど、やり残しがあるとしたらそれは一体────

 

「ところでイリゼさん、テーブルに並べてあるぬいぐるみもイリゼさんの物なんですか?」

「……あ、これか…」

「……?」

 

ライヌちゃんへ紹介してる途中でREDが来た事により、すっかり忘れていたぬいぐるみ。ユニが興味を持ったのは…そして、今回における『やり残し』はどうやらこれみたいだった。

 

「…イリゼ、さんは…ぬいぐるみ、すきなの…?」

「まあ、ね。…でもどっちかって言うと、コレクター的な感覚かな…」

「これくたー…?」

「なんか偶に集めたくなっちゃってね。……やっぱ、子供っぽい?」

「アタシはぬいぐるみ集めててもいいと思うなー、可愛いもの好きなのはアタシもだもん」

「まぁ…銃器集めてるアタシやジャンクパーツ集めてるネプギアよりは健全且つまともだと思いますよ?」

「それより、ほかにもぬいぐるみあるの?」

「そ、そっか……他にもあるよ、見てみる?」

 

何でもかんでも集めていたら置き場所に困るから、特に自分の琴線に触れた物しかこれまで買ってこなかったけど…それでも私の部屋にはそこそこの数のぬいぐるみがある。どうせ話したんだから、見せたって問題ないよね…と、そう思った私は皆に私のぬいぐるみコレクションを披露するのだった。

 

 

 

 

「……あ、今度はちゃんと『*』が付いた…やっぱやり残しがあると付かないんだね、これ…」

 

 

 

 

「えー、皆さん。まずはよく来てくれました(о´∀`о)」

 

翌日、パーティーメンバー全員が揃ったところでイストワールさんが口を開いた。

 

「ふふーん、わたしとロムちゃんはわざわざ来てあげたんだからね?」

「このまきまきクッキー、おいしい…♪」

「それはシガレットクッキーって言うんですよ」

「へぇ、これってそういう名前だったんだね。これもコンパが作ったのかい?」

「違うですよ。でも、作り方は知ってるです」

「コンパさんはお菓子も作れるんだ…ボクも偶には作ってみようかな…」

「5pb.はギターも引くのだから、するなら手先には気を付けて」

「……あのー皆さん…わたし喋っても宜しいでしょうか…( ̄▽ ̄;)」

 

人間誰しも気心の知れた相手が近くにいると、つい話したくなってしまうもの。人数が少ない場合は散発的に起こるだけだから、なんら問題はないけど…流石に人数が二桁となると、散発的の域を超えてしまって中々話が途切れなくなってしまう。雑談してる時にはそれもありがたいけど、誰かが全員に対して話したい場合には…ねぇ。

 

「こほん…ではまず確認しておきたいのですが、ネプギアさん達にこれまで協力して下さった皆さんは、今後も協力してくれる…という事で良いのですか?(・・?)」

「勿論だよ。あたしは少し前に大きな恩を受けたからね」

「アタシもだよ!今いる嫁候補の為にも、これから助け出す嫁候補の為にも協力は惜しまないのだ!」

「よ、嫁候補?…それならば助かります。そしてユニさん、ロムさん、ラムさん…ネプギアさん。今後行う事は、これからの戦いは謂わば、一度何も出来ずに負けた相手と再び合間見えるという事です。…その覚悟は、お有りですか?」

 

自身の言葉ににこり、と笑みを浮かべて頷いてくれたRED達にイストワールさんは安心した様な表情を浮かべた後…真剣な様子で、ネプギア達に視線を送った。

イストワールさんは、心配しているんだと思う。あの時、ギョウカイ墓場から敗走してきたネプギアがどれだけ傷付いていたか知っているから。ユニ達も同じ様にショックを受けてたんだろうって分かってるから。だからこその、心配の言葉。……でも、イストワールさんはまだ知らない。ネプギア達が、旅の中でどれだけ変わったのかを。

 

「…勿論です。覚悟はあります。あるからこそ、今度こそ勝つって思っているからこそ、アタシはここにいるんです」

「まけたら次はかてばいいだけ、リベンジしてやるわ!」

「おねえちゃんたちの為に…がんばる…!」

「…皆さん……」

「そういう事です、いーすんさん。……わたし達が、お姉ちゃん達を…守護女神を、助けます」

「……立派になりましたね、皆さん」

 

それぞれの言葉で、イストワールさんへと意思を伝えた女神候補生の四人。そんな四人の姿を見たイストワールさんは、一瞬驚きを浮かべて…その後、理解した様に微笑みながら頷いた。…そう、四人共成長してるんですよ、イストワールさん。

 

「…では、早速今後の事を……と言いたいところですが、候補生の皆さんにはこれからやってもらいたい事があります(・ω・)」

「やってもらいたい事、ですか…?」

「はい。行動から言えば、皆さん…と言ってもネプギアさん以外ですが…には、数日間自国へと戻ってほしいのです」

「自国に……?」

 

それは一体どういう意図が…と思い、首を傾ける私達。そんな私達の顔をゆっくりと見ていったイストワールさんは、真剣さ…それに険しさも含ませた表情を浮かべ……言った。

 

 

 

 

「これは、まだあくまで未確定な情報です。未確定ですが……犯罪組織の四天王が内の二人らしき存在が、各国で見受けられました」




今回のパロディ解説

・梨の妖精
千葉県船橋市のゆるキャラ、ふなっしーの事。ふなっしーのぬいぐるみなら実際にありそう…というかありますよね。THE・ゆるキャラなんですから。

・突撃隣のイリゼ部屋
ヨネスケさんが出演するコーナーシリーズ、突撃隣の晩ごはんのパロディ。別にREDはしゃもじを持ってる訳でもなければ晩御飯が気になってやってきた訳でもありません。

・ライヌちゃん は にげだした!
ドラゴンクエストシリーズにおいて、相手が逃げ出した際に出るコマンドの事。…いや、ライヌちゃんはメタル系モンスターじゃありませんよ?言うまでもありませんが。


本作(OP)におけるアンケートを活動報告に掲載しました。もし宜しければ、そちらもご覧下さい。


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第四十七話 それぞれの国で

わたし達女神候補生がお姉ちゃん達とギョウカイ墓場へ行った時、大量のモンスターを従えていたのは四天王と名乗る四人(三人程助数詞が人、で合ってるのか怪しいけど…)の犯罪神の配下。四人共お姉ちゃん達守護女神とまともに戦えるだけの実力があって、あの時も、二度目の突入の時も歯が立たなかった。だからわたし達にとっては、やっぱり四天王の存在は大きくて、そんな四天王の目撃情報が出てきたとなれば……わたし達は、緊張しない訳がない。

 

「そ、それは…どこにですか!?うちですか!?」

「直近の情報では、リーンボックスとルウィーで目撃されています。…が、プラネテューヌとラステイションでもそれ以前に目撃情報があるので、直近の情報があった国にいるとは限らないでしょう」

 

いーすんさんの発言を聞いた瞬間、身を乗り出す様にして問い詰めたユニちゃん。ユニちゃんの勢いにわたしはびっくりしたけど…いーすんさんの方はそういう質問をされるだろうって予想していたみたいで、勢いにも動じていなかった。

 

「そう、ですか…二人って事は、もう二人の目撃情報はないんですか?」

「はい。目撃情報…というか外見の情報を照らし合わせた結果浮かび上がってきたのは、ノワールさんとブランさんが相手取っていたらしい二人です」

「…って事は、あいつは出てきてないんだ…」

 

ノワールさんとブランさん。二人の名前が出てきた瞬間、ユニちゃんロムちゃんラムちゃんの三人がぴくりと肩を震わせて…その後、イリゼさんがぽつりと呟いた。ユニちゃん達が反応するのは分かるけど、どうしてイリゼさんまで?…と思ってわたしがイリゼさんの方を向いたら、皆も同じ事考えていたみたいでイリゼさんは注目の的状態だった。

 

「…イリゼさん、何か思うところがあるんですか?(´・ω・)」

「あ、いや……無い事は無いですけど…今は多分関係ないのでお気になさらず…」

「気にしてほしくないなら、そもそも口に出さない様にしなさいよ…」

「だ、だよね…気を付けます…」

 

アイエフさんに窘められて、しゅんとしちゃうイリゼさん。…お姉ちゃんと同じで、イリゼさんも格好良い時と残念な時の落差が凄いなぁ…お姉ちゃんとイリゼさん、両方に失礼な事考えちゃってるけど……。

 

「それで、わたしたちはどーすればいいの?おねえちゃんたちを助ける前に、そいつらをちゃっちゃとたおしておくの?」

「ラムちゃん、流石にちゃっちゃと倒せる相手ではないんじゃないかな…」

「む、たたかう前からそんなんでどーするのよネプギア。ほんっとネプギアは弱気よね」

「え……?…ら、ラムちゃん…ネプギアちゃんで弱気なら…わたしは、どうなるの…?」

「えぇっ!?…え、えーっとそれは……ね、ネプギア!あんたにちがいをせつめーさせてあげるわ!」

「わ、わたし!?…うーん…じゃあ、ロムちゃんのは弱気じゃなくて慎重…って事で、どう?」

「あ、いいこと言うわねネプギア!そういうことだからだいじょーぶよロムちゃん!」

「う、うん……」

「…平常運転ね、アンタ達は……」

 

ラムちゃんがきっかけを作って、ロムちゃんがショックを受けて、わたしが慌ててフォローして、ユニちゃんが突っ込む。そんなTHE・女神候補生トークは今日も好調だった。……真面目な話の最中にするべきネタではないけど…。

 

「まぁ、今のやり取りはともかく…実際どうするのですか?流石に対応しない訳にはいかないでしょう?」

「軌道修正ありがとうございますケイブさん…勿論対応はしますよ。その対応というのが、先程わたしの言った事なんです

( ̄^ ̄)」

「先程……ギアちゃん以外の候補生に、数日間自分の国に戻ってほしい…ってやつですか?」

「そういえばそう言ってたね。…倒しに行くんじゃないの?」

 

対犯罪組織を進める上で四天王との戦いは多分避けられなくて、REDさんの質問はわたしも思い浮かべていた。けれど、いーすんさんは首を横に振る。

 

「今回の目的は、あくまで女神候補生が自国に戻ったと情報を流す事です。その情報が流れ、実際に一定の目撃者が現れてくれれば四天王を始めとする犯罪組織に牽制を出来ますし、万が一の事があっても国民は安心出来る筈ですからd( ̄  ̄)」

「じゃあ、わたし達はその数日間で人目を浴びた方がいいって事ですね。…あれ?でもそれだとリーンボックスは…」

「リーンボックスにはイリゼさんに行ってもらおうと思っています。勿論イリゼさんはリーンボックスの女神ではないので、他国程上手くはいかないでしょうが…それでも行かないよりマシですから(。-∀-)」

「まぁ、国民の安心はともかく犯罪組織への牽制にはなるでしょうね。私は了解です」

 

ふむふむといーすんさんの言葉に頷いて、首肯を示したイリゼさん。ユニちゃんもそれに続いて、その後わたし達に視線を送ってきた。…アンタ達はどうするのよ、って。

 

「うーん…わたしもそれでいいかな。国民の人達を安心させられるならその方がいいし」

「わたしもよ。かえったらミナちゃんとフィナンシェちゃんにリーンボックスでのかつやく教えてあげよーっと」

「…もし何かあったら、すうじつじゃなくなる…?」

「それは…そうですね。数日というのは、皆さんが出張らなきゃいけない様な事が起こらなかった場合の想定ですから

(・ω・`)」

「…そう、なんだ……」

 

少し宙を見た後、イストワールさんは回答。わたしはそれを「それはそうだよね」と思って聞いていたけど、ロムちゃんは違う事を思ったみたいで表情が曇っていった。

 

「あ、あれ…ええと、もしかしてわたし何か不味い事言いました…?

Σ(・□・;)」

「い、いや多分そんな事はないと思いますけど…ロムちゃん、どうかしたの?」

「…もうちょっと、ネプギアちゃんといっしょにいたかった…」

「ろ、ロムちゃん……」

 

両手を胸の前で握って、寂しそうな顔でそう呟いたロムちゃんに…ロムちゃんにわたしは胸がキュンとするのを感じた。ろ、ロムちゃんがわたしと別れるのを寂しがってたなんて…はぅ、何この可愛い子。何ってわたしの友達で女神候補生仲間なんだけど。…ってそんな事はどうでもよくて、このキュン具合はロムちゃんに「おねえちゃん」って言われたあの時に匹敵しているよ!ロムちゃんみたいに小さくて大人しい子にそんな事言われたら、キュンとしない訳がないよ!この破壊力は、最早一種の精神攻撃……って、

 

「…何考えてるんだろわたし……」

『……?』

「……あの、ケイブさんとファルコムさん…ちょっとわたしの名前を呼んでもらえますか…?」

「……?ネプギア…?」

「ネプギア。……これでいいのかしら?」

「あ、はい。ありがとうございます。…うん、効果あった…」

『…………?』

 

思考が明らかにヤバい方向に向かっていた事に気付いたわたしは、取り敢えず自分の頭を本気で心配した。そして、煩悩を振り払う為にケイブさんとファルコムさんに名前を呼んでもらった。

この二人は、ロムちゃん(というかわたし達候補生)とは真逆で、格好良い大人の雰囲気を持つお姉さん達。当然二人がわたしの名前を呼ぶ時は声音に『年下の女の子と接している』って思いが乗るから、二人に話しかけられた時の印象はロムちゃんの時とは全く逆になる。そんな二人の言葉を聞く事で、わたしのヤバい煩悩は相殺されて……ふぅ、やっと落ち着けたよ…。

 

「…ネプギアちゃん、だいじょうぶ…?」

「う、うん。…ロムちゃん、少しの間お別れだけど…そんなに寂しがらなくても大丈夫だよ。ずーっと会えなくなる訳じゃないし、電話だって出来るし…もし何かあって、ロムちゃんがルウィーから離れられなくなったら、その時はわたしがルウィーに行くから。いいですよね?いーすんさん」

「はい。何かあった時、候補生皆で対応出来る様旅で協力体制を築いたのですから、むしろ行ってくれないと困ってしまいます(・ω・)」

「ほら、いーすんさんのお墨付きも貰ったし、何かあったらわたしが一番先に行くって約束するよ。だから…ちょっとだけ我慢しよ、ね?」

「…ネプギアちゃんが、そうやってやくそくしてくれるなら……がまん、する…」

「よかった。クエストしたり外回りのお仕事したりで、国民の人達を安心させようね」

「うん。ネプギアちゃんも、がんばって」

 

ロムちゃんはしゅんとしていたけど、わたしの言葉をちゃんと聞いてくれて、最後はわたしの約束に頷いてくれた。その後言った言葉の時には寂しそうだった表情も消えて、わたしからの呼びかけに応えてもくれた。…自分自身で触れてた通り、ロムちゃんはちょっと気が弱いのかもしれないけど…その分こんなに素直なんだから、恥じる必要なんてないよね。さて、ロムちゃんも納得してくれたし話の続きを……

 

「うー……」

「へ……ら、ラムちゃん…?」

「はぁ…アンタって、そういうところ気が回らないわよね」

「ネプテューヌの妹だからね、ネプギアは…」

「へ?……へ?」

 

気付いたら、ラムちゃんに凄く不満そうな目で見られていた。しかもユニちゃんとイリゼさんに軽く呆れられていた。…どういう事?と思ってロムちゃんを見てみたけど…ロムちゃんもわたしと同じ様にきょとんとしている。……ほんとにどういう事なの…?

 

「むむ…もしかしたらネプギアはアタシのライバルなのかも…」

「いやあんたとネプギアじゃ方向性が違うでしょ…」

「そもそもギアちゃんはそういうつもりじゃないと思うです…それで、わたし達はどうするです?ねぷねぷ達の偽者が現れた時みたいに、数人ずつで別の場所行くですか?」

「いえ、今回は行きも帰りも時間をかけずに行ってほしいので、コンパさん達はプラネテューヌに残って頂けるとありがたいです。…それに、昔ならともかく今のネプギアさんの場合、本来ならプラネテューヌを不在してはいけない状態でもルウィーやラステイションに飛んでいってしまいそうですから…(⌒-⌒; )」

「そ、そんな事しませんよ…自分で言うのもあれですけど、わたしはちゃんと考えて行動出来ますから。ですよね?皆さん」

『え……?』

「がーん!ぜ、全員に訊き返された!?」

 

ロムちゃんにもラムちゃんにも、コンパさんにもいーすんさんにも、まだそこまで付き合いが長い訳でもない筈の5pb.さんやファルコムさんですら「え……?」だった。……どうしようお姉ちゃん、わたし今ちょっと泣きそうだよ…。

 

「…ま、まぁネプギアさんはご覧の通りなので「ご、ご覧の通りってどういう事ですかいーすんさん!」……皆さん、プラネテューヌで待機してもらえますか?(>人<)」

「私は構わないわ。…リーンボックス特命課の私がプラネテューヌで、 というのは中々奇妙なものだけど…」

「今のボク達は、このパーティーの一員だからね。……な、なので…ぼ、ボクもそれでいいです…」

「な、何故わたしの方を見た途端挙動不審に……(゚д゚lll)」

 

ケイブさんと5pb.さん、それにREDさんファルコムさんも了承してくれて(コンパさんとアイエフさんは元々平時はプラネテューヌにいるから待機の捉え方が別)今後のわたし達の行動は決定した。……それはともかく、わたしって皆から『考える前に動いちゃう子』だと思われてたんだ…。

 

「はぁ…わたしは考えて動いてるつもりだったのに…」

「今度はネプギアが落ち込んでるし…まぁ、流石にいつも考えなしに動いてるとまでは思ってないわよ。偶に暴走っていうか気持ち最優先になるってだけで。実際ロムラムの時は行き当たりばったりだったでしょ?」

「うっ……言われてみると、確かに…」

「ある意味それも成長だと思うよ、ネプギア。良い事か悪い事か、って部分を抜きにしたら感情が先行しがちなネプテューヌに近付けてるとも言えるからね」

「お姉ちゃんに近付けてる…そ、それならむしろ嬉しいかも…」

「いやイリゼ、それはあんまり喜ばしい事じゃ…ってもうちょっとネプギアの心に響いちゃってるじゃない…」

「あ、あはは…ごめんアイエフ、私褒めるのはそこそこ得意だからつい……」

 

わたしの憧れの存在は、勿論お姉ちゃん。イリゼさんやコンパさん、アイエフさんも見習いたいところが沢山あるけど、やっぱり一番はって言われたらわたしはお姉ちゃんを挙げる。そんなお姉ちゃんに、どんな形であれ近付けてるなら…そんなの、嬉しいに決まってるよね。ふふっ、わたしは顔立ち以外お姉ちゃんとあんまり似てないって言われるけど、この調子なら犯罪組織を倒した頃にはユニちゃんとノワールさんみたいな似た者姉妹になれるかな?

 

「では、所々話が逸れてしまいましたが……皆さん、どうか宜しくお願いしますm(_ _)m」

「はい!ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃん。それぞれ別行動になるけど…頑張ろうね!」

「言われなくてもそのつもりよ。っていうか、ロムちゃんにはわたしがいるんだからね!『わたし』がいるんだからね!」

「あ…う、うん…(なんでそんなに強調したんだろう…)」

「…とはいえ、昨日来て今日すぐ行け、ではプラネテューヌの教祖として非礼というもの。今日一日はゆっくりしていって下さいね。それとイリゼさん、後でちょっと来てもらえますか?(´・ω・`)」

「私ですか?はい、分かりました」

 

四天王に対応する形で、別行動を取る事になったわたし達。…正直に言うと、これまではずっとメンバーが増える一方だった(ロムちゃんラムちゃんとは一旦別れたけど、あれは出発するタイミングが違っただけだから例外)から、人数が減っちゃうのはちょっと残念だけど…わたし達は女神だもんね。それに…友達は一緒にいなくても友達だよね、皆。

 

 

 

 

「トドメは任せるよ!」

「はい!やぁぁぁぁッ!」

 

バズーカによる砲撃に追い立てられて、わたしの方へと後退してくるロボットみたいなモンスター。そこそこ強いモンスターだけど…もう状態は機械でいう中破か場合によっては大破のレベルで、戦闘能力もあんまり残っているとは思えない。だから、わたしはしっかりと地面を蹴って…腰椎部をM.P.B.Lの刀身で両断した。

内部機構が割れ、千切れる音と共に真っ二つになるモンスター。わたしが女神化状態の高揚感でつい見得を切ってしまう中、モンスターは消滅していく。

 

「…ふぅ…これで依頼達成ですね」

「ふっ、更に出来る様になったね、ネプギア」

 

女神化を解除しながら言ったわたしの言葉へ返答してくれたのは、今回わたしと共に戦ってくれたビーシ……プレスト仮面さん。そんなに背が高くないブレスト仮面さんがバズーカを軽々使いこなしてる姿は中々シュールだったけど…それを言い出したらわたし達のパーティーはシュールな人だらけになっちゃうかな…。

 

「プレスト仮面さん、ご協力ありがとうございました」

「正義の味方、子供の味方として当然の事をしたまでだよ。それよりも、あの人達に声をかけなくていいのかな?」

「あ…そうですね。あのっ、モンスターは無事倒せましたよー!」

 

突き立てた親指でちょいちょい、と自分の後ろの方を指し示すプレスト仮面さんの言葉を受けて、わたしはこの場にいるのがわたし達だけじゃない事を思い出し、その人達へ声をかけに行く。

今回のクエストは、生活圏外の道路整備の邪魔になるモンスターを退治してほしいというもの。だからここには工事業者の人達がいて、いーすんさんの言っていた『女神候補生が自国に戻っている』というのを知ってもらう為には絶好の機会だった。……こう表現すると、クエストは目的の為の手段みたいに聞こえちゃうなぁ…。

 

「はい!パープルシスター様の勇姿はこの目で見させてもらいました!」

「これで安心して仕事を進められます、お二人共ありがとうございました!」

「また危険なモンスターが現れたら対処しますから、困った時は教会やギルドを頼って下さいね。場所としては教会じゃなくてタワーですけど」

 

わざわざ作業着を正したり帽子を取ってお辞儀したりしてくれる業者さんにわたしも頭を下げて、プレスト仮面さんと一緒に帰るわたし。女神は少しの間各国で活動する、という事になってから数日。わたしはこうして仕事と人助けを行っていた。

 

「…それにしても、あのモンスターは結局どこまでが機械だったんだろう…消えちゃったし100%機械、って事はないと思うけど…」

「君が機械だと思えば機械、モンスターだと思えばモンスターなのさ」

「いや、あの…なんか深そうですけど、それはちょっと意味が分からないです…それとプレスト仮面さん、今日はどうして手伝ってくれたんですか?」

「あぁ…それは単に、クエストをしようと思ったところで君を発見したからだよ。もし発見しなかったら、一人で別のクエストをやってただろうね」

「あ、ぷれすとかめんとねぷぎあはーとさまだー!」

「かめんかっけー!」

「ながいかみ、きれい…」

「おー子供達!元気にしてるかな?」

「こんにちは、皆。えーっと、誰が言ったか分からないけどわたしはネプギアハートじゃなくて、ネプギアかパープルシスターって呼んでね」

 

わたしはプラネタワー、プレスト仮面さんはギルドに戻るまでの道の最中、同じ服を着た小さい子達(近くに大人のお姉さんがいるし、幼稚園児か保育園児かな?)に遭遇。この子達はプレスト仮面さんの事もわたしの事も(一人名前混じらせちゃってたけど…)知っていたみたいで、きゃっきゃとわたし達のところに集まってきた。

保育士さんが「いきますよー」と声かけするまでお話を聞いたり質問に答えたりして戯れていたわたし達二人。…こういう小さい子達と話してると、ちょっと元気をもらえるよね。ちっちゃい子特有の有り余ってる元気が流れ込んでくるのかな?…なんてね。

 

「可愛かったですね、皆」

「うんうん、子供の元気はわたしの勇気さふぁいっ!って感じだよね。……こほん、あの子達の未来を明るくする為にも、犯罪組織に屈する訳にはいかないな…」

「ですね。わたしこれからも頑張りますから、今後も協力宜しくお願いします!」

「勿論!ネプギアは女神として、わたしは黄金の第三勢力(ゴールドサァド)として、共に尽力しようじゃないか!」

 

そんなこんなでギルドが見えてきて、わたし達は別れる。そしてわたしは寄り道せずにプラネタワーへ。…皆も今は頑張ってるのかな……じゃなくて、きっと皆も頑張ってるんだよね。再集結した時後ろめたくならない様、再集結の日まで頑張らなきゃ。

 

「ただ今戻りました〜」

「あ、ネプギア様。イストワール様が帰ってきたら自分の所に来てほしい、と言っておりましたよ」

「そうなんですか?じゃあ行きますね。…何か用事かな…?」

 

プラネタワーに到着したわたしを呼び止めたのは、受付担当の職員さん。わざわざ言伝したって事はどうでもいい話題ではないんだろうなぁ…と思いつつ、わたしはいーすんさんの執務室へ。

 

「いーすんさん、戻りましたよ」

「お帰りなさい、ネプギアさん。クエストはどうでしたか?(・・?)

「あ、はい。ビーシャさんが手伝ってくれましたから、問題なく達成出来ましたよ。…それで、どうかしたんですか?」

「それはよかったです。…あのですね、唐突ですが少しルウィーに行ってもらえますか?(・∀・)」

「ルウィーに……?」

 

他国の名前が出てきた事で、わたしは反射的に訊き返す。…ルウィーに行ってほしいって事は、ルウィーで何かあったって事だよね……ま、まさか…。

 

「…ロムちゃんとラムちゃんに何かあったんですか…?」

「何かあったか…と言われればそうですね。…あ、でも怪我したとか捕まったとかではありません( ̄▽ ̄)」

「そ、それならよかったです…でもだったら、どうしてわたしが…?」

「それは恐らく、ネプギアさんがお二人と同じ女神候補生であり、それなりに信頼を得ているからだと思いますよ( ´ ▽ ` )」

 

二人が危ない状態にある…って訳じゃないと分かって一安心のわたし。でもそうなると今度は呼ばれた理由が気になってくる。後……わたし、ラムちゃんに信頼してもらえてるのかな?もしそうなら嬉しいけど、まだ友達認定してもらえてるか怪しいし…。

 

「ま、まぁ分かりました。それで、わたしはルウィーで何をすればいいんですか?」

「それはですね……ミナさん曰く、ロムさんとラムさんを窘めてほしい、らしいです(´-ω-`)」

「あ、窘めればいいんですね。分かりました」

「はい。お願いしますね(*^▽^*)」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え、窘めるですか?」

「ら、らしいです……(ーー;)」

 

──という事で、わたしは二人を窘める為にルウィーへ行く事となった。……い、一体どういう事なんだろうこれ…。




今回のパロディ解説

・「〜〜更に出来る様になったね、ネプギア」
機動戦士ガンダムのメインキャラの一人、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。元は敵対してる状態での台詞ですが、味方の時に使っても変じゃありませんね。

・「〜〜子供の元気はわたしの勇気さふぁいっ!〜〜」
株式会社ニプロのCMにおけるワンフレーズのパロディ。あのメロディで言おうとすると文字数的にどうしてもちょっとリズムが崩れてしまいますね、これ。


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第四十八話 候補生探偵、ロム&ラム

数日前までの旅ではしっかりと準備をして、陸路で少しずつ(と言っても最短距離を選んでたけど)移動していたわたし達パーティーだったけど、今回はわたし一人で、これと言った準備も必要なくて、移動も空路(女神化)が使えたから、いーすんさんに話を聞いてからすぐルウィーに行く事が出来た。…女神化したって距離が距離だから、五分十分で移動出来る訳じゃないけど。

 

「ふぅ、こんな防寒性を捨ててる様な格好でもそこまで寒くないんだから、女神の身体ってほんと凄いなぁ。…今更何言ってるのって話だけど」

 

ルウィーの教会が見えてきた辺りでわたしは高度を落として、あんまり人目を浴びそうにない場所に着地。女神化を解除した後は身体が冷えない内に…と思って小走りで教会の正面に回って、挨拶と共に中へ入る。

 

「お邪魔しまーす…」

「ようこそお越し下さいました、ネプギア様」

「あ、フィナンシェさんこんにちは。…もしかして、ここで待っていてくれたんですか?」

「はい。と言ってもつい先程プラネテューヌから連絡を受けての事なので、あまりお気になさらずとも大丈夫ですよ」

 

わたしが中に入ると、聖堂の入り口付近で待っていたフィナンシェさんに早速わたしは案内を受ける。…応接室やミナさんの執務室ならもう場所分かってるのに、わざわざフィナンシェさんが待機してくれてるなんて…もう慣れっこだけど、こういう高待遇は気が引けちゃうなぁ……。

 

「…フィナンシェさんは、わたしが呼ばれた理由知ってるんですか?」

「えぇ。ネプギアさんにはご迷惑をおかけします…」

「迷惑なんて、そんな…それより『窘める』なんてどういう事なんです?」

「それはわたしよりもミナ様からの説明と、お二人の実際の様子を見た方が早いと思いますよ」

 

と、いう事で『窘める』の解説はお預けに。…わたしは多少理解に時間がかかっても早く知りたかったんだけど…こう言われると訊き辛いよね。

なんて思っている内にミナさんの執務室へ到着。

 

「ミナ様、ネプギア様をお連れしました」

「ありがとうございます。ネプギア様もよく来て下さいました」

「いえいえ。何かあればすぐ行くって約束していましたから」

「そうだったんですか…フィナンシェさん、ネプギア様にお茶とお茶菓子をお願い出来ますか?」

「かしこまりました」

 

ロムちゃんの事だから、もしかしたら「ネプギアちゃんがね、こんなこと言ってくれたの…」とかミナさんに話してるかも…と思ったけど、流石にそれはなかったみたい。

 

「…あの、ロムちゃんとラムちゃんは…」

「今は恐らく、クエストのついでに探偵ごっこ中でしょう」

「た、探偵ごっこ…?」

 

まだ日が落ちるまでは時間があるし、クエストに出てる…っていうのは分かる。けど、探偵ごっこというのは意味がさっぱり分からない。…も、文字通り探偵のフリして遊んでるって事…?

 

「一から説明しますね。まず、事の発端として、ロム様ラム様がネプギア様達を追ってリーンボックスへ向かった日を前後して、ルウィーで上流階級を狙った盗難事件が発生する様になりました」

「盗難事件…金銭狙いの犯行ですか?」

「いえ、金銭の他絵画や骨董品も盗まれていますので、単なるお金欲しさではないと思われます」

「…えっと、もしやそれって連続事件…?」

「……はい。そういう事です」

 

こくり、とわたしの言葉に頷くミナさん。…なんだかちょっと雲行きが怪しくなってきたかも…。

 

「じゃあ、探偵ごっこというのは…連続盗難事件の犯人を探している、という事ですか?」

「正しくは、事件の首謀者を探している、ですね」

「……?」

「全ての案件ではないですが、ある程度は犯人を捕まえられてるんですよ。しかし手口はどの案件も似ている事、ここ最近で何件も発生している事、何より犯人は全員一貫して雇われたと供述している事から、これは個々の事件を指示している首謀者がいると見て間違いないんです」

「…その首謀者が、犯罪組織の人間だったりする可能性は…」

「分かりませんが、それも視野に入れて捜査中です」

 

わたし達がルウィーを離れた後辺りから盗難事件が発生する様になって、それはただのお金狙いって訳じゃなさそうで、その全ての裏に誰か或いは何らかの組織が存在している……そんな事が判明したら、ロムちゃんラムちゃんが食いついちゃうのも仕方ない事だと思う。だって、そんなのわたしでも気になっちゃうから。……でも、そういう事なら…

 

「…あの、捜査中って事はまだ解決に至ってないんですよね?」

「そうですよ?」

「でしたら、ロムちゃんラムちゃんが捜査に協力するのは別に悪くはないんじゃ…?」

「……ロム様とラム様が、本職である警察や探偵の捜査にきちんと協力出来ると思いますか…?」

「あ、あー……」

 

肩を落とし、お姉ちゃんが中々仕事をしてくれない時のいーすんさんみたいな表情を浮かべるミナさんの様子に、わたしは乾いた同意の声を上げる事しか出来なかった。…ミナさんって教祖の中でもかなり常識的な人だし、その分苦労人なのかも……。

 

「今のところはまだ捜査の賑やかし程度に留まっていますが、その内重要な証拠を駄目にしてしまったり、或いは首謀者に嵌められて誘拐されたりしかねなくて、わたしも周りも気が休まらないんです。なので……」

「わたしに窘めてほしい、という訳なんですね。分かりました」

「本当にすいません…わたしがもっと威厳のある教祖なら、お二人も言う事を聞いてくれるかもしれないというのに…本当に本当に申し訳ありません…」

「そ、そんな自分を卑下しなくても……ええと、聞きましたよ?マジェコンヌさんにルウィー教会を乗っ取られた時、教祖っていう始末されてしまうかもしれない立場でありながらも教会に残り続けて、本物のブランさんを信仰している職員さんや兵士さんをまとめ続けていたって。それって、誰がどう考えても凄い事じゃないですか」

 

ミナさんだけに関わらず、教祖の皆さんはお姉ちゃん達が本気で殺し合ってた頃からそれぞれの形で国と女神の為に頑張ってた、頑張ってくれていたってわたしは聞いている。そんな教祖のミナさんが、今もまだまだ未熟なわたし達を支えて国を切り盛りしてくれてる人達が、情けない人間な訳がないよね。だから、これはわたしの本音。……「前に一度凄く怖い雰囲気纏ってましたけど…またあの状態で怒れば二人も言う事聞くのでは?」…って台詞と一瞬迷ったのは、内緒。

 

「そ、そう思ってもらえているのなら光栄です…ではその、お願い出来ますか…?」

「勿論ですよ。さっきも言った通り、わたしは約束しましたから」

「そう言って頂けると助かります。ロム様ラム様はもうそろそろ帰ってくると思いますので、もう少しお待ち下さい」

 

ミナさんのお願いにこくんと頷いた事で、会話は終了。丁度そのタイミングでフィナンシェさんがお茶とお菓子を持ってきてくれたから、わたしはそれを貰った後で聖堂へ移動。愛用の端末『Nギア』でさっき聞いた事件の事を調べながら、二人の帰りを待つ。

 

「うーん…当たり前だけど、ネットに上がってる情報はどれも有益そうじゃないなぁ…」

 

わたしの役目は捜査協力じゃなくて二人の探偵ごっこを止めさせる事だから、情報収集の必要は無いんだけど……やっぱり『上流階級を狙った、裏に首謀者がいる連続盗難事件』なんて、気になっちゃうもん。それに止めるにしても全然状況を知らないんじゃ会話にならないし、最低限の知識を得ておくのは準備の内に入るよね。

そんな事を考えながらネットサーフィンする事十数分。つい『合わせて読みたい』というところにあった、事件とは無関係な記事に興味を持ってそれを開こうとしたところで聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あ、帰ってきたのかな?」

 

Nギアをしまって、正面扉に目を向けるわたし。すると数秒後、わたしの予想通り扉を開けて入ってきたのはロムちゃんとラムちゃん────

 

「しゅーかく、なし…やはりはんにんはこーみょーな手口をつかっていると見るべきか…」

「なぞがなぞを呼ぶ、なんじけん…(ぷはー)」

 

……じゃなくて、ちっちゃい探偵さん二人だった。探偵っぽい帽子とコートを纏って、探偵っぽいパイプを咥えた二人組だった。一人は指で帽子のつばを弾いていて、もう一人は咥えたパイプから煙を吐く様な動作をして……で、改めてよく見たらやっぱりロムちゃんとラムちゃんだった。探偵コスのロムちゃんラムちゃんだった。

 

「……こ、凝ってるなぁ…」

「あ…ネプギアちゃん…!」

「え?…ネプギアだ……」

 

思いもよらなかった格好に、ついわたしが声を出した事で二人はわたしを発見。その瞬間ロムちゃんは嬉しそうに駆け寄ってきてくれて、対してラムちゃんは「うわ来たのか…」みたいな表情を見せてくる。……友達の事は保留って言われたけど、ほんとに考えてもらえてるのかなぁ…。

 

「ネプギアちゃん、きゅうにどうしたの…?」

「ちょっとミナさんからお願いを受けてね。…えっと、そのパイプは…」

「これ?これはね、ラムちゃんとおもちゃ屋さんで買ったの」

「そ、そっか…そりゃそうだよね…」

「……?」

 

パイプ咥えてる姿を見て、二人が喫煙を始めちゃったのかと不安になったけど…それはわたしの勘違いだった。…そもそもの話として、ニコチンは女神の身体にも害があるのかどうか謎なんだけど。

 

「…で、ネプギアは何してたのよ。ミナちゃんのおねがいは?」

「あー…うん、その事なんだけどね…二人共、ちょっといいかな…?」

「なによ?」

「…えーっと、その……」

 

事件の首謀者探しは止めてくれないかな?……そうわたしは言おうと思っていたし、ミナさんから頼まれているのもそういう事。でも、いざロムちゃんとラムちゃんを前にしたら言えなくなってしまった。だ、だって……こんなTHE・探偵装備をお揃いで纏って、二人して探偵のフリしてるロムちゃんとラムちゃんを目にしたら言うに言えないよ!ロムちゃんは絶対しゅんとするだろうし、ラムちゃんは絶対怒り出すに決まってるもん!論ずるまでもないよこんなの!

 

(ま、まさか…わたしに頼んだ真の理由はこれなんじゃ……)

「……ネプギアちゃん…?」

「あ…ううん、何でもないよ何でも…」

「何でもない、って今ぼーっとしてたことが?それともちょっといいかな?…ってことが?」

「それは……」

 

わたしは考える。探偵ごっこを止めろとは精神的に言えないんだから、他の方法で止めさせるしか……ううん、二人に自ら止めようと思ってもらうしかない。わたしなら、どういう状況だったら止めたいと思う?何があったら興味を失う?

──それは、探し出す事なんて無理だと諦めちゃった時。探偵なんてそんな格好良くも面白くないと感じた時。そして……探偵よりも楽しそうなものを見つけた時。

 

(…でも、諦めるには捜査を続ける事が必要不可欠。好印象を抱かなくなるにはこれも捜査を続けるか、探偵の悪い見本を用意しなくちゃいけない。で、他のものに興味を移らせるのは…言うまでもなく難しいよね……)

「ちょっとー、それはのあとは?」

「…はなしたくない、ことなの…?」

「ち、違うよ。別に悩みとかそういう話題じゃなくて、えっと…」

「…なんかたくらんでる?」

「うっ…や、やだなぁ…そんな事ある訳ないよ。…それより、二人のその服格好良いね。何してたの?」

 

話を切り出しておいて一向に喋らないのは誰が見たって(聞いたって)不自然で、そのせいでわたしはロムちゃんに心配されラムちゃんに不審がられてしまった。それでこのままじゃまずいと思ったわたしはかなりあからさまだけど話を逸らして、別の会話をしながら策を練る事を画策。大人が相手なら、こんなの即『脈絡なく話を変えた…何か隠してるな』と思われるだろうけれど……

 

「へぇ、これがかっこいいなんてネプギアもわかってるじゃない。これはめいたんていセットよ!」

「わたしとラムちゃんはね、これでじけんのそーさをしてたの…虫めがねとか、手ぶくろもあるんだよ…?」

「そ、そっかぁ名探偵セットかぁ…よっ、格好良いよ二人共!」

 

二人はすんなりと、逸らした話に乗ってくれた。…この純粋さ、わたしは無くしてほしくないと思います。

 

「でしょ?今日も色々しらべたんだよね、ロムちゃん」

「うん。しょーこさがしにしょーげんさがし、いっぱいしたの」

「そうなんだ、結構本格的だね」

「とーぜんよ、なんたって西田さんの名にかけてるもの!」

「そ、それだとラムちゃんの苗字は金田一に……って西田さん!?西田さんの名にかけたら探偵は探偵でもナイトスクープの探偵になっちゃうよ!?」

「うわっ…きゅ、きゅうに大声出さないでよ、びっくりするじゃない…」

「わたしはラムちゃんから深夜番組のネタが出てきた事にびっくりだよ…」

 

取り敢えず会話は相槌主体にして、二人が話をしてくれてる間に考えようと思っていたわたしだったけど…ラムちゃんの(天然)ボケが強烈過ぎてついしっかり突っ込んでしまった。…へ、平常心平常心…落ち着いていこう…。

 

「えーと…それで、何か分かったの?」

「んとね…今日は、おっきい会社のしゃちょーさんのほうせきがぬすまれたってわかったよ」

「うんうん、それで?(これ確かネットニュースのトピックに乗ってたやつだよね)」

「……?…それだけだよ…?」

「あ…そ、そうなの…?」

「うん」

「……そっか、調査ご苦労様…」

 

不思議そうな顔でわたしの問いに答えるロムちゃん。…もし二人がネットやテレビを使わず直近の事件へ辿り着いたならそれは凄いけど……確かにこれだと捜査の賑やかし程度にしかなりそうにないね…。

その後もわたしは二人の独自捜査を聞いていたけど、やっぱりその内容や結果は『ごっこ』の域を出ておらず、しかもちょくちょく的外れな推理を進めようとしていて、聞いている身としては苦笑いを通り越して最早不安すら抱いてしまうレベルだった。

 

「やっぱり、いちばんあやしいのははんざいそしき…」

「そう、だから前みたいにアジトにとつげきするのがてっとり早いと思うのよね」

「い、いやそれは安直過ぎるっていうか、推理じゃなくて当てずっぽうの様な…」

「でも、はんざいそしきあやしい…」

「それはそうなんだけど…ほら、それって『犯罪組織は悪い事してる』って最初から思っちゃってる部分あるでしょ?」

 

普段嘘ばっかり吐いてる人は本当の事を言っても疑われたり、逆にいつも優しい人にはつい難しい要望でも聞き入れてもらえると勝手に思ったりと、人は対象のイメージで勝手に予想しちゃうもの。優しい人の方はともかく、悪い印象は本人サイドにも問題があるんだけど…だからって間違った推理で犯罪組織のアジトに攻め込むのは頂けない。それに二人は女神候補生で社会への影響力も持ってるんだから、その間違いがもっと大きな間違いに繋がってしまうかもしれない。だから止めさせるにしても止めてもらうにしても、二人の間違った推理は正さないと……

 

「…………あ」

「……い?」

「う?」

「……え…」

『お!』

「いぇーい…って違う違う。そういうノリじゃなくてね…二人共、ちょっと今思い付いたんだけど…聞いてくれるかな?」

「また?こんどは何よ?」

「うん、二人共さ……捜査なんて瑣末事は、わたし達女神のする事じゃないとは思わない?」

 

──そう、その時わたしは気付いた。二人が捜査に出て、その結果邪魔になったり厄介事起こす羽目になったりする危険があるなら……捜査をしなくても、推理が出来る環境を作ればいいじゃないか、って。

 

 

 

 

「……という事で、捜査情報を二人に開示してくれないでしょうか?」

「え、えぇー……」

 

発想の転換で突破口を開いた数分後、わたしはロムちゃんラムちゃんを連れて再びミナさんの執務室へと訪れた。

探偵といえば捜査もするけれど、一番の魅力はやっぱり推理をするところ。捜査は地道なものだから、探偵ごっこ中ってノリがないとそんなに楽しくないだろうし、実際地道な作業無しで推理だけやれるとしたらどう?…と訊いてみたら、案の定二人はわたしの案に乗ってきてくれた。だから後は、これをミナさんが了承してくれるかどうか。

 

「…ネプギアさん、わたしの頼みとそれは些か離れている様な気が…」

「分かってます。でも、ここが妥協ラインじゃないかってわたし思うんです。……っていうか、わたしにもまるっと止めさせるのは無理ですよ…」

「そ、それに関しては完全に同意ですが…」

 

わたし(とミナさん)の真の目的は、ロムちゃんとラムちゃんに事件から手を引いてもらう事だけど、その二人がこの場にいる以上そこはぼかして話さなきゃいけない。…二人には部屋の前で待ってもらった方がよかったかな…。

 

「ミナちゃん、だめ…?」

「けいさつの人たちがしらべて、わたしたちがすいりする…これって人と女神のきょーりょくでしょ?ミナちゃんもおねえちゃんもそれがだいじって言うじゃない」

「ですから、推理も警察に任せればいいんですよ」

「え?すいりはたんていとかふらっとあらわれた人のお仕事じゃないの?」

「確かに創作ではそのパターンが結構ありますが、実際はそうではないんですよ…」

 

今出来上がっているのは、既にわたしの案に賛成している二人はミナさんに頼み込んで、それをミナさんが困った顔で否定するという構図。多分これはわたしが来る前…ミナさんが説得を試みてた時にもあった光景で、こういう時のロムちゃんラムちゃんは中々分かってくれないからミナさんの苦労もよく分かる。

でも…同時に、わたしは二人の思いを無下にしたくない気持ちもある。気になるとか、探偵への憧れとか、そういうのも勿論あるんだろうけど…きっと、国内で起きた事件を放っておけないっていう、女神としての思いもあるんじゃないかって思うから。だから……

 

「……ミナさん、わたしより大人のミナさんへわたしが言う事じゃないとは思いますけど…わたし達の都合で止めさせても、二人には不満が残るかこっそり続けようとするかだと思いますよ」

「…えぇ、分かっています…ですが……」

「大丈夫です。捜査情報も二人の動向もちゃんとわたしが気を付けておきますし、何かあったら……その時は、わたしが責任を取ります。だから…ミナさん、宜しくお願いします」

「ネプギアちゃん…わ、わたしも…わたしからも、おねがい…!」

「…ミナちゃん、わたしたちは本気なの。…おねがい」

 

一歩前に出て、わたしは頭を下げる。本来の要望とは違う形にしようとしているんだから、こうして誠意を見せなきゃ分かってもらえる筈がないから。

そうしてわたしが頭を下げている中…気付いたら、ロムちゃんとラムちゃんも頭を下げていた。これはわたしが予め言った事じゃなくて、多分わたしの姿を見て二人が自らやってくれた事。わたしは、わたし達は……三人で、ミナさんに頼み込んでいた。

わたし達が頭を下げた後、数秒の沈黙がやってきた。一秒経って、二秒経って、三秒経って、そして……

 

「……はぁ、仕方ないですね…分かりました。そこまで言うのなら、お二人が推理をする事を認めます」

「……!ほんと…!?」

「やった!ありがとうミナちゃん!」

「…ですが、推理の結果がどうであれ、勝手に行動はしない事。その内容を誰彼構わず話さない事。……それは、約束してくれますね?」

『はーい!』

「…全く、まさかこうなってしまうとは……ネプギア様、わざわざお忙しい中呼んで、ネプギア様達が前回いらっしゃった時に散々お世話になったわたしが言うのは横柄が過ぎるのかもしれませんが…お二人と情報の事、宜しく頼みますよ?」

「はい。わたしが責任持って管理します。……本当に、ありがとうございます」

 

ミナさんはため息をついて、肩を落として、額を押さえて……でも、わたし達のお願いを聞き入れてくれた。結果的にミナさんのお役に立つどころか、困り事を増やしちゃった様な気もするけど…だからこそせめて、二人が暴走しない様にわたしがしっかり見ていようと思う。それが、わたしの…折衷案を出したわたしの、責任だもんね。

 

 

──こうして、ロムちゃんとラムちゃんはこの日探偵ごっこを止め……女神探偵へとジョブチェンジしたのでした。




今回のパロディ解説

・「〜〜の名にかけて」
金田一少年の事件簿シリーズの主人公、金田一一の代名詞的台詞のパロディ。候補生とはいえ女神に名をかけられる程の人物とは一体どんな者なんでしょうね。

・西田さん、ナイトスクープ
俳優西田敏行さん及び、彼がレギュラーを務める番組探偵ナイトスクープの事。西田さんの名にかけたら、事件の内容が大きく(バラエティ方面に)変わってしまうでしょう。

・「〜〜推理なんて〜〜思わない?」、女神探偵
貴族探偵シリーズ及びその主人公、貴族探偵の代名詞的台詞のパロディ。貴族探偵がしないのは捜査ではなく推理ですが…まぁそこはあくまでパロディネタですから、ね。


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第四十九話 閃きからの答え

ミナさんに捜査情報の開示を認めてもらってから数時間後。早速ミナさんが情報をまとめた書類を持ってきてくれたから、わたしはそれを持ってロムちゃんとラムちゃんの部屋へ。……と、ここまでは特に問題無かったし、わたし的には計算通りの展開になってくれた訳だけど…最後までそうはいかないのが女神の日常。そう、例えば……

 

「……ねぇ、この格好って本当に必要…?」

「ひつよー…」

「いや、でも…わざわざこの格好しなくても準備は出来るし…」

「かたちから入るのがじゅーよーなのよ、わたしたちもたんていのかっこうしてるんだから文句いわない!」

「その格好は二人が好きでやってるんじゃん…はぁ……」

 

──自分で言った例えのせいで、侍従さんの服…メイド服を着せられる羽目になったり、とか。

 

「うぅ…この格好で二人の推理の準備をするって、なんか屈辱……」

「くつじょく…?」

「恥ずかしいと悔しいが混じった気持ちって事だよ…」

「……ネプギアちゃん、かわいいよ…?」

「可愛いどうかは問題じゃないよ…」

 

確かにメイド服はフリフリで可愛いけど、わたしからすれば年下の友達みたいな感覚のロムちゃんラムちゃんにこんな格好で推理の準備(と協力)をさせられるのは……うん、もうこれ以上は考えないでおこう。考えたら余計恥ずかしくなってきそうだもん。…はぁ、本物の侍従であるフィナンシェさんが居合わせなければまだ回避出来たのかな……。

 

「…気持ち切り替えよ……よし。それじゃあ、推理を始めよっか」

「え、なぞときは夜ごはんのあとにするものじゃないの?」

「お夕飯までまだあるから…それにその場合だと二人は推理間違える側になっちゃうよ?」

「あー、そっか…」

 

更に言うと二人の役は探偵じゃなくて警察に…とも思ったけど、別にわたし達は再現遊びがしたい訳じゃないからそれは置いといて、わたしは用意した物の一つ…縮尺を丁度いいサイズにしたルウィーの地図を、これまた用意したホワイトボードに貼り付ける。

 

「ええと……ここと、ここと、ここと、ここ。それにこことここでOKかな」

「…早口ことば…?」

「今のは『こ』が多いだけでそんなに言い辛くはないと思うけど…これは今日までに被害にあった家や施設の場所だよ」

「あ、なんか見覚えがあると思ったらそういうことだったのね」

 

ロムちゃんラムちゃんが「そういえばそうだったなぁ…」って表情を浮かべる中、わたしはまず事件現場に丸を付けて、その後盗まれた物や盗まれた時間、有益そうな証言なんかを丸の下に書き込んでいく。…我ながら、今のわたし結構本格的な事やってるかも…。

 

「取り敢えずピックアップしておいた方がいいのはこれ位かな…二人が調べた情報の中で、挙げておいた方がいい事ってある?」

「うーん……あ」

「ロムちゃん、何か思い付いた?」

「う、うん…でもきっと、かんけいないから…」

「些細な事でも、情報は情報だよ。不安がらずに言ってみて」

「そう…?…じゃあ、あのね……」

「うん」

「えと、ちょうこく?…を取られちゃったところは、近くにね…おかしがすごく安いお店があったの」

「…あ……そ、それは…うん、今度行ってみようかな…教えてくれてありがとね…」

「えへへ……」

 

わたしの表現が悪かったのか、ロムちゃんが純粋過ぎたのか…ロムちゃんの言ってくれた情報は、事件に全く関係ないただの周辺情報だった。これが他の人なら「それは確認するまでもなく関係ないよね!?」って言うところだけど…相手はロムちゃんで、しかもわたしがありがとねって言ったからか今はにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべてくれている。……この流れ、この状態のロムちゃんに正面から怒れる人がいるなら、わたしは見てみたいかな…。

 

「……こ、こほん。それじゃあ、他にはなにかある?」

「ううん…ない、と思う」

「そっか。なら次、これが細かい情報の資料だよ」

「へぇ……うわ、なんかすごく色々かいてあるんだけど…」

「おねえちゃんがよくよむ本みたい…」

「これミナさん達がわざわざロムちゃんラムちゃんに分かる様打ち直してくれてあるんだから、ちゃんと読まなきゃ駄目だよ?」

 

捜査関係者用に準備された資料は、当然ロムちゃんラムちゃんがまだ知らない字や表現も使われてる(後者は多分わたしに取っても分からないものがあると思う)から二人に読める訳がない。…と、いう事でミナさんと数人の職員さんが小さい子にも分かる文章に打ち直して用意してくれたのが、さっきわたしに渡された資料。…あんまり適当な資料渡す訳にもいかないって事情があるとはいえ、こんな手のかかる事をしてくれるなんて二人は愛されてるなぁ……。

 

「…………」

「…………」

(あ、意外と黙って読んでる…やっぱり『読む』事に関してはブランさんに通じるものがあるのかな?)

(むずかしいし、面白くなくて…)

(…つかれる……)

 

軽くだけど予め読んでおいたわたしは、二人が読んでいる間手持ち無沙汰だから代わりに読んでる二人を眺めて時間を潰す。ふふっ、きっと興味津々に読んでるんだろうなぁ。

そうして数分後。

 

「…そろそろ読めた?まだならもう少し待つよ?」

「あー…もういいわ」

「うん、もうじゅうぶん…」

「そう?じゃあ次に進もっか。二人のお待ちかね、推理のターンだよ」

 

わたしとしては少し早めに言ったつもりだったけど、二人はもう読めちゃったみたい。なんで飽きたみたいな表情になってるのかは謎だけど…それはそれって事で、わたしは話を進行させる。

 

「やっときたわね。じゃ、さいしょに一ついわせてもらうわ」

『……?』

 

 

 

 

 

 

「────はんにんは、この中にいるわッ!」

『え……えぇぇぇぇぇぇっ!?』

「あ、これはいってみたかっただけだから気にしないで」

「だ、だよね…」

「ら、ラムちゃん…じょうだんがキツいよ…(びくびく)」

 

……というラムちゃんのブラックジョークを間に挟んで、改めて話を進行。

 

「さ、二人共推理しよ」

「…ネプギアちゃん、わたしたちは何をすいりすればいいの…?」

「え?それは……うーん、一連の事件の首謀者か、次に襲われるかもしれない場所についてかな」

「次のばしょ、なんてかんがえてわかるものなの?てきとーに選んでたらぜったいわからないじゃん」

「適当、って事はないんじゃない?考えなしに盗む様な首謀者なら簡単に尻尾を出す筈だし、更に言えば金銭だけじゃなくて美術品なんかも狙った犯行を連続で起こすなんて、衝動的なものじゃなくて何かしらの目的を持った行動だろうからね」

「ほぇぇ…今のネプギアちゃん、本物のたんていさんみたいだった…」

「そ、そうかな?…言われてみると、今のはちょっとした推理みたいだったかも…」

「む…お手伝いのネプギアがたんていっぽくなってどうするのよ」

「ごめんごめん、それじゃここから先の推理は二人に任せるね」

 

確かにお手伝いとしては出過ぎた真似だったのかもなぁ…と思いつつ、ホワイトボードに張った紙&手元の資料とにらめっこを始めた二人を再び眺め始めるわたし。

 

「…うーん…ロムちゃん、つぼってびじゅつひん?」

「えっと…多分、そう…」

「なら、ほうせきは?」

「ほうせきは…どっちなんだろう…」

 

会話内容から考えるに、ロムちゃんラムちゃんは盗まれた物の関連性から推理をしようとしている様子。それを見てわたしはふと「作りものの情報なら、二人はどんな推理をするんだろう…」と思った。

用意してもらった情報は正真正銘全部実際の捜査で得られたもので、情報だけなら本職の人達と同じ状態にわたし達はいる。じゃあ何故、わたしやミナさんは嘘の情報を作ってそれを二人に渡さなかったのか。

それは、嘘情報から偶然何らかの答えを導き出しちゃって、全く関係ない人や組織に迷惑をかけちゃう可能性がある為…というのもあるけど、一番は二人に見抜かれるかもしれないから。二人は単純だったり浅はかだったりする時があるけど、それはまだ小さい子だからであって二人がお馬鹿さんだからじゃない。むしろ二人は二人なりに色々考えてて、わたしもミナさんもそれを知っているからこそ、たかだか数時間で作った程度の嘘情報を渡すんじゃなくて、嘘偽りのない本物の情報を渡す事を選んだ。……でも、もしかしたら…口では駄目だって言ってたミナさんも、心の中では二人が頑張ろうとしてる気持ちを応援したいって思ってたのかも、ね。

 

(実際の捜査に影響させるつもりはないみたいだけど…それでもミナさん達が二人の気持ちに応えて用意してくれたんだから、自分達が満足いくところまでちゃんと考えようね。ロムちゃん、ラムちゃん)

 

そんな事を考えながら、二人で話し合い、うんうん唸りながら頭を捻る二人を眺めるわたしは、いつの間にかちょっと大人びた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

…………のは、推理開始から数十分間の話。今のわたしが浮かべている表情は……苦笑い。

 

「すぅ……」

「くぅ……」

「まぁ…警察の人でも分かってないレベルの事をずっと考えてたら、そりゃ疲れるよね…」

 

少し前までうんうん言っていた二人も、今ではすっかり可愛い寝息を立てていた。ロムちゃんラムちゃんは、推理に疲れて寝ちゃったみたい。

 

「そういえば、二人をベットに運ぶのは二回目なんだよね」

 

すやすや寝ている二人をベットに運び、掛け布団をかけるわたし。続いて二人が寝入っちゃった際に落とした書類を拾い上げて、元の順番通りに重ねてテーブルの上に……って、

 

「これじゃわたし、ほんとにメイドさんだよ…」

 

さっきわたしは考え疲れて寝ちゃった二人に苦笑いを浮かべたけど、苦笑しちゃう事柄って意味なら二人より今のわたしの方がずっと苦笑いを禁じ得ない…と思う。まだサブカル趣味拗らせたり女の子らしからぬ趣味に目覚めたりしてないロムちゃんラムちゃんだから特に何も言ってこないけど、ユニちゃんやアイエフさん辺りに見られたらからかわれちゃうんだろうなぁ…。

 

「けど、わたしカリスマ性も国の統治者としての思考や度量も無いし、適正って意味では女神よりメイドの方が向いてたりして……って、駄目駄目!何こんな後ろ向きな事考えてるのわたし!」

 

よくない考えを散らす様にふるふると頭を振って、わたしはソファに腰を下ろした。それはさっきまで二人が座ってたソファで、地図を貼ったホワイトボードはこのソファからだと真正面から見られる配置になっている。…まぁ、二人が見易い様にって事でわたしがそこへ置いたんだから、真正面から見られる配置になってるのは当たり前なんだけど。

 

「……法則性とか、本当にあるのかな…」

 

一件目の場所、二件目の場所と順番に目で追っていく中で、わたしは自分の考えが疑わしく思えてきた。

さっきラムちゃんに次の場所なんて考えて分かるのか、と聞かれた時『こんな事を無計画で行う訳ないし、適当じゃないと思う』って旨の言葉を返した。だけど…何かしらの法則に沿って狙う場所を決めているなら、その法則に気付ければ次に狙う場所も分かるって事で、犯人サイドにとってそれは凄く困る事の筈。そう考えると狙う場所や時間については適当…とまでは言わなくても選択肢に幅を持たせた方が安全だろうし、法則性を持って事件を起こすのはむしろ非現実的に思えてきてしまう。だとしたら、本当に考えるべきなのは場所じゃなくて傾向とか盗まれた側の人間関係とかなんじゃ……

 

「……あれ?」

 

──その時、わたしの脳裏に一瞬何かがよぎった。それはほんとに一瞬で、流れ星の様に現れたと思った時にはもう消えていた刹那の閃き。でも、何故か……それは核心に迫る閃きだったかの様に思えた。

 

「……っ…わ、わたしは今何を思い付いたんだっけ?えぇと…」

 

それまではぼんやりと眺める程度だったホワイトボードを凝視して、ここ数分間の思考を必死に思い出して、突然現れすぐ消えてしまった閃きを蘇らせようとする。まずわたしは自分がメイドっぽくなってた事に苦笑して、その後なんかちょっと自虐的な気持ちになって、そこから気持ちを切り替えつつホワイトボードの地図を見て、その最中に次の場所を当てる事は不可能なんじゃないかと疑い始めて……じゃあ、さっき思い付いたのは場所を当てられない事を前提にした閃き?

 

(…ううん、それは違う様な気がする…そうじゃなくて、なんていうか……何かを、連想した……?)

 

そうだ、わたしは何かから何かを連想していた様な気がする。連想したものもさせたものも分かってないというざっくりとした状態だけど、何かから何かを連想した様な気は、確かにする。何かから何かを連想、何かから何かを連想、何かから何かを連想、何かから連装……って連想違いだよ!間違えて何かの連想じゃなくて連装を連想からの連想で連想しちゃって連想が連装に……あー紛らわしい!とにかく武器方面の連装は関係無…………く、ないかも…?

 

「…な、なんだか連想したのは武器とか技関連な気がしてきた…うん、偶然だけど関係あるかも…!」

 

なんか段々頭が疲れて変な思考し始めてる感じもあるけど……直感だけはこの考えが間違ってないって言っている。女神にとっては結構頼れる存在(ってお姉ちゃんやイリゼさんが言っていた)の、直感がそのままGO!ってわたしに伝えてきている。だから……わたしは突き進む!

 

「わたしは何かから武器や技関連の事を連想して、その閃きはこの部屋に持ってきた情報の中かわたしの思考の中から生まれて、えぇとそれでわたしが閃いた時考えていたのは疑い、見ていたのは地図……」

 

「…………」

 

 

 

 

「…………あっ!…まさかッ!」

 

ソファから跳ねる様に立って、ホワイトボードに駆け寄って、置いといたペンを掴んで事件現場を順に線で繋いでいく。すると、出来上がったのは……どこかで見た事ある様な、ハートマーク。

 

「こ、これは……レンジャーサイン、じゃなくて…ろ、ロムちゃんラムちゃん!」

 

ペンを片手に持ったまま、わたしは寝ている二人の肩を揺する。どうせ訊くなら慌てて二人を起こす必要もないんだけど…ちょっと興奮気味だったこの時のわたしはとにかく閃きの正体を知りたくてつい起こそうとしてしまった。……後から考えると、わたしのこういうところが考え無しだとか暴走だとか言われる理由なのかも…。

 

「んぅ…ぁによぉ…」

「気になる事があるの!ちょっと地図を見てみて!」

「も、もう…食べられな…く、ない…(もごもご)」

「そんなベタな寝言と思わせといて実は違う寝言はいいからロムちゃんも起きて!」

 

ゆさゆさ、ゆさゆさ、ゆさゆさゆさゆさ。……よし、二人共起きた!

 

「ロムちゃんラムちゃん、あれに見覚えない?」

「あれ?……ゲーム…?」

「ロムちゃんそっちじゃなくて、ホワイトボードだよホワイトボード」

「…今思ったけど、ホワイトボードとホワイトハートってにてる……」

「ラムちゃんも寝ぼけてないで見てよっ」

「う〜…あれ?なんかせんがついてるわね…」

 

違う方向を向いてるロムちゃんの向きを変えて、ぽけーっとしてるラムちゃんを改めて起こして、やっと二人に見覚えのあるハートマークを見てもらえる状況に。後は、二人がこの正体を知っているかどうか…お、お願い……!

 

「えと…どっかで、見たかも…」

「だよね!思い出せないかな?」

「うーん…たしかに、よく見るマークな気がする…」

「だよねだよね!なんだと思う?」

「ちょっと待ちなさい、えーと…これは…」

「えっと、えっと……これは…」

『…………PAKUっとブリキ屋のマーク…?』

「そ……それだ!それだよ二人共ッ!」

『わぁぁっ!?』

 

二人の言葉を聞いた瞬間、わたしの頭に衝撃が走る。そう、そうだよ!わたしが閃いていたのもそれだったんだよ!女の子に人気の朝アニメ、ブリキ屋シリーズのタイトルロゴに付いてるマークだったんだよ!

興奮のままに大声を上げたわたし。その結果二人に驚かれちゃって……やっと、わたしは自分が興奮状態だった事に気が付いた。

 

「あ……ふ、二人共ごめんね…」

「ね、ねおきなんだから大声出さないでよね…」

「うっ、ごめんなさい……でも二人のおかげでやっと分かったよ!」

「う、うん…でも、このマーク……」

「まだ未完成、って事だよね。うん、分かってるよ」

 

わたしが描き、ロムちゃんラムちゃんが気付いたマーク。二人は今の状態でも気付いてくれたけど…実際にはまだマークが完成していなくて、具体的には後一ヶ所分抜けている状態。でも…閃けた事から分かる通りわたしもそのマークを知っていて、知っているから……地図に線を書き足して、マークを完成させる事が出来た。そして、書き足せたという事はつまり……書き足した部分の先に、まだ襲われてない場所があるという事。

線の先に適当なサイズの丸を書いて、二人に見せるわたし。

 

「……ねぇ、ここの周辺に何か狙われそうな家とか施設ってある?」

「ここ?…あ、ここきょうかいの近く…」

「言われてみるとそうだね。じゃあここから見える位置なのかな…」

「……あ、あれじゃない?」

 

気付いた様子でパタン、と窓を開けて指差すラムちゃん。わたしが指差す先へと目を凝らすと、そこにはちょっと上品そうな施設があった。

 

「あそこって……もしかして、美術館?」

「そうそうそれよ。それもえっと…ロムちゃんなんだっけ?」

「ほぇ?…うーん……たしか、みんかん?…の……」

「あ、私立美術館?」

「それよ!……ここが、次ねらわれるってこと…?」

「…かも、しれないね……」

 

ごくり、とわたし達は唾を飲み込む。これまで狙われたのは、全部上流階級の人絡み…私立の関係だった。だとすれば、私立美術館が狙われる可能性は……十分にある。

初めは、ロムちゃんラムちゃんの気持ちを満足させる為に行った推理。でも、いつの間にか……わたしですらも、本気で推理をし、一つの答えへと辿り着いてしまっていたのでした。

 

 

 

 

「……にしても、なんか今のネプギアうっとうしかったわね…」

「うん…あんまり今のネプギアちゃんは、すきじゃない…」

「えっ…………?」




今回のパロディ解説

・なぞときは夜ごはんのあとに
謎解きはディナーのあとでシリーズのパロディ。ディナーと夜ご飯、意味は全く同じなのに表現(言語)を変えるだけで途端に幼いというか柔らかいイメージになりますね。

・レンジャーサイン
ポケモンレンジャー 光の軌跡にて登場するシステムの一つの事。元々単なる演出&ゲーム上のシステムだったスタイラーの奇跡を利用する、というのは中々斬新ですね。

・PAKUっとブリキ屋
プリキュアシリーズの一つ、HAGっとプリキュアのパロディ。プリキュア→ブリキ屋、という原作のパロネタを発展(派生)させてみたパターンです。


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第五十話 襲来の図書館

偶然の閃きで次に狙われる場所を特定したわたし達。わたしは勿論、ロムちゃんとラムちゃんもミナさんとの約束の一つ『勝手に行動はしない』というのを覚えていてくれて、わたしと一緒にミナさんへ報告しに行ってくれた。

で、翌日。ロムちゃんとラムちゃんは……教会で待機を言い渡されていた。

 

『む〜……』

「あはは…不満そうだね、二人共…」

 

頬を膨らませて不満を露わにするロムちゃんとラムちゃん。報告を終えた昨日からずーっとこの様子……って事は流石になくて、ご飯の時とか遊んでる時とかは普段通りの二人だったんだけど、それ以外…気を取られる事柄が無い時はこんな感じだった。……わたし相手に不満を表現されても困るよ…。

 

「すいりをしたのはわたしたちなのに、わたしたちはここで待ってなさいなんておかしいわよ!ネプギアもそう思うでしょ!?」

「探偵の仕事、って意味なら実際に警護したり犯人捕まえたりは管轄外だから当然なんだけどね…っていうか、その言い方だと推理をした面子にわたしも入ってるんだよね?ふふ、ありがとラムちゃん」

「と、とくべつに入れてあげただけよ!メインはわたしとロムちゃんで、ネプギアはあくまでお手伝いなんだからね!」

「はいはい。ロムちゃん、ラムちゃんが認めてくれたよ」

「うん。ラムちゃんが、ネプギアちゃんとなかよくしてくれて…おねえちゃんうれしい…(ほっこり)」

「うっ…ろ、ロムちゃんまでわたしをからかわないでよ、もうっ!」

 

顔を赤くして手を振り回すラムちゃんを見て、わたしとロムちゃんはにっこり。お姉ちゃん達は互いにからかい合う間柄で、わたしはそれをちょっと不思議に思ってたけど…今ならその気持ちも分かるかな。っていうか、ロムちゃんも他人をからかう事あるんだ…。

 

『ラムちゃんは(可愛い・かわいい)なぁ…』

「うるさーい!というか、わたしがはなしたいのはそういうことじゃないの!」

「ごめんごめん。でも、ミナさんも言ってた様に盗難はいつ起こるか分からないんだよ?犯人が来るまであの美術館にずーっといるつもりなの?」

「それはあれよ、えーっと…あすたりすく?…ってのを使えばちょうどいい時間になってくれるんでしょ?」

「あ、そっかその手が……っていやいやあれは狙って出せるものじゃないよ!?仮に技術としてあったとしても、わたしやラムちゃんに出来る事ではないからね!?」

「じゃあ、わたしなら…かのう…!?」

「ロムちゃんの名前を出さなかったのはそういう意味じゃないよ!?」

 

それが出来るのは守護女神クラスだけだよ…(失礼を承知で言えば)ぶっ飛んでる的な意味で…。

 

「…でもやっぱり…待ってなさい、はきらい…」

「それも関わっちゃいけません、って意味じゃなくていつでも動ける様に待ってて、って意味だと思うよ?ミナさんって二人に優しいし」

「だけど、はんにんがすぐつかまっちゃったらわたしたちの出番ないじゃない」

「それは女神としては喜ばしい事なんだけどね…」

 

国の守護が女神の務めだけど…女神が出るまでもなく事件が解決するなら、そっちの方がいいに決まってる。ただそれでも二人の気持ちは分かるし、そうでなくても二人が『待っていなさい』って指示に不満を持つのも性格的に当たり前。だからわたしは、説得じゃなくて脱線を試みる。

 

「話は変わるけどさ、ブリキ屋の最新話って録画してたりする?」

「え?……まぁ、とってあるけど…」

「じゃあさ、それ見せてくれないかな?実はわたし、見るのも録画するのも忘れちゃって…」

 

てへへ、と照れ隠しの笑みを浮かべるわたし。勿論この話題を振ったのは話を脱線させる為だけど…忘れちゃってたのは事実。今日の夕方にはわたし帰るつもりだし、録画してあったら見せてほしい…っていうのも本心なんだよね。

 

「そうなんだ…ラムちゃん、まだろくが消してない…?」

「わたしは消してないよ?」

「じゃあ、のこってるよね…ネプギアちゃん、いっしょに見よ?」

「わぁ、ありがとう。二人はもう見たの?」

「そうだけど?……あ、せっかくだからネタバレしてやろうかしら…」

「や、止めてね?振りとかじゃなくてほんとに止めてね?」

 

悪どい顔をするラムちゃんにネタバレの危機を感じたわたしは、軽く冷や汗をかきながら頼み込む。せ、折角なんて感覚でネタバレされちゃたまらないよ…。

と、わたしとラムちゃんがやり取りしている間にロムちゃんがリモコンでテレビを操作してくれて、後は再生ボタンを押すだけ…ってところでわたしの方へ振り向いてくる。

 

「じゅんび、できたよ」

「みたいだね。それじゃ、お願いしまーす」

「はーい」

 

そうしてわたし達はアニメ観賞開始。二人の気を逸らしつつ見逃したアニメを視聴するという一石二鳥作戦が上手くいった事に満足したわたしは、そこから暫く目的の片方を忘れて観賞する。

 

「そういえば、こうして二人とテレビ見るのは初めてだっけ?」

「うん。三人だけなのは、はじめて…」

「だよね。今回来たのはお仕事みたいな形で来たけどさ、次は遊びで来たいな。それか、二人がプラネテューヌに来てくれる?」

「うん、行く。その時は、いっぱいあそぼうね(たのしみ)」

「…ま、ロムちゃんが行くならわたしも行くわ。呼ぶならおかしちゃんとよういしておいてよね」

 

…なんて、アニメを見ながら約束を交わす。ロムちゃんは話す度にぎこちなさが無くなってきてるし、ラムちゃんも何だかんだルウィーを出る時よりもわたしに歩み寄ってくれてる感じだし、これって二人とかなり仲良くなれてるって事だよね。……ねぇお姉ちゃん、わたし女神候補生の皆と仲良くなれたし、旅の中で色んな人と知り合って仲間も増えたんだよ?わたし、まだまだ勉強しなきゃいけない事も経験した方がいい事も多いと思うけど…それでも、少しはお姉ちゃんに近付けたと思うな。お姉ちゃんも、そう思うよね?

 

(…って、これだとお姉ちゃんが死んじゃったみたいだね…縁起でもないって怒られちゃうよ、あはは……)

 

こんな事を考えていたら、お姉ちゃんに『んもう、お姉ちゃんまだ生きてるんだからね!?勝手に殺すなんて酷いよネプギア!』なんて言われそうな気がする。っていうか、お姉ちゃんなら実際に言ってるかもしれない。だってお姉ちゃんだもん。

そんな感じで時々喋りながら見る事約二十分。CMは飛ばしていたからちょっと早めにAB両パートが終わって、ブリキ屋はEDに突入する。

 

「…ねぇ、なんかアニメってEDでおどってばっかりいない?」

「言われてみると、そうかも…どうしてかな…?」

「な、なんでだろうね…最近はドラマのEDでもよく踊ってるし…」

 

有名な作品がやって定番になったとか、ダンスEDで好評になった作品の後追いだとか、そんな感じかなぁ…と想像は出来るし、某SOS団のアニメとか某雇用被雇用関係の夫婦のドラマみたいに具体的な例も思い浮かぶけど、実際のところはどうなのか分からない。サブカルに関してはお姉ちゃん達四人の方がずっと詳しいし、もし助けた後も気になってたら聞いてみようかな。

 

「…それにしても、どうしてこんな女の子向けアニメの要素を取り入れたんだろうね。…わたし達の推理が当たってるなら、の話だけど…」

「しゅぼーしゃも女の子、とかじゃないの?」

「この事件を裏で操ってたのが女の子だったら恐ろしいなぁ、色んな意味で…」

「それかネプギアがしゅぼーしゃか、ね。一番さいしょに気付くなんてあやしーもの」

「ちょっ……ら、ラムちゃん…?」

 

EDは毎週同じだしじっくり見なくてもいいや、と思ってまた別の話題を振ったわたし……なんだけど、何故か返答はあらぬ方向へ。

 

「……あ、ミナちゃんがわたしたちに待ってなさいって言ったのは、わたしたちにかんしをしてほしかったからなんじゃ…」

「ミナさんは一瞬で全てを推理し理解していた!?…っていやいやいや…冗談キツいよラムちゃん、わたしじゃないって…」

「考えてみれば、昨日来たばっかりのネプギアがこんなすぐ気付いたことじたいがおかしいというもの…」

「た、偶々だよ!?考えてみれば、ってラムちゃん真剣にわたしを疑い始めてるよね!?違うからね!?」

「はんにんはみんなそう言うのよ!ロムちゃんもあやしいと思うでしょ?」

「…………」

「……ロムちゃん?」

「ふぇ…?…あ、ごめんねラムちゃん…」

『……?』

 

どこまで冗談でどこまで本気なのか分からないラムちゃん。わたしが疑われてあたふたする中、ラムちゃんはロムちゃんへ同意を求め……たけど、ロムちゃんはわたし達の会話を全く聞いていなかったみたいで、名前を呼ばれて始めて気付いた様子だった。そして、何故かテレビ画面は停止状態になっている。

 

「ロムちゃん、どうかしたの?……あ、もしやEDを楽しみたかったのに、わたし達が近くで喋ってるせいで集中出来なかったとか?だとしたらごめんね…」

「あ…ううん、ちがう。…気になってたの」

「気になってた?」

「これ…きのう書いたマークと、ちがうの」

 

そう言ってロムちゃんはテレビ前へと向かい、画面の一ヶ所…タイトルロゴのハートマークを指差した。それを受け、指差されたマークを見つめる私とラムちゃん。

わたしはこれまでハートマークって表現してきたけど、ロゴのそれはシンプルなハートマークじゃなくて、正しくは女の子向けらしい装飾が付いたハートになっている。だからこそわたしはただのハートじゃなくて、この作品のハートマークだって気付いたんだけど……

 

「……違ったっけ?」

「たぶん…」

「うーん…じゃ、昨日書いた地図取ってくるよ。見比べれば分かるしさ」

 

わたしは扉を開け、地図を取りに向かう。もし違っているなら見過ごせないし、間違ってたのがロムちゃんの方なら勘違いだったね、で済む話。ぱぱっと確認しちゃおっと。

資料と一緒に置いておいた地図を取って、二人の部屋へと戻るわたし。今日はホワイトボードを用意していないから、ボードじゃなくて床の上に地図を広げる。

 

「えーっと、ここは合っててここも合ってて…」

「……あ、ほんとだ。ほら見なさいよここ」

「あ……」

 

ラムちゃんに言われて見ると、地図には確かに一ヶ所違っていた…というか足りない箇所があった。それはわたしが書いたマークの最後、私立美術館の辺りを指している部分の抜け落ちで、本物のマークにはそこから右上に向かって流れる様な線が続いている。長さ的にはおまけサイズだけど……ロムちゃんの言う通り、わたしの書いたマークは違っていた。

 

「こんな細かい違いに気付けるなんて、凄いよロムちゃん!ずっと気になってたの?」

「あ、えと…ぐうぜん気付けただけだよ…?」

「偶然でも凄いものは凄いよ。ね、ラムちゃん」

「そうそう、ロムちゃんがすごいのはひつぜんってものよ!」

「必然って言うとまた違う感じになっちゃうけど…とにかくラムちゃんも凄いって思ってるし、やっぱり凄いんだよロムちゃんは」

「そ、そうかな…?」

「そうだよ?」

「……はぅぅ…」

 

両手の人差し指をくっ付けて、もじもじと訊いてくるロムちゃんににこりと笑みを浮かべながら言葉を返すと、ロムちゃんは恥ずかしそうに手を頬に当てて軽く首を振った。……ほんとにロムちゃんは可愛いなぁ…。

 

「もー、ほんとにロムちゃんはかわいいんだから〜」

(あ、ラムちゃんロムちゃんの指の間から頬つついてる…いいなぁ…)

 

数十分前とはロムちゃんとラムちゃんの立場が逆転。という事は、次はわたしが弄られる番?…っていや、弄られるって意味じゃ昨日のメイド服が該当しそうな気が……ん?

 

「ちょ、ちょっとラムちゃんストップ。わたし、結構重要な事に気付いたかも…」

「じゅーよーなこと?ロムちゃんのほっぺたが片方あいてるとか?」

「ね、ネプギアちゃんまでつんつんするの…?」

「そうじゃなくて……今思ったんだけど…書き忘れがあったって事は、昨日の推理は不完全だったって事だよね?」

『…………』

 

ふと気付いてしまった事を口にした瞬間、ぴたりと二人の動きが止まった。

 

「わたし達の推理通りなら、狙われるのは線の動きが大きく変わる所と終わる所。だとしたら…」

「…今かき足したところも…」

「ねらわれるかもしれない、ってこと?」

「う、うん…」

「じゃあいそいで行かなきゃじゃない!ここはどこ!?」

「ルウィーに住んでるラムちゃんがプラネテューヌに住んでるわたしに訊く!?…えぇと、美術館周辺の地図を出して…」

 

昨日と違って情報が揃っているから、わたしはNギアで検索して美術館周辺の地図を映し出す。で、床に広げた地図と画面上の地図を照らし合わせて、書き足した部分に当たる場所を……。

 

「……あれ?…国立図書館…?」

「としょかんなのね!だったら…え、こくりつ?」

「しりつじゃ、ないの…?」

「うん、国立って出てる…これって、わたしの予想が外れたって事なの…?」

 

これまで一連の事件で狙われる物の統一性はなかった(名高い物って共通点はあるけど)けど、狙われた物の所有権は全て民間の人か組織にあった。その法則からいけば国立図書館は狙われる筈が無くて、別の施設を指してるって事になるんだけど…他に狙われそうな施設なんて画面の地図上には一つもない。となると、疑わしくなってくるのはわたし達の推理の方……

 

「……いや、こんなにロゴと似てるんだから推理が間違ってる訳ないよね。もしかしたら、国立図書館に一時的に個人所有の特別な本が置かれてるとかかもしれないし……うん」

「ネプギアちゃん…?」

「…ロムちゃん、ラムちゃん、図書館に行って。ミナさんはわたしが説得するから、二人は先に図書館が襲われてないか確かめてきて!」

 

もしかしたら、やっぱりわたし達の推理が間違ってるのかもしれない。仮に合ってても、図書館を狙うのは美術館の後だから今すぐ行く必要ない…なんて事があるかもしれない。でも、推理が正しかったら…今にも図書館から何かを盗まれそうになってるとしたら…。

お姉ちゃんが、時々言う言葉。いつもは「そんなどっちも、って場合はそうそう無いんじゃないかなぁ…」って思っていたその言葉も、今なら同意出来る。──どうせ後悔するなら、精一杯やって後悔する方がいい。…うん、その通りだよお姉ちゃん。

 

 

 

 

「すいません!ロムちゃんとラムちゃんは来ましたか!?」

「あ、はい。既に中へとお入りになりました。ネプギア様もどうぞ」

「ありがとうございます!」

 

女神化状態で図書館前に着陸したわたしは、待っていてくれた様子の警備員さんに誘導されて中へと入る。二人に言った通り、ミナさんを説得して許可を貰ったわたしは飛んで図書館へと急行していた。

 

「…ほんとに誰もいないんですね」

「今日は休館日ですからね。ロム様とラム様はお二人で捜索中だと思われます。…案内は必要ですか?」

「いえ、大丈夫です。警備員さんは何かあった時アナウンスお願いします」

「分かりました、お任せ下さい」

 

警備員さんと別れ、女神化を解除しつつわたしは二人を探し始める。大声で呼ぶか電話をかけるかをすればすぐ合流出来ると思うけど、犯人がもう潜入してるかもって考えるとそんな場所をバラす様な事は出来ない。…合流場所、決めておけばよかったな…。

 

(相手が人なら、武器を持ってても制圧は出来るだろうから…やっぱり一番気を付けなきゃいけないのはわたし達が見つけられない事…)

 

犯人の外見情報は一切分からないから、見つける前に図書館から出られちゃったらもう捕まえるのは絶望的。でも逆に休館日のおかげで館内にいる人は99%わたし達の探してる犯人だって言えるから、犯人がいるなら出ていってしまう前に見つけられるかどうかが勝負の分かれ目。そう思い、わたしが神経を張り巡らせて館内を進んでいると……脚の携帯ホルダーが振動した。

 

「……電話?もしもし…」

「ネプギアさん、ミナです。図書館には到着しましたか?」

「あ…はい、今館内を探索中です」

 

振動していたのは勿論ホルダーじゃなくてマナーモードにしておいたNギアの方で、電話の相手はミナさんだった。わたしは空いている手を送話口と口元に当てて、出来るだけ通話の声が漏れないように意識する。

 

「そうですか。では、お二人とはまだ合流出来ていないのですか?」

「そうです。…あの、ミナさん…狙われている物の目星は付きましたか?」

「いえ。ですが、探すならば地下の保管庫が有力だと思います」

「地下の保管庫、ですか…?」

「地下の保管庫には、ネプギアさんの予想通り一時的におかれている本や後世に残すべき重要な書物が置かれているんです。もし狙うなら、そちらの本だと思いませんか?」

「確かに…行ってみます」

 

足音を立てない様に気を付けながら、わたしは地下への階段を見つけて降りていく。その間も通話は続けて、わたしとミナさんはお互いに情報を共有。……因みに、わたしはミナさんを説得してって表現したけど…実際には早々に「もうロムちゃんラムちゃんは襲撃される前提で行っちゃったので、適切な対応取らないと混乱が起きますよ?」と脅し紛いの切り札を切って強引に認めさせただけだった。…今は盗難阻止を優先してくれてるからか普段通りの口調だけど…帰ったらわたし、お説教されるんだろうなぁ…。

 

(…というか、もしこれで見当違いだったら、わたしミナさんの本気モードで叱られるんじゃ……ど、どうしよう…やらなきゃよかったかも…)

「ロム様ラム様は周りの事気にせず高火力魔法を使い兼ねませんので、もし戦闘になった際は気を付けるよう口添えを……ネプギアさん?」

「ひゃいっ!ご、ごめんなさい!」

「……はい…?」

「あっ…な、なんでもないです。分かりました…」

 

あの黒いオーラを纏ったミナさんに叱られるのを想像して怖くなってきたわたしは、つい名前を呼ばれただけなのに謝ってしまった。…一刻を争うからってあんな事言った、ちょっと前のわたしを本気で叱りたい。というか今の内に謝っておいた方がいいんじゃないのかな?…うん、そうだよそうだよね。よし、ここで一つしっかりと謝って……

 

「……へっ?」

「……?…どうしましたか?」

「…今、何か重い物が倒れた様な音がしました…」

 

少し離れた場所から聞こえた、ドスン…という音。可能性の上では老朽化した本棚や机が勝手に倒れた…っていうのも無くはないけど、ぶつかったとか何とかで誰かが倒したと考えるのが現実的。で、今この図書館の中に居そうな人といえば、ロムちゃんとラムちゃん、それに犯人位しかいない。

ごくり、と唾を飲み込んで音のした方へと向かうわたし。慎重に、というミナさんの声を聞きながら、わたしはゆっくりと音のした方…微かに埃の舞っている方へと近付いていく。その次の瞬間────

 

 

 

 

 

 

『きゃぁぁああああああああああッ!!』

 

──耳をつんざく様な悲鳴が、聞こえてきた。それは、わたしにとって聞き慣れた…ついさっきまで聞いていた、双子の声。

 

「なっ……何ですか今の悲鳴は!?今の、ロムとラムの声ですよね!?二人に何かあったんですか!?」

「……ッ!」

 

受話口から聞こえる、慌てふためいたミナさんの声。その声は確かにわたしへ届いていたけど……わたしに言葉を返す余裕は無かった。ロムちゃんとラムちゃんが襲われたって思ったわたしには、落ち着いて言葉を返すだけの心の余裕が無かった。

 

「ロムちゃんッ!ラムちゃんッ!」

 

反射的に女神化し、床を蹴って一気に悲鳴の下へと飛び込むわたし。舞っている埃の濃度が一番高い所で素早く着地して、二人の名前を叫びながらその通路の先へと目を凝らす。それによって見えてきたのは…三つの影だった。

 

「ひゃっ…ゃ、いやぁ……!」

「は、はなしてっ!はなしなさいよぉッ!」

「アクククク、なぁに心配する事はない。静かに待っていれば、すぐ終わるぞ二人共」

 

二つは、ロムちゃんとラムちゃんの姿。赤くて太い、触手みたいな何かに絡め取られて恐怖の声を上げている二人の姿。そして、もう一つの姿は……二人に触手…ではなく舌を伸ばす、黄色の巨体──そう、四天王の一角の姿だった。




今回のパロディ解説

・ブリキ屋
プリキュアシリーズのパロディ。前話で使ったパロディの事なので、前話を読んで頂けたのなら解説不要なのですが…この話単体で読んだ方への配慮という事で、一つ。

・某SOS団
涼宮ハルヒシリーズにおいて登場する部活の事。作中で指しているのはアニメのEDのダンスの事です。ダンスEDの先駆けの一つかなとは思いますが、実際どうなのでしょう。

・某雇用被雇用関係の夫婦
逃げるは恥だが役に立つにおける、主人公達の関係の事。ダンスEDの先駆けかどうかはともかく、確実にこのドラマのED(通称恋ダンス)は大きな影響を持っているでしょう。


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第五十一話 苦くても勝利

わたしは、図書館に何かしらの品を盗もうとする人が潜入していると思っていた。思っていなければ急いで来たりはしないし、実際図書館にはわたし達とは別の存在……不法侵入した者がいた。だからわたしの予想は当たっていたと言えるけど……侵入していた相手は、わたしの予想を遥かに超えていた。

 

「細く、柔らかく、そして温かい……あぁ、これぞ正に甘美!幸福感で本当に甘さを感じてしまいそうだぞぅ!」

 

ロムちゃんとラムちゃんを舌で絡め取り、ぬるぬると舌をうねらせながら恍惚の表情を浮かべる四天王の一角。……まさか、四天王が直々に現れるなんて…。

 

「……って、今はそんな事気にしてる場合じゃない…二人を離して下さい!…えぇと…四天王の人!」

「やはりこの年頃の幼女はいい!オーソドックスだがそれ故に幼女の本質を捉え、基本に忠実ながらも個性を発揮し始めている…王道とはこういうものよ!」

「……え…あ、えと…は、離して下さい!いや離しなさい!」

「だが勿論、この年頃以外は幼女ではないなどと言う様な、器量の低い吾輩ではない!だから敢えて言おう、幼女万歳と!」

「…どうしよう、これ話通じないパターンだ……」

 

わたしはそこそこ声を張ったんだから、聞こえていない筈がない。なのに返答が無く会話が成り立っていないって事は、四天王がわたしを無視しているか、物理的には聞こえていても意識に届いていないかのどちらか。だからこのまま声を挙げていても、反応してくれる可能性は……低い。…こんな時、ユニちゃんだったら……

 

「…………」

「ぬぉっ!?へ、ヘッドショットだと!?」

「あ、避けられた…」

「ぐっ…舐めるのに夢中で敵…それも女神の接近を許すとは、なんたる失態…!」

 

M.P.B.Lの銃口を眉間に向けて、引き金を引いたわたし。もし直撃したら、わたしは千載一遇のチャンスを活かした形になったんだけど…残念。四天王には避けられてしまった。……後者だったんだ…。

 

「…こほん。二人を離して下さい!」

「ふん、いきなり攻撃しておいて何を言うか。……だが、何故かいきなり攻撃された気がせぬのは一体…」

「いきなり攻撃した訳じゃないからですよそれは!もうとにかく離しなさーい!」

「……む、貴様…」

「え……な、何です…?」

「……すくすくと育ったのか…」

「えぇっ!?……ほんとに何なのこの人…」

 

舐める様な目で(舌はまだ二人を舐めてる)わたしの全身を見て…四天王は複雑そうな声を漏らした。…無法者の戦闘狂みたいな黒色の四天王もだったけど、もしかして四天王は皆こんな尖った感じの性格なの…?だとしたら気が重い…。

 

「非常に残念だ…貴様の姉の普段の姿は魅力的だと言うのに……が、それならそれで仕方のない事。この二人は離さんぞ?折角無力化出来ているのだからな」

「……っ…だったら、力尽くで二人を返してもらうまでです…!」

「ほぅ、一人で助けると?これはまた随分と大きく出たものだな。…吾輩は平和主義で、無駄な争いは好まん。貴様が素直に下がると言うのなら手を出さず、そもそもこの二人を傷付けるつもりは毛頭無い…そう言っても、力尽くでかかってくると言うか?」

「当たり前です!どんな提案をされたって、ロムちゃんラムちゃんが苦しんでいるなら、わたしは退きません!」

 

正直この四天王は(性格的に)相手にしたくないし、わたしだって戦わずに済むならそっちの方がいいと思う。でも……四天王は今、ロムちゃんとラムちゃんを苦しめている。二人は目尻に涙を浮かべて震えている。そんな状況で、そんな事をする相手の提案なんて…聞きたくもないよ!

 

「ならば仕方ない…さぁ、出来るものならやってみよ」

「……ッ!エネミーディスク…!」

 

わたしが床を蹴って突撃しようとした瞬間、四天王はエネミーディスクを取り出しモンスターを呼び出した。…でも、開けた場所じゃないここなら……!

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

呼び出されてすぐ突撃してきたヒール(又はくらげ)スライヌ系モンスターを斬り裂き、続けて左ストレートを打ち込んで撃破。それを確認した後即座に後ろに跳んで、モンスター群の迎撃態勢を整える。すぐに二人を助けたいけど…下手に突っ込んだら四天王とモンスターに挟み撃ちにされるよね…まずはモンスターを掃討しないと!

 

「近接格闘と射撃を織り交ぜた、良い動きではないか。アクククク、流石は候補生とはいえ女神の名を冠する者と言ったところか」

(やっぱり、本棚が多くてモンスターは上手く動けてない…これなら、テンポよく倒せる…!)

「……しかし、所詮は候補生か。はてさてプラネテューヌの候補生よ…」

 

扇状に牽制射撃を撃ち込んで、本棚が邪魔で上手く避けられなかった個体へと強襲。その個体は一気に倒して、再度わたしは扇状に射撃を……

 

「──今貴様が放った射撃により貫かれた書籍は、ルウィーにとって重要な文化財だったのかもしれぬなぁ」

「……ーーっ!?」

 

M.P.B.Lの引き金にかけていた指。その指を……わたしは止めてしまった。その瞬間、わたしの攻撃が来ないと見たモンスターが一斉に飛びかかってくる。

 

「……っ…しまった…!」

「おっと、これは申し訳ない。貴様にとっては余計な事を言ってしまった様だな」

「じゃあ、今のはハッタリ…?」

「それはどうだろうな。吾輩はただ推測を述べただけ…本当に文化財かもしれぬし、古いだけのただの本かもしれぬ。まぁ、もし文化財であれば、そしてこのまま不用意に書物を女神である貴様が破壊し続ければ、外交問題になる可能性は高いのだろう」

「そんな……!」

 

たらり、と頬を冷や汗が流れるのを感じる。飛びかかりはなんとか避けて、普段の癖…というか身体に染み付いた動きで銃口をモンスターに向けるけど、そこでまたわたしは撃つのを躊躇ってしまう。……四天王からかけられた言葉が、引き金を引く事を躊躇わせていた。

地下いっぱいに文化財クラスの書物が置かれているとは思わないけど、ここは国立図書館で、保管庫なんて名前なだけあって一般公開はされていない(らしい)んだから、この中の何割かが本当に文化財だったとしてもおかしくない。そこで、いつもの様に射撃をしたら…何冊も駄目にしちゃったら……

 

(これがわたしを嵌める策だって分かってる、分かってるのに…!)

 

最初は優位に立ち回っていたわたしは、段々と劣勢になっていく。今のわたしは射撃を封じられただけじゃない。不用意に吹っ飛ばしたり本棚周辺でM.P.B.Lを振ったりは出来ないし、後ろに本棚がある場合は避ける事も満足に出来ない。これがお互い気を付けなきゃいけない点ならまだいいけど…モンスターは文化財なんか気にする訳がなくて、多大なハンデを抱える事になるのはわたしだけ。こんな実力の半分も発揮出来ない状況じゃ、優位に立ち回ったりなんて…出来ない。

 

「さぁどうする、先程も言ったが吾輩は平和主義。今からでも退くのならば、見逃すのも吝かではないぞ?」

「退き、ません……!」

「そうか…ならば仕方ないな」

 

本棚を背にして二体のモンスターを受け止めようとしたわたしだけど、防御はしきれず爪で左脚の太腿を浅く切られる。その瞬間ズキリ、と痛みが走ったけど、そんな事を気にしている余裕は欠片もない。この状況下じゃ、多少の怪我は些末事だって割り切らなきゃ持ち堪えられない。

四天王は戦闘に参加せず、わたしに揺さぶりをかける様な言葉を散発的に発しながらずっと二人を舐め続けている。わたしと四天王、それにロムちゃんラムちゃんとの距離は多く見ても数十mで、それは床を蹴って飛べば一瞬で詰められる様な短い距離。でも、どうしてもその距離が詰められない。……焦燥感が、じっとりとわたしの心に絡み付いていく。

 

(一か八か強行突破をかける?いや、でもそれは危険だし、仮に突破出来てもその先にいるのは四天王…だったら、いっそ有事って事で被害は無視して……戦えるなら、わたしはこんなに追い詰められたりしないよね…)

 

刀身の腹に手を当て、二体纏めて押し返す。その後すぐ押し返した内の一体を刺して倒すけど、まだそこそこの数のモンスターが残っている。

 

(このままじゃ、いつまで経っても二人を助けられない…!)

 

焦る、焦る、焦る。焦りはミスの元だって分かってるけど、二人が苦しんでる中で、自分は満足に戦う事も出来なくて、わたしは焦りを抑えられない。モンスター一体一体の強さはそこまでじゃないから、このまま戦い続ければいつかは突破出来るだろうけど…二人を早く助けなきゃなのに、そんな悠長な事してる訳には……

 

「……も、もういいわよ!もうむりしなくていいから……ひぅっ…は、早くにげなさいよ…!」

「え……ら、ラムちゃん…!?」

 

──その時、ラムちゃんの叫びが聞こえた。それは、悲鳴とか怒号じゃなくて、心からの思いを吐き出した様な…そんな、悲痛な叫び。

 

「わたしは、むずかしいことはわからないけど…ふりなんでしょ!?いつもみたいにたたかえないんでしょ!?だったらにげなさいよバカ!」

「な、何言ってるのラムちゃん…わたしが逃げたら、二人は…」

「わ…わたしもロムちゃんも女神よ!これ位、平気なんだか…らぁっ!」

 

にゅるり、と四天王の舌先が頬を舐め上げた瞬間、ラムちゃんは表情が引き攣り怖気に身体を震わせた。でも、ラムちゃんはわたしに助けを求める様子なんて欠片も見せない。…そしてそれは、ロムちゃんもだった。

 

「わ、わたしたち…たえられる、から…ネプギアちゃんは、にげて…!」

「そんな…でも……!」

「ネプギアちゃん、どんどんけがしてる…ネプギアちゃんがけがするの…ふぇ…い、いやなの…!」

「こ、こんな怪我わたしはへっちゃらだよ!だから心配なんてしなくて……」

「いいからにげなさいよ!こんなやつ、わたしたちだけでたおせるから!たおせるったらたおせるの!」

 

ロムちゃんもラムちゃんも、わたしに助けを求めてこない。化け物みたいな相手に舐め上げられてるのに、助けてなんて一言も言わない。それは何故か。本当に、わたしの助けが要らないから?本当に耐えられるから?……違う。そんな訳ない。この二人が、まだまだ小さい二人が、こんな状況で平気な訳がない。……だったら…それでも、わたしに逃げてって言ってくれるなら…

 

「……こ、のぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

『な……ッ!?』

 

突進してきた魔物を刀身の背でかち上げて、脚に力を入れて込める。そしてわたしは、飛び出した。

わたしが向かうのは二人と四天王のいる場所。周りのモンスターも、モンスターの攻撃も無視して一直線にその場所へと向かう。

これは、危険な行動。分の悪い賭けで、確実性にも欠けている。…けど、二人はわたしの心配をしてくれた。自分達だって辛いのに、それよりわたしの身を案じてくれた。ならもう、分が悪くても確実性に欠けてても関係ない。二人がわたしを思ってくれるなら、わたしも自分より二人の事を優先しなきゃ…そうじゃなきゃ、友達じゃないよ!

 

「二人は、わたしが…助けるッ!」

 

モンスターの迎撃を突破して四天王へと肉薄したわたしは、M.P.B.Lを振り上げる。この四天王がどれだけタフなのかは分からないけど、頭に向けて大上段からの一撃を与えれば二人を離してしまうに違いない。例えどんなにダメージが小さくても、二人を助ける事が出来ればそれで十分──

 

「障、壁……!?」

「ふっ…吾輩を抜かるなよ?」

「あぐッ……!」

 

振り下ろしたM.P.B.Lが衝突したのは、魔力で構築された半透明の壁。それが四天王の発生させた物だと気付いた瞬間わたしは力を込め、障壁の突破を試みようとしたものの…それよりも先に四天王の左右に現れた魔方陣から放たれた、鞭の様な触手によってわたしは返り討ちに遭ってしまった。

膝、腕、それにお腹を打たれて弾き飛ばされるわたし。幸運にも当たったのは全部プロセッサを纏っている部位だったから、多分大きな怪我にはなってないだろうけど……強行突破は、わたしの乾坤一擲の攻撃は、失敗に終わった。

 

「あぁ、なんと健気な幼女の優しさ…それに水を差すのは大いに心苦しい!やむを得なかったとはいえ、自分で自分を叱責したいものだ…!」

「けほけほ…わたしの突撃は、読まれてた…?」

「いいや、保険をかけておいただけだ。しかし、まさかあの時怯えて満足に戦う事も出来なかった候補生がこの様な手に出てくるとは…これは吾輩も高みの見物などと構えてはおれんなぁ…」

 

立ち上がったわたしを囲む、複数のモンスター。それだけならまださっきの状態に戻っただけだけど…それに加えて今は、ついさっきわたしを弾き飛ばした魔方陣からの触手までわたしを狙っている。つまり……ただ失敗したばかりか、わたしは今の攻撃で四天王の警戒心を煽ってしまったのだった。……まさか、一か八かの作戦が裏目に出るなんて…。

 

(…………でも…)

 

四天王が戦う気になった事で、二人の救出は難しくなった。更に言えば、わたしが怪我する可能性も上がった。でも、わたしは諦めない。わたしの心に灯った『一秒でも早く二人を助ける』って気持ちは、この程度で消える様な弱い思いなんかじゃない。どんなに困難でも、また同じ結果になるかもしれなくても、それでも……わたしは、二人を助けたいから…!

わたしは再びM.P.B.Lを四天王に向ける。その瞬間わたしを囲っていたモンスターが四方から飛びかかってきて、それで────

 

 

 

 

 

 

「ピイィィィィイイイイイイッ!」

 

──その瞬間、どこか氷をぶつけ合っている様にも聞こえる甲高い音と共に、無数の氷の礫がわたしの後方からモンスターへと襲いかかった。

 

 

 

 

身体に鋭利な形状の氷が食い込み、唸りや呻きを上げて床に落ちるモンスター。勿論それは、わたしの攻撃でもロムちゃんラムちゃんの攻撃でもない。そんな、ここにいる誰一人予想だにしていなかった出来事にわたし達が唖然としている中……それは、現れた。

 

「ピィィィィッ!」

「え……氷の、鳥…?」

「ご無事ですか、ネプギア様!」

『み、ミナ(さん・ちゃん)!?』

 

再び甲高い音が聞こえると同時にわたしの前へ現れた、巨大な氷の鳥。まるで端整な氷像の様な、しかし確かに羽ばたき鳴き声を上げている氷の鳥。それだけでもかなりの驚きなのに、更にその鳥の背から某アーケードゲームでSPカードを使った時の演出が如く颯爽と飛び降りてきたのは……なんとミナさんその人だった。

 

『ぽかーん……』

「ご無事の様ですね、それにロムとラムも捕まっているだけ…良かった、それならば一安心です」

「え……いや、あの…」

「しかし、問題はあの敵といったところですか…ならばわたしが援護します、ネプギア様は二人の救出を!」

「わ、分かりました!…って待って待って!そ、その鳥はなんなんですか!?」

 

普段の物腰柔らかそうな雰囲気とも、本気で怒った時の雰囲気とも違う、ある意味イメージからかけ離れた様子のミナさんにたまらずわたしはストップをかける。雰囲気もだけど…まずその鳥は何!?背中に乗ってたし味方なんだろうけど、流石にこれは後回しに出来ないレベルの衝撃だよ!?

そして衝撃を受けたのはわたしだけじゃなかったみたいで…意外にも、四天王まで口を挟んでくる。

 

「その鳥が内包する魔力、並大抵のものとは見えんな……貴様、ミナとはまさかここの教祖か?」

「えぇ、わたしは教祖であり二人の保護者、西沢ミナ。そしてネプギア様、この鳥はわたしの…いえ、西沢家に伝わる魔法によって作り出したものです」

「西沢…そうか、ルウィーの教祖は代々その家系が担ってきたのだったな…」

 

ミナさんの苗字を聞いた途端、四天王の目付きがほんの少し変わる。その口振りからは、警戒のレベルを更に一つ上げたかの様なものを感じる。…ミナさんが高位の魔法使いだって事は聞いてたけど、四天王にすら気にされるレベルだったんだ…す、凄い…。

 

「み、ミナちゃん…どうして、ここに…?」

「ネプギア様との通話が切れる直前、貴女達の悲鳴が聞こえました。…悲鳴を聞いて助けに来ない保護者がいるものですか!」

「ひ、ひめいなんて…」

「隠さなくていいんですよ、ラム。それよりよく今までそんな状況で耐えましたね。もう少しの辛抱ですよ」

「ま、待って下さいミナさん…こんなところで暴れたら…」

 

ミナさんが杖を構えたのに合わせて攻撃姿勢を取る氷の鳥。このままだとわたしの返事を待たずに攻撃再開してしまいそうな雰囲気を感じ取ったわたしは慌ててミナさんに制止をかける。制止をかけて、ここに重要な書物がある可能性をミナさんに話す。

教祖でありわたしより大人なミナさんは、当然ここで不用意に攻撃する事の危険性を理解してくれる筈。そう思ってわたしが話すと、予想通りミナさんはハッとした表情を浮かべた後落ち着いて作戦を練り直し……

 

「そんなもの、後でわたしがどうとでもします!ネプギア様、女神としてその配慮するのは大変立派な事だとは思いますが……今は二人の安全の方が大切なのですよ!」

「は、はい!ネプギア行きます!」

 

…たりはしなかった。それどころか「そんな事を気にしているのですか!」…という剣幕で叱られてしまった。その言葉に後押しされて(というか背中を引っ叩かれて)、四天王へと突貫をかけるわたし。するとやはりモンスターが立ち塞がってきたけど…それは氷の鳥が翼から飛ばした礫と口から放った氷結魔法によって蹴散らされ、わたしと四天王の間に空白が生まれた。

 

「ぬぅ、小癪なッ!」

「同じ手は、喰らいません!」

 

切っ先を四天王に向けたままの突撃。それを邪魔する様に複数の触手がわたしへとしなりながら襲ってくる中、わたしは床に足をつけ右に回転する事で回避。わたしを逃した触手が本棚をへし折るけど…もう気にしない。教祖から気にするなとお墨付きを貰ったんだから、気にする必要なんて欠片もない。

回転から起き上がると同時に床を蹴ったわたしは、再びの肉薄へと成功した。肩掛けにM.P.B.Lを振り上げたわたしと、ぎょろぎょろした目で睨む四天王とで視線が交錯する。

 

「今度こそ、この攻撃で…!」

「同じ手が通用するものかッ!」

「なら…違う手を打つまでですッ!」

 

振り下ろしたM.P.B.Lは、またも障壁に阻まれる。でも、そんなの予想済み。どうせ防がれるって分かっていたから、わたしは敢えて振り下ろす時少し力を抜いて……障壁に当たった瞬間、思い切り力を込めて障壁の上を滑らせていった。

わたしの力が乗ったまま、斜め下へと滑っていくM.P.B.L。その刀身が目指す先は……二人を捕らえる四天王の舌。

 

「二人は…返してもらいますッ!」

 

M.P.B.Lが向かう先に気付いた様子の四天王は障壁を解いたけど、もう遅い。わたしは全力を込めて、そこまでの勢いも全部乗せて、舌に向かって斬撃を叩き込む。そして……ぐにょん、という感触が伝わってきた。

はっきり言って、それは計算外だった。幾ら四天王とはいえこれだけうねうね動く舌が頑丈な訳がなくて、切断する事は出来なくても刀身が深々と食い込む…それ位にはなるって考えていた。けど、実際には…まるで木刀か何かの棒状打撃武器で殴った感じにしかならなかった。…四天王の舌の強度は、わたしの想像を遥かに超えていた。

だけど、そうだとしても、舌へ大きな衝撃を与える事は出来た。舌はわたしが一撃入れた場所を起点に大きくうねり、次の瞬間には真っ直ぐになって……

 

「し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ロムちゃんとラムちゃんは、自由の身となった。

べちゃ、と音を立てながら床に落ちたロムちゃんラムちゃん。わたしが二人に駆け寄ると…その瞬間に二人は女神化し、四天王に向かって魔法を放った。

 

「ぐぐぅ…!」

「や、やっとあのベタベタからかいほーされた…よくもここまでやってくれたわね!」

「それに、ネプギアちゃんにいっぱいこうげきもした…ゆるさない…!」

 

瞳に闘志を燃やし、四天王を睨み付ける二人。長い間拘束され、舐められ続けていた二人だったけど……そんな様子を見せてくれたおかげで、わたしは心から安堵する事が出来た。

二人の放った魔法を受けて、呻きを上げていた四天王。その四天王を前に、わたし達三人は武器を向ける。

 

「さぁ、これで形成逆転です!」

「くっ、打ちどころが悪いとこんなものか…それに、幼女二人が戦闘可能状態となってしまうとは……奴はまだか…!」

 

当たった魔法はかなりダメージになっていたのか、それともロムちゃんラムちゃんが戦える様になった事が問題なのか、さっきまでとは打って変わって狼狽を見せる四天王。けれど、その後四天王は気になる言葉を口にした。奴って…もしや、ここには他に味方が来てるって事?モンスターならディスクから出せるんだから違うだろうし、まさか他の四天王──

 

「お、お待たせしましたトリック・ザ・ハード様!女神候補生二人の相手をさせてしまって申し訳ありま……げッ、増えてる!?」

「え、し、下っ端!?」

 

…ではなく、下っ端だった。最早お馴染みの下っ端だった。

奴、というのが下っ端である事が分かり、内心拍子抜けのわたし。下っ端はそんなに強くない筈で、この状況なら参戦しても逆転の可能性は低いのに……トリックと呼ばれた四天王は、何故かにぃっと笑みを浮かべる。

 

「遅い!…が、タイミングが良いから許そう!してリンダよ、例の物は確保したのだろうな?」

「勿論です!もうバッチリっすよ!」

「ならば退くぞ!」

「了解です!……え、逃げるんですか!?」

 

得意げにトリックと話す下っ端だけど、逃げると聞いて彼女は驚きを露わにする。

 

「残念ながら、戦力的には我々が不利なのは明白だ。だとすれば逃げるのが最善というものという事位分かるであろう?」

「そ、そりゃそうかもしれねェですけど…トリック様なら女神如きに遅れを取ったりしないでしょう!?アタイも頑張ります、だから…」

「…リンダ、それに将来有望な幼女の二人よ。世の中には二兎追うものは一兎も得ず、という言葉がある。臆病になるのは良くないが、本来の目標である一兎を得た時点で満足出来ぬものは、いずれ自滅するだろう……だから退くぞ!」

「ちょ、ちょっと!?なんで女神にまで言ったんですか!?…けどトリック様がそういうなら…あばよ女神!後プラネテューヌの候補生、お前はいつかぶっ倒してやるからな!」

「ま、まちなさい!あんたたちなんかぜったいにがさな……きゃあっ!?」

 

わたし達に背を向け逃げ出すトリックと下っ端。逃走と同時に下っ端は煙玉を炸裂させ、わたし達の視界を奪おうとする。

それを受け、真っ先に動いたのはラムちゃん。ラムちゃんは風魔法で一気に煙幕を散らそうとしたけど……視界が晴れた瞬間、一瞬にして強い光が視界を埋め尽くした。

 

「ぴ、ぴかってなった…なに、なに…!?」

「これは…閃光弾!?ロムラム、危険ですから魔法を撃ってはいけませんよ!」

「アクククク…感謝するぞ、ルウィーの女神候補生よ。二人を舐めた時の幸福感、あれは何年経とうと忘れ得ぬものだった…この恩は、必ず返すと約束しよう。アクククククククク…」

 

閃光に視界を奪われた中で、トリックの笑い声と謎の捨て台詞が聞こえてくる。煙幕と違って視力そのものにダメージを受けてるからすぐ何とかする事は出来ないし、ミナさんの言う通り不用意に攻撃したら二人やミナさんに当たり兼ねない。逃げているのが分かるのに、手を出せないという歯痒い気持ち。リーンボックスでも味わった思いを再び感じて、そしてその状況と気持ちからリーンボックスでの出来事もトリックが糸を引いていたんじゃないかって思い始めた頃、やっと視力が戻ってきた。……当然、その時にはもうトリックと下っ端はいない。

 

「…逃げ、られた……」

「あー、ムカつく!あんな一発あてたていどじゃきがすまない!」

「せっかく、すいりあてたのに…」

 

まんまと逃げられてしまった事を悔しそうにする、ロムちゃんとラムちゃん。二人はわたし以上にしてやられてた訳だし、わたしも悔しい気持ちは確かにある。……けど、二人程もやもやしてる訳じゃない。だって……

 

「そうだね。……でも、二人を無事助けられたからわたしはそれで満足かな」

「ネプギアちゃん…」

「ネプギア……」

 

トリックを倒す事も盗難事件の犯人を捕まえる事も戦ってる最中のわたしには二の次で、一番大事なのは二人の事だったんだから、ね。

 




今回のパロディ解説

・敢えて言おう、幼女万歳と!
機動戦士ガンダムに登場するキャラ、ギレン・ザビの名台詞の一つのパロディ。犯罪組織員を指揮し幼女を狙う、その名もトリックの野望…な、何でもないです。

・某アーケードゲーム
ドラゴンクエストロードシリーズの事。SPカードやそれを使ってのとどめの一撃の際に出るあの演出の事です。鳥になって現れるといえばやはりこれではないでしょうか。

・打ちどころが悪いとこんなものか
機動戦士Zガンダムのメインキャラの一人、クアトロ・バジーナの名台詞の一つ。別にトリックをガンダムパロキャラにしたい訳じゃないです、偶々なのです。



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第五十二話 安堵と幸福は束の間

図書館での戦いが終わってから一時間と少し。わたし達は教会に戻り、わたしは傷の手当てを受け、ミナさんは早速事後処理を行い、そしてロムちゃんラムちゃんはこれでもかって位べとべとになった身体を綺麗にする為にお風呂に行った。

 

「これでよし、と。他に怪我しているところや痛む部位はありますか?」

「もう大丈夫ですよ。フィナンシェさんって手当ても出来るんですね」

「侍従ですからね。でもわたしが出来るのは、精々救急箱の中身で対応出来る程度のものですよ」

 

わたしの手当てをしてくれたのはフィナンシェさん。治癒魔法を教えてもらう中でわたしも手当ての勉強をしたから、救急箱だけ渡してもらえれば自分で何とかなったんだけど…ミナさんに「こちらの事情で怪我をさせたのですから、その治療も自分でさせるなんて訳にはいきません!」と押し切られてしまって今に至る。…今はミナさんに逆らったり不機嫌にさせたりしない方がいいよね、これまでの経緯的に…。

 

「それにしても、四天王と遭遇して軽傷で済んだのは僥倖でしたね。…ロム様とラム様は別の意味で大ダメージの様ですが…」

「あはは…でもほんとに僥倖だったと思います。もし本気でわたしを倒しにきていたなら、一体どうなっていた事やら…」

 

情報収集の為に再びギョウカイ墓場に行ったあの時、わたしは四天王に手も足も出なかった。あの時と今とじゃ実力も精神状態も全然違うけど、今だって四天王相手に一人で勝てるかどうかは分からない。…そういう意味じゃ、二人を舐める事に熱を出していた事は感謝した方がいいのかも…。

なんて、ロムちゃんラムちゃんの前で言ったら怒りそうな事を考えていたところで開いた医務室の扉。誰が来たんだろう…と思ってそっちに目を向けると、入ってきたのはロムちゃんとラムちゃん、それにミナさんの三人だった。

 

「ネプギア様、お怪我の具合はどうですか?」

「フィナンシェさんに手当てしてもらいましたし、問題ないですよ。二人は…あれ、パジャマ?」

「うん。今日はもう、おでかけしないと思う…から」

「今日はもうくたくたよ…」

 

お揃いの可愛いパジャマを着たロムちゃんとラムちゃんは、珍しく顔に疲労の色を見せている。…正直、ほんとに今日の二人にはお疲れ様って言いたい。言ったら舐められてる最中の事思い出しちゃいそうだから止めておくけど。

 

「それで、どうしたんです?」

「あぁはい、一先ず今日の出来事の情報をまとめておこうと思ったんです。これも一連の事件の一つですし、何より四天王が現れたのですからね。ロム様ラム様、少し話をする事になりますがまだ寝ないで下さいね?」

『はーい』

 

仲良く返事をした二人は椅子に座り、ミナさんはメモ用らしき手帳を取り出す。…ここ医務室だしちょっと事情聴取みたいなシーンになってるかも…。

 

「ではまずロム様ラム様。最初に四天王…トリック・ザ・ハードでしたね?…と会ったのはお二人で宜しいですか?」

「そうよ。えーっとたしか…」

「気になる本があって、でもそれがとどかないところにあって、それで困ってたら…出てきた…」

「そうそう、でだれかと思ったらあいつだったのよね…」

「…という事は、もしやその本は…」

「うん、とってくれた…」

「よむどころじゃなくなっちゃったんだけどねー」

 

現れた瞬間の出来事を聞いて目を見合わせるわたしとミナさんフィナンシェさん。え、そんな人のいいお兄さんみたいな感じで現れたの?あのトリックって犯罪組織の四天王だよね?傷だらけのお姉ちゃん達を吊るし上げて捉えてる奴等の幹部格なんだよね?

 

「い、色々気になるところではありますが…まぁそれは置いておくして、そうすると二人はその後すぐ戦闘…というか捕まってしまったと?」

「その前に、ほんだなたおしちゃった…」

「わたしもロムちゃんもびっくりしてほんだなにぶつかっちゃったのよ」

「あ、何かが倒れた様な音はそれだったんだ…」

「そういえば、ネプギア様がその音を聞いてからお二人の悲鳴が上がるまでは少しありましたね。その後舐められるまでにまだ何かあったんですか?」

「…こわがらなくていいとか、また会えてこうえいとか言われた…」

「その後わたしたちがほこりはらってたら、きれいにしてあげるとか言ってなめてきたの…」

「…………」

「…………」

「……いやな、じけんだったね…」

「いやな…じけんだった…(どよーん)」

「よ、よく話してくれましたね二人共!それによく頑張りました!ご褒美に明日何か買ってあげますよ!」

 

俯き見るからに落ち込んでしまった二人を見て、慌ててミナさんはフォローに入った。わたしとフィナンシェさんもいつも元気な二人がどんよりとしてる姿は見ていられずわたしはロムちゃん、フィナンシェさんはラムちゃんの頭をそれぞれ撫でて、皆で二人の励ましにかかる。あんなのわたしやユニちゃんだって泣いちゃうレベルの事だろうし、ほんと二人はよく頑張ったよ…。

そうして励ます事数分。二人のテンションがある程度戻ったところで事情聴取…じゃなくて経緯確認は再開する。

 

「えー…それで二人が悲鳴を上げ、それを聞きつけたネプギア様が二人とトリックのある場へと向かった…ここまではよいですか?」

「はい。そこからわたしは戦闘に入って、途中でトリックの策に嵌められて……あ…その、戦闘で駄目になっちゃった本の事、本当にミナさんに任せちゃっていいんですか…?わたし程度じゃ責任取れない事かもしれませんけど、やっぱりわたしが潰しちゃった本に関して何かした方が…」

「ですからその事は大丈夫ですよ。あの状況ではやむを得ませんし、この様な事で国家間に波風を立てたところで得をするのは犯罪組織だけですから」

「でも……」

「昨日も言いましたがネプギア様には借りがありますし、今回も色々と助けて頂いたのですから、この位借りを返すの内なんですよ。…持ちつ持たれつはお嫌いですか?」

「そ、そんな事ないです。…そういう事なら…改めて、お願いしますね」

 

わたしがそう言うと、ミナさんはにこりと笑みを返してくれた。…持ちつ持たれつ、か…わたしは持たれてばっかりだと思ってたけど、そう言ってもらえたって事は、わたしは自分の気付かないところで誰かを持ってあげられてるって事なのかな…?

 

「その後の事はわたし自身が目にしたからいいとして…経緯としてはこんなものでしょう。もし何か気になる事を思い出したら言って下さいね」

「気になる事…確かトリックと下っ端は何かを盗んだみたいな事言ってましたよね。盗まれた物が何かは分かったんですか?」

「それはまだ確認中です。何せ保管庫にある本は膨大ですから」

 

言われてみれば、下っ端はどんな本を盗ったのかもどこから盗ったのかも分からないんだから、監視カメラに盗む瞬間が映ってたとかじゃない限り手当たり次第に探すしかない。…ある本を見つける、じゃなくて無い本が何なのか調べるんじゃ大変だよね。ある本を見つけるなら目的の本の情報だけ覚えればいいけど、無い本を調べるとなるとそれ以外の本の情報を全部持ってこなくちゃいけなくなるし、もし他にも盗難されてたり紛失したまま気付かれてない本があったら…うぅ、想像するだけでも疲れそう…。

 

「…しかし、女の子向けアニメのロゴが本当に手がかりだったとは…」

「あー、フィナンシェちゃんわたしたちのすいりうたがってたんだー」

「ちょっとショック…」

「う……み、ミナ様も疑っていましたよね?」

「さ、さぁ…わたしからはノーコメント、という事で…」

「ひ、酷いですミナ様……」

 

フィナンシェさんの発言はごもっともで、わたしも冷静に考えると「え、何故に…?」って思うんだけど…ロムちゃんラムちゃんはそこに何の疑問もナッシング。うーん……

 

「…あのトリックが女の子向けアニメにハマってる…なんてないよね、あはは」

「それはそうぞうしたくない…(どんびき)」

「そうなったらキモさ8割ましね…」

「まぁ恐らく、大人の盲点を突く為でしょう。実際わたし達教会も警察も気付けませんでしたし」

「あ、っていうかマークの通りならとしょかんがさいごよね?ならもうドロボーじけんはおしまいになるの?」

「言われてみるとそうだね…どうなんだろう?」

「それは今後の経過を見るしか無いでしょう。ただ、これまでとは違い国立の施設を狙った事や四天王が直々に現れた事からも今回が本来の目的で、これまでのものはフェイク…という可能性も考えられてますし、ラム様の言う通りになる線もあるでしょうね」

「…それじゃ、ネプギアちゃんはもうかえるの…?」

 

ミナさんの言葉で気付いた様な声を上げて、残念そうな表情を浮かべるロムちゃん。そのロムちゃんにそうだって言うのは心苦しいけど、言わずに黙って帰ったらもっと悲しませちゃうだろうからって思って、素直にそうだよと言うと……

 

「もーロムちゃんったら、どうせまたちょっとしたら集まるんだからそんなかおしないの」

「…そ、そうだよね…ごめんね、ラムちゃん…」

「んもう…ネプギアもロムちゃんをかわどこしたんならもっと気をつかいなさいよね」

「は、はい……(かわどこした…?…か、拐かしたって言いたかったのかな…?)」

 

いつもの様にラムちゃんに割って入られてしまった。しかも軽く窘められてしまった。…でもなんだろう、今のラムちゃんの言葉からは普段とはちょっと違うものを感じた気がする……印象的には言い間違えの方がずっと強いけど…。…っていうか、ラムちゃん拐かすの意味ちゃんと分かってるのかな…?

そんな感じで経緯確認も終わって、わたしは当初(マークの欠落部位に気付いていない時点)の予定通り、帰る事にした。多分予想外の事が起きたしもう一日居ていいかって訊けばきっとOKしてもらえると思うけど…今は出来るだけ自分の国から離れるべきじゃないし、何より他の四天王も何か企んでるかもしれないからね。もし連続盗難がこれ以上発生しないのならわたしがわざわざルウィーに残る必要は無いし、自分の国の事ほっぽり出して他国の問題に首突っ込むのも何か違うもん。

 

「もう少し休まずとも大丈夫ですか?怪我もまだ手当てしてから時間経っていませんし…」

「ただ飛んで帰るだけですし、わたしはそんなに疲れてませんから。また何かあれば呼んで下さいね」

 

持ってきた荷物(っていう程色々ある訳じゃないけど)の確認をして、借りてた部屋を出ると、わざわざミナさんとフィナンシェさんが部屋の外で待っていてくれた。

 

「その時は今度こそわたし達だけで何とかします。…いやそれ以前に『何か』が起こらないのが一番なのですけど…」

「で、ですよね…ロムちゃんとラムちゃんは部屋戻っちゃいました?」

「いえ、お見送りするって言ってたので正面の出入り口の所にいると思いますよ。ラム様は向かう方向が違ったので、一回部屋に寄ったのかもですけど…」

「そうなんですね。それじゃ、お世話になりました」

 

ぺこり、と頭を下げてわたしは出入り口へ。…ラムちゃんは一体何の為にどこに寄ったんだろう……まさかお見送りしてくれない、とかじゃないよね…?

 

「あ、来たわねネプギア」

「よかった、居てくれた…」

『……?』

 

ちょっとだけ不安になってたわたしだけど、聖堂の出入り口に一番近い長椅子の所で二人が足をぷらぷらさせて座ってたのが見えて(というかラムちゃんの声が聞こえて)一安心。そんなわたしの心境を知らない二人はわたしの言葉に首を傾げてたけど…話す様な事でもないしいいや。

 

「二人共お見送りありがとね。もしまた事件が発生しても、その時は二人だけで捜査したりどこかに突撃したりしちゃ駄目だよ?」

「うん。ちゃんとまた、ネプギアちゃん呼ぶね」

「あ…えっと、そういう意味で言ったんじゃないけど…ま、まぁいっか。何かあったらまた来るつもりだったし…」

「それと、ネプギアちゃん…がんばってたすけようとしてくれて、ありがとう…」

「え……?」

 

きゅっ、とわたしの右手がロムちゃんの両手に包まれる。それは暖かくて柔らかな…ありがとうが伝わってくる様な、両手。

 

「ネプギアちゃん、またたすけてくれた。今日はけがとかもしちゃったのに、わたしたちをたすけるって言ってくれた。わたしね、それがすごくうれしかったの。だから…ネプギアちゃんがたいへんな時は、わたしたちをたよってね」

「ロムちゃん…そんなの当たり前だよ。友達だもん。困ってる時に助けるのも、大変な時に頼るのも、友達なら当たり前だよ」

「…前の時は、ともだちになってないのにたすけてくれた…」

「あ…そういえばそうだったね。でもそれは…うーん、多分その時からわたしはロムちゃんと友達になりたいって思ってたのかな。うん、きっとそうだよ」

 

ロムちゃんに言われて、その時の事…ロムちゃんがペンを探していた時の事を思い出す。あの時、わたしがロムちゃんに声をかけた一番の理由は泣きそうなロムちゃんを放っておけないから、放っておいちゃ駄目だと思ったからだけど…わたしはユニちゃんと仲良くなれた事で、二人とも仲良くなりたいって思ってたし間違いじゃないよね。

嬉しそうなロムちゃんにつられて笑顔になるわたし。そこから数秒わたしとロムちゃんは微笑み合って…ふとロムちゃんは思い出した様に手を離す。

 

「ん…ラムちゃんの番だよ」

「ラムちゃんの番?」

「う…ろ、ロムちゃんふらないでよ…わたしのタイミングでいこうと思ってたのに…」

 

どうしたんだろう…と思って見ていると、ロムちゃんはラムちゃんの背中を押した。それを受けてラムちゃんは、ちょっと追い詰められた表情に。

 

「…もしかして、ラムちゃんもありがとうを…?」

「い、いがいそうなかおするんじゃないわよ!何!?ロムちゃんとちがってわたしはありがとうも言えないって思ってたの!?」

「そ、そういう事じゃないよ!?でもそう思わせちゃったなら…ごめんね、ラムちゃん」

「ふん……」

「ほ、ほんとにごめんね…」

「……ネプギアは、どんどんロムちゃんとなかよくなるわよね」

 

つい「え?」みたいな顔をしたものだから、ラムちゃんはご立腹に。……でも、その後ラムちゃんは普段しない表情を見せる。

 

「ミナちゃんとフィナンシェちゃんからもしんらいされてるみたいだし、ガナッシュのはなしもわかるみたいだし……そういうところ、わたしは気にくわなかった」

「…ラム、ちゃん…?」

「…ズルいのよ、あんたは」

「それは…そんな事、言われても…」

「ら、ラムちゃん…ネプギアちゃんは、ズルい子じゃないよ…ネプギアちゃんは、そんな子じゃ……」

「……でも」

 

ズルい。そう言われて、わたしは心がズキリとした。ラムちゃんの気持ちも分からない事はないけど……でもやっぱり、友達になりたいって思ってる相手にそう言われたら…辛い。それでわたしが上手く言葉を返せなくて、わたしの代わりをしてくれる様にロムちゃんがラムちゃんへ伝えようとして……そこで、ラムちゃんは『でも』と言った。

 

「でも、それはネプギアがズルしてるからじゃないんだよね。…ネプギアがしっかりしてて、ちゃんと相手のことを考えられる……やさしくていいやつだから。…それはわかってるの。前にわたしとロムちゃんをまた前を向けるようにしてくれたのも、そういうことでしょ?」

「……うん、ロムちゃんとラムちゃんをこのままにしちゃ駄目だって思ったからだよ」

「…やさしいやつだってわかってるのに、たすけてもらったのに…なのにズルいって思っちゃうの、わたしは。……これって、しっと…って言うのよね。…ねぇネプギア、まだあんたはわたしとともだちになりたいって思ってる?」

 

そう言って、ラムちゃんはわたしの顔を見上げる。真っ直ぐな瞳で、わたしの気持ちを知りたいってわたしに伝えている。

その言葉を、瞳を受けて、それは…と、考えようとしたわたし。けれど、すぐにそんな必要はないって気付いた。だって……

 

「……それも、当たり前だよ。わたし、こう見えて欲張りだからね。そんな事聞いたって、ラムちゃんと友達になりたいって気持ちが薄れたりはしないよ」

「そっか。だったら……今日はありがと、ネプギア。わたしとロムちゃんのためにがんばってくれたこと、とってもうれしかったわ」

「ラムちゃん…」

「はいこれ、えーと…つまらないもの?…だけど、お礼としてうけとって!」

 

──ラムちゃんと友達になりたいっていう気持ちなんて、考えるまでもないんだからね。

そして…やっと、やっとラムちゃんは朗らかな顔を見せてくれた。それまでずっとわたしに対抗するみたいな言動をしてきたラムちゃんがありがとうって言ってくれて、わたしは胸が熱くなる。

手渡された小さな箱を受け取ったわたしは、ラムちゃんに開けていいか訊いた後に蓋に指をかける。一度別の所行ってたのは、もしかしてこれを取りに行く為かな?ふふっ、ラムちゃんも可愛いところあるなぁ。そんなラムちゃんが用意してくれたプレゼント、わたしはすっごく楽しみ────

 

「けろけろっ!」

「きゃあぁぁぁぁああああああああっ!!?」

「あははははははっ!ひっかかったわね、ばーかばーか!あははははっ!」

 

蓋を開けた瞬間、ぴょこんと出てくる緑色の何か。何だろうと思ってよく見たら……カエルだった。

 

「か、かかカエル入れてたの!?これカエルだよね!?」

「そーよ、カエルはカエルでもカエルのおもちゃだけど」

「へ?……あ…」

 

反射的に悲鳴を上げながら尻餅をついてしまったわたしと、わたしの無様な姿を見て笑い転げてるラムちゃん。その後、ラムちゃんの言葉を聞いてよく見たら…確かに生きたカエルじゃなくてカエルの玩具だった。…な、なぁんだ玩具か…………って、

 

「お、玩具でもタチが悪いよ!このイタズラはタチ悪過ぎるよ!」

「えー…あ、もしやネプギアはぐんそうとかオヤブンの方がよかった?」

「そういう問題じゃないよ!ろ、ロムちゃんも何か言ってやって!」

「え、えと…ラムちゃん、ナイスイタズラ…(ぐっ)」

「まさかのロムちゃんはラムちゃんサイド!?さてはロムちゃん分かってたね!?」

 

あまりのショックを受けたわたしはロムちゃんに助けを求めたけど…ロムちゃんはラムちゃんへサムズアップするだけだった。……そ、そう言えば前にブランさんがお姉ちゃんと話してる時「二人はイタズラばっかりして困る」って言ってたけど…こ、こういう事だったんだ…。

 

「さくせんだいせーこー!いぇーい!」

「うぅ、酷いよラムちゃん…」

「ふっふーん。これからもいっぱいイタズラしてあげるから、ともだちとしてちゃーんと付き合ってよね、ネプギア」

「このレベルのイタズラをいっぱいされるとか嫌過ぎる……え?い、今…友達として、って言った…?」

「どーかしらね。さ、ロムちゃんゲームしよっ!」

「うんっ、ネプギアちゃん…またね」

「ちょ、ちょっと!?そこは適当にしないでちゃんと答えてよ!そして最後の挨拶軽くない!?ロムちゃん!?ラムちゃん!?ねぇ!?ねぇっ!」

 

軽快に走り去る二人の後ろで、わたしの叫びが虚しく木霊する。そして……ただ一人、扉の前でぽつんと立ち竦むわたしだった。……ま、まぁロムちゃんとはより仲良くなれたみたいだし、遂にラムちゃんにも友達として認めてもらえたみたいだから、結果オーライだよね!……ね!

 

「……はぁ…」

 

……なんて自分に言い聞かせてみたけど、やっぱり何か心の中に木枯らしが吹くわたしでした。…帰り際、受付担当の職員さんにちょっと同情的な視線を受けたのがより辛かった…。

 

 

 

 

感動しつつもいいオチついて終わるのが、このシリーズの定番なんだよ!…とお姉ちゃんは言っていた。でも、それと同時に割とそうじゃない事もあるんだよね!…と、じゃあもう何でもあるんじゃん…なんて言いたくなる事も、お姉ちゃんは言っていた。それで……今回は、その複合型みたいです。

 

「ネプギアさん、ケイさんからお電話ですよ(´・∀・`)」

「ケイさんからですか?…もしもし…」

 

プラネテューヌに帰った次の日。女神の平常業務の一つである雑務をこなしていたわたしに、ケイさんから電話がかかってきた。勿論わたしとケイさんは知り合いなんだから、電話が来る事があってもおかしくないけど…同じ教祖であるいーすんさんじゃなくて、わたしにわざわざ電話…というのは珍しい気がする。

 

「やぁ、ネプギア。唐突だけど、ユニは今日そちらに来ているかい?」

「ユニちゃんですか?…来ていませんけど…」

「そうか…ならば、連絡か何かは?」

「それもないです…ユニちゃん、どうかしたんですか?」

 

本人の言う通り、前置きもなく早速本題に入ったケイさん。仕事人間っぽさのあるケイさんならそれは違和感のない流れだけど…何か少し、普段とは違う様な雰囲気を声から感じる。…ユニちゃん、どこかに出かけてるのかな…?

 

「どう、というか……ふむ…女神候補生である君には隠す事でもないか…」

「え……な、何です?何かあったんですか?」

 

ほんの数秒考え込む様に黙った後、ケイさんは声のトーンを落とした。その声はどう考えてもどうでもいい話をする様なものじゃなくて、しかもユニちゃんが関わってるってなると、わたしは不安にならざるを得ない。

ユニちゃんに何かあったのか、わたしの力が必要なのかと思って、少し前のめりに問いかけたわたし。それを受けたケイさんは、また一瞬黙って……そして、

 

「…今日の朝、かなり有力な四天王…それも、恐らくノワールと矛を交えていた奴の情報が入ってね。……もしかしたら、ユニは単独でその四天王を討伐しに向かってしまったのかもしれない」

「え…………」

 

──その言葉を聞いた途端、わたしは背筋が寒くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…失礼します、トリック様」

「む…なんだリンダよ。吾輩は今休憩中だ」

「す、すいません。……テレビ、見てるんですか…?」

「うむ。女の子向けアニメは良いものだ…特に出てくる小さい女の子は、良いものだ…」

「は、はぁ…そうっすか……」




今回のパロディ解説

・「……いやなじけんだったね…」「いやな…じけんだった…(どよーん)」
ひぐらしのなく頃ににおける、冒頭の台詞の一つのパロディ。物理的な被害は勿論こっちの方が少ないですが、精神的には……えぇ、両方キツいですよね…。

・ぐんそう
ケロロ軍曹シリーズの主人公、ケロロの事。箱からケロロ軍曹が出てきたら…なんかありそうですね。クルル辺りが小さくなる道具作って実際にやりそうです。

・オヤブン
NARUTOシリーズに登場する口寄せ獣の一体、ガマブン太の事。どうやったらオヤブンが小さな箱の中に入るのでしょうね。中に印が書かれてたとかじゃなきゃ無理です。


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第五十三話 誰が為の覚悟か

第五十一話(二話前)のラストの部分を、投稿後の編集時に少し変更しました。もし変更前に読んだという方は、最後だけまた見て頂けると幸いです。


ユニちゃんは普段クールで、状況を考えて動ける人。実際何度もわたしはフォローされてるし、ちょっと悔しいけどわたしよりイリゼさん達と会話が合う…かもしれない。

でも、ユニちゃんはわたしよりはしっかりしていても、大人って訳じゃない。だから旅の中でラステイションに行った時は大喧嘩をする事になったんだし、元々ユニちゃんには気負いの様なものがあった。だから、きっと……もし四天王の情報を得た後に、ユニちゃんと連絡が取れなくなったのなら、それは……

 

「……わたしも、戦いに行ったんだと思います」

 

ケイさんから事実を伝えられた後、君ならどう見ると訊かれたわたしは同意の言葉を口にした。

 

「やはり、か…今回は僕が軽率だったと言わざるを得ないね。ユニなら行き兼ねない事位、予想出来て然るべき事なのに…」

「そ、それを気にしてる場合じゃないですよ。ユニちゃんが行った場所…というか四天王のいるかもしれない場所ってどこなんですか?」

「……一応、その質問をする理由を訊かせてくれるかい?」

「そんなの、ユニちゃんを助けに行く為に決まってます!」

 

電話は相手の耳元へ声が出る訳だから、通話の際には声の大きさに気を付けなくちゃいけないんだけど……それを忘れてわたしは大声を出してしまった。…ケイさんにはちょっと申し訳ないけど…そんな質問されたら感情的になっちゃうよ。だって、ユニちゃんは大事な友達なんだもん。

 

「そ、そうか…だが、君も今手持ち無沙汰という訳ではないだろう?」

「それはそうですけど、ユニちゃんが危ないならわたし居ても立っても居られないんです!ケイさんはユニちゃんが危ない目に遭っててもいいんですか!?」

「…まさか、君に怒られるとはね」

「い、いや怒った訳では…とにかくわたしが助けに行きます。なので教えて下さい、お願いします!」

「……分かった、なら…うん?」

 

観念した様な、そしてどこか安心した様な声音で、「分かった」と言ってくれたケイさん。その言葉に自分でも分かる位顔を綻ばせそうになったわたしだけど……その直前に、ケイさんが電話の向こう側で何かあった様な声を上げた。

 

「……ケイさん?」

「…すまない、少し待ってくれるかなネプギア」

「あ、はい…」

 

受話口からはケイさんの他に、誰かもう一人の声が聞こえてくる。この声は…もしかして、シアンさん?

 

(うぅ、焦れったい…)

 

わざわざ通話を中断してるんだから、シアンさんの話も重要な事なんだとは思うけど…今こうしている間にもユニちゃんが追い詰められていってるんじゃないかと思うと、落ち着いて待ってなんていられない。でもだからって急かすのは気が引けるし、でも落ち着いていられないからつい部屋の中をうろうろしていると……

 

「…待たせてしまって悪かったね、ネプギア」

「い、いえ。それより早くお願いします」

「いいや、その必要は無くなったよ」

「な、無くなった…?それって…ユニちゃんを見捨てるんですか!?」

 

先程大声を出してしまって反省したわたし。けど、わたしは再び大声を挙げた。だって、そりゃそうだよ。ユニちゃんを、ユニちゃんを見捨てるなんて、そんなの──

 

「あぁいや、そういう事ではないよ。ユニはラステイションの大事な女神候補生なんだ、そもそも見捨てるなんて選択肢は持ち合わせていないよ」

「え……?…で、でも今その必要はないって…」

「それは、君の勘違いさ」

「勘違い…?」

「そう。必要ないというのはユニを助ける必要がないという意味ではなくて……()()()()()()()()()という意味さ」

 

 

 

 

勝てる保証は初めから無かった。相手は曲がりなりにもお姉ちゃん達守護女神と正面から戦えるだけの相手で、犯罪組織のシェア率はあの時より上がっているからその分強くなっている可能性も十分にある。そんな相手に一人で戦うのは得策とは言えないし、そもそも四天王が現れても無理に戦う必要はないと言われている。だから、初めは偵察するだけ、安全を確保しての情報収集に留めるだけのつもりだった。

……でも…今から思えばそれは、自分の心を騙す為、納得させる為の嘘だったのかもしれない。

 

「この、この、このッ!」

 

X.M.B.連射モードで撃って撃って撃ちまくるアタシ。各種発射機構の中でも弾速に長ける方のビーム弾頭によるフルオートは、アタシの技量も相まって有効射程圏内ならそう簡単に避けられるものじゃない。……そう簡単に避けられるものじゃない、筈なのに……

 

「踏み込みが足らんッ!」

 

奴には……四天王の一角、ブレイブ・ザ・ハードと名乗ったアイツにはまるで当たらなかった。

流石に一発も当たらない…なんてレベルじゃない。けれど八割九割は避けられて、数少ない命中弾もブレイブの鎧を貫くには至ってないから結局は有効打にはなっていない。一発毎の出力や収束率を上げれば多分いけるけど、そうすると今度は連射速度が下がって余計に当たらなくなってしまう。

 

「踏み込みって…空中でどう踏み込めってのよ!てかそもそも射撃で、踏み込んでるのはアンタの方だし!」

「俺が言っているのは気概の方だ!」

「くっ……!」

 

お姉ちゃんが使うものとは大きく違う形状の大剣を構えて、背中(腰)の翼とブースターでアタシに接近するブレイブ。逃げの一手に徹する相手ならともかく、近付いてくる敵にここまで避けられるのは悔しくてしょうがない。

 

(やっぱりビーム弾頭じゃなくて対装甲弾頭に変える?それか牽制射撃でまず動きを止めるか、いっそ照射による薙ぎ払いで強引に…)

「ふんッ!」

「きゃっ……!」

 

状況打破がしたくて思考を巡らせた数瞬。僅かに射撃の精度が落ちたその瞬間で、一気に距離を詰めてきたブレイブの大上段斬りがアタシに迫る。それをアタシは何とか紙一重で避ける事が出来たけど、後少し避けるのが遅かったら間違いなくアタシはやられていた。…アタシの得意な射撃が殆ど通用せずに、やられるところだった。

 

「……っ…そんなの、認められる訳がない…ッ!」

 

回避しながら射撃を単射に切り替えて、近距離からの高出力ビーム。相手が普通のモンスターならこれで確実に仕留められてるだろうけど、やっぱりブレイブには当たらない。だから更にそこからアタシはビームを拡散モードに切り替え、弾幕形成しながらとにかく距離を開ける事を徹底する。少なくとも、近距離で勝てる見込みは無いんだから。

距離を取って、策を巡らせながら撃って、また避けられる。アタシの出来る射撃を、策を片っ端から叩きつけて、それを全て正面から突破される。ギョウカイ墓場の時よりずっと強くなってる筈なのに、アタシの実力は全く四天王に通用していない。……お姉ちゃんが優位に立ち回っていた相手に、アタシは有効打を与える事すら、叶わない。

 

「…違う…そんな訳ない…強くなってない訳……こいつとの差が、こんなに開いてる筈がないじゃないッ!」

 

何度目かの退避の後、アタシは翼による急制動からブレイブに突撃した。ブレイブが迎撃の為に放った肩掛けキャノンの砲撃を避けて、X.M.B.からグレネード弾を発射。それは大剣の腹で受けられてしまったけど…それでいい。グレネード弾の爆発がブレイブの眼前で起こった瞬間にアタシは側面に回って、再び射撃をビーム単射…それも一発集中の照射モードに切り替える。幾ら四天王だからって…グレネードの衝撃と目くらましなら隙の一つや二つ出来るでしょ!

 

「これで……ッ!」

 

左脚を地面に突き立てて強引に急ブレーキをかけながら、砲身が上下二分割状態になったX.M.B.をブレイブに向ける。そうよ、アタシは強くなった。お姉ちゃんを助ける為、お姉ちゃんに近づく為、イリゼさん達の足手まといにならない為、ネプギアやロムラムに負けない為、強くなったんだから。だから、今のアタシが通用しないなんて、そんな事絶対……

 

「その程度なのか……貴様はッ!」

「なぁ……ッ!?」

 

──その瞬間、ブレイブの大剣は風切り音を立てながら振るわれた。それまでブレイブの眼前で巻き起こっていた爆煙は大剣が発生させた風圧で真っ二つに吹き飛ばされて、一気に視界がクリアになった。

でも、それだけならそこまで驚く事じゃない。アタシが驚いたのは……その大剣の腹で、X.M.B.の砲身を押さえ込まれたから。砲身を押さえ込んで、アタシのビーム照射を逸らしてきたから。隙を突いた攻撃に…対応されたから。

 

「ラステイションの女神候補生…ブラックシスターよ!今一度訊く、その程度か貴様はッ!」

「そんな訳…ないでしょ…ッ!」

「ならば何故全力を出さない!?貴様の全力はこんなものではない筈だ!」

「こんなものではない筈って…アンタがアタシの何を知ってるってのよッ!」

 

X.M.B.を押さえるブレイブと、射線を戻そうと力を込めるアタシ。そんな力比べを数秒続けたところでアタシは怒号を飛ばしながら力を抜き、ブレイブの力を利用して一回転。押して駄目なら引いてみろの考えで大剣を避けつつ回転した先で今度こそ直撃を…と思っていたアタシだったけど……やっぱり、ブレイブの方が一枚上手だった。アタシが再びブレイブと正対した瞬間、そこには大剣を手放したブレイブの右の拳が迫っていた。

もう無意識の反射で何とかX.M.B.を横にして、ブレイブの拳を防ぐ。けど、無意識の反射で押し返しなんて出来る筈がなくて、アタシはボールの様に弾き飛ばされる。

低空飛行の如く飛ばされたアタシは、翼を使って必死に姿勢制御を試みる。その最中、突然…ゾクリ、とアタシの本能が危機を伝えてきた。

 

「残念だが、お前への期待は俺の思い違いだった様だ…故に、もう俺は容赦せん!期待違いだったが、候補生とて女神は女神!我が最大級の技でもって終いとしようではないか!夢、希望、そして勇気!それが我が力、我が思いの形そのものだ!喰らえ必殺!ブレイブッ!カノォォォォォォォォンッ!!」

「……──ッ!きゃあぁぁぁぁああああああッ!」

 

アタシが顔を上げた時、ブレイブは大地を踏み締め、二門の砲…そして胸の、ライオンの顔風パーツにエネルギーをチャージしていた。

次の瞬間、ビームとなって放たれた三つのエネルギー。三条の光芒は駆ける中で収束し、一本の巨大な光の柱となって地面も空気も飲み込んでいく。キラーマシンのビームブラスターとはスケールの違うその一撃に対し、直前まで体勢を立て直す真っ最中だったアタシは直撃を避けるので精一杯で、ビームの余波と削られた地面から飛んだ大小様々な石や砂利に身体を叩かれ地面に打ち付けられる。

全身に走る衝撃と舞い上がった砂煙を吸い込んだ事で咳き込むアタシ。そんなアタシの真横に…ブレイブの大剣が振り下ろされた。

 

「……女神である以上、今例え地面ではなくお前を狙っていたとしても撃破には至らなかっただろう。…少なくとも、ブラックハートならば自らを斬り裂いた剣を掴み、我が腕を両断しにきていただろうな」

「…それは、アタシに対する皮肉?」

「事実を述べたまでだ。我がブレイブ・カノンを避ける辺りは流石と言ったところだが、そのパフォーマンスも常に発揮出来ないならば真の実力とはとても呼べない。…俺は、それが残念でならない」

「…………」

 

地面に這い蹲るアタシを見下ろすブレイブの目に、悪意や憎しみは感じられない。あるのは本当にただ、残念そうな感情だけ。

ブレイブは続ける。

 

「…俺が何を知っているか、と言ったな。確かに俺は、お前の事を殆ど知らない。だが、お前に十分な力がある事は知っている」

「何を根拠に、そんな……」

「根拠ならば、これがある」

 

すっ…と自分の右肩を指差したブレイブ。その右肩を覆う装甲には、大きく抉れた被弾の跡。それは、アタシが付けたものだった。アタシが狙撃で与えた一撃で、唯一のまともな直撃。

 

「幾ら不意打ちとはいえ、初撃から俺に当てられる者など真の実力者以外あり得ない。だからその時俺は思ったのだ。お前は守護女神ブラックハートにこそ及ばぬものの、間違いなく一流の戦士であろうと。……しかし、戦いが続くにつれお前から感じる力は霞んでいった。…手を抜いたか、ブラックシスター」

「…手を抜いた結果この様なら、無能にも程があるわよ。…叩きのめされた時点で五十歩百歩なんだろうけど」

 

話を聞く限り、ブレイブはアタシを高く評価していてくれたらしい。けどそれもやられた今となっては、敗者を憐れむ方便にしか聞こえない。だからかアタシは目を逸らして、どこか自嘲めいた気分になっていた。

 

「ならば、何故最初の様な実力が発揮出来ない?あれは乾坤一擲の一撃だったとでも言うのか?それともまさか、手負いだったのではないだろうな?」

「…ふん、そんなのどうせアタシとアンタに実力差があったってだけでしょ。所詮アタシは未熟な女神候補生だったってだけよ…」

「……気に入らんな」

 

元々抱いていたお姉ちゃんへの劣等感も手伝って、人前で言ったら女神としての格が下がる様な自虐を口にしてしまったアタシ。別に同情されたいなんて思ってないし、失望されてもそれはそれ…なんて冷めた考えでいたアタシだけど……ブレイブから返ってきたのは、不愉快そうな言葉だった。それが予想外で、アタシが怪訝な表情を浮かべると…ブレイブはそれが更に癇に障ったらしくて、ギロリとアタシを睨み付けてきた。

 

「自身を低く評価するのも諦めるのも本来個人の勝手だ。だが、貴様が…ブラックハートの妹であるお前がそれをするのは気に入らん!そんな事を姉に教わってきたのか!お前が見てきた姉の背中は、そんなものなのか!」

「……っ…そ、そんな事アンタに言われる筋合いないわよ!アンタはアタシの事以上にお姉ちゃんの事なんて知らないでしょうが!」

「いいや知っているさ!俺はあの時、ブラックハートと戦ったのだからな!あの時の彼女は、勇猛果敢の一言に尽きる輝きを放っていた!全身に傷を負いながらも、敗北が確定していながらも、絶望しかない戦況でありながらも一切怯む事なく戦い、俺の言葉を真っ向から跳ね返し、守護女神の名に恥じない結果を掴み取った彼女に、俺は敬意の念を感じている!だからこそ、その姉の一番近くにいたお前がそんな姿を晒す事が許せない!ブラックシスター…お前は実力だけでなく覚悟までその程度だったと言うのかッ!」

「……アタシの覚悟が、その程度…?…冗談じゃない、冗談じゃないわよッ!」

 

その言葉を耳にした瞬間、それまで冷めた気分…格好付けずに言えば、負けて拗ねていたアタシの心に火が着いた。アタシの実力が不足してるのはもう明白の事で、そこについて言われるのは不快だけど我慢出来る。けど、覚悟を軽んじられるのは、アタシの覚悟が緩いと思われるのだけは許せない。許せる訳がない。だって、だってアタシは……

 

「アタシはずっと覚悟を決めてやってきたのよ!どう思われようが、それが本来あるべき女神とは遠かろうが、その覚悟を芯に戦ってきたのよ!お姉ちゃんに近付く為に、お姉ちゃんの代わりに国を守る為に、ネプギア達に遅れない為に、もっと強くなる為にって!アタシはその覚悟に胸を張れる、覚悟の為に死ねるのよ!さっきから適当な理由を付けて知った様な口聞いてるけど、アタシの覚悟を軽視して好き勝手抜かしてるんじゃ────」

「見つけたぞ、お前の弱さをッ!」

「は…はぁ……ッ!?」

 

立ち上がり、声を荒らげる。アタシはネプギアと喧嘩をしたあの時の様に、感情を爆発させていた。叩きつける様に言葉を紡いで、アタシの気持ちをぶつけていく。それは何か意味があった訳じゃなくて、ただブレイブの言葉を否定したい一心で放って……その瞬間に、ブレイブはカッと目を見開いた。

そのあまりに唐突な反応と意味不明な言葉で、アタシは言葉を失ってしまう。あ、アタシの弱さを見つけた…?

 

「お前の弱さも、何故力が霞んでいったのかもその言葉ではっきりした!お前に足りないのは実力でも、覚悟の有無でもない!──覚悟の質だッ!」

「か、覚悟の…質…?」

「そうだ!姉への憧れ、妹としての責任、仲間へのライバル心…確かにどれも覚悟足るもので、それを愚弄するつもりは微塵もない!だがブラックシスターよ、気付かぬか!それがどれも自分本位という事に、自己の為の覚悟という事に!」

「……ッ!?」

 

──それは、頭を硬い鈍器で殴られた様な衝撃だった。思ってもみなかった言葉をかけられ、それが否定のしようがない真実だという事に気付き、アタシは愕然とした。

目眩の様な感覚に襲われる。脚が震える。認めたくない。アタシの覚悟が自分本位だった事を、散々女神だのなんだの言っていた自分が、利己の覚悟で強くなろうとしていた事を。でも、言葉が出ない。言い返せない。

 

「もしもお前が悪人ならば、それでも良いのだろう!善悪という巨大な理念ではなく、純粋に自己の向上や個人の夢を追う為ならば、その方が良いのかもしれない!しかし女神であるお前がそれでは駄目だろう!利己と利他が一致しているならともかく、そうでないなら利他的でなくて何が女神だ!それでお前は、守りたいと思う者に胸を張れると言うのか!」

「そ、それは……な、なら…ならアンタこそ、どうなのよ…!」

「俺は子供達の為に戦っている!子供の夢の為、未来の為に覚悟を決めている!善悪関係なく、子供達の為の存在が俺なのだ!」

「善悪、関係なく…?……じゃあ、まさか…マジェコンのコピー機能がゲーム中心なのは…」

「子供達により多くの夢を持ってもらう為に決まっているッ!」

 

絞り出す様に口から出たのは、アタシの意見でも何でもない論点ずらしだった。それはとても情けない事で、でもそれが情けない事だってすぐ気付かない位に動揺していたアタシは、その後の言葉で更に愕然とした。

情報を元にアタシがブレイブを発見した場所。それはマジェコン工場だった。マジェコンなんて技術進歩とそれに従事する人達の邪魔になるだけで、欠片も正義がない事だとアタシは思っていたけど……やっぱりまた、言い返せなかった。ブレイブの言葉から感じる重みに、アタシは圧倒されてしまっていた。

 

「そんな…そんなの……」

「あぁ、間違っているのかもしれないな!だがしかし、それはあくまで手段であり、俺の覚悟は子供達の為に他ならない!開き直りだと思うのなら勝手に思え!お前がどう思おうと不特定多数の誰かの為戦う俺が、自己の為戦うお前に勝ったという事には…世界の為、次元の未来の為に戦ったブラックハート達守護女神が我々を震撼させた事には…変わりないッ!」

 

ブレイブは、最後まで暑苦しい程に熱意のこもった言葉で言い切った。本人の言う通りそれは開き直りで、都合良く解釈してるに過ぎないけど…これまた本人の言う通り、最初アタシはブレイブに届きかけていた。力の部分だけは確かに届きかけていて、なのに戦うにつれてどんどん劣勢になったのは……もしかしたら、本当にブレイブの言葉通りなのかもしれない。

気付いた時には、アタシは膝をついていた。認めたくはないけど……この戦いは、アタシの完全敗北だった。

 

「…戦いというものは、力のぶつかり合いであるのと同時に覚悟のぶつかり合いでもある。もしお前の覚悟が違えば…俺の言葉をつき返せるだけのものであれば、結果も違ったのかもしれないな…」

「……フォローなんて要らないわよ」

「そんなつもりはない。…が、俺はお前にこれまでとは別の期待を抱いている。……ブラックシスターよ、俺の下に来るつもりはないか?」

「は……?」

「自己の為の覚悟だったとはいえ、その度量は確かなものだった。そしてお前の中には、ブラックハートと同じ輝きがあると感じている。だから、俺はお前に同士となってほしいのだ」

 

大剣から手を離し、アタシに手を差し伸べるブレイブ。これまでのやり取りから考えればきっとこれは罠でも計略でもなくて、本当にただアタシに同士になってほしいだけなんだと思う。

その力で、その言葉で徹底的に負かされたアタシにとって、その手は自分でもよく分からない魅力を放っていた。もしその手を握れば、アタシは多分もっと強くなれる。今までより揺るがない覚悟を手にする事が出来ると思う。…………でも、

 

「……はっ、腐ってもアタシは女神よ。誰が犯罪組織に下るかっての」

「…そうか。ならば、俺は障害足りうる存在を排除する為お前を殺す。それでもいいのか?」

「当然。アンタに負けた事実は変わらないんだから、せめて死に様位女神の名に恥じない姿でいてやるわよ」

「……いいだろう。長距離戦が得意なお前が近付かれて斬られるのはさぞ屈辱だろう…その雄姿に敬意を表し、俺は我が砲でもってお前を討つ」

 

大剣を持ち、距離を取ったブレイブに対しアタシはまた立ち上がってその目を見据える。ブレイブの言葉を受け入れれば命は助かるけど…それは同時に今までのアタシの否定、アタシの覚悟を認めてくれた人達への否定になる。そんな事は…絶対に嫌だ。

死ぬのは怖い。けど、ここまで完全敗北したからかアタシは無意識レベルで諦めてしまっていて、アタシの心はどこか他人事の様に飄々と死にゆく自分を見つめていた。

アタシの脳裏にこれまで会ってきた、接してきた人達の顔が浮かぶ。これが走馬灯なんだ…ってやっぱり他人事の様に感じながら、アタシは思いを馳せる。お姉ちゃん、ケイ、ネプギア…皆。ごめんなさい、勝手に動いて、無様に負けて、それで死んで。これじゃ怒られたって仕方ないし、失望されても文句は言えない。…怒るのかな、それとも悲しむのかな。どっちにしろ…アタシの死は、皆に凄く大きい迷惑をかけるんだろうな…ほんとにごめんなさい、皆。でも、最後だけは立派に終わるから。それじゃ割に合わないだろうけど、それでもこれ以上は女神の品位を落とす様な事はしないから。だから……今まで、ありがとうございました。

 

「お前の仲間には、勇敢に戦ったと伝えよう!そしてお前の死は無駄ではなかったと俺自身が証明しよう!…さらばだ、ブラックシスター!」

 

二門の砲が輝き、ビームが放たれる。それは真っ直ぐにアタシの下へと駆け抜けて、アタシを貫くと思う。

身体が震える。けど、最後までアタシはブレイブを見据える。ブレイブを見据えて、しっかりと地面を踏み締めて、女神として立派な最後を──

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラックシスター様は…やらせないッ!」

 

刹那、アタシとブレイブ…そしてビームの間に、割って入る様にそれは舞い降りた。

凄まじい風圧と共に舞い降りたそれに、散々までアタシに当たる筈だった二条のビームが直撃する。……が、ビームはそれを貫く事なく、それが両の前腕を前に向ける様に突き出した腕の前で…腕を突き出すと同時に現れた光の壁に衝突し、激しい光を散らしながら拡散していた。それには、見覚えがある。それは…一部の機動兵器に搭載される防御兵装、高エネルギーシールドに違いない。

 

「な…に……ッ!?」

「……ッ!シュゼット、今よッ!」

 

光学シールドで砲撃を受け切ったそれのパイロットが叫んだ瞬間、アタシの周囲が暗くなった。それは、後方からやってきたもう一つの存在がアタシの上を駆けた事で発生した影。

 

「おうよ!いっくぜぇ相棒!ひぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉぉうッ!」

「ぬぉぉぉぉっ!?」

 

もう一つの存在は右腕部に持つ巨大な得物を構え、それの前へと着地…せず、突然の事に驚くブレイブへとそのまま高速で突撃を行った。…それも、見覚えがある。大地を滑る様に駆け抜ける、ホバーシステムと見て間違いない。

ランスを構えた騎兵の様に突撃したもう一つの存在は、その圧倒的推力で大剣を掲げたブレイブを何十mも引きずり大きな岩へと押し込む。──その一連の流れは、ブレイブが砲撃を行ってから数秒もかからぬ内に起きた出来事だった。

 

「嘘…なんで……」

 

主を守る騎士の様に、アタシの前へと降り立つ二つの存在。それは、一方は三対六枚の翼を、もう一方は後方に伸びた第二の胴ともう一対の脚を持つ────ラステイションの主力MG(マルチプルガーディアン)、ラァエルフだった。




今回のパロディ解説

・踏み込みが足りん
スーパーロボット大戦シリーズにおいて一部のモブ敵が発する台詞の一つの事。この時撃ってるのはビームなので、元ネタ通りならば無効化されない事になりますね。

・「見つけたぞ、お前の弱さをッ!」
機動戦士ガンダム00において何度か発せられる台詞の一つのパロディ。なんだかブレイブのキャラが私の中で変化(美化)され、作中の様な感じになってしまいました…。

・「ブラックシスター様は、やらせないッ!」
機動戦士ガンダムSEEDの主人公、キラ・ヤマトの台詞の一つのパロディ。これを言った彼女の機体の元ネタ(ぼんやりと)の一つに、ストライクがあったりなかったりします。

・「〜〜いっくぜぇ相棒!ひぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉぉうッ!」
劇場版マクロスFrontier 恋離飛翼〜サヨナラノツバサ〜にゲスト出演したイサム・ダイソンの台詞のパロディ。これを言った彼の機体は、別に三段変形したりはしません。


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第五十四話 資格あっての信仰か

連絡の取れなくなったユニの情報を得ようとケイがネプギアに電話をしていた時、彼女の下へ興奮気味にやってきたのはシアンだった。

 

「ケイ様、ご報告があります!」

「うん?……すまない、少し待ってくれるかなネプギア」

「あ…電話中だったんですね…す、すいません」

「全くだよ、今僕は重要な話をしている最中…と言いたいところだけど、君がこうも慌ただしくやってきたという事は、それだけの理由があるんだろうね。手短に話してくれるかい?」

 

教祖…つまりは人としてのトップである立場のケイに、有名になったとはいえ一企業の社長に過ぎないシアンが面会の確約も無しに会いに行く事など、本来は不可能な行為。しかし彼女が守護女神のノワールと友人である事、再編された国防軍へ鳴り物入りで導入されたMGの外部特別技術顧問としての肩書きを有している事、そしてケイの数少ない友人でもある事が、彼女を特例が適用されるまでの存在たらしめている。…要は半分近くが女神と教祖の私的な理由なのだが、その様な私的な部類が幅を利かせ、尚且つそれできちんと成り立っているのが女神統治の特色の一つと言える。

 

「あ、あぁ…こほん、ついさっき魔光動力炉を積んだラァエルフの装備群換装が終了したんだ!勿論送られてきた炉が今のところ二基だけだから、部隊として動かす事はまだ出来ないけど…それでもその二機は動かせるぜ!」

「…シアン、君は機械の事となると敬語を忘れる節があるね。今はここに僕しかいないからいいものの、それは直すべきだよ」

「うっ…き、気を付けます…それはともかく、五倍のエネルギーゲイン…とまでは言わなくても、従来の物とは一線を画す新型動力炉と同じく新型の装備群、それに例のエース二人なら四天王が相手でもユニ…様を助ける事が出来る筈です!」

「そういう事か…ふむ……」

 

シアンからの提案を受け、顎に親指と人差し指を当てて考えるケイ。つい先程までネプギアの手を借りようと思っていた彼女だが、それは四天王クラスを相手取ってユニの(撤退)支援が出来るだけの力を持ち、その上で即座に出動出来る存在が今のラステイションにはほぼゼロであった為。

だが、たった今シアンはその任務を遂行しうる機体が準備出来たと口にした。無論、エースと最新装備であっても四天王相手にたった二機では役者不足である事が否めないが…あくまで目的はユニの捜索と(四天王と交戦中であれば)救助。それであれば、何も特殊な状況下にある他国の女神候補生に頼る必要は無く、可能だとすればラステイションとしてもプラネテューヌとしてもそちらの方がいいのは自明の理。

ケイは二つの案を天秤にかける。どちらに任せるのも一長一短であり……人によって答えが分かれる選択肢を、責任という名の重圧を背負いながら選ぶのが長たる者の務め。それを守護女神に遜色ないレベルで理解しているケイは、僅かな時間でありながらも可能な限りの思考を巡らせ……決断する。

顎から指を離すケイ。そして彼女はシアンに向き直り……頷いた。

 

 

 

「この出力、この性能、予想以上だぜ。ま、そうでなくちゃわざわざ新装備引っさげてくる甲斐がないよな!」

「この装備じゃなきゃ間に合わなかった…いや、そもそも出撃指令が出てこなかったでしょうね」

 

アタシの前に現れた、二機のMG。それはうち…ラステイションの主力MG、ラァエルフに他ならないし、機体の外部用スピーカーから聞こえた声は何度か会話した事もある国防軍のトップエース級二人のもので、幾ら動揺してたってこの二人がアタシの救援の為に来てくれた事位は分かる。…けど、それ以外の部分で分からない事が多過ぎる。

 

「あ、貴女達…なんで…それに、その装備は……」

「なんでって、そりゃ教祖様から直々に命令を受けたからですよ。ユニ様の救援に向かってくれ、と」

「先日、リーンボックスから技術提供という形で共同開発していた新型動力炉の搭載とG型、T型装備群への換装が完了したので飛んできたんです。特にG型は比喩ではなく本当に飛べますからね」

 

半ば思考が追いついていない状態で言った問いに答えてくれる、MGパイロット…クラフティ少佐とシュゼット少佐の二人。両者は携行武装をブレイブがいるであろう砂煙の方へと向け、恐らくは目線もそちらに向けながらアタシに言葉を返してくれている。

 

「そ、それはアタシも知ってるけど…時間的にはまだ換装が終わったばっかりでしょ!?テスト運用もまだしてない筈よね!?そんな状態で来るなんて…」

「あぁ、試運転ならここに到着するまでにやってきたので大丈夫ですよ。流石に100%とは言いませんが…そこはまぁ、エースの経験と勘で何とかします。だろ?クラフティ」

「ちょっと、経験はともかくその言い方だとあたしまで勘で何とかする野生児みたいになるでしょ。そこはせめて直感にしなさいよ」

「同じ様なもんだろ、つか誰が野生児だ誰が」

「ちょ、ちょっと貴女達……」

 

不安要素ゼロで戦える事なんて滅多にないけれど、不安は出来る範囲で減らしていくべきもので、試してもいない武器(兵器)を強敵相手に持ち出すなんて、本来なら以ての外。……なのに、この二人はさも乗り慣れた機体であるかの様な口調で話していた。いや、確かに機体そのものは乗り慣れてるんでしょうけど…動力も装備も違うんだから実質新型機乗ってる様なものの筈よね…?

 

「…こほん。とにかく後退して下さいブラックシスター様。貴女が撤退するまでの時間は我々が稼ぎます」

「か、稼ぐって…相手は四天王なのよ!?」

「格上相手でも時間稼ぎに徹すりゃ暫くは持ちます。それに、俺等も十分時間を稼げたと判断したら即離脱しますよ」

「そんな事言われたって、国民を盾に退ける訳ないでしょ!それに、アタシは…アタシは負けたのよ!無策に突っ込んで、一方的にやられて、完膚無きまでに負けたのよ!その上尻尾巻いて逃げるなんて、女神がそんな事出来るわないじゃない!」

「盾って…だから時間稼ぎをするだけですって。もう来ちまった以上何もしないなんて選択肢はありませんし、そんな事気にせず……──ッ!」

 

突然の事態とどこか状況に合わない二人の余裕に動揺していたアタシだったけど…その目的を聞いて冷静さを取り戻す。……って言える程アタシは今冷静じゃないけど、とにかく動揺の状態からは抜け出した。そして、今の自分が到底二人の言う通りに逃げる事なんて出来ないんだと二人に伝え、シュゼットが困惑気味の声で言葉を返した瞬間……砂煙が突風に吹かれた様に四散した。

四散の中心から弾き出るが如く飛び出してきたのは、勿論ブレイブ。それに一番早く反応したのは、本能的に反射したアタシ。けどX.M.B.を向けた瞬間…気付いた。──撃てない、と。

恐怖を感じた訳じゃない。負けを認めたから撃つのは気が引けたとかでもない。問題があるのはアタシの精神じゃなくて、X.M.B.の方。女神の武器は破格の強度を有しているけど、絶対破損しない訳じゃないし、機械的な構造を持っている武器が持っていない武器より脆いのは当然の話。で、アタシのX.M.B.はブレイブの打撃を始めかなり衝撃を受けてるから…どこかの機構が駄目になったらしい。

撃てない事に気付いたのも、その理由を予想したのも一瞬の内。でもその一瞬の内にもブレイブは接近してきて……エース二人も、そこで反応した。

 

「……っとぉッ!」

「タイミングが悪い…ッ!」

 

ホバーを切り、大槍の様にも大剣の様にも見える巨大な得物の腹を掲げて突撃してきたブレイブの大剣を受けるシュゼット機。それと時を同じくして横へと飛んだクラフティ機は、右腕の機関砲をブレイブへと向け発砲する。

機関砲から次々と放たれる弾丸。それはそれまでラァエルフの主力だった実体弾じゃなくて、重粒子による光弾…つまりはビーム。それに気付いたブレイブはバックステップで射撃を避け、更に大きく後ろに跳ぶ事で追撃も阻止する。

 

「その機体、やはりラステイションの軍か…俺とブラックシスターとの戦闘に横槍を入れるつもりか!?」

「悪ぃな、だが俺達はそういう命令を受けていて、そうでなくともユニ様はうちの女神様なんだよッ!」

「シュゼット!装備は違うけど、いつも通りいくわよ!」

 

再度ホバーをドライブしたシュゼット機は突撃をかけ、クラフティ機は飛翔し重粒子機関砲に加えて左腕の軽機関砲でもブレイブを狙っていく。

完全に交戦状態に入った二人。その姿は頼もしいし、女神としては誇らしくもあるけど…今はその姿がむしろ、アタシの心を苦しめる。

 

「や、止めなさい二人共!アタシの事はいいのよ!」

「そうはいきませんよ!シュゼットが何度か言ってますけど、これはあたし達の独断じゃなくて正式な指令ですから!」

「だったら、女神として命令よ!下がりなさい!」

「…と、言われる可能性はあるが、そう言われても引くなとケイ様から通達が来ている。…ってのが軍の上層部の言葉なんでそれは聞けねぇっすよ!」

「はぁ!?よ、余計な事言うんじゃないわよケイ…!」

 

アタシの状況と心境を予想したのか、ケイはドンピシャな命令を軍に出していた。そういう察しの良さは社会人として優秀なんだろうけど…今回ばかりは本当に余計よ!あいつはアタシに敗走させたいっていうの…!?

 

「何があったか知りませんが…ノワール様がいない今、貴女を失う事はラステイションにとって背骨を折られる様なものです!それを分からないユニ様ではないでしょう!」

「…今のアタシに、ラステイションを背負うだけの資格はないわよ……」

「あぁ!?何です!?スラスター吹かしたり機関砲撃ったり四天王と斬り結んだりで五月蝿いんで言葉は出来るだけ大きめでお願いしますよ!」

「……っ…あ、アタシは…アタシは二人の期待に添える様な女神じゃないのよ!こんな惨敗した女神なんか…貴方達国民の事を本当の意味で考えてなかったアタシなんか、ここで…!」

「…そりゃ勘違いも甚だしいですよ、ユニ様」

「え……?」

 

爆音奏で火花散る戦いの中、形だけ敬語の実質乱暴な言い方(戦闘中だし仕方ない事だけど)に触発されて、アタシは国民の前なのに自分を貶す様な言葉を吐いてしまった。そして俯いたアタシだったけど…その後、すぐに顔を上げた。呆れた様な言葉をかけられ、その意味がよく分からなくて顔を上げた。

 

「正直俺も余裕ないんで、きっちりと考え伝える事は出来ませんが……これだけは言っておきます!俺は資格云々で信仰してる訳でもなきゃ、軍に入ってる訳でもねぇ!ただ信仰したいから、力になりたいって思ってるから今ここにいるんですよ!だから、資格云々なんざ知ったこっちゃねぇんです!」

「し、知ったこっちゃねぇって…そんな投げやりな…」

「あんた、これだけって言う割には喋るわね…けどシュゼットの言う通りですよブラックシスター様。資格だの何だのと理屈立てて信仰してるんじゃなくて…っと…!…あたし達国民は自分の心に従って信仰してるんです。少なくとも、あたし等夫婦はそうです、ねッ!」

「あ、貴女…達……」

 

どくん、と自分の鼓動が聞こえる。二人共そんなに深い事を言っている訳じゃないし、戦闘に必死という事もあって同じ様な事を言っている様にも聞こえるけど……二人の言葉は、間違いなく今アタシの心に響いていた。それは、アタシがさっきまで意気消沈していたから?余裕も飾り気もない、剥き出しの言葉を口にしたから?それとも……二人が、本当に心からアタシの事を思ってくれてるって伝わってくるから?

 

「……だとしても…だとしても、おめおめ逃げ帰るなんて国民の望む姿じゃないでしょ!そうでしょ!?」

「戦死される方が国民としては辛いですよ!」

「えぇい、ならユニ様!これは戦略的撤退です!目先の勝利ではなく戦略的な勝利の為に引くんですよ!負けて死ぬのと生き残ってリベンジを果たすのとなら、後者の方が俺は格好良いと思いますね!」

「け、けど…お姉ちゃんなら……」

『貴女は(ノワール・ブラックハート)様ではなく(ユニ・ブラックシスター)様でしょう!』

「……っ…!」

 

また、鼓動か聞こえてくる。少し自虐的な気分になっていたアタシだったけど、そんなアタシでも今の二人の言葉に籠っているのが「女神候補生には守護女神に対する程の期待はしていない」…なんて思いじゃないのは理解出来る。もっと暖かい思いで言ってくれてるんだって伝わってくる。

 

「……本当に、いいの…?」

「最初からそう言ってます!」

「相手は、四天王なのよ?幾ら時間稼ぎに徹するって言ったって、下手したらやられるかもしれないのよ?こんなアタシの尻拭いに、二人は命を捨てられるの…?」

「当然!ですが死ぬつもりなんざ毛頭ありませんよ?ノワール様は任務失敗よりも多大な犠牲を払っての任務成功の方が怒るお方ですからね!てか、敬愛する君主の顔を再び見る事なく死ねるかっての!」

「あら、そこはあたしの為に死なないとかじゃないのね」

「はぁ?お前とは端から生きるも死ぬも一緒だっつーの、何今更言ってんだ!」

「う……じょ、冗談よ馬鹿!人様の前で惚気ないでくれる!?」

「なっ!?クラフティが振った話だろ!?」

「…………ふふっ」

 

二人は何を考えてるのか、自国のトップと敵の幹部格の前でラブラブアピールをかましていた。シュゼット少佐だけならまだそういうひとだってだけで済むのに、クラフティ少佐もそれを受けて声を裏返らせてるんだから世話がない。この二人はここに来るまでの道中で機動兵器デートでもしてたんじゃ……なんて思って、アタシは少し笑ってしまった。

救援が来てくれようと、無事帰る事が出来ようと、アタシが負けた事や覚悟の質で劣っていた事が帳消しになる訳じゃない。けど…それは全部、アタシの責任。その責任でいじけて、アタシの為に命張って戦ってくれてる二人にいつまでも戦いを長引かせるなんて、それこそ女神失格で、アタシは自分が許せなくなる。ここまでアタシの事を思ってくれてる二人に、今のアタシが出来る事は…すべき事は……!

 

「……っ!だったら…命令よ二人共!絶対に、絶対に二人も帰って来なさい!じゃなきゃお姉ちゃんだけじゃなくて、アタシも許さないんだから!いいわね!」

「シュバルツ1、了解!」

「元からそのつもりでしたが、ブラックシスター様直々の言葉なら尚更背けませんね!えぇ、死ぬ気で帰還してみせますよ!」

 

少佐二人の返答を背に受けながら、アタシは飛び立つ。今のアタシの心はぐちゃぐちゃで、悔しさや情けなさで特攻をかけたい位だけど……二人の忠義の為に、アタシは逃げなきゃいけない。二人の戦いに報いる為に、一刻も早く安全な場所まで退避しなきゃいけない。だって、それが不甲斐ないアタシに出来る、せめてもの女神としての行動だから。

後から思えば、これは単なる負けで、単に言い負かされただけの事。この敗北が女神の統治と犯罪組織との間に何か大きな影響を及ぼした訳じゃないし、冷静になって考えてみればブレイブの言葉にも穴があったりアタシにもきちんと言い返せる部分があったと思える様な、その程度の事。でも……この敗北は、この経験は…女神候補生ブラックシスターとして、大きな経験になる敗北だったと、アタシは思う。

 

 

 

 

「……で、どうしてテメェは手ぇ抜いてんだよ、四天王」

 

ユニが離脱してから十数秒後。外部用スピーカーでも声が届かなくなったであろう距離にまでユニが離れたところで、シュゼットはそう言った。

 

「…それはつまり、俺が手を抜いてると思っているのか?」

「ったりめーだ、この程度の実力ならユニ様が負ける訳がねぇし、ノワール様が帰還出来ない訳がねぇんだよ」

「ふっ…機動兵器越しの人間に見抜かれるとはな。お前もさぞ優秀な兵なのだろう」

「そりゃどーも、で…このまま手を抜いててくれるんですかい?それならこっちとしちゃ大助かりなんだがな」

「まさか。俺が手を抜いていたのはお前達の忠誠心を評価し、ブラックシスターが逃げるまでは待ってやろうと思っただけだ。そして彼女が逃げた以上…俺に手を抜く理由はないッ!」

 

正対し、言葉を交わすシュゼットとブレイブ。空中で機関砲を向けるクラフティは、シュゼットに気を遣っているのか敢えて撃たずに狙いを定めるだけに留めている。そして……真っ先に動いたのは、ブレイブだった。

 

「ふんッ!」

「ぬぉっ!?テメェ、大分手抜いてやがったな!?」

「と言いつつ避けるか!」

「そら死ぬ気はねぇから…なッ!」

 

地を蹴り一気にシュゼット機へと肉薄したブレイブは、真横に一戦。しかしそれをシュゼットは紙一重のスラスタージャンプで避け、即座に左腕に持つ重機関砲で反撃をかける。…が、その弾丸は全てブレイブの持つ大剣の腹に止められ跳弾する。

 

「ちっ、ならッ!」

 

防がれたと見るや否やシュゼットは第二の胴と後脚を形作るバックパックを折り畳み、更に後脚を真上に向ける事でブースト。スラスターと重力による加速を乗せて右腕の得物、大型重破砕槍剣を大剣の様に叩き付ける。だが、槍剣が叩き潰したのはブレイブではなく大地だった。

 

「貰ったぞ、機動兵器のパイロット!」

「残念、うちの夫はやらせないわよッ!」

「っと、助かったぜクラフティ!」

 

前転で槍剣を避けつつ背後を取ったブレイブは反転と同時に砲撃を放ったが、またもそれは割って入ったクラフティ機の高エネルギーシールドに阻まれる。

エネルギー装備の激突により四方に流れるスパーク。それがクラフティとブレイブの目をくらます中、再度高機動形態に移行したシュゼットがホバーによる滑る様な動きで回り込み、重騎兵のランスチャージが如くの突貫をブレイブへと叩き込む。

 

「テメェを止めるのは俺じゃねぇ、俺達だッ!さぁ、もう暫く俺等と遊んでいけや四天王ッ!」

 

槍剣と大剣で斬り結び、カメラとモニター越しに視線をぶつけ合うシュゼット機とブレイブ。──ラステイション国防軍MG部隊のエース二人と、犯罪組織の四天王による交戦は熾烈となっていく。




今回のパロディ解説

・五倍のエネルギーゲイン
機動戦士ガンダムの主人公、アムロ・レイの台詞の一つのパロディ。本作における魔光動力炉は原作でキラーマシン系が落とす物ではなく、本作独自の物となっています。

・「この出力〜〜ないよな!」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズのキャラの一人、ガエリオ・ボードウィンの台詞の一つのパロディ。もしこの台詞がトルーパー時なら、もっと合ってた気がします。


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第五十五話 苦労の末の無事終息

信次元ゲイムギョウ界には、元々様々な大型兵器が存在していた。だが、守護女神戦争(ハード戦争)前期に発生した全面戦争が凄惨な結果をもたらした事により、兵器は軍の解体と共にその殆どが廃棄され、主力兵器は多数の死者をもたらしたとして後の世では忌み嫌われる様になった。

そんな兵器の代わりとなるが如く台頭を始めたのがマルチプルガーディアン…通称MGと呼ばれる人型機動兵器。守護女神戦争(ハード戦争)前期よりも技術が発展した事で一見すれば非効率に見える人型が兵器として十分な性能を得た事や、ラステイションにおいて試作の人型機動兵器が颯爽と現れ多大な戦果を挙げた事が台頭の理由に上がるが、その普及の裏には旧主力兵器が忌み嫌われ、半端な人型もまたキラーマシンシリーズによって社会から不評を得ているという世論を敵に回さない為の政治的要因も存在している。

誕生と普及においては決して華やかなだけではない経緯を持つ兵器、MG。そのMGが更なる普及の道を歩むか、それとも一時期だけの兵器となってしまうかは信次元に生きる者誰一人としてまだ分からぬ事だが…今、ある戦いにおいて主力兵器として有用性を示しつつある事は間違いない。

 

 

 

 

噴射炎で複雑な軌道を描きながら地上を疾駆し、砲火を交えるシュゼット機とブレイブ。正面からの激突をシュゼットに任せ、空中からの援護と強襲に徹するクラフティ機。方や障害を排除する為、方や女神を守る為の戦いは時間を追う毎にその激しさを増していた。

 

「ちぃ、全く当たらねぇなぁオイ!」

「そりゃ簡単に当たる様なら苦労しないわよ!」

 

かなりの重量を持つ槍剣を横に振るう事でシュゼット機は方向転換し、そこから前後四本の脚に備わる主推進器をフルスロットルで吹かして突撃。それをブレイブは難なく避け、避けられる事を見越していたシュゼットは避けた先へと重機関砲の射撃を叩き込むが、ブレイブはその巨体と重厚っぽさからは予想も付かない身軽な動きで凌いで逆に接近を仕掛けてくる。それを受け、シュゼットは機体をブレイブに正対させながらも前脚のスラスターを前方(関節の関係で厳密には下向きの前方だが)に向けて後退する。

 

「幾ら兵器に乗っているとはいえ、所詮は人に過ぎない貴様達が俺に勝てると思っているのか!」

「勝てると思ってなくても戦う時はあるってんだよ!」

 

槍剣の刺突部四方面にそれぞれ一基ずつ配置された機銃を放ち、迫るブレイブに迎撃をかけるシュゼット機。しかし精神的に押されていたとはいえユニの射撃すら避けるブレイブが、この射撃を脅威と認定する訳がない。おまけに人で言う『後ろ走り』の最中のシュゼット機がその状態でブレイブを振り切れる筈がなく、段々と両者の距離は縮まっていく。だが……それはシュゼットにとって想定済みの事だった。

 

「お前の相手は俺一人じゃ…ねぇッ!」

 

シュゼット機は後退の状態から一瞬だけ左前脚の噴射をストップし、機体が約90度方向転換したところで再度噴射する事により機敏に機体の位置を変える。そしてシュゼット機がズレた瞬間……その背後から、低空飛行状態のクラフティ機が現れる。

 

「遠近法で機体を隠していたのか…!」

「喰らいなさい…ってのッ!」

 

両脚の二基に加え、背部に備わる四枚の翼にも主推進器たり得るスラスターを装備した、G型装備群のラァエルフ。クラフティの要望に合わせ抜かりないチューンがなされた本機は相当な速度を誇り、クラフティ機とブレイブが互いに接近する形で前進していた事もあって両者は瞬く間も無く肉薄した。

激突の寸前に上昇し、両腕の機関砲を発砲。砲から撃ち出された光実二種の弾丸がブレイブへと届くまではほんの一瞬の距離だったが……それでも、ブレイブへは届かない。

 

「個々の実力もさる事ながら、よい連携だ…俺でなければ対応出来なかっただろうな…!」

「悠々反撃してきてよく言うわよ…!」

「野郎、空戦もまともに出来んのかよ!?」

 

一撃離脱の要領で急上昇をかけるクラフティ機だが、ブレイブはブースターを点火し追って空へ。空中はG型の本分とも言える領域ではあるが…所詮は人の技術たる兵器と本質的には女神と同じ、シェアによって生み出された存在である四天王では能力の幅に大きな差がある。つまり、陸戦仕様のT型装備群にも空戦仕様のG型装備群にも、それぞれの領域で互角かそれ以上に立ち回れるのが四天王の一角、ブレイブ・ザ・ハードだった。

だが、ブレイブと対する二人もただの人間ではない。まだまだMG運用は手探り状態の中にありながらも軍上層部、そして女神からも信頼を得る状態に至っただけのセンスは伊達ではない。

 

「我が剣撃を…喰らえぃ!」

「それは御免被るわ、ねッ!」

 

主推進器の全てを上昇に費やしながらも機体各部のバーニアで姿勢を制御し連続して打ち込まれる大剣を避けていくクラフティ機。流石に全てを避け切る事は出来ず、時折刃が装甲を掠めていくが…装甲を抜かれない限り、それはさしたる問題ではない。無論今のクラフティは避けるので精一杯の状態ではあるが…戦っているのは彼女一人ではない。

クラフティ機を追うブレイブの背後に、下方から射撃が浴びせられる。それを受け、宙返りの様な機動で回避運動を取るブレイブ。

 

「他人の女の尻追っかけてんじゃねぇよ、この野郎がッ!」

「な、何だと!?人聞きの悪い事を言うな貴様!」

「事実じゃねぇかよッ!」

「俺が追いかけていたのはあくまで機体だッ!」

 

ブレイブに射撃を浴びせたのは、勿論シュゼットが駆るラァエルフ。装備してきた武装の中でも屈指の重量を持つ槍剣を離し、バックパックを閉じた形態で飛び上がったシュゼット機はクラフティ機程ではないにしてもそこそこの高度にいる。陸戦仕様でありながらもある程度のスラスタージャンプが行えるのはラステイションの技術の賜物であり、同時にクラフティが空へと退避したのはその性能を理解していたからでもあった。

 

「シュゼット!とにかく一回地面に落とすわよ!」

「その、つもりだッ!」

 

ブレイブが離れた瞬間に脚部スラスターの出力を上げ、半回転したクラフティ機は頭部を動かし頭部機銃で牽制。更にクラフティから言葉を受けたシュゼットは機体の左腰にマウントされた重剣を開いた右腕で引き抜き、機銃に誘導され高度を落としたブレイブへと振り下ろす。

激突する重剣と手甲。重剣自体の衝撃と上昇動作を止めた事によりシュゼット機とブレイブは一気に落下し、乱暴な着地で地面から砂煙を巻き上げさせる。その次の瞬間、砂煙を蹴散らしながら飛び退く両者。

 

「上手くいったわね。そっちの機体の損害はどう?」

「大丈夫……と言いたいところだが、ちょっと不味いな…」

「え?」

 

シュゼット機が飛び退いた先に移動し最初と似た立ち位置を作ったクラフティは、仕切り直しの意図も込めてシュゼットに問う。その質問自体はそこまで重点を置いたものではなく、普段通り軽い返答がくると思っていた彼女だったが……帰ってきたのは神妙そうな声だった。

まさか、と思い夫の機体に目を走らせたクラフティ。だが、彼の機体に目立った外傷はない。ならば内部機器のどれかやられたのか、と訊こうとした彼女を前に……シュゼットは告げる。

 

「野郎、離れる間際に腕を振って頭部を狙ってきやがったんだ…何とか頭部そのものは直撃を免れたが、おかげでブレードアンテナがひん曲がっちまった!くそ、折れた先が無くなったなら傷持ちっぽくなるからまだしも、これじゃ格好悪いじゃねぇか!」

「……ほんとあんたは馬鹿ね」

「はっ、そんな馬鹿に惚れたお嬢さんはどこの誰だよ?」

「ふふっ、あたしの様ないい女が惚れてくれた事、感謝したっていいのよ?」

「感謝っつーか、幸せには思ってるさ。…さて、ここらで一つ、勝負をかけるぞ」

 

モニター越しにシュゼットはクラフティへと笑みを向け、すぐに視線をブレイブに戻す。

純粋な戦闘能力でも、戦闘経験でも自身等はブレイブに劣っている事を彼等はこれまでの激突で理解している。その差は数の利で埋められるものではなく、何とか食らい付いている現状も機体の消耗に糸目をつけていないからこそ。一体後どれだけ持ち堪えられるか、仮に持ち堪えたとして無事帰還までいけるか…二人にそれは分からない。──だが、二人の表情に陰りはない。不安や恐れはあったとしても、それを言動に…ましてや機体の挙動に表す様な事は一切ない。戦士として十分な精神を持ち、自信に転化出来る程の信仰心も持ち、何よりパートナーを信頼している二人の心に怖気付く様な感情が入り込む隙は微塵もないのである。

強者の余裕とでも言うべき雰囲気で構えるブレイブに対し、両機は動く。シュゼット機は突撃し、クラフティ機は舞い上がる。

 

「俺の技量がどこまで通用するか…試させてもらうぜ四天王ぉッ!」

 

重機関砲をブレード装備のラックライフルに持ち替え、重剣と合わせて得意な変則型二刀流で仕掛けるシュゼット。動力もスラスターもフルドライブで斬りかかり、隙あらば機銃を放ち、攻撃の手が斬撃で足りない様なら蹴りや肘打ちまで行使して彼は攻め続ける。

 

「ふっ、一撃離脱だけでなく近接格闘も中々やるではないか!こうなると生身での戦闘能力も見てみたいものだ!」

「生身で勝てそうなら兵器になんざ乗らねぇよ!っと、隙有り……」

「──しかし!ブラックハートの近接格闘を受けた俺にとってその程度ではなぁッ!」

「ぐぁぁッ!」

 

ラックライフルでの斬撃を大剣で弾かれた瞬間に、大剣の合間を縫う様にして突き出された重剣。それは弾かれた際に発生した遠心力を利用し加速させた一撃だったが、剣先が腹部へ届くより先にブレイブの膝がその重剣の腹を蹴り上げた為に攻撃は空振りに終わる。

二段攻撃が捌かれた結果、至近距離で無防備な状態となってしまったシュゼット機。されどブレイブもまた捌く為に大剣を振るい膝を持ち上げた体勢だった事が幸いし、彼の機体を襲ったのは膝蹴りから派生したキックだった。

蹴りつけられたシュゼット機は倒れ込み、コックピットのシュゼットもその衝撃に襲われる。そんな返り討ちにあった形のシュゼットだが…その中でも、彼は成果上々と笑っていた。

 

「ほんっと…重過ぎなのよこれは!」

「そう来たか……何ッ!?」

 

ブレイブが大剣の斬っ先をシュゼット機に向ける中、クラフティは声を上げる。それに反応したブレイブが見たのは…先程シュゼット機が手放した槍剣を抱え、今正に投げ落とそうとするクラフティ機の姿だった。

本来大型重破砕槍剣はそのサイズと重量からT型装備群用と位置付けられている武装であり、飛行の為に装備群の軽量化が図られているG型装備群のラァエルフではまず扱えるものではない。だがクラフティは槍剣をコンセプト通りの運用ではなく、慣性に乗せて落とす運動エネルギー弾とする事で強引に扱っていた。それは流石のブレイブも予想だにしなかった攻撃であり、そこで更にシュゼット機が大盤振る舞いのスラスター噴射という視覚的情報の強い後退を見せつけた結果、彼は回避のタイミングを逃してしまう。

G型装備群の加速を得た槍剣の一撃は容易には受け止められないものであり、受け止めたとしてもこの立ち位置では二人から十字砲火を浴びせられるのが関の山という回避も防御も実質不可能という状況に陥ったブレイブ。……だからこそ、彼が選んだのは回避でも防御でもなく…攻撃だった。

 

「う…おぉぉぉぉおおおおおおッ!」

『なぁ……ッ!?』

 

ブレイブは右脚を振り上げ槍剣にかかと落としを打ち込む。正面ではなく上部から衝撃を受けた事で槍剣は若干起動が逸れ、結果穂先はブレイブの足元ギリギリの位置に突き刺さった。その瞬間に機関砲をトリガーを引いた二人だったが…気付けばブレイブは空へと身体が持ち上がっていた。二人は驚き、目を見張り…そして理解する。

槍剣に対して打ち込んだかかと落とし。一見それは槍剣の迎撃に見える行動で、実際その一面もあるが…その一撃は次の行動の為の布石でもあった。槍剣を地面に突き刺す事で固定された足場とし、かかと落としの足を打ち付けるという動作を踏み込みに直結させる事により、ブレイブは迎撃と同時に跳躍の段階も踏んでいたのだった。

 

「貴様等は強い!故に…俺も本気で当たるとしようッ!」

「……っ…舐めるなッ!」

 

跳躍の次の瞬間にはブースターを点火し、クラフティ機に猛進するブレイブ。予想外の回避を見せてきたブレイブに驚かされていた彼女だが…その驚きも一瞬の話。接近するブレイブを手持ちの火器では撃ち落せないと判断するや否や高エネルギーシールドによる防御を選択した。

その咄嗟の対応力と判断速度はブレイブをして内心感嘆の声を挙げるものだったが…高エネルギーシールドによる防御というのは悪手だった。

 

「舐めてなど…いないッ!」

「あ、あたしを踏み台に…きゃあぁぁぁぁッ!」

「……ッ!クラフティっ!」

 

左右両方の発生器を前面に向け、接近するブレイブに対して前進する事で攻撃タイミングを狂わせようとクラフティは画策。しかしブレイブは大剣を振るわずに両脚を振り出し……さも立っているが如くシールドに足を押し付けた。

高い防御力と安定性を持つ高エネルギーシールド。この装備はその名の通りエネルギー兵器の一種ではあるが、実のところ攻撃性能は持ち合わせていない。壁状にしたビームではなくエネルギーを設定範囲内に高密度展開する事で壁を形成するというのが高エネルギーシールドの原理であり、その壁に触れるという行為は何らおかしい事ではない(同じ場所に触れ続けるには卓越した集中力と平衡感覚が必要となるが)。

足を付けた次の瞬間には砲を動かし、シールドに向けてゼロ距離砲撃を放ったブレイブ。その一撃でクラフティ機を吹き飛ばし、砲撃の反動とブーストによって向かったのはシュゼット機の直上。双方の視線がカメラとモニター越しに再び交わる。

 

「いい加減……落ちろッ!」

「そうは…いかんッ!」

 

一閃。空中から振り下ろすブレイブと、地上から振り上げるシュゼット機。風を斬り唸りを上げて二本の剣は激突し……重剣の刃が、宙に舞った。

そこから身体を回転させ、続けざまに横薙ぎを打ち込むブレイブ。先程はまともに打ち合えていた筈の重剣が両断された理由を考える余裕もなく残った重剣の刃とラックライフルのブレードで受けたシュゼットは、そこで理由を目の当たりにする。重剣はへし折られた訳でも、斬り落とされた訳でもなく……溶断されたのだった。…そう、ブレイブの持つ大剣にはいつからか炎が揺らめいていた。

 

「発熱機能…いや、ほんとに燃えていやがるのか…ッ!」

「これは俺の正義の炎だ!」

「あぁそうですかい…!」

 

斬られた重剣の切断面が溶けた様になっている事、現在進行形で二本の刃が熱にやられつつある事から見ても理由はこれで間違いない。ならば受け止め続けるのは不味いとシュゼットは頭部の機銃で牽制しつつ後退する。

 

「ちっ、これじゃまともに接近戦も出来やしねぇ…!」

「……だから、ビームサーベルも持ってけってあたしは言ったのよ…!」

「……!クラフティ、無事なんだな!?」

「当たり前よ、シールドの方はさっきのダメージで十全に展開出来るか怪しいものだけど…」

 

冷や汗が額から頬へと流れるのを感じる中、聞こえたのはクラフティの声。見れば確かに彼女の機体は無事であり、まだまだ飛行も継戦も可能な状態だと判断出来る。したらば次なる手を……と戦術を模索しかけたところでシュゼットは気付く。

 

「……なぁクラフティ、そろそろじゃないか?」

「そろそろ?…あぁ…そうね、もう十分な筈よ」

「やっとか……なら、後一踏ん張りだ!」

 

ある事に気付いたシュゼットは重剣を腰に戻し、バックパックを展開。クラフティ機がブレイブの上空を旋回する様な軌道を描きながら射撃を行う中で地上を駆け、元々持っていたシュゼット機からは放置されていた槍剣を回収する。

 

「幾ら良い連携でも、ワンパターンでは俺の目を欺く事など出来んッ!」

「ワンパターン?さぁて、それはどうかしらね!」

 

シュゼット機の動きを視界に捉えたブレイブは、肩越しの砲でクラフティ機に回避行動を取らせつつシュゼット機へと突進する。

ランスチャージは突撃時の加速と武器そのものの重量によって高い破壊力(突貫力)を生み出す攻撃であり、その性質上敵と一定以上の距離がなければ威力を発揮する事が出来ない。だからこそその距離を潰そうと動いたブレイブは対ランスチャージ戦法を理解していると言えるのであり…それ故に、彼はシュゼットの策に嵌まってしまった。

 

「おらよッ!」

「ぬ……小癪な…!」

 

槍剣を拾い上げたシュゼット機はブレイブと正対。しかしそこからシュゼットが選んだのはランスチャージではなく射撃、それもブレイブの足元を狙った目くらましだった。ラックライフルと槍剣の機銃による射撃は接近するブレイブ周辺の地面を蹴散らし、シュゼットの狙い通りに砂煙を巻き上げる。それは奇しくも射撃の二次効果による目くらましという、奇しくもユニと同じ策だった。

周囲を砂煙で覆われたブレイブは些か驚いたが…すぐに立ち止まり、思考を巡らせる。陸戦型が攻めてくるか、空戦型が攻めてくるか。砂塵が晴れる前に仕掛けてくるか、晴れた瞬間に攻めてくるか。攻めてくるとして、それはどこからか…思い付く限りの情報を浮かべ、それ等全てを考慮し彼が選んだのは……跳躍だった。跳躍であればシュゼット機の近接格闘はまず届かず、射撃もまた砂煙で位置が分からない以上放ってくるとすればそれは面制圧の弾幕攻撃。一点集中ならともかくばら撒く射撃ならば有効打にならない事を既に理解していたブレイブにとって、勢いよく空へと跳ぶのは最適解に思える選択肢だった。

──だが、それはあくまでそこまでの戦闘情報から導き出せる最適解。そしてクラフティが選んだのは…それまでの戦闘情報からは導き出せない答えだった。

 

「あたしの戦場にようこそ四天王……喰らいなッ!」

 

仁王立ちをしているかの様な体勢で空中に鎮座していたラァエルフ。そのパイロットたるクラフティが吠え、トリガーを引いた瞬間両肩部と両大腿部のポットの蓋が開き、そこからマイクロミサイルが放たれた。

ブレイブに向け襲いかかるマイクロミサイル。それを見たブレイブは回避行動を取るが、ミサイルはそのホーミング能力で持ってブレイブを追いかける。

 

「誘導兵器か…そんなもの、我が炎の前には無力だッ!」

 

単純な回避では振り切れないと悟ったブレイブは加速。ブースター全開でマイクロミサイルとの距離を離した後に腕を振るって反転し、大剣を振り抜き放射した炎でミサイルを撃ち落とす。

遠隔操作端末と違い、目標を追う事しか出来ない単純誘導兵器は比較的軌道を読まれ易く、ミサイルはブレイブの放った炎に自ら突っ込む形で全て飲み込まれてしまう。されど……全弾撃ち落としたブレイブが自慢気な表情を浮かべる事はなかった。

 

「ちぃ……二重の目くらましだったのか…」

 

ミサイルを撃ち落としたブレイブの目に映ったのは、彼に背を向け最大出力と思しきスラストで離脱していく二機の姿。無論それを見た瞬間は即座に追おうとしたブレイブだったが…すぐに諦め着地する。

 

「…ケンタウロス型に、翼で飛ぶ人型兵器か…ふっ、ラステイションは良い物を開発する!あれ等は十分子供の夢たる良い物、それを破壊するのはあまりに惜しいというものだ!やはり俺の目に狂いはなかった!あの国こそ、あの国の女神こそ…我が夢の協力者たり得る存在だッ!」

 

元々二人に対しては邪魔さえしなければ戦うつもりのなかったブレイブ。そして今となってはもうユニも撤退しきっている筈であり、ブレイブは今目的を失ってしまったのと同義の状態。だから彼は去っていく二機を見据え、これまでの戦いを振り返って声を上げるのだった。

 

 

 

 

「……あ!ユニちゃん!ユニちゃーん!」

「へ……ね、ネプギア…?」

 

一直線に教会へと向かっていたアタシ。陸と違って空で誰かに会うなんて事はまず無いし、傷心でいつも程余裕が無かった事もあって注意力散漫になっていたアタシは、声をかけられるまでネプギアの接近に気付かなかった。

 

「よ、良かったぁ…ユニちゃん無事だよね!?大怪我とかしてないよね!?」

「…そんなの、見れば分かるでしょ…」

「そ、そっか…あはは、わたし慌てちゃってたね…」

「……なんで、アンタがここにいるのよ」

 

今は各国で活動するって目的の下アタシ達は別れたんだから、女神候補生のネプギアがほいほいとラステイションに来ていていい筈がない。そう思ってアタシが言うと…ネプギアは、少し頬を膨らませながら返してきた。

 

「なんでって…そんなのユニちゃんを心配して来たに決まってるじゃない。ユニちゃん、四天王に挑みに行ってたんでしょ?」

「…それはケイから聞いたの?」

「そうだよ?」

「…ほんと、ケイはアタシの保護者か何かのつもりな訳…?」

 

ケイが少佐二人だけじゃなく、ネプギアにまで話していた事を知ったアタシはついそんな事を言ってしまった。かなり皮肉っぽい言い方になっちゃったけど、実際こうなると保護者かって一言位言いたくなる────

 

「……ユニちゃん、引っ叩かれたい?」

「…………え?」

 

…その瞬間、アタシは二人が救援に来てくれた瞬間と同じ位に驚いた。だって、ネプギアがネプギアらしからぬ事を言ったから。あのお人好しで控えめなネプギアが、女神化してもそこまで性格が変わらないネプギアが、冗談とは欠片も思えない声音で叩かれたいのか、と訊いてきたんだから。

 

「ケイさんはユニちゃんを心配してわたしに電話してきたんだよ?一度はわたしにユニちゃんを助けに行ってほしいって言いかけた位心配してたんだよ?そんなケイさんに対してそんな事言うなら、わたしは友達としてユニちゃんを許せない」

「……っ…」

「…ねぇユニちゃん、ユニちゃんはもう一度今さっきの事言える?」

「…そう、ね…アタシが軽率だったわ。ごめんなさいネプギア」

「分かってくれればいいんだよ。…わたしも変な事言っちゃってごめんね」

 

ネプギアに問い詰める様な口調で言われ、アタシはケイに対してあんまりな事を口走ってたと気付いた。…そうよ、保護者と思ってるかどうかはともかく、ケイはアタシの心配して二人を送ってくれて、実際そのおかげでアタシは命拾いをしたんだから感謝しなきゃいけないに決まってるじゃない。……なのに、アタシは…

 

「……っ…ぅ、ぐ…」

「え…ゆ、ユニちゃん!?なんで泣くの!?」

「あ、あた…アタシ、は……っ…」

「あ…も、もしやわたし、凄く酷い言い方だった!?だったらごめんね!わたし慣れない事したせいでユニちゃんを傷付けちゃったんだよね!ごめんね、本当にごめんね!」

「…そう、じゃないっ…そうじゃないのよ、ネプギアぁ…!」

 

ぼろぼろと、涙が溢れる。飛んでいる間に一旦は落ち着いていた心が、悔しくて情けなくてしょうがないという思いがぶり返してきて、涙が止まらなくなる。

 

「そ、そうじゃない…?じゃあ、どうして……」

「は、話す…から…落ち着いたら、ちゃんと話すから…だから、今は一人に、して……っ!」

 

そう言ったのは、アタシの最期のプライド。ライバルのネプギアに泣きじゃくる様な姿だけは見せたくなくて、アタシはネプギアを突き放す。

それから数秒後、ネプギアはアタシに背を向け距離を取った。アタシが見えない様に背を向けて、アタシの声が聞こえない様に距離を取ってくれたネプギア。そんなネプギアに、アタシは辛さに飲み込まれていない僅かな部分をかき集めて小さく感謝の言葉を口にして…それから数分、無様に惨めに泣き続けた。

 

 

 

 

電話の後わたしはラステイションまで急行して、ケイさんに軽く引かれるレベルの勢いで話や情報を聞き出して、ユニちゃんの下へ急ごうと飛翔した。それで空中でユニちゃんと合流して、ユニちゃんのお願いを聞いてから数十分後。やっと落ち着いてくれたユニちゃんと人気のない場所に着陸したわたしは、ケイさんにユニちゃんと合流した事を連絡した後話を聞いた。

四天王…ブレイブ・ザ・ハードに負けた事、覚悟においても劣っていた事、自分が女神の器じゃないんだという事…それを話している時、ユニちゃんからは普段の強気でしっかりしてる部分を全く感じる事が出来なかった。

 

「…ほんと、情けないわねアタシは…こんなんでネプギアと対等だと思ってた自分が馬鹿みたい……」

 

ユニちゃんの傷付きようを見て、その理由を知って、まずわたしが抱いたのは…ブレイブへの怒りだった。わたしの大切な友達で、負けたくないライバルで、頼れる仲間のユニちゃんをこうまでしたブレイブに対する、怒りの気持ち。でもユニちゃんの姿を見て逆に冷静になれたわたしは怒りに任せて仕掛けにいくのが最悪の選択だって分かってたし、何よりユニちゃんを放ってなんておけないから、今は我慢。

 

「…そんな事ないよ。わたしはユニちゃんを情けないなんて思わないし、これからも対等だって思っててほしいよ?」

「…優しいわね、ネプギアは」

「ううん、違うよユニちゃん。わたしは同情して言ってるんじゃなくて、本心を言ってるだけだもん」

「…………」

「ユニちゃん、こう言ったらユニちゃんは怒るかもしれないけど…わたしはユニちゃんが覚悟で負けてたとも、女神の器じゃないとも思わないよ?」

 

話を聞く中で、わたしは戦いに負けた事自体はそこまでユニちゃんの心を苦しめてる訳じゃない事に気付いた。だからわたしは覚悟の事と女神の事について触れる。するとユニちゃんはわたしが前置きした事もあってか、怒らずにただ俯くだけだった。わたしはそんなユニちゃんに元気になってほしくて、言葉を続ける。

 

「だってさ、ユニちゃんはわたしよりずっと先に覚悟を決めて、その覚悟を胸に頑張ってきたんだよ?その覚悟って、質の悪いものなの?」

「…アタシの覚悟は、自分の為のものだった。ブレイブとは違って…お姉ちゃんともネプギアとも違って、自分を中心に置いた覚悟だった…」

「…それを言うなら、わたしだってそうだよ。わたしの覚悟だって、一番根底にあるのは国民の為じゃなくて『わたしがそうしたいから』って理由だもん。それに…覚悟の質って、ほんとあり得るものなのかな?」

「……どういう事…?」

「覚悟の質って言っても、別に鑑定士さんがいる訳でもなければ一覧表がある訳でもないでしょ?それなのに質っていう、何かと比べる様な要素はあるのかな…って」

 

わたしがしているのは、多分言葉遊び。自分がそうしたいからなんてふわふわした表現じゃ、その中に国民の為って気持ちがないんだとは言い切れないし、覚悟の質なんてそれこそあると思う人にはあるんだろうしないと思う人にはないものだと思う。ただ、それでも言葉にすれば、言葉に思いを乗せれば、わたしの気持ちがユニちゃんに伝わるかもしれない。それでユニちゃんが立ち直ってくれるかもしれないなら、わたしはそれに賭けてみたい。…と、いうよりわたしにはそれに賭けるしかない。

 

「…じゃあ、ネプギアはどうしてアタシが精神的に打ちのめされたのか…説明出来る?」

「それは……き、きっとユニちゃんが前より強くなったからだよ」

「…はぁ……?」

「ま、まぁそうなるよね…これは予想だよ?予想だけど…ユニちゃん、わたしと喧嘩した時より今は強いでしょ?わたしと喧嘩した時より、最初覚悟を決めた時より、ユニちゃんは強くなってる。だから心に余裕が出来て、もっと強くなろう、もっといい女神になろうって気持ちが芽生えて……それで、心が揺れ易くなってたとか…そうだ、そうだよ!我ながらこれは合ってる気がするよ、ユニちゃん!」

「……何自画自賛してるのよ…」

「うっ……で、でもそれっぽくはあるでしょ…?」

「…それは、まぁ…」

 

おずおずながらも顔を上げて、小さく頷いてくれたユニちゃん。その顔は、さっきよりほんのちょっぴり明るくなった様にも見える。

 

「それにさ、ケイさんもMGパイロットの二人も、ユニちゃんの為に動いてくれたんだよ?女神の器じゃない相手を心配したり命懸けたりすると思う?」

「…仕事だからそうしてるって可能性は?」

「ユニちゃんの目には、仕事だからそうしてる様に見えたの?」

「……そうは、見えなかった…」

「だったらきっと、ユニちゃんは女神として見られてるよ。ラステイションはいい意味で優しくても甘くはない人が多い…気がするし、そこで女神として成り立ってるんだからユニちゃんは大丈夫。もしわたしが女神じゃなくてラステイションの国民だったら、ユニちゃんを悪く思ったりはしないしね」

 

わたしは言葉をかけ続ける。思いを届けたくて、発信し続ける。……そして、ユニちゃんは顔を上げてくれる。

 

「…ユニちゃん……」

「……生意気言うわね。ネプギアはアタシの何だって言うのよ」

「友達だよ?友達で、ライバルで、仲間。ユニちゃんはどう思ってるか知らないけど、わたしはそう思ってる」

「…はぁ…ほーんと情けないわね、アタシ」

「え……ゆ、ユニちゃん…」

「ケイも、クラフティ少佐も、シュゼット少佐も、ネプギアも…きっと国民もここまでアタシの事考えてくれてたのに、それを無視してうじうじしてるなんて、情けなくてしょうがないわ」

「……って、事は…」

「あぁそうよ、ちょっと悔しいけどネプギアに話を聞いてもらって、少しは気が晴れたわよ。…まだ、もやもやした気持ちは残ってるけどね」

「そっか…うん、でも少しでも気が晴れたならわたしは安心だよ。だって、ユニちゃんは強いからね。そんなもやもや気分なんて霧払いしてもっと強いユニちゃんになれる筈だもん」

「そ、そこまで言われる程じゃないわよ…全く、ほんとネプギアは調子がいいんだから…」

 

そう言って、数秒空を見上げたユニちゃん。ユニちゃんが顔を下ろした時…確かにユニちゃんの顔は、少しさっぱりした様な表情になっていた。

立ち直ってくれた事にわたしは胸を撫で下ろす。そうしてる間にもユニちゃんは歩き始めて……って、

 

「ゆ、ユニちゃんどこへ…?」

「どこへって…そりゃ帰るに決まってるでしょ。アンタはもう帰るの?」

「う、うーん…じゃあもう一回教会にお邪魔しようかな。…帰ったら勝手にどこ行ったんだっていーすんさんに怒られそうだし…」

「そう。ならどうせアタシはケイに注意されるでしょうし、うちの教会来るなら一緒に注意受けていきなさいよ」

「えぇ!?い、嫌だしわたしは注意される理由ないよ!?」

「そう……ネプギアはアタシの事友達でライバルで仲間って言ってくれたけど、一緒に怒られてくれないのね…」

「ゆ、ユニちゃん…って友達でライバルで仲間でも一緒に怒られてあげたりはしないよ!?しないからね!?」

 

────こうしてルウィーに続いてラステイションでも起こった四天王騒動は、連続盗難事件があれ以降起こらなくなった事と少佐さん二人が無事帰還した事で何とか終わりを迎える事が出来た。その中でわたし達は色々驚いたり、ショックを受けたり、大変だったりしたけど……その中で得たもの、進んだものも確かにあったと思えるわたしだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜俺でなければ対応出来なかっただろうな…!」
HUNTER×HUNTERのとあるモブキャラクターの台詞の一つのパロディ。かなり有名なネタですが、何とそれを言ったのはモブキャラ…というのは中々凄いですよね。

・「あたしを踏み台に〜〜」
機動戦士ガンダムの登場キャラクターの一人、ミゲル・ガイアの代名詞的台詞の一つのパロディ。正確には踏み台ではなく足場ですね、似た様なものですが。

・もやもや気分霧払いして
ポケットモンスターDPのOPの一つ、Togetherのワンフレーズのパロディ。普通にありそうな単語だけど、よくよく考えたら現実に存在しない単語、それがきりばらいです。


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第五十六話 最終段階へ向けて

パーティーが一時的に分裂して各国で活動する時って基本ネプテューヌかネプギアがメインになるよね。基本って言ってもまだ二回しか起きてないし、この二人は私と同じ主人公の一人だし、私は二回共単独行動&各国を渡り歩いたりしてないから当たり前っちゃ当たり前だけどね。…というか、そもそも私は文句を言いたい訳じゃないの。視点担当…つまりは地の文を行うのって言ってしまえば思考が読者さんに駄々漏れになる訳だし、プライバシーも何もあったもんじゃないんだから、暫く視点を預けられるのは私にとって貴重な、ゆっくり出来る時間が生まれるって事。ただなんていうか、普段と置かれてる状態が違うからか少し違和感があって、私はその違和感を紛らわせる為にこうして時々地の文があるかの様な事を考えたりして…………って、あれ!?もう視点担当私に戻ってるの!?嘘、いつの間に!?っていうかじゃあ、今考えてた事は筒抜けだったの!?…う、うぅぅぅ……

 

「うにゃあぁぁぁぁああああっ!!」

 

廊下で髪の毛をぶんぶん振り回しながら頭を掻き毟る。こんなの髪にも頭皮にもダメージの入る、女の子として避けるべき行為だけど…そんな事よりこの赤っ恥の方が問題だよ!こんな素人の動画撮影における「え、もう始まってんの!?」的行為なんて大恥以外の何でもないんだもん!このイリゼ、一生の不覚…ッ!…とか言いたくなっちゃう位馬鹿みたいな事しちゃったよ私!…こ、ここ見てる読者さん達も今のは忘れて!忘れるのが無理なら心の中にしまっておいて!お願い!お願いしますっ!

 

「……はぁ…はぁ…」

 

十数秒程そんな事をやって、何やってんだろ私…という自分で自分に呆れる事でやっと私はクールな状態に。今は偶々周りに誰も居なかったからセーフだけど…もし誰か居たらどこぞのアミエーラさんばりの「ドン引きです」を口にされただろうなぁ…はは……。

 

「…早く行こ……」

 

ボサボサになった髪型を一先ず手で撫で付けつつ、私はプラネタワー内の会議室の一つへと向かう。

犯罪組織にこちらの行動を誤認させる為行なった女神の別行動。それを終えて戻ってきた私とネプギア以外の候補生は、休憩の後に会議室に集合する事になっていた。…考えてみれば、プラネテューヌに戻った時点で視点担当も私に戻るであろう事は予想出来てた筈だよね…。

 

「お待たせしました〜」

 

会議室前に到着した私は、そう言いながら扉を開ける。するとそこにはネプギア達候補生は勿論、コンパやアイエフ達パーティーメンバーも全員揃っていた。

 

「は〜い、まだ予定時刻前だから大丈夫ですよ」

「それは良かった。…私がビリ?」

「いえ、まだいーすんさん達が来てませんからビリじゃないですよ」

 

私の挨拶にはコンパが、質問にはネプギアがそれぞれ反応してくれる。この光景も久し振りに感じるなぁ…久し振りって言う程日が経った訳じゃないけど。

 

「そっか、じゃあ教祖の四人は事前に何か話してるのかもね」

「むー、はなしならここですればいいのにー」

「あはは、きっと教祖さん達だけで話す事もあるんだよ」

「わたしたち、女神なのに…おしえてもらえないの…?」

「ま、そこは女神と教祖は同じ立場でもなければ単純な上下関係でもないって事よ。それにアタシ達は女神『候補生』だし」

 

そう話すネプギア達を私は見回す。私が担当していたリーンボックスでは特に何もなかったものの、ラステイションとルウィーで四天王と一悶着あった事とネプギアがその時向かった事はもう聞いている。特にラステイション…ユニに関しては色々ショッキングだったらしいから内心不安だったけど……この様子なら、少なくとも戦線離脱しちゃう事は無さそうだね。ノワールと同じで自分に厳しいユニだから、過剰に気負ったりしないよう気配りはしておいた方が良さそうだけど。

そうしてそこから待つ事数分。イリゼは何か変わった事あった?という皆からの質問に答えていたところで会議室の扉が再び開く。

 

「皆さん、揃っていますか?(´・Д・)」」

「揃ってますよ、イストワールさん」

「では早速始めましょう、いいですよね?(´・ω・)」

「構わないわ、アタクシ達は雑談する為に集まったんじゃないんだもの」

 

イストワールさんと共に入ってきたのは、勿論教祖さん達。ケイさんチカさんミナさんが席について、イストワールさんは座ってる本ごと椅子へとランディング…したりはせず、部屋のモニター前へと移動する(因みに私達は上座下座割と関係無しに座ってたり…わ、私が来たのは後の方だし私の責任じゃないよ?)。

 

「そうですね。それでは…皆さん、これまでよく頑張ってくれました。次の目的は……守護女神四人の、救出です」

『……──っ!』

 

それまでは談笑の延長線上の、ちょっと緩い雰囲気だった会議室内。それが、イストワールさんの言葉で一変した。

守護女神四人の救出。私とコンパ、アイエフにとっては仲間であり友達の、ネプギア達にとっては姉の奪還を遂に実行へと移せるとなれば、気分が引き締まらない訳がない。そして新たなメンバーの四人もそれがどれだけ重要な事なのか分かってくれているからか、私達と同じ様な表情を浮かべる。

 

「あ、あの!それっていつですか!?」

「一週間後です(´・ω・`)」

「一週間後…!……え、い、一週間後…?」

「…び、微妙な日数ですね……」

 

がばっ、と勢いよく立ち上がりながら実行日を訊いたネプギアは、返答を受けて一瞬真剣そのものの顔付きになって…その後、その表情がちょっと間の抜けたものになってしまった。でもそうなる心境は私達にも分かるもので…ユニの発言に私達はうんうんと頷いた。…早いとも遅いとも言えない一週間は微妙過ぎる……。

 

「こ、これには理由があるんですよ。必要な準備をこなし、尚且つ救出時にコンディションが悪くならない様余裕も持たせた結果が一週間後なんです(;´д`)」

「は、はぁ…でも一週間後か…うぅ、ちょっと緊張してきた…」

「いやネプギア、今から緊張してたら身体が持たないんじゃないかな…」

「…リラックス出来る曲、ボクで良ければ歌うよ?」

「し、心配かけてすいません…」

 

微妙ながらも決してずっと先の事ではない一週間に緊張したネプギアへと声をかける、ファルコムと5pb.。それにネプギアが軽く頭を下げつつ返したところで話は続く。

 

「それで、具体的にはどうやってねぷねぷ達を助けるです?」

「それはですね、まずこちらをご覧下さい(・ω・)ノ」

 

顔文字通り手を挙げてモニターを指し示すイストワールさん。それに合わせてケイさんがPCを操作し、モニター画面にサイバーな感じのデータが色々と映し出される。その中心にあるのは……

 

「……なにこれ、フィンファンネルバリア?」

「いやそれだと犯罪組織にロンド・ベルが一枚噛んでる事になるから…厄介過ぎるでしょそれは…」

 

きょとーんとした顔で図を見たREDが言う。REDの言う通りそれは三角柱で、でもそれが何か特定出来る程の情報が映し出されていないから「なにこれ?」と言いたくなる気持ちは分かる…いややっぱり分かんないかも。少なくともこの状況でフィンファンネルバリアが出てくると思う思考回路は分からないよ…。……まぁとにかくそれはやはり間違いらしくて、イストワールさんは首を横に振る。

 

「あはは…これは結界です。と言っても、これを実際に見た事あるのはイリゼさんにネプギアさん、コンパさんアイエフさんの四人だけだと思いますが…( ̄^ ̄)」

「私達四人…って事はまさかねぷ子達の……」

「…はい。これこそ守護女神の四人をギョウカイ墓場へ幽閉している最大の力、アンチシェアクリスタルによる結界です」

『…アンチ…シェアクリスタル…?』

 

真っ先に気付いたアイエフに続いて私も気付く。あの時ネプテューヌ達を覆っていたのは、確かに三角柱の結界の様な物だったと。そしてイストワールさんの言葉と共に、モニター上の三角柱…もとい結界の隣に頂点部の拡大図が表示される。そこには結晶の様な物が出ていて、それが恐らくアンチシェアクリスタル何だろうけど……アンチシェアクリスタルって何なんだろう?名前的にシェアクリスタルと対をなしてそうだけど…。

 

「こほん。えー…細かい説明は物凄く時間がかかるので省くとして、簡単に言うとアンチシェアクリスタルは効果範囲内のシェアエナジーを吸収してしまう物質です(´-ω-`)」

「あぁ…アンチ・シェアクリスタルではなくアンチシェア・クリスタルなのですね…」

「まぁそうですね。設置した機材からのデータを解析した結果、このアンチシェアクリスタルによってネプテューヌさん達は教会のシェアクリスタルから送られてくるシェアエナジーを奪われ動けなくなっているのだと分かったんです。もしネプテューヌさん達が万全の状態であったならまだしも、今はとても万全とは呼べない状態ですから…(><)」

「…万全とは呼べない状態……」

『おねえちゃん……』

「あ……い、イストワールさん結界の方の説明もお願い出来ますか?ネプギアが触れて力が抜けた件といいシェアで作った武器が消えた件といい、結界の方もただの壁って訳じゃないんですよね?」

「え、えぇはい。アンチシェアクリスタルはそのままでもシェアエナジーを吸収する力があるのですが、それはあくまで待機状態の様なもの。そして活動状態になるとこの結界が現れるんです(;´д`)」

 

万全とは呼べない状態、という言葉を聞いて表情を曇らせたユニ達を見て、私は慌てて質問。イストワールさんも私の意図に気付いてくれて、結界に関する解説をしてくれる。

 

「外側にこそなにも起こしませんが結界の壁そのものはクリスタル同様吸収能力を持ちますし、結界内での吸収力は増大します。そして結界はシェアを得れば得る程強度を増すので…この結界は、時間を追う毎にシェアエナジーを力とする存在への拘束力が増すと言っていいでしょう(-_-)」

「そうなんですか……という事は、今あの結界は相当な強度に…?」

「…なっているでしょうね。恐らく通常兵器による破壊は最早困難だと思われます(¬_¬)」

 

……落ち込みそうになってたユニ達の気を紛らわせようと思って質問したのに、その結果ユニ達どころか私達全員の気が滅入りそうな説明をされてしまった。…か、完全に当てが外れた……。

…と、思っていたら今度はネプギアが口を開く。

 

「と、突破方法はあるんですよね?あるから助ける日を決定したんですよね?」

「勿論です。突破方法はありますし、その要になるのは…ネプギアさん達女神の皆さんです」

「わたし達、ですか…?」

 

ネプギアの言葉ににこり、と笑みを浮かべるイストワールさん。それと同時に(というかケイさんが合わせて)モニターの画面も、何かビームっぽいものが当たって結界が消滅するグラフィックへと変わる。

 

「先程言った様に結界にも吸収能力がある以上、無策でシェアエナジーを利用した攻撃をしたところで無意味どころか結界を強化してしまうだけです。しかし、アンチシェアクリスタルは常時シェアを吸収し続けるものの瞬間的な吸収可能量には限界があり、その限界値以上のシェアが指向性を持って注ぎ込まれた場合は一時的に機能不全を起こすんです。…と、今の説明で分かりましたか?(・ω・)」

「あ、はい。取り敢えず私は…」

「…ネプギアちゃん…ネプギアちゃんは、分かった…?」

「わたし?うん分かったよ。電子機器に処理能力以上の情報が送られるとフリーズしちゃったりする様なものだよね」

「……ら、ラムちゃん…」

「わ、わたし!?え、えっと…ゆ、ユニ!あんたは分かってないでしょ?そうでしょ?」

「残念、アタシは分かってるわよ。本来はエネルギーになる筈のものも過剰に投入すると機能しなくなるって意味じゃ、銃の火薬に似てるかも」

「うぐ……」

 

説明を理解しそれぞれの趣味の領域で例えるネプギアとユニ。ロムちゃんは素直に、ラムちゃんは多分分かってない仲間を作りたくて二人に声をかけたんだろうけど…完成に目論見が外れてしまっていた。…と、思っていたらそこでミナさんが動いた。

 

「ロム様、ラム様。これはタイヤを想像すると分かり易いかもしれませんよ」

『タイヤ…?』

「タイヤは空気を入れると硬くなってパンクし辛くなるでしょう?しかしだからといって空気を入れ過ぎると、今度はそれが原因で破裂してしまう。それと同じ様な事なんですよ」

「あ、あー!そういうことね!さっすがミナちゃん!」

「ミナちゃん、あたまいい…!(いんてり)」

「ふふ、こういう事で宜しいんですよね?」

「大まかには合っているので大丈夫ですよ。助かりました、ミナさん( ̄^ ̄)ゞ」

 

ミナさんの例え話により納得のいったロムちゃんラムちゃん。この僅かな間に分かり易く且つ二人に伝わる例えを思い付く辺り、ミナさんの保護者力(?)はかなりのレベルらしい。…ほんとに見た目といい先生みたいな人だよ、ミナさん……。

 

「それでは話を戻しまして…相当な強度になっている事が予測される以上、最善策は物理的な破壊ではなく先に言った様に機能不全に陥らせる事です。ですからネプギアさん達四人での一斉攻撃で機能を落とし、その間にイリゼさんがクリスタル本体を破壊する……それが対アンチシェアクリスタルの策ですo(`ω´ )o」

「け、結構シンプルな策ですね…あれ?でもそれでしたら、破壊は私でなくともよいのでは?」

「まあ、それは否定しませんが…クリスタル自体の強度や結界再生までの時間は正確に計算出来ていないので、確実に一度で成功するよう破壊担当は最高戦力に任せたいんです(・ω・`)」

「あぁ、そういう……」

「あはは、最高戦力って事は否定しないんだね」

「う…こ、この場で否定したらむしろ感じ悪いと思っただけだよ…」

 

むぅぅ…と恨めしそうに睨むと、ファルコムはごめんごめんと肩を竦める。とはいえこの位の弄りは慣れたもので、それはさておきと私は話を進めてもらう。

ギョウカイ墓場までの移動方法、ギョウカイ墓場へ入ってからの各々の役割分担、四人を助けてからの離脱手順…私達は説明を一つ一つ聞いて、それ等を頭に叩き込んでいく。そこまで複雑な事を聞いている訳じゃないし、多分出発前にも確認するだろうけど……やっぱり重要な作戦だから、ちゃんと聞かなきゃって気持ちについなってしまう。…いや別に普段は人の話ちゃんと聞いてない訳じゃないよ?

 

「……ですので、基本的に救出までは女神の皆さんを極力温存する為コンパさん達に尽力してもらう事になります。…勝手に決めてしまって申し訳ありませんが…皆さん、宜しくお願いしますm(_ _)m」

「お願いされたです。ギアちゃん達は重要な役目があるですから、それまではわたし達で頑張りますです!」

「えぇ、梅雨払いは任せて下さい。数を相手にするのは得意ですから」

「よーし!女神の皆は、アタシ達で守るよ!」

「…頼もしいですね、皆さん」

「だね。私達も皆の気持ちに応える働きをしなきゃだよ?」

 

ネプギアの言葉に相槌を打ち、そちらを向くと女神候補生の四人はその瞳にやる気の炎を灯している。…ほんとに四人は成長したなぁ…私も先輩として、女神の名に恥じない結果を出さなきゃ。

 

「説明としては以上ですね。それでは皆さん、一週間後に向けて入念な準備しておいて下さい(`_´)ゞ」

「準備…アタシ達は何か当日までの役目ってあるんですか?」

「君達にはシェアクリスタルの精製をしてもらうよ。とある道具の為に、シェアクリスタルが必要だからね」

「…サイズは?」

「細かい事は後で伝えるけど…まぁ取り敢えず小さくて構わない」

「ふぅん…まぁ分かったわ」

 

説明終了という事で皆は三々五々の行動に。…と言っても実行はまだ先だから特に急ぐ様子もなく、思い思いに会議室を出ていく。

 

「さてと、イリゼさん。ネプギアさん達の事を頼みますね(^人^)」

「はい。あ…それと少しお願いしたい事があるので、夜にお時間頂けますか?」

「夜ですね、大丈夫ですよd( ̄  ̄)」

「……?わたし達の事を…って、なんの事ですか?」

 

私とイストワールさんの会話を聞き付けてやってくるネプギア達候補生。それに気付いた私は四人の方へ振り向き……彼女達を連れ出した。

 

 

 

 

会議終了後、イリゼさんに連れ出されてわたし達がやってきたのはプラネテューヌの郊外。普段は訊けばすぐ説明してくれるイリゼさんだけど…今回は何故か理由を教えてくれなくて、わたし達は何なんだろうと不思議に思いながら着いていった。

 

「…この辺りでいいかな…」

 

舗装された道から離れ、イリゼさんが足を止めたのは周りに何もない原っぱ。そこでイリゼさんが周りを見回す中、わたし達は小声で話し始める。

 

「…ねぇ、ここで何するんだと思う?」

「まぁ、屋内でやるべき事じゃないのは確かね」

「ピクニック、とか…?」

「それかモンスターたいじかも。だってわたしたち女神じゃない」

「うーん…ピクニックならシートとかお弁当とか持ってくるだろうし、モンスター退治なら先に言ってくれると思うよ?」

「じゃ、わかんなーい」

「……あ…」

「どうしたのユニちゃん、何か思い付いた?」

「…もしかしてアタシ達、イリゼさんがいない時に色々勝手な行動してたからそれを怒られるんじゃ…」

『え……?』

 

ユニちゃんの言葉で固まるわたし達三人。や、やだなぁユニちゃん、わたし達は別に怒られる事なんて…………うん、してたね…教祖さん困らせたり四天王と戦ったり勢いだけで他国に行っちゃったりしたね……。

 

「わ、わたしたち…おこられるの…?(ぶるぶる)」

「あ、アタシは完全に弁明のしようがないし、日が暮れるまでランニングとかやらされるのかも…」

「ひ、日がくれるまで!?…ちょ、ちょっとネプギア…うまくごまかすアイデアとかない?」

「え、えと……イリゼさんってわたし達候補生にも真面目に付き合ってくれる人だから、下手に誤魔化そうとしたらそれこそ本気で怒るんじゃ…?」

『…………』

 

怒る目的なのかどうかという部分を忘れ、怒られる前提での会話を進めるわたし達。ロムちゃんラムちゃんは顔を青くしてしまい、ユニちゃんも頬に冷や汗を垂らしている。そしてわたしは…前に一度イリゼさんに怒られた時の事を思い出して、割と本当に怯えてしまっていた。

 

「……皆、やるべき事は一つだよ…」

 

怒られる気満々のわたし達は目を合わせ、互いに頷き合う。そう、何だかんだ怒られる時は小細工なんかしない方がいいに決まってる。だって、小細工しまくりのお姉ちゃんはいーすんさんやアイエフさんにその後みっちり怒られてるんだから。

 

「……うん、よさそうだね。それじゃあお待たせ皆、これから…」

 

何だかよく分からない覚悟を決めたわたし達は、ぴしっと四人整列する。そして、イリゼさんがこちらを振り向いた瞬間に……息を合わせる。

 

「──特訓するよ!」

『ごめんなさいっ!もう二度としませんっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

『……え?』

 

 

 

 

『…………え?』

 

────約一分間。わたし達が勘違いに気付くまでのその間、ここにいる五人の間で交わされたのは「え?」という言葉だけだった。……勘違いって、怖い…。

 




今回のパロディ解説

・どこぞのアミエーラさん、ドン引きです
GOD EATERシリーズの登場キャラ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ及び彼女の代名詞的台詞の事。狩り全く関係無しの代名詞的台詞、というのも凄いですよね。

・フィンファンネルバリア
機動戦士ガンダム 逆襲のシャアに登場するMS、νガンダムの武装の一つの機能の事。犯罪組織にはシャアパロのキャラもいますし、謎のコラボ状態になってしまいますね。

・ロンド・ベル
上記と同じく機動戦士ガンダム 逆襲のシャア及びガンダムシリーズに登場する特殊部隊の事。犯罪組織にロンド・ベルが…ってなったら連邦は腐敗し過ぎですね。


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第五十七話 有利な筈の模擬戦

「あはははははっ!お、怒られると思ってたの!?こんな草原で、わざわざこんな所に来て私が叱ると思ってたの!?いやいや皆ビビり過ぎだって!あはははははははっ!」

 

かなりぶっ飛んだ勘違いで、わたし達が自身とイリゼさんに混乱を招いてしまってから数分後。現在、イリゼさんは……大変爆笑なさっていた。

 

「うぅ…そ、そこまで笑わなくてもいいじゃないですか…」

「いや笑っちゃうって!だって四人共、襲われかけてる小動物みたいにぷるぷる震えてるんだよ?完全に勘違いなのに…ぷぷっ…ご、ごめんなさいって……あははは!あーもうお腹痛い…!」

「むー!じゃあもうわらわなきゃいいじゃない!」

「そんなに、わらわないで…(しゅん)」

「あーごめんごめん…でもほんと、あの瞬間の四人の姿は撮っときたかったなぁ…」

「どんだけアタシ達の反応がツボだったんですかイリゼさん…」

 

お腹を抱えて笑うイリゼさんに対し、わたし達はスカートを握ったり地団駄踏んだりしながら恥ずかしさに耐える。…そりゃ、今のは100%わたし達の自爆だけど…そこまで笑うのはちょっと酷いですよ…。

 

「はぁ…こんなに笑ったの、久し振りかも…」

「それは良かったですね…」

 

ひとしきり笑ったイリゼさんは、笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を指で掬う。そこへわたしが皮肉交じりの言葉を返すと、やっとイリゼさんも落ち着きを取り戻して表情も普段通りのものに戻してくれた。

 

「…それで、ええと…特訓でしたっけ?」

「そう、特訓。戦術講座とか素手の格闘練習とかならプラネタワーの敷地内でも出来るけど、今からするつもりなのは街中でやったらえらい事になるからね」

「という事は、結構本格的な戦闘訓練を予定してるんですね。今日も宜しくお願いします」

「あ…わたしもお願いします」

「おねがいしまーす」

「します(ぺこっ)」

 

いち早く気持ちを切り替えたユニちゃんは話を元に戻して、そのユニちゃんに遅れる形でわたし達も頼み込む挨拶を口にする。…にしても、いつもユニちゃんは特訓の時熱心だよね。わたしもそういう真面目なところを見習わないと…。

 

「よし、それじゃあ早速…の前に、先に言っておくね。今回…というかこれから行う特訓は、戦力強化の特訓ではあるけど直接的な力を高める特訓じゃないよ」

「…えっと…どういう、こと…?」

「それはこの後すぐやる事を終えてから教えてあげるよ。……あ、そういえば急ぎの用事があったりはしない?」

「大丈夫ですよ。皆もそうだよね?」

 

わたしが訊くと、三人は首肯。強いて言えばケイさんの言っていたシェアクリスタル作りがあるけど…急ぎの用事ではないもんね。

 

「それならまずは第一段階。皆、これから皆には私と戦ってもらうよ」

「たたかう?あ、もぎてんってやつ?」

「ラムちゃんラムちゃん、それを言うなら模擬店じゃなくて模擬戦。それだとお祭りとか何かの大会の時にやってるお店になっちゃうよ」

「あ…こ、こほん。そのもぎせん、ってやつをやるのね?」

「そうだよ。準備運動は必要?」

「いえ、大丈夫です。皆、最初はアタシでいい?」

「あ…違う違う、今回はそういうのじゃないよ」

「そういうのじゃない?」

「うん、今回は…四人まとめてかかってきて」

『へ……?』

 

四人まとめてかかってきて。その言葉に目をぱちくりとさせるわたし達。よ、四人まとめてって……

 

「幾らなんでも、それは…」

「戦力的に足りな過ぎる?」

「ぎゃ、逆ですよ逆。わたしは確かに自信家ではないですけど、そこまで自分達を過小評価したりもしませんから…」

「ふぅん…まぁそれはそうだね。けど…今回は私、本気で戦うよ?」

「本気、でも…四対一じゃ、イリゼさん…たいへんだと、思う…」

「本当に?……──自分の姉でも、四人がかりなら楽勝で勝てると思う?」

『……っ!』

 

その瞬間、わたし達に緊張が走る。そうだ、イリゼさんは守護女神であるお姉ちゃん達と同じ位に強い人で、わたし達が一対一じゃ絶対叶わない様な立派な女神様。…だとしたら、勝てる可能性は十分にあったとしても……油断や相手の心配が出来る様な柔な人じゃ、ない。

 

「…皆、本気で戦うよ」

「そうね。ロムラム、間違ってもアンタ達は前に出ようとするんじゃないわよ?」

「う、うん…」

「じゃ、開始の合図はそっちに任せるよ。私はいつでも大丈夫だから」

 

わたし達が気を引き締めたところでイリゼさんは少し下がって女神化。長剣をぷらんと持って、感情のよく読めない表情を向けてくる。

 

「それじゃあわたし達も女神化を……あ、すいませーん!一つ質問いいですか?」

「いいよ、何かな?」

「わたし以外が少し後ろ下がるのはいいですか?」

「構わないよ、四人共好きな距離に移動して」

「はーい。…という事だから、三人は下がって。皆ももう少し距離空けた方が戦い易いでしょ?」

「気がきくわねネプギア。ロムちゃん、行こっ」

「なら、アタシも下がらせてもらうわ。…狙撃…は、上手くいく訳ないわよね…」

 

ロムちゃんの手を引いて後ろに走っていくラムちゃんと、作戦を考えながら下がっていくユニちゃん。わたしも普段イリゼさんに訓練つけてもらう時は、もう少し距離を取るんだけど…近接戦が主軸のイリゼさんを抑える為にはこれ以上下がれないよね。

それから数十秒後。全員配置に着いたわたし達は女神化をして、それぞれの武器を構える。

 

「ネプギアちゃん、じゅんびできたよ…」

「わたしもよ、合図はネプギアにまかせるわ!」

「え?わたし?…ゆ、ユニちゃーん!わたしで大丈夫かなー?」

「別にそれでいいわ!さっさと始めて頂戴!」

「わ、分かった!……えと、じゃあ…スタート──」

 

合図を任されたわたしは三人の状態を確認して、数秒待った後に、機を見て模擬戦開始の合図を上げた。そして…………その瞬間、風が吹き抜けた。

 

「え……?」

 

スタートって言った瞬間に吹いた風。そのあんまりにもタイミングのいい風にわたしは一瞬驚いて……次の瞬間、イリゼさんが居なくなっている事に気付いた。

 

「な……っ!?い、イリゼさんどこに…」

「きゃあっ!」

「……!ラムちゃん!?」

 

いない事に気付いたのとほぼ同時に聞こえた、ラムちゃんの悲鳴。まさか、と脳裏で可能性を感じながら振り返ったわたしが見たのは……ラムちゃんに対して上段から斬りかかるイリゼさんの姿だった。

 

「初撃をよく避けたねラムちゃん、ちゃんと見てたのは偉いよ…!」

「こ、こんなじょーきょーでほめられても困るわよ…!」

「ら、ラムちゃん…!」

「…っと…すぐ追い払おうとするのはいいけど、そこは魔法を使うべきだねロムちゃん!」

 

イリゼさんの斬撃を杖で何とか防御したラムちゃん。力押しをされて膝を着いたラムちゃんを助けようと、ロムちゃんが咄嗟に杖で殴りかかったけど…それはプロセッサに覆われた手の甲で受けられ防がれる。…と、そこまできてやっとわたしも動き出す。

 

「ロムちゃん、離れて!」

「へ…?あ、うん…!」

「やぁぁっ!」

 

地を蹴ったわたしはロムちゃんに退避を促しながら、イリゼさんの背へと一閃。僅かでも対応し辛くなる様長剣を持ってない左側からM.P.B.Lを振るったけど……残念、わたしの攻撃に気付いて振り返ったイリゼさんに長剣で受けられてしまった。

 

「い、いきなりラムちゃんを狙うなんて…!」

「確かにちょっと大人気なかったかもね。けど言った筈だよ?今回は本気だ、って!」

「それはそうです…けど…!」

 

数秒斬り結んだ後空へと飛ぶイリゼさん。多分それは背を向けたラムちゃんから攻撃されるのを避ける為だろうけど……飛んだイリゼさんへ、ユニちゃんの射撃が襲いかかる。

次々と飛ぶビームの弾丸。それをイリゼさんは長剣で斬り払っていく。

 

「ここは…ロムちゃんラムちゃん、一斉射撃だよ!」

「そんなの言われなくても…!」

「わたしも…!」

 

わたしはM.P.B.Lを、ロムちゃんラムちゃんは杖を上に向けて、ビームと魔法をイリゼさんへと撃ち込み始める。

射撃と魔法による集中砲火。攻撃同士がぶつかって拡散や爆発が起こり、ものの数秒でイリゼさんの姿が見えなくなるけどわたし達は攻撃続行。それは流石にイリゼさんでも不味いんじゃ…と不安を感じ始めるまで続き、そう感じたところでわたし達は一度攻撃を中断──

 

「容赦無いね、皆はッ!」

「む、無傷……!?」

 

様子を見ようとした瞬間に四散した爆煙。その中心にいるのは……勿論イリゼさん。いつの間にかイリゼさんは長剣から人間状態で使ってるのと同じ様なバスタードソード二本に持ち替え、勢いよく斜め下方…ユニちゃんの方へと向かっていく。その周囲に見えるのは、ボロボロバラバラになった板状の破片。

 

「ど、どこのX102乗りですかイリゼさんは…!」

「そういう状況作ったのはそっちだけどねッ!」

 

イリゼさんならすぐ反撃をしてくる。無傷な事は予想外だったけど、その後の行動は予測出来ていたわたしはすぐに飛んで進路上へと割って入り、空中で再び斬り結ぶ。

二本の剣から伝わる圧力を必死に耐え、この後の動きを予測していく。わたし達は技術でも経験でもイリゼさんに敵う訳ないんだから、数の有利を活かさないと…!

 

 

 

 

「ほらほらっ!持久戦に持ち込みたいのかどうかはしらないけど、私はまだまだ戦えるよ!」

 

鉤爪とショーテルという、何を考えているのかよく分からない武器の組み合わせて攻め立てるイリゼさん。戦闘距離も使い方も全然違う二種類の武器による攻撃はあまりにも変則的で、イリゼさんが普段の訓練よりずっと荒々しい事も手伝ってわたしは防戦一方。気を付けてくれているのか怪我はしてないけど、既にプロセッサは何度も傷を付けられてしまっている。

 

「……っ…ゆ、ユニちゃん…援護を…!」

「出来るならもうやってるわよ!せめてもう少しイリゼさんから離れて!」

「そんな事、言われても…!」

 

今の戦闘速度じゃ引き金を引いてからここに弾丸が届くまでの間にわたしが射線上に入っちゃう可能性が確かにあるし、そういう意味でユニちゃんの言葉はその通りなんだけど……そもそも満足に離れる事も出来ないからユニちゃんに援護を頼んだ訳で。

攻撃による援護が難しそうなら、風の魔法や光魔法による目眩しをしてもらおうと思ったわたし。そこでわたしはロムちゃんラムちゃんの位置を確認する為首を回したけど…それが悪手だった。わたしが目を離した僅かな隙を見逃さなかったイリゼさんは肩からわたしへ突っ込んできて、ショルダータックルを受けたわたしはその場で転んでしまった。

 

「きゃっ……!」

「ネプギア、そいつを寄越せ!…なーんて、ねっ!」

 

わたしを転ばせたイリゼさんは、次の瞬間には両手の武器をユニちゃんに投げつけ、続けてわたしからM.P.B.Lを引ったくってラムちゃんに投擲。それに二人が怯むや否や、飛び上がってロムちゃんへと向かっていく。

 

「わ、わ……っ!」

「喰らえ……と、見せかけてぇッ!」

「なっ!?あ、アタシ!?」

 

拳を握って急接近するイリゼさんに対し、ロムちゃんは慌てて魔法障壁を展開。そこへ殴打が打ち込まれる……と思いきや、イリゼさんはそこから急カーブして目標をユニちゃんへ変更。すぐにユニちゃんは迎撃の射撃を撃つけど、イリゼさんの進行は止まらない。

 

「あ……ら、ラムちゃんわたしのM.P.B.L取って!」

「と、取るって…ロムちゃんネプギアのぶきどこ行ったか知らない!?」

「ふぇっ!?え、えと……あ…あそこの、木の上…!」

「あんなとこ!?もう、かんたんにぶき取られるんじゃないわよネプギア!」

 

空中からラムちゃんに文句を言われたけど…それに言い返してる余裕はない。思い返せば前にユニちゃんと連携してイリゼさんのバスタードソードを木の上に投げ飛ばした事もあったけど、それを懐かしむ余裕もない。

 

「ユニちゃん、耐えて!すぐ行くから!」

「分かってる…!ロム、牽制出来る!?」

「えっ……?…や、やってみる…!」

「え、ちょっ……!?」

 

立ち上がり、ユニちゃんの下へ飛ぶわたしと少しでも時間を稼ごうと引き撃ちするユニちゃん。そこへユニちゃんの言葉を受けてロムちゃんが援護攻撃に入ったけど……あろう事かその魔法によってわたしの進路が遮られてしまった。

多分ロムちゃんは生半可な魔法じゃ避けられるか最小限の防御で凌がれるかだって分かっていて、だからこそ確実にイリゼさんをユニちゃんから追い払える様広範囲への魔法を放ったんだと思う。それは確かに正しい予測だったみたいで、イリゼさんへ大きな回避行動を取らせる事に成功したけど…その攻撃は、少し範囲が広過ぎだった。具体的に言えば、別方向から同じくユニちゃんの下へと向かうわたしの先にも攻撃が飛んできてしまう程には。

 

「あ……ね、ネプギアちゃんごめんね…!」

「ま、まぁイリゼさんを追い払えたからセーフ……うわわっ!」

「前も言ったでしょ、油断大敵だって!」

「は、はいっ!」

 

済まなそうな声を上げるロムちゃんへのフォロー……も満足にさせてくれないイリゼさん。武器飛ばしを低空飛行で回避するわたしは、まだわたし達へ指導を口にするだけの余裕がイリゼさんにはあるのか…と内心少し焦りながらもM.P.B.Lを回収してくれたラムちゃんの下へ。

 

「ラムちゃん、取ってくれてありがとね!」

「自分のぶきはちゃんともってなさいよね!じゃ、わたしロムちゃんたすけに行くから!」

「あ、待ってラムちゃん!次わたしがイリゼさんが斬り結んだ時、何とかして距離取るからそこを狙ってロムちゃんと魔法撃ってくれないかな?」

「きりむすんだ時魔法?はいはいりょーかいよ!」

 

すぐにロムちゃんの方へと向かおうとするラムちゃんを引き止め、一つ提案を伝える。作戦、って程でもない簡単な攻撃案だけど、作戦も無しに戦うだけじゃどうにもならないって事はもう既に分かってる。これでも成功するかは怪しいけど……まずは、試してみないと。

 

「やぁぁぁぁっ!」

 

M.P.B.Lを受け取ったわたしは、いつの間にか長剣を回収していたイリゼさんの意識を向かせる為にビームを照射。その後すぐに全速力で飛んで、一気にイリゼさんとの距離を詰める。

照射ビームをひらりと躱し、接近するわたしを待ち構えるイリゼさん。その数瞬後、わたしとイリゼさんの武器が激突する。

 

「このまま、押し切る…!」

「そうはいかないよ…!」

 

わたしとイリゼさんは互いに武器を振るいながら降下していく。純粋な近接武装である長剣と遠近両用武装のM.P.B.Lじゃやっぱり長剣の方に分があって、降下するというよりわたしが地上に押しやられる形になっちゃってるけど…魔法攻撃の事を考えると、下に避けられない分そっちの方が好都合。だから極力それを気取られない様にしながらわたしは地面に脚を降ろす。

 

「ネプギア、わざわざ意識させてまで仕掛けてきた結果がこれなの?」

「そうかも、ですね!」

 

両手持ちから片手持ちに切り替えた素早い一撃でM.P.B.Lを弾かれたわたしは咄嗟に後退…すると見せかけて急ブレーキ。さっきのお返しとばかりに刀身の先をイリゼさんに向け、簡単に逸らされない様左手で右前腕を掴んで突進する。

距離を取ると見せかけての突進には流石のイリゼさんも一瞬動揺。けれど反応が遅れる事は無くて、一歩下がった後に身体を半身にしてわたしの突進を避けようとする。……けど、それはわたしの思う壺。今のでイリゼさんはわたしに注意を引かれてるだろうし、ここでわたしが離れると同時にロムちゃんラムちゃんが魔法を放ってくれれば──

 

「……詰めが甘いよ、それは」

「へ……っ?」

 

ぐるん、と視界が回った瞬間左の肩に軽い痛みが走る。直前までイリゼさんの横を通り抜けようとしていたわたしは一瞬意味が分からなくて…後ろからイリゼさんの声が聞こえた事で気付いた。わたしはブレない様にしていた右手ではなく左手の手首を掴まれ、腕を背の後ろに締め上げられて身体が半回転してしまったのだと。

動揺した状態から締め上げてくるイリゼさん。それは勿論凄いんだけど、今のわたしはそこに驚いてる場合じゃない。だって……

 

「あ……!?」

「し、しまった……!」

「わぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

わたしの視界に映ったのは、二つの氷塊を放った直後のロムちゃんとラムちゃんの姿。反射的にその氷塊の進路上から逃げようとして、また肩に痛みが走って…もう一つの事実に気付いた。…これって…わたし盾にされてる…?

ロムちゃんラムちゃんの魔法は強力で、特に得意な氷魔法はそこら辺のモンスターなら一撃で倒しちゃう程の威力。それが二つ同時に迫ってて、わたしは左手が使えないどころか移動する事も出来ない訳で……うんやっぱり盾にされてるよね!?防御しつつわたしを仕留めて三対一にしようって作戦だよね!?う、嘘でしょ!?嘘ですよねイリゼさん!わたしあんなの当たったらひとたまりもないですよ!?ぎ、ギリギリで離してくれるんですよね!そうですよね!?

 

「……痛っ…」

 

ぐっ、とわたしの腕を掴む力が強まった。……あ、わたし終わった……。

 

「……っ…」

 

氷塊が眼前に迫ってわたしは目を瞑る。きゅっ、と目を瞑って、せめて後遺症や傷跡が残らない程度の怪我で済む様心の中で祈りを…………

 

 

 

 

 

 

「……あれ…?」

 

脚を持ち上げられた感覚と、浮遊感。劇痛を覚悟していたわたしが感じたのは、その二つだった。

 

「…ふぅ…怖がらせてごめんねネプギア。怪我はない?」

「え?…あ、えと…な、無いです…」

「それは良かった。それじゃ……模擬戦はここまで!皆終了だよ!」

 

恐る恐る目を開けると、目の前にあったのはわたしの顔を覗き込んでいるイリゼさんの顔。それと同時に風を切る音も聞こえてきて、わたしは今飛んでいる…というか、お姫様抱っこされていた。……ど、どういう事…?

 

「ネプギアちゃん、だいじょうぶ…!?」

「け、けがしてない!?魔法当たってないわよね!?」

 

わたわたとわたし達の所へ飛んでくるロムちゃんラムちゃん。その後ろからには、同じくこちらへ飛んでくるユニちゃんの姿も見える。

 

「だ、大丈夫…えっと……あ、そ、そっか…わたしイリゼさんに助けられたんですね…」

「そりゃ怪我させる訳にはいかないからね。…まぁ、それを言うならそもそも私が掴まなきゃよかったんだけどさ」

「そこは模擬とはいえ戦いですし。それよりアンタ達、味方がいる時の遠隔攻撃には気を付けなさいよ」

「うっ…わ、わたしはネプギアのてーあんどおりにうごいただけよ!そうでしょ?」

「それは…で、出来ればわたしが距離取るのを確認してから魔法撃ってほしかったかな…」

「…でも…それを待ってたら、たぶんイリゼさんには当たらない…」

「だからってあのタイミングで撃つ事はないでしょ。フレンドリーファイアしちゃったら元も子もない…」

「あーストップストップ。そういう話は私からするから、一旦皆降りるよ」

 

喧嘩…ではないけど、誰が悪かったのかという話に入りかけたところでイリゼさんの言葉が割って入り、わたし達も一旦口を閉じる。そしてイリゼさんの言葉通り、これで模擬戦は終わるのだった。……わたしはお姫様抱っこをされたまま。

 

「……って、そろそろ降ろして下さいイリゼさん!こ、この格好は恥ずかしいです!」

「そう?可愛いよね?」

「か、可愛い可愛くないの問題じゃないですっ!」

「あ、ネプギアちゃん…かお赤くなった…」

「あー、ネプギアてれてる〜」

「か、からかわないでよ二人共!」

「まぁまぁ落ち着きなさいよネプギア。後、そこそこ可愛いと思うわよ?」

「そんなフォローは要らないよ!?むしろそれは追い討ちだよ!?」

 

からかわれた事で更に恥ずかしくなったわたし。なのに何故かイリゼさんの遊び心に火が点いてしまった結果離してもらえず、結果わたしはイリゼさんが着地するまでユニちゃん達に羞恥を晒す羽目になってしまった。

 

「うぅ…酷いですイリゼさん……」

「私は本当に可愛いと思ったけどなぁ」

「だからそういう問題じゃないですって!…はぁ…もう早く反省会しましょうよ…」

 

イリゼさんは戦闘直後でちょっと気分が高揚している様子。わたしも女神だから戦闘するとそれなりにはテンションが上がるけど、今は恥ずかしい姿を晒してた側だからノリノリになれる訳がない。…それに……

 

「…四対一なのに、わたし達歯が立たなかったんだよね……」

『……っ…』

 

女神化を解除したわたしのその一言で、ユニちゃん達三人の表情が曇る。普段なら不味いと思ってすぐ話を変えようとするけど…これは、目を逸らしちゃいけない事実。一対一なら負けて当然なのかもしれないけれど、今回のわたし達は四人がかりで歯が立たなかったし、あそこでイリゼさんがわたしを連れて飛んでくれなきゃわたしは氷塊が直撃していた。今となっては、四人なら流石に勝てちゃうよね…なんて感じに思っていた模擬戦前の自分が情けな過ぎる。…こんなに、こんなに差があったなんて……。

 

「…あー…落ち込んでるところ悪いけど、ちょっといい?」

「は、はい…イリゼさん、わたし達のどこが悪かったかご教授お願いします!」

「えっと…あのね皆、皆の動きはそんなに悪くなかったよ?皆ちゃんと力を付けてきてるしさ」

「でも、わたし達は…」

「負けた様なものだって?…そんなに気にする事はないよ、だって…皆は全力を出せずに負けただけだもん」

『え……?』

 

あっけらかんと言ったその言葉に、わたし達はぽかんと口を開ける。だって、それは意味が分からない。実力が足りないから負けた筈なのに、全力を出せずに負けたなんて。そんな事を言われても、わたし達は手を抜いて戦ってなんか……。

 

「ま、それがどういう事なのか、一人一人どう悪かったかは移動しながら話そうか」

「移動?…どこか行くんですか?」

「勿論。さぁシスターズ、遊びの時間だよ!」

「は、はい?」

 

そう言って歩き出すイリゼさんに、わたし達はまたぽかんとして…その後慌てて追いかける。まさかあまりにもわたし達が弱過ぎて特訓を諦めてしまったんじゃ…と一瞬思ったけど、イリゼさんはわたし達が指導通りの事を出来た時と同じ様な表情を浮かべていて、決して失望している様には見えない。という事は、つまり…つまりそれは……

 

((…どういう、(事・こと)…?))

 

──後を追うわたし達は、ここに来る時と同じ位…いや、それ以上に疑問符を浮かべながら、イリゼさんに着いていくのでした。




今回のパロディ解説

・X102乗り
機動戦士ガンダムSEEDの登場キャラ、イザーク・ジュールの事。イリゼは別に追加装甲を纏ってないので、最終決戦のシーンそのもののパロディと呼べるかは微妙ですね。

・「ネプギア、そいつを寄越せ!〜〜」
上記と同じく機動戦士ガンダムSEEDの登場キャラ、イザーク・ジュールの台詞の一つのパロディ。ネプギアに言われたから、イリゼも彼を意識した…のかもしれません。

・「〜〜さぁシスターズ、遊びの時間だよ!」
スタミュの登場キャラ、鳳樹の代名詞的台詞のパロディ。別にこれからミュージカルをする訳じゃないです、これはほんとに言葉通りの意味なんです。


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第五十八話 連携という強さ

わたし達は全力を出せずに負けただけ。その意味は移動しながら話すと言ったイリゼさんは、まず舗装された道路へと移動。その間は何か考えている様な素振りを見せて、道路に入ったところでさて、と声を上げた。

 

「全体的な結論から言っちゃえば、連携能力不足が原因だよ」

 

人差し指を立て、指導モードに入ったイリゼさん。…と言ってもこのモードのイリゼさんは、「先生っぽくやりたいんだろうなぁ…」というのが伝わってくるだけで、実際には普段のイリゼさんと特に変わりはないんだけど…それは内緒。

 

「れんけーのーりょくぶそく…コンビネーションがとれてないってこと?」

「うーん…ちょっと違うけど、多分ラムちゃんが考えてる通りの事で合ってるよ」

「わたし、みんなとなかよし…だよ…?」

「仲が良い事と連携が取れる事は違うんだよ。勿論仲良しの方が連携もし易いだろうけどね」

 

ロムちゃんラムちゃんが質問をする中、わたしは連携に関してさっきの模擬戦を考える。…一応、連携するつもりだったけど…振り返ってみると、確かに連携出来てなかったなぁ……。

 

「じゃ、具体的な話をしようか。まずはネプギアかな」

「わ、わたしですか?」

「ネプギアは前衛であろうとし過ぎ。いつもならあんなに接近戦をしようとはしないよね?」

「それは…はい、イリゼさん相手に接近戦したって勝てる訳ないですし」

「いや訓練の時には勝ち負けなんてないけど…普段通りに戦おう、とは思わなかったの?」

 

接近戦においてわたしは技術も経験も劣っているし、近接戦ばっかりしていたらM.P.B.Lの射撃能力が無駄になってしまう。だから普段はどちらかと言えば射撃を中心に立ち回っているんだけど……今回わたしは一人で戦った訳じゃない。

 

「えっと…わたし以外は全員遠隔攻撃がメインですし、皆に合わせて近接戦主体にしたんですけど…駄目、でしたか…?」

「駄目ではないよ。けど、本来ネプギアは遠近切り替えて戦うタイプだし、そのネプギアが接近戦特化で戦ったら本領発揮は出来ないよね?勿論私を止める事に徹するつもりだったならまた話は変わるけど…」

「…つまり、無理に接近戦をしようとせず、普段通りに戦った方が良い…って事ですか?」

「それはどうなんだろうね。次はユニだよ、ユニは…」

「えぇっ!?ちょ、ちょっと待って下さいよイリゼさん!」

 

近接格闘も射撃も両方やってこそわたしの実力は発揮出来るし、今回はその内の片方に無理矢理比重を置いていたから射撃の面で実力発揮が出来なかった。それがつまりイリゼさんの言う『全力を出せずに負けた』という事なのかと思い、本人に確認を取ろうとしたわたし。けれど何故かイリゼさんの反応はスルー気味だった。

 

「な、なんで結論ちゃんと出さずにユニちゃんへ移っちゃうんですか…?それは自分で考えろって事ですか…?」

「あぁ、別にそういう事じゃないよ。結論は後でちゃんと言う…っていうか触れるから安心して」

「な、ならいいですけど…」

 

安心しつつも「なら先にそう言ってくれればいいのに…」と思うわたし。行き当たりばったりで話してる訳じゃないのは伝わってきてるけど…イリゼさんの中の先生像ってどういう感じのものなんだろう……。

 

「こほん。話を戻すとして…ユニはユニで支援に徹し過ぎだったかな。後衛の火力はロムちゃんラムちゃんに任せるつもりだった?」

「そう、ですね。精密攻撃はアタシの方が長けてますし、一人は支援に専念してもいいかと思いまして。…それに、少し模擬戦の中で考えたい事もありましたから…」

「考えたい事?」

「アタシの個人的な事です。気にしないで下さい」

「そっか…集団で戦う時支援行動は大切だけど、私が見る限り今回は支援に徹するがあまり折角の女神の火力を腐らせてた感じは否めなかったよ」

「火力を腐らせていた…じゃあ、それをどうすればいいかは…」

「ロムちゃんラムちゃんへの講評の後だよ」

「ですよね…ちょっともどかしい…」

 

言葉通り少しもどかしそうな表情を浮かべるユニちゃんにわたしは苦笑い。それに気付いたユニちゃんも苦笑い。そうしてる間に話はロムちゃんラムちゃん編へと進んでいく。

 

「ロムちゃんとラムちゃんは、取り敢えず二人での連携は言う事なしだよ。二人ならではの連携っぽいし、下手な事言ったらむしろ劣化させちゃうだろうね」

「ふふーん、よくわかってるじゃない!わたしとロムちゃんのれんけーはかんぺきなのよ!」

「ラムちゃんの、いうとおり…!(えへん)」

「…けど、逆に言えば二人で連携する事を中心…というより前提とし過ぎだね。二人共さ、さっきの戦いで別々に行動しようと思ったりした?」

「…したよね……?」

「うん。わたしはネプギアのぶき取りに行くときべつこーどーしたけど?」

「あー、そういえば…じゃあ、自分達から別行動しようと思ったりは?」

「えっと…それは……」

「…してない、かも…」

「これはロムちゃんラムちゃん限定だけの話じゃないよ。ネプギアとユニも、二人を基本セットで考えたりしない?二人は戦闘中も二人で一つなんだ、って」

 

まぁ、私もそう思っちゃってる節があるってさっき気付いたんだけどね…とイリゼさんは付け加える。

考えてたりしない?…と聞かれれば、答えは勿論イエス。これまで二人は違う魔法を使う事はあったけど離れて個々に活動する事なんて滅多になかったし、改めて考えると二人はそういうものなんだって勝手に思ってた部分がわたしにもあった。……前衛を意識し過ぎて射撃をあんまりしてなかったわたしに、支援重視過ぎてパワーを活かせてなかったユニちゃんに、二人で一つを念頭に置き過ぎてたロムちゃんとラムちゃん。…少し、イリゼさんの言いたい事が分かってきたかも…。

 

「四人共何にも考えないで戦ってた訳じゃないみたいだし、作戦会議無しでもそれぞれで連携を視野に入れていたのは流石だと思う。……でも、連携っていうのは当たり前だけど上手く噛み合ってこそ意味があるものなんだよ。さっきの模擬戦でも何度か噛み合ってないって時がなかった?」

「言われてみると、確かに…」

 

下手に接近戦をかけたばかりにユニちゃんから援護を得られなかったり、ユニちゃん援護の時にわたしとロムちゃんでゴタゴタしたり、最後には危うく氷塊に押し潰されそうになったり。戦闘中は位置取りが悪かったとかイリゼさんに手玉に取られたとかだと思ってたけど…今となっては、連携をしようとした(期待した)のが裏目に出た結果の様に思える。それこそ例えるなら、細い通路を複数人が同時に通ろうとしてぶつかってしまう様に。

 

「連携は上手くいけば長所を普段以上に発揮しつつ短所を補えるものだけど、失敗すれば互いの長所を邪魔して弱点をより露呈してしまう事にもなるんだよ。だって、自分一人で戦ってる訳じゃないんだからね」

「アタシ達は後者だった、って事ですね。…あれ?でもそれならこれまでにも上手くいかない事が起きてた筈じゃ…?」

「うん、でもそれにはちゃんと理由があるんだよ」

 

そう言ってまた人差し指を立てるイリゼさん。街が段々と見えてくる中、説明は続く。

 

「私の見立てじゃその理由は三つ。まずは、単純に敵が弱かったからだろうね」

「あぁ…普通のモンスターや一般量産機は割とごり押しで倒せますもんね」

「レベルを上げてぶつりでなぐれりろんね!」

「そ、そんな理論があるかどうかは知らないけど…まぁそういう事。それで二つ目は、これまでは連携というより役割分担で立ち回る事が多かったからかな。これは一つ目の理由にかかってくるんだけど」

「…ど…どういう、こと…?」

「えーっと、要は『私はあの大きいのを倒すから、貴女はあっちの奴をお願い』ってパターンが多かったって事だよ」

 

正直わたしもロムちゃんと同じ様に「連携と役割分担って同じ様なものじゃ…?」…と思っていたけど、追加の説明を受けて理解する。目的は同じでも別々の個体や部隊を相手にしているなら、実質的には一人で戦ってる様なもの…って事だよね。

 

「で、最後の一つは連携の性質に関する事だよ。四人で連携するのと二人で連携するのとじゃ、どっちが楽かな?」

「まぁ、それは二人の方が…」

「でしょ?こうして四人揃って連携する機会はこれまでほぼなかっただろうし、それもあってこれまでは気付かなかったんだと思うよ」

「…それにイリゼさんは気付いてて、ギョウカイ墓場突入前になんとかしようと思ってわたし達を連れ出したんですね…」

「気付いてたなんて大層なものじゃないよ。私は単にそれもあり得ると思ってただけ。だからさっきの模擬戦は皆に分かってもらうだけじゃなく、私自身が確認する為でもあったんだ」

 

わたし達は連携能力に欠けてる事に全く気付いていなかったけど…多分、四天王の様な強敵と戦闘になった時には連携して戦おうとしたと思う。だからもし連携能力をなんとかせずにギョウカイ墓場に行っていたら……。

…と、想像したところでわたし達は街に到着した。丁度説明もそこで終わって、一旦止まったイリゼさんはぱんっ、と手を叩く。

 

「…れんきんするの?」

「アトリエ…?」

「いや手合わせ錬成じゃないし士の方の錬金術使いでもないよ…さっきも言ったけど、これからは遊ぶんだよ」

「そういえば…えと、今日の特訓はもうお終いなんですか?」

「ううん、違うよ」

『……?』

 

至極真面目そうな顔でそういうイリゼさんに、わたし達は首を傾げてしまう。え、えーと…三段論法っぽくすれば分かるかな?……こほん。

・これから遊ぶ

・まだ特訓は継続中

・つまり…遊び=特訓……?

 

「ほら、皆行くよー」

「は、はーい!…うーん、ほんとにそういう事なのかなぁ…」

 

行き先は決めてある様子のイリゼさんが再び歩き出し、わたし達もこれまでと同じく先を歩くイリゼさんに着いていく。イリゼさんの事だから何かしら意図があってこれから遊ぼうとしてるんだろうし、お姉ちゃんから色々教えてもらってたわたしは『特訓=キツイもの』…とは限らないってよく知ってるけど……事が事だし、大丈夫なのかなぁ…。

 

 

 

 

「ラムちゃんもうちょっと右!右だよ!」

「右?じゃあ少しだけ動かして…」

「待った!この動き…恐らく切り返して左に行くわ!」

「えぇ!?ちょ、どっちよ!?」

「あ、にげちゃう…」

 

追い立てるユニちゃんロムちゃんと、目標へと接近をかけるわたしとラムちゃん。ユニちゃんは射手の目つきで、ロムちゃんはおっかなびっくりで目標の動きを邪魔していくものの、目標の方もそう簡単には止まってくれない。一先ずそこでわたしとラムちゃんが左右から捕まえようとしたけど…逃げられてしまった。

ひらひらと動き回る目標を前に仕切り直すわたし達。そう、ここは戦場。…………ではなくゲームセンター。

 

「今のは惜しかったね。少し休憩する?」

「んと…まだだいじょうぶ…」

「わたしもだいじょうぶよ!…あ、でものどかわいたかも」

「じゃあ何か買ってきてあげる」

「あ……だ、駄目だよラムちゃん。イリゼさんをパシリにしちゃ…」

「えー、わたしはのどかわいたって言っただけよ?」

「そ、それはそうだけど…」

 

今やっている事の性質上わたし達四人はここから離れられないとはいえ、指導者に飲み物買わせに行かせるのはどうなんだろう…いやラムちゃんの顔を見るに、ラムちゃんはほんとにただ思った事を言っただけなんだろうけど…。

 

「ま、とにかくリトライしましょ。わざわざお金用意してもらったんだし…なんかもうここはアタシ達が最後まで使ってOK、みたいな空気になってるし…」

「あ、あはははは…」

 

わたし達がいるのはゲームセンターの一角、特設クレーンゲームの周囲。完全電子化されたこのクレーンゲームは景品もアームも立体映像化されている斬新なものなんですけど…なんと景品(正しくは的。捕まえると景品のどれかを貰う事が出来る)が飛び回る上に二人で二本のアームを操作、そして飛び回る景品を邪魔する為の支援端末を別の二人が操作するという、他に類を見ない画期的な仕様なんです!……まぁ、目立つわ難易度は高いわそもそも四人いないとプレイヤーサイドが機能を十全に発揮出来ないわという、プラネテューヌの最先端製品によくある『発想は凄いし技術力もあるけど商品としては難点がある』…の典型みたいなゲーム機だけど…。

 

「…ネプギア、地の文説明お疲れ様ね」

「め、珍しくメタいねユニちゃん…」

 

ゲーム紹介はさておき、わたし達はお金(イリゼさんが出してくれてる)を投入してリトライ開始。プレイヤーが女神候補生という事もあっていつの間にか出来てたギャラリーの声援を受けながら、わたし達はアームと端末で景品を追い詰めていく。素早い端末を扱うユニちゃんとロムちゃんが進路を邪魔して、捕獲能力がある分端末より遅いアームを操作するわたしとラムちゃんが二方向から捕まえにいくシンプルな作戦で今までやってきたけど…勿論まだ成功していない。そして今回も……

 

「あ…ゲームオーバー……」

「むむむ…じかんもアームも足りなすぎるんじゃないの!?」

 

制限時間内に捕まえる事が出来ず、ゲームオーバーになってしまった。ギャラリーから残念そうな声とわたし達を励ます言葉が混じって聞こえる中、飲み物を買いに行っていたイリゼさんが帰ってくる。

 

「お待たせ、皆ジュースでよかったかな?」

「あ…すいませんイリゼさん、アタシ達の分まで…」

「ラムちゃんだけに買ってあげたら不公平だからね、気にしなくていいよ」

「はふぅ…ねぇネプギアちゃん、これ…コツとかないの…?」

「コツ?うーん…前にお姉ちゃんとコンパさん、アイエフさんの四人でやったけど、わたしにはコツ見つけられなかったんだ。わたしはあたふたしてばっかりだったし、お姉ちゃんが途中から何故かコンパさんとアイエフさんの操作する端末を捕まえようとし始めちゃって、結局クリア出来なかったし…」

「ね、ネプテューヌらしいねそれは……ってちょっと待って!?それ私聞いてないんだけど!?え、まさか…私ハブられてたの!?」

「え…あ、だ、大丈夫ですよイリゼさん!それはイリゼさんがお仕事でプラネテューヌにいなかった時の事ですから!」

「そ、そっか…よかった……」

 

一旦給水タイム取るわたし達。ジュースで喉を潤したり早とちりでショックを受けてるイリゼさんに苦笑いしたりで軽くリフレッシュして、数分後にリトライするけど…やっぱりまた失敗。元々このゲームはさっき上げた理由が原因で殆ど遊ばれてないし、お金の方もイリゼさんが出してくれてるから回数的な制限はそこまでない(流石にイリゼさんの有り金は無限じゃない)けど、集中力が切れちゃったらクリアは絶望的。とはいえ出来ないものは出来ない訳で…。

 

「うぅ…経験者のわたしが訊くのもあれですけど、イリゼさんなにか言葉ないですか?」

「言葉?……ふぁいとーっ!」

「お、応援じゃなくてアドバイスをお願いします…」

「あぁアドバイスね。うーん…強いて言うなら、積み重ねも連携の一つ…ってとこかな」

「積み重ねも連携の一つ…」

 

一回目は分かっててふざけたんじゃ…というのはさておき、イリゼさんのアドバイスを受けたわたし達は顔を見合わせる。

 

「つみかさね…って、何をかさねるの…?」

「それは…アームと端末を物理的に、じゃないよね…?」

「物理的に重ねたって何の意味もないでしょ…後立体映像の積み重ねは物理的に、って言えるのかしら…」

「っていうか、ほんとにこれクリアできるの?」

「そ、それは出来ると思うよ。流石にクリア不可能なものを売り出したりはしないだろうし、時間も数も足りてる筈…」

 

追い詰めるところまでは一回のプレイの中でも何度か出来てるから時間的には足りてると見て間違いない。数の方は…ちょっと不安だけど、そもそもシステム的な部分はどうしようもないんだからそこを話してたってしょうがないよね。だから今は積み重ねの意味を考えなきゃ…。

 

「ふむ…端末で妨害してアームで捕縛するって流れ自体は間違ってない筈よね。だったら一回狙わないで動きの確認をしてみない?性能をきちんと把握して、その上でそれぞれが自分の役目に専念すれば可能性はあると思わない?」

「へぇ、けっこうよさそうなさくせんじゃない。ロムちゃんはどう思う?」

「かくにんは、わたしもだいじだと思う…」

「なら二人は乗るのね。ネプギアはどう?これでいいかしら?」

「あ、うん。わたしもそれで……」

 

それでいい。そう言おうとして…わたしは気付いた。イリゼさんの言わんとしていた事に。わたしは思い出した。わたし達が郊外での模擬戦から何を考えるべきだったのかを。

 

「……それじゃ駄目だよ、ユニちゃん」

「…駄目?」

「うん。…あ、でも確認するのはいいと思うよ?けど…専念、って言うのは駄目だと思う。多分だけど、長所を活かすだけじゃこれはクリア出来ないんじゃないかな?」

「それって……あ、そっか…やるわねネプギア」

「ううん、ユニちゃんが言ってくれたからわたしは気付けたんだよ」

「ちょ、ちょっと!何二人だけでわかったようなこと言ってるのよ!」

「あ、ごめんねラムちゃん。今わたしが思い付いた作戦教えるから…四人皆で、頑張ろう」

 

そうしてわたしはロムちゃんとラムちゃんに作戦を伝える。作戦を伝えて、性能と動きの確認をして……勝負に出る。

 

「よし、じゃあ……やるよ!」

「おー!」

「おー…!」

「……え、アタシも?…お、おー…!」

 

お金を投入して、ゲームスタート。まずはこれまで通り動きの速い端末二機が先行して、景品の動きを妨害。暫く動きを邪魔したところでアーム二機が追い付いて、捕縛に向かう。…と、ここまではこれまで通り。わたし達の勝負は…ここから始まる。

 

「っと…妨害お願い!」

「あ…わ、わたしが…やるよ…!」

「さっすがロムちゃん!じゃあここはネプギアたのむわ!」

「うん、任せて!」

 

アームの捕縛から逃げた景品を、わたしの言葉を受けてロムちゃんが再び妨害。それによって逃げる方向を変えた景品を声かけされたわたしが捕まえに入って、それも回避した景品の先へユニちゃんとラムちゃんが挟撃。

 

「ここはわたしがやるよ!」

「む…ユニ!」

「えぇ、ロム一緒にいくわよ!」

「うん…!」

 

追いかける、追いかける、追いかける。ただ追いかけるだけじゃない。自分が出来そうなら声を上げて、無理そうなら誰かに頼んで、必要なら協力もお願いして。妨害役と捕縛役に分かれるんじゃなくて、前回で追いかけて邪魔して捕まえにかかる。何度も仕掛けるんじゃなくて、一度の仕掛けを途切れない様に繋ぎ続ける。

それが、わたしの思い付いた作戦。わたし達の、突破口。景品は……段々と動く幅が狭くなっていく。

 

「後少し…勝負をかけるわよ、皆!」

「ぜったいつかまえてやるんだから!」

「ネプギアちゃん、二人で…!」

「うん、二人で!」

「いいえ、三人よ!」

 

正面からアームを突っ込ませるラムちゃん。その逃げた先にまずロムちゃんの端末が、その後を追う様にわたしのアームが、更にわたし達の動きで一瞬止まった景品へとユニちゃんの端末が突進していく。

間一髪、端末を回避した景品。三方向から圧をかけられた景品は、一番開いている方向へと向かう。けれど、その先にいるのは……ラムちゃんのアーム。

 

「もらったぁぁぁぁぁぁっ!」

 

飛び出してきた瞬間にアームががばり、と開く。そして…………ゲーム機から、クリアのファンファーレが鳴り響いた。

 

「……やった…やったよ皆!」

「うん…っ!ラムちゃんが、つかまえた…!」

「やったわねラム、お手柄よ!」

「ふ、ふふーん!こんなのとーぜんよとーぜん!…けど、これはロムちゃんにネプギア、それにユニのおかげでもあるわ!」

 

ファンファーレとギャラリーの歓声に包まれながら、わたし達はハイタッチ。所詮これはゲームで遊びだけど…それでもやっぱり、四人でやっただけあって達成感は相当なものだった。

ゲーム機から出てくる景品の引き換え券。それを取るとギャラリーの皆さんが道を開けてくれて、その先ではいつの間にか移動していたイリゼさんが手を振っていた。

 

「お疲れ様、皆。今日の特訓は完遂だね」

「はい!イリゼさんの言っていた積み重ねって、こういう事ですよね?」

「ふふっ、優秀な生徒を持てて私は幸せだよ」

 

にこりと微笑むイリゼさんにわたし達も笑顔を返して、わたし達は開いた道の先…交換所も兼ねているゲームセンターの受付へと向かう。

 

「あのゲームをクリアするなんて…流石です、女神様」

「これは協力の勝利です!それじゃあ、交換お願い出来ますか?」

「えぇ、少々お待ち下さい」

「これ、たしかけいひんはさきに決められるのよね?」

「そうだよ。イリゼさんが決めておいてくれたみたいだけど…何なんだろう?」

 

店員さんの一人が取りに行っている間、わたし達は話しながら景品に期待を膨らませる。こんなに難しいゲームだったんだし、景品もさぞ凄いんだろうなぁ、楽しみだなぁ……

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました!景品番号四番、動物ぬいぐるみセットDXです!」

『…………え?』

「…はい?」

『…………』

 

台車に乗せられてやってきたのは、大小様々なぬいぐるみのセット。どれも可愛らしい見た目で、ふわふわそうで、女の子としては普通に嬉しい代物。……それは事実だし、自分達でも選ぶ可能性は十分にあった景品だけど……

 

(……これ、イリゼさんが欲しかったものじゃ…?)

(そ、そういえばへやにぬいぐるみあったわね…)

(うん…あつめてる、みたいだった…)

(じゃあまさか、この景品を選んだのって…)

((…………))

『…………えぇー…』

「え…な、何?その視線と声は何…?」

 

──なんだかとても釈然としない、特訓の終わり方でした。

…あ、因みに貰った景品の内それぞれが欲しい物だけ貰って、丁度四個セットだったぬいぐるみは某スロウなスタート宜しく四個(四匹?)まとめてわたしの部屋に飾る事になったり…(残ったぬいぐるみはイリゼさんが回収してくれたけど、これってやっぱりそういう事なのかな…)。

 

 

 

 

特訓初日の夜、私は言った通りイストワールさんの部屋へと向かった。理由は勿論、頼みたい事があったから。

 

「失礼しますね、イストワールさん」

「今日はお疲れ様です、イリゼさん。ネプギアさん達の様子はどうですか?(^ ^)」

「上々ですよ。この調子なら一週間で大分良くなる筈です」

 

部屋に入ってまずしたのは、ネプギア達の話。特訓の事についてはもうイストワールさん(というか教祖全員)に伝えてあるから、教祖の四人も成果と成長が気になっているみたいだった。

 

「それならよかったです。…何があるか分かりませんし、ネプギアさん達には少しでも実力をつけておいてもらいませんと…(´ー`)」

「ですね。…でも、強くなるのはネプギア達だけじゃないんですよ?」

「…それが、イリゼさんの頼み事なんですね(・ω・`)」

 

察しの良いイストワールさんに私ははい、と答える。

そう、強くならなきゃいけないのはネプギア達だけじゃない。指導役である私も…いや、指導役だからこそ、私ももっと強くならなきゃいけない。そして強くなるというのは、何も自身を高める事だけじゃない。

 

「…私、力を取り戻して、何度も戦う中で気付いたんです。私のプロセッサユニットは、もっと最適な状態に出来るって。…だから、そのお手伝い…お願い出来ますか?」

 

私は、もっと強くなる為に…避けられない、避ける訳にはいかない戦いの為に、残りの時間で出来る事を全てやっていきたいと思う。




今回のパロディ解説

・レベルを上げてぶつりでなぐれ
クソゲーオブザイヤーによって生み出された言葉の一つのパロディ。ある意味真理ですよね、これ。勿論絶対全ての、どんな状況でもって訳じゃないですが。

・手合わせ錬成
鋼の錬金術師にて登場する錬成方法の一つ。胸の前で指を上に向けて手を叩く、といえばこれか頂きますの挨拶か…って位定番ですよね。

・士の方の錬金術使い
アトリエシリーズにおいて登場する、錬金術士の事。こっちの錬金術は基本釜の中で行う、料理或いは合成って感じの錬金(というか錬成?)ですね。

・某スロウなスタート
スロウスタート及びその作中で誕生日プレゼントとなったぬいぐるみの事。衝突したり喧嘩したりした候補生四人も、今ではこれ位仲良くなったのです。


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第五十九話 遊び…という名の特訓

模擬戦によってわたし達女神候補生の、チームとしての弱点を知って、その後クレーンゲームによる特訓を行ってから数日。頼まれた通りシェアクリスタルを精製したり、救出に向けて個々での準備を進める中で、イリゼさんとの特訓……という名の娯楽は連日続いていた。

 

「さぁ、今日はサッカーをしてみるよ!てぇいっ!エクスカリバー!」

「わぁぁ!?ちょっ、サッカーと言いつつシェアの大剣でぶっ叩こうとするのは何なんですか!?」

「あ…ボール、切られたのにわれてない…」

「わ、本当だ…ってそこより突っ込むところあるよねロムちゃん!?」

 

例えば、VSイリゼさんで超次元的なサッカーをやったり……

 

「スターもコインも同数の完全引き分けを狙ってみて!皆ならきっと出来るよ!」

「凄い斬新なやり込みですね!物凄く運が絡むゲームでそれって、とんでもない無茶振りですからね!?」

「確率で言うと天文学的数字になる気がするわ…」

「でもこれとっくんだから時間気にせずゲームできるのよね?わたしはだいさんせーよ!」

 

大人気ゲームのパーティー版で普通は狙わない様な特殊展開を目指してみたり……

 

「わたーしねむら〜ない〜♪はい、次はロムちゃん!」

「う、うん…ね、ねむらーなーい、おーもーい…♪」

「うんうん良い流れだよ。ネプギアとユニも物怖じせずに歌ってね?」

「は、はい……(これメドレーの歌唱練習にしかならないんじゃ…)」

「わ、分かりました…(って言うかこれ、いくつかロムラムに歌わせるのはアレそうな歌詞あるわよね…まさかアタシとネプギアはそこをフォローする事で連携能力を鍛えろって事…?)」

 

元々はデュエットのメドレー曲を四人で分担してカラオケしたりと、本当にわたし達の特訓は多岐に渡っていた。……ある意味すっごい充実してたなぁ…ある意味。

そして今日もまた特訓をするよと指示を受け、わたし達はプラネタワーのフロントへ。

 

「おはよう皆。今日は何するんだろうね」

「さぁね。まぁまた突っ込みどころのある事するんじゃない?」

「あはは…イリゼさんは時々大真面目で謎の事するよね…」

「でも、みんなでやるとっくん…たのしい…(にこにこ)」

「あんまりとっくんしてるかんじないもんね。……とっくんになってるのか毎日ちょっとふあんだけど…」

 

指定された時間は早朝…ではないものの、まだまだ朝と呼べる時間。これまではお昼ご飯の後か朝と昼の中間辺りに呼ばれてたから、多分これまでよりは時間のかかりそうな事なんだろうなぁ…と内心思いつつ喋っていると、エレベーターが開いてイリゼさんがやってきた。

 

「お待たせ。年上の私が一番遅くなっちゃってごめんね」

「気にしないで下さい。まだ指定された時間より前ですし、何となくイメージとしても『生徒は指導者より先にやってくるもの』って感じがありますし」

「私はそういうかっちりとした上下関係を作るつもりはないけど…まぁいいや。今日は長めの特訓になる予定なんだけど、皆は大丈夫?」

 

わたし達の前に立ち、そう訊いてきたイリゼさんにわたし達は頷く。やっぱり今日の特訓は長くなるんだ…じゃあ運動系なのかな?…ゲームやり込み系の可能性もあるけど……。

 

「それならよかった。じゃあ、今日やるのは…かくれんぼだよ」

「かくれんぼ?…それはまた…」

「特訓らしからぬ内容ですね…これまでも特訓らしかった訳じゃないですが…」

 

わたしの言葉を引き継いだユニちゃんが言ったのは、わたしも…恐らくロムちゃんとラムちゃんも思った事。でも最初の特訓、クレーンゲームの時に特訓はきちんと意味あるものだって分かったし、わたしは今回のかくれんぼもわたし達の成長に繋がる事なんだって信じてますよ。

 

「それで、どこでやるんですか?」

「プラネテューヌの街中全域だよ」

「それはまた広いですね……え、全域!?今全域って言いました!?」

「うん。あ、でも屋内は無しだよ?流石に屋内含めちゃうと広過ぎるからね」

「屋内無しでも過剰過ぎる広さですよ…」

 

普通(って言うものがあるか分からないけど)かくれんぼでの範囲なんて、そこそこ広い公園の中だけとか学校の敷地内のみとかその位の筈。…いやかくれんぼって言っても、正直いーすんさんから逃げようとするお姉ちゃんに付き合って隠れる位しかした事ないからわたしの認識が間違ってる可能性もあるけど…。

 

「プラネタワー内とかじゃ駄目なんですか?プラネタワーだって十分な広さがありますし…」

「それじゃ特に何も意識せずともそのうち私見つかっちゃうでしょ?皆にやってもらってるのは特訓であり遊びなんだから、まともな範囲には出来ないよ」

「でも、街全体となると流石に難易度が…」

「大丈夫だって。それに、これまでの特訓もだけど大切なのはその過程で何に気付いてどう実践出来るか、であって成功するかしないかじゃないからね。成功するに越した事はないけど、正直成功するかどうかは二の次なんだよ」

「そういう事なら…まぁ、分かりました」

 

適当に範囲を決めたのなら困るけど、考えあっての街中全域で、その考えも筋が通ってるなら…とわたしは引き下がる。するとイリゼさんはわたしの同意にこくんと頷いて、そこからルール説明が始まった。

 

「さっきも言った通り範囲は街中の屋外全域で、私が隠れるから四人は探してね。制限時間は…具体的に決めるつもりはないけど、まぁ大体日が暮れるまでかな」

「じゃあ、昼食はどうするんですか?…まさかアタシ達は見つけるまで抜きとかじゃないですよね…?」

「まさか。ここに戻って食べてもいいし、どこかで昼食にしても構わないよ。で、買ったり外食したりした場合はレシートちゃんと持ってくれば後でお金出してあげるね」

 

因みに私はこれ、と一瞬脱線してお弁当箱を見せてくれるイリゼさん。あれ自分で用意したのかな?

 

「…あれ…?」

「うん?ロムちゃんどうしたの?」

「えっとね…そとだけのルールなのに、どうやってお買いものすればいいのかな…って…」

「あ、確かに…イリゼさん、お昼休憩の時だけは屋内も有りなんですか?」

「え?…あっ!ごめんね、私が言葉足らずだったよ。屋内禁止なのは私だけで、皆は普通にお店入ったりデパートの屋上から私を探したりしてもOKだよ」

「えー……先生のくせにおっちょこちょいね…」

「うぐ…気を付けます……」

 

…と、ラムちゃんに指摘されて反省しながらもイリゼさんの説明は続く。法に引っかかる様な事じゃなければ基本探し方は自由にしていいとか、私は一度決めた場所から動かないから同じ場所を何度も見る必要はないとか、女神化は街中の人に何かあったのかと思わせるかもしれないから禁止とか、鬼が隠れている人を探す…という単純明快なかくれんぼには似合わない位に(得てして本格的な娯楽はルールがしっかりするものだけど)色々とルールが説明されていって、それを一つ一つわたし達は記憶していく。…昨日の夜イリゼさんが部屋で真剣にかくれんぼのルール考えてたのかなぁって想像すると、正直ちょっとイリゼさんが可愛らしく思えてくるけど…うん、これは心の中に留めておこっと。

 

「…ルールはこんな感じかな。何かあったら連絡取れるよう携帯は持っていくけど…ネプギア、電話して電波から場所を逆探知してやろうとかは無しだよ?」

「や、やりませんよそんな事…わたしそんな目的を理解出来ない子じゃないです」

「そっか、じゃあ失礼な事言っちゃったね。さて、何か質問はある?」

 

イリゼさんが結構細かい部分まで説明してくれたおかげで分からないなぁと思う事は特に無くて、わたし達は首を横に振って無いという意思を示す。するとイリゼさんは数秒程「うーん…」と考える様な素振りを見せた後、だったらいいかなと説明を終える。

 

「それじゃ、早速始めるよ。私が隠れに行くから、ここで三十分待っててね」

「え、三十分も?十びょうじゃなくて?」

「十秒じゃ全力疾走してもプラネタワー周辺にしか隠れられないよ…あ、別に1800まで数えなくていいからね?」

「か、数えませんよ…じゃあタイマーをセットして、っと」

 

Nギアのタイマーを三十分に設定して、イリゼさんに見せるわたし。それを見たイリゼさんはこくんと頷く。

 

「…皆の発想と根気に期待しているよ。じゃ、スタート!」

 

くるり、とターンしながら開始宣言。そしてわたしがタイマーをスタートさせると同時に(正しくはわたしが合わせたんだけど)イリゼさんは歩き出し、プラネタワーの外へと出ていった。

 

「…いっちゃったね」

「えぇ。…追いかけてみる?」

「うわ、ユニきたなーい」

「ズルは、よくないよ…?」

「わ、分かってるわよ…しかし待ち時間三十分となるとそこそこ長いわね」

 

間違って止めちゃったりしないようNギアを近くのテーブルに置いていると、何やら三人が話し始めていた。…そういえば、いつの間にかユニちゃんとロムちゃんが言葉を交わす機会増えた気がするなぁ…。

 

「…ネプギアちゃん…?」

「何暖かい目をしてるのよ」

「気にしないで。友達として嬉しい事があっただけだから」

『……?』

「それよりこれからどうしよっか?ゲームでもしてる?」

「いやそこは普通作戦会議でしょ…成功するかどうかは二の次って言ってたけど、アタシはやる以上成功させたいもの」

「ユニちゃん…ごめんね呑気な事言っちゃって。うん、そうだよね。やれる事しないで失敗なんて、女神らしくないもんね」

 

わたしとしては軽い気持ちで言った言葉だけど、ユニちゃんの真剣な表情を見て反省した。待ち時間とはいえこれからするのは特訓なんだから、わたしももっと真剣にならなきゃ駄目だよね…よし。

 

「それじゃあ作戦会議しようかユニちゃん。まずはユニちゃんの意見を聞かせてくれないかな?」

「え?……い、いやその…まだ具体的な案は浮かんでないんだけど…」

「あ……そ、そっか…」

 

表情をキリッと引き締めたわたしはまずユニちゃんの意見を……と思ったけど、何だか気不味い空気になってしまった。…ユニちゃんごめんね……。

 

「ねーねー、わたし思ったんだけどあんがい近くにかくれてるんじゃない?うらをかく、ってやつよ」

「そうだね…でもイリゼさんはわたし達に連携能力を鍛えてほしくてこれ企画したんだろうし、しらみ潰しに探して見つかる様な距離にはいないんじゃないかな?」

「…四人でいっしょに、さがす…?」

「ううん、四人一緒じゃ流石に効率が悪いと思うよ。…あ、でもわたし以外プラネテューヌの地理に詳しくないんだよね…」

「じゃ、二組に別れない?一人と二人じゃ気持ち的に大分違うし、二重チェックは大切でしょ?で、情報は常に携帯でやり取りし合うって感じでどう?」

「いいんじゃないかな?それで後は、時々高い建物に登って上からも見てみようか」

 

なんて感じに話し合う事二十分弱。二人組と大まかに探す流れを決めて、残った時間でわたしは別行動する二人に向けて、出来る限りの地理情報を伝えていく。そうしてタイマーが鳴ったところでわたし達は外に出て、それぞれ探し始めるのだった。

 

 

 

 

プラネタワーを出てから数時間。プラネテューヌの地理をちゃんと分かっているわたしはロムちゃんと一緒に、比較的複雑な通りになっている場所を探していた。

 

「…いないね、イリゼさん…」

「物凄い範囲だもんね…でもまだまだ時間があるし、落ち着いて探そっか」

「うん。…よんだらへんじ、してくれるかな…?」

「あはは、そこまでイリゼさんはおっちょこちょいじゃないと思うなぁ」

 

ロムちゃんに呼ばれてどこかからひょこっと顔を出すイリゼさんを想像して、わたしは少し笑ってしまう。言ったロムちゃんも流石にこれは冗談半分だったみたいで、わたしと同じ様に少し頬を緩ませていた。

 

「…でも、ちょっと不思議だよね。イリゼさんが目覚めたのってわたしのお姉ちゃんとコンパさん、アイエフさんが出会ってから少し後な訳で、そこから考えばわたし達とイリゼさんは同い年位でもおかしくないのにこんなに違うんだもん」

「うん…女神は、ふしぎ…」

 

熱中しない程度の会話をしながらわたし達はイリゼさんを探す。…まぁ、それを言ったらわたしとユニちゃん、ロムちゃんラムちゃんでも差があるし、逆に普通の人よりずっと長く生きてるお姉ちゃん達が見た目相応の年齢のコンパさん達と仲良しだったりしてるんだから単純な話じゃないんだろうけど…もしもイリゼさんの目覚めが前の旅じゃなくて今の旅だったら、わたし達に感化されてもう少し幼い感じになってたりしたのかな?…あ、でもそうなると先生がいなくなっちゃってわたし達は今程強くなれない可能性が…いや、それ以前にお姉ちゃん達の旅にも影響するよね?もしかしたら、イリゼさんがいなかった場合大きく違う旅になってたり……?

 

「…って、これじゃ探すのに集中出来ないよ…ifの想像って怖い…」

「アイエフさん、こわいの…?」

「そ、そっちじゃないよ?…こほん、ここはこのまま真っ直ぐ行こうか」

「はーい」

 

そうして探す事数十分。途中ちょっとした休憩も挟みながらわたし達は歩き回り、つい先程繁華街に到着した。

 

「ここは人が多いから探し辛いけど…頑張ろうね、ロムちゃん」

 

木を隠すなら森の中って言葉もあるし、人の多い場所にイリゼさんが隠れてる(この場合は紛れてる?)可能性は十分にあると思ってここに来たんだけど…当然その分ここは人気が無い場所より見渡しが効かない。だから改めて声をかけたわたしだけど…何やらロムちゃんは上の空だった。

 

「…ロムちゃん?どうかしたの?」

「あ……あのね、思い出してたの…」

「思い出してた?…それって、ペン探した時の事?」

「うん、その時のこと…(こくこく)」

「そっか、あの時も街の中で探し物してたもんね。今回は物探しじゃなくて人探しだけど…」

 

ペンを探したのはそんなに昔の事じゃないのに、その前もその後も色々あったからか、結構前の出来事の様に感じられる。…思えば、あの出来事があったからわたしはロムちゃんと、そしてラムちゃんと仲良くなれたんだよね…そういう意味じゃペンには感謝しなきゃかも。

 

「…それとね、ネプギアちゃん。おねがいがあるの…」

「お願い?」

「わたしをね、イリゼさんと同じくらいのたかさにもちあげてほしいの」

「持ち上げる…あ、そっか。勿論いいよ」

 

一瞬ロムちゃんの言う意味が分からなかったわたしだけど…イリゼさんと同じ位、という部分を頭の中で反芻した事でピンとくる。これってつまり、目線を合わせる事で見えてくるものがあるんじゃないかって考えだよね。

そう考えたわたしは後ろに回り、腋の下に手を入れてロムちゃんを持ち上げる。そして待つ事数秒。ロムちゃんから聞こえてきたのは…あんまり芳しくなさそうな声だった。

 

「……どう?」

「…ちょっとたかい…けど、それだけ…」

「そっかぁ…でもこうして試してみるのは悪くないかもしれないよ?相手の立場になって考えるのは大切……あ」

「あ…?」

「…そうだ…もっとイリゼさんの立場になって考えてみたらいいのかも…」

 

残念そうなロムちゃんを降ろして、わたしは励ましの言葉を…かけたところで、気付いた。最初、わたし達はイリゼさんの行きそうな場所を考えていた。けれどそれは『わたし達から見た』イリゼさんが行きそうな場所で、イリゼさんの視点で考えた訳じゃなかった。

それに気付いたわたしは思考を巡らせる。思考を巡らせる事で、段々と思うところも出てくる。

 

(これまでわたし達は四人での連携を特訓してきたけど…イリゼさんや他の人と連携する機会だってある筈だよね。で、連携する時には自分の視点ばっかりじゃなく周りの視点も考えなきゃいけないし…今日の特訓って、ひょっとしたらそれを考える事が目的の一つなのかも…)

 

わたしはイリゼさん本人じゃないし、天才でもないからイリゼさんの考える事を完全に再現するなんて不可能だけど、それでも考える事を予想する位は出来る。例え確信のない予想でも…当てもなく探すよりは望みがあるよね、きっと。

 

「…ねぇロムちゃん、一回休憩してイリゼさんの気持ちになってみよっか」

「え?…んと、うん…」

「考えるならこんな道の真ん中じゃなくて、もう少しゆっくり出来る所がいいよね。えーと、近くでよさそうな場所は……」

 

 

 

 

────くぅ。

 

「ふぇ……?今、へんな音しなかった…?」

「…………」

「…ネプギアちゃん?」

「……えっと、その…今のは、わたしのお腹の音…」

「ネプギアちゃんの、おなかの…?」

「う、うん…」

「…………」

「…………」

「…おひるに、する…?」

「そ、そうしてくれるとありがたいかな…」

 

……という事で、考える事も兼ねてわたし達はお昼休憩を取るのだった。…うぅ、凄く恥ずかしい音聞かれた……。

 

 

 

 

「ここならかなり見晴らしが良さそうね…」

 

お昼も過ぎ、街を歩く人もかなり増えてきた頃。ネプギア・ロム組とは別行動のアタシとラムは大型デパートの屋上へと上がっていた。

 

「さて…一番望遠率が高いのはこれよね」

「……?何それ、パピコ式そーがんきょー?」

「何よパピコ式双眼鏡って…いや何が言いたいかは分かるけど。…狙撃銃のスコープよ、銃まるごと下に向けてたらえらい事になっちゃうでしょ?」

 

スコープだけを持って見回すアタシ。こうして見回すのも決して効率がいい訳じゃないけど…それでもただ歩いて探すよりずっと早い。…ま、ここからじゃ陰になっちゃう場所にいる可能性もあるしこっちも色々難点はあるんだけど。

 

「…………」

「見つかりそう?」

「あんまりそんな感じはないわね。イリゼさんは隠れたらそこからは動かないって言ってたし、一応ここから見える場所にはいないって分かったけど…」

「ふーん…」

 

それからも数分程見える範囲を調べてから、アタシは居ないという判断を下す。その後、アタシ達は屋上から出てデパート内へ。

 

「ゲームコーナーは行かないわよ?」

「む…それくらいわかってるわよ。子どもあつかいしないでよね」

「はいはい。にしても意外だったわ。アタシは『わたしはロムちゃんといっしょに行くー!』とか思ってたのに…」

 

取り敢えずロムラムで組ませるのは不味いと思って二人を別々にしたアタシとネプギアだったけど、ロムもラムもそれに不満を言う事はなかった。…二人もアタシが思ってるよりは大人だって事かしら?それとも……

 

「…自分とロムじゃ迷子になる可能性が高い、って思ったとか?」

「……ぴゅー、ぴゅふ〜…」

「分かり易いわね、アンタは…」

 

何とも気の抜ける口笛(しかも口笛として成り立ってるか微妙なレベルの下手さ)をラムがするのを見て、アタシは心の中で断定した。これは後者だと。

 

「う……そ、それよりさっさとさがすわよ!このままじゃ見つけられないわ!」

「…そうね、まだ可能性のある範囲は結構広いし、少し急がないといけないかも…」

 

お昼時にネプギアから『イリゼさんの立場になって、行きそうな場所をいくつか考えてみたよ』という旨のメールが来て以降、アタシ達はその場所を中心に探していた。それは確かに大きく範囲を狭めるものだったけど…それでも元が広過ぎるせいでその情報も決定的なレベルには至っていない。…やっぱり、もっと頭捻って策を練らなきゃかしら…。

 

(もう少し範囲を狭めてみるべきかしら…でも下手に狭めてイリゼさんのいる場所を範囲外にしてしまったら本末転倒だし、範囲はこのままにしておいて移動スピード上げる方がベターかも…)

「…みけんにしわがよってるわよ?」

「考え事してるのよ。ラムも何かアイデア出してみなさいよ」

「えー…じゃあ、おまわりさんにきいてみるのはどう?」

「あぁ、迷子探しなら警察に頼るべきだものね。……アンタに聞いたアタシが馬鹿だったわ…」

「ば、ばかってなによ!それをいうならこんなに広いのに四人でさがせなんて方がずっとばかなちゅーもんよ!そうでしょ!?」

「それは言ったってしょうがない…………ちょっと待った、今なんて言った?」

 

元々幼いんだから仕方ないとはいえ、まともなアイデアを出さないラムにアタシは軽く辟易。更にその後根本から否定する様な事を言ったラムに重ねて辟易……の直前、アタシの頭に何かが走った。それが何かは分からないものの、ラムの言葉に触発された結果だって事だけは確信出来ているアタシはラムへと問う。

 

「へ?…あー、ばかって言われておこったの?でもばかっていう方がばかなのよ、わかった?」

「そこじゃないわよ、もっと後!馬鹿云々はどうでもいいわ!」

「えぇ…?…えーと…こんなに広いのに四人で、ってやつ?」

「……!そう!それよ!よく考えたらこれ、とんでもない裏技が使えるじゃない!」

 

興奮してラムの肩をがしっと掴むアタシ。ラムには「ちょ、なに…?」みたいな反応をされているけど、正直それはどうでもいい。だってアタシは今、大どんでん返しの裏技に気付いてしまったのだから。

携帯を取り出し、メールでネプギアにその裏技を伝える。これはアタシでも出来るけど…ここはプラネテューヌなんだから、アタシよりネプギアの方が適任な筈。そしてネプギアがその裏技を素直にやってくれれば…たった数分で、その裏技は機能し始める。

 

「ちょっと、さっきからきゅうにどうしたのよ?うらわざ、って何?」

 

ネプギアからの反応を待つ中、怪訝な顔をしたラムが問いかけてくる。それを受けたアタシは、まずラムに説明してなかった事に気付き……にぃ、と笑みを浮かべて言った。

 

「アタシ達は四人で街中から探さなきゃいけないと思ってて苦労してたわよね?でも、それはとんだ勘違いなのよ。だって……

 

 

 

 

 

 

──四人だけで探さなきゃいけないなんてルールは、どこにもないでしょ?」




今回のパロディ解説

・エクスカリバー、超次元的なサッカー
イナズマイレブンシリーズ及び、その中で登場する必殺技の一つの事。超次元繋がりパロディというやつです。繋がりがなくても多分パロディしてたと思いますが。

・大人気ゲームのパーティー版
マリオシリーズの一つ、マリオパーティーシリーズの事。実際スターもコインも同数で終わらせる事って出来るのでしょうか?…出来ても絶対時間かかるでしょうね。

・元々はデュエットのメドレー曲
マクロスFrontierの挿入歌の一つ、娘々サービスメドレーの事。ロムラムはそれぞれその一部を歌っています。女神四人なので差し詰めねぷねぷメドレーでしょうか…?

・パピコ
江崎グリコ社の発売するアイスの一つの事。二つに外してそれぞれ望遠鏡として使える、それがパピコ式双眼鏡!……私は一体何を言っているんでしょうか。


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第六十話 守護女神奪還作戦、始動

「うん、うん…え、そんなに!?っていうかほぼフルメンバー!?大丈夫なの!?……うんそれ大丈夫じゃないよねぇ、無理してる人間違いなくいるよねぇ!?…気持ちはありがたいけど、私は無理なんてさせたくないからその旨を皆に伝えてくれないかな?…そう、イリゼ様との約束。…頼んだよ?…じゃあまた何かあれば連絡入れるから、皆にも宜しく伝えておいて」

 

プラネテューヌの街中にある自然公園で電話をかける…ではなくかけていた私。ここは偶に民間のイベントが行われていたりするし、そうでなくても日中なら散歩に来ている人や遊びに来た子が散見される、そんな場所。その一角、丘の様にちょっと高くなっている所のベンチに私は腰かけていた。

 

「…次は何しようかな……」

 

既に空になったお弁当箱の包みを結び直しながら、暇潰し案を考える。お弁当はもう食べちゃったし、自然を眺めるのも飽きたし、ソーシャルゲームは自動回復待ち。おまけにここを離れる訳にはいかないから何か物を取ってくる事も出来ず、結果完成したのがちゃんと結んである包みを意味もなく開いたり結んだりするイリゼさんだった。

 

「ライヌちゃん連れて来れば暇にはならなかっただろうし、ライヌちゃんも走り回れて一挙両得だったのになぁ…」

 

…なんて無い物ねだりしても、勿論状況が変わったりはしない。だから私はただぼーっとする事しか出来ない。嗚呼、なんと無情な事か…。……え?それより隠れず座ってていいのかって?…うん、いいんだよ別に。範囲が範囲な以上隠れなくたって問題無い…というか、隠れちゃったらいよいよもって不可能の域に入っちゃうし。

 

「……まぁ、いっか。…大勝負まで、後数日なんだから」

 

ネプテューヌ達を…国の要、守護女神の奪還作戦まで後数日。当日以降は当然の事として、準備期間の今だって女神の私はまったりなんてしていられない。…今はまぁ結果的にまったりしてるけど…とにかく女神候補生四人の特訓に教祖との打ち合わせ、プロセッサの最適化改修に作戦に関係する人達との意思疎通とやらなきゃいけない事が沢山ある。先程の通話もその一つで、私は協力的だけどちょっと心配な人達の状況を確認する為に電話をかけていた。

奪還作戦のメインは勿論、守護女神四人の奪還。けれど実のところ四人の救出だけが奪還作戦の内容じゃなくて、むしろある意味では救出が作戦の一部に過ぎないとも言える。だって、この作戦における四人の救出は『表向きの』目的であって、その裏にあるのは……

 

「あーっ!いた!ほんとにいたわ!」

「え……この声って、もしや…」

 

その時、不意に聞こえた元気な声。それは聞き慣れた、具体的に言えば今日も既に耳にしている声で、私はその短い言葉だけで誰が来たのかピンとくる。

まさか本当に辿り着いてしまうとはという驚きと、教え子である四人がめきめきと実力を伸ばしている事への喜び、そしてその成長率に対するほんのちょっぴりの羨ましさを抱きながら振り向いた私。するとやっぱりそこに居たのはネプギア達四人で、声の主はラムちゃんだった。

 

「ふふっ、見つけましたよイリゼさん」

「わたしたちの、しょーり…!(ぶいっ)」

 

軽快に登ってくるロムちゃんラムちゃんと、その後ろを歩いてくるネプギアとユニ。四人の顔つきは疲弊しきっている訳でも、私を見つけて驚いている様子もない。……と、いう事は偶然でもしらみ潰しに探した訳でもなくて…

 

「……私のいる場所、特定したんだね?」

「はい、ユニちゃんが反則級の裏技を思い付いてくれたおかげで、イリゼさんのいる場所が分かったんです」

「は、反則とは失礼ね…アタシはちゃんとルールに抵触しない形での裏技を思い付いたつもりなんだけど?」

「でもズルい感じの方法でしょ?」

「その方法を試したネプギアにだけは言われたくないわよ…」

「う…ま、まぁそれはそうだね…」

 

お昼時から結構経過しているとはいえ、まだまだタイムリミットである日暮れまでは時間がある。半ば無茶な課題を達成しちゃっただけでも凄いのに、ある程度時間に余裕を持たせているんだからもう私は完全に脱帽。だから当然、どうやって私の場所を特定したのか気になってしまう。

 

「……で、どういう方法で見つけ出したの?」

「それはですね、これです」

「これ?」

 

そう言ってネプギアが出したのはNギア。ふむふむ、Nギアかぁ…。…………え、どういう事…?

 

「これですよこれ。わたしのブログです」

「あ、ほんとだ…それでブログが何なの?」

「それは、先程書いた内容とその反応を見れば分かりますよ」

「先程って…更新したの?」

 

Nギアを手渡された私は、ネプギアのブログ(というより女神ブログ。女神によって更新頻度は違うし私は現状やってないけど)のトップページから数時間前に更新されたばかりの最新記事を……って、これ…

 

「…ゆ、ユニ……」

「は、はい。何でしょう…?」

「……恐ろしい子っ!」

「はい!?」

 

記事どころかそのタイトルを見た時点で私は戦慄。そのあまりにも裏をかいた、それこそ裏技的発想に、私は誇張表現無しに戦慄してしまった。だって、そのタイトルは…『イリゼさんとかくれんぼ』というものだったのだから。

 

「そっか…そっか、その手があったんだ…うわどうしよう、ちょっと鳥肌立ってきた…」

「そ、そんなにですか!?……す、すいません…」

「い、いや違うよ!?別に責めてる訳じゃなくて、むしろその逆!『す、凄い…!』的な意味での鳥肌だから!…わ、この時遂に私の場所が特定されたんだ…」

 

タイトルをクリックした先のページに書いてあるのは、勿論私が街中で隠れてて、わたし達候補生で探しているという節の内容。そしてそのページのコメント欄には、ブログ内容への感想や探す事への応援の他私の目撃情報や協力宣言なんかもアップされている。……と、ここまで書けば分かるよね。…そう、ユニが思い付いた裏技というのは『ネット上に情報を流す事により、ネット上でネプギアに好意的な国民を丸ごと協力者としてしまう』事。…全く、恐ろしい事思い付くよねユニは…。

 

「そんなにすごいことなの…?」

「そうなんじゃない?思い付いた時のユニ、なんかすっごいこーふんしてたもん」

「あ、そうなんだ。ユニちゃん興奮してたんだね」

「い、いいでしょ別に。我ながら天啓並みの発想だと思ったのよ…」

 

ロムちゃんラムちゃんはまだネットに対して疎いからか、凄い事なのかどうかよく分かっていない様子。…そうだ、ネットと言えば……

 

「…ユニ、ユニはこれがルール的にアウトだとは思わなかったの?法に引っかかる様な方法は駄目だってルールにさ」

「そうですね、普通に考えたら個人情報の関係でアウトだと思います。…が、イリゼさんは公人ですし…それ以前の話として、女神は存在そのものが常識から外れているでしょう?」

「…その強かさ、忘れちゃ駄目だよ?」

 

ルールがカバーしている範囲をきちんと認識する力とそこから策を見つけ出す発想力、その策を実行に移せる(人に推せる)だけの胆力がユニの強かさを生み出しているんだと思うし、そういう強かさは守護者としても統治者としてもプラスになる。…もし、その面がこの特訓で開花したのなら…私は胸が張れるね。

その後も私は四人がどうやって探索をしてきたかの話を聞く。花を聞いて、考えて…立ち上がる。

 

「さて、それじゃあ今日の特訓はこれまで。皆お疲れ様」

「はい。……でも、アタシの策は結局よかったんですか…?」

「…と、言うと?」

「その、この特訓ってアタシ達の連携能力を鍛えるものじゃないですか。でもこれはアタシ達の連携とは言えませんし…」

「あぁ、安心していいよユニ。そんな事はないから」

 

なんだそんな事か…と内心私は呟く。確かにユニのは予想外の策だったけど…愚策でも失策でもない。

 

「これまで四人は連携能力を鍛えてきた。…けど、ネプギアが考えた通り連携は四人でのみやる訳じゃないし、私もそんなつもりないからね。四人での連携をきっかけにより大人数での連携能力や女神としての指揮力を高めてほしいと思ってたんだから、今の段階でそれを成しちゃった事は予想外の結果じゃなくて、予想以上の成果なんだよ。だから、今日の内容に点数を付けるとしたら……百点満点、だね」

「百点満点…凄いよユニちゃん!百点満点だよ!?」

「い、言い直さなくても聞こえてるわよ!…でも、百点満点、か……ふふっ…」

「むー…ネプギアとユニばっかり気付けてズルい…」

「ちがうよ、ラムちゃん。これは、みんなでとった百点だもん。…だよね…?」

 

普段は冷めてるユニも今回はちょっと嬉しげで、その隣のネプギアも同じく嬉しそう。でもそれはきっとユニが、自分の友達が評価された事に対する嬉しさなんだろうね。ネプギアはそういう子だもん。

…けれど、ラムちゃんは反対に不満気。ロムちゃんがフォローを入れているけど、確信はないのか私に視線を送ってくる。…だから、私は膝を折り二人と同じ位の目線になって告げる。

 

「そうだよ、ロムちゃん。この百点満点ってのは四人が力を合わせた結果の百点なんだから。ユニはさ、ラムちゃんとの会話の中で思い付いたんだよ?それってラムちゃんがいたから、ユニに気付くきっかけを与えたから思い付いたんだ…とは思えないな?」

「それは…そうなの…?」

「私はそう思うよ。ロムちゃんだって、私と同じ目線になるって発想を出したからネプギアがそこから私の意図を汲み取る事が出来た。…ネプギアもユニも、二人のおかげで思い付いたんだから二人は自信を持っても大丈夫だよ。それは私が保証する」

「な、なによ…もー、ちょっとむーっとしちゃったじゃない!だったらそれをもっと先に言ったよね!」

「ふふっ…よかったね、ラムちゃん」

 

私の言葉を素直に受け取ってくれて、ラムちゃんの表情は不満気な物から満足気な物にチェンジ。ロムちゃんも私の言葉とラムちゃんが気を直してくれた事で頬が緩んで、二人共子供らしい笑みを浮かべてくれた。

にこにこと笑顔を見せる四人。そんな四人の様子につい私も顔をほころばせそうになり、それに気付いてこほんと咳払い。教える側である私が笑うのは、もう少しだけ我慢しないとね。

 

「あー、皆。もう少し話は続くんだけどいいかな?」

「あ…はい、すいません…」

「気にしないで。さて、それじゃまず特訓についてだけど…連携能力向上の為の特訓はこれまで!皆、よく頑張ったね」

「ふぇ…?今日のが、さいごなの…?」

「そう。…あ、まだやりたかった?」

「え、えと…そうじゃ、ないけど…」

「ロムちゃんは唐突に言われて意外だったんだと思います。…今日で最後なのは、後はもう準備と身体を休める事に専念しろって事ですか?」

「それもあるけど、同時にもう十分なレベルに達したと思ったからでもあるよ。…とはいえ、じゃあ後は本番頑張ってねってのは無責任な話」

 

そこで一度言葉を区切る私。次の言葉を待つ四人の視線を受けながら私は数歩下へと降りて、私は四人に向き直る。

 

「…だからさ、この目と感覚で今の四人を確かめさせてもらうよ」

「それって、またもぎせんやるってこと?」

「そういう事。さ、皆準備はいいかな?今度は私から仕掛けるよ?」

「え?こ、ここでやるんですか?ここ遠巻きにですけど普通に一般の人が居ますよ?」

「大丈夫だよ。もし皆が私の期待通りの成長をしてくれているなら……ねッ!」

 

脚に力を込めると同時に語尾を強めた私は跳躍。跳び上がりながら腕を曲げ、空中からの肘打ちを最初の日の模擬戦同様ラムちゃん目掛けて落としていく。

もし四人…特にラムちゃんが対応出来そうにないならギリギリで腕を後ろに回すなり身体を逸らすなりしてラムちゃんに当たらない様にするつもりだし、四人が私の期待程成長してなくてももうあんまり追加の特訓をやる様な時間はない。そういう意味で私は駄目なら駄目で仕方ないね、って思いも少し持っていたけど……やっぱり、女神候補生の四人は優秀な生徒だった。

 

『……っ…!』

 

まさか本当にここで仕掛けてくるなんて。…そんな感情を露わにしながらも、四人は私が攻撃に出た次の瞬間には反応していた。女神化してない上に直進すればいいものをわざわざ上に跳んだのは、四人に意識を切り替える時間を与える為で…それはどうやら上手くいったらしい。

割って入る様に自身も跳躍し、交差させた両腕で私の二の腕を挟み込む事によって攻撃を防ぐネプギア。その下…私とネプギアがいる下の空間にはユニが滑り込むと同時にライフルを私の背に向けて構え、ロムちゃんラムちゃんは左右に分かれだ後ロムちゃんはネプギアへの支援を行う様子を、ラムちゃんはネプギアに当たらない位置を取りながらユニと十字砲火を叩き込む様子を見せる。

体勢と地形の関係から、ネプギアは私より一瞬早く着地。そこでネプギアは後ろに再度跳びつつビームソードを抜き放って、私は下降しながら四人の(ユニは後ろにいて見えないけど)動きを確認して……

 

「……うん、これは私負けるね。皆の勝ちだよ」

 

──両手を挙げ、降参した。

へ?…と目を丸くするネプギア達。私は苦笑いで言葉を続ける。

 

「うんうん、言葉も交わさずそれぞれが最善の動きを出来てるなら十分十分。これなら私は勿論四天王だって、何なら皆のお姉ちゃんにも勝てるよ」

「え…い、いや今数秒も戦ってないんですよ?それで分かるんですか…?」

「私も女神だからね。それにそもそも連携なんかしなくたって四人は私に勝てるんだよ。模擬戦の時も四人でまとめてかからず一人ずつ勝ち抜き戦を挑んでたら、十中八九四人倒す前に私が息切れ起こしてただろうし」

『え、えぇー……』

「言ったでしょ?連携は失敗すればマイナス側に傾くって感じの事。確かに女神や四天王単体なら特訓せずとも勝ち抜きに持ち込めば勝てるだろうけど…悠長に戦ってる場合じゃない時や負のシェアの女神と化したマジェコンヌさんみたいにとんでもなく強い相手が現れた時、連携能力がなきゃ大切なものを守れないからね」

 

候補生と言えど女神は女神。大概の存在には優位に立てるしそれが四人もいればまあまず負ける事はない。…けど、私もネプギア達もそういう『もしも』が実際あるって身をもって体験してるんだから、そういう事に対して少しでも対応出来る様訓練しておいても損はない。…それに、ネプギア達はもう力不足のせいで大切なものを失う経験はしたくないだろうからね。

 

「皆、奪還作戦の時は全員が全力を尽くすしコンパやアイエフ達の力も必要不可欠だけど…それでも、奪還の要は私達…ネプギア達女神候補生なんだから、出し惜しみ無しでいかなきゃ駄目だよ?」

「分かってます。お姉ちゃんの為、皆さんの為、アタシを信じてくれてる人の為に出し惜しみなんてするつもりは毛頭ないですから」

「わたしも、みんなとがんばる…!(ぐっ)」

「わたしもわたしも!ぜったいおねえちゃんたちをたすけるんだからね!」

「イリゼさん、楽観的かもしれませんけど…わたし達なら、わたし達皆ならきっとお姉ちゃん達を助けられる筈です!だから、頑張りましょう!」

「…そうだね。それじゃあ……やるよ、皆っ!」

『おーっ!』

 

私の掛け声に合わせ、四人は空へと腕を突き上げる。あの日、ギョウカイ墓場から逃げ帰って以降落ち込んでいたネプギアも、無理をしていたユニも、気持ちを封じ込めていたロムちゃんラムちゃんも、今は強い思いを心に秘めて同じ方向を向いていた。

ネプギアは楽観的かもしれない…と言ったけど、私はきっと助けられると思ってる。だって、その為に入念な準備を行い、手順も踏み、心を合わせてここまで来たんだから。もう要である四人は準備万端。…後は、私や大人の面子で仕上げをしないとね。

 

 

 

 

そして、奪還作戦の日がやってきた。最終確認を行う為私達が集まったのはプラネタワーの聖堂室で、そこには私達や教祖の皆さんの他政治機関『教会』としての重役や国防軍の高官なども集まっていて、聖堂室は普段とは一味違う雰囲気に包まれている。

 

「はぅ、わたしちょっと気を張っちゃいそうです…」

「ボクも…緊張する場面は慣れてるけど、こういう状況はあんまり無いし…」

 

別にピリピリしている訳じゃないけど、立場ある人間が集まる場というのは自然と独特の空気になってしまうもの(女神は最高権力者だけどかなり特殊な存在だからまた別)。アイエフやケイブはまだそれなりに慣れてるみたいだけど、候補生の四人は逆に全く慣れてないみたいだし私が何か声かけを…と思ったところでイストワールさんが口を開く。

 

「…時間ですね。それでは奪還の最終確認をしましょう」

 

いっそそれがトレードマークと言えてしまう程しょっちゅう語尾に顔文字の付くイストワールさんも、今回は最初から顔文字無し。彼女が顔文字を使わない時は往々にして真剣な時なのだとここにいる多くの人が知っている事もあり、皆もその一言で表情を引き締める。

 

「これから皆さんには小型の飛空挺でギョウカイ墓場の入り口へと向かい、そこから陸路でギョウカイ墓場を進んで行ってもらいます。その際飛空挺及び侵入口はイリゼさんの招集した協力者の方々に防衛して頂くので、その心配は無用です」

「……?イリゼさん、それってまさか私兵か何かですか…?」

「し、私兵って…私に力を貸してくれる人達の事。まあ行けば分かると思うよ」

 

協力者の方々?…と不思議そうな顔を浮かべた皆に、私はユニの質問を介して軽く説明する。…あ、ここを見ている皆さんだけに教えておくと、冒頭で話してたのがその人達だよ。……だから何?って感じの情報かもしれないけど…。

 

「イリゼさんの保証がありますし、信頼のおける方々だとは思いますよ。…そして、突入後は守護女神の方々が幽閉されている場所まで侵攻した後女神候補生の四名による攻撃で結界を、イリゼさんの攻撃でアンチシェアクリスタル本体を破壊し救出。その後撤退し飛空挺で帰還…というのが奪還における概要です。皆さん、大丈夫ですか?」

「…はい。大丈夫です」

「分かりました。では、皆さんにこちらを渡しておきます」

 

イストワールさんがそう言ったのに合わせ、数人の職員さんがトレイに載せたコード無しイヤホンの様な物と小さなバッテリーらしき物、シェアクリスタルを利用したペンダントを持ってくる。

 

「これは…ま、まさか愛のペンダント!?あたしのアタックが実ったの!?」

「いや、つながりのお守りかもしれないわよ?…いや勿論冗談だけど」

「どちらも違います…まずこちらは超小型インカムとその予備バッテリー。これ一つで受信送信どちらも出来る上通信性能もかなり高いので、ギョウカイ墓場内でもこちらとの連絡が滞りなく行える筈です」

「それって…確か試験開発されていたものですよね?…ぶ、分解してみたい…!」

「駄目ですよネプギアさん…どうしてもと言うなら後日別の物をあげますから、これは分解しないで下さい。それとサイズと通信性能を追求した結果バッテリーの持ちは悪くなってしまっているので、必要のない時には使わず予備バッテリーの携行を心がけ下さいね」

 

インカムとバッテリーを受け取り、それぞれ耳にちゃんと合うか確認した後しまう私達。全員の確認が済んだところでイストワールさんの説明は再開される。

 

「次にこちらですが、これは作って頂いたシェアクリスタルを使った見ての通りのペンダントです。これは女神の皆さんの手を借りずに負のシェアによる汚染を緩和させる為の物なので、ギョウカイ墓場侵入後は絶対に身に付ける様にして下さい」

「…インカムに比べて五つ足りないのは、アタシ達女神には不要だからですか?」

「そういう事です。コンパさんアイエフさんは知っていると思いますが、それがあったとしても汚染を完全に防ぐのは難しいので、気を抜く事のない様お願いします」

 

あ、クリスタルはその為だったんだ…とネプギア達が納得する中、コンパ達はそちらも受け取って身に付ける。そして……

 

「…皆さん。守護女神の四人が助かるかどうかは、誇張無しに皆さんにかかっています。ギョウカイ墓場に向かわないわたし達がどうこう言うのは皆さんにとって気分のいいものではないのかもしれませんが……それでも皆さん、宜しくお願いします。…ネプテューヌさん達四人を、助けてあげてきて下さい」

 

その言葉と共にイストワールさんは…否、その場にいた奪還メンバー以外の全員が私達に頭を下げてくる。普段私やコンパ、ネプギア辺りはそれに動揺して頭を上げてほしいと慌てて言うところだけど…今は黙ってただ頷く。頭を下げた人達の気持ちはよく分かっているから、だからこそ正面から受け取って…頷いた。

 

「…出発しましょうか、皆さん」

「えぇ、もう時間になったんだから後は善は急げよね」

「うん。…けど、その前に一ついいかな?四人にはやってほしい事があるんだ」

 

プラネテューヌの女神候補生としての思いからか、真っ先に口を開いたネプギア。そこにユニも同意したけど…私は逆にそれを止める。止めて、四人を手招きする。

何だろう…と言いたげな表情で私の下にくる候補生の四人。その四人を前にして…私は言った。

 

「……最後の一手だよ。私達にとって最大級の波を作る為の、最後の一手を、ね」

 

 

 

 

仕事に向かう者、朝食を口にする者、一日の予定を考える者。十人十色の姿を見せるゲイムギョウ界の四ヶ国で……その日、それは起こった。

 

「……突然申し訳ありません、今画面をご覧になっている皆様」

 

突然、電波を受信可能な全てのテレビやモニターが起動し映し出された画面。普段ならば起こり得る事のない非常事態に人々が画面へ目をやる中、そこに映っていたのは女神化状態でドレスに身を包んだ四人の女神候補生…そして、同じくドレスを纏った原初の女神の複製体、もう一人のオリジンハートだった。

 

「私は特務監査官、オリジンハートことイリゼです。突然の事に皆様動揺してしまっていると思いますが、どうか私の話を聞いて頂きたいと思います」

 

騒つく人々。四ヶ国同時に、同じ物を見て人々は騒ついている為に一人一人の声は小さくとも、それが重なり一つの大きな動揺の声となっていく。

 

「まずは、謝罪からです。これまで我々女神と教会は、国民の皆様にある事を隠していました。……四ヶ国の守護女神がとある組織に幽閉されている、という事を」

 

それまでの騒つきは突然の事に対する疑問の声が中心だった。しかし、オリジンハートがその言葉を、その事実を口にした瞬間四ヶ国は静まり返り……次の瞬間それまでとは比べ物にならない程の大きな動揺と騒つきが四ヶ国随所から発生した。それは守護女神の四人が多くの国民から信仰されていた事を示すものだが…人々の心は穏やかではない。信仰対象、或いは自国のトップである守護女神が幽閉され、しかもその事実を他の女神や教会がこれまで隠していたと言われたのだから心穏やかでいられる訳がない。

そんな人々の反応を予想していたのか、暫く黙るオリジンハート。ひとしきり人々は騒つき、そこから更なる情報を得ようと再び人々の視線が画面へと向いたその前後にて彼女は再度口を開く。

 

「皆様の混乱を防ぐ為とはいえ、情報の隠蔽を行なっていた事は事実。ですので我々が責められるのは仕方のない事だと私も覚悟しております。…しかし皆様、本当に責められるべきは我々でしょうか?幽閉した組織こそが最も責められるべき存在ではないのでしょうか?」

 

オリジンハートは言葉を続ける。彼女の問いかける様な言葉は、それを聞く人々の興味をより引きつけていく。

 

「…犯罪組織マジェコンヌ。その名を耳にした事のある方もいるでしょう。女神による統治を脱却し、より良い世界を目指そうとする彼等は信仰宗教に該当する組織であり、教会も犯罪組織の存在については認識しておりました」

 

犯罪組織の紹介に合わせ、画面の一環に犯罪組織の情報が表示される。……表向きの、情報が開示される。

 

「……しかしある時を境に、犯罪組織からは疑わしい要素が見受けられる様になりました。教会は犯罪組織に対し信じようと思いつつも、皆様の安全を第一と考え調査を開始。もし思い違いであれば公的に謝罪をする心積もりで調査を進めていきました。……その結果が、こちらです」

 

その言葉を受け、画面は四分割状態に変化。そしてそこに映し出されたのは…犯罪組織の裏を表す画像と動画だった。

それぞれ設定された時間で移り変わっていく画面。映し出される画像と動画は犯罪組織の兵器製造やモンスターの運用、施設の無断建造など非合法活動の一部始終。中には拘束された構成員による自供や犯罪組織が絡んだとされる事件の概要も混ざっており、既に何度も驚いている人々は更なるショックを与えていく。

 

「…お分かり頂けたでしょうか。これが、犯罪組織の真の顔です。表向きには真っ当な理想を掲げていた犯罪組織の本性がこれなのです。…さて、何故私が犯罪組織について語ったのか。それは聡明なる皆様ならばもうお分かりだとは思いますが…私の口から、言わせて頂きます」

 

耳を澄ませば、ごくりと唾を飲む音が聞こえてくるかの様な街の雰囲気。オリジンハートの次の言葉を待つ様に、思い付いた『まさか』を確認する様に、元に戻った画面の前で人々は静まり返る。

 

「守護女神の四人は、犯罪組織によって皆様の安穏たる日々が壊される事のない様、彼等の下に向かいました。…その結果が、幽閉です。守護女神に対し犯罪組織は、卑劣なる手を用いて幽閉したのです」

 

人々から、声が漏れる事はない。その衝撃に次ぐ衝撃によって、オリジンハートの語りによって人々は完全に言葉を失っていた。

 

「幾つもの法律違反、皆様を騙す悪辣な精神、そして守護女神の幽閉。それ等は到底許されるべきものではなく、また犯罪組織から一切の申し開きがない今の状況を考慮し、何より皆様の平和を守る為……今この瞬間を持って、四ヶ国の教会は犯罪組織マジェコンヌを過激派国際テロリズム組織と指定。同時に守護女神の奪還作戦を遂行する事を決定しました」

 

そこでオリジンハートは言葉を切る。言葉を切り、目を閉じ…目を開けた時、そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

──人々の守護者たる、女神の姿があった。

 

「我々は裏切られた!信仰の自由を保障し、例え現政権にとって不利益であろうとも一人一人の思いを尊重し共存していこうと考えていた我々は、裏切られたのだ!」

 

「そればかりではない!彼等は繁栄を望む皆を、善良たる皆を謀り世に危険を蔓延らせ、平和を奪おうと画策していた!表では良い顔をしながら裏では悪意の爪を研ぎ、不安や傷心に悩む者を甘言でもって惑わし、その上マジェコンヌなどと借り物の名前でその罪すら他者に押し付けようとしている!」

 

「彼等は卑怯だ、愚劣だ、害悪だ!その存在にいち早く気付いたのが守護女神の四人であり、彼女等は間違いなく皆の事を思っていた!皆の掴んだ平和が崩れる事のない様、誠心誠意で向かったのだ!そんな彼女等すら踏み躙り、幽閉する事で彼女等の自由も四ヶ国に住まう皆の象徴も奪ったのが、テロリスト集団である犯罪組織なのだ!」

 

「許せるだろうか?許していいのだろうか?…否、断じて否だ!私は犯罪組織を許せない!その悪行も、その精神も、何よりも皆を裏切る犯罪組織を絶対に許せない!──故に、断言しよう!私は、私達女神は、我々教会は犯罪組織に正義の鉄槌を下すと!今も尚皆を思う守護女神を全力を用いて奪還し、それによって犯罪組織に正しさとはなんたるかを教えると!」

 

「日々を、同志を、女神を愛する全ての者よ!我々に協力してほしい!我々を信じてほしい!それが力となり、平和の為の道標となるのだから!何も不安に思う事はない、女神を信じる君達は正しい!正義を志す君達が、残虐非道な悪である犯罪組織に屈する事などあり得ない!さぁ、取り戻そうではないか!我々の大切なものを、全て!」

 

「私は約束する!ギョウカイ墓場からの守護女神奪還を!それをもって、犯罪組織撲滅の第一歩とする事を!我々女神と教会は、ここに守護女神奪還作戦の実行を────宣言する!」

 

オリジンハートの演説が終わった時、四ヶ国は無人であるかの如く静まり返っていた。静まり返り、人々は言葉を心の中で反芻し、自らの思いと照らし合わせ……口を開いた。女神への応援を、教会への支持を、犯罪組織への宣戦布告を。

戦いの意思を滾らせる、女神を信仰する人々。女神と教会による宣言によって、彼等一人一人の意思によって……女神統治の四大国家と犯罪組織による対テロ戦争は、勃発した。




今回のパロディ解説

・「……恐ろしい子っ!」
ガラスの仮面の登場キャラ、月影千草の代名詞的台詞のパロディ。この瞬間、イリゼは白眼になっていたり…は、まぁ当然ながらしていません。

・つながりのお守り
キングダムハーツ バース・バイ・スリープに登場するアイテムの一つ。ペンダントは星型ではなく普通に原作中に出てくるクリスタル(又は女神メモリー)の形をしています。


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第六十一話 いざ墓場へと

あの全国同時放送から十数分後。ドレスを脱ぎ女神化も解いてプラネタワーから出たわたし達は、準備済みの小型飛空挺に乗って、ギョウカイ墓場への移動を開始した。

飛空挺は教会が保有するプライベート機で、乗っているのもわたし達突入組を除くと操縦士さんと、絶対健康な状態じゃないお姉ちゃん達を救出後すぐ診られるよう待機しているお医者さんの合わせて数人のみ。座席については自由だから皆思い思いの場所に座ったり窓の外へ目をやっていたりしていたけど…その中の一人、イリゼさんは見るからに疲れた様子で、座席に深く身体を沈ませていた。

 

「お疲れ様です、イリゼさん」

「ネプギアもお疲れ様。言うのが直前で悪かったね…」

「あ、いえ。わたし達は殆ど何もしませんでしたし…それよりも、わたし驚きました。こんな大掛かりな計画を進めてたなんて…」

 

放送の内容も、放送する範囲も、その中で出した画像や動画も全て知らなかったわたし達は、国民の皆さんと同じ様にあの放送に驚いた。…我ながら、びっくりしてても表情を崩さなかった放送中のわたしを褒めてあげたい。

…ただ、驚きとは別としてわたしはあの放送の意図が気になっている。何故わざわざ隠していた事を話すのか、どうしてこのタイミングだったのか、イリゼさんがあそこまで演説っぽく(実際演説だけど)やったのは何か理由があるのか…訊きたい事は幾つかあるし、何となくこれはなぁなぁにしちゃいけない様な気がする。だからわたしはそれとなくイリゼさんに話しかけて、あの放送に対する質問を……

 

「聞こえていますでしょうか!こちらはプラネテューヌ国防軍所属のノーレ!これよりプラネテューヌ圏内の間は、我々二機が護衛に入ります。移動中での襲撃は全て我々が迎撃しますので、女神様達はご安心を!」

「……!」

 

しようとしたその時、他機からの通信らしきアナウンスが飛空挺の中に放送された。その声は聞き覚えのあるもので、もしやと思って窓の外に目をやるとそこにあるのは航空形態を取った二機のMGの姿。しかも一機は従来とは違う装備を纏っていて、航空形態でのシルエットもやや変わっている。

 

「プラネテューヌ国防軍…イリゼさん、軍に護衛を依頼していたんですか?」

「あ…うん。空じゃ私達しか満足に戦えないし、道中での消耗は出来る限り抑えたいからね。…依頼したのは私じゃなくてイストワールさんだけど」

「そうなんですか……ってあれ?なんか片方は装備が違う様な…ねぇネプギア、そっちのMGも何か改良「よくぞ訊いてくれたねユニちゃんっ!」……え…いやあの、まだ質問の形になってな「説明してあげるね!」……あ、はい…」

 

うちのMG…ロボットに興味を示してくれた事が嬉しくて、つい近くに来ていたユニちゃんの両手を包む様に握るわたし。何故かちょっとユニちゃんが敬語になったけど…きっと関係ない事だよね!それよりプラネテューヌの女神候補生として、ルエンクアージェの装備について教えてあげなきゃ!

 

「ユニちゃん、あの装備が多い方は改良型じゃなくて追加装備を纏った機体なんだよ。例えるなら…スーパーパックって感じ?だから本体はもう一機の方と同じなの。…あ、でもチューンとか頭部の換装とかしてるから全く同じって訳じゃないんだけどね」

「へ、へぇ…追加装備だったのね。ありがとうネプギア、よく分かったわ…後スーパーパックって完全にそのまんまな表現ね…」

「うんうん、それじゃあ追加装備の内容について一つ一つ言っていくね。まずは武装なんだけど…」

「ちょっ、ネプギア…別にアタシはそこまで詳しく訊いた訳じゃ…」

「……?…興味、ないの…?」

「うっ……」

 

うっきうきで話し始めたわたしだけど、ユニちゃんの引いた様な顔を見て我に返る。…そうだよね…ユニちゃんは別にメカオタじゃないし、普段の雑談感覚で質問しただけなんだろうから熱く語ろうとしたらそりゃ引くよね……。

 

「ごめんねユニちゃん、わたしが勘違いで解説なんてしそうになって…」

「…………」

「…ユニちゃん…?」

「……したいなら、したらいいじゃない…解説」

「え……い、いいの?」

「えぇ聞いてあげるわよ…」

「ほんと!?やったぁ!ふふっ、じゃあ早速させてもらうね!」

「どうぞ…(はぁ…どんだけ残念そうな顔するのよアンタは…そんな顔されたら、断れないじゃない…!)」

 

……と、いう訳でわたしはユニちゃんにどういう追加装備なのか解説。詳しくないユニちゃんにも分かる様に、でも出来るだけしっかりと伝えていく。機械に関する話は普段開発部の人や工業関係の相手としか話せないから、友達にこうして話せるのはやっぱり嬉しくて、しかも…

 

「ノーレさん!この装備の開発にはちょっとですけどわたしも関わってるんです!パイロットとして何か感想ありますか?」

「感想、ですか?…そうですね、率直に言うなら近接格闘武装を搭載してくれたのがありがたいです!一基とはいえこれでやっと接近戦が出来る…!」

「おぉー……!」

 

飛空挺の通信機越しに聞いてみると、なんと追加装備搭載機は変形からのビームサーベル抜剣で飛空挺の窓に向けて見得を切ってくれた。パイロットさんからの意見をこんなに早く、しかも動き付きで直接聞けるなんて…感動だよぉ…!

 

「…満足顔ね、ネプギア」

「大満足だよ!ユニちゃんも話聞いてくれてありがとね!」

「あ、うん……ところでアンタ、これからの目的を忘れてたりはしないわよね?」

「もう、ユニちゃんたらわたしを何だと思ってるの。そんな事……あ…」

「あ、って何よあって……」

「…イリゼさんに訊きたい事あったの、すっかり忘れてた…」

「…アホギア……」

「アホギア!?確かに忘れてたのは変わらない事実だけど、アホギアは酷くない!?」

 

がびーん、とショックを受けるわたし。ま、まさかネプの部分をアホに置き換えられるなんて…これはネプに対する侮辱だよユニちゃん!今日救出完了したら早速お姉ちゃんに言いつけてやるんだからね!

……というのは勿論冗談で、拳で軽く頭を叩きながらわたしはイリゼさんの下へ。趣味の話が出来てテンション上がってたけど…一旦クールダウンして話を聞かないと、ね。

 

 

 

 

慣れない事してかなり疲労していた私は、飛空挺に乗って以降殆どずっとリクライニングシートに身を預けていた。その間ネプギアとユニが一度ずつ話しかけてきて、暫くした後またネプギアが話しかけてきた。…そういえばさっきは、何か私に話をしたそうだった気が…。

 

「…わたし、イリゼさんがあんなに人前で話すのが得意だったなんて知りませんでした」

「まぁ、私も女神だからね。…私自身あそこまで上手く話せるとは思ってなかったけど…」

「やっぱりイリゼさんは凄いです。…それで、なんですけど…」

「……うん」

 

ネプギアの声音と顔付きを見て、私は座席を直し背筋も伸ばす。ネプギアの話したい事が私の予想通りなら、こんなだらけた格好ですべきじゃないもんね。

 

「…候補生とはいえ女神なのに一切話してもらえなかった事、不満に思ってる?」

「…不満に思ってない、って言ったら嘘になります。…でも、イリゼさんやいーすんさん達は意地悪でそういう事をする人じゃないって分かってますから」

「そっか…じゃあ、うん。隠していた私達がこう言うのもアレだけど、女神として知っておいてほしい事だし話しておこうか。ロムちゃんラムちゃんも聞いてくれるかな?」

「え……アタシはいいんですか…?」

「ユニは元々聞く気あったんでしょ?」

 

こくり、と頷いたネプギアの顔は真剣なもの。だからそれに合わせて私も真面目な表情を作る。…ユニが自分の座席に座りながらもこっちに聞き耳を立てている事は、この流れの中で気付いたんだよね。

 

「はなし長くなる?」

「そんなに長くするつもりはないよ。ここに資料がない以上詳しい話は出来ないし、細かい事は帰ってから確認すればいい事だからね」

 

ネプギアとユニは思うところがあるみたいだけど、さっきまで窓の外の景色見て楽しんでいたロムちゃんラムちゃんはそこまで興味がない様子。…まぁ、面倒くさい話である事は事実だからね…。

 

「さて、まずは…あの画像や動画かな。あれは放送で言った通り、教会と私達のよく知る協力者によって集めたものだよ。見易い様多少編集はしてるけど、捏造ではないから安心して」

「アタシ達のよく知る協力者?後で合流するイリゼさんの協力者さんとは別の方ですか?」

「別だよ。今言った通り、私の招集した人達と違って私『達』の知る人だからね」

「だれだろう…おねえちゃんの、お友だちかな…?」

 

さぁ、それはどうでしょう?…と曖昧な笑みでロムちゃんの問いを流す私。…予定通りなら今はプラネタワーに各々帰還してる辺りだよね…影の立役者たる皆にはほんと感謝しないと…。

 

「次は行った目的を話そうか。まず第一の理由は、皆のシェア率ブーストだよ。そろそろ反映され始めてもおかしくないんだけど、皆シェア率が上がってる感じしない?」

「あ…さっきから身体の調子がいいのはそれが理由だったんですね。わたし精神的なものだと思ってました…」

「わたしも何かきゅーにつよくなったかんじがさっきからしてるわ!」

「確かにあの内容ならシェア率ブーストにはなりそうですね…でもこういう方法での上昇って、大概は長持ちしないのでは?」

「だろうね、言ってみれば今は多くの人の気分が昂ぶっているって状況だし。けど、これは奪還成功の確率を上げる為のブーストだから助けるまで持てば十分なんだよ」

 

…なんて第三者的発言をしてる私だけど、実のところ私も身体の奥底から力が湧き出てくる様な感覚を抱いている。これはつまり、あの放送で私に対しての応援や信頼をしてくれている人がそれなら以上にいるという訳で…正直に言えば、とても嬉しい。本来の目的から若干外れてるけど、それでもやっぱり嬉しい。嬉しいけど……っと、今は説明の途中だったっけ。

 

「こほん。…第二の目的は、世論を味方に付ける事。女神

の私達からすればこれは第一の理由と少し被るんだけどね」

『…よろん……?』

「世論って言うのは…うーんと、沢山の人達の考え…って感じかな?だよね?」

「そうね。国民の気持ち、って言ってもいいかもしれないわ」

「何をするにしても、世論…国民が味方してくれてた方がやり易いからね。無茶も世論が味方なら勇敢な行為って事になるし」

「…そうなの…?」

「わ、わたしにきかないでよロムちゃん…」

「え、ええとね二人共。これは…」

 

目的をそのまま説明した結果、ロムちゃんとラムちゃんは不思議そうな表情に。けれど私に先んじてネプギアとユニが分かり易い言葉や言い回しに言い換えてくれたおかげで割と説明はスムーズに進む。

そうして第二の目的も説明し終え、話は第三の…守護女神奪還作戦における裏側へ直結する、最後の目的へと入る。

 

「…じゃ、これが最後の説明なんだけど……」

「……イリゼさん?」

「…今から言うのは、聞いててあんまり気分のいいものじゃない事だよ。それを念頭に置いておいて」

 

そう前置きを入れて、私は目的を口にする。誤魔化したりオブラートに包んだりせず、何故私があそこまで熱弁を振るったのかを話していく。この結果どういう事が起こるのかまで含めて私は話し切り、説明終了と同時に私は口を閉じた。

 

「ぽかーん…」

「わけわかめ…」

 

第三の目的は第二の目的以上に複雑で、ラムちゃんは擬音を、ロムちゃんに至っては死語を口にしてしまう程理解出来てない様子だった。そして、ネプギアとユニは……複雑そうな表情を浮かべていた。私と教祖さん達で考え実行に移した事を否定するでも賞賛するでもなく、ただ複雑そうな顔で私を見ていた。

 

「…これから士気上げていかなきゃって時にする話じゃなかったかもね…ごめん、私が軽率だった…」

「そ、そんな事…元はと言えばこの話はわたしがきっかけを作った様なものですし…」

「今の話を気にしてパフォーマンス落とす程アタシ達も子供じゃないですから、気にしないで下さいイリゼさん。……それに…政治はそういう面もあるものだって、分かってますから…」

「……っ…」

 

自分で自分を納得させている様な、どこか諦観の念も感じられる言葉に私は胸を締め付けられる。その言葉とそれを口に出させた心境はきっと、ユニが物分かりの良い子だからこそ出てきたもの。けれど候補生の中では比較的冷めているものの本心では『女神』への憧れを抱いている筈の彼女にそう言わせてしまうのは、女神の先輩として、短い期間ながら先生をしていた身として不甲斐なくて不甲斐なくてしょうがなかった。

言葉にはしなかっただけで、ネプギアも恐らくユニと同じ思いを抱いている筈。私もイストワールさん達もこの選択を間違っていたとは微塵にも思っていないけど、それでも二人のこんな姿を見てしまうと私は…………

 

「なーに沈んだ顔してんのよ、イリゼ」

 

──ぽふり、とその時私の頭に手が置かれた。それは、いつの間にか近くに来ていたアイエフの手。

 

「アイエフ…」

「そりゃ色々思うところのある策かもしれないけど、別に法を無視したとかねぷ子達の頑張りを蔑ろにしたとかじゃないでしょ?ベストじゃなくともベターな選択ではあるんだから、気にするのも程々にしなさいよね」

「そうですよ、イリゼちゃん」

 

またぽふり、と私の頭に手が着地。その手の主はコンパで、更にその後ろには皆が集まっていた。しかも、ネプギア達は空気を読んでちょっと下がっていた。

 

「わたしは政治の事詳しくないですから、ちゃんとした事は言えないですけど…イリゼちゃんやいーすんさん達が出した答えですから、わたしはそれを応援したいと思ってるです」

「コンパ…あ、あはは…皆もごめんね、沈むだけに留まらず皆に心配かけちゃうなんて…」

「構わないよ、あたしはこのパーティーじゃ一番の新参ではあるけれど…何かあれば力になろうとするのが仲間ってものでしょ?」

「そうそう、イリゼは可愛いんだからもっとにこにこしてなきゃ!…あ、大丈夫!勿論皆も可愛いよ!」

 

ぽふぽふと皆が私の頭に手を当ててくれる。こんな時皆に心配や気遣いをさせるのは女神として情けなく、本当に私は何やってるんだろうと更に沈みそうな気持ちになる。……けど、同時に嬉しかった。仲間が、友達が私の様子を見てすぐに元気付けようとしてくれるなんて、嬉しくない訳がない。マイナスの気持ちとプラスの気持ち、その両方を抱いた私だけど…数値化するならば、気持ちの上では圧倒的にプラスだった。…だって、私にとってはそれ位嬉しい事だもん。

…ただ、一つ思うところがあるとすれば……

 

「…あの、皆…撫で過ぎだから……」

 

何故か皆は、代わる代わるで私を撫で続けていた。…コンパやREDはまだ分かるけど…なんでケイブやファルコムまで私を撫でるの……?

 

「小さい子って撫でられると安心するでしょ?折角皆がやってあげてるんだから甘んじて受け入れなさい」

「う、うん…って私は小さい子じゃないよ!失礼な!もう安心したからいいですっ!」

「表情がころころ変わるわね…少し面白いわ」

「楽しんでる!?ちょっとケイブ、ケイブは目的変わってない!?」

「楽しんでいるのは私だけじゃないわ。ほら」

「う…なんの事か、ボクは分からないなぁ…」

「はは…気のせいだよ気のせい、そうだよねRED」

「あたしは楽しんでるよ?」

「…振る相手を間違えた……」

「振る相手を間違えた…じゃないよファルコム!これつまりは皆楽しんでるって事じゃん!う、うぅぅ…うにゃあぁぁぁぁっ!皆の馬鹿ぁ!もう知らないっ!」

 

バタバタと両手を振るって頭上を占領する皆の手を振り払い、ぷいっと頬を膨らませながら顔の向きを窓の外に向ける私。心配してくれてたのかと思ったら、私を玩具にして遊んでたなんて…酷い!酷過ぎる!見損なったよ皆!

 

「…………」

 

数十秒後、自分からそっぽ向いた癖に皆の反応が気になってしまった私は、ちらりと機内の通路側に目をやる。するとそこでは皆揃って私が見る事を予想していたかの様ににこにこと笑みを浮かべていて、私は慌ててまた視線を窓の外へ。そして、もう今度こそ知らない、と意気込みながら窓の外…つまりは窓を凝視した結果…

 

(……って、なんて顔してるの私…)

 

──窓に映る私は、まんざらでもなさそうな顔をしているのでした。

 

 

 

 

そうして移動を続けて数十分。プラネテューヌの圏内から離れるところで護衛の二機は離脱し、更にギョウカイ墓場が見えてくると同時に飛空挺の高度も下がっていく。

 

「…緊張、してきたね……」

「そうだね。…まさか、ギョウカイ墓場に向かう日がやってくるとは…」

 

窓から見えるギョウカイ墓場の形相に緊張を見せる5pb.とファルコム。…と言っても緊張してるのは二人だけじゃなく、突入組全員が今同じ心境を抱いている。特に女神候補生の四人は作戦の要且つ苦渋と絶望を抱いた場所なんだから、心穏やかにいられる筈がない。

そこで少し前に平常心を取り戻した私が雰囲気を少し緩めようと、話のネタを探して……ギョウカイ墓場の入り口付近に止まっているトレーラーを発見した。

 

「あ……あのトレーラーは、もしかして…」

『……?』

 

わざとらしく大きめの声を出して皆の注目を集める私。皆の気分を完全に変える事は出来なくても、一時的に気を紛らわせる事が出来るならそこに価値があるよね。

 

「ほら、あれが私の協力者さんが乗ってきた車両だよ。…正しくは協力者さんの物と思われる車両だけど…」

「じゃあ、へんけーするしれーかんのかのうせいもあるの?」

「その可能性は限りなくゼロに近いんじゃないかな…でもどうしてあんな大きい車両で来たんだろう…」

 

見えてきたばかりの時点では普通のトラックか何かに見えたけど、近付くに連れてそれがどう見ても市販されていないサイズの物であると判明していく。…まさか私の知らない間にメンバーが物凄く増えたとかじゃないよね…?

 

「イリゼちゃん、その協力者さんってやっぱり強いんです?」

「うーん…それなりには戦える筈だよ?…ここの面子と比較したら流石に弱いけど…」

「それは、なんというか…私達と比較しても強い人なんて、それこそ女神様達位じゃないかしら…」

 

ケイブの何とも言えないその言葉に、しかし皆はうんうんと首肯。…と、そうしてる間に飛空挺は着陸シークエンスに入って、私達は全員一度座席に戻る。

 

「うー、耳キーンとする〜…」

「そう?ガクンってしておもしろいよね〜ロムちゃん」

「わたしは、ちょっとにがて…かも…」

 

ギョウカイ墓場周辺にちゃんとした滑走路がある筈もなく、飛空挺はそれを想定したランディングギアを搭載しているとはいえ機内は結構揺れてしまう。…私達にとって、この位の揺れは慣れたものだけどね。

着陸し、減速し、飛空挺は停止。その後機長さんから女神様達の救出を宜しくお願いします、と頼まれた私達は荷物を持って、飛空挺の出入り口へ。外側からはタラップが地面へと降りて、それが降り切ると出入り口の扉が開き私達は飛空挺の外へと……

 

「──カーペットを敷け!全員並んでアーチを作れ!さぁ、我等が至高の女神様がお通りだッ!」

「え……ええぇぇぇぇええええっ!?」

 

奥からタラップに向けて勢いよく敷かれるレッドカーペット!その左右にトレーラーから出てきて整列する人達!その人達の持つ武器によって二人一組で作られるアーチ!……そう、これは全て私の協力者さん達の行なってくれた事!……って、

 

「いやいやいやいややり過ぎだよ!?滅茶苦茶やり過ぎだよ!?やり過ぎだし、これどっちかっていうと凱旋の時にやるべき事だよ!?何考えてるの!?」

「え?……いえ、状況的に神根様をイリゼ様は彷彿としているかと思ったんすけど…」

「私はゼロじゃないんだけど!?…もう、いつも言うけど皆は色々オーバーだよ…」

 

さっ、と私達の前に出てきた二人に対し、私は辟易としながら注意を促す。…私の為に頑張ってくれるのは嬉しいけど、何事も限度ってものがあるよね…。

…と、そこで私が振り返ってみると、皆は何が起こったのか分からない…と言いたげに呆然としている。…至って普通の反応である。

 

「あ、あー…えっとね皆。驚くと思うけど…この人達が、私の言った協力者さん達です…」

『…えぇーー……』

「だよねっ!そういう反応になるよねっ!なんかごめん!」

 

立場的に責任を感じ得ない私はぺこぺこと平謝り。しかもそこで皆が「イリゼ様が謝る事ではありません!」だの「くそうっ!もっとテキパキやってれば…!」だの言うものだから余計空気は変な感じに。

 

「…ど、どういう方達なんですか…?」

「……私の、信仰者…」

「あー……え?…イリゼさんの、信仰者さん…?」

 

遂にネプギアにその事を訊かれ、返した結果、更に変な空気に。……どうしよう、私皆を呼んだのがちょっと間違いだったかもって思い始めたよ…。

 

「か、かなり独特な方々ですね…」

「あ、あはは…でも良い人達なんだよ?こんな物騒なお願いも、何一つ嫌がらずに引き受けてくれたし…」

「そりゃ当たり前っすよイリゼ様!何せイリゼ様直々の依頼なんですから!」

「イリゼ様に頼まれて拒否する者など、ここにはおりません…」

「……あ、愛されてますね…」

「あ、あはははは……」

「え、えーと…大きいトレーラーですね。何か凄い物持ってきたんですか?」

 

返す言葉が見つからず、ただただ乾いた笑いを漏らしていると…コンパが話を逸らしてくれた。こ、コンパ…助かったよ!ありがとうコンパ!

 

 

……と、思いきや…

 

「お、やっぱり気になります?ではでは…おい、トレーラーを開け!」

「了解!」

 

コンパの言葉がきっかけで、トレーラーのハッチがオープン。それによって少しずつトレーラーの中身が見える様になっていって、私達の目にその姿が…横になった、普通の人間の数倍以上もある人型のそれが映っていく。

それは、黒が基調となった重厚なデザインの兵器。そう……ラステイションの、MGに他ならない。

 

「え、こ、これって……」

 

思ってもみない物の登場に、私だけでなくパーティーメンバー全員の視線がラステイションの女神であるユニへと集中。勿論それは『何故?』という疑問に答えてほしくてのものだけど…そのユニも、「なんでこれがここに!?」…と言いたげな表情を浮かべている真っ最中。そんなユニの反応から、私達が何かヤバい事情があるんじゃと不安になり始めた時……飛空挺から降りる際身に付けたインカムから声が聞こえてきた。

 

「こほん。聞こえているかな?」

「その声…ケイさん?」

「その通りだよ。協力者達とはもう合流したのかい?」

「あ、はい…あのケイさん、今私達の前にあり得ない物が…」

「あぁ、それはラステイションから特務監査官である君への貸与品だよ。少し調べてみたら、うちの軍のパイロット中で退役した一人がその組織に参加しているみたいだったからね。手続きはこちらで進めておいたから、彼諸共この作戦で有効に活用してほしい」

「…そ、そういう事ですか……」

「それは先に伝えておきなさいよケイ…」

 

えー…どうもあのMGは私の協力者…というか私へ貸し出された物らしいです。私の知らぬ間に、一時的ながら私の所有物が増えていました。…た、確かにありがたいけど…なんか釈然としない…!

そんなこんなで一応無事到着&合流した私達は、出入り口の防衛及び敵の迎撃を私の信仰者さん達に任せて突入体制に。

 

「…イリゼ、あの人達は大丈夫なのよね?」

「うん。テンションはちょっとアレだけど…それでも私は信頼してる、大事な人達だからね。だから任せて頂戴」

「そう。…なら、突入ね」

「よーし!テメェ等!イリゼ様達が突入すると同時にこっちも任務開始だ!これはイリゼ様の、女神様達とその仲間の方々の生死にも少なからず関わる作戦だ、全員気張れよ!」

「はい!よっしゃ、この命はイリゼ様に捧げた物、死んでもここは死守してやるぜ!」

「私もよ!命張ってこそ真の信仰ってものじゃない!」

「……ごめん、数分皆待ってくれるかな?」

 

一つ深呼吸をし、私達は目を合わせる。もう既に準備も心構えも十分にしたんだから、後はとにかく突き進むだけ。

…けど、私は一つ、突入する前にやらなきゃいけない事が今出来た。それを遂行する為に、一度皆の下から離れて信仰者さん達の前へ。

 

「…あのさ、皆!次の定期集会っていつだっけ?」

「再来週末、ですね」

「そっか。…じゃあ、私はその会に絶対参加するよ!ゆっくり出来るかどうかは分からないけど…この作戦の打ち上げも兼ねて絶対参加する!だから…ここにいる皆も、絶対欠席しちゃ駄目だからね!来られませんなんて言語道断、私は皆が来てくれるのを楽しみにしてるんだから!いいね!?」

「……っ!イリゼ様……そういう事だテメェ等!イリゼ様の言いたい事、分かるよな?……絶対ここで命落とすんじゃねぇぞッ!」

『了解ッ!』

 

皆の表情が生き生きとしてるのを見て、私は一安心。改めてパーティーの下に戻り、ギョウカイ墓場の内部へと足を踏み出す。

命を懸けてまで頑張ってくれるのは、女神冥利に尽きる事だった。国を持たない私にそこまで信仰してくれる人がいるなんて、私はそれだけで皆の為に頑張ろうと思える事。……けれど、だからこそ皆には命を落としてほしくない。私を大切にしてくれる人だからこそ、私はそんな人達を大切にしたい。それを言うならまずこんな役目を頼むなって話だけど…この案が、これまでに取ってきた事が、私の出来る最善の事。さっき皆に元気付けてもらったんだから、またここで落ち込む訳にはいかないよね。

そうして私達は出入り口を彼等に任せ、ギョウカイ墓場の中へと向かっていった。守護女神の四人を助ける為に、犯罪組織に打ち勝つ為に。……皆との明日を、この手に掴む為に。




今回のパロディ解説

・スーパーパック
マクロスシリーズに登場する、バルキリーの追加装備の一つ。スーパーパック、又はストライカーかトルネードパック的な物を纏っていると思って頂けると幸いです。

・わけわかめ
元ネタが幾つが見受けられる、訳が分からないという意図の言葉。これは元ネタが創作物ではない可能性も大いにあるので、もしかしたらパロディではないかもしれません。

・神根島、ゼロ
コードギアスシリーズに登場する島及び、主人公ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの扮する人物の事。…別にイリゼの信仰者達は黒の騎士団じゃないですよ?


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第六十二話 約束を果たす為に

負のシェアの溜まり場で、外観からして荒廃しているギョウカイ墓場。この場所に足を踏み入れるのは、これで三度目になる。

一度目は、マジェコンヌさんと魔王ユニミテスを足止めする為。あの時は危うく死ぬところだったし、マジェコンヌさんの考え次第では私が今のネプテューヌ達の様に拘束されていたかもしれない。二度目は捕まったネプテューヌ達の状況確認と墓場の偵察を行う為。あの時は一応最低限のノルマは達成出来たけど、幽閉されている四人を置いて帰るのは心が痛んだ。そして三度目…今は、四人を助ける為に来ている。一度目の時、ノワールベールブランの三人が私を助けに来てくれた様に、今は私が助けに来ている。

 

「ここまでヤバい所なんだ、ギョウカイ墓場って…こんな所に女の子幽閉するなんて、犯罪組織許すまじだよ!」

「だ、大丈夫かなベール様達…」

 

ギョウカイ墓場の実態を知り、守護女神四人への心配を募らせる新メンバー達。ここに入ってからそこそこ経つけど、シェアクリスタルのペンダントはちゃんと機能してくれているようで、人間組の皆が体調を崩したり性格悪くなったりした様子はない。…とはいえペンダントにしろスキンシップ加護にしろ汚染を遅らせるだけなんだから、出来るだけ無駄無く進まないと…。

 

「…わっ、とと……」

「……?ユニ、どうかしたの?」

「す、すいません…ちょっと弾丸落としちゃって…」

 

その場でしゃがみ、落とした弾丸を拾うユニ。普段はやらないおっちょこちょいなミスをしてしまったユニの表情は…心なしか、強張っている。

…いや、ユニだけじゃない。ネプギアも、ロムちゃんも、ラムちゃんも緊張感に駆られた様な表情を浮かべて、口数もめっきり少なくなっている。……そうだよね…四人はこの面子の中で、一番緊張するに決まってるよね…。…でも、

 

「…大丈夫だよ。特訓最後の日にも言ったけど四人共強くなったし、連携だって出来る様になった。それにこんなにも力強い味方がいるんだから、失敗なんて絶対しないって」

「道中の厄介事は、全て私達が引き受けるわ。だからそんなに気負わなくても大丈夫よ」

「あたし達の役目はネプギア達を万全の状態で送り届ける事、だからね。…それとも、あたしでよければ安心出来る様撫でてあげても構わないよ?さっきのイリゼみたいにね」

「そうそう……ってファルコム!?さっきのアレ掘り返す気!?また私を辱めたいの!?」

「あ、それならわたしもなでなでしてあげるです。わたしのなでなではねぷねぷに好評だったんですよ」

「コンパも乗らなくていいから!相変わらず天然部分は平常運転なんだね!」

「……ふふっ」

 

ここは敵の本拠地と言っても差し支えない場所なのに、やはりうちのパーティーは平常運転。機内では多少緊張してたけど…舞台に上がると緊張を殆ど忘れてしまう(個人差有り)様に、皆もうその段階に至っているらしい。

そして、私達が漫才的雑談を交わしていると…ネプギアは笑みを零していた。…それもまた、候補生四人揃って。

 

「…心強いです、皆さんがそう言ってくれると」

「…そうね。お姉ちゃん達も、こうやって仲間に支えられてきたのかも…」

「私達はそんなつもり無かったけどね。ねぷ子達は積極的に会話に入ってくる…というより話を回しまくってたし」

「女神の皆さんは、いつもわたし達の会話の中心にいたですね」

「それは私達のぶっ飛んだ会話に皆が付き合ってくれたからだよ。…うん、確かに皆と仲間や友達として馬鹿話が出来ていた事が、私達女神にとっては心の安らぎだったんだと思う。…私と四人とは立場が違うから半分は予想なんだけど、さ」

「じゃあ、わたしたちも…もっとおしゃべりした方が、いいのかな…?」

「そーなのかも。じゃ、だれかはなししてみて!」

「凄い大雑把なお願いだね…えと、じゃあ歌ってみる?…もしかしたらモンスター呼んじゃうかもしれないけど…」

「そ、そんな精神不安定な時のアイモみたいな展開は勘弁して頂戴…」

 

普段おふざけ話においては傍観が主体のケイブもこれは流石にスルー出来なかったのか突っ込みを入れ、それで更にちょっとした笑いが私達の中に。…この様子なら、四人も少しは平常心を取り戻せたのかな。

道中で遭遇したモンスターを蹴散らしながら…と言ってもそれはコンパ達がやってくれたんだけど…深部へと歩みを進める私達。目的地までもう半分は歩いたかな…というところで、ふとネプギアが声を上げる。

 

「…あの、わたしの記憶違いじゃなければ、このまま進めば四天王の一人と会う事になりますよね?」

「だと思うよ。ジャッジの役目は墓守って言ってたし」

「ですよね。なら奴…ジャッジ…えーっと、ジャッジ……あれ?ジャッジの後って何だっけ…?」

 

頬に右手の指を当てながら自身の記憶を探り始めるネプギア。…そう言えば私、ジャッジのフルネームって教えたっけ?教えてないなら幾ら考えても出てこない可能性があるんだけど…。

 

「ジャッジ、ジャッジ…ジャッジマンとかじゃないよね…皆は分かる?」

「わたしは知らなーい、しょーじき見た目もあんまりおぼえてないし」

「さあね。別にこれから仲良くする相手って訳じゃないし、ジャッジだけ分かっていれば十分じゃない?」

「それはそうなんだけど、気になっちゃって…ロムちゃんは何か思い付かないかな?」

「わたし…?…えと…ジャッジ…ジャッジ……」

 

口元に軽く握った右手を当てながら思考を巡らせるロムちゃんは、先の二人と違って真剣に名前を当てようとしているみたい。そんなロムちゃんを正答が出なかったら教えてあげようかな…と何となく考えながら見ていたところ、たっぷり時間を取ったロムちゃんは遂に思い付いた様子で……

 

「……あっ…!ジャッジ・バエ──」

『いやその人ではないんじゃない(かな・かしら・かなです)!?』

「ふぇぇ…!?」

 

…なんかとんでもない勘違いをしていた。これが守護女神組ならボケだろうけど…ロムちゃんの場合、本気で言ってる可能性が非常に高い。

 

「ち、ちがった……?」

「う、うん…多分違うんじゃないかなロムちゃん。普通に他作品だし、百歩譲ってそこ無視したとしてもその人が四天王やってたら厄介過ぎる上にややこしい事になり過ぎるからね…」

「そ、そっか…あぅ、わたしもわからないかも…(しょぼん)」

「あ…き、気にしないで。むしろ分かんなくたっていい事にここまでちゃんと考えてくれて嬉しい位なんだから、ね?」

 

しょげちゃったロムちゃんをネプギアがフォローするのも今では見慣れた光景。ユニとラムちゃんが減らず口を叩き合ったり、三人が天然ボケに走ったところへユニが突っ込んだり、何か達成した時四人できゃっきゃと喜んだりと、候補生の四人は守護女神の四人とは違う形の関係を形成しつつある。…私含めた守護女神組が個のぶつけ合いで化学反応起こして一つの力になってるとしたら、ネプギア達はそれぞれの個を重ねて束ねる事で一つの力になってる、って感じかな。この短期間で連携能力を伸ばせたのも、既に信頼関係を築けていたのが要因だろうし。

その後も数十秒程ネプギアはうんうん唸っていたけれど、やっぱりフルネームは出てこない様子。じゃ、そろそろ教えてあげようかな。

 

「ザ・ハードだよザ・ハード」

「へ…?…あの、イリゼさん…それは、ジャッジの後に続く名前…って事ですか?」

「それ以外にあると思う?」

「で、ですよね…」

「私も正直ユニに同意見だけど、まぁ気になったのならちゃんと覚えておくといいよ。奴の名前は、ジャッジ・ザ・ハード……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────おう、久し振りだなオリジンハート」

『……──ッ!?』

 

ぞくり、と女神の本能が危機を感じ取ったのと同時に聞こえた荒々しい声。弾かれた様に武器を抜き声のした方へと向き直る私達。そして私達が目にしたのは……たった今名を出したばかりの四天王、ジャッジ・ザ・ハードだった。

 

「いつの間に…あたし達の侵入に気付かれていたって事…?」

「来る事自体は分かってたでしょうね。何せ女神がここに来るって大々的に放送したんだもの」

 

言葉を交わすファルコムとアイエフは既に臨戦態勢。勿論臨戦態勢なのは私含めたパーティーメンバー全員の事で、いきなりの事態に対して何かあれば即戦闘開始出来る状態に、私達はある。

 

「相変わらず野郎の居ねぇパーティーなんだな、そこらの男よりよっぽど腕の立ちそうな面子ではあるが。…それに…随分と面構えがマシになったじゃねぇかよ、女神候補生」

「ふん、アタシ達があの時と同じと思ってるなら大間違いよ。女神候補生を舐めないでよね!」

「舐めねぇよ、テメェ等が舐めてかかっていい相手じゃねぇのは面構えを見りゃ分かる事だ。そっちこそまさか、物量頼りで俺に勝てるとは思っちゃいないよなぁ?」

 

ジャッジは肩にかけていたハルバートを私達に向け、にやりと挑発的な笑みを浮かべる。それを受け、皆は更に緊張感を張り詰め戦う意思を露わにしていく。

 

「むむ、すっごいらんぼーそうなやつよね…ロムちゃん、ネプギア、ユニ!あいつコテンパンにしてやるわよ!」

「えぇ、アタシ達の成長を見せつけてやろうじゃない!」

「待って、気持ちは分かるけど…道中の戦いはボク達の役目の筈だよ」

「四人はお姉ちゃん達を助ける為に力を温存しなきゃなんだから、ここはアタシ達に任せてくれなきゃ駄目だよ!」

「で、でもこのジャッジって四天王はすっごく強いんです!…いや勿論他の四天王も強いんですけど‥幾ら皆さんでも、女神抜きでの戦闘は無茶ですよ!」

「おいおい仲間割れか?賑やかだなぁテメェ等は」

 

作戦通り自分達だけで戦おうとする人間組の皆と、四天王の強さを知っているが故に異を唱えるネプギア達。途中言葉を挟んだジャッジを無視して更にやりとりは続く。

 

「無茶でもここで貴女達が疲弊した結果奪還失敗…なんて事になるよりはマシよ。それにこの作戦では四天王を倒す事が絶対条件じゃないのだから、私達に任せて」

「それを言うなら皆で戦うのが一番安全且つ速い筈です!他の四天王が来たら不味いですし、強敵相手に戦力温存なんて…」

「はっ、駄目だなこりゃ。ったく、テメェ等……トランキーロ!あっせんなよ!」

『え……っ?』

「…………」

『…………』

「…………」

「…………プロレス観てたの…?」

「あぁ、暇だったからな」

 

中々意見が纏まらない中、突然ジャッジはそう声高に叫んだ。で、それを受けた私達はちょっと…いや大分反応に困って決まった。…いやこのタイミングでそれ言う!?敵キャラがこのタイミングでそんなパロディ発言をする!?確かにジャッジはそれっぽいけど!制御不能な男って感じではあるけども!

 

「…んで、どうすんだよ?それとも何か?俺に攻め込んできてほしいってか?」

「う…どっちにするにしても、早く決めなきゃ攻撃されちゃいそうです…」

「わ、わたしは…わたしも、みんなでたたかった方がいい…と思う…」

「だよね。皆さん、これはお姉ちゃん達を助ける作戦ですけど、わたし達にとっては皆さんだって大切な人達なんです。だからわたし達にも戦わせて……」

「……いや、待ってネプギア。ネプギアも、皆も…ここで戦う必要はないよ」

 

ネプギアがネプギアらしい、優しい女神らしい言葉を言いかけた時…それまでずっと会話に入らず(ジャッジに質問はしたけど)、最後にもう一度だけ選択をどうするか考えていた私が、彼女の言葉を遮った。言葉を遮り、一歩前に出て、手で皆を制する。

 

「戦う必要はない…?…イリゼそれはどういう意味かしら?」

「言葉通りの意味だよ。…ジャッジは、私が倒す」

「……は?…いや、イリゼあんた…何言ってんの…?」

 

言葉の意味をケイブに問われ、それに私が返し…アイエフに唖然とされる。アイエフだけじゃない。パーティーメンバー全員がそこまでの会話を根本から覆す様な私の発言に、私の言葉を疑うかの様な目線を送っていている。そうしていないのは…私の意図を分かっているであろう、ジャッジただ一人。

 

「私はジャッジと戦わなきゃいけない理由があるんだよ。それは個人的な理由だけど女神として蔑ろにしちゃいけない気がするし、もしジャッジが現れたらこうするってイストワールさん達にも伝えてある。だから…皆は先に行って」

「ちょ、ちょっと待ってよ!じゃあ女神様を助ける作戦はどうするの!?」

「私の役目は、ネプギアにやってもらおうと思ってる。…大丈夫、今の四人なら私無しでもきっとアンチシェアクリスタルを破壊出来るよ」

「えぇ!?そ、そんな土壇場で大丈夫なんて言われても…それにさっきネプギアが言いましたが、全員で戦うのが一番確実…」

「奴は私達全員で戦っても一筋縄じゃいかないよ。勝ち目は十分あるだろうけど、ジャッジは相手が多いなら多いなりの戦いが出来る筈だから。……ごめんね、勝手な事言って…でもどうか、私の我が儘を聞いて下さい」

 

そこで私は振り向いて、皆に向かって頭を下げる。だって、うだうだ説明を並べても結局のところ私の考えは作戦全体の流れより個人の約束を優先しようとしてるんだから。これが我が儘じゃないのなら、世の中で我が儘と言われている多くの事が真っ当な主張になってしまう。

親しき仲にも礼儀あり。その理念で深く深く頭を下げて、数秒。分かってもらえるか、それとも怒られるか…そう心の中で私は思いを巡らせて……

 

「……もう、仕方ないですねぇイリゼちゃんは」

「こうも頭を下げられちゃ、付き合いの長い身として無下には出来ないわよね。…私達からもお願いするわ、イリゼの意思を汲んであげて頂戴」

 

下を向いている私の視界の端に映ったのは、たらんと垂れたコンパとアイエフの髪の毛だった。先程まで見えていなかった髪が見える様になった理由なんて、そんなの二人が私の為に同じく頭を下げてくれたから以外にあり得ない。

二人は理解してくれるどころか私の為に頭を下げてくれまでした。私は我が儘を言っているのに、そんな私を肯定してくれた。そんな二人の優しさに、良い友達を持てた事に、私は心がじんわりと暖かくなる。…そして更に、私の心は暖かくなっていく。

 

「……っと…これは…」

「ふふっ…イリゼちゃん、頭を上げてみて下さいです」

「へ?……あ…」

 

コンパに言われ、何だろうと思いながら顔を上げた私。顔を上げて、皆の顔を見て……気付いた。皆が笑みを浮かべている事に。それは勿論、皆が皆満面の笑みって訳じゃない。苦笑いだったり、少し呆れの感情を含んでいたりする笑みでもあったけど…それでも、皆の顔には表れていた。私の願いを、尊重してくれるという意思が。

私は本当に良い仲間を、友達を持ったと思う。今いる皆も、今は他の場所で頑張ってる前の旅の皆も、論ずるまでもない良い人達。だから後は…ネプギア達、女神候補生の四人。

 

「…駄目、かな?」

「だ、駄目かどうかって言われると…その…」

「えと、わたしは……」

「…わたしは、いいと思います」

「ネプギア…」

 

皆が口籠る中、一人私の意思に賛成してくれたのはネプギア。ネプギアは三人の方を向いて続ける。

 

「確かに、ここにイリゼさん一人残すのは良い事じゃない気もするけど…でも、イリゼさんはこれまで私達に指導してくれたり、手助けしてくれたり、時には私達を信じてくれたりしたでしょ?…だからわたし達からもイリゼさんを信じてあげる事が、候補生として出来る恩返しだと思うんだ。…皆も、そう思わない?」

「……そうね。わたしたちだけでもおねえちゃんたちを助けられるってしんじてくれるなら…わたしたちもしんじなきゃよね」

「…うん。わたしも、しんじてあげたい…」

「……ユニちゃんは、どうかな?」

「…イリゼさん、まさか玉砕覚悟とかじゃないですよね?」

「そんな訳ないよ。私はまだまだやりたい事もやり残した事もあるんだから、こんな所で死んでなんていられないって」

「そう、ですか……なら、分かりました。イリゼさん、ここは任せます!」

「…皆、ありがとう」

 

今一度、私は頭を下げる。さっきのは頼み込む為のもので…今のは、感謝を伝える為のもの。親しき仲にも礼儀ありだとしてもちょっと過剰かな…とも思うけど、私の感謝を素直に伝えるならこうして形にするのが一番なんだから、やっぱり私は深く頭を下げる。下げて、待って、上げて……皆に笑顔を向ける。皆の優しさへ泥を塗る様な事はしないって思いの笑みを。

 

「……行きましょう、皆さん」

「…私もすぐに後を追う、って言っておいた方がいいかな?」

「それは死亡フラグだから止めときなさい…」

「あはは…でも私はそういうつもりだよ。だから…」

「分かってます。…期待してますね、イリゼさん」

 

そう言って、ネプギアが走る。その後を追う様に皆も走り、ジャッジとは距離を取りつつこの場を去っていく。その後ろ姿を見ながら、私は心の中で最後の言葉に返答をする。……期待しててよ、皆。なんたって私は、大切な人と大切な人が守りたいものを守る女神、オリジンハートなんだからね。

 

 

 

 

「……墓守なのに、追わなくていいの?」

 

皆の後ろ姿が小さくなり、もうすぐ見えなくなるかな…というところで、私は口を開いた。誰に対しての言葉なのかは…言うまでもない。

 

「あ?そりゃ墓守としちゃ追った方がいいが…テメェ相手に余所見して別の目標へ攻撃なんて真似出来るかよ。俺は自殺願望はねぇっての」

「…理由はそれだけ?」

「そうさなぁ…もう一つ理由があるとすりゃ、それは……楽しみにしていたテメェとのタイマンを捨てるのが惜しいってところだなぁッ!」

 

どすん、とハルバートを地面に叩き付けにんまりと笑うジャッジ・ザ・ハード。……全く、奴は絶対女神と互角以上の戦闘狂だよ…。

 

「…っとそうだ。一つ確認しとくぜオリジンハート。…何で俺とのタイマンを選んだ。俺は大した頭は持っちゃいねぇが、テメェの選択が非合理的だって事位は分かるつもりだぜ?話したくねぇなら話さんでもいいが、そうじゃねぇなら聞かせてくれや」

「理由?…何を聞くかと思えば……言ったでしょ?次に来た時は一対一で刃を交えるって」

「はっ、つまりは約束を守ったって事か!流石は女神様だなぁ!」

「皆に話した理由も嘘じゃないんだけどね。……さて、そろそろ始めようかジャッジ」

 

品性の感じられないジャッジだけど、同時に彼からはある種の真っ直ぐさを感じる。その方向性はとても褒められたものじゃないけど、正直私は奴をただの悪人とは思えなかった。……だとしても、情け容赦をかけるつもりは毛頭ないけどね。

短い深呼吸を一つして、私は女神化。自身の身体を人としてのものから女神としてのものに戻し、プロセッサユニットを身に纏う。

 

「へぇ、その装備…わざわざ新調してきたってか?」

「この戦いで生き残る為には手なんか抜いていられないからね。…今の私は、前とは違う」

「だよなぁだよなぁ!テメェから感じる気迫は明らかに前以上だ!へっ、一層楽しみになってきたじゃねぇか!」

「それは良かったね。──馴れ合いはここまでだ四天王。死にたくなくば、原初の女神たるこの私に打ち勝ちたくば、全身全霊を持って戦うがいい」

「……そうだな。じゃあ、始めるとしようじゃねぇか…」

 

長剣を手元に顕現させる私。ハルバートを持ち上げ、笑みを浮かべながらもその奥で強者の顔を見せるジャッジ。私達は一歩ずつ近付いていく。一歩、また一歩と近付き、互いに十分な距離にまで近付いたところで一度止まり、そして…………吠える。

 

「この時を今か今かと待ちわびてたんだッ!さぁ、楽しもうじゃねぇかオリジンハートォォォォッ!!」

「覚悟するがいいジャッジ・ザ・ハード!貴様は、私が……ここで討つッ!」

 

地を蹴り互いに肉薄した私達の長剣とハルバートが激突する。両者の得物が火花を散らし、私とジャッジの視線が交錯する。

ジャッジの意思により一度中断され、そして約束された私達の一騎討ち。女神と四天王による、雌雄を決する戦いは……今ここに、始まった。




今回のパロディ解説

・アイモ
マクロスFrontierにおける劇中歌の一つの事。5pb.の歌には特殊な力があるみたいですが、具体的に何なのかは語られてませんね。原作はどれもそんな感じですが。

・ジャッジ・バエ──
本作と同じくハーメルンにて投稿されている作品『女神世界の新生世代』(作フェルデルトさん)の登場キャラ、審判の悪魔(ジャッジ・バエル)の事。まさかの二次創作パロディ、この件はフェルデルトさんに話してありますよ。

・「〜〜トランキーロ!あっせんなよ!」
プロレスラー、内藤哲也選手の代名詞的台詞の一つのパロディ。…別にジャッジはデスティーノしたりスターダスト・プレスしたりしませんよ?イリゼ潰れちゃいますし。


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第六十三話 作られた戦争

組織というものは、大きくなれば大きくなる程内部に弱みが増えていく。強大な勢力となった事による慢心、味方の多さ故の油断、統制しきれない結果の腐敗……それ等は得てして避けられないものであり、適度な緩みの無い組織はそれを構成する人間にとってストレスとなるのだからある程度は許容しなければならない。

……が、それは問題の発生していない平時であれば通用する事。有事の際にその様な緩みは…ましてやその緩みが問題の原因となっているのであれば、そんな事は言っていられない。──弱みも緩みも、組織そのものが潰れてしまえば元も子もないのだから。

 

「そうだ!全機起動させて外に出せ!ここでお寝んねさせてたってなんの意味もねェんだからよ!」

 

ラステイション郊外にある犯罪組織の基地内、兵器格納庫にて指示を飛ばすのは偶々ここへとやってきていたリンダ。普通基地での指揮は基地司令やその基地所属の指揮官が出すものだが…上から下まで混乱している現状では、その場の判断で指揮出来る者が指示を飛ばすのが最適だった。

女神と教会による放送から数十分。その放送により情報流出が判明し、全ての人の耳に届いたのではないのかという程大々的な宣戦布告とテロ組織認定を受けた犯罪組織の裏側の構成員は、蜂の巣を突いた様な騒ぎに見舞われている。

 

「…くそっ、こんな形で大人数の指揮を取る事になるなんて……!」

「ボヤく余裕があるならもっと細かな指示を出したらどうだっちゅ?」

「うっせェ!…ってテメェか…どうだったンだよ?」

 

指揮官というのは、多数の人間に実力を認められる事でなれるもの。そう考えるリンダにとって多人数の指揮はある種の憧れであったが…こんな危機的状況で指揮など任されても、何も嬉しくはない。しかも自身の指揮能力には少なからず女神に連敗している経験が活きているのだと内心気付いているのだから、尚更喜びの感情を抱けない彼女。…と、そこへ同じく偶々この基地へと来ていて、今は基地の指揮系統及び他基地の状況確認を行っていたワレチューがやってくる。

 

「今はどの基地も似た様な状態みたいだっちゅ。状況が状況なせいで上からの指示も上手くきてない様子っちゅね。あー、後一つ朗報だっちゅ」

「朗報?なんだよ、トリック様が来てくれるとかか?」

「ここの司令部が今後の指揮も任せるって言ってたっちゅよ」

「そうかそうか……いやそれ朗報じゃねェよ!むしろ悲報だよ!…まさか責任までぶん投げてきたんじゃねェだろうな…!」

 

ただでさえ突然の出来事と役目にストレスが溜まっているとってのに、何テメェはふざけた事抜かしてんだ…てか司令ふざけんなよ…?……という文句を視線に乗せてワレチューを睨むリンダだったが、ワレチューの方はどこ吹く風で先程触れていた細かな指示を行いに向かう。その様子にリンダも不満をぶつけるのは諦め、指揮を再開。決して賢いとは言えない頭を捻って出撃準備を進めさせていく。

そうして十数分後。基地内にあった兵器と車両は全て外へと出され、全機同じ方向を向いていた。

 

「り、リンダさん!準備完了しました!」

「よーし、じゃあ一刻も早くギョウカイ墓場に向かうぞ!急げば守護女神を助けに行った奴等を墓場の味方と挟み撃ちに出来るんだからな!」

「どんな組織もトップを失えば力がガタ落ちするもの。ギョウカイ墓場に行ったであろう女神候補生ともう一人の女神に勝てば、まだ犯罪組織は盛り返す事が出来る筈っちゅ」

 

リンダとワレチューが車両の一つに乗り込んだところで、最前列のキラーマシン部隊が発進を開始する。普段ならば兵器や武装の存在が露見する事を避ける為、隠密行動を基本とする犯罪組織だが……今はそれもかなぐり捨てていた。

部隊が順次発進する中で、リンダは考える。一体情報流出はどういう経緯なのか。裏切り者がいるのか、スパイに入られたのか、それとも端から知られていたのか。いつから今日の計画は進められていたのか。裏側を知らない構成員への対処はどうするのか。普段なら考える事すらない『目の前以外の問題』が次々と頭の中を巡り、それを振り払うが如くギョウカイ墓場に到着した後の展開を想像する。攻め込んで来ている女神さえ潰す事が出来れば、きっと問題も解決するだろうと。そしてその時は、自身の指揮と判断が評価されるだろうと。

ある種の防衛本能とも言える思考で多少落ち着きを取り戻すリンダ。…しかし、彼女の希望的観測は早くも崩れ始める。

 

「……っ!?あ、アラート!?」

「これは…キラーマシンがこちらへと向かう熱源を探知した様です!」

 

キラーマシンのセンサーが探知した情報に反応し、けたたましいアラートを鳴らす車両内の機材。その想定外の事態に多くの人間が慌て、一体何が迫っているのか確認する為行軍を中断。確認した後にどうするか考えていた訳ではなかったが…確認せずに進む程、彼等は愚かでも度胸がある訳でもないのである。

行軍を止め、センサーの探知した方向へと目を凝らす事数秒。見えてきたのは…およそ二桁の、人型の集団だった。一瞬それを見て安心した犯罪組織だが……すぐにそちらから機械の駆動音が聞こえてきている事に気付く。そうして姿が露わになったのは、黒を基調とする巨大な鉄騎。それは国の、女神の、教会の意向を受け武力を行使する組織、国防軍の部隊に他ならない。

犯罪組織の進路上に躍り出た部隊は、統制の取れた動きで犯罪組織へと武装を向ける。それに反応する形で犯罪組織側も武装を向けた瞬間…四脚の機体のパイロットが声高に言い放った。

 

「我々はラステイション国防軍だ!貴様達にはテロ組織としての嫌疑及び個人・集団それぞれの権利を超える武器密造と保有、その他多数の容疑がかけられている!こちらの指示に従い、速やかに武装解除し投降せよ!…これは提案じゃねぇ……命令だ!」

 

 

 

 

教会より通達されていた通り、四ヶ国同時放送の終了と同時に出撃した各国防軍の部隊。その目的は…テロリズム組織の一斉検挙に他ならない。

 

「…………」

 

外部用スピーカーによって送った投降命令。敬愛する女神を幽閉し裏で悪事を働いていた犯罪組織に温情をかけたいと思うMG部隊員はあまり多くはなかったが、相手が何であろうと国家組織である国防軍が個々の自由で武力を行使する事は許されていない。よって隊長以下全機が武装を向けてはいるが、今はまだ武装を向けるだけに留まっている。治安維持の為の組織が、その職務の中で自ら進んで戦闘状態を起こす訳にはいかないのである。

 

「……っ…な、なんで軍がこんな所にいるんだよ!今は女神の奪還に力を入れてるんじゃねェのかよ!?」

「んぁ?まさか嬢ちゃんがそっちの指揮官なのか?…人手不足なのか嬢ちゃんがよっぽど有能なのかは知らねぇが、これは意外な展開だな…」

「んな事はどうでもいいだろうが!くそっ、まさかギョウカイ墓場に向かってねェ部隊があったなんて…」

「あー、残念だがギョウカイ墓場に向かってねぇ武装はうちだけじゃねぇよ。つか、そもそもギョウカイ墓場行ってる部隊がゼロなんだよな」

「は……?」

 

別に指揮を任されているからとかではなく、単に黙っていられず反応したリンダ。身を乗り出した事で彼女が指揮官だと知ったシュバルツ中隊の隊長、シュゼットは若干驚いたが…予想通りの言葉が返ってきた事にコックピット内で笑みを浮かべる。敵が術中に嵌まってくれるのは楽しいものだ、と思いながら。

 

「そら確かにイリゼ様は全力で奪還するって言ったぜ?…だがよ、全軍でだとか全戦力でなんて言ったか?言ってねぇよな?…つまりはそういう事だ」

「……っ!そ、そういう事っちゅか…体制側の癖に姑息な策を打ってくるっちゅ…!」

「あぁ?なんだよ急に!」

 

シュゼットとリンダが言葉を交わす中、何かに気付いたかの様にワレチューが歯噛み。その様子をリンダが乱暴に問いかけると……ワレチューもまた身を乗り出し声を張り上げる。

 

「あの放送、てっきり各国の女神信仰者に対するものかと思っていたっちゅけど…真の目的はオイラ達犯罪組織を触発させる事だったんだっちゅね!」

「へぇ、中々察しが良いなネズミ」

「……どういう事だ?」

 

ワレチューの言葉にシュゼットは肯定の意図を込めた発言を、リンダはその意味を問う言葉を返す。

 

「犯罪組織は女神と教会の策に乗せられたんだっちゅ!効率良く且つ大義名分を持って犯罪組織を潰す為の策に!」

「ふむふむ…よし、もっと具体的に頼む」

「察しが悪いっちゅね…いいっちゅか?犯罪組織はテロリズム組織認定されたとは言え、国家権力というものはしがらみが多くて好き勝手に軍を動かしたり制裁を加えたりは出来ないんだっちゅ。権力の本来の持ち主である守護女神がいない今は尚更そうっちゅ」

「お、おう…(これは難しい話になりそうだな…)」

「けど、理由がないなら作ってしまえというのが権力者の常套手段っちゅ。おいそっちの指揮官!お前等は大方『巡回任務中に武装集団を発見。テロ組織の疑いがあった為確認を取ろうとしたところ攻撃を受け、止むを得ず戦闘を開始した』って名目の下武力行使するつもりだっちゅね!?」

「さぁて、それはどうだろうなぁ」

「白々しいっちゅ…ここまで言えば分かるだろうっちゅ!止むを得ず戦闘、って大義名分を得るにはまず犯罪組織が武装状態で動く必要があって、そうさせる為にあの放送をしたんだっちゅ!放送を聞いたオイラ達に奪還そのものが軍も用いた大規模作戦で、それを何とかするには援軍を出すしかないと思わせる放送だったんだっちゅよ!」

「それって……自作自演とかマッチポンプって奴じゃねェのかよ!?はぁ!?」

「犯罪組織は元々非合法な事をしていたから正しくはちょっと違うっちゅけど…要はそんな感じだっちゅ!」

 

二人のやり取りは通信機を通して各車にも聞こえており、放送以降落ち着く事のなかった犯罪組織内の動揺は更に増していく。確かワレチューの言う通り、犯罪組織は清廉潔白とはとても言えず構成員もそれを重々承知してはいたが…だからといって自作自演紛いの事をされては黙っていられない。……が、そこでリンダはある事に気付き、ワレチュー共々一度身を引っ込める。

 

「……ちょっと待て。テメェの言う通りなら、こっちから仕掛けない限りは向こうも強硬手段には出られねェって事だよな?だったら…」

「その通りだっちゅ。墓場への援軍は遅れるっちゅけど、今から出来る最善の策は攻撃せずに権利を主張する事っちゅ。殆どルール無用な戦闘よりさっき言った通りしがらみの多い場に持ち込んだ方が、何だかんだで切り抜けられる可能性が──」

「…お、今通信が来たから伝えておくぜ。他の地域でも犯罪組織らしき集団を発見し、既に数ヶ所で戦闘が開始されてるらしい。…そいつ等は、お前等の仲間なのかもしれねぇなぁ?」

『……ッ!』

 

ラステイションのMGはAEUの某可変機並みの集音性を有しているのか、それとも部隊長は驚異的な推理能力を持っているのか、はたまた今のは当てずっぽうの産物なのか。ともかくリンダとワレチューの会話がまるで聞こえていたかの様なタイミングで対抗手段を潰してきたシュゼットの言葉に驚愕する。

リンダ同様始めはワレチューの言葉の意味が分かっていなかった者の多い彼等だったが、今の言葉の意味は全員が分かっていた。別の場所にいる仲間が戦闘を開始した…つまりは軍に大義名分を与えてしまった以上、最早自分達だけ権利を主張しようと何の意味も無いのだという事を。

 

「……ぐっ…こ、こんなの許されるか!事実を知れば誰だっておかしいって言うだろこんなの!」

「威勢のいい女は嫌いじゃないぜ、嬢ちゃん。…だがよ、本当にそうか?テメェ等テロリストで、世論は女神支持に沸騰中なんだ。その中で、一体誰が事実を話して信用してもらえるってんだ?」

「民意も放送で掌握済みだっちゅか…犯罪組織を徹底的に悪に仕立て上げて、逆に自分達を被害者に見立てる事で正義感の強い奴を、次に流され易い奴を、最後に騒ぎたいだけの奴を味方に引き込む……お前等本当に女神の信仰者っちゅか!?これはもう民衆を軽んじてるレベルだっちゅ!教会は何様っちゅか!」

「おいおい…ネズミ、テメェ人じゃねぇ癖にそこ等の無学な奴よりよっぽど人間社会を知ってんじゃねぇか。大したもんだな」

「ふん、外面ばっかり気にしてて中身が汚い人間や女神よりオイラ達ネズミ界の方がずっと綺麗なんだっちゅ!……あ、コンパちゃんだけは見た目も心も最高っちゅからね!」

 

私的な感性を最後に持ってきた部分はともかく、ワレチューの論はそれまで社会を騙し続けてきた犯罪組織側も、仕事とはいえ教会の策略に加担している国防軍部隊側も否定出来ない事だった。その中で、それまで煽りの成分を含ませた声音で話していたシュゼットが少し言葉をトーンダウンさせる。

 

「中身が汚い、か…ま、別に否定するつもりはねぇさ。男は馬鹿で、女は狡猾で、子供は軽率で、大人は卑怯なのが人間だからな。……が、そいつはあくまで人間の話だ。女神が汚いっつーなら、テメェは女神に対して偏見を持ってるかそう思わされてるかだろうな」

「よくもまあ堂々とそんな事言えるっちゅね…」

「あぁ言えるさ、俺は根っからの女神信者だからな。女神は人間の理想を体現した存在なんだ、その女神様が汚ねぇ訳あるかよ。平和の為に幾らでも命を危険に晒して、人民の繁栄の為になら汚名だって受け入れられる女神様は汚いどころか美しいって俺は声を大にして言えるね。……それと…一つ教えといてやるよ、嬢ちゃんにネズミ」

「…な、何だよ…」

「これが許されるか、教会は何様か…テメェ等はそう言ったな。…許されるんだよ、教会の長は女神様なんだよ。大昔は人が国を統治する時代もあったが…今は女神統治の時代だ。女神統治の国において、正しさっつーのは女神様の事で、女神様の決めた事、行う事が正義なんだよ。残念だったな、絶対的な正義があって」

 

しん…とその場が静まり返る。正誤はともかく、この様な論を展開されてはどちらの陣営も唖然とするのは仕方のない事。それはシュゼットも言葉を並べ立てる中で気付いており、やっぱり俺は馬鹿で卑怯だなぁと内心呆れつつ……再び声音に煽りの成分を含ませる。

 

「…ま、そういう事だからさっさと投降しろや。無抵抗ならこっちも危害は加えねぇし、国はテメェ等の扱いについてちゃんと法に則ってくれるさ。それに、女神様は敵であり憎くない筈が無いテメェ等にすら慈悲を向けてくれるだろうからな。いい加減イキった餓鬼みたいな真似は止めて、まともになれよ。な?」

「……っ…なぁ、もうここで投降したって意味はねェんだよな…?」

「…そうだっちゅ、自分の身の安全を最優先にするなら投降する意味はあるっちゅけどね」

「そうかい…おいテメェ等、ここではいそうですかと投降出来るか?」

 

味方の各車両に向け、リンダは言葉を発する。人間あまりにもイラつくと逆に頭が冷えるんだな、と割とどうでもいい事に気付きながら、皆に向けて呼びかける。

 

「アタイは出来ないね。そりゃ、アタイ等は悪どい事もしてきたけどよ、ここまで好き勝手されて我慢出来るかよ?アタイ達なりに目標があったってのに、奴等も教会もそれを馬鹿にしてきたんだぜ?だったら…痛い目の一つでも遭わせねェと割りに合わねェ!そうだろ!?」

「…ですよね…ふざけてやがるぞあいつ等は!」

「元々戦力はこうして戦う時の為に用意してきたんだ、使うなら今だよな!」

「……ここで戦ったら、それこそ向こうの思う壺っちゅよ?」

「そう思うならさっさと逃げりゃいいじゃねェか、逃げ足速いのがネズミの特徴だろ?」

「失礼な、ネズミ界には鍵の剣を武器に闇と戦うネズミや相棒と共に伝説や幻と戦うネズミだっているっちゅ。それに…オイラだって犯罪組織の一員、ここで一匹逃げる程薄情じゃないっちゅ」

「はっ、よく言うぜ…おい!色々好きな様に言ってくれやがった礼に、アタイからも一つ教えといてやるよ!」

 

リンダは車両の足場を踏み締め、持ち歩いている鉄パイプをシュゼットの機体に向けて声を張る。シュゼットがコックピットの中でぴくりと眉を動かす中、リンダは息を吸い込み……叫ぶ。

 

「アタイ達は、犯罪組織はそういうテメェ等も女神も気に食わねェからこうして活動してんだよ!だから答えはこうだ!そっちの命令なんて……クソ喰らえだってなッ!」

 

彼女の声が響いた瞬間、キラーマシンは攻撃行動を開始し各車両からは砲火が上がり始める。それを受け、散開しながら反撃行動を始める国防軍。──こうしてまた一つ、信次元で人間同士による戦闘が始まるのだった。

 

 

 

 

プラネタワーには政府機関としての部屋、女神及び教会関係者の居住施設としての部屋の他に色々と設備がある。例えばその一つが、国防軍の指揮所。勿論司令部として活動する部屋は国防軍の基地にも存在しているが…状況や目的によっては、そちらではなくプラネタワー側の設備を使うという事になっている。

 

「B-2、制圧完了との事です!部隊の損害は12%!」

「パールス隊、第四基地に帰還!再出撃まで約1300秒!」

「C-1の残存戦力が投降したとの報告有り!処遇については如何なさいますか?」

「…各部隊、攻撃の手を緩めるな。だがアドバンテージも戦力もこちらに分があるのだから、無理に攻める必要はない。それとC-1にはこちらから輸送の部隊を送ると伝えろ」

 

各コンソールから管制と中継を行うオペレーターと、そのオペレーターの声を聞き分け冷静に指示を出していく司令官。その背後、教会の高官が座する為の場所でわたしは戦況を見つめている。

 

(…これならば、わたしが指揮する必要はなさそうですね)

 

ゲイムギョウ界の長い歴史からすれば現在再編された国防軍の歴史など浅く、決して積み重ねの多い組織ではないものの、司令官はよく指示を出してくれている。わたしがあまり出張っては軍上層部の面子が潰れてしまうと作戦開始前まで思っていましたけど…取り越し苦労の様で安心です。

現在国防軍は犯罪組織を壊滅させる為にプラネテューヌ各地を奔走していて、その行動はラステイション、リーンボックス、ルウィーでも同時に行われている。…守護女神奪還と同時に組織としての犯罪神信仰集団を壊滅させ、一気に犯罪神陣営を劣勢に持っていこうというのがわたし達教祖とイリゼさんによって考えられた、この作戦の真の目標だった。

 

「…………」

 

ギョウカイ墓場へ向かったイリゼさんやネプギアさん達が気になるが…インカムがあるからといっておいそれと連絡は出来ない。もし戦闘中であればその連絡のせいでやられてしまう可能性があるし、何かあったのかと心配させる事もしたくはない。それに、自分は教祖なのだからきちんと今起こっている戦いを見なければならない…という思いもあって、わたしは連絡を控えていた。

…なんて思っていたからなのか、その時わたしへ誰かから電話が入る。一瞬ギョウカイ墓場で何かが?…と思ったが…違う。

 

「…ビーシャさんですか?(・ω・)」

「うん、こっちはそれなりに人が集まったよ。もう警察の人とかも来てくれてるし、わたしの指示で動いてもらっていいのかな?」

「はい。ギルドで召集した以上はわたしよりビーシャさんの方が適任ですし、お願いしますねm(_ _)m」

 

電話の相手は、プラネテューヌのギルド支部長であるビーシャさん。ギルドの側でも上手く進んでいる様で、わたしは少し安心する。

民意が味方になっているとはいえ、警察や軍人の数は限られており全ての場所へ部隊を派遣する事など出来ない。だからわたし達は、ギルドに一部の警察や軍人を派遣しその人達を中心にした、街中での取り締まり部隊の設立を考案した。勿論それは民間人に危険な役目を頼む事ではあるが…頼むのは比較的戦力の少ない場所であり、そもそも参加も強制ではない。というか普段危険な場所でモンスター討伐や採取を行なっている人であれば、むしろこのクエストの方が楽なのかもしれない…と内心わたしは思っているところ。

その後、数回のやり取りで会話が終了したわたしとビーシャさん。……けれど電話はまだ切れず、暫くの沈黙の後ビーシャさんはこう呟いた。

 

「……あのさ、イストワール。…これって、ねぷねぷ達は喜ぶのかな…?」

「…それは……」

 

それはきっと、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)としてではなく、見た目相応の少女の、ネプテューヌさんの友人としての言葉。その言葉の指すところは、彼女の気持ちは…よく、分かっている。

確かに、これはネプテューヌさん達守護女神の四人であれば恐らくやらない方法。決してベストなやり方ではなく、自分達でも非がない作戦だとは思っていない。……けれど、

 

「…分かりません。でも、わたしは…わたし達は、そういう方法だとしてもネプテューヌさん達を助けたいと、皆さんが必死の思いで作った平和を乱す犯罪組織を何とかしたいと思っているんです。…だって、ネプテューヌさん達はわたし達にとって大切な女神様ですから」

「…そう、だよね…うん、わたしだってねぷねぷ達は大切だよ!だからお互い頑張らなきゃだよね!」

 

…そう、ネプテューヌさん達はわたし達にとって大切な女神様。その女神様達の為なら…どんな事だってしたいと思うのが、わたしイストワールです。

ビーシャさんもわたしの言葉に納得してくれた様子で、わたし達の通話は終了。さて、戦況は…と思い司令部の方へ目をやると、いつの間にか司令官がわたしの方を向いていた。

 

「…何か、ありましたか?」

「はい。ヴィオレ隊が、四天王らしき敵と交戦を開始致しました。私はそれについて、足止めに徹する様指示致しましたが…宜しかったですか?」

「…えぇ、それで構いません。それと、四天王の情報は各国に送っておいて下さい。敵の中核戦力の場所は重要な情報ですからね」

 

そう言って、わたしは少し前へと出る。偶然か、状況打破に動いたのかは分からないものの…四天王が戦場に現れたのなら、戦闘は更に激化する筈。ならば、わたしも勤めを果たさなければならない。

 

「……皆さん、わたしはあまりこの言葉が好きではありませんが…世の中勝てば官軍、負ければ賊軍です。現段階でも犯罪組織をテロリズム組織だと認定出来ましたが、ここで勝てば完全に犯罪組織は集団としての力を失うでしょう。そしてそれは、ネプテューヌさん達守護女神の奪還にも大いに繋がります。……今一度言います、勝てば官軍、負ければ賊軍…今日、この戦いを持って犯罪組織を賊軍としようではありませんか、皆さん」

 

──イリゼさんも、候補生の皆さんも、女神に協力してくれる方々も、軍人もギルドの召集に応じてくれた人達も、皆がそれぞれで全力を尽くしている。だから教祖であるわたしも、この状況を作り上げた人間の一人であるわたしも、すべき事を最大限にしよう。わたしの思いは、ただ偏にそういうものでした。




今回のパロディ解説

・AEUの某可変機
機動戦士ガンダム00に登場するMSの一つ、AEUイナクトの事。ラステイションのMGに対してのパロディですが、性質的にはむしろプラネテューヌの方が近いですね。

・鍵の剣を武器に闇と戦うネズミ
キングダムハーツシリーズの登場キャラ、王様ことミッキーマウスの事。一応人同士で戦う事もありますが…基本は闇の存在と戦ってますよね、キーブレード使いは。

・相棒と共に伝説や幻と戦うネズミ
ポケットモンスターシリーズの代表的存在、ピカチュウの事。時には神(のポケモン)とだって戦うピカチュウは、女神相手でもその力を発揮…するのかもしれません。


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第六十四話 近付く佳境

お姉ちゃん達が捕まっている場所へと、最短ルートで進む。スピードの事を言うなら最短ルート+女神化状態でびゅーんと飛んでいくのが一番速いけど…わたし達は温存を徹底されてるし、疲れたところで強襲を受けるのも不味いからという事でわたし達は相変わらず徒歩。でも今は、さっきより急いで移動したい気分。

 

「…イリゼさん、大丈夫かな……」

 

イリゼさんを見捨ててきた訳じゃないし、一人で戦いたいって言ったのはイリゼさん本人。だからイリゼさんからすれば「気にする必要はない」んだろうけど…わたしとイリゼさんの仲だもん、気になっちゃうよ。それに……

 

「…あ、またきこえた……」

「やっぱり、ジャッジと戦ってる音かしら…」

 

断続的に感じる揺れと音。それはギョウカイ墓場じゃ常に発生しているもので、その正確な理由は分からないけど…イリゼさんと別れてから、感じる揺れと音が心なしか大きくなった様な気がする。わたし達はイリゼさんがいる場所からはもうそこそこ離れていて、普通に考えたら戦闘音なんて聞こえる筈がないんだから、それが聞こえてるのだとすればイリゼさんとジャッジは相当激しい戦いを繰り広げてるって事で……いや実際には気のせいだって可能性も高いんだけど、それでもやっぱり心配になってしまう。

 

「そこまで心配する必要はないと思うですよ。イリゼちゃんは強いですから」

「それは分かってます。でも、もしもの事ってありますし…」

「なら、さっさと四人を助けてあそこに戻りましょ。不安感に心を乱されるより、ベストの事を考えて動いた方が建設的でしょ?」

「…コンパさんもアイエフさんも、本当にイリゼさんを信頼してるんですね」

 

二人はイリゼさんを心配していない…って事はないと思うけど、二人の歩みや言葉からは迷いを感じない。何故かといえば、それはきっと…心配を信頼が上回っているから。

 

「ま、そりゃ一緒に閉じ込められたり騙されたり追いかけ回されたりしたし、何度も死にかねない出来事を乗り越えてきたんだもの。信頼関係は自然と生まれるわ」

「ふふ、あいちゃんはベールさんに対して信頼のレベルを超えたレベルで仲良くなったですけどね」

「ちょっ、今それ言う!?何で今それなのよ!?」

「はっ!そういえばリーンボックスでもそんな感じの話があった気が…アイエフ!アイエフはあたしの嫁になってくれるんじゃなかったの!?」

「いつそんな話になったのよ!?それはあんたが勝手に言ってる事でしょ!?」

「でも、アイエフは好感度が最大になったら受け入れてくれるって…」

「それ無印の話でしょ!そういうネタ出すならせめて直接の元ネタであるRe;birth1から出しなさいよね!」

「あ、アイエフ…君突っ込みの内容がとっ散らかり過ぎて半ばボケと化してるよ…」

 

アイエフさんは大人っぽい、でも優しそうな顔でお姉ちゃん達との波瀾万丈イベントを語…ったのも束の間、コンパさんに物凄い一撃をもらっていた。しかもREDさんも追撃をしちゃって、結局ファルコムさんが突っ込む形に。……アイエフさん、ほんとベールさんとの関係突かれると弱いんだなぁ…後コンパさんの天然さは時々恐ろしい…。

 

「止めてよほんと…なんで私は敵の本拠地でこんな弄られ方してるのよ…」

「ご、ごめんなさいですあいちゃん…。…えと、なんの話でしたっけ?」

「あ、信頼の話です…」

「そうでしたね。…あの時のイリゼちゃんの目は私を信じてって言ってたです。だからわたしは信じてるんですよ。…それは、ギアちゃんもじゃないんですか?」

「…そう、でしたね…はい、わたしもそうでした」

 

信じてって思いを感じたから。コンパさんはそう言ったし、確かにあの時わたしもそう感じて、信じようって思った。…そっか、そうだよね…何ちょっと時間が経ったからって心配し始めてるんだろうわたし。わたしは信じて任せたんだから、今すべきなのは……

 

「…早く先に進む事、ですよね」

「そりゃそーよ、ほんとネプギアはしんぱいしょーよね」

「…ラムちゃんは心配じゃないの?」

「あったりまえよ!だってイリゼ…さんはおねえちゃんたちと同じくらいつよくて、おねえちゃんたちは前あいつらにかってたのよ?じゃあかてるに決まってるじゃない!」

「そ、それはそうだけど…というかこうも真っ向から言われると、わたしはほんとに何を考えてたんだって感じになっちゃうよ…」

「え、そんな感じにはさいしょからなってなかった?」

「がーん…またも真っ向から言われた…」

「……っと、雑談はここまでよ。ネプギア、分かるでしょ?」

「あ……」

 

遠慮も何もないラムちゃんの言葉にわたしがショックを受ける最中、アイエフさんは張り詰めた声を発した。わたしを名指しなんて何だろう…と思って見回したら…すぐに気付いた。ここはもう、お姉ちゃん達が捕まっている場所のすぐ近くなんだって。

アイエフさんの言葉と、わたしとコンパさんが顔を引き締めた事で皆も状況を理解して、パーティー内は一気に静かに。ごくり、と唾を飲み込みながらわたし達は進んで、角を曲がって、そして…………

 

「……戻ってきたよ、お姉ちゃん」

 

──わたし達は、お姉ちゃん達とアンチシェアクリスタルによる結界が存在する場所へと到着した。

 

「…おねえ、ちゃん……」

「おねえちゃんっ!」

「あっ……ロムちゃんラムちゃん待って!」

 

曲がった場所から更に進んで、結界の中で吊るし上げられているお姉ちゃん達の姿がはっきりと見える様になった瞬間、ロムちゃんとラムちゃんが飛び出した。それを見て、慌てて追って二人の腕を掴むわたし。

 

「な、なんで止めるのよ!?おねえちゃんがあそこにいるのよ!?」

「気持ちは分かるけど…いーすんさんの話忘れたの?あの結界に触れたら…」

「…あ…力、ぬけちゃうんだった…」

 

わたしも本心では今すぐ駆け寄りたいけど…一度結界に触れてシェアエナジーを吸収された経験をしているおかげで、理性がぐっと衝動を抑えてくれていた。

冷静になってくれたロムちゃんラムちゃんを連れて、わたし達は結界のすぐ前へ。結界は透明だけど無色じゃないから遠くからだと中にいるお姉ちゃん達の表情がよく見えなくて、すぐ近くまで来てやっと表情が…表情、が…表、情…が……

 

 

 

 

「……あ、れ…?」

 

お姉ちゃんの顔を見て、さーっと血の気が引いていくのを感じた。だって……お姉ちゃん達の顔に、表情が無かったから。…いや、表情が無いなんてレベルじゃない。無表情でも真顔ですらもなくて、お姉ちゃん達の顔はまるで…鉛で作られた、生きていない『物』みたいになっていた。

 

「……生き、てるのよね…?」

「…………」

「…ねぇネプギア、アンタが前来た時は言葉を返してくれたのよね?…まだ、お姉ちゃん達は死んでないのよね…?」

「……そ、その…筈…」

 

前回来た時も、お姉ちゃん達は今にも死にそうな様子だった。けれどその時と今は明らかに違う。前はまだ生者の側にいたお姉ちゃんが、今は死者の側にいるようで…………

 

「……お姉ちゃん!生きてるよねお姉ちゃん!聞こえてないの!?アタシの言葉が分からないの!?ねぇ、お姉ちゃんッ!」

「ゆ、ユニちゃん…?」

「ここまで来て間に合いませんでした、なんてアタシ受け入れられないよ!やっと戻って来れたのに、やっと助けられる様になったのに…だから返事してよッ!お姉ちゃんッ!」

 

もしかしたらここに到着した時ロムちゃんとラムちゃんは取り乱しちゃうかもしれないと、わたしは思っていた。けど、取り乱したのは二人ではなくユニちゃんだった。(精神年齢では)年下のロムちゃんラムちゃんが心配そうな顔をする程、ユニちゃんは取り乱していた。……でも、それはユニちゃんの心の叫び。その叫びは、強い思いの籠った声は、決して無駄な事じゃなかった。

一際大きな声で、ノワールさんを呼んだユニちゃん。その声が、この一帯に響いた瞬間……微かに、ノワールさんの頭が動いた。

 

「え…………?」

「……ッ!ゆ、ユニちゃん!今ノワールさんが反応してくれたよ!ユニちゃんの声は、届いてたんだよ!」

「ぁ……おねえちゃん…!」

「おねえちゃん!ネプギア、おねえちゃんもはんのうしてくれたわ!ぴくってまぶたが動いたの!」

「……っ…よかった…やっぱりまだ、生きてるんだ…!」

 

それは本当に小さな、普段なら無反応とみなしてしまう様な僅かな反応。それでもわたし達には、それがユニちゃんの言葉への返答である頷きだって分かった。そして、二人の言葉で生きているのがノワールさん一人じゃないって事も分かった。出来ればお姉ちゃんやベールさんの生存もしっかりと確認したいけど…ここまで来てまったり反応を待つなんて、そんなの無駄な時間過ぎる。

さっきまでお姉ちゃん達の姿を見て胸が締め付けられる様な気持ちになっていたわたし達だったけど、生きている事が分かった瞬間恐怖の気持ちは勇気へと変わった。もう助ける準備は出来ている、助けられる段階に来ている、後はもう助けるだけの時がやってきている。手を伸ばせば届く距離にお姉ちゃん達がいるというだけで、わたしは…わたし達は、絶対に助けられるって思えた。

 

「……やろう、皆」

 

お姉ちゃん達から少し離れて、アンチシェアクリスタルと結界を見据える。今からやるのはフルパワーを叩き付けて、フルパワーで斬るっていう凄く単純な破壊行動。それが成功すれば……お姉ちゃん達と、一緒に帰れる。

最後にもう一度だけ目を合わせるわたし達四人。目を合わせて、お互いに頷いて…わたし達は、女神化する。

 

 

 

 

「天舞伍式・葵ッ!」

 

自分の周囲に複数本の武器を精製。それにそれぞれの形状と目的に合った形でのシェアエナジー爆発を加える事で武器群を射出し、私はジャッジへ攻撃。対するジャッジはハルバートを地面に叩き付ける事で、一瞬前まで地面の一部だった破片を天然の盾として私の攻撃を防御する。

 

「おらよッ!」

「させるか……ッ!」

 

武器の刺さった破片を散らしながら突撃してくるジャッジ。ジャッジはハルバートを振り上げ上段からの振り下ろし体勢に入るけど、それを素直に許す私じゃない。地を蹴り長剣の柄の底部をハルバートの柄、それも下部にぶつける事で攻撃を阻止する。

私とジャッジが交戦を開始してから数十分後。私達は互いに細かな傷を負いながらも勢いは衰える事なく、戦闘を継続している。

 

「お、力比べってか?いいねぇ、そういうワイルドなのはよぉッ!」

 

ジャッジは地面を踏み締める事で、私は空中で翼を広げる事で踏ん張り力を相手にぶつける。私はワイルドキャラを目指してる訳じゃないけど…まあそれはいい。

 

「ここだ…ッ!」

「っとッ!そうはいくかよッ!」

「いいや、いかせてもらうッ!」

 

数秒のせめぎ合いの末、ジャッジは力をダイレクトに伝えられない体勢だった事もあって押し合いは私が有利に。とはいえジャッジもそうなればより踏み締め力を入れてこようとする訳で…それを察知した私は敢えて力を抜き、押す力を利用して空中後転をしつつジャッジの腕の内側へと潜り込んだ。

腰を真っ二つにするつもりで放った片手横薙ぎ。ジャッジは前のめり状態から強引に後ろに退くけど、幾ら能力があっても無理な体勢から動こうとすれば普段より遅くなってしまう。それを狙って私は横薙ぎを放ったのであり…紙一重で避けられ長剣が空振りした瞬間、左手に槍を精製して突き出した。

 

「うッ……なーんて、なッ!」

「ちっ……!」

 

槍から伝わったのは、硬い感触。私の策は半分成功で、確かにジャッジに刃を当てる事が出来たけど、私もまた万全の体勢じゃなかったせいで軌道が逸れ、槍の穂先は鎧へと当たってしまった。両手持ちの一撃ならともかく、非万全且つ片手での攻撃じゃ流石にジャッジの鎧は貫かせてくれない。

 

「今のはちぃっとヒヤヒヤさせられたんだ、そのお礼をしねぇとなぁ!オラオラ、いくぜぇッ!」

「そんなお礼は、御免被るよ…ッ!」

「まぁそういうなよ、受け取れってッ!」

「申し訳ありませんがこちらではお受け取り、出来ませんッ!」

 

刺突が失敗した事により攻守逆転。バックステップから着地したジャッジは今度こそハルバートの振り下ろしを行い、そこから彼は荒々しくも隙のない連撃を叩き込んでくる。対する私は槍を離し、左右後方への短いステップによる回避と両手持ちの長剣での受け流しによって何とか攻撃を凌いでいく。

モンスターより速く、キラーマシンより重く、MGよりも鋭い攻撃が何度も何度も打ち込まれる。それは女神の私であっても背筋が寒くなる程のもので、ここまで受け取りたくないお礼なんて初めてかもしれない。……けど、とある感情のおかげかそれに怖気付くなんて事は一切ない。

 

(一回目はもう少し余裕がある状態でやりたかったけど…試すなら、今がチャンス…ッ!)

 

身を捩って斜め上方からの薙ぎ払いを避け、そこから身体を戻すと同時にプロセッサの翼へ意識を送りつつ長剣で一閃。勢いの乗っているハルバートの攻撃は速く、私の方が僅かながら先んじたにも関わらず長剣とハルバートはどちらも速度の出た状態で激突する形になる。

双方共に攻撃を放った場合、片方だけが攻撃を放った場合よりも当然衝撃は大きくなる。衝撃が大きくなるという事は体勢が崩れ易くなるという事で、体格差の分私は不利だけど……この瞬間、私は衝撃を受け止め切っていた。

 

「何……!?」

「せぇいッ!」

 

私が体勢を崩さなかった事に驚いたジャッジの隙を突き、奴の左腕に膝蹴りを打ち込む。そして再度翼に意識を送った後に深追いはせず後退し、数十mの距離を取って構え直す。

 

「ちっ……何だよ今の、どうやって衝撃吸収しやがった…」

「それは教えられないよ。それを探るのも戦いでしょう?」

「はっ、そりゃ確かにそうだ。しっかし痛ってぇなぁおい」

 

そう言いつつも腕を振るジャッジは、まるで軽くぶつけた程度の様子しか見せない。本当にその程度なのか、痩せ我慢なのかは分からないけど…かなり強く蹴ったのにこれじゃ、先が思いやられる…。……とはいえ、あの蹴りは出来るからやったというだけの話。それよりも本命である、プロセッサの翼の可変が上手くいったのだから問題はない。

プロセッサユニットの翼は、大きく分けると四系統ある。その説明は置いておくとして、私の元々のプロセッサはその系統の特殊なもの(一言で言うなら器用貧乏仕様)だったんだけど…プロセッサの改修に合わせて、翼もその四系統を使い分けられるアップデート版器用貧乏に向上させた。万能、じゃなくてあくまで器用貧乏というのもやっぱり理由があるんだけど…まぁそれはその内出るだろうプロセッサ解説で説明するという事で。だって今の私は地の文でゆっくり説明する余裕もメタい事に気を付ける余裕もないし。

 

「…けどま、攻撃喰らうのも嫌いじゃねぇぜ?傷付き傷付け合うのがマジの戦闘だもんなぁ!」

「そう言うなら、一つ大技を喰らってくれないかな?」

「そいつは聞けねぇ相談だな。だからもっとお互い鎬を削り合おうや」

「だと思った…まあ、勝ちは私が貰わせてもらうけどねッ!」

 

また私達は地を蹴り、得物を振るって激突する。時には地上で、時には空中で、時には地形も利用して激突を繰り返す。そしてその中で私は確信していく。身体もプロセッサも絶好調。支持によるシェアのブーストもかかっているし、一秒毎にネプテューヌ達の救出へと向かってると思えば気持ちだってまるで揺らぎはしない。でも同時に、その状態であってもジャッジ相手に優勢となれないのが少しもどかしくもあった。…だから、私は決意する。この根比べの様なぶつかり合いから一度離れ、勝利へ近付く為の勝負をかけようと。

 

「まずは…これだッ!」

 

激突の後に飛び退いた私は長剣を地面に刺して急ブレーキをかけ、数本の剣をジャッジへ射出。続いて右手で長剣を引き抜くと同時に左手へ一本の投擲武器を携え、突っ込みながらそれを『打つ』。

 

「……っ!?こいつは…棒手裏剣か!?オリジンハート、テメェ随分と珍しいもん持ち出してくるじゃねぇか!」

「私の友達には、二人程手裏剣の使い手がいるものだから…ねッ!」

 

剣は難なく撃ち落としたジャッジだけど、その後の棒手裏剣は小さい事と使い手が滅多にいない事から反応がワンテンポ遅れ、その間に私は肉薄する。棒手裏剣を手甲で打ち払ったジャッジは咄嗟に逆の腕で防御を図り……私はその腋の下を潜り抜ける。

 

「天舞弐式・椿ッ!」

「ぐ……ッ!」

 

長剣の腹で叩く様に軽く一撃。その流れのまま飛んで、今度は背中にまた軽く一撃。その後も全身を、翼を、シェアの爆発やジャッジの鎧の出っ張りなんかも使って私は縦横無尽に動き回る。

恐らくジャッジにダメージは殆ど入っていない。ジャッジ相手に軽い一撃がまともなダメージになる筈がないのだから。けど、だからと言って一発に力を込める訳にもいかない。そうしようものならジャッジの動きが追い付いて、私の小賢しい連撃が止められてしまうから。……じゃあ、私はちまちまダメージを与えて削り切ろうとしているのかって?…それは大間違い。この連撃はダメージを与える事じゃなく……次に繋げる為にある!

 

「……からのッ!皐月ッ!」

 

幾度目かの攻撃の末、ジャッジの迎撃が間に合わなくなった。その瞬間に私はシェアエナジー爆発を複数起こし、近距離からの高速斬撃を叩き込む。

皐月、とは言ったけど天舞陸式は本来、もっと距離がなければ真価を発揮しない技。だから言ってしまえばこれは簡易版で、正直技と呼べるかどうかは微妙なライン。けれどそれでもこれは目的の為に十分な速さと威力を有していた。

真正面から頭を両断するが如く、シェア爆発の加速を受けた長剣が迫る。もしもジャッジに対する私の評価が過剰だったのならば、ここで勝負はついていた。でも、私の予想通りジャッジはこの攻撃に何とか身体を合わせ、手首の捻りでハルバートの穂先を長剣の進路上に入れる事で防いでみせた。

嗚呼、全くジャッジはこれすら防御してしまうのか。初めて矛を交えた時から思っていたが、本当に彼の技量と正面戦闘に関する能力は飛び抜けている。…だからこそ、私は思った。ジャッジを過小評価せず、間違いなく全身全霊を懸けるべき相手だと認識していてよかったと。

 

「────この瞬間を、待っていたッ!!」

 

長剣から手を離し、ハルバートの柄の脇をすり抜け懐に入る。その最中に見たジャッジの顔からは、遂に余裕がなくなっていた。

腕を後ろに引きながら、バスタードソードを精製。両手でバスタードソードの柄を握り、この一撃は絶対に決めると気迫を込めて刺突を繰り出す。鎧の隙間を狙い、精一杯の力を注ぐ。そして…………私の腕に、確かな感覚が響いた。

 

(や、った……!)

 

肉を斬り、ジャッジの身体へと沈み込んだバスタードソード。間違いなく今のこれは有効打で、今正にジャッジへ激痛が走っている筈。後は、このバスタードソードを引き抜けば…それで、ジャッジが痛みに動きが止まっている隙にもう一撃叩き込んでやれば、それで……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ…俺も待っていたぜぇ…この時を…一撃入れてやった瞬間の、戦いに酔う奴なら絶対に目を逸らす事の出来ない快感に、お前の心が揺さぶられるこの時をなぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

──気付けば、私の身体はジャッジに掴まれていた。その状態で持ち上げられ、胴を斬られたばかりの人間とは思えない勢いで投げられ…………凄まじい痛みが、私の背に走った。

 

「────ッッッッ!!?!?」

 

それは余りにも痛くて、痛みでショック死するんじゃないかと思う位に痛くて、声にならない叫びを上げる。目がチカチカして、背中に異物が喰い混んでいる感覚が気持ち悪くて、何より痛くて痛くて吐きそうになる。私の身体は反射的に痙攣してしまって、そのせいで喰い混んだ異物が更に私の背を切り裂いて、更なる痛みが私を襲う。一瞬経って、今度は痙攣ではなく痛みで勝手にのたうち回りかけて、私の背への三度目の激痛。……そこで私の意識は、飛びそうになった。けれど、それすらも痛みが喰い破り私の意識を現実に留める。そうして数秒後にやっと、感覚が麻痺したのか頭が冷静になった。ずっと背中には激痛が走ったままだけど…一先ず、考える事は出来る。

私がいるのは、凹凸の激しい墓場の岩壁の一つ。それが分かったところで脳裏にぶつかる直前の記憶が戻り、私はジャッジにこの岩壁へと投げ飛ばされ、当たった衝撃で岩が砕け無数の刃となって私の背を切り裂いたのだと理解した。

 

「はぁっ…はぁっ…ぁぐッ……!」

 

荒い荒い息遣いの中で、私はジャッジの精神力に驚愕する。胴を深々と刺されたら普通はまともに動ける訳がなくて、仮に動けても力なんて入る筈がない。なのにジャッジは信じられない程の腕力で私を投げ飛ばし、自身が受けたのと同等レベルの傷を私に与えてきた。……こんなの、あり得ない…。

視線を上げると、そこではジャッジが刺された胴を腕で押さえて数歩後退している…というよりは恐らく、よろめいている。それならば、私の攻撃自体は成功していたという事になる。それが分かって私はほんの少し安心したけど、今はそれに喜べる気持ちになんてなれなかった。確かに一撃与えられた。でも、そんな状態でジャッジはここまでの事をしてきた。そんな奴に、私がこの状態で勝つには、一体どんな策を投じれば────

 

「……まだ、終わりじゃねぇよなぁオリジンハート…。俺はまだ満足してねぇよ…こんなに強い奴と、俺はやっと戦えたんだよ…まだまだ終わらせたくねぇよ…もっともっと戦いてぇんだよ…!この命のやり取りを、命を輝かせる最高で最低のやり取りを、もっともっともっともっと楽しみてぇんだよッ!……なぁ、オリジンハート……

 

 

……お前も、そうだよなぁ…?」

 

 

 

 

 

 

「……………………当たり、前だ…ッ!」

 

近くにあった岩の出っ張りを掴み、背中を岩壁から引き抜く。その瞬間四度目の強い痛みが走り、手足が震えたけど……無理矢理私は私の身体を起こす。立って、数歩前に出て、岩壁激突の直撃に消しておいた翼を再度顕現させる。

情けない事に、私はジャッジにビビりかけていた。けれど、ジャッジの今の言葉を受けて……そういう気持ちが、全て吹き飛んだ。そしてその代わりに、気付いた。先程から薄々と感じていた感情に。女神としてこれまでも感じた事のある高揚感に。……私が今、ジャッジとの戦闘に『魅入られている』事に。

 

「ふ、ふふ……やるではないか、ジャッジ・ザ・ハード…あの状態から私にこれだけの傷を負わせるとは、大したものだ…実のところ、私は少し先の事を考えて戦うつもりだったが……止めだ…」

「…………」

「貴様との戦いを、率直な心持ちで戦わないのは余りにも惜しい…故に、私は文字通りこの戦いに全てを尽くそう。……さぁ来るがいい、ジャッジ・ザ・ハード…共にこの戦いを、至上のものにしようではないか…ッ!」

 

ネプテューヌ達の事が、先に向かったネプギア達の事がどうでもよくなった訳じゃない。ジャッジを倒したら、急いで向かうというつもりも消えてはいない。……けど、私は思った。今はただ、ジャッジとの戦いの事を考えようと。私の中の、戦闘を愛してやまない女神の感情が欲した。ここまで自分を楽しませてくれるこの敵との戦いに、今は全てを注ぎたいと。

神経を研ぎ澄まし、一歩一歩前に進む私。その私の口元は……いつの間にか、自分でも驚く程の笑みを浮かべていた。

 

 

 




今回のパロディ解説

・「〜〜オラオラ、いくぜッ!」
機動戦士ガンダムSEEDの登場人物の一人、オルガ・サブナックの台詞の一つのパロディ。ジャッジの戦闘狂さは、恐らくブーステットマンにも劣っていないでしょう。

・「────この瞬間を、待っていたッ!」
機動戦士クロスボーン・ガンダムシリーズの登場人物の一人、トビア・アロナクスの代名詞的台詞の一つのパロディ。そういえば、原作ではネプギアも言っていましたね。


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第六十五話 咲き誇る戦いの果て

硬質の物がぶつかり合う際の、鈍くも高い音が響く。地を蹴る音、大地を割る音、風を切る音……それ等の音が混ざり合い、重なり合う事で戦闘時特有の合奏となり、私とジャッジの激闘を彩ってくれている。普段は正直あまり気にしていなかったその音も……今は、私の精神をより高揚させていた。

 

「脇が甘いよ、ジャッジッ!」

「わざと開けてたんだよ、カウンターの為になぁぁぁぁッ!」

「ふん…それを含めて甘いと言っているッ!」

 

ジャッジから見て左側に滑り込んだ私へ向けて、ハルバートの石突が迫る。それを私は長剣で受け、その腹で滑らせ攻撃を外させつつ得物の剣先をジャッジの首へ。しかしジャッジの方も手甲で私の刺突を逸らし、互いの攻撃が失敗する形に。その中で交錯する、私とジャッジの視線。

 

「そらよッ!」

「はぁぁぁぁッ!」

 

刺突の勢いのまま上方へすり抜けた私は、左手を引きながら即座に反転。同じく反転したジャッジも左の拳を握っており、一瞬の間を入れて再び正対した私とジャッジの拳が激突する。

 

「……っ…」

「うぐっ……」

「……ほんと、やるね…」

「そっちこそ、惚れ惚れする程の強さだぜ…」

 

拳がぶつかり合い、私達は一度接触したまま止まる。手はプロセッサに覆われているとはいえ衝撃は内側の腕へと走り、既に全身に負荷がかかりまくっているからかこうしてぶつかる度に骨が軋む様な音が聞こえてくる。頭はぐらつくし、色んな部位が痛いし、勝てる保証はどこにもない。けれど……楽しい、楽しい──楽しいッ!どうしようもなく、呆れてしまう程に楽しくてしょうがない!

 

「こういう攻撃ならば…どうだッ!」

 

大きく後ろへ飛んだ私は、着地の直前に手近な岩を後ろから前へと両断。その勢いで一回転しつつ片手剣を左手に顕現させ、岩へと突き刺し投げ飛ばす。木槌でも金槌でもない岩槌となったそれは一直線にジャッジへと向かい……ハルバートの一撃で木っ端微塵となった。…が、砕けた岩が目眩しとなった一瞬の間に急接近をかける。

燃え上がり踊る私の心とは裏腹に、私の頭は落ち着き冷静そのものとなっている。興奮と高揚と痛みとその他諸々で頭がぶっ壊れてしまったのか、人々の守護者たる女神として私が更に成長した結果なのか、それともまた別の理由かは分からないけど…そのおかげで今の私は怪我によるマイナスを差し引いても余りあるだけの状態になれていた。もしかするとこれが、俗に言うゾーン状態…なのかもしれない。

 

「ふんッ、そんな簡単にゃ喰らわねぇよぉッ!」

「……だと、思ったッ!」

「うおっ!?…ハルバートだと!?」

 

ジャッジが選択したのは、両腕を並列に並べ、二つの手甲で威力を分散させつつ防御するという対応。衝突の直前にそれを視認した私は左手を離す事で長剣の勢いを落とし、わざと簡単に弾かせる。

上手く踏み込んだとはいえ、両腕で防御されたら正面突破は難しい。だから私は敢えて弾かれる事でその反動を使って長剣を地面に突き立て……作り出したハルバートを叩き込む。

私が自分と同じ武器、しかもあまり一般には使われないハルバートを使ってきた事にジャッジは驚きの顔を見せる。それを見た私は、すぐにまた武器を長剣へ。

 

「…んだよ…ハルバート同士の対決やってみたかったのによぉッ!」

「そんな相手の土俵で戦う様な真似、私がすると思う?」

「あーそりゃそうか、お前はどっちかって言うと相手の土俵を崩すのが得意だもんなッ!」

 

長剣とハルバートで打ち合いながら、私もジャッジも相手の付け入る隙を探す。ゴリ押し一辺倒っぽい言動とは裏腹に、相手の動きを見る目も分析する能力も高いジャッジは初戦の時点で私の戦い方を見抜いていて、それ故に私は普段以上に手を替え品を替えて攻めなければいつもの戦法を通用させられないでいる。…けど、それに焦る気持ちなんかはまるで生まれない。戦闘の熱に酔い、興奮状態にある私にとっては焦るどころかワクワクさせてくれる事だった。これにも対応してくるのか、って。これなら通用するのかな?って。

 

「ちぃ…体格差だけはどうにもならねぇなッ!」

「逃がすか…!」

 

片手持ちでのコンパクトな連続斬撃を数度凌いだジャッジは、舌打ちしながら横に回転回避するとその立ち上がりざまに跳んで岩壁へ。私が追ってそちらへ飛ぶと…ジャッジはそれを予想していたかの様に岩壁を蹴って、三角飛び蹴りを放ってきた。

 

「吹き飛……んなッ!?」

 

互いに同じ方向へと向かう形から、互いに近付く形に変わった事で一気に迫るジャッジの飛び蹴り。それは私にとって予想外の攻撃だったけど、私の身体は考えるよりも早く反応した。長剣を持ったまま両手を前に突き出し、両脚を広げ……私はジャッジの脚を跳び箱に見立てるが如く動いて蹴りを回避した。その上そこから身体を捻り、横に伸ばした脚でジャッジの頭を蹴り付ける。

 

「更にもう一発…!」

 

飛び蹴りの体勢から頭を蹴られて身体が横になったジャッジへ向けて、鎧の上からボディーブロー。出来るものなら先程負わせた胴の傷へと打ち込みたかったけれど、流石に特定の部位を狙う程の時間も余裕もない。それでも今の肉弾攻撃二発で少しはダメージを与えられた筈だし、これが大技の布石となってくれれば成果は上々──

 

「いッ……──!?」

 

その瞬間、殴って地面に落としたジャッジから焦げ茶色の物体が高速で飛んできた。咄嗟に私は左に避けようとするものの避けきれず、右の肩にそれが直撃。ずきり、と新たな痛みが身体に生まれる中直撃した物体に目をやると…それは石、或いは岩の欠片だった。

 

(地面にぶつかった瞬間に……それともまさか、私の飛ばした岩を割った時手の内にこれを…!?)

 

私の二連打撃同様今の投擲は、決して致命傷でも大きな痛手でもない。…けど、興奮状態の今でもこうも予想外の手を打たれるというのは精神的にあまり宜しくなかった。だってそれは、ジャッジにまだ奇策を講じるだけの余裕があるって事だから。

 

「やられっぱなしは嫌いなんでな……まだまだいくぞォッ!」

(…いや、違う……!)

 

ネックスプリングで起きハルバートの石突で地面を叩いてから私に突っ込んでくるジャッジ。その姿と言葉から滲み出た僅かな揺らぎを見た私は、ジャッジに余裕があるという認識を改める。そうだ、これまでのやり取りからジャッジは戦闘、それも個人の実力が最も物を言う真っ向勝負を愛してやまない奴だと考えられる。だとしたら、今の様な奇策を好んで使うだろうか?…いいや、そうは思わない。必要とあらば使うんだろうけど、少なくとも主戦法の中に入れているなんて事は恐らくない。だとしたら、今の投擲はその『必要とあらば』の使用だと見て…ジャッジもまた、言葉とは裏腹に余裕ぶってる場合じゃないと思っているんだと見て、間違いない。

 

「…なら、ここからが本当の正念場……!」

 

一瞬だけ翼を姿勢制御重視の形状に変え、体勢を立て直した後すぐ今度は三次元機動重視の形状に変更。そこから私は戦場を駆け巡り始める。

 

「これは……いいぜ、読み切ってやろうじゃねぇか!」

 

私が戦場を飛び回る中、ジャッジはハルバートを構え直して私を目で追う。それは私を追うのではなくカウンターを狙うという意思の表れで、攻める向きとタイミングを計る私とは集中力と我慢比べの勝負となる。どちらも体勢を作った以上焦れて安易な攻撃に走ればそこを突かれるし、かといって集中し続ければその内疲労で動きの質が落ちてしまう。…ただ、敢えて言うならばイニシアチブがある分私が若干有利なのかもしれない。

岩壁に沿う様に、瓦礫の間を縫う様に、流れる溶岩を風圧で散らす様に飛ぶ。怪我の影響で落ちそうになるパフォーマンスを歯を食いしばって保ち、ギリギリのギリギリまでフルスピードで飛び続ける。そして、本当に無理だと本能的に感じた瞬間、私は仕掛けた。

 

「こ……のぉぉぉぉぉぉッ!」

 

短剣を溶岩に放ち、その運動エネルギーで灼熱の飛沫を形成。その裏へと入ったところで身体全体でのブレーキングをかける。飛散した溶岩の数滴(溶岩を液体と言っていいのかは謎)が身体に触れ、慣性による衝撃や肉の焦げる痛みと恐怖に声を張り上げながら必死に耐えて……溶岩の壁の裏に入った方と同じ側から躍り出る。

ジャッジからすれば、私は突然溶岩に攻撃を仕掛けた上に姿の見えなくなっていた僅かな間に進行方向が真逆になって出てきたという状況。もし私が奴の立場なら……驚かない訳がない。

 

「な……ッ!?」

(かかった…!……けど、ジャッジなら…ッ!)

 

躍り出ながら翼を直線機動重視形状にして、一直線にジャッジへと突進。ジャッジはこれまでで一番と思える驚愕の表情を浮かべていて、十中八九このまま突進からの攻撃をすれば一撃与えられると私の経験が教えてくれている。……けど、ジャッジならきっと十中八九から外れる一二を掴み取ってくる。女神と同じかそれ以上に戦闘に魅入られている彼なら、そういう可能性を手繰り寄せる可能性だってゼロじゃない。だから……

 

「慢心は……しないッ!」

 

突進しながら短弓を精製し、矢の代わりに長剣を弦に番える。番えた後すぐ両脚を前に振って身体を起き上がらせ、間髪入れずに長剣を射出。私が選んだのは突進からの斬撃や刺突ではなく……近距離からの射撃だった。

突貫作業で作った弓はこの一射だけで壊れ、放った物はサイズが合ってないどころかそもそも矢ではなく、体勢も照準も弓の使い手からは怒られるレベルでブレッブレ。弓での攻撃という意味では全てが最低レベルの射撃だったけど……それでも、近距離からの一撃はやはり防御をしようと何とか身体を動かしていたジャッジのハルバートをすり抜け、彼の体へと届いてくれた。そして……

 

「ふ……ぅんッ!」

 

壊れた弓が内包シェアの霧散で消える前に顔に向けて投げ付け、ジャッジの目が反射的にそちらへ反応した瞬間に刺さった長剣の柄を両手で保持。そのまま外側へ振り抜き胴の一部を搔っ捌く。

 

「…まだ、終わりじゃあないよね?」

「ったりめーだ…だが、流石の俺もそろそろ死神様の足音が聞こえてきた…お前が俺にとっての死神なのか、俺がお前にとっての死神なのか…ここいらで結論、出そうじゃねぇか」

「私は死神ではなく女神なんだけどね…けど、その提案については……大いに賛成だッ!」

 

長剣を振り抜いた体勢のまま、私はジャッジと言葉を交わす。これだけはっきり話せておいて死神の足音が…というのは些か違和感があるけど、私もジャッジもランナーズハイの様な状態になってると考えれば納得がいく。…と、いうよりそうでもなきゃ私達が互いにボロボロなのにここまで戦えてる事への説明がつかない。

正直に言えば、この戦いを終わらせるのは惜しいと思っている私もいる。ここまで心踊る戦いなんて体験した事がないし、今後今回に匹敵する戦いを味わえる保証もない。……けど、だからこそ私は終わりへ持っていく事も許容しなければならない。だって、この悦楽は全力を尽くして、本気で命を賭けて、死の淵に身を晒し続ける事で得られるものだから。戦いを引き延ばす為に手を抜いたら、その瞬間にこの悦楽から覚めてしまうから。だから、私は覚める事なくこの思いを味わう為に…この戦いを、最後のその時まで最低で最高の戦いのままで在り続ける為に……決着を、付けるッ!

 

「ぁぁぁぁああああああああッ!!」

「ォォォォオオオオオオオオッ!!」

 

狂気を孕んだ笑みを浮かべ合った次の瞬間、恐らく最後になる攻防戦が始まった。これまでで最高潮に荒々しく、臓器の底から猛々しい唸り声を上げ、端から見れば破滅思考者同士の戦いにも見える様な、ただひたすらに実力と精神をぶつけ合う戦いを繰り広げる。

ジャッジの鎧の左肩部分を弾き飛ばす。私のプロセッサの右腰部分が砕かれる。大腿部内側を抉る。乳房の上側を爪で斬り付けられる。大振りの一撃が衝突した瞬間私もジャッジも負荷で意識が飛びかけて一瞬止まり……すぐに正気を取り戻して次の一撃を叩き込む。一撃打ち込む度に装備か身体が傷付き、気を抜いたら身体が砕け散る様な感覚に見舞われる。…それでも、続ける。続けて、続けて……私の直感が、全ての神経が「今だ」と叫んだ瞬間、後ろに飛ぶ。

 

「……天舞零式──」

 

地面に着地し、周囲に武器群を精製して射出。ジャッジが迎撃体勢を取る中撃ち込んだ武器の後を追う様に再び飛んで、ジャッジへ接近。その勢いのまま連撃を放つ。

 

「……ッ…これは…!」

 

一息で片手両手双方の剣撃を打ち込んだ後、私は長剣を空へと投げ飛ばす。投げ飛ばして……そこからすぐにバスタードソードを精製して、斬り込んだ。

バスタードソードだけじゃない。片手剣、細剣、直刀、太刀、大小の槍に槌に斧。ナイフや棍の様なメジャーな武器も、カットラスや戟の様な珍しい武器も、トンファーや鎌の様な癖の強い武器も、果てはチャクラムや鎖分銅の様な武器まで作り出して、使っては離し離しては作ってで多種多様な攻撃を実行する。一時たりとも気を抜かない。連撃ではあるけれど、一撃一撃に気力を込める。

 

(速く…もっと速く……!)

 

どんなに攻撃の幅が多彩だって、相手に見て対策を考える時間を与えてしまうんじゃ意味がない。威力も速度も精密さもあって、初めてこの戦法は…相手に対応の体勢を作らせないって戦闘スタンスは形になるんだから…!

一心不乱に、無我夢中に攻めて、諦めずに仕掛け続けて、遂に私の攻撃がジャッジの処理能力を越える。防御を突破し、ジャッジの身体にダメージを通す。それでもジャッジは散発的に反撃を仕掛けてきて、私の方にも細かな傷が増えるけど……もう、私は止まらない。ここまでくるともう、下手に防御をするより攻め続けて反撃の機会を潰す方が身の為だから。

 

「……──ッ!」

 

長い連撃の末、最初の一撃とは別のバスタードソードでハルバートをかち上げ返す刃で胴に回転斬り。そのバスタードソードもそれで手離し、脚と翼に力を込めて空中へ。それと同時に周囲へ圧縮シェアエナジーを散布し、それを爆発させて地面に落ちている武器群をジャッジへと殺到させる。殺到した武器群は私の望み通り、空へは行かせまいと動いていたジャッジの行動を妨害してくれた。

翼を標準形態として使っている形状に変えながら空へと舞い上がり、右手を伸ばす私。その手が掴むのは、先程投げ飛ばし、上へと向かうエネルギーを失って落下してきた愛用の長剣。長剣を手にし、両手で握り、ボロボロの身体が耐えられるギリギリまで長剣と私の背後に圧縮したシェアの束を展開していく。

 

(この技すら凌がれる様なら、私の敗北はほぼ確定……でも、この技を私が使いこなせているのなら…負ける気は、微塵もしない…ッ!)

 

天舞零式は、もう一人の私にとって必殺技の様なもの。これまでは複製体に過ぎない私には過ぎた技なんじゃないかと思って使用を躊躇ったり、個人での大技より皆との連携技を優先したり、或いはそもそもこの技を使うまでもない戦いが大半だったりでずっと使わず終いだったけど…この時の私は、使うなら今しかないと感じていた。ジャッジを倒すならば、私の持てる最大の技を用いる他に手段はないと確信していた。そしてその直感が正しかったのかどうかは……これから迎える戦いの結末が、はっきりと教えてくれる。

 

「分かるぜぇ…それにお前のフルパワーが乗るんだって事がなぁッ!いいぜ、ならこれで俺達の戦いの、ジャッジ・ザ・ハードとオリジンハートによる狂宴のフィナーレを飾ろうじゃねぇかッ!来やがれオリジンハート!その一撃を、俺の切り札で迎え撃ってやるよぉぉぉぉおおおおッ!!」

 

鎧や身体に刺さっていた武器群が吹き飛び、ジャッジの身体から某覇王色並みの力を持っているんじゃないかと思う程の覇気が発せられる。踏み締めた地面にヒビが入り、鋭く刺す様な眼光が私へと向けられる。

限界まで圧縮された私のシェアエナジーが水晶の様な輝きを放ち始め、引き絞った弓から矢を解き放つかの様にシェアを解放させた私は一閃の光芒となってジャッジに降り注ぐ。奇しくもそれはジャッジが吠えたその後であり、まるで私が彼の言葉に呼応して攻撃を仕掛けた様な形になってしまった。…でも、これは何も嫌な気がしない。むしろこの偶然を、私は心より嬉しく思う。

私の放つ透き通る様な光がギョウカイ墓場を明るく照らし、ジャッジの放つ漆黒の光が暗く照らす。私達はお互いが放つ輝きに飲まれながらも最後まで相手を見据え、全身全霊全ての力を賭け…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「────百花繚乱ッ!!」

「審判の…刻ぃぃぃぃいいいいいいいいッ!!!」

 

 

 

 

──得物を、振り切った。振るう瞬間も、振るわれる瞬間も、私の目には焼き付いている。だから……勝敗も、もう分かっていた。

 

「…………」

「…………」

 

ジャッジは振り切った体勢のまま止まり、私は振り切った体勢でジャッジの脇から背後に着地。光は既に収まり、戦闘音も消えて、聞こえてくるのは墓場が平常時から立てる音だけ。そんな静かな時間が、私とジャッジを包む。

長い長い一秒が過ぎて、時間が引き伸ばされたんじゃないかと思う二秒が過ぎて、でも確実に時間は進んでいるのだと感じる三秒が過ぎる。そして……

 

 

 

 

「……へっ…俺の負けだ、オリジンハート…」

 

どすん、と音を立て地面に倒れるジャッジ。その音を耳にしながら私は、ゆっくりと息を吐く。────勝敗は、決した。




今回のパロディ解説

・「更にもう一発…!」
NARUTOシリーズの登場人物の一人、はたけカカシの台詞の一つのパロディ。腹パン女神、イリゼ。このシーン立場逆なら…興奮するシーンになるのかもしれません…。

・(速く…もっと速く……!)
ソードアート・オンラインシリーズの主人公、キリトこと桐ヶ谷和人の台詞の一つのパロディ。二刀流ではないですが、巨体へ向けて連撃という意味では同じですね。

・某覇王色
ONE PIECEシリーズに登場する能力の一つの事。ジャッジに王としての資質があるかどうかはともかく、彼が持っているならモブキャラの殆どは倒せるでしょう。


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第六十六話 守護女神の解放

私の斬撃の前に倒れ、地に突っ伏したジャッジ・ザ・ハード。勝負は付き、ジャッジの残念そうな…しかし心から満足した様子の声が聞こえ、そして…………私もまた、倒れる。

 

「……っ、ぅ…」

 

受け身も取れず、顔から硬い地面に倒れ込む。喉の奥から込み上げてくる様な感覚に襲われ、吐き出してみるとそこに出来たのは赤い水溜まり。更に二度、三度と同じ液体…血液を私は吐き出し、気付けば顔の前に血溜まりが出来ていた。……いや、顔の前だけじゃない。血溜まりはお腹の下にも出来ていて、そこに広がる血の池は口元の数倍の規模だった。

 

(…はは…貧血…で、済むレベルじゃないや……)

 

首を回した私の目に映ったのは、抉り取られた様にズタズタとなった私の脇腹。その酷い有様を見て、私は背筋が凍り付く。

怪我の規模自体も勿論恐ろしい。こんなの女神じゃなきゃ即死しているし、女神であっても…正直、致命傷の可能性がある。少なくとも放っておいたら出欠多量で恐らく死ぬ。けど、それよりも私を戦慄させたのは……これがジャッジの一撃をもろに喰らったんじゃなく、斬っ先が僅かに触れた程度で出来た傷だという事。あの時私は、ジャッジを斬り裂きつつも確かにハルバードの軌道から逃れていた。流石に完全回避は出来なかったけど、それでも掠める程度に留めていて、普通に考えればどんなに運が悪くても短刀で斬られた程度の怪我になっている筈。…なのに、私の脇腹は背骨まで真っ二つにされていてもおかしくない程の怪我を負っているという事は……ジャッジのあの一撃は、掠めるだけでその周囲を肉塊とカルシウムの塊にしてしまう程の威力を持っているという事になる。…これにはもう、生き延びた事に感謝する気持ちしかなかった。

 

(…ほんとに凄いよ、ジャッジ……)

 

ジャッジは敵であり、私達が命懸けで掴んだ平和を乱す犯罪組織のトップ格の一人であり、私の大事な友達をここに監禁し続けた、絶対に討つべき悪。……でも、彼は真っ直ぐだった。思い返せばジャッジがハルバードに纏わせた光は悪意のシェアが濃縮された闇色ではなく、どこまでも深い純粋な黒色で、そこにジャッジの本質が現れている様にも思える。…要は、嫌いになれないんだよね。

そうして薄く笑った私は意識を切り替え、立ち上がろうとする。ジャッジとの戦いは終わったけど、まだ作戦は続行中なんだから。そう思ってまず腕に力を込めたけど……動かない。

 

(……あ、れ…?)

 

力を込め、腕を立てて立ち上がろうとしたけど…立ち上がれない。時間をかけても何とか地面に突き立てるのが精一杯で、まるで踏ん張りが効いてくれない。…いや、腕だけじゃない。腰も脚もまともに動かず、私は立ち上がるどころか起き上がる事すらままならなかった。……あは…これはもしかしたら頭の上に、『かつには かったが どうやら さいごのちからを つかいはたしたらしい……』…ってウィンドウが出てるのかも…。

……なんて、ネプテューヌみたいな事を考えてしまう程私は今、ヤバい状態だった。…けど、だからって倒れてる訳にはいかないよね…きっとネプギア達は今、ネプテューヌ達を助けようと頑張ってる最中なんだから、ここで私一人寝てるなんて……

 

「……止めとけ…そんな身体で無理に動いたら、折角勝ったのに死んじまうぞ…?」

「…え……?」

 

既にガス欠状態の気力を何とか絞り出し、うつ伏せのまま腕で上半身を持ち上げたところで……背後から、ガチャリという音と共に声が聞こえた。この場において、私以外に声を発する存在なんて…一人しかいない。

 

「……まだ、生きてたの…?」

「勝手に殺すんじゃねぇよ……まぁ、それも時間の問題だがな……」

 

可動域ギリギリまで首を後ろに回し確認すると、ジャッジはいつの間にか仰向けになっていた。…さっきのは、半回転した際に鎧が鳴らした音だったんだ…。

 

「…せめて道連れにしてやろうってなら、私も抵抗させてもらうよ?」

「しねぇよ、んな事…俺が負けて、お前が勝ったんだ。……道連れなんて勝者を、勝負を侮辱する様な行為なんざ死んでもやりたくないね。っつっても、現状で俺は死にかけなんだがな…」

「それが、貴方の美学?」

「へっ、そんな大層なもんじゃねぇさ…」

「そう…」

 

大層なもんじゃない…って返したという事は、方向性自体は間違っていないらしい。勝ちという結果より戦いという過程を重視していたり、私との戦闘中は終始楽しそうにしていたり…何だろう、ジャッジからは終盤で味方にはならずとも協力をしてくれるライバルキャラ的なものを感じる…。

ジャッジはもう戦う意思はないと分かり、私は視線を前へ戻す。上半身を支えるだけで震える腕に鞭打って、冗談抜きに飾り状態寸前の脚で地面の出っ張りを引っ掛けて、ずるずると這って前へ進む。満身創痍で地面に這い蹲り、一回一回喘ぎながら進む私はきっと無様で惨めだけど…そんな事気にしていられないし、ジャッジ以外いないんだから人目を気にする必要はない。だから…進むんだ。私は、進むんだ…!

 

 

ずる…ずる…ずる……ぼてっ。

 

「……コケたな」

「う、五月蝿い…」

「だから止めとけっての…そんなんじゃ味方に追い付く前に力尽きるの分かるだろ…」

「…悪いけど、私の目的は貴方と戦う事だけじゃないの…だから、止めとけと言われても止める訳にはいかない…」

「なら少し休めよ…途中で出欠多量で死ぬかモンスターに襲われて死ぬかして、それでお前の仲間は喜ぶのか?もし仮に追い付けたとして、その身体で足手まといにならない自信があるのか?」

「……それは…」

 

何と言われようと、私は進む……つもりだったけど、浅はかだった私はジャッジの言葉で簡単に止まってしまった。彼の言葉で私が追い付くまでの事も、追い付いた後の事も考えてなかったのだと気付かされる。…不味いな…ほんとに今の私、思考力が落ちてる…。

 

「……感謝するよ、ジャッジ」

「あぁ…?」

「ジャッジに言われなかったら、私軽率な真似するところだった…もしかして、私を心配してくれたの…?」

「心配…まぁ、広義的にはそうかもな…。…この俺に勝ったんだ、お前はこれからも勝利を重ねて、死ぬ時も華々しくいてくれなくっちゃ困るんだよ…」

「…ご心配、どーも…」

 

訊くまでもなかった気はするけど…やっぱり私を思っての心配じゃなかった。…別にいいけどね、ジャッジに心配されたらむしろ怖いし…。

ジャッジの言葉の方が正しいと思った私は、進行方向を変え近くの岩の前へ。そこまで着いたところで私は身体を回し、背を岩に預け……ると背中の大怪我に岩が喰い混んで死にそうだから、脇腹がズタズタになっていない側の肩を岩に預けてもたれかかる。

 

「…………」

「…………」

 

仲良しでもなければ憎しみ合ってもいない私とジャッジは、話題が無ければ会話は生まれないし、わざわざ話題を作ろうとも思わない。よって暫く沈黙していた私達だったけど…暫くしたところで、おもむろにジャッジは口を開いた。

 

「…にしても、まさか女神がこんなに強かったとはなぁ…これなら生前にも手合わせしときゃよかったぜ…」

「……生前にも?」

 

口振りから察するに、それは私への言葉ではなく独り言。だから返さなきゃいけない道理はないけど…『生前にも』という単語が気になって私は訊き返す。

 

「んぁ?……あー…別に隠す事でもねぇか…俺、っつーか四天王は全員元々人間だったんだよ。生前犯罪神に実力やら精神やらを見込まれてそれに応じた俺等は、死後に四天王になったのさ」

「……そう、だったんだ…」

 

四天王が元は人間だったなんて、思いもしない衝撃の事実。けれど四天王がただの『強くて喋るモンスター』だとは最初から思ってなかったし…何より今の私は限界状態過ぎて、驚きの感情が抑制されていた。…普段みたいに驚いてたらそれで内臓破裂しそうな気もするし、それを踏まえて脳や神経が作用してくれてるのかな…。

 

「…そう言うって事は、生前から強かったの?」

「あぁ強かったさ。今程じゃねぇが、それでもそこらの人間やモンスターが相手なら歌いながら戦場を駆け回れる位にはな」

「どこのアニマスピリチア持ち又はフォールドレセプター持ちですか貴方は…」

 

生前から強かったのなら、ジャッジが見込まれたのは実力である可能性が高い。犯罪神を呼び捨てしてる辺り、崇拝してる訳じゃなさそうだしね。

 

「…昔から俺は今日みたいな滾る戦いを欲していた。が、強過ぎるっつーのも困りもんでな、今言った通りどいつもこいつも本気を出すまでもねぇから俺は日々に飽き飽きしていた。……そんなある時、俺は犯罪神と会ったんだよ。…いや、あれは正確にゃ犯罪神の一部ってところか…」

「犯罪神の、一部…」

「あん時は驚いたぜ。強者だと思って仕掛けてみたら、見事に返り討ちにされたんだからな」

「…強そうだと思って仕掛けたら、やり返された……」

「…んだよ、何か気になる事でもあんのか?」

「い、いや別に…それで負けて、配下にさせられたと?」

「いいや。犯罪神は取り引きを持ちかけてきて、それに俺が乗って配下になったんだよ。…けど、そうだな…もし戦ってなかったら、乗らなかったかもしれねぇ…」

 

私の位置からジャッジの顔は見えないけど、ジャッジは遠くを見る様な目をしているんじゃないかと思う。だって、その声音からは昔を懐かしむ様な雰囲気を感じるから。

 

「…俺は思ったんだよ。クソ強ぇ犯罪神が配下を求めるっつー事は、世の中にゃ俺の知らねぇ強者がまだいるんだろうってな。そういう奴等と戦うには、配下として犯罪神側にいるのが一番だと考えて、俺は四天王になったんだよ。だから実際にゃ取り引きも何もって感じなんだが……予想通り、俺は強者と戦う事が出来たんだ、犯罪神にゃ感謝しねぇとな…」

「私達は大迷惑だよ…こんなに強い奴が、敵になっちゃったんだから」

「ギャハハハハハハ!そりゃそうだったな!だが犯罪神が女神に迷惑な行動を取るのは当たり前の……うぐっ…」

「……ジャッジ?」

 

不満を乗せた返答がツボだったのか、大笑いを口にしたジャッジ。けどその数秒後、ジャッジは息を詰まらせ咳き込んだ。一瞬私はそれを、死にかけなのに爆笑なんてしたからだと思ったけど……違う。

 

「…どうやら、俺はここまでみてぇだな…だが即死してねぇだけまだマシか…」

「…………」

「……ありがとよ、オリジンハート…。お前が俺とタイマンを張ってくれたおかげで、俺との戦闘に全力を尽くしてくれたおかげで…俺は満足のいく戦いが出来た…本当に、感謝してるぜ…」

 

そういうジャッジの言葉は、本当に満足そうだった。これから死にゆくのに、苦しい筈なのに……自分を殺した相手へ、感謝を告げてきている。

 

「…私は約束を果たしただけだよ。女神として反故には出来ないと思ったから、一対一で戦っただけ。……だから、貴方がお礼を言わなきゃいけない道理はない…」

「礼っつーのは道理だの常識だのじゃなくて、言いてぇから言うもんだろ…お前がどう思ってようが、俺はお前に感謝してるんだからな…」

 

ジャッジは光の粒子となって消滅を始める。既に人としては死んでいるらしいジャッジが今から迎えるのは死なのか分からないけど…そんな相手に、こんな言葉をかけられたら私は言葉を返せない。だからまた私達の間に沈黙が訪れて…身体が半分程消失した頃、気付けば声も掠れつつあるジャッジがまた口を開いた。

 

「……最後に、よ…名前を聞かせてくれねぇか…?」

「名前…?…知ってる、よね…?」

「俺は、俺に勝った奴から名前を聞くって決めてんだ…俺に勝った、尊敬すべき相手の事を…頭と心に、刻み付ける為にな…」

「…………」

「…………」

「……私はオリジンハート…原初の女神が生み出したもう一人のオリジンハートであり…私の名前は、イリゼ。…それが、貴君と雌雄を決し…貴方の力を、心より認める女神の名前だ」

 

数秒間、考えた。答えるかどうかじゃない。どう答えたらいいか私は数秒考えた。消えゆく四天王に、ただひたすらに心踊る戦いを欲していた彼に、どう答えればいいか考えて……決めた。他の誰でもない、ジャッジと死闘を繰り広げた女神として答えよう、って。それが最適な答え方だったのかは分からないけど……ジャッジは、満足してくれたと思う。

光の粒子は空へと登り、その光もまた消えていく。それはどこか幻想的で、四天王もまた私達女神と同じ人の域から完全に外れている存在なのだと思わせる。

 

「…最高の戦いが出来た…満足いく戦闘だった…俺を倒した相手の名前を聞けた……あぁ、もう心残りは一つもねぇ…強いて言えば、負けたのは残念だが…それは俺が弱かったのが原因なんだから、仕方ねぇよな…」

「…弱くはないよ。何か一つ違えば、立場は変わってたのかもしれないんだから」

「だといいけど、な…。…さて…んじゃ、あばよオリジンハート…」

「…………」

「俺にこんな事言われても困るだろうが……お前に、勇猛なる女神オリジンハートに、一層の栄華と成功、そして…血湧き肉躍る至高の戦いがこれからもある事を、祈ってるぜ……」

 

──そうして、ジャッジは消え去った。最後に彼は、もう殆ど聞き取れない様な小さな声で「いつかまた戦いたい」と言って、ギョウカイ墓場の空へと消えていった。彼の向かう先がどこなのかは……分からない。

 

「……さようなら、ジャッジ・ザ・ハード」

 

消えていった空に向けて、私の口からそんな言葉が漏れ出た。多分、これは…ジャッジの心意気に対して、ちゃんと受け取った分は返したいって無意識に思ったから。…正直、複雑だけど…ジャッジの存在は、彼との戦いは私に大きな影響を与えたと思う。

 

(……ごめんね、皆…皆に追い付くまで、もう少しかかりそうだよ…)

 

傷口は燃える様に熱いのに、傷口から溢れる血は熱を持っているのに、私の身体は相変わらず冷えた様に動かない。この様子じゃ、戦闘はおろかまともに歩くだけでもまだまだかかりそうだった。…もしかしたら、ここから先は全部皆に任せなきゃいけないかもしれない。

 

(…でも、そうなったとしても…皆なら、大丈夫だよね……)

 

私は、皆を信じている。誰にも負けない位に、皆を信じている。だからせめて、私はすぐに行く事が出来なくても、この思いは届いてほしいな……そう思いながら、私は今までよりも岩に身を任せ…ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

ここに来るまでに、沢山の事があった。楽しい事も、辛い事も、勇気を貰った事も、悩みを抱えた事も、沢山、沢山あった。それは望んだ事ばかりじゃないし、あんまり経験しない方がいい事もあると思うけど……そういう事を受け入れて、乗り越えてわたし達は今ここにいる。

 

「まだ、まだよ…ロムラム、まだ大丈夫よね?」

「うん…だい、じょうぶ…!(ぐっ)」

「ユニこそ手をぬかないでよね!」

 

ユニちゃんはX.M.B.の砲身を四分割モードにして、ロムちゃんとラムちゃんは大きくて複雑な魔方陣を杖の先から展開して、エネルギーを収束させていく。三人の狙う先は…勿論、お姉ちゃん達を捉えるアンチシェアクリスタルの結界。

 

「三人共、何かあったら言ってね!あたしが何でもしてあげるから!」

「ギアちゃんも、大丈夫ですか?」

「……はい」

 

三人が砲撃準備を進める中、わたしはその後ろで身体を捻って結界が壊れる瞬間を待っている。気にかけてくれたコンパさんに、もうちょっとちゃんとした返答をしたい気持ちもあるけど…今はその瞬間へと意識を集中しなくちゃいけない。結界が壊れてから再展開するまでの時間も、クリスタル本体の強度も正確には分かっていない以上、少しのミスも許されないから。

 

「……また来た様ね。数は三…いや、四かしら」

「それなら私達だけでも倒せるわね。コンパとREDはそのまま四人を見ていてあげて」

 

シェアエナジーのチャージはどうしても目立ってしまうみたいで、わたし達が攻撃準備をしている間に何度もモンスターが近寄ってきた。けど、その度に皆さんが返り討ちにしてくれていて、わたし達は一度も中断する事なく準備を進められている。…本当に、本当に皆さんは頼もしい。

 

(これが終わったら、お姉ちゃんに褒めてもらいたいな。それで一緒にご飯を食べて、お風呂に入って…久し振りに、一緒に寝たいって言ってみようかな…うん、そうしよう)

 

取らぬ狸の皮算用、なんて諺があるけど…期待が力になってくれるなら先の事を想像するのもいいと思う。幸せな未来の想像は希望になるし、その未来を掴む為に頑張ろう、全力を尽くそうって気持ちにしてくれる。わたしの思いを、更に後押ししてくれる。

 

(……後少しだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんも、ノワールさんも、ベールさんも、ブランさんも…わたし達女神候補生が…ううん、お姉ちゃん達に帰ってきてほしい人達全員の思いが、お姉ちゃん達を助けるんだから)

 

戦っているのはここにいるわたし達だけじゃない。教会関係者も、軍人さんも、わたし達の行動に協力したいって思ってくれた人達も、皆が戦っている。こんなに沢山の人がお姉ちゃん達を助けようとしてるんだもん、失敗したらなんて不安はこれっぽっちも抱かないよ。

力を溜める、力を込める、力を振り絞る。身体に、武器に力の全てを注ぎ込む。真っ直ぐな瞳で、真っ直ぐな思いで結界とクリスタルを、未来を見据える。そして…………その時は、やってくる。

 

「……っ!ラムちゃん、ユニちゃん…!」

「うんっ!これで、これでいけるわ!」

「アタシもよ!アタシ達のフルパワー、この鬱陶しい結界に思い知らせてやろうじゃない!」

「頑張って、四人共!四人なら出来るって、あたし達は信頼してるから!」

「ボクも!ボクも皆を応援してるよ!」

 

収まりきらなくなったエネルギーが漏れ出す様に、砲身の隙間と魔方陣が眩く輝き出す。ファルコムさんと5pb.さんの…わたし達を支えてくれてる皆の信頼と応援を受けて、ユニちゃんロムちゃんラムちゃんは翼を広げる。お姉ちゃん達を閉じ込め苦しめる結界を打ち破る為に、その後に待つわたしへとバトンを回す為に。

 

「いくわよ二人共ッ!トリニティ……」

『フル…ドライブッ!』

 

三人が叫び、X.M.B.と魔方陣から三条の超口径ビームが発射される。三条のビームはそれぞれが影響を及ぼし合い、威力を重ねる事で周囲の空気を飲み込み焼き尽くしながら目標へと伸びていって……結界の上部、お姉ちゃん達が射線上に入らない部分へと激突した。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

『やぁぁぁぁぁぁッ!』

 

膨大なエネルギーの奔流が結界を叩き、撃ち破ろうとする三人の力と吸収し無力化しようとするアンチシェアクリスタルの力がぶつかり合う。激突して以降、クリスタルは三人の放ったエナジーを還元しているようで結界表面を波紋が走り、結界もクリスタルも始めはビクともしていなかった。……けど、段々と…三人の声と思いに反応したみたいに、表面を走る波紋の動きやペースがおかしくなっていく。それはまるで、過剰な電力配給によって機械に負担がかかっているかの様に。

どんどん異変を増していく結界と、一切衰える事のない三条のビーム。波紋が歪に、不規則になっていく中三人は砲撃同士を近付け、一点狙いで勝負をかける。それは失敗すると砲撃同士が喰い合って相殺しちゃう危険性を孕む行為だったけど…ロムちゃんラムちゃんの二人は勿論、ユニちゃんを含めた三人でもそんな事は一切なかった。結局ジャッジはイリゼさんが相手をして、ここまでわたし達が戦う機会はなかったけど、わたし達の特訓の成果はここで活きるんだって言わんばかりに三条のビームは一条の光になって……アンチシェアクリスタルの結界を、貫いた。

 

「……──ッ!ネプギア…行きますッ!」

 

結界が甲高い音を立てながら崩壊した瞬間、わたしは飛んだ。地を蹴って、翼を広げて…砲口を後ろに向けたM.P.B.Lのエネルギーを解放し、その噴射も推進力に転換してわたしは宙に浮くアンチシェアクリスタルへと一気に接近する。当然射撃を推進力にするなんてM.P.B.Lは想定してないから物凄くブレるし、腕への負担もかなり大きい。でも……ここで全力を尽くさなきゃ、どんな結果になってもわたしは後悔するもん。皆が頑張ってるのにわたしだけ手を抜いたら、わたしは胸を張って皆と一緒にいられないもん!

 

「届けぇぇぇぇええええええええッ!!」

 

眼前に迫るクリスタル。もうM.P.B.Lの刀身が振るえば当たると認識したわたしは噴射を切って、全身の力を乗せてM.P.B.Lを横に振るう。

もう、何も考える事はない。やるべき事も、積み上げるべき事も、全部やってきた。その結果わたしはここにいて、お姉ちゃん達の救出という目標に手が届きかけている。だから、ただひたすらに、一心不乱に、全力全開で────斬るッ!

 

 

 

 

──ふり抜かれたM.P.B.L。わたしの腕に伝わった、確かな感覚。アンチシェアクリスタルは……パキリという音を立てて、驚く程あっさりと…割れた。

 

「はぁっ…はぁっ……やった…!」

 

翼で空気抵抗を受けながら着地して、プロセッサに覆われた手や足を地面に突き付けて減速する。クリスタルは想定していたよりもずっと脆かったのか、それとも今の一撃はわたしが思っていたよりもずっと強かったのかは分からないけど…確かにクリスタルは、わたしの一閃で真っ二つになった。

わたしが実際に動いたのは数秒未満の短い時間だけど、それでも全力の一撃はわたしを大いに疲労させた。そんな中、M.P.B.Lを支えに振り返ると……丁度その時、アイエフさんとファルコムさんがお姉ちゃん達を縛り上げているコードを切って、コンパさんREDさんケイブさん5pb.さんが落ちたお姉ちゃん達を受け止めていた。

 

「……っ…!」

 

どくん、と心臓が高鳴る。前の時はまともに顔も合わせられない程申し訳気持ちでいっぱいになっていて、お姉ちゃんの本当の気持ちを知った後も触れる事すら出来なかったわたし。…でも、今は違う。今ならちゃんと顔を見る事が出来る。はっきりとあの時はごめんなさいって、また会えて良かったって心から言える。お姉ちゃんに、大好きなお姉ちゃんにまた触れる事が出来る。元の姉妹に戻る事が出来る。それがわたしは嬉しくて、嬉しくて嬉しくてもう涙が出てきそうだった。

地面へ斬っ先がちょっとだけ刺さったM.P.B.Lを引き抜いて、わたしは駆ける。すぐ側まで来たところでM.P.B.Lを手放して、コンパさんに抱えられてるお姉ちゃんの元へ…………お姉ちゃんの名前を呼びながら、わたしはその胸へと飛び込んだ。




今回のパロディ解説

・かつには かったが どうやら さいごのちからを つかいはたしたらしい……
ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…において、オルテガがキングヒドラで勝った場合に発生する台詞の事。限界状態のイリゼは、こんな事を考えていたりするのでした。

・飾り状態寸前の脚
機動戦士ガンダムに登場するMS、ジオングに纏わる要素のパロディ。人間限界を超えると笑ってしまう様に、イリゼも限界状態から変な事を考え始めてしまっているのです。

・アニマスピリチア
マクロス7に登場する要素の一つの事。アニマスピリチア持ちは戦場には出ていますが戦闘(攻撃)は基本しませんし、ジャッジとは全く違いますね。

・フォールドレセプター
マクロスΔに登場する要素の一つの事。ジャッジの歌でヴァールシンドロームに対抗……嫌ですね。というかジャッジが歌うシーンなんて想像出来ません。


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第六十七話 高揚切り裂く新たな敵

国防軍は専守防衛を基本とする組織ではあるが、ギルドを始めとする民間では対応が困難、或いは法律上出入りが制限されているような場所にいるモンスターの討伐に関しては軍による積極的防衛が行われている(勿論討伐が必要と判断されたモンスターに対してであり、のべつ幕なしに行なっている訳ではない)。中でもラステイション及びプラネテューヌに存在するMG部隊は大型のモンスターを相手にする事が多く、当然訓練も対モンスターを意識したものが中心となっている。……が、MG部隊は設立当初から対兵器戦での出動を想定された組織でもある為、敵性兵器…特に最大の仮想敵であるキラーマシンシリーズへは、女神及び女神に近しい者達に次ぐレベルでの対応能力を有している。そして、教会が犯罪組織との全面戦争を選択したのは……モンスター以外で犯罪組織が有する主力兵器が、そのキラーマシンシリーズである事が要因の一つとなっていた。

 

「そんなとこにゃいねえんだよ、阿呆」

 

キラーマシンが放つ、予測射撃のビーム。それをホバー移動のまま脚部を動かし推力ベクトルを操作したシュゼットは、滑る様な軌道で回避しつつビームに沿う様に接近をかける。接近を許したキラーマシンは砲撃を止め両腕の武器による迎撃体勢を取ったが…左腕の重機関砲で防御を一瞬綻ばせられ、その瞬間をスラスター全開の加速で文字通り『突いた』シュゼット機により、重い一撃を喰らってしまった。

 

「有人機なら冥福の一つでも祈るところだが……無人機にゃその必要はねぇよな」

 

槍剣が深々と刺さったキラーマシンはそれだけでも大きな被害を受けていたが、容赦する気など毛頭ないシュゼットは槍剣内蔵の機銃を発砲。刺突により内部構造が露出している状態で接射を受ければひとたまりもなく、その攻撃によってキラーマシンは沈黙した。

 

「うっし、次!各機、戦果を上げたいなら無理に一人で戦おうとするんじゃねぇぞ!」

「一人で相手してる隊長がそれを言いますか!」

「俺はいいんだよ、無理なく一人で戦ってるんだからなッ!」

 

牽制や陽動ではなく撃破を目的とする際は極力複数機で当たるというのが対キラーマシンの想定であり、各機実際にその想定通り二機や三機で撃破を行なっていたが…隊長であるシュゼットは、その想定に反して単騎での戦闘を行っていた。しかしそれでいて現状撃破数は複数機で当たっている部下に何ら劣らないのだから、文句を言う者は一人もいない。そして隊長とはいえそんな行為が堂々と行えているのは、国防軍の成り立ちから発生した実力主義的側面の表れと言える。

犯罪組織部隊との交戦が始まってから数十分。国防軍は、概ね優勢で戦っていた。

 

(この調子なら、戦闘そのものはまあまず勝てるだろうな。問題は捕縛の方だが…)

 

ちらり、と相手方の車両を確認してみると、開戦前とその数は殆ど減っていない。実のところ開戦前にきちんと数えていた訳ではない為、殆どどころか一台も減っていない可能性もあるが…まあ少なくとも大量に離脱されてしまったって事はないだろうとシュゼットは一安心し、戦闘を続行する。

キラーマシンに対し優位に立つMG部隊だが、そのサイズ故に対人戦闘には向いていない。勿論武装の中では威力の低い頭部機銃ですら生身の人間には驚異であり、グレネードの一発でも放てば数十人纏めて始末出来るが…それは虐殺以外の何物でもない。上層部や教会が求めているのは殲滅ではなく捕縛であり、止むを得ず少数を殺すだけならともかく虐殺なんてしようものなら立場的にではなく物理的に首が飛ぶ事となるのは間違いない。それ故にMG部隊はキラーマシンや兵器の掃討までは離脱の阻止までに留め、捕縛は勝敗が確定してからMGを降りて行うという作戦で進めていた。

 

「…っと…クラフティがいりゃ陸戦に集中出来たんだがな…」

 

指示と状況確認の為一時攻撃を中止していたシュゼット機へ、空から銃弾が襲いかかる。それに気付き空中へと目を向けると、仕掛けてきたのはやはり空戦仕様のキラーマシンだった。ラァエルフにも当然空への攻撃手段はあるが…継続的に飛べるキラーマシン・フライトと短時間の滞空が精一杯のラァエルフ、それも陸戦重視のT型装備群ではどちらが有利かなど自明の理。……しかし、それはあくまで相性の話に過ぎない。

 

「二機か…余裕だな」

 

重機関砲をラックライフルに持ち替えたシュゼット機は、ゆらゆらと軌道を変化させながら後退。その動きでキラーマシンの射撃を避けつつ距離を保つ事で二機を引き付けていく。動きを見極め、動きを予測し、ギリギリまで引き付け……突如後退から前進へ切り替える。

 

「落ちやがれッ!」

 

後退するものと判断し放っていた弾丸は、ラァエルフの頭上を通過していく。その中でシュゼット機はキラーマシンと交差する瞬間にラックライフル下部のブレードを振るい、キラーマシンの右翼を斬り裂いた。

片翼を切断され、姿勢を崩して地面へ激突するキラーマシン。もう一機は旋回の後改めて射撃を敢行したが、その射撃は横向きで掲げられた槍剣の腹によって阻まれ、射撃から近接格闘に移行しようと戦斧を振り上げた瞬間投げられたラックライフルによって、撃破するどころか逆に頭部を潰される形に。

 

「まだ弾切れでも刃こぼれ状態でもねぇんだ、返してもらうぜ?」

 

頭部を潰されセンサーやレーダー性能が大きく落ちたキラーマシンは高度を上げながら軽機関砲を乱射。とはいえそんな攻撃がまともに当たる筈もなく、シュゼット及びその近くで戦っていた数機による集中砲火を浴びて敢えなく撃退。シュゼット機がブレードの刺さったラックライフルを引き抜く頃には、ただのスクラップとなっていた。

 

「隊長、これならいけます!一気に押し込めますよ!」

「おう、士気が高くて宜しいこった。だが熱いハートだけじゃなくクールな頭を持つ事を忘れんじゃねぇそ?」

「は、はい!」

 

新たに部下となった新人が調子に乗らないよう窘めるシュゼットは、薄く笑いを浮かべていた。戦況に一喜一憂する新人の若々しさに微笑んでいるとも、指揮官故自分の戦いだけに集中出来ない事への苦笑とも見えるその笑みだが、実際にはその他にも自分が父親となったら子供に似たような窘めを行う日が来るのか…というふとした思い付きから、妻クラフティへの邪な想像を膨らませた事による下賤な笑いであったりもするのが彼の世俗的なところ。

そうしてそこからまた数分。敵戦力の低下で勢いの増したMG部隊は、更に犯罪組織の兵器と呼び出したモンスターを撃破していくが……一人の上げた声により、状況は変化する。

 

「……!戦域外よりこちらに接近する熱源有り!数は一機です!」

「一機?…民間の機械か何かか?」

「い、いえ…この反応はMGの物です!それに、速度が尋常ではありません!」

『……!?』

 

民間の物なら保護、敵でも一機ならば焼け石に水…そう考えていた各パイロットだったが、それがMGの物であると聞いた瞬間耳を疑いレーダーでその機体を確認した。そして……その報告が間違いでも何でもない事を理解する。

 

(おいおい何だよこいつは…初期型キラーマシンの三倍近い速度を出してねぇか…!?)

 

一体どんな無茶を機体にさせたらこんな速度が出るのか。シュゼットがそう思っている間にも移動を続けた謎の機体は戦域に到達し、部隊側とはカメラ越しにその姿が捕捉出来る距離に。そうして見えてきたのは……目立つ赤に機体を包んだラァエルフ、犯罪組織のアズラエルだった。

 

「こいつって、まさか…!」

「うおっ!?撃ってきやがった!?」

「くっ…敵だってなら、落としてやるだけよ!」

 

突然想定外の機体が現れ、攻撃を仕掛けてきたとはいえ彼等は戦闘を生業としている軍人。直後の動揺こそあったものの、接近されれば当然謎の機体改め敵機の撃退行動に移る。

真っ先に迎撃へ移ったのは三機。一機は重剣を構えて突進し、残りの二機は距離をずらして援護体勢に。見慣れない敵に対し、即座に前中後衛に分かれた行動を起こしたのは流石の練度と言うべきだが……その敵機の実力は、彼等の想定より一枚も二枚も上手だった。

 

「な……っ!?」

 

肩掛けのロケットランチャーから右腕に戦斧、左腕に重機関砲というスタイルに持ち替えつつも一切速度を落とさないアズラエル。対する前衛担当も初めは対抗して速度を維持していたが、そこはスーパーエース級か否かの違いなのか前衛担当が先に速度を落として『待つ』姿勢を取ってしまい、そこをアズラエルに…アズナ=ルブに突かれる。

 

「…まず一機」

 

近接武装が届くという寸前の距離で脚部スラスターを吹かしたアズラエルは、加速状態のままサマーソルトキック。前衛担当の体勢を崩し、そこから上下反転上昇で胴体部へ三点バースト射撃を浴びせる。そして着地したアズラエルはすぐ二機目へ。

 

「くっ、速い…!」

「しかも、何なのこの動き…!?」

 

前衛がやられたのを見て中衛担当はシールドを構えつつ軽機関砲による弾幕を形成するが、アズラエルは軽やかに飛び回り全弾回避。後衛担当の支援射撃も物ともせずに中衛へと肉薄し、可動型シールドを振るう様に動かして右腕を軽機関砲毎弾くと同時に戦斧でラァエルフの腰部を切断してしまう。

そうして最後に残ったのは後衛の機体。この時点でもう単騎では勝てないと判断していたパイロットは牽制しつつの後退を選択したものの、先んじて発砲したアズラエルによって重機関砲を破壊され、前二機と同じ様に一気に距離を詰められてしまった。

 

「そんな……っ!」

「これで、三機…!」

 

何とか胴体部への斬撃は右腕を犠牲とする事で凌いだ後衛だが、次の瞬間脚部を撃たれて転倒する。万全の状態ですら手も足も出なかった敵に対し転倒した状態を見せる事など(望んだ訳ではないが)自殺行為に等しく、パイロットもコックピットを潰される事を覚悟したが……次の瞬間、アズラエルはトドメを刺す事なく飛び退いた。そして驚くパイロットの視界の中を、重機関砲の弾丸が駆け抜ける。

 

「全機下がれ!奴の相手は俺がする!」

 

着地したアズラエルの下へ、槍剣を構えて突進するのは勿論シュゼット機。アズナ=ルブも自身へ迫る機体が一筋縄では倒せない事を瞬時に理解し、カウンターは諦め再度の跳躍で再び回避。地上を走り抜けたラァエルフ・トゥオートと宙を飛んだアズラエルがほぼ同時に振り向き正対する。

 

「…指揮官機、か」

「赤いラァエルフに、その戦闘能力……テメェが噂のMG乗りか…」

 

指揮官の登場に仮面の裏で目を細めるアズナ=ルブと、噂の存在と相対出来た事に内心喜ぶシュゼット。彼等の意思を乗せた二機のモノアイとゴーグルアイは、視線を交わらせているが如く光を発した。

 

 

 

 

ギョウカイ墓場で犯罪神の配下である四天王と夥しい数のモンスターに遭遇したわたし達は、今ある平和を少しでも長く続かせる為、ネプギア達を逃がす為に負ける事を覚悟して戦った。あの時の事は後悔していないし、あの時出来た最善の選択だったと思っている。……けど、その先でわたし達を待ち受けていたのは地獄だった。

気を抜けばすぐに死んでしまいそうな怪我を全身に負ったまま、不衛生極まりないコードで吊るし上げられたわたし達は、シェアエナジーを奪う謎の結界に閉じ込められた。

 

(きっと今、イリゼやいーすん達が策を練ってくれている…ごめんなさい、わたし達守護女神が不在になっちゃって。でも、信じているわ)

 

初めは、救出が来るその時まで耐えようと思っていた。身体は怪我で燃える様に痛いし、乱暴に吊るし上げられてる状態と謎の結界にシェアエナジーを吸収されるのとで苦しくてたまらなかったけど、歯を食いしばって耐えていた。助けを待つのみなんて、守護女神として情けないわね…と、ノワール達と話して気を紛らわせていたりもした。

この期間は、全体からすれば大分長かったと思う。…と、言っても正確な時間が分からない以上『そんな気がする』だけなのだけど。

 

(……大丈夫よ…大丈夫、きっと今皆は頑張ってる筈…)

 

それでも暫くして、わたし達は前向きさを失い始めた。景色も、状況も、痛みも苦しみもずっと変わらない事でわたし達の精神は摩耗していく。唯一変わったのは心の中の呟きで、いつの間にかその内容が皆への言葉から自分を安心させる為の言葉に変わっていた。

そうしている内に、遂にわたしは体感での時間計算を止めた。元々99%間違ってるだろうとは思っていたけど、なんだかもうそういう事を考える気力が無くなってしまっていた。皆との会話も、もう途絶えている。

 

(……今は、どの位進んでいるのかしら…後どれ位待てば、わたし達は解放されるの…?)

 

考えるのは、皆が助けに来てくれるまでの時間ばかり。もう後少しのところまで来てるんじゃないかと妄想して、まだまだ全然進んでいない可能性が頭をよぎって不安になる。その内「皆も四天王やモンスターにやられてしまったんじゃ…」と思い始めて、そこから更に「わたし達の事は、見捨ててしまったんじゃ…」と怖くなって、考える事も嫌になってしまった。…でも、わたし達は思考を巡らせる事を止められない。何一つ出来ないこの場で、痛みと苦しさを紛らわせるには思考に集中して気を逸らすしかなかったから。

そういう時間も暫く過ぎた。心身共に長い間疲労し続けて、いよいよ意識がぼーっとし始めた頃……ネプギアが、やってきた。

 

(良かった…ネプギアが、ネプギアが生きていた…!それに、姿はちゃんと見えなかったけどイリゼもこんぱもあいちゃんもいた…!これは、皆がわたし達を助けようとしてくれてる証拠よね…!)

 

結界越しにネプギア達が見えて、一方的だけどあの時の罵詈雑言を謝る事が出来て、わたしの心に力が戻った。ネプギア達の姿は三人も見えていた筈で、わたし程じゃないにしても勇気付けられていると思う。この時わたしは、諦めないで良かった、必死に耐えていてよかったと心から思った。

 

…………でも、

 

(……まだ、なのかしら…早く、早く助けに来て…)

 

──その時を境に、わたし達の精神摩耗は加速した。助けようとしてくれると分かったのに、希望が見えたのに……いや、希望が見えたからこそ、真っ暗な道から朧げながらゴールの見える道へと変わったからこそ、わたし達の心は絶望への耐性が脆くなっていた。

それまでは何とか耐えられていた空虚な時間も、今ではもどかしくてしょうがない。身体が慣れたのか、それとも神経が鈍ったのか痛みや苦しみが少し和らいでいたけど、再び苦痛がぶり返してきた。それ等は期待の心が膨らめば膨らむ程強くなっていって、わたし達の心は削られていく。

 

(女神化を解けば…ちょっと力を抜けば、楽になれる…けど、そんな事したら……皆が頑張ってるのに…皆がいつかここに来る筈なのに……そんな事、出来る訳ない…)

 

人としての身体は、シェアエナジーの消費が極僅かで済む代わりに、女神としての身体より弱く脆い。今の姿でもプロセッサを工夫する事で止血と身体の補強をして何とかギリギリ耐えてるという状態なのに、女神化を解いてしまったら……間違いなく、わたし達は死ぬ。……でも今は、この苦痛から解放されるなら…と死が一瞬選択肢に入るようになっていた。結局その度に皆の事を、女神としての使命を思い出して踏み留まっていたけど…わたしはもう衰弱しきっていて、こんな事を思うようになっていた。……仲間や友情とは、鎖だと。わたしが死者の側へと行かないよう繋ぎ止めてくれている存在であると同時に、わたしに「もしわたしが死んでしまったら皆がどう思うか」というのを考えさせて、それによって苦痛から逃がしてくれない存在でもあると。

時が過ぎる。苦しみに耐えても、早く助けてと心の中で泣き言を言っても、いつか助けてもらった後の事に思いを馳せても、現実に引き戻されて心が締め付けられても、時は過ぎる。期待を持っても、挫けそうになっても、希望を抱いても、絶望に襲われても、何も変わらない、ただただ辛い時間は経っていく。そして……

 

(……………………)

 

…もう、どうでもよくなってきた。なんだかもう、いろいろおもいだせなくなっていて、じぶんがなぜここにいるのかもわからなくなっていて、でもいたいのとくるしいだけはずーっとおなじで、もういやだった。めも、みみも、はなもくちもはだも、いたみをかんじるちからいがいはほとんどなくなってしまって、わたしはくらやみのなかにいた。…たぶん、きっかけがあればわたしはおわりにできる。こころのなかにだめだって、もうすこしまとうっていうじぶんがいるからまだしていないけど、それもきっかけがあればきこえなくなるはず。だから、わたしはもうなにもしなかった。ただ、きっかけをまっているだけ。そのきっかけがあれば、わたしはぜんぶおしまいにして、そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

────その絶望全てを吹き飛ばす、圧倒的な…でも温かくて優しい希望が、わたし達を包んでくれた。

 

 

 

 

甘えん坊、と思われて良い気持ちのする人はいないと思う。お姉ちゃんが大好きなわたしだって甘えん坊と思われるのは嫌だし、そもそもわたしはそんなに甘えん坊じゃない…と自分では思っていた。けど、今だけは甘えん坊だって思われてもいい。まだまだ子供ね、って言われてもいい。だって、やっとお姉ちゃんを助ける事が出来たんだから。本当の意味で、お姉ちゃんと再会する事が出来たんだから。

 

「お姉ちゃん…お姉ちゃぁん…!」

「ネプ…ギ、ア……」

 

わたしはコンパさんに抱えられているお姉ちゃんの胸へ飛び込んだものだから、お姉ちゃんとわたしは揃って倒れ込む。

 

「会いたかった、会いたかったよぉ…!」

「ネプ…ギア……」

「ごめんねお姉ちゃん、あの時は弱くて…助けるまでにこんな時間かかっちゃって…」

「あ…の、ネプ…ギ…ア…」

「でもねわたし、頑張ったんだよ?イリゼさんに色々教えてもらって、ユニちゃんロムちゃんラムちゃんと協力して、皆さんに協力してもらって強くなったの。…あ、あれ?…これじゃ言い訳みたいだね…」

「……ネ…プギア…さん…」

「それでね…って、わたし一人で言い続けたらお姉ちゃん話せないよね…えと、お姉ちゃんなあに?」

「…ネプ…ギア……」

「うん、どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

「……死にそう、なので…離して、下…さ…ぃ……」

「え……わぁぁぁぁっ!?ご、ごめんねお姉ちゃん!すぐ離れるから…って魂出てる!?で、出てっちゃ駄目だよお姉ちゃんの魂さん!し、死なないでぇっ!」

 

…気が付いたら、お姉ちゃんはわたしと地面にサンドイッチされていた。見るからに極限状態のお姉ちゃんにとってそれは必殺の一撃とほぼ同義で、お姉ちゃんは困っているとかのレベルじゃなくて完全にわたしへ解放を懇願していた。しかもその途中でお姉ちゃんの口からふわ〜っと脳波コントローラーっぽい飾りのついた魂が出てきたものだからわたしは大慌て。離れると同時に出つつあった魂を口の中に押し込んで、何とかお姉ちゃんを蘇生。こ、こんなギャグみたいな展開でお姉ちゃん死なせちゃったら、わたし一生後悔するよ!罪悪感で自殺しかねないよ!

 

「はぁ…はぁ…お、お姉ちゃん生きてる…?」

「……ぃ…」

「……い?」

「……生きてます…」

「よ、よかったぁ……でも敬語なんだ…ほんとにごめんね…」

 

魂を無理矢理戻した後、ちょっと不安になりながらお姉ちゃんに声をかけると…お姉ちゃんは、生きてるって言葉を返してくれた。……因みにその時、はっと思って顔を上げるとコンパさんが安心と辟易の混じった様な顔をしていた。……患者さんは無闇に身体を揺すったり衝撃を与えたりしちゃいけないって初めの方で習ったのに、今完全に忘れてました…ごめんなさい…。

 

「…お姉ちゃん、大丈夫…?」

「……し、死に…かけたけど…大丈…うぐっ…」

「本当に本当にごめんねお姉ちゃん!わ、わたし少し反省してます!」

 

本心を言えばもう一回抱きしめたかったし、抱きしめてほしかったけど…今さっきトドメを刺しかけたわたしは、自ら反省の時間を入れる。するとわたしの頭も少し冷静になって、周りの光景…というか皆の様子が見えてくる。

 

「おねえちゃん!」

「…おねえちゃん…!」

「ラム、ロム…二人共、助けに…来て、くれたんだな…」

「うわーん!おねえちゃん、会いたかったよぉぉ…!」

「ふぇ…ぐすっ…おねえちゃん…わたしたちのこと、きらいじゃない…?」

「当たり前、だろ…こんなに可愛い妹を…嫌いに、なる訳ないだろ…でも、ごめんな…あんなに酷い事、言って……」

「いいの!おねえちゃんがきらいになったんじゃないってわかったから、もういいの!…おねえちゃん、おねえちゃぁん…!」

「わたしたち、つよくなったの…おねえちゃんをたすけたくて、つよくなったの…!」

「そっか……よく、頑張ったな…」

 

左右からブランさんに抱き着くロムちゃんラムちゃんは、ぽろぽろ涙を流しながら…でも本当に嬉しそうな顔をしてブランさんを抱き締めている。ブランさんは最初抱き着かれた衝撃で辛そうにしていたけど…二人はわたしより軽くて勢いもついてなかったからか、二人を受け止めてその頭を撫でていた。

 

「あ、あの……」

「…私、貴女…を、本当に傷付けた筈…なのに…来た、のね……」

「あ、当たり前よ!だってお姉ちゃんはアタシの為に敢えてあんな事言ったんでしょ!?アタシ全部分かってたから!…でも、あの時は力も心も弱くて…だからこんなに時間かかっちゃって…ごめんなさい、お姉ちゃん…」

「…何謝ってるのよ…ラステイションの、女神…なら、こう言えばいいのよ…待たせたわね。もう大丈夫よ…って…」

「……っ…お、お姉ちゃん……うん…待たせたわね…もう、大丈夫よ…!」

「…えぇ……ありがとう…こんな私を、助けに来て…くれて…強くなったわね、ユニ…」

「お姉ちゃん…お姉ちゃん…っ!」

 

ノワールさんの前に立ったユニちゃんは、最初申し訳なさそうな顔をしていた。でも、ノワールさんに褒められた瞬間堰を切ったように涙を流して、ノワールさんへと抱き着いた。それを受けたノワールさんは少しふらついていたけど……照れくさそうな、でも優しい笑顔を浮かべてユニちゃんの背中をさすってあげている。

 

「…はぁ…皆さん、羨ましい…ですわ…。わたくし、だけ…出迎えてくれる、妹が…いないなんて…」

「……ベール様、無茶…しないで下さい…私達の為に、世界の為にどんな無茶でもやってのけるベール様達は凄いですけど…私、ベール様が辛そうにしている姿は見たくないです…」

「あいちゃん…前言撤回、ですわ……その、抱き締めても…?」

「うっ…さ、流石にネプギア達がいる前では…」

「でしたら、もう少し…だけ…お預け、ですわね…」

 

ベールさんは妹がいないから少し寂しそうにしていたけど…そんなベールさんの背へ、アイエフさんがとん…と頭を当てた。わたし達は勿論姉妹の関係のやり取りだけど…あの二人は、もう少し大人の関係…に見える。実際二人共わたしより大人なんだけど。

コンパさん達は、わたし達に気を遣ってくれてるのかちょっとだけ後ろに下がって待ってくれている。そんな姿も目にした頃にはわたしも大分冷静になっていて……その時、わたしの頬に何かが触れた。

 

「へ……?」

「…もう…いつまでよそ見、してる気なの…?」

「あ…お、お姉ちゃん…」

「気にしなくて、いいのよ…そりゃ、さっきは…死にかけたけど…」

「お姉ちゃん……本物、だよね?本当にわたし…助けたんだよね…?」

「えぇ…貴女が、助けてくれた…ありがとう、ネプギア…」

「……っ…お姉ちゃん…うわぁぁああんっ!お姉ちゃぁぁぁぁん!」

 

わたしの頬に触れていたのは、お姉ちゃんの手。その手で頬を撫でられて、お姉ちゃんが笑顔を見せてくれて……わたしも涙が抑えきれなくなった。…ううん、違う…最初から、泣くのを耐えるつもりなんてなかった。

ぽたぽたと、お姉ちゃんの纏う崩れかけのプロセッサへ涙が落ちる。その内お姉ちゃんの手がわたしの涙に触れて…お姉ちゃんは、不思議な事を言った。

 

「ネプギア…もしかして…泣いて、いるの…?」

「…へ……?」

「…ごめんなさい…わたし、今…貴女の顔、が…ぼんやりとしか見えないの…それに、耳もまだ…よく聞こえなくて……」

「そう、だったんだ…大丈夫だよお姉ちゃん、わたしはちゃんとここにいるから…わたしは、ここだから…」

 

それは、お姉ちゃん達がどれだけ辛い時を味わっていたのかを理解するには十分な言葉だった。その言葉を聞いて、見回すと…ノワールさんもベールさんもブランさんも、確かに目の焦点が少し合っていなかったり、相手の姿を手で確認している様にも見える。……そんなになるまで戦わせちゃって…長い間待たせちゃって、ほんとにごめんね…でも、もう大丈夫だから…ね…。

皆と同じ様に、わたしもお姉ちゃんの身体へ顔を埋める。今度は気を付けて、でも会いたかった気持ちを込めてぎゅーっとお姉ちゃんを抱き締める。あぁ、よかった。助ける事が出来て、本当によかった。……だから後は、帰るだけ。イリゼさんはここにいないけど、やられちゃったとは全く思わない。もうジャッジを倒した後なら合流すればいいし、まだ戦ってるなら手助けをすればいいだけ。そうしてイリゼさんと合流して、皆でギョウカイ墓場を出て、皆でプラネタワーに帰れば、それで…………

 

 

 

 

 

 

「────まさか守護女神を奪還されるとはな。小賢しい…いや、我々が過小評価をしていたと言うべきか。…だが、ここで女神候補生も捕らえてしまえば同じ事。死にかけの守護女神に疲弊しきった女神候補生など、最早取るに足らん」

 

……その瞬間聞こえた、敵意ある声。わたし達の幸せな時間を切り裂いた、女性の声。そうしてその声と共に現れたのは…モンスターとキラーマシンシリーズの機体を従えた、四天王の一人、マジック・ザ・ハードだった。




今回のパロディ解説

・「そんなとこにゃいねえんだよ、阿呆」
マクロスFrontierのノベライズ版にて登場キャラの一人、オズマ・リーの発した台詞の一つのパロディ。シュゼットはオズマ要素も少し入れたいなぁと思っています。

・三倍近い速度
ガンダムシリーズにおいてシャア・アズナブル及び彼を意識したキャラの乗る機体が稀に出す速度の事。アズラエルはとんでもなくピーキーな機体なのです。

・「……生きてます…」
プロレスラー、柴田勝頼さんの名台詞の一つのパロディ。シチュエーションとしては大分違います…というか、これはパロディになるかギリギリのラインですね。

・「〜〜耳もまだ…よく聞こえなくて……」
ソードアート・オンラインシリーズのヒロイン、結城明日菜の台詞の一つのパロディ。台詞というか、解放の後の再会という展開含めてのパロディです。


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第六十八話 増援と、そして……

お姉ちゃん達守護女神の奪還は大局に影響を及ぼす…軍人さんっぽく言えば、戦略的な意味のある行動なんだから、犯罪組織も強い部隊や中核である四天王が出てきてもおかしくない。そういう前提でわたし達はここに来ていたけど……お姉ちゃんを抱き締め、お姉ちゃんに後頭部を優しく撫でられていた今のわたしは、その想定が完全に頭から抜け落ちていた。…そんなタイミングで現れた四天王に対し、わたしは言いたい。あまりにも間が悪過ぎるって。狙ってやったなら、性格が悪過ぎるって。

 

「その、声……マジック・ザ…ハード…!?」

「とっくに廃人になっているかと思ったが…流石は守護女神。犯罪神様が我等を用意しただけはある」

 

やっぱりお姉ちゃんは目がよく見えてないみたいで、現れたのがなんなのかは声で判別していた。でも、その耳も普段より聞こえなくなってるらしいから…マジックが従えているモンスターや兵器まで正確に認識出来ているのかどうかは分からない。

 

「感動の再会に水を差すなんて…随分と趣味が悪い事をしてくれるね」

「そーだそーだ!あたしだって嫁勧誘を我慢してたんだから、えーと…マジック?…も我慢しなきゃ嫁勧誘してあげないよ!」

「ふん、こちらとてジャッジがやられたのだ。貴様等の再会などに配慮出来るものか」

「ジャッジがやられた…?…という事は、イリゼが…」

「うん、イリゼさんは勝ったみたいだね」

 

それまでは一歩下がった位置にいたREDさん達四人が、マジックと言葉を交わしながら前へと出る。その後に続く形でコンパさんも前に出て、最後にベールさんを優しく近くの岩へ座らせてあげたアイエフさんも前に。……これ、って…

 

「…み、皆さん…マジックと戦う気なんですか…!?」

「……っ…む、無茶よ…皆…四天王は、生半可な力で勝てる…相手じゃ、ないわ…」

「大丈夫ですよ、ネプテューヌさん。ボク達は別に倒そうって思ってる訳じゃないですから」

「そうです、ギアちゃん達が休む時間を稼げればそれでいいんです」

「や、休む時間?…わたし達の心配なんていりません、四天王が相手ならわたし達が……」

 

皆さんの強さを疑っている訳じゃない。でも四天王はお姉ちゃん達でも本気を出さなきゃいけないレベルの強さを持っていて、それをコンパさん達だけで相手にする…というのは、流石に無理がある話。だからわたしはお姉ちゃんをベールさんと同じ様に座らせて、マジックの前に出ようとして……

 

「……あれ…?」

 

…すとん、と階段を登りきった状態でもう一歩登ろうとした時みたいによろけてしまった。転ぶ事はなかったけど……今ので分かった。自分の身体は今、万全の状態じゃないって。

 

「ど、どうして…」

「短い時間でも、全力を尽くして集中力をフル稼働させていたらそれ相応に疲労するものだよ、ネプギア」

「ユニ達も同じよ?あんた達はあんだけ高出力の攻撃を放ったんだもの、ガス欠寸前でしょ?」

「そ、それは…すいません、そうです…」

「気にしないで!結界破る為にはあれが必要だったんだもん、三人は悪くないよ!」

 

そのやり取りを聞いて、ユニちゃん達の方を見ると…ユニちゃん達もまた、わたし達と同じ様に前に出ようとして……って状態だった。…ファルコムさんの説明はその通りだと思うし、お姉ちゃん達の救出に手を抜いたらその方が後悔するって断言出来る。でも…ううん、だからこそ…全力を出して、成果を上げたからこそ動けないというのは歯痒かった。

そんな中、ぐ…っとわたしの腕が下へ引っ張られる。

 

「え…お姉ちゃん!?」

 

何が?と思って振り向くと、わたしの後ろにいたのは近くの岩に身体を預ける形で座っていた筈のお姉ちゃん。お姉ちゃんはここまで這って来たみたいで、わたしの腕を引っ張って身体を起き上がらせていた。

 

「…駄目、ね…立ち上がるのも…こんなに、辛い…なんて…」

「な、何してるのお姉ちゃん!?」

「何、って…戦う、為に…来た、のよ…」

「そ、そんなの無理だよ!そんな身体で戦ったら…ううん、そんな身体じゃ戦う前に死んじゃうよ!」

「だと、しても…わたしは守護女神よ…友達が…わたし達の為に…協力してくれる、人達が戦おうと…してるのに…休んでなんか…いられない、わ…」

 

そういうお姉ちゃんの顔に、余裕なんて一欠片も浮かんでない。こうして話すのすら辛そうなお姉ちゃんが、それでも戦おうとするのは…きっと守護女神としての使命感と、コンパさん達への思いがあるから。そんな姿は正にわたしの憧れのお姉ちゃんで、やっぱりお姉ちゃんはここにいるんだってこの瞬間実感出来たけど…だからって、お姉ちゃんに戦わせる訳にはいかない。

 

「守護女神でも無理なものは無理だよ!…お姉ちゃんが無理する位なら、わたしが…」

「ネプギア、は…さっき全力出した…ばかり、なんでしょ…?…貴女まで、無理する事は…」

「わたしよりよっぽど無理な状態のお姉ちゃんに言われても納得出来ないよ!いいからお姉ちゃんはここにいて!じゃなきゃ、折角助けたのにお姉ちゃんが……」

「あーもう五月蝿い!私達が時間稼ぐっつってんだから、あんた達は黙って休んでなさい!ベール様もノワールもブラン様も同じよッ!」

『え……っ!?』

 

姉妹喧嘩…じゃないけどわたしは段々ヒートアップしていってしまって、もう半分位衝動的に立ち上がろうと……した瞬間、キレ気味のアイエフさんに一喝された。しかもここと同じ動きが他でも起こっていたみたいで、皆揃って怒号の対象になっていた。それはあまりにも唐突且つ意外な展開で、わたし達は一瞬萎縮してしまう。

 

「ったく…ねぷ子なんか特に普段は楽しよう楽しようとするくせに、こういう時は率先して無茶しようとして…そういうのは逆にしなさいっての…」

「頑張る皆さんは好きですけど、無茶する皆さんはあんまり好きになれないですね…」

「同感よ。さて、じゃあ…ネプギア達が戦えるようになるまで、なんとしても八人を死守するわよ!」

 

カタールを格好良く振るって、マジックと対峙するアイエフさん。皆わたし達の壁になる様に立ちはだかって、四天王とモンスターと兵器を同時に相手にするという無茶な戦いなのに誰一人尻込みしないで、本来なら守る側にいるわたし達の為に戦ってくれようとしている。未だ力のちゃんと戻らないわたしは……皆さんの身を案じて祈る事しか出来ない。

 

「退け、女神でもない者など相手にならん。それともここで朽ち果てる事を望むか」

「相手にならないとは、私達も軽んじられたものね…貴女の要求を聞く気はないわ」

「朽ち果てる事も望んでないからねー、だ!」

「ふん…ならば貴様等の命は我が刃でもって刈り取ってやろう。愚鈍たるその命が犯罪神様の糧となれる事、喜ぶがいい…!」

『……っ!』

 

皆さんを睨め付けたマジックはその手に大鎌を構え、地を蹴る。薄く笑いを浮かべるマジックが纏うのは必殺の気配。一気に距離を半分程詰めた彼女は大鎌に負のシェアを纏わせて、そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「──残念だが、ここで糧を得るのは諦めてもらおうか」

 

マジックの進路を防ぐかの様に、わたし達の後ろから電撃が迸った。

眼前に放たれた電撃を前に、攻撃を中断して飛び退くマジック。誰一人として予想していなかったその攻撃にわたし達が驚く中……電撃の主が、皆さんの前へと降り立つ。それは、その人は……

 

「……貴様…!」

 

────元お姉ちゃん達の宿敵であり、今は仲間…そして昔は昔の女神様に協力していた女性……マジェコンヌさんだった。

 

 

 

 

「マジェ…コンヌ……?」

「久しいな、守護女神達。…君達が無事でよかった」

 

落ち着いた銀色の髪をふわりとなびかせながら振り向いたマジェコンヌさん。マジェコンヌさんはお姉ちゃん達四人を一人一人見やって、全員目にしたところでふっと安心した様な笑顔を浮かべた。

 

「マジェコンヌ…貴女も、来て…ましたの、ね…」

「前回の封印から犯罪神の復活がこうも早くなったのは、間違いなく私に責任があるのだからな。のんびり暮らしてなどいられないさ」

 

そう言ってマジェコンヌさんは再び視線を前に。その先にいるマジックは…どういう訳か、邪魔をされたのに愉快そうな表情を浮かべている。

 

「…いやはや、驚いた…まさか貴様が、いや貴女まで現れるとは…」

「…………」

「こうして実際に会うのは初めてですね。貴女のおかげで…貴女が世界に悪意を振りまいてくれたおかげで犯罪神様の復活は大きく前進した。忠実なる犯罪神様の僕として感謝致しますよ、マジェコンヌ」

「…ふん、白々しい。結果的にそちらの利になったとはいえ、内心では犯罪神のシェアを横取りした私を快くは思っていないのだろう?」

「おや、バレていましたか…その通りだ、シェアの横取り…そして犯罪神様のお姿の模倣など、許しがたいにも程がある。…そういう意味では、貴様も一緒くたに潰せるこの状況は幸いかもしれないな」

 

丁寧な、謙った口調でマジックはマジェコンヌさんに接する…けど、皮肉としての敬語だったみたいですぐにそれは止めてしまった。ギロリとマジェコンヌさんを睨むマジックの姿に、焦りの感情は感じられない。

 

「この状況を、幸いと言うか」

「あぁ。…まさか貴様、自分一人が来ただけで戦力差が覆ったとでも思っているのか?今の貴様では、我に勝てる可能性など万に一つもないというのに」

「…ふっ、そうだな…確かに私一人では勝てないかもしれない。……だが…」

 

マジックの蔑む様な言葉を、マジェコンヌさんは飄々と受け止めてしまう。…そう、マジェコンヌさんは今でも強いけど、世界を破滅させようとしていた時の強さはもうない。だからまだ状況としては劣勢な筈で、マジェコンヌさんの飄々とした言葉の真意がわたしには見えてこない。……けど、その瞬間に複数人の足音が聞こえた。そして、マジェコンヌさんは言った。…私達なら、って。

 

「え……?」

 

わたしとお姉ちゃん達の間をすり抜ける様にして、六つの人影が駆け抜けていく。その人達はマジェコンヌさんの後ろ…広がっているコンパさん達に連なる様に立っている所に並び立って、それと同時に武器を構えた。

一瞬、何が起きたの?…って状況を理解出来なかったわたし。でも、その人達の後ろ姿を見て…気付いた。その人達が皆、わたしの知ってる人だって。

 

「い、いきなり独断専行されて驚いたよマジェコンヌさん…」

「モンスター無視していくのは止めてほしかったかな…追おうとしたモンスターとわたし達が鉢合わせる形になっちゃったし…」

「あぁ、すまない。我ながらあれは軽率だったと反省している…」

「……!皆さん…!」

 

MAGES.さんに、マーベラスAQLさんに、ファルコムさん。鉄拳さんに、ブロッコリーさんに、サイバーコネクトツーさん。……その六人というのは…間違いなく、前の旅でお姉ちゃん達に協力してくれた皆さんだって。

皆さんの登場に、皆さんがここへ駆けつけて来てくれた事にわたしは胸が高鳴る。ピンチにそれまで不在だった仲間と昔死闘を繰り広げた敵が助けに来てくれるなんて、それはなんてドラマチックな展開なのか。凄い…こんな事が、実際に起こるなんて…これなら、これだけの人がいてくれるなら、もしかしたら本当にわたし達候補生組が回復するまでの時間稼ぎも出来ちゃうかも──

 

「久し振りだにゅ、全員元気そうでよかったにゅ」

「ね、ネプテューヌさん達は元気って呼べる状況じゃないんじゃないかなぁ…?」

「あ…あれ!?MAGES.!?なんでここにいるの!?」

「あ…あれ!?何か物凄く昔のあたしにそっくりな子が目の前にいる!?」

「おー!何かよく分からないけど一気に可愛い子が増えた!何これボーナスタイム!?」

「話には聞いていたが…ふふ、こんな所で再会するとは予想外だったぞ、5pb.よ」

「お久し振りです…じゃなくて、初めましてなのかな?この次元のファルコムさん」

「…待って、どうして皆この人達に順応してるの?私、暫く不在にしていた事あったかしら…」

「あー…うん、そういう事じゃないわよケイブ…」

「わたし達もそこそこ順応出来てないですから大丈夫ですよ…」

 

……あれ、何この状況。ここ宴会会場だっけ?こんな賑やかに会話楽しめる状況だっけ?……な、なんでこうなったの…?

…と、わたしが思った瞬間、マジェコンヌさんの足元に斬撃が飛来する。

 

「……駄弁なら死んでからやれ、目障りだ…」

 

飛んできた斬撃が地面を斬り裂き破片が飛び散った途端、しんと静まる皆さん。けど…別に怖気付いた様子はない。それは標的になっていたマジェコンヌさんもそうで、彼女はやれやれと首を振りながら一歩前に出る。

 

「余裕がないな、マジック。…しかしそれも仕方のない事か、この状況であれば」

「…その言葉…まさか、これで戦力差が覆ったとでも言うのではなかろうな?」

「いいや、覆っているさ。確かに私含め、個々の能力では貴様に敵わないだろうが…それでもここにいるのは全員が一騎当千の実力者。…貴様こそ、よもやこれだけの実力者を相手に、女神候補生が回復するまでの短い時間で押し切れるとでも言うつもりか?こうしている間にも、私達は勝利条件に近付いているのだぞ?」

 

それまでずっと余裕の表情を見せていたマジックが、その瞬間遂に表情を崩して苛立ちの顔付きを見せる。…じゃあ、まさか…さっきの宴会みたいな雑談も、わたし達が回復する為の時間稼ぎの一環だった…?

 

「…………」

「今の女神候補生四人であれば、貴様も命の保証はないだろう。仮に生き延びたとしても撤退は余儀なくされ、わざわざ用意したその戦力も激減するだろうな」

「…脅すつもりか?後悔したくなくば、ここから退けと」

「さぁ、それはどうやら。だが、私ならここで無理には戦わず、各地で制圧されつつある犯罪組織の損害を抑える事に努めて再起の機会を伺うな。…先を見据えた戦略的撤退ならば、貴様の主も貴様を咎めはしないだろうさ」

「咎める?浅いな、我は犯罪神様に気に入られたくて従事している訳ではない。例え失望されようと、犯罪神様の利益となるなら我は喜んで行おう」

「…………」

「…………」

 

わたしの位置からマジェコンヌさんの顔は見えないけど…きっとこの二人の視線は今ぶつかっている。戦闘になるのか、それとも退いてくれるのか。そんな無言の緊張が数秒続いて……

 

「……いいだろう、今は貴様の口車に乗ってやる」

「ならば賢明な判断だ、と言っておこう」

「せいぜい一時の勝利に酔いしれているがいい、女神共。…だが、その後貴様等は知る事になるだろう。今得た勝利はちっぽけなものであった事を…守護女神の幽閉も犯罪組織も、所詮は手段の一つに過ぎなかった事をな」

 

そう言ってマジックはわたし達に背を向けて、モンスターや兵器と一緒にギョウカイ墓場の奥へと去っていった。そうしてマジックの姿が見えなくなった頃、去ると見せかけた奇襲を危惧して緊張感を保っていた皆さんも構えを解いて…その時やっと、危機は去ったんだな…とわたしは実感した。

 

「ふぅ…貴女も煽るわね、マジェコンヌ。怒って本気で仕掛けてきたらどうする気だったのよ?」

「負のシェアに飲まれた私にすら臆さず敵となり続けた君達がいるんだ、その場合も何とかなっただろうさ」

「えらい調子のいい事を言ってるにゅ」

「これはねぷちゃん達の力をコピーした影響かもね」

「ふっ、それは困ったものだ」

『え……?』

 

マベちゃんさんの言葉にくすりとしたわたし達は、お姉ちゃん達がきょとんとした反応を見せた事で更にくすり。それを機に皆さんが集まってきて、わたし達女神は囲まれる形になる。

 

「それにしても、暫く見ないうちに皆強くなったんだね」

「あ、はい。…鉄拳さんは相変わらず…薄着?…ですね…」

「何とか間に合ったし、これで一安心だね。ノワールさん達、帰りはわたし達が肩を貸すよ?」

「情けない、けど…助かるわ……」

「…そう、だな…こんだけ…人がいる、なら…わたし達も安心、だ…」

『…おねえちゃん?』

 

これまでずっと別の案件?…でいなかった皆さんが揃って来てくれた事に驚いたり、二人のファルコムさんが顔を見合わせてたり、5pb.さんとMAGES.さんが親しげにしていたり…そんなちょっと気の緩んだ雰囲気の中、ふとブランさんが物憂げな呟きを漏らした。…ううん、ブランさんだけじゃない。お姉ちゃんも、ノワールさんも、ベールさんも…皆さんに肩を貸してもらって立った四人は安心した様な…でも同時に不安そうな表情を浮かべていた。

 

「…お姉ちゃん、どうかしたの…?」

「……ごめんなさい、ネプギア…帰り、の…事は…貴女と皆に…任せる、わ…」

「え…そ、それってどういう意味……」

「……っ…」

「あ…お、お姉ちゃん!?」

 

するり、と貸してくれている肩から滑り落ちて地面に倒れるお姉ちゃん。お姉ちゃんは地面にぶつかると同時に女神化が解けて……お姉ちゃんの白いパーカーワンピが、色水を零したみたいに真っ赤に染まった。そして、慌てて倒れたお姉ちゃんを起き上がらせようとしたわたしは……後悔する。

 

「あ……ぎ、ギアちゃん達は目を瞑って下さいです!あいちゃんッ!」

「……ッ!えぇ!」

「わわっ!?な、なんなの!?」

「ま、まっくら…!?(びくびく)」

 

いち早く気付いたコンパさんが声を上げてくれたけど、その声は間に合わなかった。アイエフさんがヘッドロックみたいな動きでロムちゃんとラムちゃんの視界を塞いでくれたけど、わたしとユニちゃんはもう手遅れだった。

お姉ちゃんの肩を掴んで起き上がらせた瞬間、ぼたり…と何かがわたしの脚に当たった。赤黒くて、生暖かくて、ぐにぐにとした、何か。それはパーカーワンピのスカート部分の下から垂れる様に伸びていて、その管の様な何かからは真っ赤な液体が滲み出ていて──

 

「……──っ!!」

 

それが何か分かった瞬間、お腹の奥から登ってくる不快感と嘔吐感に襲われ後退る。ケイブさんが駆け付けてきてくれて、背中をさすってくれる中、わたしは口に手を当てて吐きそうになるのを必死に耐える。

あの形が、あの色が、わたしの脳裏にこびりついて離れない。恐らくはこれまでもモンスターを倒してから、そのモンスターが消えるまでの瞬間に同じ様なものを見た機会も一度や二度位はあった筈だけど……モンスターと人じゃ、感じ方が違い過ぎる。忘れたくても忘れられそうにない、わたしの精神を一瞬で打ち砕いたそれは……

 

 

 

 

 

 

────お姉ちゃんの、内臓だった。




今回のパロディ解説

・「〜〜女神でもない〜〜朽ち果てる〜〜」
原作シリーズの一つで、本作の直接の原作、Re;birth2のEDムービー内にあるネタの一つのパロディ。ここで来るのが守護女神ではなくマジェコンヌというのもミソです。

・「〜〜そうだな…確かに〜〜……だが…」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの登場キャラ、ガエリオ・ボードウィンの台詞の一つのパロディ。アインに該当しそうなキャラは……うーん、思い付きません。


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第六十九話 やっと取り戻せたもの

「…二人共、もうお姉さん達は大丈夫だよ」

 

女神化を解き、岩を背もたれに休んでいたわたしとユニちゃんに声をかけてくれるサイバーコネクトツーさん。その言葉にわたし達は、ゆっくりと頷く。

 

「…すいません、真っ先にアタシ達女神が情けないところ見せてしまって…」

「そんなの気にする事じゃないよ。ノワールさん達はあんな状態だったんだから、ね」

 

わたしとユニちゃんが吐きそうになって休んでいる中、皆さんはコンパさんを中心にお姉ちゃん達の手当てをしてくれていた。…ユニちゃんの言う通り、情けない…わたしは手当てや治癒魔法を習ってたのに、これまでで一番その技能が必要になる時に戦力外になっちゃうなんて…。

 

「…あの、今お姉ちゃん達は…」

「取り敢えず応急手当ては完了して、今は寝てるよ。…正しくは気絶だけど…」

「それは良かったです…わ、わたし達ももう大分楽になったので、何か必要なら手伝います」

「無理しなくていいよ。それよりも見回り組が戻り次第ここから出るから、辛かったら言う事。いいね?」

『あ…はい…』

 

二人で揃って返事をすると、サイバーコネクトツーさんはうんうんと頷いた後皆さんの方へ戻っていく。殆どの人はお姉ちゃん達の周りにいて、ロムちゃんとラムちゃんはマジェコンヌさんと一緒に伏兵対策の見回り(多分本当の目的は重体のお姉ちゃん達を目にしてしまわない様にする為)に行っちゃったから、ここにいるのはわたしとユニちゃんだけ。

 

「…やっぱり凄いわね、コンパさん達は。あの状態のお姉ちゃん達を目にしても、すぐに手当てに入ったんだもの」

「うん…それにお姉ちゃん達も凄いよ。あんなに酷い怪我を負ってたのに、今までずっと耐えてたなんて……」

「…ねぇネプギア。もし、アタシ達がお姉ちゃんと同じ様になってたら…その時アタシ達は、耐えられたと思う…?」

「…………」

 

そんな質問、答えるまでもない。答えるまでもなく……わたし達に、耐えられたとは思えない。逃げ帰ったあの時よりは力も心も少しは強くなれてる筈の今のわたしだってそう思うんだから、もしあの時捕まっていたら…そう考えるだけで、わたしは背筋が寒くなる。そして同時に、思い知らされる。…わたし達女神候補生と、お姉ちゃん達守護女神の差を。

 

「…わたし、少し自惚れてたかも。追い付けてはいなくても、結構距離は縮まったんじゃないかって…」

「…気持ちは、分かるわ」

「……見せ付けられちゃったね、お姉ちゃん達の底力…」

「それも、同意。お姉ちゃん達も、皆さんも…アタシ達よりずっと凄いわ。けど…アタシ今思ったわ。それはそれで嬉しいかも、って」

「え……う、嬉しい…?」

 

必死に進んで、大分目的の場所まで近付けたかなって思った時に、実際はまだまだ先が長いと知ってしまったら誰だって落胆しちゃうもの。そう思っていたけど…わたしの隣に座るユニちゃんは、ほんの少しだけど笑みを浮かべていた。その理由が分からなくて、わたしは訊き返すと…ユニちゃんは更にもう少し口角を上げて答えてくれる。

 

「えぇ、だって……まだまだ差が開いてるって事はつまり、強くなったアタシ達でも全然追い付けない位お姉ちゃん達は高みにいるって事でしょ?ネプギアはアタシ達が簡単に追い付ける程度のお姉ちゃんがいいの?」

「それは……そっか、そういう見方もあるんだ…」

「お姉ちゃんとの差を見せ付けられるのは悔しいし、ネプギアの意見にも同意だけど…折角助けたのに落ち込んでたら、お姉ちゃんに怒られちゃうわ。私の妹がそんな後ろ向きでどうするんだ、って」

「ノワールさんらしいね…うちのお姉ちゃんなら『もー、そんな事気にしなくていいんだって!それよりネプギア、わたしの仕事手伝って〜!』とか言うかも…」

「へ、へぇ…ネプテューヌさんは妹に仕事の手伝い頼むの…?」

「と、時々ね…ほんと時々だから…うん……」

 

…うっかり普段のお姉ちゃんの事を言ったせいで、お姉ちゃんに対するユニちゃんからの評価が今下がった気がする。……なんか、ごめんね…。

 

「…とにかく、アタシはそう思う事にしたわ。どんなに背中が遠くたって、道のりが長くたって…アタシはもう、それを理由に立ち止まったり諦めたりはしない。お姉ちゃんとの距離はもっと縮めたいし…アイツには、負けたくないもの」

「ユニちゃん…」

「だから、ネプギア。アンタも気張りなさい。じゃなきゃアンタ、お姉ちゃんだけじゃなくて…アタシの背中も追いかける事になっちゃうわよ?」

 

立ち上がって、座っているわたしを見下ろすユニちゃんの顔は、もうすっきりしていた。…まだ、わたしはユニちゃん程割り切れてはいないけど…負けたくない、って思った。思っていた通りに、思っていた以上に凄かったお姉ちゃんにも、ここから進もうとしているユニちゃんにも。

 

「…そう、だね…ふふっ、ありがとねユニちゃん。ユニちゃんのおかげで、わたし元気が出たよ。やっぱりユニちゃんって優しいね」

「う……あ、アンタを元気付けたのは、ライバルがうじうじしてたら張り合いがないからよ!か、勘違いしないでよね!」

「……?…ユニちゃん、今ちょっと照れてた?」

「て、照れてないわよ!ほらロムラムとマジェコンヌさん戻ってきたし、アタシ達も行くわよ!」

「…絶対照れてたと思うんだけどなぁ…」

 

さっさと一人で行っちゃうユニちゃんを追いかけ皆さんの下へ向かうわたし。横たわってるお姉ちゃん達を見るのは少し怖かったけど…皆さんの総力を挙げた治癒魔法のおかげで、お姉ちゃん達の傷は大分塞がっていた。……肌と服は血の跡で物凄い状態だったけど…。

見回りから戻ってきた三人から野良のモンスター以外に敵と呼べる相手はいないと聞いたわたし達は、眠っているお姉ちゃん達をおんぶして歩き始める。…後はイリゼさんと合流するだけだよ。イリゼさんと合流出来たら、それでやっとわたし達の家に帰れるからね、お姉ちゃん。

 

 

 

 

一人でジャッジの相手を受け持ってくれたイリゼさんと合流する為に、今わたし達は来た道をそのまま引き返している。この作戦では気付かない内に心労も溜まっていたみたいで、帰り道の最中ずっとわたしは疲労を感じていたけど…お姉ちゃんの温もりを背中に感じられている今は、疲れていても自然と脚は前に進んでくれた。

 

「そういえば、MAGES.達はイリゼさんに会わなかったの?」

「あぁ。私達はとにかく早く進む事を優先していたからな。そうでなければ戦闘音を頼りにイリゼの加勢をしていただろう」

「それはどうかな?イリゼはなんかアイツと戦いたがってた様にも見えたし、あたし達の時と同じく一人で戦うって言われてたかもしれないよ?」

「戦いたがってた?…イリゼもねぷ子達みたいに好戦性を拗らせ始めたのかにゅ?」

「さ、さぁ…私達は守護女神の四人とは旅した事ないから何とも…」

 

道中の会話の中心になっているのは新旧揃った旅の仲間さん達。気付けばもうパーティーメンバーは二十人を超えている訳で…ちょっとした話題でも結構会話が続くんだよね。

 

「おっとと…ロム、ラム。もう少し前を歩いてくれないかな?じゃないとバランスが…」

「もう少し、前…わかった(ぽてぽて)」

「ファルコムさんもおねえちゃんをしっかりおんぶしてあげてよねー」

 

お姉ちゃん達四人はロムちゃんラムちゃんとブロッコリーさん以外の全員で交代しておんぶをしているけど、ブランさんの両手はずっとロムちゃんとラムちゃんが握っていた。でもそうなると二人は運んでる人よりちょっと前に出てないと危ない(じゃないとブランさんが後ろにひっくり返っちゃう)訳で、今ブランさんを担当してる大きいファルコムさんは苦笑い。多分本当は止めてほしいんだろうけど…あんなにきゅっと手を握ってる二人に離れろなんて、それはマジェコンヌさんでも言えない事だった。

 

「……あ、この岩って…」

「そうね、そろそろイリゼと合流出来る筈よ。コンパ、まだ魔力残ってる?」

「はいです。イリゼちゃんが大怪我してても、ちゃあんと治してあげられるですよ」

 

イリゼさんと別れてからすぐの場所にあった、特徴のある岩を発見してわたしは声を上げる。そこから先に目を凝らしてみると、地面や岩壁の色んな場所に抉れた跡があって…それを見るだけで、イリゼさんとジャッジが如何に激しい戦いを繰り広げていたのかが伝わってくる。…けれど、戦闘音はしてこない。という事はつまり、勝敗は決してるって訳で……わたしはちょっとドキドキしながら歩みを進める。

 

「イリゼさーん?お姉ちゃん達は、無事に助けましたよー?イリゼさー……あ、居ました!皆さん、イリゼさんがあそこ…に……──イリゼさん!?」

 

少し進んたわたしは、視界の端に岩によりかかって座るイリゼさんを発見。それを見つけたわたしは皆さんに伝え、もう一度イリゼさんの方を向いたところで……気付いた。イリゼさんは、血溜まりの中に座っている事に。

 

「ちょっ…い、イリゼさんも重体なの!?じゃ、じゃあジャッジは…」

「それよりまずはイリゼさんを手当てしてあげなきゃ…!」

 

ユニちゃんは最悪の可能性を考えて周囲に視線を走らせていたけど…同時に鉄拳さん(勿論芸人の方じゃないですよ?)の言った事もその通り。わたし達は揺らさない様に歩くのを忘れてイリゼさんの下へ急いで駆け寄る。

 

「イリゼちゃん、わたしの声が聞こえるですか!?」

「……っ…ぁ…コンパ…それ、に…皆…」

「意識はあるんですね…だったらイリゼちゃん、今からお手当するですから楽にしていて下さいです!」

「…じゃあ…皆は……」

「はい。ねぷねぷ達は…皆、助けてきたですよ」

「そっか…良かった……」

 

まず声をかけたのはコンパさん。立ち上がろうとしたイリゼさんを楽な姿勢にしてあげて、同時に怪我の状態を診始める。その最中でお姉ちゃん達を助けてきた、という言葉を聞いたイリゼさんは…本当に安心した様な表情を浮かべていた。

 

「イリゼちゃんも酷い怪我をしてるです…皆さん、また手伝って下さいです!」

『勿論!』

「あ、あの!わたしも何か手伝います!」

「ギアちゃん…」

 

容態の確認が出来たコンパさんは、こちらに振り向いて皆さんに協力を仰ぐ。そうして治癒が始まりそうになったところで…わたしも参加を申し出た。わたしの治癒魔法はまだまだ勉強中だけど……それでも、こんな短い間にまた情けない姿を見せる事なんてしたくない。

その思いで申し出たわたし。…でも、コンパさんは首を横に振る。

 

「…気持ちは嬉しいですけど…止めておいた方がいいと思うです。服と血で分かり辛くなってるですけど…多分、ちゃんと傷を見たらギアちゃんはまた…」

「そう、ですか……」

「……その代わりに、ギアちゃん達はねぷねぷ達を見ていてくれますか?ギアちゃん達が見ていてくれるなら、わたし達は安心してイリゼちゃんのお手当てが出来るです」

「…分かりました。お姉ちゃん達は任せて下さい」

 

全ての治癒魔法がそうなのかは知らないけど…わたしが教わった治癒魔法は、対象の怪我の状態をきちんと見る事が必要。そして……コンパさんの言う通り、今のわたしにそういう耐性はまだないとわたし自身がよく分かっていた。

わたし達はお姉ちゃんを近くに降ろして、コンパさん達を見守る。思った通りに手伝う事は出来なくても、最大限やれる事をしよう。出しゃばって邪魔になる事だけは絶対にないようにしよう。…そう考えられる位は、わたしにだって出来た。

 

「…大丈夫かな…大丈夫だよね…」

「…きっと、だいじょうぶだよ。ネプギアちゃん」

「え……?」

「よく見えないけど…ちゃんとした魔法の力、かんじるもん」

「そうね。なーんかめちゃくちゃなかんじもあるけど、こうかはちゃんとしてる気がするわ」

「…魔法使いって、そういう事も分かるのね…」

 

皆さんの事は信じてるけど、待っている間はやっぱり不安になってしまう。けれど、ロムちゃんとラムちゃんは直接は見えてなくても感覚だけで魔法がどんな感じになってるのか感じられてるみたいで、二人は大丈夫だって言ってくれた。その言葉に、わたしは二人の才能と魔法使いとしての心強さを感じる。

 

(…そう、きっと大丈夫…だからわたし達はちゃんとお姉ちゃん達を見ていてあげなきゃだよね)

 

真っ赤に染まった服とは裏腹に、ちょっと血の気はないけど穏やかな顔をして寝ているお姉ちゃん達。見ていてほしい、という言葉の中にはわたし達に気を使って役目を作ったって部分もあるんだろうけど…それでも務めは果たさなきゃ。だって頼まれた事だもん。

そうして待つ事数分。皆さんの作った人の輪の中でコンパさんが立ち上がるのを見て、わたし達はイリゼさんの手当てが終了したのだと理解する。

 

「…イリゼさんも、もう大丈夫ですか?」

「今は眠ってるですよ。でもまだ魔法がかかりきってないので、移動はもうちょっと待たなきゃ駄目です」

「魔法がかかりきってない…?」

 

コンパさんに近付いて話を聞くと、そんな返答が返ってきた。治癒魔法をかけてる最中だから、なら分かるけど…終了してるのにかかりきってないってどういう事なんだろ?遅効性、って事なのかな?それとも…って、あれ……?

 

「…………」

「ギアちゃん?どうかしたですか?」

「……あの…イリゼさんのお口に太巻きが突っ込まれてる様に見えるんですけどそれは…」

「あ、それはわたしの太巻きだよ?疲れた時、怪我した時はこれが一番!」

「……お口の端からは丸っこい物が見えてるんですけど…」

「それはあたしの甘露丸だね!ネプギアも食べてみる?」

「……そして何よりイリゼさんの身体がゲル状の何かでべったべたになっているのは…」

「ブロッコリーの目からびーむだにゅ」

「…………」

 

 

(──イリゼさんは何をされたの!?治癒!?これ本当に治癒なの!?)

 

イリゼの状態が治癒をかけられたというよりべろんべろんに酔って謎の行動を繰り返した人の末路みたいになっていて戦慄するわたし。このどう考えてもおかしい状況に対し、わたしに答えてくれた人どころかここにいる全員が「え、何?」みたいな反応をしている事で、わたしの戦慄は更に増す。…そ、そういえば待ってる間も曲が流れてきたり絶望禁止って聞こえてきたりしてたけど…皆さんは一体どんな治癒をしてたの!?わたしが駄目だって言われたのって、まさかこのとんでもない治癒を見られないようにする為じゃないよね!?違いますよね!?

 

「どうしたのよネプギ…うわ、何これ……」

「すごいことに、なってる…(かおす)」

「でもおもしろいかも。しゃしんとっておこーっと」

「それは止めてあげなさい…っと、効いてきたみたいね」

「あ、効いたら消えるんですね…」

 

わたし達が見る中、治癒魔法(?)はすーっとイリゼさんに吸収される様にして消えていく。それから一分位した頃にはもう綺麗さっぱりなくなっていて、やっぱり服と血でよく分からないけど傷口は塞がったようだった。……え、待って…じゃあお姉ちゃん達も色々口に突っ込まれたりゲル状の何かをかけられてたりしたの…?

 

「…ロムちゃん、ラムちゃん…魔法って奥が深いね…」

『……?』

「さ、これでもうイリゼちゃんも運んで大丈夫ですよ」

「ならば今度こそここを脱出だな。私や女神の皆はともかく、君達はシェアクリスタルを身に付けていても長時間ここにいるのは危険な筈だ」

「あ、それじゃMAGES.さん達も渡されたんですね。…道理で作った数と人数が合わなかった訳だわ…」

 

相変わらず治癒魔法(多分我流)の事は気になるけど、イリゼさんとも合流したんだからもうここにいる必要はない。それに対して反対意見なんて出る筈もなくて、わたし達はお姉ちゃん達に加えたイリゼさんの計五人を背負ってギョウカイ墓場の外へ。お姉ちゃんを取り戻した事で軽くなった足取りは、イリゼさんが無事だと分かった事で更に軽くなってくれる。そして……

 

「……出られたぁ…」

「ネプテューヌさん達も助けられたし、犠牲者もゼロ。これにてあたし達の戦いは完全勝利だね!」

「……!おいテメェ等!イリゼ様が…皆様が守護女神様達を連れて帰還したぞ!さぁ並べ並べ!今度こそアーチやるぞッ!」

『おぉーーっ!!』

「……イリゼの信者は相変わらずテンション高いわね…」

 

ギョウカイ墓場から脱出したわたし達は、イリゼさんの信仰者さん達に出迎えられながら乗ってきたプライベート機に戻るのでした。……その信仰者さん達がイリゼさんの寝顔を物凄く温かい目で見ていた事については、後で言った方がいいのかな…?

 

 

 

 

小刻みな振動に、私は揺すられ意識を引き上げられる。眠気はそんなにないけれど、何だか凄く身体がだるくてもう暫くこうしていたい。……でも、私は目を開け起き上がった。何かどうしても気になる事が、確かめたい事があった様な気がしたから。

 

「んっ…ぅ……」

「あ…おはよイリゼ。身体は大丈夫?」

「うん…ふぁ、ぁ…」

 

起き上がった私へ声をかけてきたのはネプテューヌ。いつ私は寝たんだったかなぁ…と思いつつ私はその質問に答えを返す。身体、っていうと背中や脇腹を中心に色々違和感があるけど、痛みや感覚の麻痺はないしこれは十分大丈夫の域と言え────

 

「えぇぇぇぇぇぇえええええええええっ!??」

「えぇぇぇぇっ!?な、何!?急に何!?」

「あぅっ!痛ぁっ!?」

「更に何!?自ら頭をぶつけて何!?ハイパーボイスからの室内でルーラを使った場合の真似っこか何かなの!?」

 

びくぅ!ぴょーん!どこぉ!私の頭が天井にクリティカルヒット!私は頭を押さえながら落下する!

 

「うぐっ……」

「あ、頭を押さえた状態で通路に落ちた…イリゼ、色んな意味で大丈夫…?」

「色んな意味で大丈夫じゃない…ってそんな事はどうでもいいよ!な、なななんでネプテューヌがここに!?」

「え…な、なんでって…そりゃ助けてもらったからなんだけど…後ノワール達もいるよ?」

「へ……?」

 

完全なる自爆で負ったダメージを感じながらも顔を上げると…そこにはやはり、ネプテューヌがいた。…いや、ネプテューヌだけじゃない。ノワールも、ベールも、ブランもここに…ギョウカイ墓場への移動手段として乗ってきた機体の中に、皆と一緒にいた。その光景に、私は自分の目を疑ってしまう。

 

「……え…いや、え…?」

「ほんとにイリゼどうしたの?…まさか二度目の記憶喪失!?新作に出られるよう記憶喪失になろうって魂胆!?」

「違うよ!?記憶喪失ではないしそんな魂胆は欠片もないよ!?…後そういう時事ネタは後で読んだ人には優しくないから止めておいた方が…」

「ふふっ、こんなやり取りを見るのも久し振りですね」

「何ほっこりしてるのコンパ…確かにこんなメッタメタなやり取りする事は最近少なかったけど……って、そっか…」

 

全くもって状況を把握出来ていなかった私だけど、コンパの顔を見た瞬間これまでの経緯を思い出す。ギョウカイ墓場に突入して、ジャッジと死闘を繰り広げて、勝ったけどまともに動けない程の怪我を負っちゃって、暫く休んでいたらネプギアの声が、続いてコンパの声が聞こえて、コンパからネプテューヌ達を助けたって言葉を聞いて……

 

「…あの後、私気を失っちゃったんだね…」

「あれだけ負傷してたんだから当たり前よ。…というか、治癒魔法かけたとはいえよくあんな跳べたわね今…」

「あ、あれはある意味火事場の馬鹿力的なものだから…」

 

そもそも跳びたくて跳んだ訳じゃないし…と私は心の中で呟く中、機内はちょっとした笑いに包まれる。私はウケたかった訳でもなければ旧パーティーメンバーやらマジェコンヌさんやらいつ来たのか分からない面子の事が気になって、面白い云々の感情は最初生まれてこなかったけど…皆の笑顔を見て、ネプテューヌ達四人を含めた皆の笑顔を見て、つい私も笑みを零してしまった。……そして、そんな光景を目にして、皆に遅ればせながら私もやっと実感する事が出来た。…四人を、取り戻す事が出来たんだって。

 

「…………」

「火事場の馬鹿力かぁ…それで言うと、わたし達はずーっとそれで持ち堪えてたようなものなんだよね」

「そう、なんだ…」

「自分の事ながらこの底力の強さにびっくりだよ、うん」

「…自分、の…底力なんて…っ…わ、分かんない…もの、だもん…ね…っ」

「だよねー…って、イリゼ?なんか言葉詰まり詰まりじゃない?」

「…ぅ、く…そ、そりゃ…そうでしょ…だって、だっ…て…」

 

四人を取り戻せたんだと実感して、安心して、安堵して。そうして……その思いが、込み上げてきた。これまでずっと女神だから、四人の代わりに引っ張らなきゃって思って耐えてきたものが、一気に溢れそうになった。そんな中、ネプテューヌに顔を覗き込まれたら…もう、我慢なんて出来る筈がない。

恥ずかしい気持ちも忘れてネプテューヌに抱き着く私。それと同時に頬へと流れる、私の涙。

 

「…馬鹿…馬鹿ぁ!心配したんだから!ずっと、ずっと私達だって辛かったんだからぁ!うえぇぇぇぇん!」

「わわっ!?ちょ、イリゼ!?」

「ごめん…ぐすっ…ごめんね…助けるのが遅くなっちゃって…」

「あ、う…うん…怒った直後に謝るのね…」

「イリゼ…って、あ、貴女は何普通にネプテューヌに抱き着いてるのよ!?」

「……っ…ノワール…ノワールぅっ!」

「私も!?のわぁぁ!?」

「ノワールも、ベールも、ブランも…ずっと、ずっと会いたかったんだからぁ!」

「あ、あらあら…この展開は予想外ですわ…」

「わ、分かったから勢いよく抱き着くのは止めて頂戴…体格的にキツいわ…」

 

ネプテューヌに抱き着いて、ノワールに抱き着いて、ベールに抱き着いて、ブランに抱き着いて。後で絶対恥ずかしくなるだろうけど、窓叩き割って空へと飛び出したくなる衝動に駆られるかもしれないけど…私はその思いを抑えられなかった。抑えたくなかった。だって…私にとって、皆の存在は命よりも大切なものだったから。皆は過去のない私に今を、未来をくれた大好きな人達だから。だからとにかく、どうしようもなく……皆とまた会えた事は、嬉しかった。

四人へ順番に抱き着いた後、最後に四人まとめて抱き締める私。そんな私に対して、皆は何も言わずに見守っていてくれて…四人もまた、優しい顔で私を受け入れてくれた。────この日感じた嬉しさを、私は…きっといつまでも忘れないと思う。




今回のパロディ解説

・鉄拳さん
お笑い芸人兼イラストレーターである、鉄拳こと倉科岳文さんの事。分かり辛いですし、キャラの方は鉄拳ちゃんさん…と表現した方がいいのでしょうか…?

・ハイパーボイス
ポケットモンスターシリーズに登場する技の一つ。まぁ要するにこの時のイリゼは凄く大きな声を出していたという訳です。物凄く驚いていたのです。

・室内でルーラ
ドラゴンクエストシリーズに登場する移動呪文及びそれに関連する小ネタのパロディ。シリーズにもよりますが、あれ普通に考えたら頭と首のダメージヤバいですよね…。

・新作
原作シリーズの一つで現段階ではまだ未発売の作品、勇者ネプテューヌの事。時事ネタ云々は別に時事ネタdisりではないので、あまり気にしないで下さいね。


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第七十話 守護女神の帰還

大地を疾駆する二機のMG。パイロットに合わせた徹底的なチューンを施された双方の機体は、搭乗者の技術に加えて挙動をより滑らか且つ柔軟なものとするBMRシステムの支援も受け、機械とは思えない程機敏な動きを見せながら激突する。ラステイションと犯罪組織のエース同士による戦闘は、殺し合いでありながらもその動きによって演舞の様な魅力を放っていた。

 

「ちぃ……!」

「ぐぅ……!」

 

重剣と戦斧を介した機体の激突によって生じた衝撃に顔をしかめるシュゼットとアズナ=ルブ。ラァエルフには衝撃の拡散と吸収機構が存在しているとはいえそれにも限界はあり、高速で衝突する両者の機体はその衝撃を殺しきれずにいた。

 

(野郎、陸戦でT型に追従してくんのかよ…!)

 

弾かれる様に後退した両者は同時に重機関砲を発砲。それをスラスター移動で互いに避けた二機はそのままスラスターを吹かし、再び接近からの近接格闘を仕掛ける。

T型装備群はホバーシステムを始めとする各種装備を運用する事を目的とした装備だが、それ抜きにも陸戦…地上での戦闘をF型装備群よりも優位に進める為の仕様が施されている。対するアズラエル…改造型ラァエルフはあくまでF型の延長戦上にある機体であり、技術水準に大きな差がない以上陸戦を行うならば機体性能ではラァエルフ・トゥオートが一歩勝る。しかし現状では互角であり…その事実がシュゼットに不快感をもたらしていた。

 

「随分とうちの機体を乗りこなしてるじゃねぇか!テメェもしや、軍か技術屋の関係者か!?」

「…………」

「返答無しか…ま、俺が分からねぇって事は、少なくともうちのMG部隊にゃいなかったんだろうな!」

 

重剣での刺突を、機体を半身にする事で避けたアズラエルはそのままの動きで上段斬り。それをシュゼットはそのまま自機を加速させる事で半身になったアズラエルとすれ違う様にして避け、即座に振り向いて重剣を叩きつける。

対するアズナ=ルブはこちらもすぐに振り返ると同時にシールドをスライドさせる事で重剣を正面から受け、直後に引く事でシュゼット機の体勢を崩しつつ重機関砲の連射をかけた。しかし四脚形態でホバーを起動していたシュゼット機はアズナ=ルブが思っていた程は前のめりにならず、射撃も滑る様な機動で避けられてしまう。

 

(…っぶねぇ…にしても、この動き…まさかBMRシステムのリミッターを弄ってんのか…?)

 

ホバーの機動力を活かし動き回りながらシュゼット機は射撃を行うが、アズラエルは最小限の動きで弾丸を避けシュゼット機の後を追う。その動きはあまりにも無駄がなく……操縦桿とその周囲の機材だけではとても実現出来るものではない。改造によって別物レベルの機体となった訳ではなく、パイロットも人間であるならば…BMRシステムの出力上限を上げ、操縦能力と範囲を拡張している以外にあり得ない、とシュゼットは結論付けた。本来なら安全を確保出来る域までにリミッターがかけられている、BMRシステムが理由であると。

 

「隊長!わたしが援護を…」

「要らん!っつーより止めとけ!」

「下手に援護したところで邪魔になるだけ、ってこった。こっちはオレ等が相手するんで頼みますよ隊長!」

「おうよ、任せときな!」

 

ホバーを切って通常形態に戻るシュゼット機。止まったと見るやアズラエルはロケットランチャーを抜いて射撃を撃ち込むが、それをシュゼット機は頭部機銃で迎撃。続いて真上に跳躍し、上方から弾幕射撃を浴びせていく。

 

「上に跳ぶか…」

「そぉら、シールドだって受け続けりゃ壊れちまうぜ?」

 

脚部と背部のスラスターを噴射し滞空するシュゼット機は、重剣をラックライフルに持ち替え重機関砲の反動で機体を揺らしながらも射撃を続行。それを初めはシールドで防御していたアズラエルだったが…反動で射角がズレた瞬間、スラスター全開で飛翔した。

アズラエルは一気に距離を詰める。重機関砲からラックライフルに切り替え放たれた射撃を鋭くも滑らかな動きで避け切り、左右合わせて二発のみ頭部機銃を発射する。だが、その弾丸が向かうのは……シュゼット機とは全く違う、明後日の方向。

 

「んな……ッ!?」

「その反射神経の良さが仇となったな…!」

 

実力や経験の低い人間は無意識に情報を取捨選択し、不要と判断したものは認識出来なくなるものだが、逆に実力のある人間は余裕がある為に多くの情報を取り入れてしまう。その性質を逆手に取ったのが、アズナ=ルブの策だった。

ほんの僅かに意識を弾丸へと奪われたシュゼットは、その隙にラックライフルを持つ機体の右腕部を蹴りで弾かれる。そして振り上げられるアズラエルの戦斧。ベースであるキラーマシンの重戦斧に比べれば軽いそれも片手武器としては十分な威力を持っており、防御の間に合わないシュゼットはそのまま胴体部を斬られるか左腕部や重機関砲を犠牲するかの二択を迫られる。……そう、アズナ=ルブは思っていた。

 

「……へっ、だよなぁ…空中機動なら自分に分があるって思うよなぁッ!」

「な…貴様……ッ!」

「悪いが俺は…追い詰められると燃え上がるタイプなんだよッ!」

 

戦斧が振るわれるその瞬間……シュゼット機はアズラエルへと突進した。アズラエルが間近に迫るこの状況では最早、正面以外のどの方向へ向かおうと戦斧の攻撃範囲から逃れる事は不可能だったが…唯一正面だけは距離の縮む速度が増す為にアズナ=ルブの目算は大いに狂い、戦斧が届くよりも先に双方の機体は衝突した。

一気に高度の下がっていく二機のMG。そのまま地面に激突すればどちらの機体も相当な被害となる事は明白だったが、落下の勢いに邪魔されアズナ=ルブはシュゼット機を振り払えず、シュゼットもまた早期に離れればその瞬間攻撃を受けると分かっている為に離れない。

いつ離れるか、相手が離れる瞬間はいつなのか。危険を察知しアラートがけたたましく鳴る中シュゼットとアズナ=ルブが行なっているのは……そんな駆け引きだった。

 

「……ッ!」

「……──!」

 

シュゼット機が離れたのは、離脱が不可能になるか否かが決まる、本当に境目ギリギリの瞬間。半ば転がる様に右へとシュゼット機は離れ、アズラエルもシュゼット機が動いたのとほぼ同時にスラスターを吹かしこちらも右へと転がっていく。

二機の落下とスラスターの噴射によって捲き上る砂煙。双方奥歯を噛み締めながら揺れる機体を立ち上がらせ、視界不良の中センサーを頼りに敵機を捕捉し…跳ぶ。

跳躍と同時に吹かしたスラスターの噴射により晴れる視界。その中でラックライフルのブレードによる斬り上げを狙うシュゼット機と、戦斧による袈裟懸けを仕掛けるアズラエル。両者が相手を視認した時には既にお互いを武器の届く範囲に捉えており、ブレードと戦斧が唸りを上げて敵へと走る。己が刃が敵を斬るか、敵の刃が自機を斬るか。数瞬先には分かるその攻防に全神経を集中させ、そして……

 

 

 

 

──その刹那、アズラエルの眼前を重粒子の光が駆け抜けた。

 

「何……ッ!?」

「……!そこだぁぁぁぁッ!」

 

駆け抜けた光芒によって僅かに緩んだアズラエルの動き。無論その横槍はシュゼットにとっても想定外のものであり、驚きはしたが…それでもやはり、立ち直りは彼の方が一瞬早い。時間にすれば一秒にも満たないその一瞬も、エース同士の戦いにおいては莫大な意味を持つのであり……その一瞬の間でシュゼット機の重剣が、アズラエルの戦斧を弾き飛ばした。

 

「ぐっ……!」

 

牽制の頭部機銃を連射し後退するアズラエル。その牽制はシュゼット機へ向けてのものだが勿論先のビームはシュゼット機から放たれたものではなく、一撃、また一撃と同様の射撃がアズラエルへと撃ち込まれる。

 

(この出力に口径…資料にあったロングレンジタイプか?…だとしたら……)

 

功を焦ればチャンスは即座にピンチへ変わる。そう考え深追いはせずに操縦桿を握り直したシュゼットは、アズラエルを警戒しつつも視線をビームの発生源へと移す。そうして目にしたのは……

 

「…へっ、やっぱりか……援護感謝するぜ、メイジンさんよ」

 

背部と外膝部に大小計四基のコンテナを備えた、新たな装備のラァエルフだった。

 

「感謝など不要だ、少佐。奴は元々私が取り逃がした機体なのだからな」

「逃げ切る前に追い付いてるんだから取り逃がしたとは違うんじゃねぇか?…まぁそれはともかく…お前がここに来たっつー事は、特務隊はここに増援として入るのか?」

「いや、特務隊としては別の部隊の追撃に当たっている。奴の追撃は…私個人の意思だ!」

 

シュゼット機やアズラエルにも劣らぬ推力で一気に距離を詰めた、特務隊のラァエルフ。メイジン、とシュゼットから呼ばれた彼は背部のコンテナへ大型の重粒子砲を格納すると同時に両膝部のコンテナから素のラックライフルを引き抜き、二丁拳銃を彷彿とさせる構えでアズラエルへと迫っていく。

ラステイション国防軍MG部隊の中で独立した立場を有する特務隊。その中でもトップの実力を持ち、試作装備の運用を任されたのが彼…特務隊長、メイジン・タカナシだった。

 

「ちぃ…まさか追い付いてくるとは…!」

「悪いが、私は諦めるのが好きではないものでな…!」

 

二丁のラックライフルによる射撃をアズナ=ルブは捌きつつ、散発的に重機関砲での反撃を狙う。威力、射程、連射性の全てにおいて重機関砲はラックライフルを上回るがその分反動は大きく、取り回しもサイズ故に劣っている。よって単純な比較では距離が開けば重機関砲が、縮まればラックライフルが有利になるのであり……今は、ラックライフルが有利となる距離だった。

全くありがたくない乱入を受け、アズナ=ルブは思考を巡らせる。今しがた現れた敵機はこの戦場での部隊長に引けを取らぬ実力者であり、現段階でも五分五分な以上一対二となれば勝ち目はほぼない。そしてもし仮に自爆覚悟の特攻を仕掛け、相討ちに持ち込んだとしても、所詮相手は一軍人。その相手を倒したところで、一体どこまで今の流れに影響を及ぼせるだろうか。

 

(…私とて、おいそれと命を捨てるつもりはない…ならば、この辺りが引き際か…)

 

鋭角的な機動で攻め立てるメイジンに加え、シュゼットもまた機体を高機動形態へと可変させアズラエルの背後に回り込む。その動きから二人がまだまだ継戦可能である事を、続いてモニターに表示されている火器の残弾を確認したアズナ=ルブは……決断する。

 

「各員!既に大勢は決した!もしまだ体制への反抗心があるならば、女神に異を唱える覚悟があるのならば、退け!」

 

通信を味方に限定し、アズナ=ルブは声を上げる。射撃を回避し、近接格闘を防ぎながら自陣に撤退を呼びかける。

 

「あ、あんたは…退くってそりゃないですよ!ここまで戦ったんです、最後まで一矢報いてやらなきゃ気が済みません!」

「一矢報いて、気が済んだところでどうなる!今退くのに徹すれば、多少なりとも組織としての力は残る!そうなればまだ、逆転の可能性は失われない!君達の望みはここで女神でもない者に蹂躙される事なのか?違うだろう!」

「だとしても、今の戦力では…」

「ならば無人機とモンスターを盾にするのだ!殿は私が務める、さぁ行け!」

「……っ…退くぞ!アタイに続け!」

「え…いや、この車両運転してるのはリンダさんじゃなくて俺…」

「うっせェ!いいから行くぞ!」

 

アズナ=ルブの呼びかけに不満を持つ者もいた。しかし敗走には慣れている代理指揮官リンダがその呼びかけに同意し動いた事で構成員は皆撤退を開始する。それに気付いたMG部隊は撤退阻止に動こうとするが……

 

「そうはさせんさ…!」

「ちっ、厄介な事を…無理に敵陣突破はしようとするなよ!横に並んだキラーマシンに突っ込みゃビームで即座にお陀仏だからな!」

 

交戦で多くの数を失ったキラーマシン。しかしまだ一応の隊列を組めるだけの機数は残っており…シュゼットの言う通り、胸部重粒子砲による一斉射撃は強力な制圧射撃と化していた。

その動きを受け、MG部隊は左右に散開。中でもメイジン機はすぐに右腕部の武装をラックライフルからロングレンジタイプとは別の重粒子砲に持ち替え、キラーマシンの頭部を撃ち抜く体勢を取ったが、先程の邪魔と言わんばかりにアズラエルから放たれたロケット弾が襲いかかる。

 

「さぁ、今暫く見せてもらおうか。ラステイションが誇る新型装備の性能とやらを」

 

キラーマシン隊の中心に立ち、重機関砲とロケットランチャーを持つ機体の腕部を左右に広げてMG部隊を見据えるアズナ=ルブ。最早戦術的にも戦略的にも敗色濃厚な戦況であったが……彼の目は、まだ死んではいない。

 

 

 

 

『女神様方の帰還に、敬礼っ!』

 

往路と同じく帰路も特に問題は起きず、無事プラネテューヌへと戻った私達。開いた扉へ我先にとネプテューヌが走り、外へと出た瞬間……出迎えの職員さん達が道を作る様に並び、一斉に敬礼のポーズを取った。

 

「……何これ、すっごいデジャヴなんだけど…」

「おー!わたし達の帰還に何かしらあるとは思ってたけど、これはわたしもびっくりだよ!いやー、気分は正に神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝だね!」

「それもデジャヴだよ…パロディ含めてこれは第六十一話でやったネタだって…」

「え、そなの?」

 

人数的に乗り切れないからと陸路で戻った皆が天丼を狙って吹き込んだのか、それとも思考がちょっと似通っていたのか。とにかくネプテューヌ達は概ね驚いた様子を見せていたけど、ギョウカイ墓場突入前に似た様な光景を見たメンバーにとっては「えぇー……また…?」…って感想しか出てこなかった。

 

「よく分からないけど、歓迎されてるんだからいいじゃない。ほら、さっさと降りましょ」

「あ、うん…」

 

ノワールに促され、ネプテューヌに続いて降りる私。その後も公務とはちょっと違うという事で皆は順不同で降りていって、律儀に敬礼を続けてくれている職員さん達の間を通ってプラネタワーの中へ。

 

「たっだいまー!プラネタワーの皆ー!我らが女神、ねぷねぷ様が帰ってきたよー!」

「お、お姉ちゃんテンション高いね…」

「そりゃ当たり前だよ、久し振りに帰ってこられたんだもん。あ、そうそう皆!わたし達を助ける時のネプギアは凄かったんだよ?ほら褒めてあげて褒めてあげてー!」

「えぇっ!?そ、そんな事されても恥ずかしいよ…」

「…ほんっとにテンション高いわね、ねぷ子は…」

『あはははは……』

 

きゃっきゃと嬉しそうに騒ぐネプテューヌを見て、私達は苦笑い。元々ネプテューヌはハイテンションガールではあるけど…ここまでテンションが高い事なんて滅多にない。それこそあるとすれば、限定高級プリンを手に入れたり何らかの事情で仕事をしなくて済んだり人数の多さ故に中々集まらない私達パーティーが集合出来たりした時位……って、あれ?…案外そういう機会多い…?

…と、そこで私達が集合したり帰還したりすると気を見計らってやってきてくれる教祖、イストワールさんが今回もまた姿を現す。

 

「……お帰りなさい、ネプテューヌさん。お帰りなさい、皆さん」

「あ、いーすんただいまー!…あれ?いーすん絵文字は?わたしが居ない間にイメチェンしたの?」

「ね、ネプテューヌさんは変わってませんね…一言目位絵文字無しで…と思っていましたが、そういう事なら……お帰りなさい、皆さん\(^o^)/」

「…ふっ、イストワールも守護女神の帰還は喜ばしい様だな」

 

いつもの語尾について触れられたイストワールさんが選んだのは、笑顔で両手を挙げてる絵文字。それについて私達の中では一番イストワールさんと交流のあったマジェコンヌさんが軽くからかうと、イストワールさんは少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 

「こ、こほん。わたしの絵文字の事はどうでもいいんです。…ギョウカイ墓場で起こった事については通信機で聞きましたが、改めて…守護女神の皆さん、お身体は大丈夫ですか?(´・ω・)」

「えぇ。治癒魔法のおかげで一応は大丈夫よ」

「私もよ。けど暫くは休ませてほしいわね。流石に少し寝た程度じゃ回復しきれないわ」

「治療もしっかりと受け直さなければいけませんわね」

「わたしは怪我関係なしに休みた「それならば安心です、ネプギアさん達もご苦労様でしたm(_ _)m」ちょっ!?わたしは!?わたしはスルーなの!?」

「いえ、ネプテューヌさんは見るからに元気そうでしたので…(ー ー;)」

 

ここ最近イストワールさんがいる時の話は真面目な雰囲気が強かったけど…ネプテューヌがいる今は、ご覧の通り。…ほんと、ネプテューヌはボケとギャグの申し子だよね…。

 

「でしょ?前作前々作に比べてギャグの少ないOPも、わたしにかかればギャグの溢れる明るい作品になるのだ!」

「うん、確かに地の文読みとメタ発言のダブルアタックをいとも簡単に入れてくるネプテューヌは流石だよ…」

「なんかよくわからないけど…すごい…!」

「…ラムちゃん、わたしもよくわからないけど…あれば多分、あこがれちゃだめ…」

「そうよラム。あの方向性で進んだら最後、立派な女神にはなれなくなるわ」

「そうそう…ってそれは酷くない!?ブランだけじゃなくロムちゃんまで言うの!?」

「…がっつりdisられたな、ネプテューヌよ」

 

女神候補生の中で唯一姉でもあるロムちゃんにまで言われて流石にちょっとショックな様子のネプテューヌ。けれどネプテューヌがボケまくるのと同じように、しれっとネプテューヌを弄っていくのも私達パーティーの様式美。何ならその懐かしさに少し微笑んでしまう私達だった。

 

「それで、この後はどうするですか?ナースのわたしとしては、ねぷねぷ達にかけた治癒魔法が切れる前にすぐ治療を受けてほしいですけど…」

「あ、それにはアタシも賛成です。お姉ちゃん達余裕そうな顔してますけど、絶対本当は疲れきってる筈ですから」

「ユニ、貴女……」

「…そうですね。わたしも個人としてはそれに賛成します。……ですが…ネプテューヌさん達守護女神とイリゼさんには、まだやって頂かなければいけない事があります」

 

私とネプテューヌ達を案じてコンパとユニ、それに皆が私達に治療と休養を勧めてくれる。……でも、私は分かっていた。イストワールさん達と共に作戦の立案を行った私は…この戦いの勝利を完全なものとする為の、最後の仕上げが残っているって。

 

「…皆さん。現在各国の軍と有志が犯罪組織壊滅の為戦闘中なのは知っていますか?」

「それは機内で聞きましたわ」

「ならば説明は不要ですね。…皆さんには、これから帰還の表明と戦っている方々への鼓舞を行なってもらいたいのです」

「…それは、ここでかしら?」

「はい。機材は既に整っています。…正しくは突入前に行った機材をそのままにしておいた、ですが…」

 

ブランの質問に答えるイストワールさんは、先程からもう絵文字がなくなっている。さっきはそこを指摘したネプテューヌも、イストワールさんの真剣さを感じ取って茶化したりはしない。

 

「…ねぇいーすん、それってわたし達が出ていくのは駄目なのかな?帰ってきたよー、って言うだけより実際姿を見せて一緒に戦った方が効果は大きくない?」

「それはその通りだと思います。しかし、ネプギアさん達を含め今の女神の皆さんは戦えますか?万が一にもやられてしまった場合は味方にとってはマイナス、犯罪組織にとってはプラスの結果となってしまいますし…何より、戦闘中に治癒魔法が切れた時はどうするおつもりで?」

「あ、そっか……」

「…分かった、私は引き受けるわ。国民達が頑張っているなら、女神の私が休む訳にはいかないもの」

 

少しだけ考えて、ノワールがまず了承。それに続いてネプテューヌベールブランも頷いて、残るは私だけという形に。そうなれば当然、視線は私に集まっていく。

 

「…イリゼさんも、それで宜しいですか?」

「勿論です。立案まで関わった作戦を投げ出すつもりなんてありませんから」

「では、皆さんお願いします。それと、着替えが終わりましたらこちらを」

『……?』

 

そう言って示されたのは、一本のボトル。一瞬何なのか分からな買ったけど…そのボトルのラベルを見て気付く。

 

「え、これって……ワインですか?」

「そうです。これを放送中治癒魔法が切れた際の保険として飲んでおいて下さい」

「ワインが保険?…いーすんさん、それは一体…」

「あぁ…アルコールで痛覚が麻痺して気分が高揚していれば、多少の痛みは無視出来る…という事ですわね」

「もし放送中、わたし達が苦しみだしたら聞いている者は不安になる…そういう事ね、イストワール」

「…すいません、無理をさせる手段を強要してしまって」

「気にしなくていいんだよ、いーすん。確かに提案したのはいーすんだけど…やるって決めたのはわたし達だもん。そうでしょ?皆」

 

イストワールさんに優しい声をかけたネプテューヌは、くるんと回って私達の方を向く。やっと帰還出来たところなのに…なんて感情を欠片も感じさせない、ネプテューヌの顔。そんなネプテューヌの言葉を受けた私達は……皆揃って、しっかりと頷いた。

 

「それじゃ、帰還後一発目のお仕事、皆頑張ろー!」

「あら、ネプテューヌが仕事頑張ろうなんて珍しい事言うわね。治癒魔法で頭も良くなったのかしら」

「ふふっ。まあこれは早ければ早い程国民も安心しますし、早く着替えると致しましょう」

「着替えといえば、他にも服はあるのかしら…流石に血でベタつく服をまた着るのは勘弁なのだけど…」

 

先導するイストワールさんに続いて歩くネプテューヌ達。私もその後を追いつつ、放送にて言う内容を考える。……この戦争は、私達が私達の意思で起こしたものなんだから…女神として言うべき事、伝えるべき事はきちんと言わなきゃ。

 

(…それに、私達の為に戦ってくれてる事への感謝も言いたいし、ね)

 

数分後、用意された部屋へと到着した私達はそこへと入り、女神化してドレス姿に。そうして私達は……女神としての言葉を伝える為、放送機材のある場所へと向かうのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜見せてもらおうか〜〜性能とやらを」
機動戦士ガンダムに登場するキャラの一人、シャア・アズナブルの代名詞的台詞の一つのパロディ。この戦闘、人も機体もロボ(ガンダム)作品パロだらけなんですよね。

・神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝
コードギアス 反逆のルルーシュの主人公、ルルーシュ・ランペルージのR2終盤での地位の事。作中でもいいましたが、第六十一話の天丼ネタを行ってみました。


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第七十一話 犯罪組織の落日

混乱状態で統制に齟齬が生じている犯罪組織に対し、各国防軍は大半の戦場で戦闘を優位に進めていた。如何に犯罪神及び四天王という強力な存在が背後におり、モンスターという国防軍側には用意出来ない戦力があるとはいえ公に活動が可能な軍と武力や目的を秘匿しなければならない犯罪組織では組織力の伸びに大きな差があり、設立時期も双方に大差はない。その事が大局に影響し、国防軍…引いては教会と四ヶ国の勝利へと戦争を進めていた。

だが、それはあくまで組織対組織、部隊対部隊の話。戦略規模では国防軍が優勢であろうと、戦術規模では国防軍が劣勢となっている戦域もまた存在する。その中でも特に苦戦を強いられているのが…トリック・ザ・ハードを相手取るルウィー国防軍の魔術機動部隊と、ブレイブ・ザ・ハードを相手取るプラネテューヌ国防軍のヴィオレ隊だった。

 

「ヴィオレ6、後退を!その距離では…!」

「ふぅぅぅんッ!」

 

機体左腕部の機関砲を放ちながら、突出した部下に後退を促したリヨン。その言葉を受けたヴィオレ10は両脚部を前に向ける事での逆噴射を行い下がろうとしたが、逆噴射によって速度が下がった事が仇となり、機体をブレイブの大剣に貫かれる。

 

「くっ…ヴィオレ3、カバーお願いします!」

「言われなくても…!」

 

胴を完全に貫かれたルエンクアージェは、そのまま振り払われて無残に地面へ激突。即座にヴィオレ3こと副会長(…というのも本名ではないが)が機体を人型形態に変形させながらヴィオレ10の抜けた穴へと滑り込んだ事で、そこから陣形が瓦解する…という事は避けられたが、味方が減ってしまった事には変わりない。

 

「総員、怯むな!弱気となればそこを付け込まれる!だがしかし、無理はそれ以上に禁物だッ!」

「犯罪組織の幹部の癖に、味方を熱く鼓舞するなんて…」

「ちょっと芝居がかってるねぇ…隊長はこういう鼓舞しないんです?」

「私はそういうキャラじゃありません…!」

 

ヴィオレ隊が戦うのはブレイブに加え、彼の存在によって他の戦域より残存数の多いキラーマシン部隊と犯罪組織の車両。車両は言うまでもなく、キラーマシンもまたルエンクアージェならば十分に戦える相手ではあったが……圧倒的な力を有するブレイブが、最前線で猛威を振るう事によって注意を、攻撃を引き付け文字通りの『一騎当千』となっている。そしてその勢いは、エースと言えど容易には覆せないものだった。

 

(こいつ相手にシュゼット兄とクラフティ姉は時間稼ぎしたんだ…状況が違うとはいえ、やっぱり二人共凄い……)

 

ブレイブの周囲を旋回する様に動くノーレ機は、左右腕部の火器を同時発射。それに合わせて副会長は右腕部荷電粒子砲をチャージし、高出力の単射を仕掛ける。連射重視の機関砲、威力重視のビーム単射、その中間に位置するビーム連射と三系統の射撃がブレイブへと迫るが……ブレイブはそれを斬り払いと跳躍でもって全て避けきった。そしてブレイブは跳躍の最中から背部の砲を稼働させ、それによって空中で追撃の体勢を取っていたヴィオレ隊の数機へと対空砲火を浴びせていく。

 

「やらせはせん、やらせはせんぞぉぉぉぉッ!」

「や、奴は疲れ知らずかよ…くそぉッ!」

 

航空形態を取っていた内の一機が右翼を吹き飛ばされ、くるくると回りながら落下していく。幸い墜落の寸前に変形が成功し、一応の不時着が出来た事で爆散は免れたが、それでも機動力の大幅低下は免れられず…そんな僚機の様子を見たリヨンは、歯嚙みを抑えられなかった。

既に交戦開始からそれなりの時間が経ち、開戦直後より当然味方の機数は減っている。弾薬や推進剤も注意しなければならない量となり、パイロットの疲労もまた無視出来る域を超え始めた。対するブレイブはまだまだ余力を残している様子で、このままのペースで戦うとすれば戦線維持が不能となるのは時間の問題。だからこそ、リヨンは思考を巡らせる。足止めを行うのにギリギリな戦力の中で、如何に指揮官として部隊を統率するかを。

 

(この状況から手傷を負わせて弱体化させるのは恐らく困難。かといって遠巻きに攻撃するだけでは取り逃がす可能性が高く、何より部隊の士気に悪影響を与えてしまう…押し切るのは無理、後退も悪手だとすれば…やはり、私が先頭に立つ他ない…!)

 

機体を航空形態へと変形させ、新規開発された追加パック搭載の荷電粒子砲を撃ち込みながら突撃するリヨン機。それに気付いたブレイブが大剣の腹でビームを弾き、お返しとばかりに両肩の砲を向けた瞬間リヨン機は上昇する事で砲撃を回避。機体の下方をビームが駆け抜ける中、リヨンは部下へと声を張る。

 

「全機、キラーマシンへ攻撃を!敵四天王は私とヴィオレ2、3で相手をします!」

「え、それわたしやノーレに話通してから言うものじゃ…」

「だねぇ…けど、了解!」

 

ぼそりと副会長は呟くものの、彼女は即座にブレイブへと接近。そのまま近距離へ…行くと見せかけ腕部荷電粒子砲を放ち、ブレイブの注意を自身へと引きつける。そしてブレイブがちらりと見た瞬間、背後に回ったノーレ機が機関砲上部の追加ユニットから引き抜いた荷電粒子収束剣…ビームサーベルを振り被る。

 

「その程度では、俺には届かんッ!」

「だと思いました…!」

 

ブレイブが斜め上方へと飛んだ事で大地を斬り裂く荷電粒子収束剣。その彼を間髪入れずに航空形態のリヨン機が追いかけた事により、戦場は陸から空へ。

ブースターを吹かし飛ぶブレイブと、その背後をドックファイトが如く狙うリヨン機。女神同様常軌を逸した空中機動を見せるブレイブに対しリヨン機はヨーイング、ロール、フレキシブルスラスターの可動と技術を駆使して喰らい付く。そしてその間に同じく航空形態へと機体を変形させたノーレと副会長も両者の機動に追い付き、ビームとマイクロミサイルによる三機同時の十字砲火がブレイブへと襲いかかったが……

 

『なぁ……ッ!?』

 

その攻撃は、戦闘機さながらの錐揉み回転で一気に降下するブレイブの上方を虚しく通り過ぎていった。位置が幸いしブレイブを見失わなかった数発のマイクロミサイルも地表すれすれで立て直した彼によって撃ち落とされ、三人の攻撃は失敗に終わる。

 

「やらせはせんと、言った筈だッ!」

 

着地したブレイブは錐揉み回転による平衡感覚への影響を一切見せずに砲撃。しかしその狙いはキラーマシン及び車両へと仕掛けている最中のヴィオレ本隊であり、それを予想していなかった隊列前部の内二機が纏めて撃ち落とされる。それは、その時のブレイブは……強敵を引き受けつつも戦場全体を認識し、隙あらば味方を援護するエースそのものだった。

 

「しまった…判断が裏目に…!」

「……っ…落ち着いて隊長!あんな芸当そう何度も出来るものじゃないですから!」

 

下降したブレイブを追って地上へ戻った三機は本隊への次弾こそ阻止したものの、今の動きと二機撃墜がヴィオレ隊側に与えた印象は大きい。それはリヨンへとフォローの言葉をかけたノーレもまた同じであり、彼女はなまじ自分の兄と義姉が二人で同じ敵を相手にしたという事実があるが為にそちらと比較してしまい、芳しくない現戦況に内心悔しさを滲ませる。実際のところ(無理矢理比較するならば)難易度はラステイションでの一件よりこちらの方がやや高いのだが…落ち着いてそんな事を考えるだけの余裕は今の彼女にはない。

互いにエースがエースと、本隊が本隊と戦う形はその後も続く。……が、どちらも撃墜数はそこから大きな変化は起こらず、消費だけが伸びていく。それは時間稼ぎとしてはベターである反面優位にならねば先に戦線崩壊しかねないヴィオレ隊にとってありがたくなく、それが個々人の焦りに繋がっていく。

 

(くっ…これが人と、人の域を完全に超えた者の差というのですか…?…いえ、だとしても…状況の違いがあるとはいえ、その人ならざる者に追随を続けた人は確かにいる……ならば、この私が…プラネテューヌのMG部隊を率いる私が、その差に屈する訳にはいかない…!)

 

二門の荷電粒子砲を交互に放ちながら、リヨンはその時を…現状打破の切り口となる、きっかけを待つ。

戦況が膠着しているという事はつまり、一石が投じられた瞬間その戦況が変化する可能性が高いという事。起きるかどうかも分からない、そのきっかけのなるのが何なのか…自分がきっかけとなる可能性はあるのか否かすら分からない、曖昧模糊で根拠皆無な期待だったとしても…それでも、無理だと諦めるよりは何倍も建設的だ。そう思ってリヨンは待ち、その時が来るまで何としても持ち堪えようと死力を尽くす。指示を飛ばし、射撃を撃ち込み、ギリギリの状態を維持し続ける。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「──長い間、不在にしてしまってごめんなさい。…プラネテューヌの皆、わたしは…女神、パープルハートは帰還したわ」

 

……現れたきっかけは、凛とした女性の声だった。

 

 

 

 

「わたしは、ここに…愛する国民の下へと帰れた事を、また共にいられる事を、心より嬉しく思っているわ。そして同時に、守護女神でありながら貴方達の側を長い間離れてしまった事を、恥じてもいるわ」

 

「もしかしたら貴方達は、国の為に戦った結果なのだから…と許してくれるのかもしれない。けれど、その言葉に甘える事は出来ないわ。だって、貴方達が真に望む女神ブラックハートは、国民に甘えて妥協するような存在じゃないでしょう?」

 

「わたくしの為に、国の為にその身をかけて戦ってくれている方々がこんなにも沢山いる事を、わたくしは誇りに思いますわ。誇りに思うからこそ、その方々にはわたくしの下へ帰ってきてほしい…そう切に願っていますの」

 

「守護女神のわたしに帰る場所があって、帰りを待ってくれる人がいる様に、今戦っている皆にも帰る場所と帰りを待つ人がいるんだ。だから、例えわたしの為であろうと…ここで死ぬ事は、このわたしが許さない」

 

プラネタワーの一角に用意された放送用の部屋は、厳かな空気に包まれている。オリジンハートと四人の女神候補生が行った時のそれを超える、正真正銘国の長たる彼女達でなければ、理想の体現者であり平和と繁栄の先導者である守護女神でなければ作り出せない、神秘的な世界がその部屋の中に生まれていた。

 

((凄い……))

 

職員はその信仰心から感銘を受け、友は彼女達の女神としての姿に息を呑み、女神候補生はより一層に姉への憧憬を募らせる。

好意を持つ者、悪意を持つ者、評価をする者、忌み嫌う者。その全ての者の目を奪い、耳を傾けさせ、心を震わせる彼女達は美しく、凛々しく、神々しい……文字通りの『守護女神』だった。

その言葉を聞き、その思いを受け取った者達は、心を奮い立たせる。優勢なる者は確実な勝利へと、劣勢なる者は起死回生の逆転へと導かれ、己が剣に宿る誇りを再確認する。そして……守護女神の最後の言葉により、改めて決意した。未来の為に散るのではなく、未来の為に生きて勝ちを掴み取ろうと。

 

『……貴方達には、守護女神が、守護女神の加護がついている。守護女神の加護が、貴方達を守り、貴方達を導く。だから…生き残り、そして…帰還する事を、私達は祈っているわ』

 

 

 

 

戦場で、守護女神の帰還を知り感情が揺れる信仰者達。だが、感情が揺れたのは彼等だけではない。犯罪組織裏側の人間もまたその放送でもって守護女神の帰還を知り、それによってギョウカイ墓場で展開されたであろう戦いにおいて自陣が敗北を期したと理解した事で、その心は大きな衝撃に包まれた。

 

「ぐっ……ジャッジがやられたというのか…!?」

 

ブレイブですら、その衝撃に驚きを隠せない。指導者の帰還に湧き立つ国防軍と、戦略的な敗北を期して動揺する犯罪組織。……その中でも、ある者の反応は群を抜いていた。

 

「……ふ、ふふ…ふふふっ…」

「ゔぃ、ヴィオレ3?どうしました…?何か異常でも…?」

「今のは女神化したねぷ子様の声…ねぷ子様が帰ってきた…やっと帰ってきてくれた…わたしのねぷ子様が…帰ってきたっ!」

「ちょっ、え……副会長さん!?」

 

恋い焦がれる乙女の様な、それでいてどこか方向性を間違えてしまった感のある、副会長の歓喜の声。その声にリヨン以下ヴィオレ隊全員が唖然とする中…彼女は、単身ブレイブの真正面へと突っ込んでいく。

 

「む……っ!正面から来るとは愚かなッ!」

「……っ!ヴィオレ3、後退を!」

「ねぷ子様、ねぷ子様……あぁねぷ子様…やっぱり、これは…この気持ちは、正しく愛っ!」

 

スラスター全開で突撃する、航空形態のルエンクアージェ。敵の接近で意識を切り替えたブレイブは即座に砲を向け、副会長機に狙いを定める。

当たれば撃墜必至の一撃に対し、反射的に退避を指示するリヨン。しかし副会長は下がる事なく、接近を続ける。接近を続け、思いの丈を言葉にし、最大推力のままバレルロール。その瞬間、ブレイブはビームを放つが……光芒は彼女の機体を貫く事なく通り過ぎていく。

 

「な……ッ!?」

 

その動きに、神懸かった回避に目を見開くブレイブ。そう、副会長は照射の直前にバレルロールをかけ、さもビームの周りをなぞる様にして攻撃を凌いだのだった。

しかもそれだけではない。副会長はビームが通り過ぎた瞬間機体の変形を開始し、バレルロール軌道を保ったまま滑らかに航空形態から人型形態へと可変させていく。そしてバレルロール軌道が終わった時、副会長機は完全に変形し終えた状態で右腕部に荷電粒子収束剣を持ち、ブレイブの眼前へと迫っていた。

 

「この一撃を、ねぷ子様の為にッ!」

「させる、ものかッ!」

 

予想外の機動に接近を許してしまったブレイブだが、その反応は素早い。収束剣の振り下ろしよりも速く左腕を掲げた彼は、腕の手甲で荷電粒子の斬撃を受け止めた。…しかし、副会長もそれだけでは止まらない。

 

「まだまだ…ッ!」

 

斬撃が通らないと見るや否や追加パックの荷電粒子砲を跳ね上げ、背部から右肩越しに砲口を向ける副会長。間髪入れずに撃たれたビームはブレイブの顔面へと走るが、その一撃はブレイブが首を思い切り傾けた事で失敗に終わる。……されども続く、副会長の攻撃。

 

「まだまだまだ…ッ!」

 

次なる副会長の手は、左腕部機関砲による射撃。発砲しながら左腕を振るい、その砲口をブレイブへと近付けていくが、ブレイブの方を向く寸前に割って入った大剣によって進路を阻まれ動きが止まる。

エースですら容易には出来ない超機動に、装備を駆使して行われる近距離連続攻撃。格上相手にそれを実現するのは困難を極め、普段の彼女ならば決して出来ないであろう芸当だったが……今の彼女は、それをやってみせていた。その無茶を可能たらしめているのは……偏に彼女の愛である。

 

「あぁ!抱きしめたいなぁねぷ子様!」

 

目を爛々と輝かせ、副会長はフレキシブルスラスターの機銃掃射をかけた。近距離からの二門同時射撃に加え、両腕の武器を押し付ける事によるプレッシャーが遂にブレイブの防御行動を突破。26㎜の弾丸が次々とブレイブの鎧へと直撃し甲高い音を立てる。

この戦闘において散発的な被弾ではなく、何発も纏めてブレイブが直撃を受けたのはこれが初めてだった。自身の鎧が連射で削られる中でブレイブは、確かに驚きを受けている。……だが、その驚きが彼の萎縮に繋がる事はない。例えどんな想定外が起きようと、既に大局が決まってしまっていようと…彼の正義と勇気は、その程度では揺るがない。

 

「……ふっ、愛か…良い闘志だ、パープルハートの信仰者ッ!」

「きゃっ……!」

「だが……俺とてやられる訳にはいかんのだッ!」

 

収束剣と機関砲をしっかりと受け止め、撃たれながらも副会長の機体を見据え、左脚で地面を踏み締め……ブレイブは、彼女の機体へ力強い膝蹴りを打ち込んだ。

ずどん、と機体への衝撃を縮小再現した揺れをコックピットの中で感じる副会長。彼女は膝蹴りを受ける直前、ブレイブの攻撃を目の端に捉えていた。しかし上半身の挙動へ集中していた彼女は見えても反応する事が間に合わず、その機体も大きく後ろへ蹴り飛ばされる。

揺れる視界の中、副会長が見たのは大剣を構えて今にも跳ぼうとするブレイブの姿。不味い、と思っても体勢の崩れている自機と攻撃準備完了の敵ではどちらが速いかなど火を見るよりも明らかな事。だからこその『不味い』であり……そのまま攻撃をされてしまう様なら、彼女はヴィオレ『3』という立場にはなっていない。

 

「やられる訳にいかないのは、こちらも同じ事!隊長ッ!」

「えぇ、下がって下さいヴィオレ2!」

 

ブレイブが跳ばんとする直前、脚部から噴射炎をなびかせながら割って入ったのはノーレ。滑り込む様に副会長とブレイブの間へ入った彼女は収束剣による刺突を仕掛け、対処としての防御体勢を取らせる事で副会長への追撃を阻止。続けて彼女は即座に退避し…足を止めたブレイブに向け、空中にいるリヨン機は脚部ユニットと追加パックのマイクロミサイルポッドを同時に開いて空爆をかける。

三十発以上のマイクロミサイルが競うが如く降り注ぎ、ブレイブとその周囲が爆炎に包まれる。更にその爆炎へとリヨン機は砲口を向け、大盤振る舞いの集中砲火を叩き込んでいく。

 

「ヴィオレ1から全機へ!たった今、司令部よりゲイムギョウ界全域において犯罪組織が有する基地及び拠点の約七割が制圧完了したとの入電がありました!守護女神様の帰還に、約七割の制圧完了となれば、犯罪組織の掃討作戦はほぼ成功したと言っても過言ではありません!よって、現時点をもって我々はフェイズを移行!可能な限り敵戦力を削った後、帰還します!宜しいですね?」

『了解ッ!』

 

リヨンの言葉を受け、ヴィオレ隊各機は弾薬を惜しまず一斉掃射を敢行。その最中爆煙を斬り裂きブレイブが再び姿を現したが、消費を無視した乱射を部隊規模で行われれば流石の彼も味方のカバーはしきれない。それによってキラーマシンは立て続けに破壊され、残った機体も反撃しようにも主兵装を撃ち切った機体から次々と離脱を始めてしまうが為に被害を抑えようと防戦一方の形を取る。そして、重砲撃が収まった頃……足止めという任務を完了したヴィオレ隊は、既にブレイブと犯罪組織部隊から大きく距離を離していたのだった。

 

 

 

 

モンスターや兵器を殲滅し、一ヶ所、また一ヶ所と犯罪組織の施設を制圧していく各国防軍。それは途中乱入を受けたシュバルツ隊もまた、例外ではない。

 

「思ったより時間がかかっちまったな…」

 

シートに深く座り込み、身体を休めるシュゼット。彼の受け持っていた施設も無事制圧が完了し、今は後方に待機していた歩兵部隊が犯罪組織構成員の拘束を行なっていた。

 

「…副隊長、捕まえられたのは約何割だ?」

「七割から八割、と言ったところです。一割から二割に逃げられ、残りは……」

「…ま、しゃあないわな。俺達は人間なんだ、誰も殺さず全員捕まえるのは無茶ってもんだ」

 

国防軍側は有利だったとはいえ、圧倒的な戦力差があった訳ではない。となれば多少の人数に逃げられてしまうのは致し方のない事であり、敵の命より味方の命を優先すれば殺さずを得ない事もあるのだから、数割拘束出来なかった事に対してシュゼットは何も言わなかった。むしろシュゼットは、過半数以上拘束出来た事を安心していると言ってもよい。

 

「…それに、特務隊長が追いかけて行ったしな」

 

独自行動中のメイジンは、味方の離脱後その後を追った赤いMG…アズラエルをまたもや追いかけていった。余程彼は諦めが悪いのか、執念が強いのか、それとも何か思う事があるのか…とにかく彼が行ったのなら必要以上に戦力を割く必要はなく、彼で無理なら小数の部隊を送ったところで同じ結果になるだけだろうとシュゼットは判断していた。

…と、そこに空中から降り立つ人型の機影が一つ。現ラステイション国防軍において、人型の機影といえば彼女の機体しかない。

 

「…よぅ、どうしたんだよクラフティ」

「あら、あたしが軍用機で散歩にでも来ると思う?」

「だよなぁ…単騎で攻撃仕掛けるのか?」

「攻撃じゃなくて支援よ。あくまでメインは目的地で戦ってる味方」

「そうかい、んじゃ頑張れよ〜」

「えぇ、けど残念。頑張るのはあたしだけじゃないわ」

「は……?」

 

少しからかうようなクラフティの声が聞こえた瞬間、シュゼット機のモニターに司令部からの指令が入る。それを自然な流れで二度見したシュゼットは数秒躊躇い、その後嫌そうな顔で指令の内容を確認する。

 

「…げ、やっぱりかよ…俺さっき戦闘終えたばっかりだぜ?」

「それはあたしもよ?」

「弾薬も推進剤もそこそこ減ってるんだが…」

「なら補給するしかないわね。T型装備群の高機動形態ならすぐ戻れるわよ」

「…なんで俺一人なんだろうな、ハニー」

「そりゃラステイションであたしに並ぶトップエースだからに決まってるじゃない、ダーリン」

「……エースってのも、楽じゃないな…」

「それに関しては全面的に同意よ。じゃ、あたしは行くけど…ばっくれるんじゃないわよ?」

「へいへい、ばっくれりゃしねぇから安心しな…」

 

そう言って飛んでいくクラフティ機を眺めながら、彼は溜め息混じりに身体を起こす。軍属なのだから仕方ないと自分に言い聞かせつつ、現場を副隊長に任せて一足先に基地へと向かう。面倒だとは思いつつも、それを言葉にする事は一切せずに新たな指令を遂行する為機体を走らせる。何故なら、彼は知っているから。所詮は一軍人として命令に従えばいい自分より、女神や教祖の方がずっと重い物を背負い、厳しい戦いを行ってきているという事を。普段不真面目な性格とあまり綺麗とはいえない言動が印象的なシュゼット。そんな彼が、それでもMG部隊の隊長として軍上層部や教会から信頼を得ているのは、そういう部分が関係しているのだった。

 

 

 

 

(……そういや、メイジンが来てから暫くフラメンコみたいな曲が聞こえてきてたな…なんだったんだ、ありゃ…)

 

 

 

 

女神達が帰還し、ヴィオレ隊が足止めを完遂し、シュバルツ隊が制圧完了してから、数時間。その日の朝に守護女神奪還という名目で始まった犯罪組織壊滅作戦は、各国防軍の奮闘と警察組織の迅速な行動、有志の協力に加えて守護女神の帰還宣言によって勝利を重ね、時は夜となった。そして今、一つの連絡がプラネタワーの司令室に入る。

 

「ビオレータ隊、施設の破壊に成功したとの事です!これにより、Cエリアは全域制圧……いえ、プラネテューヌの全作戦領域の制圧に完了しました!」

「そうか、ではビオレータ隊には油断せず帰還しろと伝えろ。それと……」

『…………』

「…皆もよく頑張ってくれた。つい先程、他三国からは完全制圧完了の通達が届いた。よって、この瞬間をもって作戦は終了!喜べ諸君!我々の…勝利だ!」

 

司令が頬を緩ませ、声を張った瞬間司令室は歓喜の声に包まれる。笑う者、安堵する者、疲労からコンソールに突っ伏す者と反応は様々だったが、誰しも喜びの感情を胸に募らせていた。そんな様子を司令は暫く見守った後この事を各所に伝えるよう命じ、プラネテューヌ司令部からの通信で勝利を知った三国の司令部もまた歓喜と安心の声に満たされていく。守護女神は帰還し、救出に行った女神候補生も無事で、悪しきテロリズム組織からも勝利を得る事が出来た。その事を喜ばずにいられようか、と言わんばかりにその時の各国軍人と上層組織は勝利を讃える事を上げていた。その時の人々に…特に戦っていた者達の顔に、曇りの表情は欠片もない。

 

 

────こうして、四ヶ国と犯罪組織による戦争は終結した。逃げ延びた犯罪組織構成員もおり、存在を暴かれなかった施設もあり、四天王の内三者は健在で、何より犯罪神の復活には未だ至っていないが……それでも、ある種の宗教戦争は終局を迎え、たった一日で組織としての『犯罪組織マジェコンヌ』は──壊滅した。




今回のパロディ解説

・「やらせはせん、やらせはせんぞぉぉぉぉッ!」
機動戦士ガンダムの登場キャラ、ドズル・ザビの名台詞の一つのパロディ。元ネタとは違い、猛威を振るっている最中にて使われたパターンです。

・「〜〜この気持ちは、正しく愛っ!」
機動戦士ガンダム00の登場キャラ、グラハム・エーカーの名(迷?)台詞の一つのパロディ。何だかFC副会長が私の中でどんどん凄いキャラになっていってる気がします…。

・「〜〜抱きしめたいなぁねぷ子様!」
上記と同様グラハム・エーカーの名(こちらも迷?)台詞の一つのパロディ。ネプテューヌ×副会長は現状考えておりません。流石の私もそこまで突飛な事は多分出来ません。


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第七十二話 病室の五人

お姉ちゃん達を助け出してから、一週間が経った。 あの後わたし達は女神候補生として救出と同時に行われた戦いの後処理だとか頑張ってくれた人達への慰問とかに追われて大変だったけど……それよりも堪えたのが、お姉ちゃんと会えない事だった。

お姉ちゃんが近くに感じられるお姉ちゃんじゃなくて、概念的な神様みたいな存在に感じられた放送の時。でも、その放送を終えた時にはお姉ちゃん達のドレスに血が滲み始めていて、それから着替え用の部屋に移動して……そこで、五人揃って倒れてしまった。お姉ちゃん達は職員さん達を心配させまいと、部屋まで必死に耐えていたみたいで、倒れたのは五人が入って扉を閉じたその瞬間だった(わたし達は倒れた事に音で気付いた)。

倒れた後すぐに運ばれて、治療を受けたお姉ちゃん達。お姉ちゃん達は全員一命を取り留めて、もう命の危険はないってコンパさんもお医者さんも言っていたけど…それからイリゼさんは一日弱、お姉ちゃん達は数日間目を覚まさなかったらしい。…らしい、というのは今日まで面会謝絶状態で、わたしはお姉ちゃんに会う事も話す事も出来なかったからで……今日やっと、その面会謝絶状態が解かれた。だから今、わたしは候補生の皆とコンパさん、アイエフさんと一緒にお姉ちゃん達が面会謝絶解除と同時に移動してきた大部屋へと向かっている。

 

「コンパさん、お姉ちゃんとは会うだけじゃなくて話す事も出来るんですよね?」

「そうですよ。まだ歩き回る事は出来ないですけど、話す事は目が覚めた後すぐ出来る様になったです」

「…コンパさん、おねえちゃんと先にはなせて…ずるい…」

「あはは、わたしはナースさんですからね」

 

ちょっと口を尖らせるロムちゃんに苦笑いするわたし達。…けど、その気持ちはよく分かる。せっかくお姉ちゃん達が帰って来たのに、ここまで来てお預けなんてあんまりだもん。家族なんだからちょっと位いいじゃん……っていうのが、わたしの本心だったから。…でも多分、わたし達の前だとお姉ちゃん達は体調悪くても無理して付き合ってくれるだろうし、わたし達もそれに気付かず長居しちゃうだろうから、そういう事を踏まえてわたし達は会っちゃ駄目だったんだろうなぁ…。

 

「ところで、MAGES.さんやREDさん達は来ないんですか?」

「皆は明日にするらしいわ。パーティー全員で来たら人数凄い事になっちゃうでしょ?」

「あ、それはそうですね…」

「じゃあ、ミナちゃんたちは?こっち来てるのにおねえちゃんに会わないの?」

「あ、いーすんさん達も時間ずらすって言ってたよ?教祖としてお姉ちゃん達が不在の間の事色々話さなきゃいけないし、自分達がいない方が皆さんは楽しく話せるでしょう、って」

「ふーん…わたしはミナちゃんがいても楽しくはなせるのに…」

「アタシ達姉妹とコンパさん、アイエフさんの付き合いの長い友達だけで話せるよう気を遣ってくれたのよ、きっと」

 

確かにいーすんさん達も含めた全員で一度に行ったら二十人いっちゃうし、そこまで多いともうお見舞いどころの騒ぎじゃなくなってしまう。何々どころじゃない、って意味じゃなくて…ほんとの意味で、騒ぎになってしまいますし…。

 

「……お姉ちゃん達の早期回復の為には、むしろお見舞いしに行かない方がいいんじゃ…」

「え…ネプギアちゃんは、おみまい…したくないの…?」

「あ、ううん。そういう事じゃなくてね…」

「はい、着きましたですよ」

 

宴会みたいな状態に疲れて容態が悪化するお姉ちゃん達を想像していたところで一歩先を歩いていたコンパさんが扉の前で立ち止まり、その扉に手をかける。

 

「分かってると思うですけど、ねぷねぷ達は怪我人さん、今から入る部屋は病室です。走り回ったり無理に何かをさせようとしたりするのは絶対駄目ですよ?」

『はーい』

「それと…ねぷねぷ達は、毎日ギアちゃん達と話したいって言ってたです。だから…ちゃんと守るべき事は守った上で、いっぱいお話してあげて下さいね」

『…はい!』

 

いつも通りのほんわかな微笑みでそう言われて、わたしのちょっと斜に構えた考えは消えていった。怪我人のいる場で騒ぐのはよくない…というのは間違いないと思うけど……変に身を案じて遠慮してたら、それはわたし達もお姉ちゃん達も寂しいもんね。だって…わたしとお姉ちゃんは、姉妹だもん。

 

「それじゃ、入るですよ〜」

 

ノックをして病室の引き戸を開けるコンパさん。わたし達は今度こそお姉ちゃん達とゆっくり話せるんだと胸を高鳴らせながら、でも同時にほんの少しだけ今のお姉ちゃん達の容態に心配も抱きながら、コンパさんアイエフさんと共に病室の中へ……

 

 

 

 

「残念!ノワールは身包みを剥がされてしまった!」

「ちょっと!?何でよ!?なんで遺跡の謎解きで身包み剥がされる展開になるのよ!?」

「えーっとね、それは…仲間だったベールとブランが双子の盗賊という本性を現し、謎解き中のノワールを後ろから襲ったからである!」

「まさかのわたくし達への設定追加&行動決定!?それは明らかにゲームマスターの役割を超えていますわよ!?」

「しかもわたしとベールが双子って…絶対適当に考えたわね…」

「ふふーんわたしは盛り上がり重視なのさ!遺跡の中で素寒貧となったノワール、丸ごとパクったはいいものの謎解きしてないから脱出出来ない盗賊姉妹、彼女達の命運はパーティーを離れさっきどっか行っちゃったサイコロを探すイリゼに託された!イリゼは謎を解き、ノワールの救出と双子の改心を行えるのか!?そして無くなったサイコロは無事出てくるのか!?頑張れイリゼ、負けるなイリゼ!それじゃあテレビの前の皆、また来週も見てねっ!」

「終わったぁぁぁぁ!?私がサイコロ探してる間に終わった!?っていうか、ゲームと実際の空間とが混ざっちゃってない!?それに来週もやるの!?テレビだったの!?ちょっ、ボケを突っ込み過ぎてて突っ込みきれないんだけど!?あーもう…」

『ネプテューヌにゲームマスターやらせるんじゃなかった……』

 

…………何故か、お姉ちゃん達はTRPGをやっていました。しかもお姉ちゃんは、某千年リング所有者さんばりに無茶苦茶なゲームマスターをやっていました。…お姉ちゃんも皆さんも、何やってるの…?

 

 

 

 

「わたし、昨日も言ったですよね?五人共怪我人さんなんですって。自分じゃ分からなくても、まだまだ皆さんの身体は重体なんですって。…それを、一日で忘れちゃったんですか?」

『いえ、覚えてます…』

「じゃあ、どうしてベットで寝てないんですか?寝てなくても、もう少しの間はベットに身体を預けて楽にしてなきゃ身体に悪いんですよ?」

『返す言葉もございません…』

「…わたしも、あんまり勝手されたら怒るですからね?」

『はい、以後気を付けます…』

 

わたし達とお姉ちゃん達とが衝撃的な再会を果たしてから数分後、お姉ちゃん達はコンパさんにお説教されていた。

 

『おねえちゃん…』

「あんまり見たくないわね、自分の姉が叱られてるところなんて…」

「う、うん…わたしは何度か見た事あるけど…五人まとめて怒られてるのを見るのは初めてだよ…」

 

自分の姉に加え、真面目で良識的なノワールさん、大人で落ち着いているベールさん、クールでしっかりしているブランさん、そしてわたし達の先生を務めてくれたイリゼさんが揃って人間のコンパさんに叱られる…というのは本当に何だか悲しくなってくる光景だった。…後、声を荒げたりキツい言葉使ったりしないのは、それはそれで怖い…。

 

「…コンパ、その位にしてあげたら?このままいくと株価の大暴落でねぷ子達、姉として倒産しかねないわ」

「それは、そうですね…じゃあ皆さん、以後気を付けるって言いましたけど…それを、約束してくれますか?」

『約束します…』

「じゃあ、今日は許してあげるです。でも安静にしてないと辛くなるのはねぷねぷ達自身なんですから、約束関係なしに気を付けなきゃ駄目ですよ?」

『あ、はい…』

 

わたし達がいたたまれない気分になっていたのに気付いたアイエフさんが助け船を出して、それでコンパさんのお説教は終わった。…で、改めてわたし達はベットへ戻ったお姉ちゃん達の所にそれぞれ行ったんだけど……

 

((…き、気不味い……))

 

とにかく今は気不味かった。…いや、だって今し方叱られてるのを見た(見られた)ばかりだもん…コンパさんが怒ったのは当たり前の事だし、悪いのは全面的にお姉ちゃん達何だけど…。

 

「え、ええと…ベール様達、なんかミイラみたいな状態になっちゃいましたね…」

「あ、あぁ…そうですわね。目が覚めたばかりの時はもっとミイラ風だったんですのよ?」

 

そんな状態の中で最初に口を開いたのはアイエフさん。アイエフさんの言葉にベールさんが反応して、わたし達候補生も確かに…と心の中で同意する。

元気良く声を出していたお姉ちゃん。でもお姉ちゃんの頬には医療用テープで大きなガーゼが貼ってあって、右腕は三角巾で吊り、左脚はギプスで止められており、頭に首に手足首と服から出てる部位の多くが包帯で巻かれているという、とても元気には見えない身体をしていた。勿論それはノワールさん達も同じで、四人よりは怪我の少ないイリゼさんもやっぱりミイラ状態には変わりない。

 

「お姉ちゃん、両脚共折れてたんだね…」

「左脚はヒビだけよ?こっちは確か押し潰された時ので、右腕は…多分ブレイブの大剣を蹴りで迎撃した時に折れたんだと思うわ」

「ね、ねぇ…左の目、見えなくなっちゃったの…?」

「大丈夫よ。アイマスクは付けてるけど、傷を負ったのは目じゃなくて瞼だから」

「ま、まぶた切れちゃったの…?(ぶるぶる)」

「…………」

「……あれ?ネプギアは訊いてくれないの?」

「え…訊いた方がよかった…?」

「そりゃ勿論!訊いてくれたら『衛星軌道上からのダインスレイヴは想定外で…』とか『輻射波動もブレイズルミナスも尽きて殴り合いするしかなくて…』とか言おうと思ってたのになぁ…」

「そ、そうなんだ…」

 

外見はどう見ても酷い怪我なのに、それを事もなげに話すどころかネタにすらしてしまうお姉ちゃん達はやっぱり凄い。…さっき下がった株の回復には足りないけど。

 

「…ほんとに悪かったわね。幾ら話し合った結果とはいえ、女神の皆だけに任せちゃって」

「もう、そういう事はいいんだって。折角面会許可が降りたんだから、もっと楽しい話しようよあいちゃん」

「そうだよ。アイエフだって四人と話すの楽しみにしてたんでしょ?」

「…そう、ね…全く、貴女達はほんとに明るいんだから…」

「え…いや明るいのは否定しないけど…私ネプテューヌと同列なの…?」

「突っ込みの時のテンションはねぷ子に匹敵してると思うわよ?」

「それは突っ込み限定じゃん…」

 

段々空気が和んでいって、お姉ちゃん達との会話も弾み始めるわたし達。わたし達四人はやっぱりまず自分達の成長を報告したくなって、話の中心は旅の事に。

 

「でね、わたしとユニちゃんは決闘する事になったんだ。あの時はまさか候補生同士で戦う事になるとは思ってなかったよ…」

「へぇ…プラネテューヌの女神はラステイションの女神に勝負を持ちかけられて勝つ、ってジンクスでもあるのかな?ねーノワール〜」

「うぐっ…わ、私の時はイリゼもいたし、ユニは負けたと言えるかどうか微妙でしょ!」

「ううん、あの時はアタシの負けだったと思う。……あの時は、ね」

「戦いといえば、ルウィーでも勘違いで勝負になっちゃったですね」

「戦い?ロム、ラム、その時貴女達は何か勘違いしていたの?」

「え?そ、それは……わ、わたしわかんなーい!」

「わ…わたしも、わかんなーい…」

「……取り敢えず二人が迷惑かけたのは間違いなさそうね…姉として謝罪するわ…」

 

お姉ちゃん達はわたし達の話を興味深そうに聞いてくれて、それが嬉しくてわたし達も言葉が進む。持ってきた林檎をコンパさんがテンポ良く剥く音をBGM代わりに会話を弾ませていたわたしは…そこでふと、ベールさんが膨れっ面をしている事に気付いた。

 

「……ベールさん?」

「…三人が羨ましいですわ…旅の事を語ってくれる妹がいる三人が……」

「ベール様…(頬膨らませてるベール様、ちょっと可愛い…)」

「え、えぇと…あ、じゃあリーンボックスでコンサートに参加した時の話しましょうか?ネプギア達も構わないわよね?」

「あ、うん。リーンボックスでも色々あったよね」

 

戦いの事、出会いの事、訓練の事…わたし達は話したいって思った事を片っ端から口にして、それを全部聞いてもらった。あんまり時系列の事は気にしてなくて、情報もわたし達が伝えたい事ばっかり優先して言っていたから説明としてはきっと駄目駄目だったと思うけど…それでもお姉ちゃん達はうんうんと相槌を打って、話の流れが崩れない程度に質問を交えながら聞いてくれた。

ただ話しているだけなのに、前は日常的に行ってた事なのに、それが今は凄く嬉しい。こうしているだけで幸せで、こうしていられるだけで満足で、心が奥底から和らいでいくのを感じられる。…だからこそ、思う。お姉ちゃん達を助ける為に、ここまで頑張ってきてよかったって。

 

「ユニ達も中々壮絶な旅をしてきたのね…イリゼ、コンパ、アイエフの三人には感謝するわ」

「わたしもよ。特にロムラムは貴女達が引率してくれてなければどうなっていた事か…」

「そんな事ないですよ、ブラン様。確かに私達も色々しましたけど…候補生も皆、ただ着いてきただけじゃないですから」

「そっかそっかぁ…うぅ、ネプギアの成長を側で見ていられなかった事は後悔の極みだよぉ…」

「わたくしも新たな旅でのあいちゃんの勇姿が見られなかった事が残念でなりませんわ…」

「あはは…皆さん、林檎が剥けたですよ〜」

 

…と、少し恥ずかしくなりそうな話題になりかけたところで林檎の皮剥きが終了。コンパさんに呼ばれた私達とアイエフさんは小皿に分けられた林檎とフォークを取りに行き、それを持って再びベット横の椅子へ。

 

「あ、これ…うさぎさん…」

「ほんとだ!見て見ておねえちゃん、りんごのうさぎさんよ!」

「全部兎になってるとは…凝ってるね、コンパ」

「折角だからやってみたです。でも、今すぐ食べる事を考えるとそんなに意味はなかったかもしれないです…」

「そんな事はありませんわ。わざわざやってくれたというだけでも嬉しいんですもの」

 

ぴょこりと耳を付けた林檎はロムちゃんラムちゃんが喜ぶのも分かる位可愛らしくて、その出来栄えからちょっぴりだけ食べる(のはお姉ちゃん達だけど…)のが惜しいな、と感じてしまうわたし。でもだからって放置したら腐る一方だもんね、とお姉ちゃんに小皿を渡そうとして……気付く。

 

(あ…お姉ちゃん、普段通りに食べられるのかな…?)

 

今お姉ちゃんは右手が使えない状態で、左手へお皿を渡したら犬みたいにがっつくしかなくなってしまう。取り敢えずそれはベット備え付けの机に置くとか脚の上に置くとかで片手あければ解決するけど…フォークとはいえ、利き手じゃない手で食べるのは難しいよね…。

 

「……?ネプギアー、お林檎ちょーだーい」

「…お姉ちゃん、わたしが食べさせてあげよっか?」

「え?…あ、もしかしてわたしが怪我してるから?」

「うん。今の状態じゃそっちの方が楽でしょ?」

「ね、ネプギア……お姉ちゃんは心優しい妹を持てて幸せだよ!ネプギア大好き!ネプギア愛して…痛た…」

「お姉ちゃん…折れてる腕で抱き締めようとするのはそりゃ無茶だよ…」

 

嬉しそうな顔から一転、痛みに顔をしかめるお姉ちゃんを見てわたしは苦笑い。腕気にして提案したのに、そのやり取りの中で腕痛めちゃったら本末転倒だよ…。

 

「うっかりしてたよ…じゃあ、ネプギアお願いね」

「はーい。お姉ちゃん、あーん」

「ん、あーん」

 

うさぎさん林檎の一つにフォークを刺して、お姉ちゃんの口へと持っていく。それで半分位が口へと入ったところでお姉ちゃんはしゃくりと音を立て噛み、それからもごもごと口に入った林檎を咀嚼していた。

 

「…どう?って言ってもわたしは林檎移動させただけだけど…」

「うん、美味しいよ!こんぱの技術とネプギアの優しさが融合して、この林檎の甘さは当社比1.8倍だね!」

「そ、そうなんだ…まだ食べるよね?」

「食べる食べる!あーん」

 

にこにこ笑顔でまた口を開けるお姉ちゃんへ、食べかけの林檎をまた運んであげる。…わたしは生まれた時からこの姿だったから、経験した事はないけど…普通の人みたいに赤ちゃんの姿で生まれてきたら、こんな感じにお姉ちゃんに食べさせてもらう事もあったのかな…。

 

「ネプギアちゃんも、ネプテューヌさんもたのしそう…」

「ね、ロムちゃん。わたしたちもおねえちゃんにやってあげようよ!」

「うん、おねえちゃん…あーん」

「あ、ありがとうロム、ラム…でも二人同時に出されても食べられな…むぐぐ…」

「あいちゃんあいちゃん、あーん、ですわ」

「えぇ!?……も、もう…しょうがないですね…」

「それなら、イリゼちゃんはわたしが食べさせてあげるですね」

「あ…それはちょっと恥ずかしいけど…ありがと、コンパ」

 

左右から林檎を口へ入れようとするロムちゃんラムちゃんに、恥ずかしがりながらもまんざらじゃなさそうにして林檎をあげるアイエフさんに、その声音で言われたら断れないなぁ…と感じさせるコンパさん。わたしの行動は思わぬ波及の仕方をして、病室はお姉ちゃん達へ林檎を食べさせてあげるムードへとなっていった。……ある一組を除いては。

 

「…………」

「…………」

(……あ、アタシも食べさせてあげようかな…でもお姉ちゃん、両手共動かせるから余計なお世話になっちゃうかもしれないし…)

(……わ、私も頼んでみようかしら…でも私、両手共動かせるからユニに図々しいって思われるかもしれないし…)

 

ちらちらと林檎や相手の顔を見つつも黙ったままなユニちゃんとノワールさん。どっちもあげたくないとか食べさせられたくないって感じは顔に出てないけど…なんだかとってもぎこちない。仲悪いみたいじゃないけど…うーん……。

…と思っていたところ、わたしはお姉ちゃんに肩をつつかれる。

 

「ねぇネプギア、もしかしてユニちゃんって…ツンデレ?」

「え?…うーん…ツンデレかどうかは分からないけど、候補生の中では一番素直じゃないかも…」

「あ、やっぱり?わたし達の前じゃ礼儀正しい普通の子って感じだったけど、何せノワールの妹だもんねぇ…よし、ここは一つ芝居を打ってあげるとしよっか」

「芝居…?…あ…うん、わたしも協力するよ」

 

言葉の意味は一瞬分からなかったけど…お姉ちゃんの悪戯っぽい笑みを見て、わたしはその意図を理解する。

 

「こほん……あれノワール、そっちの林檎余ってるの?」

「へ?…い、いや別に余ってる訳じゃ…」

「余ってるならわたし欲しいな〜、もっとネプギアに食べさせてもらいたいし」

「そ、それなら自分のでやりなさいよ!どう見たってまだそっちも残ってるわよね!?」

 

何にも違和感なく芝居に入るお姉ちゃん。それを受けノワールさんだけじゃなくユニちゃんも少し焦った様な顔を見せたのを確認したわたしは、お姉ちゃんに続いて演技を始める。

 

「ユニちゃん、どうかな?わたしもお姉ちゃんにあげるの楽しいから、もう少しあった方が助かるんだ」

「と、とんでもなく自己中な理由ね…嫌に決まってるでしょ」

「じゃあ早くノワールさんに渡してあげなよ?…あ、それともまさか、ユニちゃん自分が食べたいとか?」

「そ、そんな訳ないでしょうが!少なくとも先に自分が食べたりはしないわよ!」

「ノワールぅ、くれないの?ねぷは林檎を食べたいのー」

「ユニちゃん、林檎さんをわたしに下さいっ!」

「な、なんなのよ貴女達姉妹は…あげないったらあげないのよ!ほらユニ、私に頂戴!」

「う、うん!もうそこまで欲しいなら残った時あげるから、ネプギアは我慢してなさい!お、お姉ちゃんあーん!」

 

すっ、ぱくり、もぐもぐ、ごくん。フォークが突き刺さったまま放置されていたうさぎさん林檎は、やっとノワールさんの口へと運ばれました。

 

「……お、美味しいわね…ユニ…」

「そ、そっか…もう一口どう…?」

「い、頂くわ…」

「……上手くいったね、お姉ちゃん」

「うん。作戦成功だね、ネプギア」

 

お互い照れながらまた一口食べる(もらう)二人を見て微笑み合うわたしとお姉ちゃん。姉妹で協力して何かを達成するのって、楽しいね。

その後も林檎をあげたり、追加でコンパさんが剥いてくれた林檎を食べたりしながら談笑を続けるわたし達。それは時間を忘れる位に楽しい時間で、気付けば数時間が経っていた。

 

「あ……ねぇコンパ、今日はこの位にした方がいいんじゃない?」

「ほぇ?…あ、そうですね…」

「このくらいって…わたしたちもうかえらなきゃなの?」

「…わたし達の身体を気にしてるなら、まだ大丈夫よ?」

「あ、そうではなくて…この後教祖さん達の面会があって、その時は仕事の話とかもしたいから…って言われてるんです」

「そういう事…それなら仕方ないわ。ロムラム、これからはこうして会えるんだから、今日はこれで我慢しなさい」

「うー…うん……」

「わかった…」

 

不満そうながらも了承した二人に、ブランさんは偉いわ、と言いながら頭を撫でてあげる。わたしやユニちゃんだって出来るならもう少しここに居たかったけど…後でいーすんさん達が来るっていうのは聞いていたし、仕事の話があるって事なら仕方ないって納得出来る。…何気にこれに関してはわたしよりお姉ちゃんの方が残念そうにしてたけど……そ、それはわたしと離れたくないって事だよね。別に仕事の話が嫌だとかじゃないよね…?

 

「皆、今日は会いにきてくれてありがとうね。皆が元気で私も安心したよ」

「出来るだけ早く復帰するつもりだけど、それまではもう少し国やゲイムギョウ界の事を頼むわね」

「わたしも皆さんに会えて嬉しかったです。お姉ちゃん、わたし出来る限り来るから頑張ってね?」

「それじゃあ皆さん、わたしがいなくなったからってまた騒いだりしたら駄目ですからね?」

『はーい』

 

時間が合えば明日だって会えるんだから、とわたし達は軽めの挨拶を交わして、それで出ていく事にする。会話だけなら電話でだって出来るし、もうそんなに悲しい気持ちになる必要なんてないよね。

 

(…でも、ほんとにお姉ちゃん達が元気でよかったな。これならお姉ちゃん達の復帰もそんなに遠くなさそうだし、それまでわたし達ももう一踏ん張り、だよね)

 

そうして病室の扉をくぐるわたし達。今日はお姉ちゃん達と話せて本当によかった。次来る時は先に何か欲しいものがあるか聞いて、あったらそれを持ってきてあげようかな。それにイリゼさんとも話したいし、他の皆さんの話も聞いてみたいし…ふふ、これからここに来るのが楽しみかも。……なんて、そんな事を考えながら出ていくわたし達でした────

 

 

 

 

「……あ、ところでさこんぱ。わたし達っていつになったらお風呂入れるのかな?」

『…………え?』

「それは…まだ分からないですね。でもお医者さんは凄い速さで治りつつあるって言ってましたし、そんなに遠くないと思うですよ」

「そっかぁ…うん、分かったよこんぱ」

 

……いい感じに終われると思っていたけど…やっぱりここは信次元ゲイムギョウ界。日常パートやギャグパートじゃ中々いい感じに終われないんだなぁと思うわたしだった。……消臭剤、持ってきてあげようかな…。

 

「いやわたし達身体は拭いてもらってるからね!?お風呂には入れてないけど、臭いの心配とかはしなくていいからね!?…ちょっ、閲覧者さんも変な事想像しないでよ!?」




今回のパロディ解説

・某千年リング所有者さん
遊☆戯☆王シリーズに登場するキャラ、獏良了の事。この作品のTRPG編を読んだ事のある方は分かると思いますが、TRPGでGMが無茶苦茶するのは駄目ですよね。

・『衛星軌道上からのダインスレイヴは想定外で…』
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズに登場する兵器及び最終決戦のワンシーンの事。あのシーンのバルバトスやグシオン並みの怪我なのかは…想像にお任せします。

・『輻射波動もブレイズルミナスも尽きて殴り合いするしかなくて…』
コードギアス 〜反逆のルルーシュ〜 R2に登場する兵器及び最終決戦のワンシーンの事。守護女神は爆散したりはしてませんよ?それは流石に死ぬ可能性が高いです。


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第七十三話 勝利の代償

ネプギア達が立ち去ってから数十秒。去る直前にネプギアから壮絶な勘違いをされた私達はネプテューヌ同様かなり冷や汗をかいたけど…それも落ち着き今はしみじみとした雰囲気になっていた。

 

「機内はまだ状況聞くので手一杯でしたし、その後は倒れてしまいましたし…久し振りに皆とゆっくり話せましたわね」

「えぇ。皆が元気そうで安心したわ」

「私もよ。…入院中の私達が心配する、ってのも変な話だけど」

 

私も皆も一週間振りの再会、って意味では同じだけど…それ以前は毎日の様に一緒にいた私と、救出された後少し話しただけでそれより前は随分と長い間離れ離れだった皆とじゃやっぱり感じ方に大きな違いがあって、特に妹のいる三人はかなり感慨深い様子だった。

 

「最初の戦いの時は、まだまだわたしが守ってあげなきゃいけない妹って感じだったのに…随分しっかりした子になっちゃったなぁ…」

「うちは元々しっかりしてたけど…でもやっぱり、前とは芯の強さが変わってる気がするわ。…成長、したのよね」

「…ありがとう、イリゼ。わたしの…わたし達の妹が成長出来たのは、貴女のおかげよ」

「え……わ、私…?」

 

女神候補生の四人が成長したというのを近くで見てきてよく知っている私は、その言葉にうんうんと頷いて……そこで突然お礼を言われて驚いた。あ、あれ?今そういう流れだっけ…?

 

「何驚いた顔してるのよ。貴女が女神としてユニ達を導いてくれたからこその成長なんだから、私達が感謝するのは当たり前でしょ?」

「いや、それは…確かに私は色々教えたけど、成長はあくまで四人のやる気と努力あっての事だよ?」

「でもイリゼが先生をしてあげた事には変わりないでしょ?」

「それだって、あの戦闘がなければそれまで通り皆が教えてただろうし…」

「…イリゼ、三人は姉として純粋に感謝しているのですから、謙遜せず受け取ってあげてはどうでして?その方がお互い気分がいいと思いますわよ?」

「…そうだね…うん。でも、やっぱり一番は皆が頑張ったからの成長であって、私はそのお手伝いをしただけって事は覚えておいてあげて。皆の為に、さ」

『それは分かってるから大丈夫』

「その反応はないんじゃないかな!?そこはもう少し私に優しくしてくれてもいいんじゃないかな!?」

 

衝撃的な返答をされた私。この三人ほんとに私に感謝してるの!?…という視線をベールに向けてみたら、ベールは苦笑いしていた。……いや分かってるよ、これがうちのパーティーにおけるネタの一つだって。これも私達にとってはじゃれ合いの一種だって。…けど分かってたって、言われた瞬間は「はぁ!?」って思うよね…。

 

「さて、それじゃあ次は何して遊ぶ?」

「…ネプテューヌ、この後教祖さん達が来るって話もう忘れたの?」

「あ、そうだっけ。……じゃ、お休みなさーい」

『…………』

「…ねぷぅ…ねぷぅ……」

「…イリゼ、ネプギアは今後も貴女が指導してあげた方がいいんじゃないかしら」

「そうね。前も言ったけどネプテューヌに任せたらネプギアの将来が心配よ」

「い、いや冗談だよ…わたし野比家の息子じゃないんだからここまで早くは眠れないって…」

 

この後また人が来る以上本格的に遊ぶ訳にはいかず(コンパにも怒られたし…)、寝るのは論外という事で私達は雑談を続行。そうして十数分程した頃、病室の扉がノックされた。

 

「皆さん、失礼しますね(・ω・)ノ」

「あ、この声はいーすんだね。いらっしゃ「お姉様ぁぁぁぁぁぁっ!!」……おぉぅ…」

「え、ちょっ…きゃあっ!?」

 

開いた扉から現れたのはイストワールさん……と思いきや、一番最初に入ってきたのはチカさんだった。言葉を遮られたネプテューヌが軽く呆れる中、なんとチカさんはベールの下へと飛び込んでいく。

 

「お姉様お姉様お姉様!お姉様、お会いしたかったですわっ!」

「うっ……わ、わたくしも…会いたかったですわ…」

「本当ですか!?う、うぅぅ…あ、アタクシ…またこうしてお姉様と会えて、感無量ですわ……」

「そ、そうですの…うぐっ……」

 

飛び込みそのまま抱き着いてきたチカさんを、ベールは呻きながらも受け止める。私も皆に抱き着いたしその気持ちは分かるけど……チカさん、上見てあげて下さい…ベールが「き、傷が…治りきってない骨が…」みたいな顔してますよ…(因みにこの時、ネプテューヌは似た様な経験でもしたのか凄い同情的な顔をしていた)。

 

「…ご無事で何よりです、ブラン様」

「わたしがいない間ルウィーを守ってくれてありがとう、ミナ。……ハンカチ、必要かしら?」

「い、いえ…持っていますので大丈夫です…」

「元気そうじゃないか、流石は女神だね」

「当然よ。……ユニや皆ともだけど、貴女ともまた会えて良かったわ、ケイ」

「珍しい事を言うものだね。…でも、僕もだよ。……お帰り、ノワール」

 

差し出されたブランの手を握った後眼鏡を外して涙を拭くミナさんに、一見普段通り…に見えるけどほんの少し頬が緩んで嬉しそうな表情を浮かべているケイさん。帰還時に会ってるイストワールさんは三人よりも落ち着いていたけど、それでもネプテューヌや私達が元気だった事に安心してくれているように見える。これまでチカさん以外私達の前では平然としていた教祖さん達だけど……やっぱり四人も、私達と思いは同じだったんですね。

 

「皆さん、わたし達の前にネプギアさん達がいらっしゃったと思いますが、ゆっくりお話出来ましたか?(´∀`)」

「出来ましたよ。ネプテューヌ達も楽しそうでしたし」

「それは良かったです。皆さん…特に女神候補生の四人はまだまだ子供ながら姉を助けたい一心でここまで頑張ってきたんです、これからもお見舞いに来たら優しくしてあげて下さいね(^∇^)」

「はーい、でもその心配は要らないよ?わたし達だってまだまだいっぱい話したいんだもん」

「……わたくしには関係の薄い話ですわね…はぁ…」

「お、お姉様にはアタクシがいますわ!もう毎日来ますので、目一杯アタクシと話して下さいまし!」

「いや、それでは連日リーンボックスが女神も教祖も不在という状況になってしまうのですけど…」

 

教祖四人の目的は仕事関連…とは聞いていたけど、四人だって守護女神を大切に思う人達の一人。だから暫くの間会話の内容はネプギア達の時と同じような雑談で、本題に入るのはその数十分後だった。……その間ちょっとだけ私は疎外感があったけど…仕方ないよね。私は国を持ってないし、久し振りの再会って訳でもないんだし。

 

「さて…雑談はこの位にしようか。本題を疎かにする訳にはいかないからね」

「…そうね…お姉様、宜しいですか?」

「構いませんわ。先程ブランも言いましたけど、これからは前のように日々話せるんですもの」

「それでは、本題をば。まずは皆さんが幽閉されてから今に至るまでの経緯ですね。社会情勢や政治的動向をまとめた書類を用意しましたので、そちらに目を通して頂けますか?(´・ω・)」

「……ねぇいーすん、わたし眠くなってきちゃった」

「勉強出来ない子供ですか…イリゼさん、イリゼさんには暫く不要な説明が続くので、その間ネプテューヌさんが寝ないよう隣で突っついてあげて下さい(-_-;)」

「お任せを。よいしょ、っと…」

 

イストワールさんから頼まれた私はベットから車椅子に移動し(一応一人で移動出来るんだけど、教祖さん達が手伝ってくれた。…イストワールさんはふとした拍子に潰れちゃいそうだから遠慮したけど)、ネプテューヌのベットの隣へ。現在ネプテューヌはとんでもなく嫌そうな顔で書類を見ている。

 

「うー…入院中の人にこんな物を読ませるなんて…」

「国の長が何言ってるの…守護女神として知っておかなきゃ不味いって事は分かってるでしょ?」

「そうだけどさぁ…イリゼ、読み聞かせしてくれない?出来れば昔話風で且つハートフルな感じに」

「無理だし嫌だよ。そんなのむしろ昔話をエキサイティングにしちゃうネプテューヌの領分だし」

「むむ…仕事に関してイリゼは厳しい……」

 

恨めしそうな視線をネプテューヌは向けてくるけど…そこで仕方ないなぁ、と目を瞑ってあげる私じゃない。……けど、迅速に進める為には何かしらしてあげた方がいいのも事実。…うーん……。

 

「…よし、じゃあクイズ形式にしよう」

「クイズ形式?」

「うん、きちんと知っとくべき部分を三択にするからネプテューヌは答えて。それならただ読み込むよりはやる気出るでしょ?」

「三択かぁ…まあ提案までしてくれたんだし、ちょっとは頑張ろうかな」

 

学びにおいてやる気を出してもらうには、学びたいと思ってもらうか楽しいと思ってもらうかするのが手っ取り早い。と、言う訳で後者を狙ってクイズを提案したんだけど……まさかネプギア達への指導の知識が、姉のネプテューヌに対しても役立つなんて…。

 

「こほん。じゃあまずざっくりしたところから…四人が捕まってから…というか犯罪組織が台頭して以降、電子機器産業の経済成長はどうなったでしょう?」

「えと、三択だよね?じゃあ上がった、下がった、変わらなかったのどれかって事?」

「そうだよ、さぁどれでしょう?」

「うーん……ボケられそうな問題でもないし、ここは機嫌取りの為に正解しておこっかな。下がったんだよね?」

「発言の内容が大変引っかかるけど……正解、流石にこれは問題にするまでもなかったかな」

 

違法ツールマジェコンの登場で、従来の電子機器は軒並み向かい風を受ける結果となった。幸いマジェコンはコピーや改造が売りのツールだから最先端技術が持ち味のプラネテューヌは比較的被害が少なかったんだけどね…と私は補足を入れる。…幸い、って言ったって信次元全体で見れば何にも幸いじゃないんだけどさ。

 

「じゃ、次。犯罪組織が勢力拡大する中で各教会が取った行動は次の内なんでしょう。1、犯罪組織に対する禁止令を取った。2、調査をしつつ暫くは手を出さなかっ「2!」早っ!?これ早押しクイズじゃないよ!?…正解してるけどさ!」

「あ、2で正解だったんだ…これはわたしの幸運さが成した技だね」

 

皆を待たせちゃいけないと即二問目を出したところ、ネプテューヌはややトリッキーなボケを突っ込んできた。しかも正解してきた。……まだ二問目で、可能性の域を出ないけど…

 

(…もしかしてネプテューヌ、やる気無い様に見せて実は真面目に考えてる…?)

 

いやいやそんな馬鹿な…と一瞬思ったけど、すぐにその発想の切り捨てを踏み留まる。思い返してみれば、ネプテューヌは不真面目だけど相手が真剣な時にはおふざけを早々に切り上げて真面目に話を聞いてくれるし、国や国民を大切にする気持ちは他の三人にも負けていない。…だとすれば、今回の事も真面目に考えてたっておかしくはないのかもしれない。始め嫌そうだったのはその『早々に切り上げる最初のおふざけ』だったのかもしれないし、ひょっとすると始めから真面目にするのはキャラ的に恥ずかしい…って思ってたのかもしれない……そう、今の私は思っていた。

 

「…これは、私もしっかり選択肢考えないとだね。えー…教会はネプテューヌ達の救出と犯罪組織の撲滅を目的とした作戦を、いくつかのフェイズに分けて計画しました。そのフェイズ数は4、5、6の内いくつでしょう?」

「いくつか?…うーん、ちょっと待ってね…すぐ答え言っちゃ駄目だよ?」

「いいよいいよ、ちゃんと考えて」

「わたし達を実際に助けるのが、多分一つのフェイズだよね…で、旅もフェイズの内の一つで……」

 

指折り数えて正解を導き出そうとするネプテューヌ。その様子はネプテューヌのあどけない容姿と相まる事で頑張って考えてる感が増し、自然と私もその姿に期待してしまう。そして考える事十数秒。私が見つめる中ネプテューヌはぱぁっと表情を輝かせ、すっと左手を上へと挙げる。

 

「…ふっ、遂に導き出せたよ」

「うん、だと思ったよ」

「…イリゼ、フェイズがいくつあると思ってるの?」

「う、うん?それは私が訊いた質問…」

「……35億」

「はい!?」

 

ネプテューヌが口にしたのは、三つの中にないどころかどう考えたってあり得ない桁の数字。更にネプテューヌは余裕綽々な表情を浮かべ、その瞬間私の抱いていた期待は一気に疑惑へと転化していく。ま、まさか…まさかネプテューヌ……

 

「ガーディアン!」

「え……ゔぃ、ヴィーナス…?」

「パープルねぷ子!and O!」

「やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

頭を抱えて叫ぶ私。皆が唖然とする中、私は数分前の私を猛烈に責める。何が「実は真面目に考えてる…?」だよ!この子普通にふざけたよ!?考えてたのは正答じゃなくてパロディだったよ!?下手すると三番落ちすら狙ってたよ!?あーもう…物事を好意的に捉えてばっかりも問題だね!

 

「…イリゼ?」

「……次大ボケ挟んだら頬のガーゼ引っぺがすから…」

「怖っ!いきなり怖っ!でも小ボケなら許してくれるという節を入れる辺り優しっ!」

 

普段なら止める事も視野に入れる(というかそれを口にする)けど、クイズを提案したのは私なんだから一応の責任は持たなきゃいけない。…って考えるところも私は駄目なのかなぁ…と思いつつ、ちょっとげんなりしながらクイズを進める。すると脅しが効いたのか、私の心情に気付いてくれたのか、その後ネプテューヌは時折小ボケを挟む位に留めてくれて、何とか私は重要な情報を全て伝える事が出来た。…『くれて』って表現は何か違う気もするけど……。

 

「……やっと終わった…」

「お、お疲れ様イリゼ。後で私のチョコレートあげるわ…」

「じゃあわたしはリラックス出来るエッセイを…」

「確か気が休まる紅茶があった筈…」

「み、皆……」

 

書類をネプテューヌに渡し、手の甲を目元に当てて上を向いていると、ノワールベールブランが物凄く気を遣ってくれた。それを受けちらりと周りを見て見ると、イストワールさんは「分かります、その気持ち分かります…」と言いたげに頷いていて、他の教祖三人も目線で私にお疲れ、と言ってくれている感じがする。……ほんと、何なんだろうねこの状況…。

 

「…な、なんかごめんねイリゼ…」

「謝る位なら徹頭徹尾真面目にやってくれないかな…」

「その場合わたしがわたしじゃなくなっちゃうんだけど…」

「それは確かに…って危なっ!?なんか今普通に認めかけちゃったよ!?…ネプテューヌめ……」

「いやいや今のは狙ってないよ!?わたしの素直な意見だよ!?」

「素直な意見が罠になるって滅茶苦茶タチ悪いじゃん…もういいや、イストワールさんお待たせしました…」

「あ…はい。ネプテューヌさん、わざわざイリゼさんが手伝ってくれたんですから、今後の話もちゃんと聞いて下さいね?( ̄^ ̄)」

「はーい」

 

とっくに書類へ目を通し終えた三人に追い付く事で、やっと本題が再開。書類の内容への補足とその周辺情報を説明する形で話は進んでいって、途中ラステイションでのMG強奪やルウィーでの施設制圧作戦などの軍事的な出来事も入ってくるイストワールさんの説明。そうしてそれが一通り終わった後は、各国での個別の話となった。

 

「…という事で、マジェコンはやはりルウィーが一番流布されてしまった様です。現在は犯罪組織のテロ認定と崩壊によって多数は破棄されていると思いますが、完全撲滅まではもう暫くかかると見た方がよいかもしれません」

「そう…工場の方は?多数生産されているなら、生産工場もある筈よね?」

「えぇ、既に何ヶ所からは押さえております。…が……」

「今押さえた工場で全て、とは断定出来ないという事ね。分かったわ、ミナ」

「まだ憶測の域を出ないけど、ユニの聞いた情報通りならマジェコンの生産はブレイブ・ザ・ハードが主導している可能性が高い。その事は頭に入れておいてもらえるかな?」

 

ネプテューヌ達四人の質問も交えながら、説明は続く。もしここで話を聞いてるのが女神候補生だったらロムちゃんラムちゃんはぽかーんとしてしまっているだろうし、ネプギアやユニも説明の説明が必要になった可能性が高い。でも行政の中心である守護女神四人組にはそんな事一切無くて、不安だったネプテューヌもしっかりと説明を理解している様子。そのおかげで説明は滞りなく進み、話は最後の…一番重要で、一番知っておかなきゃいけない部分へ近付く。

 

「これからは対犯罪組織、から対犯罪組織『残党』という形になりますが、そちらの細かな部分は皆さんが退院して以降に詰めていく事とします。今のペースならば退院もそう遠くないらしいですし、皆さんの場合あまり話すと責任を感じてその身体で活動してしまうかもしれませんからね(-_-)」

「はは…言われちゃったね皆」

「これについてはイリゼさんもですよ?」

「う……ですよね…」

「退院までの間はアタクシ達がきっちりやりますから、お姉様はきっちり休んで下さいね?」

「え、えぇ…(その言葉を信じていいものかしら…チカは優秀とはいえ、さっき毎日来ると言ってましたし…)」

 

戦力を大きく減らしたであろう犯罪組織が大規模な反撃を起こす可能性は低く、四天王も今は立て直しに奔走している筈。仮に動いたとしても今のネプギア達なら撃退するだけの力は十分にある…そう判断して教祖の四人は話を詰めるのを後に回したんだと思う。

そして、その話も済んだところで教祖さん達は一度目を合わせ、今日一番の真剣そうな表情を見せる。

 

「……では、最後…犯罪組織壊滅作戦に関しての事です」

「あれ?その話はさっきしなかったっけ?というかいーすんが話してくれたよね?」

「はい。ですがお話ししたのは概要と各国での成果、事後処理内容に費用等の事で、最も必要な事はまだ言っていませんから」

「最も必要な事?」

「……この戦いにおける死傷者数、です」

『……っ…』

 

目を伏せ、低く静かなトーンでイストワールさんは言った。それを受けて、守護女神の四人はそれが身内の事であるかの様に、苦しそうに眉をひそめた。

死傷者数。死んでしまった人と、怪我してしまった人の数。…それが、知っておかなくてもいい話な訳がない。

 

「……心の準備は、宜しいですか?」

「…えぇ、構いませんわ」

「…イリゼさんも、宜しいですね?」

「大丈夫です。作戦を立案した時点で、その覚悟はしていましたから」

「分かりました。……まず負傷者数ですが、重傷者は768人で、内232人が軍人や有志の方。軽傷者は正確な数字が出せないので推定になりますが…犯罪組織側も含めて1000人を超える可能性が高いです」

『…………』

「……そして、死者数は…593人、内106人がこちら側です。これは作戦当日及び昨日までの残党討伐で確認された人数なので、今後増える可能性は十分にあると思っていて下さい」

 

……聴き終えた私達は、誰一人言葉を返せなかった。すぐに言葉を返す気には、なれなかった。

分かっていた。一人も死なずに済む訳がないって。人と人との戦争なら、その規模に比例して大怪我を負ったり死んだりしてしまう人が出てきてしまうって。…全部、分かっていた。分かっていて、進めた。だから……

 

「…報告ありがとうございます、イストワールさん。出来れば軍人と有志それぞれの数、各国別の死傷者数もまとめて書類にして頂けますか?この事は出来るだけ詳しく知っておくべきだと思いますから」

「え?…あ、はい…分かりました…」

「それと、出来る限り私の慰安訪問を計画しておいて下さい。多少ならオーバーワークになっても構いませんので」

「……イリゼ…?」

 

死傷者数の事を飲み込み、後の事を考える私。…そんな私は、皆から驚きと戸惑いの混じった視線を受けていた。隣にいるネプテューヌは、それに加えて私を心配しているような声音で呼んでくる。

別に、死傷者の事をどうでもいいと思ってる訳じゃない。どうでもいいなんて、これっぽっちも思ってない。……ただ、私は…死傷者が出るって分かってたから、覚悟を決めていただけ。

 

「……皆、これは私達がきちんと直視して、理解して、受け入れなきゃいけない事だよ。必要な事だったとしても、作戦に一切関わっていなかったとしても、見なくていい理由にはならないんだから。…これは、この戦いで傷付いた人達は、ネプテューヌを、ノワールを、ベールを、ブランを助ける為に傷付いた人達だから。イストワールさんと、ケイさんと、チカさんと、ミナさんと……何より、私の立案し実行に移した作戦の中で死んでいった人達だから。……言うまでもない事だと思うけど、これは忘れないで」

「……イリゼ…大丈夫、なの…?」

「大丈夫、って?」

「いや、だって…さっきいーすんも言ったじゃん、わたし達は責任感じて云々って…」

「…あぁ、その事なら大丈夫だよ」

 

責任を感じて、無理に背負い込んでいるんじゃないか。…ネプテューヌが言いたいのは、きっとそういう事。それならば、問題ない。…そんな事を、問題にしちゃいけない。……だって…

 

「──私は、この作戦の代表者だよ?…全部受け止めて、その上でこれまで通り…ううん、これまで以上に女神として振る舞う決意は、とっくにしてあるよ。……だから心配しないで。私は、大丈夫だから」

 

そう、この事を後悔なんてしちゃいけない。やらなきゃよかったなんて思う事は、死傷した人達の頑張りを否定する事だから。嘆いてなんていられない。それで留まっていたら死傷した人達の努力に報いない事だから。……私は、女神の力を失った存在ではなく、最近取り戻した存在でもなく、今のゲイムギョウ界を守護する女神で在らなきゃいけない。国がなくても、守護者でいなければならない。それが……

 

 

 

 

────戦争を先導した者の、責務だから。




今回のパロディ解説

・のび太君
ドラえもんシリーズの主人公、野比のび太の事。彼は寝るまでに一秒かからないんですよね。…というか、パロディなので解説はしましたが…皆知ってる可能性高いですね。

・昔話をエキサイティングにしちゃう
原作シリーズのドラマCDの内の一つ、ネプテューヌとロムが姉妹だったら…のネタのパロディ。ネプテューヌなら書類ですら面白おかしく改変出来る…かもしれません。

・35億、「ガーディアン!」「〜〜ヴィーナス…?」「パープルねぷ子!and O!」
お笑い芸人、ブルゾンちえみさんの代名詞ネタのパロディ。二人という事で、withではなくandにしてみました。勿論二人は服脱いだりしてませんよ?


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第七十四話 候補生の挑戦

面会許可が下りた次の日も、わたし達はお姉ちゃん達に会いに行った。昨日の今日じゃお姉ちゃん達の状態が劇的に変わる筈もなくて、今日もお喋り位しか出来なかったけど…わたしにはお姉ちゃんやイリゼさんに話したい事、ノワールさん達に訊いてみたい事が一日や二日じゃ消化しきれない位沢山あるからそれでもよかった。…それに、他の人との兼ね合いで一日中居られる訳でもないからね。

で、今は面会を終えて執務室に向かう最中。えーっと、急いで片付けなきゃいけない仕事はあったかな…?

 

「…あ、ネプギアさん。今からお仕事をする予定でしたか?( ̄∀ ̄)」

「……?そうですけど…」

 

執務室前でばったり会うわたしといーすんさん。ここはいーすんさんの執務室からもそんなに離れてないし、こうして廊下で会う事も別に珍しくはないけど…何だろう?今いーすんさんここで待ってたような気がする…。

 

「姉に会ってきた後もしっかり仕事をしようとするなんて……本当に貴女はよく出来た女神候補生です…(T ^ T)」

「あはは…それで、いーすんさんはどうしたんです?」

「ふふっ、わたしはネプギアさんに休暇の通達をしにきたんですよ(・∀・)」

「休暇の…?…分かりました、ちゃんとお仕事はしますのでゆっくり休んで下さいね」

「あぁいえ、休暇はわたしのではなくネプギアさんのですよ(・ω・`)」

 

あんまり休みを取ってるイメージのないいーすんさんも、一段落付いてお休みしたくなったのかな…と思ったわたしだったけど、いーすんさんが言いたいのは自分が休む、ではなくわたしに休んでもいいよ、って事みたいだった。

よく出来た女神候補生、なんて言われたわたしだけど、別に仕事が好きって事はない。やらなきゃいけない事はやろうって思うだけで、お休み出来るならそれは嬉しいけど……

 

「…わたしが休んでも大丈夫なんですか?まだ犯罪組織は完全に倒せた訳じゃないですし、四天王だって残ってますよね?」

「それはその通りです。ですが犯罪組織そのものはもう女神の皆さんが戦うまでもないレベルまで弱体化していますし、四天王がまともなトップ格なら今は立て直しを図っている筈です。なのでネプギアさんが休む余裕位はあるんですよ(^o^)」

「でも、その口振りだといーすんさんは休まないんですよね?それなのに女神のわたしが休むなんて…」

「ネプギアさんはこれまで女神として頑張ってきたじゃないですか。安全な場所で身を危険に晒さない仕事をしていたわたしと、命懸けで戦ってきたネプギアさんは同列には語れません。勿論、教祖の仕事は楽だとは言いませんが…それでも、ネプギアさんは休暇を取るだけの権利があるです(*^◯^*)」

 

いーすんさんはにこり、と絵文字通りの微笑みを浮かべてわたしに休暇を勧めてくれる。それを受けてわたしは、少しの間考えて…いーすんさんの好意を受け取る事にした。

 

「…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。お出掛けとかしちゃっても大丈夫ですよね?」

「えぇ。想定外の事態が起きて即休日返上になってしまう可能性もありますし、時間がある間に休みを満喫して下さいね

( ´∀`)」

 

今行っている仕事は全ていーすんさんや職員さんが引き継いでくれるという事で、わたしは進行中の物を伝えて……数分後には、わたしの休暇がスタートした。さっきも地の文で言った通り、休暇は嬉しいし言われずとも満喫するつもりだったけど……

 

「……な、何しようかな…?」

 

……突然休暇をもらえても、すぐには予定って立てられないよね…。

 

 

 

 

自分の部屋に戻ってから十数分後。テレビを見ながら予定を考えていたわたしは「そういえば、ユニちゃん達もお休みなのかな?」と気になって、確認しようと部屋を出──

 

「ネプギア、いるー?」

「あ…ノック、しなきゃだめだよ…?」

 

……る前に、ロムちゃんとラムちゃんがやってきた。…すっごいナイスタイミング…。

 

「あ、そっか。じゃあトントンっと」

「開けてからノックしたって駄目だよ…二人共どうしたの?」

「あのね、今わたしたち…ミナちゃんから、お休みもらったの」

「だからあそびに来てあげたのよ!」

「そうなんだ。じゃあ二人も同じだったんだね」

 

モンスターの討伐やイベントでの挨拶はともかく、多分まだ政務関連の仕事は殆どしてない二人にとってお休みの有無はそこまで重要じゃないんじゃ…という点はともかく、今の言葉で二人も休暇に入ったんだという事が判明した。…となると、ユニちゃんもそうなのかな?

 

「ネプギアちゃん、あそべる…?」

「うん、わたしもお休みだから遊べるよ。二人は何して遊びたいの?」

「うーん……あ、わたしポッキーゲームやってみたいわ!」

「ポッキーゲーム!?え、ぽ…ポッキーゲーム!?」

『……?』

 

目をキラキラさせながらとんでもない提案をしてきたラムちゃんにわたしは驚きを隠せない。ぽ、ポッキーゲームって…わたしとラムちゃんがするの!?又はロムちゃんとするの!?し、姉妹でそれは駄目だよ!?…ってわたしとならOKって事でもないよ!?そりゃ勿論ラムちゃんが嫌いな訳じゃないけど、そういう事じゃなくて…!

……と暫しテンパるわたしだったけど、気付けば二人はきょとんとした顔でわたしを見ていた。…あれ、この反応ってもしや……

 

「…ねぇ二人共、ポッキーゲームってどんな遊びか知ってる…?」

「ううん、知らない…(ふるふる)」

「ポッキーがかんけーするゲーム、ってことだけは知ってるわ」

「う、うん。ポッキーゲームなのにポッキー関係してなかったらびっくりだよね…それは止めておこうよ。今ポッキーないし、もしかしたら物凄く沢山ポッキーが必要なゲームかもしれないよ?お小遣いなくなっちゃうかもよ?」

「う…それはいや…」

 

上手く誤魔化す事に成功したわたしはホッと一息。案の定、二人は名前以上の事を知らないみたいだった。…万が一知ってたら…うぅ、その先を想像しちゃ駄目よわたし…。

 

(…っていうか、この短時間に一体何度ポッキーってワードが出たんだろう…)

「…ネプギアちゃん、どうしよう…?」

「え?…あ、何して遊ぼうって事?うーん…じゃあさ、わたし確認したい事あるし一回ユニちゃんの所行かない?」

「かくにんしたいこと?…まぁ、別にいいけど」

「わたしも、いいよ?」

「じゃあ、ユニちゃんの所にレッツゴー、だね」

 

テレビと照明の電源を切り、わたしと二人は廊下へ。一度向かう前に電話しようかな…とも思ったけど、広いとはいえ同じ屋内なんだしいいよね、と取り出しかけたNギアをしまう。

 

「ここって広いわよねー、どうしてプラネテューヌだけこうなの?」

「詳しい事は知らないけど…わたし達が生まれる少し前に壊されちゃって、その時再建も兼ねてこうしたんだって」

 

一体どんな経緯で教会がタワーになったのかはよく分からないけど…わたしとしては今のタワーの方が機械感強くて好きかな。

…と、そんな雑談の入り口レベルのやり取りをしている段階でユニちゃんの使っている部屋に到着。ラムちゃんはまたノックを飛ばして入ろうとするかもしれないから、わたしは一歩先に扉の前へ立ってノックを行う。

 

「ユニちゃーん、わたしだけど入っても大丈夫ー?」

「ネプギア?…はいはい構わないわよ、どーぞ」

 

ノックをするとすぐに返事が返ってきて、わたしが開けるより先にユニちゃんが扉を開いてくれる。で、そこから中を覗いてみると…今回は床やテーブルに銃の部品がズラリ、って事はなかった。

 

「…って、アンタ達もいたのね」

「何よ、わるい?」

「悪くないわよ、ネプギア一人かと思ったから言っただけ」

「えっと…今は忙しくない、よね?」

「えぇ、ゲームをやる位には余裕があるわ」

 

部屋に入りつつ目を走らせると、ベット上の枕付近に携帯ゲーム機が置いてあった。…という事は、ユニちゃんは今寝そべってゲームしてたのかな?ふふっ、いつもはちょっと冷めてて大人っぽくしようとしてるユニちゃんも、一人の時は寝そべってゲームしたりするんだね。だからなんだって話だけど、そういう事を知れるのは嬉しいかも……

 

「……って、あ…あれは…!」

 

そんなユニちゃんの一面を知って少し気分の良くなっていたわたしだけど……次の瞬間、わたしはそれを見つけてしまった。……災いの種となり兼ねない、そのお菓子を。

 

「……?どうしたのよネプギア」

「そ、そんな…まさかこんな所にあるなんて…!」

「何がよ……あ、もしやポッ──」

「ギア・スティールッ!」

「はぁぁ!?」

 

それの名前をユニちゃんが口にしようとした瞬間、わたしは跳んだ。隣にいたロムちゃんラムちゃんが驚愕する中わたしはベットにダイビングし、それを……枕を挟んでゲームの反対側にあったポッキーの箱を引っ掴んで胸元からセーラーワンピの中へと放り込んだ。箱の角がちょっと当たって痛いけど……今は、今はこれを隠さなきゃ!

 

「ちょっ、な、何してんのよネプギア!?」

「が、ガスティール…?(だーくぞーん)」

「な、何でもないよ!ちょっとベットに飛び込みたかっただけだよ!」

「あぁ、その気持ちは分かるわ。時々ベットって飛び込みたくなる……って、何でアタシの使ってるベットでそれをやるのよ!?自分のベットでやりなさいよ!」

「えっと、それは…ゆ、ユニちゃんの使ってるベットに飛び込みたかったの!」

「ぶっ……!?な、なな何を言ってるのよアンタは!馬鹿じゃないの!?馬っ鹿じゃないの!?」

 

自分でも割と意味不明な事を口走りながらわたしは箱をセーラーワンピの中で滑らせ、すっとスカートの内側に入れた手でその箱を掴んでベットの裏へと落っことす。なんかとんでもなくヤバげな事を言っちゃった気がするけど……一先ずミッションコンプリート!

 

「この変態!純粋そうな顔してそんな事企んでたのね!見損なったわ!」

「そ、そこまで言わなくても…ほら、ロムちゃんラムちゃんもいるし…」

『……?』

「二人がいる前で他人のベットに飛び込んだのはどこの誰よッ!」

「で、ですよねー……ユニちゃん、本当の理由を説明するから耳貸してくれる…?」

 

顔を真っ赤にするユニちゃんに対し、わたしは耳打ちを提案。初めユニちゃんは何言ってんだ、みたいな表情を返してきたけど…わたしの顔からちゃんとした理由があるって感じてくれたみたいで、疑いの目を向けながらも耳を貸してくれた。そして、二人仲良く首を傾げてるロムちゃんラムちゃんの見る中耳打ちで説明をすると……

 

「…そんな事があったのね…ネプギア、さっきの暴言は撤回するわ…」

「わたしこそ誤解を招く言動しちゃってごめんね…」

 

こうして無事わたしの評価は回復して、ユニちゃんも怒りを収めてくれました。…ブランさん、ロムちゃんとラムちゃんの無垢さは無事守られましたよ。

 

「…仲なおり、した?」

「仲直りっていうか、なんていうか…まぁそうね。で、何しに来たのよ?」

「ユニちゃんは今休暇中なのかどうか訊きにきたんだ。ケイさんから何か言われてない?」

「休暇中だけど?…その口振りだと、三人も休暇中なのね」

 

思い思いの場所に座るわたし達。これでわたし達候補生は全員休暇に入ったという事が分かった。

わたし達がここに来たのは今の質問をする為。けどじゃあ目的も済んだしばいばい…なんて事はない。何も言わずにわたし達はユニちゃんも交えて遊ぶという方向で話を進めて、ユニちゃんも何も言わずに乗ってくれる。

 

「うーん、四人で今すぐやれる事といえばまずゲームだけど…」

「それは夜とかでもいいんじゃない?どうしてもやりたいならそれでもいいけど」

「はいはーい!わたし今までやったことないようなのがいい!」

「わたしも…でも、おっかないのはいや…」

 

何して遊ぶかなんて考え込む事じゃないけど…わたし達は全員何となく『折角の休暇なんだから、普段はやれない事をやりたい』って思っちゃってるから中々これだ、って意見が出てこない。こういう時お姉ちゃんやイリゼさんがいれば良いアイデア出してくれそうだけど、その二人は今も入院中。…さ、流石にそれを訊く為だけに電話は出来ないよね…。

 

(別に無理して今じゃなきゃ出来ない事を考えなくてもいいのかな…でも、折角の機会だし…うーん…)

 

ぽつぽつと意見は出てくるけど、どれもしっくりはこない。これは凝った事を考えれば行き詰まり、安易な案を考えるとそれもそれでなぁ…という気持ちになってしまい、そして考えている間の時間は無駄となってしまうというジレン…マ……

 

「……あ」

「どうかしたの?おなか空いた?」

「ううん、そうじゃなくてね。皆、わたしがルウィーで言った事覚えてる?」

「覚えてる?…って言われても、ネプギアが某ヘルサイズさん並みに喋らないならともかくそうじゃないんだから多過ぎて何とも言えないわよ」

「うーんとね、結構印象に残ってる事だと思うよ?」

「いんしょうに?……あ…」

「あ、ロムちゃんは覚えていてくれた?」

「う、うん……もしかして、しすこん…?」

「そうそれ。わたしは実はシスコン…シスコン!?あれ!?わたしそんな事言ったっけ!?」

「シスコン…?」

 

わたし、本日二度目の大テンパり。しかも今度はユニちゃんの怪訝なものを見る視線付き。い、いや違う違う!違うよ!?

 

「待ってユニちゃん!言ったかどうかはさておきわたしシスコンじゃないからね!?お姉ちゃんの事は好きだけど、家族愛だから!家族愛の域だから!」

「はいはい…で、シスコンなんて言ったの?」

「うん…あのね、ネプギアちゃん前にペンさがすの手伝ってくれたの。それでそのとき、わたしがおねえちゃんってよんだらネプギアちゃん、すごくわたわたして…」

「あ、あぁ…そう言えばその時そんな感じの事言ったような気がする…」

「ねーねーネプギア、しすこんってどういういみ?」

「えぇっ!?え、ええっと…ほら、コーンフレークの事だよ!」

「あーあれね。……あれ、でもそれだとなんかかみ合わない気が…」

「それより前に言った事だよ!もー、覚えてないの?四人で何か作ろうって話だよっ!」

 

大テンパりパート2に続き、ロムちゃんラムちゃんの無垢さを守れパート2も発生。テンパった直後で落ち着いて考えられなかったわたしは強引に話を進める事で何とか誤魔化した。……うぅ、休暇の筈なのにさっきから妙に大変な事が続いてるよ…。

 

「あー、魔導具云々の話?それなら最初からそう言えばよかったじゃない」

「わ、わたしも今そう思ってるよ…でさ、今こそこれを進めるチャンスじゃない?」

「たしかに時間とれるもんね…わたしはそれさんせー!」

「わたしも、それがいいと思う…」

「じゃ、ユニちゃんは?」

「まぁ、いいんじゃない?」

 

魔導具、それも科学技術と融合させた何かを作るのはわたし達がルウィーで決めた事。それは日々のちょっとした時間で出来る事じゃないし、それを決めた時はまだ旅の最中だったからあれ以降殆どノータッチだったけど、今なら完成まではいかずともある程度進められる…と思う。…わたし達四人の合作が目的なんだもん、このまま立ち消えなんて勿体無いよね。

 

「それじゃあまずは何を作るか、だね。作ってみたいものある?」

「うーん…すっごいの!」

「えらいざっくりしてるわね…どういう感じで凄いのを想像してるの?」

「それは……まだみてい…」

「未定って…先に言っておくけど、武器とかはあんまりよくないと思うわよ?簡単に出来るならもう実在してるでしょうし、そうでなくても兵器関連となるとリーンボックスが先行してるでしょうし」

「じゃあ…あるとべんりなもの、とか…?」

「あると便利な物かぁ…何があったら便利かな…」

 

作る以上は役に立たない、何だかんだ分からない物より実用性のある物がいい。だからロムちゃんの意見は指針としたいいと思うけど…日常生活の中で「これ不便だなぁ」と思う事はよくあっても、改めてそれを考えてみると思い付かないものなんだよね。多分それって『不便と言えば不便だが、実際にそう感じる時以外は思い出しもしない様なちょっとした事』が大半だからなんだろうけど…。

 

「……むずかしいわね…」

「う、うん…そうだ、これはゲームしながら考えない?何かしながらの方が案外思い付くかもしれないよ?」

「じゃあ、持ってくる…」

「あ、わたしが言ったのは据え置き型ゲームの事なんだけど…まぁいっか」

 

すぐに取りに行ったロムちゃんラムちゃんに続いて、わたしも一旦自分の部屋へ。…もう少し早くこの発想が出てきたら何をするか考えてた時も多分ゲームやってたんだよね。その場合違う事を思い付いてたりして…。

それから数分後。携帯ゲームを持って再集合したわたし達はゲームの電源を入れる。

 

「結局ゲームをやる事になったわね…」

「あはは、そうだね。でも楽しめればそれでいいんじゃないかな?」

「……あっ…ユニちゃん、じゅうでんき…ある…?」

「何よ、充電忘れてたの?…ほら、これ使いなさい」

 

充電の残量が少なくなっちゃってたみたいで、ユニちゃんから充電器を借りるロムちゃん。残量少ないのに気付かないまま友達の家に行っちゃって、友達の家で気付いて充電させてもらうって携帯ゲームあるあるだよね。……立場も育ちも特殊なわたしがこのあるある語るのは色々おかしいかもしれないけど…。

 

「ありがと、ユニちゃん」

「間違えて充電器持ち帰らないでよ?…ところで、二人に一つ訊いてもいい?」

「やだ、って言ったらどうするの?」

「ほんっと生意気よね、アンタは。…って返すわ」

「むー!だれがなまいきよ!」

「あ、アンタが訊いてきたんでしょうが…で、どうなのよ?」

「あ、うん。きいても、だいじょーぶ」

 

ロムちゃんはユニちゃんにお礼を言って、ラムちゃんはユニちゃんの言葉に怒りつつもちょっと笑ってる(怒ってる振りなのかな?)。ルウィーで和解したばかりの頃は、わたしとユニちゃんとで二人との関係が少し違っちゃっていたけど…今はもう、わたし抜きにも仲良しになってくれた。…って、わたしはなんで年上みたいな思考してるんだろうね。

 

「二人って、確か電撃系統の魔法も使えるのよね?じゃあ魔法で充電したりは出来ないの?」

「あー……前に一回やってみたことあったね、ロムちゃん…」

「うん、あったね……(しゅん)」

「……?何か不味かったの?」

「じゅうでんしようとしたら、こわれちゃったの…」

「バチバチってなって、そのあとゲームからけむりが出てきちゃったわ…」

「そ、それは災難だったわね…でも残念。もし出来るのなら夢のある話だったのに」

『…………』

 

 

 

 

『(それ・これ)だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

数秒の沈黙の末、わたし達は全員揃って充電器の繋がったゲームを指差した。指差しながら叫んで、わたし達は目を合わせて、興奮気味に口を開く。

 

「それだ、それだよ!充電機無しで、完全に自前で充電出来るなんて誰もが望むレベルの便利さだよ!」

「それなら、気付いた時すぐじゅうでんできる…!」

「外でもゲームしかなくてもできるなんてかくしんてきじゃない!」

「上手くいけば充電器もモバイルバッテリーも必要なくなる…わ、我ながら恐ろしい発想力だわ…!」

 

完成像を想像するわたし達の目は、キラキラと輝いている。こんなに便利でわたし達のやる気を駆り立てるアイデアが生まれるなんて、ほんとにもう天啓とかそういうレベルにわたしは思えてしまっていた。すぐ出来て、充電器が必要なくなってどこでも出来て、電気代もかからないなんてお得過ぎるよ!こんなのあったら欲しいに決まってる…いや、作るに決まってる!

 

「皆、それじゃあわたし達の目的は魔法で充電出来る魔導具作り、でいいね!?」

『おー!』

「わたしは機材作り担当、ロムちゃんラムちゃんは魔導部分全般担当、ユニちゃんはサポートと偏ってない目線でのストッパー担当でOK!?」

『OK!』

「よーしじゃあわたし達…女神候補生による便利魔導具開発計画、ここに始動だよ!女神候補生、ふぁいとー…」

『おーーっ!』

 

わたし達は円陣を組んで手を重ね、掛け声と共に手を挙げる。──こうして、わたし達の挑戦が始まるのでした。

 

 

 

 

 

 

……因みに、この後…

 

「もう!何を騒いでるんですか!元気なのはいい事ですが、騒ぎたいなら外か騒いでも大丈夫な部屋に移動して下さい!

o(`ω´ )o」

『ご、ごめんなさい……』

 

五月蠅くした事でいーすんさんに怒られてしまうわたし達でした…。




今回のパロディ解説

・ガスティール、だーくぞーん
ヴァンガードシリーズに登場するユニット及び、作中の惑星に存在する国の事。ネプギアが使うなら名前的にもギアクロニクル、ロムは…バミューダ△とかでしょう。

・某ヘルサイズさん
これはゾンビですか?に登場するヒロインの一人、ユークリウッド・ヘルサイズの事。紙で会話するネプギア…これだけで物凄い個性になりますね、絶対。


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第七十五話 新旧メンバー、集合

「……しっかし、凄い人数になったよねぇ…」

 

連日病室へと訪れるお見舞いの人達。友達だけじゃなく教会職員さんや各国の有力者さん達まで来るものだから日に複数組と面会になる事もザラで、休む為にここにいるのか色んな人と話し易くする為ここにいるのかちょっと怪しいところだったけど…守護女神の四人は、それを全く嫌そうにはしなかった。それには本当に会いたかったって気持ちがあったり、女神として見舞いにきてくれた相手を無下には出来ないって気持ちがあったりと色々あるんだろうなぁ…とそれを見て思う私。そして今のは…MAGES.達旧パーティーメンバーと、RED達新パーティーメンバーが一堂に会した際のネプテューヌの台詞。

 

「前の旅の時も大人数だったのに、更に増えちゃうなんてわたしびっくりだよぉ」

「ここまでくると隠密行動は難しそうね。今後隠密行動を取る必要があるのかどうかは分からないけど…」

「というか、これはもう完全に誰か喋ってるんだかよく分からなくなりそうだよね。地の文担当の人ふぁいとー!」

「ねぷ子は今日もメッタメタだにゅ…後ブロッコリーは多分その心配ないにゅ」

 

苦笑いを浮かべる鉄拳ちゃんに、元々そういう系の仕事をしていたからか先の事を考えているケイブ。……いや別に今の文章に他意はないよ?口調だけで判別するのは無理な人数だから配慮したとかじゃないよ?

 

「人が多いのは何かと助かるけど、確かに不便な事もありそうね。…今もちょっとこの部屋暑いし…」

「人の温もりで暖かいのはいい事だよノワール!…あ、そうだ…皆、丁度いい機会だから一ついいかな?」

『……?』

「アタシは現在嫁募集中だよ!嫁になりたい人がいたら気軽に言ってね!」

「……また物凄い子がパーティーインしたものね…」

 

いつかするとは思っていたけど…この瞬間遂にREDが守護女神四人と旧パーティーメンバーへ嫁勧誘を行った。けれどまぁこの位の事で目を白黒させるような私達ではなく、ブランの突っ込みにうんうんと頷きながら私達は苦笑を……

 

「嫁、嫁かぁ…ねーねーRED、わたし仕事も家事もあんまりやる気ないんだけど大丈夫かな?」

「大丈夫!ネプテューヌの可愛さの前には仕事も家事も些末事だよ!」

「え、ほんと?じゃあわたし嫁に立候補しようかなぁ」

「うんうん、今ならアタシの嫁第一号になれるよ!」

「第一号とは響きがいいね!これは前向きに検討出来ちゃう案件だよ!」

「あはは、アタシネプテューヌとは気が合う気がしてきたよ!」

「わたしもわたしもー!」

((……この二人が絡むとこうなる(んだ・のね・んですのね・のかにゅ)…))

 

前から常々REDとネプテューヌは性格が似てると思ってたけど…案の定この二人は物凄い速度で意気投合していった。実際にネプテューヌが嫁になるかどうかは謎だけど、二人が親友になるのは遠くないと思う。…え、私とノワールはネプテューヌがREDの嫁になっても大丈夫なのかって?…いや、この流れで動揺したりはしないって…深く頭を下げて謝るのと何かをしながら適当に謝るのとでは印象が全く違うのと同じで、こんな冗談の延長線みたいな感覚で話が進んでも「二人共元気だなぁ」以上の感想は浮かばないよ。

 

「…まぁ、嫁云々は置いておくとして…見舞いがこの人数となるのは負担ではなかったのか?」

「あぁうん、大丈夫だよ。それに私達は新旧揃った際に訊きたい事もあったし」

「新旧…あ、もしかしてボクとMAGES.の事?」

「えぇ、それも気になる事の一つですわ」

 

私達や教会の要請を受け、一人が数人ずつの体制で犯罪組織へスパイ活動をしていてくれた旧パーティーメンバーの皆が帰還したのは私達がギョウカイ墓場に向かった少し後で、合流出来たのはギョウカイ墓場の中(その瞬間には私立ち会ってないけど)。その後私達は急を要する用事があったり意識を失ってたりで雑談している時間が殆どなく、新旧パーティーが揃った状態で会うのは合流以降これが初めてだった。…だから私達五人はやっと訊ける、と内心ちょっぴりテンションが上がってたり…。

 

「で、二人は似てるけどそれはどーして?α世界線から来たのがMAGES.で、β世界線であるここにいたMAGES.の同一人物が5pb.とか?」

「な……何故それを…!まさか機関の差し金か…!?」

「え…あ、合ってたの…?」

「いや嘘だぞ?」

「あはは…別にそんな込み入った事情はなくて、ボク達は単に親戚関係なんですよ」

「親戚…だから私達は5pb.を見た時最初見覚えがあるって思ったんだ…」

 

流石に性格や服装は違うけど、髪含めた顔のパーツ単位で見ると二人は本当に似ている。…泣き黒子の有無まで一緒っていうのはちょっと謎だけど…まぁそこは偶然なのかな?

 

「親戚関係なんて…案外世間は狭いものね」

「各国を回る旅の中で得た関係は狭い世間と言えるのかな…わたし達の場合は次元超えてもいる訳だし…」

「そうね……うん?」

『……?』

「あ、あぁ…なんでもないわ(別次元出身のMAGES.とこの次元出身の5pb.が親戚という事は、この次元にはここにいるのとは別のMAGES.がいるって事かしら…二人の家系が次元を跨り広がっているなら別だけど…)」

 

ブランはサイバーコネクトツーの発言が何か引っかかった様な素振りを一瞬見せたけど、それについて話したそうな雰囲気はない。じゃあ個人的な事なのかな、と私達は判断し……ある意味MAGES.と5pb.以上にそっくりな二人へと視線を移す。

 

「えっと…それは次はあたし達の事を話してほしい、って視線で合ってる?」

『合って(るよ・るわ・いますわ)』

「だ、だよね…こほん。名前の時点で分かると思うけど、あたし達は同一人物だよ」

「あたしはここ出身で、もう一人のあたしは別次元出身…らしいよ」

 

視線を受けたのは勿論二人のファルコム。普通ならそれは「えぇぇ!?」ってなるところだけど、私は大人っぽい方のファルコムと初めて会った時にその推測を立てていたし、ネプテューヌ達も似たような予想をしていたみたいでそこまで驚きはしない。で、MAGES.と5pb.の件含めてRED達も驚いてないのは……先に聞いていたから、とかだろうね。

 

「やはりそうなのですわね…因みに、外見が違うという事は経歴も違ったりするんですの?」

「みたいだよ。どうも話を聞く限りだともう一人のあたしは『別次元の』『過去の』あたしらしいからね」

「けれど、この次元のあたしはあたしと外見年齢が同じ時期に別次元へ行ったりはしていないみたいなんだ。だからあたしとこの次元のあたしは直接繋がる訳じゃないよ」

「ふむふむ……うん、取り敢えずややこしいって認識していれば良いのかな?」

「頭の中で整理する事を放棄したわね、ネプテューヌ…」

 

あっけらかんとした顔付きのネプテューヌは、確かにどこがふむふむなんだ…って言いたくなる結論を出していた。……えっと、子供っぽい…って言うと失礼か…サイドテールのファルコムの段階に至るまでは二人共ほぼ同じで、そこから次元を超える冒険を経験してるのがサイドテールファルコム、あくまで信次元の冒険者として旅をしてきたのがショートカットファルコム…って感じかな?…正直ネプテューヌが整理を放棄したくなる気持ちは分からないでもないや……。

 

「…親戚関係の二人に、同一人物のファルコム…こうして考えると、うちのパーティーも複雑怪奇さが増したものだね…」

「それを言うなら中核が女神って時点でもう十分複雑怪奇だけどね…そう言えば貴女達、私達が捕まってる間は犯罪組織に潜入してたのよね?」

「うん、わたし達頑張ったよ〜」

「犯罪組織の裏側を暴露出来る様な証拠を集めてほしい、って頼まれていたんだ。楽ではなかったけど…忍者の本分で皆の役に立てたって意味では嬉しかったかな」

 

皆が情報を集めてくれたからこそ、犯罪組織の裏側を誰もが疑わないだけの証拠を送ってくれたからこそ、あの時私達は世論を味方に付け、犯罪組織をテロリズム組織認定する事が出来た。ネプテューヌ達の救出を直接行ったのは私達や新パーティーメンバーで、犯罪組織と表側で戦ったのは国防軍と有志の人達だけど…その裏には皆の頑張りがあったんだって事は忘れちゃいけない。……ま、そんな堅苦しい事考えなくたって私は忘れない自信があるけどね。

 

 

 

 

新旧メンバーが揃ってお見舞いにきてから一時間と少し。その位時間が経った頃、未だ雑談の続く中時計で時間を確認した私は、脚をベットの外に出して立ち上がる。

 

「……さて、と…そろそろ時間かな」

「時間?イリゼはリハビリをするのかにゅ?」

「ううん、今から私はお仕事なのです」

 

ベット横の棚から私服を取り出してベットに置く私。うん、取り敢えず立つ事はもう大丈夫かな。

 

「仕事って…イリゼさんはまだ治りきってないんだよね?少なくともボクには仕事をするような身体には見えないけど…」

「問題無いよ、極力包帯は衣類で隠すから」

「そ、そういう問題じゃなくて…」

「イリゼ、貴女達女神の身体が頑丈なのはもう十分知っているけど…それでも治りきらない内に無理をするのは止めておいた方がいいと思うわ」

「大丈夫だって、仕事って言っても会議に出席してちょっと話すだけだから。変にハイテンション突っ込みをする機会があったりしない分、何なら今からやる事の方が身体を安静に出来るかもしれないしね」

『……何か、申し訳ない(にゅ・です)…』

「あ、べ、別に皆へ遠回しに文句言ってる訳じゃないからね!?私は楽しく会話してるから、そんなすまなそうな顔しないで!」

 

私としてはほんのり皮肉を効かせた程度の冗談のつもりだったのに、思った以上に皆の心へクリティカルヒットしてしまった。平時ならともかく、現に入院中の私がこれを言うのは結構不味かったみたい。…ほんと、悪気はなかったの…ごめんね皆…。

 

「そ、それならいいけど…会議出席なら、ここから移動するんだよね?それならわたし肩を貸すよ?」

「ならあたしも手を貸すよ。あたしなら背的にもイリゼと近いからね」

「二人共ありがと。でもそれに関しては教会の職員さんがサポートに来てくれるらしいから大丈夫」

 

肩を貸してくれるというサイバーコネクトツーとショートカットファルコムの気持ちは嬉しいけど、そうなると今度は職員さんにお帰り頂く事になっちゃうし、会議中二人にはずっと待ってもらわなきゃいけなくなるから私は断り着替えを開始。流石に病衣で会議に出る訳にはいかないからね。

 

「イリゼはほんと頑張るよねぇ、ノワールみたいにブラック上等女神にはなっちゃ駄目だよ?」

「ちょっと、誰がブラック上等女神よ!私はブラックハートではあってもブラック企業を推奨してたりはしないっての!」

「あはは…私は皆よりは軽傷だからね。それに本格的な復帰はもうちょっと先にする予定だし、心配はしなくていいよ」

 

ネプテューヌの冗談混じりの気遣いを受け、それに苦笑いしながら私は病衣の紐を解いていく。さっき5pb.やケイブにも心配されちゃったし、やっぱり退院するまでは負担の少ない仕事を少しずつってスタンスにした方が良いかもしれない……って、

 

「……あ、あの…」

「……?イリゼちゃん、どうしたの?」

「…ごめん、ちょっと皆顔を私の方に向けないでいてくれるかな…?」

 

紐を解き、病衣から肩を露出させて下着姿になりかけたところで…気付いた。ここには十人以上の人がいて、その中で私一人着替えを行おうとしている事に。

 

「え、何?まさかイリゼは男の娘だったとか?けんぷファー的な感じ?」

「私より色んな意味で女子力低そうなネプテューヌには言われたくないんですけど」

「おおぅ、言の葉ならぬ言の刃が返ってきた…別に女の子同士なんだし、気にする事はないんじゃない?っていうかバカンスの時は普通に着替えてないっけ?」

「いやほら、あの時は皆も着替えてたし…この人数の中一人だけ着替えるのはちょっと恥ずかしいよ…」

 

一人だけ着替えてたらそれは凄く場違いな気がして、何だか羞恥プレイをさせられてるみたいで、とってもとっても恥ずかしい。だからちょっと皆には別の方向を向いてもらおうと正直に理由を言ったんだけど……後から思えば、それは私が馬鹿だった。うちのパーティーメンバーは新旧含め皆ノリが良くて、時々ぶっとんだ弄りをしてくるって事を失念していたんだから。

 

『……へぇ…』

「…え、ちょっ…い、今の『……へぇ…』って何?な、何だか凄く背筋が寒くなったんだけど…?」

「着替えするの?それならアタシが手伝ってあげる!」

「い、言うと思った…皆、少しREDの事不安だから捕まえといて──」

「ある程度回復してるとはいえ、イリゼはまだ怪我人。という事で皆、わたし達は出来ないから代わりに着替え手伝ってあげたらどうかな?」

「ちょぉっ!?な、何言っちゃってくれてるのネプテューヌ!要らないよ!?そんなの要らな…取り囲まれてる!?」

 

私がネプテューヌへ突っ込んでいた一瞬の隙に、皆は私の退路を塞いでいた。突っ込みで僅かに意識がネプテューヌへと集中した瞬間を狙って包囲をするなんて、流石皆……って違う違う!評価してる場合じゃないよ!そしてこんなどうでもいい事に才覚を発揮しなくていいんだよ皆!

 

「今のイリゼちゃんはちょっとした転倒も危険になるからね。わたしも手伝ってあげるよ」

「この展開は面白そう…じゃなくて万が一の事に備え、ブロッコリーも参加するにゅ」

「今面白そうって言った!?言ったよねぇ!?多分半分位の人は同じ発想でやろうとしてるでしょ!」

「あはは…時には長い物に巻かれるのもいいかもしれないね」

「ですね。あたし達も混ざってみよっと」

「……まぁ、私も参加しておこうかしら…」

「Wファルコムとケイブは半ば受動的じゃん!こんなセクハラ紛いの展開に同調圧力なんて感じなくていいんだよ!?私は辞退してくれた方が助かるよ!?」

「イリゼさん、大丈夫。わたし、身体も服も傷めず着替える事には慣れてるから」

「そりゃその格好ならそうでしょうねぇぇぇぇぇぇっ!」

 

服ボロボロ&インファイトスタイルでありながら破けて完全な下着姿になったりはしないという謎の技量を持つ鉄拳ちゃんに突っ込みを入れながら、私は視線を駆け巡らせる。最早完全に『イリゼをひん剥…着替えさせよう』モードの皆への説得は不可能。これを面白がってるネプテューヌと「あらあらうふふ」と言いたげに眺めているベールへ助けを求めるのも無駄。だとすれば頼れるのはもうノワールとブランしかいない。皆と同じくノリの良い二人だけど、同時に常識人キャラでもある二人ならきっと皆を窘め私を救ってくれる筈!

包囲網が狭まる中私は二人を見つめ、思いを乗せた視線を届ける。私の視線はこちらを向いていた二人にちゃんと届いて、二人はゆっくりと頷いてくれる。それを見た私は心からの笑顔を浮かべ、対する二人も私を安心させる様な微笑みを見せて────

 

「皆が優しくて良かったわね、イリゼ」

「私達は女神なんだから、人の好意は出来るだけ受け止めなきゃ駄目よ?」

「えぇぇぇぇっ!?…う、うぅ…こんな頭のネジが外れた好意、受け止められる訳ないでしょうがッ!これは最早優しさじゃ…ひぃっ!?」

 

今さっきの微笑みは何だったのか、私を上げて落とす為の罠だったのか。そんな裏切られた思いを声に乗せて叫ぶ私の腕が……遂に掴まれる。腕を掴まれ、着替えの服を確保され、皆に悪い顔で病衣へ手を掛けられる。

 

「…み、皆…顔が怖いよ…?」

『ふっふっふ……』

「顔だけじゃなくて声まで悪どい感じになってる!?…え、ち、違うよね…?これギリギリで『なーんちゃって』ってなるパターンだよね?ザブングルさんのネタ的な感じで最後は『なんてね!』って言ってくれるんだよね…?」

『ふっふっふっふ……』

「だからそれが怖いんだって!ねぇ!取り敢えずどっちか答えてよ!不明なのは怖過ぎるって!しかも事が事だから気持ち的に落ち着きようがない──」

「皆のものー!かかれーーっ!」

『おーーっ!』

「何故にネプテューヌが号令!?何故にそんな運動会みたいなテンション!?何故に……ひにゃぁぁぁぁああああ!せ、せめて優しくしてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

───そして、わたしは病衣を脱がされた。脱ぐのも着るのも自力ではさせてもらえず、着替え完了まで私は完全になすがままだった。……あ、なんか友好条約締結後の番組の事思い出した…あは、あの時も私揉みくちゃにされたんだっけ…。……で、強制お着替えが終わり、皆が後ろに下がった頃……

 

「ぐすっ…皆に、友達に身体を弄ばれた……」

 

……そこにいたのは、傷心の私でした。実際のところ着替えなんて数分に過ぎなかったけど…うぅ、私の心はブロークンだよ…。

 

「も、弄んだは表現として些か語弊があるだろう…」

「ないよ!100%どころか120%弄ばれたよ!弄びはされた方が弄ばれたと思ったら弄びなんだからね!」

「そ、そうなんだ…うん、確かにちょっとボク達も変な勢いになってた気はするけど…」

「イリゼさんやノワールさん達と皆でわいわい出来たのは久し振りだったから、つい…」

「う…そ、その言い方はズルいよ…はぁ……」

 

ぺたんと床に座り込んでいた私は、勿論皆に言いたい事が色々あった。…けど、今のでかなり体力を持っていかれたしもう時間的な余裕もあんまりないし、それに着替えはともかくそれ以外の事は私も楽しかったからどうしても怒る気になれず、私は脚を軽くはたいて立ち上がる。

 

「…えぇと…イリゼ、行くんですの?」

「行くよ、っていうかこんな展開にならなきゃ既に向かってるところだよ…もしこのタイムロスが原因で会議に遅れたら、流石に私も怒るからね…?」

 

これからまず私は道中に待っているであろう職員さんと合流して、その後会議室に向かう。職員さんの前で赤くなった顔は見せたくないし、道中で落ち着かないとなぁ…。

 

「あ、そうだイリゼ。貴女の参加する会議って内容はどういうものなの?」

「犯罪組織残党の制圧状況と、これまでの戦闘で各国の軍から出た要望の確認だよ…まさかこんな心境でこの会議に向かう事となるとは…」

『……何か、申し訳ない(にゅ・です)…』

 

十数分程前にも出た反応を見せた皆。あの時私は慌ててフォローしたけど……今はしない。

そんなこんなでやっと私は病室の扉をオープン。通りぎわに私の口から心の声が漏れていく。

 

「ほんとだよ……脱がされるし着させられるしブラのホック外されかけるし…」

『……え?』

「え……?」

 

 

『…………え…?』

 

……こうして、基本賑やかなこの病室の空気が凍り付くのでした。…セクシャルな事が絡む悪戯ってさ、当たり前だけど気を付けないとえらい事になるよね…(因みにその後、結構真面目に確かめてみた結果偶々指がホックに引っかかっただけ、って線が濃厚になった。……ガチでヤバい人がパーティー内にいなくてほんとにホッとしたよ…)。

 

 

 

 

 

 

 

 

……余談だけど、これが会議のワンシーン。

 

「ここ数日は向こうも戦力の再編に努めているようで、殆ど犯罪組織戦力とは会敵出来ておりません。その分民間への不安がなくなるという面もありますが…」

「現状維持ならともかく、今後も積極的に残党を狩るとすれば補給線が伸びる点が懸念事項ですな」

「あぁ、それについては遠方へ出撃した各部隊からも似た様な意見が上がっております。これはうちのMG部隊長からの提案ですが、中継基地兼母艦として戦闘艦を復活させるのも有りかと」

「補給線に、戦闘艦ですか……イリゼさん、この件について何かご意見はありますか?(´・ω・)」

「…………」

「……イリゼさん?(´・Д・)」」

「あ…あぁ、すいません。えー…戦闘艦に関しては友好条約との兼ね合いもありますし、要検討という事でどうでしょう?で、補給線ですが…私は現状維持でも構わないと思います。守護女神の四人が万全の状態になれば犯罪組織の中核を叩く事も進められますし、何より勝敗の決した後の戦いで死ぬ程無念な事もありませんからね。我々の目的は四ヶ国を脅かす存在を根絶やしにする事ではなく、平和を取り戻す事だという事をくれぐれも忘れないで下さい」

「イリゼ様……畏まりました。各部隊にもその旨をきちんと伝えるとします」

「はい、お願いしますね(うー…さっきの件がまだ頭から抜けない…)」

 

…えぇ、ちゃんと会議に参加しましたよ?何せ私は女神だからね。




今回のパロディ解説

・α世界線、β世界線
STEINS;GATEにおいて登場する、世界線の内の二つの事。メーカーキャラの設定を色々詰めていこうとするとかなりややこしくなるんですよね、大変なものです。

・けんぷファー
ライトノベル、けんぷファーの事。…さて、原作シリーズには男の娘キャラが出てくるのでしょうか…その内敵かサブキャラには出てくるのかもしれませんね。

・ザブングル
お笑い芸人コンビ、ザブングルの事。作中にて出したあのネタ、知っている方はいるのでしょうか?個人的にあのネタはかなり印象深かったりしています。


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第七十六話 退院と急用

平和で何事もない日常こそ幸せ。重い過去を背負ってたり、戦場というものを知っている主人公キャラはこんな事を言ったりするけど、それは結構間違ってる。世の中には争いを楽しむ人間だっているし、主人公キャラは何事もない日常というのをよく知らないか慣れていないからこそ勝手な幻想を押し付けているに過ぎない。…と、某御道君みたいな事を言い出した(考え出した)のは、私がずっと入院しているから。幾ら色々用意してもらったり連日人が来てくれたりするからって、本能的な好戦性を持ち何気にそこそこ普通の生活を知らない事もない(と思われる)私やネプテューヌ達にとって、入院生活というのは……流石に、飽きる。

 

「ねービーシャー、入院をわたしと変わってくれないー?」

「それは色々と無理だよねぷねぷ…」

 

ビーシャに無茶…というか意味不明なお願いをするネプテューヌ。今私達のいる病室には、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の四人がお見舞いに来てくれていた。

 

「ノワールさんノワールさん、お腹空いてませんか?喉は乾いてませんか?今なら私が何でもしてあげますよ?」

「だ、大丈夫よケーシャ。気持ちだけ受け取っておくわ…」

「いやー、前に来た時よりも包帯の巻いてある面積が減ってるね。順調に回復してるみたいでアタシは安心したよブランちゃん」

「心配していてくれてありがとう。けど、ちゃん付けは止めて頂戴…」

「…………」

「相変わらず貴女は無愛想ですわねぇ…」

 

四人はそれぞれ交流が深い相手…つまりは担当国の女神と談笑中(リーンボックス組はエスーシャがそこまでお喋りじゃないからか、談笑してると言えるか微妙だけど)。だから私は教祖の四人が来た時と同じくちょっと会話に入り辛い感じだったけど…別にそれで凹んだりはしない。そんなずーっと一対一で話してる訳じゃないし…他の日ならともかく、今日の私は気分が良いのだから。

 

「えっと、あの本はどこに入れたんだったかな…」

「うん?イリゼちゃんは荷物を整理しているのかな?」

「そうだよ。何でだと思う?」

「…今日退院出来るから、だろう?」

「うっ…ま、まさか即正答に辿り着かれるとは…しかもエスーシャが返してくるとは…」

「エスーシャは積極的に話すタイプじゃないけど、別に会話が嫌いって訳でもないからねー。それで、ほんとにイリゼは今日退院なの?」

「本当だよ。まだ完治した訳じゃないし、退院しても暫くは戦闘どころか軽い運動も駄目だって言われてるけどね」

 

怪我の回復速度が異常な程速いから、という事で私達は毎日コンパや医師の方に状態を診てもらっているんだけど…つい昨日、私に退院許可が降りる事となった。…あの時の皆の羨ましそうな顔、写真に撮っておきたかったなぁ…。

 

「それは良かったですね。ノワールさんはいつ位になりそうですか?」

「そうね…まだちょっと分からないわ。もう大方治ってるとは思うんだけど…」

「病気と怪我は治りかけが肝心、何かあってもわたし達がいるんだから焦っちゃ駄目だよ?」

「おー、珍しくビーシャが真面目な事言ってる〜」

「む、ねぷねぷよりは真面目だもーん」

 

やはり会話はどうしても同郷組中心のものに収束してしまう。…これって皆もまた、ネプテューヌ達の帰還を友達として待ち望んでいたから…なのかな。ビーシャがネプテューヌと仲良いのは知ってるし、シーシャもブランの事は好意的に見ているみたいだし、エスーシャも…ベールと仲良いのかどうかは分からないけどわざわざ来てくれたんだからそれなりの理由がある筈だし、ケーシャはなんかちょっと……いやかなり食い気味だけど、好感情持ってるのは間違いないし、ね。

 

「……私も国を持つ女神だったら、こうして教祖や黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の人と仲良く出来てたのかな…」

「どったのイリゼ?しんみりモード?」

「あ、いや別にそんな事はないよ。ただちょっとIFを想像してただけ」

『え、アイディアファクトリー社を(ですの)?』

「なんで今の流れでアイディアファクトリー社の事になると思ったの!?というかそこはせめてアイエフじゃない!?なんで元ネタの方いっちゃったの!?」

 

私も自分で言いつつ「アイエフと間違えられるかなぁ…」とは思ったけど、まさか会社の方が出てくるとは思わなかった。ぼ、ボケにしても突飛過ぎる……。

…と、そこで片付けの手を止めてしまっていた事に気付いた私。皆の会話に混ざったり混ざらなかったりしながら片付けを続け……無事、お迎えのコンパとアイエフがやって来る前に病室を後に出来る状態へ至る事が出来た。

 

「失礼しますです〜、イリゼちゃんお片付けは出来たですか?」

「あら、今もお見舞いが来てたのね」

 

もう私は歩くだけなら問題なく出来るし、止められてるからやってないけど走る事も出来る…気がする。だから私は一人でも帰れるんだけど……それは許してもらえる筈もなく、こうして二人が来る事になった。…絶対参加するって言った定期集会には何とか退院を間に合わせられたけど、これだと集会行くのにも誰か付き添いを用意されちゃいそうだなぁ…。

 

「さて…それじゃああたし達もそろそろお暇しようか」

『えー……』

「帰りたくないならそれでもいいんじゃない?その場合仕事が滞って、それが回り回ってこの四人に心労をかける結果になるかもしれないけどね」

「うっ…シーシャ酷い…」

「いやいやあたしは事実を述べただけだから。因みにエスーシャ、君は…」

「興味ないね」

「言うと思ったよ…それ単体だと何に対して興味ないのかさっぱりだけどね…」

 

帰りたくなさそうなビーシャとケーシャを窘め、全員が予想していた通りの言葉を放ってきたエスーシャへ突っ込むシーシャ。自らお姉さんキャラを前面に出してる彼女は自然と黄金の第三勢力(ゴールドサァド)のまとめ役になってしまっているらしく、今日も大変そうだった。…シーシャのブラン『ちゃん』弄りはストレス発散が目的の一つだったりして…。

 

「名残惜しいですけど…ノワールさんに心配かける訳にはいきませんもんね。ノワールさん、私また来ますからね?」

「例え戻ってきてもいつまでも入院中じゃ意味がない。早く復帰出来るよう安静にしている事だね、ベール」

「貴女達も仕事頑張って。…それとシーシャ、民間の人が無理に犯罪組織へ仕掛けようとしないようギルドでも気を付けておいてくれるかしら?」

「そのつもりだよ。支部長としてきっちり気を付けるさ」

「じゃあね、ねぷねぷ。退院出来たら一緒に遊ぼうね!」

 

私達の見送りを受けながら、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の四人は病室を立ち去る。そして……その後は、私の番。

 

「…もう数日滞在したって構わないんだよ?」

「もう十分滞在したから遠慮するよ、というかネプテューヌが決める事じゃないし…」

「イリゼがこれからどれだけ仕事をするのかは貴女の勝手だし、既に再三言われてるだろうけど…退院明けだって事は考えなさいよ?自分の体調もきちんと認識出来ないようじゃ、信仰してくれてる人への規範にならないもの」

「お堅い言い方しますのねぇ…シンプルに『いのちだいじに』とでも言えばいいですのに」

「はは…再三言われてるから分かってるよ。…というか、私ってそんな危なっかしく見える?」

『見える』

「即答&六人同時!?……うぅ、私心の傷で再入院が必要になるかも…」

 

やっと物理的な傷が退院出来るレベルにまで回復したと思ったら、今度は精神的にばっさりやられてしまった。むむ…もし完治してたらバスタードソード振り回して抗議してたところなんだからね!その場合でも当たったら危ないからそこら辺気を付けはするけど!…多分!

 

「ほら、しょげてないで行くわよ」

「しょげさせた側が言わないでよ…じゃあ皆、私も出来る限りお見舞いに来るから、皆も早く身体治すんだよ?」

「えぇ。…と言っても意識的にどうこう出来る事ではないけど…」

「それならちゃんと休んで、ちゃんと食べて、ちゃんと寝るのが一番ですよ。リハビリだって無理にやったら逆効果になっちゃうですからね」

「はーい。よーしそれじゃあ皆、わたし達もイリゼに続けるよう頑張るよー!」

『だから回復は頑張る云々じゃないん(だって・ですわ)…』

 

そんなこんなで、私は退院する事になった。……実を言うと、私だけ先に退院する事に申し訳ない気持ちがあった(申し訳なく思わなきゃいけない理由なんて微塵もないんだけど)んだけど、結局最後まで平常運転のままな皆の声を受けているとその気持ちも薄れてくれた。…さ、これでやっと自由に動き回れる事になったんだから、やりたい事もやるべき事もこれから進めていかなきゃね。

 

 

 

 

「ライヌちゃん、見て見て。また写真増えたんだよ〜」

「ぬらー?」

「この人達皆私を信仰してくれてる人達なんだよ?もう、なんか最近『Knight of Lord Origin』だとか『オデッセフィア協会』だとか変な組織名考え出しちゃってさ〜…私の事思ってくれるのは本当に嬉しいけど、あんまり本格的な組織になられても私としては戸惑っちゃうんだよね…」

「……ぬら?」

「あ、因みに教会じゃなくて協会らしいよ?…って、ライヌちゃんはこんな話されても困っちゃうだけだよね」

 

膝の上に乗せたライヌちゃんに、携帯で撮った写真を…今日参加した私の信仰者さん達による集会(という名のプチパーティー)で撮った写真を見せて話す私。ライヌちゃんがどこまで理解しているか分からない…もしかすると写真そのものをまずよく分かってないのかもしれないけど、私はライヌちゃんとこうしてお喋り出来ればそれでいいんだから問題無し。

 

「今日もライヌちゃんの身体はぷるんぷるんだね〜、はー…癒される…」

「ぬらぬらぁ〜」

 

入院中、色んな人がお見舞いに来てくれたけど…ライヌちゃんは『医療施設に凶暴では無いとはいえモンスターを入れる訳にはいかない』…という事で病室に呼ぶ事が出来ず、また暫しの間一人(一匹)ぼっちにしてしまっていた。…だから、その分の埋め合わせをしてあげなきゃだよね。抱っこしてあげたり遊んであげたりお菓子あげたりして、寂しい思いさせちゃった分喜ばせてあげないといけないよね。うんうん、その過程の中で私が癒されたりしてもそれは副次的なものであって、決してそれ目的で今抱き上げた訳では……

 

「イリゼさん、おりますか?( ´ ▽ ` )ノ」

「はわぁっ!?」

「ぬらぁ!?」

「イリゼさん!?∑(゚Д゚)」

 

ライヌちゃんと戯れてる最中に人が来るのはもう何度目か。ただ何度目であろうと戯れてる最中は物凄く気の抜けてしまう私にとって、来客は半ば奇襲のようなもの。だから今回も私は驚いて、ライヌちゃんをかなり強く抱き締めて…いや締め上げてしまった。

 

「あぁっ!?ら、ライヌちゃんごめんね!後その声イストワールさんですよね!?ど、どうぞ!」

「あ、はい……今来るのはご迷惑でしたか…?(´-ω-`)」

「そ、そんな事はないです…ちょっと驚いちゃっただけで…」

 

一瞬瓢箪みたいになってしまったライヌちゃんをベットに降ろし(離したらすぐ身体が元に戻ってくれた。…良かったぁ…)、胸に手を当てて落ち着かせながら扉を開ける。…ライヌちゃんと戯れてる時は奥の部屋使おうかな…それなら廊下から聞こえる音も小さくなってここまで驚きはしないだろうし…。

 

「それならいいですが…ではお邪魔しますね(。・ω・。)」

「ぬら?ぬら〜」

「こんばんは、ライヌさん。またイリゼさんと過ごせるようになってよかったですね(*^▽^*)」

「ぬらぬら、ぬらー!」

 

イストワールさんの声に反応したライヌちゃんがスライヌ流(?)の挨拶をし、イストワールさんもライヌちゃんへと言葉をかける。お世話を頼んでいたからか、それとも背格好の関係で怖くないのか、ライヌちゃんはイストワールさんに対してもう殆ど警戒しないようになっていた。

 

「…旅の間もそうでしたが、本当にライヌちゃんのお世話を引き受けて下さりありがとうございました」

「いえいえ、ライヌさんは暴れませんしご飯も普通に食べてくれましたから楽なものでしたよ。…偶に寂しそうな顔して鳴いている事はありましたけど…(><)」

「そうだったんですか…ライヌちゃん……」

 

不思議そうな顔をして会話を見つめているライヌちゃん。今はなんて事なさげな顔をしているライヌちゃんも、不在の間はやっぱり寂しく思っていたんだと知ると私の心はきゅんとしてくる。…ライヌちゃん、後でまたぎゅーってしてあげるからね。

 

「…こほん。それでどうしたんです?…犯罪組織に何か動きがあったんですか?」

「いえ、そうではないんです。…あ、いや…全くもって無関係という訳でもありませんが…~_~;」

「…と、言いますと…?」

 

イストワールさんを中に招きつつ、早速要件についての会話をスタート。他の人なら椅子を勧めるけど…普段浮いてる&本に座ってるイストワールさんに勧めても「あー…えっと…」みたいな空気になってしまうから今回は無し。

 

「一先ずかいつまんで説明すると…今、とある浮き島である生物の大量発生が起きてしまっているんです。それで調査と必要ならば駆除を行ってほしいというクエストがギルドに持ち込まれたのですが…」

「ですが…?」

「…その浮き島は、犯罪組織の残党が潜伏している可能性があるんです( ̄^ ̄)」

「だから教会にクエストが移された…って訳ですか…」

 

信次元ゲイムギョウ界は主に四つの大陸によって成り立ってる世界だけど、四大陸の他には何もないって訳じゃない。現在は繋がってる四大陸の外側にも大小様々な浮き島があって、そこは未開の地だったりある程度開発がされていたりして個々の差が大きいけど…普通の人は勿論女神であっても距離があってすぐには行けないから地域としての危険度は高めになっている。それだけでも受注制限は出るだろうし、そこに確率はどうあれ犯罪組織残党の潜伏すらあり得るとしたら…私のところにまでそのクエストがきてもおかしくはない。

 

「…でも、よく大量発生が判明しましたね。そこって小規模な町が出来ていたりする島なんですか?」

「そうではありません…が、イリゼさんにとっては覚えのある島ですよ( ̄∇ ̄)」

「覚えのある島…?」

 

これまでの旅の中で浮き島に行く事なんてまず無かったし、実質的には四ヶ国の外である浮き島なんて特務監査官として出向く事も無かった私にとって、浮き島なんてどこも身に覚えなんて……

 

「……って、もしや…」

 

私は浮き島とはほぼ無縁の女神。…けど、一ヶ所だけ確固たる目的を持って行った島が、よく覚えてる場所があった。そして、その場所を思い浮かべながら口を開くと……イストワールさんは、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

発明というのはトライアンドエラー。どんなに知識と思考力がある人でも一度の試作で100%の完成品を作る事なんてまず無理だし、逆に実際に作ってみた結果想定していなかった利点や長所に気付く事だってある。複製とか簡易的な改造とかならともかくこれまでになかった物を創り出すのが発明なんだから、これまでにあった事柄の知識と思考力だけじゃ分からない部分が生まれるのは当たり前の話だよね。で、その中で新しい事を知ったり判明した問題をなんとかしようとするのも、物作りの楽しさだって思うな。

 

「ユニちゃん、さっきのマイナスネジを取ってくれないかな?後油もお願い」

「マイナスネジと油ね、はい」

「ありがと。……あ、ボタン型電池近くにある?」

「はいはい、ボタン型電池ね」

「うんこれこれ。…えっと、ここはまだどうこうしない方がよさそうだから…これ置いておいてくれる?」

「…アンタ、人使いが荒いわね…」

「あ…ご、ごめんねユニちゃん…集中しててつい…」

 

現在わたし達女神候補生四人は『魔術式即応充電器(仮)』の開発中。だからわたしの部屋とわたしとお姉ちゃん共用の部屋は今、その新充電器の試作工房になっている。

 

「ついで顎で使われちゃたまらないっての…ロム、ラム、そっちはどう?」

「どーもこーもないわよ…」

「魔導具づくり、たいへん…」

 

初めわたし達は、電撃魔法をそのまま充電器に流してゲームの充電を出来るようにしようとした。けどそれってつまりは電撃魔法を充電器に撃ち込んでるのとあんまり変わらなくて、そんな事をしたらロムちゃんとラムちゃんの体験談と同じく電撃で壊れちゃう可能性が高い。…と、いう事で充電器には電撃魔法を充電に適したパワーまで調整する為の魔導具を組み込むという事になった。でも…そっちは難航してるみたい……。

 

「…今回の魔導具って、前に説明してくれた魔法のブースト型でも魔法内包型でもない、言ってみれば魔法を弱める魔導具よね?それってほんとに作れるの?」

「たぶん、できる…でも、とってもむずかしい…」

「じゅうでんきの中に入って、ちょうせーしたでんげきをきかいにうつせるように、ってじょーけんがなければもうちょっとらくだと思うけど…」

「その条件クリア出来なきゃ意味ないでしょ…」

「わかってるわよ!しゅーちゅーしてるんだからはなしかけないでよね!」

「あ、うん…悪かったわね…」

 

普段ユニちゃんはよくラムちゃんをからかったりするんだけど、ここのところはあんまりそういう姿を見せない。最初はそれを「ユニちゃんだって四六時中からかってる訳じゃないもんね」と結論付けていたわたしだったけど……

 

(……遠慮、しちゃってるのかな…)

 

充電器作りはわたしとロムちゃん、ラムちゃんはそれぞれ得意分野(わたしなら工学部分、二人なら魔法部分)がそのまま活かせる開発だけど、ユニちゃんはそうじゃない。勿論ユニちゃんだって役目はあるし今だってわたしはユニちゃんの手を借りてるんだけど……ユニちゃんからすれば、自分だけ『必要不可欠な人員』じゃない…って思ってるかもしれないって思うようになってきた。

…でも、どうしたらいいか分からない。一番楽なのはユニちゃんの長所を活かせる銃要素を組み込む事だけどそんな事をしたら発明が一気に物騒なものになっちゃうし、今はまだわたし達三人が暴走や脱線をしてないからストッパー係としての仕事もさせてあげられない。もしかするとこれがわたしの思い過ごしで、心配する事なんてなんにもないのかもしれないけど…それでもわたしは気になっちゃう。……部屋の扉がノックされたのは、そんな事を思っていた時だった。

 

「あ…ネプギアちゃん、だれか来たよ…?」

「みたいだね…はーい」

 

機材を置いて、扉の前へと動くわたし。誰だろうなぁ…と思いつつ開けてみると、そこにいたのはイリゼさんだった。

 

「今時間大丈夫?…って、これは……」

「あ、あー……気にしないで下さい!休暇の有効活用をしていただけですから!」

「ず、随分とエキセントリックな有効活用方法だね…じゃあ今は来ない方がよかった?」

「いえ、大丈夫ですよ?皆もいいよね?」

 

そう訊くと三人は頷いてくれたから、わたしは「散らかってますが…」と前置きしつつ扉前から退いて道を開ける。始めてから結構時間経ってたし、人も来たんだからちょっと休憩にしようかな。

 

「……片付けはちゃんとやらなきゃ駄目だよ?ネプテューヌが退院するのもそう遠くはないんだしさ」

「そ、そうですね。気を付けます」

「うん。…で、さ…ちょっと言い難い事なんだけど…」

『……?』

「…明日、クエストをお願いしてもいいかな…?」

「それって…」

 

頬をかきながら、言葉通り言い難そうな顔でイリゼさんは言う。その言葉を受けて、わたし達は顔を見合わせる。…休暇中のわたし達に、そこそこ急なクエスト依頼って……

 

「…まさか、犯罪組織に動きが?」

「私と同じような事言うねユニ…犯罪組織に動きがあった訳じゃないよ。でも犯罪組織の危険性が少なからずあるから、教会にそのクエストがきたんだよ」

「ふーん…でもわたしたち、今お休み中よ?」

「うん、知ってる。だから私としては四人の代わりに私が行ってきたいんだけど…」

「そ、それは駄目ですよイリゼさん!身体に悪いですし、コンパさんに怒られちゃいますよ!?」

 

先日無事退院出来たイリゼさんだけど、コンパさんはまだ静養が必要だって言っていたし、実際まだ何ヶ所かイリゼさんの身体には包帯が巻かれている。そのクエストの内容がどういうものなのかはまだ知らないけど…女神として静養が必要な人にクエストをやらせる訳にはいかないよ!

 

「ネプギアの言う通りです、イリゼさん。イリゼさんがクエストをするって言うならアタシ達が止めますよ?」

「でも、そうなると四人に頼むしかなくなるんだよ?犯罪組織潜伏の可能性があるから民間に任せる訳にはいかないし、国外だから軍もおいそれとは展開させられないし、コンパやアイエフ達は明日すぐじゃどうしても時間が合わないみたいだし…」

「いいんですよ。わたし達だって何かあったら頼むって言われてますし、自分が休みたいからって困っている人がいるのを見て見ぬ振り、なんて出来ませんから」

 

休暇を返上してクエスト、というのは勿論嬉しい事じゃない。でも…それ以上にわたしは誰かに無理をさせたり、助けを求められてそれを無視する事の方が嫌だしやりたくはない。嫌だし、やりたくないし……何より、そんなの女神じゃないもんね。

 

「……三人は、どう?」

「アタシだって構いません。毎日休んでいたら身体も鈍っちゃいますし」

「わたしも、やる…」

「ま、一日でおわらせちゃえばそのあとはまたお休みでいいんでしょ?だったらぱはっとおわらせちゃえばいいじゃない!」

「…ほんとに悪いね、四人共。そのクエストが終わったらクエスト報酬とは別に私も何か用意しておくから、皆頑張って」

 

流石にご褒美で簡単に釣られる程子供じゃない(ロムちゃんラムちゃんはちょっと目を輝かせていた)けど、そう言われるとやっぱりちょっとやる気がプラスされる。…でも、何を用意してくれるんだろう…まさか現金じゃないよね?現金は貰えて困る物じゃないけど、凄く雰囲気が微妙になりそうだし…。

 

「それで、クエストの詳細は…」

「だよね。皆、前にバカンスへ行った浮き島覚えてる?あそこに大量発生した生物調査の為の捕獲と必要であれば撃破するのが目的だよ」

「バカンス……あ、でっかいスイカきった時の?」

「そうそこ。戦闘には参加しない…というかさせてもらえないだろうけど私も同行するし、細かい事は私に任せてくれれば大丈夫だよ。イストワールさんがまず私に話をしてきたのも、それが理由だろうし」

「あ、いーすんさんからの話だったんですね」

「それで、多分一番気になってる『何が大量発生しているのか』なんだけど…」

 

そこで一度言葉を区切り、わたし達を見回すイリゼさん。それが何の理由でもってかは知らないけど、それが絶妙な間になってわたし達はほんのりと緊張をし始める。あそこは林と水辺がメインの浮き島だから、やっぱり水棲か森林に住むタイプの生物かな?でも突然の大量発生なら普通はいない生物なのかもしれないし、もしかしたらモンスターなのかもしれないし…うぅ、考えてたらもっと気になってきちゃった…。

 

「…皆、心の準備はいい?」

「え、心の準備が必要な対象なんですか…?」

「ある意味、ね。……」

「ちょ、ちょっと…早くいってよ…」

「皆に相手してもらいたい生物、それは…」

「…………(どきどき)」

「それは……」

『…………』

 

 

 

 

 

 

「…………タコさんです」

『…………はい?』

 

──という事で、わたし達は明日浮き島に行ってタコさんを何とかする事に。…タコさんって…は、反応し辛いです、イリゼさん……。




今回のパロディ解説

・某御道君
双極の理創造の主人公が一人、御道顕人の事。なんとシモツキさんの作品をパロらせて頂きました!……と、やってみてちょっと恥ずかしくなっているシモツキです。

・アイディアファクトリー
本作の原作シリーズの開発元の一つである、株式会社の事。こちらもアイエフも略すとIF…まぁアイエフはアイディアファクトリーを縮めているので当然なんですけどね。

・いのちだいじに
ドラゴンクエストシリーズにおける、味方への命令の一つの事。いのちだいじに、はその前に『戦闘中』が付くと思うので、正確にはこの時のイリゼに合いませんね。


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第七十七話 浮き島での出来事

「よーし、捕まえた!これで十匹目!」

「わたしも十匹め!まけないわよ、ネプギア!」

「こ、これは勝負じゃないよラムちゃん…」

 

暖かい…というよりちょっと暑い日差しを受けて、キラキラと光る海。その海の中で水着を着て、タコを捕まえるわたし達女神候補生。

 

「…にしても、タコっていうからもうちょっと気持ち悪いかと思ったけど…これならカラフルで可愛いかも」

「うん、かわいい…」

「確かに気持ち悪さはあんまり無い…って、こら!な、何水着に引っ付いてるのよ!離れなさい!」

 

捕まえたタコを運ぶわたしに、競争気分ではしゃぐラムちゃんに、一匹一匹丁寧に捕まえるロムちゃんに……何故か一人だけタコに逃げられないどころかむしろくっ付かれてるユニちゃん。

 

「あ、そっちにもう一匹いったー!」

「え…きゃあぁぁぁぁっ!だからくっ付くなってぇぇぇぇ!」

「本当に凄い数だなぁ…網の上に乗せたり、同じ色のを四つ並べたり、パズルみたいに一筆書きで並べたりしたら消えないかな?」

「アタシの状況に興味無し!?うわ、また一匹来た!」

 

三匹のタコにくっ付かれてユニちゃんは大騒ぎ。そういえば前ここに来た時はイリゼさんがすっごく元気になってたし、ユニちゃんも同じ感じなのかな?

 

「わ…ユニちゃんのところに、どんどんタコさん来てる…」

「嘘でしょ!?きゃっ、わ、そんなに来ないで…いやぁぁぁぁぁぁ!」

「うわー、すごい。タコのハンギャクだー!」

「…ユニちゃん、タコにもてもて」

「あ、アンタ達まで…だったらいいわよもう!こんな奴等、ビームの照射で焼き払って…」

『え…こんな(可愛い・かわいい)タコさんに、そんな(酷い事・ひどいこと)するの…?』

「アンタ達はどっちの味方なの!?そんな事言うなら…助けなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

 

イリゼさんからクエストを頼まれた日の翌日。言われた通りの荷物を持ったわたし達は、大量発生の原因調査を行う人達に先行する形で浮き島へと向かっていた。

 

「イリゼさん、確認ですけど…アタシ達は調査の人達の有無に関わらず、クエストを遂行すれはいいんですよね?」

「そうだね。調査の前にそれが安全に出来る状況を作るのが今回の目的なんだから、早めにこなしちゃう分には問題ないよ」

「じゃあ、到着したらすぐ始めてもいいんですね?」

「勿論。何ならユニは島に降りずに空中から狙撃してもいいよ?」

 

先行するのはわたし達四人とイリゼさん。イリゼさんはまだ万が一の可能性があるから、という事で色んな人から女神化を止められていて、今はわたしにお姫様抱っこされていた。…わたしにお姫様抱っこされて恥ずかしがるイリゼさん、ちょっと可愛かったなぁ…。

 

「…あ、見えてきた!タコがいるのってあそこよね?」

「そうだよ、取り敢えず到着したらネプギアは私を砂浜に降ろしてくれるかな?」

「分かりました。…って、あれ…?…なんか海にボールみたいなのが沢山浮いてる…」

「ほんとだ…あれ何かな…」

 

浮き島やそこにある林と同時に見えてきた海。前にお姉ちゃん達と一緒に来た時の事を思い出したわたしはちょっと懐かしい気持ちになって…そこで、海にカラフルな何かが大量に浮かんでいる事に気付いた。一体なんだろうと気になったわたしは、同じくそれに気付いた皆(イリゼさんは女神化してないからかまだよく見えてない様子)と共に目を凝らしてみると、島へ接近している事もあって段々ボールっぽい物の全容が分かってくる。

最初ボールの様に見えた球体は、よく見ると顔みたいな部分とぴょこっと生えた手、又は足みたいなものがあった。顔みたいな部分の一部、口に該当するものはすぼめたみたいになっていて、ぴょこっとしたものは頭から直接生えてるみたいで、しかもそれは八本あって…………って、これまさか……

 

『……タコ(さん)!?』

 

赤に青に黄色に緑。どれもタコの体色としては明るい色合い過ぎる気もするけど…外見情報は間違いなくわたし達の目的である、蛸のものだった。……けど、今見えている蛸…いやタコは、あまりにも普通とかけ離れている…というか、ファンシー過ぎる。

 

「え、蛸?あのカラフルなのが?…いやいや、お風呂で使う玩具じゃあるまいしそんな事……タコ!?」

「ど、どうしましょう…どうします…?」

「そ、そうだね…一旦砂浜に降りて、近くで確認してみようか…」

 

視力の関係でわたし達に遅れて反応したイリゼさんの指示を受け、わたし達は動揺しながら砂浜に着地。…で、言われた通り砂浜からじーっと見て……

 

「……近くで見ても、タコですね…」

「タコね…」

「タコだと思う…」

「タコさん…」

「…全会一致で、タコだね…」

 

──マスコットみたいな見た目のタコは、やっぱりタコでした。

 

「…えっと、このタコが目的のタコ…よね…?」

「だと、思うけど…」

「うーん…まぁ、このタコを相手にすればいいと思うよ。仮に依頼者側で想定していた目的が別だったとしても、このタコだって大量発生という見過ごせない事態になってるんだしさ」

「よーし、じゃあさっそくやっちゃうわよ!」

「クエスト、がんばる…!」

 

想定していたのとは全然違うし、今日の朝お姉ちゃんに電話した時言われた「タコ?あーそれはサービス回だね!多分キャラ的にまずユニちゃんとラムちゃん、続いてイリゼが巨大タコに捕まる可能性が高いから、ロムちゃんと協力してタコを倒すんだよ!それとポロリは絶対駄目!すぐポロリする安い女には絶対なっちゃ駄目だからね!」…ってアドバイスも役に立ちそうにないけど…まぁそれはそれ。お仕事なんだから、しっかりやらなきゃ!

 

「皆、まずはここからの面制圧で数を減らすよ!」

「えぇ、射撃で嫌な感じのないタコを…」

「魔法でぬいぐるみみたいなタコを…」

「こわくないタコさんを…」

 

 

『…………』

「……皆?」

「……う…」

「う?」

『──(撃・う)てませんっ!』

「えぇぇ!?」

 

わたし達は武器を向け、狙いを定め、タコ達を見据えて……断念した。だ、だって…だってあのタコ達つぶらな瞳をしてるんですよ!?ラムちゃんの言う通りぬいぐるみみたいなんですよ!?ゆらゆらと波に揺られてたり、タコ同士でぶつかって『(><)』みたいな顔してたりするんですよ!?タコが想像通りの見た目だったり、襲ってきたりするなら戦わなきゃって気持ちにもなるけど……これは無理だよぉ!

 

「くっ…撃つのを躊躇うなんて、アタシはいつの間にこんな甘くなったというの…!?」

「うぅ、こんなタコをいっぽーてきにたおしたら今日ゆめに出てきちゃうわよ!」

「イリゼさん、あのタコさんたち…たおさなきゃだめなの…?」

「あ、あぁ…そういう事ね……」

 

武器を下ろして頭を振ったり、イリゼさんを見つめたりするわたし達。幾ら引き受けたとはいえ、わたし達は感情を無にして戦う事なんて出来やしない。仮に出来たとしても…間違いなく、後味悪い終わり方になってしまうとわたしは思う。

そしてそれはイリゼさんも分かってくれたみたいで、数秒考えた後わたし達へと提案をしてくれる。

 

「…じゃあ、全部捕まえるって方針に変える?ただ倒すより時間はかかると思うけど…」

『そっちに(します・する)!』

「く、食い気味に答えるね…それならまずは網を使おっか。ロムちゃんラムちゃん、用意してきた網を広げてもらえる?」

 

イリゼさんに言われ、二人は一人じゃとても持てない…それこそ船での漁業で使うようなサイズの網を広げる。それはプラネテューヌを出る前に用意してきた道具の内の一つで、いくつかある道具をイリゼさんを運ぶわたし以外の三人が持ってきていた。

 

「んしょ…これでいいの…?」

「いいよー。…うん、このサイズならいけそうだね…ネプギア、ユニ、二人は水中でも動ける?」

「水中で、ですか?…多分、いけると思いますけど…」

「泳げるのでアタシも大丈夫だと思います。…もしかして、四人で潜って下からタコを掬い上げるって寸法ですか?」

「それでもいいけど…私は二人には水中、ロムちゃんラムちゃんには空中から動いてもらうのを考えてるよ。ロムちゃん達を潜らせるのはちょっと不安だし、これなら底引き網漁業を手本に出来るからね」

 

漁業については人並みの知識しかないわたし達だけど…底引き網、と言われればイリゼさんがどういう方法を提案しているのか伝わってくる。…あれ、でも底引き網漁業って……

 

「…それって、実際には下で網引っ張る人はいませんよね…?」

「実際には重り使ったりそもそも専用の網だったりするからね。けどそれは無いし、それより女神のパワーで一網打尽にしちゃう方が楽だと思うよ。…まぁ、やるかどうかは負担の大きい二人に任せるよ」

「…いいわよね?ネプギア」

「うん、これが一番効率良さそうだもんね」

 

わたしとユニちゃんは顔を見合わせ、こくんと頷き合う。確かにロムちゃんラムちゃんよりわたし達の方が大変ではあると思うけど…やるのを躊躇う程じゃないもんね。

タコ捕獲の方法を決定したわたし達は、ロムちゃんラムちゃんと一緒に捕獲の手順を聞いて早速実行へ。

 

「二人共、もし苦しくなったら一旦網を離して出てきちゃえばいいからね」

 

網の四方をわたし達は持ち、ロムちゃんラムちゃんは空、わたしとユニちゃんは水中へ。腰まで水に浸かったところでイリゼさんが声をかけてくれて、それにわたし達は首肯する。首肯して、深呼吸。深く息を吸って、肺の中に出来る限りの空気を取り込んでいく。

 

(……よし)

 

しっかりと息を吸って、ユニちゃんへ視線で合図を送ったわたしは水中へ。わたしとユニちゃんの動きに合わせてロムちゃんラムちゃん達も動き出して、広げられた網はタコを巻き込み始めていく。

 

(よっ…と……)

 

頭まで水に浸かってから数秒後、浮力で脚が離れたわたしとユニちゃんはそのまま歩行から遊泳に移行。勢いでタコが逃げたり網の外に出たりしないよう、ゆっくりと前へ。イリゼさんは苦しくなったら…と言ってくれたけど、まだまだ全然苦しさはない。

息継ぎ無しの水中遊泳なんて、普通の人なら一分か二分、訓練した人でも五分前後出来るかどうからしいけど…女神の肺活量ならそれを軽々と超えられる。それに極論女神はシェアエナジーさえあれば何とかなる身体だから、ここで息を吐いて肺を空っぽにしちゃっても多分大丈夫。…お姉ちゃん達は手術後(というか捕まって以降)初めての食事を感極まってそうな位喜びながら食べてたし、『呼吸をシェアで賄う=苦しくない』…なんて保証もないからやらないけど…。

 

(……きた…!)

 

慎重に、確実に網の内側はタコを巻き込んでいって…そして遂に、上へと引っ張られる感覚が網から伝わってくる。……それは、巻き込めそうなタコはもう全て巻き込んだという二人からの合図。

合図を感じ取ったわたしとユニちゃんは、水を蹴り翼も展開して一気に浮上。網をしっかりと掴んだまま水上へと飛び出てそのまま空へ。

 

「うっ、きゅーにおもい…」

「ロム、ラム、落っことすんじゃないわよ!」

「う、うん…!」

 

ラムちゃんの言う通り、それまで浮いてたタコがまとめて載った事で一気に網は重くなる。…けど、その網を持っているのは女神化しているわたし達。水中から引き揚げた瞬間こそずっしりときたけど……慣れてしまえば四人で十分持てる重さだった。

 

「イリゼさーん!成功しましたー!」

「見えてるよー!……にしてもこうして見ると凄いね!引く程網の中でタコがぎっしりしてるよ!」

『……(確・たし)かに…』

 

偶にやってるお菓子とか野菜のセルフ袋詰め並みにぎっしりとなったタコ達は、ある意味圧巻の姿だった。……し、下の方にいるタコは潰れてたりしないかな…?

 

「…で、これどうするのかしら…」

「そうだね…これはどうしますかー?」

「じゃあ砂浜に持ってきてー!それか四人がもう暫く頑張ってくれるならそこで持っててもいいよー!」

「…だって、ユニちゃん持ってる?」

「嫌に決まってるでしょ…砂浜行くわよ」

 

と、いう事でわたし達は捕らえたタコを砂浜へ空輸。逃げられないよう砂浜の奥側まで移動して、網と共にゆっくり着地。すると当然橋の方にいたタコは外側へと転がっていって……カラフルなタコの山が完成した。

 

「…これだと何かのモニュメントみたいだね…」

「それで、つぎはどうするの?まだタコのこってるわよ?」

「そうだね。残ったタコは…数的に網はもう非効率だろうし、手掴みでどう?…あ、でもタコの手掴みは女の子として嫌だよね…」

「…そうでもないと思いますよ?このタコ、触り心地そんなに悪くないですし」

 

蛸といえばぐにゅぐにゅぬるぬるで触りたくない触感…ってイメージがあるけど、このタコの見た目からはそれを感じない。で、試しに突いてみたら…すべすべで適度な弾力のある、むしろどっちかといえば触りたくなる触感だった。感覚的にいえば、普段のライヌちゃんに近いかもしれない。

 

「ほんとだ…ちょっとかたいけど、ぷにぷに…」

「そう?それなら手掴みをお願いしちゃってもいいかな?」

『はーい』

「それじゃ皆頑張って。それとこのタコは私が見てるから心配しなくていいよ」

「分かりました…って、手掴みなら別に女神化してる必要はないのかな…?」

「それはそうだね。どっちの姿でやるかは皆に任せるよ」

 

そう言われたわたし達は四人で顔を見合わせる。どっちの姿でやるかはともかくとして…一人だけ皆と違う方になっちゃった、っていうのはちょっと恥ずかしいもんね。

 

「どうする?シェアエナジーの消費化的には解除した方が良さそうだけど…」

「はいはーい、わたしはこっちのすがたでやるわ!だってこっちじゃないとサイズ合わないもん!」

『サイズ?……あ…』

 

言うが早いか女神化を解除するラムちゃん。一瞬わたしとユニちゃんはラムちゃんの言う事が分からなかったけど…すぐに気付く。気付いて、それで女神化を解きつつ荷物からラムちゃんの言う『人の姿じゃないとサイズが合わないそれ』を取り出して……前回来たきり使われてなさそうな、簡素な作りのプレハブ小屋へ。そして……

 

「よーし皆!残りのタコも、ぜーんぶ捕まえちゃうよ!」

『おー!』

 

プレハブ小屋から出てきた時、わたし達はいつものわたし達じゃなくて……水着姿のわたし達だった。

 

 

 

 

タコが大量発生した浮き島へと到着してから一時間強。前半…というか序盤でタコを大方捕まえたネプギア達は、その後水着に着替えて取り逃がした残りのタコ捕獲を行っていった。私はそれを見ていただけだったけど…きゃっきゃとはしゃぎながら(一人タコに襲われてそれどころじゃなかったっぽいけど…)タコを捕まえて砂浜に運ぶネプギア達の姿は、見ているだけで心が和むようだった。

 

「うぅ…なんで、なんでアタシだけこんな目に…」

「よしよし、ユニはあんな中でもよく頑張ったね。偉い偉い」

 

ビーチパラソルで作った日陰に敷いたレジャーシートに、膝を抱えて座り込むユニ。結局あの後海に残っていた殆どのタコがユニに引っ付こうとしてきて、海上はなんだか凄い事になってしまった。流石にその時はネプギア達が寄ってきたタコを片っ端から捕まえていったから全身に引っ付かれるという悪夢の出来事は回避出来ていたけど…それでも、ユニの精神的なダメージは結構なものになっていた。

 

「…アタシ、そんなに美味しそうに見えたんですかね…」

「う、うーん…食べる事が目的で寄ってきた様には見えなかったけど……」

「じゃあどうして…あ、アタシってまさか母親がタコのアイドルとかだったんじゃ……」

「そ、それは無いだろうから安心していいと思うな」

 

普段のユニからはまず出そうにない意味不明な発言を聞く限り、ユニのショックは私の予想以上みたいだった。…こうなると不憫過ぎる……。

 

「こうなるなら女神化したまま飛んで掴んでいけばよかった…」

「か、かもね。……あー、後…今思った事ちょっと言っていい?」

「…なんです?」

「もしこのクエストを守護女神組でやってたら…やっぱりノワールがユニと同じ様に襲われてたと思う…」

「……アタシ帰ったらお姉ちゃん誘って、二人でDNA鑑定受けようと思います…」

「だから母親がタコのアイドルって可能性はないと思うよ!?」

 

ユニ(と可能性の上でノワール)がタコに襲われるのは、タコが弄りというものを知っていたからかもしれない…なんて思ったけど、どう考えてもこれは更に状態を悪化させそうだからアウト。え、えーと…こうなったら何とかユニの気持ちを紛らわせるか気を逸らすかしないと…えーとえーと……

 

「……あ、そ、そうだ!ユニ、終わったら私が何か用意しておくって話したの覚えてる?」

「え……まぁ、覚えてますけど…」

「なら今からそれを出してあげるよ。三人共ー!ちょっとこっちに戻ってきてー!」

 

全員に慰められても逆にいたたまれなくなるだろう…という事で、水中に隠れているタコがいないか確認(という名目の自由時間に)してもらっていた三人を呼び寄せ、荷物の一つ…クーラーボックスを取ってくる。

 

「……?…もしかして、アイス…?」

「アイス?やったぁ!」

「あ、二人はアイスがよかった?」

「…ちがうの…?」

「うん、アイスじゃなくてこれなんだけど…」

 

ロックを外し、蓋を開け、オープン。私はクーラーボックスの中へ両手を突っ込み、中に入れておいた果物を引っ張り出す。

それは黄緑の下地に白っぽい網目の付いた、ボールの様な果物……そう、メロン。

 

「……二人は止めとく?」

『食べるっ!』

「あはは、だよね。…という訳で頑張ってくれた四人へのご褒美はこれだよ〜」

 

メロンを見て目を輝かせるロムちゃんラムちゃんを前に包丁とまな板を用意し切っていく私。食べ易いサイズにカットし、更に果肉へ切り込みを入れ、スプーンとお皿を四人に渡して準備完了。

 

「これでよし、っと。四人共好きなのを取ってね」

「はい!…でも、いいんですか?このメロン、見るからに高そうですけど…」

「メロン買うだけで苦しくなる程私の懐は貧相じゃないよ。それよりメロンが緩くなっちゃう前に食べて食べて」

「そう、ですか?…じゃあ、頂きます」

『いただきまーす!』

 

ネプギアに少し心配されたけど、それへ私は軽快に返答。そのまま軽い調子で私は勧め、四人はスプーンを持って食べ始める。

 

「んー、おいし〜♪」

「うん、おいしい…♪」

「ふふっ、そうだね。砂浜と言えばスイカだけど…メロンもいいかも」

「メロンって高級感あるし、落ち着いて食べたい時はこっちの方がいいかもしれないわね。…ロムラムはがっついてるけど」

「む、なによ…」

「別に?まだまだ二人は子供だってだけの話よ?」

「むー!ユニだって子どものくせに!」

「…くせに…(ぷんすか)」

「はいはい悪かったわね。…でもほんとに美味し」

 

さっきまで楽しそうにしていた三人は勿論として…ユニもまた、メロンを口にしてから少し顔がほころんでで調子も戻ってきたみたいだった。…ふっ…幾ら女神とはいえ、所詮は女…甘い物を食べればそれだけで気分が良くなるというものよ!かくいう私含めてねっ!……と、こっそり指に付いた果汁を舐めて頬を緩める私でした。

その後も四人はメロンを堪能。やっぱり用意してあげた物を喜んでもらえるのは嬉しい訳で、私も気分が良くなっていく。

 

「あ…ねーねーイリゼさん、あのタコってたこやきにできる?」

「え、たこ焼きに?」

「あのタコまるっこいし、そのままたこやきにできないかしら?」

「おっきいたこやき、食べてみたい…」

「確かにそれは魅力を感じるね。……でもこのタコ、多分モンスターだよ?」

「え…そうなの……?」

「絶対、とは言えないけど…少なくとも私達がここに到着するまで考えていたタコとは別種、それも普通じゃない種類だって事は間違いないと思うよ」

「じゃあ…モンスターたこやきになっちゃう?」

「うん、それだと物凄く大きいたこ焼きの名前みたいだね…」

 

モンスターたこ焼きじゃ、特大たこ焼きとかジャイアントたこ焼きの更に上のサイズみたいに聞こえてしまう。丸ごと一匹使ったたこ焼きっていうのは私も食べてみたいけど、勝手に安全かどうか分からない生物を食べさせる訳にはいかないよね。

そんな雑談も交える事十数分。食べ終わった四人はまだまだ元気一杯で、今度はユニも一緒に水遊び……もとい、取り逃がしたタコがいないか探しに行く。

 

「…イリゼさん、さっきは気を遣ってくれてありがとうございました」

「気にしないで。これ位仲間なら当然の事なんだから」

「…はい。…そういえば、イリゼさんは水着持ってこなかったんですか?」

「あー…一応あるよ?けどほら、調査担当の人達が来た時説明する私が水着姿だったらちょっと気不味いでしょ?」

「そ、それはそうですね…」

「ユニちゃーん、早く行こうよー!」

「分かってるー!…もう、ネプギアもまだまだ子供なんだから…」

 

…なんてユニは言うけれど、そう言いながらも口角を上げつつ小走りで友達の下へ向かうユニだってまだまだ子供だよ、と私は心の中で呟く。……でも、それを言うなら私だって、ネプギア達よりは大人かもしれないけど…世間一般で言うような大人であるかどうかは怪しいところ。

 

(……ほんとは水着に着替えたらテンションが上がって、皆と同じ位はしゃいじゃいそうな気がするから…とは言えないよね)

 

そんな事を考え苦笑しながら、私は四人をのんびりと眺める。快く引き受けてくれたとはいえ、休暇中の四人をクエストへ連れていくのは少し申し訳なかったんだけど…四人は楽しんでくれているみたいだったから本当に良かった。勿論それはクエストそのものじゃなくてクエスト後に遊んでるだけ。でも、ただ休暇を過ごしてただけならここに来る機会はなかっただろうし、ね?

 

(……また、皆で来たいな…)

 

今候補生の四人は休暇中だけど、その休暇は何かあればすぐに返上しなきゃいけないもの。だから、私は思う。四天王も犯罪神も倒して、平和を取り戻す事が出来たら、前みたいに皆揃ってここへバカンスに来たいって。…出来るよね。だって皆頑張ってるもん。ここまで進めてきたんだもん。だから、多分とか出来ればじゃなくて、絶対また私達はあの時の面子で…ううん、あの時よりももっと沢山人を呼んで、皆で楽しくバカンスに……

 

 

 

 

 

 

 

 

「──犯罪組織を潰して戦勝気分か、気楽なものだな」

「……──ッ!?」

 

……その瞬間、私は本能的に女神化した。危険を察知したとか、敵を認識したとかじゃなくて、女神の本能が直感的に女神化をさせた。

振り返りながら長剣を掲げる私。そこへ血の様に赤い刃を持つ大鎌が叩き付けられる。

 

(……ッ!こいつはまさか…マジック・ザ・ハード…!?)

 

反応こそ間に合ったものの、私は長剣を掲げるので精一杯且つ足元は柔らかい砂浜。そんな状態で四天王の一撃を防ぎきれる筈がなく、私は海へと跳ね飛ばされてしまう。

 

「え……わぁぁ!?い、イリゼさんが飛び込んできた!?大丈夫ですか!?

「大丈夫!それより皆、戦闘準備ッ!」

 

ネプギア達の横を通り過ぎるように吹っ飛んだ私は、そのまま海にダイビング。あっという間に結構な水深の所へと沈んでいってしまったけど…即座に姿勢を正し、シェア爆発を推進力に一気に海上へ。

 

「仕留め損ねたか…運のいい奴め」

「……何故貴様がここにいる…!」

「…ふん、女神に答える義理はない」

「なら……!」

 

四天王の存在に気付いたネプギア達が女神化する中、私の言葉へ冷ややかに返してくるマジック。突然の事に驚きつつもまずは倒すべきだと考えた私は長剣を構え、突撃を仕掛けかけた私だけど……その瞬間、マジックは大鎌で砂浜を抉り砂煙を作り出す。

 

「目眩し…!?だったら…皆!」

『はいっ!』

『うんっ!』

 

その一言だけで私の意図に気付いてくれたネプギア達は、砂煙へ向けて集中砲火。弾丸と魔法が砂煙を切り裂き後ろの林ごと貫いていく。……だが…

 

「……いない…?」

 

……砂煙の消えた砂浜にあったのは、私達の持ってきた荷物と砂が目に入ったのか『(ノ <)』と短めな足で目を押さえるタコの姿だけだった。

 

「……た、たおせたの…?」

「まさか。撃たれる前に逃げたのよきっと。…でもなんでここにマジックが…」

「…分からない。けど……」

『……けど…?』

「…私達が調査担当の人達に先行してここに来ていたのは、正解だったみたいだね」

 

長剣を下ろし、神経を張り詰めながらも後ろへ振り向く私。振り向いた私の視界に入ってきたのは……もしもう少し早く来ていたら大変な事になっていたであろう、調査担当の人達が乗る航空機だった。




今回のパロディ解説

・同じ色のを四つ並べたり
ぷよぷよシリーズにおける、基本システムの事。このイベントで出てくるタコ(原作参照)はぷよ並みに丸っこいですし、もしかしたら本当に消えるかも…?

・パズルみたいに一筆書きで並べたり
パズル&ドラゴンズにおける、基本システムの事。コンボさせたらネプギア達がパワーアップ…しても意味ありませんね。戦闘中ではありませんし。

・『──(撃・う)てませんっ!』
機動戦士ガンダムUCの主人公、バナージ・リンクスの名台詞の一つのパロディ。原作及びメディアミックスでは「せ」と「ん」の間を伸ばしてません、ここ重要ですよ。


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第七十八話 やっときたその日

お姉ちゃん達を助け出してから、そこそこの期間が経った。その間に何度もお見舞いに行って、休暇を貰って皆で発明を進めてみたり、クエストで浮き島に行ったり……そんな日々を、わたし達は過ごしていた。そして今日、わたし達の待ちわびていた日が遂にやってくる。

 

『〜〜♪』

「ふふ、皆さんご機嫌ですね」

「あー、ミナちゃんがギャグいってる〜」

「ミナちゃんが、みなさん…(くすくす)」

「な、何故これまで何度もありながら触れられる事なく済んでいたものを今になって…」

「それだけ気分が舞い上がっているという事だろうね。まぁ分からない事はないさ」

 

教祖の皆さん(ミナさんじゃないよ?…皆さんの中にミナさんは入ってるけど…)と共に、お姉ちゃん達の病室へ向かうわたし達四人。今のわたし達は頭から音符が出てきそうな位心が弾んでいて、普段なら流してしまう事にもつい突っ込みたくなる気分の真っ最中。因みに活字だから分からないと思うけど、実はチカさんもわたし達と同じ『〜〜♪』側だったりします。

 

「皆さんがそこまで嬉しがってくれるなら、ネプテューヌさん達もさぞ回復する事に専念した甲斐があるでしょうね( ´ ▽ ` )」

「お姉ちゃん達、来る度変な事してたり賑やかに話してたりして、あんまり回復に専念してた感じありませんでしたけどね」

「さらっと毒を吐きましたねネプギアさん…(⌒-⌒; )」

「え……あ、言われてみると確かに…」

 

いーすんさんの言葉へ何の気なしに返答したわたしだったけど…無自覚に遠回しなお姉ちゃん達disりをしてしまっていた。…浮かれていたとはいえ、まさかこんな心にも無い事……でもないけど…を言っちゃうなんて…。

 

「アンタ…お姉ちゃん達の前でまで言うんじゃないわよ?今日は特別な日なんだから」

「う、うん。そうだよね…折角特別な日、なんだもんね」

 

そう、今日は特別な日。わたし達がずっと待ってた、お姉ちゃん達も早く来てほしいと常々言っていた……お姉ちゃん達の、退院日。

 

「やっとお姉様が帰ってくる…やっとお姉様とリーンボックスに帰れる…うふ、うふふ、うふふふふ…」

「ち、チカさんから危なそうなオーラを感じる…」

「あぁ、これは気にしなくて大丈夫さネプギア。彼女は普段からこんな感じだ」

「ちょっとケイ、聞こえてるわよ?」

「ある意味お二人は平常運転というかなんというか…こほん。ネプテューヌさん達の退院は勿論喜ばしい事ですが、守護女神の公務復帰は即ち対犯罪組織…いえ、対犯罪神の作戦を更に次へと進めるという事です。そこは忘れてはいけませんからね?(・ω・`)」

「イストワールさんこそ平常運転ですね。…皆さんもそれはちゃんと分かってる筈ですし、今日は素直に喜んでも良いのではないでしょうか?」

「…そう、ですね。えぇ、それもいいかもしれません(*´ω`*)」

 

浮かれ気味のわたし達を窘める様にいーすんさんはそう言ったけど…ミナさんの言葉を受けた後は、いーすんさんもまた微笑みを見せてくれた。……でも、そうだよね。お姉ちゃんの退院は凄く嬉しい事だけど、それで全部解決はいお終い、って訳じゃないもん。

 

「…いーすんさん、いつも気を付けてくれてありがとうございます」

「いえいえ、わたしも長く生きていますからね( ̄▽ ̄)」

「長く…そっか、いーすんさんってお姉ちゃん達よりもずっと長生きなんでしたね」

 

お姉ちゃん達も相当長く生きているらしいけど、いーすんさんはもう一人のイリゼさん…原初の女神さんが生み出した存在で、わたし達どころかお姉ちゃん達とも生きている年数の桁が違う。なのに見た目は可愛らしい妖精さん風なんだから、これって不思議なものだよね。

そうしてわたし達は丁度出てきたお医者さんとすれ違う形で病室前へ到着。面会謝絶が解かれたあの日の様に、興奮と少しの緊張を抱きながら、わたし達は扉の前へと立つ。

 

「…開けたらまた大賑わいだったりして」

「いやいやまさか、幾らお姉ちゃん達でもそんな事は……」

『……ありそう…』

「あ、あはは…はは……」

 

ちょっと呆れ顔で言葉を被せてきたロムちゃんラムちゃんに、わたしは乾いた笑いを返す事しか出来ない。…皆さん、ロムちゃんラムちゃんにすら呆れられるのは流石に不味いと思います……。

 

「…こ、こほん。とにかく入ろうよ。いいんですよね?」

「えぇ、いいに決まってるじゃない。さぁ行くわよ」

 

もしかするとわたし達候補生組以上に興奮してるのかもしれないチカさんが先頭に立ち、病室の扉は開かれる。また入院中らしくない事してたりして…なんてやり取りをしたわたし達だけど…わたしは知ってるよ。お姉ちゃんや皆さんはお茶目な部分もあるけど、同時に頼れる大人としての部分だってあるって。そう、きっと開いた扉の先ではふざけず荷物をまとめてるお姉ちゃん達が……

 

『…………え?』

 

開けた先で見たのは、確かにふざけていないお姉ちゃん達。…なんだけど……お姉ちゃん達は、何故か病衣を着たまま女神化していた。

 

 

 

 

ひゃっほーい!久し振りのわたし視点!プロローグ振りのわたし視点!やっぱり主人公たる者語り手やらなきゃ駄目だよね!細かい事言えば第六十七話でも一応わたし視点入ってるけど、あれは半分回想みたいなものだし正気も失いかけてたからノーカンノーカン!これから復活したわたしの魅力でねっぷねぷにしてあげるから、読者の皆はちゅーもーく……って、あ、あれ…もしかして今、わたし視点はわたし視点でも女神化したわたし視点!?……こ、こほん。…皆、楽しみにしていて頂戴。気品あるわたしの魅力で、皆の心を釘付けにしてあげるわ。…そ、そこ!慌てて立て直しを図ったとか言わない!た、立て直しなんてしていないわ!してないんだからっ!

 

「……お姉ちゃん?」

「…はっ……ご、ごめんなさいねネプギア。ちょっと意識が別のところに行っていたわ…」

「そ、そう…大丈夫?病み上がりで大変なら代わるよ…?」

「だ、大丈夫だから気にしないで…それとネプギア、貴女いつの間にかしれっと地の文読みが出来るようになったのね…」

 

心配そうにわたしの顔を見上げるネプギア。…前は会話しながらも地の文で色々してたのに、これは間違いなく鈍ってるわね…。

 

「にしても、入った時はびっくりしちゃったよ。ベットに座ってるかなと思ってたら、病衣着た状態で女神化してたんだもん」

「まぁ、普通は誰でも驚くわよね。…本当はもう少し早く終わらせるつもりだったんだけど…」

「終わらせるつもりだった?何かしてたの?」

「えぇ、わたし達女神は人と女神の二つの身体があるでしょ?だから普段過ごしてる人の姿だけじゃなく、こっちの姿でも同じように回復してるかの最終チェックをしてもらっていたのよ」

「あ…だからさっきお医者さんが出てきたんだ…」

 

色んな人が来てくれるとはいえ、最近は暇を持て余し始めていたわたし達だけど…流石に意味もなく女神化をする程退屈してはいない。…さて、まあこれは軽く流すとして早く片付けの続きを……

 

「ったく、ほんとにネプテューヌは抜けてるってか色々迂闊だよな」

「うっ……」

「……?迂闊…?」

「あ……な、何でもないのよ?」

「…そういえば、もう少し早く終わらせるつもりだったって言ったよね?何か遅れちゃうようなハプニングがあったの?」

「ま、まさか。ただちょっとゆっくりしちゃったってだけの話よ。そ、それよりほら、早く帰り仕度を……」

「…へぇ、半裸になりかけた事は貴女にとって特筆するまでもない事なのね。へぇ〜」

「ちょ、ちょっとノワール!?」

 

ブランに終わった話を蒸し返され、ノワールに揚げ足を取られてわたしの誤魔化し作戦はあえなく崩れ去った。……そしてわたしに向けられる、ネプギアの驚きと怪訝の混じった瞳。

 

「は、半裸って……お姉ちゃん、何…してたの…?」

「べ、べべ別に変な事はしてないのよ!?も、もう!ノワールのせいでネプギアに信じられないって目を向けられちゃったじゃない!」

「あら、随分な言い草ね。咄嗟に医師の目元を手で覆って貴女を助けてあげたのは誰だったかしら?」

「そ、それは感謝してるけど…それとこれとは話が別でしょ!?」

「ねぇお姉ちゃん、何してたの?もしかして、わたしには言えないような事なの…?」

「だ、だから違っ……止めて!?皆して『この人マジか…』みたいな視線を向けないで!?」

 

ネプギアどころか他の女神候補生と四人の教祖からも同じ様な目で見られたわたしは、たまらず自分を隠す様に頭を抱えて座り込む。…う、うぅ…あれは事故よ、不幸な事故なのよ……!

 

「…えぇ、と…何があったんです…?(-_-;)」

「それは二人が今言った通りの事ですわ。迂闊なネプテューヌが女神化前後でスタイルが大きく変わる事を忘れて女神化した結果、人の姿のスタイルに合わせた病衣がはだけて半裸状態になってしまった…ただそれだけですの」

『……(お姉ちゃん・ネプテューヌさん)…』

「止めて…お願いだからネプギアもいーすんもそんな残念な物を見るみたいな顔をするのは止めて…」

 

妹と教祖にこんな哀れみを含んだ瞳で見られる女神なんて、長いゲイムギョウ界の歴史の中でもわたし位なんじゃないかしら。……泣きそう…。

 

「後悔してるならこれに懲りて今後はもっとしっかりする事ね。…にしても、あの時のネプテューヌの羞恥に染まった顔は中々見ものだったわ」

「お、お姉ちゃん…ネプテューヌさんが可哀想だしもう言わないであげて…」

「ネプテューヌはいいのよ。普段私を散々からかってきてるんだから」

「ここぞとばかりに優越感に浸ってるな、ノワール…」

「さ、それはともかく片付けを再開すると致しましょうか」

 

事が事だからかわたしを慰めてくれる人は誰もおらず(男の人の前で半裸になる位どうって事ないよ、なんて言われても余計泣きたくなるからある意味助かったけど…)、三人は早々に女神化を解除&着替えをして片付けを再開していた。……うっかり半裸になった事といい今といい、今日のわたしはいたたまれな過ぎるわ…。

 

「折角久し振りのわたし視点なのに…なんでこんな酷い目に…」

「…やっぱり、わたしが代わろっか…?」

「やだ……」

「そ、そう…」

 

皆にちょっと遅れる形で普段の姿となったわたしは、ネプギアの提案に首を横に振る。…ネプギア、その優しさは嬉しいけど…今代わってもらったらわたし、いいとこゼロのままわたし視点を終える事になっちゃうよ……。

 

「…っと、そういえば…ネプギア、イリゼは?」

「あ、イリゼさんならお仕事だよ。えっと…慰問、だったかな?」

「そっか…」

 

今来てくれているのはネプギア達候補生に、いーすん達教祖の計八人。この面子でイリゼがいないのはちょっと不思議だったけど…仕事だったんだね。……でもそっか…慰問か…。

 

「……ねぇネプギア、最近のイリゼどう?」

「…どう、って?」

「何か変だったりしない?物凄く仕事をやってたり、周りに気遣い凄くしたり、口癖のように『イリゼ、頑張ります!』って言ってたりしてない?」

「うーん…そういう事はないと思うよ?確かにちょっと外回りの仕事は多めな気はするけど、仕事し過ぎって感じじゃないし」

「そうなの?だったらいいけど…」

 

片付けをする中、わたしが思い出すのは犯罪組織壊滅作戦での被害報告を聞いた後の様子。あの時のイリゼは平然としていたけど…それがわたしにとっては違和感だった。だって、イリゼだもん。わたしと同じ位大事な人が傷付くのが嫌いで、わたしと同じ位無茶をしでかそうとするイリゼだもん。……だからもし、イリゼが気丈に振る舞おうとしているなら、わたしはイリゼの支えになってあげたい。それが友達ってものだし…何より、わたしはもう二度とイリゼが自分に過去が無いって知った時みたいな状態になってほしくない。

……って、思ってネプギアに聞いたんだけど…これは空振りかなぁ…。

 

「……イリゼさん、どうかしたの?」

「ううん。ちょっと確認しておきたかっただけだよ?……わたしを差し置いてOAOP共に第一話から主人公を行い、OIでも主人公担当率が高いわわたしより先にディメンジョントリップを二度もしてるわなイリゼの事を…」

「主人公関連で凄く根に持ってる!?わ、わたし嫌だよ!?そんな事で友達に負の感情抱くお姉ちゃんとか嫌だよ!?」

「あはは、ネプリカンジョークだよネプリカンジョーク。又はメキシカンジョークでもいいかな」

「どっちも聞き覚えのないワードだよお姉ちゃん…」

 

確定じゃないわたしの不安を話してネプギアにまで心配させるのは避けたい、と思ったわたしは再び誤魔化しにかかり…今度は成功する。…うん、やっぱり誤魔化す事についてはクールで真面目な女神化してる時のわたしより今のわたしの方が上手くいくっぽいね。……ってこれじゃ人の姿のわたしが能天気で不真面目な子って感じになっちゃうじゃん!…否定は出来ないけどさ!

 

(…まぁ、これからは自由に動けるんだから自分の目で確かめてみようかな)

 

別にネプギアの話を信じてない訳じゃないけど…イリゼにとってネプギア(というか候補生の皆)は指導してあげてる相手、って認識があるだろうから心情に気付かれないよう振る舞っていてもおかしくない。それに普通に生活してたネプギアと、注視しようと思ってるわたしとじゃそこでも差があるだろうから…ね。

 

「…よし、お片付け完了!」

「お片付けって…ネプテューヌさんはバックに荷物詰め込んだだけじゃないですか…(ーー;)」

「でもほら、結局詰め込むのが一番だって収納上手・力の書にも書いてあったよ?」

「あのですね…はぁ、これからまたネプテューヌさんに困らせられる日々が始まるのかと思うとお腹が痛くなってきます…(;´д`)」

「いーすんお腹痛いの?じゃあまだ残ってる痛み止めあげよっか?」

「…はぁぁ……」

 

お片付けとか荷物持ちとか大方そういう事には向いていないから、という事でベット下や引き出しの奥なんかに物があったりしないか見てくれていたいーすんは、わたしの言葉を受けて深い深い溜め息を吐いていた。…こんな反応しつつもストライキ起こさずわたしの国の教祖やってくれてるんだから、中々いーすんもツンデレさんだよね。

 

「誰がツンデレですか誰が…そういう事言うならほんとにネプギアさんかイリゼさんをプラネテューヌの新守護女神にすべく動きますよ…?( *`ω´)」

「そ、それは勘弁…それよりほら、皆も終わったみたいだし早く帰ろうよ?」

「今日のネプテューヌさんはやけに話を逸らそうとしますね…まあいいです。ここには丁度イリゼさん以外は女神が全員いるので、帰る前に一ついいですか?( ̄Д ̄)ノ」

 

いーすんは病室の中央窓側に移動し、わたし達全員へ向けて声を上げる。その動きと言葉から考えるに…いや考えなくても真面目な話だってのは分かるよねぇ。

 

「構いませんけど…イリゼがいない場で、というのは何か意図があるんですの?」

「いえ、何も意図はありませんよ。女神と教祖がほぼ全員集まっていて且つそれ以外の方がいない、という都合のいい状況になっているからというだけです。イリゼさんには後で改めて伝えるつもりですし(・ω・)」

「そう…分かったわ。続けて」

 

ブランの続けて、という言葉にこくんと頷くいーすん。わたし達もベットやベット横の椅子にそれぞれ座っていーすんの次の言葉を待つ。

 

「ありがとうございます。…ネプギアさん達には先程も言いましたが、守護女神の公務復帰はわたし達体制側が犯罪神勢力に更なる一手を打つ機会です。更に言えば、先日ネプギアさん達がクエスト先でマジック・ザ・ハードから奇襲を受けた事からも分かる通り、犯罪神勢力の脅威が去ったとはまだとても言えない状況です。…だからこそ、今後も女神が中心となり、犯罪神勢力の完全撃破を目指さなくてはいけません」

「その通りね。あの時マジックが言ってた言葉もただの負け惜しみとは思えないし、国の長として尽力してほしいって事なら言われるまでもなくやるつもりよ」

「そう言って頂けると心強いです。…そして候補生の皆さん。各国で足並みを揃える為の調整もあるので正確な日にちはまだ断言出来ませんが…恐らく、休暇は今週いっぱいで終了して頂く事になると思います。……すいません、短い休暇しか用意出来ず…」

『…………』

 

申し訳なさそうに言ういーすんに対し、ネプギア達は誰もすぐには言葉を返さなかった。そんな様子を見たわたしは一瞬何かフォローを…と思ったけど、その後すぐにネプギア達の表情は曇っていない事に気付いた。

言葉は交わさず、でもアイコンタクトをするように視線を交わらせるネプギア達。そうして数秒後、四人はいーすんの方へと向き直る。

 

「…分かりました。気にしなくて大丈夫ですよ、いーすんさん」

「うん。おねえちゃんたち、ミナちゃんたちががんばるなら…わたしたちも、がんばる…」

「…感謝します、皆さん」

「いえいえ。それに、休暇中色々出来たもんね」

「そうね。休暇中だけで試作一号まで漕ぎ着けられたんだから十分よ」

『…試作一号?』

「ふふん、わたしたちははつめーをしてるのよ!」

『は、発明…?』

 

試作一号とか発明とか、なんの事かよく分からない単語が出てきて今度はわたし達が顔を見合わせる事に。…ネプギア達、何か作ってるのかな…?

 

「…こほん。それでは皆さん、わたし達教祖も出来る限りのサポートをしていきますので、今後も宜しくお願いします。…が、無理や深追いは禁物ですからね?特に守護女神の四人は様子見の段階なんですから(´ω`)」

「分かってるって。……って、あれ?まだ様子見の段階って事ならもしかして、わたしもう暫くはお仕事しなくてもいい……」

「書類仕事は普通にやってもらいますからね?( ̄▽ ̄)」

「ちぇー……」

 

わたしのささやかで淡い期待すらも許してくれない教祖、それがいーすんだった。しかもノワールやブランは勿論、ベールにすら呆れられていた。…やっぱ今日わたし厄日なんじゃ…このペースでいくと寝る頃には退院という大きなプラスすらトータルで覆しちゃう位のマイナスが降りかかってきているんじゃ……?

 

「…い、いやいやいや…こんなネガティヴ思考はよくないよわたし。わたしたる者ポジティブ解放する位に前向きじゃなきゃ魅力が減っちゃうよ…!」

「お姉ちゃん、何ぶつぶつ言ってるの?」

「あ…独り言だから気にしないで。よーし、いーすんの話が終わったんだから今度こそ帰るよ!」

「それもそうだね。じゃあ、よいしょっと」

「え……いやネプギア、それわたしの荷物…」

「そうだよ?」

 

荷物をまとめたバックに手を伸ばすわたし。でもわたしの手がバックを掴むよりも先に、ネプギアがそのバックを持ち上げた。…いや、ネプギアだけじゃない。ユニちゃんもロムちゃんもラムちゃんも、それにチカも荷物を手にしている。

 

「…なんのつもり?」

「なんのって…お姉ちゃん、退院って言ったってまだ完治はしてないでしょ?それなら重い荷物は持っちゃ駄目よ」

「ロム、ラム…そのバックは文庫本が入っているのよ…?」

「う、うん…知ってる…」

「ふ、二人でもてば…だいじょーぶ…!」

「…貴女も、わたくしの身を案じて…?」

「当然ですわ!アタクシ、荷物は勿論お姉様が望むのであればお姉様本人も運んであげる所存ですの!」

 

ユニちゃんはノワールの強情さを分かっているからかさっさと荷物を取っちゃって、ロムちゃんラムちゃんは二つある取っ手を片方ずつ掴んで、チカは…まぁ、うん…平常運転で…皆の代わりに荷物を持ってあげていた。…で、ネプギアはと言えば…言うまでもなく、優しい微笑みでわたしの荷物を持ってくれている。

 

「お姉ちゃん、わたしも持っていいよね?」

「う、うん…ネプギアがそうしてくれるなら、わたしは大歓迎だけど…」

「じゃあ、わたしが持っていくね。お姉ちゃん忘れ物ない?」

「ない…と、思う…」

「よかった。じゃ、帰ろっかお姉ちゃん」

 

そう言ってぽてぽてと荷物を手に歩いてくネプギアと候補生達。退院手続きはもう済ませてあるから後は帰るだけなんだけど……そんな妹の姿を見て、ついわたし達は足を止めてしまう。

 

「…ほんとに、あの四人はわたくし達が捕まっている間に変わりましたのね」

「…やっぱりちょっと残念よね。妹が自分の知らない間に成長していた、ってのは」

「だね…特にロムちゃんラムちゃんなんてかなり変わってない?」

「えぇ。根の部分はあまり変わってないようだけど…まさかネプギアやユニとここまで仲良くなるとは思ってなかったわ」

 

いつまでも立ち止まっていたって仕方ないから、と皆の後を追うわたし達だけど、わたし達の心に漂う複雑な気持ちは分からないまま。仕方ない事だけど、元に戻ってほしい訳じゃないけど…過程を、変わっていく時間を見られなかったのは残念だし、その成長要因にわたし達が関係していない(わたし達の存在自体は影響してるのかもしれないけど)というのも姉として寂しい気持ちになる。でも勿論成長した事を喜ぶ気持ちもわたしの中にはある訳で…だから、この気持ちはぐるぐるしたまま。……なんて、思ってたけど…

 

「……ねぇ、お姉ちゃん」

「どしたの?ネプギア」

「えっとね、その…」

「……?」

 

自然と国毎の小さな塊になって歩く中、おずおずと話しかけてきたネプギア。ネプギアはわたしより背が高いのに、まるで上目遣いをしているかの様な雰囲気でわたしを見てきている。

 

「…今からわたしの言う事を聞いても、笑ったり馬鹿にしたりしない?」

「え?…うん、笑わないよ。別に面白い話とかじゃないんだよね?」

「そ、それは勿論だよ…それじゃあ、言うね…?」

 

一体何を話したいのかは分からないけど…ちゃんと聞いてほしいって思いを感じ取ったわたしは、ネプギアの顔を見てこくんと首を振る。するとネプギアはちょっと安心した様な顔を浮かべて……意を決したように、言った。

 

「…わたし、お姉ちゃんを助け出してから色々考えてたの。いっぱいお姉ちゃんとやりたい事があったの。でも、お姉ちゃん入院しててあんまり自由が利かなかったでしょ?……だから…今日これからだけでもいいから、わたしに付き合ってほしいな、なんて…」

「ネプギア……」

「む、無理にとは言わないよ?お姉ちゃんだってやりたい事があるだろうし、嫌なら嫌って言ってくれても…」

「そんなの…そんなのいいに決まってるじゃん!」

「わわっ!?お、お姉ちゃん!?」

 

少し恥ずかしそうに、ちょっぴり心配そうに。そんなわたしの機嫌を伺うかのような言葉を受けたわたしは…ネプギアの『わたしと一緒にいたい」って気持ちを聞いたわたしは、感極まってネプギアを抱き締める。

 

「ネプギアにそんな事言ってもらえるなんて、お姉ちゃん凄く嬉しいよ!っていうかそういう事考えてたならもっと早く言ってくれればよかったのに!ネプギアの為ならわたし、病室抜け出す位余裕だよ?」

「そ、それは駄目だよお姉ちゃん…でも、いいんだね?…よかったぁ……」

「さっきのわたしへ頼んでる時の顔もだったけど…安心してる今の顔も可愛い!我が妹ながら凄く凄く可愛い!ネプとギアの間に可愛い、って入れたい位可愛い!

「そ、そんな大きな声で変な事言わないでよ!?は、恥ずかしいよ…」

「恥ずかしいなんて事はないよ!わたしは世界の中心でネプギア可愛いって叫べるね!」

「わたしそんな事されたら恥ずかしくて人前出られなくなっちゃうよ!?というか今の時点で皆からの視線受けて十分恥ずかしいんだよ!?は、離れてよぉ!」

「やだ!ネタ的にはわたしの部屋に着くまで、真面目に言えば後五分位はこうしていたい!」

「長いよ!?この体勢五分は地味に長いよ!?も、もう!お姉ちゃんの馬鹿ぁ!」

 

すりすりとネプギアに頬擦りするわたしと、顔を真っ赤にしてわたわたするネプギア。そんなネプギアもやっぱり可愛くて、それにまたこうして姉妹仲良く出来る事も嬉しくて、ほんとにわたしは五分位抱き締め続けたい気持ちになる。…というか、するつもり。

ついさっき、わたしの心には複雑な気持ちがあった。姉としての喜びと、姉としての寂しさが混じった何とも言えない気持ちがあった。でも、今はもうそんな気持ちなんてない。だって、このやり取りの中で気付く事が出来たから。わたしより真面目そうだけど気が弱くて、一見それなりに大人そうだけどまだまだ甘えん坊なネプギアは、わたしのよく知ってるネプギアは消えちゃった訳じゃないんだって。成長して、普段は出てこなくなっただけで今もネプギアの中にはいるんだって。

 

「ネプギア大好き!これからは前みたいに…ううん、前以上にいっぱい一緒にいてあげるからね!」

 

わたしのよく知るネプギアと、わたしの知らないネプギア。その両方がわたしの目の前にいるんだから、寂しく思う必要なんてない。それが分かったわたしは、その気持ちからくる笑顔をネプギアに見せて…より一層、ぎゅーっとネプギアを抱き締めた。

 

 

……って、これだとなんかギャルゲのラストシーンみたいだね。この場合ネプギアがヒロインなのかな?それとも…ヒロインは、わたしかな?




今回のパロディ解説

・イリゼ、頑張ります!
アイドルマスターシリーズの登場キャラの一人、島村卯月の代名詞的台詞のパロディ。頑張る、頑張ると自分に言い聞かせる様に呟くイリゼ…病んでますねこれは……。

・メキシカンジョーク
生徒会の一存シリーズの主人公、杉崎鍵の台詞(冗談)の一つの事。実際メキシカンジョークってあるのでしょうか?アメリカンとかロシアンはそこそこ聞きますが…。

・収納上手・力の書
モンスターハンターシリーズに登場する、アイテムボックスの拡張アイテムの一つ。結局の所詰め込むのが一番…強引な手法ですが、その通りだと私は思います。

・ポジティブ解放
アトリエシリーズの主人公の一人、ソフィー・ノイエンミュラーのスキルの一つの事。ネプテューヌとソフィーは気も合いそうですし、習得出来るのかもしれません。

・「〜〜世界の中心〜〜叫べるね!」
小説及びドラマ作品、世界の中心で、愛を叫ぶのパロディ。姉妹であるが故にスキンシップが過激(?)なネプテューヌ。さてイリゼとノワールはどうするのでしょうね。


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第七十九話 暴走する者

ギョウカイ墓場への、威力偵察。それが守護女神四人の公務復帰以降で最初の任務となった。

 

「いいですか?あくまで今回は威力偵察、惨敗であっても敗走であっても、とにかく情報収集が出来ればそれでいいんですからね?(´・∀・`)」

「はいはい。でも…かってしまっても、かまわんのだろう?」

「ラムちゃん、それはだめ…(ふらぐ)」

 

プラネタワーの会議室にて作戦の確認を行う私達。二度目の旅が始まる時、面子はイストワールさん含めてもたった五人だったからイストワールさんの執務室でも問題なかったけど…今の面子でまた執務室に集まったら、セルフ押し競饅頭になっちゃうよね。

 

「フラグはさておき、ラムの言う事も一理あると思いますよ?調子に乗るって事じゃなくて、あんまり目標を低くするのも良くないって意味で」

「ユニ、わたしの妹を評価してくれてるならそれは嬉しいけど…ラムはそこまで考えてはいないと思うわ」

「言ってみたかっただけなのかもね。…見た目とか武器的にわたしも言いたくなる事はあるし…」

 

元々私達のパーティーは会議的なものに合わない雰囲気だけど…新旧フルメンバーに加えて教祖の四人とマジェコンヌさんが入ると、いよいよもって雰囲気の締まりは何処へやら状態に。…教祖四人とマジェコンヌさんは基本真面目に会議をするタイプの人達だよ?でもほら、こういう状況って性格問わず人が増えれば増える程賑やかになるものだし…。

 

「…まぁ、あまり慎重になるのも得策ではないだろうな。及び腰が許されるのは劣勢側だけだ」

「えぇ、それは分かっています。…ですが、わたし達は経験した筈です。想定を遥かに超える事態によって、中核戦力を一気に失ってしまう事を」

『…………』

 

概ねユニやマジェコンヌさんの意見に同意してざわざわしていた私達だったけど……イストワールさんのその言葉には、全員が閉口してしまった。だって、その事を考えると慎重且つ堅実な策を取るべきだって思えてしまうから。こういう時、普段ならネプテューヌが明るく前向きな言葉で雰囲気を変えてくれたりもするけど…今回の作戦に守護女神四人は不参加(まだ戦える状態じゃないから)、つまりネプテューヌは私達をギョウカイ墓場に送り出す側となるからか黙ったまま。だから会議室の中は全体的に重い感じの空気になってしまって……そこで、イストワールさんがバツの悪そうな顔をして再度言葉を発した。

 

「えと…何も調子に乗るなと言いたい訳じゃないんです。ただわたしは功を焦る事はしない方が良い、と言いたいだけで…(>_<)」

「…分かっていますよ、イストワールさん。出来る事出来ない事をきちんと見極めて、戦略的な視点で判断を下せ…そういう事ですよね?」

「あ、まぁ…そんな感じです…( ;´Д`)」

「…って事だから、今まで通り油断と無理はしない、って方針でいけばいいんじゃないかな?」

「…そう、ですね。わたし達は想定外の事がどれだけ怖いのかよく知っています。だからこそ油断せずにいられる…そういう面もあるんじゃないでしょうか?」

 

分かっている。イストワールさんの言いたい事も、私達がどうしなきゃならないのかも。ネプテューヌ達が復帰したとはいえ、まだ戦線には戻れない以上…もう少しの間、私が頑張らなきゃいけない。大きな目的だった守護女神の奪還が達成されて、女神候補生の四人を中心に『何としても、一刻も早く進めなきゃ』という思いが若干ながらも後退してしまっているからこそ、私が指針にならなきゃいけない。

……と、思っていたけど…私の言葉に一番早く同意してくれたのはネプギアだった。…ちょっと前言撤回。私が思ってる程皆気が抜けてたりはしないみたい。

 

「ネプギアさんの言う通り、ですね。…それでは、実際の偵察に関してですが…」

「あ、ちょっと待っていーすん。わたし達は行けないにしても、今パーティーって結構な人数になってるよ?その全員で行くの?」

「確かにそこは気になるところですわね。現状パーティーというよりレイド状態ですし」

「それはわたしも考えていました。なので暫定的に、ですが…今後は守護女神の皆さんを中心とした旧パーティー組と、女神候補生の皆さんを中心とした新パーティー組の二つに分かれた動きを基本とする、というのはどうでしょう?勿論状況に合わせて全員での行動やメンバーの入れ替え等もする前提で(・ω・)ノ」

 

やや寄り道気味だった話は本題に戻り、次の部分へ…いくと思いきや、また寄り道がスタートしてしまった。…けど、これは大事な事だね。物量は強さに直結するけど多いと多いなりの問題が発生するし、ある程度数が揃ってるにも関わらず毎回フル投入なんて下策もいいところだし。

変に複雑な編成をするよりシンプルな方が柔軟に動けそう、という事でイストワールさんの提案に同意していく私達。そんな中、おずおずと手を上げたコンパが質問を口にする。

 

「あの…わたしとあいちゃん、イリゼちゃんはどうするですか?」

「そういえばそうね…私達って言ってしまえば、新旧どっちにも属する『続投組』な訳だし」

「人数的にはボク達の方が一人少ないから…順当にいけば、一人は旧に、二人は新に…とか…?」

「新は女神が後衛寄りだから、イリゼは新の方に行くのも良さそうにゅ。そこら辺教祖の四人はどう考えてるんだにゅ?」

「わたし達としては『お三方に任せる』というのが総意ですが…その上で意見を言うとすれば、イリゼ様には新に、コンパさんアイエフさんは旧に…という形を推しますね」

「それが援護や支援を含めた戦力構成を考えた結果よ。…アタクシ的にはアイエフは新に行ってほしかったけど…」

「チカ、公私混同はよくありませんわよ?」

「お、お姉様がそれ言いますか…でも仰る通りです…」

「…じゃ、どうしよっか?」

 

周りの意見を聞きつつ私達三人は顔を見合わせる。どっちのパーティーも心地いいし皆信頼出来る人達だから、私は良い意味で「どちらでもいい」って言ってみると…なんと二人も同意見だった。……と、いう訳で…

 

「私はこっちに加入するね」

「うん…また、よろしく…おねがい、します」

「はいはーい。じゃ、これからもロムちゃんといっしょによろしくしてあげるわ」

「え?……ふふっ、宜しくされるね」

「貴女達はこっちになるのね。私達はもう少し安静にする事になるけど…また共に頑張りましょ」

「えぇ。まずは焦らず出来る事からやりなさいよね」

「無茶は駄目ですけど、もしそうなったらわたしが癒してあげるです!」

 

二度の旅で少しずつ勢力を拡大していった私達パーティー(通称ねぷねぷ一行又はねぷ子さん一行。新パーティーにネプテューヌはいないけど…代わりに『ネプ』ギアがいるもんね)は、この度二つのパーティーへと分裂する事になりました。…分裂って言っても現状だと一時合流していた一期生と二期生が元に戻っただけって感じだけどね、大体は。

 

「では、確認を再開します。直前になって何か言われても困りますから、意見や質問はしっかり今の内にして下さいね( ̄▽ ̄)」

『はーい』

 

チーム分けを終えた私達は、作戦説明を再開。威力偵察を行う私達の動きだけじゃなくその間の各国の動きや想定外の事態が起きた場合のプランなんかも確認して、私達は作戦を万全の状態へ。……後悔先に立たず。それを私達はよーく知ってるんだから、同じ轍は踏まないようにしなきゃ、ね。

 

 

 

 

翌日…作戦当日である今日、新パーティー組は突入の為ギョウカイ墓場へと来ていた。勿論戦えない守護女神の四人は来ていないし、犯罪組織残党が威力偵察中に動いた場合を考慮して旧パーティー組と、パーティー入りはせず独自に動くという事になったマジェコンヌさんはネプテューヌ達と一緒に待機している。…万一に備えた戦力があるって、それだけでも安心感が段違いだよね。

 

「それじゃ、入りましょうか」

「ルートは前回と同じ、だね?」

 

ファルコムの言葉に首肯し、私達はギョウカイ墓場の中へ。すると途端に私は不快感に襲われる。

 

(……っ…これは…)

 

負のシェアが充満しているギョウカイ墓場では、入る度にこの不快感を感じている。…けど、今回は前回よりも明らかにシェアの質も密度も高まっていた。それは私達にとってマイナス以外の何物でもない。

 

「…皆、少し急いで進むよ。前回と同じ感覚でいたら、私達女神以外の皆は何か不調が起きてもおかしくないから」

「それって、前に貰った皆の愛の結晶持ってても駄目なの?アタシちゃんと持ってきてるよ?」

「あ、愛の結晶じゃなくてシェアエナジーの結晶だから……こほん。前された説明通り、クリスタルは緩和してくれるだけだからね。不調感じたらちゃんと言わなきゃ駄目だよ?」

「…言わずに我慢したら、どうなるの?」

「分からない。けど…全員が後悔する事になるのは間違いないだろうね」

 

恐る恐る訊いてきた5pb.へ、私はそんな言葉を返す。…そう、もし負のシェアに汚染されて歪んでしまったら本人が後悔するのは間違いないし…周りもまた、気付いてあげられなかったって後悔すると思う。だから敢えて、私は不安を煽るような言葉を選んだ。

 

「…分かった。もし何か変だって思ったら、すぐ言う事を約束するよ」

「うん。…っと、そうだ…皆、聞こえてる?」

「聞こえてるよ〜」

「そっか、なら通信は問題なさそうだね」

 

私が声をかけたのはここにいる皆……ではなくインカム越しの待機組&教祖さん達。霊力的手法に頼らない科学技術のインカムなら、どんなにシェア密度が高くなろうと通信出来るとは思っていたけど…断定は出来ない以上、余裕のある時に確認しておいて損はない。そう思って確認をかけたのが、今の言葉だった。……んだけど…よく考えたらこれ、通信出来てなかった場合ここにいる皆から「……はい?」って目で見られてた可能性が高いよね…もう少し小声で言えばよかった…。

その後私達は侵入口付近に罠や伏兵が無いか確かめ、それから普段より少し早い歩速で墓場の奥へ。目的は威力偵察という事で隠密行動にはあまり固執せず、それより負のシェアによる皆への影響を考えた効率重視の移動を進めていく。

 

「…あ、ここってイリゼさんとジャッジが戦った……」

「前より、くずれてる…(ぼろぼろ)」

「時間経過で耐え切れず崩壊したんでしょうね…」

「こんなになるたたかいだったなら、わたし見てみたかったかも…」

 

途中私とジャッジが戦った場所を通った時、ネプギア達がそんな声を漏らした。確かに自分で見てもここは壮絶な状態になっていて、刃を交えてる最中は至上の戦いかの様に思っていたけど…今となっては自分で自分に呆れるばかりだった。…いや、一対一の約束そのものは今でもそれで良かったと思ってるけど…。

 

「…それにしても静かだね。モンスターもちらほら出てくる程度じゃないか」

「あ、じゃあアタシが賑やかしに歌ってあげよっか?5pb.も乗ってくれるならデュエットするよ?」

「そ、そうじゃなくてね…どこかに潜んでいるのかな…」

「こんな劣悪な環境で私達に気付かれず潜み続ける…常人には無理でしょうね」

 

ファルコムが思った事、ケイブが考えた事…それは私の頭にもあった。この静けさは…不可解だって。

あの戦いで負け、拘束を免れた犯罪組織の生き残りは各地に散っていき、その生き残りも十日前後で殆ど姿を現さなくなった。そこから私達は四天王が残存戦力をまとめて再起を図っていると推測し、本拠地であるここに大部分が集められてると思って今日威力偵察を実行したというのに……

 

(…とんだ見当違いだった、って事?でも、まともな戦力が残ってないのならマジックの余裕に説明がつかないし…)

「にげちゃった、のかな…?」

「突入の時点で気付かれてたならその可能性もあるわね…イリゼさんはどう思います?」

「あ…うん。…逃げたってのもあり得るし、もしかしたら一網打尽にされる危険を避ける為に戦力を分散させてるのかもね…ただでさえ少なくなった戦力を更に分けるっていうのは上策とは思えないけど…」

「うーん…あっ、くちぶえふいてみたらいいんじゃない?」

「それかアクトコイアメ使ってみるのもいいかも!」

「ふ、二人は楽しそうだね…」

 

5pb.の苦笑気味発言に続き、私も突っ込みを…と思ったけど、止めた。今は負のシェアの影響力が増してるし、こういう状況下ではこれが精神安定剤になってくれたりするものだからね。

 

「イリゼさん、もしこのまま奥まで行っても何もなかったら…その時はどうします?」

「その時はその結果を持って帰還するだけだよ。詳細戦力が分からないのは残念だけど、いないなら仕方ないからね」

「…それって、何か怖いですね…」

「……?ネプギアちゃん、こわいの…?」

「うん、こんなに静かで敵の姿が見えないってなると、何かわたし達の予想もつかない事が進んでるんじゃないかって思えてきちゃって…」

「そ、そうなの…?(おろおろ)」

「あ…か、かもしれないって話だよ?それにほら、今はお姉ちゃん達も戻ってきたんだから何かあってもきっと大丈夫!」

「そうそう、今はわたしたちもつよくなったんだからだいじょーぶよ!」

 

残党や配下のモンスター、兵器なんかの姿が見えないのは不安要素だけど…皆がいつも通りであるおかげで私は悲観的にならずにいられた。いつも通りの私達なら、何かあっても対処出来る……そんな自信と安心感が、私の心にはあったから。

 

「皆、そろそろ最奥地に着くよ。そこで待ち伏せてるのかもしれないから、ここからは隠れながら移動するって事でいい?」

「構わないわ、私も同意見だもの」

「アタシもです。一応、狙撃の準備もしておきますね」

 

手招きで近くの大きな岩の背に皆を呼んだ私は、警戒しながら進む事を提案。とはいえ奥地は開けており、実際に隠れて進めたのはほんとに最初だけ。障害物がない場所じゃ隠れるもへったくれもないから、私達は早々に見つからないようにする事から攻撃されてもすぐ対応出来るよう神経を張り詰めておく事に切り替えて、慎重に進んでいく。……いくんだけど……

 

「……あっれぇ…?」

 

開けた場所の中央付近まで行っても尚、ギョウカイ墓場は静かなままだった。ここまでいくと、不安を通り越してただただ拍子抜けしてしまう。

 

「ここまで来てもいないなんて…ボク達、道を間違えてたりは…?」

「ない、と思うけど…まさかここは、別次元のギョウカイ墓場…?」

「そ、それこそないと思います…もう少し詳しく探してみます?」

「いや、見つからないって事は少なくともここに大規模な戦力はいないって事だろうし…あら?」

 

いないのか、隠れているだけか。いないのなら、どこに潜伏しているのか。いないのなら仕方ないとは言ったけれどこれじゃ流石に成果が薄いし、何があるか分からない…って気持ちは完全に行き場を失ってしまっている。けど野生のモンスター以外敵と言える存在もいないんだから成果なんて上げようもなく……と思っていたところで、周囲を見回していたユニが何か見つけたような声を上げた。

 

「ユニちゃん、どうかしたの?」

「ほら、あそこ…」

 

ライフルを下げ、ある方向を指差すユニ。その指の先へと私達が目をやると……

 

「……ぢゅー…なんでちょっと出ていた間にもぬけの殻同然になってるんだっちゅ…オイラへのサプライズを画策してるんだっちゅか…?」

 

……そこにいたのは、犯罪組織の一員ワレチューだった。それを見つけた私達は全員で顔を見合わせ…にやり、と笑みを浮かべる。

 

『…………』

「サプライズならいいっちゅねぇ…日々の苦労を労ってほしいものっちゅ…」

『…………』

「でも、犯罪組織に入るような奴がサプライズなんて……あ!なんだ、ここにいたんだっちゅか!おーい、どうしていきなり人が減ってるん…だ…ちゅ……」

『いらっしゃーい』

「…………」

『…………』

「……ワレチュー、逃げるっちゅーッ!」

「あぁっ、逃げた!皆、追うよ!」

 

私達の存在に気付いたワレチューは、暫し硬直して……逃走を図った。でもそうなるだろうなと思っていた私達は即座に追いかけ始め、常識的な身体能力というのを忘れてしまったトンデモ集団の名に恥じない速度でワレチューへと迫っていく。そして数分後……

 

「離すっちゅ、女神共ォ!ぶっ飛ばすっちゅよぉぉぉぉ!」

「たいちょー、つかまえましたっ!」

「ました!(びしっ)」

 

哀れワレチュー、彼は私達に追い立てられ囲まれて、ごっこ遊びのテンションになったロムちゃんラムちゃんに取り押さえられていた。後、私を隊長に見立ててるみたいだった。……可愛い…。

 

「ご苦労、二人共。…しかし流石に鼠なだけあってすばしっこかったね」

「うんうん、このネズミは鬼ごっこしたら強そうだよね」

「離せっちゅ!それかせめて他の奴等にしろっちゅ!この二人の場合オイラの手足を虫の羽や脚感覚で捥ぎそうな気がするんだっちゅ!」

「む…イリゼさん、わたし今すっごくワレチューを退治したくなってきました」

「うん、友達を貶されて不愉快になる気持ちは分かるけど…今は我慢してくれないかな?こいつはただの下っ端じゃないみたいだし、連れて帰って情報吐かせるつもりだからさ」

「…って事だから、ちょっと黙ってなさいネズミ。じゃないと友達思いのネプギアはキレて四肢ぶった切ってくるかもしれないわよ?」

「ひぃぃぃ!か、勘弁してくれっちゅぅぅぅぅ!」

「そ、そこまではしないよ!?ユニちゃんわたしをヤバい人だと思ってるの!?」

 

捕虜という思わぬ成果に気を良くした私達は和やかムードに。ネプギアは気分を害していたけど、表情と声音から考えるに冷静さを失うレベルじゃなさそうだからまぁ大丈夫。…あ、因みに私が言った下っ端っていうのは言葉通りの意味の方で、変装が異常に上手な方ではないよ?

 

「と、とにかく拷問的展開は止めてくれっちゅ!そんな事したらそっちの評判が悪くなるだけっちゅ!」

「はいはい…さてじゃあワレチュー。私達は今から貴方を連行するつもりだけど…どうする?素直に従うならこっちもそれなりの扱いはするって約束するよ?」

「…証拠はあるっちゅか……?」

「証拠?じゃ、コンパに誓って約束するよ」

「ならオイラも素直に従うっちゅ!それなら信用出来るっちゅ!」

「あ…そ、そう……」

 

コンパの名前を出した瞬間、ワレチューの態度は一変した。敵を睨む組織の人間(ネズミ)から、恋い焦がれる一匹の男(雄?)に早変わりである。…ほんと、愛の力って凄いよね…ワレチューにとってコンパは神か何かなのかな、前に天使とは言ってた気もするけど…。

 

「…こほん。じゃ、そういう事だからワレチュー連れて帰ろうか」

「骨折り損になるかと思ったけど、これなら来た意味もあったものだね。さて……ん?」

「……?今度はファルコムさんが…どうしました?」

「いや…あんな靄、さっきはあったっけ?」

 

つい数分前にもあったような展開へ、再び質問をかけるネプギア。その時と同じようにファルコムは指をある方向へと向け、それを受けて私達が見ると…そこにあったのは黒──いや、闇色の靄だった。

 

「……ッ!ロムちゃんラムちゃん離れてッ!」

『え……っ!?』

 

私達が見た瞬間、突風に吹かれたかの様に物凄い勢いでこちらへと迫ってきた。その靄が何かとんでもなく不味いものだと察知した私は叫び、二人も私の声に反応して左右に飛び退く。その結果、闇色の靄の進路上からロムちゃんラムちゃんがいなくなって…ワレチューだけが、そこへ残った。

 

「ちゅっ!?な、なんっちゅか!?なんだっちゅ!?」

 

まるで狙っていたかの様にワレチューへと突撃する闇色の靄。それはワレチューへぶつかると同時にワレチューを覆い……彼の体内へと入り込み始める。

 

「うっ…か、身体の中に、入ってきた…?ぢゅっ!?な、何なんっちゅか、この力は…こ、この感情は……うぅぅぅぅ…ぢゅーーーーーーっ!!」

 

驚きと苦悶の混じった声をワレチューが上げる中、闇色の靄は入り込み続ける。そうして私達がそのあまりにも想定外な事態に唖然としている内に靄は全て入り切り……ワレチューは、絶叫した。

 

「い、一体…何が……!?」

「わ、わたしにも分からないよ…それに…巨大化してる!?」

 

靄が入り切った直後、ワレチューの身体は内側から靄が染み出しているかの様に闇色へと変色を開始。それと同時に巨大化も始まり…あっという間に私達はおろか、並みのモンスターすら比肩しない程の大型生物になってしまった。

巨大化し、それまでよりも野太い絶叫を放つワレチュー。入り込む最中は驚きの方が勝って唖然とするばかりの私達だったけど、ここまでくればもう分かる。今のワレチューは、先程飛んできた闇色の……負のシェアの輝きを放つ靄によって、汚染されてしまったのだと。

 

「……っ…イリゼ、一応訊くけど…この状況でもそれなりの扱いをする気は?」

「ある訳ないでしょ!?…っと…一先ずは無力化するよッ!」

「了解、なら…先手必勝!」

 

ケイブの言うまでもなさそうな質問に答えた瞬間…ワレチューは暴れ出した。その腕の一振りで今のワレチューは放置すると不味い存在だと判断した私は女神化し、長剣を携えながらバックステップ。同じく皆も下がる中、初撃を放ったのはユニだった。ユニの放った弾丸(恐らくはグレネード弾)は勢いよくワレチューの頭部へと飛び、着弾と同時に爆発する。

 

「ゆ、ユニちゃん一発目からヘッドショットなんて…容赦無いね…」

「一発目だからこそのヘッドショットよ!少なくとも手加減して自分や仲間が傷付くよりはマシだもの!」

「そ、そっか…ごめんねユニちゃん……って、嘘…!?」

 

直撃と爆発により、ワレチューは一瞬動きを止める。……が、爆発による煙を散らしながらワレチューが再び動き出した時、彼の頭部は傷一つ付いていなかった。

 

「……っ…ケイブ、ファルコム、私達で斬り込むよッ!」

「えぇ、分かったわッ!」

「三人同時攻撃なら…!」

 

今の一撃で無傷なんて、これまた想定外の事。けどだからって足を止めてる私達じゃなくて、私は二人と共にワレチューへと肉薄。私が胴を、二人は左右から腰をすれ違いざまに斬り裂いていく。…でも……

 

『な……ッ!?』

 

闇色の身体を斬りつけた瞬間、私の手には確かに斬った感触があった。現にワレチューの身体は斬れていた。けれど……ワレチューが傷付いていたのは、僅かな間だけだった。斬られた瞬間にその部位は再生を始め…あっという間に、元の無傷な状態へと戻ってしまっていた。

 

「さいせー…したの…!?」

「そんな…イリゼさん達の攻撃が、あんな簡単に再生なんて…!」

 

暴れ回るワレチュー。正気を失っているのか私達の方を見てもいまいち焦点は合っておらず、そのおかげで攻撃も距離を取っていれば当たる可能性は低い。…だとしても、それを差し引いても…そのあまりにも強い再生能力には、楽観視なんて出来なかった。

その中で、私は思い出す。過去にも一度この位強い再生能力を持っていた敵を。犯罪神の姿を模したと創造主が言っていた、あの空想の魔王の事を。

 

「……気を引き締めて、皆。この戦い、相当な長丁場になるよ…!」

 

長剣を握り直し、敵を見据える。何故靄が突然現れたのかとか、この全てが靄の能力なのかとか、分からない事はいくつかある。けど、今は奴を倒す事が最優先。そうして私は、余計な事を考えながら戦える程楽ではないだろう敵へと長剣の斬っ先を向け……突撃した。




今回のパロディ解説

・「〜〜かってしまっても、かまわんのだろう?」
Fateシリーズの登場キャラ、アーチャーことエミヤの名台詞(死亡フラグ)のパロディ。そういえばこのネタ、原作ではキラーマシンが言っているんですよね。

・くちぶえ
ドラゴンクエストシリーズにおける特技の一つ。口笛でモンスターを呼ぶって中々ぶっ飛んでますよね。モンスターは飼い犬か何かなのでしょうか…。

・アクトコイアメ
古代王者 恐竜キング 七つのかけらに登場するアイテムの一つの事。これ、覚えている人いるでしょうか?私はなんとなく思い出しました。

・「離せっちゅ、女神共ォ!ぶっ飛ばすっちゅよぉぉぉぉッ!」
とんねるずのみなさんのおかげでした内でのネタ、仮面ノリダーの主人公木梨猛の代名詞的台詞のパロディ。別にワレチューは改造されませんよ?その後暴走はしてますが。


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第八十話 それは拭えぬ心の傷

「いーすん、インカムは常に起動させておくから情報は逐次伝えて!それと別の場所でも動きがないか確認をお願い!」

 

会議室の窓を開き、窓枠に足をかけながら女神化。そこで一度振り向き、わたしの…ううん、わたし達守護女神の行動に驚いているいーすんへと頼み事をして外へ。すぐさま翼を展開してわたしは空へ。

 

「ちょ、ちょっとネプテューヌさん!?皆さん!?」

「悪いわねいーすん!後出来ればネプギア達にわたし達が到着するまで耐えてって話しておいて!女神化したわたし達が言ったらむしろ慌てさせかねないわ!」

「そ、それは構いませんが…ではなくて!は、早まり過ぎですよ!落ち着いて下さい!」

「見くびらないで下さいまし、これは落ち着いているからこその行動ですわ!」

「正気故だ、イストワール!考えるのも話すのも移動しながらでも出来るんだからよ!」

 

窓から次々と飛び立ったわたし達四人は、インカム越しの制止を振り切りギョウカイ墓場へ進路を向ける。

何故わたし達がこんな行動に出たのか。…そんなのは言うまでもなく、ギョウカイ墓場へ威力偵察に向かったネプギア達から『規格外の敵と交戦状態になった』という通信を受けたから。しかも、その敵はわたし達が倒すのに相当苦労した敵、魔王ユニミテス並みの再生能力を持っているという。

 

「…でもまさか、そんな敵が現れるなんて……私達はあの時ユニミテスを倒しきれてなかったって事?」

「どうかしら…ってそうよ、こっちにはマジェコンヌがいるじゃない。マジェコンヌ、どうなの?」

「断言は出来ない…が、あの時魔王は人々に『女神に打ち倒された』と認識され消滅した筈だ。だからワレチューとやらに入り込んだ靄が残ったユニミテスそのもの、という事はまず無いだろう」

「な、何普通に返答してるのよ貴女は…お姉様達は病み上がりなのよ?」

「言って止まるような彼女達なら止めているさ。…言って止まるようなら、な」

 

マジェコンヌの含みある言い方に、わたし達は薄く笑みを浮かべる。…マジェコンヌの理解は、何度も敵として戦ってきた事からくるものかしら、ね。

それから暫くわたし達は、情報を聞きながら全速力で空を駆ける。わたし達を突き動かすのは、不安と恐怖。今度はネプギア達が負けてギョウカイ墓場へと囚われてしまうんじゃないかという怖さが、わたし達を向かわせていた。

 

「…くそっ、こんなに距離をもどかしく感じるのはマジェコンヌからルウィーを奪還する時以来だ…!」

「何でよりにもよって威力偵察に出たタイミングで…!」

 

歯嚙みをするブランとノワールの気持ちはよく分かる。だって、わたしも同意見だから。先程ベールは「落ち着いているからこその行動」と言っていたけど…正直、焦りの感情がわたし達にはずっとあって、それもまたわたし達を動かす要因だった。

 

(皆、もう少しだけ頑張って頂戴。わたし達が、すぐ行くから…!)

 

そんな切実な思いを胸に飛ぶ事数十分。ゲイムギョウ界全土の中でも異彩を放つギョウカイ墓場の外観を目視したわたし達は、速度はそのままに高度を落としていく。

 

「…どうする?このまま一気に行く?」

「えぇ…といきたいところですけど、もしこの事態が図られたものだったとすれば、他にも罠がある可能性は高いですわ」

「…なら、一度降りた方が安全だな」

 

わたしの問いかけに対するベールの言葉は、急を要する場においては一見悠長でいて…その実一番適切だと思える返答だった。わたし達は今急いでいるけど、それは一刻も早く増援に駆け付けたいからであって急ぐ事そのものが目的な訳じゃない。これで罠がなければタイムロスになるけれど…罠があってそれにかかってしまったとすれば、それは気を付けた事によるタイムロスなんて目じゃない位の損失を負ってしまう事は間違いないんだから、これこそ急がば回れよね。

 

「皆、ここまで来て言うのもアレだけど…わたし達は病み上がりなんだから、無茶は禁物よ?」

「無茶は禁物って…しょっちゅう無茶する貴女がそれを言うの?」

「無茶に関してはここにいる全員が他人の事を言えないと思いますけどね」

「ま、保身第一よりはいいだろ。わたし達は女神なんだからよ」

 

侵入口の前で一旦止まり、内部へと目を向けるわたし達。病み上がりだけど、躊躇いはない。躊躇ってる暇なんて、微塵もない。それに…ここには、ノワールとベールとブランがいる。守護女神として苦楽を共にして、捕まってる間も一緒に耐えてきた、心強い仲間がいる。だから、病み上がりだって事さえ忘れなければわたし達は大丈夫。

頷き合って、ギョウカイ墓場へと歩み出すわたし達。一歩出て、二歩出て、後一歩でギョウカイ墓場の内部に入るという距離になって……

 

 

 

 

 

 

 

 

────身体が、動かなくなった。

 

「…………え…?」

 

一瞬、何が起きているのか分からなくなる。本当に最初は全く訳が分からなくて、何故、と考えるのにすら数秒かかった。

数秒経って、動けない事をやっと理解したわたしはその理由を罠か敵の攻撃かと思った。…でも、外部から何か受けた感覚はない。

 

「……何、だよこれ…」

「どうして、身体が…」

 

隣から聞こえるブランとベールの声は、驚愕と焦燥の感情が織り混ざったものだった。その声で、わたしの視界に三人の背が映らない事で、動けないでいるのがわたしだけじゃないと分かった。

今もネプギア達は戦っているのに、ネプギア達を助ける為に来たのに、わたしの身体は動かない。わたしの脚は前へと進んでくれない。理由も分からずただ動けないでいる事に、わたしの中にあった焦りの感情が一気に加速していく。

 

「……っ…何で…何で動けない、のよ…!」

 

驚愕と焦燥に加えて、悔しさの思いも混じらせたノワールの声。呼吸を整えてみても、肩の力を抜いてみても、それでも身体は動いてくれない。このままでは助けにいけないと、いつまでわたし達は動けないのかと、動揺して、焦って、冷静さを失いそうになって……気付いた。わたしの身体が、震えている事に。

 

(……あ…あぁ……あぁぁぁあぁぁ……)

 

身体の震えに気付いた瞬間、一気に動けない事の原因が……恐怖が、襲ってきた。

それは、ギョウカイ墓場に幽閉されていた時の記憶。今でも夢に見る、悪夢のような日々の記憶。一瞬足りとも忘れていられない激痛。身動き一つ出来ず、苦しい状態が延々と続く辛さ。力の源であり信仰してくれている人達の思いの結晶であるシェアエナジーを、一方的に奪われる屈辱。気を抜けば死んでしまうという怖さ。いつ来るかどころか、無事かどうかすら定かではない味方への不安。そしてその全てが生み出した……絶望。解放されたのに、もう過去の事なのに……ここにきて、記憶が鮮明になって…わたしの心は、気付けば恐怖心に支配されていた。

 

「……い、や…」

 

いつしか身体の硬直は解けていたけど、わたしは前に進めない。震えで立っていられなくて、自分の肩を抱きながら膝をつく。助けに行かなきゃって思いはあるのに、ネプギア達に同じ思いをしてほしくないって気持ちがあるのに、怖くて怖くてたまらない。普段のわたしならそれを情けないと思う筈なのに、それでも助けたいって気持ちが勝つ筈なのに……今は、そんな思いすら芽生えない程ただただ怖かった。

 

(…ごめん、なさい…ごめんなさい、皆……)

 

心の中で戦っている皆へ謝りながら、わたしは強く肩を握り締める。……今のわたしは、逃げる事すら出来ないわたしは、こうして謝る事が精一杯だった。

 

 

 

 

「天舞参式・睡蓮ッ!」

 

空中で作り出した巨大な大剣を、同じく空中で掴んだ私はシェア推進で刀身を加速させながらワレチューの頭部へと振り下ろす。

 

「次!ロムちゃんラムちゃんお願いッ!」

「いくよロムちゃん!サンダーストーム!」

「うん…!ウインドストーム…!」

 

ワレチューの頭部を中程まで斬り裂いた大剣。続けて二人の魔法が両目を狙うように飛来し、頭部への連続攻撃でよろめかせる。これが普通のモンスターであればあまり直視したくない光景になっていただろうけど…巨大化したワレチューの頭から吹き出したのは闇色を放つ負のシェアエナジーだった。これまでの攻撃で薄々勘付いていた通り、やはり今のワレチューは巨大化したというより自分の姿を模したシェアエナジーを纏っているという感じらしい。

 

「もう一段…!ネプギア!ユニ!」

「はい!マルチプルビームランチャー!」

「吹き飛びなさいッ!エクスマルチブラスター!」

 

私が上空へ退避すると同時に、更に頭部へ二条のビームが撃ち込まれる。二人の通常射撃を大きく超える口径と出力を持った光芒は頭部に喰らい付き、抉り取らんとばかりに貫いて爆発を起こした。それを空中で、或いは地上で見据える私達。

 

「……う、ぅぅ…ぢゅうぅぅぅぅぅぅッ!!」

 

頭部が半壊した状態で後ろへ倒れ込んだワレチューは、一秒強の間止まっていた……が、猛々しい叫びを上げながらすぐに立ち上がった。その頭は、既に再生しつつある。

 

「そんな…女神五人の連続攻撃でも無意味なんて…」

「無意味なんて事はないでしょ。相手の許容範囲内ではあったんだろうけど…」

「どう、するの…?(おろおろ)」

 

距離を取り、ネプギア達に合流した私。四人は怖気付く事こそしていないものの、その再生力に狼狽し少なからず焦燥している様子だった。…でも、それは無理もない事。私だってユニミテスの事を知らなければ、同じように狼狽していただろうから。

 

(このまま力押しを続けてたら、向こうより先にこっちがガス欠になる、か…)

 

交代する形でRED達がワレチューの注意を引く中、私は考える。私は勿論、恐らくネプギア達もここまでの戦闘で使ったシェアエナジー量なんて総量からすれば誤差レベルだろうけど、教会(私は魔窟奥のあの部屋)から単位時間当たりで送られてくるシェアエナジー量を考えると、今の消費ペースで戦える時間はそう長くない。そしてじゃあ更に高火力にして短期決戦を図ればいいのかというと……それで倒せる保障はない。

 

「…ちょっと、ロムちゃんがきいてるんだから答えてよ。なにかさくはないの?」

「策、ね…今すぐ出来て且つ可能性がそれなりにある策を上げるなら…皆が時間を稼いでる中私が体内で出来る限りのシェア圧縮を行なって、その状態で接近して…」

『(接近・せっきん)して…?』

「…そのまま接触してシェアを全て解放すれば、流石に再生も出来ないレベルで粉々に出来るんじゃないかな?」

「それって……えぇ!?じ、自爆じゃないですか!だ、駄目ですよ!?そんな16号さんみたいな事しちゃ駄目ですからね!?」

「言ってみただけだよ、安心して。…けど、それ位の事をしないと確実に倒すのは難しいと思うよ。何せユニミテスの時は守護女神四人がかりでやっとこさだったんだから」

 

人数では今の方が多いけど、将来的にならともかく現段階じゃやっぱりまだ女神候補生の四人は守護女神の四人に劣っているし、RED達に女神クラスの火力を要求するとなると相当無理をしてもらわなくちゃいけなくなる。無理は禁物だって言われてるのに、仲間にそんな事をさせられる訳がない。

…と、そこで私は思い出した。イストワールさんがこの作戦に対し、一体なんと言っていたかを。

 

「……あのワレチューの強さは分かったし…威力偵察の任務は果たせてるんだよね、これって…」

「え?…まさか、アイツを放置して撤退するって言うんですか…?」

「あくまで案の一つだよ、私だって放置するのは不味いと思ってる。…けど、イストワールさんの言葉も忘れちゃ駄目だって事」

「そういう事ですか…でもアタシは極力倒したいと思います。アイツがここを出て、人の生活圏まで来たりしたら被害は計り知れませんから」

 

ユニの意思が籠った意見に、私はこくんと頷いた。無理はしないって決めているけど、人々を危険に晒さないようにするのも女神にとって大事な仕事。だからこそ、私は迷う。ここで早々に離脱の判断を下して確実に威力偵察を完遂させるか、ゼロではない筈の可能性にかけてギリギリまで戦うかという選択に。

 

「(…いや、これを私一人で考えるのは身勝手だよね…)皆!スタミナは大丈夫!?」

「えっと、休憩時間にクエストで消化したから大丈「そっちじゃない!」あ、ごめんなさい…アタシはまだいけるよ!」

「問題ないわ。…勿論、このペースがいつまでも続くとは思えないけど」

「OK、ならもう少し粘ってみるよ!例え今倒せなくても、相手の得手不得手や弱点が分かれば次の戦いに繋がる……」

 

私は早期離脱の判断を取り下げ、継戦する事を選ぶ。無理は禁物、二兎追うものは一兎も得ず…そういう言葉は気にしなくていい。だってまだ無理のレベルには至ってないから。欲をかいて二兎追ってるんじゃなく、今現在出来る範囲で二兎目を追っているんだから。…ユニの懸念と、皆の声に含まれたやる気が私にそう選択させた。

長剣を構え直し、思考を戦闘に切り替え直す。私は近接メインの女神なんだから、いつまでも人間組の皆に任せてないで戻らないとと考えながら、翼に力を込める。……そんな時だった。

 

「──皆さん!まだ交戦中ですか!?でしたら急いで後退して下さい!ネプテューヌさん達が…守護女神の皆さんが大変なんですッ!」

『……っ!?』

 

それまで集中の邪魔になっては悪いという事で、向こうから声をかけられる事がなかった通信。そこに突如、切羽詰まったイストワールさんの声が聞こえてきたものだから私達は驚いた。そして、その内容が聞こえた瞬間愕然とする。

 

「た、たいへんって…おねえちゃんたちに何かあったの!?」

「分かりません!ただ、尋常ならざる状態である事は事実です!」

「尋常ならざるなんて不明瞭な…イリゼ!」

 

ワレチューから離れながら、きっと鋭い視線を私へ向けてくるファルコム。平時にされれば動揺してしまうようなその目は、私へ強く訴えかけていた。今し方出した判断は、そのままでいくのか、と。……そんなの、考えるまでもない…!

 

「皆ッ!粘るのは無しで作戦変更!遠隔攻撃で足止めしながら飛んで離脱するよッ!」

 

指示を飛ばしながら飛び上がり、ワレチューの脚へ向けて精製武装を射出。RED達がこちらへ下がる中私に続いてネプギア達も攻撃を行い、足止めと目眩しの為の遠隔攻撃が次々と放たれていく。

 

「と、飛んでって…ボク達はどうすれば…」

「こういう事!しっかり掴まってて!」

「わわっ!?」

 

ルウィーでの施設攻防戦の時の様に、説明を飛ばして5pb.を抱え上げる。5pb.を含むその時の事を知らない三人は何をされるのかと目を白黒させていたけど、幸い候補生の四人にはちゃんと伝わって即座にRED、ケイブ、ファルコムもまた抱え上げられた。

飛べない四人を抱え上げた私達は、反転し猛スピードで来た道を引き返していく。人数差で女神側が一人余る事にいち早く気付いたユニは引き撃ちで足止めを、ワレチューが有効射程圏外になってからは進路上で邪魔になるモンスターの迎撃を率先して行う事で私達のサポートをしてくれていた。

 

「いーすんさん、わたし達はプラネタワーに戻ればいいんですか!?プラネテューヌに何かがあったんですか!?」

「いえ、驚かせてはいけないと言うのは控えていましたが、守護女神の四人はそちらに…ギョウカイ墓場に向かっていたんです!なので墓場の出入り口付近に四人はいる筈です!」

「出入り口付近で大変って…まさか、お姉ちゃん達は誰かにやられたって言うの!?」

「そんな…おねえちゃん……!」

「まだそうと決まった訳じゃないよ!けど、それを確かめる為にも急がないと…!」

 

間違っても5pb.を落としたりぶつけたりしないよう細心の注意を払いながら、出来うる限りの速度で侵入口を目指す。もしユニの言う通りなら、私達は多少とはいえ消耗した状態でネプテューヌ達を倒すような相手と戦わなくちゃならないけど…そんなの関係ない。折角助けた四人を、やっと取り戻した大切な友達をまた失う事なんて……絶対、嫌だ!

そうして、私達は飛んだ。飛んで、加速して、一心不乱に侵入口へと進み続けた。そして見えてくる侵入口。その後ろ…外側のすぐ側にあるのは、四つの影。

 

『──っ!(お姉・おねえ)ちゃんッ!』

 

姿がまだはっきりとは見えていなくたって、私達にはその影がネプテューヌ達である事が分かり切っていた。こんな場所に訪れる人なんてまずいないし、何より私達が四人の姿を見間違える訳がない。

あぁ、よかった。ネプテューヌ達は誰かにやられてしまった訳でも、何かに襲われて行方不明になった訳でもなかった。そうなると何故ここで止まっているのか、何が大変なのかって話になるけど…そんなの四人の無事の前では些細な事。私は多くの人達やその人達が住む国だって勿論守りたいけど、それ以上に大切な友達や仲間を守りたくて戦っているんだから。

 

「皆、どうしてここに?というか何があったの?」

『…………』

「……?えっと…聞こえてるよね?ねぇ、ちょっと…」

 

ネプテューヌ達の姿を確認出来た私達は、安堵しながら速度を落として四人の前へ着地。少し不思議に思いながら、心配かけさせて…とちょっと文句も言いたい気持ちになりながら、でも安心感から顔をほころばせて四人へ声をかけた。……けど、返答は無かった。聞こえていないかのように、気付いていないかのように、四人は何の反応もしてくれなかった。

それを不審に思って、更に一歩前へ出る私。近付いて、顔を覗き込んで…………気付いた。四人が、震えている事に。

 

「…みん、な……?」

 

震える身体。血の気の引いた肌。普段の輝きが消え、弱々しい光が辛うじて灯っているだけの瞳。──そこにいたのは、凛々しく気丈な守護女神ではなく…何かに怯え立ち竦む、ただの少女だった。

 

 

 

 

守護女神の四人と合流した私達は、四人を連れてプラネタワーへと帰還した後それぞれが使っている部屋へと送り届けた。今は、旧パーティー組が四人に付いてあげている。

 

「…皆さんの見立て通り、その巨大化したワレチューという方は負のシェアに取り込まれているのでしょう(´・ω・`)」

 

まだ作戦を完遂していない私達新パーティー組は、昨日と同じ会議室に移動して教祖の四人へ報告をしていた。それを受けてイストワールさんが持論を口にするけど…作戦成功にも関わらずあまり表情は浮かない様子。

 

「…やはりそうですか。では、あのユニミテス並みの再生力も…」

「えぇ、シェアエナジーにものを言わせた強引な再生でしょう。本当に巨大化しているならきちんとした治癒が必要ですが、ただシェアエナジーが外見を模した形に集まっているだけなら減った分を補充するだけで済みますからね(。-_-。)」

「シンプル故の厄介さ、という事ね。…でも、どうして急に負のシェアが…」

「……あまり考えたくはありませんが…恐らく、犯罪神が力の一部を放ったのでしょう」

『……っ…!』

 

イストワールさんの言葉に、ここにいる全員が息を飲む。あの負のシェアが、イストワールさんの言う通り犯罪神の放ったものだというなら、それは……

 

「も、もう犯罪神が復活したって事…ですか…?」

「くっ…アタシ達、復活を防げなかったの…?」

「いえ、それはないと思います。犯罪神が兆候も前触れも無しに復活する筈がありませんし、完全復活しているならイリゼさん達がギョウカイ墓場に入った時点で何かしら感じる筈ですから(´・ω・`)」

「そ、そっか…なら一安心……じゃ、ないよね…」

 

流石のREDも今は普段の元気がない。…でも、その原因の話はしない。その話は報告が終わってから、って最初に決めていたから。

 

「…相手の存在が分かったのなら、次は対処法だろう。奴に即座にギョウカイ墓場を出る様子はあったかい?」

「それはありませんでした。私達が戦っている最中も暴走している感じでしたし」

「なら、すぐに出てくる事はなさそうね。準備をする時間があるのはありがたいわ」

「とはいえ、相手は常軌を逸した再生力の持ち主…」

 

報告を聞いた教祖さん達四人は、対ワレチューの策を話し始める。一見落ち着いてる教祖さん達もまた、どこか上の空…とまでは言わないものの、ネプテューヌ達の事が気掛かりだって表情の端に表れていた。

そこから約数分。対策会議は途中私達の意見も交えながら進み、その後方針が決まったのか輪になっていた教祖さん達が元の位置に戻っていく。

 

「…たおしかた、決まったの…?」

「はい。と言ってもあまり凝ったものではありませんよ?無理矢理倒すか、倒し易い状態にして倒すかの二通りですから(´・∀・`)」

『……?』

 

説明は単純且つ短くすればする程すんなり伝わってくるけど、同時に情報不足で理解し辛くなるもの。今回はその典型で、実際には何をするのか今の段階じゃ全く分からなかった。けど、それはイストワールさんも分かっているところ。

 

「具体的に申しますと、倒し易い状態にして倒す…というのは、ギョウカイ墓場の外に誘き寄せて倒すという事です( ̄^ ̄)」

「おびきよせる?わなにはめちゃうの?」

「いいえ、再生力を落とす為に誘き寄せるんです。ギョウカイ墓場は負のシェアに溢れていますからね。そこならば幾らでも再生出来るでしょうし、逆に言えばギョウカイ墓場以外なら再生力は低下する可能性がある…という事です。…シェア配給方法を確立していた場合は、その時点で作戦失敗になる危険もありますが…(¬_¬)」

「そ、それは不安のある作戦ですね…」

 

5pb.が私達全員の代弁をするするな事を言うと、イストワールさんは肩をすくめた。イストワールさんの説明は続く。

 

「…続いてもう一つの方ですが…これは言葉通り、再生出来ないようなダメージを叩き込むという単純明快なものです。正直これは無策と大差ありませんが、下手に策を弄するよりは力技の方が良い事もありますから( ̄▽ ̄)」

「…それを実行するのは私達ですけどね…」

「すいません、いつも戦いを任せてしまい。…そして、その力技は……恐らく、守護女神の四人にも協力して頂かなければ成功しないでしょう」

『…………』

 

会議室は静寂に包まれる。だってその作戦は、ネプテューヌ達にまたギョウカイ墓場へ来てもらわなくちゃいけないという事だったから。あれだけ怯えていた四人を、見ている私達すら切なくなる程の四人を、その原因の場所へと連れていく作戦だったから。

 

「……どちらも完璧な作戦ではありませんし、行うのはあくまで皆さん。ですから、どちらにするかは皆さんにお任せします。…ただ、ネプテューヌさん達の事を考えるならば、後者の作戦は……」

「…いえ、そっちの方がいいと思います」

『え……?』

 

申し訳なさそうな顔で、説明と提案を締め括ろうとしたイストワールさん。私はその言葉に頷こうとしていたけど……ネプギアは、それを否定した。前者を否定し…後者を、推した。その言葉に、私達は驚きながら振り向く。

 

「ちょ、ちょっとネプギア…今アンタ、なんて…?」

「お姉ちゃん達と一緒に倒す作戦の方がいい、って言ったよ」

「……っ…アンタ、自分の姉の姿見なかったの?お姉ちゃん達がどれだけ心に傷を負ってたのか分からなかったの?今のお姉ちゃん達にギョウカイ墓場へ行けなんて、そんなの…」

「だからこそだよ、ユニちゃん」

 

自身を問い詰めるような口調となったユニに対し、ネプギアははっきりとした声で異を唱えた。私達がその様子に注目する中、ネプギアは言葉を続ける。

 

「勿論わたしだってお姉ちゃん達の傷は分かってるよ。…でも、それでいいの?今後もきっとギョウカイ墓場に行かなきゃいけない事はある筈なのに、それでいいの?ギョウカイ墓場に敵が現れる度お姉ちゃん達は留守番で、それでいいの?…お姉ちゃん達は、そんな自分達に納得出来ると思う?」

「それは……」

「お姉ちゃん達なら、きっとそうなる度に自分を責めると思うよ。情けないって、わたし達に申し訳ないって。…わたし、そんなの嫌だよ。自分を責めてもっと辛くなるお姉ちゃんなんて、見たくないよ。……だから、わたしはお姉ちゃんを勇気付けて…お姉ちゃんの心の傷を癒してあげて、それでお姉ちゃんと一緒に行きたい。…それが、わたし達の為にもお姉ちゃん達の為にもなると思うから」

 

初めは、ネプギアは何を言いだすんだと思った。でも…そうだ、確かにそうだ。ネプテューヌ達なら、過去に怯える自分達に甘んじる事なんてきっと出来ない。もしこのままネプテューヌ達無しで進めてしまったら、その後ずっとネプテューヌ達は自責の念に駆られてしまう。……なら…私達がすべき事は、ただ一つ。

 

「…そう、ね…えぇ、アタシもそう思うわ。お姉ちゃん達は、お姉ちゃん達だもんね」

「わたしだって、こわがってるおねえちゃんは見たくない…だから、えっと…ネプギアにさんせーよ!」

「うん…おねえちゃんに、元気になってもらいたい…」

「皆……イストワールさん!皆さん!お姉ちゃん達の事は、わたし達がなんとかします!だから…お願いします!」

 

そう言って、ネプギアは頭を下げた。この時皆がネプギアの言葉に反対の思いなんて持ってなかったのに、それに気付かず頭を下げていた。…だから、私達は顔を見合わせ……言う。

 

「…分かったよ、ネプギア。作戦はネプテューヌ達と一緒に行おう。……それに、ネプテューヌ達を助けてあげるのも、ね」

「……!ありがとうございますっ!」

 

ぱぁぁと表情を明るくするネプギアに、私は微笑みを見せる。…そう、助けてあげるのはネプギア達だけじゃない。私だって、ネプテューヌ達を助けたいって思う一人だから。…いや、助けたいじゃなくて…私は助けるんだ。私が本当に辛かった時、側にいてくれたネプテューヌを。あの時からずっと私の心の支えでいてくれている、皆の事を。……それが、友達ってものなんだから。




今回のパロディ解説

・「正気故だ、イストワール!〜〜」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの登場キャラの一人、ガエリオ・ボードウィンの台詞の一つのパロディ。…別にイカれているとは言われてませんけどね。

・16号
DRAGON BALLシリーズの登場キャラ、人造人間16号の事。自爆と絡めたネタなのですが、これだけだと伝わるか不安だったり…パロディネタも難しいものです。


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第八十一話 緑の誇り、黒の意思

プラネタワー内の一角、他国の偉い人や大切なお客さんに泊まってもらう為のVIPルームをユニちゃん達やノワールさん達は使っている。その中の一つ、ベールさんの使っている部屋にわたしは来ていた。

 

「…失礼しますね、ベールさん」

 

ノックをして、返事を受けて、部屋に入る。すると途端に紅茶の上品な香りが漂ってきた。

 

「…いい匂いですね、紅茶飲んでたんですか?」

「…えぇ、つい先程飲んだばかりですわ。もし欲しいのであれば淹れますわよ?」

「あ…じゃあ、お願いします」

 

わたしが椅子に腰を下ろすと、早速ベールさんが紅茶を淹れてくれる。…わたし達が報告をしている間ベールさん達と一緒にいてくれた皆さん(多分ベールさんにはアイエフさん一人、又はアイエフさんともう一人かな…)は、そういう事なら女神同士で話す方が良いだろうって席を外してくれた。

 

「…さぁ、入りましたわ」

「わぁ、綺麗な色…頂きますね」

 

わざわざソーサーに乗せてくれた紅茶を受け取って、何回か吹いて少し冷ました後に一口。するとすぐに深みのある味わいと仄かな苦味が口の中に広がって、つい頬が緩んでしまう。……けれど、ベールさんは何も言わなかった。普段ならしれーっと妹へ勧誘してくるベールさんが、いつもなら絶好のチャンスと見て仕掛けてくるタイミングで何もしてこなかった。

 

「…………」

「…………」

 

紅茶から目を離し、ちらりとベールさんの方を見てみると、ベールさんはどこか遠くを見るような目をしていた。紅茶と同じく(趣味に走らなければ)上品で、お姫様みたいなベールさんが物憂げな表情を浮かべる姿はまるで有名な絵画みたいだけど…今はそんな事を考えてる場合じゃない。そう思ってわたしはカップを置く。

 

「あ、あの、ベールさん…」

「……情けない姿を、見せてしまいましたわね」

「え……」

 

わたしとベールさんが声を発したのはほぼ同時。わたしの言いたい事が分かっていたのか、それともギョウカイ墓場前でベールさんの姿を見たわたしが来たから感情を揺さぶられたのか…とにかくベールさんは、わたしが訊く前からそう言った。

 

「一国の長たる守護女神が、揃いも揃ってこのざまとは…本当に情けないですわね、わたくし達は…」

「そ、そんな事…」

「ない、と?…では、ネプギアちゃんはあの時のわたくし達を女神として誇れまして?」

「…それは……」

「…意地の悪い質問をしてしまいましたわね…今のは忘れて下さいまし…」

 

この話はベールさんが切り出したものだけど、やっぱり言葉に覇気はない。わたしにとって守護女神の皆さんは全員尊敬する相手で、その尊敬している相手の一人がこんな意気消沈している姿なんて正直見たくはないけど…目は逸らせない。だってこれはわたしが言い出した事だから。意気消沈している姿を見る事より、この傷を引きずったままでいる事の方が嫌だから。

 

「…トラウマなんて、恥ずかしい事じゃないですよ。それを知られる事は確かに嫌ですけど…何かを怖いって思うのは、何も変じゃないですって」

「…えぇ、それは分かっていますわ。女神とはいえ喜怒哀楽があり、人間としての感性を持っている以上は同じなんですもの」

「ですよね?だから……」

「けれど、わたくし達は女神ですわ。人々の理想の体現者であり国の顔であるわたくし達は、同じであってもそれに甘んじてはいけない…なんて、何を偉そうに言っているのかしらね、わたくしは……」

「ベールさん…」

 

笑みを浮かべてくれたベールさん。でもその笑顔にあるのは、自虐の感情。ベールさんの言う事は立派で、何かおかしい点がある訳じゃなくて…すぐには言葉を返せない。

 

「……甘んじてはいけない、なんて…そんな自分を自ら縛る事をしなくても…」

「わたくしには必要な事ですわ。…わたくしは、ネプギアちゃんが思っているような非の打ち所がない女神じゃありませんもの…」

「えっと、それは…」

 

ベールさんのお嬢様っぽくない、人としても女神としてもちょっとアレな部分も知ってるわたしとしては、尊敬してはいるけど元から非の打ち所がない人だとは……って違う違う…。

 

「…ベールさんは非の打ち所がない女神じゃないのかもしれませんけど、それでいいじゃないですか。お姉ちゃんだって短所はありますし、わたしなんて駄目なところばっかりですもん。それに比べたら、ベールさんはそんな事しなくたって凄い女神ですよ」

「…優しいですわね、ネプギアちゃんは。…でも、それは出来ませんわ」

「それは、どうして…」

「女神だから、ですわ」

「……っ…」

 

それまではわたしと話していてもどこか上の空だったベールさんは、気付けばわたしを見ていた。ベールさんの中で何かが変わったかのようなその雰囲気に、わたしは一瞬気圧される。

 

「わたくしには、信仰して下さる方がいますわ。敬意を、期待を、愛情を向けてくれる人達がいますわ。ネプギアちゃんも知っての通り、わたくしは趣味に命をかけていますけど…本当に大切なのは、わたくしの本当の望みは……そういう方々の思いに応え、全ての方々を幸せにする事ですわ」

「…ベール、さん……」

「…だから…だからこそ……わたくしは、今のわたくしが情けなくて情けなくて仕方ありませんわ…そのような願いがありながら、大切な方々を思っていながら、恐怖に屈し、生娘の様に震える事しか出来なかったわたくしが…わたくし、が……っ!」

「……っ!」

 

堰を切ったように思いを吐露するベールさんは、ビクリと一度肩を震わせ…そして、わたしに背を向けた。今の自分を恥じるように、ベールさんの言う『情けない自分』を見られたくないように。…その姿を見たわたしは……何を自惚れているんだ、と自分で自分を叱りたくなった。

わたしは、ベールさんを元気付けようと思っていた。話を聞いて、気持ちを受け止めてあげて、その上で勇気付けてあげようなんて思っていた。出来るならば女神として言葉をかけてあげよう…そんな事を考えていた。……わたしは女神候補生で、ベールさんは守護女神だというのに。

 

(未熟なわたしの考えが、ずっと守護女神として国の守護と指導を続けてきたベールさんの思いをどうこう出来るなんて…そんなの、わたしの自惚れ以外のなんでもないよ…!)

 

女神としての言葉なんて、ベールさんに響く訳がない。知識も経験も意思も劣っているわたしが、ベールさんと同じ立場で話せるなんてあり得る訳がない。そんな思いで話していたら……わたしの気持ちなんて、絶対に届かない。それにわたしはやっと気付けた。だからわたしは、それまでの考えを捨てる。こう言えばいいんじゃないかとか、こういう流れで話そうだなんて浅い考えは……全部捨て去る。

 

「ベールさんは…ベールさんは情けなくなんてありませんっ!」

「……やはり、ネプギアちゃんは優し…」

「優しさで言ってるんじゃないです!」

「……っ…!」

 

いつもより小さく見える、ベールさんの背中。そこへぶつけるわたしの言葉は、元気付ける為のものじゃなくて、わたしの気持ちそのもの。

 

「だってベールさん、ずっと女神として恥じているじゃないですか!女神として甘んじる訳にはいかないって、期待通りの姿でいられなかったって、思いに応えられてないって!個人的な理由じゃなくて、ずっと誰かの為に自分を責めてる人のどこが情けないって言うんですか!?」

「ですが、理由はどうあれあそこで動けなかったのは…」

「そんなの当たり前です!あれだけ長い間、あれだけ辛い環境にいたら怖くならない方が異常です!わたしだったら耐えられなくて命を手放すか命乞いしてるかだって断言出来ますよ!」

「…わたくしだって、同じですわ…あの時はネプテューヌ達もいたから、ここで諦めたらきっと頑張ってくれている国民やネプギアちゃん達の行動が無駄になるからと思って…」

「…また、誰かの事を思ってじゃないですか。どんなに辛い時も、どれだけ自責の念に駆られて思っても、いつもベールさんの心には自分を思ってくれる『誰か』がいる。その誰かの為に、ベールさんは諦めずにいたり、その人達の事で責任を感じていたりする。…それって、本当に情けない事なんですか?」

 

ベールさんは何も言わない。情けないっていうのは感情的なもので、感情は主観だからどんなに理由を並べたってそう思うなら仕方のない事だけど…まだベールさんが自分を情けないと思っているなら、わたしは何度だって言おうと思う。情けなくなんか、ないって。

 

「…どんな事でも恐れず、何があっても心が揺らぐ事のない人がいたら、それは凄いと思います。きっとそういう人は、強いんだと思います。もしかしたら、そんな人が世界を救ってしまうのかもしれません」

「…だとすれば、わたくしやわたくし達守護女神はネプギアちゃんの目標にはなれませんわね…」

「いいえ、それは違いますよベールさん」

「違う…?」

「そうです。わたし、そういう人がいるならその人を凄いとは思いますけど…憧れはしませんから」

 

わたしは強くなりたいと思うし、お姉ちゃん達のように国を、世界を守れる女神になりたいと思う。……でも、わたしの憧れている姿と、今わたしがいった『凄い人』とはイコールじゃない。だって……

 

「…わたしの憧れは、お姉ちゃん達ですから。強くて、でも弱いところもあって、格好良くて、でも偶に残念な一面もあって、高みにいるような存在で、でも身近に感じられる……そんな完璧じゃなくても温かい、お姉ちゃん達のような女神にわたしもなりたいんです」

「…完璧じゃなくても、温かい……」

「はい。…それと、わたし…実はこれまでちょっと、ベールさんの事が怖いって思っていました」

「わ、わたくしを…?…それはもしや、妹からすればわたくしの妹勧誘は変質者の行為にしか見えていなかったとかそういう…」

「あ、ち、違いますよ!?妹関連とかそういう意味ではなく……いやそういう意味で身の危険を感じた事が無いと言ったら嘘になりますけど…」

 

何故このタイミングでベールさんはそこに触れるのか。今の流れで怖い、と言われたら自分の何が悪かったか考えたくなる気持ちは分かるけど…雰囲気微妙になっちゃったじゃないですか……。

 

「…こほん。わたしが怖いって思ったのはそこじゃなくて、ベールさんがいつもどこか一歩引いたような感じだったからです」

「…そう、見えまして…?」

「そう見えてただけでわたしの勘違いだったら謝ります。…でも、戦闘の時は勿論お姉ちゃん達と遊んでいる時もちゃんと状況を考えていて、ふざけていても暴走してる感じが他の人より薄いベールさんは、本当は皆に合わせてるだけなんじゃないかって、仮面を被ってるのかなって…お姉ちゃんがベールさんとは逆に全く裏表ない性格だからか、余計にそう思えたんです」

「…………」

「本当のベールさんは、わたしの尊敬しているベールさんとは違うのかもしれない。それが不安になって、ほんの少しベールさんの事が怖かったんです。……けど、今日分かりました。ベールさんは、わたしの思った通りの優しい人だって」

 

そこで一度言葉を切って、わたしはベールさんの前へ。一瞬わたしと目が合ったベールさんは顔を背けようとしたけど…それよりも先に、わたしはベールさんの手を握る。

 

「ベールさんは素敵です。格好良いです。尊敬してます。自分の事も周りもちゃんと見えていて、他人の為に理想の女神であろうとするベールさんは、もしわたしが一人っ子だったらお姉ちゃんになってほしいって思ってたかもしれない位…わたしの憧れの存在なんです」

「ネプギア、ちゃん……」

「…だから、情けないだなんて思わないで下さい。わたしも、アイエフさんも、チカさんも…皆ベールさんを情けないだなんて思っていませんから、ベールさん自身が自分を責めたりしないで下さい。ベールさんが皆の事を大切に思っているように、わたし達もベールさんを大切に思っているんですから……いつもみたいに、優雅に胸を張って下さい、ベールさん」

 

ベールさんの両手をわたしの両手で包んで、ベールさんの蒼玉の様に綺麗な瞳を見つめて、わたしの思いを言葉に乗せる。嘘偽りのない気持ちを、伝えたい願いを、ベールさんへ届ける。

今はもう、ベールさんを怖いだなんて思わない。ベールさんの優しさを知れたから。子供のわたしには大人のベールさんがそう見えていただけだって分かったから。ベールさんへの憧れが、これまで以上に強くなったから。

顔を逸らそうとしていたベールさんは、最後までわたしの言葉を聞いてくれた。そうして、わたしが言い切ってから十数秒が経って……ベールさんは、ゆっくりと息を吐く。

 

「……やっぱり、わたくしは情けないですわね」

「……っ…ベールさん…!」

「大切な、大事な人達の気持ちに気付けず落ち込んでいるなんて、女神としても人としても情けないですわ。──けれど、このまま自分を情けない情けないと卑下し続ける方が…よっぽど情けない事ですわよね、ネプギアちゃん」

「……!はい…!そうです、そうですよベールさん!」

「…わたくしはもう大丈夫ですわ。だから、手を離して下さいまし」

 

まだベールさんの顔は少し複雑そうで、完全にいつも通りってレベルではなかったけど…それでも、ベールさんらしい笑顔を浮かべてくれた。それだけでわたしは安堵感と嬉しさに包まれる。そして、言われた通りわたしが手を離すと…その瞬間、押し留めるのが限界に達したかのようにベールさんの瞳が潤み、すぐにベールさんの指が溢れかけていた水滴を拭い取る。……それは、間違いなく涙だった。

 

「あ……ベールさん…」

「…わたくしだって、泣きたくなる事はありますわ。…やっぱり、泣くのはわたくしには似合わないと思いますの…?」

「い、いえそんな事ないです!そういうところは親近感が湧いてむしろプラスですし、涙目のベールさんはびっくりする程可愛くてドキッとしちゃいましたから!もう全然大丈夫です!」

「な……っ!?も、もう!大人に向かって何を言い出すんですのネプギアちゃんは!」

「わあぁっ!?べ、ベールさん!?」

 

ベールさんが悲しそうな顔をした事で慌てたわたしは、なんだかとんでもない方向性でのフォローをしてしまった。当然ベールさんもわたしにこんな事を言われるとは思ってなかったみたいで、聞いた瞬間顔がみるみる赤くなっていく。普段は大空の炎適性がありそうな位包容力あるお姉さんみたいなベールさんが、子供みたいに顔を赤くして怒る姿はぐっとくるものがあったけど…すぐにわたしは肩を掴まれ、気付けば胸元へ抱き寄せられていた。

 

「と、年上をからかう悪い子はこうですわ!」

「むぐぐ…か、からかうつもりがあったんじゃ…後これ私欲も混じってません…?」

「…………」

「……あの…ベールさん…?」

「…感謝致しますわ、ネプギアちゃん。ネプギアちゃんのおかげでわたくし、女神は孤高で孤独の存在なんかじゃないという、一度大切な方々に教えてもらった事を思い出せましたわ」

「…ベールさんの力になれたなら、わたしも嬉しいです」

 

ぐぐぐっ…と呼吸困難なレベルで抱き締められていたのはほんの数秒で、すぐに優しく包み込むような抱擁に変わっていった。まだわたしの目の前にあるのはベールさんの胸で、顔は見えないけど…きっと今は、すっきりしたような表情をしてくれていると思う。

 

「…ネプギアちゃん、お願いを一つ…訊いてくれまして?」

「わたしに出来る事なら、勿論です」

「ふふっ。では、出て行く時にあいちゃん達を呼んで下さいまし。わたくし、皆さんに謝罪を…それにお礼も言わなくてはいけませんから」

「…分かりました。アイエフさん達を…って、あれ?…ベールさん、もしかして…」

「えぇ。ネプギアちゃんは、まだやる事があるのでしょう?…だから、お行きなさいな。わたくしはもう、ネプギアちゃんから力を貰いましたから」

 

そう、わたしにはまだやる事がある。だからどこかで断りを入れて出て行かなきゃいけなかったんだけど…まさか勘付かれてるとは思わなかった。…ほんと、ベールさんって凄いなぁ…。

 

「…じゃあ、行きますね」

「行ってらっしゃい、ネプギアちゃん」

「はい。行ってきますね、ベールさん」

 

ここはプラネタワー内ではあってもわたしの使っている部屋じゃないから、行ってきますと言うのはおかしいかもしれない。…けど、今はそう返したくなる気分だった。

手を振り、笑顔で見送ってくれるベールさん。その目尻には、まだ涙が浮かんでいたけど…もう心配はない。呼べばアイエフさん達は来てくれる筈だし……何より、ベールさんだもん。大丈夫に決まってるよね。

そんなどこか充実した思いを胸に抱きながら、わたしは部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

アタシのお姉ちゃんは、強い人。大変でも弱音を吐かず、辛くてもそんな様子は見せず、いつでも『国民の手本』であろうとする人。そんなお姉ちゃんはアタシにとって何よりも格好良い存在で、そういう姿を見る度アタシも頑張らなきゃってこれまで思えていたけど……今日は、違う。

 

「…それで、そのワレチューって奴の撃破はいつ行う予定なの?その時までには身体を完治させておきたいから教えて頂戴」

 

傷付いたお姉ちゃんの力になろうと、お姉ちゃんが使っている部屋に来たアタシ。けれど、部屋にいたお姉ちゃんは普段通りだった。ギョウカイ墓場の前で見たあの姿はどこにもなくて、もう今後の事を考えているような言動をしていた。

 

「…………」

「…ユニ?予定はまだ決まってないの?」

「あ、うん…まだ具体的な日程までは話してない、けど…」

「そう。けど体調なんて早めに治しておくのに越した事はないわよね。これからも体調管理には気を付けないと」

 

まるでいつも通りの声に、まるでいつも通りの表情。普通の人が見たら『なんだ、大丈夫そうじゃない』と思ってしまうだろう程お姉ちゃんには傷付いた様子がなくて、もうあの事をなんとも思ってないみたいな雰囲気だけど……そんな筈がない。そんな訳がない。だって、いつも通りと()()()いつも通りは全く違うから。

 

「…お姉ちゃん、無理しないでよ」

「無理?…あぁ、大丈夫よ。焦ったって完治が早まる訳じゃないって事は分かってるから」

「そうじゃなくて…」

「そうじゃない?…あ、公務の事?だったらそれこそ心配無用よ。私はユニよりずっと女神歴長いんだからね?」

「だからそうじゃなくて、アタシの話を…」

「そうでもないとなると…まさか私がネプテューヌやベールみたいに『捕まっていた間見られなかったアニメややれなかったゲームを徹夜で消化する』なんて事すると思ってる?そんな事はこの私がする訳──」

「お姉ちゃんっ!」

 

誤魔化そうとする、話を逸らそうとするお姉ちゃんにアタシは声を荒げる。…こんなお姉ちゃんは、らしくない。けれど、お姉ちゃんらしい。会話は明らかに変だけど……弱みを隠そうとするのは、お姉ちゃんがいつもしている事だから。

 

「…無理、しないでよ。ほんとは辛いんでしょ?あの事、隠してるだけなんでしょ?」

「…無理なんてしてないわ、大丈夫よ」

「そんな嘘じゃ騙されないよ。…アタシ達、家族なんだから」

「…気遣いありがとね。けど、私は本当に大丈夫だから気にしなくていいのよ」

「本当に大丈夫なら、お姉ちゃんはこんな積極的にアタシに話しかけてきたりしない…違う?」

「そ、それは…ほら、姉妹で会話が少ないのはどうかと思って…」

「……お姉ちゃん…」

 

追及しても、不審な点を指摘しても、お姉ちゃんは打ち明けようとしてくれない。…それが、悲しかった。世の中話せば何でも気が楽になる訳じゃないし、話す事自体辛いって場合もあるけど……それでもアタシはお姉ちゃんの妹だから。一番近しい存在の筈だから。それなのに話してくれない事が、アタシとお姉ちゃんの間に壁があるかのように感じて……悲しかった。

 

「…やっぱり、アタシはまだ頼りないのかな…」

「え……?」

「アタシがまだ頼りないから…打ち明けられるような相手じゃないから、お姉ちゃんは隠そうとするの?…それなら、悪いのはアタシだよね…」

「……っ…そうじゃない…そうじゃないわ…」

「本当に?アタシ、自分の弱さをちゃんと受け止められる位には成長したんだよ?…だから、頼りないのが原因ならそう言って。頼りないだけなら自分のせいだって納得出来るけど、頼りない上に負担をかけるような妹にはなりたくないから」

「…そんな事…ない…ユニ、私は貴女の事を頼りない妹だなんて…」

「…だったら、お願い。話せない理由を言って。もしお姉ちゃんがアタシをちょっとでも評価してくれているなら、アタシに……」

「……出来る訳、ないじゃないッ!」

「……っ!」

 

それは跳ね除けるような、拒絶するかのような言葉。歩み寄りたかったアタシを否定する、酷く残酷な言葉。それにアタシは傷付きかけた。アタシはそこまでお姉ちゃんにとって近付けたくない存在だったのかと、自己否定しそうになった。…でも、背を向けそうになったアタシを、次の言葉が引き止めた。

 

「貴女には…ユニにだけは話せない、話せないのよ…!」

「…それ、って……もしかしてアタシが、お姉ちゃんに憧れてるから…?」

「……!…どう、して…それを…?」

 

アタシがそう言った瞬間、お姉ちゃんはビクリと肩を震わせた。もう誤魔化す事も忘れて、アタシの答えが合っている事を裏付けるような事を言った。……あぁ、そっか…そうだよね…それなら、アタシだからこそ…話せないよね…。

 

「…分かるよ。だってアタシ、お姉ちゃんの妹よ?お姉ちゃんを一番近くでずっと見てきた、誰よりお姉ちゃんに憧れてるお姉ちゃんの妹だもの。…分かるよ、それ位は…」

「ユニ……」

 

アタシは、それまで立っていた場所からお姉ちゃんが座るベットへと近付いて、その隣に腰を下ろす。もしかしたら、お姉ちゃんは離れようとするかもしれないと思ったけど…そんな素振りは微塵もなかった。

 

「……えぇ、そうよ…私が話せなかったのは、ユニが私に憧れてるって知ってたから。私に夢を抱いて、私を目標に頑張ってくれてるって知ってたから…」

「…自分に憧れてくれてる相手に、弱いところは見せたくなかったの…?」

「違うわ。…ううん、それもあったけど…一番は、ユニを幻滅させたくなったの…。ユニの前では…私を尊敬してくれる人の前では、どんなに辛くたって、どんなに苦しくったって…理想の女神でいたかったのよ…」

 

アタシのお姉ちゃんは、強い人。…でも、今アタシの目の前にいるのは、女神ブラックハートじゃなくてアタシのお姉ちゃん、ノワールだった。アタシと同じで素直じゃなくて、強がろうとして、大事な人にちゃんと気持ちを伝えるのが苦手な、アタシの性格の元になったお姉ちゃんだった。

 

「…幻滅なんて…幻滅なんてしないよ!だってお姉ちゃん、ずっと頑張ってきたじゃない!これまでも、捕まっていた間も、ずっとずっと頑張ってきたじゃない!それを、たった一度少し挫けた姿を見せられた程度で幻滅する程、アタシの憧れは弱くなんてない!」

「でも、私は…私はあの時怯えてたのよ…?捕まってた時の事を思い出して、もしまた捕まったらって怖くなって、一歩も動けない位恐怖に飲まれてたのよ…?そんなの…少しなんてレベルじゃないわ!私は女神なのに、国の守護者で人の理想の体現者なのに…私は……っ!」

「それでもアタシはお姉ちゃんに憧れてるよ!お姉ちゃんは今でもアタシの憧れる、最高のお姉ちゃんだよ!」

「……──っ!」

 

お姉ちゃんの肩を掴んで、アタシの方を向けさせる。普段のアタシならまずやらないような事をされて驚くお姉ちゃんを前に、アタシは思いの丈を乗せて言葉を紡ぐ。ただ、今は伝えたかった。自分で自分を責めるお姉ちゃんに、そんな事はないって、憧れの気持ちは消えてないって。

 

「アタシは生まれてからずっとお姉ちゃんに憧れてるの!お姉ちゃんの強さも、真面目さも、厳しさも、その中にある優しさも全部全部!こんな事言ったらお姉ちゃんは怒るかもしれないし、アタシを信仰してくれる人には申し訳ないけど…アタシはお姉ちゃんみたいになりたくて女神の務めを頑張ってるの!勿論それだけじゃないけど、その気持ちは確かにあるの!だから……あの一件だけで幻滅して、憧れなくなるなんて事は…絶対にないわ!」

「…ユ、ニ……」

「…それにね、お姉ちゃん。お姉ちゃんにはきっと釈迦に説法だろうけど…憧れとか信仰って、される側がどうしたかじゃなくてする側がどう思うかなんだよ?どんなに素晴らしくたって誰かには憧れられないかもしれないし、どんなに駄目だって誰かには信仰されるかもしれないのが、誰かへの思いなんだよ。…お願い、自分は幻滅されるって決め付けて思い詰めないで。お姉ちゃんをどう思うかは、お姉ちゃんを思う皆が決める事なんだから」

 

昔のアタシなら、お姉ちゃんにここまでちゃんと意見や思いは言えなかった。お姉ちゃんにそれは違うって言われるのが怖くて、お姉ちゃんの期待外れだって思われたくなくて、お姉ちゃんの言う事に素直に従っていた。…でも、今は違う。ネプギア達と沢山の経験をして、イリゼさん達に多くの事を教わって、アタシを信仰してくれる人達と触れ合って、自分なりに女神の在り方を考えてきたアタシは、もう昔の…お姉ちゃんに幻滅される事を恐れていたアタシじゃない。……って、なんだ…振り返ってみたら、アタシだってお姉ちゃんに幻滅されたくないって思いはあったんだ…ほんと、お姉ちゃんの影響受けてるなぁアタシ…。

 

「…アタシの言いたい事はこれだけだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんの思い違いは訂正するけどお姉ちゃんの思いそのものは否定しないし、今のアタシの言葉を聞いてもやっぱり自分は幻滅されるような存在だって思うなら、それも否定しない。お姉ちゃんの思いを決めるのは、お姉ちゃんだから」

「…………」

「でも、覚えておいて。アタシは今も憧れてるって。アタシみたいに一度の事じゃ全然揺るがない程お姉ちゃんを尊敬してたり憧れてたりする人は、沢山いるって。それは、絶対の事実だから」

 

お姉ちゃんの肩を優しく握って、お姉ちゃんの紅玉の様に綺麗な瞳を見つめて、アタシは言い切る。伝えたい事は、ちゃんと伝えた。アタシの思いは、全部お姉ちゃんに届けた。後はお姉ちゃん次第だけど…大丈夫。お姉ちゃんは、きっと…いや、間違いなく分かってくれる。だって、お姉ちゃんはアタシの憧れの存在なんだから。

そうして、アタシが言い切ってから十数秒が経って……お姉ちゃんは、自虐気味の苦笑いを浮かべた。

 

「……私、妹に叱咤激励されたのね…はは、まさかまだまだ私が指導してあげなきゃいけないと思ってたのに…」

「あ…べ、別にアタシがしたのは叱咤なんて大層なものじゃ…」

「──立派になったわね、ユニ」

「え…お姉、ちゃん……?」

 

ぽふり、とお姉ちゃんはアタシの胸元へと倒れ込んだ。肩を掴んでいるとはいえ力を込めてなかったアタシにはお姉ちゃんを押さえられなくて、まるでお姉ちゃんがアタシの胸元に顔を埋める様な体勢になっていた。

 

「ど、どうしたのお姉ちゃん?どこか具合が悪いの…?」

「違うわ、身体はどこも悪くない」

「じゃ、じゃあどうして…」

「…姉としての、最後のプライドよ。だから…少しだけ、私の顔を隠させて…」

「あ……」

 

そう言われた瞬間…ほんの僅かにだけど、胸元に温かな湿り気を感じた。思い返すと、顔を埋める直前のお姉ちゃんの瞳は、どこか潤んでいた様にも思える。初めアタシはそれに驚いたけど…何も言わなかった。それが何なのかは訊かなくたって分かるし、それを訊いたらお姉ちゃんの最後のプライドを踏み躙る事になってしまう。アタシはお姉ちゃんのプライドの高さも含めて憧れてるんだから、そんな事はしたくなかった。

お姉ちゃんが顔を隠していたのは、ほんの数分。殆ど声も出さなかったし、服も湿った以上にはならなかったけど……それでも、顔を上げた時のお姉ちゃんは、さっきよりも表情が明るかった。…目元が少し赤くなってたから、凛々しさはいつもよりなかったけど。

 

「…悪かったわね、ユニ。色々気を遣わせちゃって」

「いいよ、お姉ちゃん。アタシは妹で、候補生だけど……同じ『女神仲間』でもあるんだから」

「…言うようになったじゃない。ユニの癖に生意気よ」

「生意気なのは、お姉ちゃん譲りだと思うな」

「あ、それは確かに…ってどういう事よ!?私が生意気だって言いたいの!?生意気も何も、私国のトップよ!?」

「あはは、お姉ちゃんノリ突っ込み上手だね。…ネプテューヌさんや皆さんがお姉ちゃんを弄りたくなる気持ち、少し分かるかも…」

「ちょっと!?何私をからかう事に面白さを感じてるのよ!そんな事言うんだったら、今後は女神の指導してあげないわよ!?」

「アタシの今後に大きく関わる事をこんな軽い会話で!?ちょ、それは酷いよお姉ちゃん!先に煽ってきたのはお姉ちゃんだよね!?」

 

お互いに相手を煽って、その結果予想外の返しをされてテンパるアタシ達。さっきまでの雰囲気は何処へやらって感じだけど…こういう会話が出来る事が嬉しくもあった。こんな会話はお姉ちゃんが落ち込んでる時は出来る訳が無いし…そもそも、アタシとお姉ちゃんは冗談を言い合う事なんて滅多になかったから。

 

「全くもう…立派になったとは思ったけどユニ、貴女旅の中でしょうもない事も覚えたわね…」

「覚えたっていうかなんていうか…というかそれを言うなら、お姉ちゃん達だってそうでしょ?」

「それは、まぁ…否定出来ないのよね…はは……」

「アタシ達女神とそのパーティーって、一歩間違うと新喜劇の信次元支部みたいな感じになっちゃうよね…」

『……はぁ…』

 

顔を見合わせ、二人で溜め息を吐く。パーティーメンバーを悪く言う気はないし、アタシにとってもお姉ちゃんにとっても大切な仲間だけど…それとこれとは話が別。そして、完全に意見が一致したアタシ達は……つい笑ってしまった。

 

「…お姉ちゃん、もう大丈夫?」

「大丈夫よ。…ありがとう、ユニ。私はユニのおかげで自分と信仰の在り方を再確認する事が出来たわ。…そうよね、なんたって私は…女神ブラックハートなんだから」

「そうだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは女神ブラックシスターが、皆が憧れる女神なんだから」

「ふふっ。…ユニ、これからもラステイションを…ゲイムギョウ界を、守っていくわよ」

「…うん」

 

アタシは抱き寄せられ、優しく抱き締められる。それは凄く恥ずかしい事で、されるとは思ってなかった事だけど…アタシもお姉ちゃんの背中に手を回して優しく抱き締めた。

これは姉妹としては過剰なスキンシップかもしれない。きっと後でアタシもお姉ちゃんも何をしてたんだと羞恥心に駆られると思う。でも今は、こうしていたかった。だってこれは…気持ちを伝えるのが苦手で、素直になる事が中々出来ないアタシ達姉妹が出来る、最大限の思いの通わせ合いだから。




今回のパロディ解説

・大空の炎
家庭教師ヒットマンREBORN!に登場する要素の一つのパロディ。ベールの包容力からネプギアは言いましたが…女神である事自体が大空の炎適性になりそうですね。

・「〜〜ユニの癖に生意気よ」
ドラえもんシリーズの登場キャラ、ジャイアンこと剛田武の代名詞的台詞の一つのパロディ。ノワールとユニだと、冗談はこういうやり取りが殆どかなぁ…と思います。

・新喜劇
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の芸人によって構成される劇団、吉本新喜劇の事。パーティーフルメンバーでの喜劇…その内やってみたいです。


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第八十二話 白の思い、紫の勇気

ネプギアちゃんのことばをきいて、わたしもおねえちゃんに元気になってほしいって思って、ラムちゃんといっしょにおねえちゃんのへやに来たわたし。でも、わたしもラムちゃんもネプギアちゃんがゆうきをくれた時みたいなことばは思い付かなくて、だから……

 

「…え、と…ロム、ラム…?」

「ぎゅー…!」

「ぎゅー…」

 

わたしは右から、ラムちゃんは左からおねえちゃんをぎゅーってしてあげる。ぎゅーって、ぎゅーーって。

 

「……新しい遊び…?」

「ううん…」

「ちがうよ、おねえちゃん」

「じゃあ…誰かにわたしがどこかに行かないよう言われた?」

「それも、ちがう…」

 

おねえちゃんは、ちょっと困りがお。…でも、そうだよね…わたしだってラムちゃんやおねえちゃんがいきなりぎゅってしてきたら、うれしいけどなんでだろうって思うもん。

 

(どうしようロムちゃん…おねえちゃんまだあんまり元気になってくれてない…)

(うん…だから、次のさくせんやろ…?)

 

ぎゅーだけじゃ元気になってくれないかもって思ってたわたしは、ラムちゃんと…えっと…あいこんたくと…?…で話して、二人で考えてた二つ目のさくせんをていあん。ラムちゃんもすぐそれにさんせいしてくれて、わたしたちは一回おねえちゃんからはなれる。

 

「…満足したの?」

「…………」

「…………」

「……?」

「…じゃ、じゃーん!おねえちゃん見てみてー…?」

「お、おえかき…したのー…?」

「……何故に二人共疑問形…?」

 

わたしたちがおねえちゃんに見せてあげたのは、みんなとたびする中でかいたえのいちまい。…それ見せてどうするのって?…あのね、おねえちゃんはわたしたちががんばってかいたえを見せてあげると、うまくかけたわねって言ってにこにこしてくれるの。

 

「どう…?(どきどき)」

「あ…そ、そうね…いい絵だと思うわ。絵の中の貴女達の隣にいるのはネプギアとユニでしょう?四人の仲の良さがよく伝わってくるわ」

「でしょでしょ?ふふーん、これはわたしたちの中でもじしんさくなの!」

「うん…ネプギアちゃんとも、ユニちゃんとも…なかよくなれたの…」

 

二人でかいたえをほめてもらえて、どういうえなのか分かってもらえて、わたしもラムちゃんもすっごくうれしかった。うれしくなって、わたしもラムちゃんもにこにこになって、もっとほめてほしいなって思って……あ。

 

「ら、ラムちゃん…これ、ちがう…」

「…はっ!ほんとだ…うぅ、おねえちゃんの魔力すごい…」

「いや、わたしは何もしてないけど…」

「つ、次のさくせん…」

「お、おねえちゃんビスケットあげるー…?」

(また疑問形…というか、作戦……?)

 

おねえちゃんに元気にさせてあげようと思ってえを見せたのに、いつのまにか元気になってたのはわたしたち。あぅ…気を付けなきゃ、わたしたちがたのしいだけでおわっちゃう…。

ビスケットをあげたり、おねえちゃんがいないあいだにできるようになった魔法をおしえてあげたり、くすぐってみたり…わたしたちは考えてたきたことをぜんぶやってみて、とちゅうからはここで考えたこともめいっぱいやって、おねえちゃんを元気にさせてあげようとした。……でも、

 

「…二人共、何か辛い事があったの?」

『……っ…』

 

少しかがんで、下からわたしたちのかおをのぞきこむおねえちゃんは……わたしたちを、しんぱいしてくれてた。わたしたちはえんぎがへたっぴだから何かおかしいと思わせちゃったみたいで、おねえちゃんをしんぱいさせちゃった。

 

(ろ、ロムちゃん…どうしようロムちゃん…)

(そ、そんなかおしちゃだめ、ラムちゃん…)

 

ラムちゃんはだんだんあせってきちゃったみたいで、少し不安そうなひょうじょう。わたしもこのままじゃだめって気持ちがあって、その気持ちがわたしを不安にさせようとしてくるけど…がんばってがまん。だって、わたしとラムちゃんがそんなかおしたら、おねえちゃんはもっとしんぱいしちゃうもん。

 

「えと…お、おねえちゃん…」

「…今度は、何?」

「う…あ、その……」

「何か話したい事があるの?」

「んと…えっと…………お…」

「…お?」

「……おむね、おっきくなった…?」

「は……?」

「え……っ?」

 

なんとかしなきゃって思って、ひっしに考えて、でも思い付かなくて…けっきょくわたしは、うそをついちゃった。しかも……

 

「おねえちゃんおむねおっきくなったの!?いつのまに!?」

「え、い、いや…胸は相変わらず変化なし…って何が変化の無い胸だ!余計なお世話だってのッ!」

『ひぃっ!?』

「あ……ご、ごめんなさいロム、ラム…」

 

わたしがへんなことを言っちゃったせいでラムちゃんがびっくりしちゃって、それでおねえちゃんをおこらせちゃった。ひさしぶりにおこられて、わたしもラムちゃんもひっ…ってなって……けど、そのすぐあとにおねえちゃんが、すごくすごくしゅんとしたかおになって…わたしは、あんなことを言っちゃったのをこうかいした。……おねえちゃんを、元気にさせるために来たのに…これじゃ、ぜんぜんだめなのに…ネプギアちゃんとユニちゃんは、もっとちゃんとやれてるはずなのに……。

 

「…わ、わたしも…ごめん、なさい…」

「謝らなくていいわ……けど、代わりに一ついいかしら…」

「な、なに?」

「……悪いけど、今は一人にして頂戴…」

『……っ!』

 

ぽふん、とわたしとラムちゃんのあたまに当てられるおねえちゃんの手。おねえちゃんの手はあったかくて、やわらかくて、いつもはこうしてもらえるとふにゃって気持ちになるけど……今日は、心がずきんってした。

それは、おねえちゃんがいそがしい時とかつかれてる時とかにしてくれること。あそんであげられなくてごめんね、って時にやってくれる、おねえちゃんのやさしい気持ち。…でも、それをしてくれるってことは、おねえちゃんはやっぱりつらいんだってことで、なのにわたしたちにやさしくしてくれてるってことで、わたしが…わたしたちが、元気にしてあげなきゃなのに…いっぱいめいわくかけて、いやな気持ちにもさせちゃって、これっぽっちも元気になんて…させて、あげられなくて……

 

「…ふぇ…ふぇぇぇ……」

「え…ろ、ロム…?」

「ろ、ロムちゃん…」

「ふぇ…お、おねえちゃ…ごめ、んね…ぐすっ…」

「な、泣かないでロムちゃん…ロムちゃんに泣かれちゃったら、わたしも…わたし、も……」

「ら、ラムまで…二人共、どうしたの…?どこが痛いの…?」

 

なんにもおねえちゃんにしてあげられてないのがかなしくて、つらくて…気付いたら、ぽろぽろとなみだが止まらなくなる。同じ気持ちだったラムちゃんもわたしを見て泣き出しちゃって、それでまたおねえちゃんにしんぱいさせちゃう。だけどもう心の中がぐしゃぐしゃで、わたしたちはちゃんとなんてはなせない。

 

「ちがう、ちがうの…わたしたち、おねえちゃんに元気になって…ほしくて…」

「でも、ぜんぜん元気にしてあげられなくて…おねえちゃんに、つらそうなかおさせちゃって…ひっく…」

「え……じゃあ、貴女達はわたしと遊びたかったんじゃなくて…」

「ごめんね…ごめんね、おねえちゃん…」

「……ッ!ロム、ラム…っ!」

 

止まってくれない、わたしのなみだ。手でなみだをふくわたしとラムちゃん。ごめんなさいって気持ちしか伝えられなくて、それでもっとつらい気持ちになって、もっともっとなみだが出てきちゃって……そのうちにわたしたちは、おねえちゃんにだきしめられた。さいしょにわたしたちがぎゅーってした時よりもやさしい力で、つつみこんでくれるみたいに、ぎゅってされていた。

 

「…ぁ…おねえ、ちゃん…」

「二人は、そういう思いで…わたしの為に必死になってくれていたのね…ありがとう、ロム、ラム…」

「で、でも…でもわたしたち、なんにも…」

「その気持ちが嬉しいの…大切な妹が、愛する妹がわたしの為に頑張ってくれる…例えどんな事でも、その気持ちがあるだけでわたしは嬉しいわ…」

 

わたしたちをだきしめてくれるおねえちゃんの手はあったかくて、それだけでわたしもラムちゃんもしあわせだったけど…それじゃ、いやだ。ネプギアちゃんにゆうきをおしえてもらって、ラムちゃんとみんなといっぱいがんばって、ここまできたんだから……これでまんぞくするのは、いやだ。

ぐしぐしって、なみだをふく。まだかなしくて、つらいけど…おねえちゃんがぎゅってしてくれたから、もうちょっとがんばれる。一人だったらがんばれなかったかもしれないけど…ここにはラムちゃんがいて、おねえちゃんがいて…わたしが、いる。

 

「…おねえちゃん、こわい…?」

「…え……?」

「あそこに行くのは、こわい…?」

「……それは…」

「…………」

「……そう、ね…怖いわ。あんなに苦しい思いをしたのも、あんなに絶望に襲われたのも、これが初めてだから…凄く、怖いわ……」

 

おねえちゃんの手は、ちょっとだけどふるえてる。つよくてかっこいいおねえちゃんが、またふるえてる。…だからわたしは、もういちどおねえちゃんをぎゅってする。さっきおねえちゃんが、わたしたちのためにしてくれたみたいに。

 

「…だいじょうぶ。わたしたちが、いるから」

「貴女達が、いるから…?」

「…うん。おねえちゃん、わたしたちつよくなったの。あの時は、わたしもロムちゃんも足引っぱっちゃったけど…もう今はちがうわ。ロムちゃんは色んな魔法がつかえるようになったし、わたしも前よりずっとつよい魔法がつかえるようになったのよ?」

 

ききかえしに反応したのは、わたしと同じようになみだをふいたラムちゃん。ラムちゃんもまたおねえちゃんをぎゅっとして、わたしたちは二人でおねえちゃんへ気持ちをとどける。

 

「おねえちゃんには、わたしたちがついてるよ」

「だからねおねえちゃん、こわくってもだいじょうぶ」

「ロム…ラム…でも、わたしは貴女達の姉よ…そのわたしが、まだ小さい二人に頼るなんて…」

「…わたし、おねえちゃんの気持ち分かる。わたしも、ラムちゃんのおねえさん、だもん」

 

ラムちゃんとわたしとは双子だから、おねえちゃんとわたしたちとは少しちがうけど…それでも、わたしもおねえちゃん。だから、おねえちゃんの気持ちは分かる。

 

「わたし、ラムちゃんにたよるのいやじゃないよ?ラムちゃんはわたしにできないことがいっぱいできるし、わたしとラムちゃんはなかよしだもん。でも、たよってばっかりじゃラムちゃんがたいへんだから…その代わりに、いっぱいたよらせてあげてるの。…そ、そう…だよね…?」

「…ロムちゃん…せっかくロムちゃんいいこと言ってるのに、そこでしんぱいそうにしたらだいなしよ……」

「あぅ、そうかも…」

「でも、わたしもロムちゃんにはいっぱいたよってるわ。…おねえちゃん、おねえちゃんってたよるのはだめなの?わたしをたよってくれるロムちゃんは、まちがってるの?」

「…そんな事、ないわ…ロムがラムを頼るのは間違ってなんかいないし…わたしと違って妹を頼る事が出来るロムは、立派よ…わたしなんかよりも、ずっと…」

 

わたしたちのことをたよってほしい。それが、わたしとラムちゃんの伝えたいこと、わたしたちのねがい。

それを聞いたおねえちゃんは、少しかなしそうなかお。…それも分かるよ、おねえちゃん。わたしも「わたしなんか」って思うことあるもん。けど……

 

「…おねえちゃんも、りっぱだもん」

「うん。おねえちゃんも、りっぱ」

「……そう、思ってくれるの…?守護女神なのに怖いって思うわたしを、貴女達を頼れていないわたしを…」

『うんっ!』

 

おねえちゃんを二人でだきしめて、おねえちゃんのきんせいせきみたいにきれいな目を見つめて、わたしたちはふあんそうなおねえちゃんへ力いっぱいの気持ちでこたえる。おねえちゃんはりっぱだよ。だって、わたしとラムちゃんのだいすきな、わたしたちのおねえちゃんだもん。

 

「……そっ、か…わたしはロムとラムに、そこまで思ってもらえてたんだ…二人に、わたしは…こんなにも……」

「あ…お、おねえちゃん…」

「な、泣かないでおねえちゃん!まだつらいの?だったらもっとぎゅーって…」

「大丈夫よ…ロム、ラム…これは辛いんじゃなくて…嬉し涙だから…二人にここまで大切に思ってもらえてる事が嬉しくて出てる涙だから……」

 

すーっと目からこぼれたなみだを、おねえちゃんはわたしたちみたいに手でふく。それで、すぐに手をはなして…わたしたちに、にっこりえがおを見せてくれる。

 

「…ありがとう、二人共。まだ怖い気持ちはあるけど、辛い記憶は消えてないけど…でも、二人のおかげで勇気が湧いてきたわ」

『おねえちゃん…』

「…成長したのね、本当に。……今なら、少しなら…二人を頼れそうな気がするわ」

「うん、うん…!わたしたちを、たよって…!」

「たよってくれたら、二人ですっごいかつやくしちゃうんだからね!」

 

くるしそうだったおねえちゃんが元気になってくれて、たよってくれるって言ってくれて、わたしたちの気持ちがとどいて…すごく、すごくうれしかった。少しだけはなれて、二人でおねえちゃんの両手をにぎってぶんぶんしちゃうくらいうれしかった。ゆっさゆっさされてるおねえちゃんはちょっと困ったかおで、でもたのしそうにしてくれているのもうれしくて…わたしもラムちゃんも、うれしいことでいっぱいだった。

 

「も、もう…そんなに乱暴にしたら取れちゃうわ…」

「とれたら、なおしてあげる…!」

「と、取れた場合の想定するのは止めて頂戴…ラムならともかく、ロムが言うとあんまり冗談に聞こえないわ…」

「じゃあ、わたしがなおしてあげるー!」

「ラムはロム程治癒魔法が得意じゃないでしょ…喜怒哀楽がころころ変わるのは相変わらずね…」

「それはおねえちゃんゆずりだもーん」

「だもーん(にぱっ)」

「うぐっ…はいはい……」

 

(あんまりそんなつもりはないけど)きどあいらく?…がころころかわるのは、おねえちゃんといっしょ。ときどきふあんになるのも、こわいって思うのも、みんなでいるとすごくうれしいのも…ぜんぶぜんぶ、わたしもラムちゃんもおねえちゃんも、いっしょだよ…♪

 

「…ロムラム、貴女達がここに来たのはわたしを元気付ける為?」

「うん、そーよ。…あ、でもじゃあわたしたち…もうやることないの?」

「そう、かも…どうしよう…」

「…じゃあ、他の絵も見せてくれないかしら?貴女達が描いた絵は、まだまだ沢山あるんでしょ?」

「え、見てくれるの!?」

「勿論よ。二人の頑張って描いた絵、もっと見たいわ」

「ほんと…!?」

 

うれしいことはこれでおしまいかな?…と思ったけど、そうじゃなかった。見てくれるって言われたわたしたちは、すぐにほかのえもとりにいって、ドキドキしながらおねえちゃんに見せてあげる。つらそうなおねえちゃんはもういない。ここにいるのは、いつもみたいにやさしくてかっこいい、わたしたちのおねえちゃん。うれしいことはいっぱいあったけど…やっぱり、それがいちばんうれしかった。…やったね、ラムちゃん。

 

 

 

 

いつも元気で、考えるより先に身体が動く少女ネプテューヌ。その快活さはネプテューヌにとっての魅力で、ネプテューヌを構成する重要な要素の一つだと思うけど…今日ばかりは、その明るさも曇っていた。

 

「わたしね、こんなにはっきり怖いって思ったのは初めてなんだ」

 

私がネプテューヌの部屋に入ってから数分。それまで何となく、これと言って特筆する事もないやり取りをした後…唐突に、ネプテューヌはそう言った。

 

「これまでは強敵と戦いになっても何とか勝とうって気持ちとか、やられると不味いなって考えしか浮かばなかった。ユニミテスにやられちゃった時だって、あぁわたし死ぬんだ…って思っただけで、怖いとは思わなかったんだ」

「…うん、分かるよ。多分恐怖を一切感じてない訳じゃないんだろうけど…他の感情の方が、ずっと頭に浮かんでくるよね」

「そう、そうなの。…だからわたし、今回が恐怖の初デビュー。一作目から累計すると軽々二百話超えてるのに、今回が初デビューって凄くない?」

「そう、だね……」

 

いきなり始まった自分語りに、いきなりメタ発言が飛び込んできた。…それだけなら平常運転のネプテューヌだけど、表情にも声にも張りはない。ネプテューヌっぽい事を言ってはいるけど、ネプテューヌらしさがない。

 

「いやー、困っちゃったよ。英雄の帰還的な鳴り物入りでの復活なのに、初っ端からこれだよ?もう少し後なら成長イベかもって思えるけど、このタイミングじゃねぇ…」

「…このタイミングで成長してもいいんじゃない?」

「いやいやここは大活躍して『前作主人公凄ぇ…』ってならなきゃ駄目でしょ。わたし的には両軍のエースを次々と撤退に追い込んで、新主人公もすれ違いざまに一撃与えちゃう位の事キボンヌ!…なのになぁ…」

「いやそれだとネプテューヌ第三勢力になるし新主人公はネプテューヌの妹だしそもそもネプテューヌは前作主人公じゃなくて後半からの続投主人公扱いだしキボンヌってちょっと古いし…とにかくボケを一度に入れ過ぎだから…」

 

意外とネプテューヌは普段から考えて発言をしているのか、それともおふざけが身に染み付いているのか…発言内容のネプテューヌっぽさは衰えない。…今のところは、まだ。

 

「わたしからボケを抜いたらただの元気で可愛い女神になっちゃうじゃん?…ってあれ?これだとわたし、ボケ無しでも魅力たっぷり?」

「過分に自画自賛が含まれてるね…っていうかこのやり取りは前にもやったような気が…」

「女神の自画自賛はパッシブスキルみたいなものだからいーのいーの。ところでイリゼ、今日はなんか突っ込みにキレがないよ?イリゼの突っ込みは基本余裕なさそうなのが魅力なんだから、もっとテンション上げていこー!」

「…私は、ネプテューヌが抱えているものについて話したいかな」

 

落ち着いて、宥める様に言った瞬間ぴくりとネプテューヌの眉が動く。でも、あからさまな反応を見せたりはしない。…そうだよね、先に抱えてるものについて触れたのはネプテューヌなんだから。

 

「…それ、聞いちゃう?」

「聞いちゃうもなにも、ネプテューヌだって聞いてほしいんでしょ?こっちから振った訳でもないのに怖い、って言ったんだから」

「それはそのすぐ後にネタにする事で、もう何とも思ってないってアピールにしたかったのかもしれない…とは思わない?」

「思わないね。ネプテューヌが何とも思ってない…なんて事はないって、顔見れば分かるから」

「そっ、かぁ…イリゼって、わたしの事よく見てるんだね」

「私から友達思いを抜いたらただの素朴で可愛い女神になっちゃうからね。…あんまり気にかけてほしくなかった?」

「ううん、そんな事ないよ。……うん、やっぱり…イリゼなら、大丈夫だよね…」

 

腕を組んで、その後後ろを向いて少しの間考え込むネプテューヌ。そうして、何か自分の中で納得がいったかの様な言葉を呟いて、そして……

 

 

 

 

 

 

「…………怖いよ…怖いよぉイリゼ…っ!」

 

──振り返った時、ネプテューヌの瞳からはぼろぼろと涙が溢れ落ちていた。最初からずっとそうしてしまいそうだったみたいに、それを抑え込んでいた心の壁が一気に崩れ去ったみたいに、秘めていた辛さを解き放っていた。

 

「わ、わた…わたし、怖くて…動けなく、なっちゃう位怖くて…皆も同じように怯えてて…ぐすっ…皆でも無理なんだって思ったら、もっと怖くなっちゃって…それ…でっ……」

「…分かるよ、ネプテューヌの気持ち。私もギョウカイ墓場でマジェコンヌさんとユニミテスを足止めし続けてた時の事を思い出すと、怖くなるから。それよりずっと過酷な状況に、私よりずっと長い間晒され続けていたネプテューヌ達がそういう感情を抱くのは当たり前だよ」

 

泣きじゃくりながら話すネプテューヌを、私はゆっくりと抱き寄せる。私よりも小さな、少女そのもののネプテューヌの身体。…いや、ネプテューヌだけじゃない。ノワールも、ベールも、ブランも、皆個人差はあるけど皆やっぱり『女の子』で、女神としての部分が100%じゃない。…だから、放ってなんておけない。私も女神だし、友達だし……何より、私も一度救われたんだから。

 

「ねぇ、イリゼ…わたしは、どうしたらいいの…?わたし、知らないよ…自分で記憶は取り戻さないって決めちゃったから…わたしには、こんぱに助けてもらってからの記憶しかないから…分からない、よぉ…っ!」

「…ネプテューヌ……」

 

……記憶。その言葉に、私は一瞬胸を締め付けられる。私にとって記憶という単語は、一般的な意味の他に『存在しない過去』を意味する言葉でもあるから。今がある、友達がいるって思えるようになった今でも…過去を求める気持ちは、消え去った訳じゃない。

そして同時に私は気付く。常々自分の事を「ある意味で私が生きた時間はネプギア達と大差無い」と思っていたけど、積み重ねそのものと言える記憶を失ったままのネプテューヌもまた、私と似たような状態なんだって。その状態でずっと、記憶を取り戻さないと決めたあの日から頑張り続けてきたんだって。

 

「ネプギアの、お姉ちゃんなのに…皆、こんなしょうもないわたしの友達でいてくれるのに…だからわたしは、精一杯恩返ししたいのに…なのに…なんで、怖いって気持ちに負けちゃうの…っ!負けたくないのに…皆がいれば大丈夫って、いっつも思ってたのに…!」

「…無理に、勝とうとしなくたっていいんだよ」

「え……?」

 

そんな事を言われるとは思ってなかった、と言いたげなネプテューヌの顔。なんで、と答えを求めるネプテューヌの瞳。そんなネプテューヌの頭を安心させるように撫でながら、私は抱き締める。大事な、大切な友達を。

 

「それだけ怖かったって事だもん、辛かったって事だもん、仕方ないよ。…それに、ネプテューヌが怖いのは自分だけ?自分がまた辛い思いをする事だけが怖いの?」

「…違う…わたしは、自分も嫌だけど…皆にも、同じ思いはしてほしくない…!」

「ほらね。ネプテューヌは皆の事を思ってるからこそ、余計に怖いんだよ。辛さを知ってるから、皆の事を想像して恐怖が増幅されちゃってるんだよ。もし皆の事を思えば思う程、それに反応して恐怖も強くなるのなら…克服なんて、無理だよ」

「……っ…やだ…やだよ、そんなの…それじゃわたし、進めないよ…わたしは、乗り越えたいの…怖いけど、また前を向きたいの…なのに、克服は無理だなんて、そんなの…そんなのっ──」

「だから、ネプテューヌは私が守る」

 

強く強く、抱き締める。私の思いを伝えるように。怯えるネプテューヌの心が、崩れていかないように。

 

「ネプテューヌだけじゃないよ。ノワールもベールもブランも、ネプギア達もコンパ達もイストワールさん達も…皆々、私が守る。もう、ネプテューヌ達にあんな思いはさせたりしない」

「…イリ、ゼ……」

 

私がネプテューヌに伝えたい事は、初めから決まっていた。ネプテューヌにしてあげたい事は、決まりきっていた。……今度は、私の番だよ。

 

「覚えてる?ネプテューヌ。ネプテューヌが魔窟で私を救ってくれた時の事」

「…覚え、てる……」

「よかった。…あの時から、私は皆を守る女神だよ。あの時ネプテューヌが私を救ってくれたから今ここに私はいるし、だからネプテューヌには心から感謝してる」

「そんな、事…あれはわたしじゃなきゃ見つけられなかった訳じゃないもん…」

「だとしても、最初に見つけてくれたのはネプテューヌだよ。私に『今』を教えてくれたのは、ネプテューヌだよ。…これは私の気持ちなんだから、そういうものなんだって受け取ってよ」

 

昔話をしたって、今のネプテューヌの心に作用なんてしないかもしれない。…けど、理屈立てた言葉を並べるより、思いを乗せた言葉を紡いだ方がずっと相手に伝わる。それは理路整然とはしていなくても、気持ちはちゃんと届いてくれる。……そう、私は信じている。

 

「どんな事があっても、どんなに大変でも、私はネプテューヌを…皆を守る。どんなに苦しくても、どんなに絶望的でも、私は守り続ける。……私の今は皆がくれたものだもん、皆の為なら命だって惜しくないよ」

「…それは、駄目だよ…自分の命を犠牲にするなんて、絶対駄目…」

「うん、だからそれは気持ちの上での話だよ。私もネプテューヌと同じで、最高のハッピーエンドを迎えたいからね。…だから、私が勇気をあげる。前を向けるように、進めるように勇気をあげる。私は沢山のものを貰ったから、今度は私が返す番。…だから、受け取って。私の思いを」

 

抱き締めたからって、物理的に何かが移動する訳じゃない。…でも、私は知っている。相手が大切なんだって思いが、それを相手に伝える事が、伝えられた相手の勇気になるって。思いが傷付いた心を癒し、救う為の力になるって。…それを教えてくれたのも、ネプテューヌだから。

 

「……まだ、ちょっと怖い…」

「なら、もう暫くこうしていてあげる。大丈夫だよ、私はいなくなったりしないから」

「…っ…イリゼ…イリゼ……っ!」

 

私の中を掴んで、私の胸元に顔を押し付けて涙を流すネプテューヌ。自分の思いを吐き出すネプテューヌを、私は最後まで抱き締め続ける。そして……顔を上げた時、泣き腫らしたネプテューヌの目元は赤くなっていたけど…その顔からは、曇りが少しだけど消えていた。

 

「……ありがとね、イリゼ…」

「気にしなくていいよ、ネプテューヌ。ネプテューヌは私の恩人で…友達なんだから」

 

ネプテューヌの前髪を軽く上げて、ネプテューヌの紫水晶の様に綺麗な瞳を見つめて、私は簡潔で…でも一番素直な気持ちを言葉にする。……友達だから、根底にあるのはこの気持ちただ一つ。

 

「…イリゼ、変わったね…初めて会った時と今とは、全然違う…」

「ふふっ、それも皆のおかげかな」

「……でも、ちょっと心配になるよ…イリゼはわたし達の存在に、比重を置き過ぎてる気もするから…」

「え……そう、かな…?」

「わたしの気のせいかもしれないけど、ね。…でも、心配だから…もしかしたらって思うから……」

 

すっ…とネプテューヌは私から離れる。離れて、大きく深呼吸をして、それで……

 

「……イリゼが無茶をしないように、しても大丈夫なように…わたしも、前に進むよ。イリゼが思ってくれるのにも負けない位…わたしだって、イリゼの事が大切だからね」

「…うん、私が何か危なかったら…その時は頼むね、ネプテューヌ」

 

……その時ネプテューヌが浮かべた笑顔は、取り戻した笑顔は…ネプテューヌらしい、私の大好きな笑顔だった。

これだけでネプテューヌが完全に立ち直れたとは思わない。私があげた勇気も切っ掛けに過ぎないだろうし、私の中で過去を求める思いが無くなった訳じゃないのと同じように、ネプテューヌ達の中でギョウカイ墓場での傷が残り続けてしまうのかもしれない。……でも、ネプテューヌなら、皆ならきっと大丈夫だって、私は信じてる。

 

「…お姉ちゃん、入ってもいいかな?」

「……ネプギア?」

 

それから約数分。ネプテューヌがちゃんと落ち着きを取り戻してきた頃、ネプギアが部屋へとやってきた。…その顔を見ただけで、分かる。ネプギアはベールの力になる事が出来たんだって。

 

「…お姉ちゃん、大丈夫?」

「…うん、大丈夫だよ。イリゼが勇気をくれたから…皆と前に進みたいって、思ったから」

「そっか…じゃあわたしは、一言だけ…えいっ!」

「わっ…ね、ネプギア…?」

 

私に頭を下げて、その後ネプテューヌの前まで行ったネプギアは、一言と言いつつネプテューヌを抱き締める。その行為に私とネプテューヌが驚く中、ぎゅーっとネプギアはネプテューヌをその手で包み込んで……

 

「……今のわたしはもう、お姉ちゃんの後ろを着いていくだけのわたしじゃないよ。だから……これからは、一緒に頑張ろうね」

「……うん。一緒に頑張ろっか、ネプギア」

 

私の思いと、ネプギアの思い。友達の思いと、妹の思い。これを受けて立ち直れないようなネプテューヌじゃない。私はそう信じてるんだから…これからは…ううん、これからも…皆で頑張ろうね、ネプテューヌ。




今回のパロディ解説

・〜〜ここにはラムちゃんがいて、おねえちゃんがいて…わたしが、いる。
機動戦士ガンダム00の主人公、刹那・F・セイエイの名台詞の一つのパロディ。高濃度圧縮シェアエナジーを全面に解放しそうですね、したらどうなるか謎ですか。

・「〜〜両軍のエースを〜〜一撃与えちゃう〜〜」
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、キラ・ヤマトの初介入時のシーンのパロディ。この後にネプテューヌは雪山でネプギアにぶっ刺され…たりはしません。


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第八十三話 絆の力

ネプテューヌ達四人が長い苦痛の中で負った心の傷は、女神すらも怯えさせその身を竦ませる程のもの。…けれど、四人は今ここに…ギョウカイ墓場の前に、再び訪れている。……それが、四人の出した答えだった。

 

「ユニ、周囲に敵影は?」

「ありません。少なくともスコープで見える範囲には野良のモンスターがいる程度です」

「了解。MAGES.、ロムちゃん、ラムちゃん、魔術的な罠や仕掛けなんかは?」

「反応無しだ。私に女神二人がチェックして反応無しなのだから、犯罪組織に稀代の大魔導士でもいない限り罠は無いと見ていいだろう」

「なら、突入の上での障害はないね」

 

飛んで空から索敵するユニと、三人で分担して探知を行う魔法使い組の報告を受ける私。…と、言っても問いかけたのが私というだけで聞いているのは私だけじゃない。私達女神全員と旧パーティー組…汚染ワレチュー(仮称)討伐作戦に出撃した全員が、今の報告を聞いていた。

 

「敵影も罠も無しなんて…明らかにおかしいね。まず相手のミス…って事はないと思うよ」

「そうね。墓場の中に誘っているのか、それとも既に墓場は放棄してるのか…いや、犯罪神復活の為にここは放棄出来ない筈。となると…前者になるのかしらね…」

「さ、流石本物の忍者さんと諜報部員さん…その抜かりない感じ、格好良いです」

 

マベちゃんにアイエフ、ネプギアのやり取りが聞こえた私は考える。アイエフの言う前者とはつまり、私達を入らせないんじゃなくて入らせた上で何かしらの対応を取ってくる、という事。双方同条件なら基本侵攻側より防衛側の方が有利だから、そのアドバンテージを活かそうとしてない時点で怪しいものだけど…ここまで来たんだから、今更二の足を踏んだってしょうがない。

 

「…よし、じゃあ突入しようか。皆、増援が来たらその時は頼むよ?」

「分かってるです。イリゼちゃん達も、何かあったら呼んでくれていいですからね?」

「ふふっ、そうならないといいんだけどね」

 

討伐作戦に出撃した全員と言っても、皆が皆突入する訳じゃない。内部に入って直接討伐を行うのは私達女神組だけで、コンパ達は増援対策と墓場の中で想定外の事態が起こった際に備えた別働隊として待機、そしてここに居ない新パーティー組は作戦中に国が襲われた場合の防衛担当…と、前回同様今回も戦力を分けて多方面に対応出来るようにしている。…まぁ、勿論国には軍がいるけど…行動の自由さ柔軟さが全然違うからね。

 

「…皆、まさかとは思うけど忘れ物したとかないよね?」

「んと…だいじょうぶ」

「そんなしょーもないことするわけないじゃない」

「だよね、じゃあ…」

 

 

「…行くよ、皆」

 

前置き…ではないけれどワンクッション置いて、振り返り……ずっとギョウカイ墓場を見つめていたネプテューヌ達へ、声をかける。

 

 

 

 

もしかしたら…と思っていたけど、元気を貰ったのはわたしだけじゃなかった。あの後こんぱ達もわたし達を心配して来てくれて、それでわたし達が思ってたよりは元気を取り戻してたからかおまけに叱咤もされちゃって…だけどそれが嬉しかった。…いや勿論わたしがマゾに目覚めたとかじゃないよ?そうじゃなくて…落ち込んでる時気にかけてくれて、元気付けてくれる家族や友達がこんなにもいるんだって事が、わたし達守護女神全員にとって嬉しくて……だから、わたし達は今ここにいる。

 

「…ね、皆。もう全く怖くない…って感じだったりする?」

「そんなの当然よ、って言いたいところだけど…正直、そうは言えないわ」

「勇気があっても怖いものは怖い…当たり前ですけど、それは避けられない宿命ですわ…」

「…けど、逃げ出す訳にはいかないわ。わたし達は、皆に背中を押してもらったんだから」

 

皆はわたし達を待っている。わたし達が、前に進むのを。ノワールとベールの言う通りそれは怖くて、情けない事を言えば帰っちゃいたい気持ちもあるけど…ブランの言う通り、背中を押してもらっておいて帰るなんて出来ない。出来ないし…そんなの、わたし達らしくない。

覚悟を決めて、歩み出すわたし達。大丈夫だって心の中で自分に言い聞かせて、ギョウカイ墓場内部への侵入口に近付いていく。……でも…

 

「……っ…!」

 

後一歩というところまで来て…どくん、と胸が締め付けられるような感覚が襲ってきた。胸だけじゃなくてお腹もキリキリと痛んで、吐き気のようなものを感じたわたしは右手で自分の口を覆う。息が乱れて、苦しさから胸の前で手を握って…わたし達は、また動けなくなる。

 

「…お姉、ちゃん……」

 

聞こえてくるのは、心配そうなネプギアの声。大丈夫だよって声をかけたかったけど…わたし達全員が苦しそうな様子を見せちゃったんだから、作り笑いでそんな事を言ったって安心してくれる訳がない。

苦しくて、また怖さが膨らんできて……そしてそれ以上に、悔しかった。勇気を貰ったのに、これじゃ何も変わってない。もう一歩前に進めなきゃ、皆の思いに応えられない。だからわたしは、わたし達は苦しくても前に進みたいのに……自分一人じゃ、乗り越えられない。

 

(……でも、それは分かってた…分かってた事、だよね…)

 

悔しいけど、悲しいけど…この恐怖がどうしようもない事は、もう分かってた。最初から諦めちゃうのは嫌で、ほんの少しだけ期待してたけど…やっぱり、無理だった。だからわたしは諦める。この恐怖を完全克服する事を。一人で前に進む事を。

 

「…………」

「……え…ネプテューヌ…?」

「…共有しようよ、皆。怖いって気持ちも、それでも前に進みたいって気持ちも…皆から貰った、皆の思いも」

 

わたしは右手を口元から離して、その手でノワールの左手を握る。するとそれだけで、ちょっとだけど楽になった。

 

「……そう、ね…ベール、左手を握らせてくれるかしら…?」

「…勿論ですわ。ブラン、わたくし達も手を…」

「…いいわ。繋がりは、わたし達の力だものね…」

「そ、それならわたし達も…」

「ううん、ネプギア。今はわたし達四人だけにさせて」

 

ノワールはベールと手を繋いで、ベールはブランと繋いで、ブランはわたしに手を差し出して…わたし達四人は、一つの円になる。この人数だと変な儀式をしてるみたいな感じだけど…でも、ブランとも手を繋いで、手と手の繋がりでベールとも一つになれた瞬間、すっ…と心の中が晴れていくのを感じた。思いを全部共有して、辛さも勇気も自分一人のものじゃないって手の温もりから感じて、わたし達を縛る恐怖の鎖が消えていくような気がした。

繋がりは、わたし達の力。それは本当にそうだと思う。ここにいるのも、ここまで来れたのも、繋がりの力。それが無ければわたし達はどこかの段階でマジェコンヌにやられてたと思うし……もしかすると、今もわたしは地面に刺さったままでモニュメント化していたかもしれないんだから。

 

(…ここで逃げたら、わたし達の絆がその程度だったって事になる。そんなの嫌だし……わたし達の絆に、上限なんか無い。…そうだよね、皆)

 

深呼吸を一つ。ここはギョウカイ墓場の前で、シェア的には全然良い環境じゃないけど……それでも息を吸うと同時に澄んだ何かが入ってきて、吐くと同時に溜まっていた何かが出ていくような気がした。

そうしてわたし達は手を離す。……もう、大丈夫だよね。

 

「…お待たせ。それじゃ、時間取らせちゃったわたし達が言うのもどうかと思うけど……行こっか」

 

怖いって気持ちはある。逃げ出したいって気持ちもある。けど、皆の思いに応えたいって気持ちや、わたし達の絆の強さを証明したい気持ちだってある。その気持ちは、後ろ向きな気持ちにも決して負けてない。わたし達の絆は、何物にも負けたりしない。だから、わたしは…わたし達守護女神は──前へ進む。

 

 

 

 

突入前、内部には罠なり何なりが備えてあるだろうと私達は思っていた。けれど、結論から言えばそれらしき物は何もなかった。少なくとも私達の突入ルートには何もなくて…気付けばもう、汚染ワレチューを目視出来る距離にいる。

 

「あれが汚染ワレチュー…でっか!『ネズミ=小さい』の概念を正面から覆すレベルじゃん!」

「シェアを纏う事で数倍…いえ、数十倍のサイズになるなんて……小さい物が、シェアで大きく…」

「うん、止めようブラン。それを考えたって悲しくなってくるだけだよ」

 

ネプテューヌ達は本来のワレチュー(比較対象)を見ていない訳だけど…それでも物凄く大きい鼠というのは驚きみたいだった。…後ネプテューヌとブランは自分の胸元見てたけど…それには触れないでおこう…。

 

「…あれ?ねーねーロムちゃん、アイツってあんなに大人しかったっけ?」

「ううん…もっと、あばれてた…と思う…」

「確かにうろうろはしてるけど暴れてはいないね…わたし達の事をまだ認識してないからかな?」

「どうかしらね。ちょっと行って理由訊いてきてよ」

「い、嫌だよ…そんな軽いノリで無茶言わないでよ…」

 

ここに来るまで色々あった守護女神組とは違って、女神候補生組はもう慣れたもの。あんまり余裕を持ち過ぎるのもよくないけど…ネプギア達は私と一緒に汚染ワレチューのタフさを目の当たりにしてるし、慢心する危険はないよね。…それより……

 

「…ここまで何もないとなると、まるで戦って下さいと誘われてるみたいだね…」

「誘われてる…だとすれば、ここで奴と戦うのは敵の思う壺かもしれませんわね」

「かもね…けど、だからって汚染ワレチューをこのままにしておく訳にはいかないよ」

 

この場にいる全員に目配せをして、女神化する私。気付いてないなら先手必勝…と初手から長剣ではない武器を精製して構えると、そこでノワールに声をかけられる。

 

「一つ頼みがあるんだけど…って、何よその益子家で代々使われてそうな大太刀は」

「これ?ほら、相手がスピードはそこまで高くないパワー型でしょ?だから大きい得物の方が有利かと思ってね」

「そ、そう…それで頼み事なんだけど…三分、いや一分でいいから私達に奴を観察する時間をくれないかしら?」

「…観察する時間?」

「えぇ。相手が曲がりなりにも犯罪神の力を宿してるなら、その動きをまず自分の目で見ておきたいのよ」

「それにわたくし達は久方振りの実戦。動体視力や戦術眼が鈍っていないか確認もしておきたいのですわ」

「あぁ、そういう事…私は構わないよ。皆はどう?」

 

戦いのプロである四人なら初見且つ身体が多少鈍ってても大丈夫だとは思うけど…当人がそう言うならそっちの方がいいに決まってる。そう思いつつネプギア達に話を振ると、やはり四人も頷いてくれた。

 

「わたしも大丈夫です。お姉ちゃん、焦らずにね」

「そうそう、三分なんて言わず十分くらいまかせてくれたっていいのよ?」

「三分と言わず十分って…何ともまぁ現実的な時間を提案するわね…」

「ラムちゃん、くればー…」

「あ…う、うん!わたしはげんじつが見える女なのよ!(くればーって何だろう…あそびにくれば?…のくればかな…?)」

「悪いわね、皆…それじゃあ一分間、頼むわ」

 

ブランの言葉に首肯して、ネプギア達も女神化。私とネプギアが前に立ち、ユニとロムちゃんラムちゃんは鶴翼の陣(三人だから陣と言えるか微妙だけど)を取って一歩前へ。そうして数秒待ち……汚染ワレチューが背を向けた瞬間、私とネプギアは地を蹴った。

 

「一発で倒す位の気持ちで行くよッ!」

「はいっ!」

 

一気に距離を詰め、左右から脇腹を斬り裂く私達。気付いていない汚染ワレチューは当然無防備で、相手の身体を刀の芯で捉えた感触が伝わってくる。……けど、与えた傷は私の想定よりも浅かった。

 

(……っ…前より、硬い…?)

 

斬った瞬間の違和感。けどすぐ後衛からの追撃が飛ぶ事を知っていた私は違和感を一先ず後回しにして大きくサイドステップ。私とネプギアが離れた瞬間に射撃と魔法が汚染ワレチューへと直撃し、先の斬撃を含めた苦痛で汚染ワレチューは雄叫びを上げる。…その叫びとは裏腹に、みるみるうちに傷を再生させながら。

 

「やっぱり、ただ攻撃するだけじゃ…!」

「でも、再生だってノーコストで出来る筈がない!まずはとにかく攻撃を……んな…ッ!?」

「え……!?」

 

歯噛みするネプギアに言葉を飛ばしながら、即私は次なる攻撃を…しようとした瞬間、汚染ワレチューの拳が飛んできた。当然それはロケットパンチ的な意味じゃなくて、技でも何でもないただの殴打だけど…巨体というのはそれだけで近接格闘の威力を増幅させるもの。その巨体によるブーストがかかった汚染ワレチューの殴打は強烈で、防御は出来ても衝撃で吹っ飛ばされてしまった。

 

「……っ!やぁぁぁぁッ!」

「ぢゅうぅぅぅぅ!」

「ふ…防がれた!?」

 

空中で翼を姿勢制御重視に可変させ、長い刀を地面に刺す事によって強引に身体を止める私。その間にネプギアは汚染ワレチューの正面へと周り、大上段から斬りかかったけど…汚染ワレチューは腕を交差させ斬撃を防いでしまった。そしてそのまま汚染ワレチューは腕を振り抜き、私同様ネプギアも弾き飛ばす。

 

(この動き…もしや、暴走してない…?)

 

前回戦った時、汚染ワレチューはただ暴れているだけで的確な攻撃もまともな防御もしてこなかった。だからこそ攻撃も回避も容易だったし、再生によるタフさが無ければ前回の戦力でも十分倒せてた。……けれど、今の汚染ワレチューは違う。犯罪神のシェアエナジーを制御しているのか、それとも完全に乗っ取られたのかは分からないけど…今は、暴走していない。

 

「……いや、狼狽えるな私…例え相手の付け入る隙が一つ減ったとて、こちらにはそれ以上の有利があるッ!」

 

地面から刀を引き抜き、肩に刀身の背を乗せつつ私は再度突撃。それに合わせてユニ達が牽制を行ってくれた事で容易に後ろへと回る事が出来た私は、背中へ袈裟懸けを敢行。ギリギリで汚染ワレチューはそれに気付いたようだけどサイズ差から防御は間に合わず、背中に大きな傷跡が残る。…勿論、残っていたのは短い間だったけど。

 

「もう一撃…は無理か……!」

「イリゼさん、挟撃を!」

「任せてッ!」

 

振り返りざまの裏拳を後退で避けたところで聞こえたネプギアの声。その声と内容から大体の位置を察した私は刀を手放し、代わりに一番の得物である長剣を携え翼を三次元機動重視に可変させながら、即座にネプギアとは逆側へと滑り込む。ロムちゃんラムちゃんの放つ魔法で肩を撃たれた汚染ワレチューは僅かに動きが遅くなり…その隙を突いて、再び私達は脇腹を切り裂いた。

 

「…今、どれだけ相手のシェアを削れたと思います?」

「どうだろうね。イストワールさんの言う通り、ギョウカイ墓場からシェアエナジーを取り込んでるなら…」

「…プールの水をバケツで一回取った程度、でしょうか…」

「うん。けど……ここからは頼もしい味方が参戦するよ!」

 

ネプギアと合流し、射線の妨害にならないよう上昇した私。でも、その瞬間に駆け抜けたのは射撃でも魔法でもなく四条の光。紫、黒、緑、白の軌跡を残しながら汚染ワレチューへと肉薄し、再生が始まっていた両脇腹の傷を抉ったその光芒は…ネプテューヌ達四人に他ならない。

 

「待たせたわね、皆!」

「ほんとに約一分とは…皆も中々せっかちだね!」

「最低限のコストで最大限の効果を発揮する、これ位守護女神として当然の事よ!」

 

脇腹に追撃をかけた四人は更に一撃を与え、汚染ワレチューの前後左右にそれぞれで着地。戦闘の感覚を確かめるようにしながら武器を構え直し、すぐにまた汚染ワレチューへと向かっていく。…その姿には、もう怯え震える様子はない。

 

「……そういうところ、やっぱり皆は本物の守護者だよ」

「…イリゼさん?」

「ううん、何でもない。じゃ、ネプギア…ここからは作戦通りにいくよ!」

「分かりました、援護は任せて下さい!」

 

頷き合って、私は前へ、ネプギアは後ろへ。前衛五人、後衛四人のバランスの取れた体制になった私達は、本来のプラン…私達九人の総力で削り切るという単純明快な策を開始する。

 

「皆、候補生の遠隔攻撃は結構精密だから射線に入らないようにね!」

「こちとら魔法の国の女神だ、後衛の位置取り位感覚で分かるッ!」

「わたくしも敵しか見えない程視野が狭くはありませんわ!」

 

ノワールとブランが斬り込み、反撃をベールが潰し、ネプテューヌが隙を突く。ブランクをあまり感じさせない四人の存在は前と変わらず頼もしくて……この四人とまた戦える事に、私はつい笑みを浮かべてしまう。

…いや、それだけじゃない。ユニが点の、ロムちゃんラムちゃんが面の砲火を叩き込み、ネプギアがそれぞれの合間を埋めるという候補生組の支援も前衛にとっては頼もしいもので、私の教え子はこんなにも優秀なんだと思うとつい嬉しくなってしまう。……あぁ、全く…これなら負ける気がしないねッ!

 

「せぇぇぇえいッ!」

 

守護女神の四人に気を取られている汚染ワレチューの頭上に回り、敢えて眼前へと飛び込む私。突然注意の外にいた存在が現れた事で予想通り汚染ワレチューは驚き、更には元々汚染ワレチューの戦闘技能がそこまで高くなかったからか反射的な攻撃も来る事はなく、私は貰った!…と心の中でほくそ笑みながら横一閃。汚染ワレチューの目を両方纏めて搔っ捌く。

 

「あら、いつの間にかエグい攻撃するようになったのね」

「目って言ったって負のシェアで出来てる訳だし。それに…私はとある人との戦いのせいで、前よりちょっとだけ戦いに魅入られちゃったみたいなんだ…よッ!」

 

エグいと言いつつネプテューヌは額へ刺突。その勢いで頭が少し上を向いたのを見逃さなかった私は顎を蹴り上げ、更に顔を上へと向けさせる。大太刀が刺さったままだったネプテューヌは間接的に私の蹴りの衝撃を受ける形になったけど…守護女神はその程度対応可能の範疇内。振り回されるどころかその衝撃を利用し、大太刀で頭頂部へ向けて斬っていった。

私とネプテューヌの連携に続き、次々と汚染ワレチューの頭部へと攻撃が放たれる。どうも前回より硬くなったらしい汚染ワレチューも女神九人の攻撃の前では耐える事は出来ず、あっという間に汚染ワレチューの頭部は無残な状態となってしまった。

 

「わー、あたまのちぎれちゃったぬいぐるみみたい…」

「た、確かに…ロムちゃん、ラムちゃん、大丈夫?見てて気持ち悪くならない?」

「……?ならないよ…?」

「シェアエナジーが集まって頭の形とってるだけだから大丈夫なんでしょ。それこそ色の悪いぬいぐるみかフィギュアかにしか見えないし」

 

再生なんてさせないとばかりに頭部への攻撃を続ける候補生組。その容赦のなさにネプテューヌノワールブランは何とも言えない顔をしていたけど…流石にそれで集中力が途切れるような事はなかった。

……と、その時インカムが墓場の外にいるメンバーからの通信を受ける。

 

「あー、報告だにゅ。犯罪組織の残党っぽい部隊が襲ってきたにゅ」

「えっと、相手はモンスターとキラーマシンかなぁ…?」

「…了解ですわ、迎撃は出来まして?」

「あたし達だけで大丈夫!皆は目標達成を優先して!」

「数もあんまり多くないからね、わたし達だけで蹴散らすよ!」

 

サイバーコネクトツーの声が聞こえた次の瞬間には、風を切る音と粒子砲の音とがインカムから流れてきた。…って事は、向こうも交戦開始したんだ…。

 

「増援って事は…外部から部隊を展開して私達を後ろから叩くつもりだったのかしら」

「それなら大部隊で来る筈じゃないかしら?皆の声はわたし達を気遣って嘘を吐いたようには聞こえないし」

「なら、別の目的が…?」

「どうだろうな?…まぁ何れにせよ、わたし達のやる事は変わらねぇだろ」

「その通りですわね。この戦闘では短期決戦こそが必勝の策。…勝ちを掴むなら、このまま仕留めるのが最善だと思いますわ」

「…そうね。じゃあ皆……一気に決めるわよッ!」

『(うん・えぇ・おう、はい)ッ!』

 

見得を切り、号令をかけたネプテューヌ。乾坤一擲の攻撃を仕掛けるべく守護女神の四人は一度下がり、私だけが汚染ワレチューの眼前へ残る。

 

「犯罪神よ、これから始まる女神の連撃…とくと味わうがいいッ!天舞弐式・椿ッ!」

 

天舞弐式は着実にダメージを与える技。でも桁外れの再生力を持つ汚染ワレチュー相手には相性が悪く、傷を与えた側から再生されていくけど……それでいい。私は皆が準備を整える為の数秒を稼げれば、それで目的達成なんだから。

最後の一撃を打ち込んだ瞬間、私は蹴りで弾かれる。でもその頃には…もう皆、準備万端だった。

 

「全力全開!いっけぇぇぇぇぇぇッ!」

 

四方に分かれたネプギア達による、四方向同時攻撃。二条のビームと二つの氷塊が凄まじい勢いで汚染ワレチューへと突進し、その身体を潰さんとばかりに砕いていく。

激しい閃光と、爆発。並みのモンスターなら跡形もなくなるであろうその四重攻撃はそれだけでも強力だったけど……まだ、ネプテューヌ達が残っている。

爆風を切り裂くように肉薄する三つの影。三人の持つ刃が、ビームと魔法の残光によって煌めきを放つ。

 

「喰らいやがれッ!ゲッターラヴィーネッ!」

「わたくし達が来たのが運の尽きですわッ!ディンブラストームッ!」

「亡霊は闇へと帰りなさいッ!ボルケーノダイブッ!」

 

四方向からの遠隔攻撃に続き、三方向からの近接攻撃。ネプギア達の攻撃だけならまだ再生する余地があったであろう汚染ワレチューも、その直後に同じく強力な攻撃を受けてしまえばひとたまりもなく、粘土が千切れるが如く腕や胴の一部が吹き飛んでいく。

既に頭部は壊滅的で、それ以外の部位も跳ね飛ばされ蹴散らされた汚染ワレチュー。それでも再生力はその身体を元に戻そうと足掻きを見せていたが……その真正面へとネプテューヌが降り立った時、最早勝敗は決していた。

 

「これで終わりよ!クリティカルエッジッ!」

 

汚染ワレチューへと放たれた斬撃は、素早く鋭く力強い。最早虫の息だった汚染ワレチューにその攻撃を受け切るだけの余裕なと微塵もなく……ネプテューヌが背後で止まり、軽く大太刀を振った瞬間汚染ワレチューは真っ二つとなった。

左右に倒れ、崩壊する様に消えていく汚染ワレチューの身体。常軌を逸した再生力すら九人の…私達女神の前には敵わず、そこに残ったのは意識のないワレチューただ一匹だけ。どういう意図で犯罪神の力がワレチューを乗っ取ったのか、撃退する様子を欠片も見せなかった犯罪組織の残党は何を考えているのか……今はまだ残る謎も少なくはなかったけど、この戦いで私達が勝利した事は──紛れもない、事実だった。

 

 

 

 

「ワレチューはやられたか…」

「犯罪神様のお力添えがあったとはいえ、所詮はネズミ。この結果は妥当だろう」

 

イリゼ達女神が去った後、戦場となった場所に現れた二つの影…マジック・ザ・ハードとトリック・ザ・ハード。彼女等達にとってワレチューは味方だが…その声に、ワレチューへの慈しみはない。

 

「もし奴が幼女であれば、我輩は身を持って守っていた…悪く思うなワレチュー。貴様が幼女でないのがいけないのだ」

「ふん…それよりもトリック、例の準備はどうなっている」

「最終調整に入ったところだ。もう少しで実用可能になるだろう」

「そうか、ブレイブには?」

「言っておらん。この我輩ですらこれには些かの罪悪感があるのだ、ブレイブに伝わった日には内乱が起こるだろう」

「急げよトリック、でなければ犯罪神様をお待たせしてしまう」

「…あぁ、分かっているさ」

 

マジックの言葉に頷くトリックだが、その思いにまでは同意していなかった。もし彼が思った事を全て言ってしまう性格ならばこう言っていただろう。……この狂信者、と。

 

「…ジャッジは滅された。組織としての戦力も落ちた。犯罪神様の復活が近いとはいえ、ヘマをすれば取り返しはつかなくなるだろう。貴様の趣味は貴様の勝手だが……下らん理由で、犯罪神様の復活を妨げるなよ?」

「勿論だ。だが……もう一度我輩の思いを下らんと言ってみろ。その瞬間から貴様は…敵だ」

「……解せん奴だ、貴様は」

「アクククク、それはお互い様だろうに…」

 

そうして別れるマジックとトリック。四天王という守護女神と同数の面子を持つ彼女達だが…その関係性は全く違うのだという事を、今の会話が如実に表していた。




今回のパロディ解説

・益子家
刀使ノ巫女に登場する家系の一つの事。イリゼが使ってたのなあんな感じの刀です。絵的にはルウィー姉妹又は女神化前のネプテューヌが使った方が良かったかもですね。

・ゲッターラヴィーネ、ディンブラストーム、ボルケーノダイブ
原作シリーズのアニメ版のノベライズ、TGS炎の二日間にて三人が行った技の順番のパロディ。これを解説なしで気付けた方はかなり凄いかな、と思います。

・「亡霊は闇へと帰りなさいッ!〜〜」
機動戦士ガンダムUCの主人公、バナージ・リンクスの台詞の一つのパロディ。これは原作小説でしか言っていないようですね、展開的にも合いませんし。


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第八十四話 過剰なる女神の戯れ

ギョウカイ墓場での汚染ワレチュー撃破から数時間。目標を達成した私達は、増援部隊を返り討ちにした旧パーティー組と一緒にプラネテューヌへと帰還した。その日はそのまま解散となって、翌日の午後にまた私達は集合し…今に至る。

 

「いーすんさん、ユニちゃん達を呼んできましたよ」

「ありがとうございます。皆さん、昨日はお疲れ様でしたm(_ _)m」

 

守護女神奪還以降はよく使うようになった会議室に集まった、私とネプギア達と教祖さん達。今後の各国の指針を確認するのが今回の目的、という事でコンパ達は来ていない。

 

「あれくらいわたしたちにかかればよゆーよよゆー」

「ラムちゃんの、言うとおり…(どやっ)」

「まぁ、そうでなくては困るね。犯罪神の力の一部相手にすら女神九人で戦って負けるようなら、その時点でもう僕達の未来は絶望的だ」

『…………』

「……?」

「……ケイ、絶望的なのはゲイムギョウ界の未来じゃなくてアンタの空気の読めなさよ…」

 

ケイさんは何か間違った事を言った訳じゃないけど…発言内容が好ムードに水を差し過ぎだった。これが勝って兜の緒を締めよ的な内容だったならともかく…ケイさんは色々と独特過ぎるよ…。

 

「ま、まぁとにかく…これからするのは国のトップとしての会議ですよね?だったらどうしてお姉ちゃん達はいないんですか?しかも朝から姿を見かけませんし…」

「ネプテューヌさん達は、今天界にいるんですよ(´∀`)」

「あ、そうなんですか。……え、そうなんですか?」

 

文面的にはほぼ同じな発言を二度行なったネプギア。でも一回目は理解を示す意図、二回目は訊き返す意図という違いがあった。

 

「それは私も初耳…天界で何かあったんですか?」

「いいえ、天界へ行ったのはお姉様達の意思よ」

「何でも昨日の戦闘で自分達の身体の鈍りを痛感したらしく、早朝から勘を取り戻す為の模擬戦を行いに行ってるんです」

「あぁ…言われてみると確かにそうだったかも…」

「あの動きでも鈍りを感じてたんだ…流石お姉ちゃん達…」

 

昨日のネプテューヌ達の動きは久し振りの戦闘とは思えない程洗練されていて、戦闘能力ガタ落ち…なんてレベルではなかったけど、それでも本人達的には気になっていた…ってことかな?…口に出したユニは勿論、今女神候補生全員から尊敬の感情を抱かれてるよ、皆。

 

「わたし達もお姉ちゃん達を見習わなきゃなぁ…それじゃあ、会議には参加しないんですか?」

「いえ、してもらいますよ。なのでイリゼさん、ネプテューヌさん達を呼んできてもらっていいですか?(>人<)」

「あ、はい。どの辺りにいるかって分かります?」

「さぁ…ですが、ここのシェアクリスタルの間から転移出来る場所の近くにいると思います。わざわざそこから離れる理由もありませんからね(・ω・`)」

 

聞いてはいないけど、模擬戦の場所に天界を選んだのは気兼ねなく全力を発揮する為。その観点からも遠くへ行く理由は思い付かないし…飛べば簡単に見つけられるかな。

という事で私とネプギアはシェアクリスタルの間へ。

 

「悪いね、門の精製を頼んじゃって」

「いいんですよ、プラネテューヌの女神であるわたしの方がずっとシェアエナジーの消費が少ないですし」

「そっか。じゃ、お願いね」

 

こくんと私の言葉に頷いたネプギアは、転移門の精製を開始。大分前に門の精製方法を学んでいたネプギアはすんなりと門を作り、どうぞと前を開けてくれる。それに今度は私が頷き…転移門へと足を踏み入れた。

 

(天界か…行くのはマジェコンヌさんとの最終決戦以来だなぁ…)

 

マジェコンヌさんがまだ負のシェアに…犯罪神の力に汚染されていた頃の事を思い出しているのも束の間、実質ワープという事もあってあっという間に天界へ到着。…相変わらずシェアの生み出す力って凄いよね。

 

「さて、ネプテューヌ達は…あっちか…」

 

飛ぶ前にまず見回そうかなと思っていた私は、そこで早速戦闘音を耳にした。で、その音のする方へ目をやると…やはりそちらにいたのはネプテューヌ達四人。…この距離じゃ大声出しても届かないかな…。

 

(全員一斉に戦ってるんだ…そういえば、四人が戦ってたのも天界なんだよね…)

 

私が目覚める前。ネプテューヌが記憶を失う前。四人はここで殺し合っていた。その場所で、今は仲間として模擬戦をしていると考えると…やっぱり、感慨深いものがある。……目覚める前の事を感慨深いって言えるのかどうかは怪しいけどね。

女神化して私は飛翔。ある程度飛んだところで声をかける。

 

「皆ー!今から今後の指針確認するから、一回戻ってきてもらえるかな……」

「そらよッ!」

「甘いッ!」

「え、ちょっ……うわわっ!?」

 

四人へ向けて声を上げた私。でもタイミングが悪かったのか、場所が悪かったのか……その瞬間ブランが投擲し、ノワールが大剣で弾いた戦斧が私に向かって飛んできた。…言葉を投げかけたら、武器を投げ返されたのです。

 

「え、イリゼ!?」

「わ、悪ぃ!大丈夫か!?」

「大丈夫…二人の力が加算された戦斧は重かったけどね…」

 

まさかこんなありがたくない偶然が!?…と面食らいつつも、反射的に長剣を展開し弾く事で何とか難を逃れる私。…この威力…気を抜いてたら大怪我必至レベルの模擬戦やってたね、四人は……。

 

「ほんとに悪い、イリゼ…」

「いやいや気にしないでよ、私無傷だし殆ど事故みたいなものなんだから。ノワールも『私が弾かないでいれば…』とか思わなくていいからね?」

「え、えぇ…それでさっき何か言ってた?」

「うん。話をするからプラネタワーに戻ってくれる?」

「となると…わたくし達がこちらへ来てからもうそれなりの時間が経ちましたのね」

 

昼夜での変化がない天界は、時計(特殊な場所だから電波時計はアウト)が無ければ時間の経過が全く分からない。で、私がもう午後だと話すと…皆揃って驚いていた。…時計位誰かしら持ってきてるだろうに…さては戦闘の熱に浮かされてずーっと戦ってたね…?

 

「ま、そういう事だから戻るよ、皆」

「分かったわ。…けど、折角だから戻る前にイリゼも少しだけ参加しない?」

「え、私も?」

「イリゼは鈍っていないし、今は前と戦闘スタイルが変わってるから、イリゼが参加してくれればわたし達にとっていい刺激になると思うのよ。…それに、わたしは一度貴女とも刃を交えてみたいわ」

「うーん、それは一理あるかもね…」

 

皆が自分と仲間の為に早く勘を取り戻したいと言うのなら私は極力協力してあげたいし、互いに本気で戦える守護女神の四人と模擬戦をするのは私にとってもいい刺激となる気がする。…それに、私も女神。最初からずっと仲間だったからこそ敵対する事のなかったネプテューヌと、一戦交えてみたい気持ちが無いと言ったら……それは嘘になる。

 

「……いいよ。今の私が皆の知ってる私とはひと味もふた味も変わってるって事、教えてあげる」

「へぇ、中々乗り気じゃねぇかイリゼ。これは面白くなりそうだぜ」

「変わっていくのはわたくし達も同じ事。ブランクがあるからと見くびっているのであれば、その考えを即改めさせてあげますわ」

「貴女と戦うのは初対面の時以来ね。…本当に強いのはどっちなのか、ここではっきりさせようじゃない」

「皆ほんとに好戦的なんだから…ま、それはわたしもだけど。さ、それじゃあ戦闘再開よッ!」

 

私達は挑戦的な笑みを見せ合い、高揚感を混じらせたネプテューヌの一声によって戦闘を再開させた。言うが早いかネプテューヌは大太刀で私達を薙ぎ払おうとし、それをベールが大槍の柄でガード。その次の瞬間には私、ノワール、ブランが一斉にネプテューヌへと襲いかかる。

 

「な……ッ!?さっきまで皆イリゼに対して対抗心剥き出しだったじゃない!なんでさらっと共闘してるの!?」

「それは貴女が四人纏めて狙ってきたからよッ!」

「恨むなら自分の選択を恨むんだなッ!」

「そうそう、模擬戦とはいえこれは…戦いだからねッ!」

「後ろから!?やったわねイリゼッ!」

 

辛うじて攻撃を避けたネプテューヌへと追撃する、ノワールとブラン。けれど私はそれに乗じず、敢えてワンテンポ遅らせて二人の背中へ襲撃を仕掛けると、二人は驚きの表情を浮かべ……気付けば私の後ろへもベールが迫っていた。

 

「共闘は一瞬にして崩壊する…戦いは非情なものですわね」

「そしてピンチがチャンスに変わるのもまた戦いよッ!」

 

背中を狙う者の背中を狙うという『裏の裏』をかいたベールと、共闘関係が崩れた事を感じ取って転身するネプテューヌ。全員が初手からフルスロットルの戦いは、相手が仲間であっても肌がひりつくだけの刺激があって……私達女神にとってそれは、心を踊らせるには十分過ぎる程の魅力だった。

 

(軽く打ち合う程度のつもりだったけど……これは、手を抜くには惜し過ぎる戦いだね…ッ!)

 

 

 

 

「待っていても全然来ないと思ったら……なんで呼びに行ったイリゼさんまで戦ってるんですか…」

「うっ…ごめんなさい……」

 

それから凡そ一時間。守護女神四人との戦いに全身全霊で興じていた私は……追ってやってきたネプギアに呆れられていた。

 

「イリゼはそういうところあるのよね、ネプギアもそれは頭に入れておかなきゃ駄目よ?」

「いや、呼ばれてるって知っていながらイリゼさんを誘って模擬戦続けたお姉ちゃんも似たようなものだから」

「あ、はい……」

「誘った時点でネプテューヌも十分抜けてる……」

「ノワールさん達三人もですからね?」

『ですよね……』

 

口を挟まなきゃいいのに言っちゃうものだから余計に注意されるネプテューヌ達。……あれ、なんかちょっと前にも似たような事があった気が…なんで私達は女神なのにナースさんや妹(後輩)にちょいちょい怒られてるんだろう…。

 

「全くもう…皆待ってますから、すぐ戻りますよ?…あ、わたしは誘われても参戦しませんからね?」

「わ、分かってるって…ところでさネプギア。悪いんだけど…後ちょっとだけ遅くなるって伝えてくれないかな?」

「…何かする気なの?」

「何かっていうか…ほら、女の子として汗びっしょりのままは嫌だしシャワー位は浴びたいなぁって…」

「あ、そういう事…それならシャワー浴びてるって伝えておくね」

 

シェアエナジーというのは便利なもので、女神化状態なら汗をかいていようとシェアで身体を綺麗に出来るんだけど……食事と同様、機能的な部分を賄う事は出来ても精神的なリフレッシュにまでは繋がってくれない。だから私達を代表して女神化解除したネプテューヌが頼み込むと、ネプギアも女の子として分かってくれたのか快諾してくれた。

 

「悪いわね。待たせた分は後日何かするとも伝えておいて」

「分かりました。それじゃ多分まだ門が開いたままだと思うので、早く戻りましょうか」

 

そう言ってネプギアは歩き出し、私達も(ネプテューヌ達は持ってきた荷物を持って)それに続いて転移門へ。そこからプラネタワーに戻った後、私達は大浴場……ではなくシャワールームへと向かい、そこの脱衣所で服を脱ぐ。そして……

 

『はふぅ……』

 

私達は貸し切り状態のシャワールームで、少し熱めのシャワーを浴びていた。……気持ちいい…シンプルに気持ちいい…。

 

「身も心も洗い流される気分ですわね…」

「え、それってベールの腐の部分も綺麗になっちゃってる感じ?」

「シャワー如きでわたくしの腐心が消えるとでも?」

「何を堂々と言ってるのよ…けど、こうしてると浴槽にも浸かりたくなっちゃうわね」

「浴槽にまで浸かったら眠くなりそうな気が…」

「イリゼでそうなら、朝から戦ってたわたし達は確実ね…」

 

シャワーの流れる音の中、髪の毛を洗ったり身体を洗ったりしながら駄弁る私達。あんまりゆっくりしてるのは待たせてる身としてよくないけど…ほら、急いで出て身体冷やしちゃったらいけないからね。それに女の子として身体の清潔さを疎かにするのもよくないし。

 

「そういえば…皆、お昼は食べたの?まさか食事も惜しんで模擬戦を?」

「流石にそこまではしないわよ、途中休憩取って食事はしてたし」

「って言っても食べたのはゼリー飲料だけどね〜」

「それは食事と言えるのかな…お弁当位頼めば誰かしら作ってくれたんじゃない?」

「お弁当にしたら、ゆっくり落ち着いて食べたくなるわ」

「あ、端から食事に時間かける気は無かったんだ…」

 

模擬戦の合間に食べるものとしてなら、ゼリー飲料は確かに良さそうだけど…それじゃとても心が休まるとは思えない。そこまでして模擬戦に熱を入れてたのは、全力でぶつかれる事に浮かれてたってのもあるんだろうけど……もしかしたら皆、私の想像以上に早く勘を取り戻さなきゃ…って思ってるのかな…。

 

「……皆、焦ったりしてない?」

「…わたくし達が、焦っていると?」

「ううん、確認じゃなくて質問。そんな事無いんならいいんだけどさ」

「焦り、ね…まぁ確かに、早く完全な状態に戻したいって気持ちはあるわ。私達は未熟だった筈の妹や他国の候補生の成長を見た訳だし」

「焦っているつもりはないけど…広義的には、そうなのかもしれないわね」

「そっか、皆は少しずつ成長したんだって過程を見てないもんね…」

 

私はネプギア達の成長が順風満帆だった訳じゃないと知ってるけど、四人からすれば知らぬ間に格段の成長を遂げ、自分達との差を(まだ大きく開いているとはいえ)大きく縮められたようなもの。そんな成長した候補生達を、姉や守護女神としての矜持を持ってる四人が見たら……そりゃ、自分達も負けてられないって気持ちになるよね…。

 

「…危ない橋を渡るような事はしないでよ?」

「大丈夫よ、私達がしてるのはあくまで身体の調子を戻す事なんだから」

「そうそう、それに忘れちゃったの?わたしは手を抜く事に関しては天下一品なんだよ?」

「…ネプテューヌってさ、がっつり手を抜くのは得意だけど『適度に』手を抜くのは苦手だよね…?」

「そういえばそうですわね。ネプテューヌは変なところで真面目さを発揮しますもの」

「えぇー…ここはわたしサイドに立ってよベール…それ言われたらイリゼ余計心配しちゃうじゃん…」

「わたくしが言わずとも突っ込まれてるでしょうに…こほん。…イリゼ、わたくし達は皆がどれだけの思いでわたくし達を助けてくれたのか、よーく分かっていますわ。そんなわたくし達が、馬鹿な真似をすると思いまして?」

 

一つ咳払いをし、衝立越しに私の方を向いてそう言ったベール。その後ろでは、ネプテューヌ達三人も(ネプテューヌとブランは背丈の関係でしっかりは見えなかったけど)力強く頷いていた。…四人からは、確固とした意志を感じる。焦りという衝動的なものではない、強い思いの下行動してるんだって感じ取れる。……そういう事なら、心配なんて要らないかな。

 

「…しないよね、皆はそんな事。なら…また模擬戦の相手が必要なら時間を作るから、時には私も頼ってね」

「えぇ、頼らせてもらうわ」

「うん、任せてよ」

 

聞こえる声音に、嘘や強がりは感じられない。だからこれはきっと、いつものような取り越し苦労で、いつものように私が心配し過ぎただけ。……でも、それ位はいいよね。気が回らなかったばっかりに誰かの無茶を見過ごすよりは、さ。

……と、ここまでは普通のシャワータイム。ここまでは別におかしな点のないやり取りをしていて…なんだか妙になり始めたのは、ここからだった。

 

「……?」

 

ふと横を見ると、何故かネプテューヌとブランが衝立に手をかけ覗く様にして頭を出している。ひょこりと手と顔の上半分だけが見えてる姿はちょっと可愛いんだけど……その視線からは凄く恨めしそうなものを感じた。

 

(何だろう…ノワールとベールに覗かれたとか?…まっさかぁ……)

 

一瞬そんな事を考えるけど、すぐにそんな訳ないと考え直す。ノワールはそんなタイプじゃないしベールは覗く必要もない、というかそもそも一緒にシャワー浴びてるんだから覗くも何もって話だよね。

なんて思った後、私は頭皮にシャンプーの泡が残ってないか確認したくて一度シャワーを止める。するとそのタイミングでカチャリ…という小さな音が聞こえてきた。

 

(…今のって、仕切ってある場所の扉を開けた音だよね?誰かはもう出るのかな────)

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁんっ…♡」

「ひにゃぁっ……♡」

(────!!?!?)

 

雷に打たれた様な衝撃を受ける私。え、ちょっ……い、いい今凄い変な声が聞こえてきたよ!?変って言うか艶っぽい声が聞こえてきたよ!?今のノワールとベールの声だよね!?何!?何!?ま、まさか男の人が入ってきて……

 

「おぉー!前からそうだろうなーとは思ってたけど、ノワールの胸もっちもちだね!」

「ゆ、指が完全に沈み込むなんて…くそっ、なんなんだよこのサイズは…」

(ネプテューヌとブランだったぁぁぁぁああぁぁああああっ!!?)

 

嘘ぉ!?痴漢か暴漢かと思ったらまさかの友達二人だった!?何故に!?どういう経緯で!?一体何を思って……って、それかぁぁぁぁぁぁ!さっき恨めしそうに見てたのは二人の胸かぁぁぁぁああ!

あんまりにも驚きの展開を受け、私の思考は一気にパンク寸前に。あ、あぅあぅあぅ…なんかすっごい地の文がカオスってるけど我慢してね!?わ、私そんな余裕ないもん!

 

「ね、ネプテューヌ!?あ、貴女急に何を…あひっ…!」

「何って…あのさぁ、わたしとブランはさっきからずーっと胸がぷるんぷるん揺れる様子とか谷間にお湯が留まる様子を隣で見せられてるんだよ?わたしだって女の子なのに、格差をここまでまじまじと見せつけられてるんだよ?…いいよねぇ、わたし達と違ってつるぺたボディじゃない人は」

「ふぁっ…ぶ、ブラン…貴女そんな事しても、後で虚しくなるだけ……ひぃんっ…!」

「何もしなくたって十分虚しいんだよ!同じ女神なのに、片やこんな豊かで非の打ち所がなく、片や打ってもなんの弾力もない胸だなんて……不公平過ぎるだろうがッ!」

『そ、そんなの(私・わたくし)のせいじゃ……』

『はぁ!?』

『くひぃ…っ!』

 

シャワーの音に混じる、ノワールとベールの嬌声。恐らくは二人の胸を後ろから鷲掴みにしているのであろうネプテューヌとブランの声からは冗談の気配を感じられず、本当に襲っているかの様な雰囲気だった。

 

「…なんか揉んでたら変なテンションになってきた…ねぇ、どうしよっかブラン」

「そうね…そういえば胸は脂肪だった筈。……普段胸が重くて大変そうだし、少し楽にしてあげるのはどうかしら」

「わー、ブラン優しいね。ふふーん、それじゃあノワール…常日頃大変そうだし、わたしが楽にしてあ・げ・る♪」

「ひっ……や、止め…んあぁぁぁぁぁぁっ!」

「ベール、わたしは貴女を仲間だとも友達だとも思っているわ。……だから、恨むなら格差を恨みなさい」

「せ、せめて優しく……はひぃぃいぃぃぃっ!」

 

艶やかさを含んだネプテューヌの声と、冷たく容赦のないブランの声が溢れた瞬間……ノワールとベールの悲鳴とも喘ぎともつかない声が響いた。…そして気付けば、私は助けるとか宥めるとかの選択肢を全て忘れ去っていた。

そうしてシャワールームの中に嬌声が木霊する事数分。二人の声とやり取りから四人の姿を想像してしまって私が立ち竦む中、濡れた床に何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 

「はーっ…はーっ……♡」

「…ん、ぁっ……♡」

「ふぅ、すっきりした〜」

「やらずに後悔するよりはやって後悔する方がいい…意外と当たってるものね、これって」

(き、気付かないで…お願い私に気付かないで……っ!)

 

ベール程は勿論無く、ノワールよりもほんの少し小さい私の胸。でもネプテューヌやブランからすれば間違いなく『大きな胸』で、それはつまり二人の標的になるという事。気丈なノワールと芯の強いベールすら陥落させた今の二人に襲われたら……そう考えるだけで頭がぐるぐるして、なんだか身体が熱くなって…でも何より恐怖で脚が竦んでしまった。

どくん、どくんと心臓の鼓動が聞こえる。いつもの何倍も大きいその音は周りにも聞こえてるんじゃないかと思えて、こうしてる間にも二人が私の後ろに回り込んでるんじゃないかと恐ろしくなって……でも、二人は来なかった。

 

「……けど、うん…確かにこれは後になって虚しくなるね…」

「言うなネプテューヌ…にしてもほんと、どうしてここまで差が付くのか…」

「だよね…ネプギアはそれなりにあるのに、どうしてわたしはこんなちんちくりんなの…?」

 

ぺたぺたと素足で濡れたタイルを歩いたような音のした後、そんな二人のやり取りが聞こえてきた。二人に私を襲う気はないのだとそのやり取りで分かった事で、少し気持ちに余裕の出来た私はゆっくりと首を動かす。すると見えてきたのはシャワールームの出口へ向かおうとしている二人と…………ゆらり、と幽霊のような動きで立ち上がった、ノワールとベールの姿だった。

 

「そんなのわたしに訊かないで……え…?」

「……?どうしたのブラ…あ……」

『…………』

 

腕を掴まれるネプテューヌとブラン。ブランは反射的に振り返って、ネプテューヌは振り向く最中にブランの腕が後ろにいる誰かから掴まれているのだと気付いて……硬直した。

 

「…の、ノワール…もう起きたんだ…」

「…………」

「べ、ベール…案外、回復早いのね…」

「…………」

「え、えーと…わたしもう出るつもりなんだ〜…だから離してくれると、嬉しいんだけど…」

「…………」

「せ、折角温まった身体がこのままじゃ冷えてしまうわ…ふ、二人も浴び直したらどう…?」

「…………」

 

引き攣った顔のネプテューヌとブランに対し、ノワールとベールは腕を掴んだまま何も喋らない。その様子はこの段階で襲われる可能性がほぼゼロになった私ですら背筋が冷えつく程のもので、シャワールームの熱気によるものとは別の汗が滲み出る。

 

「え、と…もしかして、怒ってる…?」

『…………』

「うん怒ってるよね、間違いなく怒ってるよね!よ、よーしブラン!ここは謝ろう!こういう時は謝るのが一番だよ!」

「そ、そうね!結局それが一番よね!さ、ネプテューヌ。声を合わせてせーの、ごめんなさ──」

「うふふ…あれだけして下さったのですから…」

「たーっぷりお返しをしてあ・げ・る♪」

『ひぃぃぃぃぃぃっ!?』

 

あたふたと慌てて謝ろうとした瞬間、二人はにこりと恐ろしい程の笑みを浮かべたノワールとベールによって衝立に区切られた内側へと引き込まれた。

 

「あらネプテューヌ、貴女自分の事をつるぺたなんて言ってたけど膨らみあるじゃない。ほんのりと膨らんでるのが貴女らしくて可愛いわよ?」

「や、やぁっ…の、ノワール許し…あ、ひぃっ…♡」

「確かに膨らみは僅かにある程度ですけど…すべすべで柔らかさもある綺麗な胸じゃありませんの。…そういえば知っていまして?揉まれる事でホルモンが分泌され、胸が大きくなるという説を」

「そ、それで大きくなるなら苦労はしな…うぁぁっ…♡」

「さてベール、上手い事捕まえてやったけど…まさかもう満足したとかはないわよね?」

「えぇ。百倍返し…とまでは言わずとも、数倍位はしてあげませんと」

『そ、そんなお返し要らな……』

『はぁ?』

『は、はぁぁぁんっ…!』

 

ノワールベールの時よりもあどけなさの残る喘ぎは、それが禁忌の側に近いからか先程よりも艶やかに聞こえてしまう。それにまた思考を掌握されかけた私だったけど……ついさっきもあった事が幸いして、私の思考は辛うじてショートするのを免れた。

 

(……っ…そ、そうだ…今なら逃げられる…!)

 

嬌声と興奮混じりの声が響く中で、私はドキドキする胸を必死に抑えて仕切りの外側へ。端にいた私は四人の前を通らなきゃいけないけど…今ならきっと逃げられる。どうにかなってしまいそうなこの雰囲気の中から、逃げ出す事が出来る。形としてはネプテューヌブランを見捨てる事になるけど…ふ、二人は自業自得だもん!

音を立てないようにしながら出来る最大速度で出口へと向かう私。後少し…後少し…後少…………

 

 

 

 

 

 

「────あっ…!?」

 

──足を滑らせて、転んだ。……ネプテューヌとブランが、ノワールとベールに襲われている真ん前で。

 

「…ぁ……い、イリゼ…」

「あらイリゼ、どうしたんですの?」

「べ、べべべ別になんでもないよ!?な、何でもない何でもない何でも…あぅっ!?」

 

考えうる最悪の場所に、最悪の状況でぶち当たった私はもうまともな会話すらままならない。もうとにかく早く逃げたくて、逃げなきゃ不味いと本能的に立ち上がり走ろうとして……私の両足首が、掴まれた。

床に顔をぶつけた痛みも忘れ、私は振り向く。そして見たのは……荒い息で必死に耐える二人の女神と、嗜虐的な笑みを浮かべる二人の女神の蠱惑的な表情だった。

 

「い、イリゼ助け…てぇぇ……!」

「逃げようと、するなんて…貴女も、二人の側なの…ね…」

「二人に掴まれちゃったわねイリゼ。…貴女はどっち側なのかしら?」

「その答え次第では…いえ、どの様な答えであっても…もうここは、魔窟なのですわよ?」

「あ…い……いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁあぁぁっ!!」

 

──ここから先にあったのは、混沌だった。タガが外れ、ただひたすらに目の前の胸を襲う……そんな混沌だけがシャワールームを包んでいた。

因みにその後、疲れ果てた事でやっと正気になった私達は随分と長いシャワーを終え、何とか会議に行くのだった。……行ってからは開口一番「か、顔赤いですよ…?」と心配されるし、その日はお互い恥ずかしくて顔もまともに見られなかったし……ほんと、私達何やってるんだろ…。




今回のパロディ解説

・「皆ほんと〜〜わたしもだけど。〜〜」
本作の原作のアニメ版における、ネプテューヌの台詞の一つのパロディ。アニメだとこの後捕まるんですよね…本作じゃこの後ネプギアに呆れられていますが。

・「〜〜戦いは非情なものですわね」
機動戦士ガンダムに登場するキャラ、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。シャアの台詞はほんとに色んなところで使えますね。

・百倍返し
ドラマ版半沢直樹の主人公、半沢直樹の代名詞台詞のパターンの一つの事。百倍返しをやられたら…その場合はR-18のタグを付けなければならなくなるかもですね、あはは。


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第八十五話 尋問は女神総出で

守護女神の奪還以降、女神は全員プラネテューヌに滞在していた。それは守護女神の四人が回復しきらない内に各地へ分散してしまうのは危険であり、こちらから攻勢をかける場合は集まっていた方が動き易いという判断がされていたから。

でも、戦況は膠着状態となった。既に犯罪組織が犯罪組織『残党』となった時点でこの表現は些か間違っているけど…とにかく軍や有志が会敵せずに戻る事や、残党による被害報告がない日が多くなってきた。そんな中で国の長であり象徴…そして信者にとっては待ち望んでいた存在である守護女神が、ずっと本国を不在にしているというのは宜しくない……そういう実情を考慮し、守護女神及び女神候補生は自国へ帰還するという事になった。

……と、いうのが私達が散々待たせた会議にて話された事。その会議中私達五人がずっと集中出来ずにいたのは…言うまでもないよね、はは……。

 

「明日で皆は帰っちゃうのかぁ…寂しいね、ネプギア」

「うん…でも、他国の国民さん達はやっぱり皆さんが自分の国にいてくれた方が安心すると思うもん。仕方ないよ」

「むー、ネプギアが大人になってる…」

「い、いやこういう事に関してはお姉ちゃんが捕まる前から変わってないと思うけど…」

「そうだっけ?…にしても、タイミング悪いよねぇ…」

 

先頭を歩くネプテューヌとネプギア。その後ろを着いて行く私達女神組。私達は現在、プラネタワー内にある諜報部管理下の一室へと向かっている。

 

「ロム、ラム、貴女達は来なくてもいいのよ?」

「いーの、ロムちゃんが来たいって言ってるんだから」

「うん…明日はかえらなきゃだから、もうちょっとネプギアちゃんたちといっしょにいたいの」

「正直わたしは行きたくないなぁ…行っても楽しくなさそうだし…」

「なら行かなくてもいいんじゃない?その場合諜報部の人に『他国の女神様は来るのに内の守護女神様は来ないのか…』って思われるでしょうけど」

 

何故私達が諜報部管理下の一室へ向かっているのか。それはこれから行う事の結果次第では、有益な情報が得られるかもしれないから。それはわざわざ女神がやらなきゃいけない訳でもないんだけど…直接情報を得たいという事で、皆が来る流れとなった。

プラネタワーの中を歩く事数分。目的地へ到着した私達は、場所が場所だから入っても大丈夫か確認を……しようと思っていたけど、ネプテューヌはノックもなしに開けてしまった。

 

「やあやあやってるかね?」

「と、突然何者だ…ってネプテューヌ様!?」

「そ、それにネプギア様と各国の女神様まで…」

 

行きたくなさそうだった様子は何処へやら。ネプテューヌがベテラン刑事みたいなノリで開けると、そこには取り調べ室の様な部屋が広がっており…そこでは諜報部所属の二人ともう一人……否、もう一匹がいた。

 

「げっ、女神が来たっちゅ…」

「げってアンタ…イリゼさん、やっぱアタシこんな奴にちゃんとした扱いは必要ないと思います。保健所連れてくのが妥当じゃないですか?」

「保健所!?お、オイラをなんだと思ってるんだっちゅか!?」

「害獣」

「ストレートに酷いっちゅね!…止めろっちゅ…とあるクマが保健所は警察より危険だって言ってたんだっちゅ…」

「どこの世界に生きてるの…ワレチューが太々しいのには同意だけど、保健所送りにしたら取引の反故になるからね。特務監査官として適当な事は出来ないよ」

 

ギョウカイ墓場で私達が倒した汚染ワレチュー。その中から出てきた(解放された)ワレチューを、私達は当初の予定通りプラネテューヌへと連行した。で、気絶していたワレチューはその後目を覚まして、けれど尋問を受けても全く口を割らず、埒があかないと色々対策を講じられた末に今へと至るのです。

 

「…で、なんだっちゅか。女神が来たってオイラは喋ったりしないっちゅよ」

「貴様…女神様、私もこいつは保健所送りが適切ではないかと思います」

「そう焦りなさんな新人君。悪いねぇ、うちの部下は少し血気が過ぎるんだ」

「え、あ…ネプテューヌ様……?」

「出た、ネプテューヌの刑事ネタ…」

 

さっきのノリといい今の台詞といい、どうも今のネプテューヌは刑事の気分のようだった。…えぇはい、諜報部の方々含めた全員で温かい目をしてますよ、今。

妙に手慣れた動きで椅子に座るネプテューヌ。ネプテューヌの中じゃ確固とした刑事像が出来てないのか、ベテラン刑事的発言をした次の瞬間にはどこからか取り出したデスクライトをワレチューの顔に当てる。

 

「うわっ、眩しいっちゅ…」

「吐いちまえば楽になるぞ…?」

「なんなんっちゅかそのキャラは…そんな事されたって話す気にはならないっちゅ」

「えー…じゃあ仕方ない。諜報部員さーん、カツ丼注文してー」

「え……鼠に豚肉を…?…いや私もカツ丼注文は一回してみたかったですけど…」

「でしょでしょ?だからカツ丼の出前を…」

「お姉ちゃん、それだとコンパさんを呼んだ意味が…」

「コンパちゃん!?コンパちゃんが来るんだっちゅか!?」

 

私達と違ってネプテューヌを敵としか思っていないワレチューは、そのノリを冷ややかに流していたけど…コンパの名前が出た瞬間、身を乗り出す程の反応を見せた。…だよね、こうなると思ってたよ……。

 

「うわー、話には聞いてたけど…これは相当こんぱにお熱だね…」

「当然だっちゅ!あんなに可愛らしいコンパちゃんを好きにならないなんてあり得ないっちゅ!」

「あーうん、可愛いって事には同意するよ?…まぁそういう事だから…いでよこんぱ!後あいちゃん!」

「何言ってんのよネプテューヌ…そんなドンピシャなタイミングで二人が来る訳が……」

「お待たせしましたです〜」

「ちょっとねぷ子、私をおまけみたいに言うんじゃないわよ」

『あった!?』

 

まるで本当に召喚をするかのように右手を掲げるネプテューヌに対し、ノワールがいっそ前振りみたいな突っ込みを入れた瞬間……ほんとに呼ばれていたコンパと、コンパを呼びに行ったアイエフが部屋の中へと入ってきた。

 

「……?皆さん、どうかしましたか?」

「な、何でもありませんわ…えぇとコンパさん、コンパさんは呼ばれた理由を…」

「聞いてますです。ネズミさん、お身体は大丈夫ですか?」

「こ、コンパちゃんがオイラの心配を…も、勿論だっちゅ!この通りピンピンしてるっちゅよ!」

「ふふっ、それなら一安心です。それじゃあネズミさん、ねぷねぷ達の為にお話して下さいです!」

「はうぁっ……!」

 

屈託のない笑みを見せるコンパ。その笑顔は私達からしても心の和む素敵なものなんだから、コンパにお熱なワレチューにとっては平然と受け流せる訳がなく……胸を撃たれたみたいに仰け反っていた。…キューピッドの矢でも刺さったかな…?

 

「コンパちゃんの笑顔…コンパちゃんの笑顔…コンパちゅあんの笑顔……」

「…話して、くれるですか?」

「話すっちゅ!さぁ何でも訊けっちゅ!」

「ひ、豹変が凄い…こほん。じゃあ…ギョウカイ墓場にこれといって戦力が配置されていなかったのは何故?」

 

女神組全員とアイエフの予想通り、ワレチューはころっと落ちた。それはもう、いっそ清々しい程に。全くもってそれは呆れてしまう事だったけど…それより今は情報を引き出さないとね。

 

「戦力?…あぁ…それは分からないっちゅ」

「分からない?しらばっくれるならコンパには帰ってもらうわよ?」

「ほ、ほんとだっちゅ!墓場周辺の情報収集を頼まれて、それを終えて帰ってきたら皆居なくなってたんだっちゅ!」

「…そういえば、そういう旨の発言を墓場でもしてた気が……」

「あの時はまだアタシ達に気付いてなかったみたいだし…お姉ちゃん、多分これは合ってると思う」

「そう。となると…敢えて知らされてなかった可能性があるわね」

「敢えてだとすれば、状況も加味して…目的は犯罪神の力の実験、ってところかしら。こちらの突入が知られていたとすれば、返り討ちにするつもりもあったのかもしれないけど」

 

知らされていなかった、という情報を元に、ノワールとブランは早速推測を立て始める。当の本に…本鼠であるワレチューはぽかんとしていたけど、知らされていなかった身なのだからそれは仕方のない事。

 

「まぁ、実際のところがどうなのかは後々検証するとして…ネズミ、現状での残存戦力と今後の動向を洗いざらいに話しなさい」

「残存戦力と動向?それなら……はっ!?お、オイラは今まで何を…」

「あ、正気に戻った…あいちゃん、やっちゃったね」

「え、私のせい!?」

「あ、危ないところだったっちゅ…まさか仲間の情報までべらべら話しかけるとは…」

 

ぶんぶんと首を振り、意識をはっきりさせるような素振りを見せるワレチュー。正気に戻った理由がアイエフなのかどうかはともかく…流石にそこまでワレチューも単純じゃないって事なのかもね。

 

「仲間って…アンタ悪党の癖に何言ってんのよ」

「悪党…確かにそうかもしれないっちゅね。けどオイラ、悪党とはいえ仲間や友達を売る事は出来ないっちゅよ」

「悪党の癖に義理堅いなんて…え、これまさか改心からのパーティーインフラグ?こんなネズミがパーティーインなんてわたしやだよ?」

「なんでさっきからこの女神はふざけてるんだっちゅ…とにかくオイラは仲間の情報を言うなんて事は断じてないっちゅ。諦めるっちゅね」

『…………』

 

 

 

 

「……こんぱ、説得してあげて」

「はいです。ネズミさん、平和の為に協力して下さいです!」

「オイラ平和と平和を愛するコンパちゃんの為に尽くすっちゅ!まずは元々ギョウカイ墓場にいた戦力っちゅ!」

 

上機嫌で仲間の事をべらべら喋る犯罪組織構成員。……前言撤回。ワレチューは単純だった。そして数分後、粗方情報を話し終えたワレチューはまた正気に戻り……落ち込んでいた。

 

「やってしまったっちゅ…やってしまったっちゅぅぅ……」

「あぅ、ネズミさんがしょんぼりしてるです…」

「流石にこれは気にする事ないよコンパ。今のはワレチューの自爆だもん」

「それより次は動向ですわ。戦力の情報からして貴方は幹部格ではないようですけど、それでも少しは聞いているのでしょう?」

「……オイラにこれ以上仲間を売れと言うっちゅか?…既にオイラは話してしまった情けないネズミ…だとしても、これ以上落ちぶれる訳にはいかないっちゅ!」

『…………』

 

 

 

 

「……先生」

「……?何が先生なのかは分からないですけど…話してくれれば対策が立てられて、沢山の人を救えるんです。だからネズミさん、もうちょっとだけお願いするです!」

「世の為人の為に活躍してこそネズミというもの!四天王の考えてる事は知らないっちゅけど、残党内じゃゲリラ戦を仕掛けようって話になってるんだっちゅ!あんまり成功する気はしないっちゅけどね!」

 

意気揚々に残党内での方針をべらべら喋る犯罪組織構成員。さっきは気にする事ないって言ったけど……ここまで単純だとちょっと哀れだった。…ああはなりたくないね…。

それから十数分後。意気込んでは喋り、落ち込んではまた喋りと最早狙ってやってるんじゃないかと思う位ワレチューはべらべらと喋り続け……結局私達が訊きたい事は全部話してしまった。

 

「ちゅぅぅ…オイラは…オイラって奴は……」

「ね、ネズミさん…」

「すっごい元気になったりおちこんだりいそがしいネズミだね、ロムちゃん」

「うん、ふしぎ……」

 

皆が呆れたり哀れんだりする中、本気で心配してあげてるのはコンパただ一人。後ロムちゃんラムちゃんはもう飽きてる感じだった。

 

「恋に流され、女神の卑劣な罠にまんまと嵌められ、仲間を叩き売り……はは、オイラなんてネズミ界の汚点、面汚しだっちゅ…」

「ネズミさん、物凄く落ち込んじゃってるです…もしかしてわたし、酷い事しちゃったですか…?」

「いやいや、こんぱは何も悪くないよ?ほいほい喋ったのはワレチュー自身だし」

「でも、罠に嵌めたって感じは確かにあるかも…これって、思いを利用した形なのかな…」

「おっと、こんぱに続きネプギアまで…うーん、わたしが優しい女神だから、周りの人も自然と優しくなっちゃうのかな?」

「はいはいそうですねー。…功績者であるコンパが気を落としちゃうんじゃ悪いし、ここは一つ何とかしてあげますか」

 

ネプテューヌの発言を軽く流しつつ、私ベールブランへ視線を送ってくるノワール。その視線で意図を理解した私達は、数秒思考した後ワレチューの側へ行き……耳元で囁く。

 

「そう気落ちする事はないわ。貴方は仲間を売ったんじゃない、仲間の身を案じてわたし達に情報を託してくれたのよ」

「な、仲間の身を案じて…?」

「面汚しだなんて自身を卑下なさらないで。貴方に口を割らせる為に女神が総出で来たのですから、むしろ大したものだと誇っていいのですわよ?」

「オイラは、誇ってもいい…?」

「というかそもそも、愛の為に喋ったんでしょ?恋した相手の為に全てを投げ打つなんて、男らしくていいじゃない」

「男、らしい……」

「コンパは心配してるよ?…仲間思いの心、女神を相手取っても引かない気概、愛に燃える男気を持つ、ワレチューをね」

「……ふ、ふふ…ふふふふ…」

 

ワレチューは囁かれる毎にワードを反芻し、少しずつ声のトーンが上がっていく。そして締めである私の言葉を聞き終えたところで彼は笑い出し……カッ、と目を光らせた。

 

「そうだっちゅ!オイラは嵌められたのではなく、全て自分の意思で選び取ったんだっちゅ!どうせこれも策略の内だろうっちゅけど、乗ってやるっちゅよ!コンパちゃんを心配させる訳にはいかないっちゅからね!」

「わぁ、ネズミさんが元気になったですぅ!」

「安心してほしいっちゅ、コンパちゃん!オイラは特性『ふくつのこころ』のワレチューっちゅ!」

「みたいですね。イリゼちゃん達も、ネズミさんを元気にしてくれてありがとうございますです!」

「ふふっ、この位なんて事ないよ」

 

ぱぁっ、と顔を綻ばせてくれたコンパに、私達は安堵。良かった良かった、やっぱり優しいコンパには落ち込んでほしくないもんね、と一仕事終えた充実感の中で、私達は微笑み合うのだっ──

 

「…おねえちゃん、えがおこわい…」

「わ、わらってるのにこわい…」

「何を言ってたのかは聞こえなかったけど…人身掌握、だよねきっと…」

「…やっぱり、女神としてやっていくにはそういう力も鍛えなきゃいけないのかしら…」

 

…………気付いたら、候補生組から複雑そうな顔で見られていた。…あれ、おかしいな…なんだか物凄い勢いで充実感が萎んでいく……。

 

『……はぁ…』

「あ、あれ!?今度は四人が落ち込んじゃったです!?」

「四人は身を削って元気を出させたんだよ…身を削る事になるって分かってなかった辺り、自爆とも言えるけど…」

「よかったわね、ねぷ子は誘われなくて」

「うん、一瞬ハブられたかと思ったけど…こういう展開ならむしろ助かったよ」

 

候補生の四人は複雑そうにしていて、ネプテューヌとアイエフは肩をすくめてて、諜報部の方はそもそも私達のノリに着いてこれてなくて……結果、私達を慰めてくれる人は誰もいなかった。…という訳で仕方なく、私達は傷の舐め合いでモチベーション復旧に勤めるのだった。

 

「あ、そのシーンは見てて悲しくなる感じだったから飛ばさせてもらったよー」

「お姉ちゃん、それは基本視点担当の人が地の文でフォローするやつだよ…」

「そういうルールって訳じゃないからだいじょーぶ!…で、ワレチューどうするの?」

 

紆余曲折あったものの、何とかワレチューへの尋問を終えた私達。となれば当然話はワレチューの処遇についてへ移っていく(別にこれはここで話さなきゃいけない事でもないけど)。

 

「色々話したんだから、減刑を望むっちゅ!司法取引を要求するっちゅ!」

「ネズミの癖に司法取引なんて生意気な…プラネテューヌはモンスターへ対して裁判権を適用させていたかしら?」

「え、えっとねぇ…ちょっと待ってね、思い出すから…」

「ネプテューヌには聞いていないわ。ネプギア教えて」

「あ、はい。解釈にもよりますけど、現行法では基本害獣の一種としての扱いなので適用されないと思います」

「よく覚えているのね。ロム、ラム、ネプテューヌ、ネプギアを見習うのよ?」

『はーい』

「はーい…って、わたしお姉ちゃんだよ!?妹を見習えと!?……いや今の流れだと言われても仕方ないけどさ!」

「…という訳だから、普通に考えたら司法取引以前に殺処分でしょうね」

「そ、そんな…あんまりだっちゅ、あんまりだっちゅうぅぅぅぅ!」

 

ブランの容赦ない言葉にワレチューは戦慄。普段物静かで声にもクールさが籠っているブランの言う『殺処分』は、結構ほんとに怖かった。

 

「何とかならないっちゅか!これはあまりにも非人道的だっちゅ!」

「鼠が人道を語るとは…しかしそうは言われても、貴方の語った事は正直そこまで有益じゃなかったし…」

「近況が分かったのだけはよかったけど、全体的に言えば捕縛した基地司令クラスの方が有益な情報持ってたものね」

「が、がーん…終わるんだっちゅか…?オイラはここでTHE・ENDなんっちゅか…?」

「……あ、わたくしのところである仕事について頂けるのでしたら助けてあげても宜しくてよ?」

「ほ、ほんとっちゅか!?それはどんな仕事だっちゅ!?」

「それはまだ公言出来ないので…ごにょごにょごにょ…」

「ふむふむふむ……ってそれは仕事じゃなくて実験動物だっちゅ!も、モルモットにする気っちゅか!?」

 

一瞬表情を輝かせたワレチューだったけど、それが保っていたのはものの数秒だった。…多分モンスター研究に関する事だね…確かに知性があって人の言葉も話すワレチューは研究対象としては逸材だろうけど…。

そんなこんなで話は進行。私達は半ばふざけてた面もあったけど、実際単なるモンスターとも人とも言えないワレチューをどう裁くかは問題であって、最終的には特例として扱うか法を考え直すかの二択…というかなり真面目な形に落ち着いた。

 

「どっちの選択をするにしても手続きとか複雑だし、何れにせよ流れで決める事ではなさそうだね」

「ですね。お姉ちゃん、一先ずは保留にするのがいいんじゃないかな?」

「そうみたいだね。と、いう訳でワレチューは保留!諜報部員さん、ワレチュー連れてっちゃって!」

「畏まりました。さあこい鼠!」

「い、嫌だっちゅ!殺処分だけじゃなく檻の中も嫌だっちゅ!ネズミなのに豚箱連れて行かれるのは嫌だっちゅー!」

「あ、またブタさん出てきた…」

「ブタばこってなーに?ふでばこのしんせき?」

「う、うぅぅ……ならせめて!これだけは言わせろっちゅっ!」

「わ、わわっ!?」

 

諜報部の方が両側からワレチューを掴み、連行すべく扉の方へ。その中でラムちゃんが子供らしい質問を口にし、それにブランが答えるという和やかなシーンで今回の話はお終い……になると思いきや、二人を振り切りワレチューはコンパの前へと迫った。

まさかコンパを人質に?と一瞬で意識を切り替える私達。けれどそんな私達の雰囲気にも気付かず、或いは何としてもチャンスを逃したくないという気持ちが強かったのか、ワレチューは大きく息を吸い込んで……

 

「こ、コンパちゃん!オイラ決して胸を張れるような事はしてこなかったっちゅけど、コンパちゃんへの気持ちだけは本物だっちゅ!だからコンパちゃん…オイラと、オイラと…オイラと結こ……」

『あぁ!?』

「あーっ!だ、誰っちゅか今ガラの悪い声でオイラのプロポーズを邪魔したのは……って、な、何で守護女神四人と+αが女神の姿になってるんだっちゅ!?」

「こんぱにプロポーズ?なら、わたし達五人を力でねじ伏せる位の覚悟は出来てるんでしょうねぇ?」

「なんでそうなるんだっちゅ!?え、ちょっ、待つっちゅ!オイラは女神とやり合える程の力はない……ちゅうぅぅぅぅうぅぅっ!!?」

 

──こうして、コンパにプロポーズを行おうとしたワレチューは私達の逆鱗に触れ、ぼっこぼこにされるのでした。お終い。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……しっかし今回は実質ワレチューで一話使っちゃったね。誰得回かな?」

「それは皆が思ってる事だから言わなくていいよ!っていうか久し振りに出てきたねこの終わり方!」




今回のパロディ解説

・とあるクマ
ギャグマンガ日和シリーズに登場するキャラ、クマ吉くんの事。司法的に捕まる動物のトップと言えば勿論彼。ワレチューは軽犯罪で捕まった訳じゃないですけどね。

・「〜〜けどオイラ、悪党とはいえ仲間や友達を売る事は出来ないっちゅよ」「……オイラにこれ以上〜〜いかないっちゅ!」
それぞれ原作の続編(V及びRe;birth3、VⅡ及びVⅡR)におけるワレチューの台詞。台詞だけじゃなく、捕まってコンパに言われて喋る…という展開自体がパロディなのです。

・ふくつのこころ
ポケットモンスターシリーズに登場する特性の一つの事。実際に持ってるのはにげあしとかあくしゅうとかでしょう。特ににげあしは本当に持ってる気がします。


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第八十六話 彼女の不思議な行動

お姉ちゃん達がかなり強引な尋問で情報を引き出した日の翌日。わたし達はプラネタワーの玄関先にいた。わたしやお姉ちゃん他プラネテューヌ組はお見送りの為に、ユニちゃん達は自国に戻る為に。

 

「ネプギア、しっかりネプテューヌの手綱を握ってなさいよ?ネプテューヌは何しでかすか分からないんだから」

「えへへ、それ程でもないよ?」

「褒めてないわよ…」

「あはは……」

 

額を押さえるノワールさんにわたしは苦笑い。お姉ちゃんの表面的な部分しか知らない人が言ったならお姉ちゃんにも良いところがあるんです、ってフォローするところだけど…ノワールさんはお姉ちゃんの良いところもちゃんと知った上で言ってる筈だもんね。

…と思っていると、ユニちゃんがお姉ちゃんの前へ。…なんだろう……?

 

「ネプテューヌさん、ネプギアの事お願いします。ネプギアも結構何しでかすか分からない面があるので」

「えっ……わ、わたしも心配されてる…?」

「あっはは、言われちゃったねネプギア。…でもよかったじゃん。こんな事、仲良くなくちゃ言ってもらえないよ?」

「そっか…そうだよね…ふふっ、わたし言ってもらえて嬉しいよ、ユニちゃん」

「なっ……!ち、違うわよ!あ、アタシは女神として他国の事も気にかけただけ!勘違いしないでよね!」

「おぉう、これはまた綺麗なツンデレが…ノワールノワール、わたしも実は心配してもらえて嬉しかったんだよ?ありがとっ!」

「なぁっ……!だ、抱き着くんじゃないわよ!わ、私だってイストワールやコンパ達が割を食う展開を危惧して言っただけなんだからね!」

 

わたしが微笑み、お姉ちゃんが抱き着くとユニちゃんとノワールさんは二人揃って顔を赤くしていた。そんな様子を見ていると、ついからかいたくなっちゃうんだよね(勿論ユニちゃんをだよ?お姉ちゃんはノワールさんを既にからかう気だけど…)。他の皆さんに半眼で見られてたから止めたけど…。

 

「ユニってば、ネプギアにああやって言われるとすぐわたわたするわよねー」

「……?…ラムちゃんも、たまにしてるよ…?」

「うっ…わ、わたしのはあれよ!…えっと…えーっと…ほっさ…?」

「発作!?えぇっ!?ラムちゃんわたしのせいで偶に発作起こしてたの!?」

「…そ、そんなにおどろくことだったの…?」

「あぁ……安心なさい、ネプギア。この様子じゃラムは適当に言っただけよ」

「そ、そうなんですね…よかったぁ…」

 

もう自国に帰ってもお互い頑張ろうね、とか充電器のアイデアを貯めておこうね、とか玄関先に来るまでに色々話していたのに、やっぱりわたし達は最後まで賑やかになってしまう。…でも、いいよね。賑やかな方がわたし達らしいもん。

 

「…この様に無邪気な仲の良さは、わたくし達にはないものですわね」

「私達は皆大人だからね。……一応…」

「心に刺さる一応ですわね……では、そろそろ行くとしましょうか」

 

賑やかにお喋りするのは楽しいけど、このままだといつまで経っても戻れない…そう気を使ってくれたのか、ベールさんは丁度いいタイミングで声を上げてくれた。そしてそれに頷き荷物を持ち直すイリゼさん。今回イリゼさんは、前回分かれた時と同じ様にリーンボックスへ行く事になっていた。

 

「…ネプギア、何かあったら頼ってよ?前の時はアタシが助けてもらったんだから」

「そうそう、わたしたちが力になってあげるんだから、たよりにしなさいよね」

「助けあい、だよ?」

「皆……うん、もしもの時はお願いね。でもわたしだって何かあればまたすぐに行くから、皆もわたしを頼りにしてね」

 

わたし達も、お姉ちゃん達も、各国へ分かれるパーティーメンバー全員が挨拶の言葉を交わして、皆さんはそれぞれの国へ。プラネテューヌにはお姉ちゃんがいるし、プラネテューヌ担当のメンバーだっているから、わたしは一人なんかじゃ決してないけど……それでもやっぱり、友達や仲間が一度に帰っちゃうのは少し寂しいね…。

 

「…何かあった時は、プラネテューヌの事を気にせず行けばいいからね?プラネテューヌはわたしがちゃーんと守るからさ」

「え?」

「ふふーん、なんで分かったの?って顔してるね。…ネプギアの事なら手に取るように分かるよ。だってわたしはネプギアのお姉ちゃんだもん」

「お姉ちゃん……」

「あら、珍しく姉らしい事言うじゃない」

「ねぷねぷは偶にお姉ちゃんみたいになるですね」

「ちょ、ちょっと…折角いい感じの事言ったんだから、水を差さないでよ…」

 

わたしが声に反応して振り向いた時、お姉ちゃんは腰に手を当てにっこりと笑顔を浮かべていた。すぐにアイエフさんとコンパさんに突っ込まれてむぅぅ…って表情になっちゃってたけど……お姉ちゃんの優しさは、ちゃんと伝わったよ。

周りから見れば不真面目で、姉らしくないって言われるお姉ちゃん。不真面目っていうのは…まぁ、正直に言えばわたしもそう感じる事があるし、完璧な人だとは思ってないけど……それでも、お姉ちゃんはわたしにとってお姉ちゃんなんだなぁ…と思う瞬間だった。

 

 

 

 

「ネプテューヌさん、今からお出かけですか?(。・ω・。)」

「うん、国民の皆と交流してこようと思ってね。国民との触れ合いは女神にとって大切でしょ?」

「そうですね。ではついでにこのクエストもこなして来て下さい(・Д・)ノ」

「はー……い?」

 

皆が行っちゃってから数時間後。こっそり抜け出……じゃなくて、女神らしい事をしようと思っていたら、いーすんがクエストの書類を持ってきた。その書類に書いてあったのは、多分常人の域を超えてない人には手に余りそうなモンスターの討伐依頼。

 

「…えっといーすん…このクエストって、ついで感覚でやるようなレベルじゃないよね…?」

「では交流をついでにして、クエストをメインにすればよいかと( ̄ー ̄)」

「あ、そっかぁ…っていやいやいや。もー、駄目だよいーすん。人との関わりをついで感覚にしちゃ」

 

やれやれと首を横に振るわたし。んもう、人と人との繋がりが女神の力なんだから、交流を二の次にするなんて論外だよね。いーすんってば教祖なのに分かってないのかなぁ?

……なーんて思ってたわたしだけど、気付いたらいーすんの顔が近くにあった。

 

「…近くで見てもやっぱりちっちゃいね」

「でしょうね…人との関わりをついで感覚にしてはいけない。それはその通りだと思います( ˘ω˘ )」

「でしょ?だからクエストはまた今度って言う事に……」

「…一応訊いておきますが、交流という名目で子供達と遊ぼうなんて思っていませんよね?(-_-)」

「えっ……?」

「お店でお惣菜を貰ったり、お菓子を食べさせてもらったりしようなんて思っていませんよね?(´ー`)」

「あ、えと…それは……」

「散々遊び呆けた挙句、さも熱心に仕事してきたみたいな顔して他の仕事をわたしに押し付けたりは──」

「よぉーし!クエストも大事なお仕事だもんね!行ってきまーす!」

 

クエスト書類をポケットに突っ込んで、わたしはダッシュ。い、いやーよく考えたらクエストだって道中とかギルドとかで色んな人と会うもんね!そう考えたら交流との親和性高いもんね!それなら一遍にやる方が無駄がないもんね!あっはは、なんかいーすんの溜め息が聞こえたけど…「ネプテューヌさんはしょうがない人ですね…」的な意味合いじゃないよね、きっと!……さ、さーて!見透かされて焦ったとかじゃなくて、あくまで自主的な気持ちで頑張るよー!

 

 

 

 

ギルドから教会に回ってくるクエストは基本受注済みの扱いになってるから、わざわざギルドで手続きをする必要はない。…けど、最近顔を出してないなぁって思ったわたしは(出してないというか出せなかった、だけど)、ギルドに一度立ち寄って……

 

「頑張ろうね、ねぷねぷ!…じゃなくて、いざ頑張ろうではないか、パープルハートよ!」

「あ、うん。頑張ろーね」

 

ビー…プレスト仮面が、パーティーインしました。…あ、勿論旅の仲間になった訳じゃないけどね。

 

「…プレスト仮面、キャラ使い分けるの大変じゃない?」

「さて、何の事やら」

「まぁそう言うよね…プレスト仮面がそれでいいなら文句はないけどさ」

「そうしてくれ給え。というか、キャラの使い分け云々は君もではないかな?」

「わたし?…あぁ…わたし達女神の場合は、価値観とか思考回路そのものが切り替わってるからね。意識してやってる訳じゃないんだよ」

 

芝居掛かったプレスト仮面の言葉にわたしは苦笑い。使い分けを徹底してくれればそういうものかって思えるけど、プレスト仮面の時にちょいちょい素が出たり、逆に素の時にプレスト仮面じゃなきゃ知らない筈の事言いかけたりするもんだから、昨今の作品における厨二病キャラ的な印象になっちゃうんだよね…。

 

「…それでさプレスト仮面、お仕事はいいの?手伝ってくれるのは助かるけど、暇だった訳じゃないでしょ?」

「ふっ、わたしの仕事は子供の味方として正義を貫く事さ!」

「……確か犯罪組織の四天王にも似た様な事言ってる奴がいた気が…」

「え、そうなの!?…その人わたしじゃないからね!?」

「分かってるって。後キャラが戻っちゃってるよ」

 

あの時は死に物狂いだったからよくは覚えてないけど、ノワールが相手してた奴がそんな事を言っていた…と思う。犯罪神の配下なのに子供の味方、なんて何を考えてるんだろうね。Я化でもしちゃってるのかな?

そんな会話を交わしながら歩く事数十分。討伐対象モンスターの生息地付近に到着したわたし達は、そこで一度周囲を見回す。

 

「…さて、敵はどこにいる…?」

「上から来るよ!」

「う、上!?」

「…なーんてね。今のは言ってみただけだよ」

「……そういう冗談はよくないぞ、女神よ…」

「あはは、ごめんごめん。でも所構わずボケてこそのわたしでしょ?」

 

わたしの言葉を間に受けてバズーカを空へと向けたプレスト仮面は、ちょっと怒り顔。でもそんな顔をしていたのも数秒だけで、すぐにそうだねって笑顔を見せてくれた。

 

「でも実際にはどこにいるんだろうね。もう別の場所に行っちゃったって事はないと思うけど…」

「…まさか、地中?」

「いやいや、地中はないでしょ〜……ん?」

 

モンスターの生息地として指定されたのは地盤の硬い荒れ地で、見える範囲で身を隠せるような物はない。だから近くにいるならもう視認出来てもおかしくないのになぁ…と思っている最中、わたしとプレスト仮面のいる場所が日陰になった。あっれぇ?急に日陰に、しかもわたし達のいる場所だけがなるなんて変だよねぇ?一体何だろう…って……

 

『ほんとに上から来たぁぁぁぁぁぁッ!?』

 

弾かれたように日陰から跳び退くわたしとプレスト仮面。次の瞬間わたし達のいた場所に巨大なスライヌが飛び込んでくる。

前に戦ったグランディザストスライヌに比べれば随分と小さな、でもわたし達よりはずっと大きいそいつの名前は……えっと、なんだっけかな?大きいスライヌって冠詞がドでかとか特盛とか似たような感じのやつばっかりだから判別し辛いんだよね…。

 

「な、何故上から…まさかあのスライヌには飛行能力が…!?」

「いや、ジャンプして滞空してたのかもよ?スライヌの身体ってパラシュートみたいになりそうだし…」

 

言葉を交わしながらわたしは太刀を抜刀し、プレスト仮面はバズーカの砲口をスライヌに向ける。情報通りならわたし一人でも何とかなるレベルっぽいけど、サイズがサイズだし油断はしないようにしないと…。

 

「…プレスト仮面、久し振りに二人で戦う訳だけど…大丈夫?」

「勿論。わたしを誰だと思っているのかな?」

「その言い方だと仮面がグラサンに見えてくるね…じゃ、ぱっぱと倒しちゃうよッ!」

 

ぐっ、とサムズアップで答えてくれたプレスト仮面に笑みを返し、わたしはスライヌへと突撃。わたし達を見ていたスライヌはすぐに動き始め、その巨体を使った突進で迎え撃とうとしてくるけど……そこでわたしは急ブレーキ。

 

「頼むよ、プレスト仮面!」

「りょーかいッ!」

 

わたしの横を駆け抜けていくロケット弾頭。一瞬遅れてスライヌも気付くけど、柔らかく大きいその身体では回避が間に合わず、顔のど真ん中に弾頭が直撃した。

 

「おー、ナイスヒット!」

「ふっ、追撃は任せよう!」

「任されたよっ!」

 

スライヌの顔が煙を上げる中、再スタートを切ったわたしは黒煙を斬り裂く様に一閃。続けて右回転からの回し蹴りを叩き込んで、次々ダメージを浴びせていった。

けれどこれだけで終わるようならこのクエストが教会に回ってきたりはしない。蹴り付けたわたしがバックステップで距離を取ると、その瞬間にスライヌは体当たりを仕掛けてきた。

 

「わ、わわっ!?」

「……!だ、大丈夫!?」

「痛た…大丈夫だよー…おぉっ!?」

 

ぶつかった衝撃で転がるわたし。直撃そのものは太刀の峰で受けたし、転がる最中も受け身を取っていたからダメージは殆ど無かったけど…わたしが立ち上がるよりも早く、スライヌは次の突進を打ち込んでくる。

立って迎撃する余裕のないわたしは、連続跳び前転でジグザグ動いて何とか回避。でもスライヌも中々しつこくて、端から見ればまるで選手とサッカーボールのよう。こ、これじゃリアル友達はボール状態だよ!

…ってわたしを助けてくれたのは、またも顔に弾頭を直撃させたプレスト仮面だった。

 

「た、助かったよプレスト仮面…うぇぇ、口の中に砂利入った…」

「相手は大きさに違わぬタフさ、相手は一筋縄ではいかないぞ女神パープルハートよ」

「みたいだね…よーし、それじゃあ女神と黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の本気……あいつに見せてあげようじゃない」

 

ハンドスプリングで起き上がったわたしは、プレスト仮面に合流し…女神化。初めはプレスト仮面もいるし、この姿のままでもやれるかなぁ…と思ってたけど、サッカーボールの気持ちが分かった後じゃあね……たかがモンスター、されどモンスターって事かしら。

 

「ヌラァ……」

「全く、大きさ以外はライヌちゃんと似たようなものなんだから、大人しくしていてくれればかわいいものを…ッ!」

 

感触を確かめるように大太刀を軽く振り……一気に肉薄。回避どころか反応もままならないスライヌに対し素早く二連撃を与え、鋭いターンで背後へ回り込む。そこで更に逆袈裟を(頭だけのスライヌに逆袈裟、というのは本来の意味的にはおかしいのだけど…皆ならどういう攻撃したのか分かってくれるわよね)仕掛け、そこからスライヌが強引に体当たりをしようとした瞬間に舞い上がる。かなりの力を有する体当たりも目標に逃げられてしまえばただの前進で…わたしの飛翔に合わせて撃ち込まれた弾頭によって、スライヌは前のめりとなっていた。

 

「プレスト仮面!一気に仕留めるわよッ!」

「了承したッ!」

 

わたしが空中から大太刀の斬っ先を向ける中、スライヌは一度バネの様に身体を縮め…跳び上がった。

身体の弾性を活かした跳躍なんて、正にバネ。跳ぶどころか地表を跳ねる事もままならなそうな巨体が空中のわたしへと迫る姿は少しばかり威圧感があったけど……まともな飛行能力も持たないモンスターが、女神のいる空へと向かうなんて愚の骨頂でしかない。

 

「わたし達を相手にするなら、せめて陸での反撃に徹するべきだったわね!」

 

翼を大きく広げ、スライヌの身体を見据え……全身の力でもって一撃。わたしの…女神の膂力を見誤ったスライヌの身体は大太刀の喰い込んだ部分を基点に大きく曲がり、そのまま落下していった。

くの字に身体を歪めながら落ちるスライヌ。もしかしたらスライヌは地面に当たる衝撃に備えていたのかもしれないけど……その衝撃は訪れない。

 

「背後にも目を付けていれば…いや、君には無理な話か…」

 

不敵な笑みを浮かべたプレスト仮面のバズーカより放たれる、先程までとは違う弾頭。それはバズーカとスライヌの中間辺りまで飛んだところで炸裂し、広がった弾頭がスライヌの身体を撃ち付けた。

面制圧の射撃を受けたスライヌの身体は、壁や地面に叩き付けたスライムの如く大きく広がる。そしてそこへ放つ、トドメの一撃。

 

「これで、終わりよッ!」

 

急降下の勢いを全て乗せて振り抜いた大太刀が、スライヌの身体を斬り裂き引き千切っていく。わたしもわたしの大太刀も止まる事なく進み続け……わたしが着地した時、スライヌの身体には致命的な傷が刻まれていた。

大太刀に付着したスライヌの身体の破片を振り払い、ふぅ…と息を吐くわたし。地面に落ちたスライヌは大きく唸り、僅かな呻きを上げ……消滅を始めた。

 

「これにてクエスト完了ね。プレスト仮面、怪我はない?」

「君のおかげで無傷さ」

「それは良かったわ。…じゃ、終わったし帰ろー!」

 

消滅しきった事を確認した後わたしは女神化を解除し、パーカーワンピとストライプニーハイに付いた砂を払う。わたしも怪我はないけど、服がちょっと汚れちゃったなぁ…。パーカーワンピはお気に入りの服だけど白の面積が多いし、汚れが目立ち易いのが玉に瑕なんだよね…。

そうして帰るわたしとプレスト仮面。駄弁りながら歩くわたし達だったけど…途中でプレスト仮面は、ふと何かを思い出したかのような顔になる。

 

「…っと、少し待っていてくれるかな?」

「……?いいけど…どしたの?」

「野暮用、さ」

 

わたしが首を傾げる中、小走りでプレスト仮面は近くの木の裏に。……え、まさかおトイ…………

 

「あれ?ねぷねぷ?わ、奇遇だね!」

「……あー…そういう事…」

 

……木陰から出てきたのは、プレスト仮面ではなくビーシャだった。…演じるの疲れたのかな…それとも目元が蒸れたのかな…?

 

「どうしたの?」

「いや、別に…個性は人それぞれだし、わたしも他人の事言えるような性格してないからね…」

「ふーん…それよりさねぷねぷ、クエストの打ち上げを(ねぷねぷのお金で)やらない?」

「お、いいね!…って重要な部分を()内だけに収めようとするのは止めようよ!?それはもうお金に厳しいの域じゃないよ!?軽い詐欺だよ!?」

「えー、ねぷねぷ女神なんだからお金はあるでしょ?」

「ビーシャだって大企業の社長みたいなものじゃん…」

 

一瞬前までプレストさんの事について考えてたのに、もう話がフルチェンジだった。…恐るべしビーシャ…他の人もそうだけど、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)メンバーはうちのパーティーと比較しても何の遜色もないよ…。

 

「…まぁでも遊びに行くのは賛成だよ。ビーシャと遊ぶのも久し振りだもん」

「ほんと?じゃあどこ行こっか?」

「そうだねぇ、動き回った後だしまずは何か食べたい……あ」

 

わたし達の歩く道の側にある草むら。そこからひょこり、と四角い鳥みたいなモンスターが顔を出した。けれどそのモンスターはわたし達の元に来るでも敵意を向けてくるでもなく、きょろきょろと周囲を見回した後にどこかへ歩いて行ってしまう。

 

「行っちゃった……今のって、わたし達に気付かなかったのかな?」

「…………」

「びっくりしたね〜…あ、そういえばわたし、前にもこんな事あったんだよ?あれは天界に行った時だったなぁ…」

「…………」

「あの時はボールで遊びながらどっか行っちゃったんだけどさ、今のといい普通のサイズのスライヌといい、見た目だけなら可愛いモンスターってそこそこいるよね……って、ビーシャ?」

 

友達と話すの大好きなわたしはネタを見つけるのも得意で、今みたいにちょっとした事でも話題のきっかけに出来てしまう。それでいつもならビーシャは楽しそうに聞いてくれるんだけど……今日は何故か、何の反応もしてくれなかった。

わたしに劣らず賑やかで、多分普段の精神年齢もわたしとあまり変わらないビーシャ。そんなビーシャが黙っているのが不思議で、何か考えてるのかなと思って隣を見ると……

 

「…………え?」

 

──そこにビーシャの姿はなく、ビーシャがいたのは先程仮面を取る時に使った木の後ろ。そこでビーシャは……まるで何かから隠れるように、顔だけ出してこちらを伺っているのだった。




今回のパロディ解説

・Я化
ヴァンガードシリーズの一つ、リンクジョーカー編及びそれに関する惑星クレイ物語にて起こった現象の事。作中で言ってるのはどちらかというと後者のものですね。

・「〜〜わたしを誰だと思っているのかな?」
天元突破グレンラガンにおける全体での代名詞的台詞の一つのパロディ。ビーシャの仮面の形からも分かる通り、ネプテューヌは特にカミナを彷彿としているのです。

・友達はボール
バカとテストと召喚獣の登場キャラ、坂本雄二の言ったワードの一つの事。作中のシーンを想像してみて下さい。…大変シュールですね。

・「後ろにも目を付けて〜〜」
機動戦士Zガンダムの登場キャラ、アムロ・レイの台詞の一つのパロディ。スライヌが後ろに目を付けたらキモいですね。アムロは物理的な意味で言った訳じゃないですが。

今後のOPに関するお知らせを活動報告に掲載しました。そちらを見て頂けないと「あれっ?」…となってしまう可能性があるので、読んで頂けると幸いです。


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第八十七話 抱えてるかもしれないもの

前話と今話の間にて、OIで黄金の第三勢力(ゴールドサァド)前日談を書きました。前日談が書かれたのはケーシャとエスーシャなのですぐに関係する訳ではありませんが、今後二人の話となる際にはそちらを読んでいる前提で物語が展開しますので、それまでに読んでおく事をお勧めします。


「うーん、やっぱりなんか変だよねぇ…」

 

手を組んで、もう座椅子の一種と言っていいんじゃないかって位大きいクッションに座って…呟く。

 

「変?お姉ちゃんどうかしたの?」

「お、物語の定番を利用したわたしの策に早速嵌まったねネプギア」

「え、な、何の事?」

「ほら、冒頭又は場面転換の後最初に出るのが疑問文だったり考え事してる最中の台詞だったりする場合って、高確率で誰かがそれに応答するでしょ?だからわたしはそれを逆手に取って、誰かを召喚しようと思ったの。で、ネプギアが来たの」

「わたしは部屋から出てきただけなんだけど…そうなんだ。よく分からないけど凄いね…」

 

現在わたしは今日の日中、ビーシャとクエストをこなした帰りの出来事について考えていた。…あ、今ネプギアは部屋から出てきたって言ったけど、別にわたしは廊下でクッション置いて考えてた訳じゃないよ?わたしとネプギアはそれぞれが持ってる部屋の他に二人で共用してる部屋があって、わたしがいたのはその共用してる…って、あれ?知ってるの?…そっか…わたし達が捕まってる間に、読者の皆はわたしの知らない皆になっちゃったんだね……。

 

「…お姉ちゃん?」

「あ、ううん気にしないで。…置いてかれた分は、今後の展開で巻き返せばいいんだもんね。何せわたしはもう主人公に復帰してるんだから!」

「あ、うん…それで、何について考えてたの?」

「えっとね、それが侃侃諤諤で…」

「か、侃侃諤諤?重要な会議でもしてきたの?」

「あ、ごめんごめん。侃侃諤諤じゃなくてかくかくしかじかだったよ」

「あぁ、かくかくしかじかだったんだ…聞き慣れない四字熟語が出てきたから驚いちゃったよ…」

「わたしは滅多に使われない四字熟語をネプギアがちゃんと知ってた事が、ちょっと嬉しいかな」

 

という事で今度はちゃんとクエスト後の出来事を説明するわたし。説明してみてもやっぱり、あの時のビーシャの様子はおかしいと思う。

 

「…って事があったんだ。ネプギアはどう思う?」

「うーん…確かにそれは変だね。…一応訊くけど、道中でお姉ちゃんはビーシャさんに距離取られるような事は…」

「してない…と思う」

「じゃあ、急に体調が悪くなって、それで木にもたれかかってたとかは?」

「それもないんじゃないかな。何してるのって訊いたらビーシャ慌ててたけど、その後はいつも通りだったもん」

 

訊いた直後のビーシャは、それこそプレスト仮面の正体を隠そうとする時位に慌ててたけど、逆に言えばおかしな行動を取っていたのはその時だけ。…その時だけ、って事は…やっぱりあの場に何か原因があったのかなぁ…。

 

「…ネプギア、ネプギアだったらどういう時に木の側…っていうか裏に行きたい?」

「わたし?わたしだったら…誰かを尾行する時、とか…?」

「尾行かぁ…でもそれならあの時だけ隠れるのは不自然だよね。あの場に居たのはわたしとビーシャ、後はモンスター位だし…」

「お姉ちゃんの気付けなかった人がいるかも…は、言い出したらキリがない可能性の一つだし…」

 

 

 

 

『……じゃあ、モンスター…?』

 

わたしとネプギアは目を合わせ、二人揃って同じ事を口に。皆と言葉がハモる事は偶にあるけど、「あれ?わたしがもう一人いるのかな?」って思うのはネプギアとの時だけなんだよね。髪型が分からない状態で顔だけ写すとわたしとネプギアってほんと判別難しいし。……って、そういう話じゃなくて…。

 

「いやいや、モンスターはないでしょ。自分で言っといてなんだけど、ビーシャだよ?」

「だ、だよね。何度かプレスト仮面モードのビーシャさんとモンスター討伐やった事あるけど、何にも変な様子はなかったもん」

「でもだとするといよいよ謎だよね。…もしかすると、あの時わたしから殺意の波動でも出てたのかな…」

「え、お姉ちゃん殺意の波動に目覚めたの…?」

「失われし過去と共に、闇の存在となったパープルハート!…とか格好良くない?」

「ど、どうだろうね…でもがっつりじゃなくてちょっとダークになったお姉ちゃんなら、見てみたいかも…」

 

二人で同じ事を考えた後は、二人で『ダークパープルハート』の想像をしてみるわたしとネプギア。今日もわたし達姉妹は仲良しです。

 

「…あっ、でもダークパープルハートじゃロボっぽいやつと紛らわしいか…」

「なんか話逸れちゃったね…今更だけどさ、ビーシャさん自身に訊くのは駄目なの?」

「駄目っていうか、直後に訊いた時ははぐらかされちゃったんだよね。改めて訊いたら答えてくれるかな?」

「それはビーシャさん次第じゃない?訊いてみなきゃ分からないと思うよ」

「まぁ、それもそっか。それじゃ明日訊いてみようかな」

 

という事で、『あの時ビーシャは何してたのかな?』という疑問は、『本人に訊こう!』っていうすっごく当たり前な結論(っていうか手段?)に辿り着いた。…え、この結論なら今の会話の意味ない?ノンノン、二人で話した結果辿り着いた、って事に意味があるんだよ。

 

「ありがとねネプギア。わたしの疑問に付き合ってくれて」

「わたしは気になったから話に乗っただけだよ」

「それでもわたしは助かったもん。今度はわたしが話に乗ってあげるから、ネプギアも何か疑問を持ったら遠慮せずにわたしに言ってね」

「そう?じゃあ、その時はお願いね」

「うむ、何でも答えてしんぜよう」

「あはは、何それ〜」

 

疑問そのものは解決してないけど、どうするかが決まっただけでもわたしはすっきり。しかもすっきり出来たのがネプギアのおかげなんだから、妹思いなわたしとしては気分が良いに決まってるんだよね。

…と、いう事で気分の良くなったわたしはそれからネプギアと遊ぶのだった。

 

 

 

 

ギルドの支部長はいーすん達教祖と同じで、わたし達女神程は自由に動けないらしいんだよね。まぁ支部長って言ってしまえば大企業の社長さんみたいなものだし、社長さんが真昼間から遊んでたりするのは変なんだけどさ。……って言ってるわたしは社長どころか国の長だけど…わたしはわたしらしくねぷねぷしてるのが一番だもんね!

で、何でそんな事を言ったかっていうと……

 

「ねぷねぷ、遊びに来たよー!」

 

──その支部長であるビーシャを遊びに誘ったら、二つ返事でプラネタワーに来たからなんだよねぇ…。

 

「いらっしゃーい。…………」

「……ねぷねぷ?」

「…ビーシャってさ、ほんとに支部長?」

「うん、そうだよ?」

「…だよね…うん、そこは間違いないよね…」

 

わたしがただの町娘ならともかく、女神なんだから偽情報を掴まされたままでいる…的な事はない筈。となればビーシャが真昼間から遊ぶタイプの支部長って事になる訳で……女神のわたしがこういうタイプだから、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)もそういう人が支持されるって事なのかなぁ…。

 

「……?わたし何か変?」

「変っていうかなんていうか…まぁそれは後でいいんだよ。それよりじゃじゃーん!ちょっと前に貰った物をビーシャと遊ぶ時まで取っておいたんだー!」

「おぉー!…って何それ?」

 

ごそごそと棚から引っ張り出したのは、凄く質素な…それこそ必要最低限の機能しか考えてないような厚紙の箱。何にも書いてない箱だから、ビーシャのテンションはまだ普通。

 

「ふっふっふ…さぁ、ご覧あれ!」

「こ、これは…もしかしてプラモデル?」

「そう!しかも…まだ一般発売されてない、我らがプラネテューヌ製MGのプラモなんだよ!」

「おぉーっ!」

 

中を見た途端に目を輝かせるビーシャ。しかもそれが非売品の人型ロボットだって事で、男の子みたいな趣味嗜好のビーシャは一気にハイテンションへ。……あ、プラモって事で勘違いしちゃう人がいるかもしれないから言っておくけど、MGってマスターグレードの事じゃないからね?

 

「どうどう?凄いでしょ〜」

「うん、凄いよねぷねぷ!女神様ってこういう事にも優遇してもらえるの!?」

「まぁね。でも実際に貰ったのはMG開発に関わってるネプギアの方で、わたしはネプギアから一個譲ってもらっただけなんだ」

「あ、そっか。ふふ、流石は同好の士ネプギア…」

 

箱からプラモのパーツが付いてる板(ランナー、だっけ?)を取り出したビーシャは、ネプギアの名前を出すと、ふっ…とプレスト仮面の時みたいな笑みを浮かべる。…そういえば、わたしがこれ貰った時のネプギアも楽しそうだったなぁ…。

 

「…それで、これ作っていいの?」

「勿論!ビーシャと一緒に作ろうと思って取り出したんだもん」

「やった!ではねぷねぷ隊員!ニッパーとヤスリよーい!」

「え、ビーシャが隊長なの?…まぁいいけど…待ってて」

 

前にもわたしはビーシャと一緒にプラモ作りをした事があって、その時に道具一式も購入している。偶に作るだけなら一通り揃える必要はないらしいけど、やっぱり一式あった方が作る時に気分も乗るもんね。

それからすぐにわたし達は製作を開始。二人だから製作時間は二分の一!…って事にはならなかったけど、その分楽しくお喋りしながら作る事が出来て……

 

「後は、上半身と下半身を合体させて……」

「ビームライフルと機関砲を装備させれば……」

『出来たーー!』

 

数時間後、完成したMG…ルエンクアージェS型を掲げるビーシャと、その隣でガッツポーズを取るわたし。ビーシャ程じゃないけどわたしの中にだって男の子的趣味嗜好はあるし…何より、作ってた物が完成するのは嬉しいよね!

 

「細過ぎない絶妙なデザイン、SFっぽさを感じる武装、主人公が乗っても映えそうなツインアイ…格好良い!格好良いよねぷねぷ!」

「うんうん。じゃあ完成した事だしさ、早速変形させてみようよ!」

「もう、ねぷねぷはせっかちさんだなぁ…でもそれには乗った!」

 

手脚を畳んで、機首ユニットを展開させて、他にも回したり移動させたりして…ビーシャはプラモを人型から航空形態に変形させる。差し替え無しの完全変形を再現してくれたプラモ会社の人には感謝しなきゃだね。

変形させたり、射撃ポーズを取らせたり、幾つかパーツを外して死闘の後っぽくしてみたり……そんな遊びをする事数十分。他人が見ればそれは幼稚な遊びっぽく見えるのかもしれないけど…わたし達にとっては、凄く楽しい時間だった。

 

「いやー、楽しかったねぇ…」

「だね。あ、なんか飲む?」

「うん、飲む」

 

一息吐くと同時に喉乾いたなぁ…と思ったわたしは、共用の部屋にある小さめの冷蔵庫からジュースを出してコップを用意。二人分淹れながら……考える。

 

(…訊くなら、そろそろだよね)

 

ビーシャと遊びたいって思った気持ちに嘘偽りはないし、プラモを作っていた間は忘れかけてたけど…今日の本来の目的は、例の件について訊いてみる事。あんまり期間を置き過ぎると訊き辛くなっちゃうし、ちゃんと今日訊いておかなきゃ…。

 

「お待たせー、ビーシャは友達だから半額だよ」

「いいの!?…って、お金取るの…?」

「あはは、冗談冗談。…というか、まずお金取る事より半額にしてもらえる事に反応するんだ…」

「お、お金は大事だもん」

 

突っ込んでくれるかな、と思ったら嬉々とした反応が返ってきてしまった。その後すぐに期待した返答が来てくれたからよかったけど…危うくボケに対してより強いボケで被せられるところだったよ…。

 

「ふぅ…ねぷねぷ、これはどうするの?飾っておく?」

「あ、うん。そのつもりだけど…ビーシャ欲しい?」

「欲しい!…けど、いいよ。女神じゃないわたしが貰っちゃったら、ちょっとズルい気がするから」

「…作るのはズルくないの?」

「うっ…て、手元に残す訳じゃないからセーフだよセーフ!」

「都合良いなぁ…気持ちは分かるけどね」

 

自分の所有物かどうか、っていうのは重要な部分。そう言うならいいから貰いなよ、って言うのもビーシャに悪いなぁと思ってこの話は止め、ジュースを一口含んで……

 

「……あのさ、ビーシャ。この前の事、もう一回訊いてもいいかな」

 

ビーシャの目を真っ直ぐに見て問いかけるわたし。その瞬間、ビーシャのコップを口に運ぼうとしていた手が止まる。

 

「…この前の事、って…?」

「一緒にクエストをした日の帰りの事だよ」

「……打ち上げの話?」

「いやそれじゃなくて…ほんとに分からない?」

「…………」

 

ゆっくりと目を逸らしたビーシャは、思い当たる節が無くて困ってるようには見えない。分かってるけど、話したくはないからわざと違う事を口にしてる…そんな感じがビーシャにはあった。直後に訊いた時もはぐらかされたし、こうなるとほんとに気になってくる。

 

「…何か、隠してる?」

「べ、別に隠して…ない訳じゃないけど…些細な事だよ、うん」

「それなら話してよ」

「それは…め、女神様のお耳に入れるような話では…」

「いやビーシャはそんなキャラじゃないでしょ。わたしそんな敬われ方した事一度もないんだけど」

「む、むぅ……」

「…話したくない?」

 

何を隠しているかを、わたしは知りたい。でもその中での興味の割合はせいぜい二割ってところで、気になる一番の理由はビーシャが心配だから。もしネプギアの言っていた通り何か病気だったら、それか何者かに狙われているとかだったら、ビーシャはそれを抱えているって事になる。もしもそうなら、わたしは友達として力になりたい。

でも、それが人に話したくない事なら、無理に訊くのは傷付ける事になっちゃうかもしれない。無理にでも訊くべき事かもしれないけど…知りたいのも、力になりたいのもわたしの都合なんだから、それを押し付けちゃうのはよくないよね。

 

「話したくない事なら言わなくてもいいよ。けど…もし誰かの助けが必要だったら、その時はわたしを頼ってくれていいからね?」

「ねぷねぷ…」

「何たってわたしは女神だもん。そんじょそこらの可愛い女の子とは頼りになるレベルが違うってところを見せてあげるよ!」

「…ありがとね、ねぷねぷ。そう言ってもらえてわたし、ちょっと心が軽くなったよ」

 

わたしが握った両手を腰に当てて胸を張ると、ビーシャの表情が少しだけ柔らかくなった。それまで逸らしていた目もちゃんと合わせてくれて、わたしはそれだけでも訊こうとした意味はあったかな、って気持ちになる。

これから先、話してくれるかどうかはビーシャ次第。訊き出すんじゃなくてビーシャが話したいって思った時、躊躇せずに言えるような立場であろうとわたし自身で決めた以上、もうどうこう言ったりはしない。話してくれるなら真剣に聞いて、まだ話したくないようなら気持ちを切り替えて思いっきり遊ぼう…そうわたしが思っている中、ビーシャは何かを決意したような顔で口を開……

 

「お客様がいらしているところにすいません。少しいいでしょうかネプテューヌさん(*・ω・)ノ」

「ほぇ?いーすん?」

 

ビーシャが何か言おうとした直前という、絶妙なタイミングで廊下から声をかけてきたのはいーすん(ノックは…したかどうか分からないんだよね。いーすんの力じゃ思いっきりパンチするとかじゃないと音が聞こえてこないし)。なんだろうな〜と思って扉を開けると、いーすんはふよふよ浮きながら入ってくる。

 

「あ、お邪魔してまーす」

「わたしこそお邪魔してしまってすいません、ビーシャさん。……(。-_-。)」

「…いーすん?どったの?」

「あ、いえ…お客様が一般の方なら場所を変えようと思ったのですが、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)のビーシャさんでしたら問題ないか、と考えていたところです

(´・ω・)」

「ふーん…じゃ、もしかしてこれからするのは真面目な話?」

 

わたしの問いにいーすんはこくんと首肯。いーすんが切羽詰まった顔をしてないって事は、どっかで大事件が起きたとかのヤバい話ではないんだろうけど…そうなると逆に、わたしの好きじゃない事柄な気がしてくるんだよねぇ…。

 

「えー…まず確認ですが、残党状態とはいえまだ犯罪組織は残っている…というのは分かっていますよね?( ̄^ ̄)」

「そりゃ勿論。もし分かってないと思ってたなら、それは流石にわたしを馬鹿にし過ぎだよ?」

「そうですよね。それでなんですが…比較的人の生活圏に近い森で、本来そこにはいない筈のモンスターを見かけたという報告が複数ありました(-_-)」

「それって…そこに犯罪組織の残党がいるって事?」

「現在は事実確認の為偵察が行われていますが…恐らくそうだと思われます(。-∀-)」

 

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)として無関係な話じゃないと思ったのか、ビーシャも会話に参加。そしていーすんはビーシャの言葉に答えた後、わたしの方を向いてくる。

 

「…ネプテューヌさん、わたしが何を言いたいか分かりますね?」

「えと…いーすんもジュース飲みたい?」

「…………」

「ねぷねぷ…さっきのわたしと同じような事してるじゃん…」

「うぐっ…わ、分かってるよ。犯罪組織だったら、制圧をしに行ってくれって事でしょ…?」

 

何が言いたいか…それは分かってるけど、わたしの性格が素直にそれを言う事を躊躇わせる。しかも今回敵の可能性に上がっているのは、他でもない犯罪組織の残党。これが書類仕事とかならもっともっと誤魔化しにかかるところだけど…犯罪組織絡みの事を面倒臭いとは言えないもんね……。

 

「…犯罪組織じゃなくて札付きワルズとかの可能性はないかな?ほら、あの組織のトップって大魔王だし…」

「いや、あの方は別に悪人ではありませんから…(ー ー;)」

「だよねぇ…OK、分かったよ。わたしが制圧するから、偵察に向かった人達には無理をしないようにって連絡してあげて」

「分かりました。…因みに、ネプテューヌさんが行くという事で良いのですか?ネプギアさんと相談し、どちらかが向かうという事でも構いませんが…(´・ω・`)」

「いいよいいよ。残党とはいえ相手は犯罪組織なんだから、楽する為に妹へ押し付けるなんて事したくないもん」

「そうですよね…ふふ、ネプテューヌさんならそう言うと思っていました(^∇^)」

 

満足そうな笑みを浮かべるいーすんにつられてわたしも笑顔に。仕事はあんまり好きじゃないわたしだけど…やるって決めた以上は前向きにならなきゃ格好悪いもん。明日はしっかりと制圧して、女神の力を見せ付けてあげなきゃね!

 

「それでは明日、お願いします。とはいえ相手はネプテューヌさんの言う通り、残党であっても犯罪組織。もし危険を感じるようでしたら、退く事も選択肢に入れて下さいね?(>人<;)」

「はーい。…折角遊びに来てくれたのに物騒な話しちゃってごめんね。ほらほらいーすん、お詫びにいーすんもゲームか何かに付き合ってよ」

「お、お詫びにですか?…まぁ、邪魔してしまったのは事実ですし、少しだけなら……」

「…待って、ねぷねぷ。明日はそのお仕事、わたしにも手伝わせてくれないかな?」

「へ?」

 

話は終わったんだから…と思い、空気を変えようといーすんを引き込むわたし。けれどビーシャは…凄く意外な言葉を口にした。

 

「…駄目?」

「だ、駄目じゃないよ?ビーシャなら戦力的な心配はないし、立場的にも問題ないけど…どうして?」

「それは……その、犯罪組織との戦いだったらモンスターも出てくるよね?普通のクエストより大変になるよね?」

「うーん…まあ、多分そうだと思うけど…」

「だったらきっと、それはわたしの為になるから。…だからねぷねぷ、わたしにも戦わせて」

「…………」

 

ビーシャがどういう本心で、参加したいと言っているのかは分からない。でも…ビーシャの言葉は、目は本気だった。軽い気持ちなんかじゃないって、よーく伝わってきた。でも同時に、犯罪組織との戦いも遊びじゃない。わたしが女神化すれば四天王クラスでも出てこない限り大丈夫だとは思うけど、絶対じゃない。

戦いの危険性と、ビーシャの思い。どっちも簡単にはどうこういえない事で、だからこそちゃんと考えなくちゃいけなくて……だからわたしは真剣に考えて、答えを出す。

 

「…分かったよ。明日は宜しくね」

「ほんと!?うん、頑張るよ!」

「……いーすん、いいよね?」

「はい。ネプテューヌさんに任せた以上、判断はネプテューヌさんに委ねます」

「だったらこれで決定だね。…油断も深追いもしない、これだけは約束だよ?」

「了解!」

 

……そんな事があって、わたしとビーシャは明日犯罪組織残党の制圧に向かう事となった。もしかしたら犯罪組織じゃないのかもしれないけど…それならそれで良い。だってそっちの方がわたし達も国民の皆も安全だからね。

一つだけ引っかかるとすれば、それはビーシャの本心。それがビーシャの抱えてるかもしれないものと同じかどうかは分からないけど……どちらにせよ、困った時に頼れる友達ってスタンスは守っていこうと思うわたしだった。




今回のパロディ解説

・殺意の波動
ストリートファイターシリーズに登場する要素の一つの事。殺意の篭るネプテューヌ…強いて言うならVⅡ(R)での悪堕ち状態が該当しそうですね。

・ロボっぽいやつ
原作シリーズの一つ、新次元ゲイムネプテューヌ VⅡ及びVⅡRに登場する敵、ダークパープルの事。あれは結局ロボットなのでしょうか?かなり謎です…。

・マスターグレード
ガンプラことガンダムプラモデルのシリーズの一つの事。ガンダムやガンプラ好きなら知ってると思いますが、あれも通称はMG…うちの作品の兵器名と紛らわしいですね。

・札付きワルズ
天才てれびくんシリーズの一つ、大天才てれびくんに登場する組織(チーム?)の事。何故かふと思い出しました。懐かしいなぁと思う方も多少はいるのではないでしょうか。

・大魔王
お笑い芸人、DJ、音楽プロデューサーである古坂大魔王こと古坂和仁さんの事。そういえばネプテューヌシリーズって、魔王はいますが大魔王はいないんですよね。


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第八十八話 焦りの結果

早朝、プラネテューヌの軍事基地の内の一つ。そこでわたしは、偵察の結果いる事が確定した犯罪組織残党を制圧、拘束する為に編成された部隊の前に立っていた。

 

「皆、朝から集まってくれてありがとう。眠くて大変だったりはしないかしら?」

「いえ、パープルハート様の為ならどんなに早かろうと、何徹だろうと望むところです!」

「ふふっ、流石は我が剣であり盾であるプラネテューヌの軍人ね。頼もしい軍人がこんなにいてくれて、わたしは嬉しいわ」

 

整列した軍人達の前に立つわたしは女神の姿。これから行うのは軍事行動で、わたしと国の名の下執行する正義の鉄槌だもの。こちらの姿を取らないでどうするんだ、って話よ。

 

「これから制圧する相手は犯罪組織。今こそ残党なものの、多くの罪を犯し、国家の崩壊までも狙った非道な組織が相手なのだから、躊躇う必要はないわ」

『はい!』

「…けれど、怒りのままに虐殺するのは正義からかけ離れた行動よ。夜ではなく、朝に作戦を行うのもそれが理由。日中に、卑怯な策を用いず完全制圧する事によって犯罪組織残党にも、国民にも貴方達の正しさを証明するのだと、よく心に留めておいて頂戴」

 

これから作戦に参加する人達を鼓舞する為に、わたしは弁舌を振るう。我ながら歯の浮くような台詞だけど…戦いに酔える女神や、良くも悪くも戦いに慣れているパーティーメンバーと違って、ここにいる人達の中には人を相手に戦う経験をあまりしていない人だっている筈。そういう人達が怖気付いたり精神的に追い詰められたりしないようにするには、こういう言葉も必要なのよね。

 

「…とはいえ、モンスターや大型兵器の相手をするのはわたしとギルド支部長。貴方達の役目は逃走するであろう残党を拘束する事だから、戦いについてはそこまで気負わなくても大丈夫よ」

「はっ!我々全員、一人残らず捕縛し任務を完遂させる所存です!」

「その意気よ。わたし達は貴方達が拘束に専念出来るよう全力を尽くすわ。だから貴方達も潔白な行動に努める事、拘束に専念する事…そして何より自分と仲間の命を大切にする事を心掛けなさい!」

『了解っ!』

 

わたしが台から降り、軍人達もそれを合図に移動を開始する。軍が残党に気付かれないようにしつつ包囲網を形成し、機を見てわたしとビーシャが仕掛けるというのが今回の作戦内容。よってこの作戦において軍人にかかる危険性は、わたし達が如何にモンスターと兵器を引き付け、撃破する事が出来るかどうかにかかっていると言っても過言じゃない。

 

「ふぅ、士気は十分そうね…」

「お疲れ様、ねぷねぷ」

「ありがとうビーシャ。でも頑張らなきゃいけないのはこれからよ」

 

台から少し離れたところで駆け寄ってくるビーシャ。最初ビーシャは慣れない軍の集まりだからか居心地が悪そうだったけど…こっちもそれで気が滅入ってる、とかはなさそうね。

 

「…やっぱりねぷねぷって、女神化すると見た目も性格も格好良くなるよね…」

「あら、それは普段のわたしが格好悪いって言いたいのかしら?」

「格好悪いとは言わないけど…あんまり格好良くもないと思う」

「よ、容赦無いわね…まぁいいわよ。普段のわたしは別にそういう系じゃないし…」

 

格好良いなんて、女神を抜けばあいちゃんや新パーティー組のファルコムなんかにこそ似合う言葉なんだから、人間の姿のわたしが格好良くなくたって別にいい。そういう話をするならば可愛い系な筈だもの。…えぇ、わたしは何にも気にしてないわよ?

 

「……えと、もしかしてねぷねぷ気にしてる…?」

「し、してないわよ!断じてしてないんだから!」

「そ、そっか…それで、ねぷねぷは作戦終わるまでずっとその格好してるの?」

「あ、いやそんな事はないわ。今は先に話しかけられたからこの姿をしていただけで…出番が来るまではこっちの姿だよ」

 

そう言いながらわたしは女神化解除。今は早朝だけど、気付かれないように包囲網を作るとなると時間がかかるからね。

 

「…これってさ、包囲網作ってる間に逃げられちゃったりしないかな?」

「それについては偵察の結果、そこそこの人数がいる様子だから大丈夫って事になったよ」

「そうなんだ…じゃあ、落ち着いて準備が出来るね」

 

人数が沢山いると、移動に時間がかかっちゃう…っていうのは皆も避難訓練とかで分かってるよね?それは軍事行動でもやっぱり同じで、動きをバレたくない場合は慎重に動く事となるから更に行軍は遅くなる。対してこっちは総人数こそそれなりだけど、包囲網は少数部隊を広範囲展開する事で形成するから移動速度で圧倒的に上回っているからこそ、慌てなくても準備は間に合う……って、いーすんが言ってたよ?…あ、別にわたしは何にも思い付かなかった訳じゃないからね?わたしがどうこう考えるより先に説明してくれただけだもん。

 

「…あ、ところでねぷねぷ朝ご飯食べた?」

「うん、こんぱ特製のおにぎり食べたんだ〜」

「へぇ…わたしご飯用意出来なかったし、言えば携帯食料とか貰えるかな…?」

「ふふーん、そう思ってビーシャの分のおにぎりも持ってきたよ!そう思ったのはわたしじゃなくてこんぱだけどね!」

「おー!流石コンパだね!今度お礼言っておこっと」

 

わたし達が繰り広げるのは、全体的に固い雰囲気のある基地の中とは思えないゆるゆるな会話。でも女神のわたしと支部長のビーシャが緊張してたら皆も不安になっちゃうからね。これは周りへのリラックス効果もあるんだよ、うん。

それからわたし達は暫く待機。定期的にくる包囲網の新着情報から開始時間を予想しつつ、それぞれ武器の点検をしたり軽く身体を動かしたりしてその時を待つ。そして……

 

「女神様、包囲網の形成が八割を超えました」

「オッケー、それじゃ…わたし達も出るわよ、ビーシャ」

「ふっ…悪いがここからはわたしに任せてもらおうか!」

 

報告を受けて再度女神化したわたしと、視線が向いていない間に仮面を装着したビーシャ…もといプレスト仮面。超小型インカムの電源を入れ、ブレスト仮面を連れて飛翔する。

 

『ご武運を!』

「えぇ!各隊にわたしが出たからって焦らず、しっかり包囲網を構築しなさいと伝えておいて頂戴!」

 

司令部の軍人達から敬礼で見送られ、わたし達は残党のいる地点へ向かいつつも高度を上げていく。それは、見上げられたとしてもわたしやプレスト仮面の存在を残党側に目視されないようにする為の行為。

 

「…もう地上への狙い撃ちは出来ない、か…」

「大丈夫よ、攻撃するのは降下してからだもの。あ、でも出来そうなら降下中に撃ってくれても構わないわよ?」

「急降下しながらバズーカの反動に耐えられると?」

「女神の力を舐めちゃいけないわ。ブラン程じゃないけど、わたしだってそれ位なら許容範囲よ」

「ふふ、頼もしい言葉だ…」

 

捕縛担当の部隊に必要とされているのが確実に逃がさない正確性だとするならば、わたし達に必要とされているのは敵を引き付け迅速に倒す戦闘力と機動性。その観点で言えば、相手に気付かれる前から炸裂弾頭による空爆が出来るというのは必要とされている力と非常に合致していて、プレスト仮面が出来るというならわたしとしても大助かりというところ。…けどわたしはこんぱを散々酔わせた事があるし、飛び方には気を付けておかないと…。

 

(…出来れば、早々に諦めて投降してほしいものね……)

 

人同士の戦いなら正規軍であるこちらの方が確実に有利とはいえ、無傷で全員捕縛出来るレベルの戦力差がある訳ではない。それに…犯罪組織所属でも人は人。例えそれがわたしの国民に牙を剥いた過去があった人達だったとしても、わたし達守護女神に心の傷を作った組織の人間だったとしても、出来るならば死んでほしくない。

 

「……プレスト仮面、自分の命より優先しろとは言わないし、貴女の武器が範囲攻撃前提である事は百も承知よ。だから無理なお願いだというのは分かっているけど、出来れば……」

「残党が爆風に巻き込まれる事のないよう戦ってくれ、だろう?」

「え……貴女まさか、心奏のセンスを…?」

「君ならそう言うだろうと思っただけだが…何を言っているのだ?」

「あ…こ、こほん。……なら、お願い出来る?」

「…わたしとて無益な殺生は好まない。よって、任せるといい!」

 

ぐっ、と左手でサムズアップを見せてくれたプレスト仮面は……本当に頼もしい笑みを浮かべている。見た目も精神も普段のわたしと変わらないプレスト仮面が、ギルドの支部長という大役を担って今日も犯罪組織の取り締まりに協力してくれている…そんな人と友達でいられる事が、わたしは素直に嬉しかった。

そうして飛ぶ事十数分。わたし達は残党がいる地点……の遥か上空に到着する。

 

「ここか…ふむ、全く見えないな」

「わたしだって地上にいる人なんか見えないわ。降下ポイントは分かるけどね」

「…包囲網は?」

「今さっき後約十分だって通信がきたわ。数分程度なら完成前に仕掛けても恐らく間に合うから…後数分で降下するわよ、プレスト仮面」

 

時間的余裕はあるとはいえ、万が一を考えれば早めに動くに越した事はないし、プレスト仮面の精神衛生的にも超上空で抱えられているだけ…という状況を長引かせるのは良くない筈。そういう観点からわたしは完成より少し早めに降下する事を決定し、プレスト仮面もそれに首肯してくれた。

風でツインテ三つ編み(…って言えばいいのかしら、わたしの髪型…)が乱舞する中、静かにその時を待つ。淡々と、一秒一秒変わりなく進む時間を感じて待つ。そして一瞬風の勢いが弱まった時……わたしは閉じていた目を開く。

 

「プレスト仮面、準備はいい?」

「無論だ!」

「なら…全部隊に通達、これより制圧作戦を開始よ!貴方達はわたしの加護に守られているわ。だから安心して、誇りを持って……任務を遂行しなさいッ!」

 

高らかに宣言を響かせ、わたしは降下を開始。獲物を定めた猛禽類の様に鋭く、一直線にポイントへと急降下をかける。

 

「くっ…このGはまるで、カタパルトから射出される兵器のようだ…!」

「これでも抑えてるの…よッ!」

 

瞬く間に大きくなっていく大地。次第に見えてくる木々の形。一切速度を落とさないままわたしは降下を続け……遂に人の姿が見えた時、翼を広げて上下逆となっていた身体を一気に持ち上げる。

 

「プレスト仮面ッ!」

「プレスト仮面、目標を空爆するッ!」

 

砲身を肩にかけ、地上に向かって弾頭を放つプレスト仮面。当然反動は全てわたしに伝わってくるものの、それをわたしは翼と脚、それにプロセッサの浮遊ユニットをフル活用する事で姿勢を制御し降下を続行。突然空より飛来した炸裂弾頭に慌てふためく残党の中央へと着地する。

 

「わたしは女神パープルハートよ!貴方達は既に包囲されているわ!武器を捨てて投降しなさい!」

 

見栄を切りながら降り立ったわたし達。着地の数瞬前にプレスト仮面を離していたわたしは、即座に大太刀を抜いて地面に突き立てる。

これで投降してくれれば御の字。してくれなくても士気が下がれば相対的に軍人達の身の危険性は低下する。…けれど……

 

「ちっ、折角ここまで来たってのに…!」

「誰が女神なんかの言葉をきくもんですか!」

「女神を人質に出来りゃ一発逆転だ!やっちまうぞ!」

 

……わたしの言葉に返って来たのは、剥き出しの敵意だった。

分かっていた。犯罪組織が崩壊してから、取り締まりを逃れた人の一部は残党に合流せずに出頭してきたから。出頭が選択肢に入るだけの状況があって、出頭するには十分な時間もあって、それでも尚犯罪組織として活動しているのなら…その人達の心に、投降の意思なんて欠片もないんだと。……それ程までに今の社会を、わたし達の統治する世界を嫌っているのかと思うと…悲しさ、それに情けなさが胸をざわつかせる。

 

(……っ…だとしても、ここはもう戦場よ。意識を切り替えなさい、わたし…!)

 

真っ先に放たれた銃弾を引き抜いた大太刀で斬り伏せ、続く四方からの射撃を大きく跳んで回避する。エネミーディスクからモンスターが呼び出され、待機状態だったキラーマシンのカメラアイに光が灯る。…そう、ここは既に戦場となった。話し合いだけで解決する段階を超えてしまったのなら、後はもう無力化するか戦いながら言葉を投げかけるかしかない。

 

「まずはわたしが引き付けるわ!貴女はわたしの手の届かないところをお願いッ!」

「心得たッ!」

 

エクスブレイドを大型モンスターへ放ち、起動シーケンス中のキラーマシンのカメラアイへと大太刀を投擲し、近付いてきたモンスターに飛び膝蹴りを叩き込む。わたし達の攻撃目標はモンスターと兵器とはいえ、こちらがある程度圧倒しなければ残党も撤退を選んでくれる訳がない。つまり最低でも数分は残党の相手もしなければいけない訳で…この戦いは、決して気を抜いてなんていられない。

わたしは激しく、縦横無尽に動き回る。残党に『勝てない』と思わせる為に。プレスト仮面へと攻撃が集中しない為に。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

体術で小型、中型のモンスターをねじ伏せ、不用意に近付いてきた残党の武器を破壊し、キラーマシンの砲撃を避けて跳躍。先程頭部を貫いたキラーマシンの胸部へと降り立ち、大太刀を引き抜きつつも背後へ回り込んで射撃を防ぐ盾に。

 

「投降する気がないのなら、退きなさいッ!自分達に勝ち目はないと、その身を斬られなければ分からないのかしらッ!」

 

キラーマシンの背後から飛び上がり、残党へ大太刀の斬っ先を向けて叫ぶ。女神としての役目を果たし、国民とゲイムギョウ界の安全を守るのだという思いを胸に。

 

 

 

 

「想定よりもモンスターの数が多いわね…!」

 

作戦開始から数十分。それなりに早い段階で残党は撤退し、作戦は第二段階に移行したものの、何処かへエネミーディスクを置いていったのか中々モンスターの数が減らなかった。

 

「……けどッ!」

 

飛びかかってきたモンスターを敢えて峰側で受け、別のモンスターへと打ち返す。例えモンスターの増援が途切れなくても、殲滅ではなく残党拘束まで足止めを続ける事が出来れば作戦成功。それが達成されれば後は慎重に戦いつつディスクを探して壊せばいいという状況が、わたしの心に余裕を持たせてくれていた。

 

「プレスト仮面、まだ大丈夫!?」

「案ずるな、この程度…造作もないッ!」

 

それに、今ここにはプレスト仮面がいる。作戦開始直後こそ残党が巻き込まれる可能性のあった範囲攻撃も、いなくなった今では対多数戦における強力な武器。ブレスト仮面自身の身体能力も相まって、わたしの負担を大きく和らげてくれていた。

そのプレスト仮面が、覇気の衰えない声で言葉を返してくれる。それはとても心強くて……でもすぐに、わたしは違和感を感じる。

 

「いける、いけるぞ!これだけのモンスターを相手にしても、わたしは戦える!勝てる!」

(あれ……?)

 

次々と弾頭を放ちながら突進するプレスト仮面。闘志を燃やすその雄姿は頼もしいけれど…やはりおかしい。高威力広範囲と引き換えに反動が大きく、連射性に欠けるバズーカは本来距離を取り、一発一発しっかり撃つべき武装の筈で、普段のプレスト仮面もそうして戦っていた。今の様な戦い方をするのはそれこそ強敵にトドメを刺す時位のもので、まだ敵の数がそれなりに残る今すべき動きじゃない。

 

(…何か、焦ってる……?)

 

勝ちを急いでいるような、気持ちが先行し過ぎているような。おかしいという意識でプレスト仮面を見ると、彼女からはそんな雰囲気が感じられた。……でも、この戦いは作戦上勝ちを急ぐ必要も、気持ちが舞い上がるような大一番でもない。

 

「プレスト仮面、前に出過ぎよ!前衛はわたしに任せて下がって!」

「大丈夫!わたしは戦えるから…モンスターなんかに負けたりはしないから!」

「……っ!?ビーシャ…?」

 

背の低さを活かして大型四足歩行モンスターの懐へと潜り込んだプレスト仮面は、その勢いのまま強烈なアッパーカット。続けてアッパーカットで露わとなった喉元へと近距離射撃を叩き込む。爆風がモンスターの下で巻き起こる中更に爆発音が響き……人の何倍もの体積を持つモンスターが、呻きを上げながら地に突っ伏した。

 

「やっぱり、わたしは…わたしはもう……」

 

晴れていく煙の中心に立つプレスト仮面は…いつしか素の性格に戻っていた。何かに解き放たれたような、感涙の篭った彼女の声。……でも、その時彼女は気付いていなかった。煙に紛れて近付く、一体のモンスターに。

 

「ビーシャっ!前ッ!」

「え……?きゃっ…!」

 

咄嗟にわたしは声を発するも、間に合わない。小さなそのモンスターはビーシャの顔へと飛びかかり……けれど幸か不幸か驚いたビーシャが尻餅を付いた事によって、モンスターの爪は鼻先を掠めるだけに留まった。

目の前のモンスターを一刀の元に斬り倒し、一気にビーシャの側へと飛ぶわたし。大袈裟に大太刀を振るってモンスターを牽制しつつ、横目でビーシャに声をかける。

 

「ビーシャ、無事!?」

「あ……う、うん。…じゃなくて、案ずる事はないぞ、パープルハートよ!」

「ならいいわ。作戦は順調に進んでるんだから、焦らず落ち着いて戦いを……あら?」

 

演技を再開する余裕があるなら大丈夫だろうと、わたしは大太刀を構え直す。……と、その時気付いた。立ち上がったプレスト仮面の顔に仮面がなく、ビーシャの状態に戻ってしまっている事に。

 

「何かな?」

「何かな…ってほら、仮面取れてるわよ?」

「…………え…?」

「さっき掠めた攻撃が仮面に当たったのよ、きっと。…っと、大丈夫。わたしは顔を見てないわ。わたしが見たのは落ちた仮面だけで、プレスト仮面の正体には気付いていない。だから……」

「……あ…あぁ…あぁぁぁぁぁああぁぁッ!!?」

「ビーシャ…ッ!?」

 

ビーシャ=プレスト仮面、を隠そうとする彼女を気遣い、わたしは気付いてない体の言葉を投げかける。そのわたしの言葉をさえぎったのは……ビーシャの絶叫だった。その声で只事ではないと感じ取ったわたしは、すぐさま振り向く。そして見たのは…青ざめた顔で震えるビーシャの姿。

 

「ど、どうしたのビーシャ!?何かあったの!?それとも攻撃を受けてたの!?」

「わ、わた…わたし……ひぃっ!!」

「び、ビーシャ落ち着いて!何に怯えているの!?貴女に一体何が……」

「い、いや……嫌ぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」

「な……っ!?」

 

バズーカを落とし、肩を抱き、怯え震えるビーシャ。みるみるうちに涙の溜まっていくビーシャの瞳が何かを捉えた時……彼女は、悲鳴を上げながら駆け出した。…それはまるで、何かから逃げるように。

 

「待ってビーシャ!武器も無しにそんな事するのは無謀……」

「■■ーー!」

「ちっ…こんな時に……ッ!」

 

慌ててわたしはビーシャを追おうとするも、そのわたしの進路上へキラーマシンのビームが駆け抜ける。それはわたしではなく、ビーシャを狙って放たれた砲撃が外れた結果だったものの…それを知らないわたしにとってはビーシャを追う事に対する妨害としか思えなかった。

ビームに突っ込まないよう急ブレーキをかける中、わたしは考える。このままビーシャを追うべきか、モンスターと兵器の撃破を優先するべきか。どちらも二の次には出来ない事で、簡単には選べなくて……結局選ぶ前に、わたしは前者の選択肢を潰されてしまった。ビーシャがいなくなった事で孤立したわたしは囲まれ、撃破を選ぶしかなくなってしまった。

 

「……ッ!ビーシャ!ビーシャぁぁぁぁっ!」

 

出し惜しみなしの全力でモンスターと兵器を斬り裂きながら、わたしは叫ぶ。一体どうしちゃったのよ…ビーシャ……っ!




今回のパロディ解説

・心奏のセンス
七星のスバルの作中ゲーム、ユニオン及びリユニオン内のシステムの一つの事。心を読む系の能力は色々ありますが…この時一番最初に思い付いたのがこれでした。

・「ブレスト仮面、目標を空爆するッ!」
機動戦士ガンダム00において、プトレマイオスチームのガンダムマイスターが発する台詞の一つのパロディ。ビーシャはこれの駆逐verを原作で言ってますね。

・「いける、いけるぞ!〜〜勝てる!」
コードギアス 反逆のルルーシュ主人公、ルルーシュ・ランペルージの名台詞の一つのパロディ。この時のビーシャはルルーシュばりに気分が高揚していた、という事です。


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第八十九話 強さを胸に、前へ

交戦開始から数十分。ビーシャがいなくなってしまってから十数分。モンスターを退け、モンスターと違って増援が現れない兵器を全て破壊し、それで生まれた余裕を使ってモンスターの攻撃を凌ぎながらディスクを探し、何とかディスクを破壊する事でわたしは敵の殲滅に成功した。

 

「はぁ…はぁ…リトライ前提の偵察部隊でボス敵を無理矢理倒したような気分ね…」

 

同じ戦場、同じ場所でもどういう目的で戦い、その為にどの様な準備をしてきたかで戦闘の難易度や疲労は変わってくる。もし端から一人且つ、早々に殲滅する事を目的としていたのなら、今よりはもう少し……

 

「…いや、これじゃビーシャを非難しているようなものね。それより今はビーシャを探さないと……!」

 

伏兵やまだ動ける敵がいないか確認し、すぐに飛翔するわたし。神経を張り詰め、目を凝らして森の中を飛び回る。

 

(あの様子じゃかなり遠くまで行ってる筈。…だったら、軍が見つけてる可能性もあるんじゃ…?)

 

もし結構な距離を移動したなら、誰かしらがビーシャの姿を見ていてもおかしくはない。それにわたしは最高権力者として作戦の進行状況も聞いておく必要がある訳で、どちらにせよ連絡を取る理由はある。そう考えたわたしは、即座にインカムを受信オンリーから送受信モードに切り替える。

 

「司令部、もうかなりの人数が包囲網にかかってると思うけど、状況はどうかしら?」

「首尾は上々です。偵察で確認出来た情報と照合するに、ほぼ全員捕縛出来たと見て間違いないでしょう」

「なら上出来ね、包囲網を狭めていく段階には?」

「既に入っております。女神様も増援は必要ありませんか?」

「こっちはもう終わったから大丈夫よ。…それで、隊員の中にビーシャを見た人がいないか確認してもらえるかしら?」

 

作戦は現段階でも概ね成功と言える事にまずは安堵。そこからわたしは司令部を通じてビーシャに関する情報を求める。ここでわたしが直接全部隊に聞かなかったのは、一遍に返答されても処理に困るから。その点司令部は各部隊からくる情報の処理手段がしっかりしているから、わたしが訊くよりよっぽど素早くビーシャの情報を調べてくれる筈。……後は、見かけた人がいるかどうかだけど…。

 

「…女神様、第六分隊の中に支部長を目にした者がいるようです」

「本当!?じゃあ、それ以上の情報は?」

「申し訳ありません。その者曰く何らかの作戦行動だと思い、そのまま視線を外してしまったようです」

「そう…だったら、ビーシャの行った方向は分かる?」

 

司令部経由で情報を…ビーシャの走っていった大まかな方向を知ったわたしは、上昇した後その方向へと加速する。包囲網の内側にはもういない事が確定したから、暫くは脇目も振らずに真っ直ぐ飛行。そうして数分飛んだところで、わたしは包囲網縮小中の部隊の一つ…ビーシャを見かけた人のいる分隊と遭遇する。

 

「女神様!支部長さんはあちらへ向かいました!」

「みたいね。誰か怪我してる人はいない?」

「女神様のおかげで残党は無力なものでした!よって数人が軽い擦り傷や打撲をした程度であります!」

「ふふっ、それなら良かったわ」

 

今一番心配なのはビーシャだけど、無事でいてほしいのは軍人の皆に対してだって同じ。それが軍だからと言えばそれまでだけど、軍人の皆は自分の意思ではなく軍上層部や更に上である教会、ひいてはわたしの『命令』で戦場に出て、命を懸けて戦うのだから、自らの意思で戦うわたしやビーシャとは全然立場が違う。例え仕事でも、その職を選んだのはその人自身だとしても…わたしは軍人の皆に無事でいてほしいと、心から思っている。だからこそ、今の言葉には思わず微笑んでしまう程に安心した。

 

「…けど、まだ作戦は終わってないわ。危険な敵はもういないと思うけど、負けを悟って自爆攻撃を仕掛けてくるかもしれないから、慎重に動かなきゃ駄目よ?…勿論、ここにいる皆がね」

『はい!』

「いい返事よ。じゃあ、最後に一つ…家に帰るまでが作戦よ、いいわね!」

『はいっ!』

 

力強い返事を受けて、一度着地していたわたしは再び飛翔。これならきっと大丈夫だろうと安心しながら、ビーシャも無事であってほしいと願いながら……思う。

 

(……遠足かよ、って誰も突っ込んでくれないのね…)

 

わたしを女神として尊敬してくれているのであればそれはありがたいし、立場の差から突っ込み辛いというのもきっとあるのだろうけど……女神の姿で一般の人にボケるのは出来るだけ控えよう、と思うわたしだった。…ビーシャが大変だって時に、何考えてるのかしらねわたし……。

 

 

 

 

森を抜けて、草原を飛んで、小高い丘にまで辿り着いて…そこでやっと、わたしはビーシャを発見した。草むらに座り込み、膝を抱えるビーシャの背中を。

 

「ビー……」

 

ビーシャが無事だった事と、やっと見つけられた事で反射的に声をかけようとしたわたし。でも、言い切る前に迷いが生まれる。だって、ビーシャの背中はいつもよりずっと小さく見えたから。

 

(…あの時ビーシャ、怯えていたわね……)

 

何に対して怯えていたのか、何が原因で怯えていたのか…それはわたしには分からない。けど、わたしは知っている。本当に切ない時、心に傷を負った時の、心の辛さを。

 

「……探したよ、ビーシャ」

 

地上に降りて、女神化を解除して、後ろから声をかける。びくっと肩を震わせるビーシャの隣に、わたしはそっと座り込む。

 

「…ねぷねぷ……」

「怪我、してない?」

「……うん」

「そっか、なら良かった」

 

さっきと同じように訊いて、さっきと同じように一安心。森の中を一目散に走っていったなら切り傷位はしちゃってるかもしれないけど…大怪我してないなら、大丈夫だよね。

 

「…………」

「…モンスターと兵器、全部倒せたよ」

「……大変じゃなかった…?」

「あれ位よゆーよゆー!…って言える程楽じゃなかったけど、ご覧の通りわたしも大怪我せずに済んだよ。なんたって女神だからね」

「…流石だね、ねぷねぷ」

 

小さく笑ってくれるビーシャだけど、その顔にいつもの元気や明るさはない。わたしと気の合うビーシャには似つかわしくない、心の磨り減ったような、悲しそうな笑み。…そんなビーシャの顔は、見たくない。

 

「取り敢えず、帰ろうよ。ここは広いから色々出来そうだけど、今は遊ぶ道具何もないんだしさ」

「…………」

「それか、プラネタワー寄る?どっちにしろ一度は軍と合流しなきゃいけないけど、その後でも遊ぶ時間は……」

「……ごめんね、ねぷねぷ」

 

こういう時、一番辛いのは相手まで暗くなってしまう事。次に辛いのは、あからさまに明るく接してくれたり同情してくれたりする事。プラスの方向にしろマイナスの方向にしろ、普段とは違う扱われ方をされるっていうのが落ち込んでる側としては辛い事で…だからこそわたしは、ビーシャの様子に触れなかった。そんな中、ビーシャが口にしたのは……謝罪の言葉。

 

「…それは、何に対してのごめんねなの?」

「ねぷねぷをおいて、一人で逃げちゃった事…。…怒ってる、よね…」

「うーん…怒ってはいないよ?…慌てはしたけどね」

 

慌てたと言っても、半分はビーシャを心配しての事。だからこういう事なら何度やったっていいよ〜…なんてつもりはないけど、今のビーシャはさっきの事を軽く捉えてる様子なんてないんだから、怒ろうとは思わないし思えない。

 

「……何か、怖かったの?」

「…………」

「…ううん、怖かったんだよね。あの時のビーシャの顔、すっごく怯えてたもん」

「…やっぱり、顔に出てたんだ……」

「ついでに悲鳴もね。…ねぇビーシャ、話してくれないかな?ビーシャが抱えているものが、なんなのか」

 

ビーシャが何を抱えているか。それは昨日も訊こうとした事で、昨日はビーシャが話してくれるまで待とうと思っていた。…でも、その抱えていたものの一端を見ちゃった今じゃ、ゆっくり待とうなんて思えない。だって今訊かなかったら、きっとビーシャはずっと今日の事を負い目に感じたままで、わたしに話す事も出来なくなっちゃうような気がするから。それに……小細工なしに正面から向き合ってこそ、わたしだもんね。

 

「……笑ったりしない?」

「しないよ。今のわたしがふざけてるように見える?」

 

不安そうにわたしの方を向いたビーシャの目を、真っ直ぐに見つめる。そして……ビーシャはゆっくりと頷いてくれた。

 

「……実はね、プレスト仮面の正体はわたしなんだ」

「うん。……うん?」

「…ねぷねぷ?」

「あ、えっと……それは前から知ってる…」

「えっ……?」

 

まさかのタイミングで、唐突に突っ込まれたプレスト仮面に関するカミングアウト。想像していたのとは全然違う言葉に気の利いた返しが全く出来なかったわたしだけど、考えてみればビーシャ自身はずっと隠し通せてたつもりだったんだから、今カミングアウトしてもおかしくない訳で……っていやいやいや!今はそんな余計な事考えてる場合じゃなくて…。

 

「あー、そ、その…このタイミングで言ったって事は、プレスト仮面もこれからする話に関わるんだよね?」

「…うん、凄く関わってる。…あのね、ねぷねぷ…わたしは、本当は……」

「…………」

「……モンスターが、怖いんだ…」

「え──?」

 

躊躇いがちに、迷いを感じさせる声音でビーシャが言った、「モンスターが怖い」という言葉。それをわたしは、一瞬理解出来なかった。だって、だってビーシャは……

 

「…戦ってたじゃん…これまでだってモンスターと戦って、余裕で何度も倒してたじゃん……」

「ううん、それは間違ってるよねぷねぷ」

「ま、間違ってる?間違ってるって、一体何が?」

「…モンスターを倒してきたのは、わたしじゃなくてプレスト仮面なんだよ」

「え?……あっ…!」

 

ビーシャとプレスト仮面は同一人物なのに、ビーシャは何を…とわたしは思った。けれど、すぐに思い出す。これまでわたしとビーシャは結構一緒にモンスターを倒してきたけど……その時はいつも、ビーシャはプレスト仮面として戦っていた事に。

 

「で、でも…プレスト仮面って、ビーシャが仮面着けて演技してるだけでしょ?別に人格が入れ替わってるとか、仮面にアヌビス神的なスタンドが宿ってるとかじゃないんでしょ?」

「そうだよ。それはその通り」

「だったらビーシャが倒してるんじゃん…違うの…?」

「……プレスト仮面はね、格好良いヒーローなの。モンスターを恐れず、子供の為に身体を張って戦う、わたしの憧れのヒーロー」

 

ビーシャはわたしの問いには答えず、代わりに語り出した。プレスト仮面の在り様に。

モンスターを恐れず、子供の為に戦うヒーロー。確かにそれはプレスト仮面の事だと思う。プレスト仮面はモンスター相手に勇ましく戦っていて、子供からもヒーローとして見られているんだから。

 

「でも、わたしは違う。モンスターを目にしたらそれだけで震えちゃって、モンスターと戦う事を想像するだけで怖くなってくる、ヒーローとはかけ離れた存在。……これが、昔一度モンスターに襲われたってだけで出来たトラウマのせいなんて、今でも夢に見る程のトラウマになっちゃってるなんて、女神のねぷねぷからしたら笑えちゃうよね」

「…別に、笑えちゃうとは思わないよ。それに笑わないって言ったもん」

「そっか…わたしは、モンスターが怖い。でも、ヒーローみたいになりたいって気持ちもあって、戦う事も出来ない自分が嫌だった。……だからね、プレスト仮面を作り出したの。わたしにとっての理想のヒーローを、わたしであってわたしじゃない存在を」

 

もう一つのビーシャ…プレスト仮面の在り様を聞いた時から薄々思ってはいたけど、やっぱりそうだった。ビーシャにとってのプレスト仮面は、正に演じている存在。自分自身ではない、別の存在。…ビーシャ自身が、プレスト仮面をそういう思いで作り出して、今もそう捉えているんだって事が今の言葉から伝わってきた。

 

「…ずっと、思ってたんだ。わたし自身は弱くても、プレスト仮面として戦い続けていれば、いつかはトラウマも克服出来るんじゃないかって。前からよくクエストをしてたのも、支部長になったのも、立ち向かう強さを手に入れる為。…不純だね、今更だけど…」

「…ビーシャの憧れは子供を助けるヒーローで、トラウマ克服も憧れのヒーローに近付く為に必要な事でしょ?だったら不純じゃないよ、きっと。それに…このわたしの前じゃ、それ位の不純さは大した事じゃないよ、うん」

「……わたし、ねぷねぷのそういうところ友達として尊敬してる」

「え…あ、そ、そう?…尊敬してもらえてるなら嬉しいけど…尊敬されるような事言ったかな…?」

 

わたしは自分が思った事を言っただけ。ビーシャが不純な性質で支部長をしてるとは思わないし、わたしだって自他共に認めるしょうもない人間だよと伝えただけ。…うーん…ほんとにどこを尊敬されたんだろ…。

なんて数秒思ってたわたしだけど、今大事なのはビーシャの話。そうすぐに思い直して、わたしはビーシャの話を聞くのを続ける。

 

「…それでね、わたしは克服出来つつあると思ってたの。初めはプレスト仮面でも怖かったモンスターが段々怖くなくなってきて、強いモンスターでも落ち着いて戦えるようになって、プレスト仮面はわたしの理想通りのブレスト仮面になっていったの。…だからわたしにとって、今日の戦いは仕上げみたいなものだったんだ」

「仕上げ…あれだけの戦闘でも乗り切れるなら、トラウマは完全に克服出来ただろう…って事?」

「うん。……でも、結果はあのざまだよ。結局わたしは、強くなんてなれてなかった。強くなったのはプレスト仮面だけで、わたしはトラウマを克服出来ない弱い自分のままだった。…ごめん、ごめんねねぷねぷ…我が儘言って着いてきて、わたしの自己満足の為に戦って…それで、最後には全部ねぷねぷに押し付けちゃって……」

 

ぎゅっと強く膝を抱えて、その膝の上に顔を乗せるビーシャ。その姿はまるで閉じ籠ろうとするようで…見ていて凄く、痛ましかった。

そんな姿を見て、友達がこんなにも苦しんでいるのを見て、黙っていられるわたしじゃない。そんな事はないって、自分を責めないでって、わたしはそう言おうとして……でもその前に、ビーシャは顔を上げた。その顔に浮かんでいるのは…諦めの表情。

 

「……わたし、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)を止めるよ」

「……っ!?や、止めるって…そんな、急に…」

「急に止めたら迷惑がかかるよね。だからちゃんと後始末はして、後任の人も見つけてから止めるよ。…もうこれ以上、ねぷねぷに迷惑はかけたくないから…」

「迷惑、って…わたしは、そんな事思ってないよ…」

「それは、ねぷねぷが優しいからだよ。…でもきっと、いつかは迷惑をかけちゃう。こんなわたしじゃ、弱い自分に打ち勝てないようなわたしが、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)に相応しい筈がないもん…」

 

また、ビーシャは悲しそうな笑顔をする。自分の可能性を諦めて、しょうがないよねって認めてしまったような、そんな笑顔を。

落ち込むビーシャを、どうしたら元気付けられるか。それをわたしは会話しながらずっと考えていた。でもここまで聞き終えて、分かった。月並みな言葉じゃ、元気付けようなんてスタンスじゃ、ビーシャの心に寄り添う事なんて出来ない。だから……

 

「……自分ってさ、そこまでして立ち向かわなきゃいけないものなのかな」

「え……?」

 

──少しだけ、わたしも話そうと思った。わたしの事を、わたし自身の事を。

 

「自分の弱さに立ち向かう、とか弱さを受け入れて前に進む、とか言うけどさ、それってほんとにやらなきゃいけない事なのかな?」

「…そういう事を経験して、人は強くなるものじゃないの…?」

「うん、それがプラスになる事自体は否定しないよ。…けど、わたし思うんだ。戦闘と同じように心だって無理なものは無理で、時には戦いを避けるのも大切なんじゃないかって」

 

乗り越えられる壁を登る事はトレーニングになるし、自信にも繋がる。でも乗り越えられない壁を無理に登ったら、失敗するし落ちて怪我するかもしれない。その見極めをしないで何でもかんでも越えようとするのを、わたしは正しいとは思えない。それに……

 

「…わたしにもあるんだ、トラウマ」

「そう、なの…?」

「最近出来たばっかりだけどね。…助けられたのが、つい最近だから」

「あ……」

 

わたし的にはあまり認めたくはないけど…間違いなく、ギョウカイ墓場で捕まっていた間の事はわたしの…ううん、わたし達守護女神にとってのトラウマになっている。…なっているって、四人で向かった時に知ったから。

 

「わたしもビーシャと同じだよ。皆がいればなんとか行けるけど、一人でギョウカイ墓場に行く事なんて怖くて出来ないし、まだ日が浅いからかもしれないけど捕まってた時の事はよく夢に見るし。…それに、ほら」

「…ねぷ、ねぷ…?」

 

言葉に一区切り付けたところで、わたしは右手をビーシャに見せる。……僅かにだけど震える、わたしの右手を。

 

「…こうして話すだけで、怖くなってくる。少し思い出すだけで、辛くなってくる。あの時の事を語ろうとすると、それだけで……ぁ…」

「……だ、大丈夫…?」

「……っ…ご、ごめんビーシャ…ちょっと、待って…」

 

ビーシャに話す中で、トラウマに触れた事で、無意識に思い出してしまう。段々と息が浅くなって、心拍数が上がっていって、背中に嫌な汗が流れて……気付けば手の震えは、ビーシャがすぐに分かる程大きくなっていた。

必死に頭の中からギョウカイ墓場での記憶を追い出して、深呼吸するわたし。深呼吸しながら皆の事を思い浮かべて、もうこれは過ぎた事だって自分に言い聞かせる事数十秒。

 

「……落ち着いた?」

「…うん、ほんとに突然ごめんね…」

「ううん、わたしは大丈夫。…でも、ねぷねぷもそんなに辛いって思う事、あったんだね…」

「…情けない事だけど、分かるんだ。これはもう、克服とか乗り越えるとかの次元じゃないって。わたしにも、ノワールにも、ベールにも、ブランにもどうこうできない、消えない傷跡になっちゃってるって」

 

克服するにはまず向き合わなきゃいけないけど、わたし達はそれすらままならない。強引に向き合ったら、きっとわたし達の心が壊れてしまう。…だって、わたし達の心は捕まってた時にもう壊れる寸前だったんだから。

 

「…でも、ねぷねぷはまだ戦えてるでしょ?皆となら、ギョウカイ墓場にも行けるんでしょ?…なら、わたしとは違うよ…」

「違わないよ。戦いそのものは怖くなってないから別だし、皆とならって事は皆がいなきゃ行けないって事だもん。…だからね、わたしは思うよ。トラウマは克服しなきゃいけないものでも、頑張れば絶対克服出来るものでもないって。……自分の心の事なんだから、どうするかもどうなるかも人それぞれなんだよ、きっと」

 

わたしはギョウカイ墓場での事を、克服なんて出来ていない。イリゼとネプギアに寄り添ってもらって、皆がわたしが勇気を取り戻すのを待っていてくれて、今も沢山の人に支えてもらって、ようやく思い出さなければ普段通りにいられる状態まで回復したのが、今のわたしだから。…でも、これもまた皆との繋がりの力。癒えない傷があっても、傷を負ったままでも、前を向けるって皆が教えてくれたから、わたしは今ここにいる。だからわたしは、トラウマを克服しなくても前へ進む事は出来るって、ビーシャに伝えたかった。友達から教えてもらった事を、別の友達にも教えてあげたかった。

 

「……それにさ、ビーシャは本当は強いと思うよ」

「…あの時、逃げちゃったのに?」

「逃げちゃっても、だよ。ビーシャは自分とプレスト仮面は違う存在だって言ったけど…わたしはそうは思わない。ビーシャもプレスト仮面も、同じビーシャだもん」

「それは…そういう事じゃなくて…」

「そういう事だよ」

 

ふるふると首を横に振るビーシャの言葉を遮って、わたしははっきりと言う。わたしの伝えたい事は、まだ終わってない。

 

「…ね、ビーシャ。ビーシャってさ、プレスト仮面を演じてたの?それともブレスト仮面そのものになってたの?」

「……分かんない…初めは、演じてたよ?でも、今はどっちなのか、自分でも…」

「そうなんだ…でもそれはどっちでもいいんだよ。どっちだって、ビーシャが強い事の証明だから」

「…………」

「だってそうでしょ?例え演じてたとしても、それを演じてるのはビーシャだもん。プレスト仮面の強さは、ビーシャ自身が作り上げてるものだもん。で、プレスト仮面そのものになってたなら、やっぱりプレスト仮面の強さも勇気もビーシャ自身のものだよ。思わざれば花なり、思えば花ざりき。演じずその人になれてるなら、それは本物の…って、えっと…これ、そういう意味だっけ…?」

「……それは、25か29乗りの人に訊いた方がいいと思う…」

「あはは…でも、どっちにしたってプレスト仮面の強さの在り様は、ビーシャ自身に繋がってる。それは、間違ってないでしょ?」

 

そこまで言って、わたしはビーシャの瞳を見つめる。抱えてるものの話を始める時みたいに、真っ直ぐに瞳を見つめる。そして……

 

「…じゃあ、わたしは…わたしは、このままでいいの?このままのわたしで、弱いわたしのままでも…いいの…?」

「勿論だよ。…というか、さっきから言ってるじゃん。ビーシャは弱くないって。ビーシャはビーシャなりの強さがあって、その強さがプレスト仮面って形で表れてる。わたしはそう思ってるし、ネプギアやイリゼだって聞けばそう言うと思うよ?」

「ねぷねぷ……」

「…だからさ、止めるなんて言わないでよ。仕事は違うけど、わたしこれからもビーシャと一緒に頑張りたいもん。気の合うビーシャと、ヒーローのプレスト仮面と、一緒に頑張っていきたいもん。……ビーシャなら大丈夫だって、信じてるよ」

 

立ち上がって、わたしはポケットから取り出した物をビーシャに見せる。ビーシャにとって強さの証である、間違いなくビーシャの一部である……プレスト仮面の、仮面を。

 

「……わたし、迷惑かけちゃうかもしれないよ?」

「わたしだってビーシャに迷惑かけちゃうかもしれないからおあいこだよ」

「……わたし、これがなきゃ戦えないんだよ?」

「なら落っことさないようにすれば大丈夫だよ。それか予備の仮面持ってるのもいいかもね。…ビーシャの強さが篭ってるのは、仮面じゃなくてビーシャの中のプレスト仮面なんだから」

「……わたし、またいつか落ち込んじゃうかもしれないよ?」

「友達が落ち込んでたら、話を聞いてあげる。力になってあげる。それだけだよ。わたしとビーシャは友達だからね」

「……もう…格好良過ぎだよ、ねぷねぷ…これじゃ、わたしじゃなくて…ねぷねぷがヒーローみたい、じゃん……」

 

顔を俯けるビーシャ。俯いたビーシャが何を考えているか、その顔に表れているのがなんの感情かは分からない。でも、わたしは待った。ビーシャを信じてるから、ビーシャなら大丈夫だって思ってるから。そして、ビーシャは…ばっと立ったビーシャはぐしぐしと腕で顔を拭って、仮面を取る。

 

「……でも、ここまでしてもらって、うじうじしてるままじゃ…それこそ本当に、ヒーローらしくないよね!」

「ビーシャ…!」

「決めたよ、ねぷねぷ。わたし止めるのを止める!これからも黄金の第三勢力(ゴールドサァド)として、プレスト仮面として、子供の為に戦う!だってそれが、わたしの憧れる…わたしの中にいる、プレスト仮面の在り方だからね!」

 

仮面を装着して、元気一杯な声で、ビーシャはそう宣言した。過去と決別する訳でも、無理をする訳でもなく…ただトラウマを抱えたまま、それでも前に進む事を決めてくれた。

これからビーシャが、そしてわたしが、抱えるトラウマをそのままにするかどうかは分からない。何かが切っ掛けになって克服しちゃうのかもしれないし、逆にトラウマが酷くなっちゃうかもしれない。でもわたしにもビーシャにも、友達がいる。支えてくれる人がいる。そういう人がいれば、どんな事があっても何とかなる…そうわたしは思った。──ビーシャが浮かべているのは、わたしにそうやって強く思わせてくれる程の、そんな満面の笑顔だった。




今回のパロディ解説

・アヌビス神的なスタンド
ジョジョの奇妙な冒険第3部(スターダスト・クルセイダーズ)に登場するスタンドの一つの事。ジョジョで仮面というと石仮面もありますね。あちらには何も宿ってませんが。

・25か29乗り
マクロスFrontierの主人公、早乙女アルトの事。思わざれば〜というのは本編は勿論、いくつかのメディアミックスでも言ってますね。勿論この言葉自体も自体も引用です。


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第九十話 決闘布告

毎日、大なり小なり犯罪組織に纏わる情報が耳に入ってくる。犯罪組織は壊滅して、残党の勢いもお姉ちゃん達守護女神の存在や軍による警戒のおかげで日々下火になっている筈なのに、入ってくる情報はあまり変わらない。それは元々がとんでもない規模の組織だったからというのが大きいんだと思うし、まだ四天王の内三者が存続しているのもあるだろうし、犯罪神の復活はまだ阻止出来ていないというのもあるように思える。

アタシ達は、現体制側は、反体制組織を潰す事に成功した。なのに心から安心出来ないのは、国家規模の戦争なら仕方ない事なのか、それともまだ……

 

「……ユニ、ちょっと聞いてるの?」

「へ?…あ……」

 

少しだけ眉をひそめて訊いてくるお姉ちゃんの声に、アタシは思考の海から引き戻される。ここはラステイション教会内にある会議室の一つ。行政各部の代表を集めた今後の対犯罪組織(残党)プランの確認の後、アタシはお姉ちゃんに呼び止められて…会話の最中、思考に耽ってしまっていた。

 

「もう、何ぼーっとしてるのよ……体調悪いの?」

「う、ううん。そういう事じゃなくて…」

「ならいいけど。…で、私の話は聞いてた?」

「……アタシの△攻撃は膝が血だらけになりそうって話…だっけ…?」

「違うわよ!?全然違うわよ!?っていうかそれUの話よね!?何で今それ出したの!?」

「あ、あはは…ごめんなさい、聞いてませんでした…」

 

話をちゃんと聞いてた…というか聞こえていたのは最初だけで、正直に言えば聞いていない。でもアタシ的にはそれを誤魔化したくて、けどそんな急に妥当な返し思い付かなくて……結果変な事を言ってしまった。…でもあれほんと、絶対痛いと思うのよね…。

 

「聞いてないなら素直にそう言いなさいよ…」

「うん、アタシもそうするべきだったと思ってる…」

「全く…私は外出の時気を付けなさいって話をしてたのよ」

「外出の時?」

 

呆れながらも改めて言ってくれるお姉ちゃん。けれどそう言われてもアタシはピンとこない。外出の時気を付けろって……

 

「…教会周辺に不審者情報でもあったっけ?」

「そういう事じゃないわ。…あ、でもそれは常日頃から気を付けなきゃ駄目よ?一部とはいえ、どの時代でも女神に邪な感情を抱く人はいるんだから」

「分かってる。それで、お姉ちゃんが言う気を付けなきゃいけないっていうのは…?」

「犯罪組織の残党が、一発逆転狙いで私やユニを狙ってくるかもしれないって事。犯罪組織の有するアンチシェアクリスタルが一つだけとは限らないもの」

 

真剣な眼差しで言うお姉ちゃんに、アタシは頷く。普通の人なら奇襲を受けても何とかなると思っていたけど……もしアンチシェアクリスタルを使われたら話は別。お姉ちゃん達曰く、一瞬で戦闘不能レベルまでシェアエナジーを吸収される訳じゃないらしいけど…それでも、それがアタシ達女神にとって天敵である事には変わりない。

 

「…じゃあ、出掛ける時は誰かに護衛をお願いした方が良い?」

「そこまではしなくていいわ。ただ、これだけはちゃんと覚えておきなさい。劣勢に立たされていたり、後が無くなったりした人は何をしでかすか分からない、って」

「了解。……えと…あ、ありがとねお姉ちゃん。…アタシを心配してくれて…」

「あ…こ、これは心配っていうか…あ、貴女も女神だから言っただけよ。候補生だって何かあれば国や国民に影響があるんだから…」

「そ、そっか…うん、そうだよね。アタシの油断で国民を不安がらせるような事はないようにしないと…」

 

お姉ちゃんはアタシを心配してくれたと思ったらそうじゃないらしくて、でもお姉ちゃんの言う事はその通りで、アタシは現に一度国民に助けられた経験もある訳で……最終的にアタシは、まぁまぁ前向きな感情に行き着いた。…こうやって言われるって事は、きっとお姉ちゃんもアタシの女神としての影響力を認めてくれてるって事だもんね。だったらヘマなんてしないようにしなきゃ…。

 

「それと、日々の鍛錬もね。女神の道にゴールはないんだから、大きな目標を達成した位で満足してたら他国の候補生に負けちゃうわよ?」

「他国の候補生……」

「貴女達は仲が良いみたいだし、候補生間で仲が良いのは国の為にもなるけど…シェア獲得においてはライバルだって事も忘れないように。いいわね?」

「はい!」

「……いや、姉妹なんだからそこは『うん』とか『はーい』で良いのよ…?」

「あ……ちょ、ちょっと前までイリゼさんに指導してもらってたから、その癖でつい…」

「あー…はは、生徒が板に付いちゃったのね…」

 

少し照れながらそういうと、お姉ちゃんは苦笑混じりに納得していた。…今はお姉ちゃんだったからよかったけど、ケイ辺りにこの反応しちゃったら絶対馬鹿にされるわね…は、早く矯正しておかないと…。

伝えるべき事は伝えたから、とお姉ちゃんは執務室に戻って、アタシもこの後の予定であるクエストの準備の為に自室へ。早速外に出るんだから、お姉ちゃんからの言葉を意識して行こう…と心に決めて歩くアタシだった。

 

 

 

 

今回行うクエストは、他国へ向かう輸送車数台の護衛。本来民間企業が護衛を雇う場合、企業側が直接雇うかギルドを介して募集するかで、この系統のクエストが教会に回ってくる事はまずない。でも、お姉ちゃんは時々社会の実情を知る為にギルドでクエストを受けていて、アタシもそれを前から真似させてもらっている。今日請け負ったのは、その一環のクエストだった。

 

「女神様、うちみたいな中小企業の依頼にわざわざありがとうございます…ほんとに、光栄です…!」

「これも女神の務めよ、気にしないで。…けど、それを聞くのはもう四回目よ…?」

「え、あ…そうだったんですか…?」

「えぇ…このままいくと到着前に全員コンプしそうだから、もう言わなくて大丈夫だって伝えて頂戴…」

 

国境へ向けて走る輸送車と、その上で風を受けながら周辺警戒を行うアタシ。当然走っている最中に車内にいる企業のドライバーと車外(コンテナの上)にいるアタシが会話するのは困難だけど、輸送車の通信機とアタシのインカムの周波数を合わせる事で、通信を可能にしていた。

 

「しかし、今更な話でもありますが…そこで宜しいのですか?私達としては、何かあった際に出てくれればそれで十分ですよ?」

「いいのよ、ここで。車内よりこっちの方が視界を確保出来るもの」

「え、えぇ…それはまぁそうですが…」

「どんな依頼であれ、受けた以上は抜かりなく遂行するのが大事だとアタシは思うの。…貴方達の仕事だってそうでしょう?」

「…仰る通りです、ユニ様。私達も頼んだ者として、最後までミスなく運転すると約束します」

 

アタシの乗るコンテナ上部は勿論人を乗せて走る事を前提としていないから、乗り心地は悪いし落ちる危険も大きい。…けど、現状落ちそうになる事は一度も無かった。……というか、今でこれなら女神化すれば立って射撃しても大丈夫そうね。

 

(…今のところ怪しい影はなし、と……)

 

守る対象のある護衛依頼は、常に気が抜けないから大変ではあるものの、ゲームなんかと違って必ずしも敵が現れる訳じゃない。そもそも今回の依頼も『モンスターや犯罪組織残党に襲われた時困るから』という『かも』の観点から出されたものだから、実際のところはアタシの出る幕がない可能性も十分にある。…最も、安全性的にはそっちの方がいいんだけど。

 

「……貴方達の会社って、犯罪組織絡みで何か被害や損害を受けてたりする?」

「へ?…えぇと…なかった、よな…?」

「あぁ、無かったと思うぜ」

「強いて言えば、俺が一回勧誘受けた事位だな」

「え…貴方、それ大丈夫だったの?」

「あ、はい。あの時は夜勤明けで寝ぼけてたんで、適当に返してたらいつの間にかいなくなってました」

「そう…だったらよかったわ」

 

ふといい機会だと思ったアタシは、民間企業…それもそこまで規模が大きくないところに犯罪組織がどこまで影響を及ぼしていたのか確認する為、質問を口に。もし甚大な被害を受けているなら、国としての支援も考えないと…と思っていたけど、これなら大丈夫そうね。…ここがセーフだからって他もセーフだとは限らないけど。

それからも散発的に会話をしながら、アタシは周辺警戒を、企業の人達は運転を続ける。襲ってくる気配の無さそうなモンスターは無視し、近付いてきそうなモンスターには極力殺気を発さないようにしながらスコープで監視し、近付かれる前に撃てるよう神経を張り詰める。クエストを完遂する為、この企業に損害を発生させない為に。…でも……

 

「お、国境管理局が見えてきた。女神様、ここまでお疲れ様です!」

 

……結果から言えば、アタシの銃が火を吹く事は一度も無かった。今回のアタシ、ただコンテナの上に乗って会話してただけ!

 

(ちょ、ちょっと…一体位は来なさいよ!アタシはトリプル主人公に入ってないからって手抜いてる訳!?)

 

張り切って、地の文でもやる気を見せてたのに全く出番がなくてやりきれない気持ちのアタシ。いや、さっきも語った通り安全性的には出番がなくて済む方がいいんだけど…それでもこれ描写されるのよ!?何か起こるかな?…何もありませんでしたー、のパターンなら描写しなくたっていいじゃない!しかもなんでアタシの時に……。

 

「…って、いけないいけない…アタシはこんなメタ思考するポジションじゃないんだから…」

「……?えと、何です?」

「あぁいや、独り言だから気にしないで。貴方達こそお疲れ様ね…って、貴方達はまだ往復の四分の一しか行ってないのか…」

 

運搬である以上往復となるのは必須で、しかもここはまだ国境管理局前だから、ドライバーの人達はまだまだ気が抜けない。対してアタシが請け負っているのは管理局までで、基本的に国を跨ぐクエストはそれぞれの国のギルドに依頼を出す事になっている(国外まで行ってもらう場合は手続きが複雑になる)から、ほぼ何もせずに終了となるアタシは何だか少し申し訳ない気分に。これがクエストじゃなきゃここから先も護衛を…って言いたいところだけど、ここから先では別の護衛を受けた人がいる訳だし、何よりそれはやるべきじゃない。依頼を出した側と受けた側という仕事上の関係だからこそ、善意を出す部分を間違えてしまうとクエストのシステムそのものに悪影響を与えてしまう。実情はどうあれ請け負った仕事は請け負った仕事なんだから、アタシがすべきは管理局に到着するその時まで護衛を完遂する事。……そう、思ってた時だった。

 

「──え?」

 

目線を動かしていたその最中、視界の端にちらりと映った鉄の色。岩の色や乾燥した砂利の色とは違う、個人が携帯出来るような物とも違う、確かな金属光沢。……それが映った瞬間、アタシは狙撃体勢に入った。

 

(今の方角に普通の車両が行く訳ないし、軍も今この周辺には展開してない筈。って事は、まさか…!)

 

スコープを覗き、目を凝らし、映ったものの正体を探す。もし見間違いなら良し、不法投棄された鉄くずとかなら良くないけど危険はない。でももしそれが兵器なら、それも非合法な組織が有する物だとしたら……。

一抹の不安を抱きながら探すアタシ。そして…その不安は、的中する。

 

「……っ…確認だけど、管理局に着いた時点で護衛は終了でいいのよね?」

「あ、そうですけど…」

「だったら、少し確かめたい事が出来たから到着したらすぐ移動させてもらうわ。ごめんなさい、慌ただしくて」

「い、いえ。女神様に護衛して頂けただけでも光栄なのですから、問題ありませんよ。…それでその、確かめたい事というのは……」

 

アタシの確認に対し、どこか不安そうな声が返ってくる。でもそれは、女神が突然こんな事を言い出したのなら仕方のない事。だからアタシは、ふっと微かな笑みを浮かべて言う。

 

「…大丈夫よ、何があろうと国と貴方達はアタシとお姉ちゃんが守るんだから。それじゃ、貴方達も頑張りなさい!」

 

管理局へと到着したトラックが停止した瞬間、アタシはコンテナを蹴って跳躍。それと同時に女神化し、挨拶も早々に目標へ向かって突進する。

 

(いるのは一機、それも携行武装無しのキラーマシン…妙ね……)

 

ホバー特有の機動である方向…恐らくは街の方へと向かうキラーマシンの姿が、スコープ無しでもはっきりと見えてくる。

初期型でも並みのモンスターを大きく超える戦闘能力を有する無人機、キラーマシン。けど対キラーマシン戦術が確立されている今単機で運用するのは賢い選択じゃなくて、両腕に武装を装備していないのもおかしな話。一番初めに思い付くのは、それを有する組織がまともな運用も出来ない程困窮しているという可能性だけど…それなら尚更こんな所から出撃させる筈がない。

携行武装を用いない新型か、それとも本隊の動きを隠す為の陽動か、或いは別の目的か……アタシの中で、色々な可能性が渦巻いていく。どれが正解で、どれが最もあり得そうかなんて今の段階じゃ分からない。

 

「……けどッ!」

 

X.M.B.を振り出し、スコープ無しでキラーマシンの胴体へと狙いを付ける。例え目的が不明でも、危険な兵器を破壊しない理由にはならないし、放っておく事も出来ない。何よりこのまま進めば人の害となる事は間違いないんだから……それだけで、アタシが奴を撃つには十分な理由だった。だからアタシは、引き金を引く。

 

 

 

 

夜、アタシはその日使った銃の点検をする。これは趣味の一環でもあるし、常に自分の得物をベストな状態にしておく為の作業でもあるから、一丁も使ってない日や時間のない日以外は毎日行っている。

 

「…流石に摩耗は殆どしてない、か」

 

もしパーツが駄目になっているか、なっていなくてもかなり疲労しているなら取り替える必要があるけど、今日アタシは数発しか撃っていない。数発で駄目になるようなら、それは銃に何らかの問題があるんでしょうね。

 

「…………」

 

頭の中で手順を思い浮かべながら、分解した銃を組み直す。そして、組み直しながら考える。今日あった事…キラーマシンを撃った後に、起こった出来事を。

あの時アタシは、先制の射撃を放った。でも一撃で終わるとは思って無くて、即座に第二射も撃ち込んだ。けど……結論から言えば、キラーマシンは一撃で停止した。装甲を焼いて終わるだけだと思ったビームは、装甲ごと内部まで撃ち抜いてしまった。

 

(やっぱり、あのキラーマシンは意図して武装も装甲も簡易化していた…そういう事よね…)

 

苦労もなく倒せるのは嬉しいけど、あるべき苦労がなくして倒せてしまうのは逆に不安になる。何か罠があるんじゃないかって。わざとやられたフリをしてるんじゃないかって。

そういう時、一番安全なのは近付かずに撃ち続ける事。安易に近寄らず、木っ端微塵になるまで撃てば確実だから。…でもそれじゃ、異変の原因が分からない。安全性を取るか、異変の原因究明を取るかの選択をアタシは迫られ……そしてアタシは、近付く事を選んだ。

 

「……ブレイブ…」

 

アタシが近付いた瞬間、煙を上げるキラーマシンの胸部が開き、そこから奴の……四天王の一角である、ブレイブ・ザ・ハードの声が響いた。

──この機体を倒した者よ、貴様が誰かは分からないが、ラステイションの女神へと伝えよ!俺はこれ以上人々が争う事を望まない!貴君等には貴君等なりの正義があり、それが俺や犯罪組織の目指す先とは相容れない事も理解している!故に女神よ、正々堂々正面から戦い、雌雄を決しようではないか!俺はこれから指定する場所で待つ!貴君等が勝利を至上とするなら軍でも何でも率いて来るといい!だがもし女神としての道に誇りを持っているのなら、傷付く者は自分達だけで良いと思うのなら…俺との決闘を受けよ、誉れ高きラステイションの女神!

……こちらに返答する間も余裕も与えない、一方的な決闘要求。…それは、ブレイブからのメッセージだった。

 

「メッセンジャーにキラーマシンって…武装がないのは被害を出さない為でしょうけど、それにしたってキラーマシン選ぶのはどうなのよ…」

 

言うだけ言ったブレイブは最後に場所を伝え、それからは一言も発さなかった。けれどそれは録音なら当然の事。…きっと今、ブレイブは指定してきた工場(と倉庫)で待っている。このメッセージが、奴の言う女神の下へと届いていると信じて。

 

(…ブレイブが指定したのは、きっとお姉ちゃん…実力でも覚悟でも負けたアタシじゃなくて、ブレイブ自身が敬意を表していると言ったお姉ちゃん)

 

アタシだって女神だけど、ブレイブが決闘を申し立てたのはアタシじゃない。ブレイブの意思を汲むなら、賢明な選択をするなら、アタシがすべきは今すぐにお姉ちゃんに伝える事。そして、お姉ちゃんなら……絶対、ブレイブとの決闘を受け入れる。敵ながら天晴れよ、って言って工場へと行く。そうして…お姉ちゃんだったら、多分勝てる。

 

(……でも…)

 

お姉ちゃんはアタシより強い。けど、アタシは知っている。今の段階でもアタシより強いけど、コンディションが完璧な状態に戻るまでは後ほんの少しだけかかるって。…それにもし、お姉ちゃんがブレイブを倒してしまえば……アタシは再戦が出来ずに終わる。完全敗北したまま、リベンジが出来ないまま終わってしまう。

 

(……それは、嫌。実力が足りなかったのはまだ飲み込めるけど、覚悟でも負けたまま終わるのは絶対に嫌。…けど、それはブレイブの言う『自分本位の理由』…)

 

悔しいけど、ブレイブの言葉はアタシの心に響いていた。ブレイブの覚悟は本物で、だからこそアタシはブレイブの言葉を跳ね返す事が出来なかった。……あの時からアタシは、どこまで成長出来たか分からない。実力は上がってる筈だけど、覚悟はどこまで強くなったか分からない。

 

(…………)

 

賢明なのは、お姉ちゃんに任せる事。そうでなくとも、お姉ちゃんやケイにこれを伝えるのが正しい選択。リベンジしたいという気持ちは自分本位で、国のリーダーが自分本位じゃきっといけない。…………だけど、

 

(…アタシはあの時教えてもらった。国民は…アタシを信仰してくれる人は、資格や条件に合うから信仰してるんじゃなくて、信仰したいって心が思ったからそうしてるんだって。理想の女神でも、お姉ちゃんでもなく、『ブラックシスター・ユニ』を信仰してくれてるんだって)

 

あの時二人が、国民としての思いを教えてくれた。あの後ネプギアが、アタシの心を支えてくれた。これまでアタシは、多くの人に助けられて、成長させてもらってきた。……だからアタシはあの時から、負けたあの時からずっと考えてきた。これからアタシはどうするべきかって。どんなアタシになるべきかって。…そして今、アタシの心には決めた覚悟がある。アタシの進む、指針がある。

 

「……アタシは、アタシなりの道を進む。周りがどうとか、自分本位だとかはどうでもいい。だって…女神の道は、自分自身で作っていくものなんだから」

 

気付けばいつの間にか、銃は組み上がっていた。自分でも思った以上に考え込んでいたのね…とアタシは苦笑しつつ、銃を置いて立ち上がる。これからある人に、伝えなきゃいけない事があるから。

 

「今の時間なら…ま、自分の部屋に居るわよね」

 

自室を出て、廊下を歩く。寄り道せずに真っ直ぐ目的地へと向かい、部屋の扉へノックをかける。

 

「ケイ、いる?」

「……なんだい?」

 

ノックをして数秒待つと、予想通りケイは部屋にいた。部屋の内装は…前の時も触れてなかったけど、別に今言う事でもないわよね。気になるなら一言だけ言っておくわ。ケイらしい部屋よ。

 

「頼み事があるの」

「頼み事?君がわざわざ部屋に来てまで頼み事とは珍しいね」

「えぇ、真剣な頼み事よ」

 

いつも通りにクールなケイ。でもアタシの雰囲気から察してくれたのか、余計な事を言わずにアタシの言葉を待ってくれた。そんなケイの気遣いに感謝しつつ、アタシは一つ深呼吸して……伝える。ブレイブからのメッセージと、それを受けてアタシが出した、一つの決意を。

 

「…伝えたい事は以上よ。時間を取ってくれてありがと、じゃあ頼んだわよ」

「ちょ、ちょっと待った…いや本当に待とうかユニ、本当に…」

 

ケイは立ち去ろうとしたアタシの服を掴み、額を押さえて待つよう念を押してくる。アタシとしては準備をしたいから早く戻りたいところだけど…ケイの気持ちも分かるから足を止める。…アタシが言ったのは、ケイなら止めて当然の事だから。

 

「…大丈夫?」

「君があり得ない事を言わなければこうはならない…ユニ、君は自分が何を言っているのか分かっているのかい?」

「分かってるわ。それともアタシが正気じゃないように見える?」

「…正気じゃなければ、それを理由に一蹴出来たんだけどね…」

 

額から手を離し、ケイはアタシへ目を向けてくる。その瞳に浮かんでいるのは、疑問と呆れと……心配の感情。アタシのやろうとしてる事が無茶な事だって分かっているからこそ、アタシを止めようとしている。…でもアタシは、止めるつもりはない。

 

「どうして、そこまでして…」

「それは、今さっき説明したでしょ?」

「…わざわざ証明しなくても、僕は君の思いが正しいと思っている。ノワールや国民だって、きっと否定はしないだろう。…それじゃあ、駄目なのかい?」

「ありがとね、ケイ。…でもね、これはアタシに必要な事なの。アタシがもっと成長する為に、アタシも国民も誇れる女神になる為に」

「……もしもの事があったら、その時は…」

「その時の為に、ケイに伝えたんじゃない。…それに、アタシはもう名誉の戦死なんて考えないわ。生き恥を晒してでも、どんなに無様でも、アタシは終わる事を選んだりしない。死んで何かを残すんじゃなくて、生きる方が女神の戦いだって分かってるし…何より死ぬのは、アタシの進む道じゃないもの」

 

ケイの瞳を見つめ返して、アタシははっきりと言う。ここで迷いを見せたら、ケイは納得してくれないから。アタシの意思を証明しなきゃ、厳しいけど優しいケイは分かってくれないから。

お互いに相手の目を見据えながら、数秒の時間が流れる。アタシはケイを信じて、自分の選択に自信を持って、ケイの瞳を見つめ続ける。そして……ケイは、ゆっくりと溜め息を吐いた。

 

「……全く、君は…昔はもっと気が弱かった筈なんだけどね…」

「弱気じゃラステイションの女神は務まらないし、ケイもお姉ちゃんも弱気なアタシなんか望んでないでしょ?」

「ふっ、言うね…。……君が旅に出る時、僕は君に頼み事をして、君はそれを叶えてくれた。…だから今度は、僕の番…という事か」

「ケイ……」

「分かった、君の言う通りにするよ。…僕は、君の決意を応援する」

 

少しだけ笑みを浮かべて、ケイは頷いてくれた。応援なんて普段は使わないような言葉を出してまで、アタシの決意を肯定してくれた。もしかすると、仕方ない…と折れた部分もあるのかもしれない。でも一番の理由は、アタシをその言葉通り『応援してくれているから』だって、他でもないケイの表情が教えてくれていた。

頼みを聞いてくれた事に感謝の言葉を伝え、踵を返すアタシ。その背中越しに聞こえる、小さな声。

 

「……君も随分、ノワールに似てきたね。ユニ」

「え……?」

「何でもないさ。それより準備をするんだろう?」

「…えぇ、そうね」

 

追求はせず、アタシは戻る。ケイの言葉は、ちゃんと聞こえてたから。それがケイの気持ちだって、分かるから。だったら、アタシがすべきは掘り下げる事じゃなくて…準備を万全にして、明日を迎える事。

そうしてアタシは自室に戻り、準備を整える。戦いは明日。結果はどうなるか分からない。……だからこそ、アタシはこれまでアタシが培ってきたもの全てをかけて戦うと、決めた。




今回のパロディ解説

・△攻撃、U
原作シリーズの一つ、超次元アクション ネプテューヌU及びその中でのユニの攻撃の一つの事。ニーハイやズボンじゃないから余計に痛そうなんですよね、滑り込み射撃…。

・何か起こるかな?…何もありませんでしたー
モンハンシリーズにおいて、一部の採取ポイントで採取を行った際の表示のパロディ。作中ではあのように表現しましたが、何もない展開というのもいいと思うんですよね。

・「〜〜生きる方が女神の戦い〜〜」
機動戦士ガンダムSEEDの登場キャラの一人、カガリ・ユラ・アスハの名台詞の一つのパロディ。ユニと言えばガンダムパロ、私はユニ以外でも使いまくりですけどね。


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第九十一話 覚悟の戦い

ラステイションへと戻った私を迎えてくれたのは、私の帰還に歓喜する国民と、安堵する教会職員や軍人。優しく笑顔を向けてくれた知人に……溜まってしまった大量の仕事だった。

私がどんな状態にあったとしても、仕事は私を待ってくれない。ユニやケイ、それに職員の皆が出来る限り分担したり仕事の組み直しをしてくれたみたいだけど、それにだって限界はある訳だし、守護女神でなければいけない仕事は全て溜まってしまっている。滅多に仕事を溜めない私にとって、山の様になった書類は愕然とする他なかった。

 

「ベールとブランも帰った時には同じ気持ちになったんでしょうね…ネプテューヌは…どうなのかしら……」

 

時々趣味にうつつを抜かすらしいけど、ベールもブランもきちんと自分の職務はこなしているんだから私と似たり寄ったりな状態になっていた筈。けどネプテューヌの場合は普段から真面目に仕事をしていない訳で、そうなると逆にあまり溜まっていない可能性が出てくる。普段からやらないが故に自分の下へとくる仕事が減って(イストワール辺りに減らされて)、結果私達程は溜まらずに済む…という可能性が。……そうだったとしたら、守護女神として激しくどうなのかと思うけど。

 

「…ま、他国の事をどうこう言うより目の前の仕事よね」

 

溜まっている分は一気に片付けたいところだけど、今はまだ犯罪組織の事がある。何かあった時に仕事疲れでコンディションが…という事にならない為に、余裕があっても片付けられないというのは歯痒かった。

…と、そんな私が今向かっているのは、ユニの執務室。近い内に二人揃って出席するイベントの確認をしようとユニに会いに来たんだけど……

 

「……いない?」

 

この時間ならいる筈の執務室に、ユニの姿はなかった。入れ違いになったかと思い少し探してみるけどユニは見つからず、どういう訳か電話も通じない。

 

「…クエストかしら…でも、いつもこの時間帯には行かないわよね…」

 

廊下を歩きながら考える。確認は急を要する事じゃないから、居ないなら後でもいいけど…昨日気を付けろと注意したばかりという事もあって、いない理由が気になってしまう。…い、いやでもユニよ?私に似て優秀な女神になりつつあるユニなのよ?そのユニが普通の人や普通のモンスター程度にやられるなんて……け、けどそうなるといない理由が余計謎に……

 

「……ノワール?」

「のわぁっ!?……あ、け、ケイ…」

「…僕を不法侵入者か何かとでも?」

「そ、そういう事じゃないわ…ちょっと考え方をしてて…」

 

突然声をかけられて驚く私。でもケイからすれば普通に呼んだだけで、私はケイに怪訝な顔をされてしまう。…ってこれ、少し前にも似たような事があった気がするわね…メタ的な視点じゃなきゃ結構前の話になるけど…。

 

「…あ、それよりケイ。貴女ユニがどこ行ったか知らない?」

「知っているよ」

「そうよねぇ……え、知ってるの?」

 

ダメ元で何かを質問した時、人は無意識に期待した答えが返ってこないと思ってしまうもの。けれどその時期待していた答えが返ってくると……今の私みたいになるわ。

 

「あぁ、知っている」

「知ってたのね…こほん、じゃあどこにいるの?ちょっとユニに用があるんだけど…」

「…………」

「……ケイ?」

 

気を取り直し、私はどこにいるのか訊き直す。ケイの事だからシンプルに答えて、私もそれに飾らない簡素なお礼を言って…といういつも通りのやり取りになると私は思っていたけど……どういう訳か、質問に対してケイは無言だった。

 

「…………」

「えっと…ケイ?質問の意味が分からないって訳じゃないわよね?…それとも…私、貴女を怒らせる事した…?」

「…そういう事じゃないさ。少し判断を決めかねていて、ね」

「判断…って、何の?」

 

一体このタイミングで何を判断するというのか。付き合いの長い私でも時々ケイの考えている事がよく分からなくなるけど…今日は特に分からない。ケイの事だから、関係ない仕事の事を考えてる可能性もあるけど…。

なんて怪訝に思いながら訊いた私。…けれど、ケイが発した言葉は私の問いとは別のものだった。

 

「……ノワール。ユニの安全を確保する事と、思いに応える事。その選択を迫られた時、君ならどうする?」

「な、何よ藪から棒に…っていうか、質問するならまず私の質問に答えてからにしなさいよ」

「勿論質問には答えるよ。…君がこの問いに答えてくれればね」

「だから何よそれは……」

 

素直に答えてくれないケイに、僅かながら私は苛立ちを感じる。同時に雑談のネタには上がらないような問いを条件とされた事で、ユニが並々ならぬ状況なんだって察した私は更に苛立ちが募っていく。

…けれど、私の気を沈めたのは他でもないケイの瞳。ケイの瞳は真剣に、本気で私の意思を確かめようとしている。……だから私はゆっくりと息を吐き、答えた。

 

「…そんなの、時と場合によるわよ。……でも、どちらを選ぶにせよ私は本気で考えた末に答えを出すし、ユニにどう思われようが結果がどうなろうが、私はその選択に責任を持つ。それが、私の答えよ」

「…………」

「…………」

「……そうだね、君はそういう人間…いや女神だ。…すまないノワール、今のは愚問だったよ」

「いいわよ、別に。…じゃあ、私の質問にも答えてくれるわよね?」

「勿論」

 

今の答えで納得してくれた事に私は一安心。それと共に「分かってるじゃない、ケイ」という気持ちにもなり、少し前の苛立ちも忘れて軽快な気持ちで回答を待ってしまう。

どんな気持ちで聞こうが、答えが変わったりはしない。でも……

 

「……ユニは、戦いに行ったよ」

「戦い?」

「そう。ブレイブ・ザ・ハードとの戦いに…ね」

「…………は?」

 

……ケイの口から発せられたのは、予想だにしなかった言葉。それに私は…唖然とするしかなかった。

 

 

 

 

指定された場所には、確かに犯罪組織の工場と倉庫があった。わざわざ場所を指定して、しかもそれが自陣にとって少なからず必要な場所を選ぶなんて、奴は真っ直ぐなのか馬鹿なのか。……或いは、その両方なのか。

 

「…まあ、一人で来てるアタシも他人の事は言えないけど」

 

工場の扉を開け、中に入る。一応これが罠の可能性もあるから、神経は尖らせていたけど…工場の中には伏兵どころか誰一人としてその姿がない。これが「女神が相手ではどれだけ数を揃えようと戦力の無駄遣いにしかならないから」という戦術的な判断ならそれも理解出来るけど、奴は…ブレイブは、間違いなくそういう理由で撤退させたんじゃない。奴とまともに会ったのはあの一回だけだけど、その一回だけでアタシは奴の人となりを理解する事が出来ていた。

 

(……けど、納得は出来ない)

 

ブレイブの人となりと同時に、アタシはブレイブの思いも理解した。でも、理解はしても納得はしていない。言い負かされたアタシだけど…ブレイブのやろうとしている事が、正しいとは思っていない。…それもまた、ここに来た理由。

 

「……ここね」

 

倉庫へと繋がる大きな扉の前で、アタシは止まる。この扉の先から感じるのは、静かな…けれど燃え盛るような気配。……間違いなく、この先にブレイブが居る。

教会を出て、街の外までは歩いて、そこからは飛んで…今はもうここにいる。今ならまだ引き返せるけど、そんなつもりはない。決意も、意思も、覚悟も…全部決めてここに来たんだから。

扉に手をかけ、一息に開ける。見えた倉庫の先にいるのは…大剣を床へと突き立て、静かに座する一人の戦士。

 

「……よくぞ来た、女神よ」

 

目を開け、立ち上がるブレイブ。だけどアタシはまだライフルを構えない。

 

「…だが、俺が待っていたのはお前ではない。もし俺の言い方が悪かったのなら訂正しよう。ここへ呼んだのは……」

「ブラックハート。…アタシじゃなくて、お姉ちゃんなんでしょ?」

「…分かっているのなら、何故来た」

 

アタシが構えないからなのか、それともアタシとは戦う気がないのか、ブレイブは大剣を手に取らない。

ここへ来た理由を問われる事は、分かっていた。ブレイブにとってアタシは下した相手で、横槍が入らなければ消していた存在なんだから。…でもそれは、負けた時の話。今のアタシは……違う。

 

「……悔しいけど、アンタの言葉はアタシにとって重かったわ。ブレイブ、アンタは強いしアンタの芯も真っ直ぐしてる。それは認めざるを得ないわ」

「…それを伝える為に、ここへ?」

「まさか。…アタシがしにきたのは、覚悟のぶつけ合いよ。あの時のように、ね」

 

ブレイブの目を見据える。…そう、アタシは殺し合いに来たんじゃない。お互いが秘める覚悟の、思いのぶつけ合いを…決意の勝負をする為にここへ来た。

 

「ふん、一度負けたお前が何を言うかと思えば……お前が俺の強さを認めると言うのなら、俺も再び俺の前へと立ったお前の精神力を認めよう。…やはりお前は殺すには惜しい存在だ。……ブラックハートを呼べ、ブラックシスターよ。俺と奴との戦いを見届けるだけなら何も言わん」

「お断りよ。言ったでしょ、アタシは覚悟のぶつけ合いに来たって。…どうしてもお姉ちゃんを呼ばせたいなら、アタシを倒してからにしなさい」

「抜かせ。お前では、何度やろうと……」

「──本当に、そうかしら?」

 

アタシは一歩、前へ。ブレイブに何と言われようが、何と思われようが関係無い。……アタシは、アタシの道を行くんだから。

 

「……確かに、あの時と同じではないようだな…ならば、見せてみるがいい!お前の、今の思いをッ!」

「えぇ、見せて……やろうじゃないッ!」

 

女神化するアタシ。大剣を引き抜くブレイブ。アタシはX.M.B.を構え、ブレイブは大剣の斬っ先を向け……覚悟と覚悟の戦いが、再び始まる。

 

 

 

 

「ブレイブ!アンタはアタシに言ったわね!アタシの覚悟は自分本位だって!利他的でなくて何が女神だって!」

「あぁ言った!言ったさ!そして俺の考えは今も変わらんッ!」

 

大上段から振り出される大剣。それをアタシは左前方へ飛び込むように避けつつ、実弾の連射を脇腹へと浴びせていく。

 

「確かにそれはその通りだったわ!自分を振り返ってみて、アタシは自分本位だったって気付いた!」

「であれば、お前は自身が掲げる思想を変えるべきだ!利己的なリーダーを誰が慕うものか!」

「それは違うッ!」

 

背後に回ろうとしたアタシへ放たれる回し蹴り。そこへ敢えてアタシも蹴りを打ち込み、膂力の差を利用して後退する。とはいえそれは殆ど蹴りを脚で受けたようなもので、脛に鈍痛が押し寄せてくる。……でも、いい。痛いけれど脚が駄目になった訳じゃないから。まだまだアタシは戦えるから。

 

「従うかどうかを、慕うかどうかを決めるのは一人一人が決めるものよ!女神がすべきは国民の期待に答える事、理想を体現し続ける事で、利己だからどう利他だからどうって話じゃないッ!」

「理解出来ない理屈だなッ!それは所詮、自らにとって都合の良い考えではないか!」

「それが女神なのよ!少なくとも、アタシを信じてくれている人はリーダーっていう型に嵌まったアタシを望んではいない!アンタこそ、人の上に立つ者はこうあるべきだって固定概念に縛られてるだけなんじゃないの!?」

 

後退しながら弾丸をばら撒く。勿論並みの面制圧程度じゃ距離を詰めてくるブレイブは止められないけど、弾が当たれば僅かにだけど速度は落ちるし、顔の近くに弾が飛べば腕で顔を覆って防御してくる。速度低下による一瞬の余裕と、防御による視界の狭窄化。それさえ生み出す事が出来れば、十分だった。

 

「アタシはアタシの道を突き進む!それが自分本位だってんならそれで構わない!アタシは、そんな自分本位の道の中で国民も仲間も守るって…そう決めたのよッ!」

「ぐ……ッ!?」

「アンタを倒すのはお姉ちゃんじゃないッ!アンタはアタシが倒すわ!今日、ここでぇッ!」

 

弾頭はそのままに発射機構を電磁方式に切り替え、シェアエナジーを流し込んで一気に最大出力となったレールガンをブレイブの腹部へと叩き込む。

鎧で覆われていても衝撃は貫通し、内部へと運動エネルギーは浸透する。最大出力で放たれた弾丸はその衝撃でブレイブを怯ませ、アタシに更なる一手の時間を与えてくれた。

砲身を上下に展開。再びシェアエナジーをドライブし、収束させてビームを投射。それまでの繋げる為の射撃とは違う、倒す為の射撃は真っ直ぐにブレイブへと伸びていって……爆煙が巻き起こる。

 

「……それが、アタシの覚悟よ。そして、アンタの歪んだ夢を討つのも…この、アタシよ」

 

剣であれば血糊を払うように、X.M.B.を下方へ振る。今のは間違いなく直撃していた。……でも、ブレイブをこれだけで倒せるとは思っていないし…アタシの推測は、正しかった。

 

「…どうやら、俺は今のお前を見誤っていたようだな。不当に低く評価していた事を、ここに詫びよう」

「…………」

「お前の歩む道はあの時と変わっていない。しかし、その道に対する覚悟は見違える程だ。…理解は出来ぬが、その覚悟が本物である事は俺の心にも伝わってきた」

 

晴れた煙の中から姿を現したのは、五体満足なブレイブだった。直撃の寸前に大剣の腹で防御したようで、焼けているのは各部鎧の端部分だけ。その姿は、ブレイブが並みのモンスターとは格が違う事を示していた。

でもそれは、とっくに分かっていた事。今更一撃防がれた程度で、アタシは動じない。

 

「…やはり、ラステイションの女神は素晴らしい。他国の女神の事はよく知らぬ以上比較など出来んが、お前とブラックハートが誇り高く、英傑なる精神を持つ者である事は間違いない」

「それはどうも。…で、ならなんだっての?」

「一度は諦めるしかないと思っていた。ここまでなってしまえば、どちらか一方が生き残る他ないと思っていた。……だが、それでもやはり俺は…お前達に同士となってほしい!」

 

やはり、という言葉を噛み締めるようにブレイブは言う。まだ考えてたのか、と一蹴したっていい。アタシもお姉ちゃんも犯罪組織の人間に協力なんて絶対しない、と切り捨てたっていい。……でも、そうはしない。アイツの主張は、聞くだけの価値はあるって思うから。

 

「頼む!俺の同士となってくれないか!俺は単独で出来る事の限界を知っている!だから俺と意思を同じくしてくれる者が、俺の夢をより高みに到達させてくれる者が必要なのだ!そしてお前達ならば、夢を追う上で唯一無二の同士となってくれると信じている!」

「…それが、どれだけ無茶な頼みかアンタは分かってるの?」

「無論だ!俺は夢の為ならなんだってする!例え俺自身で叶える事ができずとも、もし夢を継いでくれると言うならそれでも良い!だから、頼むッ!我が同士となってくれないか、ユニ!今一度、この事を考えてみてくれ!」

「……ほんと、アンタの情熱は凄まじいわね」

 

敵へ向かって恥ずかしげもなく夢を口にし、その為の覚悟も口にするブレイブ。夢を叶えるというのはそれ自体が強い欲求になる程『自分でやりたい事』の筈なのに、それを堂々と誰かに託しても良いと言えるブレイブは…間違いなく、凄い奴だと思う。

ブレイブの思いは、子供の為だと言っていた。それに偽りがないのなら、その思いにこれだけの情熱をかけているのなら、アタシは勿論お姉ちゃんだってきっと協力をしたいと思う。……だからこそ、訊かなきゃいけない。子供の為に、何をするのかを。

 

「…言いたい事は分かったわ。でもアンタは前に、マジェコンが子供達の為の物だって言ってたわよね。…あれは違法な物よ」

「分かっている。だが、違法が何だと言うのだ。子供達の為になるなら、子供の夢に繋がるのなら…俺は、悪も違法も問わん!」

「そう。……なら、アンタの同士にはなれないわ。どんなに崇高な理想を持っていても、それが善意によるものだったとしても…アンタがやってるのは、ただの犯罪よ」

 

思いは思い、犯罪は犯罪。どんなに優しい思いがあっても犯罪が犯罪じゃなくなる事はないし、どんなに悪意が籠っていても合法が違法となる事もない。……それが、事実。変えちゃいけない、変わらない現実。悪に染まっても尚何かを成そうとする精神は、それもまた凄いけど…女神として、それを許す訳にはいかない。

 

「犯罪、か…ならばお前は子供が笑顔になる悪よりも、子供が悲しむ善の方が正しいと言うのか?」

「そうは言わないわ。子供が笑顔になるかどうかと、善悪は別の話……アンタは根本的な事を一つ間違ってるのよ」

「根本的な事、だと?」

「同士として見出した相手よ。…アタシもお姉ちゃんも女神。法を作り、その法と人々を守り……善とは、正義とは何なのかを自分の身で国民に示す女神。その女神が、悪であっても…なんて事は、最初から考えないわ!」

 

…なんて見栄を張ったって、アタシはまだまだ修行中の身。どこまで正義を示せているかは分からないし、正義とは何なのかを語れる程の経験を積んでいるかも分からない。…けど、アタシはお姉ちゃん達を…確固たる正義を持っている人達を見てきた。アタシには、守りたいものが、積み上げてきたものがある。……正しさを捨てるという事は、それ等も全て捨てるという事。そんな事は…出来ない。出来る訳がない。それ等を捨ててしまったら、それこそアタシはアタシの道を進めなくなってしまうから。皆の思いに、答えられなくなってしまうから。

 

「……同士にはなってくれない、か…」

「残念だったわね。…アンタこそ、正しいやり方で子供の笑顔を作ろうとは思わないの?正しいやり方なら、アタシはアンタを否定はしないわ」

「……悪いが、それは出来ない。俺とて、最初からこの道を進もうと思った訳ではないのだからな」

「…なら、話は平行線ね。アンタが罪を重ねるというなら、それで国民が苦しむのなら……アタシはアンタも、アンタの夢も許さないッ!」

「それはこちらとて同じ事ッ!俺の夢を阻むのなら、子供の笑顔の障害となるのなら……俺はお前も、お前の道もここで潰すッ!」

 

アタシとブレイブは、同時に地を蹴る。アタシは発砲し、ブレイブは大剣を振るい……交差。相手の一撃を避けながら駆け抜け、鋭いターンで反転し、叫ぶ。

 

「お前は覚悟を語った、それならば次は俺の番だッ!俺の覚悟を、思いを、夢を受け止められるものなら受け止めてみるがいいッ!女神ブラックシスターッ!」

「受け止めてやろうじゃない!受け止めて、跳ね返して…それで正しく進む事の意味を教えてやるわよッ!ブレイブ・ザ・ハードッ!」

 

覚悟に勝ち負けなんかないって、だからブレイブを打ち負かす為にここに来た訳じゃないって、そういう思いでアタシはここに来た。それを間違っていたとは思わないけど…今の思いは、少し違う。

勝たなきゃ、と思った。負けちゃいけない、と思った。正しくあろうとしている人の為に、真っ当な形で頑張っている人の為に、勝ちたいと思った。アタシが負けたら戦局的にどうとか、お姉ちゃんやケイ、それにネプギア達の負担がどうとかじゃない。ただ思いとして負けられないから、勝ちたいから、アタシは戦う。……それが、覚悟と覚悟の決闘だから。




今回のパロディ解説

・「……よくぞ来た、女神よ」
RPGにおいて、王様及びそれに準じるキャラクターの定番台詞の一つのパロディ。でもこの場合は王様と勇者というより、魔王と勇者ですね。…四天王と女神ですが。

・「〜〜アンタはアタシが倒すわ!今日、ここでぇッ!」
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、シン・アスカの代名詞的台詞の一つのパロディ。原作でもパロってるこのネタは、ここで使いたかったのです。

・「〜〜我が同士となってくれないか、ユニ〜〜」
機動戦士ガンダムの登場キャラの一人、シャア・アズナブルの台詞の一つのパロディ。これメディアごとに少し表現が違うんですよね。基本はアニメがベースですが。


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第九十二話 願いの力

これまで、アタシは何度も負けたくないって思ってきた。女神がそこら辺のモンスターに負けるなんて恥だから負けたくないし、絶対に間違ってる犯罪組織には女神として負けたくないし、ネプギアやロム、ラムは同じ女神候補生だからこそ負けたくないし、お姉ちゃんや皆さんにだって出来るならば負けたくない。それは負けず嫌いだからなのか、意地っ張りだからなのかは分からないけど…負けたくないって思いは、いつもアタシの中にあった。

今も、負けたくない。…でも、今感じてるこの気持ちは、いつもの気持ちと少し違う。それはアタシの勝手だけど正しい手段で頑張ってる人、自分の道を真っ直ぐ進もうとする人の味方として戦っているから。だからきっとアタシは、負けたくないんじゃなくて……負けてほしくない。

 

「こっ、のぉぉぉぉぉぉっ!」

 

大口径の弾頭による連続射撃。反動を翼の微細な動きで受け止めて、アタシは一発一発が高い威力を持つ弾丸を次々と撃ち込んでいく。

 

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

ブレイブはアタシの射撃を飛び回る事で避けていく。時にはフェイントも入れて、置いてあるコンテナを障害物にして、それでも避けきれない射撃は大剣で斬り伏せて、隙あらば距離を詰めようとしている。今はアタシが一方的に攻撃しているけど……余裕は、全くない。

 

「子供の夢は、笑顔は娯楽から…楽しいという思いから生まれるッ!故に、万人がその思いを享受出来るマジェコンは必要不可欠なのだッ!」

「楽しいって思いはゲームじゃなきゃ得られない訳じゃないでしょ!何でそうなるのよッ!」

「ゲームは一人でも皆でも楽しめる!忙しくとも合間の時間に楽しむ事が出来る!体調や場所など関係ない!それがゲームなのだッ!」

 

大剣の腹で弾丸を弾き、盾の様に掲げて接近してくるブレイブ。数度の斬り伏せで強行突破が可能だと判断したのか、回避を行う様子はない。ならばグレネードなり榴弾なりで体勢を崩してやろうと思ったアタシだけど…弾種を切り替えようとした瞬間、大剣の上から砲口を覗かせる二門のキャノンから光芒が放たれた。

 

(くっ……まぁ、そう簡単にはやらせてくれないわよね…!)

 

ノールック砲撃は狙いが甘く、避ける事は難しくない。でもこれはさっきアタシが行った面制圧…相手の隙を作る為の射撃とは逆の、自分の隙をカバーする為の砲撃。つまり、この後にすぐ……本命がくるッ!

 

「夢と笑顔の……邪魔をッ!するなぁッ!」

 

アタシが左に避けるのとほぼ同時にブレイブは大剣を振り上げ、アタシの回避先へと振り下ろす。そしてその刃から放たれる、真っ赤な炎。もしそれが直撃すれば、大火傷は避けられない。

既に眼前へと迫っている炎。避ける事はほぼ困難。……でも、方法はある。

 

「……っ!」

「む……ッ!?」

 

前へと倒れ込み、狙撃の様な体勢を取るアタシ。その体勢となると同時にアタシは引き金を引き……炎の壁に文字通りの『突破口』を作った。

炎は不定形な存在で、その時々によって形が変わる。それ故に防御するには身体全体を覆えるような盾を用意しないと防げないけど、不定形だからこそ力を加える事で形を変える事が可能であり…その性質を利用して、アタシは弾丸による突破口、セーフティーゾーンを発生させたのだった。

 

「夢と笑顔の邪魔?……いつアタシが、邪魔をするって言ったのよッ!」

「ちぃぃ……ッ!」

 

扇状に広がる炎がすり抜けていった瞬間、アタシはX.M.B.を持ち上げ即発砲。ブレイブはまさかアタシがこんな方法で避けてくるとは思ってなかったのか反応が遅れ、かなり無駄の大きい回避行動へ。

 

「アタシが邪魔をしてるってなら、それはアンタの夢に対してよ!子供の夢と笑顔を邪魔する気なんて…毛頭ないッ!」

「その行為が夢と笑顔の障害となっているのだッ!世の中を、現実を見ろ!今の世界は、全ての子供が平等にゲームを出来るようにはなっていないッ!」

「だからマジェコンを流行らせようって!?コピーで幾らでもゲームをインストール出来るような端末を普及させようって言うの!?」

「そうだ!これまでは資金調達の為に泣く泣く有料としていたが、犯罪組織が天下を取った暁には無償で全ての子供に配るつもりだったのだ!子供が家庭の経済状況に左右されずゲームを楽しめる…それの、何が悪いッ!」

 

回避の隙にX.M.B.をビーム射撃モードに切り替え、翼の力だけで飛び上がりながら追撃をかける。

全ての子供が平等にゲームを出来る訳じゃない。…それは事実。子供が家庭の経済状況に左右されずゲームを楽しめる事は…何も悪くない。だからブレイブの言葉には正しいところもあって、ブレイブの認識は間違っていない。……でも、

 

「マジェコンが流行れば…いや、今の段階でもゲームやデジタルデバイスのソフト開発者は大きな被害を受けてるのよ!だってそうでしょう!?マジェコンがあればソフトを新規で買う必要がないんだものッ!」

 

フルオートで光弾を叩き込み、ブレイブに体勢を立て直す隙を与えない。ブレを十分に押さえてフルオート射撃が出来るレベルじゃ光実どちらも有効打とするのは難しいけど、近距離なら無視出来ない程度の影響力を持つから、撃つ意味は確かにある。

ブレイブの思想は、子供の為にって思いは立派だと思う。…けど、ブレイブのやり方は間違っている。他人に迷惑をかけて、その人の道を邪魔して作り出す『子供の為』なんて……アタシは、肯定出来ない。

 

「アンタはそれをどう思ってるのよ!子供の悲しむ善を否定するアンタは、その行いで別の誰かが悲しむ事をどう思ってるのッ!?」

「子供の時に夢を、頑張ろうという希望を持てていれば、マジェコンで悲しむ事はないッ!子供の頃に得た夢は、どんなものよりも強い原動力となるのだからッ!」

「そんな理論が通用する訳ないでしょうが!どんなに夢があったって辛い事は辛いに決まってる!それに、その理論じゃ今現在悲しんでる人は助けられないでしょ!ソフトの開発者は、今悲しんでるのよ!」

「その者達には申し訳ないと思っている!その者達には恨まれても仕方ないと分かっている!だが!それでも!今いる子供とこれから先生まれる子供の為には、マジェコンは必要なのだッ!」

 

射撃を防ぐ為に両腕を交差させているブレイブ。構え直す為にどこかで後退すると思っていたものの、アタシが今悲しんでいる人について触れた瞬間、その言葉に触発されたかのように再び突進を敢行してきた。

瞬間的に思い付いたのは、高出力ビームの照射による返り討ち。でもブレイブを丸ごと消し飛ばせる程の大口径にするにはチャージの時間が足りないし、今出来る範囲のチャージじゃ突進を止められない可能性がある。もしブレイブのパワーを正面から喰らえば…それだけで骨が折れてもおかしくない。だからアタシは……前に出る。

 

「夢や笑顔を生み出すのはゲームだけじゃないのに、それで悲しむ人がいるのも分かってるのに、それでも曲げるつもりがないってなら……アンタのそれは、ただの身勝手よッ!ブレイブッ!」

「他者からどう思われようと、それが常識から乖離していようと、俺はマジェコンを使い、子供の夢と笑顔を守るッ!夢を守る者が、自身の夢を断念する訳には……いかんッ!」

 

止められないなら、予想外の動きをされたなら、アタシも対抗すればいい。予想外の動きを仕返せばいい。その思いでアタシは突っ込み、激突する寸前に身体を捻る。

吠えながら身体を捻って腕を避け、その動きのまま砲口をブレイブの顔に合わせる。そして、すれ違いざまに一撃。X.M.B.から放たれた光弾は狙い通りに顔へ直撃し……脇腹に、激しい痛みが駆け巡った。

 

「ぐぁ……ッ!?」

「がは……っ!?」

 

同時に聞こえた、アタシとブレイブの呻き声。アタシは地面に叩き付けられ、ブレイブはよろけてコンテナへと激突する。叩き付けられた瞬間の衝撃で肺の中の空気を吐き出してしまったアタシは、アタシが撃つのとほぼ同タイミングでブレイブが仕掛けた肘打ちによって落とされたのだと理解する。

 

(やっぱり、ブレイブ…強い……ッ!)

 

ブレイブと同じ四天王であるジャッジと、アタシと同じく一対一で戦ったイリゼさんは、死んでもおかしくない程の怪我を負う事になった。今の攻撃は咄嗟だったからかせいぜい打撲程度で済んでると思うけど、このまま戦っていれば大怪我をする事も……いや、死ぬ事だって十分あり得る。…けどそれは、どんな戦いだって同じ事。

大きく息を吸い込もうとする身体を押さえ込んでハンドスプリング。ブレイブもまたアタシと同じように体勢を立て直している最中だと確認して、そこでやっと一呼吸。

 

「…今のは、痛かったぞ……」

「アンタこそ…よくあそこから打ち込めるわね…」

「負ける訳にはいかないからな…どんな痛みも、どんな無茶も…我が夢の前では瑣末事だ…ッ!」

「……アンタがただの悪人なら、もっと割り切って倒せたのにね…」

 

左目に傷を追いながらも、ブレイブはその気迫を一切落とさないままアタシと再び正対した。視力という戦いにおける重要な要素の一つを削られたにも関わらず、その精神には欠片も動揺や焦りを感じられない。それが夢の力だとしたら、子供達への思いだとしたら……出来るなら、アタシはブレイブとこうして武器を向け合いたくはない。

でも……

 

「……ブラックシスターよ、その言葉…まさかとは思うが、躊躇っているのではないだろうな?…戦士に優しさは必要だが、優しさと甘さは違うぞ…」

「…分かってるわよ。分かってるし…戦い始めた時点で、アタシはもう心を決めてる。アンタを撃って、アンタの夢を潰して……アンタとは違う形で、国民を、子供をもっと笑顔にするってねッ!」

 

そう言い放って、アタシはX.M.B.の砲口をブレイブの顔に向ける。もしブレイブと分かり合う事が出来たら、もしブレイブが真っ当な方法で子供の夢と笑顔を守ってくれるなら、そんなに良い事はない。…けれどそれは不可能な事。ブレイブの考えはきっとずっと前から、長い時間をかけて作られたもので、アタシの言葉じゃ否定は出来ても思い直させる事なんて到底無理だから。

だからこそアタシは、ブレイブにX.M.B.を向ける。アタシには守りたいものも、守らなきゃいけないものもあるから。大切なものを守って、アタシの道を進んでいくなら、犯罪神とその従者は倒さなきゃいけないから。それに、アタシは……こんなに子供の事を思っているブレイブに、これ以上悪人になんてなってほしくないから。

 

「お互い覚悟は見せられたんだから、そろそろ決着をつけようじゃない!アタシとアンタの覚悟の勝負の決着を!どっちが最後まで思いを貫けるか、どっちが思いの果ての未来を掴めるかの…決着をッ!」

「いいだろう!今のお前の輝きは、ブラックハートのそれに遜色ない!そんな者とこうして戦えるのであれば、それだけで最高の誉れだ!だが、俺は負けん!俺は勝ち、お前との戦いも糧とし……我が夢を、成就させるッ!」

 

激突する、アタシの射撃とブレイブの砲撃。目が眩む程の光の中、互いに次々と攻撃を仕掛ける。徹甲弾、散弾、榴弾、グレネード。ビームにレールガンにシェアエナジー射撃。アタシの持てる策と技術を駆使して、全身全霊をかけて、撃って撃って撃ちまくる。走って、飛んで、避けて、隠れて、ブレイブの全力に対抗する。

 

「夢とは未来だッ!笑顔とは力だッ!どんなに辛くとも、どんなに絶望していても、夢と笑顔は人を救ってくれるッ!俺は子供に、希望を持ってほしいのだッ!」

「悪が作り上げた希望なんて、どこかで歪むわ!例え歪まなかったとしても、その人が優しければ優しい程、悪が原点にある事に苦しむ事になる!より多くの人を笑顔にしたいなら、正しい方法じゃなきゃ駄目なのよッ!」

「正しい方法だけでは救えていない子供がいるのが現実だッ!希望に不安が混じっていたとしても、希望すら持てないよりはずっといい!まずは全ての子が希望を持ち、夢を持てる事が大切ではないのかッ!」

「それは諦めよ!真っ直ぐ頑張る事への…今の世界への諦めなのよッ!アタシはそんな事をしない!だってアタシは女神だから!一人でも正しい形で頑張ろうとしてる人がいる限り、女神は諦めたりしないッ!人も、未来も、全部ッ!」

 

放たれたビームで右腰の浮遊ユニットが爆散する。突き出された大剣で左の二の腕を斬られる。避けきれなかった拳で一瞬視界が歪む。それでもアタシはまだ戦える。まだアタシの思いは折れてない。絶対に…折れさせはしない。

 

「俺とて、諦めた訳ではないッ!だが人には限界があるのだッ!だから、俺は…ッ!この道の先で、その限界を超えると決めたのだッ!ぬぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

(……っ!あの炎……!)

 

歪む視界の中放った一発が、ブレイブの右肩口へと当たってよろけさせた。けれどブレイブは地を踏み締めて耐え、右手に持つ大剣を高らかに掲げる。そして大剣の刀身から吹き出す、煌々とした業火。それを見た瞬間、アタシの全神経が絶対にそれを阻止しなければいけないと叫ぶ。

 

(ブレイブは、勝負を決めにきてる……だったら、やるなら今しかない…ッ!)

 

二門同時ではなく、左右で交互に砲撃を撃ち込んでくる。それを避け、近くのコンテナ裏に隠れ、アタシは短く深呼吸。放たれる前に倒すという決意を胸に、X.M.B.へエネルギーチャージ。確実に倒す為には、アタシも今出来る最高最大の攻撃を叩き込むしかない。

一門ずつとはいえ、ブレイブの砲撃は強力なもの。だからコンテナは数発と持たずに崩壊し…瓦解の音が響いた瞬間、アタシは翼を広げて飛び出す。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

迎撃の砲火を掻い潜り、ブレイブへと接近するアタシ。ブレイブは避けるつもりも、半端な状態で大剣を振るうつもりない様子で左の拳を後ろに引き、どこからでもかかってこいと言わんばかりの覇気を見せる。

このまま進めばブレイブは拳を打ち込んでくる。でも攻め込まなければブレイブが先に切り札を放てる状態になってしまうかもしれない。一番ベストなのは一度倉庫から離脱し、超遠距離から最大出力の射撃を叩き込む事だけど……決闘で、覚悟のぶつけ合いで、そんな選択肢は存在しない…ッ!

 

「ブレイブッ!分かる、アンタの言う事も分かるわッ!具体性のないアタシより、夢と笑顔の為にどうするか考えてるアンタの方が正しいって言う人もいるかもしれないッ!」

「ならば……ッ!」

「──けどッ!」

 

アタシが右の脚を後ろに引いた瞬間、ブレイブの拳が打ち出される。このままいけば、アタシの蹴りとブレイブの殴打が激突する。手による打撃と足による打撃なら基本的には手<足が成り立つけど……

 

(ネプギアとの決闘で、これは経験済みなのよ…ッ!)

「な……ッ!?」

 

激突の刹那、アタシは膝を曲げ……その場で回転した。蹴りと激突しなかった殴打はアタシへ真っ直ぐ伸び、その勢いのままに直撃。でもアタシは遠心力で位置をずらしていた事、そして何より回転している事を利用し……腕に沿うような動きで受け流した。

ブレイブが目を見開く中、歯を食いしばって痛みに耐えたアタシはそのまま回し蹴り。続けてブレイブの肩を掴み、首元に向けて横蹴り。アタシの打撃は強固な鎧を砕く程の威力を叩き出す事は出来なかったけど……この一連の流れは、ブレイブのチャージを確かに遅らせていた。そして、X.M.B.からはシェアの光が漏れ出していく。

X.M.B.の砲身を上下に展開。そこから更に左右へ展開。四分割のリミッターフル解除状態となったX.M.B.を構え……叫ぶ。

 

「それでもっ、アタシはッ!今のゲイムギョウ界を守りたいのよッ!!」

 

初撃でブレイブを後退させ、駆け抜けながら連射。通常モードを大きく超える大口径となったX.M.B.から次々と大出力ビームが吠え、ブレイブの身体を叩いていく。

駆け抜けたアタシは高速ターン。着地し踏み締め、更なる連射で回避の隙を与えず打ち上げていく。

 

(今のゲイムギョウ界は、大好きなお姉ちゃんが、尊敬する皆さんが守ってきた世界。大切なケイが、多くの人が作り上げてきた世界。ネプギアが、ロムが、ラムが…アタシ達候補生全員がそんな人達と守っていかなきゃいけない世界。だから、問題があったとしても、直さなきゃいけない事があったとしても……今を壊させる事だけは、絶対にさせない…ッ!)

 

天井間際まで打ち上げられたブレイブに襲いかかる、幾重もの爆発。それが起こした爆炎の中を突っ切り落下するブレイブとは対照的に、アタシは弧を描きながら舞い上がる。

一発一発がただのモンスターや通常兵器ならば撃ち抜いてしまう程の射撃を、もう何発も撃ち込んだ。でもまだ終わらない。ギリギリのギリギリまで、アタシの出せる力の全てを振り絞る位しなきゃ、ブレイブに勝つ事なんて出来ない。

 

「それが、アタシの……願いだからッ!N(ネクスト).G(ジェネレーション).P(ポータブル)ッ!」

 

翼を限界まで広げ、余力の全てを姿勢制御に注ぎ込んで放つ、最後の一撃。それは、巨大な、長大な、天から降り注ぐが如くの光芒。激戦の疲労と、ブレイブから受けた傷でアタシの身体は悲鳴を上げ、反動だけで吹っ飛んでしまいそうになる。それでもアタシは耐えて、X.M.B.を握り締めて、込めたエネルギーの全てを撃ち切るまで引き金を引き続ける。

光芒の余波が、倉庫を傷付けていく。この戦いで既に何ヶ所も破損していた倉庫が、更に傷を増やしていく。そして、長い照射の末に光の柱はゆっくりとその輝きを淡くしていき……消滅する。

 

「はぁっ…はぁっ……」

 

肩で息をしながら、力を抜きたい衝動に駆られながら、地面へと着地。通常モードへ戻ったX.M.B.を重く感じながらも持ち上げ、煙を上げる一角へと意識を向ける。

倒せたかどうかは分からない。アタシが言えるのは、この攻撃に全力を尽くしたという事だけ。緊張しながら、希望と不安を感じながら、異様に長く思える時間を感じながら、少しずつ晴れていく煙を見つめ続ける。そうして煙が晴れた時、そこには…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ、だ……俺は、まだ…負けては、いない……!」

 

──鎧の大半が吹き飛び、今にも崩れそうな風体を持ち……しかし目には未だ強い光を灯す、ブレイブが立っていた。

 

 

 

 

アタシの全力は、ブレイブを倒すに至らなかった。間違いなく致命傷を与えていたけど……まだブレイブの意思は、折れていなかった。

 

「……は、は…嘘でしょ…?」

「嘘で、あるものか…俺は負けん…絶対に、負けん……」

 

その姿に、その根性に、一瞬攻撃を忘れてしまうアタシ。……ブレイブは、驚くアタシを前に呟く。

 

「絶対に、俺は…何があろうと、俺は……」

「…どうして、そこまで……」

「……負けられ、ないんだ…!俺に夢を与えてくれた、あの人達の為に…俺の夢で、笑顔になってくれたあの子達の為に……負けられないんだ……ッ!」

 

最早情熱や信念を超えた、執念や怨念とでも言うべき程の、ブレイブの覚悟。その思いに「何故」と思ったアタシへ返ってきたのは……ブレイブの本質が垣間見える、願いのような言葉だった。

あの人達とは、あの子達とは。その代名詞が指す人が誰なのかが気になるアタシに対し、ブレイブは大剣を持ち上げる。残火のように減衰し、でもまだその刀身に炎を残す大剣をブレイブは持ち上げ……

 

 

 

 

「み、みつけたぞ!わるいゲームをつくる、わるいやつめ!」

 

……その瞬間、子供の声が倉庫に響いた。玩具らしき、矢の様な棒がブレイブの足元へと落下した。

 

『な……っ!?』

「ぼくがせーばいしてやる!せいぎは、かつんだ!」

「な、何故……ここに、子供が…!?」

「き、君!ここは危ないわ!早くここから離れなさい!」

「だ、だいじょーぶだよめがみさま!ぼくは、こ…こわく、ないもん!」

「そういう事じゃ……」

 

声のした方向へ目をやると、そこにいたのは小さな子供。ロムやラムより小さい子供が、弓らしきものを持って鉄の板で出来た通路の上に立っていた。

突然現れた子供に、アタシもブレイブも呆気にとられる。その間も子供…男の子は矢を放ち、彼なりの攻撃をブレイブに仕掛けていく。不幸中の幸いと言うべきか、ブレイブはそれを受けても怒る様子は一切なかったけど…だからってあんな子供が、本当のただの子供がここにいて安全な訳がない。そして、アタシの口にした『危ない』という言葉は……アタシの意図とは別の形で、現実となる。

 

「ど、どうだ!わるいげーむをつくるやつなんて、ぼくが……へ…?」

「この音は…しょ、少年!早くそこの扉から奥へ入るんだッ!」

 

持ってきた矢を全部使ってしまったのか、今度は玩具の剣を取り出す男の子。その瞬間、バキバキという嫌な音が聞こえてくる。その音に男の子は戸惑い、音の正体にいち早く気付いたブレイブが声を上げるも……もう遅い。

 

「わ……わぁぁぁぁああああっ!!」

『……──っ!』

 

ガコン、と一つ大きな音を立て、鉄の通路は凄まじい勢いで崩壊していく。それは、アタシとブレイブの戦いの結果傷付いた通路の末路。割れ、砕け、崩れていく。……その上に立つ、男の子と共に。

男の子は悲鳴を上げて落ちていく。通路の位置は高く、先に落ちた通路は鋭い破片となっている。もし男の子がそのまま落ちたら恐らく…いや、確実に…死ぬ。……だからその時、アタシはもう地を蹴っていた。

 

「間に……合えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

X.M.B.を手放し、疲れを無視して飛び上がる。ブレイブに背を向ける事なんて気にしていられない。全てを助ける事にかけなきゃ、男の子の落下に間に合わない。

願いを込めて、願いを叫んで、飛ぶ。アドレナリンが出ているのか、落下するもの全てがゆっくりに見えて、アタシは男の子に手を伸ばして……その手が、確かに男の子を掴む。

 

「やった……ッ!」

 

掴んだ男の子を引き寄せ、抱き抱える。これでもう男の子は落ちない。地面にぶつかる事も、落ちた破片に身体を裂かれる事もない。何とか助ける事が出来た。ギリギリ間に合わせる事が出来た。やった、やった、やっ……

 

(…………あ…)

 

──アタシは、気付いた。上からまだ、砕けた破片が落ちてきている事に。小さいものなら何とかなるけど、アタシの直上にある大きな破片はどうしようもない事に。もしその破片が当たった事で男の子を落としてしまったら…落とさなくても、アタシ自身が落下してしまったら…。

今も世界はゆっくりに見える。でも、ゆっくりだからこそ…もう避けられない事が分かった。もう何をするのも間に合わない。アタシが出来る事と言えば、幸運を祈る事位。女神でありながら、何かに祈る位しかアタシは出来ない。

アタシは目を瞑る。お願い、何とかこの子は無事でいて…と。そんな僅かな可能性に願いを込めて、可能性に縋って……けれど、いつまで経っても破片が当たる衝撃は襲ってこない。

 

「…………え?」

 

衝撃の代わりに感じるのは熱。当たる音の代わりに聞こえるのは轟音。アタシがその不可解さに薄っすらと目を開けると……目の前では、破片を焼き付け吹き飛ばす炎が唸りを上げていた。




今回のパロディ解説

・「〜〜開発者は、今悲しんでいるのよ!」
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、キラ・ヤマトの名台詞の一つのパロディ。ユニのガンダムパロシリーズの一つです。この後もありましたね。

・「…今のは、痛かったぞ……」
DRAGON BALLシリーズの登場キャラの一人、フリーザの台詞の一つのパロディ。ブレイブはその後叫んだりしてませんね。痛かったと叫ばれてもキャラ的に困りますが。

・「それでも〜〜守りたいのよッ!!」
機動戦士ガンダムSEEDの主人公、キラ・ヤマトの名台詞の一つのパロディ。こちらはdestinyじゃない方のキラです。…最終決戦に使った方が良かったですかね…?


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第九十三話 勇気の未来

落下する破片を吹き飛ばした炎。アタシが射撃で穴を開けたものとは、勢いも火力も段違いの豪炎。そんな威力の炎を放てるのは…いや、威力なんか見なくてもこの場でアタシと男の子以外にいるのは、一人しかいない。

 

「め、めがみさま…ぼく、ぼく……っ」

「もう大丈夫よ。ほら、ね」

 

怯える男の子を安全な場所に下ろし、頭を軽く撫でるアタシ。目に涙を溜めていた男の子は、その瞬間にぼろぼろと涙を零してアタシに抱き付いてくる。

どうしてこの子がここにいたのか。それは男の子が現れた直後から抱いていた疑問。けどそれよりも今は、確認したい事がある。

 

「……ブレイブ、アンタ…」

 

頭を撫でながらアタシは首を動かして、ある方向を見る。アタシの見た先、炎の駆け抜けていった方向とは逆側の場所にいたのは……やはり、ブレイブだった。

 

「…少年は、無事か……?」

「えぇ、無事よ。…アンタのおかげでね」

「いいや、俺は破片を処理しただけ。…お前がいなければ、少年は助けられなかった…」

 

大剣を振り下ろした体勢のまま、ブレイブはアタシへ声をかけてくる。その手に持つ大剣には、もう炎が揺らめいていない。

 

「…どうして、攻撃の為の炎を使ったのよ」

「そんな事、言うまでもなかろう…」

「…そうね。確かに訊くまでもなかったわ」

 

あの瞬間、この子は命の危機に陥っていた。そんな時に、子供の夢と笑顔を守る事を願いとするブレイブが動かない訳がない。…アタシと同じように、ブレイブも男の子を助ける為の行動を起こした。ただ、それだけの話。

 

「…一時休戦だ、ブラックシスター。俺達の決闘よりも…」

「この子の事、でしょ?言われなくたって、そのつもりよ」

 

ブレイブの言葉に同意を示しながら、アタシは視線を男の子へ戻す。どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか、何をどこまで知っているのか…色々訊きたい事はあるし、何よりちゃんとこの子を家族の下に連れて帰らなきゃいけない。玩具の剣や弓を使ってる時点でこの子に戦闘能力なんてほぼなくて、工場の外はモンスターが出没するんだから。

 

「…ねぇ、君。お姉さんとお話出来る?」

「ぐすっ…ひっく……う、ん…でき、る……」

「偉い偉い。…じゃあ、君はどうやってここに来たの?ここを知ってたの?」

「…あるいて、きた…えぐっ…めがみさま、おいかけて…きた…」

「え……」

 

男の子のえずき混じりの回答に、アタシは一瞬言葉を失う。ふとブレイブの方を見てみれば、ブレイブもアタシと同じく驚いた様子。…そりゃ、確かに街を出るまでは歩きだったし、飛んでからも猛スピードは出してなかったけど……

 

「こ、ここまでは結構な距離あったでしょ?この距離を、飛んでるアタシだけを頼りに来たって言うの…?」

「…うん……」

「……た、大した行動力だな…」

 

こくんと小さく頷く男の子が、嘘を吐いているとは到底思えない。…子供は無尽蔵なんじゃないかと思える程の元気を見せる事があるし、子供の行動力は時に大人も凌駕するものだけど…それを考慮しても尚、この子のした事はアタシとブレイブを驚愕させる程だった。

 

「凄いのね、君は…。…なら、どうしてアタシを追いかけてきたの?」

「それは……」

「…………」

「…………」

「…めがみさまをおっかければ、わかるとおもったから…」

「分かる…って?」

「…わるいそしきの、アジト…」

(…そういえば、さっきもそんな事を……)

 

きゅっ、と小さな手を握り締める男の子。思い返してみれば、確かにこの子はここが犯罪組織の工場で、ブレイブが犯罪組織の一員だと認識して攻撃(と本人が思ってる行動)をしていた。アタシを追えば分かるかもって言葉から、それはアタシが戦ってる=犯罪組織…と判断したか、マジェコン辺りを工場内で見つけたかだとは思うけど……なんにしたって、アタシはこの子の行動を「あぁそうなのか」…と軽くは流せない。この子にここまでの行動をさせた理由を、無視は出来ない。

 

「……犯罪組織に、何かされたの?苛められたりした?」

「…してない」

「なら、もしかしてあの放送で戦わなきゃって思った?それなら、まだ小さい君がそこまでする事は…」

「ちがう…」

「だったら、どうして?」

「……おとうさんに、よろこんでほしくて…」

「お父さん…?」

 

お父さんに、喜んでほしい。それは子供が抱いても何らおかしくない理由。…でも、それはまさか…お父さんに倒してこいって言われたの?他人の家の関係にとやかく言うのは宜しくないけど、もしそうだとしたらその親はとんでもない……

 

「…おとうさんは、ゲームをつくるおしごとをしてたんだ…」

『ゲーム……?』

 

父親について邪推をしていたアタシ。その思考を遮る、男の子の言葉。

 

「おとうさんがつくるゲームはすごくて、すっごくわくわくするゲームだったんだ…」

「そうなの…」

「おとうさんはいつもいそがしそうで、でもおうちにかえってくるといつもにこにこしてて、どうしていそがしいのににこにこなの?ってきいたら、おしえてくれたんだ。…このしごとをするのがゆめだったから、ゆめがかなってうれしいんだって。つくったゲームをたのしんでくれるひとがいるから、げんきになれるんだって」

「そっか…良いお父さんね」

「うん。おとうさんは、ぼくのあこがれのおとうさん…」

 

男の子の言葉を聞きながら、アタシは心の中でこの子の父親に謝罪を述べる。勘違いだったとはいえ、そんな立派な大人をとんでもない奴だと思いかけていた事が申し訳なかったから。そしてそれと同時に、アタシは男の子に違和感を抱く。

ぼくのあこがれ、と男の子は言った。けれどその憧れの人の話をしているにも関わらず、男の子はずっと浮かない顔。アタシはそれがどうしても分からなくて…でもすぐに、その理由が判明する。

 

「……でも、おとうさんのかいしゃ…つぶれちゃったんだ…」

「……!」

「え…潰、れた……?」

「うん……あ、ほんとにこわれちゃったわけじゃないよ?えっとね、つぶれるってことばはね…」

「倒産した、って意味で使ったんでしょ?分かるわ」

「…とうさん?…おとうさんのこと…?」

「へ?…あ、あー…お父さんの会社が、お仕事出来ない状態になっちゃったのね?」

 

……数秒間程気の抜けた会話になったけど…その言葉で、男の子の行動と理由が繋がった。…やっぱり、大きな影響を受けてる企業もあったのね……。

 

「わるいゲームがでてきて、そのせいでおとうさんのつくるゲームがうれなくなっちゃって、おとうさんもがんばってつくってたけど、やっぱりうれなくて…」

「…君……」

「それで…それで、おとうさん…だんだん、げんきがなくなっちゃって…ぼくとはなしてるときはにこにこしてるけど…わかるんだ…お、おとうさんは…つらいのに、ぼくのために…ぐす…にこにこ、して…くれてる、って……」

「……っ…もういいわ、もう話さなくてもいいわ…!」

「…どうして…どうしてあんなゲームをつくったんだ!おとうさんは、がんばってたのに!おとうさんは、みんなににこにこになってほしいから、ゲームをつくってたのに!おとうさんは、ぼくがおとうさんみたいになりたいっていったら、そのゆめがかなうまでおとうさんもがんばるぞって、ぼくといっしょにがんばってくれるってやくそくしてくれたのに!なのに、なのに…なんでおとうさんのじゃまをするんだよぉ!うぇ、うぇぇぇぇ……」

「もう、いいから…ごめんね、辛い気持ちにさせちゃって…」

 

ブレイブを睨み、怒りを露わにした男の子は再び涙を零す。そんな男の子をもう一度抱き寄せ、耳の近くで声をかけながら頭を撫でるアタシ。……そんな中、ドスンと地を叩く音が聞こえる。

 

「……そん、な…マジェコンが、少年から笑顔を奪ったのか……俺が、少年の夢を…奪ってしまったというのか……」

 

目を見開き、わなわなと震える手を見つめるブレイブ。……それは、そうだろう。だって、アイツは子供の夢と笑顔の為に戦っていて、突き進んでいたんだから。なのにその道の先に、自分の信じた道の先にあったものが、子供から夢と笑顔を奪う結果だったのなら……極度の自己嫌悪やアイディンティティの崩壊を起こしたっておかしくはない。

 

(…誰かの喜びが別の誰かを笑顔にするように、誰かの悲しみが別の誰かに伝染する事だってあるのよ、ブレイブ)

 

信じていたものが間違っていた時の辛さなんて、経験した事がなくてもそれがどれ程のものかはよく分かる。でも、これはブレイブ自身が招いた結果。だから、アタシはブレイブを慰めるつもりはないし、この子に重ねて責めるつもりもない。

 

「…えぐっ…ぼくは、おとうさんにげんきになってほしくて…わるいゲームがなくなれば、またみんなにおとうさんのゲーム、とどけられると…おもって……」

「…だからアタシを追ってきたのね。……凄く優しくて勇気があると思うわ、君」

「…でも、ぼく…さいごまでたたかえなかった…めがみさまに、めーわく…かけちゃった…」

「いいのよこれ位、人を助けるのが女神なんだから。…でも、あんまり危険な事しちゃ駄目よ?もし君が怪我をしたら、お父さんやお母さんはどんな気持ちになると思う?」

「…すっごくしんぱい、するとおもう…」

「でしょ?悪い奴等はアタシやお姉ちゃんが倒すから安心して。それとお家はどこ?今から送って……」

 

送ってあげる、と言いかけたアタシは、そこで一度言い淀む。一人で帰す訳にはいかないし、送っていくつもりは最初からあったものの……二つ、心に引っかかる事がある。一つはこの子の思い。この子はさっきのショックからかもうブレイブに向かっていく様子は見せないけど、表情はまだ曇ったまま。きっと犯罪組織に向かっていくような事はもうしないと思うけど、この子の心に立ち込めた暗雲が晴れない限り、笑顔が戻ってくるとは思えない。そして、もう一つは……

 

「…俺は…俺のしてきた事は……」

 

……茫然自失としている、ブレイブの存在。幾らアタシでも、今のブレイブを撃つ気にはなれない。でも男の子を除けばここにいるのはアタシだけで、ここを去るならブレイブを撃つなり何なりしなければいけない。即刻ブレイブを撃破して、すぐに男の子をご両親の下へ連れていく。…そんな正しい判断を取るか、それとも……。

 

(…いや、進んでいた道が間違っていたと知っても、ブレイブの思いは変わっていない筈。それに時間はかかるけどこの子の笑顔だって、このままアタシ達が犯罪組織を完全に倒してしまえば取り戻せるんだから、必要以上に気負う必要はないわよね)

 

男の子を落ち着かせるように軽く肩を叩き、顔だけじゃなく身体全体でブレイブに向き直る。そこから男の子はそっとアタシの背へ。

 

「…ブレイブ、アタシはこの子を送ってくるわ。アンタはここに残るでも去るでも好きにしなさい」

「……何故だ…何故、俺を倒そうとしない…」

「倒す必要も感じないし、倒したいとも思わないからよ。それともまさか、まだマジェコンを普及させようと思ってる訳?」

「…それは……俺は子供から笑顔を奪う事だけはしたくない…だが、子供に…全ての子供に夢を持ってもらうには、マジェコンを使うしか……」

「……アンタがしたいのは、マジェコンを使う事なの?」

「…………」

 

項垂れるブレイブに、アタシは言葉を投げかける。ブレイブなら、きっと…と思って。

 

「マジェコンはあくまで手段、そうなんじゃないの?」

「……否定は、しない…」

「だったら、自分に出来る事を考えなさいよ。アンタがどういう経緯で違法ツールって手段に至ったのかは知らないし、アンタが軽い気持ちで違法ツールを普及させようとした訳じゃないのは分かってるわ。…でも、ここでそうやって自責の念に駆られてたって何も変わりはしない。アンタの叶えたい思いには一歩も近付かない。そうでしょ?」

「…なら、どうしろと言うのだ……」

「それはアタシが言う事じゃないわ。だって、アンタの思いはアンタのものだもの。だから……アンタの出来る事、アンタのしたい事をやりなさいよ、ブレイブ・ザ・ハード」

 

そうしてアタシはブレイブから目を背け、男の子の手を握って歩き出す。言うべき事は言った。もしブレイブが今後も悪事を続ける心算なら、アタシの行動は失態だけど…そんな事はないと信じている。敵を信じるなんておかしな話だけど、ブレイブなら大丈夫だと思っているアタシがいる。……旅に出る前のアタシだったら、こんな選択はしなかったでしょうね。

 

「……あいつ、やっつけないの…?」

「アタシはそれより君の安全が大切なの。女神はね、人を守るのがお仕事なのよ」

「でも、ぼく……」

「大丈夫。悪い奴等も悪いゲームも、アタシと仲間で全部解決してあげるから」

 

手放したままのX.M.B.を回収し、倉庫の出入り口へ向かう。まさかブレイブと決闘をしにきた結果、決着は付けずに男の子の保護をする事になるとは思わなかった。…でも、そのおかげで知れた事も、決闘をするだけじゃ辿り着けなかった結末も、決着の代わりにここにある。…だからきっと、これでいいのよね。こういう形になるのも、一つの終わり方────

 

 

 

 

 

 

「……俺の出来る事、やりたい事…か」

 

 

 

 

「……そんなもの、言われるまでもない。…そう、言われるまでもない事じゃないか…」

 

 

 

 

「……俺のやりたい事、俺の願いはただ一つ。……ふっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふははははははははッ!馬鹿め、その甘さが命取りだ女神ッ!」

 

……アタシの鼻先を掠めた、二条の光芒。倉庫に響く、悪辣な高笑い。…………アタシは、自分の目と耳を疑った。

 

「な……っ!?え……?」

「ひ……ッ!」

「どうした女神、俺が攻撃した事がそんなに意外か?…油断した敵を叩く事など、戦いにおいては当然の手段だッ!」

 

再び放たれたビーム。咄嗟に男の子を抱えて避けたその一撃は、先の砲撃と同様十分な威力を持った、明らかな『攻撃』だった。……ブレイブは、()()()()()攻撃を仕掛けてきた。

 

「……ッ!何のつもりよ…何のつもりよブレイブッ!」

「何のつもり?敵を撃つのに理由などいるものかッ!」

「敵って…アンタどんな心変わりしてんのよ!それに、アンタこの子まで撃つ気!?さっきまで語ってた夢はどこに行ったのよッ!」

「そんなものは知らんッ!どんな手を使おうが、勝てばよかろうなのだァァァァッ!」

 

ブレイブは砲撃を続ける。万全の身体じゃないからか、狙いは多少甘いけれど…そんな問題じゃない。威力とか、精度とか、そういう事が問題なんじゃない。

 

「見損なったわ…見損なったわよブレイブ……ッ!」

 

男の子を抱えながら、アタシは必死に避け続ける。…アタシは、悲しかった。あれだけ熱く夢を口にしていたブレイブが、凄い奴だったと思ってたブレイブの本性が、こんなものだったなんて。

 

「ひぃっ…!め、めが、めがみさまぁ……!」

「……っ…!(…そうだ、まずはこの子の事が最優先…ブレイブの真意がこれだっていうなら、撃つしかないじゃない…!)」

 

怯えてアタシにしがみ付いてくる男の子の様子で、アタシはハッとする。ブレイブの本性がこれだったなんて信じたくはないけど、ブレイブは敵でこの子は守るべき対象。それだけは、間違えちゃいけない。

片手で男の子を抱き直し、X.M.B.をブレイブに向ける。もう、割り切るしかない。ブレイブはこういう奴だったんだって。倒すしかないって。……それが、女神のするべき事だって。

アタシは引き金に指をかける。迷いを振り切って、信じてた思いを断ち切って、それで……

 

「少年よ、貴様の思った通り、我こそが悪しきゲームマジェコンを推し進めたのだッ!この俺が女神を全員倒した先では、全ての一般ゲームがなくなりマジェコンだけの世界となるだろうッ!貴様は親の為にと言っていたが…この俺を倒さん限り、父親に笑顔が帰ってくる事はないのだッ!ふはははは!ふははははははははッ!!」

「……──っ!」

 

悪の親玉の様な笑い声を上げるブレイブ。その声は悪意に満ち足りていて、その笑いは悪人そのもののようで……だからアタシは、気付いた。

ブレイブの声を聞き、悔しそうにアタシへしがみ付く男の子を抱えたまま、アタシはゆっくりと着地する。その間も砲撃は続いたけど……どれも、アタシからは微妙に逸れて当たりはしない。

 

「…………」

「我が野望の為、貴様も女神もここで消えてもらうッ!もし死にたくないのであれば、俺を倒してみるがいい!それが、出来るものならなぁッ!」

「……やっぱり、そういう事なのね…君、絶対にアタシの後ろを出ちゃ駄目よ」

「……ぁ…え…?」

「大丈夫、何も心配はいらないわ。…君も、君の夢も、お父さんの思いも…全部、アタシが守るから」

 

少し屈んで、男の子と同じ目線でそう言うと…男の子は、こくんと頷いてアタシの後ろに隠れてくれた。それにアタシも安心し、ブレイブに正対する。

 

「この子もアタシもここで消えてもらう?…はっ、アタシはやられないし、この子には指一本触れさせやしないわ!ブレイブ、アンタの野望はここで終わるのよッ!」

「小娘如きに我が野望がやられるものかッ!世界は悪しきゲームに包まれる事が決まっているッ!」

「そんな事は…アタシがさせないッ!」

「ならば、やってみるがいいッ!はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

両手で持った大剣を掲げ、ブレイブは再びその刀身に炎を揺らめかせる。対するアタシは、地を踏み締め、残った力を……思いをX.M.B.に込めていく。

 

(……ブレイブ、アンタはやっぱり凄いわ。アンタの道は間違ってたけど、その道にかけた思いは本物だもの。その思いの強さは、お姉ちゃん達にだってきっと負けてないもの。……だからアタシは、アンタを心から尊敬する。これは…誇り高き戦士への、最大限の敬意よ)

 

砲身を上下に展開。二分割された砲身の内、上部の砲身は更に左右へ展開。上部四分割、下部二分割の三砲身モードとなったX.M.B.から漏れ出す光は、アタシの力とアタシの思い。

まるでアタシが撃てる状態になるのを待っていたかのように飛び上がるブレイブ。アタシへと真っ直ぐに向かってくるブレイブに向け……アタシは、放つ。

 

「覚悟、決意、そして理想!それがアタシの力、アタシの思いの形そのものよ!届け必殺!ブレイブ…カノォォォォォォォォンッ!!」

 

展開した砲口から伸びる、三条の光。その光は収束し、一本の光芒となって駆け抜けていく。伸び、駆け抜け……そしてブレイブへ。

 

「ぬ……おぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

放たれた光はブレイブの胴を撃ち抜き、迸る光を全方向に駆け巡らせていく。雄叫びを上げるブレイブと、思いを叫ぶアタシ。遂に光芒はブレイブを貫き、その先の壁までも穿ち、アタシの叫びが終わるその時まで輝き続けた。

 

「…ぐ、ぅ…まさか…この俺が…負ける、とは……」

 

X.M.B.を下ろした時、ブレイブはそう呟いて後ろに倒れる。光が収まった事で目を開け、アタシと倒れたブレイブを交互に見つめる男の子。そうして男の子は…それまで曇っていた瞳に、年相応の光を取り戻す。

ブレイブへと背を向けるアタシ。彼の願いは、子供の為となる事。それに報いるなら、アタシは早くこの子を家族の下に返してあげなきゃいけない。だからアタシはただ静かに、男の子を連れて倉庫を後に……

 

 

 

 

 

 

「ユニぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

──しようとした瞬間、壁を破壊し一人の女神が……お姉ちゃんが飛び込んできた。

 

 

 

 

「お、お姉ちゃん!?……あ、そういえば…」

「ユニ!良かった無事なのね…もう!何勝手な事してるのよ!でもそれは後!今はブレイブを……ってもう倒れてる!?」

「あ、めがみさまのおねえちゃん……あ、あのねめがみさま!めがみさまがね、あいつをたおしたの!すごかったよ!」

「そ、そうなの…いや誰!?君は誰!?そしてユニが倒したの!?」

「あー…お姉ちゃん、この子を家族の下に連れていってあげてくれない?どこに住んでるか、言えるよね?」

「うん、ちゃんといえるよ?」

「え、いやどういう事!?色々どういう事!?何がどうしてこうなったの!?」

「それは帰ったらちゃんと説明するから、今は連れていってあげて。……お願い」

「…どうなってるのよほんとに……全く、帰ったらしっかり話してもらうからね?…ほら、おいで。私が一緒に帰ってあげるわ」

「う、うん。…あ、ありがとねめがみさま!ぼく、おとうさんにめがみさまのことはなすね!めがみさまがまもってくれたって、いっぱいおはなしするね!」

「えぇ、君も元気でね。もうお父さんやお母さんを心配させるような事しちゃ駄目よ?……じゃあ、ばいばい」

 

 

 

 

恐らくはケイからここの事を聞いて駆け付けてくれたお姉ちゃん。そのお姉ちゃんに勢いで男の子の事を任せちゃったのは少し申し訳なかったけど……そのおかげでアタシは、ここに残る事が出来た。……ブレイブのいる、この場所に。

 

「……結構いい演技だったじゃない、アンタの悪役」

「…やはり、気付いていたか……」

 

疲労と緊張からの解放で腰を下ろすと、それまで一言も発しなかったブレイブが口を開いた。…どこか、満足そうな声音をして。

アタシは途中で気付いた。気付く事が出来た。…ブレイブの突如変化した言動は、本心なんかじゃなくて……演技だって。

 

「…良かったの?あそこまでやられちゃ、アタシだって手は抜けないのに」

「構わないさ…あの少年の笑顔を取り戻す事が出来たのだから、な……」

 

ブレイブがただの悪人の演技をする事で、アタシがそのブレイブを討つ事で、あの子の笑顔を取り戻す。それこそが、ブレイブの本当の真意だった。…ブレイブはその為に、自身の命をかけていた。アタシが見よう見まねの技で…ブレイブの技で倒したのも、その思いに気付いたから。

暫く倉庫の天井を眺めていたブレイブ。それからブレイブはゆっくりと息を吐き…懐かしそうな顔で、言葉を漏らす。

 

「……しかし、悪役など初めてだったが…悪役も、中々悪くないな…」

「え……?」

 

その独り言の様な言葉に、アタシは反射的に訊き返す。その言葉には、何か含みのようなものがあった。

 

「…アンタ、もしや前にも演技をした事があるの?」

「あぁ、あるさ。何度も何度も、正義のヒーローをな。……俺の昔話、聞いてくれるか…?」

「…えぇ、聞くわ」

 

落ち着いた声の問いに、アタシは首肯する。ブレイブの話したいって思いを汲み取った部分もあるし、純粋に聞いてみたいって部分もある。それを知ってか知らずか、ブレイブは口元に一瞬笑みを浮かべた後…語り始める。

 

「生前……幼い頃の俺は、産まれながらに持病を持ち、身体も弱い病弱の子供だった。家はそれなりに裕福だったおかげで苦しむ事は殆ど無かったが、運動はおろか走り回る事すら満足に出来なかった俺は、夢を持てない日々を過ごしていた」

 

身体的な弱さとは掛け離れた、見た目も能力も完全に人間離れしているブレイブが生前病弱だったとは、正直即座には理解出来ない。…でも、そうなんだろうとアタシは思った。だって、今更生前の事で嘘を吐く理由が見当たらないんだから。

 

「だがある時、俺の人生を一変させる出来事が起きた。ふとした切っ掛けで、俺は特撮ショーに出会ったんだ」

 

「あの時の興奮は、あの時の感動は今でも覚えている。子供の声援を受け、ステージの上を縦横無尽に駆け巡りながら悪役と戦うヒーローの姿は、俺の目に何よりも格好良く写ったんだ。そして俺は、その時思ったんだ。俺もあの場に、立ってみたいと」

 

懐かしそうに話すブレイブの顔に、苦悶の表情は一切ない。死にかけにも関わらず、表情が穏やかなのはもう痛みを感じていないのか、それとも痛みを忘れる程にその記憶はブレイブにとって大きいものなのか。

 

「それから俺は、特撮ショーのヒーローとなるべく努力した。なる為に必要な事は全て学び、親や医者の許可も得て体力作りも始めた。病弱な俺にとって身体を鍛える事は辛く、医者から無理をすれば危険もあると釘を刺されていたが、俺は全く嫌にはならなかった。この努力がヒーローに…夢に繋がってると思えば、それだけで力が湧いてきたんだ」

 

「そうしていく内に、俺の身体は段々と強くなっていった。持病の発作は減り、出来る事も増え、いつしか俺は普通に生活出来るようになったんだ。……そして俺は、念願のヒーローとなった」

 

また、ブレイブは笑みを浮かべる。ロボットのようなブレイブの顔は、実を言うと表情が分かり辛いんだけど……今のブレイブは少年のように屈託のない笑みをしていると、一目で分かった。

 

「嬉しかった。夢が叶い、憧れていた舞台に立てた事が、本当に嬉しかった。…それからの生活は、俺の人生の中で最も充実していたかもしれない」

 

「裏方と協力し、味方ヒーローや悪役担当と力を合わせ、子供達の輝く瞳を受けて動き回る。初めはそれだけでも嬉しく、正に夢見心地だったが…いつしか俺は、新たな夢を持っていた。もっと多くの子供を笑顔にしたい、もっと沢山の子供に夢を見てもらいたい、と」

 

「……だが、その日々はある日突然終わりを告げた」

 

一拍置いたブレイブは、声のトーンを一気に落とす。感情のままに話すブレイブの声は、感情に沿って変化していた。

 

「…持病が、再発したんだ。持病は完治した訳ではなく、身体の屈強さのピークを過ぎたところでこれまで溜まり続けていた負荷が、持病の再発を促してしまったんだ。……身体を鍛えた結果、身体が無茶に気付き難くなっていたと気付いたのは、その後だ…」

 

笑顔は消え、真顔となったブレイブは語りを続ける。そこにアタシは、口を挟まない。

 

「…されど俺は、諦めなかった。身体はもうヒーローを続けられない状態になってしまったが、それまでに培ったものは…夢への思いは力となるという事は、俺の心に残っていたからな。……そうして俺が辿り着いたのは、ゲームだ。ゲームなら持病があっても作る事が出来る。それにゲームならばショーを見に来られない子供でも楽しめると気付き、それからは再び勉強の日々を送った」

 

「勉強している内にまた歳を取ってしまったが、何とか俺は開発者となれた。ショーに出ていた頃程ではなかったが、その頃も楽しかった。……しかしそれも、ある時断念してしまった。理由は…俺が既存のゲームを否定したのと、同じ事だ」

 

ゲームは、家庭の経済状況に左右されてしまう。そう言ってブレイブは既存のゲームを否定し、マジェコンを押していた。…まさかこんな経緯があったとはね…だから、ブレイブはどこかヒーローっぽさのある言動をしてたんだ…。

 

「二度も夢破れた俺だが、それでも諦めなかった。されど全ての子供に夢を与える方法は手に入らず、歳月ばかりが過ぎていく毎日の中……」

「…犯罪神に、取り引きを持ち掛けられたのね。部下となる代わりに、夢を叶えよう…って」

「…よく、知っていたな……」

 

少し驚いた様子のブレイブに、アタシはまぁねと簡素に返す。知っていたのは、単にイリゼさんからジャッジの話を聞いたから。ほんとに偶々、知っていただけの事。

 

「…犯罪神様と…後の主と取り引きをし、俺は四天王の一角となった。そして現代にこの姿で蘇り……マジェコンを押し進め、今に至るという訳だ」

「……アンタも苦労してきたのね。でも、大した人生だと思うわよ」

「大した人生、か…。…ふっ、そんな事あるものか」

「…ブレイブ?」

「話をしてみて、自ら振り返ってみて…気付いたさ。俺はいつも、目の前の事しか見ていなかったと。夢ばかりを追い、期待ばかりをし、欠点や問題に気付くのはいつも失敗をしてから。……そんな愚か者だから、こうして悪に染まってしまったんだろう。ならばこうして討たれるのも、当然の結末だ…」

 

ブレイブはそう言って、皮肉めいた笑みを零した。自分は愚かだと、これが報いだと、そんな思いを口にしていた。

アタシは何かしてあげたいと思って、話を聞いた訳じゃない。…でも、その言葉を聞いた時……

 

「……そんな事ないわよ。アンタは…自分で卑下する程、悪い奴でも愚か者でもない」

「ユニ……」

 

…アタシは、そうじゃないと思った。そうじゃないって、はっきり言いたくなった。否定の言葉にブレイブが驚く中、アタシは言葉を続ける。

 

「確かにアンタは向こう見ずだったかもしれない。馬鹿な部分があったかもしれない。…でも、アンタはずっと夢を追ってきたんでしょ?夢の為にどこまでも努力をして、自分の為じゃなく子供の為に頑張り続けてたんでしょ?子供が夢を見られる事、笑顔になれる事に、全力を出し続けてきたんでしょ?……アタシはそんなアンタの事を、尊敬してるわよ。…ずっと叶えたかった大きい夢よりも、目の前の子供の笑顔を優先する奴を、アタシは愚かだなんて思わない」

「……っ…!」

 

立ち上がり、ブレイブの顔を見据えてアタシは言い切る。そしてその瞬間……ブレイブの瞳から、一筋の涙が溢れた。

 

「お前は…ユニは、俺の人生を肯定してくれるのか…俺の思いを、そう受け取ってくれるのか……!」

「当たり前じゃない。それに…アタシ以外だって、アンタの生き様を見れば同じ事を言うわよ。マジェコンの事は皆否定すると思うけど…アンタの生き様は、それ位凄いものなのよ。…だから、胸を張りなさいよ、ブレイブ」

「…そんな言葉を、言ってもらえるとは…女神から…本物のヒーローから、そんな言葉をかけてもらえるとは……俺は、俺はそれだけで感無量だ…っ!」

「そこはヒーローじゃなくてヒロインって言いなさいよ、『女』神なんだから…後、アンタだって本物のヒーローよ。アンタはこれまでずっと守ってきたんだもの、子供の夢と笑顔を」

「……そう、だな…ははっ、そうだった…」

 

笑い声を漏らすブレイブ。…その身体が、段々と消え始める。それもイリゼさんから聞いていて…いや、聞いていなくても感覚的に分かったと思う。ブレイブは、もうすぐ四天王としての最後を迎えるんだって。

消えるのなら、それを最後まで見届けようとアタシは佇まいを正す。そんな中、ブレイブは言った。頼む、と。

 

「…勝手な願いだという事は分かっている。散々悪事を働いてきた俺が頼む資格などないという事も分かっている。だが…それでももし、もし一欠片でも俺の思いに応えようという気持ちがあるのなら……頼む!子供の夢と笑顔を、守ってくれ!俺の果たせなかった夢を…子供が夢と笑顔を持って歩める世界を、どうか……ッ!」

「……当然よ。それと、アンタは果たせなかった訳じゃないわ」

「それは……?」

「アタシが、その夢を受け継ぐの。勇気の意思は受け継がれる、ってね。…夢と笑顔は、それが溢れる世界は、アタシが…アタシ達皆が絶対作って、守り続けるわ。だから…安心して眠りなさい、ヒーローブレイブ」

「……あぁ…頼んだぞ、ブラックシスター・ユニ…」

 

ブレイブ自身が満足したからか、彼の身体は一気に消え、光の粒子となって登っていく。これからブレイブがどうなるかは分からない。ゆっくり眠る事が出来るかどうかも定かじゃない。…でも、これだけは言える。ブレイブの夢は、ちゃんとアタシに届いてるって。

 

「さらばだ、ユニよ……俺は、お前と出会えて…良かった…」

 

そうして、ブレイブの身体は完全に消滅した。宙に残る粒子も、後数秒もすればきっと消えてしまう。……そんな粒子に向かって、アタシは最後に呟く。

 

「…さよなら、ブレイブ。アタシもアンタと出会えて良かったわ」

 

──その言葉と共に見上げた時、残った最後の粒子は満足気に光を放ち……在るべき場所へと、帰っていった。




今回のパロディ解説

・「〜〜どんな手を使おうが、勝てばよかろうなのだァァァァッ!」
ジョジョの奇妙な冒険第二部(戦闘潮流)に登場するキャラ、カーズの名(?)台詞の一つのパロディ。…と、言ってるブレイブは物凄く真っ直ぐなキャラになったんですけどね。

・勇気の意思は受け継がれる
NARUTO -ナルト-シリーズの作中及びメディアミックスにて使われる言葉の一つのパロディ。ユニとブレイブのやり取りは、何故か原作以上に熱くなってしまいました。


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第九十四話 新たな事態

ユニが単身四天王との戦闘に向かったと聞いた時、私は一瞬耳を疑って……すぐに居ても立っても居られなくなった。ユニを軽んじてる訳じゃない。四天王は私でも本気で戦わなきゃ負けるレベルの敵で、実際イリゼは一対一で戦った結果大怪我を負ったんだから、そんな相手にユニが一人で戦おうなんて無茶に決まってる。

教会を飛び出した私は、女神の姿でケイから聞いた場所へと直行した。間に合うかどうかとか、勝てるかどうかとかじゃなくて、ただただユニが心配で心配でしょうがなかった。もしユニが私や守護女神の皆と同じ目に遭うとしたら……そう考えるだけで、私は叫び出しそうだった。ただただ私は、ユニに無事でいてほしかった。

そんな思いで工場と直結した倉庫へ突っ込んだ私。壁をぶち破って、勢いそのままに滑り込みながら着地して、ユニの姿を見つけて…………そこから私は、何故か男の子を家に送り届ける事となった。

 

 

 

 

「……それで、お姉ちゃんにあの子を任せた後は少しブレイブと話して…それで、看取る…つもりはなかったけど、そんな感じになって…それで、帰ってきました…」

「……そう」

 

その日の夜、約束通りユニは私の下へ説明をしにやってきた。別に強要はしてなかったし、普通に椅子を勧めるつもりだったけど……ユニはそれよりも早く椅子に座る私の前に正座して、その状態で話し始めた。

それから十数分。ユニが話を終えた時、私とユニの立ち(座り)位置は変わっていない。

 

「…………」

「…う……その、あの…」

「…………」

「……勝手にこんな事して、ごめんなさい…」

「……はぁ…」

 

工場と倉庫へ向かっていた時、私はユニが無事でいてくれればそれでよかった。なんでこんな事を、という思いはあっても怒るつもりは微塵もなかった。……でも、無事だって分かって、心を落ち着けるだけの時間も置いたとなると姉として、女神としての怒りの感情が湧いてきて…けど先んじて正座をされてしまえば、こうも正直に謝られてしまえば、私も気持ちをどこへ持っていけばいいのか分からなくなる。

 

「…貴女はよくやったわ。結果論で言えば四天王の撃破達成だもの。戦果も戦果、大戦果よ」

「……それは、ありがとう…」

「でも、そこに至るまでがよくなかった。一人で行ったのもそうだけど、その後だって、話を聞く限りじゃ危うい瞬間や判断があったみたいじゃない。…一つ間違えばこうして帰って来られなかったかもしれない、って事は分かってる?」

「…分かってる。アタシ自身、最初から立場や戦略性より感情を優先しちゃってるって自覚はあったし…それがアタシの未熟さだって、理解もしてる」

「…………」

 

評価されても調子に乗らず、叱責されても言い訳をせず、私の言葉をしっかりと受け止めるユニ。その姿は姉として褒めてあげたいところだけど……それ以上に今は、その真摯さ真面目さが困りものだった。うぅ、こうも先に反省されちゃうと私も出鼻挫かれちゃうじゃない…でもかと言ってユニの反省無視して叱るのは理不尽だし……こ、こういう時だけはネプテューヌみたいな性格してる妹がよかったわ…!

 

「…って、それもそれでどうなのよ私……」

「え、何が……?」

「何でもないわ…取り敢えず自分の行いはちゃんと省みる事が出来たのね。……でも、一つ間違ってるわよ」

「間違ってる…?」

「さっきユニは感情を優先してしまった事を未熟だって言ってたけど、それは未熟でもなければ間違ってる訳でもないわ」

 

ユニの行動を知ってから、私は色んな感情が心の中に渦巻いていた。だから反省するユニの様子を素直に褒めてあげられなかったし、それどころか「もう少し言い訳とかしてくれれば…」なんて思っちゃったけど……それでも私は女神であり、ユニの姉。ユニがこんなに真剣な様子で話してくれてるんだから…私だって、そんな様子に相応しい態度でいなきゃいけない。

 

「感情は大切なものよ。どんなに合理的な人間だって、どんなに理性的な人間だって感情はあって、最後に人の心を動かすのは感情なんだから。だから、ある意味で感情を優先するのは正しい事なの」

「でも、感情だけで突っ走るのは…」

「そう、いけないのは感情だけで動く事よ。感情だけで動くのは、何も考えないで動くのと何も変わらないもの。……感情を行動の指針にしつつも、状況や先の展開を考えて動く指導者こそが真の仁君だって、私は思っているわ」

 

感情を排すれば、的確に正確に行動が出来るのかもしれない。でも感情の通う人の瞳にとって感情を完全に排した行動は、異質で、異常で……何よりも、冷たく映る。そしてそんな人間が君主だったらきっと国民は着いてこないし、私はそんな君主にはなりたくない。

 

「ユニ。私は女神だから戦うんじゃなくて、心が動くから戦うの。…貴女も、そうでしょう?」

「……うん。アタシは、アタシの望む道の為に戦った。そこに反省はあっても、後悔は無いよ」

「なら、その選択に自信を持ちなさい。……それに、あの男の子連れて行く間ずっとユニの事話してたのよ?格好良かった、凄かったって」

「そ、そうなの?……ちょ、ちょっと照れ臭いね、それは…」

「いいじゃない、小さくてもその子の気持ちはシェアになるんだから」

 

男の子の話を出すとユニは照れ臭いなんて言っていたけど…そう言いつつも頬はほんのり緩んでいた。誰かを助けて、その誰かに感謝される。それは特別な事じゃなくて、誰だって一度は経験しているありふれた事だけど、それが本当は凄く嬉しい事なんだって私は知っている。

ユニから話は聞いた。反省している様子も見えたし、私も女神として言うべき事はもう言えた。でも……

 

「…うん、さっき結果論って言ったけど結果は過程の上に成り立つんだから、結果論だからってどうこう言うのも良くないわよね……」

「…えっと…それは独り言…?」

「あ、え、えぇそうよ。気にしないで」

「そっか…」

「そうなのよ…」

「…………」

「…………」

「……?」

 

ちゃんと聞けたし言えた筈なのに、私の心の中に残るもやもやした気持ち。それを考えていたらユニに変に思われて、不審がられないように気を付けたら今度は不思議そうな顔をされて、いつの間にか雰囲気も変な感じに。そうなったのは間違いなく私のせいなんだから、私としては早くなんとかしなきゃって気持ちになる訳で……ほんとになんでこんなにもやもやしてるのよ…ユニは無事で、評価も注意も出来たんだから、もう心残りになる事なんて……。

 

「…………あ」

「あ?」

「……っ…え、えっとね…その…」

「お、お姉ちゃん…?」

「あのね、だからね……」

「う、うん。何があのねで何がだからねなのかはさっぱりだけど、アタシはちゃんと聞いてるよ…?」

 

一体どこに切っ掛けがあったのかは分からないけど、とにかくもやもやの理由が分かった私。それはユニに伝えておきたい事で、でも伝えるのは恥ずかしくて…わたわたわたわたとしてしまう。

 

「わ、私はねユニ…まだ一つ言っておきたい事があるのよ…」

「それは……?」

「それは……そ、その…えと…」

「…もしかして、言い辛い事なの?…それなら大丈夫だよ、お姉ちゃん。アタシは何を言われても、ちゃんと受け止めるから」

「そ、そうじゃなくて!…いや、でも全く違うって訳でもなくて……その…」

「…………」

「……う、うがーーっ!」

「えぇぇっ!?お、お姉ちゃん!?」

 

伝えたいという気持ちと恥ずかしい気持ちのせめぎ合いでオーバーフローを起こした私は乱暴に頭を掻き毟る。そして、その奇行でユニが軽く引いてる中、私はもう半ば勢いで……言った。

 

「…し…心配だったの!ユニに何かあったらって、凄く心配だったの!こんなに重要な事を私に一言も相談しないで、しかも勝ったとはいえ怪我をして……だからユニっ!」

「あ、は、はい!」

「……あんまりお姉ちゃんを心配させないでよ…」

「……うん、ごめんねお姉ちゃん」

 

言った瞬間、すっと心のもやもやが消えていく。言ってみれば案外なんて事ない……訳がなくて、私は目を逸らしちゃう位恥ずかしかったけど…それでもやっぱり、言ってよかったと思う。気持ちはすっきりしたし…何より、横目で見えるユニは凄く良い顔をしていたから。

切り傷や打撲を身体の何ヶ所かに負っていて、入院レベルでこそないもののユニは少しの間怪我で苦労すると思う。でも、身体の傷はちゃんと治る。無傷でいられるのならそれがベストだけど……いつか治る傷で、大切なものを沢山得られたのなら、私はこの経験を…ユニの成長を、誇りたいと思う。

 

「…にしても、まさか貴女一人で四天王を倒しちゃうとはね…ふふっ、いつの間にかユニは私と互角に渡り合えるだけの力を付けたのかしら?」

「そ、そんな事ないよお姉ちゃん!確かに今日は本気の戦いだったけど、本気の殺し合いじゃなくて本気の覚悟のぶつけ合いだったし、アタシの切り札も耐え切られたし…最終的に倒せたのも、アタシが勝ったと言うよりブレイブが負ける事を望んだ結果なんだから、アタシは……」

「冗談よ、冗談。貴女が強くなってるのは間違いないけど…この程度で追い付かれる程、ブラックハートは甘くないわ。私は今も実力を伸ばし続けてるんだから、もし私に追い付きたいのなら、『もう』じゃなくて『まだ』の精神を忘れないようにしなさい」

「もう、じゃなくてまだ……そうだね。アタシ、その精神を忘れないわ」

 

もうここまできた、もうこんなに出来る、もう十分……そういう『満足』の思いが、人の成長を止めてしまう。自分がどれだけ成長したのか知るのは大切だし、過小評価で自分を追い詰める位なら満足した方がいいけど、より高みを目指すなら今の自分に満足しちゃいけない。……って、しっかり伝えるつもりだったけど、どうやらその必要はないみたいね。流石は私の妹なだけはあるわ。

今日は朝から精神を乱されに乱されて、日中はウイングユニットが壊れるんじゃないかと思う程の速度で飛んだり色々予想外の展開になったりと、かなり疲れた一日だった。…でも、また一歩犯罪組織の完全撲滅に近付いて、ユニの成長も大いに見られた一日でもあった。だから、私は思う。……今日は良い日だった、って。

 

 

 

 

 

 

「……ところでさ、お姉ちゃん…自分からやっておいて何言ってんだって話なんだけど…」

「何?」

「……そろそろ正座、崩してもいいかな…?」

「あ……」

 

 

 

 

ユニちゃんが四天王の一角を倒したって話は、その日の内にうちや他の国の教会へも伝わってきた。曲がりなりにもわたし達守護女神と渡り合った四天王を女神候補生のユニちゃんが、それも一人で倒したなんて聞いた時はそりゃ驚いたけど……それ以上にわたしは、それを聞いた時のネプギアの様子に驚いた。

 

「えぇぇぇぇっ!?ゆ、ユニちゃんが戦って倒したの!?す、凄い!ユニちゃん凄い!…あ、けど…ユニちゃん大丈夫なの!?大怪我とかしてない!?…そっか、してないんだ…良かったぁ……でもユニちゃん、ほんとに凄いなぁ…ちゃんとリベンジ果たしたんだ…ふふっ、なんだか自分の事みたいに嬉しいな……うん、ユニちゃんに負けてられないしわたしももっと頑張らなきゃ!」

 

……これが聞いた時のネプギアの反応だよ。わたしは怪我してないか訊かれた時に「う、うん。取り敢えず大怪我はしてないらしいよ…?」って言った位で、後はずっと独り言だったよ。そこにいた面子が全員「お、おう……」的な反応しちゃう位のテンションだったよ。…違うよね?別にネプギアは隠れてユニちゃんと付き合ってるとかじゃないよね?

 

「……ネプギアって、もしかして気持ちが昂った場合の暴走具合はわたしに引けを取らないのかな…?」

「突然貴女は何を言っているの…?」

 

正統派ヒロイン的な子だと思っていた自分の妹の、何とも言えない一面に思いを馳せていたところ、半眼で軽く突っ込まれるわたし。それを言ったのはブラン。更に言うと、わたしが今いるのはプラネテューヌじゃなくてルウィー。

 

「きっと主人公欲求がたまっちゃっておかしな事を口走ってるのよ。ここ数回は私とユニが担当してたし」

「その前はきちんと主人公をしていたというのに、ネプテューヌは強欲ですわね…」

「ちょっと!?根も葉もない勘違いでdisるのは止めてよ!?ノーモア憶測悪口!」

 

にやにやしながら言ってくるノワールとベールにわたしは憤慨。もう、わたしが普段ふざけまくってるからって『ネプテューヌには辛辣なボケをかましてもOK』みたいな風潮あるけど、そういうのよくないんだからね!ほら三人!ちゃんとわたしの地の文見て反省しなさい!

 

「いや、言いたい事があるならちゃんと口で言いなさいよ…どんな地の文の使い方してんのよ…」

「最近は皆普通に地の文読んでくるからって、地の文を読まれる前提の使い方するとは…しょうもない新境地を開いたわね、ネプテューヌ…」

「だって普通に言っても軽く流されそうだし…『わたしだって辛いものは辛いんだよ…?』的な言い方したらシリアスパートになっちゃって、読者さんから『シリアスは前話までと今回の前半でお腹いっぱいなんだけど…』とか思われちゃいそうだし…」

「ここぞとばかりにメタネタを重ねてきましたわね…やはり貴女、欲求不満なのでは…?」

 

……と、いつも通りにわたしは会話を混沌の世界へ。呆れつつも毎回反応してくれる辺り、わたしは幸せだなぁ…わたしはこうして話していられる時が、一番幸せかもしれないよ…。

 

「某若大将さんの物真似しなくていいから…ねぇブラン、そろそろ本題に入らない?」

「そうね。というか、ネプテューヌがいきなり変な事を言わなきゃもう入っていたわ」

「えー、わたしのせい?」

『貴女のせい(よ・ですわ)』

「ま、満場一致なんだ……ごめんなさい」

「分かればいいわ。…でもその前に、ノワール」

「何?」

「ユニの大戦果おめでとう。凄いわ」

「へっ?」

 

わたしが竦められた事で話は本題に…と思いきや、ブランが口にしたのはユニちゃんへの称賛。いきなりの褒め言葉にノワールが驚く中、ブランはわたしとベールへさっとウインク。わ、クールな表情でのウインク可愛い……と、思ったけどこれは……

 

(そういう事だね…!)

 

ブランとわたし(&ベール)はウインクを日常的にするような関係ではないし、何気なくウインクをする癖がある訳でもない。つまり、今のウインクは……合図!

 

「わたくしも四天王撃破は驚きましたわ。それも一人でなんですもの」

「え、あ……ありがと…」

「ネプギアも凄い凄いって言ってたよ、いやーノワールの妹は優秀だねぇ」

「そうそう、イリゼも言っていましたわ。怪我の具合的に考えると私より凄いんじゃ?と」

「へ、へぇー…皆そう思ってるの…ふ、ふふふっ…まぁ、それもそうよね。そう言ってくれるのはありがたいけど、凄いのはある意味当たり前の事なのよ。私の妹で、私という最高の手本が側にいて、しかも私直々に手解きをしていたんだもの。確かに状況が味方した部分もあるけど、やっぱり一番はこの私の妹であるユニの実力……」

 

 

((ほんとにノワールは褒めるとちょろい(なぁ・ですわ・わね)……))

 

自分が褒められた訳でもないのにとびきり饒舌になって、しかもところどころで自画自賛を入れてくるノワールを、わたし達三人は生暖かい目で見守る。うーん、一人で舞い上がってるノワールを眺めるのも悪くないなぁ……後何かネプギアと反応が似てるね。普段真面目な人ってスイッチ入るとこうなるのかな?

 

「……さて。お遊びはこの位にして、今度こそ本題に入らせてもらうわ」

「え……?お、お遊び…?」

「えぇ、お願いしますわ」

「ちょ、ちょっと待った!お遊びって何?ねぇ何?」

「ほらノワール、こうしてわたし達が集まってる間に残党が動いたら困るんだから、余計な事は言わない!」

「うぐっ…さっき散々ふざけてたくせに…!」

 

落とした後は引っ張り上げるし、持ち上げたら適度に落っことすのがわたし達クオリティ。……あ、そろそろ気になる人も多くなったと思うから言っておくと、今日は万が一に備えて守護女神組だけで集まってるんだ〜。だからネプギア達(と、いない候補生の代わりとしてリーンボックスに行ってるイリゼ)はお留守番なの。

 

「こほん。…今から話すのは、今後の戦況に大きく関わるかもしれない話よ」

『今後の戦況……』

 

声を揃えて言葉を反芻するわたし達。ノワールは勿論、わたしやベールもまだあんまり真面目モードになってなかったけど……その一言で、一気に思考が切り替わる。

 

「それが発覚したのが一昨日。うちの軍の精鋭、魔術機動部隊が残党の施設制圧へ向かった時の事よ」

「魔術機動部隊…聞いた事はありますわ。…となるともしや、その部隊が返り討ちにあったと?」

「…えぇ、その通りよ。でも、よく分かったわね」

「それは、まぁ……」

「……?」

 

話の先を読んだベールにブランは少し意外そうだったけど、わたしとノワールは同意見。そう思い至った理由が理由だからか、ベールはちょっと肩を竦めながら言葉を続ける。

 

「ほら、よくあるじゃありせんの。名の通った精鋭部隊やエリート集団は、大概咬ませ犬化するという展開が。例えるならば某ナイトオブラウンズとか」

「ASTとか」

「後原作のわたし達とか」

「……うん、まぁ…うん。別に噛ませの如くボロ負けした訳じゃないから、うちの部隊は…後ネプテューヌ、貴女の発言はただただ全員が悲しくなるだけよ…」

 

そこそこ特殊な名前してて、しかも精鋭なんて呼ばれてたらその時点で噛ませ犬の危険性があるもんね。…というのが、ブランを除く三人の頭に浮かんでいた事。だから何だって話なんだけどさ。

 

「まぁ、ならば噛ませではなかったとして…具体的には何があり、結果どうなったんですの?」

「何があったかと言えば残党の抵抗。結果は想定以上の被害を被り撤退した…というところよ」

「想定以上…死者は?」

「精鋭部隊よ、そう簡単に死者は出さないわ。…最も、重傷を負った隊員はいるけど…」

 

他国の事でも人は人。死者がいるのかどうか、いるならどれ位なのかは気になるし、ノワールが言ったその問いにブランが答えてくれた瞬間は一安心。でも、その安心は『取り敢えず良かった』の一安心でしかない。

 

「なら、敗因は?情報不足や戦術の不出来が原因、って訳じゃないんでしょ?」

「それなら今後の戦況に…なんて言わないわ。…これに関してわたしが話すのは、部隊長の報告した内容。だから主観的な部分もあるって事は頭に入れておいて」

 

ブランの言葉にわたし達は首肯。それを受けたブランは一拍置いて、その部隊長さんからの報告を口にする。

 

「…彼は言っていたわ。施設内の残党は、ある時から突然操られている状態になった、と」

「操られてる状態……あれ?部隊長さんは、操られてるみたいな、じゃなくて操られてるって断定したの?」

「そうよ。それに関してはわたしも気になったから訊いてみたら、残党がこう言っていたらしいわ。…身体が勝手に動く、自由が効かない、助けてくれ……って」

 

自分の身体は自分で動かせるのが当たり前で、寝てる時とか条件反射なんかを除けば勝手に動くなんてあり得ない事。なのにもし、その当たり前が通用しなくなったら…しかもそれが、敵の襲撃を受けたタイミングで起きたとしたら……。

 

「……もし操られてるなら、助けてあげなきゃ」

「そうですわね。自由意志に沿っての行動ではなく、何らかの方法で操られているならばそれは、戦わされているという事ですもの」

「でも、その為には操ってる存在を叩くか操られてる残党を無力化しなきゃいけないわ。精鋭が撤退させられたって事は、その操られてる人達は強いんでしょう?」

「えぇ。戦闘能力そのものは部隊の方が上だったようだけど、確かに常人を超えた強さだったらしいわ。けど、一番厄介なのはそこじゃないの」

「そこじゃない、と言いますと…?」

「…止まらない事よ。攻撃しても、負傷しても、押さえ付けても止まらない。……さしずめゾンビよ、それもどこぞの世界の身体のリミッターが外れてる…ね」

 

操られているから、普通の人間なら止まる事をしても無力化出来ない。操られているから、普通の人間ならかかる筈のリミッターが機能しない。……そんなの、そんなのって…

 

「…まるで、人形じゃん…操り人形じゃん……」

「全くもって同意見よ。早急に対策を立てて、他の残党も同じ状態になった場合の手段を…その状態の残党から人を守る為の方法を考えなくちゃいけないわ」

「だったら、調査も必要ね。最低限操られてる状態を解除する手段を見つけなくちゃどうしようもないわ」

「それが確立出来なければ…いえ、出来たとしてもおいそれと軍人や有志に戦わせる訳にはいきませんわね。…その状態は、死んでも変わらないんですの?」

「いや、流石に絶命した様子の残党は止まったらしいわ。……けどまさか、殲滅を視野に?」

「それこそまさかですわ。…ただ、訊いておく必要はあると思っただけで」

 

初めはいつも通り和気藹々としていた会話。でも気付けば笑ってなんていられない、重い話になっていた。……ううん、重い話なんて他人事みたいな表現は間違ってるよね。これは今実際に直面している事で、わたし達が解決しなきゃいけない事なんだから。

 

「…悪いわね、折角集まったのにこんな話で」

「気にしないでよ、ブラン。話してくれたおかげでわたし達も対策が考えられるんだし、こうして情報共有するのも仲間なんだからさ」

「薬物や人身掌握術の可能性もありますけど、話を聞く限りは魔法、或いはシェアエナジーを使った身体の支配と見るべきですわね。一先ずその方向で調査してみますわ」

「私もよ。一難去ってまた一難だけど…一難去ったのは事実だし、これが犯罪神や残った四天王の仕業なら、向こうはいよいよ手段を選ばなくなってきたって証拠でもあるもの。ここで気を抜かずに頑張らなきゃ」

「…そうね。でも……」

 

大変な事態だからこそ、協力してちゃんと考えて対応する事が大切。これまでの色んな戦いや経験でそれを知っているわたし達は、慌てずこうしてやるべき事の確認が出来た。前向きに考える事が出来た。……そんな中での、ブランの最後の一言。

 

「…ベールにまさか、なんて言ったわたしが言うのもどうかと思うけど…これは人に任せておける事態じゃなくて、現状分かっている無力化手段はただ一つ。……だから、わたし達は…その覚悟を持っておくべきだと、わたしは思うわ」

「……そうね」

「そう、ですわね」

「…大丈夫。だって皆、守護女神だから」

 

わたし達は、ゆっくりと頷く。元々覚悟を持ってなかった訳じゃないけど……改めて、決めておかなきゃいけない。──守る覚悟を。助ける覚悟を。その為に、やるべき事の覚悟を。




今回のパロディ解説

・「〜〜女神だから戦うんじゃなくて、心が動くから戦う〜〜」
Infini-T Forceの登場キャラ、南城二(テッカマン)と鎧武士(ポリマー)の名台詞のパロディ。これ二人が前半後半を言ってるんですよね、ヒーローらしい台詞です。

・某若大将、わたしは幸せ〜〜一番幸せ
俳優、タレント等の仕事を持つ加山雄三さん及び彼の曲『君といつまでも』内の台詞のパロディ。この台詞(曲)、かなり前のものだったんですね…。

・ナイトオブラウンズ
コードギアスシリーズに登場する、ブリタニア皇帝直属の部隊の事。もし戦ったのがアルビオンや聖天八極式でなければ、戦いの結果は変わっていたでしょう。

・AST
デート・ア・ライブに登場する、陸上自衛隊の対精霊部隊の事。こちらはスピンオフ含め噛ませというよりやられ役かもしれません。勿論善戦するシーンもありますけどね。

・「〜〜さしずめゾンビ〜〜リミッターが外れてる…ね」
これはゾンビですか?に登場するゾンビの事。流石にこれゾンの主人公や夜の王レベルの強さではありません。上限値は普通に100%ですし、痛みも感じます。


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第九十五話 罠への襲撃

新たな事態に対し、集まってもらった三人が教会を後にしてから十数分。誰もいなくなった応接室で、わたしは思考を巡らせていた。

 

(……新興宗教としては壊滅した犯罪組織に、半数を失った四天王。皆の活躍でシェア率が回復し、あの作戦以降過熱状態を過ぎても尚好調なわたし達女神のシェア)

 

敵の力は武力としても影響力としても大いに低下していて、対するわたし達は戦力に大きな損害を出さずに最大限の成果を上げられていると言えるのが、今の状態。しかもそれはわたし達守護女神が殆ど関与せずに…どころか助けてもらう立場で進んだのだから、わたし達四人はもう感謝に感謝を重ねるしかない。守護女神でありながらむしろ『守られた』事や、ロムラムが知らない内に成長してしまった事は、正直言えばちょっと「むむ……」とも思うけど……流石にそれで拗ねる程子供じゃないわ。……でも、

 

(一方で犯罪神は復活に近付いていて、下衆故にこちらが手出しし辛い策も打ってきた。…まだ、四天王も残党も万策尽きた訳じゃない)

 

わたし達は優勢だけど、完全勝利には至っていない。単なる侵略戦争なら勝ったも同然だけど、この戦いはそうじゃない。わたし達の勝利条件と犯罪神側の勝利条件は違って、その勝利の先で為さねばならない事も全然違う。…だとするならば、それも踏まえて考えるとするならば……

 

(……真の勝利へ近付いているのは、本当にわたし達と言えるの…?)

 

 

根拠がある訳じゃない。わたしはどうも理詰めで考える癖があるから(……何?わたしが何か変な事を言ったとでも?)、悪い方向での可能性を模索し過ぎているだけかもしれない。でも、根拠も何もないからこそわたしの感じる不安が間違ってるとは断定出来なくて、この不安は世界の守護者たる女神の本能が感じさせている……のかもしれない。だったら、例え時間の無駄になるかもしれなくても、深くゆっくりと考える価値はある……と、そう考えていたわたしの思考を遮る、二つの影。

 

「こそこそ…こそこそ…」

「こそこそ…(こそこそ)」

「……何をしているの…?」

 

いつぞやのコンパの様なスタイルで部屋へと侵入してきたのは……ご覧の通り、ロムとラム。床の掃除がしたいのか、なんちゃって匍匐前進で入ってくる双子の妹を目の当たりにすれば…えぇ、どんな思考をしていたって遮られるわ…。

 

「わっ、もう見つかった…」

「しょけんごろし…(しょぼん)」

「初見殺しとはまた誰にそんな言葉を…で、それは何の遊びなの?」

「おねえちゃんに気づかれないようにちかづいて、ほっぺぷにってするあそびー!」

「でも、しっぱいしちゃった…ぷにって、したかった…」

「そ、そう…一応言っておくけど、こそこそは漫画的表現であって口で言う必要はないのよ…?」

 

なんともまぁ子供らしい理由にわたしは苦笑い。こんな二人が女神候補生…いつかわたしの後任として守護女神となるのかと思うと色々不安にもなるけれど、じゃあ成長して女神に相応しい性格となってくれる事を望んでいるかと言われれば……正直、素直に首を縦には振れない。…だって、わたしにとってはそんな二人が愛らしいんだもの。

 

「じゃあ、言わなければ…ぷにってできた…?」

「…残念だけど、言わなくても気付いたと思うわ」

「むむ…さすがおねえちゃん、つよい……」

「いや、今のはわたしじゃなくても大概気付くと思うけど…」

「扉開ける時点で音立てちゃってるもんねぇ」

「そういう事……って、なんで貴女まで居るの…」

 

残念そうな二人と呆れ半分で話していると、その中にしれっと混じってきた一つの声。二人のものより大分大人びたその声の主は……まさかのシーシャ。

 

「いやぁ、出歩いていたら二人と会ってね。折角だからお邪魔させてもらったのさ」

「…貴女、仕事は?」

「少し位不在にしていたってルウィーのギルドは機能不全になったりしないわ。これもブランちゃんの統治がしっかりしているからかな」

「わたしが言っているのは貴女個人の問題よ…後、ブランちゃんは止めて」

「え?…なら、ホワイトハートちゃん?」

「そっちじゃない…」

 

いつ会ってもあっけらかんとしているシーシャは、やっぱり今日もあっけらかんとしていた。クールなわたし(……だから何?わたしは事実を述べているだけよ?)に穏やかなミナ、接し易いシーシャとそういう見方をすれば今のルウィー体制において丁度良い性格の人物ではあるけど……もう少し真面目さがあってもいいんじゃないかしら。…他の黄金の第三勢力(ゴールドサァド)が真面目かと言われれば微妙だけど…。

 

「おねえちゃん、いっつもブランちゃんは止めてって言ってるね」

「シーシャが何度言っても止めないからよ」

「…もしかして、わたしたちがおねえちゃん、って言うのも…ほんとはやだ…?」

「そんな事はないわ。貴女達はこれまでもそう呼んでくれて大丈夫」

「OK、その言葉しかと受け取ったよ」

「貴女達、にシーシャは入ってねぇよ…!」

「まぁまぁ落ち着こうよブランちゃん、ほらウルトラ上手に焼けたお肉をあげるからさ」

「よし、ロムラムちょっと席を外してくれ。こいつをギルドの執務室までぶっ飛ばす」

 

素手での格闘を基本戦法とするシーシャなら、拳で分からせた方が早いだろう…と思ってコートの袖を捲ったものの、すぐに慌てたロムラムに止められてしまった。……二人の優しさに助けられたわね…。

 

「全く…シーシャ、お茶は出すわ。だから用が無いならそれを飲んでさっさと帰りなさい」

「ごめんごめん、謝るからそう邪険に扱わないでよ。……何も用事が無くて来たんじゃないんだから」

「…ロム、ラム。ここに残ったお菓子は食べていいわ。だから他の部屋で遊んでいてくれる?」

「はーい。……あ、でももうあんまりない…」

「え?…ネプテューヌ、帰りがけに持っていったわね……」

 

来てくれた三人に出したお茶菓子は結構残っていた筈なのに…と思ってテーブルを見てみると、確かにかなり減っていた。そして思い返すと帰る時のネプテューヌのポケットは、妙に膨らんでいた気がする。……ほんとに本来はネプギアが先に生まれる筈だったんじゃないかしら…ネプテューヌとロムラムは精神年齢近そうだし…。

ロムとラムが応接室を後にし、入れ違いで三人へ出したお茶を片付けにきたフィナンシェへシーシャの分を頼んだところで、ここはわたしとシーシャだけに。わたしが視線をシーシャに送ると、彼女は座りながら首肯する。

 

「…けど、別に二人は居てもらっても構わなかったのよ?二人にだって女神の自覚がある事は、ブランちゃんも知っているでしょ?」

「えぇ、知っているしそれがわたしの捕まっている間に成長していった事も分かっているわ。けど……」

「けど?」

「だからこそ、今の二人は少し危ういわ。誰かの為に、守るべきものの為にって意思が先行し過ぎて、浅い思慮で動いてしまう可能性があるもの」

 

強い思いは諸刃の剣。普通ならば出せない力を引き出す鍵となってくれる事もあれば、思考力や判断力を鈍らせる障害になる事もある。そしてまだ二人は未熟である以上、何かあれば気持ちに振り回される可能性は十分に考えられた。

 

「…それはそうだね。流石ブランちゃん、妹の事をよく分かってるじゃないか」

「姉としてこれ位当然よ。…それで、本題は?」

「おっとそうだった。…少し、気になる依頼があってね」

「気になる依頼?」

 

これよ、と言って依頼書を取り出したシーシャ。何か変なところでもあるのかとわたしは早速目を通すものの…さらっと見た限りでは、別段おかしな部分はない。

 

「…普通の討伐依頼、ではないの?」

「それは、これを見てもそう言えるかな?」

「これは…別の依頼?これが何だって……」

 

新たに出された数件の依頼書(こちらは解決済みだった)を見ても、やっぱりおかしなところは見当たらない。口振りからして比較すれば分かる、って事だろうけど、比較したって不自然な点はどこにも……

 

「……いや、待った…」

「…………」

「…これ…この依頼だけ、妙に情報がしっかりしている…?」

「そういう事。モンスターの跋扈する場所での依頼…特に討伐依頼なんてそのモンスターに対抗する術のない人が出すんだから、詳細な情報を調べられる訳がない。にも関わらず情報がしっかりしているのは、不自然だよね?」

 

シーシャの言葉に、わたしは頷く。普段クエストを受ける際にはあまり気にしていなかったけど、考えてみれば情報はいつも大まかなもので、モンスターに関してはギルドや受注者側で推測しなければいけない事もそれなりにあった。それを加味して考えれば……確かに、不自然ね。

 

「…シーシャ、貴女はこれを偽の依頼だと思っているのね」

「その通り。恐らくこれは、受注者を誘き寄せる意図で出されたんだろうね。けれど依頼の出され方の傾向をきちんと理解していなかったから、偽造が甘くなってしまった…そうアタシは見てるわ。まぁ最も、比較無しで気付けるのなんてそれこそギルドの職員位だろうけど」

「…となると、この依頼の目的はクエストを達成してもらう事じゃなくて、受注者を騙して誘い出す事。…これ、普通ならギルドで破棄するのよね?」

「依頼主に連絡を取り、真偽を確かめた後に…ね。けれど連絡を取れば、その時点で依頼主は逃げてしまう可能性が高い」

「そうなれば、折角のチャンスを逃してしまう事になる。……わざわざ向こうから見せてくれた、残党の尻尾を」

 

依頼から分かる情報では、依頼主がどういう立場でどんな目的を持っているかまでは分からない。でもこんな回りくどい手段を使って、しかもモンスターに襲われる危険のある場所へと誘き寄せようとする奴なんて…犯罪組織の残党だとしか思えない。

 

「…ありがとうシーシャ。例えそれが罠だったとしても、分かっているなら対処も出来る。だからこの依頼、受注させてもらえるかしら?」

「勿論。…けど、ブランちゃんが一人で行くのは悪手じゃない?もしかしたらブランちゃんが来ていると分かった時点で逃げるかもしれないわよ?」

「なら、この依頼は誰かに任せろと?」

「誰かが油断させる為に先行して、交戦状態になったところでブランちゃんが出ればいいのよ。そしてここにはその協力者としてぴったりの人物がいる…そう思わない?」

 

そう言ってシーシャは自信有り気に胸を揺らす。……今絶対わざと揺らしたな…。

 

「…そうね、ここには性格の悪い支部長がいたんだったわ」

「お茶目な性格の支部長、と言ってほしいね。…それで、どうするの?もしアタシじゃ力不足だって言うなら、アタシは身を引く。けどもしそうでないなら…」

「…先行にはそれ相応の危険が付き纏うわ。その覚悟はある?」

「この顔が、覚悟ないように見える?」

 

わたしの恨みを込めた視線をシーシャは軽く受け流し、笑みを浮かべるシーシャ。彼女の顔は一見軽い気持ちで言っているようだけど……その瞳には、本気の意思が籠っていた。

 

「……分かった、先行役は貴女に任せる。…けど、どうしてこんな面白くもない役目を買って出るの?」

「最近は犯罪組織とその残党絡みでアタシも忙しくてね。だから身体を動かしてスッキリしたくなったのよ。で、どうせスッキリするなら誰かの役に立ちつつスッキリした方がより気持ちいいでしょ?」

「…なら、戦力として頼りにさせてもらうわ」

「えぇ、お姉さんに任せて頂戴」

 

スッキリしたいから。そんな趣味のスポーツをやるような感覚が、シーシャの口にした理由だった。……けれど、わたしには分かる。軽いノリで、あまり真面目さの感じられない彼女だけど、本当はついで感覚で言った理由の方が本命なんだと。そしてそれは、電話やメールでもいいのにわざわざ出向いてきた事から考えても間違いない。……全く、これでわたしをからかう癖がなければ申し分ないのに。

その後シーシャは運ばれてきたお茶を一気に飲み干し立ち上がる。善は急げを身体で表すが如くの動きにわたしは苦笑しつつも同じく立つ。それからわたしはフィナンシェに事情を伝え、シーシャと共に応接室を後にした。

 

 

 

 

「…いたよブランちゃん。数は十数人…よりもうちょっと多いかな」

 

インカムから聞こえるシーシャの声。それを聞くわたしは現在誰かが作ったのであろうかまくらの中。教会を出てから約一時間後。わたしとシーシャは依頼にあった地域へと来ていた。

 

「武器と伏兵は?」

「武器は……出してないね、警戒させない為だろう。伏兵は今の距離じゃ分からない」

「了解よ。向こうにはまだ気付かれていない?」

「当然。だからブランちゃんもまだ来ないでよ?」

 

シーシャからの通信(前にわたし達へ配られたインカムは、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)へも配られていたらしいわ)には、彼女の声に混じって微かな足音も聞こえてくる。インカムからですらこの程度の音なら、まず足音で気付かれる事はなさそうね…。

 

(…別働隊らしき影は無し……)

 

かまくらから顔だけ出して、ぐるりと周囲を確認する。…わたしの場合、こうしていると子供が遊んでるみたいに見えてしまうのが少し癪だけど…もし別働隊がいて、その別働隊に気付かれてしまったら作戦が無駄になるどころかシーシャの身に今以上の危険が及ぶのだから、今はそんな事を気にするべきじゃない。シーシャが交戦開始するまで絶対に見つからない…それが、今のわたしがやらなきゃいけない最初の役目。

 

「…流石にこれ以上近付いたら気付かれるか…その前に、何か言っておく事はある?」

「そうね…貴女、結婚の予定は?」

「結婚?また急に何を……ってアタシに死亡フラグを立てさせる気!?ちょっ、ブランちゃん!?」

「シーシャ、声を殺さないと気付かれるわ」

「ぐっ…教会での事根に持ってたのね……」

「さてどうかしらね。…それより今ので十分肩の力は抜けた筈。…頼むわよ」

「……元々肩の力はそんなに入ってないって…でも、気遣い感謝するよブランちゃん」

 

会話越しに感じる、シーシャの小さな笑み。確かに彼女にそんな気遣いは不要だったかもしれないわね…とわたしが思う中、それまで聞こえていた足音が一瞬大きくなり……

 

「あら、こんな所に人がいるなんて意外ね。貴方達、そこで何をしているの?」

 

わたしに向けてではない、誰かに向けての声が発せられた。…十中八九、それは先程シーシャが目視した集団への言葉。離れた場所にいるわたしにも、状況に際して緊張が走る。

 

「……あぁ、ちょっと採取をしててね。そちらは…もしや支部長さんかな?支部長さんこそどうしてここに?」

「アタシはクエストよ。ここに討伐対象のモンスターがいるらしいんだけど…それらしきモンスターを見た人はいる?」

「へぇ、そういう事ね。…うーん…取り敢えず後ろの彼に訊いてみたらどうかい?」

「後ろ?アタシの後ろに人なんて……」

 

──その瞬間、一発の銃声が響いた。そして、わたしの記憶が正しければ……シーシャは銃を携行していない。

 

「……っ!シーシャ、大丈夫…!?」

「あ、危ない危ない…けどギリギリセーフ。一先ず一発目は…ねッ!」

 

恐らくそれは、後ろを向く為シーシャが背を向けたと同時に放たれた銃撃。口振りからして何とか反応出来たようで、わたしはほっとしたけど…すぐに第二第三の発砲音が響いてくる。

シーシャは鉄拳ちゃん同様武器は使わないという、中々チャレンジャーなスタイルだけど実力は本物。だから一般人が相手なら武装をしてても返り討ちに出来ると思うけど…相手の数が二桁となると、そう悠長な事も言っていられない。勝てるのかもしれないけど、楽観視している場合じゃない。

 

「逃げ回ってもいいから身の安全を最優先にしろ!すぐにわたしが向かう…ッ!」

 

それまで潜伏していたかまくらから一息で飛び出し、わたしは女神化。風圧で雪原の雪を舞い上がらせながら目的地へと猛進する。

 

「そう慌てなくても大丈夫よブランちゃん!幾ら数と距離で優位に立っていたって、この程度……よしっ!一人目KO!」

「馬鹿!モンスターや大型兵器引っ張り出してくる可能性もあるだろうが!」

「その時はその時、どっちにしろこっちは近接格闘しか出来ないんだから逃げ回るのも難しいしね!」

 

銃火器の連射音ばかりが聞こえる中、殴打の音が散発的に混じってくる。四方八方から撃たれる中で殴打による反撃をしている、というのは些かシュールというかサブカルチックというか…って、んな事はどうでもいいんだよ…!

 

「だったらせめて伏兵には気を付けろよ!後狙撃もな!」

「分かってる!でもこのペースなら、もしかするとアタシ一人で制圧も……あら?」

「…あら?あらって何だよ…?」

 

目的地までの距離も半分以上過ぎ、もうすぐ合流出来るという時に、突然シーシャは不思議そうな声を上げた。それまでとは雰囲気の違う声に加え、更には何故か銃声が一気に小さくなっていく。まさかもう制圧を?…と一瞬思ったが…それなら「あら?」の意味が分からない。

 

「い、いやね…アタシもよく分からないんだけど…なんか、急に皆止まった…」

「止まった?何だそりゃ、影真似の術でも使ったのか?」

「アタシ忍者じゃないんだけ……どぉぉっ!?」

「……!?こ、今度はどうしたシーシャ!」

 

わたしとシーシャが疑問を抱いていたのも束の間、虚を突かれたようなシーシャの声がわたしの耳に。更にそこから聞こえてくるのは連続した打撃音。

 

「な、なんか妙に機敏な動きをする奴が一人……じゃない!?わ、っととッ!?」

「だから何があったんだよシーシャ!おい!」

「ごめんブランちゃん!アタシにも分からないから自分の目で確かめて!」

「確かめてって……まさか…」

 

いまいち要領の得ないシーシャの言葉に困惑するも、わたしは情報を取りまとめ……ある可能性に辿り着いた。つい数時間前、重要な話として口に出したその事に。

 

「……っ…!しゃがめシーシャ!」

 

思い至った可能性を口にする前に、シーシャと敵の姿が見えてくる。ならばまずすべき事は救援。そう考えたわたしはシーシャの背に軸合わせを行い……シーシャがしゃがんだ瞬間、数人纏めて蹴り飛ばした。

 

「…助かったよブランちゃん…!」

「シーシャ!こいつらは操られてる!動きも常人のそれじゃねぇから気を付けろ!」

 

滑り込みながら着地し、端的に説明するわたし。混乱させないようもう少ししっかりと説明したかったが…敵はその時間を与えてくれはしなかった。

 

「ちっ…!おいテメェ!意識はあるか!自分の身体に何が起きてるかどこまで分かってる!」

「ひっ……!わ、分からねぇよ!急に身体が勝手に動き出して…ぁぁぁぁああッ!?痛い痛い痛い痛い痛いぃぃ!」

「な……ッ!?馬鹿止めろ!無理に動こうとするんじゃねぇッ!」

「だ、だから身体が勝手に動くんだ!離してくれッ!離してくれぇぇぇぇっ!」

 

殴りかかってきた一人の腕を掴み、逆に背中へ締め上げたわたしは情報を引き出そうと試みる。だが、そいつが……いや、そいつの身体が選んだのは…力尽くでの脱出だった。

幾ら身体のリミッターが外れているとはいえ、一般人と女神の間には天と地程の力量差がある。だからどんなに力を込めようが拘束が外れる訳がなく、にも関わらず無理矢理外そうとすれば関節に過剰な負荷がかかっていき…………ガクッ、と鈍い音が肩から響いた。

 

「……──ッ!ひぎゃあぁぁぁぁああああっ!!?」

「…嘘、だろ……?」

 

あまりの驚きに、わたしは腕を離してしまう。絶叫としか言いようのない叫びをあげる男と、だらんと下に垂れ下がったまま動かない男の右腕。……奴は、間違いなく脱臼していた。それも、自らの手で。

 

「…ブランちゃん、今のって……」

「……くそッ!もう少し戦ってみて、勢いが衰えねぇようなら撤退するぞ!いいなッ!?」

「……っ!了解した…!」

 

聞くに耐えない絶叫を上げながらも、激痛で顔を歪ませながらも、男はわたしへ襲いかかってくる。…男だけじゃない。この場にいる全員が、死を覚悟した戦士が如く突っ込んでくる。殴り付けても、蹴り飛ばしても、地面に叩き付けても止まらない。その狂気的な形相に、わたしもシーシャも気圧されていた。

 

(どうなってんだよ…なんでこんな事になってんだよ……ッ!)

 

もしかしたら、途中で操りが解除されるんじゃないか。完全な戦意喪失で、止まってくれるんじゃないか。……そんな淡い望みを抱きながら戦うわたしだったが、一向に奴等の突撃は終わらない。わたしはそんな状況でもまだまだ戦えるだけの体力があったが……シーシャはそうじゃない。今はまだよくても、いつまで続くか分からない。……ならば、ここは一度退くしかない。──そう思った、瞬間だった。

 

「うぉ……ッ!?」

「ほ、砲撃!?」

 

奴等が揃って後ろへ跳んだ瞬間、突如として駆け抜けた銃弾。だがその銃弾は、人間が携行出来る銃器から放たれるサイズではない。その驚きの中、反射的にわたしとシーシャが視線をそちらへ向けると……そこにいたのは、赤く巨大な人型の機械。

 

「あれは……例のMGか!奴まで出てくるのかよ…ッ!」

「……え…あの動き…」

 

モノアイを光らせ、機敏な動きを見せながら右腕部に持つ機関砲と頭部の機銃で弾幕を作る赤いMG。咄嗟にわたしはシーシャの前へと飛び出し、射撃からシーシャを守ろうとしたが……銃弾はわたし達の周囲に飛ぶばかりで、直撃コースには一度も入ってこない。一瞬パイロットはどこぞの二丁グレネード使いばりにノーコンなのかと思ったが、視界の端に映った光景でその意味を理解する。

わたしが見たのは、それまでとは打って変わって全力で逃げる敵の姿。…つまり、あのMGの狙いは……撤退の為の時間稼ぎ…!

 

「あくまで傷付ける気はねぇってか…味な真似でもしてるつもりかよッ!」

 

直撃コースに入れてこないとしても、敵は敵。ましてやそれが軍でも危険視されてる奴だってなら、のんびり眺めている理由はない。そう考えたわたしは魔力の光弾を作り出し、顕現させた戦斧で打ち込んだが…その瞬間にMGはスラスターを吹かし、機体を逸らして光弾を回避した。とはいえわたしも一撃でやれるとは思っておらず、機体を逸らせただけでも成果は十分。即座に地を蹴ったわたしは近接格闘を仕掛けるべく突進をかける……が、それよりも早くわたしの視界は煙に覆われた。

 

「ちぃっ!スモーク弾頭か…!」

 

視界が白で埋まる直前に見えたのは、腰から抜き放たれたロケットランチャーの砲口。これまた個人が携行出来る煙玉やスモーク弾とは桁違いの煙がわたし諸共視界を埋め尽くし……

 

「……っ…ブランちゃん、敵は!?あの赤い機体は!?」

「……逃げちまったよ、あのMGも一緒にな…」

 

……濃密な煙幕が晴れた頃、犯罪組織の残党であろう集団とMGの姿は…もうここには残っていなかった。




今回のパロディ解説

・ウルトラ上手に
モンスターハンターシリーズにおいて、高級肉焼きセットでこんがり肉Gを完成させた際のフレーズのパロディ。やっぱりシーシャはがっつり食べるんでしょうか…?

・影真似の術
NARUTOシリーズに登場する忍術の一つの事。敵の動きを止める技は古今東西の作品にあるので、別のパロディを使っていた可能性もありますね。

・どこぞの二丁グレネード使い
ソードアート・オンラインオルタナティブ ガンゲイル・オンラインの登場キャラ、フカ次郎こと篠原美優の事。当然MGの方は偶然ではなく狙って外しております。


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第九十六話 支配されし者の侵攻

長い歴史を持つ信次元には、現代では使われていない建造物や施設も存在する。その多くは文化遺産や歴史的建造物として管理、保全が行われているが、中には時間の流れでモンスターの巣窟、或いは環境的に危険な区域となってしまったものもあり、それ等は完全に人の手を離れた『過去の存在』として少しずつ朽ちていく。だが、当然作りによってはそう簡単には崩壊しないのであり……そんな建造物の一つ、ルウィーのとある古城は犯罪組織の拠点となっていた。

 

「ふぅむ…やはり女神相手ではこうなるか…」

「所詮人間の限界はこの程度。だが、これならば実用には申し分ないだろう」

 

玉座の間で幾つかの映像データを見る、二人の四天王。その映像に映っているのは、身体の主導権を奪われし人々の姿。

 

「後は女神がどう出るかだが……」

「少なくとも命を奪う形での対処はせんだろう。そうするような者達であれば、あの時負けていたのは我輩達であろうからな」

「ふん。……して、何故この時は撤退をさせた。まだ数には多少の余裕があるだろう?」

「何故?…テストは十分に出来ていたのだ、例え余裕があろうと戦力を無駄に散らさぬよう撤退させるのは当然の判断だと我輩は思うが?」

 

残った四天王の片割れ、マジックが指差したのはブランとシーシャが相手をした集団の映像。元々和やかな会話ではなかったが、マジックがそれを指摘した瞬間空気が不穏なものへと変化した。……だが、指摘したマジック自身がそこまで追求する気はなかったのか、その空気はすぐに霧散する。

 

「…貴様の考え方に文句を付けるつもりはない。だが…無念と絶望の中の死は、犯罪神様への極上の供物。わざわざブレイブが散るまで待った策を、無駄にするような真似はするなよ?」

「分かっておるさ、我輩とて四天王の一角なのだからな…」

 

トリックが不敵な笑みを浮かべる中、マジックはその場を後にする。そして彼女の気配が完全に無くなったところでトリックは小さく息を吐き、その場にいる二人の人間へと目を向けた。

 

「…気にする事はないぞ、アズナ=ルブよ。貴様は我輩の指示に従い撤退支援を行っただけだ」

「気になどしていないさ。元々私は私の目的の為にここにいるのだからな」

「ならばよい」

 

二人いる人間の内、一人はアズナ=ルブ。腕を組み、壁に背を預けていた彼は、彼の言葉通り一切気を揉んでいる様子がなかった。そんな姿に軽く頷いたトリックは、続いてもう一人の人間にも声をかける。

 

「…分かり易いな。怯えておるのか、リンダよ」

「……っ…そ、そんな事…」

「…不安がる必要はない。危惧せずとも我輩はお前を彼等のように扱うつもりはないのだぞ?」

「そ、そうなん…ですか……?」

「お前の才覚はまだまだ光る場所があるのだ。それを使わないのは勿体ないと思わぬのか?」

「アタイの、才覚……」

 

自分もこのまま成果を上げなければ、操り人形として使い潰される。…その思いを見抜かれていたリンダは驚き言葉に詰まってしまったが…トリックの言葉は、彼女の想像していたものとは真逆だった。そして彼女は安心し…同時に歓喜の感情を胸中に抱く。自身を評価し、今も期待しているというトリックの言葉で。

 

「さぁ、来るがよいリンダ。これから行う作戦の為の準備、お前にも手伝ってもらうぞ」

「あ…は、はい!アタイなんかでいいなら、なんだってやってやりますよ!」

「……その言葉、幼女から聞いてみたいものだ…」

「うっ…それはアタイに言わないで下さいよトリック様…」

 

そうしてトリックとリンダも、それから少しした後アズナ=ルブもその場を離れ玉座の間は無人となる。

大きく戦力を削がれ、劣勢となった犯罪組織。だが、その中核である四天王の生き残りは……未だ、一切の諦観を抱きはしていないのだった。

 

 

 

 

私がベールと共にリーンボックスに行ってから、各国で犯罪組織(残党)絡みの出来事があった。一番大きいのはユニのブレイブ撃破で、同じく単騎で四天王を倒した身としては色々思うところのある情報だったけど…それは私個人での話。個人ではなく陣営としては嬉しい事だった。

でも逆に、嬉しくない出来事だって当然起きる。嬉しくない出来事で一番大きいのは残党の一部が操られて戦わされてるという事態で……それが今、リーンボックスに脅威となって近付いていた。

 

「……これが、現在こちらへ向かってきている残党の一団ですわ」

 

リーンボックス教会の会議室。その壁にあるモニターには、同じ方向へと向かって歩く沢山の人と兵器の姿が映っていた。

 

「…結構な数ね。散り散りになってた残党の一集団じゃなくて、作戦の為に編成した部隊と見るべきかしら」

「人はともかく、兵器までこんなに残ってるなんて…まだ大規模な工廠が残ってるって事かな…?」

「それよりはお姉ちゃん達の奪還前までに出来る限り生産しておいた、って可能性の方が高いと思うわよ?…奪還されて組織も壊滅するなんて事は想定してなかっただろうけど…」

 

会議室にいるのは、四人の守護女神と女神候補生、それに私を加えた計九人。……うん、そう。要は女神が全員集まってるって事。

 

「ノワールの言う通り、これは恐らくリーンボックスへ向けた侵攻部隊。そして皆さんに集まってもらった理由は勿論……」

「こいつらをたおすのよね!」

「みんなで、やっつける…!(ふんす)」

『…………』

「…あれ?ちがうの?」

「い、いえ…正解ですわ…」

 

ぐっ、と握り締めた手を胸の前に出してやる気を見せるロムちゃんラムちゃん。二人の認識は何も間違ってないし、二人が言わなくても似たような事を誰かしら言ったとは思うけど……見た目が見た目だけに、言葉に反して会議室の雰囲気は一瞬和やかになってしまった。もう全員一瞬「あぁ、癒されるなぁ…」とか思ってしまった。……小っちゃい子って、癒しだよね。変な意味じゃなくて。心のオアシス的な意味で。

 

「こ、こほん。この一団が生活圏へと到達してしまえば、被害が出るのは火を見るよりも明らかな事。ですのでわたくしは何としてもこの一団を撃破したいのですけど…」

「そこでネックになるのが、人の存在。…ネプギア達も、話は聞いてるんだよね?」

「はい、お姉ちゃんから聞きました」

「うちも話したわ。二人共、話した事はきちんと覚えてる?」

「うん。あやつられるのは、かわいそう…」

 

ベールから引き継ぐ形で私が言った質問に、ネプギア達はそれぞれ頷く。…皆がどんな言い方で四人に説明したかは分からない。でも、四人はちゃんと事実を受け止めている…そんな顔をしていた。

 

「だったら、説明は不要だね。…私とベールは、この一団の迎撃において……あの手段を、試してみようと思ってる」

『……!』

 

一度ベールと目を合わせ、一拍置いて私は言った。そしてその瞬間、ロムちゃんラムちゃんの発言以降少し緩くなっていた雰囲気が一気に引き締まる。

 

「…とはいえ、これはリーンボックスの問題。もし参加出来ないというのであれば、大人しく引き下がりますわ」

「もし参加出来ないというのであれば…って、水臭い事言わないでよベール。心配しなくたってわたしは協力するよ」

「同感よ。それに、犯罪組織の動向は信次元全体に関わる問題。貴女だけが背負う必要はないわ」

「だってさ、ベール。…ね、私が言った通りだったでしょ?」

「…ふふっ、そうでしたわね」

 

私とベールは残党の一団を確認した時点で迎撃作戦を立案し、その中でもベールは今の件を気にしていた。その時も私は「皆なら二つ返事で協力してくれると思うよ?」…って言ったんだけど…おっとりしてるベールも、こういう事は人並みに心配するんだよね。事情が事情なんだから心配するのは当然だけどさ。

 

「では……ネプテューヌ、ノワール、ブラン、イリゼ。四人はわたくしと共に操られている者達の対応に当たって下さいまし。そしてネプギアちゃん、ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃんには軍と共同で兵器部隊の分断と殲滅をお願いしますわ」

「えぇ、その頼みは聞き受けたわ」

「今の私はリーンボックスへの増援。そんな言い方しなくたって、元々私は協力するつもりだよ」

「…感謝致しますわ。フラグにするつもりはありませんが、もし無事に終わらせられたら……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

安心と嬉しさの混じった笑みをベールは浮かべ、何か作戦成功後の事を口にしようとする。けれどそんなベールの言葉は、少し狼狽えた様子のユニによって遮られた。…いや、ユニだけじゃない。その隣に立つネプギアも、ユニ程あからさまじゃないけど思うところがありそうな表情を浮かべていた。

 

「…何か、気になるところがおありですの?」

「気になる、って訳じゃないですけど…どうしてアタシ達は、兵器の撃破担当なんですか…?」

「それは勿論、適切な戦力配置の為ですわ。女神と軍が共同で兵器の殲滅に当たれば、軍側の被害を大きく減らす事が出来ますもの」

「…それは分かります。でも…アタシが訊きたいのは、そういう事じゃありません」

 

姉の友達である守護女神(と私)に対する上下関係を、候補生の中でも特に意識するユニ。だから全員集まっての会議や話し合いの時は、私達に対して遠慮がちになる事が多い…というのが私の印象だったけど、今日のユニは遠慮の気配を残しつつもはっきりと自分の意思を表していた。……もしかするとこれが、ブレイブとの戦いでユニが得た成長の一つなのかもしれない。

 

「アタシは…いえ、アタシ達女神候補生は全員、まだまだ未熟です。でも、未熟だったとしても…アタシ達候補生も、女神なんです。だからもし、アタシ達の配置が気遣いによるものなら……」

「……ユニ」

 

真剣な表情での、ユニの言葉。最初の戦いの時とは違う、自分の立場も力量もきちんと理解した上での、女神としての言葉。それに皆が一瞬言葉を失い、一時的とはいえ指導者を務めた私はある種の感慨深さを感じる中……静かな声で、ノワールがユニの言葉を制した。

すっ、とユニの前に出て、一度ベールと目を合わせるノワール。視線の中でやり取りが交わされ、ベールの首肯を受けたノワールが口を開く。

 

「貴女の気概は伝わったわ。貴女が未熟と言えど確かな力を持っている事も分かってる。…でも、駄目よ」

「…その、理由は?」

「技量と経験の差よ。それで納得出来ないなら、私から訊かせてもらうわ。…ユニは、近接格闘を主軸にする私達でもどこまで出来るか分からない事を、私達以上にやれると言うの?」

「……それは…」

「相手は犯罪組織の残党、それも操られてる人間よ。成功すれば相手を助けられるけど、失敗すればどうなるか分からない貴女じゃないわよね?…それでもユニは、引き金を引けるの?」

「…………」

 

優しさは、優しくする事だけじゃない。私は相手が引きずってなくても気にしちゃうから出来ないけど、相手の為を思って厳しい言葉をかける優しさもある。…でもそれは、相手に優しさだと、自分を思ってくれてるのだと伝わらなければ暴言を吐くのと変わらない。そしてノワールは……優しいけど、不器用な人。ここにいる皆の中で、一番相手を思っての言葉が勘違いに繋がってしまいそうなのが、ノワール。だから私は不安になって、ユニにフォローを入れようとして……その時には既に、ネプテューヌが二人の間へ割って入っていた。

 

「まぁまぁノワール、気持ちは分かるけどその位にしてあげなよ。ほら、ユニちゃん傷付いちゃってるんじゃん」

「え……い、いや…別に傷付いたって事は……」

「そう?でも大丈夫だよ、ユニちゃん。これはユニちゃんに力が足りないって事じゃなくて、偶々必要なのが近接格闘能力だったってだけだもん。もし近接格闘能力じゃなくて狙撃能力が必要ってなったらわたし達は皆役立たずになるんだから、気にする事なんてないんだよ。…だからさ、ユニちゃん。自分は出来ない、じゃなくて自分は自分が出来る事を、ノワールはノワールが出来る事をする…って考えようよ、ね?」

「ネプテューヌさん……」

 

いつも通りの雰囲気で、いつものような口振りで、ネプテューヌは微笑みながらそう言った。凄く説得力がある訳でも、理路整然とした訳でもない…でも心にすとんと収まるような、温かい言葉を。

ノワールが真面目で何事にも真剣な、良くも悪くも高みを見る人だとすれば、ネプテューヌは真面目な時と不真面目な時の差が激しい、良くも悪くも自分の目線で物事を見る人。そして今は……その無理をしない、あまり高くもない…けれど真っ直ぐな目線の言葉が、曇りかけていたユニの表情に光明を届けていた。

 

 

…………でも、代わりに……ある人物に対しては、完全に裏目の発言となっていた。

 

「ちょ、ちょっと!?それは私も言うつもりだったのよ!?いや、私もって言うか…それ含めて最後まで私が言うつもりだったんだけど!?」

「え……そ、そうなの?」

「そりゃそうでしょうが!何美味しいところ持ってってくれてるのよ!?これじゃ私、キツい事言うだけ言ってフォローもしない駄目指導者みたいじゃない!」

「え……ち、違うの?」

「違うわよ!っていうか天丼ネタは止めなさいよ!あぁもう違うからね!?私だってユニの実力は認めてるし、あくまで適材適所の結果私達が相手をするって形になっただけなんだから!そうよねベール!」

「え、えぇまぁそうですわ…(す、凄い形相で言われましたわ…)」

「そういう事だから!私はネプテューヌが出しゃばらなくたって『もし貴女の長所が必要になった時は、貴女に任せるわ』とか言うつもりだったんだからねっ!」

「あ、う、うん……ネプテューヌさん、ありがとうございました…お姉ちゃんもちゃんと話してくれてありがと…」

「えぇ、()()()()これ位当たり前よ!」

「あ、あはははは…」

 

烈火の如き勢いで「なんで大切なフォローパート横取りするのよ(要約)」と荒ぶるノワールと、その勢いに言葉が返せなくなってしまった(というより、黙っておこうと判断した?)ネプテューヌ。ノワールからの承認欲求が強いユニも、流石にこれには軽く引いてる様子だった。…途中話を振られたベール以外、そんなノワールの姿に「ぽかーん」としてしまったのは言うまでもない。

 

「……えっと…ノワール、落ち着いた…?」

「何が!?」

「うわっ…こ、怖いよノワール……」

「あ……ご、ごめんなさいねイリゼ…皆にも話を脱線させちゃった事を謝るわ…」

「だ、大丈夫ですよノワールさん。これお姉ちゃんにもちょっと責任がある訳ですし。…えと…ある、んだよね…?」

「ま、まぁない事もないんじゃないかな…うん…」

 

それから十数秒。言いたい事を言えたノワールが落ち着いてくれて、更にネプテューヌも曖昧な表現ながら非を認めた事でやっとこの謎な展開は終幕を迎えるのだった。……ノワールが脱線させてネプテューヌが事の収拾に努めるっていう、なんだか珍しいパターンだったよ…。

 

「…こほん。では、ネプギアちゃん達も今の説明で納得してくれたかしら?」

「あ、はい。わたしも今ので納得です。わたしは候補生の中じゃ近接戦慣れしてますけど、お姉ちゃん達とは開きがありますし」

「わたしはさいしょからそれでよかったわ!だってそっちの方がどっかんどっかんやれるでしょ?」

「わたしも、ラムちゃんといっしょ…」

「分かりましたわ。今のペースで進行すれば、一団が街へ到着するのは明日の夜。よってそれよりも前に制圧を致しますわ」

 

それまでは温和な…つまりはいつもの雰囲気で通していたベールも、この時だけは真剣な表情で言葉を発していた。きっとそれは、国と国民を守りたいという気持ちが、皆にあまり気負わないでもらおうとする気持ちをその瞬間上回ったから。

ベールの言葉に、私達は頷く。ブランの言う通り、残党との戦いは信次元全体の問題で、その時狙われてる国だけが頑張ればいい事じゃない。……何よりも、これは友達が守りたいものを守る戦いだもん。例えどんな要素があろうと、私は全力で戦うよ、ベール。それが犯罪組織残党との戦いなら尚更…ね。

 

 

 

 

昼と夜の境目の時間、夕暮れ。心地よい風の吹くリーンボックスの草原に、わたくし達守護女神の四人とイリゼは立っていた。遠くに見えるのは、創作物に登場するゾンビの様にどこか違和感ある動きで歩いてくる犯罪組織残党の姿。

 

「…こうして見ると、確かに『操られてる』って動きだね…」

「実際に見るのは二度目だが…やっぱ見てて気分の良いものじゃねぇな…」

 

既にわたくし達は女神化をし臨戦体制。共に隊列を組んでいた兵器部隊は、ネプギアちゃん達による強襲と軍の長距離砲撃で分断済み。故に、後はわたくし達のタイミングで仕掛ければいいだけ。…けれど……

 

「……やっぱり、いざこの段階に来ると…少し、躊躇うわね…」

「…そうね。これだって十分に希望が持てる手段なのに、もっと良い手があるんじゃないか…って思う心は私にもあるわ」

 

どんな敵にも臆さず、どんな困難にも立ち向かってきたわたくし達女神。そんなわたくし達でも、この手段には…後ろ向きな感情を抱かずにはいられない。何故なら、その手段は……操られている人々を傷付ける事だから。

先日ブランが戦った際の経験、各国が尽力する事で得た情報、それを元に行われた調査と考察により、まず彼等が負のシェア…それも犯罪神に由来するシェアエナジーによって身体の支配を奪われているという結論に辿り着いた。そしてそうなれば、最も良い対処法は正のシェアで負のシェアを相殺する事。けれど、そうする為にはまずその処置が出来る場所へ連れて行き、安全に処置を行う事が出来るよう無力化しなければならず……それを実現する手段が、彼等を『身体の機能上動けない状態』を作る事だった。

 

(…特定部位のみを攻撃出来れば、処置後に適切な治療を行う事で回復出来る可能性は高い。……そうは言っても、人を守るべきわたくし達が意思に反して戦わされている人を傷付けるなど…心が痛まない訳がありませんわ…)

 

彼等はマリオネットの様に外部から物理的に動かされているのではなく、脳、或いは精神の支配によって身体の主導権を奪われ動かされているというのが調査の結果。それ故身体のシステムが全て停止してしまう『死』を迎えた場合は勿論、身体は生きていても腱の切断、肩や足の付け根の脱臼等を操られている人間に起こす事が出来れば彼等を殺さず無力化出来る。……それが、わたくし達と教会の得た『手段』の全て。わたくし達で無力化し、後方で待機している軍の部隊が搬送するというのが、操られている人々を助ける作戦の全て。

 

「敵は敵、そう割り切りたいものですわね。それが正しいのか、それとも間違っているのかはともかく…」

「……いや、割り切らなくてもいいんじゃないかな」

『え?』

 

胸に渦巻く心苦しさを吐き出すように、ぽつりとそう呟いたわたくし。…けれど、いつまでも躊躇ってなどいられない。そう考え、気持ちを固めようとしたその時……イリゼが一歩前へ出た。それと同時に発した言葉へわたくし達が疑問を抱くと、イリゼは視線を人々に向けたまま再び口を開く。

 

「割り切るってさ、ある意味で諦める事でしょ?そういう状況だから、それしかないから仕方ないって。…実際今はこの手を使うしかないから妥当な判断だけど…私は割り切らないよ。これを選んだのは自分だって、その先で起こる出来事には自分が責任を持たなきゃいけないって、私はそう思ってる。その覚悟を、私は持っている」

「…イリゼ、貴女……」

「……って、これ…よく考えたら割り切らなくてもいい理由じゃなくて、私が割り切らない理由だったね。あはは、ごめんね変な事言っちゃって」

 

イリゼは時折見せる武人の様な言動をしていない限り、女神化の有無に関わらず柔和な印象を受ける方。…そんなイリゼが、今は重い…なにかを背負う者のような雰囲気を纏っていた。そしてそれを感じたのはわたくしだけではないらしく、ネプテューヌが何か言いたそうな声でイリゼの名を呼ぶと…途端にその雰囲気が霧散し、普段の彼女に戻っていた。

 

「い、いや別にわたし達は困ってねぇし、参考になる言葉だったと思うが…」

「それならよかった。でも、うん…ベール、先陣は私に任せてくれないかな?そろそろ私達も動かないと不味いでしょ?」

「それは、そうですけど…先陣を、ですの?」

「そう、先陣を。……駄目?」

「駄目…ではありませんわ。ここはリーンボックスですし、わたくしが先陣をと思っていましたけど、戦術的には誰が先陣を切ろうと問題ない……あ、ちょっ、イリゼ!?」

 

わたくしがイリゼの意図を図りかねつつも質問に答えた瞬間……イリゼは地を蹴り、接近してくる一団へ向かって突撃した。

その動きにわたくし達が唖然とする中、イリゼは一団の先頭に肉薄。イリゼの接近に気付いた先頭の一人が右の拳を振り上げるも…その右腕が振り下ろされるよりも早く、彼女の抜き手、それも人差し指と中指の二本が肩へと突き刺さった。

 

「ごめん、なさいッ!」

 

刺突を受けた一人が悲鳴を上げるよりも速く指を抜いたイリゼは、滑り込む様に足から彼の股を通過。その最中に大腿の上部を掴み、速度と力に任せて捻り上げる事により両脚を脱臼させ、彼を地面に崩れ落ちさせる。……イリゼが肉薄してから無力化するまで、それはほんの一瞬の出来事だった。

 

「……っ…わたし達も行くわよ、皆!」

「えぇ、そうですわねッ!」

 

そこで漸く我に返るわたくし達。ネプテューヌに言われるまでもないとばかりに地を蹴り、翼を広げてそれぞれに一団へと向かっていく。先程と今のイリゼは、一体何だったのか。それはわたくし達全員が気になる事だったものの、この戦いは余計な思考をしていられるようなものではない。そう考えたわたくし達は疑問を振り払い、リーンボックスを守る為…そして彼等を救う為に、彼等との戦いを始めるのでした。




今回のパロディ解説

・心のオアシス
デート・ア・ライブのヒロインの一人、四糸乃の事…というか彼女に対する主人公の、内心での思い。でも四糸乃とロムラムじゃ方向性が違いますね。どっちも癒しですが。

・「〜〜それでもユニは、引き金を引けるの?」
ソードアート・オンラインシリーズの主人公、キリト(桐ヶ谷和人)の名台詞の一つのパロディ。これはユニが銃器使いだから言っただけで、実際にやるなら銃は使えません。


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第九十七話 血塗れた救済

「えぇ、そうです。全職員に通達しておいて下さい。我々職員が手間取った事で手遅れになってしまえば、ネプテューヌさん達の奮戦が無駄となってしまいます」

 

女神達が犯罪組織残党の一団の迎撃を行う為リーンボックスへ集合した日の翌日。彼女等が戦闘を行う中、教会各部署の長を集めたイストワールは彼等に指示を出していた。

 

「イストワール様。その残党がいつ現れるかは…」

「分かりません、ですがいつ現れてもおかしくない事は事実です。なので皆さん迅速な通達を宜しくお願いします」

『はい!』

 

イストワールの言葉を受け、各部署長が会議室を後にする。そうして残ったのはイストワールと、コンパやアイエフ達パーティーメンバーのプラネテューヌ担当組。

 

「ふぅ…お待たせしました、皆さん

( ̄▽ ̄)」

「いや、それ程待ってもいないから大丈夫さ」

「ありがとうございます。…っと、コンパさんとアイエフさん。貴女方には現在皆さんのパーティーの一員として動いてもらっていますが、お二人は同時にそれぞれ衛生部と諜報部の職員。場合によっては他の職員の協力に回ってもらうかもしれないので、それは頭に入れておいて下さい

m(_ _)m」

「分かりましたです、いーすんさん」

 

事が事な為に普段よりも硬い表情を見せていたイストワールだったが、話す相手が半ば友人でもある面子に変わったからかその表情は幾分か柔らかに。同時に彼女の特徴とも言える顔文字も、彼女等との会話の際には復活していた。

 

「それで、話ってのはなにかしら?又は何でしょうか?」

「あ、今からの話は職員に対してのものではないので敬語で無くても結構ですよ。…皆さんも聞いての通り、残党は新たな手段でこちらにプレッシャーをかけてきました( ̄^ ̄)」

「構成員を操っての攻撃、だね。…随分と卑劣で厄介な事を考えたものだ…」

 

イストワールの話を聞くのは、コンパとアイエフに加えて二人のファルコム。二人は全く同じ反応を…とまではいかないものの、どちらも武の道を志す者として許せない、という表情を浮かべていた。

 

「わたしも同感です。そしてネプテューヌさん達はそんな人達を助ける為に、リーンボックスへと向かいました。…と言ってもここまでは、昨日ネプテューヌさんかネプギアさんに聞いていたかもしれませんが

( ̄▽ ̄;)」

「はいです。昨日ねぷねぷが、『わたしとネプギアが行ってる間プラネテューヌをお願いね!』って言ってたです」

「そうだったんですね。…今回の様な大部隊での侵攻はそうそうないでしょうが、これからも操られた人々を使って仕掛けてくる事はほぼ間違いありません。そしてそうなれば、ネプテューヌさん達はそちらの対処で他方にまで手が回らなくなってしまうでしょう」

「…だから、そうなった時あたし達に対応してほしい…って事?」

「その通りです。ゲリラ的に仕掛けてくる残党に対しては、物量より個人としての戦闘能力とフットワークの軽さが必要になりますから」

 

彼女等は女神の二人がリーンボックスに行った事に加え、先程の指示で操られた残党を助ける手段が女神であっても容易にはなし得ない方法なのだという事を理解していた。…だからこそ、彼女等は力強く頷く。

 

「そういう話なら、協力しない訳にはいかないね。ネプギア達が頑張っているんだ、あたし達ものんびりはしていられないよ」

「ですよね、ファルコムさん。仲間の為には、頑張らなきゃ…!」

「いつも何か困る度に頼ってしまってすいません。教祖としても個人としても感謝します」

「そんなに畏まらなくてもいいんですよいーすんさん。わたし達は、協力したくてしてるんですから」

「そうそう。それに、ねぷ子の『お願い』っていうのはイストワールの言う事も含めてだと思うもの。だから私達は最初から了承済みよ」

「皆さん……」

 

人知を超えた女神と言えど、全知全能ではない。世界の記録者たるイストワールも、結局は一個人。望む事、必要な事全てを自分だけで賄う術を彼女等は持たず……故に、自分達では手の回らない部分を補ってくれる、自らの願いに快く協力してくれる仲間がいる事を、イストワールは本当に感謝していた。

 

「…………」

『…………』

「……?」

「……え、いや…イストワール、話って…これだけ?」

「え?…えぇ、そうですが……(・・;)」

『…………』

「…………」

『…えぇー……』

 

目を瞬かせるイストワールに対し、全員揃って拍子抜けの心持ちを言葉に表した四人。彼女等は心の中でこう言っているのだった。──たった数分で終わる話なのに、わざわざ指示の場に同席させてまで待たせたの…?……と。

実際のところそれは、指示を聞いてもらう事で説明を省こうとしたイストワールの考えなのだったが、その説明というのもあまり長くなるものではなく、普通に別のタイミングで集まってもらえばよかったのかも……と、彼女等の心情を暫く見つめた後に気付くイストワール。気の回らない事をしてしまったと思い、彼女がそれに関してお詫びしようとしたその時……

 

「い、イストワール様!ご報告があります!」

「…はい?(・ω・?)」

 

会議室の扉が開き、一人の職員が慌てた様子で中へと入ってきた。

 

 

 

 

操られている犯罪組織残党の人をどう助けるかは、リーンボックスに行く前から知っていたし、わたしもきっとそれに参加すると思ってた。だってその手段は、桁外れの身体能力がなければ実行出来ないもので、とんでもない人が結構いる信次元でもこれを出来るのは女神位じゃないかと考えていたから。…そう考えていたから、お姉ちゃん達だけでやると言われた時には、ユニちゃんと同じように素直にうんとは言えなかった。

でも、ノワールさんの説明と、お姉ちゃんの言葉でこれはお姉ちゃん達に任せるべき事なんだと分かった。お姉ちゃん達ですら…近接格闘限定で戦ったら、何度やったって勝てないであろうお姉ちゃん達ですら難しい事を、中衛が基本のわたしや後衛担当のユニちゃん、ロムちゃんラムちゃんが上手くやれる筈がない。出来たとしても、お姉ちゃん達だけで対処出来る範囲なら任せた方が残党の方々の為になる可能性が高い。…そうはっきりと理解出来る位にノワールさんの言葉はしっかりしていて、お姉ちゃんの「自分は自分の出来る事を」って言葉は自分のやれる事を頑張ろう、ってわたしに思わせてくれた。だから、わたしは……お姉ちゃん達が自分の戦いに専念出来るように、わたし達の戦いに専念しようって、そう思った。

 

「空中戦では、高度が高い方が有利なんですッ!!」

 

機関砲を連射しながら、わたしの背後に回り込む空戦型キラーマシン。キラーマシンが後ろから襲おうとしている事に気付いたわたしは、わざと真っ直ぐ飛ぶ事でキラーマシンの直線機動を誘発させ、加速したところで全力の宙返り。旋回性の低い空戦型キラーマシンは当然わたしの動きに着いてこれなくて、真上を取る事に成功したわたしはM.P.B.Lでフルオート。放った光弾の内一発がメインスラスターに直撃し、キラーマシンは黒煙を上げながらくるくると落下していく。

 

「あははははっ!これがあっとーてきかりょくよ!」

「ラムちゃんと、ネプギアちゃんの…じゃまはさせない…!」

「撃ち漏らしはアタシが片付けるわ!二人は思うように戦いなさい!」

 

横を見ればラムちゃんが、出し惜しみ無しの高威力魔法を次々放って地上の機体を爆撃している。後ろを見ればロムちゃんがわたしとラムちゃんの妨害をしようとしてくる機体を牽制して、ユニちゃんが大破や機能停止まで追い込めなかった機体をきっちり狙撃してくれている。わたしは対空、ラムちゃんは対地、ユニちゃんとロムちゃんは援護と支援という役割で戦うわたし達候補生チームは、殆ど四人だけで兵器部隊を相手にしていた。

 

(……っ!今一機…でも、一機だけなら…!)

 

わたし達の連携を掻い潜って…というより他の機体が壁になる事で攻撃を受けずに済んだキラーマシンが、生活圏の方へと向かってしまう。けど、次の瞬間そのキラーマシンに対して何発もの長距離砲撃が叩き込まれた。

今さっき『殆ど』って付けたのは、今みたいに突破してくる機体がどうしても出てきてしまうから。でもそんな機体は全部待ち構えていた軍人さん達が撃破してくれているから、わたし達は一機たりとも街の方やお姉ちゃん達の方へ逃す事無く殲滅を進められていた。

 

(ラムちゃんが対地攻撃を引き受けてくれてるから、空戦に集中出来る。ロムちゃんが横槍を阻止してくれてるから、わたしは考えた通りに動ける。ユニちゃんがトドメを刺してくれるから、わたしは無理せず戦える。…軍人の皆さんがいるから、突破されても安心出来る)

 

すれ違いざまに主翼を斬り裂いて、撃たれるより先に機関砲を撃ち抜いて、複数機で迫ってきたら照射ビームで纏めて撃ち落とす。…そうやってわたしが大立ち回り出来ているのは、全部仲間がいるから。わたし一人で戦っていたら、もっと苦労してただろうし次々と突破されていた筈。そう考えると、本当に連携の力って凄いんだな…なんて思うわたしだった。…イリゼさん、イリゼさんの教えてくれた事は、ちゃんと活きていますよ。

 

「やっと目に見えて数が減ってきた…ラムちゃん!調子はどう?」

「ぜっこーちょーよ!でもシールド持ちばっかり生きのこったから、ちょっとペースおちるかも!」

「そっか、シールドか…ユニちゃん!わたしはいいからラムちゃんに火力支援をしてあげて!ロムちゃんにはその間少しだけわたしへの援護を増やしてほしいんだけど、大丈夫かな!?」

「うん、できる。ネプギアちゃん、任せて…!」

「分かったわ!アタシはシールド解除の瞬間を狙うから、アンタはもっと派手に戦いなさい!」

「もっとはでに?じゃあ、わたしのひっさつわざパート1を見せてあげるわ!」

 

わたしの周囲を駆け抜ける弾丸が消えて、代わりに魔弾や魔法の数が増えて、その数十秒後に地上で大爆発が巻き起こる。エネルギーシールドを有するキラーマシンはその爆発すら耐え切るけれど、爆発でレーダーもセンサーもまともに機能しなくなったところでユニちゃんの狙撃に対応出来る筈がなくて、反撃の為シールドを解除した機体の内の一機が光芒に貫かれて崩れ落ちる。キラーマシンの強固な盾も、わたし達の連携の前では時間稼ぎにしかならなかった。

 

「皆、お姉ちゃん達が目的達成するまで時間稼ぎを……ううん、達成するよりも先に殲滅するよッ!」

「えぇ、やってやろうじゃないッ!」

「みんなで、がんばる…!」

「わたしはさいしょから、そのつもりだもんね!」

 

女神候補生のわたし達に、お姉ちゃん達程の力はない。経験も精神も敵わないし、追い付く為にはまだまだ沢山の時間が必要になる。……でも、連携は…わたし達の絆は、お姉ちゃん達にもきっと負けていない。これだけは、負けてるなんて思わない。だから、わたし達は…皆を頼って、皆に頼られて……戦場を、飛ぶ。

 

 

 

 

相手を倒す事、相手を傷付ける事。それは戦いにおいてはどうしても避けられない事で、わたしはそれを何度も何度も経験してきた。でもわたしは記憶を失った後の今より記憶を失う前の時間の方が長いんだから、それを含めれば回数は本当に気が遠くなる程のものになると思う。

でも、その経験の大半はモンスターや兵器に対するもの。最近は人を相手に戦う事も多かったけど、その場合はいつも無傷か軽傷程度に抑えていた。だから、わたしも皆も人を傷付けるというのはモンスターや兵器に比べてずっと慣れていなくて……わたし達は傷付ける度に、心に罪の意識が染み付いていった。

 

「お願い、抵抗しないで…無理に動こうとしないで……」

 

振るわれた腕を掴むと同時に捻り上げ、相手が暴れるよりも早く肩の関節を外す。足払いで地面に倒し、両手での抜き手で両脚の腱を切断する。息つく間もなく片腕と両脚の機能を奪われたその人は絶叫を上げるけど……わたしはその人に、面と向かって謝る事すらしていられない。次々と襲いかかってくる残党は、その残党の味方を気遣う事すらさせてくれなかった。

 

「……くっ…!」

 

真横に跳んで複数方向からの攻撃を避け、一人を狙う状況を作る為に残党の連続攻撃を凌いでいく。指先のプロセッサは鉤爪の様になっているおかげで、角度と速度が足りていればほぼ確実に腱の切断を成功させてくれているけど……腱にしても脱臼にしても、神経を張り詰めていないと必要以上の怪我をさせてしまって、そうなれば傷付けられた人達はより一層痛みに苦しむ事となる。彼等がそれでも最小限の傷で済むか、それとも解放されてからも不自由な身体で生きていく事になるかは……わたし達に、かかっている。

 

(…でも、こんなプレッシャー…この人達の苦しみに比べれば……ッ!)

 

耳にべったりとこびり付く悲鳴。腱を貫く度に赤く染まる自分の手。だけどそれは覚悟していた事。女神として、守るべきものの為に戦い続ける者として、そういったものを背負う覚悟でここに来ている。

けど、彼等は違う。望まない戦いを強いられ、無理な動きで身体を痛め、わたし達に傷付けられる彼等はわたし達よりずっとずっと辛い筈。その人達に比べれば、わたし達の辛さなんて…いや、比べる事すらおこがましい。辛いなんて思う事自体が間違っている。

 

「痛い、痛いぃぃぃぃぃぃっ!!」

「助けて…お願いよ女神様、わたしの身体を止めて……」

「あは…あはは、あはははは……」

 

苦悶の絶叫が聞こえる。涙を流し助けを求める声が聞こえる。生気のない乾いた笑いが聞こえる。そんな人達にわたし達が向けるのは、救いの手ではなく破壊の手刀。…こんなの間違っている。けど、今はこれでしか助けられない。

切って、外して、避けて。貫いて、捻り上げて、転ばせて。そうして戦っている内に、わたしの視界で緑の尾がたなびいた。

 

「あれは……ベール!」

「ネプテューヌ!?…いつの間にやら近付いてしまったようですわね…」

 

互いに相手を認識したわたしとベールは、一度合流して背中合わせに。それまでは次から次へと襲ってきた残党も、女神が二人集まり最大の死角である背後を狙えなくなったからか様子見するような動きを見せる。

一団に突撃した時わたし達は、全員分かれて交戦を開始した。それは誰かが無力化した残党を間違って攻撃しかけたりその残党が邪魔になったりするのを避ける為で、初めは極力他の誰かに近付かないよう戦っていた。なのにここまで距離が縮んでいたって事は……

 

「わたし達、随分と余裕を無くしてるみたいね…」

「当然の事ですわ。…まだ、大丈夫でして?」

「えぇ、ベールこそ大丈夫?」

「当然。それにこれはリーンボックスを守る戦いですもの、大丈夫でなくても戦いますわ」

「だったら良かったわ。…そうよね、これは守る戦いなんだから…」

「そう、これは守る戦いなのですわ…」

 

側面から飛び出してきた一人の腕をそれぞれで掴み、前のめりにさせつつ背後に回って二人同時に掌底。その一撃で両肩を脱臼させ、わたし達は再び一人に戻る。

大変な時、強敵が相手の時、わたし達はこうして互いに心配と鼓舞をする事によって心を奮い立たせていた。……でも今は、わたしもベールもいつも通りの声が出せなかった。

 

(やっぱり、ネプギア達に参加させなくて良かったわね…)

 

ネプギア達に対兵器を担当してもらったのは、勿論戦術面や合理性を考えての判断で、心の問題は判断材料に入れていない。…でも、それで正しかった。こんなの、女神の戦いじゃない。女神という存在に希望と憧れを抱いているネプギア達は、こんな戦いをするべきじゃない。

 

「…大丈夫、わたしは守護女神…平和と繁栄の守護者なんだから……!」

 

そんな思いで、わたしも皆も戦った。傷付けて、無力化して、救いの皮を被った暴力を振るい続けた。そうして気付けば、もう立っている残党の姿はまばらにしか見えなくなっていた。

 

「後少し…後、少し……!」

 

腱を切った指を抜き去り転ばせて正面に跳ぶわたし。もう四人の姿は見えている。見回しても残党の残りは十人未満。そんな中、わたしの一番近くにいた無力化前の残党は……髪の長い、優しそうな少女。

 

(こんな子まで……!)

 

わたしと正対した少女の顔は、恐怖に引き攣っている。それは操られている事に対してなのかもしれないし、自分が味方と同じ末路を辿るであろう事へ対してなのかもしれない。…けれど、どちらであろうとわたしはやらなきゃいけない。やらなきゃ、この子は解放されないのだから。

 

「ひぐ……ッ!?」

「少しだけ我慢して、すぐに助けてあげるから…!」

 

迎撃するかのように振るわれた蹴撃を半身で避け、その動きのまま片脚の腱を切断。相手が少女だからか一層の罪悪感を感じる中、それでも…とわたしは少女の両肩に手を伸ばす。大丈夫だって伝えたくて、少しでも早く解放してあげたくて、守ってあげたくて…………

 

「いやっ…助けて、助けて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……助けてよぉ、お姉ちゃぁん…!」

「────ッ!?」

 

──その瞬間、姉に助けを求める少女の姿が…ネプギアと重なった。

 

「がっ…、ぁ……!」

「やだ…もう、やだよぉ……!」

 

自分の手がネプギアを傷付ける為に伸ばしてるように見えて、止まってしまったわたしの手。その間に少女は動き…わたしの首が、少女の両手に掴まれた。そして、わたしは少女に首を絞められていく。

 

(このままじゃ、いけない…でも…でも、この子は……)

 

片脚が動かない事が逆に首へと体重をかける形に繋がり、段々と息が苦しくなっていく。幾ら女神でも、無抵抗でこのまま絞められ続ければ流石に不味い。…でも、腕に力を込められない。込めようとする度ネプギアの顔がちらついて、この子を傷付ける事はわたしにとってネプギアを傷付けられる事と同じなんだと思ってしまって、どうしても少女を力で押さえつけられない。

分かってる。戦わなきゃいけないって。わたしは死んじゃいけないって。でも、どんなに頭で分かっていても心はそれに着いていけなくて、わたしは何も出来なくて、その間もどんどんわたしの首は締まっていって……

 

「……何やってるのよネプテューヌッ!」

「いッ……あぁぁぁぁッ!!?」

「……っ!げほげほっ…!」

 

次の瞬間、銀色の髪をたなびかせながらノワールが少女へと強襲した。背後から両肩を掴み、飛んだ状態で両膝を少女の背中に当て、僅かな時間も与えず一気に両肩を引き絞る。それだけで少女の肩は両方脱臼し、わたしの首から手が離れていった。

 

「の、ノワール……助かったわ…」

「助かったわ、じゃないわよ!貴女今、反撃しようとしてなかったわよね!どういうつもり!?」

「……この子が、言ったのよ…お姉ちゃん助けて、って…」

「それは……だとしても、無抵抗で良い訳ないでしょうが…」

 

わたしで身体を支える事が出来なくなった少女は脚の腱が切れている側に倒れ込む。その子に申し訳ないと思いつつもノワールに礼を告げると…見るからに怒った様子のノワールにわたしは叱責された。でも、そのノワールもわたしが少女の言葉を口にした瞬間表情に動揺が走る。…多分それは、ノワールにもユニちゃんという妹がいるから。……けど、ノワールの言っている事は間違ってない。

 

「…そうよね…ノワール、貴女の言う通りよ」

「……分かってくれたなら、いいわ」

 

顔を見上げて見ると、もう立っている残党はいなかった。広い草原に、もうすぐ夜の帳が下りる草原に、立っているのはその手を血で濡らしたわたし達だけ。

 

「…………」

 

誰も、何も言わなかった。勝利を喜ぶ声も、全員無事だった事に安堵する声も上がらない。……皆、そんな気分になれなかった。

 

「……無力化は済んだし、この人達を運ぼうか。軍だけじゃ全員運ぶのは大変だと思うし…」

「…そう、だな……」

 

心苦しい無言の中、ぽつりとイリゼが呟いた。その後それにブランが同意した。それを受けて、全員が近くの残党に…わたしは少女に手を伸ばす。────そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アクククククク…ご機嫌は如何かな、女神の諸君」

『……ッ!?』

 

インカムから聞こえてきた、不快さを感じさせる声。このインカムからは、仲間内でしか使われていない物からは聞こえる筈のない、あり得ない声。……それは間違いなく、四天王トリック・ザ・ハードの声。

 

「な…なんで、テメェが……!」

「むふぅ、驚く幼女の声というのも中々乙なものだなぁ…それだけでもわざわざこの通信機を使った意味があるというものだ…」

「驚き一つに気持ち悪い感想抱いてんじゃねぇよ!質問に答えやがれッ!」

「おっと、これは失礼。何故我輩が連絡をかけられているか…それは、プラネテューヌの教祖の通信機が我輩の元にあるからだ」

「え……そ、それって…」

「あぁ、つまり……」

 

不可解な状況。不可解な発言。トリックから返ってきた言葉に、イリゼが反応して…恐らくはその瞬間、インカムの向こうで奴はにやりと笑みを浮かべて……言った。

 

「……プラネテューヌの教祖、イストワールは預からせてもらった。アクククク、アクククククククク……」

 

……わたし達が愕然とする中、わたし達の下へ来ようとしていたネプギア達も愕然とする中…インカムからは、至極愉快そうなトリックの笑いが響き続けるのだった。




今回のパロディ解説

・「空中戦〜〜なんですッ!」
ガンダム Gのレコンギスタの登場キャラの一人、マスクことルイン・リーの台詞の一つのパロディ。空戦型は旋回性に欠けるので、実際上を取るのは有利です。

・「〜〜わたしの〜〜パート1〜〜」
仮面ライダー電王の登場キャラ(イマジン)、モモタロスの必殺技のパロディ。ラムの事なので、割と適当に強い魔法を必殺技パート1、と言っているのかもしれません。

・「……何やってるのよネプテューヌッ!」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの登場キャラ、オルガ・イツカの名台詞の一つのパロディ。ネプテューヌは太刀使いですからね、これ最終決戦ではありませんが。


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第九十八話 思う事、望む事

2018年9月17日に、前話(第九十七話)に追記修正を行いました(具体的にはイストワールとパーティーメンバーの会話のラスト部分)。展開上は全く変わりませんが、若干の変化はあるのでそれ以前に読んだ方は今一度読む事をお勧めします。二度手間にしてしまい、申し訳ありません。


一難去ってまた一難。リーンボックスへと侵攻してきた犯罪組織残党の一団を何とか押し留められたその時に、四天王トリックからの声明が……いーすんを預かったという事実が、わたし達へと突き付けられた。

 

「…ごめん、皆…私達がいたのに…プラネテューヌはお願い、って言われてたのに……」

「あいちゃん……」

 

作戦後の後始末をベールが全て引き受けてくれた事で、あの後すぐにプラネテューヌへと戻れたわたし達。慌てて戻ったわたし達を迎えてくれたのは、合わせる顔がない…って表情のあいちゃん達だった。

あいちゃんも、こんぱも、二人のファルコムも沈んだ様子に、わたし達もなんて声をかけたらいいか分からず閉口。…そんな状況を崩したのは、あの時真っ先に飛び立ったイリゼ。

 

「…皆を責めるつもりはないよ、四天王の強さは私達よく分かってるから。…でも、私達は落ち込んでる場合じゃない。だから教えて、プラネテューヌで何が起こったのかを」

 

落ち着いた、でもどこかいつもより柔らかさの欠けたイリゼの言葉。それに四人は少し驚いた顔をして…でもすぐイリゼの質問に、わたし達が気になっていた事に答えてくれる。

 

「…奴等は、正面から堂々と仕掛けてきたわ。…ううん、仕掛けたというより現れたと言うべきね」

「仕掛けたというより現れた?…攻撃はしてこなかったって事?」

「うん。トリックは数十人の残党を引き連れていたけど、トリックも残党も誰一人として攻撃はしてこなかった。…でも……」

「でも…?」

「……残党は武器を突き付けていたのさ。…自分達の首にね」

 

アイエフから言葉を引き継いだ二人のファルコム。まずちっちゃい方のファルコムが言って、更にその後大きい方のファルコムが言って……そこでわたし達は、途端に意味が分からなくなった。じ、自分達の首にって……

 

「…なんで、そんな事……」

「それは、わたし達も思ったです。わたし達も、軍の人達もそれが分からなくて…」

「こっちが困惑する中で、奴が言ったのよ。…彼等は人質だ。もし教祖を差し出せば全員解放しよう。だがもし差し出さないのであれば……彼等は全員、ここで死ぬ事になる…って」

『……っ…!』

 

……それを聞いた瞬間、わたし達の誰もが言葉を失った。

自陣の人間を操って、無理矢理戦わせるなんてどう考えても卑劣な行為。それをわたし達は許せないし、これ以上に卑劣な策なんて存在しないと思っていた。……でも、それは違った。トリックにとって…四天王にとっては、それすらもまだ加減していたのだと、わたし達は痛感する。

 

「…じゃあ、それでいーすんさんは人質の為に……」

「はいです。自分なら大丈夫だって、ここで人質を見捨てたら女神支持の世論に悪影響が出るって言って……」

「そっ、か……話してくれてありがとね、皆。そういう事なら、皆は何も悪くないよ」

「そうね。数十人規模の人質を取られていたら、私達だって迂闊に手は出せないもの」

「それに、奴の言葉へイストワール自身が乗ったのなら、それはイストワールの責任。…勿論悪いのはあの変態野郎だがな…」

 

どんな経緯でも皆を責めるつもりはなかったわたし達だけど、人質が理由だったならそもそも皆に非なんてない。ブランの言う通り、悪いのは人質を取ったトリックなんだから。

 

「…さ、何が起こったかは分かったし次は奪還の策を考えるわよ。ブラン、奴の言ってた城ってルウィーにあったわよね?」

「えぇ、ギャザリング城はルウィーにあるわ」

 

場の雰囲気を切り替えるように手を叩いたノワール。ノワールの言葉で、わたしはトリックからの通信を思い出す。

いーすんを返してほしいなら、わたしとブラン、ロムちゃんラムちゃんだけでギャザリング城へ来い。…トリックはそう言っていた。

 

「でも、なんでわたしたちだけ…?」

「わたしとロムちゃん、おねえちゃんだけならルウィーの女神ってことになるけど、ネプテューヌ…さんもだもんね」

「それは……まぁ、そういう事よ…」

「うん、そういう事だろうね…」

『……?』

 

わたしと同じように通信を思い出したらしい二人が、小首を傾げながら疑問を口に。その理由は…まぁ、わたしとブランは勿論、他の皆も薄々予想は付いてたけど…言えないよね…。二人の教育上的にも、わたしとブランの精神衛生上的にも……。

 

「…あの、ネプテューヌさん、ブランさん」

「……?どしたの、ユニちゃん」

「…トリックの要求に応じる気ですか?四人だけでなんて…いや、わざわざあんな通信をかけてきた時点で、これは……」

「罠だ、って事でしょ?わたし達もそれは分かってるよ」

「だからこその、作戦会議。応じるにしても、応じないにしても、無策で行ったところで助けられる保証はないもの」

 

最初あの通信を聞いた時、わたしはとにかく助けに行きたい気持ちになった。名指しされた事もあって、場所が分かればすぐにでも行きたいと思っていた。でも、皆を心配してプラネテューヌに戻るまでの時間で、わたしの頭も少し冷静になった。…わたしは一度、心配しなきゃいけない人達の事も忘れて怒りのままに突っ走った結果、何も出来ずに負けた事があるから、今回は冷静になる事が出来た。……そう、わたしは冷静になれた。

 

「…でも、作戦を立ててる間イストワールさんが無事だって保証もない」

「…イリゼちゃん…?」

「相手は味方を人質に取るような、私達が一人でも傷付く人を減らそうとしている事を逆手に取るような奴だよ?……悠長に考えてる場合じゃないと思うよ、私は」

 

急がば回れの精神でわたし達が頭を捻ろうとしていた中、どこか不満気な声音で異を唱えたのはまたもイリゼ。結構イリゼは反対されそうでも自分の意見をはっきり言うタイプだから、異を唱えた事自体はそんなに不自然でもないけど…その様子は、普段のイリゼらしくない。

 

「…えぇ、それも一理あるわね。けど、それならどうする気?人質を取られてる中全員で突っ込むの?」

「そう、そのつもり」

「は……?」

「向こうがこんな手に出てくるんなら、こっちだって逆手に取ってやろうって話だよ。全員で強襲して、同時にギャザリング城へ長距離砲撃と絨毯爆撃の飽和攻撃をかけて、一気にトリックを追い詰める。…イストワールさんは向こうにとって価値のある人質だろうから、城が壊滅する規模の攻撃を受けても守ろうとする筈でしょ?」

「……貴女、それは本気で言ってるの?」

「私が、思い付きで言ってるように見える?」

 

いつものように、ちょっと強い言い方で訊き返したノワール。イリゼの事だから流石にそうではないだろうと思っていたけど…イリゼは、目の据わった瞳でノワールの言葉に首肯した。それにノワールが驚く中、イリゼは淡々と作戦の……ううん、作戦なんてものじゃない。イリゼが言ったのは…作戦もへったくれもない、力任せの蹂躙行為だった。その言葉に、今度はブランが口を開く。

 

「…確かに、下手には出ずこちらから仕掛けるというのは、相手にペースを持たせない策として有りだと思うわ。…けれど、それは博打よ。しかも内容を加味すれば、貴女の言っている事は大博打もいいところ。それが分からない貴女じゃないでしょう?」

「分かっているよ?今が凡策じゃ突破出来ない状況だって事も、ね。…今までだって、博打はしてきた。危険でも、賭けだったとしても、それでも私達は可能性を諦めないで進んできたじゃん。……皆は、違うの?」

「……あ、あの…イリゼさん、わたし…」

 

イリゼの言葉は、訴えは、何も間違ってない。わたし達は、どんな困難でも希望を捨てずに戦ってきたんだから。諦められないって、皆が思っていたから。……でも、わたしは断言出来る。今のイリゼは、間違ってるって。

何か言いかけたネプギアを手で制するわたし。目を丸くするネプギアへ首を横に振って、わたしはイリゼの前に立つ。

 

「…その通りだよ、イリゼ。わたし達は辛くても危なくても、大切なものの為に、何かを守る為に戦ってきた」

「でしょ?だったら……」

「……でもそれは、わたし達がわたし達の意思で、わたし達の命を賭けて戦ってきたんだよ。自分以外の人の命を、その人の意思なしに賭けるのは勇気でもなんでもない。イリゼは自分が命を軽視してるって分かってるの?」

「…それは、危険な突入に皆を巻き込むなって事?そういう事なら勿論、責任持って一番危険な場所には私が……」

「そうじゃないよ…そうじゃないよイリゼッ!分からないの!?あの城には絶対まだ残党がいるんだよ!?その人達も操られてる可能性が高いんだよ!?その場所に私達が強襲して、砲撃と爆撃もする?…その人達の命を奪う事が勇気だと思ってるなら、いい加減ぶん殴るよッ!」

「……っ…!」

 

……キレてしまった。ほんとは諭すつもりだったのに、イリゼがあんまりにも自分やわたし達の事しか考えてなかったから…そんな考えに、一瞬ネプギアが感化されそうになっていたから……大事な友達のイリゼにはそんな考え方をしてほしくなかったから、わたしはつい声を荒げてしまった。

突然声を荒げたわたしに、皆が驚いていた。イリゼも驚いていて…そのすぐ後に、イリゼは愕然としていた。…そんなイリゼに、わたしはもう一歩近付く。

 

「…ごめんね、イリゼ。こんな事言っちゃって」

「…ぁ…う、その…私は…私はそんな、つもりで……」

「……大丈夫だよ、分かってるから。…いーすんは、イリゼにとって家族だもんね」

「……──っ!」

 

──分かっていた。イリゼの様子が変なのは、人質になったのがいーすんだからだって。もう一人のイリゼに生み出されたイリゼにとって、自分より先に生み出されたいーすんは姉みたいな存在なんだって。…あの時あれだけ過去がない事に絶望してたイリゼだもん、家族って呼べるいーすんを大事にするのは当然だよね。

 

「わたしにとってもいーすんは大事な相手だよ。けど、だからって他の人達の命を無視する事なんて出来ないし、いーすんもきっとそんな手段で助けられても喜ばないよ。……いーすんは、操られてる人達の為に人質になった。…だったら、助ける上で一番大切なのは…いーすんの思いを汲んであげる事じゃないかな」

「…………」

「…勿論、これが正しい考えだなんて言わないよ。これはわたしが一人で考えた事だから、もしイリゼが間違ってるって思うなら正直に言ってくれても……」

「……ううん、ネプテューヌの言う通りだよ。…私、多分気が動転してた…ごめんね、皆」

 

ゆっくりと首を振って、それからイリゼは腰の高さまで深く深く頭を下げた。そして、頭を上げた時……イリゼの顔には、いつもの柔らかさが戻っていた。

 

「謝る必要はないわ。貴女の言葉に面食らいこそしたけど、イリゼの気持ちは分かるもの」

「そうですよ、イリゼさん。わたし達も別に怒ってませんから」

「ネプテューヌさんはおこってたけどねー」

「ら、ラムちゃん…それは言わないでよ……」

 

わたしも皆もイリゼには驚いていたけど、イリゼの事を不愉快になんて思ってない。わたしは怒っちゃったけど、イリゼを嫌いになんてなってない。……だって、何を言ったってイリゼは仲間で、友達なんだから。

 

「…一言余計な妹に変わって謝罪するわ、ネプテューヌ」

「あはは…わたしこそ話に割り込んじゃってごめんね。…じゃ、改めて皆さん会議の続きをどうぞ!」

「どうぞって貴女…頭使う部分はぶん投げる気満々ね…」

「この面子なら皆に任せた方が良い作戦になるって判断だもーん。さぁ続きだよ続き!」

「…じゃあ、少しだけ私は席を外させてもらってもいいかな…?」

『え?』

 

ちょっと意外な形で逸れちゃったけど、何とか話は元の路線へ帰還。けれど「指導者は決断する事が役目なんだから、皆に任せるのも女神として立派な仕事なんだよー」…と、某弁天丸の船長ばりの決断力に酔いしれようとしたところで、イリゼはまたも予想外の言葉を口に。

 

「言うだけ言って退席するのは無責任だと思うけど…ちょっと、頭を冷やしたいの。今の私はまだ、馬鹿な事考えるかもしれないから…」

「…イリゼさん、それって……」

「心配しないで、ユニ。一人で行ってやろうとか企んでる訳じゃなくて、ほんとにただ頭冷やしたいだけだから」

「……そういう事なら、わたしはそれでいいと思うよ。皆もでしょ?」

 

イリゼは偶にとんでもない事をしでかす(それはわたしもだろって?あはは、照れるなぁ……え、褒めてない?…なんだ、残念……)子だけど、今のイリゼからそんな気配は感じない。だからわたしがこくんと頷いて皆に訊くと…やっぱり皆も頷いてくれた。ふふっ、イリゼも中々人徳があるよねぇ。

 

「…ありがと、皆」

 

そうしてイリゼが部屋を出ていって、その後すぐに会議は再開した。その途中でベールもプラネテューヌに到着して、会議に参加。皆で意見を出し合って、こっちの出方に対して向こうはどう動くかも考えて……その上で一つの形を作り上げた。

いーすんを大事だって思うのは、皆も同じ。だから…待っててね、いーすん。わたし達が、絶対にいーすんを助けるから。

 

 

 

 

ルウィーのとある湖、その中の島にあるギャザリング城。普段は城内どころか島内にすら人が訪れる事が少なく、だからこそ犯罪組織に活用されてしまっていたその城の周囲は今、かつてない程の緊張感が漂っていた。

 

「こちらユニ。現状城内に動きはありません」

「同じくこちらからも動きは見えませんわ。…と言っても、そもそも大部隊規模でなければ今いる高度で視認する事は難しいのですけどね」

 

インカムから聞こえてくる報告では、今のところ想定通り…というか何事もなく進んでいるらしい。それに一安心した私は、周囲に目を走らせつつも作戦の概要を思い出す。

誰がどのようにしてイストワールさんを助けに行くか。その問題に対しては、結果的にトリックの名指ししたメンバーのみで…つまりはネプテューヌ、ブラン、ロムちゃん、ラムちゃんの四人で行う事になった。これには相手の罠に正面からかかりにいくようなもの、って意見もあったようだけど、相手の言う通りにするからこそ油断を誘えるという事で決定に至った。

でも勿論、四人に任せて他の面子は自国待機……なんてなる訳がない。城の正面にはノワール、背面には私、上空にはベールとネプギア、遠く離れた崖には狙撃体制のユニ、そして施設制圧の時と同様城の周囲には国防軍が展開し、四人の突入中城内で何かあっても、或いは外部から増援が来ても万全の対処が出来る陣形を突入前に敷いていた。トリックと残党側に察知されないよう、かなりの距離を取っているから瞬時に対応するのは少し厳しいかもしれないけど…だからこそ私達は、周辺警戒を厳重にしている。

 

(…でもまさか、普通に私も作戦に参加させてもらえるなんて……)

 

冷静になれば自分自身でも怒ってしまいたくなる程、イストワールさんが人質になったと聞いた以降の私は軽率で利己的だった。だからこの作戦に私は参加させてもらえないかもと思ってたし、参加が許されても後方待機辺りが妥当だと予想してたのに……私の持ち場は皆と何ら変わらない。一応女神の人数的に私を抜くと他が手薄になってしまうから(上空は全面を見られるからこそ二人配置したいらしい)、って理由が大きいんだと思うけど……

 

「…ほんっとに、私は友達に恵まれてるよね…」

 

私がここにいて、作戦に参加出来ているのは皆が私を信じてくれたから。私が勝手な行動に出るかもしれないって不安よりも、私が冷静に行動する可能性に賭けてくれたから。

今の私がいるのは、皆のおかげ。信頼してくれる友達がいて、手を貸してくれる仲間がいて、頼ってくれる後輩がいて、私を信仰してくれる色んな人達がいて……そのおかげで、ずっとずっと一人で眠り続けていた私は、ここにいる。…なら、報いなきゃ。皆の為に出来る事をしなきゃ、そんなの私じゃない。

 

(……って、なんかこれだと最終決戦みたいだね。今回はもしかすると何もせず終わる事だってあり得るのに…)

 

ここまで意気込んでおきながらとんとん拍子で事が済んだら、幾ら何でも恥ずかし過ぎる。…いや、とんとん拍子で済む事自体は喜ばしいんだけど……。

 

「……報告よ、城門前に辿り着いたわ」

『……!』

 

……なんて思っていたところで突入メンバーの一人、ブランからの通信が入った。その瞬間、私達の中にあった緊張感が更に高まる。

 

「わー、おっきい…」

「これがマジック・ザ・ギャザリング城…」

「ほぇ…?そうだったの…?(きょとん)」

「あ…う、ううん違うよロムちゃん。今のはギャザリングって言葉から連想したパロディで、しかもマジック・ザっていう四天王の名前とも掛けた…って、なんでわたしはボケの説明しているの!?自分のボケの説明なんて物凄く恥ずかしいんだよ!?」

「…ロム、貴女は思わぬボケ殺し能力の持ち主だったのね…」

 

…のも束の間、緊張感はあっという間にどっかに飛んでいってしまった。……おふざけの申し子ネプテューヌと純真無垢(…だよね?)の塊ロムちゃんを合わせると、こんな化学反応が起こるんだ…。

 

「…こ、こほん。とにかくわたし達はこれから突入するよ!」

「えぇ。けれどその前に、城門前に伏兵はいないか確認しまして?」

「確認済みよ、不気味な位静かだって事実と一緒にね」

「なら、行動は慎重にね。場合によっては撤退を視野に入れておいてもいいと思うわ」

「ロムちゃんラムちゃんも何かあったらすぐに呼んでね、わたし達が行くから!」

 

例え緊張する場だったとしても、私達は変わらない。緊張する場なんて、もう何度も経験してきたから。だからいつも通りに声かけをして、それに応答して、私達は作戦に入る。

勝利条件は、イストワールさんを無事に取り戻す事。そしてその上で叶うのなら、トリックの撃破と操られている人達の無力化。……でも、そこまでは望まない。残党には逃げられたとしても、イストワールさんが無事なら…四人が無事に帰ってきてくれれば、それで私は満足──

 

「よーし!それじゃあイリゼ、わたし達がばばーんと助けてくるから待っててね!」

「外で起きる事は任せるわ。だから、助ける事は任せて頂戴」

「イリゼさん、だいじょうぶ…!」

「そうそう、しっかりたすけてきてあげるわ!」

「皆……」

 

……嬉しかった。こんなにも思ってもらえる事が、凄く凄く嬉しかった。…だから私も、思いを返す。

 

「うん…うんっ!任せたよ、皆!」

 

そうして、四人は城門から城の中へと入っていった。ここまで何もないのはある意味当然で、危険があるとすればそれはこれから。…でも、私は大丈夫だって、成功するって信じてる。だって……皆が、そう言ってくれたんだから。




今回のパロディ解説

・某弁天丸の船長
ミニスカ(モーレツ)宇宙海賊の主人公、加藤茉莉香の事。ネプテューヌの決断力は本物ですよね。その決断が適切かどうかはちょっと微妙なところですが。

・マジック・ザ・ギャザリング
TCGの一つの事。マジックとトリックの両方を連想する名前なんですよね。勿論マジック・ザ・ギャザリング側はそんなの知った事ではないのでしょうけど。


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第九十九話 何重もの策謀

古めかしく重厚そうな雰囲気を感じさせる、ギャザリング城の城門。周囲に展開している皆と軍に連絡を入れた後、わたし達は城内へ入ろうとしていた。

 

「いざ近くで見るとでっかいねー。THE・お城って感じ?」

「とびら、おもそう…」

「女神のすがたでおせばよゆーよよゆー」

 

城門の前で思い思いの感想を口にする三人。けれどその内容は、これから救出作戦を行う者のそれとはとても思えない。…インカムの向こうからは少なからず緊張を感じられたというのに…。

 

「…まぁ、緊張でガチガチよりはマシね…。三人共、入るわよ」

「はーい。それじゃあ皆、まずは力仕事……」

「その必要はないわ」

『え?』

 

内心呆れているとはいえ、三人の反応は予想の範疇だったわたしは軽く流して城門のある場所へ。大きな城門を力尽くで開こうとしていた三人を制し、そのままちょんちょんと一ヶ所を指差す。

 

「ほら、ここに小さな扉があるわ。わざわざ巨大な門を開けるより、ここを通る方が楽でしょ?」

「わ、ほんとだ。おねえちゃんあること知ってたの?」

「えぇ。…というか、こういう扉は大概の城門にあるわ」

『へぇー…』

「…ロムラムはともかく、ネプテューヌはこれ位知っていなさい……」

 

出入りの度に巨大な門を開閉していては、時間がかかるし無駄が多い。それを考慮して城門には平時用の扉が付いているのだけど…まさか全員に豆知識言ったみたいな反応されるとは……。

 

「…あ、そういえば…にんじゅつ学園…」

「あー!そうだねロムちゃん!あれもおんなじなのかも!」

「そうね、ほら入るわよ」

 

わたしが扉に手をかけると、二重の意味であっさりと扉は開く。…鍵がかかっていなければ、状態からしてちゃんと開くような補修もしてある……まるでここから入って来いと誘われているみたいね。

 

「…あっ、そうだブラン。扉に何か引っ掛けておいた方がいいんじゃない?」

「…どうして?」

「だってほら、入った瞬間扉が開かなくなる展開ってよくあるじゃん。なのにサブカル大好きなわたし達女神が何の対策もしないのは、マイナスポイントとして見られると思わない?」

「退路の確保ではなく評価が目的って…。…そうなったらぶち破ればいいだけよ。それが通用しないような扉なら、そこら辺の物を挟んでおいても無意味だろうし」

 

本当にどうしてここまで緊張感がないのか…と言いたい位、ネプテューヌは平常心を保っている。…相変わらず大したものね、ネプテューヌは。一周回って、だけど。

扉から中へと入ったわたし達は、横幅が一番広い正面の通路を選択。いつ襲われてもいいよう注意を払いながら、城の奥へと進んでいく。

 

「…しずかだね」

「うん、しずか…」

「ねぇおねえちゃん、ほんとにここで合ってるの?」

「ちがうおしろだったりしない…?」

「合っているから大丈夫よ。…けど、ここまで静かなのは怪しいわね…。外で何か起きてたりしないかしら…」

 

心というのは難儀なもので、何もないとそれはそれで不安になってくる。流石に場所を間違えたという事はないと思うけど、何か起きてる可能性を考えたわたしは一先ず通信を……行おうとして、気付いた。

 

「……ブラン?」

「…連絡が取れないわ。通信妨害をされてるみたい」

「え!?…うわほんとだ繋がらない!」

「これと同じ物が向こうに渡ってる訳だし、一応予想はしていたけど…こうなると、何かあっても即座に救援を呼ぶ事は出来ないわね…」

 

わたしはここにいる四人だけで、出来るならばわたしとネプテューヌだけで片付けるつもりだったからこれだけで慌てる事はないものの、やはり外部の事や緊急の情報を知る方法が奪われるのは辛い。情報が遮断されるという事はつまり、必然的に一つ一つの選択の難易度が上がる訳で……

 

「…ロム、ラム。貴女達は入り口で待っていてもいいのよ?」

『え?』

「向こうはわたし達四人を指定してきたけど、何も四人全員が行かなきゃいけない道理はないわ。現状通信で救援を呼ぶ事も出来ないし、もし無理してここに来ているのなら…」

『…むー……』

 

先の事を考慮してまず思ったのが、ロムとラムの事。トリックから名指しされた時も、それからわたし達で行く事が決定してからも二人はけろっとしていたけど、二人は言うまでもなく最年少(……相当)。成長したとはいえわたしやネプテューヌと同じだけのものを背負わせるなんて酷な筈だし、成長したからこそ二人は『期待に応えよう』としているかもしれない。……そんな思いでわたしは二人に声をかけたのだけど…それを聞いた二人は、何やらとても不満そうに。

 

「…おねえちゃん、すぐそう言う……」

「ねー、下がってなさいとかまってなさいとか。そんなにわたしたちがよわいと思ってるの?」

「え…い、いや別にそういう事じゃ…」

「ふーんだ、わたしたちはおねえちゃんにしんぱいされなくてもだいじょーぶだもん。行こ、ロムちゃん!」

「うん…!(だっしゅ)」

「ちょ、ちょっと二人共…!」

 

手を繋いで走り出すロムとラム。わたしとしては二人に無理をしてるなら…と声をかけただけのつもりだったのに、二人にはそれを過小評価しているのだと勘違いされてしまった。……むぅ…。

 

「あらら…もー、駄目だよブラン。そんな心配だよ感のある言葉かけちゃ」

「…五月蝿い、妹を気にかけるのは当然の事よ」

「それは否定しないけど……わたし達を助けてくれたのも、わたし達が汚染ワレチューの動きを見る間戦ってくれてたのも、その妹達なんだよ?勿論イリゼや皆がいてこそだとは思うけど…強さはちゃんと認めてあげようよ」

「……そんなの認めてるわ。でも、二人はまだ…」

「…まぁ、気持ちは分かるけどね。それにうちの場合はわたしよりしっかりしてる節があるし、UのドラマCDみたいに妹が違えば今の立場も逆になってたかもしれないんだけどさ」

「…貴女がロムラムの姉になったら、性格的にそれはそれで上手くいきそうね。あげるつもりは毛頭無いけど」

「わたしだってネプギアはあげないよ?それより早く二人を追おうよ」

 

…わたしだって、二人を信じようとは思ってる。信じるに値するだけの強さがある事も分かってる。けれど、それでもやっぱり、普段の二人は小さな子供そのものだから……ネプテューヌ達や、パーティーメンバー達と同列に扱う事がどうしても出来ない。それは二人に問題があるのか、わたしに問題があるのか…ただ一つ言えるのは、今はそれをゆっくり考えている場合じゃないという事。そうして思考に一区切りをつけたわたしは、ネプテューヌと共にどんどん先へと走っていく二人を追った。

 

 

 

 

一体どこまで二人は先行するつもりなのか。分断されるのも不味いし、女神化して追う必要もあるかもしれない。…そう考えながら、わたしは二人を追っていた。でも……何かしらが起こるよりも先に、わたし達が女神化するよりも先に、ぱっと二人が立ち止まった。

 

「……?なんで止まったんだろう…」

「さぁ?…でも、二人の先にあるのは扉のようね…」

 

止まった二人に疑問を持ちつつ、当然わたし達は二人に合流。二人が立ち止まったのは、見るからに豪華な扉の前。

 

「…迂闊に走るのは危険よ。で、どうして止まったの?」

「…あかないの」

「開かない?」

 

返答してくれたロムは困った顔。城門の件から他の扉も開くものだと思っていたわたしにはそれが少し意外で、ロムを疑う訳じゃないけど確かめたくてわたしも扉を押してみる。

 

「んっ……」

「あきそう…?」

「…開かないわね。…というより、そもそも扉じゃなくて壁の様な感じ…もしかしてこれ、魔力で全面コーティングをされてる…?」

 

扉が鍵や錆によって開かないのなら、何かに引っかかるような感覚がある筈。でも扉は開く機能自体が無いかのようにビクともしなくて……だからこそ、セメントで固めるが如く魔力でコーティングされているのではないかと思い至った。何故ならトリックには、かなり魔法の心得があるようだったから。

 

「魔力…あ、言われてみるとそんなかんじある!」

「うん、魔力かんじる…」

「わたしだけじゃなく、二人もそう思うならほぼ間違いないわね。となると、後はどう開けるかだけど…」

「んー…ブランってオルターエゴ的性格だし、解呪(アンロック)で開いたり出来ないの?」

「誰が多重人格よ…後この扉は呪縛(ロック)されてる訳じゃないし、オルターエゴ自体にその能力はないわ」

 

ネプテューヌのボケはさておき、わたしは触って情報収集。魔法が得意だとはとてもじゃないけど言えないわたしだけど、知識はミナや国内トップクラスの魔法使いにも負けない自信がある。そしてどんな魔法が使われているか分かれば二人に伝えて解除を図る事が出来るし、完璧に解析出来れば対魔術式魔法で打ち消してしまう事も可能。……けれど、軽く調べてみた結果分かったのは…これはすぐには解析出来ないだろうという事だった。

 

「面倒な事をしてくれたわね…別の扉を探す?それとも横の壁をぶち抜いて道作る?」

「わぉ、さっきまで知的に開かない理由推理してた人とは思えない発言…壁の向こうに人いたら危ないし、一回頑張って開けられないか試してみない?」

「力技で開けるのは大変だと思うけど…二人はどう?」

「えー?…ネプテューヌさんにさんせー」

「…わ、わたしもさんせー……」

「…………」

 

二人の意見を訊いてみようとすると、二人はわたしとネプテューヌの顔を見比べた後ネプテューヌへと賛成を。……これは…。

 

「……さっきの当てつけのつもり?」

「…そ、そんなことないよ…?(あせあせ)」

「うん、ないない…(当てつけのいみはわからないけど…さっきのって言われたし、見ぬかれてる気がする…!)」

「…まぁいいわ。別段一つしか手段を選べない訳でもなし、一度試してみましょ」

 

保護者や指導者は寛容な心が大切。そう自分に言い聞かせ、わたしは扉に手を当てる。これで開けば儲けもの、開かなくてもほんの少し疲れるだけ…そんなところだものね、実際。

 

「あいたら、何があるかな…?」

「……お化けが出てくる、とか…?」

「ふぇぇ!?お化け、出るの…!?(びくびく)」

「あ、ご、ごめんねロムちゃん!古いおしろだからなんとなーく思っただけなの!きっと出ないからだいじょうぶよ!」

「あはは…よーし、じゃあ試してみるよ!せーのっ!」

 

もし状況が状況じゃなければ頬が緩んでしまいそうなやり取りを経て、ロムとラムも手を添える。ネプテューヌは刑事ドラマの真似でもしたいのか一人突進の姿勢を取っていて(普通の扉と違って全く動かないんだから、下手すると肩怪我するわよ…?)、とにかくわたし達は全員で押す体勢に。

案の定開かないか、それともまさかの成功か。それは全員で押してみれば分かる話。そう考えながらわたしは、ネプテューヌの掛け声に合わせて力を……

 

 

 

 

 

 

──するっ、ガチャン。

 

『え、ちょっ……わぁぁああああああッ!?』

 

……入れた瞬間、扉は開いた。それまでの強固さが嘘だったように、何の抵抗もなく、あっさりと。そしてわたし達は、扉がそれまで通りだと思っていたものだから…思いっきり前へとつんのめる。

 

「うっ……!」

「あぅ…!」

「いたっ…!」

「ねぷぅぅぅぅ!」

 

ほぼその場から前へと転ぶわたし達姉妹と、勢いがあったばかりにヘッドスライディングをかますネプテューヌ。幸いにもカーペットのおかげで怪我はないけど……間抜け過ぎて非常に恥ずかしい。ま、まさかこんな面白動画みたいな展開になるなんて……。

……と、そう思った瞬間だった。

 

「え…み、皆さん……!?Σ(・□・;)」

『……!』

「その顔文字を使うという独特の言葉遣いは……いーすん!?」

「ど、どこで判断してるんですかどこで!( *`ω´)」

 

入った大部屋の奥から聞こえた、幼げな声。その声に反応してわたし達が顔を上げると、部屋の奥…恐らくは新品に取り替えたのであろう王座に、彼女は……イストワールはいた。

突然現れた…というか発見出来た救出対象に、湧き立ちそうになったわたし達。でも、何があったのか、何がどうしたのか……

 

『…………』

「…………」

『…………』

「…あ、えっと……」

 

 

『……何、その(格好・かっこう)…』

 

──イストワールは王座の上に置かれた、質の良さそうな椅子に座り、どこか手作り感を感じるティーカップを手に携えていた。

 

「…もしかして、ここ…いーすんの別荘だったり…?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか!これは……」

「……これは、我輩が用意したのだ。高潔な幼女に、もてなしの一つも出来ぬようでは紳士失格なのだからな」

「……ッ!トリック…!」

 

経緯的にあり得ない…でも言いたくなる気持ちも分からないでもないネプテューヌの発言。イストワールは即座にティーカップを置いて反論しようとするも…王座の更に奥から、黄色い影が彼女の言葉を引き継いだ。

舌をだらんと垂らした、醜悪なぬいぐるみの様な怪物。…その姿を、忘れる筈がない。

 

「アクククク…ようこそ我が居城へ、見目麗しい幼女女神の方々よ」

「あー、うん。…わたしって結構褒められる事に弱いんだけどさ、こいつの場合は全然嬉しくないね」

「欲望剥き出しの野郎に褒められても嬉しくないのは当然よ」

「今のは純粋な言葉だったのだが…ならばこそ、そんな幼女を笑顔にしたいと燃え上がる…もとい、萌え上がるというものだ…アクク、アクククククク…!」

 

ネプテューヌと二人、死んだ魚の様な目でトリックを見るも、あろう事か奴は興奮していた。

 

…………。

 

「…ねぇ、帰ろうよブラン。わたしこいつ無理。ある意味犯罪神より怖いよ」

「そうね、わたしもわざわざ燃えを萌えと言い換えるあいつは背筋に怖気が走るわ」

「じゃあやっぱ帰ろうよ!早急に迅速に全力で!」

「えぇ、三十六計逃げるに如かず…!」

「えぇぇっ!?お、おねえちゃん!?ネプテューヌさん!?」

「か、かえっちゃだめだよ…!?」

 

ねっとりとした視線と下心丸出しな言葉に生理的な恐怖を喚起されたわたし達は、反転からの全力ダッシュ。そう、これは逃げるんじゃない。精神衛生の為の、最善且つ直接的な防衛策……と思っていたけど、すぐにロムとラムに止められてしまった。

 

「離して二人共。というかあいつと対面するのは二人にとっても宜しくないわ…!」

「で、でも…助けなきゃ…」

「そうよ!助けないと!」

『あ……』

『……?』

「……い、今のは奴を油断させる策だったのよ」

「そ、そうそう!いーすんを助ける為に来たんだもんね!」

 

……再び反転し、トリックと正対。…何も言わないで、女神だって完璧じゃないのよ…。

 

「あぁ、仲睦まじい幼女もまた良い…」

「か、観察してないでよ変態!というかよくもいーすんを、それも卑劣な手で人質にしてくれたね!わたしこう見えてかなり怒ってるんだからね!」

「それは申し訳ない。…だが、我輩はこれでも配慮したのだぞ?現に軍人にも、我輩が連れてきた者達も、民間人も、誰一人として死傷者は出ていないのだ。…平和的解決が出来たと思っていたのだがな…」

「…詭弁ね。脅迫で戦闘をせずに目的を達成した、その結果として死傷者は出なかった…こんなものを平和的解決とは言わないわ」

「まあ、そうとも言えよう。…しかし、その文句を言う為に来た訳ではないのだろう?」

 

自身の行為を都合良く言い換えるトリックに対し、ネプテューヌは怒りを露わに、わたしは冷ややかにした瞳で睨め付ける。…が、トリックは動じる様子もなく、ただにやりと笑みを浮かべるだけ。

 

「そーよ、来たんだからイストワール…さんをかえしなさいよ!」

「幼女の頼みならば勿論!…と言いたいところだが、流石にそれは出来ん相談だ。…しかし、我輩は嬉しい。幼女が約束を守り、余分な奴等を連れてくる事なく来てくれた事が非常に嬉しい。……あ、だがボールらしき物に乗っている幼女ならば連れて来てもよかったのだぞ?」

「ボール…ブロッコリーさんの、こと…?」

「ほほぅ、彼女はブロッコリーというのか…可愛らしい名だ…」

「…御託はいいわ、早くイストワールを返しなさい。さもなくば……」

「まぁ待てルウィーの守護女神よ。それよりもまず、もう一人の賓客を紹介させてもらおうか」

「…賓客?」

 

そう言って指を鳴らすトリック。わたし達が不可解に思う中、トリックと同じように奥から二人の犯罪組織残党と、その二人に連れてこられた一人の少女が姿を現す。

二人の残党には、何ら特別さも見覚えもない。もしかしたら見かけた事位はあるかもしれないけど、少なくとも知人ではない。……けど、もう一人は…後ろ手に縛られ、口にも猿轡を噛まされた少女は違った。だって、その人は…彼女は……

 

「え……ネプ、ギア…!?」

 

──外で、空中で待機をしていた筈の、ネプギアだったのだから。

 

「……!ふぅぅっ!」

「ね、ネプギアちゃん…!?」

「うそ、なんで……」

「策とは何重にも用意しておくものだ。通信手段の絶たれた状態では知らないのも無理はないが、外では……」

「説明なんてどうでもいいわッ!ネプギアを離しなさい、この外道がッ!」

『……ッ!?』

 

わたし達が狼狽する中、トリックが笑みを深める中……ネプテューヌが、彼女の姉が…吠えた。瞳に怒りの炎を揺らめかせ、言葉に殺意を籠らせ、女神化と同時に大太刀の斬っ先をトリックへと向けながら、ネプテューヌは怒号を上げていた。その様に、斬っ先を向けられていない残党二人は後ずさる。

 

「…ふん、先程までの姿はともかく、今の貴様の言葉なぞ誰が聞くものか」

「そう。だったらいいわ、力尽くでネプギアといーすんを取り返すだけだもの」

「全く、堪え性のないものだな…話は最後まで聞け、プラネテューヌの守護女神よ。元々こやつは貴様等が余分な奴等を連れてきた場合に人質としようとしたもの。故に…端から話を終えた時点で解放するつもりだったのだ」

「…その言葉を信じろと?」

「女神化を解け、さすれば即座に解放する。…我輩から言えるのは、それだけだ」

「…………」

 

それまでとは態度が大きく変化したトリックと、今にも斬りかからんとするネプテューヌ。そして彼女は……女神化を解除する。

 

「……ほら、早くネプギアを返してよ」

「うむ、やはり熟した幼女とでも言うべきその姿は美しい…。…人質を解放してやれ」

「は、はい…」

「……っ…!」

 

女神化を解いたネプテューヌに、トリックは舐め回すような視線を送った。そうして暫し見つめた後、奴は二人に解放を指示。それに部下の二人が頷き、ネプギアは拘束から解放される。

 

「……っ!ネプギア!」

 

拘束から解放された瞬間、妹の名前を呼ぶネプテューヌ。同時に彼女を迎え入れるように両手を広げ、ネプギアもそのネプテューヌの下へと駆け寄り……わたし諸共、飛び込むように抱き付いてきた。

 

「もう大丈夫だよネプギア!わたしが…ううん、わたし達がいるからね!」

「そうよ、もう心配する事はないわ」

 

飛び込んできたネプギアを、わたし達は優しく受け止める。その横では、ロムとラムが安心したような顔でネプギアを見つめている。

どうしてネプテューヌだけじゃなく、わたしにまで抱き付いてきたのかは分からない。でもきっと、それはそれだけ不安だった事の裏返し。捕まっていた時はわたし達だって皆を信じつつも不安になっていたんだから、女神候補生のネプギアが不安になっても何もおかしくない。…見た目や表面的な精神年齢こそ違えど、ネプギアだってロムラムと同じだけしかまだ生きてないんだから。

まだ事態が解決した訳じゃない。イストワールは未だ人質のままで、ネプギアまで捕まっていたという事はつまり、外でも非常事態が起きているという事。……でも、まだ勝ち目がなくなった訳でも、イストワールを助けられないと決まった訳でもない。…だったら、やる事は変わらず一つ。そう思って、そう考えて、わたしはネプテューヌと共に立ち上が────

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………え?』

 

……その瞬間、かちゃりという音と共に、わたしの首へと何かが嵌められた。…それは、首輪の様な物。それを付けたのは……歪んだ笑みを浮かべる、ネプギアの手。

 

「……へっ、引っかかったな女神共…」

「あ…貴女、何を言って……」

「……っ!待ってブラン!こいつネプギアじゃないッ!」

 

わたしが混乱する中、驚愕に目を見開いたネプテューヌがネプギアを突き飛ばす。そのネプテューヌの首にも首輪らしき物が嵌められていて……次の瞬間、床板を跳ね上げて現れた何人もの残党にわたし達は襲われた。

 

「わ、わっ……!?」

「ちっ、テメェ等…!」

 

その残党達は操られているらしく、常人とは思えない力でわたし達を押さえつけてくる。…とはいえ所詮普通の人間。女神化すれば弾き飛ばせる程度の数だし、実際そう思ったわたしは女神化をしようとする。…けれど……

 

「……な…ッ!?」

「え…何、で……?」

「おねえ、ちゃん…?」

「な、なんで女神化しないの…?」

 

……そう思った数秒後、わたしもネプテューヌも誰一人弾き飛はず事は出来ず、残党に押さえつけられたままだった。

そんなわたし達の姿を見て、ラムが言った。どうして女神化しないのかと。…でも、それは違う。わたし達は女神化しなかったんじゃない。しなかったんじゃなくて……女神化する事が、()()()()()()

 

「これは…成功したみてェですね、トリック様!」

「そのようだな。…よくやってくれたぞ、リンダよ」

「……ッ!おいトリック!テメェ、何しやがった!」

 

ネプギアは…いや、ネプギアの偽者は、トリックの隣に立っていた。既に女神化出来ない事がトリックの、或いは別の犯罪組織構成員によって仕組まれたものだと考えていたわたしがトリックに向かって言葉を飛ばすと……トリックは、気味の悪い笑みを浮かべる。

 

「…ふふ、慌てるでないホワイトハート。我輩はただある道具を作り、プレゼントをしただけだ」

「プレゼント…?じゃあ、まさか……!」

 

血の気の引いたような声を上げるネプテューヌ。血の気が引いているのは状況とこれからトリックが言うであろう言葉に心を乱されたから?…違う。それだけじゃない。

押さえつけられた時点では気付かなかったものの、抵抗している内にわたしは…恐らくはネプテューヌも、違和感を覚えた。力が抜けるような、シェアエナジーを吸われているような、恐ろしい感覚。……そしてその感覚は、前にも一度…いや、気が遠くなる程の間、感じていた事がある。そしてそれをわたし達が信じたくないと思う中……奴は言った。

 

 

 

 

「ご明察。これは、アヴニールの協力者によってもたらされた女神化封印システム…そして、先日まで守護女神を捕らえていたアンチシェアクリスタルの破片を利用した、女神からその力を奪う首輪。…おめでとう、ホワイトハート、パープルハート。これがある限り、君達は……ただの、幼女だ」




今回のパロディ解説

・にんじゅつ学園
忍たま乱太郎及び原作である落第忍者乱太郎に登場する学園の事。作中での城門もあんな感じに扉が付いてるんです…という説明も兼ねたパロディだったりします。

・UのドラマCD
原作シリーズの一つ、超次元アクション ネプテューヌUの特典であるドラマCDの事。ドラマCDでもこの組み合わせなんですよね、正確にはラムはノワールとですが。

・オルターエゴ
カードファイト‼︎ヴァンガードのユニットの一つ(二種類)、オルターエゴ・(ネオ・)メサイアの事。ブランはヴァンガードならメサイアデッキを使いそうな気がします。

解呪(アンロック)呪縛(ロック)
上記同様ヴァンガードに登場する能力の一つの事。オルターエゴは両方解呪(アンロック)をトリガーとするドロー能力はあっても、それ自体は出来ないんですよね。

・ロムがお化けを怖がる展開
パロディ…と言えるかどうかは微妙ですが、『超次元ゲイム ネプテューヌG 蒼と紅の魔法姉妹 -Grimoire Sisters(作橘雪華さん)』のパロディ。ちゃんと許可は取ってます。


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第百話 信じてくれるから

「…ロムちゃん、ラムちゃん…大丈夫かな……」

 

元々の高度と雪国ならではの寒さで冷たい風の吹く、ギャザリング城の上空。そこでベールさんと共に待機をしているわたしは、心の中で不安を募らせていた。

 

「何かされてないかな…怪我してないかな……」

 

最初から不安だった訳じゃない。でも、お姉ちゃん達が城内に入って以降通信が出来なくなって、お姉ちゃん達の安否が分からなくなってから、段々不安になっていった。こんな時、いつもならすぐに突入するけどいーすんさんが人質になっているから動く訳にもいかなくて、しかも通信阻害をされている状態なのにお城は相変わらず静かなままだから、その静けさがわたしには逆に不気味に感じられて……気付けばわたしは、数分毎にそんな事を呟いていた。

 

「……ふふっ」

「……?…ベールさん…?」

 

気になるのに分からない、行きたいのに動けない…そんなもやもやした気持ちをわたしが抱いている中、隣から聞こえたのは落ち着いた笑い声。こんな上空にいる人なんて、わたしを除けばただ一人しかいない。

 

「いえいえ、気にしないで下さいな」

「そうですか……って、そう言われても気になりますよ…」

「別になんて事はないのですわよ?ただ、前はネプテューヌの後をついていくばかりだったネプギアちゃんが、今やネプテューヌの名前よりロムちゃんラムちゃんの名前を多く口にするんですのね…と思っただけですもの」

「え、あ…わたし、そうでした…?」

 

ベールさんの指摘に目を瞬かせるわたし。そんな事…と一瞬思ったけど、思い返してみると……確かにわたし、お姉ちゃんやブランさんよりロムちゃんとラムちゃんの名前の方が口にしてたかも…。

 

「ネプテューヌが聞いていたら、さぞ悔しがると思いますわ」

「かもですね…で、でも別にお姉ちゃんとブランさんの事は心配してないって訳じゃないですよ?二人はわたしからしてもちょっと年下の子って感じがありますし、相手が相手ですし、そもそも自分より強い人を心配するっていうのも変というか……」

「分かっていますわ。ごめんなさいネプギアちゃん、少し意地悪な事を言ってしまいましたわね」

「い、いえ。訊こうとしたのはわたしですし…」

 

ショックを受けるお姉ちゃんの姿を想像したわたしが軽く慌てていると、ベールさんはわたしの思いをすぐに理解してくれた。それからちょっとした事なのに謝ってくれて、その後すぐにお城へと目を戻して……ベールさんは、最初からずっと落ち着き払っていた。

 

「…ベールさんは、確信を持てる位にお姉ちゃん達を信じているんですね」

「え?」

「へ?」

「……えっと、ネプギアちゃん…それはどういう…?」

「あ……え、えと…わたしはベールさんがお姉ちゃんとブランさんが絶対大丈夫だって思ってるから、慌てる事なく落ち着いていられてるんだと思ったんですけど…」

「あぁ…そういう事ですのね」

 

会話する上で、伝えたい事を常に一から十まで口にする人はあんまりいない。だって毎回そうしていたら時間がかかるし、文脈や相手との共通認識なんかで全部言わなくても伝わるのが人と人との会話だから。…でも、言わなきゃ駄目な部分と言わなくても大丈夫な部分の見極めは重要で……それを失敗すると、今のわたしとベールさんみたいになります…。

分かり辛くてごめんなさい、と頭を下げるわたし。するとベールさんは軽く肩を竦めて…少し、遠い目になった。

 

「…別に、信じてるからというだけではありませんわ。こうして待つのは初めてではないというのもありますし、ネプギアちゃんの心配を加速させない為に余裕のある態度を取っている…という面もありますもの」

「そ、そうなんですか…気遣いさせちゃってすいません…」

「年上として当然の事をしているだけですわ。…それに……」

「それに…?」

「…もし、助けが必要だと分かった時、助けを求められた時、慌てていて対応が遅れてしまえば確実に後悔しますわ。だからこそ、わたくしは落ち着いていようと思っていますの。迅速に動けるように、一秒でも早く力になれるように」

 

もしもの時がないと思っているから落ち着いているんじゃなく、もしもの時があっても大丈夫なように落ち着いている。……それは、わたしにはない考えだった。信じるかどうかの単純な考えじゃなくて、その先にある事まで見据えた上での考えと行動。それを迷いなく、しかもわたしへの気遣いまでしながら出来るベールさんは…やっぱり凄い。

 

「…格好良いです、ベールさん」

「うふふ、ネプギアちゃんにそう思ってもらえるのは嬉しいですわ」

「……あの、それに妙な意図は…」

「さぁ?…それよりも、気を引き締めていきますわよ」

「あ…は、はい!」

 

大人っぽい笑みを数秒間浮かべていた後、ベールさんは真剣な顔になった。それに触発される形でわたしも気持ちを切り替えて、視線をお城へと戻す。…なんか誤魔化された気もするけど…今大切なのは『万が一の瞬間』を見逃さない事。わたしは、わたし達はそういうもしもに備えて待機してるんだから、ベールさんの言う通り気を引き締めなくちゃ…!

 

 

 

 

迂闊だった。外で起きている事が分からない以上、安易に目の前の状況を信じるべきじゃなかった。

軽率だった。トリックが策謀を弄する奴だと分かってたのだから、何かあると思うべきだった。

少し考えれば、分かる筈だった。このロリコンなら、無駄な戦いを避けて目的を達成しようとするこいつなら……わたし達を傷付けずに無力化してくるだろう、って。

 

「そんな……」

「クソが……ッ!」

 

何人もの操られた残党に組み伏せられ、わたしもネプテューヌも苦渋の声を漏らす。女神化が出来ない。力も普段より入らない。……わたし達は今、完全に無力化されている。

 

「守護女神二人を戦わずして捕まえるなんて、やっぱりトリック様は凄ェっすね!」

「敵を知り己を知れば百戦殆うからずという事だ、リンダよ。長所を活かし、敵の短所を突く…単純だが、これ程万能且つ強力な策はそうそう無い」

「敵を知り何たらってのはよく分からねェですけど…そうですよね!アタイもアイツの変装をした甲斐があるってものです!……ふぅ…」

 

策の成功に満足そうな表情を浮かべるトリックの隣で、ネプギアの偽者が興奮した様子を見せる。言動は本物と正反対の、けれど外見は本物としか思えない程に再現している、ネプギアの偽者。そして彼女は……正体を表す。

 

「あー!あんたは…!」

「はっ、今さら気付いても遅いんだよ女神候補生!残念だがアタイはネプギアなんかじゃなく……」

「したっぱ…!」

『……下っ端?』

「違ェよ!誰が下っ端だ誰が!テメェ、大人しそうな顔して言ってくれたなッ!」

「ふぇっ!?…ち、ちがった…の…?」

「違うわ!ってか、マジで勘違いしてたのかよ!?」

 

ロムとラムは偽者の正体とは初対面ではないらしく、彼女の通称を口にする。…下っ端って…酷いあだ名ね、下っ端的な小物臭は物凄くするけど。

 

「くそっ、ふざけんなよ餓鬼の癖に…!」

「…おいリンダ、我輩の前で幼女を愚弄するつもりか?」

「へっ!?あ、い、いやそんなつもりはないっすよ!えぇ全くないです、はい!」

「ならば良い。…さて…ではそろそろ話を進めようではないか、麗しき幼女達よ」

 

一度は下っ端らしい奴によって緩んでいた雰囲気が、その言葉によって一気に消え去っていく。…ちっ…奴にペースなんかくれてやるかよ…!

 

「ロム、ラム!お前達は逃げろ!」

『え……?』

「そうだよ二人共!一度逃げて!」

「い、いやよそんなの!こんな時ににげるなんて……」

「こんな時だからこそだ!奴がわたし達も人質にしようとしてるの位、二人だって分かるだろ!」

 

組み伏せられたまま、わたし達は叫ぶ。わたし達が戦闘不能になっただけならともかく、残党に捕らわれている以上ロムラムだけでの状況打破は難し過ぎる。こんな事を二人に強いる位なら、わたし達がこのまま手中に収められる事になったとしても、二人が外の皆に状況を伝えて作戦を練り直した方が、よっぽど勝てる可能性が高い。…その思いで叫んだわたしだったけど……二人は、首を縦には振ってくれない。

 

「…で、でも…それじゃ、またおねえちゃんが……」

「わたしなら大丈夫だ!だから早くしろ!」

「だ、だったらわたしたちが助けてあげる!こんなやつら、わたしたちの魔法で……」

「……っ!だ、だめだよラムちゃん…!そんなことしたら、あの人たちが…!」

 

ラムが杖をわたし達の方へ向けるも、それをロムが制止する。ロムの瞳に映るのは…操られている残党の姿。

わたしもネプテューヌも、床へと押さえ付けられている。それは一見過剰に思える程の人数によるもので、初めわたしはそれを確実に無力化する為だと思ったけど…この瞬間に気付いた。これは残党を手加減した攻撃では弾き飛ばせない盾にする為だと。殺傷の危険性が高い規模の攻撃でなければ、わたし達を助けるのは困難な状態を作る為だと。

 

「……っ…トリック…人質の次は盾だってのか!?テメェは人の命を何だと思ってんだよッ!」

「我輩にとっては幼女こそが至高であり、それ以外は些末事に過ぎん。それに…我輩は信じていたのだ。彼女達なら、彼等を殺しかねないような手段は取らんと、な」

「いちいち自分の行動を都合良く言い換えるんじゃねぇ!ロム!ラム!二人はいいから行けッ!逃げるってのが嫌なら転進だ!戦術的撤退だ!状況を考えて離脱する事は恥じゃねぇし、わたしもネプテューヌも見捨てられたなんて思わねぇよッ!だから……っ!」

「…素晴らしい、素晴らしい愛情だホワイトハートよ!我輩は今、猛烈に感動している!」

「いや、ちょっ…トリック様……?」

「……だが、だからこそ…逃がす訳にはいかんな」

 

一頻り興奮したように話した後、トリックは口元から笑みを消す。そしてその代わりとばかりにギョウカイ墓場で見せたあの目付きに…戦士としての顔付きになり、臨戦体勢に入ってしまった。……そうなればもう、こんな場所で逃げるのは容易じゃない。

 

「ふん!あんたがどんなつもりだろーが、わたしたちはにげる気なんてないんだからね!」

「たおしちゃえば、それでかいけつ…!」

「良い威勢だ。…だが、戦う前にまず状況を読まねば、満足に戦う事も出来ぬのだぞ?」

『……っ!』

 

トリックに反応してロムとラムも女神化し、いよいよ一触即発の雰囲気に。……けど、ここでもトリックの策が…卑劣で、それ故にわたし達には有効な謀略が、わたし達の下に迫っていた。

にゅるり、と首元に感じた不快感。…それは、魔法陣から伸びる触手だった。複数本の触手がわたしとネプテューヌの首に巻き付き、蛇のように蠢いていた。…それが意味する事なんて、一つしかない。

 

「…もし戦うつもりであれば、我輩も然るべき手を取らねばならん。さぁ、どうするルウィーの女神候補生よ」

「……っ…ひ、ひきょーよ!こんな、こんなひどいこと…っ!」

「お、おねえちゃん…ネプテューヌさん……」

「我輩とて、出来るならばこんな事はしたくない。これが考え得る限りで最低の策である事は、我輩も自覚しておる…」

「だ、だったら…!」

「あぁ。だからこそ、取り引きをしようではないか」

 

一度はわたし達を助けようと士気が上がっていたロムラムだけど、わたし達の首に触手が巻き付いた瞬間瞳に怯えの感情が映る。それを見たトリックは再びにやりと笑みを浮かべ……二人に取り引きを持ちかけた。

 

 

 

 

「とり、ひき…?」

「君達は二人を守りたい。我輩は幼女を誰も傷付けたくない。ならば、戦うよりも取り引きを行う方がお互いの為になるだろう?」

 

 

おねえちゃんと、ネプテューヌさんがつかまった。ネプギアちゃんだと思ったらネプギアちゃんじゃなくて、おねえちゃんたちはよくわかんない道具で力が出なくなっちゃって、ざんとうの人はいっぱいだからたすけようとしたらけがさせちゃうかもしれなくて、たたかおうと思ったらおねえちゃんたちのくびがしめられそうになって…今は、とりひきをしようって言われてる。

 

「聞くなロムラム!それも奴の策略だ!」

「わたし達の事は気にしないで!っていうか幼女を誰も傷付けたくないならこれ離してよ!言ってる事とやってる事が違うじゃん!」

「確かにそれはその通りだ。しかし、それを決めるのはこの二人。悪いが君達ではない」

 

二人はトリックの言うことをきいちゃだめって言ってる。でも、たたかおうとしたらおねえちゃんたちはくびをしめられちゃう。にげたら前のわたしとラムちゃんみたいにぺろぺろされて、またギョウカイはかばにつれていかれちゃうかもしれない。…そんなのは、やだ。ぺろぺろはすごく気持ちわるかったし、またおねえちゃんとはなればなれなんてぜったいやだ。……その気持ちは、ラムちゃんも同じ。

 

「……とりひきって、何よ」

「む?…おっと申し訳ない。取り引きというのは、お互い何かをするから代わりに……」

「いみをきいてるんじゃないわよ!わたしたちは何をすればいいのかきいてるの!」

「……ッ、ロムっ!ラムっ!」

「…おねえちゃんも、ネプテューヌさんも、ちょっとだけだまってて。…ちゃんと、考えてるから」

 

…だからラムちゃんは、トリックにきいた。きいたあとに、わたしの方へ「これでいいよね?」…ってふりかえってきたから、わたしはだいじょうぶだよってうなずく。

おねえちゃんとネプテューヌさんが、わたしたちをしんぱいしてくれてるのはわかってる。でも……わたしたちだってしんぱいだもん。わたしたちだって女神さまだもん。

 

「そちらだったか…アクク、二人共良い子だ。君達は会う度に成長しておる…」

「…はやく、言って」

「勿論。我輩の望む事、それは……」

『それは…?』

「……我輩に君達を、守らせてほしい」

 

わたしとラムちゃんがじっと見ると、トリックはへんなえがおでわたしたちを見てきた。このえがおはこわいし、元々トリックのかおはかいぶつみたいできらいだったけど…今はにげずに、ちゃんと見なきゃって思って見ていたら、トリックはまじめなかおになって……わたしたちに、おねえちゃんたちに付けたのと同じものを出してきた。

 

「トリック…テメェ、何を……」

「言葉通りの意味だ。守るという言葉は、然程広い解釈がある訳でもなかろう」

「ま、守るって…なんでそんなこと……」

「そ、そんなに…わたしたちが、すきなの…?」

「好き、か…。それはその通りだ。だが、それだけではない。これは我輩の、信念なのだ」

 

てきが、おねえちゃんたちを苦しめるやつが、わたしたちを守りたいなんていみがわからない。…でも、なんだかトリックは…今まででいちばん、本気のかおをしてた。

 

「…ホワイトハートよ、おかしいとは思わないのか?この様に年端も行かぬ幼女が、まだ重責を背負える筈もない子供が、女神として崇められ、人の…国の守護をしている事を。女神だからと、戦いを運命付けられている事を」

「……なんの話だよ…」

「我輩はそれが正しいとは思わん。光り輝く未来が待っている筈の幼女が、その為に優しい世界にいるべき幼女が、その手を血で汚し、国の運営に忙殺される事が正しいなど、あってなるものか。…幼女は守られるべきだ、誰かに幸せな場所を与えられるべきだ」

「…ふん、ロムとラムの現状が不満だってのかよ。だったらテメェに言われずとも、わたしが……」

「それは彼女達だけではない!…我輩が守りたいのは、君達もだ。ホワイトハート、パープルハート」

 

トリックはおねえちゃんたちの方を向く。向いて、むずかしいおはなしをする。わたしにはそれがよくわからないおはなしで、そうだねってことばも、ちがうってことばも言えなかったけど…守られるべき、って言われたときはむねがちくってした。

 

「わたし達もって…そんなの余計なお世話だよ!それがそっちの信念なら、わたし達にも守護女神としての信念があるんだよ!第一、わたしとブランが中身まで子供だと思ってるの!?」

「いいや、確かに君達の精神は幼女のそれではない。だがしかし、そもそも女神には明確な年齢がないのだろう?…ならば、何をもって大人と言えるのだ。一体何をもって、幼女ではないと断定するのだ」

「それは…その理屈なら、わたし達を幼女だって断定する事も出来ないじゃん!」

「左様。故に判断するのは個々人であり、我輩は君達を幼女だと認識した。…余計なお世話だと思うのなら、それでもよい。守れるのなら、どう思われようと構わん」

 

三人のはなしは、つづいている。このすきにこうげきすれば…って思ったけど、よく見たらトリックのしたの先っぽはわたしたちの方を向いてる。…今こうげきしても、気付かれちゃう…。

 

「…そんな戯言、誰が信じるかよ。こちとらテメェに殺されかけてんだぞ?」

「……あの時は、すまなかった。好きでやった訳ではないが…そんなもの、言い訳にすらならん事は分かっている。……だからこそ、我輩は…今度こそ守りたいのだ。…もし守らせてくれるのなら、約束しよう。例えどんな困難があろうと、犯罪神を敵に回そうと…我輩は君達を守り抜くと」

 

そう言って、トリックはまたわたしたちを見た。わたしたちを見て、手の上のくびわをわたしてくる。

 

「…これは、付けなきゃだめ…?」

「女神の力がある限り、君達は女神という重荷から逃れられない。…我輩がきちんと守る。だから、普通の幼女になってほしいのだ」

「…………」

(…また、守る……)

 

…また、むねがちくんってした。りゆうは、わかってる。わたしは…ううん。わたしも、ラムちゃんも、守られるのはいやだから。

 

(…でも、おねえちゃんはすっごくすっごくしんぱいしてる。ネプテューヌさんも、しんぱいしてくれてる。守られてばっかりはいやだけど…ふあんにさせたり、かなしい気持ちにさせたりするのは、もっといや…)

 

もしもわたしたちが、おねえちゃんたちがつかまった時すぐにうごいてたら、ちゃんとおねえちゃんのことばをきいてにげてたら、こうはならなかった。…わたしたちのせい。わたしたちがおばかで、まだよわいから、こうなっちゃった。それなのに、守られるのはいやなんて……もう、言えない。

 

「…ロムちゃん…わたし、わたし……」

「…うん。わたしも、同じ気持ち…」

「……ふぇ…ロムちゃん…ロムちゃん…っ」

「……うん…」

「……ロム、ラム…」

 

ラムちゃんは、なきそうなかお。でもがまんしてる。がんばって、がまんしてる。だからわたしは、ラムちゃんの手をきゅってした。…こうすると、あんしんするから。

それからラムちゃんがおちつくまで、わたしはそうしてた。おねえちゃんたちも、トリックも、何も言わなかった。その内にラムちゃんはおちついて…わたしたちは、いっしょにしんこきゅう。

 

「……トリック。あんた、やくそくはちゃんと守るのよね?」

「当然だ。この約束だけは、絶対に違わないと誓おう」

「…だったら、それなら……」

「…言える?ラムちゃん。もしいやなら、わたしが……」

「…待ってよ…駄目だよ、二人共……」

 

かくごをきめて、わたしたちはトリックを見ようとした。…でもその前に、ネプテューヌさんが待ってって言った。わたしたちがふりむいたら…ネプテューヌさんも、すごくつらそうなかおをしていた。

 

「そんなの駄目…そんな事、わたし達は望まないよ…」

「ネプテューヌさん…でも、そうしなきゃおねえちゃんもネプテューヌさんも…」

「大丈夫だよ、わたし達は。ちょっと位首締められたって、ちょっと位苦しくたって、わたし達は平気だよ?だって、天界から落ちて地面に刺さっても生きてたわたしと、そのわたしでもタフさに関しては勝てないと思うブランなんだよ?二人が戦ってる間、耐えてみせるって」

『…………』

「…ねぇ、ブランも何か言ってあげて」

「……そうね…」

 

ネプテューヌさんは、だいじょうぶって言ってくれた。…でも、ほんとにだいじょうぶなわけじゃないこと位、わたしたちだってわかる。けれど、そう言われるとトリックの言いなりはいやって気持ちも少しもどってきちゃって…その内に、ネプテューヌさんはおねえちゃんの名前をよんだ。それでわたしたちがおねえちゃんの方を見たら……おねえちゃんは、しずかに言った。

 

「…ごめんなさい、二人共」

『え……?』

 

……わたしたちに向けて、ごめんなさいって。…それから、おねえちゃんはつづける。

 

「わたしは、今まで二人が成長してる事を頭では分かってた。でも、変わらない部分も、わたしの知ってるロムとラムの部分もあって、だからネプギアに対するネプテューヌやユニに対するノワールのようにはなれなかった。…さっき貴女達を怒らせてしまったのも、わたしのせいよ。…駄目なお姉ちゃんで、ごめんね」

「え…ぶ、ブラン……?」

「…でも、わたしは考えたわ。トリックの言葉も、これまでの貴女達の言動も、今の貴女達の判断も、全部。考えて、自分の中で纏めて……答えを出した。だから、わたしから言う事は一つだけ。…ロム、ラム」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────二人の思う通りにやりなさい。わたしは、二人を……信じてるわ」

『……──っ!!』

 

……どくん、ってした。おねえちゃんがそう言ってくれたしゅんかん、わたしたちのだいすきなえがおを見せてくれたしゅんかん…からだの中から、力があふれてきた。そっか…おねえちゃんは…おねえちゃんは……

 

(…おねえちゃんは、しんじてくれてるんだ……!)

 

ラムちゃんと、目を合わせる。目を見るだけで、おんなじことを考えてるってわかる。わたしたちの気持ちは一つだって、つたわってくる。

それから、わたしたちはトリックにちかづく。ちかづいて、トリックを見上げる。

 

「…答えは決まったかな?」

「えぇ、きまったわ」

「わたしは…わたしたちは……」

 

わたしとラムちゃんは、くびわに手をのばす。のばして、くびわをつかむ。そして、わたしたちは……それを、ゆかにたたき付けた。

 

「な……ッ!?」

 

ぎょろぎょろしてる目を見ひらくトリック。そんなトリックの前でわたしたちはふりかえって……さけんだ。

 

「わたしたちは……おねえちゃんたちを、守る…っ!」

「だって、おねえちゃんが…しんじてくれたんだからっ!」

 

思いと魔力をこめて魔法を発動。でもその魔法でねらうのは、トリックでも、したっぱでも、あやつられてる人たちでもかい。わたしたちがねらうのは……おねえちゃんたち。

おねえちゃんたちがいるゆかに、二つの魔法陣ができる。その魔法陣は、わたしたちの魔力でかがやいて……わたしたちの作ったこおりのはしらが、おねえちゃんたちをうちあげた。

こうげきをうけたおねえちゃんたち。でもおねえちゃんたちがこうげきをうけたことで、おさえてた人たちもいっしょにとんでいく。そして…………

 

 

 

 

「げほげほ……まさか腹パンならぬ腹氷柱をされる日がくるなんてね…」

「えぇ……けど、二人共上出来よ」

 

あやつられてる人たちはみんなおっこちる中で、おねえちゃんたちだけはちゃんとちゃくちして……わたしたちに、えがおを見せてくれた。

 

「な…なな……ッ!?」

『おねえちゃん…!』

「かなり乱暴だけど、良い閃きよ。…この首輪、壊してくれる?」

「うんっ!」

「ネプテューヌさんのも、こわしてあげる…!」

 

二人を助けられたことがうれしくて、かけよるわたしたち。そんなわたしたちをおねえちゃんはなでなでしてくれて…わたしたちは、すぐにくびわをはかいした。

 

「ありがとね、ロムちゃん。…ふぅ、やっぱり…女神化出来るってのは、良いものね」

「だな。さて、それじゃあ散々好き勝手やられたが……ここからは、わたし達のターンだ」

 

しんじられないってかおのトリックに、わたしたちぜんいんでぶきを向ける。あいてはすごくこわいトリックで、ユニちゃんやイリゼさんみたいにかてるかはわかんない。…でも、ふあんじゃないよ?だって、わたしは一人じゃなくて…みんながいるもん!




今回のパロディ解説

・「〜〜我輩は今、猛烈に感動している!」
巨人の星の主人公、星飛雄馬の名台詞の一つのパロディ。何となく思い付いたパロディの元ネタは意外なものだったってパターンありますよね。今回はそれです。

・「〜〜ここからは、わたし達のターンだ」
天装戦隊ゴセイジャーの登場キャラの一人、ゴセイナイトの代名詞的台詞のパロディ。こちらも意外なものだったパターン。前に耳にしたのを覚えていたのかもしれません。


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第百一話 魔導の真骨頂

城内を探索する中で、わたしはロムとラムを軽く怒らせてしまった。…それは、わたしが信じきれていなかったから。頭では二人を認めながらも、心の奥で二人はまだまだわたしが守ってあげなきゃいけない存在だと思っていたから。

でも、わたしは見た。ロムとラムが、自分の力を犠牲にしてでも助けてくれようとする姿を。誰かに指示されるでも、強要されるでもなく、自分の意思で考えて選ぼうとする姿を。……力だけじゃない、心の成長を。

本当はそれも、分かっている筈だった。あれだけ酷い事を言ったわたしの為にギョウカイ墓場まで来てくれて、情けない姿を見せたわたしを元気付けようとしてくれた時点で、心の成長も見ていた筈だった。なのに、信じきれなかったのは…わたしが姉として、未熟だったから。二人が女神として成長するように、わたしも姉として成長していく最中だったのに、それを忘れていたから。……だから、わたしは思った。ロムとラムを信じて…わたしももっと、成長しようって。

 

「わたし達の身を案じて触手を添える程度にしていたのが仇となったな、トリック」

「ぐっ…幼女の力を見誤るとは、我輩一生の不覚…!」

 

拘束と首輪から解放されたわたしとネプテューヌは、女神化をしトリックに刃を向ける。

まさか二人が、『残党に当たらない床からの氷柱精製でわたし達を打ち上げ、間接的な衝撃で残党を吹き飛ばす』なんて常軌を逸した手段を取るとは思わなかった。元々時折思いもしない事をする二人だったけど、ここまで強引な……わたし達が女神でなければ内蔵が破裂しかねない力技を選ぶなんて、普通じゃない。…だが、普通じゃねぇのが女神というもの。…全く…やってくれるぜ、二人共。

 

「マジかよ…ど、どうしますトリック様!?」

「今考えておる…!…女神の数は四人。対してこちらの人数は……」

「もしまた残党を人質にしようとしてるなら無駄よ。貴方も知っているのでしょう?リーンボックスでわたし達が、残党を殺さず無力化したって」

「…あの時と同じパフォーマンスを、今も出来ると?」

「ったりめーだ。可愛い妹が大見得切って状況ひっくり返してくれたんだ、こんな時にパフォーマンスなんて落とせるかよ」

「……女神は正の思いを力とする者。…それはシェアエナジーという物理現象だけに留まらないという事か…」

 

形成逆転とばかりに笑みを浮かべるわたし達と、狼狽えながらも体制を立て直すべく視線を巡らせるトリック。だがネプテューヌが先んじて牽制をかけ、更にわたしも軽く啖呵を切るとトリックは一瞬閉口し……どこか感心したような声を漏らした。そして、再びトリックは視線を巡らせ…言う。

 

「……リンダ!例の本は持っておるな!?」

「へっ!?あ、は、はい!」

「ならばお前は動ける者を引き連れ撤退するのだ!本があればまだ人質としては機能するッ!」

『……ッ!』

 

トリックの叫びと共に、奴の左右に展開した魔法陣から何本もの触手が射出される。それにわたしとネプテューヌは反射し触手を切断するものの…そのあまりにも堂々とした撤退指示に、驚きを隠せなかった。

 

「テメェ、そんな真っ正面で言われてわたし達が素直に見送ると思ってんのかよッ!」

「思ってはおらん!故に…暫く我輩と戯れようではないか、凛々しき幼女達よ!」

 

カメレオンの如く高速で打ち出されるトリックの舌。それもわたしは斬り上げで両断してやろうとするも…案の定、高い弾性を持つ舌は斬り裂けない。それどころか舌は更に伸び、誘導兵器の様に先を再びわたしへ向けて襲い掛かる。……が、その瞬間に舌は幾つもの氷の刃の直撃を受けて弾かれた。

 

「あんたのさそいなんておことわりよ!」

「おことわり…!(ぷんぷん)」

「お断りか…しかし今回は我輩もそうはいかん。否が応でも付き合ってもらう!」

 

突進をかけたネプテューヌを魔力障壁で凌いだトリックは、指示とは裏腹に逃げる様子は一切見せない。

撤退しろという命令。それに対して撤退の動きは見せず、逆に何としてでもわたし達を留めようとする態度。それはつまり……

 

「と、トリック様!?ま、まさか…トリック様はここに残るつもりなんですか!?」

「誰も足止めせずにこの場を乗り切れるものか!」

「で、ですが…だったらその役目はアタイが……」

「自惚れるなリンダ!お前では勝負にすらならん!」

 

鬼気迫る表情で部下の言葉を一蹴するトリック。トリックは次々と魔方陣を展開しながら言葉を続ける。

 

「別に我輩は犠牲になるつもりではないのだ!早く撤退する事こそが我輩の助けになると考えよ!」

「あ…アタイは犠牲になろうと構いません!ですから──」

「折角の才能ある自分を無下にしようとするでない!お前には様々な事を見せてきたつもりだ!考えよ、そして最善を尽くせ!ここで戦う事が、お前がすべき事なのかリンダよッ!」

「……ッ!…トリック様…アタイ、お待ちしてますから!」

「……っ…だったら、こっちはいーすんを返してもらうわよッ!」

 

一度は食い下がった下っ端とやらも、トリックの彼らしからぬ熱弁に押されて走り出す。そしてその瞬間、完全に皆の意識から外れていたイストワールに向けて、ネプテューヌが飛んだ。

 

「いーすん!」

「ネプテューヌさん…!」

「ごめんなさい、すぐに助ける筈だったのに時間がかかっちゃって…でももう大丈夫よ!」

 

咄嗟にトリックが放った魔弾を鋭いループで避け、滑り込むようにイストワールの前へと降り立ったネプテューヌ。左手を差し伸べるネプテューヌの言葉には安堵の感情が篭っていたが…イストワールの返答には、焦りと申し訳なさが込められていた。

 

「…すいません、ネプテューヌさん…今逃げた方を追って下さい!彼女はわたしの本を持っているんです!」

「本?…そういえば、今のいーすんには……」

「はい!あれはわたしにとって真の本体と言うべきもの!あれがなければ、わたしは……」

「…分かったわ!ブラン、ここを任せてもいいかしら!?」

「言われなくてもそのつもりだ!早く行けッ!」

「えぇ、恩に着るわ!」

 

本が本体とは、一体どういう事か。わたしは一瞬そう思ったものの…ネプテューヌはそれを訊く事無く、即座に飛び上がった。そんなネプテューヌとわたしは視線を交わし…トリックの前へと躍り出る。

 

「ぬぅぅ!行かせなど…ッ!」

「ロリコンの癖に目移りしてんじゃねぇ!テメェが誘ってきたんだから、最後まで付き合ってもらおうじゃねぇか!」

 

魔方陣の一つを叩き割り、トリックに向けて肉薄する。堪らず下がった奴の先には、ロムとラムが精製した氷の杭。後退も出来ず、苦し紛れに魔力障壁を展開したトリックに向け…わたしは大上段から戦斧を振り下ろした。

 

 

 

 

わたしの知る限り、戦闘におけるトリックの真骨頂は策を交えて戦う事。準備を入念に行い、策を張り巡らせる事…それがトリックの強みであると同時に必要不可欠な戦法であり、想定外の形で戦わざるを得なくなった今のトリックは既にハンデを負っているようなもの。だから、今のわたしは負ける気がしなかったが……開戦から暫く経った今は、少しばかり焦りも感じていた。

 

「ちっ…いちいち鬱陶しい攻撃をしてくるんじゃねぇよッ!」

「アクククク、幼女には構いたくなるのが紳士なのだ!」

「紳士を名乗りたいなら…前に変態も付けやがれッ!」

 

執拗に魔方陣からの触手でばかり、それも動きの妨害ばかりを行ってくるトリックに怒鳴りを上げる。だがトリックは愉快そうに笑うだけで、それがわたしの神経を一層逆なでてくる。

焦りの要因は二つ。一つ目は、トリックの戦い方。端から勝つ事を考えていないのか、防戦に徹するトリックへは何度仕掛けても後一歩のところで凌がれてしまう。まるで歯が立たないならまだしも、後一歩が何度も続くのはとにかく気分が悪い。そして、もう一つは……

 

「むぅ、デカいわりにうごきまわって…!」

「当たらない…!」

「あっ、おい……!」

 

左右に分かれ、アイコンタクトだけで意思を交わして魔法を次々と放っていくロムとラム。二人の魔法はトリックの迎撃を飲み込み、障壁を砕いて炸裂を起こしていく。

勇猛果敢に攻め込んでいく心意気は姉として褒めたいところが……ここは屋内、それも随分と前に捨てられた古城。そんな場所で際限なく高威力や広範囲の魔法を放っていけば、そしてその果てに城が崩落すれば……わたし達だって、どれだけの怪我を負うか分からない。

 

(崩落に乗じて逃げようってのか?防戦に徹してるのは部下の離脱の時間稼ぎだけじゃなく、堅牢な防御を演じる事でロムとラムから強力な魔法を引き出し、流れ弾による城の破壊を目論んでるって事か?…ちっ、だとしたらとんだ道化だテメェは……!)

 

わたしの推測が当たっているならば、ヒートアップしている二人は完全にトリックに乗せられているという事になる。だが、だからと言って二人に加減しろとは言えない。わたし達三人が本気でかかれば勝ち目は十分にあるが、手加減して勝てる程甘い相手でもないのが、ここにいるトリックなのだから。

 

「…だがよトリック、そういう事なら…テメェはわたしに近付かれたくはねぇんだよなぁッ!」

「む、強行突破か…だがッ!」

 

多方向から伸びる触手を捻りを加えた回転斬りで斬り落とし、一直線にトリックへ突進。切断しきれなかった数本の触手がわたしへ追い縋ってきたが、それをわたしは敢えて左手と右脚で受け……その瞬間、巻き付かれた部位のプロセッサをパージ。

 

「ぬぉっ!?」

「こちとら女神なんだ、武器だろうがプロセッサだろうが、道具に頼るつもりはねぇんだよッ!」

「ぐぁっ……!」

 

如何に防御を意識していても、その防御が通用するのは攻撃側が想定の範囲内だった場合。つまり、奴の想定を超えれば……突破口は必ずあるッ!

目を見開くトリックの懐に入り、片手持ちの戦斧で一閃。それは本来両手で持つべき戦斧を、短く持ち替える事もなく放った一撃であるが故に致命傷こそ与えられなかったが…それでも確かに、戦斧はトリックの腹部を斬り裂いていた。

 

「ロム、ラム!追撃!」

「う、うんっ!」

「おねえちゃん上手くよけてねッ!」

 

女神化で気分が高揚しているのか、わたしがまだ攻撃範囲内にいるであろう時点で炎と雷の竜巻を打ち込んでくるロムとラム。…けど、それでいい。わたしだってそうしてくる想定で動いているのだから。

ムーンサルトで後ろへ跳んだ瞬間、わたしの背を掠めるようにして二つの竜巻がトリックへと直撃する。火花と放電を周囲に撒き散らしながら爆発を起こす二つの魔法は、その余波を見るだけでもかなりの威力がある事がひしひしと伝わってきたが……

 

「…うぐぐ…多少の傷はやむなしと思っていたが…どうやら墓場での戦いと同等かそれ以上を覚悟しなければいけないようだな……」

「ちっ…ほんと便利だなその舌は……」

 

爆煙が晴れた時、トリックは舌を身体に巻きつけた姿で攻撃を耐え抜いていた。勿論無傷ではなく、舌には火傷と焼け焦げの痕が残っていたが……それはわたしの期待していた程じゃない。

 

「げっ、キモいぼうぎょしてる…」

「おねえちゃん、どうする…?」

「そうだな…二人共、策士策に溺れる…って分かるか?」

「……さとしくん、おぼれる…?」

「さとしくん、かわいそう…」

「さとし君じゃなくて策士だ…分からねぇなら帰ったら教えてやる。取り敢えず二人は、面より点の攻撃を心掛けてくれ。よーく狙って、なッ!」

 

ロムラムと合流したわたしは、パージしたプロセッサを再精製しつつ遠回しに広範囲魔法の使用を抑制させ、同時に思案を巡らせる。狡猾で常に策を講じ続けるトリックへ、最大最高の攻撃を叩き込む道筋を見付ける為に。

 

(防戦に徹してるトリックにデカい一撃をぶつけるには、わたしかロムラムがまずその防御を崩さなきゃならねぇ。けど……)

「何を企んでおる、ホワイトハート!」

「それ位は、テメェも理解してるよな…ッ!」

 

二人の撃ち込む光芒を跳躍で避けたトリックは、巻き付けた舌を戻しつつもその動きに魔力を纏わせ半月状の衝撃波をわたし達へ敢行。それ自体は何ら怖くもない普通の攻撃なものの、トリックの行動がそれで終わる訳がない。

 

「その巨体で跳んだって、的になるだけなんだよッ!」

「さぁて、それはどうかな?」

「どうかなって……はぁぁっ!?」

 

それで終わる訳がないのなら、次の動きをする前に落としてしまえ。その発想でわたしは魔弾を作り出し、攻撃体勢を取っていた二人と共に対空迎撃。当たれば御の字、防御されても自由の効かない空中なら容易に追撃が可能…そう目論んでいたわたしだったが……わたし達の魔法が当たる直前、トリックは壁面に沿う柱の一つに舌を巻き付かせ、舌の筋力で身体を引き付ける事によって回避行動を取っていた。

舌を自在に伸縮させ、城内を飛び回り始めるトリック。その様は、あまりにも鮮烈で…どうしようもない程気持ち悪い。

 

「て…敵且つゲテモノ枠のテメェが某不動産王みてぇな空中機動してんじゃねぇよ!?ほんとどうなってんだよその舌はッ!」

「気になるか?ならばじっとりねっとりと実際に触れて……」

「ロム!ラム!アイツ撃ち落とすぞッ!」

 

プロセッサの再精製が完了した右脚で床を蹴り、飛び回るトリックへと接近する。トリックはわたしの心を乱そうとしているのか、ただ欲望を発露しているだけなのか分からないが、とにかく奴は色々とトリッキー過ぎる。早いとこ策を構築しなきゃ不味いってのに、ほんとロリコンってのが相性悪い……

 

「威力勢い共に良い魔法だ!だが、動いている相手を狙うのなら、一捻りせねば当たらんぞ?」

「うっさい!じゃあ止まりなさいよ!」

「ほほう、止まれとな?では……」

「あっ…下がっちゃった…!?」

(……ん…?)

 

舌を利用した三次元機動に加え、魔法発射による反動で動きに変化をつけて(恐らくこの魔法も城破壊の側面がある)わたし達の攻撃を凌いでいくトリック。魔力弾を避けられたラムが不満を爆発させて無茶な要求をトリックにぶつけると、驚く事にトリックはそれを受け入れ……されどその時奴が舌を絡めていたのが巨大なシャンデリアだったが為に、トリックは振り子の要領で後ろに下がり、結果ラムに次いで放ったロムの魔力弾も虚しく天井へと激突する。

……が、そこでわたしの頭に一つの可能性が浮かび上がった。普通ならばそんな筈のない…だが奴ならあり得ないとも言い切れない、一つの可能性が。

 

(……試してみるか…)

 

わたしは複数の魔弾を作り、先程同様戦斧で打ってトリックへ発射。トリックはロムラムの攻撃を自在に避けつつ魔力障壁でわたしの攻撃も防ぐが、わたしもわたしで遠距離攻撃を続行する。懲りずに、諦めずに、何度も何度も打ち込んでいく。すると……

 

「攻めあぐねての遠隔攻撃か…己の強みを見誤ったな、ホワイトハートよ!」

(……ッ!やっぱりか…!)

 

戦斧で打つ動作に入った瞬間、少し前までわたしにまとわり付いてきたあの触手攻撃が再開される。わたしの射角を妨害しつつ近付いてくる触手は、魔弾攻撃をする上で非常に邪魔となる存在だが……この瞬間、わたしは確信する。

 

(…トリック、テメェは気持ち悪いロリコンだ…だが、幼女を大切にしてるってのは本当みたいだな……!)

 

触手を斬り払いながら、アイコンタクトで二人を呼び寄せる。

思えば、トリックは事ある毎に『教え』を口にしていた。ロムラムに対しても、わたし達に対しても、下っ端に対しても。そしてトリックは、わたし達を傷付けない事へ細心の注意を払っていた。前者をわたしは気にも止めず、後者に関してもわたし達を綺麗な身体のまま手中に収めたいからだと思っていたが……もしも、そうではないとしたら?趣味だとか、性癖だとかの域ではなく…覚悟や信念の域で、奴の言う『幼女』を大切にしているのだとしたら?

 

「おねえちゃん、何…?」

「じゃくてんでも見つけたの?」

「あぁ、そういうこった。…ロム、ラム、二人はこれからわたしの援護をしつつ力を溜めろ。そして十分に溜まったら合図をしてくれ。そうしてくれればわたしが、二人のフルパワーを当てられるだけの隙を作る」

「え……おねえちゃん、それって…」

「トドメは二人に任せる、って事だよ。…任せても、いいよな?」

「……!うん、わたしとロムちゃんに任せて!」

 

背後に降り立った二人へ、わたしは端的に狙いを説明。それから少しだけ後ろを向いて、にっと笑みを浮かべると…二人は顔を輝かせ、ぶんぶんと元気一杯に首を振った。……ったく、ほんとにうちの妹は可愛くて頼もしいな。

 

「む?作戦会議か…ならば是非我輩も…」

「内緒話を聞こうとすんじゃねぇよ。それよりトリック、互いの誇りをかけて一対一で勝負っつったらテメェは乗るか?」

「それが本心ならば喜んで乗ろう。だが、流石の我輩も魔力の籠る杖を向けられた状態で言われても本心だとは思えん」

「ま、そうだろうな。…安心しろトリック、わたしもそのつもりはねぇからよッ!」

 

わたし達の変化を感じてトリックが降り立った瞬間、わたしは奴との距離を詰める。触手と魔法による迎撃が見えた瞬間真上に飛び上がり、飛び蹴りの体勢で再び接近。そこからは迎撃が襲ってこなかったが…わたしの飛び蹴りは、分厚く柔らかな舌によって受け止められた。

 

「くぅ、先程であれば素足であったというのに…!」

「テメェは床のゴミと埃が付いたプロセッサで我慢してろッ!」

 

縦に舌を巻く事でわたしを捕縛にかかったトリックに対し、わたしは舌の先端に戦斧を打ち付ける事で妨害。尚もトリックは捕縛を狙ってくるが、絶妙なタイミングでロムラムの魔法が放たれた事によってトリックは意識を逸らされる。そしてそれは一瞬でも、わたしにとっては十分な時間。

 

「ほらほら、わたしはこっちだぜロリコン野郎ッ!」

「これは…何か必勝の策を思い付いたのだな…!」

「だとしたらどうするよ!女神三人が相手なんだ、負けたって恥にゃならねぇんだから…素直にやられやがれッ!」

 

背面に回り、横薙ぎを放つわたし。それは魔力障壁で止められるも、わたしは継続して力を込める事によって強行突破を画策。トリックも破られないよう障壁に魔力を込めなければならず、その間に再び二人の魔法が襲いかかる。

早々にトリックが気付いたのは何故か。それは、わたしの動きと気迫にキレが戻ったから。トリックの狙いに乗せられ攻め切れずに焦っていた時と、崩壊前に勝利する道筋が出来た時で精神状態が違うのは当たり前の事で……わざとわたしは、それをトリックに気付かせていた。敢えて気付かせれば、こちらに策があると考えさせれば…トリックの戦術構築を、阻害する事が出来るから。

 

「…女神候補生二人の攻勢が減った…援護に徹するつもりか…」

「かもしれねぇし、途中で突然大技ぶちかましてくるかもしれねぇぞ?」

「ふん、少なくともこの距離でそれはなかろうに…!」

 

トリックは狙いをわたしから二人に変えようとするが、勿論それはわたしが許さない。攻め落とす必要がなくなった分わたしには精神的な余裕が出来て、トリックもトリックで側に離れるより近接戦のままの方が安全だと考えたのか、付かず離れずの距離を維持してくる。……それもまた、わたし達にとっては好都合だと気付かずに。

 

(策士策に溺れる…色々見える奴程、色々考えられる奴程それに囚われ易いもんだよな…!)

 

それからもわたし達が優勢なれど攻め切れない、一見すればそれまでと変わらない戦況が続く。その間も少しずつ城内の傷は増え、危険性は高まっていくが、二人の能力なら十分間に合う。……いや、違ぇな…間に合う、じゃなくて……

 

『おねえちゃんっ!』

「待ってたぜ、二人共ッ!」

 

──間に合った、だッ!

トリックから離れ、ロムとラムの前へ降り立つわたし。背後から感じるのは……膨大な魔力とシェアエナジー。

 

「二人共、抜かりはねぇな!?」

『うんっ!』

「なら、いくぞッ!」

 

わたし達の口振りから切り札クラスの攻撃がくると察したのか、険しい顔で魔方陣を展開していくトリック。そのトリックに向けて、わたしは最後の突撃をかける。

 

「さぁ、戯れも終わりにしようじゃねぇかトリックッ!」

「そうはさせんぞ…ッ!」

「いいや、させてもらうねッ!喰らいやがれ、わたし達三人の連携技……」

 

上段の構えで接近するわたしに向けて、触手と魔弾を始めとする多彩な魔法が放たれる。先の突撃時とは違う、何としてでも接近を許さないというトリックの迎撃。それを目にしたわたしは、笑みを浮かべ……

 

 

 

 

「…………なーんて、な」

 

……戦斧を、武器であると同時に迎撃手段でもある得物を…手放した。

 

「な──ッ!?」

 

無防備で迎撃に飛び込むわたしに対し、誰よりも驚き目を見開いたのは、その迎撃を行ったトリック自身。そしてトリックは……触手の軌道を変える。自身の放った迎撃へぶつける為に。……わたしを守る為に。

 

「悪ぃな、テメェの優しさにつけ込んじまって…だがな、わたしにも果たさなきゃいけない使命があるんだよッ!」

「うぐ……ッ!」

「だから…今度こそ終わりだトリック!シュトゥルムヴィントッ!」

 

トリックが自ら迎撃を迎撃した事により生まれた、わたしとの空白。そこへわたしは滑り込み、捻りを入れた右腕の一撃をトリックの舌へ。そして床へ叩き付けられた舌へ向けて、氷の竜巻を叩き込む。

それは、ロムとラムが使う魔法に比べれば、質も威力も低い小さな魔法。それでも氷の竜巻は当たった地点とその下の床を凍らせ……一瞬ながらも舌を釘付けにする。

 

「後は頼むぜ、ロム!ラム!」

 

そう叫びながら、わたしは跳ぶ。そしてその瞬間……部屋は光に包まれる。

 

「いくよ、ロムちゃん!」

「うん、ラムちゃん!」

 

二人の背後に現れたのは、巨大な魔方陣。それは舞い上がる二人に付随しながらあらゆる系統、あらゆる属性の魔法を放ち、退避も舌による防御も出来ないトリックへと襲いかかっていく。

それだけでも並みの攻撃とは一線を画す、圧倒的な魔法の奔流。だが、二人の魔法はそれだけでは終わらない。

 

「わたしたちの…!」

「ひっさつわざ…!」

 

それぞれで半円を描くように飛んだ二人は、トリックの背後で合流。その瞬間二人の魔方陣も合流し、更に巨大な魔方陣を作り上げる。

魔方陣が新たな紋章を描く中、二人は背中合わせになりながらロムは右手を、ラムは左手を前へ掲げる。それによって掲げられた二本の杖は交差し、背後の魔方陣は二人をすり抜け杖の先で光り輝く。そして……

 

『──メモリーオブ・リードアンドランダムッ!いっ、けぇぇぇぇええええええええっ!!』

 

──白く輝く光の柱が、空間諸共トリックを飲み込んだ。…それは、ルウィーの女神の真骨頂。本来ならわたしにも至れる筈だった、わたしにもある筈だった、魔導の作る光そのもの。……ロムとラムの魔法は、誇らしい程に…悔しい程に、その威光を示し続けていた。

 

「はぁ…はぁ……」

「こ、これがわたしたちの…フルパワーだよ、おねえちゃん…」

 

輝き続けていた光芒も無限ではなく…されど攻撃としては十分過ぎる程に照射され続けた後、消失と同時に二人は膝を付く。…だが、顔を上げた二人の顔には……自慢気な、満足気な笑顔が浮かんでいた。

 

「あぁ、見てたぜ二人共。今の魔法は…百点満点だ」

「やった…!」

「これは、おねえちゃんが…しんじてくれた、おかげ…!」

「……っ…な、生意気な事言ってんじゃねぇよロム。それより奴をちゃんと倒せたか確認を…」

 

満面の笑みで姉冥利に尽きる事を言われたわたしは、つい喧嘩腰な返答をしてしまう。そこから更に誤魔化しを兼ねたトリックの確認をしようとして……

 

「なぁ……っ!?」

「わぁぁっ!?」

「きゃっ…!」

 

……その瞬間、天井の一部が崩落した。わたしの恐れていた事が…避けようと算段を立て、全力を尽くしてきた筈の事が……始まった。

 

「……ッ!二人の魔法が強過ぎたって事かよ…!おい、逃げるぞ二人共ッ!」

 

わたしの計算では、二人の攻撃でも城は壊れないと考えていた。けれどそれは、二人の力がわたしの推測通りだった場合。成長率がわたしの思っていた通りだったら耐えてくれるという推測であり……現実問題として、二人の魔法使いとしての能力はわたしの推測を遥かに超えていた。…ふざけんな…成長し過ぎたから悪いだなんて、そんなふざけた事があってたまるかよ……ッ!

 

「わ、わっ……!」

「お、おねえちゃん…!」

「落ち着け!まだこの様子なら一気に崩れる事はねぇ!落ち着いて、あそこの出口からこの部屋を……」

 

崩落が始まったといっても、今は幾つかの場所が落ちてきただけ。ここから連鎖的に落ち、最終的には完全崩落となってしまうだろうが、それまでにはまだ若干の余裕がある。そう判断したわたしはトリックの確認を諦め、慌てふためく二人に指示を飛ばし…………その瞬間、二人の真上の天井が、崩落した。

 

『え……?』

「────ッ!ロムッ!ラムぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」

 

崩落の音に気付くも、呆然と見上げているロムとラム。二人を助けようと、無意識に飛び出すわたし。……けど、最悪のタイミングでわたしの前にも崩れた天井の一部が落ち、わたしは急ブレーキを余儀なくされる。これが無ければ間に合っていた筈なのに、わたしは助けるチャンスを奪われてしまう。

候補生と言えど二人は女神。崩落を受けても死ぬとは限らないし、怪我で済む可能性もある。…けど、だからなんだってんだ…!二人が危ないってのに、二人を失うかもしれないのに、なのになんでこんな時に落ちてくるんだよ……ッ!くそっ、間に合え…間に合え間に合え間に合え間に合えッ!じゃなきゃ、わたしは、わたしは……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「──う……ぉぉぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

 

──その時、わたしの真横をすり抜けた影。一直線に二人の下へと駆け抜け、手足を付いて二人に覆い被さる黄色の影。……次の瞬間、瓦礫が音を立てて直撃する。

 

「…………嘘、だろ……」

 

わたしは、目を見開いていた。けれどそれは、二人が潰されたからでも、瓦礫の軌道が変わったからでもない。

確かに瓦礫は真っ直ぐに落ち、下にある二人に当たりかけた。だが、瓦礫が直撃したのは二人ではなかった。瓦礫が当たったのは、二人ではなく二人に覆い被さった黄色の影……今にも倒れそうな程の重傷を負った、トリックだった。




今回のパロディ解説

・「紳士を〜〜付けやがれッ!」
ギャグマンガ日和シリーズによって生まれた言葉(?)、変態紳士の事。変態紳士・トリック。原作では紳士なのかも微妙ですが…信次元トリックは紳士です。……多分ですが。

・「こちとら女神〜〜ねぇんだよッ!」
マクロスFrontierの登場人物の一人、オズマ・リーのノベライズ版での台詞の一つのパロディ。装備をパージするという点も含めてパロディをしております。

・某不動産王
ジョジョの奇妙な冒険シリーズの第二部、戦闘流潮の主人公ジョセフ・ジョースターの事。三部最終決戦でのターザン的移動のパロディ…のつもりです。


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第百二話 残った思い

わたしとロムちゃんのいるばしょに、こわれたてんじょうが落ちてきた。それは魔法やじゅうのこーげきなんかよりもおそくて、いつものわたしたちならひょいっとよけられちゃうくらいのスピードだったけど……今のわたしたちはフルパワーを出したばっかりで、やっとたおせたとあんしんしてたところで、あんしんしてたからすごくびっくりしちゃって……あぶないってわかってたのに、うごけなかった。

どんどん落ちてくるてんじょう。わたしとロムちゃんをよぶおねえちゃんの声。それでにげなきゃって思ったけど、なんだかあぶないのが自分じゃないみたいな気がして、まわりがゆっくりに見えて、それがよくわかんなくて…そのうちにもっとてんじょうは近くなって……そこでやっと、こわくなった。

 

(…あれ…わたし、しんじゃうの……?)

 

これまですっごくつよいてきとたたかうことも、あぶないって思うこともいっぱいあったけど、これまでは身体がしぜんにうごいてた。…でも、今はうごけない。うごけないまま、どんどんどんどんこわくなって……それで…………

 

 

 

 

──気づいたら、トリックがわたしたちの上にいた。

 

「あ……ぇっ、え…?」

「と…トリック……?」

 

トリックがわたしたちの上に来てからすぐに、どすんっ…って音がきこえた。それからトリックがゆれて…落ちてきたてんじょうがトリックに当たったんだって、わたしたちはわかった。

 

「う…ぐっ……無事、か…?」

「…な、なんで…あんた……」

「ロム!ラム!」

「……っ…おねえ、ちゃん…」

 

すごく辛そうな声で、はなしかけてくるトリック。ロムちゃんは口をぱくぱくさせてて、わたしもなんでって言うのがせいいっぱいで、わたしもロムちゃんもぜんぜんいみがわからなくて…そのとき、またおねえちゃんの声がきこえた。

 

「お、おねえちゃん…わ、わたし…と、トリックが……」

「…よかった、無事みたいだな……」

 

座り込んでいるわたしたちを引っぱりあげて、おねえちゃんはぎゅーってしてくれる。こわかったわたしはそうしてくれるのがとってもうれしかったけど…こんらんしてて、うまく気持ちを伝えられない。

 

「…ご、ごめんなさい…おねえちゃん……」

「…それは、すぐに逃げなかった事か?だったら気にすんな、今のはすぐ動かなくても仕方ねぇよ」

「でも…わたしもラムちゃんも…」

「おい…ホワイトハート、よ……」

「…分かってる。ロム、ラム、早く逃げろ」

 

こんどはロムちゃんがはなしてくれて、おねえちゃんはやさしくわたしたちのあたまをなでてくれる。…それから、おねえちゃんはまじめなかおでにげろって言った。…にげろは、さっきもきいたことばで、そのときはいやだって思ったけど…今はちがう。にげなきゃいけないって、わたしたちもわかってるから。……けど、

 

「……トリック…」

「…あ、あの……」

「何を、見ておる…早く、逃げるのだ……」

『で、でも……』

「いいから…行けぇッ!早くッ!!」

『……っ!?』

 

わたしもロムちゃんも、トリックの方を見る。トリックがわたしたちの上に来たのは、わたしたちをなめたかったから?……そんなわけない。トリックがしたのは、してくれたのは…そういうことじゃない。

けれど、トリックはてき。だいっきらいな、気持ち悪いてき。だからわたしたちはこんらんしちゃって、このままにげればいいのかわからなくて……そのしゅんかんに、トリックがきいたことないような大声を出した。トリックはどう見てもしんじゃいそうなのに、それはすごくすごく大きい声で…気づいたらわたしたちは、出口に向かってとんでいた。

 

(なんなのよあいつ…なんで、なんでわたしたちを……てきをたすけたのよ…っ!)

 

つよいてきに、わたしたちはかった。いつもならそれはうれしいことで、かえったらみんなに「してんのうをたおしたのよ!」ってじまんするつもりだったのに……今はわたしもロムちゃんも、すごくもやもやした気持ちだった。

 

 

 

 

崩落しつつある部屋から脱出した二人の背中が、小さくなっていく。立て続けに起きた想定外の事態で混乱していたらしい二人が、何とかちゃんと逃げられている事に安心したわたしは……トリックに向き直る。

 

「…その状態でよくあんだけの声を出せたもんだな」

「最後の力を、振り絞ったまでだ…それより、何をしておるホワイトハート…まさか、我輩と共に死のうとでも言うのか…?」

「誰がそんな酔狂な事するかよ。わたしは死ぬつもりなんざねぇし、仮に死ぬとしてもテメェとだなんてそれこそ死んでも御免だっての」

「アクク…クク…まあ、そうであろうな……」

 

自嘲じみた笑い声を漏らしながら、トリックは倒れる。崩れ去るように倒れ……身体の一部が、光の粒子に変わり始めた。奴は少なからずダメージを受けていたところにロムとラムの全力攻撃を受け、その状態から更に無理に動き落下する瓦礫を背中に受けたんだから…力尽きたって、何ら不思議じゃない。

イリゼとユニは、それぞれ四天王を看取ったらしい。…だが、わたしにそんなつもりはない。わたしがここに残ったのは、奴に訊きたい事があったから。

 

「……どうして、二人を助けた」

「…それを、訊くか……」

 

表情も声音も緩めずに、トリックに問う。これも策謀の一つなのかと疑う気持ちがある。純粋に「何故?」と思う気持ちもある。とにかく、これは問い質しておかなければならない。……そう、わたしは感じていた。

 

「あの動きが出来て、あんだけ声が出たんなら、逃げる事だって不可能じゃなかっただろ。…狙ってた崩落が起きて、しかも都合よくわたしが確認を中止したんだ。テメェにとっちゃ千載一遇のチャンスだったんじゃねぇのかよ」

「やはり、見抜いておったか…。…確かにその通り…逃げるのであれば、またとない幸運だった…」

「だったら、なんで逃げなかった」

「…言ったであろう、我輩にとっては…幼女こそが、至高であると…」

「至高っつったって、その為に死んじまったら…」

「幼女こそが至高であり、それ以外は瑣末事……それは、我が命とて例外ではない…」

 

そう言ってまた、トリックは笑う。逃げるチャンスだと分かっていながらも、それをみすみす捨ててしまったにも関わらず、後悔なんて欠片もないと言いたげな笑みを浮かべて。

 

「…テメェは筋金入りのロリコンだな」

「幼女が可愛過ぎるのが、いけないのだ…気が済んだのなら、早く行け……でなければ、本当に押し潰されるぞ…?」

 

トリックの身体が粒子となって消えていき、聞こえる声も弱々しくなっていく。それでもトリックの口元から、笑みが消える事はない。

……見栄を張ってるだとか、わたしに取り入ろうとしてるだとか、そうは思わなかった。わたしはトリックが尋常じゃない…それこそロリコンなんて言葉じゃ片付けられない程の信念を持っていると知っている。…だからこそ、わたしはトリックの言葉を疑おうとは思わなかった。

 

 

「……礼は言わねぇからな」

「構わん…どうなろうが…どう思われようが…幼女の、幸せを守れたのなら…それで…満足、だ……」

「……ふん」

 

崩れゆく天井を見つめて呟くトリックに背を向け、わたしは飛翔する。恐らくこの部屋は持って後数分だろう。それよりも前に、トリックは完全消滅するだろう。…それで、この戦いは…奴との戦いは、終了する。

奴は信念に生きていただけだと、純粋な悪人ではないのかもしれないという事は分かった。…だが、それだけだ。奴が満足だってんなら、わたしに何かをする義理はない。所詮奴は、敵なんだからよ。

落下する瓦礫を避け、部屋を脱出するわたし。そのままわたしは飛び、ロムラムと…外の皆と合流する為城を去る。そしてわたしが去る中で一人残ったトリックは、一片残らず光の粒子となり……虚空へと消えていった。

 

 

──あばよ、トリック・ザ・ハード。

 

 

 

 

「……っ!?今の音って…」

「…恐らく、どこかの部屋が崩れたのでしょう……」

 

いーすんを両手で抱えて、いーすんの本を持っているらしい残党…下っ端を追う中で聞こえた、腹部に響く重低音。反射的に声をかけると、いーすんはわたしの目を見て頷いてくる。

 

「ここまで経年劣化で崩れそうな部屋はなかったし…もしや、ブラン達が戦闘で……」

「…かも、しれません」

 

わたしの言葉に、再びいーすんが頷く。自分の両手の中でぺたんと座ってわたしを見上げるいーすんの姿は、正直可愛かったけど…流石に今はそんな事考えている場合じゃない。

もし戦闘であの大部屋が崩れたというなら、それは相当激しい戦いになっているという事。それ程の戦いから戦線離脱してしまった事は心苦しいけど……戦線離脱したのは、怖くなって逃げた訳じゃない。

 

(ここでわたしが戻ったら、いーすんの本を取り返せなくなる。…三人が戦いを引き受けてくれたんだから、わたしも奪還に専念しないと…!)

 

中々どうして下っ端は逃げ足が速く、また何度も角を曲がるせいで上手くスピードが出せず、わたしは後一歩の所で彼女を捕まえられていない。…でも、長い直線に入るか外に出ればこっちのもの。ブランは行けって言ってくれたんだから、わたしは奪還を第一に考えなきゃ。

 

「はぁ、はぁ…し、しぶといんだよお前は……ッ!」

「わたしは追うわよ、貴女からいーすんの大切なものを取り返すまではねッ!」

 

後ろを見て、わたしが諦めていない事を認識した下っ端は、息を切らしながら悪態を吐く。この時彼女との距離は数メートル。今なら一気に…と一瞬思ったわたしだけど、すぐに下っ端が右折したせいでまた僅かに手が届かない。

近付いて、後一歩で逃して、また近付いて……彼女自身が「振り切ってからじゃないと外出てもすぐ捕まる」と思っているのか捕まえ易い場所に出てくれず、時間ばかりが過ぎていく。…と、思いきや……

 

「…こ、ここを曲がって…………あ」

「……?……あ…」

 

角に手を引っ掛け曲がる下っ端。即座にわたしも曲がって追おうとするも、そこには途中で立ち止まった彼女の姿。その彼女の先に目をやると……廊下は途切れていて、突き当たりには扉が一つあるだけだった。

 

「……行き止まり?」

「…に、見えますね……(・▽・;)」

「…………」

「行き止まりよね?扉も外じゃなくて何かしらの部屋に繋がってるだけよね?」

「…………」

「…貴女、もしかして…闇雲に走った結果、墓穴を掘った……」

「う、うるせェ!あぁそうだよその通りだよ!んな事確認しなくたって一目瞭然だろうがッ!」

 

わたしが突発的な好奇心で問い詰めてみると、下っ端は顔を赤くして怒号を口に。更に振り向いた事でわたしの口元がひくひくしていた事に気付いたのか、更に顔が赤くなっていく。…こ、小物感凄いわね…後弄られキャラとしての適性もあるんじゃないかしら…。

 

「くっそ、こんな事ならあいつ等と一緒に逃げるべきだった…」

「あいつ等?…あぁ、他の残党の事?その人達は貴女が自分と別れて逃げろって指示したんじゃない。案外仲間思いなのね」

「ち、違ェよ!あん時は足手纏いになると思っただけだ!」

「ふぅん、まぁそういう事にしておいてあげるわ。…本を返しなさい」

 

四天王に比べればよっぽどとっつき易い彼女の性格に少し気が緩んでしまったものの、すぐにわたしは表情を引き締める。

 

「ぐっ…そんな事を言われても、アタイは……」

「あら、素直に渡す気はないと?」

「誰がそんな事するかよ!ふ、ふん!だったらこいつがどうなってもいいのかよ!」

 

焦りと迷いの混じったような表情を浮かべた末に、懐からいーすんの本を取り出した下っ端。けどその口振りに、観念した雰囲気は感じられない。むしろ……

 

「……それは、わたしを脅そうとしているのかしら?」

「それ以外に何かあるとでも思うのかよ…」

 

本を掲げ、下っ端はわたしを睨み付けてくる。一応確認こそしたけど…脅しだというのは、訊くまでもない。

いーすんは大部屋で、本は真の本体と言うべきもの…と言っていた。それが言葉通りの意味なら、わたしは今いーすんを人質にされているも同然。…けど、わたしは動じない。こうなる可能性は考えていたし……何より、わたしには乗り切るだけの算段があるから。

 

「…なら、やってみればいいじゃない」

「…へ……?」

「聞こえなかった?やってみたら、って言ったのよ」

「…な、何のつもりだよ…言っとくけどな、アタイはやるって言ったら本当にやる……」

「えぇ、やってみなさい。…貴女が何かする前に、貴女の頭が胴体から離れていなければ、ね」

「……ッ!」

 

冷ややかな瞳で、わたしはそう言い放つ。……これは、ハッタリじゃない。実際にやるかどうかはともかくとして、この距離で人を止めきってはいない人間が相手なら…対象が瞬きをするよりも速く首を刎ねる自信が、わたしにはある。そしてわたしがそう言った瞬間、下っ端は言葉を詰まらせた。

大太刀は抜かず、いーすんを抱えたまま一歩前に出る。ビクリと下っ端が肩を震わせる姿を見てから、更に一歩前へ出る。そうしてわたしが三歩目を踏み出そうとした瞬間……

 

「…おいパープルハート、パープルシスターってのはお前の妹だよな…」

「えぇ、そうね」

「だったらアイツに言っとけ、アタイはテメェが大嫌いだってな。それと……」

「それと?」

「……お…覚えてやがれぇぇぇぇッ!」

「逃げた!?でも、そこへ逃げたって状況は変わらな……きゃっ!?」

 

意味深な伝言を口にしたと思いきや下っ端は反転し、どこぞのロケットなマフィアやドロボーにンを足した一味並みに慣れた感じで捨て台詞を吐きつつ、奥の部屋へと逃げ出した。…けど、部屋に入ったって別の廊下がある訳がない。立て籠もるにしても鍵をかける余裕があるとは思えないし、仮にあってもそれならそれで扉を破ればいいだけの話。

…そう、無意識に少し油断していたのがいけなかった。意味のない行為だと内心で思っていたからこそ……追って入った途端に飛んできた物体に対し、わたしは思わず悲鳴を上げてしまった。

 

「これは…いーすんの本!?や、やってくれたわね!」

「ルウィーで部屋に入った途端飛んでくる本…な、何かデジャヴが……( ̄д ̄;)」

「デジャヴ?こんな滅多に無いような出来事が前にも──」

 

顔に当たる寸前で本をキャッチするわたしと、なんとも気になる発言をするいーすん。……次の瞬間、ガラスの割れるけたたましい音が響いた。

 

『な……ッ!?』

 

驚いたわたし達が音のした方向へと目をやると、そこには豪快に破られた窓が一つ。そして、本来あるべき筈の下っ端の姿が、この部屋にはない。…だとすれば、導き出される答えは一つ。

 

「こ、ここは一階じゃないのよ!?なんて無茶を…!」

 

幾ら逃げる為とはいえ、ガラスを突き破って投身なんて普通じゃない。……思い返せばわたしも同じくルウィーで一度やってはいるけど…とにかく、下っ端がそんな大胆な手段を取ってくるとは思わなかった。

 

(…けど、いーすんの本は取り返す事が出来た。後はこのまま彼女も捕まえる事が出来れば……)

 

他の残党や四天王とのやり取りを見る限り、彼女は下っ端と言われつつも実際にはそこそこの立場にいる様子。だったら出来る限り捕まえておきたいし、操られる可能性を考えれば捕まえる事こそが彼女の保護にも繋がる筈。そう考えたわたしは一飛びで窓際まで移動し、彼女の後を追うように外へと飛び出し……

 

「え……っ?わぁぁぁぁぁぁっ!?」

「へっ?…ね、ネプギ……」

『あうっ!!』

 

外へ出た瞬間聞こえた慌ただしい声。その声に反応して上を見ると、そこにいたのは物凄い勢いで降下してくるネプギアで、しかもネプギアはわたしのほぼ直上にいて…………対処を考えるよりも早く、わたしとネプギアの頭が大事故を起こす。

 

「う、うぅぅ…あ、頭が……」

「わ、割れるように痛いぃ……」

「……お、お二人共…大丈夫、ですか…?(;゚Д゚)」

『全然大丈夫じゃない(です)……』

 

わたしとネプギアは頭を押さえ、転げ回りたい程の痛みを必死に耐える。…こ、これ…普通の人なら頭が落とした生卵みたいになるんじゃないかって位に痛い……。

 

「……って、痛がってる場合じゃないわ!早く下っ端を追わないと…」

「あ!そ、そうだよお姉ちゃん!今わたし下っ端が飛び降りて逃げる姿を見かけて……」

「…………」

「…………」

「……下っ端は…?」

「…い、いないね……」

 

外部からの頭痛に姉妹仲良く悩まされる事数十秒。自分がそれぞれ激突する直前まで考えていた事を思い出したわたし達は、城を背にして周辺を見回すけれど……どこにも下っ端の姿はない。…と、いう事はつまり……

 

「…逃げ、られた……?」

「…た、多分……」

 

顔を見合わせるわたし達。続いてわたし達はいつの間にか本に乗っていたいーすんとも顔を見合わせて……いーすんが首を横に振った瞬間、大いに落ち込むのだった。…み、見失った理由が情けな過ぎる……。

 

「ごめんなさいネプギア…わたしが不注意だったから…」

「謝るのはわたしの方だよお姉ちゃん…わたしが城に沿って下降してたから…」

「き、気を落とさないで下さいお二人共。ほ、ほら!自分で言うのも変ですが、無事人質は救出出来たんですから!o(^o^;)o」

「……!そ、そうだった!無事だったんですねいーすんさん!…よかったぁ……」

「…はい、ご心配をおかけしました」

 

自身を本ごと抱き寄せるネプギアに、いーすんは穏やかな微笑みを見せる。…その姿を見て、やっとわたしも実感した。わたし達の大切な仲間を、取り返す事が出来たんだって。

 

「お姉ちゃんも無事でよかった…わたし、心配したんだよ?通信妨害でお姉ちゃん達と連絡が途絶えちゃったから…」

「それはわたし達だってそうよ。もしも外で何か起きてたら……って、あら?ネプギアはどうしてここに?まさか下っ端が窓突き破る姿が見えて、そこからこの短時間で降下してきたの?」

「あ、ううん。それはね……」

 

わたしでも出来ないような芸当をしてきたのかとわたしが驚いていると、ネプギアはそれを否定し教えてくれる。つい先程ロムちゃんとラムちゃんが城を脱出してきて、中の事情を伝えてくれた事を。それを受けたイリゼとノワールが城内に突入し、ネプギアとベールも降下を開始した事を。その最中でネプギアは下っ端を見つけて、降下の結果わたしと激突してしまった事を。

 

「…そう、トリックは倒せたのね……」

「うん、ブランさんも無事みたいだし作戦は大成功だよ」

「なら良かったわ。逃げた残党も何割かは軍が見つけて捕縛してくれるでしょうし……っと、そういえば…」

「……?」

「…ネプギア、貴女あの下っ端と因縁があったりするの?彼女は貴女を大嫌いだって言ってたけど…」

「え?……それは…」

 

朗らかに笑うネプギアを見て、わたしも安心感から笑みを零す。…けど、わたしが彼女からの伝言を伝えた瞬間、ネプギアは何か思うところがあるかのように表情を曇らせてしまった。いーすんなら何か知ってるか…と思ってわたしは視線を送るものの、いーすんもそれには心当たりがない様子。

 

「…あの人…やっぱり、あの事を……」

「…ネプギア、下っ端を探してみる?」

「う、ううん。それよりまずは皆と合流しなきゃでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど…それでいいのね?」

「…うん、それでいい」

 

ネプギアの様子はとても気にしてないようには見えない。…けど、ネプギアはそれでいいと言った。思い当たる節がない表情でもなく、気にしないようにしてる表情でもなく、何かしら考えた上だと分かる表情でいいと言った。……なら、事情を知らないわたしが無理強いするべきじゃない。姉は妹を助ける存在ではあっても、自分の考えを押し付ける存在じゃないのだから。

外へ出た事で正常になったインカムを使い、わたしは皆へいーすんの救出成功を伝える。すると真っ先に聞こえてきたのはイリゼの声。それにわたしとネプギア、いーすんの三人は苦笑を浮かべて……それからわたし達は、ギャザリング城を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

──こうして、ギャザリング城での戦いが、リーンボックスでの戦闘を始めとする四天王トリックとの戦いが終わった。また一歩、わたし達は犯罪神への勝利に近付いた。…けど、この戦いは……様々な人の心に、何かを残す戦いでもあるのだった。




今回のパロディ解説

・どこぞのロケットなマフィア
ポケットモンスターシリーズに登場する敵組織、ロケット団(のトリオ)の事。下っ端は吹っ飛んだのではなく窓を突き破っていきました、勿論やな感じとも言っていません。

・ドロボーにンを足した一味
タイムボカンシリーズに登場する組織、ドロンボー一味の事。この後下っ端はお仕置きを…受けないでしょう。そもそも直属の上司は消滅してしまいましたし。


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第百三話 良い事と悪い事と

イストワールさんの奪還成功と、四天王トリックの討伐。途中想定外の事があったものの、ギャザリング城での作戦は完全勝利と言ってもいい程の結果を残して終了した。

 

「それでは、改めて…皆さん、この度は多大なるご迷惑をおかけしてすみませんでした。そしてこうして助けて下さった事を、心より感謝致します」

 

作戦を終えた私達が今いるのは、ルウィーの教会。いつものようにフィナンシェさんが淹れてくれたお茶で私達が一息ついていたところで、いつになく畏まった様子のイストワールさんがそう言った。そのあまりにも堅苦しい様に、私達は一瞬呆気に取られる。

 

「あの時は最善の方法だと思ったとはいえ、教祖たるわたしが敵の手に落ちるなどあってはならない事。ですので今後は同じような事のないよう…」

「ちょ、ちょちょちょっと待ってちょっと待ってイストワールさん!」

「…ラッスンゴレライ?」

「じゃないよ!私は一言目から芸人さんのネタパクるような性格してないよ!…そうじゃなくて、そこまで猛省するような事ではないですよイストワールさん…」

 

余計な茶々を入れてきたネプテューヌを一蹴して、イストワールさんに言葉を投げかける私。ネプテューヌは私がキレ気味に突っ込んだせいかちょっとしょぼんとしてたけど…今回は普通に余計だったんだから仕方ない。

 

「…そう、でしょうか……」

「そうですよ。確かに私達は一方的な要求をされましたけど八方塞がりだった訳じゃないですし、結果論ですけど四天王撃破に繋がった訳ですし。…それに、イストワールさんの選択は私達からしても最善だったと思いますもん」

「えぇ。こうして皆無事で帰ってこられたんだから、わたし達は畏まられるより素直に喜んでくれた方が嬉しいわ」

「イリゼさん、ブランさん……」

 

そう言ったブランの言葉に、救出組は勿論、私達の全員が同意しイストワールさんへと笑みを浮かべる。私達は誰もイストワールさんに迷惑をかけられたとは思ってないし、私なんかは無事だった事で心が一杯な位なんだから…ブランの言う通り、イストワールさんにはこれを負い目になんて感じてほしくない。そして、その気持ちはイストワールさんに伝わったみたいで……

 

「……では、先程の言葉に一つ付け加えますね。…助けてくれて、本当にありがとうございました。わたし、皆さんが助けに来てくれて、凄く嬉しかったです(*≧∀≦*)」

「うんうん、そう言ってくれた方が頑張った甲斐があるってものだよね。っていうかいーすん、教祖の自分が敵の手に〜…なんて言ったら、全員纏めて捕まったわたし達の立つ瀬がないって…」

「それは…な、なんというかすみません……(>人<;)」

「あ、謝るんじゃないわよイストワール…謝られたら余計に私達いたたまれないわ…」

「だ、大丈夫よお姉ちゃん!お姉ちゃん達がどんな思いであの選択をしたか、アタシ達は分かってるから!」

「ユニちゃん…多分それは更にお姉ちゃん達をいたたまれない気持ちにさせちゃう発言だと思うよ……」

 

イストワールさんが普段の調子に戻った事で、雰囲気もいつもの和やかさを取り戻す。……そう、私達の…私の大好きなこの空気感は、皆がこうしているから成り立つもの。誰かが欠けていたり落ち込んでいたりしたら、これに近い空気感は出せても同じにはならない。…だから、最後の四天王も倒して、犯罪神の復活を阻止したら、その時はまたパーティーメンバーや協力してくれた皆と集まりたいな。

 

「…そういえば、イリゼの表情もすっかり元通りになりましたわね」

「……?元通り…?(・・?)」

「あ、ちょっとベール!イストワールさんの前で言わないでよ!?」

「いいではありませんの、少し位話しても「駄目っ!」…むぐぐ……」

「イリゼさん、わたしのいない間に何かあったんですか?(´・ω・`)」

「い、いえ別に何もありませんよ!?えぇ特筆するような事は全く何も……」

「えー?イリゼさんちょっとあぶないかんじになってたよね?」

「うん、そんなかんじだった…」

「ちょぉっ!?ロムちゃんラムちゃん!?く、口封じするべき相手はこっちだったパターン!?」

 

……なんて思ってたのに、急転直下の衝撃展開。言わなくてもいい事を教えようとするベールに襲いかかり物理的に口封じするも、まさかのロムちゃんラムちゃんがカミングアウトだった。…あ、悪意はないって分かってるけど…無邪気さ故だって分かってるけど……だからこそ厄介過ぎる!

 

「は、はぁ…ではイリゼさん、その話はまた後程……( ̄^ ̄)」

「訊くんですか!?…うぅ、気になるなら私のいない場で第九十八話を読んで下さい……」

「メタ手段を頼る程嫌なんですね…はは……(^▽^;)」

 

最終的にイストワールさんには苦笑いをされ、ネプテューヌ達にはにやにやされ、ネプギアとユニには同情的な顔をされ、ロムちゃんラムちゃんはきょとんとしていて……なんというか、本当にいたたまれない私だった。さっきノワールもそう言ってたけど、これ絶対私が一番いたたまれないよ…分かるもん、間違いなく私が一番不憫だもん……。

 

 

 

 

三対一に加えてある意味お互いにとって相性の悪い相手だったからか、わたし達はほぼ無傷で戦闘を終える事が出来た。これは間違いなく僥倖で、戦闘結果としては最良レベルだと言ってもいい。

……でも、戦闘結果は最良でも…終わり方は、しこりの残るものだったと思う。

 

「……との事で、恐らく捕縛した残党の中で操られている者はいないと思われます」

「そう。でも一応全員に対処はしておいて。今はまだ顕在化してないだけの可能性もあるわ」

「そうですね。でしたら進行によっては…」

「えぇ、わたしも手を貸すし一度見に行くわ」

 

教会に帰還した数時間後。一休みしてから帰るらしい皆と別れ、わたしは作戦終了後の報告をミナから受けていた。

 

「…すみません、お疲れのところに仕事を増やしてしまって」

「構わないわ、この位。それに万が一の事があったら困るもの」

 

対処というのは、操られている人をその状態から解放する手立ての事。負のシェアエナジーによるものだという事を逆手に取り、正のシェアエナジーで相殺する事によって解放をするのがわたし達の導き出した救済手段。一応わたしやロムラムが手を貸さなくても解放(というより、解呪?)は出来るけど…当然シェアの扱いに長ける女神が行った方が効率は良い。……まぁ、それは片手間で出来る事じゃないから基本は任せるつもりだけど…最初はわたしも見に行くべきね。

 

「…それと、その前に少し寄り道してもいいかしら?」

「…と、いいますと?」

「ロムとラムに話があるの。二人の様子次第ではすぐ終わると思うけど」

「分かりました。…というより、ブラン様がお決めになる事なのですから、わたしに許可を求める必要はないのでは?」

「まぁ、それもそうね。じゃあ他に何か書類があればここに置いておいて」

 

そう言ってわたしは席を立ち、執務室を後にする。他人がいる状態で執務室を空ける形になったけど、ミナは悪戯とは無縁の人間だから問題ない。…というより、彼女が悪戯をしていたら病気か何かを疑うわ…。

 

「ロムとラムは部屋かしら……」

 

道中で会う事も考えて、軽く見回しながら歩くわたし。でも廊下でばったり会う事はなく、わたしは二人の部屋へと到着する。

 

「ロム、ラム。入ってもいいかしら?」

「あ、おねえちゃんだ」

「おねえちゃん、どうしたの…?」

「少し話が…って、あら…?」

 

ノックをし声をかけると、わざわざ二人共来て扉を開けてくれる。それを受けてわたしは部屋に入ろうとしたけど……そこで、部屋の中には二人の他にネプギアとユニもいる事に気付いた。

 

「あ、お邪魔してます」

「いや、ブランさんと一緒に教会へ来たんだから今言うのはおかしいでしょ…」

「う、言われてみると確かに……」

「あははっ、ネプギアってばおっちょこちょいねー」

「てんねん…?」

「ちょ、ちょっと間違えただけなのに凄い言われる…うぅ……」

 

ユニに指摘を受け、ロムとラムに弄られて軽くしょげるネプギア。そんな彼女達の足元(ネプギアとユニは座っているけど)には、魔導具や機械のパーツらしきものが色々と落ちていた。

 

「…お邪魔だった?」

「あ、いえ。アタシ達は遊…んでた訳じゃないですけど、やってたのは私的な事なんで。二人に用事があるなら席を外しますよ」

「そう?…じゃあ、少しだけいいかしら。出来るだけ早く終わらせるから」

『えー……』

「えー、じゃない。長い話をする訳じゃないんだから、我慢しなさい。それと、床のはそのままで構わないわ」

 

ぷくーっと頬を膨らませるロムラムとは対照的に、二人は嫌な顔一つせずに頷いてくれる。…ネプテューヌとノワールはしっかり妹を教育しているみたいね。ネプテューヌの方は反面教師になってる可能性もあるけど…。

 

「それじゃあわたし達は廊下で待ってるね」

「ブランさんの話ちゃんと聞くのよ?」

「むー、言われなくてもわかってるわよ」

「わかってるもん…」

 

そうしてネプギアとユニは席を外し、部屋の中はわたし達姉妹だけに。

 

「さて、じゃあ用事だけど…」

「おはなしって、なあに…?」

「あ!もしかしてしてんのうたおしたからチャンピオンせん?」

「ふぇっ!?じゃ、じゃあ…おねえちゃんが、はんざいしん…だったの…!?(がくがく)」

「ほぇ?…えっと、あいつらがふっかつかせようとしてたのがはんざいしんだから…おねえちゃんがいちばんわるいやつなの!?」

「な訳ないでしょうが……それだとわたしは味方の筈の四天王に捕まってた事になるのよ?」

『あ、そっか……』

 

……わたしにとってロムラムは大事な妹だし、可愛い妹でもあるし、これからは『仲間』としてもっと頼りにしようと思っている。…でも、やっぱり思う。ネプギアとユニを見た直後だからこそ、尚更思う。……なんで二人に比べてこうも精神年齢が低い(身体もだけど)状態で生まれてきたんだろう、って。

 

「…二人共、誤解は解けた?」

「う、うん…」

「へんなこと言ってごめんなさい…」

「それはいいわ。…じゃ、改めて……ロム、ラム。貴女達は、トリックを倒せた事を今、素直に嬉しいって思えてる?」

『…………』

 

ラムの冗談(本人は本気なのかもしれないけど)をロムが真に受け、更にロムの反応をラムが真に受けてしまうという、幼さと仲の良さによる連鎖勘違いを解消してから本題に…トリックとの戦いが残したものに、わたしは触れる。

この事を口にした瞬間、二人の表情は僅かに陰る。落ち込んでる、とか触れてほしくない…って訳ではないようだけど…何かしら思ってるところがあるのは、事実のようね。

 

「どうなの?二人共」

「えっと…」

「それは…」

 

再度わたしが訊くと、二人は揃って口籠る。……二人が何かしら思ってるのは、分かってる。でも、わたしは二人の口から聞きたい。何を感じて、どう思ったかを。

 

「…………」

「…………」

 

二人は俯いて、口を閉じる。考えているのかもしれないし、わたしに話す為に言語化しようとしてるのかもしれない。ただ二人が真剣にわたしの言葉を受け止めたって事は伝わってきたから、わたしも静かに二人を待った。そして……

 

「……もやもや、してる…」

「…うん…わたしももやもやしてる…」

 

顔を上げた二人は、そう言った。二人らしいシンプルな、飾らない本心の言葉で。

 

「…だと思ったわ。もやもやしてるのは…」

「うん。あいつが、あんなことしたから…」

「…かばって、くれたから……」

 

……その言葉を聞いて、わたしは安心する。ざまぁみろだとか、死んでせいせいしただとか思っていなくて。トリックが自分達を庇ったんだって、理解していてくれて。…だったら、どうのこうの言う必要はない。後訊かなきゃいけないのは、一つだけ。

 

「……だったら、二人はどうするの?」

「え……?」

「どうする、って…?」

「二人はもやもやしてるんでしょう?それは、時間が経てばすっきりするものなの?」

 

わたしの問いに、二人はきょとんとした表情を浮かべる。でも、それは予想通りの反応。

 

「…すっきり、しないと思う…」

「なら、どうする?もやもやのままでいい?」

「…それは、いや」

 

ロムがわたしの言葉を否定し、ラムもそれに続いて首を横に振る。…となれば、次に二人が言うのは……

 

「…じゃあ、どうしたらいいの?どうしたらもやもやしたのが消えるの?」

「おしえて、おねえちゃん…」

 

全く同じ表情をして、わたしを見上げるロムとラム。わたしを頼り、澄んだ瞳で答えを求める双子の妹。そんな二人にわたしは答えを言いたくなる衝動に駆られるけど……それをぐっと堪え、代わりにわたしは首を振った。…それは勿論、縦にじゃない。

 

「…残念だけど、それは教えられないわ」

「えっ…な、なんで……?」

「おねえちゃん、おこってるの…?」

「違うわ、ラム。わたしが教えないのは、怒ってるからでも、意地悪をしたいからでもないの」

「それなら、どうして…?」

「…それは、二人が考えるべき事だからよ」

 

…わたしが答えてしまえば、それで話は終わる。でも、それじゃ意味がない。だって、目的は『正解』を二人が認識する事ではないから。

 

「経緯はどうあれ、相手の考えはどうあれ、トリックが身を呈して守ったのは貴女達二人。だからわたしは答えられないの。わたしが教えたら、それは二人の『思い』じゃなくなってしまうもの」

「…でも、むずかしい……」

「そうね、これはとっても難しい事よ。わたしだって、すぐに答えは出せないと思う。…だからね、ロム、ラム。焦らずに、無理せずに、二人でゆっくり考えてみて。そのもやもやの正体が何なのかを。どうすれば…ううん、どうしたいのかを」

「…わたしとロムちゃんでかんがえれば、わかるかな…?」

「きっとわかるわ、だって二人はわたしの妹だもの。それに、考えなきゃいけないのは二人だけど、誰も頼っちゃいけないとは言わないわ。もし相談に乗ってほしいならいつでもわたしは聞くし…貴女達にも、頼れる仲間がいるでしょう?」

 

微笑みを浮かべながら、わたしは二人の肩に手を置く。……答えまでは、求めない。答えは過程の果てに、二人が満足いくまで考えた結果として出てくる『おまけ』であって、わたしは二人がこれをよく考えてくれるのならそれで十分だから。半分は女神として問うておくべき事だと考えているけど、もう半分は単なる姉のお節介だから。

 

「…………」

「…………」

「…どう?頑張れそう?」

「…うん。わたしたち、がんばってかんがえる(ぐっ)」

「ちゃんとかんがえて、おねえちゃんがすごいって思うようなこたえを出してみせるね!」

「えぇ、期待しているわ」

 

身体の前できゅっと両手を握る二人の目は、やる気に満ち溢れている。…これは熱意を持って考える事というより、落ち着いてじっくり考える事だと思うけど…やる気になっている二人に水を差すのは控えるべきね。わたしは二人に考えるよう言ったんだから、考え方は二人の自由にさせてあげないと。

 

「…さて、と。ネプギア、ユニ、待たせたわね」

「いえ、お構いなく。それよりもういいんですか?」

「わたし達、もっと時間が必要ならまだ待ちますけど…」

「大丈夫よ、話したい事はもう済んだから」

「そうですか?じゃあ、帰るまであんまりないし出来るところまで……」

「…あぁ、そうだ二人共」

『……?』

 

部屋の扉を開き、廊下で待っていた二人を呼ぶ。そして二人が部屋へ戻ろうとする寸前、わたしは呼び止め……言った。

 

「……ありがとう、二人の友達になってくれて。二人は我が儘で五月蝿いと感じる事もあるだろうけど…もし嫌でなければ、これからも二人と仲良くしてくれるかしら?」

「…ふふっ、勿論ですよ。ロムちゃんもラムちゃんも、わたし達にとって大事な友達ですから」

「…二人とは色々ありましたけど…今は仲間ですからね。言われなくてもそのつもりです」

 

……ロムとラムは良い子だと思うけど、完璧には程遠い。子供らしさが可愛い時もあるけど、同じ女神候補生であるネプギアとユニにとっては鬱陶しいと感じるかもしれないし、周りに気を使って付き合ってるだけかもしれない。…そう不安になる心がわたしにはあったけど……部屋に入った時のやり取りを見て、そんな心配は不要だって確信した。わたし達とは違う形だけど、候補生の四人もまた仲がいいんだって。

 

「おねえちゃん、ネプギアたちと何はなしてるの?」

「こんどは二人に、おはなし…?」

「何でもないわ。それより、終わったらちゃんと片付けておくのよ?」

『……?はーい』

 

気持ちの良い返答をネプギアとユニから受けて、わたしはその場を後にする。今日は無事イストワールを助ける事が出来て、四天王トリックを討つ事が出来て、ロムとラムの成長と妹達が築いた絆を見る事も出来た。イストワールの件に関してはそもそも起こらないのが一番良い事だけど…それでも今日は、幸福な一日だったと思う。様々な事が良い方に転がって、望んだ通りかそれ以上の結果を得る事が出来た、幸福な一日…………

 

 

 

 

 

 

 

 

──だと、思っていた。

 

「…あ、ブランさん( ・ω・)」

「イストワール…?」

 

執務室に戻ろうと歩く中、角を曲がってきたイストワールと遭遇する。

 

「執務室にいらっしゃられなかったので探していましたが…今もお仕事中ですか?(・・?)」

「いえ、まだ仕事はあるけど今は違うわ。…何か用事なの?」

「はい。一つ、ブランさんに伝えておきたい事がありまして…( ̄^ ̄)」

 

見た目も声音も妖精風のイストワールは、じっくり見ると気分が和んでしまいそうになる。…けど、彼女の雰囲気からわたしは、これから伝えられる話が決して和やかなものではないのだと察した。それに全員のいる場ではなく、わたし一人の時に話すというのも引っかかる。

 

「…何か、残党の不穏な動きがあったの?」

「…そう、ですね。残党絡みの話です。それも、ルウィーに深く関わる事柄です」

「……続けて」

 

イストワールの言葉から、彼女の十八番である顔文字が消える。…やっぱり、並々ならぬ話なのね…。

 

「わたしは短い間ですが、残党に捕まっていました。しかしトリックの趣味なのか拘束されるという事はなく、軟禁されている事を除けば客人の様な扱いを受けていたんです」

「知っているわ、その一片を垣間見たもの」

「そ、そうでしたね…こほん。…わたしが軟禁されていたあの部屋は、城の中核だからかトリックやあの場にいた残党以外にも様々な人物がやってきました。そして、その中で一人……気になる人物がいました」

「気になる人物…?」

 

わざわざそんな場所に軟禁したのは一体何故か。聞きながらわたしはふと思ったけど、それよりイストワールの話が気になって疑問を振り払う。…というか、トリックの事だからイストワールを近くにおいておきたかっただけの可能性が高い。

 

「…彼は、仮面を着けていたので断定は出来ません。しかし見えている部分や言葉遣い、それに雰囲気からわたしはある人物を思い出しました」

「……思い出したのは、ルウィーの住人の誰か…って、事?」

「そうです。そして、わたしの思い出した人物というのは……」

「…………」

「……ルウィーギルドの前支部長、アズナ=ルブです」

「……っ!」

 

……イストワールの言葉を聞いた瞬間、わたしはまさか…と思った。確かに彼は元々どこか胡散臭い印象のある人物だけど、個としての実力も組織の長としての能力もしっかりとある人間で、わたしや現支部長のシーシャだって一定の信頼を置いていたから。…でも、すぐにわたしも思い出す。

 

「…そう、言えば…最近彼は変な仮面を着けるようになったと聞いたわ…ねぇイストワール、その仮面って……」

「今はまだ同一の物かは分かりません。ですがイリゼさんは旅の中で彼と会っているようなので、形状の確認をしてみるつもりです。…ですが恐らく…わたしがギャザリング城で会った人物と彼は……」

 

最後までは言わず、そこで彼女は言葉を切った。…それは、曲がりなりにも味方である人物を疑う事への後ろめたさか、ルウィーの女神であるわたしへの配慮か。……でも何にせよ、これは確信がないから…と放っておける話じゃない。

 

「…ブランさん、彼の動向に注意しておいて頂けますか?信じたくはありませんが、彼は…アズナ=ルブは敵の可能性が、ありますから」

「……分かったわ。わたしが調査を行ってみる。それとこれは、断定出来るまでは他言無用にしてくれるかしら?」

「…はい。わたしもそのつもりです」

 

確証のない情報で混乱を招くのは避けたいし、独自の人脈を持つであろうアズナ=ルブならどこかから聞き付けてしまうかもしれない。…そう考えてわたしは他言無用を提案し、イストワールも頷いてくれた。

それからわたしはイストワールから会った人物の外見情報を聞いて、彼女と別れる。

 

「…………」

 

世の中何があるかは分からないもので、人の心もまた簡単には看破出来ない。自分と相手で考えている事が違うかもしれないし、自分には想像も付かない一面を相手が持っているかもしれない。……そう、頭では分かっているけど…

 

(…信頼出来ると思ってた人物がそうなると…やっぱり、心を乱されるものね……)

 

──人生は良い事もあれば悪い事もある訳で、某禁術でも使わない限り自分に都合の良い結果だけを選択する事なんて出来はしない。…でも、良い日だと思った直後に信じたくない事柄を聞く事になるなんて、幾ら何でも皮肉が効き過ぎている。……そう思う、わたしだった。




今回のパロディ解説

・ラッスンゴレライ
お笑いコンビ、8.6秒バズーカーの代名詞的ネタのワンフレーズの事。一応言っておきますが、イリゼの方はそれっぽく言ったりはしていません、悪しからず。

・「〜〜してんのうたおしたからチャンピオンせん?」
ポケットモンスターシリーズにおける、ポケモンリーグの基本仕様の事。原作では犯罪神がルウィー出身の設定がありますが、実はブランが黒幕…だったりはしません。

・某禁術
NARUTOシリーズに登場する瞳術の一つ、イザナギの事。このパロの時、実は水戸黄門のテーマソングも思い付いていました。勿論『人生楽ありゃ苦もあるさ』の部分です。


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第百四話 思案のひと時

ギャザリング城の戦いでトリックが討たれて、四天王の残りはマジックだけになった。ネプテューヌ達を助け、犯罪組織を崩壊させたあの日を皮切りに、それまでの下地もあってどんどん風が私達側に吹いてきている。……けど、順風満帆かと言われると…私は首を縦には振れない。

 

「ベール、こっちも制圧完了したよ!」

「えぇ!皆さん、彼等の搬送を頼みますわ!」

 

犯罪組織の残党が隠れ家にしていた洞窟へ突入した私とベール。そこには案の定操られた残党がいて、更には洞窟が二股に分かれていた為、私達は二手に分かれて制圧を行った。そしてベールからの通信により、外で待機していた軍人の皆さんも洞窟内へと入ってくる。

 

「お疲れ様です、イリゼ様!残党の拘束及び搬送任務、これより遂行させて頂きます!」

「はい。無力化したとはいえ相手は常軌を逸した状態、抜かりのないようお願いします」

「了解!」

 

私によって自立能力を失った残党を、軍人さん達が捕縛し外へと運んでいく。ここにいる残党は十数人。ベールの方も同じ程度らしいから、ここへ来ている方達だけで全員運び出せる筈。

 

「……潜んでる敵の気配は無し…うん、私も戻ろう」

 

搬送が始まってから数分後。てきぱきと運んでくれた事によりすぐに洞窟はもぬけの殻となって、私も未発見の敵がいない事を確認した後洞窟の外へと足を向ける。

 

「えぇ、と…ベールは……」

「貴女の後ろにおりますわ」

「あ……」

 

分かれ道になっている所まで戻ったところで声を上げると、狙っていたのか…と思う位にドンピシャなタイミングで、ベールの声が返ってきた。…もし女神化を解いていたら、そこそこ驚いていたかもしれない。

 

「……そっちも、大変だったみたいだね」

「…お互い様ですわ」

 

振り向いた私の隣に来たベールの顔には、べったりとした赤黒い血の痕。でも勿論、それはベールの血ではない。手を中心にこびり付き、白いプロセッサを赤く染める血痕は、全部残党を無力化する上で浴びた返り血。……私も、無力化する上で同じ位の血を浴びてきている。

 

「…顔が強張っていますわよ、イリゼ」

「え……そ、そう…?」

「少なくとも、わたくしにはそう見えますわ」

「…そっか…うん、そうかもね…」

 

自分ではそんなつもりはなかったけど…狙って顔を強張らせるというのも変な話。それに今私が考えていたのは、とても笑顔になれるような事じゃないんだから、強張っていたっておかしくはない。

 

「……けど、国はなくても私は女神。あんまり動揺してる様子は見せないようにしないと…」

「…久し振りに出ましたわね、イリゼの得意技……」

「え?……あぁっ!?わ、私またやってた!?」

「またやっていましたわ」

「うっそぉ…最近直りつつあると思ってたのに…うぅ……」

 

事が事だけにシリアスな思考になっていた私。…でも、そこでアレが…『考えている事をそのまま口に出してしまう』という、私の悪い癖が発動してしまった。この小っ恥ずかしい悪癖が、やる度弄られる私の弱点が、何ともまぁ雰囲気に合わないタイミングで発生してしまった。…こ、ここにいたのがベールだけでよかった…。

 

「いいじゃありませんの、しっかりしてるようでしっかりしてないイリゼらしくて可愛いですわ」

「そんな褒められ方しても嬉しくないよ…っていうかこの格好で可愛いとか最早ある種の狂気だよ…」

「そ、それは確かにそうですわね…早く帰るとしましょうか……」

 

何とも言えない複雑な気持ちになりながら、私達は洞窟を後にする。これから向かうのは、勿論リーンボックスの教会。

 

「…他の皆も、終わった後はお風呂入ってるのかな…」

「だと思いますわよ?汗と同じで引き継がないとはいえ、べったりした感覚は流しておきたいですもの」

「…汗と同じ、か…ちょっと思い出すね……」

「あぁ…ほんとにあの時は危険でしたわ、色んな意味で…」

 

私達は、残党の無力化戦闘を行った後時間がある場合は極力お風呂に入るかシャワーを浴びるようにしている。それは勿論洗い流すのが目的だけど…それと同時に、女性にとっての憩いの一つである入浴によって心を落ち着ける事も狙いにしていて、場合によっては更に入浴後ベールとティータイムに興じていたり…。……え、何を思い出してたのかって?…き、訊かないでよ…分かってるんでしょ……?

…なんて考えながら飛ぶ事数十分。教会上空付近まで来た私達は下降を開始し……

 

「……あら?」

「どうしたの?…って、あれは…エスーシャ?」

 

見覚えのある人影を発見した。…エスーシャが教会に来るなんて珍しい…(私は長くここにいる訳じゃないから、最近あまり来ていなかっただけかもしれないけど)。

 

「よっと。エスーシャ、ベールに用事?」

「うん?…あぁ、君か…その様子だと、日を改めた方がよさそうだね」

「いえ、少々待って頂けるのであれば構いませんわよ?…用事はあの事でしょうし」

「なら、中で待たせてもらうとしようか」

「……?」

 

短いやり取りで二人は意思疎通を交わし、教会の中へと入っていく。…けど、二人の持つ共通認識のない私にとっては何が何だかさっぱり分からない話。そしてベールもエスーシャもその説明もしてくれず……結果私は、ぽかんとしながら一人置いていかれるのだった。

 

 

 

 

操られた残党の制圧と殺さずに行う無力化には、女神の力が必要不可欠。でも恐らくそれは残党側も分かっている筈で、極力殺したくはない私達の心境に付け入ってまた陽動に使ってくるかもしれない。

なら、どうするか。付け入られないよう助けるのを諦める…なんてのは論外。すぐ戻れるようギリギリまで野放しにするというのも、その分国民を危険に晒す事になるからこれも論外。…だから、私やユニだけで何とかしようとするんじゃなくて…力のある人に、動ける組織に補ってもらうのが妥当な策。

 

「送られてきた初期生産分の魔光動力炉は、全基搭載が完了したぜ」

「ありがとうシアン。光学兵器の実戦試験はどんな感じ?」

「そっちはもう少しかかるかな…ノワールとユニが対大型兵器をもっと軍に任せてくれれば、試験もスムーズに進むと思うが……」

「より安全且つ確実に戦う為の試験で危険を背負わせちゃ本末転倒よ。…まぁ、貴女の言う事も最もと言えば最もだけど…」

 

わざわざ教会まで来てくれたシアンを執務室に招き入れ、お茶を飲みつつ報告を聞く。実戦試験なんだから、性能を遺憾無く発揮出来る戦闘じゃなきゃ…って意見は分かるけど……

 

「……シアン、自分が作っている物は人の命を守る為の機械だってのは分かってるわよね?」

「勿論。…機械ってのは、ほんの少しのミスでも人に取り返しのつかない怪我を負わせる事があるんだって、わたしはそこらの技術者よりずっと理解してるつもりさ」

「…そうよね、疑うような事言ってごめんなさい」

「気にすんな、これ位。それよりノワールこそ、一人でも多く助けようと無茶してないだろうな?」

「大丈夫よ、私は無茶する側じゃなくて無茶しようとしてる人を止める側だから」

 

ティーカップ片手にじーっと見てくるシアンに対し、私は肩を竦めながらそう答える。ネプテューヌといいイリゼといい私の周りには即決で無茶しようとする人がいるし、最近はユニもそっち側な気がし始めてるんだから、この私がクールさを失う訳にはいかないのよね。

 

「…うん、まぁ…自信のないトップよりは自信に溢れるトップの方が国民としては安心出来るしな……」

「え?…もしかして、地の文読んだ…?」

「いや、シンプルに雰囲気から伝わってきた…」

「ふ、雰囲気で?…そんな、私は顔や雰囲気には出ないタイプだと思ってたのに…」

 

……と、心の中で頷いていたらシアンに半眼で指摘されてしまった。……シンプルに恥ずかしい…。

 

「…こ、こほん。ともかく私は心配無用よ。それより貴女は社長なんだから、私よりも社員の心配をしてあげなさい。…勿論、自分自身の心配もね」

「分かってるさ、じゃ…わたしはそろそろ戻るとするよ」

 

そう言ってシアンはソファから立つ。私としてはもう少し話していてもよかったけど…そもそもシアンが来たのはMG関連の報告の為。仕事として来ている以上、私はよくてもシアンからすれば引き止められるのは困るかもしれないんだから、素直に見送るのが良い友達ってものよね。

 

「……けど、無茶…か…」

 

ソファから仕事机に戻りながら、ふと私は考える。無茶をする人の代表格はネプテューヌで、ネプテューヌクラスの無茶をする人はそうそういないけど……

 

(ケイといいケーシャといい、無茶…っていうか頑張り過ぎちゃう人が多いのよね、私の周りって)

 

人によって個人差があるし、頑張り過ぎててもあんまり無理してるようには見えない場合もあったりするけど、オーバーワークは身体の為になる筈がない。だからそういう人には誰かが無理するなって、必要以上に背負わなくてもいいんだって言ってあげなきゃいけないし、そういう配慮をしてあげるのも女神の務め。女神が守るのは、何も身体だけじゃないんだもの。

 

「…視察とか様子見って名目で、労いに行ってあげるのも良いかもしれないわね。それで大変そうならこっちで調整してあげて、手の回りそうにない部分は私が……」

 

置いたままにしていたペンを頬に当て、頭の中で頑張り過ぎちゃってそうな人をピックアップしていく私。その人達になんて声をかければ肩の力を抜いてくれるか想像して、心配にならないようフォローの用意もして…なんて色々考えていく内に、さっきのシアンの言葉が頭をよぎった。──一人でも多く助けようと無茶してないだろうな?…って言葉が。

 

「…無茶してる人を助ける為に自分が無茶なんてしたら、皆に気を遣わせちゃうわよね…シアンの忠告はしっかり受け止めておかなきゃ…」

 

戦闘ならともかく、こういう対人関係絡みの無茶は意外と気付き難いものだし、私にとっては無茶じゃなくても周りの目には無茶だと映ってしまうかもしれない。…これをシアンに言われなきゃ気付かなかったかもだなんて、私もまだまだね。

 

「…女神としてじゃなく、友達や知人として気にかける…相手によってはそっちの方がいいかもしれないわね。お互いの為にも」

 

私達は残党に対し、後一歩で王手をかけられる状態にまでもうきている。でも犯罪神の完全復活を阻止するまでは油断出来ず、もしかすると残党側はまだ起死回生の手段を残しているかもしれない。だからこそ、女神はいつでも十全の力を発揮出来る状態でいなきゃいけない……そうよね、皆。

 

 

 

 

イストワールからアズナ=ルブへの容疑を聞いて以降、わたしは勾留中及び処分を下した後の元犯罪組織構成員から、彼女が見た仮面の男の情報を収集していた。希望的観測を極力廃して、務めて冷静に。

 

「…………」

 

情報を得ていく中で分かったのは、例の強奪MGのパイロットがその男である事と、その男は犯罪組織の中でもかなり自由に立ち回れる立場であった事。戦術眼や判断力の高さを買われ、指揮や参謀を任された事もあったらしい。そして何より……聞いた構成員の中にも、彼からルウィーの前支部長を連想した人間が何人かいた。

 

(…100%そうだと決まった訳じゃない。でも、現実的に考えれば……)

「何か悩み事かにゅ?」

「と、いうより考え事のようだな」

「あ……」

 

わたしがあまり気分の良くない思考に沈み込みかけている中、それを遮るような声が聞こえてきた。……でも、わたしはそれに不満を抱いたりしない。だって…今は休憩がてら、ルウィーに来てくれているMAGES.、マベちゃん、ブロッコリーの三人とお菓子を摘んでいる最中だったんだから。

 

「…もしかして、わたし達の事忘れてた?」

「……ごめんなさい、その通りよ…」

「やはりか…」

「気にするなにゅ。それならそれでブランの分まで食べるだけだにゅ」

「え?……あ、いつの間にか思った以上に減ってる…」

 

空腹ではないとはいえ、折角のお菓子を食べ損なうのは正直惜しい。それにわたしが呼びかけて来てもらったのに、その当人が心ここに在らずじゃ失礼というもの。…我ながら休憩中に相応しくない態度を取ってしまったわね…。

 

「…で、何を考えていたの?」

「…仕事の事よ」

「またざっくりした返答だね…犯罪組織絡み?」

「そんなところ」

「普段以上に素っ気ない反応だにゅ」

「あぁ。となれば、考えているのは余程の事なのだろう」

「…………」

 

安直に他言出来ないから考えていた事は極力分からないようにしたのに…とんとん拍子で推理されてしまった。……別次元組は基本頭が回るのが厄介ね…普段は頼もしいけど。

 

「…あまり深く詮索しないで頂戴。皆の協力が必要だと思ったら、その時はちゃんと話すから」

「別に詮索しようとしていた訳じゃないにゅ。ブロッコリーはちょっと訊いてみただけだにゅ」

「わたしも同じくだよ」

「…待て、立て続けに二人がそう言うと私が詮索していたみたいになるだろうが……」

「別に問い詰めていた訳じゃないんだけどね…」

 

少したじろぐMAGES.と、それを見て「してやったり」みたいな顔をしているマベちゃん&ブロッコリー。そしてわたしは、そんな三人のやり取りをお菓子片手に眺めていた。

 

「くっ、こんな何気ないやり取りの中で嵌められるとは…まさか二人は、私に差し向けられたストラトフォーのエージェント……」

『だと思う(かにゅ)?』

「…むぅ……」

「楽しそうね…。…少し、助言…というかアドバイスをしてもらいたいのだけど、いいかしら?」

「……?何に関する事だにゅ?」

「さっき考えていた事よ」

 

三人が雑談(二人によるMAGES.弄り?)をする中、わたしはシーシャの事を考えていた。…それは、アズナ=ルブの件を真っ先に伝えるべき相手の一人が彼女だから。

シーシャはアズナ=ルブを信用している。アズナ=ルブの方もシーシャを自分の後任として推薦する位には実力を認めているんだから、もしシーシャがこの情報を聞いたらきっと彼女は驚くと思う。何だかんだしっかりしてる彼女なら、現支部長としてするべき事を考えてくれると思うけど…それでもやっぱり、伝える事へは躊躇いがある。でも伝えないという訳にもいかなくて……

 

「…皆は、伝え辛い事を誰かに伝える時、どうやって伝えてる?」

 

…わたしはそんな、少し子供っぽい質問を口にした。それに皆は少し驚いて……けど、わたしが真面目に訊いているのだとすぐに察してくれた。

 

「どう、か…上手い事相手に気付いてもらえるのならそれが一番楽だが…」

「そう上手くはいかない事の方が多いもんね。…うーん…前置きとか流れとかはともかくとして、結局は正直に伝えるしかないんじゃない?」

「…小細工しても意味ない、って事?」

「ブロッコリーもそう思うにゅ。心配なら伝え辛い部分を口にした後フォローを入れるのはどうだにゅ?」

「そう、ね……」

 

数秒考えて、順番に答えてくれる三人。三人ともあんまり自信のなさそうな顔ではあったけど……それでもわたしは、聞きたい答えが聞けたと思った。

 

「…うん、ありがとう皆。参考になったわ」

「そう?当たり前の事しか言ってない気がするけど…」

「問題ないわ、わたしが思っていたのと同じような答えだったから」

『……?』

 

返答に不思議そうな顔を三人が浮かべる中、わたしは残り僅かとなったお菓子の一つを口に放る。

元々わたしも、正直に話すしかないかも…と思っていた。だからこそ、三人も同意見だと分かって『安心』が出来た。…長い物には巻かれろ…じゃないけど、同意してくれる人や同意見の人がいるというのは、自分の考えに対する自信に繋がるものよね。

 

「さて、いい感じに休憩も出来たしわたしは少し出掛けてくるわ」

「なら、私も出掛けるとしよう」

「ブロッコリーは書庫にお邪魔させてもらうにゅ」

「何かあったらすぐに言ってね。その為にわたし達は滞在してるんだから」

「えぇ、その時は頼りにさせてもらうわね」

 

それぞれに立って、雑談を終えたわたし達は個々の活動へ分かれていく。わたしが出掛ける先というのは…勿論、ルウィーのギルド。…シーシャにとってわたしが伝える話は、まず好ましいものじゃない。でも、後回しにしても解決しないどころか状況が悪くなってしまう事もあり得るんだから、きちんと伝えて一緒に対策を考えなきゃいけない。……それが、女神として…彼女の友達としてするべき事だから。

 

 

 

 

「うーん……」

 

手を組んで、もう座椅子と一種と言ってもいいんじゃないかって位大きいクッションに座って…呟く。

 

「…あれ?お姉ちゃん、これ第八十七話だっけ?」

「お、メタ発言にも慣れてきたねネプギア」

「ふふっ、これ位出来なきゃお姉ちゃんとイリゼさんに主人公として見劣っちゃうからね。…で、今日は何を考えてるの?」

「何も考えてないよ?」

「あ、そうだったんだ」

「…………」

「…………」

「……え、突っ込まないの!?突っ込んでくれないの!?」

「えぇっ!?」

 

順調にネプギアがわたしっぽく成長してる事に気分が良くなったわたしは、微笑みながらボケを追加。さてネプギアはなんて反応してくれるかなぁ、と思いながら待っていると……まさかの何も突っ込んでくれなかった。

 

「うぅ、ボケたつもりだったのに流された…」

「ご、ごめんねお姉ちゃん…わたしボケてる訳じゃないものだと思って…」

「そっか…ってそれわたしが素で何も考えてないのにうーんとか言っちゃう人だって言ってるようなものだよ!?おふざけ的なボケじゃなくて、違う意味でのボケが起こってる人の場合だよ!?ちょっ、ネプギアはわたしを何だとおもってるの!?」

「えと…憧れのお姉ちゃん…?」

「ズルい!その返しはズルい!…いつの間にそんな強かになったのネプギア…」

 

戦いにおいて駆け引きの技術っていうのは必要なもので、その技術もわたしはネプギアに習得しておいてほしいと思っている。…でも、出来ればわたしとのやり取りの中では使ってほしくなかったよ…多分ネプギアの事だから無自覚にやっちゃっただけだと思うけど…こういうちょっと天然な部分も可愛いけど……。

 

「…よ、よく分からないけど…ほんとにごめんね…」

「ううん、わたしのボケが招いた事だから気にしないで…」

「う、うん…それでお姉ちゃん、ほんとは何を考えてたの?」

「…それはね、マジックのしてきそうな事だよ」

 

ちょっと微妙な空気になった後、改めてネプギアは何を考えていたのか訊いてくる。ここでまた同じネタをする事も出来たけど…なんかクドくなりそうだったから、わたしは普通に返す事にした。

 

「マジックのしてきそうな事…?」

「うん。わたしはギョウカイ墓場でマジックと戦ったでしょ?だからその時聞いた事、感じた事から考えれば次の動きが分かるかな〜って」

「そっかぁ…じゃあ、何か思い付いた?」

「勿論!…って言いたいところだけど、流石に行動までは分からないんだよね…マジックは犯罪神の狂信者って感じだから、何をしてきたっておかしくはないと思うけど…」

 

他の四天王は多かれ少なかれ自分の目的があるっぽい様子だったけど…マジックだけは、犯罪神の復活以外に眼中がないようだった。読者さん的には本作シリーズにおける狂信者といえば前のガナッシュだと思うけど…あれとは別パターンって感じかなぁ。犯罪神が自分の全て!犯罪神絶対、それ以外不要!…的な。

 

「…まぁ、だから今は警戒とか残党の鎮圧とかを地道に進めるしかない…ってのが結論かな」

「…大丈夫だよ、それでも。きっとわたし達なら大丈夫」

「……それって、根拠は?」

「うーん…今出来る事に希望を持つのと、出来ない事で不安になるのとだったら、希望を持つ方が良いと思ったから…じゃ、駄目?」

「…ふふっ、ネプギアも格好良い事言うようになったね」

「そうかな?…だとしたらそれは、皆のおかげだよ」

 

そう言ったネプギアは、にっこりと微笑んだ。……ネプギア達が助けに来てくれたあの日から、わたしは何度もネプギアの成長した姿を見てきた。それは強さだったり、経験だったり、覚悟だったり色々だけど…やっぱり一番感じるのは、心の成長。

 

「うんうん。それじゃあネプギア、次にマジックと対面した時はわたし達で…皆で勝とうね!」

「うん!頑張ろうね、お姉ちゃん!」

 

にぱーっと二人で笑い合うわたし達。まだまだ教えてあげなきゃって思う事は色々あるけど、今もネプギアはちゃんと女神を出来てるって…そう思うわたしだった。

 

 

 

 

 

 

「……なーんて明るい感じで終わったのに、次の話でいきなり暗い展開だったり鬱展開になってたりしたらびっくりだよね!」

「え!?な、なるの!?次回そうなの!?」

「さぁ?」

「さ、さぁって…だ、大丈夫ですからね!?いきなりそんなどん底に落ちるような事はないですから、皆さん安心して下さいね!……多分!」

 

……という訳で、久し振りにオチ的ギャグで終わる第百四話だった。じゃあ皆、次の話もお楽しみにね〜!

 




今回のパロディ解説

・ストラトフォー
Steins;Gate 0に登場する組織の一つのパロディ。言っているのがMAGES.なので、パロディというか元ネタのネタ…と言うべきかもです。どちらにせよパロディですが。

・犯罪神絶対、それ以外不要
カードファイト‼︎ヴァンガードシリーズに登場する組織、フーファイターの作中初期方針のパロディ。本作のマジックは、ほんとにそんな感じとして書いております。


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第百五話 狙うは起死回生か

犯罪組織残党に大きな動きがなく、ただ散発的に発見される隠れ家の制圧を軍人さんの協力を得たわたし達が行う…そんな日々が暫く続いた。もう残りの残党が僅かなのか頻度も少なければ隠れ家にいる残党も少なくて、なんだかもう終息に向かっているみたいだった。

でも、そんな訳ない。四天王がまだ残っているし、犯罪神も力の鱗片を見せられるだけの状態になってたのに、こんな尻切れとんぼな感じで終わる訳がない。…お姉ちゃん達は、そう考えていた。

 

「ただいま〜。今日も異常はなかったよー!」

「お疲れ様です、ねぷねぷ」

「お昼、先に頂いているよ」

 

いつものように皆さんと一緒に食べるお昼ご飯。その最中に、国内の見回りに出かけていたお姉ちゃんが帰ってきた。

 

「むー。わたしが安全と安心の為に飛び回ってる中、誰一人としてご飯食べるのを待ってくれないなんて…」

「待ってくれないも何も、これはねぷ子が朝だらけてたせいで仕事が遅れて見回りが今の時間まで食い込んじゃった結果でしょ?」

「それはそうだけど…うぅ、誰か腹ぺこなわたしを労ってくれる人は…」

「……あたし、さっきクエスト帰りに商店街で食べ物を貰ってるネプテューヌさんを見たような気が…」

「うっ…ま、まさかあの場を見られてたなんて…」

「あはは…(もしかしたら、それで多少お腹が溜まったから帰ってくるのも遅くなったとかだったりして…)」

 

表情をころころ変えながらお姉ちゃんはテーブルの近くへ。…実を言うと、先に食べてる事にはちょっとだけ申し訳なさがあったんだけど…今のやり取りを聞いていたら、自然と「まぁ、いっか」って気持ちになった。……あ…もしやお姉ちゃんや皆さんは、わたしが申し訳ないって思ってるのを察して今の会話を…?

 

(…だとしたら、やっぱり皆さんは凄い…!)

((……?何故か(ネプギア・ギアちゃん)から羨望の視線が……))

 

わたしは皆さんへの尊敬を胸に抱きながら、ご飯を口に。やり取りも丁度そこで終わって、お姉ちゃんも食べ物を取って(持ってきたのは脂っこいものとか甘いものとかばっかりだった。…お姉ちゃん……)わたし達のいるテーブルへと戻ってくる。

マジックや残党が何を考えているのか分からないとはいえ、わたし達女神がピリピリしてたら周りが不安になっちゃうし、午後のお仕事(今日の午後はわたしが見回り担当)の為にもお昼はしっかり食事と休憩を取らなきゃいけない。……なんてそこまで深く考えてる訳じゃなく、ただわたしは賑やかなご飯の時間を楽しんでいて……

 

『……!?』

 

──その瞬間、わたしとお姉ちゃんの携帯端末が……続いてコンパさんとアイエフさんの携帯端末も音を鳴らした。…ほぼ同時に四人の物がなるなんて、普通じゃない。

 

「ねぷっ!?こんぱとあいちゃんも!?な、何事!?まさかの前話でネプギアが最後に言った『多分』がフラグになっちゃったパターン!?」

「分からないけど、只事じゃないでしょうね!」

「うぅ、まだハンバーグは一口しか食べてないのに!」

 

弾かれるように、わたし達は携帯を耳に。画面に映っていたのは、警察組織の高官さんの名前。

 

「もしもし!何かあったんですか!?」

「はい!例の状態に陥った犯罪組織残党と思しき者達が、中心街にて一切に暴れ始めました!ただ今我々は鎮圧に動き始めましたが、一筋縄ではいかないと思われます!この情報をパープルハート様にもお伝え願えますでしょうか!」

 

わたしも落ち着いた口振りでは無かったけど…高官さんの切羽詰まった様子は、わたし以上だった。そして……その言葉で、わたしの中のスイッチが完全に切り替わる。

 

「お姉ちゃん!今、中心街で大変な事が!」

「分かってる!いくよネプギア!」

「待った、それよりまずは正確な情報を得る事が先でしょ!どうも緊急事態なのは一ヶ所だけじゃないみたいなんだから!」

「……っ…そ、そうだね…皆、着いてきて!情報は…」

「情報なら既にわたしが取り纏めている最中です!」

 

インカムを耳に着けながら走り出すお姉ちゃん。それに続いてわたし達も走ろうとしたけど…それよりも先に、いーすんさんがやってきた。…それはもう、凄い速度で。

 

「流石いーすん!じゃあ簡潔に教えて!」

「起こっているのは残党の大規模な攻撃、それも四ヶ国同時にです!更にはギョウカイ墓場からモンスター及び大型兵器が各国へ向けて進行中!確認されている戦力から考えるに、恐らくこれは最後の逆転を懸けた乾坤一擲の作戦でしょう!」

「じゃあ、今戦いが起きてるのは中心街だけなんだね!?」

「そうなります!」

 

四ヶ国同時…って事はつまり、戦いが起きてるのはプラネテューヌだけじゃないって事。反射的にわたしは皆の応援に行きたいって思ったけど、自分の国でも戦闘になってるのに自国を開けるなんて出来ない。でもやっぱり皆や他の国の事も気になっちゃって……それが今のわたしとお姉ちゃんの差、だった。

 

「だったら現場の指揮はわたし達で取るから、いーすんは後方指揮しながら情報の取り纏めを続けて!あいちゃんは諜報、こんぱは怪我した人の手当てに回って!ファルコム二人はネプギアと一緒にモンスターと兵器の迎撃をお願い!ネプギア、わたしは残党の制圧をするからネプギアには迎撃の指揮を頼んでもいいかな!?」

「あっ、う、うん!」

「皆、危ないと思ったら無理せずその場から退いてね!それじゃあ、行動開始よッ!」

 

振り向いたお姉ちゃんは、わたし達全員に迅速な指示を出す。状況を考えて、あまり細かくなり過ぎない指示を。……わたしが起こった事態そのものを見ている間に、お姉ちゃんはその一歩先を見て、二歩先の動きを始めていた。

女神化をして、お姉ちゃんはその場の大きな窓から飛び出す。普段は緊張感のないお姉ちゃんが、女神化前から女神化状態の時みたいな姿を見せた事に皆驚いていたけど…それも、一瞬の事。

 

「…凄いね、守護女神って…二人共、あたし達も行こう!」

「はい!ネプギア、あたし達は飛べないから先に行って!」

「わ、分かりました!えっと…お姉ちゃんと同じ事ですけど、皆さん気を付けて!」

「えぇ、ネプギアこそね!」

「怪我をしたらすぐ連絡して下さいです!」

 

二人のファルコムさんはわたしを見て、コンパさんとアイエフさんは廊下へ駆ける。…声をかけられて、その様を見て……わたしも冷静になった。

 

(そうだ、今は国と国民の皆さんを守らなきゃ…!わたしは女神、それが役目で…そうやって経験を重ねる事で、わたしは成長してきたんだから…!)

 

ただ心を乱していたわたしと、心を乱さず…ううん、きっと心を乱しながらも考えて動き始めていたお姉ちゃん。それはお姉ちゃんとの歴然な差で、自分の女神として駄目な部分を見る事になるのは辛かったけど……今のわたしは、昔のわたしじゃない。駄目だからわたしは…じゃなくて、今は駄目でも頑張ろうって思えるのが、今のわたし。それに皆さんはもう動き出しているんだから、わたしだって動かなきゃいけない。…だってわたしの強さは、仲間と力を合わせる事だから。

女神化をし、お姉ちゃんが開けっ放しにした窓からわたしも外へ。もうわたしの中に後ろ向きな気持ちはない。今のわたしの心にあるのは、出来る事を、任された事を精一杯頑張ろうって気持ちだけだった。

 

 

 

 

油断をしていた訳じゃない。犯罪組織は元々わたし達の目を盗んで戦力を整えたり、わたし達守護女神が捕まっていたとはいえ信者を大量に獲得したりと、油断ならない要素は幾つもあったし、それをわたし達は認識していた。だから警戒をして、毎日ネプギアと分担して見回りもしてたのに……今この瞬間の動きを、わたし達は全く察知出来なかった。

 

「残党はどこに向かっているの!?プラネタワー!?それとも軍の本部!?」

「分かりません!残党の動きは統率がなく、てんでばらばらです!」

「バラバラ!?…いいわ、なら出来る限り一ヶ所に集めて頂戴!」

 

全力で中心街へと向かいながら、対応に動いている全組織に連絡を飛ばす。移動の時間を少しでも有効に使う為に、守護女神であるわたしももう動いていると伝える為に。

 

(今確認されてる残党の目的は、プラネテューヌを落とす事じゃないの?だとしたら、これは陽動?それとも何か別の狙いが…?)

 

操られた人の身体能力は、『人間』の域を超えかけているレベル。でも所詮は超えかけてる程度で、バラバラに動いているなら軍や警察機構の分隊程度でも十分対応は可能。つまりこれは…はっきり言って、無駄な犠牲を払うだけの行為。…幾ら残った四天王のマジックが犯罪神の復活を第一に考えているとはいえ、こんな作戦を実行してくるかしら…。

 

「…いや、それはあいちゃんやいーすんが調べてくれてるわよね。これから相手にするのは操られてる人達なんだから、目の前の事に集中しなきゃ…」

 

風に乗って聞こえてきた発砲音。そこから一気にわたしは下降し、隊列を組んで牽制を行う軍人の間を駆け抜ける。

 

「……!?ね、ネプテューヌ様!?」

「ここまでよく耐えてくれたわ!こういう場合の動きは頭に入っているかしら!?」

「あ…は、はい!勿論であります!」

「だったら援護を頼むわ!別方向からくる残党にも気を付けなさい!」

 

勢いそのままに残党へ肉薄。某六式もかくやの三連撃で両腕と右脚の健を貫き、三撃目を引き抜くと同時に次の残党へ。

 

「は、速ぇ……」

「速いってか、見えなかった…」

「あぁ、だがぼさっとするな!俺等の目的はネプテューヌ様の勇姿を観戦する事じゃないんだぞ!」

 

わたしの参戦で止まっていた軍の行動は、その数秒後に再開される。それを受けて次々と残党を強襲するわたし。

生半可な攻撃じゃ止まらない残党だけど、じゃあ行動不能に出来るだけの攻撃以外は意味がないかと言えばそれは違う。多少の怪我は無視するし、捕縛されたら骨が折れてでも動こうとするけど、わたしが見る限りそれは意味があるから。数人ずつしか通れない様な通路を十数人で入ろうとしたり、超えられない高さの壁の前で延々と跳んだりはしないように、避けられる攻撃を避けずにその場で行動不能になる…なんて完全に無意味(厳密にはほんの少し弾薬や行動不能にする為の時間を消費させられる訳だけど、そんなの割りに合わな過ぎて無意味とほぼ同義)な行為だから、残党は受けずに避けようとする。そして避けるという事は、残党の攻撃が遅れるという事。一瞬でも遅れてくれるのなら……それはわたしにとって大助かり。

 

「数人でかかってこようったってッ!」

「め、女神様!後ろです!」

「大丈夫、その攻撃も認識済みよッ!」

 

左側面から三人で同時に飛びかかってきた残党。わたしはその内真ん中の一人を蹴り飛ばし、左右の二人は振り被った腕の健への抜き手で撃墜。それから即座に振り向き跳んで、下がりながら背後からの攻撃も目視で確認。直後に腕を捻り上げる事で攻撃を凌ぎ、叩き落とすと同時に脱臼させた。

 

「ここにいるのは後四人…だったら!」

 

先程蹴り飛ばした残党を引っ捕まえ、一飛びで別の残党の眼前へ。その残党も一瞬で捕まえて、わたしは周囲を飛び回る。そうして残り二人が背後に来た瞬間……わたしは捕まえた二人を投げ付ける。

 

「悪いわね、少し乱暴になっちゃって…ッ!」

 

投げた二人は追いかけてきた二人にぶつかり、四人まとめて倒れ込む。その四人へわたしは飛びかかり…反撃の隙も与えず制圧した。

これで、この場にいる残党は全て制圧完了。でも、この場にいたのは現れた残党の一部に過ぎない。

 

「今、この場で急を要する程の重傷者は!?」

「確認されていません!」

「よかった、じゃあわたしは他の所へ行くわ!貴方達は周辺警戒を怠らないように!」

 

そう訊きながらも見回して、重傷者や隠れている残党がいないか確認した後わたしは飛翔。いーすんから今現在の激戦区を聞いて、そこへ向かって猛進する。…それはまるで、普段の戦いのような切り替えの早さで。

 

(……慣れちゃったのね、自分でも分かる…)

 

覚悟はとうに出来ていたし、同じ行為を重ねていけば慣れてしまうのは当然の事。…でも、それはとても心苦しかった。人を傷付ける事に慣れて、心の中にあった筈の躊躇いが少しずつ弱くなっていくのが、本当に本当に嫌だった。……だからこそ、わたし達は早くマジックを倒し、犯罪神の復活を阻止しなくちゃいけない。

 

(守る為に、傷付ける…例えそんな矛盾を孕んでいても、わたしは戦い続ける…それが、女神ってものよ…!)

 

──それは、正しさとか合理性だとか、そういう事じゃない。そこにあるのは、ただの……わたしの、信念。

 

 

 

 

お姉ちゃんが別の場所で戦う中、ギョウカイ墓場から来る敵を多くの人と共に迎撃する。……随分前にも、そんな事があった。…随分、って言う程前かどうかは微妙だけど…体感としては、凄く前の事に感じる。

 

「攻撃の中心はMGによる空爆とパンツァー部隊の長距離砲撃です!巻き込まれないよう前に出過ぎず、抜けてきた敵を確実に仕留めるつもりでいて下さい!」

 

ビームとミサイルが次々と放たれる中、わたしはM.P.B.Lで射撃を行いながら声を張る。ここにいる人の大半は通信機なり何なりを持っているみたいだけど……砲撃音に掻き消されないようにするには、声を張るしかない。

 

「パープルシスター様、第一次空爆が只今終了!これより対空迎撃及び火力支援に入ります!」

「はい!小型のモンスターはある程度無視しても構いません!大型のモンスターや兵器の撃破を徹底してもらえますか!?」

「了解ッ!」

 

空を舞うMGが次々と変形し、空から攻撃が降り注ぐ。あの時と違う点は二つ。一つはMGの有無で、もう一人は……わたし自身。

前の時のわたしはまともな指示なんて全然出せなくて、戦いも目の前の事で精一杯だった。…でも、今は違う。完璧かは分からないけどしっかり指示を出せてるし、味方も、敵も、戦況も…戦闘じゃなくて、戦場が見えている。調子に乗るつもりはないけど……これ位は出来るようになったって、断言出来る。

 

「(抜けてきたのは二体…なら!)ティンクルスターッ!」

 

密集部分より先行していたからか、砲撃を逃れて突進してくる二体のモンスター。先行していただけあって、モンスターは結構な速度だったけど…わたしの目は、その動きをしっかりと捉えている。

M.P.B.Lを引きながらわたしはモンスターの正面へ。速度を落とさず強行突破を仕掛けてくるモンスターに、わたしはビームを纏わせ長大化させた刀身でもって三連撃。放った斬撃は二体のモンスターの身体を強かに斬りつけて…斬られたモンスターは、そのまま地面に激突した。

 

「なんて綺麗な太刀筋…接近戦ならネプテューヌ様だと思ってたけど、ネプギア様も普通に凄い…」

「よっしゃ、オレも負けてられねぇな!」

 

撃破を確認したわたしは即座に後退。散発的にモンスターは爆撃と砲撃を突破してくるけど、小型のモンスターならすぐに皆さんが仕留めてくれる。それに、ある程度強いモンスターも……

 

「あたしは左からいくよッ!右は任せた!」

「任され、ましたッ!」

 

大きな狼の様なモンスターがMG部隊の担当範囲から出た瞬間、二つの赤髪と煌めく両手剣が突出する。その二つ…二人のファルコムさんは脇目も振らずに肉薄し、モンスターの攻撃を避けつつ同時に胴を斬り裂いた。そしてそこに軍人さん達からの射撃や有志の方々の攻撃が加わり、波状攻撃でモンスターを沈黙させる。……それはわたしにとって、凄く頼もしい光景だった。

 

「街はお姉ちゃんや他の人が守ってくれています!だから、わたし達もモンスターや兵器からプラネテューヌを守る為に…頑張りましょう!」

『おぉぉぉぉっ!』

 

M.P.B.Lを空に掲げて、わたしは鼓舞。それに皆さんが応えてくれて、元々良かった戦場の士気は更に高まってくれる。…ここを守りきれば、街で戦ってる人に負担を増やさなくて済む。だから、頑張らなきゃ!

 

(皆さんのやる気は十分で、各部隊の補給もしっかり出来てる…これなら、まだまだいける…!)

 

それからもわたしは周りの人達と連携し、モンスターと兵器を迎撃し続けた。そうして数十分程した頃……お姉ちゃんから、通信がかかる。

 

「ネプギア、そっちはどう!?怪我してない!?」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん!お姉ちゃんこそ無理してない!?」

「ふふっ、わたしだって大丈夫よ。じゃあネプギア、増援の必要は?」

「残党の残存戦力にもよるけど、多分もう暫くは無くても……」

 

お姉ちゃんからの通信は、わたしへの心配と戦線そのものへの心配。街で戦うお姉ちゃんは、こっちの状況が通信でしか分からないんだから、心配になるのも理解出来る。だからわたしは少し声のトーンを落として、落ち着いて返答出来る位の余裕があるんだよって伝えようとして……

 

 

 

 

──その瞬間、強烈な斬撃に襲われる。

 

「な……ッ!?きゃあぁぁぁぁっ!!」

「……ッ!?ネプギア!ネプギア大丈夫!?」

「……っ…う、うん大丈夫…」

 

斬撃に対し本能的にM.P.B.Lで防御したおかげで、わたしは直撃を避けられた。でも衝撃は全く殺せなくて、わたしは大きく飛ばされてしまう。

インカムからは、悲痛過ぎる声でお姉ちゃんがわたしを呼んでいる。その声が聞こえる中わたしは翼を広げ、手足も開いて何とか姿勢制御。お姉ちゃんへと言葉を返しつつ、M.P.B.Lを構え直す。そしてわたしは目線を上げて……わたしを飛ばした正体を、視認した。

 

「…まずは、防いだか」

「……貴女は…!」

 

まるで足場があるかのように空へ留まり、大鎌をわたしに向ける長身の女性。わたしを襲った正体は……四天王最後の一人、マジック・ザ・ハードだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜まだハンバーグは一口しか〜〜」
劇場版超時空要塞マクロス 愛・覚えていますか の登場キャラ、柿崎速雄のとあるシーンのパロディ。…死亡フラグじゃないですよ?ステーキじゃなくてハンバーグですし。

・某六式
ONE PIECEシリーズに登場する戦闘技術の一つ、六式の事。勿論具体的には指弾ですね。嵐脚だったら健どころか腕や足が丸ごと吹っ飛んでしまいます。

・(……慣れちゃったのね、自分でも分かる…)
機動戦士ガンダムの登場キャラの一人、セイラ・マスの台詞の一つのパロディ。慣れたくはないけど慣れてしまう…何とも感慨深い台詞だと思います。

・(〜〜例えそんな矛盾〜〜戦い続ける〜〜)
劇場版機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-の登場キャラ、グラハム・エーカーの名台詞の一つのパロディ。…だから死亡フラグではありませんよ?


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第百六話 戦線に潜む不安と負荷

まるで守護女神奪還作戦の時の意趣返しをするかのように、四ヶ国へ同時に行われた犯罪組織残党の攻撃。恐らく…いや、間違いなく総戦力はあの時の軍と有志の連合部隊に劣っているし、統率にも雲泥の差があるけど…あの時と今とじゃ、攻撃側のスタンスが違い過ぎる。投降するなら戦いはしないと呼びかけて、犠牲を出来る限り少なくしようとしていた私達と、戦いしか目的になくて、敵はおろか味方の犠牲すら厭わない残党とでは……同列に語れる訳がない。

 

「……っ…なんて人数…!」

 

教会から飛び立ち、幾つかの場所で残党制圧を行った後、連絡を受けて急行した大通り。そこでは、残党が大挙して通りを駆け抜けていた。

 

(こんな人数、普通に仕掛けていたら制圧が間に合わない…となれば、少し危ないけど…!)

「イリゼ様!援護を……」

「いえ、私が合図するまで攻撃は一旦中止して下さい!」

 

基本的に残党は個々で動いているようだけど、通りが広いとなればそこを進む人数も自然と多くなる。そして殺さずの無力化なんて、一人一人を狙って相手にしなければとてもじゃないけど出来やしないから、無策でやろうものなら結構な人数に逃げられてしまう。だからまずは…狙いを私に変えさせる…ッ!

 

「貴君等が身体の自由を奪われたと言うのなら…私は、その目を心を奪おうではないかッ!」

 

突撃しながら翼を三次元機動重視に可変。先頭の一人の眼前まで直進したところで右に逸れつつターンをかけて、その一人へ背を向けるように背後へ回る。けれど攻撃は、しない。

 

「ふ……っ!」

 

残党と残党の間を縫うように、私は通りを駆け巡る。走って、飛んで、回って、舞う。一切攻撃はせずに、でも息使いが聞こえる程に近付いて、言葉通りに目と心を奪う。私の存在を誇示し続ける。そうする事で初めは認識すらされていなかった私が次第に意識されるようになり……気付けば、私は四方八方から狙われていた。

 

(作戦成功!ここからは…!)

 

視線を巡らせ、360度逃げ場がない事を知った私は真上へ跳躍。驚く事に一人追随してきた人がいた(元から並外れた身体能力だったんだと思われる)けど…それはむしろ好都合。空中という他の残党に邪魔されない空間の中、私はその一人を捕まえ一気に無力化を施した。

落下していく残党。その姿を尻目に、私は叫ぶ。

 

「私が残党を押し留めます!皆さんは注意を引き過ぎないよう、集団から外れた敵への攻撃を!」

 

地声とインカムの両方で伝える位の気持ちで叫び、再び残党の輪へと突入する。当然輪の中に入れば再び包囲される事になるけど……圧倒的な人数差は、時に少数側への利点になる。だって単純な話として、私へ攻撃を当てられる位置にいるのは全体の内の極一部なんだから。

可能な相手は制圧して、間に合わない相手は転ばすなり別の残党にぶつけるなりして対応し、数十秒毎に移動する。制圧を進めながらも、変わらず注意は引き付ける。

 

(流石に一人で相手をするのは少し大変だけど…弱音なんて吐いていられない。これは、私がやらなきゃいけない事だから…!)

 

他の国では得手不得手の関係もあってか、守護女神の皆が残党の制圧を行って、女神候補生の皆はギョウカイ墓場からの部隊迎撃に当たっている。でも、リーンボックスの守護女神であるベールは丁度出先から戻ってくる最中で、国内防衛より迎撃に回る方が早いと判断した為に国内の方は私が担当する事になった。

私は今リーンボックスにいるとは言っても、リーンボックスの女神じゃない。リーンボックスの人達は私に敬意を払ってくれているけど、ここにいる人達の多くが信仰しているのはあくまでベール。…だからこそ、私は他の女神の皆より動かなきゃ、私を見ている人達に『安心』を与えられない。それに……

 

「イリゼ!申し訳ないのですけど、恐らくもう暫くはそちらへ行けませんわ!」

「だろうね、そっちの情報もある程度は分かってるから!焦らずベールはそっちの戦線に集中してあげて!」

「ならば、そちらは頼みますわよ!」

 

と、そこで聞こえてきたベールの声で、私の思考が遮られる。インカム越しに聞こえてくるのは、こちら以上に激しい戦闘音。…やっぱり、ここは私が踏ん張らなきゃいけない。

 

(私の努力次第で、私の集中次第で、助けられる人が増える。今操られている人はきっと、残党から抜ける事すら敵わなかった人達。…だから、救わなきゃ……!)

 

余計な思考を排して、目の前の戦いに全力を尽くす。何回も何回もこうして人を傷付けてきたから、もう適切な力加減もコツも分かっている。後はただ、この集中力を切らさないだけ。私がこの意思を、貫くだけ。

 

 

…………だったら、よかったのに。

 

「すぐに終わるから…少しの間、耐えて…ッ!」

 

普段の加速や射出に使うよりも弱めに圧縮したシェアエナジーを、残党の前で解放。その衝撃で仰け反った残党達を、立て続けに無力化する。……その瞬間だった。

 

「……っ!女神様!路地より新たな残党が!数は四人…いえ、三人です!戦闘の一人は襲われていますッ!」

「襲われてるの!?でも、三人程度なら……──んな……ッ!?」

 

まだ今この場にいる残党も制圧し切れていない中で現れた、別の残党。…けど、数人なら注意を引くまでの間軍人さんに任せる事も出来る筈だった。……襲われている人が、いなければ。

軍人さんの言葉が聞こえた瞬間、襲われ必死に逃げる人の姿が目に浮かんだ。それが浮かんだ私は反射的に飛び上ろうとして……覆い被さるような動きの残党に、空への道を塞がれた。

 

(これは、妨害……じゃない!?)

 

妨害にしては動きが雑過ぎるし、私の思考を読まなきゃ不可能な程に対応が早過ぎる。それを思考の端で疑問に持ち、塞いできた数人の残党を見て……気付いた。その残党達は、つい数秒前に私が無力化した人達だって。その数人は妨害をしたんじゃなくて、後ろから押された結果妨害に近い形になっただけだって。

最悪のタイミングで重なった、二つの偶然。片方だけなら手間が多少増えるだけの偶然も…重なると、その脅威は一気に増す。

 

「……ッ!こ、の…ッ!」

 

邪魔になる残党を力尽くで押し退けて、舞い上がる。可能であれば新たな残党を制圧して、それが無理なら襲われている人を救出して……そんな事を考えながら、現れた四人へと目を向けた私。でも、私の希望は……現実に打ち砕かれる。

私が見たのは、躓き転んだ一人と、その一人へ飛びかかる三人という光景だった。……もう、救出は間に合わない。

 

(そんな……っ!)

 

幾ら女神の身体能力が高くたって、無理な事はある。もしかしたらもう一人の私だったら間に合うのかもしれないけど、私には今この状態から襲われている人の所まで行って助け出す事なんて出来やしない。…助けたいという思いがあっても、助ける為には能力も時間も足りな過ぎる。けれど、そう思った時──助けを求めるその人の瞳が、私の視線と交わった。

 

「……──ッ!私は…私が……ッ!」

 

一気に思考がクリアになった。それと同時に、何としても守らなくてはという思いが私の中で駆け抜けた。だから私は右手に二本、左手に一本のナイフを作り出し…交差させた両手を、残党に向けて振り抜いた。

音を上げて虚空を駆ける三本の刃。それ等は狙い違わず残党の脚に突き刺さり、体勢を崩した残党は相手を飛び越え落下する。傷付ける事なく、その先の道路へと。

 

(…やっ、た……!)

 

無理だと思った救出が、成功した。残党の三人には『必要最低限』ではない傷を負わせてしまったけど、四人共殺さずに済んだ。あぁ、良かった。諦めなくて、出来る事を全力で尽くそうとして、助けようと思って、本当に良かった…………

 

 

 

 

 

 

──そう思った瞬間、三人の内の二人が頭から硬い道路へと激突した。

 

「あ…………」

 

何かが割れる音がして、首が普通じゃ起こり得ない程に折れ曲がる。身体のリミッターが完全に効果を失った状態で走り込み、跳んでいた残党はそれだけでは勢いを殺し切れず、そのまま道路を転がっていく。

幸い一人は身体が受け身に近い形で落下した為、すぐに立ち上がろうとしている。でも、頭から落ちた二人は、身体を痙攣させているだけで……

 

「────ッ!!」

 

がくん、と脚を掴まれ身体を引きずり降ろされる。私の脚を掴んでいたのは、跳び上がった複数人の残党。その衝撃で、私の心も戦場に引き戻された。

ここで私の命を奪おうとしているのは、誰も彼もが操られた人。誰一人として、望んで戦ってなんかいない。力ある者に、世界の情勢に戦いを強いられた人達。……だから、何があろうと私はこの人達を、救わなきゃいけない。この人達の命を、背負わなきゃいけない。例えその中で、どれだけこの手が血に染まろうと……この、私が。

 

「…大丈夫…私が助けるから…責任を、果たすから……!」

 

路面に叩き付けられる寸前に手を付き、そこからカポエイラの要領で文字通り脚を掴む残党を一蹴。その勢いのままに立ち上がり、残党の制圧を再開する。

迷いなんて、端から無い。今は少し揺らいだだけで、私の心は折れてない。だって……全て受け入れ担うって、あの時決めたから。

 

 

 

 

(…妙、ですわね……)

 

防衛ラインを空から抜けようとするモンスターを、大槍の柄で叩き落とす。落下したモンスターは地表すれすれで立て直し、再び空へと戻ろうとするも、拳とギターの殴打に挟まれ地に落ちる。

 

「やったね、5pb.ちゃん!」

「はい!でも、敵はまだまだ相当な数…」

「だからこそ、何としても押し留めなきゃいけない。そうでしょう?」

 

わたくしが倒せていないモンスターに追撃をしなかったのは、偏に下にある三人が倒してくれると分かっていたから。自分一人で全てやろうとせず、状況に応じて仲間を頼る事が出来れば、戦闘効率はずっと上がる。…これを有り体に言うと、『連携』になりますわね。

 

(…味方の士気は良好。街の方も最初こそ混乱していたものの、イリゼや軍、警察機構のおかげで立て直しに成功している。このままの戦況でいけば、息切れを先に起こすのは間違いなく残党側…やはり、妙ですわ……)

 

士気が良いのも、立て直せているのも、勝利が見えるのも、それ自体はありがたい事。更にそれがリーンボックスだけでなく、四ヶ国の全てでそうとなれば喜ばしい事この上ない。……けれど…いや、だからこそわたくしは…この戦いに、裏があると思えてならなかった。

 

(こちらの戦力は、これまでの戦闘である程度の推測が出来ていた筈。そして戦力を四分した状態で各国を落とせる訳がないという事も、自陣の残存戦力をきちんと認識していれば分かる筈。…にも関わらず、何故残党は戦力の一極集中ではなく分散を…?)

 

最も気掛かりなのは、残党の戦力配分。けれど全く統率のない街中の残党に、現状ただ突っ込んできているとしか思えないモンスター及び大型兵器に、更に言えば短期間での四天王撃破によって調子の上がっている時期での実行と、この攻撃には不可解な点が多過ぎる。……はっきり言ってしまえば、ヤケを起こして作戦も無しに突撃してきたとしか思えない。けれど……

 

(あのマジックが自暴自棄になるとは思えませんし、無策にしては各国でのタイミングが合い過ぎている…こういう場合、一番あり得るのは各国の戦力を自国に釘付けにする事ですけれど…まさか、まだ残党には別働隊を編成出来る程の余力があると…?)

 

…と、わたくしは一瞬別働隊の存在を考えるも、すぐにそれはないと思い直す。現実的に考えて、そんな余裕が残党にある筈がないのだから。

まともな攻撃とは思えず、陽動の可能性も低い。だとすれば、残党の目的は一体……。

 

「……っ!これは…!」

 

空中のモンスターと空戦型キラーマシンを撃墜しながら、更に思考を深めようとしたわたくし。…そんなわたくしへ、上空から光芒が放たれた。

魔法やそれに準じるものとは違う、明らかに兵器によって撃ち出された光の弾丸。それを察知し反射的に避けたわたくしの前を駆け抜けたのは、巨大な翼を有する機甲の敵。

 

「空戦仕様……の新型!?」

 

人を模した上半身に、スラスターと主翼がその殆どを占める下半身。それは間違いなく空戦用に作られたキラーマシンの一機であり…同時に、これまで見てきた空戦仕様よりも重装備且つ高速だった。

 

「残存戦力は有象無象ばかり…という訳ではないんですのね…!」

 

駆け抜けたキラーマシンはその速度を殆ど落とさないまま、旋回をしつつ上昇開始。それと同時に頭部を回し、口腔部のビーム砲で先程と同様の砲撃を仕掛けてきた。

対するわたくしはビームを斬り払い、キラーマシンより鋭いターンで正面へと突進。その勢いのまま大槍を突き出し、防御の為に掲げられた戦斧と激突する。

 

「全員に通達!どうやら敵部隊の中には強い個体もいるようですわ!今現在優勢だからといって油断したりはせず、気を引き締めて戦いなさい!」

『はッ!』

「それと、三人は可能な限り広い視野を持つ事を心がけて下さいな!この戦闘、どこかで残党の隠し球が現れる可能性がありますわ!」

「広い視野…分かりました、ベール様!」

「動きを見極める事なら、私の専売特許…!」

「わたしも頑張るよ〜!とりゃ〜っ!」

 

新型と空中戦を繰り広げながら、指示を飛ばす。幾ら残党側の動きが不可解だとは言っても、それはあくまで憶測の域。かもしれない、の為に今起きている戦闘をおざなりにしてしまうのは本末転倒で、ましてや女神のわたくしが指揮を放棄しては話にならない。わたくしは国の長として、戦いにおいては先導者として、申し分ない動きを見せなくては…!

 

(今はチカやイヴォワール達に教会を任せていますけれど…場合によっては、探りを入れる為に動いてもらう事も視野に入れた方が良さそうですわね…)

 

大槍の投擲で左腕部の機関砲を潰し、再度の接近をかけるわたくし。考えつつも、思慮を巡らせつつも、女神としての務めを十全に果たす。……それが、今のわたくしがすべき事ですわ。

 

 

 

 

おねえちゃんにわたしとロムちゃんがまかされたのは、外から来るモンスターとマシンのげーげき。ちょっと前にもネプギアとユニといっしょにたくさんのマシンをげーげきするたたかいがあったけど…今日は、あの時とはちがう。

 

「おにいさんたち、だいじょうぶ…?」

「あ、ああ!…じゃなくてはい!」

「ロム様に心配してもらえた…よっしゃ、やる気出てきたぞオイ!」

「ふふーん、それじゃあみんな!わたしについてきなさい!」

『了解ッ!』

 

マシンのビームを、ロムちゃんがガード。わたしが魔法をうちながらかけ声をかけると、みんながそれに合わせてこーげきをしてくれる。今わたしたちの近くにいる人のは、みんなおねえちゃんやネプギアたちより…少しはなれたところでたたかってるMAGES.さん、マベちゃんさん、ブロッコリーちゃ…さんよりよわい人たちだけど……

 

「ロムちゃん!こくみんの人たちもがんばってくれてるんだから、わたしたちはもーっとがんばらなきゃよね!」

「うん…!わたしたち、女神さま…だもんね…!」

 

…わたしとロムちゃんは今、すっごくやる気いっぱいだった。ロムちゃんの言うとおり、こういう時がんばるのが女神さまよねっ!

 

「ロムちゃん、ラムちゃん、調子はどう?わたし達が行かなくても大丈夫?」

「もっちろん!三人もたいへんならえんごするわ!」

「ふふ、頼もしいな。だが、私達とてそう柔ではないさ」

「それに、二人が来たらここが魔法過多になるにゅ。だから二人はこのまま戦った方がいいにゅ」

 

耳のインカム(だっけ?)からきこえたマベちゃんの声に、わたしはへんとー。そのあとロムちゃんと目を合わせて、二人いっしょの魔法でモンスターをふっとばす。

さいしょはみんなあわててたけど、わたしたちが来て、二人でいつもどおりにたたかっていたら、だんだんみんな元気になって、今みたいにみんなでたたかえるようになった。だから今はこーげきもぼうぎょもたくさんの人がしてくれていて、わたしはぜんぜんまける気がしない。

 

「えと…あんまり、前には出ないで…!あぶない…!」

「ほぇ?あ……そうそうロムちゃんの言うとーり!いい?だれかの前に立つ時は気を付けるのよ!」

 

ロムちゃんはわたしのとなりにいるのに、前に出ないでって言った。わたしはさいしょ「?」ってなったけど…すぐにそれがみんなへの『しじ』だってわかって、わたしもおしえる。前に出る時はうしろに気を付けないと、うしろからの魔法に当たっちゃう…なんて魔法つかいにとってはじょーしきだもの。

それからもわたしたちは、女神さまとしてみんなを引っぱった。そのうちにだんだんわたしたちがゆうりになって…でもそこで、キラーマシンとはぜんぜんちがうマシンがあらわれる。

 

「あ……ラムちゃん、見て…!」

「……!あれって…!」

 

キラーマシンのうしろからジャンプであらわれたのは、まっかな色のロボット。…前にネプギアとユニ、イリゼさんが会って、ついこの前もおねえちゃんが会って、でもにげられちゃったってはなしのマシン。そのロボットはもってるじゅうで、わたしたちにこーげきをしかけてくる。

 

「わわっ!はやい…!」

「おねえちゃん、言ってた…あれは手ごわいって…!」

 

とんでくるだんがんをよけながら、わたしは魔法ではんげき。でもロボットはびゅんびゅんとびまわって、中々わたしの魔法が当たらない。

 

「むむ…!ロムちゃん、あれってエースってやつ!?」

「…たい魔法コーティング……?」

「ろ、ロムちゃんそれちがう…あと魔法はきっとだいじょーぶよ!だってどっかで魔法ゆーぐーとか言われてたもん!」

「そ、そっか…じゃあラムちゃん、まずはあのロボット…とおくにつれて行こう…!」

 

かんたんにはたおせそうにないロボットと今のばしょでたたかったら、周りの人たちがけがをしちゃう。ロムちゃんが言ったのはきっとそういうことで、だからわたしもすぐにうなずいてロボットにちかづく。……そんな時だった。

 

「…ロムちゃんラムちゃん、君達もしかして今…赤い機体と戦っているのかい?」

「……?シーシャさん…?」

 

きこえてきたのは、シーシャの声。いつもわたしたちとはなす時とはなんかちょっとふんいきがちがう、おちついた声。

 

「そう、あたし。…あたしはそいつに用事があるの、出来ればあたしがそっちに行くまで逃さないでくれるかしら?」

「ようじ?…よくわかんないけど、だったら早く来なさいよね!じゃなきゃわたしたちがたおしちゃうわよ?」

「あはは、二人は絶好調みたいだね。…OK、急ぐ。だから……頼んだよ、二人共」

『……?』

 

…やっぱり、今のシーシャはちょっとへん。どうしてへんなのかはわからないけど、いつものシーシャじゃないみたい。でも、わたしもロムちゃんもせんとうちゅう。気になるけど……こっちに来るって言ってたし、それは来てからきけばいいわよね。…そう思って、わたしもロムちゃんもロボットに向けて魔法をはなった。

 

「わたしとロムちゃんの二人で、たおしてあげるんだから!」

「うん…!あく、そく、どかーん…!(きりっ)」




今回のパロディ解説

・たい魔法コーティング
遊戯王の登場キャラ、バンデット・キースの使う機械モンスターの能力(?)の事。キースじゃなくてエース。どうも双子は勘違いネタばかりになってしまいます。

・どっかで魔法ゆーぐー
原作であるネプテューヌシリーズにおいては物理より魔法が強い(効果的である)事が多い、というパロディ。えぇ、偶にあるパロディか微妙なシリーズですよ。

・「あく、そく、どかーん〜〜」
るろうに剣心の登場キャラ、斎藤一の代名詞的台詞の一つのパロディ。斬ではなくどかーん。…一応言っておきますが、これは別にロムの新たな技ではありませんからね?


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第百七話 追い縋り続けたその先で

プラネテューヌの戦線に現れたマジック・ザ・ハード。彼女は真っ先にわたしへと攻撃を仕掛けてきて…それからすぐに、わたしとマジックの戦闘は開始した。

 

「ここに来たって事は…目的はプラネテューヌを落とす事ですか!?」

「さて、どうだろうな…!」

 

距離を保って中距離戦に徹しようとするわたしに対し、マジックは大鎌を構えて突っ込んでくる。こちらの射撃を避けるマジックは回避に無駄が一切なく、わたしは引き撃ちの性質上どうしても最高速度が出せなくて、距離は段々縮まっていく。

 

「プラネテューヌを落とす事が目的なら…いえ、どんな目的であろうと、ここは突破させません!」

「突破するかどうかは、貴様の決める事では…ないッ!」

「……っ!」

 

射撃の途切れた一瞬を突いて大鎌を振るい、斬撃を飛ばしてきたマジック。それ自体はM.P.B.Lの刀身で斬り裂けたものの、その間で一気に距離を詰められてしまった。

大上段から振り下ろされる赤い刃。即座の防御が間に合わないと思ったわたしは左手を突き出し、大鎌の柄に前腕をぶつける事で強引に押し留める。

 

「…流石に、この程度では終わらないか」

「当然、ですッ!」

 

片手と両手じゃ力の差は歴然で、しかもプロセッサで覆われていたって腕の痺れは免れない。だから敢えてある程度耐えたところで力を抜き、相手の力で降下しながら右手を振ってM.P.B.Lの砲口をマジックの眼前へ。そしてそのまま、躊躇う事無く発砲する。…だって、見た目は人でもマジックは四天王。躊躇いなんて持ったら、その時やられるのはわたしの方だから。

 

「だが、所詮は女神候補生…未熟者など恐るるに足らん…!」

「舐めないで下さい!貴女と同じ四天王を倒したのは、わたしと同じ女神候補生です!」

「それはブレイブとトリックの事か?…ふん、我はみすみす勝利を捨てる事などしなければ、今の貴様はただ一人だ…ッ!」

 

至近距離から放った光弾は、紙一重のところでマジックが身体を後ろに逸らした事で虚空へと消えていく。ならば、と続けてわたしは斬りかかるものの、それも避けられ同時にマジックの抜き手が強襲。でもそれは繰り出した蹴りで横から迎撃して、その勢いのままM.P.B.Lを持つ手で裏拳を叩き込んだ。

 

(…四天王が相手でも、ちゃんと戦えてる…わたしはあの時とは、違う…!)

 

初めてマジックの姿を見た時、わたしはマジックの…四天王の前に立つ事すら出来なかった。二度目の時は、お姉ちゃん達の救出で力を振り絞っていたから、まともに戦える状態じゃなかった。だからこうして対峙するのはこれが初めてだけど……マジックが恐ろしい程の強さを持っている事はよく分かっていた。

そのマジックと、わたしは今正面から渡り合っている。出し惜しみ無しの全力でやっとだけど、わたしは四天王と『戦って』いる。……それは、その事実は、もしこれがスポーツやゲームだったら、嬉しさで笑みを浮かべてしまいそうな位に嬉しかった。

 

「…姉がいなければモンスターに嬲り殺されていたであろう弱者が、今や曲がりなりにも我の前に立ちここまでやるか。……成る程、確かに貴様等候補生の戦果はまぐれでも、ましてや幸運のみによるものでもないようだ」

「…………」

 

裏拳を腕で受けたマジックは、反撃もせずゆっくりと後退した。だけどわたしはその動きを黙って見送る。…わたしの裏拳を受け止めた瞬間から、マジックの雰囲気は変化していた。多分それは…わたしを取るに足らない弱者ではなく、本気で戦うべき敵だと判断したから。

 

「…しかし、残念だなパープルシスター。如何に実力を伸ばしていようと、貴様が未熟者である事に変わりはない」

「……何が言いたいんですか」

「何が言いたい、か。…ふっ……それは我が目的を果たす上で、貴様と正々堂々戦う必要は微塵もないという事だッ!」

「な……ッ!?」

 

わたしの問いを受けたマジックは、口元へ薄い笑みを浮かべる。そして、軽く大鎌を振って……真下へ向けて急降下を行った。マジックが降下する先にあるのは…二人のファルコムさん。

 

「わ……ッ!?」

「こっちに…ッ!?」

 

丁度モンスターを撃破した直後だった二人は、マジックの強襲に直前で気付いて後ろへ回避。初撃はそれによって凌げたものの、息つく間もなく追撃が走る。

 

「逃がすか……!」

「逃げるつもりは、ないよッ!」

「ほぅ…だが甘いッ!」

『あぐっ……!』

 

接近するマジックに、ショートカットのファルコムさんが空中で横薙ぎ。それを避けつつ背後に回ったマジックの斬撃はサイドテールのファルコムさんが防御するも、空中では踏ん張れないという事もあって二人まとめて叩き落とされる。

落ちた二人へマジックは更に追撃。…その最中でやっと、降下したわたしが割って入る。

 

「痛た…強さといい大鎌といい、九十層クラスかも…なんてね…」

「すみません!マジックはわたしに任せて陸戦をお願いします、なんて言っておいて…」

「気にする事はないよ、ネプギア!想定通りにはいかないのが戦いだからね!」

 

わたしがマジックの攻撃を受け止める中、跳ね起きた二人は走り込んで挟撃。マジックは二人を一瞥するように目を動かすと、さっきのわたしと同じように相手の力を利用して引き下がる。

 

「人にしては良い動きだ。だが、貴様等にもう用はない」

「……!また…ッ!」

 

下がったマジックはわたしを狙うでも二人を迎撃するでもなく、別の場所へ……モンスターや兵器と戦う別の人へと突進をかけた。

一度目は驚きで対応が遅れたけど、二度も同じミスはしない。わたしはマジックが振り返った瞬間に接近を始めて、同時にM.P.B.Lを連射する。

 

「また、弱い人を狙うんですかッ!」

「言っただろう、貴様と正々堂々戦う必要はないと」

 

射撃に気付いたマジックは、回避行動と同時に標的を変更。軽く大鎌を振り被った状態で国民の皆さんを狙うマジックに、わたしは一気に加速し背後を取って……

 

「い……ッ!?」

「…ふん、反応出来なければ楽に終わったものを」

 

……その瞬間、反転したマジックに斬り付けられた。急ブレーキが間に合ったわたしは、頭を斜めに両断されるという最悪の事態は避けられたけど…鼻先を刃が掠めて、その場所がじんわりと熱くなる。…あ、危なかった…もしマジックの咄嗟の判断に対応出来なかったら……って…いや、違う…。

 

(今が咄嗟の判断?…そんな訳ない。マジックはこれを狙ってたんだ…!)

 

咄嗟に行った攻撃にしては、動きも狙いもしっかりし過ぎていた。という事はつまり、この一連の動きはわたしを誘う為の罠。マジックは正々堂々戦う必要はない、と言ったけど……わたしと戦わないとも言っていない。

 

「……どうして、それだけの強さがあるのにこんな手を使うんですか!」

「有用な手段を取ったまでだ。それとも貴様は、強者は正攻法しか使ってはならないとでも言うつもりか?」

 

大振りな乱撃を繰り返すマジックに対して、わたしはカウンターを仕掛けるタイミングを探る。振りが大きいから一見タイミングは多いように見えるけど…そんなのマジックだって分かってる筈。そこへ安易に攻め込めば、きっと手痛い反撃を受ける事になる。

 

「味方を操る事にしても、この戦法にしても、それに対して負い目はないんですか!?そんな方法で目的を達成したとして、それで胸を張れるんですか!?」

「負い目?胸を張れる?…笑わせるな、女神候補生……そのような感傷など、そのような無駄な誇示など、犯罪神様の復活に比べれば何の価値もありはしないッ!」

 

何かのスイッチが入ったように声を上げ、至近距離から斬撃を放ってくるマジック。攻撃の重みが更に増し、正面から受ける度に強い衝撃が走ってくる。……それだけで、マジックがどれだけ犯罪神の復活に執着してるか伝わってきた。

 

(…でも、今マジックはわたしへの攻撃に集中している。だったら犯罪神絡みで挑発をすれば……)

「……浅はかだな」

「え……!?」

 

国民の皆さんを狙おうとするマジックを、わたしへ釘付けにさせられる手段が見つかった。そう思いながらマジックの攻撃を受けようとした瞬間……マジックはわたしへ仕掛ける事なく通り過ぎ、再び皆さんへの強襲を開始した。…すれ違う瞬間見えたのは、嘲笑うような笑み。

 

「我が冷静さを失ったとでも思ったか。貴様程度の言葉に動揺するとでも思ったか。馬鹿め」

「……っ…だと、しても…!」

 

飛び回るマジックを追いかけて、その攻撃を阻止する。動きから狙いを推測して、追い縋って、それを何度も繰り返して……その内にわたしの意識が『味方への攻撃阻止>自衛』になると、そこを的確に突いてわたしの命を狙ってくる。

さっき、わたしはマジックと渡り合えてると思った。実際それは多分間違いじゃなくて、マジックがわざわざこんな回りくどい策を打ってくるのもその証拠。…けどそれは全てにおいての事じゃない。少なくとも…心理戦においては、まだまだマジックの方が上だった。

 

(わたしは負ける訳にはいかない…このままじゃジリ貧だったとしても、全力でわたしは喰らい付く…!)

 

幾ら優位に立たれたとしても、マジックだって完璧じゃない筈。今は劣勢だったとしても、マジックにとっての『想定外』が起こる可能性はゼロじゃない。突破口が開ける保証はないし、チャンスを待つ形ではあるけど……可能性がゼロじゃないなら、わたしはそれに賭けたい。そして、そのあり得るかもしれないチャンスを取り零さないように……わたしは、追い続ける。

 

 

 

 

相手の攻撃目標が分からないのは、防戦を行う上でかなり厄介な事。何をしたいのか、どこを狙っているのか分からなければ適切な戦力配置も出来ないし、迎撃も手当たり次第に潰していくしか手段はなくなる。

もし残党側がそれを狙っていたなら、それは悪くない策だと言える。だが、残党側の動きから察するに……これはそういう策じゃ、ない。

 

「…ふぅ…こいつ等を教会に運んでやってくれ。念入りの拘束も忘れるなよ」

「承知しました!ホワイトハート様は…」

「別の残党の制圧だ。わたしの国を荒らす奴等は、一人足りとも見過ごせねぇからな」

 

警察機構の部隊の言葉に頷き、その場から飛び立つわたし。次の場所へと向かいながら、インカムで教会へと通信をかける。

 

「ミナ、戦況はどうだ。こっちの被害状況と残党の増援はどうなってる?」

「現在は着実に鎮圧が進んでいると言った状態で、増援の姿もありません。被害状況は暫定的ですが、残党側が分散しているおかげか規模の割には少ないと思われます」

「そうか…」

 

聞こえてきた報告が自分達にとって都合の良いものばかりで、わたしは一先ず安堵。それと同時に増援と被害の状態から頭の中にある推測を進め、加速をしつつ指示を出す。

 

「…なら、手の空いた部隊には周辺の調査をさせてくれ。断定は出来ねぇが、残党の主目的は国を落とす事以外にあるかもしれねぇからな」

「分かりました。…ブラン様、休息は取らなくても大丈夫ですか…?」

「大丈夫だ、ってか今も国民が襲われてるかもしれねぇって状況じゃ休息とっても心が休まらねぇよ」

 

疲労がない、と言えば嘘になる。集中力維持の為にはある程度休息を取った方が良いというのも分かっている。…それでも、わたしは次の戦いへ向かう。まだ、休んでる場合じゃない。

 

(無理を通して道理を蹴飛ばす…じゃねぇが、わたしは女神だ。大変な時に踏み留まる胆力がなきゃ、国の守護者なんて名乗れねぇ)

 

何かあればすぐ連絡するように伝え、通信を切る。それからわたしは思考を一度クリアにし、次の場所でも素早く確実に無力化を進められるよう感覚を研ぎ澄ませて……

 

「す、すみませんブラン様!早速ですが新たな情報です!」

「ほ、ほんとに早速だな…で、何があったんだ」

「ギョウカイ墓場からの残党部隊に、例のMGが姿を見せた模様です!今はロム様ラム様が対応に当たっているとの事ですが……」

「……!」

 

切ってから数十秒と経たずに再開される事となった通信に、思わずわたしは面食らう。…が、それ以上にミナからの報告は衝撃的だった。

あのMGが出てきたという事は、奴が姿を現したという事。これだけの戦力をかけてきたというなら、奴が出撃してきてもおかしくはないが……まさかロムラムと交戦状態になるとは思っていなかった。

 

「…戦いはどうなってる」

「一応はお二人が優勢との事です。ですが、情報から推測するに優勢は優勢でも、攻めあぐねてるのではないかと…」

「だろうな。だったら味方には下手に近付かないよう徹底させてくれ。周りを気にせず魔法をぶっ放せる状態の方が二人は勝ち筋が多い筈だ」

「…それは、自ら引き離す事でお二人自身がその状態を作り上げたようですよ?」

「…へっ、そりゃよかった」

 

二人の強さも思いも知った今のわたしは、強いといっても四天王クラスではないMG程度に負けるとは思っていない。ましてやその戦いで二人が自ら有利な状況を作っているのなら、二人の心配をする必要はない。…むしろ、心配なのは……

 

「……シーシャ、か…」

「…シーシャさんですか?」

「ちょっと、な」

 

怪訝そうな声で訊き返すミナに対し、わたしは説明を避けつつロムとラムにも通信をかける。…この戦いの後も状況が変わらないってなら、ミナにもこれは話しておくべきか……。

 

「ロム、ラム!そっちは大丈夫か!」

「あ、おねえちゃん!」

「だい、じょうぶ…!」

 

ロムとラムへ通信をかけた途端に、激しい銃撃音と爆発音が耳に響く。だが、当の二人の声ははっきりしていて、焦りや恐怖の感情は感じられない。

 

「そっか、ならそっちは任せるぞ。それと、シーシャから何か連絡があったか?」

「シーシャ、さん?…あった、けど…」

「てりゃぁぁぁぁっ!シーシャなら、さっきこっちに来るって言ってたわ!」

「うん…!にがさないで、って言ってた…!」

(…やっぱりか……)

 

案の定シーシャが向かっていると分かったわたしは、万が一に備えて正体を伏せたまま説明を…と思ったが、二人が攻撃の合間に言葉を返してくれている事に気付き、考えを改める。

二人が余裕のある戦いをしている訳じゃない事は、その声音から伝わってくる。だったら、まだるっこしい説明なんざしてる場合じゃない。

 

「……よし!ロム、ラム、シーシャがなんか変だと思ったらその時は守ってやれ!二人なら出来るよな!」

「守る?…うん、よくわかんないけどまっかせてっ!」

「まかせて…!」

「おう、任せたぞ!」

 

威勢の良い二人の返事を聞けて、わたしの頬は僅かに緩む。出来る事ならわたしが行きたいが、まだ行動可能な残党がそれなりに残っている以上、街を離れる訳にはいかない。…だから、わたしは二人に任せた。……任せるのも、女神の役目だから。

 

(わたしは、今のわたしが手の回らない事を二人に任せた。任せたんだから……)

 

 

「……目の前の務めは、尚更手を抜く訳にはいかねぇよな…ッ!」

 

翼の角度を変え、地上に向けて急降下。斜めの落下軌道で加速をかけながら、下方の残党へと狙いを定める。

早く無力化すれば、それだけ早く残党を助けられる。早くロムラム達のところへ向かう事も出来る。接触の直前にそう考えて、すぐにその思考も封をして……未だ暴れる残党へと、わたしは腕を振り抜いた。

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

何回も何十回も、マジックは皆さんへと仕掛け続けた。その攻撃を、わたしは阻止し続けた。わたし自身への攻撃も、何とか凌いでいった。……だから今はまだ、この戦場でマジックに刈られた人はいない。

 

「よく耐えるものだ。多少の犠牲など、目を瞑ってしまえば楽なものを…」

「そんな事、女神はしません……!」

 

踊るように振るわれる大鎌の刃を、神経を集中して捌いていく。…戦闘開始直後より、マジックの攻撃はずっと重く感じる。

 

「どうせ犯罪神様によって滅びる世界だ、早く諦めるがいい」

「滅ぼさせなんてしません…わたしが、わたし達が…ッ!」

 

石突での刺突を避けて、流れのままに斬り上げをかける。それを身を翻す事で回避したマジックは、またわたしから離れていく。

 

「ならば、力尽きるまで苦しむがいい。その苦しみもまた、犯罪神様の糧となるのだからな…!」

 

四方八方にいる味方を守る為には、四方八方にいる敵を狙うマジックよりもずっと多くの体力を消耗する。例え一回一回は大した差にならなくても、それが積み重なれば決定的な差へと変わっていく。初めはある程度反撃が出来ていたわたしも、今は防戦をするので精一杯だった。

 

(させない…まだわたしは動けるんだから、諦めたりなんてしない……!)

 

偏差射撃でマジックの動きを邪魔しながら、自分を鼓舞して追いかける。…楽になったりなんてしない。守れた筈の人を見殺しにして、無理だからって断念して……そんな形で楽を得たって、わたしはそれを喜べない。今の苦しさより、犠牲を払う事の方がずっとわたしは苦しいから。

 

「わたしは、皆で勝つって決めたんだ…そして、その皆の中には……ここにいる人達の事だって、入ってるんですッ!」

「……っ!」

 

体力を振り絞り、突撃体勢で急加速。マジック諸共地面に突っ込む位の勢いで、わたしはマジックへと突進する。それに気付いたマジックは振り返り、大鎌を振るって…二つの刃が激突した。

 

「やらせません…わたしの手が届く限り、誰一人やらせません…ッ!」

「…そうか、そこまで言い切るのなら……」

 

空中でせめぎ合ったわたし達は、押し合いの末互いに後退。けど一瞬早く立て直したわたしはすぐにM.P.B.Lを振り被り、袈裟懸けをかけるべく確実な間合いへと踏み込んで……

 

「……その手が届かないようにするだけだ」

「……ッ!?」

 

わたしが振り下ろす刹那、マジックは手元に光るディスクを取り出し……そこからスライヌが現れた。

咄嗟にスライヌを斬り裂くわたし。そのスライヌは強くも何ともなくて、呆気ない程簡単に両断出来たけど……振り下ろした時点で、分かっていた。マジックは今の攻撃を潰す為だけに、このスライヌを呼び出したんだって。

 

「…残念だったな、パープルシスター。所詮は候補生に過ぎない貴様なぞに、それだけのものを守るだけの力はない」

「……っ!駄目ぇぇぇぇええええッ!!」

 

死神のように標的の前へ降り立ち、マジックは大鎌を振り被る。狙われた人は、マジックの存在に気付いてすらいない。今の距離じゃ、どうしたってわたしは間に合わない。……助ける事が、出来ない。

これから起こる事を見たくなくて、でも目を逸らす事も出来なくて、わたしは叫ぶ。その中で、マジックの大鎌は無慈悲に、ただわたしを陥れる為だけという理由で、その人の首へと振り下ろされ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

────その瞬間、天空から刃が飛来した。その刃によってマジックの攻撃は阻止されて、彼女は大きく後ろへ引き下がる。……マジックの攻撃を阻止した刃は、紫と黒が煌めく大太刀だった。

 

「この、武器は……ッ!」

「そう、その武器は…わたしの物よッ!」

 

着地と同時に見上げたマジックへ向けて、一人の女性が空から斬りかかる。……そう、大太刀を投擲し、狙われていたあの人を助けたのは……街で戦っていた筈の、お姉ちゃん。そのお姉ちゃんが今、大太刀サイズのエクスブレイドを手に持つように展開して、大鎌を掲げたマジックと斬り結んでいた。

 

「お、お姉ちゃん…どうして…!?」

「どうしてって…貴女から聞かなくたって、四天王が出てきたら報告なんてすぐわたしの耳に届いてくるわ」

 

宙返りしながらマジックから離れ、大太刀を回収しつつわたしと同じ高度にまで上がってくるお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんへ、わたしは驚きのままに疑問をぶつける。

 

「で、でも…街の中の防衛は……」

「わたし無しでも何とかなるレベルにまでしたから大丈夫よ。…まぁ、その為にちょっと無理はしちゃったけどね」

 

そう言いながら肩を竦めるお姉ちゃん。……お姉ちゃんの身体とプロセッサには、何度も攻撃を受けた痕が残っていた。そんな状態でフルスピードを出し続けたのが分かる位、お姉ちゃんの額には汗が滲んでいた。

 

「……ごめんね、お姉ちゃん…」

「え……?」

 

お姉ちゃんが無理してまで来てくれたと知って、それが分かるような姿をしているのを見て……わたしは胸が締め付けられた。…だってそれはきっと、わたしの為にした無理だから。

 

「…あの時、わたしが悲鳴なんてあげちゃったから、お姉ちゃんは不安になったんだよね。わたしがお姉ちゃんに『助けなきゃ』って思わせちゃったから、お姉ちゃんは無理をしたんだよね…わたしが、安心出来る位に強くなかったから……」

「……ネプギア…」

「…普段ならわたし、お姉ちゃんに無理しないでって言うけど…今は言えないよ。だって、今無理をさせちゃったのは、わたしが原因なんだから……」

 

助けに来てくれるのは、嬉しい。それは大事にされてるって分かるから。…でも、助けに来させてしまった事が、今は凄く辛かった。任された事を遂行し切れなかった事が、物凄く情けなかった。だからわたしは俯いちゃって、お姉ちゃんもそれを見て……

 

「…もう、次マジックに会ったら…って話をした時の元気はどこに行っちゃったのよ」

「あぅっ…!…え……?」

 

……わたしはお姉ちゃんにデコピンをされた。…指が鉤爪状になってるプロセッサのままでのデコピンだから、結構痛い…。

 

「ちょっと今のはマイナス思考をし過ぎよ。いつわたしがそんな理由で来たって言ったのかしら?」

「…い、言ってはいないけど…違うの……?」

「違うわよ、大違い。…わたしが来たのは、もっと単純な理由。ネプギアはわたしが四天王と交戦開始したって時に、自分が間に合う距離にいたらどうするの?」

 

牽制するような鋭い視線をマジックに向けながら、お姉ちゃんはわたしに問いかけてくる。…もし、お姉ちゃんがマジックと戦ってるって知ったら?…そんなの、当然……

 

「…その場所に行くに決まってるよ。だって行ける状態にある時なんでしょ?だったら行かない理由なんてどこにも……あ…」

「…分かったでしょ?わたしが来た理由は。…ネプギアが助けに来てくれるように、わたしだって助けにいく。ただそれだけの事なんだから、わたしのせいで…なんて言わないの」

 

…締め付けられていた胸が、すっと軽くなっていくのを感じる。解き放たれて、代わりに温かくなっていく。…お姉ちゃんは、落ち込んでいたわたしの心を一発で見抜いて、こんな簡単にわたしの心へ再び火を灯してくれた。……だから、わたしは思う。やっぱりお姉ちゃんは、凄いって。それと同時に思う。お姉ちゃんは凄い存在だからこそ…わたしも、負けてられないって。

 

「…さて、と。一応訊くけど、ネプギアは危ないから下がってなさい…って言われたら素直に聞いてくれる?」

「…ううん。勝つ為にわたしの指示を聞いてって事なら従うし、他の場所を任せたいって事なら素直に聞くよ。でも、そういう事ならわたしはお姉ちゃんの言葉でも聞けない。まだまだ未熟だけど、隣にはまだ立てないと思うけど……それでもわたしは、女神だから」

「そう……だったら下がれなんて言わないし、貴女を守る対象だとも思わない。…援護を頼むわ、ネプギア」

「うん、任せてお姉ちゃん!」

 

M.P.B.Lを構え直しながら、お姉ちゃんの言葉に頷く。お姉ちゃんの目は、この時わたしに向けてくれたのは…イリゼさん達『仲間』に向けるものと、同じ視線だった。

疲労はいつの間にか消えていた。本当に消えた訳じゃなくて、ただ感じなくなっただけだと思うけど…そのおかげで、わたしはまだ全力を出せる。お姉ちゃんと共に、マジックに立ち向かう事が出来る。勝利へと、突き進む事が出来る。

螺旋を描きながら突撃するお姉ちゃんと、高度を上げながら射撃をかけるわたし。──こうしてわたしとマジックとの戦いは、プラネテューヌの女神と四天王最後の一人の戦いとなって……再開した。




今回のパロディ解説

・九十層クラス
ソードアート・オンラインに登場するボスエネミーの一つ、ザ・フェイタルサイズの事。正確には地下迷宮での出来事及び台詞のパロディ、と言うべきかもですね。

・無理を通して道理を蹴飛ばす
天元突破グレンラガンの登場キャラの一人、カミナの名台詞の一つのパロディ。ブランなら蹴飛ばせそうな気もしますね。女神が道理蹴飛ばすのは不味い気もしますが。


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第百八話 決着と復活

煌めく紫の大太刀と紅い軌跡を描く大鎌が、激しい音を立てて激突する。一つはお姉ちゃんの刃、もう一つはマジックの刃。二つの刃がプラネテューヌの空を疾駆し、何度も何度も打ち合っていた。

 

「こうして戦うのはあの時以来ね…ッ!」

「当然だ。あれ以降随分と長い間、貴様達守護女神には養分となっていてもらったのだからな…ッ!」

 

突き出される大太刀。それをマジックは半身で避け、避けられたお姉ちゃんは即座に身体を捻って回転斬り。その斬撃もマジックには阻止されるも、同時にマジックも放ちかけていた攻撃を中断せざるを得なくなる。

 

「そう思っているのなら、借りた分のシェアはきっちり返してもらえるかしら?」

「借りた?我等は借りたのではなく実力で奪取したのだ、それを返さねばならない道理がどこにある…!」

「そう、まぁそうくると思っていたわッ!」

 

せめぎ合いから一転、大きく後退するお姉ちゃん。マジックは当然お姉ちゃんを追おうとして……その頭上へ向けて、わたしが射撃を敢行する。

フルオートの光弾が降り注ぎ、わたしの目論見通りにマジックへ防御を強要させる。大鎌を回して光弾を弾くマジックに対し、わたしは引き金を引いたままに急降下。

 

「やぁぁぁぁッ!」

「小賢しい…ッ!」

 

接近戦の間合いまで突進したところで、素早く一閃。すぐさまマジックも反応して大鎌で受けるも、その瞬間にはお姉ちゃんが背後へ強襲。咄嗟にマジックは大鎌の形状を活かし、M.P.B.Lを受け止めたまま角度を変えて大太刀の一撃をも柄で防いでしまうけど……マジックの顔に、余裕はない。

 

「よく防いだわね。でも……」

「このまま貴女を、押し切ります…ッ!」

「ぐ……ッ!」

 

女神二人分の力を受けるマジックは、少しずつ押されていく。一人なら相手の力を利用して後退出来る体勢でも、二人となると力の差があり過ぎて上手く退けなくなるし、仮に退かれてもわたし達には即座に追えるだけの余裕がある。……お姉ちゃんが来た事でマジックは国民の皆さんを狙う事が出来なくなって、わたし達は押し始めていた。

 

「舐めるなよ、女神…ッ!」

「それは…こっちの台詞よッ!」

「ぐぁっ…!」

 

下がるでも受け流すでもなく、翼を広げて押し返そうとしたマジック。でも、それもお姉ちゃんは想定済みで……押し返しにマジックが全力を込めた瞬間、得物同士の接触面を基点に身体を下へと回して強烈な蹴りを叩き込んだ。蹴りはマジックの腹部に直撃し、マジックは苦悶の表情を浮かべて跳ね飛ばされる。

 

「…今ので分かったでしょう?わたし達二人が相手じゃ不利だって。一対一でもなければ、勝手を知ってる場所でもない貴女に勝ち目は無いわ」

「…ふん。もう勝ったつもりとは、めでたい頭をしているな」

「だったら貴女には隠し球があると?…あるなら見せてみなさい、それでもわたし達は貴女を倒してあげるから」

 

空中で立て直したマジックに対し、お姉ちゃんは冷ややかな視線を向ける。それは一見必要のない挑発で、わたしにとってもそれは不可解な行為だったけど…ちらりと一瞬わたしは向けられたお姉ちゃんの瞳を見て、わたしはその意図を理解した。……隠し球があるかもしれないなら、不意打ちで使われる事を防ぐ為に、敢えて狙ったタイミングで使わせるように差し向ける。…そういう事だね、お姉ちゃん。

 

「……それでも倒す、か。よくもまぁ見てすらいないものに大口を叩くものだ」

「勝てる自信があるから言うのよ。貴女にも、犯罪神にも勝てる自信がね」

「…いいだろう、貴様の口車に乗ってやる。後悔するがいい、パープルハート。我が力を…犯罪神様を侮った自身の短絡さをな…!」

「……っ!あの靄って…!」

 

…お姉ちゃんの挑発が成功したのか、それとも元々使うつもりだったのか。ただ一つ言えるのは、マジックはお姉ちゃんが犯罪神を下に見た発言をした瞬間眉をぴくりと動かしたという事で……次の瞬間、掲げられたマジックの左手に闇色の靄が集まり始めた。

あの靄には、見覚えがある。あれば、あれから感じるシェアの力は……

 

「お姉ちゃん、あれは犯罪神の力だよ!ワレチューを暴走させたのと同じ!」

「そういえば、あの時のネズミと同じ力を感じるわね…だとしたらどこまで奴が強化されるか分からないわ。気を引き締めていくわよ、ネプギア」

「うん。まずはわたしが射撃で回避行動を誘発させるから、お姉ちゃんはその動きで力を測って…」

「──遅いッ!」

『な……ッ!?』

 

集まった靄は、オーラの様にマジックの身体を包んでいく。その様にまず様子見をするべきだと思ったわたしは、お姉ちゃんへの提案を口にするも…オーラを纏いきった瞬間、マジックはわたしの眼前にまで踏み込んでいた。

振るわれた大鎌は、本能的にM.P.B.Lを掲げていたおかげで何とか凌ぐ事に成功。でも衝撃は微塵も殺せなくて、最初の一撃と同じように吹き飛ばされる。

 

「さぁ喜べ、これが貴様の望んだ隠し球だ…ッ!」

「くっ……確かにそう言うだけはあるわね…!」

 

わたしを吹き飛ばしたマジックは、すぐさまお姉ちゃんへも攻撃。お姉ちゃんはわたしと違ってしっかり防御と反撃を行えていたけど、これまでよりも攻撃は後手に回ってしまっていた。

 

「ネプギア!無事!?」

「だ、大丈夫!これ位じゃわたしは、やられたりしないよッ!」

「ふふっ、良い返事よ!」

 

防いだ一撃は腕がビリビリする程の重みがあったけど、地面に落ちる前に立て直せたから怪我はない。それに、もうわたしはこの程度で怖気付いたりなんてしない。

上空でお姉ちゃんと斬り結ぶマジックに向けて、高出力の単射攻撃。マジックはそれを難なく避けてくるけど、それでいい。わたしの役目は、援護だから。

 

「ワレチューと違って、貴女は暴走しないのね…!」

「当然だ。たかがモンスターである奴と、犯罪神様に選ばれた我とでは格が違う…!」

「ふぅん、だったら某鬼の娘に仕える忍者集団みたいにならないといいわね…ッ!」

 

木の葉の様にひらひらと避けるマジックへと追随して鋭い斬撃を叩き込むお姉ちゃんと、お姉ちゃんが仕掛け易い位置へ射撃で誘導するわたし。…さっきみたいにすぐ有利な状況になる事は出来ないけど…形勢逆転も、まだされてはいない。

 

「ネプギア!」

「お姉ちゃん!」

 

お姉ちゃんの声で、マジックの放とうとしていた飛ぶ斬撃を察知して回避。わたしの声で、お姉ちゃんはわたしの攻撃タイミングを察知して旋回。犯罪神の力を借りて強くなったマジックに対して、わたし達は連携の力で対抗していた。

 

「残念だったわね、マジック。どうやらその隠し球も、わたし達には一歩届かないみたいよ…!」

「……そうだな。貴様達には後一歩届かない、というのは一理あるかもしれない」

「あら、認めるのね。じゃあついでに負けも認めてくれるかしら?」

「負けを認める?…勘違いするなよパープルハート。届きそうにないのであれば、状況を変えるまでだ…ッ!」

「……っ!待ちなさいッ!」

 

直線軌道で斬り込んだお姉ちゃんに対し、マジックは大きく下がってそれを回避。そしてそこから、マジックの狙いは……わたしへと変わった。

 

「……!近付いてくるなら…ッ!」

 

射撃を斬り裂いて真っ直ぐに飛んでくるマジックは、生半可な攻撃で止まるとは思えないし、十分に加速しているマジックから距離を取るのも困難な話。それを一瞬で理解したわたしはシェアエナジーをM.P.B.Lへと流し込み、ギリギリまで引き付けた上での照射ビームを撃ち込んだ。…けれど……

 

「ふんッ!」

「げ、減速して……ぐっ…!」

 

わたしが引き金を引く寸前で、マジックは急ブレーキをかけていた。その結果減速しない想定で放った偏差射撃は紙一重で外れてしまい、再びわたしは重い一撃を叩き込まれる。

 

「貴女、ネプギアを…ッ!」

「倒し易い相手から潰していく、ただそれだけの話だ…ッ!」

 

一瞬遅れて追いかけたお姉ちゃんは、マジックの正面へと回り込んで全力の横薙ぎ。でもマジックはそれが分かっていたかのように軽々と避けて、落下するわたしへと追い縋ってきた。

 

 

(不味い、これは……!)

 

定まらない視界の中で何とかマジックを捉えながら、わたしは焦りを感じる。マジックはもうとっくにわたしが中衛向きだって見抜いて、強引な近接格闘を仕掛けてきている。このままマジックの思い通りになったら、劣勢になったさっきの二の舞になってしまう。…敢えて大怪我覚悟で接近してきたマジックに組み付きでもすれば、お姉ちゃんが致命傷を与えてくれるとは思うけど……

 

(…そんなの、お姉ちゃんは望まない。そんな事をしたって、お姉ちゃんも皆も喜ばない。望まれてない自己犠牲なんて…そんなの自己満足だよ…っ!)

 

肉薄し襲いかかってきたマジックの大鎌に斬り下ろしを当てて、攻撃の相殺を試みる。当然勢いの乗ってる大鎌と体勢の悪い中で振り出したM.P.B.Lじゃ相殺なんて出来る訳がなくて、出来たのはせいぜい弱める程度だったけど…それでも、そのまま受けるよりはずっとマシ。

少しでも時間を作る為に、地面に背を向け下降するわたし。激突の危険を承知で作った時間で……叫ぶ。

 

「お姉ちゃんッ!わたしは勝ちたい!全力で、勝つ為にすべき事を尽くしたい!だからお姉ちゃん……」

「話し合いなど…させんッ!」

「きゃっ……!」

「ネプギア……っ!」

 

追い討ちを阻止しようと追ってきてくれたお姉ちゃんへ向けた、心からの叫び。具体的な案があった訳じゃない、思いそのままの言葉。わたしは最後まで口にしたかったけど、それを言い切る前に…三度目の急降下攻撃が振り下ろされた。

ギリギリでそれを防いだ直後、わたしの身体は地面に打ち付けられる。わたし自身も下へと加速していた中での激突は鈍器で殴られたみたいに痛くて、肺の中の空気を一気に吐き出してしまう。そして、激突による砂煙が視界を覆う直前、わたしが見たのは……

 

「……──ッ!」

 

……マジックが靄を使う直前に、わたしへ視線を向けた時と同じ瞳をしているお姉ちゃんだった。

 

 

 

 

落ちたネプギアが砂煙に包まれた瞬間、わたしは全速力の刺突をマジックへ向けて敢行した。それをマジックが避けるとわたしは大太刀から左手を離し、手足を振って方向転換。慣性は力技で強引に殺して、避けたマジックへ追撃をかける。

 

「不遜な態度を取る割には、避けてばっかりいるのね…ッ!」

「不満か?ならば期待に応えてやろうッ!」

 

右手だけで大太刀を振り切った瞬間、顔に向けて横から大鎌の柄を振り出される。瞬時にそれが大太刀で防ぐのは間に合わず、手で受け止めるのも負担が大きい攻撃だと判断したわたしは左腕で肘打ちを放ち、それをぶつける事で防御とした。…プロセッサにニードルブレイザー採用していたら、今ので大鎌破壊出来たかもしれないわね…。

 

「…パープルハート、妹の心配はいいのか?」

「あら、もしや攻撃しておいてネプギアを気遣ってるの?」

「はっ、センスのない冗談だな…!」

 

互いに一度後退し、すぐさま得物を衝突させる。先程までとは打って変わって、今のわたしとマジックは相手から離れないまま高速での連撃を放ち合う。…それはまるで、最初から一対一で戦っていたかのように。

 

「……ふっ、滑稽なものだ」

「滑稽?それは何がかしら?」

「この状況に決まっている。それでもわたし達なら、と言いつつ今貴様は一人で我と戦っている。先とは戦い方が変わっただけで、今も我と渡り合っている。…それは、貴様一人いれば十分だったという証明をしてしまっている事に他ならないだろう?」

「…………」

 

斬り合いながらも口元に歪んだ笑みを浮かべるマジック。…確かに今もわたしはマジックと渡り合っていて、未だ砂煙からネプギアが姿を現わす様子はない。だからマジックの目には最初からわたしがこっちの担当だったら増援の必要がなかった…と見えてもおかしくはないし、わたしもそれに対して否定の言葉は口にしない。

 

(自分一人いれば、ね……)

 

恐れを微塵も感じさせないマジックの表情を見て、思う。自分以外の四天王が討たれ、もう大勢は決していると言っても過言ではないこの状況でここまでの威勢を発揮出来るのは、犯罪神への盲信によるものなのか。それとも、初めから他の四天王や数多くの部下なんて必要ないと思っていたのか。…何れにせよ、わたし達とはまるで違う。

 

(……いや、それはちょっと違うわね。…わたし達だって、初めから『皆と』って考えていた訳じゃないんだもの)

 

思い出すのは、自分の経験した旅の事。程度や理由に差はあったけど、最初はノワールもベールもブランも『自分一人で』って考えている節があった。イリゼも普通の守護女神だったら今程繋がりに重点を置いていなかったかもしれないし、わたしだってきっと記憶を失う前は少なからず皆と同じ思考をしていたと思う。

でも、それは過去の話。絆の力を、信頼が生み出す真の力を知らなかった場合の話。……今はもう、そうじゃない。

 

「ねぇマジック。貴女は聞く耳も持たないと思うけど、誰かと一緒にっていうのは良いものなのよ?」

「何だそれは。まさかパープルハート、貴様が数を頼みにするような弱者の習性を語るのではなかろうな?」

「今現在も残党をけしかけてる貴女がそれを言うのね…残念だけど、それは間違いよ…ッ!」

 

次々と放たれる攻撃を逸らして防ぎ、努めて穏やかな口調でマジックに呼びかける。気を抜けば身体を真っ二つにされそうな激戦の中では、それが出来るのもたった数秒だけど…声音を崩されてからも、わたしは言葉を続ける。

 

「確かに個の力の弱さを補う為に数を増やすって策はあるし、強者は往々にして孤独だって意見も分かるわ。けれど…繋がるからこそ、誰かと手を取り合うからこそ出来るようになる事も世の中にはあるのよ…ッ!」

「そんなもの、裏を返せば個の力が足りないからこそ他者を頼っているという事だろう…!十分な力があれば、他者を頼らずとも同じ事が出来る…ッ!」

「いいえ違うわ!繋がる事で得られるものは、一人で突き進むだけじゃ絶対に得られないものなのよ!繋がりっていうのは、そんな単純な『代替品』じゃ、ないッ!」

 

お互いの攻撃で武器ごと上半身が反った瞬間、脇腹に向けて蹴りを放つ。それはマジックが横滑りのような動きで避けた事によって空振りに終わるけど、ならばとわたしは一回転。回る事で遠心力と加速を乗せて、再びマジックに蹴撃を打ち込んだ。

振り出した脚は大鎌の柄に衝突し、衝撃がプロセッサを突破し脛へと走る。…痛い。戦闘中の高揚感でも殺し切れない痛みが走って、凄く痛い。だけどこんなの…この程度、よッ!

 

「では聞かせてもらおうか!今貴様が我と戦い続けていられているのは何故かを!貴様の言う繋がりが、今にどう影響をしているのかを!」

「何故?何故ってそんなの、今わたしが全力を振り絞って戦っているからよ!繋がりで得られるものは、何も目に見える形ばかりをしてる訳じゃないって事よ!」

「なんだそれは…ッ!結局貴様は自分一人の力で戦っているという事ではないか!繋がりなど、所詮は曖昧模糊なものだと自らの口で示しているではないか!ふんッ、今更建前を気にする必要もないだろう!犯罪神様と対極にして表裏の関係にある貴様達女神も、群れる事など必要としない『個』であると……認めるがいいッ!」

「……ッ!」

 

マジックは怒りを吐き出すように吠え、全力全開の袈裟懸けを放った。恐らくは犯罪神と同質の存在であるわたし達女神が、皆繋がりを大切にしている事が不愉快でならなくて、その怒りがわたしの言葉で顕在化した事による、これまでのマジックで一番感情の籠った一撃。それは鋭く、重く、強烈で……腹で受け止める為に掲げたわたしの大太刀は、ゴムボールのように弾き飛ばされてしまった。わたし自身に怪我はないけど…その衝撃を諸に受けた右手は、多分数分間はまともに大太刀を握れない。

 

「……これが、結果だ。貴様の言う繋がりの、弱さだ」

「…あくまで貴女はそう思うのね」

 

大太刀を吹き飛ばされたわたしはそれを取りに行くでもなく、ただ手を降ろす。それをどう受け止めたのか、マジックは勝利を確信した笑みを顔に浮かべる。

…この場だけで言うなら、わたしは相当ピンチ。正直、立て直す前に身体のどこかをばっさり斬られる可能性も大いにある。けど、わたしは慌てない。慌ててないし、不味いとも思っていない。だって……

 

「あぁ、そうだ。現に今が、そうなのだからな」

「そう…いいわ。貴女が意地でも認めないというなら、わたしと仲間の…ネプギアとの繋がりを弱いと思うのなら、まずはそのふざけた幻想を……」

 

 

 

 

 

 

「────わたしが、ぶち壊しますッ!」

「な──ッ!!?」

 

ここまでくれば十分だと思って、きっと今が最大最高のタイミングだと思って、翼と身体の力を抜くわたし。揚力を失ったわたしの身体は落下を始めて、マジックはそれを訝しげに見て…………次の瞬間、ネプギアがわたしの頭上を駆け抜けた。

 

 

 

 

お姉ちゃんに向けられた、あの時と同じ瞳。あの時は相手…マジックに対してのやり取りをしていた最中の瞳だったから、前のわたしならきっと意味が分からなかった。生まれたばかりの頃ならほんとに全く分からなくて、ギョウカイ墓場から逃げ帰った後なら、わたしが役立たずだからあんな目をするんだろうって思い込んだと思う。…だけど今は、お姉ちゃんの意図を理解する事が出来た。

あの瞳をお姉ちゃんがしたのは、『敢えて隠し球を出させようとする』策を話していた時。隠し球は、意表を突いて使うのが効果的だって話をした時。それなら、その瞳をこの状況でするんだったら……お姉ちゃんが伝えようとした事なんて、一つしかない。

だからわたしは、砂煙の中で力を溜め続けた。マジックに気付かれないように、静かにその時を待ち続けた。そして今……わたしは、飛び上がった。

 

(お姉ちゃん…お姉ちゃんが信じてくれた事、ちゃんと伝わってきたよ。だから見ててお姉ちゃん。今度はわたしが、その思いに応える番だから…!)

 

わたしが来るのを分かっていたように開けてくれた場所を通って、マジックへと肉薄する。

目を見開くマジック。そのマジックへ向けて、わたしは溜めた全ての力を…解放する。

 

「この瞬間を待っていましたッ!プラネティック……」

 

マジックへ向けた、打ち上げるような連撃。跳ね上がった瞬間、砲口を向けて集中連射。更に翼に力を込め、斬り裂き銃撃した傷へと刺突をかける。

一発一発に神経を張り詰めた攻撃を、立て続けに叩き込んだ。これだけでもかなりのダメージにはなっているけど、勿論これだけじゃない。わたしの全力は、こんなものじゃない。

 

「──ッ!ディーバッ!!」

 

くの字に曲がるマジックを上空へと残して、わたしは斜め下へと降下。ここだ、と思った位置で翼を全開まで広げて、身体全体と浮遊ユニットで射撃姿勢を作ってビームを照射。そのビームがマジックを貫いた瞬間一度照射を止めて、この時M.P.B.Lと身体に残った力の全てを振り絞って、もう一度マジックへ…文字通り全力全霊の一撃を叩き込む。

輝く紫の光芒が、マジックを飲み込みながら天へと駆け上がっていく。圧倒的な、それでいて神々しさも放つ光の奔流を、力が空っぽになるまで輝かせ続ける。そして、駆け抜けた果てに光が空へと溶け切った時……マジックは、地面へと落下した。

 

「はぁ…はぁ……」

 

さっきのわたしと同じように、マジックは落下し砂煙を立てる。それを見ながらわたしがゆっくり降下をすると、お姉ちゃんはわたしが同じ高度に来るまで待っていてくれて、それからわたしに寄り添ってくれる。そうしてわたし達は地面に降りて、頷き合って……砂煙が晴れた時、そこには身体が光の粒子へと変わり始めたマジックがいた。

 

「勝っ、た…勝ったん、だよね……?」

「えぇ、そうよ。…ネプギア、貴女が勝利を掴んだのよ」

「お姉ちゃん……」

 

消え始めたマジックを見てわたしがつい言葉を漏らすと、お姉ちゃんは優しく肩に手を置いてくれる。それはプロセッサで隔てられていても分かる程に温かくて、思いが籠っていて…わたしは言葉だけじゃなくて、笑みまで零してしまった。

それがちょっと恥ずかしくて、お姉ちゃんを見つめつつも頬を染めるわたし。それを見たお姉ちゃんは肩を竦めながらも微笑んでくれて、それが嬉しかったわたしは感謝の言葉を口にしようとして……

 

「……ふ、ふふふ…ふふふふふ……」

『……!?』

 

──その時、不気味な笑いが聞こえてきた。その笑いの主は……今正に消えつつある、マジック。

 

「…何がおかしいのよ…」

「…おかしいのではない…嬉しいのだ、狙い通りにいった事が…務めを、果たせた事がな……」

「狙い通り…?ど、どういう事ですか!?」

 

空を生気のない目で見上げながら、マジックはこれまでとは違った笑みを浮かべている。それに対してわたし達が浮かべているのは、困惑の表情。マジックが何を言っているのか、全然分からない。狙い通りって…倒されてるのに、狙い通りなの…?

 

「…気付いているだろう…残党の攻撃が、あまりにも粗末であった事を…今回の攻撃が、侵略としては雑過ぎであった事を……」

「…確かにそれは感じたわ。……やっぱり、この攻撃は陽動なの?」

「いいや…残党の攻撃は侵略でも、ましてや陽動でもない…そしてそれは、今回だけに限った話ではない……」

「な、何を言って……って、まさか…!?」

「え……お、お姉ちゃん…?」

 

暫くはわたしと同じような顔をしていたお姉ちゃんだけど、突然何かに気付いたような声を発して……それからお姉ちゃんの顔は、青ざめていった。でも、わたしはまだ分からない。分からないから…お姉ちゃんの表情も、理解出来ない。

 

「ふふふ…さぞ恐ろしかっただろうな…操られた残党に襲われた者達は…さぞ苦しかっただろうな…操られた者達は…さぞ、質の良い負のシェアを生み出してくれたのだろうなぁ……」

「負の、シェア…?…それ、って……」

「そう…残党支配の真の目的は、信次元に恐怖を…負のシェアエナジーを増やす事…我の行動すらも、目的は同様…そして、既に復活が進んでいた犯罪神様は…これまでの犯罪組織の活動によって復活の為の力を蓄え続けていた犯罪神様は……この戦いの決着を持って、復活を遂げる……!」

 

……その言葉を受けて、わたしもお姉ちゃんが顔を青ざめた理由を理解する。…それは、最も聞きたくもない言葉だった。これまでのわたし達の最終目標達成が、不可能になってしまった事を示す言葉だった。

ちらりとこちらへ目を動かしたマジックは、わたし達二人の顔から血の気が引いてるのを見て愉快そうな顔をする。消えていく中で、もう後僅かな命で、それでも笑みを絶やさない。

 

「…我が負ける事も、予想の範疇だった…まさか女神候補生に討たれるとは思っていなかったが…出来るならば、女神の一人でも道連れにしたいところだったが……これで犯罪神様が復活なされるのなら…この命が尽きようと、本望だ……」

「あ、貴女……」

「絶望せよ…そして、犯罪神様のお力でもって朽ちてゆけ女神……この世界の滅びは、最早決定事項だ……」

『……っ…』

「…あぁ、犯罪神様…貴方様の配下として、貴方様に与えられた身体で尽くせた事は、我にとって至上の喜びです……その上で貴方様の一部となれるのですから、もう言う事はありません……さぁ、犯罪神様…後は、貴方様の…思うが、まま…に……」

 

……最後はもう、譫言のようだった。満足そうな顔をして、呪詛の様な言葉を吐いて……それから至福に満ちた声音で、犯罪神に語りかけて……そして、マジックは消え去った。身体の全てが光となって、空へと登って消えていった。…その後に残ったのは、彼女が落ちた地面の跡だけ。……わたしもお姉ちゃんも、何も言葉を発さなかった。発せなかった。

 

 

 

 

────こうして、最後の四天王…マジック・ザ・ハードは倒された。四天王は、全員倒された。でも、マジックは言っていた。わたしの身体が、女神としての本能が感じていた。……災厄そのものであり、人災でもある犯罪神が、この時復活したのだと。




今回のパロディ解説

・某鬼の娘に仕える忍者集団
千年戦争アイギスに登場するキャラ、鬼刃姫及び彼女に仕える鬼刃集の事。魔人の力を身に宿しては暴走するマジック…うーん、それだと完全にギャグキャラですね。

・ニードルブレイザー
コードギアスシリーズに登場する兵器の一つの事。幾らブレイズルミナスの発展武装とはいえ、肘打ちで防御は難しいですよね。正にエース用の装備と言えるでしょう。

・「〜〜貴女が意地でも〜〜幻想を……」「────わたしが、ぶち壊しますッ!」
とある魔術の禁書目録(インデックス)の主人公、上条当麻の代名詞的台詞の一つのパロディ。これだとネプギアがマジックの顔を殴ったみたいに思えますね。

・この瞬間を待っていました
機動戦士クロスボーン・ガンダムの主人公、トビア・アロナクスの台詞の一つのパロディ。でもこの台詞は原作ではなく、ガンダムVSシリーズでのものらしいですね。


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第百九話 決戦への会合

集団としての力は殆ど発揮せず、戦術的な強さもまるで無かった犯罪組織残党。けれどそんな残党も…いや、そんな残党だからこそ、普通の組織なら普通に行う『勝利条件の達成が困難になった際の撤退』をする者は、誰一人としていなかった。…もし、それが一人一人の意思によるものなら、馬鹿だし短絡的だけど根性はある…って思えたかもしれないわね。……一人一人の、意思だったら。

 

「これでここも…制圧完了ッ!」

 

後ろから襲ってきた最後の残党に対し、後方宙返りで逆に背後を取った私は一瞬で無力化。前へ倒れ込む残党を支えて、駆け寄ってきた軍人に処置を任せる。

 

「もう残りの残党は僅かよ!皆、最後まで気張りなさい!」

『はい!』

 

軍人達の気力が籠った返事を背に受け、飛び上がる私。上空で制圧を逃れた残党がいないか確認した後、ユニに連絡を取りつつ残りの残党を制圧する為次の地点へ向かう。

 

「ここまでよく耐えてくれたわ!もう少しで私もそっちに向かえるから、それまで踏ん張って頂戴!」

「お姉ちゃん…こっちだってまだまだいけるわ!お姉ちゃんは焦らず、街中の防衛を第一に考えて!」

「あら、言うわねユニ。だったらそっちに行く時を楽しみにして……」

 

労いも兼ねた言葉をユニにかけると、返ってきたのは言葉通りにまだまだ限界には達していないという気概の声。女神の士気は周りの仲間や国民の士気にも関わる訳で、それにおいてはこの通信だけで一安心する事が出来た。

他でもないユニが街中の防衛を第一にしてと言ったんだから、私も今いる全ての残党を制圧するまで気を抜く訳にはいかない。そう心の中で自らを奮い立たせて、飛行速度を上げようとした……その時。

 

『…………え…?』

 

私とユニは、同時に何かを感じた。明確にこれだ、と言える訳ではない、でも確かに感じる胸のざわつき。女神としての本能が、何かに反応して…無意識に私は、ギョウカイ墓場のある方向を見ていた。

 

「…ね、ねぇお姉ちゃん…今、何か……」

「えぇ…きっとどこかで何かが起こったんだわ。シェア関連の、何かが…」

 

我ながら漠然とした発言だとは思うけど、実際それ位ざっくりとした事しか分からないんだから仕方ない。何かが起こったとは思うけど、それ以上の事はまるで分からない。そんな感覚を姉妹揃って味わう中、通信に新たな人物が入ってきた。

 

「…ノワール、ユニ。朗報と悲報…いや、凶報がたった今入ったよ。かなりショックを受けるだろうから、落ち着いて聞いてほしい」

「ショック?…いいわ、アタシは落ち着いてるから大丈夫」

「私もよ。残党のいる場所に着いたらどこまでしっかり聞けるか分からないから、手短に頼めるかしら?」

「あぁ、それなら心配ないよ。朗報の一つ目は、今操られている残党が全員動きを止めたって事だからね」

「え…ほ、本当なの!?」

 

突然の感覚で一度停止し、ケイの声が聞こえたと同時に加速も再開した私は…その報告を受けて、再びその場に停止した。ケイはこんな時に冗談を言う人じゃないって分かっているけど、それでも私は訊き返してしまう。だって…思わず訊き返してしまう程に、今の報告は喜ばしい事だったから。

 

「気になるなら実際に見てくるといい。各地の報告通りなら、残党は皆操りから解放されている筈さ」

「…そうなの…なら、良かったわ……」

「うん。…でも、どうして急に…?」

「それは恐らく、原因が排除されたからだろうね」

「原因…って事は、もしや……」

「…それが二つ目の朗報だよ。…プラネテューヌから、マジック・ザ・ハードの撃破に成功したとの連絡があった」

『……!』

 

操られた残党が解放されたというだけでも、十分過ぎる程の朗報。そこに加えてマジックの…残った最後の四天王も撃破出来たとなれば、それは大手を振って喜べる程の事。実際私は人目もないし軽く片手でガッツポーズをしたい気持ちになったけど…ユニに対してその旨の返答をしたケイの声は、とてもそれ程の事を告げる人のものとは思えなかった。

 

「…やるじゃない。ネプテューヌも、ネプギアも」

「どっちがどう戦ったのかは…今は、二の次…だよね」

「そうね。……ケイ。その口振りだと、凶報は今の朗報に匹敵、或いはそれ以上のものなんでしょう?」

「…まぁ、ね」

 

ユニも私と同じ考えだったようで、暗にそれを伝えてくる。その言葉に私が同意し話を進めると…ケイは、声のトーンを落としてきた。

大朗報を素直に喜べないような凶報とは、一体何か。……真っ先に思い浮かぶのは、ネプテューヌやネプギアの身に何か…それも、取り返しのつかないレベルの事態が起きたという可能性。…だとしたら、喜べない。喜べる、訳がない。仲間に、妹の大事な友達に、大切な人に何かあったら……。

湧き出した不安から、口の中が乾いていく私。ユニも言葉を発しなくて、そんな中で聞こえた凶報の内容は……

 

「……これは確定情報じゃない。けど、情報が正しいのなら……犯罪神が、復活してしまったみたいだ」

 

──私の予想とは全く違う、けれど確かに朗報の喜びを喰らうだけの重さを持つものだった。

 

 

 

 

ギョウカイ墓場から各国へと進軍をかけていた残党の部隊は、操られていた残党に比べれば集団としての力を持っていた。それは部隊を構成する戦力が、本能に従うモンスターと入力された指令によって動く無人機である為。端から自由意志に従う人とは違うそれ等が、この戦いにおいても普段通りの動きをするのは当然の話。そして、外部からの進軍は…最後の四天王の消滅と同時に、急速にその勢いが衰えていった。

 

「あれ?…モンスター、どっか行ってる…」

「マシーンもなんかへってきたみたいよ!」

 

モンスターは人への攻撃を続ける個体もいたが、多くは周囲を見回した後に一体、或いは群れで思い思いの方向へ散っていく。稼働中の無人機は全て戦列から離れなかったが、まるで打ち止めとなったかのように増援が現れなくなり、一機、また一機とスクラップに変えられていく。

元々優勢となっていた街の外での防衛戦は、それによって一気に勝利へと近付いていく。最早残党の攻勢も、後僅か。……そんな中で、唯一勢いが衰える事なく戦い続ける兵器があった。

 

「じゃあ、後はこれをたおせば…!」

「わたしたちの大しょーり、よねッ!」

 

寸分も狂いのない連携で連続攻撃を仕掛けるロムとラム。対する盗品ラァエルフ、アズラエルは脚部のローラーと全身のスラスターを駆使して回避していく。しかし幾らハードソフト両面で力を引き出されたアズラエルと言えど女神と正面から長時間ぶつかれば無事で済む筈もなく、今も機体の複数ヶ所が火を吹いていた。

 

「でっかいのいく?ロムちゃん!」

「ううん、でっかいのは、もっとすきができてから…!」

「だよね!じゃあ、シーシャ!」

「OK!大剣は抜刀斬りが素早い、ってね!」

 

連撃を凌ぐアズラエルは、その合間に頭部機銃を連射。その背後へ、大剣を背負い柄に手をかけたシーシャが回り込む。つい先程到着した彼女は、アズラエルを視認するや否や戦線に参加し、攻撃を開始した。しかしロムとラムはその様子が明らかに変であるという事、シーシャがアズラエルにまとわりついては範囲魔法を放ち辛いという事から「まちがってシーシャごとカチンコチンにしちゃうかも!」「かも…!」…と彼女達なりに強い口調で独断攻撃を制し、あくまで援護に回ってもらうという形を取っていた。

 

「こちらか…!」

「ちっ…やっぱり硬いわね…!」

 

シーシャの回り込みに気付いたアズナ=ルブは戦斧を使い、彼女が振った大剣を刃で受ける。そのまま戦斧が振るわれた事でシーシャは弾き返されるも、ワンアクション使って彼女を機体から離すのは悪手だった。

 

「すきありぃ!」

「ねらうなら、今…!」

 

展開された魔法陣より噴き出す炎の柱。体積を広げながら襲いかかる火炎を、アズラエルはスラスターを吹かした跳躍で回避するも、回避先へ駆け抜けた光芒には対応出来ずに右腕部を被弾。直撃した地点が爆発を起こしながら、その地点より先が雪原へ落下する。

アズナ=ルブが対応出来なかったのは、炎によってカメラは勿論熱源センサーも目を塞がれた状態となり、上方への回避を予想して光芒を放ったロムの動きが見えなかった為。だが、恐るべきはロムとラムが視界どころかセンサーの欺瞞まで出来るとは知らずに炎の魔法を選んだ事。これが単なる偶然なのか、それとも戦いの名手たる女神の本能がそれを選択させたのか…それは誰にも分からない。

 

「くっ……やはり、既に結末は決まったという事か…」

「むーっ、おしい!でも当たったねロムちゃん!」

「次は、こうどうふのーにさせる…!」

「だよね!なら次のこーげきはわたしが……」

「…だが、私とて素直に諦める程物分かりがいい訳ではない…!」

「……!また逃げる気…ッ!?」

 

ここまでに機関砲とロケットランチャーを破壊され、今の攻撃で右腕部も肘から下を失ったアズラエルは、機体各部の細かな損傷も含めて敗色濃厚。それに加えて味方の攻撃も最早終わりかけているとなれば、撤退を選ぶのは当然の考え。……例え撤退とその先に保障が無くとも、彼はまだ諦観の念に駆られてはいないのだから。

 

「すぐにげるってのはほんとみたいね!でも、それなら後ろから……わっ!?」

「な、ナイフ…!?」

「あいつ…ッ!」

 

着地と同時に反転したアズラエルは、スラスター全開でルウィーの街とは逆の方角へ。その動きとシーシャの言葉でロムとラムは即座に追撃を狙うも、その瞬間アズラエルが再び反転しコンバットナイフを投擲した事により魔法の攻撃を阻まれる。更にもう一本のナイフを目眩し目的で真下の雪原へと投げ、衝撃とスラスターの噴射による二重の雪煙で視界を阻んでいく。

そんな中、物怖じもせずに雪煙の中へ身を投じる女性がいた。

 

「妙な仮面を被り始めて、多数の人の信頼を裏切って、そのくせ甘い面を見せたりして……それでまた、真意隠して逃げるつもりだってなら…ッ!」

 

雪煙の中でシーシャは左手を上げ、いつの間にか携えていた銃器を発砲。それによって出来た雪煙内のトンネルでアズラエルの位置を確認し、同じくいつの間にやら引き抜いた単発銃の引き金を引く。

アズラエルへ向けて放たれた弾丸は、狙った位置から多少ズレつつも見事脚部へ着弾。しかし本体が拳銃サイズであった為か、アズラエルはビクともせずに撤退を続ける。

 

「…………」

「これくらいかぜの魔法で!…ってもうあんなににげてる!?ロムちゃん、いそがないと…!」

「ま、待ってラムちゃん…!ミナちゃんから、つうしん…」

 

着弾の数瞬後、突風によって雪煙は取り払われる。続けて突風を発生させた二人が追跡に入ろうとするも、そこでインカムに連絡が入り足…ではなく翼を止める。そして、その通信というのは……ラステイションに入ったものと同じ、朗報と凶報の併存する報告だった。

 

 

 

 

各国での戦闘終了から数時間。情報の確認を行い、最低限の事後処理を終えた私達は、TV電話での緊急会合を開いていた。

 

「もー!消えてくマジックを背景に『ネプギアにトドメを任せられたから、わたしは余力を気にせず貴女との攻防に全力を懸ける事が出来た。…これが、繋がりの力なのよ』とか、『もし貴女がネプギアを侮らなかったら…いえ、例え侮っていなかったとしても、勝っていたのはわたし達よ』とか格好良い台詞言いたかったのにー!」

『…………』

「あ、あはははは…は……」

 

……開口一番ネプテューヌの緊張感ゼロ発言が飛び出してきたけど、これは由々しき事態に対する緊急会合が目的…の筈……。

 

「…ネプギア、マジックの言っていた事について詳しく教えてもらえる?ネプテューヌは積み木か何かで遊んでていいからさ」

「積み木って…わたしそんな子供じゃないよー?」

「だよね?だから真面目なお話しようねネプテューヌ 」

「うっ…しまった、それが狙いだったか…」

 

自ら「子供じゃない」と言わせる事でネプテューヌのボケに枷を嵌める私。ネプテューヌがやられた…という顔をする中、隣のベールと画面の向こうのノワールとブランが小さくサムズアップしていた。……因みに、床やカーペットにぺたんと座って積み木で遊ぶネプテューヌは…ちょっと見てみたかったりも、する。

 

「ええと、じゃあ…わたしが話してもいいよね…?」

「うん。事実に関しては話すのがわたしでもネプギアでも変わりはしないからね」

「それなら、えっと…」

 

初っ端から脱線していた話が本筋に戻り…というか、ここで改めて本題が開始。倒されたマジックは何を言ったのか、それが何を意味するのか…複数人を介した『情報』ではなく、当人の『言葉』を聞いて、私達は考える。

 

「……それで、最後は犯罪神を心から崇拝しているみたいな言葉を言って…マジックは消えたんです」

「そうですのね…その言葉だけなら、負け惜しみに出任せを言っただけとも考えられますけど…」

「今回の戦闘を始めとする不可解な部分が、全部負のシェア集めの手段だったってなら一応の説明が付くわね…」

「それに、わたし達があのタイミングで何かを…それも全員が感じたとなれば、出任せの可能性は低いわ」

 

ネプギアの言葉を聞き終えると、守護女神の三人がマジックの言葉の真偽に関する推測を口にしていく。…誰も、断定の意見は言っていない。本当だと考えるにしても、ハッタリだったと考えるにしても、確証が持てるだけの証拠はないから。……けど、三人共…いや、今これに参加している全員が分かってる。きっと犯罪神は、本当に復活してしまったんだろうって。

 

「…わたしたち、負けなの…?」

「そ、そんなことないわよ!…ないのよね…?」

「それは……き、きっとまだ手がある筈よ。そうでしょ?お姉ちゃん…」

 

傍観者ではなく、守護者として四天王を倒したユニ達も今は少し不安そうな表情に。口には出さなかったけど、ネプギアだってそれは同じ筈。…でも、それは違う。まだ、その段階じゃない。

 

「大丈夫よ、ユニ。手、っていうか解決への道はまだ残ってるわ」

「今はあくまで『復活前に再封印を施す』という、数時間前までのベストな選択肢が選べなくなっただけよ。まだまだ諦めるような状況じゃない」

「そうそう、それにここで諦めた場合、ルートが例のバッドエンドに確定しちゃうようなものだからね!」

『……!?』

 

自分達の妹を勇気付けるノワールとブラン。その流れに乗ってネプテューヌも雰囲気を盛り上げようとするも……その瞬間、空気が凍り付いた。

 

「……あ…ごめん、ちょっと今のは内容的に笑えない冗談だったかも…」

「わ、笑えないっていうか…色んな意味で洒落にならないよそれは……」

 

滑った、だとか不謹慎、だとかのレベルではない、ある種の『禁忌』に触れてしまったかのような空気の冷たさ。…理由は、まぁ…原作ユーザーならお分かりの通りっていうか、今の段階で暗にそのルートに行く事を否定するのは酷いネタバレっていうか……うん、そういう私の地の文も大概だね…。

 

「…そういえばわたし、フラグっぽいサブイベ見てきた気が……」

「止めて!?そのルート化に信憑性持たせようとするのは止めて!?わたしが振ったネタではあるけどノーサンキューだから!」

「…超シリアスルートすらギャグパートに組み込むとは…ネプテューヌのボケスキルは時々本当に凄いと思いますわ…」

「ありがとう!でも今はそんな評価要らなかったよ!?」

 

偶々なのか、空気を変えようとしたのか、それともそれすらネプテューヌのボケスキルなのか…ともかくネプギアとベールの発言&ネプテューヌの突っ込みによって、凍り付いていた雰囲気は無事解凍された。

 

「うぅ、最近わたし皆で集まってると毎回突っ込みやらされてる気がする…」

「貴女の場合はいつも身から出た錆じゃない。そうじゃなくても突っ込みやらされてる側の身にもなってみなさいよね」

「え?…てっきりわたしはノワールが突っ込み大好きっ娘だから突っ込んでるのかと…」

「そんな訳ないでしょうが!てか何よ突っ込み大好きっ娘って!縄跳び大好き少年並みに意味不明なんだけど!?」

「ノワール、真面目な話の最中なんだから脱線は程々にしなさい」

「うっ…そ、そうよね…ごめんブラン……って、これ私が悪いの!?」

「乗った側も悪いわ」

「うぐ、それは確かにそうだけど…タイミングに凄く悪意を感じるわ……」

 

凍てついた雰囲気の揺り戻しなのか、寒さに一番大切があるであろうブランもボケに参加。……恐らく犯罪神が復活してるって状況で何ふざけてるんだ、って言われたら返す言葉がないけど…私達だって別に、能天気な訳じゃない。むしろ事の重大さが分かっているからこそ、普段と同じように振る舞う事に努めている。…女神だって、慌てたり不安になりそうだったりする事はあるんだから。

 

「あー、こほん。そろそろ一番大事な部分に触れるべきじゃない?」

「それもそうですわね。ネプギアちゃん達からすれば、これからどうするか…は気になってしょうがない事でしょうし」

「…ネプギア、気になる?」

「そ、それは勿論…」

 

今回の会合で一番大事な部分は、当然犯罪神が復活したとしてそれにどう対処するか。これを話さなきゃ何の為の会合だってなるし、それに関して決めなきゃいけない事だってある。……でも、根本的な部分はとてもシンプル。確認の必要はあっても、話し合う必要は皆無と言ってもいい程単純な事。そしてそれを守護女神の四人も分かっているから…画面越しに、目を合わせる。

 

「犯罪神は、強大な敵。生半可な考えや覚悟で戦おうものならどうなるか分からないわ」

「けれど、強大な敵はこれまでにもいて、その様な敵をわたくし達は倒してきましたわ」

「人や国を守るのも、悪を討つのも、犯罪神に対抗するのも私達の役目」

「だから、わたし達のやる事は一つ。……これまで通り、皆で力を合わせて犯罪神を倒しちゃうよ!」

 

……敵が現れたのなら、倒せばいい。ただ、それだけの事なんだよね。それが、守護者として、今を愛する者として選ぶ、至極単純な答えなんだから。

 

「…アタシ達も、守護女神を目指すならこれ位の精神力を持たなきゃね」

「うん、わたしも…今のおねえちゃんたちみたいに、なりたい…」

「だいじょーぶ。わたしたちだって成長してるんだから」

「わたし達にだって、この戦いで役に立てる事はある筈。だからわたし達女神候補生も、頑張ろう…!」

 

女神に追い縋るだけの力を持つ四天王を生み出し、使役する存在犯罪神。その強さは計り知れなくて、その影響力もモンスターなんかとは比べ物にならない筈で、だからこそその犯罪神が復活する前に再封印出来ればベストだった。それが叶わなくなったのは残念だし、私達女神の落ち度と言えるのかもしれないけど……私達の士気は、低くない。低くないどころか倒せるって、信次元を守れるって心から信じている。…なら、きっと大丈夫だって、私は思う。

 

「さて、となれば次はチカ達の話がどうなったかですけれど…」

「それは今し方終わりましたわ、お姉様」

 

ふっと雰囲気が緩み、ベールが別の場所で会合中の教祖組の事を口にすると、正にそのタイミングで教祖の四人…そして何故か一緒にいる新旧パーティーメンバーの姿がモニターに映る。

 

「そちらも話が終わったようですね」

「えぇ。結論は…」

「ふふっ、顔を見れば分かりますよ(^o^)」

 

ミナさんの言葉にブランが(同じ国にいるけど今は画面越し)返そうとすると、イストワールさんが微笑みながらそう言った。…イストワールさんの場合は顔じゃなくて顔文字を見れば分かるけど…今の人数で話逸れると戻るまで物凄く時間かかりそうだから、言わないでおこうかな。

 

「じゃあ、そちらはどうなったんですか?というか何故イストワールさん達の話に皆が…?」

「それはですね、あるお願いを皆さんにしていたんです( ̄^ ̄)」

『(お願い・おねがい)…?』

 

この状況で教祖の皆さんがパーティーの皆に頼むお願い、それもわざわざ私達とは別の場所で行った話とは何か。それが気になり全員でハモる中、イストワールさんは一度目を瞑って真剣な表情を浮かべる。

 

「…犯罪神は、早急に対処すべき相手。しかし皆さんは今日の戦闘で、心身の疲労を抱えてしまっている…そうですね?」

「それはまぁ…お姉ちゃんは怪我もそこそこしちゃってますし…わたしもちょっと背中が痛かったり…」

「分かっています。だから、皆さんには二つのお願いをしました。まず一つ目は、犯罪神復活に関する真偽及び犯罪神の状態の確認。そして、二つ目は……」

 

 

 

 

「──犯罪神が侵攻の素振りを見せた場合における、皆さんが万全の状態になるまでの時間稼ぎです」

『え……?』

 

パーティーメンバーの皆は全員能力も人柄も信頼出来る人達で、これまでも色々なお願いや協力を頼んできた。正直、普通の人には出来ないような無茶なお願いもしてきたと思う。でも、今イストワールさんの言った言葉は…教祖の皆さんがしたお願いは……私達の全員が、一瞬言葉を失う程のものだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜大剣は抜刀斬りが素早い、ってね!」
モンスターハンターシリーズにおける、大剣の性質の一つのパロディ。シーシャ、というかゴールドサァドは元ネタが幅広いからか武器も色々あるんですよね。

・縄跳び大好き少年
お笑いコンビ、にゃんこスターのネタにおけるスーパー3助さんのキャラクターの一つの事。…まぁ、実際にはどっちもいると思いますけどね。あり得ない事ではないですし。


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第百十話 信じるという事

「…本当に、本当にいいの皆…?」

「はいです」

 

犯罪神の復活がほぼ確定した日の翌日、私達はギョウカイ墓場の入口へと来ていた。…でもそれは、私達が突入する為じゃない。

 

「大丈夫よ、何も倒しに行くんじゃないんだし。っていうか、似たような事したイリゼが訊く?」

「う…そこを突かれると言葉を返せないけど…」

 

アイエフからの指摘に食い下がれない私。確かに私は同じような事を、それも一人で行った経験があるから、それを言われると反論のしようがない。

あの会合の後イストワールさん達のプランを聞いた私達は、当然すぐには首を縦に振らなかった。危険過ぎるって、私達は少し休むだけで十分だって、そのプランを否定した。……けど、パーティーメンバーの皆にはこう返された。これは、自分達で決めた、満場一致の意見だって。

 

「わたし達もそれなりには場数を踏んでるからね。イリゼさん達程は強くないかもしれないけど…」

「そこはアタシと嫁の愛でカバーするから問題ないよっ!」

「嫁になった覚えはないにゅ、問題大有りにゅ」

「はは…まぁ嫁云々はともかく、あたし達だって生半可な気持ちで選んだ訳じゃない。それは分かってくれないかな?」

 

満場一致だという言葉を示すように、パーティーメンバーの皆は全員前向きな顔をしている。勿論サイバーコネクトツーの言う場数を軽んじている訳じゃないし、新パーティーのファルコムの言う通り、軽い気持ちなんかじゃないって事も分かってる。…けど……

 

「…分かってるわよ。でも犯罪神は、ゲイムギョウ界を破壊しかねない程の敵なのよ?そんな敵が相手なんだから、私達だって止めたくなるわ…」

「そうですよ、四天王だってわたし達が本気で戦わなきゃ勝てない相手だったんですから…」

「勝つ事と時間稼ぎとでは難易度がまるで違う。私達とて、不可能だと思っていれば実行に移さないさ」

「ボク達がしようとしているのは無茶じゃなくて、自分達が出来る事。…いつもの女神様達と、同じです」

 

ノワールやネプギアの言った言葉が、私達女神組の思っている事。それは例え皆が無茶する訳じゃないと分かっていても、思っている事が変わる訳じゃない。そしてそんな気持ちを表すように、ネプテューヌがぽつりと呟く。

 

「……それでも、わたし達は不安だよ…もしも、もしもの事があったらって…」

「…ネプテューヌさんは、あたし達の事信じられない?」

「信じてたって、不安なものは不安だし心配になるよ…そういう皆だって、わたし達が引き止めたい気持ちは分かるでしょ…?」

「…分かってるよ、ネプテューヌさん。ネプテューヌさん達程の事が出来ないわたし達は、実際にそういう思いもしてきたから…」

 

いつもの快活さが鳴りを潜め、不安の感情を露わにするネプテューヌの言葉は印象的で、それに加えて鉄拳ちゃんの言葉が…普段一番危険な場所や敵へ向かっていくのは私達女神で、パーティーの皆は送り出す側だからその気持ちも分かるって言葉が私達にとっては凄く重くて、お互い中々次の言葉を言い出せない空気になってしまう。

本当は笑顔で送り出すべきだと分かってるけど、それへ踏み込む事が出来ない。…そんな中で、パーティーメンバーと共に行くマジェコンヌさんが口を開く。

 

「…敵が、犯罪神が強大だからこそのこの策だ。君達がやられてしまえば信次元の未来が絶望的になってしまう以上、疲労や怪我があるのであれば少しでもそれを取り除いた状態で戦ってほしいのだ。…ここは一つ、心情ではなく戦術として判断してほしい」

「戦術というのでしたら、せめて軍も……」

「それは駄目だよ。やむを得ないならまだしも、それ無しでも何とかなる時に条約を破ったら、それこそ平和からは遠ざかっちゃうんじゃないの?」

 

マジェコンヌさんから続くマベちゃんの言葉に、私達は返答出来ずに口籠る。異を唱えつつも否定し切れずここまで来てしまっているのは、偏に策としての正しさがあるのは皆側だから。止めたいと思いつつも、取るべき選択は皆のやろうとしている方だと分かっているから、こうして私達はずるずると…駄々をこねている。

 

「心配するなとは言わないわ。でも、心配のし過ぎはしないで」

「ケイブさんの言う通りです。ちゃーんと女神さん達が来るまで頑張るですから、いつもみたいに頼って下さいです」

「い、いつもって言っても…今回は相手が相手ですし、アタシ達だって別に心配し過ぎてるつもりは……」

 

ずるずると、ずるずると、強くは言えないまま半端に食い下がる私達。不安で心配で止めたいと思っているのは本心で、でもこうして食い下がっていれば皆も待ってくれるだろうって都合の良い打算も心のどこかにはあって、頭と心でも心の中の感情同士でも板挟みになって……

 

「……しんじて、あげよ…?」

『え……?』

 

──そんな時、ぽつりと呟く声が聞こえた。…それは、ロムちゃんの声。

 

「ネプギアちゃんも、ユニちゃんも、おねえちゃんたちも…しんじて、あげたくないの…?」

「そ、そんな事はないわ。さっきネプテューヌも言ったけど、信じてたって不安な気持ちは……」

「…だったら、目を見てあげて」

 

私達を見上げながら、ロムちゃんに続いてラムちゃんも口を開く。意思がぐらついていて声に覇気のない私達と違って、二人の声ははっきりと意思を示している。その意思で、私達に何かを伝えようとしてくれている。…目…目って言われても、そんなのさっきから……

 

『……あ…』

 

……見ていたと、思っていた。本当はほんの少し逸らして、目を合わせる事を避けていたのに、それは無意識だったからそうは思わなかった。でも、二人に言われて…皆の目を見て、気付く。皆の瞳が、どれ程強い意思の籠った光を灯しているのかに。

 

「ね?わかったでしょ?」

「わたしたちは、しんじてるよ?…しんじてほしい気持ち、わかるから…」

「そっ、か…ロムちゃん、ラムちゃん……」

「…信じてほしい気持ち…そう、よね…」

 

瞳に映る光を気付かされる中、ネプテューヌとブランは何かを思い出すように二人を見つめ、それから……苦笑いを浮かべて、皆に向き直った。

 

「…ごめんね、皆。わたし達、皆をちゃんと見てなかった。自分達が四天王と戦ったり犯罪組織の非道に正面からぶつかっていたからかな、ちょっと弱気になってたかも」

「信じるっていうのは、ただ言葉で言うだけじゃなくて、思いや行動で相手に伝えなくちゃ意味がないのにね……皆の気持ちを直視してなかった事を、謝らせて頂戴」

 

…二人の言葉は、私達にも当てはまる。私達は皆を信じていたけど、それは形だけの『信じている』になってしまっていた。自分の気持ちを伝えて、相手の気持ちも受け取って、その上で成り立つのが信頼なのに、今の私達は一方的な思いをぶつけるだけだった。……普段なら、意識なんてしなくても出来てる事なのに、ね…。

 

(…私達がこれまでの戦いで命を懸けていたように、皆も命を懸けている。命懸けで、命を散らしなんかしないって覚悟を心に決めている。……それに対して、不安や心配を押し付ける事が、仲間として…友達として、やるべき事なの…?)

 

危ない事をしようとしている友達を止めるのも、止めたいと思うのも、それは当たり前の事。けど、今の私達がやっている事は……きっと、違う。私達の関係の在り方は、こういうものじゃない。

 

「…まさか、アンタ達に教えられるなんてね…」

「うん、でも…二人が言ってくれなかったら、わたし達はずっと『けど……』って気持ちのままだったかも」

 

信じるなんて、シンプルな事。シンプルだからこうして間違える事もあるし、逆にちょっとした言葉で間違いに気付く事もある。…例えば、今の私達のように。

 

「…どうなの?皆。やっぱりまだ、私達を送り出す気にはなれない?」

「…そりゃそうよ、けど……」

「そろそろわたくし達も心を決めなくては、女神として…いえ、友として示しがつきませんわね」

「うん、だから……」

 

私達は互いの目を見やる。友達が覚悟と決意を見せてくれてるんだから、いい加減自分達も覚悟決めろって。勝手な押し付けじゃなくて、私達の築いてきた『信じる』を見せろって。そういう思いで視線を交わして…私は、言った。

 

「──私達は、万全の状態になるまでここには来ない。出来るだけ、じゃなくて完全になるまで戻ってこない。…それで、いいんだね?」

「もっちろん!皆の為ならアタシ達、それ位余裕だからね!」

「万全のイリゼさん達が来るまでの間、絶対死なずに耐え抜くってこの二本の短剣に誓うよ」

「…ありがとう、皆。だったら、犯罪神の足止めは……皆に、任せるよ!」

『(はい・えぇ・うん・あぁ)っ!』

 

それぞれバラバラの反応で、でも全員瞳に揺るぎのない意志を滾らせて、皆は任されてくれた。さっきまでの不安が嘘のように、皆なら大丈夫だって思いが溢れてきた。だから私は、私達は、足止めを皆に任せてここから去る。皆に背を向けて、心身が全快するその時まで、皆と暫しのお別れを……

 

「……あ、でも無理だと感じたらすぐに退いてね!?気付けばもう逃げる事も…なんてなる位なら私万全じゃなくても来るから!足止め台無しにしてでも来るからね!?」

「い、イリゼ…それ言ったら足止めじゃなくて雰囲気が台無しだよ…あのまま地の文で締めていれば綺麗にまとまったのに……」

「全く、君は…私には切り札もある。最悪撤退を余儀なくされてもその時はなんとかなるさ」

「いいの!私にとって一番大切なのは皆……ってなんで皆苦笑いしてるの!?私変な事は言ってないじゃん!ねぇ!?」

 

……なんて、最後の最後で「しょうがない子だなぁ…」みたいな反応をされる私だった。…私は、私の正直な思いを言っただけだもん……。

 

 

 

 

ギョウカイ墓場前から去った私達は、全員揃ってプラネタワーへと帰還した。それは各国に別れると情報共有や再合流においてどうしても多かれ少なかれ時間がかかってしまうからで、極力時間の無駄遣いを避けたいというのが私達の念頭にあったから。そして皆が墓場の中に突入してから、二日弱が経過した。

 

「そっか…確かにそれは戦い辛い、っていうか上手く戦えないよね。…ジャッジは目の前の相手に全力投球って感じだったし、私でもマジックが相手だったらもっと苦戦してたかも…」

「え……あの時の戦い以上に苦戦したら、それはもう相討ちになってしまうのでは…?」

「た、確かに…違う方向性で苦戦した、って言うべきだったかな…」

 

偶然鉢合わせしたネプギアと共に、廊下を歩く。穏やかな言動とは裏腹に会話内容が物騒だけど…私もネプギアも女神なんだから、それは仕方ない。

 

「でも、やっぱり一人で倒しちゃうなんて凄いです。実際に戦ってみてわたし、その凄さを再確認しました」

「もう、おだててもお小遣い位しか出ないよ?」

「あ、お小遣いは出るんですね…」

 

羨望と尊敬の混じった瞳を向けられて、つい私は財布の紐が緩みそうになる。…ネプギアって変なスイッチ入ってなければ混じりっけのない子、って感じだから、こういう事言われるとついつい嬉しくなっちゃうんだよね…ネプギアだけに限らず、女神候補生の四人は皆年上の心を掴んでくるけど…(因みにこの後、ちゃんとネプギアは要らないって断ってきた。…そういうところ、本当に好印象を持てるよね)。

 

「さて、と。ネプテューヌは居るかな」

「居ると思いますよ?わたしが部屋出る前はテレビ見てましたし」

 

先程私は『偶然』と表現したけど、私はネプテューヌにちょっとした用事があって、ネプギアは部屋に戻ろうとしてそれぞれ同じ場所へと向かっていたから、目的地自体は二人共同じ。まぁ、目的地が同じでもタイミングが違えば鉢合わせはしないんだけど。

そうして話している内に、私達は部屋へ到着。私が共用の部屋の前に立ったところで「ネプギアもこっち?」「はい、そっちです」なんて軽い感じでアイコンタクトを交わし、ネプテューヌいるかなぁと思いながら扉をノック。

 

「ネプテューヌ、いるー?」

「いるよー?」

「じゃあお邪魔しま……」

 

返答を受けて扉を開ける私。すると(当たり前だけど)部屋の中にはネプテューヌがいて……どういう訳か、身体を捻って謎のポージングを取っていた。

 

「……え、ガンピク第四話?」

「ううん、身体の調子整えるついでにストレッチパワー溜めてるのー」

「あ、そっかぁ……いや何故に!?何を思ってストレッチパワーを!?」

「…あ、独特な笑い声が聞こえると思ったらその番組見てたんだ……」

 

一瞬間違って違うゲームを原作にしちゃったのかと思ったけど…どうやらネプテューヌはストレッチをしていただけらしい。…まさかネプギアが部屋を出た時からずっとこの番組を……?

 

「よいしょっと。んもう、ヨガとストレッチは全然違うんだよ?同一視したら片岡さんとか大嶋さんに怒られちゃうよ?」

「それは小嶋さんだよ!…いや、だってネプテューヌ凄い気になるポーズしてたし…明らかに必要のない捻りとかも入れてたよね…?」

「いやーそれはほら、普通のストレッチするだけじゃつまんないからね。…あ、そうだ二人もやってみない?今し方覚えたストレッチを二人にも教えてあげるよ!」

『え…?』

 

TVで見たものに感化されるという子供らしさ全開のネプテューヌに、私とネプギアは目をぱちくり。そして……

 

「はーいそこで手を伸ばしてー、踵を上げちゃ駄目だよ〜」

『あ、うん……』

 

…ネプテューヌに頼まれると弱い私達は、断りきれずに二人でストレッチをしていた。前に出した手を組んで、それを上に持っていくというストレッチを。……いや、ストレッチはして損するものじゃないけどさ…身体が伸びてる感じも悪くないけどさ…。

 

「うんうん、そこで十秒キープ!」

「……妙な展開になっちゃったね…」

「で、ですね…でもわたし背中打ってたし、これはやっておいて正解かも…」

 

ネプテューヌに聞こえない位の小声で私達は苦笑い。よく分からない心境でストレッチをする女神二人と、その二人にノリノリで指導をする女神一人…うん、意味不明だね。

 

(…でもそっか、二人は四天王と戦闘したんだもんね…ネプテューヌがしてたのはアフターケアで、誘ったのはネプギアへの気遣いだったりするのかな…)

 

そんな事を思いながら約十秒。伸ばしていた手を降ろすとその瞬間にふっと開放感が身体を流れて、あーストレッチしたなぁ…って気分に包まれる。…さっきネプテューヌがしてたポーズはこれと違った気もするけど…まぁいっか。別のストレッチ選んだだけかもしれないし。

 

「どうだったどうだった?やって良かったでしょ?」

「うん。ありがとねお姉ちゃん」

「ふふーん、教えるってのも中々楽しいものだよね。……結果的にネプギアとイリゼに胸を見せ付けられる事になった以外は…」

『えぇー……』

 

朗らかな表情から一転してずがーん、という擬音が聞こえそうな位落ち込むネプテューヌ。TVや照明の電源か、って位に切り替わりが早いネプテューヌの感情に、私達二人はもう困惑するしかなかった。

 

「これ、わたしがやったら全然膨らみが強調されないんだよね…はぁ……」

「そ、それを私達に言われても…」

「うん、分かってる…そういえばイリゼはどうしてここに…?」

「あ、そうだった。えっとね…」

 

気分を変えたいのか用事を訊いてきたネプテューヌに、私は首肯。私の用事は別に重要な事ではないけれど、ストレッチだけして帰っちゃったら幾ら何でも間抜け過ぎる。と、いう事で用事を口にしようとすると……

 

「あ、ごめんイリゼ。なんかいーすんから電話きちゃった」

「いいよいいよ、出てあげて」

「…プラネタワーにいるのに電話って事は…急用なのかな…?」

 

私の用事は、イストワールさんからの電話によって遮られた。しかもネプギアの予想が当たっているのか、初めは普通の顔をしていたネプテューヌが電話をしている内に段々と神妙な顔付きに変わっていく。そして途中で「…ちょっと待ってて」とイストワールさんに伝え、ネプテューヌは携帯端末をテーブルに置く。

 

「…お姉ちゃん、何かあったの?」

「…こんぱ達から連絡だって。頭がはっきりしてきたみたいに、犯罪神の動きがよくなってきてるって」

『……!』

 

表情の変化に連れて変わりつつあった部屋の雰囲気が、その言葉で完全に変容する。

犯罪神を発見したという報告、動き出したという報告、交戦開始したという報告。それ等は全て突入した日の内に私達の下に届いていて、それからは暫く目立った続報がなかった。…そんな中での、この報告。それを私達に伝えてくれたネプテューヌは…真剣な表情で、私へ頼みを口にする。

 

「…イリゼ、ちょっとでいいからわたしに打ち込んできてくれないかな?」

「え……?」

「身体の調子を確かめたいの。まだ休むべきかどうかを判断する為に」

「……そっか、だったら…」

 

頼みを受けて、一歩下がる私。ネプギアが私達から離れたのを確認して、軽く手を握って……それから私は、カーペットを踏み締め床を蹴る。

 

「ふ……ッ!」

 

一息で距離を詰めての右ストレート。それを左手の前腕で逸らされた瞬間に左脚での膝蹴りを打ち込み、加えて着地と同時に抜き手を放つ。

膝蹴りを右手の平で受けたネプテューヌは、抜き手に対しては後ろへ跳ぶ事で回避。即座に私は追おうとするも、跳躍中に身体を反転させたネプテューヌは壁を蹴って三角飛び蹴りで強襲をかけてきた。

 

「もらったぁッ!」

「この程度……ッ!」

「……なーんて、ねッ!」

 

ただ脚を突き出すのではなく、直前で振るって頭の高さでの薙ぎを仕掛けてきたネプテューヌ。防御するには厳しい威力だと感じた私は、軽く身体を屈める事で回避。そしてこのまま通り過ぎると思いきや……ネプテューヌは上手く身体の軸を私に合わせ、ダブルスレッジハンマーを叩き込んできた。

 

「……ありがと、イリゼ。ほぼ全快してるって事がよく分かったよ」

「…だと思ったよ」

 

交差させた私の両腕が振り下ろされたネプテューヌの両腕とぶつかり、そこで勢いも落ちてネプテューヌは着地。…ネプテューヌの感じた通り、私からもネプテューヌの調子は好調に見えた。

 

「ふぅ。イリゼ、ネプギア、二人は大丈夫?」

「勿論。身体ならストレッチ以前から全快だよ」

「わたしも多分お姉ちゃんと同じ位の状態かな」

「そっか、じゃあ……」

 

私達の体調も聞いたネプテューヌは自分の携帯を回収。通話状態のままになっていた携帯を耳に当て、一拍置いて……言った。

 

「…いーすん、皆に伝えて。もし皆ももう大丈夫だって言うなら……わたし達の突入は、明日の朝にしようって」




今回のパロディ解説

・ガンピク
ガンガンピクシーズの事。流れから分かる通り、第四話というのはネプテューヌとノワールが登場する話です。…小さな宇宙人に撃たれまくってたりはしませんよ?

・ストレッチパワー
ストレッチマンシリーズに登場する、ストレッチによって溜まるパワーの事。犯罪神を倒す為、女神は全身にストレッチパワーを…溜めてたらギャグパートですねこれ。

・片岡さん
タレントや俳優を行なっている、片岡鶴太郎さんの事。ヨガと言えばまず思い浮かぶのはこの人ではないでしょうか?体型におけるヨガの力、恐るべしですね。

・大嶋さん、「それは小嶋さんだよ!〜〜」
お笑い芸人、小嶋一哉さん及び彼の代名詞的ネタ(突っ込み)のパロディ。大嶋さん…ではなく小嶋さんもヨガに対しては造詣が深いらしいですね。


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第百十一話 激突せしは相反する神

犯罪組織が現れてから、私達は何度もギョウカイ墓場へと訪れた。調査であったり、威力偵察であったり、大勝負をかける為であったりと理由は毎回違ったけど、そのどれもで私達は激戦を繰り広げていた。…でもこうして訪れるのも、きっと後僅か。

 

「…気が立ってるみたいね……」

 

そう言ったのはネプテューヌ。地面から跳び上がってきたモンスターを躱し、落ちていく姿へ数秒目をやった後に視線を戻す。

ギョウカイ墓場内のモンスターは、犯罪神の復活が影響しているのかいつになく私達へ襲いかかってきた。でもそれに構っている場合じゃない私達はしぶとく追ってくる一部を除いて無視し、今も飛んで最深部へと向かっている。

 

「…なんか、前より気持ちわるい……」

「わたしも…これって、シェアエナジーのせいなの?」

「だろうな。犯罪神が復活したんだ、負のシェアの濃度が高くなっててもおかしくはねぇよ」

 

入る時点では普段とあまり変わらないと思った濃度も、最深部に近付くにつれいつもとは違うのだという事を実感する。とはいえそれはまだ身体に変調をきたすレベルではないし、不快感以上の影響はないけど…不安なのは、この状態でずっと墓場の内部にいる皆の事。

 

「…クリスタルも、完全に防護出来る訳じゃないんだよね?じゃあ……」

「縁起でもない事考えるんじゃないわよ、ネプギア」

「そうですわよ。シェアによる汚染は本人の精神力にも左右されるもの。皆の心がそう簡単に闇へ染まる筈がありませんわ」

「でも、この環境が皆の心身へ負担をかけているのは間違いないわ。急がないと…」

 

皆の無事を信じながら、私達は進む。気分は守護女神の四人を奪還しに来た時に近い。あの時のような扇動による信仰ブーストはかかっていないものの、私達のシェア率は今も高水準。これが私達元来の魅力というより対犯罪組織残党の結果というのは、皆的に少し残念なんだとは思うけど…今大切なのは、皆と合流して犯罪神を倒す事。女神は指導者であると同時に、人と世界の守護者でもあるんだから。

幾度となく通ってきた道筋を進んで、私達は最深部付近にまで到達する。そして後少しで皆がいる筈の場所へと辿り着くという時、私達は一度地面へ着陸した。

 

「…一応確認、しておく?」

「そうね。いいんじゃないかしら?」

「うん。じゃあ…犯罪神を目視したら、その時点から女神候補生の四人は攻撃を開始。その間に私達は皆の救護に向かって、犯罪神の注意が四人に向かい次第皆を安全な場所まで退避させる。そこまで済んだら私達も戦列に参加して……犯罪神を、討つ」

 

道の先から戦闘音が途切れ途切れに聞こえる中で、私は序盤の動きを確認。それは確認する程のものではないかもしれないけど、私の目的は確認を入れて気を引き締める事。…でも、皆の顔を見るに…その必要も、多分なかった。

 

「…皆の安全を確保して、犯罪神を倒す。たったそれだけの事だもの、全員で力を合わせて勝利を掴みましょ」

「そ、それはたったなのかな…?」

「たった、よ。だって人に仇なす存在を討つのも、仲間を守るのも、わたし達にとっては当たり前の事なんだから」

「いやだからそれは言い方が……ううん、そうだよね。…頑張ろう、お姉ちゃん。頑張りましょう、皆さん」

 

ネプテューヌは自信と勇気に満ちた表情を浮かべ、ネプギアも頷いてわたし達に声をかける。…その姿を見て、私は思った。やっぱり私達の…パーティーメンバーの中心は、この二人なんだって。

 

「…それじゃ、行くわよ皆」

 

全員の顔を見回して、ネプテューヌは身を翻す。そうして大太刀を手に、最深部を目視出来る場所へと踏み出して……

 

「────へぶッ!!?」

『えぇッ!?』

 

──ボール状の黄色い何かが、かなりの勢いでネプテューヌの顔を直撃した。

 

「…う、ぅ……」

「お、お姉ちゃん大丈夫!?っていうか何それ!?攻撃!?」

「…いや、待って。これは…この顔の付いたバランスボールっぽいのは……」

「……ッ!行動開始よッ!」

 

ひっくり返ったネプテューヌから剥がれるように落ちたそれは、とても犯罪神のものに見えなければよくあるボールだったりもしない。謎の物体(武器?)、ゲマの持ち主はブロッコリー一人で、それが吹っ飛んでくるなんて……理由は一つしかない。

跳ね起きながらネプテューヌが声を張り、言われるまでもないとばかりに私達は飛び上がる。そうして見えてきたのは、膝を突き、或いは武器で身体を支えて立つ皆と……禍々しい、人ならざる負の神の姿。

 

「あれが、犯罪神……!」

「予想はしていましたけど、本当にユニミテスそっくりですわね…ッ!」

 

ノワールが加速しながら声を上げ、ベールがそれに続く。

その言葉通り、飛んだ私達がまず目にしたのは異形の怪物…それも、負のシェアを糧に生み出された架空の魔王『ユニミテス』を思わせる存在だった。…でも、この表現は正しくない。だってそれが…犯罪神がユニミテスに似ているのではなく、ユニミテスが犯罪神を模して作り出されたのだから。

 

「皆!まずは集中砲火をかけるよッ!」

『(えぇ・うん)ッ!』

 

適度に散開した候補生の四人は、武器の先を犯罪神の方へ向ける。そして四人は犯罪神が私達に気付いて振り向いた瞬間、四人同時に砲撃を開始した。放たれた光芒と魔法が爆発を起こす中、私達は皆の下へ。

 

「お待たせ、皆ッ!」

「イリゼ…それに、皆も……」

「待ってたですよ、皆さん…」

 

トップスピードで皆に駆け寄る私達。皆見るからに疲弊していて、怪我もしていて、顔色も悪い。…でも、生きてる。誰一人欠ける事なく、全員私の前にいる。……それだけで私は、心の底から嬉しかった。

 

「もう、ゲマが当たったわよ…けど、皆無事で良かったわ…」

「奴が墓場を出る事がなかったから、わたし達は体調を整える事が出来た。…皆のおかげだ」

「さ、後は私達に任せて頂戴」

「犯罪神はわたくし達が、全力でもって倒しますわ」

 

身体をいたわりながら皆を抱えて、安全な場所まで退避する。それと同時に皆の肌にも触れて、接触による加護を付加。本当なら墓場の外まで運んであげたいけど…流石にそこまでの余裕はない。

 

「…さ、後は貴女よマジェコンヌ」

「すまないな。…だが、私はここでいい」

「ここでいいって…ここじゃ余波が来る可能性があるわ。貴女だって怪我をしているんだから、大人しく下がって……」

「…見届けたいのだ。私にとって犯罪神は、ただの敵ではないのだから」

 

最後に残ったマジェコンヌさんへ声をかけるネプテューヌ。けれどマジェコンヌさんは首を横に振り、様々な思いの浮かぶ瞳で拒否をした。それを見たネプテューヌはそれでも、と手を伸ばして……小さく嘆息を漏らす。

 

「…なら、自衛はきちんとして頂戴。悪いけど、犯罪神相手にどこまで周りを意識出来るかは分からないわ」

「勿論だ。贖罪の道半ばで死ぬつもりは毛頭ない」

「……そうね」

 

マジェコンヌさんの言った『贖罪』という言葉に、ネプテューヌは何を思ったのか。それは分からないけれど……ただ一言の返答が、思いの一端を示しているように私は感じた。

 

「…皆、ここから先は頼んだよ」

「ボク、歌で応援します…!」

「あ、じゃあアタシも!抱き締めて、アタシの愛をっ!」

「信じています、貴女達を」

 

旧パーティーメンバーから信頼の頷きを受け、新パーティーメンバーからの言葉に背中を押され、私達は再び飛ぶ。さぁ、ここからが……

 

(信次元を蝕む負の神との、決戦だ……ッ!)

 

 

 

 

各国教会の執務室。そこではそれぞれの国の教祖が、モニターで顔を合わせながら犯罪神との戦いに心を傾けていた。

 

「…………」

「戦況は硬直…いや、押してる…とも、言い切れないか……」

「お姉様……」

「…ロム、ラム、ブラン様…皆さん……」

 

分かり易く心配を口にするのは、チカさんとミナさん。ケイさんは一見冷静に状況分析しているようで、でも声音には不安の色が感じられる。そして、わたしはと言えば……通信機から聞こえてくる声に、耳を研ぎ澄ませている。

 

「…凄まじい戦いだ。自分が彼女達と死闘を繰り広げたなど、信じられなくなる程にな…」

「…あれより凄かったわよ。貴女とねぷ子達との戦いは」

 

戦況の把握は、ネプテューヌさん達を見守る皆さんの通信でしか分からない。……最初の戦いの時も、奪還戦の時も、今も…わたし達は、いつもこうして結果を待つ事しか出来ない。出来たとしても、それは国の防衛まで。…それが、教祖の定め。

 

「…お怪我の方は、大丈夫ですか?」

「今わたしがお手当てしてるです。でも、皆戻ったらきちんと治療を受けなきゃいけない状態ですから…」

「えぇ、その準備はしておきます。コンパさんもお怪我なされているのですから、自分への気遣いもお忘れなく」

 

幾ら快諾してくれたとはいえ、彼女達を墓場へ向かわせたのはわたし達。彼女達の過半数は教会所属でもなければ軍人でもない人間で、教会所属の方達からしてもこれは本来の職域からは大きく逸脱した指令。安全な場所でこうして待っているだけのわたし達の頼みを、文句一つ言わずに了承してくれた彼女達には、わたし達全員感謝しかない。…勿論、彼女達の心にあるのはあくまで「友達の、仲間の為」という思いでしょうが…。

 

「…………」

 

女神と犯罪神の戦いは続く。その中でぽつりと溢れた、チカさんの声。

 

「…ねぇ、イストワール」

「…なんでしょう」

「お姉様達は、勝てると思う…?」

 

それまで何か会話をしていた訳じゃない。けれど、その瞬間全員の意識が次のわたしの言葉へと集まるのを感じた。

犯罪神に勝てるか否か。それは、信次元の未来が守られるか否かという質問と同義。でも恐らく、皆さんの心にあるのはそんな大局的な思いではない。皆さんから伝わってくるのは、もっと単純で純粋な思い。だから……

 

「……勝てると断言は出来ません。ですが…間違いなく、勝機はあります」

 

わたしも、素直な思いを口にする。気休めでも、ましてや偽りでもないわたしの見解を。真っ直ぐに、全て包み隠さずに。

 

「よかった…いえ、そうですよね。だって今は、九人もの女神様が戦っているんですから」

「勝利ではなく勝機、か。…ふっ、それでも安心してしまう辺り、本当に女神は人の心を掴むのが上手なものだよ」

「そうですね。……ですが、安心は出来ません」

『え……?』

 

ミナさんケイさんが頬を緩ませる中、わたしは水を差す。それが水を差す行為だと分かっていながらも、言ったところで皆さんに不安感を抱かせるだけだと分かっていながらも、自覚を持って口にする。

 

「この戦いそのものに勝機があるのは間違いありません。しかし短過ぎる犯罪神復活のペースに今の犯罪神の姿と、気掛かりな点がある事も事実です。原因の見当は一応ありますし、この気掛かりであって懸念事項とまではまだ言えないのですが……勝てばそれで解決、とはいかないのかもしれないと、わたしは思っています」

『…………』

 

世界の記録者たるわたしは、この次元における森羅万象全てを記録し保管している。即ちそれは歴史を詳細に認識している(正確には認識出来る)という事で、その記録からすれば今の戦いにはそんな思いを持たずにいられない。……でも…

 

「…ですがまずは、皆さんが勝たなくては何も始まらない…というより全てが終わってしまいます。ですから、祈りましょう。皆さんの、勝利を」

 

わたしは普通の人間でもなければ、普通に生まれた存在でもない。……けれど、仲間を思う気持ちは皆さんと変わらない。

だから今は、今起きている戦いの勝利を祈りたい。頭の隅では考えつつも、心は皆さんへと向けていたい。家族同然であるネプテューヌさんとネプギアさんに。信頼する各国の女神の皆さんに。そして……わたしと同じようにイリゼ様から生み出された、イリゼさんに。

 

 

 

 

これまで、多くの敵と戦ってきた。強烈な攻撃で押してくる敵もいれば、縦横無尽に動き回る敵もいて、正攻法じゃ厳しい敵や単純な物量戦を仕掛けてくる敵だっていた。

戦い方には色んな分け方があるけど、その一例として『頭を使っているか否か』がある。自身の能力を活かし、相手の長所を潰すように戦うか、本能を前面に押し出して自身の能力をフル稼働させるかという、戦い方の違い。その観点で言えば……犯罪神は、紛れもなく後者だった。

 

「くっ……!」

「容赦ねぇなぁオイ…!」

 

闇色の光芒を空に向けて放つ犯罪神。キラーマシンの胸部砲とはスケールの違う強大な一撃が空中にいるベールとブランへ襲いかかり、二人は全力での回避を余儀なくされる。

 

『おねえちゃん…!』

「ちぃッ!ロム、ラム!足を狙うわよッ!」

「なら…ネプギア!私達は逆の前足を!」

「はいッ!」

 

空を灼くように二人を追って薙ぎ払う犯罪神に対し、私と候補生の四人は体勢を崩す事を画策。右足へは銃撃と魔法が次々と飛来し、左足へは私とネプギアで超低空飛行の接近をかける。けど……

 

「■■■■ーーッッ!」

『ぐぅぅ……ッ!』

 

後少しで斬り付けられるという間合いで犯罪神からの濃密な弾幕を向けられ、私達二人は後退を余儀なくされた。三人の攻撃も確かに当たってはいたけど、僅かによろめいただけで照射は止まらない。

次第に狭まるベール達と光芒の距離。…そんな中、二つの影が犯罪神の背後へと迫った。

 

「必死に正面を見てるようだけど…」

「背中が、がら空きなのよッ!」

 

長髪をたなびかせながら、後ろから側面へと切り裂き駆け抜けるネプテューヌとノワール。大太刀と大剣は双方根元から犯罪神の身体へと食い込み振り抜かれて、その確かな手応えに二人は小さく笑みを浮かべて……次の瞬間、四本ある腕の内の二本が真上から二人へ振り下ろされた。

 

「重い…ッ!」

「この程度の攻撃は、怯むまでもないっての…!?」

 

地面に足をつき、ネプテューヌとノワールは得物の腹で殴打を防御。振り下ろしと同時に照射は止まったけど、それはただ単に犯罪神が攻撃対象を切り替えただけのようにも見える。そしてそれに気付いたベールとブランは二人同時に武器の投擲を仕掛けるも、大槍と戦斧は残った二本の腕の振りで弾かれてしまった。

 

「お姉ちゃん!ノワールさん!」

「こ、のぉ……ッ!」

 

今度は腕…特に肘の内側へと集中する候補生の射撃と魔法。それに合わせて二人が腕を押し退け、大きく後退する事で私達は合流する。

 

「ふぅ…あれ喰らったら何時ぞやのネプテューヌみたいになるわね…」

「な、何よそれ…わたしは頭から刺さったのよ…」

「まぁ、冗談抜きに地面へめり込みそうな威力のようですわね…」

「こりゃ下手な強行突破は自殺行為だな…」

 

滞空していた二人も戻り、私達は全員一ヶ所へ。人数のおかげで援護や狙われた際のフォローが常に入るから、今のところ擦り傷程度しか受けていないけど…優勢、と言えるような戦況でもない。

 

「…まさか、犯罪神がこんな非知性的だったなんて……」

「まるで犯罪神じゃなくてどこぞの破壊神……っと…ッ!」

 

ネプテューヌが言い切るより早く、跳び上がった犯罪神が胴体の巨大な口をがばりと開けて飛び込んでくる。その怪物そのものな動きに脅威とは別の恐ろしさを感じながら、散開して次の攻撃に入る私達。

四天王を従える存在であり、今の時代に至るまで何度もゲイムギョウ界を危機に陥れてきた犯罪神。…そう聞いていたから、私は犯罪神を負のシェアの女神となったマジェコンヌさんの様なものだと思っていた。…でも、実際の犯罪神は正反対。多少の怪我は無視して攻撃を続け、ただ敵を力任せに潰そうとするその戦術もへったくれもない姿は、とても私達女神と本質的には同じ存在だとは思えなかった。

 

(…でも、こういう破壊の権化みたいなのが犯罪神だというなら、ワレチューは暴走ではなく単純に乗っ取られていただけとも言えるのかも……)

 

体格や能力こそ違うものの、犯罪神と負のシェアで巨大化したワレチューの戦い方は似通っている。そういう意味では、あの時の戦いの経験を活かせる相手ではあるけど…差異の部分である『能力』が違い過ぎる。経験を活かせる反面、同じ感覚で戦おうものなら粉砕されるか消滅させられるかが目に見えていた。

 

「ベール、私達で突っ込むわよッ!」

「なら、アタシが援護するわ!」

「ロムちゃんラムちゃん!犯罪神の反撃に攻撃を合わせるよ!」

「追撃は任せろッ!」

 

ノワールとベールが正面から切り込み、ユニがそれに合わせて射撃をかけ、ネプギアロムちゃんラムちゃんは上昇し、ブランはワンテンポ遅らせて切り込む二人の後に続く。その動きを見ながら私とネプテューヌは頷き合い、大回りの軌道で犯罪神の両側面へ。最低限のやり取りだけで私達は意思疎通を図り、全員総出の連携攻撃を仕掛けていく。

 

「例え相手が犯罪神だろうが…ッ!」

「私達は負けないッ!女神が紡ぐ未来を、貴様に食い潰させなどするものかッ!」

 

反撃の光弾をネプギア達に撃ち落とされた犯罪神は下の両腕でノワールとベールの攻撃を、続くブランの大上段斬りと援護から切り替えたユニの射撃を上の両腕で防ぎ、空気を震わせるような咆哮を上げる。防がれた四人はそれでも防御を突破したいが如く圧力をかけていき……私達が斬撃を叩き込む寸前に、三人は後退をしてユニは射撃を一旦止めた。それまでの圧力が一度に消えた事で僅かにバランスが崩れた犯罪神に対し、私とネプテューヌは先程の傷口を狙って得物を振り切った。

確かな怪我を与えても、動きが鈍るどころか痛みを感じている素振りすら見せない犯罪神。でも、攻撃を与えればその手応えはあるし、犯罪神だって防御行動はしっかり取ってきている。防ごうとするという事は、攻撃に意味があるという事。攻撃に意味があるという事は、勝機は確かに存在しているという事。

勝機があるなら、私達は諦めない。……いや、勝機が無くとも、私達は諦めない。私達が諦めてしまえば、信次元は終わってしまうから。時間を稼いでくれた皆の、今に至るまでに頑張ってくれた多くの人達の努力が無駄になってしまうから。何より……私達は、私達の大切なものを守りたいから。だから、私達は全力を尽くす。犯罪神を倒す為に。守るべきものを守って、皆で帰る為に。




今回のパロディ解説

・「〜〜抱き締めて!アタシの愛をっ!」
マクロスFrontierのヒロインの一人、ランカ・リーの代名詞的台詞の一つのパロディ。5pb.のギターに合わせて星間飛行を歌うRED…墓場らしからぬ光景になりますね。

・どこぞの破壊神
ドラゴンクエストシリーズに登場するモンスターの一つ、シドーの事。シドー同様、大きい方の犯罪神ってまともな思考のない、破壊の精神そのものって感じですよね。


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第百十二話 守護女神の光

戦い方や個々人の得手不得手はあれど、女神は地形を変えてしまえる程の力を有する。地を裂き、海を割り、山を抉る事すら可能な女神は、その実力故に国の守護者として成り立っている。…そんな私達女神が、同じ戦場で、同じ敵と激突するとなれば……その果てで墓場がどんな姿になっているか、本当に計り知れない。

 

「続けて斬り込むわよッ!」

 

ネプテューヌの掛け声に合わせ、私を含めた刀剣使い四人が四方向から犯罪神の直上へと急襲をかける。それを察知した犯罪神は迎撃体勢に入るも、ブランとユニが魔力弾と拡散ビームによる面制圧で行動を阻害。それによって生まれた僅かな時間で肉薄した私達は、ノワールを皮切りに息つく間もない四連斬撃を叩き込んだ。

 

「■■ーッ!!」

「更にここで……きゃあっ!?」

 

殿を務めたのはネプギア。私達と違い遠隔攻撃も主軸に持つネプギアは、斬り裂き離れると同時に射撃も狙うも、最後だった事が災いして犯罪神に身体を掴まれてしまう。…けれどそれで慌てる私達じゃない。

 

「……っ!ネプギアちゃんを…離しなさいなッ!」

「ネプギアちゃんは…」

「やらせないッ!」

 

捕縛された瞬間、待機していたベールが手首へとランスチャージ。続けて膝へとラムちゃんの魔法が撃ち込まれ、掴む腕の力が緩んだ瞬間脱出したネプギアへロムちゃんの支援魔法が入る。そして勿論、その間にも私達他の面子は次の攻撃の体勢へ。

 

「こちとら一度世界を救ってるんだッ!守った世界を潰されてたまるかよッ!」

「仮にそれがなくても、あんたに潰させるつもりはないけどねッ!」

 

次なる攻撃の中心はノワールとブラン。空中にいる二人が勢いの乗せた攻撃を出来るよう私は接近し、敢えて犯罪神の迎撃へと飛び込んでいく。

殴打を避け、魔弾を斬り払い、振り出された蹴撃は精製した盾で防御。力の差があり過ぎて私はサッカーボールの如く蹴り飛ばされてしまうけど…それも想定していた事。

 

「来たわねイリゼ……せー、のッ!」

 

私の飛ばされた先には、大太刀を地面に突き刺し私を待ち構えていたネプテューヌの姿。ネプテューヌがいる事を確認した私は盾を離して、手を伸ばし……腕を掴んで一回転したネプテューヌによって、思い切り投げ飛ばしてもらった。

 

「せぇぇぇぇいッ!」

 

犯罪神とネプテューヌの力に加え、圧縮シェアの解放による加速をかけて急接近。そのまま私は刺突で胴体の中心を狙う。

 

「出来るならばこの攻撃も当てて……」

「■■■■ッ!」

「……って、そこまで上手くはいかないよね…ッ!……でもッ!」

 

まだ私への注意が切れてなかったのか、犯罪神は跳び上がる事で私の刺突を難なく回避。自力以外の力が大きかった分私は上手く方向転換が出来ず、跳んだ犯罪神の下を突っ切るだけに終わったけど……そもそも私の目的は時間稼ぎ。しかも都合の良い事に、犯罪神は空へと回避してくれた。

 

『落ち(なさい・やがれ)、犯罪神ッ!』

 

跳んだ犯罪神の両肩へと、同じく空にいたノワールとブランの得物が直撃。幾ら巨体の犯罪神と言えども空中で女神二人から重い一撃を、受ければただでは済まず、真っ直ぐに下へと落ちていく。そして落下した犯罪神に向けて、遠近入り混じった多彩な攻撃が次々と押し寄せた。

 

「ふふーん!どーよわたしたちのこーげきは!」

「そうこうげき、チャンス…!(ぼこぼこ)」

「それだとここからワンモアみたいになるけどね…油断するんじゃないわよ。この程度で削り切れる訳ないんだから」

 

扇状に広がりながら、私達は着地。今の連撃は勿論、これまでの蓄積で犯罪神にはかなりのダメージを与えられている筈。ユニの推測通り、まだ撃破に至れる程では恐らくない。…そう、思ってはいたけど……

 

「■…■■……■■■■ーーッ!!」

『……うっそぉ…』

 

爆煙の中から雄叫びを上げて犯罪神が現れた時には、全員揃ってそのタフさに唖然としてしまった。無論、無傷ではないけれど…明らかにぶつけた攻撃と、犯罪神の状態は見合っていなかった。

 

「…これは、長丁場になりそうね……」

「うん。でも、ワレチューの時みたいに無茶苦茶な回復をしてないって事は、短時間で一気に仕留めなきゃいけない訳じゃない…そうだよね?」

「えぇ。それにこれが犯罪神の力だっていうなら、奴は多分……」

 

気持ちを切り替えつつ、武器を軽く振って構え直す。一撃貰えばアウトレベルの攻撃を次々と放つ犯罪神が、これだけのタフさを有しているのは勿論厄介。…でも、私と守護女神の四人はある事を感じていた。そしてネプテューヌが口にしつつあるのも、口振りからしてその事……そう思っていた時、犯罪神が再び吼えた。初めはそれを余程威嚇したいのか…と思った私達だけど、その意味はすぐに判明する。

 

「この気配……モンスター!?」

「まさか、今の咆哮で呼び寄せたと言うんですの…?」

「どこの彩鳥よ犯罪神は…!」

 

剥き出しの敵意が籠った気配を察知した私達。反射的に私が声を上げ、それにノワールとベールが反応する。今認識出来る範囲にいるモンスターは数体だけど……それは『今の時点』に過ぎない。

 

「厄介さが増したな…どうする?先にモンスターを仕留めるか?」

「そうしたいところですけ…どッ!」

「犯罪神はそれを許してくれそうにはないね…ッ!」

 

地面を抉りながら伸びる光芒に、私達は左右に散開。それに合わせるように、現れたモンスターからの攻撃も開始する。

 

「……けど、所詮はモンスター!わたし達にかかれば…!」

「ラムちゃん、わたしたちは…!」

「うん!わかってる!」

 

地を蹴って飛んだ皆は、回避行動をしつつもモンスターへと突進。その姿を見たロムちゃんラムちゃんは攻撃対象を犯罪神に切り替え、同じく私も精製した槍を犯罪神に向けて投げ付ける。

犯罪神を群れの長とするが如く、合わせる形で動くモンスター。呼び寄せられたモンスターの種類はバラバラでありながらも、それがあってか動きには連携する様子が見受けられた。

 

(犯罪神は指揮が出来るようにも、指揮を出してるようにも見えない…って事は、モンスターが本能的に従ってる…?)

 

モンスターの連携が本能によるものだとしたら、長である犯罪神を倒さなければそれを潰す事は出来ない。けど、犯罪神が桁違いに強い以上、真っ先に犯罪神を討つのは困難…というかむしろそちらの方が難しい。……中々、面倒な事をしてくれるよ…!

 

(…けど、裏を返せばモンスターを呼んだというのは犯罪神に余裕がなくなり始めてるって証左。なら、何も慌てる必要はない…!)

 

長剣を両手で握り、遠隔攻撃を避けつつ曲線軌道で犯罪神へ接近。モンスターの対処は皆に任せ、私は犯罪神への攻撃を続行する。…大切なのは、落ち着いて戦う事。勝利への道は、相手が犯罪神だけじゃなくなった今でもまだ見えているんだから。

 

 

 

 

呼び寄せられ、断続的に姿を現わすモンスターを蹴散らしながら、犯罪神と戦闘を続ける。…戦いが始まってからは、既に結構な時間が過ぎていた。

 

「ネプテューヌ!そちらの小道から二体現れましたわ!対応出来まして!?」

「勿論よッ!」

 

突進してきたモンスターに逆袈裟を浴びせ、間髪入れずに蹴り飛ばして溶岩へと落とす。そこから視線を移せば、ベールの言葉通り新たなモンスターの姿。二体の視線の先を確認した私は、行く先を塞ぐように正面へと回り込む。

 

「くっ…段々出てくるモンスターが増えてる…!?」

 

モンスター同士の合流を阻止するべく射撃を行うネプギアは、苦々しげに表情を歪める。ネプギアの言う通り、時間が経つにつれて現れるモンスターの数と頻度は増えつつあった。

どうして増えつつあるのか。…それは言うまでもなく、近くにいるモンスターより遠くにいるモンスターの方が数が多く、遠ければ遠い程辿り着くまでに時間がかかるから。そして、どこまで犯罪神の影響が及んでいるかは分からないけど…恐らくこれからも、数と頻度は増え続ける。

 

(…モンスターが増えて乱戦になれば、不利なのはこっち。それに、ここで乱戦だなんて……)

 

動きからして犯罪神はモンスターの身を案じているようには見えないのだから、乱戦になればモンスター諸共消し炭にされる可能性が跳ね上がるし、単純に敵が増えるだけでもこちらは不利になる。…何より、ギョウカイ墓場で、強大な敵をネプギア達と共に相手しながら、同時にモンスターの処理もだなんて状況が続けば……わたし達四人は、いつトラウマに駆られてもおかしくない。

 

「…………」

 

この戦いは、信次元を守る為の決戦。わたし達が勝てば未来が守られて、わたし達が負ければあった筈の未来が滅亡へと向かってしまう。当代の守護女神であるわたし達の勝利は、いつかくる次代の守護女神に信次元を繋ぐ事になって、敗北はこれまで信次元を繋いできた歴代の守護女神の思いを途絶えさせてしまう事になる。……そう、これは守護女神としての戦い。…なら、わたしは…わたし達は……

 

「……ノワール、ベール、ブラン」

「……?何よネプテューヌ」

 

 

 

 

「──犯罪神は、わたし達で倒すわよ」

 

犯罪神を倒し、世界を守って……守護女神の使命を、宿命を果たす。

 

 

 

 

最深部の全域に広がりつつあったモンスターは、外縁部へと押しやられた。わたし達四人の使命感を受け入れてくれたイリゼとネプギア達の奮戦で、中心付近はわたし達と犯罪神だけになった。…それはまるで、決戦の為の場のように。

 

「…ネプテューヌって、ちゃらんぽらんの癖に守護女神としての使命感には真摯よね」

「普段の仕事にももっと使命感を持っていれば、シェア率も向上するでしょうに」

「ま、それも分かっちゃいるんだろ。わたし達と同じだけの経験は積んでるんだからよ」

「…普通こういう時って、もっとシリアスな事言わない?…別にいいけど」

 

言葉を交わしながら、わたし達は犯罪神と正対する位置で並び立つ。それまで暴れ回っていた犯罪神は、何か感じ取ったように動き回るのを止め、唸りながらわたし達を凝視している。

 

「…イリゼ達にゃ、感謝しなきゃならねぇな」

「ですわね。大部分を引き付けるどころか、完全に押し留めてくれるとは…」

「でも、今のまま数が増えれば必ず限界がくる。…それまでに倒す事が、引き受けてくれた皆への誠意よね」

 

押しやったと言っても、それは中心付近に向かおうとするモンスターを五人が片っ端から撃ち漏らしなく撃破する事で、何とか維持してくれている状態。そんな大変な事を皆は引き受けてくれているんだから、わたし達もそれに見合うだけの事をしなきゃいけない。

守護女神としての思いは、わたし達の胸の中にある。万全の状態は、こんぱ達のおかげで作れた。横槍なく戦える状況をイリゼ達が用意してくれた。ならばもう、やる事は一つ。犯罪神を倒して……勝利を掴むのみッ!

 

「見せてあげるわ、犯罪神。わたし達の力を…守護女神の真価をッ!」

 

翼を広げ、四人同時に地面を蹴る。その瞬間放たれた光芒に対し、ノワールが前へ。

 

「打ち破ってやろうじゃない、その攻撃をッ!」

 

射線上を見境なく飲み込んでいく闇色の光芒と、トルネードソードを展開したノワールの大剣が激突する。正のシェアエナジーと負のシェアエナジーが激突による対消滅で激しい光を放つ中、柄を両手で握ったノワールは気合いと共に大剣を振り抜き……両断する。

 

「わたし達の思い……」

「篤と味わいやがれッ!」

 

視界が開けると同時にノワールの左右をすり抜けたわたしとブランは、犯罪神へと肉薄。振るわれた二対の腕を風に吹かれる木の葉の如く滑らかに避け、肩口から斬り落とすように得物を振るう。そして刃が根元まで沈み込んだところで……叫ぶ。

 

『ベール!今(よ・だ)ッ!』

「穿ち……ますわッ!」

 

空気が爆ぜるような音と共に、矢の如く猛突進をかけるベール。突進の素振りが見えた時点で犯罪神は回避行動を取ろうとするも、それは得物を突き刺したままのわたしとブランで強引に押し留める。圧倒的パワーを持つ犯罪神を二人で押し留める事なんて、困難極まりない事ではあったけど……ベールの速さの前では、一瞬耐えられればそれで十分だった。

 

「■■■■ッ!?」

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

大槍が突き刺さったのは、胴体の中央にある、上半身だけの獣人の様な部位のすぐ側。穂先どころか柄も半分以上押し込まれた大槍をベールは手放し、後退した瞬間…飛び上がっていたノワールが、空中で回転と同時に突き出た柄へと踵落としを叩き込む。突き刺さった状態の大槍に、そんな衝撃が入ればどうなるかなんて…言うまでもない。

 

「まだまだッ!」

「終わりじゃねぇぞッ!」

 

痛がる余裕など与えないとばかりにわたしとブランは得物を引き抜き、削り取るように刃をぶつけながら後ろへと回り込む。そうして後方に移動したわたし達二人と、大槍を回収し後ろへ跳んだノワール達とで、犯罪神越しに視線を交わらせる。

 

「やるわよ、皆ッ!」

 

再び地を蹴って、四人で一斉に犯罪神を強襲。得物を振り上げて、狙う先を見据えて、犯罪神へと斬りかかる。

完璧にタイミングを合わせた、四人同時攻撃。……が、それは予想外の形で防がれた。

 

「■ーーッ!!」

『な……ッ!?』

『ぐっ……!』

 

わたし達が振り抜く刹那、大小様々な石飛礫が下からわたし達へと襲いかかる。…それは、その場で犯罪神が地面を踏み込んだ事で発生した、割れた地面の欠片だった。

所詮は石飛礫で、しかも副次的に発生した攻撃。痛くはあってもその殆どが致命傷になるようなレベルではなく、わたし達は攻撃を続行しようとする。でも、石飛礫で動きの鈍った僅かな間に犯罪神は身体を捻っており…結果、四人纏めて犯罪神の裏拳を浴びてしまった。

 

「……っ…まだ、まだよッ!」

「この程度で止まる程、わたくし達は…柔ではありませんわッ!」

 

弾き飛ばされながらも声を上げるノワールとベール。その声が届いたわたし達は歯を食い縛り、脚を空へ向けて振り抜く事で一回転。それと同時に翼を広げる事で一気に姿勢を立て直し、再度犯罪神へと突撃をかける。……そう、わたし達はこの程度じゃ止まらない。

 

「これは無理でも無茶でもない、ただ全力を尽くしているだけよッ!そうよね、皆!」

『(えぇ・おう)ッ!』

 

今度こそ四人での同時攻撃を放ち、そのままの流れで上空へ。追い縋る光芒と光弾をわたしの32式エクスブレイドとベールのシレッドスピアーで打ち払い、射出させたノワールのトルネードソードとブランのゲフェーアリヒシュテルンが犯罪神の身体を叩く。

これまで九人がかりでも攻め切れなかった犯罪神に、今は四人で戦っている。でもそれは犯罪神が弱ってきている訳でも、ましてやさっきまで手を抜いていた訳でもない。

わたし達は、戦い方を変えていた。失敗しても、攻めが甘くなっても誰かしらがフォローに入れる防御的な戦法から、常に狙った通りの結果を、理想通りの攻撃を出し続ける事を前提とした超攻撃的戦法に。当然それは危ない戦法で、一歩間違えば先程の裏拳と同じような…いや、それ以上の攻撃を受けてしまう事になる。……けど、今言ったでしょう?わたし達は、ただ全力を尽くしているだけだって。

 

「毎度毎度復活しては倒される気持ちを聞いてみたいと思ってたが…」

「まともに話せないのであれば、それも叶いませんわねッ!」

「いいじゃない、止むに止まれぬ事情なんてあったらこっちだって後味が悪くなるんだものッ!」

 

四方に分かれ、絶え間ない連撃を仕掛けていく。何度も打撃や負のシェアによる攻撃が当たりかけて、何度か跳ね飛ばされるか叩き付けられるかするけれど、その次の瞬間には攻撃に戻る。それはある意味で、操られていた残党達の様に。

だけど、わたし達と残党には、決定的な違いがある。この戦いは、この決断は、誰に決められたでもない、わたし達の意思だから。守護女神としての心が、わたし達にそうさせているのだから。

 

(この思いは、折れはしないわ。貴方が歴史の中で何度でも蘇るように、わたし達の思いも潰えたりはしない。…それを、その目に見せてあげようじゃない)

 

戦闘が長引けばその分疲労するのは当たり前の事で、疲労すれば次第に動きも鈍くなる。でも今は、疲労を感じない。感じないどころか、動きはどんどん鋭く、正確になっていく。ユニミテスとの決戦でも、マジェコンヌとの最後の勝負の時でも、ネプギア達と皆に全てを託した戦いでも湧き出たこの感覚が、わたし達の身体を動かす。思いに突き動かされるわたし達を、更に加速させていく。

 

「ノワール!」

「ベール!」

「ブラン!」

「ネプテューヌ!」

 

たった一言名前を呼ぶだけで、意思を伝えられる。たった一言名前を呼ばれるだけで、意図が伝わってくる。……もうこの時、抱いていた可能性は確信へと変わっていた。恐らく勝てるという可能性が……絶対勝てるという、確認に。

 

「全てを…出し切るッ!」

 

絡み合い離れるような複雑な軌道を描いて、犯罪神へと四人で肉薄。一斉に放たれた何本もの光芒を紙一重で避け、四本の足へとすれ違いざまに斬撃を放つ。…すると、それまで何度攻撃を受けようとビクともしなかった犯罪神が、遂にここで大きくぐらついた。……それは、これまで蓄積させてきた攻撃の成果。そして駆け抜けたわたし達が振り抜き、更なる攻撃を狙おうとした瞬間…………

 

「天舞伍式・葵ッ!」

 

幾つもの武器が、続けて正のシェアの光を放つ何条もの光芒が、犯罪神へと殺到した。圧倒的なまでの掃射が犯罪神を飲み込んでいく中、凛々しくも猛々しい声が墓場へと響く。

 

「未来を築くは思いの光!その光を導く事こそ女神の使命!故に……その意思を持って、犯罪神を討てッ!守護女神ッ!」

『……──ッ!』

 

爆音の中でも響き渡るイリゼの声。その声を受けて、わたし達は飛ぶ。五人の猛攻によって大きな隙を見せた犯罪神目掛けて、全身全霊の全てをかける。

 

「これで終わりよ犯罪神!亡霊は暗闇へと帰るがいいわ!いくわよ皆ッ!」

 

 

 

 

 

 

『ガーディアンフォースッ!!』

 

黒と緑の軌跡を描いて左右へ回り込んだノワールとベールが、凄まじいまでの連撃をかける。たった一本の剣と槍が何十本にも見える程の乱舞を二人は放ち、犯罪神の身体を斬り裂き消し飛ばしていく。

それだけでも犯罪神を討伐してしまいそうな攻撃の中、ブランが戦斧を携え舞い上がる。素早く鋭く空へと駆け上がり、自身が光とならんばかりの勢いで下降し、持てる力の全てを斬撃として犯罪神へと叩き込む。

ノワールとベールに左右から、ブランに頂点から斬り裂かれた犯罪神。その犯罪神へと、わたしは残る力の全てを注いで迫る。この攻撃が失敗したらとか、これで倒しきれなかったらだとか、そういう不安は微塵もない。何度も読み返した本の結末を見るように、自分で作り上げた物語を確認するように、わたしはこの戦いの決着が分かっていた。だから、わたしはその分かりきった決着をなぞるように……大太刀を、振り抜いた。




今回のパロディ解説

・「そうこうげき、チャンス〜〜」、ワンモア
ペルソナシリーズにおける、戦闘中のシステムの一つのパロディ。ペルソナ5風に言うなら、この時はノワールとブランのカットインが入っていたでしょう。

・彩鳥
モンスターハンターシリーズに登場するモンスターの一つ、クルペッコの事。一応言いますが、犯罪神は別に鳴き真似をしてモンスターを呼び寄せた訳ではありません。

・「〜〜亡霊は、暗闇へと帰るがいいわ!〜〜」
機動戦士ガンダムUCの主人公、バナージ・リンクスの名台詞の一つのパロディ。これは原作小説のみで言っている台詞なので、そうなの?と思う人がいるかもしれませんね。


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第百十三話 勝利はこの手に

激戦の中でネプテューヌ達四人が言った、犯罪神は自分達で倒すという言葉。それは、言葉だけ聞けば無謀…とは言わずとも、リスクや確実性の観点で難がある作戦。…でも、私と女神候補生の四人はそれを了承した。了承して、四人が思い通りに戦えるよう場を整えた。

それは何故か?……そんなの、四人が…守護女神である四人が、強い意志を持っていたから。足止めを引き受けてくれた皆と同じ心の強さを、私達は見たから。そして今……守護女神の全力が、犯罪神を凌駕した。

 

「…………」

 

得物を振り切った四人は、それを手にゆっくりと犯罪神から離れていく。犯罪神は背を向け、落ち着いた足取りでゆっくりと。そうしてある程度離れたところで四人は足を止め、静かに得物を振って……その瞬間、犯罪神の身体から負のシェアが噴き出した。

 

「■■…■…■■■■……!!?」

 

人とも獣とも違う、形容し難い叫びを犯罪神が上げる。犯罪神はどんな感情を抱いているのか…いや、そもそも感情があるのかどうかすら分からないけれど、その雄叫びは「そんな馬鹿な」と言っているようだった。

 

「はんざいしん、止まった…」

「たおし、たの…?」

 

モンスターの迎撃を忘れ、目を丸くして四人と犯罪神を見つめるロムちゃんとラムちゃん。でも、それがミスに繋がる事はなかった。だって、モンスターもまた唖然としながら叫ぶ犯罪神を見つめているのだから。

 

「…そうだよ…うん、そうだよロムちゃんラムちゃん!お姉ちゃんが、お姉ちゃん達が、犯罪神を倒したんだよっ!」

「は、早まるんじゃないわよネプギア!まだ油断は……」

「…ううん、大丈夫だよユニ」

 

驚きと興奮の混じった声をネプギアが上げ、その気の抜けた様子をユニが窘めかける。敵の戦闘不能が確認出来るまでは油断しない、というのは戦いの鉄則であり、ユニの判断はなんら間違っていなかったけど…私はそれを、微笑みながら言葉で制した。

まさか自分が制されるとは思っていなかったのか、目を見開いて私を見るユニ。そんな視線を受けながら、私は四人に向き直って…言う。

 

「だってもう、勝負はついているからね。皆のお姉ちゃん達の姿が、その何よりの証拠だよ」

「じゃあやっぱりかったのね!やったぁ!」

「うん、うん…!やったね、ネプギアちゃん…!」

「え!?わ、わたしより先にネプギアに言うの!?」

「……(にやり)」

「な、何それ!?ロムちゃんにいじられた!?」

「だ、大分舞い上がってるみたいねロム…」

「あはははは…でも、凄い…やっぱり、やっぱりお姉ちゃん達は凄い……!」

 

舞い上がっていたり、驚いていたり、軽く呆れてたり…四人とも表情は違うものの、その瞳に映る感情は全員同じだった。全員同じく…宣言通りに犯罪神を倒した、姉達への尊敬と憧れを抱いていた。

 

(…でも、それだけの思いを抱くのも無理ないよね。だって…四人は、本当に凄いんだから)

 

地面に降りて、モンスターへと目をやる。それだけで、モンスターは散っていった。犯罪神によって群れとなっていたモンスター達は、その長が討たれた事で烏合の集へと戻っていった。

 

「…お疲れ様、皆」

「イリゼ達こそ、モンスターの対処ありがと。…さっきの言葉、中々良かったわよ」

「ふふっ、私は私の思った事を言っただけだよ」

 

降りた私達は、歩いてくるネプテューヌ達と合流。ネプテューヌ達の顔には強い疲労の色が見えたけど…それに負けない位、やり切ったという充足感に満ちていた。

 

「はぁ、ユニミテスもそうだったけどとんでもないタフさだったわ…」

「ですわね…途中HP無限バグでも起きているのかと思いましたわ…」

「…けど、終わってみたら呆気ないもんだな。四天王はくどい程個性的だったってのによ…」

 

そう言いながら四人が見るのは、叫びながら負のシェアエナジーを噴き出し続ける犯罪神の姿。…確かに、犯罪神のタフさはモンスターは勿論、私達女神と比較しても異常な程のものだったけど、それ以外は……正直、思っていたような度合いではなかった。知性と呼べるものが感じられないのもそうだし、何より……

 

「…ねぇ、イリゼ。貴女、犯罪神と戦ってみて、どう思った?」

「……マジェコンヌさんより、弱かった気がする。…皆も、そう思ったんでしょう?」

 

──戦闘能力では、個としての『強さ』では、負のシェアの女神と化したマジェコンヌさんの方が上だった。今はネプギア達候補生もいるだとか、あの時より私達も強くなってるだとか、そういう要因を差し引いても、あの時のマジェコンヌさんの方が脅威だった。…犯罪神なんて、そんなものなのか…それとも、マジェコンヌさんが強過ぎたのかは分からないけど……これは、多分私達の勘違いじゃない。

 

「やっぱり、イリゼもそう思ったのね。…そう、わたし達も同じ事を感じたわ」

「…貴方が弱いんじゃない、私が強過ぎたの…ってやつかな?」

「へぇ、珍しく勝気な事言うのね。けど、案外それが真理かもしれないわよ?特に後者が、ね」

「ノワールは平常運転で勝気な事言うね、はは…」

 

次第に犯罪神の噴き出す勢いが落ちていく。それと同時に叫びも呻きへと変わっていき、視覚的聴覚的にも犯罪神の崩壊が明確なものになっていく。色々と疑問はあるけど……犯罪神が討たれたという事は、紛れもない事実だった。

 

「ま、とにかく勝利は勝利だ。一先ずこれで何とかなった…な……」

「わわっ!?お、おねえちゃん!?」

「お姉ちゃんも!?お、大怪我してたの!?」

「…いえ、単に疲れただけですわ…ノワールも、わたくし達も…」

 

ふらっと倒れかかるネプテューヌ達を、ネプギア達が支えに入る。私はベールを支えて……その重みで、私も一瞬ふらついてしまう。…一応補足しておくけど、ベールが物凄く重いとかじゃないからね?ネプテューヌ達が疲労しているのと同じように、長い戦闘に加えて最後の押し留めで私やネプギア達も疲れていたから、一瞬ふらついちゃったってだけで。

 

「……やっと倒せたね、お姉ちゃん」

「えぇ、倒せたわ。わたし達も帰ったら手当てを受ける必要はあるけど…誰一人欠ける事なく倒す事が出来た。…だから、帰りましょ。わたし達、皆で」

 

一度は倒れかけつつも立て直し、穏やかな笑みを浮かべるネプテューヌ。少し遠くに目をやれば、そちらからは戦いの行く末を見守っていた皆が駆けてくる。戦闘への集中を最優先にして切っていたインカムの電源を入れると、イストワールさん達の歓喜の声も聞こえてくる。そんな姿を、そんな声を耳にした私達は、全員揃って笑顔だった。……さぁ、帰ろう。私達の、帰るべき場所へ。

 

 

 

 

プラネテューヌに戻り、手当てを受けた私達はその後、例外なく全員がぐっすりだった。戦闘による疲労は勿論だけど、四天王と犯罪組織の大元である犯罪神を倒せたという事が心からの安堵になって、それが私達を熟睡へと誘っていた。

で、翌日のお昼前。集合がかかって、ある部屋に集まった私達。最大の危機は去ったと各国で放送する上での会議か何かかな…と思って私達がその部屋に入ると……

 

『帰ってきた!第六回、今後のねぷねぷ一行の活動方針を考えよう会inぎあぎあの家』

「うわ懐かしっ!久し振りに出してきたねこれ!」

 

……部屋の奥に、何ともまぁ懐かしい看板が設置されていた。…ほんとに懐かしい……。

 

「あ…お姉ちゃん部屋で熱心に何か作ってると思ったら、これだったんだ…っていうか、ぎあぎあ…?」

「ふふーん!暫くやってなかったけど、これはわたし達パーティーの伝統だからね!勿論ぎあぎあはネプギアの事だよ!」

「う、うん…それはそうだろうと思ったけど…」

 

嬉しそうに胸を張るネプテューヌと、頬をかきつつ苦笑いを浮かべるネプギア。候補生を始めとする新パーティー組は「へぇー、そうなんだ…」という顔を、私含む旧パーティー組は「いや、伝統っていうかネプテューヌが勝手に用意してただけな気が…」という顔をしつつも取り敢えず席へと座っていく。…自分の名前じゃなくてネプギアの名前なのは、確か第五回が『ねぷねぷの家』だったからかな?

 

「…ねぷねぷ一行…?」

「一行って、チームとかパーティーみたいないみよね?このパーティーってわたしとロムちゃんがリーダーなんじゃなかったの?」

「いや、少なくともアンタ達ではないでしょ。普通に考えて」

「む、何よそれ…」

「はいはい喧嘩しなーい。お菓子あげるから早く座ってね〜」

 

…という候補生組お決まりのやり取り(今回はネプギアの役をネプテューヌがやってたけど)を経て、私達は全員席へ。内容については特に聞かされていないから、自然と視線はネプテューヌへと集まっていく。

 

「それでネプちゃん、これから話すのは今後の活動方針…でいいの?」

「うん、そうだよ」

「えっと、具体的には?」

「それはいーすん待ち!」

『えぇー……』

 

サイバーコネクトツーの問いに対し、ネプテューヌは堂々と返答するも…まさかのイストワールさんへ丸投げだった。しかも今はまだイストワールさんがいないから、つまるところまだ話が始まらないという事に。…なんでこんな堂々と言えるんだろうね、ほんと…。

 

「…これは…ベール様とは別ベクトルでおおらかな人物だと言うべきなのかしら…」

「ケイブよ。確かにネプテューヌは光るところのある女神ではあるが、そう無理に評価する必要もなかろう」

「むー、MAGES.酷ーい!わたしだっておおらか且つ懐の深い女神だもんねー!」

「じゃあじゃあアタシと婚姻して、嫁の女神こと嫁神になってよ!」

「REDさんはほんと誰にでもプロポーズするんだね…あはは…」

 

わいわいがやがやと、賑やかに会話の輪が広がっていく。犯罪神と犯罪組織絡みで色々と大変だったけど、新パーティーメンバーとはそれがあったからこうして出会う事が出来た。勿論ケイブは元々教会所属だからどこかで接点を持ってもおかしくないし、他の皆とも知り合いになる可能性はゼロじゃないけど…逆に言えば『出会えない道』だってきっとあったんだから、幸せな事は素直に幸せだって思わなきゃだよね。

 

「この分だと、イストワールが来てもすぐには本題に入る事が出来そうにないわね…」

「そのようですね…この人数ですし、脱線した場合の軌道修正も大変かと……」

「…………」

「…ブラン様?」

 

ここには二十人も人がいるものだから、会話が起こるのも一ヶ所じゃない。イストワールさんいつ来るのかなぁと思いながら視線を扉の方へ回すと、その最中でブランとアイエフのやり取りが聞こえてきた。

 

「…ねぇアイエフ、前から思ってたんだけど…もしかして貴女、わたしが苦手だったりするの?」

「え?い、いやそんな事はありませんが…どうしてそうお思いに…?」

「それよ、その敬語」

 

少々本気のトーンで話すブランと、驚きを露わにしているアイエフ。…そういえば、確かにアイエフはブランに対して敬語だけど、それって……

 

「敬語?…女神に敬語使うのは当たり前じゃ…」

「わたし以外には敬語使わないじゃない。ベールに対しては使ってるけど、あれは立場以上のものが含まれているし」

「た、立場以上のもの!?そ、そんなものなんて…」

「ないんですの!?これまでの事は全て偽りだったんですの!?」

「ベール様!?べ、別に偽りとも言ってな「アイエフ、わたしの質問は?」今訊きます!?…こほん。ねぷ子達に関しては女神だって確定する前に仲間になったからであって、ブラン様が苦手という訳では断じてないんです」

「そう。だったら、わたしへも敬語を使わなくて構わないわ。…と、いうより疎外感があるから出来れば対等の話し方をして頂戴」

「は、はぁ…そういう事でしたら、まぁ……これからはそうさせてもらうわ、ブラン」

 

軽く肩を竦めたアイエフが敬語を外して呼ぶと、ブランは満足気な顔をして頷いていた。…呼び方と話し方、かぁ…それって些細なものだけど、明白なものでもあるからこそ気になるって事、あるよね。

…と思っていたところで扉が開かれ、遂にイストワールさんと教祖の皆さんが登場した。

 

「あ、もー遅いよいーすん。話したいって言うからわたしが準備しておいたのに〜」

「すみません、ちょっと確かめたい事がありまして…ええと、全員揃っているようですね(・ω・`)」

 

教祖の三人も席に着くと、イストワールさんはネプテューヌの斜め上の空間へ。そこで部屋を見回して全員いる事を確認し…ぺこり、と真剣な顔で頭を下げた。

 

「まずは、皆さん本当にお疲れ様でした。犯罪神を打ち倒し、信次元の未来を守って下さった事を、四ヶ国の人間を代表してお礼申し上げます」

「お、お礼なんてそんな…わたし達は、ねぷねぷ達のお手伝いをしただけですよ」

「私達にしたって、女神としてすべき事をしたまでよ」

「…そう言うと思っていました。皆さんは、そういう方々ですもんね(*´ω`*)」

 

イストワールさんの言葉にコンパとノワールが返し、私達も頷きながら肩を竦める。…うん、私達は私達がするべき事をしただけ。私なんかは特にそうなんだから、四ヶ国からの感謝…なんて言われても正直むず痒い。…いや、違うかな…私の場合は……

 

「感謝の言葉は受け取ったにゅ。けど、本題はそれなのかにゅ?」

「いえ、これは前置き…というか最初に言っておかなくてはと思っただけです。…本題は、犯罪神への処置に関する事ですから( ̄^ ̄)」

「犯罪神への、処置…ですか…?」

 

教祖の三人とマジェコンヌさん以外はイストワールさんの言葉に引っかかりを覚え、皆を代表するようにネプギアが訊き返す。…っと危ない危ない、違う事考えてると大事な話聞き流しちゃうよ……。

 

「はい。犯罪神の撃破に成功した、これは十中八九間違いないと思います(´ω`)」

「ですよね?ボク達全員、消えるのをこの目で見ましたし…」

「ですが、犯罪神は封印までする…いえ、封印まで出来るのが対処としてはベストなんです。貴女はそれを、よくご存知ですよね?(・ω・)」

「勿論だ。私にとって犯罪神との戦いは、これで二度目なのだからな」

 

そう言ってマジェコンヌさんはふっ…と遠くを見るような目に。…時々マジェコンヌさんはこの顔をする。物憂げな…きっと過去に思いを馳せている、この顔を。……過去、取り戻せないもの…か…。

 

「…どうしたイリゼよ。私の顔をまじまじと見て…」

「あ…い、いえちょっと考え事をしていただけです。お気になさらず…」

「そうか…しかし見たところ、完全に霧散し封印出来る状態にはなかったようだったぞ?如何に術があろうとも、今のままでは無理があると思うが…」

「えぇ、だからまだ回収していない機材で確認したんです。そして今のままであれば、数週間から一ヶ月強程度で封印可能状態になるとの見通しが立ちました( ̄▽ ̄)」

 

イストワールさんとマジェコンヌさんのやり取りによって会話が進む。何代もの女神を見てきたイストワールさんと、前の犯罪神撃破にも参加したマジェコンヌさんだと会話が滑らかに進むのは分かるけど……

 

「…ネプギア、あたしはざっくりとした流れしか分からないんだけど…君達女神なら分かるのかい?」

「いえ、わたしも流れしか分かってないです…」

 

…正直私達にとっては、置いてけぼり気味な話となっていた。いや、イストワールさんの事だし後でちゃんと説明してくれるだろうけどさ…。

 

「えっと…要はその封印可能状態になったら、改めて私達が行って犯罪神を封印してくればいいのかしら?」

「そういう事です。最深部の状態は常にモニタリングを続けるので、それまでは皆さんも各国に戻って頂いて構いません(`_´)ゞ」

「最早後は雀の涙程度ですが、残党もいますからね。完全に元通り、と言えるようになるのはもう少し先になってしまうかもしれません」

「元通りかぁ…ならその時まであたし達は協力するよ」

「ありがと、ファルコム。では、各国での声明も?」

「今は別段急ぐ状況でもないんだ、封印してからが妥当だろうね」

 

疑問は後に回し、私達は取り敢えず話を進める。残り少しの残党制圧に、声明に、再発防止の為の策構築に…例え犯罪神を倒せたとしても、それで全てが終わった訳じゃない。それ位は、皆分かっていた。

 

「予想はしておりましたけど、やはり気を抜けるのはもう少し先になりそうですわね…」

「大丈夫ですわお姉様!お姉様がお疲れなのはアタクシ分かっておりますから、些末事などチカが全て片付けますとも!」

「これからの事は些末事なのでしょうか…まあそれはともかく、犯罪神は倒せたのですからあまり肩肘張る必要はないと思います。むしろいつかまた新たな脅威が現れるかもしれないのですから、休める時はきちんと休んで下さいね?( ̄∀ ̄)」

「そうだよ皆!いざという時に備えて休むのはとても大事な事!って訳で皆、今からゲームセンターにでも……」

『(ネプテューヌ・お姉ちゃん・ネプテューヌさん)は仕事も(しようね・しましょうね)』

「あぅ、三人に揃って怒られた……」

 

隙あらば休む口実を得ようとするネプテューヌに私、ネプギア、イストワールさんの三人で突っ込むと、ネプテューヌはしゅーんとしていた。…えぇ、いつも通りの光景です。

 

「…じゃあ、わたしたち…かえるの?」

「そうね。でもネプギア達と別れるのが寂しいなら、また遊びに来ればいいわ。もうこれからは平和に向かっていく一方の筈だもの」

「そっか、よかったねロムちゃん。…ま、まぁ…わたしもひまだったらあそびに来てあげるわ、ネプギア」

「ほんと?じゃあわたしもルウィーに遊びに行くね。ユニちゃん、ユニちゃんの所も行っていいかな?」

「仕事の忙しくない時ならね。それよりネプギア、アンタ犯罪神倒したからってだらけてたりなんかするんじゃないわよ?…ネプギアはアタシの、ライバルなんだから」

「ふふっ、勿論だよ。わたし達の目的は、まだまだずっと先にあるんだもん」

 

ネプギア達候補生は顔を見合わせ、それぞれの感情を乗せた表情を浮かべる。…色々あったし、色々変わったけど…一番の変化は、やっぱり四人が『友達』になった事だと思う。そしてそんな四人を見る姉達は、暖かく優しげな目をしていた。

それから細かな話なんかも済ませて、活動方針を考えよう会は終了。重傷ではないとはいえ皆怪我をしていたから、帰還も今日一日ゆっくりしてからする事になった。…私も特務監査官の仕事があるから、どこまでゆっくり出来るかは分からないけど……済ませるべき事を済ませたら、久し振りにもう一人の私へ会いに行こうかな。




今回のパロディ解説

・HP無限バグ
ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁におけるバグの一つの事。犯罪神(ユニミテス)って、どうもとんでもないタフさを持ってるイメージがあるんですよね。単なるイメージですが。

・「…貴方が弱いんじゃない、私が強過ぎたの〜〜」
ポケットモンスターシリーズに登場する、ジムのトレーナーの一人の台詞のパロディ。どの作品のジムだったかまでは覚えてませんが…こんな台詞、ありましたよね?

・「〜〜アタシと婚姻〜〜なってよ!」
魔法少女まどか☆マギカに登場するキャラ、キュゥべえの代名詞的台詞の一つのパロディ。このパロディ、ずっと前から考えていましたが…遂に登場させられました。


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第百十四話 残りは僅か、されども…

組織が壊滅し、指導者も討たれた犯罪組織残党がそれでもまだ抵抗を続けるのは何故か。

理由があるとすれば、主に三つ。一つはまだ逆転の術がある場合。一つはどれだけ劣勢であろうと諦められない思いがある場合。そしてもう一つは…最早引くに引けないという、ヤケになってしまっている場合。

 

「もう無茶苦茶な力で暴れる事はねぇんだ、一人一人落ち着いて連れてってやれ」

 

少人数で潜伏していた残党が連行される姿を、淡々と眺める。残党は見つかった当初抵抗を行い、今も素直に連れていかれている訳ではないが…操られていた頃に比べれば、それは随分と大人しいものだった。

 

「ホワイトハート様、わざわざこの程度の規模の作戦にご助力下さりありがとうございます」

「気にすんな。今はもう対処に右往左往する状況でもないんだからよ」

「それも女神様達のおかげです。全く、何故こいつ等は女神様の偉大さが分からないのか…」

「世の中そんなもんだ。わたしが出来るのは、そういう奴等でも信仰してくれるように努力する事しかねぇんだよ」

 

やってきた部隊長の顔にも、かなり余裕の色が見られる。…実際、ここにいた残党は弾薬の補充もままならない程追い詰められていて、正直わたしがいなくても完封してしまえるだけの戦力差があった。一時は堂々と街中で演説やら何やらをしていた(その時わたしは捕まってた訳だが)犯罪組織の姿は、もうどこにもない。

 

(…追い詰められた人間は怖い、とは言うが…これじゃ怖いどころか哀れなもんだな……)

 

恐らく各地の残党は犯罪神が討たれた事こそ知らないだろうが、指導者たる四天王が全員倒された事は流石に知っている筈。にも関わらず投降せず、かと言って隠し球や信念も感じられないこの残党はやはりヤケになっていると見て間違いない。可哀想だとは思わねぇし、操られる仲間を知っても尚活動を続けている時点で、もう投降なんざ期待しちゃいなかったが…気分の良いものでもねぇな…。

 

「…戻るとするか」

 

勝ったから嬉しい、負けたから悔しい…みたいな目の前の事だけで一喜一憂出来ないのが、指導者の辛いところ。だがいちいち物思いに耽りゃいいってもんでもない訳で、わたしは思考を切り上げ教会へと戻る。

制圧に助力するのは重要な仕事ではあるが、仕事は他にも色々ある。それに…何はどうあれこうしてまた一歩平和に近付いたんだから、それはそれとして気持ちを切り替えていかなきゃいけないよな。

 

 

 

 

「おねーちゃーん!クエストやってきたよー!」

「みっしょん、こんぷりーと…(えへん)」

 

帰還から数時間後。執務室で仕事を行っていると……勢いよく扉が開かれ、元気一杯のロムとラムが入ってきた。

 

「……部屋に入る時はノックをしなさい、といつも言っているでしょう…」

「はーい。…って、あれ?」

「ミナちゃんと、ガナッシュさん…?」

 

中をよく見ずに入ってきたのか、二人は声を発してから執務室にミナとガナッシュがいる事に気付く。…この様子だと、旅の中でも似たような事しているわね…常識やマナーはもっとしっかり教えないと…。

 

「お疲れ様です、ロム様ラム様。おやつはフィナンシェさんに用意してもらってありますよ」

「ほんと?…あ、でもその前になんのおはなししてるかおしえてー!」

「仕事の話よ、二人が聞いても面白くはないと思うわ」

「でも、気になる…」

 

扉を閉めた二人は、軽快にわたしの仕事机にまで来てもたれかかる。普段は仕事の話なんて興味も持たない二人が、こうして興味津々な様子を見せてくれるのは珍しい事。そんな二人を見たわたしはミナとガナッシュに一度目を合わせ…その後軽く肩を竦めて、二人の言葉に頷いた。

 

「…いいわ、気になるなら聞きなさい。今話していたのは、後どの位残党が大型兵器を保有しているだろうか…って話よ」

「おおがたへいき…あの赤いロボットのはなし…?」

「それも話の一つよ。…そう言えば、二人はあの機体と一戦交えたんだったわね」

「あいつってば、おっきいくせにわたしたちの魔法をひょいひょいよけたのよね。ああいうロボットって、みんなあれくらいつよいの?」

「いえ、それはないかと思います。勿論実際に見ていない以上、断定は出来ませんが…お二人の攻撃を凌いで撤退したのであれば、かなり強化した状態且つパイロットもトップエース級だったのでしょう」

 

ラムの言葉にガナッシュが私見を述べる。…考えてみれば、あの機体は過去三度女神と戦って(と言っても、ロムラムシーシャが戦った三度目以外はすぐに離脱してしまった訳だけど)生き残っている存在。あれが標準だったとしたら、同型を主力量産機にしているラステイションの戦力はとんでもない事になるわね…。

 

「ふぅん…それで、これはそのへいきをたおすためのおはなしなの?」

「安全且つ無駄を省いて倒す為の話よ」

「あんぜんかつ、むだをはぶいて…?(きょとん)」

「安全且つ無駄を省いて、というのは軍の方々に関しての事です。犯罪組織の兵器の中心はキラーマシンでしたが、それ等はロム様ラム様にとっては楽に倒せる相手でも、普通の人達だと大変…というのは、分かっていますね?」

 

再び質問を口にする二人に、今度はミナが反応。まずは確認から入り、二人が頷くとミナは言葉を続ける。

 

「お二人やブラン様が同行するのであれば問題はありませんが、そうでない場合キラーマシンの事を考えると、戦力は多くせざるを得ません。しかし、だからと言って毎回多くの戦力、多くの人数に動いてもらうとどうなると思います?」

「どうって…いつもあんぜんになるわね!」

「え、えぇまぁそうなんですが…そうではなくて……」

「…ぐんじんさんが、たいへんになる…?」

「そう、正解ですよロム様。戦力は動かす人数が大きくなればなる程、色んな方面で大変になるもの。だから必要以上の戦力は動かさないようにする、というのが無駄を省くという事。そして戦力を減らしても大丈夫かどうか考える為に、わたし達は今残りの大型兵器の数を推理してるんです」

 

軍を動かす上での費用や具体的過ぎる部分などは説明せず、説明する部分も難解な単語は言い換えで出来る限り回避し、加えて質問を入れる事で二人の理解を深めようとする。そんなミナの説明は、とても二人の事を思っているものだった。…ミナって、西沢家に生まれなければ保育士や先生になってたかもしれないわね。

 

「そうなんだ…それってむずかしそー…」

「うん、むずかしそう…」

「そうね、でも大切な事だから考えているのよ。…二人共、このままここで聞く?」

『…えっと……』

「ふふ、無理する事はないわ。もし二人に手助けしてほしくなったら呼ぶから、二人はおやつを食べてらっしゃい」

「…じゃあ…うん、おねえちゃんたちがんばって…!」

「すいりならわたしたち得意だから、ひつようならちゃんとよんでよね!」

 

自分達で気になると迫った以上、やっぱいいやとは言い辛い。そんな空気を感じ取ったわたしは無理強いをせず、二人におやつを食べに行く事を進めた。多分、ネプギアやユニなら話に参加しようとするだろうけど…それこそ二人にはまだ『難しい』話。今は興味を持ってくれただけでも十分よね。

 

「…って、推理なら得意…?」

「あぁ…ブラン様達の救出の少し前に、お二人は探偵ごっこをしていた事があるんです。で、最終的には四天王発見に多少ながらお二人の推理…というか閃きが関わりまして…」

「そういう事…わたしがいない間に随分と微笑ましい事があったのね」

「単純に微笑ましい、とは言えない事が幾つかありましたけどね…はは……」

 

自信満々で推理を展開する二人を想像してついわたしは頬が緩むも、ミナから返ってきたのは眉を八の字に曲げた苦笑いだった。…それだけで何があったのか大体予想がつく辺り、やっぱり二人は分かり易い。

 

「…話が逸れたわね。ともかく保有数は一割未満、どんなに多く見積もっても二割あるかどうか…で、大丈夫かしら?」

「はい。更に言えば、その残りの兵器も割合としてはプラネテューヌかラステイションに集まっているでしょう。最早ルウィーでパーツの補充は困難でしょうから」

「…と、思わせてルウィーに隠してる可能性は?」

「無いとは言えません。…が、それを言い出したら更にその裏をかいてルウィー以外に…とキリがなくなってしまいます」

「でしょうね。…となれば、下手に保険をかけて大戦力にするより、少数での奇襲に備えて戦力は抑える方が結果的には安全になる可能性が高いか…」

 

そうしてわたしはミナとガナッシュから意見を受け、対残党の方針を詰めていった。とは言っても、わたしが決めるのはあくまで大まかな部分。細かい部分までわたしが決めてしまえば軍の高官は存在意義を失ってしまうし、各員各部隊の力は軍内部の人間の方が詳しく認識しているに決まっているんだから。

 

「…よし。それじゃミナ、決まった事を軍部に通達しておいてもらえる?」

「分かりました。意見が出た場合はわたしでまとめておきますね」

「えぇ。後はあの赤い機体がこちらの予想通りに動いてくれるか、そうでないならどの程度予想を上回ってくるかだけど…」

「少なくとも戦闘能力が予想を超えてくる事はないと思いますよ。ただでさえ整備が難しい鹵獲機に加えてこの劣勢では正規パーツを手に入れるのは困難でしょうし、キラーマシンからの流用で全て賄える訳がありませんから」

「……残党がハルユニットを用意していたら…」

「いや確かに相手は鹵獲機を赤くしたりモノアイにしたりしてますが…残党違いですよそれは……」

 

話の本題が片付き、そのせいかふと魔が差してボケたわたし。するとガナッシュは眼鏡を若干ずり落としながらも、やんわりと突っ込んでくれた。…まぁ普通に考えたらあり得ないけど、もし本当に追加装備があったら…その際はわたしが相手をすればいいだけよね。わたしパーソナルカラー白だし変身(女神化だけど)出来るし神だし。

 

「…ま、これはネタにしても…残党がもうこちらの脅威となる物を何一つ持っていない、と考えるのは早計よ。二人共、それは意識しておいて頂戴」

「分かっていますよ、ホワイトハート様」

「それも軍部には伝えておきますね。それと、ロム様ラム様にも」

 

そう言ってわたしは話を締め括った。今日制圧した残党は打つ手なしという状況だったけど、残る全ての残党も同じとは限らない。勝って兜の緒を締めよ…とは少し違うけれど、高を括って良い事なんてまずない以上、出来る範囲で気を付けておくのは大切なんだから。…それを伝える為にわざとボケたのかって?ふふっ、それは秘密……って今誰か「いや、ブランはそこまで頭回らないでしょ」って思っただろ!あぁ!?誰が脳筋女神だ誰が!

 

「…ブラン様?どうかなさいました?」

「それは秘密」

「秘密…という事は、何かしらはあったと?」

「それは秘密」

「これもですか…っあれ!?これ地の文でも言っていません!?まさかこれは…定められた一言!?」

「それは秘密」

「ですよねっ!だとしたらそう言いますよねっ!」

 

 

 

 

残党制圧を行い、これからの制圧における方針会議をし、日々の雑務もこなして、今日もわたしはしっかりと働いた。大変な仕事も、それが国民の平和と笑顔に繋がっていると思えば頑張れるもの。…けど、そういう思いがあっても疲れるものは疲れる訳で……だからわたしは今、心の癒しに浸っている。

 

「ふぅ…まさか捕まっている間にこんなにも新刊が出るなんて……」

 

自室でコートを脱ぎ、ベットの上で本に囲まれたわたしは吐息を漏らす。この姿をミナやフィナンシェが見ればいい顔はしないだろうし、ロムラムだったら「おねえちゃんはおかたづけしなくていいの?おねえちゃんばっかりずるい!」…とでも言いそうだけど、だからと言ってわたしは片付ける気なんてさらさらない。……勿論、寝る時には片付けるけど。

 

「…けど、逆に言えば読んでも読んでもまだ新刊があるという状態…それはそれで甘美だわ…」

 

読書において最も幸せなのがその巻の山場だとすれば、最も辛いのはその巻の最後…そこから先は次の巻まで待たなきゃいけなくなった瞬間。その巻が面白ければ面白い程、先の気になる終わり方であればある程、その落差から続きを読みたい欲求が大きくなる。発売日当日に買って読むのは、謂わばその耐える期間を最大まで引き延ばす行為だけれど、先を読みたい欲求に駆られた読者はつい手を出してしまう。そんな沼のようなループに嵌まっているわたしにとって、『未読の巻が複数ある』というのはある種夢のような……って、わたしは何を熱く語っているのかしら…。

 

「…これ、ベール辺りは凄い事になってそうね…」

 

長い間拘束されていたのは守護女神の全員が同じ事だけど、サブカルに関してはベールが頭一つ抜けている。当然本に関してならわたしの方が上だけど…ベールの場合、広範囲をそれなり以上に掘り下げているから溜まっている量もわたし以上な筈。…サブカル好きって、お金は勿論時間も結構大切なのよね…。

 

「……まぁ、それはそうとして…」

 

思考に向けていた意識を活字に戻し、先の展開へと思いを馳せる。今この瞬間だけは、わたしは読書好きな一人の少女。物語の動きに引き込まれ、登場人物の活躍に心を踊らせ、その先で起こる出来事を無意識に予想する、特別でもなんでもない普通の……

 

「……?…あ、着信か……」

 

ページを繰ろうとした丁度その瞬間、妙にくぐもった音が部屋のどこかから聞こえてきた。一瞬ロムかラムが部屋に何か悪戯アイテムでも仕掛けたのかと思ったけど…聞こえてくるメロディーは、わたしの携帯の着信音。そこでポールハンガーにかけたコートへ携帯をしまったままだった事にわたしは気付き、ベットから降りて携帯を取りに行く。この時間に電話なんて……割と誰でもかけてきそうね。まだ寝るような時間でもないし。

 

「もしもし、わたしよ」

「その声、もしかしてイーリス王族のリズ…」

「人違いよ、ばいばい」

 

何を思っての電話か分からなかったけど、どうもかけ間違えだったみたいね。通話時間、僅か八秒。…さて、じゃあ読書に戻って……

 

「……もしもし」

「ちょっと、いきなり切るのはないんじゃない!?」

「間違い電話だと思って…」

「それだとアタシが彼女の連絡先知ってる事になるし、声音も疑問形にはならないでしょ…はぁ、ブランちゃんを詐欺師に見立てた冗談だったのに…」

「だと思ったから切ったのよ」

「…容赦ないね、ブランちゃん…」

 

案の定というかなんというか、すぐに再びかかってきた。ここで居留守を使う事も出来たけど…流石にそこまで怒っている訳じゃない。だから少しだけ待った後に通話に出ると…通話の相手、シーシャは概ね予想通りの反応をしていた。

 

「…で、何の用事?」

「用事というか…今日はこれから一仕事あるのよ。だからその前に息抜きをしたくて」

「これからなんて、支部長も大変ね…って、女神を息抜きアイテム扱いなんて貴女は何様のつもり…?」

「え?ブランちゃんの友達様?」

「……友達は普通様を付ける言葉じゃないわ…」

 

直接会ってる訳じゃないとはいえ、「貴女は何?」という問いに対して「貴女の友達」と返されたら、悪い気はしなくても気恥ずかしいもの。そのせいでわたしは調子を狂わされ、返答が少し遅れてしまった。……狙って言ったわね、シーシャ…。

 

「ふふっ、それはそうね。…っとそうだ、ブランちゃん。犯罪神討伐、お疲れ様」

「女神としての務めを果たしたまでよ。この話、周りには?」

「話してないわ。まだ話しちゃいけないんでしょう?」

 

犯罪神撃破に関する情報は、口外を禁じつつも一部の人間へは既に話している。そして、ルウィーのギルドを率いるシーシャは当然その内の一人。

 

「えぇ。安易に話せばそれを知った残りの残党がどう動くか分からないし、封印という行程があるならそれを完遂するまで終わったとは言えないもの」

「流石は女神様、抜かりがないね。…けど、倒した事は事実なんでしょ?だったら少しはブランちゃんも息抜きしなきゃ」

「貴女が電話をかけてこなければ、今もわたしは息抜きをしていたところなんだけど…」

「それは、まぁ…あはははは……」

 

気遣ったつもりが逆に自分の首を絞める結果となってしまったシーシャは、言い淀んだ末に乾いた笑いを漏らす。ふっ、これでさっきの借りを返せたわね。

それからわたしとシーシャは、数分程取り止めのない会話を続けた。読書の邪魔をされる形にはなったけど、別にシーシャとの会話は不愉快じゃないし、時間ならまだたっぷりある。だって、犯罪神はもう倒せたのだから。

 

「ふぅ、やっぱりブランちゃんと話すのは楽しいわ」

「それはどうも。わたしもシーシャがちゃん付けを止めてくれると嬉しいわ」

「…ブランちゃん、人には譲れないものがあるのよ」

「どんだけ貴女にとってちゃん付けは重要なのよ…はぁ……」

 

今日も今日とてシーシャはわたしにちゃん付けをする。何がそんなにシーシャを駆り立てるのかさっぱり分からないけど、何度言ってもシーシャはちゃん付けを止めようとしない。…これは言って何とかなるレベルじゃなさそうね…諦めるのは癪だから、わたしも止めろと言い続けるけど。

 

「あー…ほんとに良い息抜きになったよブランちゃん。うん、やっぱりブランちゃんはこうでなくっちゃ」

「貴女にどうこう言われなくても、わたしはそう簡単には変わらないわ」

「だろうね。…ほんとに、変わらない事は大切だよ。良い形であろうと悪い形であろうと、変化が影響を及ぼすのは本人だけじゃないんだから」

「……シーシャ…?」

 

何がスイッチになったのか、それともシーシャの中では最初から考えていたのか、ふと彼女の声音が落ち着いたものに変わる。その声は、シーシャの表情から笑みが消えたのが分かる程のもので、同時にどこか暗い決意を決めているかのようで……

 

「……貴女、さっき仕事って言っていたわよね?その仕事って、ギルドのものなの…?」

「うーん…まぁ、ギルド絡みではあるかな。…ギルドの長として、現支部長として、やらなきゃいけない事よ」

「……っ…シーシャ、まさか貴女…!」

「…ごめんね、ブランちゃん。でも大丈夫、アタシは……アタシの道を踏み外すつもりも、ブランちゃんの顔に泥を塗るような事も、絶対にしないから」

「待てシーシャ!それは……くそっ、切りやがった…!」

 

通話はわたしの言葉を待つ事なく切られ、耳元から聞こえてくるのは通話が切れた際の無機質な音だけ。…シーシャの声音、シーシャの発言、そしてシーシャの立場……それが示す事なんて、一つしか思い付かない。

 

「…アズナ=ルブ…もしシーシャに何かあったら、テメェに責任取ってもらうからな…ッ!」

 

かけてあるコートをひっ掴み、駆けるように廊下へと出る。そのまま外へと向かおうとし……そこで様々な情報が、突然わたしの頭の中を駆け巡った。

身元を隠せていない仮面を被ったアズナ=ルブ。犯罪組織の人を操る能力。アンチシェアクリスタルを使った、対シェアエナジー器具を作れるだけの技術力。そして赤い機体の、純粋な敵意による動きとは思えない行動。バラバラだったそれ等の情報は、不意に繋がり一本の線に……

 

「……いや、今はゆっくり考えてる場合じゃねぇ。今一番大切なのは…!」

 

すれ違ったフィナンシェへ最低限の事だけを伝え、わたしは外へ。出た瞬間に女神化し、ルウィーの夜空へ舞い上がる。……ただ偏に、手遅れとならない事を願いながら。




今回のパロディ解説

・ハルユニット、残党違い
機動戦士ガンダムUCに登場するMS、シナンジュの巨大外装及び組織、ネオジオン残党の事。単なるネタですが、仮にあってもサイコフレーム未搭載機では扱えませんね。

・パーソナルカラー白だし〜〜神だし
上記と同じく機動戦士ガンダムUCに登場するMS、ユニコーンガンダムの事。静かなブランがユニコーンモードならキレてるブランはデストロイモード…ですかね?

・定められた一言
生徒会の一存シリーズ内のラジオ企画における、コーナーの一つの事。それは秘密(とテンション上がってきたー!)だけで会話を成立させるなんて、本当に凄い技術ですよね。

・イーリス王族のリズ
ファイヤーエムブレムシリーズの登場キャラ、リズの事。武器が同じなのは勿論として、電話(声しか分からない状態)なら本当に間違えててもおかしくはないでしょう。


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第百十五話 強く正しき意思の力

犯罪組織が建設、或いは不法占拠していた非生活圏の施設はほぼ全て、女神と軍を中心とする現体制側によって制圧された。だが正規の組織でなければ一枚岩でもない犯罪組織の全施設を掌握するというのは非常に難しく、犯罪神が討たれた今も、僅かながら体制側の目を逃れた施設が残っていた。

 

「……やはりこれ以上の整備は厳しい、か…」

 

施設の一角、倉庫の中で工具を扱う一人の男。彼の名はアズナ=ルブ。そして彼が行っていたのは、自機であるラァエルフの整備。最早整備に精通した者へ任せるどころか手を借りる事すら出来ず、元々整備士でもその勉強を積んできた訳でもない彼が出来るのは、せいぜい機体の状況がこれ以上悪化するのを遅らせる程度。加えてその機体も女神との戦闘で中破した状態のまま直せておらず、一見破損していない部位を整備不良のまま出撃を続けた事で、パーツ単位の負荷も限界寸前。もし技術者がこの機体を見れば、全員が全員こう言うだろう。十分な設備が整った場所で、オーバーホールをすべきだと。

 

「…だが、後一度…せめてもう一度は動ける状態にしなくては……」

 

この行為が焼け石に水だと分かっていても、彼は整備を続ける。そう呟きながら手を動かす彼の、仮面の下の瞳に灯るのは強い意志。何としてでも成し遂げなければならないという意志が、半ば死に体の機体へ延命処置を続けさせていた。

そうして作業を続ける事数十分。疲労による集中力の低下を感じた彼は一旦工具を下ろし、凝った身体を解そうとして……その瞬間、倉庫の扉が乱暴に開かれた。

 

「あ、アズナ=ルブさん!敵です!ここが見つかってしまいました!」

「……!」

 

慌てた様子で現れた残党の一人。彼は敵襲の事実を伝えるや否や身を翻し、アズナ=ルブの返答も待たずに走り去ってしまう。逃げるつもりなのか、別の残党へも伝えに行くつもりなのか…いずれにせよ、彼がその報告を受けたアズナ=ルブの様子を見る事はない。

 

「…………」

 

走り去る残党を見送ったアズナ=ルブは、一人静かに腕を組む。来たのは誰か、どれ程の規模か、敵襲に対してどう動くべきか。特に『誰』という部分へは思案を巡らせ……己の思考に結論を出した。…ここを見つけたのであれば、それは彼女だろう、と。

遠くで銃声が聞こえる中、彼は淡々と準備を進める。仮面に覆われていない口元に浮かんでいるのは、自嘲の笑み。それが意味するのは、追い詰められた自分への自虐か、それとも……。

 

 

 

 

……そして開かれたままの扉を潜り、一人の女性が倉庫に訪れる。

 

 

 

 

シーシャが倉庫に足を踏み入れた時、そこには前回彼女が合見えた際に負った傷が殆どそのままとなった赤いMGと、倉庫の出入り口に向けられた機関砲の砲口があった。

 

「…随分なお出迎えじゃないか、アズナ=ルブ」

 

その光景を見た瞬間シーシャは眉を動かすも、反射的に飛び退こうとする身体を理性で押さえ、代わりに余裕を装った声を発する。…その視線を、MGへと向けて。

 

「…よくここが分かったものだ」

「別になんて事はないわ。アタシは発信機からの信号を辿ってきただけだもの」

 

外部スピーカーから聞こえる、アズナ=ルブの声。それを受けたシーシャは薄く笑い、両手を外側に開いて大した事はないという意図のジェスチャーを見せる。

先の戦闘の最後でシーシャが放った、一発の銃撃。あれは一見何のダメージもなかったように見えたが、シーシャの狙いは攻撃ではなく発信機を取り付ける事であり、当てる事が出来た時点で射撃の目的は果たされていた。

シーシャの立場からすれば、今はアズナ=ルブを出し抜いた状況。しかし彼女は優位に立ったとは思っていない。

 

「…けど、どうせ貴方の事だから、分かった上で放置したんでしょう?発信機を逆に利用して、アタシやブランちゃんを誘き出す為に」

「かもしれないな。だが、それは現実的ではないだろう。半壊の機体一つで、一体どこまで出来るというのだ」

「あら、そんな機体でもアタシを殺す位は出来るでしょ。引き金…いや、ボタン一つ押せば、それだけでね」

 

そう言ってシーシャは一歩前へ。機体へ近付くという事は即ち、砲口へ近付くという事。機関砲の内側に入らない限りそれは身の危険を深めるだけであり、本来ならば断じてすべきではない行為。……だが…

 

「…………」

「……撃たないの?」

「…………」

「…ま、撃たないわよね。だって本当に殺すつもりなら、今までに幾らでもチャンスはあった筈だもの。……いい加減パフォーマンスは止めなさいよ、アズナ=ルブ」

 

彼女には、確信があった。言葉も行動も額面通りに受け取ってはならない、胡散臭い彼だからこそ、撃つ事はないという確信が。……最も、根拠が『胡散臭さ』であるが故に、万が一に備えて回避の為の体重移動だけはしておいたのだが。

シーシャの視線と、カメラを介したアズナ=ルブの視線が交錯する。そのまま十秒、二十秒と時間が過ぎ……アズラエルのコックピットハッチが、開かれる。

 

「…流石だ、シーシャ。飄々とした態度と、その裏で巡らせる思慮。状況を見抜く判断力と、功を焦らない冷静さ。やはり君は、私の見込んだ通りの女性だよ」

「それを見出してくれたのは、貴方のおかげです……とでも、言ってほしい?」

「言ってくれるのであれば受け取ろう。それが例え皮肉であっても、ね」

 

機体から降り、ゆっくりとシーシャへ向けて歩くアズナ=ルブ。感情の読めない笑みを浮かべる彼の様子に、シーシャはその謝辞は自画自賛だろう…と内心思っていたが、それを出すつもりは彼女にない。

 

「…で、追い詰められた前支部長さんはどうする気?一応は世話になった誼みよ、話位は聞いてあげようじゃない」

「そうか。ならば…話すとしよう……ッ!」

「……っ!」

 

彼女の狙いは、初めから真意を問い質す事。勿論それが聞ければ逃げられても構わない…などとは思っていないが、あくまで優先順位の頂点にあるのはそれ。故にその真意を聞ける状態になった事で彼女は無意識に油断してしまい……その隙を、アズナ=ルブは見逃さなかった。

突き出された一本のナイフ。反射的にシーシャは避けるも、ナイフの刃は彼女の頬を掠めていく。

 

「その詰めの甘さは直すべきだ、シーシャ」

「話すと言っておいて攻撃って…拳で語る性格にでも目覚めた訳…ッ!?」

「まさか。私は話すとは言ったが…今すぐとは言っていない…ッ!」

「ち……ッ!」

 

体術を交えて繰り出される斬撃を、シーシャは移動しながらギリギリのところで凌ぐ。元々体術主体のシーシャにとって一方的に相手が武器を持っている、という状況は何ら問題ではなかったが、初めの一撃で大きく体勢を崩されたのは痛い。次々と放たれる攻撃を防ぎながら立て直すというのは非常に難しく、彼女は反撃にまで移れないでいた。

 

「ここで、アタシを捕らえようっての…!?」

「あぁ。君は十分な資質を見せてくれた。だから君には私の描く、最初で最後の演目に出てもらう」

「演目…?」

「そうだ。本来の脚本からは大きく外れてしまったが…君が幕引きを担ってくれるのであれば、結末も少しはマシなものとなる…!」

 

鋭く素早い連撃は、防御や回避のし辛い場所を的確に狙っていく。致命傷よりもより体勢を崩す事を目的としているが為にシーシャは防戦一方を余儀無くされ、逆転の糸口は未だ掴めていない。…そして、このままいけば凌ぎ切れなくなる事を、彼女は理解していた。

 

(演目?幕引き?…何を言いたいのかさっぱりだけど…アズナ=ルブなら、何かとんでもない事を企んでいてもおかしくない)

 

限界が近付く中で、シーシャは考える。何を狙っているのか分からないという事はつまり、狙いの上限が見えないという事。だからこそシーシャは、覚悟を決める。

 

(……スマートさは捨てなさい、アタシ。何としてでも、奴は…アタシが下す…ッ!)

「……!何……!?」

 

ナイフを避けた先へと振り出される、アズナ=ルブの右脚。ギリギリ防御が間に合うか否かの瀬戸際にある攻撃を目視したシーシャは、意を決し……その蹴撃を、正面から喰らった。

直撃に驚いたのは、シーシャではなくアズナ=ルブ。彼はシーシャが寸前で防御すると思っていたからこそ、予想とは違う結果に目を剥いていた。

 

(私の過大評価?…いや、そんな訳がない…だとしたら、これは……)

 

蹴り飛ばされ宙を舞うシーシャの姿を、彼は目で追う。防御される筈だった攻撃が直撃した事実の原因を突き止めるべく思考を巡らせ、推理し……着地の寸前で目を見開いた瞬間、全てを理解した。──シーシャが状況を覆す為に、わざと攻撃を受けて飛ばされたのだと。

 

「……ッ!アズ…ナ=ルブぅぅぅぅぅぅッ!」

「ぐぁっ……!」

 

落下しながら身を捻ったシーシャは、着地と同時に床を蹴る。上体を跳ね上げ、右腕を背後へ引いた彼女はそのまま肉薄。咄嗟に身体を逸らして避けようとするアズナ=ルブを見据え……渾身の力で右の拳を振り抜いた。

 

「あんたは終わりよッ!アタシが、あんたの野望を…終わらせるッ!」

「が、は……ッ!」

 

手元から落ちるナイフ。頬に重い一撃を受けよろめくアズナ=ルブに向け、吼えたシーシャの猛打が始まった。

たった一撃の内に攻守は逆転、それも凄まじい勢いでアズナ=ルブは追い込まれていく。何とか急所への打撃は躱していくも、彼にはそれが精一杯。それでも彼は再逆転を狙っていたが……

 

「……残念だったわね。総合力ならともかく…接近戦に関しては、アタシの方が上なのよ」

 

後退した先で靴に触れたMGの脚部に気を取られた隙に腹部へ一撃打ち込まれ、彼はその場へ崩れ落ちた。

表情を歪めるアズナ=ルブに対し、先程蹴られた場所を手で押さえたシーシャが冷ややかな視線を向ける。

 

「…分かっていたさ。君が肉を切らせて骨を断ってくるとは思わなかったが、な…」

「…話しなさい、アズナ=ルブ。さもなきゃシチューの熱さを足で確かめた坊やと同じ末路を辿る事になるわよ」

「ふっ……」

「……なによ、急に笑って…って、まさか…!」

「…詰めが甘い、と言ったばかりだろうシーシャ」

 

追い詰められていながら不敵な笑みを浮かべるアズナ=ルブに、不審さを覚えたシーシャ。次の瞬間それが嘘や極度の動揺によるものではないと気付いた彼女は先手を打とうとするも…それよりも早く、アズナ=ルブは隠し持っていた拳銃を引き抜き彼女へ向けた。

 

「……それで、アタシを倒せるとでも?」

「それは難しいだろう。…だが、体のどこかしらに当たれば君は動きが鈍くなる。そうなれば…私は君を倒せるさ」

 

再び両者の視線が交錯する。油断をしても、焦って仕掛けても、出遅れても、読み間違えても、そうしようものなら次の瞬間勝敗が決する。そんな極度の緊張感での駆け引きを二人は無音の中で繰り広げ……その末にシーシャは、口を開いた。

 

「…いつからよ」

「…何が、かな」

「いつから今の世界に、今の在り方に不満を持ってたのよ」

 

厳しい顔で、されど静かな声音でシーシャは問う。その言葉に、様々な思いを籠らせながら。

 

「…私が不満を持っている、と?」

「違うなら違うでいいわよ?違うなら、ね」

「……ふっ、珍しく私に感傷的なのだな、シーシャ」

「これでもアタシはあんたに敬意を払っていたのよ。アタシも、ルウィーのギルド職員やギルドの常連はね」

「…払っていた、か。……シーシャ、世界は変わらねばならんのだよ」

「…何ですって……?」

 

互いの腹を探り合うような、両者のやり取り。だがシーシャの一言が切っ掛けになったのか、それとも追い詰められた事による諦観か、或いはまだ策を隠し持っているのか……彼女の言葉を反復したアズナ=ルブは、ぽつりと言葉を漏らした。シーシャと同じ静かな、しかし感情の籠る声で。

 

「…シーシャよ、君は何故犯罪組織があそこまで強大になったか…その理由を考えた事はあるかね」

「理由?…そんなの、親玉である犯罪神が凄まじい力を持っていたからで…」

「いいや、違うな。如何に犯罪神が強かろうと、四天王もまた強力であろうと、所詮は個に過ぎない。…犯罪組織が強大となったのは、偏に犯罪組織に入信する者が多くいたからだ」

 

アズナ=ルブは語り始める。それまで内に秘めていた思いを曝け出すように、彼の見出した『黄金の第三勢力(ゴールドサァド)』に相応しき少女へ言葉を紡ぐ。

 

「入信理由は様々だろう。だが…愚かしいとは思わないか?今の世界は、女神と勇気ある者達によって守られた世界、その者達の思いが存続させている世界だ。直近で言えば、マジェコンヌ…彼女の野望をホワイトハート様達女神と、強き力と正しき心を併せ持つ者達が打ち砕いた事により、世界は破滅を免れた。そしてマジェコンヌもまた、元々は正しき心を持った者だったという」

「…………」

「…にも関わらず、世界はこうして再び歪んでしまった。女神様達がその身を懸けて救った世界は、愚かしき者達の私利私欲によって…悪意によって再び危機へと立たされた。シーシャ、君は…これを不愉快には思わないのかッ!」

「…アズナ=ルブ、あんた……」

 

声を荒げるアズナ=ルブ。その姿にシーシャは驚いていた。普段は中々本心の読めない彼が、感情的になっている事に。彼がこのような思いを抱いていた事に。

 

「強く正しき者は、どんな苦境に立たされようと、どんな理不尽に遭おうと、その信念を貫き世を良くしようと力を尽くす!だが悪しき者はどうだ!既に力ある者、優しき者による利益を享受しているにも関わらず、強者を妬み、己が視点でしか物事を考えず、弱者である事を盾に権利ばかりを主張する!力を持つ者は自身に奉仕すべきだと本気で考え、そのくせ自分は奉仕する側に…強さや優しさを持つ側には回ろうとしない!理屈をごねて正しき者の邪魔しかしない!世はそのような者達ばかりだから、こうしてまた歪んでしまったのだ!悪意が、正しき者を…世界を歪めるのだ!それが分からない君ではないだろう、シーシャッ!」

 

決壊したダムのように、彼の口から次々と溜め込んできた思いが吐き出される。怒りと、激情と……それにどこか悲しみを乗せて、アズナ=ルブは続ける。

 

「どうせそのような者達は、矮小な人間は自分の悪意が世を不幸にするなどとは理解していないだろう!実際犯罪組織に加入した者の多くがそうだった!結局彼等は、ただ自分が甘い汁を啜れればそれでいいのだ!彼等の信仰心は、その程度のものだ!だから、私は思ったのだ!敢えて犯罪組織に協力し、犯罪神のもたらす破滅をもって…私アズナ=ルブが粛正してやろうと!」

「…それが、あんたの目的だったのね……」

「……だが、犯罪神は討たれた。破滅は再び、強く正しき者達によって阻まれた。…そうなった以上、私に出来る事は…この身をもって、せめて世界に一石投じる事しかない」

 

秘めた思いを、本来の目的を言い切った彼は、急速にその声のトーンを落としていった。…それは恐らく失意だろう。彼の言う『強く正しき者』に反してまで突き進んでいた道が、その半ばで崩されてしまった事による、失意だろう。

そうしてアズナ=ルブは口にする。一石投じる為の、彼女への願いを。

 

「…私は矮小な人間を映す鏡となる。矮小な人間そのものとなり、如何にそのような者達が愚かしいのか見せ付ける。そしてその上で私が強く正しき者に討たれる事で…私の演目は、結末を迎えるのだ」

「…じゃあ、あんたがアタシにやらせたいのは……」

「私を討つ、強く正しき者の役だ。…いいや、役というのは君に失礼だな。君は紛れもなく、強く正しき者なのだから」

「…………」

「…頼む、シーシャ。来るべき場で、私を討ってほしい。世界の為に、愚か者の目を覚まさせる為に…頼む……」

 

拳銃を下ろし、アズナ=ルブは頭を下げる。最後の頼みだと言わんばかりに、切実な思いを言葉に乗せる。……拳を握り締める、シーシャへ向けて。

シーシャは、彼がずっと周囲の人間を騙していたのだと思っていた。本当は真っ当な人間ではなく、これまでの行為は全て信用を得る為の偽善であったのだろうと。…だが、彼の口から出たのはそれと大きく離れた言葉。これまで見た事がない程に感情を発露させた、アズナ=ルブのその言葉に……彼女はやり切れない思いだった。

 

「…何よ、それ…そんなものが、あんたのやりたい事だっての…?…ふざけんじゃないわよ…そんな、そんな願いが、アズナ=ルブの願いだなんて、アタシは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────悪いが、そうはさせねぇよ。アズナ=ルブ」

 

わなわなと震える拳を振り上げようとしたシーシャ。だが、その瞬間……倉庫の入り口から、彼女でもアズナ=ルブでもない者の声が二人の耳へと届いた。

それは、シーシャにとってもアズナ=ルブにとってもよく知った声。まさかと思いながら二人が振り向くと……そこにいたのは、二人が思い浮かべた通りの存在、ブランだった。

 

「ぶ、ブランちゃん…?」

「ったく、らしくねぇ事してんじゃねぇよシーシャ。どんだけわたしが慌てたと思ってんだ」

「そ、それはごめん…って、どうしてここを…?」

「探したんだよ。まずギルド行って、そっからギルドと周辺で聞き込みして、その情報を元に飛び回ってやっとこさシーシャの足跡を見つけてな。…雪の降り積もってねぇ他の国だったら多分見付けられなかっただろうし、それ抜きにも今回は運が良かったと言わざるを得ねぇよ」

 

呆れ顔で近付くブランに、シーシャは狼狽えた様子を見せる。続けてこの場所を発見出来た理由に対し、聞き込みと足跡だけでよくここまで…と圧巻の念に駆られたものの、状況が状況だからかそれを口にはしない。

そんなシーシャの思考を余所に、ブランは彼女の隣へ立つ。立って、アズナ=ルブへと視線を向ける。

 

「…まさか、ホワイトハート様までいらして下さるとは…」

「こんな状況じゃ来ない訳にもいかねぇだろ。……長く語ったもんだな」

「お恥ずかしい限りです。…私の邪魔をなさるつもりですか?」

「ったりめーだ。どんな理由があろうがわたしは悪事を見逃す訳にはいかねぇし…何より、わたしはお前を助けに来たんだからな」

「え……?」

 

ブランの放った、助けるという言葉。その言葉に驚きを見せたのはシーシャ。勿論ブランの言う助けるが彼女の考える助けると同じである確証はないが…それでも、彼女はこの流れからその言葉が出るとは思っていなかった。

 

「…助ける、って…もしやブランちゃん、アタシがアズナ=ルブを抹殺するとでも…?」

「思ってねぇよ。そうじゃなくて…アズナ=ルブのこれまでの悪事は、こいつの意思じゃねぇんだよ。だってこいつは、操られていたんだからな」

「へ……?」

 

疑問を抱いたが為にシーシャは問いかけたものの、返答によって疑念は晴れるどころか更に深まる。だがそれはブランも予想済みだった様子で、彼女の次の言葉を待たずに続ける。

 

「考えてみろ、シーシャ。こんな正体を隠せもしなきゃファッション性もあったもんじゃねぇ仮面を、アズナ=ルブが四六時中着けると思うか?」

「それは…まぁ、変には思ってたけど…」

「だろ?…だから、こいつは仮面を介して操られてたんだよ。実際犯罪組織には操る技も、超常的な道具を作る技術もあるんだからな」

「…でも、それは…操られてた人達は、皆常軌を逸した状態だったでしょう?でもアズナ=ルブにはそんなところがなかったし、仮面を着け始めたのもずっと前…」

「常軌を逸した操り方が出来るなら、常軌を逸してない形で操る事が出来てもおかしくはねぇし、操る技だって前々から使えたけどその必要がなかった…って可能性もあるだろ。…ま、これはわたしの予想だが…そこんとこはどうなんだよ、アズナ=ルブ」

 

一度シーシャに向けていた視線をアズナ=ルブへ戻すアズナ=ルブ。続けてシーシャもアズナ=ルブへと視線を向け、二人の視線を受けた彼は暫し黙り込み…それからゆっくりと息を吐く。

 

「……ご明察です、ホワイトハート様。貴女の予想は、殆ど当たっていますよ」

「やっぱりな。…アズナ=ルブ、操られていようがいまいが行為は変わらねぇ。だがそこに本人の意思がなかったってなら、罪は……」

「──ですが、私は操られていたのではなく…私自身の悪意を増幅させられていただけです。そして……それが機能していたのも、犯罪神が討たれるまでの間。今の私は正気であり…故にまだ、私は諦めていないのです」

「……っ!」

 

口元にアズナ=ルブは小さな笑みを浮かべた。…それを見た瞬間、シーシャは僅かに安堵の感情を覚えた。何故ならそれは、アズナ=ルブが本心からあのような思いで行動していた訳ではないと思ったから。

だが、アズナ=ルブは自分自身でその思いを打ち砕いた。これまでの行為は、自分の思いが元となっているのだと…やはり自分自身の意思でこうしているのだと、はっきりと口にした。

 

「…例えホワイトハート様に阻まれようと、私は諦めませんよ。どんなに悪と罵られようと、私自身が愚か者となろうと…私は強く正しき者の為の世界を、目指しているのですから」

「……そうか。だったら、仕方ねぇな…」

 

仮面という壁を隔てながらも伝わる程の強き意志を、彼はその瞳に宿して言い切る。諦めはしないと、女神を前にはっきりと言い切る。……それを受けたブランが選んだのは…拳を握って彼の前へと立つ事だった。

 

「…………」

「ま、待ったブランちゃん…貴女何をする気…?」

「…………」

「アズナ=ルブはろくでもない奴だけど…それでも今の言葉通りなら、その行為には犯罪組織の影響が大きかったって事なのよ?だったら、それは…」

「…黙ってろ、シーシャ」

「な……っ!?」

 

止めに入ったシーシャに対し、ブランはギロリと睨め付ける。アズナ=ルブが強い意志の瞳だとするならば、彼女がこの時していたのは決意を秘めた女神の瞳。そんなその瞳でシーシャの制止を振り切ったブランは……言い放つ。

 

「てめぇの行為がてめぇの意思を元としてるんだったら、わたしがする事は…わたしが与える裁きは、ただ一つだ。覚悟しやがれ…アズナ=ルブッ!」

『……ッ!』

 

言い放った次の瞬間、空気を唸らせ彼女の拳が振り抜かれる。人を遥かに超えし女神の拳が、真っ直ぐにアズナ=ルブの顔へと放たれる。

目視すら厳しいその一撃に、息を飲むシーシャとアズナ=ルブ。そして、彼女の拳が振り抜かれた時……カラン、と乾いた二つの音が倉庫に響いた。

 

「……さて、帰るぞシーシャ」

「……え…?」

 

右腕から力を抜くと同時に反転し、出入り口へ向かって歩き出すブラン。その様子に、シーシャはこの日何度目か分からない驚きの表情を浮かべる。

乾いた音を立てたのは、アズナ=ルブの着けていた仮面。ブランの拳によって割られた仮面は床へと落ち……その先にある彼の顔にあったのは、先程シーシャが殴り付けた痕だけだった。

 

「え…って、まさかここで夜を明かす気か?したいんなら止めはしねぇけどよ…」

「そ、そうじゃなくて…裁きってこれ!?仮面割るだけなの!?」

「そ、そうですホワイトハート様!こ、これが私への裁きと言うのですか!?もうこの仮面は、何の力も無かったのですよ!?貴女がここで帰ってしまえば、私は私の述べた通りの事を……」

「したら、止めるだけだ。わたしはてめぇの善意を信じるって、決めたからな」

 

思ってもみない結末へと導こうとするブランの姿に、二人は揃ってそれでいいのかと問いかける。こんなものが裁きなのかと、これで許そうと言うのかと、驚きを込めて彼女に問う。すると…そんな二人に対し、ブランは言った。背を向けたまま、穏やかな声で。

 

「お前、言っただろ?自分は悪意を増幅させられただけだって。…凄ぇじゃねぇか、悪意を増幅させられても尚、強く正しき者の為に全てを懸けようとするなんて。増幅させられてる悪意も、その根底にあるのは善意だなんて。……てめぇはどう思ってるか知らねぇが、わたしからすりゃてめぇも強く正しき者の一人だ。…だから、仮面を割る事が…てめぇが犯罪組織の人間ではなく、一人のアズナ=ルブとして生きる為が、てめぇにとっての裁きなんだ」

「…それが、私への……」

「これからどうするかはてめぇに任せる。どうしようがてめぇの自由だ。…だが、もし…もしてめぇが強く正しき者であろうと思うのなら、或いは自分の行いを罪とし、その罪を贖いたいと思うのなら……その時は、わたしの下に…ルウィーに戻って来い。その時は、てめぇにぴったりなポストを用意してやるよ。…お前も、わたしの大事な国民の一人だからな」

 

そう言って、ブランは去っていった。後ろから狙われたらなどは、自身の期待が裏切られたらなどは一切思っていない事が分かる足取りで、アズナ=ルブの前から姿を消した。そうして残ったのは…彼とシーシャの二人。

 

「…………」

「…………」

「……凄いな、ホワイトハート様は…」

「…えぇ。凄いわね、ブランちゃんは」

 

暫くの静寂の後、二人はぽつりと思いを漏らす。それからアズナ=ルブは…素顔の彼は、シーシャへ問う。

 

「…君はどうする、シーシャ。私を裁くか、私に協力するか、それとも……」

「……帰るわよ、アタシも。アタシは裁くなんて立場じゃないし、あんたに協力する気もないし…なんか全部、ブランちゃんに持っていかれちゃったからね」

 

彼の問いに肩を竦めて返したシーシャは、どこかすっきりしたような表情を浮かべる。それは彼女の言う通り、ブランの存在が大きかったが…同時に素顔となったアズナ=ルブに対し、彼女なりに感じたものがあったから。

それから数秒。シーシャは再び口を開いた。それまでとは違う、落ち着いた表情で。

 

「…あんたの言う事も分かるわよ?アタシだって、支部長職をしてきた中で、そういう人達を見てきたし。…でも、あんたの目的は…特に本来の目的は、強く正しき者や弱くても悪人ではない人まで犠牲にするんじゃないの?そんな形の結末が、あんたにとって最良なの?」

「……痛いところを突くな、君は」

「弱点を狙うのは戦いの基礎でしょ?…それに、ブランちゃんは言ってたわよ?犯罪神の撃破は、ただ務めを果たしただけだって。……ブランちゃん達も仲間も皆、自分の立場や扱いに不満を持ってなんかいない。ただそう思ったからそうしてるだけで、守りたいものを守ってるだけで、だからその思いを成せているだけで満足だって顔を、いっつもしてるもの。…ブランちゃん達の邪魔をする奴を潰すんじゃなくて、ブランちゃん達がその思いを貫けるように支える。……それも、一つの手だとアタシは思うわ」

 

自分もこれで言いたい事は言い切った。…そんな様子で、シーシャも倉庫を去っていく。先に去ったブランの後を追うように、軽やかな足取りで廊下を進む。…そうして、残されたのはアズナ=ルブただ一人。彼は、割れた仮面を見て、それから天井を見上げ……

 

「……ふっ…」

 

憑き物の取れたような、穏やかな顔で……小さく笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

シーシャを追って辿り着いた残党の施設。そこを出て数分した頃…駆けてきたシーシャが合流した。

 

「ふぅ…お待たせ、ブランちゃん」

「待ってないわ」

 

わたしの隣に来て声をかけてくるシーシャを、わたしは華麗にスルー。実際待たずに帰ってたんだもの、そんな言葉をかけられる謂れはないわ。

 

「またまた〜、さっきまでブランちゃん明らかに普段より歩くの遅かったじゃない」

「……気のせいよ、それは」

「ふぅん…ま、いいけど」

 

それから暫く、わたしとシーシャは黙って歩く。アズナ=ルブがどうしたかは一言も訊かない。それを訊くのは格好悪いし……わたしは信じると、決めたのだから。

 

「…ありがと、ブランちゃん」

「…なにが?」

「全部よ、全部。具体的な事は、言わなくても分かるでしょ?」

 

珍しく(と言ってもアズナ=ルブとのやり取りの中ではそこそこ聞こえたけど)落ち着いたトーンで話すシーシャ。…ここで具体的な事を言って長々としたお礼にしない辺り、やっぱりシーシャは大人だと思う。…勿論、簡潔に言う事ばかりが正解ではないだろうけど。

それからもわたしとシーシャは、並んで歩く。でもその内に、また魔が差したのか…わたしはふと思い浮かんだ言葉を、気付けば殆どそのまま口にしていた。

 

「…電話で、変わらない事が大切だって言ってたわね」

「ん?…あー、そういえばそうだったわね。それがどうかした?」

「……わたしは、少し違うと思うわ。変わらないのも、大切だけど…本当に大切なのは、無くしちゃいけないものを…変わっても変わらなくても、それまで積み上げてきたものを心に残し続ける事なんじゃないかって、わたしは思う」

「……そっ、か…なら…」

 

視線は前を向いたまま、半ば独り言のように呟いたわたし。…変わるかどうかは本人次第で、それを周りが安易に止める、或いは強要するなんてあっちゃいけない事。でも、人は一人で生きているんじゃないんだから、変わろうと変わりまいと、自分が自分である事は貫き続ける必要がある……それが、わたしの考え。

それを聞いていたシーシャは、ゆっくりとわたしの言葉を飲み込んだような返答を口にした。それから、シーシャはわたしの前へと出て……

 

「……アタシの思いは、貴女の思いと共にあります。約束しましょう、ブラン様。アタシは貴女の目指す理想、貴女の望む未来と共にある事を。その為の力に、なり続ける事を」

「……えぇ。これまでも、これからも…貴女の力と思いを、頼りにさせてもらうわ。我が親愛なる黄金の第三勢力(ゴールドサァド)、シーシャ」

 

跪き、わたしの手を取ったシーシャに、心からの信頼の言葉を口にする。そしてこの時わたしは思った。まだ残党は残っているし、今後も厄介事は色々とあるだろうけど……こんなにも心強い友がいるなら、きっと大丈夫だろうと。

 

「…さって、それじゃあ早く帰るとしようかブランちゃん!ほらほら、ゆっくりしてると置いていくわよー!」

「あのねぇ…そもそもここに来る羽目になったのはシーシャが原因だろうが!ってか、ブランちゃんは止めろ!おいこら待てシーシャ!」

 

──そうして、一夜の騒動は幕を下ろした。これによって何が変わるか、何が変わらないかは分からないけど……それでいい。未来はそういうものだから。そして、その未来を守るのが…わたしの、役目だから。……そんな思いを、わたしは…いつものように楽しげな笑顔を見せる、いつも通りのシーシャを見て、心から抱いた。




今回のパロディ解説

・シチューの熱さ〜〜坊や
クレヨンしんちゃんシリーズの主人公、野原しんのすけの事。これはどのシーンか分かる方はいるでしょうか。前が見えねぇ…のシーンと言えば、分かるでしょうか。

・「〜〜私アズナ=ルブが、粛正してやろうと!」
機動戦士ガンダム 逆襲のシャアの登場キャラ、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。シーン的に逆シャアの台詞も一つは入れたいなぁ…と思っていたのです、私。


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第百十六話 指導をするは姉にあり

お姉ちゃん達と、皆と犯罪神を倒したあの日から、すっと肩が軽くなったような気がした。それは背負っていた荷物をやっと降ろせたような感覚で、清々しさとほっとする感じの混ざった、ちょっと不思議な気持ちだった。

女神として行っている事は、あまり犯罪神撃破前と変わらない。それは今もまだ残党は少しだけど残っているからで、お姉ちゃん達を助けて以降犯罪組織(残党)は力を失っていく一方だったから。でも犯罪神を倒せた事による心の余裕は、わたしの行動力を高めてくれた。……という訳で、わたしは今…ラステイションにいます。

 

「もっと振りをコンパクトに!撃つ時に遠心力乗せたって意味はないわ!」

「う、うん!」

 

厳しい指導の声が飛ぶ中、女神の姿で駆け回る。走り込んで、跳び上がって、ここだと思うタイミングで的へ射撃を撃ち込んでいく。…そんなわたしは、射撃訓練の真っ最中。

 

「これで…最後ッ!たぁぁぁぁッ!」

「上手い!…って、的を斬ったら射撃の練習にならないでしょうが!」

「あっ……や、やっちゃった…」

 

ターゲットである的が真っ二つになって崩れる中、わたしは頬をかいて苦笑い。それを見ていたユニちゃんは、離れた場所からでも分かる位に肩を落としていた。

 

「スピード上げて接近するから近距離での射撃でもするのかと思ったら…何がっつり両断してんのよ…」

「うぅ…普段の調子でつい……」

 

対等な友達に指導者としての呆れ顔をされて、いたたまれない気分になるわたし。

ラステイションに来たのは、別に仕事の一環じゃない。完全にプライベートとして来ていて、最初は遊んでたんだけど…途中から銃の話になって、それから発展する事でわたしとユニちゃんは射撃訓練に至っていた。わたしとユニちゃんって言っても、ユニちゃんは教える側だけどね。

 

「全くもう…普段の調子で大出力ビーム撃つとか止めてよ?それは普通に洒落にならないから」

「そ、そこまでわたしも馬鹿じゃないよ…えっと、全体としてわたしの射撃はどうだった?どこを直したらいいかな?」

「あー、うん。全体としては、ちょっと狙いを定め過ぎだったと思うわ」

「……?定め過ぎだった…?」

 

気を取り直してわたしが訊くと、ユニちゃんは少し不思議な指摘を返してくる。…定め過ぎだったって…射撃って狙わないで適当にするものじゃないよね?過ぎ、って事は狙うなじゃなくて、必要以上に狙い撃とうとするなって意味だと思うけど…。

 

「武器と状況に合わせた射撃をしろって事。ネプギアは超長距離から一射一射放つ…なんて事は殆どしないだろうし、そもそもの話として、その武器は精密射撃には向いてないでしょ?」

「うん、そうだよ。バレルは短いし、刀身部分も大きいからね」

「なら、下手にピンポイントを狙うより、多少ズレても当たるような位置を狙う方が上手く当てていけると思うわよ?まぁ勿論、高機動戦の中でもしっかり狙えるだけの技術を身に付けられるのが一番だけど」

 

そう言いながら右手で銃の形を作ったユニちゃんは、その手をまずわたしの顔へ、続けて胸元へと向ける。…確かに、わたしの射撃は基本弾幕を張ったり連射したりの単発を重視した攻撃じゃないし、時間をかけて狙うようなタイミングもそうそうないから、言われてみればそれは狙いを定めた射撃とは噛み合っていない。……噛み合っていないまま伸ばすよりは、ある程度割り切って、伸ばす方向を変えた方がいい…ユニちゃんが言っているのは、そういう事だった。

 

「…やっぱり射撃においてユニちゃんは、わたしの何枚も上をいってるね。流石ユニちゃん」

「ま、そりゃアタシは近接戦なんて自衛でやる程度だからね。簡単にネプギアに並ばれちゃ堪らないっての」

「あはは…じゃ、もう少し付き合ってもらってもいいかな?」

「いいわ。アタシもアンタの動きを見る中で学べるものがあるだろうし、ネプギアが満足するまでアタシは付き合って……」

「──精が出るわね、二人共」

 

改めてユニちゃんの実力を感じたわたしは、わたしだって負けていられないという気持ちで続行を希望。それをユニちゃんは快諾してくれて、わたしとユニちゃんの訓練は続く……と、そう思った時、教会の方から声が聞こえてきた。誰かと思ってわたし達が振り向くと…声をかけてきたのは、こちらに歩いてくるノワールさんだった。

 

「あ、お姉ちゃん。…見てたの?」

「窓から見えたから、ちょっとね。中々良い動きをしてたじゃない、ネプギア」

「あ、ありがとうございます。…でも、まだまだですよ。さっきだってうっかり射撃じゃなくて斬撃をしてしまいましたし…」

「それはあんまり気に病む事はないと思うわよ?」

「え?」

 

片手を腰に当てて褒めてくれるノワールさん。その言葉にわたしが謙遜すると…今度はノワールさんが不思議な事を口に。

 

「そりゃ、射撃訓練の上では何してるんだ…って話だけど、別にネプギアは射撃一本に転向する訳じゃないんでしょ?だったら自分の戦闘スタイルの感覚は大事にしなきゃ。あそこで意識せず斬撃を行ったって事は、本能的にあのタイミングでは斬撃がベストだと判断したって事だもの」

「え、あ…そう、なんですかね…?」

「自覚はないのね…いいわ、だったら私が手解きしてあげる」

「はぁ…それは助かりま……えぇ!?」

 

ノワールさんの言葉の意味は分かるけど、わたしの感覚としてはさっきのは本当にただのうっかり。そう感じているから理解は出来ても納得が出来なくて……そんな考えが表情に表れていたのか、なんとノワールさんが手解きしてくれる事に。それには当然わたしもユニちゃんも驚きを隠せない。

 

「お、お姉ちゃんがネプギアの相手を?」

「えぇ、仕事は溜まってないし時間も大丈夫よ」

「いや、でも…なら尚更わたしに時間を使っちゃっていいんですか…?ノワールさんも休みたいんじゃ…」

「無理なんかしてないから安心なさい。…それに、一度確かめてみたかったのよ。ネプテューヌの妹であり、イリゼに鍛えられた貴女の実力を」

「そ、そうだったんですか…」

 

不敵な笑みを浮かべるノワールさんの、その気満々な赤い瞳。元々嫌ではなかった…というかありがたい話ではあると思っていたわたしは、その瞳に押されるようにして空中へ。すぐにノワールさんも女神化して後を追ってきて…射撃訓練をしていたわたしは、気付けばノワールさんと手合わせをする事になっていた。

 

「さ、どっからでもかかってきなさい」

「どこからでも…じゃあ…いきますッ!」

 

M.P.B.Lを構えるわたしに対し、ノワールさんは大剣を下ろしたまま無防備な体勢に。それは一見どこからでも攻められそうだけど…どこから攻めたって対応されるのは目に見えている。でも、躊躇っていたらそれこそノワールさんのペースに乗せられると思ったわたしは…翼を広げ、真っ直ぐにノワールさんへと斬り込んだ。……けれど、次の瞬間わたしの視界からノワールさんが消える。

 

「……!?きゃっ…!」

「良い思い切りよ、でも視界が狭くなってるわ!」

「は、はいっ!」

 

一瞬の内に下降していたノワールさんは、上昇と同時に斬り上げてくる。それをギリギリで回避したわたしは射撃で上昇を続けるノワールさんを追うも、光弾はひらひらと避けられてしまう。

 

「手加減はしてあげるから、どんどん仕掛けてきなさい!」

「ど、どんどんって…その速さじゃ厳しいですよ…!」

「かもしれないわね。でも、貴女はユニにアドバイスをもらったんでしょう?」

「アドバイス…そっか……!」

 

空を縦横無尽に駆けるノワールさんへは、偏差射撃もままならない。…でも、ノワールさんの言う通り…この状況こそ、ついさっきユニちゃんから貰ったアドバイスを活かす良い機会だった。

無意識にしていた「ちゃんと狙おう」という動作を止め、機動力を活かさせないよう光弾をばら撒いていく。それにしたってあんまり効果は無さそうだけど…これは実戦でも試合でもない手解きだもん、積極的に挑戦していかなきゃ…!

 

「そうそう、飲み込みが早いじゃない。だったら…ッ!」

「わ、わ……ッ!」

「貴女の本能が、女神の本能がどれだけ頼りになるか教えてあげるわ!はぁぁぁぁッ!」

 

暫くわたしがアドバイスを実践出来るように仕掛けず飛び回っていたノワールさんは、ふっ…と笑みを浮かべた直後に反転。追い掛けるわたしの射撃を物ともせずに近付いてきて、鋭い攻撃を放ってきた。

お姉ちゃんが鋭く流れるような戦い方、イリゼさんが先の読めない(状態にさせる)戦い方だとするなら、ノワールさんは息つく間も与えない戦い方。物凄く速くて、無茶な機動も難なくこなすノワールさんの連撃には、付いていくだけでも精一杯。だからこそ、わたしは段々思考や構築していた戦術が追い付かなくなっていって……ノワールさんの言う『女神の本能』が呼び起こされる。

 

(凄い…厳しいけど、身の為になってるってのが分かる…!)

 

ユニちゃんの強さの一端はノワールさんにあるんだ、という事を感じながら、斬り合いを続ける。何とか喰らい付いて、感覚も神経もフル稼働させて…その果てに大剣でM.P.B.Lを弾き飛ばされた瞬間わたしは左の拳を放ち、それをノワールさんに手で受け止められたところでストップがかかった。

 

「ふぅ…今のは良い反応だったわよ。少しは私の言った事、理解出来たかしら?」

「はぁ…はぁ…はい、とても為になりました…!」

 

揃って地面に降りるわたしとノワールさん。息の上がったわたしに対し、優雅に髪をかきあげるノワールさんはまだまだ余裕な様子。…今の動き、格好良い……。

 

「お疲れ、ネプギア。お姉ちゃんって凄いでしょ?」

「うん、凄かった…途中VF-27とかゴーストV-9みたいな機動してたし…」

「いや流石に私も慣性の無視は出来ないわよ…ある程度はねじ伏せられるけど」

 

M.P.B.Lを回収したわたしが戻ってくると、ユニちゃんはちょっと得意気だった。…でも、気持ちは分かる。わたしだってお姉ちゃんの凄いところを誰かに見てもらったら、自慢したくなるもん。

そうして思わぬ形でノワールさんに手解きをしてもらったわたしは、自分がまた少し前へと進めた事を感じた。当然だけど人によって経験や価値観は違うものだから、偶にはこうして別の人に指導してもらうのもいいかもしれない……

 

「…さて、ユニも見てばっかりいないで女神化しなさい。今度は二人まとめて相手してあげるわ」

「あ、アタシも?」

「えぇそうよ。プラネテューヌの女神候補生が頑張ってるのに、ラステイションの女神候補生である貴女がのんびりしてる訳にはいかないでしょう?」

「それは、そうだね…よし。ネプギア、アタシ達の連携をお姉ちゃんに見せてあげるわよ!」

「だ、大分元々の趣旨から外れてる気が…でももう少し今の感覚を確かめたいし…やろっか、ユニちゃん!」

 

……という訳で、ふとした事から始まったこの訓練は、もう少し続きそうです。

 

 

 

 

一泊二日でラステイションに行ったわたしは、帰らず続けてルウィーへ。と言っても続けてルウィーに行くのは決めていた事だから、別にプラネテューヌにいるお姉ちゃんやいーすんさんに驚かれたりはしていない。

で、ルウィーに行ったのはラステイションと同じく、遊ぶのが目的だったんだけど……って言えば、これまで読んできて下さった皆さんなら分かりますよね?

 

「ちっがーう!もっとこう…ふわわっ、ってかんじで!」

「うん…ふわわっ、ぽわわってかんじ…」

「う、うーん……」

 

はい、ラステイションと同じパターンです。…もしかしたらなるかもとは思ってたけど…まさかほんとになるなんて……。

 

「…こ、こんな感じ…?」

「…ううん、ちがう……」

「もー、ネプギアってば下手っぴすぎ…」

「え、えぇー……」

 

またも雑談から魔法の話になって、そこからわたしの治癒魔法が相変わらずぺっぽこだって流れになって、そこまできたらあれよあれよの内に二人が教えてくれる事に。

 

(もう少し擬音じゃない説明をしてほしいけど…それは今に始まった事じゃないんだよね…)

 

一度手を休め、二人の表現からどんな感じか考えるわたし。

実を言うと、これまでにもロムちゃんラムちゃんに魔法の指導を受けた事はある。それはコンパさんが「わたしよりも、ちゃんと魔法を勉強した二人の方がギアちゃんの力になれると思うです」と言った事が切っ掛けで、実際二人に教えてもらう前より向上はしてるんだけど……凄く、大変です……。

 

「…やっぱり、呪文唱えた方がいいかなぁ……」

「せんとーちゅうにつかうなら、呪文はなしでやれる方がいいのよ?」

「でもほら、わたしあんまり魔法上手じゃないし…」

「…だいじょうぶだよ、ネプギアちゃん。げんきがあれば、魔法はできる…!(ぐっ)」

「あ、ありがとうロムちゃん…(な、なんてロムちゃんとはかけ離れた人の台詞を…)」

 

二人の説明は分かり辛い。…そう正直に言えば何か変わるかもしれないけど、わたしにはそんな物事をズバズバ言えるだけの度胸なんてないし、二人なりにわたしの力になってくれようとしているのは伝わってきているから、尚更二人を否定するような言葉は言えない。…お姉ちゃんなら、二人の説明もちゃんと理解出来るんだろうなぁ…。

 

「…あ、ところでネプギア。もっとつよいちゆ魔法がつかえるようになったら、名前はどうするの?」

「え?…そうだね、あんまり派手な魔法でもないし、シンプルな感じにしようかな。ヒールに一単語足す感じで…」

「えー、何それつまんなーい」

「もっと、かっこいいかんじがいい…」

「そうそう。あ、そうよ!おねえちゃんにかんがえてもらうのは?おねえちゃんってすっごいかっこいい名前かんがえてくれるのよ?」

「へ、へぇ…(あれ?これはっきり意見言わないと名前決められちゃう流れ…?)」

 

ブランさんならどんな技名にするかはともかくとして、自分達の魔法であるかのようにうきうきと話す二人に、わたしは一抹の不安を覚える。これも嫌って言うのは少し気が引けるけど…全然わたしの感性と合わない名前になっちゃった場合、言ったらもやもやするし言わなきゃ二人が残念そうにする、ってどっちにしろ辛い展開になる可能性が高いよね……よ、よし。名前は自分で決めるって言おう…!

 

「あ、あのね二人共」

『ほぇ?』

「二人が格好良い名前にしてくれようとする気持ちは嬉しいけど、魔法の名前は自分で……」

「ロム、ラム。わたしの部屋に帽子忘れていってるわよ」

『え?』

 

自分の意思をはっきりと口にしようとしたその瞬間、ノックと共に聞こえたブランさんの声。わたしはついさっき話題に出たばかりのブランさんが現れた事で、ロムちゃんラムちゃんも自分が忘れ物をしていると指摘された事で、わたし達三人は揃って驚きの声を上げる。

 

「…あ、ほんとだ。おぼうしない…」

「いつおいてっちゃったんだろう…まぁいっか。おねえちゃんありがと〜!」

「二人揃ってうっかりさんね…ネプギア、くつろいでいるかしら?」

「あ、はい。…今はくつろいでいるっていうか、治癒魔法の練習中ですけど…」

「…治癒魔法の?」

 

二人に持ってきた帽子を渡したブランさんは、続けてわたしに声をかけてくる。それにわたしが肩を竦めながら返すと…魔法の練習中という言葉がブランさんの興味に引っかかったみたいで、僅かに眉を動かした。

 

「まだまだ未熟ですけどね。元々はコンパさんに教えてもらっていて、少し前からは……」

「わたしたちがおしえてあげてるのよ!」

「わたしたち、先生なの…(えっへん)」

「そう…二人の説明で練習するのは大変だったでしょう?ご苦労様だったわね…」

「え、あ…えと…あはははは……」

 

ご機嫌で胸を張るロムちゃんとラムちゃん。それを見たブランさんは、わたしへと近付いてきて…二人に聞こえないような小声で、わたしを労ってくれた。…勿論わたしは、それに苦笑いを返す位しか出来なかったけど…。

すると苦笑いのわたしに思うところがあったのか、それとも最初に聞いた時点で考えていたのか…ブランさんは、昨日ノワールさんから聞いたのと似たような言葉を口に。

 

「真面目に練習するのは良い事よ。じゃ…折角だし、少しわたしが見てあげるわ」

「…ブランさんが、わたしの魔法を…?」

「えぇ。これでもわたしはルウィーの守護女神よ?」

「あ、いや…別にブランさんの力を疑ってる訳ではなくて…」

「なら、こう言い換えた方がいいかしら?ロムとラムに魔法を教えたのは、わたしとミナの二人なのよ」

 

大魔法使いと言っても差し支えない程の二人の教師が、ブランさんとミナさん。ミナさんは凄い魔法を使ってたし、二人への接し方からそうなんだろうなぁとは思ってたけど…ブランさんもという事には、素直に驚きだった。

それを聞いた上で、さてどうしようかと考えるわたし。口振りからして、ブランさんに時間はある様子。…だったら……

 

「…じゃあ、ちょっと見てもらっていいですか…?」

「勿論よ。ならまずは、一度やってみて頂戴」

 

という事で、昨日に続いて友達のお姉ちゃんによる手解きがスタート。わたしはブランさんに言われた通り、いつもの感覚で治癒魔法を発動させる。

 

「…………」

「…………」

「……どう、ですか…?」

「…もう一度やってみて」

 

一度やってみたところで、わたしが受けたのはもう一度という言葉。それに従ってもう一度行い、するとまたもう一度という言葉を受けて……三度目が終わったところで、ブランさんが「やっぱりね…」という呟きを漏らした。

 

「…やっぱり、ですか?」

「やっぱり、よ。…ネプギア、貴女は魔法の基礎がなってないわ」

 

何か改善点が見つかったのかな?…という気持ちで聞き返したわたしに対し、ブランさんが口にしたのは率直な言葉。…き、基礎がなってない……。

 

「…その、すみません……」

「謝る事はないわ。というか、貴女の治癒魔法のベースはコンパの我流魔法なんでしょう?だったら基礎が出来てないのは当然の事よ。だってコンパの治癒魔法は、手当ての技術が大元にある筈だもの」

「それは…はい、そうです。コンパさんに教えてもらっていた時は、手当ての技術をまず習いましたし」

「だったら最初に必要なのは、基礎を掴む事。ロムとラムも、誰かに魔法を教えるなら相手の事をよく考えなきゃ駄目よ?我流ベースの魔法にルウィー式の指導をしたって、それが噛み合うとは限らないもの」

 

わたしの魔法訓練の問題点を洗い出しつつ、ブランさんはロムちゃんとラムちゃんへも軽く指導。少し見ただけでここまで分かるなんて凄い…とわたしが思う中、ブランさんは言葉を続ける。

 

「…けど、基礎なんて一朝一夕で身につくものでもないわ。…だから、ネプギアには魔法のコツを教えてあげる」

「コツ、ですか…?」

「そう、コツよ。もう一回、魔法をやってみてくれる?」

 

別に、わたしは近道で上手くなりたい訳じゃない。でも、コツがあると言われれば気になるし、早く上達すればそれだけいざって時に活用する事が出来る。そんな思いで再び治癒魔法を発動させると……その最中で、ブランさんは静かな声をわたしへ発する。

 

「…今、どんな感覚で魔法を使ってる?」

「今…手の平から癒しの魔力が放たれて、その光によって擬似的に治療が行われてる…みたいな、感じです…」

「いい感覚ね。…でも、それじゃ足りないわ」

「足りない…?」

「出てきてからどう作用するかだけじゃなく、どういう手順でどう出てくるか、どこからその魔力が生まれているのか、治癒を受けた傷はどう癒えていくか……そうやって、最初から最後まで思い浮かべてみるの。慣れない内は難しいかもしれないけど…イメージするのよ。イメージは貴女の力になるわ」

 

心地の良い、穏やかなブランさんの言葉。一言一言耳から聞こえてくる言葉が頭と心に入ってきて、それが自然と反芻されて……気付けば治癒の光が、いつもよりも綺麗に輝いていた。

 

(…言葉一つで、わたしの魔法の質が良くなった…ブランさん、たったこれだけのやり取りでわたしの力量を見抜いたんだ……)

 

読書が好きで、普段は物静かなブランさんは知的なイメージがあった。…けれど、今はもう違う。だって、分かったから。ブランさんは知的なイメージを持たれる人物じゃなくて……実際に知的な人なんだって。

それからもわたしは、指導を受けつつ実践を続行。行う度にブランさんはアドバイスをくれて、それに沿ってわたしは魔法を修正して、ちょっとずつ自分の魔法を良くしていく。そうしてあっという間に、ブランさんが来てから数十分が経った。

 

「…ふぅ…ちょっと疲れが……」

「集中していたものね。少し休むといいわ」

「そうします…」

 

前傾姿勢になっていた身体を伸ばし、それから首も軽く回す。集中力もそうだけど、断続的に魔法を使ったから魔力も結構減ってしまった。…このままだと、魔力不足で肌が灰色になったり…は、流石にないよね。

 

「…ネプギアちゃん、おつかれさま」

「うん。…ブランさんって頭いいね。ほんとに魔法の先生、って感じ」

「でしょでしょ?わたしのおねえちゃんは、すっごいおねえちゃんなんだから!」

「うん…おねえちゃんは、すごい…!」

「ありがとう三人共。そう思ってくれるのなら、わたしも嬉しいわ」

 

わたしの言葉にロムちゃんラムちゃんはきらきらとした目で言葉を返し、ブランさんは大人っぽい微笑みを見せてくれる。

ラステイションに引き続き、ルウィーでも指導を受ける事となったわたしのお出かけ。当然指導を受けてた分は遊ぶ時間が減っちゃう訳だし、思ってもみなかった疲労をする事になったけど…それが安いものだと感じられる位、それぞれの国で貴重な指導をしてもらった。今回はリーンボックスに行く予定はないから、明日はベールさんに…って事はないと思うけど、これならまた今度ベールさんにも何か教えてもらおうかな……って、この流れは昨日もあった事…という事は、まさか…………

 

「…ロムちゃん、ネプギアの先生であるわたしたちもまけてられないよね!」

「わたしも、そう思う…だからネプギアちゃん、次はまたわたしたちがおしえてあげる…!」

「えっ?…い、いやわたしはもうちょっと休みたいっていうか…」

「だいじょーぶだいじょーぶ!ほられんしゅーするわよネプギア!」

「しよう、ネプギアちゃん…!」

「……あ…はい…」

 

──思った通りというか、何というか…やっぱり程々には終わらず、その後も訓練を続ける事になるわたしでした…。うぅ、昨日と今日は何かセットなの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜。お姉ちゃん、帰ったよー」

「お帰りネプギアー!楽しかった?何か思い出に残るような事あった?」

「思い出に?…うーん、一番記憶に残りそうなのは……」

「残りそうなのは…?」

「……ノワールさんとブランさんに訓練をつけてもらった事かな」

「へぇ…………え?」




今回のパロディ解説

・VF-27、ゴーストV-9
マクロスシリーズに登場する可変戦闘機及び無人機の事。どちらも曲線ではないマニューバを見せるんですよね。赤い光の線が残る描写は格好良いものです。

・「〜〜げんきがあれば、魔法はできる…!(ぐっ)」
元プロレスラーであり参議院議員である、アントニオ猪木こと猪木寛至さんの代名詞的台詞のパロディ。元気ですかー!…というロム…うわ、凄いシュールですね…。

・「〜〜イメージするのよ。イメージは貴女の力になるわ」
ヴァンガードシリーズの登場キャラ、櫂トシキの代名詞的台詞の一つのパロディ。直近では新シリーズのOP前で(恐らくはアイチと視聴者に向けて)言っていますね。

・魔力不足で肌が灰色に
ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)における、マナ欠乏症の症状の事。ゲイムギョウ界の場合は…SPゼロでも何も起きないので、問題ないのでしょう。


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第百十七話 もう一つの姉妹と絆

私は思いもよらぬ遠出をする事になった。準備一つ出来ない中で、しかも最初はちゃんと帰る事が出来るかどうかも怪しい、とんでもない遠出。

でも私は、その出先で幸せな日々を過ごした。凄く嬉しかったし、凄く楽しかった。そんな出先から帰った時に、私の心の中にあったのは充実感。寂しさより楽しかった思い出の方がずっと強くて、だからこそ帰った時点で次への期待も胸にしていた。

そんな思いを抱きながら、その日は終わった。そして、翌日……

 

「……か、髪の毛跳ねてないよね…?」

 

プラネタワーのロビーで、私は身嗜みの確認をしていた。そわそわ、そわそわと、自分で分かる位にいつもの私らしからぬ様子で。

 

「うぅ…疲れのおかげで寝不足にはならなかったけど……」

 

今私はある人と待ち合わせをしているんだけど、待ち合わせ時間はまだ大分先。にも関わらずもう待ち合わせ場所にいるのは、居ても立っても居られなくなったから。…彼氏を待つ女の子って、こういう気持ちなのかな…待ってるのは彼氏でもなければ、恋する相手でもないんだけど。

 

「……や、やっぱり幾ら何でも早過ぎたかな…うん、ここは一度戻ってライヌちゃんに癒しを…」

「…もういらしていたんですか…お待たせしてすみません、イリゼさん(>人<;)」

「……!い、いいいえ!全然待ってませんよ全然!むしろまだ来てない可能性もありますし!」

「……え、と…それは、世の中に存在する無数の可能性の話ですか…?(^_^;)」

「あ……ごめんなさい、今のは無しでお願いします…」

 

後ろから声をかけられた…というのもあるけど、それを抜きにしても驚き過ぎな私。しかも思わず意味不明な事を口走ってるし…お、落ち着かないと…。

 

「…すぅ、はぁ……わ、私が早く来過ぎただけなので大丈夫ですよ。時間だってまだ待ち合わせより結構前ですし」

「わたしも早めに行って待ってようと思ったんです。結果はわたしの方が後になってしまった訳ですが…。…して、どうしましょう?もう行きますか?(´・ω・)」

「…そう、ですね…他に誰か待ってる訳でもないですし、そうしましょうか」

 

ふよふよと隣へやってきたイストワールさんの提案に、私は頷く。……そう、私が待ち合わせていた相手というのは、イストワールさん。

随分前…旅に出る前に、私とイストワールさんは『やるべき事が済んだら一度出掛けよう』と約束した。まだやるべき事が全て済んだ訳ではないけど、私はイストワールさんと話したい事があったし、昨日知った会議や残ったやるべき事の筆頭である『犯罪神の再封印』も近々行う(行える)という関係上、二人揃って気兼ねなく一日の休みが取れるのが今日だけだったから、昨日急遽私はイストワールさんを誘い、こうして行く事となった。

 

「イストワールさん、どこか行きたい所はありますか?」

「ここに行きたい、というのはないですね…何せ昨日の今日ですし…σ^_^;」

「ですよね…ほんと、急な話でごめんなさい…」

「いえいえ、約束自体は前からしていましたし、問題ありませんよ。…あ、人気スポットでも調べましょうか?( ・∇・)」

「そ、それは大丈夫です…というか、そんな携帯端末のAIみたいな事をしてもらう訳には……」

 

私は徒歩で、イストワールさんは私の肩辺りの高度を飛んでお出掛け開始。一瞬AIスピーカーならぬ『いーすんスピーカー』というのを想像しちゃったけど……って、あれ…?

 

(…もう一人の私に生み出された私やイストワールさんは勿論、人の思いで生まれた女神の皆も…ある意味では、皆AI……?)

「……?どうかしました?(・・?)」

「あ、い、いえ…じゃあ、私が考えていた場所でいいですか?考えていたって言っても、何となくですけど…」

「構いませんよ。無理に良さそうな場所を見つけるより、行きたい場所の方が楽しめますからね( ̄∀ ̄)」

 

そんな話をしながら歩く(飛ぶ)私達。…ちょっと遊ぶ位だったりクエストだったりで人を誘った事はこれまでにもあったけど、こうして一日かけたお出掛けに誘うのは初めての事。しかもその相手がどちらかといえば仕事絡みで接する事の方が多いイストワールさんだったから、妙に緊張しちゃった私だけど…始まってしまえばなんて事なく、普通にイストワールさんと話せている。それはそれこそ、何で緊張してたんだろう…と思う位に。

そうして移動する事十数分。大通りを歩いていた私は、ある店舗の前で足を止める。

 

「ここは……服、見たかったんですか?

(´・ω・`)」

「まぁ、そうと言えばそうですね」

 

訪れたのは、アパレル業界ではそれなりに名の通ったお店。加えて言えば…初めて来るお店。

 

「さて、何から見て回ろうかな」

「どれからでもどうぞ。わたしは付き合いますから(´∀`*)」

「そうですか?なら、試着の時は私に似合うかどうか見て下さいね」

「えぇ。でもイリゼさんなら、何でも似合うと思いますよ(≧∀≦)」

 

お世辞っぽさはない、でもお世辞じゃないならそれはそれでちょっと気恥ずかしい言葉を受けながら、私は衣類や小物を見て回る。

 

(…でも、実際私はどういう系統が一番似合うんだろう?自分が良いなと思ったものが似合うとは限らないし…)

 

私だって身嗜みには気を使うし、綺麗だとか可愛いだとか思われればそれは嬉しい。つまり…女神だってお洒落はしたい!……という訳で、琴線に触れた服を幾つか選んで試着スタート(因みにどちらかと言えばブランド系のお店だったから、試着大丈夫か訊いたら店員さんにがっつり頷かれた。…女神と教祖のコンビだったからだろうね)。

 

「この服装はどう思います?」

「パンツルックですか…クールな印象があっていいですね(^o^)」

「なら、これはどうです?」

「ダッフルコート…今度は大人っぽくなりましたね。イリゼさんは背の高い方ですし、良い選択かもしれません( ̄∀ ̄)」

「では、これは……」

「……あのー、イリゼさん…」

「何です?」

「……動き易さ重視で、選んでます…?σ^_^;」

「あっ……」

 

何度か試着した姿を見せ、今度はノースリーブのブラウスを…と手を伸ばした瞬間、カーテンの向こうから聞こえたイストワールさんの質問。……正直に言えば、図星だった。半分位は、無自覚で選んでたけど…。

 

「あはは…駄目ですね。どうしても『この服着てる時戦闘になったら…』って考えてしまいます…」

「職業病ですね…女の子なんですから、間違っても『ジャージが一番良いや』とか思ってはいけませんよ?( ̄^ ̄)」

「お、思いませんしそんなドロップアウトした天使みたいにはなりませんよ…でも真面目に選び出すと物凄く大変になりそうな気がするので、服は今日止めておきます…」

 

ベストな服をイストワールさんと探すのも悪くないけど、それだけに何時間も費やしてしまうのは流石に惜しい。そう考えた私は服選びを止めて、小物の方へと移動した。服と違ってこっちは戦闘になっても降ろせるからね。

先程とは違い、単純に興味の湧く物をイストワールさんと共に見る事十数分。ふと目に付いたある商品の前で、私は立ち止まる。

 

「……あ、これって…」

「そのバック、気に入ったんですか?似合わなくはないと思いますけど、あまりイリゼさんらしくない気が…(´・ω・`)」

「いえ、これイストワールさんが入るのに丁度いいかなぁ…と」

「あぁ……って、どんな視点で見てるんですか!わたしがカンガルーの子供の様にひょこっとバックから顔を出すとでも!?o(`ω´ )o」

「私は可愛いと思いますよ、ひょこっと出てるの。…うん、これにしよう」

「そ、そういう趣旨じゃないでしょう!?わたしではなくイリゼさんの買い物でしょう!?聞いてます!?Σ(>□<;)」

 

イストワールさんの猛抗議に晒される私。でも見た目通りイストワールさんに私を引き止めるだけの力はなく、更に彼女はかなり良識的な人物という事もあって、その抗議もレジ近くまで行った時点で沈静化。比較的周りに振り回され易い私ではあるけど…性格面はあまりトリッキーじゃないイストワールさんみたいな人が相手なら、こうして優位に立つ事も出来るというもの。

そうして私達はお会計を済ませ、満足の一品が手に入ったという思いを胸に外へと出る。

 

「ありがたいですよね。プラネタワーに送ってくれるなんて」

「まさか、そうでなかった場合はわたしを入れて次の場所へ行こうと思っていたりはしてないでしょうね…?(−_−;)」

「してませんしてません。それより次は…」

「……あ、すみません。ちょっと待っていてもらえますか?(・人・)」

「え……いいですけど、それは何故…?」

「忘れものです( ´ ▽ ` )」

 

お店を出てから一分と経たずに、再びイストワールさんは店舗の中へ。忘れたって、一体なんだろう…そもそも何かをどこかに置いたりしてたかな…なーんて思いながら待っていると、早くもなく遅くもなくの時間でイストワールさんが戻ってきた。

 

「お待たせしました。次はどこへ行くんです?(´・∀・`)」

「あ…はい。次は花鳥園に行こうかと…」

 

特に何をどうした、という部分には触れる事なくイストワールさんは次の場所に対する興味を口に。少なからず疑問を持っていた私だけど、イストワールさんが話す様子もなく、むしろ楽しそうな顔で次の場所を訊いてくれた事にちょっぴり嬉しくなって、疑問は一先ず置いておく事にした。

それから私達は花鳥園を訪れ、園内をゆっくりと一周。先程のお店同様この花鳥園も…というか、花鳥園に来る事自体が初めてで、華やかで鮮やかな花と、大小様々な鳥が集まる花鳥園は、他のお客さんがいなければはしゃぎ回りたくなる程楽しい場所だった。…でも、イストワールさんは少し違ってて……

 

「うぅ…何度か猛禽類に獲物を見るような目をされました……(>_<)」

「ちょ、丁度お昼時でしたもんね……」

「後、わたしが自分より少し大きい花に近付くと、何故か周りの方が『おぉー…』と感嘆の声を上げてました…(´Д` )」

「それは……はは…(多分某いちりんポケモンっぽい感じになってたからだろうなぁ…)」

 

昼食の為レストランに入った時、イストワールさんはちょっと疲れていた。……も、申し訳ない…。

 

「…ご、ご飯食べましょうご飯!疲労回復です!」

「そうですね…こうしてレストランに来るのも久し振りです…(´∀`=)」

「教祖は女神より自由が効きませんもんね…しかもプラネテューヌの守護女神はネプテューヌだし…」

 

メニュー表に目を通しながら、イストワールさんの言葉に私は苦笑い。ネプテューヌには良いところも沢山あるし、女神としてのカリスマ性も間違いなく持ってるけど、他に良いところがあるから仕事しなくてもいいじゃんとはならない訳で……うん、ほんと仕事しようね。ネプテューヌ。

 

「私はチーズドリアにしようかな…イストワールさんは何にします?」

「わたしですか?わたしはドリアを少し頂ければそれでいいですよ( ̄∇ ̄)」

「え…もしやイストワールさん、ダイエットを……って、あ…」

「…はい。一人前どころかお子様メニューでも、わたしにとっては多過ぎますから

(´-ω-`)」

 

開いたメニューの向こうにいるイストワールさんは、今広げているメニュー表は勿論、普段座っている本にすら収まってしまう程の小さな体躯。いつもの食事だってイストワールさんだけ物凄く少なくて、普通のメニューなんて食べ切れる訳もなくて…そんな彼女に「何にする?」…なんて、いっそ失礼とも言える行為。

 

「……ごめんなさい、無神経でした…」

「……?…あ…大丈夫ですよ?この大きさなのは今に始まった事ではありませんし、不便を感じる事はあっても悩んではいませんから(´・ω・`)」

「…じゃあ、せめて…私はイストワールさんの食べたい物を…」

「ですから大丈夫ですって。それに普段ドリアは食べないので、むしろドリアのままにしてほしい位ですd(^_^o)」

 

ぐっ、と軽めのサムズアップで変える必要はないと言ってくれるイストワールさん。それでも私は引け目を感じていたけど…そう言ってくれるなら、その通りにする方がイストワールさんの気持ちに添えると考え直して、自分の思った通りに注文。その後運ばれてきたチーズドリアを小皿に取り分けて、私達はお昼ご飯に。

 

「当たり前だけど、熱々だなぁ…。…あ、イストワールさん食器は……」

「ご心配なく。外食になるだろうと思って、持ってきました(`・ω・´)」

「おぉー。流石イストワールさん、抜かりがないですね」

「備えあれば憂いなし、ですよ。では頂きましょうか(・∀・)」

 

しゃきん!…とスプーンを取り出したイストワールさんに軽く拍手を送り、そのまま手を合わせて食事前の挨拶。私もスプーンを手に取り一口食べると……熱い!チーズが蓋になって切り分けるまで熱が籠っていたから本当に熱いっ!…でも……

 

「…はふぅ、美味しい……」

「ですねぇ…クリーミーです…(*´ω`*)」

 

私とイストワールさん、二人揃ってほっこりした顔に。後いつもの事だけど、小さなイストワールさんが、更に小さな食器で小さな小さな一口を食べる姿で尚更ほっこり。

 

「イストワールさん、それだけで足ります?」

「足りますよ。イリゼさんも減ってしまったドリアで満足出来ますか?(・ω・`?)」

「そんなに減ってませんし問題ありません。それに、パフェも注文しましたから」

 

雑談を交えながら食べる事数十分。濃厚なチーズドリアを堪能し終えた丁度良いタイミングでパフェも運ばれてきて、私はスプーンをデザート用の物に持ち替える。

 

「デザート用スプーンって、掬う部分を削減して柄の伸長に割り当てたみたいな形状してますよね…あ、そうだ」

「…何か思い付いたんですか?

(´・ω・`)」

「…イストワールさん、どーぞ」

 

生クリームとアイスを両方掬い、イストワールさんの口元へスプーンを持っていく私。それを受けて目を丸くするイストワールさん。これは普通のスプーンでやったらイストワールさんの顎に負担をかける行為だけど…このスプーンでならギリギリセーフな筈…!

 

「え、い、いやあの…自分で食べられますよ…?(;´д`)」

「分かってますよ。でも折角ですし、やりたいと思って……駄目、ですか…?」

「うっ……駄目では、ないですけど…

(−_−;)」

「じゃあ…あーん、してくれますよね?」

「……あ、あーん…(>o<)」

 

こっちの意図に気付いた様子でイストワールさんはやんわり拒否しようとするも、「……駄目、ですか…?」でそれを突破。それから一度は下げたスプーンをまた近付けると……イストワールさんは観念したみたいに目を瞑り、口を大きく開けてくれた。

 

「…どうですか?」

「……甘い、です(*>-<*)」

「ふふっ、ですよね♪」

 

ほんのりと顔を赤くして、それでもイストワールさんは口にして感想も言ってくれる。そしてそれを見た私は……一口も食べてないのに、なんかもう満足の気分だった。……食べるけどね、パフェ。

 

 

 

 

食後も私とイストワールさんはお出掛けを続行。美術館に行ったり、ウィンドウショッピングをしてみたり、喋りながら何となく歩いたり…そんないつもの私達じゃ全くする機会がないような事(最後のは短時間ならあったりするけど)をしている内に、気付けばもう夕方だった。

 

「良い景色ですね…(*´-`)」

「私もそう思います。でも、違う時間帯なら景色から感じるものも違ったのかも…?」

 

色々な場所に行った末、私達が訪れたのは見晴らしのいい丘。簡易的な屋根の下に備え付けられたベンチに私は座り、イストワールさんは本と共に着地。…いや、着ベンチ…?

 

「……今日、どうでした?」

「…それは…楽しめたか、という質問ですか?( ̄^ ̄)」

「…はい。私は楽しかったです。でも、今日は二人で出掛けたというより私に付き合ってもらったって感じでしたし、イストワールさんに心労をかけてしまった事も何度かありましたから…だからその、もし楽しめなかったのなら遠慮せずに……」

「大丈夫ですよ、イリゼさん。確かに疲れる事はありましたが…今日は、とても楽しい一日でしたから(⌒▽⌒)」

 

これまで心から楽しいと思えた事は幾つもあったけど、その中でも見劣りしない位には今日一日も楽しかった。でも、私にとっては楽しい一日でも、イストワールさんにとっても楽しい一日だったとは限らない訳で……そんな不安を抱えながら横を向くと、そこでは私を見上げるイストワールさんが微笑んでいた。…その顔に、嘘や気遣いは感じられない。

 

「…それなら、良かったです。安心しました」

「…今日やりたい事は、全部出来ましたか?(´・ω・`)」

「出来ましたよ。私はもう満足です」

「……本当に、そうですか?(-_-)」

「……?…えぇ、そうですけど…」

「……何か、したい事があったのではないのですか?」

「……っ…!」

 

穏やかな顔付きのまま、ゆっくりと浮かび始めるイストワールさん。彼女の確認するような口振りに違和感を覚えつつも返答をしていると、イストワールさんは私の正面にまでやってきて……それから表情が、真剣なものに変わる。

 

「……気付いて、たんですか…?」

「えぇ。せっかちではなく、ここまで待っていたイリゼさんが、別次元から帰ってきたその日の内に突然出掛けられないかどうか訊いてきたんです。そうなれば、何かしらあるという事位は察しがつきますよ」

「…それはもう、ここまでで達成出来てるかもしれませんよ?」

「それならそれでいいんです。イリゼさんが本当に満足しているなら、それで」

 

言葉通りなら、イストワールさんは『何かある』と察しただけ。言い換えるなら変化に気付いただけで、理由や原因まではまだ見えていない。だから誤魔化そうと思えば誤魔化せるけど……そんな事はしない。だって…私は話したい事があって、出掛けるのを今日に決めたんだから。

 

「…少し、長い話になってしまうかもしれません」

「少し位長くても、最後まで聞きますよ」

「……聞いても、幻滅しないでいてくれますか…?」

「しませんよ。…約束出来ます。わたしはイリゼさんに幻滅なんて、絶対しないと」

「…嬉しいです、そう言ってもらえて」

「わたしもイリゼさんとは浅い付き合いではありませんからね」

「…………」

「…………」

 

数秒の沈黙。私の心の準備の時間で、イストワールさんが黙って待っていてくれた時間。その間私は伏し目がちになっていて、少し目を上げると、イストワールさんは曇りのない瞳で私を見てくれていて……そのおかげで、私は決心を付ける事が出来た。言おうと思っていたけど怖くて、このまま隠してしまおうかとも考えていた思いを…ゆっくりと口にする。

 

「……私、ずっと思っていたんです。私には起こさない手もあった戦争を起こして、多くの人を戦いに駆り立てて、その先で何人も傷付けてきた責任があるって」

「……否定は、しません」

「…でも、同時にこうも思っていました。責任があろうと、それが罪だとしても、私はこれまで通りの私でいなきゃって。私は自分の為、私と同じ思いを胸に秘めた人達の為にこの道を選んだのに、私が私らしくなくなっちゃったら、それは協力してくれた人も、その中で散っていった人も裏切る行為になるから。…そう思って、これまで生活してきました。自分には責任があるって感じながらも、演技じゃなくて心から楽しんだり喜んだりしてきました」

 

女神には…上に立つ者には、堂々としている事が求められる。個人的な行為に対して後悔を抱くならともかく、人を動かし先導した以上は、後悔を外に出しちゃいけない。…それは、動いた全ての人の行いを否定する事になるから。貴方達の行動は間違っていた、と言うも同然だから。

それが分かっていたから、私はこれまで通りの私でいる事に努めた。責任から目を逸らさないまま、選択は正しかったのだと体現していた。…でも…でもそれは……

 

「……だけど、私は向こうにいって…気付けば忘れていました。私の責任を。私が選んだ選択の結果、生まれたものを。……それは一番いけない事なのに…それは絶対に下ろしちゃいけないものだったのに…」

「…………」

「…しかも、それだけじゃなくて…忘れてたって事は、きっと私は忘れたかったって事で…この責任を重荷に感じてたって事なんです、きっと…!自分で選んだくせに…沢山の人を巻き込んで、私自身だって人を手にかけたのに…なのに、私は……っ!」

「…イリゼさん……」

「……最低ですよね、私…。自分の責任もきちんと背負っていられないで、その癖原初の女神の複製体だとか、大切な人と大切な人が守りたいものを守るだとか、調子の良い事言って……ほんとに、最低だ…」

 

…一昨日の様に、また心が冷たくなっていく。本当はもっと前向きな話をしたかったのに、自責の言葉ばかりが私の口から溢れ出る。そうして自分を責める内に、どんどん自分が嫌になって、一層自分を責めてしまう。…悪循環だって分かってる。でも、止められない。

こんな私の姿は、イストワールさんにどう映っているだろうか。哀れか、惨めか…それとも、腹立たしいか。何れにせよ、良い感情を抱いている訳がない。幻滅なんて絶対しないと言ってくれたけど…幻滅しなくたって、こんな情けない姿を見たら、私を見損なったって何もおかしくはない。

……そう思った瞬間、泣きそうになった。イストワールさんに…私にとっての特別な人に見損なわれるなんて、嫌だ。こうなる位なら隠したままにしておけばよかったと思う位、イストワールさんに見損なわれるのは辛いし怖い。…でも、もう遅い。言ってから後悔したって、悔やんだって……それはもう全部、今更の事────

 

 

 

 

 

 

「……一人でよくここまで頑張りましたね、イリゼさん」

「…え……?」

 

──その瞬間、冷たくなってしまった身体に温もりを感じた。その温もりは、イストワールさんのもの。私の頬に添えられた、イストワールさんの手の温かさ。

 

「最低なんかじゃありませんよ。ここまで頑張ってきたイリゼさんのどこに、最低な部分があると言うんですか」

「ど、どこって…それは、私が女神で、責任があるのに……」

「女神だって人です。嬉しい事があれば喜び、辛い事があれば悲しみ、時にはどうしようもない程落ち込む、人と同じ心を持っているんです。同じ心を持っているんですから、背負うべきものを重責に感じたり、その重責で辛い思いを抱いたりするのも当然の事。その中でもここまでイリゼさんは耐えてきたのでしょう?」

「…耐えたなんて、そんな…それが、するべき事だったからで……」

「かもしれませんね。でもそれは決して楽な事ではありません。わたしはこれまで何代もの女神を見てきましたが、同じ状況となればその内殆どの方が同じように思い悩んだでしょう。…ですから、イリゼさんは恥じる必要はありませんし……わたしは姉として、イリゼさんを誇りに思います」

「…私を…誇り、に……?」

 

私のすぐ近くで、優しい声でイストワールさんは言う。…こんな言葉をかけてくれるなんて思っていなかった。失望されるって思っていたから、イストワールさんの言葉は凄く凄く意外で……気付けば私はまた、泣きそうになっていた。…でもその理由は、さっきまでとは違う。泣きそうになったのは、辛いからじゃなくて……嬉しいから。

 

「はい。イリゼさんはわたしの大事な家族で、誇れる妹です。誰がなんと言おうと、わたしのこの思いは変わりません。……けれど…少しだけ、イリゼさんは背負い過ぎです。一人で全て背負うべきだと思っているなら、それは大きな間違いです」

「で、でも…じゃあ、責任は……」

「わたし達にあります。イリゼさんと共に計画を進め、多くの決定を下したわたし達教祖にも、国の長でありながら捕まり、助けられる対象となった守護女神の皆さんにも、このような時国の長として務める立場でありながら未熟であった女神候補生の皆さんにも、一個人としての力しかない皆さんにも……責任は、皆にあるんですよ。だから……」

 

イストワールさんは、一度言葉を区切る。区切って、私の頬に触れていた手を頭へと移して……

 

「……皆で背負いましょう。イリゼさんの辛さはわたしが…わたし達皆が背負います。いえ、皆で背負うべきものなんです。それがわたし達全員にある責任であり……家族で、仲間なんですから」

「……っ、ぁ…イスト、ワールさん…イストワール……お姉、ちゃん……っ!」

 

涙が、溢れ出す。これまでの自分を肯定してもらえたからというのもあるけど、自分一人で背負わなくてもいいんだって分かったのもあるけど……何よりイストワールさんの優しさが、私に向けてくれる家族の愛が嬉しくて嬉しくて堪らない。嬉しくて、それが幸せで……無意識に私は、お姉ちゃんと呼んでいた。

今まで私はベールと同じように、ネプテューヌ達妹がいる三人を羨ましく思っていた。その思いは偽物じゃないし、今もあるけれど……ネプギアに、ユニに、ロムちゃんに、ラムちゃんに…妹である四人にも羨ましいという感情を持っていた事に、この時初めて気付いた。自分に妹としての感情もあった事を、初めて私は知る。

 

「お姉ちゃんっ…お姉ちゃんっ、私……っ!」

「分かっていますよ、イリゼさん。貴女の思いは、全部」

「…は、はい…ぐすっ……」

「…これは、お昼の発言を少し訂正しないといけないかもしれませんね」

「うぇ…?」

「わたし、お昼は今の大きさに悩んではいないといいましたが、今は少し不満です。だって…今のわたしは撫でる事が精一杯で、イリゼさんを抱き締めてあげる事が出来ないんですから」

「……そんな、そんな事言われたら…もっと泣いちゃうじゃないですかぁぁ…!」

 

優しい言葉をかけてくれるだけで、撫でてくれるだけで、泣いてしまう程嬉しいのに、更にこんな事を言ってもらえるなんて。そして言葉通りに泣き続けてしまう私を、イストワールさんは泣き止むまでずっと撫でてくれていた。そして、私が漸く落ち着いた時……周りはもう、真っ暗だった。

 

「…少しどころじゃない長さになってしまいましたね……」

「いいんですよ、イリゼさんの為ですから。……もう、大丈夫ですか?」

「…はい。まだちょっと自分で考えたいので、また何か聞いてもらうかもしれませんけど…心が、軽くなりました」

「ふふっ。それならば安心です」

「……あの、イストワールさん」

「…何ですか、イリゼさん」

「……ありがとう、ございました」

「はい( ^∀^)」

 

──そうして、私とイストワールさんのお出掛けは終了し、私達はプラネタワーへと帰る。こんなに切ない思いをするなんて、こんなに泣いてしまうなんて思っていなかったけど……帰る時の私は、心からの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

「ただいま、ネプギア」

「あ、お帰りなさいイリゼさん。いーすんさん」

 

プラネタワーに戻った私達は、入って早々にネプギアと遭遇。…そういえば、今日ネプギアや皆はどうしてたんだろう…。

 

「ネプギアさん、今日わたし達がいない間に何かありませんでしたか?(´・ω・)」

「ありませんでしたよ。お二人は…良いお出掛けになったみたいですね」

「…分かる?」

「はい。だってイリゼさんもいーすんさんも、凄く良い顔してますから」

 

そう言って微笑むネプギアだけど、内心私は動揺気味。…だって私、目元がまだちょっと赤いから。多分察しの良い人なら、私が泣いたの見抜いちゃうよね…。

 

「…ところでネプギアさん、ネプテューヌさんはどこでしょう?(´ω`)」

「お姉ちゃんですか?お姉ちゃんなら……」

「ここにいるわよ」

 

ネプギアが途中まで答えたところで、不意に後ろから聞こえた声。あ、この声は…と思いつつ振り向くと、そこにいたのはやっぱりネプテューヌ。

 

「あれ、ネプテューヌも出掛けてたの?…というか、どうして女神化を…?」

「ちょっと、ね。もう、いーすんったら女神使いが荒いんだから」

「偶にはいいじゃないですか。それに、今日一日羽を伸ばせたでしょう?( ˘ω˘ )」

「それはまぁ、そうだけど…」

 

何やら頼み事をされていた様子のネプテューヌと、そのネプテューヌに対していつも通りに返すイストワールさん。でも今のやり取りじゃ何の話か全然分からない訳で、私とネプギアは小首を傾げる。

 

「お姉ちゃん、電話の後すぐに出ていったけど…何をしに行ってたの?」

「ちょっと商品の受領にね。…はい、イリゼ」

「へ……わ、私?」

「そう、貴女へのお届けものよ。開けてみたら?」

 

質問に答えた後、ネプテューヌは手にしていた箱を私にくれる。一瞬「え、ネプテューヌからのプレゼント?」と思ったけど…言葉から察するに、ネプテューヌはあくまで運搬役。じゃあ誰だろう、そして何が入っているんだろうと箱を開けてみると……入っていたのは、何となく見覚えのあるリボン。

 

「……?このリボン…は、あのお店の…?」

「そうですよ。これはわたしからのプレゼントです(^ ^)」

「プレゼントって…あ……」

 

一体いつの間に…?と思った私だけど、すぐに気付く。お店を出た時、一度イストワールさんは戻っていった事に。あの時イストワールさんは「忘れもの」と言っていたけど……荷物を忘れてきたとは、一言も言っていない。つまりあの時の忘れものっていうのは、私への誤魔化し…或いは、まだやる事があるって意味での忘れものだったって事。

ただでさえ今日イストワールさんには色々な事をしてもらえたのに、更にプレゼントまでなんて。そんな思いでリボンを箱から取り出すと、リボンの両端に入った細やかな刺繍が目に入ってくる。その内片側は私の翼を模したような刺繍で、もう片方は……

 

「…これ、もしかして……」

「…はい、わたしの羽根を模してもらったんです。…その…両方イリゼさんの翼の方が、良かったですか…?」

「い、いえ!これでいい…ううん、これがいいんです!私、こんなプレゼント貰えて凄く嬉しいです!…わぁ、わぁぁ……!」

 

絆は形や距離で変化するものじゃないけど、形として分かるものがあった方が良いのは事実。そしてその観点において、このプレゼントは……人前である事を忘れて目を輝かせてしまう位、私にとって嬉しいものだった。…ど、どうしよう…どこに結ぼう、どこに結ぼうかな……?

 

「…ふふっ♪やっぱり後ろの方かな?それとも…あ!編んであるところに更に結ぶとかもいいですよね!」

「えっ?…ま、まぁ…イリゼさんが気に入る結び方をしてくれるのなら、わたしはどの形でも……(・・;)」

「じゃあそうさせてもらいますね!早速結んでこよーっと♪」

「……すっごい喜んでるね、イリゼ…」

「うん…あそこまで喜んでるイリゼさんなんて、滅多に見ないかも…」

 

二人への感謝もそこそこに、結ぶ為自室へと向かう私。帰る前も思ったけど、今はそれ以上に…これ以上ない位に、心から思っている。──今日は本当に、良い一日だったって。だから…これからも宜しくお願いしますね、イストワールさん。




今回のパロディ解説

・女神だってお洒落はしたい!
中二病でも恋がしたい!…のタイトルのパロディ。これパロディとしての汎用性高いですよね。○○だって□□したい、という形なら色々なものが入りますし。

・ドロップアウトした天使
ガヴリールドロップアウトの主人公、天真=ガヴリール=ホワイトの事。駄目になってジャージばっかり着てる女の子、と言えば私はこのキャラが思い付きますね。

・某いちりんポケモン
ポケットモンスターシリーズに登場するポケモンの一体、フラエッテの事。小さいイストワールが花を持って佇んでいる…これはかなり絵になると思うのです。


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第百十八話 それが在るべき優しさの形か

戦争は、勝てば終わりなんかじゃない。事後処理…と言えば簡単だけどその内容は多岐に渡るし、それが済んだら今度は事前…これから先で同じような事が起きないように、起きてしまっても早期終結を迎えられるように備える為の計画も、出来るならば事後処理と並行して、それが無理なら事後処理の後すぐに進めなければならない。そして、今日行われているのが……その『今後』を見据えた、四ヶ国の会議。

 

「……というアンケートから得られた結果として、信仰の自由の是非に関して強く制限すべきだという意見と、ある程度制限すべきだという意見が合わせて約四割。犯罪組織の件がまだ過去のものとなっていない今でも過半数を超えていないという事からも、信仰の自由を制限するのは得策とは言えないだろうね」

「けれど、犯罪組織の勢力拡大において信仰の自由がこちら側の枷になってしまったのも事実。だから私達は制限こそしなくても、一度見直す必要があると見ているのだけど…その辺り、貴女達はどう考えているの?」

 

女神に、教祖に、教会の重役や軍部の高官など、国に強い影響力を持つ者が多く集まるプラネタワーの特別会議室。それぞれが円を意識した座席に座り、女神と教祖が中心となって会議は進んでいく。

 

「そうですわね…わたくしもその考えには同感ですわ。元構成員の話を聞く限り信仰心以外の目的で犯罪組織に所属していた者も多いようですし、信仰の自由本来の用途とは違う形で盾にされるのであれば一考すべきですもの」

「わたしは熟慮した方がいい、と言わせてもらうわ。勿論枷となった事を良しとはしないけど、元々信仰の自由は今の社会の根底を成す権利。それに手を加える事は…いや、見直す事すらも一歩間違えば自分達の首を絞める事になりかねないのは、念頭に置いておくべきじゃないかしら」

 

ノワールの問いかけに、ベールとブランがまず反応。元々重要な仕事の時はふざけた様子を欠片も見せない三人だけど、今日は特に『国という超巨大組織を運営する者』としての顔を前面に押し出していて、一つ一つの言葉に重みを感じる。勿論威圧している訳じゃないから、教祖の四人や意見を求められた方々は各々考えを口にしていくけど……女神候補生であるネプギアとユニは些か気後れした様子で、ロムちゃんラムちゃんに至っては始まってからずっとぽかーんとしていた。で、私とネプテューヌはと言えば…ご覧の通り。

 

「特務監査官…いえ、各国を歩いて回った身として感じたのは、我々によるテロ組織認定までは犯罪組織を悪と認識していなかった方が一定数いたという事。そこから考えるに、信仰の自由へ手を出すのは『自分達の思想や行動が、罪に該当するようになるのでは?』…という不安を煽ってしまう可能性があるのではないでしょうか」

「んー…色々考えはあると思うけどさ、一番大事なのは国民が安心安全の生活を送れる事だよね。だから、この選択が安心安全にちゃんと繋がるのかどうかって視点は欠かしちゃいけないんじゃないかな」

 

私は旅の中で見てきた人の姿とそこから推測出来る感情を口にし、ネプテューヌは平常運転…でも他の三人と同じ視点で意見を述べていく。立場的に場慣れしてる私はともかく、ネプテューヌもロムちゃんラムちゃんみたいにぽかーんとしてると思った?…残念、ネプテューヌもこういう時はそれ相応の態度を取るんだよね。

 

「ふぅむ…信仰の自由に関しては協議を重ねる必要がありそうですね。他の議題もありますし、この件は一度保留にしてはどうでしょう?」

「そうね。重要な事ではあるけど、早急に決めなければならない事でもないもの。…で、次は……」

「…軍部から、でしたね」

 

大方意見が出尽くし、でも明確な着地点は見つからないまま会議が膠着しつつあったところで、ミナさんが保留という形をとって次の話に進める事を提案。チカさんに続いて皆が同意し、イストワールさんがチカさんの言葉を引き継ぐと……そこでラステイション軍部の一人が口を開く。

 

「恐らくこれは各国の軍部でも少なからず意見が出ている事かとは思いますが、ここは我々から。…シュゼット君」

「はい。女神様方の奪還作戦及びその後の制圧作戦で、我々軍人は国内を奔走致しました。国益を守り外敵を鎮圧する事は軍の本懐であり、有事に忙しくなるのは当然以外の何物でもない事は承知の上ですが…それでもやはり、出撃の度に基地や拠点に帰還しなければならないというのは、負担であり同時に時間的ロスが大きいというもの」

「…悪いわね、貴方達軍にとっては縛りの多い条約で」

「いえ、法や条例に縛られない軍など違法な武装組織と変わりませんから。…しかし、前線指揮を担う者としてこの問題を無視出来ないのも事実。よって…提案させて頂きます。解体前の軍において運用されていた移動基地……陸上艦を始めとする戦闘艦艇の復活を」

 

戦闘艦艇の復活。戦闘部隊が拠点に戻らずとも長期の活動や戦闘後の補給を行える、移動基地の開発。…それは即ち、大幅な軍拡を求める軍からの声。その提案に守護女神と教祖の皆はほんの僅かに目を細めて、軍部の方々は小さく頷く。

奪還作戦以降国内を東奔西走してきた軍…特に前線を担う人達にとっては、求めて然るべき要求。けれど軍拡なんて安易に決めていいものではないし、そもそも軍拡は様々な危険を孕むもの。故にその判断は…慎重に下さなきゃいけない。

 

「…一つ、質問宜しいですか?」

「イリゼ様…はい。何なりと」

「今の提案は、距離や規模に関わらず拠点からの出撃を余儀なくされている現状の改善を求めるものだと思われますが、その観点であれば非武装の艦でも同様の役目を果たせると思います。それはどう考えているのでしょうか?」

 

皆が提案に対する思案を巡らせる中、右手を上げて質問する私。……正直に言うと、武装している事によるメリットも、非武装のデメリットも思い浮かんでいる。にも関わらず質問したのは…軍の側での意識を見定める為。命令に従って動くのが軍だと言えど、軍拡に繋がる事への考えはきちんと聞いておかなきゃいけないと、私は思う。

私の問いに反応した軍人…シュゼットさんは、上官らしき人(最初に声を発した人)に視線で確認を行う。それから頷きを受け取った彼は、再び視線を私の方へ。

 

「…イリゼ様のご指摘はごもっともです。中継地点としての運用であれば、非武装艦でも問題ありません。…しかし、拠点として運用する以上はある程度のサイズが必要となり、そうなれば戦場で大きな的になるのは火を見るより明らか。その時自衛能力が無ければ……」

「直掩部隊に多くのリソースを割かねばならず、最前線や作戦領域に展開出来る戦力が減ってしまう。…加えて言うなら、自衛出来ないというのは乗員にとって精神的負荷が大きい。…そういう事ですね」

「……えぇ、おっしゃる通りです。そして艦船というのは、生身は勿論MGすら出せない大火力を容易に搭載出来る為、火力支援や対大型目標において非常に有用なのです。艦船の活躍により最前線部隊の負担が減り、それが作戦効率や生存率を向上させる…私はそう踏んでおります。…まあ、最悪通常コンテナと強襲コンテナを換装出来る仕様という手もありますが…それに関しては私個人の見解で言う事ではありませんね」

 

分かってて訊きましたね?…返答にそんなニュアンスを含ませながら、体格の良い軍人さんは答えてくれた。話し方に余裕が感じられた辺り…その返答も、きちんと自分の考えで言ってくれたんだと思う。

 

「え、と…艦船に関する事でしたら、わたしも一つ提案が……」

「待ったネプギア。その前にこの…こほん、こちらの資料を見て頂戴」

 

何か思い付いた様子のネプギアが手を上げ、ユニが発言の途中で素の反応になっていた事に気付いて声音を正す。

それからも、会議が続いた。信仰の自由の件の様に、はっきりとした結論の出ないものも多かったけど、そもそも一朝一夕で辿り着けるようなものではないし、そんな決め方をしてはいけないものなんだから当たり前の事。各国の各員がどのような事を考え、どんな方向へ進めたいのかはっきりしただけでも十分な意味があったと、私は思う。

 

「…はふぅ…疲れたぁ……」

「普段から仕事してないからそうなるのよ…と言いたいところだけど、今回はいつもと違って高官を多く呼んだものね。気持ちは分かるわ」

「お疲れ様です、お姉様。早速アタクシがマッサージを…」

 

会議が終わり、女神と教祖という面子だけになったところで雰囲気も軟化。身体はあんまり動かしてないけど…何だか肩凝ったような気がする…。

 

「あぅ…なにも言えなかった…(しょぼん)」

「わたしもー…よくネプギアとユニは言えたわね…」

「まぁ、一応はね。…でもアタシも、お姉ちゃん達に比べれば全然だったわ…」

「こういうのは慣れが肝心、っていうのは分かってるけど…アクティブにいったら慣れる前にHPが無くなりそうだよね…」

 

ふと横を向いてみると、ロムちゃんラムちゃんはテーブルに突っ伏し、ネプギアとユニも身体を預けるように深く椅子へと座っている。…四人も、ご苦労様。

それから数分程雑談を交え、私達もそろそろ解散しようか…となった特別会議室内。……そこで、予想していなかった事態が起こった。

 

「……?はいどーぞー」

「失礼します。女神様、教祖様、至急お伝えしたい事が…」

「至急お伝えしたい事、ですか…?」

 

扉のノックに反応したネプテューヌが許可を出すと、入ってきたのは一人の職員。声音も表情も険しいその人の言葉を受けて、三人が私達から離れつつ集まると、そこへ職員さんも移動し小声で報告。それが終わり、こちらの方を向いた三人は…酷く曇った顔付きになっていた。

 

「…何があったの?」

「ええと、それはですね…(¬_¬)」

 

ブランの問いかけに、イストワールさんは歯切れの悪い言葉を発する。もうこの時点で伝えられた事が朗報じゃないのは明白だったけど、その内容まで分かるようなテレパシー使いはここにいない。

 

「言い辛い事なんですの?」

「そう、ですね…(-_-)」

「まさか、残党が何か大きな動きを…?」

「残党…それは当たらずとも遠からずと言いますか…(−_−;)」

「焦れったいね…ならばせめて他国に口外出来る事なのかどうか位は教えてくれないかい?出来ない事だというなら、僕達も無理には訊かないさ」

 

続くベールと私の質問にも(ベールのには答えているとはいえ)、イストワールさんの反応は同様。そこでこのままじゃ埒が明かないとばかりにケイさんが少し違う角度からの質問をすると…そこでネプテューヌが「そうだよね…」と呟いた。

 

「…ごめんね皆、別に口外出来ないような事じゃないよ。皆の国でも多かれ少なかれ起きてる事らしいし」

「アタシ達の国でも、ですか…?」

 

重い話は茶化そうとするネプテューヌらしからぬ、落ち着いたトーンのままの返答。それに私達が一層の深刻さを感じる中、ネプテューヌはうん、と頷いて……

 

「……街で発生した信仰抗争被害の会のデモ行進、こっちに向かってるんだって」

『……っ…』

 

発された言葉に、私達は息を呑んだ。確かにそれなら、今の三人の雰囲気も頷ける。

信仰抗争被害の会。…それは、起訴を免れた犯罪組織の元構成員やその家族が中心となって結成された、政府へ謝罪と賠償を求める集団。自分達は四ヶ国と犯罪組織による一連の戦闘と、犯罪組織の台頭を許した政府の失態の被害者であるというのがその人達の主張で…ネプテューヌの言った通り、今日までにどの国でも一回はデモが起こっていた。

 

「……確かにそれは、言い辛い事ですよね」

「…ネプテューヌ、その人達が暴動になる可能性は…?」

「…多分、ないと思う。人数も比較的少ないらしいし」

 

私の問いに、ネプテューヌはゆっくりと首を横へ振る。デモにおいて一番怖いのは暴動と化してしまう事であり、その可能性が多分でもないなら一安心だけど……安心は出来ても、ほっとは出来ない。

 

『…………』

「…あ、あの…おねえちゃん…」

「おねえちゃん…おかお、暗い…(おろおろ)」

「…ロム、ラム。今は多分、口を挟まない方がいいわ。アタシ達も無関係じゃないけど…何も考えず話していいような事柄じゃないんだから」

 

どうしたらいいか分からないという顔のロムちゃんとラムちゃんを、ユニが沈んだ顔をしながらも手で制す。

被害の会結成は私達にとって思ってもみない出来事で、凄くショックな出来事。元構成員にとってこの結果が満足いかないものだっていう事は分かっているけど……被害の会の結成と主張は、私達への全面否定だから。何も納得していない、納得なんか出来ないっていう人がこんなにもいるんだという事を、行動で見せ付けられているんだから。

暗い顔になっているのは、私達女神も教祖の皆さんも同じ。…でも、抱く気持ちは違う。

 

「…やるせないわね。自分達の不甲斐なさが…」

「えぇ…行動に移させる程の不満を、抱かせてしまっているという事ですものね…」

「そ、そんな事思う必要はありませんわお姉様!お姉様は…いえ、お姉様達は最善の選択をしてきたんですもの!」

「…だとしても、結果はこれよ。わたし達の行動の、結果がね」

「…それを言うなら犯罪組織に加担した方々の結果でもあります。ブラン様達が好き好んで害を与えた訳ではありません」

「ミナの言う通りだよ。罪に問われた事も、望まぬ戦いをする事になったのも、言い方は悪いけど自業自得なんだからね。…いや、悪いも何も、自業自得は正当な評価だろう」

 

自分達の責任だと負い目を感じる私達と、悪いのは犯罪組織とその元構成員だとする教祖の皆さん。…どっちが正しいなんて事はない。あるとすれば、それは…女神という視点か、人という視点かという違いだけ。

 

「…確かに元構成員さん達にも非があるのかもしれません。でも、私達にも非があるのが事実で、同時に私達にはしてあげられる事がある。…って、言っても私に国の長としての権限なんかないから、私がどうこう言うのは間違っているのかもしれないけど……」

「ううん、大丈夫だよイリゼ。イリゼに言うのは間違ってるなんて事はないし…わたしも考えている事は、同じだから」

「ネプテューヌさんまで…それは、本気で言っているんですか…?」

 

相手が悪いからって、切り捨てるのは女神のやるべき事じゃない。例え相手が悪くても、それでも救いの手を求めているならやれる限りの事をするのが女神で、それが女神の信じる道。

 

「本気だよ。冗談で話すような事じゃないもん」

「ふざけていない事は分かっています。そうではなく、わたしは…」

「過剰に反応し過ぎだ、そういう事ですわよね?」

「え…いや、まあ…それも間違いではありませんが…」

「過剰…確かにそれは否めないわ。でも…」

「私達は、過剰な位でもいいんじゃないかしら」

 

ブランの言葉を引き継いだノワールの言葉に、私達四人は強く頷く。過ぎたるは猶及ばざるが如しとは言うけれど、程々なんかじゃ多くの人の思いに応えられない。過剰な位じゃなきゃ、出来ない事が沢山ある。

 

「やり過ぎかもしれなくても、やる価値があるならやるべきだって私は思うわ」

「私もだよ。さっきも言った通り、私は皆の様な力はないけど、それでも協力を…ううん、私の出来る事と応えられる事に全力を尽くすから」

「心強いわ。…となれば、まずは何をするのが一番なのかを考えないと…」

 

守護女神の四人と私。それぞれでこの事に心を痛めていて、でも簡単にどうこう出来るものでもないからこれまで発言や行動は控えていて、それを心苦しく思っていた私達。

けれどここで、一つ分かった事がある。それは、私達が誰一人としてこの事をどうでもいいとは思っておらず、何とかしたい、何とかしてあげたいという思い。私達の、共通の気持ち。

 

(これも、元を辿れば私の責任。私が背負うべきもの。…でも、私一人で背負わなきゃいけないものなんかじゃないってイストワールさんが教えてくれた。だから…私達皆で、その人達の思いに応えるんだ…!)

 

一人では辛い事、抱えきれない事も皆となら頑張れる。皆が同じ方向を向いているなら、躊躇う事なく手を取り合える。そしてそれが人々の為なら…皆の大切にしてる国民の為なら、頑張るのが女神の本懐。…大丈夫ですよ、イストワールさん。私はもう、自分一人が…なんて思ってませんから。

 

「必要なのは補償ですわね。それをなくしては形だけだと思われてしまいますわ」

「で、ですからお姉様それは……」

「その為にはきちんと被害の会の主張も聞かないとね。こっちの申し出を受けてくれるかしら…」

「…僕達の言葉を聞いていたかい?元構成員は自業自得であって、僕等が下手に出る事なんて…」

「申し出を受けてもらうには、公式な場を用意するのが一番よ。だからその予定も立てないと…」

「相手の主義主張を聞くのは確かに大切です。…ですがそれは相手が正当な物言いをしている場合であって、今回は……」

「皆の言う通りだね。…けど、まずはちゃんと声明を出す事が大切じゃないかな?行動も大事だけど、その前に言葉を…思いを伝えてあげないと」

「ですから皆さん落ち着いて下さい。皆さんの気持ちも分かりますが、わたし達が言いたいのは……」

「…うん、決めたよわたし。デモの人達のところ言って、貴方達に精一杯の事をするって伝えてくる。やっぱりこういうのって、一日でも早くやる方がいいもんね!いーすんサポートお願い!わたし達の気持ち、今から皆に……」

 

 

「……いい加減にして頂けますか、皆さん…」

『え……?』

 

意思を決めた顔のネプテューヌに、私達は強く頷く。その頷きを受けたネプテューヌはイストワールさんに手伝いを求め、それからさっと反転して扉の方へ行こうとしたその時…………イストワールさんの、怒気を孕んだ声がネプテューヌを止めた。

 

「ちょっ、あの…いーすん…?」

「…この世界の正義は、貴女方にあります。しかし…わたし達が皆さんの盲信者だとでも思っているのであれば、まずはその勘違いを正して頂きましょうか」

「も、盲信者だなんて…イストワール、わたくし達は別にそんな事を……」

「思ってないという事は知っていますわ。知っていて…その上でイストワールは言っているんですのよ、お姉様」

 

怒る事はあっても、底冷えする様な怒気の孕ませ方は滅多にしないイストワールさんの声に、ネプテューヌも私達も驚いて彼女の方を見る。…そして、気付いた。怒っているのが、イストワールさんだけじゃない事に。ケイさんにミナさん、それにベール大好きなチカさんですから、厳しい目を向けている事に。

 

「あ、あの…私達何か、おかしな事でも…?」

「言いました。女神らしいと言えば女神らしいですけど…わたし達はそれを肯定出来ません」

「ミナ…それはわたし達が、これから被害の会に対してしようとしている事を言っているの…?」

「それ以外、あると思うかい?」

「だ、だとしたらそれは…ほら、某業界の未来に対するイデオロギー闘争みたいな感じに、わたし達といーすん達で進み方が違うだけっていうか、きっと願いは同じっていうか……」

「…その様子だと、本当に分かっていないみたいですね……」

 

何故ここまで怒っているのか分からない私達に、イストワールさんは溜め息を吐く。これまでストッパー役をする事はあっても、真っ向から否定する事なんてまずなかった教祖の皆さんにNOを突き付けられて動揺する私達と、どうしたらいいか分からないという様子でこの場を見つめる候補生の皆。…その中で、イストワールさんが静かに言葉を続ける。

 

「…わたし達は言いましたね。皆さんは最善の選択をしてきたと、犯罪組織に加担した方々の結果でもあると、自業自得だと。ですが皆さんは、一貫して自分達に非があるという方向性で話してきました。自分達の非は疑わず、元構成員は『かも』という表現をしていました」

「え、えぇ…言われたし、私達もそういう話をしたけど…」

「では、お訊きします。本当にそれは、貴女方が責任を取らなくてはならないのですか?自ら過ちを犯した者、自身の利益の為に他者を踏み躙った者の責任すら、貴女方が取るというのですか?」

「それは…そ、そういう責任はその人達にもあると思うよ?でもそんな人にも手を差し伸べるのが女神でしょ?出来る限りの事をしてあげなきゃ、悪い事をしたんだからって見捨てちゃったら、その人達は……」

「そうですね、その通りです。…ならば、言わせてもらいましょう。公平と平等は違うと。国民皆を愛する事と、国民皆に同じ接し方をする事は違うと。……改めてお訊きしましょう」

 

 

 

 

「──皆さんは、皆さんを信じ、皆さんの為に戦ってくれた方々と、皆さんに…そしてそんな方々に害を成した者達を、同列に扱うと言うのですか?それが、貴女方の『愛』なんですか?」

 

────一瞬、息が止まったような気がした。心を、平手で打たれたような気がした。私達が、元構成員や被害の会の人達の事ばかりを見て……私達の味方でいてくれた人の事を、何も見ていなかった事に…愕然とした。

 

「……わ、わたしは…わたし達は、そんなつもりじゃ…」

「えぇ、ないでしょう。そんな事は分かっています。ですが……皆さんの思った通りの行動をした時、皆さんを信仰して下さる方々は納得すると思いますか?皆さんの為に戦い傷付いた方が、皆さんの敵として戦った結果傷付いた方と同じだけの補償を受けた時、笑顔でいてくれると思いますか?」

『…………』

 

言い返せない。だって正しいのはイストワールさんの方だから。もしここで止められていなかったら、今イストワールさんが挙げた例を実際にしてしまっただろうから。そしてその時……私達は私達を信じてくれていた人達に、酷い仕打ちをする事になっていたんだと思い知らされたから。……私も皆も、あまりにも愚かだった。

 

「…ごめんなさい、皆さん。私達、軽率でした……」

「感謝しますわ…もし言って下さらなかったら、わたくし達は恩を仇で返す女神になるところでしたもの…」

「……気にしないで下さいまし、お姉様。アタクシは…いいえ、教祖というのは、信仰者の代表として、信仰者としての思いを伝えるのが役目なのですから」

「だとしても、私達は女神なのに……」

「女神だから気付かない事もあるだろう。時に視野狭窄となってしまう程、君達は優しいからね」

 

言い訳のしようもない程の間違いに、私達は…特に守護女神の四人は、普段の余裕を完全に無くす。人の上に立つ者は凛としている事が必要だけど、それを意識していられない程に、私達は自分で自分がショックだった。

けれど同時に、私達は実感する。教祖の皆さんが、どれだけ頼もしい存在なのかを。こうして支えてくれているから、私達は致命的なミスをせずにいられたのだと。…間違えた私達にそれでも尚信頼の言葉をかけてくれる教祖の皆さんだからこそ、四人も情けない姿を晒せるのかもしれない。

 

「…正しいのは貴女達だったわ。…それは、分かっているけど……」

「すぐに割り切る事は出来ない…それは何も悪くないと思いますよ。皆さんを止めたわたし達ですが…元構成員すら気にかける皆さんの姿を、わたし達は尊敬していますから」

「じゃあさ…もっといーすん達の意見、聞かせてくれないかな?いーすん達の考えを聞いて、色んな人の事を考えて…その上で一番良いって思える結論を、皆で出したいから」

「ふふ、勿論です。……ですがそれは、犯罪神を封印して決着を付けてからにしましょうか」

「はい。……って、それはもしや…」

 

教祖の皆さんに協力を求めると、皆さんはそれぞれの微笑みで頷いてくれた。そんな教祖の皆さんの心強さに私達は少しだけど心の穏やかさを取り戻して……その直後の言葉に、揃って目を丸くする。

全員で「もしや…」と思いながらイストワールさんへと視線を集める中、イストワールさんもわたし達をゆっくりと見回す。そして、全員を見終わったところで一度目を瞑って……それから目を開き、言った。

 

「……そうです。会議前に得られたギョウカイ墓場内部のデータから…犯罪神を再封印可能状態になったと、判明しました」




今回のパロディ解説

・通常コンテナ〜〜仕様
機動戦士ガンダム00に登場する宇宙艦、プトレマイオスの事。大型追加ユニットっていいですよね。そして戦闘艦もいいですよね。どちらも浪漫です。

・某業界〜〜イデオロギー闘争
新日本プロレス、WRESTLE KINGDOM13のケニー・オメガ選手VS棚橋弘至選手(IWGPヘビー級ベルト戦)の闘争の事。丁度明日という事で、ふと思い付いたのです。


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第百十九話 再封印の日

特別会議室で犯罪神が再封印可能状態となった事を聞いたわたし達は、勿論再封印にしに行く事を決定。でも実行は今日じゃなくて、明日になった。

 

「むー、いそいでやらなくていいのかなぁ。はいユニ、次これ」

「今の状態だと一日位前後しても結果は変わらないのよ。…駄目ね、このサイズじゃ他の部位に引っかかるわ」

「ふういん、むずかしそう…。…ネプギアちゃん、これ位でどう…?」

「大丈夫だよ、だってお姉ちゃん達だもん。…うーん、もう少しないとフル充電出来ないかも…」

 

ユニちゃんロムちゃんラムちゃんの三人とわたしは、今日も充電器を開発中。もう大体の設計は出来上がっていて、後は機械側の規格に合う魔導具(電撃魔法を充電用に調整する物)の作製だけ。でも一番難しいのがそれで、わたしも魔導具の条件を少しでも緩められないか試行錯誤中。

 

(一番楽なのは充電器そのものの大型化だけど…出来る限り実用性も考えたいもんね。折角四人で作ってるのに、妥協しちゃったら完成した時の満足度も減っちゃうし)

 

充電器の開発は趣味…っていうかプライベートでやっている事だから、良い充電器にならなかったり最悪断念したりしても、誰にも怒られないし迷惑もかからない。…けど、これはやらなくちゃいけない事じゃなくて……やりたい事だもん。やれる限りはやってみなくちゃ。

 

「…お姉ちゃん達だから大丈夫、か……」

「……?ユニちゃん、どうしたの?」

「犯罪神の封印を担うのはお姉ちゃん達で、今日の話の中心にいたのもお姉ちゃん達。後者はケイ達もだし、女神候補生であるアタシ達と守護女神のお姉ちゃん達で出来る範囲に差があるのは当たり前ではあるけど……代わりになれないのは、歯痒いわよね…」

 

作業の最中、ふと手を止めてわたしの言った事を口にした後、遠い目をするユニちゃん。

ユニちゃんの言う通り、犯罪神の封印を行うのはお姉ちゃん達四人。それはお姉ちゃん達四人じゃなきゃ出来ないんじゃなくて、お姉ちゃん達四人でやるのが一番確実だって理由なんだけど…わたし達じゃ駄目って意味じゃ、今日あった事と同じ。今日会議後にあった話に関して、わたしは理解する事は出来たけど…話を追いかけるので精一杯で、とても発言なんて出来なかった。…代わりになんて、とてもなれそうになかった。…でも、それって……

 

「…ユニちゃん、もしかしてまた……」

「また?…あぁ、心配しなくていいわよ。そりゃもやもやする気持ちもあるけど…どっちかって言うと今は、そんなお姉ちゃん達に何かしてあげたいって思いの方が上だから」

「何かしてあげたい…?」

「今のアタシ達はお姉ちゃん達の代わりになんてなれそうにないけど、その負担を減らしたり、それか癒してあげたりする位は出来る筈だもの。だから、そういう方面で力になってあげたいの」

 

不安を感じたわたしが掘り下げるような事を言うと、ユニちゃんは肩を竦めてそれを否定。わたし達の中でもユニちゃんは特にお姉ちゃん達との差を意識してるみたいで、それが喧嘩の原因にもなったりしたからわたしは心がざわっとしたけど……よかった、わたしの思い違いみたいで。

 

「…そっか…そうだよね…重要な事ってなると、わたし達はお姉ちゃん達に任せっきりの事が少なくないし…」

「…ユニちゃん、わたしもおねえちゃんたちに…何かしてあげたい…(こくこく)」

「わたしたちだってせいちょーしてるんだもん。ちょっと位は、力になってあげたいわ」

「でも、どうしたらいいのかな…?大きい仕事を代わりにやる…ってのはそれはそれで不安にさせちゃいそうだし、『わたし達に気遣いさせちゃうなんて…』とか思わせちゃうのも嫌だし…」

「うん…それにわたしたちは、おしごともあんまりできない…」

「わたしたち、むずかしい字がいっぱいあると読めないもんね…」

 

仕事や役目を手伝えても、お姉ちゃん達に『させてしまった』という思いを残してしまったら、それはわたし達の望む結果にならない。大事なのは、気遣いや別の心労をさせない事で……うーん、中々思い付かないや…。

 

「…ユニちゃん。ユニちゃんは何か思い付いてる?」

「アタシ?…まぁ、一つ二つは思い付いてるけど…正直、ちょっとした事感が拭えないっていうか…」

「…お姉ちゃん達なら、ちょっとした事でも喜んでくれるんじゃないかな?」

「かもね。でも、これと同じで低い所を目的にはしたくないでしょ?」

「それは、確かに…何かしてあげる、って簡単じゃないね…」

 

ひょい、とユニちゃんは試作充電器の一つを持ち上げる。それは本当にその通りで、お姉ちゃん達の為とは言っても、やる以上はわたし達も満足のいくものにしたい。けれどそうなると更に難しくなる訳で、ついわたしも手を止めてしまう。

わたしとユニちゃんで顔を付き合わせ、腕も組んで考え込む。してあげる事、わたし達に出来る事、喜んでもらえる事……

 

「……あの、ネプギアちゃん…ユニちゃん…」

「ロムちゃん?何か思い付いたの?」

「いや、思い付いたとかじゃなくて…ちゃんと手をうごかしてよ……」

『あ……』

 

半眼のラムちゃんに指摘され、自分達が作業そっちのけで考えていた事に気付くわたし達。ロムちゃんの困り顔とラムちゃんの呆れ顔に顔が赤くなるのを感じながら、わたし達は作業を再開する。…同じ女神候補生でも、わたしとユニちゃんはロムちゃんラムちゃんより精神年齢が上だって自負してるし、実際そうだと思うんだけど……生まれてからの期間自体は同じだからか、偶にこういう事があるんだよね…あはは…。

 

 

 

 

犯罪神との決戦から待ち続けていた、再封印の日。一連の騒動と戦いの原因に決着を付ける、重要な日。前日…報告を聞いたその日に準備を整えた私達は、朝早くにプラネタワーを出発し、各国待機をしていたパーティーメンバーの皆ともギョウカイ墓場の前で合流。そこからはモンスターを刺激しないよう、慎重に最奥へと向かっていた。

 

「…なんていうか…普通は馬車とかメダルとウォッチとかを使う人数だよね、これ…」

「ネプテューヌ、この人数は最早酒場に待機してもらうレベルですし、割とその様なシステムを採用してないゲームも多いですわよ?」

「お、落ち着いてるですね、お二人は…」

「これは落ち着いているじゃなくて、緊張感がないと言うべきじゃないかしら…」

 

慎重に進んでいると言っても、無言で気を張り詰めてる訳じゃない。それどころか墓場に来るのはもう慣れたもので、時折こんな冗談も交えたりしてる私達。…最も、守護女神の四人の場合は気を紛らわせる為に言ってる可能性もあるけど。

 

「…これが終われば、旅も終わり…なんだよね」

「そうなるな。…と言っても私達は、殆ど旅に参加していないのだが」

「…感傷的な言い方ね、5pb.」

「あはは…少し、そんな気分になっちゃって…」

 

人数が多ければ、同じ集団でも色んな会話が出てくるもの。冗談主体の会話もあれば、落ち着いたトーンの会話もある。

 

「あぁ…それはあたしも分かるかも。こうして大所帯で旅をしてると、一人旅に戻った時物足りなさを感じるし」

「だよね。その気持ちはわたしも分かる」

「うんうん。でも旅が終わったら会っちゃいけない訳じゃないんだし、また会えばいいんだよっ!もふもふ〜!」

「わっ、ちょ、ちょっと…!」

「…REDの能天気さはねぷ子に匹敵してるにゅ」

 

流石(?)は新パーティー組のネプテューヌ枠とでも言うべきか、皆が旅の終わりに思いを馳せかけたところでREDがボケる…というか、サイバーコネクトツーの尻尾を触る。……でも、

 

「能天気はともかくとして、また会えばいいってのはその通りだよね。目的が済んだら会っちゃいけない、なんて事はないんだから」

 

まずは苦笑いを、それから微笑みを浮かべて私は同意。このパーティーは元々共通の目的を持って結成されたものだけど、私達はもう利害の一致以上の関係を築いている。ただの協力関係じゃなく、仲間で友達なんだから、また会えばいい。そこにおかしな事なんて、何にもないんだから。

そして、そんな私の笑みを見た皆は肩を竦めて…言った。

 

「そうね。でも、仕事があるしそれも楽じゃないかも…」

「修行で山奥とか行くから、わたしは連絡手段の問題が…」

「あたしもまだまだ冒険先があって、どこかに居を構える予定は……」

「え……っ?…み、皆…無理、なの…?」

「わぁぁ!?嘘嘘!…いや仕事があるのは事実だけど、そんな極端に会えないレベルではないから!だから泣きそうな顔するんじゃないわよ!」

「そ、そっか…もう、そういう冗談は止めてよ…」

 

ノワール、鉄拳ちゃん、新パーティー組のファルコムと発言が続き、他の皆もうんうんと頷く。皆揃って、「そんなに暇じゃないよねー」みたいな雰囲気を醸し出して。……ちょっと泣きそうだった。ノワールの発言で冗談だって気付かなかったら、一粒位は落ちてたかもしれない。…こういう冗談、私好きじゃないもん…。

 

「はは…そういえばイリゼちゃん、そのリボンはどうしたの?」

「あ、マベちゃん気付いた?ふふん、これはね…「いーすんがイリゼにあげたんだよね」なんでネプテューヌが言うの!?」

「ちょ、イリゼ声が大きい…」

「う…ごめんブラン…でも、ネプテューヌが言うから…」

「じ、自分で言いたかったんだ…それはごめんね…」

 

……何故かネプテューヌに言われたのはともかくとして、今日も私はイストワールさんに貰ったリボンを着用中。…そうだ、間違って汚したり落としたりしないようにしないと…。

 

「…けど、どうしてそこに結んだんですか?イリゼさん髪長いですし、これを機に髪型弄ってみてもよかったんじゃ…」

「うん。でも私がこのリボンを結んでるのは髪を結びたいからじゃなくて、リボンを身に付ける事自体が目的……」

「──皆よ、そろそろ到着するぞ」

 

結んであるリボンに興味を示すユニに対し、私は返答を…途中までしたところで、マジェコンヌさんが口を開いた。その声が合図となって、私達は緩んだ雰囲気を霧散させる。

 

「…なにか、出てくるのかな…?(おろおろ)」

「こういう時は、じゃが出るかへびが出るか…って言うのよね?」

「ラム、それを言うなら鬼が出るか蛇が出るか、よ。『じゃ』と『へび』じゃ両方同じじゃない…」

「…………」

「…ほぇ?イリゼさんどーかした?」

「あ、ううん(今のはあっちでも言いそうだなぁ…間違えるかどうかは微妙だけど)」

 

これまでにも何度か使ってきた、最奥からは片面しか見えない大岩の裏で私達は一度止まり、周囲に敵影や異変がないかを確認。そして負のシェアエナジー以外で特に感じるものはない事を見極めて……奥へと足を踏み入れる。

 

「こ、これは……」

『…………』

「……前来た時と、何にも変わってないねー…」

 

目を見開き……それからちょっと気の抜けた感想を口にしたネプテューヌに私達は首肯。ネプテューヌの言う通り、墓場の奥は前回と目に見える違いはない。…目に見える、違いは。

 

「…なんだろう、これ…心がざわっとするのはいつも通りだけど、何となく何か違うような……」

「えぇ、ひょっとすると再び形を得ようとしている犯罪神の力が、そう感じさせているのかもしれませんわね。皆さん、体調は…?」

「大丈夫です、ベール様」

「ボクも、まだ問題ないですよ」

 

五感では分からなくても、女神としての感覚が違いを感じ取る。…多分これは、放っておいちゃ不味いもの。

 

「…なら、予定通り……」

「…封印、ね」

 

ある程度進んだところで私達が足を止める中、守護女神の四人だけは立ち止まる事なくそのまま進む。ノワールとブランの言葉にネプテューヌとベールが頷き、歩きながら女神化したところで…四人はこちらへ振り返った。

 

「……四人共、封印の方法に不安はないな?」

「心配すんな。手順はきっちり頭に入ってる」

「歴代の守護女神がしてきた事だもの。私達にやれない道理はないわ。…まぁ、どこか抜けてる誰かさんがミスしなければだけど」

「…そうね、いつの間にか企業に国を乗っ取られるレベルのヘマはしないよう、気を付けるとするわ」

「……こほん。二人共平常運転ですし、懸念する事はないと思いますわ」

 

返答の最中でネプテューヌとノワールが煽り合うも、確かにそれは普段から時々やっている事。むしろこれは煽り合えるだけの心の余裕があるって訳で、四人をよく知っている身としてはこれ位の方が安心出来る。

 

「…じゃあ、頼むよ四人共」

「えぇ、頼まれたわ。…イリゼ達も、何かがあればその時は任せるわね」

「それだとねぷ子達が自分を犠牲にしようとしてるみたいに聞こえるにゅ。…けど、任せろにゅ」

「ふふーん!REDちゃんに任せとけっ、なのだ!」

 

私の言葉に四人が頷いて、ネプテューヌの言葉に私達が頷いて、再び四人は前へ進む。焦る事なく一歩一歩進み、最奥の中央付近まで行って……四人で向き合う。

 

「…なんか、天界での事を思い出すわね」

「そうですね。あの時は、わたしとあいちゃんの二人でしたけど…」

「…今は我々もいる。何があろうと、封印の邪魔などさせんさ」

 

四人が目を閉じ意識を集中させる中、コンパとアイエフがしみじみとした声を漏らす。その時私は気を失っていたから直接見てはいないけど、今みたいにネプテューヌ以外の守護女神三人が負のシェアの柱を抑えて(消滅を遅らせて)、寄ってくるモンスターは二人が迎撃していたらしい。…そのおかげで私とネプテューヌ、それにマジェコンヌさんは帰ってくる事が出来た。だから今度は、私が頑張る番。

 

(…って、その時の皆はここにいるんだから、私『が』じゃなくて私『も』だった……)

 

そんな事を思いながら、待つ事数十秒。私達が見つめる中、四人はゆっくりと手を前に出し、目を開ける。そして……四人が手を向けた中心の空間が、輝き始める。

 

「……っ…負のシェアエナジーが、集まってきてる…?」

「う、うん…でも、何だか……」

「…きれい……」

 

周囲に漂っていた負のシェアが収束していくかのような光景に、ユニが狼狽混じりの声を、ネプギアとロムちゃんは感嘆混じりの声を上げる。…でも、別にユニが臆病風に吹かれた訳でも、二人が負のシェアに魅入られた訳でもない。集まっていく闇色の光を淡い四色の光が包み込む様は、誰が見ても思う程に幻想的だった。

 

「…あんまりあれに気を取られないでね、皆。幾らこれだけの人数がいるって言ったって、いつの間にかモンスターに囲まれてた…なんて洒落にならないから」

 

半分は皆へ、もう半分は皆と同じく目を奪われていた私自身に向けて注意を促す。…私の見立てでは、まだ封印は半分も終わっていない。まだまだ気を抜けるような状況じゃない。

 

「…けど、来ない…ね…」

「負のシェアの影響をネプちゃん達のシェアが相殺してる、とか…?」

 

皆へ私が注意を促してから、また数十秒程したところで鉄拳ちゃんが呟く。一体もモンスターが近付いて来ないのは勿論ありがたい事だけど、こういう時何も起こらないのは、それはそれで不気味なもの。不運が発散されずに溜まってしまっているとでも言うべきか、嵐の前の静けさとでも言うべきか……。

……そう、悪い想像をしてしまった時だった。

 

「……なん、だ…?この、感覚は…」

「マジェコンヌさん……?」

 

不意に額を押さえ、狼狽えた顔を見せるマジェコンヌさん。…ざわり、と心の中に嫌な予感が広がる。

 

「…イリゼ、四人のシェアに変調は感じられるか…?」

「い、いえ…特には……」

「ならばやはり、犯罪神の…?…いや、だが……」

「犯罪神の?…あたし達には、順調に進んでいるように見えるけど…違うのかい?」

「墓場の負のシェアが悪影響を及ぼしている、という訳ではないのか?」

「それはない…シェアに関して今の私は、かなり女神寄りの身体に……ぅぐ…!」

 

マジェコンヌさんの動揺はすぐに皆も気付き、何事かと声をかけていく。それをマジェコンヌさんが否定し、言い切ろうとしたところで再び顔をしかめて……次の瞬間、心の中のざわりとした感覚が一気に跳ね上がった。…でもこれは、嫌な予感が増したとかじゃない…これは…私が感じてるのは……!

 

『……──ッ!?』

 

負のシェアが波動となったかのような強風が、最奥の中央から全方位へ向かって巻き起こる。咄嗟に地面を踏み締める中、目を凝らした私が見たのは……ここまでとは別格の勢いで収束していく、負のシェアエナジー。

 

「お、お姉ちゃん!これって……!」

「わたし達にも分からないわ!マジェコンヌ、封印は途中でこうなるものなの!?」

「そんな筈はない!倒された犯罪神の残留シェアが、ここまでの力を持つ筈など…!」

「じゃあどういう事だよ!?くそっ、とにかく鎮めるぞ…ッ!」

 

何が起こっているのかは分からない。けれど、これを放置するのは明らかに不味い。そう判断した四人は翼を展開し、私達以上に地を踏み締めて封印を続行。それによって四色の光は輝きを増し、一度は闇色の光を押さえ込んでいくも……安心する暇もなく、逆に闇色の光が押し返していく。

 

「い、イリゼさん!そちらで何が起こっているんですか!?」

「イストワールさん…!?…わ、分かりません!ただでも何というか、収束する負のシェアからは異常な程の力が感じられて……」

「異常な力?……まさか…」

「……っ!…まさか、これは…!」

 

インカムからも聞こえてくる、切羽詰まった声。それに私が感じたままの言葉を返すと、訊き返してきたイストワールさんはその数瞬後何か脳裏に浮かんだような声を上げて……それとほぼ同時に、マジェコンヌさんも同じ言葉を口にする。

まさか。それは、信じ難い事に対して使う言葉。もしかして、でもあり得ない…そんな思いを抱いた時に口にする言葉。イストワールさんとマジェコンヌさん。その二人が、まさかなんて言葉を口にしたというのなら……それはもう、杞憂なんかじゃ絶対にない。

 

「……ッ!一度退こう皆ッ!何が起きているのか分からないけど、このままここにいるのは──」

 

弾かれたように叫ぶ私。すぐ近くにいる皆にも、封印を行っている四人にも聞こえる声で強く叫ぶ。

封印は、途中で止めるのはあまり良くないと言っていた。でもそれどころじゃない。間違いなく良くない事が起きているんだから、私は皆の安全を第一にしたい。そう思って、そう叫んだ……その瞬間だった。収束した負のシェアエナジーが一点に集まり、形となったのは。

 

『……そん、な…』

 

私と守護女神の四人、コンパとアイエフ、それにマジェコンヌさんが目を見開き声を漏らす。実体となった存在に向けて、信じられないという感情を向ける。だって、それは……実体を得た負のシェアエナジーは……

 

 

 

 

 

 

────負のシェアの女神と化したマジェコンヌさんを彷彿とさせる姿をしていたのだから。




今回のパロディ解説

・馬車、酒場
ドラゴンクエストシリーズに登場するシステム(アイテム)の事。ベールも言っていますが、『毎回そんな大所帯で移動してるの?』と思う作品は結構多いですよね。

・メダルとウォッチ
妖怪ウォッチシリーズに登場するアイテムの事。これだとパーティーメンバーがこの二つで呼び出せる妖怪になってしまいますね。…使うのは誰になるのでしょうか。

・「〜〜REDちゃんに任せとけっ、なのだ!」
ネプリーグにおける第二ステージで、お笑い芸人の原田泰造さんが口にする台詞のパロディ。REDならかなり違和感なく言いそうな気がしますね。


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第百二十話 神滅兵装

確かにあの時、犯罪神を倒した。ネプテューヌ達が手応えを誤認する訳がないし、消滅していく様も確認した。間違いなく、犯罪神は撃破されていた。…筈、なのに……

 

「…どういう、事……?」

 

──収束した負のシェアエナジーは、一つの形へ……ギョウカイ墓場に漂うシェアが生温く感じる程の、負の力を放つ存在へと変貌した。

 

「あれは…何……?」

「モンスター…じゃ、ないよね…?」

 

犯罪神の胴体に生える、或いは融合するようにして位置していた部位らしき身体に、負のシェアの女神と化したマジェコンヌさんが纏っていたのと酷似した翼。異形そのものだった犯罪神に比べれば随分と生命らしさのある存在に皆が目を奪われる中、旧パーティー組のファルコムと鉄拳ちゃんが呟く。…私達全員が思っていた事を、代弁するように。

 

「馬鹿な…奴は……」

「……っ!何が起こったのかは分かりませんけれど、今は話している場合ではありませんわ!もし感じた通りならば、この存在は──」

 

私達の中でも一際目を見開いているマジェコンヌさんが声を震わせ、ベールが我に返って檄を飛ばした…その瞬間だった。奴のすぐ近くにいた四人の内の一人……ネプテューヌが、吹き飛ばされたのは。

 

「……──ッ!お姉ちゃんッ!」

『……ッ!』

 

弾かれたようにネプギアが女神化し、吹き飛ばされたネプテューヌの方へ。それとほぼ同時に私も女神化し、全員が散開して臨戦態勢に。

ネプテューヌを吹き飛ばした奴は、振り切ったように右腕を広げており、その手には柄の両端に刃を備えた一本の武器。ネプテューヌを攻撃したのは、それと見て間違いない。

 

「三人共、いくよッ!」

『(はい・うん)ッ!』

「いきなり現れて名乗りもせず攻撃なんて……」

「舐めた真似してくれんじゃねぇかッ!」

 

地を蹴り突撃する私と、表情に驚きを残しつつも武器を敵へと向けて飛び上がる女神候補生の三人。ネプテューヌを除いた守護女神の三人も三方向から同時に斬り込んで、戦闘が開始される。

 

「お姉ちゃん!大丈夫!?」

「…ネプギア…えぇ、大丈夫よ…。背中は打ったけど…攻撃自体は、何とか防御したから」

「良かった……」

 

垂直飛びで三人の攻撃を避けた敵は、剣の斬っ先の片側を三人の方へ。そこへ私が仕掛けて斬り結んだところで、ネプテューヌとネプギアの声が聞こえてくる。…ほんとに、良かった……。

 

「貴方は、何者なの…ッ!?」

「…………」

 

刃同士でせめぎ合いながらぶつけた問いに、返答はない。次の瞬間放たれたユニの射撃は私を振り払いつつ避け、続くロムちゃんラムちゃんの魔法も敵は機敏な動きで避けていく。

 

「にがさない……!」

「すばしっこくうごく相手も、もうなれっこなんだから!」

「貴女達はそのまま追い立てて下さいましッ!わたくし達四人ではたき落としますわッ!」

「いいえ、わたし達五人よッ!」

 

偏差攻撃で追う二人へ、ベールが指示。そこから私達が四手に別れようとしたところで、戦列にネプテューヌが復帰した。それと時を同じくして後方から放たれる射撃に性質の違う物が混じり、ネプギアも援護に参加した事を理解する。

飛び回り、時に弾丸や魔法を斬り払う敵へ候補生の四人が撃ち込み続け、私達が距離を詰めていく。敵の速度も動きも相当なものであるけど…手も足も出ないレベルではないし、物量ならばこっちが圧倒的に有利。そしてベールの目論見通り、ノワールとベールが敵の頭上を取る。

 

「もらったわッ!」

「落ち…なさいなッ!」

 

二人の攻撃をそれぞれの刃で受けるも、衝撃は殺せず勢いよく地面へ落ちる敵。そこへ広がっていたパーティーの皆による遠隔波状攻撃が叩き込まれ、地面激突によって巻き上がった土煙が一瞬晴れるも、すぐに波状攻撃でより大きく濃密な土煙が敵の姿を飲み込んでしまう。

 

「…やっぱり助かるわね。味方が多いと」

「だね。…にしても、この力…やっぱり犯罪神の……」

 

空中で構え直し、土煙を見やりつつもネプテューヌと言葉を交わす。

疑問はある。私が勘違いしている可能性もゼロじゃない。…でも、あの敵から感じるのは…やっぱり犯罪神の力。異形の時よりずっと濃い…でも同時に洗練された、どこか澄んだ雰囲気さえも感じさせる、負のシェアの神としての……

 

『……っ…!』

 

土煙を吹き飛ばす、闇色の柱。その後四散した柱から姿を現す、負のシェアの神。その形相に焦りや弱った様子は…微塵もない。

 

「……足りぬ…」

「……!ゆ、ユニ今しゃべった!?」

「喋ってないわよ!?アタシあんな声してないから!」

「じゃあ、やっぱり今のは……」

 

そして聞こえた、「足りぬ」という言葉。驚いた様子でラムちゃんがユニに訊くけど、勿論そうじゃない。足りぬと言ったのは、ネプギアの考えている通りの相手。

ラムちゃん程じゃなくても、私達は全員がこれまで何も発しなかった…犯罪神であるならば、これまでは言語能力自体がないように思われていた奴の言葉に、驚いている。驚いていて……そこから更に、驚かされる。

 

「──皆さんッ!逃げて下さいッ!全力で撤退するんですッ!」

『いぃ……っ!?』

 

一瞬インカムのボリューム機能が壊れたのか、それとも音波攻撃でも受けたのか。…そう思う程に大音量の声が、インカムから耳へと叩き付けられた。

 

「あぅぅぅ…!お耳、きーんってするよぉ……!」

「す、すみません!ですがそれどころではないんです!撤退出来る状況にありますか!?」

「え、あ…は、はい。撤退出来ない事はないですけど…いーすん、さん…?」

 

声の主はイストワールさん。ロムちゃんの言葉にイストワールさんは謝るものの、慌てた様子は変わらぬまま。

 

「お、落ち着いていーすん。撤退って…今のところわたし達は劣勢じゃないわ。そんなに慌てる程の相手なら、全員がいる今の内に……」

「冷静さに欠けてるのは百も承知で、その上で言ってるんです!奴が蘇ってしまった以上…ここで皆さんを失えば、信次元は終わりなんですッ!」

 

切羽詰まった声音のイストワールさんに対し、私達の殆どは怪訝さを覚える。何故なら目の前の敵に優勢…とまでは言わずとも、勝ち目はあるんじゃないかと感じていたから。…だけど、イストワールさんは言った。ここで皆さんを失えば、と。いつだって私達…特に守護女神と女神候補生の八人を失えば、国や信次元にとって大きな痛手となるのは変わらないのに、わざわざ今口にしたのは……それだけの理由があるって事。

 

「…イストワールの言う通りだ。策も無しにこのまま奴と戦い続けるのは得策ではない…!」

「マジェコンヌまで…イストワール、貴女の思い違いという事はないのですわね?」

「ありません!」

「す、凄ぇ圧だな…だったら仕方ねぇ。ここは一時退くぞ!」

「殿は私達が務めるわ!イストワールの言った通りにならないよう、急いで戻るわよ!」

 

世界の記録者であるイストワールさんと、過去にも犯罪神と対峙し一度は近しい存在となったマジェコンヌさん。その二人が狼狽え、切羽詰まった雰囲気で撤退を勧めるのなら…それは敵の脅威を示す上で、十分な要素となる。

撤退する。そう決めた私達は、すぐさま行動を開始した。私と守護女神の四人は注意を引く為突撃し、候補生の四人は射程ギリギリまで下がって私達へ火力支援。他の皆は来た道を戻る事に専念。それぞれに最適な行動を選んで、それに全力を注ぐ。

 

「皆も退がるだけの余力は残しておかなきゃ駄目よ!」

「分かってる!ここでの時間稼ぎはもう何度もやってるんだから!」

 

あまり無理には踏み込まず、攻撃を当てる事より五人で攻撃を絶やさない事を意識しながら攻め込む。犯罪神と思われる敵は、剣で私達の攻撃を受け流すようにして凌ぎながら、包囲や集中砲火を避ける為か飛び回る。扱いが容易ではない武器で巧みに防ぎ、私達自身時間稼ぎを目的としているとはいえ九対一の状況下でありながら擦り傷以上のダメージを負わないその技量は、本当に化け物そのものだった時とは対極……って、あれ…?

 

(…さっきから、全然攻撃をしてこない……?)

 

私の攻撃を紙一重で避け、そこから反撃はせず横をすり抜けていく姿にふと気付く。元々この戦闘は向こうから仕掛けてきた事で始まったにも関わらず、某TCGばりにずっと私達のターン状態。女神九人が連携攻撃をかけているんだから、当然といえば当然だけど…何というか、これは攻撃出来ないんじゃなくて、向こうも……

 

「そろそろお姉ちゃん達も引いてッ!アンタ達!弾幕張るわよ!」

「めん、せーあつ…!」

「ネプギア、だんまくうすいわ!何やってんのよ!」

「こ、これでも精一杯やってるよ…!」

 

鋭い声が届いた次の瞬間、後方からの射撃と遠隔魔法の密度が一気に増す。…これは…撃たれたくなかったらすぐに下がってって訳ね……私達が下がらざるを得ない状況を作る事で、先んじて『無理してでも候補生組が離脱するまで時間を稼ぐ』って選択肢を潰すなんて…やるじゃん、ユニ。

 

「貴方の妹、中々大胆な事をしますわね…!」

「計算された上での大胆さは、賢明な判断って言うのよ!…とはいえ、やってくれるじゃない…!」

 

攻撃の合間を縫うように飛びながら、数秒の逡巡。ユニの考えに乗って退くか、四人の安全を最優先にして留まるか。戦場特有の研ぎ澄まされた思考の中で、出来うる限りの可能性を考えて……私達は、反転した。攻撃を完全に中断して、最高速度で後退する。

 

「…けど、置き土産位は…させてもらうよッ!」

 

個としての戦闘能力では私達の方が上でも、近距離戦主体の私達と遠距離戦主体のネプギア達なら、私達が先に後退を開始するのが合理的。その判断の下、私達はある程度の距離まで下がって…そこで一瞬だけ振り返った。振り返りざまにそれぞれが出来る遠隔攻撃を撃ち込んで、それから四人の横を駆けていく。

 

「このまま、もう少し…!」

「ネプギアもそろそろ行って!その後はロムとラムも!」

「い、いいのユニちゃん!?」

「いいも何も、一番有効射程が長いのはアタシなんだから、こういう事は任せなさいッ!」

「…なら、下がってくれなきゃわたし戻ってくるからね!」

「わたしも!」

「わたし、も…!」

「…ったく…分かったからさっさと行きなさいっての!三人が下がればアタシも下がれるんだから!」

 

後ろから聞こえる、候補生四人のやり取り。今や私達にも劣らない繋がりの深さを得た、四人の選択。欠片も想定していなかった出来事への驚きや、現れた存在に対する疑問が頭の多くを占める中……そんな四人の姿もほんのりと心に留まりながら、私達はギョウカイ墓場から離脱するのだった。

 

 

 

 

ギョウカイ墓場を脱し、先に離脱したメンバーと(ネプギア達とは墓場内部で)合流した私達は、インカムでイストワールさん達と状況確認を行いつつプラネタワーへと帰還した。…被害といえばネプテューヌが背中を打った位で、重傷を負った人は誰もいない。

 

「たっだいまー!……あれ?わたしたちが住んでるのはここじゃないけど、ただいまで合ってるのかな?」

「んと…ここから行ったんだから、ただいまでいいと思う…」

 

プラネタワーに入って最初の会話は、ロムちゃんとラムちゃんのゆるふわやり取り。ギョウカイ墓場での事態を考えれば、緊張感がないとも言えるけど…少々重めの雰囲気となっていた今のパーティーにとっては、良い清涼剤になってくれたと思う。

 

「お帰りなさい、皆さん。無事で何よりです…ε-(´∀`*)」

「ふふん、言われた通り全力で見逃してきたからね!褒めて褒めて〜」

「はい。よく戻ってきてくれましたね、ネプテューヌさん\(^-^ )」

「あ、うん…色んなボケ仕込んだのに、全部スルーされた……」

 

迎えてくれるイストワールさん達教祖の皆さんと、突っ込みがなくて複雑そうにしているネプテューヌ。…一応補足しておくなら、ネプテューヌが求めてた突っ込みは「いや別に褒める程の事では…というかそんな事言ってませんし、どちらかと言うと見逃された側ですし、そもそもそれ違う人の発言じゃないですか…」…って感じかな。

 

「…イストワール。安心するのは分かるけど、今はそれより話さなきゃいけない事があるんだろう?」

「…っと、そうでした…流石にここで話す訳にはいきませんし、皆さんこちらへ( ̄^ ̄)」

 

ケイさんから指摘を受けたイストワールさんは、ケイさんの言う「話さなきゃいけない事」を思い出して移動を開始。私達も後に続く形で、場所を会議室へと移す。

 

「お姉様、お怪我はありませんか?何か具合が悪かったりは…」

「見ての通り、調子はいつも通りですわよ?」

「三人共、何ともないみたいですね…良かった……」

「心配性ね。わたし達が大丈夫なのは、通信で分かっていた事でしょう?」

 

移動の最中、チカさんとミナさんはそれぞれベールとブラン、ロムちゃんラムちゃんを気にかける言葉を発した。ケイさんは普段通りクールだけど、ノワールとユニを視界に入れる為か少し二人の後ろを歩いている。…多分それは、私達が戻る間にイストワールさんから説明を聞いたから。……やっぱり、奴がそれだけの存在なのは間違いないんだ…。

 

「…お疲れのところ申し訳ありませんが、これから話すのは重要な事です。ですので皆さん、真剣に聞いていて下さい」

「…だって、ネプテューヌ」

「らしいわよ、ネプテューヌ」

「との事ですわ、ネプテューヌ」

「真剣にね、ネプテューヌ」

「うっ…わ、わたしだって本当に真面目にしなきゃいけない時は、ふざけず聞くって……」

 

会議室へ到着し、各々席に着いた私達。そこでイストワールさんから「真剣に」と言われ、私と守護女神の三人は揃ってネプテューヌの方へと目をやった。……正直言うとネプテューヌが必要なら真面目な態度取る事は知ってたし、その上で釘を刺した辺り実はネプテューヌじゃなくて私達四人がふざけてるっていうのは…否定できなかったり……。

 

「…ロムちゃん、わたしがねそうになったらおこしてね」

「うん。…ネプギアちゃん、わたしがねそうになったら……」

「あ、うん。起こしてあげるね」

「……では、話しましょうか。ギョウカイ墓場で起こったのは…そして現れたのは、何だったのかを」

 

座った私達を見回して、静かにイストワールさんが口を開く。その声音で、私達全員も真剣な顔付きへと変わる。

 

「まず、女神の皆さんは薄々感じていたと思いますが…現れたのは、犯罪神です。それは間違いありません」

「やっぱり、そうなんですか…。…でも、あの時は確かにお姉ちゃん達が、犯罪神を…」

「えぇ、犯罪神は一度ネプテューヌさん達によって倒されました。それも間違いありません」

 

奴は、犯罪神。…その言葉にどきりとはしたけど、予想はしていたからそこまで強い驚きはない。それより気になるのは、イストワールさんの言葉から感じる食い違い。あの時倒して、そこから今日までで復活、或いは再誕した…と考えれば二つの言葉は成り立つけど、それはそれで「そんな馬鹿な…」という思いが生まれてくる。そしてイストワールさんもその事は分かっているみたいで、話を続ける。

 

「…条件は不明で、事例も多くはありません。…が、これまでにもあったんです。今回の様に、犯罪神が別の姿となる事は」

「別のすがた…あ、もしかして!」

「フォルム、チェンジ…?」

「…いいえ、能力の傾向が変わるというより、真の力を解放するというべきですね。敢えて言うなら…そう、今の奴は真・犯罪神です」

 

顔を見合わせ、それから目を輝かせて口を開いたロムちゃんとラムちゃん。けれどイストワールさんは首を横に振って、今の奴…犯罪神がより高位の存在となったのだと断言する。

高位…確かにあの犯罪神からは、私達が倒した犯罪神より深く強大な力を感じた。でも、そうだとしても……

 

「…あの犯罪神が、真の姿だとして……それはどれ程脅威度に差があるんですか?」

「それは、わたしも思ったわ。あの犯罪神も強い事は間違いないけど、貴女やマジェコンヌの反応には今もまだ違和感があるもの」

「だよね。一撃の重さなら前の犯罪神の方が上だったし、やっぱりパワーとタフさ重視の姿か、スピードと技術重視の姿かって違いじゃないの?」

「…そう感じたのであれば、恐らく犯罪神はまだ完全な覚醒をしていないのでしょう。完全復活に時間がかかっていたように、今は不完全な状態なのかと」

「不完全……あ…」

 

……私達は、二人があそこまでの反応をした事に納得が出来ていなかった。だけどその理由についてはイストワールさんが推測を口にしてくれて、その中で出た『不完全』という言葉に私は…ううん、私達ははっとする。何故なら犯罪神自身が、先程の戦いの中で「足りぬ」と言っていたから。足りぬというのは即ち負のシェア…それか時間の事で、足りていないから不完全で本来の力も発揮出来なかったんじゃないかって。

 

「思い当たる節が、あるんですね。…もし犯罪神が完全覚醒してしまえば、その力は計り知れません。可能性で言えば、それこそ……」

「…あの時の私と同等…或いはそれ以上、という事か」

 

言葉の途中でイストワールさんはマジェコンヌさんへと視線を向け、言葉を継ぐ形でマジェコンヌさんが答え……その答えに、あの時のマジェコンヌさんと戦った私達はごくりと唾を飲み込む。…あの戦いは、私達が全滅してた可能性だってゼロじゃないんだから。

一層高まった緊張感に、数秒の沈黙が訪れる。そんな中で、口を開いたのはベール。

 

「…ならば、わたくし達は退くべきではなかったのでは?最悪の事態を考えれば、災いの芽は早い内に摘んでおくのが定石ではなくて?」

「…そうですね。しかし…はっきり言えば、今の皆さんでは勝てたとしても、一時的に行動不能にするのが限界だと思います」

「それは、今の私達には打つ手がないって事?」

「そうは言いません。言いませんが…」

『……?』

「……今のまま完全撃破を狙うならば、皆さんの内誰かが…いえ、何人かが正のシェアの塊として自爆を仕掛け、その身を犠牲に正負の対消滅を図るか、シェアの一極集中を図る必要があります」

『……っ!』

 

一度目を伏せ、それから私達女神を見てイストワールさんは言った。その言葉に、私達は言葉を失う。

その身を犠牲に対消滅?…そんなの出来る訳がない。出来るけど…私がさせない。例えイストワールさんの言葉であろうと、例え皆がそれを望んだとしても…そんな事は絶対にさせない。私の命を懸けてでも、それは私が否定する。

シェアの一極集中?…それはつまり、女神としての信念を、生き様を捨てるという事。シェア争いの結果一極集中したなら仕方ないけど、故意に集中させるというなら…信仰してくれる人を騙し、裏切る行為に他ならない。…そんな事をする位なら、皆はきっと自分を犠牲にする事を選ぶ。だから私は……どっちも選べない。

 

『…………』

「…皆さんの言いたい事は分かります。それに、前者はともかく…後者は一極集中が完了するより先に犯罪神が完全覚醒してしまうでしょう」

「…なら、再び私が犯罪神の力をこの身に宿そう。そうすれば、今のまま倒す手段も……」

「それは駄目だよマジェコンヌ。そんなのマジェコンヌが良くても、わたしが嫌。わたしが嫌だし…イリゼが命懸けで助けたその命を軽んじてるなら、幾らマジェコンヌが皆の為を思っていても…わたしは許さない」

「……っ…。…すまない、ネプテューヌ。軽率な発言だった…」

 

神妙な面持ちのままのイストワールさんに、マジェコンヌはある提案をした。…それは過去にも行った事で、マジェコンヌさんの人生を狂わせる原因となってしまった事。……だけどそれは、誰よりも早くネプテューヌが否定した。否定してくれた。マジェコンヌさんの事を思って。私の事を思って。…そしてマジェコンヌさんも、複雑そうな顔をしながらも…言葉を撤回した。

 

「…で、いーすん。それならわたし達はどうしたらいいの?いーすんがすぐ倒してきてって言わないって事は、それとは別の手段があるんだよね?」

「…よく、分かりましたね」

「そりゃ分かるよ。いーすんはプラネテューヌの教祖で、わたしはプラネテューヌの守護女神なんだから。……それで、その手段って?」

 

重い…というより暗くなってしまった雰囲気を払拭するように、軽い調子で別の手段を訊くネプテューヌ。するとネプテューヌの予想は当たっていたみたいで、イストワールさんはゆっくりと頷く。それからイストワールは教祖の三人へと目をやって、三人の首肯を確認して……今日一番の真剣な顔を浮かべた。

 

「……真の姿となった犯罪神にすら決定打を与え、勝利する事の出来る武器があります。これまで真の犯罪神には、その武器をもって信次元を守ってきました。それは、対犯罪神……いえ、対神決戦兵装、或いは神滅兵装でも称するべきもの。そして、その武器は……」

 

 

 

 

「──ゲハバーンと、呼ばれています」




今回のパロディ解説

・某TCG、ずっと私達のターン
遊戯王OCG及び、原作での展開の一つの事。バーサーカーソウルが元ネタではない(諸説ある)らしいですね。…と、豆知識(?)を入れてみました。

・「〜〜だんまくうすいわ!何やってるのよ!」
ガンダムシリーズ(宇宙世紀)の登場キャラの一人、ブライト・ノアの代名詞的台詞の一つのパロディ。この台詞を言ってる訳ですし、ネプギアは左側にいたのかもですね。

・全力で見逃して
コードギアス 反逆のルルーシュの主人公、ルルーシュ・ランペルージ(ヴィ・ブリタニア)の名台詞の一つのパロディ。…まぁ、倒してませんしある意味間違ってませんね。

・フォルム、チェンジ
ポケットモンスターシリーズにおいて、一部のポケモンが持つ能力の事(勿論本来は句読点無し)。犯罪神、ノーマルフォルムとネオフォルム…という感じでしょうかね。


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第百二十一話 パーティー、大パニック

「って言うかさー、前回の終わり方ってちょっと前にも同じパターンがあったよねぇ」

『いきなり何!?』

「あっははー!ほら、原作プレイ済みの人としてはシリアスにならざるを得ない終わり方だったでしょ?だから空気の破壊者(シリアスブレイカー)としては見過ごせないんだよねっ!」

 

イストワールさんが犯罪神の事、そして犯罪神を討つ為に必要となる武器の事を話してくれた後、私達は頭を整理する為休む事にした。休んでる余裕があるのか、とも思ったけど、イストワールさんの見立てではまだすぐには完全な状態にならないとの事。

 

「しりあす、ぶれいかー…!?」

「…か、かっこいい…!(きらきら)」

「ほほぅ、このセンスが分かるとは、流石ルウィーの女神候補生。ならば二人にも二つ名を……」

「止めて頂戴」

『えー……』

「二人も残念がらないの…」

 

そういえばネプテューヌの二つ名は聞いた事がなかったのか、ロムちゃんとラムちゃんが少し興奮した様子を見せる。それに命名者であるMAGES.が気分を良くし、二人にも命名しようとするも…それはブランに止められていた。…どちらかといえばブランもMAGES.側な気がするけど…まぁいっか。

 

「…にしても、中々出てこないねぇ……」

「そうね。ネプギア、場所が間違ってるって事はない?」

「ここで合ってる筈です。…筈、なんですけど…」

 

困り気味の笑みを浮かべる鉄拳ちゃんと、クエストの書類を持っているネプギアへ問いかけるアイエフ。質問を受けたネプギアは一度言い切るも、そこから自信無さ気な言葉を続ける。

帰還後は休んで、翌日は早速その武器を取りに…と思っていた私達だけど、今いるのはとある洞窟。かなり厄介なモンスターが住み着いてしまったから退治してほしい、という旨のクエストの目的地がここで……勿論、ここの奥に保管されてるとかではない。

 

「これってあれかな?ワイズマン的な人達がアタシ達より先に始末しちゃったパターン?」

「いや、教会に回ってきたクエストだし、それはないと思うけど…もしそうなら、無駄足になっちゃうね…」

「…無駄足ではないでしょ。少なくとも、ケイ達にとっては」

 

例え撃破済みでも、こうして来る事によって「もういない」と判明する訳だから、厳密に言えば無駄足じゃないけど…それでもここまで足を運んだ身としては、「なら来なくてもよかったじゃん…」と思ってしまうもの。そんな訳で肩を竦めていると…思うところのある顔で、ノワールがそう言った。

 

「…まぁ、そうですわね。これも必要な事とはいえ、何も全員で来る必要はない訳ですし」

「ノワール、ベール…でもそれは……」

「えぇ、分かっていますわ。四人の判断は理解出来ますし、同じ立場ならわたくしもそうしますもの」

「過去の教祖だって、その時の女神を信じていなかった訳じゃないでしょうしね。…その上でって思いは、イリゼだってあるでしょ?」

「…それは、否定出来ない…かな」

 

いつもは私達が目的地へ向かい、教祖の四人は待っているという形だけど、今日は違う。今日はイストワールさん達も動いていて、その目的が武器の回収。そして、何故私達じゃなくイストワールさん達が行ったかといえば……それは、私達に武器の保管場所を知らせない為。

 

(対神決戦兵装…神滅兵装…確かにそれの在り処は、そう易々とは私達に教えられないよね。…その名前の通りなら、犯罪神だけじゃなく…私達にとっても脅威になるんだから)

 

具体的にどのような力があるかまでは聞いていない。でも、イストワールさんがそんな大仰な表現を使うって事はつまり…ゲハバーンは、それ自体が絶大なアドバンテージとなるだけの武器だって事。…今、私達女神は友好的な関係を築いているし、シェア争いだってそれぞれが女神としての『魅力』で勝負してるけど、もしその関係が崩れたら…邪魔となる相手を消す事でシェアを獲得しようとしたら……その時ゲハバーンは、最悪の武器になる。守護女神同士、女神候補生同士で実力がおおよそ均衡しているが為に、武力における一強状態が生まれかねない。…故に、在り処の情報は女神ではなく教祖が代々受け継いでいたんだって、私達は教祖の四人から聞いた。

 

「…正に、諸刃の剣ね。と言っても、剣かどうかは分からないけど」

「その場合、使うのは私かイリゼ、ネプテューヌに…後はネプギア、って感じかしら?勿論形状にもよるし、アイテムとして使うと○○の効果が…ってパターンかもしれないけど」

「…………」

「…イリゼ?どうしたんですの?」

「あ、えっと……皆が守護女神戦争(ハード戦争)で使わなくて良かったな、って…」

 

ゲハバーンの形について三人が想像する姿を見て、ふと思った。もしもゲハバーンの存在を知って、それを四人の内誰かが使っていたら、この光景はなかったかもしれない。仮に誰かが誰かを手にかけなかったとしても、今の関係にはなれなかったのかもしれない。……世の中は、偶然の連続。一瞬ごとに様々な『もしも』があって、その中には未来を大きく変えてしまうようなものだって存在する。だからそんなもしもが思い浮かぶ度に、思う。──良かったって。

 

「…全く、イリゼは相変わらずですわねぇ」

「うぇ?な、何…?」

「イリゼのスタンスは時々こっちが恥ずかしくなるわ」

「い、いやあの…ふ、二人共何を……」

「でもまぁ、可愛らしくていいじゃない」

「ちょっ、だからその…優しい目をして頭撫でるのは止めてよぉ……うぅ…」

 

私は訊かれたから答えただけなのに、何故か三方向から頭を撫でられる。ベールはともかくノワールはほんの少し、ブランは明らかに私より背が低いのに、っていうか三人は私の先輩でもなければ姉でもないのに、三人共私を子供扱いしてなでなで、なでなでと……

 

「あー、イリゼさんいいなー」

「おねえちゃん、わたしも…」

「……(いいなぁ……って、はっ…べ、別にそんな事は考えてないんだからっ!)」

「……!?も、もうっ!こんな事されても恥ずかしいだけなんだから止めてよねっ!」

((…和むなぁ……))

 

……そうして気付けばロムちゃんラムちゃんからじーっと、ユニからはちらちらと見られ、しかもその後はパーティー全体が私を見てほっこりとした顔を浮かべていた。…うぅぅ…何なの、もう……。

 

 

 

 

入り口があれば出口がある。…というのは、少し間違っている。だって二つが分かれてるんじゃなくて、入り口兼出口である出入り口というのがあるから。というか、大概は出入り口じゃない方が珍しい。……なんて、重要でも何でもない言葉遊びを私が思い付いたのは…私達が洞窟の行き止まりである、一番奥まで到達したから。

 

「……おかしいわね…」

 

壁に手を当てて、そう呟くケイブ。その言葉に、私達は全員が心の中で同意する。…おかしい、間違いなくおかしい。一番奥まで到達したのに…討伐対象の姿を、誰一人として見ていない。

 

「まさか、本当に誰かがあたし達より先に討伐を…?」

「かもしれないけど、そうじゃないかもしれないにゅ。…どこかに隠し通路があったりは…」

「しそうに、ないね…」

 

旧パーティー組ファルコムが見回し、ブロッコリーが地面を、マベちゃんが端にある岩をそれぞれ探る。壁だったり少し前の道だったりと私達は全員でまだ行っていない場所がないか探してみるけど、隠し通路がなければ直近で戦闘があった形跡もない。

 

「……特定行動をすると、モンスターが出てくる…とか?」

「だとしたら、それは罠だな。そしてその場合、私達はクエストの依頼者に嵌められた事になる」

「そ、そっか…じゃあ今のは無しで……」

 

ゲーム的発想を口にしたネプテューヌに、マジェコンヌさんが突っ込む…というか指摘を行う。…今のは完全にボケ殺しの指摘だけど…ま、まぁ上手い突っ込みしたらそれはそれでマジェコンヌさんらしくないもんね。名前弄り受けた時には思い切り突っ込んでたけど、あれは某カンニングさん的なものだったもんね、うん…。

 

「うぅん、とにかくモンスターがいないんじゃ困ったね…絶望、はしないけど軽く手詰まりだよ…」

「じゃあ、ボクが歌って誘き寄せるとか…」

「え…5pb.さんそんなバジュラネットワークへの干渉みたいな事出来るんですか…?」

「あ…う、ううん。単に普段はないような音を出せば反応するかな、って…」

「で、ですよね…すみません、わたし変な勘違いしちゃって…」

「うーん…なら、一先ず出るのはどう?一度出る事で、何か発見があるかもしれな……ひゃっ…!」

 

目標が見つからない、さぁどうする?…となれば皆が同じ事を考える…とはいかない訳で、取り敢えず何人かが意見を口に。その内新パーティー組のファルコムも意見を言いかけて……その直後、何やら可愛らしい声が聞こえた。

 

「え、今の声…ファルコムさん、ですか…?」

「うっ……そ、それはその…」

「…案外、貴女も可愛い声を出すのね」

「大人のお姉さん的なファルコムの可愛い声…うん、ギャップ萌えだねっ!」

「ちょ、ちょっと出ただけの声なんだからそんなに食い付かないでくれないかな!?君達だっていきなり水滴が身体に落ちてきたら驚く……」

 

パーティーの赤髪メンバー(内一人は別次元の自分)に今の小さな悲鳴を突っつかれ、珍しく顔を赤らめてテンパるファルコム。それからファルコムは弁解をしようとして……固まった。

 

『……?』

「…確か、討伐対象って…スライヌ系のモンスター、だったよね…?」

「あ、はい。書類にもスライヌ系と思われる…って記述がありますけど…」

「……あたしに落ちてきた、水滴…スライム状、なんだけど…」

「それって……まさかッ!?」

 

赤から一転して顔が青くなったファルコムが私達に見せたのは、どろりと地面へ垂れていく液体。それを見た私達も、ファルコム同様一瞬固まって……全員一斉に洞窟の天井を見上げた。

今いる場所はそれなりに高さがあるらしく、元々暗い事もあって天井の姿はよく見えない。けれど、よく見てみれば天井で何かが蠢いている。天井の至る箇所で蠢き、這いずるそれは私達が唖然とする中、突如動きが止まり……次の瞬間、その全てが私達へと降り注いだ。

 

『……──ッ!!』

『……!アイス……』

「止めろロムラム!天井に向けて撃ったら最悪生き埋めになる!」

「で、でも…きゃあぁぁあぁああああっ!」

 

咄嗟に魔法を放とうとした二人を、ブランが制止。それとほぼ同時に私達も飛び退こうとした…というより飛び退いたけど……逃げ切れない。

──べちゃり、ぬるり、ぐにゅん。降り注いだ何か…いや、不定形のスライヌが服や露出している肌に張り付き、そこから服の内側へと入り込んでくる。

 

…………。

 

……はぁああああああっ!?

 

「くっ、この……ひゃんっ…!」

「ちょ、ちょっと!?これってまさかのサービスシーン!?こんなの聞いてな…ぁんっ……!」

「こいつ等、やっぱり討伐対象の……くっ、うぅ……!」

 

肌の上をぬるぬると這いずる不快感と、服や下着の内側を侵略される強烈な羞恥心。加えてひんやりとしたスライヌの身体が被服部位に触れると、温度差でぞくりとした感覚が走って……そんな状況で私達が、冷静に対処なんて出来る訳がない。

 

「こ、こいつら身体にへばり付いて……ひゃあっ!?へ、変なとこ触るな…!」

「気持ち悪いです〜!服の中まで、ぐちゃぐちゃ…ですぅ…」

「あはははは!や、やめっ…そこくすぐられると、弱…ぃ…あははははっ!」

「ブロッコリーにまとわり付くな、にゅ…離れるにゅ……!」

「くっ、なんと卑劣な攻撃…このような、辱め…を……っ!」

 

スライヌの入り方はそれぞれ。私達の感じ方もそれぞれ。でも皆、奇襲と想定外過ぎる攻撃(?)に戸惑って反撃どころじゃない。…そしてそれは、私も同じ。ひっ、袖とか肩口から入ってきて…あぁっ、また一体……!

 

「くすぐったい、よぉ…!そんな所に入ってきちゃダメぇぇ……!」

「…ぁ、くっ…引っ張り出したいのに…どんどん、入っていって……!」

「やぁぁ……ぴりぴり、するよぉ…!」

「わ、わたしも…おねえちゃぁん……!」

「ぴりぴり…?……ふ、ぅっ…って、まさか…ッ!」

 

襲われているのは、勿論候補生の皆だって同じ。顔を真っ赤にしてもがく四人の姿を見ると、反射的に助けなきゃという思いになるけど…動けば動く程スライヌは身体にまとわり付いていって、好転どころか状態は悪化してしまう。…それに、ロムちゃんはぴりぴりすると言った。もしそれが、身体に張り付かれた事によるものだとしたら……このスライヌの体液は、身体を麻痺させる類いの可能性が高い。

 

「不味い、ですわ…このまま、では…っ!」

「手の平に、滑り込んでっ…これじゃダガーも持てな…う、ぁっ……!」

「痛いのは、何とかなるけど…こういうのは無理ぃぃ…!」

 

地面に落ちたスライヌは脚から登ってきて、胸やお腹、果ては下腹部にまで侵攻されて、いよいよ私もひりつくような感じを覚え始める。このままいけば動けなくなる。この場で動けなくなれば、スライヌへの対抗手段も完全になくなる。そして何より……お、女の子として…これ以上されたら終わりだよぉおおおおおおっ!!

 

(何とかしなきゃ、何とかしなきゃ…!身体に張り付かれたままじゃまともに攻撃も出来ないから、まずは引き剥がさなきゃ駄目で…でもそんなの、女神化して圧縮シェアの爆発を受ける位しか手がないし、少しでも圧縮率を間違えたら私が動けなくなっちゃう…!どうしようどうしようどうしよう…………って、あれ…?…これ、って……)

 

頭に落ちたスライヌが鎖骨の辺りまで滑ってきて、そこから服の中に潜り込んで谷間を伝う中、ふとデジャヴのようなものを感じる。同じ経験をした事はないけど、これに凄くよく似た体験はした事があるって、そう身体は反応している。…そうだ、これは……

 

「ぐ、ぅ…この私が、スライヌにしてやられるなど…っ!」

「ほんとにこれは、不味い…ね…こうなったらいっそ、多少の怪我…はっ、…覚悟、でッ……!」

「待って、皆…!抵抗しないで……身体の力を、抜いて…っ!」

 

耐える事は解決にならない。そう考えた皆は歯を食い縛って、私同様自傷覚悟の攻撃をかけようとする。だから、私は声を張って……抵抗を止めるよう、皆へと叫んだ。

 

「て、抵抗を…止める……!?」

「ふ、くぁ……どうして、そんな…!」

「それが、一番だから…!そうすれば、スライヌ…はぁぁ……!」

 

私の言葉に目を白黒させながら訊き返してくる、5pb.と旧パーティー組ファルコム。二人が訊き返す気持ちは分かるし、皆も同じ事を思っている筈。…でも、お願い…私を信じて……!

 

「……っ、う…はぁ、ん…っ!」

「…イリゼちゃん…イリゼちゃんが…きゃ、ぅっ…そう言い切るって、事は……」

「それだけの、根拠が…あるの、だな…?」

「そういう、事っ…そうすれば、スライヌは下に滑って…いって……、──っ!」

 

抵抗を、動きを止めた事で這われる感覚がより分かるようになって、身を捩りたくて堪らない程のもどかしさに苛まれる。それでも耐えて、脱力を維持して……次の瞬間、ずるりとスライヌが身体から滑り落ち始めた。

ゆっくりと、でも止まる事なく私の身体を伝って下へと落ちていくスライヌ。胸元からお腹、腰、太腿と下がり、下に行くに連れてスライヌ同士が合流し、一まとまりになって膝を通過。そして足首を覆い、地面に着くかどうかとなった時……私は耐えていた思いを一気に爆発させる。

 

「こッ、のぉぉぉぉッ!」

 

回し蹴りの要領で思い切り足を回転させ、足に集まったスライヌを振り払う私。スライヌは不定形の液体状だったが為に私の足首周りに到達した時点では半ば融合していて、その結果質量の増加にも繋がり洞窟の壁へと吹っ飛んでいく。

 

「はぁ、はぁ……こういう事だから!だから皆も…!」

「は、はい…!対処法さえ、分かれば…アタシ達だって…!」

「ここからが、逆転のターンだよ…っ!」

 

百聞は一見にしかず。どんな理論理屈よりも、実際にやってみせるのが一番。それが何より説得力があって、同時に希望になるんだから。

そうして私を見ていてくれた皆も、抵抗を止めスライヌを滑らせる。スライヌは服の中に入って以降は敢えて自らは動かない事により、私達の動きを利用してまとわり付いていたからこそ、対象が動かなければ物理法則に従って落ちていく。勿論それならそれでスライヌも動こうとするんだろうけど…別の個体と融合してしまえば、それもすぐには出来なくなる。…融合の結果どうなるかはちょっと不安だったけど…その賭けに私は……いいや、私達は勝った。

 

「随分と、好き勝手してくれたじゃねぇか…ッ!」

「えいえいえーいっ!あっ、剥がせたですぅ!」

「こ、こんな羽目になるなんて…ロムちゃん、ラムちゃん、大丈夫…?」

「う、うん…でも、すごく気持ちわるかった…(うるうる)」

「わ、わたしも……(ぐすん)」

((ら、ラム(ちゃん)まで語尾に擬音が付いてる……))

 

一人、また一人と辱め紛いのスライヌの罠から脱し、洞窟の隅へと蹴っ飛ばしていく。罠から逃れたメンバーは私含めて安堵と疲労の混じった表情を浮かべ、された事に対してがっくりと肩を落とす。そんな中、最後の一人も引き剥がす事に成功して……私達は全員、スライヌの罠に打ち勝った。

 

「助かったぁ…忍びとして色んなものに耐える訓練もしてきたけど、これは流石に辛かったよ…」

「正に搦め手、だったね…でも、どうしてイリゼさんは対処法を…?」

「あー…それはね…」

 

下手なモンスターの攻撃よりずっと厄介だった。そんな声がちらほら出てくる中、旧パーティーのファルコムが遂にその質問を口に。やはり、と言うべきか皆もそれは気になっていたらしく、皆の視線が私に集中。

対処法が分かったのは、当然理由がある。でもそれは恥ずかしい…とまでは言わずとも、あんまり胸を張って言えるようなものではなくて…だから肩を竦め、頬をかきつつ私は言った。

 

「ほら、私の所にはライヌちゃんっているでしょ?そのライヌちゃんもね、動揺したり突然衝撃を受けたりするとあいつ等に近い状態になる事があって…で、抱えてる時にそんな状態になると……」

「服の中に入り込んでしまい、今と同じような状況になる…という訳ですのね」

『あー……』

 

皆が発した納得の声に、私はもう一度肩を竦めて苦笑い。平たく言えば偶然似た経験をしたというだけで、偶々なんだから誇れる訳がない。…まぁそれでも、窮地を脱する糸口になったんだからいいんだけどさ。

 

「世の中、どこで何が役に立つか分からないものね…特命課の経験も、全く違うところで活きたりするのかしら…」

「うんうん。とにかくイリゼさんありがとぉ〜」

「これ位お礼には及ばないよ。…にしても、私達が誰も気付けないなんて…ずっと前からここで獲物を待っていたのかな…」

「可能性はあるだろうな。……さて」

 

あわや全滅という危機を回避した事で、僅かな間パーティー内に流れるほっとした空気。…でも、危機は回避しても敵はまだ存命な訳で……マジェコンヌさんの「さて」という言葉を引き金に、私達は逃げようとするスライヌ群へと目を向ける。

 

「貴様達の行いは、生きる為の狩りだったのだろう。それを否定するつもりは毛頭ない。だが……」

『…………』

「…その狩りによって受けた分の屈辱は、きっちりと清算させてもらおうか……」

 

得物を抜き、本気となったパーティーフルメンバーのプレッシャーで固まるスライヌ群へと躙り寄る私達。そしてこの日、クエストは達成され……同時に女の怒りに触れたスライヌ達は、熾烈なる逆襲でもって灰塵と化すのであった。




今回のパロディ解説

・ワイズマン
ラストピリオド -終わりなき螺旋の物語-に登場する三人組の事。昔から主人公達の目的を邪魔する三人組、というのはいますし、ここは色んなパロディが出来そうですね。

・アイテムとして使うと○○の効果が
ドラゴンクエストシリーズにおいて、一部の装備がアイテムとしても使えるシステムの事。ゲハバーンにそういう効果があるかは…すぐに判明します。

・某カンニングさん
お笑いコンビ、カンニングの竹山隆範さんの事。カンニングさんだと相方の中島忠幸さんも該当しますが…キレ突っ込みといえば竹山さんの方ですよね。

・バジュラネットワーク
マクロスFrontierに登場する生命体、バジュラの有するネットワーク(意思疎通能力)の事。その場合、5pb.は自身か母親がV型感染症だったという事になってしまいますね。


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第百二十二話 驚異の再来

新旧パーティーフルメンバー+マジェコンヌさん(…新旧どっちでもないんだよね…敢えて言うなら旧パーティー側…?)という、およそまず負ける事のない面子でありながら苦戦をする事となったクエストを完了させ、プラネタワーへと戻ってから数十分。イストワールさん達から指定された時間がもうすぐとなったところで、私達はシェアクリスタルの間へと移動した。

 

「いーすんさんが言った時間にはまだ後少しだけあるけど…」

「別に式典や番組のタイムスケジュールじゃないんだし、もう開いていいと思うよ?」

「そうそう、時間に縛られるような小さい女神になっちゃ駄目だよ、ネプギア」

「いやいや、神経質になるのは良くないけど時間はちゃんと守ろうね、ネプギア」

 

時間を細かいレベルで気にしていたネプギアに対し、私とネプテューヌがそれぞれの感性で助言。それを聞いたネプギアはにこりと笑みを浮かべて……

 

「ですよね。適度に気を付けようと思います、イリゼさん」

「あれ!?わたしは!?わたしの助言は!?」

「ごめんねお姉ちゃん。わたし、お姉ちゃんの事は尊敬してるけど…指導の取捨選択は自分でしようと思うの」

「うっ…悲しい反面自ら考えて判断する事は大切だから、それが分かっているのは嬉しいこの心境……どうしてくれるのさイリゼぇっ!」

「いや、それ私のせいではないよねぇ!?」

 

同じ次元でありながら通常の手段では行き来出来ない場所、天界。イストワールさん達はゲハバーン回収の為にそこへと向かっていて、時間通りならもう回収を終えている筈。だから天界への出発時同様ネプテューヌかネプギアが転移門を開く手筈になっている。そしてネプテューヌが「むー…」としている事、出発時はネプテューヌが開いた事があってか、苦笑いしつつネプギアはクリスタルの前に。

 

「…それじゃあ、開くね」

「あ、お願いねネプギア。…そういえば、これって二人でやればもっと楽に出来たりするのかな?」

「楽にはならないし、むしろ上手くいかなくなるでしょうね。二人でやるってのは、同じ座標に二つの門を開こうとする行為だもの」

「そうなの?…ってそっか、クリスタル使って開く場合は固定の場所に繋がるんだもんね」

「そういう事。少しでも楽させたいって思うなら、代わってあげるか集中し易いよう黙ってるかしたらどう?」

「…じゃ、黙ってようかな。もう始めてるのに代わろうとしたら、まるでネプギアを信用してないみたいだし」

 

ノワールの言う通り、もうネプギアは女神化をして転移門を展開中。…因みにここのクリスタルはプラネテューヌの女神に対応している物だから、二人以外じゃそもそもクリスタルを利用出来ない。

 

「…………」

『…………』

「……よし…お待たせしました、皆さん」

 

その声と共に振り返ったネプギアの後ろにあるのは、別次元と繋がるゲートにも似た天界への門。それからネプギアは横に退いて、女神化の解除をしつつ小さく息を吐く。

 

「問題なく開けているようね。それじゃあ、行く?」

「そうね。指定された時間にもなってるし、いいんじゃない?」

 

ブランとアイエフのやり取りを経て、私達は転移門の前へ。何でも天界でやりたい事があるみたいで、転移門を開いたらまず天界へ来るよう私達は言われている。だから私達は揃って……行ける程門が広くないから、一人ずつ門をくぐって天界へ。

 

「REDちゃん、嫁を探しに天界へ!……って、わぁぁ…」

「何をしに行くつもり……これは驚きだにゅ…」

 

大小様々な浮き島と、浮き島を繋ぐ虹の橋。そしてどこまでも続いていそうな空の広がる天界はいつ来ても非現実的な場所で、初めて来たメンバーは例外なくその光景に目を奪われる。そこまでは多分誰しも通る道で、そこから下を覗いてゾッとするのもよくある事。

 

『ここは……心をくすぐられる!』

「あ、冒険家二人の心に火が…でもこれは、わたしでも歩き回ってみたいかな」

「それはわたしもかなぁ。空気も良いし、足回り鍛える為に走るのにも丁度良いかも…」

 

…けど、ここにいるのはぶっ飛んだ経験を何度もしてきた強者。最初こそ驚いていても、すぐに驚きや恐怖よりも興味の方へ心が移っていた。

 

「では、行きましょうか。それとネプギアちゃん達、もしも怖かったらわたくしに言って下さいな。そうすればいつでもわたくしが……」

「はいはい。行くわよ」

 

自然な流れでネプギア達にアタックを仕掛けたベールの背中をブランが無理矢理押して、私達は合流地点への移動を開始。…隙あらば、って感じだねベール……。

 

「あぅ、おっかない…ラムちゃん……(びくびく)」

「こんなのだいじょーぶだいじょー……う、うん!お手てつなごっかロムちゃん!」

「前は怖かったですけど、もうこの橋も慣れっこ……ね、ねぷねぷぅ…!」

「透けて見えるのに下向くからだよこんぱ…よしよし」

 

虹の橋を渡る際、こんな感じのやり取りを何人かがしながら浮き島を移動する事数回。少し長めの橋を半ばまで渡ったところで、次の浮き島にいるイストワールさん達の姿が見えてくる。

 

「あ、いたね。無事に回収は出来たのかな?」

「見つからなくて仕方なく待機、とかだったら困りますね…アタシ達は探すの参加出来ません…し……?」

 

反射的に全員が思った事を口にするマベちゃんに、これまた全員が思ったであろう返答を行うユニ。その最後でユニは言葉を疑問形にしたけど…私にはその理由が分かる。何故なら四人のいる浮き島に近付くに連れて、何だかよく分からない…本当に上手く言葉の出てこない『何か』を感じるようになったから。

 

「…何だろう、この感覚…どこかで感じた事があるような気もする、けど……」

「ここに来て感じるようになったんだし、合流すれば分かるんじゃないかな?皆さん、お待たせしましたー」

 

そして、それを感じているのはネプギアや他の女神の皆も同じ。だから私達はそれに疑問を抱きながらも、橋を渡りきってイストワールさん達と合流。

 

「皆さんもここまでご足労ありがとうございます。クエストの方はどうでしたか?」

「抹殺したぞ」

「そうで……抹殺!?抹殺したんですか!?Σ(゚д゚lll)」

『しました』

「あぁっ、全員揃って肯定を!(´Д`|||)」

「お、お姉様達に何が……」

「分からない…が、訊かない方が良さそうだ……」

 

何の気なしに訊いたのであろう皆さんの問いにマジェコンヌさんが真顔で返し、更に私達も「何か?」みたいなトーンで肯定。うん、抹殺したよ?抹殺しましたが……何か?

 

「それよりいーすん、取ってこられたの?えっと…アナクルーズモス?」

「それではなくゲハバーンです…対神だからって別に青銅の武器回収しに行った訳ではありませんよ…(−_−;)」

「えっと…じゃあ、ゲハバーンはどこに…?」

「ここです(´・ω・)つ」

 

5pb.の言葉を受けて、すっとイストワールさんは片手をこちらへ。出された手に私達が注目すると……そこにあったのは、暗い紫の柄に、赤紫の刀身を持ち、鎖を思わせる模様の付いた、ナイフの様な形状の武器。

 

「…………」

『…………』

「…………」

『……え、このサイズ…?』

 

数秒の沈黙の後、私達は呟いた。……拍子抜けした顔で、拍子抜けした声で。いや、だって…イストワールさんが持ってもナイフサイズな武器だよ?正直男の子が喜ぶ剣のアクセサリーみたいな感じだよ?…こ、これで犯罪神を倒せと……?

 

「…も、もしやこれはトリガーの様な物で、武器としてのゲハバーンは別にあるとかでは…?」

「いえ、これがゲハバーン本体ですわお姉様」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ…幾ら何でも、これを使えと言うのは……」

「いいや、使えるさ。…まずはノワール達の誤解を解かないといけないね」

「そうですね。ではケイさん、これを

(・ω・)」

 

まさかそんな訳がない、というかそうだったら困る。そんな雰囲気全開の私達を前に、私達の反応は予想していたらしいイストワールさんがケイさんにゲハバーンを渡す。すると……

 

『……!』

「…ご覧の通り、ゲハバーンは使い手に合った形へと変わるんですよ( ̄^ ̄)」

 

受け取ったケイさんの手の中で柄も刀身も大きくなり、片手剣サイズとなったゲハバーン。…つまり、そういう事だった。

 

「それならわたし達でも使えますね…でも剣って事は、やっぱり…」

「私達刀剣の扱いに慣れてる人の方がいいの、かな?」

「その点も問題ありませんよ。ケイさんが持った場合は剣でしたが、わたしが持てば……」

 

もしゲハバーンを道具として扱うなら問題ないけど、武器として使うならやっぱり使い慣れてる人の方が良い筈。…と、思ったけど…ミナさんがケイさんから受け取ると、ゲハバーンの形状は再び変化。これまでとは違って柄の割合の方が多くなり、棍に近い形の杖となる。……これもつまり、そういう事。

 

「わぁ、ゲハバーンってそんな力もあるんですね。…わたしが持ったら、注射器になるです?」

「わたしの場合は、グローブ…?」

「か、かもしれないわね…それじゃ、イストワール」

「はい。取り敢えず装備する上での問題はないと分かって頂けたようなので……次はゲハバーンの真価を、これが如何に強力で危険な存在であるかを、ご理解して頂こうと思います」

 

チカさんから呼ばれたイストワールさんの下にゲハバーンが戻り、台詞から顔文字が消える。それに私達が緊張感を抱く中、教祖の四人はすっと目配せ。

 

「女神以外の皆さんは、わたし達に着いてきてもらえますか?」

「……?ボク達には、別の役目が…?」

「そうじゃなくて、万が一に備えての避難と待機よ」

『…避難と、待機……?』

 

そう言って一つ前の浮き島へ、イストワールさんを除く教祖の三人が歩き出す。避難と待機という言葉に私達は戸惑うも、ここで適当な事言う訳ないかと皆は三人の後へ。そうして残ったのは私達女神とイストワールさん。

 

「…では、次はネプテューヌさん達ですね」

「ねぷ?わたし達は何かするの?」

「えぇ。…選んで下さい。このままイリゼさん達と体験するか、フラッシュバックを避ける為に皆さんの方へ行くかを」

『え……?』

 

真剣な表情のまま選択を求めるイストワールさんに、ネプテューヌ達は固まる。ネプテューヌ達にとってのフラッシュバック。…その言葉で思い出す事なんて、一つしかない。

 

「い、イストワールさん…それって……」

「言葉通りの意味です。…無理に体験する必要はありませんから」

 

私の言葉にイストワールさんが頷き、私達の視線は守護女神の四人へ。今正に選択を…フラッシュバックの危険を取るか否かに迫られている四人は、ほんの少し曇り顔。

 

「…どう、しよっか…」

「どうもこうも、ここでこの場を離れるなんて……」

 

守護女神として、そんなの出来ない。…そういう言葉を、ノワールは言いたかったんだと思う。でも途中で言葉が途切れて、ベールもブランも同じ感情の映る瞳でノワールを見やる。

四人共、ここに残りたいんだと思う。過去のトラウマに負けたくないという気持ちを、きっと四人は持っている。でも四人のトラウマは本当に重いもので、安易に喚起させるべきでないという事も、多分四人は分かっている。だからこそ迷って、俯いて……

 

「じゃあ、わたしたちがぎゅってしててあげるわ!」

「わたしたちのパワー、分けてあげる…!」

「…ロム、ラム……」

 

……ブランの両手を、ロムちゃんとラムちゃんが握った。それは先程橋を渡った時……そして、ギョウカイ墓場の前で四人が互いに手を握り合った時のように。

 

「ふふん、こーすればこわいのは半分、たのしいのは3ばいよ!」

「……?…こわいのは、半分のままなの…?(きょとん)」

「あっ……ま、まちがえちゃった…てへへ…」

「…全く…ありがとう、ロム、ラム。貴女達の気持ち、凄く嬉しいわ」

「…じゃあ、お姉ちゃんにはわたしだね」

「ネプギアぁ…うぅ、いつも思うけど、ネプギアは本当に良い妹だよぉ…」

 

手を握ってにっこりと笑みを浮かべる二人につられて、ブランの顔もほころんでいく。それを見たネプギアはネプテューヌの手を握り、こちらも優しげな笑顔を。…そして、視線はノワールとユニへ。

 

「あ…え、と……」

「…む、無理しなくていいのよ?私は別にそんな事がなくても、大丈夫……」

「……ううん、これ位無理じゃないから。だから…お姉ちゃん、手…出して…?」

「……ありがと、ユニ…」

「…あ、あの…わたくしは……」

「…私で良ければ、手…貸すよ?」

「…わたくし、貴女のそういうところ…本当に友達として好きですわ」

 

触れ合う事で、何か物理的に変わる訳じゃない。でも手を握る事で、相手の温かさが伝わる。…それは大きい事だって、私は思う。

 

「…では、皆さんは……」

「うん。いーすん、お願い」

「…分かりました。ですが、守護女神の四人だけでなく、イリゼさんやネプギアさん達も無理はしないで下さい。…ゲハバーンの力は、頑張ってどうこうの域を超えていますから」

 

四人からの頷きを得て、イストワールさんはゲハバーンを軽く掲げる。不思議な力を感じるゲハバーンとイストワールさんの言葉に、抱いていた緊張感が更に高まる。

 

「……それでは、始めます」

 

そして、イストワールさんは目を閉じた。意識をこれからの事に、ゲハバーンに集中するように。すると次の瞬間、ゲハバーンから鎖の様な模様が消え、ゲハバーンの刀身が暗く輝いて……

 

『……──ッ!!?』

 

──引きずり出されたかのように、私の身体の中からシェアエナジーが消滅した。

 

(何、これ……不味い、不味い不味い不味い…ッ!)

 

立っていられなくて、膝を付く。驚愕と動揺と恐怖で、無意識にベールの手を強く握ってしまう。でもその力は、普段よりずっと弱い。

一瞬で、膨大な量のシェアエナジーが消滅……いや、ゲハバーンに奪われた。それはまだ女神としての存在を揺らがせる程ではないけど、バケツをひっくり返したようにシェアがなくなり続けている。もし、このまま奪われ続ければ、私は……私達は、皆…………

 

「……っ!…はぁ、はぁ……み、皆さん…大丈夫、ですか……?」

 

はっきりと感じた、生命の…存続の危機。それに対して私の身体は、私の意思関係無しに状況打破へ動こうとしかけて……けれどそれよりも一瞬早く、ゲハバーンの吸収が止まった。

 

「わ、私は…取り敢えず、大丈夫です……」

「わたしも…で、でも…お姉ちゃん達は……」

 

いつの間にか地面に降りていた(落ちていた…?)イストワールさんの手に握られているゲハバーンは、先程までのように鎖の模様が浮かんだ姿。もうそこに今さっきの脅威は感じられず……けれど、脅威は去っても恐怖はそう簡単に消えてくれない。

 

「…は、はは…ちょっとこれは…エグい、ね……」

「ここがギョウカイ墓場とは真逆の場所であった事が、幸いですわ……」

 

繋いだ手から伝わる、ベールの震え。四人共、表情を取り繕っていて…表情を取り繕っているのが分かるって事は、それだけ四人の感情が揺らいでいるって事。…だから私は、黙って空いている手もベールの手に重ねる。ネプギア達も同じように手を重ねて、四人の心が落ち着くのを待つ。

 

「……っ、ぅ…心配、かけたわね…」

「もう、大丈夫よ…だからそんな不安そうな顔しないで。ね…?」

 

数十秒して、ノワールが…次にブランが呟いた。大丈夫と言いつつも、ほんの少しまだ声は震えていて…だけどそれが痩せ我慢ではない事を感じ取った私達は、その言葉に頷く事にした。だってここでどうこう言ったら、四人に「気を遣わせてる」という気持ちにさせてしまうから。今四人は心を落ち着けようとしてるんだから、余計な思いは抱かせたくない。

 

(…四人がトラウマに向き合うなら、何度でも付き合うよ。私も…皆も、ね)

 

頷いて、また数十秒。四人が深呼吸し、表情に余裕が生まれ始めたところで私達は手を離し、イストワールさんも待機していた皆を呼びに行く。

 

「…ベール様、大丈夫でした?」

「皆、何か気分悪かったりしない?何してたか知らないけど、肩を貸してあげるよ!」

「いや、REDの背ではむしろ負担をかけてしまうだろうに…」

 

内容は知らなくても「避難」という言葉から不安を感じていたのか、駆け寄ってくる皆。声でもしや、と思って少し下がると、数瞬前まで私のいた所にアイエフが入ってくる。…アイエフとチカさんは勿論、5pb.からも普段から敬意を持って察されてる訳だし、ベールって妹に拘らなきゃ幸せな環境にいるんだよね。それは他の皆も同じだけど。

 

「…イストワールさん、イストワールさんも大丈夫ですか?見たところ、かなり負担を感じてたようですけど…」

「わたしは女神に近い存在ですからね…でももう大丈夫ですよ、イリゼさん( ̄▽ ̄)」

 

あの時苦しそうにしていたのはイストワールさんも同じで、身体の強靭さならイストワールさんは間違いなく私達より劣っている筈。…そう思って訊きに行った私だけど、イストワールさんは小さく笑みを浮かべて大丈夫だと返してくれた。それからイストワールさんは、説明を再開する。

 

「こほん。…今女神の皆さんに感じて頂いたのが、ゲハバーンの力です。そして……」

「……!…さっきより、輝きが…」

「はい。先程のものを神の力を封じる力だとするならば、今はそれを一極集中させた状態……文字通り神を滅する力です」

 

再びゲハバーンを掲げるイストワールさん。反射的に私は身構えてしまうも、今度はシェアを吸われたりしない。ただ……より強く輝くゲハバーンの刀身からは、シェアを渇望しているようなものを感じた。…何だろう…ゲハバーンから感じる、この気持ちは……。

 

「…それを使えば、犯罪神も……」

「倒せます。犯罪神と言えど、この状態のゲハバーンで傷付けられれば無事で済む筈がありません。…最も、当てる必要はありますけどね」

「…あの…それならアタシ達じゃなく、コンパさん達が使う方がいいんじゃないですか?封じる力を解放した状態で犯罪神も無力化して近付いて、それからモードを切り替えて滅する…って事は、無理じゃないですよね?」

 

…っと、危ない…それはそれとして、会話はちゃんと聞いてなきゃ置いてかれちゃう…。

ネプギアの言葉にイストワールさんは首肯し、その後実用の観点から肩を竦める。けど、そこである事に気付いたユニ。確かに対神の武器ならば、神でも何でもないコンパ達(マジェコンヌさんは…微妙なところだけど)なら効果を受けずに動く事が出来る。……と、思ったけど…その言葉には、イストワールさんは首肯しなかった。

 

「無理ではありませんよ。…しかし、周囲から膨大な量のシェアを吸収するゲハバーンに普通の人が触れているのは、かなり危険な事なんです。心身への悪影響…と言えば、お分かりになりますか?」

「あ……そういう、事ですか…」

 

シェアの吸収に、心身への悪影響。…それはつまり、解放状態のゲハバーンを握っている間は、シェアが濃密な場所に生身でいるのと同じ状況になるという事…だと思う。……それなら、皆に任せる訳にはいかないよね。

 

「…さて、以上がゲハバーンの説明です。これが持つ歴史や保管する事になった経緯は……」

「興味ないかなー」

「…と、ネプテューヌさんなら言うと思ったので、ここまでにしておきます。…ですが、ここで決めておきましょうか。ゲハバーンを、誰がお使いになるのかを」

 

イストワールさん自身で説明を締め括り…でも、話は続く。適当にしようと思えば幾らでも適当に出来る…でも、絶対に適当にしちゃいけない話へと移る。

 

「…取り敢えず、わたし達女神の誰かが使うとして…」

「ゲハバーンの性質を考えれば、誰でも使える訳ですわね。…まぁ、接近する事を考えれば、得手不得手の問題がありますけど…」

 

話し合う為、女神の九人で輪っかを作る。コンパ達は保身…ではなく皆に悪影響が起きてほしくないと思う私達の思いを組むように、少しだけ下がって私達を見守ってくれる。

 

「…そういえば、貴女珍しく出しゃばらないのね」

「まぁね。劇の主役とかなら、速過ぎて時を止めちゃう位の速度で手を上げてる自信があるけどさ」

「明らかに過剰な速度だね、それ……じゃあ、私一ついいかな?」

「えぇ、どうぞイリゼ」

「…強要はしないよ?しないけど…使うのは、ネプテューヌかネプギアがいいんじゃないかな。…このパーティーの中心にいる、二人のどちらかがいいんじゃないかって、私は思う」

「……!?」

 

ブランからの言葉を受けた私は、私の素直な気持ちを口にする。言った瞬間、ネプテューヌとネプギア以外はピクリと眉を動かして、ネプテューヌは少しだけ目を見開いて……ネプギアは、はっきりと驚きを表情に表した。

 

「…そう、ですわね。その意見、わたくしは同意致しますわ」

「パーティーの中心、か…女神としての指導力で負けてるつもりはないけど、確かにこのパーティーにおいて中心にいるのは、ネプテューヌとネプギアよね。…私も同意よ」

「そっかそっかぁ、皆そう思ってくれてたんだね。ふふん、何だか嬉しくなっちゃうね、ネプギア」

「ふふっ、そうだね。じゃあ、担い手はお姉ちゃん……」

「わたしはね、ネプギアがいいって思うな!」

「えっ……?」

 

二人のどちらかという私の言葉に同意が続いて、見るからに嬉しそうなネプテューヌと、嬉し恥ずかしといった様子のネプギア。それからネプギアは微笑んだままネプテューヌを推そうとして……その表情が、固まった。

 

「わたしとネプギアが推されて、そのわたしがネプギアを推した訳だから、現状ネプギアが有力って事でいいよね。他の人の方がいいとか、わたしやりたいって人いる?」

「問題ないわ。…まぁ、もう少し時間をかけて決めてもいいとは思うけど」

「でも、暫定的でも決めておいた方がいいでしょ?って事で、一先ずゲハバーンを使うのはネプギアに決て……」

「ちょ、ちょっと待ってよお姉ちゃん!わ、わたし!?どうしてわたしなの!?」

 

あれよあれよとネプテューヌが話を進めていって、決定と言おうとした直前。そこでやっと硬直から回復したネプギアが、慌ててネプテューヌへ異を唱えた。言葉は、反論じゃなくて質問だけど…その言葉の裏に、わたしよりお姉ちゃんの方が…という気持ちがある事は、はっきりと伝わってくる。

 

「…ネプギア、嫌?」

「い、嫌って訳じゃないけど…どうしてお姉ちゃんじゃなくてわたしなの?お姉ちゃんこそ、どうしてわたしに…?」

「…それはね、わたしがパーティーの中心ではあっても、ここまでの旅の中での中心ではないからだよ」

「…どういう、事……?」

 

止められて振り向いたネプテューヌは、落ち着いた声音でネプギアに問いかけた。それにネプギアが動揺しつつ訊き返すと、ネプテューヌはその声音のまま言葉を続ける。

 

「わたしはね、旅って色んなものを積み重ねていく事だと思ってるんだ。希望とか、小さな平和とか、絆とか…そうして積み重ねてきたものが、最後には大きな力になると思うの。…わたしは、殆ど旅をしてないからね。だから、わたしはネプギアに任せようと思ったんだけど……駄目、かな?」

「……それは…でも、お姉ちゃんは守護女神だし…元々の力は、お姉ちゃんの方が上で…」

「…だったら、一先ずネプギアに預けておく…って事にするよ。取り敢えずネプギアが持ってて、可能ならネプギアが使う。でもわたしの方がいけそうなら、その時はわたしに渡す。……それでどう?」

 

背丈の関係で見上げる形になって、でもその瞳には姉としての優しさを浮かべて、ネプテューヌはもう一度訊く。無理は言わず、逃げ道も用意して、ネプギアにどうするかを静かに問う。

けれどそれでも、ネプギアは迷い顔。自分がもう弱く頼らない女神なんかじゃない事も、ゲハバーンを受け取る事は一番重要な役目を担う事になる事も分かっているからこその、真剣な迷い。…そんなネプギアに声をかけたのは、候補生の三人。

 

「……しゃきっとしなさいよ、ネプギア」

「…ユニちゃん……」

「…大丈夫よ。アンタはアタシの心も、ロムとラムの心も動かした。ネプギアには、ゲハバーンを使うだけの力があるのよ。それをアタシが保証してあげるんだから…どうするかしっかり答えなさい」

「そうそう。ネプギアはわたしとロムちゃんがみとめてあげてるんだから、よわきになんてならないでよね!…たいへんなら、しっかり手伝ってあげるんだから」

「ネプギアちゃんは、わたしたちでささえてあげる。だから…ネプギアちゃん、わたしたちみんなで…がんばろ?」

「……皆…」

 

さっきネプテューヌは、旅とは色んなものを積み重ねていく事だと言った。その言葉通り、ネプギアは多くのものを積み重ねてきた。経験を、女神としての覚悟を……思いを同じくする人達との絆を。そしてその絆が今、ネプギアを支える力となってくれている。…きっと、それをネプギア自身も感じていたから…ネプギアは目元を袖で拭って、それからにこりと元気強い笑みを浮かべた。

 

「…うん。やるよ、お姉ちゃん。ゲハバーンは…わたしに、任せて」

「……任せたよ、ネプギア。わたし達だって支えるし、さっき言った通り状況次第でわたしに渡してくれてもいいから…絶対、勝とうね」

 

そうして、ゲハバーンの回収は終わった。私はゲハバーンを携え、プラネタワーへと戻る。……後は、もう一度犯罪神を倒すだけ。倒して、改めて封印を経て…それで今度こそ、信次元に平和が戻ってくる。そしてその平和の為に、私達は……

 

『……?』

 

…そう、思っていた時だった。プラネタワーに戻って、クリスタルの間から出て……突然、小さくもけたたましい音が聞こえた。

 

「これって…ガラスの割れる音、です…?」

「今の、ちょっと割れちゃったって程度の音じゃないよね…」

 

マベちゃんの言った通り、今のは恐らく小窓や机に置けるようなガラス細工が割れたってレベルの音じゃない。大きさこそ小さかったけど、それは多分そこそこ離れた場所からの音だったから。

何かおかしいと思った私達は、音のした方へと移動を開始。すると大体この辺りかなと思った場所付近で、一部屋だけ扉が開いているのを発見。それは私達もよく使う、バルコニーへと繋がるリビングの様な部屋。…そこには確かに、大きな窓があった。

 

(…ここで、何かが……?)

「……!あ、め、女神…様!」

「貴女は…いえ、それより何かあったんですか?」

「み、見れば分かります!中に奴が、奴が……!」

 

そこへと近付く中で、ばっとその部屋から一人の女性が飛び出してくる。職員服をはためかせて私達へと近寄ってきたその人は、ネプギアから質問を受けると扉が開きっ放しの部屋を指差し、その後逃げるようにしてこの場を去っていく。…明らかにその人は、余裕のない感じだった。

パーティー内で顔を見合って、それからその部屋へと入る私達。すると予想通り、その部屋では窓ガラスが盛大に割れていた。……でも、それだけじゃない。そこで起きていた異変は、窓ガラスだけじゃない。そこにあったのは、そこにいたのは…………

 

 

 

 

 

 

「……まさか、まだ貴様達が犯罪神様の招く滅びを受け入れていなかったとはな」

 

──もうここにはいない筈の…ネプテューヌとネプギアが倒した筈の四天王、マジック・ザ・ハードだった。




今回のパロディ解説

・〜〜……何か?
ペンギンの問題の主人公、木下ベッカムの口癖の一つのパロディ。ぱっと思いついて入れた訳ですが、これだけだと非常に分かり辛いですね。活字媒体の苦しいところです。

・アナクルーズモス
パーシー・ジャクソンシリーズの主人公、パーシー・ジャクソンの持つ武器の事。ゲハバーンは青銅の武器じゃありませんよ?全く違う武器ですからね?

・速過ぎて時を止めちゃう
ジョジョの奇妙な冒険シリーズの登場キャラ(三部主人公)、空条承太郎のスタンド、スタープラチナの能力の事。ネプテューヌの場合は…スター「ネ」プラチナ…ですかね?


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第百二十三話 襲来する絶望

犯罪組織残党の最後の組織立った行動である、四ヶ国への同時攻撃の中で、マジック・ザ・ハードはネプテューヌとネプギアによって討たれた。倒され消滅する姿を私は見た訳じゃないけど、二人が見間違えるとは思えないし、実際犯罪神の危機にも現れなかったんだから、私達は全員倒されたものだと考えていた。……けれど、今…そのマジックが、私達の目の前にいる。

 

「どう、して…貴女は、わたし達が……」

「倒した筈、と?…あぁそうだ、貴様とパープルハートによって、この身は一度消滅した。だが、我は今存在している。…犯罪神様の、力によってな」

「……っ…犯罪神だけじゃなく四天王まで復活なんて、そっちは随分とズルいんだね…」

 

バルコニーから部屋の中へと入ってくるマジック。大いに割れ、外にも中にも破片を散らしているガラス窓は、彼女にとって何の障害にもなっていない。

 

「…はっ、国の主要機関…それも女神が集まってる時に堂々と現れるなんて、随分と度胸のある事してくれるじゃねぇか」

「ほんと、大した度胸よね。最も、貴女がしたのは勇敢な行動じゃなくて愚行でしかないけど」

「復活したというのなら、もう一度倒せばいいだけの事。さぁ、覚悟して頂きますわよ」

 

突然の事に、私達は全員が驚いた。けど、目の前に敵が現れたのなら…その敵が強大な存在ならば、取る対応は一つ。

左右に分かれつつ、意識を戦闘のそれに切り替える私達。それと同時に私やネプテューヌ達は女神化しようとし……

 

「…短気なものだな。女神といえど、所詮は戦う事こそが本能か」

 

その寸前に、私達へ冷ややかな目が向けられた。…含みのある、戦闘意思とは別のものが感じられる声音に、私達は動きを止める。

 

「……何よアンタ、アタシ達と戦いに来たんじゃないの?」

「ふん、目障りな貴様など今すぐにでも亡き者としたいところだが…ここへと来た目的は別にある」

「別?それは一体……」

「まぁ、焦るな。それよりもまずは、今何が起こっているかを知ってもらおうか」

 

私の問いを遮り、口元に手を近付けて再びマジックは含みのある言葉を発する。マジックは何を言いたいのか、この勿体ぶった言い方には何か裏があるのか。構えるどころか武器すら出さないマジックの一挙手一投足に私達が注視し、同時に思考を巡らせる中……ノワール、ベール、ブランの携帯がほぼ同時に鳴った。

 

『……っ!?』

「…どうした、取らないのか?重要な連絡かもしれないぞ?」

「マジック、貴女…ッ!」

 

煽るような口振りのマジックに、ノワールが瞳に怒りを灯して睨み付ける。でもその間も携帯は鳴り続け、続いて候補生や教祖の人達にも着信は波及する。

女神と教祖の携帯が、揃って鳴るなんてそうそうない。そんなそうそうない事が起こったという事はつまり、そうそうない事態が…緊急事態が起きたって事。だからノワール達は、明らかにこの事態に関係している様子のマジックを数秒間睨んで…それから、電話を受けた。電話を受けて、電話の相手から話を聞いて……全員、目を見開く。

 

「み、皆…何があったの……?」

「……リーンボックスの教会に、ジャッジが現れましたわ…」

「ジャッジって…ジャッジ・ザ・ハード!?…じゃあ、ラステイションとルウィーも…」

「…えぇ、こっちはブレイブよ……」

「ルウィーにも、トリックが現れたわ…」

 

ネプテューヌの言葉にベールが、それに反応した私の言葉にノワールとブランが答える。そして、三人の言葉によって……四ヶ国全てに、復活した四天王が現れた事を私達は理解する。

 

「ふっ、抜かったなぁ女神。どうだ、優位だと勘違いした状態から危機へと落とされる気分は」

『……っ…』

 

嘲笑いの笑みを浮かべるマジックと、歯を噛み締めながらも言葉を返せない私達。マジックが復活した以上、他の四天王の復活もあり得ない話じゃない。…けど、その全員が各国の教会に現れるなんて、想像していなかった。想像出来なかった。…そんなのあり得る訳ないって、無意識に思っていた。

 

「……教会の人間、ひいては三ヶ国を人質に取り私達を始末しようという事か…仮にも神の名を冠する者の臣下とは思えない、卑劣な策だな…」

「貴様にだけは言われたくないな、マジェコンヌ。…だが確かに、貴様達が我の要求を聞き入れないようであれば教会に、街に死体の山が出来上がるだろう」

「テメェ……っ!」

 

敵意…いや、殺意を込めたブランの視線がマジックへと刺さる。それを意にも介さず、代わりに見下すような視線を向けてくるマジックに私達は飛びかかりそうになるも……一歩前へと出たマジェコンヌさんに、手で制される。

 

「…要求とはなんだ。何をさせようとしている」

「なぁに、簡単な事だ。貴様達はただ、犯罪神様が完全な状態となるまでここにいればいい。それが守られている限りは、各国の人間にも危害は加えない。…最も、今生き長らえようと滅びの運命は避けられはしないがな」

 

冷静に、話を進めるマジェコンヌさん。その姿を見れば、沸騰しかけていた私の…そして完全に沸騰していたであろう守護女神の四人の頭もある程度冷える。…今、頭に血を登らせるよりやる事があると、彼女の態度が教えてくれた。

 

「ここ、って…プラネタワーから出るなって事ですか…?」

「それ以外に何がある。犯罪神様は寛大だ、この施設内を歩き回る分には目も瞑ってくれよう」

「…人質を取り、時間稼ぎとは…それは遠回しに貴女の崇拝する犯罪神が、今のままではわたくし達に勝てない事を認めているようなものですけど、それで貴女はいいのかしら?」

「何とでも言え。我は犯罪神様の意向に沿い、犯罪神様の大望を成就させる為の存在。そもそも策略の範疇である行いに、いいも悪いもないだろうに」

「ぐぐ…じゃあバルコニーとかは出ても大丈夫なの!?」

「ふん、勝手にするといい」

 

ネプテューヌやネプギアから聞いていた通り、言葉の端々から犯罪神への信仰心を感じるマジックに対し、ベールがその信仰心を逆手に取った駆け引きをしかけるも、マジックはまるで揺らぐ様子を見せない。そこからネプテューヌも言葉を発するも、何とか捻り出した事がありありと伝わる位、出てきたのはあからさまに意味不明な質問だった。…多分、少しでも行動出来る範囲を広げようとしたんだろうけど……バルコニーに出られるのは、どこまで利になるんだろう…。

目的を果たしたからか、マジックは背を向けバルコニーの方へと移動を始める。私達が睨み付ける中、マジックは外へと出て…そこで足を止める。

 

「…哀れなものだな。人をシェア確保の為の糧と見ていれば、こうして窮地に立たされる事もなかっただろうに」

「……例え危機を回避出来るとしても、わたし達はそんな女神になるつもりはありません」

「…ならば、信者の為にここで手をこまねいているがいい。何も出来ぬ己の無力さを、悔やみながらな」

 

毅然としたネプギアの返答を受け、マジックは再び歩き出す。そして、バルコニーの端へと辿り着いた彼女は飛び降り……私達がそこへと駆け寄り下に目を向けた時、マジックの姿はもうなかった。

 

「……くっ…!」

 

手すりに握った拳を打ち付けるノワール。誰も言葉を発さない。ネプテューヌやREDですらも、今は雰囲気をどうにかしようとはしない。…それ程までに、今は危機的…いや、絶望的な状況だった。

 

 

 

 

それから、数日が経った。あの後すぐに三ヶ国に現れた四天王が消えたという連絡が来て、それからは一度も姿を見せない事から、マジックの言葉が嘘である事も、約束を違えるつもりもない事も分かったけど……そんなのは、気休めにしかならない。

 

「これは、承認しても…いい、かな」

 

申請の来ていた書類に目を通して、判子を押す。読んで判子を押すだけといえば楽そうな仕事(実際行動としては楽)だけど、判子を押すというのは責任を背負うという事。それを意識するようになってからは、楽だけど気楽には出来ない仕事…というのが、わたしの認識になった。

 

「……仕事、終わっちゃった…」

 

判子を押して、それを承認済み書類の所に入れたら仕事は終了。…べ、別にわたしの仕事がこれだけって事じゃないですよ?そんな窓際女神だったりしませんからね?そうではなくて…。

ここ暫くは犯罪神と犯罪組織絡みで通常業務を出来ない事も多かったから、デスクワークは減らしておいた。だから元々一日のノルマは少なめで、しかもわたしは犯罪神が完全覚醒に近付きつつあるのに何も出来ない事、その事でお姉ちゃん達やいーすんさん達がピリピリしている事がどうしても頭から離れなくて、そんな中で気を紛らわせる為に仕事へ専念していたらかなり早く終わってしまったという話。

 

(…どうしたら、いいんだろう……)

 

やる事がなくなると、決まってこれが頭に思い浮かぶ。犯罪神を倒さなきゃ、何もかもなくなってしまう。犯罪神は物凄く強い相手だから、戦うのが遅くなれば遅くなる程危険は大きくなる。でも、わたし達がここを出たら……沢山の人が、四天王に襲われる。プラネテューヌの人達は守れるけど、他の三ヶ国へは間に合わないし、自分の国の人じゃなくたってわたしはそんなの許せない。やらなきゃいけない事があるのに、どうにかしなきゃなのに、出来ない。…それが、どうしようもなく……もどかしい。

 

「光学迷彩…はまだ実用レベルの物が完成してないし、今から作っていたらどう考えたって間に合わないし、そもそも開発の為の資材搬入でバレるよね…」

 

このまま待っていたって、状況が悪くなるだけ。それは分かっているから色々考えるけど、良いアイデアなんて一つも出てこない。

 

「…でも、思い付かなくたって諦める訳にはいかないよ…わたしの為にも、皆の為にも……」

 

握った拳で胸元をとんとんと軽く叩いて、自分で自分に言い聞かせる。それからまず仕事で出していた道具をしまって、そうしながらまだ何か策がないかを考え……

 

(…そういえば、今日もお姉ちゃん達は話し合いをしているのかな…?)

 

ふと、守護女神の四人とイリゼさんで毎日話し合いを重ねているお姉ちゃん達の事を思い出す。どうにか出し抜く手はないか、ここにいたまま四天王を排除する術はないかと議論を交わしていて……今のお姉ちゃん達は、本当にピリピリしている。それはもう、わたし達妹でも近付くのを躊躇う位に。

 

(…身も蓋もないけど、お姉ちゃん達が五人で考えても出てこないなら、わたし一人で出てくる訳がないよね…条件や目的が違うならまだしも……)

 

勿論それでもわたしは考えるけど、あんまり可能性は高くなさそうなのも事実。ビギナーズラックとか、素人だからこそ気付けた意外な策っていうのもあるけれど……流石に今のわたしはもうビギナー女神でも素人女神でもない(ビギナーズラックはちょっと違う気もするけどね…)。というか一人の知恵や知識なんて限界があるんだから、せめて誰かと……

 

「…って、あれ…?…わたしに出来る事…お姉ちゃん達のしてる事……気の立ってるお姉ちゃん達…わたし達なりに、出来る事…あっ……」

 

それまでバラバラだった点と点が繋がるように、わたしの中で浮かんでくる幾つもの言葉。それが答えになりかけて、でも後一つピースが足りなくて……机の引き出しにあった飴玉を見た瞬間、ぱっとわたしは思い付いた。

 

「…うん、いいかも…やる価値はあるかも!よーし、そうと決まれば早速……」

「ネプギア、ちょっとはなしたいことがあるの!」

「あっ…ラムちゃん、ノックしなきゃだめだよ…」

「さも当然かのようにノックせず開けたわね、ラム…」

 

引き出しを閉じて、さぁ出ようと思った瞬間に開いた執務室の扉。反射的にそちらへ目を向けると、真剣そうなラムちゃんと、少し困り顔のロムちゃん、それに呆れ顔のユニちゃんが入ってくる。

 

「え、っと…どうしたの?皆」

「だから、はなしたいことがあるの」

「…三人とも?」

「あ、うん…」

「アタシは…まぁ、アタシもそうね。二人と一緒になったのは偶々だけど」

「ユニはネプギアとはなしたくて、でも入るゆうきがないからずっとへやの前で待ってたのよねー」

「な……ッ!?ち、違うわよ!アタシはネプギアが仕事中だと思って待ってただけ!別に入る勇気がなかったとかじゃないわよ!」

「あ、あはは…そうだったんだ……」

 

ユニちゃんとラムちゃんによる、よく見る光景に苦笑いしつつも応接用ソファに座る事を勧めるわたし。でも三人共(特にロムちゃんラムちゃん)すぐに話をしたいみたいで、誰も座ろうとしない。

 

「全く…で、ネプギア時間は大丈夫?まだ仕事が残ってるなら、待つなり手伝うなりするわよ?アタシはここで出来る仕事なんて限られてるし」

「ううん、仕事はさっき済んだから大丈夫だよ。それより、話って?」

「わたしたち、いても立ってもいられないの!」

「あ、う、うん…その理由は…?」

「言わなくたってわかるでしょ!」

「そんな事……は、あるね…うん。わたしもじっとしていられない気分だよ、ラムちゃん」

 

いつも以上に元気一杯…というより、普段なら発散されている筈のエネルギーが残ったままで飽和気味なラムちゃんの勢いに押されかけるも、すぐにわたしはラムちゃんの気持ちに気付いて首肯する。

 

「でしょ?うんうん、わかってるじゃないネプギア」

「すごい…ラムちゃんのことをわかってくれるのは、わたしもうれしい…(にこにこ)」

「分かったっていうか、同じ気持ちだからね。このまま犯罪神や四天王の好き勝手にされるのは嫌だし、だからって沢山の人が傷付くのも嫌。それに…お姉ちゃん達がいつものお姉ちゃん達じゃないのも、何とかしたい。…そうでしょ?」

『うん!』

 

二人の…そしてわたしの抱いている気持ちを口にすると、二人は揃って大きく首を縦に振る。…ロムちゃんとラムちゃんがそういう理由で来たって事は、もしかしてユニちゃんも…。

 

「…同じ理由か?…って顔してるわね」

「あ…顔に出てた?」

「出てたから言ってんの。…えぇ、アタシも同じ理由。ただ、アタシの場合は確かめたい…ってのもあるわ」

「確かめたい…?」

「…ブレイブは、こんな手段を好む奴じゃない。アイツの正義が、これを良しとする筈がない。だから確かめたいの。今一度、アイツの真意を」

 

真っ直ぐなユニちゃんの瞳から感じるのは、信じたいという思い。わたしはブレイブの事をあまり知らないし、ユニちゃんとブレイブの決闘は見てすらいないけど…ユニちゃんにとってのブレイブが、ただの敵じゃない事はよく知っている。その思いは、わたしやロムちゃん、ラムちゃんにはないものだけど…共通してるかどうかなんて関係なく、友達として応援したい。

 

「…たしかめたい……ラムちゃん…」

「…そうだね、ロムちゃん」

『……?』

「あ…気に、しないで…」

「そうそう。うら若きおとめのヒミツなんだから」

「アタシ達とアンタ達は実年齢同じだっての…実年齢って表現はちょっと適切じゃないけど…」

 

わたしがユニちゃんの思いを応援したいと思っていた時、ロムちゃんとラムちゃんも何か心に思っているような顔をしていた。それから顔を見合わせた二人にわたしとユニちゃんは小首を傾げるけど…秘密にされちゃった。

 

「とにかくそういう事だから、アタシ達はネプギアも誘いに来たの。…協力、するでしょ?」

「勿論。…でも、そっかぁ…ふふっ」

『…ネプギア(ちゃん)……?』

「なんでもないよ〜」

 

確認にこくんと頷いたわたしは、それからふっと笑みが零れる。その理由は二つ。一つはわたしも皆に協力してもらおうと思っていて、皆と同じ気持ちだったって分かったからで、もう一つは…三人が皆、わたしの下へと来てくれたから。偶々執務室の前で会ったって事は、先に三人で集まって「それならネプギアも呼ぶ?」…みたいな感じになったんじゃなくて、それぞれでわたしを思い浮かべてくれたって事だから。…ゲハバーンを誰が持つかって話の時に、わたしとお姉ちゃんがパーティーの中心だって言われて、その時はすぐお姉ちゃんに推薦されたからそれどころじゃなかったけど……やっぱり中心的存在だと思われるのは嬉しいよね。あなたの心にいるぎーあ…なーんて、言っちゃったりして……

 

「…なんかネプギア、ちょっとキモい……」

「キモいわね、今のにやにや顔は……」

「…あんまり、好きじゃない……」

「がーん!?え、ひ…酷くない!?っていうかわたし、にやにやしてた!?」

『してた』

「してたんだ……うぅ、してたとしてもそれはにやにやじゃなくてにこにこだもん…キモくないもん…」

 

……わたしは幸せな気分だったけど、友達の三人は結構冷たいのでした。…違うよね?お姉ちゃん共々パーティーの中心って、『愛される弄られキャラ』ってポジションではないよね…?

 

「…げんき出して、ネプギアちゃん。そういうときは、わたしのまねしてくれていいから…(ぽんぽん)」

「そういう問題じゃないよ……こほん。…それじゃ、役者は揃ったし…後は監督さんだね」

「ていとくさん?」

「それだと艦隊の司令又は学園都市第二位の人になっちゃうね…監督さんだよ監督さん」

「監督って…どういう事よ、ネプギア」

 

気を取り直したわたしは、ちょっと芝居掛かった言い方をしつつ歩き始める。向かうのは当然、執務室の外。そうして廊下へと出たところでユニちゃんからの質問が来て……わたしは、振り返る。

 

「皆は、四人で何をするか考えるつもりだったでしょ?でもね、わたしはもう思い付いてるの。だから行くんだよ。わたしの中のプランにきっと協力してくれる、監督さんの所に…ね」

 

 

 

 

『…………』

 

会議室に漂う、重苦しい雰囲気。冗談抜きで話すべきだってなった時、守護女神の四人はちゃんとふざけるのを止めるから、こうして静かになる事も往々にしてあるけれど…こうして空気が重苦しくなる事は、そうそうない。…そんなそうそうない雰囲気が、ここ数日続いている。

 

「…の、ノワール…何かある…?」

「さっき言ったわよ……」

「じゃあ、イリゼ…」

「今、考えてるところ……」

 

この雰囲気は私にとっても嫌なものだけど、私以上に居心地悪く感じているのがネプテューヌ。普段が明るいだけに、やっぱりこの状況は辛いみたいで……でも、今の私はネプテューヌを気にかけアイデアを出してみようなんて気分になれない。…私もそこまで、精神的な余裕がない。

 

「…やっぱり、わたし達で全力を重ね合わせてここから墓場に一撃叩き込むしかないんじゃないかしら」

「…押しますわね、その意見」

「このまま名案が出ずに完全覚醒されたら取り返しがつかないもの。少しでも可能性があるものを押すのは当然の事よ」

「だとしても、それは大博打が過ぎますわ。墓場に届くかも分からない、届いても正確に当たるかどうか、障害物を破った上で致命傷を与えられるかどうかの問題もある。おまけに失敗すれば、その時点でこちらが要求を聞き入れなかったと見なされてもおかしくありませんわ」

「加えて言えば、そこまでの攻撃だと放つ前に察知される可能性もあるわね」

「…なら、代案を考えて頂戴。代案無しに否定するなとは言わないけど、案が出なきゃ困るのはわたし達よ」

 

最初の一日は色々な意見が飛び交ったけど、今はぽつりぽつりと出てくるだけ。誰も声を荒げたり、会議への参加を放棄したりはしていない。…けれど、ほんの少し声音に棘が混じってしまっている。……多分、私も発言すれば…同じ事になると思う。

 

(…これは不味い…会議そのものが詰まっちゃってるし、雰囲気も重苦しいっていうか険悪な感じになりつつある……けど、ならどうしろっての…?こんな状況で、問題だけ分かったってさ……)

 

今の状況は、既に起動している時限爆弾のある部屋に閉じ込められたようなもの。その部屋は幾つもあって、私達は勿論、私達以外の人も違う部屋に閉じ込められている。待っていればその先にあるのは最悪の結末。それを防ぐには時限爆弾を何とかしなきゃいけないけど、下手に弄ろうものなら他の部屋の爆弾が爆発してしまう。……そんな中で冷静に、心を一切乱さず策を練られる人がいるなら是非助力してほしい。表面取り繕って、何か案がないか皆で探せてるだけでも私達は頑張ってる方だと思うんだから。

 

「…何とか、四天王をプラネテューヌに集結させるとか……」

「良さそうね。…でも、どうやっての部分がなきゃどうにも出来ないわ」

「わたしもブランと同意見かな…イリゼの言う通りになれば、確かにわたし達も集結してる訳だから倒せるだろうけど…」

「…だよね、今のは忘れて」

 

ブランの意見が終わった数十秒後に私が一つ言うけど、その意見はあえなく撃沈。とはいえこの意見は私の詰めが甘いんだから仕方ない。

それからまた、沈黙の時間が始まった。全員この空気は良くないと分かっていながらも、和やかにしようとは思えなくて、おまけに意見考えるので必死だから、取り敢えず会話繋げようとも思わなくて……その時間が暫く続いたところで、不意に会議室の扉がノックされた。

 

「あの、イリゼさん…いますか?」

「…私?」

 

ノックをして入ってきたのは、確か仕事をしていた筈のネプギア。出入り口の方を見ると、ネプギアの後ろにはユニやロムちゃん、ラムちゃんの姿も。私だけが呼ばれた事とネプギアの表情から取り敢えず私は立ち上がり、皆に軽く目配せをして廊下へと出る。

 

「ふぅ……どうしたの皆?何か困り事?」

「困り事っていうか…イリゼさんに頼みたい事があるんです」

 

重苦しい雰囲気から解放された事でつい一息漏らしてしまった後、私は呼んだ理由を皆へと訊く。それを受けた四人は、まずネプギア以外の三人がネプギアを見て、ネプギアはそれに頷いて……それから、驚きの頼みを口にした。

 

「……イリゼさん、イリゼさんが今重要な話し合いの最中だった事は知っています。でも、その上でお願いしたいんです。…イリゼさん……」

「…………」

「…わたし達のケーキ作りに、手を貸して下さい!」

「……はい…?」

 

四人一斉に、女神候補生組は頭を下げる。ちょっとしたお願いとかではない様子の、真剣なお願い。そんな姿を見た私は、一瞬固まって……その後、自分でも分かる位のきょとんとした顔になっていた。




今回のパロディ解説

・あなたの心にいるぎーあ
コンパイルハート社の非公式バーチャルYouTuber、いるはーとのキャッチフレーズのパロディ。これをネプギアが言っていると思い浮かべて下さい。…可愛いですね。


・学園都市第二位の人
とあるシリーズに登場するキャラ、垣根帝督の事。こっちの人だった場合、ネプギアのプランは何なんだってなりますね。何かのスペアプランでしょうか…。


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第百二十四話 心を癒す四人のケーキ

第百二十二話の終盤付近を、一部編集致しました。ワンシーン増えただけなので今後の展開を見る上で必要不可欠という訳ではありませんが、少なからず触れる事もあると思うので出来れば見て下さるとありがたいです。


絶望感な状況を何とかする為に会議をしている中で、女神候補生の四人が揃って口にしたお願い。一目で分かる、真剣で本気なお願い。それは……ケーキ作りを手伝ってほしいとの事だった。

 

「…えっ、と……今日、何かお祝いあったんだっけ…?」

 

私にとって候補生の四人は、女神の後輩であり同時に教え子。四人のやりたい事、頑張りたい事は応援してあげたいし、これまでそうしてきた。…けど…流石にいきなりケーキ作りを手伝ってと言われたら、そういうスタンスでも困惑してしまう。

 

「いえ、お祝いじゃないんです。でも、お姉ちゃん達の為のケーキです」

「…甘いもので頭の回転をよくしてほしい、って事?」

「ううん、ちがう…」

「あまいものじゃなくてもいいんだもんね。ケーキがいいかなって思っただけで」

 

お祝いでなければ、糖分補給の為でもない。…なら何故今、こんな時に?…というのが私の感想。そんな事するな、と言う気は毛頭ないけど……今は状況が状況なんだから。

 

「だったら、どういう理由?」

「それは……すみませんイリゼさん。今はまだ、言えないんです」

「言えない?…まさか詐欺か何かに引っかかってはいないよね?」

『いやいやいや……』

 

ゆっくりと首を横に振って答える事を否定するユニに、ふと碌でもない事へ巻き込まれたんじゃないかと勘繰る私。…けど、お金貸してくれならともかくケーキを要求してくる詐欺というのも意味不明な話。こういう事では……多分ない。

 

「…前言撤回。詐欺云々は違うんだろうけど…理由はちゃんと言ってくれないかな?」

「言ったらいみなくなっちゃうからダメ!」

「意味が無くなる…?」

「正しくは、イリゼさんの場合半減しちゃうですけど…とにかくそういう事なんです。お願いします」

「……お願いってさ、内容にもよるけど相手の時間や労力を提供してもらう事だよね?だから対価を用意しろとは言わないけど、今のまま手伝えっていうのは…」

「図々しい。…それは分かっています。でも…それを分かった上で、なんです。……お願いします、イリゼさん」

 

ラムちゃんの言葉とユニの訂正で、理由は分からずとも話してくれない理由は分かった。…けど、私の口から衝いて出たのは、少々意地の悪い言葉。道理は通っていると思うけど、私基準では間違いなく意地が悪い。…そう分かっているのに、口にしてしまったのは…まだ私が会議での心情を、引き摺っているから。

でも、ネプギアは…皆はまた頭を下げてきた。そこにあるのは、意地の悪い言葉にへこたれないだけの意思と……イリゼさんならきっと、という私への信頼。私がいつも皆に向けていて…向けてもらえると、本当に嬉しい思い。そんな思いを四人が向けてくれているのに……私の反応は、それでいいの…?

 

『…………』

「…………」

『…………』

「……ちょ、ちょっと待ってて…!」

 

そんなんじゃ手伝えないという気持ちと、応えてあげたいという気持ち。そのどちらもあって、迷って……そこで私は、タイムを取った。四人に待ってと伝えて、猛スピードで自室へ急行。そして……

 

「ライヌちゃん!ちょっとごめんね!」

「ぬ、ぬらっ!?」

「ライヌちゃん、むぎゅー…っ!」

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

……はふぅ…♪

 

 

 

 

「お待たせ皆。…いいよ、手伝ってあげる!」

 

マイナスの気持ちを、ライヌちゃんを抱き締める事で癒した私は、戻って四人のお願いを聞き入れるのだった。…この時、今度は四人がきょとんとした顔をしてたなぁ…。

 

 

 

 

イリゼさんは、初めいつもより厳しい雰囲気があったけど、どこかに行ってそれから戻ってきた時には雰囲気もいつものイリゼさんに戻っていた。その後すぐイリゼさんは指導役を引き受けてくれて、早速わたし達はケーキ作りを……する前に、材料の注文をする事になった。だって、買いには行けないもん…。

 

「イリゼさん、全員手を洗いました」

「うん。今回に限らず、料理をする時はまず手を洗う事が大切だからね?」

 

プラネタワー内の食堂の一つ、そこの厨房でわたし達はイリゼさんの前に並んだ。調理台の上に置いてあるのは、わたし達がそれぞれ作るケーキの材料。

 

「で、確認だけど…四人は何のケーキを作るつもり?」

「モンブランよ!だっておねえちゃんの名前ににてるもん!」

「モンブラン…すてき…(きらきら)」

「へぇ、そういう理由で…って、あぁ…だからモンブランが懐かしかったんだ…」

『……?』

「あ、ううん気にしないで。ネプギアとユニは?」

「わたしは苺のケーキです」

「アタシはブルーベリーケーキですね。…三種類も一度に作れますか…?」

 

食堂の設備は、当然だけど家庭用よりずっと一度に沢山の調理を行えるようになっている。それ位ユニだって分かっている筈で、だとすればユニが心配しているのは私の負担の問題。でも、それは……

 

「ふふっ、心配ご無用だよ。私、お菓子作りに限定すればそこそこ得意だからね」

「それはネプギアから聞きましたけど…二人程包丁や火を使わせるのは危なそうな子もいますし…」

「む…それってわたしたちのこと?」

「あーりんクッキングで、おべんきょうしたもん…」

「それ包丁も火も使わないやつじゃない…アイドルのクッキングってならせめてクッキンアイドルとかにしなさいよ、見た目的にも……」

 

今やお菓子作りが趣味の一つである私にとって、この程度の事問題な……ってあれ!?これ私のアピールタイムじゃなかったの!?なんか全然違う話になっちゃったよ!?…まぁいいけど。

 

「よし、それじゃ早速始めようか。皆、昨日言った通り基本は自分達でやるんだよ?分からなかったり手を貸してほしかったりしたら、その都度頼んでくれていいからさ」

「じゃあ、ぜんぶわからなかったら…ぜんぶ、おしえてくれる…?(うわめ)」

「もう、仕方ないなぁ……って、それは流石に駄目だよ!?あ、危なっ!危うくロムちゃんに甘々な約束しちゃうところだった…」

「あー、おしい。ざんねんだったね、ロムちゃん」

「ざんねん…でも本気じゃないから、だいじょうぶ…」

「本気でそのつもりだったら困るよ……」

 

…なんてロムちゃんなりのボケ(…だよね…?)があった後、ケーキ作りを開始。各々調べたレシピに沿って、何かしらの目的の為のケーキを作っていく。

 

(ネプギアとユニ…は、常に見てる必要なさそうだし、何かあれば自分から訊きにきてくれるよね。だったら……)

 

腕を組んで使っていない台に軽く寄りかかりながら、私はロムちゃんとラムちゃんの方へと目をやる。

やっぱり不安なのはこの二人。勢い良く包丁振り下ろして指ザクゥッ!…とか、空焚きしちゃってあわや火事!…とかほんとにありそうでちょっと怖い。…基本は自分達で、って言ったけど…適宜アドバイスして、場合によっては本当に包丁や火を使わない調理法を教える方がいいかもね。

 

「えーっと、切るときはネコの手だったよね?」

「うん。気をつけてね」

 

色々想定しつつ見ていると、すぐに二人は包丁を手に。でも叩っ斬るような感じはなく、二人で確認をし合いながら進めている。…二人がきゅっと軽く手を握って食材に当ててる姿は、ちょっと可愛い。

 

(…不安はあるけど、過干渉も良くないか。料理には慣れてなくても、刃や火の危険性はよく分かってるだろうし……)

「…あの、イリゼさん」

「ん?どうしたの?ユニ」

 

暫く二人の事を考えていたところで、すぐ近くから私を呼ぶ声。何かなと思って反応すると、そこにはボウルを手にしたユニの姿。

 

「こんな感じに今泡立て器で混ぜたんですけど…もう少しやった方がいいですか?」

「そう、だね…ちょっと貸してくれる?」

「あ、はい」

「こういうのは数値的な表現がレシピにないから難しいよね……うん、このままでもいいと思うよ?でも、もう少しやるとふわっと感が増すかな」

「ふわっと感、ですか…ありがとうございます。もう少しやってみますね」

 

ボウルと泡立て器を受け取り、軽く混ぜた私は見た目と手の感覚を元にアドバイス。この中じゃユニが一番論理的というか「何となく」を避けるタイプだし、多分この後もこの系の質問来るんじゃないかなぁ…。

 

(…なんか、いいかも……)

 

取り敢えずは自分で、でも私に頼るばかりではなく時には候補生同士で意見を出し合ったり、同じ食材を使う場合は分担したりで協力しながら完成を目指す四人。全員で仲良く、和やかに料理する姿はとても今の状況と合っているとは思えない。……けど、大変な時は大変そうな顔をして、楽しくも何ともない事をしなきゃならないなんてルールはない訳で、私や守護女神の四人よりずっと精神衛生が出来ているとも言える。意識して精神衛生してるって事はないんだろうけど…意識せず出来るのも、それは一つの力だよね。

 

「…ふぅ、後は焼くだけ…イリゼさん、焼いている間にしておいた方がいい事ってありますか?」

「ん、あるよ〜。食器を用意しておくとか、逆に使い終わった物を洗っておくとか、後は盛り付けの……と、思ったけど……」

『……?』

「……まずは、ゴミの片付けから始めようか…」

『あっ……』

 

オーブンにケーキのスポンジを入れ、くるりと振り向いたネプギア。ここまで特に問題なく進めていた四人だけど…調理台を見てみれば、そこには出しっ放しとなった砂糖や空になった卵のパック等がそこそこな面積を占領中。

 

「こ、このアタシがこんなミスを犯すなんて…」

「あはは…まぁでも料理慣れしてないとついやっちゃう事だし、気にする事はないと思うよ?私も前はよくやってたし」

「むぅ…おりょうりでもお片づけしなきゃいけないなんて…」

「皆で分けてやれば簡単だよ。だからぱぱっとやっちゃお?」

 

料理…特に○○分温めるとか、とろみが出るまで煮込む(今回それをするケーキはないけどね)みたいな時間の気になる行程があると、つい意識が目の前のものに割かれて他がおざなりになってしまう。ゲームと違って基本不可逆だから、尚更これは慣れるまで上手くいかないんだよね。

ネプギアが音頭を取って、四人は焼いている間に片付けを実行。言葉通りに片付けを分担した事で、あっという間に調理台は綺麗な状態へ。そして……

 

「上手く手首のスナップを利かせて…」

「とりゃー!とりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」

「ら、ラムちゃん…!そんな、らんぼうにしたら……き、きれいな形になった…!?」

「後は、この苺を乗せれば…出来たっ!」

 

調理台に並んだ、三種類のケーキ。決して完璧という訳じゃない…でも中々上手く出来ていて、何より四人の頑張りが詰まっている、手作りケーキ。

 

「はふぅ…わたしたちも、できたよ…?」

「ふぅん、結構綺麗に出来てるじゃない」

「ユニこそ、まぁまぁおいしそうだと思うわよ?」

「それじゃ、後は形が崩れないように…っと、その前に……」

 

お互い完成したケーキを見合って、達成感と安心感からか四人は笑顔に。それを見て私も心の中でほっと一息吐くと、ネプギアはケーキを保管用のケースに入れようとして……その手を下ろした。何だろうと思って見ていると、三人も同じように個人作業を止め、四人並んで私の方へ。

 

「…えーと、講評を言えばいいのかな?だったら……」

「いえ、そうではなく……イリゼさん」

「は、はい」

『…お(忙・いそ)がしい中、ありがとうございました!』

 

私が軽く戸惑う中、代表するようにネプギアが私の名前を口に。その真面目な様子に私は敬語になってしまい、そのまま四人を見つめていると……四人は全員揃って、元気な声でそう言った。言って、ぺこりと頭を下げて…顔を上げた時の四人は、にっこりとした笑顔。それを見た、私は……

 

「……ぷっ…!」

『え……?』

「あっ、ご、ごめんね四人共…!べ、別に四人を馬鹿にしてる訳じゃないの!ただ、四人が顔にクリームを付けたままそんな事を言うから……」

『クリーム?……あっ…!』

 

一体どのタイミングで付けてしまったのか、仲良く顔の一部を美味しそうな感じにしてしまっていた四人。私が慌てて謝罪しつつそれを伝えると、四人はまず不思議そうな顔をして、それからそっと顔を触って……クリームの存在に気付いた四人が発したのは、本日二度目の『あっ』だった。

 

「……まぁ、何にせよ…お疲れ様、四人共」

 

ちょっと恥ずかしそうにしながら慌てて顔を拭く四人を見ながら、私は微笑んでそう伝える。結局理由は教えてもらえなかったけど…いいよね、それ位は。

 

 

 

 

……と思っていたら、その数時間後に私は守護女神の四人と一緒に呼び出された。

 

「一体何なのかしらね。わたくし達を揃って呼び出すなんて…」

「さあ。私も何も聞いてないわ」

 

呼び出されたのは、とある部屋の前。ここは広くも狭くもない部屋で…あんまり使う機会のない部屋だから、私も詳しい事は分からない。

 

「にしても、急な呼び出しね。まだ会議をしていたのに…」

「まあまあ、取り敢えず入ってみようよ。ネプギアー!来たよー!」

 

自国に戻れないどころか外にも出られない私達に出来る仕事なんて限られていて、時間が余っているからって遊び呆けられるような状況でもないから、専ら私達がしているのは顔を付き合わせての会議。昨日その最中に私が呼ばれたように、今日はイストワールさんに四人が呼んでいると呼ばれて…ここへ来た。

私含めた四人が困惑気味な中、ネプテューヌだけはどんな形であれ空気が変わった事にほっとしているのかいつも通りのテンション。そのテンションのまま、指定された部屋の扉を開け……

 

『いらっしゃいませ、(ご主人様・ごしゅじんさま)ー!』

 

──中で私達を迎え入れてくれたのは、四人の可愛らしいメイドさんだった。

 

「ねぷっ!?な、な、何これ!?」

『メイド、です(って・ですの)…!?』

 

一番早く入ったネプテューヌが真っ先に驚きの声を上げ、続けて私達もメイドさん……ではなく、その格好をしたネプギア達に驚愕の表情を浮かべる。…この時、私とネプテューヌ、ブランはシンプルに驚いていたけど…ノワールとベールは、ちょっと違う系統の驚きを見せていた気もする。

 

「こちらに、席をご用意しております。どうぞ、おかけになってお待ち下さい」

「い、いや…ちょっと、先に説明してほしいんだけど…」

「…サプライズ、パーティー…?」

「えへへー。おねえちゃんたちずっとぴりぴりしてたから、わたしたちでこっそり考えたの!」

 

リボンがちょっとネコミミみたいになっているユニに案内されて、私達は部屋中央の円形テーブルへ。よく見れば四人のメイド服も完全に一緒ではなく、ネプギアは胸元のリボンが赤、ロムちゃんとラムちゃんはちょっと大人っぽさを感じさせる黒と細部での違いがあり、部屋もメイド喫茶を意識した飾り付けが施されている。そして、極め付けは……ラムちゃんの言葉と、それに続いて運ばれてきた三種類のケーキ。

 

「…そっか…四人が作ってたのは、この為だったんだ……」

「はい、そうなんです。わたし達はまだまだ未熟だから、今起きてる事態に…状況打破の為の策を練っているお姉ちゃん達の力にはなれません。でも、直接力になる事は出来なくても、こうしてお姉ちゃん達を癒して、間接的に力になる事は出来るんじゃないかって思ったんです。こうして一時でも気の抜ける時間があれば、リフレッシュ出来るんじゃないかって。だから、皆さん……わたし達の気持ち、受け取って下さいっ!」

 

三種のケーキと切り分け用の包丁、フォークとお皿を置いて一度席から離れる四人。そこから四人は並んで、この企画と私にケーキ作りのお手伝いを頼んだ理由を教えてくれた。その言葉を受けて、私達はハッとする。

 

(…私達、そんなに雰囲気を外へと持ち出してたんだ…四人はそんなに私達を…今の状況の事を、真剣に思ってたんだ……)

 

プラネタワー全体が重い空気になってはいけないと、マジックからの要求については一部の人を除いて口外する事を避け、会議も会議室以外ではやらないようにしていた。…でも、四人がここまで手の込んだ企画をしたって事はつまり、少なくとも四人には分かるレベルで外へ持ち出してしまっていたって事。それに、私達は会議に参加させるのが四人にとって大きな負担になると思って呼んでいなかったけど……それは少し、間違いだったのかもしれない。だって、四人だって女神で…こんなにも今の状況を、なんとかしたいと思っていたんだから。自分達の力を分かった上で、私達の雰囲気も状況も良い方に変えられる手段を考え実行してくれたんだから。

 

「そうだったんだ…うぅっ、ネプギアも皆もありがとー!」

「これは、受け取らない訳にはいかないね…うん。これは私の弟子が皆に向けてしてくれた事なんだから、受け取らないなんてさせないよ?」

 

驚いて、言葉を失って……それからふわりと表情が緩む。これ以上の説明も、言葉も必要ない。ここには後輩の、ネプテューヌ達三人にとっては妹の用意してくれた憩いの場があるんだから、ならもうそれを満喫する以外の選択肢は存在しないよ。

 

「お、お姉ちゃん。このケーキ、アタシが作ったんだけど…どうかな?」

「へぇ、ユニが…うん。綺麗に出来てるじゃない」

「…これは、モンブラン…よね?」

「わたしたちが作ったの。お名前、にてるでしょ…?」

「ちょっとかたくなっちゃったところもあるけど、味にはじしんがあるのよ?」

「そう…ありがとう、二人共。切る前に、記念に撮ってもいいかしら?」

「あ、そうよユニもまだ切らないで!写真に収めておくから!」

「これはわたしからだよ。…プリンの方が良かった?」

「ううん、ネプギアが作ってくれたケーキを比較対象に出来る訳ないじゃん!ネプギアが作ってくれたなら、例えガラクタで作った焦げパンでも大喜びだよ!」

 

四人が作ったケーキはそれぞれ一人分じゃない…というかケーキは一人分だけ作る方が難しいものだから、一人一切れずつ食べるだけの大きさは十分ある。でもやっぱり自分の妹が作ったケーキが一番気になるみたいで、ネプテューヌは苺のケーキ、ノワールはブルーベリーのケーキ、ブランはモンブランにばかり目がいっている。…一方、ベールはと言えば……

 

「はぁ…微笑ましい光景と言いますか、皆さん良い妹をお持ちで羨ましいと言いますか……今に始まった事ではありませんけど、こういう席だと妹がいない事が尚更寂しく感じますわ…」

「はは…でもほら、四人共私達全員を思って作ってくれたんだから、あんまり落ち込まずに楽しめば……」

「あの、ベールさん、イリゼさん。実はこの三つの他に、ティラミスもあるんです。これはお二人を思って作ったんですが…良かったら、食べてもらえませんか?」

 

この中では一番背が高いのに、どこか小さくなってしまったような雰囲気のベール。その姿に私が苦笑いしつつ、励ましの言葉をかけていると……新たにネプギアが、ティラミスを持ってこちらへ来た。それに対しベールは勿論、私はベールとは少し違う理由で目を丸くする。

 

「え、てぃ、ティラミス?ティラミスって、私がいた時には作ってなかったよね?まさか、私がいなくなってから急いで…?」

「ふふ、実はこのティラミス、途中までコンパさんに作ってもらったんです。で、イリゼさんを見送った後四人で完成まで進めたので、半分はコンパさんの作ったティラミスなんですけど…その分、味は保証されてますよ?」

 

ある筈のないケーキに私が驚く中、ネプギアはちょっと肩を竦めながら種明かしをしてくれる。確かにコンパが協力していたなら、ここの飾り付けなんかをしていたとしても間に合ったって何もおかしくない。でも、私やベールの事まで考えていてくれたなんて…くぅ、気の利く四人なんだから…!

 

「嬉しいですわ四人共!わたくしの為に作って下さるなんて…四人の心を掴むどころか、むしろ四人に掴まれてしまいそうですわ…!」

「わたくし達の、為ね。…でも、これって謂わば私の先生と弟子の合作だよね……うぅ、ちょっと私感動かも…」

「…さっきも思ったけど、四人は女神や戦闘においての弟子であって料理の弟子ではないのよね…?」

「まぁね。でもこの際それは瑣末事でしょ?」

 

いつものように自分達は余りもの組かな…と思っていたところでの登場だったからこそ、目をキラキラとさせて喜ぶ私とベール。ブランに表現を少し突っ込まれたけど、それは本当に瑣末事。だって…ってその理由は少し前にも地の文で言ったね。ならもういっか。

それから四人は紅茶も用意してくれて(運ばれてきた瞬間ベールの目がほんの少し光った。…気になるよね、紅茶好きのベールなら)、私達は四人の用意してくれた時間を満喫。ケーキを楽しむ事は勿論、会議の事は一旦忘れて、九人で和気藹々と談笑を交わす。仲良く、楽しく、気楽な気持ちで。

……こんな事をしていたって、状況は何も変わらない。むしろ、刻一刻と犯罪神の完全覚醒は近付いている。でも…ここ数日の間で、今が一番楽しい時間だった。これがどんな形で今後に繋がっていくかは分からないけど……こんなにも楽しく幸せな時間を用意してくれた四人に、私達は感謝の気持ちで一杯だった。




今回のパロディ解説

・あーりんクッキング
ももクロChan〜Momoiro Clover Z Channel〜内のコーナーの一つの事。これを参考にした場合、途中でロムラムワールドが展開されるのかもしれませんね。

・クッキンアイドル
クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!の事。何故ユニがこれを…?とも思いますが、ユニは原作シリーズでプリキュアパロの作品を見てる旨の台詞があるので、あり得るかと。

・ガラクタで作った焦げパン
シャイニング・アークで登場するパンの一つの事。色んなパンが登場する訳ですが、食べ物でないガラクタをパンにしてしまうのは最早料理ではなく錬金術の域ですね。


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第百二十五話 辿り着いた一筋の光

お姉ちゃん達をメイド喫茶風にした部屋でもてなして、リフレッシュさせてあげる作戦は無事成功。わたし達の作ったケーキを五人共喜んでくれて、ここのところお姉ちゃん達から何となく感じていたピリピリとした雰囲気も、綺麗さっぱり消し去る事が出来た。だから、今回の事は…控えめに言っても、大成功。

 

「まず私が手伝ったケーキを出して、その後機を見てティラミス投入なんて、中々憎い事をしてくれるね。私完全に踊らされちゃったよ」

「あはは、そう思ってくれたのなら何よりです」

 

ケーキ会の後、折角こんな良い気分にしてもらえたんだから…とお姉ちゃん達は今日の会議を切り上げる事にした。完全にお休みって訳じゃなくて、名目上は『一度頭をリセットし、これまでの意見を一人一人で見つめ直してみる』って形なんだけど…そういう判断が出来るだけの精神的余裕が生まれたなら、ほんとにわたし達の作戦は大成功。…って、これじゃわたし達が上の立場みたいな表現だね…。

で、今わたしは三人と片付けをして、それからイリゼさんとタワーの中をのんびり歩いている。お姉ちゃんとではなく、イリゼさんとなのには…特に理由はない。

 

「…でも、コンパにも協力してもらえたならどうして三種類は私に協力頼んだの?そんなに『お菓子作り=イリゼさん』って認識あった?」

「あ、それはですね…」

 

そこで一度言葉を切って、ある部屋へと入るわたし。それは、マジックが突入してきた部屋。元々ここはよく使う部屋で、窓もあの後すぐ業者さんを呼んで直してもらったから、この部屋に入る事を躊躇う理由は何もない。

 

「イリゼさんなら、わたし達のケーキ作りの監督をする中でもリフレッシュしてくれるんじゃないかなって思ったからです」

「…それがあったから、作る途中では教えてくれなかったの?」

「はい。半分はサプライズだから、もう半分はこの事があるから、秘密にしたんですよ」

 

部屋の中央で振り返って、窓を背にイリゼさんへ説明。ケーキ会はこれでリフレッシュしてねって言っても効果あるけど、指導の中でリフレッシュしてね…じゃ効果が微妙になっちゃいそうだもんね。

 

「そっかそっか…私はこれまで四人の事をよく見てきたつもりだったけど、四人も私をよく見ててくれたんだね」

「…それも、あるんですよ?」

「それ……?」

「これまでわたし達の事を見てきてくれたからです。…だから何か教えてもらう時は、まずイリゼさんかなって……」

「…もう、ほんっとにネプギアは良い子なんだから……」

「えへへ…でも、それはユニちゃん達にも言ってあげて下さいね…?」

 

わたしは色んな人に色んな事を教えてもらっているけど、こと指導にかけては…わたしにとって先生と言えば?…と言われたら、やっぱり最初に出てくるのはイリゼさん。でもそれを口にするのは少し恥ずかしくて、だから若干上目遣いになった状態で伝えると……イリゼさんは胸が一杯になったみたいな顔で、わたしの頭を撫でてくれた。…う、うん…嫌じゃないけど…やっぱりちょっと、恥ずかしいね…。

 

「……うん、やっぱり私はこっち側だよ…撫でてあげる側であって、撫でられる側じゃないんだから…!」

「え、あの…イリゼさん、そんな力込められると頭が揺れて……」

「あっ…ご、ごめんね…ちょっと意識が違うところに行ってた……」

 

…と、思っていたのは最初の方。思うところがあったみたいに段々とイリゼさんの撫でる力が強くなって、最終的には撫でるというか頭を揺らされる感じになってしまっていた。…はは…そういえばあの異様に厄介だったスライヌを討伐した時も、移動中イリゼさんは撫でられてたなぁ…。

 

「…でもほんと、四人には助けられたよ。私も雰囲気が悪くなっていた事は認識していたけど、何とかする事は出来なかった…っていうか、そんな事までしてられるか…って気分だったから」

「ですよね。わたし達だって、会議に参加してたらリラックスさせてあげようなんて思い付かなかったと思います。会議に参加してなくて、イリゼさん達とは能力も立場も違うわたし達だからこそ、今出来る事があるんじゃないか…なんて」

「…それは、皆で考えたの?」

「えっと…今日の事はわたしが思い付いたんですけど、思い付けたのは少し前にユニちゃんやロムちゃん、ラムちゃんと似たような話をしたからなんです。だから……」

 

結果的にではあるけど、今日の事はわたし達女神候補生が(気に病む事はあっても)比較的余裕があったから思い付く事が出来た。それに思い付いたのはわたしでも、これは決してわたし一人の力じゃなくて……

 

「…ふふっ」

「……?イリゼさん…?」

「成長したね、ネプギア。ほんと…ネプギアは成長したよ」

 

わたしが今日の成功の要素を思い浮かべていた時、いつの間にかイリゼさんは微笑んでいた。それからイリゼさんは、目を瞬かせるわたしに二度言う。わたしは、成長したって。

 

「技術も、知識もだけど、ネプギアは心が凄く成長した。今のネプギアは謙遜はしても過剰な卑下はしないし、意識なんてしなくたって周りの事を考えて、信頼して信頼されてる。…もう立派な女神だよ、ネプギアは」

「……っ…そんな事…わたしは、まだ…」

「あるよ、そんな事ある。…他でもない私が言ってるんだから、間違いないよ」

 

優しい微笑みで、イリゼさんはそう断言した。別に何か大きな事があったって訳じゃない、普通の会話から発展した、多分イリゼさんからすればなんて事ない普通の言葉。……でもそれは、わたしにとって凄く凄く嬉しい言葉だった。不意に言われて、一瞬泣いてしまいそうになる程嬉しかった。…だって、わたしが成長したんだとすればそれはイリゼさんが導いてくれたからで、切っ掛けもイリゼさんが与えてくれたものだから。そんな相手に、こんな事を言われたら……嬉しいに、決まってるじゃん。

 

「……でも、まだまだ…わたしはまだまだです」

「…ネプギア…謙遜はしても過剰な卑下はしないって言ったばかりなんだから、今位は自信を持った発言をしても……」

「まだまだですよ。お姉ちゃんも、イリゼさんも、他の守護女神の皆さんも…ううん、わたしがまだ目指すべき相手は沢山いるんです。だから…もっと成長します、わたしは。こんな程度じゃ、満足なんて出来ませんから」

 

褒めてもらえるのも、認められるのも、嬉しい。イリゼさんから言ってもらえれば、頑張って良かったって気持ちにもなる。けど……ここで満足してたら、わたしはお姉ちゃん達に追い付けないもんね。まだ犯罪神だっているんだから、今の自分をゴールにだなんて早過ぎるよ。

 

「…格好良いじゃん、ネプギア」

「う…そう言われると今度はちょっと気恥ずかしく……あ、この程度って言ってもわたしがこれまで皆と繋いだ絆を低評価してるとかじゃないですからね?これは言葉の綾っていうか、別に悪気があった訳じゃ……」

「あはは、分かってるよ。…けど、そういう事ならもうネプギアへの指導は出来ないかなぁ。ここまで成長してるなら、私の指導も及ばなくなってるだろうし…」

「えぇっ!?そ、そんな事はないですよイリゼさん!確かにわたしは前より前進してますけど、イリゼさんにそんな事を言わせるレベルじゃ……」

「……そのスタンスで行くなら、スタミナも必要になるよ?ビビットな反応は、連続してやると凄く疲れるから…ね」

 

ふっと遠い目をされ、そういうつもりじゃなかったのにとわたしが慌てると…それを見たイリゼさんは、にやりとそれまでとは違う笑みを浮かべて、何だかよく分からないアドバイスをしてくれた。…って、いやいや…これは、アドバイスに見せかけた…新手の弄りですよねぇ!?

 

「も、もう!こんな時にからかわないで下さい!」

「こんな時だからこそからかったんだよ。というか、そうは言いつつももう慣れっこでしょ?」

「それはまぁ…って、そういう問題じゃないです!後別にわたしはこのスタンスで行こうと思ってる訳じゃ……痛っ…」

 

最初は撫でられて、次は自分の発言で、今度はからかわれて恥ずかしくなるわたし。流石に三度目という事もあってか頬が熱くなってきちゃったわたしは、頬を冷やすのとこれ以上からかわれるのを回避する為に窓を開けてバルコニーへと出て……その瞬間、足の裏に何かが刺さるような痛みを感じた。

 

「…ネプギア?足でも挫いたの?」

「い、いえ…今何か踏んじゃって……」

 

わたしの声と足を上げる動作で気付いたイリゼさんは、声音に心配の色を混じらせてこちらへとくる。一方わたしは、上げた足の足首を掴んで足裏の確認。…感じとしては、部屋で落とした機械の部品を気付かず踏んじゃったり、砂浜で貝殻踏んじゃった時のに似てるけど……って、これは…。

 

「…ガラス片……?」

 

足の裏…というかニーハイに食い込んでいたのは、小さくて透明な何かの欠片。手に取ってみるとやっぱりガラス片で、幸い足もニーハイも切れてはいない。

 

「…これ、もしかして……」

「割られた窓の破片だろうね。他にも一つか二つ位はまだ落ちてるかもしれないから、足元には気を付けて」

 

そう言いつつイリゼさんは目を凝らして、他のガラス片を探す。でもガラス片は透明だし、バルコニーだってそれなりの広さがある。おまけにすぐ見つかる破片ならもうとっくに掃除されてる訳で……って、そんなのイリゼさんなら分かってるよね。

 

「履き物持ってきて、それを履いて歩き回ってみます?そうしたら終わった時には、裏にガラス片が付いてたり…」

「それはどうだろう…ただ歩き回るだけじゃ踏み残した場所が点在しちゃいそうだし、踏めば必ず食い込むとも限らないよ?」

「それもそうですね…でもまさか、こんな出て早々に踏んじゃうなんて運がない……」

 

バルコニーは破片処理の為に掃除をされていて、わたしは歩き回った訳でもない。なのに踏むなんて、確率で言えば物凄く低い…低、い……

 

 

…………あれ…?

 

「……うぅ、ん…?」

「…どうかした?」

「いや、あの…なんか変っていうか…何か違和感が……」

「……何に?」

「わ、分かりません…」

 

突然感じた、何だかよく分からない違和感。どこか引っかかるような感じがあって……でも何に対してなのか、何が引っかかっているのかはさっぱり分からない。

 

(うーん…気のせい、ではないと思うけど……)

 

顎に指を当てて、考えてみる。もしわたしが危ないお薬をキメてる人なら頭とか神経の異常でこういう事を感じるかもしれないけど、そんな事はしてないんだからこの引っかかりには原因がある筈。…だよ、ね……?

 

「…気になるの?」

「はい…どうもこれはどうでもいい事じゃない気がして…」

「だったら私も手を貸すよ。変だと思った直前に考えていた事は何?」

「えと…ガラス片踏むなんて不運だなぁ…って考えてました」

「ふむ…じゃあ、周りで気になるものは?少し見回してみて」

「周り……」

 

考え込むわたしへ、イリゼさんは助言をしてくれる。周り、周りは……別におかしい物とかないけど…。

 

「…出てこない?だったら次はここまでの行動を振り返ってみて。それかいっそ再現してもいいかも」

「さ、再現ですか?……してみます」

 

そこまでの事じゃ…と一瞬思ったけど、今のところ進展はないし、考え事に付き合ってもらってる身で折角の案を試しもしないのは失礼というもの。……という訳で、わたしは一度部屋の中へ。

 

「……?どうしてイリゼさんまで…?」

「私もやった方が、再現度は高くなるでしょ?今もさっきも二人で話してたんだから」

「あ、ありがとうございます…じゃあ取り敢えず、ここに来てからの再現を…」

 

廊下にまで移動して、わたし達は再現を開始。行動はともかく、話した内容を一字一句再現するのは流石に無理だからそこは「こんな事言ったよね」程度に収めて、部屋内での事が終わったら次はバルコニーに。

 

「…ここでわたしがガラス片を踏んで……」

「私が軽く注意しつつ探してみて……」

「それからガラス片見つける方法の話をした後で、ネプギアが違和感覚えたんだよね。…どう?何か気付きはあった?」

 

そうしてわたし達の再現は終了。結果は……あんまり、芳しくない…。

 

「ごめんなさい、特には……」

「そっかぁ…再現度の問題かな?そうだった場合はどうしようもないけど…ネプギアってムーディー・ブルース使えたりは?」

「使えたらそれで再現してますよ…」

 

その後もイリゼさんから意見をもらったり、わたし自身で頭を捻って考えてみるけど、それでも違和感の正体は分からないまま。こうなると段々「やっぱり気のせいだったんじゃ…」って思いが出てきちゃって、その思いがあるとやる気も少し減ってしまう。

 

「…もしかして、引っかかってるのは全然関係ない事なのかな…誰かに何か頼まれてたのを思い出したとか…」

「…誰かに何か頼まれてるの?」

「いえ…でも、ここまで全く進展してない訳ですし…」

 

気にはなる。勘違いじゃないとも思う。だけど楽しくもなければやらなきゃいけない事でもない思考をいつまでも続けるのは楽じゃなくて、どうでもいい事かもしれない引っかかりにいつまでもイリゼさんを付き合わせるのも申し訳ない。…うん、そうだよ…折角リフレッシュさせてあげたばっかりなんだから、これ以上はイリゼさんに悪いよ。

 

「…イリゼさん、後はわたし一人で考えてみます」

「そっ、か…ごめんね、あんまり力になれなくて」

「そ、そんな事ないですよ。むしろこんな事にここまで付き合ってくれて嬉しい位で…」

 

そう断りを入れると、イリゼさんはすまなそうな表情をして…でもすぐに、肩を竦めて「なら仕方ないね」って顔をした。……申し訳って思って言ったけど…逆に、気を遣わせちゃったかな…。

 

「でも、何だったんだろうね。…実は、前の窓ガラスと今の窓ガラスは微妙に違ってて、それが気になったとかだったりして……」

「そ、そこまで細かい性格じゃないですよ、そこまで……」

 

元々わたしの引っかかりだったのに、いつの間にかイリゼさんも気になり始めていた様子。その思いを冗談に混ぜながら窓の方を向いて、爪で軽く窓を突いているイリゼさんへわたしは苦笑いしつつ返答し…………

 

「……え…っ?…ぁ、え…?」

 

──その瞬間、わたしの頭の中に様々な情報が駆け抜けた。踏んだガラス片。飛び散っていたガラス片。盛大に割れた窓。恐らくそこから侵入してきたマジック。そして、今のイリゼさん。それ等の情報が繋がり、一つの答えを形作っていく。そうだ、これは…これが示すのは……!

 

「……?今度はどうし…」

「あーーーーーーっ!!?」

「ええぇぇぇぇっ!?な、何!?急に叫んで何!?」

 

イリゼさんからすれば、わたしは突然「えっ…?」とか「ぁ、え…?」とか意味の分からない声を漏らした後、戦闘時でもそうそう出ないような声量で叫んだという状況。だから驚くのも当たり前の反応なんだけど……そんなイリゼさんの両肩を、わたしはガッと掴みかかる。

 

「わ、分かりました!分かったんです引っかかりの正体が!そうだ、そうだったんだ…!」

「そ、そうなの…?それは良かったね…っていうか、顔近い顔近い…」

「そんな事気にしてる場合じゃありません!これは重要な事なんですッ!分かってるんですか!?」

「は、はい!?え、私怒られてるの!?」

「怒ってないです!それより今から話しますので、イリゼさんはわたしの考えが正しいかどうか判断して下さい!これは本当に!重要な事なんですからッ!」

「う、うん分かった判断する判断します!だから、ちょっ…ぐわんぐわん振りたくるのは止めて!最悪当たるから!下手するとおでこ辺りにキスしちゃうからぁ!」

 

それはあまりにも重大な気付き。これからのわたし達を左右してしまう程の、超重要ファクター。その事実そのものに、加えてそれに気付けた事にわたしは興奮して、ついイリゼさんを前後に振りまくってしまう。こんなの失礼にも程があるけど…今回ばかりは仕方ない。だってそれ位にわたしの気付きはとんでもない事だったんだから。

それからわたしは部屋の中へと戻って、イリゼさんへと説明。イリゼさんは始め不思議そうな顔をしていて…でもわたしと同じ結論に辿り着いた途端に、目を見開いて驚きを露わにする。その後は二人で考えに間違いや勘違いがないか確認して、それはないと確信したところで……思った。これは、いけるって。

 

 

……因みに説明する前、少し冷静になったわたしは肩ぐわんぐわんについて平謝りした。…もし、イリゼさんの言う通り、事故でもおでこ辺りにキスされてたら……う、うん!この先を考えるのは止めておこうかな!

 

 

 

 

ネプギア…というか候補生の皆のおかげで幸せな気持ちになったわたしは、この幸せな気持ちを少しでも維持しようと思ってゲームをしていた。…頭の片隅では今日までの会議の見直ししてたよ?そりゃしてるって〜。

けど、ゲームに熱中している真っ最中に、わたしは会議室へと呼ばれた。…おっかしいなぁ、今日はもう無しって事にしたのに……。

 

「ねぷ子さんとうちゃーく…ってあれ?わたしが最後?」

「そうですわよ。ネプギアちゃんが早く話したいみたいですから、とにかく座って下さいな」

「あ、うん…」

 

会議室には、女神全員といーすん達教祖の姿。それは呼び出しの時点で分かっていたけど…意外だったのは、ネプギアが何か言いたげな事。…あからさまにうずうずしてる……。

 

「…では、全員揃いましたし始めましょうか。わたし達は、聞いていればいいんですね?(・ω・`)」

「はい。それじゃあ……わたし、気付いちゃったんです」

 

わたしの着席を確認したいーすんは、ネプギアに話を振る。それを受けたネプギアは、すぐ近くに座るイリゼとアイコンタクトを取って…それから、気付いちゃったと切り出した。…気付いちゃった?気付いちゃった、って……

 

「…このゲームの必勝法に…?」

「いや、わたし達はライアーゲームしてる訳じゃないから…」

「じゃあ、ギッアチャン?」

「わたしあんな特徴的な格好も口振りもしてないよ!?…そうじゃなくて、トリックに気付いたの」

『トリック……ザ・ハード…?』

「そっちでもないです……」

 

いつもの調子で放った二連ボケに、ブランとロムちゃんラムちゃんの勘違いにネプギアはげんなり。…でもまぁ、わたしはともかく三人の勘違いは仕方ないよね。三人はトリックと少なからず因縁あるし(わたしもちょっとある)、そのトリックは他の四天王と一緒に復活しちゃった訳だし。

 

「…こほん。わたしが気付いたのは、マジックが…四天王がわたし達を騙す為に行った、トリックです」

『……!』

 

軽く咳払いをして気を取り直し、ネプギアは言った。その言葉を聞いた瞬間、会議室の雰囲気が一気に変わる。

まず抱いたのは、どういう事?…という疑問。その疑問はわたしだけのものじゃなくて、怪訝な顔をしたユニちゃんが口を開く。

 

「…ネプギア、騙す為って…?」

「言葉通りの意味だよ。皆さん、覚えてますか?マジックがプラネタワーに現れた時の状況を。部屋の中が、どうなっていたかを」

 

解説は、わたし達へ問いかける形でスタート。あの時部屋は…と、わたし達は記憶を辿る。

 

「…あの時は、窓が割られていたね」

「で、マジックの姿があった。そこにアタクシ達がやってきて…」

「その少し後にルウィー…いえ、各国に他の四天王も現れましたね。最も、連絡が来たのが少し後というだけで、出現自体は同時だったのかもしれませんけど」

「そうです。そこでわたし達は四天王の復活と、国民を人質に取られた要求をされた訳ですけど…そこにトリックがあったんです。あの時既に、わたし達は騙されて…いえ、勘違いしていたんですよ」

 

教祖三人の言葉に頷いて、ネプギアは解説を進める。…けど、まだ具体的にどういう事かは分からない。…結論から言ってほしいけど…折角ネプギアが話してるんだから我慢我慢。それに内容によっては、結論だけ聞いても分からないかもだし。

 

「あの時の考えを思い出してみて下さい。窓が割られていて、マジックの姿があった事から、こう思いませんでしたか?マジックは窓を割って、中に入ってきたんだって」

「…思ったわ。でも、その言い方…もしやこの認識は間違ってるの?」

「そういう事です。…よーく考えて下さい。あの時、窓ガラスは…割られたガラス片は、どうなっていましたか?」

「どうって…ガラス片は窓の周りに散乱してたじゃない。割られた窓ガラスの破片が、下に落ちる。それは何にもおかしくなんか……」

 

続くネプギアの言葉に、ブランが首を傾げて、ノワールが答える。ノワールの返答を聞きながら、わたしも考える。あの時は、中にも外にも沢山ガラス片が落ちてたんだよね?…ネプギアがこう言うんだから、ここに何かあるんだろうけど…それって普通の事だよね?わたしは何か見落としてたのかな?それとも視点の問題……と、そこまで考えたところだった。わたしの思考も、ノワールの言葉も止まったのは。

 

「……待って、お姉ちゃん…これ、何かおかしいよ…」

「そうね…私達は何か勘違いしてる…どこかにおかしい事があるわ…」

「えぇ、そうですわ…これは何か…いえどこかが…」

「……っ…そ、そうよ。おかしいのは、ガラス片の…」

「あーーーーーーっ!!?」

『はい!?』

 

ぽつぽつと出始めた言葉。段々皆の顔付きが変わっていって、目の光が強くなっていって……そんな中、ぱっと『おかしい事』に気付いたわたしは、つい大声で叫んでしまった。わたしの声に皆はびっくりしてこっちを向くけど、気付いた直後のわたしはそれどころじゃない。

 

「ほんとだ!わたし達勘違いしてたじゃん!そ、そうだよネプギア!マジックが窓を割って入ってきたなら、()()()()()()()()()()()()なんておかしいじゃん!」

 

椅子から勢いよく立ち上がって言い放ったわたしに、ネプギアは力強く頷いてくれる。…それはつまり、その通りだよって事。…そっか、ネプギアが気付いたのはこれだったんだ…!

 

「…お、おねえちゃんどういうこと…?」

「窓でも何でも、突き破られた場合は手前側じゃなくて向こう側に沢山破片が落ちるものなのよ。外側からなら内側に、内側からなら外側に…攻撃したのに自分側へ沢山破片が飛んできたら、二人も変だと思うでしょ?」

「うん、へんだと思う…(こくこく)」

「…あの時破片は大雑把に言って均等に落ちていました。これは間違いないと思います( ̄^ ̄)」

「じゃあ、マジックが割った後破片を分散させたって事?…でも、どうして…?」

「ううんお姉ちゃん、多分それは違うよ。ここからは推測だけど、破片を分散させたのも、割ったのもマジックじゃない」

 

勘違いに気付いたわたしは興奮したけど、少ししてそれは何故か?…という気持ちになる。それをそのまま口にしたら…今度はネプギアは、ゆっくり首を横に振った。横に振って、それから続ける。

 

「確信はないけど、割ったのは別の人…タイミング的にあの時の職員さんなんじゃないかな。で、どうしてかって言うと…それはわたし達に、マジックが割ったと思わせる為。物理的干渉で破壊してるんだから、あのマジックは本物なんだろうってわたし達に錯覚させるのが狙いだったんだよ」

「え…じゃあ、それって……」

「考えてみれば、変だよね。わたし達を脅すなら、ずっと四天王がここや各国の教会前にいた方がいい筈だもん。敵が国の中心施設にいるのに、どうして女神は何もしないんだって国民さんに思わせる事が出来るんだもん。…なのにしなかったのは、そうする事が出来ないか不都合な事があるかのどっちか。つまり……」

 

そこで一度言葉を切ったネプギア。もう結論は見えかかっていて、イリゼ以外全員神妙な面持ちでネプギアを見つめてる。そんな中、ネプギアは多分とか推測とか言いつつも、どこか確信のある顔で……言った。

 

 

 

 

「──四天王には、実体がないんだよ。少なくとも、あの時は『現れた』んじゃなくて…『表れた』んだよ」

 

それは、一つの可能性。もしもそれこそが勘違いだったら、取り返しのつかないミスに繋がる。でも、正しい見解だったとしたら、これはこの絶望的な状況を覆す、一筋の希望になる。……ネプギアが気付いたのは、それ位に大きなものだった。




今回のパロディ解説

・ムーディー・ブルース
ジョジョの奇妙な冒険第5部、黄金の風の登場キャラ、レオーネ・アバッキオのスタンドの事。ネプ「ギア」と言えば別のキャラを思い出しますが…それは次の機会にですね。

・ライアーゲーム
LIAR GAME及び作中でのゲームの事。こちらはパロディとしては微妙なラインですが、直前の「わたし、気付いちゃったんです」も似たような台詞が作中にありますね。

・ギッアチャン
お笑い芸人、重川昌弘さんの事。髪を赤く染め、太った状態でわーいわい、とか言うネプギア……ちょっと、いやかなり想像したくないですね。


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第百二十六話 絶望を覆す為に

四天王…いや、犯罪神によって嵌められた私達は、打開の手段を考えつつもプラネタワーから動けないでいた。けれどネプギアが犯罪神側の些細なミスに気付いた事によって大きな可能性が浮上し、私達はその可能性を信じる事にした。何故なら他に打開策なんて思い付かず、必ず来るであろうタイムリミットは刻一刻と近付いているのだから。

プラネタワーの中に、スパイがいる…というか、あのトリックを実行したスパイがまだ残っているかもしれない。それにあの時現れた幻影か何かとは別に、四天王はきちんと実体を持って復活しているのかもしれない。だから私達は秘密裏に、表面的には別の名目を立てて作戦の立案と準備を進行させた。内密に、されど迅速に。

 

「ご苦労様。今後も宜しくお願いしますね」

「畏まりました、イリゼ様」

 

提出された資料を受け取り、職員さんにお礼を述べる。続いて職員さんの退室後にその資料へと目を通し、作戦実行における障害、或いは懸念事項がどれ程あるか確認を行う。

 

(…これ…は関係ない。これも、関係ない。…ここは注意が必要だけど、作戦遂行には問題なし…かな)

 

下手な動きをすれば作戦がバレてしまうし、バレずとも警戒されたらこちらにとって不利益になる。…けど、私は特務監査官。通常の教会監査部とは一線を画す権限を有していて、特に範囲は官民問わずかなりの域までカバーしている。その権限を利用して私はここまで犯罪組織絡みの調査と捜査を行ってきたし、今の私は『女神の戦闘能力』を行使出来ない状態なんだから、『特務監査官の権力』で少しでも立ち回ろうとするのは自然な事。だからこそ、私は臆する事なく情報収集を行える。…まぁ、悟られない為に作戦へ直接関係しそうにない部分の情報まで調べなきゃいけなくて、確認の手間が増えてはいるんだけど…。

 

「…ま、大体思っていた通りかな。後は必要な部分だけ纏めて……」

 

早急に情報共有、ひいては対策を取らなきゃいけないような事柄はなかったとはいえ、伝えておいた方がいい情報も幾つかある。それを纏める為に私は作業を開始……

 

「イリゼー!野球盤やろうよー!」

「中島君…じゃないね!?ボードゲームならちょっと違うね!」

 

しようとしたら、ノックもなしにネプテューヌが入ってきた。…因みにネプテューヌは野球盤も、ボールもバットも持っていない。

 

「あれ、このシーン最近…あっ、そうだ…ラムちゃんもノック無しにわたしの執務室に入ってきたんだっけ…」

「そうなの?……わーほんとだ、三話前でラムちゃんもやってる…これじゃ二番煎じっぽくなっちゃうよ…」

「うん、メタ視点での事よりネプテューヌはマナーの事を気にしようか。もし私が飲み物持ってる最中で、驚いて溢したりしちゃったらどうする気?」

「ふふーん、わたしは大丈夫なタイミングだと思ってやったんだよ!イリゼの事なら八割位分かるからね!」

 

ネプテューヌに続き、ネプギアも私の執務室(…特務監査官室と言えるかどうかは微妙。だって他に特務監査官はいないし)へと入ってくる。…申し訳なさそうな顔しながらも「わわっ!お姉ちゃんがごめんなさいっ!」…って言わないのは、それだけ親しい存在だって思ってくれてるからかな?だったら嬉しいけど。

 

「八割って…何かちょっと保険をかけたような割合だね…」

「んもう、それは保険じゃなくてボケだよ〜。今日のイリゼノリ悪い〜」

「わわっ!?な、なんで抱き着くの!?え、酔ってる!?ネプテューヌさん酔っていらっしゃる!?」

 

呆れ気味に突っ込みつつ立ち上がった私へ飛び込んでくるネプテューヌ。軽快に突っ込んで来たネプテューヌは密着するや否や背中に手を回して、にっこにこ笑顔で私の胸元にすり着いてくる。…そんな事をされたら堪ったもんじゃない。いや、ほんとに…ほんとに堪ったもんじゃないんだって!だ、だってネプテューヌだもん!元々ネプテューヌはスキンシップ多めだけど、ぎゅーからのすりすりは反則だって!正直言えば顔のパーツ単位ではネプテューヌそっくりなネプギアに迫られた数日前だって若干胸がざわついたのに、本人にこんな事されたら……

 

「……どう?何か不味い情報でもあった?」

 

──私がテンパり赤面する中で、不意にネプテューヌは小声で、真剣な顔付きでそう訊いてきた。

 

「…はぁ、そんな態度取ったって誤魔化されないんだからね?」

「ちぇー、上手くいくかなぁと思ったのに……」

 

溜め息を吐きながら落ち着いた声音で返すと、ネプテューヌは口を尖らせつつも離れていく。

スパイが立ち聴きしようとしているかもしれないし、もういなくてもどこかに盗聴器が仕込まれているかもしれない。一応職員さん全員に身元確認を行い、私達が使う部屋を中心に盗聴器探しもしてもらって(数日でプラネタワー内全てを探すのは時間的に無理)はいるけど…念には念を入れて、立案を行って以降作戦に関する事は極力話さないようにしている。…でも、だからってこんな事しなくていいのに……。

 

「……うぅ…」

「…イリゼさん?顔赤いですよ…?」

「あ、き、気にしないで!それよりほら!見てよこの筋肉!」

「何故にそのネタを!?そして何故腕ではなく脚!?」

「イリゼの脚は程良い肉付きで、すらっとしててすべすべもしてていいよね〜。羨ましいなぁ…」

「あ、だよね。わたしも脚はもっと出した方が大人っぽく見えるのかなぁ…」

「え、あ……(じ、じろじろ見られてる…どうしようこの状況!完全に自分で招いた状況だけど、すっごい反応し辛い…)

 

離れてくれはしたものの、ドキドキがぶり返してしまった私。赤面を指摘された私は誤魔化す為に、咄嗟に足を執務机に乗せ…るのは行儀が悪いし、スカートが捲れちゃうという事で軽く太腿を叩いて視線を逸らす。で、その結果私の目論見は成功したけれど……今度は脚を、姉妹揃って注目される事になってしまった。…相変わらずテンパった時の私、軽率過ぎる……!

 

「こ、こほん。それで二人は何のご用かな?」

「あ、うん。実はちょっとネプギアがナーバスっぽくてさー。だからお菓子交えて励ましの言葉かけてあげようと思ったんだけど、丁度今お菓子の持ち合わせがなくて…」

「え……そういう理由でわたし呼ばれたの…?」

 

この際あからさまでも仕方ない、と咳払いをして話を変えると、ネプテューヌは視線を元に戻して答えてくれる。…けど、ここで私より先に驚いたのはネプギアだった。

 

「ネプギアがナーバス?…あぁ……」

 

どうしてナーバスに?…と一瞬思って、すぐに気付く。四天王に実体がないという解釈に穴はないけど、もし万が一間違っていたとしたら、どれだけの人が死ぬか分からない。そしてネプギアなら、こう思う筈。もしそうなったら勘違いを偉そうに語った、自分のせいだと。加えて今ゲハバーンを持っているのも、ネプギア。……そんな状況なら、私だってナーバスになる。

 

「…一口チョコならあるよ、一袋分ね」

「いいね、貰ってもいい?」

「あげようと思ったから言ったんだよ」

 

引き出しの中から糖分補給&気分転換用にしまっておいたチョコを取り出し、袋を開ける。

ネプテューヌに背中を押されてネプギアは部屋のソファへと座り、私とネプテューヌは反対側のソファへ。二人にチョコを勧めて、私も一つ取って、包みを解いてチョコを口へと放り込む。

 

「ん、これぞチョコって味だねぇ」

「そりゃなんて事ない市販のチョコだからね。もっと高級品がよかった?」

「ううん、高ければ高い程美味しいって訳でもないからね。それにわたしは庶民派女神ですからっ!」

「庶民派?…あー、そうだね。イストワールさんからお小遣い制提案されちゃう系の女神だもんね」

「うぐっ、思った以上にダメージのある返しが飛んできた…」

 

溶けていくチョコを口の中で転がしながら、ネプテューヌと他愛のない会話を交わす。一方ネプギアはと言えば…まだ少し流れを飲み込めていないのか、今のところは黙ったまま。

 

「…二つ目以降も食べてくれていいよ?私これを出し惜しむ程お金に困ってたりはしないから」

「あ、はい…チョコは頂きますけど……」

 

私の勧めを受けて、ネプギアは二つ目のチョコを口へ。それからネプテューヌと私の顔をゆっくりと眺めて、言葉を続ける。

 

「…お姉ちゃん、わたし大丈夫だよ?勿論、緊張はしてるけど…緊張する事なんて、これまでも沢山あったもん」

 

そう言って軽く笑うネプギアの顔に、強がっている様子は感じられない。…多分、この言葉は嘘じゃないんだと思う。旅に出る前のネプギアなら塞ぎ込んじゃう可能性すらあったと思うけど、今のネプギアは違うんだから。

でも、ネプテューヌはナーバスだと判断した。他でもないネプテューヌがネプギアに対してそう思ったのなら…きっと、そういう事なんだ。

 

「ほんとに?実は一週半回って逆に緊張感じなくなっちゃったとかじゃない?」

「そんな事は…って、一週半じゃ緊張してる状態だよ……」

「じゃあ、二週半?」

「問題なのは周回数じゃなくて半周しちゃってる事だから…そもそもわたし、ナーバスになってるように見える?」

「見えるよ?だって頬の筋肉がいつもより2%程緊張してるみたいだし、瞬きも0.05秒程速いもん」

「まさかの某杉崎さんや某鳶一さん的な判断基準!?ちょっ…怖いよ!?そこまで見られてるとなると、嬉しいという気持ちが欠片も生まれずただただおっそろしいよ!?」

 

落ち着いて返答していたネプギアだけど、斜め上過ぎるネプテューヌの返しにちょっと…いやかなり引いたご様子。…ネプテューヌにはこんな引き出しもあったんだ…今のは私もびっくりだよ……。

 

「がーん、ただの冗談なのに〜…」

「冗談だったとしてもそれは姉妹の域を超えてるよ…」

「最早姉妹の域を超え、愛を超越し…」

「そんな宿命は嫌だよ!?しかもそれだとお姉ちゃん最初わたしを憎んでたって事になるよね!?後順番もおかしいし!」

「はうぅ、ネプギアの突っ込みが染み渡るぅ…イリゼの時もそうだったけど、これだけナイスな突っ込みが出来るなら確かに問題はなさそうだねっ!」

「……!お、お姉ちゃん…お姉ちゃんはそれを確かめる為に……とはならないからね!?もう!冗談が多いのはいつもの事だけど…幾ら何でも今日はふざけ過ぎっ!」

 

元々は真面目な目的だった筈なのに、全開も全開なネプテューヌのボケと、そんなネプテューヌへぴしゃりと言い放つネプギア。流石のネプテューヌもこれにはショックを受け……

 

「…あはは、だよねぇ。……だから大丈夫だよ。トリックに気付いたネプギアと違ってわたしはお馬鹿なお姉ちゃんだし、そんなわたしと愉快な仲間達でネプギアの考えに乗ったんだから、失敗したらネプギアのせいだ…なんて小賢しい事はしないよ。わたしは絶対にしないし、誰にもさせない。…それは、断言出来るから」

 

──ては、いなかった。それまでの元気で悪戯っぽい笑みが消えて、いつの間にやら姉の顔をしていたネプテューヌは、優しくネプギアに語りかける。…そこに理屈や理論なんてものはない。でもそれがネプテューヌなりの言葉で…ネプテューヌの、温かさ。

 

「……それを伝える為に、こんな事を?」

「うん。冗談の内容は即興だけどね」

「…わたし、お姉ちゃんに責められるかもなんて思ってなかったよ?」

「だよね、ネプギアが信じてくれてる事は知ってるもん。だからこれは、わたしが言いたかっただけ。ネプギア…それにイリゼもだけど、付き合ってくれてありがと」

 

肩を竦めて、それから私達にお礼を言うネプテューヌは、本当にネプテューヌらしい表情と言葉だった。そしてその言葉を受け取ったネプギアは、視線を私の方へ。

 

「…イリゼさん」

「…何かな」

「…お姉ちゃんって、ズルいですよね」

「だね。ネプテューヌは時々、凄くズルいよ」

「ほぇ?わ、わたしズルかった…?」

 

二人で視線を交わらせて、それから揃って苦笑い。何がズルいのか、当の本人は全然分かってないみたいだけど……そういうの含めてズルいんだよ、ネプテューヌは。

 

「まぁ、ネプテューヌがズルいのは今更だとして…責任を一人で持たなきゃいけない理由なんてどこにもないよ、ネプギア。賛同した時点で皆に責任はあるし、皆背負うだけの気概は持ってる。…私もこれは、断言出来るよ」

 

ネプギアと暫し心を通わせた後、私もネプギアへと言葉をかける。口にしたのは、私がイストワールさんから教えてもらったあの日の言葉。要は受け売りだし、正しくは同じというか似たような言葉だけど……大事なのは、そこじゃない。

誰が言ったかより、何を言ったかで判断すべきだって言葉がある。それはその通りだと思う(説得力云々は別問題)けど……私としてはこう言いたい。何を言ったかも大事だけど、その言葉にどれだけの思いが込められているかも大切な事だって。伝えたいのは言葉そのものじゃなくて、その言葉に乗せた思いなんだって。

 

「…いつも、ありがとうございますイリゼさん。イリゼさんの思いは…心強いです」

「そう思ってくれたなら、何よりだよ」

 

私がイストワールさんに教えてもらった事。ネプギアにも知っていてほしいと思った事。それが私の伝えたかった思いの根底で……きっと、ネプギアには伝わってると思う。そう思える表情を、ネプギアは浮かべていた。

 

「…むー……」

「あれ、ネプテューヌどうかした?」

「…イリゼはありがとうって言ってもらえてるのに、わたしは言われてない……」

「あー……お姉ちゃんなら言わなくても伝わるかな、って思ったんだけど…伝わってなかった?」

「え?あ、い、いや勿論伝わってたよ!うん伝わってた伝わってた!ネプギアのありがとうが伝わり過ぎて、もう飽和しかけてる感じかなー!」

 

子供っぽい理由で頬を膨らませていたネプテューヌだったけど、ネプギアの秀逸な返しを受けてからは一転して伝わってましたよアピールに勤しんでいた。……流石ネプギア。

 

「さて、それじゃ私はこれを纏めるから、二人は残り食べちゃっていいよ」

「あ、いいの?わーい!」

「すみません、イリゼさんの分は残しておきますね」

「はは、ありがとネプギア」

 

私が二人の来る前に行おうとしていた資料纏めの為執務机に戻ると、ネプテューヌは喜んで次のチョコを口にし、ネプギアは残りの数を数えて約三分の一を取り分けていく。

普段は姉らしくないけど妹の僅かな機微を捉えて、すっと心を包んでくれるネプテューヌと、普段は妹とは思えない程しっかりしてるけど心はやっぱり成長中(私やネプテューヌが成熟してるって訳でもないけど)で、言葉の端からお姉ちゃん大好きって気持ちの伝わるネプギア。…姉だからしっかりしてなきゃいけないとも、妹だから姉に劣ってなきゃいけないとも決まってはいないし、どっちも長所短所があるんだけど……この差って何だろうね?

 

 

 

 

プラネタワーの地下、壁紙が貼られていなければ床も剥き出しのある区画で、私達女神と教祖の四人、それに数人の職員さんが待機していた。

 

「…作戦開始まで、後十分……」

 

時間を確認して呟いたユニ。ネプギアをネプテューヌと励ましてから一日経った今日は……作戦の、状況打破の決行日。

 

「今回はちょっと…いやかなりいつもと流れが違うから、流石に緊張するよね〜。って訳でノワール、皆の緊張を解す爆笑必至の超絶ギャグ十連発お願い!」

「全く、仕方ないわね…って、そんな異様に高いハードル跳ぶ訳ないでしょうが!というか貴女は絶対緊張してないわね!」

「ギャグをお願い、という体のギャグと、淀みのないノリ突っ込み……お二人が漫才コンビを組んだら、シェア争いでわたくし達は劣勢に立たされそうですわね」

「そうね。ビューティー&エレガントなわたし達では出来ない芸当だと思うわ」

「なんでそうなるのよ!?私は別に面白路線じゃ…って、ネプテューヌも照れてるんじゃないわよ!これ褒められてないから!」

 

平常運転のネプテューヌが緊張しているかどうかはさておき、四人のやり取りで自然と空気が解れて笑いが溢れる。…私?私は……やっぱり四人は違うなぁって思いと、私も多分この流れに乗れたし乗りたかったなぁ…って思いが半々ってところかな。

 

「…ロムちゃんロムちゃん、わたしたちならどっちがボケでどっちがツッコミかな?」

「……ラムちゃんは、ボケ」

「そ、そっか……(あ、あれ?今ロムちゃん、『え?それきく?』みたいなかおした気がするけど…き、気のせいよね!)」

「皆さん、準備に抜かりはありませんか?今ならまだ間に合いますし、出来れば確認をお願いします」

 

双子のやり取りを目にした後、ミナさんが私達へと声をかける。勿論ここに来る前にも確認はしたし、確認を忘れた人はいないと思うけど…それでも始まってしまえばもう取りに帰る事なんて出来ないから、念の為と全員確認。…と、そこで……

 

「……あ、っと…何故今電話を…?」

 

不意にベールの携帯が鳴った。その口振りから察するに、多分電話をかけてきた相手はこの作戦の事を知っている人。

 

「…出てもいいかしら?勿論開始時刻前には戻ってきますわ」

「大丈夫ですわお姉様!いいわよね!?」

「そ、そんな食い気味に言わないでくれ…遅れないのであれば問題ないだろう」

 

否定はさせないとばかりに迫ったチカさんに若干気圧されながらも、ケイさんが首肯。それを受けたベールは電話を受けつつ皆から離れて……一分と経たずに戻ってきた。

 

「は、早いですねベールさん…相手がかけ間違えたとかですか?」

「いえ、エスーシャからだったのですけど…やっぱり何でもない、と切られてしまいましたわ」

「興味ないじゃなくて何でもない?…電話かけた上でそれって…」

「えぇ、気になりますしリーンボックスに戻った後訊いてみますわ」

 

偶然会った時に…とかならともかく、電話というただ話すより手順が多く、考える時間も自然と長くなる行為で「何でもない」と言って切るなんて…多分何でもない、なんて事はない。ましてやエスーシャがそんな事をするとは思えない。……でも、それより今は目の前の作戦に集中しなきゃいけない。それをベールも分かっているからこそ、自分からかけ直す事はせずに戻ってきたんだと思う。

 

(…準備はした。確認だってした。後はもう……作戦を全力で遂行するしかない)

 

もし失敗すれば、或いは間違いがあれば、損害は計り知れない。…けど、これまでも大きなリスクを背負う事はあったし、そもそも政治や戦いにおいてリスクはいつも着いてくるもの。ならば……これまでしてきた事じゃなく、これからする事に目を向けた方がずっといい。

そして……

 

「…時間です、皆さん」

 

作戦開始時刻となり、イストワールさんが口を開く。その言葉に私達は頷き……視線を職員さん達の方へ。

 

「よーし、宜しくね皆!」

『はい!』

「けど、気負う必要なんてないし、何かあったら自分の身の安全を第一にする事!それじゃあ…行くよ!」

 

ネプテューヌの声掛けに応じ、職員さん達は緊張混じりの声を返す。そんな様子を見たネプテューヌはこれ以上緊張させないよう軽い調子でフォローをして……作戦がスタート。

目を合わせて、最初の行動に入る私達。それから数分後、それぞれに強い思いを秘めて行動開始した私達は……

 

 

 

 

 

 

──暗く狭い場所の中で、全員がたった一人で座り込んでいた。




今回のパロディ解説

・「イリゼー!野球〜〜」、中島君
サザエさんに登場するキャラの一人、中島弘及び彼の代名詞(?)的台詞のパロディ。中島君と言えばこの台詞ですよね。別によく言っている訳ではありませんが。

・「〜〜見てよこの筋肉!」
お笑い芸人、ザブングルの加藤歩さんの持ちネタの一つのパロディ。ネプテューヌも言っていますが、イリゼの脚はカッチカチではありませんよ?えぇありませんとも。

・某杉崎さん
生徒会の一存シリーズの主人公、杉崎鍵の事。このネタどの巻だったかな…と思いましたが、案外すぐ見つかりました。好きな作品の事はよく覚えているものですね。

・某鳶一さん
デート・ア・ライブのヒロインの一人、鳶一折紙の事。上記のネタもですが、数値は原作通りのものとなっています。…だから何だという話かもしれませんが。

・「最早姉妹の〜〜超越し…」
機動戦士ガンダム00の登場キャラの一人、グラハム・エーカーの名(迷?)台詞の一つのパロディ。ネプテューヌとネプギアの間にあるものですか?…勿論姉妹愛ですとも。

・この差って何だろうね?
番組、この差って何ですか?の事。それなりに結構原型を保った形のパロディとなりましたが、元が普通に使われる言葉でもあるので、少し分かり辛いかもですね。


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第百二十七話 逆襲、開始

作戦が開始してから、数十分の時が経った。プラネタワーの一角…司令室としての機能を有し、守護女神奪還作戦時には指揮所として使われた部屋は、その時同様国防軍人が集まりつつあった。

 

「えぇ、そうよ。予定通りに進めて頂戴」

「いつ状況が動くか分かりません。ですが必ず向こうは動く筈ですから、警戒は怠らないで下さい」

「報告は逐一行うように。但し一刻を争うとなればそちらの判断で動いてくれて構わない」

 

インカムを通じて、自国の教会と連絡を取る三人の教祖。耳と口は通信に勤しみつつも、目は大型モニターに映し出される情報へと走らせている。

 

「…イストワール様。指定区画への人員配置、完了致しました」

「分かりました。では、これより当区画へ出入りしようとする人物は誰であろうと止め、確認を取るように。例え女神様であっても、素通りさせてはいけません」

 

軍の司令がイストワールへと報告。それを受けたイストワールは一つ頷き、普段以上に落ち着いた声音で言葉を返す。些か幼さを感じる彼女の声も、今はどこか風格が漂っていた。

 

「…今現在の女神様の位置は?」

「はっ、モニターに移せ」

「了解」

 

イストワールから問われた司令は部下の一人へと指示を出し、それを受けた一人はコンソールを操作。それによってモニターの端へと映っていた女神の情報が拡大され、更に細かい情報を表示されていく。

 

「ふむ…時間と位置から考えても、向こうが動くとすればそろそろでしょうか…」

「…哨戒を出しますか?」

「いえ、その必要はありません。こちらから動かずとも、向こうが女神様の動きを察知すれば……」

 

 

 

 

「──遂に耐え切れずヤケを起こしたか」

 

顎に手を当てたイストワールが推測を立てる中、司令は提案を口に。だがそれを彼女は否定し……次の瞬間、部屋の中央にマジックが現れた。

 

『……ッ!』

 

それは、突然の出来事。だがそれに内心で驚きはすれど、慌てふためく者はいない。

コンソールを操作していた者も、出入り口で警備していた者も、全員が携行していた拳銃、或いは肩に掛けていた武器を抜き放ち、鋭い視線と共にマジックへと向ける。司令は教祖四人の前へ、付き従っていた副官はその司令の前へ瞬時に立ちはだかる。……が、そこで軍人達を驚かせたのは、他でもないイストワール。

 

「……噂をすれば、ですね」

「……!い、イストワール様お下がり下さい!」

「いいえ、大丈夫ですよ。…ここでやられるようであれば、どちらにせよその時点で作戦は失敗ですから」

 

彼女が行ったのは、マジックとの正対。それに副官が慌てて駆け寄るも、それをイストワールは手で制す。…彼女の表情に、冷静さを失った様子は微塵もない。

 

「作戦?また小賢しい事を企んでいるのか」

「えぇ、小賢しい企みです。犯罪組織を壊滅させ、女神様達を奪還し、一度は犯罪神の撃破にまで至った、人類の叡智を行使しているのです」

「人類の叡智?…ふん、滅びを早める事が叡智とは笑わせてくれる」

 

犯罪神に仕える四天王と、女神を支える教祖の視線が交錯する。まだ剣の一振りも、銃弾の一発も放たれてはいない。だが今のやり取りだけで、空気は戦闘時のそれと遜色無い程に剣呑なものと化していた。

 

「……女神を下がらせよ。今すぐに引き返し、ここへと戻ってくるのであれば、今回だけは見逃してやらない事もない」

「随分と寛大なんですね。まさかそちらから情けを、しかも自分達にとって利のない提案をしてくれるとは」

「あぁそうだ。犯罪神様の慈悲を無下にせず、心より感謝するといい。…最も、犯罪神様の与えて下さる真の慈悲はこんな瑣末な物ではないがな」

「そうですか。…では、それを拒否する…と言ったら?」

 

言葉の裏に煽りと皮肉を含ませながら、やり取りが続く。マジックは戻るよう要求し、イストワールは回答ではなく感想で返答。肯定し話を続けるマジックは高圧的な態度を崩さなかったが…それに対するイストワールの言葉を聞いた瞬間、ぴくりと眉を動かした。

 

「……何だと?」

「拒否すると言ったらどうしますか?…と言ったのです」

「愚かな。まさかそれが自らの首を差し出す選択だと分からない訳ではないだろう?」

「えぇ、分かっていますとも。…貴女にそれが出来るのであれば、ですが」

 

張り詰められていた室内の空気に、一層の緊張が走る。そしてそれは、イストワールの内心も同じ。

この選択が吉と出るか凶と出るか、自分達の選んだ道の先にあるのは生か死か。己が肩にかかる多くの命を前に、彼女の精神は引き絞られ……それでもイストワールは、堂々たる態度でマジックの眼前へ。

 

「さぁ、殺せばいいじゃないですか。それが要求を飲まなかった我々への、犯罪神の制裁でしょう?」

「…………」

「…何を躊躇っているのですか?わたしは原初の女神、オリジンハート様より生み出された存在です。それを討ったとなれば、犯罪神への大きな手土産となるというのに。それとも……それが出来ない理由が、あるとでも?」

「……チッ」

 

沈黙のマジックと、静かな威圧感を放つイストワール。両者の間に走る緊迫の空気は部屋全体へと広がり、緊張が最大まで膨れ上がった次の瞬間……顔を背けて舌打ちをしたマジックは、闇色の粒子となって霧散した。

 

「……ふぅ…漸くネプギアさんの推測が正しい事が立証されましたね」

「そうね。これで最大の懸念事項が払拭されたわ」

「ですが少々危ない橋を渡り過ぎでは?必要以上に煽っていたようですし…」

「何はともあれ、成功は成功だ。だが……」

「はい。今はまだ、準備が整っただけに過ぎません」

 

敵の消滅で緊張が解けていく中、それぞれの表情を浮かべつつもこうなる事が分かっていた様子の教祖三人がイストワールの側へと寄り、イストワールもまた安堵の吐息を漏らす。……が、それも僅かな間の事。

一度解いた緊張感を張り直し、イストワールは元の場所へ。それからある者へと言葉をかける。

 

「…聞こえていましたか、ネプテューヌさん」

「えぇ、ばっちり聞いていたわ。…一応確認するけど、誰も怪我してない?」

「大丈夫です。何せマジックは、何もせず消えましたから」

「なら……聞こえているわね、皆!これよりオペレーション・トゥルースカウンターはセカンドフェイズに移行!作戦の事を発令して、各員行動を開始しなさい!わたし達の手で、もう一度……犯罪神の臣下を、討つわよッ!」

 

スピーカーより響く、守護女神の声。その声に従い軍人は動き出し……プラネタワーから遠く離れたある場所で、九人の女神が飛び立った。

 

 

 

 

「ここまでありがとう、皆。こっちに軍の部隊が向かっているから、貴方達は真っ直ぐにプラネタワーへと戻って頂戴。…貴方達のおかげで、わたし達はここまで移動する事が出来たわ」

 

トラックから飛び出たわたしは、運転席に回ってここまでわたし達を運んでくれた職員の皆に労いの言葉をかける。…これから女神様が戦いに行くのに、自分達が安全な場所へ行くなんて…って言われると思ったけど、素直に応じてトラックを転進させてくれた。…分かってくれてるのね。その方が、わたしも安心して戦えるって。

 

「んっ、ぅ…狭い場所で身を屈め続けるというのも、楽ではありませんわね」

「そう?わたしはかくれんぼしてるみたいでいやじゃなかったけど」

「ときどき急にがたんっ、ってするのはちょっといやだった…」

「まぁ、二人は身体が小さいからね。私も少し負担だったかな」

 

見送りつつ上空へ上がると、先に上がっていた皆の内、比較的背の高いメンバーが身体を解していた。…わたしは…狭い所って、偶に心が落ち着いたりするわよね。

…というのはさておき、作戦開始時にはプラネタワーの地下にいたわたし達が、何故トラックから出てきたのか。……それは、わたし達が段ボールに梱包され、ここまで運ばれてきたから。

 

「にしてもまさか、段ボールに詰められる日が来るなんて…」

「こんなの子供の悪戯、又は悪い大人の遊びだよな普通……」

『わるい大人…?』

「うっ…そ、そう悪い大人だ。二人はそんな奴に関わったら駄目だぞ?」

 

作戦とはいえとても他人には見せられない、同じ段ボールでも某ソリッドさんとは似ても似つかない行為をしていた事にノワールとブランが肩を落とす中、ブランの発言にロムちゃんラムちゃんが反応。まさか訊かれるとは思っていなかったらしく、ブランは軽く狼狽えながら誤魔化していた。

何故わたし達がこのような事をしたか。それは、物理的な監視を欺く為。段ボール箱の中に入り、梱包されたわたし達は職員の皆に運ばれて地下の隠し通路、そして出口である偽装された建物まで移動し、そこからはトラックに乗せられて行けるところまで進んだ。どうせどこかでシェアを探知されて気付かれるだろうけど、普通に移動するよりは発見が遅くなるし、国の長が段ボール詰めを選ぶなんて相手も思わない筈。そういう考えの元、わたし達はそれを実行し……想定通り、十分な距離を稼ぐ事が出来た。

 

「…今回はネプギアのお手柄ね」

「ありがと、ユニちゃん。…でも、まだ喜んではいられないよ」

「その通りよ、ネプギア。もう向こうも動いてる筈だし…こっちも急ぐわよ!」

 

皆に声をかけ、ある方角へと向かって動き出す。距離を稼げたと言っても、ここでゆっくりしていたら何の意味もない。

 

(ここからは時間との戦い。焦っちゃいけないけど…余裕を持って、って状況でもないんだから…!)

 

世の中偶然や想定外がいつ起こるか分からない以上、ミスの出来ないもの程余裕のある時間配分をしなきゃいけない。…でも、それを状況が許してくれない。ここまでずっと相手の目を掻い潜る形でしか進められなくて、ここからの動きも相手次第の部分が多いんだから、こっちの都合を作戦に反映させるなんて無茶というもの。

だけど、それでも…賽は投げられた。やっぱり止めるなんて選択肢も、考え直すって選択肢ももう選べはしないし……選ぶつもりも、毛頭ないわ。

 

「ロム、ラム、いつどこで戦闘になるか分からないってのは理解してるな?」

「会敵した場合、ほぼ確実に貴女が初撃を担う事になるわ。先制攻撃、期待させてもらうわよ」

「防衛の助力、頼みますわよ」

 

姉の二人は妹へ、ベールはイリゼにそれぞれ言葉をかける。今は全員揃って飛んでいるけど…これから先、わたし達は四方向に分かれる事になる。それぞれが受け持つ目的の為に。それぞれが守るべき、国民の為に。

 

「皆、これを乗り切ったら今度こそ犯罪神との決戦よ。犯罪神は生半可な戦力で倒せる相手じゃないんだから……まずはこの戦い、完全勝利するしかないわ!」

「だね。それでは皆さん…御武運をッ!」

「うん、お互いにねッ!」

 

ネプギアとイリゼのやり取りを最後に、わたし達は文字通り四散。わたしとネプギア、イリゼ以外は自国に、イリゼはベールと共にリーンボックスへ。そしてわたし達は……

 

「…ネプギア、不安?」

「…ちょっとだけ、ね」

「ふふっ、まぁそうよね。…けど、わたし達が守りに入ればイニシアチブを四天王に渡す事になるかもしれない。それを防ぐ為にも…」

「うん、分かってるよ。…大丈夫、不安はあるけど…皆さんへの信頼もしてるから」

 

プラネテューヌを、信次元の人達を守る為に……ギョウカイ墓場へと、邁進する。

 

 

 

 

格納庫より現れたラァエルフが、次々と基地より発進する。スラスターと脚部ローラーを併用した高速機動で出撃していくF型装備群機体に混じって四脚の機体がホバー移動で地上を、背部に二対の翼を持つ機体が空を駆けていく。

しかし全機体が出撃した訳ではない。一部の機体、一部の部隊は出撃準備を完了させたまま、基地で待機を行っている。

 

「全機、各部スラスターとウイング、それに姿勢制御システムの確認は十分でしょうね?空で不調を起こしたらお陀仏よ!」

「はー、クラフティは真面目だなぁ。んじゃ俺も…ホバーシステムはちゃんと調整しとけよー。じゃなきゃだっせぇ機動をする羽目になるからな〜」

 

待機中の部隊は三つ。その内二つの指揮官であるシュゼットとクラフティが、機体に新装備を纏った部下へと忠告を飛ばす。…しかし、その方向性は真逆。

 

「貴方…格好良いダサいの問題じゃないでしょうが」

「ちっちっち、それは大きな間違いだぜクラフティ」

「はぁ?何が間違いなのよ」

「あのな…男たるもの、機体も戦う時も格好良く出来た方が調子出るんだよ!だよなぁテメェ等!」

「はは、そりゃ確かにそっすね隊長」

「この装備での実戦はこれが初めて。ならばダサくはしたくねぇってものですな!」

「……貴方のところは楽しそうね…」

 

半眼で訊くクラフティに対し、シュゼットは大真面目に持論を展開。更にそれぞれテンションに差はあれど副隊長を始めとする何人かが賛同し、訊いたクラフティはといえば軽く呆れてしまっていた。…因みにシュゼットの部下の中でも苦笑いしている者もいれば、クラフティの部下の中で強く頷いている者もいる。

 

「しけた面してても雰囲気悪くなるだけだからな。…あ、別に男女関係なく賛同してくれていいんだぞ?」

「はいはい、浪漫の話は内輪でやって頂戴。あたしは暇じゃないんだから」

「つれねぇなぁ…じゃ、あんたはどう思うよ?特務隊長」

 

配慮なのか冗談めかしただけなのかよく分からないシュゼットの発言を、淡白にあしらうクラフティ。それに肩を竦めたシュゼットが次に話を振ったのは、現行の主力であるF型、エースを中心に新型動力炉と共に配備が始まったT型G型のどれとも違う、四基のコンテナを装備した部隊…特務隊の隊長。

プラネテューヌの出身であり、今も信仰しているのはパープルハートではないのかと一部で噂されていながら(勿論法の上での問題はない)その技量と戦術眼で瞬く間に特務隊長という立場まで上り詰めた彼を、近寄り難い存在だと思う人間も少なからず存在している。そんな彼は、シュゼットの問いかけに対し、静かに一言こう言った。

 

「……論ずる事ではないな」

「へぇ…そりゃ、どういう事だい?」

 

肯定でも否定でもない、強いて言うなら根底を否定する回答。その言葉にシュゼットの部下の何人かが隊長への愚弄と捉えて眉を潜め、シュゼット本人は若干声のトーンを落としつつも興味深そうな反応を見せる。そして、どういう事か尋ねられた特務隊長、メイジンはサングラスの奥の瞳を光らせ……

 

「浪漫とは千差万別。美しく風貌の良い姿にそれを感じる者もいれば、不恰好でも泥臭く戦う姿に感じる者もいる。…浪漫は自由だ、無限の可能性を秘めている。故に…論ずるまでもないッ!」

「お、おぅ…確かにその通りだな…」

 

言葉から熱を溢れさせながら、彼はそう言い切った。意見の内容こそ『十人十色』というシンプルなものだが、まさかここまでの熱を持って言うとは思っていなかったからか、シュゼットの返答にはにわかに気圧された様子があった。……特務隊長、メイジン・タカナシ。彼が内に秘める熱量を、シュゼットとクラフティ以下、多くの者が目の当たりにした瞬間だった。

 

「…メイジン、やっぱあんたも男だぜ」

「貴方は男っていうか野郎って感じだけどね……っと、来たわよ!」

 

感じ取った熱にシュゼットが笑みを浮かべ、クラフティが再び半眼をシュゼットへ向けた……その瞬間だった。各機体へ作戦目標の情報が転送され、司令部より出撃の指示が下りたのは。

 

「やはり現れたか…」

「こいつは…へへっ、こりゃ奴と縁があるなぁ俺達は」

「奴と縁があるのはあたし達じゃなくて、女神様達かもしれないけどね。じゃ…各機、あたしに着いて来なさい!アーテル1、出るわッ!」

「こっちも出るぞ!気張り過ぎて事故るなよ!」

 

噴射炎をたなびかせ、こちらへと向かう敵に対して出撃を始める三部隊。それまであった些か緩い雰囲気はとうに霧散し、代わりにあるのは軍人の思考。

ラステイションが現れるであろうという作戦目標を確認した時、他国も同様に確認し…迎撃部隊の展開を、開始していた。

 

 

 

 

慌ただしく職員が教会内を走り回る中、どこか疎外感を感じている男が、ルウィーに一人。

 

「予め準備出来ないというだけで、こうも蚊帳の外になるとは…」

 

彼はガナッシュ。機械工学に通じ、その知識をもって平時は犯罪組織や残党の対応に当たっていた彼だが……進められつつある防衛線の構築に、現在彼の出番はない。

 

「もしMGやパンツァーが軍で正式採用されていれば、私も忙しくなっていたでしょうが……こんな想像をしても、仕方ありませんね…」

 

他国…特にプラネテューヌやラステイションと違い、大型兵器の運用がほぼなされていない現在のルウィーでは、彼の知識も技術も生かしようがないというのが疎外感の元凶。だが、彼が教会で働いているのは、偏に愛する女神の為。例え自分の力を遺憾なく発揮出来る場所があろうと、その女神がいなければ彼にとっては何の意味もないのである。

 

「…とはいえ、何かしら私にも出来る事がある筈。それが例え単純作業でも、嘆くよりはよっぽど有益ですね」

 

自分も武器を握れば戦えるし、引き金を引けば銃を撃つ事も出来る。しかし戦い慣れていない自分が安易に戦場に立ったところで、一体何の役に立つというのか。そう考えたガナッシュは、自分に出来る事を探して歩き出そうとする。……その瞬間だった。

 

「…ガナッシュ君、一つ頼みを…訊いてもらえるかな?」

「あ、貴方は……」

 

背後より声をかけられたガナッシュが振り返ると、そこにいたのは一人の男。元々は接点のほぼ無い両者だったが、最近はある目的の為、何度か顔を合わせていた。

 

「…頼み、とは?」

「アレを動かしたい。我等がルウィーの軍には優秀な人材が多いが…それでも今は、少しでも戦力を展開すべき時だからな」

「……っ…本気ですか?…確かに動かす事は出来ますし、十分実戦に耐え得る状態ではありますが…」

 

現れた彼の言うアレとは、とある試作機…より正確に言えば、データ収集も兼ねた改修機の事。その機体と所以ある彼はそのテストパイロットを務めており、ガナッシュはテスト班のリーダーを務めている。……だからこそ、ガナッシュは本気かと訊いた。その機体の…その機体が属するカテゴリーの実戦運用はルウィーにとって初の事であり、加えて相手は女神すら脅威と認定する程の存在であり、想定通りにいく保証など微塵もないのだから。

だが、彼は首肯した。力強く、臆する事なく、決意を秘めた瞳でもって。

 

「私には守りたい信念がある。守るべき者達がいる。そして何より……ルウィーはホワイトハート様が愛する国だ。そのルウィーと国民を守る為なら、如何なる困難も超えてみせる。…それは君も、同じだろう?」

「…そう、ですね…えぇそうでした。貴方は本気でそう考えている方であり、それは私も同じ事です。…いいでしょう。出撃準備を整えます」

 

強き意志を目の当たりにしたガナッシュは、一瞬言葉を失い…そして、彼の言葉に頷いた。彼の言葉はその通りであり、彼とガナッシュは近しい信念を…女神ホワイトハート様の為に、という志を持つ同士であるのだから。

機体が格納されている場所へと二人は走る。ガナッシュは勿論、彼もまた準備を進め、機体を立ち上げていく。──各国で行われる、戦いの準備。それは着々と、抜かりなく……犯罪組織から守った平和を崩されてなるものかという一人一人の思いを元に、進んでいった。




今回のパロディ解説

・某ソリッドさん
メタルギアシリーズの主人公の一人、ソリッド・スネークの事。同じ段ボールでもやってる事は全然違いますよ?何せ女神九人は梱包されてますからね。


・「〜〜浪漫は自由〜〜秘めている。〜〜」
ガンダムビルドシリーズの代名詞的台詞のパロディであり、その登場キャラであるユウキ・タツヤ(三代目メイジン)の台詞のパロディ。所謂元ネタパロディ、ですね。


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第百二十八話 意思は一人一人のもの

作戦がセカンドフェイズへ移行した事により、一部の教会職員や軍人にのみ通達され、それ以外の関係者には偽装した形で伝えられていた全容が、全関係者へと発令された。それと同時に民間人への勧告も出され、四ヶ国全てが大きなざわつきに包まれる中、人の流れとは逆方向へ走る車両が一つ。

 

「まさか、今度はわたし達が何も知らされないとはね…」

「私達は二度目…まぁ最も、前回は途中参加だから当然と言えば当然だけど」

 

兵員輸送車の類いである車両に乗っているのは、女神を除く新旧パーティー組。その車内でサイバーコネクトツーが旧パーティーの、ケイブが新パーティーの心情を口に。

今回、彼女等は作戦の事を一切伝えられていなかった。女神達と苦楽を共にしてきた彼女達は、どことなく普段と違う雰囲気の女神達からうっすらと何かある事を感じてはいたが、詳しい事など分かる筈もなく、きちんと聞いたのはつい先程の事。上下関係ではなく友情で繋がっている彼女達にとって、その扱いに思うところがあるのは当然の話。

 

「でも、逆に言えばあたし達はそれだけ信頼されているんだろうね。こういう形になっても、動いてくれるだろうって」

「そういう事であろうな。…とはいえ、中々に厄介な事を言ってくれる…」

「これは明らかに報酬か何かを貰えなきゃ割に合わないにゅ。大怪我したらどうするつもりだにゅ」

「そうなったらわたしが治してあげるですから、大丈夫ですっ!」

「そ、そういう事ではないと思うよコンパさん…」

 

新パーティー組のファルコムが女神に対する好意的な見方を口にし、何人かで話が回った後5pb.が突っ込みを入れて終了。特に何もなければ到着までただ座っているだけであり、死地も最早慣れたものである彼女達において今は、ある程度の緊張はあっても余裕をなくす程の状況であったりはしない。

そんな雰囲気のまま暫しの時が過ぎ、プラネテューヌの生活圏から非生活圏へと出る、その境の付近に車両が出た時、外を見ていたマーベラスAQLが声を上げる。

 

「…あれ?何かな、あの人達……」

「こんなところにいるなんて、一体何を考えて…って……」

 

安全確保の為、民間人…特に非生活圏に近い場所へ住む住民には、避難勧告が出されている。にも関わらず彼女の視線の先には人の集団があり、そちらへ目を凝らした旧パーティー組のファルコムは……その集団が信仰抗争被害の会である事に気付く。

集団は大仰に女神批判の文言が書かれたプラカードを持っていたのだから、被害の会である事は誰の目にも明らかな事。敵…とまでは言わずとも、あまり気分の良いものではない集団の存在に、彼女達は顔をしかめるも……その数秒後、運転手へと声をかけ車両を止める。

 

「そういう事ですか…であれば我々も着いて行きましょう」

「着いてくる、です?」

「はい。奴等の中には元犯罪組織構成員がいるかもしれませんからね。万が一の時、これから重要な役目のある皆さんの手を煩わせる訳にはいきませんから」

「そう…だったらその時は頼むわね」

 

運転手へ声をかけたのは、教会職員としての立場を持つコンパとアイエフ。すると運転手及び同乗していた数人の軍人が同行を申し出て、断る程の理由もないとアイエフは首肯。そして彼女達は集団に避難を勧めるため、そちらの方へ。

 

「素直に聞いてくれればいい…け、ど……」

 

徒歩で近付く中、不安気な言葉を鉄拳が漏らす。…と、ほぼ同時に聞こえてくる集団の声。それは……

 

「あの戦いで、罪もない人々が数多く傷付いた!その後も戦いを強いられた人々へ、女神や軍は躊躇いなく刃を向けた!そして漸く戦いが終わり、我々善良な人間が安心して暮らせるようになったと思えばまたこれだ!女神は国民の為と聞こえの良い言葉で人を騙し、その実自分達の事しか考えていなかったのである!これを見過ごしていいのだろうか!」

『そうだそうだーッ!』

 

恣意的に事実を捉え、偏執的な見方で非難する、悪意に染まった言葉だった。

犯罪組織との戦いの中で多くの者が傷付いた事。操られた残党に対し、女神や軍が刃を向けた事。再びこのような戦いが起きた事。確かにそれは、間違っていない。だが事実とは真実の一端でしかなく、そこに悪意や独善が入り込めば、或いはその一部しか挙げないのであれば、事実は白にも黒にも変わってしまう。そして、汚された事実など……真実を知る者にとっては、不快以外の何物でもない。

 

「むむむ…アタシの嫁達になんて言い草を…!」

「不愉快だな…どうも奴等は制裁を受けたいと見える…」

「うん、気持ちは分かるけど剣玉と杖はしまいなさい。…ほんとに気持ちは分かるけど…」

 

勝手極まりない主張にREDとMAGES.が怒りを露わにするが、それをアイエフが制止。しかしそのアイエフも集団へは冷ややかな視線を向けており、彼女もまた不愉快さを感じている事は明らかだった。

パーティーの雰囲気が悪くなる中、軍人が先行し集団の前へ。そこから避難するよう言葉をかけるが……

 

「避難?馬鹿を言うな、我々への正式な謝罪も賠償もなく避難しろなど、それこそ国民を下に見てる証拠ではないか!」

「俺達は身勝手な公権力になんて屈しない!声を上げられない人達の為にも、俺達は活動しているんだからな!」

「軍なら守ってくれればいいじゃない!自分の職務もまともに出来ないなら、他人の活動にケチつけないでくれる?」

「貴女達は女神に気に入られて分からないだろうけどね、これが民意なのよ!どうせこの言葉も権力の犬の心には届かないんでしょうけどね!」

 

…返ってくるのは、負の感情。女神に対する、政府に対する、軍に対する、彼女達に対する……剥き出しの悪意。…だが、集団はそれを悪意だとは思っていないだろう。少なくとも集団の中には、真っ当な主張をしていると思っている者がいる。自分は被害を被ったのだから、自分だけがそうなのではないのだから、自分のすべき事はしているのだから、自分だってもっと報われて良い筈だから……だから自分は正しいのだという思いが、悪意に『正当性』という衣を着せて、自分自身を騙し、言葉となって外へと出ている。

されどその衣が騙せるのは、自分自身と同じ意見を持つ者だけ。それ以外の人間には純然な悪意となって受け取られ、悪意は更なる悪意を喚起させる。悪意を向けられ、悪意ある言葉を投げかけられれば良い気持ちはしないという、単純な話。

 

「お前達…それとこれとは関係ないだろう!それに謝罪だと!?賠償だと!?お前達は命を懸けて戦ってくれた女神様をなんだと思っているんだ!」

「それが女神というものでしょう!税金やら何やらで私達はその対価を払っているんだから、守りきれなかった分の補填は当然の事よ!」

「戦場も知らん奴が勝手な事を……いいから避難しろ!我々とて自分の身を守る気のない奴まで守れる程力がある訳ではない!」

「そうやって出来ない理由を外に求めてる内は無理だろうな!本当にやる気がある奴は、口を動かす前に手を動かしてるんだよ!」

「……っ…その手を動かす邪魔になるのが、お前達のような…」

「──その位でいいだろう。これ以上ここで時間を失えば、それこそ目的の遂行に支障が出る」

 

女神に対して抱いているのが友情ではなく信仰心だからか、パーティーより先に軍人達が声を荒げて反論する。すると反論に対する反論が生まれ、更にそれに対する反論…と両者間の論争はヒートアップ。いよいよ軍人達の怒りは膨れ上がり、パーティーもまたいつ声を上げてもおかしくないという状況になる中……毅然とした声が、その言い争いへと割って入った。

それは、マジェコンヌの言葉。それまで沈黙を貫き、ただ一人状況を静観していた彼女は、戸惑う軍人を言葉を続ける。

 

「人の意思など赤の他人にどうこう言われて簡単に変わるものではない。ましてや変化を強要するなど、それこそ相手を害する行為だ。…我々の目的は、それではないだろう?」

「……失礼、少々頭に血が上っていました…」

「気にする事はない。誰でも感情的になる事はある。……さて」

「…な、何よ……」

 

静かに、それでいて深みのあるマジェコンヌの声は熱くなっていた軍人を的確に沈静化させる。落ち着きを取り戻した軍人達に、軽く笑みを見せた彼女が視線を向けた次なる相手は、割って入られた事で勢いの削がれた被害の会。若干の警戒を見せる集団に対し、彼女は言う。

 

「君達も、そこまで頑なに動かないと言うなら逃げる必要はないさ。避難は強制ではないのだからな」

「…それだけ?だったら言われなくても……」

「だが、それならそれでよく見ておくといい。真実はいつも一つかもしれないが、その真実をどう捉えるかは人それぞれなのだ。……だからこそ、女神を、女神を信じる者を、女神に異を唱える者を、自分自身を、見つめて、見つめ直してみてほしい。…一度自分を見失えば、取り戻すまでにより多くのものを失う事になるのだから」

 

全てを言い終えたマジェコンヌは反転し、真っ直ぐに車両へと歩いていく。少し間を置いてパーティーが、続く形で軍人達も集団から離れていく。一方集団はと言えば、暫し呆然として……活動を、再開した。

 

「…言うだけならば誰でも出来る!虚言だろうと何だろうと、発言するだけなら責任は問われないのだから!だが我々は違う!真実を知る我々は、行動を続けなくてはならない!」

「そ、その通りだ!今のは訳知り顔で言う事により、信じさせようという卑劣な策略!オリジンハートもやっていた事ではないか!」

 

歩いていく彼女達の背に、集団の言葉が打ち付けられる。だが振り返る者はいない。それぞれに思うところはあれど、言い返そうとする者はいない。

 

「…いいんですか?あんまり響いてない、みたいですけど…」

「かもしれないな。だが、言っただろう?人の意思は簡単に変わるものではないと。それに私は変えられるなどとは思っていないよ。もし変わったとするならば、それは彼等が勝手に変わっただけなのさ」

「…凄いね、貴女は」

「ふっ、伊達に長くは生きていないからな」

 

5pb.の問いに、新パーティー組ファルコムの賞賛にまた彼女は笑みを浮かべる。…彼女には、正してやろうという思いはなかったのだろう。ただ自分を失い、取り返しのつかない間違いを犯してしまった者としての、勝手なお節介。或いは…これも贖罪だったのかもしれない。

そうして彼女達は気持ちを切り替え、車両に乗り込む。想定外の寄り道となったが、彼女等の目的は初めから一つ。女神達の信頼に応える為、彼女達なりに守りたいものの為、目的地へと向かい……

 

「女神の言葉に騙されてはいけない!いいや言葉だけでなく、男に媚びるような外見にも騙されてはいけないのだ!」

「全くよ!特にグリーンハートのあの胸なんて、要は太ってるのと同じようなものじゃない!…所詮、脂肪なんだから……っ!」

「……へぇぇ…ベール様へ随分とふざけた事を言う奴がいるじゃない…」

「わわっ、戻っちゃ駄目だよアイエフ!」

「私達を止めておいてそれはないだろうアイエフよ…」

 

……十数秒程再出発前に悶着はあったものの、目的地へと車両を走らせるのだった。

 

 

 

 

現れた…もとい表れた四天王に実体がなかったと言えど、本当に幻影か何かだけの存在だとは限らない。むしろ「実体を持って復活してはいるけど、実体を持ったまま私達に気付かれる事なく一瞬で教会前に転移する事は出来ない」というのが私達の見立てで、その通りなら四天王は各国の街へと侵攻を開始している筈。そんな四天王から国と人を守る為……私とベールは、リーンボックスへ急行している。

 

「いつも悪いですわね。女神はわたくし一人だからとリーンボックスの担当にしてしまって」

「気にしないでよ、リーンボックスにだって私が守りたい人はいるし、リーンボックスの担当をしてるのは私の意思だからね」

 

空に突き当たりや通行止めなんてなく、私達は最短距離で…即ち真っ直ぐにリーンボックスへと向かっている。ノワール達ラステイション組もブラン達ルウィー組も同様に飛んでいる筈で、間に合うかどうかが勝負の分かれ目。間に合えば国の防衛という女神としての本懐を遂げられるし、間に合わなければ……

 

(…いや、わざわざ暗い考えで自分を追い詰める必要はないよね。もう考えたって変えようがないんだから)

 

作戦を考える時は、楽観視ばかりせず悪い想像もしておいた方がいい…というか、都合良く進む前提の作戦なんて逆に不安でしょうがない。けど今悪い想像をしたって作戦を変える訳にはいかないんだから、だったら間に合う間に合うって考えていた方が、ずっとコンディションの維持に繋がる。…到着した後の戦いはほぼ確実に激戦になるんだから、コンディションの維持は重要。

 

「…そういえばイリゼは、超長距離攻撃は出来るんでしたっけ?」

「出来ない事はないよ?けど…それって、ギリギリだった場合それで間に合わせられるかって事だよね?」

「えぇ。わたくしもある程度の距離であればシレッドスピアー…或いは投擲を出来ますけど、どちらも超長距離向きではありませんもの」

「…残念だけど、私も同じだよ。私の遠隔攻撃は基本バレル無しで撃ち出してるようなものだから、ギリギリのところだと味方に当てかねないと思う」

「…であれば、やはり急がねばなりませんわね。もう少し速度を上げますわよ!」

 

そう言ってベールは加速。私も翼を直線機動重視の形状に可変させて、ベールに追随。遠隔攻撃主体の女神候補生組…特にユニがいるラステイション組はその点において少しだけ安心感があるんだろうけど、代わりに私達以外の三組は守護女神の三人が先行するか、妹に合わせた速度で飛ぶかの二択を選ばなくちゃいけなくなる。それは短距離なら大して変わらないけど、長距離を飛ぶ場合……安定して出せる最高速度の差は、結構大きい。

それからは暫く黙って飛ぶ私達。飛び立った位置からリーンボックスの街まではもう半分が過ぎ、もし運が良ければ(四天王側の侵攻ルートと私達のルートが重なっていれば)もう接触するかもしれない…そう思い出したところで、私は口を開く。

 

「…迎撃に出た部隊は、上手く抑えられてると思う?」

「そう、ですわね…」

 

私の問いを受けたベールは、考え込むような声音を発する。

各国へ急行しているといっても、四天王より先に着けるかどうかは怪しいところ。だから各国では迎撃部隊を展開して、少しでも時間稼ぎをするという手筈になっている。…撃破ではなく、あくまで時間稼ぎ。命を捨ててでも抑えろなんて命令をベールが出してる訳がないし、その心配はあまりしてないけど……出来る限り侵攻を遅らせてほしい、と思っているのもまた事実。

誰が、どれ程の人数で、どのように迎撃を行っているか。それは聞いていないからこその、ベールへの質問。ベールは一度声を返した後、数秒考え込んで……言った。

 

「…大丈夫だと思いますわ。一応加速はしましたけど、迎撃にはとっておきの戦力を投入しましたもの」

「とっておき?」

「えぇ、とっておきですわ。きっとあの子と会った時には、驚くと思いますわよ?」

 

こちらへと顔を向け、ベールはにこりと私に微笑む。とっておきのあの子、というのが何なのかはさっぱり分からない。けど、ベールの顔には……明らかな自信の色が表れていた。

 

 

 

 

リーンボックスの街へと迫る、巨大な黒い影。甲冑の様な装備を纏い、その身同様巨大なハルバートを携えたその存在は、ジャッジ・ザ・ハードに他ならない。

 

「見えてきた…が、もう少し距離があるな…」

 

先程遭遇したリーンボックスの迎撃部隊には、随伴させていた…というより着いてきたモンスター群をぶつけ、街への侵攻を続けているジャッジ。だがそれは、犯罪神による破滅を振り撒く為ではない。…より正しく言えば、破滅の代行が最大の目的ではない。

 

「早く来いよグリーンハート…でないと…でないと身体が疼くからよぉ…!」

 

爛々と輝く目には欲望の光。口元には歪んだ笑み。そして声音は、まるで何かに取り憑かれているよう。

彼にとってグリーンハートは、この時代に顕現して以降初めて戦った『強者』であり、強者との命を削り合うような戦いこそが彼の望み。されどその際の戦いはとても満足出来るものではなく、再戦も叶う前に消滅してしまった。故に彼は心残りがあった訳だが……不満を抱いたまま消滅した訳ではない。

 

(欲ってのは不思議なもんだよなぁ…あんときゃ満足して逝ったってのに、気付きゃまた渇いちまう……)

 

ギョウカイ墓場の死闘で彼はイリゼにより引導を渡された。その時の戦いは正に彼の望んだ至高のものであり、今でも彼の心にはその時の興奮が刻み付いている。だが人の欲とは際限のないものであり、欲求に関して言えば人も女神も、元は人である犯罪神の臣下も変わらない。

だからこそ、彼はリーンボックスへと向かう。ベールがこちらへ向かっている事も、自分を討たんとしている事も分かっているが為に。

 

「俺は騎士でも武闘家でもねぇぞ…?清らかだろうと汚れていようと、俺は俺が満足出来る戦いが出来りゃ良いんだからな…!」

 

もし彼が街へと到着すれば、彼は迷わず人へと刃を振るうだろう。彼は人を傷付ける事が好きな訳でもなければ、意味もなく人を害する事もしない。むしろ一方的な虐殺など彼の望む戦いとはかけ離れたものであり、自身が強大な悪と戦う事で人を救えるのならば、一石二鳥だと喜んで馳せ参じるのが、彼という存在。……が、彼にとっては心踊る戦いこそが至上なのであり、善も悪も、希望も絶望も、全ては二の次でしかない。即ち、意味があるのなら…リーンボックスの人間を殺す事で女神グリーンハートの全力を引き出せるというのなら、彼はそれを躊躇わないのである。

 

「だから、早く来やが……ん…?」

 

この先味わえるであろう悦楽を想像し、ジャッジは笑みを深める。叶わず終わった望みにチャンスが生まれた事に感謝しながら、叶うならば他の女神とも戦いたいと思いながら、少しずつ近付く街を見据えた……その時だった。

 

(影、だと……?)

 

不意に暗くなったジャッジの周囲。とはいえ別段それはあり得ない事ではなく、例えば天気の変化か何かで済む話。だが……一面ではなく、ジャッジの周囲だけが暗くなっている。

それはつまり、巨大な鳥なり大型の航空機なりが上空に現れたという事。このタイミングで現れたとなれば、その存在は高確率で敵だろう…そう考えたジャッジは見上げて……

 

「……オイオイ、マジか…とんでもねぇ奴だぜ、こりゃ…」

 

──思いもしなかった、まさか相見えるとは思わなかった存在に、彼は目を見開いていた。




今回のパロディ解説

・真実はいつも一つ
名探偵コナンシリーズの主人公、江戸川コナン(工藤新一)の代名詞的台詞の事。代名詞のようなものですが、基本アニメのOP前に言ってる台詞ですね。

・「〜〜彼等が勝手に変わっただけなのさ」
物語シリーズの登場キャラの一人、忍野メメの名台詞の一つのパロディ。この台詞より前の部分も、一応意識はしています。下記のネタよりは分かり易いでしょうか。

・「早く来いよ〜〜疼くからよぉ…!」
機動戦士ガンダムSEEDの登場キャラの一人、イザーク・ジュールの名(?)台詞の一つのパロディ。声が付けば分かり易いと思いますが、活字だけだと微妙ですね…。


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第百二十九話 開戦と誘導

四天王が進軍する。プラネテューヌに、ラステイションに、リーンボックスに、ルウィーに。モンスターを従え、強者の風格を漂わせるその様は、正に将と兵隊のよう。一騎当千、女神と正面から激突出来るだけの力を持つ四天王に加え、モンスターも犯罪神の放つ負のシェアの影響を受けてか全ての個体が荒々しい雰囲気を露わにし、汚染状態の個体も散見される。もし常人がその前に立てば、十人だろうと百人だろうと何も出来ずに蹂躙されるだろう。

だが、破滅の神の使者へ、戦いを挑む者がいる。紫の大地に、黒の大地に、緑の大地に、白の大地に。リーンボックスの軍人と巨大な影だけではない。各国で女神からの信頼を受け、或いは自らの意思で世界に仇なす敵の前に立ち、一見無謀とも思える戦いを挑む者がいる。

 

「……む…ッ!?」

 

ラステイションではブレイブ・ザ・ハードが噴射炎を揺らめかせ、モンスターと共に進む。だがそのブレイブとモンスターに、正面から光実織り混ざった射撃の雨が降り注いだ。

反射的にブレイブはその射撃を避け、続けて剣に纏わせた炎を扇状に展開する事で壁を形成。射撃から味方であるモンスターを守るが、一部の個体は間に合わずに撃ち抜かれてしまう。

 

「よぉ、また会ったな」

 

炎を隔てた向かいにいるのは、火器を携えた鉄騎。選りすぐりのMG乗りによって構成された三部隊の中核に立つのは、三人の隊長。特務隊を率いるメイジン、アーテル隊を率いるクラフティ、そしてシュバルツ隊を率いるシュゼット。真正面からの戦いを仕掛けた彼等の中に、恐れおののく者は誰もいない。

 

「…ふん、どこかで見たような光景だな」

 

プラネテューヌではマジック・ザ・ハードが空を進み、陸空混成のモンスター部隊を追従させる。だがある集団を発見したマジックは、鼻を鳴らしてゆっくりと降下。

彼女が見たのは、対照的な二つの集団。一つは陣形を組んだ、MGを含む軍の部隊。もう一つは陣形などというものではなく、思い思いの位置に立った十三人の女性。一見すれば脅威に見えるのは前者だが……マジックはそちらを一瞥しただけで、それからすぐに後者へと視線を戻す。

 

「確かに似たような事があったな。あの時は賢明な判断が出来た貴様だが…さて、今回はどうする」

「そうだな…ではここに死体の山を築き、女神の下した愚かな判断を後悔させるとでもしよう」

「ほぅ…ならばやれるものならやってみろ、とは言わんさ。…出来やしないのだからな」

 

マジックの周囲のモンスターが威嚇をし、軍の部隊が引き金に指をかける。その中でマジックがゆっくりと大鎌を、十三人…新旧パーティーの先頭に立つマジェコンヌが、落ち着いた手付きで杖をそれぞれ相手へと向ける。四天王の代表とでも言うべき存在の前に立ちはだかる彼女達は、全員が仲間を、勝利を信じていた。

そして……

 

「アクククク…悪いが、貴様達の相手をする程暇ではないのだ」

 

ルウィー国防軍の精鋭、魔術機動部隊の全隊による迎撃をモンスターに対応させつつ躱すのはトリック・ザ・ハード。その中に数人いる隊長の一人がトリックへと追い縋り、足止めしようと蹴りを放つがそれをトリックは魔法障壁で防御。浮遊魔法と風魔法の合わせ技で移動するトリックは防御をしようと速度が落ちず、彼は突破を許してしまう。

 

「はてさて、確かこの辺りにも…おおっと」

 

迎撃を巻いたトリックへと撃ち込まれる、高威力の魔弾。しかしそれを予想していたトリックは冷静に回避し、ちらりと魔弾の発射地点を見やる。

そこにあったのは、独特の外観を持つ人工物。それは防衛の為ルウィーの各所に作られた迎撃設備。転移魔法の技術が組み込まれたその設備は謂わば発射台であり、教会や軍の基地など対応した場所から発動した魔法が、この設備へと転移し放たれるという代物。安全圏から余裕を持って攻撃が出来る、というのがこの設備の強みだが…トリックが相手では流石に役者不足というもの。

 

(魔法自体は威力も範囲も中々のもの…モンスターを奴等の相手に差し向けたのは正解であったなぁ)

 

もしもモンスターを率いたままここを通っていれば、何割かは撃破されていた可能性が十分にある。であれば結果的に無駄な損害を避ける事が出来たとトリックはほくそ笑み、続く迎撃も難なく回避。そうして設備からも離れ、恐らくこれが自身に届く最後の攻撃だろうと横へと飛んだ……その時だった。

 

「ぬおッ!?」

 

回避を行ったトリックの着地先(浮遊している為、これは正しい表現ではないが)へ、絶妙なタイミングで放たれた粒子の光芒。咄嗟にトリックは飛び上がりその光芒を避けるも、その先にあったのは噴射炎を吐き出す弾頭。

空中に捲き起こる、一つの爆発。爆煙が広がり、黒煙が登り……その中から、障壁に包まれたトリックが姿を現す。

 

(…今の攻撃は、どちらも魔法によるものではない…となれば科学兵器であろうが、この精度は……)

 

魔法の普及率と信頼、加えて一時はキラーマシンを中心とする強引な軍拡が行われた事で科学兵器の採用が遅れているルウィーだが、全くないという訳ではない。しかし兵器そのものの普及が遅れているのであればそれを扱う技術もまた洗練されている筈がなく……つまるところ、誰がこんな攻撃を…とトリックは驚いていた。そして、そこから彼は更に驚く事となる。

 

「……な、何…?」

 

障壁を解いたトリックの前へと降り立つ、一つの人影。だがそれは、人ではない。

右にはライフルを、左にはロケットランチャーを携えたその姿は、正しくMG…それも装甲の隙間から見えるフレームからして、ラステイション製のもの。

それもトリックにとっては、驚きの事実。しかしそれを超えるのは……そのMGが纏う装甲が、全て黄金の輝きを放っていた事。

 

「…ここまで御足労頂いたところ悪いが、ホワイトハート様達が来るまで待ってもらおうか」

「……その声、まさか…」

 

降り立った機体から聞こえた声に、トリックは視線を鋭くさせる。その理由は二つ。その内一つは何故その人物がこうしてここにいるのかという事で、もう一つは……もし目の前の機体のパイロットが思った通りの人物ならば、移動の片手間感覚で戦える相手ではないという事。

 

「──アズナ=ルブ、十式、作戦行動を続行する」

 

ワンレンズタイプのサングラスを彷彿とさせるゴーグルアイを光らせ、スラスターを吹かすパイロット。

彼は己の理想の為、一度は国に…女神に銃口を向けた男。その果てに自身の命すら犠牲にしようとしたものの、その女神と素質を認めた一人の人間によって止められた彼は今、新たに見つけた……いや、取り戻した『信じるもの』の為に、その力を振るう。

 

 

如何に強力な装備があろうと、如何に常人の域を超えていようと、世界の理にすら干渉し、果ては理すら覆してしまう程の奇跡の力によって蘇った四天王を、人が倒す事など困難の極み。だがそれは無謀でも、蛮勇でもない。何故なら犯罪神が絶望を振り撒くように……希望を生み出す女神が、その者達にはいるのだから。

 

 

 

 

「…了解よ、マジックが現れたのね」

 

 

身体を起こしてブレーキングをかけ、わたしとネプギアは空中で反転。イリゼ達が三組に分かれて各国へと向かう中、わたし達はプラネテューヌではなく、ギョウカイ墓場へと向かっていた。

 

「スピード上げていくわよ!着いて来られるかしら?」

「勿論!」

 

反転の後翼に力を込め直して、これまでとは真逆…即ちプラネテューヌに向けて再加速を始めるわたし達。今からだとワープでもしない限りマジックの侵攻に間に合わないけど、迎撃には軍に加えてこんぱ達も協力してくれている。だから寄り道さえしなければ…きっと大丈夫。

 

(目論見通り、マジックはプラネテューヌに来てくれた。自国に敵が来るのを喜ぶのは変だけど…よかったわ)

 

出来る限りの準備はしてきたけど、この作戦には幾つもの懸念事項があった。その内の一つが、マジックの動向。

要求を破棄したわたし達への報復として、四天王が各国に来るというのは(実体があるのなら)ほぼ間違いない事。だから皆急いで飛んでる訳だけど…わたしとネプギアは元々自国にいるんだから、動く必要はない。でもそれは四天王側も分かっている訳で、ならばとマジックがプラネテューヌ以外の国へ行く可能性があるんじゃないかと、わたし達は危惧をした。そして、それを防ぐ為の策が……わたしとネプギアによる、ギョウカイ墓場への侵攻。

敢えてプラネテューヌから女神がいなくなる事で、マジックにとって至上の存在である犯罪神の下へわたし達が迫る事で、マジックをプラネテューヌへと誘い込む。自分の守護すべき国に敵を招き入れるというのは、指導者としてあまり…いや、かなり宜しくない事ではあるけど、プラネテューヌさえ守れればそれで良いなんてわたしは思っていない。だってわたしはプラネテューヌの守護女神であり、ゲイムギョウ界の守護者なんだから。

 

「…ネプギア、一応言っておくけど体力配分には気を付けて頂戴。わたしに着いてくるのに必死で到着した時にはスタミナ切れ…なんてなったら困るもの」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。楽ではないけど…まだ余裕は十分あるから」

「…いい返事ね」

 

今は時間との勝負だけど、その後は本当の勝負になる。間に合わなければ元も子もないけど、だからってバテバテの状態で敵の前に出るのは愚の骨頂。少しでも早く戻りたいという気持ちを如何に押さえて、その先の戦いを見据えたペース配分が出来るか。…それが、勝敗の分かれ目。目の前の勝負だけじゃなく、この戦い全体の勝ちを掴む為の…戦術。

 

 

 

 

各国で迎撃部隊と四天王、モンスターによる戦いが始まった。だが生活圏への被害を考えた女神側は戦場を生活圏から離しており、同時に勧告によって殆どの国民が自宅、或いは避難所へと向かった事で街は静けさに包まれている。

しかし有事であろうと無かろうと、賑やかさのない地域もある。例えばそれは、元々人口の少ない地域。もっと言えば…あまり人が寄り付かない地域。

 

「……なーんか、変だっちゅねぇ…」

 

丸い耳を立て、鉄格子の嵌められた窓から外を覗く一匹の鼠…ではなく、鼠は鼠でも実際は動物なのかモンスターなのか不明な元犯罪組織構成員、ワレチュー。彼がいるのは……勿論、刑務所。

 

「何かよく分からないっちゅけど、ネズミの勘が何か変だと伝えてるっちゅ……」

 

手を離して窓枠から降りた(彼の身長では窓に届かない為、跳躍して両腕を窓枠に引っ掛けていた)ワレチューは、腕を組んで考え込む。

それは本当にネズミの勘とやらによるものか、聴覚や肌に感じる空気で異変を感じ取ったのか、或いは全く根拠のない発言か…とにかく彼は何か変だと思っており、何が起こっているのかを考えていた。

 

「……ぢゅー…」

 

…が、ただ何か変だというだけでは考えるにも情報が足りず、監禁されている中では調べられる筈もない。その為早々に諦めたワレチューは……

 

「おい看守!さてはプラネテューヌで何かデカい事をしようとしてるっちゅな!」

 

部屋の奥から出入り口側へと移動し、扉に向かって大声を出した。質問ではなく断定の言葉を発したのは、馬鹿正直に訊いて望んだ回答が返ってくる訳がないと考えた為。

 

「…………」

「無視っちゅか!?看守ともあろう人間が、堂々と無視っちゅか!?それはどうかと思うっちゅよ!」

「…………」

「それとも聞こえてないんだっちゅか?だったらもっと大きな声を出すっちゅ!おいッ!看守……」

「あー五月蝿い!聞こえてるわ!んで看守に囚人といちいち会話しなきゃいけない職務はねぇ!」

 

ガンガンと扉を叩きながら叫んでいると、看守からの言葉が返ってくる……が、当然と言うべきか、その返答はワレチューが望んだものではない。

 

「でもこんな場所じゃお前も暇だろうっちゅ!だからオイラが話し相手になってやると言ってるんだっちゅよ!」

「余計なお世話だ!ってかしょっちゅう声かけてきやがって…お前こそ暇なんだろ!」

「そりゃこんな場所じゃ暇になるに決まってるっちゅ!なら黙ってるからネットに繋がる機材を渡せっちゅ!」

「渡す訳ねぇだろ!五月蝿いとネズミ捕り入れるぞ!」

「うぐぐ、それは…って、オイラがアレに引っ掛かるとでも思ってるんだっちゅか!?オイラを普通のネズミだと思うなっちゅ!」

 

言い争いの形となるワレチューと看守。ワレチューが大声でコンタクトを取ってくるのはこれが初めてではなく、無視をしても相手をしても五月蝿い彼の事を看守はかなり厄介に思っており、こうして適当に話を終わらせるのがほぼ毎回の事となっていた。

そうしてあしらわれたワレチューはその後も何度か声を上げるも、まともな反応が返ってこなくなった為断念。不満そうな顔をしながら、彼は再び腕を組む。

 

(看守からが駄目だとなると、一気に手詰まりだっちゅ……というかそもそも、仮に分かったとして…知ってオイラはどうするんだっちゅ…?)

 

違和感が何か気になったのは、興味本位。だが、同時に彼は囚われの身。知ったところで何も出来ず、誰かに伝える事すらままならない。そして釈放もまだまだ先であり……今自分が知る事に、一体どれだけの意味があるのかとワレチューは後ろ向きな思いに駆られる。

 

(…コンパちゃん……)

 

落ち込む度彼が思い出すのは、恋い焦がれる女性の存在。彼女を思い出す事自体で元気を得るのに加えて、彼女と出会えたのは犯罪組織にいたからだと考える事で自身の選択を肯定し、気持ちを良い方向に向けようと自分を差し向けていた。

…と、その時……。

 

「お疲れ様っす、交代しますよ」

「おう、って…んん?なんかいつもより早くね?てか…新人さん?」

「あ…えーと…はい。今色々起こってるじゃないですか。だから別のところからこっちに呼ばれて…で、時間も…その関係、で…?」

「何故疑問形…?…まぁいいか、それじゃ頼むぜ」

 

物思いに耽るワレチューの耳に聞こえてきたのは、会話の声と足音。しかしそれは別段おかしなものではなく、せいぜい「やっぱり何か起こってるのは間違いないんだっちゅね」と思う位で、彼は興味を示さない。という訳でワレチューはそれを聞き流し……その数十秒後、事態は動き出した。

 

「……よォ、暮らしはどうだよ鼠先輩」

「ね、鼠先輩!?鼠先輩って…その人はネズミじゃないっちゅよ!?…って、あれ…?この声、どこかで……」

 

突然外から話しかけてきた、交代の看守と思しき存在にワレチューは突っ込みを入れる。だがその直後に看守の声に聞き覚えを感じ、再び彼は扉の前へ。すると相手もワレチューの言葉に反応し、高らかに…されど声は抑え気味で言い放つ。

 

「へっ、そりゃそうだろうな!何せアタイはこの逆境の中でも生き延び、トリック様達から勅命も受けた、マジパネェ構成員……」

「あっ、下っ端っちゅね」

「だから下っ端じゃねェよッ!」

 

口上の途中で水を差され、しかも最も呼ばれたくないあだ名で呼ばれて即キレる看守……に扮したリンダ。続けて彼女は言い返そうという衝動に一瞬駆られるも、潜入中である事、思わず大きめの声を出してしまった事ですぐに冷静となり、咳払いの後言葉を続ける。

 

「ったく…相変わらず生意気なネズミだな。ネズミ捕り入れるぞ?」

「なんでお前も看守と同じ事言うんだっちゅ…まさか、看守に就職したんだっちゅか…?」

「んな訳ねェだろ、勅命だっての。あーあ、なんでアタイはこんな奴助けなきゃいけないんですかねトリック様…」

「こんな奴とは失礼な…って、今助けるって言ったっちゅか…!?」

 

特に上下関係はなく、お互い相手を気遣うつもりもない為遠慮のないやり取りを交わす両者。…が、ワレチューがリンダのある言葉に気付いた事で態度が一変。彼は目を見開いて訊き返す。

 

「うん?…さーて、どうだったかなァ……」

「は、はぐらかさないでほしいっちゅ!というか勅命なら、はぐらかしてる場合じゃないだろっちゅ!」

「あーはいはい、そうだよ言ったよ。…今なら警備が手薄になってる筈だからって言われて、アタイはここに来たんだよ。で、取り敢えず変装してここを回ってたら、お前を見つけたって訳だ」

「そういう事だったんだっちゅか…捨てる神あれば拾う神ありとは、正にこの事だったっちゅ…!」

 

自分の耳にした言葉が聞き違いでなかったとワレチューは目を輝かせ、歓喜の声を口にする。因みにこの時彼が想像した「拾う神」とは犯罪神でも女神でもなく、彼が天使と呼ぶコンパだったのだが…それはまた別の話。

 

「感謝ならアタイにするんだな。何せ今から開けてやるのはこのアタイ……」

「はいはい感謝してるっちゅー」

「絶対感謝してねェな…まぁいいか、お前が普通に感謝してくれるとは思ってなかったし……けどその前に、出来る限りここの内装とか監視の厳しい所とか教えてくれるか?勿論知らねェなら仕方ねェけどよ…」

「それは出てからじゃ…って、出てから話してるのを見られたらアウトは確実っちゅし、出る前の方が賢明っちゅね……ふっ、オイラを見くびるなっちゅ。日々の会話や聞き耳で、ある程度は分かっているっちゅ!」

 

基本的に看守にはあしらわれるとはいえ、下手な鉄砲も数撃てば当たるというもの。更に彼の耳は人間より鋭く、人並みの会話力や思考を持つが為に看守は鼠とは呼びつつも人間扱いしていたのもあって、ワレチューはそれなりに刑務所の内情を知っていた。その事でワレチューは胸を張っていたが…リンダの方はワレチューより誰か来ないかを気にしており、またそもそも扉で隔てられている事もあってそれは全く伝わっていない。

そういう訳で情報を得たリンダは、内心で成果が出せそうだと喜びつつ、ワレチューの閉じ込められている部屋の扉に手を掛ける。──女神側と犯罪神側による戦闘の火蓋が切って落とされる中、プラネテューヌのある刑務所でも騒動は始まっていたのだった。

 

 

 

 

「…ところで、一つ訊きたいんだがよ……」

「なんだっちゅ?」

「……なんでお前、物置きに閉じ込められてるんだ…?」

「あー…それは、オイラの場合小さいから普通の牢だと大人しくしているか確認し辛いし、そもそも人間用の牢だと逃げられるかもしれない…って理由らしいっちゅ」

「へぇ……なんか磯野家の長男みたいだな、物置きなんて」

「ほ、ほっとけっちゅ!…あ、ほっとけって出さなくていいって意味じゃないっちゅよ!?」




今回のパロディ解説

・鼠先輩
ムード歌謡歌手、鼠先輩こと杉村佳広さんの事。少し考えてみると、鼠ネタって結構一杯あるんですよね。ネタに困らないというのはいいものです。

・磯野家の長男
サザエさんの登場キャラの一人、磯野カツオの事。彼が叱られて罰を受ける場合、外の物置きの他に押し入れという場合もありますね。


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第百三十話 例え間違いだとしても

轟く射撃音。草木をしならせ砂煙を舞い上げる巨大な鉄騎。そして激突する、刃と刃。

 

「ふっ……位置取りが甘い…!」

 

両膝外部のコンテナに搭載されたスラスターを複雑に稼動させ、滑るように大型モンスターの背後へ回るメイジン機。背後を取ると同時に両腕部で保持したラックライフルを発砲し、即座に後退する彼の機体へ振り向いたモンスターが反撃をかけようとするも、その背後へメイジンの意図を汲んだ特務隊員による重機関砲の射撃が殺到。完全に注意が逸れていたモンスターはそれを諸に受け、地面へと沈む。

 

「隊長、雑魚の相手は我々にお任せを!」

「四天王の対応を優先して下さい!」

「……ならば、ここは任せよう!」

 

特務隊の名に恥じぬ動きで戦場を駆ける部下の言葉を受け、メイジンは視線をある方向へ。

 

「行けシュジンコウキ!ライバルキは援護、ジセダイキは側面からの牽制をせよ!」

「余所見…すんなよッ!」

「あんたの相手は…こっちよッ!」

 

その方向で矛を交えるのは、二機のMGと一体の巨人。そちらへメイジンが参戦する事により、両陣営の指揮官が一堂に会する形に。

 

「手を貸そう、ご両人!」

「っと、助かるわ特務隊長!」

「その必要はねぇ…と言いたいところだが、流石にこいつ相手じゃ分が悪いからな…!」

 

ブレイブからの一太刀を、槍剣を掲げたシュゼット機が防御。その瞬間クラフティ機が左から、合流したメイジン機が右から火器による挟撃をかけるが、ブレイブはブースターの噴射で空へと退避。

ならば、とクラフティ機もスラスターを吹かし、光実二種の機関砲で追撃。シュゼット、メイジンもまた武装を射程距離の長い物へと変更し、対空砲火で攻め立てる。

 

「相変わらずの勇気、称賛に値する!やはりこの国は女神も国民も素晴らしい!」

「それはどうも…ッ!」

 

空を飛ぶブレイブへ、正確な射撃が迫る。だが彼は一切臆する事なく、それどころか気分の良さそうな声を上げて弾丸と光芒を回避。そのブレイブの上空へとクラフティ機が回り込み、軽機関砲から持ち替えたナイフで首元を狙うが……

 

「…だが、今の俺は…容赦は出来んッ!」

「なッ……きゃあぁぁッ!」

 

ナイフが突き刺さる寸前、脚を振り出しブースターの噴射も併用したブレイブは一瞬で縦回転。上空からの一撃を避けるのみならず、その勢いのまま蹴り付ける事で…クラフティ機を、その主戦場たる空からはたき落した。

 

「……!大丈夫かクラフティ……ぐっ…!」

「速い…ッ!」

 

落下する妻の機体にシュゼットは目をやりかけるが、それをブレイブが許さない。身体が上下逆となっていたブレイブはそこから急降下をかけ、炎を纏った大剣の一撃をメイジン機へと放つ。その一撃こそメイジンは避けるが、避けられる事を見越していたかのように炎は大剣から離れ、地を焦がしながらシュゼット機へと猛進。シュゼットは視線を戻し、回避行動を取る事を余儀なくされる。

 

(速いだけじゃねぇな…重みも勢いも、前の時とはレベルが違う……!)

 

絶対にこの敵を通してはならないと、シュゼットは回避しつつ接近をかける。

彼とクラフティは、守護女神奪還前にも一度ブレイブと交戦を…それも今回同様時間稼ぎを行っている。だが二人は数度斬り結び、撃ち合った時点で気付き、更に攻防を重ねる事で確信していた。見た目や戦い方は同じでも、明らかに前回とは強さが違うと。

 

「最早引けとは言わん!恨んでくれて構わない!それが戦いなのだからなッ!」

「はっ、別に恨みゃしねぇよ。何せ、死ぬつもりはねぇからなッ!」

 

スラスター全開で突撃するシュゼット機。大剣を引き、ギリギリまで引き付けて突き出すブレイブ。槍剣と大剣が激突し、周囲へ激しく火花が散る。だが……推進器をフル稼働させていたシュゼット機と、本気ではあっても全ての力を込めていた訳ではないブレイブでは、後者の方が有利だった。

 

「ならば、この心に刻み付けよう…ラステイションの、勇敢なる戦士の姿をッ!」

「ぬぉわッ!?」

 

ほんの少しブレイブは力を抜き、同時に斬っ先を上へと向けた事で大剣は槍剣の上へ。その瞬間シュゼットは意図に気付くも、彼もラァエルフもそこから対応出来る程の力はなかった。

ブレイブが一気に力を込めた事により、上から押される形となった槍剣は穂先が地面に突き刺さる。その衝撃の反動をシュゼット機が受ける中、ブレイブは飛び上がり、燃え盛る炎を刃に纏わせる。

 

「あれは……不味いッ!シュバルツ1!」

「分ぁってる…ッ!」

 

火力からブレイブが勝負を決めようとしていると見切ったメイジンは、機体を空へ。槍剣をパージしたシュゼット機もまた高機動形態のまま上昇し、前者は重粒子収束剣、後者は両刃重剣をそれぞれ引き抜き、振り抜かれかけている大剣へと叩き付ける。

 

「その防ぎ方は……失敗だったなッ!」

「それは、どうでしょうねッ!」

 

新型動力炉を搭載した二機分の力で止まる大剣。だがそれも織り込み済みだとばかりにブレイブは二門の砲を両者に向け……放たれる刹那、高エネルギーシールドを展開したクラフティ機が割って入った。

大剣を二機が、砲撃を敢えて左右同調を行わなかったクラフティ機が押し留める。三機がかりの防御によって、寸前のところで止められたブレイブの大技。だが、そのせめぎ合いの中ブレイブは小さく笑みを浮かべ……

 

「…もし、貴君等の機体がもっと高性能であれば…結果は変わっていたのかもしれないな」

 

…ライオンを彷彿とさせる胸部のレリーフから、超至近距離砲撃を放った。

レリーフの砲口は、普段ならば二門の砲との同時砲撃の際にしか使われないもの。されどそれはその砲単体で使った場合、射程距離や収束率に問題があるからであり…至近距離且つ剣も砲も使えないという状況下では、むしろ隠し武装としてその力を発揮する。例えるならば…今、この瞬間のように。

 

「な、に……ッ!?」

「さぁ、終わりとしよう!この一撃をもって、この戦いを……!」

 

せめぎ合う中では射角を取れよう筈もなく、三機共コックピットブロックに被害はない。だが被弾によって体勢を崩され、そこからブレイブによって弾き返される。

再び振り被られるブレイブの大剣には、更に強く激しい炎が灯る。弾き返された三機は勿論の事、三機が対ブレイブに専念出来るようモンスターの相手をしていた各部隊員も最早間に合う筈もなく……

 

 

 

 

 

 

「──そこまでよ、ブレイブ・ザ・ハード」

 

──次の瞬間、一条の光芒と、はっきりと響く凛々しい声が戦場の空気を裂いた。

 

 

 

 

アタシの撃ち込んだ射撃で、お姉ちゃんの声で、大剣を振り上げていたブレイブが止まる。そのブレイブの正面へとアタシ達は回り込み、お姉ちゃんが声を上げる。

 

「全員、戦いながら聞きなさい!モンスターの掃討、或いは撃退を完了し次第貴方達は作戦通り後退する事!こいつの相手は私達がするわ!」

『了解!』

「それと……ここまでよく持ち堪えてくれたわねッ!」

 

まずは指示を出して、それから少しだけ顔を後ろに向けて、にっと笑みを見せるお姉ちゃん。心配しただとか、無理はしてないかだとか、そういう事は一言も言わない。でも、お姉ちゃんの声からは伝わってくる。貴方達なら心配するまでもないでしょう?…という、お姉ちゃんからの確たる信頼が。

 

「…後退、出来る?」

「はい、出来ますし…何ならまだ戦えますよ」

「ラステイションのMGは基礎フレームが堅牢です。この程度で行動不能にはなりません」

「それに…ユニ様ノワール様の前で格好悪ぃ姿は、見せられないってもんですよ」

 

お姉ちゃんとブレイブが正対する中、アタシは一度小破と中破の間というべき状態の機体を立て直す三人の元へ降り立つ。それからお姉ちゃん同様インカムで通信をかけたけど…反応からして、三人に強がってる様子はない。…これなら、大丈夫そうね…。

 

「…………」

「あら、降ろすの?」

 

地面を軽く蹴って飛び上がると、ブレイブはゆっくりと大剣を降ろす。その動きに、お姉ちゃんは挑発的な声をかける。それは女神化してる時のお姉ちゃんの性格由来な声かもしれないし、挑発する事で自分に注意を集めようとしているのかもしれない。

 

「…ブレイブ、アンタ……」

「……モンスター達よ、もし俺の命令を忠実に聞くのであれば…突破が困難だと判断し次第、各々散れ!お前達の命とて、無駄に散って良いものではない!」

「…なんのつも──」

「場所を変えるぞ」

 

アタシがお姉ちゃんに肩を並べ、名前を呼んだ直後に指示を叫ぶブレイブ。それからブレイブはアタシの言葉を遮り、小さくもはっきりした声で移動する事を提案…いや、移動すると言い切った。

 

「…行くわよ、ユニ」

「…うん」

 

反転して離れていくブレイブを、一拍置いた後追いかける。その背中は無防備に見えるけど……攻撃はしない。

ブレイブが飛び、それをアタシ達が追いかける事数分。軍もモンスターも見えない程に離れたところで…ブレイブは着地する。

 

「…………」

 

音を立てて降り、ブレイブはこちらへゆっくりと振り向く。対するアタシ達も地表付近まで高度を落とし…再び正対。

 

「……また会ったな、ブラックシスター、ブラックハート」

「そうね、こっちはまた会うなんて思ってなかったけど」

 

静かにブレイブが声を発し、それをお姉ちゃんが冷ややかに返す。…普通なら、一触即発の状況。でも、今は違う。

 

「…………」

「…………」

「…ユニ、あいつに言いたい事…あるんでしょ?」

「…いいの?」

「えぇ、出来る事は出来る時にやっておくべきよ」

 

アタシ達の間に沈黙が流れる中、お姉ちゃんがアタシの方を見て、アタシに勧めてくれた。ブレイブと、話す事を。

お姉ちゃんの言う通り、アタシにはブレイブに訊きたい事、言いたい事がある。女神であるアタシにとっては国と国民の守護が最優先で、場合によっては諦めなきゃいけないとも思っていたけど…お姉ちゃんがそう言ってくれるなら、躊躇う必要はない。

 

「……まずは一応訊いておくわ。アンタ、記憶がなくなってるとかじゃないのよね?」

「あぁ。お前と戦った事も、ブラックハートと戦った事も…お前に夢を託した事も、覚えている」

「…なら、これはどういう事よ。アンタの願いは…今アンタがしている事の先に、子供達が笑顔で夢を見られる世界があるっていうの?」

 

あの戦いで、あの決闘で、アタシはブレイブから夢を託された。夢を追い続けて、その為に努力し続けて、挫折しても諦めず、最後はたった一人の子供の為に自ら討たれた、ブレイブの夢を。だから絶対にアタシはその夢を叶えるつもりだったし、ブレイブに敬意も払っていた。

けど…今のブレイブは、その夢とは真逆の事をしている。その理由がアタシには分からなくて……問いを受け止めたブレイブは、言った。

 

「……ない、だろうな」

「……ッ!だったら…だったらなんでこんな事してるのよ!アンタの夢は、アンタが生涯かけて、四天王として転生しても尚追い続けたものでしょ!?アタシはその夢がアンタそのものだって感じたわ!なのになんでよ!?わざわざ場所を変えたって事は、自分の意思で身体を動かせてるんでしょ!?」

「その通りだ。俺は俺の意思で動いている。そして、俺の夢が俺そのものだと感じてもらえたのなら…悪い気はしない」

 

狼狽えも、弁明もせず、落ち着いてブレイブはアタシの問いに答える。…それが、アタシには気に食わない。許せない。もしブレイブが開き直ってるのだとしたら……

 

「…失望したわ…失望したわよブレイブ!アンタは間違いなく凄い奴だった!方法は看過出来ないものだったけど、思いはアタシやお姉ちゃんに負けない位立派だった!だからアタシは子供達の為だけじゃなく、アンタの為にも夢を受け継いだのに……なのにそんな簡単に夢を捨てたんだって言うなら、アタシはアンタを……ッ!」

「…捨ててなど……捨ててなどいないッ!捨てるものか…この、夢をッ!」

「……ッ!」

 

気に食わないし許せない。でもそれよりも強いのは、残念だという気持ち。勝手な思いの押し付けかもしれないけど、アタシは本当にブレイブを立派な奴だと思ってたから、残念で残念で、そんな気持ちを叩き付けていた。そして、アタシはブレイブと決別しようとして……その時だった。それまで淡々と返答するだけだったブレイブが、強い意思の下言葉を返してきたのは。

 

「ユニ、お前自身が言っただろう!俺の夢が俺そのものだと!そして俺はそれを肯定した!ならば…その上で俺が夢を捨てたというのなら、それはもう俺ではない!だが俺は俺だ!俺の意思が、俺自身を動かしている!」

「じゃあ聞かせてみなさいよ!今のアンタの意思を!アタシはアタシの道を見つけたわ!アンタは…アンタの心の中にいるヒーローは、どこへ向かうのよッ!」

 

ここに移動してきてから、初めて聞けたブレイブの熱い言葉。少し芝居がかっていて、とにかく熱量の凄い…ブレイブらしい思いの丈。それが聞けたアタシは、ほんの少し安心して…でもだからこそ真意を確かめたくて、その言葉に正面から言い返す。

向かう先も変わっていないだとか、改めて言おうだとか、そんな感じの事を言うんじゃないかとアタシは無意識に思っていた。けど、ブレイブが返したのはそのどちらでもなく……気分の良さそうな、小さな笑み。

 

「……ふっ…また一段と言うようになったな。ブラックハート、お前の妹は間違いなく大成するぞ」

「えぇ、知ってるわよ。私は最初から、ね」

「ちょっと…何よその返答は!アタシが聞きたいのはそんな言葉じゃ……」

「ならば、逆に問おう。夢を語るだけが、夢を与えんとする者のやるべき事なのか?」

 

思っていたのとは全然違う返答に、更に言えばお姉ちゃんの言葉にもアタシは調子を狂わされる。そんな中で訊かれた、ブレイブからの問い。…夢を与えんとする者の、やるべき事って……

 

「…ただ言って終わりじゃなく、その相手に手を貸す事…?」

「それも必要だな。だが、俺が思うやるべき事とは……大人として、その語る夢に恥じない人間である事だ!」

「…どういう事よ」

「簡単な話だ。俺は犯罪神様の臣下であり、犯罪神様には恩義がある。忠誠も誓い、その為に刃を振るってきた。…だが、俺は一度裏切った。あの時まだ俺は戦えるだけの力がありながら……自ら、敗北する事を選んだ。そうだろう?ユニよ」

「…そう、ね」

 

語り出したブレイブに、アタシは首肯。あの時というのは…きっと、アタシがブレイブを倒した時の事。そもそもブレイブは夢を叶える事と引き換えに四天王になったんだから、夢を優先するのは当然の権利な気もするけど…ブレイブが裏切りだというなら、それもまた間違ってはいないと思う。

 

「だが犯罪神様は、再び俺を蘇らせた。裏切った俺を、まだ切り捨てずにいるのだ。その上で俺が命を聞かなかったとすれば、どうなると思う?」

「…二度目の裏切りだって、言いたいの?」

「その通りだ。如何なる理由があれど、その行為が二度目の裏切りとなる事には変わりない。…そんな者に、夢を語る資格があると思うか?子供は夢を抱くと思うか?忠誠を誓った相手を、恩義のある相手を何度も裏切るような人間にそれがあるとは……俺は、思わん」

「…じゃあ、アンタは…大人としての誠意を見せる為に、戦ってるって事…?」

 

ゆっくりと頷くブレイブ。さっきまでの分かり易い熱量はないけど…思いの強さは、その言葉からしっかりと伝わってくる。

アタシは最初から、訳ありだと思っていた。ブレイブの意思の強さは知っていたから。でも淡々とした返しを聞いて、ブレイブの中からその熱が消えてしまったんじゃないかと思った。

だけどそれも違った。やっぱりブレイブには、あの熱があった。しかもそれだけじゃなくて、夢を語る者としての責任感や、ブレイブなりの忠誠心もあっての答えが、今のブレイブの姿で……アタシは言葉を失った。

 

(…何よ、それ…だったら何も変わらないじゃない…暑苦しくて、前ばっかり見ていて…でも誰にも負けない位真っ直ぐな、ブレイブのままじゃない……)

 

ブレイブは敵。ブレイブが忠誠を誓っている犯罪神は信次元を破滅させようとしていて、だからアタシはブレイブも犯罪神も止めなきゃいけない。倒さなきゃいけない。

その覚悟は出来ていた。夢はきちんと叶えてあげるから、アンタはゆっくり寝てなさいって言うつもりだった。…筈、なのに……。

 

「…………」

「言いたい事はそれだけか?それだけならば、武器を取れ。銃口を向けよ。俺はお前に夢を託したが……今の俺が敵である事には変わりない」

「それは…そうだけど……」

「俺は無益な殺傷は嫌いだが、必要とあれば、止むを得なければ、それをするだけの覚悟がある。戦わねば、お前の国民が…お前の大切な相手が、血を流す事になるのだぞ?」

「分かってるわよ!けど、アンタは…アンタの心は……ッ!」

「ユニ!お前は俺の夢を受け継いでくれたのだろう!?俺の代わりに子供の夢と笑顔が溢れる世界を作り、守ると言ったのは嘘だったのか!?それに何よりお前は、この世界を守る女神ブラックシスターだろう!ならば迷いを断ち切り、この俺を……ッ!」

 

投げかけられる言葉が、アタシの中でずしりと響く。それは言われるまでもない言葉で、普段ならば言い返している筈の言葉。なのにアタシは返せなかった。ブレイブの言葉を借りるなら……迷っていた。一度は…ううん、今も心が通じ合ってる筈の相手を、敵としてもう一度討つ事に。

そうしなきゃと分かっている頭と、そうだけどって迷う心。そのせめぎ合いで、アタシはちゃんと言葉を返せなくて……その瞬間、お姉ちゃんがアタシの前に立った。

 

「話の最中悪いけど…今度は私に言いたい事が出来たわ」

「……ならば、聞こう」

「…あんたは、あんたの願いがあって、あんたの果たしたい事があって、その願いと今している事が相反してると、分かってるのよね?」

「…そうだ」

「その上で、臣下として貫くべき事があるから、今こうしてる…そういう事よね?」

「…その通りだ」

「だったら…その忠道、大義よ!私はあんたを見逃すつもりはないけど、その在り方は賞賛に値するわ!」

 

アタシから見えているのは、お姉ちゃんの背中。お姉ちゃんの表情は分からない。分からないけど…その声と背中から、伝わってくる。そして、ふと思う。ブレイブの言うやるべき事とは、背中で語る事でもあるんじゃないかって。

 

「……勇猛にして気高きブラックハートにそう言ってもらえるのなら、光栄だな」

「当たり前よ、私にこう言わせた事は誇りに思っていいわ。だから…あんたは私の誇りにかけて、ブラックハートの名にかけて、私が倒すわ」

「……っ!お姉ちゃん、それは…」

「…不満かしら?ブレイブ」

「…いいや、夢を託したのはユニだが…元より俺はお前を素晴らしき存在だと思っていたのだ。故に、守護女神ブラックハートと戦う事に、何の不満もありはしない。…最も、倒せるのであれば…の話だがな」

「ブレイブまで……待ってよ、倒すならアタシが…!」

「…大丈夫よ、ユニ」

 

急速に高まっていく緊迫した空気。それが本来戦場にあるべき姿で…このままいけば、すぐに戦いが始まる。アタシが迷っている間に、答えを出せない間に、お姉ちゃんとブレイブが刃を交える事になる。

それは嫌だって思った。蚊帳の外になるのは、嫌だし駄目だって思った。だからアタシはお姉ちゃんの隣に出ようとして…それより早く振り向いたお姉ちゃんから、ぽふりと手を頭に当てられた。

 

「だ、大…丈夫…?」

「そう、大丈夫。…迷ったまま、無理に戦う必要なんてないわ」

「……っ…無理に、なんて…」

「…なら、戦いに専念出来る?今のままで、全力を尽くせる?」

「…それ、は……」

 

お姉ちゃんから向けられた真っ直ぐな視線に、ついアタシは目を逸らしてしまう。それにアタシがやっちゃった…と思う中、お姉ちゃんは置いた手で撫でてくれた。小さな微笑みを、口元に浮かべながら。

 

「いいのよ、別に。ユニはまだ成長中なんだし、貴女は夢を託されたんでしょ?だったら迷うのも仕方ないわよ。即断即決は良い事だけど…だからって迷ったままの状態や迷いを半端に切り捨てた状態で戦うのは、それこそ一番良くないわ、きっと」

「……でも、アタシは…アタシも女神なんだよ?そのアタシが、敵を前にしてそんな…」

「…私は、捕まってる間ずーっと貴女に女神の務めを任せてしまったわ。その間、ユニは女神候補生でありながら守護女神の務めまでしてくれてたのよ。これまでユニは、十二分に女神の務めを果たしてきた。だから…今、ほんの少し女神の務めを私に任せたって、貴女を責める人は……誰もいないわ」

 

最後にぽんぽんと軽く叩かれて、お姉ちゃんはブレイブと向き直る。それまで静かに立っていたブレイブは大剣を構えて、それに呼応するようにお姉ちゃんも大剣を手に。

二本の大剣を間にぶつかる、お姉ちゃんとブレイブの視線。空気は遂に完全な戦闘のものになって……アタシの目の前で、戦いが始まった。




今回のパロディ解説

・「その防ぎ方は……失敗だったなッ!」
NARUTOシリーズの登場キャラの一人、うちはサスケの台詞の一つのパロディ。この台詞とだと砲撃ではなく、剣に纏わせた炎で相手の武器を焼き切りそうですね。

・「〜〜アタシはアタシの道〜〜どこへ向かうのよッ!」
マクロスFrontierの登場キャラの一人、オズマ・リーの台詞の一つのパロディ。キャラ的にはむしろユニが言われそうですね、前半は今のユニだからこそ言える訳ですが。

・「〜〜忠道、大義ね!〜〜」
Fateシリーズの登場キャラ(サーヴァント)の一人、ギルガメッシュの名台詞の一つのパロディ。その後の『在り方』…という台詞も、一応元の台詞にありますね。


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第百三十一話 再び相見える覚悟

ユニが決闘の果てに打ち倒した四天王、ブレイブ。こいつが犯罪神の臣下には似つかわしくない、自分なりの正義と信念を持っている奴だって事は、あの時の戦いで分かっていた。

そんなブレイブがユニに大きな影響を与えて、ユニがブレイブの夢を受け継いだというのは、私にとって本当に驚きの事だった。私に似て優秀故の不器用さがあるユニが、こんな形で成長するなんて、思ってもみなかった。そういう意味では、私からしてもブレイブはただの敵じゃなくて……再戦は叶わないと思っていたそのブレイブと、今私は刃を交えている。

 

「はあぁぁぁぁぁぁッ!」

「ぬおぉぉぉぉぉぉッ!」

 

正面から斬り込んだ私とブレイブの大剣が、激しい音を立てて激突する。その反動とブレイブの力が腕へと伝わり、痺れるような衝撃を感じる。…私にもブレイブにも、手加減は一切ない。

 

「相変わらず、見た目通りに重い斬撃ね…ッ!」

「そちらこそ、見た目通りの鋭い一撃ではないか…ッ!」

 

ブレイブは地面を踏み締め、私は翼を広げて力比べ。…と、言ってもただ力をぶつけるだけじゃない。如何に相手の力を逸らしつつ、自分の力を通すか。肘、肩、腰、下半身…翼や浮遊ユニットもフル活用して、真っ向からブレイブに立ち向かう。……って、これじゃブレイブの方が格上みたいね。今のは撤回よ。

 

「……ふんッ!」

「っとッ!そうくると思ったわッ!」

「やはり返してくるか…ッ!」

 

背中のブースターを点火し、強引に押し切ってくるブレイブ。それに私は数秒間だけ耐えて、そこからブレイブの大剣を背にするように一回転。相手の力を負けじとこっちも更に力を…って事も出来なくはなかったけど、機動力を活かした戦法こそが私の真骨頂。

回転で懐へと入り込んだ私は、遠心力が消えない内に大剣を振るう。放った斬撃は後一歩のところまでブレイブの胸元へと迫ったけど、寸前で後退されて攻撃は失敗。でもその程度は問題ない。

 

「逃がさないわよ…ッ!」

「逃げている訳ではないが…なッ!」

 

後退を続けつつ二門の砲で交互に放たれるブレイブの砲撃を、三対六枚の翼をそれぞれで動かす事による微細な動きで回避。大きく回避行動を取れば、安全に砲撃を凌げるけど…そんな動きじゃ追撃は不可能。

 

(あの時の戦いの経験は…参考程度にしかならないわね。あの時とは、状況が全然違うんだから…ッ!)

 

紙一重で避けて、或いは斬り払って、再び接近。真横から横薙ぎで大剣が迫ってきた瞬間私は落ちるように後転し……足が地に着いた瞬間その地面を蹴って、大剣の下から脚元へと飛び込む。そして私は…一閃。

 

「…残念。今ので片脚を取れると思ったのに」

「片脚を犠牲に勝負を決める選択肢もあった。だが…そこまで簡単にはやられないだろう?」

「当たり前よ。片脚程度で私をやれると思ってるなら、その時点であんたに勝ち目はなかったでしょうね…ッ!」

 

振るった大剣は、ブレイブの脚を捉えた。でもそれは浅く、とてもブレイブのパフォーマンスに影響を与えられるレベルじゃない。どこからが身体でどこからが鎧か分からないけど、その鎧を傷付けただけの可能性もある。

私は一度そこで止まり、ブレイブも距離を開けて構え直す。そこから余裕を見せた言葉を交わし…また激突。

 

「あんた、随分とユニに執着してるみたいじゃない…!」

「執着などしていない、ただ希望を見出しただけだ…ッ!」

「それが、ユニにとって迷惑になるかもしれないとは思わなかった訳?」

「思わなかったな。彼女は人の真摯な願いを迷惑に思うような女神ではない…ッ!」

「はっ、あんたがユニを語ってんじゃないわよ…ッ!」

 

四天王と言えば?…と訊かれたらまずブレイブが出てくる私だけど、ユニ程強い感情を抱いている訳じゃない。でも、ユニ程ではないけど……私にだって、ブレイブに思うところはある。特にユニの姉としては、かなり強い感情がある。それを私は戦いの高揚感の中で、自然と口にしブレイブへぶつけた。

 

「ふっ、確かにそれもそうだな…だが、一つ言わせてもらおう…」

「何よ…」

 

鋭いターンで側面に回り込み、そこから攻撃…と見せかけてブレイブを飛び越え、大剣を振るって迎撃しようとしたその背後へ刺突をかける私。私の動きにミスはなかったものの、ブレイブは振るった大剣の遠心力を利用して一回転し、峰に大剣をぶつけてくる。

その中でブレイブが向けてきた、真摯な視線。弾かれた際の衝撃を逃しつつその言葉に私が返すと…ブレイブはその目を見開き、言った。

 

「あの戦い以降、ほぼ会う事がなかったが……今も変わらず、俺はお前にも希望を見出しているッ!」

「は、はぁ!?だから何…、……ッ!」

 

何を言うかと思えば、出てきたのはらしさ満載の暑苦しい台詞。そういう事を言う奴だって理解はしていたけど、まさかこのタイミングで言われるとは思っていなくて……有り体に言えば、この瞬間私は虚を衝かれてしまった。

ブレイブの事だから、心理攻撃として言った訳じゃないと思う。けど現実として私は不意を突かれていて、例えそれが意図しないものだったとしても…それを見逃すブレイブじゃない。何故なら、これは決闘じゃなく……戦闘なんだから。

 

「次は…こちらの番だッ!」

「ちぃぃ……っ!」

 

体重の乗った拳は大剣の腹で防ぐも、踏み留まるだけの余裕はなかった私は大きく後ろに跳ね飛ばされる。そしてそこへ叩き込まれる、剣と砲の絶え間ない連撃。

 

(分かってはいたけど、案の定本気で殺しに来てるわね…間違っているって、自分は悪の行いをしているって自覚しながらも、手を抜くどころか本気で…こっちも全力を出さなきゃいけない力で矛を向けてきている……やっぱり、こいつは…)

 

無理な反撃や安易なカウンターは、押し切られて潰される。そう判断した私は暫く防御に専念。剣撃はこちらの大剣で受けて、砲撃はステップと身体の捻りで避けて、打撃は蹴りで叩き落とす。常にギリギリのところで防いでいるから、精神的な摩耗は防御に費やす体力の比じゃないけど……その程度ですり減り切るような薄い精神は、生憎持ち合わせていない。それに…墓場でのあの時に比べれば、今この瞬間の方がずっとマシ。

防ぎながら、凌ぎながら、考えた。夢と行動を矛盾させたまま、忠義の名の下戦うブレイブが見ているものを、見ている先を考えて……確信する。

 

「ほんと……どこまでも真っ直ぐな訳ね、あんたって奴はッ!」

「何……ッ!?」

「けど、真っ直ぐだろうが何だろうが私のやる事は一つ……あんたを斬って、女神の使命を果たすだけよッ!」

 

啖呵を切りながら左手を柄へと伸ばし、上段から振り下ろされた一撃を、両手で握った大剣でもって下から弾き返す。

両方とも大剣が後ろへ押され、空白となった空間へ私とブレイブはほぼ同時に力技で再び斬撃を放つ。弾かれた状態からの力技なんて姿勢も何もあったものじゃなくて、激突の直後に私もブレイブも背後へ吹き飛ぶ。そうして吹き飛んだ私が着地し、踏み締めによるブレーキングで止まったのは……期せずして、ユニのすぐ前。

 

「…お姉ちゃん……」

「……よく、見なさいユニ」

 

ユニの声から伝わってくるのは、複雑な感情。一個人としての、女神としての…私の妹としての、それぞれの思いがきっとユニの中にはあって、だから今ユニは迷っている。

それに私は答えを出せない。女神としての答えなら出せるけど、それじゃユニは心から納得する事なんてないと思うし、私だって心の一部でしか納得出来てない答えで満足するような子になってほしくない。

 

「見る……?」

「えぇ。貴女なら…これだけで、分かる筈よ」

 

答えを決めるのはユニ自身。ここで決められるのなら何よりだけど、ここで決められなくたっていい。答えを急かすんじゃなくて、それまでの時間を作ってあげるのが、姉の役目なんだから。

でも、考える時間は作れても、今という時は今しかない。この戦いが終われば……間違いなく、その時失われているものがある。

 

(貴女ならきっと真実を見抜く事が出来る。私を見て、ブレイブを見て、見いだしなさい。覚悟の先にある……思いを)

 

地を蹴り、ブレイブに向かって突進をかける。同じように構えて突っ込んできたブレイブへ肉薄し、お互いすれ違いざまに斬撃を放つ。

振り返り、ブレイブの肩に出来た傷を視認するのと同時に頬へ感じる、熱さと液体が滴る感覚。それを手の甲で拭いて……私は再び、宙を舞う。

 

 

 

 

お姉ちゃんは言った。迷いを抱えたままや、半端に出した結論で戦うのは、迷って戦えないよりよくないって。

それは分かる。分かってる。あの時ネプギアに負けたのも、ブレイブに負けたのも、それはアタシの中で無意識の迷いがあったり、覚悟に心から納得出来ていなかったから。アタシは自分を突き動かす思いの大切さをしっかりと知っているし、お姉ちゃんの言う通りだと思う。

 

(よく見なさい…ここに、この戦いにアタシが出すべき答えがあるって事……?)

 

この戦いにおける最悪の展開は、アタシ達が負けてブレイブが人の生活圏に到達する事。だから女神としてブレイブを倒す事が正しいのは考えるまでもない事だけど…それが正しいからって他の思いを全て切り捨てたら、それじゃ昔のアタシと変わらない。

考えている。迷いに納得のいく答えを出す為に、アタシの心と向き合っている。そしてその答えが目の前の戦いにあるなら……

 

(…いや、待った…そういう事なの?そんな単純な事に対して、貴女なら…なんてお姉ちゃんは言う…?)

 

迷っている時に、よく見ろなんて言われたら、誰だってそこに答えかヒントがあるんじゃないかって思う。本当にそういう事ならあんな含みのある言い方はしないだろうし、多分戦いが始まる前に言ってくれる筈。なのに言ってないって事は…そうじゃないんだって事。

 

(そう、そうよ…お姉ちゃんがアタシに伝えようとしたのは、きっと見えるものじゃなくて、その先にあるもの……見るんじゃない、観るのよ…感じるのよ、アタシ……!)

 

自分で両頬を叩いて、目を大きく開く。見逃さないように。それと同時に思い出す。ここまでの戦いを。お姉ちゃんとブレイブの口にした言葉を。

 

「驚いたわ、最初だけならともかく…まだ私の動きについてくるなんてね…ッ!」

「前の俺ならば、無理だったのかもしれないな…だが今の俺は、犯罪神様が完全な状態となるまでの繋ぎ!故に極短い命と引き換えに……この身体は、より強靭となっているのだッ!」

「四天王は、時間稼ぎの為の捨て駒って訳?よくそんな相手に忠誠を貫けるわねッ!」

「それが大人というものだッ!例え道を違えるとしても、務めを途中で投げ出すなど言語道断!責任を果たして初めて、他者に何かを求められる…そうだろうッ!」

 

縦横無尽にお姉ちゃんは飛び回り、ブレイブはそれを目で追い正面から迎撃する。…伝わってくる。二人の姿から、二人の強い意志が。

 

「はッ!だったら先に謝っておかなきゃいけないわね!あんたはここで私に討たれて、務めを完遂する事なく終わるんだからッ!」

「勝負は決着のその瞬間まで分からぬものだ、ブラックハートッ!それに、仮に俺が倒れようとも…我が思いは、貫かれるッ!」

 

ブレイブが二門同時に放った砲撃と、お姉ちゃんが打ち出したトルネードソードが二人の中間で衝突し、爆発を起こす。でもすぐに二人が飛ぶ事で発生した風圧によってその爆風は斬り裂かれ、もう何度目か分からない斬り結びを行いながら二人は視線で火花を散らす。

同じ強い意志でも、その内容は違う。お姉ちゃんが抱いているのは、揺らぐ事ない女神の誇り。国民を、国を、信次元を自分が守るんだっていう、どんな困難であろうと誇りに恥じない女神の姿を貫くんだっていう、強くて格好良いお姉ちゃんの在り方そのもの。

対してブレイブが抱いているのは、子供に夢を与えられる自分であろうとする意地。子供が夢を持ち、笑顔でいられる世界を作りたいという思いの炎を心に燃やしたまま、同時に果たすべき事を果たそうとする、矛盾を厭わないブレイブの……

 

(……っ…ブレイブが、そんな矛盾を本当に許すの…?幾ら見せるべき姿があるからって、自分が悪と思われようとも子供を守ろうとするブレイブが、本当にこんな事を……)

 

その時、疑問が浮かんだ。今見ているブレイブの姿が、本当に合っているのかって。アタシはブレイブの本心が見えているのかって。

そう、ブレイブはゲームで願いを果たそうとする前に、ヒーローだった。元々ブレイブは特撮で…演技で子供を笑顔にしていた。…それに気付いたアタシの脳裏に、ついさっきブレイブが発した言葉が浮かび上がる。

 

(──俺が倒れようとも、我が思いは貫かれる。…これって、まさか……)

 

確信はない。そうかもしれないってだけの…ううん、そうであってほしいという、アタシの希望的観測。でも…気付いた。見えた。ブレイブの見ているものが、見つめている先が。そしてそれは……やっぱり、ブレイブらしい選択。

 

(…ったく、もう…ほんとにアンタは猪突猛進過ぎんのよ)

 

もやっとした気持ちが晴れていく感覚。迷いが、躊躇いが消えて、自分の背中を自分自身で押せる心になっていく。

本人に確認しなきゃ、アタシの思いが正しいのかなんて分からない。けど、大事なのはアタシが…自分が納得して、その思いに胸を張れるかどうか。それが出来ているから、お姉ちゃんやイリゼさん達は強い。ブレイブの強さは、その思いが不屈の心となっているところにある。そしてあの決闘にアタシが勝てたのも……それだけの思いが、アタシの中にあったから。

アタシの目の前では、一進一退の攻防が続いている。これはラステイションを守る為の戦い。何としても貫きたい思いの戦い。なら、そこにアタシがいなくて…どうするってのよ!

 

『……ッ!』

 

大剣を構えて突っ込むブレイブの眼前を駆け抜ける、一発の弾丸。反射的に身体を反らせたブレイブは体勢が崩れ、ブレイブ同様驚きつつも距離の関係から怯みはしなかったお姉ちゃんは、勢いの乗った蹴りを浴びせる。……その弾丸の射出は…勿論、アタシ。

 

「…お待たせ、お姉ちゃん。待たせたわね…ブレイブ」

 

──この激突の中に立つだけの意思を手にしたアタシは、漸く戦いへと…戻る。

 

 

 

 

ブレイブの目の前を駆けた弾丸は、正確無比。当たってこそいないけれど、最初から当てるのではなく怯ませる事が目的ならば百点満点の射撃。

それを放ったのは、当然ユニ。鋭く、ブレのないその射撃からは…迷いは、感じない。

 

「…答えは、出たのかしら?」

「うん。お姉ちゃんの横に立てるだけの…ブレイブを撃てるだけの、答えがね」

 

一飛びで私の隣へと降り立ったユニの目には、決意の光。…確かに、納得出来る答えを出せたみたいね。

 

「それは良かったわ。でも、貴女が立つべきなのは、私の横じゃないでしょう?」

「勿論、アタシはガンナーなんだから。…お姉ちゃんこそ、不満じゃない?ブレイブと一対一で借りを返せなくて」

「私はそんなに器が小さくないわ。結果は結果として割り切るのが女神の……」

 

他の女神候補生と違ってユニは女神化した際の性格の変化も私と似ているのか、私に強気な言葉を返してくる。それを私は大人の対応で返そうとして……ネプテューヌ、それにイリゼへ勝負を仕掛けた時の事を思い出した。…あの時…特に決着が付いてからの言動は、まぁ…うん……。

 

「…お姉ちゃん?」

「…何でもないわ。それに…正直、今のブレイブからは底知れないものを感じる。これが最終決戦だってならともかく、犯罪神との戦いがある以上、ユニも戦ってくれるのは助かるわ」

「へぇ……お姉ちゃんにしては珍しい事言うね」

「私は冷静に判断してるだけよ。貴女こそ、さっきまで悩んでた癖に随分と調子の良い事言うじゃない」

「そりゃ、お姉ちゃんと二人で戦うんだもん。これ位の事は言えなきゃ、お姉ちゃんと釣り合わないでしょ?」

 

ふふっ、と勝気な笑みを浮かべるユニは、いつも通りどころかいつも以上のやる気に満ち溢れた表情。…それでこそ、私の妹。可愛くて、私の期待にいつも応えてくれる、誇らしい私の妹、ユニ。そんなユニになら……何の不安もなく、私の後ろを任せられる。

 

「…いいのか、ユニよ。今の俺の前に立つ事の意味は、もう分かっているのだろう?」

「当たり前じゃない。その意味が分かっているから、アタシはアンタの前に立ったのよ」

「…前回のように、後腐れのない終わり方をするとは限らん。如何なる結末になろうと、戦いに加わった以上はそれを受け入れなければいけない」

「それも当たり前ね。…どっかの熱血ヒーローに夢を託されたアタシを、舐めんじゃないわよ」

 

私とユニのやり取りを黙って見ていたブレイブは、終わったところで静かに口を開く。その言葉は、とても敵に対して向けるようなものには聞こえない。対するユニも、語気は変わらないけど…言葉の裏には、落ち着いた意思が感じ取れる。…こんな二人だから、決闘が成立したんでしょうね。

 

「そうか……ならば、良い。俺はお前がその覚悟を決めるのを…待っていたッ!」

「だから言ったでしょ、待たせたわねって。…改めて勝負よ、ブレイブ」

「そのつもりだ、ユニよッ!」

「ちょっと、私を忘れないでくれる?…まぁいいわ。すぐにあんたもユニも、私を忘れられなくなるでしょうからねッ!」

 

視線をぶつかり合わせるユニとブレイブ。けど、この戦いは二人だけのものじゃない。

大剣を斜め下へと振るい、闘志を燃え盛らせるブレイブへ向けて一瞬で肉薄。この一撃で勝負を決めても構わないとばかりに、全力の袈裟懸けを叩き込む。

 

「速い……が、甘いッ!」

「甘いのは、アンタの方よッ!」

 

位置をずらしたかのように機敏なバックステップで避けたブレイブは、得物が両刃である事を活かし、振るっていた大剣を引き戻すように仕掛けてくる。けれどユニの射撃がそれを阻み、その隙に私は次なる斬撃をかける。

 

「二対一が不公平だってなら、そっちもモンスターを呼び出してくれて構わないわよッ!」

「その必要はないッ!今更不平不満を言う口は、生憎持ち合わせていないのだからなッ!」

 

先程とは打って変わって、ブレイブが私の連撃を凌ぐ形になる。ただあの時と違うのは、身体的な余裕の差。ユニが的確且つ強力な援護射撃を入れてくれるから、私は無理なく攻撃出来る。一方ブレイブは女神二人分の集中攻撃を捌き切れる筈もなく、既に何度か私は斬撃を当てている。今はまだ数度浅く入った程度だけど…このまま続けば、致命傷が入るのは時間の問題。

 

「ブレイブ!まさかアンタ、この程度で終わったりはしないわよねッ!」

「当然ッ!壁が高ければ高い程燃え上がる、それが正義の味方というものだッ!」

「なら、見せてみなさい…正義の味方を超える、正義そのものである私達にねッ!」

 

威勢と共に大剣を振り下ろすブレイブ。それを私が半身で避けると、ブレイブはそのまま地面へとぶつけ、小さな砂煙を起こす。

それは決して大きくない、されど高次元の戦いにおいては目眩しとして成り立つ砂の幕。それを私が大剣を振って斬り払うと……その瞬間に、真正面から刺突が襲いかかってきた。

 

(まあ、そうよね…だけどッ!)

 

身体を仰け反らせ、後ろへ倒れ込むようにして刺突を回避。流石の私もそこから即座に攻撃へ転じるのは無理で、もし一対一ならその時点で連撃が切れてしまうけど……これは、一対一の戦いじゃない。

私がこの動きをした事によって、勿論私は避ける事が出来た。でもそれだけじゃなく、この動きで、一つの道が開いた。ユニの射線という、強力な道が。

 

「喰らい…なさいッ!」

 

一条の光が私を、大剣を超えて空を裂く。その光は真っ直ぐに伸び、ブレイブの頬へ確かな傷を作り出す。

 

「…後少し内側だったら、勝負が付いていたかもしれないわね」

「まだまだね、アタシは。でも、次は…外さない」

 

倒れ切る前に左手で地面を押し、飛び上がって一度距離を開ける私。ユニは当てた事に傲る事なくすぐに次の狙いを定め……そしてブレイブは、目を見開いて大剣を構える。

 

「…いいだろう…正義たる女神に対し、見せようではないか!我が燃え上がる勇気の炎をッ!全身全霊の、全てをッ!」

 

構えられた大剣より吹き出す炎は、これまでで一番の激しさを見せる。その熱量で周囲が揺らめき、陽炎を作り出す程の、熱い炎。

やっぱり、ブレイブには底知れない力があった。それが、短い命と引き換えの力なのかもしれない。あの炎を喰らえば、例え一瞬だとしてもダメージは計り知れない。だけど……不安はない。懸念もない。何故なら私は守護女神、ブラックハートだから。それに……

 

「…こっちも全力でいくわよ、ユニ」

「うん。…勝とう、お姉ちゃん」

 

私と共に戦ってくれるのは、私の妹…ラステイションの女神候補生、ブラックシスターなんだから。




今回のパロディ解説

・(〜〜見るんじゃない、観るのよ〜〜)
ジョジョの奇妙な冒険シリーズの主人公の一人、空条承太郎の名台詞の一つのパロディ。観察する訳ではないですが、ただ見るだけではない…という意味では同じですね。

・(〜〜見るんじゃない〜〜感じるのよ〜〜)
燃えよドラゴンの主人公、リーの名台詞の日本語字幕のパロディ。一つの台詞(心の声)に二つのパロディを入れてみました。丁度両方入ったんですよね。

・「〜〜正義の味方を超える、正義そのもの〜〜」
物語シリーズの登場キャラの一人、阿良々木月火の名台詞の一つのパロディ。厳密には火憐とセットでの台詞ですね。ここでは一纏めにしていますが。


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第百三十二話 夢は繋がり、託される

「そうか。なら後退は?…あぁ、それでいい。欲をかく場面でもないからね」

 

ラステイションへ向かう飛空挺の中で、ケイは端末で軍の動きを確認しつつ報告を受ける。彼女が受けたのは、四天王ブレイブが引き連れたモンスターの撃退に成功したというもの。

 

(キラーマシンタイプの敵は現れなかった、か。もう残機ゼロなのか、用意に時間のかかる場所にしかないのか…何にせよ、この期に及んで出し惜しみという事はないだろう)

 

戦闘において見受けられた敵の情報に目を通しながら、ケイは元アヴニール社員が犯罪組織へともたらした兵器、キラーマシンシリーズの現状について考える。

政府側に問題はなかったとはいえ、キラーマシンはどこが出自かと言われれば、言うまでもなくそれはラステイション。となれば教祖として気掛かりとなるのは当然の事で、キラーマシンによる被害が増えれば増える程ラステイションや政府の立場は悪くなってしまう。勿論キラーマシンを全滅させられれば解決という話ではなく、犯罪組織へもたらされた時点で大きな痛手を負っている訳だが……それでもこれ以上出てこないのであれば、被害増加の心配もないという意味で安堵出来るとケイは思っていた。

 

(…まぁ、これで他国の戦線には現れていたとなればとんだぬか喜びだが)

「ケイ様、各方面へ展開した部隊に関しては如何致しましょう」

「展開中の部隊には哨戒を続けるよう指示してくれ。恐らく別働隊はない…が、その保証もないからね。警戒態勢は絶対に解かないように」

 

最も冷静になるべきは、勝ち戦の時。目の前の欲に目が眩んで考えなしに目的外、或いは目的以上の成果を出そうとするのが危険であるように、根拠のない楽観視で敵や戦況を軽く見るのも足元を掬われる原因となる。どこぞの盟主が言っていたように、戦争とビジネスは似たようなものだ…と、今後起こりうる展開について思案を巡らせるケイ。情報を洗い流し、部隊の配置を見直し、あり得る可能性を探していく。

 

「…街中に怪しい動きは?」

「警備中の部隊からそのような報告はありません」

「モンスターがどこかに集まっている事は…いや、それがあればその報告がある筈だね」

「はい。ですのでそれもないかと」

「ふむ……」

 

浮かんだ可能性をケイが口にし、それに軍の司令が返答する。そのやり取りを何度か続けたところで、一旦ケイは口を閉じた。そしてその状態が数分程続き……今度は司令が口を開く。

 

「…一つ、進言宜しいでしょうか?」

「あぁ、何かな?」

「現在我が方には余裕があります。まだ当作戦における最大目標が撃破されていない以上、女神様方に増援を送るのが最適ではないでしょうか。勿論女神様方であれば、負ける事はないと思われますが…戦力はあるに越した事はありません」

「…確かに、一理あるね」

「では、早速増援を……」

「けど、その必要はないよ」

 

用心はしていて損はない。それもビジネスと同様…どころか、一般生活においても言える事だ…とケイは司令の言葉に同意。それを受けた司令は即行動に移そうとしたが……それをケイが言葉で制する。

 

「…不要、ですか?」

「不要だよ。ノワールはMG部隊にモンスターの撃退後撤退する事、四天王の相手は自分達でする事を言ったんだろう?…なら、それがノワールの…守護女神の選んだ最適解なんだ。それに致命的な間違いがないのなら、勝った後の二人に余計な手間をかけさせないよう、国内を綺麗な状態にしておく方がいいだろうからね」

 

彼女にしては珍しく、口元に笑みを浮かべながらケイは言った。普段は情に流されず、冷静且つ合理的な判断を下すケイが言った、『ノワールとユニが勝つのは間違いない』という旨の言葉。本当にそれは珍しく…されど、その声音には確かな説得力があった。

 

(…これで何か問題があれば、僕の判断が間違っていたというだけじゃなく、僕が二人を過剰に評価していたという事にもなってしまうんだ。だから…きちんと証明してほしいね。君達は最高の女神だって思っている、この僕の評価が正しい事を)

 

飛空艇の窓から、遠く離れた戦場を見つめる。あまりにも離れていて、二人はおろかその方角で戦闘が起こっている事すらケイの目には映らない。だが、それでも…彼女は二人の戦う姿が目に浮かぶようだった。

 

 

 

 

病気なんてそうそうかからないし、毒への耐性も並の人間とは比較にならないし、食事どころか呼吸だってシェアエナジーで賄える。初めから人並み外れた身体能力を持っているし、精神力次第じゃどう考えても死ぬような状態でも持ち堪えられる。……それが、女神という存在。

でも、恐ろしく強靭でも不死身じゃない。死ぬ時は死ぬだろうし、シェアがなければ普通の人間以下にだってなる。それ以前に怪我は普通にするし…炎に包まれば、当然火傷は避けられない。だから……女神の能力だけに頼る訳には、いかない。

 

「…ユニ、今ある弾頭の中に水冷弾とか王瑠華とかがあったりは?」

「無いし後者はまず撃てないよ…前者もそれであの炎が消し切れるとは思えないし」

「ま、そうよね。訊いてみただけよ」

 

私とその数歩後ろに立つユニの前で轟々と燃える、赤い炎。その噴出点は、ブレイブの構える大剣。そして更に言えば恐らく……ブレイブの心が、真の噴出点。

 

(…って、私までブレイブの影響受けてどうするのよ…あの炎が我流魔法の一種なら、この表現はあながち間違いでもないだろうけど)

 

我流魔法は言ってしまえば思いが形になったもの。ブレイブ程に思いが強く、また熱い性格をしているなら、火の系統の我流魔法が使えてもまぁおかしくはない。

 

「…で、どうする?お姉ちゃん。アタシは、お姉ちゃんに従うよ」

「そう、ね…」

 

後ろからの声に、炎は目を走らせながら考える。既に炎が噴き出している以上、兎にも角にもまず炎をどうにかしなきゃならない。

一番確実に勝てるのは、私の全力でブレイブの全力を受け止めて、ユニに最大火力を叩き込んでもらう策。ユニの全力なら倒せる見込みは十分あるし、私だって受け止める事に専念出来ればきっと凌ぎ切れる。けど……

 

(多分それだと、私も結構な怪我を免れない。それじゃ戦術的には勝ちでも、戦略的には敗北ね…)

 

傷を負うのは怖くない。肉を切らせて骨を断つのも作戦の内。だからブレイブに勝てば一先ず解決なら、それも選択肢の一つとして視野に入れていたと思う。

でも、この戦いの先には犯罪神との最終決戦がある。可能なら完全覚醒前に叩きたい以上、もしここで大怪我を終えばその決戦に参加出来なくなる。…それは守護女神としても、パーティーの一人としても、絶対に避けなきゃいけない。つまり…私もユニも、この戦いで戦線離脱レベルの怪我を負う訳にはいかない。

 

「…一つ、確認してもいい?」

「何?」

「…失敗すれば二人まとめてやられるかもしれない策でも、ユニは乗る?」

 

一度肩の力を抜いて、ユニに問いかける私。ブレイブは極限まで力を溜めるつもりなのか、まだ動く気配はない。

戦略的に考えればここで大怪我を負う訳にはいかないけど、だからといって違う策を取った結果負けてしまったとなれば本末転倒。その危険もあるからユニが乗れないというなら…ユニの戦術眼がそれは危険だと判断したなら、それも考慮するべきだと思って訊いた。そして、私の問いを聞いたユニは…一拍置いて、答える。

 

「…言ったでしょ?アタシはお姉ちゃんに従うって。…アタシはアタシの意思の下、お姉ちゃんの判断に従うって決めてる。だからお姉ちゃんは…お姉ちゃんの思う策を言って」

「…貴女の意思、受け取ったわ」

 

発せられたのは、力強い回答。問いかけた時点では、再確認もしようと思ったけど…これなら要らないと、すぐに思った。

任せるとか従うには、二つのパターンがある。一つは責任逃れや思考放棄で出てくる答え。これは良くないし、こういう理由で選んでくる人は自己主張を放棄している癖に後から文句を言う場合も多い。それに、自分に自信がない人もそうする事があって…生まれたばかりのユニには、その傾向が多少はあったように思える。そして、もう一つは……自分で考え抜いた果ての答え。

 

「……こっちから突っ込んで、カウンターで勝負を決めるわよ。ギリギリまで引き付けてから、ね」

「…避けるんだね、ブレイブの全力を」

「そういう事。仮にユニが避けられそうになくても、私は貴女を助けない。それでもいいわね?」

「大丈夫。アタシを信じて」

 

……いつの間に、私の妹はこんなにも頼もしくなったのか。助けに来てくれた時も思った。ブレイブを一人で倒した時にも思った。そして今もまた…私はユニに、そんな思いを抱いた。…信じてるわよ、私は最初からね。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

螺旋を描いてシェアエナジーが刀身に収束する。砲身が展開し、開いた隙間からシェアの光が溢れ出す。燃え盛る炎が大気を焦がす。

私も、ユニも、ブレイブも無言。焦って動けば確実に相手の攻撃の餌食となる緊張感の中で、ただひたすらに意識を張り詰める。

お姉ちゃんに従うと、ユニは言ってくれた。だから私が選択を誤れば、ユニもそれに巻き込まれる。ユニの命は、私にかかっている。でも……それは重荷じゃない。自分の選択に誰かの命がかかるなんて指導者として当然の事だし、何よりユニはユニの意思で私に命を預けてくれた。なら、私がするべきなのは…ユニの思いに見合うだけの自信を胸に、ユニと共に勝利を掴み取る事。

 

「……時は、満ちたッ!!」

「──ッ!いくわよ、ユニッ!」

「いこう、お姉ちゃんッ!」

 

漂っていた炎が破裂するように空へと昇り、それと共に腹の底からの声を上げるブレイブ。その瞬間私とユニは同時に地を蹴り、一気に最高速度まで加速し突進する。

元々そこまで離れていなかった私達とブレイブの距離は、あっという間に縮んでいく。熱風が頬を叩き、私の大剣が届く寸前になって……私達は、交差しながらブレイブの横を駆け抜ける。

 

「ふっ、分かっていた…そうくる事は、全て分かっていたッ!」

 

交差地点から左右斜めに広がって進んだ私達は、片脚を張り出すようにしてターン。そうして振り向いた私達が見たのは……驚いた様子など微塵もなく、私達同様振り向いて大剣を振り被っているブレイブの姿。

 

『……っ…!』

「ブラックシスター!ブラックハート!俺は、お前達と出会えた事を誇りに思う!俺は人である内に夢を果たせなかった事を心残りに思っていたが、今はそんな悔やみなどない!何故ならそれ故にお前達と出会えたのだから!そして出会えたのは間違いなく、犯罪神様あっての事!だからこそ俺は、俺の全てを…この一撃に懸ける!輝けッ!轟けッ!切り開けッ!超えよ必殺!ブレイブッ!ソォォォォォォォォドッ!!」

 

周囲の炎がブレイブの大剣を包み、巨大な炎の剣と化す。ブレイブが大地を踏み締め、炎剣を振るい……視界を埋め尽くさんばかりの炎の刃が、私達へと襲いかかった。

 

(…ここまでの大技を放ってくるとはね。けど……)

(…アタシ達の動きを読んでたって訳ね。でも……)

 

 

 

((──(私・アタシ)達は、負けないッ!))

 

迫り来る炎に向かって、私達は再び突撃する。脅威はさっきまでの比じゃない。一瞬でも遅れれば肉も骨も焼き尽くされる恐怖を意思の力で押し留めて、ギリギリのギリギリまで真っ直ぐに進む。

神経を研ぎ澄ます。感覚の全てで攻撃の、状態の、環境の…戦いに関するあらゆる情報を取り入れ、可能性を模索し……先を、未来を──読み切るッ!

 

「うおおおおおおぉぉぉぉおおッ!!」

 

豪炎を纏うブレイブの大剣が振り抜かれた。草木も大地も例外なく焼き、恐らくは鋼鉄すらも溶解させてしまう程の炎の猛威が駆け抜け、範囲内の空間を一掃し、炎となった彼の正義が戦場に響き渡った。

ユニが影響を受けるのも頷ける。私だってブレイブの事は認めているし、出来るならば敵としては出会いたくなかった。…本当に、ブレイブは凄い奴だと思う。けど、それでも…私は、私達は、私達の思いは……ブレイブの炎を、超える。

 

「決着を付けるわよ、ブレイブッ!」

「アタシの、アタシ達の思い……もう一度アンタにぶつけてやるわッ!」

 

炎を避け切って、超えてブレイブへと肉薄した私達は、至斬撃と射撃を同時に敢行。そこからほぼ直角に斜め上へと飛び上がり、全力の剣撃と銃撃の嵐を叩き込む。

フルスピードで駆け抜けて斬り付ける。最高速度のまま弾丸を撃ち込む。力尽くで慣性をねじ伏せて次なる一撃を放つ。縦横無尽に舞いながら連撃を叩き付ける。ブレイブの迎撃を避けて、押し退けて、斬って、撃つ。

 

(これは、悪を討つ正義の制裁じゃない。ブレイブの意思に対する、最大の敬意と答え……ッ!)

 

言葉を交わす事なく、それでも一度たりとも互いの邪魔にはならずに斬り裂き、撃ち続けた私達。それぞれの得物が放つシェアの光で宙に軌跡を描き、ラステイションの女神の誇りを、信念を見せ付けた私達。それを受けるブレイブは、最早全方位攻撃と言っても過言ではない私達の連携攻撃で全身に傷を負い、ふらつき……されど膝は着かずに耐えていた。…それはまるで、その身をもって受け止めているかのように。

 

「…アンタの思いは伝わってる。だからこそ…これでッ!」

 

そう叫んだユニは、ブレイブを軸とした弧の軌道を作り上げながら絶え間なく発砲。その間に私は側面から背後、背後から正面と一瞬の中に静と動を織り交ぜた斬撃を放って眼前へと躍り出る。そして私が躍り出た瞬間…ユニもまた、私の背後……即ちブレイブの眼前へ。

 

(ユニ、トドメは貴女に任せるわよ…ッ!)

 

私達二人の視線が、ブレイブの視線と交錯する。ブレイブから伝わってくるのはやっぱり、悪意ではなく熱い思いで……この一太刀には手向けの意味も込めようと、その時私は思った。

上昇しながら振り抜いた、右手の大剣。刃がブレイブの胴に触れた瞬間トルネードソードを解放し、螺旋の力で抉りながら斬り裂いていく。竜巻の様な力でブレそうになる大剣を、全身の力と技術の合わせ技で思い描いた通りの一閃を描かせ、その力でブレイブを大きくふらつかせて……ユニへと託す。

 

「これがラステイションの女神よッ!リヒト……」

「──シュバルツッ!」

 

四分割された砲身から溢れ出す光が、強大な一条の光芒となって放たれる。その光が伸びる先は、私が斬り裂いたブレイブの胴。真っ直ぐに駆けるその光はブレイブへぶつかっても尚衰える事なく輝きを増し、耐えるブレイブを追い詰めていく。

その光は、今のユニの心そのものだと思った。力強くも真っ直ぐな、光り輝く高潔な精神。そしてそれを正面から浴びたブレイブは、耐えた末にふっ…と安心したような笑みを浮かべて……光芒が、ブレイブを貫いた。

 

 

 

 

アタシの放った光は、ブレイブを貫いた光芒は、その先へと駆け抜けていった。少しずつ薄く細くなっていって、最後には途切れて消えて……アタシがX.M.B.を下ろした瞬間、ブレイブは後ろへと倒れ込む。

 

「…終わったよ、お姉ちゃん」

「終わったわね、ユニ」

 

ゆっくりと降りてきたお姉ちゃんへ、静かに声をかける。お姉ちゃんからも、静かな声が返ってくる。

戦いは、相手が戦闘不能である事を確認するまで油断しちゃいけない。でも…アタシには確信があった。アタシ達は、ブレイブに勝ったって。

 

「…………」

「…………」

 

二人で見つめる、横たわったブレイブの身体。一秒、五秒、十秒と過ぎて……げほげほ、と咳き込む音が聞こえてきた。

 

「…伝わったぞ、お前達の思いは……」

「…なら、良かったわ」

「……もう少し、接戦になると思ったんだが…な…」

「十分接戦だったわよ。私達を前にここまで戦った貴方は、自分を誇ってもいいわ」

 

ブレイブの言葉にまずアタシが、次の言葉にはお姉ちゃんが返す。大きな怪我はしていないとはいえ、細かい怪我は幾つか…特に斬り結んでいたお姉ちゃんは負っているし、さっきの回避からの連撃で全身に負担がかかっている。もう痣も出来始めていて……もし一対一だったら、アタシやお姉ちゃんも重傷を負っていたんじゃないかと思う。

 

「誇っていい、か…ふふ、ヒーローとは自分の道に自信を持っているもの……だが、そうだな…守護女神からそう言われたのであれば、より自信が持てる……」

 

身体中の怪我に加えて、胴には斬り裂かれた傷と撃ち抜かれた穴。そんな状態で普通に話せる訳がなくて、ブレイブの声は絶え絶えなもの。それでも、ブレイブの声から感じる熱は……変わりない。

 

「…ったく、アンタの自信は過剰気味なのよ。アタシやお姉ちゃんの意思を織り込んで…っていうか思った通りに動いてくれる前提でこんな事するなんて」

「何を、言うか…お前達は二人共俺が思った通りの高貴な精神を持ち、思った通りに…俺の意図に、気付いてくれた…違うか……?」

「結果論でしょ、それは。アンタの向こう見ずさに振り回されちゃこっちも堪んないっての…」

 

悪びれないどころか満足気な声音で話すブレイブに、アタシは呆れながら肩を落とす。

子供達に立派な大人像を見せる為に、子供達の住む場所へ攻め込む。それはどう考えても本末転倒で、それが果たされたところでブレイブが喜ぶ訳がない。それがブレイブの望む、真の夢の道である訳がない。

だから、ブレイブはアタシとお姉ちゃんを頼った。アタシ達なら、自分を倒してくれるって…止めてくれるって、敵のアタシ達を信じて行動した。一直線に、自分もアタシ達も疑わずに。──俺が倒れようとも、我が思いは貫かれるっていうのは…つまり、そういう事。

 

「…もしアタシ達を倒しちゃったら、どうする気だったの?」

「む……?…それは…考えて、いなかったな…」

「やっぱり……どう考えてもそれは向こう見ずでしょ…」

「そうね…けど別に、それは変でもないと思うわよ?」

「え?」

 

信じる云々は別として、ブレイブの攻撃には一切の加減がなかった。ブレイブ程の実力があれば、アタシやお姉ちゃんを倒してしまう可能性も十分にあった訳で……それについて訊くと、案の定ブレイブは考えていないらしかった。…けど、そこで意外にもお姉ちゃんが同意。

 

「だってそうでしょ。楽に勝てる相手じゃないのは間違いないけど…それでも私とユニで戦って、負ける訳がないじゃない」

「い、いや…それはアタシも同意だけど……」

「私とユニの勝利は間違いない。そこは確定事項みたいなものなんだから、それをブレイブが織り込んでいるのは普通でしょ」

「…………」

「…ユニ?」

「……もしかしてお姉ちゃんって、ちょっとブレイブと通じるところがあったり…?」

「は?いや、いやいやいや…そんな訳ないでしょ。ブレイブの事は認めてるけど…変な事は言わないで頂戴」

 

自分の実力を信じて疑わないのはお姉ちゃんの凄いところ。けど何というか、今はその姿がブレイブとちょっと重なって…それをそのまま口にしてみたら、結構な真顔で否定された。…ブレイブ、今の言葉聞こえてたのかしら…。

 

「まぁともかく、ブレイブの判断は正しかったのは間違いないわよ。…向こう見ずな奴だとは、私も思ってるけどね」

「…だって。良かったわね、ブレイブ」

「あぁ、良かった…俺は二人を、女神を信じて本当に良かった……」

 

酷く重そうに身体を起こすブレイブ。今は前に戦った時のような、鬼気迫る意思は感じられないけど…それはきっと、自分で夢を叶えなきゃいけないと思ってたあの時と、もう夢を託せている今の違い。立ち上がったブレイブの顔は身体に反して穏やかで……あの時と同じように、身体が少しずつ消え始めていた。

 

「…ユニよ…子供達の夢と笑顔に溢れる世界は、あれから近付いたか……?」

「へ……?…そ、それは……」

「…気にするな、今はまずやらねばならない事があるのは分かっている。…意地の悪い質問を、してみた…だけだ……」

 

その問いと回答は、消えゆく身体と同じように弱々しかった。弱々しく、消えそうで…それでも燃えるような思いはしっかりと籠っていて、そんな言葉をブレイブは続ける。

 

「…重く、勝手な願いを押し付けてすまない…。だが、それでも…今一度、託させてくれ…!ユニよ、俺の夢を…子供の夢と、笑顔を……!」

「……任せなさい、ブレイブ。アタシの中でそれはもう、他人の夢でも…ましてや押し付けられた夢でもない。アタシはアタシの意思で、アンタの夢を受け継いだの。だから……安心して、ゆっくり休んで」

 

……やっと、この言葉を言えた。元々言うつもりだった、伝えたかった…ブレイブへの意思表明。ブレイブはアタシ達と出会えた事が、この時代に蘇った上で良かったと思える事に上げていたけど…アタシもアタシで、これを言えた事だけはブレイブが今蘇ってくれて良かったと思っている。

更に続くブレイブの言葉。それに答えるのは…お姉ちゃん。

 

「ブラックハート…いや、ノワール…。お前にも、託させてほしい…どうか、ユニの力になってほしい…!幸せな世界を……作り上げてくれ…!」

「そんなの、言われるまでもないわよ。子供が夢を抱いて、笑顔で暮らせる世界こそが、真の幸せに溢れてるに決まってるじゃない。…だから任せておきなさいブレイブ。あんたの夢は、最初から私の作り上げる国に…世界に含まれているんだから。…まぁ最も、私が笑顔にするのは子供だけじゃないけどね」

 

片手を腰に当てて、自信満々に…でも優しい笑顔でそう答えたお姉ちゃんは……本当に格好良かった。だからこそ…思う。アタシも、負けていられないって。

光の粒子となって、ブレイブは天に昇っていく。そんなブレイブは、更に顔を綻ばせて……笑う。

 

「……ありがとう、ユニ、ノワール。俺の人生は夢と共にあり、その夢を死後に心より信頼出来る者達に託す事が出来た……あぁ、なんと幸せな事か…。…俺はこの先、どうなるか分からない…だが、約束しよう…どんな事があろうと、俺は二人に求められた時は、必ず力になると……俺は、託した夢と…共に、ある……」

 

消えかけながら、突き出された右の拳。それにアタシとお姉ちゃんも、どちらからともなく拳を突き出して……アタシ達とブレイブの拳が触れた瞬間、ブレイブは消滅した。最後に触れた拳には、熱い意思ではなく……温かな思いが籠っていた。

 

「……まだ気は抜けないわよ。国内で戦闘があるなら向かわなきゃいけないし、無くてもすぐに怪我は治さなきゃいけないんだから」

「…そうだね」

「でも……まずは帰りましょうか。私達の、ラステイションに」

「…うん、帰ろっか」

 

拳を下ろして、消える粒子を見送って、それからアタシ達は飛び上がる。二人共、同じ思いを抱きながら。

 

 

──蘇ったブレイブとの戦いは、こうして終わった。迷う事もあった。一番良いのは、あの時倒したままブレイブが眠れた事だとも、思う。だけど、それでも…改めて夢を託されたアタシと、ブレイブの思いを受け取ったお姉ちゃんの心は……清々しい思いで、満たされていた。




今回のパロディ解説

・水冷弾
モンスターハンターシリーズに登場する、ボウガン用の弾丸の一つの事。勿論弱くはありませんよ?消火用ではないよね、という話なので悪しからず。

・王瑠華
BORUTO -ボルト- -NARUTO THE NEXT GENERATIONS-に登場する、忍籠手で放つ忍術の一つの事。あれを銃に装填しても…まぁ撃てませんよね。


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第百三十三話 二つの再戦

とっておきの戦力に関して、ベールは私に勿体付けるような言い方をした。ベールの事だから、それは説明が難しいだとかあまり快くない相手だとかじゃなくて、ただの遊び心だと思うけど…まあまず今は遊び心を発揮するような状況じゃない。そんな状況で勿体付けたんだから…きっとその戦力は、色んな意味でとびきりの存在なんだと思う。

じゃあ結局、その戦力って何なのか。私は戦いに備えて集中力を高めつつも、ずっと頭の端ではそれが気になっていて……その答えは、もうすぐ判明する。

 

「……っ…あの後ろ姿…!」

 

リーンボックスへ向かって飛び続け、通信で伝えられた地点を目視出来る距離にまで辿り着いた私が見たのは、黒い巨人の姿。それは忘れもしない、ジャッジの背中。

私の隣を飛ぶベールの顔にも、鋭い気配が漂っている。再戦の約束をし、約束通りに死闘を繰り広げた私にとってジャッジは思うところの大きい相手だけど、それは最初の戦いで矛を交えたベールにとっても同じ事。むしろ因縁の長さという意味では私よりベールの方が上な訳で…とにかく私達のどちらも、相手がジャッジとなれば武器を持つ手に一層の力が入る。

…と、その時ジャッジが後方へと跳ぶ。どうやらジャッジは何かと…恐らくは例の戦力とぶつかっていたようで、そちらも翼を広げて距離を取る。それによってその存在の全容が見えた、次の瞬間……私は、驚愕した。

 

「……え…や、八億…八億禍津日神…?」

 

ジャッジやMGにも劣らない巨体に、力強さを感じる翼。背後に生える尻尾は大木の様に太く、手足の爪は一つ一つが一本の武器のよう。そして口からは吐息と共に火炎が溢れるその姿は……正しく、ドラゴン。

八億禍津日神。それが、そのモンスターの名前。生態も生息地もよく分かっていない、いつからいるのかも謎な、存在自体が半ば眉唾物として語られているモンスター。ただ一つはっきりしているのは……モンスターでありながら、神の名を冠される程の強さを有しているという事。

 

「降下しますわよ、イリゼ!」

「いや、ちょっ…ちょちょちょちょちょ!えぇぇ!?」

 

文面にすると阿呆みたいな声を出してしまった私だけど、別に混乱している訳じゃない。状況を飲み込めない的な意味で混乱はしているけど、イリゼは少しも錯乱していない。…というか、その禍津日神とジャッジが交戦している事も、ベールが平然としている事も、全くもって意味が分からない。

 

「……ッ!この気配…来やがったな女神ぃ!」

 

私達の存在を感じ取り、嬉々とした声を上げて見上げるジャッジ。そのジャッジと禍津日神の間へ迷いのないベールと、動揺しつつも立ち止まってる場合じゃないと後に続く私。そうして私達は戦場へと降り立った。……ベールはジャッジに、私は禍津日神にそれぞれ向かい合う形で。

 

「え?」

「あぁ?」

「…何をしてるんですの?」

 

緊迫した空気が一転して、何だか締まりの悪い空気に。……ま、待った…ちょっとストップちょっとストップ!

 

「ちょっと…これどういう事!?どういう状況!?意味が分からないんですけど!?」

「お、おぅ…いきなりどうしたオリジンハート…」

「それはこっちの台詞だよ!ジャッジはこの状況が理解出来てる訳!?」

「……え、俺今怒られたのか…?はぁ…?」

 

あんまり私は雰囲気を壊すのは好きじゃないし、出来るならば落ち着いて状況把握したいところだけど…正直そんな事言っていられる心境じゃない。だって全然全くこれっぽっちも理解出来ないもん!私がはぁ?…だよ!?

 

「あー…イリゼなら予備知識がありますし、即理解してくれると思いましたけど…流石にちょっと無理だったみたいですわね…」

「ちょっとどころか大分無理だよ!っていうか私のせいなの!?」

「そ、そういう事ではなく…一度落ち着いてくれまして…?」

 

困り顔で頬を掻くベールへ、私は少々強めに言葉を返す。それにベールは若干気圧されたような反応をして…そこで私も、変にヒートアップしている自分を自覚した。…理由はともかく、今は敵の眼前…ベールの言う通り、一旦落ち着かないと……。

 

「…ごめん、ベール。説明お願い」

「えぇ。と言っても、複雑な事は何もありませんのよ?」

「何もない…?」

「そうですわ。だってこの子は、リーンボックスで保護しているモンスターの一体ですもの」

 

至極落ち着いた顔で、保護しているモンスターの一体だと言ったベール。その言葉で私は、ベールが…リーンボックス教会がある特定のモンスターを保護している事を思い出す。あ、そっか…だからベールは私ならって……って、

 

「八億禍津日神が!?嘘ぉ!?」

「嘘ではなく本当ですわ。ねー、マガツちゃん」

「ぐるるぅ♪」

「マガツちゃん!?」

 

モンスター界でもトップクラスの力を持つ禍津日神をまるでペットかの様に猫撫で声で呼ぶベールと、それに対して重低音の…されどどことなく可愛げのある(気がする)鳴き声を返す禍津日神に、私のテンパりは再度フルドライブ。

さっきから精神乱れまくりの私だけど、これに関してはジャッジも「え……?」みたいな顔してるから、絶対悪いのは私じゃない。っていうかこれは最早、ケルベロスにケルベロっちと名付けるレベルだよ…!?

 

「マガツちゃんは見た目こそ厳ついですけど、ほんとは甘えん坊で凄く可愛らしいんですのよ?」

「あ、甘えん坊…?こんな触れるものは何でも傷付けそうな見た目で……?」

「甘えん坊ですわ。わたくしが来るといつも喜んで、鼻をひくつかせながらぐるる、ぐるると鳴きますもの」

「それはベールを食料として見てるんじゃ…」

「む…失礼ですわねイリゼ。見た目や先入観で悪く言われるのは、良い気分ではありませんわ」

「うっ……そ、それもそっか…うん、ごめんね八億禍津……」

 

私は自分の価値観がおかしいとは思ってないし、私の動揺はベールのせいだと思ってる。…けど、だからってよく知りもしない相手を悪く言っていい訳じゃないし、それは相手が人だろうが人外だろうが同じ事。それを失念していた時点で悪いのは私の方だから、それについては反省して禍津日神に謝罪を……し終える直前、べろり…とベールが舐められた。それはもう、肉食獣が味見をするように。

 

「いや…やっぱり食べられそうになってるよねぇ!?」

「分かってくれませんのね…まぁいいですわ。わたくしも最初はマガツちゃんを警戒していましたし」

「何その後々理解してもらえるみたいな言い方…そりゃ確かに私にはライヌちゃんっていう前例があるけど、だからって次もそうなるかは……」

「く、くくっ……ハハハハハハッ!オイオイ、テメェ等ここが戦場で、すぐ近くに俺がいるって事忘れてんじゃねぇのか!?ってか半ば忘れてただろ!ギャハハハハッ!」

 

いよいよもって話がどの方向へ向かっていくのか謎になる中、空気を再度引き裂くように発せられた笑い声。その声の主は……言うまでもない。

 

「……っ…そうでしたわ、わたくしとした事が…」

「わ、忘れてた訳じゃないけど……明らかに話を引っ張り過ぎた…」

「ですわね……しかし油断しているわたくし達を狙わないとは、貴方案外騎士道精神を持ち合わせているんですのね」

「騎士道精神?そりゃ買い被り過ぎってもんだぜグリーンハート。俺は単に不意打ちなんてつまんねぇ手でテメェ等の力を削ぎたくなかったってだけだ。それに女神とモンスターのトリオ漫才も中々面白かったしな」

『トリオ漫才!?漫才はして(ないんだけど・ませんわよ)!?』

「……ぐる?」

 

誇れるかどうかはともかく、相手の油断を突くのは普通の戦法の一つ。それを「つまらない手」と一蹴する辺りは、流石ジャッジと言ったところ。…漫才じゃなくて、結果的にそれっぽくなっちゃっただけだし…。

 

「そうかよ、面白ぇし俺としても喰われるんじゃねぇかと気になる漫才だったんだがな。…けどまぁ、前座はもう十分だ。これ以上待ってたら…折角そいつとの戦いで温まった身体が冷えちまうからなぁ…」

「…では、こちらもいい加減そうすると致しましょうか。ご苦労様ですわ、マガツちゃん。事が済み次第手当てもしてあげますわ」

「うん?なんだ、そいつは帰るのかよ」

「えぇ、この子は元々貴方やわたくし達の様に戦いを好む性格ではありませんもの」

 

そう言ってベールは身を屈めた禍津日神の頭を撫で、優しげな笑みを浮かべる。撫でられている間、禍津日神はその鋭い眼光がそこはかとなくつぶらな様子になって……いや実際にはベールの言葉で私がそう見えただけかもしれないけど…とにかくその後禍津日神は、その大きな翼で羽ばたきどこかへと飛んでいった。

 

「…………」

「…………」

 

飛び去る姿を視界の端に捉えながら、視線はジャッジへと向ける。…これから私達が戦うのは四天王。何か一つ違っていれば、私を亡き者にしていた相手、ジャッジ。本来なら、ジャッジを前にして……油断なんて、出来る訳がない。

 

「そういえば…こうしてまともに会うのは、最初の一戦以来ですわね」

「あぁ、俺はオリジンハートのやられちまったからなぁ…へへ、嬉しいぜぇグリーンハート。あん時の消化不良が、やっと解消出来る…ッ!」

 

ベールの言葉にジャッジは瞳をぎらつかせ、楽しみで仕方ないとばかりの声を上げる。そしてジャッジの視線は、ベールから私へ。

 

「…久し振り、って程でもねぇなぁオリジンハート。…悪ぃな、こんなに早く生き返っちまって」

「別にそれは貴方がどうこう言う事でもないでしょ。…内心じゃ喜んでる癖に」

「はっ、そりゃそうさ。戦いたかった相手と、再戦したいと思っていた相手が、一度に来てくれたんだからな」

 

視線を私へ移したジャッジは、煮え滾るような闘志を若干潜め、どこか穏やかさも感じる声音で私に話しかける。…でも、分かる。ジャッジは頭が冷静になってるだけで…心は冷めるどころか、更なる熱を発しているって。

 

「…悪いけど、今回は二対一でやらせてもらうよ。前みたいな大怪我を追う訳にはいかないから」

「構わねぇよ、むしろ好都合ってもんだ。女神二人を同時に相手取るなんざ、願ってもない僥倖だからな…!」

「それは助かりますわね。わたくしとしても、一対一で借りを返したい気持ちはありましたけど…今は私情よりも目的を優先させて頂きますわ」

 

私達は並び立ち、長剣と大槍をジャッジへ向ける。ジャッジもにやりと笑い、ハルバードを構え直す。

相手はギリギリだったとはいえ一度勝った相手で、今は味方にベールがいる。戦場も負のシェアが充満していない分、はっきりとした差にはならないけれど前回より良い。…けど、それでも…ジャッジは、絶対に軽んじちゃいけない。

 

(落ち着いて、堅実に、ベールと協力して……全力で、もう一度ジャッジを倒す…ッ!)

 

手、足、翼……身体の中心から端へと、充填するように力を込める。そしてジャッジを、睨め付ける。

 

「さぁ、今一度斬り伏せ沈めてやろう!戦いを至上とする、犯罪神の臣下よ!」

「リーンボックスの為、信次元の為、全力をもって、ジャッジ・ザ・ハード…貴方を討たせて頂きますわ!」

「楽しもうぜ…楽しもうぜ女神ぃ!血湧き肉躍る、熾烈で最高の戦いをなぁッ!」

 

ほぼ同時に地を蹴り、相手に向かって突っ込む私達二人とジャッジ。私達二人は守る為、ジャッジは自身の心を満たす戦いをする為…激突する。

 

 

 

 

跳び上がり、落下する巨岩の様な圧力でジャッジが迫り来る。それをわたくしとイリゼは左右に散って避け、即座に切り返して挟撃をかける。

 

『せぇぇぇぇぇぇいッ!』

「甘ぇなッ!」

 

わたくし達の斬撃が当たる寸前、ジャッジが視界から消える。…と言っても勿論、消失した訳ではない。地面へ深々と突き刺さったハルバートへ押し出す動作を行う事でその力を利用し、弾かれるように後退する。

 

「いい動き、ですわね…ッ!」

「でも、この程度……ッ!」

 

これで終わるとは思っていなかったものの、その回避方法は少々予想外。…とはいえ、イリゼの言う通り今のは『この程度』。

アイコンタクトを交わし、わたくしはほんの少し上へ、イリゼはほんの少し下へと高度をズラす。そこから即座に手を伸ばし、刺さったままのハルバートの柄をキャッチ。

高速を出した状態で、地面に深く突き刺さった物を掴めばどうなるか。それは……その物体を軸に、急回転をするに決まっていますわ…ッ!

 

「っと、利用されちまったか…ッ!」

 

通常のそれを大きく超える速度で方向転換したわたくし達は、再びジャッジへと肉薄。対するジャッジは歯噛みをしつつも大地を踏み締め、身体を捻って右脚による横蹴りを放ってきた。

重みを持った、ジャッジの蹴撃。…が、その重みもわたくし達二人を押し切れる程の力ではない。

 

「うお……ッ!?」

「焦りましたわね、ジャッジ…ッ!」

 

わたくし達は二人で得物を使って蹴りを受け止め、逆にその一撃を押し返す。そして体勢を崩したジャッジへ向けて、近距離からの突撃刺突を……

 

「……なんて、なッ!」

『……っ!』

 

仕掛けようとした瞬間、右側からわたくし達へ襲いかかってきたのはジャッジの蹴り。右側、即ち左脚での蹴り。体勢を崩しながらもわたくし達の押す力を利用し…というより殆どわたくし達の力だけで放ったであろうその蹴りには、流石にイリゼもわたくしも驚きを隠せない。

 

「ちっ、今のじゃダメージにゃならねぇか……」

「まさか、あの体勢から攻撃に転じようとは……」

 

咄嗟に両腕を交差させて防御したわたくし達は、ジャッジの状態から抵抗せずに勢いのまま後退。見立て通りジャッジには追撃をするまでの余裕はなかったようで、当たりの軽さに舌打ちしながら拳を握る。…武器が手に無くとも、彼の発する威圧感は変わらぬまま。

 

「それがジャッジだよ、ベール」

「…そう、でしたわね…」

 

わたくしの吐露した心情に、視線を鋭くしたままイリゼが返す。考えてみれば確かに、驚きはしたもののジャッジならばおかしくはない。あの時の戦いでも、攻防の節々で技量の高さが見て伺えましたものね。

 

「それに、ジャッジの真価はまだまだこんなものじゃない…あの時は、もっと……」

「…イリゼ?」

「…あ、ごめん…でも気を引き締めないと。ジャッジならどんな手だって使ってくるからね」

「えぇ、分かっていますわ」

 

得物を構え直す最中、イリゼが見せた普段とは違う雰囲気。いつしか時折するようになった雰囲気とも違う、イリゼらしからぬ様子。けれどわたくしが呼んだ瞬間その雰囲気は霧散し、警戒するように視線を走らせる。

 

「なんだ、来ねぇのか?だったら…次は、こっちからだなッ!」

「……ッ!来ますわよ…ッ!」

 

身を屈め、弾かれるようにこちらへ突っ込んでくるジャッジ。ならばとわたくしは軽く引いた足で地面を踏み締め、迎撃の体勢を取った瞬間……ジャッジは進路を大きく曲げて、わたくし達から離れていく。そんなジャッジの先にあるのは…刺さったままの、ハルバート。

 

「これは……イリゼッ!」

「いいよ、突っ込んでベールッ!」

 

攻撃に見せかけた武器の回収。ジャッジの目的がそれだと気付くとほぼ同時にわたくしは飛翔し、援護を求める意図を含めてイリゼを呼ぶ。名前だけで理解しろ、というのは本来無茶な要求であるものの…そこは何度も共に戦ってきたわたくしとイリゼ。女神の持つ直感力も手伝って、お互い短いやり取りだけで意思疎通を成立させる。

最高速度ならばわたくしの方が上回っているとはいえ、既に十分な速度が出ていたジャッジが、そこまで遠くはない武器の下へと辿り着く前に追い縋るというのは無理なもの。だからこそ、わたくしが求めたのはイリゼからの援護。

 

「行けぇッ!」

「……っ!遠隔攻撃かッ!」

 

イリゼの放った複数の刀剣が、ジャッジの背へと襲いかかる。それに声で、或いは本能で気付いたジャッジはハルバートへと手を伸ばし、掴むと同時に振り返って一閃。その一撃で刀剣を全て叩き落としたジャッジはにやりと笑みを浮かべ……目を見開いた。何故ならそれは、わたくしが振り抜くタイミングに合わせてシレッドスピアーを放ったから。

前へと向けた左手の先に現れた紋章と、そこから伸びる巨大な槍。瞬時に展開した分、普段より若干性能は下ですけど…それでも、目的の為には十分ですわ…ッ!

 

「喰らう…かよッ!」

 

振り終えていたハルバートをジャッジは引き戻し、その柄で刺突を受け止める。通常のモンスターなら複数体纏めて、大型でもまともに喰らえば胴体を完全に貫通するような大槍による一撃を、真っ向からジャッジは受け止めようとする。

ただそれでも、わたくしの目に狂いがなければ恐らくジャッジは防ぎ切る。それだけの力を、ジャッジは持ち合わせている。故に、わたくしは神経を研ぎ澄まし、ジャッジへと意識を集中させ……ジャッジがスピアーを押し返し始めた瞬間、こちらから力を抜いて消滅させる。

 

「な……ッ!?」

「もらい、ましたわッ!」

 

それまで受けていた力が突然なくなれば、抵抗の為にかけていた力に引っ張られてつんのめるのが物理の理。それは力をかけていればいる程強くなり、それ以上の力でねじ伏せる事は出来ても、力に引っ張られるという現象そのものはどうしようもない。そして……つんのめった相手とは、例外なく隙だらけなのですわ…ッ!

攻撃を仕掛ける時、「あ、これは当たる」と感じる事がある。それを感じた時は、十中八九当たるもの。その感覚がこの時のわたくしにはあり、故に直撃を確信した。当たると思っていた。当たる……筈、だった。

 

「……ッ…やるじゃ…ねぇかよぉおおおおおおッ!」

「ん、な……ッ!?」

 

倒れ込むジャッジの頭に向け、速度を維持したまま突き出した大槍。それが頭部へと突き刺さる刹那……ジャッジの位置が、前へとブレた。わたくしの側へとブレて…直撃コースだった槍の穂先が、頭頂を掠めるだけに留まってしまう。

一瞬何が起きたか分からなかった。…が、ジャッジの脚と巻き上げられた土を見て気付く。ジャッジは倒れ込む最中にわざと足を滑らせ、踏み留まるどころか逆に転倒を加速させる事で避けたのだと。

 

(瞬時の判断に、これまた一瞬の無駄も許さない中での機敏な行動…やはり、ジャッジは……)

 

攻撃を外したわたくしは振り返り、地面に足を突き立てる事で強引にブレーキ。一方ジャッジは胴を打つ前に前転を行い、立ち上がると同時に跳躍してわたくしとイリゼ、その両方を視界に捉えられる場所へと移動。イリゼもまた今の攻撃は当たると思っていたらしく、表情に驚きが現れている。

四天王なのだから、簡単に倒せる訳がない。それは分かっていたものの、それでも当たると確信していた攻撃が外れれば「まさか」と思う。けれど……この時わたくしの心の中に、悔しさや焦りといった感情は生まれていなかった。驚きはしても、マイナスの感情は一切生まれず…むしろ、あったのは感嘆の思いだった。これを避けられるとは…という、背中に怖気とは違うゾクリとした感覚が走るような思い。

 

「今のはビビったぜ、グリーンハート…だがテメェもオリジンハートもこの程度じゃねぇ。そうだろう?」

「…えぇ、ですがそれは…貴方もでしょう?」

 

わたくしの問いに、ジャッジは勿論だと言わんばかりの笑みを返す。…そう、わたくしもイリゼも、ジャッジもまだこの程度の実力ではない。

あの一瞬の駆け引きで女神の…戦闘に悦楽を見出す者としての感覚を揺さぶられ、ほんの少しわたくしの口元にも笑みが浮かぶ。国と国民の為というのも本心。けれど…この思いもまた、確かにわたくしの心から生まれている。そしてここまでは、まだ小手調べのようなもの。…ならばこそ、言える。……戦いはこれからだ、と。




今回のパロディ解説

・イリゼは少しも錯乱していない
ガンダムSEED DESTINYの登場キャラ、レイ・ザ・バレルの台詞のパロディ。自分でイリゼと言っている辺り、やはり錯乱はせずとも混乱はしている訳です。

・ケルベロっち
生徒会の一存シリーズのヒロインの一人、紅葉知弦の飼っている(?)ペットの名前の事。割とマジでそういうレベルですよね、ドラゴン系モンスターをちゃん付けは。

・「〜〜触れるものは何でも傷付け〜〜」
ノラガミの一期EDである曲、ハートリアライズのワンフレーズのパロディ。しかしギザギザハートの子守歌を思い出した方も多いのではないかと思います。


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第百三十四話 滾り続ける熱

現実であろうとゲームであろうと、一般的には初めて戦う相手より一度でも戦った事のある相手の方が上手く立ち回れる。それはもうほんとに当たり前の話。某蛇の使い手並みに初見殺しに特化した戦闘スタイルとかでもなければ、二回目以降は格段に戦い易くなる。…けれど、相手がNPCや『同じ能力や技術を持つ別個体』でもない限り、それはアドバンテージとなり得ない。何せ…相手もまた、自分と戦うのは初めてではなくなるのだから。

 

「変わるよ、ベールッ!」

「えぇ、任せますわッ!」

 

お互いその場を殆ど動かず刃を交えていたベールとジャッジが、それぞれの得物の石突き側を振るって打撃。振るわれた二振りの柄が衝突し、数瞬のせめぎ合いを経て双方後ろへ跳ぶ。

 

「いいねぇ途切れないコンビネーションってのもッ!互いの消耗を抑えつつ、俺には圧力をかけ続ける…抜群の連携を持つ相手とのタッグマッチはこうなるんだろうなッ!」

「それはどう、もッ!」

 

後退するベールとすれ違う形で前へ跳んだ私は、右手に長剣、左手にはバックラーを携えて突進。勢いを落とさず刺突を仕掛け、身体を逸らす形での回避と同時に放たれた返しの斬撃は速度が乗る前に柄へバックラーを叩き付ける事で防御。受ける、ではなく自らぶつけにいく積極的な防御こそが、バックラーの本分。

 

(流石にこの組み合わせはやり辛い…けど、だからこそ動きの変則性は増す…ッ!)

 

長剣で斬り、バックラーで防ぎ、バックラーで殴り、長剣で逸らす。サイズの大きい長剣と、逆に小さいバックラー。大小の組み合わせは互いを保管し合えるから一見有効そうだけど、実際のところはそうじゃない。長剣の距離じゃバックラーはまるで攻勢に使えないし、防御もその距離だとバックラーを当てられる時にはもうそれなりの速度が乗ってしまっている場合も多い。更に左手が塞がっていると長剣の両手持ちが出来ない訳で、はっきり言ってこれは愚策。左右でそれぞれ武器を持つ場合は戦闘距離が同じ位になるか、どちらかに合わせた選択をするのが基本で、長短二振り…なんていう場合も、使い分けるか長い方も実際はそこまで長くないかが殆ど。

でも、私はこれを選んだ。予想通り攻防どちらも不安定になってしまうけど、だからこそセオリーが通じない不規則さを生み出せる。勿論ジャッジ程の戦士なら、不規則な動きすら斬り結ぶ中で慣れてしまうだろうけど、慣れる事こそが……

 

「だが…俺の調子を完全に狂わせたいなら、二人じゃあ足りねぇなぁッ!」

「……ッ!(もう見抜かれた…!?)」

 

逆袈裟で振るった長剣が掲げられたハルバートとぶつかり、私とジャッジの視線が混じり合う。さぁ次はどう攻めるか、それとも早々に交代してジャッジの意表を突くか……そう考える中でジャッジから発せられた言葉に、仕掛けていた私の方が驚かされた。その瞬間私はほんの少し力が抜けて、そこを突かれて弾き飛ばされる。

適宜交代しながら、下がった側は援護に徹する。それによって消耗を抑える…というのは確かに狙いの一つではあったけど、それは同時に囮の様なもの。本当の狙いは戦闘スタイルの違う私達が何度も入れ替わり、ジャッジ本人が気付かぬ内に少しずつ調子を狂わせる…というもので、発言からジャッジは術中に嵌まっていると思っていた。…いや…私達は、思わされていた。

 

「いや、正確にゃ二人でもギリギリ足りたかもしれねぇ!けどよぉオリジンハート、それはちっと俺を見くびってねぇか?既に二回戦ってテメェの戦い方を熟知してる、この俺をよぉッ!」

「ぐっ……確かに、ジャッジ相手には少し捻りが足りなかったかもしれないね…」

「…しかし、貴方はここまでわたくし達の策に乗り、その結果わたくし達より消耗した…違いまして…ッ!」

 

にぃ、と嘲るように口元を歪めながら激しい連撃を仕掛けてくるジャッジ。豪快且つ荒々しく…でも大振りなのに隙が全然生まれない、洗練されたハルバートの斬撃。流れるような刃の動きに……乱れは、微塵もない。

策士策に溺れる…ではないけど、私はジャッジの実力を見誤り、その結果策を失敗させてしまった。でも…無駄かと言うと、そうでもない。本命の目的は失敗しているけど、表の目的自体はある程度成功しているから。……最も、どこまで差を付けられたかは分からないけど。

 

「そうだな…だが、そっちも気付いてんだろ?俺の力が底上げされてんのは…ッ!」

「やはり、そうでしたのね…ッ!」

 

背後に回ったベールの攻撃を、振り返りつつハルバートで防御。その瞬間にバックラーを捨て、両手持ちで仕掛けた私の斬撃は、左手の手甲で阻まれる。

私達二人の攻撃を、それぞれ片手で防いでいる。それは確かにジャッジがあの時より強くなっている証左で、私達にはありがたくない事。……だけど、

 

「見くびってるのは……貴様もだッ!」

「っと、それのどこが……ぐぁッ!?」

 

同時に後ろへ飛んだ私とベール。その最中に私は鎖分銅を作り出し、ジャッジの顔へと投げ放つ。けれどそれをジャッジは顔を傾けるだけの動作で避け、反撃するべく私へ腕を伸ばす。そして避けられた分銅はそのまま進んで……鎖を、ベールが掴む。

ベールへと繋がった鎖を身体を捻る事でジャッジの首へと引っ掛け、そこから横へ飛ぶ事で首を絞めつつ転倒させる。確かにジャッジは力が増してるけど…ベールと蹴りを押し返した時からも分かる通り、歯が立たないレベルでは…ないッ!

 

「ベール!このまま…ッ!」

「えぇッ!」

 

転倒させる為に使った鎖分銅を、持ち手と刃にそれぞれ再構成。そこからベールと視線を合わせ、ギロチンが如くジャッジへと振り下ろす。

女神二人分の、それも極僅かな距離とはいえ下降も入った力を叩き付ければ、ジャッジといえど首がもつ筈がない。そして私達の見立ては正しかったようで、目を見開いたジャッジは即座にハルバートの柄を刃と首の間に挟ませる。

 

「ぬ……ぉぉぉぉおおおおッ!!」

「この、まま……ッ!」

「押し切り、ますわ…ッ!」

 

押し切れれば、私達の勝ち。ジャッジは押し切られれば、死あるのみ。勝敗と生死、その瀬戸際での力のぶつかり合い。

 

(ここでの勝利は通過点でしかない。最終決戦で十全の力を振るう為なら、清々しくない勝ち方だって……ッ!)

 

ハルバートを押し切り喉へ刃を突き立てる為、全力の力を注ぎ込む。私とベールは勝つ為に、ジャッジは負けない為に歯を食い縛り、力と力をぶつけ合う。

ジャッジも私達と同じく、或いは死に直結するからか私達以上に力を振り絞り、必死の抵抗を見せる。でもやっぱり私達二人の力を一点で受け止めるのは無理なようで、少しずつ私達が押していく。押して、押して、首へと近付いて、後一歩となったその時……刃が、折れた。

 

『……ッ!』

「……っ…あ、あっぶねぇぇ…!」

「くっ……ごめんベール…!」

「気にしないで下さいな!それより今は追撃を…!」

 

せめぎ合っていた地点から真っ二つとなった刃はそのまま私の力を受けて地面は突き刺さり、その間にジャッジは後転とハンドスプリングの合わせ技で脱出。もし後少し耐えていれば、もう少し強固な刃を精製出来ていれば…と私が自責の念に駆られる中、ベールの言葉が私へ飛ぶ。

 

「残酷な仕留め方しようとしやがるなぁオイ、お嬢様よぉ…ッ!」

「あら、時には非情な選択をするのも高貴な者ですわよ…ッ!」

「そうかい、だがいいぜ…死にかけた時が、一番心が燃え上がるんだからなぁぁぁぁッ!」

「ぐっ…更にギアを……ッ!」

 

追撃ごとベールはジャッジの振り下ろしに弾かれ、私の近くへ飛んでくる。…叫ぶジャッジの目は、一層のギラつきを放っている。この戦いが、このヒリヒリが堪らないと言わんばかりに。

 

「よぉ、もっとギリギリの勝負をしようぜ女神ッ!テメェ等だって、余裕を残した戦いなんざ面白くねぇだろ?あん時の戦いは、こんなもんじゃなかっただろ?もっともっと、熱くなれよッ!なぁッ!」

「…ほんと、相変わらずの戦闘狂だね…」

「そこまで酔えるのは、いっそ羨ましいですわね…」

 

まるで戦闘狂の精神が形になったかのようなジャッジの形相に、私達が抱くのは呆れの感情。前の戦いの事を考えれば私もジャッジの事は言えないけど、状況の違いでどうも気分が乗り切らない。…乗ったら自分自身どんなリスキーな策を取るか分からないし、それで正しいんだけど。

 

(…とはいえ、この戦闘じゃ私の基本戦術も意表を突く策ももう通じない…ベールとの総合力で乗り切るにしても、ゴリ押しじゃこっちの被害も馬鹿にならない…だとすれば、持久戦がベターだけど……)

 

この戦闘だけ見れば、持久戦はそんなに悪い選択じゃない。でも別の場所ではリーンボックスの軍がモンスターと交戦している訳で、更に別働隊がいる可能性もゼロじゃない訳で、出来るならばあんまり時間をかけたくない。…けど……

 

(…あぁ、もう…こっちの調子が狂う……ッ!)

 

犯罪神との決戦があるから、ここで全力は出せてもここを終着点にする訳にはいかない。他の場所での戦闘もあるから、時間もかけられない。…それが、今課せられた条件。ジャッジはあんなに楽しそうにしているのに、こちらは堅実に戦う事を強いられている。

私の脳裏には、今もあの時の戦いが焼き付いている。高揚感に身を任せ、戦いに心を酔わせ、命を削り合ったあの勝負が。これ以上の悦楽などないとすら感じた、どうしようもない程の熱が。……それが、私の心を苦しめる。あの時の昂りをもう一度と欲する好戦的な自分が、確かに私の中にいる。…でも、それは選んではならない選択肢で、私は戦いの記憶と共にその思いを封じ込めようとする……その時だった。

 

「……!……あれは…」

「ベール…?」

「…良くないお客がいらしたようですわ……」

 

何かを見つけた様子で目を見張るベール。ジャッジに用心しつつベールの視線の先へと目をやると…そこにいたのは、こちらへと向かってきている数体のモンスター。

 

「…確かに、厄介なお客さんだね……」

「方向から考えるに、軍の部隊が壊滅した訳ではないようですけど…」

「あぁ?急に何の話してんだ」

 

向かってきているモンスターは物凄く強い種類ではなく、数も小規模の群れと言った程度。普通なら、一仕事増えた…と思う位で済む相手。でも、ジャッジとの戦いが終わってない状態でとなると、厄介さは跳ね上がる。

どちらかがジャッジの相手をしている間にモンスターを片付けるか、同時に相手取るか、或いはモンスターを上手くジャッジへ誘導するか。一度心のモヤモヤを脇に置いた私は、変化した戦況への対応を考えて……けれど、事態は思わぬ方向へ進む。

 

「…あれは、貴方の差し金?」

「あれ?……んだよ、どこの奴等だあいつ等は…」

「という事は、完全な偶然という訳ですのね。まぁいいですわ。偶然だろうと策略だろうと、敵が増えるならその敵も仕留めるまで……」

「…あー、あの目は犯罪神のシェアに当てられたな…悪ぃ、ちょっと待ってろ」

『は……?』

 

私の言葉でモンスターの存在に気付いたジャッジは、途端に不愉快そうな表情へと変化。その反応から犯罪神側の策ではないとベールは判断し、対モンスターも行うべく気持ちを引き締めた次の瞬間、ジャッジが跳んだ。……私達ではなく、モンスター群へ向かって。

 

『……!』

 

巨体の接近に気付かない筈がなく、モンスター群は脚を止めて着地したジャッジを威嚇する。威嚇を受けたジャッジの顔は、私達側からは分からない。ただ、ジャッジは着地した状態からゆっくりと顔を上げて……言った。

 

「……折角良い気分だったんだから、邪魔するんじゃねぇよ…命は取らねぇでいてやる。だから雑魚はさっさと──失せろ」

『……っ!?』

 

これまでジャッジからは聞いた事のない、ぞっとするような…そして本当に不愉快そうな、モンスターへの脅し。それを聞いた瞬間モンスター群はびくりと肩を震わせ、毛を逆立てせ……逃げていった。何もせず、尻尾を巻いて早々に。

 

「ふんッ、この程度でビビって逃げるんなら、端から来るんじゃねぇっつーの」

『…………』

「さぁて、ちょっとばかし邪魔が入っちまったが、それも済んだんだ。さっさと再開しようじゃねぇか…」

 

鼻を鳴らして振り返ったジャッジは、私達が言葉を失う中、ハルバートを肩に担いでゆっくりとこちらへ戻ってくる。一度害された興に再度火入れをしているが如き雰囲気のジャッジへ、私より少しだけ早く我に返ったベールが声を上げる。

 

「……なんの、つもりですの…?」

「はぁ?なんのって…追っ払った事か?」

「…貴方は四天王、犯罪神の配下の筈。その貴方にとって、モンスターはどちらかといえば味方の筈。にも関わらず、折角の好機を自ら潰すなど……」

「好機?…何言ってんだグリーンハート。そりゃただ勝つだけならそうかもしれねぇが、そんなの俺の望む戦いじゃねぇ。横槍入れられて、全力と全力のぶつかり合いにならずに終わる勝負なんざ、とんだ茶番じゃねぇか」

「だとしても、貴方には目的が…犯罪神からの命があるのでしょう?幾ら戦闘を好んでいても、それでは手段と目的が逆……」

「逆?……つまんねぇ事言うんじゃねぇよ。俺の目的は、最初から…最っ高の戦いをする事に決まってんだろうがよッ!」

 

担いでいたハルバートを地面へ叩き付けるジャッジ。…ベールは、一つ勘違いをしていた。それはジャッジが望まぬ戦い方をせざるを得なかった時に矛を交えたベールだからこそしてしまった勘違いで…けれどそれは聞き捨てならないとばかりに、ジャッジは声を張り上げる。

 

「犯罪神の命?より確率の高い勝利?んなもん知るか!そんな事はどうだっていいんだよッ!勝つ為の戦いにゃ興味ねぇし、俺は戦う為に四天王になったんだッ!戦いだ!接戦だ!死闘だ!俺の望みは、目的は、ずっと心踊る戦い一本だッ!その為なら敵も味方も関係ねぇ!だからよぉ、もっと滾ろうぜ…テメェ等だってまだ満足してねぇだろ!ほんとは楽しみたくてしょうがねぇんだろ!?なら今は、今を楽しもうじゃねぇかよぉおおおおおおッ!!」

 

左手で顔を掴んだジャッジは、その後左手を振るって感情を爆発させる。それはあまりにも強い戦いへの欲求。私達の心すら揺さぶる、高揚感への渇望。…それが、重要な二つの歯車の内一つを、狂わせる。

 

「……っ…どんなにそっちが誘ったって、私は乗らないよッ!あの時はあの時、今は今、ジャッジに目的があるように、私にだって……」

「……ふ…ふふふ…本当に、無茶苦茶言ってくれますわね貴方は…」

「…え……べ、ベール…?」

 

私は揺さぶられた心を締め直すように言葉を返す。けれどその最中で横から聞こえてきた、只ならぬ様子の声。まさかとは思ったけど…この場で私とジャッジ以外に声を発する人物なんて、一人しかいない。

 

「そこまで言われたら、ここまで戦いへの熱を駆り立てられたら…いい加減こちらも無視出来ないではありませんの…」

「ちょっ…ベール!?状況分かってる!?」

「えぇ、分かっていますわよイリゼ。この戦いは、ただ勝てばいいものではない」

「そうだよ、だから……」

「…しかし逆に言えば、必要な条件さえ満たせば少し位余計な要素…例えば、ほんの少し感情的になったりがあったところで問題はない…違いまして?」

「はっ、いいねぇ…漸く本格的に調子が乗ってきたかよグリーンハートッ!」

 

何か悪い事を企んでいるかのような笑みを浮かべるベールの、ジャッジに同調する言葉。それを聞いたジャッジは嬉々として言葉を返し、ベールもまた笑みを深める。

思い返せば、少し前にも一度これに近い笑みをベールは浮かべていた。でもその時はすぐに元の表情に戻ったし、更にその前の私同様一過性のものだと思っていた。でも、これは違う…明らかに、自分の意思でそちらに心を傾倒させている。

 

「安心して下さいな、イリゼ。わたくしは守護女神の中で最も冷静沈着だと、自負していますわ…ッ!」

「ちょっと!?それを自己申告するのは不安しかない……って聞いてよもうッ!」

 

大槍の穂先を下に向け、背にした持ち方で突進をかけるベール。私の話もそこそこに仕掛けていってしまったベールは、多分私も追随してくれる前提で動いてる。それは全くもって正しい判断だけど……無茶苦茶なのはベールもだよ…ッ!

 

「はぁぁぁぁッ!」

「おおっとッ!テメェが蹴りを放ってくる事は見え見えなんだよッ!」

「あら、いつわたくしが蹴ると言いましてッ!?」

「うおッ…そう、くるか…ッ!」

 

前傾姿勢で突っ込んだベールは、身体全体を振り上げるような蹴りを放つ。それを見抜いていたジャッジは脛にぶつけようとハルバートを前に出すも、当たる寸前にベールは若干脚を曲げ、足を覆うプロセッサの土踏まず部分を引っ掛けて宙返り。ハルバートを踏み台にする事で位置を上げ、回転の力も交えて本命の刺突を実行。一方ジャッジはそれに驚くも、ハルバートを踏み台にされた際の衝撃を活かしてギリギリ後退を間に合わせる。

巨体とその身体に合った得物のリーチを活かし、下がりながらもジャッジはハルバートを振るってくる。まだ回転を終えておらず、腕を伸ばして大槍を振り出してしまったベールに回避は困難。だからそこへ、追随する私が割って入る。

 

「…流石イリゼ、来てほしい時に来てくれますわね」

「絶妙な割り込みだったぜオリジンハートよぉッ!」

「こっちの身にもなってよベール…ッ!」

 

気分良さ気なベールと絶賛燃焼中のジャッジに間髪入れず言葉をかけられるも、正直あんまり良い気分じゃない。その不満を込めて私がベールへ言葉を返すも、またもベールは聞いているのか聞いていないのか、今度は横回転でジャッジへ攻撃。それを今度はしゃがんで避け、即座に帰ってきたジャッジのアッパーカットをまた私が防御。…そこからは、ベール主導で私が巻き込まれる形での戦法が始まった。

 

「さぁさぁ、あれだけわたくし達を煽ってくれたんですもの!当然貴方も胆力、見せてくれるのですわよねぇッ!」

「ギャハハハハッ!そりゃ勿論見せてやるよッ!じゃなきゃ面白くねぇもんなぁッ!」

 

防御をほぼ捨てているも同然な連撃をベールが仕掛け、ジャッジは守勢に回りつつも隙あらばカウンターを叩き込んでくる。じゃあそのカウンターの対応はどうしているのかと言えば…神経を張り詰め、両者の攻防を必死に読んで動く私の役目。憎らしいのがベールの動きで、苛烈ながらも僅かな余裕を…私がギリギリフォローに入れるような攻撃を繰り返している。そのおかげで私は常に最大級の緊張をしていなければならず、余裕も全くない。

普段の穏やかな、或いは落ち着いたベールとはかけ離れた、某精霊の如く狂気を感じさせるお嬢様言葉。…確かにベールは冷静沈着らしい。だってほんの少しでも私に残す余裕を見誤れば重傷を負いかねない危険な動きを、一度足りともミスせず続けてるんだから。

 

(…でも、何それ…自分の防御を全部押し付けて、自分は攻勢に専念?私に援護させて、自分ばっかりスリリングな事をして……)

 

二人で攻撃と防御を分担するのは、悪い策じゃない。失敗すれば二人まとめてやられる危険もあるけど、上手く連携出来るならお互い片方に専念出来るから、勝率も生存率もぐっと高まる。…けど、これは合意の下の戦法じゃない。話し合っても、意思疎通してもいない。…これに、この役目に…私が納得していない…ッ!

 

「来いよグリーンハート…その程度じゃ俺は討ち取れねぇぞぉおおおおッ!」

「言われなくてもそのつもりですわッ!イリゼ、援護頼みますわよッ!」

「……ッ!…ベール……」

 

お互い一度距離を開け、そこからベールもジャッジも同時に突進。その寸前、ちらりと私へ視線を向けたベールは……口角を上げて感情を露わにしていた。私への信頼と、戦いの酔うような高揚感を見せ付けるように。……その瞬間、私の中で何かが切れる。

 

(……いいよ、だったら…そんなにベールがこの熱に乗るってなら…ッ!)

 

突き出された双方の刃が激突し、どちらも身体を仰け反らせる。けれどベールもジャッジも地を踏み締めてその場に留まり、武器に頼らない次の一撃を放とうとする。そして、次の瞬間……

 

「──ベール…退いてもらうよッ!」

「な……ッ!?」

 

……私は背後からベールの肩を掴み、後ろへベールを引っ張った。

立て直そうとしていた体勢を崩されベールが目を見開く中、私は右手の長剣を離し、手の平にシェアを集中させる。一点に集め、圧縮し、更にシェアエナジーを注ぎ込む。

 

「天舞漆式……」

「……!次はテメェか…いいぜ、力比べといこうじゃ……」

 

捻りを入れて打ち出されるジャッジの左の拳。それに合わせて突き出すのは掌底。一秒とかからず距離はゼロへと近付いていって、激突は間近。そして拳と掌が紙一重となったその時……圧縮していたシェアエナジーを、解放する。

 

「──鳳仙花ッ!」

「なぁ……ッ!?」

 

限界まで圧縮したシェアは全方位への衝撃…爆発となって私とジャッジの手に襲いかかる。加速用や射出用ではない、攻撃用のシェア爆発が腕を軋ませ、ジャッジは大きく仰け反り、耐えるつもりのなかった私は吹き飛ばされる。

……けど、ここからが真骨頂。私はまだ……ベールの肩を、離していない。

 

「ベールッ!」

「えぇ、任されましたわッ!」

 

吹き飛びながら左腕を曲げた私は、ベールより後ろになった瞬間掴んだ肩を全力で押し出す。肩だけ押し出されたベールは勿論一瞬右肩を突き出す形になりかけるも、即座に体勢を直してジャッジへ肉薄。ジャッジが歯を食い縛って身体を捻る中、ベールはポニーテールをたなびかせ……一閃。先程の頭を掠めた攻撃とは違う、確かな一撃がジャッジの脇腹に喰らい付く。

 

「ぐっ、がぁッ……!」

 

貫通の直前、ジャッジは地を蹴って無理矢理刺さった刃を引き抜き、そのまま大きく後ろへ跳躍する。ベールは深追いせずに素早く下がり、離した長剣を拾う私の下へ。

 

「…急に乱暴な事をされては、困りますわ」

「へぇ、で…それは誰のせいだと思ってるのかな?」

「……いい顔してますわね、イリゼ」

「…そっちこそ」

 

負担の残る右腕と、成功するかどうかのヒリヒリした感情。それは普通の人なら絶対に楽しくない、体験したくもないという思いで……女神にとっては、酩酊感にも似た昂りを感じさせる。…この感覚は嫌いじゃない。いいや……このゾクゾクした感覚は、心が踊ってしょうがない。

 

「…どんなに危なくても、成功すればそれで良い…そうだよね?」

「その通りですわね。…見せてやろうじゃありませんの、ジャッジのお望み通り…全力のわたくし達を」

 

翼を広げるように左右へ分かれる私達。…この選択が危険だとは分かっている。それでも私達は選んだ、選んでしまった。だったらもう、やる事は一つ。この選択を後悔する事ないよう…ジャッジから、勝利を掴み取るだけ……ッ!

 

 

 

 

「戦況は順調。グリーンハート様達をプラネタワーに押し留めようとしていたのは、やはり戦力任せの策を取れないからであったようじゃな」

「蓋を開けてみれば呆気ないものね。まぁ、劣勢を策で覆すのは戦争の常識だけど」

 

リーンボックスへと向かう飛艇の中で、チカが話すのは彼女に変わって教会の指揮を取るイヴォワール。長く蓄えられた髭を撫で付ける彼の顔には、言葉通り焦りはない。

 

「しかし、余裕があると嫌な予感もしてしまうもの。チカよ、何か懸念事項はあるかの?」

「まさか。…多分犯罪神は覚醒に力の大半を注いでるのよ。どうせ数十体モンスターを増やしたところで戦況が変わる訳ないし、って」

「あぁ、私もそう思う。…中々読めるようになってきたな」

「当然じゃない。アタクシはお姉様に知識も技術も手取り足取り教えてもらっているんだもの。そう、手取り足取りとね!」

 

鼻息荒く熱弁するチカの様子に、イヴォワールは内心で苦笑い。全くここまで女神様へ熱心となるとは…と最初彼は考えていたが、すぐに自身もその信仰心から偏った考えになってしまった時期があった事を思い出して、軽く頭を振るう。分家であろうと本家であろうと、リーンボックスの教祖家系の血は争えないなと思いながら。

 

「…しかし、グリーンハート様…か」

「…何よ」

「こちらへ来ている四天王は、オリジンハート様をして相討ちとなりかけた相手。幾ら今回は二対一と言えど、決して楽な戦いではないのだろうな…」

「…随分心配性になったわね、イヴォワール」

 

チカが冷静となったところで、ふと声を漏らすイヴォワール。それは間違った視点ではなく、むしろ当然と言うべき懸念。だがそれをチカが一蹴。その言葉にイヴォワールが「む…?」と眉を動かす中、彼女は続ける。

 

「確かにまぁ、相手は強いわね。けど戦うのはお姉様よ?アタクシ達の女神、グリーンハート様なのよ?だったら、お姉様が勝つと決めた時点で…勝敗は決定してるに決まってるじゃない」

「ふっ……本当に、言うようになったのぅ」

 

にやりと確信の笑みをチカが浮かべ、イヴォワールもそれにゆっくりと首肯する。

強過ぎる信仰心は、時に視野狭窄や油断を引き起こすもの。だが、同時に強い思いこそが女神の強さであり……女神にとって最大の信仰者とも言える教祖の思いは、鋼の様に固く…揺るぎはしない。




今回のパロディ解説

・某蛇の使い手
Fate/stay nightの登場キャラの一人、葛木宗一郎の事。分からない、想像出来ないが初見殺しというものですが、割と初見殺しって二回目以降も通用する事ありますよね。

・「〜〜もっと、熱くなれよッ!〜〜」
元プロテニス選手、松岡修造さんの代名詞的な台詞のパロディ。一応言っておきますが、ジャッジは熱血キャラではありません。ハイテンションキャラではありますが。

・戦闘狂の精神が形になったかのような
機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORYの登場キャラ、アナベル・ガトーの名台詞の一つのパロディ。でもこの台詞は、ノイエ・ジールのパロディとも言えますね。

・某精霊
デート・ア・ライブのヒロインの一人、時崎狂三の事。彼女は別に戦闘狂ではありませんが、ヤバい雰囲気でお嬢様口調で戦う…となると、彼女を彷彿としますね。


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第百三十五話 心は満たされ新たな願いへ

翼が風を切る。髪が身体の動きに一歩遅れて荒ぶる。切り裂かれた空気が唸りを上げ、踏み切られた大地が土を舞わせ、何度も激突の音が響く。そして何より、シェアエナジーで編まれた刃が戦場を踊る。

それは、閉じられた世界。生半可な者は近付く事すら叶わない、戦いを単なる手段としか見ない者には理解の出来ない……狂乱の世界。

 

「斬り込みますわッ!」

「側面から叩く…ッ!」

 

交差した一瞬で意図を伝え、捻り込むような機動でジャッジへと接近する。わたくし達の接近をジャッジは待ち構える…などという事はなく、その時間も惜しいとばかりに突っ込んでくる。

 

「そらよッ!」

「安直ですわッ!」

 

上段から振り下ろされるハルバートを大槍の柄で滑らせ、胸の高さを過ぎたところで槍を回して押さえ付ける。その瞬間ジャッジへと肉薄する、イリゼと長剣。

 

「脇が甘いよッ!」

「開けてたんだよッ!」

「甘いのは正面もではなくてッ!?」

 

一刀両断を狙うイリゼの斬撃をシュールの貴公子が如き体重移動で避けたジャッジは、得物から右手を離しイリゼへ裏拳。その結果片手となった事でハルバートの押し返そうとする力が弱まり、その瞬間に大槍を前へ。先程とは逆に大槍をハルバートの柄で滑らせ、左腕の肘を斬り裂きにかかる。

 

「っとと、やっぱ本気の女神二人はキッツいなぁオイ!キツ過ぎて笑えてくるぜ!ギャハハハハハハッ!」

「ならば笑えばよいジャッジッ!次元の守護者たる二翼の女神を前に、笑うだけの余裕を持ち続けられるのであればなッ!」

 

大槍が柄を離れる前にジャッジはハルバートを跳ね上げ、強引に軌道を逸らして回避。とはいえそれは想定済みで、逸らされた大槍は即座に引き戻して腹部へ手刀。それとほぼ同じタイミングで裏拳を捌いたイリゼも作り出した短剣を突き出し、二方向からの挟撃がジャッジへ迫るも、絶妙な身体の捻りでその攻撃もまた避けられてしまう。…が……

 

「ぐぅっ……うらぁッ!」

(今の声……)

(どうやら、効いてはいるみたいですわね…!)

 

捻りを助走に回転斬りをジャッジは敢行し、一度わたくしとイリゼは後退。その直前にジャッジが呻き声を漏らした事で、わたくし達は確信する。強引な…それ故にジャッジの予想を超えた連携で与えた一撃が、ジャッジに負荷を与えていると。捻った瞬間に傷が引き伸ばされ、激しい痛みが走ったのだと。

着地と同時にわたくしは再び接近を仕掛け、イリゼは左手の短剣を投擲しつつ上空へと舞い上がる。放たれた短剣は、ジャッジの振るった腕に弾かれてそのまま消滅。

 

「辛いのでしょう?わたくしに穿たれた、その傷が…ッ!」

「あぁ痛ぇな…だがよぉ、戦闘はそういうもんだろ?痛みがある方が、戦ってるって思えるよなぁッ!」

「お元気です、こと…ッ!」

 

飛んで距離を詰めたわたくしはジャッジの間合いへ入る直前に脚を降ろして地を蹴り、ブーストをかけてランスチャージ。対するジャッジは飛び込むような跳躍で避けつつ、振り向きながら着地しハルバートの穂先で刺突。それを気配で察知したわたくしは身体全体を使って回転を行い、回し蹴りで槍部分の腹を蹴り付け攻撃を潰す。

そこからは互いに一撃重視に切り替え、旋回と攻撃を繰り返す。そしてそれを数度行ったところで……イリゼが動いた。

 

「天舞伍式・葵ッ!」

「……っ!」

「ぬぉわ……ッ!?」

 

激突の寸前、割って入るように空から地面へと突き刺さる大剣。ジャッジのハルバート程ではないにしろ、わたくしの大槍やイリゼの長剣より大きな剣の落下にわたくしもジャッジも回避行動へと移り、弾かれるように視線を空へ。そうしてわたくし達が目にしたのは、イリゼとこちらへ向かって次々と放たれる、先の大剣と同様に巨大な武器の数々。

 

(イリゼ、わたくしなら避けられると思って容赦なく打ち込んできましたわね……ふふっ、面白いじゃありませんの…ッ!)

 

援護は本来、受ける側が戦い易くする為に行うもの。無論相手への信頼や戦況によってはギリギリのラインを攻める事もあるものの、この援護はラインギリギリ…を、超えている。しかし、ならばこそ……

 

「ジャッジ、そして貴女にも見せて差し上げますわ……このわたくしの、華麗にして圧倒的なる実力を…ッ!」

 

短距離ステップで無駄のない回避を重ねるジャッジに対し、わたくしは猛追を開始。視線を空から下げ、ジャッジを見据え、一気に加速。当然わたくしの進路上にも武器は降り注ぐものの、全感覚全神経を張り詰め、更にイリゼの狙いを読み切る事によって……見る事なく、避ける…ッ!

 

「背後ががら空きですわよッ!」

「なッ、この動き……行動を予測してんのか…!?」

「それ以外に、何かあるとでも…ッ!」

 

振り抜いた大槍を、ジャッジが得物の柄で防御。その瞬間にわたくしは下がり、下がった次の瞬間には柱の様な棍棒が飛来。そしてハルバートがそちらの防御に動いた瞬間……わたくしは大槍を、投げ付ける。

真上からの棍棒と、膝を狙った大槍。二つの武器が自身へ迫る中、ジャッジは歯噛みをし……ハルバートを回転させた。

 

「ぐ、ぅぅ……ッ!」

「良い援護…いえ、攻撃でしたわよ」

「良い攻撃…ううん、陽動だったよ」

 

弾かれ飛んできた大槍を掴みつつ、武器を打ち終え降下するイリゼと言葉を交わす。お互いにぃ、と狂熱混じりの笑みを浮かべながら。

ジャッジはハルバートの柄をぶつける事によって大槍を弾き、肩に棍棒の一撃を受けた。タイミング的に失敗する可能性の大きい両方の防御より、大槍よりは小さいダメージで済むであろう棍棒の防御は諦め、確実に大槍を凌ぐ選択を行った。いや…選んだのではなく、選ばされた。わたくしと、イリゼによって。

 

「とはいえまさか、この程度でギブアップではないのでしょう?」

「まさか。この私と互角に戦ったジャッジが、この程度でギブアップなんていい冗談だよ。ねぇ?ジャッジ」

「…はっ、たりめーだ……ここでギブアップなんざ、メインディッシュの途中にカラトリーを置くようなもんだもんなああああッ!!」

 

叫びながらハルバートを地面へ叩き付け、その衝撃で隆起した岩盤を蹴り付けるジャッジ。強打を受けた岩盤は粉々となるも、散弾の様に破片がこちらへと飛来。それをイリゼと共に得物を振るって起こした風により撃ち落とした、次の瞬間……ジャッジは、わたくし達の眼前へと肉薄していた。

 

「楽しいなぁ!楽しいなぁッ!ハハハハハッ!戦いってのは、こういう熱があってこそだよなぁッ!」

 

最早狂気そのものの形相で、ジャッジはハルバートを振るう。常軌を逸した表情に、気が触れているが如き笑い声。…それでも動きは、斬撃は、打撃はその精細さを欠かさない。鈍るどころか彼の狂気に呼応するように、一撃毎に鋭く、凄まじくなっていく。わたくし達二人を同時に相手しても、劣勢さを覆さんとばかりの勢いで。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!どうだッ!どうだよ女神ぃッ!」

『く……っ!』

 

避ける、凌ぐ、弾く、躱す。逸らす、受け流す、崩す、相殺する。イリゼと二人がかりで連撃に対応する。それでもジャッジの攻撃は続く。あまりの速度と圧力に距離を取る事も、二手に分かれる事も出来ず、対処したと思った瞬間には次の一撃が寸前にまで迫っている。とても一人が放っているとは思えない攻撃の嵐が、わたくし達へとその牙を伸ばし……ハルバートの攻撃範囲から下がり切れなかったわたくし達は、立て続けに胸元を斬り裂かれた。わたくしの乳房の露出部位を斬り裂いた横薙ぎが、そのままイリゼの胸も斬り裂いた。

 

(はは、どうやら本気の本気……完全な全身全霊を引き出してしまったようですわね……けれど、だから…だからこそ……)

 

 

(楽しい、楽しいですわ…ッ!この熱量が、湧き上がる狂気的な衝動の中で戦う事が……ッ!)

 

あの時の戦いでは感じられなかった、ただ一秒でも長く戦う事しか頭になかったあの時とは違う、深淵の様な深み。過激で強烈な、心の躍動。身体のスレスレを通り過ぎる刃の風に、攻撃を弾いた際の衝撃に、浮遊ユニットを破壊される感覚に、心が震えてしょうがない。今し方斬られた胸の痛みすら、甘美なように思えてしまう。…普段感じているあらゆる喜びが霞んでしまいそうな程の、一歩間違えば依存しかねない程の、圧倒的な……快楽。

 

「見上げた勇ましさですわッ!けれどわたくし…攻められっ放しは、趣味じゃありませんのよッ!」

「一方的じゃあつまんないよねッ!ジャッジッ!」

 

胸元から噴き出る血が地面へ落ちるよりも早く、わたくしとイリゼは地を踏み切る。ジャッジの腋の下を潜るようにしながら、すれ違いざまに両の大腿を斬りつける。高揚感で鋭敏化した直感のおかげか、積み重ねてきた信頼関係の成果か…或いは、わたくし達の相性が抜群なのか、全くもってこの反撃は同じタイミングで、左右対称の動きだった。

それからも攻防が続く。一進一退の、接戦の、ギリギリの戦い。最早優勢なのか劣勢なのかすら分からない、辿り着く場所の見えなくなってしまいそうな激闘が続く。

 

「ベールッ!」

「イリゼッ!」

 

イリゼは手を替え品を替え、わたくしは斬、突、衝を織り交ぜ、何度も反撃を身体に掠めながらも攻撃の手を緩めない。躊躇う事も、迷う事も許されない極限状態の中で、わたくしの思考と神経は研ぎ澄まされていた。

今がずっと続けばいいのに。──まさか心地良い日常を送る主人公の如き思いを、野蛮極まりない戦場の中心で感じる事になるとは、思ってもみなかった。本当に続くとしたら、それは如何に幸せな事かと、確かにわたくしの心はそれに魅力を感じている。けれど……どんなに全身が熱く滾ろうと、精神が酔い痴れようと、わたくしのある部分が…守護者であり統治者であるわたくしの思考は、冷静に戦況を、未来を見通していた。

 

(これもある種の火事場の底力なのでしょうね。龍眼ならぬ神眼の未来視、とでも言うべきかしら…)

 

先程わたくしは、イリゼの動きを読み切る事が出来た。されど今はジャッジの動きすら、『数多の可能性』として読める。それに対するわたくしの未来もまた、手に取るように分かる。その内どれを選ぶべきかは…最早、考えるまでもなく視えた。

ただそれでも、突き出した大槍は振るわれたハルバートに阻まれる。…視えているのは、わたくしだけではないらしい。

 

「ギャハハハハッ!不思議な気分だなぁ!これが高みって奴かよッ!」

「高み?道半ばの間違いではなくてッ!?」

「かもなぁッ!まぁどっちにしろ、最高の気分にゃ違いねぇってなッ!」

 

高揚感が感覚の限界を押し上げ、澄み切った思考がそれを制御し最善を導く。そしてそれによって導き出されるのは、何も次の一手だけではない。

 

「テメェはどうだよオリジンハート!二度目の死闘の気分はよぉッ!」

「どうって、これが最高以外にあるとでもッ!?全てのものには終わりがある事が、残念でならないと思う位にはねッ!」

「……っ!」

 

大地を斬り裂きながらジャッジが放った斬り上げと、シェアエナジーの爆発を推進力に変えたイリゼの袈裟懸けが激突。互いに口元を歪めながら斬り結んだ二人は位置を交代するように旋回した後離れ、次なる攻撃の構えを取る。その最中にほんの一瞬だけイリゼが向けた、わたくしへの視線。その視線と激突中の言葉で、わたくしはイリゼからのメッセージを理解する。

 

(…それが、貴女の導いた結論なのですわね…ふふっ、同意見ですわ……!)

 

手の内に精製した数本のナイフをジャッジへ向けて投げるイリゼ。そこから即座に杭の様な物を何本も地面へ打ち込み、大小様々な岩盤の破片を作り出す。

恐らくこれは、先のジャッジの模倣。けれどジャッジと違い、イリゼにはわたくしがいる。一人と二人では……出来る事の規模が、違う。

 

「解体作業といきますわ…ッ!」

 

浮かんだ破片の下へと飛び込み、破砕を開始。砕き、貫き、破片を細切れへと変えていく。

それによって生まれる、砂煙。それは打ち込んだ瞬間に発生したものと合わさり、この戦場を包んでいく。わたくし達やジャッジでも瞬時には晴らせない程の、濃い目眩ましとなって。

 

「…よかった、意図が伝わって」

「えぇ。今だけは、誰よりも貴女の事が分かるような気がしますもの」

「へぇ、それは気が合うね。…ジャッジはもう止まらないよ。このまま戦い続ければ、私達は最高の体験と引き換えに戦略的な敗北をする事になる」

「…だからこそ、燃え尽きた果てではなく、最大火力の中でフィナーレを飾る。そうでしょう?」

 

完全に視界が奪われる前に、わたくし達は合流。互いの言葉に頷きを返し、同じ認識を持っている事を確認する。

終わらせるのは惜しい。けれど終わらせなければならない。そしてそれは、いつかではいけない。何故ならわたくし達の戦いは手段であり、目的ではないのだから。手段を逸脱しない範囲で堪能はしても、目的とするのは許されない。……他でもない、わたくし自身が許さない。

 

「…至上の舞台は、大熱狂のまま幕引きを」

「最上の好敵手には、最大限の手向けを。…後に続くのは、そんなところかしら?」

「ほんとに今は気が合うね、ベール。…最後の攻撃は、私に望むもの全てをぶつけて。私もベールに、ありったけ求めるから」

「では、お望み通り全てを求め…求められたもの全てに応えると致しますわ」

 

イリゼの芝居掛かった台詞に、同じ調子で返す。完璧なまでの以心伝心ににやりと笑い合った後、それぞれの得物の先端を軽くぶつけ合って音を鳴らす。

少しずつ砂煙が薄れていき、ジャッジのシルエットが見えてくる。こちらから見えるという事は、ジャッジからもわたくし達が見えるという事。けれどわたくし達は動かず、ジャッジも動かない。そうしてシルエットだけでなく身体の凹凸も見えるようになり、風景もはっきりとしていき……砂煙が、晴れる。

 

『…………』

「……なんだ、そろそろ終いにするってか。俺はまだまだ付き合うぜ?」

「わたくし達は忙しいのですわ。それに、貴方からこちらにいらしたではありませんの」

「はっ、そりゃ違いねぇ。だがまぁ、戦いはだらだら続けりゃいいってもんでもねぇ……いいぜ、見せてくれよ。女神二人の、戦いを終わらせる大技ってのをな」

 

砂煙の中で頭が冷えたかのように、落ち着いた声音で話すジャッジ。…しかしそれも、ほんの僅かな間の事。

 

「…最も、それで終わらせられるかどうかは分からねぇけどなッ!さぁどうするよグリーンハート!オリジンハート!今撃つのか!?決めきれなけりゃ、後はもう互いに立てなくなるまで終わらねぇ泥沼の戦いだぜッ!」

「決めきれなければ、ね。……決着としてしまえば、何も問題はないッ!」

「そして、わたくし達にはもう見えていますわッ!この戦いの、決着がッ!」

「ハハハハハッ!いいねぇそういう傲慢さッ!そんなテメェ等だからこそ楽しいんだッ!あぁヤベぇ、そんな事言われちまったら、余計に打ち破りたくなっちまうじゃねぇかよぉッ!!」

 

再び異常な程の熱量で笑い始めるジャッジに、最早わたくし達はある種の安心感すら覚えてしまう。…やはり、ジャッジはこうではなくては倒し甲斐がありませんわね…!

手に馴染んだ得物を握り直す。翼を広げ、ジャッジを見据える。イリゼは翼を可変させ、ジャッジの笑い声が止んだ瞬間……わたくし達は同時に、飛び立つ。

 

『はぁぁぁぁああああッ!』

 

爆発の如き勢いで地面を踏み切ったわたくし達は、一直線に突っ込み斬撃。横に掲げられたハルバートの柄でそれは防がれるも、全力の加速で突き進む。

 

「負けッ、かよぉぉぉぉおおッ!!」

 

ジャッジは押し留めようと地を踏み締める。されど、ジャッジ自身は耐える事が出来ても、地面はそこまで強固ではない。わたくし達の力に地面は耐え切れず、ジャッジは脚で地面を抉りながら少しずつ押されていく。少しずつ、しかし着実に速度を上げて。

 

(もう少し…後少し……後…………──ッ!今、ですわッ!)

 

張り詰めた神経と五感が直感として伝えてくる、今だという感覚。それを感じた瞬間、わたくし達は左右に分かれ、両側面から刺突を敢行。目を見開いたジャッジは間一髪のところで身体を捻りどちらも軽傷に留まるも……これはまだ、ほんの序の口。

 

「全身全霊、わたくし達の全てを……」

「見せてあげるッ!」

 

膝、腰、胸、肩。顔、肘、腹、脛。場所を問わず、種類を問わず、あらゆる槍の攻撃で斬り付け、突き刺していく。イリゼは長剣でもって、超速度の連撃を仕掛けていく。

女神二人の全力を受けた以上、立っているだけでも大したもの。けれどそれどころかジャッジはハルバートを振るい、わたくし達の攻撃を叩き落としていく。ただそれでも…手数が足りない。体格差も不利に働いている。一対一且つ、体格も同程度であればまだ違ったのかもしれないものの……恐らくジャッジは、それを考える余裕もない。

それを示すように、大振りの横薙ぎで振り払おうとするジャッジ。けれど…もう遅い。

 

(ジャッジ、本当に貴方は大したものですわ。間違いなく貴方は一流の戦士であり…わたくし達の、好敵手ですもの…ッ!)

 

後方宙返りで横薙ぎを避け、わたくしは攻撃再開。イリゼもまた同じ動きで避け……次の瞬間、長剣を作り出した大槍に持ち替える。

そうしてわたくし達の叩き込む槍の乱舞。わたくしが突貫を仕掛け、イリゼが流れるような斬撃を放ち、イリゼが飛翔による加速を乗せて刺突し、わたくしが断ち斬るように大槍を振るう。

そして見えた一条の光。それを心で感じたわたくしは…舞い上がる。その間にイリゼは乾坤一擲の力で正面からジャッジの防御を突破し、斬り付け……大槍を投げ放つ。

 

「誉れと共に、散れジャッジッ!ロンド・オブ……」

「──グングニルッ!」

 

大槍が投げ放たれた先は、わたくしの手元。それを回転しながら掴んだわたくしは、その為に込めていた力を解放し、イリゼが込めた力も含めてジャッジへ向けて全力の投擲。天雷の如く駆け抜ける大槍はジャッジを貫き……次の瞬間には、残りの力全てを振り絞ったわたくしの放つ大槍もまた、ジャッジを貫いた。

 

「はぁ…はぁ……」

「…くっ……」

 

イリゼは膝を突き、わたくしも大槍を離して後ろへふらつく。そして、二本の槍に貫かれたジャッジは裂けてしまいそうな程に口元を歪め……大の字となって、地に伏した。

 

 

 

 

激戦だった。本当に激戦だった。今の私は瀕死じゃないけど……あの時の戦いにも劣らない、熾烈な勝負だった。

 

「……イリゼ、立てまして…?」

「あぁ…ありがとベー…うわっ…!?」

 

膝を突いた私へ差し出された、ベールの手。ありがたいと思ってその手を借りるも…引っ張った瞬間、逆にベールがよろけて座り込んでしまう。

 

「……む、無理して手を差し出してくれなくてもいいのに…」

「う……お、思った以上に身体が疲労していただけですわ…」

 

引っ張り上げるだけの余力はあるつもりだったのか、恥ずかしそうにベールは目を逸らす。なら追求するのは可哀想かと思い、私は無言で肩を竦め、私達は脚へと力を入れる。これは想定以上に疲労してしまったと思いながら、ゆっくりと立ち上がると……

 

「……あー…負けちまったなぁ…リベンジ達成されたし、オリジンハートにゃ負け越しちまった…」

 

ベールの大槍が刺さったままのジャッジが、悔しそうな…けどどこか充実感のある声を漏らした。…私の精製した方の大槍は、もう既に消えている。

 

「…仕方ないよ、二対一なんだから。もし一対一だったら……」

「俺が勝ってた、ってか…?」

「……相討ち位には、持ち込めたかもね」

「ハハハハハハッ!相討ちってテメェ、案外強情な……ぐ、ふっ…」

 

…私やベールが負けていたかもしれない。正直に言えば、そんな思いも私の中にはあったけど…何故だかそれを口にするのは嫌で、ついちょっと負けず嫌いみたいな返しをしてしまった。それにジャッジは愉快そうに笑い……胴に二つも穴が空いている状態でそんな笑い方をするものだから、苦しそうな呻きを上げた。

 

「…勝敗はともかく、貴方が強い事は間違いありませんわ。わたくし達二人を相手に追い縋り、一時は互角にまで持ち込んだ貴方は、何ら恥じる事などありませんもの」

「へっ、女神が二人してフォローしてくれんのか…だったら気分は悪くねぇなぁ…。あぁ、そうだ…負けちまったが、またこんなに楽しい戦いが出来たんだ…叶わなかった筈のグリーンハートとの再戦が、まだやりてぇと思っていたオリジンハートとの再戦が出来たんだ…いい、戦いだったじゃねぇか……」

 

戦闘開始前のものとも違う、本当に穏やかな調子のジャッジには、充実感に加えて清々しさも感じる。全力を出して、望んだ戦いが出来たんだという、清々しさが。

身体の端から、あの時と同じようにジャッジは消え始めている。四天王は、その亡骸が残る事はない。だって…私達や犯罪神と同じ、シェアエナジーが実体を持った存在だから。

 

「…けど、最後だけはミスだったなぁ…前の戦いの経験を活かして、凌いだ後切り札ぶつけてやるつもりが…出す前に負けちまうとは……」

「出そうとしたのなら、その時はその時でわたくし達も違う行動をしていたかもしれませんわよ?」

「かもな…へへっ、それを想像すんのも楽しいな…」

 

もしもの話をした後、黙り込むジャッジ。一瞬もう話す力もないのかと思ったけど…ジャッジに限ってそんな事はないだろう、と思い直す。だから多分何か考えているんだろうなと思って静かに待っていると……不意にジャッジは言った。

 

「……なぁおい、グリーンハート…オリジンハート…」

「…………」

「…………」

「……嫁になる気はねぇかよ?」

『…………は?』

 

…………。

 

………………。

 

……………………は?

 

「へへっ、俺は出来た男じゃねぇが…それでも嫁位は大事にするつもりだぜ…?」

『…………』

 

……聞き違いかと思った。或いは冗談かと思った。でも…そのどっちでもないらしい。なんか私とベール、求婚されたらしい。正直ちょっと…いや全くもって意味が分からないけど、このままだと話が進まないから、私とベールは顔を見合わせ……答える。

 

『お断り(だよ・ですけど)?』

「ちぇ、振られちまったよオイ…あれか、二人一度にはちょっと…って事か…?」

『一人ずつでもお断り(だよ・ですわよ)?』

「だよなぁ……はぁ、テメェ達が嫁なら一生渇きに飢える事はねぇと思ったが…しゃあないわな…」

 

という訳で、ジャッジは振られた。当たり前の話だけど。ジャッジ自身も駄目元で訊いてみただけっぽいけど。

それから再びジャッジは数秒黙る。さて次は何を言われるのかと私達が内心身構えていると……またジャッジは、言う。

 

「……じゃあよ、代わりって訳じゃねぇが…俺はまた蘇る。いつ、どんな方法でかは分からねぇが…絶対に蘇って、テメェ達にリベンジを果たしてやる…だからそれまで、死ぬんじゃねぇぞ…?」

「……えぇ、いいですわよジャッジ。貴方がリベンジしたいと言うのであれば、また戦いたいのなら…受けて立ちますわ」

「勿論私もね。…最も、その時私達はずっと強くなってるだろうけど」

「はっ、そりゃそうだ…じゃなきゃ、張り合いがねぇ…もん、な……」

 

発されたのは、正にジャッジ…と言うべき言葉。だから、私達は小さく笑みを浮かべてそれに頷いた。…確信はないけど、多分ジャッジなら執念でいつか蘇りそうな気がする。その時また人の害となるならそれは当然迷惑だけど…勝負自体は、全然嫌じゃない。だってジャッジとの戦いは…狂ってしまいそうな程に、心が躍るから。

私達の返答を受けたジャッジは嬉しそうにするも、その声は次第に小さくなっていく。身体の消失も進んでいて、もう完全消滅までは殆ど時間がないという事が伝わってきた。そしてジャッジもそれは分かっているようで…彼はまた、あの問いを口にする。

 

「…なぁ、グリーンハート…名前、聞かせてくれるか…?」

「名前…?それは、どういう意味で…」

「…答えてあげて。それが、ジャッジの流儀だから」

「……でしたら、答えない訳にはいきませんわね。…わたくしはベール。それがリーンボックスの守護女神であり…貴方が強者であると真に認める、女神の名前ですわ」

 

それは、ジャッジが自分を倒した相手へ訊く言葉。その相手を心に刻み付けたいと思う、ジャッジの願い。それを知っている私がベールに言うと…ベールは力強く頷いて、その問いに応えた。するとジャッジは嬉しそうに笑い……遂に最後の時となった。

 

「……本当に楽しかったぜ。心残りはもうねぇ…新しい願いは出来たが、今はこれで満足だ…。満足したから、テメェ等の勝利を…その名が轟き続ける事を心から祈ってやる。…だからあばよ、ベール、イリゼ…約束、忘れんじゃねぇぞ……次ん時は、またテメェ等を…最高に楽しませてやるから…よ……」

 

その言葉を最後に、ジャッジは消えた。最後まで楽しそうに、最後まで戦いに心を滾らせ、光の粒子となって天へと昇っていった。そして私とベールは、その粒子が完全に消えるまで…ジャッジを見送り続けていた。

 

「…何というか、変な方向に完成されきった性格をしていましたわね……」

「うん…実力もだけど、それ以外にも色々と凄い奴だよ、ジャッジは……」

「……そんな相手と、再戦の約束をしてしまいましたわね…」

「だね…私これで、ジャッジと約束するのは二回目だよ…」

 

肩を竦めて、軽く自分に呆れて…それから苦笑い。視線を下ろした私達は互いにそれをし合った。…戦闘の熱は余韻へと変わり始めているけど、まだ私とベールは以心伝心のままらしい。

 

「…では、もう少し休息した後行動再開するとしましょうか」

「もう少し休んでから、ね。…終わったら、きっちり身体を休めて怪我も癒さないと…」

 

出来るならばすぐにでも動きたいけど、もう少し休まないと戦闘能力に不安がある。そう私達は判断し、身体を楽にして…多少ながら調子を整えた後、作戦行動を再開した。

 

 

──蘇ったジャッジとの戦いは、こうして終わった。本来ならすべきでない選択もしたし、反省しなきゃいけない事もある。でも…私にとってはもう一度戦えた事に、ベールにとってはリベンジを果たせた事に、ジャッジと同じように……穏やかな充実の気持ちを感じていた。




今回のパロディ解説

・シュールの貴公子
お笑いタレント、ふかわりょうこと府川亮さんのニックネームの一つの事。初期にやってた芸のあのポーズ風に下半身を動かした(毒舌は言ってない)…って感じですね、はい。

・「オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!〜〜」
ジョジョシリーズの主人公の一人、空条承太郎のラッシュ攻撃の際の声のパロディ。これだと打撃中心っぽいですが、ジャッジなので攻撃の基本はハルバートです。

・(〜〜龍眼ならぬ神眼の未来視〜〜)
刀使ノ巫女において、雷神となった十条姫和の未来視能力のパロディ。彼女のようにベールも自分と相手の動きが見えていたのかもしれませんね。


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第百三十六話 決意と信仰心

四天王には、それぞれの望みがある。その望みを果たす為に、四天王は四天王となった。犯罪神の思想に同調したのではなく、犯罪神との取り引きで臣下となったのが四天王という存在。

だが、その中には例外もいた。自らの望みの為ではなく、信仰心の下四天王となった者もいた。その者に…彼女にとっては、四天王として従事する事自体が報酬であり、犯罪神の悲願の達成こそが彼女の願い。故に……彼女は人へ仇なす事に対し、最も躊躇いも…容赦も、ない。

 

「また来るぞ、下がれ…ッ!」

 

振り被られた鋭利な大鎌。マジェコンヌが声を上げた次の瞬間には大鎌が振り抜かれ、斬撃の軌跡が飛翔する刃となる。

 

「無理無理間に合わないって!無理〜!」

「ひぇぇ〜〜ですぅ〜!」

「こ、これは流石に受けたくないかも…!」

 

扇状に広がりながら進む斬撃に、迎撃を行う新旧パーティーメンバーは即座に回避。REDにコンパと慌てる者も若干名いたが、彼女達も絶妙なタイミングでしゃがむ、或いは転倒する事で難を逃れる。無論それは狙って行ったものではないが……偶然かと言えば、そうでもない。

回避よりも防御を選ぶ傾向にある鉄拳ですら、迷いなく回避を選ぶ程の強力な斬撃。だがそれに物怖じする事はなく、凌いだ直後に彼女達は反撃を開始する。

 

「やっぱり距離を開けられるのは不味い…!」

「でないと、押し切られるね……!」

「皆、援護頼むわよ…ッ!」

 

まず切り込むのはサイバーコネクトツー、マーベラスAQL、アイエフの機動力に自信を持つ三人。その後を近接戦主体のメンバーが追い、遠隔攻撃や支援を得意とする面子が援護をかける。

正規軍を差し置いて、女神から四天王迎撃の要として協力を求められたパーティーメンバー。彼女達の実力はその信頼に違わず、確かに足止めの務めを果たせていたが……

 

「…遅いな、先ほどよりも遅い」

『ぐ……ッ!』

 

──幾ら常人を大きく超える力を持つ彼女達でも、四天王相手では分が悪過ぎた。

放たれた魔法や音波は全てマジックの撃ち込んだ魔法で撃墜され、大鎌の一振りでアイエフとマーベラスAQLが弾き返される。跳躍していたサイバーコネクトツーは肉薄に成功したが、振り出したダガーは腕を掴まれて止まり、逆に後続の味方へと投げ付けられてしまう。そしてその瞬間ほんの僅かに動きの鈍った後続を、闇色の鎖が薙ぎ払う。

 

「……っ…マジェコンヌ…!」

「分かっている…!」

 

返り討ちとなった後続の一人、新パーティー組のファルコムの背後から現れたのは、援護の直後に走り込んでいたマジェコンヌ。薙ぎ払われながらも他のメンバーが鎖を逸らした事によって開いた空間を一直線に突っ切り、近距離から電撃の魔法を放つ。

 

「ふん…どうしたマジェコンヌよ、我に女神と戦う前の肩慣らしでもさせてくれるのか?」

「そう思うなら、例の一つでも言ってほしいものだな…!」

 

自身へ迫る電撃を大鎌で斬り裂き、切り返す柄でマジックは殴り付ける。それをマジェコンヌは杖で凌ぎ、そこから杖に魔力の刃を纏わせて槍の様に振るうも、捌くマジックは余裕の表情。

 

(…端から劣勢になる事は目に見えていたが…まさかここまでとは……)

 

皮肉に皮肉で返したマジックだったが、その言葉程の余裕はない。歯が立たないのは勿論の事、想定…即ち蘇る前よりもその強さが増している事が影響して、パーティーは大怪我こそ負っていないものの、現段階でもかなりの消耗を強いられている。加えて同じく迎撃に当たる軍はモンスターの対処の真っ最中であり、そちらからの支援はまず望めない。つまり彼女達にとっては、非常に芳しくないのが…今の状況だった。

 

「女神と戦う前のと言うなら、彼女達が来るまでもう暫く付き合ってもらおうか…!」

「或いは、ゆっくり待っていてくれても構わないけど…!」

 

とはいえパーティーメンバーもまた、それなり以上の戦いを経てきた者達。マジェコンヌが斬り結んでいる間に立て直し、次なる行動を開始していた。

MAGES.、ケイブが左右に展開し、魔力光弾による弾幕を形成。その寸前にはマーベラスAQLが投げ放った鉤縄の縄をマジェコンヌが掴み、コンパと5.pbの三人がかりで一気に引き戻す。

 

「緩い面制圧だな」

「だったら…これは、どうかなッ!」

 

双方からの集中砲火を障壁で悉く弾き返したマジックは、終了と同時に鼻を鳴らして軽く呟く。……が、障壁を消したマジックが背後からの声と共に目にしたのは、各方位から接近を仕掛けていたパーティーメンバーの姿。

 

「(…弾幕だけでなく、我の防御すらも隠れ蓑にした訳か…確かに墓場まで踏み込んできた者達なだけはある。だが……)…甘いッ!」

 

敵であるパーティーの力を認めつつも、口元に笑みを浮かべたマジック。そしてマジックは目を見開き……動く。

手始めに正面から飛来するヨーヨーをREDへと蹴り返し、踏み込んできた新パーティー組ファルコムは彼女の剣ごと大鎌の一振りで返り討ち。彼女と同じタイミングで背後から迫っていた旧パーティー組ファルコムへは石突きで刺突を仕掛け、その流れのまま左右側面から得物を振り出していたブロッコリーとサイバーコネクトツーへと回転斬り。最後は視線を上へ向け…跳び上がって踵落としに入っていたアイエフと鉄拳を、弧を描くような蹴り上げで吹き飛ばした。

 

「……残念だったな」

「み、皆さん…っ!」

 

圧倒的な力の差で押し潰された仲間の下へコンパが駆け寄り、魔力で織られた治癒の包帯で彼女達を包む。そのコンパを援護すべく遠隔攻撃が次々と放たれるが、全て柳に風と受け流されてしまう。その様子に不味い、と悪手覚悟で全員が前に出ようとするも……マジックは追い討ちをかける事なく、地を蹴り空へと跳び上がる。

 

「…いい肩慣らしにはなった。故に、それに免じ……全員纏めて終わりにしてやろう」

『……ッ!』

 

大鎌の刃を背面へと引き、その刀身へと負のシェアエナジーを集中させていくマジック。その動きは先の飛翔する斬撃と近いものだったが…刃に集中するシェアの量が違う。

絶対にこの攻撃は避けなくてはならない。感覚的にそれを察知した彼女達は回避行動に移ろうとするも、同時に「避け切れないかもしれない」という思いが浮かび上がっていた。…それは確率や可能性の話ではなく、直感的に感じた死の気配。女神と共に幾つもの危機を乗り越えてきたが故に感じ取れるようになった、本能的な危険信号。…だが、そんな中……マジェコンヌだけは、違う思いが渦巻いていた。

 

(これが限界、か…。…ならば、仕方ない…彼女達を、死なせる訳にはいかない……!)

 

空のマジックを睨むマジェコンヌの目には、覚悟の意思が灯っていた。何としてもこの状況を乗り切るのだという、強い意思が。

彼女には、切り札がある。この危機を脱しうるだけの、強力な切り札が。おいそれとは使えるものではなく、タイミングを見誤れば打開し切れない可能性もあるが為にここまで彼女は温存してきたが、使うのなら今しかないと彼女は判断。そして……同時にこの判断には、ある思いの後押しもあった。…犯罪神の復活は実質自分が加担してしまったようなのだからという、贖罪の思いが。

闇色の光を放つ、マジックの大鎌。その鎌と使い手を前に、覚悟を決めた贖罪の魔術師。だが……マジェコンヌの意思とも、マジックの意思とも違う存在によって、状況が変わる。

 

「……!…来たか……」

 

不意にマジックがある方向へと首を回し、弾かれるようにその場から移動。次の瞬間彼女が視線を向けた方角から光芒が放たれ、一瞬前までマジックがいた場所を駆け抜けていく。──その光の後に、紫のシェアを軌跡として残しながら。

 

「お待たせしました、皆さんッ!」

「…ありがとう、皆。わたし達が来るまで、プラネテューヌを守ってくれて」

 

マジェコンヌ達の頭上を光弾と巨大な剣が突き抜け、軍と交戦中のモンスター群へと突き刺さる。光と剣の射手は、空中に座するマジックとパーティーとの間に割って入るように舞い降りる。

 

「……ナイスタイミング、ネプテューヌさん…」

「もう少し早く来てほしかったにゅ。…けど、助かったから今回はノーカンにゅ」

 

到着した二人の女神に、旧パーティー組ファルコムが安堵の表情と共にサムズアップを掲げ、ブロッコリーは憎まれ口を叩きながらも表情を緩ませる。それを受けた二人は微笑みを返し、すぐに視線をマジックの方へ。

 

「…驚いたぞ女神。まさか自国を放り出して散歩に出るとはな」

「ちょっと用事があったのよ。今度は幻影じゃなくて、本物の貴女をここに引っ張り出したくてね」

「そうか、ならば折角来たのだ。手間賃として貴様達の命をもらおうか」

「…お断りします」

 

見下すようなマジックの言葉に、守護女神ネプテューヌは平然とした顔で返し、女神候補生ネプギアはキッと睨み付ける。三者三様の雰囲気を放つ三人だが…空気は既に、刃を交えている状態と変わりない。

 

「であれば、力尽くで刈り取るまでだ。貴様達も、貴様達の仲間もな」

「わたし達がそれをさせるとでも?…貴女であろうと犯罪神であろうと、わたしの大切なものを傷付けさせはしない。……もう一度散ってもらうわよ、マジック・ザ・ハード」

 

ネプテューヌとネプギアの視線が、マジックの視線と交錯する。そして、ゆっくりとそれぞれの得物の斬っ先が相手へと向けられ……激突が始まる。

 

 

 

 

「向こうはわたし達が行くから、二人はマジックの相手に専念して!」

「えぇ、任せたわよ!」

「お願いします!」

 

パーティーの皆さんは、治癒もそこそこに(でもコンパさんが許可を出してるから、きっと大丈夫な筈)軍の皆さんとの挟撃に移行。インカムからは軍の指揮官さんの「こちらはお任せ下さい」という言葉を受けて、わたしとお姉ちゃんはマジックへと向かっていく。

 

「ふ……ッ!」

「喰らえ…ッ!」

 

一直線に仕掛けていったお姉ちゃんとマジックの刃が、空中で衝突。そこから二人が斬り結ぶ中、わたしは回り込みながらフルオートで発砲。その光弾が当たる直前、マジックは身を翻すように後退して回避する。

 

「このまま攻め立てる…ッ!」

 

下がるマジックへ射撃を続けながらわたしは追尾。ユニちゃんとノワールさんが教えてくれた事を思い浮かべ、無理に狙わず光弾をばら撒いていく。

一方マジックは機敏に飛び回り、わたしの射撃は掠りもしない。スピード的にも距離は中々詰まらなくて、わたしは遊ばれるような形になるけど……マジックの何度目か分からない方向転換の先にいたのは、お姉ちゃん。

 

「よく来てくれたわ、ねッ!」

「ち……ッ!」

 

方向転換の直後で機動に制限のかかっているマジックへ、お姉ちゃんは加速からの刺突をかける。その一撃は大鎌の柄で逸らされて凌がれるけど、当然お姉ちゃんの攻撃はそれだけじゃない。即座に大太刀を引き戻して次の斬撃を仕掛けて、剣撃の間には打撃も交えて連続攻撃を放っていく。

 

「四天王も犯罪神も大概往生際が悪いわねッ!一度で諦めていれば、何度も倒されなくて済んだでしょうに…!」

「墓場で生にしがみ付いていた貴様がそれを言うか。だがしかし、そう言うのであれば我に敗北した後は、潔く滅びを受け入れるのだろうな?」

「そうね、貴女がわたしの心を完全に折れたのならそうなるかもしれないわ。…折れるのなら、だけどね…ッ!」

 

攻めるお姉ちゃんと、防ぐマジック。マジックの動きは前に倒した時よりも素早くて、攻撃から身を守りつつも姿勢を立て直していっている。でも…その程度で気弱になるようなわたしじゃない。

連撃の最後でお姉ちゃんは回し蹴りを放ち、それを防いだマジックは衝撃で後ろへ。多分マジックは距離を開けるのに丁度いい攻撃が来た、と思っているんだろうけど……

 

「敗北するのは……貴女ですッ!」

 

わたし達は二人なんだから、その利点を活かさない理由はない。

接近に合わせた大上段からの振り下ろし。気付いたマジックは反転して大鎌で防御。でもそうなると今度はお姉ちゃんに背を向ける訳で……それは、わたしとお姉ちゃんの狙い通り。

 

「まずは一撃、貰ったわッ!」

 

一気に距離を詰めて振り抜かれる大太刀。その寸前にマジックは後方宙返りの様な回避行動を取るけど、お姉ちゃんの大太刀は斬っ先でマジックを捉え、背中に一筋の切り傷を与える。…多分、それは戦闘に殆ど支障のない軽傷だけど……一太刀浴びせた事には、変わりない。

 

「良いタイミングで背後を取ってくれたわね、ネプギア」

「ふふっ、お姉ちゃんの攻撃あってのものだよ」

 

そのまま宙返りを続けたマジックと正対し直すように、わたしの隣へ来るお姉ちゃん。わたしもお姉ちゃんも構え直し、視線を不愉快そうにこちらを睨むマジックの方へ。

今のわたしには、心の余裕がある。一つは一度マジックに勝った実績があるからで……もう一つは、前回と違って最初からお姉ちゃんと一緒に戦えているから。…やっぱり、お姉ちゃんがいるのは心強い。お姉ちゃんがいるだけで、不安が中和されていく。

 

(…でも、頼ってばっかりはいられない。わたしがお姉ちゃんがいて良かったって思うように、お姉ちゃんにも「ネプギアがいて良かった」って思われるよう頑張らないと)

 

空いている左手をぎゅっと握る。緊張はあるけど、頑張らなきゃって気持ちが負担だったりプレッシャーにはなったりしない。…これも、成長…なのかな。

 

「…変わらんな。相変わらずの馴れ合いか」

「姉妹仲が良いと言ってほしいわね。貴女にはそんな相手がいないのかしら?」

「いる訳がなかろう。我は身も心も犯罪神様に捧げた身。他の存在に現を抜かすつもりはない」

「貴女も相変わらずの盲信ね…まぁいいわ。悪いのは行動であって、信仰心そのものは悪じゃないもの」

 

わたし達へ向けられるのは、冷めた瞳。他の四天王…ジャッジはイリゼさんから単なる敵ではないように見られていたし、ブレイブはユニちゃんに大きな影響を与えた相手。トリックも…まぁなんかちょっと何人かに色々思ってたみたいだけど……マジックだけはわたし達をただの敵、ただの障害としか見ていないし、わたし達も『四天王の一人』以上の思いは持っていない。…勿論、敵対関係の相手には強い思いを持ったりしないのが普通だろうけど。

 

「盲信、か。我からすれば犯罪神様以外を信仰する者の気こそ知れないがな」

「…なら、聞かせて下さい。次元を破滅させようとする存在を、信仰する理由を」

 

そんな思いもあってか、わたしはマジックに訊いた。自分を守ってくれる訳でも、立派な国作りをしている訳でもない犯罪を、何故信仰するのかを。すると、マジックはぴくりと眉を動かし…でも表情は一切変えずに、言った。

 

「…理由などない。ただ犯罪神様が我にとっての全てであり、犯罪神様に尽くす事が我の存在意義である…それだけの話だ」

「それだけって…それこそ、どうして…」

「訊いてどうする。そもそも貴様は、感情を明確に言語化出来ると言うのか?」

「…それは……」

 

落ち着いた声音で話すマジックに、訊いたわたしが言葉に詰まる。……確かに、気持ちをきちんと言葉で表すのは難しい。最初の内は簡単に表現出来るけど、突き止めていくと段々自分でもよく分からなくなってしまうから。わたしだって、どうしてお姉ちゃんに憧れてるかと訊かれれば、格好良いからとか優しいからとか言えるけど、何故格好良かったり優しかったりすると憧れるのかと訊かれると……正直、そう思うからとしか答えられない。答えられても「自分もそうなりたいから」とかであって、そこを追求されたらやっぱりそう思うからに辿り着いてしまう。…だから多分、マジックの言葉もそういうものだって受け止めるしかない。

 

「答えられんか。…まぁ尤も、貴様が犯罪神様に魅力を感じているというなら幾らでも話してやるがな」

「…なら、結構です。わたしは次元を守る女神で…犯罪神の側には、絶対付きませんから」

「そういう事よ。だからわたしの妹を勧誘するのは止めて頂戴」

「そうか。しかし貴様達を滅するのではなく、犯罪神様のシェアで染め上げるのも面白そうだ…」

 

そう言ってマジックは左手を掲げ、口元を歪めながらその手を握る。…わたしもお姉ちゃんも、その言葉には返さない。返すまでも、ない事だから。

 

「…何れにせよ、まずは貴様達を地に這い蹲らせよう。貴様達を信じて戦う、奴らの目の前でな…ッ!」

「……ッ!来るわよネプギア!」

「うんッ!」

 

一旦は静かとなっていたマジックの殺気が再び放たれ、その両腕が振るわれる。振るわれた右腕で持つ大鎌からは斬撃が飛び、左腕からは複数本の鎖が走る。その瞬間わたし達も動き出し、わたしは鎖を光弾で迎撃。お姉ちゃんは前へと飛び、正面から斬撃を叩き斬る。

 

「一度勝てたのだからまた勝てる、なんて甘い事は言わないわ。けど…もう一度戦えば今度は勝てるかも、なんて考えてるなら今すぐ帰る事ねッ!」

「勝てるかも、ではなく勝てると確信しているならどうする?」

「それが間違っていたと、証明するだけですッ!」

 

魔法を放ちながら飛び回るマジックを、二方向から追いかける。常に挟撃の形になるよう、お姉ちゃんと目を合わせながら。

 

「また一段と吠えるようになった……驕ったな、女神候補生」

「あら、今のネプギアが驕ってるように見える?だったら…もっとちゃんと見る事ねッ!」

 

激突し、斬り結び、離れ、また激突する。視線を、意思を、言葉を交わしながら。

マジックはわたしが驕ったと言った。お姉ちゃんは、そう見えるならもっとちゃんと見ろと言った。…それに対して、わたしは肯定も否定も口にはしない。だって、自分自身でも分からないから。驕ってるとは思わないけど、もし自信の延長線上に驕りがあるというのなら、前のわたしより今のわたしは、驕りの感情に近付いている筈だから。

だからこそ、わたしは何も言わずにM.P.B.Lを振るい、引き金を引く。言葉ではなく行動で、結果で示そうと闘志を燃やして。




今回のパロディ解説

・「〜〜無理〜!」
ウマ娘 プリティダービーにおいて、主に抜かれた際に発せられる台詞のパロディ。でもちゃんと回避は出来ています。もしかしたら派手にすっ転んでるかもですが。

・「〜〜驕ったな、女神候補生」
Fateシリーズの登場キャラの一人、ギルガメッシュの台詞の一つのパロディ。シーン的には「思い上がったな」でもよかったですね。意味は似たようなものですし。


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第百三十七話 見えない心の底

箱詰め状態で運搬されて、状況変化と同時に空へと舞い上がって、プラネテューヌから離れて、そこから来た道を急いで戻って。作戦とあれば最前線に出るか、戦況に合わせて指揮を取りつつ動き回るかが基本だったわたし達にとっては、ここまで普段とは違う意味で楽じゃない展開だったから、実を言えば敵を前にした瞬間わたしはほんの少しほっとしていた。ここからは普段通りに戦える、って。

けれどネプギアにも言った通り、ここまでは交戦の為の準備に過ぎない。本当に安堵出来るのは、作戦を完遂して安全も確保してからの話で……四天王と刃を交えている今は、まだ安心なんてしていられない。

 

「背中を気にした方がいいんじゃないかしらッ!」

 

翼を広げ、遮る物の一切ない空を飛び回る。自分の限界を試すようにアクロバット飛行を繰り返すのは面白いものだけど、背後に大鎌を携えた強敵が迫るとなれば面白がってなんかいられない。…勿論、戦闘の中で感じるヒリヒリは嫌いじゃないけど。

 

「あぁ気にしているさ、どう貴様の背中を斬り裂いてやろうかとな……ッ!」

「あら、もしかしてさっきの一撃を気にしてるの?」

「……抜かせ…!」

 

肌で感じた危険に従い左へとロールをかけた次の瞬間、わたしの横を斬撃が駆け抜けていく。珍しく挑発に乗ってきたのか、それとも最初から今のタイミングで放つつもりだったのか。…何れにせよ、一つでも判断をミスれば致命傷になり兼ねない。でもそれは……マジックも同じ。

斬撃が通り過ぎた直後、それを追うように光弾が何発も同じ場所を走る。二種類の直進する攻撃がほぼ同じ軌道を通ったという事はつまり、それ等はほぼ同軸上から放たれたという事。

 

「ちッ……」

 

その射撃が視界に入るのと時を同じくして、マジックからのプレッシャーが乱れる。けれどそれもその筈。だってわたしがマジックに追われているように、マジックもネプギアに追われているんだから。

片方が囮となって背後を取らせ、もう一人が味方を追う敵の背後を取る。そんな旧軍の戦闘機やうちのMGで行われる戦法を、現在わたし達は仕掛けていた。

 

(焦りは禁物よ、わたし。わたしがマジックを引き付けている限りは、ネプギアが一方的に仕掛けられるんだから)

 

そう自分に言い聞かせながら、わたしは付かず離れずの飛行を続ける。

わたしもマジックも推力で無理矢理飛んでる訳じゃないから、マジックには振り向いてネプギアに狙いを変えるって選択肢もあるし、一度離れて立て直す選択肢もある。けど、同時に今安易に振り返ればその瞬間速度の乗ったネプギアに肉薄されるし、わたしもその場で方向転換出来るんだから、振り向いたり離れようとすれば即座にネプギアと挟撃をかけるだけの事。……出来る事が多くても、それを選べるかどうかは別の話なのよね。

 

(…とはいえ、このままじゃ自分が抜きん出て消耗してしまう…なんて事はマジックだって分かってる筈。なら、そろそろ……)

 

自分が不利な戦況に、いつまでも黙って付き合う人なんかいない。そう考えたわたしの思考を示すように、数秒後突如感じていた視線が消える。

 

「……っ!これは…!」

「お姉ちゃん!ループ!」

「そういう事ね…ッ!」

 

視線が消えた後すぐに聞こえてきた声で、わたしはマジックが宙返りを行った事を理解。ならばとわたしはインメルマンターンをかけて極力速度を維持したまま反転すると、そこには背後を取ろうとするマジックと、取られまいと振り返りつつ引き撃ちを始めるネプギアの姿。

列を作るように飛んでいた事もあって、引き撃ちを行うネプギアは自然とこちらにやってくる。ネプギアとマジックの位置を確認したわたしは…すれ違うように、ネプギアの前へ。

 

「つれないわね、もう少し付き合ってくれないかしらッ!」

「はっ、逃げ回っていただけの奴がそれを言うか…ッ!」

 

ネプギアの撃ち込んだ光弾の後を追うように二人の間へ割って入り、回避を始めるマジックの先へ刃を走らせる。光弾を右に避けた先で大太刀の強襲を受けたマジックは、寸前のところで大鎌の柄を立てて防御。次の瞬間振り出された左脚の蹴りを、次はわたしが右脚を立てて防御。

 

「お姉ちゃん、耐えてッ!」

「そのつもりよッ!」

 

後ろからわたしを飛び越える形でマジックの後ろに回ったネプギアが、腰の捻りを加えた横薙ぎを放つ。となれば当然マジックはそちらの対応に当たろうとするけど、そこでわたしは足の甲と脛で左脚を挟み込み、大太刀による左からの圧力も強めて自由を奪う。それで奪える自由なんて、せいぜい一瞬だけど…その一瞬で、ネプギアのM.P.B.Lはマジックに届く。

 

「やぁぁぁぁッ!」

「小賢しい……ッ!」

 

阻まれた一瞬で迫られたマジックは反転を諦め、障壁を展開。文字通りの壁となった障壁が斬撃を阻み、M.P.B.Lを身体を押し留める。

今の一瞬で判断し、行動に移し、尚且つわたしの攻撃も変わらず受け止め続ける。その動きは流石四天王と言ったところで、ネプギアと連携しても一筋縄ではいかない相手。……そう、一筋縄『では』いかない相手。

 

「残念だけど、本命はこれよッ!」

 

障壁で防ぐ為意識をネプギアに向けた隙を突いて、わたしは右手を大太刀から離しそのまま手刀。一見本命らしき攻撃を陽動に使う事で、意識の逸れた相手へ本命をぶつける。その意図に沿って突き出した右手は、鋭さを持ってマジックの喉元へと伸び……手首を、掴まれた。

 

「おっと……勝ちを焦ったな、パープルハート」

 

わたしの右手首を掴んだのは、大鎌から離れたマジックの左手。わたしが右手を攻撃に移した瞬間、大鎌からの圧力が弱まった瞬間、マジックもまた左手を離して防御に回していた。

いや、それだけじゃない。手首を掴まれてから一秒と経たずに、プロセッサに包まれた手首に異常な熱さが伝わってくる。そして、それは言うまでもなく……マジックの魔法。

 

(…ほんとに、マジックには動揺がないわね。もしそれが犯罪神への信仰心によるものだとしたら、マジックの精神は間違いなく脅威。…でも……)

 

貰った、とばかりに口元を歪ませるマジック。確かに耐えて、凌いで遂に一撃与えられるとなれば笑みを浮かべたくなるのも無理はない。積み重ねた成果が出そうになれば、口元が緩んでしまうのは無理もない。だからこそ……わたしもまた、笑みを浮かべた。

 

「──勝ちを焦ったわね、マジック」

「な……ッ!?」

 

顔に向けて開いた右手。その手の平に輝く、シェアの光。わたしの言葉の意味を理解したマジックは首を横に傾けるも……もう遅い。

光は刃へと形を変え、小さなエクスブレイドとなってマジックの頬を斬る。それは背中の傷以上に戦闘には影響しない傷だけど…表面張力の如くギリギリのところでわたし達の攻撃を防いでいたマジックにとって、その衝撃は致命傷。それを示すようにネプギアを押し留めていた障壁が割れ……マジックの背に、二つ目の傷が刻まれた。

 

「悪いわね、手刀が本命だなんて嘘を吐いて」

 

弾かれたように下降していくマジックを見やりながら、握られていた手を軽く振るう。本命と見せかけた陽動…と見せかけた本命。わたしがやったのはただそれだけの事。駆け引きに勝ったというだけの話。…一筋縄ではいかないなら、何本でも縄を用意すればいいってね。

 

「…お姉ちゃん、手首は大丈夫?」

「問題ないわ、ダメージならマジックの方が負っただろうし」

 

…とはいえ、わたしだって無傷じゃない。手首のプロセッサは張り直さなきゃいけないし、軽度だけど火傷もしてる。大太刀を振るう上での軸は右手な以上、もしもっと手首をやられていたら……かなり不味かったと思う。

 

「…次はどうする?もう積み重ねるだけの連携じゃあまり通用しないと思うけど…」

「そう、ね……」

 

連携はわたし達だけが出来るアドバンテージ。ましてやわたしとネプギアでなら、今やった以上の連携だって不可能じゃない。けどマジックももう十分わたし達の連携に感覚が慣れている筈で、完璧に対応されるとまでは言わずとも、連携頼りでいくのは軽率というもの。それに……

 

「…やってくれたな……」

 

距離を取ったマジックは、頬から下へと伝う血を手の甲で拭う。不快そうな、けれど瞳に冷静さを失っていない顔で。

 

(…何かしら、マジックのこの余裕は…まさか犯罪神に習ってマジックも第二形態になったりするんじゃないでしょうね……)

 

揺るがない信仰心が自信に繋がっているのだろうとしても、この余裕には違和感を覚える。むしろ信仰対象からの命なら、何としても達成しなきゃ…という焦りを感じたっていい筈なのに、マジックからは全く感じられない。実はこのマジックはロボットだったというならともかく……いや、これまで感じていた殺気をロボットが発する訳ないわね。

 

「勝てば良し、負けても役目を終えた役者は退場するのみ…ってスタンスってだけなら、精神的には楽だけど……」

「……お姉ちゃん?」

「独り言よ。それよりネプギア、優勢が崩れないようじっくりと…なんてのは、あまり良くない気がするわ」

「うん、わたしもそう思う。…一気に勝負を決める?」

 

こちらの出方を伺っているのか、或いは多段連携で動きを制限された先程の二の舞にならないようカウンターを狙っているのか、即座に踏み込んでくる気配はない。そしてそれを利用し会話を交わす中で、ネプギアが提案を口にする。

ネプギアの提案は一理ある。仮に隠し球があったとしてもそれを使う前に倒してしまえば問題ないし、全体の状況的にも早めに決着を付けられるなら、それに越した事はない。でも……もしマジックの余裕が、わたしの想像しているものとは違っていたとしたら?

 

「…その前に、一度探りを入れてみたいわ。付き合ってくれる?」

「勿論。お姉ちゃんが気になるなら、何度でも」

「ありがと。じゃあ…いくわよッ!」

 

頼もしい返答をネプギアから貰ったわたしは、構え直して突撃を開始。飛んできた魔法をきりもみ回転で避けつつ距離を詰め、その勢いのまま刺突をかける。

 

「貴女、前より多少は強くなったようだけど…こんなものなら、大した事はないわねッ!特撮の再生怪人にでもなったつもり?」

「大した事ないのなら、今すぐに倒してみたらどうだ。出来るのだろう?」

 

突き出された大太刀に対し、マジックは擦り上げ技の様な動きで無効化しつつ反撃に転じてくる。それをわたしは得物を離し、大鎌の刃を白刃取りする事によって受け止めた。

 

「…当たり前だけど、刃の幅が広いと止め易いわね…!」

「それが、どうした…ッ!」

 

止めたわたしはこのまま柄を掴んで奪取を…と思ったのも束の間、マジックもまた大鎌を離して鋭い爪で引き裂きにかかってくる。その攻撃をわたしは後退して避け、同時に掴んだままの大鎌を投棄。

下がるわたしと、追うマジック。向きの関係で距離を開けるのは困難だけど…そこに上空からの射撃が降り注ぐ。

 

「ナイスアシストよ、ネプギアッ!」

 

マジックが光弾に進路を阻まれ止まった瞬間わたしは前方に加速し、射撃が止むと同時に回し蹴りを叩き込む。その攻撃自体は腕で防がれるも、そのまま脚を振り抜き横へと飛ばす。そして飛ばした先にあるのは……ネプギアからの、強力な光芒。

 

「その程度で、我を倒そうなど…ッ!」

「逃がしません……ッ!」

 

光芒に突っ込む寸前となったマジックはわたし達に似た翼を広げて勢いを殺し、激突を回避。一方ネプギアもそれは見越していたようで、照射を続けて光芒をマジックへと近付けていく。

ビームの柱の圧力は、通常の射撃の比ではない。だからマジックが離れようとするのは分かっていたし、エクスブレイドで挟撃をかけようとわたしは待機していた。けど、マジックが回避先に選んだのは……わたしの方。

 

「こう近付けば、貴様を巻き込みかねない射撃は無理だな…ッ!」

「ぐっ……その思い切りの良さは、評価して…あげるわッ!」

 

離れる暇もなく超至近距離にまで詰められ、そのままショルダータックルを受けてしまうわたし。そこからマジックはわたしから離れず、ならばとわたしも拳を握り締めて肉弾戦に移行。同時に今のわたしの意思を視線に乗せ、僅かな時間で上を向いて上空のネプギアへと送る。確かにこの距離じゃネプギアからの支援射撃は受けられないけど……これならこれで、目的を進めるだけよ…ッ!

 

「さっき、貴女ネプギアの射撃をその程度でって言ってたけど…貴女こそこの程度で勝つつもりだったのかしら…ッ!」

「詰まらん挑発は止めろ、パープルハート…!」

 

捻りを入れた右腕を突き出し、返しの手刀を前腕で逸らし、そこから左腕で放った肘打ちを交差した両腕で止められ、一瞬だけ離れて互いに蹴撃。距離を詰めたままの打撃戦は、身体能力が幅を効かせる戦いで……強化されてる分、マジックの攻撃はわたしの腕や脚に響いていく。

 

「挑発じゃなくて事実を述べているだけよ。…あぁそれとも、貴女はタイミングでも伺ってるのかしら?これなら勝てるって油断して勝負を決めようとしたわたし達に、奥の手をぶつけるタイミングでも…ッ!」

 

打撃と打撃をぶつけ合う中で、わたしは気を見計らって余裕の根拠へと踏み込んだ。この言葉を受けて、マジックはどんな反応をするか。どんな表情をし、どんな言葉を返してくるか。…投げかけた言葉のボールの跳ね返り方で、真意を見極めるのがわたしの目的。だからこそ表情がよく見えて、且つ落ち着いて考える余裕の出来ない肉弾戦は多少キツくても都合のいい展開で、わたしは目論見通り投げかける事に成功した。そして……

 

「……さぁ、どうだろうな。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。さて…答えが分からぬのなら、貴様はどうする」

(……ッ!これは……)

 

それまでと変わらない、マジックの冷めた声音の返答。でも…ほんの一瞬、返答の前に沈黙があった。まるで動揺を感じさせない声音だけど、肉弾戦の最中としては若干落ち着き過ぎていた。その沈黙と、緊迫感からつい出てしまう語尾の強調がなかった事から……わたしは、確信する。

 

「どう?…愚問ね、どうであろうと…貴女を倒す事には変わりないわッ!」

「何……ッ!?」

 

クロスチョップに見せかけて両の二の腕を掴んだわたしは、痛み分け覚悟で思い切り頭突き。流石のマジックもこれは予想外だったようで諸に直撃し、でもわたしもわたしで視界が歪み、掴んだ二の腕を無意識に離してしまう程の鋭い痛みが頭に走る。

やはり互いにダメージを負う形となり、マジックは衝撃で、わたしは反動で意思とは関係なしに後退する。そこからの立て直しもほぼ同時(若干攻撃側だったわたしの方が早かったけど、距離が開いていたから意味は無し)だったけど…そこで再び光弾がマジックへと襲いかかった。

 

(ほんとに、状況に合わせた動きが上手くなったわね…!)

 

額から流れる血を左手の親指で軽く拭い、ネプギアが邪魔をしている内に大太刀の回収をと下降するわたし。同じくマジックも避けながら回収に動くものの、当然回収はわたしの方がずっと早い。

 

「ここで攻めてもいい、けど……っと」

 

超低空飛行から大太刀を拾い、そこから上昇。ここまでの攻防で自分でも気付いていない怪我や負荷が身体にないか確認しつつ、わたしが向かったのはネプギアの隣。

 

「お待たせ、ネプギア」

「探りはもういいの?」

「大丈夫よ。…余裕の根拠かどうかは微妙だけど……多分、マジックには切り札があるわ」

 

射撃を続けるネプギアに、あのやり取りの中で感じた回答を口にする。勿論わたしは心を読む超能力がある訳じゃないし、直感と経験で導き出した答えだから、絶対とは言えないけど……戦いっていうのは、そういうもの。極力絶対に近付けるべきではあるけど、絶対じゃなきゃ駄目なんて言っていたら勝てはしない。

 

「だったら、やっぱり……」

「えぇ、勝負をかけるわ。切り札を切る前に倒せれば勿論いいし、そうじゃなくても……」

「いつ来るか分からない切り札を気にして攻め手で二の足を踏むより、こっちから引き出した上で打ち勝つ方が安全だ…でしょ?」

「よく分かってるじゃない。でも、もう一つ理由があるわ」

「もう一つ?」

 

言葉を交わす中で遂にマジックは大鎌を回収し、ネプギアの射撃を斬り払ってこちらへと向かってくる。そんな中、わたしは右手で持つ大太刀をマジックに向けつつ、左手の人差し指を立てて……言った。

 

「受け身でビクビクしながら戦うより、堂々と正面から悪を討つ。…そっちの方が、ずっと女神らしいって事よ!」

「お姉ちゃん……うんっ!」

 

姉妹で微笑み合って、それから二人同時に行動開始。肉薄の次の瞬間にはネプギアが大鎌を受け止め、差し込むようにわたしは刺突。避けたマジックへ、ネプギアは蹴りで追撃。その間にわたしは背後に回り、その動きの流れで横薙ぎを仕掛ける。

 

「ふん、作戦会議は済んだのか?」

「おかげさまでね。少しならわたし達も待ってあげるから、貴女も犯罪神に懺悔したらどうかしら?また負ける事になってすみません、ってッ!」

「あぁ、伝えておこう。傲慢な女神の、愚かな語録としてな…ッ!」

 

裏拳の容量でマジックは振り向きざまに拳をわたしの両手にぶつけ、それによって斬撃を止める。けれど片手で止め続ける事は無理だと分かっているのか、一瞬止めた時点で身を翻し横へと回避。対してわたし達は、離れるのは許さないとばかりにその後を追い、二人で矢継ぎ早に攻撃していく。

これまでより攻撃に重点を置いた、わたし達の連携。その攻撃でわたし達は、隠す事なくマジックへと伝える。このまま勝負を付けてやると。

 

「プラネテューヌを潰させたりはしません!貴女にも、犯罪神にもッ!」

「それは願望か?それともそう言わねば士気を保てないのか?」

「いいえ、宣言ですよ。女神は卑怯な手なんか使わず、正々堂々と正しさを貫くっていう、宣言ですッ!」

「……ち…ッ!」

 

攻撃に言葉を乗せて、ネプギアが攻め立てる。マジックは最初の言葉にこそ嘲笑うような台詞で返したけど、次の言葉を聞いた瞬間顔を不愉快そうに歪ませ、舌打ちを漏らす。

それは、最初はマジックにとって自分が手を下すまでもなかったネプギアが、気の弱そうに見えたネプギアが、自分に対してここまで強く言い切ってきた事に不快さを感じたからかもしれない。ネプギアの言葉が、遠回しに犯罪神を愚弄していたからかもしれない。でも、どちらにせよ…このタイミングでマジックを不機嫌にさせたのは、作戦的にはベストな行動。もし狙ってやったなら褒めてあげたいし、狙わずしての結果ならそれはそれで凄い事。

 

(…まぁ、ネプギアには言葉による心理戦なんてやってほしくないけど……これは姉のエゴってものよね…!)

 

わたしだって言葉で相手を揺さぶる事はあるし、立派な戦術の一つなんだから、それをわたしが止める権利なんてない。それより今は勝つ事、プラネテューヌを守る事が大事。そしてその為に……このまま一気に追い詰める…!

息を合わせ、動きを合わせ、絶えぬ連携を叩き込む。言葉を交わす事も、動きの確認をする事もない。だって時々目を合わせて、後はお互い相手の動きを予想すれば……それでわたしとネプギアの連携は成り立つんだから。

 

「覚悟なさいマジック。このままわたしが…わたしとネプギアが、もう一度犯罪神の下へと送り返してあげるわッ!」

 

そしてわたし達は、更に連携を深めていく。ラストスパートをかけるように、速く、鋭く、正確に。もし作戦が失敗すれば、わたし達はかなり消費した状態で次のチャンスを探さなくちゃいけなくなるけど……成功させてしまえば、問題ない。

わたし達は、全力を発揮して追い詰めていく。故に、この戦いの決着は……もう、近い。




今回のパロディ解説

・「〜〜役目を終えた役者は退場するのみ〜〜」
カードファイト!! ヴァンガードGZの登場キャラの一人、邪神司教ガスティール(日野アルテ)の台詞の一つのパロディ。負の神への狂信という意味で、マジックは似てますね。

・再生怪人
特撮及びアニメや漫画等で登場する、文字通り再生した怪人の事。再生怪人は弱い事が多い…という事を皮肉った訳ですね。勿論それ以上の意味はありません。

・「こう近付け〜〜無理だな…ッ!」
機動戦士ガンダムの主人公、アムロ・レイの台詞の一つのパロディ。もし相手にしているのがネプ姉妹ではなく、ハマーンだったら…まぁ、撃たれますよね。


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第百三十八話 決着は付けども

切り札を使う前に、或いは使われても突破出来るように、こちらから勝負を決めにかかる。失敗すれば切り札を正面から受けてしまうような策を取るのは、それが女神の戦いだから。…お姉ちゃんは、そう言った。

本当にお姉ちゃんは格好良い。それを何の躊躇いなく言える事が、格好良くてしょうがない。……そんなお姉ちゃんが、今…わたしを仲間として信頼してくれてる。わたしの腕を、実力を信頼して、隣を任せてくれている。それだけでわたしは、幾らでも勇気が湧いてくる。

でも…わたしの戦う理由は、それだけじゃない。わたしだって女神で、大切な人達を、自分の国民を守りたいって気持ちが、わたしに力をくれている。だから、わたしは……お姉ちゃんの妹としての気持ちを胸に、女神パープルシスターの務めを…果たす。

 

「正面から、貫く…ッ!」

 

お姉ちゃんの剣撃を凌いだマジックへ向けて、一直線に突進をかける。大鎌を振り抜いた後のマジックは左手を掲げ、障壁で防御。でも防御される事が分かっていたわたしはM.P.B.Lの引き金に指をかけて、障壁に向かって光弾を発砲。刺突をかければ砲口が同軸になって容易に追撃をかけられるのが、銃剣の利点の一つ。

 

「その程度で破ろうなどと…ッ!」

「いいえ、貫けます…いや、貫きますッ!」

 

引き金は引いたまま、翼を広げて力を込める。確かにマジックの障壁は一瞬で展開したとは思えない強度。でも、それはあくまで一瞬にしてはというだけの話。一点に刺突と射撃を集中すれば、突破出来ない道理は……ないッ!

 

「何だと…!?……だが…!」

 

亀裂が入った次の瞬間、刺突した部位を起点に砕ける障壁。けれどその時にはもう大鎌が間に合っていて、逸らされた刺突は明後日の方向に。でも…そこで飛び込んできたのは、わたしが仕掛けている間に助走をつけていたお姉ちゃん。

 

「挟み込むわよッ!」

「うんッ!」

 

飛び込んだお姉ちゃんはそのまま袈裟懸けを、わたしは身体を回して横薙ぎをそれぞれマジックに向けて放ち、正面と斜め後方から刃で挟み込む。変な方向に逸らされなかった事もあって、挟撃のタイミングはバッチリだったけど……上昇をかけたマジックによって、間一髪避けられてしまった。

 

「これ、他の四天王だったら多分当たってたわね…」

「かもね、でもその場合別のところで『マジックだったら…』って思う事があるんじゃないか、なッ!」

 

当然戦闘中にゆっくり話してる余裕なんてなくて、上から撃ち込まれた魔弾を散開する事で避けるわたし達。それを放ったマジックの目は…まだ微塵も死んではいない。

 

「…舐められたものだな、このまま我を倒そうとするなど……ッ!」

「舐めてはいません、わたし達は最初から本気です…ッ!」

 

降下の勢いを乗せて振るわれた大鎌を、刀身の腹で防御。お姉ちゃんには目もくれず接近してきたマジックの勢いを、一瞬わたしは受け止めようとしたけど……かなり高度があるんだからと、無理せず落下でエネルギーを逃がす事を選択。対するマジックはわたしを吹き飛ばした次の瞬間には、次の斬撃を仕掛けてくる。

 

「本気であろうと手を抜いていようと、結果は実力次第だ。その実力がなかった故に、貴様はあの時何も出来なかった。姉を見捨てるしかなかった。…そうだろう?パープルシスター」

「……そうです。それは、何も否定出来ません」

 

再び振るわれた大鎌を、同じように刀身で防ぐ。そこでまた衝撃が身体に走るけど、今度はそのまま突進に移行。押されたわたしは一気に落ちていく。

その中でマジックが口にしたのは、わたしの後悔を突く言葉。わたしの…わたし達女神候補生が犯した最大の失態で、もし四天王がお姉ちゃん達にトドメを刺していたら……そう考えるだけで、心が苦しくなっていく。だからマジックがわたしの精神を乱れさせようとしてこれを言ったのなら、選択としては間違っていない。…でも……

 

「ならば同じ事がない、などとは言えんな。確かに貴様は強くなったが…再び姉を見捨てなければならなくなった時、貴様はどうする。貴様等の言う繋がりが断たれても尚、戦えるのか?」

「…愚問ですね」

「何……?」

「わたしはもうお姉ちゃんを見捨てる事なんてしませんし、お姉ちゃんとの繋がりはそんな簡単には消えたりしない、って事ですッ!貴女こそ、わたしを…女神を、舐めないで下さいッ!」

「んな……ッ!?」

 

啖呵を切ると同時に一気にシェアエナジーをM.P.B.Lへと流し込み、わざと一切の反動軽減をせずにビームを照射。反動でM.P.B.Lはビームを走らせながら暴れ回り、その力でわたしとマジックとの間にほんの一瞬隙間が生まれる。当然すぐにマジックは距離を詰め直そうとするけど…それよりも早くわたしはマジックへと足を引っ掛け、踏み込むようにして引き剥がした。

押されたマジックだけじゃなく、落下で脚が頭より上になっていたわたしもその攻撃でその場から移動。そして次の瞬間、上空から巨大な剣が落とされる。

 

「ぐ……ぉぉぉぉおおおおッ!!」

 

既に地表すれすれだったわたしは、M.P.B.Lを地面に突き立てて減速しつつ無理矢理着地。そのわたしの目の前で大剣が飛来し、マジックは唸りを上げながら大鎌の刃を叩き付ける。

お姉ちゃんが普段を大きく超えるサイズのエクスブレイドを精製していた事は、落下の最中に見えていた。だからわたしは強引にでもマジックから離れて、わたしという最大の障害を離脱させた。…お姉ちゃんと、目で合図を交わして。

 

「…わたしはもう、過去を引きずってなんかいません。振り返る事はあっても、心が見ているのは……未来ですから」

 

勢いが無くなったところで身体を起こし、M.P.B.Lを地面から引き抜く。大鎌と激突したエクスブレイドが全方位に閃光を放ちながら消滅し、激しい光でマジックの姿が見えなくなる。…そんな中で、わたしは呟いた。小さな声で…でも、はっきりと。

 

「……やってくれたな…女神…」

 

滑るようにわたしの隣へ着地したお姉ちゃんと頷き合って、それからまた視線をマジックの方へ。振り向くとシェアの光も弱くなっていて……その光の中にシルエットが見えた瞬間、忌々しげな声がわたし達の耳へと届いた。

 

「へぇ……耐えたのね、やるじゃない」

「ふん…不意を突かねば当たらぬ刃など、端から我にとって脅威ではない……だが、不愉快だ…」

「…不愉快?」

「我等が力に、犯罪神様の威光に恐れ、逃げ出す事しか出来なかった女神候補生如きが、我を前にして舐めるなだと…?不完全とはいえ犯罪神様の御身を目にし、完全なる覚醒を果たそうとしているのを知っていながら、我を前に一歩も退かないだと…?…あぁ、ああ、嗚呼…不愉快だ、不愉快だ不愉快だ不愉快だ…ッ!!」

((……っ!来た……ッ!))

 

光が完全に止んだ時、見えたのは怒りに満ちたマジックの形相。その顔に、おどろおどろしい声に、わたしだけじゃなくお姉ちゃんすら一瞬背筋に震えが走る。でも…この時わたし達が感じたのは、武者震いでもあった。だってその反応は、わたし達が引き出そうとしていたものでもあったから。

 

「いいだろう、貴様等がそれ程までに愚かならば…守護女神だけでなく、女神候補生すら犯罪神様の偉大さを理解出来ぬというのなら……その身に直接刻み込んでやろう。この犯罪神様より与えられた身体の、全身全霊をもって……ッ!」

 

背後へと引かれた大鎌に集まる、わたし達とは対極のシェア。大鎌の刃は闇色に染まっていき、染み出すようにマジックの周囲にも負のシェアが漂い始める。…これからマジックが放とうとしている一撃が最大最高のものである事は、言葉無しでも一目瞭然。

 

(これを乗り越えてこそ女神…!…でも、まずは……ッ!)

 

わたし達はどちらからともなく後方へと大きく跳び、全身に力を、シェアエナジーを満たしていく。堂々と正面から…とお姉ちゃんは言ったけど、何の備えもなくただ突っ込むのはただの自殺行為。そんなのは勇気でも何でもない。

 

「ネプギア、避けたい?それとも防御したい?」

「あれを防御するのはちょっと…いやかなりキツいかな」

「同感ね。…放つと同時に動くわよ」

 

お互いマジックに目を向けたまま、お姉ちゃんと言葉を交わす。具体的にどう動くかの相談はしない。感じるシェアエナジーの量から強さは分かってもどんな攻撃をしてくるかは分からないし…今は特に、お姉ちゃんの動きが分かるような気がするから。

 

(恐れる事なんてない。わたしなら出来る、お姉ちゃんとなら出来る。やれそうな気がする時は…やれるっ!)

 

見得を切るようにM.P.B.Lを振って、地面を踏み締める。神経を研ぎ澄まし、全ての意識を戦いに集中し、限界まで身体に力を充填する。そして……

 

「全てを無に帰す力の前に、灰塵と化せッ!神滅の黙示録ッ!!」

 

──犯罪神の忠臣マジックから、破滅の斬撃が放たれた。闇色に染まった大鎌の斬り裂いた空間が塗り潰され……そこから無数の負のシェアの刃が吐き出される。

 

「いくわよッ!」

「うんッ!」

 

瞬きの合間に膨大な数の闇色の刃が生み出され、視界を埋め尽くしていく。けれど、マジックが大鎌を振り抜いた時点で、わたし達は動き出していた。

地を蹴り、翼を広げ、迷う事なく最大加速。指先や翼の先端に至るまで研ぎ澄ました神経をフル稼働させて、弾雨の様な斬撃を避けつつ進む。掠める程度の物は無視して、一切の無駄のない軌道でマジックへと攻め込んで行く。……それが、女神の正面突破。小細工なんかせず、やり過ごすなんて選択もせず、純粋な力で乗り越える。脅威は感じても、不安はない。今のわたしはただ、思考と直感で弾き出した突破口を進むだけ。

 

(いける、このまま……勝てるッ!)

 

接近につれて濃密となる斬撃の中でも、わたしは勝利を感じていた。突破した先の光景が、目に浮かんでいた。でも、後一瞬で嵐を超えるとなった時……見えていた光景が、揺らぐ。

にやりと笑ったマジック。次の瞬間塗り潰された空間が鼓動する様に輝き、その場に残る負のシェア全てを流し込んだような斬撃が放出された。その斬撃の軌道の先には…わたしも、お姉ちゃんもいる。

 

(……ッ!不味い…ッ!)

 

突破と同時に全力を叩き込もうと近付いていたわたしとお姉ちゃんへと迫る刃は、他の刃を大きく超える速度とサイズ。もう今の時点で完全回避は間に合わない。出来るのは致命傷を避けるべく身体をズラす事位で、それにしたって突破後の攻撃はほぼ不可能。……後一歩のところで、わたし達は読み違えた。まだ勝つ望みは消えていないけど…今この瞬間は、完全にマジックが一枚上手だった。

わたしは動く。読み違えたとしても、相手が上手だったとしても、負ける訳にはいかないから。素直に斬り裂かれるつもりなんて、微塵もないから。そしてそれはお姉ちゃんも同じで、わたし達は少しでも傷を浅くするべく身体を……

 

「──ネプギアッ!」

「……──ッ!」

 

……その瞬間響いた、お姉ちゃんの声。視界の端に見える、お姉ちゃんの瞳。その瞳には、籠っていた。諦めないという意思が。負けないという意地が。何よりわたしに向けられた、信頼とメッセージが。

それを見た時、わたしの身体はもう動いていた。身体を力の限りで捻って、お姉ちゃんと向き合う軌道に身体を乗せる。思考より早く心が身体を動かしていて、わたしとお姉ちゃんは正対する。そして腰の浮遊ユニットに斬撃が食い込む中、わたしはお姉ちゃんを、お姉ちゃんはわたしを……全力で蹴りつける。

 

「何……ッ!?」

 

振り出されたお姉ちゃんの蹴りが脇腹に叩き込まれる。振り出したわたしの蹴りがお姉ちゃんの脇腹に突き刺さる。お互いの放った蹴りは衝撃を生み出し、その衝撃は相手を押す力となって……わたし達を、吹き飛ばした。息の詰まる程の痛みと引き換えに…避け切れない筈だった斬撃の、軌道の外へと。

これは考えていなかった事。わたしには思い付かなかった事。わたしですら「こんな手があったんだ…」と驚いているんだからマジックが想定出来る訳もなくて、マジックは驚愕に目を見開いている。…そのチャンスを、逃すようなわたし達じゃない。

歯を食い縛って痛みに耐え、仰け反っていた身体を強引に起こす。思い描いていた流れからは少し離れてしまったけど、まだ今なら届く。再び浮かんだ勝利の光景に、手を伸ばせば確かに届く。だったら絶対逃したくない。掴み取りたい。だからわたしは力を掻き集めて……飛ぶ。

 

「貴女が犯罪神の為に破滅を推し進めるのならッ!」

「わたし達は、人と世界の為にそれを打ち砕きますッ!」

 

鋭角を描くように一度離れていたマジックへと再び肉薄し、素早く斬り付けるわたし。わたしが駆け抜けた次の瞬間にはお姉ちゃんも一太刀浴びせ、そこからターンをかけたわたし達の連撃が始まる。

わたし、お姉ちゃん、わたし、お姉ちゃん、わたし、お姉ちゃん……一瞬足りとも合間を作らず、何度も何度も斬撃を放っては離れ、離れてはまた攻撃を仕掛ける。それはほんの僅かでも速度を、判断を間違えば良くてお姉ちゃんと衝突、悪いと最悪斬ってしまう危険な連携機動だけど…わたしには、そうならない自信がある。確信がある。だって、わたしとお姉ちゃんだから。

 

「ぐッ……これを、凌げば…まだ……ッ!」

 

初撃を受けた時点でマジックは我に返り、次々と迫る刃に鬼気迫る表情で抵抗する。先程のわたし達と同じように浅く済む攻撃は全部無視して、致命傷だけは確実に防いでいる。

マジックが強いのは、間違いない。色々言ったわたしだけど、一対一だったら今の時点で重傷を負っていてもおかしくなかったと思う。…そう本気で思うから、手は抜かない。全身全霊で、全力全開で……マジックに、勝つ…ッ!

 

「……っ!いくよお姉ちゃんッ!」

「えぇ、やるわよネプギアッ!」

 

初めは完全に防がれ切っていた攻撃が、次第に防御を押していく。段々とマジックの防御は遅れがちになって、大鎌で受ける度に姿勢が崩れていく。そしてわたしの斬り上げがマジックの防御を完全に弾いて後方へと飛ばした瞬間……わたしは叫んだ。吹き飛ぶマジックよりもわたしから見て後方にいる、お姉ちゃんへ向けて。

横にしたM.P.B.Lの銃口をマジックに向け、地を蹴ってマジックへと突進。お姉ちゃんも大太刀の斬っ先をマジックへ向け、脇構えに近い構え方をして真っ直ぐに突進。猛スピードで駆け抜けマジックとすれ違う瞬間、わたしは射撃を、お姉ちゃんは斬撃を叩き込む。そしてわたし達はすれ違うと同時にそれぞれ左脚を軸にしたターンをかけ……残った力全てを込めるように、得物を振り上げる。

 

「勝つのは、わたし達よッ!ヴィオレット……」

「──シュバスターッ!」

 

全力を懸けて、思いを懸けて、前後から放つ二つの袈裟懸け。振り抜いた二振りの刃が描くのは、紫の斜め十字。シェアの軌跡が輝く中、斬り裂かれたマジックは痙攣し……硬直する。

渾身の力で振り切ったわたし達もまた、その体勢で静かに止まる。それまでの刃と刃がぶつかる甲高い音、地を蹴り空を駆ける音が嘘であったような、静かな時間。それが五秒、十秒と過ぎて、わたし達の身体にかかっていた勢いが完全に消えた時、背後の翼が基部から砕け、マジックは膝を突き……力尽きるように、倒れた。

 

 

 

 

ゆっくりとマジックから離れる、わたしとお姉ちゃん。M.P.B.Lを持つ手には、確かに手構えがあった。倒したという、感覚があった。それがあったからわたし達は離れ、顔を見合わせて……その表情を曇らせた。

 

「もう、幾ら何でも強く蹴り過ぎよ…」

「それはこっちの台詞だよ…うぅ、まだ痛い……」

 

互いに軽く口を尖らせて、わたし達は脇腹を押さえる。攻撃の回避もそこからの決着もあの蹴り合いがあってこそのものだし、半端な蹴りじゃ避け切れなかったんだから、多少の痛みは仕方ないけど……それにしたって、お姉ちゃんの本気の蹴りを受けたら堪ったものじゃない。多分これ、痣出来ちゃうよね…。

 

「…でも、やっぱりお姉ちゃんは凄いや。あの状況でこんな機転が利くなんて」

「ふふっ、そうでしょう?…と言いたいところだけど、あれを思い付いたのはネプギアのおかげよ」

「え……わたしの?」

「えぇ。わたしのエクスブレイドの攻撃範囲から出る為に、ネプギアは一工夫したでしょ?あれがヒントになったのよ」

 

そう言ってお姉ちゃんは、わたしに笑みを見せてくれる。お姉ちゃんが一から一瞬で思い付いたんだと思っていたわたしにとってそれは寝耳に水の言葉で、しかもわたしのおかげだと言ってくれた。…お姉ちゃんが、はっきりとわたしを頼ってくれた。憧れのお姉ちゃんが、わたしを……『居て良かった』と思ってくれた…っ!

 

「…えへ、えへへ…えへへへへ……」

「え……ね、ネプギア?急に笑い出してどうしたの…?…まさか、わたしの知らぬ間に頭に怪我を…?」

「あ……う、ううん何でもないよ。それより皆さんの方へ……って、あっちももうほぼ終わってる…」

「流石皆とわたし達の国の軍ね。じゃあ状況確認して、問題無ければプラネタワーに戻るわよ。わたしもネプギアも傷の手当てしなきゃいけないし……」

 

緩んでいた頬を引き締め直したわたしが振り向くと、ここでのもう一つの戦い…皆さんとモンスターの戦いもまた、勝敗が決していた。まだ殲滅はされてないけど、どう見てもそれは時間の問題。

相手が四天王だった事もあって、わたし達は重傷こそなくても軽傷は結構負っている。となればまずやるべきなのはプラネテューヌで他に戦闘が起きてないか確認する事で、起きてないなら最終決戦に備えた休息が必要。他の国の事も気にはなるけど、きっと他国やユニちゃん達も大丈夫だって信じて、わたし達はコンパさん達と合流……

 

「……そう、か…やはり、犯罪神様は…自らの手で、全てに破滅をもたらすという…事、か……」

『──ッ!?』

 

弾かれるようにマジックへと向き直ったわたし達。今聞こえたのは、マジックの声。確かに倒した筈だけど、今の声は確かにマジックのもの。そして振り返ったわたし達が見たのは……身体が粒子となって消えながらもその両脚で立つ、マジックの姿だった。

 

「そんな…まだ、立つだけの力があるなんて……ッ!」

「馬鹿め…貴様等程度の力で、我が信仰心を飲み込めるとでも…思ったか……」

 

わたしは目を見開き、お姉ちゃんは気圧された声を上げる。そんなわたし達に正対するマジックは、声を震わせながらも……わたし達を、せせら笑う。

 

「確かに、貴様等は我を倒した…我が鎌がプラネテューヌに住まう者の命を刈り取る事も、なくなった…だが、それはあくまで…犯罪神様が手ずから破滅させる事を、選んだだけの話……貴様等は、犯罪神様に…一時の勝利を、賜っただけに過ぎん……」

「それは…そんなのは、貴女の考えです!」

「…そうね、その通りよネプギア。マジック…貴女の自分に、犯罪神にとって都合のいい考え方を押し付けないで頂戴」

 

わたしもお姉ちゃんも、マジックの精神力には驚かされた。言葉の節々から漏れ出る犯罪神への信仰には、最早心を圧倒された。

でもだからって、マジックの言葉を飲み込むつもりなんか毛頭ない。その意思を言葉に込めて、わたし達はマジックの視線を跳ね返す。そして視線がぶつかる中、数秒の沈黙が訪れ……再び、マジックは笑った。先程よりも、深い笑みで。

 

「…あぁ、そうだな…分かっていたさ、貴様等のその反応は…。…認めよう、貴様等の意思も…その、強さも……」

『…………』

「だが…まだ我にもやれる事がある…残った力を賭して、与えられし力を賭して、捧げようではないか……犯罪神様への、最後の供物を…ッ!」

 

ふらつき、霞んでいき、それでも吠える四天王。そしてマジックは眼帯を掴み、引き千切るようにして隠された瞳を露わにさせる。──先の一撃にも何ら劣らない、濃密な負のシェアを放ちながら。

 

「あれは……ッ!止めるわよネプギアッ!」

「う、うんッ!」

 

危険な存在だと感じ取った時点で、わたし達は地を蹴った。わたし達はマジックに肉薄し、左右から何かをしようとするマジックを止めにかかる。でも……

 

「もう、遅い…ッ!さぁ今一度……狂宴に包まれるがいい、信次元…ッ!」

 

斬撃が届く刹那、見上げたマジックの瞳より放たれる負のシェアエナジー。わたし達の刃が斬り裂くと同時に搔き消える、マジックの身体。……そこに残ったのは、天へと登った負のシェアの残光と、最後まで犯罪神の事を思い続けたマジック・ザ・ハードの笑い声。

 

「…しくじったわ…まさかマジックの余裕は、これも含めてのものだったの……ッ!?」

 

マジックも、負のシェアも消えた。けどわたし達には分かる。マジックは何かしたんだと。何か起こるか、何をしたのかは分からないけど……それがきっと、危険なものだって。…なら、だとしたら……

 

「…戻ろうお姉ちゃん。とにかく今は戻って、何が起こったのか確かめなきゃ…!」

「……っ…そう、ね…ごめんなさいネプギア、貴女の言う通りよ。…ネプギア、身体は大丈夫?」

「うん、飛ぶ位の余裕はまだあるよ」

 

拳を握り締めるお姉ちゃんから強い動揺を感じ、わたしはそんなお姉ちゃんに声をかける。…けれど多分、もしマジックの余裕とその理由を考察したのがわたしだったら、立場が逆になってたと思う。…さっきはお姉ちゃんの判断に助けられたんだから、今度はわたしの番だよ、お姉ちゃん。

 

「…なら、手分けして動くわよ。いいわね?」

「うん、行こう!」

「えぇ!…でも、あの眼帯が某邪王真眼やアークウィザードみたいなものじゃなかったなんて…」

「そんなふざけた事言ってる場合じゃないよ、ほら!」

「え……っ?…あ、そ、そうね!行くわよ!」

 

最後の最後で抜けてる一面が出てしまった事はさておき、わたし達はインカムで通信をかけつつ飛ぶ。折角勝ったのに、満足した気持ちはない。気持ちはないけど……今はそんな事を気にしている場合じゃない。だって…そんな事より、守るべき大切なものがあるんだから。

 

 

──蘇ったマジックとの戦いは、こうして終わった。終わったけど…まだ終わってない。マジックの残した置き土産が、どこかで今信次元を蝕もうとしている。だから…わたし達の戦いは、まだ……続く。




今回のパロディ解説

・(〜〜やれそうな気がする時は…やれるっ!)
STAR DRIVERに登場するヒロインの一人、アゲマキ・ワコの名台詞の一つのパロディ。使おうと思えば割と色んな場面で使えそうですね、この台詞。

・「〜〜やっぱりお姉ちゃんは凄いや。〜〜」
ヴァンガードシリーズの主人公の一人、先導アイチの代名詞(?)的台詞の一つのパロディ。これも対象の人物を入れ替えれば、結構色んな場面で使えそうですね。

・某邪王真眼
中二病でも恋がしたい!のヒロインの一人、小鳥遊六花の二つ名の事。マジックの眼帯は何の為にあるんでしょうね。まさかファッションではないでしょうし…。

・アークウィザード
この素晴らしき世界に祝福をのヒロインの一人、めぐみんの役職の事。伊達眼鏡ならぬ伊達眼帯キャラは他にもいますが、ます思い付いたのは彼女と上記の二人ですね。


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第百三十九話 立ち向かう意思

それは偶然の巡り合わせだった。技術を求めるルウィーと、新技術の試験データを求めるラステイションで、それぞれに起きていた偶然の巡り合わせ。その偶然によって、一つの力が誕生した。

その力は、人の信念が生み出したもの。女神に頼るだけでなく、自分達も誰かを守れるようになろうという意思。積み上げてきた科学技術と、歴史を重ねてきた魔法技術の、融合の形。人類の進歩によって生まれたその力を手に……彼は、戦う。

 

「ちぃぃ……ッ!」

 

噴射炎で積もる雪を巻き上げながら、黄金のMGが雪原を駆ける。機体の右腕に持つ重粒子砲からは光芒が放たれ、敵……四天王の一角、トリックへと襲いかかる。

 

「金属の塊とは思えん機動力だなぁ…しかし、我輩相手には些か戦力が足りんのではないか?」

 

光芒は素早く正確に目標へと襲いかかったが、その目標であるトリックは滑るように浮遊し避けてしまう。対するMG…十式のパイロットであるアズナ=ルブは引き撃ちで距離を開けるべく射撃を続けるも、撃ち出される光弾は空を切るばかり。

 

(計器に狂いはない、ビームも狙った通りの場所に飛んでいる……やはり、これが四天王の力か…!)

 

機体の状況を確認しながら、アズナ=ルブは今の自分に取れる策を思考する。今のところ致命的な被弾こそしていない十式だが、ロケットランチャーは既に破壊され、コンバットナイフの内一本は投擲に使ってしまい、重粒子砲や頭部機銃の残弾も今となっては心許ない。最悪武器無しで殴りかかっても多少は戦えるのがMGの強みの一つではあるが…戦術と仕込みの末ならばともかく、無策でトリックに仕掛けても軽くあしらわれるのが関の山。

 

「はてさてどうするアズナ=ルブ。我輩は目的を果たせさえすればそれで良い。もし道を開けるのならば、見逃してやってもよいのだぞ?」

「生憎その目的を阻むのが私の目的だ。故にその申し出には…乗れんッ!」

 

回避行動を取りながらも着実に距離を詰めていったトリックは、にやりと口角を吊り上げながら提案を口にする。別段その言葉には騙す意図のない、額面通りの提案だったが……そもそもの目的が相反し、その目的を譲るつもりもない両者では、その提案が通る筈もない。

トリックの言葉を正面から弾き返し、アズナ=ルブは十式の脚部で雪原を蹴ってスラスターを吹かす。正面ではなく斜め上へと機体を飛ばし、トリックを飛び越える軌道を描いて粒子砲を発砲。十式を目で追うトリックの眉間に向けて撃たれた一撃は魔力による障壁で塞がれてしまうが、その防御もアズナ=ルブは織り込み済み。

 

(技術や性能で届かないのなら、策や地形も駆使するまでの事。劣勢の中で戦うのは、これが初めてではない…ッ!)

 

飛び越えた後物理法則に従い高度を落とした十式は、着地の寸前で再びスラスターを吹かし、倒れ込むような体勢のまま驀進する。当然後方へ回られたトリックは反転し魔法による攻撃を仕掛けようとするも、超低空で飛ぶ十式によって舞い上がられた雪が天然の煙幕を作り出し、視界を奪って攻撃を妨害。更に雪原へと撃ち込まれた頭部機銃の弾丸によって更に雪煙は広がり、あっという間に戦場は白く包まれる。

 

「……ふー、ぅ…」

 

ある程度進んだところで機体を起こしたアズナ=ルブは、十式を振り返らせつつ機銃による雪煙の精製を続行。噴射を切って雪原に立つと同時に発砲も止め、コックピットの中で彼はゆっくりと息を吐く。

直接相手を自認する事も、戦場の空気を直に感じる事も出来ないのがMGという兵器だが、そんな兵器でも敵との駆け引きは成立する。鉄塊を隔てていようと意思ある者同士の戦いであれば、相手の虚を突き出し抜く為の知略と作戦が火花を散らす。そしてアズナ=ルブが仕掛けたのも…その内の一つ。

 

(火の魔法で欺瞞される可能性がなければ、熱源探知も使えるが……無かったところで、作戦遂行に支障はない…!)

 

神経を張り詰めながら、アズナ=ルブは空いている機体の左腕で残ったコンバットナイフを保持。それから待つ事十数秒。トリックの動きや考えを予想し、トリックの視界を推測し、額から緊張の汗を滴らせながら逸る気持ちを抑え込み……雪煙が舞い上がりから下降へと移り変わり始めた瞬間、ある方向へとナイフを投げ放つ。

 

「……──ッ!」

 

その勢いで雪煙の中に空洞を作り出す、十式のナイフ。次の瞬間、ナイフの向かう先とは全く違う方向から二本の触手が弾丸の様な速度で放たれ、それぞれが若干の広がりを見せながら十式の方向へと向かっていく。

触手の接近をセンサーが探知した時点で、アズナ=ルブの手は反射的に操縦桿を引こうとした。だがそれを理性で、意思の力で機体が完全な回避行動を取る寸前で押し留め、歯を食い縛って重粒子砲を二本の触手の間へと向ける。そして、十式の方向へと走った触手は……十式には触れる事なく、その左右を駆け抜けていった。

 

「もらった……ッ!」

 

トリガーを引くアズナ=ルブ。彼には確信があった。自身が遠隔攻撃を行えば、即座にトリックはその起点へ攻撃を放ってくると。彼は予測していた。トリックであれば「アズナ=ルブは反射的に避けるだけの力がある」と読み、偏差攻撃を仕掛けてくると。だからこそ彼は、動かなかった。もし読み違えれば避けられた可能性のある攻撃をみすみす受けてしまうという危険な賭けだったが……その賭けに、その不安に、彼は打ち勝った。

攻撃には起点があり、その起点には攻撃を放った存在がある。それは人であろうと何であろうと同じであり、例え視界が効かずとも、それさえ分かれば攻撃が出来る。ナイフはトリックの攻撃を引き出す為の囮で、この瞬間放たれた重粒子の光弾こそが…真の一撃。

 

(致命傷など望みはせん。擦り傷でも与える事が出来れば、それでいい…ッ!)

 

そうして駆ける光芒は、触手の間を通ってその起点へ。収束されたビームの一撃は触手が消えるより早く起点へと迫り、厚い雪の幕に穴を開け……

 

 

 

 

 

 

「──流石は前ギルド支部長。所詮は人間、などと軽んじずに正解だったわ」

「な……ッ!?」

 

その場に展開されていた魔法陣を、その中心部から貫いた。──左側面から声と共に現れたトリックへは、一切の傷を与える事なく。

 

「貴、様……ッ!」

「遅いッ!」

 

驚愕に目を見開きながらも重粒子砲を左へ放り、それを機体の左腕で掴んでトリックへと発砲しようとしたアズナ=ルブ。だが既に攻撃へと入っていたトリックに間に合う筈もなく……強烈な魔力の奔流によって、左腕部諸共重粒子砲を吹き飛ばされた。

 

「そぉいッ!」

「ぐぁあぁぁぁぁぁぁッ!」

 

更に立て直す暇も与えず、トリックは舌を十式の胴体部へと叩き付ける。その衝撃は薄い装甲を貫通してフレームにも響き、当然コックピットもまた激しい振動に襲われる。無論押し留められるだけの状況にない十式は弾き飛ばされ……森林へと突っ込み機体が止まった時には、すぐ前に立つトリックが彼と十式を見下ろしていた。

 

「…アヴニング、だったか。貴様の機体にもあれの様な遠隔操作武装があれば、裏の裏…更にその裏をかいて我輩に一撃与えられたのかもしれんな」

「……実戦とは、その手にあるカードを駆使して戦う事。…貴様の方が上手だった、ただそれだけの話だ…」

「ふん、相変わらず食えん奴だ。…悪いが貴様はここで始末させてもらう。恨むならなまじ実力のある自分を恨め」

 

珍しく冷たい表情を浮かべたトリックの頭上に、魔力を放つ魔法陣が現れる。…それが先の一撃でひしゃげた胴体部装甲やコックピットは勿論、フレームや背面部装備をも破壊し雪の大地へ到達するだけの魔法を撃ち出す事は、火を見るよりも明らかだった。

 

(……この状況から、避けるのは不可能…か)

 

正対した状態ならともかく、横転した今の十式に回避を間に合わせるだけの性能はない。百歩譲って回避出来たとしても、最早射撃武装は頭部機銃のみの十式でどこまで戦えると言うのだろうか。…アズナ=ルブは多くの経験を積んできた男。その経験は危機的状況でも活路を見出す為の力となるが……今はその経験が、脱却など不可能であると残酷にアズナ=ルブへと突き付けていた。

だが彼に焦りはなかった。というより、妥当な結果だなと冷静に捉えていた。そもそもたった一機で四天王と戦う事自体が無謀な選択。勿論玉砕前提でこそなかったが、死んでしまっても仕方ない…そう思っていたからこその、落ち着いた感覚。むしろ彼には心地良さすらあった。信じる者に、期待する者に未来を託して死ぬのであれば、それも本望だと。

 

「……ではな、アズナ=ルブ」

 

光の強まる魔法陣。その輝きをモニターで目にしながら、アズナ=ルブは受け入れるように力を抜く。そんな彼の目に映るのは、走馬灯の様な願いと思い。

 

(もう、十分に時間は稼げた。多少の違いはあれど、街に到達する前にホワイトハート様達が間に合うだろう。そしてホワイトハート様達ならば、必ずやトリックを…犯罪神を打ち倒してくれる)

 

(強く正しき者が、正当に評価される世界をこの目で見られないのは残念だが…新しい時代を作るのは老人ではない。老兵は去るのみ、さ)

 

(あぁ、そうだ。既にやるべき事はやった。シーシャに託す事も出来た。ならば、もう悔いは…心残りは……ない)

 

 

 

 

 

 

(────訳が……あるものかッ!)

 

その瞬間、閉じようとしていた目を見開くアズナ=ルブ。その目に、その身体に消えかけていた闘志がみなぎり、思考が凄まじい勢いで回転を始める。そして彼は、トリガーを引く。

 

「まだだ…まだ終わらんよ…ッ!」

「わ、悪足掻きだと!?…だが、どこを狙って……ぬおおおおッ!?」

 

操作に従い、頭部機銃が弾丸を撃ち出す。それに驚きを見せるトリックだったが、弾丸はトリックに触れる事なく上方へ。故にトリックはそれを悪足掻きだと判断し……その頭上へと、一塊の雪が落下した。

 

「こ、これは…狙いは雪の積もった枝であったという事か…ッ!」

 

トリックは自らを襲った雪を払い即座に魔法を撃ち込むも、その時にはもう標的の姿はない。聞こえる噴射音に振り向けば、そこにいるのは光の刃を抜き放った隻腕の機体。

 

(確かにやるべき事は果たした。だが、私がこの戦いで命を落とす事をホワイトハート様が望むものか…ッ!私があの日見た人の心の光は……犠牲の上に成り立たせるようなものでは…ないッ!)

 

目を閉じようとしていたアズナ=ルブの心には、充実の感情が確かにあった。だがそれでも、彼は大望を抱く男だった。目先の成果だけで満足するような、個人的な満足だけで歩みを止めるような男ではなかった。それ故に人望を得、一度は暴走し……今は、信じる道を突き進む。

 

「…やはり強いな、貴様は。だがまさか、本気で我輩に打ち勝つつもりではなかろうな?」

「今のところそのつもりはない。しかし、もし私の果たすべき使命の為にそれが必要であれば……四天王であろうと、打ち倒してみせよう。そして、何があろうと…ここより先に行かせはせんッ!」

 

再び相対するアズナ=ルブとトリック。片や半壊した機体、片やまだまだ余裕のある身体と戦力差は圧倒的だったが、その戦力差に怖気付く事なくアズナ=ルブはトリックをはったと見据える。そして……

 

「──覚悟は見せてもらったぜ、アズナ=ルブ」

 

……よく通る声と共に、白の守護女神と二人の女神候補生が両者の間へ舞い降りた。

 

 

 

 

通信で迎撃担当の魔術機動部隊が突破されたと聞いた時には、少し焦った。だがそれとほぼ同時に所属不明機が確認された事にはもっと焦り…それが十式であると分かった瞬間には、最早どうなってるんだという気分だった。で、いざ到達してみれば……そこにあったのは、トリックに対して啖呵を切るアズナ=ルブの姿。

 

「はぅ、まにあった…」

「わー、ボロボロ…けがしてなーい?」

「…大丈夫です、ホワイトシスター様」

 

わたしは十式を背にトリックと正対し、ロムとラムは視線を十式へ。十式は機体に大きなダメージを負い、武装もかなり減っているようだが……ラムの言葉に対する応答の声は、しっかりとしている。

 

「ご苦労だったな、アズナ=ルブ。だが…お前に出撃命令は出してないよな?」

「えぇ。ですからこれは、私の意思です」

「…こんな無茶を、する事がか?」

 

目はトリックに向けたまま、背後のアズナ=ルブへとわたしは問う。ここでトリックの侵攻に追い付いたのは間違いなくアズナ=ルブのおかげで、勿論感謝はしているが……女神として、この行動の理由は訊いておかなければいけない。そう思ってわたしは訊いた。そして、アズナ=ルブは迷う事なく言葉を返す。

 

「いいえ、それは違いますホワイトハート様。私は無茶ではなく……私の心に、従っただけです」

「そうか、なら……後は任せろ。お前の意思は、わたしが受け継いだ」

「はっ!」

 

スピーカーから覇気のある返答を響かせ、スラスターの噴射でわたし達の髪をたなびかせながら十式は飛び上がる。自分はまだ戦える…なんて言って踏み留まろうとはせず、露払いは済んだとばかりに潔く。……心に従っただけ、か…粋な返しをすんじゃねぇか。

 

「…さて…凝りもせずまたうちの国へ土足で踏み入ってくれたな、トリック」

「アクククク、それは失礼。…また会えて光栄であるぞ、麗しきルウィーの女神達…」

「うげ…また気持ちわるい目で見てくる…」

「…へんたい……」

 

聞こえる噴射音が次第に小さくなっていく中、わたしは右手に持つ戦斧を肩に担ぎ、それまで無言を貫いていたトリックへと睨みを効かせる。するとトリックはにやりと笑い、恭しい態度で返してくるが…その時点で既に、気持ちの悪さが滲み出ていた。…隠せない程気持ちが昂っているのか、それとも隠してないだけなのか…まぁどっちにしても、気分は全く良くねぇな。

 

「相変わらずつれないなぁ…まあよい。それよりも、退いてくれる気はないか?今の我輩は犯罪神様より直接命令を受けてはいるが…今もまた、幼女を傷付けるつもりなどない」

「ふん、誰がテメェなんかに道を譲るかよ。…テメェこそ、回れ右して帰るつもりはねぇのか?今だったら…そうだな、特別に笑顔で見送ってやるぜ?」

「何、本当か!?……と言う程、流石に我輩も単純ではない。故に…残念ながら、それは乗れない相談だ」

「だったら、しょうがねぇな…」

 

ゆっくりと肩に担いだ戦斧を下ろし、片脚を軽く下げて構えを取る。トリックが浮遊魔法を切ったのか雪原に降り、小さく両手を開いてあちらも臨戦態勢とばかりの動きを見せる。当然ロムとラムも…というか二人は既にばっちり構えていて、むしろわたしとトリックがそれに追い付く形となった。

 

(……本当に、帰ってくれるなら笑顔で見送ってやったんだけどな…)

 

トリックへと言った、皮肉交じりの提案。…けどそれは、ほんの少しだけ本心の部分もあった。何故ならトリックは……元を辿ればトリックや犯罪組織残党のせいだとは言えど、それでも身を呈してロムとラムを守ってくれた奴だから。恩返しをしなくちゃいけない…なんざ思ってないが、だとしても…退いてくれるなら笑顔位見せたって構わないという思いが、確かにわたしの中にはあった。

だが、トリックは乗らなかった。ならば、倒すしかない。仮に恩を感じていたとしても…だからって、ここを通せる訳がない。

 

「ふーんだ、わたしはさいしょからぶっとばすつもりだったもんね!」

「わるい人は、めっ……!」

 

そしてそれは、二人も同じ。相手が四天王だからと怖気付く事なく、力強い言葉をトリックにぶつける。…が、そこでわたしはふと思う。

 

「…ロム、ラム、二人はモンスター迎撃の方に回ってもいいんだぞ?」

「…それ、どういう意味……?(むむむ)」

「まさかおねえちゃん、また「二人にはあぶない」とか言う気?」

「違ぇよ、もう何度も二人には助けられてるからな。…そうじゃなくて、相手が相手だって事だ。舐めてくるような相手と戦うのは、気分の良いもんじゃねぇだろ?」

『それは……うん…』

 

あの異様に大きい舌で舐められるというのは、想像するだけでも背筋に怖気が走る程に恐ろしい事。しかも聞いたところによると一度二人は実際にそれをされたらしく、訊いた途端に二人の顔へ影が差した。…それに、心の優しい二人なら助けられたあの事に対し、何かしら思っていてもおかしくない筈。ならあまり気分が乗らない可能性もあるんじゃないかと、わたしは二人に対して思っていた。

 

「…相手は強敵だ。だから二人がいた方が、わたしは心強い。でも、わたしはここで戦えと強要もしない。……どうする、ロム、ラム」

『…………』

 

左右にいる二人に、わたしは問う。戦うにしても戦わないにしても、大切なのは二人の意思だから。そして、わたしの問いを受けた二人は一度黙って……

 

「…たたかうよ、おねえちゃん。わたしたちも、守りたいから」

「トリックは気持ちわるいやつだけど…それでもわたしたちは、女神だもんっ!」

「…分かった。だったら…頼りにさせてもらうぞ、二人共」

「……話は、済んだか?」

「あぁ、待たせたな。テメェを倒す算段はたった今ついたから、早速覚悟しやが……」

 

静かながらもはっきりと意思を口にしたロムと、迷いなく言葉を発したラム。二人の言葉に「言うようになったな」と思いつつも、わたしの口元に浮かぶのは自然な笑み。

油断するつもりはないが、負ける気もしない。この時わたしは本気でそう思っていた。だが、その思いに沿って雪原を蹴ろうとした時……足元から触手が、わたしに向かって襲いかかる。

 

「んな……ッ!?」

 

突如現れた触手に目を見開くわたし。その時視界の端でトリックが笑みを浮かべているのが見えて……気付く。恐らくトリックは背後に魔法陣を展開していたのだと。着地したのは、雪原との隙間から魔法陣が見えてしまうのを防ぐ為だと。わたし達が会話している間に、触手を雪の下で伸ばしていたのだと。

触手一本でやられるようなわたしじゃないが、この攻撃を受けるのは不味い。仮に巻き付かれた後即座に切れたとしても、こんな形で先制されれば流れがトリックの方へと向いてしまう。だからわたしは焦りかけ……次の瞬間、左右からの魔法弾が触手を撃ち抜いた。

 

「…ゆだんしちゃだめよ?おねえちゃん」

「あぶなくなったら、わたしたちに言ってね…?」

「…へっ、こんなのわたしにだって切れてたっての。……いくぞ、ロム!ラム!」

『うんッ!』

 

生意気な事しやがって、と再びわたしは笑みを浮かべる。…本当にロムもラムも、生意気な事をするようになった。でも…だからこそ心強いじゃねぇかと、わたしは二人の名前を呼ぶ。そして、わたし達は飛び上がり……もう一度トリックを倒す為の戦いが、始まった。




今回のパロディ解説

・(〜〜新しい時代を作るのは老人ではない。〜〜)
機動戦士Zガンダムの登場キャラの一人、クアトロ・バジーナ(シャア・アズナブル)の名台詞の一つのパロディ。…アズナ=ルブは大人ですが、別に老人ではありませんよ?

・「まだだ…まだ終わらんよ…ッ!」
上記同様、クアトロ・バジーナの名台詞の一つのパロディ。台詞だけでなく、頭部機銃を使った危機脱出もZガンダムのあるシーンのパロディだったりします。

・人の心の光
機動戦士ガンダム 逆襲のシャアにおいて、主人公アムロ・レイが発したワードの事。アムロではなくシャアパロのキャラが言ってしまいましたが…パロならではですよね。


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第百四十話 貫く信念、強い思い

教祖の務めは女神を支え、人と女神の架け橋となる事。即ち自身の仕える女神の持つ力が遺憾無く発揮され、同時に両者間の意思疏通が円滑に進む状況を作る事こそが自分の仕事だ…とルウィーは教祖、西沢ミナは考えている。

その為に必要なのは、まず自分が今という状況を正確に認識し、理解する事だとも考えているミナ。一見温和で、その実やはり普段は温和な彼女だが……有事の際の彼女に、抜かりはない。

 

「…っと、たった今通信が入りました。到着したホワイトハート様達が、四天王トリックと交戦を開始したとの事です」

「…という事は、彼は……」

「はい、無事のようですよ。送り出した身としては、これで一安心です」

 

ルウィーへと向かう飛空艇の中で、ミナは教会にあるガナッシュから戦況の報告を受けていた。その最中に入った、ガナッシュへの通信。敵であるトリックの状況を報告出来る人間は現状迎撃に当たっていた一人のみであり、通信が入ったという事実そのものが生存の証明だった。

 

「…全く、勝手に例の機体を動かして迎撃に出るなんて…結果的には助かりましたが、今後このような真似は謹んで下さい」

「分かっています。私も彼も、ここまでの事態でなければこのような事は致しません」

「……今、暗に逃げ道を用意しましたね?」

「はは、流石にバレてしまいますか…」

 

肩を竦めて殊勝な返答を口にしたガナッシュだったが、言葉の裏の意図に気付かれ苦笑を漏らす。ここまでの事態でなければやりはしないが、同等以上の事態でもやらないとは言っていない…ミナに指摘された逃げ道とは、つまりそういう事。

しかしそんなガナッシュに対し、ミナはそれ以上の事を言わない。その理由の半分はガナッシュと彼、アズナ=ルブが軽率な判断をするような人間ではないと理解しているからで、もう半分は……それより今はやる事がある為。

 

「…こほん。でしたら四天王迎撃の為に追加で編成中だった部隊を、哨戒と警戒に回して下さい。魔術機動部隊には、モンスターの迎撃後に一度後退するよう指示を。想定外の事態が起きた際、彼等には再び最前線に展開してもらわなくてはいけなくなるかもしれませんから」

「分かりました。…ホワイトハート様達への増援は、不要なんですね?」

「えぇ。貴方は必要だと思いますか?」

「いえ、私の…もとい、我々のホワイトハート様やホワイトシスター様達が負ける筈がありませんから。…ただ、所詮は素人の考えですが…戦力に余裕のある今は、増援を送るのも決して下策ではないかと思います」

 

聞いた情報と手元の端末に映る情報から今後起こりうる事態を想定し、ミナはガナッシュへと指示。その返しで発された女神への増援は不要かという問いに対して肯定をしつつも、そこから彼女はガナッシュに問い返す。そしてガナッシュの考えを聞いたミナは、こくんと一つ頷き……言う。

 

「…そうですね、その考え方は間違っていません。ですが、ブラン様達の下へ増援を送るという事は、その分だけ別の場所の戦力が減るという事。勿論常に送らないのが正解という訳ではありませんが……今は、送らない方がいいんです。…その方が、ブラン様達も安心出来ますから」

「…流石はミナ様。よく理解されているんですね」

「当然です。わたしは、ルウィーの教祖ですから」

 

その言葉を最後にやり取りは終わり、新たな情報が入り次第連絡するとガナッシュが言ったところで通信も終了。まだ到着までは時間のある飛空艇の中でミナはふぅ、と小さく息を吐き、それから再び視線を端末へ。

 

(…何が起きようと、街の事はわたしや教会、軍の人間で対応します。ですからこちらの事は気にせず、出し惜しみなく戦って下さいね、皆さん)

 

先程ガナッシュに語った、増援を送らない理由。その根底にあるのは、ブラン達に目の前の戦いへ全力を出してほしい、全力を出せるようにしてあげたいという純粋な思い。

とはいえそれは、ブラン達だけにトリックの撃破を任せるという選択でもある。ガナッシュの言葉通り、余裕があるにも関わらず対四天王の戦力を絞るという事でもある。上手くいけば無駄なく勝利出来るが、悪ければ致命的な敗北となる、決して無難ではない選択。では何故そんな選択を、賭博師ではないミナがしたのか。どちらかと言えば堅実な彼女が何故そうしたのか。それは……

 

(──凱旋を、お待ちしていますよ)

 

ミナがブラン達の勝利を信じる、どころか確信していると言える程に、ルウィー教会職員の誰にも負けない程に、強く深い信頼を三人へ向けているから。…ただ、それだけの事だった。

 

 

 

 

お化けとか、虫とか、しいたけとかと同じくらい、トリックはきらい。ぎょろぎょろした目がこわいし、なんだか気持ちわるいし、ぺろぺろしようとしてくるから、ほんとにきらい。ラムちゃんもきらいだから、やっぱりきらい。

でも、わたしもラムちゃんも、おねえちゃんに任せようとは思わなかった。だって、わたしたちも女神だから。おねえちゃんたちのかっこいいすがたをいっぱい見てきて、ネプギアちゃんやユニちゃんといっしょにつよくなって、ルウィーのみんなにしんじてもらって…がんばりたいって、今は思ってるから。…それに、りゆうは…もう一個、ある。

 

「変態だろうがなんだろうが関係ねぇ!トリック・ザ・ハード…テメェは、わたし達が…倒すッ!」

『たおすッ!』

 

まっすぐにとつげきするおねえちゃん。わたしとラムちゃんは右と左に分かれて、えいってたてに広げた魔力のざんげきをトリックにとばす。これでトリックは、よことうしろによけるのがたいへんになる。

 

「ほほぅ、だが我輩も倒される訳にはいかんのだッ!」

 

おねえちゃんのふったおのを、トリックは舌べろをたてみたいにしてぼうぎょ。わたしたちの魔法はよけるのをじゃまするためのものだから当たらなくて、そこからトリックはおねえちゃんをおし返す。

 

「だろうな、ただでやられてくれるとは思ってねぇよッ!」

「む?という事は、我輩の為に何かしてくれるのか?」

「あぁ。たっぷりと女神の制裁を喰らわせてやる、よッ!」

 

おし返されたおねえちゃんはすぐにまた近づいて、すごいパワーでれんぞくこーげき。でもトリックの舌べろはクッションみたいに力をうけ止めちゃって、こーげきが身体にとどかない。とどかないけど……おねえちゃんは、ぜんぜんあせってない。

 

「ちッ、ネプテューヌやネプギア辺りの得物ならもう少し攻撃が通り易いんだろうが……無い物ねだりしたってしょうがねぇな」

「ふふーん、でもかわりにわたしたちがいるでしょ!おねえちゃん!」

「ラムちゃんの、言うとーり…!(ふんすっ)」

 

大きくうしろにとんだおねえちゃんと入れかわるみたいに、わたしたちは前へ。そしたらすぐにトリックが魔法のしょくしゅを使ってくるけど、それをわたしがうちおとして、ラムちゃんが大きな氷をトリックへとおとす。

 

「この規模の氷塊を瞬時に精製とは、やはり流石ルウィーの女神……だがッ!」

 

氷の魔法はわたしたちのとくい魔法。けど、上を向いたトリックは舌べろをバネみたいにちぢめて、それからとびでた舌べろが氷をこっぱみじんにこわしちゃう。こわしちゃうけど……それはわたしたちのねらいどーり。

 

「だろ?けど、それだけじゃねぇのがルウィーの女神だッ!」

「ぬ……ッ!」

 

ラムちゃんの氷をこわすために上を見て、舌べろをのばしたしゅんかんおねえちゃんはまた前へ。気づいたトリックはいそいで舌べろをもどすけど、こんどはおねえちゃんのパワーをうけ止めきれずにはじかれて、空いたおなかへおねえちゃんはキック。

 

「ぐぉぉ……!?幼女の脚が、我が腹部に…ッ!」

「そういうところが特にキモいんだよッ!ロム、ラム!」

 

ほんとに気持ちわるそうなおねえちゃんからの合図で、わたしたちはまた氷の魔法をはつどう。つららみたいな氷をたくさん作って、上とななめ前から一気にうつ。…と、見せかけて……

 

「……ラムちゃん!」

「うん!今ねッ!」

「む…範囲攻撃と十字砲火の組み合わせは悪くないが、タイミングはまだま……ぐぁ…ッ!?」

 

ボウルみたいな魔法しょーへきをトリックが使ったしゅんかん、一本だけのこしておいた氷を思いっきりはっしゃ。先に出した氷はぜんぶはじかれちゃったけど、さいごの氷はしょーへきをとっぱ。その時ちょっと欠けちゃって…でも、わたしの氷もラムちゃんの氷もつきささる。

 

「…卓越した魔法使いは目的に合わせて魔法の性能を変えられるが、その分性能を偏らせる事で高位の魔法を使わず目的を果たそうとする事がある。……素直に範囲も強度も両立した障壁を張りゃ、防げてただろうよ」

「…単発威力は決して高くない範囲十字砲火で範囲重視の障壁を張らせた、という事か…一杯食わされた、いや…我輩の評価の誤りだな……」

 

おどろくトリックに向けて、おねえちゃんが言う。わたしたちはもっとこーげきするつもりだったけど、氷がささったあとすぐにしょーへきをはりなおされちゃったからそこでストップ。…だけど、これでわたしもラムちゃんもこーげきを当てられた。おねえちゃんをたよってじゃなくて、力まかせでもなくて、さくせんでトリックのぼうぎょをとっぱした。おねえちゃんやみんななら、それがふつうなのかもしれないけど…わたしとラムちゃんには、それができたことがすっごくだいじ。わたしたちはもっともっと、せいちょうしたいから。

 

「……幼女の成長は日進月歩。一を聞いて十を知り、一日で出来なかった事が出来るようになり、その翌日には発展した技術へ自ら到達する。…こんな当たり前の事を失念するなど、我輩も愚かなものだ……」

「そうさな、テメェに同意するのは癪だが…ロムラムの成長は、わたしやテメェが予想出来るようなもんじゃねぇ。…多分この戦いの中でも二人は成長するぜ?それでも勝てると思うか?」

「ふっ、であればそれも望むところ…幼女の為となる事の、どこに拒否する要素があると言うのだホワイトハートよッ!」

 

しょーへきの中のトリックと、その前に立つおねえちゃんは、わたしたちのはなしをする。トリックの言ってることばはよく分からなかったけど、おねえちゃんはわたしたちをほめてくれた。それはとってもうれしいし、だからそんなおねえちゃんのきたいにこたえようって、わたしもラムちゃんももっとやる気があふれてくる。

でも、やる気があふれてきたのはわたしたちだけじゃなかった。おねえちゃんからことばをかえされたトリックはにやっとして……トリックのからだの周りに、つよい魔力があつまりはじめる。

 

「おねえちゃん!こいつ何かしようとしてる!」

「みたいだな…だが、そうはさせるかよッ!」

 

わたしと同じようにかんじたラムちゃんが声をあげて、そのあとすぐにおねえちゃんがトリックをこーげき。ぐるんって回ったおねえちゃんのかいてんぎりは、うすい氷をわるみたいにしょーへきをくだいたけど…くだけたしょーへきはけむりにかわって、トリックのすがたが見えなくなっちゃう。

 

「……っ!ロム、頼む!」

「う、うんっ!」

 

出てきたけむりはすごくこかったけど、かぜの魔法でふきとばしちゃえばかんけいない。だからけむりはすぐにかいけつできたけど……見えるようになったしゅんかんに、トリックはおねえちゃんへととっしんをかけた。

 

「テメェが自ら接近とは、どんな風の吹き回し……うおッ!?」

 

わたしたちはそのうごきにちょっとびっくりしてたけど、おねえちゃんはあわてずおのの持つところでパンチをぼうぎょ。…けど、そのトリックの手首には魔法陣があって、そこからしょくしゅがとびだしてくる。

 

「覚悟するが良いルウィーの女神!我輩は如何なる理由があろうと、幼女を傷付ける事はしない!だが、その上で今の我輩は本気だッ!全身全霊を、この戦いに注ぐつもりなのだッ!」

「あぁそうかよ…けっ、どこぞのスーパーコーディネーターやXラウンダーを気取るつもりかテメェは…ッ!」

「我輩にそこまで大それた理想はない!我輩はただ愛する幼女の為に全力を尽くすまでの事ッ!」

 

出てきたしょくしゅをぎりぎりでよけたおねえちゃんは、おのでぜんぶ切ってはんげきのパンチ。それをトリックが両方の手でふせぐと、また手首の魔法陣からしょくしゅが出てきておねえちゃんをおそう。

 

「相反してやがんな、傷付けない事に全力ってかよッ!」

「それもある!純粋に勝つ為というのもある!では訊こうかホワイトハート!君は己の信念を曲げた全力と、信念が枷であっても貫き通した上での全力…そのどちらが強いと思うッ!」

「…まあ、そりゃ…後者だろうなッ!」

 

おねえちゃんはおのをみじかく持って、左手はプロセッサのつめを使って、トリックの出すしょくしゅをすぐに切りさいていく。でもトリックはこーげきするたび、ぼうぎょするたびしょくしゅを出してきて、切っても切っても中々へらない。

また、トリックはよく分からないことを言ってる。けど、こんどは何となく分かる。だってわたしもラムちゃんも、おねえちゃんを助けたいとか、ネプギアちゃんやユニちゃんといっしょにがんばりたいとか、そんな色んな気持ちを力にしてここまで来たから。

 

「いくよ、ラムちゃん…!」

「うん!あんたの相手は、おねえちゃんだけじゃないんだからッ!」

 

小さくうしろにとびながらたたかうおねえちゃんのうしろにわたしが、トリックのうしろにラムちゃんが空から近づいて、二人で同時にしょうげきはでアタック。おねえちゃんはすぐに気づいてよけてくれたけど、トリックが気づくのも早くて、しょうげきははトリックにも当たらない。…でも、まだまだここから。

わたしもラムちゃんもあんまりむずかしいことは言えないし、知らないこともいっぱいあるけど、気持ちはおねえちゃんにもトリックにも負けないと思ってる。わたしたちにだって、曲げたくない思いがある。だから……

 

『アイスサンクチュアリッ!』

 

──相手がだれでも、どんなにつよくても……わたしたちは、負けないっ!

 

 

 

 

すっごくつよいわたしと、つよくてやさしいロムちゃんと、とってもたよれるおねえちゃんでたたかえば、ぜったいかてるってわたしは思ってる。でもトリックもけっこうつよくて、中々たおせない。

トリックは気持ちわるいやつで、こんなやつがつよいのはおかしいって思ってた。へんたいがつよいなんておかしいって、思ってた。…けど、今はちょっとちがう。気持ちわるいへんたいだって、今も思ってるけど……トリックがつよいりゆうは、少しだけ…分かる。

 

「ここはとおさないん、だからッ!」

「だから…ッ!」

 

わたしはほのお、ロムちゃんはでんきの魔法で空からこーげき。トリックがしょーへきで守ったしゅんかん、おねえちゃんはしょうめんからとっしん。そのおねえちゃんへ、トリックはさっきわたしの氷をこわしたときみたいにしたをつき出してくる。

 

「アクククク!良い、良いぞッ!精度も狙いもあの時より向上してるではないかッ!」

「そりゃロムラムの事か、よッ!」

「そうだッ!だがまだ未熟よのぉ!一本調子でないのは良いが、ただバリエーション豊富なだけの属性魔法ならば、何ら怖い事はないッ!」

 

とんで来たしたをおねえちゃんは回ってからのかかとおとしでつぶして、それからざんげき。けどそれをトリックは手首と足首の魔法陣から出したしょくしゅを持つところにからみ付かせることで止めて、そこからすぐにしたをまきもどす。そのままだとしたにまきこまれて食べられちゃうけど…そんなことされるおねえちゃんじゃない。

 

「テメェこそ舌だの触手だの偏った攻撃じゃなく、もっとバリエーション豊かにしてみたらどうだよッ!」

 

そう言ったおねえちゃんはおのから手をはなして、うしろが見えてるみたいな回しげりでしたを止める。しかも当てたときのはんどうをつかってすぐふり向いたから、おのをしょくしゅに持っていかれる前にまたつかむことにせいこう。そのまましょくしゅを引きちぎって、トリックからおのをとりもどす。

 

「ご指導痛み入るなぁ!ならば我輩も何か…と言いたいところだが、残念ながら我輩に守護女神へどうこう言える事はない!君は間違いなく立派な幼女であるぞ、ホワイトハート!」

「全く嬉しくねぇんだよなぁ、そういう褒められ方をされてもよぉッ!」

 

おねえちゃんからの…アイ、コンタクト…?…でわたし達は魔法のパワーをつよめて、トリックのしょーへきにヒビを入れる。このまままたとっぱできればよかったけど、その前にトリックはうしろに下がって、しかもこんどはわたしたちの方にしょくしゅがのびてくる。

 

「めきめきと伸びる愛らしい双子の幼女に、非の打ち所がない技能を持つ麗しき姉の幼女。やはり、やはりルウィーは素晴らしい!こんな女神を望み生み出したルウィーの国民を、我輩は実のところ尊敬しているのだッ!」

「だったら、かえって…!」

「そうよそうよ!ルウィーおそいに来たくせに何言ってんのよっ!」

 

のびてきたしょくしゅをひょうみたいなたくさんの氷でズタズタにして、さらに同じ魔法でトリックにはんげき。ふゆうしてよけていくトリックを、おねえちゃんがおいかけていく。

 

「どうせテメェは退けねぇ理由があるとか言うんだろうなッ!だがそれはテメェの大好きな幼女に拒否されてまでする事かよッ!」

「あぁそうだ!所詮我輩はエゴにまみれた人間!それに大人とは、時に相手の為を思って強引な手を取る事もあるものだッ!」

「確かにそりゃエゴだなッ!相手の為を免罪符にして、納得してもらう事も相手の意思を尊重する事も放棄してるんだからよッ!」

 

わたしとロムちゃんがトリックをおい立てて、おねえちゃんが回りこむ。トリックがしょくしゅでじゃましてきても、おねえちゃんのときはわたしたちが、わたしたちのときはおねえちゃんがそれを片づけることで、だんだん本気のトリックをぼうぎょしかできないじょうたいに押しこんでいく。

 

「このままやっつけてやるんだから…ッ!」

 

このままならかてそうだけど、トリックはずるがしこいやつだから、ゆだんしちゃうのはきけんなこと。そう思ってわたしもロムちゃんもしっかりこーげきを続けて、れーせーにおねえちゃんをアシスト。その中でも、おねえちゃんとトリックの言い合いがつづく。

 

「エゴであろうと、身勝手であろうと、我輩の幼女を愛する気持ち、守りたいという気持ちに偽りはない!愛され、守られる事が幼女にとって必要なのだッ!」

「それが余計なお世話だっつってんだよッ!わたしにも守られてろってかッ!」

「無論だッ!」

「そのわたし達に、負ける経験をしてもかッ!」

「当然だッ!強い弱いの問題ではないッ!戦場に幼女がいる事、それ自体が間違っているのだからなッ!」

 

わたし達の魔法をしょーへきとステップみたいなうごきでしのいで、おねえちゃんのこーげきはうでとしょくしゅでぎりぎり防いで、トリックはさけぶ。ようじょようじょ言ってるはやっぱりへんたいにしか見えないけど…本気なんだって、ほんとにつよい思いがあるんだってことは、そのことばからも伝わってきた。

今も、前にたたかったときも、そのさいごにあったあのしゅんかんにも、トリックにはその思いがあった。あんまりそうは思いたくないけど…もしかしたらその気持ちは、わたしやロムちゃんのもっと良い女神になりたいって気持ちとか、おねえちゃんのルウィーを守りたいって気持ちにも、まけてないかもしれない。……そう、思ったときだった。

 

「犯罪神に従ってるテメェが、間違いだの何だのを語れる立場かよッ!結局テメェは自分の理想を押し付けてるだけだッ!相手に理想を求める事は間違っちゃいねぇが…なら覚悟してるんだろうなッ!それは押し付けだって、否定される事をよッ!」

「ふっ…しておる、しておるともッ!どんなに否定されようと、痛みを伴おうと……幼女の幸せの為なら、我輩は何者にでもなってやろうではないかッ!!」

「……ッ!?テメェ、まさか……ひゃああぁぁっ!?」

 

したもしょくしゅもはじいて、おねえちゃんがつき出した左の手。けんみたいにするどくのびるおねえちゃんの手が、トリックの身体におそいかかる。でも、それをトリックは……ぼうぎょしなかった。ぼうぎょしなかったからおねえちゃんの手がささって、トリックはかおをゆがめて……それでもつよい気持ちのこもった声をあげながら、おねえちゃんにしたをまきつける。

 

「お、おねえちゃん…ッ!」

「よくもおねえちゃんにまでしたを……ッ!」

「おっと…そうはさせんぞ、ホワイトシスター…!」

『……っ!』

 

ふだんの女神化したおねえちゃんなら出さないようなひめいをきいたとき、わたしたちは前になめられたときのことを思い出してふるえ上がる。でもそれよりもおねえちゃんをたすけなきゃって思いがつよくて、すぐに魔法をうちこもうとするけど…そのわたしたちに向けて、トリックはしたを向けてきた。おねえちゃんをまきつけた、ぬるぬるのしたを。

 

「う…ひ、ひきょーよ!前のときも今のときも、すぐひきょうなことをして…ッ!」

「そういうところも、きらい…ッ!」

「……当然の反応だ。恨んでくれて構わない。卑劣だと自覚もしている。…それでも、我輩には貫くべき信念があるのだ。言ったであろう?幼女の為なら、何者にでも……」

 

わたしとロムちゃんはトリックをにらみ付ける。トリックはそれをうけて、いっしゅんだけつらそうなかおをして…でも、おねえちゃんをはなさない。はなさないからわたしたちもこーげきできなくて、トリックはこっちに来ようとして……

 

「──テメェにだけ、貫きたい信念があると思ってんじゃねぇよ…テメェだけが、強い思いを持ってると思ってんじゃねぇよ…ッ!」

 

……トリックが目を、見ひらいた。おねえちゃんのおもい、ひびくような声がきこえたしゅんかんに。

あのしたはぬるぬるで、へんにやわらかくて、しかもなめられてるとぴりぴりもしてきて、あのときわたしたちはどうしようもなかった。…けど、おねえちゃんはちがう。したで見えないけど…分かる。内がわから、押し広げようとしてるって。

 

「な、何……!?幾ら女神といえど、我が舌に巻き付かれてこれだけの力を出す事など…!」

「あぁ、難しいだろうな…正直脱出まで力が持つか分かんねぇよ…けどな、あるんだよ…わたしにも、貫きたい信念が…強い思いってやつが…ッ!」

「ぐ、ぅぅ…だが……ッ!」

「忘れてるようだからもう一度見せてやるよ…わたし達が、テメェの思うような幼女じゃねぇって事を…テメェに守られなくたって、大丈夫なんだって事を……なぁそうだろ、ロムっ!ラムっ!」

『……──ッ!』

 

つらそうなかおで、つらそうな声で、それでもトリックに抵抗するおねえちゃん。トリックの言ってることはちがうんだって、自分たちはそうじゃないんだって、心のこもったことばで言うおねえちゃん。そのおねえちゃんのすがたを見て、名前をよばれて……わたしたちの心が、どきんとした。

おねえちゃんに当たっちゃうかもしれないから、わたしたちはこーげきできなかった。けど、ぜったい当たっちゃうわけじゃない。当たっちゃう『かも』しれないって、だけ。だけどもし当てちゃったらって思うとこわくて、だから助けられなかった。……でも、おねえちゃんによばれて…思った。そんなの、おねえちゃんに当てなきゃいいんだって。むずかしいけど、できないことじゃないって。

わたしたちは、せいちょうしてきたと思ってる。それはおねえちゃんもしんじてくれていて、それがあるからきっとわたしたちをよんでくれたんだと思う。だったら…やっぱりおねえちゃんやトリックがつよいのは、つよい思いを持ってるからなら……

 

(わたしたちだって……まけないくらいの、思いがあるんだから…ッ!)

 

しんじてくれたおねえちゃんの力になりたい。もっとせいちょうしたい。おねえちゃんみたいな女神になりたい。何より……トリックにそうじゃないんだって、しょうめいしたい。そんな思いをこめて、わたしたちは魔法をはなつ。わたしたちの一番とくいな、氷の魔法を。

つかったとき、もしもおねえちゃんに当たったら…ってふあんはなかった。よく分からないけど、ぜったいだいじょーぶって気持ちがあった。そしてそれは……本当になる。

 

「……!?こ、これは…ッ!?」

「…ありがとな、二人共…なら今度は、わたしの……番だッ!」

「ぬ、ぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

うちこんだ二つの氷は、おねえちゃんとトリックのしたをかすっただけ。けどそれでいい。わたしたちはおねえちゃんをたすけることじゃなくて…手だすけするのが、もくてきだったから。

氷にこめたのは、凍りつかせる魔法。だからかすっただけでもトリックのした…特におねえちゃんにふれてる部分が凍っていって、わたしたちには見えないけど…ふれてる部分が、ぬるぬるからゴツゴツになった。そしたらわたしたちのねらいを分かってくれたおねえちゃんは、ゴツゴツの部分に手と足を引っかけて……したから、だっしゅつする。

 

「くっ……何という発想、何という連携…こんな形で、脱出されるとは…!」

「おねえちゃん、ぶじ!?」

「気持ちわるく、ない…?」

「べったべたで気持ち悪いが…安心しろ、無事だ!ロムとラム、二人のおかげでな!」

 

おどろくトリックの前で、おねえちゃんはかいてんしながらわたしたちの前にちゃくち。それからわたしたちにえがおを見せてくれて…わたしたちも、それににっこりのえがおをかえす。

言ったとおり、おねえちゃんはべったべた。でも目にはゆうきがあふれてて、それがわたしたちにも元気をくれる。…やっぱりおねえちゃんは、すごい。

 

「…さて、と…元々負けるつもりはなかったが、今ので余計に負けられなくなった。だから……その目に焼き付けやがれ、トリック。ルウィーの女神の…強さを」

 

おのの先をトリックに向けるおねえちゃん。おねえちゃんの心にあるのは、つよい思い。それは大きくて、でっかいかべで……でもわたしもロムちゃんもまけたくないから、おねえちゃんにもまけない女神になりたいから……わたしたちは、うんってうなずく。




今回のパロディ解説

・スーパーコーディネーター
機動戦士ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、キラ・ヤマトの事。一応トリックも幼女に対しては不殺です。覚悟もあります。その内容はかなり独特ですが。

・Xラウンダー
機動戦士ガンダムAGEの主人公の一人、キオ・アスノの事。勿論この能力はキオだけのものではありません。ついでに行動の動機も上記同様全然違います。


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第百四十一話 愛しき者を見守る愛

肉を切らせて骨を断つ。それは判断を間違えない限り実戦的な策の一つで、わたしもこれまで何度もやってきた。……が、まさかトリックがそれをしてくるとは思わなかった。しかも掠る程度の攻撃ではなく、突き刺してやるつもりで放った手刀を微塵も怖気付く事なく受けるとは、予想すら出来なかった。だからその時…マジックの信念が鋼の様に固く、真剣の様に研ぎ澄まされているのだとわたしは改めて知った。

だが、それはトリックだけの事じゃない。トリックの思いが女神の覚悟に追い縋れる程のものだってのは認めざるを得ないが……わたしの思いが、ロムとラムの思いが負けてるなんて思っていないし、トリックの勘違いは正してやらなきゃいけないと思った。例え歪みきっていようと、大切なものを守ろうとするトリックをただ討ち亡ぼすのは、女神のすべき事じゃないと、わたしの心がそう言った。だからわたし達はこれから見せる。テメェが見てる存在の、本当の姿は何なのかっつー事を。

 

「わたしは二人に期待してる。けどそれはまだまだ未熟な妹としてじゃねぇ。同じ女神として、仲間としての期待だ。だから妥協もしねぇし、二人がわたしの期待に応えられなきゃ最悪三人揃ってあの舌の餌食だ。…大丈夫か?その期待を、このまましても」

「もっちろんよ!いっぱい期待してよね、おねえちゃん!」

「わたしは、ちょっとふあん…でも、おねえちゃんの期待にはこたえたい。わたしたちも女神さまなんだって…トリックに、見せたい…!」

「わたしもわたしも!それに三人なら、ぺろぺろされても何とかなりそうな気がするわ!」

「いや例えに出しただけで、もう舐められるのは勘弁だっての……だがまぁ、いい返事だ。…だったら、二人共着いてこいよ?ルウィーの守護女神の…全力に」

 

付着したままの唾液で滑らないよう水魔法で最低限洗い流して(魔法適性が低いわたしでもその程度は出来る)、期待してもいいか二人に問う。今の二人から消極的な返答がくるとは思っていなくて、実際そんな返答は来なかった訳だが…その返答に籠った思いから、本当に期待するに値するだけの意思を二人が持っている事が伝わってきた。……なら、わたしも応えなきゃいけない。わたしの期待に応えようとする、二人の気持ちに。

 

「…タイミングは二人に任せる。いいな?」

『うん!』

「よし、じゃあ…いくぞッ!」

 

わたしの合図で二人は飛び上がり、わたしは戦斧を構えて突撃。真正面から一直線に肉薄…と見せかけて、突撃の途中で戦斧を投げ付ける。

 

「…む……ッ!」

「急に静かになってどうしたよトリック!降伏するんだったら、早めに言えよなッ!」

「…降伏などせん、単に思っただけだ。君の…三人の幼女女神の、貫きたい信念の様を見てみたいと…ッ!」

 

投げた戦斧を、トリックはわたしの脱出直後に氷が溶けた舌で迎撃。その動きで戦斧は明後日の方向に弾かれかけるも、吹っ飛ぶ前にわたしがキャッチし、そこから近接攻撃へと移行。攻撃を障壁で防がれた次の瞬間には触手が襲いかかってくるが、防がれた時点でわたしは戦斧の刃を滑らせ、回転斬りで触手を返り討ち。

 

「はっ、なら素直に受けてくれんのかよッ!」

「まさか。見てみたいが…だからと言って、無意味にやられるつもりなどないッ!我輩とて、譲れぬ信念があるのだッ!」

「だろうな!相手に道を譲るか相手を押し退けてでも前に進むかの選択肢で、わたし達もテメェも後者を選んだ以上、簡単にやられてくれるとは思ってねぇよッ!」

 

触手を蹴散らしたところで再び戦斧を振るい、まだ消えていない障壁に叩き付ける。その攻撃と同時にラムも側面から光弾を撃ち込み、トリックの視線がラムの方へと向いた瞬間別の位置からロムも光弾を発射。二方向からの同時攻撃と、一瞬開けた第三の攻撃でトリックへ圧力をかける。

攻撃をしつつも、わたし達はシェアエナジーと魔力を身体の内側に溜める。今は攻撃の時間ではなく、全力へと繋げる為の時間。

 

「よく分かっているではないか…ならば我輩も見せよう!我が信念の力の全てを!そして、願わくば分かってほしい!我輩は君達の幸せの為に尽くすつもりなのだとッ!」

「……!…それなら、見せて…その思いを……!」

「そこまで言うなら見てあげるわ!わたしたちだって、まける気はないけどねッ!」

 

障壁で阻むトリックが発した、戦闘開始前の気持ち悪さとはかけ離れた叫び。それと同時に手首足首の魔法陣から無数の触手が放たれ、内側から障壁を破って反撃をかけてくる。

その言葉にわたしは言い返すつもりだった。…が、わたしより先に口を開いたのはロムとラム。二人は光弾を飲み込むように近付く触手へ魔法の勢いを強めながら、トリックの意思に真っ向からぶつかるだけの胆力を見せる。…そして同時に、それは二人からの提案だった。わたし達の全力は、それを乗り越えた瞬間こそに叩き付けるべきだって。

 

(…いいぜ、了解だ。乗り越えようじゃねぇか…トリックの信念をッ!)

 

自分へも迫る触手をそれぞれで蹴散らしつつ、わたし達は後退。すると触手は消滅し、トリックの四肢に展開していた魔法陣も消滅。だが、トリック自身から魔力の気配は消えていない。むしろその力は膨れ上がり……トリックの背後に、巨大な魔法陣が顕現する。

 

(これは……系統自体は同じみたいだが、明らかに術の格が違ぇ…)

 

トリックと魔法陣から感じる魔力の奔流から、トリックのやろうとしている魔法が何なのか、どれ程の物なのかが伝わってくる。こんなの普通は様々な要因から理解出来なかったり、出来ても把握し切る前に魔法として成立したりで、一回目から解析するのはほぼ不可能。…なのに、分かるという事は……それだけの規模を持つ、本人の意思関係なく隠しきれない程強大な魔法が進行しているという事。

 

「(こりゃ下手するとほんとに最悪のパターンになりかねねぇ…だが、これなら…ッ!)ロム、ラム、防御だッ!」

「え、でもこれって……!」

「大丈夫だ!二人共、頼むッ!」

「…分かったよ、おねえちゃん…!」

 

とにかく距離を取って、回避に徹したいと思う程の、膨大な魔力。……けど、わたしには策があった。それだけ強大だからこそ、やる事に大きな意味のある手が、わたしにはあった。

一瞬逡巡し、けれど続くわたしの言葉で信じてくれたロムとラムはわたしの前へ。二人は障壁を展開し、それを融合させ、より大きく強固な盾を作り上げる。

 

「同調による障壁の強化か……だが我輩の全力は、その程度では止まらんぞ…ッ!」

「ふーんだ!だったらやってみなさいよ!」

「わたしたちは、おねえちゃんを…しんじてる、だけ…ッ!」

「そうか……では我が奥義、しかと見よッ!ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

脈打つように魔法陣が輝き、トリックは舌を天へと向けた。その舌へと魔法陣から魔力が流れ、トリックの口からは迸るのは雄叫び。そして……掲げられた舌が、振り下ろされる。

 

「包み込めッ!ペロフェクションッ!!」

 

振り下ろされた舌から現れる、柱の様に巨大な舌。元々大きいトリックのそれを大きく超える、赤く巨大な舌が物凄い速度でこちらへと放たれる。それは瞬く間にわたし達へと迫り、障壁に触れ……ロムとラムが、苦悶の声を漏らしてよろめく。

 

『あぅ……ッ!』

「ぬううううんッ!」

 

激突する舌と障壁。盾である障壁は魔力を大きく散らしながらも舌の突進を止め……されど次の瞬間、舌の中腹辺りから数え切れない程の触手が現れ、それもまた障壁へと襲いかかる。

障壁を拡大し、二人は押し留めようと頑張ってくれるが…破られるのは時間の問題。だがそれでいいとわたしは何も言わず、ただ一心に障壁を叩く舌を見つめる。

音を立てて走る亀裂。その亀裂から漏れる魔力。幾ら二人の同調させた障壁と言えど、準備にかけた時間が全然違うんだから凌ぎ切れる筈もない。それを二人も分かっているから、その表情には焦りの色が浮かんでいて……遂にその時が訪れる。わたしの予想した通りに…障壁が破られる、その瞬間が。

 

「ゆけぇッ!我が信念ッ!」

「……っ!ごめん、おねえちゃん…!」

「もう、むり……っ!」

 

二人が声を発した次の瞬間、どこか一ヶ所が、ではなく全面が一斉に崩壊する障壁。妨害を貫いた舌は正面から、触手は覆うように広がりながらわたし達へと迫り来る。

もう回避は不可能。逃げ場は、安全地帯は、どこにもない。圧倒的な圧力。圧倒的な物量。それがトリックの切り札。だが……わたしには見えていた。二人の時間稼ぎのおかげで、その切り札を…『魔法』を、看破する事が出来た。だからわたしは……その法則を、打ち砕くッ!

 

「──見切ったぜ。その魔法のルールをッ!」

「……──ッ!?」

 

突き出した左手。殴打たり得る威力もなければ障壁を展開する訳でもない…だがある術式を込めた左手が、巨大な舌に触れ……消滅させる。

 

「防御……いや、無力化されただと…ッ!?」

「テメェの切り札が全く違うものなら、或いはここまでわたし達を傷付けても良いと触手以外の魔法ももっと使っていたら、こうはならなかっただろうな……だがッ!」

 

巨大な舌も、そこから生える触手も、背後に位置した魔法陣すら、一瞬の内に消滅した。その事へトリックが目を見開く中、わたし達は動き出す。いや…わたしが消滅させた時点で、わたし達は動いていた。

二人から魔法による後押しを受け、わたしは天空へと飛び上がる。それと同時に舞っていた障壁の残骸が光となってロムとラムの周囲に集まり、二人の放つ魔力と合わさる事で新たな魔法陣に。

 

「こんどは、わたしたちの番…ッ!」

「ルウィーの女神の…わたしたちの力、うけてみなさいッ!」

 

新たな魔法陣の数は四つ。それ等は二つずつ横となってロムとラムの身体に重なり、冷気が周囲へ漂い出す。

魔力を帯びた冷気は氷の礫へと姿を変え、変化した側からトリックへと殺到する。狼狽えていたトリックはその瞬間に表情を引き締め、複数の魔法陣とそこから現れた触手で迎え撃とうとするも……その身体が、触手が凍り付く。

 

「さいしょは……わたしッ!」

 

トリックと触手からその空間に座す権利を奪うように、雪原から現れた氷が上へと広がっていく。それと同時にトリックの上空では氷塊が、それも突撃槍の様に鋭利な刃が穂先を向けて取り囲む。

 

「つぎは、わたし……ッ!」

 

ロムの掛け声と共に、浮かんだ氷塊はトリックへと飛来。登る氷に回避も防御も封じられたトリックにそれを凌ぐ術はなく、次々と氷塊が突き刺さっていく。

拘束を兼ねたラムの攻撃と、タイミングを見極める放たれたロムの追撃。力を惜しみなく注いだ二人の魔法はそれ単体でも十分な威力を持ち、それが連携して襲いかかったとなれば最早威力は理不尽の域に到達する。…けど、それで終わりじゃない。二人がこうして力を発揮しておいて、姉であるわたしが何もしないなんてある訳がない。

 

『さいごは……おねえちゃんッ!』

「おうッ!」

 

天空で上昇を止め、戦斧を振り被るわたし。わたしの上昇の助力となった二人の魔力と、わたしのシェアエナジーと複合させた魔力が戦斧の刃へと集まり、魔力は青白く輝く氷刃へと変貌する。

二人の声に応えたわたしだが…実のところ、その声…というか地上で起こる音はほぼ全て聞こえていない。それ程の高さにいるのだから、聞こえる訳がない。……それでもわたしには、聞こえなくても感じる事が出来た。だからわたしはその声に応え……全速力で降下をかける。

 

 

「これが女神の……わたし達の力だッ!ドライ……」

『──ラヴィーネッ!』

 

真っ直ぐに、一直線に、トリックへと向かう。戦斧を携え、二人からの信じる思いを胸に受け、そして全身全霊、力の全てをかけて……振り抜く。

一刀両断。その文字通りに、わたしはロムとラムの氷諸共トリックを斬り裂いた。更に駄目押しとばかりに氷が破裂し、トリックは白の煙に包まれる。

氷刃を解除しながら、わたしはロムとラムが立つ場所の前へと着地。ロムとラムは何も言わず、静かに煙の中のトリックを見つめる。そんな二人に続くようにわたしも煙を見つめ、煙が晴れるのを待ち……

 

「…そう、か…これは…これが、君達の……力、か…」

 

……晴れた時そこには、目を閉じ背中から倒れたトリックの姿があった。

 

 

 

 

感嘆混じりの、どこか納得したような言葉を、トリックは零した。倒れた姿と、これまでとは明らかに違う雰囲気の声で、わたし達は…勝利を実感した。

 

「か、かったぁ……」

「よかった、かてた…(はふぅ)」

 

気の抜けたような声を漏らして座り込むロムとラム。女神化こそまだ維持しているが、その声から二人の疲労は見て(聞いて、か?)取れる。…まぁ、わたしだって腰を下ろしたい位疲れてるんだから、二人の反応も当然だよな…。

 

「…よく頑張ったな、二人共」

「うん、わたしたち…がんばった…(ぐっ)」

「わたしたち、たよりになったでしょ?」

「あぁ、なったぞ。二人はわたしの自慢の妹だ」

 

振り返り、ロムとラムに向けて笑う。すると二人は表情を綻ばせ、向日葵の様な笑みを返してくれる。……わたしはこの笑顔を守りたい。だから、トリックの言葉も分からないでもない。けど……

「ぐふっ…しかと、見せて…もらった、ぞ……」

『……っ…!』

 

背後から聞こえた咳き込みと、荒い息遣いの言葉。慌てて向き直る事はせず、でも若干の緊張を抱きながら反転すると……トリックが、雪原に手を突きゆっくりと起き上がっていた。

 

「我輩の考えは変わらん…だが、君達は我輩に勝った…君達の信念が打ち勝った…ならば、道は譲ろう……」

「…トリック……」

「アクク…身勝手に、自己中心的に欲を満たそうとした愚か者には、これでも過ぎた終わり方だ…こんなにも美しい幼女が、引導を渡してくれたのだからな……」

 

往生際の悪い様を見せる事も、現実を拒絶する事もなく、潔く敗北を受け入れたトリック。自嘲気味に笑う奴の顔は…どこか憂いを帯びている。

 

「…なんかひょーしぬけね。もうひとなめするまでは…!…とか言うと思ったのに」

「…あきらめる気になったの?」

「いいや…まだ打つ手があれば、戦う力があれば…手を、舌を伸ばしていたさ……」

「そう言いつつ、さっきみたいに不意打ちをしようと……は、してねぇな。その様子だと…」

 

トリックの目からは、もう闘志が感じられない。それに不意を突くなら、わたしが背を向けていた時仕掛けている筈。声には惜しさを滲ませていたが……惜しいと感じてるってならやはり、もうこれ以上やる気はないって事だろうな。

 

「最後に良いものを見せてもらった…確かにここまで強いのなら、強化された我輩にすら勝てるのなら…我輩の助けなど、君達の幸せの役には立たんのかもしれん……」

「…そういうこった。わたし達はテメェに庇護されなきゃ幸せになれない程、弱くなんかねぇよ」

「あぁ……では、行くが良い…消え行くロリコンの姿を見ていたところで、何の益にもならんだろう…?」

 

夢破れた男とでも言うべきか。今のトリックからは、そんな哀愁が漂っていた。

何の益にもならない…というのは、恐らく間違っていない、所詮トリックは敵で、今信次元で起きている事を考えれば、ここでゆっくりするのは得策じゃない。…得策じゃ、ないが……

 

「そういう言い方はすんなよ…そりゃそうかもしれねぇが、そう言われてはいそうですかって帰るのは気が引ける…」

「そうか…であるなら消える我輩に最後の思い出として、この舌をベットに仲良く川の字で寝る君達の姿、又はパペット片手に水着を着ようとして失敗し、涙目になってしまう姿を見せてくれれば我輩は成仏出来るのだが……」

「よし、帰るぞロムラム」

「うん、かえろうおねえちゃん」

「さっさとかえろっか、うん」

 

真顔で反転し、飛翔するわたし達三人。何の益にもならない…は間違っていないと心の中で言っていたわたしだが、前言撤回。見届けるのは益にならないどころか、シンプルに有害だった。わたしは勿論、ロムやラムにも変態に向ける慈悲はない。

という訳でわたし達は街へと帰還し、そこから街及び各所の対応を行うミナ達と共にルウィーの安全を確保するのだった。

 

 

 

 

「……とは、いかねぇよな…」

『……?』

「悪ぃ、先行ってくれ二人共。わたしはちょっと、やり残しを片付けてくる」

 

そう言ってわたしは二人と別れ、トリックの前へとUターン。驚くトリックの視線を受けながら、すぐ近くへと着地する。

 

「…何故、戻ってきた…まさか、してくれるのか…?」

「する訳ねぇだろロリコン。…テメェは結局、したい事をしてきたのかよ。これまでテメェがしてきた事が、やりたかった事なのかよ」

 

目を輝かせたトリックを一蹴し、問う。…それが、わたしのやり残した事。別に聞かなくても困る事はないし、禄でもない答えが返ってくるかもしれないとも思ったが…それでもわたしは、訊こうと思った。訊いておきたいと、思った。

わたしの言葉を受け、トリックは黙り込む。どう答えるかを考えているのか、答えたくないのか、舌は出たままトリックは口を閉ざす。それから十数秒の沈黙が訪れ……閉じていたトリックの口が、開く。

 

「…当然だ。我輩は幼女が大好きで、幼女が好きだという気持ちを満たしたくて、ここまで活動してきたのだ。気持ち悪いと言われようと、下衆だと言われようと、我輩は声を大にして言えるぞ?…先程舐めた君の身体は、大変美味であった…と」

「……そう、かよ…なら…」

 

その言葉を聞き終えた時、わたしの背筋に走ったのは生理的な嫌悪。思わず自分の肩を抱きたくなって、続けて奴を叩きのめしたい衝動にも駆られる。…だが同時に、ほんの少し残念でもあった。こいつには何か理由が…それこそユニの言うブレイブの様に、本当の願いが別にあるんじゃないかとわたしは思っていたから。

舐めた瞬間を思い出すようににやりと笑うトリックから、わたしは目を逸らす。するとトリックは軽く舌を動かし……

 

「な…に……ッ!?」

 

……にやついた顔から、あり得ない物を見たような表情へと変貌した。

何だと思って振り返ろうとしたわたし。だが、振り返るまでもなく…気配で気付いた。こちらへと降下してくる、二人の存在に。

 

「……ロム、ラム…?…どうして……」

 

一瞬自分の感覚を疑ったわたしだが、やっぱりその二人はロムとラムで間違いない。何故、とわたしが思う中、二人は振り向いたわたしの頭上を通り……トリックの前へ。

 

「…………」

「…………」

「…どう…したのだ、ホワイトシスターよ…君達にはもう、何の用事もない筈……」

「ちょっとだまってて」

 

二人まで戻ってきた事に、疑問を感じているのはトリックも同じ。けどトリックの言葉をラムが制し、二人はわたしとトリックの間で見つめ合う。

それは、二人だからこその意思疎通。わたしやパーティーメンバーがやるアイコンタクトよりずっと互いの気持ちを伝え合える、二人の思いの交わし合い。それをわたしとトリックが見つめる中、二人はこくりと頷き……トリックへと、向き直る。

 

「…わたしは、あなたがきらい。こわいし、気持ちわるいし、わるい人だから……きらい」

「わたしも、あんたがきらい。へんたいだし、ロムちゃんにもおねえちゃんにもひどいことしたし、わるいこともいっぱいしてきたから……だいっきらい」

「……そう、だな…そう言われて当然だ…我輩は、嫌われて当然の存在だ…」

「…でも、わたしたちは言わなきゃいけないことがあるわ」

「言わなければ、いけない事…?」

 

自覚していても、面と向かって非難されるのは、嫌いだと言われるのは、辛い事。それは二人にだって分かってる筈で、なのに何故言ったのか。そう思ったわたしだが…二人はそれで終わらず、言葉を続ける。続け、そして……言う。

 

「言わなくてもいいかなって、思ったこともあった…だって、あなたは…てきだから……」

「でもロムちゃんと考えて、いっぱい考えて…やっぱり思ったの。いやなやつでも、きらいなやつでも…ちゃんとこれは言わなきゃだめだって」

「だから、トリック…さん……」

 

 

 

 

『…あのときは、助けてくれて……ありがとう、ございましたっ!』

「──ッ!!」

 

一生懸命な気持ちを言葉に込め、深々と頭を下げ……二人はお礼を、口にした。ギャザリング城で、トリックが身を呈して二人を守ったあの時の事を、ありがとう…と。

それから二人は、反応を待ちもせずに空へと上がる。返答は求めてないとばかりに、飛び上がった二人は去っていく。…それを見送る、わたしとトリック。

 

「…ロム、ラム……」

 

礼を言うのは当たり前の事で、けれど大切な事。簡単に出来る筈なのに、中々言えない難しい事。気心の知れた相手でも時には大変なのに、それを敵へ……それも間違いなく嫌悪の感情を持っている相手へ言うなんて、わたしにだって楽じゃない。…だから、凄いと思った。わたしは、わたしの妹を。そして、トリックは…礼を言われた、トリックは……

 

「あ、アクククク…これはとんだお人好しではないか…まさかこの我輩に礼を言うとは、この我輩が礼を言われるとは…あぁ、ああ……」

「…トリック、お前……」

 

 

 

 

「……嬉しい、なぁ…心から愛しいと思える相手に、嫌われてでも幸せになってほしいと思う相手に、ありがとうと言ってもらえるのは…本当に、本当に…嬉しいなぁ……」

 

──涙を、流していた。ぎょろりとした目から、滝の様にぼろぼろと涙を零していた。

 

「……気が変わった。話せよトリック」

「…話、せ……?」

「テメェの本心をだよ。あるんだろ?まだ話してねぇ事が」

「…そんな、事は…我輩はただ、我輩の為に……」

「嘘吐くんじゃねぇよ。…私利私欲の為だけに動くような奴が、そんな涙を流せる訳がねぇだろ」

「…………」

 

零れ落ちる涙は、トリックの心を表している。わたしはそう感じた。そう感じたから、改めて訊く。すると、トリックはまたもや黙り…だが今度はさっきよりも早く、手の甲で涙を拭いつつ……語り始めた。

 

「…話す程の、事はないさ…ただ我輩は幼女を愛しく思っているだけだ…無限の可能性を持ち、自らだけでなく周囲も明るくし、捻くれる事なく純粋な目と心で世界を見る、幼女という存在が……」

「…それだけなら、守ってやるなんて行動にゃ結び付かねぇだろ」

「あぁ…幼女は純粋で、されど無限の可能性を持つ存在…それ故に簡単に悪に染まってしまう事がある。…いや、悪に染まるだけならまだ良い…罪の無い幼女が、明るい未来を得られる筈の幼女が傷付き、彼女達が光を失ってしまう事が、我輩は耐えられない…そんな理不尽を、どうしても看過出来ないのだ…」

「……だから、守りたいんだな。大切だと思える存在が、笑顔で居続けられる為に」

 

ゆっくりと話すトリックの視線は、わたしではなく宙を向いている。…多分トリックの目には、多くの幼女の姿が浮かんでいるんだろう。奴が守りたいと思う、奴が愛しいと思っている…大切な存在の姿が。

 

「そうだ…だが、それは半分本心で…半分、建前だ……」

「…なら、もう半分は何なんだよ」

「身勝手な、愛だ…。我輩は少女も、大人の女性も愛しいとは思えない…幼女が成長し、少女となってしまった時点で我が愛は冷めてしまうのだ…幼女の成長を望み、幼女が輝かしい未来へ進む事は心から望んでいる筈なのに、いざそうなってしまうのは怖いと思う……そういう意味では、だから我輩は真っ先に君達女神を守ろうとしたのだろう…人の理から外れ、幼女で居続けてくれるかもしれない…君達女神を……」

 

……それは、相反する思い。未来へ進んでほしいという願いと、今のまま居続けてほしいという、両立出来ない歪んだ愛情。…ならきっと、トリックは苦しんだんだと思う。どちらも本心だからこそ、その二つの願いの板挟みで。だからトリックは犯罪神の臣下となったのだろう。人にはどうしようもない『不可能』には、人を超えた存在が必要だと考えて。

そこでトリックの語りは終わった。だが今度は、トリックからの質問がわたしへと投げられた。

 

「…ホワイトハートよ…我輩は、どうしたら良かったのだ…我輩の願い通りになれば、我輩の望みは叶えられる……だが分かっているのだ…それは脆く、簡単に崩れ去るような成就であると…。…どうか答えてほしい…我輩は、どうすれば…正解だったのだ……?」

 

悲しそうに、力の足りない自分を嘆くように、わたしへと答えを求めたトリックの言葉。それにどう答えるべきか、一瞬わたしは考えた。女神として答えるべきか、一般の思考で答えるべきか、或いはトリックの言う『幼女』として答えるべきか。…でも、どれもしっくりこない。しっくりこないから……わたしは決めた。わたしはわたしとして、ブランとして答えようと。

 

「……なら、見守ろうぜ」

「…見守る…それが、正解だと…言うのか……?」

「さぁな。…わたしにテメェの気持ちを否定するつもりはねぇ…いや、それどころか多分同意見だ。わたしの中にもテメェと同じ気持ちがある。何せわたしには、ロムとラムがいるからな」

「…………」

「わたしも、二人には無限の可能性を感じてる。純粋で可愛い妹だと思っているし、だからこそ傷付いてほしくねぇ。それに二人の前じゃ言えねぇが、わたしだってちょっとだけ思ってるんだ。…二人には、ずっと今のままでいてほしいって」

 

わたしはロリコンじゃないが、ロムとラムには愛情を持っている。トリックと同じように色々な思いを抱いているし……二人が成長する度に、嬉しい反面寂しさも感じていた。二人が変わってしまう事に、わたしの中の二人からズレていってしまう事に対する寂しさが、わたしの中にはあった。

トリックの目を見て、続けるわたし。教える、ではなく単に思いを伝えるつもりで、わたしは言葉を紡ぐ。

 

「わたしの中にある二人を守りたい気持ちは、きっと大切だって気持ちと、変わってほしくないって気持ちの両方から来てるんだろうな。だから同じなんだよ。テメェも、少し前までのわたしも」

「…では、今は……」

「違ぇよ、今のわたしは。…だって、助けられたからな。何度も見てきたからな。……わたしは知ったんだ。二人の光は、簡単には消えたりしないって。挫ける事はあっても、そこから立ち上がって成長を続けられる位、強くなったんだって。…それに、やっぱり嬉しいんだよ。成長した二人を見られるのは、新たな二人を知れるのが」

 

守りたいと思う気持ちの理由は色々あるが、その内の一つに『守らなきゃいけないから』というのがある。…それが、わたしとトリックの違い。その思いを持ち続けていたトリックと、もうそんな弱い二人じゃないと気付いた、わたしの違い。

 

「…そうか…だがそれならば、大きな違いが一つあるな…君は成長した二人も愛せるが、我輩はそうではない……」

「分かってる、だから見守れって言ったんだよ。成長したら愛せなくなるってなら、新たな幼女をまた見てやればいいじゃねぇか」

「……それは…」

「取っ替え引っ替えみたいで嫌だってか?なら見方を変えてみろ。成長した幼女は捨てるんじゃなくて、成長を祝福して送り出してやるんだよ。新たな幼女に乗り換えるんじゃなくて、新たに幼女を導いてやるんだよ。…そういう事を仕事にしてるのが、教師って奴だ。実際に仕事にまでなってるんだから……それと同じようにテメェが幼女を愛したって、誰も文句は言わねぇよ。…お前の愛は、本物なんだろ?」

 

どんなに歪んでいようと、トリックが抱いているのは紛れもない愛。…その愛を否定する事を、わたしはしたくなかった。その思いは、肯定してやりたかった。そう思ったから、わたしは考えと思いを全て伝え、最後にトリックへと質問した。それに対する回答は……言うまでもない。

 

「……見守る、か…それも、良いかもしれないな…」

「だろ?まぁ尤も、節度のねぇ見守りはストーカーと変わらねぇがな」

「その位分かっておる。…良い、気持ちだ…長年抱き続けていた胸のつかえが、漸く取れたような気がする…これで、我輩は……」

「……トリック?」

「……一つ、頼みがあるのだ。我輩にはまだ、やり残した事があった。実を言うと、我輩にはまだ消滅までほんの少し時間があるが…どうかこのやり残しを、果たさせてほしい」

 

言葉通りにすっきりとした顔をしていたトリックだが、ふと何かを思い出したかのように表情を引き締め、それからわたしへと頭を下げてきた。

やり残しとは何なのか、トリックは語っていない。もしかしたら、逃げようとしているのかもしれない。敵である以上、それを許さないのが普通の選択。…けど、わたしは……それに頷く。

 

「…なら、さっさと済ませるんだな。……もし変な真似をしたら、容赦はしねぇ」

「…恩に切るぞ、ホワイトハート…」

 

わたしの言葉に返答したトリックは更に頭を下げ、それが終わると背を向ける。…どうやら誰かに連絡しているらしい。それは耳を澄ませば十分聞こえる声だったが……わたしは聞かないようにした。

大体数分程の時間をかけ、連絡をしていたトリック。それを終えた時、トリックの身体は前と同じように消え始めていた。身体が光の粒子へと変わりつつあるトリックだが……その顔に浮かぶのは、一切の曇りがない晴れやかな表情。

 

「…今度こそ、成すべき事は済んだ。我が心を救ってくれるどころか、我輩を信用し頼みまでも聞いてくれるとは……ホワイトハート、いやブラン…君は、良い女神だな…」

「ったりめーだ。わたしはルウィーの守護女神で、ロムとラムの姉だからな」

「アククク…やはり幼女女神は最高だなぁ……さて、それではさらば……むぅっ!?」

 

穏やかな顔付きで消えていくトリックと、改めて向かい合う。…今度こそ、トリックは満足しているんだろう。自分の愛を、素直に肯定出来てるんだろう。そう思ったわたしは……右手でトリックの舌を握った。プロセッサを解除した、素の右手で。

 

「な、なな…何を……!?」

「餞別だ。お前のキモい願いを聞く気はねぇが…まぁこの位は特別にしてやるよ。…まさか物足りねぇなんて言わないよな?」

「ま、まさか!物足りないどころか、自ら我が舌を握ってくれるなど感無量に決まっている!おほほっ、幼女のぷにぷにおてて……プライスレス…ッ!」

「そうかい、ほんとに気持ち悪い奴だな…。…トリック、お前のしてきた事は許されねぇし、ここで消えるのも当然の報いだ。だが、もし心からそれを反省し、この消滅を罰として受け入れ、同じ過ちは繰り返さないと誓うなら……お前からの信仰を、喜んで受け入れるぜ」

「……誓おう、女神ホワイトハート。君も、ホワイトシスターロム、ラムも、本当に良い女神だ。君達がいたから、我輩は真の意味で我が信念の道を見つける事が出来た。…君達ならば、どんな苦難も、どんな逆境も、その光を失わずに超えられると信じている。そして、我輩は所詮ただのロリコンだが……それでももし機会があれば、我輩が力になれるのなら…我輩は君達の力になる事、なり続ける事を…約束する……。……さようなら、最高の幼女達…ありがとう、ブラン…ロム…ラム……」

 

消えていく。手も、脚も、胴も、舌も。シェアエナジーの光となって、トリックは空へと登っていく。この先トリックがどんな道を辿るのかは分からない。もしかしたら、本当に消滅し、無へと帰ってしまうのかもしれない。…それでもきっとトリックは、満足した思いを胸に抱き続けられるだろうと、わたしは思った。

そして、わたしの手からトリックの舌の感覚もなくなり、完全にトリックは消滅した。最後の粒子が登り、消えていくまでわたしはそれを見つめ続け……それから、ゆっくりと背を向ける。

 

「……じゃあな、トリック・ザ・ハード」

 

そう呟いて、わたしもロムとラムの後を追う。まだやる事は残っているのだから。ルウィーの為に、信次元の為に……トリックの愛する存在の為に。

 

 

──蘇ったトリックとの戦いは、こうして終わった。わたしにとってもロムとラムにとっても、生理的には最悪の相手。だがきっとわたし達の心には、トリックの存在が残り続けるだろう。それは良い意味でも、悪い意味でも、はっきりと。




今回のパロディ解説

・「〜〜相手に道を〜〜選択肢で〜〜」
ガンダムビルドダイバーズの登場キャラの一人、クジョウ(キスギ)・キョウヤの名台詞の一つのパロディ。まさかトリックがこの台詞を言われるとは…私自身驚きです。

・「〜〜パペット片手に〜〜涙目になってしまう〜〜」
デート・ア・ライブに登場するヒロインの一人、四糸乃の四巻におけるあるシーンの事。性格的にもロムがこれをやったらかなり合いそうな気がします、はい。

・「〜〜やはり幼女女神は最高だなぁ〜〜」
ロウきゅーぶ!の代名詞(?)的な台詞の一つのパロディ。トリックと言えばロリコン、ロリコン的発言の一つと言えばこれ。物凄くしっくりきましたね。


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第百四十二話 真っ直ぐに、一心に

お姉ちゃんはとにかくまずプラネタワーへ。わたしは大通りや繁華街へ。マジックに得体の知れない置き土産を残されたわたし達は、対モンスター戦の勝利を確認した後それだけ決めて街へと戻った。そしてお姉ちゃんと別れた後すぐインカムに届いたのは、驚愕の情報。

 

「えぇ!?しゅ、集団脱走ですか!?」

 

通信の相手は、イストワールさん。この通信はわたし、イストワール、それにお姉ちゃんの三人で交わされてるもので、インカムからはお姉ちゃんの驚きの言葉も聞こえてくる。

 

「一人二人ならともかく、犯罪組織の構成員全員だなんて…まさか、全員で協力して三つ位穴を掘ってたとか…?」

「いえ、どうやら何者かが脱走の手引きをしたようです。わたし達の目が四天王やモンスターへ向いていた隙を突かれましたね…」

 

言葉に焦燥を滲ませつつ問いかけたお姉ちゃんに答えるイストワールさんの声からは、悔し気な感情が伝わってくる。わたしやお姉ちゃんはまだ驚きの方が強く感じているけど…多分落ち着けば、イストワールさんと同じ気持ちになると思う。だってこれは完全に、わたし達の作戦を利用された訳だから。

 

「怪我人はどうなんですか?救援は必要ですか?」

「いえ、どうやら脱走は強引な手段ではなく、手引きをした者が潜入によって進めたらしいので、今のところ死傷者の報告はありません。あくまで今のところは、ですが…」

「そうですか、なら良かっ……いや良くないよ全然、脱走されちゃったんだから…」

「怪我人無しは不幸中の幸い、ってところね。…これがマジックの言っていた事なのかしら…」

 

評価をお姉ちゃんが纏めつつ、わたしの中にもある疑問を口にする。

犯罪神様への最後の供物、狂宴に包まれるがいい…マジックは消える前に、そう言っていた。あの時確かに良からぬ何かが起きていて、それを確かめる為、止める為にわたし達は急いでいる。状況的に考えれば、マジックのした事は脱走の支援なんじゃないかと思えるけど……

 

(…でも、死傷者がいないって事は気付かれずに脱走をある程度進められたって事。なら、脱走が始まったのは……わたし達がマジックを倒すより、前の事…?)

 

わたしは考える。今の段階じゃ情報が少な過ぎて推理のしようもないけど、考える事は大切。安易に答えを求めようとして間違えるのは分からないままより良くないし、ガラス片一つで答えに繋がる事もあるから。

 

「…いや、マジックの意図は何であれ、まずはその対処に当たらなくちゃいけないわね。いーすん、わたしはこのまま戻るから情報を整理しておいて。ネプギアはそこから捜索に回ってくれる?街の中にも軍の警戒がある以上、まだ遠くには行ってない筈よ」

「うん、任せてお姉ちゃん!」

 

高度を上げ、刑務所方面へと進路を変える。考える事は大切だけど、動く事だって大切。自分から情報を得たいなら動くしかないし、事態は待ってくれないんだから、場当たり的でも動くのが解決への第一歩。とにかく動いて、でも頭ではちゃんと考えて……それが出来なきゃ、一人前の女神になんてなれないよね。

 

「お二人は四天王を撃破した直後です。元構成員は殆どが普通の人間とはいえ、体力にはご注意を」

「大丈夫ですよ、いーすんさん。消耗してる事は、わたし達自身がよく分かってますから」

 

その返答を最後に、一度通信は終了。代わりに刑務所と軍に連絡を取って、脱走に関するより詳しい情報を収集する。

 

(普通に探したって見つかる訳ない。普通に見つかるなら、もう発見情報なり何なりが出てくる筈。でもそれなら、どうすれば……?)

 

上空から見下ろしながら、脱走した元構成員を探す。元構成員自体を見つけられれば一番いいけど、小さな手がかりだけでも今は十分。お姉ちゃんの言う通りすぐ遠くには行ける訳ないんだから、少しずつでも手がかりを集めて、元構成員へと近付いていけば……

 

「……あれ?」

 

捜索を始めて十数分。見逃しをしないようゆっくりと首を回していたわたしは、奇妙な集団を発見した。まだ勧告が解除されていない今、軍人でもない人が集団で外に出てるというのは明らかにおかしい。

 

「…って、あの人達は……」

 

気になって降下を開始したわたしの目に映ったのは、教会を否定する言葉の書かれたプラカード。…それ一つで分かる。その人達は、信仰抗争被害の会の集団だって。

 

(なんで今、こんな所に……)

 

被害の会の人達はわたし達女神や教会を嫌っているみたいだから、勧告を素直に聞いてくれないのは分かる。でもそれにしたって、こんな有事にふらふら外を歩いているのは……

 

「…もしや……」

 

ある可能性が頭に浮かんだわたしは、周囲に気を配りながら一気に降下。集団の正面に降り立って、くるりと集団の方に振り返る。

 

「うおわっ!空から女の子が!?…って、この人は……」

「今この周辺は危険です。必要なら案内するので、安全な場所に移動してもらえますか?」

 

わたしの突然の飛来に驚く集団へ向けて、避難するよう言葉をかける。…けど、それに頷いてくれる人は一人もいない。

 

「…我々が、それを女神から言われて聞くとでも?」

「まだ安全が確保された訳じゃないんです。わたしどうこうじゃなく、自分の身を守る為に避難して下さい」

「私達の安全を守るのは貴女達の役目でしょう?そもそも危険だって言うなら、女神様は他にやるべき事があるんじゃないんですか?」

「……っ…それは…!」

 

集団からのあんまりな言い草に、つい言い返しかけるわたし。でも「ゆっくりしてる場合じゃない」って気持ちに引き止められて、ギリギリのところで踏み留まる。それからわたしは小さく深呼吸して、反論ではなく女神の言葉を集団に返す。

 

「…お願いです、避難して下さい。今はまだ、何が起こるか分からないんです」

『…………』

 

避難してと言って、正直に何が起こるか分からないと言って…頭を下げる。ここで女神のわたしが頭を下げるのは良いのか悪いのか分からないけど、正論とか理屈とかを押し付けるより、こうして気持ちを態度で表す方がずっと納得してもらえると思ったから。

頭を下げたわたしへは、何の反応も返ってこない。わたしは頭を下げてるから、どんな表情をしているかも分からない。だけど気持ちが伝わる事を信じてわたしは待ち……不意に、静かだった集団がざわつき始めた。

 

「…あ、あれって…まさか……」

「嘘…あの子……」

「……?」

 

驚きと困惑、それにまばらだけど喜びの感情が籠った、集団の人達の言葉。その言葉がわたしに対するものだとはとても感じられなくて、変に思ったわたしは顔を上げかけて……その時、ぞくりとわたしの背筋に悪寒が走った。

 

「え……?」

 

ばっと勢いよく顔を上げたわたしのすぐ側を、何かが駆け抜ける。次の瞬間わたしの目に映ったのは、身体をくの字に曲げた一人の姿と……その人のお腹に刺さった、ナイフの存在。

 

「き……きゃああああぁぁぁぁッ!!」

 

その人が倒れ込むと同時に、隣にいた女性が悲鳴を上げる。一気に衝撃が集団へ走る中、わたしは弾かれるようにその場で反転。そしてわたしは理解した。何が起こったのかを。悪寒の正体は何なのかを。マジックの言っていた…言葉の意味を。

 

「そん、な……」

 

振り向いた先にいたのは、被害の会とは別の集団。ぎこちない動きで、でも常人では出せない速度で向かってくる、恐怖に駆られた表情の人達。

その状態の人達の事を、わたしは知っている。それは解決した筈の、もうない筈の……負のシェアによって、操られた人達の姿。

 

「あ、がッ……!」

「お、おい大丈夫かよ!くそ、なんで…なんであいつがこんな事を……!」

「と、とにかくこれ抜いてやらないと…!」

「……ッ!待って下さい!安易に抜くのは危険ですッ!」

 

慌ててナイフを抜こうとする一人を止めて、蹲る人へ駆け寄るわたし。見てみると刺さっているのは市販されてるような果物ナイフで、幸い傷は致命傷の域じゃない。…コンパさんに教えてもらった知識が、こんな形で役に立つなんて…。

 

「な、なぁ女神様、こいつ死んだりしないよな!?なぁ!?」

「当たり前です!今から衛生兵を呼ぶので、急いで運んであげて下さい!でも極力揺らさないよう気を付けて!この中で即席担架を作れる人は居ますか!?」

「あ…え、えと俺講習受けた事なら……」

「ならお願いします!」

 

自分じゃ治癒魔法で治療出来てもかなり痛みを我慢してもらわなくちゃいけなくなると判断し、軍に要請を出しながらわたしは立ち上がる。診る前はまだ多少距離があった筈の操られた人達はもう眼前に迫っていて……きっとこの人達は、被害の会の人達を傷付ける事を厭わない。だって今の彼等の身体は、彼等の思いで動いてなんかいないから。

 

「お、お願いしますって……じゃあ、ネプギア様は何を…」

「そんなの……ここで食い止めるに決まってますッ!」

 

だからこそ、わたしはその人達を止めなきゃいけない。M.P.B.Lを手放し、真っ先に突進してきた一人の両腕を掴んで押し留める。その人を横から抜けようとした人にぶつけて、二人一度に転ばせる。

 

「……っ…なんで、そんな事を私達に…!」

「理由はありませんッ!」

「へ……?」

「わたしがそうしたいから、そうしなきゃって思ったから食い止めるんですッ!皆さんだってそうでしょう!?」

 

次々と迫る操られた人達を素手で凌いで、声を張る。ただ返り討ちにするだけなら簡単だけど、相手は人で、しかも被害の会の人達にとっては仲間や家族。そんな人達だから、わたしは傷付けられないし、傷付けたくないし……守りたい。

張り出された右の拳を、左の手の平で止める。放たれた飛び膝蹴りを、クロスさせた両腕で防ぐ。数人纏めて体当たりしてきた時にはよろけたけど…それでも何とか踏み留まって、その人達を押し返す。

 

(手が、足りない…ッ!もう少し時間を稼がなきゃいけないのに……ッ!)

 

傷付ける訳にはいかないし、お姉ちゃん達の様に最小限の怪我で無力化させられるかどうかも分からないから、わたしに出来るのは転ばせたり他の人にぶつける事位。でもそれで止められるのなんて極僅かな時間で、数人だけならそれでも何とかなるけど…残りの人達も全てここまで来てしまったら、いつまで抑えていられるか分からない。……そう思った、時だった。

 

「まだか、まだ出来ないのか!?」

「お、俺だって急いでるよ!もう少し待ってくれ…!」

「もう!これじゃ彼を運ぶどころか、私達が逃げるのだって……!」

「……くそッ!もうこれ以上振り回されて…堪るかよぉッ!」

「な……っ!?」

 

背後から聞こえた、嘆きにも似た叫び声。それが聞こえた次の瞬間……操られている人の一人が、ドロップキックで跳ね飛ばされた。

 

「来やがれテメェ等!止めてやっから、少し位の痛みは我慢しやがれッ!」

「あ、貴方…何で……」

「勘違いすんなよ女神!俺は会のリーダーで、あいつ等の中には知り合いも多いから止めようとしてるだけだッ!こんな事はしたくなかったのに…!」

「だ、代表…貴方そんな喋り方する人でしたっけ…?」

「普段はそれっぽく喋ってただけに決まってんだろ!お前等も出来る事をやれよ!じゃなきゃ文句しか言えねぇって言われちまうだろうが…ッ!」

 

わたし以上に余裕のない声を張り上げながら、その人は次の相手へと向かっていく。一瞬急いで止めなきゃ、とわたしは思ったけど、彼は戦い慣れしてるのか上手く立ち回って囲まれるのを避けていて…正直に言えば、助かった。一人でも味方が出来れば、それだけでぐっと押し留められる時間は伸びるから。

仮に危ないから、絶対わたしが押し留めるから…そう言っても多分、その人は聞いてくれない。それに戦ってくれて助かってる面もある。だったらわたしのやらなきゃいけない事は、無理にでも下がらせる事じゃない……そう思ったわたしは、無理矢理操られている人を押し退けてその人の前へ出る。

 

「わたしが引き付けますッ!貴方はわたしの事なんて気にしないで、大変になったらすぐわたしに押し付けて下さいッ!」

「はっ、言われなくたって最初からそのつもりだッ!」

 

前へ出たわたしはこれまで以上に激しく動き、出来る限り注意と視線を自分に集める。…思い出すのは、ギョウカイ墓場での最初の戦い。あの時とは条件も状況も全然違うし、ここにいたのがわたしじゃなくてお姉ちゃんならもっと上手く立ち回れたのかもしれないけど…今ここにいるのはわたし。だからわたしが、全力を尽くして守るしかない。

神経を張り詰めて、会のリーダーさんの助力も得て、担架が完成し怪我した人を乗せるまでの短な…でも実際よりずっと長く感じる時間操られた人の侵攻を食い止めていたわたし。そうして遂に、後ろから聞きたかった声が聞こえてくる。

 

「で、出来た…!これで運べる…!」

「……か、感謝なんかしないからな!」

「構いません!だから早くッ!」

「そんなの言われなくても…!」

 

まず聞こえたのは完成を告げる安堵の声で、続いて耳へ届いたのは駆け出す音。

感謝なんて別にいい。勿論してもらえた方が嬉しいけど…今一番嬉しいのは、この人達が無事に逃げられる事。だからその為にわたしは、戦闘を続ける。

 

「貴方も早くッ!」

「…………」

「どうしたんですか!?まさか怪我を!?」

「…ふんッ!俺達は助けてくれなんて言ってねぇし、さっきも言った通り俺は俺がしたいから戦っただけだッ!それだけは言わせてもらうからなッ!」

 

一緒に戦ってくれた方の目的は、移動が出来るようになった時点で果たされた筈。そう思って声をかけると何故か反応がなくて、もう一度言うと……わたしの顔は見ないまま、そんな言葉が返ってきた。…そっか、なら……。

 

「…じゃあ、わたしからも最後に一つ!」

「何だよ!?」

「貴方のおかげで助かりました!どうかご無事で!」

「……ッ!…助けてねぇよ、助けられたのは……」

 

流石にさっきみたいに頭を下げる余裕はないから、対処しつつ声だけで思いを伝えたわたし。すると、彼は一瞬びくりと肩を震わせて……それから被害の会の人達を追っていった。最後にその人が発しかけていた言葉は…それを勘繰るのは、無粋だよね。

 

「……さて、と…わたしも覚悟、決めなきゃかな…」

 

会の人達が角を曲がって見えなくなったところで、ぽつりと呟く。あの人達が離れた事で大きく余裕が出来たけど、相手の戦力は殆ど減っていない。そういう戦い方をしてるんだから当たり前の事で……この人達を本気で止めるなら、傷付けるしかない。お姉ちゃん達と同じ手段で、わたしが。

 

(…大丈夫、わたしにだって出来る。不安だけど…それでもこの人達を救う事に繋がるなら、人を傷付ける事だって……!)

 

M.P.B.Lの操作を考慮したわたしのプロセッサじゃ健を貫く事は難しいし、仮に鉤爪状になっていても、わたしにはお姉ちゃん程の技量がない。だから狙えるのは脱臼だけで、それだって多分…お姉ちゃん達がやるより、肩や脚を傷付けてしまうと思う。

きっとかなり苦しめてしまう。怖い思いもさせると思う。…それでもやらなきゃいけない。どんな理由があったって、ここで見捨てたら、誰も幸せにならないから。

そう心の中で覚悟を決めて、一度わたしは後ろへ跳躍。それから狙う人を決めて、手脚に力を込め、そして……

 

「はぁぁああああああッ!」

 

気迫溢れる声と共に、紫の閃光が舞い降りた。閃光の飛来と同時に操られている人の一人が両肩を外され、続く指での突きが瞬く間に数人の健を貫いていく。

 

「お、お姉ちゃん……?」

「待たせたわね、ネプギアッ!」

 

操られている人は、操られているから痛みでも恐怖でも止まらない。でもだからって無謀な攻撃をしてくる訳じゃなく、状況によっては僅かな時間でも攻め手が緩む事もある。お姉ちゃんの登場によって生まれたのはそんな瞬間で、その隙にお姉ちゃんはわたしの隣へと跳んできた。

 

「ど、どうしてお姉ちゃんがここに……」

「軍から連絡を受けたのよ。被害の会の人達は?」

「そっか…うん、その人達は大丈夫!もう指定した場所に向かってくれたから」

「だったら良かったわ。なら後はわたしに任せなさい!」

「あ……お、お姉ちゃん、わたしも……」

 

まずわたしが現れたお姉ちゃんに質問して、返しの質問にわたしが答えて、それが済むとすぐにお姉ちゃんは再突撃の姿勢に入る。

その時お姉ちゃんが言ったのは、止めるわよ、でも援護して、でもなくわたしに任せてという言葉。裏を返せば、わたしはやらなくてもいいって意味の言葉。それがお姉ちゃんの気遣いだって事は分かってるけど、覚悟を決めたばかりのわたしにとってはすぐに頷けるようなものじゃなくて……でもあるものを見た瞬間、わたしの気持ちはがらりと変わる。

 

「……ネプギア?」

「…ごめんお姉ちゃん!ここはお姉ちゃんに任せるね!」

「え、えぇ……ってネプギア!?貴女どこに行くつもりなの!?」

 

あからさまに驚くお姉ちゃんの声を背中に受けながら、わたしは操られた人達の上を飛び越える。その人達の中の数人が阻むように跳んでくるけど、『飛ぶ』と『跳ぶ』の差を活かしてわたしは回避し一団を突破。どんどん加速をかけながら、わたしは道の先の十字路を曲がる。

言葉を返そうとした直前、わたしはその場を離れる人を見つけた。その人はずっと後ろの木の陰に隠れていて、離れる動きはどう見ても逃げるものだった。だからわたしはこの場をお姉ちゃんに任せ…その人を、追い掛ける。

 

 

 

 

大通りを避け裏路地へと入っていくその人を、逃がさないという意思でわたしは追う。相手は中々速いけど追えない程じゃなくて、連戦で消耗した今のわたしでも次第に距離が詰まっていく。そして何度目かの角を曲がった時……わたしはM.P.B.Lを改めて手元に顕現させて、声と共に銃口を向けた。

 

「待ちなさい、下っ端!」

 

わたしが見つけたのは、逃げたのは、下っ端だった。思えば初めて会った時にもこうして追い掛けた事があって、あの時みたいな失敗はしないとわたしは気持ちを引き締める。

 

「……って、あ、あれ…?下っ端だけじゃなかった…?」

「ぢゅっ!?し、失礼な!小さいからってオイラを見逃すなっちゅ!」

「また下っ端って言いやがったな!いつもいつも馬鹿にしやがって…!」

 

声に驚いた様子を見せながらも下っ端が振り向いたところで、そこに…というか下っ端の前にワレチューも居た事に気付く。…この人…じゃなくてこのネズミ(?)も脱走してたんだ……!

 

「何故貴女がここにいるんですか!?どうして、味方の筈の人達を襲わせたんですかッ!」

「そ、それはアタイのせいじゃねェよ!アタイは脱獄させただけで…!」

「……って事は、やっぱりマジックのあれは…」

 

下っ端からの返答で自分の疑問に答えを出すわたし。被害の会の人達の前に降下した時、わたしは「もしかしたら、この人達は脱走した人達と合流するつもりなんじゃ…」と思っていた。その後は強襲によって有耶無耶になっちゃったけど、脱走が下っ端の仕業だって分かった事で、マジックの置き土産が脱走支援ではないとはっきり判明。そこから消去法で、わたしは操りと結び付ける。

 

「マジック…マジック様がやったって事か?だったらやっぱりアタイのせいじゃねェよ!それに、脱獄だってアタイはそうするよう指示を受けただけだ!こんな、こんな事になるなんて……」

「……っ…何ですか、指示を受けただけって…こんな事になるなんてって…これは、貴女が脱獄させたからなんですよ!?操られたのは確かに貴女のせいじゃないかもしれません!でも、貴女が脱獄させなければもっと被害は少なく済んだんです!自由になったから、被害が拡大したんです!もう犯罪組織の本性を知ってる筈なのに、貴女は操られてる訳でもないのに……それでも自分の行為を人のせいにするつもりですかッ!貴女はッ!」

「……ッ!」

 

わたしの言葉で事態を理解し、わたしに反論して……そして下っ端は、自分は悪くないとでも言いたげな表情を浮かべた。その顔を見た瞬間、わたしは一気に頭に血が上る。

彼女からすれば、後悔の念も少しはあったかもしれない。でもわたしは見た。怪我を負った人を、怯える人を、そんな中で頑張って仲間を守ろうとする人を、無理矢理戦わされて苦しむ人を。それは下っ端だって見てる筈なのに……それなのに人のせいにする下っ端の姿が、本当にわたしは許せなかった。

自分でも内心驚く位の、わたしの怒号。それを受けた下っ端は一瞬目を見開いて……でも、その目はすぐに怒りに染まる。

 

「うるせェ…うるせェうるせェうるせェんだよッ!テメェがそれを言うんじゃねェよ!他でもないテメェが……アタイを騙した、テメェがッ!」

「……っ!それは……」

「アタイだってこれが正しくない事だって分かってるよ!けどどいつもこいつも、誰もアタイを認めねェじゃねェか!禄でもない奴だって、下っ端だって、アタイを見下してきたじゃねェか!アタイは悪くねェっ!アタイは悪くねェっ!!偉そうに説教するつもりなら、答えてみやがれッ!アタイを認めてくれる人の為に動く事が、認めてくれない奴等の為に動く事より立派な理由をッ!」

「……し、下っ端…お前、そんな事を…」

 

悔しそうに、悔しそうに叫ぶその姿に、わたしもワレチューも言葉を失う。…その主張が正しいとは思わない。頭では否定の言葉なんて幾つも浮かぶ。でも、そう叫ぶ姿があまりにも痛ましくて……わたしはすぐには言葉を返せなかった。

訪れた沈黙の中で、聞こえるのは荒い息遣い。それが何度か聞こえたところで……不意に、着信らしき音が響く。

 

「……へ…?と、トリック様…?」

「…聞こえるか、リンダよ……」

 

その着信は、彼女の通信機に対するもの。それを取り出して通信を受けると、そこからはトリックの声が聞こえてきた。

トリックといえば、ルウィーでロムちゃんラムちゃん、ブランさんが戦った筈の相手。その相手から連絡が来た瞬間、わたしの脳裏に最悪の展開が浮かんだけど……すぐにそれは否定される。

 

「は、はい聞こえてますトリック様!…でも、どうしてそんな辛そうな声を……」

「ア、クク…残念ながら幼女女神達にまたも倒されてしまってな……」

「……!?そ、そんな……」

「…だが、これで良いのだ…我輩はこれでも、納得しておる……」

 

わたしの不安を否定したのは、他でもないトリック自身。倒されたのに通信出来る状況というのはよく分からないけど、わざわざ仲間を騙す必要もないだろうとわたしは安堵するけど……彼女は愕然とした表情を、続けて激しい憎悪の感情を顔に浮かべる。

 

「よくない…よくないですよトリック様!クソがッ、一度だけじゃなく二度もトリック様を殺るなんて…トリック様は人を傷付けないようしてたじゃねェか!確かに変態だったけど、教祖誘拐した時も丁重に扱ってただろうがよッ!なのに、そんなトリック様を……許せねェ、許せねェ……ッ!」

「……そう、怒るなリンダよ…我輩は納得したと言っただろう…?」

「でも……ッ!」

「良いのだ…それよりお前に伝えたい事がある…心して、聞くのだリンダ……!」

 

わなわなと拳を震わせる彼女の顔は、隣にいたワレチューが後退ってしまう程。でもトリックはそんな彼女を宥めるように穏やかな声を発し、それから少しだけ語気を強める。そこから感じるのは、本当に聞いてほしいという思い。

 

「リンダ、我輩はお前が敵討ちをする事など望まん…その理由は、分かるか…?」

「それは……相手がトリック様の好きな幼女だから…」

「それもある……だが、同時にお前にそんな道を歩んでほしくないからだ…ッ!」

「え……?」

 

苦しそうな、でも気持ちの強さを感じるトリックの言葉に、彼女の表情を支配していた憎悪が一瞬揺らぐ。そしてそれが見えているかのように、トリックは続ける。

 

「何度も言ったろう、お前には才能があると…他の人間には真似出来ない力があると…。だがそれは復讐で活きるものではない…仮に使えたとしても、その道の先にお前の幸せなどは断じてない……!」

「幸せって…ならアタイに復讐するなって言うんですか?そんなの、それこそ……」

「そうだ…!お前の才能を下らない事に費やすなど、それこそ勿体ないではないか…!今一度言うぞ、我輩は…お前の復讐を、望んでいない……!」

「…………」

 

トリックの言葉は続く。切実そうな言葉の裏には、温かさの感じる言葉が続く。

 

「お前は不幸な人間だった。だが同時に、自業自得な人間でもあった。…しかし、我輩はお前を否定せん……我輩もまた、自業自得な人間だったのだからな…」

「…トリック様……」

「我輩は人にどうこう言える立派な人間ではなかった…だがそれでも分かる。お前の才能は本物であると…!憎しみに囚われるなリンダよ…復讐ではなく、その力で、その才能で周りを見返すのだ…!禄でもない我輩でも気付いた才能なのだから、お前が正しい形で活かせばその才能を…お前を認めない人間など一人としているものか…!そしてその道でこそ、お前はより輝ける…!だから、リンダよ…もしまだ、我輩に敬意を抱いてくれているのなら…ほんの少しでよい、その道を…信じてくれ……!」

「ま、待って下さいトリック様!正しい道って、それは一体……」

 

もう限界だったのか、それとも敢えてそこで終わりにしたのか。彼女が言葉を言い切る前に、その通信は切れてしまった。…どうしたらいいか分からないという顔をしている、彼女を残して。

 

「……トリック様…どうして、そんな事…どうしてそこまで、アタイに……」

「……下っ端、いえ…リンダさん」

「……っ…!?」

 

狼狽え、もう繋がっていない通信機を見つめる彼女。その彼女を見て…ううん、通信を聞いている中で、わたしはある思いが心の中で生まれた。

それは、今だって気持ち。元々彼女には言わなきゃいけない事があって、でも中々その機会がなくて、ここまできてしまった後悔の気持ち。でも、今なら言えるって、これを逃したら本当にわたしは後悔すると思って……言う。

 

「…あの時は、ごめんなさい。わたしにそのつもりはなかったんですけど…騙す形になってしまったのは、事実です。でも、けど……貴女を凄いって思う気持ちは嘘じゃありません!貴女の変装技術は凄いって、女神にも真似出来ない事だって、わたしは本気で思っていますっ!」

「……っ!…今更、何言ってんだよ…何を今更、謝るんだよ…テメェは、よぉ…ッ!」

 

…本当に、わたしは凄いって思っていた。それを漸く、伝えられた。やっとわたしは、彼女の前で言う事が出来た。

彼女の気持ちは分からない。きっとまだわたしを恨んでいるだろうし、ロムちゃんやラムちゃん達への憎しみもあるかもしれないけど……それでもわたしは信じたい。わたしの気持ちが届いた事を。通信という形でも分かる程の、トリックの思いが彼女に響いた事を。

 

「……はぁ、こんな展開になるとは思わなかったっちゅ…仕方ないっちゃね…。…おい女神!オイラは捕まる気なんか欠片もないっちゅ!だから、これでも喰らうっちゅ!ちゅうぅぅぅぅぅぅ……ッ!」

「……ッ!な、何を…!」

「喰らえ必殺、ボルテッ……ってあぁぁーーッ!は、はは…犯罪神様があんな所にッ!?」

「……ッ!?」

「……と見せかけて離脱っちゅ!ほら行くっちゅよー!」

「えぇっ!?だ、騙されたぁぁぁぁッ!?」

 

溜め息を吐き、それから只ならぬ様子を見せたワレチュー。それにわたしが警戒する中、突如ワレチューは思いもしない事を言い出して……反射的にわたしが振り向いた瞬間、物凄い勢いで逃げ出していった。

追いかけるのと同じように、もっと言えば前回はわたし引っかからなかったのに、気を付けてない方でわたしは騙されてしまった。犯罪神というチョイスをしたワレチューの作戦勝ちの面もあって、そのせいでわたしは必要以上に探してしまったんだけど……それでも気付いた時には、猛烈にやってしまったという思いに襲われてしまう。だって一瞬振り向きそうになるならともかく、振り返った時にはもういないという段階になるまでわたしは騙されていたんだから。

 

「…うぅ、わたしお馬鹿過ぎる…っていうかほんとに洒落にならない……」

 

落ち込むわたし。勿論急いで探してみるけど、彼女もワレチューも見つからない。となればもう完全にわたしの失態で、なんともやるせない気持ちになって……でも半分無意識に、そんな中でわたしは呟いた。

 

「……本当に、これは嘘じゃないですからね…リンダさん」




今回のパロディ解説

・「〜〜全員で協力して三つ位穴を掘ってたとか〜〜」
大脱走という映画におけるある展開の事。偶々見た映画なのですがどうもそれが頭に残っていて、それがパロディとなりました。知ってる人…どれだけいるんでしょう…。

・「〜〜空から女の子が〜〜」
天空の城ラピュタの主人公、パズーの代名詞的な台詞の一つのパロディ。勿論これを言ったんだ彼は受け止めていません。というか勢い的に無理かと思います。

・「〜〜アタイは悪くねェっ!アタイは悪くねェっ!!〜〜」
テイルズ オブ ジ アビスの主人公、ルーク・フォン・ファブレの代名詞的な台詞のパロディ。彼の様にリンダもこの後成長する……かも、しれませんね。

・ボルテッ
ポケモンシリーズに登場する技の一つ(の一部)の事。ネズミ繋がりでワレチューなら使え……る訳ありませんね。だって使える系統のポケモンも特殊な手段が必要ですし。


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第百四十三話 決戦までの一週間

蘇った四天王と随伴するモンスターからの防衛戦は、四ヶ国全てで勝利を収める事が出来た。私達女神は誰も大怪我を負う事なく、軍の被害も許容範囲内で済んだから、作戦としては大成功。個人的にもまたジャッジと刃を交える事が出来たから、そういう意味でも良かったと思う。

けど、プラネテューヌで想定外の事が起きた。収容されていた元犯罪組織構成員の脱獄と、その人達の再支配。四天王の撃破が済んだら、今度こそ本当の最終決戦を…と思っていた私達にとってそれは完全に出鼻を挫かれる出来事で、犯罪神を再封印すればその支配も解かれる筈といっても、その状況を無視してギョウカイ墓場に行く事なんて出来はしない。それに元々怪我を癒す時間が必要だったから……最後の作戦決行には、一週間待つ事となった。

 

「昨日の今日でもうこれだけの回復を…流石お姉様ですわ」

「うふふ、それが女神ですわ。…けれど、魔法もモンスターもいる世界なのに一瞬で完治させられないのは歯痒いですわね。治癒魔法による回復も一時的なものですし」

「アタクシはそれも悪くないと思いますわ。だってそのおかげでこうしてお姉様のお手当てが出来るんですもの♪」

「いや、そんな事で喜ばれても反応に困りますわ…」

 

防衛に成功し、別働隊も発見されなかった事で手当てを受けた私とベールは、翌日チカさんから包帯やガーゼの交換を受けていた。……正しくは現状物凄く丁寧に時間をかけて行われているベールと、待ち惚け状態の私だけど。

 

「あのー…私の番は……」

「まだお姉様の手当て中よ。別にやらないとは言ってないんだから、そこに座って待ってて頂戴」

「あ、はい……」

「…そこまで入念にしなくても大丈夫ですわよ?さっきも言った通り、頑丈且つ圧倒的な治癒力を持つのが女神なんですもの」

「そうはいきませんわ!お姉様はリーンボックスの守護女神であり、アタクシのお姉様なのですから!」

 

独特の気迫でそう言い放つチカさんに、私もベールも苦笑い。…方便じゃなくて、ほんとにベールが終わったら私にも手当てしてくれると思うけどね。チカさんはベールが絡まなければちょっと気が強めなだけ(後病弱らしい)の良識人だし。

 

「…しかし、気分の悪い置き土産を残されましたわね…」

「うん…リーンボックスでの発見報告は?」

「今日になってからはありませんわ。けど、十中八九潜伏中なだけでしょうね…」

 

ベールが口にしたのは、勿論再び操られる事になった人達の事。どうも脱走した人=操られるって訳じゃないらしく、脱獄犯の中にも操られてない人がいるようだし、逆に捕まってた人以外にもちらほらと操られた人が出てきている。…何が操られる条件なのか。それがまだ分からないのも、迂闊に墓場へと向かえない理由の一つ。

 

「……負けるって分かってたのかな。だから、こんな手を…」

「かもしれませんわね…こうすればわたくし達は少なからず足踏みせざるを得ないという推測をしたのであれば、それはその通りですもの…」

 

脱獄が起きたのはプラネテューヌだけだけど、その人達がプラネテューヌに留まっているとは限らない。まだプラネテューヌの大陸に居たとしても他国へ移動しようとしている可能性もある訳で、その点を含め気が抜けない。…けど、だからって発見報告が出てきてほしいかと言われれば、それも素直には頷けないというジレンマ。

 

「……プラネテューヌに戻りたい、と思っていたりしますの?」

「え?」

 

そう思っていた時、不意にベールからそんな事を言われた。私からすればそれは思ってもみない質問で、軽く驚いてベールを見ると彼女は続ける。

 

「イリゼは今ある四ヶ国の女神ではありませんけど、それでも今住んでいる場所と言えばプラネテューヌでしょう?…四天王ならまだしも操られた方の対応ならわたくし一人でも何とかなりますし、無理に留まる必要はありませんわ」

「もう、またその話?…昨日も言ったでしょ?私がリーンボックスにいるのは私の意思だって」

 

気を遣ってくれているのは分かる。順位を付けるつもりはないけど、私自身プラネテューヌに向かう時は『戻る』という表現を、他の三ヶ国に向かう時は『行く』という表現を使う機会が多いから、ベールの認識も間違っていない。…でも、私は軽く頬を膨らませて首を横に振った。

 

「私はベールを、友達を手助けしたいって思ってるからここにいるの。ベールに私の気持ちを慮ってもらえるのは嬉しいけど、あんまり何度も言われるとベールが私を『嫌々ここに来てる』って思ってるんじゃ…って感じちゃうから、そうじゃないなら……」

「…分かりましたわ。そういう事でしたら…イリゼ、貴女がいてくれるのは助かりますわ。だからもう少しだけ、ここに滞在していて下さいな」

「うん。私はそう言ってもらえる方が、ずっと嬉しいよ」

 

気持ちは発した人の思った通りに伝わるものじゃない。気持ちは受け取った人が相手の表情だとか状況だとかと無意識に組み合わせて、その結果受け取った人の予想という形で伝わるもの。だから全然違う解釈をされちゃう事もあるし…それを避ける為には、ちゃんと言わなきゃいけないんだよね。伝える側も、受け取った側も。

 

「うふふ、であればわたくしも安心ですわ。…因みにリーンボックスを守りたいではなくわたくしの手助けをしたいという事は、ネトゲのレイド戦や同人誌整理なんかも手伝ってくれるんですの?」

「うん、この状況下でサブカル趣味に精を出せるのであれば、ある意味凄いよベール」

「ふっ、慢心せずして何が女神か!…ですわ」

「いやベールは金ピカじゃ…って、金髪だった…ちょっと共通点あった……」

 

なんか凄い事言い出したベールに私は軽く額を押さえる。…でも、慢心とまではいかずとも、趣味に没頭するとまではいかずとも、適度に心に余裕を持つというのであれば…それは私も同意したいと思う。心に余裕がない状態はミスをし易いし……それこそ国の長がピリピリなんてしていたら、その人が治める国の国民は不安になっちゃうもんね。

 

「まぁそれは冗談として、そう言った以上は色々と協力してもらいますわよ?」

「勿論。だってその為にいるんだからね」

「うぅ…お姉様ぁ!お姉様が楽しそうにしているのは嬉しいですけど、このままではアタクシジェラシーで寝込んでしまいますわ!」

「寝込む程ジェラシー感じる状況じゃないでしょうに……別に放置しようとしてる訳じゃないのですから、安心しなさいなチカ」

「はぅ……」

 

何やら私にジェラシーを感じていたらしいチカさんに肩を竦めながらも、ベールは軽くチカさんの頭を撫でる。すると途端にチカさんは幸せそうな顔になって……それを見ていた私は、この二人も仲良いなぁ…と少しほっこりする思いだった。

 

(…あ、でもここにいるのが私じゃなくてアイエフなら、それこそこれに嫉妬してたのかも……)

「…時にチカ、墓場の方には特に動きはないんですの?」

「あ…はい。イストワールから犯罪神に関する連絡はありませんし、領内ギリギリで墓場を監視している軍からも普段と大差ないとしか報告は来ていませんわ」

「そうですの……であれば安心、とは言えませんわね…」

「嵐の前の静けさ、なのでしょうか……」

 

個性の豊かさに定評のある私とはいえ、立場は当然女神と教祖。数十秒前みたいにふざける事もあれば十数秒前みたいにほっこりする事もあるし、そこから今みたいに一気に真面目な話へ変わる事もある。…流石に今日みたいに緩い話と真剣な話がころころ入れ替わるのは珍しいけど。

 

「それは否定出来ませんわね。けれど仮にそうだとしても、この一週間が過ぎるまでは国内の事に集中しますわよ。後顧の憂いは絶っておかねばなりませんもの」

「…ですわよね。アタクシも一週間で出来る限りの事をしますから、どんどんお姉様も頼って下さいな」

「えぇ、わたくしは最初からそのつもりですわ」

 

そして遂にはほっこりする話と真面目な話が融合。…というのはまぁいいとして…万全の状態で決戦に向かう為の一週間とはいえ、一週間で懸念事項が全て解決する保証はない。保証はないけど、解決しようとしまいと一週間以上にも以下にもしないという事は全員で決めた事。早く済んでも焦る事なく、片付け切れなくてもその時は割り切り、一週間後に墓場へと向かう。…だから、私達は限られた時間の中で最善を尽くさなきゃいけない。

 

「あらイリゼ。何やら真剣そうに言ってますけど、それは割と普通の事ですわよ?」

「うっ、言われてみると確かに…っていうか、久し振りの地の文読みが……」

「だってイリゼは分かり易いんですもの」

「え、だから私ちょいちょい読まれてたの!?主人公故に地の文担当率が高いからだと思ってたけど、違うの!?」

「違うも何も、考えてみなさいな。分かり易いイリゼに、良くも悪くも心のままなネプテューヌに、純粋なネプギアちゃん。地の文を読まれるという現象と、所謂主人公である貴女方から導き出されるのは……」

「……よ、読まれ易い人が読まれてたってだけの事…?」

 

ごくり、と唾を飲み込む私。衝撃の事実!地の文読みはおかしな方向に全力投球してしまう私達パーティーだからこそ得られた能力ではなく、単にパーティー内に思考や心の声がバレ易い人がいるだけだった!…うぅ、どうしよう…さもそういう能力があるみたいにあっちの双子に教えちゃった……

 

「まぁ、嘘ですけどね〜」

「何その野クルのお姉さんポジみたいな嘘!そういう冗談は勘弁してくれないかなぁ!?」

「では、少し出掛けると致しましょうか。強要はしませんけど、折角ですしイリゼにも来てほしい場所があるのですわ」

「で、ではって…いや行くのはいいけど、ではって……」

 

にこり、と何の淀みなく話を変えたベールは、神経が太いというか何というか…とにかくそんなベールに何とも言えない呆れを感じる私だった。

それはそうと、ベールの行こうとしている場所とはどこで、何をしたいのか。訊けばそれで済む話だとは思いつつもそれを考える私は、やっと手当ての終わったベールの後を追うように立って……って、あ…。

 

「……私、まだ手当て何もされてなかった…」

 

 

 

 

チカさんから手早く、でもしっかりと手当てを受けた私は、ベールと共に女神化して街から出た。有事に備えてインカムは耳に嵌め、平時の移動よりも少し早めの移動速度で、ベールの言う山に向かって。

 

「…先程の話ではありませんけど、こうも穏やかな天気だと本当に嵐の前の静けさのように思えますわね」

「嵐になる前に潰せれば御の字だったんだけど…って、まだギリギリ嵐ではないとも言えるかな?」

「既に嵐は起きていて、それが今正に大嵐へ変わりつつある…でよいのではなくて?」

 

昨日の様に二人でリーンボックスの空を飛ぶ私とベール。何となく次元に漂う負のシェアの気配が強まってはいるけど、天候自体は至って平穏。…最も、同じ災害でも嵐と犯罪神では規模が……って…、

 

(……あれ…?犯罪神が負のシェア、負の思いが体現した存在なら、それは嵐と同じ天災じゃなくて、もしかして人災……?)

「……イリゼ?表情が曇っていますけど、どうかしまして?」

「あ…ううん、気にしないで。ちょっと面白くない考えが浮かんじゃっただけだから」

 

分かり易い、の汚名を返上するどころかまたも分かり易く表情に出してしまっていたらしい私は、頭を軽く振って浮かんだ思考を振り払う。…多分この思考は無意味じゃない。けど、これは半分哲学のようなもの。考える価値はあっても、何もそれは今じゃなくていい。

 

「それよりベール、場所は分かるの?まさか山の中を片っ端から探すって訳じゃないよね?」

「問題ありませんわ。あの子のよくいる場所なら分かっておりますもの」

 

暫く飛んで目的地の山がはっきりと見えてきた頃、私達はそんなやり取りを交わす。

 

「それに、あの子程の大きさなら生活の痕跡が自然と……っと、早速ありましたわね」

「これは…結構新しいね。じゃあ……」

 

少し高度と視線を落とすと、ベールが折れた枝や大きい足跡を発見。その痕跡が伸びる方向に目をやってみると……低い唸りの様な音が聞こえてきた。

 

「これは思った以上に手間が省けた様子ですわ」

 

痕跡と音を頼りに移動する事数十秒。普通に歩けばもう少しかかったと思うけど、飛んでしまえばあっという間。そうして私達が探していた相手の背中が見えてきて……その背へベールが声をかける。

 

「昨日はお疲れ様でしたわ、マガツちゃん」

「ぐる?ぐるるぅ♪」

 

ベールの声を受け、巨大な翼と尻尾で空を切りながら振り向いたのは…マガツちゃんこと、八億禍津日神。凡そ可愛いだとか愛らしいだとかの表現とはかけ離れた存在の禍津日神だけど、喉を鳴らして喜ぶ姿はまるで犬か猫のよう。

 

「ふふっ、元気そうですわね。傷はちゃんと綺麗にしていまして?」

「ぐーるっ!」

「お利口さんですわ。それでは少し診せてもらいますわね」

 

見た目とは裏腹に獰猛さを微塵も感じさせない禍津日神に対し、ベールは笑みを浮かべつつ質問を口に。すると禍津日神はその言葉の意味を理解しているのか、尻尾をぱたぱたさせつつこくんと頷いた。…音はぱたぱた、じゃなくてブォン!ブォン!…だったけど。

 

「では、じっとしているんですのよ?」

「がうがう、ぐるぅ」

「…………」

 

楽な姿勢を取った禍津日神とその周りを歩くベールを、私は無言で眺める。昨日の事やライヌちゃんの事があるからと誘われた私だけど、正直どうも手持ち無沙汰というか何をしたものかと困ったもので……と、思っていたら禍津日神と目が合った。

 

(…あっ……)

「……ぐる…」

 

私と目が合った禍津日神の唸りは、それまでベールに返していた鳴き声と少し違う。甘えや親愛の感情が無くて、代わりにあるのは警戒心。ベールと私が一緒に来たからか敵意はそこに含まれていなくて、ただじっと私を見つめている。

 

「…え、っと……」

「…………」

「ちょっと言うのが遅れちゃったけど…こんにちは」

 

目は口程にものを言う、とは言うけれど、黙っていても始まらない。そして会話の基本は挨拶から…と私が声をかけると、禍津日神はぴくん、と鼻先を僅かに動かした。…やっぱりライヌちゃんみたいに、禍津日神も自分に向けられた言葉はきちんと認識しているらしい。今までちゃんと理解しているのかどうかはまだ分からないけど。

 

「…………」

「マガツちゃん、挨拶をされたらちゃんと返さなくては駄目ですわよ。…イリゼ、もう一度言って下さる?」

「あ、うん。こんにちは」

「……がう」

 

じっと見つめたままの禍津日神にベールがそう言って、私がもう一度挨拶をすると、数秒の沈黙の後禍津日神から声が返ってきた。その後偉いですわ、と挨拶の出来た禍津日神の頭をベールが撫でる。

 

「彼女はイリゼ、わたくしの友達で、とても優しい方なんですの。だからマガツちゃんも、そんなに警戒しなくても大丈夫ですわ」

「…がるる……?」

「よく見てみなさいな。イリゼが怖い人や、マガツちゃんを傷付けたりする人に見えまして?」

 

撫でつつ微笑んで語るベールの言葉に、禍津日神の反応は「そうなの…?」と言ったところ。続く言葉を受けた禍津日神は、私とベールを交互に見て……それから、ゆっくりと立ち上がった。

 

「あ、私は……」

「そこで待っていて下さいな」

「う、うん…」

 

ドスドスと私の眼前へと歩いてくる禍津日神。私はどうするべきかと飼い主(…で、いいの?)のベールに訊いてみようとするも、返ってきたのは待機の指示。それに従って静かに立っていると……禍津日神の鼻先が、私の顔の真ん前へと降りてくる。

 

「…ぅ……」

 

感じるのは流石ドラゴン…とでも言うべき強めの鼻息。どうも私は匂いを嗅がれているみたいで、嗅がれるという行為と相手はドラゴンという点で、二重に後退りたい気持ちに駆られる。…けど、我慢我慢…禍津日神は警戒しなくてもいい相手か、今確かめようとしてるんだから…。

 

「…ぐるっ……」

「んっ、ぁ…く……」

「がうぅ……」

「……っ…」

 

一頻り嗅いでいた禍津日神は、それから私の顔をべろりと舐め、それが済むとゆっくり私の周りを一回り。嗅がれ、舐められ、その上で全身をじろじろ見て回られる今の私はまるで品定めされてるみたいで、何だか精神をガリガリ削られる思いだったけど……私の脳裏に浮かぶのはライヌちゃんの事。

私に対してはかなり懐いてくれてるライヌちゃんだけど、それは多分出会い方が良かったからで、他の人に対しては凄く警戒してる…というか何かとビビってしまいがち。よく会うネプテューヌやネプギアにだって時間をかけて少しずつ心を開いていっている感じなんだから、禍津日神が昨日会ったばかりの私にすぐ警戒を解いてくれる訳がない。…そう考えたら、少しだけ気持ちが楽になった。それと同時に私は少なからず表情を強張らせていた事に気付き、それも良くないよねと頬を緩める。

 

「…ぐるる、がるがる」

「ほら、わたくしの言った通りでしょう?…それではイリゼ、片手を前に出して下さいな。それと絶対に動いては駄目ですわよ?」

「ぜ、絶対…出すのはいいけど、出したら一体何をされ……なぁ──ッ!?」

 

回り終わった禍津日神がベールの方へ目をやると、ベールは穏やかな声で言葉を返し、それから私にまた指示を出した。

絶対なんて言葉が出た事に不可解さを感じながらも、取り敢えず右手を出す私。すると禍津日神は私を見つめ、ほんの少しだけ瞳に籠る警戒心を解いて…………私の右手に、喰らい付いた。

 

「ちょ、ちょちょちょちょっとベール!?ねぇ食べられてるッ!私食べられてるよ!?これいいの!?大丈夫なの!?」

「大丈夫ですわ、イリゼ。マガツちゃんは……丸飲み派ですもの」

「それは何にも大丈夫じゃなぁぁぁぁああああいッ!!ちょっ、まさかベール、私を呼んだのは食べさせるつもりだったからじゃ……って、あれ…?」

 

一瞬でテンパりMAXになった私は目を白黒させながらベールに訊くも、びっくりする程ヤバい答えが返ってきて私の焦りは限界突破。流石の私もこれにはベールに騙されたんじゃという思いが浮かび上がって……でも、そこで気付いた。右腕に締め付けられる感覚やしゃぶられる感覚はあっても、痛みはまるでない事に。

 

「……こ、これって…甘噛み、ってやつ…?」

「ふふっ、マガツちゃんの甘噛みは全然痛くないでしょう?」

「た、確かに全然痛くない……鋭い歯に肩が挟まれてて、精神的には物凄く悪いけど…」

 

そんなに噛んでる感じはないけど、多分これは甘噛み。禍津日神が甘噛みしてるつもりなのかは知らないけど、ベールが肯定してるからきっと甘噛み。…そう思ったら、なんか気が抜けてしまった。気が抜けると同時に焦りや恐怖も弱まっていって、また私が頬を緩ませると……ゆっくりと禍津日神は、腕から口を離してくれた。

 

「ぐー、がる〜」

「…これで良かったの……?」

「えぇ、どうやら危険な相手ではないと分かってくれたようですわ。…尤も、信頼はまだ圧倒的にわたくしの方が上ですけど」

「そ、それはそうだろうね…でも、それなら私も安心かな…」

 

口を離した禍津日神は、嬉しそうに喉を鳴らしたり私へ擦り寄ってくる様子はない。その態度が出てくるのはベールの側へと戻ってからで、その感情を向けるのもベールに対して。…でも、それは当然の事。積み重ねが全然違うベールにたったこれだけで並べる訳がないんだし…それを気にするよりは、今日の進展に目を向ける方がずっといい。

 

「…でも、ベールは凄いよね。普通なら近付く事自体を躊躇っちゃうような相手に、ここまで心を開いてもらえてるんだから」

「そんな事はありませんわ。何せ精霊も魔王も霊力の残滓ですらも高校生にデレる時代ですもの」

「そ、それは同列に語れるものなのかな……ところでベール、研究の方は進んでいるの?」

 

それからまた禍津日神を撫で始めるベールに対し、私は敬意の念を抱きながらもふと質問を口にする。

幾らベールが心の広い女神とはいえ、流石に禍津日神と何の気なしに仲良くしようとまではしないと思う。ベールはモンスターとの共存も可能なんじゃないかという考えがあって、その為に教会では秘密裏の研究がされていて、それは今も続いてる筈。ライヌちゃんと心を通わせた私としては、特務監査官としての立場抜きにも気になるものだから訊いたんだけど……その質問に返ってきたのは、少し困ったような声だった。

 

「……勿論、進んではいますわ。成果は殆ど上がっていないのですけどね」

「そっか…でも焦る事はないよ。既にこうして共存の可能性は形として出てきてるんだから」

「形と言っても、恐らくマガツちゃんやライヌちゃんが特別なのですけどね。敵意が元々少なかったモンスターと、敵意を見せるモンスターでは、それこそ同列に語れはしませんもの。ただ……」

 

普段はあまり…特に女神化状態では滅多に見せない沈んだ表情のベールを見て、私はその研究がどれだけ難航しているのかを何となく感じ取る。同じ人や女神同士だって些細な事で喧嘩になったり分かり合えなかったりするんだから、モンスターとの共存が困難極まる事なんて、ベールの表情を見なくたって誰にでも分かる。

でも、ベールは言葉を続けた。自嘲気味だった表情を変え、瞳に希望を灯らせて。

 

「…わたくしは諦めませんわ。時間がかかろうと、多くの労力を費やそうと、理想を諦めてしまうのは嫌ですもの。…それに、わたくしには約束も…協力してくれる仲間もおりますもの」

「……うん、頑張ってベール。今起こってる事態だけじゃなく、この事も…ううん、ベールの追い求める理想の為なら、いつだって私は手伝うからさ」

「…そう言われたら、尚更頑張らなくてはなりませんわね」

 

にこりと微笑む私と、それに微笑みを返してくれるベール。犯罪神の事も、モンスターとの共存も、私達の周りには苦難困難が沢山ある。…けど、諦めないって気持ちがある限りは、挫けず頑張ろうって、頑張る友達がいるなら手伝おうって、心地好さそうにする禍津日神を見ながら思う私達だった。




今回のパロディ解説

・「〜〜慢心せずして何が女神か〜〜」
Fateシリーズに登場するキャラの一人、ギルガメッシュの名台詞の一つのパロディ。慢心はともかく、自信は国の長にとって必要不可欠だろうと私は思います。

・野クルのお姉さんポジ
ゆるキャン△に登場するキャラの一人、犬山あおいの事。彼女の「嘘やで〜」っぽくベールが言っていると思って下さい。あんな感じです。

・精霊も魔王も霊力の残滓も高校生にデレる
デート・ア・ライブにおけるメインの展開の事。最後のはゲームの話ですね。最も原作中にあった出来事と明言されてるので、パラレルの話…という訳ではないですが。


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第百四十四話 その瞳に浮かぶは罪の意識

一週間の間に完全覚醒してしまわないか。その間で操られた方々をどうにかする事が出来るか。わたくし達の持つ不安は、ざっくり言えばこの二つ。…けれどわたくし個人には、もう一つ不安が…より正しく言えば、気掛かりな事がある。

それはもしかすると、大した事ないのかもしれない。わたくしの考え過ぎだという可能性も十分にある。……でも、あの時わたくしは確かに違和感を覚えた。何かあると、わたくしは感じた。であるならば、それを…友人に感じた違和感を無視する事など、わたくしには出来ない。

 

「…さて、この時間なら大丈夫かしらね」

 

マガツちゃんを労い、教会へと戻ってから数時間。雑務を片付けていたわたくしは、機を見計らって携帯端末を手に。

 

「……わたしだ」

「知っていますわ。今は電話宜しくて?」

「駄目であれば出ていないさ」

「まぁ、それもそうですわね」

 

執務室の椅子に腰掛けたまま、電話をかけた相手はエスーシャ。大丈夫と言えばいいところをわざわざ捻りのある返しをする辺り、調子は普段通りと見て間違いない。…にしても、相変わらず強キャラ感のある電話の出方ですわね…世代によってはごきげんなテレビを彷彿とするのかもしれませんけど…。

 

「…で、要件は何だ?」

「ふふっ、貴女と話したくなっただけですわ」

「そうか、じゃあもう要件は済んだ訳だな」

「むぅ、つれないですわね……少し訊きたい事があるんですの」

 

生真面目…というより無愛想なエスーシャに冗談を言ってみるも、戻ってきたのは輪を掛けて愛想のない返答。先程まで一緒にいたイリゼであれば、冗談は止めてと言いつつ嬉しそうにするでしょうに…と思いつつも、少し声のトーンを落として本題の取っ掛かりを口に。

 

「…と、言うと?」

「と言うとも何も、貴女にも心当たりがあるのではなくて?」

「…さぁ、何の事やら」

「…本当に、ありませんの?とぼけているのではなく、本当に?」

「…………」

 

何を訊きたいか言うのは、簡単な事。けれど敢えてわたくしは訊く。

もし本当に心当たりがないのなら、エスーシャはきっぱり無いと言うか、不可解そうに訊き返してくる筈。にも関わらずエスーシャは、はぐらかすような言葉を返した。そしてそれを、わたくしは偶然ではなくわざとではないかと考えている。…だからこその、問い詰めの言葉。

訪れたのは、数秒の沈黙。わたくしの再度の問いにエスーシャは口を閉ざし……小さな吐息と共に、その口を再び開く。

 

「…昨日の電話の件、か」

「えぇ。…それが思い浮かんだという事は、やはり昨日のあれには何かあるんですわね」

「……目敏いな、相変わらず」

 

観念したように呟くエスーシャ。思い浮かんでいる事、それを誤魔化そうとした事で、わたくしはあの時エスーシャが言おうとして止めた事がそれ相応のものなのだと確信するも、話を急がず会話を続ける。

 

「昨日と違って今日は時間がありますわ。だから今改めて話してくれても構いませんわよ?」

「いや、それには及ばないさ。時間があると言っても、暇な訳じゃないだろう?」

「では、暇ならば話していたと?」

「…どうだろうね」

 

エスーシャははぐらかしを実質認めたものの、だからといって素直に話してくれる様子はない。元々物言いはストレートな割に素直ではないのがエスーシャですけれど…特に今日は誤魔化しが多いですわね。誤魔化しが多いという事は……

 

「……イーシャに、何かありまして?」

「……何故、そう思う」

「そんな気がしたのですわ。勿論確証はないですけど、女神の直感は中々精度が良いんですのよ?」

「…………」

 

わたくしの直感は正しいのか、再びエスーシャは黙り込む。こうなるとむしろ分かり易く、分かり易い反応を取ってしまうという事は……多分本当に、昨日の電話はイーシャ絡みなのかもしれない。…そう考えて、わたくしは言葉を続ける。

 

「もしわたくしの思い違いなのであれば、そう言って下さって構いませんわ。或いはわたくしの助力は不要だと言うのなら、この話は終了でいいですわ。…けれど、わたくしの力が必要ならば…今、言ってほしいですわ。最後の決戦となってしまえば……その先手伝えるかどうかは、分かりませんもの」

「……それは、どういう意味だ…まさかベール…」

「ご安心を。可能性の話をしているだけですわ」

 

敢えて「出来ないかもしれない」ではなく、「分からない」と言う。可能性を示唆しながらも、根拠無しに「安心しろ」とだけ言う。……回りくどい表現方法を使う事で、相手の不安を駆り立てる。…我ながら意地の悪い手段ですわね、これは……。

 

「…後に回すな、今にしろとは、随分と強引な手の差し伸べ方だな」

「人助けとは、時に強引さも必要なのですわ」

「それが、善意の押し付けだとしても?」

「…押し付けかどうかを決めるのは、貴女ですわよ。エスーシャ」

 

不安を煽って、飄々とした態度で翻弄して、最後は相手に判断を委ねる。本当に勝手な、それこそエスーシャの言う『押し付け』の言葉ですけれど……そうでもしなければ、きっとエスーシャは話してくれませんもの。強引でも、押し付けでも、それが友を助ける為に必要なら……わたくしは、やってやりますわ。

電話を始めてから三度目の沈黙。エスーシャが前向きに考えてくれている事を信じて、わたくしは静かに答えを待つ。そして……

 

「……全く…こういう話になると君には敵わないな、ベール」

 

沈黙の末に返ってきた答えは、どこか観念したような言葉だった。そう答えるエスーシャの顔は、穏やかな表情をしていると思いたい。

 

「では、話してくれますのね?」

「あぁ。だが、出来れば会って話したい。…今日でも、いいだろうか」

「ふふっ、勿論構いませんわ」

 

見える訳ないとは分かっていつつも、わたくしは返答と共に笑みを浮かべる。まだエスーシャが何を話そうと思ったのかも分からず、わたくしはまだスタートラインに立っただけの事。だからこそエスーシャの話を真摯に聞き、自分に何が出来るか、何をしてあげられるかを探したい…そう考えながら通話を終えるわたくしだった。

 

 

 

 

その日の夜、エスーシャは伝えた通りの時間に教会へと訪れた。話を通しておいた職員に案内され、部屋へと来たエスーシャをわたくしは迎え入れる。

 

「お待ちしていましたわ」

「でなければ困る。…案内も必要なかったんだがな」

「そうもいきませんわ。仮にも客人である相手に対し、部屋まで勝手に行って下さいでは教会の信頼を落としますもの」

 

まぁ、面倒だというのは分からないでもないですけどね、とわたくしは付け加え、エスーシャに座る事を勧める。さて、まずは軽く雑談をしてからですわね。

 

「…イリゼはいないのか」

「えぇ、イリゼは貴女の秘密を知らない筈ですもの。…居てほしいなら呼びますけど…」

「いや、いい。君一人いれば十分だ」

「…それ、時と場によっては口説き文句として成立しますわよ…?」

 

普通の言葉を言った筈なのに、返ってきたのは妙にロマンチックでクールな台詞。…エスーシャって、新パーティー組のファルコムに近い魅力があるというか、同性にモテそうな要素が多いんですわよね……勿論わたくしのベストオブベストはあいちゃんですけれどっ!

 

「……?」

「自覚ないんですのね…まぁいいですわ。さて、今日は……」

「紅茶を淹れるのか?なら、今日はわたしに淹れさせてほしい」

「あら?もしかして、自前で茶葉を用意してきたんですの?」

 

女神であっても、客人をもてなすのは当然のマナー。それに会話とは、そこに添えられる茶によって弾み方が変わるもの。その心情の下わたくしが紅茶を淹れようとすると、意外にもそこでエスーシャに止められる。

わたくしの問いに、こくりと頷き立ち上がるエスーシャ。その手にあるのは、小物が入りそうな紙袋。

 

「…珍しいですわね、貴女が紅茶をだなんて……」

「わたしにとってこれからするのは、例の契約の延長線上にあるものだ。故に、気にかけられた分の礼をするのは当然の事さ」

「相変わらず妙なところでお堅いですわねぇ…けど、いいんですの?紅茶に関してわたくしは、少々五月蝿いですわよ?」

「だろうな。だが、だからといって君は友人の淹れた茶を無下にする様な女神でもないだろう?」

「…ズルい言い方をしますわね、エスーシャ」

 

先んじてそんな事を言われてしまえば、わたくしはにこやかに飲む他ない。…いや、勿論不味ければ文句を言ってやろうなどとは思っていませんでしたわよ?あくまで冗談混じりの発言でしたもの。

 

「という訳で、ティーセットは使わせてもらおう」

「では、わたくしはお茶菓子をば…」

 

エスーシャが紅茶を淹れ、その間にわたくしがお茶菓子を用意。紙袋から出てきたパッケージを見てそれに合う物を棚から取り出し、二つの皿に並べて配置する。

 

「……ふぅ、こんなものか」

「淹れられまして?」

「あぁ。後はそちらに……」

「…っと、トレイを使って下さいな。ソーサーだけを持っての移動は溢し易いのですわ」

 

振り返ったエスーシャの手にあるのは、ソーサーに乗ったティーカップ。カップをそのまま持っているならともかく、その状態では案外揺れて中の紅茶が溢れ易いもの。これは読者の皆様も「っと、危ない…」的な経験をした事があるんじゃないかしら。

そんなこんなで準備の出来たわたくし達は、再び先程座っていた席へ。心地良い香りと緩く上る湯気を挟んで、わたくしとエスーシャは向き直る。

 

「さて、それでは頂きましょうか」

「…あぁ」

 

わたくしはにこりと微笑んで、エスーシャは何を思ってか目を閉じて、手にしたカップから一口含む。…そういえば、前回お店以外で誰かの淹れたお茶を飲んだのは……ネプギアちゃん達がケーキを振る舞ってくれた時ですわね。案外最近でしたわ。

 

「…我ながら普通の味だな」

「普通でいいじゃありませんの、紅茶は元から美味しいのですから。…エスーシャは、キャンディが好きなんですの?」

「……?…何故急に飴の話を…?」

「飴?あぁいえ、そちらではなく紅茶の種類の話ですわ。…これは自分で選んだのではなくて…?」

「いや、店員に勧められた物をそのまま買ってきただけだ」

「あー……(それを言ってしまうんですのね…)」

 

あまり紅茶に詳しくない者にとって、種類選びは難儀な作業。それ故にエスーシャの選び方は不自然なものではないですけど、まさかそれをそのまま言うとは…。……しかし、そんなエスーシャにキャンディとは、その店員は中々紅茶を分かっていますわね。ストレートは勿論ミルクティーやレモンティー等のどれにも合い、比較的紅茶独特の渋みが少なくすっきりした味わいが持ち味のキャンディは、確かに初心者にもお勧めな……

 

(……って、これでは『教えて!べるべる!!』になってしまいますわ…じ、自重しなくては……)

「…ベール?具合が悪いのか?」

「あ…いえ、何でもありませんわ」

 

黙り込んでしまったわたくしを心配してか、顔を覗き込んでくるエスーシャ。それにわたくしは首を横に振るい、大丈夫だと示すように紅茶を口へ。

 

「なら良いが…具合が悪いのなら隠さないでほしい。今何かあると困るのは君もだろう?」

「えぇ、けれど本当にさっきは考え事をしていただけですわ。それに、隠し事をしようとしていたのはエスーシャの方ではなくて?」

「……遠慮せず、どんどん飲むといい」

「びっくりする程下手な話の逸らし方ですわね…」

 

そんな事を話しながら、わたくしとエスーシャのティータイムは進む。話しながら紅茶を飲み、お茶菓子を食べながら過ごす事十数分。さて、そろそろ本題に入る頃合いですわね…とわたくしが思い始めたところで……わたくしの身体に、異変が起きた。

 

「……っ…」

 

手にしたカップをソーサーに降ろし、一度強く目を瞑るわたくし。今、わたくしに襲いかかっているのは……急激な睡魔。

 

(昨日の疲労が、まだ抜けてないのかしら……)

 

女神と言えども疲労をすれば…特に人の姿をしていれば眠気に襲われるもので、加えて今のわたくしは紅茶で気持ちが緩んでいる状態。だからその影響を受けているという可能性は、ゼロではない。

 

「…やはり、具合が悪いんじゃないか?」

「…流石に、分かってしまいますのね……」

 

目を瞑って開いてみても、睡魔は強くなるばかり。わたくしは目元を押さえてテーブルに肘を突いてしまい、それによって異変に気付かれる。

 

「けれど、ただの睡魔ですわ…お気になさらず……」

「……そう、か…なら無理する事はない」

「そうは、いきませんわ…まだ、貴女との話が……」

 

話している内にも睡魔は意識を奪っていき、いよいよわたくしはテーブルへと倒れ込む。何とかまだ耐えているものの、これがどうしようもない程の睡魔だという事は分かっていた。

そんなわたくしに投げかけられるエスーシャの言葉は、いつになく穏やかなもの。眠い頭にはその声が心地よく……だからこそ、普段との違いを薄れゆく意識の中で感じ取る。…エスーシャは、内心では優しくとも…それを表情や言葉に出す事は、まずない…筈、ですのに……。

 

「…眠いなら休むといい。ベットに移動したいなら、肩を貸そう」

「いえ…それ、より……せめて…何があったか、だけ…でも……」

「……いいんだ、もう…」

 

優しげなエスーシャの言葉と、途切れ途切れなわたくしの言葉。そのやり取りを終わらせるように、エスーシャは意味の分からない…もう今の頭では推測する事も出来ないような言葉を返して、それで会話は終わってしまった。

わたくしの頭を刺激する会話がなくなってしまえば、最早完全に寝入ってしまうまで秒読み同然。その中で、わたくしにはどうしても…心の奥底から浮かんできた、どうしても気になる事があって、それを確かめるべく薄っすらと目を開けると……

 

 

 

 

────わたくしを見下ろすエスーシャは、咎人の様な瞳を浮かべていた。

 

 

 

 

紅茶と茶菓子を前に倒れてしまったベールを、エスーシャが見下ろす。そこにあるのは、苦笑いでも呆れでもなく、激しい罪悪感と自責の念。

 

「…すまない、ベール。わたしは話をしにきたんじゃない。本当は……君を、殺しにきたんだ」

 

そう呟いて彼女が取り出したのは、一本の短剣。普段の彼女の得物ではない、戦闘用として何か特別な力を持っている訳でもない……だが無防備な相手を殺すには十分な刃を、エスーシャは手にしている。

 

「…………」

「何故、と思うだろう。止めてくれとも思うだろう。…だが安心してほしい。わたしは君を憎くて殺す訳じゃない。……などと言ったところで、気休めにもならないか…」

 

返事のないベールに向けて、エスーシャは静かに話す。既にベールは無防備な姿で、エスーシャの手にも武器がある。にも関わらず、彼女自身が寝ていると思っているにも関わらず、語りかけるように彼女は続ける。

 

「…イーシャの為なんだ。わたしは何としても、イーシャを生かさなくては…イーシャの幸せを取り戻さなくてはいけないんだ。例え、どんな手を使おうと…イーシャに顔向け出来ない人間になろうと……こんなわたしを友と呼んでくれた、君を殺してでも」

 

エスーシャの瞳は罪の意識に染まっているが、その奥にあるのは悲痛な決意。あまりにも痛ましげな、かつてそれは違うとベールが否定した、全ての罪は自分にあるという意思。…そして今、彼女は更に大きな十字架を背負おうとしていた。

 

「恨んでくれて構わない。手を貸すんじゃなかったと思ってくれて構わない。君にはそう思うだけの権利があり、わたしはそう思われるだけの理由があるのだから」

 

短剣の刃に移るのは、エスーシャ自身の赤い瞳。イーシャ本来の緑ではなく、エスーシャがこの身体に憑依した事で生まれた赤い色。…この赤い瞳の持ち主さえいなければ、ベールも昔からの友人も苦しむ事などなかったのにと、エスーシャは手にした短剣で瞳を貫きたい思いに駆られるが、それではイーシャの身体を傷付ける事になるという思いが行動を阻み、改めて短剣をベールに向ける。

 

「そして、約束しよう。これが終わって、わたしのすべき事も済んで、この身体をイーシャに返す事が出来た時……わたしも君の後を追うと。出来る限り苦しむ形で死ぬと、約束する」

 

彼女は、死を怖いとは思っていなかった。…というより、自分は本来死んでいるべき人間だという思いが、彼女の思考の中にはあった。…更に言えば、今からベールを殺す自分に、死を恐れる権利などないとも思っていた。

 

「…あぁ、分かっているさ。その程度で許される訳はないと。わたし程度の人間で、君の死を贖える筈がない事も分かっている。だがそれでも、わたしに出来る事はそれしかない。……もし、死後の世界があるのなら…その時こそ君自身の手でわたしに恨みを晴らしてくれて構わない。既に死んでいる事を活かし、延々続く死よりも辛い苦しみでもって…この愚かで最低な人間を、罰してくれ」

 

そうしてエスーシャは短剣を振り上げる。その手は僅かに震えていたが、一瞬で殺さなくてはベールをより苦しめてしまうと気力で抑え込み、横からベールの後頭部を見据える。…振り下ろせば、もう後戻りは出来ないと思いながら。

 

「……これでお別れだ、ベール。今更聞きたくはないと思うが、最後に一つだけ言わせてくれ。…ベール、君はどう思っていたか分からないが…」

 

 

「……君と話すのは、楽しかった」

 

震えと共に溢れそうになる涙を押さえ、この涙はベールの心を満たす為に泣き叫んで許しを請う時まで零してはならないと自らを追い詰め、エスーシャは手にした短剣をベールへ振り出す。

この場にそれを止める者はいない。如何に女神と言えど、頭を刺し貫かれれば致命傷は免れない。だからもう…これで終わりだ。エスーシャは、そう思っていた。

最後に彼女が心に思い浮かべたのは、ベールへの謝罪と感謝。そしてその思いを心の中で呟きながら、エスーシャは短剣を振り下ろし…………

 

 

 

 

 

 

「──そう、いう…事、でしたのね……」

「……──ッ!!?」

 

……刃が後頭部に突き刺さる寸前、下からの手がエスーシャの手首を掴んで止めた。この場で、この瞬間で、それが出来る者など……一人しかいない。

 

「べ、ベール……!?何故、起きて…あぐッ!?」

 

あり得ない、と目を見開き狼狽えるエスーシャ。そんな彼女の目の前で、手首を掴んだベールはそのまま女神化。人の域を遥かに超えた速度でもってその腕を捻り上げ、エスーシャをテーブルへと押さえ付けた。

 

「…わざわざ茶葉を用意したのは、紅茶に睡眠薬を混ぜる為でしたのね」

「……どう、して…起きて…」

「詰めが甘かったですわね、エスーシャ。女神というのは、今の姿は勿論……人の姿であっても、常人より毒や薬物への耐性が高いのですわ」

 

動揺を隠せないエスーシャに対し、ベールははっきりとした意識で返す。…テーブルに突っ伏すエスーシャと、そのエスーシャを厳しい目で見下ろすベール。二人の立場は……この時、完全に逆転していた。




今回のパロディ解説

・ごきげんなテレビ
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビの事。作中で指してるのは、その中のコーナーの一つである『THE DETECTIVE STORY(探偵物語)』の事です。

・教えて!べるべる!!
原作シリーズの一つである、四女神オンライン CYBER DIMENSION NEPTUNE内のとあるコーナーの事。キャンディに関しては、実際にこのコーナーで出てましたね。


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第百四十五話 魂の居場所

インドア趣味全般に手を出すわたくしにとって、睡魔との戦いは慣れたもの。しかしそれは身体が自然に求める睡魔との戦いであって、外部からもたらされた毒や薬物による睡魔となると、わたくしであっても勝つのは困難な事。そもそもその類いが促すのは睡眠ではなく気絶である事もあるのだから、それは気力でどうこうの域を超えている。

けれどわたくしは女神。人が到達出来うる域を超越し、人とは基準を異にする存在。例え完全完璧な耐性までは持てずとも…人を基準とした分量の薬物であれば、耐え抜く事は……不可能ではない。

 

「……さて、取り敢えず動かないで頂けますかしら?大人しくするならわたくしも貴女を傷付けませんけど、もし暴れるつもりなのであれば、この腕には犠牲になってもらいますわ」

「…………」

「…その沈黙は、大人しくするという意味で宜しくて?」

 

エスーシャの片腕を背中側に捻り上げ、テーブルへと押し付けたわたくしは冷たい声音で言い放つ。対するエスーシャの表情は、数瞬前まで驚愕に包まれていて……今は、絶望の色に染まっていた。

 

「宜しいようですわね……ならば、これでもう痛くありませんわね?」

「……何故、緩める…」

「暴れる意思のない人間を、不要に痛め付けなければならない理由がありまして?」

「…甘いな、君は……」

 

締め上げる形から軽く拘束しているだけの状態に緩めると、エスーシャは酷く沈んだ声で問うてくる。それに表情を変えずに答え、エスーシャの反応を待ってみるも、返ってくるのは同じトーンの言葉のみ。

 

(…反転してしまいそうな精神状態ですわね…その場合、イーシャが表に出てくるのかしら……)

「……いつから、起きていたんだ…」

「いつからか、と言われればずっとですわ。起きていたというより、何とか意識を繋ぎ止めていたと言うべきですけれど」

「…そう、か…わたしの企みには、最初から気付いていたのか…?」

 

わたくしを見る事なく、虚ろな瞳で壁を眺めるエスーシャ。離してしまえばそのまま消えていってしまいそうな彼女に、普段の落ち着いた雰囲気は微塵もない。

 

「それは微妙なところですわね。少なくともはっきり分かっていた訳ではありませんわ。頭と心のどこかで変だとは感じていましたけど」

「…変……」

「えぇ。妙に声音に穏やかさが感じられたり、その一方で普段より物言いがはっきりしていなかったり。けれど、一番大きいのは……」

「…………」

「…貴女の口癖である、『興味ないね』が一度も出てこなかった事ですわ」

「……そう、いえば…一度も言っていなかったな……ふ、ふふ…ふふふふふ……」

 

たかが口癖、されど口癖。自然に出るもの、出てしまうものが出てこないという事は、不自然な何かが入り込んでいるという事。それを指摘すると、エスーシャの表情が少しだけ動き……それから突然、不気味な笑い声を漏らし始めた。

 

「…エスーシャ?」

「愚かだ…愚かだな、わたしは…勝手極まりない理由で殺そうとしただけでなく、それを勘付かれ、備えている相手に対してべらべらと語りかけるとは……どうやらわたしが思っていた以上に、わたしは愚劣な人間だったようだ…」

「…そうですわね。貴女は愚か者ですわ」

「ふっ……どうしようもない愚か者に、救いの道など存在しない…だが、一つ…一つだけ頼みがある…」

「…イーシャと、イーシャのものであるこの身体は傷付けないでくれ、とでも?」

 

絶望に打ちひしがれた、エスーシャの心。そんなエスーシャが、それでも求めるものがあるとすれば…そんなものは、考えるまでもない。

 

「あぁ…図々しい頼みだという事は分かっている。頼めるような立場にない事も自覚している。だが、それでも…それでもわたしは……」

「……残念ですけれど、それを聞き入れるつもりにはなれませんわ」

「……っ…!?」

 

虚ろだったエスーシャの瞳にじわりじわりと滲み出ていくのは、縋るような弱々しい光。……そんなエスーシャの姿は見たくなかった。そう思いながら、そしてもう一つの思いを抱きながら…わたくしは、ゆっくりと首を横に振る。その瞬間、彼女の表情は再び驚愕と絶望に染まる。

 

「そんな…じゃあ、彼女は…イーシャは……」

「…………」

「…悪くない…イーシャは何も悪くないんだ!自分を犠牲にしてでも他人を助けようとする、心の優しい子なんだ!分かっている、ベールがわたしを許せないのは分かっている!だからわたしには何をしたっていい!わたしの精神を壊しても、道具にしても、何かの実験のモルモットにしてくれても構わない!だが頼む、イーシャは…イーシャ、だけは……」

「…ならば、全て話しなさいな。わたくしもイーシャが悪いとは思ってませんし、貴女諸共始末しようなどとも思っていませんわ。けれど…いえ、だからこそ聞かずに結論を出す訳にはいきませんの。自分の友が、自分を殺そうとするまでに至った、その理由の全てを」

「それは……」

「…言って、下さいますわね?」

 

わたくしの知るエスーシャからはあまりにもかけ離れた、恥も外聞もないエスーシャの叫び。そこから伝わってくる、エスーシャの思い。それを聞き終えたわたくしは、静かに言葉を返した。

最初から、わたくしにイーシャをどうこうしようというつもりはない。けれど、ここでそのまま許してしまえば、エスーシャの思いを受け入れてしまえば、それは甘さになってしまう。わたくしは女神ならば、少し位甘くてもいいとは思っているものの……相手を駄目にしてしまう、得られたかもしれない幸せを逃してしまう甘さなどは、微塵もほしくはない。

 

「……分かった」

 

念押しのようにわたくしが訊くと、エスーシャは目を閉じて首肯。声音からそこに嘘偽りがない事を感じ取ったわたくしは……手を離す。

 

「…いいのか?手を放しても……」

「えぇ、こんな格好で話したくはありませんもの。それに、睡眠薬無しでわたくしを殺せるとでも?」

「…あってもあのざまだ、無いなら出来る訳がないな…」

 

女神化を解除しつつ、そう言って席に戻るわたくし。指摘されたエスーシャは力なく首を横に振り、同じように戻った後改めて視線をわたくしに向ける。わたくしもまたエスーシャの方を見て、わたくし達は向かい合う。

 

「……わたしが何故、こんな事をしようとしたのか。それは勿論、イーシャの為に他ならない。そして、今日こんな手段に出た理由は……脅されていたからだ」

「脅されていた…?」

「あぁ。このままでは、決着の如何に関わらずイーシャの精神が潰れてしまうと……マジック・ザ・ハードに言われたんだ」

「な……ッ!?」

 

そして、エスーシャは話し始めた。わたくしが、わたくし達女神がプラネタワーから離れられなくなっていた間に起きた、ある出来事の事を。

 

 

 

 

ある日、不意にマジックはエスーシャの前に現れたらしい。恐らくはプラネタワーや各国教会前に四天王が現れたのと同じ方法で、エスーシャに揺さぶりをかける為に。

 

「何故奴がイーシャの事を知っていたのかは分からない。もしかしたら、わたしの中に別の存在がいるという事までしか分かっていなかったのかもしれない。…正しくは、わたしの方が別の存在だが…な」

「…それで、わたくしを殺さねばイーシャの命はないと脅されたんですの?」

「いいや。…脅されたと言っても、奴がどうこうしてやると言った訳じゃない。奴はただ、伝えてきただけだ。肉体との繋がりをわたしがいる事によって失い、精神が留まっているだけも同然なイーシャは、負のシェアによって簡単に抹消されてしまうと。今もイーシャは、犯罪神の復活によって負のシェアの濃度が増しつつあるこの次元に蝕まれつつあると」

「それは……(あり得るのかしら…でも、ひょっとしたらそれは…本当にあり得てしまうのでは…?)」

 

自身が直接どうこうするのではなく、現状そのものがイーシャを殺すというのが、マジックの論。マジックが善意から忠告として言うなどある筈もなく、時期からして出任せという可能性もゼロではない。……が、シェアエナジーが人の精神に善かれ悪しかれ影響を及ぼすというのは、紛れも無い事実。今信次元に広がっている負のシェアにイーシャを害するだけの力があるのか、そもそもイーシャは影響を受け易い状態なのか、はっきりしない要素は多いものの…それ等も事実であるという可能性もまた、ゼロではない。となれば、その可能性が例え限りなくゼロに近かったとしても…エスーシャが必死になるのは、無理のない話。

 

「…イーシャの危機に関しては分かりましたわ。しかし、ならば何故わたくしを殺める事に繋がったんですの?」

「それも奴の言葉が理由だ。強靭な身体を持つ女神を器にすれば、不完全且つ強引な……それこそわたしの猿真似の様な魔法でも、わたしの精神を移せる見込みはあると言っていた」

「それは、わたくしが死んでいても移せるんでして?」

「死んだ状態は、謂わば魂の消えた抜け殻も同然。故に精神は移し易いとの事だ」

「……死体に精神を宿らせる…そんなネクロマンサーみたいな事まで出来るんですのね……」

「いいや、わたしが調べた限りそれは不可能だ。だが、強靭な…そして特異な存在である女神であれば、或いは……」

 

それもマジックの言った事なのか、エスーシャが独自に調べた事なのか。何れにせよ、これでやっと理由と経緯がはっきりとした。…それにもしかすると、死体に移すというのも好都合だと思っていたかもしれませんわね…ネクロマンサーの如くと言っても死を呼ぶ者さん並みの力をエスーシャが有している訳がありませんし、そうなれば……移った後すぐ、エスーシャはわたくしに言った通りに死ぬ事となるんですもの。

 

「…好きに罵ってくれていいさ、ベール。敵の言葉に踊らされて女神を殺めようとした、大馬鹿者だとな」

「貴女そればっかりですわね…まさか鉄拳ちゃんと同じ気があるんでして?」

「同じ気……?」

「…何でもありませんわ。それと、罵るつもりもありませんわ」

「罵る気にもならない、か……」

「そうではなくて……理由はどうあれ、手段はどうあれ、貴女は友達を助けたい一心だったのでしょう?わたくしを殺してでも、自分を殺してでも、イーシャを助けようとしたのでしょう?そこに怒りと悲しみを感じる事はあっても…貶そうなどという感情は、微塵も生まれはしませんわ」

 

見くびるな、とばかりに少しだけ視線を鋭くして、わたくしは言った。更に言えば、怒りと悲しみというのも、殺されそうになったという事象に対してではなくて……

 

「……あぁ、駄目だな…」

「……?」

「君を見ていると、君を殺そうとした自分がどんどん嫌になってくる…あの時からずっと、わたしはわたしが大嫌いだったというのに…嫌いという感情に底はないんだな……」

 

自嘲気味に…いや、自嘲の感情しかない顔で、エスーシャは笑う。…ここまでの事をしておいて普段通りの精神状態でしたら、流石に一喝入れてたでしょうけど…自虐的な気分になるのであれば、まだ落ちるところまでは落ちてないんですのね、エスーシャ。

 

「…わたしから話せる事は以上だ。後はこの話をどう判断しようと、わたしをどうしようと、わたしに異を唱える権利はない。…が……」

「どうかイーシャの事だけは、でしょう?…それでいいんですの?仮にわたくしが貴女を殺してイーシャを生かした場合、それで貴女は満足するんですの?」

「当然。わたしが死んでイーシャが生きるのなら、それが本望だ」

「…そう、ですのね……」

 

眉一つ動かさず、エスーシャは言い切った。それは自己犠牲の精神?……いいや違う。エスーシャはただ、自分自身を捨てているだけ。無価値どころかマイナスの存在である自分を犠牲にする事で、大切な友を生かせるのなら、そんな有益な事はない…きっとエスーシャはそう思っている。…あぁ、なんてそれは真っ直ぐで、真剣で……勝手な事か。

 

「……分かりましたわ。であればエスーシャ、今日は帰って下さいまし」

「帰る…?」

「わたくしには考えたい事も、やるべき事もあるのですわ。ですからわたくしが呼ぶまで、貴女は普段通りの生活をしなさいな。勿論監視は付けさせて頂きますけど、それは我慢して下さいな」

「我慢も何も、やった事からすれば軽いものだ。君がそう言うのなら、わたしはそれを甘んじて受け入れよう」

 

そう言ってエスーシャは立ち上がる。振り返り、出入り口である扉の方へ。

 

「…また今度ですわ、エスーシャ」

「…………」

 

立ち去ろうとする背中へ挨拶をかけるわたくし。その瞬間エスーシャはびくりと小さく肩を震わせ、一瞬だけ止まり、それから扉を開けて部屋を去る。わたくしの言葉への、返事は…ない。

 

「……はぁぁ…」

 

エスーシャが立ち去った数秒後、わたくしは深い溜め息を吐きつつ椅子からずり落ちる。流石に完全に落ちたりはしないものの、わたくしは大変行儀の悪い格好に変化。

 

「ちょ、ちょっとこれはヘビー過ぎる展開ですわ……」

 

姿勢を直す気分にもなれず、天井に向かってぼそりと呟く。エスーシャがいる間は余裕と落ち着きのある態度を保っていた…というか保てていたものの、いざ緊張が解けると途端に冷や汗が噴き出してくる。うぅ、睡眠薬からの殺人未遂といい、その理由といい、このシリーズは明るさと安心感を売りにしていたのではなくて…?

 

「…と、嘆いても何か変わる訳でもないですし……」

 

正直に言えば、数十分程現実逃避でもしたいところ。けれどわたくしには時間がない。腰を据えて一つずつ、安全に確実に…とするだけの時間が全くない。

わたくしは考える。わたくしに出来る事とすべき事を。それを実行する為に必要なものを。損益を、メリットデメリットを、理想と現実を。考えて、考慮して、そこに思いも組み込んで……一つの道を、選び出す。

 

「……やはり、これしか…いいえ、これが一番ですわね」

 

選んだのなら、次にすべきはその行動。わたくしは身体を持ち上げて座り直し、こくりと一つ頷いて携帯を取り出す。ある人物に電話をかけ、出るまでの間に少し心を落ち着けようと紅茶に手を……

 

「…っと、これは睡眠薬入りでしたわね……」

 

気付いたとはいえこんな事すら忘れてしまうなんて…と自分の余裕のなさに肩を竦める中、呼び出し音が停止。代わりにかけた相手である、ブランの声が聞こえてくる。

 

「…ベール、どうかしたの?」

「えぇ、大変どうかしてますわ」

「…それはヒーハーに対抗したギャグのアレンジか何かのつもり?」

 

クールに静かに突っ込んでくるブラン。…ブランといいエスーシャといい、基本がクール&静かな人は多重人格っぽくなる傾向があるのかしら…ブランは多重人格ではなく二面性と言うべきですし、エスーシャは本当に二人の人物が一つの身体にいる訳ですけど…。

 

「残念ながらギャグではなく、本当にどうかしてるのですわ」

「…どういう事?」

「それは言えませんわ。そしてその上で、わたくしは貴女に手を貸してほしいんですの」

 

助力を求めるなら、それ相応の説明をする事が当然の義務。誠意を見せずに協力してもらおうなどというのは、虫のいい話。実際わたくしも、つい先程エスーシャに全て話すよう言った。そのわたくしが言えないというのは…何ともまぁ、ズルいと思う。

けれどエスーシャの秘密を勝手に話すというのも、エスーシャに対して誠意のない行為。彼女がどんな事をしたとしても、不誠実になって良い理由にはならない。少なくとも、女神として不誠実な姿は見せられない。

話すも不誠実、話さぬも不誠実。であるならせめて、わたくしだけが駄目に思われる方がいい。

 

「どうしても言えないの?」

「申し訳ありませんわ、ブラン。図々しいとは分かっておりますけど……今言える事があるとすれば、それは友達の為という事のみですわ」

「……そう。なら…事が全て済んだら、話して頂戴。それと…そんなに大変な事なら、遠慮せず手を借りる事。それが条件よ」

「…えぇ、約束しますわ」

 

考え込むような数秒間の静かな時間が過ぎて、それからブランはわたくしの求めに応じる意思を示してくれた。このやり取りの中から、わたくしの事情を察したのか。自分が手を貸さなければ、信用に欠ける手段を選びかねないと思ったのか。…どちらにせよ、わたくしは応えなくてはならない。聞かないまま手を貸してくれようとしている、ブランの優しさに。

 

「だったら、早速どうしてほしいか言って。すぐに準備するわ」

 

クールで静かな、でも温かみの感じるブランの言葉。それにわたくしは頷いて……求める助力を、口にする。

 

 

 

 

エスーシャが教会を訪れてから五日経ち、一週間の内の六日となった。その日の昼も大分過ぎた頃、エスーシャ…それにスライヌマンとスライヌレディの三者は、再び教会へと訪れていた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

口を閉ざしたままの三者。理由は二つ。一つはこれからベールが下す審判に対する緊張であり…もう一つは、変貌したベールの部屋に対する困惑。

趣味嗜好全開だった彼女の部屋は、その日普段とはかけ離れた姿をしていた。床に書かれた魔法陣に、部屋の各所へ配置された魔導具らしき物の数々。最も緊張しているエスーシャですら、今からここで英霊召喚でも行うのか…などと思ってしまう程、今の彼女の部屋は異彩を放っていた。

 

「……さて、これで準備完了ですわね」

 

恐らくは魔導書であろう本を魔法陣の中心に置いたところで、三者同様無言を貫いていたベールが口を開く。ベールに視線で促され、エスーシャは彼女の目の前へ。

 

「…これは……」

「何なのかはすぐに分かりますわ。…エスーシャ、貴女はこれから何があろうと、口を挟まず邪魔をしない事。それが守られなければ……イーシャの命の保証はしませんわ」

「……っ…」

 

イーシャに纏わる事ならば、可能な限り不安を取り除きたい。そう思うエスーシャだったが、一瞬目を見開いた後ベールの言葉に首肯する。…理由は単純。彼女にとって一番大切なのは、イーシャの安全と幸せなのだから。

了解を得たベールは次に、視線を出入り口付近で待つヌマンとレディへ。貴女達も邪魔はするなという意図を理解した両者は頷き、ベールもまた頷き返す。

 

「…では、早速始めますわ。エスーシャ、わたくしの目を見て下さいまし」

 

そう言いながらベールは女神化。その事に不可解さを感じながらもエスーシャは澄んだ紫の瞳を見つめ、ベールはエスーシャを見つめ返し……静かに詠唱を始める。

 

「器に宿りし存在の核。実体なき存在の指針。名は魂、その意義は千差万別。されど魂とは架空に非ず。精神とは空想に非ず。その霊魂に、未だ存在としての形を刻んでいるならば、我が求めに応じ、我が魔力と信仰力を道標とし、我が身を器に顕現せよ!──ソウルトランス・リコネクション…ッ!」

(……何だ、この詠唱は…知らない、知らない筈なのに…何故か、自然と頭の中に入って……──ッ!?)

 

詠唱に呼応し輝き出す魔法陣と各所の魔導具。初めは詠唱の内容から魔法を推測しようとしていたエスーシャだったが、次第に意識がはっきりとしなくなり、されどその中でも詠唱だけは頭に響き、一層の不可解さを胸に抱く。……その次の瞬間だった。身体を内側から、中核から揺さぶられたかのような衝撃に襲われたのは。

 

「……っ!…な、何…が……」

 

激しい立ち眩みにも似た感覚に膝を突くエスーシャ。一瞬やってしまったと彼女は焦るが、視界の端には自分と同じく膝を…それも両膝を突き、両手を魔法陣へと付いたベールの姿が映っている。であれば失敗か、とエスーシャは思ったものの……すぐに彼女は違和感を覚え始めた。身体には一切変化がない。意識も記憶も今ははっきりしている。であるのに何故か何かが足りないような、大切な何かが抜け落ちてしまったかのような、不思議な感覚。

 

「…ベール、この魔法は一体……」

 

顔を上げつつ、エスーシャはベールに問う。口を挟むなというのは魔法の発動中であり、今は声を発しても問題ないだろうと思いながら。

ポニーテールを魔法陣に垂らした状態から、ゆっくりとエスーシャの目の前にいる女性は顔を上げる。そこにいる筈なのは、エスーシャのよく知る、この国の指導者であり守護者でもある、リーンボックスの守護女神。だが……

 

「え……?」

 

 

 

 

──顔を上げたベールの瞳は、ほんのりと深い緑の光を発していた。




今回のパロディ解説

・死を呼ぶ者さん
これはゾンビですか?シリーズのヒロインの一人、ユークリウッド・ヘルサイズの事。作中には他にも死を呼ぶ者がいますが…ネクロマンサーであれば、彼女一択ですね。

・ヒーハー(に対抗したギャグ)
お笑いコンビ、ブラックマヨネーズの小杉竜一さんのギャグ及び、同じく吉田敬さんのギャグの事。ベールは「どうかしてますわ」を流行らせたりは……しません。

・英霊召喚
Fateシリーズにおける、重要な召喚魔術の事。英霊召喚の詠唱をしたら、このシーンでサーヴァントが現れたりするかもしれませんね。……いや冗談ですよ?


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第百四十六話 ずっと一緒に

危険と知っていようと、多大なリスクを背負う事になろうと、人はそれを選ぶ事がある。その選択をした時、人はリスク計算が出来なくなった訳ではない。危険やリスクに見合うだけの見返りがあるからという場合もあるが、明らかに割りに合わない結果しか得られない場合でも、人は時に全力で危険な道へと向かう。では人はいつ、そんな選択をするのか、そんな選択が出来るのかと言えば……それは、どれだけリスキーだろうと、果たしたい願いがある時に他ならない。

 

「…何が…起き、たんだ……?」

 

静まり返った教会の一室。部屋の端でスライヌマンとスライヌレディが見つめる中、自分と目の前の女性に起こった異変に動揺するのは黄金の第三勢力(ゴールドサァド)が一角、エスーシャ。そしてエスーシャの向かいにいるのは、守護女神のベールなのだが……そこにいる彼女は、明らかに何かが違った。

 

「…あ、あぁ…なんて、事を……!」

「……ベール…?」

 

姿は間違いなくベールの本来の姿である、グリーンハートのもの。だが雰囲気が違う。感じられる物腰が違う。何より……瞳の色が違う。

グリーンハートの瞳は紫だったのに対し、今の彼女の瞳は緑。それ自体も眼を見張る違いではあるものの、エスーシャ達にとってその瞳は、その色は、酷く懐かしいものだった。彼女達であれば、見紛う筈のない緑の瞳。そう、それは…その瞳の持ち主は……

 

「……ま、まさか…イーシャ、なのか…?」

「……っ…!……はい」

「……──ッ!」

 

目を見開くエスーシャ。声は変わらずベールのそれだったが…その「はい」を聞いた瞬間、エスーシャは目の前にいるのがイーシャなのだと理解した。頭ではなく、心がそうだと叫んでいた。

 

「イーシャ…ああ、あぁ…イーシャ……っ!」

「そ、そんな馬鹿な…でも、オイラにも分かるヌラ……」

「わ、私も分かるわ…けど、どうしてイーシャちゃんがベールちゃんの身体に……」

「そ、そうだ…教えてくれイーシャ。どうして君がベールに…いや、ベールの身体にいるんだ。一体、何が……」

 

自身が何としても助けなければいけない、償わなければいけない相手が、目の前にいる。その事にエスーシャの中では様々な思いが込み上げるも、レディの言葉で我に返り、何が起こっているのか問いかける。…が……

 

「…駄、目…ベール、様…こんな事を…しては……!」

 

イーシャの心は、全く逆の方向を…エスーシャ達のいる外ではなく、内側へと向いていた。それも切羽詰まった、只ならぬ様子で。

 

「い、イーシャ…?ベールと話しているのか…?というか、話せるのか…?」

「……くっ…な、なら……!」

 

状況を飲み込めないエスーシャは再び訊くも、やはりイーシャからの返答はない。彼女は忙しなく首を動かし部屋を見回した後、置かれたままの魔導書を乱雑に捲って目を通すが、その表情に浮かぶ焦りは増すばかり。

 

「…何、これ…もしや、ベール様用に……アレンジが…?…そんな、じゃあ……」

「お、落ち着いてくれイーシャ。それにイーシャ、わたしは君に話したい事も、話さなきゃいけない事も…謝らなければいけない事もあるんだ。だからまずは落ち着いて……」

「…落ち着いて、なんか…いられない…ッ!このままじゃ、ベール様は……!」

 

話は成立しないながら、何か自身の想像を超える事態となってしまったのだろうと感じたエスーシャは、再三イーシャに声をかける。同時にそこで込み上げる思いの一部が口を衝いて言葉となり、彼女はイーシャの…物理的にはベールの肩に手を置くも、イーシャは振り解いて声を張る。

その瞬間、エスーシャの心は騒ついた。彼女の記憶にあるイーシャからはかけ離れた様子と表情に、凄まじく嫌な予感が駆け巡る。そしてエスーシャ達が息を飲む中……イーシャは言った。

 

「──ベール様の精神が…消える……っ!」

 

……静寂が訪れた。エスーシャもヌマンもレディも、その言葉の意味は分かっていた。理解していたからこそ、驚愕し、唖然とし……背筋に寒気が駆け上る。

 

「消え、る…?…は、は…こんな時に冗談はよしてくれないか、イーシャ……」

「…わたし、が…冗談を、言ってるように…見える……?」

「……ッ!…だが、そんな…急に、そんな……」

 

エスーシャの頭はその可能性を理解していた。だが心がそれを拒絶し、可能性から目を逸らすように訊き返す。…だが、目を逸らそうと現実は変わらない。そしてその現実を突き付けられ……激しい動悸が彼女に襲いかかった。

 

(何をしようとしたのかは分からない…だがきっとベールは、イーシャの為に…わたしの願いに応える為に何かをしようとしたんだ…。そんなベールが、消える…?わたしのせいで……またわたしが無力で愚かだったせいで、わたしを思ってくれる人が……また、不幸になる…?)

 

心を締め付けられるような感覚。どうしようもない程の罪悪感と自己嫌悪。全身から嫌な冷や汗が噴き出してくる。

彼女は元々、ベールを犠牲にイーシャを救おうとしていた。しかしそれは、『ベールの意思を無視した』『自分の意思で行う』犠牲であって、『ベールが自身の為に』『ベールの意思で行う』犠牲ではない。例え結果が同じになろうと、それではベールに自分を恨む権利がなくなる。こんな自分の為にベールが自分自身を捨てる事になってしまう。そしてそうなってしまったら、ベールを思う人の気持ちのやり場すら無くなってしまう。…そんな思考がエスーシャの頭を埋め尽くしていき、彼女の視界は黒く染まっていった。

 

「…最低だ…わたしは最低だ…最低だ、最低だ、最低だ……」

「え、エスーシャちゃん落ち着いて。貴女まで動揺したら……」

「その通りヌラ、エスーシャ。…イーシャ、君は確か『このままじゃ』と言っていた筈。という事は…まだ、最悪の事態にまでは至ってないんじゃないヌラか?」

「……っ…!」

「それは……はい」

 

俯き、同じ言葉を呟くエスーシャへ寄り添うレディ。一方ヌマンは腕を組み、静かな声音でイーシャへと問う。その声が聞こえた瞬間エスーシャの呟きが止まり……イーシャはそれを、肯定する。

 

「なら、説明してくれないか?仮に、最悪の事態になってしまうとしても…何も分からないまま見ているだけは、嫌だヌラ」

「…イーシャちゃん、エスーシャちゃんの為にも…今は一度落ち着いて、話してあげて」

「……そう、ね…ごめんなさい、皆…」

 

冷静なヌマンとレディの言葉を聞き、エスーシャの罪悪感に駆られた姿を目にした事でイーシャはある程度冷静さを取り戻し、今は言われた通り話す事が最優先だと思い直す。そしてこれまで事情を知りつつも、同じ当事者でありながらもエスーシャとイーシャの力になれなかったヌマンとレディは、漸く友として手を貸す事が出来た…と小さな安堵を感じていた。

 

「…え、と…じゃあ、まずは…ベール様の、した事…だけど……」

『…………』

「…ベール様がしたのは、魂を移し替える魔法…なの……」

 

ぽつりぽつりと話し始めるイーシャ。状況からエスーシャ達は、魂の移動という現象が起きている事は認識していたが、改めて言われた事で彼女達へ緊張が走る。

 

「…それは、イーシャちゃんが私達にしたのと、同じ魔法なの?」

「いいえ……近いけど、多分これは…ルウィー式の、魔法…それに、かなりアレンジもされてて…凄く、強引……」

「強引…と、言うと?」

「魂の、移し替えは…難しいなんて、ものじゃないの…。…でもそれを、女神の力で…無理矢理補って、成り立たせている…それが、今の状態……」

 

ヌマンとレディの質問に答える形で、イーシャは説明を進める。その説明を聞いた事でエスーシャ達は、失敗ではなくベールが狙ってこの状況を作り出したのだと理解したが……同時にそこで新たな疑問も浮かび上がる。

 

「……待て…なら、これはベールが意図して起こした状態な筈…それが何故、ベールの危機に繋がるんだ…」

「…無理矢理、だから……」

「…それは、いつ崩れてもおかしくない状態を、ギリギリのところで維持している…そういう事か…?」

「はい……それに…ベール様の心身に、大きな負担が今もかかってる…だから……」

 

だから無理矢理なんだ。そう言うようにイーシャは胸の前で手を握る。それを聞いたエスーシャは再び表情を曇らせ、代わりにレディが次なる質問を口に。

 

「…何が起こったかは分かったわ。それにさっきの口振りからして、イーシャちゃんはこの魔法を解除…で、いいのかしら?…は出来ない…のよね?」

「…はい。時間をかけて、解析すれば…出来るかも、しれないけど……」

「そんな時間はない、或いは一刻も早く解決しなくてはならない…という事か」

「はい。この状況が、続けば続く程…ベール様の、負担も大きくなる…から……」

「…なら、どうすればいい…どうすれば、ベールの危機を打破出来るんだ…?」

 

レディが問い、ヌマンが確認の言葉を入れ……エスーシャが話の中核へと踏み込んだ。状況確認も思い付く手段の可否も、解決という目的に至るまでの言わば前座。そして真打である解決の手段をエスーシャが訊き、イーシャも答える。

 

「……ベール様を、説得…すればいい…」

『…説得……?』

「人格を含む、身体の主導権は…わたしにある…というか、渡されて…いる、けど……魔法の維持は、ベール様がしているの…だから、ベール様を説得するのが…一番、確実な手段……」

「…そう、か……なら教えてくれ、シーシャ。わたし達の言葉は、ベールに聞こえるのか…?」

「…はい」

「だったら……説得は、わたしに任せてほしい」

 

説明を聞き終えたエスーシャは、顔を上げてイーシャを…そしてベールを見やる。…そこに浮かぶのは、ヌマンとレディのよく知る、咎人の顔。罪を償わなければならないという、暗い意思に彩られた表情。

 

「…エスーシャ……」

「……ヌマン、一旦はエスーシャちゃんに任せましょ」

「…そう、だな…エスーシャ、やるだけやってみるヌラ」

「あぁ、これはわたしのすべき事だからな…」

 

その表情に気付いたヌマンは不安気な様子を見せるも、レディの言葉に首肯しエスーシャを見守る。そんな中エスーシャは佇まいを正し、イーシャも複雑そうな表情を浮かべてエスーシャを見つめた。

 

「……すまない、ベール。これはわたしの責任だ。君が人の為に何度も命懸けで戦い、人を救わんとしてきた女神である事を失念していた。君ならばこんなわたしの為にも危険を冒してくれる事位分かっていた筈なのに、わたしはそれを考えなかった。…その結果がこれだ。わたしは君に、命同然のものを懸けさせてしまった」

 

静かに話し始めるエスーシャ。負い目を感じている事が分かる声音で、エスーシャは身体の主導権を渡したベールへ声をかける。

 

「わたしには、君が終着点としようとした場所がどこなのかは分からない。だが…きっと君は、わたしをも救おうとしてくれたのだろう?救う価値のないわたしを、裁かれるべきわたしを」

「え、エスーシャ…それは……」

「いいんだイーシャ。わたしはベールに危険を冒させてしまった。意図していなかったとはいえ、ベールの良心に付け込んだんだ。そのわたしが許される筈がない。罪を重ねるばかりのわたしが、許されていい訳がないんだ」

 

言葉と言葉の合間で何か言いかけたイーシャを、エスーシャは首を横に振って止める。……エスーシャは気付かない。彼女を見つめるイーシャの瞳に、悲しさと辛さが浮かんでいる事に。

 

「…だから、わたしを救おうなんてしなくていいんだ、ベール。その優しさはわたしではなく、イーシャや他の誰かに向けてほしい。君に優しさを向けられる資格など、わたしにはない…わたしに優しさを向けるなんて、無駄でしかないんだ」

「…そこまで…そんな、事は……」

「そしてもしそれがわたしを見捨てる事になると思っているのなら、そんな必要はない。これはわたしの犠牲ではなく、わたしが受けるべき罰だ。同時にイーシャが救われる事、君も犠牲にならずに済む事が、わたしの夢で、わたしの望みだ。……などと、贖罪を綺麗な言葉で飾る辺り、本当にわたしの業は深いな…」

 

淀みなく流れるエスーシャの言葉は、それが彼女が本気で思っている事の証明。見つめるイーシャ達が辛そうな顔をしている事に気付かず、イーシャが言わんとする言葉を聞かず、エスーシャは自らを卑下するように笑う。そしてその上で、エスーシャはどこか安心したような表情を顔に。

 

「…だが、よかった…どんな形であれ、こうしてイーシャと会う事が出来たのだから。…すまなかった、イーシャ。わたしがいたから、わたしのせいで、君は全てを失った。死ぬべきわたしがのうのうと生き、君が苦しむ事になった。…イーシャも、ヌマンも、レディも、ベールも、わたしは不幸にしてしまった。……あぁ、わたしなんて…いなければよかったのに…」

「…………」

「……なぁ、イーシャ…君からも伝えてくれ。わたしは救う価値のない人間だと。ベール、君もイーシャと繋がった事で感じただろう。イーシャの抱えた、不幸と怒りを。…もう、わたしは十分過ぎる程幸せを得る事が出来た。だからこれから、この不当に得た幸せの報いを受け、君達が幸せを取り戻す番……」

「……勝手な、事…言わないで……」

「…イーシャ……?」

 

疲れ切った、もうどうでもよくなった…そんな表情でエスーシャは言い切ろうとした。ここを、今を自分の『終わり』と位置付けようとした。…だが、その時イーシャは震える声でエスーシャを遮り……

 

「勝手な事、言わないでよッ!!」

「がぁ……ッ!?」

 

──胸ぐらを掴んで立ち上がらせ、渾身の力でエスーシャの左頬を張った。突然、それも常軌を逸した一撃を放たれたエスーシャは反応出来ず、その力のままに壁へと叩き付けられる。

 

「へ……っ?…あ、ぇ……?」

「ちょっ、い、イーシャちゃん!?貴女今、自分が女神化したベールちゃんの身体にいるって事忘れてない!?」

「形のなっていないイーシャのビンタでもこれだけの威力…流石女神の膂力は…と感心してる場合じゃないヌラ!大丈夫ヌラかエスーシャ!」

「……っ!ご、ごめんなさいエスーシャ…っ!」

 

思いもよらぬ行動に全員が茫然自失となる中、最も驚いていたのは張本人であるイーシャ。レディの言葉で状況を理解し、謝罪と共にエスーシャへと駆け寄る。

 

「う、ぐ……」

「エスーシャちゃんしっかりして!ひ、一先ずここの医務室に……」

「…待って、くれ……」

『え……?』

 

壁に跡を残しながら落ちたエスーシャを、イーシャ達は運ぼうとする。…が、それを他ならぬエスーシャが制止。明らかに体をふらつかせながらも彼女は起き上がり、その視線をイーシャの方へ。

 

「勝手な…事、とは…なんだ…イーシャ……」

「……っ…」

「君が、怒りを持つのは…当然の、事だ……だが…今のは、何に対する……怒り、なんだ…?」

 

問いかけるエスーシャの言葉にイーシャははっとし、その後すぐ歯噛みをするような表情に変化。

頰を叩かれたエスーシャが感じたのは、激痛と痛み。だが同時にその時、エスーシャは憎悪や復讐心とも違う怒りがそこにあると感じ取った。…が、それを理解が出来ず、困惑とともにエスーシャは訊いた。

 

「…エスーシャは、何も…分かってない……」

「分かって、いない…?」

「わたしの、気持ちも…ベール様の、気持ちも…何にも分かってない……」

 

イーシャが浮かべるのは、悲しそうな表情。怒りから一転して浮かぶ悲しげな顔にエスーシャは狼狽えるも、まだ彼女は理解出来ない。

 

「エスーシャは、勝手な事ばかり…エスーシャは、わたしを思ってくれている、けど…わたしを、見て…ない……」

「そ、そんな事はない!わたしはずっと君の思いに目を向けていた!君の為に、君に償う為に……!」

「…なら、気付かないの…?わたしが、貴女を…なにも恨んでいない事に……」

「……え…?…恨んで、いな…い……?」

 

自身の行動は、全てイーシャの為に。そう思っていたエスーシャだからこそ、イーシャからの否定に強い動揺をしてしまう。しかし、それすらも超える動揺に、次の瞬間エスーシャは包まれた。

こんな自分を、イーシャは恨んでいない。それはエスーシャにとって寝耳に水の話で、想像すらしなかった可能性。そんな事はあり得ないと、そんな都合の良い事はないと、最初から否定していた回答。…故に、エスーシャは動揺する。

 

「……はい」

「イーシャ……い、いやそんな筈はない…いいんだイーシャ、わたしを気遣ってなんかくれなくて…こんな酷い仕打ちをしたわたしを、恨んでない訳が……」

「…エスーシャは、わたしに強要した…?助けろって…その身体を寄越せって……」

「…それは…して、いないが……」

「…そう。これは、わたしの意思。エスーシャを助けたのも、エスーシャの魂を受け入れたのも…わたしの意思。なのにどうして、わたしはエスーシャを恨むの…?」

 

かけられる言葉を信じられないエスーシャは、それが優しさからくる嘘だと思って首を横に振る。だがイーシャに問われ、重ねて訊かれ、そこで初めて黙り込む。…ベールに口を挟むなと言われた時とは違う、本当に言葉の出ない沈黙。そんなエスーシャへと、イーシャは言葉を続ける。

 

「わたしは貴女を、自分の意思で救った。…ううん、救ったなんて大それた事じゃない…助けたかったから…エスーシャも…ヌマンも…レディも…皆わたしの大切な友達だから…助けたかったの……」

「……っ…だと、しても…わたしはこの身体を乗っ取り、イーシャの意思を無視して…ずっとイーシャの自由を奪って……」

「いいえ…それは違うの、エスーシャ…わたしは偶にだけど、貴女が寝ている間…表へと出る事が出来たわ…それに例え、それが出来なくても……きっとわたしは、貴女に感謝してる…今と、同じように……」

「感、謝…?このわたしに…こんなわたしに、感謝…して、くれているのか…?」

 

ヌマンとレディの名を呼んだ時、イーシャはそちらへと目を向けた。目を向け、死なないでよかったとばかりに微笑み、視線をエスーシャの方へ戻す。……その時ヌマンとレディの瞳には、感極まった様子でじわりと涙が浮かんでいた。

 

「…エスーシャ、昔のわたしを…貴女と一つになる前のわたしを、覚えている…?」

「…勿論だ…引っ込み思案で、極度の人見知りで…でも誰にも負けない程優しかった君を、忘れる訳がない……」

「…エスーシャの言う通り、わたしは引っ込み思案で人見知り…友達なんて三人しかいなくて…三人以外の、殆どの人とは『はい』か『いいえ』でしか話せない…一人じゃ、何も出来ない人間だった……凄く凄く狭い世界しか知らなくて、知らない世界へ踏み出す勇気もなかった……」

「…………」

「でも…エスーシャと一つになってから、変わった…わたしの代わりにエスーシャが、色んな人と話して…色んな所に行って…色んな経験をしてくれた…。わたしがわたしのままじゃ、知らずに終わってた事を…エスーシャが、教えてくれた…だから、貴女と一緒にいる事は…苦でも何でもないの……」

 

本当に嬉しそうに、本当に感謝している様子で、イーシャは語る。そんなイーシャをエスーシャは見つめる。エスーシャの目に、イーシャの本当の姿が浮かぶ。そして遂に、エスーシャの心が揺れる。

 

「…嫌じゃ、なかったのか……?」

「嫌じゃなかった…後悔もしてないし、して良かったと思ってる…だって、あの時助けたからわたしは…こうしてまた、大好きな貴女と話せたんだもの…」

「……──っ!」

 

そう言って笑うイーシャに…自分が失ってしまった、奪ってしまった大切な友人の笑顔に、エスーシャは肩を震わせる。流すまいと心に決めていた涙がみるみるうちに瞳に溜まり、彼女はそれを必死に耐える。

嬉しいという気持ち、自分はイーシャを苦しめてなかったのだという安堵、それでも自分は罪人だという自責の念。それ等が混ざり合い、やり切れない思いにエスーシャが胸の前で手を握る中、彼女の肩にイーシャが手を置く。

 

「わたしは貴女を恨んでない。怒ってはいるけど……それは、エスーシャが自分を不要な存在だって…わたし達を不幸にしたって思ってる事への、怒り…そしてそれは、ベール様も思ってる……」

「じゃあ、わたしは…だが、わたしは……っ!」

「…エスーシャ、もう…自分を責めないであげて…許してあげて…わたし、辛いわ…貴女が苦しそうにしているのも…貴女が、自分を不幸にしようとするのも……」

「……でも…それでも…わたしの罪は、消えないんだ…ッ!」

 

ぽたり、と落ちる一粒の涙。絞り出すように、肩を震わせエスーシャは思いを吐き出す。彼女が自身を捨てようとする、罰しようとする、その根底にある罪の意識を。

事故とはいえ、それだけは紛れも無い事実。それ故にイーシャもそこへは言葉を出せず……代わりに後ろから、二つの声がエスーシャに届いた。

 

「…なら、許すヌラ」

「え……?」

「えぇ、私も許しちゃうわ。だってエスーシャちゃんが悪いかどうかなんて事より、私達にとってはエスーシャちゃんの笑顔の方がずっと大事だもの。それに、意外とこの身体も悪くないのよ?」

「その通り。もしかしたらこの身体は、元々の身体よりオイラの精神と親和性が高いのかもしれないんだ。他ならぬ、この磨き上げた全身の筋肉がそう言っているんだヌラ。…だから、もう気に病まないでくれ、エスーシャ」

「それが無理でも、エスーシャちゃんは私達にこれまでずっと償ってくれようとしたでしょ?元に戻してくれようとしたでしょ?…そんな貴女を責める気なんて、私達には微塵もないわ」

「…ヌマン…レディ……」

 

振り向いたエスーシャに向けられていたのは、笑みとウィンク。その温かな、優しい思いに、再びエスーシャは涙を落とす。そしてエスーシャを包み込む、イーシャの抱擁。

 

「…誰も、貴女を恨んでなんかいないの…。それに…罪なら、わたしもあるわ…表に出られる事もあったのに、この思いを伝えなかった…貴女が暴走するのが怖くて、伝えられなくて……結果ここまで追い詰めてしまった、わたしにも……」

「罪、なんかじゃ…わたしの為を思ってくれたイーシャに…罪なんか……」

「なら、こんなになるまでわたしを思ってくれたエスーシャにだって…罪が許される、権利がある筈よ……」

 

優しく抱き締め、寄り添うように言葉を紡ぐイーシャの目にも、涙が浮かぶ。

ここには誰も、悪人がいない。全員が友の為を思っていて、ただそれが上手く噛み合わなくて、或いは自分が悪いのだと思い過ぎて、望まぬ方向に向かってしまっただけの事。だから、思いを交わす事が出来れば……友への気持ちは、きちんと繋がる。

 

「……けど、それじゃ駄目だ…仮に、わたしが許されるとしても…イーシャの精神は、負のシェアで…」

「…負けないわ…その話は、本当かもしれないけど…わたしは、負けない…まだわたしは貴女と、皆といたいから…だから、負のシェアなんかに…わたしはわたしを、奪わせたりしない……」

「…イーシャ……」

「…ごめんなさい、エスーシャ…今まで話さなくて…ありがとう、エスーシャ…ずっとわたしを思ってくれて…そんな貴女に…そんな貴女だからこそ、お願いがあるの……」

「お願い…?」

 

静かなれど力強い、イーシャの宣言。それに続く、エスーシャへの願い。エスーシャの心がそんなイーシャを見つめる中、彼女は告げる。

 

「…もし、わたしを許してくれるなら…わたしを、まだ大切だって思ってくれてるなら…これからもずっと、一緒にいて…ずっと、わたしの側にいて…エスーシャ……」

「あぁ…勿論だ…勿論だともイーシャ…大切に決まっている、大好きに決まっている……君が望んでくれるなら、君が願ってくれるなら、わたしはずっと側にいる……もう絶対に君を、離さない…っ!」

 

思いを届けるように、イーシャは強く抱き締める。その思いを受け止め、離さないという意思を表すように、エスーシャも抱き返す。イーシャにとっては自分の身体との、エスーシャにとってはベールとの、本来であれば少し奇妙な二人の抱擁。だがそんな事はどうでも良かった。大切な友とこれからもいられるのなら、それだけで十分過ぎる程幸せだと、二人は心から思っていた。

そして、数分が経った。二人も落ち着いて、もう気に病む事は何もないと、あってもきっと乗り越えられると確信して、そこで自分達が本題から離れてしまっている事に気付く。……と、その時だった。

 

「……っ…!」

「…この、感覚は……」

 

内側から揺さぶられるような衝撃と、何かが入り込んでくるような形容し難い独特の感覚。エスーシャはこれに覚えがある。つい先程味わった感覚と、これは非常に似通っている。そして、その感覚が収まり、無意識に閉じていた目を開いた時……

 

「──これで、一件落着ですわね」

 

エスーシャから離れたグリーンハートの瞳は、元の紫色へと戻っていた。

 

 

 

 

イーシャが、エスーシャを思い気にし続けていた少女が、わたくしの元から去っていく。あぁ、良かったと思いながらわたくしは手を離し、エスーシャの瞳へ視線を合わせる。

 

『……え…?』

 

突如魔法が解除された事に、唖然とする三者。というか恐らく、元の身体に戻ったイーシャも驚いている筈。…こういう空気は、嫌いではない。

 

「べ、ベール…どうして、戻って…まだ、君の説得は……」

「いいえ、それはもう完了してますわよ?説得というより、納得ですけど」

「納得……?…って、まさかベール……」

「…………」

「君の狙いは、イーシャを救う事でも、わたしの命を助ける事でもなく……わたし達の、心を救う事だったのか…?」

 

珍しく挙動不審になりつつ離れるエスーシャを見ながら、わたくしは余裕の表情で返答。そしてエスーシャの問いに対し、無言の笑みを返すと……

 

「……ふ、ふふ…ふふふふふふふふ……」

「え……エスー、シャ…?」

 

…何故かエスーシャは妙な笑い声を発し始めてしまった。…あ、あれ?ここってそんな笑い方するシーンでして?驚いて腰を抜かすとか、「そうだったの!?」と叫ぶシーンではなくて…?

 

「……はぁ…やられた、これはやられたな…駄目だ、何というかもう…笑いしか出てこない……」

「あ、あぁ…そういう事でしたのね…であれば安し……」

 

エスーシャがおかしくなってしまったのかと不安になる中、当の本人がその意図を言ってくれてわたくしは一安心。…と、思った次の瞬間女神化が解け、わたくしはふらつき倒れかける。

 

「…っと、と…流石に馬鹿にならないレベルの負担があったみたいですわね……」

「…あんな無茶をするからだ…幾ら人の為とはいえ、なんて事をするんだ君は……」

「う…けれど、楽観視出来る要素もあったんですのよ?わたくしそれなりに魔法使いの適性があるみたいですし、元々二つの自分を持つ女神ならば、普通の人より負担は軽く済むらしいですし……」

「だとしても、君には犯罪神を倒す責務があるんだろう?」

「…それは、まぁ…そうですけど……」

 

溜め息を吐くように言うエスーシャと、それに上手く反論出来ないわたくし。確かにエスーシャの言う通り、わたくしのした事は危険そのもの。けれどそんな手だからこそこの結果まで至れた訳で、それをこうも怒られるのは……と思っていると、不意にエスーシャは頬を緩ませ…言う。

 

「だが、まぁ……感謝はしなければいけないな。…ありがとうベール。君のおかげで、わたしは本当に大切なものを失わずに済んだ」

「…ふふっ、わたくしはしたい事をしただけですわ。それにお礼なら、魔法関連で全面的に協力してくれたブランと、わたくしが習得に専念する間仕事の殆どを請け負ってくれたイリゼに言って下さいな」

 

無愛想なエスーシャらしからぬ、穏やかな笑み。それを見たわたくしもつられて笑顔になり、わたくし達は笑い合う。それからまたわたくしは負担…というか疲労に襲われ、欠伸を一つ。

 

「…眠そうだな」

「えぇ…まだ色々と話したい事はありますけど、今日のところは休ませてもらって宜しいかしら…この疲労を最終決戦に残してしまっては、本当に洒落になりませんもの…」

「なら、わたし達はお暇するとしよう。…これ以上君に負担をかけてしまうのは、イーシャもきっと望んでいない」

 

そう言って胸に手を置くエスーシャの顔は、憑き物が取れたように晴れ渡っている。…危険な賭けだった。ここまでしておいて、イーシャが消える可能性はまだ残っている。けれどそれでも、この顔を見られただけで…友達の心に光を取り戻せただけで、やって良かったと心からわたくしは思った。

 

「さぁ、行くぞヌマン、レディ」

「勿論ヌラ。…しかし、エスーシャも酷いなぁ。あれだけ長い話をしておいて、オイラ達の事は時折触れる程度だなんて…というか負のシェアに関して、オイラ達には心配してくれないヌラか?」

「うっ……い、いやそんな事はない。ただ今回の件はイーシャが特に早急な対応を必要としていただけであって、決して二人を軽視していた訳では……」

「ふふっ、分かっているわよエスーシャちゃん。それに私達も負のシェアなんて跳ね返すつもりだから安心して。…という訳で、また来るわねベールちゃん」

「世話になったお礼は、きちんとするから覚えていてくれ!」

「うふふ、また来て下さいな」

 

普段よりずっと表情が柔らかいからか、それとも頬の紅葉で何とも締まりのない顔になっているからか、レディさんヌマンさんはエスーシャを軽く弄りながら退室。それを見送る中、エスーシャも部屋を出て……行く直前脚を止め、どこか恥ずかしそうにしながら声をかけてくる。

 

「……?」

「……余談だ、余談なんだが…」

「…何かしら?」

「知っての通り、わたし達は元々映画を撮っていて、今も映画好きは変わらない…今も構想が幾つかある…だからベール、もし今ある構想が脚本完成段階まで至ったら…その時は……」

「興味ありませんわ♪」

「え……っ?」

 

魔が差したとでも言うべきか、エスーシャの言葉を遮ったのは彼女のお決まりの台詞。まさかそれを言われるとは思っていなかった、拒否されるとは思っていなかった。そんな様子でエスーシャが振り向き…そこへわたくしは、茶目っ気たっぷりの笑みで返す。

 

「……なんて、言ったらどうします?」

「…ふっ……なら、覚悟しておくんだなベール。君を唸らせる脚本をわたしが書き上げる、その時を」

「……えぇ、お待ちしていますわ」

 

不敵な笑みでわたくしを見るエスーシャ。心からの微笑みで返すわたくし。やはりこういう間柄こそ、わたくしとエスーシャらしいと、改めて感じる。

不幸な事故が招いた、不幸なすれ違い。一つの身体に二つの魂という状態が本来あるべきでない不安定なものというのは分かり切った事であり、懸念事項も残っている。…それでも、エスーシャ達なら何とかなる。そんなエスーシャ達の為なら、何度でもわたくしは手を貸せる。だってわたくし達は皆、友達なのですから。──そんな思いでわたくしは見送り……一連の騒動は、納得の場所に落ち着くのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜わたしの夢で、わたしの望み〜〜わたしの業は〜〜」
機動戦士ガンダムSEEDの登場キャラ、ラウ・ル・クルーゼの名台詞の一つのパロディ。分解した形で分かり辛いですかね…パロディをパロディらしくするのは難しいです。

・「〜〜これは、わたしの意思〜〜」
BORUTO-ボルト- -NARUTO NEXT GENERATIONS-の登場キャラ、ミツキの名台詞の一つのパロディ。これだと裏の意味がありそうな雰囲気にもなってしまいますね。


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第百四十七話 行き過ぎた純真

皆は私の事を、真面目な女神だと思っている。……それは、間違いない。もう全くもって間違いない。指導者が真面目である事が国にとって不利益になる訳がないし、私がこういう性格で生まれた以上、国民が私に真面目さを求めているのも自明の理。だから私は、自分の真面目さを捨てるつもりなんて毛頭ない。

けど、私を息抜きが出来ない女神だと思っているなら、それは勘違い。確かに根を詰め過ぎてしまう事はあるけど、息抜き自体はちゃんとしてる。息抜きという緩む瞬間を作るからこそ、真面目でなきゃいけない時に気がしっかりと引き締まる訳で、息抜きの対象には感謝しなきゃいけない。家族とか、趣味とか……と、友達…とかに…。

 

「うぅ、ちょっと苦いです…」

「もう、だから言ったじゃない。ミルクでまろやかになるって言っても、コーヒーは元々の苦味が強いんだって」

 

ブレイブを倒し、ラステイションの教会に帰還出来た日の翌日。まだ安心出来る状況じゃないし、新たな問題も発生したけど、決戦の為に英気は養っておかなきゃいけないし…という事で仕事は軽めにして、自室でカフェオレ片手に軍からの報告書を読んでいたところで、ケーシャが教会に訪れた。何でもケーシャは、私を心配して来てくれたとか。

 

「はい、これからは気を付けます…」

「そうね。っていうか、別に私に合わせてくれなくてもいいのよ?飲み物なら紅茶やジュースだってあるし、何なら買ってくるし」

「い、いえ!ノワールさんを買い物に行かせるだなんて、そんな事出来ません!むしろノワールさんが言うのであれば、ブラックで…いいえ、例えコーヒー豆そのものであっても飲めますから!」

「いや、コーヒー豆丸呑みは止めなさいよ…でもそういうなら、一度ブラックで飲んでもらおうかしら…」

「うっ……の、ノワールさんが…望むなら……!」

「ふふっ、安心なさい。冗談よ」

 

ぷるぷる震えながらコーヒーメーカーに手を伸ばすケーシャに向けて、ちょっと笑いながら言う私。普段は私は不本意ながら弄られる事が多いけど、ケーシャといる時は基本私が弄る側。…ケーシャって素直だし間に受け易い子だから、つい弄りたくなるのよね。タイプとしてはイリゼやネプギアに近いのかしら。

 

「…………」

「……何かしら?」

「…なんか合いますね、ノワールさんとコーヒーって。コーヒーじゃなくてカフェオレですけど…」

「…それ、私が大人っぽいって事?それとも単に色繋がり?」

「えっと…どっちもです!」

「そ、そう…」

 

そんなやり取りをしてから数十秒後。両手で持ったカップを口に当てた状態で、こちらをじーっと見ていたケーシャが気になって訊くと、何とも中身の薄い会話に発展。まぁ、雑談だからそれでもいいんだけど。

 

「…あ、ところでケーシャ。私がいない間にギルドで何か厄介事が起こったり、面倒事の噂が入ってきたりはしてない?」

「それは…ない、と思います。少なくとも、私に届くような情報の中にはなかったです」

「なら、特筆するような事はなかったと見てよさそうね。うちのギルドなら、報連相を怠るって事もなさそうだし」

「ですよね。職員や常連の皆さんにはいつもお世話になってます」

 

ケーシャといえばギルドの支部長で、ギルドは人も情報も集まる場所。暫し談笑を続けたところで、ふと思った私はケーシャに訊いてみるも情報はなし。心配性の傾向が強い人なら、「情報はないけど、情報網にも引っかからないような何かが動いているかもしれない…」…なんて思うんでしょうけど、生憎私にその傾向はない。情報なし=何もない、というのは早計だけど…だからといって、いるかどうかも分からない敵に惑わされるのは愚の骨頂。

 

「…ケーシャ。感謝するのは大事だし、貴女のひたむきな態度が周りの協力を喚起させてるんだろうけど、あんまり腰が低過ぎるのも良くないのよ?ヴィリエの女王並みに強かったりするならまた別だけど」

「低過ぎるのも良くない…で、でも私、支部長としてはまだまだ未熟ですし…」

「そこは良い塩梅を見つける事ね。組織毎、環境毎に求められるリーダー像は違うもの」

「い、良い塩梅を見つける…あぅ、私には難しそうです……」

「誰にだって難しい事だから、そう不安がらなくても大丈夫よ。それに、貴女には私っていうリーダーの大先輩がいるんだからね」

 

何か不味い事があったかという話から、リーダーのあるべき姿についての話に移行。我ながら全然女の子同士の会話らしくないとは思うけど、ケーシャに支部長としての道を勧めた身としては、やっぱり色々気になってしまうもの。

 

「ノワールさん…でも、いいんですか…?政府の長であるノワールさんが、一応民間企業のギルドの支部長にアドバイスするのは、あんまり良くないらしいですけど…」

「いいのよ、これは個人の付き合いとして言ってるんだから。それに、知らないの?政治を担う者の殆どは、多かれ少なかれ大っぴらには出来ない物事があったりするのよ」

「…の、ノワールさん……ちょっとダークなノワールさんも素敵です……!」

「こ、これには素敵だとか感じちゃ駄目よケーシャ…冗談だから……」

 

女神としても個人としても憧れられるのは嬉しいし、そういう視線を向けられると、つい「ふふん」…と胸を張りたくなる。…でも、ケーシャの場合は憧れの基準が妙に低いというか、今みたいに妙なところすらも憧れの感情を抱いちゃう傾向があるから、正直素直に喜べない事も時々ある。これも良く言えば純粋なんだろうけど……え、ほんとに冗談なのかって?…止めましょ、こういう事は掘り下げたところで誰も得しないわ。

 

「あ、そ、そうなんですか…すみません、何度も冗談に気付けず……」

「気にしなくていいわ。…でもそうね、もし皆と集まって話す機会があるなら、間に受けるにしても突っ込みセンスをもっと磨いて……って、いや…今のケーシャは、こういう天然キャラでボケに回る可能性もあるか…」

「えぇ、と…つまり私は、どうすれば…?」

「あ、うん今のも気にしないで。それに冗談にしろ何にしろこれは雑談なんだから、肩肘張らず好きに話せばいいのよ。最低限の気遣いと礼儀さえあれば、後は自由なのが友達との会話……っと、危ない危ない…」

 

ケーシャがパーティーと行動を共にしたらどうなるかを考えたり、固く考えるケーシャに助言をしてみたり。そんな雑談を続ける中で、私は手にしていたカップを傾けていたらしく…後一瞬気付くのが遅かったら、報告書にカフェオレを零していた。

 

「書類に飲み物なんて下手なミス、しなくてよかったわ…」

「あはは…それ、昨日の事に纏わる書類ですよね…?」

「えぇ。…あ、見ちゃ駄目よ?大体の情報は教えてあげられるけど、この中には軍事機密も書いてあるし」

「そ、それは勿論。…でもほんと、ノワールさんは真面目な方ですね。仕事場だけじゃなく、自分の部屋でも書類を読むなんて」

 

幾ら友達で信頼のおける相手だとしても、こういうところはなあなあにしちゃいけない。そしてそれはケーシャも分かってくれてるみたいで、嫌な顔一つせずまた私に尊敬の視線を向けてくれた。…ほんとに良い子よね、ケーシャって……。

 

「ありがと、でもこれは別に真面目だからって訳じゃないわ。どっちかって言うとくつろぎついでに目を通してただけだもの」

「それでも凄いですよ。政治もして、国の守護もして、昨日だってあんな大変だったのに、今日も仕事の事を考えてるんですから」

「…そう?…そう思ってくれるなら、まぁ…悪い気はしないわね…」

 

私としては謙遜無しに、身体を休ませつつ時間の有効活用が出来ればいいな感覚でしていた書類確認。だからここを評価されるとは思ってなくて、私は嬉しいけどしっくりこないという不思議な気持ちに。するとケーシャはにこりと微笑み、言葉を続ける。

 

「ふふっ、そういう謙虚なところも憧れちゃいます。おまけに赤の他人だった私を助けてくれる位優しくて、八面六臂なのに気さくで……はぅ、非の打ち所がないです…」

「ちょ、そ、それは褒め過ぎだって!…まぁ、確かに優秀なのは否定しないけど?…私だって全知全能じゃないし、私一人が出来る事には限界があるわ。昨日だってユニがいて、勇敢な軍人がいて、色んな人が協力してくれて、そのおかげでラステイションを守れたんだもの」

 

八面六臂、非の打ち所がない。嘘偽りのない目でそんな事を言ってくれるのは本当に嬉しくて……だからこそ私は、それを否定した。だってケーシャは本気で私に敬意の念を抱いてくれているから。それなら私も女神として…ううん、友達として嘘偽りない、誇張無しの『自分』でいたいって、私は思う。

 

「…それに、今だって支配された人達に対して手をこまねいているようなものだもの。これだって、私一人じゃ対応し切れないわ」

「こまねいている…」

「そうよ、だって相手が相手だし、状況も状況だもの。…ほんと、最後に厄介な事をしてくれたわね…」

 

口にした事で、すっと私の心に影が差す。折角憧れられて良い気分だったのに、それが掻き消えてしまう程。

マジックによってもたらされたらしい置き土産は、本当に厄介で腹立たしい。もしこれがモンスターの大群を呼び寄せたというのなら、全力で叩き潰せばいいだけの事。残りの力全てを放って街へ被害を出したというのなら、全くもって安堵は出来ないけど、続いている事じゃなくて()()()()事として対応出来る。…だというのに、これは……。

 

「…ほんと、決戦までに解決出来ればいいんだけどね……」

「…出来なかった場合も、決戦の日はずらさないんですよね?」

「えぇ、完全覚醒されるのが一番不味いからね。程度の問題であって、こっちも十分不味いんだけど…」

「それはそうですよね……」

 

解決出来なければその場合、それが頭に残った状態で決戦を迎える事になるけど、犯罪神が完全覚醒してしまう方がずっと私達にとって不利益となる。だから最も良いのは解決した後決戦を迎える事で、次点が出来る限り対処した後犯罪神を再封印し、それによって根源を断つ形で支配の解決を見る事。とにかく一番大事なのは……犯罪神からの勝利。…と、私が思っていると……

 

「……ノワールさん、私協力します」

「え、協力?」

 

至極真面目そうな顔をしたケーシャが、両手を胸の前で握ってこっちを見ていた。

 

「はい、協力です」

「え、っと……別に気を遣ってくれなくていいのよ?っていうかごめんね、気を遣わせちゃうような顔してて…」

「そ、そういう事じゃないです!だって私いつもノワールさんのお世話になってますし、これまでも色々助けてもらいましたし!…それに、ギョウカイ墓場でずっと苦しんでいたノワールさんに、私は何も出来ませんでしたから……」

「ケーシャ……」

 

しゅんとするケーシャの表情に浮かぶのは、何も出来なかった事への負い目。…そんなのケーシャが負い目を感じる必要はない。そう言うのは簡単だけど、そう言ったところでケーシャの心はきっと晴れない。だってその気持ちは、ケーシャ本人がどう感じてどう思うかだから。

 

「…ノワールさん、言ったじゃないですか。色んな人が協力してくれたからラステイションを守れたんだって。…私は、駄目ですか?その中に私は、入れませんか…?」

「そ、そんな事は……」

「分かってます、私が出来る事なんて高が知れてるのは。…それでも私は力になりたいんです。ノワールさんに恩返しがしたいんです。まだ私、全然ノワールさんのお役に立ててませんから」

「…役に立ててないって事はないわよ。今だって貴女との雑談はいい息抜きになったし」

 

…ケーシャは思い込みが激しい性格だと思う。本当に何でも間に受けてしまうというか、私を凄い存在だと思い過ぎているというか…私とは少し違う方向性の、真面目で真摯な性格が自分の中核に位置している子。…そんなケーシャだからこそ…私は、「そこまで思わなくていい」……なんて言わない。

 

「…でも、そこまで言うなら分かったわ。ケーシャ、私に協力して頂戴」

「……!は、はい!ケーシャ、頑張りますっ!」

「う、うん…貴女のキャラでそれ言われると思い詰めてく未来を感じちゃうけど……頑張りなさい。けど無理や深追いはしちゃ駄目よ?女神ですら厄介に感じてるってのがどういう意味か…分かるわよね?」

「…分かります。確実に出来る準備をし、確実に目的を遂行するのが大切って事ですよね」

 

それは少し違うような気が…と感じた私だけど、わざわざ訂正する程の違いでもないと思ってそのまま首肯。私の意を得たケーシャは嬉しそうに笑って、それから意気込むようにまた手を握る。

 

「期待していて下さいね!きっと役に立ってみせますから!」

「頼もしいわね。…もしかして、早速何か始めるつもり?」

「あ、いえ!今はノワールさんの息抜きにお供するので、安心して下さい!」

「息抜きのお供って…まぁなら、もう少し付き合ってもらおうかしらね」

 

独自の情報網を持つギルドなら支配されている人へ繋がる情報が入る可能性もあって、それをケーシャが積極的に調べてくれるなら大助かり。でもあまり気負い過ぎてはほしくないから、私はケーシャの言葉に頷き、それからはまた雑談に戻った。…さて、ケーシャのおかげで思った以上に息抜き出来たし、私も私で頑張らないとね。

 

 

 

 

友達がわざわざ心配して来てくれて、その友達との談笑で良い骨休めが出来て、翌日は気分良く朝を迎える事が出来た。…折角、出来たのに……

 

「行ってくるわ。何かあれば連絡頂戴」

「あぁ。情報があれば即座に連絡しよう」

「大丈夫だとは思うけど…一応気を付けてね」

 

ケーシャが来た二日後の朝。私はケイとユニに見送られて教会を出た。敷地内の人の目につかない場所へ移動し、そこで女神化をして地上から空へ。

 

「…………」

 

ある程度の高度……普通の人からはよく見えなくて、でも女神の視力なら一応は地上の様子が見える高さにまで上昇して、移動を開始。予め決めておいたルートを頭に思い浮かべながら、ラステイションの上空を飛び回る。

 

(まだ人通りは少ないわね…もう少ししたら賑わってくるだろうけど……)

 

あまりスピードは出し過ぎず、速度よりも見逃し防止を重視して見回す私。探しているのは、操られ支配されている人達。でも、私は探しているけど…それは捕まえる為の行動ではない。

昨日の朝と夜で、二件そういう人達の発見と捕縛の報告があった。どちらも匿名の人からの通報で、しかも軍が向かってみればその人達はもう制圧済み。結果軍は捕縛だけして帰還という、何とも拍子抜けな事態が今ラステイションで起こっている。

 

「…誰よ、こんな真似してるのは……」

 

起こった事と結果だけを見れば、別に困るような事態じゃない。けど私がこれを見過ごせないと思う理由は三つ。

一つ目はこれが危険な行為だから。十中八九制圧をしたのであろう匿名の人がどれだけの力を持っているかは知らないけど…操られている人達を相手取るなんて、とても普通の人の手に負える事じゃない。

二つ目は、理由はどうあれ制圧というのは相手に危害を加える行為だから。現行犯や正当防衛ならともかく、私や法の意向無しに制圧しているのであれば、それは傷害罪に値する。例え放置するのが危険でも、元犯罪組織構成員でも…だからって身勝手に傷付けていい理由にはならない。

そして、三つ目はその人のやり方。その人が行った、制圧の仕方。

 

「ゴッサムのナイトヒーローにでもなったつもりかしら…」

 

制圧されたと言えば聞こえはいい。でも実際には、誰も彼もが銃器で何発も撃たれていた。撃たれて、まともに動けない状態になって、その状態で放置されて。……そんな状況で軍が来るまで苦しみ続けた、恐らくは来るかどうかも分からない助けに縋っていた人達の事を考えれば、私はとても制圧した人物を許す事なんて出来はしない。銃弾は殺傷性の低い物を使われたらしいけど…それでも苦しんだ事には変わらないんだから。

 

(状況や報告から考える限り、相手もそれなりの手練れ…狙撃もするみたいだし、奇襲にだけは気を付けないと…)

 

どういう意図で、どういう目的でこんな事をしているのか分からない以上、私だって油断は出来ない。…そう、まだ何も分かっていない。制圧をその人なりの正義で行っているのか、誰かに雇われたのか、それとも復讐なのか。全く分からないから…私はその人を突き止めたい。突き止めて、理由を聞きたい。その人に対して私がどうするかは……それを聞いてから決める事。

 

「待ってなさい…絶対見つけてやるんだから……」

 

 

 

 

朝から昼過ぎまで飛び続けて、休憩がてら昼食を取って、その後すぐ飛行に戻った私。かれこれ十時間近く飛び回って、人気の多い場所も少ない場所も行って、入念に探したけど……まだそれらしき人は見つかっていない。

 

「夜になると探し辛いのよね……」

 

元々一日フルで使うつもりだったから、時間的な問題はない。その人に関する情報がほぼない以上、制圧の真っ最中を見つけるしかない…つまりその人の行動が前提条件を左右する訳だから、収穫ゼロになる可能性も大いにある。…でも、非効率でもやるしかない。情報が集まるまで、支配された人には犠牲になってもらう…なんて手段は論外だもの。

 

「…ケイ、何かそれらしき情報はあった?」

「いいや、残念ながらめぼしい情報はないね。そっちは…いや、訊くまでもないか」

「そりゃ、何かあればそれを先に伝えるものね」

 

人気のない街外れに差し掛かったところで、一度私は地上に降りてケイに連絡。段々と夜が近付いていて、何とも侘しい気分になる。……今はそんな事に思いを馳せるような状況じゃないし、正しくはそんな気分になりそうなだけだけど。

 

「このまま深夜まで探す気かい?」

「そのつもりだけど?」

「…本当に君は手を抜かないね」

「あら、それに関してはお互い様でしょ?」

 

私も大概だとは思うけど、手を抜かない事に関しては多分ケイの方が上。そして偶ーに感じるけど、手を抜かないっていうか容赦ないって意味じゃ、ユニも中々のもの。……似てきちゃうのかしらね、家族同然(片方は家族そのもの)の付き合いをしてると…。

 

「…まぁ、そう言うとは思っていたさ。けれど現状この件は僕達にとって問題ではあっても向かい風ではないんだ。あまりこれに比重を置くべきではないと僕は思うね」

「大丈夫よ、私もそれは分かってるから。…悪いわね、一々気苦労をかけさせて」

「それを謝るべきは君ではなく、この問題を起こしている人間だよ。だからノワールこそ……っと、待った…」

「…ケイ?」

 

昼休憩以外じゃずっと誰とも話していなかったから、雑談でなくともこうしていると気が休まる。…なんて私が思っていた時、急にケイの声音が変わった。どうやら誰かが来た、又は別の人からも連絡がきたようで……それによって、事態は急変する。

 

「…噂をすれば何とやら。……三件目が発生したよ、ノワール」

「……!それって、たった今の事?」

「その通りだ。通報はたった今、場所は……」

 

手短に、必要な情報だけを伝えてくれるケイ。三件目なんて言ったら、あり得るのは例の事態以外にない。だから私は聞いた場所がどこなのか思い出し…って……

 

「……そこ、ここのすぐ近くじゃない…」

「何……?」

「たった今なら、まだその場に残っている可能性もある筈…ケイ、そこへ軍を向かわせて頂戴!私は先行するわ!」

「ま、待ったノワール!相手が誰か分からない以上、行くにしても慎重に……」

 

ケイからの言葉もそこそこに私は電話を切り、聞いた場所へと急行。本当に幸運にもその場所は近くて、全速力で行けば数分とかからない。そして仮に間に合わなくても…すぐに撃たれたであろう人達を助けられる。それだけでもこの幸運に…価値はある…!

 

(……っ!ここね…!)

 

通報で述べられたのは、幾つかの倉庫がある場所。けど倉庫の外なのか中なのか分からず、それは私で探すしかない。ならばまずは外だと私は低空飛行から上空へと上がろうとして……その寸前に、あるものを発見した。私の視界の端に映る、倉庫の裏からゆっくりと伸びる赤い液体を。

 

「これは……武器を置いてその場で止まりなさいッ!」

「……ッ!」

 

それを見た私はトップスピードでその倉庫へと接近し、倉庫の裏へと躍り出る。それによって見えてきたのは、案の定撃たれて血を流す何人もの人。そして……その中で唯一立ち、弾かれたような動きで振り返るや否や銃を私へと向けてきた、覆面姿の一人の少女。

 

「貴女は……」

「…って、あ、あれ?ノワールさん?」

「へ…っ?…その声、まさか…ケーシャ……?」

 

覆面…というか目元の分からなくなる、恐らくは防弾のバイザーをかけた少女は、一見すると華奢な体躯。そんな人がこの凄惨な状況を…?…と私が困惑する中、少女は驚いたような声を上げて私の名を呼ぶ。私にとって聞き覚えのある……本当につい最近も聞いたばかりの声で。

 

「はい、私ですノワールさん!ふふっ、もしかしてこの近くにいたんですか?」

「……っ…」

 

現れたのが私だと分かった途端、嬉しそうな声を出した少女はバイザーに手をかける。そしてバイザーが取られた事で露わになったのは……やっぱり、ケーシャの素顔だった。

 

「…どうして…なんで、貴女がここに……」

「なんで?それは勿論、この人達を捕まえる為ですよ。…あ、でも捕まえるのは軍の人達だから、私はそのお手伝いって感じですね」

 

震える私の声に、快活な声音でケーシャは答える。もしかしたらケーシャはこの場に居合わせただけかもしれない。実はまずギルドに通報が入って、教会へはその後だったのかもしれない。…そんな私の淡い想像は、その回答によって否定される。その代わりに、ケーシャが匿名の人物だったという証明と共に。

 

「…これは、全部…貴女が……?」

「はい!ノワールさんには敵いませんけど、私も対人戦は得意…というか、対人の技術をずーっと教え込まれてきましたからね。大丈夫です、昨日の時と同じように誰も殺してはいませんよ?」

「……どうして、場所が…操られてる人の場所は、どうやって…?」

「あぁ…驚かないで聞いてほしいんですけど、本当に一回目は偶然なんです。でもそれからは情報を吐かせて、その情報を元に仕掛けてたんです。…まぁ、この人達は別の場所に潜伏してる人の情報は知らなかったみたいですけど」

 

悪びれなく、罪悪感を覚える様子もなく、むしろ嬉々として話すケーシャ。人を撃っているのに、何度も悲鳴を聞いている筈なのに、今だって呻きが聞こえるのに…その表情に、陰りも曇りも一切ない。それにケーシャは言った。これまで情報を吐かせていたのだと。普通なら痛みでそれどころじゃない筈の、実際私が最小限の怪我で無力化させた場合でも、その場で吐かせるのは躊躇われる程の相手に吐かせたとしたら……聞いて気分のいいものではない手段を取っていたとしても、おかしくはない。操られている人の多くは、軍人でも戦い慣れした訳でもない、一般の人だというのに。

 

「…なんで、こんな事……」

「……?だって私言ったじゃないですか、私はノワールさんのお役に立ちたいって。頑張るって。だからですよ、ノワールさん♪」

「……ッ!それは……!」

 

ぞくりと背筋に寒気が走り、心が冷たい何かに染まっていく。そうじゃない、そんな事を言ったんじゃない。私は反射的にそう言おうとして……

 

「…ぅ、あ…ノワール様…助け……ぁぁあああああ"あ"ッ!!」

「…何ノワール様に触ろうとしてるんですか?ノワールさんは貴方達のせいで迷惑してるんです。ノワールさんにとって貴方達は悩みの種なんです。殺しはしませんから、もうこれ以上ノワールさんの邪魔にならないでもらえませんか?」

 

……怯えきった顔で私に手を伸ばした一人の手を、ケーシャは撃った。何の躊躇いもなく、侮蔑の感情を籠らせた目で。そしてケーシャは私の方へと視線を戻し、その瞬間に笑みも戻る。それはまるで、今の行為を埃か何かを捨てた程度にしか感じていないかのように。…その瞬間、私の中で何かが切れた。

 

「ごめんなさい、ちょっと制裁が足りなかったみたいです。でも安心して下さい、今度こそ動けなくしましたから。それより任せて下さいねノワールさん。これからノワールさんが苦労しなくても済むよう、制圧は私が引き受けますから。何人だって、何十人だって、私が処理してみせますから。だからノワールさんは私に任せて、ゆっくりと他の事を……」

「──黙りなさいッ!」

「え──?」

 

──満面の笑みで語るケーシャの顔を、私は張った。全力ではない…でも本気の平手打ちで。

叩かれ、その後呆然とした顔で私を見つめるケーシャ。そのケーシャに向けて、私は吐き捨てる。

 

「……もうこんな事は止めなさい。こんな事なんかしてないで、支部長としての務めを果たしなさい」

「え、え……?な、何でですかノワールさん?だって言ったじゃないですか、私に協力してって…頼もしいって…だから私、一番ノワールさんのお役に立てる事を……」

「黙れって言ったのが聞こえなかったの?貴女の私に協力したいって気持ちはありがたいわ。でも……貴女には失望したわ、ケーシャ」

「……──ッ!」

 

背を向け、撃たれた人達の救助と軍への情報提示を行う私。そこへケーシャが狼狽えながら近寄ってくるけど、そのケーシャを睨み付け、無言の圧力で立ち去らせる。

昨日と今日の三件で、軍や民間人に被害はなかった。軍は苦労せず捕縛する事が出来た。でも、真実を知った私は……どうしようもない程、心にぐちゃぐちゃした思いが漂っていた。




今回のパロディ解説

・ヴィリエ
これはゾンビですか?シリーズに登場する世界の一つの事。この世界の女王はこれでもかという位低姿勢ですからね。低姿勢というか、気弱と言うべきですけど。

・「〜〜ケーシャ、頑張りますっ!」
アイドルマスターシリーズの登場キャラの一人、島村卯月の代名詞的な台詞の一つのパロディ。…まぁ、違う意味でケーシャも病んでる子ですからね。

・ゴッサムのナイトヒーロー
バットマンの主人公、バットマンことブルース・ウェインの事。他にも法に従う事なく悪へ制裁を下すキャラはいますが、その代表的な例がバットマンですね。


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第百四十八話 同じだからこそ

お姉ちゃんとケーシャさんが喧嘩した。アタシですら時々「えぇ……」って思う程お姉ちゃんを尊敬してるケーシャさんと、ケーシャさんの性格と来歴の関係からか優しくしてあげる事の多いお姉ちゃんが、喧嘩をした。だから、お姉ちゃんの妹で、ケーシャさんとも交流のあるアタシとしては……凄く、気が重い。

 

「はぁ……」

「…………」

「はぁぁ……」

「…………」

「はぁぁぁ……」

「……何?」

 

ここ数日…というか決戦までの一週間は、疲労を抑える為に仕事量を減らして、更に休憩の時間も増やしている。で、休憩に入ったアタシがリビングとダイニングを兼ねた部屋(主に女神と教祖がプライベートで使う場所)に行くと、そこにはお姉ちゃんもいて……さっきから執拗に溜め息を吐いていた。

 

「…何でもないわ、気にしないで」

「いや、気になるんだけど…」

「そんなユニが気にするような事じゃないわ…」

「だから内容云々じゃなくて、溜め息が凄いから気にならざるを得ないんだって…」

 

ソファに座って項垂れるお姉ちゃんは「気にしないで」と言うものの、なんかもうアタシに訴えたい事があるんじゃないかって位溜め息を吐かれるんだから、そうしたくても出来る訳がない。しかも見るからに暗いし、覇気がないし。

 

「じゃあ、溜め息には気を付けておくわ…」

「あ、うん……」

「…………」

「…………」

「…………」

「……ねぇお姉ちゃん」

「…何?」

「アタシまでもやもやした気持ちになりそうだから、早めに言っておくね。…今のお姉ちゃん、ちょっと面倒臭い」

「うっ……め、面倒臭い…?」

 

まさかそんな事をアタシから言われるとは思っていなかったとばかりに驚くお姉ちゃん。尊敬するお姉ちゃんにこんな事言うのは気が進まないけど……これは絶対お姉ちゃんが悪いんだから仕方ない。

 

「うん、溜め息もだけど雰囲気も面倒臭い。お姉ちゃん、自分が今どんな感じか分かってないでしょ」

「それは、えっと……」

「はぁ…今からアタシが再現するから、ちょっと見てて」

 

答えに窮するお姉ちゃんに対し、アタシはアタシを見るよう要求。…今アタシまで溜め息を吐いちゃったけど、まぁそれは置いといて…腰を下ろしている椅子に座り直し、それからお姉ちゃんの再現を開始。脳裏に先程のお姉ちゃんの姿を思い浮かべ、前傾姿勢で髪の毛を垂らす。…もしアタシが真っ白だったら燃え尽きた感じっぽくなるけど、まぁそれは気にしない。

 

「……こ、これは…」

「…………」

「…ごめんなさいユニ…確かにこれは面倒臭いわね、うん…しかもそれが自分の姉だと考えると……うわぁ…」

「…理解してもらえて何よりだよ」

 

十数秒程真似を続けたところでお姉ちゃんにもどうだったかが伝わり、アタシは再現終了。理解してくれたお姉ちゃんは努めて暗い雰囲気を出さないようにしてくれて、そのおかげでアタシもゆっくりと休憩を……

 

(…取れる訳、ないよね)

 

特に何かするでもなく、ただ壁を眺めているお姉ちゃんを見て思う。今アタシがしたのは、言ってみれば蓋をする行為。それによって表には出てこなくなっても、お姉ちゃんの憂鬱な気持ちの発生源が消える訳じゃない。そして、お姉ちゃんが憂鬱な気持ちになってるなら…アタシは何とかしてあげたい。

 

「……ケーシャさんと何があったの?」

「えっ!?な、なななんでそれを!?」

「何でもなにも、ケーシャさんが塞ぎ込んでいて、しかもお姉ちゃんが憂鬱そうにしてるってなったら、真っ先にそれを思い付くって……」

 

秘密を暴かれた時並みに驚くお姉ちゃんへ、アタシは半眼の視線を向ける。

お姉ちゃんの事は言うまでもないし、ケーシャさんの事もギルドで見かけて、更に職員さんから「支部長がここ二、三日元気がないんですが、何か知りませんか…?」という話を受けて、それでアタシは二人が喧嘩したんじゃって結論に至っていた。どっちも分かり易く気落ちしてるから、二人を見ればアタシじゃなくても勘付く人はいると思う。…あ、でも二人の関係性知らない場合は結び付かないかも…。

 

「そ、そうだったの…」

「否定しないって事は、アタシの勘違いじゃないんだね?」

「あ……」

 

普段は頭の回転が速い筈のお姉ちゃんが、アタシの言葉ではっとした顔に。……うん、これは重症ね…。

 

「…何があったの?喧嘩?」

「喧嘩…じゃ、ないわ…」

「じゃあ、お姉ちゃんが一方的に何かしちゃったの?」

「…それも、ちょっと違う」

「なら……まさか、カッとして何かを…」

「……あながち間違いじゃないわ…」

「やっぱり…ってえぇっ!?ちょっ、これは冗談のつもりだったんだけど!?」

 

三番落ち…じゃないけど、予想していた『喧嘩』という線が外れた事で適当に思い付いた事を言ってみたアタシ。…なのにまさか当たっちゃうなんて…しかもカッとしてって、お姉ちゃん……。

 

「だって、しょうがないでしょ…あの時は……」

「あの時?」

「…………」

「…お姉ちゃん…?」

 

何かを言いかけたお姉ちゃんは、そこから急に口を閉ざして表情を曇らせる。元々お姉ちゃんの表情は曇ってたけど…この曇り方は何か違う。個人的に嫌な事があったとか、悩んでるとかとは違う、もっと暗くて深い曇り。

 

「……正直、話したくないわ。話したくないし、出来れば知らないでいてほしい」

「え……?」

「…でも、そうはいかないわよね…貴女も女神だから…」

「そ、それってどういう事?ほんとに何があったの…?」

「…えぇ、だから今からその『何があったか』を話すわ。…心して聞いて頂戴、ユニ」

 

アタシが訊いた事、この話になった事が引き金になったように、次第にお姉ちゃんの様子が変わっていく。そして、お姉ちゃんの口振りにアタシが緊張する中…お姉ちゃんは言った。お姉ちゃんとケーシャさんの間で何があったかを。ケーシャさんが、何をしたのかを。

 

「そんな……ほんとに、ほんとにケーシャさんだったの…?」

「…そうよ。信じたくないけど…あの匿名の通報も、制圧をしたのも…全部、ケーシャがした事なの…」

 

喧嘩や言い争いなんかとは比較にならない、致命的とすら言える原因。アタシの心にすら陰りを呼び込む程の、聞きたくなかった事実と真実。お姉ちゃんに言われて身構えてたアタシでもそうなんだから……お姉ちゃんのショックなんて、計り知れない。

 

「…ケーシャは私の力になりたくてやったらしいし、その気持ちそのものは嬉しいけど…だからってケーシャの行為を、私は許せない……」

「…うん、それは仕方ないよ…お姉ちゃんの気持ち、アタシも分かる……」

 

思いは大切だけど、思いと行動は別軸のもの。名声の為の善行でも、それで救われた人にとっては感謝の念を抱く結果になるし、清く正しい思いがあっても悪い事は悪い事。だからきっとその時居たのがアタシでも、叩きはせずともケーシャさんを否定していただろうし、お姉ちゃんの気持ちはほんとに分かる。…でも……

 

「…お姉ちゃん、このままでいいの…?」

「…………」

「生意気言うようだけど…これは、時間を置けば自然に解決するような事じゃないよ…?」

 

ケーシャさんを許せないというのも、落ち込んでしまうのも当然な事。…けど、アタシはお姉ちゃんに尋ねた。このままでいいのかって。

もしお姉ちゃんに後悔がないなら、正しい事をしたって思ってるなら、こんなに落ち込む訳がない。落ち込んでるって事は、今の状態に納得してないって事。ここでアタシが共感するだけじゃ…何も解決はしない。

 

「…分かってるわよ。でも…どうしろってのよ…」

「それは…ちゃんと怒った理由と、良い事悪い事を伝えるとか……」

「…ユニ、ケーシャはちょっと世間知らずな面はあるけど、別に常識がない訳じゃないわ。それは、貴女だって知ってるでしょ…?」

「…だよね……」

 

質問の体で動くべきだと暗に言ったアタシだけど、正直どうしたらいいかはアタシにも分からない。叩いた事、一方的に言い捨てた事はお姉ちゃんも悪いけど、それは問題の根幹とは別の部分だし…アタシとネプギアも喧嘩した事あったけど、全然内容が違うから当てにならないし…っていうか、これ喧嘩じゃないし……。

 

「…ほんとに、ケーシャには常識がある筈なのに…やっぱり守護女神である私があんな言い方したから、ケーシャは重荷に感じて暴走しちゃったのかしら……」

「いや……多分そういう事ではないんじゃないかな…お姉ちゃんがケーシャさんにかけた言葉が、さっきの説明から大きく離れてないなら、少なくとも重荷って程ではない、と思う…」

「ううん、きっと重荷に感じちゃってるのよ…ケーシャは私の事、本当に尊敬してくれてるから……」

「う、うん…それはそうかもしれないけど…(あれ……?)」

 

心の沈む会話の途中、アタシはお姉ちゃんのケーシャさんに対する認識へ違和感を覚える。

ケーシャさんがお姉ちゃんを尊敬してる、というのは間違いない。でも、何というか…お姉ちゃんは自分とケーシャさんの距離を、アタシが認識しているより遠いものだと思ってるような気がする。もっと言えば、ケーシャさん本人への認識もアタシとお姉ちゃんじゃちょっと違うような感じがする。

 

「でも仮に私がそれを謝ったとしても、ケーシャは萎縮しちゃうだけだろうし……」

「ま、まぁそれは…うん……」

「…って、こんなの姉が妹にする話じゃないわよね……ほんとにごめんなさいユニ、今日は情けない姿を見せてばっかりね私」

「う、ううん気にしないで。元々はアタシが訊いて始まった話だし、別に情けないなんて思ってないから」

 

済まなさそうに自嘲の笑みを浮かべつつ話を切り上げるお姉ちゃんへ、アタシは首を横に振る。…確かに、こんな暗くならずすぱっと解決してくれたなら、そっちの方が格好良いとは思うけど…それが出来なかったからって幻滅するようなアタシじゃない。…お姉ちゃんにだって辛い事、出来ない事があるんだって、ギョウカイ墓場でのトラウマに怯えるお姉ちゃんに触れたあの時分かったから。完璧に見えるお姉ちゃんでも不完全なところはあって、だからこそアタシが支えにもなれるんだって……今のアタシは、知っているから。

 

「…それより、そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃない?お姉ちゃん、アタシより先にここ来てたよね?」

「あ…それもそうね。…うん、私情は私情、仕事は仕事…きっちり気持ちを切り替えて取り組まないと……」

 

立ち上がり、自分に言い聞かせながら部屋を出て行くお姉ちゃん。それを見送ったアタシは、ゆっくりと息を吐いて……それからアタシも部屋を出る。

 

「…これはお節介かもしれないけど…勝手な事をやらせてもらうよ、お姉ちゃん。だって、アタシはお姉ちゃんが元気ないのも、ケーシャさんが落ち込んでるのも…どっちも嫌だから」

 

アタシが向かおうとしているのは、執務室じゃない。仕事はまだ残ってるけど…今はそれより、やるべき事がある。

二人の為にアタシが出来る事は何か?…勿論アタシに、解決するだけの力はない。それが出来るのは当事者であるお姉ちゃんとケーシャさんで、アタシが出来るのはせいぜい橋渡しをする程度。…でも、それでも二人が元の二人に戻れるならと……アタシは教会を後にした。

 

 

 

 

話を聞いてから数時間。夜になったラステイションの街中、とあるマンションの前で待っていたアタシは、目的の人物を見つけて声をかける。

 

「…こんばんは、ケーシャさん」

「あ……」

 

帰宅したケーシャさんに向けて、声をかけつつマンション前の木陰から姿を現わすアタシ。ケーシャさんは声をかけた瞬間足を止めて、それからアタシの方へと振り向いてくる。

 

「…ユニ、さん……」

「…少しお時間、いいですか?」

 

重苦しい空気は出さないよう、努めて普段通りの声音と表情を作りながらアタシが訊くと、ケーシャさんは小さくこくんと頷いてくれる。…良かった、拒絶されなくて……。

 

「何か飲みます?買ってきますよ?」

「いえ…いいです……」

 

部屋に入って話すのもなぁ…と思ったアタシは、人気のない場所へ移動。その道中で自販機を見かけたから、何か買おうかとも思ったけど、ケーシャさんは要らない様子。アタシも別に喉が渇いてる訳でもないからと、買いに行かずにケーシャさんと向き直る。

 

「…………」

「…………」

 

どんよりと曇った、ケーシャさんの瞳。アタシがお姉ちゃんの妹だからか、アタシに気付いてからは元々暗かった表情が更に暗くなっている。お姉ちゃんも沈んだ顔だったけど……ケーシャさんの方がより気にしてるって事は、顔を見るだけで分かる。

雑談で一回空気を和ませて…というのも考えていたけど、とてもそんな雰囲気じゃない。だからアタシは、単刀直入に本題へ。

 

「…お姉ちゃんから聞きました。お姉ちゃんとケーシャさんの間で、あった事を」

「……っ…!」

 

びくりと肩を震わせ、一層暗い…追い詰められた表情に変わるケーシャさん。その顔を見ると話すのを躊躇いたくなるけど…アタシは言葉を続ける。

 

「最初に言っておきますけど、別にお姉ちゃんに言われて来た訳じゃないです。今日はアタシが個人的に来ただけですから」

「…そう、なんですか……」

 

まずはこれを言っておくべきだと思った事を口にすると、ケーシャさんの表情がまた少し変わる。安心したような、でも寂しそうな、複雑な表情へと変化。

 

「アタシが来たのは、ケーシャさんに言いたい事が…いえ、伝えたい事があるからです。でも…その前に何があったか、ケーシャさんからも聞かせてもらえませんか?やっぱりこういうのって、両方から話を聞くべきですし」

「……大丈夫ですよ、ノワールさんが間違った事なんて言う訳ないですし…それにノワールさんの判断だったら、私はそれに従うだけですから…」

「…じゃあ、聞かなくてもいいんですか…?」

 

お姉ちゃんは自分の都合の良いように嘘を吐くなんて事しないとは思うけど、お姉ちゃんの勘違いや知らない事実はあるかもしれない。そう思って訊いたアタシだったけど、返ってきたのはケーシャさんらしい言葉だった。…でも、その言葉からは危うさを感じる。危ういというか…何か、危険な感じが。

 

「……ケーシャさんは、お姉ちゃんをどう思ってますか?」

「……ノワールさんを、ですか…?」

「はい。…怒ってますか?お姉ちゃんの為に戦ったのに、頭ごなしに否定してくるなんて…って」

 

伝えるべき事を伝える前に、まずアタシはケーシャさんからの思いを聞こうと思った。否定された事について怒っているかどうかを訊いて……それにケーシャさんは、首を横に振る。

 

「そんな事、ないです…だって、私が悪いんですから…ノワールさんの期待に応えられなかった私が…失望させた私が、悪いんですから……」

「…誰だって、いつも誰かの期待に応えられる訳じゃないですよ。期待外れな結果にしてしまう事なんて、誰だってあります」

「かも、しれませんね…でも誰にでもあるからって、私が失望させた事が帳消しになる訳じゃありません…私は裏切ったんです、ノワールさんの期待を無駄にしてしまったんです……」

「無駄、なんて事は……」

「ありますよ、私はノワールさんに返し切れない程の恩があるのに……だから伝えて下さい、ユニさん…無能な私は、もうノワールさんには近付かないようにするって……」

 

話す毎に深くなっていく、ケーシャさんの暗い雰囲気。お姉ちゃんが捕まっている間もケーシャさんは何処か影のある感じになっていたけど…今は明らかに心の闇へと沈んでいる。

けど、とアタシは思った。ケーシャさんは酷く傷心しているけど、自身へ絶望の感情を向けているけど、アタシにはそれを祓う手段がある。そしてそれは伝えるべきだと思っていた事でもあって……だからアタシは、それを口にした。

 

「…それは、困りましたね。もしそれをお姉ちゃんに伝えたら…きっとお姉ちゃん、今よりも気落ちしちゃいますから」

「…え……?」

 

それまで暗さ一辺倒だったケーシャさんの表情に、そこで初めて揺らぎが生じる。小さいけど、確かな揺らぎが。

 

「お姉ちゃんは言ってました。ケーシャさんの行いは許せないって。でもケーシャさんに重圧をかけてしまったんじゃないかって、悩んでもいました。普段のお姉ちゃんらしさが、全然なくなっちゃう位には」

「ノワールさんが、悩んでた…?そんな…悪いのは、私なのに……」

「裏切られただとか、期待外れだとか、そんな事お姉ちゃんは思ってませんよ。少なくともアタシはお姉ちゃんから、そんな気配を感じませんでした。…ケーシャさんは、本当にお姉ちゃんが心から失望してると思いますか?お姉ちゃんは、そんなに度量の小さい女神だって思ってるんですか?」

「それは…そんな事は……」

 

アタシはお姉ちゃんに、気持ちは分かるって言った。でもお姉ちゃんの気持ちが分かるからって、ケーシャさんを理解出来ない訳じゃない。女神としてのアタシはお姉ちゃんに同感だけど……お姉ちゃんの妹としてのアタシは、ケーシャさんの気持ちが分かるって思ってる。だってアタシもお姉ちゃんを尊敬していて、お姉ちゃんの役に立ちたいって思っているから。ケーシャさんに負けない位、アタシもお姉ちゃんに憧れてるから。

 

「ケーシャさん、お姉ちゃんと会うのは嫌ですか?お姉ちゃんがもう怒ってなくても…近付かないなんて選択を望んでなくても、それでも嫌ですか?」

「…嫌じゃ…嫌じゃないです…!私はノワールさんと会えないなんて、そっちの方がずっと嫌です!…でも、迷惑をかける私なんかが…嫌な思いをさせる私なんかが会う資格なんて……」

「だったら、やるだけやってみましょうよ。きっとお姉ちゃんは拒絶なんてしないと思いますけど…もしケーシャさんの思い違いだったら、悲しいじゃないですか。お姉ちゃんも、ケーシャさんも相手から離れたい訳じゃないのに、折角あんなに仲良かったのに、その関係が終わっちゃうなんて」

 

ふるふると首を振るケーシャさんに、アタシは言う。今のままは悲しいって。まだ元の仲に戻れるかもしれないじゃないかって。アタシはその思いを込めて言って…ケーシャさんの言葉を待った。ケーシャさんが、どうしたいのかを。

人気のない場所での、静かな数秒間。ケーシャさんは俯いていて、でもアタシが見つめる中ゆっくりと顔を上げて…言った。

 

「……許してくれると、思いますか…?」

「…分かりません。でも、思いを込めて話せば…その気持ちは、きっとお姉ちゃんに伝わると思います」

 

不安そうなケーシャさんの言葉に、アタシは真剣な顔で返した。気休めの肯定なんかせず、アタシが思った通りの言葉を。そうしてまた沈黙が訪れて…でもその後すぐ、ケーシャさんは小さく笑ってくれた。

 

「…ありがとうございます、ユニさん。私、ユニさんに言ってもらえなきゃ…何も分からないままでした…」

「いいんですよ、ケーシャさん。…だってアタシ、ケーシャさんの思いは分かりますから」

「そう、なんですか…?」

「はい。立場は違いますけど、アタシのお姉ちゃんに対する気持ちは、ケーシャさんの気持ちと凄く似てるんだと思います。だからアタシもずっと力になりたくて、色々道に迷ったりもして…でも今は、アタシの道でお姉ちゃんの方へと歩いていけてるんです」

 

アタシはアタシの気持ちを伝える。同じ相手に憧れる者としての、正直な気持ちを。それと同時に、アタシはケーシャさんを心から否定する事なんて出来ないと思う。アタシだって、前なら…ケーシャさんに近い選択を、していたかもしれないから。

 

「…そっ、か…ユニさんも、私と同じだったんだ……」

「はい。似た者同士かもですね、アタシ達」

「似た者同士…あはは、そうですね…趣味も合いますし、ノワールさんへの気持ちも同じですし、違うのは力とか、出来る事とか、ノワールさんとの関係性…とか……」

「……ケーシャさん…?」

「……あ、れ…?」

 

まだ晴れやかとは言わないものの、普段の雰囲気を取り戻しつつあるケーシャさん。それにアタシはほっとして、やっぱり動いてよかったと思いかけた。…けど、その時……ケーシャさんの様子が、変わる。

 

「ユニさんと私が、同じ…?同じで、でもユニさんの方がノワールさんに近くて、ノワールさんの事を理解出来てて、ノワールさんの力になれてる…?」

「あ、あの…ケーシャさん?」

「…そうだ…ノワールさんを助けたのは、ユニさん…ノワールさんの代わりにラステイションを守ってたのも、ユニさん…四天王との戦いも、犯罪神との戦いも、普段の仕事もちょっとした悩みも人間関係のいざこざも困った事は全部全部全部全部、ユニさんが力になってる…私じゃなくて、ユニさんが……」

「…ケーシャ、さん……」

「…あは、あはは、あはははは…あはははははははは…ノワールさんには凄く凄く頼りになるユニさんがいて、ユニさんと私は同じで、私がユニさんと違うのは、ユニさんよりノワールさんの力になれてないって事だけ…あぁ、だったら……」

 

 

 

 

 

 

「──私、要らないや…」

 

ぞくりと背筋を駆け登る、異常な何かに対する恐怖。ふらりふらりと揺れながら、乾いた笑いを零すケーシャさん。そして、再びアタシと目が合った時……ケーシャさんの瞳には、何の感情も灯っていなかった。

 

「……人が悪いですよぉユニさぁん…私に希望を見せておいて、そこから突き落とすなんて…何だか色んな意味で、私道化竜を彷彿としちゃいましたぁ…」

「え、や…ケーシャさん…?な、何を言って……」

「何って、ユニさんが教えてくれたんじゃないですかぁ……私はノワールさんにとって、要らない人間なんだって」

「……ッ!」

 

妙に明るい、明るいのに陽の感情は一切籠らないケーシャさんの声にアタシは動揺を隠せない。これまでとは桁違いの危うさに、アタシは冷や汗が止まらない。…怖い。ケーシャさんが怖い。ケーシャさんの心が音を立てて壊れていくように思えて、それがどうしようもなく怖い。

そんな中、ゆらりと上がったケーシャさんの右手。そこに握られているのは、一丁のサブマシンガン。

 

「ねぇユニさん。もしこれを撃ったら…どうなると思います?」

「……アタシを、撃つんですか…?」

「あはは、そんな事する訳ないじゃないですかぁ。ノワールさんにとって必要な存在のユニさんを撃つなんて事、私がすると思います?きっとノワールさんは悲しみますよ?…ノワールさんを悲しませるなんて、私がする訳ないですよぉユニさん」

「じゃあ、それは……」

「これは、別のものを撃つ為に使うんです。…あぁ、急がなきゃ…じゃなきゃ間に合わなくなっちゃう…」

「あ…け、ケーシャさん!?どこ行くんですかケーシャさん!」

 

手を下ろして、長い黒髪をゆらゆらと揺らしながらケーシャさんはアタシの横を通り過ぎる。我に返ったアタシはケーシャさんの背へ声をかけるけど、ケーシャさんからの反応はない。でもこのままケーシャさんを行かせちゃ不味いって事は、考えなくたって分かる。

とにかくまずは止めなきゃと振り返ったアタシ。それからアタシはケーシャさんの肩を掴もうとして……止まった。…分かってしまったから。ケーシャさんを止めなきゃいけないって事と同じ位…アタシじゃ止められない事を。

 

(馬鹿だ、アタシ…ケーシャさんが本当に本当に強い思いをお姉ちゃんに向けてるって事は知ってたのに…なのに橋渡しをするどころか、余計にケーシャさんを追い詰めちゃうなんて……!)

 

自分のしてしまった事を後悔しながら、自責の念に駆られながら、アタシは携帯を取り出す。

自分がどうにか出来なくなったから誰かに頼むなんて、あまりにも情けない。自分が状況を悪化させといて、何してんだって思う。でも…今はそんな事考えてる場合じゃない。アタシの後悔なんて後で幾らでも出来るし、アタシが責められたところで自業自得なだけだけど…今ケーシャさんを止めなきゃ、きっと取り返しのつかない事になるから。だからアタシは電話をかけ……叫ぶ。

 

「お姉ちゃん、ケーシャさんが…ケーシャさんが大変なの!アタシが余計な事したから、ケーシャさんが…ッ!お姉ちゃん、叱責は後で幾らでも受けるわ!だから…だからお姉ちゃん、ケーシャさんを止めてあげてッ!」




今回のパロディ解説

・燃え尽きた感じ
あしたのジョーの主人公、矢吹丈の代名詞的なシーンの事。別にノワールは燃え尽きた感じにはなってません。ノワールもユニも白ではなく黒ですから。

・道化竜
ヴァンガードシリーズに登場するユニットの一体、星輝兵(スターベイダー) カオスブレイカー・ドラゴンの事。直接…ではないですが、間接的に声優ネタでもありますね。


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百四十九話 私と、友達に

何があったかは分からない。理由ももしかしら…と思うものはあっても、予想しか出来ない。でも、ユニは言った。ケーシャが大変なんだって。ケーシャを止めてって。どんなに理由が分からなくても、経緯が不明だったとしても……ケーシャに何かあったというだけで、私が飛び出すには十分な理由だった。

 

「速く…速く…速く……ッ!」

 

自分へ求めるように呟きながら、ラステイションの夜空を疾駆する。翼を広げ、シェアエナジーを加速へ惜しみなく注ぎ、出せうる限界の速度で空を駆ける。目的地は……ケーシャの向かう先。

 

「お姉ちゃん、左に曲がったよ!」

「左ね、見失わないでよッ!」

 

ユニから連絡をもらった私は、止めてと聞こえた時点で執務室を飛び出していた。携帯を耳に当てたまま女神化して、ユニに今いる場所だけ訊いてそこへと向かった。

でも私がどんなに速く飛ぼうと、ケーシャが移動している以上はそのまま行っても会える訳がない。だからユニに後を追ってもらい、更に飛びながら何があったかを聞いている。

 

(ケーシャ…貴女って人は……ッ!)

 

まさかユニが私とケーシャの間を取り持ってくれようとするなんて、思いもしなかった。ユニはケーシャを追い詰めてしまった事に責任を感じているみたいだけど、ユニが動いてくれなきゃ私もケーシャもうじうじしっ放しだっただろうし、元を辿ればユニに話した私にも責任はある。だからユニを責めるつもりは毛頭なくて……それよりもずっと、ケーシャに対する思いが私自身を駆り立てていた。

 

「……!お姉ちゃん、ケーシャさんがまた曲がって…公園に入っていった…?」

「公園……?」

 

街中の地理を思い浮かべて、ユニと情報を交わし合う事で進路を修正して、とにかくケーシャの下へ近付く。そうして大分距離が縮まった頃、それまでずっと道を歩いていたケーシャに動きがあった。

入った公園でケーシャは足を止めたらしく、私はまた移動を始めてしまう前に到着しようと力を振り絞る。決戦まで後数日だけど…今はそんなの気にしていられない。

 

(…って、あれ…?…この近くの、公園って……)

 

遂に私とユニで同じ物が見えるという距離にまでなった時、私はある事に気付く。そして、その場所で足を止めた事に思いを馳せつつ、速度はそのまま降下を開始。ユニへ後は任せてと言って電話を切り、はっきりと見えた公園を見据え……

 

「ふ……ッ!」

「え……?」

 

航空機が不時着するが如く、地面を滑りながらその公園へと着地した。

 

「……数日振りね、ケーシャ」

「…あぁ、ノワールさん…」

 

姿勢を正し、振り返って公園のある場所に居る少女…ケーシャへと目を向ける私。私の言葉にケーシャは反応し、感情の読めない…というより、感情の籠らない声で私に言葉を返してくる。

 

「……っ…ケーシャ……」

 

ここに来るまでで、今のケーシャの状態についてもユニから聞いていた。だから心構えも出来ていた。けど……それでも今のケーシャの様子には、思わず息を飲んでしまった。

私を見る時はいつもキラキラしていたケーシャの瞳に、今は何の光もない。口元には小さくも柔和な笑みが浮かんでいるのに、私の心には微塵も安心の感情が芽生えない。…むしろ、湧き上がるのは不安の感情。ユニが止めてと言った意味が、今ならよく分かる。

 

「どうしたんですかぁノワールさん。…あ、もしかして私に会いに来てくれたんですか?」

「…えぇ、そうよケーシャ。貴女に会う為に、教会からここまで全力で来たの」

「私に会う為に、全力で?わぁ、嬉しいですノワールさぁん…♪」

 

女神化による高揚感と、状況に対する緊張感から普段ならあまり言わないような事を私は口に。表面を取り繕ってはいるけど、実は結構息も上がっていて、少し休憩を入れたいところ。でもケーシャの返しを聞いて、休憩なんかどうでもよくなる。…嬉しいって…私はとても貴女が嬉しがってるようには見えないわよ、ケーシャ……。

 

「……懐かしいわね、ここ」

「ふふっ、覚えていてくれたんですね」

 

私がゆっくりとケーシャの背後にあるベンチに目を向けると、ケーシャはにこりと笑みを浮かべる。

何の変哲もない、普通の公園。でも私にとっては…そしてやはりケーシャに取っても、ここは印象深い公園。だって…私とケーシャは、ここで出会ったんだから。このベンチで倒れたケーシャを私が助けたのが、始まりだったから。

 

「私があの日ここに来なければ、ノワールさんがあの日ここを通らなければ、私はノワールさんと出会わず今と全然違う私だったかもしれない……そう考えると、何だかロマンチックだと思いませんか?」

「…そうね。何の関わりもなかった私達が、偶然の重なりで出会った…確かにロマンチックだわ」

 

世の中には偶然がありふれていて、その偶然が一つ違うだけでも、未来は大きく変わってしまう。数多ある可能性の中で、私の道とケーシャの道が交差したから私達は出会えた。シアンと出会ったのも、コンパやアイエフ達に出会ったのも、ネプテューヌ達と仲間になれたのも、全部多かれ少なかれ偶然が巡り合わせてくれた面がある訳だけど……同時に必然の要素もあった他の皆と違って、ケーシャとは本当に偶然の出会いなのよね、きっと…。

 

「…ねぇケーシャ。私、言い過ぎちゃったのかしら。ケーシャの気持ちを考えず、貴女を追い詰めちゃったのかしら。…もしそうなら、私…反省するわ」

「……?何を言ってるんですかノワールさん。ノワールさんが反省しなきゃいけない事なんて、ある訳ないじゃないですかぁ」

「そんな事ないわ。ケーシャ、私はね…貴女が思ってる程、完璧な女神じゃないの。教会に来てくれた時も言ったでしょ?色んな人の協力のおかげで、今の私があるんだって」

 

元々私は勝ち気な傾向のある性格で、女神化すると一層その面が強くなる。…だけど今は抵抗なく、自分の至らなさを直視出来る。…いや、私は直視しなきゃいけない。ケーシャをここまで追い詰めてしまった、自分の愚かさを。

私はケーシャと仲直りしたい。ケーシャに元気になってもらいたい。私の心にあるのは、偏にその思い。でも……私の思いは、ケーシャの心に届かない。

 

「……ユニさんが、いますもんね」

「…どうして、ここでユニが出てくるのよ」

「だって、そうじゃないですか。ノワールさんの近くでノワールさんを支えて、力になって、理解者でいて、何よりノワールさんに憧れる、正にノワールさんの言う『協力してくれる人』が、ユニさんなんですから」

 

穏やかな表情のまま、ケーシャはユニの名前を出す。それを何故かと私は訊いたけど…本当は分かっていた。自分の存在がトリガーになってしまったんだと、ユニは教えてくれていたから。

 

「…ユニが協力してくれてるっていうのは否定しないわ。助けてもらってるのも事実よ。…けど、それは貴女も同じでしょう?ケーシャだって、私を助けてくれてるじゃない」

「お世辞なんか要らないですよ、ノワールさん。期待に応えられるユニさんと、裏切ってしまう私が同じだなんて、そんな事ある訳ないじゃないですか」

「裏切ったって…確かにあれは私の期待した事ではないけど、だからって別に裏切られたとは思ってないわ。それに…利益だけの簡単で言えば、あの行為のおかげで軍人は苦労せず済んでるのよ?」

「大事なのは、ノワールさんの思いに応えられているかどうかです。ノワールさんに助けられて、ノワールさんのおかげでここまで来た私が、ノワールさんの期待に応えられないどころか裏切ってる時点で…私は、無価値なんですよ」

 

光を失ったまま私を見るケーシャの瞳は、不気味な位に据わっている。自虐だとかある種のアピールであるネガティヴ発言なんかとは次元の違う、冷静に平然に言い放った、無価値という言葉。

何がケーシャをここまでしてしまったのか。そこまで私の発言はケーシャを追い詰めていたのか。ユニの存在がこれ程にもケーシャにとってショックだったのか。アヴニールで育てられる中で、ケーシャの心の根底が歪んでいたのか。或いは、元からケーシャにはこうなる素質があったのか。様々な思いが私の頭を巡る。

 

「…そんな自分を卑下するような事言わないで、ケーシャ。私はそんな事思ってないわ」

「それは、ノワールさんが優しいからですよ。優しくて、優しくて、優しくて……だから気付かないんです。だけど私は気付いてしまった…ノワールさん、要らないものはどうするか…知ってますか?」

「…………」

「簡単ですよ、ノワールさん。要らないものは、邪魔になる前に──捨てるんです」

 

その言葉と共に持ち上がる、ケーシャの右手。右手にあるのは一丁の銃。そして、無骨な銃口が向かう先は……側頭部。

 

「……っ!…本気、なの…?」

「本気です♪」

 

背筋に走る、ぞっとした感覚。直感的に分かる。これはパフォーマンスでも何でもなく、ケーシャは私と話し終えたら引き金を引くって。それに、ケーシャの屈託のない笑みに……自らの命を終わらせる事への躊躇いは、微塵もない。躊躇うどころか、恐れるどころか笑顔を浮かべるなんて……異常以外の、何者でもない。

 

「それで、いいの……?」

「勿論です」

「こんなところで、終わらせるのが良いって言うの…?」

「こんなところだから良いんです。だってここは思い出深い所なんですから。後じゃなくて、今だからいいんです。今ならまだ、無価値だと気付いた意識が心に浸透する前に終わらせられるんですから」

「だから、無価値なんて……」

「…それに、今ならノワールさんに看取ってもらえる。大好きなノワールさんと、憧れのノワールさんと、最後の時間を過ごす事が出来る。そんなの、惜しいどころか……幸せ過ぎて、今にも指を引いてしまいそうです」

 

……狂おしい程、なんて表現がある。狂おしい程好きだとか、狂おしい程欲しいとか、とにかく思いの強さを表す言い方。物々しい上実際に狂うのかと首を傾げたくなる表現だけど……今はっきりと分かった。ケーシャはその思いで、強過ぎる思いで、自分を狂わせてしまっていると。

ここまで私は、穏便に済まそうと思っていた。変に刺激しないよう、静かに言葉を選んで話すべきだと考えていた。…でも、もう手段なんて選んでいられない。

 

「……私が、自殺しようとしてる人を黙って見過ごすとでも?」

「ですよね。けど…止められますか?無価値な私ですが、それでも…普通の人よりは、速いですよ?」

「貴女……」

「大丈夫ですよ、なんたってノワールさんですから。もしかしたら本当に間に合ってしまうかもしれませんし…仮に間に合わなかったところで、私が死ぬだけなんですから」

 

どうぞ、と軽い調子で勧めてくるケーシャ。その言葉を最後に、一度沈黙が訪れる。

多分、私じゃ止められない。ケーシャが手を下ろしている状態だったら、それか後数歩近かったらいけたかもしれないけど…奇跡でも起こらない限り、私じゃケーシャに届かない。そしてそれしかないならともかく、ケーシャの命を不確定なものに託したくはない。だから私は……

 

「……そうね、きっと私は間に合わないわ」

「流石ノワールさん、そんな冷静なところも格好良いです♪…じゃあ、私を看取ってくれるんですね?」

「…その前に、一つ言わせて…ううん、謝らせてもらっていいかしら?」

「…謝る、ですか?」

 

ゆっくりと首を横に振って、それから私はケーシャを見つめる。ケーシャはきょとんとした表情で小首を傾げながら、私を見つめ返してくる。互いの視線が交わる中で、でも心は通わない中で、私は……告げる。

 

「……ごめんなさい、ケーシャ。勝手に貴女の事を…友達だなんて、思っていて」

「え……?」

 

すっ…と私は頭を下げる。前から聞こえてくるのは、驚いたようなケーシャの声。その反応に、自分自身の言葉に心を締め付けられる思いを味わうけど……私は続ける。

 

「だって、そうでしょう?私の期待に応える事を絶対視して、私の役に立てない事を罪の様に考えて、私の妹に劣る自分を心から無価値だと思ってしまう…そんなの、友達に対する思いじゃないじゃない…そんなの友達だなんて言えないわ……」

「あ…それ、は……」

「なのに私は、一方的に友達だなんて思い込んで、勝手に友達扱いしていた。貴女はそんなつもりじゃないのに、そういう事にしていた。…身勝手を押し付けておいて友達だなんて、虫がいいにも程があるわよね…」

 

私は笑う。自嘲的に。自分を愚かだとして悲しむように。ケーシャから目を逸らして、斜め下へと視線を移して、静かに言う。

 

「私ね、よく言われるのよ。ノワールは友達が少ないだとか、ぼっちだとかって。勿論私はそれを否定してるんだけど……正直に、本当に正直に言うと…ちょっとだけ、それはまるっきりの間違いでもないと思うの。だって私…友達を作るのは、きっと得意じゃないから」

 

分かってる。私の事をぼっちだの何だの言うのは全部弄りであって、本当に貶されてる訳じゃないって。けど友達がいるのと、友達作りが出来るかどうかは別の話。多分私は…皆程友達を作るのが、上手じゃない。

 

「だから、嬉しかったのよ。誰かに紹介された訳でもない貴女に、自分から歩み寄って、関係を築く事が出来たのが。しかも貴女は凄く良い子で気の許せる相手だったから、あの時貴女を助けて本当に良かったって思ってたの。…でも、それは勘違いだった…結局全部、私の勘違い……」

「ノワールさん…そんな、事を……」

「…友達だと思ってたのに、なんて言わないわ。そんなのそれこそ押し付けだもの。勝手に思い込んで、勝手にそういう事にしておいて、なのに違ったら相手のせいなんて自己中そのもの……って、言うから私は駄目なんでしょうね…ここで訴えかければ、まだ貴女の心を揺らす事が出来たかもしれないのに…」

 

言う度に心が辛くなっていく。ケーシャが友達じゃなかったなんて思うと、悲しさで心が締め付けられる。…言いたくない。でも言わなきゃいけない。このまま、思いが通わないままお終いになんてなったら、本当に私は一生後悔し続けるから。

 

「…本当にごめんなさい、ケーシャ…ずっとずっと、貴女を友達扱いしていて…迷惑だったわよね、こんな大事な事にも気付かない相手に友達だなんて思われて…迷惑なのに恩返ししなきゃいけないなんて思わせて……全部、私のせいよ……」

「ち…違います、違いますノワールさん……」

「いいの、気遣ってくれなくて…こんな私に、貴女を止める資格は…私からの解放を望むケーシャを縛る資格はないのよ…それにきっと、これから先友達を作る資格だって…ケーシャを不幸にしてしまった私になんて……」

 

 

 

 

「──そんな事は…ないですっ!」

 

私は私を責めた。自分が如何にケーシャへ身勝手を押し付けていたのかと。自分がケーシャに対して『迷惑』な存在だったのだと。普段の私なら言わないような、女神として過剰な自己否定はしないようにしている私が、頭を垂れて自分自身とケーシャとの日々を否定した。そして……その瞬間だった。これまでずっと虚ろだったケーシャの声に、消えていた感情が籠ったのは。

 

「そうじゃないです…そうじゃないですノワールさん…!私は迷惑だなんて…押し付けだなんて思っていません…!ノワールさんは私を不幸になんてしてないです、ノワールさんは私を幸せにしてくれたんです…っ!」

「でも、私は…一方的に、貴女を……」

「友達ですっ!私も…私も友達だって思ってますよノワールさんっ!」

 

その言葉で、必死そうな言葉で顔を上げた私が見たのは、光を取り戻したケーシャの瞳。けれどそれは明るい光じゃない。何かに怯えるような、恐れるような、そんな雰囲気を放つ光。

 

「迷惑なんかじゃありません!迷惑どころか嬉しいです!だって私も、私の一方的な思いかもって思う事ありましたから!それでもノワールさんのお役に立てるならって思ってましたけど、ノワールさんが私を友達だって思ってくれてるなら…そっちの方が、ずっと嬉しいですから!」

「だけど私は、貴女を追い詰めちゃったじゃない…強迫観念の域にまで貴女を思わせちゃったじゃない…」

「そ、そんなの私の問題です!それより私は、ノワールさんにこれまでの事を否定してほしくないです!だって、だって……私ノワールさんに救ってもらってからずっと、幸せでしたから!自分の居場所が出来て、帰る場所が出来て、色んな人と出会えて…これが私なんだって、胸を張れる私になれたんですっ!なのに、そんな…そんな事……一番大切で大好きなノワールさんに、否定されたく…ないです……っ!」

 

堰を切ったように流れる、ケーシャの思いと感情。そこに先程までの、空虚で不気味な雰囲気はない。今あるのは、支部長に…黄金の第三勢力(ゴールドサァド)になる事を勧めたあの時に似た、気弱で儚げな少女の姿。

ふるふると首を横に振るケーシャ。次第に声は小さくなっていって、膝を落として……光を取り戻した瞳から、一粒の涙が溢れ落ちる。

 

「幸せだったんです…私には勿体無い程、きらきらした日々だったんです…私の、大事な…ノワールさんのくれた、大事な……」

 

ケーシャの手から銃が滑り落ち、開いた両手でケーシャは顔を覆う。そんなケーシャの下へゆっくりと私は近付き、ケーシャと同じように膝を地面に付けて……その肩へ、包むように両手を置く。

 

「…あるんじゃない。私以外にも大切なものが。持ってるんじゃない。私以外で大事だって思えるものが」

「けど…これも、元々はノワールさんが……」

「私は切っ掛けに過ぎないわ。百歩譲って、家も立場も私が用意したんだとしても…ケーシャが周りの人と紡いだ関係は、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)として得た信頼は、間違いなく貴女自身で作り上げたものよ。それに、前も言ったでしょ?私は貴女の在り方に心を動かされて協力したんだって」

「…私自身で作り上げた…私が、ノワールさんの心を動かして……」

「そうよ。…ねぇケーシャ、ここで貴女が死んだら、きっと私以外にも悲しむ人がいるわ。貴女はそれでも…幸福な死だって、言える?」

「……言えない、です…」

 

手を離し、涙の跡の出来た顔でケーシャは否定する。きっとケーシャが思い浮かべたであろう『悲しむ人』が、誰なのかは分からない。でも否定してくれただけで私は安心する事が出来た。それはケーシャにとって私が全て、ケーシャの思いは全て私にのみ向いている…なんて事はないという、証明だから。

ケーシャは本質的に自己評価が低い子。彼女は自分で思っているよりずっと凄いのに、ケーシャを認める人だっているのに、他ならぬケーシャ自身が、自分は周りの無償の優しさで成り立っていると思い込んでいる。……本当は無償の優しさじゃなくて、ケーシャだからこそ手を貸しているのに。

 

「だったら…だったらケーシャ、貴女は貴女を肯定しなさい。判断基準を私じゃなくて、自分自身に置きなさい。……そうしていいのよ…だってケーシャは私の従者でも道具でもなくて…友達なんだから」

「…いいん、ですか…?そんな事を…ノワールさんに救ってもらった、私がしても……」

「それが友達ってものよ…何かをしなきゃいけない、役に立たなきゃいけない、じゃなきゃ意味がないじゃなくて…してあげたい、やってあげたいが友達に対する思いなんだから…失敗したっていいのよ、無駄になったっていいのよ…だからお願いよケーシャ…私の為に生きるケーシャじゃなくて、私の友達のケーシャでいて……」

 

肩に触れる手に力が籠る。私はケーシャを失いたくない。こんなに私を思ってくれる、こんなに自分の思いに一生懸命になれるケーシャとは、ずっと友達でいたい。対等な関係でいたい。責任や恩じゃなく……友情で、繋がっていたい。

 

「……私は、こんなに暴走し易い人間ですよ…?きっとまた、迷惑かけちゃう人間ですよ…?」

「それ位なんて事ないわ。暴走したらまた止めてあげる。迷惑なんて友達ならかけて当然よ。私だって貴女に迷惑かけちゃう事がある筈だもの」

「…期待に応えられないかもしれませんよ…?私がいなくても、ユニさんがいれば…何も困らないのかもしれませんよ…?」

「期待に応えられなくたって、私のケーシャと友達でいたいって気持ちは揺らがないわ。それに私は貴女の事も、ユニの事も役に立つかどうかで選んでなんかいない。貴女はユニの代わりになんてなれないけど…ユニだって、貴女の代わりになんて絶対なれないわ」

「……友達で、いいんですか…?私は、ノワールさんの…貴女の、友達で……」

「友達でいいんじゃないの……友達がいいの、私は…」

「ノワール、さん…ノワールさん、ノワールさん…う、ぁ…ノワール…さんっ……」

 

ぼろぼろと涙を流し、ケーシャは私の胸に顔を埋める。何度も私の名前を呼びながら、強く強く私を抱き締める。…そんなケーシャの頭を、私は優しく撫でる。

 

「…ケーシャ、もう一度友達になりましょ。今度はもっと強い繋がりの友達になれるように、ずっと友達でいられるように」

「はい、はいっ…!私はもう、ノワールさんの為の私じゃありません…だからもう一度、私と友達になって下さい…っ!」

「勿論よケーシャ…これからまた、宜しく頼むわね」

 

頭を上げて、くしゃくしゃになった顔で、それでも真っ直ぐな気持ちで思いを届けてくれるケーシャ。それに私は頷いて、微笑みながら思いを返す。

それから私達は友達の約束をして、微笑み合って、またケーシャは泣き出した。そして私の胸で泣くケーシャを、私はゆっくりと撫で続けた。

 

 

 

 

ケーシャは自分の中に溜まっていた暗い思いを吐き出すように泣き続け、私はそれを受け止め続けた。数分か、十数分か、数十分か私達はそのまま寄り添っていて、漸くケーシャが落ち着いたところで、私は女神化を解除した。ハンカチを渡して、それで顔を拭いたケーシャと立ち上がる。

 

「…ごめんなさい、物凄く気を遣わせちゃって…後、胸の辺りをびっしょびしょにしちゃって…」

「いいのよ、私がしたくてしたんだから。…びっしょびしょはまぁ、置いとくとして……」

「うぅ…せ、せめてこのハンカチは洗って返します…」

 

目元が真っ赤で泣き疲れた様子もあるケーシャは、あまり元気のない様子だけど、雰囲気は完全に元通り。…普段のケーシャに戻ってくれて、また普通に話せるようになって……本当に心から、私はほっとしている。

 

「…でも、私驚いちゃいました…ノワールさんでも、あんなに自分を追い詰めちゃう事があるんですね……」

「まぁ、ね。もう手段を選べる状況じゃないと思ったし、プライドなんか気にしてる場合でもなかったし」

「え……って事は、まさか…あれは、演技…?」

「ふふっ、貴女を助ける為ならあれ位なんて事ないわ。…って言っても、別に嘘吐いた訳じゃないからね?貴女が友達じゃない、って考えるのは本当に辛かったもの」

 

ショックを受けた様子のケーシャへ、私は肩を竦めて認識を訂正。…あれは間違いなく私の本心。言うなればただ冷静に、理性的に感情を吐露したってだけで、嘘なんか一つも吐いてないわ。

 

「はぅ……そんな事まで出来るなんて、本当にノワールさんは凄いです…え、と…やノワN1…?…です…」

「うん、別に自分でもよく分かってない言葉使ってまで褒めてくれなくていいからね?…ほんとそういうところは天然っていうか…出来る事と出来ない事の差が激しいわよね、ケーシャって……」

「ふふっ、かもしれませんね。でもいいんです。そんな私でも、ノワールさんは受け入れてくれるんですから♪」

「貴女ねぇ……」

 

にっこりと笑うケーシャと、やれやれと首を振る私。…けどまぁ…それを含めて、ケーシャよね。

 

「…ま、いいわ。それじゃあもう夜も遅いし帰りましょ……と言いたいけど、その前に…」

「……?」

「ユニ、まだ近くにいるでしょ?出てきて頂戴」

 

きょとんとした顔のケーシャが見つめる中、取り敢えずこの辺りにいるんじゃないか…と適当な予想を付けて、その方向へ私は呼びかける。すると数秒後、公園の出入り口付近の物陰からユニが現れた。…ちょっと気不味そうな顔をして。

 

「へっ?ゆ、ユニさん…?」

「ま、また会いましたねケーシャさん…えと、何故このタイミングでアタシを……?」

「ケーシャと一緒にお礼を言おうと思ったのよ。…ありがとね、ユニ。私達の仲を取り持ってくれようとして。ここまで私を誘導してくれて」

 

場違いさを感じている風のユニへ向けて、私は真摯な気持ちでお礼を言う。それから戸惑っているケーシャへここまでの経緯を説明して、ユニのおかげだって事をしっかりと伝える。

 

「そ、そうだったんですか…ユニさんが、私とノワールさんの為に……」

「そ、そんな大層な事じゃないですよ?アタシは落ち込んでる二人を見過ごせなかったってだけで…それにアタシがケーシャさんの心境を悪化させちゃった訳ですし……」

「い、いえ!それをユニさんが負い目に感じる必要なんてないです!悪いのは私の歪んだ心ですから!」

『い、いやそんな言い方はしなくても……』

 

自分の心は歪んでいる、と言い切ったケーシャへ向けて、私とユニの言葉がハモる。…確かに、歪んでいるっていうか独特な感じはあるけど…そんな自分からはっきりと言われたら、こっちもこっちで反応し辛い……。

 

「…そ、そうですか?」

「そうですって……それとケーシャさん。アタシはお姉ちゃんの妹ですけど、妹だからこそお姉ちゃんには話し辛い事ってあると思いますし、女神だからこそ色々縛られてやりたくても出来ない…って事もあると思います。だからケーシャさんはアタシがいれば無価値だなんて事はないですよ。これは女神候補生のアタシが保証します」

「ユニさん……ユニさんも、こんなに私を思ってくれてたんですね…」

「それはまぁ、ただの知り合い関係じゃないですし…アタシが気兼ねなくガントーク出来る、数少ない相手でもありますから!」

「あはは…私からもお礼を言わせて下さい。ユニさん、私達の為にありがとうございましたっ!」

 

そっちが本心か…とばかりに軽い苦笑いをした後、ケーシャもまたユニにお礼。それにユニは気恥ずかしそうな顔をして、でもこくりと頷いて、二人の仲も大丈夫そうだと思った私は口を開きかけ……

 

「そ、それと…もし、嫌でなければ…もし迷惑でなければ……ゆ、ユニさんも…私と友達に、なってくれませんか…っ!」

「えっ……?」

「あ……だ、駄目…でしたか…?」

「い、いや…駄目、っていうか…初めて銃の話で盛り上がったあの日の時点で、アタシはガンオタ仲間っていう友達同然の関係になったと思ってたんですけど……」

「えぇっ!?あ、じゃ、じゃあ今のは無しでお願いしますっ!は、恥ずかし過ぎるので聞かなかった事にして下さいっ!」

 

……ケーシャは、早速自分を変えようとしていた。私の為じゃなくて、自分の為に生きようとしてくれていた。…結果は、一歩目から思いっ切りずっこける形になってたけど。

 

「全く……ほら帰るわよケーシャ。女神二人とギルド支部長が夜中に謎の集まりを、なんてなったら国民が不安になっちゃうわ」

「そうですよケーシャさん。わたわたしてないで、早く帰りませんか?」

「あぅ、す、好きでわたわたしてるんじゃないですっ!お、置いてかないで下さーいっ!」

 

真面目な顔で、でも心ではちょっとにやっとしながら先を歩く私達二人と、銃を拾いつつ慌ててこちらへ走ってくるケーシャ。追い付いたところでケーシャはむーっ、と少し膨れて、けど私はそれに笑顔を返して、するとケーシャもまた笑顔になって。笑顔を見せ合った私達は、それぞれの家へと歩いていく。

気持ちのすれ違い、思い違いが起こした、私達の不協和音。切っ掛けは些細な事だったのに、危うく大切なものを失いかけた、私とケーシャ。でも、雨降って地固まると言うように、その結果私達は本当の友達になる事が出来た。だから、起きて良かったとは思っていないけど……こういう結末に辿り着けて良かったと、私は心から思う。




今回のパロディ解説

・(〜〜貴女って人は……ッ!)
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、シン・アスカの台詞の一つのパロディ。なんかこれだと倒しにいきそうですね。別の意味で物騒な展開になりますね。

・ノワールは友達が少ない
僕は友達が少ない、のタイトルのパロディ。しかし意識してやった訳ではありません。普通に書いてみた結果、あれ?これはがないになってるじゃん…と気付いたのです。

・やノワN1
ネットスラング及び、広島カープの応援歌のワンフレーズのパロディ。後者がより正確なパロディ元ですね。何でも前者は恒心用語とも呼ばれているんだとか。


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第百五十話 決戦に懸ける思い

最終決戦の前に、不安要素は減らしておきたい。でも決戦で十全の力を出せるよう、無理のない生活を送らなきゃいけない。その条件の中で、六日が過ぎた。

いつどこで操られた人が出てくるか分からないから、ゆっくりお昼寝…とかまったりハイキング…とかは出来ないけど、負担にならないよう仕事もセーブしてるから、暇な時間は毎日それなりにある。そんな余裕はあるけど心置きなくはいられない日々を過ごして……遂に今日は、決戦前最後の日。

 

「うーん…ここはこのままでもいいけど、もうちょっと通電性を上げた方が便利かな」

 

床に座って、床に並べた部品を手元の機械へ嵌めては外して、外しては嵌めて色々試すわたし。多分もう、これを始めてから数十分は経っている。

 

「…あ、でも一概に通電性を高くすればいいってものでもないよね…市販の充電器はどうだったっけ……」

 

一度機械を置いて、立ち上がる。パーツを踏ん付けちゃわないないように気を付けながら部屋の趣味棚まで移動して、そこから分解用の充電器を引き出す。けどそのままの状態じゃ確認のしようがないから、分解して部品を取り出そうとすると……そこで部屋の扉がノックされた。

 

「ネプギアー、いるー?」

「いるよー」

「じゃあお邪魔して…っと、また充電器開発をしてたんだね」

 

ノックの後すぐ聞こえてきたお姉ちゃんの声にわたしが返すと、お姉ちゃんは早速中へ。そうなってから「はっ!お姉ちゃんの場合、勢いよく入ってきて部品踏んじゃうかも!」…と思ったわたしだけど、そんな事はなく普通の速度で入ってきてくれた。…ほっ……。

 

「うん。でも今は開発ってより調整かな。もう大分大詰めのところまできたし、今はわたし一人しかいないし」

「そっかそっか。……ここに広がってるのって、全部機械の部品なんだよね?」

「そうだよ?」

「じゃあ、探せばテム・レイの回路があったり……」

「し、しないよ……」

 

きらりと目を光らせて床の部品を見回すお姉ちゃんへ、わたしは呆れ気味に突っ込みを返す。…でも、こんな瞬時に冗談を思い付くのは凄いよね…わたしもこういう思考の柔軟さは見習わないと…。

 

「…で、お姉ちゃんどうしたの?何か用事?」

「あ、うん。おやつに丁度良い時間だし、プリンをネプギアと一緒に食べようと思って来たんだー」

「え?…あ、もうそんな時間だったんだ…」

 

ひょい、と二つのプリンとスプーンを見せてくれるお姉ちゃん。でもわたしはそれより「おやつに丁度良い時間」という言葉が気になって、時計を見てみると確かにお姉ちゃんの言葉に間違いはない。

 

(今日は午前でお仕事終わりにして、お昼の後すぐ始めたから…経ってたのは数十分後どころじゃなかった……あはは…)

 

趣味に熱中すると時間を忘れるのは誰にでもある事だけど、やっぱり没頭し過ぎていた事に気付くと自分で自分に呆れてしまう。…もしお姉ちゃんが来なかったら、最悪夕ご飯までやり続けてたかも……。

 

「美味しそうでしょ〜。…と思ったけど、もしかして邪魔だった?」

「ううん、そんな事はないよ。一緒に食べよっか」

 

わたしは時間を忘れる位機械の…女神候補生の皆で作ってる充電器の調整をしてたけど、別に何が何でもこれをやりたい訳じゃない。だからお姉ちゃんの質問に首を横に振って、わたし達は二人で共用の部屋へと移動した。だって部品が広げられたままの部屋じゃ、ゆっくりとは食べられないもんね。

 

「今は冷蔵庫から出したてで冷えてるからね!早く食べよー!」

「だね。頂きまーす」

 

プリンのフィルムを開けて、スプーンを持って、わたし達はプリンを一口掬い上げる。特に示し合わせた訳でもないけど、わたし達は二人同時に口の中へ。そしてその瞬間広がる、柔らかな甘さ。

 

「ん〜!美味しい!今日も今日とてプリンは美味しい!」

「この冷え具合がまたいいよね。…ん、美味し…♪」

 

お姉ちゃんが持ってきたのは、市販のプリン。確か市販の中じゃ高い方だったとは思うけど、別に高級菓子店とか有名な老舗店でしか取り扱ってないようなものじゃない。勿論国の長なんだから、買おうと思えばそういうプリンも普通に買えるんだけど……

 

「はふぅ、この適度なまろやかさは市販品だからこそだよね!やっぱりプリンに貴賎なしっ!」

「うんうん、貴賎の使い方はちょっと違う気もするけど、食べ物って高ければいいってものじゃないよね」

「そう、そうだよネプギア!三ツ星シェフの作った料理でも、食べ慣れてない人には美味しく感じられないってドラマでも言ってたからね!」

 

複数セットでもそこそこ高いプリン一個分にも満たない程安いものから、こんなの普通の人は買わないよ…と思う程高いものまで、お姉ちゃんは万遍なく好きだった。多分、お姉ちゃんはプリンそのものが好きなんだと思う。

ほっぺにプリンの欠片を付けながら力説するお姉ちゃんは、とっても可愛……じゃなくて、いつものお姉ちゃんらしさ100%。…でも、ほんとにただわたしとプリンを食べたかっただけ…なのかな?

 

「…お姉ちゃん、もしかして別の用事もあったりする?」

「ほぇ?わたし別の用事がある感じだった?」

「そんな事はないよ?…でもほら、今日って最後の一日でしょ?」

「…月が落ちてくるまで?」

「いつから一週間が三日になったのかな…そうじゃなくて、明日は決戦って日に誘われたから、おやつは口実で別の目的があったりするのかなー…って思ったの。…わたしの勘違いだった?」

 

大方プリンを食べ終えたところで、わたしはお姉ちゃんに抱いた疑問をぶつけてみる。すると最初お姉ちゃんはきょとんとした顔をしていて、でも感じた事を口にしてみると…すっと伏し目がちになって、お姉ちゃんは頷いた。

 

「そっか……うーん、別に隠す事でもないし…話しちゃってもいいかな」

「え、と…それって……」

「ネプギアの思った通りだよ。おやつは誘う為の理由で…ほんとはネプギアが緊張してるかもって思って来たんだ」

 

視線を戻しながら肩を竦めて、本当の理由を話してくれるお姉ちゃん。…って事は、わたしの為だったんだ……。

 

「でも、その必要はなかったみたいだね。ネプギアが元気そうで、お姉ちゃんは安心しました」

「そ、そうかな?わたし、これでも緊張してるよ?」

「けど別に趣味の機械弄りが手に付かなかったり、プリンが喉を通らなかったりはしてないでしょ?」

「それは、まぁ……(プリンは調子悪くても喉通るんじゃないかな…)」

 

安心した、と笑顔になるお姉ちゃんだけど、むしろそれにわたしは困惑してしまう。確かにパフォーマンスに影響が出そうな程の緊張はしてないけど、緊張とは無縁(に見える)なお姉ちゃんに比べれば絶対緊張してる筈で、そのお姉ちゃんに言われるのはどうしても違和感がある。…あ、でもこれだとお姉ちゃんが悪いみたいになっちゃう……お、お姉ちゃんは何も悪くないですからね!…って、わたしは何を言ってるんだろう…。

 

「なんか釈然としないって顔だね。…あ、もしかして緊張解すという名目でマッサージしてほしかったとか?さてはネプギア、過去にノワールを下着姿にしてしまったわたしのマッサージ技術をどこかで聞きつけたんだね?」

「いやそういう訳じゃ……ノワールさんを下着姿に!?えぇ!?何そのマッサージ!?い、イケない雰囲気を感じるよ!?」

「……体験してみる?」

「う……きょ、今日は止めとくよ…それにマッサージなら、むしろ決戦後に受けたいし…」

 

さらっと出てきたとんでもない発言に、わたしはワンテンポ遅れて全力突っ込み。その後伺うようなお姉ちゃんの問いかけを受けた時には、色々思いながらも一先ず遠慮。…き、気になるけど…色んな意味で気にはなるけど……っ!

 

「あ、そう?ならこれは置いとくとして……ゲハバーンはちゃんと持ってる?どっかに置きっ放しになってたり、包丁の代わりに使ってたりしない?」

「そんなどっかの名刀みたいな扱い方はしてないよ…でもどうしてゲハバーン?」

「いやー…それは、ほら……」

 

マッサージは置いといてゲハバーンという、かなり謎の急転換に首を傾げるわたし。どういう事だろうと思って訊いてみると、お姉ちゃんは少し口籠って……

 

「…ゲハバーンをわたしに渡してくれても大丈夫だって言ったら、ネプギアはどうする?」

 

思ってもみなかった事を口にした。…その意図は分からない。分からないけど……真っ先に思い浮かぶ事が、一つ。

 

「……わたしじゃ、不安…?」

「そ、そういう事じゃないよ?不安がどうとか、ネプギアがどうとかって事じゃなくて……」

「…じゃなくて……?」

「…思ったんだ。犯罪神への切り札であるゲハバーンは、やっぱり守護女神が担わなきゃいけないんじゃないかなって。それを女神候補生のネプギアに任せちゃうのは、守護女神としてもお姉ちゃんとしても良くないんじゃないかなって」

 

わたしが力不足だから。それがわたしの頭に浮かんだ理由だけど、お姉ちゃんはすぐに否定してくれて…それから意図を話してくれた。

言ってる意味は分かる。わたしも女神として…という思いを抱く事はあるから、きっとそういう時のわたしと同じ気持ちなんだと思う。それに優しいお姉ちゃんの事だから、わたしの不安を少しでも減らしてくれようとする思いもあるんだと思う。……だけど、

 

「…それはさ、どうしても…かな?」

「……嫌、って事?」

「嫌、っていうか……ごめん、ほんとはちょっと嫌。だって、皆わたしならって任せてくれたんだもん。お姉ちゃんの言う事も分かるけど…わたしの子供みたいな気持ちと、お姉ちゃんの責任感とじゃ比較にならないっていうのは分かってるけど……すぐには、渡せないよ…」

「……そっ、か…」

 

ふるふると首を横に振って、わたしはお姉ちゃんの言葉に嫌って伝える。…おふざけとか、ちょっとした事でなら、これまでにも沢山嫌だと伝えてきた。真面目な話でも、それは不味いんじゃないかと思った時には素直にそれを言えるようになった。でも……こんな形で否定なんて、滅多にした事ない。だって、相手はお姉ちゃんだもん。

けど、わたしは嫌だと言った。それは、これに素直に従うのはユニちゃん達がわたしにかけてくれた言葉を蔑ろにする行為だと思うから。皆の思いを蔑ろにするのは、お姉ちゃんから力不足だって思われる事以上に嫌だから。

 

「…我が儘言ってごめんなさい。だけど、それでも……」

「…いや、いいよネプギア。…そうだよね…ネプギアだって、もう押し付けられたなんて考えたりしないんだもんね……」

 

申し訳ないという気持ちを持って、でも退こうとは微塵も思わないで、わたしはわたしを見ているお姉ちゃんを見つめ返す。するとお姉ちゃんはわたしの言葉に返答した後、小声で呟いて……それからお姉ちゃんが浮かべたのは、にっこりとした笑顔。

 

「…うん、こっちこそごめんねネプギア!ネプギアの言う通りだよこれは!皆がネプギアを信じて、わたしもネプギアに任せて、それをネプギアが受け止めたんだから、むしろ渡さないのが正解だよきっと!…あはは、珍しく真面目な事考えたせいで空回りしちゃったね、わたし」

「…ありがと、お姉ちゃん。でも空回りなんて事はないと思うよ?だってさっきのお姉ちゃん、正に『格好良い守護女神』って感じだったもん」

「…そうだった?」

「そうだったよ。それに犯罪神はわたし一人でも、お姉ちゃん達守護女神だけでもなくて皆で倒すんだから、誰が持つかはあんまり関係ない……って、あ…これは言っちゃ不味かった…」

「う、うん…それだと結局任せてくれた皆の気持ちが台無しになっちゃうね……」

 

肩を竦めた笑顔でお姉ちゃんはわたしの思いに納得してくれて、その後珍しく自虐。だけどわたしはお姉ちゃんが空回りしていたなんて欠片も思っていなくて、すぐに肯定的な感想とフォローを……したら、思わぬ形で失言してしまった。これにはお姉ちゃんも呆れ気味の苦笑い。

 

「うぅ、やっちゃいけないうっかりをしちゃった……」

「だ、大丈夫だよネプギア。今の発言は適当な気持ちからくるものじゃないって分かってるから」

「そう…?…じゃあ、そういう事だからわたしに任せて。一緒に戦うんだから女神の務めを果たしてないなんて事はないと思うし…いざって時は、言ってくれた通りお姉ちゃんに託すつもりだもん。…無理だって思ったら、渡してもいいんだよね?」

「それは勿論。…なら、気負わないでねネプギア。わたしもサポートするし、託されたらきっちりわたしが決めるから」

 

お姉ちゃんはわたしの言葉に力強く頷いてくれて、それでこの話はお終い。いざって時の話は決して後ろ向きな思いからくるものじゃないけど、やっぱりお姉ちゃんが付いていてくれるっていうのは心強い。

ゲハバーンをわたしが託されたのは、あんまり自覚はないけどわたし(とお姉ちゃん)がパーティーの中心で、わたしはここまでの旅の中心でもあるから。お姉ちゃんや皆はそう思っていてくれて、わたしならって託してくれた。…それは重い責任。重い重い重要な役目。けど……今のわたしはそれを、責任であると同時に力でもあると感じられる。皆が、皆の思いがわたしの翼だって……今は言える。

 

「よーし、それじゃあ明日100%どころか1000%位の力を出せるように、秘蔵のプリンを開けちゃおっかなー!」

「え、秘蔵のプリン?プリン二つ目&秘蔵って、大判振る舞いだね…」

「いやー、ほんとは全部終わった後食べるつもりだったんだけど、それだと死亡フラグっぽくなっちゃうじゃん?」

「た、確かに……っていやそれはないと思うよ!?『わたし、この戦いが終わったら秘蔵のプリンを食べるんだ…』は、流石に死亡フラグとしては弱いんじゃないかな!?」

 

凄いそれっぽい顔で言うお姉ちゃんと、それに一瞬納得しかけてから突っ込むわたし。絶対冗談だ…と思いたいところだけど、結構お姉ちゃんってフラグとかお約束に重きを置いてるし、意外と狙ってないところでもネタ発言をしたりするから、判別するのは楽じゃない。…ただでも一つ、言える事があるとすれば……お姉ちゃんとの会話で、わたしは更に心に余裕が出来たと思う。だから…頑張ろうね、お姉ちゃん。

 

 

 

 

「って訳でさ、わたしとした事がネプギアにとってプラスにならない事言っちゃったんだよね。あれはほんとに駄目駄目だったよ…」

「それはそれは……でも全くもって駄目って事はないんじゃない?ネプギアも空回りとは思わないって言ってくれたんでしょ?」

「それはそうだけど…」

 

ネプギアと一緒にプリンを食べて、明日の事でお話しして、それから暫く雑談した後部屋からわたしは出た。その後のわたしはバルコニーまで移動して……今はイリゼと電話中。

 

「納得いかない、って声だね。…ネプギアの前では立派なお姉ちゃんでいたかったの?」

「む、そう言われると否定したくなるけど…そうかも……」

「…普段あんなにだらしない姿見せてるのに?」

「うっ……」

 

自分は自分、ゴーイングマイウェイが一番!…なわたしだけど、わたしだって憧れてくれるネプギアの前では格好良くいたい。だからそういう意味じゃ、イリゼの言う事は否定出来ないかなぁ…と思っていたら、かなり痛いところを突かれてしまった。……あ、あれだもん。敢えてだらしない姿を見せる事で、ネプギアに守護女神の妹としてのプレッシャーを感じさせないっていう気遣いだもん…。

 

「…でも、ほんとに気にする事はないと思うよ?ネプギアは良い面悪い面両方合わせた上で、ネプテューヌに憧れてるんだからさ」

「…じゃあ、やっぱあれはイリゼも駄目な部分だったと思ってるんだ…」

「それはまぁ、ね。守護女神の責務を軽んじるつもりはないけど、私にとって友達や仲間への信頼は本当に大切なもので、重要なものだから」

「そっか…ごめんね。それを無下にするような事言っちゃって」

「気にしないでよこれ位。私は無下にされたなんて思ってないから」

 

友達や仲間への信頼は本当に大切。そうイリゼは言ったけど、その思いはわたしだって同じ。だからそんなつもりじゃなくても、その意識はなくてもそれを否定してしまったのは内心ショックで、ネプギアとのお話しが終わった後もそれがわたしの心に引っかかっていた。

イリゼは気にする必要ないと言ってくれるけど、わたしもそれだけで心がすっきりする程単純じゃない。けどもやもやした気持ちのままじゃいけないってのも分かってて、何とかしなきゃと思っていると……

 

「……あのさ、ネプテューヌ。もしかして…ちょっと緊張してる?」

「へ……?」

 

…思いもしない言葉を、わたしはイリゼにかけられた。当然思ってない言葉だったから、ついきょとんとしちゃうわたし。

 

「いや、私の勘違いかもしれないよ?けど、ネプギアがもう女神として胸を誇れる位成長してるのは知ってるでしょ?」

「それは…うん」

「なのにネプテューヌは結構本気で心配して、しかも普段なら言わないような事言っちゃって、今もそれを気にしてるんでしょ?…だから、ネプテューヌもちょっと緊張してて、だから調子が狂ってたんじゃないかなって」

「…わたしが、緊張で……」

「…違った?」

「…ううん、完全にかどうかは分からないけど……それは確かにあるかも…」

 

推測を聞いて、それから自分自身を省みて…イリゼの言葉が、わたしの中にすとんと入った。わたしだって失敗出来ない事や大一番の勝負だったりする時は緊張するし、明日は最終決戦なんだから緊張したっておかしくない。自分じゃ気付いていなかっただけで、今のわたしはちょっと緊張していた……そう考えたらしっくりくるし、それだけでもちょっと胸のもやもやがすっきりした。

 

「やっぱりね。…で、ネプギアの緊張を解すっていう体で話をして、その中で自分の緊張も解そうとしたって感じじゃない?」

「……イリゼ、リーンボックスに行ってる間に答えを出す者(アンサートーカー)に目覚めたの…?」

「いやこれが合ってるかどうかは知らないし、目覚めてもいないよ……でもそれなら尚更気にする事はないじゃん。だって緊張なんて誰でもするものだし、多少の緊張は集中力の向上に繋がったりもするんだから」

「そう、だね……うん、何だかそう考えたら凄くそんな気がしてきたよ!ありがとねイリゼ!やっぱりイリゼに話して正解だったよ!」

 

イリゼが言った事が正解かどうかは分からないけど、それっぽい事は確かで、心に大切なのは合ってるかどうかよりも納得出来るかどうか。そして、納得出来たわたしの心は、一気にすっきりとしていった。……え?今誰か「やっぱ単純じゃん」とか言った?…むむむ、単純じゃないんだもんねー!せめて純粋な心を持ってるとか言ってよね!

 

「うん、ネプテューヌの力になれたのなら何よりだよ。…とはいえ緊張の度合いはネプギアの方が大きいだろうし、明日まで気にかけてあげてね?」

「もう、そんなの言われなくても分かってるよ。わたしはネプギアのお姉ちゃんなんだから。さて、それじゃ……っとイリゼ。最後に一ついいかな?」

「ん、なぁに?」

 

わたしは問題ないけど、イリゼは今出先だったらしいから、長話は避けた方がいい。そう思って切ろうとしたわたしだけど、一つ大切な事を思い出して、それをわたしは口にする。

 

「…前みたいな事は…一人で負のシェアの柱に飛び込んだ時みたいな事は、もうやらないで。イリゼの気持ちは分かるけど…あんな事は、もう止めて」

「……ごめん、ネプテューヌ。それは出来ないよ。私も良くないとは思ってるけど…私は救えそうな人や大切な人があんな目に遭ったら、きっとまた同じ事をしちゃうと思うから」

「…ま、イリゼはそう言うよね。だったら…せめてわたしにも声をかけてよ。手伝ってって言ってよ。それだけは、約束してくれないかな?」

「…うん、それは約束するよ。一人じゃ出来ないかもしれない事でも、二人なら…皆でなら、出来るかもしれないもんね」

 

……最後に言ったのは、あの時の事とこれからの事。仲間としての、友達としての思い。一度はそれを拒否されちゃったけど…本当に約束してほしいと思ったお願いは、しっかりとした回答を返してくれた。…これなら大丈夫だと思う。だって、友達や大切な人の為って部分じゃ絶対にブレないのが…イリゼだから。

明日は決戦。勝って再封印すれば信次元に再び平和が戻るし、負ければわたし達も信次元もバットエンドで終わる戦い。でも、わたしは信じてる。皆となら、希望と絆を束ねた力なら、きっと犯罪神に勝って……またハッピーエンドを、迎えられるって。




今回のパロディ解説

・テム・レイの回路
機動戦士ガンダムの登場キャラの一人、テム・レイの作った回路の事。それを付ければ充電器の性能も向上……はしないでしょう。というか、まず使えません。

・「〜〜三ツ星シェフ〜〜ドラマ〜〜」
Chef 〜三ツ星の給食〜の事。具体的には第一話のシーンですね。まぁ食べ慣れてる云々無しでも、値段は味のみで決まる訳ではないので、高い=美味しいではないですね。

・どっかの名刀
千年戦争アイギスに登場するキャラ、鬼切の使い手ヒバリの持つ刀、鬼切の事。ゲハバーンで料理とかゾッとしますね。具材に何使ったんだって恐ろしくなりますね。

・皆が、皆の思いがわたしの翼
マクロスFrontierの主人公、早乙女アルトの名台詞の一つのパロディ。色々言われてる台詞ですが、どっちかではなくどっちも大切にしようとする姿勢は素敵だと思います。

答えを出す者(アンサートーカー)
金色のガッシュ!!に登場する能力の一つの事。イリゼがこれを持っていたらどうなるでしょうね?…まぁ、清麿同様恐らくしょうもない展開で失ったりする気がしますが。


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第百五十一話 開く道、その先へ

最終決戦の地であるギョウカイ墓場へ突入するパーティーメンバーは、四ヶ国に分かれている。その私達が一度どこかに集まってから墓場へ、というのはどう考えても二度手間で、また突入メンバー以外も見送りはしたいけど何かとやる事があるという事で、私達は一度墓場の前に集まり、そこから作戦を開始するという事になった。

 

「ふぅ……皆はほんとに元気だなぁ…ふふっ」

 

合流地点へと向かう飛空艇の倉庫から、皆のいる客室(勿論教会の私有機体だから、一般客が乗ったりする事ないんだけど)に私は戻る。携帯をしまいながら座席に座ると、早速ベールの視線が私へ。

 

「ご機嫌ですわね。お相手は彼氏でして?」

「ぶ……っ!?か、かか彼氏!?い、いな、いないよ!?私そういう相手はいないんだけど!?」

「いやそれはいる人の慌て方ですわよ…冗談ですわよ冗談。というかここにきて突然彼氏が登場したら、流石に荒れると思いますわよ?」

「だったら言わないでよそんな事……」

 

開幕後三百字足らずでとんでもない爆弾質問をされ、声が裏返ってしまう程テンパった私。一瞬で頬が熱くなって、一時的にだけど言語能力にまで影響を及ぼされてしまった。あぅぅ、か、彼氏だなんて…それに、私は……こ、こほん…。

 

「…あ、でも男の人って点は間違ってないよ?」

「え……そ、そうなんですの?」

「うん。相手は一人じゃなくて、私を信仰してくれる人達とのスピーカー通話だけどね」

 

まだちょっと頬の熱は引いてないけど、ベールの発言は何一つ合ってないって訳でもない事に私は気付き、それを口に。

 

「イリゼを…あぁ、わたくし達の救出作戦時に力を貸してくれたという方々でして?」

「そう、その人達だよ。出発前にまず集まってもらえるよう連絡して、さっき集まったって事でまた電話したんだ」

 

電話の相手の事を話しながら、先程までしていた賑やかな会話を思い出す。

案の定というかなんというか、決戦に向かっている事を話したら皆また手を貸してくれると言ってくれた。でも今回は奪還作戦の時以上に何があるか分からないし、今は新旧両パーティーがいるからと私はしっかり断り…代わりに皆からエールを貰った。思いを力に変える女神にとっては最高の贈り物である、頑張ってという皆の気持ちを。

 

「…頑張ろうって気持ちになるよね。信仰してくれる人からの応援を受けると」

「えぇ、何だかんだ言ってもやはりそれが一番力になりますわよね。わたくし達女神にとっては」

「それはネトゲや腐女子趣味よりも?」

「当たり前ですわ。…いや勿論趣味もわたくしの活力の源ではありますけど…信仰者からの思いは別格ですもの」

 

肩を竦めながら、でも目は真剣な様子でベールはそう答える。…思いが一番というのは、別に女神がシェアあっての存在だからって訳じゃない。そうじゃなくてもっと純粋に、思ってくれる人の願いに応えたいという思いが、私達女神の原動力になっている。

 

「…だからといってあまりにも割に合わない無茶をするのは、どうかと思うがな」

「…割に合うのですわ。少なくとも、わたくしにとっては」

「……そうか」

 

そんな話をする中、不意に会話へ入ってきたのはエスーシャ。含みのある…恐らくはベールが私に仕事を頼んできた事に関係する言葉をエスーシャは発し、ベールは返答しつつ微笑んで……返答を受けたエスーシャは、簡素な返しをしながらもほんの僅かに笑みを浮かべていた。

ギルドの支部長であるエスーシャがここにいるのは、なんと見送りをしたいからとの事。多分それも一週間の間であった何かによって、ベールとの絆が深まったからなんだろうけど……それを差し引いても、いつもなら「興味ないね」の一言で片付けそうなあのエスーシャが見送りに来るなんてね…。

 

「……イリゼ、何かわたしに言いたい事でも?」

「ううん、何でもないよ〜」

 

エスーシャからの問いかけを受け流すように、私は視線を窓の外へ。合流地点は、もう眼下に見え始めている。

 

(…今度こそ、終わらせよう…皆で、この戦いを)

 

ほんの僅かに間に合わず、一度失敗した再封印。その後また戦いがあって、その前も沢山沢山…ネプテューヌ達が負けた最初の戦闘から、マジェコンヌさんとの戦いにも劣らない数多くの激突を重ねてきて、やっとそれが終わろうとしている。やっと平和を取り戻しかけている。だったら、相手がどんなに強い相手だとしても負ける訳にはいかないし……負けるつもりも、毛頭ない。

 

 

 

 

合流地点は、突入口より少し離れた荒れ地。墓場の近くのせいか緑はまばらにしかなくて、でも墓場の眼前よりは大分危険の少ない地域。そこに各国から飛んできた四機の飛空艇が止まっている。

 

「皆ーお待たせー!ほらほら、待たせてるんだから早く降りなきゃ駄目だよ!」

「ま、待たせてるって…時間ギリギリになったのは、ネプテューヌさんが移動手段を間違えて一人で飛んでいってしまったからではないですかー!ヽ(*`Д´)ノ」

「もー、ねぷねぷはいつもお茶目なんだから〜」

 

着陸したプラネテューヌの機体から、賑やかな声とそれに対する怒りの声が聞こえてくる。それと共に降りてくるのは、女神の二人にイストワールさん、プラネテューヌでマジックの足止めに奮闘してくれた皆にビーシャ……って、あれ?

 

「…黄金の第三勢力(ゴールドサァド)、全員集合…?」

 

私達と一緒にエスーシャが来ていて、ビーシャも今降りてきている。そしてここには、ノワールとにっこにこで話すケーシャと、ブランをからかうシーシャもいる。……え、まさか全員見送りに?

 

「ネプギアちゃん、げんきだった…?」

「うん、元気だったよ。皆もしっかり休めた?」

「もっちろん!あ、でもトリックとたたかうとき手伝ってくれた人たちに「おつかれさま〜」って言いに行ってあげたりもしたのよ?ふふん、えらいでしょ!」

「アタシは…うん、まぁちょっとハプニングもあったけど…万全の状態よ」

『ハプニング?』

 

降りた皆も私達に合流し、突入メンバーが全員揃う。決戦を前にして…と言うには些か賑やか過ぎる状態だけど、私達はそれでいい。それが私達というものだから。

 

「…こほん。最後となったわたしが言うのは少々気が引けますが……全員、お集まりのようですね」

 

ゆっくり見回して欠員がいない事を確認した後、口を開くイストワールさん。既にイストワールさんは顔文字を使わない真剣モードで、それに頷く私達も表情を引き締める。

 

「皆さん、これが最後の戦いです。犯罪神の再封印はそのまま終結へと繋がり、逆に今再封印出来なければ、恐らく犯罪神は完全覚醒を果たしてしまうでしょう。そうなった場合、仮に皆さんが全員生還したとしても……最悪の結末を迎えてしまう可能性が、十分にあります」

『…………』

「故に、この戦いに出し惜しみはありません。知っての通り、各国の軍は領内ギリギリまで展開し、ギルドにもクエストという形で有事の際に対応する人員を確保してもらいました。ですが…皆さんのする事は単純です。ギョウカイ墓場に突入し、犯罪神を倒し、再封印する。…それで、全て解決です」

 

ぼかしたりはぐらかしたりせず、失敗した場合の可能性もイストワールさんは言う。その上で単純に、作戦もへったくれもない言い方で「すべき事」を言葉に表す。…もう、ここまできたら小細工なんて意味がない。あの時と同じように……相手のいる場所に乗り込んで、全力で倒す。ただ、それだけの事。

 

「ですから皆さん。何も気にせず、何も心配せず、犯罪神を再封印してきて下さい。それ以外は全て瑣末事であり……それ等は全て、わたし達が片付けるとお約束します」

 

イストワールさんが締め括りに選んだのは、普段の彼女らしからぬ自信あり気な言葉。…それは私達を奮い立たせようとしているから?……違う。それは、私達を信じてくれているからこその言葉。それが伝わっているからこそ、聞いた私達もほんのり口角を釣り上げる。

 

「いいねいーすん!そう言われたら、わたし達も恰好悪い結果になんか出来ないよね皆!」

「だね。じゃあ行こう!……の、前に…」

 

ばっと振り返ったネプテューヌに返答し、一度考えているのとは別の事を口にしてから皆へ目配せ。視線に乗せたのは、「それぞれで言っておきたい事、あるよね」って思い。それに女神の皆は軽く頷き、見送ってくれるイストワールさん達の下へそれぞれ移動。

 

「…行ってくるわね。ケイ、ケーシャさん」

「はい!ノワールさん、ユニさん、ご帰還をお待ちしてますからね!」

「…えぇ。だけど…ケイ、イストワールはああ言ったけど、相手が相手だから何が起こるか分からないわ。だから最悪の事態を想定した備えも……」

「断る」

「え……こ、断る?断るって貴女、一体何を考えて……」

「僕は無駄な事はしたくないんだ。君達が、今の君達が向かうというのに最悪の事態に備えてなんて……無駄以外の何だと言うんだい?」

「…言うじゃない、ケイ。だったら……前言撤回よ。完璧な勝利を収めて帰ってきてあげるから、祝いの準備を整えておきなさい」

「だね。じゃ…犯罪神に教えてきてあげるわ。ラステイションの女神の、強さってやつを」

 

不敵に笑う、ラステイションの女神と教祖。初めはそれに驚いていたケーシャも、つられるように同じ笑みを浮かべる。

慢心なんて、したってマイナスの効果しか生まない。信頼とか確率とか関係無しに、万が一への備えはしておくべきもの。…けどノワール達を、揺るがない自信と心の強さを持つ彼女達を見ていると思う。あれは慢心でも、不用心でもなくて……最適で最善の選択なんだろうって。

 

「お姉様、決して無理は、決して無茶は、決して危ない事はしないで下さいまし…!」

「前者二つはともかく、最後の一つまで止められてはそもそも戦闘出来ませんわよチカ……安心しなさいな。無傷で勝利、というのは流石に不可能でしょうけど…わたくしはきちんと帰ってきますわ」

「約束、約束してくれまして…?勿論アタクシはお姉様が負けるなどとはこれっぽっちも思ってませんけど、やはりいざ戦いに向かうお姉様を見ると……」

「…ベールは見た目とは裏腹に粘り強く、そして頑固の域に到達する程意志の強い女神だ。そのベールが帰ってくると言った以上、それは約束するまでもない事さ。…そうだろう?ベール」

「よく分かっているではありませんの、エスーシャ。…わたくしはわたくしの道をここで終えるつもりなどありませんわ。ですからチカ、貴女は……最高の紅茶とお茶菓子を用意して待っていなさいな」

「……承りましたわ、お姉様。けれど、これだけは言わせて下さいまし。…お姉様の事を誰よりも想っているのはアタクシで…エスーシャが述べた事など、言われるまでもない事なのですわッ!」

「…あー、うん……興味、ないね…」

「はは……まぁ、いつものチカらしい姿を見られて良かったですわ。では、いつも通り…勝って帰ってくると致しましょうか」

 

三者三様に真剣な表情を見せる、リーンボックスの女神と教祖、それに支部長。ベールの締めの言葉に、二人は力強く頷きを返す。

相手を信じていたって、心配になる事はある。むしろ全幅の信頼を置ける程想っている相手だからこそ、失いたくない気持ちが生まれて心配に繋がる。だけど、例え心配は消えなくても……大丈夫だって思わせる力も『信じる』にはあるって、三人のやり取りを見てると改めて思う。

 

「紆余曲折あったけど、これでやっとけりを付けられるわね。…行ってくるわ、ミナ、シーシャ」

「がんばってくるね…!(ぐっ)」

「どうやってたおしたか教えてあげるから、たのしみに待っててね!」

「…頼もしいです、ブラン様は勿論…ロム様も、ラム様も。…待っていますよ。皆様のお帰りと、当代のルウィーの女神の強さが証明される瞬間を」

「なら期待してて、ミナちゃん!すっごいつよさなんだって、しょーめーしてきてあげるから!」

「ちゃんとただいまって言うから、かえってきたら…おかえりなさい、って言ってね。ミナちゃん」

「…全く、本当に頼もしいね。だったら、楽しみにさせてもらうわ。三人が如何にして活躍したかの話を」

「ふふっ、信頼に応えるのも女神の務め。ましてやそれが二人からのものなら……全身全霊で、期待を遥かに超える結果でもって応えさせてもらうわ」

 

心に余裕と穏やかさを抱いた顔で話す、ルウィーの女神、教祖、支部長の五人。そこに消極的な感情はなく、五人の表情は笑みへと変わる。

期待は時に重荷になる。期待されていない方が、精神的には楽だったりする。だって期待されたら、失敗出来ない理由が増えるから。…でも、今のブラン達のように期待に応えなきゃ、じゃなくて応えたいって思いを抱けるのなら……それは重荷ではなく力になると、私は知っている。

 

「…行ってきます。そして、勝ってきます」

「ゲイムギョウ界を破滅なんてさせません。わたし達で、皆で平和を取り戻します!」

「もう、二人は堅いなぁ…でも、わたしも同じ気持ちだよ。…信じててね、いーすん、ビーシャ」

「勿論だよ、ねぷねぷ!イリゼもネプギアも、きちんと帰ってこなかったら違約金を請求しちゃうんだから!」

「おおぅ…流石ビーシャ、すぐお金に絡める…因みにさ、いーすん。わたし達が勝てるかどうかっていーすんには分かるの?」

「いえ、わたしはあくまで記録者であり、未来の事は分かりません。……が、長い歴史を…そして貴女達の在り方を見てきた、個人としてのわたしは知っています。皆さんなら……負ける筈がないと((o(^∇^)o))」

「いーすんさん…ふふ、また一つ負けられない理由が増えちゃいましたね」

「うん、でもそれは私達の背中を押す力にもなってくれる。だから、ちゃんと帰ってこよう。私達の帰還を、待ってくれる皆の下へ」

 

真剣にしながらも朗らかに頬を緩ませる、プラネテューヌの女神と教祖、支部長に…私。この温かな雰囲気もまた、私達に勇気をくれる。

勝てるかどうかなんて分からない。思ったより楽に倒せるかもしれないし、為す術なく蹂躙される可能性だってある。…だとしても、どれだけ不確定要素があろうとも、私達が全員で勝って帰ろうとする思いは変わらない。そしてこの気持ちがあれば……きっと、大丈夫。

 

「…いよいよ出発ね。皆、やり残した事はない?」

「あら、それはもしやゲームの定番である『ラストダンジョン突入前や前の場所には戻れなくなるイベント開始前の確認』を意識してるのでして?」

「意識してるっていうか、実際前者は当たってるんじゃない?…これから最終決戦に向かうんだから」

 

それぞれで言いたい事を言った私達は、内心で勝利への思いを燃やしながら再集合。集まったところでブランが確認を入れ、そこへベールとノワールが反応。…確かに、シチュエーション的には正にそれ、って気がするね。

 

「よーし!それじゃあ皆、ちょっくら犯罪神倒してくるよーっ!」

「あぁ。だが、その為にはまず尖兵との戦闘は避けられないようだ」

 

右手を突き上げ、ネプテューヌは元気良く音頭を取る。それに私達も乗り、いざ墓場へ……と言いたいところだけど、その前には厄介な障害がある。…マジェコンヌさんの指摘した、墓場前をうろつくモンスターという障害が。

元々ギョウカイ墓場は負のシェアの影響かモンスターが寄り付き易い。けど今は犯罪神が集めたのか、それともより密度の高い負のシェアによって自然と集まったのか、モンスターがまるで墓場の防衛部隊のようになっている。その中には汚染モンスターもそれなりの数がいて、軽く一捻り…という訳にはいかない。

 

「はぅ、早速大変そうです…」

「そうね。でもここ以外の突入口は大概もっと危険か骨が折れるし、戦わない訳にはいかないわ」

 

コンパの言う事には同意だし、アイエフの見立ては正確なもの。

そうするしかないんだから、迷う必要もなければまったりやるような場面でもない。それが分かっているから私達は臨戦態勢に入りかけて……

 

「…いいや、その役目はわたし達に…否、我々に任せてもらおうか!」

 

その瞬間、後ろから芝居掛かった、されどやる気と意思に満ち溢れた声が聞こえてきた。

私達の動きを止めた声は、言うまでもなくビーシ……プレスト仮面のもの。けれど、その声と共に私達の前へと出たのは、彼女だけじゃない。

 

「この程度、最も重要な役目を持つノワールさん達の手を煩わせるまでもありません」

「そうそう、これは突入しない人間の役目ってね。…けど相手はあの数だ。確実な勝利なんて見込めない」

「そんなの興味ないね。…確実でなかろうと、目的を果たして生き残ればいいだけの話さ」

 

闘志に満ち溢れた顔で並び立つのは、見送りの為に来た筈の黄金の第三勢力(ゴールドサァド)。なのになんで突然、しかも全員揃ってと一瞬私達は驚いたけど…すぐに気付く。突然ではなく、こうなる事を予想して四人は着いてきたんだと。偶々ではなく、最初から示し合わせていたんだと。

 

「…という訳なので、ここの戦闘は任せて下さい!すぐに倒れるようにしてみせます!」

「ケーシャ、それに貴女達……」

「気持ちはありがたいわ…でも、駄目よ。シーシャ達だって、支部長としての役目がこれからあるでしょう?」

「勿論だ。だが、それは状況に合わせて臨機応変に対応すれば問題ない」

「いえ、しかし貴女達…そうしてくれればわたくし達も体力を温存出来るのは事実ですけど……」

 

四人の意図を理解は出来た。でも、急に言われたって即OKを出せる程の気持ちはまだ追い付いていない。それにノワールとベールは何やら別の気がかりがあるようで……

 

「…その、大丈夫ですの…?頬と、首は……」

「見ての通り、心配する必要はない」

「……本当ですの?」

「……本当の事を言うと、まだちょっと痛い。…が、戦闘に支障が出る程ではないんだ。…信じてくれないか?」

「ケーシャも大丈夫?…貴女だって……」

「私はこれでも作戦遂行が可能かどうかの判断力を身に付けています。その上で、大丈夫だって判断したんです」

「…そうなら、私は強くは言わないけど……」

「まぁ、信じてくれないか皆の者。…わたし達だって、皆と気持ちは同じだもん。だから…出来る事を精一杯やりたいんだ」

 

心配する二人に大丈夫だ、としっかりした声でエスーシャとケーシャは返す。ノワールとベールはそれを無理に止める気はないようで、でも私達全員がこのまま任せてしまっていいのかという思いを持っていて……だけどプレスト仮面は言った。私達に背を向けたまま、プレスト仮面かビーシャか分からない状態で……彼女の本心を。彼女達の、思いを。

支部長の四人と私達は、旅をした事がない。個々での付き合いはともかく、全体としての付き合いは正直薄い。でも私達は知っている。四人が信頼に足る人物で…今の四人の思いは、その言葉通り私達と同じなんだって。…だから、私達は四人の言葉を……肯定する。

 

「…さて、では始めようか。勝利の為の、露払いを」

「えぇ。…ケーシャ、目標の制圧を開始する…!」

「あっ、先言われた…ならば、ビーシャ!未来への道を切り開くッ!」

「ふっ……見せてやろうじゃない、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の実力ってやつを!」

 

啖呵と共に動き出す四人。開幕の号砲とばかりにプレスト仮面がバズーカを叩き込み、突撃をかけたシーシャが殴打で蹴散らし、開いた穴をエスーシャの剣撃が広げ、閉じようとする動きをケーシャが射撃で押し留める。凡そ即興とは思えない、そして余程の信頼がなければ成り立たない連携を……四人はさも当然かのように繰り広げる。

 

「あれが、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の力……」

「凄い…けど、あのペースで戦うのは……」

 

かなりの勢いでモンスターが撃破され、それに私達は息を飲み、ネプギアとユニが感嘆の声を漏らす。けど、ネプギアが漏らした声はそれだけじゃなく……またその懸念も、間違っていない。

明らかに初手から全力な四人の動き。あの調子ならまず負ける事はないと思うけど、同時にあれが永遠と続く訳がない。ならどうするつもりなのかと私達に一瞬不安がよぎった時……更に予想外の動きが起こる。

 

「……では、わたし達もやるとしましょうか」

「えぇそうね。黄金の第三勢力(ゴールドサァド)だけにいい思いはさせませんわ!」

「確かにね。このまま見てるだけじゃ、教祖の名折れだ…!」

「いきましょう皆さん。戦うべきは…今ですっ!」

 

ばっ、とまたも私達の前に出る四つの影。今度は私達が止める間もなく、その四人が戦闘を開始する。

前衛二人に合流するようにそちらも前衛二人が走り、ケイさんが斬り裂き、チカさんが突き穿つ。後衛二人とは別方向からの援護をすべく、イストワールさんが魔力弾をばら撒き、ミナさんが薙ぎ払う。そして二組の四人による全力攻撃により、出来上がる一つの道。

 

「……!い、いーすん達まで……」

「へぇ、いいね!黄金の第三勢力(ゴールドサァド)と教祖の共闘なんて、燃えるじゃない!」

「さぁ、行って下さい皆さん!わたし達もこの後やるべき事を果たします!」

「い、いいんですかイストワールさん…!」

「いいも何も、もう状況は動いたんです!これがわたし達の選んだ、未来への道です!皆さんのすべき事は…何ですかッ!」

「……ッ!…分かりました…行こう、皆ッ!」

 

私達の心は届く、思いの込められたイストワールさんの言葉。皆の力強く戦う姿が、その先へ懸ける思いが、私達の胸に伝わってくる。だったら、私達のやる事なんて一つしかない。皆の思いに応える方法なんて、分かり切っている。

振り向いた皆の瞳に灯るのも、皆と同じ色の光。誰にも、どこにも迷いはない。全員が全員を信じていて……だからこそ、私達にはやるべき事がある。

頷き合い、一斉に地を蹴る私達。切り開かれた道を通り、真っ直ぐに前へと突き進む。……私達が向かうのは、ギョウカイ墓場。そこで、私達は犯罪神と戦い……絶対に、勝つッ!




今回のパロディ解説

・「〜〜ちょっくら犯罪神倒してくる〜〜」
プロレスラー、棚橋弘至選手の有名な台詞の一つのパロディ。この軽い感じが逆にいいんですよね。ネプテューヌなので、GO!ACE!ならぬGO!NEP!…でしょうか。

・「〜〜ビーシャ!未来への道を切り開くッ!」
機動戦士ガンダム00の主人公、刹那・F・セイエイの名台詞の一つのパロディ。でもこれだと剣持ってる方がそれっぽいですね。駆逐の方は原作でも言っていますが。

・「〜〜黄金の第三勢力(ゴールドサァド)だけにいい思いはさせませんわ!」
機動戦士ガンダム 逆襲のシャアにおけるネオ・ジオン軍の兵の台詞。特に名前のある訳でもないモブの発言が印象に残るって、実際かなり凄い事ですよね。


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第百五十二話 けじめの勝負

教祖と黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の皆さんによって、切り開かれた道。そこを駆け抜けわたし達はギョウカイ墓場の中へと突入した。

墓場の外へモンスターを配置(ただ集まっただけかもだけど)しておいて、中にはまるでいないなんて事はないだろうというわたし達の予想通り中でもちょくちょくモンスターに襲われて、それをわたし達は返り討ちにしながら進む。他の場所に住むモンスターなら、個体によっては襲ってきても威嚇する事で逃げたりするけど、こんな場所に住むモンスターはそうはいかない。

 

「てやーっ!アミューズメントワルツ!」

「いくよっ!ハードビート!」

「えーいっ!パワーバッシュ!」

 

襲ってきた数体のモンスターを、REDさんが玩具武器で、5pb.さんが音波で、鉄拳さんが拳でそれぞれ仕留める。モンスターに襲われる頻度はそこそこだけど、統率はまるで取れてないから迎撃は容易。それにこっちは二十人もいるから、今みたいに交代で戦う事も出来たりする。

 

「お疲れ様、三人共。怪我はないかしら?」

「しててもわたしにお任せですっ」

「いつも思うけど、手当てに長けた人がいるって安心感が違うよね。それにここには治癒系の魔法使える人も多い訳だし」

 

戻ってきた三人へケイブさんが声をかけて、その言葉にコンパさんが、コンパさんの発言に旧パーティー組のファルコムさんが順に反応。でも当の三人は無傷で、わたし達はそのまま歩みを進める。…治癒系、かぁ…明らかに変な治癒系我流魔法使いもいるけど、確かに回復手段があるっていうのは安心出来るよね。

 

「…ミナちゃんたち、だいじょうぶかな…?」

「だいじょーぶよロムちゃん。ミナちゃんはわたしたちの先生だし、シーシャのパンチとキックはおねえちゃんと同じくらいつよそうだもの!」

「ラムの言う通り、心配する必要はなかろう。彼女達はあの場で判断を間違えるような面子ではないからな」

 

迎撃を終えてから数十秒。ふとロムちゃんが口にした心配を、ラムちゃんは戦闘能力の面で、MAGES.さんは判断力の面で心配ないと否定してあげる。それにはわたしや他の皆さんも同意だったけど……こくこくと頷くわたし達の中で、不安を口にする人もいた。

 

「……何もなければいいですけど…」

「えぇ…万が一、万が一の事があったら……」

「…あのさ、さっきも思ったけどエスーシャとケーシャに何かあったの?」

『それは……』

 

どうも気掛かりな様子の表情をしているのは、ベールさんにノワールさん、それにユニちゃん。そこでひょこっと前に出たお姉ちゃんがお二人に訊くと、お二人はどちらも言い辛そうな顔に。

 

「……まさか、大怪我を隠してあの場にいたとか…ではないのよね?」

「も、勿論大怪我ではないわよ…ただ……」

『ただ……?』

「……その、ちょっと色々あって…数日前に頬を叩いちゃって…」

「え……そっちも何ですの?」

「へ?そっちもって…じゃあベールも?」

 

ブランさんの確認に若干口籠った後、ノワールさんはバツの悪そうな顔で何があったか(したか)を回答。でもそれに一番驚いていたのはベールさんで、しかもベールさんもどうやらエスーシャさんを叩いてしまった様子。……ベールさんに対するアイエフさんやチカさん並みにノワールさんを慕ってるケーシャさんと、色んな意味でミステリアスなエスーシャさんが、ノワールさんとベールさんに叩かれるって……

 

((…一週間の間に、一体何が……?))

 

一度静寂が訪れるわたし達パーティー。…確認した訳じゃない。でもこの時、全員が同じ感想を胸に抱いていたような気がする…。

 

「…ま、まぁ大丈夫ですよきっと!MAGES.さんの言った通り、ケーシャさんやエスーシャさんが無理の危険性を理解してない訳がないですし!」

「ネプギアの言う通りだよ、二人共。ケーシャとエスーシャの事を思うなら、尚更これからの戦いに気を向けないと。……っていうか、私に仕事の助力求めておいて何してるのベール…」

「イリゼ、貴女間髪入れずに自らの発言を台無しにしてるわよ…けど確かに、わたしに魔法の助力求めておいて何してるのベール…」

「うぅ…ふ、複雑な事情があったのですわ…それに実のところ、叩いたのはわたくしであってわたくしでないというか、わたくしも驚いているというか……」

『……?』

 

何やら協力をしていたらしいイリゼさんとブランさんに半眼で突っ込まれ、両手の人差し指をつんつんしながらベールさんは釈明。でもその釈明もまたよく分かんなくて(ブランさんだけは思い当たる節があったみたいだけど)、結果なんだかよく分からない雰囲気になってしまった。…ベールさんがこういう雰囲気作っちゃうなんて珍しい……。

 

「…こほん。ともかくその通りではあるわね。…それに、負のシェアの密度もこれまででトップクラスだし…」

「だよね。こんな状態の墓場に長く居たら絶対皆の身体に悪影響出ちゃうし、出来れば短期決戦を狙った方が良いのかな」

「ありがと、ねぷちゃん。でもだからって焦ったりはしないでね?」

「そうだにゅ。ブロッコリー達の事を気にして戦闘中にミスされたら、そっちの方がブロッコリー達は困るにゅ」

「あはは、ぷち子の発言はいつも毒があるよね…けど分かってるよ。わたしだって守護女神だもん」

 

変な雰囲気を切り崩したのは、真面目な表情に切り替わったノワールさん。その発言に対するお姉ちゃんの言葉も、マベちゃんさんやブロッコリーさんの返しも、わたしは理解出来る。

幾らシェアクリスタルのお守りを持っていたって、シェアの汚染は免れない。今の墓場の状態だと、最悪もう汚染され始めている人がいるかもしれない。…でも、犯罪神は手早く倒せる相手なんかじゃ、絶対にない。

 

(……信じるしかないよね。皆さんが耐えてくれるのと、本当に危ないってなった時は隠さず言ってくれるのを)

 

現実的な事を言えば、わたし達に出来るのは無駄な時間を作らないって事位。…だから信じよう。皆さんも、わたし達と同じように…全員で無事に帰ろうって思ってる事を。自分よりも皆をじゃなくて、自分も皆の一人だって思ってくれてる事を。

 

「…さて、散発的にモンスターは現れるけど、逆に言えばそれしか起きないわね…」

「それは何かしら動きがあってもおかしくないのに、って事かい?」

「それはわたしも同感だよ。こういう時は動きがない状態の方が、ある時より不自然で落ち着かない……」

 

それから進む事数十分。その後も何度かモンスターを迎撃して、伏兵や罠なんかがないかを確認しながら歩いていったところで、アイエフさんが周りを見回しながら呟いた。新パーティー組のファルコムさんがそれを聞き返して、返答はアイエフさんより先にサイバーコネクトツーさんがして……返答の言葉を言い切る直前、わたし達の間に緊張が走った。…理由は簡単。わたし達の進行方向の先にある岩陰に、何者かの気配を感じたから。

 

「…誰か知らないけど…そこにいるのは分かっているわ!出てきなさい!」

 

即座にライフルを携えて銃口を岩に向けつつ、強い口調でユニちゃんが命令。他の場所なら偶々そこにいた人って可能性もあるけど…ここに普通の人がいる訳がない。ここにいるとすれば、それは十中八九…犯罪神に与する人。

 

「…へっ、言われなくたって出ていくっつーの。女神の癖にビビりだなァオイ」

「……っ!貴女は…!」

 

ユニちゃんの言葉から然程間を置かず、岩陰から現れたのは……リンダさん。その横にはワレチューもいて、彼女の登場にわたしは息を飲む。

 

「ちゅー…何早速出てるんだっちゅ……不意を突こうと言ったのが聞こえなかったんだっちゅか?」

「うっせェな。アタイがいつ出ようがアタイの勝手だっての。てか、一緒に出たのはテメェの意思だろ?」

「それは…まぁ、そうっちゅけど……」

 

出てきて早々に緊張感のないやり取りを交わす二人(片方は人じゃないけど)は隙だらけ。けどこうもあからさまに隙だらけだと逆に何かあるのかと思うし、そもそも隙を突かなくても勝てる相手だからか誰も仕掛けにいこうとはしない。

 

「…もし捕まるのを恐れてここに潜伏してたって事なら、時間がないから今だけは見逃してあげる。だから……邪魔をしないで」

「邪魔、ねェ…ならもし嫌だと言ったら?」

「……力尽くで、退いてもらうだけだよ」

 

口調や声音は平時のまま、でも鋭い視線でイリゼさんが投げかける。対するリンダさんが退く様子を一切見せずに言い返すと、イリゼさんは一歩前へ。その手には既に、バスタードソードが握られている。

 

「…だってよ、結局いつもこれだよな。女神だなんだっつっても、やってる事は暴力で邪魔者を始末してるだけじゃねェか。そんな奴等が平和だの何だの言ったって、ちゃんちゃらおかしいだけだっての」

「わっ、ちゃんちゃらおかしいなんて久し振りに聞いたよ…まだ真面目に使ってる人いたんだね…」

「ちゃんちゃらおかしい…って、ロムちゃんなあに…?」

「んと…なにかがおかしいんだと、思う…(たぶん)」

「いや、妙なところに食い付かなくていいから…ロムとラムもその話は後にしなさい……」

 

…お姉ちゃん、ロムちゃん、ラムちゃんの気の抜けた発言はともかく…イリゼさんの態度にリンダさんは首を横へ振り、落胆の表れとも挑発とも取れる発言を口にする。

平和を謳いながら、やっているのは武力による脅威の排除。…確かにそれは事実で、ある種の矛盾を抱えているのも事実。言葉で、暴力を使う事なく解決する事と比較したら、程度の低い手段を使っているって指摘なら、それはなにも間違ってない。……だけど、わたし達だって好き好んで実力行使をしてる訳じゃないし…そうしなきゃいけない状態を作ってきた側の人に言われたって、傷付きはしない。

 

「浅いな。少なくともイリゼは戦わない選択肢も提示している。そしてお前は暴力が蔓延らずとも済むよう敷かれた法に反してここまできたのだ。まさか、それすら分からない訳ではないだろう?」

「はっ、ご高説どうも。勝手に決められる法を強要して、それに従わなきゃ罪だって言い放つ奴は言う事が違うね」

「それがこの世界のルールだ。嫌だと言うなら…あぁそうか、だから犯罪神に組したという訳か」

「……よ、よく分かってんじゃねぇか…」

『…………』

「いや、お前は世界を変えたいとかじゃなく、単に周りや社会が気に食わないから犯罪組織に入っただけだろっちゅ」

「う、うっせェよ!動機はどうだっていいだろ動機は!」

 

冷静に、茶化す訳でも叱る訳でもなくただマジェコンヌさんは否定する。皮肉たっぷりに返された言葉も平然と切り捨てるマジェコンヌさんに揺らぎはなくて…わたしはそこに、彼女の決意と覚悟を感じた。

一方でリンダさんはといえば、バレバレの見栄を張った上にワレチューにそれを突っ込まれて、もう完全に緊張感がゼロ状態。圧倒的な戦力差もあって、こちらからも危機感がなくなっていく。

 

「ねー、無駄な時間使いたくないし全員で瞬殺しちゃうのが一番じゃない?だって典型的なやられキャラとタイム3号の関さんが声優やってそうなネズミが相手なんだよ?」

「ぢゅっ!?お、オイラはあんな適当な怪人の一角なんかじゃないっちゅ!ちゃんとした声優さんも当てられているんだっちゅ!」

「…あっ!都会のネズミは巨大っていうのは……」

「だからオイラは違うんだっちゅ!何でそこに結び付けるんだっちゅ!?」

「…というか、タイム3号さんって…ネプちゃんはそこ略すんだ……」

 

半ば焦れたようにお姉ちゃんがボケたり(平然と瞬殺、って言っちゃうのはちょっと怖い…)、REDさんがつられて妙な連想したり、本当にここが墓場なのかなんなのか怪しい状況が続く。

…けど、実を言うとこっちは完璧に気が抜けちゃってる訳じゃない。皆気が抜けたように見えつつも僅かな動きに警戒が見えるし、わたしもいつでもビームソードを抜き放てる状態にある。…それに……

 

「あーもう騒がしいんだよどいつもこいつも!お笑いなら他所でやってろっての!つか、時間がねェんじゃなかったのかよ!」

「おや、まさか貴女の側からそれを言うとは。…では、指摘のお礼に言っておきますわ。早くここから出なさいな。…例え犯罪神を信仰していようと、負のシェアの汚染は免れませんわ」

「…ふん。余計なお世話だし、別にアタイは犯罪神を信仰してる訳じゃねェよ。……アタイが敬意を払ってるのはトリック様だけだ。テメェ等に殺された、トリック様ただ一人だ。だから…退くつもりなんざ、毛頭ねェ」

 

──多少見栄を張ろうと、リンダさんは真剣だった。誰にも負けない位に。もしかすると、誰よりも強い位に。

 

「……トリックの仇打ち、或いは彼を討ったわたし達への復讐…それが目的なのかしら?」

「さぁな。だが、アタイは心から尊敬出来る方を人生の中で二度も殺されたんだ。どうせテメェ等もアタイの事は自業自得な奴だって思ってるんだろうが…テメェ等自身で生み出した憎しみ位は、受け止めてみやがれ女神」

 

さっきまでの騒がしさが嘘の様に、この場がしんと静まり返る。ブランさんの目が『トリックを討った者』としてのものになって、ロムちゃんとラムちゃんは動揺したように後退って、わたしはあの時の事を思い出す。…ルウィーでトリックが討たれた事を知り、それから一度は憎悪を燃やしながらもそのトリックから最後の言葉を、自分への願いを聞いた、あの日のリンダさんを。

わたし達の中であの場にいたのは、わたしだけ。リンダさんの抱える負の感情の正体を知っているのも、多分わたしだけ。だから、もしリンダさんが本気で何かを成したいのなら……わたしはそれを、無視出来ない。

 

「…勝手な事言ってくれるじゃない…けどいいわ。それだけ言ってのけるなら、望み通りアンタを……」

「…待って、ユニちゃん。ここは…わたしにやらせて」

 

リンダさんの覚悟を認めて動こうとしたユニちゃんを、わたしは手で制する。その行為で皆から視線を集める中、リンダさんに向かって一歩前へ。

 

「わたしにやらせてって…ネプギア、どういう事よ」

「そのままの意味だよ。わたしに、一騎討ちをさせてほしいの」

「え…それって、ここはわたしに任せて先に行けー…って事じゃないよね?」

「違うよ、お姉ちゃん。長々と勝負をする気はないから」

 

まずユニちゃんの、次にお姉ちゃんの言葉に答えるわたし。わたしの言葉にリンダさんは一瞬驚いたような表情を浮かべていたけど、今はにやりと笑みを浮かべている。

 

「一騎討ち、ね…そうしたい理由は何なの?それはこの状況ですべき事なの?」

「ノワールの言う通りだ、ネプギアよ。頭ごなしに否定するつもりはないが、理由位は聞かせてくれるのだろう?」

「…理由は、そうしなきゃいけないと思ったからです。本気で、全力で迎え撃つ事がわたしの使命だって…そう思ったんです」

「使命って…ちょっとふわっとしてる理由だね…」

 

理由を問われたわたしが言ったのは、心に浮かんだ通りの言葉。それは理由と呼べる程しっかりしたものじゃなくて、実際それをイリゼさんに指摘される。…でも、肩を竦めたイリゼさんが次に浮かべたのは…優しい笑み。

 

「…でも、私は肯定するよ。ふわっとしてても気持ちは伝わってくるし…私だって、ジャッジとの一騎討ちをさせてもらった身だからね」

「あたしも賛成かな。気持ちもそうだけど…本気さも伝わってきたからね」

「もう、ネプギアっていっつもこうなんだから。…だから、いいんじゃない?それがネプギアでしょ?」

「ネプギアちゃん、がんばって…!」

 

イリゼさんに続いて新パーティー組のファルコムさんが、ロムちゃんラムちゃんがわたしの勝手を応援してくれる。他の皆さんも声には出さなくてもわたしに向けて頷いてくれて、最初に訊き返したユニちゃんも「仕方ないわね…」ってライフルを降ろしてくれた。そして、最後に残ったお姉ちゃんは……

 

「…ネプギア。わたしはネプギアが明らかに間違ってる時以外は、いつでもネプギアの味方だよ。だから……YOU、やっちゃいなよっ!」

 

真剣な口振りの後、茶目っ気たっぷりの笑顔でびしっとわたしを指差していた。その指が指しているのは、わたしの胸元。…自分の心に従え。そういう事だよね、お姉ちゃん。

 

「…ったく、やっとかよ…その仲間ごっこが一々鬱陶しいんだよ」

「…そう言いつつも、待っててくれたんですね」

「…テメェこそ、甘っちょろい理由で手を抜こうとしてるんじゃねェだろうな?」

「いいえ。手を抜くつもりはないですし……本気です」

 

皆の優しさに押されてわたしが更に前へ出ると、待ちくたびれたようにリンダさんは手に持つ鉄パイプを握り直す。その顔を見たワレチューは小さな嘆息の後、リンダさんから離れて…一騎討ちの場が完成した。

わたしの心に同情だとか、憐れみの気持ちは一切ない。それを示すようにわたしは女神化をして、あの時の言葉をもう一度言う。

 

「…リンダさん、貴女は凄い人です。色々と直すべきところはあると思いますし、今までの行為も簡単に許されていいとは思いませんが……この思いに、嘘偽りはありません」

「だから、満足しろってか?認めてやるから、それでいいだろってか?」

「そんなつもりはありません。わたしはただ、伝えたい事を伝えただけですから。……全力でいきます、覚悟して下さい」

「…いいぜ、だったら見せてやるよ…アタイの全力、受けてみやがれッ!」

 

ほぼ同時に構えるわたしとリンダさん。相手を見据え、脚に力を込めて……長い心理戦もタイミングの見極めもなく、ただ思いのままに地を蹴った。

 

「喰らえ、女神候補生ッ!」

「……ふ…ッ!」

 

偶然か、それとも反応出来たのか、構え同様地を蹴る瞬間もほぼ同じ。…でも、そこにあるのは圧倒的な差。人の域に留まっているリンダさんと、初めから人の域にいないわたしとの間にある、覆りようのない実力差。

それでもリンダさんは、鉄パイプを振るった。きっと勝てない事は分かっていて、その上で全力をわたしにぶつけてきた。だから、わたしも全力のまま…左の拳を、彼女の腹部に叩き込む。

 

「ぐぁ……ッ!」

「……わたしの勝ちです、リンダさん」

 

めり込んだ拳でリンダさんはくの字に曲がり、息を詰まらせその場で止まる。支えとなっていた腕を抜くと、彼女はそのまま崩れ落ちる。……手を差し伸べたりはしない。きっとそれを、リンダさんは望んでないから。

 

「……っ、げほげほっ…容赦、ねェなぁおい……」

「それが、貴女に対する敬意ですから。……踏ん切りは、付きましたか?」

「…何だよ…お見通し、かよ……」

 

蹲った状態で咳き込んで、それからリンダさんは口を開く。そのリンダさんへわたしは、感じた事を言葉にする。

確信があった訳じゃない。でもリンダさんからは、口振り程の復讐心を感じなかった。訊かれたからそう言ってただけで、本当は別の意思があるんじゃないかって、わたしは心の片隅で思っていた。…そして、今の一騎討ちでそれは確信に変わった。これは、リンダさんなりの『けじめ』だったんだって。

 

「…くそっ、負けて、負けて、また負けて…結局一度も勝てずに、最後は素手の一撃でお終いか……なっさけねェ、なっさけねェなぁアタイは……」

「…普通の人なら、戦ったりしません。戦うとしても、それはやけくそでです。女神に勝つ力がないのに、何度負けてもめげないで、色々な策を講じて……最後は全力の勝負に持ち込んだリンダさんは、本当に凄い人です」

「そう、か……なぁ、お前…本当にアタイを、凄いと思ってんのか…?こんなアタイを、凄いと思ってくれるのか…?」

「…はい」

 

悔しそうに呟くリンダさんに、それは違うとわたしは言う。初めは意図しない形で裏切る事となってしまった、リンダさんへわたしは言う。貴女は、凄い人だって。

それが伝わったのかは分からない。でも、その言葉にリンダさんは少しだけ顔を上げて、初めてわたしの思いを知ろうとしてくれて……そんなリンダさんへ、わたしは力強く頷いた。思いが届くように。認めているのは、一人だけじゃないんだって伝えるように。

そして、わたしは見た。リンダさんの…捻くれ歪んだ表面の内側にある、本当のリンダさんの笑みを。

 

「…なら、その言葉…信じてやろうじゃねェか……。…ありがとな、女神候補生…」

「え……?」

 

見えたのは、ほんの一瞬の事。聞こえたのは、ほんの僅かな音。それ位、リンダさんの声は小さくて……わたしが笑みをはっきりと見るその前に、突然鉄パイプの底部から煙が噴き出した。

 

「わぁぁ!?こ、これは煙幕……じゃない!?」

「うわ臭っ!ちょぉっ!?な、何したのさ!?これ何!?この臭い煙は何なの!?」

「く、くく……あはははははははッ!やーい騙されたな女神!ばーかばーか!アタイは単にテメェ等の鼻を明かしてやりたかっただけだってーの!それを仇討ちだの憎しみだの本気になって、ほんっと女神もその取り巻きも馬鹿ばっかりだな!」

「なぁぁ…ッ!?…くっ、こんな三下風の奴に私達が揃って騙されるなんて……!」

「ははははは!今は最高の気分だぜ!何せこの後テメェ等が負けりゃ無様な姿を笑えるし、逆に犯罪神を倒したなら犯罪神すら倒す奴等をアタイは出し抜いた事になるんだからな!どっちに転ぼうが得するなんて、ほんとにアタイは頭が良い……うっ、ごほごほっ…」

「あぁっ、思いっ切り殴られてるのにハイテンションで騒ぐからそうなるんだっちゅ!あーもう!相変わらず世話が焼けるっちゅね!」

 

謎の刺激臭を放ちながら立ち込める煙幕に、わたし達はものの数秒で阿鼻叫喚。そんな中ガスマスクでもしてるのか、ちょっとくぐもった声が聞こえてきて、ノワールさんが皆の思いを代弁するような言葉を言うけど…一番近くで煙を受けてるわたしは本当にそれどころじゃない。な、何これ最早痛い!臭いを通り越して痛いよ!?女神化で嗅覚が敏感になってるところへこの臭いは……うっ、なんか気持ち悪くなってきた…。

 

「お、落ち着くです皆!こういう時慌てると、息が上がって逆効果……でもやっぱり臭いですぅぅ!」

「こ、コンパちゃんが苦しんで…コンパちゃん!オイラのマスクを使うっちゅ!これがあればもう臭いは……」

「そしたらアタイを運べる奴がいなくなるだろうが!ほら引っ張れネズミ!さっさと逃げなきゃ仕返しにボコられるぞ!」

「くぅぅ…コンパちゃん、このお詫びは必ずするっちゅ!オイラ、下衆な仲間でも裏切れない人情ならぬ鼠情派だっちゅけど……それでもコンパちゃんの事は、一番大切に思ってるんだっちゅーーーーっ!」

「あ、ね、ネズミさん…!ネズミさん……鼠情って、何なんですー!?」

 

あまりに臭過ぎて風で煙を取っ払うとか、急いで煙の範囲から出るとかの発想すら出ない中、コンパさんとワレチューの声が響く。なんかもうほんとにお馬鹿な展開だけど、それ位臭いんだから仕方ない。

そして、臭いで大パニックとなる事数十秒から数分。やっと臭いが薄れ始めて、それに連れてわたし達も冷静さを取り戻した時には……前回わたしが取り逃がした時と同じように、リンダさんとワレチューの姿はなくなっていた。

 

「そんな……まさか、こんなふざけた展開で取り逃がすなんて…」

「こ、ここまで意味不明な屈辱を感じる取り逃がし方は初めてだにゅ……」

「最終決戦の直前がこれなんて…ってそうだ、ネプギアさんは大丈夫…!?」

 

ケイブさんブロッコリーさんを始め、各所から嘆きの声が上がる最中、わたしは女神化を解除して座り込む。うぅ、臭いでここまでダメージ受けたのなんて初めてだよ……。

 

「だ、大丈夫です5pb.さん…でもその、誰かエチケット袋があればそれを……」

『吐きそうなの!?』

「ね、念の為です念の為…後それもちょっとずつ収まってきてるので、本当に大丈夫です…」

 

集まってきた皆へ、大丈夫だと言いつつ立ち上がるわたし。とても勝ったと声を上げられるような状況じゃないけど…リンダさんとワレチューを凌いで、道を開く事に成功した。…だったら、ゆっくりしてないで行かなきゃ。

 

「ったく、折角勝ったのにこれじゃ締まらない……って、ネプギア…何よその顔」

「……?わたしの顔が、どうかしたの?」

「どうかも何も、ちょっと笑ってるでしょアンタ」

「へ?…あ、ほんとだ……」

 

再度進行開始…といこうとしたところでユニちゃんに変な目で見られて、その後の発言でわたしは自分が笑っていた事に気付く。

まさか、自分が笑っているなんて。気付いた瞬間は軽く驚いたわたしだけど…理由は簡単に思い付いたし、その理由は納得のいくものだった。だからわたしはそれを気にせず、先頭に立って歩き出す。

 

「まぁ、いいじゃないそんなの。それより皆さん、思ったより時間がかかってしまいましたし急ぎましょう!」

「う、うん…あんな臭かったのにネプギアが謎の笑みを浮かべてて、やる気にも満ち溢れてるって……ね、ネプギアまさか臭いで思考がやられちゃったの!?な、なら一回休まなきゃ駄目だよネプギア!」

「何言ってるのお姉ちゃん。わたしは元気だよ?」

「いやこれは普通元気な方がおかしいからね!?ちょっ、聞いてるネプギア!?ねぇネプギアってばー!」

 

わたわたと慌てるお姉ちゃんを半ば置いてきぼりにして、わたしは進む。なんか皆からもちょっと不安そうな視線を向けられてるけど…わたしはこの通り元気だもん。

……でもまぁ、流れ的に不安になるのも分かる。けど…わたしは嬉しかったから。思いが届いた事で、それでずっと憎しみを抱いていた人を笑顔に出来た事が嬉しかったから、それが元気に繋がっている。

もしまたどこかでリンダさんを見つけたら、勿論わたしは捕まえようとする。だってそれだけの事をしてきたんだから、捕まえるのは当然の事。だけど、今はやっぱり犯罪神の再封印を優先したいと思う。それが、わたしの大切な人達が生きる…そしてリンダさんがこれからも生きていく世界を、守る為にすべき事だから。




今回のパロディ解説

・タイム3号の関さん
お笑いコンビ、タイムマシーン3号の関太さんの事。ワレチューの声優はニーコさんです。偶にお笑い芸人が声優務めるキャラっていますが、ワレチューは違いますからね。

・「〜〜都会のネズミは巨大〜〜」
せいぜい頑張れ!魔法少女くるみのED、おいでよ笑顔ヶ丘市 〜笑顔ヶ丘市に古くから伝わるわらべうた〜のワンフレーズの事。上記のパロディネタも、この作品のものです。

・「〜〜心から尊敬〜〜殺されたんだ〜〜」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの登場キャラの一人、アイン・ダルトンの台詞の一つのパロディ。…なりませんよ?グレイスリンダとか出ませんからね!?

・「〜〜YOU、やっちゃいなよっ!」
ジャニーズ事務所の代表取締役、ジャニさんこと喜多川擴さんの代名詞的な台詞のパロディ。ネプテューヌのアイドル事務所…ベールがプロデューサーやってそうですね。


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第百五十三話 決戦の幕開け

前哨戦…と言うには些かトリッキー過ぎる下っ端……もとい、リンダとの戦いをネプギアが(一応)勝利で終わらせ、私達は最深部への進行を再開した。…素で彼女を下っ端呼ばわりしてしまう程、私も皆もそのイメージが定着していたんだけど…戦いが終わって少しした今は、少しだけその認識が……変わっている。

 

「完全に一杯食わされちゃったね。普通に戦えばあたし達の誰と戦っても勝ち目なんてなさそうなのに」

「まったくよ、もー!ぷんぷん!」

「ラムちゃんに、どーい…!(ぷんすか)」

 

最後の攻撃…というか嫌がらせに関する感想や不満が、現在の話題の中心。

酷い臭いを味わったし少なからず時間をロスしてしまったものの、これといった損害を私達は被っていない。でもあんなに勝ち誇った笑い声を上げられてしまえば旧パーティー組のファルコムが言った通り、「一杯食わされた」気分になる訳で…しかも実際私達が勝とうが負けようが彼女は気分の良い思いをするんだから、なんかちょっと癪だって思いが残っている。…でも、この思いも思う壺なんだろうなぁ……そして双子はほんとに怒ってるのかな…。

 

「しかし、彼女はわたくし達が今日突入するなど知らない筈ですわよね?…何日も墓場の中で待機していたのかしら…」

「かもしれないですね。しかもそうなると、ずっとこの中にいながら自分を保ってたって訳で……」

((……あれ?…あの人って…意外と凄い……?))

 

ベールとユニのやり取りの数瞬後、私達は全員が何とも言えない顔で互いに見合う。…ネプギアも彼女の事は評価してるって言ってたけど…多分、それとこれとは違うよね……?

 

「…ま、まぁそれはさておき二度ある事は三度あるって言うし、もしかしたらまた誰か出てきたりするんじゃない?イリゼ、旅の中で他に因縁ある人とかっていた?」

「うーん、いないかな。後ネプテューヌの中のカウンターはゼロじゃなくて1からカウント始まるシステムなの?」

「……?ねぇねぇノワール、イリゼが意味分かんない事言ってるんだけど…」

「それは貴女が一度目ないのに二度ある事は〜…なんて言ったからでしょ…」

「……はっ!そういえばワレチューは去り際にコンパへ碌でもない事言ってたよね!コンパにはアタシがいるんだから、あんな奴になびいちゃ駄目だよ!?」

「え?あ、はいです…」

 

例えもうすぐ最深部に着くとしても、私達は緊張感で黙り込むなんて事はしない。それは黙り込むより、いつも通りのままでいた方が良いコンディションで決戦を迎えられるから……なんてちゃんとした理由はなく、ただ話したいから話してるだけ。良く言えばオンオフの切り替えを徹底している、悪く言えばすぐ和気藹々とした雰囲気に戻そうとするのが、私達パーティー。

 

「…因縁と言えば…まさか、また四天王が復活したりはしませんよね…?」

「それは……ない、とは言い切れないわね…」

 

一頻り冗談や突っ込みが飛び交った後、ぽつりとネプギアが呟いた不穏な言葉。すぐにその発言へブランが反応するも、当然明るい返答なんて出来る訳がない。だって、現に一度復活しているんだから。

 

「ふぇ…じゃあ、してんのうがぜんいんいるかも…しれないの…?」

「そ、そうなの…?おねえちゃん…」

「う……」

「…いや、確かに可能性はゼロではないが、高確率でそうなるという事もないだろう」

 

姉の言葉を聞いて不安そうになったロムちゃんとラムちゃんを見て、しまったという顔になるブラン。けど不味いとは思っても安心させられるような事は言えず……そんな中、不意にマジェコンヌさんが口を開いた。私達が「何故?」という感情を込めて見つめると、マジェコンヌさんは言葉を続ける。

 

「なに、簡単な事だ。四天王を簡単に復活させられるなら、やられた時点で即復活させるだろう?」

「確かにそれはそうだにゅ」

「それに、先日四天王が仕掛けてきた策から犯罪神が完全覚醒に力を注いでいる事がほぼ明白となった。その状態で、余剰の力があるならば……」

「四天王の復活じゃなく、自身の覚醒にリソースを回す筈だ…って訳ね」

 

結論のところで投げかけるような視線を向け、それにアイエフが答えて話を締める。それはマジェコンヌさんの推測でしかなく、絶対と言える訳ではないけど…そうかもしれないと思えるだけの説得力はある。そして仮にどうであろうと今更引き返すなんて事は出来ないんだから、説得力があればそれで十分。

 

「…って事だから、必要以上に不安がる必要はないよ二人共。それに向こうに四天王がいたとしても…こっちにだってこれだけの仲間がいるんだから」

『…イリゼ……』

「……?えっと…皆、何…?」

「…言っている事は間違いなく良いが…それは本来、マジェコンヌが言う筈の言葉ではないのか…?」

「うっ…た、確かに……」

 

にこり、と微笑んでロムちゃんラムちゃんへそう言った私。私としては二人を安心させたくて、また単純に思った事を口に出しただけの事だったけど、何やら何人かから変な目で見られてしまう。それを何だろうと思って訊くと…MAGES.から半眼で突っ込まれてしまった。……ぐうの音も出ない。

 

「ふっ…何、気にするな。私は気にしていないぞ、イリゼ」

「も、申し訳ないです……」

 

仕方ない奴だ…みたいにマジェコンヌさんは笑って許してくれるけど、それがまた私としては頭が上がらないというか、ちょっと子供扱いされてる感じもあるというかで、何とも気落ちしてしまう。…自業自得だけど……。

 

「ふふっ、決戦前にパーティーのお約束を見られるなんて縁起がいいね」

「お、お約束って…鉄拳ちゃんは一体何を……」

「はは、確かにイリゼのしっかりしてるようでしっかりしてない姿が出るのはお約束だね」

「そんな爽やかな感じに言わないで!?っていうかそんなのお約束じゃないから!だよねぇ皆!」

『ううん』

「オールノー!?オールイエスじゃなくてオールノー!?う、うぅぅ……そんなの認めたくないっ!」

 

普段はあまり誰かを弄ったりボケたりしない、パーティーの良心ポジである鉄拳ちゃんと新パーティーのファルコムに弄られ(弄ったつもりはないかもだけど。特に鉄拳ちゃんは)、しかもその弄りに全員が乗って全会一致という酷過ぎる展開になってしまう。

穏やかさとはかけ離れた場所なのに、最終決戦は目前だというのに、あろう事か私アウェー。あんまりにも酷いものだから、なんか最終的にはピンクの球形メカみたいな事を言ってしまった。

 

「ぐすん、酷いや…私が恥ずかしいって思う事をお約束扱いするなんて…私を辱める事をお約束と呼ぶなんて……」

「辱めるって…でもイリゼは、このパーティー好きでしょ?」

「それは……そう、だけど…」

「だってさ。って訳で皆!今後もイリゼはこんな感じに弄ってこーっ!」

『おーーっ!』

「よーしっ!だったら私は犯罪神の側に付こうかなぁッ!?」

 

……なんか、ほんとにこれから何しに行くのか分からなくなってきそうな私達パーティー。これなら緊張で体調崩す事はまず無さそうだけど、流石にこれはちょっといけない気がする。私なんて爆弾発言しながらバスタードソード振るおうとしてるし(全員が弄る側だったから止めてくれる人がいなくて、私も本気で斬るつもりはないからどうしたものか困ってるんだけど…)、物語の大詰めにやる事としては大いに間違えている気がしてならない。

けどそれも、いつまでも続く訳じゃない。それこそ状況が、私達を現実へも引き戻す。

 

「……っと、皆。決戦の時間がやってきたみたいよ」

 

逃げる皆を追っかけ回していたところ、不意にケイブが足を止めて表情を引き締める。…理由は簡単。今到達したのが、後は角を曲がれば最深部という場所だから。

 

「…また一層と濃密になってるわね……」

「…凄い…女神じゃないわたしでも、気配とは別の何かを感じる…これが、犯罪神のシェア……?」

 

ノワールは真面目そうに、サイバーコネクトツーはそれに加えて怪訝さも含んだ表情を浮かべて呟く。

信次元全域に、負のシェアの気配が増していた。墓場の中は、明らかに不味い密度だと入った瞬間に感じた。そして今感じているのは…異常とまで言える程の、負の空気。空間そのものが汚染されているかのような、そんな状態。流石に負のシェアの柱内部よりはマシだけど……あれと同レベルだったとしたら、多分もう勝とうが負けようが信次元に酷い被害が出ていると思う。

 

「…最終確認、しておく?」

「そうですわね。今更五分十分遅くなったところで何か変わる訳でもないですし、確認しておくべき事は確認しておいた方が良いですわ」

 

くるりと私達全員を見渡すように振り向いたマベちゃんの言葉に、ベールが首肯。私達は輪になって、確認事項を話そうとする。…ん、だけど……

 

「……確認する事って、あるかな?」

『…うーん……』

 

頬に人差し指を当てながら首を傾げたREDに、これと言った回答を返せない私達。確認する事なんてないよ!…とは言わないものの、突入前の確認ですら簡素なものだったんだから、実際のところREDの指摘は間違っていない。

 

「…取り敢えず、皆の作戦をめいれいさせろからいのちだいじににしておく?」

「取り敢えず、わたし達はそんな仕様で戦ってないわ。…命を大事に、って点はその通りだと思うけど」

「あ…じゃあ…うちあげ?…をどこでするかっておはなしは?前みたいにやるのよね?」

「う、うん…するかもしれないけど、それは今じゃなくてもいいんじゃないかな……」

 

うちのパーティーの三大元気っ娘二人(残り一人はRED)によるズレた発言を、ブランとネプギアがそれぞれ突っ込み&訂正。で、その後パーティーは沈黙状態に。……うん、これはほんとに確認する事ないのかも…。

 

「…この状況、どうするんだにゅ?」

「ま、まぁ確認しなくちゃいけない事はない…って事でいいんじゃないかな?確認する点がないってのはつまり、準備万端という事なんだからさ」

「ですね。それに世の中、案外抜け落ちがあるどころかほぼ何もなくなった状態でも何とかなりますし!」

 

いやいやそれはないでしょう…と旧パーティー組ファルコムの発言に私達は思うも、新パーティー組ファルコムがそれに力強く同意する。…経験則なんだろうけど…ファルコムは逞しいね……。

…とまぁ、結局またぐだぐだした雰囲気になってしまったものの、今度はそれじゃ不味いって皆分かってる。だから、皆で視線を交わして頷き合い……

 

「……それじゃ、行こうか皆」

 

ネプテューヌの言葉を合図に、私達は歩き出した。武器を携え、私や女神の皆は女神化して、最後の角である場所へ向かう。そして私達は角を曲がり……最深部へと、到達した。

 

『……え…?』

 

最深部へと踏み入れた私達が目にしたのは、結晶の様な、柱の様な、けれど固体ではないように見える闇色の何か。その不思議な存在に対して全員が同じ反応を取り、どうすべきか各々考えようとして……次の瞬間、それに亀裂の様な線が走り出す。

 

「……ッ!気を付けて下さい!何か来ます!」

 

M.P.B.Lを構えつつそうネプギアが言い放ち、言われるまでもないとばかりに私達は散開。何が起きてもおかしくないから警戒し、でも何が起きるか分からないからこそ下手に攻撃したりはしない。

 

(あれは明らかに負のシェアの塊…まさか、爆発でもするの…?)

 

線が広がるそれを、神経を張り詰めた状態で警戒し続ける私達。その私達の目の前で、線同士が繋がり網の様になって……開くように、大気へ溶けるように、負のシェアの塊は崩壊した。──そしてその中から現れる、負のシェアを担いし悪意の神。

 

「…はっ、どこぞの裏ボスみたいな登場の仕方するじゃない」

「心の闇そのものという意味では、実際似てるのかもね…」

 

口角を軽く上げ、いつも通りの調子でノワールは見やる。それに対するマベちゃんの反応も割と普通だけど…内心では余裕綽々って訳じゃない事位は、考えなくたって分かる。もし余裕綽々なら、少し私にも分けてもらいたい。

 

「……来たか、女神」

「えぇ、来たわ。前回やり損ねた、貴方の封印をする為にね」

 

ゆっくりと降下し、地表すれすれで浮遊状態になった犯罪神は口を開く。それにネプテューヌは、大太刀の斬っ先を向けて答える。

 

「封印、か……そうか、またか…また貴様達が、他でもない女神が、我を封印すると言うか」

「他でもねぇ女神だから、テメェを封印するんだよ。テメェとしちゃ、やっと復活出来たって思いなんだろうが…信次元を滅ぼすつもりなら、わたし達はそれを許さねぇ」

「…であろうな。だが…愚かしいものだ」

「あら、わたくし達では貴方に勝てないとでも?」

 

流暢に話す犯罪神に、不完全さや未覚醒さは感じられない。完全覚醒状態かどうかはまだ分からないけど…恐らくそれは、これからの戦いには何の支障もないという証左。

それもあってか、犯罪神の言葉へベールが問う。愚かしいの意味を、犯罪神へと問い質す。

 

「我が言っているのは、そんな次元の話ではない。勝ち負けなど、所詮は根源のもたらす結果に過ぎない」

「根源…何が言いたいんですか、貴方は……」

「ならば逆に問おう。何故我がここにいるのだ。何故我は、顕現しているのだ」

「はぁ?そんなの、アンタが復活を目論んだから……」

「いいや違う。我がいるのは偏に、破滅を望む者がいるからだ。大陸に、この次元に…世界に」

 

勿体つける犯罪神へネプギアは怪訝な顔で、ユニは呆れた顔でそれぞれ反応。対する犯罪神は眉一つ、表情一つ動かさずに……言った。

 

「怒り、憎しみ、後悔、嫉妬……あらゆる負の感情が行き着く先は即ち破滅。悪感情は己を滅ぼし、己を滅ぼすだけの思いは負のシェアとなって世界を滅ぼす。広く果てしない世界にとって、一人一人の負のシェアなど誤差の範囲だが……それが寄り集まり、増幅し合った結果が我だ」

「ふん。人々の意思が、世界の意思が貴様を望んだとでも言いたげな口振りだな」

「言いたいのではなく、それが真実だ。…それは、貴様が誰よりも分かっているだろう?第二の犯罪神へ到達しかけていた、貴様ならば」

「…………」

 

淡々と話す犯罪神の声音からは、感情というものが読み取れない。犯罪神は負のシェアの集合体とでも言うべき存在なのに、私達女神の対極にして同種の存在である筈なのに、負の感情を語る口からはなんの悪感情も伝わってこない。

自らの理屈を振りかざす犯罪神を切り捨てるように、マジェコンヌさんは言う。けれど返しの言葉が、マジェコンヌさんへと突き刺さる。

 

「我も女神も、思いなくして自然に生まれるものではない。強く大きな思いが束ねられ、シェアが現実へと作用するだけの力を持って、そこで初めて我や女神という『結果』が生まれる。そして我は、世界の望む悪意と破滅に従いこの身を形作った…ただそれだけの事だ」

「むむむ…むつかしーこと言ったって、わたしたちにはわかってるんだから!」

「はんざいしんが、わるいやつなのは…わたしたち、知ってるもん…!(こくこく)」

「悪い、か…確かに破滅を望まぬ者にとってはそうだろう。だが、破滅を望む者にとってはどうだ。その者にとっては、貴様達女神こそ悪なのではないのか?」

 

語り続ける犯罪神を、別方向から…もっと単純に、純粋な言葉で否定したロムちゃんとラムちゃん。けれどそれも犯罪神には響かず、その視線は私達女神以外の仲間へと向かう。

 

「…大したものだ。この我を前に、心を闇へ落とす事なく意思ある瞳を持ち続けるとは」

「当たり前よ。私達はあんたの言う破滅なんか望んでないし、皆と一緒に勝つつもりなんだから」

「犯罪神さん、貴方の言う事は大間違いじゃないのかもですけど…わたし達は、そうだとは思ってないです!」

「さて、どうだろうな……貴様達とて、一度や二度負の感情に心を惑わされた事もあるだろう?それが負のシェアになっていないと、断言出来るか?女神の肩を持ちつつも、その心で我の復活を助長した可能性を、ゼロだと言い切れるのか?」

『それは……』

 

…誰も、犯罪神の言葉に言い返せない。皆はちゃんとしている人だからこそ、犯罪神の言葉に口籠ってしまう。

それは、卑怯な言い方だった。負の感情を抱くというのは生きる上で避けられない…ある意味自然な事。その自然な事を引き合いに出した上で、個人では確認のしようがない「思いがシェアになっているか否か」を問いに使って、さも自分の考えが正しいかのような空気を作り出している。本当はシェアになってない可能性もあるのに、「答えようのない」を「答えられない」にすり替えている。

 

「…これが現実だ。貴様達にここまで着いてくる者ですら、世界の滅びを担う一旦である可能性を否定出来ない。……故に、断言しよう。我が蘇り、我によって世界が滅びるのではなく…滅びに向かう事を決めた世界が、我という実行力を生み出したのだと」

 

犯罪神は、そうして言葉を締め括った。それが世界の望みなのだと、選ばれたのは滅びの道だと、言い切った。だから、私は……犯罪神の主張が事が分かった私は…………

 

 

 

 

 

 

「──言いたい事はそれだけか、犯罪神」

 

真正面から、真っ向から、真っ直ぐに…犯罪神の言葉を跳ね返す。

 

「…理解出来ないと言うか」

「あぁ、残念ながら私には貴様の言葉など、貴様の戯言など理解出来ない。理解するつもりもない。そして…その程度の戯言で、我等女神が貴様へ向ける刃を降ろすとでも?」

 

…理解出来ない。そう私は言った。それは嘘じゃない。だって、犯罪神の言葉は間違っているから。何を言いたいかは理解出来ても、その理屈に正当さは微塵も感じない。

女神はその程度で世界の守護を止めたりしない。私はそうも言った。これは皆に確認した訳じゃないけど……確認するまでもない事。

 

「致命的に間違っていますわね。確かに、悪意は身を滅ぼす事がありますわ。人を呪わば穴二つという言葉もありますわ。けれどそれはそれこそ結果的な事。そうなってしまった、とそれを望んだ、では明確な違いがありますの。ですから……人々が望んで破滅を呼んでいるなどという侮辱は、止めてもらいましょうか」

 

ベールが犯罪神を否定する。人の思いを曲解するなと。信次元に住まう人の思いを、悪く言うのは許さないと。

 

「テメェは言ったな。破滅を望まぬ者にとってはって。…自分で分かってんならそういう人間の事を、そういう奴等の思いを無視するんじゃねぇよ。破滅が総意みたいに語るんじゃねぇよ。…まぁ、仮にテメェが無視しようがわたし達は無視しねぇし、無視なんてしねぇからわたし達はここにいるんだがな」

 

ブランが犯罪神を否定する。犯罪神が負の思いを叶えようとするように、自分達女神は正の思いを叶えるのだと。

 

「滅ぼす事しか考えてない貴方には分からないでしょうけど、この次元には未来を望む人、未来へ願いを持つ人が沢山いるの。貴方がどう考えようと貴方の勝手だし、本気で破滅を願う人も少しはいるでしょうね。けど…だからって前を見て歩く人の未来を奪っていい権利にはならないし……そんなふざけた事、この私が許さないわ」

 

ノワールが犯罪神を否定する。未来へ進もうとする人達を守る為に、自分達女神が存在するのだと。

 

「こんぱもあいちゃんも、ここにいる皆は誰一人として破滅を願ってなんかいない。負の感情を抱く事は皆だってあると思うし、わたし達女神だって逃れられない。でも、それ以上に何かが大切だって、誰かが好きだって思いがあるから、皆強く生きているのよ。そういう人達が数え切れない程いるって事を…今から貴方に教えてあげるわ」

 

ネプテューヌが犯罪神を否定する。悪意に負けない位この世に存在する善意の暖かさを、自らの手で示そうと。

 

「…これがお姉ちゃん達の…守護女神の意思よ犯罪神。そしてその思いは、アタシ達女神候補生も同じ事。アンタが何を言おうと…アタシ達のする事、アタシ達が願う事は変わらないわ」

「がんばってねって、言ってくれる人がいるの。かえってきてねって、思ってくれる人がいるの。だから、わたしたちは…負けない、よ」

「よーくわかったわ。わたしがむつかしーって思ったのは、あんたがおばかすぎて伝わらなかっただけだって。…おしえてあげる。ルウィーの…ううん、みんなの思いを」

「わたし達は貴方を倒します。憎しみではなく、世界を…皆を守る為に。もし破滅を望んでいる人がいるなら、わたし達は証明します。わたし達に力をくれる善意は、温かくて優しいものなんだって」

 

女神候補生の皆が、守護女神の皆へ並び立つ。姉とか妹とか、守護とか候補生だとかは関係ない。私達は皆誰かの思いを受けて、誰かに願いを託されて、今ここにいる。そして、犯罪組織が広がる信次元で善意も悪意も見てきた女神候補生の皆だからこそ……その言葉には、深く重い響きがある。

 

「…誰かの為、女神はいつもその思いを胸に我と相対する。されど虚しい事だな。他者の為に身を削り、戦いに身を置き続けても尚、幾度となく我は復活してきた。幾度となく、負の思いは我を蘇らせる程に至った。…その上でも、貴様達は戦うというか」

「当然だ。それと、勘違いしないでもらおうか。確かに、誰かの為は私達女神の原動力だが……同時に自分の願いもこの胸に抱いて、私達はここにいる」

 

虚しいのは、むしろ滅びの為の存在として生み出される犯罪神の方ではないのか。憐れむ訳ではないけど、ふっとそんな思いが心をよぎった。だけどそんな思いがあろうと、私達のやる事は一つ。皆の思いに応える為、皆との日々をこれからも続ける為、大切な人達と、大切な人達が守りたいものを守る為……私は犯罪神を、ここで倒して封印する。

 

「…滅びという永遠の眠りにつこうとする世界を自らの意思で否定し、道を正さんとするか。ならば見せてもらおう。その思いを掲げる女神の力を。その願いを果たすだけの力が、あるのかどうかを」

「良いだろう、ならばその目で見るといい。そして……世界が眠りに向かうというなら、希望を担いし私達はただ伝えるだけだ。──目覚めよ、世界…と」

 

言うべき事は言った。お互い言葉は尽くした。であれば後は、戦い雌雄を決するのみ。

そして、希望と絶望、善意と悪意、正の感情と負の感情……そのどちらが世界の明日を選ぶかの決戦が、幕を開ける。




今回のパロディ解説

・オールイエス
デュエル・マスターズのクロスギアの一つ、至宝・オールイエスのパロディ。多色とはいえコスト2であの性能は凄いですよね。…と、デュエリスト視点で言ってみました。

・ピンクの球形メカ
機動戦士ガンダムSEEDシリーズに登場する機械、ハロの事。大元は1stガンダムのハロなので、オマージュのパロディですね。ハロのパロ……あ、何でもありません。

・めいれいさせろ、いのちだいじに
ドラゴンクエストシリーズにおける、作戦コマンドの二つ事。ゲーム的に言うならば、ネプテューヌシリーズは全てめいれいさせろ、ですね。

・「〜〜──目覚めよ、世界…と」
カードファイト‼︎ヴァンガードシリーズのユニットの一つ、ハーモニクス・メサイア(G3)のフレーバーテキストのパロディ。これが時事ネタだと分かる人はおりますか?


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第百五十四話 光り輝く意思と信頼

ギョウカイ墓場に複数ある出入り口の内、イリゼ達が突入に使った最も地形的に安全な場所。そこでは、今も黄金の第三勢力(ゴールドサァド)とモンスター群による戦闘が続いていた。

 

「ちっ、中への増援を避ける為に出入り口を背にしたはいいが……」

「四人で抑えるには、やっぱりちょっと広過ぎるわよね…ッ!」

 

斬り伏せ、叩き潰し、返り討ちとする中でエスーシャとシーシャは背中を合わせ言葉を交わす。前衛として出入り口から多少離れている二人には四方八方からモンスターが襲いかかり、常に全方位への注意を余儀なくされている。

 

「ケーシャ、左を任せられるかな…ッ!」

「はい、お任せをッ!」

 

半円状に四人と出入り口を取り囲み突進するモンスター群を前衛だけで押し留められる筈もなく、断続的に二人から離れた位置のモンスターがすり抜けていく。

それを処理するのがビーシャとケーシャ。大きく耐久力に長けるモンスターへはビーシャがロケット弾頭を叩き込み、小さく機動力に長けるモンスターはケーシャが二丁のサブマシンガンできっちりと処理。彼女達はモンスターに囲まれる事はほぼなく、その点においては前衛二人より余裕があるが、代わりに二人と違って後ろに待機している味方がいない…即ち取り零す訳にはいかないというプレッシャーがある為、実際の精神的負担は大差ない。

 

「皆、まだ体力は大丈夫!?この状況、これ以上は無理だって思う前に退かなきゃ飲み込まれるわよッ!」

「そうなれば、まあまず命はないでしょうね…!」

「だが、退けは奴等は決戦の邪魔をするかもしれない…!」

「それは、女神に手を貸すヒーローとして見過ごせないのだよっ!」

 

気を抜けば崩れる、気を抜かなくても何かの拍子に崩れかねない彼女達の戦線。それでも四人は臆す事なく、声を上げてモンスターを薙ぎ倒す。…それは偏に、墓場の奥へと向かった友の為。犯罪神の手から次元を救い、平和を取り戻すべく向かった女神とその仲間の為に戦う彼女達の心は、モンスター群程度には到底折れないものだった。

そして長い戦闘の末、四人が耳にしたインカムへと一本の通信が走る。……決戦が始まったという、女神達からの通信が。

 

「遂に始まったか…!」

「神同士の戦い…きっと激しさも相当なものなんでしょうね…!」

 

通信が入った瞬間四人は全員はっとした表情を浮かべ、その後ビーシャとシーシャが声を発する。

四人の戦いは、その決戦が少しでもイリゼ達に有利となるよう行っているもの。故に彼女達へ緊張が走らない訳がない。

 

「…どう、しますか……?」

「もう少しモンスターの数を減らしておきたいところだが…状況次第ではそうもいかないだろうな……」

 

しかしその緊張は、決戦そのものを思っての事だけではない。彼女達は各国ギルドの長であり、当然この後の展開次第ではこの場を離れてそちらの指揮に回る必要がある。しかし何か起きてから、ではなく何か起きる前に戻らなければ指揮に支障が出てしまう可能性も大いにある為、先を見越して離脱しなければならない。

現に教祖の四人は、先程各国教会へと戻っている。四人もどこかのタイミングで同様に離れなければならないとは分かっていたが、少しでもモンスターを減らしておきたいという思いも強く、ならばどうするかという協議を戦闘中に行い……一先ず決戦開始を退くかどうか指標に決定していたのだった。

 

「……退きましょ、皆。後ろ髪引かれる思いはあるけど…あたし達の本来の役目は、ここじゃなくギルドで支部長として協力する事だもの」

「…だな。私はそれで異論ない」

「しかしであれば、その前に……!」

「蹴散らせるだけ、蹴散らしましょう…ッ!」

 

特に決めている訳ではないが、四人の中では何かとまとめ役の立ち位置を担う事が多いシーシャ。そんな彼女だからか三人もシーシャの言葉へ素直に頷き、されどそれならばと出し惜しみ無しの攻撃体勢に移行していく。

 

「わたしだ、予定通りに事を進めてくれ。わたしもすぐにそちらへ戻る」

「これより作戦は……あ、うん、そんな感じ。多分それ位かかるから、準備はそっちで……ごほん!そのようにしてくれ給え!」

 

それと同時に四人はギルドへ連絡。墓場前より戻る事を伝え、どこから突破するか選定すべく目を走らせる。

これから自分達の戦場は、個人ではなくギルドの長としてのものになる。この場を完全に開けてしまう事になる。…が、それでも友と同じ目的の為に戦う事には変わらない。そう思って彼女達は切り上げの全力を放とうとし……その瞬間、四人へほぼ同時にギルドからの返答が入った。

 

『え……?』

 

予想だにしなかった職員の言葉に、一瞬四人の足が止まってしまう。即座に我に返って彼女達は戦闘に戻るが、表情に浮かぶ驚きはまだ消えていない。

──必要な指揮はそこから出してくれればいい。出来る限りこちらは自分達で何とかするから、支部長には思うままに戦ってほしい。…それが各国からの、四人への言葉だった。

 

「…はは、驚いた…まさかこんな事を言ってもらえるとはね……」

「皆さん……」

 

四人の抱いた驚きは、次第に感銘へと変わっていく。自分がどれだけ職員達から思われ、支部長として認められていたのかが伝わるその言葉が、四人の心を充足感で満たしていく。そして浮かべる……自然な笑み。

 

「ふ、ふふふ……どうやら皆、返答は同じなようだな!」

「えぇ、退くつもりだったけど…逆にエールを受けたんじゃ、支部長として退く訳にはいかないわ」

「私、応えたいです…いえ、応えます。職員の皆さんの、ご厚意に」

「彼等の思いなんて、興味ない……なんて発言には、それこそ興味ないね…!」

 

シーシャとエスーシャは大きく跳んで後退し、四人はモンスター群を前に並び立つ。乾坤一擲の為に貯めていた力を一度解き、それを全身に張り巡らせる。

自分達は友の為に、やれる事をやろうとした。そんな自分達へ、職員が出来る事をしてくれようとしている。ならば、自分達の思いも職員の思いも正しかったのだと証明する事こそが、職員達への最大の恩返し。……その思いを胸に、四人は駆ける。

 

「お見せしようではないか…ヒーローの、力をッ!ラウンドショットッ!」

 

大地を蹴って跳び上がり、空から眼下のモンスター群へ弾頭を撃ち込むビーシャ。反動でビーシャは大きく身体を揺さぶられるも、逆にそれを利用し迎撃の回避と滞空時間の延長を両立。着地後も長大なバズーカを巧みに操り、近付くモンスターへは素早い蹴りも交える事でモンスターを圧倒する。

 

「この残弾数なら……バレットアプローチ!…そしてッ!」

 

後衛だけが自分の出来る戦いではない。そう言わんばかりに機敏な動きでモンスターの間をすり抜け、すれ違いざまにケーシャは急所への射撃をヒットさせていく。背後からモンスターが襲いかかった瞬間に弾が切れ、一見すればピンチな状況に彼女は陥るも、眉一つ動かさずにケーシャは振り向きながら手脚を絡め、一瞬の間に首をへし折り地へと沈めた。

 

「片っ端からKOしてやろうじゃないの!龍昇拳ッ!」

 

鋭く、重く、力と技術が高次元で組み合わさったシーシャの打撃。無駄打ち無しの拳は一発一発がモンスターへめり込み、激しい音を立てる蹴撃はその全てがモンスターを打った方向へ押し曲げる。薙ぎ倒していく彼女の前に大柄のモンスターが現れ、その体格で押し潰そうとしてきたが……天へ昇るかのようなアッパーの前では無力だった。

 

「その悪しき力諸共、我が剣の錆となるがいい…!ヴレイヴァー!」

 

両断。その文字の通りにエスーシャの剣が、モンスターの身体を二つに変える。それなりの業物ではあっても何か特殊な力がある訳ではないその剣がいとも容易く斬り裂いたのは、それだけの力をエスーシャが持っている事の証明。巧みな踏み込みと間合いの確保で芯に捉えた斬撃を放ち続け、反撃すらも刃でモンスター諸共無に帰してしまう。

 

((全身全霊、全力を尽くして……ここは守り抜く…ッ!))

 

どれだけ倒そうと、元の物量の前では多勢に無勢は変わらない。汚染モンスターは四人と言えど一撃での粉砕は出来ず、戦えば戦う程に無茶な戦いである事を思い知らされる。

だが、それがどうした。そう四人は心の中で吠え、遥か後方で戦う仲間の戦場への横槍はさせまいと戦い続ける。──人の長でも女神でもない、たった四人で戦う少女達……だが彼女達の掲げる意思は、黄金色に輝いていた。

 

 

 

 

開戦の号砲は、犯罪神の放つ負のシェアの烈風だった。それをわたし達が正面から力でねじ伏せて……戦いが始まった。

 

「援護します、ベールさん!」

「頼みますわ、ネプギアちゃん!」

 

猛スピードで舞い上がり、空からランスチャージをかけようとするベールさんを援護すべく、わたしは側面から正面に回る軌道を描いてM.P.B.Lを連射。直前に仕掛けて今は後退中のユニちゃん、イリゼさん、ブランさんに追撃しようとしていた犯罪神は、余裕綽々でわたしの射撃を防いで……でも止まったその一瞬で、ベールさんが空から飛来する。

 

「はああああああッ!」

「……ふんッ!」

 

わたしだったらまず受け止めようとは思わない、強烈な突撃。けれど犯罪神は振り上げた双刃刀で受け止め、数瞬のせめぎ合いの後ベールさんを押し返す。……けど、お姉ちゃん達が犯罪神に反撃のチャンスを与えない。

 

「ノワールさんッ!」

「えぇ、思いっ切り放ちなさいッ!」

「ロムちゃん、合わせるわよッ!」

「は、はい…っ!」

 

右側からラムちゃんとノワールさん、左側からお姉ちゃんとロムちゃんが鋭い弧を描いて犯罪神を強襲。ロムちゃんは横に広がる無数の魔力弾、ラムちゃんはその数倍の大きさを持つ数発の魔力球をお姉ちゃん達に先行させ、二組の連携で攻め立てる。

犯罪神が前回戦った時より強いのは、戦いが始まる前から感じていた。だからわたし達が選んだのは、連携による波状攻撃。複数人での絶え間ない攻撃を仕掛け続ける事で、余裕のある内に少しでも削ろうというのがわたし達の作戦。

 

「甘い……!」

 

二種類の魔法をギリギリまで引き付け、その上で跳躍による回避を行う犯罪神。そこへほんの僅かにズラしたタイミングて肉薄したお姉ちゃんとノワールさんが得物を振るうけど、それが逆に災いし、二人は犯罪神の回転斬りで纏めて迎撃されてしまう。

一対一なら四天王が相手でも互角以上に戦えるお姉ちゃん達でも、犯罪神には一人であしらわれる。勿論今は被害を抑えて削る事を優先してるから、勝負を決めるつもりならまた違うんだろうけど……それでもその強さを目の当たりにすると、ゾッとする。もしこれだけ強い犯罪神が、墓場を出て世界の破壊を始めていたら、どうなっていたんだろうって。

 

(……いや、まだそれは防げた訳じゃない。わたし達が負けたら、その瞬間からきっと犯罪神は破壊を始める。わたし達の大切な国が、信次元が…壊されちゃう…!)

 

負けた時の事を思うと、背筋にぞくりと寒気が走る。でも同時に、勝たなきゃって使命感も一層強くなる。

 

「甘ぇってんなら…ッ!」

「より強く攻めるまでの事…ッ!」

 

唸りを上げて空を切る、三つの戦斧。一つはブランさんの投擲した大型の斧で、二つはイリゼさんの投げ放った片手持ちの斧。それは三つ共イリゼさんの作り出した、即席の武装。

 

(……っ!いきます…ッ!)

 

わたしの位置からは投げるお二人の姿も見えて、お二人からもわたしが見えていて、投擲と同時にわたしはアイコンタクトを受け取った。合わせて攻撃してほしい、というお二人からの意思を。

半ば反射的に地を蹴って、一直線に犯罪神へと突進。M.P.B.Lの刀身にビームを纏わせて、戦斧と挟撃する形へと持っていく。

自分でも驚く位、絶妙なタイミングで動く事が出来た。普通の相手なら、絶対にどれかは当たると確信出来る程の、イリゼさん達との連携。……それでも、犯罪神の表情は変わらない。

 

「…次はこちらか」

「く……ッ!…でもッ!」

 

振り出された刃の軌道から飛翔する闇色の斬撃が放たれ、戦斧を全て叩き落とす。犯罪神はその動きのまま振り返り、わたしの袈裟懸けに双刃刀を打ち合わせてくる。…犯罪神は眉一つ動かさないのに、対するわたしは動揺が表情に出てしまう。

今のタイミングですら対応されるのか。…それが、わたしの抱いた動揺の正体。だけどだからってたじろいたりはしないし……それならそれで、やれる事はある。

 

「これで……ッ!」

 

普通に斬り結んでいたら、ベールさんの様に跳ね返される事が目に見えている。それが分かっているからわたしは展開しているビームの出力を上げつつも、刀身からビームを解放。エネルギー供給がされたまま制御から離れたビームは全方位へと拡散し、目眩しには十分な光を放つ。

 

 

「今よ二人共ッ!」

『うん……ッ!』

 

近接戦の間合いで閃光が起きれば、まず防ぐ事なんて出来る訳がない。そしてわたしが横に飛び退いた瞬間、ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃんがそれぞれビームと魔力を照射。更にそこへお姉ちゃん達の遠隔攻撃が追従し、わたしも距離を開けたところで照射に参加。女神全員による怒涛の遠隔攻撃が犯罪神のいた地点を中心に爆発を起こして、爆煙が周囲に巻き起こる。

 

「…さて、ここまでは狙った通りに進みましたけど……」

 

構え直しながら、わたし達は地上と空中に分かれて待機。警戒心はそのままに、犯罪神の姿が視認出来るようになるのを待つ。

……そんな時だった。こういう時つい言いたくなっちゃう、言ってしまいがちな文言だけど…絶対に言っちゃいけない、ある系統の言葉が出てきたのは。

 

「どう、なったかな……」

「ふっふーん、わたしたちみんなでこれだけやったのよ!これならダメージどころか、たおせちゃってるかもしれないわね!」

『……!?』

「……へ?…な、何……?」

 

びくり、と肩を震わせるや否やラムちゃんへと視線を集中させるわたし達。ラムちゃんは意味が分からず驚いているけど……今ラムちゃんが言ったのは、間違いなく『倒せてないフラグ』。これは冗談なんか許されない大切な最終決戦だけど…それでもざわりとわたし達の中を、嫌な予感が駆け巡る。

元々これで仕留めるつもりだった訳じゃない。最初からこれで倒せるとは思っていない。でも……嫌な予感に対する回答は、わたし達の予想を超えるものだった。

 

『な……ッ!?』

 

立ち昇る煙を突き破って現れる、鋭い影。咄嗟にわたし達は反応し、その影へ攻撃しようとするけど……その影は、一つじゃなかった。一つどころか、二つ、三つ、四つ……ううん、それ以上。

 

(この、動きは……ッ!)

 

その影は犯罪神ではなく、刃を彷彿とさせる犯罪神の羽根。それ等はわたし達が撃ち落とす為の攻撃を当てるより早く四方八方へと飛び回り始め、その先端から光芒がわたし達へと襲いかかる。

わたしは回避し、羽根に向かって反撃の射撃。けれど羽根は素早く、更には次々と攻撃が撃ち込まれる事で、わたしは全然狙いを定められない。

 

「ちっ、同じ翼をしてるからまさかとは思ったけど……」

「やっぱテメェも使ってくる訳か…ッ!」

 

羽根が空を乱舞しわたし達の包囲を掻き乱す中、薄くなった煙の中から空へと犯罪神が現れ昇る。回避と斬り払いでビームを凌ぐノワールさんとブランさんが視線を向けた犯罪神の翼は、半数以上の羽根が無くなっている。…けど、すぐにわたしは理解する。羽根を遠隔操作端末として射出したところで、然程犯罪神の機動力が落ちたりはしないんだって。

 

「反撃が来るわよ、皆……ッ!」

 

そうお姉ちゃんが口にしたのとほぼ同時に、犯罪神が動き出す。真っ先に狙われたのはイリゼさんで、羽根で退路を塞ぎつつ物凄い速度で肉薄していく。その瞬間援護の選択肢がわたしの頭に浮かぶけど…わたしもそれが出来る程の余裕がない。

 

「こ、の……ッ!」

 

迫られたイリゼさんが選んだのは、長剣を双刃刀に叩き付ける事による攻撃逸らし。逸らされた犯罪神は即座に次の攻撃を…すると思いきや、速度を落とさず今度はユニちゃんへと向かっていく。突進からの斬撃をユニちゃんは避け切れず、胸元を軽く斬られるけど……またも犯罪神は追撃しない。

わたし達の連携を断ち切ったのに、その後も犯罪神は一撃離脱を続けている。最初その意味をわたしは分からなかったものの、次第に意図が読めてきた。…恐らくこれは、わたし達を少しずつ追い詰める為の攻撃。

 

(仲間なんか一人もいないのに、わたし達から奪った攻撃権を維持し続けるなんて……)

 

遠隔操作された羽根による攻撃は、対応に意識を割けば十分回避も防御も出来る。でもそれじゃ、防戦状態は変わらない。犯罪神に狙われれば、軽傷だけど受けてしまう。かといって無理に反撃しようとすれば、きっと遠隔攻撃を避け切れない。

……強い。本当に本当に、犯罪神は強い。まだお互い大きなダメージは負ってないけど、わたしと犯罪神じゃ格が違うとこの状況に思い知らされる。…だけど、まだまだ万策尽きてなんかいない。まだ諦めるには……程遠いッ!

 

「……今だッ!避けよ、ネプギアッ!」

「……──ッ!」

 

その瞬間、後方から聞こえたマジェコンヌさんの声。凛としたその声に弾かれるようにわたしが真下へ下降すると、わたしの上を多彩な武器が、魔法やエネルギー攻撃が駆け抜けていく。それ等は犯罪神や、飛び回る羽根へと襲いかかり……ほんの一瞬だけど、わたし達は犯罪神の連撃から解放された。

これまで皆さんは、一切戦闘に参加していなかった。自分達は普通に戦っても力になれないからって、ただ一瞬の為だけに、わたし達が真に助力を求めた時最高の援護をする為に、今までずっと戦いを見定めていた。……一瞬しか力になってくれない?…それは違う。一瞬が、刹那よりも短い時間が勝負を分ける事もある本気の戦いにおいて、最高のタイミングで一瞬を作ってくれる皆さんの存在は……一体どれだけ頼もしい事か。

 

「この一瞬は……無駄にしないッ!」

 

防御の為犯罪神が止まり、羽根の動きも鈍ったその一瞬で、お姉ちゃん達は背中合わせで一ヶ所に集まる。そしてイリゼさんの声を合図にトップスピードで散開し……羽根への反撃を開始した。指先や微妙な顔の向きにすら無駄のない挙動で攻撃を避け、追い縋り、追われる者から追う者へと変わっていく。…わたし達女神候補生には真似出来ない芸当を、犯罪神に見せ付ける。

わたしは諦めていない。お姉ちゃん達だって、諦めていない。勝とうという思いは……微塵も揺らいでなんかいない。

 

「皆!わたし達も続くよッ!」

 

攻撃を阻む羽根が追い立てられ、開いた空間を通ってわたし達四人は犯罪神への攻撃を再開。声と視線だけで連携を組み直して、四人で犯罪神に向かっていく。──犯罪神にはない、仲間との信頼を力に変えて。




今回のパロディ解説

・龍昇拳
ストリートファイターシリーズに登場する、リュウを始めとするキャラの使う技の一つのパロディ。これは原作からあるネタ(スキル)ですが…最早説明不要ですね。

・──人の長でも女神でも〜〜だが〜〜
カードファイト‼︎ヴァンガードシリーズのユニットの一つ、メサイアニック・ロードブラスター(G4)のフレーバーテキストのパロディ。新ではなく旧の方ですよ。


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第百五十五話 神の連携、神の猛威

空中を疾駆する、犯罪神の羽根。数的不利を補うどころか、一時的には押し返して攻守逆転にまで至った、犯罪神の強力な攻勢。……けれど、私達は怯まない。この程度で私達は、負けたりしない。

 

「落ちよ……ッ!」

 

頭頂から爪先まで神経を張り巡らせ、ミリ単位で身体を動かし光芒を避ける。翼の可変機構をフル活用し、羽根の追撃を振り切って逆に背後へ強襲。距離を開けようとする羽根を逃がさず、長剣の一閃で斬り伏せる。

マジェコンヌさんや、新旧パーティーの皆が作ってくれた、一瞬の隙。その瞬間に私と守護女神の四人は一気にトップギアまで力を上げて、遠隔操作端末である羽根の撃墜を開始した。

 

(動きの精度も反応速度も、あの時のマジェコンヌさんより数段上手……けど、もう頭も身体も対応方法を覚えてる…ッ!)

 

きちんと使いこなせるのであれば、遠隔操作端末による全方位攻撃は驚異そのもの。けど同様の攻撃をかつてマジェコンヌさんから散々味わった私達にとっては二度目、私個人に至ってはルウィーでの施設戦やこの次元からはずっと離れた場所での決戦(その時使ったのは味方だけど)等で計四度も遠隔操作攻撃を見ている訳だから、知識としても経験としても『対遠隔操作端末』というのを理解している。即ち……対応する事が、出来る。

 

「全機叩き斬ってやろうじゃないッ!」

「制空権は返してもらいますわッ!」

「本当にわたし達を撃ち抜くつもりなら、この倍は持ってきやがれッ!」

 

ノワールは自分の土俵である高機動戦で逆に翻弄し、ベールは最高速度で引き離した後反転して回避を許さず突進を仕掛け、ブランは迎撃を堅牢なプロセッサの手甲で弾いて叩き潰す。全員自分の得意な戦い方で飛び回る羽根を追い詰めて、一つ、また一つと落としていく。

私達が撃墜出来ているのは、実力と経験の賜物。撃墜を始められたのは、皆が切っ掛けを作ってくれたから。そして、撃墜を続けられているのは……女神候補生の四人が犯罪神の相手をしてくれているから。

 

「さっさと全部落として、ネプギア達に合流するわよ…ッ!」

 

羽根には真似出来ない滑らかな軌道で着実に距離を詰め、攻撃範囲に捉えた羽根を両断しながらネプテューヌは檄を飛ばす。

眼下では、ネプギア達が四人で犯罪神と戦っている。撃破ではなく消耗させる事を目的にしていたとはいえ、九人でも対応され切っていた犯罪神に対して四人で持ち堪えている。……候補生の四人がそんな大役を何も言わずに引き受けてくれたんだから、私達が緩い事なんて出来る訳がない。

 

「(この数なら……ッ!)ベール!道を切り開いてッ!ブラン、私に協力してッ!ネプテューヌ、ノワール!最後は二人がお願いッ!』

『……っ!(えぇ・おう)ッ!』

 

残りの数を把握すると同時に思い付いた一網打尽の策を、とても説明とは言えない言葉で叫ぶ私。説明不足に加えて同意を取ってすらいない、普通に考えれば「はぁ?」と返されるのが関の山な言い方だったけど……四人はそれだけで察してくれた。察して、私へ同意を示してくれた。…私は皆が私に寄せてくれている信頼を、噛み締めながら実行へ。

 

「あの時の発展型…という訳ですのねッ!」

 

作戦どころか発想元まで察したベールが、空に向けてシレッドスピアーを射出。進路上から羽根を追い立て、光の線を突き穿つ巨槍が天空へと伸びていって、最も高高度にいる羽根よりも穂先が高くなった瞬間槍は消滅。槍が消えた事で空白となったその空間へ、私とブランが即座に飛び込む。

 

「やるよブランッ!」

「あぁ、そっちは任せたッ!」

 

私達が背中合わせの体勢となった次の瞬間には、瞬時に精製出来るありったけのシェア武装と魔力弾を周囲に展開。そこから私はシェア爆発で、ブランは戦斧を叩き付けて刃と魔力の弾幕を作り上げる。

精密性に欠ける私達の遠距離攻撃は、まあまず当たらない。羽根に対して運良く『当たる』事はあっても、狙い通りに『当てる』事は困難な行為。…だけどそれでいい。攻撃ではなく、本命に繋げる為の陽動としては……そっちの方がいい。

 

「これが、わたし達の……」

「連携よッ!」

 

敵も攻撃も無い空間からの、背後を一切心配しなくていい状態で放った私達の範囲制圧は、羽根同士の連携を完全に断ち切り孤立させる。そしてそこへフルスピードで斬り込んだネプテューヌとノワールが次々と斬り裂いていって……上空から飛来するようなネプテューヌの斬撃が、最後の羽根を撃ち落とした。

 

「これで全機撃退ね。なら次は……!」

「犯罪し……うぐぅッ!?」

『イリゼ!?』

 

真っ二つとなって消える羽根を一瞥した後、空にいる私達へと視線を向けるネプテューヌ。その声に頷き、私は四人が押さえている犯罪神へと向き直……ろうとした瞬間、何かが物凄い勢いで私の身体へ激突した。そして、私に直撃したそれは……

 

「……え、ロムちゃん!?」

「あぅぅ……い、イリゼさんだいじょうぶ…?」

 

飛んできたのは犯罪神の攻撃でも、岩や岩盤の一部でもなく水色の髪の女の子…即ちロムちゃんだった。衝撃はそれなりにあったものの、幸い(?)と言うべきか私の胸が某防御ばりにクッションになった事で私もロムちゃんも怪我はなく、ロムちゃんにもぶつかった私をすぐに心配するだけの余裕がある。…そっか、飛んできたのがロムちゃんだったから、敵意を感じて避ける事が出来なかったんだ……。

 

「…って、ロムちゃんが吹っ飛んできたって事は……!」

 

 

犯罪神とやり合っていて、尚且つ後衛という前衛より攻撃を受け辛い筈のロムちゃんが、私の下まで吹っ飛んできた。……そんなの、ゆっくりと原因を推測している場合じゃない。原因なんて……犯罪神に決まっている…ッ!

 

「……ッ!ユニ…ッ!」

 

そう私が気付くのとほぼ同時に、爆ぜるような音を立ててノワールが急駛。そのノワールの先にいるのは、上昇しながらフルオートで引き撃ちをするユニと、射撃を物ともせずに距離を詰めていく犯罪神。更に、地上には……膝を突き得物を落としたネプギアとラムの姿。

 

「皆……ッ!」

「イリゼさん、ユニちゃんを…お願い…ッ!」

 

真っ先に動いたノワールを追うように、ネプテューヌ達もユニの援護へ。ロムちゃんも私から離れるとすぐに動き出して、見上げる二人の治癒に向かう。……驚く事があったって、それに気を取られていられる時間は…ない。

 

「させるか……ッ!」

 

刃の届く距離まで詰められる寸前に間に合ったノワールが、気合いと共に犯罪神へ一閃。犯罪神はそれを回避し蹴りでノワールを弾くも、続く三人の連撃に手を取られてユニは退避する事に成功する。

自在に動き仕掛けてくる厄介な羽根を、私達は全て破壊した。けれどそれは所詮犯罪神の武器の一つに過ぎなくて、幾つ落としたところで犯罪神本体の戦闘能力には影響しない。だからまだ何も油断なんて出来ないのだと自分に言い聞かせながら、私も犯罪神へ向かっていった。

 

 

 

 

「二人とも、もうけがない…?」

「うん…ありがと、ロムちゃん…」

「わたしもないよ。…うん、これだけ回復すれば大丈夫…!」

 

障壁で斬撃を防ごうとしたロムちゃんが吹き飛ばされて、返しの刃に対してM.P.B.Lと杖をそれぞれ咄嗟に掲げたわたし達は衝撃で後方にあった岩に打ち付けられて、犯罪神はユニちゃんへと狙いを変えた。不味いと思ったけど、そこで羽根の撃破に当たっていたお姉ちゃん達がこっちの戦闘に戻ってきてくれて…わたしとラムちゃんも、降りてきたロムちゃんからの治癒を受ける事が出来た。わたし達も治癒魔法は使えるけど…やっぱり一番得意なロムちゃんに頼んだ方が、ずっと素早く復帰出来る。

 

(よかった、何とかお姉ちゃん達が戻ってくるまで持ち堪えられて……)

 

じわりと広がる感情は安堵。わたし達四人は全力で犯罪神に向かっていったけど……まるで勝てる気がしなかった。もし狙いをユニちゃんに変えていなかったら、わたしかロムちゃんは確実に重傷を負わされていたと思う。勿論、ユニちゃんの存在がそれを許さなかったんだとも言えるんだけど、犯罪神はわたし達四人程度なら賭けや捨て身の策なんか取らなくても勝ちが見えている……その事実を突き付けられるのは、精神的にくるものがあった。…九人だけどこっちも安全策を取っていたさっきより、四人でも全力で戦ってた今の方が……力の差を、強く感じる。

 

「…よし、行こう二人共!」

「うん……!」

「さっきのお返し、しっかりしてやるんだから!」

 

…だけど、わたし達は何も出来なかった訳じゃない。ずっと圧倒されてたけど、お姉ちゃん達が来るまで持ち堪える事は出来た。何も出来ないのと、劣勢でも喰らい付く事が出来たのは……全然違う。

 

「ユニちゃん、無事!?」

「えぇ、そっちも大丈夫そうね…ッ!」

 

空へ舞い上がりながら犯罪神へ向かうわたしは、長距離射撃の間合いに下がるユニちゃんとすれ違う。視線の先で繰り広げられているのは、お姉ちゃん達と犯罪神の、熾烈な戦い。

 

「…流石は守護女神。本気ともなれば、この程度はしてくるか」

「って事は、さっきまでの狙いは勘付いていたっつー訳か…ッ!」

「ふんッ、そっちはまだまだ余裕がありそうね…ッ!」

 

女神じゃなきゃ視認するのも困難な程の速度で斬り込み、互いの武器が交錯し、次の瞬間には別の方向から別の攻撃が入る。犯罪神はお姉ちゃん達の斬撃や刺突へ一つ残らず反応し、武器は勿論時には手首を掴んだり腕に蹴りをぶつけたりして攻撃を潰し、隙を突くどころか自ら隙となる瞬間を作り上げて巧みに反撃。…ノワールさんの言う通り、本気のわたし達四人どころか、本気のお姉ちゃん達五人がかりでも…まだ犯罪神から焦りは感じられない。

 

(……多分、ただわたしが入っても足を引っ張るだけ…なら、わたしに出来る事は何…?)

 

ゆっくり考える時間なんかないけど、闇雲に突っ込めば返り討ちになるどころかお姉ちゃん達の連携を崩す事になってしまう。でもユニちゃん程の技量がないわたしにはここで的確な援護射撃が出来るとは思えないし、ロムちゃんラムちゃん程の多彩さもないから支援だってこの状況じゃ上手くいかない。…つまりわたしには、お姉ちゃん達の戦いをそのままに参戦する手立てがない。だから……

 

「耐えて、M.P.B.L……ッ!」

 

M.P.B.Lのリミッターを解除し、シェアエナジーを安全性無視で一気に注入。本来なら多少なりとも時間をかけなきゃいけないチャージを無理矢理一瞬で終わらせて、空に向かって光芒を放つ。そして、その瞬間……ほんの僅かに、お姉ちゃん達と犯罪神の集中へとノイズが入る。

 

「考えたわね、ネプギア……ッ!」

 

誤差レベルの、それでも確かに生まれた『隙』へ差し込まれる、一発の弾丸。何のサインも出してないのに、わたしの策を理解してくれた、ユニちゃんの一撃。それは犯罪神に難なく処理されてしまったけど……揺らぎから即座に回復したお姉ちゃん達と、回復の途中で射撃の対応を余儀なくされた犯罪神とじゃ、その差は歴然。

 

「今よ皆ッ!」

「攻めるならここですわッ!」

 

お姉ちゃんとベールさんが、二人同時に斜め上方から刺突。犯罪神が左右の刃でそれを受けると、そこへ向けてイリゼさんとノワールさんも続けて刺突を刃にかける。…お姉ちゃん達四人の力が一方向へ合わさったらどうなるか。そんなの……犯罪神が落ちていくに決まってる。

 

(そういう事なら…ッ!)

 

一瞬で押し切り地表に犯罪神を叩き付けたお姉ちゃん達は、四方へ散開。意図を理解したわたし達候補生もすぐに動き、犯罪神の動きに先んじてわたしとユニちゃんは射撃で追撃。犯罪神をその場に押し留めて…巨大な二つの氷塊を落とす二人に繋げる。

 

「どーん……ッ!」

「もいっこどーんッ!」

「ついでにこいつも…喰らいやがれッ!」

 

一つ目の氷塊が粉砕され、二つ目の氷塊も四つに斬られ、けれど第三の攻撃としてブランさんが急降下からの重い斬撃を叩き込む。……それでも犯罪神は防ぐ。ブランさんの全力を防ぎ切る。でも……

 

「ぐ……ッ!」

『……っ!』

 

……その時わたしは見た。わたし達には見えた。ずっと何も変わらなかった犯罪神の表情に…僅かながら、歪みが生じる瞬間を。

 

「まだだッ!まだ私達の攻勢は終わっていないッ!」

 

わたし達を鼓舞するように叫んだイリゼさんが、作り出した巨大な片刃剣を地上へと振るう。それはブランさんが飛び退くと同時にお姉ちゃんが背の側を蹴り込む事によって加速し、唸りを上げて犯罪神へと襲いかかる。

回避行動を取れず、防御せざるを得ない犯罪神へ畳み掛ける、怒涛の連打。体力もシェアも惜しみなく攻撃に注いで、真正面から防御を崩していく。

 

「どうよ犯罪神!アタシ達女神の、力はッ!」

「戯言を……この程度で倒れるようならば、我は犯罪神となど呼ばれはしない……!」

 

攻めて、攻めて、攻め続けた末に犯罪神の防御が破れかける。けれどその瞬間犯罪神は闘気の様に身体から負のシェアを発し、防御を突破しようとした遠隔攻撃が逸らされ弾かれる。

後一歩のところで届かなかった。弾かれる自分の射撃を見て、わたしはそう思った。ユニちゃん達も、同じように感じてたと思う。…けど、お姉ちゃん達は違った。お姉ちゃん達はわたし達の……そして犯罪神の想像すらも、超える。

 

「待っていましたわ…貴方が再び攻勢に転じようとする、その瞬間を…ッ!」

 

気付けば地上に降りていたベールさんの、超低空飛行からの鋭い突き上げ。元々突進力の高いベールさんが地を蹴って加速した事でその勢いは更に増し、犯罪神の振り出した双刃刀と激突した瞬間衝撃が周囲に走る。

 

「…何だ、狙っていたのはこんなものか」

「あら、誰が単発攻撃だなんて言ったかしらッ!」

 

軌道を逸らす事で突進を凌いだ犯罪神は拍子抜けしたような声を上げる。…けど、そこへ空からノワールさんが飛来。ベールさんにも劣らない勢いで犯罪神を強襲し、大剣がその頭を斬り裂く寸前のところにまで迫った。

先の一撃を凌ぐ為獲物を振り切った犯罪神にとってそれは本当にギリギリの防御だったらしく、刃で防ぐもよろめきを見せる。だけどそこでノワールさんは退いた。押し切れるかもしれない状態で、敢えて退いて……押し返す動きに入っていた犯罪神を、前のめりにさせる。

 

『貰った…ッ!』

「これが本命か…ッ!だが……ッ!」

 

単発ではなく連撃。一人ではなく皆での攻撃。そう示すようにバランスを崩した犯罪神へと肉薄をかけるお姉ちゃんとブランさん。紫と水色の刃が煌めき、連携の締めだと言わんばかりの迫力を放つ。

刃の届く距離に入る直前、二つの得物が後ろに引かれ、それとほぼ同時に驚異的な力で崩れていた姿勢を起こして双刃刀を掲げる犯罪神。そして、次の瞬間大太刀と戦斧が横に振り抜かれた。──犯罪神に、ほんの僅かに届かない間合いで。

 

「な、に……ッ!?」

「残念だけど、連携は……」

「次が大トリなんだよッ!」

 

一瞬失敗したのかと思った。間合いを読み間違えたのかと思った。…でも違った。お姉ちゃん達がそんな凡ミスをする訳がなかった。お姉ちゃん達の狙いは……その次の行動にあった。

得物を振るった遠心力を乗せて、それぞれ犯罪神から見て内側から外へと放たれるお姉ちゃん達の蹴り。それは武器による攻撃を防ぐつもりだった犯罪神の両腕を捉え、勢いそのままに構えを解かせる。

ベールさんが強力な一撃を入れて、凌いだ瞬間にノワールさんが本命らしさもある追撃を仕掛けて、そこへより本命に見えるお姉ちゃん達の詰めが入って……そうして最後に繋がったのは、本当の本命。シェアの爆発でブーストをかけた、イリゼさんの本気の一撃。

 

「受けるがいい犯罪神……原初の女神が放つ一太刀をッ!」

 

寸分の隙もない、完璧なまでのタイミングで斬り込み一閃を放ったイリゼさん。両腕を後ろに弾かれた犯罪神は下がる事で避けようとするけど……もう遅い。水晶の様なイリゼさんの長剣は、犯罪神の身体へと届き……その胴に、確かな斬撃の痕を作り上げた。

 

「やった……!」

「よーし!わたしたちもイリゼさんに……ってわわっ!?」

 

遂に届いた、わたし達女神の攻撃。それはわたし達候補生組にとっても嬉しくて、それと同時に後に続こうという思いにもなって、斬られながらも後退を続ける犯罪神を追おうとする。……けど、その瞬間開戦の時と同じような、でも開戦の時よりも強い烈風が犯罪神を中心に吹き荒れた。

やっと一撃入ったからって、深追いは禁物…お姉ちゃん達からのアイコンタクトを受けて、烈風の中わたし達は構え直す。対する犯罪神も構え直し、距離の開いた中烈風も次第に和らいでいく。

 

「……原初の女神の一太刀、か…」

「あぁ。貴様の身体に刻まれたその傷、原初の女神の意向と思うがいい」

「ふっ…複製体でこの域ならば、確かにその名は伊達ではないと言えよう」

「……っ…!?その含みのある言い方…犯罪神、貴様何を……」

 

相手が相手だからか、口調が本気モード(…で、いいのかな…?)のまま続いているイリゼさんへ、犯罪神が目を向ける。そしてその言葉から感じる、言葉の裏に何かありそうな雰囲気にイリゼさんが強い反応を見せた瞬間……それは起こった。竜巻きの様に、収束する様に、わたし達と犯罪神の間に生じる、闇色の渦が。

 

「こ、これは……!?」

「犯罪神、アンタ何を……ッ!」

「…軽んじていた訳ではない。だが、確信した。貴様達は、余力を残して戦うべき相手ではないと。真っ先に滅ぼすべきは、やはり最大の障害だと」

 

驚き言葉を発したわたしとユニちゃんに答えるように、犯罪神が言葉を紡ぐ。その間も渦の勢いは増して、中で何かが形作られていく。

膨大な負のシェアの収束に、息を飲むわたし達。そして……

 

「──ここからは我も出し惜しみなしだ。全力をもって……貴様達を、滅びの淵に沈めよう」

 

──闇色の渦が解き放たれた時、そこにいたのは……異形そのものの身体を持つ、不完全な姿の犯罪神だった。




今回のパロディ解説

・「全機叩き斬ってやろうじゃないッ!」
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、シン・アスカの台詞の一つのパロディ。これだとノワールは対艦刀の二刀流をやってそうですね。

・某防御
境界線上のホライゾンに登場する防御技(?)、巨乳防御の事。一応OAの人物紹介で知ってる方もいると思いますが、女神の姿のイリゼは結構胸があるんです。

・「〜〜この程度で〜〜呼ばれはしない……!」
Fateシリーズの登場キャラの一人、クー・フーリンの名台詞の一つのパロディ。犯罪神は戦闘続行のスキル…はありませんが、物凄くしぶとい事は事実です。


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第百五十六話 その思いを信じて

闇が心に絡み付くようなギョウカイ墓場の最深部に轟く、形容し難い響きの咆哮。わたし達の前に現れた、異形の怪物。

それは間違いなく、犯罪神だった。その部位は独立して(というより、恐らくそちらが本体)いるからか、よく見れば胴にあった筈のもう一つの身体がなく、完全に一度倒した方の犯罪神と同一ではないようだけど…その禍々しさは、感じる負のシェアは……犯罪神以外の、何者でもない。

 

「嘘、でしょ……?」

 

信じられない。その思いがはっきりと伝わってくる、ネプギアの声。

目の前の光景は、決して幻でも幻覚でもない。けどわたしも……いや、きっと全員が思っていた。そんな馬鹿な、って。

 

「ふっ……手に取るように伝わってくる。滅びの強大さに対する、貴様等の畏怖が。自らの抗おうとした滅亡が、抗いようのない結末であると知った瞬間の恐怖が」

「……っ…抜かすんじゃないわよ!誰がそんな張りぼてに……」

「張りぼて?…そう思うのであれば、斬り伏せるがいい。本当に張りぼてであると、思っているのであればな」

 

視線を異形の犯罪神から覚醒した犯罪神へと移し、ノワールが言い放ちかける。けれど犯罪神はその途中で言葉を被せて、わたし達へ余裕綽々の様子を見せる。…今し方一太刀、それも浅くはない筈の傷を負った犯罪神のその余裕が示すのは……異形の犯罪神が形だけの存在じゃないという、何よりの証明。

 

「さて、どうする次元の守護者。我は人類史の幕引き以外の目的などない。…故に、滅びを受け入れるのなら…苦しむ事なく貴様等を塵芥に変えてやろう」

「はっ、誰が滅びなんざ受け入れるかよ…わたし達は女神だ、そんな選択肢は端からねぇ…ッ!」

「…その通りですわ。例え貴方が何を呼び出そうと、諦める事など……!」

 

滅びを受け入れるなんて選択肢はない。何があろうと、諦めたりしない。ブランもベールもそう言って犯罪神の戯言を否定してはいるものの、普段に比べると言葉から感じる覇気が薄い。

けどそれは普通だと思う。だって、覚醒した犯罪神だけでもわたし達が全力を尽くしてやっと勝てるかどうかの相手なのに、そこへ同じく全力を出さなきゃ勝てないもう一つの犯罪神が加わったなんてなったら……覇気位、誰だって削がれてしまうから。

 

「…かてるの…かな……?」

「そ、そんなの…うぅ、かてるわよね…?」

「…勝てる勝てないじゃなくて、勝つしかないでしょ…じゃなきゃ……」

 

わたしや守護女神の皆だって、精神を揺さぶられるような状況。そんな状況じゃ女神候補生の四人が激しく動揺してしまうのも無理はなくて、不安や気負いの声が聞こえてくる。…って、駄目よ…そこまで分かっていて、何を黙って皆の分析なんてしてるのわたし……!

 

「大丈夫よ皆!確かに脅威が増えたのは間違いないけど、あれは一度倒した相手じゃない!ポジションとしてはゾンビ化した魔王みたいなものなんだから、恐れる事なんて……」

「ね、ネプテューヌ…それだと多分、恐れる事はないどころか一度倒したからって油断してると痛い目見るパターン……」

「あっ……」

 

鼓舞するようにお腹から声を出して、更には例えも出して皆の中にある勇気の炎へ風を送ろうとしたわたし。…けどその例えのせいで、風は風でも炎を吹き消してしまうようなマイナスの風になってしまった。…う、うぅ…こんなところで皆から時々言われる『抜けてる部分』出さなくていいのよわたし……ッ!

 

「…そ、その…今のは、聞かなかった事に……」

「いや…でもネプテューヌの言う通りだよ。既に一度、それに私と守護女神の四人はユニミテスも合わせれば二度倒してる相手なんだから、経験の分脅威度は前より減ってる筈。…それは間違いないでしょ?」

「そ、そう…!わたしもそういう事を言いたかったのよイリゼ!前と条件は同じじゃない…そうでしょ、皆?」

 

…と思いきや、突っ込んだイリゼはその後すぐわたしの言葉に賛同してくれて、しかも追加の言葉も入れてくれた。しっかりしてるようでしっかりしてない、が特徴のイリゼだけど…こういう時は、いつもほんと頼りになる。

 

「…えぇ、そうですわね。けれど、条件の事を言うのであれば、今回は犯罪神が二体いる……マイナスの事はあまり言いたくありませんけど、それは無視出来ませんわ」

「……あっ…でもベールさん、あいつ小さいほうの身体とれてるから、もしかしたらその分よわいんじゃない?」

「デンドロさんとか、ラファエルさんと、同じ……?」

「…残念だが、それはねぇだろうな。感じるシェアからして、分離じゃなくて新たに作り出したって見るべきだ。……にしても、攻めてこねぇな…」

「…こっちが手をこまねいてるなら、無理に攻める必要はないって事でしょ。あっちは元々完全覚醒してから動くつもりだったんだろうし…」

 

皆は冷静。特に守護女神の三人は、状況も相手の分析もしっかり出来てる。でも…だからこそ、いつもみたいに士気が上手く回復しない。実際のところわたしも皆に言った程楽観的にはなれてなくて、雰囲気を変える事で気持ちも上向きにしようと思っていた。

追い詰められた訳じゃない。絶望だって誰もしていない。だけど胸の中で不安が足を引っ張り、わたし達の翼を重くする。ピンチの中で芽生える希望は強く輝くように、チャンスと思っていたところへぶつけられる脅威は心にずしりとのしかかる。もし犯罪神が一太刀浴びたからというだけじゃなく、それを見越して今顕現させたのだとしたら……

 

「と、とにかく戦うしかないですよ皆さん!それにどれだけ厄介な事を犯罪神がしてきたって、アタシ達には切り札があるじゃないですか!だから最悪、それで始末しちゃえば……」

「…それは出来ないよ、ユニちゃん。あれなら確かに何とかなりそうだけど…だからこそ、トドメで確実に使えるようにギリギリまで取っておかなきゃ。…だからあれを使わず、わたし達は犯罪神の全力に対抗しないと……」

「……っ!それよ…それよネプギア!」

「へ……?」

 

ユニちゃんの提案を否定するネプギア。ゲハバーンを使わずにこの脅威を切り抜けなきゃいけない、と少し重さを感じる声音でネプギアは言った。……その瞬間、わたしはある事に気付く。とても重要で…でも凄く単純な、一つの事実に。

 

「ふ、ふふっ…何でこんな普通の事にわたしも誰も気付かなかったのかしら。もしかすると、負のシェアにわたし達も影響されちゃってるのかもしれないわね。ふふふふふ……」

「いや、ちょっ…お姉ちゃん大丈夫!?なんか変だよ!?」

「大丈夫よネプギア。むしろそれはわたしが皆に言いたいわ。この状況、何を悲観する事があるんだって」

「…どういう事よ、それは……」

 

つい溢れてしまった笑い声に、ネプギアから不安の視線を向けられる。それに構わず言葉を続けると、真意を問い質すようにノワールから訊かれる。だからわたしは……言った。

 

「だって、そうでしょ?犯罪神は出し惜しみしないと言った。あんな隠し球を出してきた。ネプギアの言う通り、全力をわたし達にぶつけようとしている。…つまりそれって、犯罪神もほんとはわたし達を脅威に感じて、手段を選ばなくなったって事じゃない」

『あ……』

 

はっとした顔で目を丸くする皆。それから皆は顔を見合わせて……次第に瞳へ闘志が戻り始める。

 

「…そっ、か…確かに…確かにそうだよお姉ちゃん…!」

「全力の脅威さじゃなくて、全力を出させた事に目を向ける、か……流石ネプテューヌ。視点の前向きさはこんな時でも変わらないね」

「わたし達は犯罪神に全力を出さざるを得ない状況に持ち込んだ。その上でわたし達にはまだ余裕がある……へっ、そう考えると、むしろ戦況はわたし達が押してるとすら思えてくるな」

 

好転していく雰囲気と、心の中から湧き上がる「やれそう」って思い。わたしの言葉を聞いた皆は勿論だけど、わたしも皆の様子に触発されてその思いが強くなっていく。

 

「ふふん、わたしはさいしょからかてるって言ってたもんねー!」

「う、うん……わたしも前向きに、もっとがんばる…っ!」

「…悔しいけど、ほんとにこの面子相手での士気上げに関しては一枚上手よね、貴女。けど、何か策はあるの?同時に相手取るのは難しいだろうし、二手に分かれるにしても戦力配分を見誤れば確実にこっちが瓦解するわよ?」

「…それ、は…そうね、ちょっと待って…策って言うなら……」

 

小さく嘆息して、声音に本当に少し悔しそうな感情を籠らせて、でも決して嫌じゃなさそうな顔で…つまりはノワールらしさ満点でわたしを評した後、話を一歩先に進めてくれるノワール。一方わたしはその先の事まではまだ思い付いておらず、訊かれた問いに口籠ってしまうと……

 

「……ならば、もう一方の犯罪神の方は我々が相手をするとしよう」

 

──その答えはわたしの口でも、女神の誰でもなく……後ろで静かにわたし達の動向を見ていたマジェコンヌの口から発された。

 

「わ、我々…?…という事は……」

「わたし達皆の意見ですよ、ベールさん」

 

びくり、と驚きに肩を震わせて振り向くわたし達。はっきりとベールの言葉を引き継いで答えたコンパに、他の皆も力強く頷く。……そこに、ノリや勢いで決めたなんて雰囲気はない。

 

「いや…ちょ、ちょっと待って下さい皆さん!…勿論そうしてくれるなら、アタシ達は今まで通り戦えますけど…敵は犯罪神ですよ…?」

「分かってるにゅ、そこを間違える余地はないにゅ」

「なら、どうして……」

 

ユニちゃんの言葉に心の中で同意しながら、わたしは皆へ「何故?」と視線を向ける。

取り巻きや増援は皆に任せて、わたし達が本命を討つ。それはこれまでに何度もやってきた基本の策で、今マジェコンヌが言ったのもそれと同じ事。でも、今回は…犯罪神の相手というのは、幾ら何でも無茶過ぎる。マジックの相手だって無理なお願いだったのに、犯罪神だなんて。

 

「…もしかして、何か犯罪神を倒す算段があるんですか…?」

 

どう考えても無茶な、犯罪神との一戦。それを自分達から言うって事は、何かしら勝算があるんじゃないか。ネプギアの言葉はそういう事で、一瞬わたしはそれを聞いて「あぁそうか」と思った。だけどそれは……あいちゃんは無言で、ゆっくりと首を横へと振って否定する。

 

「そんな……」

 

顔を青ざめさせるイリゼ。わたしだって自信があってのものだと思っていたから、一気に心へ不安が吹き込んでくる。…まさか、信次元の為に犠牲になろうとしてるんじゃないかって。

だとしたら、その提案に頷ける訳がない。わたしが望むのは、わたしが歩みたいのは、皆と一緒に笑い合える世界。例えどんなにそれが最善だったとしても、それ以外に選択肢がないなんて状況だったとしても……わたしは友達の犠牲で成り立つ世界なんて、絶対に嫌だから。

その気持ちは揺るがないから、前も今も変わらない思いだから、わたしはなら任せられないと言おうと思った。そんなの認めないって言うつもりだった。でも……

 

「……だから、本体の方はさっさと倒しちゃって頂戴。そうすれば、問題ないでしょ?」

「え……?…では、あいちゃんは……」

「…大丈夫ですよ、ベール様。私達だって、ここで死ぬつもりなんてありませんから。だからお願いします。私達が持ち堪えていられる内に、犯罪神を」

 

ふっ、といつも浮かべる笑みに戻って、あいちゃんは言ってくれた。犠牲になるつもりなんかないって。その言葉からは伝わってきた。自分達の命を、わたし達へ預けるって。

 

「…皆、ほんとにそれでいいの…?こんな、わたし達以上に無謀な事を……」

「いいから言ってるのさ、ネプテューヌさん。わたし達はこれまでだって、ネプテューヌさん達皆と力を合わせて勝ってきたんだから」

「大丈夫、わたし耐える事なら自信があるから!…それに、ネプテューヌさん達の強さをよく知ってるもん」

「不安がない、と言ったら嘘になります…でも、何だかやれそうな気もするんです…っ!」

 

サイバーコネクトツー、鉄拳ちゃん、5pb.…皆が口々に「大丈夫」だとか「任せてほしい」だとか、ありがたくも不安な言葉でわたし達へ伝えてくる。

頼もしい。こんな事を言ってくれる皆が、使命でも責務でもなく、ただ優しさだけで命まで懸けてくれる皆が、頼もしくて頼もしくて……だから頼ってしまいそうになる。死地に送るも同然な事を、こんなに素敵な皆へさせてしまいそうになってしまう。

 

(…でも、わたしは信じたい。わたし達を信じてくれた、皆の意思を。皆が信じてくれるように、わたしだって。…なら、わたしは……)

 

もし、皆に無謀な事をさせてしまったばっかりに、皆を失う事になったとしたら。もし、それを恐れてわたし達だけで戦って、それで誰かが取り返しのつかない怪我を負ったら。……わたしはどっちも怖い。女神化していない時みたいにふざけた事を言って、全部誤魔化してしまいたい程、選択の先で失うかもしれないものが怖くて怖くてたまらない。

……だけど、だけど…何も失わないかもしれない。どっちの選択をしても、後悔しなくていい結果になるかもしれない。だったら、未来が分からないなら……

 

「……分かったわ、皆。皆の命…わたし達に、預けて頂戴」

 

──皆の思いに応える道を、皆を信じる道をわたしは選びたい。例え無思慮な判断だと誰かに言われようと、否定されようと…一番強いのは思い合う心なんだって、わたしは証明したい。そしてそれは……皆も同じだった。

 

「全く、毎回皆人がどうこうする域じゃないところまで手を出してくるんだから…でもだからこそ、無謀と切っては捨てられないのかもしれないわね」

「考えてみれば、わたくし達もこれまで相当な無茶や無謀を重ねてきたもの。…止められませんわね、結局抱く思いは同じなんですから」

「ある意味人を守る存在としちゃ、やるべきじゃない選択なのかもしれねぇな。…だから証明してやるよ。この選択が、間違いなんかじゃなかったって」

「…皆知ってるよね、私の戦う理由と守りたいものは。……私も命を懸けて、犯罪神を討つよ。だから、皆…絶対に、死なないで」

 

イリゼ達がそう言って、ネプギア達がはっきりと頷いて、それで全て話は終わった。この状況をどう見るかも、どう戦うかも、漸く決まった。…わたし達は、それぞれ武器を構えて向き直る。

 

「…作戦会議は終わったか」

「えぇ。ずっと何もせず待ってるなんて、中々寛容な心を持ってるのね」

「心?…愚かな事を。我は悪意の、人が望む滅びの化身。現象に過ぎない我に、心などというものはない」

「そう。…なら、心がないから分からないのかもしれないわね。この次元が、この次元に住む人達がどれだけ尊くて掛け替えのない存在なのかって事を」

「分からなくてもよい。我が存在意義には、不要なものだ」

 

異形の犯罪神の頭上で翼を広げる犯罪神は、淡白で空虚な言葉を発する。

皆と思い合うわたし達とは対極の、ただ破滅へと虚ろに突き進む犯罪神。その周囲に展開するのは、壊した筈の遠隔羽根。

 

「ちっ、回復するなんて…確かに長話し過ぎたみたいね…」

「でも、無駄な話じゃなかった。そうでしょ?」

 

先端をこちらへ向ける羽根に対しユニちゃんが舌打ちをし、ネプギアが軽く首を傾けながら小さく微笑む。……ネプギアの言う通り、わたし達がしていたのは無駄な事じゃない。大切な…そして、必要不可欠な仲間との対話。

 

「……全力で行くわよ、皆。出し惜しみなしで、乾坤一擲で…文字通り全てを出し尽くす思いで、犯罪神を…!」

『(えぇ・おう・あぁ・うん・はい)ッ!』

 

地面を踏み締め、力を指先まで行き渡らせ、意思を込めた瞳で犯罪神を見据える。相手がどれだけ強いとか、どんな存在だとかは…もう関係ない。

 

「貴様達が全てを出し尽くすのなら、我はそれを飲み込み、抗えぬ絶望を刻み付けてやろう。そしてその時こそ、破滅の……」

 

わたし達を見下ろしながら、ゆっくりと双刃刀を持ち上げる犯罪神。そうしながら犯罪神はわたし達へと言葉を投げかけ……その言葉は、最後まで紡がれなかった。…わたしが、紡がせなかった。

 

「──はぁぁッ!」

「ぬ……ッ!?」

 

気合いと共に地を蹴り翼を広げ、一瞬でもって犯罪神へと肉薄。驚きを見せる犯罪神に、その勢いのまま一閃。わたしの大太刀と犯罪神の双刃刀が、激しい音を響かせる。

 

「テメェのッ!」

「破滅などッ!」

『知った事かッ!』

 

力の限りで大太刀を振り抜き、わたしは離脱。間髪入れずにブランが戦斧を叩き込み、続いてベールが突っ込み、イリゼとノワールが左と右の袈裟懸けを放つ。

 

「わたし達だってッ!」

「お姉ちゃん達と同じッ!」

『女神、なんだから…ッ!』

 

油断していた訳ではなかった筈の犯罪神へ連撃を打ち込むわたし達へ、集中砲火を浴びせようと羽根が動く。けれどネプギアの弾幕が割って入り、ユニちゃんの光芒が羽根を散らし、ロムちゃんラムちゃんの魔法が回避を始めた羽根へと襲いかかる。何十とある犯罪神の羽根からの攻撃は、一発としてわたし達へは飛んでこない。

 

『あたし達も(行こう・行くよ)ッ!』

「任されたこの役目は、必ず果たす…ッ!」

「神の領域の戦い、そこで我等がどこまで通用するか…試させてもらおう…ッ!」

 

雄叫びを上げる異形の犯罪神。けれどその犯罪神もまた、わたし達女神の戦いに入り込んでくる事はない。

二人のファルコムが斬り込んで、ケイブが側面から強襲して、MAGES.が空中に魔法陣を描く。マベちゃんは忍具で、REDは玩具武器で、皆一人一人がそれぞれの持ち味を活かして異常な破壊力と耐久力を持つ犯罪神を押さえ込む。……全身全霊を懸けてるのは、皆も同じ。

 

「わたし達は勝つわッ!プラネテューヌの女神がじゃない、信次元の女神がじゃない…わたし達皆が、貴方に勝つのよッ!」

 

言葉と共に、思いと共に刃を踊らせ、犯罪神へと向かっていく。

負ければ全てが終わってしまう。勝っても大切なものを失えば、わたしにとっては負けるのも同然。だけど…だったら勝てばいいだけの事。大切なものは守り切ればいいだけの事。そして勝って、守って、わたしは掴み取る。わたし達の望む……最高のハッピーエンドを。




今回のパロディ解説

・デンドロさん
機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORYに登場するMSの一つ、デンドロビウムの事。本体(?)の位置的にも一番犯罪神と近いのはデンドロビウムかなぁと思います。

・ラファエル
機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-に登場するMSの一つ、ラファエルガンダムの事。他にもガンダム好きなら色々とMSやMAが思い付きそうですね。

・「〜〜何だかやれそうな気もする〜〜」
お笑いコンビ、天津の一人である木村卓寛さんのネタの一つのパロディ。ギャグパートなら「あると思います」も入れたいところですが…そういう場面じゃないですしね。


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第百五十七話 全ての思いを懸けて

わたしがこれまで経験してきた中で、一番激しく苛烈な戦い。気を抜けばどころか、気を抜かなくても動きや張り詰めた神経にほんの僅かでも緩みがあれば、その瞬間攻撃を喰らうか連携が崩れるかしてしまいそうな、ギリギリの戦闘。

でも、そこに恐れはあっても、わたしの身体は動いてくれる。わたしの思うように、わたしの考える通りに、理想の動きをする事が出来る。

これは信次元の未来を決める、最後の戦い。そこでわたしは、これまで積み重ねてきた全てを力に変えて……全身全霊、戦っていた。

 

「ネプギアッ!」

「お姉ちゃんッ!」

 

声と視線で息を合わせて、お姉ちゃんと犯罪神を攻め立てる。お姉ちゃんが斬り付ければわたしが回り込んで、わたしが射撃を撃ち込めばお姉ちゃんが距離を詰めて、入れ替わり立ち代わり何度も何度も得物を振るう。ギョウカイ墓場の大地を、スケートの様に素早く駆けながら。

 

「質も重みも相当なもの…だが、それでは届かん……ッ!」

 

弾かれたようなバックステップで距離を開けようとする犯罪神を、わたし達は二人並んで真っ直ぐに追撃。間髪入れずに振るわれた双刃刀から闇色の斬撃が放たれ、M.P.B.Lと大太刀でそれぞれ受けたわたし達はその威力に押し返されちゃうけど…すぐにノワールさんとユニちゃんが入ってくる。

 

「早計ね、犯罪神…ッ!」

「アタシ達が、黙って見てるとでもッ!?」

 

トリガー引きっ放しでユニちゃんが突っ込んで、逆方向からはノワールさんが大剣を逆手持ちしたまま回し蹴り。犯罪神は負のシェアの障壁らしきもので射撃を防いだと思った次の瞬間には振り出されたノワールさんの脚を掴んで、ユニちゃんの射線へ投げ付ける。…連携ミス?想定外の事態?……そんな訳がない。

 

「そうくると思ったわ…よッ!」

「小賢しい……!」

 

ノワールさんの身体へと迫る弾丸。でも、一発足りともノワールさんに当たりはしない。そしてノワールさんも避けようとする動きは一切しないで…背面の犯罪神へと刺突をかけた。…それが出来るのは、逆手持ちで大剣の斬っ先が後ろを向いているから。

 

「それは乗せられた事に対する負け惜しみか、犯罪神ッ!」

「負け惜しみ?我が一体何を惜しむとでも…?」

「それは、これからはっきりしますわッ!」

 

突かれる寸前でノワールさんを離し、射撃に追い立てられるようにして再び跳んだ犯罪神へ次に突っ込むのは、イリゼさんとベールさん。回避先へ空から地面を割る勢いで振り下ろされた長剣はサイドステップで避けられるも、反撃の隙なんてベールさんが与えない。

 

「ふん、その攻撃など既に見切っ……」

「…残念ながら、わたくし達の『連携』は見切ってなかったようですわねッ!」

 

余裕を持って戦っていた時の一撃を彷彿とさせる、急降下からのランスチャージ。けれど犯罪神はその言葉通り最小限の…それこそ身体を逸らす程度の動きで避けて、その流れのまま反撃に移行。

誰も割って入れない距離での、犯罪神の一太刀。それは瞬く間もなくベールさんの首へと迫って……触れる直前、その軌道は放たれた短槍によって逸らされた。当然それは、ベールさんの動きを見越したイリゼさんの一投。上は逸らされた刃はベールさんの頭上を通り過ぎ…わたし達の、攻撃は続く。

 

「いくよロムちゃん、お姉ちゃんっ!」

「うん……っ!」

「おうよッ!」

 

杖を掲げたラムちゃんの上には、巨大な氷塊。ベールさんの蹴りを防ぎつつも衝撃で飛ばされた犯罪神へとそれは撃たれ、冷気と共に詰め寄っていく。

とはいえ犯罪神はそれで焦ったりなんかしない。落ち着いて着地し、遠隔攻撃で氷塊を砕く素振りを見せる。そうして氷塊が更に迫り、犯罪神が壊そうとして……その瞬間、氷塊はその後ろから撃ち込まれた何条もの光芒によって貫かれた。

 

「おねえちゃん式・ダイナミック……」

「エントリーッ!」

「そんな名前じゃねぇけどなッ!?」

 

撃ち抜かれた氷塊は崩壊し、犯罪神は放つ筈だった迎撃の目標を失う。…が、次の瞬間崩れていく氷塊の影から現れたのは、猛スピードで飛ぶブランさん。その後ろには…魔法で氷塊を貫いたロムちゃんの姿。そしてブランさんの飛び蹴りと、咄嗟に交差させた犯罪神の両腕が激突する。

 

「テメェになんざ、この次元は……やらせねぇんだよッ!」

「ぐ、ぅ……ッ!」

 

真正面から飛び蹴りの衝撃を受けた犯罪神は、一瞬ぐらつく……けど、解き放つように両腕を振るって押し返す。でもそれで終わるブランさんじゃなくて、押されるや否やテコの原理で上半身に勢いを付けて大上段から戦斧で一撃。それすらも後一歩というところで犯罪神は押し留め……ブランさんは吠えた。闘志みなぎる声と共に戦斧から離した右の拳が突き出されて……犯罪神の左頬に打ち付ける。

 

「へっ、これが……──ぁぐ…ッ!」

 

重く入った、ブランさんの右ストレート。犯罪神は、それを受けて大きく仰け反った。…だけどブランさんへの意趣返しのように、仰け反る反動で下から振り上げられる双刃刀。その先端がブランさんの身体を捉え……胴から赤い血が噴出する。

 

「痛み分け…とでも思ったか?」

 

翼を広げて姿勢を立て直した犯罪神は、振り上げた双刃刀で即座に連撃。手首の捻りで戦斧を割り込ませてブランさんは防ぐけど、片手の防御はその一発で崩される。

更にそこへ迫る、犯罪神と生き残りの羽根。犯罪神にはお姉ちゃん達が、羽根はわたし達が突撃する事で何とか追い討ちは防げたけど……連携攻撃はそこで途切れてしまった。…犯罪神より、ブランさんが大きなダメージを受ける形で。

 

「ブラン、大丈夫!?」

「悪ぃ…けど大丈夫だ。脇腹から肩の辺りまでやられたが、傷自体は深くねぇ」

「だったら私達は行くわよ!奴にペースは渡さない…ッ!」

 

ロムちゃんとラムちゃんから治癒を受ける中、お姉ちゃんからの問いに答えたブランさんは目で「行け」と指示。それにノワールさんが頷いて、わたし達も攻撃を再開。それから十数秒後。突貫作業で治癒を完了させた二人にブランさんも、すぐに戦線へ戻ってくる。

一度距離を取って仕切り直し、とか回復を待って全員で、とかの選択肢はもうない。…わたし達は一秒でも早く、一瞬でも早く犯罪神を倒さなきゃいけないから。

 

(今も皆さんの限界は迫っているかもしれない…それに、わたし達の限界も…だから、畳み掛けるしかない……ッ!)

 

刀身にビームを纏わせて突っ込むわたしの、左の脚がズキリと痛む。治癒をするまでもない程の軽傷で、でも忘れられる程は浅くない傷が。

わたしだけじゃない。皆、少なくとも数回は攻撃を受けていて、最低限の回復だけして戦闘を続けている。フルスロットルにした力の全てを切らさないように。全力が尽きないように。

 

「……そうまでして守りたいか。この世界と人々を」

「えぇ、どんな事があろうと守りたいのですわッ!

「守ったところで、永遠の平和が訪れる訳ではない、未来が保証される訳でもないにも関わらずか」

「だとしても、ここで失えば平和も未来も消滅する!そんなの、女神として許せやしねぇんだよッ!」

 

飛び回り執拗にわたし達の動きを阻む羽根を避け、追い払い、犯罪神へ向かう。援護にも牽制にも全力を注いで、最善と最高を叩き込み続ける。…そんなわたし達へ対し、感情のない声で投げかけるのは犯罪神。

 

「女神として、か。…結局のところ、我も貴様等も変わらない。変わらないどころか、同種の存在だ。原動力の根源以外は、何ら違うところなどない」

「なら何だってのよッ!同じだから何?同じだろうと何だろうと、この次元に住む人を守りたい思いは変わらないわッ!」

「それもシェアに差し向けられた感情に…いや、反応に過ぎないだろうに。それを思いだの、心だのと言うのであれば滑稽なものだ」

「それは違うわ!確かにわたし達の性質は、国民の思いに由来しているのかもしれないけど…今燃えているのは確かにわたしの気持ちだもの!」

 

他人事のように語る犯罪神に反論するお姉ちゃん達の声は、意思と感情に満ち溢れている。守りたいって思いに。大切なんだって気持ちに。

 

「それを証明する手立てなどない。一方で我には心などなく、我と貴様達は同種の存在…それでも尚、心の存在を謳えると?」

「あぁ謳える、謳えるとも!そもそも心に明確な形などない!故に誰も証明など出来ず、だからこそ心とはそれを信じる思いの中にこそ存在するッ!だからこそ、心は他人と繋がり互いを支える柱となり得るッ!」

 

思いを言葉に、力に変えて墓場を舞う。お姉ちゃん達の思いの光は、暗く心が沈んでいくような墓場の中でも輝いて、わたし達にも勇気をくれる。

けど、それはお姉ちゃん達だけじゃない。わたし達女神候補生だって……受け取るだけの立場は、とっくに卒業してる。

 

「わたし達は色んな人の心を見てきて、色んな人と心を繋げてきた!そうだよね、皆ッ!」

「そのとーりよネプギア!わたしにもロムちゃんにも、ネプギアにもユニにも…みんなに心があるんだからッ!」

「わたしはみんなが大すきだから…だから、ぜったいに守るの…ッ!」

「負けないわ、負ける訳ないじゃない!シェアを力に変えてる癖に、自分の心を否定するアンタなんかにはッ!」

 

斬り結び、打撃をぶつけ合い、擦り傷を互いに与えていたお姉ちゃん達が、五人揃って同時に後退。そのお姉ちゃん達を飛び越えるようにわたし達は突進し、犯罪神との距離を詰めていく。

犯罪神から放たれる負のシェアの迎撃。それを急降下と急上昇を繰り返す事で避け切って、突進を続行。距離を詰めて、詰めて、詰めて……近接戦の間合いに入る直前、地面を蹴って低空飛行から飛び上がった。前ではなく、後ろ上方に。

そしてそこから撃ち込む、光弾と実弾と魔法と魔法。刃に負のシェアを纏わせ刀身を延長した回転斬りを避けながら飛ばした攻撃は、四発全て犯罪神へ傷を与える。致命傷ではなくとも、確かな傷を。

 

「…動きの精度が落ちていない…いや、それどころか…増している……?」

 

当たる位置をズラすのが精一杯だったのか、完璧に避ける必要はないと思ったのか、当たった理由は分からない。でも、事実として犯罪神に攻撃が当たっている。初めは当てられなかった、当たっても殆どダメージにならない筈の攻撃すら全て避け切っていた犯罪神に、今はギリギリだけど届いている。……傷を負っているのは、わたし達だけじゃない。

 

(このままなら…このまま、戦えるなら……ッ!)

 

怯まず反撃として振るわれた双刃刀を、M.P.B.Lの腹で防御。敢えて耐えずに吹っ飛ばされて、それによる後退を画策。お姉ちゃん達が再び前進して犯罪神と相対してくれた事で、わたしは安全に次の行動へと移る事が出来た。

今の調子なら、押し切れる可能性はきっとある。その可能性を感じている。……そう、()()調()()()()()()()

 

「…お姉ちゃん!皆さん!」

『……!』

 

勝てる可能性と同時に感じるのは、後一歩で届かず終わる可能性。気持ちが折れる事はないけど、心から力がみなぎってくるけど…体力やシェアエナジーは無限じゃない。無理して絞り出して、それで戦闘続行が出来たとしても……1%でも今の勢いから欠けたら、その瞬間から戦線は瓦解する。わたし達の、敗北へと落ちていく。

だからわたしは声を上げた。声を上げて、視線で皆さんへ意思を伝える。……勝負を、決めようって。

 

「…そうだな。ならば……」

「だったら……」

「それなら……」

「でしたら……」

「──託したわよ、未来をッ!」

『……ッ!』

 

守護女神に代々伝わる奥義、ガーディアンフォース。或いはマジェコンヌさんとの最終決戦で勝負を決めた、五人での大技。それなら犯罪神を打ち倒せるとわたしは思っていた。……でも、お姉ちゃん達は更に速度を上げ、ここで残りの力全てを出し切るが如く犯罪神へと向かっていった。わたしに、わたし達に……決着を託して。

どくん、と鼓動が響いた。任された責務に、託された重圧に、ほんの一瞬身体が動かなくなる。けど……だとしても、それでもやらなきゃって感じる。やろうって思える。何より、今なら…ここまで積み重ねてきたわたし達なら……やれる、気がする…ッ!

 

「…たくされちゃったわね。でも、たくされたってことは…おねえちゃんたちは、わたしたちならやれると思ったってことでもあるのよねっ!」

「まぁ、そうね。……チャンスは一回きりよ。失敗すれば二度目は対応されるだろうし、アタシ達にももう余裕がない。…それでも、やれると思う?」

「大丈夫、やれるよ。一人一人じゃ無理でも…皆でなら!」

「やろう、みんなで…っ!」

 

地上に降り立ち、言葉を交わしたわたし達は深呼吸。全身に回した力を一度一点に集めて、心も身体もシェアエナジーも…わたしの全てを滾らせる。限界の限界まで、この先にある『決着』の為に。

 

「…勝負を決めようという事か。だが、そうは……」

「させてもらいますわッ!」

「余所見してんじゃ……ねぇッ!」

 

目の前で巻き起こるのは、最高峰の激突。わたし達に託してくれたお姉ちゃん達の、女神の輝き。

 

「ぐぅぅ……ッ!」

「マジェコンヌさん…っ!」

「……安心しろ、もう少しだけ耐えてみせる…!」

 

背後で巻き起こるのは、神の暴威に抗う戦い。わたし達を信じてくれた皆さんの、人の輝き。

 

(あぁ、そっか…そうだよね……わたし達の、力は……)

 

飛んできたマジェコンヌさんは、反射的に声を上げたわたしに小さな笑みを見せてくれて、それからまた巨体の犯罪神へと向かっていく。マジェコンヌさんも、きっと他の人もわたし達以上にボロボロだけど……聞こえてくる声には、まだ希望が籠っている。

感じる。わたしの、わたし達女神の力の源を。強く優しく温かい、心で感じるエネルギーを。

 

「わたし達は負けない。わたしは絶対に勝つ。…だよね、皆ッ!」

『(えぇ・うん)ッ!』

「じゃあ、いくよッ!」

 

溢れそうな程の力を胸に、言葉を発する。返ってくるのは、頼もしい友達の声。勝利だけを見据えた、女神の声。それすらもわたしは力に変えて、溜め続けた力を一気に解放しようとする。……けど、その時だった。

 

「──時は、満ちた」

『……ッ!?』

 

力を解放し、全力で地を蹴ろうとしたその時、突如犯罪神は飛び上がる。お姉ちゃん達の攻撃を振り切り、ギョウカイ墓場の上空へと飛ぶ。そして、次の瞬間犯罪神から発せられたのは……濃密過ぎる程の、負のシェアの奔流。

 

「貴様、まさか……ッ!」

「私達と斬り結びながら、力を溜めてたって言うの…!?」

 

犯罪神の前へと収束する闇色の光を前に、イリゼさんとノワールさんが唖然とした声を漏らす。

集まり輝きを増すのは、ギョウカイ墓場に満ちる負のシェアが霞む程に濃いシェアエナジー。それが犯罪神の全力を込めた一撃である事は、言うまでもない。そして、もしあれを喰らえば……そこでわたしは、終わる。

 

「不味い……ッ!皆、一度避けて…ッ!」

「そんなこと言ったって、もう間に合う訳……ッ!」

 

光の矛先と共に犯罪神が目を向けているのは、他でもないわたし達。咄嗟にわたしは回避を口にしたけど、内心で思っていたのはユニちゃんと同じ事。攻撃に意識の全てを向けて、身体も完全に攻撃へ傾けていた今は……どうやったって、間に合う訳がない。諦めるとか、可能性を捨てるとか、そういう事じゃなくて…それが現実なんだって、わたしの頭は理解してしまっていた。そして、滅びの光芒は……放たれる。

 

「負の奇跡を前に…滅ひゆけ。──破界の、導き…ッ!!」

 

全てを飲み込み、無に帰してしまいそうな、負のシェアの光。その後には虚無以外のあらゆるものが残らないような、闇色の奇跡。

…回避はもう無理。耐える事なんて、不可能もいいところ。物凄く勿体ないけど、凌ぐには溜めていた力を迎撃に使うしかない。……そう思っていた。そう感じていた。それしかないって、この時のわたしには見えていた。

 

 

 

 

──だけど、違った。わたし達には無理でも…誰にも無理な事なんかじゃなかった。

 

「これは、わたし達に……任せて頂戴ッ!」

 

空から落ちる闇の光の前に、割って入る五つの人影。それは、犯罪神を追って飛んでいたお姉ちゃん達の姿。お姉ちゃん達はわたし達を守るように立ちはだかって……光芒と、激突する。

 

『こッ…のぉぉおおおおおおッ!』

 

一点へと突き出されたお姉ちゃんの武器と、滅びの力の衝突。正のシェアで輝く刃と、負のシェアそのものの光芒が激突し、雷の様な衝撃が周囲に散る。光芒は、お姉ちゃん達の力が加わる一点を中心に広がって……まるでわたし達を避けるように、墓場の地面へと降り注いだ。

 

「貴様等……ッ!」

「やらせない……守護女神を…舐めるんじゃないわよッ!」

 

お姉ちゃん達の顔は見えない。けれど力強く言い放ったお姉ちゃんからは、光芒を前に一歩も引かない皆さんの背中からは、絶対に防ぐんだという意思が伝わってくる。守護女神の誇りが、覚悟が、願いが……わたし達を、守ってくれている。

 

「防ぎ切るなど、出来るものか…散れ、守護女神…ッ!」

『……っ…これは、これだけは…絶対に、通させない……ッ!』

 

脈打つように一層の猛威を振るう闇の光。それでも押し留めるお姉ちゃん達。衝突で散る光はどんどん強くなっていって、その光は大気が振動するような力すらも放ち始めて、輝いて、輝いて、輝いて…………そして、爆ぜる。

 

「ぐ……ッ!?」

『がは……ッ!』

『お、お(姉・ねえ)ちゃ……」

「……──ッ!構うなッ!行け……女神候補生ッ!」

『──っ!』

 

光芒が途切れ、動揺混じりの呻きを漏らす犯罪神。爆発に弾かれて、酷く抉れた地面を砕きながら叩き付けられるお姉ちゃん達。咄嗟にわたし達はお姉ちゃん達を呼ぼうと、お姉ちゃん達に駆け寄ろうと動きかけて……その瞬間、イリゼさんの声がわたし達を貫いた。…そうだ、わたし達が今するべきなのは、お姉ちゃん達の心配をする事じゃない…わたし達が、するべきなのは……

 

(繋いでくれたこの道で…未来を掴むッ!)

 

力の全てを解放し、わたし達は舞い上がる。先陣を切るのは、このわたし。翼を限界まで広げて、ただ一心に空を突っ切る。当然犯罪神も身体を立て直し、正面からわたしを迎え撃つ動きを見せてくるけど……それよりも早くわたしは肉薄。射撃の反動を使った加速も乗せて、横一文字で斬り付ける。

 

「次は……ユニちゃんッ!」

「えぇ、合わせるわよッ!」

 

斬り裂き、振り抜き、駆け抜ける。勢いそのままにわたしは脚を振り上げて、上下逆さまの状態で反転。M.P.B.Lの銃口を犯罪神に向けて、その先にいるユニちゃんと目を合わせて、二人同時に引き金を引く。

犯罪神は、負のシェアの障壁でどちらの射撃も防ごうとした。だけど今のわたし達の攻撃は、一つ一つが限界の先、更に向こうへ到達させた最高の攻撃。だから射撃は一発一発が障壁を砕いて、崩壊させて、犯罪神に喰らい付く。…お姉ちゃん達が、皆さんが作ってくれた時間で作り上げたこの攻撃は……そんな簡単に、防がれたりしない。

 

「この、力は……これ程の、力が…ッ!」

「……次はわたしたちだよ、ラムちゃん…!」

「うんっ!わたしたちの力……ぜんぶぶつけてやるわッ!」

 

何発も犯罪神に撃ち込んで、ここだと思った瞬間にわたしは次の行動へ移行。今以上の高度へと昇っていく中、下ではわたしとユニちゃんが撃ち込んでいる間に構築された二人の魔法が発動し、巨大な氷塊の中へ犯罪神を閉じ込め、幾つもの氷の杭が氷塊を貫いて、結合した二つの魔法が魔力の爆発を巻き起こす。

身体そのものは決して巨大ではない犯罪神相手には、過剰過ぎると思える程の青白い爆発。一つ一つが必殺級の、わたし達の攻撃。でも犯罪神は倒れない。倒れないし……だからわたし達の連携も、まだ終わらない。

 

「これは、さっきの光芒の……」

『おかえし(だよ・よ)ッ!』

「ぐぅぅぅぅ……ッ!守護女神ですらない者達のどこに、こんな力が…ッ!馬鹿な、ここまでの力を…持っていたと、言うのか……ッ!」

 

爆発の余韻を吹き飛ばす、斜め下方からの三重の光芒。トライアングルを描いたユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃんによる、シェアエナジーの収束照射。それを双刃刀で受ける犯罪神の声には、もう余裕がない。

そのさまを目の端で捉えながら、わたしは飛ぶ。空を駆け、宙を舞い、締め括る一撃の為にシェアエナジーを集中。

飛んでいる間、わたしの心の中を巡るのはこれまでの記憶。楽しい事、悲しい事、嬉しい事、辛い事……色んな事があった、旅の思い出。その一つ一つが、わたしに力を与えてくれる。わたしの力になってくれる。未来へと繋がる、道導になってくれる。

 

「ふん、やっぱりこれじゃ片は付かないって訳ね……だからネプギア!最後は貴女に任せるわッ!しっかり決めなさいよねッ!」

「驕るな、女神候補生……確かに貴様等は我を追い詰めたのかもしれないが…女神一人、それも未熟者の力で倒される程我は……」

「それは……違いますッ!」

 

ユニちゃんの声に押されるように最後の上昇をかけて、わたしは犯罪神へ狙いを付ける。引き金に、指を掛ける。

その瞬間、聞こえた犯罪神の言葉。それは、この場面だけを見たら間違ってない。けれど、犯罪神は間違っている。だって、犯罪神を倒す力は…犯罪神を倒すのは……

 

「わたしの、わたし達の力はわたし達だけのものじゃありません!わたし達を信じてくれた全ての人の気持ちが、わたし達の力なんです!このシェアの輝きなんです!だから、貴方を倒すのは……わたし達、皆の思いですッ!」

 

 

『スペリオル……アンジェラスッ!!』

 

女神の力は、女神だけで得られるものじゃない。女神だけのものじゃない。皆の思いがわたし達の力で、わたし達の力は皆の思い。だから諦めずにいられる。だから尽きる事なく力が湧いてくる。だから、シェアの光は……こんなにも強く、輝いている。

そして放つ、力を持った思いの光。わたしのいる天空から負のシェアを祓うように、犯罪神へと突き進む。見上げる犯罪神へ、それでも矛を降ろさない犯罪神へ、伸びて、届いて……飲み込んだ。その、光の中に。

 

「やった……!」

「ネプギアちゃん、これなら…!」

「…ううん、まただよッ!本当の最後は……これでッ!」

 

集中させた力を出し切り、光芒が消えた時、そこに残っていたのは満身創痍の犯罪神。原形は留めていて、でも今にも崩れそうな悪意の神。

それを眼下に見る遥か上空のわたしは、反動で仰け反る右半身を起こすように左手を振るう。同時にその手へ顕現させたのは……能力を最大解放させた、ゲハバーン。

 

(お姉ちゃん、決着はわたしが付けるよ。皆に思いを託された、わたし自身がッ!)

 

暗く輝く、シェアを渇望するその力を全て刀身に集約させた神滅兵装を手に、残りの力を掻き集めて急降下。未来を見据えて、託された思いで未来を紡ぐ為に、犯罪神に向かって急降下。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……犯罪神。貴方が悪意によって生まれて、その悪意の導きで滅びの先導者となったのなら、わたしは貴方を恨みません。憎みません。だから、せめて──眠っていて下さい」

 

────わたしは左手を振り下ろし、ゲハバーンを振り下ろし……犯罪神を、斬り裂いた。




今回のパロディ解説

・「〜〜ダイナミック……」「エントリーッ!」
NARUTOシリーズの登場キャラの一人、マイト・ガイの技の一つのパロディ。知っている方もいると思いますが、現実にある人質救出作戦の方法の一つが本当の元ネタです。

・心も身体も〜〜滾らせる
RELEASE THE SPYCEの主人公、源モモの代名詞的な台詞の一つのパロディ。ラストバトルですからね。スパイス無しでも当然滾ります。

・更に向こうへ
僕のヒーローアカデミア全体における、代名詞的な言葉の一つの事。しかしラテン語での評価をしないと分かり辛いですね。これ単体だと意識しなくても出てきそうですし。


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第百五十八話 未来へ繋ぐ最後の一歩

思えば、前の皆はほんとに未熟だったと思う。自分にまるで自信がなかったり、逆に自分の力量を見誤っていたり、思考も技術も洗練されていなかったり、人と国の守護者を担えるだけの覚悟や意思がなかったり……それが前の女神候補生だった。私は守護女神の四人の未熟な頃を知らないから、尚更候補生の四人が劣っているように見えた。

私は四人を導いた。犯罪組織に対抗する為に。守護女神の四人を取り戻す為に。だけど導く私の心の中には、四人を『繋ぎ』として見ていた面があったかもしれない。本当に強い、心から信頼する四人を取り戻すまでの、女神の繋ぎとして。

旅の中で、四人は期待通りに…いや、期待以上に成長した。私の指導を、候補生同士の交流を、旅の中の経験を、紡いでいった繋がりを力に変えて、どんどんどんどん強くなっていった。…いつしか未熟だなんて言えない程に。これぞ女神だと、胸を張って言える程に。

そして今、女神候補生は皆の信じる思いを受け取って、守護女神にすら託されて、大輪の花の様に咲き誇った。その輝きで悪意の神の猛威を超えて、その光で滅びの道を塗り替えて──未来を希望で明るく照らす。

 

「…………」

 

沈黙に包まれるギョウカイ墓場の最深部。一瞬前まで激戦を繰り広げていた新旧パーティーメンバーの皆も、軋む身体を起き上がらせた私と守護女神の四人も、最後の一撃を任せたユニ、ロムちゃん、ラムちゃんも、全員が一点を見つめている。ゲハバーンを真っ直ぐに振り抜き、犯罪神を斬り裂いた、ネプギアの姿を。

着地姿勢のまま止まっていたネプギアが、静かな時間の後、ゆっくりと前傾姿勢の身体を直す。私達が見つめる中、ネプギアは数歩後ろに下がって振り向いて……

 

「……勝ちましたよ、皆さん」

 

……にこり、と勝者の笑みを皆へ向けた。勝ったんだという思いに、平和を取り戻せたんだという歓喜に溢れた、ネプギアの笑み。それを見た私達は息を飲んで……喜びと安堵が爆発する。

 

「やった…やったやったやったぁっ!やるじゃないネプギア!今のはすごかったわッ!」

「ネプギアちゃん、おつかれさま…!(ぎゅっ)」

「はは、元気ねアンタ達は…と、言いたいところだけど…流石にこればクールじゃいられないわよねっ!」

「わぷっ!?ちょっ、み、皆!?」

 

真っ先に反応を見せたのは、満面の笑みのロムちゃんとラムちゃん。二人はネプギアに突っ込んでいって、勢いそのままに左右から飛び付いていく。それを見たユニは肩を竦め、いつも通りに冷静でちょっと斜に構えた態度を……と思いきや、二人と同じようにネプギアへ突進。三人から飛び込まれたネプギアは驚いて、よろめいて……でもすぐに表情は笑みへと戻る。

 

「…やった、のね……?」

「はい…はい、そうですよあいちゃん!ギアちゃん達が、倒したんです!」

「ふふ……ネプテューヌ達もだが、候補生もまた…大したものだな」

 

後ろから聞こえる声は、歓喜と安堵が半々といったところ。ちらりと後ろを見てみれば、もう一体の犯罪神が動きを止めて消滅を始めている。見ている途中でネプギア達を評していたマジェコンヌさんと目が合うと…彼女はこちらも大丈夫だ、とばかりに頷いてくれた。

 

「…ほんとに倒しちまったな。わたし達の妹が、犯罪神を」

「えぇ。守護女神の私達じゃなく、女神候補生のユニ達が」

「…一層羨ましくなってしまいましたわ。あんな素敵な妹達のいる、貴女達が」

「ふふっ、そうね……わたしの自慢の妹よ、ネプギアは」

 

地面へ腰を下ろした状態のままの四人だって、笑顔を浮かべている。でもその笑みは穏やかなもので、感慨深そうに候補生四人を見つめている。

 

「……ここまで来たんだね、皆は…」

 

皆の様子を眺め終わって、もう一度ネプギア達へと目を向けた時、ふとそんな言葉が口から溢れた。…多分私の表情や声音は、ネプテューヌ達守護女神組と同じ。勝てた事に対する喜びも、誰も失わずに済んだ事への安堵もあるけど…ネプギア達を見ていると、それ以上に温かな気持ちが胸の奥から湧いてきた。

 

「ネプギアちゃん、どう上げ…してあげる…!」

「あ、そうね!やってあげるわ!」

「え、まさか三人で?…いや女神だし空高く打ち上げる事も出来るだろうけど…」

「う、うん。それだとわたし、ザ・ギャラクシーのボール並みに飛んでっちゃうから胴上げはやらなくていいよ皆…それより皆さん、大丈夫ですかー?」

 

三人で胴上げという中々スリリングな提案を口にしたロムちゃんラムちゃんへ苦笑いで返答しつつ、ネプギアはぱたぱたとこちらへ駆けてくる。その後を追って三人も来てくれて、心配してくれる四人に対し……私達は言った。

 

『それは勿論……背中がとんでもなく痛い(ですわ)…』

「だ、だよね!あんな勢いで地面に落ちたら痛いよね!ロムちゃんラムちゃん、まだ治癒魔法使う余裕ある…?」

 

妹や後輩の手前、余裕綽々の雰囲気を醸し出しながら立ち上がりたいところだったけど、実際のところ余裕なんて全然ないんだから仕方ない。…そういえばジャッジと戦った時も思い切り打ち付けられたし、私は墓場で全力出すと背中を打つジンクスでもあるのかな…。

 

「もう、お姉ちゃんも皆さんもあんな事するから…でも凄かったです。犯罪神の全力を凌ぎ切るなんて…」

「残念だけどあれは凌ぎ切った訳じゃないわ。正直正負での対消滅とは違う何かが起きた感じもあるし、それに……」

「わっ、ノワールさんのけん…おれてる…」

「ノワールやネプテューヌ、イリゼはまだマシな方だろ。わたしとベールなんか……」

『あー……』

 

ひょい、とノワールが見せた大剣は、折れてるどころか中程から先が完全に消失してしまった状態。私の長剣やネプテューヌの大太刀も似たようなもので……でもブランの言う通り、私達はまだマシな方だった。だってブランの戦斧やベールの大槍は、刃部分が完全に無くなってただの棒と化してるんだから。

そう、折れたんじゃなくて無くなった。岩や鉄に思い切りぶつけてもそっちが切れてしまう程の強度を持つ私達の武器が、まるで切り取られたように。

 

「皆さん、背中見せてもらえますか?わたしじゃきちんとは治せなくても、状態を軽くする位は…」

「助かりますわ、ネプギアちゃん。…けれど、であればわたくし達より先にコンパさん達の方に回ってあげて下さいな」

「そうだね。負担は向こうの方が大きかっただろうし、皆の治癒を優先してあげて」

 

私達がそう促すと、ネプギア達はこくんと頷き皆の方へ。四人は皆と合流した瞬間それはもう褒めちぎられて、なんか治癒どころの騒ぎじゃない感じになってたけど…そんな光景もまた、安心に繋がる。

 

「……あの四人が、倒したのよね」

「何よネプテューヌ。信じられない?」

「まさか。…でも、変わらないのね。犯罪神を倒すにまで至っても、ネプギア達は」

 

念の為武器を修復する中、不意に呟いたネプテューヌ。また感慨深そうにするネプテューヌの言わんとする事は…私達にも、よく分かる。

 

「…ずっと変わらないよ、ネプギア達は。勿論何も変わってない訳じゃないけど、根っこの部分は今も同じ」

「…それって、凄い事よね」

「そうでもねぇだろ。…わたし達だって、同じだしな」

「ですわね。今のわたくし達は互いに信頼する仲間ですけど、殺し合っていたあの頃と何か本質が変わった訳ではないんですもの」

 

人も女神も日々変わっていくもので、成長だってその内の一つ。でも変わらないものもあって、その中には自分が自分である為に失っちゃいけないものもある。…四人はそれを無くしてないから、成長した今も四人のままでいるって事。

 

「本質、か…その点で言えば、犯罪神も哀れよね。悪意に生み出されて、世界を滅ぼす為だけの存在とされて、にも関わらず長い歴史の中で何度もそれを否定する人達の思いを受けた、その時代の女神に討たれるなんて」

「…何かが違えば、自分も同じ立場にいたかもしれないって考えると…確かに色々思うところはあるな」

 

それからふと話に出たのは、犯罪神の事。私達女神は勿論の事、四天王だって人間味溢れていた(というか元人間との事)し、負のシェアの女神と化していたマジェコンヌさんだって、自分の意思で戦っていた。

でも、犯罪神には目的はあっても、動機はあっても、本来その根底にある筈の衝動がない。空っぽで、空虚で……それこそ犯罪神は、現象でしかない。元からそういう存在なのか、それともそう変質してしまったのかは分からないけど……犯罪神の在り方は、ある意味虚しいなって私は思う。

 

「とはいえ、犯罪神が厄災である事は事実。哀れであろうとなんであろうと、やる事は変わりませんわ」

「やる事……あっ…え、えぇそうね。ベールの言う通りよ。皆、封印…いける?」

((今、まさか封印の事を忘れて……?))

 

…とても真面目な雰囲気だけで取り繕い切れるレベルじゃないうっかりをかましたネプテューヌはともかくとして、今すべきなのは同情じゃない。相手が対話の通じる、思いのある存在ではなく、正にどこぞの厄災みたいな存在だからこそ……封印をしなきゃいけない。

 

(…なんて格好付けても、私はただ見てるだけなんだよね……)

 

犯罪神に対して行われる封印は、守護女神同士でやる事を前提としたもの。私が加わったところで、封印は強固になるどころか不協和音を起こしてしまう。

 

「イリゼ、念の為警戒を頼むわよ。封印の最中に邪魔が入られるのは勘弁だもの」

「うん、任せて。四人も気を付けてね」

「気を付けるも何も、これからするのは封印よ?勿論集中はするけど、気を付けなきゃいけない事なんて……」

 

だから私に出来るのは、封印の邪魔を排除する事と、成功を祈る事。やっと犯罪神を倒せたんだから、最後の最後で台無しになんてしたくない。

やり取りと私達の雰囲気で気付いたのか、ネプギア達や皆の視線もこちらへ集まってくる。その中で私がノワールの言葉に頷きつつ声をかけると、ネプテューヌは肩を竦めて…………

 

 

 

 

 

 

──ギョウカイ墓場が、揺れた。

 

「……い、今…地面が…」

 

一瞬にして和気藹々とした雰囲気が霧散した直後、そう言葉を漏らすネプギア。

確かに今、墓場が揺れた。でも、これは地震とは違うような気がする。今のは、振動は振動でも、何か鼓動の様な……

 

「……──ッ!?嘘、でしょ……?」

『え……?』

 

その直後、愕然とした表情をユニが浮かべる。明らかに今し方の揺れに対するものとは違う、目を見開いたユニの形相。それに触発されるように、背筋を伝う嫌な感覚を確かめるように私達がゆっくりとその視線の向かう先へと目をやると……そこには、負のシェアエナジーの核があった。崩壊した犯罪神の身体から露出した、闇色の塊そのものが。

 

「…あれは、何……?」

 

…そんな言葉が、私の口から零れた。あれが負のシェアの塊だって事は分かる。恐らく犯罪神が撃破された事がトリガーになったんだって事も推測出来る。でもそこから先が分からない。分からないからこそ、私達は驚きで動けなくて……次の瞬間、波紋の様な衝撃波がその塊から放たれた。

驚きで動けなかった私達だけど、物理的な脅威を認識した事で反射的に後方へ跳躍。一方塊は私達を拒絶するが如く、衝撃波やシェアの光弾を放ち続ける。

 

「……っ、ほんとに何が起こってるの…!?ネプちゃん達、何か分かる…?」

「わたしにもさっぱりよ…ネプギアの一撃は、確かに犯罪神を斬り裂いた筈なのに…!」

「…そうだ、イストワールさんなら…!イストワールさん、こちらのモニタリングは出来てるんですよね!?何か分かりますか!?」

 

マベちゃんに訊かれる私達だけど、当然私達だって分からない。でもそこで私は教祖さん達がモニタリングをしてる筈な事を思い出し、送信オンリーにしていたインカムを切り替えてイストワールさんへと呼び掛ける。……が、何故か返答がない。

 

「……イストワールさん…?」

「…あ……すみませんイリゼさん。…はい、大凡ですが状況は分かっています…」

「……?」

 

おかしいなと思ってもう一度呼び掛けると、今度は一拍置いて声が返ってくる。けどその声は上の空というか、何か別のものに意識が移っているというか、どうも思ったような反応じゃない。

皆と共に安全確保の為に更に少し下がりながら、小首を傾げる私。するとイストワールさんも気が逸れていた自覚はあるのか、私に皆もインカムを送受信モードへ切り替えるよう言ってほしいと伝えた後、静かな声で話し始める。

 

「…皆さんは今、最も危険且つ過酷な戦いの場にいます。ですから、この戦い以外の一切は気にしなくていいよう、わたしは言いました」

「あ、はい…確かにいーすんさんはそう言ってましたね……」

「…ですが、事態は変わりました。伝えない訳にはいかない事態が、発生しました。……心して聞いて下さい」

 

 

 

 

「……負のシェアの柱。あれに近いシェアの奔流が、キョウカイ墓場から漏れ出しています」

 

……心して聞いてほしいと、イストワールさんは言った。言われたから、私達は身構えて聞いた。…それでも、聞いた瞬間私達は背筋が凍り付いた。目の前で起きている事と、今イストワールさんが言った事。この二つは、無関係な訳がない。

 

「負のシェアの柱って…確か、前の……」

「…あぁ、前大戦とでも言うべき戦いの末期に現れたあれだ」

「そっか…新パーティーの皆は、あの時わたし達と一緒に行動してた訳じゃないんだったね…」

 

ぽつり、と呟いた5pb.にMAGES.が答えて、それからサイバーコネクトツーが思い出したように見回す。そして皆の視線が新パーティー組の方へと集まる中、私達は気付く。どちらかといえば新パーティー組に属すであろうマジェコンヌさんが、酷く青い顔をしている事に。

 

「…マジェコンヌ、大丈夫かい?体調が悪いなら、あたしが肩を……」

「いや、大丈夫だ…それよりイストワール、それに対し私達は何をすればいい。まさか、放っておいて大丈夫なものではないだろう…?」

「……えぇ、一刻も早く対処するべき存在です。放置すれば、信次元全体が大きな被害を被る事は間違いないでしょう」

 

新パーティー組ファルコムの言葉に大丈夫だと返しつつ、マジェコンヌさんは話を進める。

…分かっていた。マジェコンヌさんの顔色の悪さは、罪の意識に苛まれているからだって。だけどマジェコンヌさんは、慰めや気遣いを望んでいる訳じゃない。それが分かっているからファルコムも私達もそれ以上は言わず、イストワールさんも話を続ける。

 

「でも、ここで起きてる事だって放置していいものじゃないよね?アタシ達、どうすればいいの?」

「大丈夫です、REDさん。予想の付いている方もいると思いますが……この現象は、十中八九皆さんの目の前で起きている事態が原因ですから」

「…つまり、こっちの問題を何とかすれば、漏れ出している方も解決出来るって事かにゅ?」

 

はい、とブロッコリーの解釈を肯定するイストワールさん。

何を達成すれば解決出来るか、それはたった今分かった。イストワールさんの口振りからして、一人…或いは教祖間での推測によるものみたいだけど、落ち着いて分析してる余裕なんてない以上、今出来る事をやるしかない。そして、何を達成すれば…が分かったのなら、次に確認すべき事は当然一つ。

 

「じゃあ、どうすれば何とかできるの?あれぶっとばしちゃえばいいの?」

「そうですよ、ラムさん」

「え……わ、分かり易いのはありがたいですけど、ほんとにラムの言った方法でいいんですか…?」

「はい。今そちらで起こっているのは、犯罪神が完全覚醒の直前でゲハバーンという特異な力によって討たれた事による、負のシェアの暴走とでも言うべきもの。それ故非常に不安定な状態の筈なので、強い力を叩き付ければ暴走状態は崩壊すると思われます」

 

負のシェアの暴走。不安定な状態。そう言われて私達女神も、塊が確固たる存在ではなく、今にも爆発しそうなギリギリの存在である事に気付いていく。

それは言うなれば、負のシェアの神たる犯罪神の後処理。後に残った物ですら次元規模の被害を及ぼすなんて、やっぱり犯罪神は脅威極まりないけど……それだけなら、勝ち目は犯罪神そのものよりもずっとある。

 

「…であれば、やる事は単純ですわね。封印前にもう一踏ん張りしなくてはならなくなりましたけど、ただ全方位に攻撃を撒き散らしているだけならば……」

 

迎撃の嵐を抜けて、塊に強力な一撃を叩き込む。その意思の下、武器を構え直して狙いを付ける私達。…けど、その時……

 

『■■■■■■ーーーーッ!!』

 

──形容し難い咆哮が、墓場の最深部に響き渡った。いつの間にか塊の後ろには負のシェアの靄の様な物が出来ていて、左右に分かれた靄の内片方は人の身体の様に変わり、もう片方は体積を増して……それは、犯罪神へと変貌を遂げる。

 

「…おいおい、冗談だろ……?」

「そんな…まさか、犯罪神が不完全な状態の自分を作り出したのと同じように……」

「…あれも、元の姿二つを作り出したって事…?」

 

乾いた声を漏らすブランに続いて、鉄拳ちゃんと旧パーティー組ファルコムがそう呟く。

私達が散々疲弊して、危険も冒して、それでやっと倒した犯罪神と、その犯罪神が生み出したもう一方の犯罪神。塊と塊の放つ攻撃自体は、何とかなりそうなものだったけど……それに二つの犯罪神が加わるとなれば、一撃を与える難度は跳ね上がる。…何とかなりそうというレベルから、無理かもしれないというレベルにまで。

…けど、それでも……二つの犯罪神を突破して、迎撃も超えて、その先で一撃放つ事が困難だったとしても……

 

「……やるしかない…そうだよね、皆?」

 

長剣の斬っ先を塊へ向けたまま、私は皆にそう問いかける。ここまで来たんだから、本当に後一歩で望んだ場所まで辿り着けるんだから、困難だってだけで諦めてなんかいられないよね、って。そして、私の言葉に対する皆の答えは……言うまでもない。

 

「…大きい方は、もう一度私達が相手をするわ。それでいいかしら?」

「はい、お願いします!じゃあわたし達でもう片方の犯罪神を相手するから、お姉ちゃん達があれを……」

「…いいえネプギア。突破するのは貴女達よ」

『え……?』

 

ケイブの言葉にネプギアが答え、ネプギアの言葉にはネプテューヌが答え、私と守護女神の三人は頷いて…候補生の四人は、驚いたように目を瞬かせる。

 

「わ、わたし達が…なの…?」

「えぇ、だって言ったでしょ?…託したわよ、って」

「……わたしたちで、いいの…?」

 

驚くネプギア達に向けて、ネプテューヌは小さくウインク。それから僅かな間の後、ロムちゃんがもう一度聞いてきて、私達はそれに揃って頷き……その瞬間、候補生の空気が変わった。でもとか、わたし達じゃ…なんて言葉は、一言足りとも出てきそうにない雰囲気に。

 

「…うん、わかった。まかせて…!」

「ある意味これはアタシ達がさっき倒し損ねたようなもの。だったら確かに、アタシ達がやらなきゃいけないわよね」

「…皆さん。犯罪神は、頼みます」

「もうへとへとだけど…さいごまでやってやるんだからっ!」

「ふふっ、全員良い顔してるじゃない。…きっちり犯罪神は抑えててあげるから、任せて頂戴」

 

犯罪神を倒した時の輝きを再び宿らせた四人に、ノワールがまず答えて、私達も微笑みを返す。それから私達は、ネプギア達より一歩前へ。

私達がやるのは、道をこじ開ける事。障害となる二つの犯罪神を、何としても押し留める事。それは容易な事じゃない。私達女神だっていつまで出来るか分からないし、パーティーの皆にはまた多大な負担を負わせてしまう事になる。…でも皆、心の中で決意を燃やしている。私達が見ているのは、敗北じゃなくて勝利の未来。抱いているのは……後一歩で届くハッピーエンドへの、純粋な願い。

 

「皆、今度こそこれが最後の戦いよ。犯罪神は絶対に押さえるから、ネプギア達が絶対に最高の一撃を叩き込んでくれるから、後少しだけ頑張りましょ。……皆で帰る為に、また皆で気兼ねなく笑い合う為に……行くわよ、皆ッ!」

 

その言葉を合図に、私達は地を蹴り、空を舞う。私達の願いは、皆同じ。私達が辿り着きたいのは、同じ場所。だから、皆で…誰一人欠ける事なく笑い合える世界を結末にする為に……私達は、駆ける。




今回のパロディ解説

・ザ・ギャラクシー
イナズマイレブンシリーズに登場する技の一つの事。後衛の女神候補生とはいえ、女神は女神ですからね。三人がかりですし本当に物凄く吹っ飛んでしまうでしょう。

・どこぞの厄災
ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルドに登場するラスボス、厄災ガノンの事。長い歴史の中で何度も復活する、思いなき存在…設定だけなら割と似てるんです。


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第百五十九話 全ての思い、その先で

空へと昇る、負のシェアの奔流。見た者の心をざわつかせる、誰の心にもある悪意を触発させる……されど幻想的な、闇色の光。

それはまだ多くの者の記憶に残る、負のシェアに汚染された嘗ての英雄の一人が作り出した、闇の柱と酷似する存在。故にその柱によって獰猛化したモンスターとの激突を多くの者が思い出し、ある者は恐怖し、ある者は緊張に表情を強張らせる。

戦いの場は、ギョウカイ墓場。神と神、人の域を超えた者達による戦いは熾烈を極めながらも、信次元全土にその余波が到達する規模のものではない。だがその戦いによる影響は……信次元の未来を決める戦いの存在は、確かに信次元で生きる人々に思いを馳せさせていた。

 

「わたしは何度も犯罪神と戦う女神の皆さんを見てきました。苦しむ姿も、傷付く姿も、挫けそうになる姿も…イストワールという存在は、見続けてきました」

 

プラネテューヌの中枢機関、プラネタワー。その一角で一人言葉を紡ぐのは、教祖であるイストワール。

 

「…ですが、この次元は今も存続しています。女神は犯罪神に…悪意に勝てるのです。それは歴史が…いいえ、このわたしが証明します。皆さんなら、必ず勝って帰ってこられると」

 

イストワールは、思いを馳せる。勝利を信じ、帰還を信じ、心よりの期待を込めて。

 

「…凄いな、彼女達は。まだ終わってないとはいえ、犯罪神を倒したんだ。これまでにも、幾度となく困難に立ち向かい、打破し、平和と繁栄を進めてきたんだ。…本当に彼女達は、凄い」

「あぁ。今の事態にも、これからの危機にも、きっとノワール達は立ち向かって、より良い未来を掴もうとする。どんな事があっても、絶対に」

 

ラステイションの教会の一室では、教祖たる神宮寺ケイと、彼女にとっても女神にとっても友人であり協力者でもあるシアンが、静かに言葉を交わす。

 

「…けど、戦うのはノワール達だけじゃない。わたしにだって、出来る事が…やれる事がある」

「協力は惜しまないさ。求めるのなら幾らでも、求めなくても僕の意思で、僕の思いで君達の力になる。……そんな仲だろう?僕と、君達は」

 

ケイとシアンは、思いを馳せる。その戦いは君達だけが背負うものではないと、友情を込めて。

 

「お姉様は…それに貴女達は、いつも危険に身を晒す事となる。なのに、その勇気が消える事はないんですのね。自分が生きる為ではなく、世界の為の勇気が」

「勇気とは、相手の強さによって出したり引っ込めたりするものではない…だったか。…ふっ、本当にベール様達は崇高な精神を持っているな」

「そうだね、兄者。…こればっかりは、胸云々関係無しに尊敬出来るよ」

「その勇気によって、これまで未来は切り開かれてきたのだ。…いつの時代も、な」

 

リーンボックス教会のある部屋では、教祖の箱崎チカ、職員のイヴォワール、それに兄弟がぽつりぽつりと言葉を発する。

 

「…なら、僕達もただ見ている訳にはいかない。未来を他人に任せ、恩恵の享受だけをするなんて真似は…ね」

「無論だ。我々が尽くすのは胸だけではないという事を示し、我等が名に恥じない人間でいるとしようではないか、弟よ」

「若者が頑張るのであれば、老兵は去るのみ…と言いたいところじゃが…いかんな。どうやら私は、まだまだ物静かな老人にはなれんようだ」

「…張り切ってるわね男性陣…こほん。…お姉様、ご覧の通り皆負ける事など心配していませんわ。当然アタクシもそうですし…むしろ必ず勝てると信じていますわ。だから…存分にお姉様の力、見せ付けてあげて下さいな」

 

チカにイヴォワール、兄弟の二人は思いを馳せる。傍観者ではなく、自らに出来る形で協力者であろうとする意思をそこに込めて。

 

「世の中いつどこで何が起こるか分からないもの。…ブラン様達を見ていると、いつもそう思います。ブラン様達の、戦いや勇姿を見ていると」

「どんなに危機的な状況でも、どれだけ困難が大きくとも、苦難を覆す術がどこかにはある…そう教えてくれますよね」

「状況や相手を言い訳にせず、自らの貫こうと決めた思いは必ず果たす。その決意があるからこそ、皆様は希望を掴んでこられたのでしょう」

 

ルウィーの政治を司る教会。数ある部屋の内の一つで、教祖西沢ミナ、ブランの侍女であるフィナンシェ、科学技術部のガナッシュがこれまでの事を思い出しながら話す。

 

「…わたしは侍女として、ずっとその姿を見てきました。学んできました。だからこそ…学ばせてもらったのなら、やるべき事がある…そうでしょう?皆さん」

「その通りですね。ましてや私は救われ、許された身。…であれば尚更その学びを活かさなければ、信者の名折れというものです」

「何が起こるか分からないのは、今この瞬間も同じ事。ですが、何があろうと皆様の凱旋を祝えるよう…わたし達も死力を尽くすとしましょうか」

 

ミナ、フィナンシェ、ガナッシュとそれぞれ違う立場の三人は思いを馳せる。国民とは守られるだけの存在ではないのだと、その言葉に信念を込めて。

 

「負のシェアがこれだけの放出をされたのなら、シェアそのものの影響だけで済む筈がない…」

「前回と同様の事態になってもおかしくないだろうね。…勿論、同様の事態だけが起きるとも限らない」

「お姉様達が勝つのは間違いないにしろ、帰ってきたところでもう一仕事…なんてあんまりよね。だから……」

「…動きますよ、皆さん。覚悟は…いいえ、目的を完遂する準備はいいですね?」

 

それぞれの国で、それぞれの思いを抱きながら、彼女達が向かう先は同じ。教祖だからこそ、女神に仕えるからこそではなく、一人一人が抱く、墓場で戦う女神達と未来へ馳せた思いを指針に変えて、果たすべき務めを進めていく。

彼女達だけではない。予想しうる緊急事態に備えて展開し、奔流を見て警戒を強めている各国の国防軍も、ギルドの要請に応じて集まった有志も、今も尚墓場の前で戦う黄金の第三勢力(ゴールドサァド)も、それぞれの思いで動いている。負のシェアに心を蝕まれるのではなく、悪意の力が目に見える形で現れたからこそ、それに抗おうとする思いがその者達を奮い立たせる。

そして、その姿は……今を、未来を良くしようとする者達の姿もまた、人の心に波紋を与える。

 

「…なんか見えるか?」

「あの柱っぽいやつ以外は、なーんにも」

「襲ってきそうなモンスターとかは、いないわよね?」

「…いないな」

 

モンスター、或いはモンスター同様に危険な存在から国と人々を守るべく展開している軍と有志を、街の中から遠目に眺める集団が一つ。その特徴を挙げるとすれば…彼等の多くが、その者達に対して冷ややかな視線を送っているという事。

 

「もしもに備えてくれるのは結構だが、そこに軍を投入しまくるのはどう考えたっておかしいよな。女神が私財で動かすならまだしも、絶対俺達の払った税金が使われてるんだろうし」

「ギルドのクエストって形で出てる人達もそうよ。これで何も起きなかったなら、何もしてない人達にお金が払われるって事になるでしょ?…私達被害者への補償は疎かにしてさ」

「結局女神もお偉いさんも、本当の庶民を見てないのよ。こうすればいいんだろうって適当にやって、自己満足でデカい顔するだけなんだから」

 

女神の信者、或いは軍や有志を家族に持つ者なら確実に怒りを抱くような発言を零す彼等……信仰抗争被害の会だが、彼等はあくまで本心を口にしているだけの事。本心そのものに歪みがあったとしても、別段悪意を持って発している訳ではない人間がそれなりにいるというのも、彼等の特徴。

これまでならば、一頻り文句は言いつつも、このような状況では何もしないのが被害の会。だが、この日は…少し違った。

 

「……悪ぃ、俺今日はもう帰るわ」

「うん?お前仕事か?」

「この状況で通常業務するような仕事には就いてねぇよ……なんか、あんま気が乗らなくてな…」

『……?』

 

浮かない顔をして、集団の輪から離れる男が一人。当然被害の会は確固とした組織ではなく、このように途中で去る、或いは途中から参加するという事も自然にある訳だが、どうも彼はそういう事ではないらしい。そんな彼を不思議そうに集団が見る中…彼は言った。

 

「何つーか、その、さ…あれ以降、ずっと思ってんだよ。…ほんとに女神は、俺達の事をどうでもいいと思ってんのかな…って」

「お前、それ……」

「あれ以降って…あの日の出来事の事…?」

 

頬を掻き、自分でも少し困惑してるような声で発されたその言葉に、被害の会は騒つきを見せる。…が、それも当たり前の事。彼の言葉は、被害の会の行動原理を否定するものなのだから。

 

「…それ本気で言ってんのか?」

「…冗談で言うと思うか?」

「……あれは仕事でやっただけだろ。そもそも女神や教会が未然に防げなかったからああなったのも同然だし」

「そうよ。それに彼は……」

 

あの時とは、蘇った四天王と女神の再戦後の事。再び支配された人々に被害の会が襲われ、ネプギアが足止めをした戦いの事。そしてその時怪我を負った一人の事が話に出た瞬間、気不味い雰囲気に全員が口を閉ざした。

その一人はその後無事に治療を受けられ、完治もそう遠くないと言われている。…が、だとしても怪我するのは縁起の良い事ではなく、更に言えば……それも女神がきちんと勤めを果たさなかったから、と思っている者も少なくはない。

しかしそれでも、男は首を横に振る。そうではない、そうだとしても…という顔で。

 

「あの時は、素直に避難するって選択も出来ただろ?でも俺達は避難せず、結果ああなった。…そりゃ、女神が未然に防げりゃ避難する必要もなかった訳だが…俺達にも少なからず非があるってか……」

「だとしても悪いのは女神でしょ?私達が避難しなかった事を棚に上げてるってなら、女神だって義務を果たせなかった事を棚に上げてるじゃない。違う?」

「や、そうだが…そうかもしれないが……」

「…な、落ち着いて考えろよ。これまでの事を考えれば、女神が俺達の事を何とも思ってない事なんて……」

 

 

「……じゃあ、何で俺達を守ろうとしてくれたんだ?不快にさせるような態度を取っていた俺達に嫌な顔一つしないで、俺達の前に立って、一生懸命に守ろうとしてくれた彼女は……本当に、何とも思ってないのか…?」

 

ぴたり、とまた被害の会は静かになる。…男が論破した訳ではない。有無を言わせぬ正論を発した訳でもない。彼はただ、事実を言っただけで……あの場にいた全員が、本当は思っていた。──あの時の女神パープルシスターは、必死に自分達を守ろうとしているように見えた…と。

だが、なら間違っているのは自分達だった…などと簡単に考えが変わる彼等ではない。簡単に処理出来る程度の思いなら…そもそも被害の会になど入らない。

 

「あれは…あれは有事だったからってだけよ。非常事態の時だけやる気出して仕事してる感出すなんて、それこそうちの守護女神の常套手段じゃない」

「そうだそうだ。第一女神が人を守るのに嫌な顔しないなんて、守って当然の……」

「…もういいだろう、それ以上は」

 

男を否定、或いは説得しようと反論を続ける被害の会だったが、それまで黙っていた一人…リーダー格の男が声と手で反論を制した。

 

「…代表……」

「俺達は誰かに強要された訳でも、そうせざるを得なくなった訳でもなく、自分でそうしたいと思って活動してきたんだ。なのにそうしたいと思えない相手へしつこく迫ったら、思想の押し付けが酷い女神と同じになるだろう。違うか?」

『それは……』

「……気が乗らないなら、それでいいさ。ただ、俺達は活動を続けるし…いつでも戻ってきてくれて構わないからな」

「……そうさせてもらうよ」

 

代表の言葉に小さく頷き、男は集団から去っていく。それを見送るのは、複雑な視線。それぞれの思いが込められた視線の中で…視線と共にほんの僅かな笑みを向ける、男が一人。

 

(…諦めなければ気持ちは届く、なんて思うんじゃねぇぞ?俺は分かってやりたいなんざ思わねぇし、女神が嫌いだって奴もここにゃいるんだ。…だが、それでも……あいつみたいに思ってくれる優しい奴もいるんだから、それで満足しやがれ女神)

 

……女神の思いは、人々皆に伝わる訳ではない。否定する者、嫌悪する者、拒絶する者…そんな者達も確かにいて、その者達がいるのは教会や軍人、有志達とは真逆の位置。

されど人は、人の心は変わる。善かれ悪しかれ日々揺れ動き、自らの意思で立つ場所を決めていく。そして強い信条を持つ人は、知らず知らずの内に他者へと影響を与え、その他者もまたいつか誰かの心を動かす。

 

 

 

 

──心の繋がりを大切にする、信次元の女神。だが、心の繋がりは今、女神達が思っているよりずっと強く、ずっと広く……世界へその輪を広げていた。

 

 

 

 

禍々しい輝きを放ちながらわたし達を拒む、負のシェアの塊。暴走した負のシェアエナジーの、全力の抵抗。その光の中を、わたし達は突き進む。

 

「くっ、もう意識なんてない筈なのに…ッ!」

「どんだけ濃密な弾幕作り上げてんのよ…ッ!」

 

お姉ちゃん達とコンパさん達にそれぞれの犯罪神を押さえ込んでもらって、わたし達女神候補生はコアにも見える塊へと接近を始めた。迎撃の光弾や光芒を出来る限り避けて、無理な分は斬り払ったりこっちも撃って相殺したり、或いは障壁で防いだりしながら、少しずつ。

結構なスピードを出しているのに、気の遠くなるような距離がある訳じゃないのに、中々塊へは辿り着かない。…それ程までに、負のシェアによる迎撃は激しかった。

 

「しかも、だんだんつよくなってきてる気もするし…!」

「……っ!ラムちゃん…!」

「あ、うんっ!」

 

ばっと前に出たロムちゃんと、ロムちゃんに続いたラムちゃんによって展開される、魔力障壁。次の瞬間大出力のビームが障壁に直撃して、双方のエネルギーが四方へ拡散。…もしあれが障壁じゃなくて身体に直撃していたら、間違いなく重傷は避けられない。

 

(…やっぱり、近付くのは危ないし難しい…一番安全なのは、全力でゲハバーンを投擲する事…でも……)

 

ビームを防ぎ切ると同時に二人は障壁を解除し、わたし達は侵攻再開。文字通りの弾雨の中で必死に前へ進みながら、わたしが考えるのは今取れるもう一つの手段。

距離だけで言えば、多分投擲でも塊へと届く。塊が動きさえしなければ、当てられると思う。そしてどんなに迎撃が激しくても、強固な壁を作ったとしても、それがシェアエナジーによるものである限り、ゲハバーンの前ではほぼ無力。冗談抜きにこの状況なら突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)やロンギヌスの槍(どっちも槍だけど…)ばりの活躍をしてくれる事が期待出来て、出来る事ならこっちを選びたいけど……それは、というかゲハバーンの多用はいーすんさんから止められている。ゲハバーンはまだ全てが解明された武器じゃない上に、シェアを拡散でも消滅でもなく『吸収』する以上、犯罪神に対して何度も使うのは危険だって。使うなら一度切り…最後の一撃だけに留めてほしいって。

いーすんさんならきっと、投擲を選んでも怒ったりはしない。無事に帰ってきてくれたならそれだけで…って言ってくれる。だけど……最後の最後で妥協なんて、したくない…ッ!

 

「ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃん…わたしは危険でも、過酷でも、最高の結末を迎えられる道を進みたいの。だから…力を貸してッ!」

「…はっ、何を今更言ってんのよネプギア。そんなの…アタシ達も同じに決まってるでしょッ!」

 

眼前に迫る光弾を斬り裂くと同時に、三人へ向けて発したわたしの思い。それに返ってきたのは、光芒を撃ち抜く光芒と心強い声。そして……

 

「……ロムちゃん、ネプギアがそうしたいなら…」

「うん。…ネプギアちゃんが、力をかしてほしいなら…」

 

再びわたし達の前に現れる、大きな障壁。でも今は防御必至の迎撃なんて飛んできてなくて、サイズも必要最低限とは思えないもの。それにどうして?…と思った時、ロムちゃんとラムちゃんがそれぞれわたしの斜め前へとやってきた。

 

「…あのね、ネプギアちゃん。わたしたち、伝えたいことがあるの」

「ゆっくりしてらんないし、一回でちゃーんときいてよ?」

「へ?……う、うん…」

「…ネプギアちゃん。わたし、ネプギアちゃんとお友だちになれてよかった。ネプギアちゃんはつよくて、りっぱで、でもやさしくて、あったかくて…ずっとすごいって思ってたの。だからお友だちになれてすっごくうれしかったし、わたし…ネプギアちゃんが、大すき」

「ネプギア、おぼえてる?わたしが友だちのことをほりゅーにしておいてあげるって。…てきとーにするのはいやだから、今言うわ。ネプギア、あんたは今から…ううん、ずっとわたしの友だちよ!もうこれは決まってるから、キャンセルなんてさせないわ!」

「ロムちゃん、ラムちゃん……そう言ってくれるのは嬉しいけど…まさか二人共…」

 

ロムちゃんは優しそうな、ラムちゃんは元気一杯な笑顔で、本当に嬉しい事を言ってくれる。友達だと思ってる相手がわたしの事を好いてくれて、友達だって言ってくれる。それは本当に本当に嬉しくて……だからこそ、不安になった。こんなタイミングで言われたら…最後のお別れのつもりなんじゃないかって、思っちゃうから。

もしそうなら聞きたくない。お別れなんてしたくない。そう思いながらも、続きを訊かずにはいられないわたし。障壁が段々破られていく中、聞いた二人は真剣な表情になって……

 

「…だから、ネプギア……」

「だからね、ネプギアちゃん……」

 

 

 

 

『ぜったいかって、それでまたあそ(ぼうね・ぶわよ)ッ!』

 

……利き手ではない方の手から、それぞれ宝石の様な物が放られて……次の瞬間、膨大な魔力の光芒がわたしの目の前の迎撃を飲み込んだ。

 

「……ッ!これって…」

「ほら行った行ったネプギア!わたしたちのがんばりをむだにする気!?」

「あんまり、もたないから…いそいで…ッ!」

 

魔力の柱が駆け抜けたのに続いて、どこにそんな余裕があったんだと思う程の魔力弾が打ち出される。それは全てではないけど迎撃の多くへぶつかっていって、弾雨の密度を引き下げていく。

更にロムちゃんから四つ、ラムちゃんから四つ、合計八つの魔力球がわたしの周囲へ渡される。使い方は、二人がアイコンタクトで伝えてくれる。……こうなれば、わたしだって分かる。二人は魔力を貯蔵させていた魔導具を一気に解放して、それで圧倒的な量の魔力を用意したんだって。…でも、それって…犯罪神への最後の攻撃のつもりで仕掛けた時にも使わなかったのって、何かリスクがあるからなんじゃ…。

 

「(……ううん、二人はわたしの為に頑張ってくれてる…全力の思いをぶつけてくれてる…だったら…ッ!)…二人共、約束だからねッ!遊ぼうって言ったのは二人なんだから、絶対約束を破っちゃ駄目だからねッ!」

『うんッ!』

 

わたしはわたしの中に生まれた不安を断ち切り、ユニちゃんと共に二人の横を駆け抜ける。二人が密度を下げてくれている、弾幕の中を。…もしもなんて気持ちはもうない。だって…約束したんだから。

 

「このまま一気に…!」

「…って訳にはいかないみたいね!ネプギア、お互い合わせるわよッ!」

 

障害が減ったおかげで、今までより格段に早く距離を稼ぐ事が出来た。でも当たり前の話として、迎撃は相手に近付けば近付く程脅威を増すもので、しかも多分…放たれる迎撃そのものもより激しくなっている。何としても近付けさせないという、必死の意思を思わせる位に。

 

「キッツいわね…これもう小降りの雨の方がまだ避け易いんじゃないの……!?」

「かもね、けどわたしとユニちゃんなら行けるよ!わたしはそう信じてるッ!」

「……そういうとこ、ネプギアはズルいのよ…」

「……ユニちゃん?」

「何でもないわ。…背中、預けるわよッ!」

 

ロムちゃんとラムちゃんに背中を押され、わたし達は進む。上に避けて、下に避けて、右に避けて、左に避けて。加速して、減速して、旋回して、時には迎撃もして。ユニちゃんの言った意味はよく分からない。でも、これは間違いないと言える。今のわたしとユニちゃんは、心で繋がっていると。

 

「いくよユニちゃん!」

「やるわよネプギア!」

 

一瞬の空白の後、曲線を描く光芒がわたし達を包囲し襲いかかる。その瞬間わたし達は身体を跳ね上げると同時に背中合わせで回転し、M.P.B.LとX.M.B.の全力連射でもって光芒を捩じ伏せる。そして遂に、負のシェアの塊がM.P.B.Lのフルパワーでならもうすぐ届くという距離に。

 

「いける…これなら…これで……ッ!」

 

食い下がる迎撃をユニちゃんが叩き落としてくれてる間に、エネルギーを急速チャージ。必要だと思う分を一気に集めて、目標である負のシェアの塊をしっかりと見据える。

これを撃てば終わる。これで本当に決着を付けられる。そう思いながら銃口を塊へと向けるわたし。……その瞬間だった。

 

「きゃ……ッ!?」

 

これまでのどの迎撃よりも速い速度で迫った一発の光弾。咄嗟にわたしは防御したけど、ギリギリだったせいでM.P.B.Lを弾き飛ばされてしまう。…最後の一撃を放つ為に、必要不可欠な攻撃のピースが。

 

「しまっ…く……ッ!」

 

慌てて取ろうとするわたしだけど、武器無しじゃ接近どころか下がる事もままならない。そう思っている間にもM.P.B.Lは飛んで、気付けば大きく後方に。

取りに行けない。……そう思った瞬間、背筋が凍り付いた。

 

(あ、あぁ…どうしよう…どうしようどうしようどうしよう……皆が繋いでくれたのに…皆がここまで届けてくれたのに…なのに、わたしのせいで…わたしのこんな小さな失敗のせいで……全部、終わる……?)

 

…ぐにゃりと、視界が歪んだ。視界が、端の方から真っ暗になっていった。本当に小さな、普通の戦いなら一瞬焦りはしても十分リカバリー出来る筈のミス。そのミスで全部台無しになって、全部が終わる。わたしのせいで、わたしが全てを終わらせてしまう。

気が遠くなりそうだった。あり得ない程の速度で心が折れかけの状態にまで堕ちて、意識を手放してしまいそうだった。でも…………

 

「──諦めてんじゃないわよ…ネプギアぁぁぁぁああああああッ!!」

「……──ッ!」

 

わたしの心の中の闇を祓う声と共に、わたしへと投げ渡された一つの何か。反射的にわたしはそれを掴んで……気付く。それが、ユニちゃんのX.M.B.だって。

 

「これは……!」

「シェアエナジーならもう充填したわッ!多少勝手が違っても、ネプギアなら使える筈よ!そうでしょッ!」

「で、でも…これじゃユニちゃんが…ッ!」

 

ユニちゃんの見立ては間違ってない。使いこなす事は無理でも、一撃叩き込む事位は出来る気がする。

だけど、わたしがこれを受け取ったら、ユニちゃんの武器がなくなる。身を守る重要な術が、なくなってしまう。ミスをしたのはわたしなのに、ユニちゃんが危険になってしまう。そんなのあっていい訳がなくて、わたしはすぐに投げ返そうとした。だけど、ユニちゃんは……

 

「いいから決めなさいッ!皆が、アタシがネプギアを信じてるのよッ!ネプギアなら出来るって、ネプギアなら任せられるって、そう信じて戦ってるのよ!だったらネプギアがする事は何!?その思い全てを受け止めて……最後まで進み続ける事でしょうがッ!」

「……ッ!ユニ、ちゃん……」

「…大丈夫、アタシだって命を投げ出すつもりはないわ。アタシにはまだやるべき事があるし…アタシは決めてるのよ。アタシと、ネプギアと、ロムと、ラムで…候補生皆で、いつかお姉ちゃん達以上の守護女神になってやるって!だから……そこに詰めたアタシの思いも一緒にぶつけてきなさい!それで…一緒に未来を歩むわよ、ネプギアッ!」

「ユニちゃん……受け取ったよ、ユニちゃんの思い!この思いで、皆の思いで、わたしは……ッ!」

 

ぐっ、と突き出された右の拳。それにわたしは頷いて、再び動き出す。右手に感じるのは、ユニちゃんの思い。身体に感じるのは、皆の思い。挫けそうになったわたしを突き動かすのは……未来を望む、わたし自身の意思。

 

「はぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!」

 

全身全霊、全力全開。ありとあらゆる思いを力に変えて、わたしは進む。進みながら、X.M.B.にわたしのシェアと思いも込める。後少しで届く、未来の為に。

 

 

 

 

アタシはアタシの思いと共に、X.M.B.をネプギアへ託した。ネプギアなら絶対決められるって、心から信じて。

 

(…不味い、わね…ああは言ったものの…死ぬ可能性、あるかも……)

 

渡した事を後悔してない。あれが最善の選択だと思ってる。それに命を捨てるつもりも、毛頭ない。

けれど現実として、アタシは追い詰められている。後少しで耐えれば勝てるけど…その少しすら、耐え切れるかどうか分からない。耐え切れそうな気もするけど…無理な気も、アタシにはしてる。

 

「でも、諦めない…うぐっ…!…諦めてなんて、やらないわよ…ッ!」

 

地面スレスレの背面飛びで避けるものの、一発喰らってアタシは落ちる。致命傷ではないけど、後続の迎撃は避けられない。…だとしても諦めようとは思わなかった。諦めるなんて……アタシは欠片も思わなかった。

…だからかもしれない。アタシが視界の端に、ある物を見つけられたのは。

 

「……っ…!あれは…!」

 

ハンドスプリングの様に後方へ跳ぶアタシ。また一発受けて、痛みが一気に駆け上がる。だけどそのおかげで…跳んだおかげで、アタシは掴む事が出来た。……地面へと突き刺さっていた、ネプギアのM.P.B.Lが。

 

「…全く、本当にネプギアは…ズルいんだからッ!」

 

M.P.B.Lの引き金を引いて、光弾を発射。避けられなかった筈の迎撃を撃ち落とし、アタシは息を吹き返す。ネプギアに渡したX.M.B.の代わりに、ネプギアの落としたM.P.B.Lを持って。

世界が、そしてネプギアが諦めるなと言っているようだった。だからアタシは心の中で「余計なお世話だっての」って言い返して……諦めない思いを、最後まで貫く。

 

 

 

 

ルウィーの女神候補生が紡いだ道を進み、ラステイションの女神候補生が繋ぎ、プラネテューヌの女神候補生が最後の一撃へと到達する。

その姿は、私達にも、パーティーの皆にも見えていた。その姿に勇気を貰って、私達は女神の力を、皆は人の力を、形だけに成り果てた犯罪神へと叩き付ける。

 

「行きなさいな、ネプギアちゃんッ!」

「わたし達の未来をッ!」

「私達の希望をッ!」

 

五人全員で、五人の武器で、犯罪神を抑え込む。技術もへったくれもない、単なる力の全力投下。でも私達には、私達を信じてくれる人達の思いが力となってくれている。だから、どれだけ強大であろうと……犯罪神に、押し負けたりはしない。

 

「いける…いけるわッ!これならネプギアが…ッ!」

「うん、これなら……──ッ!?」

 

興奮が感じ取れる、ネプテューヌの声。その気持ちは分かるし私も同じ思いだから、私も同じトーンで返そうとした。

……その瞬間に感じた、ぞくりとする感覚。女神の勘、或いは虫の知らせとでも言うべき、根拠が全くない未知の不安。それを感じた時、私は意味が分からなくて……でも感じた次の瞬間には、私は…ううん、私達は動いていた。

 

「ごめんッ!ノワール、ベール、ブランッ!」

「犯罪神は、任せるわッ!」

『えぇッ!?』

 

示し合わせた訳ではなく、でも完全に同じタイミングで飛び出した私とネプテューヌ。三人の驚きは分かるし、申し訳ないけど…こうしなきゃ不味いって思いが、私達を突き動かす。

向かう先は、塊の放つ弾幕の先。塊の元へと…ネプギアの元へと、私達は飛ぶ。

 

 

 

 

「未来を、希望を、明日を……わたしの手で…ッ!…掴み……取るッ!」

 

もうどうしようもない程の弾幕に襲われて、プロセッサが弾け飛んでいく。身体の傷も増えて、顔にも数発掠めていく。だけどわたしは止まらない。

威力、速度を兼ね備えた光芒が、わたしの左翼を基部から吹き飛ばす。翼にも神経が通っているから、四肢の一つを失ったような激痛が身体に走る。…それでもわたしは止まらない。失った次の瞬間には右翼もパージし、プロセッサで形作った翼ではない、シェアエナジーの噴射そのものである光の翼を作り出して、それでわたしは前へと進む。

そして急上昇するわたし。再びわたしは負のシェアの塊を目で捉えて、二人が付与してくれた魔法を起動。八つの魔力球はそれぞれの軌道を描いて、放たれかけていた迎撃を破り去る。

 

「未来は、わたし達の…今を生きる人と女神のものなんですっ!だから……ッ!」

 

狙う先は、負のシェアの塊。最後の敵で、未来を掴む最後の一歩。そしてわたしはX.M.B.を構え、全てを懸けて、全てを込めて……引き金に掛けた指を、引く。

 

「いっけぇぇぇぇええええええええッ!!」

 

わたしのシェアエナジーとユニちゃんのシェアエナジーが混じり合った、最後の光芒。皆の思いが形になった、未来への光明。真っ直ぐに伸びて、眩いばかりに輝いて……光が、負のシェアの塊を、悪意の神の残滓を包んで飲み込む。

輝いて、煌めいて、光り続けて……負のシェアの塊は、光芒の内側から爆発した。内包していた全ての負のシェアエナジーを撒き散らして、盛大に、壮絶に。闇色の光がわたし達の思いの光とぶつかって、互いに打ち消し合って……目も開けていられない程の輝きが、ギョウカイ墓場の最深部を包み込んだ。そうして、目を開けられる様になった時……負のシェアの塊は、消え去っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

後に残ったのは、空へと消えていくシェアの光の粒子だけ。それを確認したわたしは、肩で息をしながらゆっくりと降下。着地したところで翼を消して、すとんとその場に座り込む。…というより、消した時点で力が抜けてしまった。…あんまりにも、疲れたから。

 

「や、った…やりましたよ皆さん…!今度こそ、これで本当に……!」

 

地面に手を突く事で倒れそうになる上半身を支えて、ゆっくりと向きを反対へと変えていくわたし。

本当に疲れた。今なら普通のスライヌにすら一発攻撃を受けてしまうかもしれない程、わたしは疲れ切っている。…でも、いいよね…これで本当に倒せたんだから…後はもう帰るだけなんだから……わたし達は、皆で一緒に帰れるんだか──

 

「…………え?」

 

がばり、とわたしの左右で開いた闇色のシェア。消え行くだけの筈だった、悪意によるシェア。それは肉食獣の顎の様な形となって、わたしを飲み込もうと迫ってくる。

それはきっと、負のシェアの悪足掻き。こんな事したって、もうわたし達の勝利は覆らない。でも……わたしを道連れにするには、十分過ぎる程の最後の力。

 

(…あ、わたし死ぬんだ)

 

…分かってしまった。避けられない事が、死んでしまう事が。劇的な死でもなく、無念の中の死でもなく、こんな消化不良極まりない形で自分は死んでしまうのだと。

どうしようもないって、理解してしまった。もう逃げる術なんてないって、わたしは何故か冷静にそう判断していた。頭は理解していて、でも心は追い付いていないのか、悲しいとも悔しいとも思わない。ただ、「あぁ、そうなんだ」…としか、湧いてこない。

そんな事を考えている内に、もう顎は迫っていた。そしてわたしは終わりを迎える。負のシェアに飲み込まれて、最後の最後…解決したその後で、消える負のシェアエナジーと共にわたしも終わりを────

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の可愛い教え子に……」

「わたしの可愛い妹に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──手を、出すなッ!!』

 

 

 

 

……悪意を斬り裂く、透き通った光と紫の光。左右の顎を両断する、二人の女神と二振りの刃。座り込んだままのわたしが顔を上げた時……そこにいたのは、わたしが心から憧れと尊敬を抱く────お姉ちゃんと、イリゼさんだった。




今回のパロディ解説

・「勇気とは〜〜ではない〜〜」
DRAGON QUEST -ダイの大冒険-に登場するキャラ、まぞっほの名台詞のパロディ。言ったのは彼ですが、元は彼の師匠の言葉らしいですね。

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)
Fateシリーズに登場するキャラの一人、クー・フーリンの宝具の一つの事。ホーミング性能はありませんが、シェア製ならロー・アイアスでも突破出来ると思います。

・ロンギヌスの槍
エヴァンゲリオンシリーズに登場する武器の一つの事。当然大元はキリスト教ですが、パロディとしてはエヴァンゲリオンの方です。

・「行きなさいな、ネプギアちゃんッ!」「わたし達の未来をッ!」「私達の希望をッ!」
マクロスfrontier最終話における、オズマ・リー、カナリア・ベルシュタイン、ルカ・アンジェローニの台詞のパロディ。…というか、展開自体がオマージュなんです。


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第百六十話(最終話) 人と女神の歩む世界

ネプギアが届けた、未来を望む全員の思いが作り上げた光。破滅へと誘う悪意の闇を祓い、世界には続くだけの価値があると証明した善意の輝き。その光が、その輝きが負のシェアを包み、暴走諸共消し去った。…それが、正負のシェアの衝突による対消滅なのか、力としてのシェアエナジーが吹き飛ばしたのか、それともシェアに籠る善意が悪意に届いて、存続してもいいと思える程度には信次元も悪くない…と思ってくれた結果なのかは分からない。ただ一つ、言い切れる事があるとすれば……その瞬間、私達の未来は守られた。何があるか分からない、平和が訪れるとも限らない…けれど可能性に溢れた、信次元の未来が。

 

「……ふ、ぅ…」

 

長剣を振り抜いた姿勢から小さく息を吐き、力を抜いて身体を起こす。隣を見れば、そこには私と同じ動きを見せるネプテューヌの姿。

信次元の未来は守られた。でも負のシェアの残滓が…もしかすると犯罪神の怨念とでも言うべきものが、ネプギアを道連れにしようとした。私の教え子を、ネプテューヌの妹を、皆の仲間を、私達から奪おうとした。……だから、それを私とネプテューヌが断ち切った。誰であろうと、何があろうと、私から大切な人を奪うなんて──許さない。

 

「ネプギア、無事?」

「ネプギア、大丈夫?」

 

私達は振り向いて、二人ほぼ同時に…でもほんのちょっとだけネプテューヌが先に、背後のネプギアへと言葉をかける。…座り込んだままの、ネプギアに向けて。

 

「…ぇ……あ、えっと…その……」

 

視線と言葉を向けられたネプギアが見せたのは、戸惑いの表情。上手く返せないように口籠って、一度言葉が途切れて……それからネプギアの頬を、一筋の涙が伝う。

 

「……っ…ぅ、あ…わたし…わたし……っ!」

「…良かったわ、ネプギア。貴女が飲み込まれる前に、間に合って」

「お姉ちゃん…うん、うんっ…!お姉ちゃん…それに、イリゼさんも…助けてくれて…あり、がとう…っ!」

 

状況に心が追い付いたように、半ば呆然としていた表情を崩してぎゅっと目を瞑るネプギア。その様子を見たネプテューヌが軽く頭を撫でると、ネプギアは声を詰まらせながらもありがとうと言った。助けてくれて、ありがとうって。

 

「お礼なんか要らないわ。だってわたしはネプギアのお姉ちゃんだもの、助けるなんて当然でしょ?」

「それは私にしても同じだよ。それに、私はやるべきと思った事をやっただけなんだから」

「…だ、よね…二人なら、そう言うよね……ふふっ…」

 

ネプテューヌは頭に手を置いたまま、私は軽く微笑んで、瞳に涙を溜めたままのネプギアにそう言うと、ネプギアは涙声で…でも安心したように小さく笑みを浮かべてくれた。そんなネプギアの顔を見られたから、やっと私とネプテューヌも一安心。

 

「さ、それじゃ皆に合流しましょ。皆だってネプギアの事を心配してる筈よ」

「う、うん……でもその、わたし…今ちょっと、身体から力が抜けちゃってて…」

「もう、気持ちは分かるけどそれじゃ締まらないよネプギア……ほら、掴まって」

 

ぺたんと座り込んだままのネプギアに苦笑いしつつ、私達二人は手を差し出す。それをネプギアが両手で握って、私達二人は引き上げにかかる。…ネプギアも今や犯罪神にトドメを刺しちゃう程の女神に成長した訳だけど、やっぱりこういうところはまだまだ……

 

『……あれ…?』

「え、ちょっ……お姉ちゃん…?イリゼさん…?」

 

……と思っていた次の瞬間、私達はネプギアを引き上げる筈が逆につんのめり、二人でネプギアを押し倒す形に。当然ネプギアは頭と背中を地面に打ってしまっているのに、あんまりにも驚いているのか目を丸くするばかりで全く痛がる素振りがない。

 

「ご、ごめんネプギア…すぐ退いて……って、おかしいな…全然力が出てこない…」

「……あー…これは、アレね…」

『あれ……?』

「……ガス欠よ」

 

神経をやられたとか、アンチシェアクリスタルの影響下に入ったとかじゃないのに、何故か全然身体が動かない。それに焦りを感じる中、隣のネプテューヌは心当たりがありそうな声音を出して……言った。

ガス欠。勿論私達女神はガスで動く訳じゃないから、これはあくまで比喩表現。でも、何故か私にはその表現がしっくりときた。

 

「…あの、お姉ちゃん、イリゼさん…ほんとに全く動けないの…?……この体勢は、ちょっと負担が…」

「あ…そ、そうよね、ごめんなさいネプギア…ノワール、ベール、ブラン!申し訳ないけど、少し手を貸して…って……」

『三人も同じ状況だった!?』

 

顔を上げて見てみれば、少し前まで私達のいた場所には背中合わせで座り込んだノワール達の姿。ネプギアと同じように割座で座り込んでいたり、思い切り脚を投げ出してたりで多少の違いはあるけれど、三人共もうちょっとバランスが崩れればずり落ちそうな位に心身の疲弊が見て取れる。…っていうか多分、私達も傍から見たら同じ感じなんだと思う。

それはともかく、とにかく誰かの手を借りなきゃいけない。そう思って私達は助けを求め……

 

「くっ…なら少し情けないけど、ユニちゃん達に……」

「あ…すみませんネプテューヌさん…アタシももう、動けないです……」

「あぅ……(へとへと)」

「うぅ……(もうむり)」

「こ、候補生も全滅してる…っていうかラムちゃんがロムちゃん状態(?)に……皆ー!誰か、余裕のある人は……」

「ちょっ、コンパ!?目がぐるぐる状態になってるわよ!?大丈夫!?」

「これは……魔力切れ、か…?」

「しかし、MPが足りない!…ってやつ?……ところで皆、誰かアタシに肩貸して〜…きゅぅ……」

「それならわたしが…と言いたいところだけど、ごめんねREDちゃん…わたしも限界……」

 

 

 

 

『……おおぅ…』

 

……死屍累々状態だった。候補生の皆はぐったりしてるし、パーティーメンバーもぐったりしてる人が多いし、残りのメンバーもばったばったと倒れていくし……もう一度言うね。…死屍累々状態だった。

 

「こ、困ったわね…これじゃ直面してる問題どころか、ここからの離脱すらままならないわ…」

「…うん…それとね、お姉ちゃん……」

「…ネプギア……?」

「…押し潰されてるのは違う理由で、段々身体が痛くなってきちゃった…治癒魔法が切れたのかも……」

『……洒落にならな過ぎる状況!?』

 

若干表情を歪めたネプギアの背後に見えるのは、どろりとした赤い液体。少し視線を下げてみれば、プロセッサにもそれは付いていて…その液体の発生源は、上に乗ってるこの私。…これは、あれだね…早く何とかしないと、死屍累々状態どころか……

 

 

 

 

──死屍累々そのものになってしまうッ!

 

「はきゅぅぅ…見えるです、わたしにも敵が見えるですぅ……」

「コンパさんそれ幻覚だよ!?又はもしや、疲労で寝かけてる!?」

「はは、君は元気だね…同じファルコムでも、あたしはもう歳かな……」

「ほ、本格的に不味いわねこれは…イリゼ、何か思い付かない…?」

「な、何かって……そうだ、イストワールさんにこことプラネタワーを繋げてもらえば…」

「繋げるって…次元を繋げたのと同じ要領でって事?…いーすん、それ出来るの…?」

「出来る…出来るよ!イストワールさんなら!だってイストワールさんだもん!」

「あ、う、うん…(イリゼ…大分テンパってるのね、貴女も……)」

 

ぱっと思いついた妙案を私は言ったのに、ネプテューヌが浮かべたのは何とも言えないみたいな表情。

…と、そこでインカムに通信が入ってくる。その相手は……ビーシャ。

 

「ねぷねぷ、負のシェアの柱?…が消えたよ!勝ったんだよね?勝ったんだよね、ねぷねぷ達が!」

「ビーシャ……えぇ、勝ったわ。…っとそうよ、ビーシャ達がいたじゃない…!ねぇビーシャ、悪いんだけどちょっとお願いが……」

「そっかぁ……じゃあさねぷねぷ、悪いんだけど助けに来てくれないかな?」

「え?」

「実はわたし達、ずーっと墓場の前にいて……全員無事なんだけど、もう一歩も動けないや…てへっ☆」

「…………」

 

会話の最中一度明るくなったネプテューヌの顔は、ビーシャの返しで一気に蒼白化。しかもわたし『達』という事はつまり、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の四人が全員同じ状態って訳で……待ってよ、洒落にならない状況がストップ高ってどういう事…!?

 

「は、ははは…このままだとギョウカイ墓場がわたし達にとってのリアル墓場になっちゃいそうね…」

「お、お姉ちゃんがネガティヴジョークを…!?あのお姉ちゃんが……!?」

 

そして、ネプテューヌの発言でネプギアも顔面蒼白化。……いよいよヤバい。

 

「……っていうか、まだ封印もしてないよね…?…今、やれる…?」

『無理』

「三人共聞いてたの!?」

 

疲弊し切ってても女神の聴力はばりばり機能していたらしく、ネプテューヌに向けて言ったつもりの言葉はノワール達三人に返された。加えて『誰かさん達のせいで最後一層疲れたし…』みたいな視線が向けられていた。……せ、説明してる時間がなかったんだもん、あれは不可抗力だよ…。

 

「…………」

 

近くを見れば、ノックアウト状態のネプテューヌ&ネプギア。少し離れた場所を見れば、ぐったりの候補生三人。更に遠くを見れば、覇気もなく座り込む守護女神三人といよいよ立っている人が誰もいなくなったパーティーメンバー。そしてトドメとばかりに、墓場の出入り口では私達と似たような状態の黄金の第三勢力(ゴールドサァド)。……うん…これはもう、ほんとあれだね…。

 

「……すみませんイストワールさん、救援をお願いします…」

 

インカムを使って、イストワールさんへ連絡。通信は開いたままだったから、当然イストワールさん…というか教祖さん達にも私達の状態は伝わってる訳で、だと思った…みたいな反応が返ってくる。で、結局……

 

「お待たせしました。…いざ見ると、確かに凄い状況ですね……(; ̄ェ ̄)」

「封印は日を改める他ないね。今無理にやっても半端な封印にしかならないだろう」

「さぁお姉様、アタクシの肩に掴まって下さいな!アタクシに身を任せるように、ぐっと!」

「あぁその前に治癒を。…皆さん、動かないで下さいね…!」

 

要請に応じて来てくれた、教祖の四人と各国教会の職員さん達。ミナさんや手当の心得がある人に応急手当て(切れた治癒魔法のかけ直し)をしてもらい、担がれたり担架に乗せられたりして漸く最深部から移動を開始。その頃にはかなり流血もしてしまった事で皆輪をかけてぐったりとしてしまっていて、その姿はまるで華やかな勝利というより大事故に遭った哀れな人達の搬送とでも言うべきもの。

心に抱く希望を力に変えて、皆の思いに背中を押されて、死闘の果てに私達は勝利を掴んだ。滅びの体現者である犯罪神に打ち勝ち、未来への道を切り開いた。その先で私達は今……びっくりする程締まりのない凱旋をスタートしている。死闘だったんだから仕方ないとはいえ、もうちょっと格好良く…せめて私達の間だけで肩を貸し合って凱旋とかにしたかった。……まぁ、ある意味…そういう微妙に締まらないところこそ、私達って感じもするけど、ね。

 

 

 

 

二日間。私達が静養に費やしたのは、たった二日間だけだった。

理由は二つ。一つは倒したとはいえ、再封印の最中に犯罪神が覚醒したという経験をしていたが故に、戻ってからもまた復活するんじゃないかと気が気でなかったから。

もう一つは、普通の治療をすると身体が万全の状態ではなくなってしまうから。となると完治するまで遅らせるか、治癒魔法をかけ直し続けるしかなくて、一つ目の理由と合わせてもさっさと再封印するのが最適だろうと私達は判断した。だから今、私は……再封印を見守っている。

 

「…………」

 

墓場にいるのは、二日前と同じ面子。女神以外のメンバーは普通に治療を受けていて、皆どこかしらに包帯を巻いたり湿布を貼っていたりしている。

封印は、守護女神の四人がいれば出来る。何かしら問題が起きた場合でも、大概は私や女神候補生の四人で対処出来る。…だけど皆ここまで来た。仲間として、最後まで見届けたいからって。

 

「…じゃあ、始めるわ」

 

ネプテューヌからの声に私達は頷いて、その頷きに守護女神の四人も頷き返して、四人は向かい合う形で手を前へ。そして犯罪神の再封印が、始まる。

 

「これで、今度こそ…」

「うん、今度こそ…だね…」

 

ぽつりと呟くケイブと鉄拳ちゃん。その声音からは、この封印が無事終わる事への切なる願いが伝わってくる。…今度こそ終わらせたい。今度こそ終わってほしい。それは、私達全員の願い。

 

(…大丈夫。だってあれだけの思いを、善意のシェアを輝かせたんだから。勝ったのは力じゃなくて、希望なんだから)

 

呟きを聞いた私は、心の中でそう答えた。口に出さなかったのは、こんなのここにいる皆には言うまでもないと思ったから。

あの時と同じように負のシェアエナジーが四人の作る輪の中央へと集まっていき、それを四色のシェアエナジーが包んでいく。奇跡の体現者たる女神による、超常の力が起こす現象。神秘的で、幻想的で……女神にとっては何よりも馴染み深い、思いの光。

 

「……これでおわり、なのよね?…これで、おわっちゃうのよね…?」

「えぇ。……なにか残念みたいな言い方ね」

「う……それは、その…」

 

暫く固唾を呑んで見守る時間が続いた後、どこか名残惜しそうな声音でラムちゃんが言葉を発した。隣にいたユニが私と同じような観点で言葉を返すと、ラムちゃんは口籠り、その間にロムちゃんが口を開く。

 

「…わたし、ラムちゃんの気持ちわかる…だってネプギアちゃん、ユニちゃんとなかよくなれたのも、色んな人とであえたのも…たびしてた、おかげだから……」

「…まぁ、そうね。もし犯罪神と犯罪組織の事がなければ、まぁその場合でもアタシ達はそれなりの仲にはなってただろうけど…今程の仲にはなってなかったかもしれないし…」

 

旅があったから、知る事が出来た。旅が切っ掛けで、仲良くなれた。だから今の関係を与えてくれた旅が終わってしまうのが、どこか残念でどこか名残惜しい。…二人が感じていたのは、そういう事だった。

その気持ちは、分かる。私にとってもこの旅は沢山のものを得られた旅で、これのおかげで仲良くなれた人は多い。それに、今以上に前の旅では二人と同じような事を胸の中に抱いていた。だって私の場合、前の旅がなければそもそも今も眠り続けていたかもしれないから。……そういう経験があるから、特別な事が終わって普通に戻ってしまう事への複雑な気持ちは…よく分かる。

だけどそれを、不安に思う必要はない。私はそう言おうとして……私より先に、ネプギアが候補生三人の前に立つ。

 

「大丈夫だよ。旅は終わっても、わたし達の仲は続くんだから。わたし達はもう、特別な理由がなくても集まれて、小さな事でも皆で力を合わせられる位に仲良くなれたんだから。…そうでしょ?皆」

 

にっこりと笑みを浮かべて、三人に思いを伝えるネプギア。その言葉でロムちゃんとラムちゃんは表情を輝かせて、ユニは優し気に微笑んで、四人は明るく笑顔を交わす。

そう、旅は終わりでも、関係は終わりじゃない。普通の日々に戻ったとしても、築いた関係は、紡いだ絆は無かった事になったりはしない。…それが、心の繋がりってものだから。

 

(…今ここにいる皆だけじゃない。ここにいなくても心を繋いだ人は沢山いて、一度しか会ってなかったり、敵だったり、遠く離れた場所にいたりする人とも心の絆は確かにある。それが私の…皆の背中を押してくれて、私達は今ここに辿り着けた。…そういう事だよね、きっと)

 

闇色のシェアを包み込んだ四色のシェアは、四角柱の結晶の様にその形を変えていき、残り香の如く感じていた犯罪神のシェアの気配が消えていく。そして、淡い光は次第に弱く、落ち着いたような雰囲気に変わっていって……負のシェアを内包した四角柱は、墓場最深部の地面へと沈んでいった。染み込むように、地面へは一切の変化を起こす事なく、光と共に入っていった。

 

「…成功、したの……?」

「だと、思うにゅ…」

「うん、わたしもそう思う…」

 

完全に沈んだところで、四人はゆっくりと手を降ろす。5pb.、ブロッコリー、サイバーコネクトツーが期待と不安の混じった声をおもむろに零し、こちらへと振り返る四人を全員が見つめる。

 

「ふぅ…やっぱり神の仕事は激戦の末に魔王やら邪神やらを封印する事って相場が決まってるのね。今更だけど」

「倒し切れずに封印、じゃなくて倒した上で封印ってのはあんまねぇだろ。まぁ、普通倒したなら封印する必要ないって訳だが」

「わたくし達ではなく、あいちゃん達が中心の作品であれば過去にわたくし達が倒し切れず封印、というパターンになっていたかもしれませんわよ?」

 

肩の力を抜いたノワール達の口から出たのは、私達の求めるものとは全然違う言葉。その内容は完全に雑談で、そんな話が出てくるとは思っていなかった私達は全員揃って目を丸くしてしまう。

…と、思ったけど、全員じゃなかった。マジェコンヌさんだけは何かを確信している顔で、口元に小さく笑みを浮かべていた。

 

「ふっ、その余裕が国の長たる資質の一つなのかもしれないな。……お疲れ様だ、守護女神」

 

口元の笑みを深めてそう言うマジェコンヌさん。最初の表情の意味は分からなくても、その言葉を聞けば誰だって理解出来る。結局封印はどうなったのかが。私達は喜べばいいのか、悲しめばいいのかが。

熱せられ沸騰に近付く水の様に、私達は次第に色めき立っていく。感情が爆発する瞬間が、ぐんぐんと近付いていく。そして、私達を見回していたネプテューヌはタイミングを見極め、満を持して……言った。

 

「それじゃあ皆……帰って祝賀パーティーを始めるわよっ!」

 

ネプテューヌの言葉がトリガーとなって、わーっと私達は歓声を上げる。性格もキャラも関係なく、とにかく溢れ出す喜びを言動に乗せて笑顔を咲かせる。

長い長い犯罪組織との戦い。苦しい事も、辛い事も沢山あって、でもそれだけじゃなかった、これまでの日々。その戦いが、その日々が、今この瞬間……大団円でもって、終わりを迎えるのだった。

 

 

 

 

そうして私達は帰還した。最高の気分のまま祝賀パーティー……といきたいところだったけど、まずは魔法による先延ばしを終わらせて治療を受けろというごもっともな正論を言われて、祝賀パーティーは少し後になる事となった。でもだからって私達は、極端に落ち込んだりなんてしない。前の旅だってパーティーは治療やら事後処理やらで開催がそこそこ後になったし、何より平和は取り戻せたんだから。

犯罪神の脅威が去り、元の生活へと戻り始めた(と言ってもまだスタートラインから片足上げた程度だけど)信次元。そんな中で、私は時間を作り……ある場所へと訪れていた。

 

「……ごめんね、ほんとはもっと早く来るつもりだったんだけど…色々予想外の事が起きて、こんなに遅くなっちゃった…」

 

魔窟と呼ばれる場所の奥。隠し通路の先にある、一見柱以外は何もない部屋。……私が眠っていた、もう一人の私との繋がりを感じる、私にとっての特別な場所。そこに入った私は、居る気がするもう一人の私に向かって呼び掛ける。

 

「ね、私一杯話したい事があるの。何があったかとか、どうなったとか、どんなものを得られたかとか、沢山話したいの。…それに、これの事も」

 

これ、と言いながら私は編んだ前髪に結んだリボンを指で触れる。これはイストワールさんに、家族に貰った私の宝物。それをもう一人の自分であり家族である、本物のオリジンハート、本当のイリゼへと話したい…ずっと私はそう思っていた。

最初から順を追って、一つ一つ話していく。返答はないし、全部話すとなれば結構な時間喋り続けなければならなくなる。でも、私は何も苦には思わなかった。むしろ、やっと話せた喜びの方が私の中で上回っていた。

 

「きっと貴女なら…イリゼ()なら、もっと早く、もっと無駄なく解決出来たんだよね。…でも、私はそれを恥だとは思ってないよ。だって私も皆も、一生懸命頑張って、それで手にした平和だもん」

 

人の命や次元の存続がかかっていた以上、結果より過程が大事…とは言えない。こう出来ていれば、これをせずに済んでいれば、と思う事は沢山ある。だけど私達は出来る事を精一杯やって、皆が納得出来る結末を目指して、皆でそこへと辿り着いた。だから反省するべき事はあったとしても、私は私達の歩んできた道に胸を張りたい。…じゃなきゃ、私も皆も心から喜べないもんね。

 

「……で、今日これまでの事を話す為にここに来たの。…どうだった?私の話は。私達の歩んできた、私達の道は」

 

たっぷりと時間をかけて話し終え、私はもう一人の私に問いかけてみる。…勿論、返答はない。ないけど…きっとこれは伝わってる。私はそう思ってる。

 

「…でも、終わったからもういいや…なんて思っちゃ駄目だよね。また何か起こるかもしれないし…救えなかった人も、いるんだから」

 

私達は大団円を迎えられた。けど、信次元に生きる人全員が幸せになった訳じゃない。誰一人傷付かなかった訳じゃない。それはどんなに不可抗力でも、仕方なかったとしても…女神はそれをきちんと受け止めなきゃいけない。教祖の皆さんに言われた通り、被害を受けた人ばかりに心血を注ぐのが正しい形ではないのだろうけど…勝利を喜ぶ事、協力してくれた人達に感謝する事とは別として、それもしっかり覚えておかなきゃいけない。

 

「……だけど、それでも…私、守れたよ。大切な人と、大切な人が守りたいものを。私の思いは…貫けたよ」

 

私はもう一人の私に向けた言葉を続ける。イリゼ()への思いを、残さず届ける。

 

「…ねぇ、訊いてもいいかな?…私、前からずっと気になってたの。どうして私は、今もここにいるんだろうって。私は信次元に何かあった時の為の、謂わば保険でしょ?それなら前の旅で皆と平和を掴んだ後、私はまた眠りについてもおかしくなかったんじゃないかって思ったの」

 

今口にしたのは、考えていてあまり気分の良いものではない疑問。前の旅の後、一人お別れをする可能性もあったんじゃと考えるだけで、胸が締め付けられる。…だから出来れば、訊きたかった。もう一人の私の口から、何故なのかを。

 

「元々目覚めたらそのままになるよう設定してたの?それとも、私の思いを汲んで今の信次元に留まらせてくれたの?…まさか、どこかの女神宜しく誰かが私との再会を望んでくれた…とかじゃないよね?」

 

答えはない。何も言葉は返ってこない。だから私は、ただ考えたくない事を考えただけ。……そうなるかもと思っていたのに、実際はそうじゃなかった。冗談も交えられる程、私の心には余裕があった。

それは、ここに来る事で感じる安心感のおかげかもしれない。皆との旅の中で、少し心が強くなったからかもしれない。或いは…本当は分かっていたのかもしれない。私が今ここにいるのは、何もおかしくなんてないって。

 

「…ふふっ、大丈夫だよイリゼ()。私はイリゼ()からの期待を重荷には感じてないし、期待してくれてる事が嬉しいんだから。それに…少しだけど、今は私を信仰してくれる人がいる。だからもう眠れって言われても眠らないよ?女神オリジンハートは……全力で信者の思いに応えるんだから」

 

そう言って私は微笑みを見せる。もう一人の私を安心させるように。今の私はこうなんだって、証明するように。

私は原初の女神、オリジンハートの複製体。もう一人のイリゼ。けど、私とイリゼ()は同じじゃない。誰よりも近しい、互いに自分そのものの関係だけど、私には私の道がある。その道を突き進むって、私は心に決めている。

 

「私には、信仰してくれる人がいる。力を貸してくれる仲間がいる。共に笑い合える、友達がいる。だから、私は今を生きるよ。私の守りたいものがある、私が大切だと思う人がいる、今の信次元でオリジンハートを続けるよ。絶対に、絶対にイリゼ()の期待は裏切らない。やっぱり託して良かったって、必ず思わせてみせる。だからイリゼ()、これからも私を──」

 

 

 

 

 

 

 

 

────信じているよ。

 

 

「……っ!」

 

聞こえた気がした。表現としてはおかしいかもしれないけど、私にはもう一人の私の声がはっきりと聞こえたような気がした。…信じてるって、言ってくれた気がした。

 

「……うん、信じていてね。イリゼ()

 

また来るねと言って、今度はイストワールさんとも来るからねと言って、私は部屋を後にする。最後に私の眠っていた柱に触れて、もう一人の私と触れ合っているような思いに包まれて、私は部屋を後にした。……胸の中を、幸せな気持ちで一杯にして。

私は皆と、平和を取り戻した。守りたいものを守って、今の世界を未来へ繋げた。不確定だとしても、これまで以上の脅威に襲われるかもしれなくても、進みたいと思う明日を手にした。

私には大切な人が沢山いる。そんな人達が、信次元には生きている。その信次元に、私はいる。だから、私はこれからも……この信次元を、可能性に溢れるこの世界を、皆と共に歩んでいく。




今回のパロディ解説

・「しかし、MPが足りない!〜〜」
ドラゴンクエストシリーズにおける、文字通りMPが足りない際に出てくる言葉の事。原作シリーズ的には、MPではなくSPが足りないと言うべきかもですね。

・「〜〜見えるです〜〜見えるですぅ〜〜」
機動戦士ガンダムの登場キャラの一人、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。NTのコンパ……うーん、注射ファンネルとか使うんですかね…?

・〜〜これはもう、ほんとあれだね…。
ギャグマンガ日和シリーズに登場するキャラの一人、克明の口癖のパロディ。…と言っても、これを一度出すだけではあまり伝わりそうにないですね…反省します。

・どこかの女神
フェアリーフェンサー エフのヒロインの一人、アリンの事。その後の再会を望むという辺りまでがパロディですね。FFFユーザーならお分かり頂けたかと思います。




二年弱という物凄い長い作品に付き合って頂き、誠にありがとうございました。OPはこれにて終了です!……と言いたいところですが、OA読者の方なら分かる通り、まだエピローグとあとがきがあります。それに設定系もまた追加するので、もう少しお付き合い下さいね。


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エピローグ 少女達の未来

女神だって、人の域を超えちゃった女の子だって、思いっ切り身体を休める事は必要。年齢の概念が狂ってたり、明らかに人が生身で相手していいレベルじゃないモンスターや超常的存在と大立ち回りしてても私達の心は少女な訳で、長く厳しい戦いが終わった後は憩いが欲しいと思うもの。

そして、大概の女の子が好きなものと言えば…お風呂。女性オンリーの私達パーティーが、心身共に休める憩いを求めるとすれば……導き出される答えは、ただ一つ。

 

「温泉キターーーーっ!」

 

夜空に響く、元気一杯なネプテューヌの声。次の瞬間ネプテューヌは両手を突き上げたまま跳び上がり、どっぽーんと水飛沫を上げながらお湯へと着水。…そう、私達は今……温泉に来てるんですっ!

 

「あっ、こらネプテューヌ!温泉に飛び込むんじゃないわよ!」

「もう、駄目だよお姉ちゃん。まず身体を洗うのがマナーだし、急に入ったら身体がびっくりしちゃうよ?」

「むー、ごめんなさーいおかーさん達」

『おかーさん達!?』

 

温泉へダイブしたネプテューヌへノワールが強めに、ネプギアがやんわりと注意すると、返ってきたのはまさかの発言。お、おかーさんって…片方ネプテューヌの妹だよ…?

 

「はっ!?アタシより先にネプテューヌが…!?」

「ねぷねぷに一番乗り取られた…」

「わたしもいちばんのりしたかったのにー…」

「のにー……(ぷくー)」

「子供か……って、半分は子供だったわね…」

「はは、ビーシャもREDも純粋で可愛いものじゃない。…ブランちゃんは悔しがらないの?」

「同じだと思わないで頂戴。わたしが子供なのは見た目だけ…って誰が子供だ誰が!」

「い、いや子供とは言ってないわよ…(そういう意図で振ったのは事実だけど…)」

 

続くのは温泉に一番乗りしたかった組と、ルウィーの守護女神&黄金の第三勢力(ゴールドサァド)コンビ。一番乗りしたかった組へはアイエフが肩を竦めながら突っ込み、先行メンバーに続いて私含む残りのメンバーもぞろぞろと集まっていく。

ここは、プラネテューヌのとある温泉。どこにあるのかとかどんな効能が…とかは一先ず置いておくとして、ここに私達は泊まりに来ていた。で、私達が今いるのは…露天風呂。

 

「元気一杯どころか、元気有り余ってるって感じだね。…まぁ、気持ちが分かるけども」

「へぇ、イリゼさんも飛び込みたかったの?」

「あ、ち、違うよ!?分かるっていうのはあくまでその気持ちを理解出来るってだけで、別にそういう事じゃ……」

「ふふっ、イリゼちゃんは時々子供っぽくなるですもんね〜」

「あはは、大丈夫だよイリゼちゃん。わたしも分からないでもないからね」

 

何気なく言った言葉を旧パーティー組のファルコムに突っ込まれ、周りから生暖かい目で見られる私。マベちゃんはフォローに入ってくれたけど…流れのせいで気遣ってあげてる感が凄くて、全く私としてはあぁ良かった…って気持ちになれない。…うぅ、まさかエピローグですらこの系統の弄りをされるなんて……。

 

「まあ取り敢えず、温泉に浸かると致しましょうか。でなければ身体が冷えてしまいますわ」

「そうですね……ってあの、何故アタシ達の方に視線を…身体なら自分で洗えますからね…?」

 

…ベールが女神候補生組に向けていた視線はともかく、言っている事はその通り。折角旅館に泊まりに来たのに、露天風呂で身体を冷やして体調崩しちゃったら勿体ない。

という事で私達は身体を洗い、ネプテューヌも一人洗ってないのは嫌だったのか一回出て洗い、それからちゃぽんと全員湯船へ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

『……はふぅぅ…………』

 

熱めのお湯に浸かり、身体を芯から温められた私達の口から漏れる、自然な吐息。ちっちゃい子から既に女の『子』と呼ぶのは失礼な人まで、これに関してはパーティーメンバーも黄金の第三勢力(ゴールドサァド)も変わらない。

 

「やっぱり、天然の温泉は疲れが取れるねぇ…」

「こんなに気持ち良いなら、何度でも来たいね」

「うんうん、それに皆で入ると格別だね」

「身に染みるにゅ……」

 

新パーティーファルコム、鉄拳ちゃん、サイバーコネクトツー、ブロッコリーと、新旧関係なしで皆口々に気持ち良さ気な声を漏らす。…でも、それはそうだよ…私だって暫くぽけーっとしていたくなる位気持ち良い露天風呂なんだから…んふぅ……。

 

「ねーねーネプテューヌ!向こうまで競争しようよー!」

「ふふん、わたしに挑むとは良い度胸だよ。負けた方はコーヒー牛乳奢りだからねっ!よーいどん!」

「こらー!泳ぐなー!」

 

…とか思ってたけど、ご覧の通り凡そ寛いでない子も若干名。二人への突っ込みで寛げてない子も一名。前者は精神的な意味では寛げてるんだろうけど……普通物理的にも休むのが温泉だよね…?…お疲れ様、アイエフ。

 

「時にネプテューヌよ、前のように音頭を取ったりはしないのか?」

「え?あーそれは……ってあぁ!REDに先行かれたぁ!?」

「勝負は待ったなしだからねー!」

「うぅ…で、音頭だっけ?勿論わたしが取ってもいいけど…ここはネプギアに譲ろっかな!何せラストバトルでの大活躍はネプギアだったもんね!」

「え、わ、わたし…?」

 

賑やかな催しの音頭と言えばネプテューヌ。そう考えていたのはMAGES.だけじゃなくて、私もやるのかなぁと思っていたけど、そのネプテューヌはネプギアを指名。呼ばれたネプギアは目をぱちくりさせていて、それから視線を皆の方へ。

 

「…え、と…わたしで、いいんですか…?」

「構わないわよ。別に仕事って訳じゃないんだし」

「そうね。わたしも構わないわ」

「ネプギアちゃん、ふぁいとですわ」

 

謙虚で控えめなネプギアらしい、周りの意見を第一にした反応。だけどノワールの言う通りこれはプライベートだし、それを差し引いてもネプギアが音頭を取るのに不満を持つ人なんてここにはいない。そしてそれは…これまでのネプギアの頑張りの賜物。

皆からの肯定を受けて、ネプギアは温泉の端…皆を見回せる位置へ。それからネプギアはこほんと一つ咳払いをして……ネプギアらしく音頭を取る。

 

「それじゃあ……皆ー!盛り上がってますかーっ!」

『寛いでまーす』

「あ、で、ですよね…色々ありましたが、皆さんのおかげで無事平和を取り戻す事が出来ました!ですので皆さん、今日はゆっくり休んで下さいねっ!」

『…………』

「……皆さん…?」

((……ビスコッティの姫様感が凄い…))

 

一瞬露天風呂じゃなくてライブ会場だったかな?…と思ってしまったネプギアの音頭。…まぁ、今の緩い雰囲気的にはむしろ丁度良かったりするんだけどね。

 

「…それで、ええっと……」

「……?何よ、ネプギア」

「……ここのお支払いは、ユニちゃん持ち…?」

「何でよ!?何でアタシが……ってまさか前のパーティーの天丼ネタのつもり!?」

「そ、そのつもりだったんだけど…面白くなかった、かな…?」

「いや、ならもっとはっきり言い切りなさいよ……」

「そうだよネプギア。ボケはキレが肝心なんだから」

「そ、そっか…わたしもまだまだだなぁ……」

「…え、それは何の学び…?」

 

そこからネプギアは前のネプテューヌを参考にしたらしく、ユニを弄りにいくけど…結果はこの通り。一気にゆるゆるからぐだぐたにシフトチェンジしてしまったものだから、つい私は思った事をそのまま口に出てしまった。でも、幸い突っ込みの体裁を取れていたから、それを弄られる事はなかった。

 

「はは…ネプギアさん、最後にそれっぽい事言えれば上手く締まるよ」

「5pb.さん……ですよね。…大変な戦いでしたけど、わたし達は勝てました。わたし達を信じて、未来を望む人達の思いに応えられました。まだ色々やらなきゃいけない事はありますけど…それでも今は心から喜べるんです。だから皆さん、今日は……目一杯楽しみましょう!」

 

…とまぁ一度は締まらない流れになっちゃったけど、5pb.からのアドバイスを受け、持ち直したネプギア。徹頭徹尾賑やかしに徹していたネプテューヌと違い、やっぱりちょっとネプギアからは固さを感じるけど…それがネプギア。ネプテューヌとは違う形でパーティーの中心となった、ネプギアの在り方。

目一杯楽しもう。そんなの言われるまでもないとばかりに私達は頷いて、またそれぞれに談笑したり温泉の気持ち良さに身を任せたりして、この場を存分に満喫する。…という訳で、私からも……こほん。

 

──楽しい夜は、まだ始まったばかりなんだからねっ!

 

 

 

 

「おぉ、やっぱりいつ見ても凄い質量だねベール…完全に浮いてるなんて……」

「うふふ、それ程でもありませんわ」

「こんぱもついつい見ちゃう大きさだよね。いいないーなー」

「あぅ、そう言われるとちょっと恥ずかしいです…」

「マベちゃんとか鉄拳ちゃんとか、REDとかケイブとか、シーシャなんかもそうだけど、ほんとうちのパーティーってちょこちょこ大っきい人いるよね〜。いやぁ……泣きたくなってくるね、ブラン…あいちゃん……」

『そうね…はぁ……』

『ならなんでそんな話題出したの(よ)…』

 

一頻り胸の話をした後一気に落ち込むネプテューヌに、私とノワールが半眼で突っ込む。私も決して大きい方じゃないから気持ちは分かるけど(でも言ったら贅沢だって返されるんだよね…)、何も自ら落ち込みにいかなくても…と思う気持ちの方が今は強い。

 

「むー……せめて、せめて贋造魔女(ハニエル)の使い手さんがいれば、きっとわたしは女神化せずともナイスなプロポーションを得られるのに…」

「止めなさいネプテューヌ。氷結傀儡(ザドキエル)の使い手さんみたくなればいいけど、灼爛殲鬼(カマエル)の使い手さんの様に望まない未来を見る可能性もあるわ…」

「いや、そもそも貴女達は歳取らないんだから未来も何も…って、それは向こうも同条件で変化してたわね…」

「……なんの話をしているんだ、そんな暗い顔をして…」

 

三人が憩いの場たる露天風呂とは思えないローテンションで気持ちを沈ませる中、ざぷざぶと湯の中を進みながら近付いてくる女性が一人。別に勿体ぶる必要もないから言うけど、その女性というのはマジェコンヌさんの事。

 

「それは貴女には分からない悩みよ、マジェコンヌ……」

「そ、そうか…」

 

視点を少し下、即ち胸部に向けたブランからの返しを受けたマジェコンヌさんは、何とも言えなそうな顔で視線をこちらへ。なので私達は、それに対して苦笑いで返答。

 

「まぁ、いい。何にせよ…これで二度目となったな。君達が、世界を救ったのは」

「明確且つ強大な敵からの、という意味では確かに二度目ですわね」

「二度目って言うなら、それはマジェコンヌさんもじゃないですか?今回と、前回の犯罪神封印とで」

「あぁ、だが私の場合は一度滅ぼそうともしている。それ故に君達と同じとは言えんさ」

 

貴女も私達の仲間だから。そんなつもりで私は言ったけど、返ってきたのは気不味い言葉。胸を気にしていた三人とは違う、より他人が軽々しく口出しなんて出来ない思い。

 

「…私は君達の救世に手を貸す事が出来た。だが…これで滅ぼそうとした分は相殺、などと思うのは傲慢以外の何物でもないのだろうな。何かをしたから良い、どこまですれば許される…そう考えている時点で、その思考は自分本位でしかないのだから」

「いや、マジェコンヌ…それは……」

 

夜空に目を向け、物憂げに語るマジェコンヌさんの言葉に、ネプテューヌすら上手く返せない程口籠ってしまう。まさかこんな話が出てくるとは思ってなかったから、完全に空気が固まってしまう。

だけどそれは、マジェコンヌさんが今も罪の意識に駆られている証明。そしてそれを適当に流すなんて出来なくて、私達は何か言葉を……

 

「……が、ネプギアが言っていたな。今日は目一杯楽しもうと。仲間と呼べる相手が、そう言っていたのだ。皆の努力が実り、漸く今の平和な時間を得られたのだ。ならば、私もまた今ある幸せを真っ直ぐに受け入れるさ。…結局のところ、頑なに幸せを拒もうとするのもまた…自己満足なのだからな」

「マジェコンヌ…じゃあ、もしや……」

「あぁ、私も今日は楽しむつもりさ。さて、こんなにも良い夜空なのだ。誰か共に晩酌でも……」

『……わ…』

「……?」

 

 

『分かり辛いわぁぁああああぁぁッ!!』

 

…ブチ切れ突っ込みを叩き込んだ。慮る言葉じゃなくて、聞いてるこっちの身を慮れとばかりに全力で。…描写はされてないけど、ベールやコンパも切れてたよ、これには流石に。

 

「む……そ、それはその…すまない…」

「すまないじゃないわよ!さっきのネプギアなんか目じゃない位分かり辛いんだっての!」

「そうですそうです!マジェコンヌさんは一回ねぷねぷに教えてもらうべきです!」

「い、いや待て…何故そうなる…確かに私に非があったようだが、だからと言ってそうなるのは明らかに変……」

「もんどーむよー!わたしが今からボケのイロハを教えていくから、マジェコンヌはちゃんと聞くように!いいね!?」

「あ……はい…」

 

……という訳で、急遽露天風呂でのボケ講習会が開幕。さしものマジェコンヌさんも自分が最終決戦で戦った七人からの物凄い剣幕には勝てなかったみたいで、しゅんとしつつも一応ちゃんと(?)聞いてくれた。

露天風呂で、かつて世界を滅ぼそうとした人と、世界を救った後に、ボケの講習会。…何とも意味が分からない事をしている私達だけど、意味不明な事を本気でやれるのも平和だからだし、何より意味不明でも面白い。なら、それが一番だよね。…そう思いながら、私達は謎の講習を続けるのだった。

 

 

 

 

皆で輪になって話すのも楽しいけど、人数が多いと段々幾つかのグループに分かれるもの。まぁ、そうだよね。二十人以上で談笑なんてしたら、絶対話題がしっちゃかめっちゃかになっちゃうもん。

だから自然と分かれていって、露天風呂の中では四つのグループが完成。で、わたしは……やっぱり候補生組で雑談中。

 

「……ねぇ、ネプギア…」

「なぁに?」

「…なんでアタシ達って同じ日に生まれたのに、こんなはっきりとした差があるんでしょうね……」

「え、えぇー……」

 

じぃーっとわたしを…というかわたしの胸の辺りを見てそんな事を言うユニちゃん。こ、こっちでもお姉ちゃん達の方と似たような話が出てきてる……。

 

「あ、それはわたしも気になるわ!なんで二人はわたしたちよりせがたかいのよ?」

「ぎゅうにゅういっぱい、のんだの…?」

「いや、アタシ達が大きいんじゃなくて二人が小さい…って、そんなのどっちでもないか……要は国民の望む女神の姿がこうだったって事でしょ。国民の…望む……」

「あぁっ!?ユニちゃん自分の発言で落ち込まないで!」

 

普段はクールでわたし達の中じゃ一番大人っぽいユニちゃんだけど、この系統の話題にはどうしても弱い。…でも、不思議なものだよね。女神化前後で対極なお姉ちゃんと、女神化前後であんまり変化がなくて、でもお姉ちゃんとは違いの多いわたしが同じ国の女神なんだもん。

 

「…ユニちゃん、だいじょうぶ。ユニちゃんは、かわいいよ?」

「ま、見た目はかわいいわよね。わたしやロムちゃんほどじゃないけど」

「ロム、ラム……二人に容姿を慰められるアタシって一体…」

「う、うん、この話は止めようか。それより……あっ、そうだ!わたし三人に見せたいものがあるの!」

 

二人に気遣われたユニちゃんは余計ダメージを受けて、ぶくぶくと口元まで露天風呂に沈んでしまう。それを見たわたしは、これはもう話題を変えるしかないと思って……気付いた。用意していたサプライズを三人に見せるなら、今が一番だって。

 

「見せたい、もの…?(きょとん)」

「うん。それはね…じゃじゃーん!」

 

言葉でまず注意を引いて、それから満を持して隠していたある物を出すわたし。何を出したかといえば…それはなんと充電器。

 

「へぇ……ってネプギア今どっからそれ出したのよ!?お湯の中!?お湯の中じゃなかった!?」

「ふぇぇ!?おゆの中に入れたら、こわれちゃうよ…!?」

「ネプギア、まさかわたしたちの知らないあいだにおばかに……」

「なってないよ!?…大丈夫、これは完全防水だから」

「あぁ、それなら……いや完全防水でも温泉の中に浸けとくのは不味いでしょ…」

「ふっふっふ、そう思いきやほんとに大丈夫なのがプラネテューヌの技術なんだよ」

 

思った通りの反応に満足しつつ、わたしは桶に入れておいたタオルで拭いた後に改めて充電器を三人に見せる。三人は「ほんとに大丈夫…?」って視線で見ているけど、ほんとに大丈夫だから心配は要らない(予め大丈夫かどうか何度も確認したのは内緒)。

 

「ふーん…で、もしかしてそれって……」

「そう。再封印の後皆で最終工程を進めて、ここに来るまでにわたしが調整をして……遂に完成したんだよ!わたし達の、努力の結晶が!」

『おぉー…!』

 

ラムちゃんの言葉に頷いて、わたしは充電器の完成を大いにアピール。最終調整が済んだ時点でも嬉しかった。誇らしい気持ちだった。でもその喜びを四人で分かち合えるのは、もっと嬉しくてもっと誇らしい。やっぱり四人で作ったんだから、喜ぶのも四人でなきゃ、ね。

 

「そっか…ほんとに完成したのね、オリジナル充電器…」

「ほんとに完成したんだよ、ユニちゃん。…でも、完成はしたけどまだ終わりじゃないよ?だってこれはオブジェじゃなくて、実際に使える物として作ったんだから」

「ほぇ?…じゃあ……」

「……使ってみようよ、今、この場で」

 

わたしがその発言を口にした瞬間、わたし達の間に緊張が走る。

そう、開発っていうのは、完成っていうのは、出来上がった状態で言うものじゃない。実際に動かしてみて、思った通りの結果になって……その時初めて、作った物は完成する。

 

「ネプギア…できるの……?」

「勿論だよ。ゲーム機も脱衣所に持ってきてあるからね。皆、ここが…今この瞬間が、もしかしたら充電器業界の大きな一歩になるかもしれないよ…!」

『おぉーー…!』

 

皆のボルテージが上がっていく中、わたしは露天風呂から立ち上がる。わたしが向かう先は、勿論脱衣所。そこから用意しておいたゲーム機を持ってきて、ここで充電器をセットして、皆と共に完成の瞬間を……

 

 

 

 

…………あっ。

 

『……ネプギア(ちゃん)?』

 

お湯から出て数歩歩いたらところで、致命的な事に気付いて固まるわたし。後ろからは、三人の不思議そうな視線がわたしの背中へ向けられている。その中で、皆を煽ったわたしとしては非常に非常に言い辛い中で、わたしは「ギギギ…」と擬音が付きそうな位ぎこちなく振り返って……言った。

 

「……ゲームの方は、防水機能なかったんだった…」

 

空気が、固まる。凍り付くじゃなくて、ただただ固まる。…それは誰のせい?それは勿論……わたしのせい。

お姉ちゃんは抜けてるところがあって、どこか抜けてる一面は女神化してても変わらない。それがお姉ちゃんの短所というか、特徴の一つみたいに言われているけど……どうやらそれは、妹のわたしも同じみたいです。……てへっ。

 

 

 

 

今ここにいる全員で集まって、ゆっくりと話す事はこれまでなかった。それが切っ掛けとなって、新旧両パーティーは寛ぎながらの雑談を交わす事となった。

 

「にゅ〜…離れろにゅ〜……」

「いいじゃん別に〜。はー、ブロッコリーみたいにちっちゃい嫁もいいなぁ…」

「ふふっ、そういえばこういうやり取りも見た事ある気がするよ」

 

ゲマに乗って浮かぶブロッコリーにくっ付くREDの様子を、苦笑混じりに眺めるのはサイバーコネクトツー。彼女のその発言に、新パーティーの面子がピクリと眉を動かせる。

 

「へぇ、そんな事もあったのかい?」

「確かに似たような事はあったね。これそのまま、って事はなかったと思うけど」

「…不思議なものね。自分が知らない事をこうして言われるのは」

 

集まったはいいもののこれと言って話す事もなく、散発的な会話がちらほら起こるだけだった彼女達。だがある時旧パーティーの一人がサイバーコネクトツーの様に「そういえば…」と過去の出来事を口にした事で、『別次元でのやり取り』が会話の中心となった。

 

「別次元のボク達、かぁ…あれ?皆さんって別次元から来たんですよね?なら、この次元にはもう一人の皆さんも…?」

「居ない、とは断言出来ないな。だが、必ずしも全ての次元に居る訳でもないらしい」

「居ても、同じ見た目とは限らないよね。現にここには、見た目の違う二人のあたしがいるんだから」

「そう考えると、不思議だよねぇ…」

 

言葉通りに不思議そうな顔で話す鉄拳に、皆がうんうんと頷きを返す。

新旧パーティーというのは文字通り、対マジェコンヌと対犯罪組織のどちらで仲間になったかという分け方ではあるが、同時に別次元の出身者として仲間になったか、信次元の人間として仲間になったかの分け方でもある。因みに後者の分け方の場合、コンパとアイエフも新パーティーとなるが…流石にきちんと定義付けしようとしている訳ではない為、そこへの指摘は特にない。

 

「どこに誰がもそうだけど、次元を超えていると不思議な事ばっかりだよ。歴史も違えばそこで起こってる事態も違って、ねぷちゃん達もわたし達を知っていたり知っていなかったりするんだもん」

「だから離れろにゅー…!…はぁ……でも、考えてみると別の世界なのに共通点が色々あるというのも不思議と言えば不思議だにゅ。ある意味全く違う方が自然だとブロッコリーは思うにゅ」

「そーかなー?…けどさ、皆優しいよね!だって、どこの次元に行っても嫁候補達の仲間になってくれてるんでしょ?」

 

内容が内容だからか、話が小難しくなってきたところでREDはそんな発言を口にした。

彼女の言う通り、旧パーティーのメンバーは皆別の次元でも女神達の仲間となっており、共に世界の平和の為に戦った。命の危険すらある事を、強要された訳でもないのにするというのは並大抵の事ではなく、REDがそれを優しさ故と想像するのも当然の事。だが、彼女達はそうではないと否定する。

 

「まあね。でも優しさだけって訳でもないよ?あたしにとってネプテューヌさん達との旅は、冒険の一環でもあるし」

「うん。わたしも格闘家としての鍛錬を兼ねてるから、褒められる程じゃないかなぁ」

「正義の忍者として、平和を守ろうとするねぷちゃん達を無視なんて出来ない、ってね。…でもそれだけでもないよ」

「だね。優しさだけでも、個人個人の理由だけでもない」

「理由はもっと単純だにゅ」

「あぁ。結局のところ、別次元であろうと別人であろうと……仲間なのだからな、ネプテューヌ達は」

 

あくまで寛いだ姿勢のまま、されど深みと温かみのある言葉で彼女達は言った。仲間だから、共に戦うのだと。

そこには、大きな違いがある。ずっと前から仲間だったと認識している旧パーティーと、この旅で初めて仲間になったと認識している新パーティーでの違い。だが、その気持ちは伝わっていた。仲間だから協力したいと思う、その心は。

 

「…そうね。その気持ちは分かるわ。だって私達も同じだもの」

「嫁の為ならいつでもどこでも全力で…うん、当然の事だね!」

「…そう思わせてくれるよね、女神の皆は」

「実績じゃ負けてるかもしれないけど…その気持ちは、あたし達も負けてないよ。あたし達も、仲間だからね」

 

そう言って旧パーティーのメンバーも、新パーティーのメンバーも揃って穏やかな笑みを浮かべる。穏やかで、優し気で…それでいて楽しそうでもある、朗らかな笑みを。

犯罪神は不滅の存在。マジェコンヌによる戦いの記憶が人々の記憶から風化しない内に、次なる戦いは巻き起こった。故に皆分かっている。いつかではなく、近い内に再び戦いとなってもおかしくないと。特に予想が当たった旧パーティーからすれば、それは殆ど確信レベルで捉えている。

しかし何があろうと、それがどんな事態だろうと、自分達はまた女神達に協力する。何故なら自分達は、女神達の仲間なのだから。……彼女達の浮かべた笑みには、そんな思いも籠っていた。

 

 

 

 

「やっぱりいいねぇ。大人数で露天風呂ってのは」

「興味ないね」

「え……寛いでいるのにそれ言います…?」

「あははー、エスーシャはそれ口癖だもんね〜」

 

パーティーメンバーでこそないものの、パーティーも同然の関係という事で招待された黄金の第三勢力(ゴールドサァド)。彼女達四人も一ヶ所に集まり、和やかに談笑を交わしていた。

 

「興味ない興味ないといいながら、しっかり温泉には参加する。…エスーシャ、貴女もしやツンデ……」

「違う、断じて違う」

「おっとそれは失礼(これは『興味ないね』で乗り切らないのね…)」

「ところでケーシャ、ケーシャはなんでお湯から上がったままなの?熱いの苦手?」

「それは、その…ノワールさんと同じお湯に入っていると思ったら、段々のぼせてきちゃって……」

『へ、へぇぇ……』

 

もじもじと頬を赤らめ説明するケーシャに、ビーシャとシーシャは表情が強張る。エスーシャは返答こそしなかったが…「これは重症だな…」という心の声が、その表情には浮かんでいた。

 

「…あ、そういえば私も気になってたんですが、皆さんも守護女神の方々と何かあったんですか?」

「え?…あーうん、何かあったっていうか…助けてもらっちゃったかな」

「アタシは助けられたっていうか…いや、そうね。助けられたわ。友達でもあり、守護女神でもあるブランちゃんに」

「…わたしもだ」

 

ケーシャの言葉に三人が思い浮かべるのは、それぞれにあった出来事。自らのトラウマ、信じていた者との関係、やり直せない過去の過ち…それ等に追い詰められていた彼女達を守護女神が救い、そのおかげで彼女達は今ここにいる。そしてそれは、歪んだ愛で道を見失っていたケーシャも同じ。

 

「…凄いよね、ねぷねぷ達って。わたし迷惑かけちゃったのに、それに嫌な顔一つしないで、わたしに勇気をくれたんだよ?」

「確かに凄いな、彼女達は。…正直なところ、わたしはベールに感謝しかない。というか、何故わたしがこんな普通に暮らす事を許されているのかすら不思議な程だ」

((普通に暮らす事を許されるって…エスーシャ(さん)は一体何を……))

 

お互い具体的に何があったかは知らない為、エスーシャの言葉に三人は唖然としていたが…胸中に抱く気持ちは同じ。

四人共、それぞれの形で守護女神から救われた。 その上で四人は分かっていた。それが女神達の使命感でも義務感によるものでもなく、自分達への友情で助けてくれたのだと。迷惑をかけた自分達を、それでも友として大切に思ってくれたからなのだと。

 

「ブランちゃん達はそんな事望んでないだろうし、自分の気持ちに従っただけとか言うんだろうけど…それでもこの恩は、返さなきゃいけないわよね」

「ですね。元々ノワールさんには沢山恩がありましたけど、あれで一層返さなきゃいけないと思いました。…いや、違いますね…返さなきゃじゃなくて、返したいって思ったんです」

 

夜空を見上げながら話す二人に、ビーシャとエスーシャも深く頷く。ギョウカイ墓場の出入り口防衛が、その恩返しの一つではあったが…この言葉は、それだけで済んだとは思っていない証明。そして当の守護女神四人は、自分達がそんなにも恩を感じられているとは思っていない。何故ならシーシャの言う通り、彼女達は自分の気持ちに従っただけなのだから。

 

「だが、恩返しに躍起になるのはむしろ迷惑だろうな。望まない事を押し付けたところで、関係が気不味くなる事は目に見えている」

「だからわたし達も自分の気持ちに従えばいいんだよ、きっと。だって、何かあればねぷねぷ達の力になりたいって思いは、皆もあるでしょ?」

「勿論です。ノワールさん達はノワールさん達がしたい事を、私達は私達がしたい事をして、その先で助け合えるのなら…それは凄く素敵ですっ!」

「いいねぇ、だったら……アタシ達もより大きな力になれるように、これまで以上に協力し合うとしようじゃない。黄金の第三勢力(ゴールドサァド)として…ブランちゃん達の、友達として」

 

強い意思の込められたシーシャの言葉に、三人は強く強く頷きを返す。

ギルドとは、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)とは、本来女神統治の暴走に備えた有志の組織。平時はともかく、いざとなれば敵対する事こそが元々の目的。それを忘れた訳ではない。支部長としての責任感も、勿論彼女達にはある。

だがそれでも、彼女達は迷わない。ギルドは女神を敵視するのではなく、共により良い未来を作る為の組織であると分かっているから。そして何より、もし友が道を間違えたのなら、あの時自分達が手を差し伸べてもらったように、自分達も女神達の力になればいいと思っているから。

 

「さーてそれじゃ、まずは景気付けに皆へこんがりとした肉をご馳走しようかしら。よいしょ、っと」

「おー、いいねシーシャ!わたしも手伝うよっ!」

「いや…待て待て待て待て!露天風呂で何を焼こうとしているんだ…!というか、何故湯の中に浸けても消えていないんだその火は…!」

「わっ、エスーシャさんがしっかり突っ込みを…じゃなくて、エスーシャさんの言う通りですよ!露天風呂にその匂い充満しちゃいますよ!?」

 

真面目な話はここまでだ、とばかりに突然はっちゃけるシーシャと、それにノリノリなビーシャ。一方エスーシャとケーシャは突っ込み、それまで落ち着いていたこの組の会話も一気に騒がしくなっていく。

何かあれば力になろう。彼女達のその思いは変わらない。だが同時に女神達との平和な時間を、友として楽しく過ごしたいという思いも彼女達は抱いているのであり……だからこそ、四人は心から楽しめるこの時間を、他の面子に劣らず存分に楽しんでいるのだった。

 

 

 

 

露天風呂での賑やかな時間は、その談笑が尽きる事なく続く。別段この場が最後で上がり次第解散という訳ではない。上がってからも話す時間は十分にあり、談笑の内容も多くは露天風呂で話さずとも問題ないもの。だがそんな事は関係なしに、彼女達は楽しく時間を過ごしていた。時間を忘れて、会話に花を咲かせていた。今という時間を、全力で満喫していた。

 

「はー、流石にずっとお湯の中にいると暑くなってくるよね…もうわたし出よっかな…」

『直前の地の文で時間を忘れて、とか書いてあるのに!?』

「おおぅ、総勢二十オーバーからのメタ突っ込み…いいねっ!どう考えても作者のキャパオーバーな人数で来た甲斐があったよ!」

「どこにどんな評価してるのよ貴女は……でもまぁ、どっかで区切り付けるのは必要よね。話し過ぎて皆のぼせちゃう、なんて間抜け過ぎるもの」

「区切り…あ、じゃあそれっぽい事地の文に入れようよ!『空には、再び、月と星が輝いていた』みたいな事を終わりに入れれば、上手くエピローグも締まるって!」

「へぇ、洒落てるね……ってそれハーレムルートへの覚悟を見せた副会長さんの地の文じゃない!?待って、いるの!?あの人男湯の方にいたりするの!?」

 

いつの間にかまた全員で一つの輪を作った彼女達は、楽し気に(と言えるかどうかは微妙な程本気で突っ込むイリゼがいたりもするのだが)ふざけ、言葉を返し、笑い合う。

それは、彼女達が望んだ未来だった。大切な友と、心を許せる仲間と、誰一人欠ける事なく笑い合える時間こそが、彼女達の目指した明日。だが、得られた幸せを噛み締める…などという事はなく、ただ単純に、ただ純粋に、楽しい時間を楽しんでいた。

未来に保証はない。明日が幸せであるという確証もない。だが保証がないなら自らで作り上げれば、不幸があれば自らで切り開けばいい。それを行うだけの思いと力が自分にはあって、思いを重ねられる仲間がいるのだから。……それが、自分達なのだから、と。

 

「まぁ何にせよ、締めるならそれなりの台詞があった方が良さそうですわね」

「それは誰が言うの?わたしは思い付かないけど…」

「んーと、わたしもパース!」

「あ、わ、わたしも……」

「…ネプギア、締めもやっとく?」

「う、し、締めは…お姉ちゃんに任せようかな!」

「ふふーん、いいよいいよ!何せわたしは主人公だからね!じゃあ……何と実は、まともにお風呂シーンを描写したのは今回が初めてなんだよねっ!皆知ってたかな!?それじゃあ、ばいばーい!」

「えぇぇぇぇっ!?ちょっ、それが締めの台詞のつもり!?嘘でしょ!?そんなんじゃばいばい出来ないよ!?っていうか皆バスタオル一枚のこんな姿で今作終わるの!?あー、もう……無茶苦茶だよぉおおおおおおおおっ!!」

 

 

信次元・ゲイムギョウ界。思いが力に、感情が形に、夢が未来に姿を変える世界。それは本来あるべき形から少しずつ離れていった世界だったとしても…そこでは今日も様々な人間が、それぞれの思いを抱いて…明日へと進んでいく。




今回のパロディ解説

・「温泉キターーーーっ!」
仮面ライダーフォーゼの主人公、如月弦太朗の決め台詞のパロディ。温泉の力を得るネプテューヌ…あれ?ミリオンアーサーにそんな感じのエクスカリバーがあった気が…。

贋造魔女(ハニエル)の使い手、氷結傀儡(ザドキエル)の使い手、灼爛殲鬼(カマエル)の使い手
デート・ア・ライブのヒロインの内、それぞれ七罪、四糸乃、五河琴里の事。ネプテューヌは…大人ネプテューヌがいますし、四糸乃パターンの可能性が高いですね。

・こんがりとした肉
モンスターハンターシリーズに登場する、こんがり肉の事。あれ、火が水に入っていても焼けるんですよね…一体どんな技術なんでしょうか…。

・『空には、再び、月と星が輝いていた』、副会長さん
生徒会の一存シリーズのあるシーン及び主人公、杉崎鍵の事。更に言うと、OAもOPもエピローグの最後は生存のオマージュなんです。また、ラストはこの作品でしたね。




これにて物語としてのOrigins Progressは完結です。最終話でも書きましたが、本当にここまでご愛読ありがとうございました。次回はあとがき、その後は後半の人物紹介や各種設定紹介があるので、もう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。


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あとがき

初めましての方は初めまして、そうでない方はお久し振りです。先日遂にOPことOrigins Progressのストーリーを完結させたシモツキです。……そうです、OPが漸くエピローグにまで到達したんです!OAより話数も文字数もびっくりする程増えてしまったOPが、ここまで来たんです!知ってましたか皆さん!いつ終わるのか謎だった作品が、この度……あ、もう知ってる?見りゃ分かる?…そう……いや、ほら…あとがきから読みたい人がいるかもな〜って思って…。……え、その場合は遂に、って言われてもピンとこない?…わ、分かってるもんそんな事!

 

 

……こほん、意味不明な導入はこの位にしておきましょうか。本当に意味不明ですね。物語だろうと何だろうと導入部分で上手く相手の興味を掴むのが大切な訳ですが、だからって突飛な事すれば良いってものでもないんです。折角なので、皆さんはこれを私からの教訓にしましょう。役立ったら感謝してくれて良いんですよ?

と、言っていたらまたズレ始めてきたので、今度こそほんとに導入を終わらせようと思います。シンプルにクドくなっちゃいますしね。

 

はい。OAのあとがきを読んだ方なら分かる通り、今回は一話丸ごと私の話だけで終わる、文字通りのあとがきです。普段の投稿では殆ど話しませんが、私自身はこうして書くのが(言うのが?)好きですからね。それに商業作家さんのあとがきに憧れてるところは変わってませんし。

じゃあ、本題に入るとしましょうか。まずは全体を通して私が思っている事、私が声を大にして言いたい事を一つ。えー……

 

長ぇわ!なんでこんなに長くなったしOP!あーた、OAと比較して二倍なんてレベルじゃねぇぞ!?

 

…ふぅ、ちょっとすっきりした。これ一回言いたかったんですよねぇ。

あ、はいこの説明はしますよ?これだけじゃ「いや知らんわ。てか、書いたのあんたでしょうが」って言われちゃいますからね。…いや、説明したところでこの返しは成立するんですが。これ言われたらぐうの音も出ないんですが。

という訳で、説明します。まず情報としては、OPが約一年でストーリー完結したのに対し、OPは二年弱かかってます。しかもOPの文字数は約159万字と、こっちは完全に二倍以上(OAは約71万字)な上、今回のあとがきや今後の設定集系を入れると160万字も余裕でオーバーしてしまいます。この時点でもうボリューム増え過ぎですね。そしてその割にストーリーとしての量が多かった訳ではなく、ただただ冗長になっちゃってるだけの部分がちらほらあるのが余計酷いです。って訳で、これが反省点その一ですね。

 

 

さて、次はキャラクター…の前に、少し世界観について触れておきますか。これもここまで読んで下さった方には不要な説明かもですが、本作はOAと同一世界…即ちRe;Birth1のゲイムギョウ界から繋がる世界です。ですから直接の原作であるRe;Birth2のゲイムギョウ界とは大小様々な違いがあり、尚且つ1でも2でもない要素…平たく言えばVⅡ(R)のキャラクターが出ていたりもします。ここら辺は活動報告でも説明しましたが、VⅡ(R)のストーリーを大きく変える関係ですね。約一名、それ以上(?)の理由で登場させたキャラもいますが。

 

 

それでは改めてキャラクターの話をしましょう。まずは続投主人公の一人であり、現状唯一のオリジナルメインキャラ、イリゼから。

前作では主人公としての役目は果たしつつも、ネプテューヌに引っ張られる事の多かった彼女ですが、本作では逆にパーティーを引っ張る、女神候補生の四人を導く立場となりました。ダンボール戦機Wにおける山野バンや、デジモンクロスウォーズ三期における工藤タイキみたいな感じですね。

イリゼは原作からの変更がこれといってない(そもそも原作にいない)ので、私の中のイメージのまま書いていましたが、立場の変化から女神としての自分をOAやOIより意識していたかな〜と思います。指導役になりましたし、小規模ながら信者も出来ましたし。それ故に成長したり、新たな喜びを見つけたり、逆に自分を追い詰めてしまったり、でもしっかりしてるようでしっかりしてない、偶に子供っぽくなるイリゼを書けていたらいいな、と思います。

 

次は新主人公のネプギアと、女神候補生三人ですね。彼女達の大きな変更点は、『面識がある』『全員が最初の戦いに参加し、敗走している(=捕まってはいない)』でしょうか。どちらもOAからの流れを受けてのもので、尚且つストーリーにも大きく影響を与える変更なので苦労しました。まぁ、その分ただのコピーにならず面白い部分でもあった訳ですが。…いがみ合っていたり心の距離があった四人が、最終的には姉達に負けない程の仲良しになるって、書いてる側もかなりほっこりするんですよね。

姉の役に立てず、突き放されるように逃げ出し、結果姉が捕らえられてしまった四人の苦悩とそこからの成長。今この文を書いていて気付きましたが、Re;Birth2はかなり王道なんですね。そして成長したという点では同じでも、心に秘める意思や夢は少しずつ違う女神候補生。元からある程度成熟している守護女神とは違う魅力を、本作中で少しでも表現出来ていたなら私は安心です。

 

続けまして候補生の後は守護女神。後半から続投主人公として復活したネプテューヌと三人は、『プロローグでの結末が違う』『四天王と少なからず因縁を持つ』『心に根付いたトラウマ』の三要素が原作との明確な差異となっています。一つ目と三つ目は私が理想とする守護女神の形(ぽっと出のマジック一人に一度世界を救った四人が惨敗、なんて私は書けねーです)で、二つ目はどっちかって言うと四天王の性格や思想の変化が関係性も変えた…って感じですね。それと、これはOIの段階からも言える事ですが、妹のいる三人は、原作よりちゃんとした姉になったかなと思います。ネプテューヌは何だかんだきちんと教えるし、ノワールもユニの行動を肯定するし、ブランはロムラムの話をしっかり聞いてあげる…という感じで。

大切なものの為に命を燃やし、死体も同然の身体で監禁され続けた結果どうしようもない程のトラウマを負い、それでも絆と誇りを胸に再び世界を救った守護女神の四人が、やっぱり私は大好きです。……あ、別に他のキャラはそんなに…って事じゃないですよ?

 

更にお次はメーカーキャラ。…正直、コンパとアイエフ以外は特筆する程どうこうしたって事はありませんが……旧パーティーメンバーは前半秘密裏に行動していた、とか四天王や犯罪神へ総員で時間稼ぎをしたりと、目立った活躍はさせてあげられなくても『きちんといて、出来る事をしてくれてるんだよ』って評価を貰えるよう努めはしましたね。同一世界なのに次回作になると、いつの間にか居なくなってる…なんてほんとにしたくありませんでしたから(…原作批判?い、いえいえ好みの話をしてるだけですよ!?)

で、コンパとアイエフに関しては、後半はキャラ増加の関係もあってあまり描写出来ませんでしたが、どちらも『頼れる先輩』っぽくしようとはしました。コンパはネプギアに治療の手解きをしたり、アイエフは下っ端ことリンダを一人で返り討ちにしたりがその辺りですね。

 

そして、外せないのがマジェコンヌ。一作目ラスボスであり、ラストで見た目がキツい人から美人にチェンジした(元に戻った)特別なポジションのキャラ。一応強さとしては、コピー抜きならメーカーキャラメンバーと同じ位(=信次元の人間としては上位クラス)かな〜と思って動かしました。性格は…見た目通りに落ち着いた、贖罪の為の戦いを続ける人…で、多分Re;Birth1ラストのマジェコンヌからあまり離れず書けたんじゃないかと思います。離れてないと信じたいです。

 

教祖と前作からのサブキャラ…も、メーカーキャラ同様特筆する点はないですね。ただ、こちらもメーカーキャラ同様、少しでも登場出来るよう頑張りはしました。後オリジナルサブキャラもですね。イリゼの信者達とか、MG乗りの方々とか、とにかく私は名無しでも出来る限り大切にするスタンスを貫きます。

 

 

…えーと、取り敢えず普通に解決すべき人達へここまでですね。という訳で、皆さんも気になっているであろう、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)+αと四天王の話をしましょうか。っていうか、語らせて下さい!いいよね!?だってあとがきだもん!二年弱も頑張ったんだもーん!

 

ではでは黄金の第三勢力(ゴールドサァド)から!一番最初はサブキャラ位の、あくまで「ただリストラするのは可哀想だし、出すだけ出しとくかなぁ…」程度の気持ちだったんですが、気付けばVⅡ(R)のものを圧縮した個別イベントを用意する程になってしまいました。これは活動報告でも触れた話ですが…黄金の第三勢力(ゴールドサァド)は雑に扱えない私が性質を表れた結果そのものですね。

ビーシャはトラウマを克服するのではなくプレスト仮面への考え方を変え、ケーシャはOAでの出来事を利用しつつ病み方の方向性を変え、エスーシャは過去を独自に掘り下げて今に至る経緯を変え、シーシャはアズナ=ルブとの関係性から進もうとする道を変え……構想を練れば練る程、色々やってみたい事が増えていきました。だからこそどこまで書くかが難しく(ただでさえOPは伸び気味でしたし…)……まー、疲れましたね。でも多分、この疲れはやって良かったなぁと思える疲れです。

 

勿論、VⅡ(R)からフライング登場したのは彼女達だけじゃありません。アズナ=ルブ、それになんとゲハピグからメイジン・タカナシが登場しました。この二人は完全に私の趣味ですね。乗ってる機体も完全に元ネタを意識しています。…ただ、アズナ=ルブの性格が別人と化しているのは、やっぱり思うところがあったからです。彼の元ネタキャラは確かにロリコンだとかへたれだとか言われてますし、全くの事実無根ではないですが、あくまでネタとして言われてる部分がベースになってるパロディキャラというのは、どうしても悲しくて……エゴですね、これは。

 

ごほん。気を取り直して…最後は四天王です。言うまでもなく四天王は元からいるキャラですが……なーんでこんな変わったんでしょうね。や、経緯は分かってるんですよ?執筆の上でジャッジのキャラを思い違いしていまして、そっから段々他の四天王の性格や過去にも想像が膨らんでいって、するともうその方面で深めていきたくてしょうがなくなったって訳です。マジックだけはあまり変わってませんが……彼女はガナッシュ以上の、文字通りの狂信者なのです。方向性を増やした他の四天王と違い、元の要素を伸ばした感じですかね。

戦闘狂ながらも武人なジャッジ、夢に憧れヒーローである事を追い求め続けたブレイブ、偏愛ながらも相手が幸せであらんと心から願うトリック…皆魅力的ですね!そして四天王が大きく変わったからこそ、候補生だけでなく守護女神との関わりも増えた訳で、ほんと満足出来るキャラになったと思います。…マジで良いキャラしてんなぁ、四天王(自画自賛

 

 

はてさて、キャラクターに関する事はこの辺で切り上げて…とか言ってる時点でもう4500字いっちゃってました。もうこの時点でOAのあとがきを大幅に超える文字数になる事がほぼ確定です。…って感じにまた文字数の話が出たので、文章についても話しましょうか。

 

OA、覚えていますか?……と、上手くないパロはさておき、OAでは後半に地の文が多くなってしまったと反省しました。その上で書いたOPはどうだったか。……えぇはいそうですよ、改善されるどころか悪化してますわ!平均文字数見て下さいよ!9000ですよ9000!しかも盛り上がる(盛り上がらせたい)シーンではちょいちょい一万字オーバーしたりもしてますし、下限も7000ですからね!?…いやほんとにこれ以下はないんです。だって…()()7()0()0()0()()()()()()()()()()稿()()()()んですから。

更に言いますと、知っての通り私はオリジナル作品も週一で投稿してますし、本シリーズのR-18版も不定期ながら投稿しています。で、双極の方も7000ノルマを課しており、OVは不定期ながら基本一万字前後で二週に一度のパターンが多いので、OPは7000×2、双極7000、OVは週5000と計算すると、最低でも私は週に26000字書いてる訳なんです。これだと月に10万オーバーですよ。ラノベが大体10万字前後と言われてるので、ぶっちゃけ毎月一冊書いてるようなものです。最早擬似毎月刊行プロジェクトです。シモツキさん、頭おっかしー。

…ただまぁ、これ以上はほんとに無理ですね。現状でも趣味の時間の大半を執筆に取られてるので、これ以上増やすといよいよ生活に支障が出ます。っていうか今のままでも支障出てるんじゃないでしょうか。

 

OP限定の話をするとすれば…三人称成分増えましたね。前も言いましたが、やっぱり私は(なんちゃって)三人称の方が書き易いみたいです。後、OAに比べると原作からの流用が少なかったですね。これは原作と基本の流れは同じでも、個々のイベントの内容は結構違う場合が多かったからですが。

加えて大変だったのは書き分けです。多分、皆さん数回は「うん?誰が喋ってんだ…?」ってなりましたよね?…前半はともかく、後半はパーティーメンバーがOAの倍になってたりもするんでほんとに書き分け大変でした…一応地の文でフォロー入れるよう意識はしましたが、そうするとそれはそれで地の文のテンポが悪くなりますし、ちょっとこれは誰かにアドバイス貰いたいところです。

あー後、ロムとラムも大変でした。何が大変かは……分かりますよね。特に二人が地の文担当してる時なんかは。

 

 

ふぃー、キャラの事言って、文章の事も言って……前回の時は次に何話したか覚えてます?…そう、ラスト数話を書いてる時寂しくなったって話です。

終わらせるのが寂しい、終わるのは嫌だ…OAの時はそう強く感じていましたが……ぶっちゃけOPでは、あんまりそんな感じがしませんでした。勿論感じてはいましたが、OAよりは…って事です。これは終わらせる事を一度経験してるからかもしれません。月10万字なんてやってたから、疲れて寂しいどころじゃなかったという可能性もあります。ですが、一番の理由はやっぱり……

 

続編の構想がもうがっつり出来上がってるから、でしょうね。

 

はいここ拍手するところですよー!作者から続編があると明言されましたよー!これでOriginsシリーズの最新話を毎週見るのが趣味だった人は、心から安心出来た筈ですね!

…なーんて言いはしましたが、正直OAの時以上にやっぱりね感の強い続編発表だと思います。だって活動報告でVⅡ編を構想してる、ってほぼ言ってますもん。しかも今確認したら、上で『フライング登場』って書いちゃってますしね。…もうちょい読んでくれてる人を興奮させたかったなぁ…。

 

って言ってもしょうがないんで、タイトル発表いきましょうタイトル発表!テンション上げていくよー!それじゃ、続編のタイトルは……ババン!

 

『超次元ゲイムネプテューヌ Origins Relay(仮)』

 

です!(仮)は仮称って意味ですからね!でも幾つか案のある中で取り敢えず、って訳じゃないんで、多分このまま正式採用されるんじゃないかなぁと思います。

そして、見ての通りこれはOIと同系統、即ち中間の物語です。やる内容もOPではやれなかったイベント、あんまりスポットの当たらなかったメーカーキャラのお話、そんなつもりじゃなかったのに気付いたら全然やってなかった百合百合(?)な展開、その他日常シーンやらその先の作品に入る前にやっておきたい事やらを色々書きたいなと考えている所存ですので、お楽しみにしていて下さい。こういう話を見てみたいよ、というリクエストも受け付けてますからね〜。

 

はい、ではここでOrigins Relayに関して提案…というか募集があります。この作品でもコラボを考えているのですが、今回は多作品同時コラボをしてみたいと思うのです。なので……コラボしてもいいよ、って人は是非言って下さい!どんなコラボするかは後に活動報告で書くつもりですが、取り敢えず『謎の空間に集められたイリゼ達。何も分からないまま怪しい司会者によって脱出の為の試練がスタートし、イリゼ達は策謀と裏切り、私欲と悪意に満ちた戦いを……なーんて事はなく、びっくりする程バラエティテイストな試練(?)を賑やかに、でも一応真面目に突破していく』みたいな感じのストーリーになります。つまるところ、OIの『創滅の迷宮・蒼の魔導書編』よりは気楽な展開って事ですね。蒼の魔道書もちょいちょいギャグ展開を挟んではいましたが。

もう一度言います、コラボしてもいいよって人は感想なりメールなり、今後上げる活動報告なりで言って下さい。単純にイリゼとうちのオリキャラの絡みを見てみたい、でもいいですし、かのシモツキさんに書いてみてほしいという動機でも、Originsシリーズを利用してうちの閲覧数増やしてやろうみたいな算段でもOKです。……っていうか人が全然集まらなかった場合この企画頓挫しちゃうので、マジで来て下さい!このとーりですっ!(土下座のつもり)

 

次回作の話もこれでお終い。後は雑談、というか個人的な話(ずっと個人的な話してる気もしますが…)を……とでも思ったか!残念、まだ次回作の話は終わらないんだなー!

…あ、はい文字通りの意味です。まだ次回作に関して話す事があります。

OAのあとがきの際には、OIの発表だけを行いました。それはOPを書く事自体は決めていても、まだタイトルを始め不明瞭な点が多かったからです。……と、こんな事を言った時点で察しの良い方なら分かりますよね。そんな皆さんの思った通り……ここではナンバリングタイトルの最新二次創作も発表しちゃいます!しちゃうんです!そして気になるタイトル(今回二度目)は……

 

『超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth3&VⅡ Origins Exceed』

 

どーん!一挙に二作同時発表なのですーっ!なんかOPに引き続き青蘭学園に通う学生とかロイヤルパラディンのグレード3とかを彷彿とさせるタイトルですが、別にそれ等の作品とクロスオーバーする訳じゃないので安心して下さいねっ!…あ、でもかなりこれ等の作品を意識したパロディ(というか展開?)はありますが。

そして、皆さんが気になるのはやっぱり『Re;Birth3&VⅡ』の部分ですね?え、二作纏めてやっちゃうの?って思ってますね?分かってます分かってます、これは普通に分かります。後この部分はちょっと表現変えるかもです。

で、二作纏めてやるのかと言われると……それはYESでありNOです。どっちのストーリーも入れるという意味では肯定しますし、これまでのように書くかという意味ではNOです。

これまで私は、原作に忠実に書いてきたつもりです。OAは勿論、OPも基本の流れは同じだった筈です。ですが、3&VⅡでは大きく変える予定を立てています。具体的には、『VⅡをベースに色々組み替えた話』『Re;Birth3の本編終了後の次元の話』『オリジナルストーリー』の三本柱で作り上げていきます。

 

何故そうするのか。理由は様々ですが…つまるところはそうしたかったからですね。どちらのストーリーにも善かれ悪しかれ思うところがあって、更にずっと書きたかったオリジナルの展開もあって、その結果として上記の三本柱になるという訳です。この作品の構想はOP開始以前…というかOAの時点からあった、本当に書きたくて書きたくて堪らなかったものなので、OP終了がOA程寂しくなかったのは、この『やっと書ける』っていう嬉しさがあったからかもしれませんね。やっとって言ったって、書き始めるのは数ヶ月以上先になりそうですが。

私の考える信次元と女神の在り方、これまでイリゼ達が伸ばし続けてきた可能性の開花する瞬間、その他様々なものを詰め込んだ作品にするつもりなので、どうか楽しみにしていて下さいね。

 

そんなこんなで二作発表しましたが、取り敢えず後数回はOP(設定系)を書いて、一段落付いたら一度執筆から離れて休憩…なんてせず、今のペースのまま続編に取り掛かっていきます。なので今度こそ、次回作に関する話はお終いです。

 

 

やー、随分かかりましたがこれで最低限話す事は済みました。なのでこれで締めてもいいですし、ここら辺で締めた方がいい気がしないでもないですが……まだもうちょっと話させて下さい。ちょっとになるかは怪しいですが、まだ話したいんです。

 

上で少し触れましたが、私は原作を大切に書いてきたつもりです。ですがOAに比べると、OPは基本的な流れは同じでもそれ以外の部分で色々と差異がありましたね。それはやってみたい展開だったり、ちょっとした勘違いだったり理由は様々ですが、差異は差異。OAよりもOPは、本来の『Re;Birth2』じゃなくなってるんです。

元々、原作シリーズの中ではRe;Birth1が一番好きなんです、私。それは私にとっての初ネプ(正しくはアニメが最初ですが)というのもありますし、ネプテューヌ達守護女神組を始め、メインキャラが皆踏み台や噛ませになる事なく輝いてる作品だから(例えばマジェコンヌにコピーされる展開なら、疲労したところを狙ったり仲間を人質に取ったりと、女神の面子を保つ形になってるんですよね)なんですが、そういう意味ではふと「Re;Birth2もそれ位自分の中で満足したいから、そこそこ差異が生まれたのかな」なんて思いました。

それだけじゃありません。キャラ関連の差異は何やら私の中で『キャラを皆大事にしたい。不快なだけの、ヘイトを集める為のキャラは作りたくない』という思いがかなり拗れて、その結果イリゼやベールが好敵手と認めるジャッジだとか、変装の天才と化したリンダだとかが生まれたんです。多少クドくなっても、ご都合感があったとしても、誰が割りを食う話作りはしたくない。…多分これは、今後のOriginsシリーズでも、別の作品でも変わらないと思います。だって私の中で、キャラクターは皆生きてるんですから。それぞれに願いが、思いがあって作品という世界を生きてる以上は、出来る限り皆に輝いてほしいですから。

 

…っと、話が逸れましたね。これは……いや、逸れてないかもしれません。ネプテューヌシリーズには好きなキャラが沢山いて、創作といえど皆が幸せになってほしいという思いがあって、だから輝いてほしくて、作品の道具として動くのではなく人生として歩んでほしくて……そういう思いが形になった結果、OPにはそこそこ差異が生まれたんだと思います。

 

二次創作って、そういうものですよね。原作が大好きで、だからこそ見たいもの、描いてみたいものがあって、その思いがあるから作品なんていう決して楽じゃないものを生み出す。勿論皆が皆愛故に二次創作を書く訳じゃないと思いますが、私はこれからも愛を持って書き続けたいと思います。

でもだからこそ、私はOPの結果をきちんと見なければいけません。間違っても、『私がもっと原作を良くしてやる』なんて思いにはならないように、()()()()()()()事を心に刻まなきゃいけません。…だって、原作あっての二次創作ですから。原作を生み出してくれた人達がいるからこそ、私は二次創作を書きたいと思う程好きになって、二次創作を書く事が出来るんですから。

 

作品作りとは、難しいものです。やりたい事は本当に沢山あって、でもそれを作品の中に入れるの楽じゃなくて、仮にやりたい事が出来てても大変だなぁと何度も思って、面倒になったりもして…でもやっぱり書きたいから書く。満足の出来る結果に到達したくて、だけど終わらせてしまうのは寂しくて、どんなに苦労したとしても、また続きを書きたくなる。二次創作だろうがオリジナルだろうが、これは変わりません。そしてそういう意味では……OAに負けない位、OPも満足出来る形で終わらせられたと思います。

執筆経験のある方、或いは過去に執筆していた方は分かってくれるのではないでしょうか。もしそうでない方は……もし書きたいと思うものがあるのなら、一度本当に書けるかどうか考えて…その上で、書いてみるのもいいと思います。多分大変だって感じると思いますが、途中で止めたくなるかもしれませんが……きっと、書く中で楽しいと思える時はある筈です。

 

 

……なーんて、何お節介な事言ってるんでしょうね、私。何様のつもりなんでしょう。一応二作完結させて、まだ他にも書いてたり続きを書く予定ではありますが、私も所詮は有象無象のアマチュア作家。偉そうな事言ってないで、好き勝手に書くのがお似合いですよね。

えぇそうです、私は自由に、あとがきなんかも楽しんで書いちゃうのが似合ってます。義務でも何でもないのに執筆をし続けて、途中で止めるなんて読者にも作中のキャラにも失礼だなんて一丁前の事考えて、それで自分を追い詰めて……でも何だかんだ最終的には楽しんじゃうのがこの私、シモツキなのです!…あ、けど、私は私のスタイルにも作品にも誇りを持ってますよっ!

 

 

さて、そんな事を書いていたらいよいよ一万字を超えてしまいました。すみません、長々と私の駄弁りに付き合わせてしまって。…でも、わざわざあとがきを読むって事は、それなりに楽しんでくれてるって事ですよね!……楽しんでくれてますよね…?次回作の情報以外は興味ないよ、とかじゃないですよね…?

 

こ、こほん。とにかく話したい事はそれなりに話せましたし(ほんとはもっと話したいです。でも全部書いたらキリがないですから…いや、ほんとに……)、OPのあとがきも締めに入るとしましょう。

OPはOAに負けず劣らず楽しめました。パロディも徹頭徹尾入れまくる事が出来ましたし、メインキャラからほぼモブなキャラまで数多くの人を『夢と願いを持って生きるキャラ』として書けましたし、何より最高のハッピーエンドで終わらせられましたから。……あ、でも書き切れなかった部分もあるので、もしかしたらOrigins Relayでその部分の後日談的な事をするかもしれませんね。…っと、そうだ…今回も休む事なく書き続けた私、お疲れ様っ!けどここで気を緩ませたりせず、これまで通り双極もOVも次回作も頑張れっ!

 

それでは、最後に謝辞をさせて頂きます。最初は原作シリーズの制作チームと、ハーメルンの運営を受け持っている皆様。OPもまた、大元の親及び書ける環境を作って下さった皆様のおかげで生まれる事の出来た作品です。書かせてくれて、ありがとうございました。

次は誤字報告をして下さった皆様、アンケートに答えて下さった皆様、感想にて指摘を入れて下さった皆様。編集のいないアマチュア作品においては、皆様の様に声を上げてくれる方々がいるからこそ作品は良くなっていくのです。そんな皆様の好意を、私は心から感謝します。

更に次はお気に入り登録、感想、評価等をOPに対して行って下さった方々。今の私にとっては、皆様に楽しんでもらえる、面白いと表現してもらえる事も執筆を続ける上での楽しみの一つ。皆様の行動は、私を嬉しい気持ちにさせてくれてるんです。

最後に、ここまでOPを読んで下さった皆様全てに感謝を伝えて、あとがきを締めさせてもらいます。本当に、ありがとうございました。

私はこれからも私の為に、そして出来るならば皆様の楽しみの為にも執筆を続けます。イリゼ達の物語は、目に見える形で続きます。ですので『もう少し応援してやろうかな』と思って下さるのであれば、これからも応援宜しくお願いします。次回作で、その最後のあとがきでまた皆様と会える事を、勝手ながら期待させてもらいますね。

 

 

では……願わくば、皆様のささやかなながらも温かな幸せが、これからも続いてくれる事を。




今回のパロディ解説

・ダンボール戦機W、山野バン
ダンボール戦機シリーズの一つ及び、その主人公の一人の事。でもイリゼはOAの時唯一の主人公だった訳ではないので、彼とは少し違いますね。

・デジモンクロスウォーズ三期、工藤タイキ
デジモンシリーズの一つ及び、その主人公の一人の事。彼は三期において主人公と明言されている訳ではないので、彼もイリゼとは少し違いますね。

・OA、覚えていますか
マクロスシリーズの一つ及び、シリーズ内の曲の一つのパロディ。文章中でも書きましたが、まぁ分かり辛いですね。やっぱり音声が欲しいです…。

・毎月刊行プロジェクト
ライトノベル作家鎌池和馬さんの行っていたチャレンジ(?)の事。冗談抜きで、本当に毎月十万字以上書いてました私…我ながら恐ろしいです……。

・青蘭学園に通う学生
アンジュ・ヴィエルジュシリーズに出てくる学園とその生徒(プログレス)の事。前作はプログレスで、次回作はエクシード…次は可能性解放とか、EVEとかですかね?

・ロイヤルパラディンのグレード3
カードファイト!!ヴァンガードに登場するユニットの一つ、ブラスター・ブレード・エクシードの事。別に続編で超越(ストライド)したりはしませんよ?……多分。


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