ASH SNOW ~それでも俺たちは生きたいと願った~ (苺ノ恵)
しおりを挟む

泥水って言わないで

どうも九条明日香です。

二か月ぶりに駄文を書きました。

よろしければご愛読いただけると幸いです。

それではどうぞ


 

 

 

 

暗い。

 

視界の全てを覆いつくすような闇の奔流が一帯を満たしていく。

 

時折、ヘッドセットを介して耳腔を波打つ耳障りな奇声は、今自分が身を置いている場の危険性を十二分に警告してくる。

 

吸い込んだ空気が重い。

 

吐き出した息が冷たい。

 

紫色の粘性のある胞子が木々を侵食している光景を観て、思わず首に巻き付けたマフラーに鼻をうずめてしまうのも、潔癖の性質から汚らわしいものへの生理的嫌悪を否めない私の面倒な特徴の一つであろうか。

 

そっと、地面に左手を触れさせる。

手袋越しに冷え切った土の温度が、独特な香りと共に伝わってくる。

 

多くの人々がこの場で命を落とした。

 

しかし、その証はどこにも存在しない。

 

遺体も無ければ墓もない。

 

ただ、確かにここで死んだ。

 

その事実だけが、行き場を無くした死者達の啓示の如く、ゆらゆらと浮遊し続けている。

 

身体も血もその存在すらも、人の持つありとあらゆる根源の全てを、奴らは喰らい尽くしていった。

 

そんな場所に、私は足を踏み入れている。

 

この幾度となく味わってきた【戦場】の空気に自分が慣れる、慣れてしまう日は果たして来るのだろうか。

 

どれだけの経験を積もうと、自分の性分ではこの先も似たような経験をすることになるのだと、自嘲気味に諦めの笑みを浮かべては嘆息する。

 

ブリーフィングでの指示通り、所定の配置についてはや数分、索敵も既に終えて手持無沙汰にしていた私の通信機器に漸くの陽が灯る。

 

『_______こちらアーチャー。アサシン、応答願う』

 

ヘッドセットからの通信に私は辟易とした声で応答する。

 

「こちらアサシン。ターゲットを目視にて確認、いつでも交戦可能よ」

 

ただでさえ予定時刻をオーバーしているのだ。

 

多少、要らぬ思案に駆られていたとしても仕方がない…と、誰に申し開きするわけでもない言い訳を並べては、少しばかりの皮肉を交えて相棒に八つ当たりをしてみる。

 

僅かなノイズ音の後、彼は私の言葉の意味に気付きながらも、それをはぐらかすかのようにしながら淀みの無い口調で白々しく謝罪する。

 

『アーチャー了解。悪い、狙撃ポイント到着まで残り120秒はかかりそうだ。それまでは一服でもしててくれ。ジュースがバックパックに入ってる』

 

こんな時までこいつは何を呑気なことを言っているんだと苛々を通り越して呆れたが、暇なことだけは事実なので、大人しく御相伴に預かることにした。

 

渋々バックパックを漁ると、黄色い缶に大きな黒字のフォントが施されたものが見つかった。

 

「………ねえ?なんか泥水入ってたんだけど?何、嫌がらせ?」

 

『泥水っていうな!MAX COFFEEってかいてあるだろうが』

 

食い気味に応答が返ってきた。

 

「?だから泥水でしょ?」

 

『「え、あんた何言ってんの?」みたいな顔して首傾げてんじゃねえぞ。お前、俺だけじゃなくて全世界のマッ缶ファンを敵に回したからな。生産者が聞いたら号泣するぞ?』

 

「私はこの全く意味のない不毛な会話に今にも涙が出そうよ」

 

時間の無駄としか言えない会話をしながら、なんとなくバックパックの中身を確認すると、出撃前と明らかにグレネードの数が異なっていることに気がついた。

 

「…話変わるけど、前に装備の補充したのいつだっけ?」

 

『?一週間前だろ?』

 

「二日前に一人で出撃してたわよね?」

 

『したな。ムカデ型の気色悪いやつが相手の。グレネードが無かったら危なかったぜ…。(主に俺のキモイ叫び声を他の民警に聞かれて黒歴史になる的な意味で)…ボソ』

 

「…それで?装備はその時のままなの?」

 

『そんなわけないだろ?朝、お前のバックパックからちゃんと補充しといたから心配はいらないぞ?』

 

(そっか、じゃあ次はちゃんと私の分も補充しておいてね)

 

「誤爆して頭頂部だけ剥げればいいのに…」

 

『本音出てるぞ?…こういう時は助け合うことが重要なんだって社長も言ってただろ?持ちつ持たれずだ』

 

「相方にに助ける価値が微塵も無い場合はどうしたらいいの?」

 

『人って漢字はな、片方がもう片方に寄りかかってできてるんだ。つまり、片方が楽することを容認してしまっているわけだ。だから、腐らずに頑張って俺を助けて下さい。お願い、見捨てないで』

 

「既に根性が腐りきっている人には死んでも言われたくないわ」

 

『そもそも俺がこうして外に出てせっせと働いてること自体、奇跡みたいなもんだからな。本音言うともうお家帰ってプリキ〇ア観たいし。最強に可愛くて強い初代の二人を鑑賞しながらハアハアして、カマクラをモフモフして癒されたい』

 

「何年前のアニメ観てんのよ。男は黙って【天誅ガールズ】でしょう?」

 

『ツッコムとこそこかよ…。分かった、悪かったよ。この仕事終わったらマッ缶もう一本あげるから許してくれ』

 

「あなたって本当に屑で無能よね?…ああ、それだと屑で無能な人たちに失礼ね。ごめんなさい」

 

『…最近お前の言うことが社長に似てきたと思うのは俺の気のせいか?』

 

「あんな甲板胸と一緒にしないで。絞め殺すわよ?」

 

『お前ら付き合い長いのにほんと不仲だよな…。つーかこの通信社長に傍受されてるかもだからそういうこと言うのマジやめて。お前に絞め殺される前に、社長に社会的に殺される…!』

 

「そうなったら一緒に他の民警会社に移籍すればいいじゃない?」

 

『今更再就職なんて嫌すぎる…』

 

「まだ高2でしょ…」

 

『だからこそだ。早く大人になって稼げるようになりたいなんていってるやつは働き出して、残業続きの毎日、上司からの理不尽な説教、安月給などなど多くのストレスに押し潰され安い酒に溺れ愚痴りながら「やっぱりあの頃がよかったなあ…」とか言って絶対後悔することになるんだよ。よって俺は、いつまでも子供のままでいたい。なぜなら働きたくないからな』

 

「ふーん」

 

遂に私は彼と会話することを放棄した。

 

生返事したのもそれが理由だ。

 

彼の言動に幻滅した?それもある。

 

ただ、それだけではない。

 

あと10秒で彼が狙撃ポイントに到着するのだ。

 

それは、つまり____

 

『でも、死ぬのはご免だ。怖いからな』

 

カシャンッと、コッキング音がヘッドホンに響き渡る。

 

「じゃあ、どうするの?逃げる?」

 

軽口を叩きながら私は立ち上がる。

 

背後から凄まじい速度でこちらに向かってくる異形の影と轟音に等しき足音。

私はグリップに手を添えて前だけを見つめ続ける。

 

恐怖など微塵も無かった。

 

『そうだな。じゃあ、進行方向に向かって回れ右して後ろ走りでもするか』

 

次の瞬間、私の背後で狂気の牙を自身の体液で濡らしながら異形の影が崩れ落ちる。

 

遅れて鳴り響いたスナイパーライフルの銃声。

 

それが何を意味するのかはもう分かってる。

 

「それ、結局前に進んでるじゃない」

 

『あれ?そうだったか?…まあいいや____こちらアーチャー、ポイントに到着。これよりアサシンの後方支援に移る。_作戦開始_』

 

「作戦開始了解。アサシン、突入します!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

明るい。

 

夜空を駆け巡る彗星のような光の軌跡が空間を縦断する。

 

時折、ヘッドセットを介して耳腔を波打つ鮮やかな銃声は、今自分が生きて・生かされているという実感をあるがままに伝達してくる。

 

吸い込んだ空気が軽い。

 

吐き出した息が熱い。

 

黒き森林にマズルフラッシュのイルミネーションが施される。

 

今宵もまた一筋の銃声と共に戦場の円舞曲が開幕する。

 

朱眼の少女は可憐な笑みを浮かべ、敵となる存在の全てを冥府へ誘う死神のように。

 

灰色の少年は非情に冷徹に合理的に、真実を捻じ曲げ道理を嘲笑う道化師のように。

 

二人の怪物は今日も戦場を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、【ぼっちは語れない】のプロットが全く進んでいない九条明日香です。

ハーメルン様にお邪魔したのも二か月ぶりで自分のタイピング速度の劣化具合に悲しみを隠し切れませんでした…。

文章力はそのままでよかったです!(元から皆無)

なんとなく書きたくなって頭の中に眠っていた話を書いてみましたが…この話って需要あるのでしょうか?

一話で打ち切り展開とか悲しすぎる。

どうか、温かいコメントを頂けたら幸いです。

今日から【ぼっちは語れない】の方も執筆を再開しようと思います。

詳しい更新日時はお伝えできませんが期待せずに待っててください。

それではまたの機会に


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

寂しさの理由

 

 

 

 

 

 

感受性が強すぎると不幸をもたらし、感受性がなさすぎると犯罪に導く

 

タレーラン・ペリゴールの「語録」より

 

 

 

 

 

 

人が人である所以。

 

それは、集団を形成することに他ならない。

ある者は力を誇示するため。

 

ある者は助力を得るため。

 

ある者は弱さを隠すため。

 

ある者は利用するため。

 

何れにしろ、平等という名の平和的理念を掲げる社会基盤そのものがその実、カースト制度の思想に傾注するいることを容認しているのだから笑えない。

 

だからこそ、人は人らしく在るともいえる。

 

それでは、人の輪から弾き出された者、自ら望んで離れた者達は人ではないのか?

 

残念ながらそれは、少々穿ち過ぎた考えのように感じる。

 

そもそも、集団とは【個】の集合体であり、集団を構成する上で重要な因子は、間違いなく【孤】なのだ。

 

それは、本来あるべき形に戻ったというだけのこと。

 

ただそれでも、【孤】の在りようによっては前言を撤回せずにはいられない。

 

そう考える理由は、彼らが歩んだ道筋が教えてくれるだろう。

 

不幸に導かれし罪の咆哮は在りし姿の忘却と共に静かな産声をあげる___

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 比企谷八幡はぼっちである。

 

 誰もが知る。

 

 いや、誰も彼のことを知らないからこそ言える矛盾した周知の事実。

 

 これは覆しようのない漫然たる事実なのだが、いざ文章に起こしてみると悲しいことこの上ない、何とも切ない心情になる。

 

 ただ、それは見るものによっては羨望の的となることもある。

 

 少なくとも、一人でいることを苦に思わない人種は、彼のことを好意的に評価するのではないだろうか?

 

 話を戻そう。

 

 比企谷八幡はぼっちである。

 

 その、日々培ってきたぼっち力は遺憾なくその真価を発揮し続けている。

 

 例えば、こんな場所で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、いーち…にー…さーん…」

 

 やる気のない声がマズルフラッシュの影に隠れて漏れ出る。

 

 トリガーを引く指は、まるで意思を持たないマリオネットのように淡々と関節を伸ばしては折り曲げての作業を繰り返す。

 

 偶に空薬莢を排出して再充填はするが、それが終われば前述の繰り返し。

 

 単純作業は頭を使わなくても良いのでよく楽だと思われがちだが、実際体験してみると想像を絶するほどの苦痛に見舞われる。

 

 例えるなら、夏休みの宿題を最終日にやろうとして、真っ白な漢字ノートをひたすら埋めていくあの感じだ。

 

 あとは、約一か月本の絵日記を捏造することだな。

 

 夏休み初日にラピ〇タなんて見た日には、その後絵日記に延々と雲が描かれ続けることになる。

 

 次の日になっても中指から鉛筆の跡が消えなくて微妙に痛いんだよなあれ…。

 

 先生とクラスメイトがこちらに受ける痛いものを見るような視線を向けていたこともそうだけど…。

 

 …あれ?なんかスコープが曇って…。

 

 そんなことを戦場で考えている俺の精神は相当参っているらしい。

 

 ここはわざとらしく閑話休題として現在の状況を整理しよう。

 

 標的のモデル:スパイダーのガストレアはそれほど強くもなく、突進攻撃と糸による遠距離攻撃に気を付け、バラニウム弾で核を破壊しさえすれば、プロモーターだけでも始末できる程度の、所謂stage1の雑魚だ。

 

 なら、何故俺がこんなにも憔悴しているのかというとそれは敵の数にある。

 

 最初に俺が倒したあのガストレア、どうやら子持ちシシャモならぬ子持ち蜘蛛だったらしく、引くぐらいの数の蜘蛛がご臨終した母蜘蛛の腹を食い破ってあたり一面に黒い波を作った。

 

 先ほど、「進行方向に向かって回れ右して後ろ走りでもするか」とか軽口叩いてた俺だが、ホントに回れ右してお家帰ろうかと思った…。

 

 でもそれだと帰ってからドS社長と冷酷な相棒に殺されるので、ちょっとだけ後ろに後退するだけに留めた。

 

 俺はそれで精神的にも肉体的にもある程度落ち着けたのだが、現場近くにいた相棒はそうもいかなかった。

 

 ひゅっ…っと、まるで稲川〇二の話を聞いた後の小学生みたいに息を吸い込んだ相棒は、そのまま消えた。

 

 通信したが返事がない。

 

 ただのシカトのようだ。

 

 笑い事じゃないぞ?

 

 それから、こうして一人せっせと残業に勤しんでいるわけだが、撃てど暮らせど一向に数は減ってくれない。

 

 火炎放射器で一掃できたら良いのだが生憎とガストレアに通常兵器は効果が薄い。

 

 全く効かないわけではないのだが、ガストレアの驚異的な再生・回復力がこちらの与えるダメージを上回ってしまい、こちらの攻撃のほとんどが徒労に終わってしまう。

 

 そのため、人類がガストレアに抗う手段として用いられているのがこのバラニウムである。

 

 黒い輝きを放つこの鉱石は今や、人類にとって欠かせない資源となっている。

 

 バラニウムは銃の弾頭や剣など様々な箇所に加工を施し使用されてはいるが、未だに加工技術の研究は難航しており、大量破壊兵器へのバラニウム組み込みは現時点で事実上不可能となっている。

 

 (まあ、そんな便利なものが開発されたら自然と民警という職業も廃れていくんだろうな。失業するのは痛いがそれが実現してくれればどれだけいいか…)

 

「なんて、あるはずのない未来に頭使ってる場合じゃないか…」

 

 俺はライフルを撃つ手を止めて立ち上がる。

 

 左右にガストレアが散らばるのは防いだ。

 

 無駄弾使って正解だったな。

 

 ここでの出費は痛いが、命には代えられない。

 

 敵は一直線に俺のいる方向へ向かってきている。

 

 想定通り、誘導は完了した。

 

 あとは____

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前に任せたぞ、【留美】」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 鶴見留美は強情である。

 

 気が強いというよりは単に負けず嫌いというべきか。

 

 情人離れした可憐さに、十代とは思えないほど達観した性格。

 

 さらに、プライドが高く頭の回転が速いため、同世代の子供たちと一緒にいるとどうしても浮いているように見られがちだ。

 

 いや、本人も浮いているという自覚はあるらしい。

 

 それでも、自分を少しも曲げようとしないのは彼女の美徳のように感じる。

 

 彼女は一人でいることが好きだ。

 

 嫌いじゃないのではなく、強がりでもなく、本心から一人でいることを好んでいる。

 

 だから、しつこく言い寄ってくる他人には容赦なく侮蔑の視線をぶつけてきた。

 

 まるで、人を人とも思わないような美しき空虚な瞳で。

 

 彼女にはそれが普通のことだった。

 

 ただ、そんな彼女が一つだけ例外を許した存在がある。

 

 自分よりも弱く、自分よりも脆く、自分よりもあらゆる意味で劣っている人物。

 

 でも、一緒にいて凄く安心する。

 

 自分よりも【孤独】を知っている人。

 

 弱いのに強い。

 

 脆いのに壊れない。

 

 自分の弱さを許してくれる。

 

 自分の存在をずっと見てくれている。

 

 冷たい目の下で、誰よりも温かい心を持った人。

 

 初めて一人でいることを寂しいと思わせてくれた人。

 

 だから、鶴見留美は____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___こうなること、知ってたでしょ?」

 

 私は手袋を外し、八幡の背後からゆっくりと近づく。

 

 私がここにいるのは当然だという風に肩を竦めながら彼は嘯く。

 

「いや、知らん。俺は何も知らん。俺は無実だ」

 

「なんで、無実の罪を着せられそうになった容疑者みたいな口調なの?」

 

 私は彼の隣に立つと、脚音の発生源である前方に目を凝らす。

 

 そこには、数分観た時よりも巨大化した蜘蛛の大群が血走った眼でこちらを見つめている光景が広がっていた。

 

 なんとなく鳥肌が立った私は、無意識の内に両腕で体を抱き、腕をさする。

 

 そんな私を見た彼は、私の頭に手を置き、粗雑だけど優しい手つきで撫でてくる。

 

 子供扱いされていることにムッとした私は、目を細めて彼の方を見上げる。

 

 目が合うと、所在なさげに目を逸らし手を放す。

 

 心地よい温かさが離れる喪失感を少しだけ残念に思ったが、頭を振ることで煩悩を滅却する。

 

「なんとなくだ。それより、早く終わらせようぜ。そろそろプリキ〇アの一挙放送の時間だ。録画予約してないからやばいんだよ」

 

「だから、【天誅ガールズ】観ろって何回言えば分かるの?どう考えてもプリキ〇アよりも可愛いし、強いし、何より面白いでしょ?」

 

「プリキ〇アのプの字も知らないお子様が何言ってやがる。…上等だ。帰ったら徹底的に論破して泣かしてやるからな」

 

「そうなったら、『八幡に泣かされた』って結衣お姉ちゃんに言うから」

 

「なっ…なんだそれ、卑怯だろ…。もうそんなんビーターやないかい…」

 

「はいはい中二病乙。お喋りはお仕舞よ。………ん」

 

 私は手袋を外した右手を八幡の方に伸ばす。

 

「…毎回思うんだけど、何でそんなに手繋ぐの恥ずかしがるんだ?ただの握手だろ?」

 

「うるさい、黙って繋ぎなさい。だから貴方は八幡なのよ」

 

「おい、それだと八幡が違う意味に聞こえるだろうが」

 

「いいから集中して。今回は範囲が広いんだから」

 

「俺に人権はあるのだろうか…」

 

 八幡は目を覆い嘆きながら、空いた手を私に伸ばす。

 

 彼の手が私の手を包み込む。

 

 肌が触れる。

 

 それだけで、私の心臓は壊れた噴水のように跳ね上がる。

 

 私は鼓動の高鳴りを悟られないよう必死に左手で胸を押さえ込む。

 

 ちらりと八幡の方を窺うと、彼は既に両目を閉じて同調(・・)の用意に入っていた。

 

「おい、人に集中しろとか言っときながら何人の顔見てんだ」

 

 私は直ぐに顔を逸らし、視界に敵の姿を映し出す。

 

「ちょっと!リンクさせたなら早く言いなさいよ!ホント八幡なんだから!」

 

「いや、報告する前にこっち見てたのはお前なんだが…?」

 

 私は大きく深呼吸すると、話を逸らすように自身の状態を問う。

 

「それで?やれるの?」

 

「ああ、問題ない」

 

 返ってきた言葉はそれだけ。

 

 無理もない。

 

 今彼の脳には、人間二人分の感覚情報(・・・・・・・・・・)が流れ込んでいるのだから。

 

 想像すらできない情報の混濁による奔流を彼は額に冷や汗を滲ませながら解析していく。

 

 私は、そんな彼に何もしてあげられないことを歯がゆく思いながら、せめてもとほんの少しだけ手をギュッと握る。

 

 すると、少しだけ口角を上げた彼は私の手を優しく握り返す。

 

「あとは留美_____任せた」

 

 そう呟いた瞬間、私の視界が蒼炎に染まる。

 

「うん。任せて」

 

 私は左手を胸の前で握りこみ、祈りを捧げるようにそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

【永久の雪原に眠れ_____広域振動減速(ニブルヘイム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の雪が降る。

 

 死を告げる氷の結晶は、燦燦と降り積もり深い雪原を作り出す。

 

 その光景はどこまでも神々しく無情で、感情が凍えるような冷たさだった___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも九条明日香です。

まだまだ残暑が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか?

第二話では一話で意図的に名前を伏せていた二人の登場人物が姿を現しましたね。

プロモーターは皆様の想像通りかと思いますが、イニシエーターの方はどうでしたでしょうか?

ここで一つ補足しておくと、原作では八幡が高校2年生のとき留美ちゃんは小学6年生で12歳。

10年前にガストレア戦争が起こったのでこのままだと留美ちゃんは呪われた子供たちとして誕生していないことになります。

なので、この作品では八幡と留美ちゃんの年齢差を6歳差として物語を進めていけたらなと思います。(八幡と蓮太郎、留美ちゃんと延珠ちゃんはそれぞれ同い年→ということはつまり…)

その他にも補足しなければならないことは山ほどあるのですがそれは今後のお話の中でということで今回は筆を置かせていただきます。

前回に引き続きご愛読ありがとうございます。

ご意見・ご感想をお待ちしております。

それではまたの機会に


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

安らぎはその一瞬を以って

いえええええい!!

特に前書きでは書くことは無い!!

それではどうぞ!!


 

 

 

ランプがまだ燃えているうちに、人生を楽しみ給え

しぼまないうちに、バラの花を摘み給え

 

ウステリの「詩」より

 

 

 

 

 

 

 

 

パキ…パキ…。

一歩、足を踏み出すごとに地面が悲鳴を挙げる。

 

前日に雨が降り、ぬかるんでいるはずの足元は依然として静観だった。

 

「…なあ、蓮太郎。ここは本当に日本なのか?」

 

「そう言いたくなる気持ちも分かるが、ここは間違いなく日本だぞ」

 

「それにしては…その…寒すぎやしないか?まだ、春だぞ?」

 

違和感の正体は、吐き出す息が白いことからも歴然だった。

 

水たまりには氷が張り、植物には霜が降っている。

 

肌に刺さる冷気は、それだけで現実の情報量を希薄にしていくような狂気が感じられる。

 

いっそ、ここはロシアでした、とでも言ってもらえたほうが気が楽になりそうだった。

 

延珠が目の前の光景から目を逸らしたくなるのも痛いほど分かる。

 

俺は形だけの肯定と共に、周囲へと注意を向ける。

 

「だな。警官の奴らがコートを着てるのを見た時は、業務のストレスで遂に頭イカれたかと思ったが…こういうことだったのか」

 

俺たちが見上げているのは氷壁。

 

それも、水晶や鏡のような純物ではない。

 

純白の雪原に零れ落ちた血液が変色し、黒い呪詛のような流線が侵食していくが如き不純な雪の堆積。

 

それはまるで、人の憎悪が結晶化したような光景が俺たちの眼前に広がっていた。

 

(これは…雪か?それにしてもなんでこんなところに………っつ!!!?)

 

俺があるものを見つけたその時___

 

 

「__君たちも、民警か?」

 

 

側方からの気配。

 

黒のコートにを身に着けた警官らが業務に勤しむ中一人、他の奴らとは異なるコートを纏った長身の男が柔和な声を掛けながら歩いてくる。

 

茶髪の短髪に爽やかなルックスはそいつの持つ存在感をより際立たせているように思えた。

 

俺が訝し気に目を細めていると、その男は懐から警察手帳を取り出す。

 

その男が今回の依頼主だという確認を終えた俺は、礼に倣い手帳を提示しながら依頼内容を確認する。

 

「天童民間警備会社の里見蓮太郎だ。応援要請があったので駆け付けた。で、仕事の内容は___」

 

「すまないが、今回の依頼は無かったことにしてもらいたい」

 

「___何?」

 

「こちらの不手際でね。わざわざご足労頂いたのに申し訳ない。もちろん、依頼料は支払わせてもらうよ」

 

「………要らねえよ。その代り一つ聞くぞ。__これは何だ?」

 

既にブルーシートで覆われた氷壁を目で指しながら警官の答えを待つ。

 

警官は笑顔はそのままに、ワントーン低い声音で答える。

 

「聞こえなかったかい?無かったことにしてもらいたい」

 

顔は笑っているが目は笑っていない。

 

(これ以上は蛇足か…)

 

情報の共有は不可能だと判断した俺は、踵を返す。

 

「………行くぞ、延珠」

 

「…うむ」

 

立ち去る俺たちに、背後から柔和な声でフォローが入る。

 

「また何かあったら、その時は今度こそよろしく頼むよ」

 

「縁があったらな」

 

返事もほどほどに、俺は先ほど光景を思い出していた。

 

見えたのは一瞬だったので確証はないが、あの雪の中には無数のガストレアが封じられていた。

 

ガストレアがただの雪や氷などで動きを止めるはずはない。

 

つまり、あの黒い結晶は___

 

「バラニウム…か」

 

「蓮太郎?どうかしたのか?」

 

「…いや、何でもない」

 

「それで、これからどうする?木更に報告しに行くか?」

 

「あ………」

 

つい、勢いで依頼料は不要と言ってしまったが…。

 

「延珠、ちょっと土産でも買って帰るか?」

 

「うむ、妾は構わぬが…大丈夫なのか?」

 

その言葉の裏に、土産程度で木更が許してくれるのか?とか、そもそも財布は大丈夫なのか、とかその他さまざまな意が含まれているような気がしてならないが黙殺する。

 

「ま、まあ、なんとかなるだろ」

 

数時間後、両の頬に紅葉を付けることになるなど、この時の俺には……ちょっとだけ知る由もあったのだが、その予想を直視する勇気を、俺は終ぞ持つことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

雪ノ下財閥

 

10年前、ガストレアの進行を食い止めるための兵器開発、もとい、バラニウムの戦術的介入を可能とした名家の一つ。

 

司馬重工が汎用的な兵器開発に着手したことに対して、雪ノ下財閥はその高い人脈と資金力によって、オーダーメイドの兵器開発と独自にガストレアの研究を進めた。

 

また、東京エリアの国家元首とは強い関係があり、その立場と権力の全てを遺憾なく発揮して現在の地位を築き上げてきた。

 

その、雪ノ下財閥のトップに君臨するのは齢16歳の少女。

 

名を雪ノ下雪乃という。

 

現在、彼女は高層ビルの一角のフロアで書類仕事をしていたところだったのだが__

 

「___それで、比企谷君。なにか言い残した事はあるかしら?」

 

「え?何、俺、死ぬの?」

 

俺がお前の家のプロフィールを諳んじているこの数瞬の間に一体何があったんだ!?

 

まあ、普通に事後処理のお願いをしに来て説教喰らってるだけなのだが…。

 

もう社畜は嫌だ。

 

早くお家帰りたい。

 

雪ノ下は目を通していた書類に判を押すと、俺をゴミを見るような目で…違った、ゴミの俺を見る目で糾弾してくる。

…あれ?言い直して余計に傷ついたぞ?

 

「当たり前でしょ?貴方のような資材を食い潰すだけ食い潰して、泥水を啜るしか能のない扶養人間を辛抱しながらも雇い続けている私の身にもなりなさい」

 

「おい、だからMAX COFFEEを泥水って言うな。マッ缶に謝れ」

 

「扶養であることは否定しないのね…」

 

うん。

 

だって、働かなくていいって最高だろ?

 

俺が一人腕を組んでマッ缶のと無労働の素晴らしさを頭の中で諳んじていると、雪ノ下は眉間を抑えながら背後に控えていた女性に話しかける。

 

「はあ…由比ヶ浜さんからも何か言ってあげて」

 

まあ、女性といっても由比ヶ浜なんだが。

 

今日は珍しく黒のスーツを着てる。

 

いつものラフな格好とはまた違ってエr…女性らしさが強調されるような装いになっている。

 

(中身はちょっとアレだがな…。馬子にも衣裳というやつか)

 

雪ノ下が急に話を振ったからか、俺が由比ヶ浜の一部分を凝視(どことは言わない)していたからか、無意識に胸の前で手を重ねては、所在なさげに動かした。

 

(待って!そんなにしたらアレがアレになってアレになる)

 

「え?私!?え、えーと…とりあえず、二人ともお茶いる?コーヒー淹れてこよっか?」

 

「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。やっぱり、貴女はそこでじっとしていて、お願いだから。気持ちだけで嬉しいから」

 

「なんか優しく食い気味に止められた!?」

 

「由比ヶ浜のお茶か…きっと天にも昇るような味なんだろうな…。いろんな意味で」

 

一瞬で逝けるならまだいいが…どんな劇薬がくるのか堪ったものではない。

 

「天にも昇るって…ヒッキーそれ褒めすぎだってー///」

 

頬を搔きながらにやけるお団子ヘア。

 

(やはりアホの子か…)

 

この場にいるのが疲れたのか、若干逃げるように席を立った雪ノ下は別室に移動し始める。

 

「はあ…私が淹れてくるから、ソファーにでも掛けてて」

 

「いや、俺は………行っちまった…」

 

待てよ?

 

今って逃げるチャンスなんじゃ…?

 

だって、戻ってきたらまた説教のリスタートだろ?

 

【Re:ゼロから始まる上司の説教タイム】なんだろ?

 

よし、逃げよう。

 

生きるための逃げは逃げじゃないって、どっかの牧場のおっちゃんが言ってた気がする。

 

でもそう考えると、俺にとって説教は死と同義なのか?

 

なんてこった…。

 

【最弱腐敗の扶養願望(ヒモぼっち)】…どっかのラノベタイトルみたいだな。

 

…死にたくなるわ…。

 

俺が若干?うつになりかけてたら由比ヶ浜が先に腰掛けた。

 

雪ノ下の座ってた椅子に。

 

つまり、社長の席に。

 

……………。

 

 

 

 

いやいやいや、君、一応、仮にも雪ノ下の秘書でしょ?

 

普通、秘書って社長の側で立っとくもんじゃないの?

 

実際に働いたことないから知らんけど。

 

それ言ったら、秘書は寛いでて社長は給仕に行ってるんですけど…?

 

あれ?

 

普通ってなんだっけ?

 

俺が混乱しかけていると由比ヶ浜は立っているのが疲れたのか、大きく伸びをして背もたれに上体を預ける。

 

またしても、一部分を凝視してしまったが俺は悪くない。

 

全ては思春期が悪いんだ。

 

でもありがとう思春期。

 

お前がいたから俺はここまで___

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「ゆっくりしてったらいいじゃん。ヒッキーお疲れみたいだし」

 

(いやね?ここにいると余計に疲れるんですけど?胃がマッハなんですが、それは…?)

 

疲れているで思い出した。

 

「…そういや、留美はどうしてる?」

 

昨晩の戦闘で、留美は少し無茶をしたのか拠点に戻ると糸の切れた人形のように倒れこんでしまった。

その後、メディカルチェックも兼ねて由比ヶ浜に看病を頼んだのだが、雪ノ下からの説教にノックダウン寸前で今になるまでそのことを失念していた。

 

由比ヶ浜は少し俯くと呟くように答えた。

 

「留美ちゃん?…うん、ちょっと疲れちゃったみたいでまだ寝てる。…昨日も大変だったんでしょ?」

 

「そうだな。小学生にあの時間帯は堪えるだろうしな」

 

「そういう意味じゃなくって…」

 

分かってる。

 

でも、戦場での話なんて聞くもんじゃない。

 

聞くべきでないことは、聞かないほうがいい。

 

俺は目を閉じて、上体の力を抜きながらそっと息を吐く。

 

「…心配するなって。留美には俺がついてるし、俺には留美がいるんだ」

 

それは、相棒への変わることのない信頼の証からくる言葉だった。

 

「…いいなあ…」

 

だからこそ、由比ヶ浜のこの言葉には驚きを隠せなかった。

 

「あ?何だって?」

 

俺は動揺を隠すように。

 

何も聞いていなかったように。

 

心の目を瞑る。

 

「う、ううん。何でもない。でも、ちょっとだけ留美ちゃんが羨ましい」

 

「………何がだ」

 

ギシっと、椅子が動く音が聞こえた。

 

由比ヶ浜が身じろぎしたのだろう。

 

やがて、小さく吸い込んだ空気は優しい、だが儚い声音となってこの空間に響き渡った。

 

「ほら、私ってヒッキーみたいに戦えるわけじゃないし、ゆきのんみたいに頭がいいわけでもないから…。隼人くんや戸部っち、優美子やヒナだってそれぞれの道で頑張ってる…。だから、せめて私も留美ちゃんみたいに__」

 

それはまるで___

 

 

 

『ヒッキーを守れるようになれたらなって__』

 

 

 

____誰かへの贖罪のように

 

そんな、由比ヶ浜の独白とも懺悔とも言えない心情の吐露に、俺は目を開かずにはいられなかった。

 

考えるよりも先に言葉が口をついて出た。

 

「___これは独り言だが」

 

「え?」

 

「留美はいつも『結衣お姉ちゃんみたいになりたい』っていってるぞ」

 

「…留美ちゃんが…」

 

「由比ヶ浜がいると自然に周りが笑顔になってるとか、私にはないもの持ってるからとか」

 

「あー…それはなんというか…あはは…」

 

「自分に母親がいたらきっとこんな感じなんだろうなってさ」

 

「………」

 

「由比ヶ浜。俺たちはその気になればガストレアと戦える。訓練をして、武器の扱いを覚えて、覚悟を持ちさえすれば戦場に行ける」

 

「…………」

 

「だが、留美はそうじゃない…。…留美は___」

 

 

「【呪われた子供たち】…だから…?」

 

 

「…ああ。だから留美は、どれだけ望もうと…普通の女の子として生きることはできない」

 

「……うん」

 

「普通に学校に通って、普通にオシャレして、普通に恋をして、普通に幸せになることが…どうしようもなく難しい」

 

「………うん」

 

「だれも悪いわけじゃない。留美たち自身がなにかやらかしたわけじゃない。それでも世界はいつだって…彼女たちを否定し続ける。この世界は彼女たちに、どうしようもなく冷たい…」

 

「ヒッキー…」

 

「だからせめて俺達は、彼女たちの思いから目を逸らしたら駄目だと思うんだ。それじゃあ、留美に石を投げつけてきたやつらの同類になっちまう」

 

「うん…そうだね」

 

「由比ヶ浜、これは俺からのお願いだ。お前はいつまでもお前らしくあってほしい。この先もずっと___」

 

「留美の目標であってほしい」

 

「………ふふ」

 

「どうした?」

 

「なんかヒッキーが恥ずかしい台詞言ってるなと思って。お父さんみたい」

 

「独り言はぼっちの持病の一つでな。笑いたきゃ笑ってくれ」

 

「じゃあ、そうするー」

 

彼女は席を立つと、心なしかスッキリとした足取りで、雪ノ下が退出したドアとは反対側のドアへと向かった。

 

俺も立とうと腰を浮かせたとき、急に身動きが取れなくなった。

 

それは、温かく、柔らかい、そしてどこまでも甘ったるい香り。

 

それはどうしようもないほど、性別の違いを感じさせる一種の暴力のように思えた。

 

彼女の懐に抱かれた俺は、加速する鼓動に比例して伝わる彼女の熱に冒される。

 

背後から右肩に乗せられた小さな頭が、睦言のように囁く。

 

 

「ヒッキー…ありがとね___」

 

 

「わ、私ちょっと留美ちゃんの様子見て来るね!」

 

由比ヶ浜が退出する刹那、俺は見てしまった。

 

彼女の耳は真っ赤に染まっていた。

 

「お、おい…」

 

何か言わないと叫びそうになりそうだが、緊張からかそれしか言葉が出なかった。

 

追いかけるべきか迷っていると反対側のドアが開く。

 

…しまった、逃走の機会を逃した…。

 

「お待たせしたわ。ちょうど、新しい茶葉が入ったから…あら?由比ヶ浜さんは?」

 

「…留美の様子を見にいったぞ」

 

「そう…今が一番香りのいい時間なのだけれど…。ところで比企谷くん?何かあったの?顔赤いわよ?」

 

「なんでもない」

 

「ホントに?…私の席が少し動いているようなのだけれど…、まさか比企谷くん、私の座ってた椅子でなにかいかがわしいことでもしてたの?いかがわしい人ね」

 

「そんな、発想に至るお前の脳内の方がいかがわしいだろ」

 

「口の減らない部下ね」

 

「口の達者な社長だな」

 

「そう?ありがとう」

 

雪ノ下はクスリと笑って対面のソファーに腰掛ける。

 

それによって、スカートから伸びる脚線美は、黒いストッキングに覆われていることも相まって、16歳とは思えないほどの色香を醸し出していた。

 

雪ノ下は慣れた手つきでティーセットを使いこなしていく。

 

砂糖の数などは特に聞かれない。

 

それほどまでには、お互いのことを理解していた。

 

「粗茶ですが」

 

「ご丁寧にどうも。どうぞお構いなく」

 

ほどなくして出された紅茶を、芝居がかった返答とともに受け取る。

 

それから少しばかりの時間、この場には紅茶の香りと静寂が漂い続けていた。

 

本来、俺も雪ノ下もあまり話が好きな方ではない。

 

だからこそ、この静かさはお互いにとって、とても安らげる場所だった。

 

だが、それもいつかは終わりを告げる__

 

 

 

「聖天使様から密命が下ったわ」

 

カップを置いた雪ノ下は、薄く紅の塗られた唇でそう呟いた。

 

「内容は?」

 

 

 

 

 

 

 

「元IP序列134位___蛭子影胤の抹殺よ」

 

 

 

 

 

 

 

一つ昔読んだ詩の一説が思い浮かんだ。

 

安らぎを噛み締めていられるのは一生の中でほんの一瞬でしかない。

 

その思いが消えうせる前に、せめて一歩、前へと踏み出せと。

 

ウステリの「詩」は、そうささやき続けていた。

 

だが悲しいかな。

 

既に俺の一瞬は過ぎ去り、そして過去となった。

 

果たして今の俺の心情を読んだ詩はあるのだろうか。

 

その問いは冷えた指先が、手のひらの肉を抉る痛みと共に、空虚な風へと消えた__

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~おまけ~

「あれが里見蓮太郎か…雪乃ちゃんも、人が悪い…」
「あ、隼人くーん!作業終わったべ!それと、情報規制も完璧だぜ!あー…でも、民警の件はマジでゴメン!!」
「その件はもういいって言っただろ。確かに、片っ端から要請したのはいただけなかったけど。でも戸部が民警にガストレアの相手をお願いしてくれたおかげて俺達は安心してこいつの処理に当たれたんだ。感謝こそすれ、責めることなんてしないよ」
「隼人くーん!!マジ器広すぎだわー!!太平洋だわー!!」
「まあ、経理の姫菜は御冠だろうけど…」
「え、海老名さん…!?ちょ、隼人くーん!!?俺マジやべーじゃん!!絶体絶命だわーーー!!どうすんべ!!」
「うーん…すまん戸部。骨は拾ってやるから」
「隼人くーーーーーん!!!!?」


◇◇◇

どうも、昼と夜の寒暖差にやられ絶賛風邪気味の九条明日香です。

それなのに何故か回を追うごとに増えている文章量。

これはアレですかね?私は苦痛を力に変えられる性質なのでしょうか?(人はそれをドMという)

それはさておき三話目です。

戦闘の話を書くための導入にしては拙い文章ですが、一応の重要人物を登場させてみました。

この魅力的すぎるキャラたちをどう動かすのか、キャラを生かすも殺すも書き手の腕次第ですね!(死んだように生きるのだけは避けたい…)

頑張って八幡と留美ちゃんの雄姿を描きたいと思います。
(あ、あんまり頑張りすぎると蓮太郎君の出番が無くなるからほどほどにね)

今回もご愛読ありがとうございます。

ご意見・ご感想をお待ちしております。

それではまたの機会に


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。