新訳女神転生(仮) (混沌の魔法使い)
しおりを挟む

第1章 崩壊
チャプター0


どうも混沌の魔法使いです

昨日お試し小説置き場に投稿してみたのですが、短編で投稿した方がいいのでは?と言うアドバイスを貰ったので短編で投稿してみることにしました


女神転生シリーズやデビルサバイバーなどのアトラスの作品が好きなので、それらを参考資料とし書いてみました

稚拙な所もあると思いますが、ご意見や、連載希望などありましたら続編も考えてみようと思っています

それでは今回の更新もどうかよろしくお願いします


どうも混沌の魔法使いです

 

最近スランプなので気分転換でダークファンタジー風の小説を書いてみました

 

私としては珍しい「Rー15」「残酷描写」ありの作品です

 

 

試作作品なので荒い所もあると思いますが、よろしくお願いします

 

後ご意見などをいただけると非常に嬉しかったりします

 

試作作品

 

「守護霊様、守護霊様。どうか私の呼びかけにお答えください」

 

暗い部屋の中で青年の言葉が響く、その青年は窶れ、無精ひげも伸ばしっぱなし、しかし眼だけは異常な光を帯びていた

 

「どうか私の前にその姿を現し、私をお守りください」

 

男の前に血文字で描かれた魔法陣が描かれた紙と蝋燭の炎だけがゆらゆらと揺らめいていた

 

「……っくそ……だよなあ。んなもん出てくるわけねえよなあ……都市伝説だもんなぁ」

 

血文字で書いた魔法陣の中心に座り、守護霊様に呼びかけ守護霊様を現世に呼び出す。そんな下らない都市伝説……

 

「くそ……こんな筈じゃ、こんな筈じゃなかったんだ……」

 

男は地元では天才児と持て囃され、田舎から都会に出て来たのだが、苦しい家計をやりくりし神無(かんな)市の大学へと通わせてくれた両親。確かに男は地元では優秀な男だったが、神無市では下の下。とてもではないが大学に付いて行けるだけの学力は持ち合わせていなかった。

 

「くそくそくそっ!!父さんと母さんに何て言えば良いんだよッ!!!」

 

男は努力した。だが所詮は田舎で天才と言われた男、勉強しても勉強しても授業に追いつくことは出来ず。遂には留年が決まり、そこからは負の連鎖が始まった。学業から逃れるようにギャンブルに、遊びに逃げ。気が付けば借金まみれなり、大学に行くことさえ叶わなくなった。追い詰められすぎた男は遂にこんな下らない都市伝説にまで手を出したのだ、守護霊様の力を借りればきっと何とかなる。そんな思いに突き動かされ、だが実際は守護霊様なんて現れる訳も無く、自分の惨めさを思い知らせる……だけの筈だった

 

「え?」

 

魔法陣が光り輝き、そこから何かが姿を見せる。それは巨大な獅子の姿。それを見た男は歓喜した、守護霊様が現れてくれた、これで勉強の遅れを取り戻すことが出来る。これほどまでに力強い守護霊様だ、きっと自分にもそれだけの才能が隠れているんだ……男はそう思い、獅子に手を伸ばしてしまった……

 

【グガアア】

 

「え……お、俺の……手……?あ、あぎゃああああ!?イダイ!イダイイイイイッ!!!!」

 

獅子は伸ばされた腕を一瞬で食いちぎった。一瞬で消え去った自身の腕に一瞬呆けた男だが、噴水のように噴出す血を見て脂汗を流し、その場にのた打ち回る。だが獅子はそんな男を見て、食べかけた腕を吐き出し、その牙を男に向ける

 

「あ、いや、来るな。いや、いやだああああああああ!!!がぼあっ!?」

 

自分が呼び出した物が守護霊などではなく、自分を喰らおうとする捕食者だと気付いた男は、泣きながらその獅子から逃げようとしたが逃げ切れるはずも無く……男は頭から一気に食いちぎられ絶命した……

 

【ガルルルルルルッ!!!】

 

男の悲鳴が収まったその部屋からは肉を租借する不気味な音だけが響き続けるのだった……

 

 

 

 

大量の本が積み重ねられた机に頭を預け眠っている青年。よほど疲れているのか、窓から明るい光が差し込んでいるのだが青年は気持ち良さそうに寝息を立てていた

 

【♪~♪~♪】

 

「ふがあ!?」

 

携帯から流れてきた軽快な音楽によって目を覚ましたのだが、それが良くなかった……勢いよく立ったことで積み重ねていた本が崩れ落ちてきたのだ

 

「あわわわ!!!あいたたた」

 

崩れてきた本の角が当たり、痛い痛いと叫びながら青年は本をどけながらスマホを手にし

 

「やば!もう8時!?やっべえ!間に合わない!!!」

 

慌てて机の上から昨日徹夜して作ったレポートを取り、鞄の中に詰め込み慌てて家を飛び出す。

 

「っとと!鍵っと!」

 

階段を駆け下りかけたが、慌てて引き返し家に鍵を掛ける。表札に掛けられた青年の名前は「新藤楓(しんどうかえで)」と書かれていた

 

「うっわ……やっちまった」

 

電車に乗ろうと走ってきたのだが、ギリギリ間に合わず。行ってしまった電車を見て深く溜息を吐く。ギリギリで間に合うはずだったのだが、パトカーや警察が何人も居て、通行止めの場所もあったので出発時間に間に合わなかった

 

「今日教授来てくれてるのにぃ……」

 

俺が通う神無私立高等学校は隣の敷地に大学と隣接した高校で、大学まではエスカレーター式になっており、偏差値の高さから入学難易度は当然高い。俺はお世辞にも頭が良いとは言えないが、俺がこの高校に入れた理由の1つとして、高校にしろ大学にしても、民俗学に力を入れており、民俗学の研究をしている生徒は優先的に入学させてくれる。高校自体も4階建てのかなり巨大な学校で、学校の中に様々な民俗学の研究室などを幾つも所有しており、更にはその道の専門家も教員として雇って居るのだ。故に民族学者を志す物にとっては登竜門とも言える。そして俺がこの高校を選んだ理由の1つに久遠教授を1週間に1度招いてくれているのが最大の理由だ。彼女は民俗学の権威で、彼女の論文は俺も何度も何度も目を通した。そして彼女に教えを請うために俺は態々地元の出雲から神無市に来たのだ。

 

「うっわあ……これ間に合わないよなあ」

 

走って行ってもどう考えても間に合わない。教授に見てもらおうと思っていたリポートが……タクシーを呼ぶか悩んでいると

 

「おーい、楓ー!」

 

俺の名前を呼ぶ声に振り返ると、健康的に日焼けをした長身の男子が単車から手を振っている

 

「神の助け!!雄一郎!乗っけてくれえ!!!」

 

「笹野雄一郎(ささのゆういちろう)」。クラスメイトで野球部のエース……だったんだが、去年の地区大会で肘を故障し、

今は野手に転向しようと努力している。俺の友達の1人だ。学力はそれほどではないのだが、スポーツ推薦と父の転勤と言う事でこの高校に入学してきたのだ

 

「良いぜ、じゃ!学食でカツ丼な!!」

 

「くっ!判った!それで頼む」

 

今月はアルバイトも減らしているので、正直カツ丼を奢るのは厳しいが、遅刻するわけにも行かないのでその要求に頷くと、即座にヘルメットが投げ渡される、俺は雄一郎に駆け寄りながらヘルメットを被り、雄一郎の運転する単車の後ろに乗るのだった……

 

「セーフッ!!!」

 

慌てて教室に駆け込む。今日は1日自身の所属する研究会での講義。もし遅刻していたら生徒指導の教員に捕まって、長話と反省文を書かされる事になる。そうなると下手をすると、2時間は補習室に缶詰になる。当然そんな下らないことで時間を潰すのは無駄以外の何者でもない、だからチャイムの前に来れて本当に良かった……机の上に突っ伏し安堵の溜息を吐いていると、視界の隅に赤いスカートが入って来た

 

「楓~また夜更かし?駄目だよ?夜更かしは健康に悪いんだから」

 

頬を何度も突かれ、溜息を吐きながら姿勢を正すと幼馴染が悪戯っぽく笑っていた

 

「桃かぁ……久遠教授にレポートを見て欲しくてな。つい張り切っちまった」

 

それは仕方ないねとくすくす笑う女子生徒。若干茶色の掛かった黒髪をツインテールにしたその女子生徒の名前は「紅桃子(くれないももこ)」俺と同じ出雲の中学からこっちに来た生徒で幼稚園・小学校・中学校と全部同じクラスの幼馴染だ。俺は民俗学を学びたいのでこの高校を選んだが、桃は民俗学に興味など無く、この高校に来ることに何の旨みも無いのだが、俺と一緒の高校に行くと言って着いて来たのだ。ただ俺としても、知り合いが誰も居ない神無市で学生寮で暮らすという不安はあった。だから着いて来てくれた桃には正直感謝してる

 

「楓、知ってる?今日駅の近くのマンションで人が死んだんだって、ニュース見た?」

 

駅前?だからあんなに警察が居たのか……桃から聞いた話で何であんなに警察が居たのか?その理由が判り納得していると

 

「ああ、その話か。俺も知ってるぜ、なんでもまるで獣に食われたみたいにボロボロだったらしいな」

 

獣?こんな街の真ん中に?そんなのはありえない。となると色んな器具を使って、喰われたかのように偽装工作をしたんだろうが、正直そんな事をするならどこか山の中にでも埋めたほうが見つからないだろうに……

 

「随分と猟奇的な犯人だな。態々そんな風に偽装して殺すなんて」

 

獣に食われたように現場を演出すれば、それだけ指紋などの痕跡が残り特定されやすくなる。よほど殺された人間を憎んでいたのか、それともただ単に猟奇的な殺人鬼なのか……何にせよ、1人で電車に乗るのは危ないかもしれないな。駅前で次の犠牲者を物色している可能性も考えると着いて来る危険性が高い。

 

「桃、なんかあったら危ない。今日は一緒に帰ろうぜ」

 

「うん♪なにかあったら護ってね♪」

 

桃は俺から見ても美少女だ。犯人に目をつけられる可能性も高い、だから今日は女子の学生寮まで桃を送って行こうと思っていると、教師が入って来たので俺達は自分達の席へと戻るのだった……

 

「桃は今日どうするんだ?お前って何かの研究室に所属したのか?」

 

SHRも終わり、研究室に行く準備をしながら桃にどうするのか?と尋ねる。研究室に所属していない桃は今日は休んでも良いのだが、学校に来ている桃にそう尋ねると

 

「んー今日は保険室で薬品のチェックとか、搬入の日だからね。手伝いに来たの、終わったら楓の研究室に行くね?一緒に帰るんだし」

 

「別に良いけどまた泣くなよ?」

 

久遠教授の専門は妖怪学。存在しない筈の妖怪や悪魔がどうして生まれたのか?その理由となった昔の出来事や、悪魔や妖怪の話を専門としている。そして桃は怖がりで何度も研究室に来ているのだが、その度に号泣しており。来るのは良いが、泣くなよ?と言うと

 

「もう!楓のバーカッ!そんな事言う楓は嫌いだよーだ!!!」

 

べーっと舌を出して走って行く桃。この子供見たいな反応が可愛くてついからかっちゃうんだよなあっと苦笑していると相変わらず仲が良いなと雄一郎が笑いながら近寄ってくる

 

「楓、今日は俺もお前の研究室に行って良いか?」

 

バットケースを担ぎながら尋ねて来る雄一郎。今は練習しないといけないって言ってたのにどうしたんだ?と尋ねると

 

「部活に参加できないなら、研究室に行けって言われてな。そう言う訳で知り合いの居る研究室が良いと思ってるんだ」

 

他にも見学しろって言われてるけど、やっぱり知り合いのいる方が心強いだろ?と笑う雄一郎に頷き

 

「うっし、じゃあ行こうぜ!久遠教授には俺が説明してやるからよ」

 

「助かる」

 

そう笑う雄一郎と一緒に教室を後にしたのだが、ずっと続くと思っていた日常が後数時間の間に崩れてしまうなんて、俺も雄一郎も、そして誰も想像なんてしなかっただろう……

 

 

 

 

教室を出て、大学へ続く渡り廊下を通って大学の2Fの久遠教授の研究室に雄一郎と向かう

 

「楓、忘れるなよ。カツ丼を」

 

「判ってるって」

 

カツ丼を忘れるなよ?という雄一郎にくどいぜと笑いながら歩いていると、雄一郎が立ち止まる

 

「どうしたんだ?」

 

雄一郎の視線の先には野球部の練習している姿があった。肘の故障さえなければ雄一郎もあそこで練習していた筈だ……真剣な表情でグランドを見つめている雄一郎を見ていると

 

「あ、すまない。急ごう、遅れたくないんだろ?」

 

俺の視線に気付いた雄一郎が頬を掻きながら笑う。ここで下手に気遣うと雄一郎が可哀想だと思い

 

「ああ、急ごうぜ。久遠教授にも紹介しないといけないからな」

 

だからあえて野球部の事には触れず。急ごうと声を掛け研究室に向かって歩き出した

 

「楓君おはようございます……あら?後ろの方は?」

 

「ちっ、もう少し空気読めや」

 

ニコニコと笑う美しい黒髪を腰元まで伸ばした女子生徒と、俺を見て不機嫌そうな金髪の男子。女子生徒は「久遠美雪(くおんみゆき)」さん。名前から判るが、久遠教授の娘さんだ。そして金髪の男子は「浜村睦月(はまむらむつき)」だ

 

(また居るよこいつ)

 

民俗学などに全く興味の無い睦月だが、1年先輩で学校NO1美少女で生徒会長の美雪先輩に惚れており。こうして入り浸っているが、美雪先輩は睦月を完全無視だ。睦月は空気を読めと言っているが、全く読むべき空気など存在せず。睦月が1人でいい空気だと思っているだけだ

 

「笹野雄一郎です。研究室見学で友人の居る久遠教授の研究室を見学させて頂きたいと思いまして」

 

雄一郎が頭を下げながら美雪先輩に言うと、美雪先輩は穏やかに笑いながら

 

「ええ、判りました。では母が来ましたら私から伝えておきますね」

 

「え?今日久遠教授遅れているんですか?」

 

予定時間の5分前行動を心掛けなさい、そう言っている久遠教授が遅れていると聞いて驚きながら尋ねると

 

「ええ、何でも古い友人が尋ねて来ているらしいので、少し遅れるそうです。所でどうです?今回のレポートは良い出来ですか?」

 

レポートの仕上がりはどうか?と笑顔で尋ねて来る美雪先輩。

 

「はい!今回もバッチリです!資料ありがとうございました」

 

鞄から美雪先輩に借りていた資料を取り出しながら頭を下げる。かなり貴重な文献で借りる事が出来たので今回のレポートは自分で言うのもなんだが、かなりの自信作だ

 

「美雪先輩。どうですか?俺と一緒に映画館でも「睦月君。邪魔をするならば帰ってください」

 

俺と美雪先輩が話しているのが面白くなかったのか、映画館にと誘ったが、美雪先輩はきっぱりとした口調で帰れと言う。美雪先輩自身も迷惑しているのに付き纏っている睦月。そのうち何か犯罪でも犯すんじゃないか?と俺は正直思っている。舌打ちしながら邪魔しませんと言って椅子に乱暴に腰掛ける睦月を見ていると

 

「やあ、遅れてすまないね」

 

久遠教授が笑いながら研究室に入ってくる。そして久遠教授を見て俺が思うのは何時も同じ事だ

 

(本当に綺麗だ)

 

久遠玲奈(くおんれな)40を過ぎているのだが、透き通るような白い肌と腰元まで伸ばされた艶やかな黒髪。そして男性だけではなく、同姓さえも惹きつけるであろう完璧すぎるプロポーション……とても子供を1人生んでいるようには見えない、そして本当に何度見ても緊張する。あの闇夜に浮かぶ三日月のような目で見つめられるだけで、心の中まで覗かれている様な気がする……隣であんぐりと口をあけている雄一郎に

 

(おばさんとでも思っていたか?)

 

名前は有名だが、あんまり表に出ることの無い久遠教授だ。40過ぎという年齢でおばさんだと想像していたであろう雄一郎にそう言うと、雄一郎は

 

(あ、当たり前だ。あれで45だと!?どう見ても20代後半にしか見えないぞ!?)

 

その言葉には俺も同意しよう。俺も初めて久遠教授を見た時に久遠教授の娘さんですか?と尋ねてしまったのだから

 

「楓君。今回のレポートを見せてもらおうか?君のリポートは実に面白いからな」

 

「よろしくお願いします!」

 

自信作のレポートを手渡すと久遠教授は穏やかに微笑みながら、リポートをゆっくりと捲り始める

 

「うん……うん……なるほど、今回は都市伝説も調べてみたのか、良い着眼点だ」

 

褒められた事に思わず笑みが零れそうになるが、雄一郎や睦月もいるのでそれを必死に耐える

 

「うん。今回も良いレポートだ、10点をあげよう」

 

初めて10点評価を貰った!今までは7点や8点だったので10点評価は本当に嬉しい、それから久遠教授の講義が始まる。ノートを取り始めて1時間ほど経った所で

 

「よし、美雪。今日は実験をしてみようか」

 

実験?久遠教授の言葉に驚く、フィールドワークなどは何回もあったが、実験というのは初めてだ

 

「実験ですか?一体何の?」

 

美雪先輩も驚いた表情をして、久遠教授に何の実験をするのですか?と尋ねる。すると久遠教授は今まで見たことも無いぞっとするような笑みを浮かべて

 

「守護霊様というのは知っているかな?」

 

もしこの時知っていると返事をしなければ……あんな悲劇は起きなかったのかもしれない……今思えば、これが人類に与えられた最初で最後の選択肢だったのだ……

 

 

 

「守護霊様ですか?最近の都市伝説ですよね?」

 

確か血で魔法陣を書いて、その中心に座って呪文を唱えるって言う……思い出しながら言うと、睦月と雄一郎が露骨に嫌そうな顔をするが、久遠教授はその通りと笑いながら

 

「守護霊を呼び出す儀式。当然ながらそんな物は存在しないと思うが、なんでそれが生まれたのか?というのは気になる。もしかすると一種のトランス状態で本当に守護霊を呼び出しているのかもしれない、実験してみる価値はあるだろう?」

 

確かにその通りだと思うが、血文字で魔法陣を描くと言うのは些か度が過ぎているのは?

 

「まぁ物は試しだ、伝手のある病院から輸血用の血液パックを貰って来た。これで早速やってみようじゃないか」

 

準備が良いなと思いながらも、血液で文字を書く。その事に若干の恐怖心を抱きながらも、好奇心を押さえ切れず俺は久遠教授にやります!と返事を返すのだった

 

「美雪、そこから40度の角度で鋭角文字を書くんだ。睦月君はゆっくり丸を描け、雄一郎君、筆がもう駄目だ。新しいのを寄越せ」

 

久遠教授の指示に従い、研究室に置かれた机を部屋の隅に動かしてから魔法陣を描くのだが。大きい、小さな紙に描くものだと思っていたのだが、12畳ほど研究室のほぼ全体を使った巨大な魔法陣を5人で描く。これで書き始めて2時間だが、まだ書き終わらない、何度も輸血パックを開けている上に、血の匂いがすれば邪魔が入ると言う事で研究室の中は吐きそうなくらい血生臭く、早く実験を終わらせて窓を開けたいと思いながら、必死に筆を動かし続ける。正直なんでこんなに巨大な物を書く必要があるのか?という疑問は残るが、久遠教授には何か考えがあるのだろうと思い、その指示に従う。

 

「おえっ……気持ちわる」

 

「うむっぐ」

 

「母さん、流石にやりすぎなのでは?」

 

吐き気を抑えきれない雄一郎と睦月を見て、美雪先輩がそう声を掛けるが、久遠教授はまだまだと笑い、それから30分後。やっと魔法陣が書き終わった。血の匂いが充満していて、吐き気が収まらない。もしこれを見られたら大変な事になるかもなと思っていると、久遠教授は魔法陣を見て満足そうに頷きながら

 

「なに、これで終わりだ。よし、では楓君、睦月君、雄一郎君、そして美雪。魔法陣の中で呪文を唱えるんだ」

 

呪文を久遠教授に教わり、4人で魔法陣の中に入る。そしてその瞬間に思ったのは

 

(なんか生贄みたい)

 

俺達自身が生贄みたいだなと思いながら、4人で声を揃えて

 

「「「「守護霊様、守護霊様。どうか私の呼びかけにお答えください、どうか私の前にその姿を現し、私をお守りください」」」」

 

目を閉じて教わった呪文を唱える……だがやはりと言うか、当たり前と言うか……何も起きない

 

「守護霊様なんて出るわけねえよなあ。ったく気持ち悪いだけだぜ」

 

睦月が不機嫌そうにそう言った瞬間。バシっと言う強い音が研究室の中に響き渡り

 

「え?嘘……本当に!?」

 

美雪先輩の前に光の柱が現れ、そこから10センチほどだろうか?小さすぎる人影が姿を見せる、だがその背中には蝶を思わせる羽が存在していた

 

(ピクシー?イングランドの?)

 

妖精ピクシー。色々な神話に登場する悪戯好きの妖精……だよな?本当に妖精なんて存在していたのか?と言うか美雪先輩って悪戯好きなのか?守護霊様という割には美雪先輩とは随分イメージが違うな

 

「うおっ!?こ、今度は俺か!?」

 

雄一郎の悲鳴に振り返ると、鮮やかな色合いの着物を着たこれまた10センチ程度の大きさの人影が現れる。その手には蕗の葉っぱ……

 

(今度はアイヌのコロポックル!?)

 

蕗の下の住人と言われる、かつて北海道に暮らしていた民族アイヌ民族の伝承に出てくる妖精だった。当然ながら屈強な雄一郎のイメージからは程遠い

 

「はっはははは!すっげえ!なんかすっげえの出てきたぜえ!!」

 

睦月の興奮した声に振り返ると、睦月の目の前には鉄の鎧を来た、狼人間が現れようとしていた

 

(狼人間?いやあれは何だ?)

 

犬の顔に人間の身体?……なんだ?どっかで見たような……判らない何かを必死に思い出そうとしていると

 

「うわあ!?え!?え?今度は俺か!?」

 

俺の足元から光が放たれ、そこから姿を見せたのは小型犬ほどの大きさの燃える鼠……燃える鼠……燃える鼠?

 

「火鼠の皮衣の火鼠か!?」

 

あの有名な竹取物語で出てくるかぐや姫が要求したと言う火鼠の皮衣。その火鼠か!?本当に存在したのか!?伝説上の生き物を前に興奮していると睦月が火鼠を見て馬鹿にしたように笑いながら

 

「はっはあ!お前鼠かよ!情けねぇ!見てみろ!俺の凄い守護霊をなあ!!!」

 

興奮した睦月が自分の目の前に現れた狼人間に手を向けた瞬間。まるで木の枝が折れたような音が響き

 

「あ?……あ?え……ぎゃああああああ!?!?俺の腕アアアアアアアア!?!?」

 

睦月の右腕がありえない方向に曲がっている。そして次の瞬間

 

【グルゥッ!!!】

 

「げぼあッ!?」

 

狼人間の振るった右拳が睦月の右頬にめり込む。その瞬間骨の折れる音が響き、睦月の首が捩れる、背後に居た俺と光を失った睦月の目が交差する。スローモーションのように倒れこんだ睦月……一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、狼男が倒れている睦月の腹に噛み付いた瞬間……噴水のように溢れ出した血液と肉を租借する音が研究室に響いた瞬間……停止していた時間が一気に動き出した

 

「「う、うわあああああああああッ!?!?」

 

「ッきゃあああああああッ!!!!」

 

俺と雄一郎と美雪先輩の悲鳴が重なる。最初俺は自分自身が叫んでいる事に全く気付かなかった、だが気が付けば俺は自分でも驚くような叫び声を上げていた

 

「逃げろッ!!!」

 

自分が叫んだのか、雄一郎が叫んだのか判らないが、誰かがそう叫んだ。逃げる為に研究室の出口に向かった瞬間

 

「止まれ!!」

 

久遠教授の怒声に立ち止まった瞬間。俺達の目の前を電撃の塊が通過していく……まさか……冷や汗を流しながら振り返るとそこには俺の予想とおり

 

【くすくす♪当らなかったね】

 

【かっか!仕方あるまいて。だがそれも長くは続かぬよ】

 

【カイホウサレルタメ、キサマラハシネ】

 

狼人間と同じように、はっきりと目の前に存在している俺達自身が呼び出した者達が存在し、その目に殺意を浮かべて俺達を見据えていた、睦月が狼人間に喰われる音だけが響く研究室に閉じ込められた。次は自分達が睦月と同じ目に会う、それを理解した瞬間俺は恥も外聞も捨て

 

「なんだよ。何なんだよ!何なんだよ!!!これはあああああああ!!!」

 

理解出来ない現象に俺は混乱したままそう叫んだ……この日から、人類と悪魔の種の存亡を賭けた戦いが始まるのだった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター1

チャプター1 悪魔

 

いつもと変わらない日常だった。それがずっと続くと思っていたし、それが急に無くなってしまうなんて誰も想像もしてなかった

 

(ああ、頼む……夢で、夢であってくれよ)

 

停止した思考の中で夢であってくれと思うが、そんな都合の良い話は無い。大学の研究室に俺達は閉じ込められ、そして目の前には伝説や民謡の中だけで存在するはずだった異形達……そして睦月が喰われる音。それがあるからこれが現実だと嫌でも思い知らされる……

 

【グルルル、テイコウスルイシモナイカナラバシネ!オロカナケイヤクシャヨ!】

 

牙を剥き出しにして飛び掛ってくる燃える鼠。それが自分に向かって来ている。どこか他人事のようにそれを見つめていると

 

「こっのおっ!!!」

 

【ギャンッ!?】

 

雄一郎が何時の間に手にしたのか金属バットを振りかざし、向かって来た燃える鼠を殴り飛ばす

 

「馬鹿野郎!何を呆けてるんだ!!楓ッ!!!」

 

【はっは、威勢が良いの、じゃがお前さんに他人を気遣っている余裕があるのかの?】

 

雄一郎の怒声と、穏やかな声だが殺意が込められた老人の声が響いたと思った瞬間。氷の塊が凄まじいスピードで雄一郎に迫っていくあんなのが当れば、人間の手足なんて簡単に千切れ飛ぶ……それを理解した瞬間。止まっていた思考が一気に動き出す

 

「雄一郎!!!」

 

友人を死なせる訳には行かない、それだけを考えて研究室の机を掴んで投げ飛ばす。それは氷とぶつかり粉々に砕け散るが雄一郎を助ける事は出来た。だが時間がない、今はあの狼男は睦月を食っているので俺達に興味を示してないが、喰い終われば俺達を襲ってくるだろう。その前に何とかしてこの研究室から逃げなければ……必死にどうやってこの状況から逃げれば良いのかを考えるていると、先輩の悲鳴で思考の海から引き上げられる……

 

「っきゃあああッ!!」

 

【あははは♪逃げ回ってないで遊ぼうよ?ねえ?私はねー弱い契約者に従うつもりなんて無いんだからッ!!」

 

先輩を助けなければと思ったのだが、ピクシーの口にした契約者という言葉。俺達が契約者……燃える鼠とピクシーの言葉を聞いて。俺の頭の中に1つの仮説が浮かび上がる

 

(俺達が呼んだのは守護霊なんかじゃない、全く別の何かだ。ただ呼び出した段階で俺達は契約者で……あいつらは俺達を殺すことで自由になろうとしている……?)

 

だから睦月は殺された?……いやだけど……そんなファンタジーじゃないんだからと一瞬脳裏に浮かんだ考えを馬鹿馬鹿しいと思ったが久遠教授が透明な壁のような物を叩きながら

 

「何をしてるの!ぼんやりしない!あれを何とかしないと貴方達が死ぬのよ!何とかしてこの場を切り抜けるのよ!!」

 

「っはい!!!」

 

今は考えている場合じゃない、美雪先輩を襲っているピクシーはそれほど敵意は無いのか、笑いながら追い回している。だが俺達は自分達で書いたこの血の魔法陣の中から出る事が出来ない、だからいつかは体力切れで捕まる事になるだろう……そして弱い契約者に従うつもりはないと言う言葉。今は遊んでいるが、いつかはピクシーは先輩を殺しに入る。その前に助けに入りたいのだが、俺自身も燃える鼠に狙われているので、先輩を助けに入る余裕がない。まずはこいつをなんとかしなければ

 

【ガルルルルルッ!!!】

 

「おわっとお!?」

 

牙を剥き出しにして噛み付いてきた燃える鼠。頭を抱えて咄嗟に転がって避ける

 

(これは!?)

 

転がった先にある物を見て、これならっと思い手を伸ばすが、机の足に引っかかってそれを引き寄せることが出来ない

 

「くそっ!あと少しなの【ガアアアアアア!!】っぎゃッ、がああああ!!」

 

燃える鼠が足に噛み付き、凄まじい激痛と熱さが襲ってくる。あまりの痛みに意識が飛びかけたが、その痛みのおかげか手を伸ばし続けていた物を取ることが出来た。その後はもう無我夢中だった、殺さなければ殺される。それしか考える事が出来なかった、死にたくない。その思いだけに突き動かされ足元に噛み付いている鼠を手にした消火器で殴りつける

 

【ぐうっ!?】

 

肉の裂ける嫌な音がしたが、そのくらいどうって事は無い。だってここでこいつを殺さないと俺が殺される。だから足の痛みなんかで立ち止まってはいられない

 

「てめえ!これでもくらええ!!!」

 

消火器の安全弁を引き抜き、思いっきり噴射する。燃えてるなら消してやれば良い、そんな単純な考えだった。もしかしたら消えない可能性もあったが、俺に出来る抵抗はこれしかなかった

 

【っギ、ギギイイッ!!!】

 

苦悶の悲鳴を上げてのた打ち回る鼠。それを追いかけながら消火器の中身を全て噴射する、消火器の中身が空になる頃には鼠が全身から噴出している炎が消えていた……今がチャンス、そう思った瞬間俺は痛む脚を引きずりながら鼠の前に立ち

 

「うおおおおおおおおッ!!!!」

 

中身を全て噴射した消火器を全力で振りかぶり、鼠の頭に叩き付けた。肉を砕く嫌な感触が手に伝わって来て、その感触に顔を歪める。消火器の下で痙攣する足を見て死んだと確信し、自分が殺したんだと言うことを今実感し、自分の対する嫌悪感と、助かったという安心感が同時に胸の中を過ぎる……全身から力が抜けて、思わずその場にへたり込んでしまう

 

(どうしてこんな事に)

 

いつものように久遠教授にリポートを見てもらい、そして講義を聞いて。久遠教授や美雪先輩と一緒に学食で昼食を取りながら自分の考えを話す。そんな当たり前を過ごすはずだったのに……どうしてこんな事に……何がなんだか判らなくなって、頭の中がぐしゃぐしゃになっている。誰か、誰でも良いから教えてくれよ。俺はどうしたら良いんだよ……

 

「来ないで!こっちに来ないで!!楓君!母さん!助けて!」

 

【きゃはっ!ほらほら!もっと早く逃げないと死んじゃうよー?】

 

美雪先輩の助けを求める悲痛な叫びに我に帰る。雄一郎や美雪先輩も危ないって言うのに、俺は何を考え込んでいたんだと自らを叱責する。考えるのは後でも出来る。今やるべきことはそうじゃない、今やるべき事はこの状況を切り抜ける事だ。考えるのはその後で皆で考えれば良い

 

「美雪先輩!直ぐ行きます!!!」

 

電撃を放ち美雪先輩を追いかけているピクシーを見て、消火器を手に走り出そうとしたのだが、噛まれた右足が痛み、足に力が入らない。たった数mなのに、その数mが果てしなく遠い物に思える。それでも先輩を助けたい、それだけを考えて歩き出そうとした瞬間

 

【グルルル、ナルホドオマエノチカラヲミトメヨウ。汝はワガケイヤクシャ。イマコノトキヨリ、ナンジノキバトナロウゾ】

 

死んだはずの鼠は起き上がってくる。完全に頭を砕いた感触があったのに、まだ死んでないのか!?と怯えるのだが、俺を見つめているのだがその目にさっきまでの敵意は無かった。だから俺は思わずその鼠に駆け寄り

 

「契約者……いや、でもじゃあ!なあお前!あの妖精を何とかできるか!?」

 

契約者?鼠の言っている言葉が俺には全然理解出来ないが、俺の牙となると言う言葉にもしかして手助けをしてくれるのか?藁にも縋る思いで鼠の側に駆け寄り、都合のいい話だと思った。だけど俺の今の足では走ることが出来ない、だから俺が今殺したばかりの鼠に助けを求めた

 

「先輩を助けたいんだ。お前……何とか出来るか?」

 

俺がそう尋ねると鼠は馬鹿にするなと言いたげに鼻を鳴らし、その新緑色の瞳を俺に向ける。さっきまで怖いと思っていたのに、今は不思議とその目に恐怖を感じることは無かった。

 

【ゾウサモナイ、ナンジガソレヲノゾムナラメイジロ。ワレニナニヲサセタイノカヲ】

 

さっきまでお互いに殺し合っていたのに、今は違うこの鼠は俺の味方だと、俺を助けてくれるのだと本能的にそれを感じた。逃げ回っていた美雪先輩がピクシーに髪を掴まれているのを見て、俺は間に合わないと思い足元のカソに視線を向けた、カソは任せろと言わんばかりに俺を見つめ返してくる

 

【ふっふー追い詰めたよ?じゃあ、これまでだね?さよなら】

 

「い、いや……いやあああああああッ!!!助けて!楓君!母さん!助けてええッ!!!」

 

、ピクシーに髪を掴まれた美雪先輩が泣きながら助けを求める、ピクシーの手に光が集まっているのを見て、俺は慌ててピクシーを指差し

 

「あのピクシーを攻撃しろッ!!」

 

【リョウカイシタ!ケイヤクシャヨッ!!!】

 

俺の言葉に鼠は嬉しそうに返事を返し、その新緑の目をピクシーに向ける。するとさっきまで弱かった炎の勢いが増し、今俺の目の前には鼠ではなく、巨大な炎の塊が存在していた。その炎を見つめていると急に力が抜ける

 

(なんだこれ……貧血か)

 

興奮しているから気付かなかったが、もしかすると噛まれた傷は相当深いのかもしれない。血を流しすぎての貧血の可能性に気付いたが、今は自分の止血をするよりも美雪先輩を助けることを優先した。もし傷を見てしまえば、ショックで気絶したり痛みを認識してしまい動けなくなると思ったから

 

【オオオオンッ!!!!】

 

炎の塊となった鼠がまるで狼のような雄たけびを上げる、すると巨大な火の玉が現れピクシーに襲い掛かる

 

【え!?っきゃああああ!熱い!熱い熱いッ!!!!】

 

突然の炎に驚愕し、火達磨のまま暴れるピクシー目掛け、痛む足を顔を歪めながら消火器を手に走り出し

 

「でやああああッ!!!!」

 

【え?ぎゃんっ!?】

 

バットを振るように消火器を振るう。それだけでピクシーは野球ボールのように吹っ飛び動かなくなる。少女の悲鳴と目の前の鮮血に殺してしまったという罪悪感を感じるが、そうしなければ美雪先輩が殺されていたんだ。だから仕方ないと誰に聞かせるわけでもなく、言い訳のように心の中で数回呟き、美雪先輩の方を振り返る

 

「美雪先輩!大丈夫ですか!?」

 

「か、楓君……え、ええ。だ、大丈夫です」

 

綺麗な顔にある涙の痕。俺も怖かったが、美雪先輩はそれ以上に怖かっただろう。もっと早く助けに入れば良かったと後悔しながら、倒れている美雪先輩に手を貸し立ち上がらせる。と吹き飛んだピクシーが戻ってきて、俺を品定めするような目で見つめたと思ったら急に楽しそうに笑い出し

 

【うーん、お兄さん強いね?私を呼んだ契約者じゃないけど、負けは負け、私の力を貸してあげるよ♪】

 

今までの敵意に満ちた表情ではなく、愛らしい表情を浮かべるピクシーに驚いていると、くいくいっとズボンが引かれる。足元を見るとズボンの裾を火鼠が咥えて引っ張っていた

 

【オイ、ケイヤクシャ。あのニンゲンハタスケナクテイイノカ?】

 

「おおおおっ!舐めんなあッ!!!!」

 

【カッカッ!!!面白いの!!それどんどん行くぞ!!!】

 

そうだ雄一郎!鼠の言葉に雄一郎の事を思い出し、慌てて振り返ると雄一郎はバットでコロポックルの打ち出す氷を必死で打ち返し続けていた。だが徐々に姿勢を崩しているので長くは持たないだろう、と言うか良くあそこまで反応できているなと正直歓心と雄一郎の身体能力の高さに驚きながら

 

「雄一郎!今行く!!!あと少し我慢しろ」

 

今まともな精神状態じゃないと思われる美雪先輩を1人にすることは出来ない。だがこの場所に残しては睦月を喰い終えた狼男に直ぐ襲われる。そう判断し、俺は透明な壁に遮られているが久遠教授の近くに連れて行ってあげようと思い。痛む足を気取れないように歯を食いしばり、その痛みに耐えながら美雪先輩に手をかして久遠教授の前まで移動する

 

「先輩はここに居てください、久遠教授!美雪先輩をお願いします!」

 

「あ、ああ任された。楓君、君も無茶をするなよ」

 

「楓君……その、ありがとうございました!」

 

久遠教授の俺を心配する声と美雪先輩の感謝の言葉に、ほんの少しだけ殺してしまったという罪悪感が薄れる。その言葉に救われたような気持ちになりながら、2人にここで待っていてくださいと叫び、俺は消火器を片手に雄一郎の元へと走るのだった……

 

 

 

 

どうしてこんな事に……私はそればかりを考えていた。いつものように邪魔をする睦月君に困りながら、楓君と民俗学の話をする。それが私の楽しみだったのに、それが急にこんな事になってしまった。もう訳が判らない……視界の隅で貪り食われている睦月君のほうに視線を向けないようにし、自分を抱き締めるように何度も深呼吸を繰り返す

 

「美雪。落ち着くんだ、この状態でパニックになるな。判るな」

 

「か、母さん……は、はい……わかっています」

 

透明な壁に遮られ、本当に目と鼻の先に居る母に触れる事が出来ない。もし母に触れる事が出来れば、人肌の温もりに触れる事が出来れば……そう思っていると

 

「ひっ!?」

 

さっきまで私を襲っていた妖精が、私の胴に手を回し抱き付いてくる。恐怖で声が上擦るが、妖精はにこりと笑い

 

【ちょっとは落ち着いた?ごめんね?私はね、ううん、カソもコロポックルも同じ。弱い契約者に従うのが嫌だったの】

 

契約者?妖精の言葉に驚いていると妖精は更に説明してくれた

 

【あのね?私達はここと別の場所の境目に暮らしてるの、呼ばれたら来れるけどその時点で契約者と私達は一蓮托生。契約者が死ねば私達も死ぬ。だから弱い契約者には従いたくないの】

 

貴女は弱いけど、あのお兄さんが強いし、格好良いから特別に貴方と契約してあげるんだからと笑う妖精

 

「ではお前達は何だ?守護霊様は悪魔召喚の儀式では無い筈だ」

 

母さんがそう尋ねると妖精は首を傾げながら

 

【魔法陣があって、マナが満ちていれば私達は現れるよ?】

 

魔法陣……足元のこれですよね?じゃあマナとは……妖精の言っている事はよく判らないが、今目の前に居る現実の存在だと言うのは嫌でも判った

 

「鼠!頼む!!」

 

【マカセロ!!】

 

楓君の指示で鼠。妖精の言葉ではカソがコロポックルに体当たりを仕掛ける

 

【うっぐう!?やはりハグレと契約者付きでは差が出る】

 

契約者とハグレ?また聞こえてきた新たなキーワードに、どうなっているのか?と混乱ばかりが強くなっていく

 

「雄一郎!一気に行くぞ!!」

 

「おうっ!!!」

 

吹き飛んだコロポックルに雄一郎君と楓君が突進しそれぞれが手にした獲物を大きく振りかぶり

 

「「でやあッ!!」」

 

【がぼおっ!?】

 

消火器と金属バットを同時に振るわれる。凄まじい勢いで吹き飛んだコロポックルはそのまま倒れ……暫くすると胡坐をかいて座り頭を数回振りながら

 

【かーっ!痛いのう……じゃがお前達の力は判った!契約しようぞ!】

 

蕗を振り回しながら笑うコロポックル。また現れた契約という単語……その言葉の意味を考えているとガラスの割れるような音が響く

 

「っと!美雪!大丈夫か!?」

 

「ああ、母さん」

 

壁が消えると同時に母さんが抱き締めてくれる。その暖かさにやっと安心出来た……

 

「楓君!雄一郎君!今のうちに逃げるぞ!!」

 

そうだ、この教室にはまだ化け物が居る。今のうちに逃げようと全員で出口のほうに視線を向け絶望した

 

【ガルルルルル】

 

睦月君を食べ終えたのか、口元を真っ赤に染めた狼男が立ち塞がる……2M近いその巨体に、一度は収まりかけた恐怖と震えが再び私を襲うのだった……

 

 

 

透明な壁が消えてやっと脱出できると思った。だが……今俺達の目の前には巨大な狼男の姿……準備室から逃げる事も出来るが、逃げれば間違いなく追ってくる。だからここで迎撃するしかない……再び死ぬかもしれないという恐怖を感じる。獣に貪り食われながら死ぬ。そんなのは絶対に嫌だ……こんな所で死にたくない、絶対に生き残ると心の中で繰り返し呟き自分を鼓舞する。そうしなければ恐怖でおかしくなってしまうと思ったから……どれだけ怖くても気持ちだけでは負けない!震える己の体に拳を叩きつけしっかりしろと激を入れる

 

(くそ……神様って言うのはよっぽど俺達が嫌いなんだな)

 

後少しで脱出できると思ったのによ……そう思った瞬間。ふと違和感を感じた、これだけ騒いでいるのに、何故誰も来ない?どうして警察や救急車も来ない?まさか……

 

(いや、そんな筈無い。そんな筈は無いんだ)

 

一瞬頭を過ぎった最悪の予想を頭を振って飛ばす。そんな事ありえないだろう、他の教室にもこんな化け物が現れている……そんな事はありえないと自分に言い聞かせるように呟く

 

「楓。無理をするなよ、お前は足を怪我してるんだからな」

 

俺が足を引きずっていることに気付いた雄一郎が無理をするなと声を掛けてくる。こんな状況でも俺を心配してくれる雄一郎。こいつと友達になれて良かったと思いながら、目の前の狼男から視線を逸らさずに

 

「んな事言っても駄目だろうが」

 

唸り声を上げて、こっちを睨み付けている狼男。足を庇う素振りを見せたら間違いなく俺を襲ってくるだろう。となれば痛くても応戦しなければ……でなければ、美雪先輩と久遠教授が危ない。ここはなんとしても、俺と雄一郎で対処しなければ……

 

【ワレノケイヤクシャダ。ムザムザコロサセハシナイ】

 

【そうじゃな、どーれ!ワシらが手伝うぞ!】

 

【あ、ごめんね?私力弱いから遠くから電撃とかしか出来ないよ】

 

俺達を庇うように前に出る鼠達に驚いていると久遠教授が

 

「恐らくそいつらを1度倒した君達を自分の契約者として認めたんだろう!彼らと協力してそいつを退けるんだ!」

 

協力って言ったって……これだけ身体の大きさが違うんだぞ!?どう考えても勝てないだろう

 

【ガアッ!!】

 

【サセンッ!!!】

 

先手必勝と言わんばかりに突進してきた狼男。狙いは当然俺だ、そうはさせないと鼠が体当たりするが

 

【ぐぬう!?】

 

手にしている盾で弾き飛ばされる。ほらみろ!?やっぱり駄目じゃねえか!狼男が俺目掛けて棍棒を振り下ろそうとする、反射的に消火器で受け止める体勢に入るが、

 

「馬鹿野郎!無理するんじゃねぇッ!!!」

 

雄一郎が俺を突き飛ばし、バットを水平にし振り下ろされた棍棒を受け止める

 

「うっぐう……てめえの思い通りにさせるかよおッ!!!」

 

雄一郎が振り下ろされた棍棒を金属バットで受け止めるが、衝撃が凄まじいのかその顔を苦しそうに歪める

 

「おい!鼠!ピクシーでも、コロポックルでも良い!なんか無いのか!?」

 

このままでは雄一郎が死ぬ。何か出来ないのか!!と叫ぶとコロポックルが前に出て

 

【ワシはむざむざ契約者を失いはせんわ!!くらえいっ!!!】

 

コロポックルが蕗を振るうと、凄まじい勢いで氷塊が飛び出し狼男の胴にめり込む

 

【ゲガア!?】

 

激痛に後ずさる狼男目掛け、雄一郎が思いっきり振りかぶり

 

「おっらあああああ!!!」

 

金属バットを顔面に叩きつける。だが狼男は数歩よろめくだけで大した効いた素振りを見せない

 

「えっと!何が出来るの!?教えて!」

 

美雪先輩がピクシーに近づき、何が出来るか?と尋ねるとピクシーは指を折りながら

 

【翼を羽ばたかせて風を起すのと、電撃。後簡単な治癒術】

 

「じゃあ電撃をあの棍棒に!」

 

【オッケー!任せて!!!】

 

美雪先輩の指示にしたがい、ピクシーが右手を向けると電撃が棍棒に直撃する。それは運良く、金属の部位に命中したのか狼男が大きく目を見開き暴れだす

 

【ゴッガアアアアア!?!?】

 

感電しているのか、微妙に痙攣し苦しそうに暴れる姿を見て今がチャンスだと思い。痛む右足に眉を歪めながら吹き飛んだ鼠の方に向かい

 

「おい!生きてるか!?お前は何が出来るんだ!!」

 

ぐったりしている鼠を消火器で揺さぶり、何が出来るか?と尋ねると

 

【カエンヲツカウクライダ】

 

火炎……相手は狼男だ。どう考えても効果は大きいだろう。なんせあの毛皮だ、燃え移れば暫く消えることは無い筈だ

 

「それで頼む!!今よろめいている内にぶちかませてくれ!!!」

 

【ワカッタ】

 

ふらふらと立ち上がった鼠が尻尾を突き上げると、巨大な火球が発生し狼男の顔面を包み込む。肉と毛が燃える匂いに思わず眉を顰めるが、狼男は息が出来ないのか苦しそうに暴れ始める。

 

【ギッグガアアアアアア!?!?!?】

 

手にしている棍棒を振り回し暴れ回る狼男を見て雄一郎が駆け出し

 

「うっおおおおおッ!!!!」

 

金属バットを大きく振りかぶり、狼男の頭に叩きつける。頭が割れたのか、凄まじい血が狼男の頭から噴出し、狼人間はその場で数歩よろめき

 

【ギャオオオオンンッ!!!】

 

凄まじい雄たけびを上げて倒れる狼男を見て、やっと助かったのだと判った俺達は思わずその場にへたり込むのだった……

 

 

 

 

ぴくりとも動かない狼男。これで安全だと思ったら、今度は研究室の血の匂いが気になってくる。我ながら現金なものだと思わず苦笑してしまいながら

 

「久遠教授。窓を開けますよ?」

 

「あ、ああ。そうしてくれ」

 

痛む足を引きずりながら、窓を開ける。これで時間をかければ、この血生臭い匂いは薄れていくだろう。振り返ると右足に激痛が走り、バランスを崩し倒れかけると美雪先輩が駆け寄ってきて俺の身体を支えてくれる

 

「楓君!無理をしないで、座ってください!」

 

「……ありがとうございます」

 

肩を貸して貰いながら、研究室の椅子に腰掛ける。するとじわじわと火傷の痛みと噛まれた痛みを感じ始める、その痛みにに顔を歪める。骨は折れたりしてないようだが、これでは禄に歩く事が出来ない。もし逃げるなら俺は完全に足手纏いになるな……見捨てられる可能性が頭を過ぎるが、生き残るためには仕方ない事だと俺の冷静な部分が告げる。どうせ置いていかれるなら飛び降りて自殺した方がいいだろうか?思わずそんな悲観的なことを考えてしまう辺り、そうとい追い詰められているなと苦笑する

 

「えっと治癒術出来るんだよね!楓君の傷を治してくれる?」

 

飛んでいるピクシーに美雪先輩が頼むと、ピクシーはうんっと頷いてくれたが、俺の傷跡を見て申し訳無さそうな顔をして

 

【これだけ深いと完全には無理だよ?】

 

「少しでも良い、頼む」

 

このままでは歩くこともままならない。少しでも良いから治療を頼むとピクシーの両手から淡い光が零れだし、ゆっくりと痛みが引いていく

 

【ん、ごめん。私じゃここまでが限界】

 

「いや、これでも凄く楽だ。ありがとう」

 

傷からの出血は収まり、傷も少しだが塞がっている。これなら後は止血をし傷跡を縛れば走ることは無理そうだが、歩く事が出来るだろう。いつまでも死体のある部屋に居たくないので少し休んだら移動したいしな……

 

「なあ。楓、おかしいと思わないか?」

 

雄一郎が着ていた制服を睦月の肉片に掛けながら尋ねて来る。雄一郎も気付いたのだろう、学校の異様な雰囲気に……

 

「もしかすると他の教室も同じような生き物が現れているのかもしれない」

 

久遠教授の呟きにそんな馬鹿なと言いたかったが、これだけ大騒ぎをしているのに誰も来ないのは明らかにおかしい。違っていて欲しいと思っていたが……もしかするともしかするかもしれない。

 

【キヲツケロ。アラワレタノハワレラダケデハナイゾ?】

 

鼠の言葉にぎょっとしていると窓の外を見ていた美雪先輩が悲鳴にも似た声で叫ぶ

 

「雄一郎君!窓を閉めてください!!」

 

「っ!わ、判りましたっ!!」

 

雄一郎が慌てて窓を閉める。まだ完全に血の匂いが抜け切っていないのにどうしたんだろうか?と思い窓の外を見て

 

「嘘だろ……」

 

空を埋め尽くさんばかりの大量の異形の姿。遠くに見える神無市のビルにも炎が上がっているのが見える。それに風に乗って人の悲鳴まで聞こえてくる……それは他にも化け物が現れて人間を襲っていると言う証拠で血の気が引くのを感じた……

 

「マジかよ……どうなってるんだよ、これはぁ!!!」

 

雄一郎がそう叫ぶ。俺だって叫びたいし、泣き出したい。だけど美雪先輩……美雪先輩の方を振り返った瞬間。強い焦りと共に幼馴染の事を思い出した

 

「桃!桃は!?あいつを探さないと!!!」

 

桃の事を思い出し、慌てて立ち上がろうとするが足に力が入らず、再びバランスを崩す

 

「楓君!今は無理をしないで休んで「休んでいる場合じゃないんです!桃が!俺の、俺の幼馴染が死んでしまうッ!!!」

 

もし桃の前にも化け物が現れていたら、桃が死んでしまう。俺を心配して、俺と一緒に住み慣れた田舎から都会に出てきた俺の幼馴染が死んでしまう。嫌だ、今朝桃と喧嘩別れをしてしまった、それで2度と言葉をかわすことが出来なくなるなんて嫌だ

 

「っ!それでも!今は動ける状態じゃ無いでしょう!!」

 

「でもっ!!」

 

俺を押し留めようとする美雪先輩と口論していると、フラスコで何かを作っていた久遠教授が顔を上げ

 

「紅桃子は確か、今日保健室で薬品などの受け取りをしていたはずだ。これから何が起きるか判らない、保健室で薬品を入手する必要があるのではないか?」

 

確かにその通りだ。こんな状態では何が起きるか判らない、今のうちに食料にしろ、薬品にしろ、入手しておく物は幾らでもある。もしもこの研究室のように他の教室にも化け物が現れていると仮定するならば、今後の事を考え動ける内に物資を集めておくのは必要なことだ

 

「保健室に向かうのは確定だ。楓君、今は少し休みたまえ。興奮しているから疲れを感じていないが、疲れている筈だ。そんな状態で化け物と遭遇したら逃げる事も出来ないだろう?」

 

「わ。判りました」

 

出来ることなら今すぐにでも保健室に向かいたいが、足を怪我している事もあり、思うように動けない。教授の諭すように言う言葉に頷き再び椅子に腰掛け休む事にする

 

【む!行かん!こやつまだ生きている!!!】

 

コロポックルの声に振り返ると、狼男が顔の半分を焼き爛れた状態で立ち上がる。凄まじい殺意を込めた視線に身体が竦む

 

【オオオオオオオオッ!!!】

 

雄たけびを上げて俺に突進してきた狼男だが。それよりも先に久遠教授がフラスコを投げつける、それは狼男の顔面に当ると砕け中の液体が狼男の顔面に掛かる。すると狼男は突然苦しそうに暴れ始めた

 

【ギャン!?ガッガアアアアアア!?!?】

 

鼻を押さえてのた打ち回る狼男は、壁を突き破り研究室を出て行った。俺達の視線が集まっているのに気付いた久遠教授は笑いながら

 

「フィールドワークで野犬に襲われた時に使う犬避けだよ。他にもあんなのが居るかもしれないと思って準備したけど、早速1個使ってしまったな」

 

肩を竦める久遠教授。だけど助かった、今襲われていたら対処出来なかった。

 

「だけどこれで私達はあの狼男にターゲットにされたな。今は逃げてもいいが、いつかは倒さないといけないだろうね」

 

それは間違いない、あの狼男は俺達に凄まじい憎悪を向けていた。きっと逃げても、逃げてもどこまでも追いかけて来て俺達を殺そうとするだろう。そうなると頼みの綱はピクシー達になるのだが、正直に言うとあの狼男と比べるとどうしても見劣りしてしまう。俺は溜息を吐きながら足元で丸くなっている鼠。ピクシーが言うにはカソと話をしてみようと思い、少しだけ怖いと思いながら声を掛けるのだった……

 

「おい、カソ。大丈夫か?」

 

【モンダイナイ。スコしヤスメバカイフクスル、キケンヲカンジタラヨベ】

 

カソはそう言うと弾けて消えた。え?消えた?もしかして死んだ!?俺が混乱しているとピクシーが教えてくれた

 

【ずっと具現化していると疲れるからね。私も少し休むよ、じゃ何かあったら呼んでね♪】

 

俺にウィンクして消えて行くピクシー。確かに可愛いのだが、人形サイズの少女にウィンクされても反応に困るんだが

 

【ワシもさっき消火器で殴られた腰が痛くてなあ。また何かあれば呼んでくれ】

 

そう笑って消えて行くコロポックル。さっきまで目の前に居たのに、今は影も形も存在しない。また夢だったのでは?と思うが、足の痛みに、壁に空いた大穴を見れば夢だと現実逃避することも出来ない。しかし本当に呼ぶだけで来てくれるのだろうか?

 

「じゃあ楓君、雄一郎君、美雪。少し休んでから保健室を目指して出発、そこからどうするかは桃子君を見つけてから考えよう」

 

幸い準備室はフィールドワークに備えて色々備蓄してある。そこで準備と休憩をしてから保健室に向かおうと言う久遠教授の言葉に頷き、雄一郎に肩を借りながら隣の準備室へ移動する

 

(これからどうなるんだ……?)

 

夢であってくれと思ったが、この痛みが現実だと俺に訴える。これから先の見えない不安と、もしかしたら誰も生き残っていないのでは?というそんな不安を抱きながら

 

(桃無事で居てくれ……)

 

朝喧嘩別れした幼馴染の無事を祈らずには居られないのだった……

 

 

チャプター2 合流へ続く

 

 




主人公の楓君がカソ、美雪先輩がピクシー、雄一郎がコロポックルと契約しました。レベルで言うとお互いに1レベルですね。美雪先輩は恐怖、主人公は火傷と負傷。万全なのは雄一郎だけと言う割とハードモードスタートです

手探りで書いているので、ご意見やアドバイスお待ちしております



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター2

 

 

チャプター2 合流

 

久遠教授の研究室の隣にある準備室の扉の前にバリケードを組み上げる。この扉は研究室と隣接しているのでもし魔法陣からまた化け物が出てきた時僅かでも時間稼ぎが出来ると思ったからだ。ほんの数分の足止めでも、その間に体勢を整える事が出来る。そう思えば、その数分は貴重すぎる数分となるだろう。なんせ生死を分ける数分になるからな……額の汗を拭いながら振り返り、椅子に座っている楓と久遠先輩を見てかなり調子が悪いと言うのを一目で悟った

 

(楓と久遠先輩の顔色が悪いな)

 

あの燃える鼠に噛まれた楓は右足を引きずっているし、久遠先輩は睦月が死ぬ所を見ていたからか顔色が悪い。とは言え俺も気分は正直言って悪い、仲が良かった訳ではないが、一応はクラスメイトだ。それの死ぬ所を見て平気で居られる訳がない

 

「皆気分が悪いと思うが、これからの事を話し合おう」

 

久遠教授が机の上にこの学校の見取り図を広げる。俺も窓の外を見たが、まさに地獄絵図と言う感じだった。俺の知っている日常が消え去ってしまったのだと嫌でも思い知らされた。これからどうするのか?それを話し合うのは急務だ、だから気分が悪いなんて言っている余裕は無い。楓もそれが判っているのか、顔を歪めながら立ち上がり見取り図の前へ移動する

 

「まず皆判っていると思うが、スマホは通じないので連絡手段として用いることが出来ない。だから単独行動は厳禁だ、必ず全員行動これを心掛けるように」

 

落ち着いた所でスマホを試してみたが、電波が届いていないのかどこにも繋がることは無かった。この時点でもうスマホは連絡を取る道具としての価値を失い、時刻や写真を撮るためだけの道具へとなってしまった。だが仮に連絡を取れたとしても合流することも出来ないのだから通話が出来なくて帰って良かったかもしれない

 

「話を続けるぞ、今私達が居るのは、大学棟の2Fの私の研究室だ。ここから高校棟に行くには渡り廊下を使うのが早いが……正直言ってこのルートを使うのは危険だと思う」

 

「化け物が空を飛んでいるからですね?」

 

楓がそう尋ねると久遠教授がそうだと頷く。渡り廊下で襲われた場合逃げ道がない、更に廊下を破壊されれば全員が落下して死ぬだろう。桃子の事は心配だが、安全を考慮すると最短距離を使うことが出来ない

 

「だからまずは大学棟の1Fに降りて、そこからグラウンドを走って高校棟に入り保健室に走るのが一番だと思う」

 

今の所グラウンドに化け物の姿はない、だが走るのは楓には厳しいだろう。距離は30ちょいだが……見つかれば一気に襲ってくるだろう。素早く高校棟に逃げ込む事が出来るか?それが一番の課題だろう。楓も自分の足の事もあり、不安そうな顔をしている。久遠教授はやはり走るのは厳しそうだと判断したのか地図を少し見つめてから

 

「もし走るのが難しいのなら、「いえ、大丈夫です久遠教授。俺は走れます」

 

別のルートの提案をしようとした久遠教授の言葉を遮り、大丈夫だと言う楓。顔色の悪さから走る事は無理だと自分が1番判っている筈なのに……それだけ桃子が心配と言う事か

 

「楓君無理は……「無理なんかじゃありません」

 

久遠先輩も止めに入るが、楓は1度決めたら絶対に自分の意見を曲げることはない。なら俺は友人として楓の無茶の手伝いをしてやろうじゃないか

 

「判った。じゃあグランドは俺がお前を背負って走る」

 

「雄一郎!?」

 

「怪我人は黙ってろ、お前の意見は尊重してやる、桃子が心配って言うのも判る。だが桃子と会った時に血の気の引いたお前の顔を見てあいつはどう思う?」

 

俺の言葉に露骨に目を逸らす楓。きっとそんな無茶をさせたのは自分の所為だと桃子は自分を責めるだろう。俺から見れば相思相愛なのだが、どうもお互い妙なすれ違いをして居るように思える。こんな状況で何を考えていると怒られるかもしれないが、俺としては桃子の事を応援してやりたいと思う。だってそうだろ?幼馴染と一緒が良いと言う理由で態々民俗学に興味なんて無いのに田舎から進学して来たんだ。なんで桃子が自分を好きって連想出来ないのかが不思議でたまらない

 

「だからお前は笑顔で桃子を迎えに行くんだ。その為には無理をするな」

 

幸い俺は野球部でしかも投手だった。1ヶ月前までは毎朝20キロは走りこんでいたので、足腰には相当自信がある。更に言えば、俺の身長が181cmで、楓が167cm。身長の差もあるので楓を背負って走っても問題はない。足の事は別として桃子と再会する時は笑顔で再会させてやりたい

 

「判った。ではグラウンドは雄一郎君が楓君を背負って走る。これで決まりだ、では出発の前に……」

 

久遠教授が立ち上がり、何かを探し始める。暫くするとあったあったと笑いながら袋に包まれたお菓子とペットボトルを差し出してくる

 

「チョコレートバーだ。空腹を満たすことは出来ないが、少しはましだろう。後は水だ温いが、保存用の水だ。それは我慢してくれ」

 

そう言われるともう昼は完全に過ぎてるな、俺は差し出されたチョコレートバーと水のペットボトルを受け取り

 

「カツ丼は無理そうだな」

 

「だな……悪い」

 

楓に奢って貰う予定だったカツ丼は無理そうだなと笑い、俺はチョコレートバーを齧るのだった……こんな非日常の中でもやっぱり腹は減るし、喉も渇くな。こんな当たり前の事だがそれこそ生きている事を実感させてくれる、失った日常が確かに今俺の手の中にはあるのだった……

 

 

 

研究準備室で1時間ほど休み、僅かだが食事をとった後。準備室において合ったフィールドワークの際に持ち運んでいた、薬品や非常食をリュックと手提げ鞄に詰め込み。俺達は桃を助ける為高校棟の保健室を目指して移動を始めた

 

「うっ……ぐっ……」

 

階段を下りる、それだけの事なのにカソに噛まれた傷跡が傷む。心配そうにこっちを見つめている美雪先輩に大丈夫ですと返事を返し、歯を食いしばり痛みに耐えながら階段を下りる

 

「……廊下に化け物の姿は無いぞ」

 

先頭を歩いている雄一郎がリュックを背負ったまま金属バットを手に、柱の影から廊下の様子を伺う。今1番動けるのが雄一郎なので進んで先頭を進むと言ってくれたのだ。更にはリュックまで持ってくれているので、頭が上がらないとはこの事だなと思う。雄一郎が出した大丈夫だと言うハンドサインに頷き、ゆっくりと雄一郎の後ろに立つ、ここから昇降口に向かうには、1-C、1ーB、1-Aの教室の前を通り、昇降口を通りグランドに出る。保健室に向かう渡り廊下を使わない最短ルートがこれなのだが、化け物の存在もあるので柱の影から様子を暫く伺うことにしたのだが……

 

「静か過ぎるな……」

 

「ですね」

 

久遠教授の言葉に頷く、あれだけ化け物が窓の外を飛び、廊下を歩いているのにやけに静か過ぎる。パニックが起きて騒動が起きていると思っていたのに、静か過ぎるのだ

 

「雄一郎君。1-Cの教室を覗いて見てくれるか?」

 

こくりと頷き1-Cを覗き込んだ雄一郎は顔色を変えて、その場にしゃがみ込む。顔色が悪く、口元を押さえているのを見て生存者の存在が絶望的だと言うことを思い知らされた

 

「1-Cは死体の山だ。化け物が死体を喰ってる」

 

ありえるかもしれないと思っていたが、こうして口にされると吐き気がこみ上げてくる。廊下に血痕等がないので無事に逃げたのだと思っていたのだが、そうではなかったようだ……

 

「うっぷ」

 

「美雪。吐くなよ、それで見つかるぞ」

 

吐きそうにしている美雪先輩に久遠教授が強い口調で注意する。ここで下手に音や匂いを発すれば見つかる、見つかれば保健室に向かう前に俺達が死ぬかもしれない。だからここは絶対に見つかる訳には行かない

 

(それで雄一郎君。数は?)

 

化け物の数を尋ねると雄一郎は指を4本立てる。通る必要のある教室は3つ……他の教室もそうなっている可能性を考えると、どれか1体でも見つかれば仲間を呼ばれて囲まれて終わりだろう

 

(息を殺してゆっくりと進む。見つかればピクシー達を呼び出して強行突破、それで行くぞ)

 

久遠教授の言葉に頷き、姿勢を低くし、音を立てないようにゆっくりと廊下を進む。自分の心臓の音がやけにうるさい、この音が教室の中に居る化け物に聞こえてしまうのではないか?とたった数m進むだけなのに凄まじい汗が額から流れるのが判る

 

(久遠教授と、美雪先輩は……良かった、昇降口に到着したみたいだ)

 

念の為に準備室から鞄に詰めて運んで来た荷物を運んでいる。俺と雄一郎は荷物の分もあるのでやはり動きが遅い、更に言えば俺は足を負傷しているので更に動きが遅い物になる

 

(よしっ、楓荷物をかせ)

 

俺よりも先に廊下を渡りきった雄一郎に手を伸ばし手提げ鞄を渡す、これで動きやすくなると思った瞬間。手提げ鞄から痛み止めスプレーが転がり落ち、スプレーが転がっていく金属音が静まり返った廊下に響き渡る

 

【【【???】】】

 

1-Aの窓が開き、そこから顔色の悪い異形が姿を見せる、慌てて昇降口の影に隠れる雄一郎達。俺は息を殺して壁に張り付くようにして気配を殺す。目の前に落ちてきた人間の手首と、血の混じった涎に吐きそうになるが、両手を口に当てて必死に声を殺す。早く、早く教室の中に戻れと念じる

 

【【??】】

 

暫く窓から顔を出して周囲を観察していた異形だが、頭はそれほど賢くないのか、周囲を確認するだけで足元を見る素振りを見せず、誰も居ないのを確認すると窓を閉める。壁に張り付いているから、教室の中から聞こえてくる何かを租借する音に眉を顰めながら4つ這いで一気に廊下を通り抜ける

 

「はぁッ!はぁ……あ、危なかった……」

 

柱の影に蹲り汗を拭いながら呟く、まさかスプレーが転がり落ちるなんて、想定外にも程がある……ここで痛み止めスプレーを失ったのは痛いが、命があるだけ良かった、見つからなくて良かったと思うべきだろう

 

「楓君。とりあえず水を飲んでください」

 

美雪先輩に差し出されたペットボトルを受け取り中身を口にする。それでやっと落ち着いた

 

「問題はここからだ。今の所グラウンドに化け物は居ない、だが走れば見つかる可能性もある。ここで少し休んで一気に高校棟に駆け込む」

 

ここで言葉を切った久遠教授は俺を見る。久遠教授の言いたい事は判っている……血痕の少ないこの状況でこれなのだ。高校がどうなっているのかは判らないが、こっちと同じような状況になっている可能性は高い。桃が死んでいる可能性言われるまでも無く頭を過ぎっていた……

 

「手遅れの場合も覚悟しろ」

 

「……はい」

 

1年生の教室を見て理解した。もうこの校舎の中に安全な場所など存在しない、保健室に向かっても桃が死んでいるかもしれない。その可能性を思い知らされた……でも生きている可能性もあるのだから、それを見ずに諦めることなんて出来はしない。それに俺は信じている、桃が生きていると……高校で俺が来るのを待っているとそう信じたい

 

「諦めるのは早いぞ楓。桃子は生きてる、行こうぜ」

 

俺の前にしゃがみ込む雄一郎にすまないと謝り、その背中におぶさる。荷物は全て雄一郎が抱え

 

「行きましょう。久遠教授、久遠先輩。大丈夫ですね?」

 

雄一郎がそう尋ね、2人が頷いてから俺達はグラウンドに飛び出したのだった……幸い化け物に見つかる事無く、グラウンドを走り抜けることが出来たが高校棟は酷い有様だった

 

「これは……酷いな」

 

久遠教授が目を背ける。高校側の昇降口は血に濡れ、あちこちに人間だった物が転がっている。思わず胃酸が喉までこみ上げて来たが、それを必死に飲み込む。雄一郎も口元を押さえ必死に吐き気と戦っていた

 

「……」

 

「美雪先輩!?」

 

美雪先輩が白目を向いて倒れてくる。咄嗟に抱きとめるが完全に意識を失っているので、足を負傷している俺では支えきれず

 

「うっぐっ!」

 

美雪先輩に押し潰される形で廊下に倒れる。幸い血溜まりになっていない所だったのが幸いしたが、背中がめちゃくちゃ痛い

 

「雄一郎!先輩を頼む!!」

 

「おい!馬鹿!楓!1人で行くんじゃねぇ!!!」

 

必死に先輩の下から這い出し、雄一郎の制止の言葉を無視し、痛む右足を我慢し廊下を走る。ここまで来れば保健室はもう目の前だ。桃の無事だけを祈り、血溜まりに時折足を取られながら保健室を目指し走り続ける

 

(桃!桃ッ!!!)

 

無事で居てくれ、それだけを考えて保健室の扉を開く、そこには2体の異形の姿と血溜まりがあった

 

【ううう……?】

 

手足がやけに細く、腹だけが妙に肥大化した異形と、保健室の真ん中で胴体だけで転がっている死体……そして異形が手にしている人間の手を見た瞬間。女子なのか白く細いその手を見た瞬間。目の前が真紅に染まった……

 

「カ、カソオオオオオオオオッ!!!!!!」

 

【ソノイカリ、ワガカテとナルゾ!ケイヤクシャッ!!!】

 

炎の柱から現れたカソが雄たけびを上げると凄まじい炎が巻き起こり、異形を焼き尽くす。それと同時に凄まじい倦怠感が襲ってくるが、きっと走って来た影響だと思う。膝に手を当てて身体をくの字に折りながら必死に荒い呼吸を整える

 

「はぁ……はぁ……」

 

落ち着いてきたので顔を上げる。きっとあれだけの炎だったので保険室はもう使えない、そう思っていたのだが、俺の予想に反して保健室には火災の後1つ無く。血溜まりも炎で蒸発したのでいつもの保健室の姿が目の前にあった。だがそこにあるべき少女の姿がない、何時もニコニコと笑う幼馴染の姿がない

 

「桃……桃ッ!桃ーッ!!!居ないのか!桃ッ!!どこに居るんだ!桃ーッ!!!!!」

 

目の前が涙で歪む。どこかで隠れているなら出て来てくれ、どうか無事で居てくれそれだけを考え俺は桃の名を叫ぶのだった……

 

 

 

怖かった。突然あちこちの教室から悲鳴が響き、なんだろうと思い、保健室を出ると廊下では異形が逃げる生徒を追いかけ食い殺している姿があった

 

「ひっ!?」

 

光を宿さない下級生の首が足元に転がってくる。恐怖で失神しそうになった時。様子がおかしいと言って保健室の外を見に行っていた先輩と先生が保健室に逃げ込んでくるなり私を見て

 

「桃子ちゃん!貴女は隠れて!」

 

「早く!ここへッ!」

 

一緒に薬品の補充をしていた保健室の先生。「御神楽凛」先生と先輩の「藤島葵」さんに、訳も判らないうちに薬品を保管する部屋に押し込められる

 

「先生ッ!先輩ッ!?」

 

あの化け物が居るのだから先輩と先生も!と叫ぶが、先輩と先生は静かに、救助が居るまで隠れてなさいと言うと2人の気配が遠ざかっていく……出ようと思えば出ることは出来た。だが恐ろしくて棚の陰に隠れて頭を抱えて蹲る

 

(楓……楓……怖いよ、助けてよ……)

 

朝嫌いだって言ってしまった。あれが最後の会話になったかもしれない、どうして私はあんなことを言ってしまったのだろうか……

 

(好きで、大好きだから……離れたくなくて一緒に来たのに)

 

神無市に進学すると言う楓と離れたくなくて、必死に勉強してこの高校に進学したのに……何時も2人で居るのが当たり前で2人で話をしながら寮に帰って、偶に一緒にご飯を食べる。そんな毎日がずっと続くと思っていた。それが急にこんな事になるなんて思ってなかった

 

【【ギギィ】】

 

隣の部屋から聞こえて来た異形の声と何かを噛み砕く音。先輩と先生が喰われてしまった……こ、今度は私の番かもしれない。冷たい床に座り耳を押さえて震えながら楓に助けてと繰り返し呟いていると

 

「桃……桃ッ!桃ーッ!!!居ないのか!桃ッ!!どこに居るんだ!桃ーッ!!!!!」

 

隣から聞こえてきた楓の声。その声が聞こえた瞬間、私は立ち上がり保管室の扉を開ける。そこには足を引きずりながら私の名前を叫ぶ楓の姿があって……涙で視界が歪む、楓が無事で良かったと言う安堵の思いだけが胸に広がっていく

 

「楓ッ!楓ーッ!!!」

 

「桃ッ!!良かったッ!!良かった無事でッ!!!」

 

泣きながら楓に抱きつく、暖かい……楓は確かに今私の目の前に居る。その事に安堵し私は涙を流しながら楓の名を呼び続けるのだった……

 

「楓!この馬鹿野郎ッ!!!1人で突っ走るんじゃねぇッ!!!」

 

保健室の扉が荒々しき開き、雄一郎君が入ってくるのを見て抱き合っている姿を見られたッ!恥かしくて顔が赤くなるのが判るが楓も私の背中に手を回しているので離れる事が出来ない。それに今楓から離れるのは私も嫌だった、楓の胸に顔を埋め雄一郎君から顔を隠す

 

「桃子、生きてたのか……良かった」

 

抱き合っている姿には触れず私の無事を喜んでくれる雄一郎君の後ろから黒髪の女子生徒が入ってくる

 

「楓君!1人でなんて無茶を……あ、紅……桃子さんでしたよね?貴女も無事だったんですね。良かったです」

 

今度は久遠教授の娘である、久遠美雪さんが入って来て抱き合っている私と楓を見て表情を一瞬曇らせたが、良かったですと微笑みかけてくる

 

「保健室は……綺麗だな。暫くここで休んで、次の方向性を決めようか?」

 

久遠教授が入って来た所で楓も見られている事に気付いたのか、私の背中に回した手をゆっくりと離す。若干の名残惜しさを感じながら一歩下がって

 

【ケイヤクシャヨ。オボエテオケ、ワレラノチカラハオマエノカンジョウニサユウサレルト】

 

楓の後ろに居る燃える鼠の存在に始めて気付き

 

「っきゃああああ……ふうっ」

 

「桃!?桃ッ!?!?」

 

楓と再会し気が緩んでいた事もあり、突然目の当たりにした異形に完全に脳がオーバーヒートして私の意識は深い闇の中へと沈んで行くのだった……

 

 

 

気絶した桃をベッドに寝かせる。保健室が綺麗になったのは正直ありがたい、ベッドもあるし、薬品もある。近くにトイレもあるので暫くはここを拠点にすると良いかも知れない。それに幸いだったのは、カソの炎で血溜まりが全て蒸発したのでここに死体があったと誰も思わない事だと思う。ただ保健室の先生や桃の先輩の保険委員の人ではなく、恐らく逃げて来た女子生徒……だと思う。僅かに残っていた制服のスカーフの色は白。3年生は赤だし、2年は青だ。だから下級生だと判断した。その遺体を燃やしてしまったのは俺なので罪悪感を感じたが、桃や美雪先輩に見せる訳には行かなかったので、仕方なかったんだと心の中で繰り返し呟く

 

「楓君。貴方も少し休んでください」

 

「お前気付いてるか?自分の足」

 

強い口調の美雪先輩と呆れたような口調の雄一郎の言葉に足を見ると、ズボンが赤く染まっていた。走った事で傷口が開いたのかもしれない……

 

「楓君。桃子も気絶している、暫くの間は動く事が出来ない。今の内に治療をして、休んでおくんだ」

 

久遠教授にまで強い口調で言われ、とても大丈夫だと言える雰囲気ではない事に気付き。渋々判りましたと返事を返し、美雪先輩に手当てを受けて桃の隣のベッドに座り込む

 

「寝転んだ方が良いですよ?」

 

「寝転ぶと寝ちゃいそうですから、それにこれからの事も話し合わないといけない、眠っている場合じゃありませんよ」

 

まだ外は明るい、さっき窓の外から見たが、こんな状況だというのに暢気に寝ている時間は無い。明るいうちにやらないといけないことはまだ残っている、体力も気力もまだ残っている内にやらなければならないことは山ほどあるのだから

 

「それもそうだな。少なくとも今は楓君と雄一郎君、そして美雪が頼りの綱だからな」

 

カソ達の力を借りる事が出来る。つまり化け物に対抗出来るのは俺達だけだ、もし生存者を探すにしろ、食料を探すにしろ、俺達が率先して動かないといけないのだ。正直休んでいる時間は無い

 

「それでカソ、俺の感情がお前の力になるって言うのはどういう意味だ?」

 

今まではおざなりにしてきたが、ここら辺でカソ達が何なのか?それを知る必要がある。そう思いカソに尋ねるが

 

【ム、アマリカシコクナイ。コロポックルにタノメ。ワレハテキヲホフルソレダケ】

 

カソはそう言うと保健室の出入り口に陣取った。俺達を護ってくれるつもりらしいが、そうじゃなくて話を聞きたかったんだが……

 

「じゃあ、雄一郎。頼む」

 

「ああ、コロポックル?出てきてくれるか?」

 

おっかなびっくりと言う感じで雄一郎が呟くと、コロポックルが現れ俺達を見上げながら

 

【うん?なんじゃ?ワシになにか聞きたい事でもあるのか?】

 

見られているので何か用事があると判断したのか、そう尋ねて来るコロポックルにその通りだと呟き。気になっている事をコロポックルに尋ねることにするのだった

 

「ではまず私が聞こう。私が書いた魔法陣。あれからもしかするとこの敷地内の悪魔は現れたのか?」

 

もしそうだったらこの惨劇は俺達の責任と言う事になる。久遠教授の問いかけにコロポックルはNOと答えた

 

【あれは偶然ワシらを呼び寄せただけじゃ。本来はあんなものではワシらは呼ばれん、じゃがどこかで門が開いたんじゃろうな。それによってワシらは呼び寄せられた、開いた門を潜ることが出来ず、はみ出し者となったワシらがこの魔法陣を門として召喚された】

 

「門とは何だ?」

 

【んーこの世界とワシらの世界を繋ぐ扉とでも言おうかの?巨大な門がどこかで開き、それが無差別に呼び寄せているんじゃよ。ワシら悪魔をな】

 

コロポックルの言葉を手帳にメモしながら、今度は俺が気になった事を尋ねてみた

 

「悪魔なのか?お前達は?悪魔ってもっとこう禍々しいというか……なんと言うか」

 

もっとこう禍々しい物を想像していたのだが……確かに恐ろしいと思ったが、なんと言うか……

 

【普通じゃろ?ワシらは一種のデータの塊じゃ、それがこの世界に出た事でこういう形を取っておる。今見ているものが真実とは限らぬ、こんな姿をしているが、実際はもっと巨大な姿をしているかもしれんぞ?】

 

くっくっと笑うコロポックルは更に説明を進めてくれた。彼らが存在はしているが、存在しない存在だと、人間がこうあれと思ったことで存在している存在だと。故に人間が居なければ彼らは存在出来ないのだと

 

【契約者を得ることで完全に具現化するんじゃが、弱い契約者に付き従えばワシらも死ぬ。ワシらのルールは単純じゃ、強い者が正しい、だからワシらに勝った御主達に従う。そして契約者の魂の高ぶりでワシらは強くなる、共存共栄の関係じゃな】

 

共存共栄か……確かにカソ達は最初こそ俺達を襲ってきたが、あの狼男と戦う時は俺達を助けてくれた、そして今も俺達を護ってくれている。強い者が正しい、それは余りに単純にして原始的だが、力を示すことで助けになってくれるのは正直ありがたいと思う。あれを寄越せ、これが欲しいなんて言われるよりも簡単な話だからだ

 

【外に居る奴らはどうかは知らんが、ワシらは味方じゃよ】

 

にっこりと笑うその姿に俺は初めてカソ達に対する警戒心を緩める事が出来るのだった……

 

「ではコロポックルの話を聞いた上で今後の計画を決めよう」

 

話し終えたコロポックルは年じゃから休むと言って、現れた時と同じように消えていった。判った事は3つ

 

1つ目は コロポックル達は門と言うものが開いているからこの世界に現れた。そしてその門が開いている限り、コロポックルのような存在は無限に呼ばれ続ける

 

2つ目は 守護霊様で呼び出された時点で仮契約が結ばれるが、契約は一蓮托生の物。弱い主に従うつもりはないと言う事で襲って来た。だが強さを示したので従う事にした。

 

3つ目 契約が結ばれた段階で俺達とカソ達は共存共栄の関係にある。俺達の感情がカソ達を強くする、そしてカソ達はより強くなる為に俺達を護ってくれるとの事だ

 

「まず最優先は食料の確保だ。皆も知っての通り学食が狙い目だが……異形が住み着いている可能性がある」

 

契約者を持たぬ悪魔は食事によって自分の身体を維持する。無論その食事とは普通の食事では無く、人間を喰らう必要があると言っていた。つまり学食に陣取り食料を求めてきた人間を自分達に餌にしようと思っている存在が居ると見て間違いないだろう

 

「だからまずは食事は後回しにして、武器を集めたいと思う。それに伴い候補になるのは2つ」

 

学校の見取り図を黒板に張った。場所は同じ1階で保健室から移動できる範囲だが、分かれて行動するのは無謀なのでどちらかを選ぶ必要がある

 

「1つは剣道場だ。剣道の防具と竹刀がおかれている筈だ。そしてもう1つは野球部の部室。目的の物は金属バットとヘルメット、レガース等になる。さてここで聞こう。楓君、君ならどっちを選ぶ?」

 

野球部の部室か剣道場……どっちを選ぶか?と尋ねられた俺は少し考えてから自分の考えと共に目的地を口にした。

 

「野球部の部室を目指すべきかと思います。理由としては竹刀はあくまで木です。そこまで打撃に効果があると思えません、ですが金属バットは雄一郎が現に武器としてあの狼男を何度も殴っていますが、まだ変形していません。武器としての価値はやはり金属バットかと、それにもしかすると野球部の部員が生き残っている可能性もありますし」

 

竹刀ではやはり心許ない、金属製の金属バットのほうがよほど信頼できると思う。それに野球部員が生き残っているのなら、味方として迎え入れたいし、雄一郎も気にしている筈だから部室を見ておきたいと言うのもある、久遠教授もその通りだと頷き

 

「ではその方向性で動く、武器を確保したら、1度高校の購買と大学の購買を確認し食料のあるなしを確認してから、大学の私の第二研究準備室へ向かう」

 

第二研究準備室?そこは確か準備室と言う名目だが、特に何も置いてないと聞いていた空き教室の筈だが……俺が首を傾げていると久遠教授は笑いながら説明を始めてくれた

 

「あそこは私が海外のフィールドワークに行く時の道具が置いてある。この状況できっと役立つ筈だ」

 

自信満々と言う表情をしながら、間違いなく役に立つ。そこまで言われてしまうと、行きたくないと反論するわけには行かない。それに大学棟は高校棟と比べると綺麗だったし……美雪先輩や桃にもそんなに負担にならないかもしれない。それに綺麗だったことを考えると生存者が居る可能性もあるので調べておく価値は十分にある

 

「納得してくれたようで何より、では桃子が起きたら出発とする、それまでは皆身体を休めるように!」

 

久遠教授の言葉に頷き、今の内に水分補給や、準備室から持ち運んでいた乾パンなどで空腹を満たし、桃が起きるのを待つのだった……

 

チャプター3 死の先に へ続く

 

 




保健室が当面の間の拠点となります。ゲームで言えばHP/MP回復スポットとなりますね。生存者を探す、高校から脱出するにしろ身を守る武器は必要となります。なので次回は武器の確保をメインに書いて行こうと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター3

チャプター3 死の先に

 

目を開くと保健室の白い天井が視界に飛び込んでくる。さっきまでの出来事を思い出し一瞬夢かと思ったが、保健室の中を飛んでいる妖精を見て夢じゃなかったんだと理解し、ゆっくりとベッドから身体を起こす。私が起きたのに気付いた雄一郎君が金属バットを手にしたまま近寄ってくる

 

「目が覚めたんだな。良かった」

 

「楓は……?」

 

私の事を心配してくれているのは判ったが、楓の姿が見えない。それだけで身体が震えて来た……思わず自分の身体を抱きしめるようにして蹲る。雄一郎君は気にした様子も見せず隣のベッドを指差して

 

「楓も今眠っている。ここまで来るのに怪我をしていてな。正直歩くのもやっとと言う怪我なんだが……桃子が心配でここまで走って来たからか傷口が開いてな」

 

楓が怪我をしていると聞いて慌ててベッドから立ち上がり、カーテンを開けて隣のベッドを見ると、ベッドの横に久遠先輩が腰掛け、楓の額に濡れたタオルを置いていた。傷の所為で熱が出ている筈なのに青い顔をして横たわっている楓を見て、傷が相当深いのだと理解する。右足を怪我しているのかズボンが真紅に染まっている……それを見て再び意識が遠退きかけたが、ここで気絶する訳には行かない。

 

「手当てはしましたか?」

 

「え?あ、はい。傷口にガーゼと包帯を巻いて、あと火傷をしていたので軟膏を……それとピクシーが治癒術を」

 

【はーい♪もう少ししたらまた治癒術が使えるから、それで傷口は完全に塞がると思うよ】

 

にこにこと笑う妖精。愛らしい姿をしているが、妖精や妖怪は苦手なので顔が引き攣るが、楓を助けてくれたのでそんな顔をするのは失礼だと思い

 

「ありがとう。楓を助けてくれて」

 

【良いよー♪お兄さん格好良いからね~死んじゃうのは勿体無いからね♪】

 

勿体無いって……やっぱり私達とは価値観が違うと言うのを思い知らされ、憂鬱な気持ちになっていると久遠教授が私を呼ぶ

 

「紅桃子、無事で何より。信じられない話だと思うが、これが真実だと先に言っておく。質問も受け付けない、楓君が起きたら直ぐ行動に出ないと夜になってしまう。私達には時間が無い」

 

早口で言う久遠教授はそのまま話を始めた。それは到底信じられない物だが、現に私は見ているので信じるしか無かった。悪魔が現れ、人間を殺して回っている。守護霊様と言う都市伝説を実行し、楓と雄一郎君と久遠先輩は悪魔と契約することに成功した。今は生存者および武器と食料を得る為に行動する準備をしているとの事

 

「事情は判ったな?質問は後で余裕が出来てから聞くが、今は黙って今私達が置かれている状況を理解して欲しい」

 

異論は許さないという強い口調の久遠教授に頷くと、目の前にチョコレートバーと水のペットボトルが置かれる

 

「今の所の食料はこれしかない。辛い光景を見ることになると思うが、何か食べておかなければ動く事も出来ないだろう。食べておけ」

 

「ありがとうございます」

 

差し出されたチョコレートバーの封を切り、それを齧りながら友達や故郷のお父さんやお母さんのことも心配だが、それ以上に楓の事を心配している自分が居るのに気付き、私ってこんなに薄情だったけ……と軽い自己嫌悪に陥ってしまった時

 

「……寝てた!?なんで起さなかった!雄一郎の馬鹿がッ!!!今時間が無いと言うのにッ!!!」

 

カーテンの中から楓の怒声が聞こえてきた。ああなったら雄一郎君じゃ楓を説得するする事が出来ない、私は食べかけのチョコレートバーを机の上に置き、興奮している楓を説得する為に楓が眠っていたベッドへと足を向けるのだった……

 

 

 

30分ほど眠っていたと雄一郎に聞き何故起さなかった!と俺は激怒した。雄一郎も、美雪先輩も、久遠教授も寝ていないのに俺だけが寝ていた。暗くなるまで時間が無い、やらないといけない事が山ほどあると言うのに貴重な30分を無駄にさせた。俺のせいでだ。雄一郎に怒鳴った事も、激しい自己嫌悪として戻ってくる。美雪先輩も雄一郎もカーテンの外に追い出したが、桃だけはなんでもないようにカーテンを開けて俺の前にやってきた

 

「楓。皆心配してくれていたんだよ?」

 

桃が優しく俺に声を掛けてくる。心配してくれるのは嬉しい、嬉しいが今は俺の心配をする前に生き残る事を優先して欲しかった……最悪足手纏いとなる俺を置いて行ったとしてもだ

 

「楓。皆にごめんって言おう?ね?皆許してくれるから」

 

いつもこれだ。俺は頑固で、直ぐ頭に血が上る。田舎でもそれで爪弾きになった時いつも桃が仲介になってくれた……昔の事を思い出し、思わず笑っていると桃が不思議そうな顔で俺の顔を見つめてくる。こんな状況になったから判る、桃が俺にとってどれだけ大切な存在だったのか……

 

「ありがとな、桃」

 

桃に感謝の言葉を口にし、俺は雄一郎達に謝る為にベッドから立ち上がる。右足が痛むと思っていたのだが、全くの無痛に驚いているとピクシーがカーテンの隙間から顔を出し立っている俺を見て楽しそうに笑いながら

 

【お兄さんの傷は治しておいたよ。時間は掛かったけど、これで走ったり、跳んだり出来るよ】

 

笑顔で告げるピクシーにありがとうと感謝の言葉を口にし、俺はカーテンを開けると同時に

 

「雄一郎。美雪先輩、ごめん!俺を心配してくれたのに怒鳴ったりして」

 

深く頭を下げながら謝ると雄一郎も美雪先輩も気にしてないと笑って許してくれた。それが嬉しくて、そして絶対に全員で生き残りたいと言う思いが更に強くなった

 

「さて楓君も起きた所でそろそろ探索を始めよう。と言ってもだ……時間は15時45分……大学棟まで捜索をしていたら間違いなく夜になるだろう。だから今日は野球部部室、そして高校の購買の捜索をしたら保健室に戻り休む。方向性としてはそれで行くが異論のある者は?」

 

異論なんてある筈も無い。確かに大学を調べたいという気持ちはあるが、それで夜になって化け物が活性化したら間違いなく全員が死ぬ。ならば夜になる前に戻ってきて、保健室で1夜を過ごすべきだ。幸いこの保健室は窓が廊下側に向いて作られている。グランド側に窓は存在しないので外から覘かれて襲われると言う可能性も低い、恐らく今この高校で1番安全のは間違いなくこの保健室だろう。

 

「異論は無いようだな。では出発する、目的地は野球部部室。美雪、桃、判って居ると思うが、ここから先は人の死体などを見る事もあるだろう。叫ぶなと言うのが難しいと言う事は判っているが、決してパニックになるな。それで周囲の悪魔を呼び集めることになれば全員が死ぬ、良いな?」

 

桃と美雪先輩が頷いたのを確認し、俺と雄一郎を先頭にし、野球部の部室を目指して移動を開始するのだった……目的地の野球部の部室は保健室からは割と近い。と言うのも、俺達が目指している部室は校舎内の部室で、ロッカーや高校から準備された道具が納められた部室で、部室と言うよりかは部活準備室とも呼べる所だからだ。だが部活準備室なんて言うのは明らかにおかしいので皆部室をして呼んでいる。校舎の中の部室だけあり、距離としては歩いて数分の距離なので直ぐに目的地に到着出来ると思っていたのだが、それが甘い考えだったと言うのはすぐに思い知らされることになった

 

「こっちも駄目そうだな。となると2階に上がって、2階の廊下を通って部室へ移動するか?」

 

最短ルートで部室を目指していたのだが、そこには野球部員らしき死体が幾つも転がっており。それを貪り食う異形の群れの姿があった。それは保健室にいた異形と同じ姿をしていて、俺の予想では餓鬼だと思う。カソを呼び出して倒せるか?と聞いてみたが倒すことは出来るが数が多すぎるという返事だった。どこかで力尽きればそれで囲まれて終わりだ、女性を3人連れている事もあり無茶をすることは出来ない

 

「……」

 

「おい、雄一郎?」

 

「!すまない、考え事をしていた。2階からだな、それで行こう」

 

……やっぱり流石の雄一郎もショックを隠せないようだな。同じ部活で友人同士に違いない、そんな相手の死体を見て平常心を保てる訳が無い……もしかしたら生き残りがいるかもしれないと思ったが、雄一郎には酷な結果になってしまったな……

 

「楓君。やっぱり最短ルートは無理そうですか?」

 

「はい、なので2階から移動します。もし2階も駄目ならば、1階をカソとコロポックルで強行突破します」

 

美雪先輩と契約しているピクシーは戦闘力はカソとコロポックルよりも低いが、その代わり治癒術を使う事が出来、小型でしかも素早く空を飛ぶことが出来る。それならば前に出るのではなく、俺や雄一郎、そしてカソとコロポックルが負傷しても治癒出来る存在として、または飛行能力を生かしての斥候役として活躍して貰い。戦闘では温存しておきたい、となると俺のカソと雄一郎のコロポックルが手持ちの戦力となる。幸いカソの炎は広範囲にも対応出来るし、コロポックルの氷の連射速度は凄まじい物があるので強行突破も不可能ではないだろう。だがそれはあくまで最終手段にしたい

 

「強行突破はあくまで最後の手段だ。もし2階に行くならそのまま購買を確認し、部室を明日捜索にして引き返すという選択肢もある」

 

久遠教授の言葉に判っていますと返事を返す。確かに武器を手に入れるのは最優先課題だが、その所為で悪魔を誘き寄せる可能性を考えれば、今日無理をして手に入れるだけのメリットが無い。1日でかなり色々なことがあった、食料を手に入れて引き返すことも当然選択肢に入ってくる

 

「桃。出来るだけ足元は見ないで着いて来い。見るには辛いからな」

 

「……う、うん」

 

野球部の部室に続く廊下は正直血塗れだ。美雪先輩や桃に見せる訳には行かない、久遠教授は平気そうにしているのが本当を言うと不思議なのだが、平気だと言うので俺と雄一郎は桃と美雪先輩に集中できる。俺は消火器を抱え、雄一郎は金属バットを手に桃達を階段の前まで案内する。幸いと言って良いのか悩む所だが、餓鬼は野球部員の死体に夢中になっているのでこっちを見ることが無い。一気に階段の所まで移動し、2人で階段の先を確認しようとして、直ぐに階段の陰に身を隠した。俺と雄一郎の反応を見て美雪先輩が顔色を変える。この反応を見れば悪魔が居るって判るわなと思わず苦笑する

 

「楓君悪魔がいるのですか?」

 

小声で尋ねて来る美雪先輩に頷き、人差し指を口に当てて静かにしていてくださいと言うジェスチャーをする。ゆっくりと

立ち上がり階段の先の悪魔を確認し、再びしゃがみ込む

 

(餓鬼が1体。後ろを向いているな)

 

階段の所で蹲っている餓鬼。動く気配が無いので眠っている可能性もあるが、それが囮で仲間が何処かに隠れている可能性もある。とは言え考えすぎと言う可能性もあるが、今まで見た餓鬼は集団行動をしていた。それが1人で動いているというのがどうしても気がかりだ

 

【う、ウボアア……】

 

急に苦しみだした餓鬼はそのまま苦しそうに暴れ回り、暫くすると足の方から粒子となって消えて行き。餓鬼がいた場所には拳大の青い宝石が落ちていた……なんだあれは?俺と雄一郎が首を傾げているとピクシーが教えてくれた

 

【契約者も無しに存在している悪魔は魂食いで存在を維持しているんだけど、それも無くなったら存在していられなくて消えるだけなんだ。それであの石は魔石って言ってね?魔力を蓄えている石で、私とかカソの治療とかにも使えるしお兄さん達の傷を治すのにも使えるよ】

 

そ、そうなのか……じ、じゃあ拾っておくか……餓鬼から出て来たので若干気持ち悪いなと思いながら魔石とやらを拾う。

 

ひんやりと冷たいそれはまるで氷のようだなと思いながらズボンのポケットに詰め込み、桃達を踊り場に残し階段を上り2階の廊下の様子を伺う。見た感じ1階と違って血溜まり等は見えないが……逆に言うと綺麗過ぎる

 

「雄一郎。どう思う?」

 

「嫌な予感しかしない」

 

だよな……今までは明らかに知性の無い悪魔としか遭遇していないが、カソやピクシーのように知性のある悪魔も居る……

 

一旦踊り場に戻り久遠教授に相談しよう。俺と雄一郎は相談した結果そう結論を出したのだった

 

「ふむ、綺麗過ぎる廊下か……確かに嫌な予感しかしないな」

 

久遠教授も同意見だった。今まで散々血塗れの廊下を見てきたのに、急に綺麗な廊下が続けば誰がどう考えたって罠としか思えないだろう。

 

「どうする?楓引き返す?」

 

引き返す……確かにそれも選択肢の1つに入ってくるが、それは久遠教授がNOを出した

 

「引き返すにしろ、1度購買部は見ておきたい。今日はまだ良いが次の日から空腹で捜索をする訳にもいかない、明日食料を求めて購買部に来て何も無ければ精神的にも大ダメージを受けるだろう。だからまだ体力にも精神的にも余裕があるうちに購買部だけは見ておきたいんだ」

 

購買部か……購買部はこの廊下の先……予定では部室で武器を手に入れてから階段を上って、そこから購買部を見に行くそれが最初の計画だったが……部室の前には餓鬼の群れ、購買部の方に続く廊下は明らかな罠……どうするか正直判断に悩んだ。だが良く考えればここであれこれ考える必要は無い事に気付いた

 

「ピクシー。廊下の所の様子を伺って来てくれないか?悪魔とかが居るかどうかで構わないんだ」

 

【OK!任せてよ!】

 

折角こっちの味方に悪魔が居るんだ。その力を借りないのは馬鹿と言う物だろう、俺の頼みを聞いたピクシーは即座に教室の中を覗き込み回り階段の所まで進んだ所で戻って来た

 

【えっとね!一番奥の教室にだけノッカーが居るよ、他の教室はなんにもないや】

 

何も無いか……となると1階でパニックになっている間に2階の生徒はどこかに避難した可能性があるな……避難が間に合ったから廊下が綺麗で血の匂いも少ないって事か……死者がいないことに安心したが、問題はピクシーの報告の方だ。ノッカー?聞いた事の無い悪魔の名前だと首を傾げる。それよりも重要なのは悪魔としての危険度の方だな……ピクシーにそっちのほうはどうなんだ?と尋ねるとピクシーは腕を組みながら

 

【襲ってくる可能性があるかも……ノッカーは縄張り意識が強いし……でもそんなに強い悪魔じゃないよ?カソが居れば全然大丈夫!ノッカーは火に弱いから】

 

火に弱いか……それなら確かにカソの出番だろう。ただ戦闘になるとして、その音で他の悪魔が襲ってくる可能性もある。例えば研究室の壁を破壊して逃げている狼男だ。あれに遭遇したら今の俺達ではどう足掻いても勝つことが出来ない

 

「どうしますか?久遠教授」

 

「……進もう。リスクはあるが、どうせ悪魔が闊歩しているんだ。どこかで戦う可能性は十分にある、慣れておいた方が良い」

 

久遠教授の言葉に頷き、廊下を歩いているとピクシーの言葉の通り階段の前の教室を通ろうとした瞬間。扉が勢い良く開き

 

【人間め!ここは俺達の縄張りだ!】

 

【出て行け!】

 

そう叫びながら手にした金槌で殴りかかってくる。それを咄嗟に後ろに飛んで回避し、ノッカーの姿を観察する。身長は……30cm前後か……思っていたより結構大きい。手にしているのは錆付いた金槌か……あんなので殴られたら骨折する可能性が高いな……妖精って割には殺意に満ちてるぞこいつら……

 

「楓。時間を掛けると危ない、一気に決めるぞ」

 

「判ってる!来いッ!カソッ!!!」

 

カソの名前を叫ぶと、俺の目の前に魔法陣が描かれ、そこからカソが現れる。炎を纏うカソの姿を見てノッカー達の顔が恐怖に歪む。ピクシーの炎に弱いという言葉は本当だったようだ

 

【キエロッ!!!】

 

カソが吼える同時に炎が飛び出し、ノッカー達に襲い掛かる。肉の焼ける匂いを想像していたが、予想に反して氷が解けるような音が響き2体のノッカーの内1体が炎に飲まれて消える

 

【このおッ!人間がああッ!!!】

 

「どっらああああッ!!!!」

 

身体を焼かれながら突進してきたノッカーは雄一郎がバットを振りかぶり殴り飛ばす。骨の砕ける音の後に野球ボールのように吹っ飛んでいくノッカーを見てこれであいつも倒せたなと心の中で呟く。そしてその時に気付いた、生き物を殺したのに全く動じていない自分に……そう言った感情が麻痺してきている事に気付いたが、仕方ないことだと割り切る。生き残る為には必要なことなんだ……だから仕方ないと言い訳のように呟き、ノッカーが消え去った場所に落ちていた魔石を拾い上げ

 

「行こう。購買と部室はもう目の前だ……」

 

暗くなるまで時間が無い。なんとしても食料と武器を確保して保健室へ戻ろうと呟き、俺はカソと共に廊下を歩き出すのだった……

 

 

 

バットでノッカーとか言う悪魔を殴り飛ばした感触が手に残っている……嫌悪感は僅かに感じるが、自分が生き残る為だったから仕方ないと割り切っている自分が居る

 

(これは不味いかもしれないな……)

 

その内俺も楓も壊れてくるかもしれない……生き物を殺して何も感じないと言うのは明らかに問題だ……だが殺さなくては自分達が死ぬ……本当にどうしてこんな事になったんだろうなと苦笑しながら廊下を進む

 

「購買だ!やっと着いたね」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

桃子の言葉にも楓の反応が薄い。俺と同じでやはり罪悪感を感じない自分を感じているのだろう……今日は早い所保健室に戻って休まないと身体を壊す前に心を壊しそうだ……

 

「購買の食料には手がつけられていないですね……良かったです」

 

安堵の表情を浮かべる久遠先輩。食料を確保出来た、それだけで気持ちに余裕が出てくるな……2階から避難した生徒や教師はまさかこんな事になっていると思っていなかったんだろうな。だから食料がこんなにも残っているって事か……しかし生徒や教師が全員死んだとは思えないので、どこかに隠れているのだろうか?それとも部活用のマイクロバスで外に脱出したんだろうか?……そんな事を考えながら購買の中に足を踏み入れる

 

「保健室には給湯器があったな。使えるかどうかは判らないが、カップラーメンも持って行こう。まだ水とかのライフラインは生きている、使える内に使うべきだ」

 

ここの購買部は部活終わりの生徒が来ることを想定しているのでカップラーメンやおにぎりと言った軽食にパンやお菓子なども取り揃えている。お金は……払っても意味無いな。そもそも硬貨や紙幣がこんな状況で役に立つとは思えないからな……持って来た鞄に惣菜パンやおにぎり、飴やペットボトルのお茶を片っ端から詰め込む。4人で食べるには多いが、他の生存者に会う事も考えて多めに確保しておこう、一通り食料を鞄に詰め込んだ所で楓が口を開いた

 

「久遠教授。コロポックルを護衛として残しておきます。俺と雄一郎で部室からバットとかヘルメットを持ってきます」

 

「……全員で行動すると言った筈だが?」

 

久遠教授が強い口調で何を考えている?と楓に尋ねると楓は周囲を見て

 

「幸いここら辺は悪魔も少ないです。コロポックルとピクシーが居れば対応出来るはずです、それに野球部の部室は狭い、全員で行動して狼男に遭遇したら逃げる事も出来ない。だから2人で素早く道具を回収して引き返して来たいんです、全滅のリスクを避けるために」

 

……確かにあの部室はあくまで用具置き場としての面が強い。複数の人間が入るには少し厳しい物があるか……久遠教授もそれを思い出したのかその通りだなと呟いてから判ったと頷き

 

「私と桃子と美雪はここで待っている。無理をするなよ」

 

「楓、雄一郎君。気をつけてね」

 

「もし回収できそうに無いなら、無理をせずに戻ってきてくださいね?食料と水を確保出来ただけでも良しとしなくては」

 

「「はい!」」

 

久遠教授や桃子に久遠先輩の気をつけての言葉に頷き購買を後にする。階段の陰に隠れながら廊下を伺うと、さっきまで居た餓鬼とか言う悪魔の姿は無かったことに安堵の溜息を吐き部室の扉に耳を当てる。すると中からごそごそと動く音が聞こえてくる

 

「生存者かもしれない!」

 

「ああ、そうだな!」

 

扉もしっかり閉まっているので悪魔が居る可能性は低い、そう判断し初めての生存者と会う事が出来るかもしれない。そんな期待を抱きながら部室の扉を開けた俺と楓に待っていたのは受け入れがたい現実だった……

 

「「うっ」」

 

部室の扉を開けた段階で立ち込める血の臭いに楓と共に顔を歪める。悪魔が居るかもしれない……やっぱり生存者は居ないのか……バットを手に部室の奥へ進み俺と楓は絶望した

 

「う……そ……だろ……」

 

そこに居たのは悪魔ではなかった。寧ろ悪魔のほうが良かった……俺達の目の前に居たのは手足や頭部の1部を欠損した人間。それが動き回り死体を喰らっていた……それは俺と同じ野球部員達だった者……ゾンビと呼ばれる存在へと変貌したかつての仲間達の姿がそこにあった……

 

「「「あああ……ああああーッ!!!」」」

 

止めろ……来るな……手を俺と楓に伸ばすゾンビ……田中……東……止めろ、やめてくれ……そんな目で俺を見るな……

 

「雄一郎!おい!雄一郎!!!しっかりしろ!」

 

楓の声が遠くに聞こえる。これは夢だ……夢なんだ……こんな、こんな事あってたまるかよ……なぁ?そうだろ……皆良い奴だったんだ……こんなことする訳が無い……だからこれは夢なんだ。思わず手にしたバットを落としてしまう

 

「おいっ!うっわ!?や、止めろぉッ!!!か、……わああああッ!!!!」

 

「「「ああ……あああああッ!!!」」

 

楓が田中に引きずり倒され、噛み付かれそうになっているのを見て……楓を助けなければ……もう何がなんだか判らない……何も……俺には何も判らない……ただ楓を助けなければ……それしか考える事の出来ない俺は足元に転がっているバットを拾い上げるのだった……

 

 

 

噎せ返るような血の臭いの中金属バットを片手に肩で息をしている雄一郎とその足元のユニフォームを着た男子生徒だった者を見て。俺は後悔した……悪魔と違う完全な人型を見た事で混乱しカソを呼び出すことが出来なかった。そしてそのせいで雄一郎に辛いことをさせてしまった

 

「はぁ……はぁ……うっ、うぐう!げえっ!おえええええッ!!!」

 

雄一郎が蹲り何度も何度も戻す、雄一郎を追い詰めたのは俺だ。俺がカソを呼び出せば、雄一郎がこんなに苦しむことは無かった。俺の一瞬の判断ミス……それが雄一郎をここまで追い詰めてしまった。俺も正直吐きそうだったが、辛い思いをしたのは雄一郎だ。吐きそうなのを必死に飲み込み、戻している雄一郎の背中を撫でる

 

「雄一郎……すまん」

 

謝る資格なんてない、それは判っていたが謝らずにはいられず雄一郎に頭を下げる。雄一郎はYシャツで口元を拭いながら立ち上がり、もう動かない友人達を悲しそうな目で見つめ涙を流しながら

 

「良いんだ……これは俺がやらないといけなかったんだ……カソやお前にはやらせたくなかった。友達だったから……仲間だったから……これは俺がやらないといけない事だったんだ……」

 

だから気にするなと泣き笑いの表情で言う雄一郎。こんな状況でも俺を気遣ってくれる雄一郎に感謝しながら、カソを呼び出す

 

「焼いてやろう……もう迷い歩かないように……」

 

「あ、ああ……頼む」

 

もう動かない雄一郎の友達達を一箇所に集め、カソに頼んで火をつける。凄まじい炎で焼かれていく死体を見ながら2人で手を組んで祈る。どうか彼らが天国へいける様に……もう苦しまないようにと祈り続ける

 

「すまん。楓……直ぐに戻るはずだったのに」

 

「いや、謝るのは俺だ。すまなかった」

 

炎が消えるまでは30分掛かった……きっと美雪先輩達が心配しているだろう……だがこれは必要なことだった。雄一郎が踏ん切りをつけれるように……そしてもう2度と彼らがさまよい歩かないようにするにはこれしかなかった……

 

「急いで戻ろう……皆待っている」

 

備品置き場からヘルメットを4つ。そしてキャッチャー用のレガースが2つと金属バットを2本……後手を保護するバッティンググローブを左右1組を2つと予備で1組。それが手にする事が出来た武器だった、もっとあるかと思ったが、皆も馬鹿じゃない。避難する前に持ち出した痕跡があった、それはもしかすると生存者が居るかもしれない。そんな小さな希望となった……だがゾンビの姿を見た事でもしかすると同級生や知り合いの教師に遭遇するかもしれない……そんな恐怖も知ってしまった。だがそれは俺達にも言えた、もし誰かが死んでゾンビになったら……俺は……桃や美雪先輩そして雄一郎を殺す事が出来るのか……

 

「行こう……ここにはもう居たくない」

 

「あ、ああ。行こう」

 

俺と雄一郎は言葉少なく部室を後にした……ただお互いが何を考えているのかは判った。もし隣に居る雄一郎が、俺がゾンビとなった時。俺達はそれを手に掛ける事が出来るのか……悪魔だけではない、ゾンビまでが校舎に存在する。知りたくなかった事実を知り、それを何と桃達に説明すれば良いのか?武器を手にすることは出来たが、重すぎる事実を手に俺と雄一郎は購買へと引き返していくのだった……

 

チャプター4 脱出への壁へ続く

 

 




死んだ友人がゾンビ化……これもメガテンでは結構ある要素だと思います。悪魔だけでなく、ゾンビと遭遇した事で更に精神的に追い詰められていく雄一郎と楓、保健室での休息と情報整理でどこまでSAN値が回復するのか?そこを書いて行きたいと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター4

チャプター4 脱出への壁

 

野球部の部室から帰って来た楓と雄一郎君の顔色が青を通り越して土気色になっていた。何があったのか聞きたかったが、久遠教授が話を聞くのは保健室に帰ってからにしようと言われたので何があったのか聞くことも出来ず。来た時と違い廊下を通って保健室へと戻ると楓と雄一郎君はそのまま流しへと走り戻し始める

 

「「うえええええッ!!おえっ!!」」

 

それを見て慌てて2人に駆け寄り背中を撫でる。何かあったのは判っていたけど、こんなに戻すなんて……よっぽど酷い何かがあったんだ……私は2人の背中を撫でながら力になれない自分が足手纏いにしか思えなかった……そして2人が落ち着くのは保健室に戻ってから15分後の事だった

 

「楓、雄一郎君。大丈夫?水飲める?」

 

ペットボトルを2人に向けて水を飲める?と尋ねるが2人は青い顔で首を振る、酷く消耗しているのが見るだけで判る。ここで何があったのか?と聞くと2人を更に追い詰めることになると思い、2人が話し始めるまで待つ事にし、その間にポットに水を入れたり、保健室から傷薬やバンドエイドと言った医薬品を鞄に詰めるなどをしていると2人が私達を呼んで何があったのか?を説明してくれた。それは受け入れがたい現実であり、そして2人がここまで追い詰められた理由として納得のいくものだった……

 

「そんな……雄一郎君……」

 

野球部の部室でチームメイトがゾンビになって襲って来た。それを必死で迎撃してカソの炎で焼いたと告げる2人の顔色は悪く、精神的に相当追い詰められているのが判る。楓は青い顔のまま私と久遠先輩に視線を向け

 

「桃も美雪先輩も覚悟しておいたほうがいい、友達がゾンビになっている可能性を心に留めて置いて欲しい。生き残るためには殺すしかない、じゃないと俺達が殺される……それを覚悟して欲しい」

 

どうしてこんな事に……悪魔にゾンビ、今までの日常が崩れて映画かゲームの世界で起きるような事が目の前で起きている。もう何回考えたか忘れてしまったが、どうしてこんな事になったのか?と思わずには居られないのだった……

 

【ケイヤクシャ。スコしヤスメ。オマエタチハシンシントモニツカレテイル。我とコロポックルがマモル、オマエタチハヤスメ】

 

【うむ。カソの言う通りじゃ、お前達は休め、何心配することは無い。契約者を得ているワシもカソも負けはせん、今は休め】

 

カソとコロポックルと言う悪魔が楓と雄一郎君を説得し、2人は今保健室のベッドで横になっている。明かりをつけたいところだがそれで悪魔を呼び寄せる危険性があるので保健室にあった蝋燭を明かりにする

 

「夜になると余計に恐怖心が増しますね」

 

「そうですね……」

 

時間としては夜の7時。普段ならまだ明るくて、人の賑わいがある時間だけど……今周囲にあるのは静寂だけ。時折外から響いて来る何かの歩く声や唸り声が恐怖心を更に煽る

 

「楓君と雄一郎君の分は残しておけば良い、美雪も桃子も何か腹に入れておけ」

 

日持ちしないおにぎりは優先した方が良いぞ?と差し出されたおにぎりを受け取るが……どうしても食欲が出ない

 

「母さん……駄目です。今は食べたくないです」

 

「私も……すいません」

 

楓が庇ってくれていたけど、血塗れの廊下等は嫌でも視界に入って来た。それらを思い出すと今はどうしても食欲が出ない。久遠教授もそうなのかおにぎりの包みを開けようとしたが机の上に戻す。それにどうせ食べるならここまで私達を護ってくれた楓や雄一郎君と一緒が良い、私がそう言うと久遠教授は納得したように頷き

 

「そうだな。確かに功労者を差し置いて先に食事するのは良くないな……糖分だけでもとっておこうか?」

 

飴の袋を開けて、私と久遠先輩に投げ渡してくる。それを両手で受け取り口に含む、イチゴ味フルーツキャンディの子供っぽい味だがそれが妙に懐かしく、そして美味しく感じたのはきっと失われた日常の味だからだと思った……

 

 

 

うっすらと目を開け、見慣れない天井にどこだ!と一瞬混乱したが直ぐに保健室だったことを思い出す。ゾンビを見たことで精神的に参ってしまい、カソとコロポックルの言葉に甘えて少し眠らせてもらったんだが……この暗さだともう深夜か?と思いながらベッドから立ち上がる

 

「おう、楓も起きたか。水いるか?」

 

雄一郎は既に起きていたようだ。涙の後がまだ残っており痛々しいが、それでも普段通りに振舞っている。皆が不安にならないように気遣ってくれているのは直ぐに判ったので、あえてそれには触れない事にする。そもそも雄一郎を追い詰めたのは俺なのだから、それを口にする権利は俺には無いのだから

 

「ああ。貰えると嬉しい」

 

ほれっと軽い感じで投げられたミネラルウォーターの封を空け、それを少し口に含み保健室の床に座っている桃達の方へ移動する。椅子に座らないのは椅子に座ると外から見つかる可能性を考慮しているんだろう、もし保健室が襲撃されたならベッドや水が使える安全な場所を失う事になる。そうならないように警戒するのは当然の事だ

 

「楓、気分はどう?」

 

俺に気付いた桃が心配そうに俺の顔を見つめながら様子を尋ねて来る。確かに気分はいい物ではないが、さっきと比べれば頭痛も治まりある程度落ち着いて来ている。俺は桃へと微笑みかけながらその隣に座る、良く見ると薬のメーカーのダンボールが敷かれているのに気付いた。これも体温を奪われないようにする措置だろう、少しでも体力を温存しなければ何が起きるか判らない。細心の注意を払う必要がある

 

「大分楽だ。それよりも大分暗いけど……今何時くらいだ?」

 

「8時20分かな……まだまだ夜は長いよ」

 

まだ8時か……確かに夜明けまでは全然長いな……こんなにも朝が待ち遠しいと思ったのは初めてかもしれないなと苦笑する。夜目が効かないから夜はこうして隠れて過ごすしかない、これはこれでストレスが溜まるかも知れないな……なんにせよ。明日は久遠教授の第二研究準備室を目指して行動するべきだろうな……ただ出来ればゾンビは遭遇したくないかと考えていると美雪先輩が俺達の目の前におにぎりやパンを置きながら

 

「楓君と笹野君も起きましたし、ここで夕食にしましょうか」

 

まだ夕食を食べてなかったのか……俺達が寝ている間にてっきり食べていると思っていたのだが、待たせてしまったようで悪い事をしてしまったと罪悪感を感じていると桃が慌て手を振りながら

 

「ううん、皆食欲が無かったから全然大丈夫だよ。それに皆で食べたほうが美味しいから」

 

「ええ、ですから楓君や笹野君も気にしなくて良いですよ」

 

桃と美雪先輩の言葉に頷き、目の前に置かれたおにぎりへと手を伸ばすのだった……

 

「さてと食事も済んだ所で明日の行動の方向性を決めよう」

 

腹は空いているのだがあまり食欲が出ず、俺と雄一郎はおにぎり2個。桃と美雪先輩と久遠教授はおにぎりを1つずつと少なすぎる食事を終えた所で久遠教授がそう話を切り出す。久遠教授が居てくれて良かった……俺達だけではパニックになってどうすればいいのか判らなかっただろう。大人が1人いてくれるだけで安心感がまるで違っていた

 

「目的としては今日と変わらないが、食料を十分に確保することが出来た。だから大学の購買部を見に行くのは後回しにしまず私の第二研究準備室を目指す。ただ懸念もある、今私達が居るのは高校棟の1階。それに対して目的地の第二研究準備室は大学棟の3階だ。間違いなく悪魔やゾンビに遭遇する。つまり嫌でも戦う必要がある」

 

隠れながら移動する事が無理なのは判っている、同じ高校の中を移動するのにもあれだけの悪魔の姿を見たんだ。間違いなく戦う事になるだろう

 

「久遠教授。無理に研究室に向かわず、高校を脱出するのは駄目なんですか?」

 

雄一郎がそう提案すると久遠教授はそれも1つの手だがと呟いてから、申し訳無さそうな顔をして

 

「第二研究準備室に私の車の鍵が置いてあるんだ。無論道路が使えない可能性もあるが、移動手段を確保しておく必要はあると思うんだ。こんな事になるんだったら持ち運んでおくべきだったな……」

 

それに車で動いていれば生存者と会う事もあるだろうし他にも役立つ物も置いてある。それを置いていく訳にはいかないと付け加えられる。車で移動することで悪魔に見つかるリスクもあるが、久遠教授の車は確かフィールドワークの為に4WDだった筈。多少の悪路も強行突破出来るだろうし、悪魔に攻撃されても耐える可能性もある。歩きで高校を脱出するよりも遥かに生存率が上がるのは言うまでもない

 

「確かに車は欲しいですね……となると行くしかない訳か……」

 

憂鬱そうに呟く雄一郎。確かに早く高校から脱出したいが、その思いだけで脱出し後で苦しい思いをすることになるのなら、今の内に準備を万全にした方が良いのは言うまでもない

 

「ただし悪魔と戦うのはあくまで最終手段だ。隠れて移動できる間は出来るだけやり過ごす方向で動く。行きは良くても帰るに帰れないと言う状況は避けなくてはいけないからだ」

 

カソ達が居ても俺達の体力が尽きれば移動することは出来なくなる。無理や無茶は避けるそれは生き残る可能性を高めるために必要なことだな……とここまで考えた所で出入り口の所で警戒してくれているカソ達を思い出し

 

「そう言えば、お前達腹減ってないのか?なんか食べるか?」

 

パンとかおにぎりを差し出しながらそう尋ねるとコロポックルが苦笑しながら首を振る

 

【ワシらは契約者であるお主らが居れば飢える事も、死ぬことも無い。じゃからワシらの食事は気にしなくて良いぞ】

 

ニコニコと笑うコロポックルにそうかと返事を返したのと同時に、廊下の奥からズシッと言う重々しい足音と獣の息遣いが響いて来る

 

【あいつが来た……隠れて!】

 

ピクシーが悲鳴にも似た声で叫ぶ。あいつ……間違いなく睦月を食い殺した狼男だろう。慌てて蝋燭を消して荷物を持って保健室のベッドのほうに隠れる、だが隠れた所で気が付いた。もし見つかって狼男が入ってきたら完全にアウトだ。逃げ道が無い場所に隠れる……そのリスクを考えると額から大粒の汗が流れるのが判る。桃と美雪先輩は頭を抱えてベッドの近くに蹲っている

 

「静かに、私の犬避けで嗅覚が完全に死んでいる筈……下手に動かなければ見つかることは無い筈だ」

 

判りましたと頷き、狼男が通り過ぎるのを待つ。唸り声と重々しい足音……それだけで心臓が大きく脈打つのが判る

 

【グルルル……】

 

ズシャ、ズシャっと言う音を立てて通り過ぎていく狼男の足音……全員が緊張する中。永遠とも思える数分が過ぎ狼男の気配が完全に遠ざかった所でやっと一息付く事が出来た。今あの狼男と戦う事になったら間違いなく全員死ぬ……今は何とかやり過ごすことが出来たが、絶対にあいつはどこまでも追いかけて来るだろう……それはさっきの何かを探しているような素振りを見れば嫌でも理解した

 

「訂正だ。車の鍵を取るだけじゃ足りない、あの狼男を倒さす手段を探す必要もあるな」

 

久遠教授も同じ考えなのか疲れた様子でそう呟く、脱出よりも遥かに難しい問題を今まで忘れていた事を思い出し……激しい疲労感を感じた……そして今の段階ではどうしてもあの狼男を倒す手段が無い。そしてどれほど考えてもあの狼男を倒す手段が思いつかない……あれは俺達にとって最悪の敵だ。それが俺達を探して歩き回っている……その恐怖を今初めて知った……

 

「もう今日は休もう。カソ……また頼む」

 

【アア、マカサレタ】

 

今日一日が何年にもなったように思える……俺はよろよろとベッドに身体を預けた。ベッドの数は4つしかないので、本当は美雪先輩と桃、そして久遠教授にベッドで眠ってもらい、俺と雄一郎は順番で見張りをするつもりだったのだが、精神的・肉体的疲労で起きている事が出来ず。俺と雄一郎を気絶するようにベッドに倒れこみ、そのまま深い眠りへと落ちていくのだった……

 

「……やっと眠ったか。今の所想定内で動いているが、それでは困るな……さてさてどうするか」

 

全員が寝静まった頃。久遠教授はニヤリと笑っていた……闇の中だというのに、その瞳は血の様に真紅に光り輝いていたのだった……

 

 

 

昨日眠った時間が早かった事もあり、全員日の出と殆ど同時に起き出した。そこから全員でトイレへと移動し順番で用を足す、直ぐ近くに楓君や笹野君が居るので気恥ずかしい物があったが、悪魔が襲ってくる可能性もあるのでそれは我慢する事にしたが、やはりお互いに恥かしいのか、顔はお互いに真っ赤になっていたが、誰もそれを口にすることは無く。暖かい物を食べれば気分も落ち着くという理由でカップラーメンを朝食とした

 

【ふむ。ワシらの力を使うと疲労を感じる……か。そうじゃったの、そこまで説明してなかったな】

 

すまんすまんと謝るコロポックル。今朝笹野君と楓君が言い出したのだが、カソの力にしろ、コロポックルの力にしろ使用すると疲れる。その理由を知りたいとコロポックルに尋ねるとコロポックルは悪い悪いと謝りながらその理由を口にした

 

【普通に存在する分には問題無いのじゃが、炎や氷を扱うにはお前さん達の魂の力を借りている。それが疲労の原因じゃな、契約によって魂が結ばれているのでこれは仕方ないことじゃ。じゃが契約によってお前さん達にもメリットがあるんじゃよ】

 

メリット?私達を護ってくれている以外に他にもメリットがあると笑ったコロポックルは楓君と笹野君の方を向いて話し始めた。

 

【契約と言うのはお互いに影響のある物じゃ、ワシらは存在する為の力をお前達から貰い、お前達にはワシらの力が少し譲渡される。実感はあんまり無いじゃろうが、少なくとも悪魔の一撃で死ぬことは無いぞ?試してみるか?】

 

コロポックルのからかうような言葉に楓君達は慌てて首を振り、でも試してみたいと言う事で私と桃子さんに離れるように声を掛けてから

 

「うっし、来い雄一郎」

 

「ああ。いくぞッ!!!」

 

笹野君が大きく拳を振りかぶり、楓君の腹に叩きつける。楓君は驚いた表情で

 

「全然痛くない!信じられん……」

 

「俺が信じられんぞ……結構全力で行ったのに無傷とかな」

 

だがこれで悪魔と契約すれば身体能力が上がることが判明したのだが……コロポックルは追加で契約についての説明を付け加えた

 

【打撃が効かないのはカソの特徴じゃからな。ワシの契約者はそこまで防御力は上がっていない筈じゃ】

 

つまり契約している悪魔に応じて、身体能力の強さは変わるとの事だった。となるとピクシーと契約している私はそこまで打たれ強くはなっていないと言う事ですね

 

「ふむ。悪魔と契約し身体能力強化か……興味深くはあるが今は止めておこう。浜村君のように制御できない悪魔が出てきても困る。もしやるんだったら第二研究室準備室にあるあれを取ってきてからだな」

 

あれ?あれって何だろうか?車の鍵の他に役立つ物があると言ってましたけど、それが何か私達は当然知らない。しかし母さんがここまで自信を持って言うのだからきっと役立つ物が……そこまで考えたで唐突に思い出した

 

「か、母さん……確か研究用の日本刀とか置いてましたよね?」

 

えっ?と楓君達が驚いた表情をしている。第二研究準備室は危険なものがあると言う事で高校生は原則立ち入り禁止だが、確か何処かの博物館から年代を鑑定して欲しいと言う事で日本刀を預かっていたような

 

「何を言っている?刀はもう返したぞ?」

 

そ、そうでしたか……良かったと安堵の溜息を吐いていると母さんは穏やかに笑いながら

 

「戦国時代の槍を預かっているけどな」

 

……母さんの取りに行きたいと物が歴史的価値のある武器とある事を知り絶望した。もし破壊したら責任を……あ、でも。その責任を追及できる人も死んでるかなあ……生き残るためと言う理由で槍を振り回しても大丈夫かなとか色んなことが脳裏を過ぎる中。母さんはしれっとした表情で

 

「必要な事だ。金属バットが通用する間は良いが打撃が何時まで有効か判らないんだぞ?寧ろこれから生き残ることを考えるのならば刀などの刃物を手にするべきだ。それに武器のスペアは幾つあっても足りないぞ?悪魔は電撃や炎を使う。壊される前提で考えていたほうが良い」

 

「た、確かにそうですけど……」

 

私が母さんに考え直すべきだと進言する中。楓君が私の肩を掴んで首を振る

 

「美雪先輩。生き残るためって言葉を免罪符にしたらいけないと思いますけど、生きる為です。もうある程度は常識を捨てるべきですよ」

 

だって悪魔やゾンビが居るんですよ?もしかすると警察だって持っている銃を武器にして戦っている可能性だってあります。もう銃刀法がどうとか言っている場合じゃないんですよと言われる

 

「確かにな、俺も楓も悪魔と遭遇したから言えるが、金属バットだって何時折れるか判らない。刃物のほうが武器として有効だと思いますよ」

 

うっ……そこまで言われるともう反論できない、私や桃子さんは楓君達に護られている側だ。護ってくれる楓君と笹野君が必要だと言うのなら私達には何も言うことが出来ない

 

「でも久遠教授。保健室から出発するのは良いんですけど……居ない間に保健室を悪魔に襲われたらどうするんですか?」

 

桃子さんが手を上げて母さんに質問する。確かにその通りだ、戻ってくる場所を失えば休息をすることが出来ない。かと言ってここに誰か残るのも危険すぎる……となると荷物を全部持って移動すると言う事になるが、中々の重量になる。それを運んで移動するのは危険すぎる……母さんは笑いながら問題無いと言い切りロッカーから箒を取り出して

 

「ここら辺に居る悪魔は大して賢くない。だから全員外に出た後に、コロポックルに外からこれでドアを押さえて貰う、その後はコロポックルは消えれば保健室の中は無人。戻って来るときはコロポックルにまた外して貰えば良い」

 

……そんなんで大丈夫なんでしょうか……でもこれだけ自信満々で言う母さんに大丈夫ですか?と言う訳にも行かず。その言葉を飲み込み、母さんの指示通り保健室の扉をコロポックルに箒で押さえて貰って私達は大学棟3階の第二研究準備室を目指して移動を始めるのだった……

 

 

 

 

ゾンビを見たからか、それともコロポックルの話にあった契約で身体能力が強化されるという話を聞いたからかは判らないが、俺と楓は時折遭遇する餓鬼をバットで殴殺しながら進んでいた。罪悪感も何も感じないことに等々ここまで来たかと苦笑する。

 

「雄一郎。そこまで気にするな」

 

「あ、ああ……」

 

俺が殺したその罪悪感は暫く消える事はないだろう。いや一生消えることが無いかもしれない……ならそれは俺の罪として背負おう。その為にはまずは皆で生き残り、この高校から無事に脱出する……考えるのはそれからだ。飛び掛って来た餓鬼の顔面にバットを叩きつける。

 

「おっらあッ!!!」

 

ふらついている餓鬼の頭に楓が踵落しを叩き込み首をへし折る。暫くすると餓鬼の姿は消え去り、魔石が地面に転がっている。それを拾い上げて鞄に詰め込んだ楓は振り返り

 

「久遠教授。今日はグランドを通るのは危険そうなので渡り廊下でいいですね?」

 

窓からグランドを見たが、今日は餓鬼や見たことの無い悪魔がグランドを埋め尽くしている。とてもではないが、通れる雰囲気ではない。久遠教授は何かを考え込む素振りを見せたと思ったら急に慌て始めた

 

「急ごう、もしかすると最悪の事態になっているかもしれない」

 

そう言って俺と楓を追い抜いて走って行く。それを見て全員で慌てて久遠教授の後を追いかけ渡り廊下を抜け。大学棟に入ったとき。俺達の目の前に広がっていたのは昨日の綺麗な状態からは想像出来ないほどに荒れ果てた校舎の姿

 

「ちっ!やっぱりか!グランドの悪魔はあの狼男に追い出されたんだ!つまり今この大学棟は……【ウォオオオオンッ!!!!】奴の住処だ……!!」

 

何処かから響く狼の遠吠え。それはかなり遠いが、大学棟に奴が居ると言う証拠だった

 

「母さん!引き返しましょう!」

 

「馬鹿を言うな!ここまで来たら階段を上れば私の研究室は目の前だ!全員で走るぞ!!!」

 

そう言って走り出す久遠教授。これは着いて行くしかない、久遠教授をここで失う訳には行かないから。俺達は階段を駆け上がっていく久遠教授の後を追って、階段を駆け上がっていくのだった……

 

 

チャプター5 Lからの手紙へ続く

 

 

 




今回はここで終わりとなります。次回は「Lからの手紙」メガテンを知っている人なら誰からの手紙か直ぐに判ると思います。礼のあの人です、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター5

 

 

チャプター5 Lからの手紙

 

あちこちに狼男の破壊の後がある大学棟の階段を駆け上る。その先に狼男が居ない事を祈りながら必死に走り続ける

 

「美雪先輩!もし出来るなら久遠教授の手綱を今度から握って下さい!」

 

「無理ですッ!!」

 

即答する美雪先輩にそりゃそうかと心の中で同意する。あの人のフィールドワークに着いて行けば地獄を見る、それが研究室に出入りする人間が最初に学ぶ事だ。民俗学の権威であり、そして美貌の久遠教授。彼女に憧れ研究室の扉を叩いた人間は最初のフィールドワークで挫折する。何故なら久遠教授のフィールドワーク=山などでのサバイバルを意味する。道無き道を行き、獣に襲われる可能性を考慮しなくてはいけない。俺は1度フィールドワークに付き添ったことがあるが、比較的なだらかで安全な山だったにも拘らず、俺はフィールドワークから戻った翌日は筋肉痛で休む事になった。着いて行くだけでも必死、驚異的な運動神経を誇る久遠教授は野球部員である雄一郎も信じられんと言わせて見せた

 

「ここだ。全員急げ!一気に運び出すぞ!!」

 

廊下の先から聞こえてくる久遠教授の声。本当早すぎる……階段を上り終えたら廊下をまだ走るというのに、俺達よりも先に到着している事に心底驚きながら俺は途中で立ち止まる

 

「ぜぇ……ぜぇ……楓は先に……」

 

「大丈夫だ。少し休もう」

 

桃は良く頑張った運動部じゃないのに、ここまで良く走り続けてきたがもう限界だろう。俺は同じ様に立ち止まっている雄一郎と美雪先輩の方を振り返り

 

「桃は俺が連れて行きます。2人は先に行って下さい」

 

幸いまだ狼男の気配は無い、それに俺にはカソが居る。悪魔に遭遇しても逃げるにしろ、戦うにしろ対応出来る。

 

「判った。久遠先輩行きましょう」

 

「え……あ、はい!」

 

雄一郎が美雪先輩を伴って走って行くのを見ながら階段に腰掛ける

 

「ほれ。少し座って休め」

 

「ご、ごめんね?私の所為で」

 

荒い呼吸を整えようとしている桃に気にするなと呟く、俺自身も正直言って右足が痛んで走るのはもう限界だった。ここで無理をするより1度休むという選択をしたのは桃が心配と言う事もあるが、俺自身ももう走れないと思ったからだ。暫く座り込んで呼吸を整える

 

「ねえ、楓……私も悪魔を召喚したら手伝いが出来るかな……」

 

確かに悪魔を桃が召喚すれば俺達の助けになるだろう。だがそれは桃も戦うって事だ……俺は自分勝手だと言われても良い、桃にはそんな事をして欲しくなかった。

 

「桃。お前はそんな事考えなくて良い」

 

「え、で、でも!私だけが足手纏いに」

 

「そんな事無い!桃が笑ってくれてるだけで俺は頑張れる。だから桃、お前は悪魔と契約しようなんて考えなくて良い」

 

息も整ってきたから行こうと桃の手を引き、久遠教授達から数分遅れて第二研究準備室へと足を踏み入れるのだった……

そしてそこで俺が見たのは

 

「良し、誰も持ち出してないな。これがあるか心配だったんだ」

 

「「久遠教授!?」」

 

拳銃を手に良かった良かったと笑っている姿を見て、俺と桃は声を揃えて叫び。雄一郎と美雪先輩は遠い目をして天井を見つめているのだった……

 

 

 

か、母さんが隣の部屋から持ってきたアタッシュケースに拳銃が3つと変えの弾丸のケースが3つ。それを見て私は気が遠くなった

 

「く、久遠教授……なんで銃を持っているんですか?」

 

遅れて来た楓君が顔を引き攣らせながら尋ねると母さんは穏やかに笑いながら

 

「海外のフィールドワークの時の護身用さ。まぁ滅多に使う事はないんだが……桃子や美雪はこっちのほうがいいと思ってねまぁ練習しないと使えない思うから暫くは私専用にするが」

 

……母さん。お願いですから、生徒と自分の娘に拳銃を持たせようとしないでください。そして練習なんてしたくないです……

 

「楓君と雄一郎君はそこにある棚から武器を選ぶといい。確か金属製のハンマーと槍が入っている筈だ」

 

……わ、私の中の母さんの姿が崩れていく……日常が消え去っただけではなく、母さんが危険人物だと知った私は思わずその場に座り込んでしまうのだった……

 

「雄一郎はやっぱりハンマーか?」

 

「ああ、バットとは感覚が違うが、遠心力が付き易いし使いやすい。俺はこれにする」

 

錆付いたハンマーを振っている雄一郎君。かなりの重量がありそうだが、バットを振るように振り回しているのは悪魔と契約していることで筋力が上がっているから出来る事なのだろうか

 

「槍かぁ……うーん離れて攻撃出来るのは良さそうだけど……間合いに入り込まれたら不味いかな」

 

「レガースを足につけておいて蹴り飛ばすのはどうだ?」

 

それで行くかと三叉の槍を手にする楓君。出来る事ならそんな物は持って欲しくないですが、緊急時だから仕方ないと自分に言い聞かせるように呟く

 

「久遠教授。車の鍵は見つけたんですよね?じゃあ狼男が来る前に保健室に戻りましょう」

 

桃子さんがそう提案すると母さんもそうだな。見つかる訳には行かないと呟き研究準備室を出ようとした瞬間。止まっていたPCが勝手に起動する。それを見た楓君と笹野君が私と桃子さんを背中に隠し、PCの前に移動する。悪魔が出てくる可能性を考慮したのだろう……だが何時までまっても悪魔は出現せず。変わりに真っ暗な画面に白い文字が独りでに浮かび上がる

 

『高校の電子の部屋にて待つ。今君達に必要な力を授けよう L』

 

その一文が浮かび上がる。高校の電子の部屋……その言葉で思いつくのはコンピュータールームだが……

 

「罠っぽいですよね」

 

楓君の言葉に頷く、勝手にPCが起動し、そして入力していないのに文字が浮かび上がる。そして名前も言わずに呼び出される。罠としか思えない

 

「ああ、これはそのまま引き返して、車の確認をした方がいいんじゃないか?」

 

笹野君もコンピュータールームに行くのではなく、このまま高校棟へ戻り、脱出の為車の様子を確認するべきだと提案するが、母さんはいや、コンピュータールームへ向かうと口にし、その理由を話し始めた

 

「知り合いなんだ。そうか……あいつが居るならこの状況を打破出来るかもしれない」

 

え?母さんの知り合い?どうしてそんな相手が居るなんて今まで言ってなかったのに……私達の視線が集まる中母さんは溜息を吐きながら

 

「あいつは愉快犯なのさ、どうせ私のPCをハッキングして、悪戯を仕掛けていたんだろう。きっとあちこちの監視カメラもハッキングして私達の様子も伺っている筈だ」

 

こんな状況で?様子を伺っているなら助けに来てくれてもいいのに……そう思うと更に私の不信感は強くなった。こんな状況なのだから生き残っているのなら助け合うべきなのに……

 

「性格は最低だが、まぁそれなりに信用出来る奴だよ……そして私が合流しようと言う理由なんだが……あいつは悪魔研究の権威なんだ」

 

悪魔研究の権威……?そんな客賓教授は居なかったはずですが……それにそもそもこんな状況で外から高校に来れるとも思えない。悪魔の罠なのでは?と言う考えが脳裏を過ぎる

 

「久遠教授。その人は信用出来るんですか?コロポックルが言っていたじゃないですか、門を開いた存在が居るって。それがその人じゃないんですか?」

 

笹野君が疑いが篭った言葉で母さんに問いただす。だが母さんは違うと断言した

 

「あいつはそんな事はしない。あいつはな、人が足掻くのを見るのが好きなんだ。だから人が死ぬようなことはしない」

 

死にそうな目には合わせるがなと言う。そんなの唯の人でなしでどうしても信用出来る人間じゃないと思う

 

「久遠教授。会いに行くんですか?この危険な状態で会いに行くだけのメリットがあるんですか?」

 

「ああ。間違いなくある。L……ルイ・サイファーは悪魔召喚の理論を学会で発表して追放された。それを更に進化させているとしたら?私達が悪魔を完全に制御する手段を生み出している可能性がある」

 

悪魔召喚を学会で発表し追放され、もしかしたら悪魔を完全に制御する手段を見つけているかもしれない……それは更に私達がルイと言う人物を疑う要因となったのだが母さんが断言した

 

「善人ではないが、悪人でもない。それに他にも生存者が居るかもしれない、危険ではあるが向かうだけの価値はある」

 

今まで私達の事を心配し、導いてくれた母さんの言葉だから私達は疑いを持ったままだが頷いた。どの道高校棟に戻るのだから、コンピュータールームで待つと言うルイさんに会っても良いかも知れない……そう思い。私達は次の目的地をコンピュータールームへと決め、狼男に見つかる前に大学棟を後にするべく移動を始めるのだった……

 

 

 

 

高校棟へ続く渡り廊下の前で俺達は足止めを喰らっていた。行く時は居なかったのだが、今は鳥の身体に人間の頭をした悪魔が群れで渡り廊下を埋め尽くしていた

 

「さて、楓君。こんな状況だが問題だ、戦国時代や平安時代の話だ、病気や争いで死んだ人間を放置しておくと出てくる怪

鳥の事を覚えているかな?」

 

アタッシュケースの拳銃を取り出し、弾を装填しながら尋ねてくる久遠教授。俺は小さく深呼吸をしながら

 

「イツマデです。人の死体を放置していると何処かから現れる怪鳥。それがイツマデです」

 

「正解だ。10点をあげよう。さて、雄一郎君なぜ私がこんな話をするか判るかな?」

 

警察が持っているリボルバーではなく、海外の映画で見ることの多い拳銃……多分べレッタかな?それのセーフティを外し照準を合わせながら尋ねる

 

「死体を放置していると……現れるんですよね?……ッ!まさかッ!?」

 

雄一郎も気付いたか……俺は悪魔なんて物が存在するから、もしかしたらイツマデも現れるかもしれないと思っていたが、こうして遭遇すると状況はたった1日で劇的に悪化していると言える

 

「そう、今この高校と大学は死体の山だ。悪魔に加えて、ゾンビにイツマデ……移動範囲はゆっくりだが、確実に狭められている。コンピュータールームに行くのも危険だが……きっとあいつはこの状況を打破できる何かを持っている筈だ。私を信じて着いて来てくれ」

 

真剣な表情で言う久遠教授。だが正直久遠教授が居なければ俺達はパニックになっていただろうし、明確な指針も無いまま脱出しようとして死んでいたかもしれない。だからここまで来たのなら最後まで信じると言う選択肢しか俺には無い

 

「教授の知り合いを信じますよ。行きましょう」

 

コンピュータールームに向かうという選択肢は変わらない。どうせ今のままでは打開策なんて無いんだ、ほんの僅かでも希望があるならそれに縋りたい

 

「良し、判った。君達の命は私が預かる……全員で無事に学校を脱出するぞ」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

久遠教授の言葉に頷き、俺と雄一郎は渡り廊下を占拠しているイツマデへと走り出すのだった

 

【【【【イツマデッ!イツマデッ!!!!】】】】

 

俺達に気付いたイツマデが翼を広げて襲ってくる。人間の顔に鳥の身体……こうして見ると不気味だな

 

「てえいっ!!!」

 

第二研究準備室から持ち出した槍を全力で突き出す。それは俺の思っていたよりも素早く伸びる

 

【ギギッ!?】

 

反応の遅れたイツマデの胴を刺し貫く、バットよりかは手に来る感覚が薄いが……それでも嫌悪感は感じる。槍を振るいイツマデを振り飛ばすとそのまま消え去り魔石が廊下に転がる

 

「くっそお!俺も槍にすればよかった……かぁッ!!!」

 

雄一郎は巨大なハンマーを振り回しているが、イツマデが予想よりも早く捉えきれていない。当ればでかいが、当らないというのは問題があるな

 

「シッ!!!」

 

「母さん!?楓君と笹野君に当りますよ!?」

 

「な、なななな!なにやってるんですかあ!?」

 

廊下に銃声が響く、撃ったぁ!?俺達が直ぐ近くに居るのに撃ったぁ!?護身用として持っていると思ったのに躊躇わず引き金を引く久遠教授に美雪先輩と桃の悲鳴が重なる中

 

「今だ雄一郎!」

 

「おうっ!!!」

 

翼を打ち抜からふらふらと飛んでいる2体のイツマデを雄一郎のハンマーの薙ぎ払いが殴り飛ばす。廊下を転がりながら魔石へと変わって行くイツマデを見て、やっぱり当ればでかいな……それを振り回す雄一郎の筋力に驚きながら桃と美雪先輩の方を見て

 

「今のうちに高校棟へ!早く!!」

 

またイツマデが飛んでくるかもしれない。その前に2人を高校棟へ移動させる。2人が高校棟に駆け込むと同時に、大学棟から餓鬼が2体。空から更に3体のイツマデが姿を見せる

 

「楓君!雄一郎君!頼んだ!」

 

久遠教授の言葉に頷き、俺達も高校棟へと下がる。この道があればまた悪魔が襲ってくる、狼男が戻ってくる可能性もある。生存者を見捨てる事になるかもしれないが……ここまで騒いでいるのに姿を見せないので大学棟に生存者は居ない。そう判断し向かってくる餓鬼達を睨みつけ

 

「カソッ!!!」

 

「コロポックルッ!!!」

 

俺と雄一郎の呼び声と同時に俺達の目の前にカソとコロポックルが姿を現す。カソとコロポックルは俺と雄一郎を見て自信満々に笑いながら

 

【オオオオオオッ!!!!】

 

【ワシの全力を見よッ!!】

 

『マハ・ラギ』

 

『ブフーラ』

 

今でとは比べられない炎の壁が向かってきた餓鬼達を一瞬で焼き払い、渡り廊下を巨大な氷柱が粉砕する。その凄まじい光景に驚くよりも先に、俺と雄一郎は揃ってその場に膝を付いた

 

「っはあ……半端無いな、疲労感」

 

「だ、だな……これはきつい……」

 

魔法を使うには俺達の力を使うと言っていたが、これはめちゃくちゃきつい。もう動くのも嫌になるほどの疲労感だ……

 

「楓。大丈夫?」

 

心配そうに近づいてきた桃に大丈夫だと返事を返し立ち上がる。だが正直かなりきつい……手にしている槍も重くて手放したいと思う……

 

【ウ。ハリキリスギタ】

 

【じゃな、気合を入れすぎたワイ】

 

すまんすまんと笑うコロポックルと申し訳無さそうにしているカソ……気合を入れてくれるのはいいが程々にしてくれと呟き、俺は雄一郎の肩を借りて目的地とするコンピュータールームを目指して移動を始めたのだった……

 

 

 

コロポックルとカソの全力攻撃。それは思ったよりも凄まじい疲労感を俺と楓に与えていた

 

(持久走として直ぐ筋トレって感じだな)

 

楓はまだ荒い呼吸を整えようとしているが、俺は既に落ち着いている。確かに凄まじい魔法だったが、そう連続で使用できる物ではなく、ここぞと言う時に使う物だということを改めて思い知った

 

「やれやれ。弾薬が勿体無いが仕方ない」

 

コンピュータールームへ向かう時も餓鬼やイツマデに遭遇したが、久遠教授が現れると同時に撃ち殺している。歩きながら平然とそれを行う姿にこの人何者なんだと思ったのは言うまでも無い。俺が追いつけない脚力に、銃を扱いなれている。本当にこの人は民俗学の権威なのかと疑ってしまう。そんな事を考えているうちにコンピュータールームに到着する

 

「では行くぞ。あいつめ、要らない情報だったら撃ち殺してくれる」

 

そんな恐ろしい事を口にしている久遠教授を見て、久遠先輩を思わず見る。この人も穏やかそうな顔をしているが、切れるとあんな風になるんだろうか?と言ったら悪いが、正直少し怖かった

 

「心配ない。美雪先輩と久遠教授の性格はまるで違うからな」

 

「それはそれで複雑な気分になるんですが……」

 

すいませんと頭を下げる楓と共にコンピュータールームに足を踏み入れると、そこには見たことの無い白人の姿があった。黒のスーツに金髪をオールバックにした。いかにもマフィアと言う感じの男性だった

 

(久遠先輩、久遠教授って本当に民俗学の先生ですよね?)

 

(そ、その筈ですが……)

 

桃子の問いかけに久遠先輩が引き攣った顔で返事を返す。まさか自分の母親がいかにもマフィア見たいな人間と知り合いなんて夢にも思わないだろう

 

「おい、馬鹿者。いつもの貴族服はどうした?」

 

「サプライズだよ「黙れこの人格破綻者」うっ!!」

 

「「久遠教授ッ!?!?」」

 

べレッタのグリップで男性の頭を殴りつける。うっと呻いて倒れる男性を見て思わず絶叫すると、久遠教授は肩を竦めながら

 

「この程度じゃこいつは死なない。どうせ悪ふざけだ、おい起きろ」

 

倒れていた男性に蹴りを入れる久遠教授。この人本当に民俗学者なのか!?やってることがまんま犯罪者なんだがッ!!

 

「はっは、久しぶりの再会だが。いつも通りで安心したよ久遠」

 

「お前もな。で?態々こんな状況で私達を呼び寄せた理由は何だ?」

 

旧友との再会をさっさと切り上げられたのが面白く無さそう顔をした男性は青い顔をしている楓を見つめ

 

「ふんふん、なるほど。大体判ったよ、初めまして久遠の教え子の皆さん。私はルイ、ルイ・サイファー。よろしく」

 

人のいい顔で笑うルイさんだが、その笑顔に何故か背筋が冷える物を感じるのだった……

 

「さてと態々来て貰ったのはこれを渡そうと思ってね」

 

そう笑って俺達のスマホを貸してくれと言うルイさん。こんな状況でスマホを貸してくれと言う意味がわからない、電波も何も無いので電話としても使えない、インターネットにも繋げない。スマホの価値はもう無いと言える筈だが……久遠教授に貸してやってくれと言われたのでスマホを貸したが、もう何の意味も無い道具なんだが……

 

「電話として使うわけじゃないさ、ただインストールする物が必要なんだ。PCではかさ張るし、タブレットは持ち運びに不便だ。となると消去法でスマホになる。……そしてスマホにインストールするのは私の研究の成果悪魔召喚プログラム!」

 

悪魔召喚プログラム!?笑いながら告げられた言葉に俺達が絶句する中。ルイさんは上機嫌に笑いながら

 

「私は何年も悪魔を研究してきた。そして得た結論は1つ、悪魔とは一種のデータの生き物であり。プログラムで制御出来るという事だ」

 

俺達のスマホをPCに接続し、上機嫌にキーボードを叩きながら告げるルイさん。悪魔召喚プログラム……今この状況を引き起こしたのがルイさんではないのか?と言う疑念を抱く。それはきっと楓達も同じだろう、ルイさんの背中を睨みつけるようにして見つめているとルイさんはその視線に気付き、困ったなあと笑いながら頭を掻いて

 

「この状況では疑われるのも当然さ。でもね?もし私が犯人ならどうしてこんな事をするんだい?私自身も死ぬかもしれない。そんなメリットのない事をやって私に何か得があると思うかい?」

 

それを言われると辛い……確かにこの人が犯人なら俺達に悪魔召喚プログラムなんて物を授ける理由はないだろうし、嘘だとしてもそんな話をする必要性が無い。と言うことはこの人の言っていることは本当の事なのか?

 

「君達は正規の方法で悪魔と契約した、だがこれは召喚者の命を奪いかねない危険な手段だ。私も学者の端くれだ、悪魔召喚の儀式に興味を持ち召喚してみようと試みた事がある。案の定命を狙われ必死に逃げたのを覚えている」

 

聞いていないのに悪魔召喚の危険性を話し始めるルイさん。俺達も事実死に掛けたのだからその話が本当だと判る、確かに後ほんの少し楓が消火器を手にするのが遅かったら全員死んでいたかもしれない

 

「だから私は考えた。たとえ悪魔の力を落としたとしても、安全に悪魔と契約する方法は無いだろうか?それを何年も研究し、辿り着いたのが悪魔を空想の存在として考えるのではなく、一種のデータの塊として考えることだった。そしてそう考える事で別の見方をする事が出来た」

 

そう笑うルイさんはケーブルに繋いでいたスマホを外し、俺達に手渡しながら

 

「そのプログラムに干渉し、相手のデータを書き換える。そう君達を殺すと言う意思を君達を守るに書き換えるんだ」

 

差し出されたスマホの画面には魔法陣が描かれたアプリがインストールされていた。これが話しにあった悪魔召喚プログラム……これで悪魔を仲間に出来るのならば、狼男を倒し街へ脱出することも出来るかもしれない

 

「私も実験したが、悪魔を仲間とする事が出来る。現に私もその方法で彼に連れて来て貰ったんだ」

 

ルイさんの視線の先を見るとライダースーツを着た骸骨が壁に背中を預けて立っていた。その圧倒的な存在感はカソやコロポックルよりも遥かに強力な悪魔なのだと俺達に雄弁に語っていた

 

「そのプログラムで悪魔を呼び出し、倒すもしくは交渉することで使役する。きっと君達の力になると思うよ」

 

そう笑ったルイさんはライダースーツの骸骨の方に歩き出す。それを見た久遠教授が

 

「お前これからどうするんだ?」

 

「見定めるのさ、悪魔と人間。どっちが地球を支配するのに優れた種か?それを見てみたいんだ……だって地球は有史からそうして来ただろう?争い、憎み、殺しあって来た。それが今までが人間同士だったのが、人間と悪魔になった。それだけさ、だからここで人間が滅ぶのもきっとそれは運命なんだ。それに抗うことは出来ない、そうだろ?」

 

人間が滅ぶのも仕方ない事なんだと笑うルイさんが同じ人間には思えず、俺達が後ずさるとルイさんは楽しそうに笑いながら、冗談だよっと呟く

 

「だけど君達に会ってちょっと考えが変わったかな?君達が無事に生き残る事を祈ろうと思うよ。お互いまだ命があったのなら、また会おう」

 

子供のように笑ったルイさんと骸骨はまるで始めからそこに居なかったように何時の間にか消えているのだった……ルイさんが確かに目の前に居た。その証拠は俺達の手の中のスマホに残された魔法陣が刻まれたアプリ……それこそが俺達の目の前にルイ・サイファーという人物が居たという確かな証拠だった……

 

 

 

狐につままれたような気分だ。今確かに俺達の目の前にはルイ・サイファーを名乗る人物が居た。そして彼がくれた悪魔と契約するためのアプリも手元にある……居ないのはルイさんだけ……この密室から完全に消え去ったルイさんが何者なのか?と考えたい所だったが

 

【ウォオオオオンッ!!!!!】

 

狼男の憎悪に満ちた咆哮がグラウンドの外から響いて来る。何かを破壊するような音も響いてくるから、間違いなく俺達を探して暴れまわっているのだろう

 

「久遠教授どうしますか!!」

 

このまま隠れて狼男が通り過ぎるのを待ちますか?と尋ねると久遠教授は首を振り、親指の爪をかみながら

 

「昨日は襲ってこなかった。だが今日は昼間から仕掛けてきた、それはきっと君達が負わせた傷が回復したからだろう。となるとあいつは私達を見つけて殺すまできっと立ち止まることは無い」

 

本当はもっと準備してから戦いたかったんだがと呟いた久遠教授はスマホを握り締め

 

「どこか安全な所で悪魔召喚をする!その後狼男を倒し、脱出する!とりあえずこの部屋を出るぞ!ここで見つかったら逃げ道も何も無いからな!」

 

久遠教授の言葉に頷き、階段を駆け上っているとコンピュータールームから破砕音が響き渡る。

 

「野生の勘か、それとも鼻が利き始めたか……どっちにしろ時間が無い!急いで準備を整えるぞ!悪魔を召喚して、倒して契約、そのままあの狼男と戦うなんて事は出来ないからな、なんとかして時間を稼ぐぞ!」

 

階段と廊下に犬避けの薬剤を撒きながら走る久遠教授の後を追って、俺達は悪魔召喚の為の場所を探して走りだすのだった……

 

チャプター6 悪魔召喚

 

 




次回で学校編のボス。コボルトとの戦いの備えになります、名称こそコボルトですが、魂食い・同族食いで強化されているのでボスに相応しいスペックになっているのでご安心ください。次回は悪魔をメインにした戦闘シーンを書こうと思っています。ですのでどうなるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター6

 

チャプター6 悪魔召喚

 

コンピュータールームから響く破砕音と唸り声に恐怖心ばかりが強くなっていく、見つかったら殺される。それしか考える事が出来ない、ただ闇雲に走っていると楓君が母さんに叫ぶようにして尋ねる

 

「犬避けを使っているから、使っている方向に追いかけて来るんじゃないんですか!?」

 

犬避けを使いながら走っている。相手が野生動物なら逃げていくが、相手に知性があればその犬避けの先に逃げていると判断して追いかけて来る……少し考えてみれば当然の事だ。

 

「ああ!その可能性は高い!だから敢えてそれを利用する!このまま2階に向かって渡り廊下の天井の上を走って特殊科目棟へ向かう!犬避けはこのまま走って来た方角に向かって投げる!時間との戦いだ!苦しいと思うが我慢してくれ!!」

 

息が切れそうになるが、ここで止まってしまえば間違いなく全員が死ぬ。それが判っているから、必死に足を動かし続ける

 

「良し!あそこ窓だ!楓君!雄一郎君!先に飛んでくれ!」

 

開いている窓を見て躊躇う素振りを見せた楓君と笹野君でしたが、窓の外を見て渡り廊下の天井があるのを確認したからか、開いている窓に足を掛けて飛び降りる

 

「次は美雪!お前と桃子だ!私は最後に犬除けを投げてから行く!先に行け!」

 

母さんに言われて窓の外を見る。渡り廊下の天井の上で両手を広げている楓君と、先に武器を担いで特殊科目棟へと走っている笹野君の姿を確認する。

 

「俺が受け止めるんで大丈夫です!美雪先輩!早く!」

 

飛び降りる事に恐怖を感じていると楓君がそう叫ぶ。このままでは皆死んでしまう……楓君なら私をちゃんと受け止めてくれる。そう判断し窓から飛び降りる

 

「よっとぉ!!!」

 

「きゃあ!」

 

少しの浮遊感と抱き止められた衝撃に思わず悲鳴が出てしまう。楓君は少し驚いたようだが私を天井の上に降ろして

 

「美雪先輩、雄一郎の後を追ってください!悪魔が何時来るか判りません!急いで!」

 

楓君の焦った声に頷き、バランスを崩さないように気をつけ天井の上を走る。

 

「桃!来い!俺が受け止める!」

 

「う、うん!楓!今行く!」

 

楓君と桃子さんの声が背後から聞こえてくる、躊躇い無く楓君の腕の中に飛び込む桃子さんの姿を見て、強い信頼関係があると言うのが判った。

 

(やっぱり楓君は桃子さんとお付き合いしているんでしょうか……)

 

楓君には割りと好意を持っていた。だが桃子さんに対する楓君の反応を見ていると、お付き合いしているのでは?とこんな状況で考えて良いことではないのだが……桃子さんに対して暗い感情を抱いている自分に気付き、軽い自己嫌悪を感じている内に特殊科目棟の窓に到着していたようで

 

「久遠先輩!手を早く!引き上げます!」

 

笹野君の言葉に我に返り、窓から手を伸ばしている笹野君に向かって手を伸ばし、特殊科目棟へと引き上げられる。高校棟のほうに視線を向けると桃子さんと楓君が手を繋ぎ、母さんと一緒に走ってくる姿を見て良かったと思うと同時に、桃子さんが羨ましいと気持ちを同時に感じてしまい。私はこんなに性格が悪かったのだろうか?と強い自己嫌悪を抱かずには居られないのだった……

 

 

 

特殊科目棟。名前の通り特殊科目……つまりは音楽室や、美術、技術と言った教科を学ぶ為の学習棟だ。教室の数は少ないし、教室もそう広い物ではないが5人が身を隠すには十分すぎる広さだった

 

「大丈夫ですか?美雪先輩?」

 

浮かない顔をしている美雪先輩に気付き大丈夫ですか?と尋ねる。美雪先輩は直ぐに大丈夫です、心配しなくていいですよ?と笑いかけてくれるがその顔には影が差している。やはりこんな状況になって精神的に参っているのだろう……

 

「久遠教授。ここから駐車場は近いですよね、どうします?いっそ車で脱出してみますか?」

 

窓から確認したが、久遠教授が俺達をフィールドワークに連れて行く時の4WDはいつもの場所に止まっている。その他の車は殆ど残されていなかったので、恐らくマイクロバスで脱出したのだろう。生存者と合流できないのは残念だが、生きて脱出してくれたと思うと少しだけだが安心出来た。俺達も車で脱出しますか?と尋ねるが久遠教授は無理だと断言した

 

「あの狼男は私達を狙っている。市内に脱出したとして追って来たら全滅のリスクがあがると言っただろう?なんとかして脱出する前にあの狼男を倒す必要がある」

 

久遠教授の言う事は判る。だがカソ達と言う味方は居るし、武器も手にした。だがどうしてもあの狼男に勝てるとは思えないのだ……

 

【コボルトは攻撃性の高い悪魔じゃからなぁ……それに素早い、ワシらの魔法でも捕らえる事が出来るかどうか】

 

【アタレバユウリニタテルガ、アタラナクテハイミガナイ】

 

【だよねー、1回倒したと思ったのに復活したし……正直私達じゃ力不足かなあ?】

 

カソ達の話であの狼男の名前がコボルトだというのは判ったが、正直それだけでは何の意味も無い。頼みの綱のカソ達も自信が無さそうだ……どうすればあのコボルトを倒す事が出来るのだろうか

 

「ルイから貰った悪魔召喚プログラム、それを試して見るか……」

 

「大丈夫なんですか?もしコボルトのような悪魔が出て来たらどうするんですか?母さん」

 

美雪先輩の不安も最もだが、今の俺達ではどうしようもないのだから悪魔召喚を試してみるしか手は残されていないと思う

 

「美雪先輩。確かにその危険性もありますが、今のままでは殺されるのを待つだけです。試して見ましょう」

 

「でも危険なんですよ!?」

 

「このまま死ぬのを待つよりかは助かる可能性があるならそれに賭けて見ましょう。危険だと思うのなら俺と雄一郎の2人でどこかの実習室で召喚してみます」

 

桃や美雪先輩では悪魔と戦う事が出来ない。だから雄一郎と2人で召喚を試してみると言うと桃が私も召喚すると言い出した

 

「そ、それなら私も召喚する!そしたら楓の手伝いが「駄目だ!!危険すぎるッ!」

 

桃が考えに考えた上に出したと言うのは判る。だがそれでも桃に何かあったらと思うと悪魔召喚なんてさせる訳には行かない。ほかの事だったら、桃の提案だって聞きたい。だがこれに関してはどうしても認める訳にはいかない

 

「リスクはある。だが助かる可能性があるのもまた事実。悪魔召喚プログラムを起動してみよう、この教室は狭いし机と椅子が多い。戦う事を考えて別の教室で試そう、だが楓君と雄一郎君だけを行動させて分断されては困る。全員で移動する良いね?」

 

久遠教授の言葉に頷き、別の教室に移動する。だがその途中で高校棟のほうから何かを破壊する音が響いて来た

 

「時間的な余裕はもう残されていないな」

 

まだ音は遠いが、見つからない保証も無い。失敗するにしろ、成功するにしろ悪魔召喚を試して見るしかない。それが俺達が生き残る為の術なのだから……

 

「では楓君、雄一郎君。試してみてくれ」

 

レクリエーションルームへと移動し、スマホを取り出して悪魔召喚プログラムをタッチすると、スマホの画面に契約悪魔・悪魔交渉・悪魔召喚の3つの文字が浮かび上がる。とりあえず今は悪魔召喚を試してみようと思い、雄一郎と共に悪魔召喚をタッチする

 

【【エラー!!現在は召喚出来ません】】

 

スマホから警告音が響き、召喚出来ませんと言う文字が浮かび上がり、現在契約可能悪魔数1の文字が表示される。久遠教授が俺達のスマホを覗き込み

 

「そうか、今楓君達はカソとコロポックルと契約している。だから今は契約できないと言う事か……ちっ!どうせ渡すなら複数の悪魔を契約くらいさせろ」

 

久遠教授がそう舌打ちするが、スマホには契約可能悪魔1と書かれているので、もしかすると今後悪魔の契約数を増やす事が出来るかも知れないという希望は残ったと思う

 

「じゃあ私が悪魔と契約してないから私が召喚する」

 

桃がそう叫んでスマホを操作しようとする。それを俺が止めようとするが、それよりも早く久遠教授によって桃の手からスマホが取り上げられた

 

「悪魔召喚がどんなものか判らない、それに契約数が1と言う事は気軽に戦力を補充する事は出来ないと言う事だ。ならば桃子は何時でも契約出来るように今は契約しないほうが良い。だから私が召喚する」

 

久遠教授が召喚するから離れろと言う。桃が悪魔召喚しなくても良い事には安心したが久遠教授の事も心配だ

 

「楓君、笹野君。母さんが危なかったら直ぐに助けに入ってくれますか?」

 

心配そうな表情をしている美雪先輩に大丈夫ですと返事をする。久遠教授を死なせるつもりは無い、悪魔召喚と同時に俺と雄一郎も悪魔を倒すのに協力するつもりですと返事を返すと安心した表情をする美雪先輩。確かに久遠教授は俺達に悪魔召喚をさせた。だけど、久遠教授は皆で生き残るために色々と考えてくれてるし、それに俺は久遠教授を尊敬している、こんな所で死なせるつもりは無い。絶対に皆で生き残るッ!俺は槍を握り締め、いつでも飛び出せる体勢を取る。

 

【悪魔召喚プログラム起動】

 

「さてと蛇が出るか鬼が出るか……」

 

そう笑う久遠教授の前に魔法陣が描き出され、そこからゆっくりと姿を見せたのはカソやコロポックルとは違った悪魔だった。背中に蝙蝠に似た翼があるので人外だと判るのだが、それを除けばどこらどう見ても人間にしか見えなかった。長い黒髪を背中に流し、メリハリの取れた肢体とレオタード姿の美少女だった……思わずそのレオタードから伸びている白い太ももに視線を向けてしまう

 

「楓!」

 

「あいだあ!?」

 

悪魔とは判っているが、余りに刺激的過ぎる光景に思わずガン見してしまうと、桃に頬を抓り上げられる。だがこの反応は健全な男子高校生なのだから勘弁して欲しい

 

【夜魔リリム……ってえええええ!?なんでここにリ】

 

リリムと名乗った悪魔が久遠教授を見て目を見開いた瞬間。久遠教授が手にしていたべレッタが火を噴き、見事なへッドショットでリリムを一撃で殺したってえええええ!?!?

 

「「「久遠教授ううううう!?」」」

 

「母さーん!?!?」

 

相手がまだ名乗りを終わっていないに有無を言わさずに殺した久遠教授に俺達の悲鳴が重なるのだった……

 

 

 

久遠教授が銃殺した悪魔は即座に復活し、久遠教授と契約したのだが。明らかに怯えている、出てきて直ぐ銃殺されればその反応は当然だと思うが……

 

(いかんな……つい目が言ってしまう)

 

悪魔と言え美人が、レオタード姿。しかもモデルなんて目じゃないほどの整った容姿……思わずそっちに目が行ってしまう

 

「あいだだだああ!ももおお!いひゃい!!!」

 

「楓の助平、エッチ」

 

「ごひゃいひゃあああ」

 

桃子が楓の頬を抓り上げている。めちゃくちゃ痛そうだな……幼馴染の女子と言うのは正直羨ましいと思っていたが、こういう光景を見ると居なくて良かったとも思う。そんな事を考えているとリリムは魔法陣の中に消えて行く……ちょっと名残惜しいなと思っていると久遠教授が椅子に腰掛けながらスマホを弄りながら声を掛けてくる

 

「ふむ、なるほど。楓君、雄一郎君、美雪。契約悪魔と言うのをタップすると詳しい情報が見れるぞ。確認しておくと良い」

 

悪魔召喚プログラムを起動させ、契約悪魔のボタンをタップするとスマホの画面にコロポックルの姿が映し出される。円グラフで何かのステータス見たいのを表示してくれているが、それしかないので何の能力なのかさっぱり判らないのでコロポックルにスマホの画面を見せながら

 

「これお前の情報みたいなんだけど、どうだ?」

 

【いや、こんなの見せられてもワシわからんよ?】

 

駄目じゃねえか……これがゲームなら力とかのステータスだと思うんだが、そう言う表記が全然無いのでどれが何の能力なのかまるで判らない。

 

「えーと魔法の名前で指示すると力が発揮しやすいの?」

 

【そうそう!言霊って強いんだよ?だからどの魔法を使えって言葉で指示して貰うと、美雪の言霊が上乗せされるから効果がアップするんだよ】

 

久遠先輩とピクシーの会話を聞いて、コロポックルの魔法を見る。ブフ・ブフーラ・ラクカジャ……後は????ってのが1つ……これはまだ使えないって事か?ゲームならレベルアップで覚えるんだろうか、これは残念ながらゲーム等ではないのでどうやったら使えるようになるんだろうな?コロポックルに尋ねてみたいが、きっとコロポックルも判らないだろうと判断し、表示されている魔法の事を考える。ブフはあの氷の弾丸を発射する魔法だよな、ブフーラは渡り廊下を破壊した巨大な氷柱……ただラクカジャは聞いた事がない魔法だ。だからコロポックルにどんな魔法なのか尋ねる事にした

 

「コロポックル。ラクカジャって何だ?」

 

【ああ。それは魔力の鎧を作り出す魔法じゃ、あまり長時間は持たんが結構役立つぞ】

 

ラクカジャか……その魔法の名前をしっかり覚えておこう。戦闘中にスマホを見ている余裕なんて無い、だから戦闘に入る前にコロポックルの覚えている魔法の名前をしっかりと覚えておく事にする

 

「えーとカソ、お前のにひっかきってあるけど、これは魔法じゃないよな?」

 

【ワザダナ。だがシジシテモラエバ、イリョクハアガルゾ】

 

なるほど魔法だけじゃなくて、ひっかきとかの技でも指示をすれば言霊が乗るって事か……状況次第では俺がカソに指示を出す事もあるだろうし、楓がコロポックルに指示を出す事もある。コボルトが襲ってくる前にお互いの契約悪魔がどんな魔法を覚えているのか?その情報を交換しておこうと楓と久遠先輩そして久遠教授にも提案して、お互いのスマホの画面を覗き込む

 

 

コロポックル ランク1 妖精

 

所持魔法

 

ブフ

 

ブフーラ

 

ラクカジャ

 

????

 

耐 氷結・水撃

 

弱 火炎・物理

 

 

 

 

 

ピクシー ランク1 妖精

 

所持魔法

 

ザン

 

ジオ

 

ディア

 

羽ばたき

 

????

 

????

 

耐 光・闇・電撃

 

弱 なし

 

 

 

カソ ランク2 魔獣

 

アギ

 

マハ・ラギ

 

引っかき

 

????

 

????

 

????

 

耐 火炎・物理

 

弱 氷結・水撃

 

 

 

リリム ランク10 夜魔

 

メディア

 

ジオンガ

 

ブフーラ

 

マハ・ジオ

 

ムド

 

マリンカリン

 

ドルミナー

 

ファイナルヌード

 

耐 闇・電撃・水撃・精神干渉

 

弱 光

 

カソ達のランクが1~2に対して、リリムのランクは10。カソ達よりも魔法の数や耐性などが遥かに多い……ファイナルヌードの文字が気になる所だが、それよりもピクシーとリリムの項目で気になる文字があった、光・闇耐性とムドと言う魔法……それはリリムだけが覚えている魔法で効力も何も想像出来ない。どんな魔法なのか?とピクシーに尋ねる事にした

 

「なぁ。光と闇ってどんな魔法なんだ?」

 

ジオやアギは見たから想像出来る。火炎と電撃魔法だ。だが光と闇と言う魔法は想像もつかないので尋ねるとピクシーが顔を顰めながら

 

【物凄く危険な魔法だよ、絶対成功するわけじゃないけど……即死魔法。当ったら問答無用で死ぬよ】

 

即死魔法と言う言葉に俺達の顔が引き攣る。そんな魔法まであると言うのか……そんなのどうやって対策を立てればいいのか判らないぞ

 

【あ、でも即死魔法を使えるのは西洋の悪魔でも高位の存在だけだからそんなに心配しなくても良いよ、術が成立する前に

魔法陣から逃げれば避けれるし……当ったら駄目だけど】

 

ピクシーがそうフォローしてくれるが、やはり安心は出来なかった。今後悪魔と戦う事は多くなる、即死魔法にも気をつけなければいけないと言う事か……だがリリムが強力な悪魔だから即死魔法を覚えていると思えばコボルトと戦う事に対して少しは安心感も生まれてくる

 

「破壊音が近づいて来ている。車を破壊される訳には行かない、こちらから打って出る。最悪グランドでコボルトと戦う事になるから、覚悟を決めておいてくれ」

 

久遠教授の言葉に背筋に冷たい汗が流れる、だがコボルトを倒さなければ脱出する事も出来ない。久遠教授の言う通り覚悟を決めるしかない……

 

「笹野君と楓君は休んでください。戦いになったら2人に頼るしかありませんから」

 

「うん。ごめんね」

 

久遠先輩と桃子の言葉に楓と共に大丈夫だと返事を返し、2人の言葉に甘えて俺と楓はコボルトが近づいてくるまでの間。ほんの僅かでも身体を休める為に目を壁に背中を預け、目を閉じるのだった……

 

 

 

匂いがする……嫌な匂いの中に混じるあいつの匂い、その匂いを認識すると顔が痛む。投げられた薬品で焼き爛れた顔の痛みが、殺意を、憎しみを強くさせる

 

(殺せ……あいつを殺すんだ)

 

この棍棒で叩き潰せ、この牙で噛み殺せ、この爪で引き裂いて殺せ……それしか考える事が出来ない。あいつがいなければ、あいつさえいなければ……

 

(殺せ。新藤楓を……)

 

校舎を破壊しながらコボルトは進む。だがその意識は既にコボルトでもあり、浜村睦月でもあった。契約者を食い殺したコボルトはその魂を取り込み、その格を上げた。だがその代償として弱りきっていたコボルトの魂と睦月の魂は交じり合い、意識は混ざり合ってしまった。下級悪魔に負けたと言うコボルトの憎しみと、睦月の楓に対する一方的な悪意……それが交じり合った今のコボルトは悪魔であり、人間でもあった……コボルト/睦月は進む。自らに傷を負わせた者を、自分に屈辱を与えた者を殺す為にそれだけを考え、コボルト/睦月は特殊科目棟を目指して進むのだった……

 

チャプター7 人魔コボルトへ続く

 

 




悪魔召喚で出てきたのはリリムでしたが、何かに気付きパーンされました。最初で退場した睦月でしたが、コボルトの中で生きており、変異悪魔化。これが脱出前のボスとなりますが、強めに設定したリリムが居てもコボルトの方が強いかもしれないですね。次回はコボルトとの戦闘開始です、どうなるか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター7

チャプター7 人魔コボルト

 

特殊科目棟からグラウンドを久遠先輩と監視する。コボルトと言う狼男が来るまで楓と雄一郎君を休ませて上げたいから、私が監視を引き受けたのだ。すると危ないからと久遠先輩も同行してくれたんだけど……

 

(話題が無いよぉ……)

 

私も何回も久遠教授の研究室にお邪魔した事があるが、それは全て楓の付き添いで楓以外と話す事も無かった。だから顔見知りではあるんだけど、話した事も無い人。それが久遠先輩だった……

 

(でも綺麗な人だよね……)

 

楓よりも少し高い身長と切れ長の目。それに凛とした態度で男子生徒から人気と言う事は知っていた、だから私は正直気が気じゃなかった。楓が好きで田舎を後にして神無市に来たのに楓が久遠先輩と付き合ってしまうと思うと怖かった、だから怖い話が苦手なのに私は何度も久遠教授の研究室に行っていたのだ

 

(でも楓にとって私って何なんだろう)

 

楓が私を大事にしてくれているのは判る。私も楓がとても大切だ、悪魔が現れて人が死んでいる状況で何を考えていると怒られるかもしれないけど……どうしてもそんな事を考えてしまう。今はそんな事を考えている場合じゃないと頭を振ると、久遠先輩が

 

「桃子さんは楓君とお付き合いしているのですか?」

 

「うえあ!?」

 

真顔でお付き合いをしているのですか?と尋ねられて思わず奇声が口から飛び出す

 

「えあ、うああ……」

 

「あ、すいません。変な事を聞きましたね」

 

私がうろたえているのを見て変な事を聞きましたと謝ってくる久遠先輩。まさか久遠先輩も私と同じような事を考えていた?と思うが、私にはとてもその事に付いて尋ねる勇気は無かった。もしそうだと言われたらきっと私は久遠先輩の事を嫌いになる、今この状況でお互いの仲が悪くなるような事態はどうしても避けたかった。だけど私が黙り込んだ事で嫌な沈黙が廊下に広がる。この空気をどうしようかと悩んでいるとグラウンドの方角から

 

【ウォオオオオンッ!!!】

 

狼の雄たけびが響き渡る。その遠吠えに窓の方を見ると巨大な狼男が棍棒を引きずって来ているのを見えた

 

「桃子さん!」

 

「はいっ!」

 

久遠先輩の私を呼ぶ声に頷き、私と久遠先輩はレクリエーションルームへと楓と雄一郎君を起す為に走り出すのだった……

 

 

 

桃と美雪先輩に起され、コボルトが向かって来ていると聞いて慌てて飛び起き、頬を叩いて眠気を飛ばし久遠教授の方を向いて、コボルトについての話し合いに参加する

 

「楓君と雄一郎君には悪いが、コボルトと戦うのは2人と私の計3人。そして契約しているカソ・コロポックル・リリムになる」

 

久遠教授も戦うと言う言葉に考え直してくださいと言うと久遠教授は笑いながら、べレッタを2丁取り出し

 

「コボルトはどう見ても近接戦闘に特化している。魔法だってそう何回も使える物じゃない、距離を取って銃撃するだけでも相手の追撃封じ・目くらましと出来る事は色々ある。コボルトの件に関しては私に責任がある、だから私も戦う」

 

強い口調で言われ反論を完全に封じられてしまう。これは何を言っても無駄なのだと判ったから

 

「久遠教授。久遠先輩と桃子はどうするんですか?」

 

「ああ、2人には高校と大学で拾った魔石の運搬係をして貰う。カソ達の体力回復させながらの持久戦に持ち込むには回復担当が必要だ」

 

雄一郎の質問に久遠教授がそう答える。桃と美雪先輩が戦わなくて良かったと思うが、俺達が死ねば桃と美雪先輩が危険だ。なんとしても俺達でコボルトで倒さなければならないと言う事だ

 

「楓、雄一郎君……気をつけてね」

 

「私とピクシーで出来るだけのお手伝いをします、楓君、笹野君。気をつけてください」

 

桃と美雪先輩に見送られ、レクリエーションルームを後にし特殊科目棟の昇降口に向かう

 

「コロポックル。ラクカジャはどれくらいの時間継続するんだ?」

 

向かってくるコボルトを見ながら雄一郎がコロポックルに尋ねる、コロポックルの防御魔法。それが俺達の頼みの綱になっている、コロポックルは髭を撫でながら

 

【時間制限がある訳ではない、じゃが余りに強い衝撃を受けると効力は徐々に失われていく。じゃからあんまり過信されては困るぞ?】

 

時間制限じゃないだけで十分だと返事を返し、コロポックルに頼みラクカジャを使ってもらう。何かに包まれているような気がする。これがラクカジャの効果なのだろうか

 

「良し、では行くぞ。楓君、雄一郎君。ここを切り抜けて、生存者を探して街へ出る。全員で生き残るぞ!」

 

「「はいっ!!」」

 

久遠教授の言葉に力強く頷き、俺達はグラウンドへと駆け出すのだった……

 

【ウォオオンッ!!!】

 

俺と雄一郎を見て雄叫びを上げるコボルトを見て、俺は槍を、雄一郎はハンマーを手にコボルトへと対峙していると、久遠教授が俺と雄一郎に頭を下げろと叫ぶと同時に久遠教授がべレッタの引き金を引く。しゃがんだ俺達の頭の上を通過していく銃弾に肝を冷やしながら振り返ると久遠教授がべレッタをコボルトに向けながら力強く叫ぶ

 

「ダメージが通るとは思わん、だが顔を目掛けて打っていれば、向こうの集中は削がれる筈だッ!!」

 

絶え間なく響く銃声に確かにコボルトが鬱陶しそうに棍棒を振るっている。確かにコボルトの集中は削がれているだろうが、それは久遠教授がコボルトのターゲットにされる危険性が高いと言う事になる。雄一郎に目配せをし久遠教授から注意を逸らすために一歩前に踏み出し、足元のカソとコロポックルに指示を出す

 

「頼むぜ、カソッ!アギッ!」

 

【マカセロ】

 

「行くぜコロポックルッ!ブフッ!」

 

【最初から全力じゃ!】

 

『アギ』

 

『ブフ』

 

カソとコロポックルの放った炎弾と氷塊がコボルトの胴体に命中するがダメージが通ったようには見えない。それ所か、俺と雄一郎には興味もないと言わんばかりに、銃撃をしている久遠教授に突進して行くコボルト。俺と雄一郎の間を駆け抜けていこうとするコボルトの胴体に俺は槍を、雄一郎はハンマーを叩きつけるが鉄でも叩いたような鈍い音が響き、ハンマーと槍が簡単に弾き飛ばされ、俺と雄一郎がその場で体勢を大きく崩す

 

「楓君!雄一郎君!早く!母さんのほうへ!」

 

美雪先輩の悲鳴にも似た声に返事を返すよりも先に、槍を拾い上げ久遠教授の方に走り出しながらカソに指示を出す

 

「カソ!アギ!」

 

『アギ』

 

「コロポックル!ブフ!」

 

『ブフ』

 

少しでもコボルトの勢いを弱める事が出来ないかと願いながら、魔法を放って貰うが後ろからの攻撃だというのにコボルトは楽にカソとコロポックルの魔法を避け久遠教授の方へと走り続ける。久遠教授はコボルトを引き離す為にか銃を乱射するが、毛皮に阻まれてどれも有効打になっていない、もしかしたら銃でコボルトの動きが止まり回りこめるのではないか?と言う淡い希望も消え失せた

 

(駄目だ!間に合わないッ!)

 

コボルトが立ち上がり、咥えていた棍棒を握り締めるのが見えた、久遠教授が殺されてしまう。美雪先輩と桃子の悲鳴がどこか遠くに聞こえる。そんな中コボルトの棍棒がもう目の前に迫っていると言うのに、久遠教授がくすりと笑った

 

「馬鹿が、計画通りだ。リリムッ!」

 

久遠教授の馬鹿にしたような声が響き、久遠教授の背後にリリムが姿を現す。今更悪魔を召喚しても、あの距離じゃ間に合わない……そう思ったのだが、後で思い返せば、久遠教授は自分を囮にしてまで、この距離にコボルトを引き寄せていたのだ

 

「リリム、マリンカリンだ!」

 

【は、はい!】

 

『マリンカリン』

 

久遠教授の言葉に怯えながら返事を返すリリムはそのまま、胸を強調するようなポーズを取り、コボルトに向けてウィンクを飛ばす。離れていてもかなりのセクシーポーズだと言うのは判ったが、そんなのコボルト相手に何の意味も……

 

【ウ?ワオーン!ハッハッハ!!】

 

効いてる!?残像が見えるほどの勢いで尻尾を振り、舌を出して興奮した様子で鳴いているコボルト。マリンカリンってどんな効果の魔法なんだよと思いながらも、完全に棒立ちで隙だらけのこの隙を逃す馬鹿はいない。久遠教授は完全に正気を失っているコボルトの横を走り俺の前に移動しながら指示を飛ばしてくる

 

「楓君!合わせろ!リリム!ジオンガッ!」

 

「は、はい!カソ!アギ!!」

 

『ジオンガ』

 

『アギ』

 

【グッギャアアアアアアアアアアッ!!!】

 

リリムの放った電撃とカソの放った火炎が交じり合い、隙だらけのコボルトの背中を打ち抜く。毛皮が燃える嫌な匂いとその痛みと熱で正気に戻ったコボルトの苦悶の悲鳴が響く中、久遠教授は反撃の隙は与えないと言わんばかりにリリムに次の指示を出す。俺も遅れないように、カソに指示を出す。

 

「このまま一気に攻めるぞ!リリム!マハ・ジオッ!」

 

『マハ・ジオ』

 

「カソ!マハ・ラギッ!!!」

 

『マハ・ラギ』

 

「コロポックル!ブフーラッ!!」

 

【全力で行くぞッ!!!】

 

カソの放った火炎の帯とリリムの放った電撃の檻がコボルトとその周辺を覆い尽くし、コボルトの逃げ道を狭め、続けてコロポックルの放った巨大な氷柱がコボルトの足元から突き出す

 

【グルアア!!】

 

「ちっ!避けたかッ!?」

 

完全に直撃のタイミングだと思っていたが、コボルトは咄嗟に飛びのき足元から心臓を狙った氷柱の切っ先を回避する。だがその方向にはカソの火炎の帯とリリムの電撃の檻が待ち構えていた

 

【ギ、グガアアアアアアアア!?】

 

苦悶の叫びを上げながらも、カソとリリムの魔法を通り抜け、俺目掛けて走ってくるコボルト。それを見て久遠教授が気をつけろと叫ぶ

 

「楓君!そっちに行ったぞ!!」

 

棍棒を口にくわえ、4つ這いで突進してくるコボルト。二足歩行でも十分早かったのだが、今はそれよりも更に早い。カソに指示を出そうにも、連続して魔法を放った事で消耗しているのかぐったりしているのを見て、これ以上指示を出す事が出来ないと悟る

 

「リリム!マハジオ!」

 

【判ってます!えーい!!】

 

『マハ・ジオ』

 

「ピクシー!羽ばたき!」

 

【いっくよー♪】

 

『羽ばたき!』

 

リリムが翼を広げて、グラウンド全体に電撃を放ち、それに続くようにピクシーが背中の翼を羽ばたかせると、その小さな翼からは信じられないほどの強風が発生する。だが信じられない事にコボルトは電撃の嵐とかまいたちを走りながら回避し俺に向かってくる

 

「くそ!来るなら来いッ!!!」

 

槍の切っ先をコボルトに向け全力で突き出す、あの勢いで突っ込んでくるなら突き出すだけでコボルトに大ダメージを与える事が出来ると思ったのだが

 

【ガアッ!】

 

「嘘だろッ!?」

 

右手をグラウンドに叩きつけ、身体を跳ね上げるようにして俺の攻撃を交わしたコボルトはその勢いで俺の後ろに回りこむ

 

「コロポックル!ブフッ!!」

 

【行くぞッ!!】

 

コボルトが俺の後ろに回りこんだと同時に雄一郎がコロポックルに指示を出す。氷の弾丸がコボルトに向かい、俺からコボルトを引き離そうとするがコボルトは棍棒を振り回し氷の弾丸を弾き飛ばしながら突進してくる。足元のカソに向かって指示を出そうとした瞬間。コボルトが棍棒を振りかざしながら

 

【カエデええええええッ!!!】

 

「えっ!?」

 

俺の名前を呼んだコボルトに動きが止まってしまう。振り下ろされた棍棒を手にした槍で受け止める

 

【カエデ!オマエガいなければ!ミユキ先輩はおれをオオオオ!!!】

 

「お前まさか睦月か!?がっはあ!?」

 

コボルトが俺の名前を呼び、完全に硬直した瞬間に棍棒に殴り飛ばされ、そのままの勢いで高校棟の校舎に背中から叩き付けられるのだった……

 

 

 

校舎に叩きつけられた楓君を見て舌打ちする。計画が狂った……あの勢いで叩きつけられれば、ラクカジャ程度の防御力では耐える事が出来ないだろう

 

(イレギュラーめッ!)

 

コボルトに食われた浜村睦月がコボルトの中でまだ意識を保っているとは……びくびくと私の顔色を伺っているリリムに

 

「何をしている!早く楓君の治療に向かえ!」

 

【は、はい!判りましたぁ!】

 

慌てて楓君の元へ向かうリリムを睨み付けながらグロッグの弾を交換する。私のスマホの契約悪魔数は2……今この場で悪魔を追加で召喚するか……それとも……右手首のブレスレットを見つめていると特殊科目棟から桃子と美雪が飛び出してくる

 

【ミユキ先輩!】

 

「そ、その声……浜村君!?」

 

コボルト/睦月が美雪に襲い掛かる。美雪に対する強い執念……それでコボルトの意識を乗っ取ったか……!

 

(ちいっ……浜村の執念を甘く見ていた)

 

浜村睦月。守護霊様の実験の時に呼ぶ筈の無かった生徒。イレギュラーはある物だと思っていたが、ここまで来ると正直怒りを覚える

 

「浜村ぁ!良くも楓を!」

 

【邪魔だぁ!】

 

「ぐふうっ!?」

 

「雄一郎君!!」

 

雄一郎君がコボルト/睦月を止めようとハンマーで立ち向かったが、コボルトの蹴りで雄一郎君が吹き飛ばされる。リリムにジオンガの指示を出しながら、楓君の気配を伺うが動く気配が無い……やはりあの一撃で死んでしまったのか……計画があんな馬鹿の所為で狂わされた事に激しい殺意を感じる

 

「久遠教授!楓と雄一郎君の手当てを手伝ってください!」

 

「判ってるが少し待て!美雪が危ない!リリム!ジオンガッ!」

 

【はい!】

 

『ジオンガ』

 

楓君と雄一郎君の事も心配だが、コボルトの目の前に居る美雪も事もあるので少し待てと怒鳴る

 

【ミユキ先輩、俺……オレ貴女がスキナンデス、カエデは殺しました。だから……だからオレをミテクレマスヨね?】

 

「誰が貴方なんかを見ますか!!私は貴方が嫌いだったんです!馴れ馴れしくて!母さんの講義の邪魔をして!!そして今楓君を殺した!!!私は貴方なんか大嫌いです!」

 

美雪がそう怒鳴るとコボルト/睦月の反応が変わる、今まで穏やかだった目の色が再び、真紅に染まる

 

【違う!貴女の意思はカンケイナイ!オレが!オレが貴女がスキナンダ!だからオマエハ!オレの物なんだアア!】

 

「誰が貴方の物になる物ですか!」

 

楓君が死んだと思っている美雪が自暴自棄になっている。ピクシーが護ろうとジオで攻撃しているが、コボルト/睦月は全くダメージを受けていない

 

(これまでだな……)

 

実験は失敗だ。楓君が死んだ以上、私の計画はここまで……無念だが仕方あるまい。ブレスレットを外そうとした時

 

「ふざけんじゃねええええ!睦月ぃッ!!!!」

 

楓君が雄叫びと共に立ち上がり、手にした槍を投げる。それはコボルトの目を貫く、コボルトが激痛に悶えているのを見た楓君はスマホを片手に走り出しながら美雪に向かって叫ぶ、スマホから溢れる魔力から悪魔召喚を行おうとしているのが一目で判る

 

「美雪先輩!逃げて!ここは俺が!!」

 

楓君が起き上がった事に驚いた表情をしている美雪。死んだと思っていた楓君が生きていて混乱しているのは判るが、今はそんな場合ではない。あのままでは美雪が悪魔召喚に巻き込まれる

 

「こっちへ来い!美雪!巻き込まれるぞ!!」

 

「は、はい!判りました!」

 

私の怒声に我に帰ったのか、こっちに美雪が駆け寄ってくる。美雪と入れ違いに、スマホの中で増幅された魔力が開放され、悪魔召喚プログラムが起動した

 

【悪魔召喚プログラム起動 召喚開始……】

 

「何でもいい!俺に従えッ!!!」

 

楓君が掲げたスマホが勝手に悪魔召喚プログラムが起動させる……そして楓君の目の前から現れた悪魔を見て、思わず笑みを浮かべた。それは本来なら呼び出せることのない悪魔だったから……

 

【我が名は魔獣ケルベロス!この時のみ汝の牙となろう!!】

 

カソよりも遥かに霊格の高いケルベロスを呼び出した。やはり楓君を選んだのは間違いではなかったのだ……ブレスレットに伸ばしかけた手を戻し、私は駆け寄ってきた美雪と共に気絶している雄一郎君の治療の為に走り出した。どう足掻こうか、コボルトでは、ケルベロスには勝てない。コボルトの死は既に決まっているのだから、態々見るまでもないのだ……

 

 

 

全身に走る痛みに眉を顰めながら身体を起こす、楓を助けないと1人じゃコボルトを抑え切れない……そう思って身体を起こした俺が見たのは信じられない光景だった

 

【失せろ!】

 

【ギャアア!?イダイ!イダイイイイイ!?!?】

 

巨大な白いライオンの姿。それがコボルトの腕を簡単に食いちぎる……なんだあの悪魔は……圧倒的な存在感と、どうしても勝てないと言う事が判り、あのライオンが俺達を襲ってこないかと恐怖する。なんだあの悪魔は……

 

「楓が呼び出したみたいで……どうしてあんなのが出て来たんだろう……」

 

桃子が怯えた様子で呟く、カソが消えてしまっているのでコロポックルにあの悪魔が何なのか?と尋ねると、コロポックル達は震えながら、その悪魔の名前を口にした

 

【ま、魔獣ケルベロスじゃ……お、恐ろしい。なんであんな悪魔が……】

 

【皆死んじゃうよ……け、ケルベロスは凄く凶暴だから……】

 

【あれが魔獣の長、最強の魔獣ケルベロス……なんで召喚出来たんだろう……そんなことありえないのに】

 

ケルベロス!?名前だけは知っている。地獄の番犬と恐れられる獣……なんで楓があんな悪魔を呼び出すことが出来たのかと疑問を感じながらも助けないとと思い立ち上がろうとするとリリムに制される

 

【駄目だよ。今あの子は意識がない、下手に動くとケルベロスを差し向けられるよ】

 

リリムの言葉に目を見開く、楓は気絶した状態で悪魔を呼び出しているというのか!?なおの事楓を助ける必要が

 

「心配する事は無い、もう終わる」

 

久遠教授の言葉に驚きながらケルベロスの居る方向を向いて、見るとその光景に思わず絶句した

 

【い、嫌だ……シニタクナイ……シニタクナイ】

 

右腕、左足を食いちぎられたコボルトが身体を引きずって逃げようとしている。ケルベロスはそんなコボルトを見ることも無く、悪魔の面汚しがと吐き捨てる

 

【ここまでだ。地獄の炎に飲まれて消えろッ!】

 

『アギダイン』

 

ケルベロスの一喝と共に赤黒い炎がコボルトを飲み込み一瞬で消し炭にする。信じられない火力だ……骨さえ残さず焼き尽くした。その火力に驚愕する、コボルトが消えた事で今度は俺達が襲われるかもしれないと怯えていたのだが、ケルベロスは楓を見つめ

 

【今度は正式に呼び出してくれ、我はその時を楽しみに待っている。今は未熟な契約者よ……さらばだ】

 

ケルベロスはその外見からは想像出来ない様な穏やかな声で楓へ呼びかけると、一声大きな雄叫びを上げてから弾ける様に消えた。その事に安堵の溜息を吐いていると、桃子の悲鳴が響く。驚いて振り返ると、桃子が楓に駆け寄って名前を呼びながら楓の身体を揺すっていた

 

「楓!楓ぇ!!!」

 

「……」

 

立ったまま気絶しているのか、必死に呼ぶ桃子の言葉にも反応せずゆっくりと背中から倒れていく楓を見て、慌てて立ち上がり、久遠先輩と久遠教授と共に楓の元へ走る

 

「ゆ、雄一郎君……久遠先輩……楓がぁ……楓が起きないのぉ……」

 

へたり込んで涙している桃子に最悪の予想が頭を過ぎり、楓を起そうと肩を揺すろうとするが、それは久遠教授によって止められた

 

「殴り飛ばされた事で頭を打っているかもしれない。揺すったりするのは危険だ、保健室で様子を見よう。雄一郎君、楓君を背負ってくれるか?」

 

「は、はい!」

 

言われた通り、楓の頭を揺らさないように気をつけながら楓を背負い

 

「コロポックル、ピクシー、リリム!悪魔が出て来たら頼む!桃子!久遠先輩!急ごう!」

 

コロポックル達に悪魔が出て来たら頼むと叫び、俺は楓の頭を揺らさないように気をつけ保健室へと向かって歩き出すのだった……

 

チャプター8 脱出準備 へ続く

 

 




次回で高校は脱出となり。市街編となります、前半はコボルト退治の話とケルベロスを呼び出すことが出来た理由などを考えて、脱出のための準備をすると言う感じの話になります。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター8

 

チャプター8 脱出準備

 

楓が意識を失ってから2時間経ったが、楓は一向に目覚める気配が無い。私に出来る事と言えばハンカチを濡らして楓の額に当てる事くらいだ……本当なら起きるまで何もしないほうが良いんだけど、楓が眠り始めてから1時間ほど経った頃楓の身体に異変が起きた。さっきまで血の気の無かった顔が急に赤くなり、呼吸も荒い。慌てて額に手を置いてみると楓の体温は異常に高く、そこからはずっと楓の身体を冷やしていた。コロポックルがバケツの中に氷を入れてくれるので、よく冷えた水でハンカチを絞り、額に当てているのだが濡らしたハンカチは数分と持たず乾いてしまう。何回も濡らして絞ったせいか、両手が水で冷えて赤くなってきていて息を当てて暖めていると久遠先輩が姿を見せる

 

「桃子さん。水を替えてきました。そろそろ交代しましょうか、桃子さんも随分と手が冷えているようですし」

 

私としては楓が起きるまで様子を見ていたいけど、私の事を心配して変わってくれると言っているのも断るのも悪いと思い

 

「はい、よろしくお願いします。30分したらまた交代しましょうね」

 

数分と言う頻度でしかも、悪魔の作ってくれた氷で冷やした水で何度も何度も濡らして絞っていれば手も冷えて痛くなってくる。だから30分くらいで交代しましょうねと声を掛け、私は脱出に向けて話し合っている久遠教授と雄一郎君の元へ歩き出すのだった……

 

「ふむふむ……なるほど」

 

「何がなるほどなんですか?」

 

机の上に楓や雄一郎君のスマホを並べて何かを調べていた久遠教授にそう尋ねる。てっきり脱出の話をしていたと思っていたんだけど、一体何をしているのだろうか?

 

「悪魔召喚プログラムの確認をしているんだとさ。これから街に出るとなると高校よりも悪魔の数が多くなるから、戦力の確認は大事だからってな。それにほら、コボルトのせいで槍もハンマーも壊れちまったし……」

 

コボルトの身体は異常に硬かったらしく、骨董品の槍とハンマーは破損してしまった。また金属バットに逆戻りだと笑う雄一郎君を見ていると久遠教授がスマホを机の上に戻し

 

「コボルトが浜村睦月の人格を有していたのは悪魔召喚に失敗し喰われたからだ。召喚もしくは契約に失敗すれば悪魔に喰われてその魂は悪魔の糧になるようだ」

 

睦月君が死んだと言うのは楓から聞いていたけど、まさかコボルトに喰われて死んでいたなんて思っていなかった。私が青い顔をしているのに気付いたのか久遠教授はすまない、配慮が足りなかったと謝りながら

 

「だが契約に関しては私達は有利だ、契約悪魔が4体。仮に強力な悪魔が呼び出されたとしても逃げる事くらいは出来るだろう。契約数がネックになるが……私と楓君は契約数が2になっている。状況次第では更に悪魔召喚をして契約、楓君は反対するだろうが桃子も悪魔契約の事を考えていて欲しい」

 

楓の助けが出来るなら私は悪魔が苦手でも契約するつもりですと返事を返す。コボルトの時だって本当は私も契約するつもりだったのだ。ただ楓が頑なに駄目だと言うので諦めただけで

 

「楓君にとって君はとても大切な存在だという事さ」

 

喜べば良いのか、照れればいいのか判らず困惑していると久遠教授は楓のスマホを差し出してくる

 

「そこの画面を見てくれ、MAGと言う文字があるだろう?」

 

雄一郎君と一緒に楓のスマホを覗き込むと、契約可能悪魔2/1の文字の隣にMAGと書かれたゲージが表示されていて、その数値が-148と表記されゲージが赤くなっていた

 

「次に私と雄一郎君のも見てくれ」

 

続いて差し出された久遠教授と雄一郎君のスマホを見ると、久遠教授のは楓と同じく、契約可能悪魔2/1の文字と緑色のゲージが中ほどまで減少していて数値は500/275、雄一郎君のスマホは契約可能悪魔1/1とギリギリまで減少している緑のゲージが表示されていて数値は240/35と表示されている

 

「恐らくだがこのMAGと言うのが悪魔を召喚するのに必要なエネルギーなんだろうな。私は成人しているからかは判らないが、この中では1番MAGの保養量が大きい。楓君は雄一郎君よりも低いが、美雪よりは高い。そんなMAGでケルベロスとか言う強力な悪魔を召還した事によるMAGの枯渇。MAGとやらが時間で回復するかは判らないが……今日中に脱出すると言うことは多分無理だろう。なら楓君が回復するまでの時間で脱出準備を万全に整えよう。悪魔もいない見たいだしな」

 

ケルベロスと言うライオンが消える瞬間にはなった雄叫び。高校の中に入ると魔石が大量に落ちており、ケルベロスの咆哮に耐え切れず弱い悪魔が全て消滅したらしい、だから死体は見るかもしれないが、安全には移動出来ると久遠教授が予想したのだ。だから脱出するのは楓が回復してからと決まり、私達はそれから順番で楓の看護を行い。楓が目を覚ますのを待つのだった……

 

 

 

ケルベロスの咆哮か……これほどまでの効果があるとはな。コボルトを撃退した日の夜、私は1人で大学棟の研究室を訪れていた。楓君の熱も引いたのでリリムにドルミナーを使わせ全員を眠らせ、私の単独行動を悟られないようにしてからだが

 

【久遠様……えっとそのどうしてこんな事をなさるんですか?】

 

「お前の言いたい事は判る。だが今は黙っていろ」

 

はひっと上擦った声で返事を返すリリム。ドルミナーは睡眠魔法だが、リリムが消えてしまえば効力も消える。だから鬱陶しいがリリムを召喚し続けなければならない、私が何者なのか?と判っているリリムは涙目で口を押さえて静かにしていますとアピールしている

 

「おい、ルイ。人を呼び出しておいて姿を見せないとはどういう了見だ」

 

「いや、悪いね。余りにいい月だからね?」

 

【!?!?!?】

 

浮き出るように現れたルイを見て、声にならない悲鳴を上げるリリムに邪魔だから向こうに行けと指示を出し、隣の研究準備室に向かわせる

 

「ほら、これが必要だと思ってね」

 

差し出された袋の中を確認する。それは紅い菱形の結晶体……「チャクラドロップ」だ。微量ながらMAGが回復するので今の楓君には必要な物だ、数は……12個か。少なくはないが、多くもない。だが楓君に使ったとしても少量残る計算だ。袋の口を閉め直しながらルイに感謝を告げる

 

「ありがたい。楓君がMAG枯渇を引き起こしているからなんとかしたかったんだ」

 

「ああ、彼か。良い子だね、君が目をつけてなければ私が引き抜く所だよ」

 

貴様にはやらんぞと睨みつける。2年前から目をつけていた優秀な人間だ。それをこいつにむざむざ渡すつもりはない

 

「そんなに怖い顔をしなくても良いだろう?大丈夫とりはしないさ……今はね」

 

相変わらず性格の悪い男だ。もめている時間は無い、ここはルイの言葉をスルーして私の用件を手短に告げる

 

「市街はどうなってる?」

 

街を見てきたのだからどうなっているか知っているだろう?と尋ねるとルイはチャクラドロップを口の中に放り込みながら

 

「1部の悪魔が商売を始めてる。マッカをある程度確保しておけばチャクラドロップも購入出来ると思うよ、悪魔の商売人は人間よりも公正さ。マッカさえ出せば品物は売ってくれる」

 

マッカか……ケルベロスの咆哮で消え去った悪魔の後に落ちていたな。脱出の前に拾っておくか

 

「人間のほうは?」

 

「生き残りは頑丈な建物の中で篭城してるかな?悪魔召喚プログラムをばら撒く事も考えたけど、馬鹿が多いから止めたよ」

 

こんな状況なのに権力がある、金があるで好き勝手している人間は醜くてしょうがない。こんな状況だからこそ、死ぬ気で生きようとする人間には悪魔召喚プログラムを渡しても良いと思うけどねと笑ったルイだが、次の瞬間には真剣な表情をして

 

「市街には結構強力な悪魔が陣取ってる。ベルの悪魔が最有力で、時点で天使が動き始めている。1回街を脱出して、別の場所に向かうべきだよ。ベルの悪魔相手だと君の可愛い楓が死んでしまうだろう?」

 

……一々人をからかうむかつく奴だな。だが実際楓君に死なれる訳には行かないので、ルイの忠告は素直に聞いておくか。少なくとも今の楓君達ではどう足掻いてもベルの悪魔には勝てないのだから、見つかる事も避けて逃げ続けることが必要になるか……

 

「人間側の悪魔召喚師は?」

 

日本には古来から悪魔を召喚し、悪魔を戦って来た者達が居る。恐らく動いていると思うが、それはどうなっている?と尋ねるとルイはうーんっと腕を組んで首を傾げながら

 

「今の所は動きはないね。まぁ今の人間の力量じゃあ、悪魔を使役するのも難しい、実践レベルの悪魔召喚師がいないんじゃないかな?」

 

そうは言うが楽観視は出来ないな、それに楓君達ももし他の悪魔召喚師に出会えば、行動を共にしたいと言うかも知れない。出来れば発見される前に1度神無市を後にしたい所だな

 

「時期を見て悪魔召喚プログラムは更新させて貰うよ。君が何を考えて行動しているのか楽しみに見させて貰う。じゃあね、私と同じくLの名を冠する者よ」

 

そう笑って消えて行くルイ。本来なら私に情報もチャクラドロップも渡す必要が無かったのに態々用意して、情報収集してくれた事に感謝し、隣の部屋で口を押さえているリリムを呼び寄せ私は保健室へと引き返していくのだった……

 

 

 

桃に聞いたが、俺は1日昏睡状態だったらしい……妙な身体のだるさに加えて筋肉痛が酷い、今はベッドに腰掛け体温計で熱を測りながら、久遠教授に差し出された飴を舐めていた。この飴……血の味がして決して美味い物じゃないし……

 

【稀少なチャクラドロップじゃ、MAGが回復するからの。不味くてもがまんせい、ま!ワシらには美味い物じゃがな!】

 

かっかっかと笑うコロポックルにやっぱり人間と悪魔じゃ味覚が違うのか……我慢して舐めきるようにと言われているので顔を歪めながらチャクラドロップを舐める。やっぱり不味いな、これ……ダイレクトに血の味って言うのが辛すぎる

 

「楓、その飴を舐めきったら朝ご飯にするからね!」

 

血の味のする飴の後じゃ、味も良く判らないだろうなと苦笑しながら判ったと返事を返し、早くこの飴溶けきってくれないかなあと心の底から思うのだった……

 

「なんだかなあ」

 

そしてその直後に響いた体温計の電子音に力が抜けて、俺は思わず溜息を吐いてしまうのだった……

 

「ライフラインがまだ生きてるのは本当にありがたいですね」

 

美雪先輩の言葉に頷く、俺はてっきり購買から持って来たカップラーメンとかで朝食を済ませると思っていたのだが、俺が飴を舐め終わると同時に保健室を後にし、家庭科室で料理を作っている桃。ライフラインが生きているからガスも水も使えると言うのは正直かなりありがたい

 

「鮭おにぎりがもうカチカチだから、だし汁を作ってお茶漬け風にするからね♪」

 

「暖かい物を食べれば活力が出るからな。出来れば卵とかで卵焼きとかも作りたいんだが、材料が無いからな。さてさてどうするかな」

 

生き生きとした表情で鍋にだしの素を加え、塩で味を調えている桃と、その隣で家庭科室の備品を見ながら、何を作るかなと呟いている久遠教授を見ていて、俺はふと気になったことを口にしてしまった

 

「美雪先輩は料理しないんですか?」

 

「……私はその今勉強中でして……」

 

その余りに落ち込んだ声に俺は地雷を踏み抜いてしまったのだと悟り。俺も雄一郎も美雪先輩も、桃と久遠教授の料理が完成するまで3人とも無言になってしまい、料理が完成した所で桃と久遠教授が不思議そうに首を傾げたのは言うまでも無いだろう

 

「汁物がダブってしまったが、材料が少ないから我慢してくれ」

 

朝食のメニューは硬くなった鮭おにぎりに刻んだネギとゴマをふりかけ、そこから熱々のだし汁をかけただし茶漬けと、そうめんを味噌汁に入れたにゅうめん。確かに両方とも汁物だが、空腹だしそれに暖かい汁物だ、身体も心も温まりそうなので文句なんて言えない

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

全員で手を合わせてから俺は鮭茶漬けのお椀に手を伸ばす。和風だしのいい香りとネギとゴマの香りで食欲が出て来た。

 

「味噌汁か、当たり前だと思っていたが、こういう状況で味噌汁ってなんか凄く安心するな」

 

「そうですね。当たり前だと思っていましたから」

 

普通に食事をして、勉強をして、遊んで、TVを見て。そんな当たり前が今となってはとてもありがたい物なんだなと今更ながらに実感した。俺は熱いだし汁に息を吹きかけて冷ましながら、ゆっくりとそれを口にするのだった……

 

「それで久遠教授。コボルトはどうやって撃退したんですか?」

 

朝食を終えた所でそう尋ねる。俺自身の記憶としてはコボルトに殴り飛ばされた時までしかなく、どうなったかなんて当然ながら判らない

 

「楓君の悪魔召喚プログラムが暴走して、強力な悪魔がコボルトを倒した。楓君が倒れていたのはその悪魔を使役するだけのMAG不足によるものだ」

 

コロポックルやカソを呼び出すのに使うエネルギーが、悪魔召喚プログラムにMAGと表示されていたのでMAGと呼ぶ事になったと聞いてから、コボルトを倒した方法を聞いたが、俺はそんな事は全く覚えていない

 

「ケルベロスって言うでっかいライオンだったぞ」

 

「恐ろしすぎて私気絶してしまいたいと思いました」

 

雄一郎と美雪先輩の言葉に驚く。ケルベロスと言えばギリシャ神話でも出てくる有名な獣……そんなのが召喚出来たと言うのなら実際にこの目で見てみたかった……

 

「やっぱりケルベロスって三つ首?」

 

「ううん。白い普通のライオンだったよ?」

 

……三つ首じゃないのか……ケルベロスの伝承ってどこで変わってしまったんだろうなと考え込んでいると、久遠教授が軽く咳き払いをして

 

「ケルベロスの事は後でいい。とりあえず今は脱出に向けての話し合いを優先しようか?」

 

その若干怒っているような久遠教授の声に、俺はすみませんと頭を下げ脱出への話し合いに参加するのだった……

 

 

 

朝食の後。脱出に向けての話もまとまり、俺と楓は大学と高校の購買部の倉庫で食料品の確保を行っていた。久遠先輩や桃子にも着いて行くべきだと思ったのだが、今高校と大学には悪魔がおらず安全であり、久遠教授がカソ達よりも遥かに強いリリムと契約していると言う事もあり、力仕事を素早く済ます為に2人で行動する事になった

 

「倉庫の中には結構あるな、食料」

 

「カップラーメンばっかりだけどな」

 

日持ちしない食料は前に購買に来た時に全て回収していた。倉庫の確認をする前に大学の購買部も見てきたが、売り場には何も残されておらず、恐らく大学棟から駐車場に向かい。そこで脱出したのだろうと俺と楓は考えていた、運動部とかのマイクロバスがないのだから、間違いなく脱出しているとそう思いたいという気持ちもあったしな

 

「ダンボールで3つとケースが8つ……まずまずか?」

 

「運ぶのが大変そうだけどな」

 

久遠教授の車が4WDと言う事もあり、荷物は大量に積めるが他の荷物の兼ね合いも考えて数はある程度絞る必要があるだろうか?

 

(バイクは洒落にならんが……)

 

車の確認の時に駐輪場を見てきたが、俺のバイクは悪魔に破壊されたのか、鉄くず同然だった。バイトをして買った物だったので本気で泣きそうだったが、命があっただけ良かったと思うべきだよな……それにこんな状況じゃ乗る事もできないだろうし、仕方ないと諦めるしかないか……そんな事を考えながら楓の後を付いて購買部の倉庫を確認していると楓が振り返り

 

「ラーメンのほうは雄一郎に任せる。俺はマッチとか、蝋燭とかを探してみる。地震に備えて備蓄してあるはずだからそれを探す」

 

楓の言葉に判ったと返事を返し、2人で見つけたラーメンの確認する。するとケース8つの内5つが塩……明らかに売れ残りだな。ダンボールの中っと……蓋を開けるとラーメンのケースが5つ。それで味もバラバラだった事に安堵の溜息を吐く。これで全部同じ味だったら絶望的だもんなと苦笑しながら、ダンボールの横の納品書を確認する

 

「お、これは入庫したばっかだな」

 

俺達が守護霊様をやった日に納品したカップラーメンだ。味はっと……醤油・味噌・シーフードか……

 

「シーフードはあんまり人気で無いかもしれんか?」

 

俺自身はあんまりシーフードは好きではないが、もしかすると好きな人も居るかもしれないな。とりあえずダンボールのラーメンは全部持っていくことにして、ケースのは醤油とカレーを持っていくか。塩は絶対不評だからなと考えていると

 

「けほっこほ!あーくそ、埃まみれかよ」

 

倉庫の中から咳き込みながら出て来た楓に大丈夫か?と尋ねながら荷物を受け取る。長期保存水のケースが2つと乾パンのダンボールが1つ。それと水を濾過するキットに、マッチや蝋燭……サバイバルに必要な物ばかりが揃っていた、やっぱり楓に任せて正解だった。俺だったらここまで見つける事が出来なかっただろうかな

 

「中々いいのが備蓄されてたな」

 

「おう、これだけあれば暫くは安全だろ?それと運ぶのに手押し台車を見つけた。これに乗っけて保健室に戻ろうぜ」

 

担いで運ぶ事も考えたが、台車があるならそれに越した事はないな。俺は持ち出すことに決めた物資を楓が見つけた台車の上に乗せ保健室へと引き返すのだった

 

「久遠教授?何を数えているんですか?」

 

俺と楓が戻ると久遠教授達は既に保健室に戻って来ていて、机の上で何かを数えていた。楓がそれに尋ねると桃子が振り返っておかえりと笑ってから説明してくれた

 

「マッカだって、なんか悪魔のお金で、悪魔の中にも商人見たいのが居るんだよね?ピクシー」

 

【うん、結構そう言う悪魔はいるよ?お金さえ払えば人間にも道具を売ってくれるからね】

 

悪魔から物を買うのか……それはそれで怖いが、これから生き残っていく事を考えるのならば悪魔とか人間とか言っている場合じゃないよな……

 

「母さん、全部で5200枚ですね」

 

5000枚!?見た所金貨っぽいから相当な額になるのでは?と思うのと同時にそんなに数えていたのか!?と思わず楓と共に驚くがコロポックルは

 

【5000枚程度ではそんなに物は買えんの。悪魔を倒せばマッカは手に入る、地獄の沙汰も金次第と言うしの。出来る限りマッカは集めておくと良いぞ?おお、そうじゃそうじゃ、ワシも少し持っておる。足しになればいいんじゃが】

 

コロポックルがそう笑いながらマッカを机の上に乗せる。だがマッカと言うのは相当安い通貨のようだな

 

「ケルベロスの咆哮で大体の悪魔は消滅している。今日は廊下や教室に落ちていると思うマッカを集めよう、脱出準備は時間を掛けても構わない、安全性を最優先するべきだからな」

 

確かにその通りだ、焦って脱出して準備が出来てなければ全滅するリスクが付いて回る。悪魔が居ないのなら、時間を掛けて脱出の準備をする余裕があると言うことだ。

 

「とりあえず高校の1階と2階はある程度調べたので今度は大学棟に向かおうと思います。楓君なら判ると思いますが、母さんの研究準備室にはフィールドワークの際にキャンプする事も考慮して、寝袋やテントなどのキャンプ用品が保管されていますから」

 

キャンプ用品か、そういえば見たな。でもその時はまだ脱出できる段階ではなかったので持ち出すのは保留にしたが、脱出するなら回収しておいた方が良いな。これからどうなるのか判らないのだから供えは多すぎる位で丁度良い筈だ

 

「では大学棟に向かい、脱出の為の道具を集める。もし廊下でマッカや魔石を見つけたら拾う事……それと遺体を発見した場合だが……」

 

悪魔は居なくなった。だが悪魔に殺された同じ高校や大学の生徒の遺体はあちこちに転がっている……ゾンビになる可能性も有るし、何よりも苦しそうな顔で息絶えている同年代を見るのは辛い。久遠教授は俺達のそんな表情を見ながら言葉を続けた

 

「リリムによって1箇所に集めさせた後。カソの炎で火葬を行う、お経などは唱える事は出来ないが……死んでしまった者が天国へ行ける様に皆で祈ろう」

 

久遠教授の悲しそうな声にはいっと返事を返し、俺達は脱出の為の準備を整える為に保健室を後にした……

 

悪魔の犠牲者を発見しただけだが、火葬行った翌日

 

「では街へ出る。最大の目的は生存者の発見および、現在の日本がどうなっているのかの情報収集。最悪の場合戻ってくる可能性も考えておいてくれ」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

俺達は高校を後にし、街へと向かった。だがそこで俺達を待っていたのは、想像を絶する光景と俺達の希望を打ち砕く絶望の姿だった……

 

 

 




第2章 人に想像されし鬼 チャプター9 崩壊した日常へ続く

次回からは第二章で街での話になります。生存者の話や、悪魔も高校よりも多く強力な者を出して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 市街
チャプター9


 

チャプター9 崩壊した日常

 

埃と血で汚れた格好の女性がマンションの一室へ駆け込む。その顔は恐怖で引き攣っており、入って来たドアの鍵をし、チェーンを掛けたのを何度も確認してからやっとその場にへたり込んだ

 

「はぁ……はぁ……こ、ここには化け物はいない見たいね……」

 

彼女は突然悪魔が現れた3日前から一箇所に留まる事ができず、ずっと隠れ場所を探して逃げ続けていた

 

「沙希、希……うっうっ……」

 

一緒に買い物を楽しんでいた友人の事を思い出し、彼女は涙を流す。沙希と呼ばれた女性は悪魔に、希と呼ばれた女性は血走った目をした男達に捕まった、どうなったかなんて考えるまでも無いだろう。今だって彼女は複数の男に追い掛け回され、やっとの思いでこのマンションに逃げ込んできた所なのだから……

 

「ごめん……見捨ててごめん……」

 

2人が襲われている時に見捨てて逃げてしまった。それが彼女の心に深い影を落とす……そしてそれはさらに玄関に置かれた写真立てを見てせいで更にその罪悪感を強くさせた。3人で撮った写真……そう彼女が逃げ込んで来たのは沙希と呼ばれた女性のマンションだったのだ。

 

「沙希らしいわね、本当に家が綺麗」

 

涙を拭った女性は家の中を歩き出す。綺麗に整えられた部屋に綺麗好きだった友人の事を思い出しながら部屋に向かう。カーテンで閉ざされたその部屋は何度も訪れていた1LDKの若い女性が暮らすには十分すぎるその部屋。そこで何度も遊んだ事を思い出しながら寝室へ向かう、この3日間禄に眠っていないだからベッドで休ませて貰おう。そう思った彼女は寝室に入り、カーテンで閉ざされた部屋の明かりをつけて……しまった

 

「え!?」

 

女性の目の前に飛び込んできたのは、巨大な姿見……そしてそこに書かれていた「電気をつけなくてよかったな」の文字……女性は不幸にもその都市伝説を知っていた、ベッドの下の斧男。それと全く同じ状況だと気付き

 

「い、いや!私は沙希と希の分まで生きるのッ!!!」

 

そしてベッドの下から重々しい音と荒い呼吸が聞こえてきた女性は完全にパニックになり寝室から逃げ出そうとしたが……もう遅かった。いや、もう彼女の死は逃れる事が出来る時期を完全に過ぎていた、電気をつけた。その瞬間に彼女の死は既に決まっていたのだから……

 

「……えっ?」

 

ベッドの下から恐ろしいスピードで伸びた斧が一瞬で女性の首を切り落とし、即座に伸ばされた異形の腕が女性の首と身体を同時に掴みベッドの下へと引きずり込むのだった……ベッドの下から光る紅い眼……それはベッドの下でにやりと笑い、再び部屋の明かりを消した。そして待ち続けるのだ……次なる獲物を……

 

 

 

 

久遠教授に助手席に座るようにと言われたので助手席に座っているのだが、地図を見る訳でもない、カーナビを見る訳でもない、俺は完全に暇を持て余していた。フィールドワークの際は後ろの席であり、助手席に座る事なんて無いから落ち着きもしない。しかしフィールドワーク用の4WDなので車体はかなり大きく、雄一郎達が乗り、更に荷物を積んでも余裕があったのは正直かなりありがたい。そして何よりもでこぼこ道を進んでいるのに、かなり安定しているのにも心底安心した。ガソリンと言う問題はあるが、それでも来るまで安全にそして素早く移動出来るというのは安心感が違っていた

 

「高校を出発する前にも話したが、生存者を見つけたからと言って決して不用意に信用するな」

 

久遠教授がそう切り出し、俺は出発前に言われていた久遠教授の注意を思い返していた

 

「では高校を脱出し、市街に出る訳だが。その前に注意点をいくつか言っておく」

 

4WDに皆で手分けをして荷物を詰め込んだ所で久遠教授がそう切り出した。注意点?俺達が首を傾げる中。久遠教授は大切な話だと言ってから説明を始めてくれた

 

「悪魔が出現し正直極限状態と言えるだろう、地震や台風そんな災害とは比べ物にならない大災害なのだから」

 

遠めに見ても今もなお上がり続けている黒煙。悪魔が暴れているのか、それとも消火される事の無い火がどんどん燃え広がっているのかは判らないが、市街とて安全ではないと言う事は判っている。

 

「そしてその様な極限状態で恐れる物、それが何か判るかな?」

 

「……倫理観の崩壊ですか?」

 

少し考えてからそう呟くと、久遠教授は満足げに頷きその通りだと微笑む。地震や台風、土砂災害などと言った大災害が起きた時、もっとも警戒すべきは性犯罪だ。桃と美雪先輩もその可能性が頭を過ぎったのか顔を青くしている

 

「それよりも状況は悪い、悪魔が闊歩し、死人が出る。その死人の中に警察がいれば?警察が所有していた銃器を手にしている可能性が高い。悪魔だけが敵じゃない、人間すらも敵になる。その可能性を視野に入れておいて欲しい」

 

そうならなければ良いのだが、その可能性がゼロではないのだからと言う久遠教授。悪魔を契約していると言っても俺達はあくまで生身の人間だ。銃で撃たれれば怪我をする、最悪の場合死に至るのだから

 

「単独行動は避ける、1人になった瞬間襲われるまたは攫われる可能性が高いからな」

 

「でもそれじゃあ何の為に市街に出るんですか?」

 

桃が手を上げてそう呟く、生存者が信用できないのなら街に出る必要は無いのでは?と言う桃の言葉も判るが……

 

「いつまでも高校には立てこもれない、今はまだライフラインが通じているが、何時それも途切れるか判らない。私の目的としては神無市も脱出してしまおうと思っている、行き先は決まっていないが、もしかすると他の街では悪魔の被害が少ないかもしれないしな」

 

脱出するといっても明確な目的地がある訳じゃない。だが今よりも状況が悪くなる前に移動するべきだという久遠教授の言葉も判る。状況は日が経つごとに悪くなっている、今日水が使えても明日も使えるという保証も無いのだから

 

「判ってもらえたようだな、では出発する!」

 

久遠教授の言葉に頷き、全員で車に乗り込んだのが2時間前。経った2時間前だが、それが随分と昔の事だったような気がする。危惧していた悪魔の襲撃は無かったが、久遠教授が危惧していた通りの事態になりつつあっていた

 

「久遠教授……さっきから廃墟や瓦礫の影から人間がこっちを見つめてます」

 

後部座席から雄一郎がそう呟く。俺も助手席から気付いたが、下卑た笑みを浮かべている男をさっきから何度も見ている

「か、楓……だ、大丈夫?」

 

桃もその視線に気付いたのか、怯えた様子でそう尋ねて来る。俺は大丈夫だと返事を返した、もし桃や美雪先輩を襲うつもりで姿を見せると言うのならばカソを呼び出して追い払うつもりで居る。

 

「頼りにしても大丈夫ですか?」

 

美雪先輩の言葉に勿論ですと返事を返すと、久遠教授が1度停まると呟く。フロントガラスから見ると炎上していないガソリンスタンドが見えた。雄一郎もそれに気付いたのか久遠教授に停まった目的を尋ねる

 

「給油ですか?」

 

「それもあるが、鬱陶しい。ああいう屑は大嫌いなんだ。楓君と雄一郎君はあんな馬鹿にはなるなよ」

 

恐ろしい表情をしている久遠教授に判りましたと俺と雄一郎は声を揃えて頷き、久遠教授はゆっくりと車をガソリンスタンドに停車させるのだった……

 

 

 

給油の為にガソリンスタンドに停まった俺達だが、給油する準備をする数分の間でどこに隠れていたんだ?と思うレベルで薄汚れた男達が姿を見せる。その手には血塗れの鉈やハンマー、中には釘バットやバールまでも手にしている。脱出の前にもう1度久遠教授の第二研究準備室から錆付いたハンマーや槍を持ち出しては来ているが、切れ味などで考えれば向こうの方が圧倒的に上だろう。

 

「よお!兄ちゃん達!うまくやったじゃねえか!!車に女が3人も!!俺も仲間に入れてくれよなぁ!!いいだろ!!」

 

「そうだぜ!そんなにいい女が3人なのに、2人で満足させられねえだろ!」

 

「そこの姉ちゃんよぉ!そこの子供よりも俺達の方が満足させられるぜ!なんなら試して見るか!」

 

下卑た言葉を吐き続ける男達に額に青筋が浮かぶのが判る。こんな状況だと言うのに何を考えているんだ

 

「そこの小柄な女子高生たまんえねえなあ!!背が低いのにそんなに胸が大きかったら肩が凝るだろ?揉み解してやるよ

 

「ひうっ!」

 

「……桃。大丈夫だから怖がらなくて良い」

 

涙目で楓の背後に隠れる桃子。それを見た男達は楓と桃子が付き合っているのだと思ったのか

 

「ヒュー♪格好良いねぇ!!だけどお前みたいなチビにはその子は勿体無いってもんだぜ!!」

 

「おいおい、そんな小さい餓鬼じゃ、満足出来ないだろ?俺が本当の男って奴を教えてやるよ」

 

「そうだよなあ、あんな餓鬼には勿体無いよなあ!!」

 

「あの小さい子もいいけど、あの長身の女子高生もたまらないなあ、ああいうクールそうなのが案外好き物なんだよ」

 

「いやいや、ああいうのは初心なんだよ。そう言うのに色々教えてやるのが溜まらないんだよ」

 

「な、なぁ……!?」

 

嫌悪感を露にする美雪先輩、こんな状況だと言うのに自分の欲求を満たす事しか考えてない大人に苛立ちを覚えた。こんな下卑た言う馬鹿が生存者だというのなら、そんな連中は皆死んでしまえと思う。こんな状況だと言うのに助け合う事もせず、下半身で物を考えるやつらに心底腹が立った。もしかすると既に性犯罪を犯している連中かと思うと、そんな連中に桃子や美雪先輩に久遠教授の姿を見せたくなかった。俺は無言で金属バットを構えたが、楓はスマホを取り出し、カソを呼び出す準備をしている、そうだよな。金属バットなんかじゃ甘いよな、車の中に置いて来た槍やハンマーを持ってきた方が良かったなと後悔したが、もう遅い。だから俺もスマホを取り出しコロポックルを呼び出す準備をするが、久遠教授が俺と楓の肩に手を置いて、ここは私に任せろと呟く

 

「満足出来ないか……まぁ確かにその通りかもしれないな」

 

久遠教授!?予想外の久遠教授の言葉に俺と楓だけではない、桃子や美雪先輩も久遠教授の顔を見る

 

「へへ、そうだろうよお。あんな餓鬼じゃなあ、満足なんか出来ないよなあ」

 

「姉ちゃん。俺達が満足させてやるぜ」

 

男達の浮かべていた下卑た顔に吐き気がする中、久遠教授はスマホを取り出して

 

「私の前に彼女を満足させてみるといい。そうすれば私が相手をしてやるよ、そんな事はありえないがな。リリムッ!」

 

スマホの画面に魔法陣が表示され、それが久遠教授の目の前の地面に移動すると、そこからリリムが出てきて下卑た顔を浮かべている男達を見て嬉しそうに笑う

 

【はーい♪久遠様!あれ本当に私の好きにしていいんですか♪】

 

「ああ、好きにすると良い。ほら、お前達の大好きな女だぞ?悪魔だがな、たっぷり楽しむと良い」

 

リリムを見て絶句していた男達だったが、リリムが1番前に来ていた男の頬に両手を添えて、口付けを交わすと男の顔から瞬く間に生気が抜け落ち、リリムが手を放すとその場で崩れ落ちる

 

「ひゅー……ひゅー」

 

その男は目を大きく見開き、涙を流しながらか細い呼吸を繰り返していたがその内動かなくなる。その姿に死んだかと思った、あんな屑だが目の前で死んだかもしれないと思うと顔が青くなるのが判る

 

【うーん……今一。味も旨みも足りないね……ねえ?貴方はどう?私と良い事しない?】

 

リリムが胸を強調するようなポーズをとり、ウィンクをしながら笑う。だが目の前の光景を見て、リリムに飛びつける人間が居るわけもなくリリムが近づいた事で止まっていた思考が動き出したのか

 

「「「う、うわああああああ!!!に、逃げろおおおおおおッ!!!!」」」

 

一応仲間意識はあったのか、リリムに口付けをされた男を背負い、悲鳴を上げて逃げていく男達を見たリリムは振り返り、久遠教授の方を見る。追いかけて行って良いか?と尋ねて居るように見える

 

「好きにしろと言った筈だが?給油が終わるまではこの場所に居る、移動を開始するまでに戻れ」

 

【はーい♪】

 

久遠教授の言葉に嬉しそうに笑いながら、逃げた男を追いかけていくリリム。久遠教授は仕方ないなと呟きながら振り返り

 

「リリムはサキュバスだからな、男の精気が欲しいのさ。楓君や雄一郎君が襲われる訳には行かなかった。それなら下卑た男を餌として与えた方がいい」

 

人間を餌と言うのは酷すぎる言葉だと思ったが、リリムの姿を見た事で今後あの男達が俺達を襲ってくる事は無いだろう

 

「では給油とついでに車中で食事を済ませてリリムが戻るのを待つ、色々言いたい事があると思うが……そこは飲み込んでくれ」

 

そう笑い、車の中に戻れと言う久遠教授の言葉に頷き、俺達はどこか納得出来ない物を感じながら車の中へと戻り

 

「さっきの正直どう思う?」

 

「……母さんのやった事は、良い事とは言いがたいですが……あれだけ倫理観が崩壊した相手に言葉で説得出来る訳が無いので、力を見せて脅したのは結果的に正しい事かと」

 

「確かにそうかもしれないですが、でもやっぱり納得出来ないものはありますよ」

 

怯えている桃子の背中を撫でながら言う楓。だけど俺は久遠教授の言った事は決して間違いではなかったと思うんだが……それは決して正常な人間の考えではない事も判っていて……俺も大分壊れて来ていると言う事を改めて実感しながらも、それが生き残るのに必要な事なら仕方ないと割り切り、車の後ろから乾パンと水のペットボトルを取り

 

「少しだけでも腹を満たしておこうぜ、これからまだ移動するかもしれないから」

 

楓達に乾パンと水のペットボトルを手渡し、俺は自分の分の乾パンの封を切り、乾パンを1つ口の中に放り込むのだった……

 

 

 

 

楓達が給油を兼ねて休憩している頃。神無市を訪れた2人組みの姿があった、1人は左目を前髪で隠し、漆黒の巫女服に身を包んだ異様な雰囲気を放つ少女。もう1人はかなりの長身でがっしりとした体格をした、白髪交じりの黒髪をした着物姿の男性だった。男性は周囲を伺いながら巫女服の少女に深く頭を下げながら

 

「魅啝(みわ)様。周囲に悪魔の気配は無いようですが、いかがなさいますか?」

 

年下に話しかけているようには思えない丁寧な口調。だが少女の方は男性の方を見向きもせず、興味も何も無いという素振りをとりながら周囲をその空虚とも言える瞳で見つめながら

 

「……とりあえず、お母様の指示に従う。この街に巣食っている悪魔の特定をしたら帰る」

 

「生存者は?」

 

「……興味ない、邪魔なら……切り捨てて良いよ。御剣」

 

殺してもいいよ、そう言った少女の声にも顔にも一切の起伏は無かった。魅啝と呼ばれた少女の言葉に男性はそれをたしなめるでもなく、それで当然と言わんばかりに頷き

 

「御意……では早速そのように致しましょう」

 

男性は立ち上がると同時に腰の刀の柄に手を伸ばし、振り返る事無く、それを下から振り上げる

 

「えっ……」

 

瓦礫の山から魅啝を押し倒そうとしていた若い男を股下から頭に掛けて両断し、刀を正眼に構えなおし

 

「これは警告だ。魅啝様に触れようとするのならば、この男と同じ末路を辿ると覚悟せよ」

 

男の身体を細切れの切り裂く、その顔には一切の罪悪感など無く。周囲からは悲鳴と共に逃げる足音が響き渡る、御剣と呼ばれた男は暫く刀を手に周囲を警戒していたが、気配が何も無いのを確認してから

 

「掃除は完了いたしました。参りましょう」

 

「……」

 

少女はその言葉に返事を返す所か、見向きもせず歩き出す。御剣が切り殺した男の肉片を踏みつけても、顔色1つ変えず歩くその姿は美少女であったゆえに見る物に不気味さと恐怖心を与えていた。御剣は刀の血を振り払い、それを鞘に収め少女の後を追って歩き出す。

 

(貴方は何処に居るの?……ねえ、私のお義兄様……)

 

巫女服には似合わないロケットを握り締め歩き続ける少女。その少女の目にはきっと目の前の光景など何一つ映されていないだろう……彼女がその目に映している物、それはきっと目の前の光景でも、視界の隅にうつる悪魔でも、人間でもない。会った事も、言葉を交わした事も無い。ただ1人に向けられているのだから……

 

 

 

給油と少し早めの昼食を終えた所でリリムが戻ってきたが、その顔は明らかに落胆していて追いかけて行った男達を取り逃がしたのだと一目で判った。あれだけの数だから何人かは捕らえる事が出来たと思っていたんだがな

 

「逃げられたのか?」

 

リリムにそう尋ねながら乾パンを頬張る。美味くは無いが、腹の足しはなるか。カップラーメンはあるが、水の量も限られている。それにフィールドワークで使っていた持ち運びのカセットコンロは使いかけのボンベが1つと新品が1つ……行き成り使ってしまうのは惜しい。出発前に学校でしっかりと朝食を食べたので、今は温存するべきだろう

 

【味がすかすかで不味いから、最初から襲うつもりはありませんでしたよ?久遠様達からある程度引き離してから引き返して来たんです。襲われても面倒でしょう?】

 

リリムの言葉に良くやってくれたと返事を返す。リリムは嘘をついている、その身体に纏わり付く死臭。少なくとも4人は精気を吸い尽くして殺しているだろうが、楓君達の手前殺したといは言わなかった。リリムのその心遣いに良くやったと言った私はスマホの中にリリムを戻す。すると何か言いたそうな顔をしている楓君達に気付いた、まぁ殺しても良いと言ったしな……この反応は当然か

 

「仕方ない事だ。向こうが殺しに来ているのに話し合いで解決出来ると思うか?それにリリムは追いかけはしたが殺してはいない、脅しただけだ。襲われるリスクを下げる、それは当然の事だろう?」

 

まぁ私は面倒だから、殺してしまえば後腐れ無いんだが……楓君達に与えるであろう、影響を考えると今は殺しをしてなくて良かったと思うべきだな。乾パンを食べ終え、ペットボトルの水を半分ほど飲んでから立ち上がる

 

「さてと給油も済んだから当面の目的としてだが、この近くのホームセンターを目指そうと思うんだがどうだろうか?」

 

ホームセンター?と首を傾げる美雪にああっと返事を返し、ホームセンターを選んだ理由を話す

 

「ホームセンターならば、キャンプ用品があると思う。悪魔の出現である程度の物資は運び出された後だと思うが、そこまで根こそぎ持ち出されたとは考えにくいだろう?」

 

「スーパーとかを見に行くより確実かもしれないって事ですね?」

 

「ああ、食料品は恐らく絶望的だ。自衛隊とかが動いていれば食料の配給も期待できるかもしれないが……無いかもしれないものに期待するよりも、入手出来る可能性の高い今後の生活に役立つ物を探す方が良いだろう?」

 

恐らく食料品があるような場所は生存者が集まってコミューンを作っている可能性が高い。下手に接触して行動を制限される事を考えれば最初から接触しないのが無難だろう

 

「でも母さん。生存者が集まっているのなら協力して「死んだ警察官から銃を取って、それでその場所を支配している可能性が高いぞ?食料を分けてやるから抱かせろくらい言われるかもしれんが、それでも行くか?」

 

言葉に詰まる美雪。さっき自分達を襲おうとした男達を思い出したのか、青い顔をして震えている美雪の頭を数回撫でる。

 

「私としてはそんな事態は避けたい、だから信用出来る生存者を見つけるまでは5人で行動する。幸い神無市は海も近ければ、山もある。ホームセンターで釣竿とかを確保できれば食料の確保はそう難しくない、悪魔には遭遇するかもしれないがな」

 

だがそうなったとしてもこっちには契約している悪魔が4体。よほど強力な悪魔に遭遇しなければ、全滅する事は無い

 

「異論は無いな?では移動を開始する。明るい内にホームセンターの捜索を終えたい所だな」

 

時刻は午前11時20分。日が落ちるまでに捜索を終えて、安全に眠れる場所を見つける。それを今日の目的としホームセンターへ向かっている途中私達は衝撃的な光景を目の当たりにした

 

「久遠教授……」

 

「言いたい事は判るが、観察だ。罠かもしれない」

 

リリムに脅されたあの男達が街頭の下の赤い服のマスク姿の女性を取り囲んでいた、距離は少し離れているが瓦礫なども無く遠目だがその姿は確認できた。たった1時間前にリリムに追い掛け回されたと言うのに学習しないやつらだな……

 

「ですが、久遠教授。あの女の人を見捨てる事になるのでは?」

 

「何か嫌な予感がするんだ、皆思い出さないか?赤い服とマスク姿で?」

 

私がそう尋ねると雄一郎君達は不思議そうに首を傾げたが、楓君は何かを思い出したように手を叩き

 

「口裂け女ですか!」

 

「そうだ。シュチエーションも合致するだろ?」

 

都市伝説の口裂け女……それは悪魔となるには些か弱いが、ここまで条件が揃っていると口裂け女なのでは?と思えてくる

 

「でも、あの人が普通の女の人だったら……その」

 

桃子が顔を青くしながら呟く。もしあの女性が普通ならばあの男達にレイプされる事になるだろう、それを見ていて見捨てると言うのは確かに目覚めがいい物ではないだろうが……

 

「下手に助けようとしてスマホを奪われると不味いだろ?」

 

私がスマホから悪魔を出した姿は見られている。だからスマホを奪う為の作戦かもしれないと呟いた瞬間、女性を取り囲んでいた男達の1人の頭が宙に舞う。一瞬呆けた美雪と桃子だが、噴水のように噴出している血を見て絶叫する

 

「久遠教授!」

 

「判ってる!逃げるぞッ!!!」

 

楓君の言葉と同時にアクセルを踏み込み、一気にその場から離れる。マスクを外した赤い服の女が両手を振るうと、男達の首が次々に空を舞う、私達も襲われる可能性がある以上この場に留まるのは危険だと判断し、私は赤い服の女がこちらを見る前にその場を後にし、ホームセンターの方角へ逃げるように車を走らせるのだった……

 

 

チャプター10 探索

 

 




今回は新しいキャラが出てきましたが、かなりヤバい2人組み。女神転生で言うとロウ系のキャラが近いかもしれないですが、カオスかもしれないですね。最初は「ベッドの下の斧男」次は「口裂け女」都市編は「都市伝説」をテーマにした悪魔をメインにしていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター10

 

チャプター10 探索

 

赤い服の女性の近くを通り過ぎる僅か数秒で7人もの人が死んだ。余りにあっけなく人が死んだ……そしてなによりも首を切られて宙を舞う首と目が合った。余りに空虚なその目が脳裏から離れない……自分の身体を抱きしめるようにして震えていると車が停まる

 

「ふう……危ない所だったな」

 

「そ、そうですね……」

 

大きく溜息を吐く久遠教授とそれに相槌を打つ楓は震えている私と美雪先輩を見て、大丈夫か?と声を掛けてくれるが正直大丈夫なんて返事をする事は出来ない

 

「大分ショックを受けてるみたいなんだ。暫くは動かないほうがいいと思う」

 

雄一郎君が楓の言葉にそう返事を返しながら、後部座席のコロポックルの氷で冷やされているクーラーに手を伸ばし

 

「甘い物を食べたら落ち着くだろ?少ししかないけど、久遠先輩と半分こして食べてくれよチョコレート」

 

差し出されたチョコレートの包みを受け取り、のろのろとその包み紙を開けてそれを齧る。チョコレートの甘さでか少し気分が落ち着いてくる、だけどさっきの切られた首の事を忘れる事が出来ない……もしかすると次ぎああなるのは私かもしれない、そう思うと怖くて怖くて仕方なかった

 

「さてと、あんな衝撃的な光景を見たばかりで悪いが、あの赤い服の女について考えようか?今後の事を考えれば必要な筈だ」

 

出来れば思い出したくないんだけどなぁ……美雪先輩も同じで青い顔をして首を振っている。私と美雪先輩の反応を見た久遠教授は仕方ないと呟き、聞いているだけで良いと呟き楓と雄一郎君と話を始めた

 

「あの赤い服は見た目は人間と変わらなかったな」

 

マスクの下は耳元まで裂けていたがなと呟かれ、あの時の光景を思い返してしまった。自分でも判るくらい血の気が引いていく、美雪先輩の顔が青白くて、自分も同じだと思った。どうして楓達は平気なんだろう?と一瞬思ったが、2人の手も震えているのを見て、2人だって怖いけど我慢しているのだと判った。私や美雪先輩が不安に思わないようにしてくれているんだなと思うと嬉しくもあったが、情けないと思った。こんな状況だからお互いに助け合わないといけないのに、2人に頼りきっている自分が嫌だった

 

「はい、口裂け女でしょうか?」

 

都市伝説としては余りにも有名な話で、楓からも何回も聞かされた事がある。楓は悪意があったわけではない、ただ私が口裂け女を怖がっているので、それが口唇口蓋裂症と言う病気で普通の人なんだよと教えてくれていたと思うんだけど……正直言って病気だと判っていても怖かった

 

「私もそうだと思うんだが、あれも悪魔なのか?と言う疑問が残るだろ?」

 

「確かに口裂け女は都市伝説で悪魔って言われると何か納得出来ない物がありますよね」

 

私からすれば都市伝説でも、悪魔でも私にすれば恐ろしいだけなんだけど……それがどうとか?なんていう話し合いを聞いても、怖いと言う感想しか抱く事が出来ない

 

「雄一郎。コロポックルを呼んでくれよ。話を聞きたい」

 

「判った。コロポックル、来てくれ」

 

雄一郎君のスマホからコロポックルが現れ、雄一郎君の膝の上に座る。

 

【なんじゃ?ワシに何かようか?】

 

自分が見られている事に気付いたのか、そう尋ねるコロポックルに久遠教授が尋ねる

 

「先程、口が耳元まで裂けた女が人間を殺しているのを見たんだが、悪魔と言われると何か違うのでは?と言う話になった。お前は口裂け女は知っているか?」

 

そう尋ねられたコロポックルは首を振ってから、知らんなと返事を返したが、じゃがと付け加え真剣な表情をして

 

【新しく生まれたという可能性はあるの】

 

「新しく生まれた?」

 

コロポックルの言葉に楓がそう尋ね返すとコロポックルはそうじゃと頷いてから、口を開いた。それは信じたくない話の内容だった

 

【元々悪魔と言うのは人によって作られた存在じゃ、人のインスピレーションがあってこそ個として存在しておる。そして今はあちこちに悪魔が出現し、高密度の魔力溜まりが出来ておる。本来なら生まれるまで時間が掛かる悪魔じゃが、生まれるに適した条件が揃っておる……そうなれば後は簡単じゃ、人の恐怖を核にし、人の話の中でその力を増して悪魔となる】

 

コロポックルの話が真実だとすれば、それはこれから見た事も聞いた事もない悪魔が増えていくと言う事だった。でも悪魔が人間の想像から生まれたというのは正直驚いた。私はてっきり人間が生まれる前から存在していると思っていたから

 

「そうか、都市伝説は言うなれば、最新の怪奇譚だ……悪魔が生まれる元としては十分って事か」

 

「だけど。それって凄く不味い事なんじゃないですか?都市伝説ってその……どう足掻いても死んでしまう物もあるでしょう?ベッドの下の斧男とか、てけてけとか……」

 

美雪先輩の言葉に楓達の表情が強張る。私はあんまり都市伝説とかには詳しくないけど、それでも恐ろしいってことは十分に知っている

 

「コロポックル。もしその伝承で悪魔が生まれれば、その伝承通りになるのか?」

 

【まぁ概はその話の通りになるじゃろうな。とは言え、生まれて直ぐはその力をフルに使う事が出来ないはずじゃから……対応できるじゃろう。寧ろ時間が経ってより強い力を手にされた時の事を考えるほうが恐ろしいの】

 

そう笑うコロポックルに雄一郎君がありがとうと礼を口にすると、コロポックルはスマホの中に消えて行く

 

「都市伝説が悪魔になるか……口裂け女はポマードだったな。もし遭遇したら唱えるんだ、良いな。あとは知らない着信からの電話は出るなよ?メリーさんはどうやっても死ぬ奴だからな」

 

久遠教授の警告に頷くと久遠教授は良し、良い子だと微笑みかけながらハンドルに手を伸ばし

 

「都市伝説の悪魔が出るのならば市街も危険だ。さっさと必要な物を集めて街を出るぞ」

 

出来れば街で救助か、信用出来る生存者を探すと思っていたけど、都市伝説の鬼が出て来る可能性を考えると早い内に市街を離れた方が安全だと思う。楓達も同じ意見なのか仕方ないですねと呟き、早くホームセンターで道具を集めて逃げましょうと提案し、久遠教授の運転する車は再びホームセンターを目指して走り出すのだった……

 

久遠教授の車が走り去ってから数分後。瓦礫の下から青白い顔をした女性が姿を見せる、その女性は走り去る車を空虚な瞳で見つめていたが、暫くすると瓦礫の下から這い出て来た。だがその女性には下半身がなく、両腕だけで身体を支えた女性は邪悪な笑みを浮かべると同時に凄まじいスピードで車の後を追いかけ始めるのだった……

 

 

 

 

文化祭の準備などで何度か訪れたホームセンター。キャンプ用品や、レジャーグッズに加えて、建築資材なども取り扱っていた大型のホームセンター……出雲から出て来た事もあり、家具などを揃えたり、自分で棚を作るために何度も訪れたその場所は白く綺麗な建物だったのだが、今は壁には大きな穴が空き、横転した車があちこちに転がり今もなお炎上しているという酷い有様だった

 

「これは酷いな。相当なパニックになったのは判るがまさかここまでとは」

 

車から降りた久遠教授が私の予想よりも酷いなと呟く。俺達が乗って来た4WDは悪魔に破壊されたり、狂った生存者達に奪われないようにコロポックルの氷で覆い隠して来た。アレなら破壊される事はないし、コロポックルが魔力を通せば簡単に溶けるらしいのでこれで安心して捜索出来るな。俺と雄一郎は車から取り出した錆付いたハンマーと槍を手にし、軽くストレッチをしながら振り返り

 

「桃、美雪先輩、鞄はよろしくお願いします」

 

俺と雄一郎。そして久遠教授で悪魔もしくは、襲ってくる人間の撃退。桃と美雪先輩が背負っているリュックに目的の物資を運んで貰うと言う計画だ。今の所確保したいのはやかんや飯盒と言った飲み水や、食料を煮炊きするの物の道具や夜に明かりを確保できるカンテラと言ったキャンプ用品と、海や川に出る事も考え釣り道具もしくは、それを作ることが可能な道具と言ったものを確保出来ればと言うのが大体の方向性だ

 

「任せてください、ピクシーもよろしくお願いします」

 

【OKッ!私に任せてよ!早速中を見てくるねー】

 

美雪先輩の言葉に頷き、ピクシーがホームセンターの方へ飛んで行く。突入する前の情報収集は当たり前だ、中で何が起きるのか判らないから安全を確保するのは当然の事だ。

 

「楓君も雄一郎君も言っておくが、悪魔との契約で身体能力が上がっているとは言え慢心はするな。ホームセンターに入ると同時に悪魔を召喚するんだ。良いな?」

 

強い口調で言う久遠教授。だけど悪魔を召喚し続けるのはMAGの消耗に繋がる、危険なのは判るが温存するべきでは?と考えていると久遠教授はこれから調べるのはホームセンターだぞ?その危険性を理解しているのか?と言われ思わず首を傾げると久遠教授は疲労で頭が回っていないんだなと呟いてから、丁寧に説明してくれた

 

「鉈や鉄パイプを扱っていた店だぞ?発狂した人間が武装している可能性もある。物陰から急に頭を鉄パイプや鉈で殴られたらどうする?間違いなく即死だぞ?その後桃子達がどうなるか考えてみろ」

 

先程のガソリンスタンドで鉈や釘バットを持って俺達を取り囲んだ男達の事を思い出す。もしこのホームセンターも同じだとしたら……そう考えると顔から血の気が引くのが判る。久遠教授はそんな俺達を見て判ったようだなと呟き

 

「良いか?よく覚えておけ、人間はな悪魔より恐ろしいんだ。悪魔よりも恐ろしいのが人間だ、よく覚えておくんだ。いいな?」

 

妙な重みを持つ久遠教授の言葉に俺達は何度も頷き、ピクシーが戻るのをただ待っているのもなんだと言う事で、ホームセンターで確保する物の話し合いを始めた。必要な物は決めてはいるが、個数などは考えていなかったと言う事もある

 

「まず一番重要なのはヤカンだ。今溜めている水もしくはライフラインが止まった場合、川の生水を飲む訳には行かない。沸騰させる為にヤカンは必要不可欠だ。出来れば2個は確保したいな」

 

手帳にヤカン×2と書く、別に覚える事も出来るが悪魔や発狂者に襲われればこっちだって混乱してくる。落ち着いて探せるようにメモしておくと安心だと思ったのだ

 

「次に飯盒かな。あれは煮炊きに便利だし、私と久遠教授は料理が得意だからあると嬉しいよ」

 

……美雪先輩が落ち込んでいるから出来れば料理の事は触れて欲しくないが、確かに飯盒が必要だ。これはホームセンターに向かうまでの間でも必要な物の1つになっていた

 

「個数は幾つくらいにしますか?やっぱり5人だから5個ですか?」

 

「いや、そんなにあってもかさ張るだけだ。1つは高校の備品であったから、2つ確保して3つもあれば十分だな」

 

飯盒2個……っと、でもどうせ飯盒があるなら米とかを食べたいと思うが……荒れ果てたホームセンターを見るとそう言った食料品は絶望的に思える。スープや乾パンなどが主食になりそうだなと雄一郎と揃って溜息を吐く、やはり育ち盛りの男子だ。乾パンとかでは満腹とは程遠いし、物足りなさは感じている。だけどこの状況を考えれば物が食べれるだけでもありがたいと思うべきだよなとその言葉を飲み込む

 

「後はこれから山か川に出ることを考えて釣竿は欲しいな。動物性のたんぱく質で捕獲や処理が楽なことを考えれば釣竿は見つけておきたい。誰かこのホームセンターで釣竿を見たものは?」

 

そう尋ねられ、釣竿を見た事が無いか?と思い返す。川も海も近いから多分あると思うんだが、俺はあんまりキャンプ用品コーナーを見に行った事が無いしな。あるかもしれないっと言う訳には行かない……それに仮にあったとしても、これだけの破壊の後がある事を考えると棚が倒れて壊れている可能性もある……確かに釣竿は欲しいが、壊れかけとかを回収するくらいなら自分達で作った方が良いですかね?と久遠教授と話していると雄一郎が手を上げて

 

「釣竿なら問題無いと思う。確か鍵付きの棚の中に保存されていたはずだし、子供の小遣いでも買えるような安価な釣竿もかなりの数取り扱っていたはず……ルアーロッドや、渓流竿に投げ竿……かなり種類も豊富だった」

 

「お前釣り好きだったのか?」

 

俺の中では雄一郎と言えば野球だった。これだけ詳しいってことは釣り好きだったのか?と思い尋ねると雄一郎は小さくああっと頷きながら

 

「野球部の合宿とかでな……釣りをする事は案外多かったんだよ」

 

聞いてはいけない事を聞いてしまった……俺が罪悪感を感じていると久遠教授がパンパンっと手を叩き。雄一郎に謝ろうとしていた俺の言葉を遮る

 

「では釣竿と飯盒などの確保は同時進行で行う。その後はテントが1つと小さな折り畳みの机か椅子が確保出来れば良いが、これはあれば程度に考えておこう。見つけたとしても運ぶときの手間や車に搭載できるか?と言う課題もあるしな」

 

久遠教授の車は確かに大きいが、今は食料や武器を積んでいるので後部座席の半分が潰れている。確かに確保したい物資はあるが、それで欲張って車に積む事が出来ず、悪魔に襲われるリスクを考えれば欲深い事は考え無いほうが良い

 

【偵察終わったよー。悪魔もはそんなに多くないし、人間はいないから大丈夫っぽい、後商人の悪魔が店をやってるよ】

 

商人の悪魔……?ピクシーの言葉に首を傾げながらも、悪魔の数は少なく、そして人間もいないと言う言葉に安堵の溜息を吐く。幾ら襲ってくるとは言え、同じ人間と戦うのは出来れば避けたかったから

 

「良し、では必要な物資の回収に向かう。どこから悪魔が襲ってくるか判らない、全員細心の注意を払うようにッ!では出発!」

 

久遠教授の号令に頷き、歩き出すと久遠教授が近寄って来て俺の小さく耳打ちをする

 

(余り雄一郎君に罪悪感を持つな。普通に接してあげるんだ。こんな状況で気持ちの擦れ違いをしていたら、どこかで限界が来るからな。普通に友人として接してあげるんだ)

 

久遠教授はそう笑うと俺の前を歩き出す、こんな状況なのに俺を気遣ってくれた事に感謝し、俺は槍を握りしめ雄一郎の隣に立つのだった……

 

 

 

ホームセンターの中の捜索を始めて30分。たった30分で4回の悪魔の襲撃があった、しかし襲撃としても1体や2体程度の少ない悪魔だが。10分で1回と言うペースで戦っていると楓君と笹野君の体力が心配になってくる

 

「これでッ!終わりだっ!!!」

 

【ギガアッ!?】

 

笹野君が振り下ろしたハンマーがカソを叩き潰す。だがこれは楓君が契約したカソではない、このホームセンターに巣食っていたカソだ。楓君のカソが鮮やかな赤い焔なのに対して、このカソが纏っている焔は赤黒く、喋る事も無かった

 

「ふう、俺のカソと全然違って良かった。さすがに同じだったら罪悪感を感じるからな」

 

「だな。それに間違えて味方を攻撃するのも気分が悪いしな」

 

叩き潰されたカソはそのまま消滅せず、燃える皮と魔石を残して消え去った。魔石は何時も拾っていますけど、燃える皮を見たのは初めてかもしれない

 

【ほほう!素材が落ちたの。悪魔の商人に売れば結構なマッカになるぞ】

 

コロポックルがそれを拾い上げて嬉しそうに笑う。悪魔を倒すと魔石以外にもなるのね……初めて知った

 

「それでピクシー、悪魔の商人はどこら辺に居るんだ?」

 

【えーっとね。あっちのほう】

 

ピクシーが指差すのは運良くキャンプ用品コーナーの方角だったが、母さんはそれを見て眉を顰める

 

「どうしたんですか?どうせキャンプ用品コーナーに行くんですから丁度いいんじゃ?」

 

桃子さんがそう尋ねると母さんは違っていれば良いんだがと前置きしてから

 

「もし悪魔が私達が探しているものを全部自分の商品にしてたらどうするかと思ってな」

 

その言葉に思わずあっと呟いてしまう。悪魔を倒すと魔石と共に落ちているマッカと言う悪魔の通貨は桃子さんと2人で拾っているが、それほど量がある訳じゃない、もし悪魔がそれを商品としていたら資金不足で買えないかも知れないのだ

 

「目の前にあって買えないって言うのはつらいですね」

 

「ああ。悪魔にとっては意味の無いものだから、自分の商品にしてなければいいんだが……とりあえず行って見るしかないな」

 

もし売り物だったらその時に考えようと言う母さんの言葉に頷き、キャンプ用品コーナーのほうに向かって歩き出す。本来なら綺麗だったはずの床は悪魔の爪あとや焼け焦げた跡に倒れた棚や割れた硝子の破片が散乱していて、かつての姿は見る影も無い。しかし私が恐れていた殺された人間の手足や血痕が無い事には正直安心した。多分これは桃子さんも同じだと思う

 

「これからこういう歩きにくいとか普通の靴じゃ危ない所を歩く事があるかもしれないですから、登山靴とかもあると良いかも知れないですね」

 

生存者が積み上げたのだろうか、棚で作られたバリケードをある程度崩しながら楓君が母さんにそう尋ねる

 

「そうかもしれないな。それもどこかで入手する事を考えよう、楓君頼む」

 

「はい、久遠教授」

 

完全にどけるのは無理だと判断したのか、楓君がバリケードの上に上り母さんに手を貸して上に引っ張り上げる。笹野君はカソとコロポックルと一緒にバリケードの向こう側で悪魔が背後から襲ってこないかの警戒をしてくれている

 

「美雪先輩、手を」

 

「ありがとうございます、楓君」

 

楓君の手を引っ張り上げて貰ってバリケードの上に乗る。結構な高さで女子では登るのは厳しいですね……母さんが大丈夫そうだから早く来いと呼びかけるので判りましたと返事を返し、バリケードの向こう側に下りる

 

「桃。気をつけてな」

 

「うん、ありがとう。ごめんね、私運動音痴だから」

 

楓君と桃子さんの幼馴染だから出来る会話に少しだけ寂しいなと思ってしまった。それに正直私よりも桃子さんの事を心配している楓君にもう少し私の心配をして欲しいと思わず思ってしまった……そんな事を考えてしまった事がどうしようもなく嫌だった……

 

「うわ、これ凄いな」

 

バリケードを最後に下りて来た楓君がそう呟く。目の前には今までの荒れ果てたホームセンターではなく、奇妙なデザインのオブジェが飾られた店が待ち構えていた。

 

【いらっしゃいませ。メルコムの雑貨屋へ、マッカさえ出して頂けるのなら、悪魔でも人間でも商品をお売りしますよ】

 

黒いスーツ姿に、首から下げたがま口にいかつい顔をした悪魔がその外見からは想像出来ない穏やかな声で私達を出迎えてくれて、思わずはぁっと言う間抜けな声で私達は返事を返してしまうのだった……

 

 

 

見た目の厳つさに思わず身構えてしまった。メルコムと名乗った悪魔はそんな俺に嫌ですねと笑いながら

 

【私は会計官。それほど強い悪魔ではありませんよ。それにマッカさえ払ってくれるのなら人間であれお客様です、お客様に敵対するような真似は致しませんよ】

 

にこにこと笑う姿に思わず毒気を抜かれかけたが、悪魔は悪魔。警戒を緩める事はできない、俺がメルコムを見つめていると久遠教授が小さく耳打ちしてくる

 

(契約していない悪魔だ。信用するな)

 

久遠教授の言葉に判っていますと返事を返すと、久遠教授が前に出てメルコムに声を掛ける。メルコムは久遠教授を見て一瞬驚いたような顔をしたが、次の瞬間には穏やかな笑みを浮かべながらいらっしゃいませと頭を下げた

 

「人間の品もお前の所の商品になっているのか?今の所私達が欲しているのは、お前の店の先の品物なんだが?」

 

【そうでしたか、それは残念です。私はあくまで悪魔の商人、私が取り扱うのは魔界の品です。なのでお探しの物を見つけましたら私の商品も是非ご覧ください】

 

そう笑い、どうぞお通りくださいと笑うメルコムに拍子抜けしながら、メルコムの店の前を通り過ぎようとすると

 

【ああ。そうでしたそうでした、一応この先の悪魔は私の商売の邪魔なので排除しております。ごゆっくり】

 

笑顔のまま怖いことを言うメルコムにやはりこの悪魔も強力な悪魔なんだと実感し、俺は小さく震えながらありがとうと返事を返すのだった……

 

【怖いのう、メルコムはかなり強力な悪魔じゃから】

 

メルコムの店を通り過ぎ、目的地としていたキャンプ用品コーナーに付いた所でコロポックルが震えながら呟く

 

【だよねー。メルコムって言えば魔界の会計官、強い悪魔にも物怖じせず発言する悪魔だからね、そもそも魔界の悪魔の給料を決めて支払っているのがメルコムだし……なんでこんな所に居るんだろ?】

 

リリムも私も正直苦手なんだよねと呟く。悪魔って給料制なのか……知りたくない事実を知った事に思わず苦笑しながら、キャンプ用品コーナーを見る。あちこちの商品は運び出された痕跡があるが、それでもかなりの商品がそのままの姿で残されている

 

「この様子なら目的としている道具も確保出来るだろう。だが、単独行動は厳禁だ。排除したと言っても何処まで本当か判らないからな」

 

強い口調の久遠教授の言葉に頷き、5人でキャンプ用品コーナーで商品を探す。バリケードの向こう側と比べるとこちらは血痕等があり、壁に空いている大穴と壊れて停車しているトラックを見つけた

 

「恐らく中に居る生存者から連絡をもらって、トラックで壁を破壊したという辺りか……それで何人かの生存者は助かっただろうが、恐らくこの穴から悪魔が進入して来たんだろうな」

 

久遠教授が周囲を観察しながら呟く、空けられた缶詰や、乾パン。そして空のペットボトル……ここいらで生存者が暮らしていたのは一目瞭然だった

 

「もしかしたら生存者が居るかもしれないですね」

 

「居たとしても、男かもしれないぞ?」

 

久遠教授の言葉にうっと呻く桃に大丈夫だと声を掛けながら頭に手を置く。仮に生存者を見つけたとしても4WDはもう定員だ。一緒に脱出する事ができない以上見捨てる事になる、それなら最初から生存者なんて見つけない方が良いな。人でなしと言われるかもしれないが、今の俺達は5人で行動して良い具合に動けている。ここに別の人間を入れるのは、このグループの崩壊の原因となるかもしれないので受け入れる事が出来ないと言うのもある

 

「早く目的の品を見つけるとしようぜ。血が多すぎて正直気分が悪い」

 

雄一郎の言葉に判ったと返事を返し、俺達はヤカンや飯盒を探して歩き出すのだった……

 

「ちょっと凹んでいるみたいですけど、どうですかね?」

 

カソ達が警戒してくれる中、必要な道具を探す。カソ達が見張ってくれているから安心して捜索する事が出来る、その安心感はやはり大きいなと思いながら、倒れている陳列棚が飯盒などの棚で、その下から引っ張り出した飯盒を久遠教授に見せながら尋ねる。久遠教授は凹んでいても使えれば構わないと言ってくれたので、雄一郎が棚を持ち上げてくれている間に飯盒を2つ引っ張り出す

 

「サンキュ。もういいぜ」

 

雄一郎は棚をゆっくりと下ろし、額の汗を拭いながらYシャツのボタンを外し手で扇ぎながら

 

「どうもここら辺は蒸し暑いな、それに獣臭い」

 

【ヌ、すまぬ……だがテキドにセマク、クライここはイゴコチガイイ】

 

そう言われるとそうだよな……カソがいる事でホームセンター全体の温度が上がっているらしい、俺の契約しているカソがすまないと言うが、カソが悪いわけじゃないので気にするなよと笑うが、汗臭いのはさすがに問題か……風呂やシャワーなんて出来る訳が無いし、服だってずっと着たままだからめちゃくちゃくさい。俺や雄一郎はいいけど、美雪先輩や桃、久遠教授の替えの服はどこかで手に入ると良いんだけどな

 

「確かに……結構匂いますよね」

 

「うん……お風呂入りたいなあ……」

 

はあっと深い溜息を吐く桃と美雪先輩。久遠教授はそんな2人を怒る訳でもなく、顎の下に手を置いて

 

「ドラム缶でも見つけて五右衛門風呂でもするか?まぁ、街中では無理だけどな」

 

ドラム缶かぁ……でもそれを見つけても運ぶ手段も無い。やっぱり風呂は今は諦めるしかないなと思いながら歩いているとスポーツタオルを見つける、袋に包まれているのを見て間違いなく新品

 

「コロポックルに氷を作ってもらって、それを溶かしてお湯にしてそれで身体でも拭きましょうか?」

 

これくらいしか出来ないけど、少しは気分転換になるかもしれない。そう思いタオルを桃に手渡すとコロポックルとカソが

 

【氷作るか?ワシは別に構わんぞ?】

 

【ホノオもヨウイスル】

 

俺達を気遣ってくれているカソとコロポックルにありがとうと返事をするが、ホームセンターでそんな事をするわけにもいかないので後でなと声を掛け、倒れている棚を雄一郎と見て回る。桃や美雪先輩はまだ辛うじて経っている棚や、商品の陳列台を重点的に見て貰っている

 

「ありました!ヤカンです!これはちゃんとしてますよ」

 

「ありがたいな。飯盒と違って、ヤカンは凹んでいると不味いからな」

 

ヤカンと飯盒……あとは釣竿とテントか……テントは最悪無くても良いけど釣り竿は確保したいな。雄一郎にどの釣り竿を確保するんだ?と尋ねると雄一郎は少し考え込む素振りを見せてから

 

「渓流竿で良いだろう?ルアーがあるならルアーロッドもいいと思うが、渓流竿なら地面を掘ってミミズでも見つければ釣りになるからな」

 

じゃあ、テグスと釣り針が確保できるといいなと話をしながら、久遠教授達に釣具コーナーを見ましょうと声を掛け、そちらに歩き出したのだが

 

「うっわ……殆ど何も残ってねぇ」

 

かなりの品数と種類があったはずの釣具コーナーは殆ど空っぽだった。ショーケースや、棚の中に保管されていた竿も何かで破壊されたのか、ボロボロの状態で中身は空っぽだった。やっぱり海が近いから、考える事は同じか……

 

「楓。無理そう?」

 

「楓君。笹野君、大丈夫ですよ。皆いますから、自分達で釣竿だって出来ますよ」

 

心配そうに尋ねて来る桃と励ましてくれる美雪先輩に大丈夫ですと言いながら陳列棚ではなく、倒れている商品棚を見ながら腕まくりをして

 

「雄一郎手伝ってくれ」

 

「ああ」

 

2人で倒れている棚を掴んで持ち上げる。するとバラバラと小物が床の上に落ちる、棚を離れた所に下ろし雄一郎と一緒に落ちた品物を確認する。テグスの1.5と2.5……少し太めだけど、これは我慢するしかないな。

 

「ガン玉と針もある、やっぱりこっちも大きめだが何とかなりそうだ」

 

よし、竿は最悪木を削るか、手釣りでやれば良い。それを不思議そうな顔をしている桃と美雪先輩に手渡す、多分釣りと言えばリールを使うものしか知らないんだろうなと苦笑しながら

 

「竿が無くても、糸と針があれば釣りは出来る。これで魚も捕まえれると思うよ」

 

ただ糸と針が大きいから、そこが不安だけどと付け加える。でも入手出来ただけ良しとするべきだ。その後もキャンプ用品コーナーを捜索し、テントも見つける事が出来たが、カンテラやマッチを見つける事は出来なかったが、使える人間が居なかったのか、ファイヤースターターを見つけた。だけどカソが居るから火については心配していないが、念の為に確保しメルコムの店の方にに戻ろうとするとバックヤードの扉が開き

 

「よ、良かった!ま、まともな人にやっと会えた!!!お願い!助けて!」

 

ぼさぼさの長い髪の女性が俺達を見て助けてと叫んで俺達の方に走り出した瞬間。生々しい音が響き、女性の上半身が消し飛ぶ。突然の事に一瞬呆けたが、血溜まりの中に上半身が落ちた事で正気に返り

 

「「うわあああああああッ!?!?」」

 

「「きゃあああああああッ!?!?」」

 

ついさっきまで生きていたのだ、それが突然死んだ。その光景に思わず俺も雄一郎も美雪先輩も桃も叫び声を上げた、人の死を見て完全に平常心を失った俺達の目の前に上半身だけで動く青白い顔をした女性が現れる。だがその目は真紅に輝き、口元から鋭い牙が生えているのを見て人間じゃないのは一目で判った。そしてその異形を見た久遠教授が顔を歪めながら呟いた。その異形の名前を口にした……

 

「てけてけかッ!」

 

それは口裂け女よりも遥かに厄介で生きている人間を全て殺す事を目的にした都市伝説の存在……列車事故で下半身を失ったとされる女性の異形……てけてけが俺達を見据え不気味に笑うのだった……

 

 

チャプター11 想鬼てけてけ

 




次回はてけてけ戦となりますが、てけてけってかなり有名ですが、知らない人は居ませんよね?実はそこが心配なのですが知っていると言う前提で進めさせてもらいます。もし知らない人は検索してみてください、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

PS

種族は想鬼(そうき)、都市伝説全般の悪魔は想像された鬼と言う事でオリジナルの種族として出します。基本的には都市伝説に語られる情報で撃退出来るまたは都市伝説の流れの通りになると必ず死ぬ。対処法を知らなければパトラッシュになるイベントボスと思ってください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター11

チャプター11 想鬼てけてけ

 

てけてけ。去年に都市伝説を纏めてレポートを作った時に調べた都市伝説の1つ……複数のパターンがあるのだが、俺がリポートとして纏めたのは寒い地方の列車事故で上半身と下半身が分かれてしまった女性がいた。所がその寒さで血管が凍ってしまい、暫くの間生きていたと言う物だが、実際には日本の寒さでは血管が凍るなどありえず、あくまで都市伝説として語られているが、ここで更に2つの分岐がある

 

(どっちだ?どっちのてけてけだ)

 

カソが唸り声を上げててけてけを睨み付けているのを見ながら、雄一郎に目配せをして桃達の前に移動する。もしあれがてけてけの伝承から生まれたとすれば2つのパターンがある。吹き飛んでしまった自分の下半身を捜しているうちに死んでしまったのと、生きていたが駅員に見捨てられて死んだパターン。先程死んだ女性を見る限りでは下半身を捜しているパタンだと思うが、その場合だと上半身を吹き飛ばされて殺される。逆に見捨てられたほうでも殺される……どっちにせよかなりやばいパターンの都市伝説だ

 

【!】

 

てけてけが美雪先輩を見つめ、動き出した瞬間。俺は美雪先輩の腕を掴んで横に飛ぶ。てけてけの射線から逃げる事しか考えてなかったので、そのまま倒れこむ形になったが、背後を凄まじい勢いで何かが通過していく

 

「な、なななな!?か、楓君!?」

 

「楓ぇッ!何してるの!!!」

 

急に抱き抱えられる形になって赤面している美雪先輩にすいませんと謝りながら直ぐに立ち上げる。桃の視線が物凄く痛いが、緊急事態だったし、何で睨まれているのか判らないので俺としては困惑するしかない。遠くでまるで交通事故のような音が響く……これも都市伝説の通りか!走り出したら何かにぶつかるまでは止まれない。ぶつかった後はゆっくりと移動を開始して、見つけるとまた突進してくるはず

 

「早く移動しましょう!あれがてけてけだとしたら狭い場所じゃ追い詰められるッ!」

 

今回は運良く反応出来たから良いが、もし背後から突進されたら避ける事できずに死ぬ。

 

「ピクシー!カソ!あの化け物の警戒を頼む!近づいて来たら教えてくれ」

 

【オッケー!後で魔石ちょうだいね?】

 

【ワカッタ】

 

人間よりも視野が広いカソと、空を飛べるピクシー。これである程度の不意打ちは防げると思うが状況はかなり悪い。見つければ突進してくるが、既にてけてけは美雪先輩に狙いを定めている。美雪先輩を殺すまでは間違いなく追いかけてくる筈だ、いや、もしかすると生きている俺達全員を見て、俺達の中に自分の脚があると思って襲ってくるかもしれない。つまり例えここで美雪先輩を見捨てても、結果は変わらない筈だし、勿論俺の中に美雪先輩を見捨てるって言う選択肢は無い。だから何とかここでてけてけを撃退しなければならない

 

(なんだった……てけてけの弱点は何だった?)

 

てけてけの事を思い返しながら、桃と美雪先輩に荷物は1回ここに置いて行って下さいと呟くと桃が

 

「でも折角見つけたんだよ?運んだ方が良いんじゃないの?」

 

確かにその通りだが、時速100~150キロで突進してくるてけてけを相手にするのならば、移動を制限するようなものは持たないほうが良いと説明し、陳列棚に荷物を載せ、俺達はてけてけの事を警戒しながら歩き出した

 

「車よりも速いスピードで突進してくるとかとんでもないな。逃げるのも無理なのか?」

 

「ああ、逃げるのはまず無理だと思う。あれは生きている人間を憎んでいるっていう都市伝説もある、俺達を見つけた以上

 

殺すまでは追いかけて来るはず」

 

出来る事ならば荷物を持って、さっさと車に乗って逃げたい所だがてけてけが追いかけて来て、車を破壊される可能性を考えればここで何とかするべきだと思うんだが

 

「久遠教授。てけてけって地獄に帰れって言葉で撃退でしたよね?」

 

「その筈だが……後はかしまれいこの名前にちなんだ撃退の呪文もあったはずだが……撃退法が無いという場合もあったはずだ」

 

そうなると俺達全員が死ぬ事になる。都市伝説はあんまり調べてないから対処法なんて覚えていない

 

【ふいー全員にラクカジャを掛けたぞ。さすがにちと疲れた、少し休む】

 

コボルトの豪腕で殴り飛ばされた俺だが、骨折などをしなかったのはラクカジャのおかげだと思っている。てけてけに突進されても一撃なら耐える事が出来るかもしれない、その可能性に賭けてコロポックルにラクカジャを使って貰った。ただ連続の魔法で疲れたのかスマホの中に消えて行くコロポックル……出来れば撃退を手伝って欲しかったが、体力を回復するまでは待つしかないか

 

「それでその、楓君」

 

「はい?なんですか?」

 

美雪先輩に背後から声を掛けられどうしました?と返事を返すと、いえなんでもないんですと言われる。美雪先輩はどうしたんだろうか?と首を傾げながらも周囲を油断無く見回す。てけてけは肘で移動するので独特な音を立てて動き回ると言うが、上半身だけなのでかなり小さい……幾らカソとピクシーが警戒してくれているとは言え自分達でも見つけるつもりでいないと駄目だろう

 

「むう……」

 

「桃までどうした?」

 

なんか桃まで不機嫌そうな顔をしている、てけてけが怖いと言うのなら判るのだがどうして不機嫌そうな顔をしているのか?その理由が判らず首を傾げるのだった……

 

 

 

 

久遠先輩と桃子の反応を見て首を傾げている楓に俺は思わず溜息を吐いた。楓は民俗学の研究者になる、その夢を叶える為に出雲から出て来た。恋愛などは全く考えていないと言うのは楓の口から何度も聞いている、桃子は自分の幼馴染と言う事もあり非常に大切に思っているのは知っているが、それが恋愛感情の物とは気付いていないだろう。そしてこんな状況だ、ますます桃子や久遠先輩の反応を見ても気付かない

 

(こいつはしょうがないやつだ)

 

とは言え、俺も半年前までは野球の事しか考えておらず、とても人の事を言えるような立場じゃないんだけどなと苦笑する事しかできない

 

「呪文は恐らく効果が無いだろうな。となるとリリムのムドが効くか?どうだ?行けそうか?」

 

久遠教授はその雰囲気を指摘する事無く、てけてけについて話し始めた。ここでそれを指摘して、お互いに意識してしまって空気が悪くなるような自体は避けたほうが良い。こんな状況でギスギスした空気になるのは避けたい

 

【久遠様、当たれば大丈夫だと思いますけど……術が完成するまでの時間が】

 

1度ムドと言う魔法を見せてもらったが、黒い炎が魔法陣を描き、それが完成すると同時に黒い炎が円の中の悪魔を殺すという魔法だった。発動までは2分弱……あのスピードのてけてけでは完成するまでに通り過ぎてしまう

 

「どこかに追い込むか誘い込むって言う方法もありますけど……それは無理じゃないですか?」

 

てけてけの方が早すぎる。追いかけるのは当然無理だし、誘い込むにしろ一歩間違えれば下半身とおさらばだ。かと言って打撃も早すぎるので仮に命中したとしても獲物が折れるだけだろう

 

「メルコムと言う悪魔に協力を頼むのは?」

 

「何を対価に寄越せと言われるか判らないぞ。私達の誰かの命なんて言い出す可能性があるから駄目だ、かと言ってそっちに逃げててけてけが商品を破壊すれば、てけてけを連れて来たと私達に損害賠償を請求する可能性がある」

 

だから車が停まっている方じゃなくて、店の奥に逃げているのか……久遠教授の言葉にどうして建物の奥に向かっているのかの理由が判り納得した

 

【スクカジャがツカエレバニゲルコトハたやすいだろうが、ツカエルものがイナイ】

 

ぼそりと呟いたカソの言葉に俺達の視線がカソに集中する。スクカジャ?何かの魔法か?と説明を求めるがカソは頭が良くないから説明は無理と言って楓の方に逃げた。カタコトの口調だからそれは理解していたが、何かのヒントならその内容を教えて欲しかった

 

【えっとね、スクカジャって言うのはラクカジャと同じ種類で、反射神経とか、足の速さに影響する魔法なんだ。他にも力

 

に影響するタルカジャ、魔法に影響するマカカジャとかもあるよ】

 

補助魔法って事か……スクカジャって名前が判ってもどんな悪魔が使えるとかが判らないとどうしようもない。楓と久遠教授は悪魔を後1体召喚出来るが、狙った魔法を持った悪魔が出てくるとは限らない上にやり直しが効かないのだから、そんな博打をする訳にはいかない

 

「じゃああの、カソとリリムが使う、マハ・ラギ?だっけ?あれで炎の帯を作ればてけてけがぶつかってダメージを受けるんじゃないかな?」

 

「確かに、追い掛けるのも、逃げるのも難しいのなら罠を仕掛けるという手段が1番妥当ですね。母さん、試してみますか?」

 

桃子と久遠先輩の提案を聞いて、内心安堵の溜息を吐く。さっきまでのギスギスした雰囲気が無くて良かったと、でももしこの先どちらかが告白をするや、付き合うと言うことになれば大変なことになるか。問題を先送りにしただけだが今はこれでよかったのだろう

 

【後ろから近づいて来てるよ!何かやるなら急いで!】

 

背後を警戒していたピクシーの言葉で久遠教授と楓がリリムとカソに魔法の指示を出した瞬間。奇妙な音が響き渡る

 

【来たよ!離れてッ!!!】

 

ピクシーの警告の言葉に一斉に飛びのく、すると高速で突進して来た何かが炎と電撃の檻を突き破り、その先の壁に追突する。どうだ?効果あったか?起き上がろうとした瞬間。今度は反対側の棚が吹き飛ぶ、棚が小刻みに動くのを見たダメージを受けているようには見えなかった

 

「駄目だ!効いてない!!!動き出す前に逃げ……ぐあっ!?」

 

【ケイヤクシャッ!?】

 

「楓ぇッ!!!!!」

 

「楓君ッ!!!!」

 

立ち上がった楓が悲鳴を上げて吹き飛んだ楓が棚に叩きつけられる。その姿を見て、桃子と久遠先輩が悲鳴を上げる。だが久遠教授は顔を歪めながらも冷静に楓に駆け寄り

 

「大丈夫だ、意識は無いが脈もあるし息もしている……早くこの場を離れて手当てをしよう」

 

久遠教授がそう呟くと、倒れた棚の下からてけてけが這い出てくるが、俺達には視線を向けず俯いて動き回っている。

 

【???】

 

てけてけが何かを探すように動き回っている姿が見える。今の突撃で吹き飛んだはずの楓の下半身を捜しているのだろうか?だがそれは今の段階では好都合だった。俺はてけてけに気付かれないように久遠教授と楓に駆け寄ると、ぐったりとして顔には血の気が無いが、胸が動いている。それは生きているという証拠で俺は思わず安堵の溜息を吐きながら

 

「久遠教授。楓は俺が背負います、桃子と久遠先輩をお願いします」

 

ショックを受けて呆然としている2人に声を掛けてくださいと頼む。久遠教授は判っていると呟き

 

「カソ、リリム。てけてけが気付いたら足止めをしてくれ、もし気付かないのなら監視を頼む」

 

【判りました。久遠様】

 

【ケイヤクシャをたのんだ】

 

ピクシーとコロポックルではてけてけを止める事が出来ないと判断したのか、カソとリリムにそう指示を出した久遠教授は桃子と美雪先輩に駆け寄り何かを話し掛け、2人を連れて走り出す。俺はそれを確認してから楓を背中に背負い、てけてけが別の方向を見た瞬間に慌ててその場を離れるのだった……

 

 

 

久遠教授に何を呆けていると怒られて、その後は良く覚えてない。ただ逃げて来て生存者が作ったであろう、箪笥などで作ったバリケードを見つけてその陰に隠れていた、楓が無事なのかそれを祈る事しか出来なかった。美雪先輩も同じなのか、自分の身体を抱きしめるようにして震えている……目の前で人が死んで、楓ももしかするとと思うと怖くて怖くて仕方なかった。

 

「はぁ……はぁ……楓を横にする」

 

笹野君が楓を背負って私達から少し遅れてバリケードの影に入って来て、楓をゆっくりと下ろす。意識が無いのかぐったりしている姿を見てまた悲鳴を上げそうになったが、久遠教授に口を塞がれた

 

「てけてけに気付かれるだろうが、楓君の事が心配なのは判るが、落ち着け。お前もだ、美雪」

 

強い口調の久遠教授にすいませんと謝ると、久遠教授は楓のYシャツのボタンを外して、傷の確認をする。なんか悪い事をしているような罪悪感を感じながら楓を覗き込むとお腹の辺りに青黒い痣があった

 

「ここにぶつかって来たんだろうな。ラクカジャが無ければ死んでいたかもしれないな」

 

死んでいたかもしれない、久遠教授のその言葉に顔から血の気が引いた音が聞こえた気がした。だからこうして楓が生きていてくれてよかったと心の底から思った

 

【じゃあディアを使うねー♪】

 

ピクシーが楓の痣に手を当てると、楓はうっと呻いたが、ピクシーの手から柔らかい光が当っていると徐々に顔に血の気が戻ってくる。

 

「てけてけだが、もしかすると走っている間はどんな攻撃も効かないのかもしれないな」

 

楓の顔色が良くなった辺りで久遠教授がそう切り出す。リリムとカソの炎と電撃の勢いは相当強かった。現に何度も悪魔を倒しているその攻撃を受けても平気と言うのは正直驚いた

 

「となると何かにぶつかって動きが止まっているうちに攻撃するですか?」

 

だけどそうなるとしてもあれだけ高速で動けるとなると、仮に止まっていたとしても動き出せば吹き飛ばされるのは目に見えている

 

「私はリリムのムドの魔法陣の中に誘い込むと言うのがベストだと思うが……あの魔法は効果を発揮するまでの時間が長い

 

普通なら気にするまでも無いが、あのスピード相手では2分は長すぎる」

 

てけてけに見つけさせて誘いこむと言う方法はまず無理だ。あのスピード相手では逃げ切れない……

 

(そうだ)

 

カソが言っていた。スクカジャと言う魔法があれば対処できる可能性があると……スカートからスマホを取り出して

 

「久遠教授……楓が眠っている間に悪魔召喚をしてもいいですか?」

 

楓が起きていれば絶対に反対する。私にはそんな事をしなくても良いと、側に居てくれるだけで良いと言うだろう。だがそれでは私が嫌なのだ、この状況で私だけが足手纏いになっている。それが嫌なんだ、楓に負担をかけたくないから……

 

「桃子……良し、判った。許可しよう、ただし危険な悪魔が来るかもしれない、カソとリリムが戻るのを待ってからだ」

 

久遠教授の言葉に頷いてから数分後、カソとリリムが戻って来た

 

【あの悪魔は危険ですよぉ……魔法も打撃も効果が無いんです】

 

【キバがオレルカとおもった】

 

メルコムの方に走り出したから暫くは大丈夫だと思いますけど、早く対処法が必要だと思いますというリリム。魔法も打撃も効かないとなると本当にもう出来るのはムドを試すしかないと言う事だ。それでも駄目なら確保した道具を捨てて、車に乗って逃げるしかない

 

「楓君は起きなかったな、桃子。悪魔召喚を試して見るんだ」

 

「はい、美雪先輩、雄一郎君。楓をお願い」

 

「ああ、桃子も気をつけて」

 

「桃子さん。無茶はしないでくださいね」

 

悪魔召喚で出て来た悪魔に楓を襲われる訳にはいかない。雄一郎君と美雪先輩に楓の事を頼み、バリケードの外に出る

 

「念の為だ、持っておけ」

 

「うっ……」

 

差し出された拳銃を手にする。見た目よりも遥かに重い……何かを殺す為の武器に思わず顔を歪める

 

「私とリリムで悪魔を倒すつもりではいる。だが万が一と言う事もある、良いか?セーフティを外して、照準を合わせる。両手でしっかりとグリップを握って引き金を引く」

 

「は、はい」

 

重すぎる拳銃……だけどいつまでも楓に護られている訳には行かない。私だっていつまでも足手纏いでは駄目なのだ、久遠教授に教えられた拳銃の使い方を数回練習し、実際に引き金を引く

 

「うっ……」

 

銃声と手に来る反動に顔を歪める。こんなのを良く平気そうに久遠教授は使えるなと驚いた……とてもじゃないけど、悪魔に命中させる自信なんて無い

 

「まずまずだな、その弾薬も限れているから練習させる訳には行かないが、護身程度だと思え」

 

久遠教授の言葉に判りましたと返事を返し、久遠教授がくれた太ももにつけるガンホルダーに拳銃を入れてスマホを取り出し悪魔召喚のボタンを押す

 

(楓を助けたいの、私は弱いし、臆病だし、運動神経だって悪い)

 

スマホが光を放つ中、両手を組んで必死に祈る。私みたいな臆病者に力を貸してくれる悪魔なんて居ないかもしれない、悪魔も出てきてくれないかもしれない。だから祈るんだ、私の想いを悪魔に知って貰うために

 

(でもこのままじゃ楓に迷惑ばっかりかけちゃう……だからお願いします。私に力を貸してください)

 

スマホが放つ光が弱くなって行く、私の想いは悪魔には通じなかった。そうだよね……私みたいな弱い契約者と契約したら悪魔だって死んじゃうかもしれないから嫌だよね……そう思った瞬間

 

(いいよー、私が手を貸してあげる……君の気持ちは判ったよ。契約しよう)

 

楽しげな声が脳裏に響いた瞬間。スマホが放つ光が強くなり、そこから悪魔が姿を見せる。それは私達と同年代くらいの少女の姿をしていた。褐色の肌と白い質素な服。そして首から下げたペンダント……ちょっと変わった服装だけど、普通に街の中を歩いていてもおかしくないと思えた。その少女は私を見てにこりと笑い

 

【私は妖精ナジャ……あなたの優しい気持ちと願いを聞いて召喚されたの、これからよろしくね、契約者さん】

 

敵意などをまるで感じない柔らかい笑顔に思わず安堵の溜息を吐くとスマホに契約完了の文字が浮かび上がる。これで彼女は私の契約悪魔となってくれたようだ

 

「ナジャ……?お前なんの悪魔だ?」

 

久遠教授が不思議そうな顔をして尋ねる。久遠教授も知らない悪魔なのかな?……もしかしたら本当は悪魔じゃなかったりするのかな?

 

【私?私は変異種だよ?だからなんの悪魔って言われても判らないよ?あ、でも役立たずじゃないよ?補助魔法とか回復魔法は凄く得意だよ】

 

回復魔法と補助魔法が得意だよ?と笑うナジャちゃん。変異種って事は普通じゃない悪魔って事だけど例えそうだとしても私の気持ちと願いを聞いて来てくれたのだから、きっとこの子も優しくて良い子だと思う。ナジャちゃんは足元の石を蹴りながら

 

【変異種だから私は妖精の仲間から仲間はずれだよ?でもね、私は思うんだ。誰かを傷つけるよりも、護る方が良いってね!】

 

悪魔としてはおかしいかもしれない、だけどこの子の言っている事は決して間違っていないとそう思う。私とよく似た性格をした悪魔が契約してくれると言った事に良かったと思いながら

 

「私は紅桃子。これからよろしくね、ナジャちゃん」

 

【うん、よろしくね!モモコ】

 

差し出された手を握り返し、これで私も楓の手伝いが出来る。そう思っていると、楓がバリケードから飛び出て来て

 

「桃!何で、何で悪魔召喚なんか……お前は、お前は……」

 

「大丈夫。私は大丈夫だから、これからは楓の手伝いも出来るから、そんなに心配しないで」

 

楓が私を心配してくれるのは判る。でもそれじゃ嫌なんだ、私だって楓の手伝いをしたいのだから

 

「楓が護ってくれるように、私も護りたいのと楓を」

 

「桃……でも」

 

「大丈夫。大丈夫だから、ナジャちゃんは良い子だよ。私には判る」

 

だから心配しないでと繰り返し言うと楓はまだ納得していないようだったが、判ったと小さく呟く

 

「ナジャが補助魔法が得意だと言っている。もしかするとてけてけに有効な作戦を練る事が出来るかも知れない、1度皆で話し合おう」

 

久遠教授の言葉に頷き、バリケードの方に歩き出しているとナジャちゃんが耳打ちしてくる

 

(モモコの好きな人は格好良いねえ。頑張ってね?私は応援するよ?)

 

「うえあ!?」

 

予想外の言葉に思わず奇声が出てしまう。え、ええ……わ、私ってそんなに丸判り!?

 

「桃!?なんだどうした!?急に奇声を発して!?」

 

「な、なんでもない!なんでもないよ!」

 

心配そうにしている楓になんでもないよと慌てて返事を返す中、ナジャちゃんはそんな私と楓を見て楽しそうに笑っていた。この子は悪魔と言うか、小悪魔なんじゃ……私は思わずそんな下らない事を考えてしまうのだったが、ナジャちゃんを交えた作戦会議でてけてけを倒す手段が見つかり、この子は私達にとっては悪魔ではなく、天使だったのでは?と思ってしまい、さっきは悪魔って思ったのに現金だなっと苦笑するのだった……

 

 

 

どこにいる……追いかけていた5人の人間を探して広い場所を探し続ける。あの中に私の下半身がある……あいつらが隠したんだ……そう考えて必死に探し続ける

 

【!】

 

遠くにその人間を見つけた……そこからはもう何も考える事は無い。その人間を追いかけて走り出す、何度も何度も繰り返していた事、私の脚を使っている人間から私の脚を奪え返す。私が走れば誰も逃げられない……私の脚だからそれは当然の事なのに……

 

(おいつけない……)

 

そんな馬鹿な、私が追いつけなかった事なんて無かった……だから確信した、あの逃げている女の脚こそが私の脚なのだと……絶対に取り返すッ!!!それだけを考えてその女の後を追いかけ続ける。そして女が曲がり角を曲がったのを見て、その後を追いかけて曲がる

 

(捕まえた)

 

女が立ち止まり、息を整えているのを見ていまだと全力でその女へとぶつかる。やっと私の足が……そう思った私の耳に飛び込んで来たのはガラスの割れる音……そして背後から聞こえて来たくすくす笑いに怒りで目の前が真っ赤に染まりながら振り返る

 

【バーカッ♪】

 

女が馬鹿と言いながら嘲笑うように笑っているのを見て、走り出そうとした瞬間。私の耳にある言葉が飛び込んできた

 

「「「「「カは仮面のカ、シは死のシ、マは魔のマ、レイは霊のレイ、コは事故のコッ!!!!」」」」」

 

その言葉が聞こえた瞬間、手から力が抜けて床に倒れこんだ瞬間目の前に翼を持つ女が現れ、その指をこちらに向ける

 

【ムド】

 

私が最後に見たのは漆黒の炎。だがそれは決して苦しいものではなく、どこまでも暖かく包み込むような炎で私はその中で確かな安堵を感じながら、瞳を閉じるのだった……

 

 

 

てけてけが消えた所でナジャが誇らしげに笑う。ナジャは自身にスクカジャ・てけてけにスクンダを掛けながらずっと走っていたのだ。流石は変異種、稀少なスキルを持っているなと正直感心した

 

【どう?私が囮で良かったでしょ?】

 

確かにナジャが居て良かった。彼女がいなければてけてけを撃退する事は不可能だったから

 

「ふう……ふう……」

 

「桃。大丈夫か?」

 

ナジャが容赦なく魔法を連続で使用した事で、青い顔で呼吸を整えている桃子とそれを心配そうに支えている楓君。出来る事なら早くホームセンターを後にしたい所だが、ここで無理をさせるわけにはいかないな

 

「少し休んでから移動を開始しよう。楓君と雄一郎君、そして美雪に桃子は悪魔をスマホに戻せ、警戒は私がやる」

 

死体ではなく、目の前で人の上半身が消し飛ぶ瞬間を見ているので、精神的にも相当参っているだろう。だから1度休憩だと楓君達に言うと、4人はてけてけの恐怖を思い出したのか、へたれこむようにして座るのを見てやはり移動は厳しかったかと心の中で呟く

 

「でも教授。1人じゃ」

 

「心配するな、ここまで悪魔をずっと召喚していたんだ。MAGも限界だろう、私はまだ全然MAGに余裕がある。私の事を心配するなら、身体を休めてくれるほうが良い」

 

心配してくれている楓君にありがとうと笑いかけながらも、休んでくれと強い口調で言うと何を言っても無駄だと判断したのか4人で背中合わせで目を閉じる。それから数秒で寝息を立て始める楓君達を微笑ましい物を見るような気分になりながら、倒れている棚に腰掛け楓君達が目を覚ますのを待つ事にする

 

【久遠様?私はどうすれば?】

 

リリムをスマホに戻す事も考えたが、それよりも楓君達が寝ているのなら都合が良いと笑い

 

「翼と尻尾を隠して精気を取り込んで来い。本来の能力を下回っているぞ?私に迷惑を掛けるな」

 

必要以上に私からMAGを持っていくリリム。それは精気が不足しているからだ、幸いこの近くにも男は居る。翼と尻尾を隠して精気を吸収して来いと指示を出すとリリムははーいっと嬉しそうな声で返事を返し、翼と尻尾を隠しホームセンターを出て行く、そんなリリムを見送りながら、私はチャクラドロップの入った袋を開けて2つほど取り出しそれを頬張るのだった……

 

チャプター12 近寄る悪夢

 

 




女神転生のやった事がある人なら判ると思いますが、桃子の契約悪魔は薄幸美少女の妖精ナジャです。結構好きなキャラなのでレベルを変更し変異種と言う事で登場させました。彼女のスキルは次回書いて行こうと思います、次回の内容としてはナジャや、次のバトルの相手のフラグなどを用意して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター12 近寄る悪夢

チャプター12 近寄る悪夢

 

てけてけを退ける事が出来た。その安心感と人が目の前で死んだその精神的なショックもあり、俺達はてけてけが消えると同時に殆ど気絶するように眠ってしまった……頭に異様な重さを感じながら目を開くと、外は赤く染まっていて夕暮れ時だと判った。ゆっくりと身体を起こすと、ずるりと身体から何が落ちる。なんだろう?とそれに手を伸ばすとそれは防災用の毛布……雄一郎や桃子にも同じ様な毛布が掛けられ全員横になって眠っているが、久遠教授の姿が無い

 

(久遠教授……どこへ?)

 

単独行動はあれだけ厳禁だと言っていたのに……リリムがいるから少し周囲を調べているんだろうか?と思いながら立ち上がり久遠教授を探していると、バックヤードの奥の方からリリムと久遠教授の声が聞こえて来た

 

【久遠様……いま……いる……イ……ラ様……貴女……】

 

「ご苦労……なら……も……しやすい……好……だ」

 

壁に空いている穴から吹き込んでくる風の所為でよく聞こえないが、久遠教授がこの先にいるのは間違いない

 

「久遠教授ー居ますかー?」

 

何か大事な話をしていたら申し訳ないと思い、近づかず呼びかけると

 

「楓君か?目が覚めたんだな?今行くから桃子達の方で待っていてくれ」

 

リリムがいるから大丈夫だからと言う久遠教授の言葉に判りましたと返事を返し、桃子達の方に戻る

 

「あ、あっあああ!!!」

 

「桃子!?どうした!?」

 

桃子が大粒の涙を流しながら魘されているのを見て慌てて駆け寄り肩を揺する。俺と桃子の悲鳴に雄一郎と美雪先輩も目を覚まして、これは只事じゃないと思ったのか

 

「桃子さん!桃子さん!どうしたんですか!!!」

 

「おい!桃子!しっかりしろ!どうしたんだ!!」

 

「桃!おい!桃起きろッ!!!」

 

3人で必死に声を掛けると桃がゆっくりと目を開き、呆然とした表情で周囲を見て良かったと小さく呟く

 

「どうした怖い夢でも見たのか?」

 

尋常じゃない怯えようだった。今も震えている姿を見て、背中を撫でながらどうしたんだ?と尋ねる

 

「凄く怖い夢だったんだ……でも夢だよね……うん。大丈夫、私は大丈夫だよ」

 

眠っていた筈なのに酷い疲労感を見せる桃。だけど夢だから大丈夫と繰り返し言う桃にそれ以上問い質す事も出来ず

 

「そっか、それなら良いんだけど……」

 

「全然大丈夫だよ!楓も、美雪先輩も雄一郎君もごめんね。私の所為で起しちゃったでしょ?」

 

明るく笑いながらごめんねと笑う桃にてけてけが殺した女の人の夢でも見たのだろうか?何にせよ、これ以上問いただして怖い夢を思い出させるのも可哀想だ。俺はそう判断し、久遠教授が来るまでに移動の準備をしようと桃達に声を掛け、毛布などを畳み始めたのだが

 

(夢……夢か)

 

怖い夢と聞いて、何かが頭の中に引っかかったのだがその何かを思い出すことが出来ず、ただの悪夢だったんだろうなと判断したのだが、それがてけてけよりも危険な都市伝説の悪魔からの攻撃だと気付いた俺達はその悪魔に囚われてしまっているのだった……

 

 

 

桃子さんがかなり魘されている姿を思い出し、私ももしかすると同じ様に魘されていたのかもしれない。いや私だけじゃない、楓君も笹野君も同じだったのかもしれないと思いながら毛布を畳んでいると母さんがバックヤードのほうから歩いてくるのが見えた

 

「母さん。どこに行っていたんですか?」

 

「ああ。ちょっとリリムとバックヤードをな。あそこから生存者が出て来ただろ?日記とかでもないかなって思ってな」

 

今の私達には生存者が何処に集まっているのか?とか、今までどんな状況だったのか?と言う情報が欠けているからなと呟く母さん。でも生存者と合流するつもりが無いのに、なんでそんな物を調べようとしていたのかと私達が首を傾げていると母さんは真剣な表情をして

 

「車で移動していればエンジン音がするだろ?それでどこかに停まったときに襲撃されても厄介だし、スーパーとかであるかもしれない食料や水を探している時に暗がりから襲われたりすると厄介だからな」

 

その厄介と言うのが私や桃子さん、母さんに対する危険と言う事だと判った。もし暗がりから押さえ込まれたら碌な抵抗も出来ず連れ去られたり、そのまま襲われる可能性が高い。もしどこかに生存者が集まっていると言う情報があるのならそこを避けて移動するのも必要になってくる

 

「だよな……あの男達の事を考えるとな……下手に停まるのは危険だよな」

 

「美雪先輩も桃も久遠教授も本当に単独行動だけは止めて下さいよ?何かあったら危ないですから」

 

さっきガソリンスタンドで私を見つめていた男達の下卑た視線を思い出し、思わず身震いする。好きでもなんでもない男性に触れられるのは嫌悪感もそうだが恐怖が凄まじい……触られるだけならまだしもその先をされたらと思うと恐ろしくて仕方なかった……桃子さんも同じなのか震えている姿を見て改めてどうしてこんな事になってしまったのか恐怖した。当たり前だと思っていた日常が壊れた、それだけで女性はいつ襲われるかも判らない恐怖を抱く事になるなんて……もし1人だったらと思うと本当に怖かった。楓君達と一緒で良かったと心の底から思った

 

「桃、お前が契約した悪魔の事を教えてくれよ?それで今後の戦いの方向が変わるかもしれないから」

 

「あ、そうだね。えーと……契約悪魔だよね」

 

桃子さんがスマホの契約悪魔の画面をタップして悪魔の画面を出す

 

 

ナジャ ランク☆ 変異種 

 

所持魔法

 

ディア

 

ポズムディ

 

スクカジャ

 

スクンダ

 

タルカジャ

 

ラクンダ

 

????

 

????

 

????

 

????

 

????

 

????

 

????

 

????

 

 

耐性 衝撃・光・闇

 

弱 物理・氷結

 

画面を見て初めて思ったのは????が多い事次に気になったのはランク☆っと言う所と変異種と言う種族だった

 

「☆と変異種ってなんだろ?」

 

「判らないな」

 

今まで見たことの無い表記に皆で首を傾げる。今までは数字と種族で星と変異種なんて見た事が無かった。それに聞いた事の無い魔法も多くそれについても聞きたいと思ったのですが、母さんがパンパンっと手を叩き

 

「気になるのは判るが、それは後回しだ。メルコムの店も覗いてみたいし、今日このホームセンターで一晩過ごすのか、別の場所に移動するのか?そう言うのも考えたい、ナジャと話をするのは今日の拠点を決めてからにしよう」

 

確かに日が暮れてから移動するのは危険だ。まだ明るい内にどうしようか決めようと言うのは当然の事ですね、私達はナジャと言う悪魔の事は気になりはした物の今は他にやるべき事がある。母さんの言葉に頷き、てけてけと戦う為に1度隠しておいた荷物を回収してから、1度メルコムの店へと引き返すことにした

 

【これはこれはいらっしゃいませ。お探しの物は見つかったようですね】

 

にこにこと笑うメルコム。悪魔じゃなければちょっと顔が怖いだけの人って感じなんですけど……悪魔だと思うとどうしても恐怖心を感じてしまう

 

「店の商品を見せて貰うが良いか?」

 

【勿論でございます、人間の方が来ると判ったのでしっかりと人間むけの商品も仕入れておきました。サービスプライスにてご提供いたしますので、どうぞごゆっくり】

 

そう笑って店の扉を開き、中に入っていくメルコムの後を付いて私達も店の中に足を踏み入れた

 

「あ、綺麗……」

 

桃子さんと声を揃えてそう呟く、悪魔の店だからとおどろおどろしい内装をしていると思っていたんですが、幻想的な光で満たされたファンタジーの世界その物の内装に正直驚いた

 

【そうでしょうとも、私どもメルコムはお客様に快適なお買い物を提供する事をモットーとしております】

 

椅子に腰掛け存分にご覧くださいと笑うメルコム。でも彼はお金次第と言った、高校とホームセンターで戦いマッカは拾って来たが額は判らない。私達が顔を見合わせていると母さんがマッカの袋をメルコムの机の上において

 

「すまないがマッカの数え方が判らない。額を教えて欲しい、それと色々素材か?それも拾って来た。それの換金も頼む」

 

【……畏まりました。そちらの椅子に座って暫くお待ちください】

 

椅子に座るように促され、私達はメルコムがマッカを数えてくれている間。椅子に腰掛け店の中に置かれていた商品を見ながら換金が終わるのを待つのだった

 

 

 

メルコムと名乗った悪魔にマッカの袋と悪魔を倒して拾った燃える皮や、透き通る羽を渡すと真剣な顔でそれを数えている姿を見ていると、最初に感じたもしかしたら誤魔化されると言う思いは消えていた。あの姿を見れば商人として強いプライドを持っているのが判り、嘘などはつかないと思ったのだ

 

(おい、雄一郎。あれ見てみろよ)

 

楓の視線の先を見るとそこには氷の山の中に保管されている牛肉のパックや、食パンの姿がある。あれがもしかして人間向きの商品って事か……!?値段次第だがもし買えるなら肉は食いたいな

 

「美雪先輩……あれ見てください」

 

「服ですね……あれも欲しいですね」

 

悪魔の店だから人間向きの商品など無いと思っていたが、かなりの数普通の店に置かれてもおかしくない品物があった。久遠先輩達が見ているほうに視線を向けると、無造作に置かれている服の中に下着が見えていかんいかんと頭を振る。俺だって健全な男子高校生だから女子に興味はあるが、その些細な興味で今の心地の良い空気を壊す訳にはいかない。楓も同じだろうと振り返ると

 

「あの赤い石なんですかね?チャクラドロップとは違うみたいですけど」

 

「青や緑の石もあるな……もしかすると役に立つ物かもしれないな」

 

人間の商品を俺に見るように言っておいて、なんで自分は悪魔の商品を見ながら久遠教授と話をしてるんだ?もっとこうあるだろ……色々と……楓らしいと言えば楓らしいんだが……と言うか

 

(久遠教授も久遠教授だよな)

 

久遠教授も楓の事を随分と気にしているように見える。外見こそ若々しいが、年齢は倍くらい違う筈だ。それなのに楓と話している時は酷く嬉しそうで……それこそ桃子と同じ様に見えて

 

(止めよう、これは考えるべきじゃない)

 

そんな邪見をしていてはいけない、俺が考えているような関係であるはずが無い。自分に言い聞かせるように心の中でそう呟いているとメルコムが眼鏡を外して

 

【大変お待たせしました。会計が終了しました、マッカのほうは1万と8000になります、それとこちらの素材で7000マッカ、合わせて25000マッカとなります】

 

2万5000!これはかなりの額なんじゃないのか?それこそ肉を買って、なおかつ服を買う余裕もあるかもしれない

 

【それと別口ですが、このブレスレットは良い怨みを溜め込んでおりますので後ほど物品交換をお願いしたいのですが】

 

メルコムの手の中のブレスレットを見て絶句する。あれって……てけてけの手首にあった物に似ていると思うんだが

 

「ああ、てけてけとか言う悪魔の遺品だ。良い物か?」

 

【勿論でございますよ、ただ買い取るとなると額のつけようが無いので物品交換と言う事でなにとぞ、その変わり当店の商品の値段をいくらか勉強させて頂きますので、今後ともごひいきの程を】

 

てけてけのブレスレットを拾って、それをさも当然のように売却しようとしている久遠教授に俺達は思わず絶句してしまうのだった……

 

「ふむ。安いな、桃子と美雪は服をいくつか選んでおけ、どれでも一律20マッカ。悪魔の価値観ではボロキレと同じだ、多いくらいで丁度いいだろう、サイズの合う下着と合わせて好きなのを選べ、あんまり派手なのは駄目だぞ。美雪」

 

「か、母さん!?」

 

下着を選べと言われて顔を赤く染めながら久遠教授の名前を呼ぶ久遠先輩。何となく気まずい気分になりながら、楓と共に久遠先輩達から目を逸らす

 

「こ、こっち見たら駄目だからね!雄一郎君!楓!」

 

慌てた様子でこっちを見たら駄目だと言う桃子に判ってると返事を返し、服が置いている場所から離れる

 

「初々しい事だ。別に誰に見せる訳でもあるまいし、なぁ?」

 

「「ソウデスネー」」

 

ああこっちも初々しい事だと笑う久遠教授は人間向けの商品を見ながら楽しそうに笑っている。皆で生き残ろうという話で意識しないようにしているのに、意識するような事を言うのは本当に止めて欲しい。桃子も久遠先輩も間違いなく美少女なのだから、一緒に居るだけでも俺は正直かなり緊張しているのだから

 

「旅行鞄とかもあるな……雄一郎。かなり安いぞ?」

 

「そ、そうだな」

 

意識を切り替える為か商品を見始めた楓の隣で商品を見る。確かにバッグとかでも5マッカとか書かれている辺り、人間の商品はかなり安いようだ……その中に愛用していたスポーツバッグと同じ物を見て、あえて考えないようにしていたお袋と親父の事を思い出す

 

(お袋と親父は大丈夫か……)

 

温泉旅行に行くと言って悪魔が現れる2日前に出かけた2人。温泉に向かった先で悪魔と遭遇して無ければいいんだがと思う。だがそれを言うと楓と桃子の両親は出雲だ……神無市にいないのだからきっと無事だ、そうに違いない

 

「雄一郎?どうかしたか?」

 

「あ、いやなんでもない。良いバッグだと思ってな、安いし買っておくか?探索に役立ちそうだ」

 

両親の事を心配しているのは楓達も同じだ、そんな弱気な事を口にする訳にはいかない。明るい口調でいい物を見つけたと俺は笑って誤魔化す事にした

 

「食料もあるか……肉は最近食べてないから買っておくか」

 

服や鞄の調達を一度終え、メルコムに預けた後今度は食料などを見る事にした。どうせこの状況だ、保存なんて聞く訳も無いので食べきれる量を選ぼうという話だ

 

「パンは少し欲しいかも……」

 

「ですね……母さん買っても?」

 

パンは賞味期限を良く見て選べと言う久遠教授の言葉に頷き、食パンを調べている桃子と久遠先輩。俺と楓は米が無いか?と探していたが

 

「やっぱりないか」

 

「パンだけでもよしとするべきだろ」

 

米があれば最高だったんだがな……だがそれは高望みしすぎかと笑い、乱雑に置かれている商品の中から、賞味期限などを見ながら楓と共に探し始める。ここの所、乾パンとかだったが今日は良い物が食べれそうだと思うと、俺も楓も自然と笑みを浮かべてしまうのだった……

 

 

 

メルコムに会った時適当に人間用の品を適当に集めておいてくれと頼んだが、ここまでやってくれるとは……流石メルコムだと心の中で呟く。食料に服、それに鞄等も恐ろしい数を集めてくれていた。服の山から自分の下着と服を何枚か選んでおく、何処かのデパート等で入手することも考えていたので、これは助かった

 

(ただ男女の服が適当と言うのは流石に頂けないが)

 

そこまでの配慮を頼むのは流石に酷だと思うが、楓君や雄一郎君が自分の着替えを探していてショーツやブラジャーを見て赤面しているのを見て可愛いと思ったが、少し可哀想だとも思った。特に楓君は可哀想だったな、桃子に頬を抓り上げられていたからなと苦笑しながら服を選び終える

 

「預かっておいてくれ」

 

【畏まりました】

 

まだ選ぶべき物がある寧ろ。今回の買い物のメインと言える……下着を含めた服をカウンターの上に預け

 

「待たせたな。じゃあそろそろ悪魔の品を見てみようか」

 

かなりの品揃えだったが、メインは悪魔の品。それを見てみようかと楓君達に声を掛け陳列されている棚へ向かう

 

「値段がかなり違いますね」

 

「ですね、文字通り桁が違います」

 

人間の品は高くても80マッカ。それに対して悪魔の品は安くて200マッカと根底から値段設定が違う

 

「久遠教授。もし買うとしたらどんな品を買うんですか?売り物で判るのチャクラドロップくらいなんですけど」

 

「そうだな。折角の店なのに、それでは勿体無いな、メルコム。簡単な商品の説明などは頼めるのか?」

 

【勿論でございます。少しお待ちください】

 

カウンターから笑顔で出て来たメルコムは私達の目の前に置かれている色とりどりの石を手にして

 

【こちらは魔法石でございます。赤い石はアギラオ、青い石はブフーラ、緑の石はザンマ、黄色の石はジオンガと言って、悪魔の魔法の力を封じ込めた物になります、こちらの装飾が施された物はマハ・ラギなどの全体魔法を封じ込めた物で使い捨てになりますがお役に立つと思いますよ】

 

魔法石か……使い捨てにはなるが、それなりに便利な物だな……ただ安くても1500マッカからか……資金が心元無い事もあり渋い顔をしているのに気付いたメルコムが開店記念キャンペーンですと笑い、小さな箱にマハのアギ・ブフ・ジオ・ザンの石を詰め込んで

 

【特別価格。今回に限り1500マッカ、魔法石の詰め合わせいかがでしょうか?】

 

商売上手だと苦笑する、これでは断れないな。素材にしてもそれなりの価格で買い取ってくれているし

 

「判った貰おう」

 

【お買い上げありがとうございます、ではこちらのほうは私の方でお預かりをいたします。続きまして解毒石、金の針などの状態異常に関する商品を全て5つほど詰め合わせにして、2000マッカ!おいかがですか?】

 

参った本当に商売上手だと苦笑しながらそれも貰うよと口にする。その内必要になるのは判っている、ならば安く買えるときに買っておくべきだ

 

「武器とかはあるのか?」

 

【武器ですか……あることはありますが、人間用の武器でして……それほど性能の良い物では……】

 

申し訳無さそうに言うメルコムだが、それで良かったと思う。行き成り性能の良い武器を手にしても扱いきれず、楓君達が怪我をする可能性を考えれば練習に適した武器。そう思えば丁度良い

 

「それで良い、見せてくれ」

 

【判りました。こちらです】

 

メルコムに案内された場所には数本の鉈と木刀。後はナイフがおかれていた、確かに武器としては心許ないが行き成り切れ味のいい武器を手にするよりかはよほど良いだろう

 

「試し振りはしてもいいのか?」

 

勿論です。私はカウンターでお待ちしておりますので、ごゆっくりと笑うメルコムはそのままカウンターへと戻って行く

 

「とりあえず、楓君と雄一郎君。鉈を持ってみてくれ」

 

木刀を使うくらいなら鉈を使ったほうがよほど効率が良い。2人にそう声を掛けて、私はナイフを見る

 

(まずまずか……10得ナイフとかではなく、普通のサバイバルナイフ……しかも鞘つきなら丁度良い)

 

鞘が無いのなら持ち運ぶのに不便だが、鞘があるなら持ち運びにも便利だ。それに値段も50マッカと良心的だ

 

「久遠教授。ちょっと重いですけど……使えない事は無いです」

 

「刃は刃こぼれしてるみたいで、切れ味は期待できないですけど、これなら重さで叩き切れるかも……」

 

試し振りをしていた楓君と雄一郎君が使えそうですと言うので、じゃあそれを買うかと呟き、美雪と桃子に丁度いいナイフを2本選んで

 

「美雪、桃子。護身用だ、持っておけ」

 

「で、でも母さん「美雪。何があるか判らないんだ、襲われたときの事を考えて持っておけ」

 

刃物を持つことを怖がっている美雪に強い口調で言うと、怖がりながらナイフを手にする美雪。桃子は銃を撃った事もあり、美雪ほどは怖がらずナイフを手にする

 

「後でそれの身につけ方を説明する。太ももとかにつけるタイプの鞘だから楓君達には刺激が強いだろうかな」

 

うっと呻く楓君と雄一郎君に笑いかけながらカウンターに向かい支払いだと言うとメルコムは算盤を叩きながら

 

【1万1540マッカとなります】

 

「では頼む」

 

マッカの袋を渡し、値段だけ受け取ってくれと言うと畏まりましたと頭を下げ、袋からマッカを取り出す

 

【お買い上げありがとうございます。メルコムの雑貨店は他の場所にもございますので是非別の店にもお足を向けていただければ幸いです】

 

それとこちらはあのブレスレットと交換の純度の高い魔石20個とチャクラドロップ30個でございますと言って差し出された木箱を受け取り、私達はそのホームセンターを後にし本日の寝床を探す為に移動を始めるのだった……

 

 

 

ホームセンターを後にして10分ほどで見つけたどこかの警備会社の3階建てのビルを見つけ、その中で一晩を過ごす事になった。地下駐車場なので車を止めて、いつものようにコロポックルの氷で出入り口を塞ぐ。他のビルもあったが、ピクシーとリリムの偵察で悪魔も人間の気配も無いと言うこのビルが1番安全だろうとなったのだ。それに不自然の氷を作ることで悪魔がいると教える事で、人間が侵入することも無いだろうとの事だ。車から家庭科室から持ち出したフライパンと調味料。そしてメルコムの店で買った肉とパンを手に、ビルの2階の守衛室で夕食の準備をする

 

「家庭科室の調味料を持ち出して正解だったな……」

 

ステーキ肉を慣れた手つきで焼いている久遠教授。全然食べてなかった肉に加え、ステーキ。俺も雄一郎も早く食べたいと思いながら身体を休める為のテントを用意する、俺は雄一郎は毛布だけで十分だが、久遠教授や桃に美雪先輩は女性なのでそこらへんの配慮は当然ながら必要だからだ

 

「カップラーメンはどうする?」

 

ヤカンで水を沸かしていた桃の問いかけに、醤油と返事を返しテントの骨組みを用意する。美雪先輩はパンをトースターに入れている。今日の夕食はステーキサンドらしいなと

 

「久しぶりの肉だから本当に楽しみだな」

 

「ほんとだな。出来れば米で食べたいけどな」

 

そう笑う雄一郎にそれは我侭が過ぎるぞ?と笑いながら俺と雄一郎で協力してテントをくみ上げる作業を進めるのだった……

 

「すまないが、私は少しばかり調べものがあるので2時間ばかりこのビルを出る」

 

ステーキサンドと暖かいカップラーメンと言う夕食を終えた辺りで久遠教授が突然そんな事を言い出す。一瞬呆けたが

 

「久遠教授!?あれだけ単独行動は駄目だって言ってたじゃないですか!調べ者なら俺達も一緒に行きますよ」

 

「そうですよ母さん!もう日が暮れてしまったんですよ?女性が動くのは危険すぎます」

 

俺と美雪先輩が真っ先に大きな声でそう叫び、それに続くように雄一郎と桃が口を開く

 

「久遠教授。調べ物があるなら明日皆で行きましょう」

 

「そうですよ、幾らリリムがいるからって1人で行動するのは危険すぎます」

 

皆でやめてくださいと久遠教授を止めるが、久遠教授は出来るならそうしたいんだけどなと呟きながら

 

「あいつは人嫌いでな。私の娘と教え子だと言っても嫌がって会ってもくれない可能性があるんだ、だがかなりの情報通だから話は聞いておきたい、もしかすると他の街の情報を知れるかもしれない」

 

ライフラインは通じているが、TVやラジオは使えない。だからどこへ向かえば助かるのか?そこを知る必要があると説明されたが、それでも納得出来る物ではない

 

「大丈夫だ。心配するな、2時間で戻る。楓君達は休んで居てくれ、状況次第では早朝から動く事になるから」

 

これは決定事項だから覆る事は無いと言い切られ、俺達は納得はしてない物の判りましたと返事を返した

 

「すまないな。心配を掛けるが、大丈夫だ。必ず私は戻る」

 

そう笑って出て行く久遠教授。俺達は納得出来ない物を感じながらも、美雪先輩と桃はテントで、俺と雄一郎は毛布を被ってカソ達に警戒を頼み眠る事にしたのだが、この眠りが最悪の悪夢を齎す事となるのだった……

 

次は~活造り~~活造り~

 

 

 




チャプター13 夢の中の殺戮者

次回はまたてけてけに続き、都市伝説の悪魔が出て来ます。最後の言葉と夢と言うキーワードでもう判ると思いますけどね、結構やばいあれです。もしかするとチャプターを2つくらい使うかもしれないです、それと単独行動をとっている久遠教授も何をするつもりなのか、楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター13

 

 

チャプター13 夢の中の殺戮者

 

久遠教授が1人で街へ出ると言うのは凄く不安だったけど、力強い笑顔で必ず戻る言ったので信じて待とうと思い。美雪先輩と一緒にテントの中で毛布に包まり目を閉じると疲れもあっただろうけど、美味しいご飯を食べたと言う事もあり、久遠教授は心配だったけど直ぐに眠ってしまった

 

「えっ!?」

 

それはホームセンターで眠っていたときと同じ夢……夢だと判っているのに妙に意識がハッキリしている。薄暗い無尽駅……もしこれがあの夢の続きなら……そこまで理解した所で恐怖で身体が震え始める

 

『間もなく電車が参ります、間もなく電車が参ります……その電車に乗れば貴女は恐ろしい目に会いますよ~』

 

生気の無いぼそぼそとした男性の声。怖がる私を嘲笑うかのよう声が聞こえたと思った瞬間、目の前に電車が停まる。逃げなくてはと思い背を向けるが

 

「嘘ッ!?」

 

私は電車に背を向けたはずなのに、何時の間にか電車の中に乗っていた。慌てて電車から出ようとするが、電車は走り出してしまう

 

(これ……絶対あの時の夢の続きだ)

 

ただの怖い夢だと思って楓に相談しなかったが、今なら判る。これも悪魔の攻撃だったのだと、電車の中には私以外に何人も乗客が乗っていたが、やはり顔に生気は無く何処を見ているのか判らない

 

『次は活造りー活造りー』

 

『ぎゃああああああああッ……』

 

活造りの声の後にボロボロの服を纏った小人が現れ、生きたまま男性を切り裂いていく

 

「うっぷ」

 

噎せ返るような血の匂いに吐き気を感じていると今度は抉り出しー抉り出しー

 

『きゃあああああああッ!!!』

 

「い、いやあああああああ!!!」

 

目の前の女性の目玉がスプーンで抉り出される。その目が私のほうに飛んできて、思わず悲鳴を上げた瞬間

 

「桃ッ!桃!!起きろ!!!どうした!!」

 

「桃子さん!桃子さん!どうしたんですか!?」

 

楓と久遠先輩の私を呼ぶ声が聞こえたと思った瞬間。私はテントの中で横になっているのに気付き、心配そうにこっちを見ている楓を見て

 

「楓ッ!助けてッ!」

 

「っとと、どうした?怖い夢を見たのか?」

 

楓に抱きつきながら助けてと叫ぶと困惑した表情でどうした?と尋ねて来る楓に

 

「で、電車の中で……い、活造りとか……抉り出しとかで……人が死んでいって……」

 

私が夢の内容を話すと、楓は顔色を変える。やっぱりこれも都市伝説であるの?

 

「美雪先輩!着替えてください!俺は雄一郎を起します!」

 

そう避けんでテントを出て行く楓。これはもしかし物凄く不味い状況

 

「桃子さん。とりあえず着替えましょうか」

 

「は、はい」

 

パジャマに着替えていたわけじゃないけど、外に出れる服装ではないので慌てて制服に着替えてテントの外に出る

 

「ふわあ……悪魔の襲撃か?」

 

欠伸をしている雄一郎君の頭を叩いた楓は充電器からスマホを外して、私達に手渡しながら

 

「間違いない、桃が見ているのは猿夢だ」

 

「「「猿夢?」」」

 

私達が首を傾げると楓は深刻そうな顔をして猿夢の説明をしてくれた、それは必ず死ぬとされる悪夢。活造り、抉り出し、挽肉と進んで行き目覚める事が出来なければ死んでしまう夢だとその説明を受けてガタガタ震えてしまう。今は目覚める事が出来たが、もしそうじゃなかったら私も死んでいたことに

 

「か、楓君。対処法は?」

 

「対処法はありません……だけど、夢の中で退ける事が出来れば……この都市伝説は夢を見ている人と手を繋いで眠れば、同じ夢の中に行ける筈。俺は……行きます。桃を死なせる訳には行かないから、雄一郎と美雪先輩はどうする?」

 

楓が私の手を握り締めながら言う。痛いほどに握り締められたが、それは私を助けようとする楓の意思だと思ってその手を握り締める。本当は楓を巻き込みたくないからその手を放すべきだと思った、でも楓は私が話そうとしているの気付くと更に力強く握り締める。放さないと言っているように思えたから、逃げようとするのを止めて楓の手を柔らかく握り返した

 

「悪魔を連れて行くことは?」

 

「多分召喚して触れていれば一緒に行けると思います」

 

でも可能性の話だから嫌ならいいです、俺だけでもと言う楓に美雪先輩と雄一郎君は

 

「何を言っているんですか?私も行きます」

 

「ああ、桃子を死なせる訳には行かない、勿論お前もだ。楓」

 

力強く言う2人に続くように楓が私の目を見て

 

「絶対助ける、皆で生き残ろう……」

 

「う、うん。ありがとう、皆」

 

思わず泣いてしまった私の頭を楓は優しく撫でて、絶対大丈夫だと力強く微笑む。

 

「じゃあ皆手を繋いだな?カソ達は足でもどこでもいい、俺達に触れていてくれ」

 

カソ達を呼び寄せカソ達が足や腰に触れる。そして私達は4人で手を繋ぎ目を閉じると、どこかに落ちていくような感覚

 

『次は活造りー活造りー今度は逃がさない』

 

頭の中に先ほどの電車の中で聞いた精気のない男性の声を聞きながら、私達の意識は闇の中へと落ちていくのだった……

 

 

 

 

何処までも沈んで行くような感覚の後、急速に意識が浮上してくる。視界に飛び込んで来たのはボロボロの無人駅の姿だ……そして両手に感じる人の体温。桃と美雪先輩。そして真向かいにいる雄一郎の姿

 

「皆……だよな?」

 

ここはもう猿夢の支配する世界だ。もし誰かが猿夢にすり替わっていてもそれが俺達には判らない。桃達が不安そうな顔をしているのと同じく、俺も不安そうな顔をしていたが

 

【ワレガしょうめいする。ワガケイヤクシャだ】

 

【ではワシも、雄一郎はワシの契約者じゃ】

 

【はーい、美雪もだよ。私の契約者だよ】

 

【桃子もそうだよ。私の契約者さん】

 

俺達が契約している悪魔達がそれぞれ間違いないと証言してくれた事で漸く安堵の溜息を吐き、繋いで居た手を放す

 

「皆一応持ってきたものがあるか確認しよう」

 

久遠教授が居ない、この状況を俺達だけで解決しなければならない。ちゃんと眠る前にもってきた物があるか?と確認しようと言うと雄一郎が不思議そうに首を傾げながら

 

「だけどこれは夢なんだろう?現実で身につけていた物があるとは……あ、ある」

 

雄一郎が見につけていたスマホと鞘に納めた鉈がある、俺もスマホに鉈それと魔石などもしっかりと身につけている

 

「多分夢だけど夢じゃないんだ。現実とこの夢は繋がっている……んだと思う」

 

確証は無いけど、その可能性が高い。だってそうでなければ現実で召喚したカソ達が一緒にいる理由が説明出来ない、だからこれは夢ではあるが夢ではない。ここでの死は現実での死……なんとしても猿夢を撃退し、この悪夢から脱しなければならないのだ。

 

『けけけけっ!そっか……お前達は悪魔使いか!!けけけけけっ!!!』

 

突然聞こえて来た嘲笑う笑い声を聞いて、鞘から鉈を抜き放ちそれを構え周囲を警戒する

 

『いいよ、いいよ。始めようか?ボクとお前達のゲーム!お前達が夢から脱出すればお前達の勝ちだ!さーゲームスタートだ!

 

【次は活造りー、活造りー】

 

悪魔の声の後に電車のアナウンスが響き、電車が俺達の前に停まる。そしてそれと同時に無人駅が消えて行く、乗り込めという事か……お互いに目配せをし、俺達は電車の中に乗り込む。それと同時にゆっくりと走り出す電車……スピードはそれほどでもないが、震動はかなり激しい。バランスを崩しそうになるのを踏ん張って耐えながら桃と美雪先輩に注意を口にする

 

 

「桃、美雪先輩。間違っても椅子に座らないでくださいね」

 

「は、はい、わ、判っています」

 

「きゃっ……、で、でもこれ結構きついよ」

 

この電車の中は愚か、この世界全てが猿夢の領域だ。何があるのか判らないから、電車の中の物に触るのは控えるべきだ

 

【判った。じゃあ、私が手を繋ぐよ。転んだり、物を掴んだりしない様にね?】

 

桃の契約悪魔のナジャが美雪先輩と桃と手を繋ぐ、見た目は少女でもそこは流石悪魔だ。かなり揺れている電車の中でも微動だにせず桃と美雪先輩を支えてくれている。これで一安心だな

 

「カソ、悪魔の気配はするか?」

 

【……ミョウナケハイはする……このハコノなかゼンタイカラ】

 

やっぱりこの電車自体が猿夢か……ただ猿夢なら他にも犠牲者が居る筈なのだが、それらしい姿は無い。つまり活造りや抉り出しと言う殺す為の放送が流れたら俺達を襲ってくるという事か……

 

「先に進んでみるか、このままここで猿夢の行動を見るか?どうします?」

 

猿夢を見た人間は必ず死ぬ。それがこの都市伝説の流れだ、進んでも危険だが、このままここに居ても危険だ。行動に出るか、向こうが行動出るのを待つか?どうします?と尋ねると美雪先輩は考え込む素振りを見せてから

 

「進みましょう。確か猿夢はどこかで窓から飛び降りる事で目覚める事ができるって言うパターンもあったはず。ここの窓は割れていて外には出れませんから」

 

そう言われて見るとここの窓はかなり歪な形で割られている。美雪先輩の言う通り窓から脱出するパターンもあったので、脱出しやすい窓を探すべきかと思い。最後尾の車両から前の車両へ移動する

 

「見た所、何も見えないな」

 

「油断するな、雄一郎」

 

次の車両へ続く扉の窓を見て扉を開こうとする雄一郎の手を掴む。ここは猿夢が支配者だ。それこそ最後尾を過ぎたら、そこから人間を惨殺する小人が出てくる可能性もある。だが先に進まなければ何も判らないが、容易に進むのは危険すぎる

 

「カソ。アギ」

 

『アギ』

 

カソに魔法を使わせて扉ごと粉砕する。扉が炎で吹き飛び隣の車両が見えた瞬間。桃と美雪先輩が小さく悲鳴を上げる

 

【【ケタケタケタ】】

 

2人の小人が両手に鉈を持ち人間を引き裂いていたのだ。それを見て扉を開かなくて良かったと安心すると同時に小人が動き出す前にとカソに指示を飛ばす

 

「カソ!行けッ!ひっかきだ!」

 

【マカセロ!】

 

カソは弾丸のように飛び出すと炎を纏った爪で小人を吹き飛ばす。だが大したダメージが通っているようには見えないが、次の車両に移動する隙は出来た

 

「雄一郎!前に出るぞッ!」

 

「ああ!!」

 

小人達が美雪先輩と桃の方に行けない様に、車両同士の出入り口の前に立ち迎え撃つ構えを取ると、小人が態勢を立て直し鉈を振りかざし、飛び掛って来たのを俺と雄一郎も鉈で受け止めたのだが……

 

「「ぐうっ!?」」

 

【【ケタケタッ!!!】】

 

思わず苦悶の叫びを上げてしまった。外見からは想像も出来ないその重さと圧力に膝が折れそうになるが、歯を食いしばり必死にそれを耐える。ここで押し切られたら桃と美雪先輩が危ない。それが判っているから膝を付く事なんて出来ない。カソとコロポックルがアギとブフを放つが、小人はそれを受けても平然としている。こ、このままだと不味い……ッ!そう思った瞬間桃の声が電車の中に響き渡る

 

「ナジャッ!タルカジャッ!」

 

【OKッ!いっくよーッ!】

 

『タルカジャ』

 

ナジャの放った光が俺に当ると急に重いと思っていた小人が外見通りの重さに感じた。これなら行けるッ!!!

 

「おおおおおッ!!!」

 

【!?】

 

その場で力強く踏み込み、鉈を振るう重い金属音を響かせて弾け飛ぶ小人の鉈。それと同時に前に踏み込みながら拳を握り

 

「ぶっとべえッ!!!」

 

【げばあッ!?】

 

何かを砕く確かな感触と、小人が苦悶の悲鳴を上げて吹き飛ぶ。小人が消え去るのを確認せず、今度は雄一郎を押さえ込んでいる小人の頭に鉈を叩き込む

 

【!?!?】

 

まるで豆腐でも切り裂くような感触で小人が両断され消滅する。俺が殴り飛ばした小人も暫く苦しんでいたと思ったら溶ける様に消えて行く

 

「凄いなタルカジャって」

 

呆然とした様子の雄一郎にそうだなと呟く、自分でも信じられないほどに力が上がった。それは今も続いていて……これだけの効果なら移動するときに俺と雄一郎にタルカジャを掛けてくれれば安心して移動出来る。そこにラクカジャも掛ければ更に安心感は増すだろう

 

「桃、雄一郎にもタルカジャ……を?」

 

雄一郎にもタルカジャを頼むと言おうとすると、浮き上がるような感覚がした。そして気が付けば俺達は電車の中ではなく眠ったはずのビルの中にいた。

 

「お、終わったんですか?」

 

「そうなんですかね?」

 

小人は倒したが、余りに呆気なさ過ぎる。だがビルの中に居ると言う事は悪夢が終わったと言う事で思わずその場にへたり込む

 

「結構やばかったな」

 

「そうだな」

 

雄一郎の言葉に相槌を打つ。ナジャの力が無ければ、あのまま小人に切り裂かれていて死んでいた……俺も雄一郎もそれが判っていたから揃って安堵の溜息を吐く

 

「桃子さん良かったですね。これで安心ですよ」

 

「はいッ!皆ありがとう!」

 

そう笑う桃を見ていると違和感を覚えた。これだけ話をしているのにカソ達の声が聞こえないのだ、俺達と一緒にいたのだからカソ達もここに居る筈なのに……スマホの画面を見ると召喚中の文字が浮かんでいる……

 

「あ、母さん。用事は終わったんですか?」

 

「ああ、終わったよ。美雪」

 

扉が開き久遠教授が姿を見せる、だが胸の中を埋め尽くす嫌な感じは今も消えない……寧ろ久遠教授を見た事でその嫌な感じが強くなった。おかしい、これは絶対におかしい。慌てて立ち上がり、窓の外を見るとこっちに走ってくるカソ達の姿を見てまだ夢が終わっていないと確信した

 

「美雪先輩駄目だッ!近寄っちゃいけないッ!!!」

 

久遠教授に駆け寄ろうとしていた美雪先輩にそう怒鳴りつける。久遠教授は二ヤアっと絶対に浮かべるはずの無い邪悪な笑みを浮かべると、久遠教授の姿は4人の小人が肩車をしている姿へと変化する、馬鹿にするように笑う小人が呆然としている美雪先輩に飛び掛るのを見て、俺は咄嗟に手にしていた鉈を小人達へと投げつけながら叫んだ

 

【【【【ケタケタケタッ!!!】】】】

 

「まだ猿夢は終わってないッ!!!」

 

タルカジャで強化されていた事が幸いしたのか、俺の投げつけた鉈は小人達を纏めて吹き飛ばし、ビルの出入り口の扉に突き刺さる

 

「ま、まだ終わってない!?」

 

「桃!美雪先輩!ビルから出るんだッ!雄一郎!俺が最後に出る!お前は2人を連れて外に出ろッ!」

 

「わ、判った!桃子!久遠先輩ッ!こっちです!」

 

ビルの中は狭すぎる。小人なら問題無いが、俺や雄一郎では鉈を振るう事が出来ない。そうなると避けるしか出来なくなる、早くビルから出るように叫ぶ。雄一郎が2人の前を走り、この部屋を出る。吹き飛ばされた小人はまだ起き上がる気配が無いのを見て、俺も走り出し扉に突き刺さっている鉈を抜いて雄一郎達の後を追ってビルを出ると

 

「嘘……だろ!?」

 

ビルから出たはずなのに、俺達は再び電車の中に居た。足元にはカソ達が居て、雄一郎達も呆然とした表情をしている。ビルの外に出たと思ったら電車の中にいる……訳が判らない。自分がパニックになっているのが判るのだが、混乱しすぎて声すらも出ない

 

『まーだだよ。夢と現実お前達が見ているのはどっちでしょー?』

 

【【【【けたけたけた】】】

 

嘲笑うかのような奇妙な声……そして前の車両から鉈を持って現れた大量の小人……悪夢はまだ終わらない……

 

 

 

念の為の細工を施してから楓君達をビルに残し、私はある場所に向かっていた。リリムが情報収集を行い、そして私の事を伝えてくれていたからか、目的の人物はビルを後にして数分で見つけることが出来た。この場には似つかわしくない紅いドレス姿の少女は私を見ると嬉しそうに笑いながら駆け寄ってくる

 

「すまないな。わざわざ」

 

「いえ、構いません。リ「久遠だ」失礼。久遠様の御呼び出しですもの、何を差し置いても参上致しますわ」

 

私の言葉に失礼しましたと頭を下げた少女はこちらですと笑い。私をある場所へと案内する

 

「良くやるな……」

 

「私の居城ですもの、妥協は致しませんわ」

 

神無市でも有数の高級ホテル。それを自分の城に改造している少女に苦笑しながら

 

「お前は変わらないな。イザベル」

 

「当然ですわ。私は何よりも美しく、そして偉大でなければならないのです」

 

私よりもか?と尋ねるとイザベラは久遠様の次でよろしいですと呟く。その仕草に笑みを零しながらイザベラの案内でホテルの中を進む。血の染みを必死に落としているタキシード姿の男達を見ながら、相変わらず綺麗好きな奴だと思いながら最上階へ続くエレベーターに乗り込み最上階のイザベルの部屋へ向かう。

 

「ワインはどうしますか?」

 

「いや、構わない。直ぐに出る」

 

そうなのですかと落胆した様子のイザベルにすまないなと思いながら話を進める

 

「それでこの街はお前がいるようだが、他には誰が一緒に来た?」

 

「別行動ですが、不死身の馬鹿が居ますわ。目障りですから他の街へ追い出しましたが後は何体か出て来たようですけど、私は知りませんわ。偶然あの馬鹿が近くに居たのを見かけただけで」

 

あいつは美しくないと言うイザベルに苦笑する、プライドの高さもそうだが己を磨く事を好み、停滞を嫌うイザベルは他の奴らとはやはり違う。

 

「天使のほうは?」

 

「天使ですか?この街に来たのは消し飛ばしました、目障りですもの。人間は醜いですが、天使はそれよりもなお醜悪ですわ」

 

人間は醜いか……楓君達を連れてこなくて正解だったなと苦笑する。だがいつかはバレるので先に伝えておくか

 

「イザベル。私は今人間を育てているのだが?」

 

「え?な、何故ですか!?」

 

明らかに不機嫌そうな顔をして立ち上がるイザベルに座るように促す

 

「目的があっての事だ。素晴らしい逸材が居るんだよ。イザベル、お前も見れば気に入るよ。今度紹介しよう」

 

「久遠様が仰られるなら……会うだけくらいなら……」

 

明らかに納得していない表情のイザベルだが、きっと見れば気に入るだろうな

 

「それで申し訳ないのだが。私達はもしかするとこの街を出る、その時に襲撃は止めて欲しい」

 

自然発生の悪魔ならまだしも、イザベル配下の悪魔に襲われては楓君達では対処出来ない。死なれては困るので止めてくれと言うとイザベルは判りましたと頷き

 

「その変わりまた尋ねて来てください。久遠様」

 

「ああ、判ってるよ」

 

既に私の手を離れているのに、それでもまだ私を慕ってくれているイザベルを見つめていると、ピリッとした電撃が走る。音を立てて椅子から立ち上がる

 

「久遠様?」

 

「すまない、教え子が襲われている。申し訳ないが、ここで失礼する」

 

あのビルから楓君達が出たのを確認した、2時間以内に戻ると言った上に疲労で目覚めるはずが無い。それなのにビルを出た……それは私の結界をすり抜ける事が出来る悪魔に襲撃されたか、それとも自分達で外に出たか?の二択だが。前者の可能性はまず無い、イザベルの配下の悪魔は私の魔力を知っている、つまり私に敵対すればイザベルに殺される事が判っているので襲うわけが無いとなると後者になる、精神感応系の能力を持つ悪魔かそれとも都市伝説の悪魔か……どちらかはわからないが不味い状況なのは確実だ。早く合流しなければ

 

「そ、そんなあ」

 

明らかに落胆しているイザベルにすまないと謝り駆け足でエレベーターに乗り込み、楓君達が居るビルへと走っていると、廃墟の影から何かが投げられる。舌打ちしながら立ち止まり

 

「ちっ!何者だ!」

 

私がそう怒鳴ると下卑た視線を私の身体に這わせながら、崩壊した建物の影から何人もの男達が出てくる。見れば手には猟銃やマチェットなどが握られている。

 

「へっへ、あのホテルには良い女が隠れてるって言ったろ?」

 

「ほんとでしたねぇ!待ち伏せをしてて良かったぁ」

 

「おとなしく俺らの言う事をきけば痛い思いはしなくて済む、むしろ、最高に気持ちいい思いができるぜ?!ギャハハハハ!」

 

「リーダー、早くヤろえぜ?オレ我慢できねえ」

 

「俺も俺も」

 

蛆虫の糞にすら劣る男どもが近付いてくる。人が焦っていると言うのに……激しい苛立ちを感じる。どうしてこんな馬鹿共に足止めをされなければならないんだ。

 

「大人しくしろよ?長く楽しみたいからな」

 

「足だけにしろよ?胸や顔に当てるんじゃねえぞ?萎えるからな」

 

じりじりと近寄ってくる男達。荒い呼吸をしながらにじり寄って来る屑共を見て

 

「消えろ、今の私は機嫌が悪いんだ」

 

私の言葉に男たちは、「は?」や「なんて言ったんだ?」とか言っている、急に吹いた突風で周囲が暗闇に満ちたのと同時に私は、軽く身体を捻り、その場から走り出した。月夜に照らされたその廃墟は辺り一面、真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 




チャプター14 神堂との遭遇

今回は少し短めの話となりました。もう1度楓達の視点を入れようと思ったのですが、長くなると思ったので丁度良いここで1度切ることにしました。久遠教授はもう判ると思いますが、カオス陣営ですね、多分正体も判っていると思いますが、口にチャックでお願いします。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター14 

 

 

チャプター14 神堂との遭遇

 

建物の影に隠れながら私達は荒い呼吸を必死に整えていた。気が付いたら私達はあの警備ビルから出ていた。最初は夢かと思ったのですが、どうも寝て、起きて、寝て、起きての繰り返しで自分が寝ているのかおきているのか判らず。悪魔から逃げる為に自分達でビルの外へと出てしまったようだ

 

「久遠教授。心配してるかもしれないですね」

 

楓君がやっと息を整えたのか、苦しそうにそう呟く。時間的には母さんがビルを出てから1時間と40分ほど……もし戻ってきて私達が居なかったらさぞ驚くだろう

 

「それよりもだ。今は寝てるのか?起きてるのか?どっちだと思う」

 

「判らん」

 

笹野君の言葉に判らないと即答する楓君。寝ている間も起きているもカソ達が側にいてくれているので襲われる事はないですが……無防備に寝ている所を見られているかもしれないと思うと流石に少し怖かった。ここまで走ってくる間に見た血痕や喰い散らかされた人間の手足、それは出来れば夢であって欲しいと思ってしまう

 

「これが夢なら、どこかから小人が出てくると思いますよ」

 

だから小人が出てくればこれは夢と言うことになるのですが、小人の姿は見えない。だからあそこで見える、骨の見えている人間の腕は間違いなく本物の人間の死体と言う事で顔から血の気が引くのが判る。こういうことがあるというのは判っていたつもりなのに、こうして目の前にするとパニックになりそうになる自分がいるのがいて、1番年上の自分がパニックになるわけには行かない。深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着ける

 

「そ、そうですね……はぁ……はぁ……」

 

あの鉈やチェーンソーで武装した小人。それが悪魔が居れば夢、居なければ現実。それしか判断材料が無い……それに桃子さんに限界が見えてきている、寝ていても起きていても走り回っている。寝ている間は肉体的な疲労が無いとしても、精神的な疲労は積み重なっていく。

 

「じゃあ今は現実ですね。10分経ちましたけど、小人が来ませんから……とりあえず、桃。水だ」

 

「う、うん……あ、ありがとう」

 

楓君から水のペットボトルを受け取り、ゆっくりと口に含む桃子さん。野球部である雄一郎君でさえ疲労が見えている、元々保険委員でしかも運動神経もそう良くないと言う桃子さんにはそろそろ限界が見えてきたかもしれない

 

「……これ、確証は無いんですけど……猿夢だけじゃないかもしれないです」

 

息を整えた楓君が手帳を開きながらそう呟く、猿夢だけじゃない?私達の視線が集まる中楓君は桃子さんから受け取ったペットボトルから水を飲んで

 

「10分前の夢でこれと同じ行動をしてます」

 

「これと同じ行動?」

 

差し出された手帳には走り書きで建物の影で休憩、ペットボトルを回し飲み、桃の体力が限界寸前と書かれていた

 

「偶然じゃないよな……?」

 

「ああ、確か……こんな都市伝説もあった……猿夢と似た都市伝説だからもしかしたらどこかで混じっているのかもしれない」

 

その言葉に目の前が暗くなるのを感じた。猿夢だけでも厄介だというのに、それに更に別の都市伝説が加わるとなると私達だけじゃ対処しきれないかもしれない

 

【ここら辺に悪魔が居ないのは確認できたよ?とりあえずみんなにもう1度スクカジャとタルカジャを掛けておこうか?】

 

【じゃあワシはラクカジャじゃな】

 

ナジャとコロポックルが魔法を唱えると、少しだけ身体が軽くなった。スクカジャと言う早さをあげる魔法が効果を発揮しているからだろう

 

「すまないな、カソ。大丈夫か?」

 

【……サスガニすこしマズイ。ハヤクこのジョウタイをダッシュツシナケレバ】

 

【だね、私達はいいよ?MAGがあれば何時でも具現化出来るけど、美雪達はMAGは大丈夫?】

 

ピクシーの心配する声にスマホの画面を覗き込むと、私のMAGを表示しているゲージは既に半分を切っており、残り4分の1ほどだ

 

「俺も半分くらいだな……楓は?」

 

「俺もそれくらいだ。直接殴ってるからな」

 

雄一郎君と楓君はナジャのタルカジャとスクカジャで身体能力を強化し戦っているから、MAGの消耗は緩やかですが、私と桃子さんはナジャたちの魔法で戦っているのでMAGの消耗がかなり激しい

 

「不味いと思うけど、我慢してくれ桃」

 

「う、うん……足手纏いになったら駄目だもんね」

 

桃子さんが楓君から受け取ったチャクラドロップを舐めて、顔を歪めている。血の味がする飴なんて舐めたくないですよね……でも

 

「美雪先輩もどうぞ、俺も舐めますし、雄一郎も舐めます」

 

「……はい」

 

「判ってる」

 

そしてそれから5分の間。私達は血の味のする飴を舐め続け、ただでさえ溜まっていた疲労を更に溜める事になるのだが、ここで5分我慢したおかげでMAGが回復したのがせめてもの救いであり、舐め終わると同時に再び私達は何かに吸い寄せられるように意識を失い、建物の壁に背中を預けて眠りに落ちるのだった……

 

 

 

チャクラドロップを舐め終えると同時に俺達は再び夢の中へと引きずり込まれた。だが予想していた電車の中ではなく、眠った場所だった

 

「どうなっているんだ?」

 

猿夢は電車の中が主になる夢だと楓は言っていた。なのに何故?俺が首を傾げていると楓は手帳に何かを書きながら

 

「おかしいと思っていた。猿夢なのに久遠教授が何度も出て来た」

 

確かにその全てが小人が積み重なっている物を久遠教授と見間違えていただけだが、かなりの頻度で久遠教授は俺達の前に現れていた

 

「それで俺は思ったんだよ。これは猿夢だけじゃないって」

 

手帳を制服のポケットに戻した楓は鉈を手に立ち上がり。話を聞くのもいいが、お前も警戒を緩めるなよ?と言われて慌てて壁に立てかけてあった鉈を手にする

 

「都市伝説の中で夢に関係するのは多いんだ。だからどの都市伝説かは判らないが、その都市伝説が何か?それを知る事がこの悪夢から抜け出るヒントになると思う」

 

このままだと体力もMAGも尽きて小人に殺されて終わりだ、だから何とかその前にこの悪夢を作っている都市伝説が何かを判明させようと言う楓に頷き、建物の影から出る

 

「やっぱり隠れる所と同じですね」

 

さっき隠れるために走って来た町並みと同じだと久遠先輩が呟く。確かにあの折れたガードレールと、信号は見覚えがある

 

「そ、そうだね……それでどうする?来た道を引き返す?」

 

【大丈夫?桃子?あんまり無理をしないでね?】

 

疲労の色が濃い桃子を支えるナジャ。俺から見ても桃子の限界は近いだろう、早く対処法を見つけないと行けない。楓は来た道を見つめながら何かを呟いている、多分夢に関係する都市伝説を思い返しているんだと思う

 

「とりあえず進んでみよう、引き返しても電車に戻るだけだと思う」

 

判ったと返事を返し、俺を先頭にして、久遠先輩と桃子が並び、その後ろから楓が着いて来るという陣形で薄暗い街をすすむ

 

【……変な気配。悪魔の気配が判らないよ】

 

【ソウダナ。ケイヤクシャをマンゾクニマモルコトもできない】

 

カソやピクシーが俺達の回りを警戒してくれているが、あの小人は悪魔とは違うのか特定出来ないらしい。コロポックルもすまないと謝ってくるので大丈夫だと返事を返す

 

(とは言え、怖いけどな)

 

あの鉈は重さで叩き切るものだ、だから当ると動じに切り裂かされるという事は無いが1度に何体も出てくるのが恐ろしい

 

「雄一郎!上だッ!」

 

楓の怒声に顔を見上げるよりも早く鉈を振り上げる。金属と金属がぶつかる音が響き、思わず目を閉じてしまったが直ぐに目を開く、2体の小人が両手で鉈の柄を握り締め、俺に向かって振り下ろしていた

 

【【けたけた】】

 

真紅の目を輝かせ、不気味に笑う小人と目が合う。ナジャのタルカジャがまだ効果を発揮しているから均衡を保つ事が出来ているが、その効果が切れれば押し切られるのは目に見えている

 

「くそっ!こっちも来た!挟み撃ちかよッ!」

 

楓の叫び声とチェーンソーの音が響く、楓の方がやばそうだな……ならこっちはこっちで何とかするしかねえかッ!

 

「コロポックル!ブフッ!」

 

『ブフ』

 

コロポックルが蕗を振るうと氷塊が放たれ、小人を1体吹き飛ばす。2対1だから押されていたが、タイマンならッ!!!

 

「どっらああッ!!!」

 

仲間が吹き飛んだ事で硬直している小人の腹に全力で蹴りを叩き込む。靴越しに感じる何かを砕く感触を感じながら、鉈を持った右手を振るう。鉈の重さに引きずられるようにして後ろに移動する

 

【!!!】

 

伸ばしきった俺の足を切り裂こうとしていた小人の鉈が空振りするのを見ると同時に久遠先輩と桃子に向かって

 

「こっちは大丈夫だ!楓を頼む!」

 

ラクカジャの効果はかなり高いが、チェーンソーの攻撃を耐え切れるとは思えない。だから俺よりも楓を頼むと叫び、弾丸のような勢いで突っ込んで来た小人に向かって鉈を振るう

 

「っくう!」

 

【ケタケタ】

 

勢いがついているので小人の一撃に踏ん張っていたが、後ろに押し込まれる。

 

「なっろおッ!!」

 

右手を握り締め小人の顔面に向かって拳を振るうが、小人はそれを頭を下げることで回避し後ずさる

 

(強くなってる!)

 

さっきの連携にしてもそうだが、小人の動きが良くなっている。

 

「くっくそ!カソ!アギッ!あの後ろの小人を引き離せッ!!」

 

「ピクシー!ジオ!チェーンソーを持っている小人を狙ってください!」

 

楓と久遠先輩の指示が飛ぶ。音からしてそうだが、チェーンソーを持っている小人は複数体居る。早く楓の方に合流しないと

 

「コロポックル!ブフッ!」

 

『ブフ』

 

コロポックルがブフを放つと同時に、手にしていた鉈をブーメランの要領で投げつける。勿論鉈はブーメランなので戻ってくる事は無いが、氷塊と鉈の同時攻撃に小人の動きが一瞬止まる。それと同時に走り出し助走をつけて飛び上がり

 

「くたばれえッ!!!」

 

踵落しを小人の頭に叩き込みその頭を蹴り砕く、だがこれではまだ安心出来ない、早く楓の手伝いに!そう思って振り返ると同時にターンッ!ターンッ!!!っと2発の銃声が響き小人が倒れる

 

「も、桃!?なんで拳銃を!?」

 

「え、えっと……ナジャを召喚する時に久遠教授が使い方を教えてくれて……す、筋がいいって!言ってくれたよ!」

 

間違いなく、この時の俺達の気持ちは1つになっていたと思う。久遠教授……せ、生徒に拳銃を渡さないでください……っと

 

「と、とりあえず。それは緊急時以外使うなよ?それと助けてくれてありがとう」

 

引き攣った顔で桃子に例を言う楓。銃器は危険だが、体力の無い桃子には丁度いい武器なのかもしれない。俺達にさえ当たらなければだが……

 

「次の小人が出てくるまでに移動しましょう」

 

久遠先輩の言葉に頷き、移動を始める。1度小人を倒すと、また複数の小人が襲ってくる。だが現れるまでのタイムラグがあるのでその間に移動しようと言うことになり、全員で移動していると暗い道の中にぼんやりと浮かぶ公衆電話

 

「!やばい!」

 

楓がそう叫んだ瞬間。公衆電話の影から悪魔が飛び出し、巨大な刃物が俺達に向かって振るわれた……その刃が顔に当り顔半分が切り飛ばされた激痛を感じた

 

「「「「っはぁッ!はぁッ!!!」」」」

 

切られたと思った瞬間……俺達は荒い呼吸で目を覚ました。思わず顔に手を当てるが、顔はちゃんと残っている。それに思わず安堵の溜息を吐きかけたが

 

「か、楓……あ、あれ……」

 

「そ、そんな……」

 

驚いている桃子と久遠先輩の声に振り返るとそこには夢で見た公衆電話……背筋に冷たい汗が流れるのが判る

 

「鎌男だ……夢で鎌男に襲われる夢を見て、電話を掛けると助かるって言う都市伝説だけど……」

 

楓がここで言葉を切る。足元のカソ達が唸っているのを見る限り近くに悪魔が居る

 

「……久遠教授に電話したら襲ってくると思う。だけど電話をしないと俺達は助からない」

 

スマホを取り出した楓が緊張した顔で呟く。久遠教授に電話を掛ければ悪魔に襲われる、だが電話をしなければ俺達が死ぬ。大きく深呼吸を繰り返し、呼吸を整えてから指で楓にOKとサインを出す

 

「もしもし?久遠教授ですか?」

 

『楓君!?今何処だ!?』

 

スピーカーから聞こえる久遠教授の声。それと同時に暗がりから叩きつけられる圧力が増していく

 

「猿夢と鎌男の都市伝説に襲われています」

 

『それで電話をして来たのか!今車で迎えに行く!場所は何処だ!』

 

さっきの折れた看板に住所が書かれていた。楓が振り返り住所を確認していると、公衆電話の陰から何かが立ち上がる

 

「「ひっ……」」

 

さっきの死を思い出し久遠先輩と桃子が引き攣った悲鳴を上げる。俺は肩を叩き落ち着いてくれと言いながら

 

「走れる準備を、ここは狭い」

 

路地なので狭い。早くここから脱出しないと、魔法を使われた場合避けきれない、だから落ち着いて走れる準備をしてくれと声を掛ける

 

「神無市、3丁目2-48です。近くに倒壊したビルが3つみえるのでそっちに向かって走ります」

 

『判った!直ぐに向かう!無理をするなよ!』

 

「判りました。久遠教授待ってますから」

 

楓がそう言ってスマホの電源を切り、制服のポケットに戻すと人影が公衆電話の影から現れる、それを確認するよりも早く俺達は男に背を向けて走り出した

 

「夢と違うじゃないか、勝手に動くなぁあああぁ!!!!!」

 

背後から聞こえる男の叫び声。曲がっているカーブミラーにその姿が映し出される、男の口から鎌が出て来て、男の顎を切り裂く、そしてその切り口から悪魔が現れた

 

【シネヨオオオオッ!夢の通りによおおおおおお】

 

狂ったように叫びながら鎌を振り回す悪魔から逃れるために、俺達は久遠教授との合流場所を目指して走り出すのだった……

 

 

 

警備ビルに戻ると楓君達の気配は無く、結界も破壊された素振りがなかった。それはつまり自分達でこのビルから出たという証拠だ。だが楓君達が勝手に外に出るとは思えなかった……悪魔による精神的干渉。それで外に出てしまったのだと思った

 

「リリム、楓君達を探せ、そう離れていないはずだ」

 

【は、はい!判りました】

 

窓から飛び立つリリムを見送り、毛布に触れてみる。まだ僅かに暖かい、時期的には夏と秋の境目だから気温自体が高いのもあるが、ビルから出たのは15~30分くらいだろう……ただ悪魔との契約で身体能力が上がっている事を考えると自転車か何かで移動したくらいの距離は移動しているはずだ。

 

(やはりリリムは残すべきだった)

 

私1人でも本当は大丈夫なのだが、当然楓君達はそれを知るはずも無い。連れて行くと言ってリリムをビルの外に召喚して残すべきだったと後悔しているとスマホに着信が入る、慌てて画面を見ると新藤楓の文字

 

『もしもし久遠教授ですか?』

 

「楓君!今何処に居るんだ!」

 

楓君の声に思わずそう怒鳴った後に気付いた、声に混じっている酷い疲労の色にただ事ではないと判断し、車の鍵を手に駐車場に向かう

 

『猿夢と鎌男の都市伝説に襲われています』

 

「それで電話をして来たのか!今車で迎えに行く!場所は何処だ!」

 

猿夢と鎌男。それは夢に干渉し、現実にも影響を与えるという都市伝説だ。そしてその致死率は100%……悪魔だからそれを回避できる可能性はあるが、そうだとしてもそれを退ける必要がある

 

『神無市、3丁目2-48です。近くに倒壊したビルが3つみえるのでそっちに向かって走ります』

 

「判った!直ぐに向かう!無理をするなよ!」

 

車で15分ほどの距離だが、倒壊した瓦礫などの事を考えると更に時間が掛かる可能性がある。悪魔召喚プログラムの帰還をタップして、リリムを呼び戻し再度召喚をする

 

【久遠様!?さ、流石にまだ見つけてないですよ!?】

 

「違う!駐車場を塞いでいる氷を破壊しろ!楓君達の場所は特定した!私が出たら、駐車場の壁を砕いて、塞げ良いなッ!」

 

車に乗り込み、エンジンを掛ける。リリムが氷の壁を破壊すると同時にアクセルを踏み込み駐車場から飛び出す……走り出して直ぐ瓦礫の崩れる音がしリリムが車の横を飛んで追走する

 

「瓦礫を見つけたら破壊しろ、最短距離で向かうッ!」

 

【はい!】

 

『ジオンガ』

 

私の言葉に頷くと同時に進路の瓦礫を強烈な電撃で破壊する。猿夢にしろ、鎌男にしろ、見た者を殺す都市伝説だ。こんな所で楓君達に死なれては困る。悪魔を轢き殺しながら3丁目2-48に向かい……そこで私が見たのは

 

「神堂……ッ!!」

 

鎌男に追い詰められた楓君達の前に立つ黒い巫女服に身を包んだ小柄な少女と、その隣に佇む着物の男……そして

 

【ぎ、ギガア……】

 

【【……】】

 

釜を持った悪魔を片手で掴み上げる、赤と青の鎧に身を包んだ3メートルはあろうかと言う巨大な鬼の姿だった……

 

 

 

必死に走ったし、カソ達も全力で戦ってくれた……だが鎌男は強すぎた……

 

【す、スマン……ワシはここまでじゃ……】

 

「コロポックル!!」

 

両断されたコロポックルが粒子となり消えて行く、その姿を見て雄一郎が叫ぶ。最後まで粘ってくれていたコロポックルもこれで消滅してしまった

 

(強すぎる……なんなんだあの化け物はッ!)

 

必死に走りながら心の中で叫ぶ。コボルトも強かっただがこいつはそれ以上だ。絶対に勝つ事の出来ない殺意の塊

 

【逃げても無駄だぁ!!早く死ねよぉ……夢みたいによぉぉッ!!!】

 

いつでも殺せるなのにあの悪魔は笑いながら鎌を引きずり、俺達を追いかけ続けている。カソ達は今はスマホの中で眠っている。再召喚可能まで4時間と表示されているが、どう考えたって4時間も逃げ切る訳が無い。そして俺は久遠教授に電話した事を後悔していた例えカソ達よりも強いリリムと契約している久遠教授だって、あの悪魔には勝てない。車に乗っても逃げ切れないだろう……どうして俺は電話してしまったのか?このままでは久遠教授も死んでしまう。俺のせいで

 

「きゃあっ!」

 

桃の悲鳴に思考の海から引き上げられる。瓦礫を避けながら走っていたが、アスファルトが割れていたのか桃が転ぶ

 

「雄一郎!美雪先輩!先に行ってくれッ!!」

 

「楓ッ!?」

 

「楓君ッ!?」

 

桃を見捨てる事が出来ない。俺は振り返り桃の方へ走る、雄一郎と美雪先輩の俺を呼ぶ声が聞こえるが振り返らない。きっとここで桃を見捨てれば、俺は助かったのかもしれない。だけど俺には桃を見捨てると言う選択肢は無かった

 

「か、楓……な、なんで!?私は良いから」

 

「良いわけあるかッ!!!」

 

俺が戻って来た事に驚いている桃だったが、直ぐに我に返り私は良いからと言うだが俺はそれを怒声で遮り。桃に手を掴んで立ち上がらせる。足を挫いているのか痛そうに顔を歪める桃を見てそのまま桃の手を俺の首に回す歩き始める。当然こんな速さで悪魔から逃げ切れる訳が無い、桃がもう良い、もう良いからと泣きながら言っているがそれを聞こえない振りをして歩き始める。

 

「雄一郎!何してる!美雪先輩を連れて逃げろッ!!!」

 

「だ、だけど」

 

「良いから行けって言ってるんだよッ!!!」

 

呆然としている雄一郎にそう叫ぶ。遠くに光が見える、多分あれは久遠教授の車だ。あそこまで行けば雄一郎と美雪先輩は助かる筈だ、悪魔が俺と桃に照準を合わせたのか先ほどと比べてゆっくりとしたペースで近づいてきている。俺と桃に恐怖を与えようとしているのが判り、性格の悪い悪魔だ心の中で罵倒する

 

「久遠先輩。行きましょう」

 

「で、でも!楓君と桃子さんが!!」

 

「楓が逃げてくれって言ってるんだよッ!俺は……楓の意思を尊重するッ!!」

 

「笹野君!?放して!楓君ッ!楓君ッ!!!桃子さんッ!桃子さんッ!!」

 

その場で立ち止まっている美雪先輩を無理やり引っ張って走りだす雄一郎。美雪先輩が俺と桃の名前を呼び、手を伸ばすのが見えるがその行動に意味は無い。この場で助かるのは、雄一郎と美雪先輩だけ……

 

(ここ……までか……)

 

足を挫いている桃を担いでいる俺は当然走る事など出来ない。カソもナジャも倒されて召喚出来ない、武器を使って戦うのも駄目だ。あの鎌のリーチを考えれば鉈はどう考えても相手の間合いに入る事すら出来ない。つまりは完全な詰みだ

 

「い、良いから……わ、私は良いからぁ……か、楓は逃げて」

 

「嫌だ」

 

俺の中に桃を見捨てると言う選択肢は最初から無い。幼稚園からずっと一緒だった幼馴染、兄妹の用に育った……だから俺の中には桃を見捨ている言う選択肢は最初から存在しない。助かるなら2人一緒に、助からないなら……ここで死ぬ。俺にとって桃は側にいて当然だから、俺には桃を見捨てる事なんて出来るわけがない。直ぐ近くで悪魔が立ち止まる、今まで引きずっていた鎌の音が止まったから……もう鎌を振るえば、俺も桃も死ぬ距離に悪魔がいるのだろう

 

【つーかーまーえーたー……じゃあ、死ねよぉッ!!!!】

 

悪魔の高笑いが聞こえた瞬間。どこかから静かな呟きが風に乗って聞こえて来た……それはとても小さな声だったのに、不思議なくらいはっきりと聞こえた

 

「……お前がな……前鬼。ブレイブザッパー」

 

【オオオオオオオッ!!!】

 

【ギャアアアアアアッ!!!!】

 

身の毛もよだつような凄まじい雄叫びと地震の様な地響きが起こった瞬間。悪魔の絶叫が響き渡る

 

「え?」

 

俺は死ぬと思っていたなのにこうして生きている……生きているのは嬉しいが、どうして生きているのか理解出来ず振り返り、桃と揃って引き攣った悲鳴を上げた

 

【【グルルルル】】

 

そこに居たのは3メートルはあろうかと言う巨大な鬼の姿。そして青い鎧を来た鬼の肩の上に佇む黒い巫女服の少女の姿が

 

(な、なんだよ、あれはぁ!)

 

心の中でそう叫ぶ、今まで悪魔は見てきた。だけど今まで見た悪魔とは存在感や圧力がまるで違う。紅い鎧を纏っている鬼は左角が中ほどから折れてこそいるが、その筋骨隆々な身体は力強さに満ちていた。その指でさえ雄一郎よりも大きく、鋭い爪が月の光に照らされて光っているが、俺はその爪よりも鬼が手にしている、3メートルもある剣に恐怖を覚えた

 

【げ、げがああ……】

 

俺達を散々追い掛け回し、俺が死を覚悟した悪魔がその剣の一振りで右半身を失い、血反吐を吐いている姿にその鬼の持つ圧倒的な力を嫌でも理解してしまった。それに身体に纏っている鎧もそうだ、重厚で鋭利な鎧は触れるだけで斬れるような印象を受けた。それに対して少女を肩に乗せている鬼は右角が折れていて、紅い鬼と比べると細身な印象を受けた。纏っている鎧も丸いもので攻撃を受けたとしても受け流せるようになっているように見えた。そして何よりも、3メートルの巨体を覆い隠せるような巨大な盾を手にしているが印象的だった

 

「……前鬼、ゴッドハンド」

 

『ゴッドハンド』

 

紅い鬼の拳が輝くと鬼は暴れて逃げようとする鬼を片手で簡単に捕らえ持ち上げるとそのまま悪魔を粉々に握り潰す。その拳から弾け飛んだ血液と、悪魔の腕が俺の目の前に落ちてきてみっともない悲鳴が口から零れた

 

「……見つけた」

 

「へ?」

 

黒い巫女装束の少女が鬼の肩の上から飛び降り、俺を見て嬉しそうに笑う。見つけた?見つけたってなんだ?突然の事に脳が停止している、目の前で起きている事が理解出来ない

 

「……でも、それは邪魔。あの後ろの邪魔……前鬼、後鬼……殺し「御止めください」……御剣」

 

その少女が桃や美雪先輩達を邪魔だと呟き、2体の鬼に殺してと指示を出そうとした瞬間。着物を着た男性がその腕を掴み

 

「魅啝様。見た所、あの少女達は楓様の友人のようです。ここで殺せば嫌われますよ」

 

「……き、嫌われる?……わ、私が?……前鬼、後鬼……消えて」

 

何でこの男性が俺の名前を知っているのか?俺は目の前の少女も男性も知らない

 

「か、楓ッ!良かった!ご、ごめん……お、俺は……俺はぁ……」

 

「楓君!桃子さんッ!良かった!良かった!!」

 

泣きながらすまないと謝る雄一郎と良かった良かったと繰り返し言いながら、俺と桃を抱きしめる美雪先輩。そして

 

「私の教え子を助けてくれて感謝する……だがお前達は何者だ?」

 

久遠教授が車から降りてきて、俺達を護るように2人の前に立ちそう問いかける。すると黒い巫女装束は目に見えて不機嫌そうな顔をする

 

「これは失礼を、私は御剣、御剣一心。そしてこの方は……「神堂魅啝……」……この様な状況で出会えたのも何かの縁。情報交換を兼ねて話を致しませんか?」

 

そりゃまともな生存者と出会えたのだから、話をするのは決して無駄ではないだろう。それにこの人達も悪魔を召喚していたから……だけど俺が何よりも気になっていたのは、俺をじっと見つめる魅啝と呼ばれる少女の視線だ

 

「な、何?」

 

あまりにじっと見つめられ、新藤って言う苗字から俺の知らない従兄妹か?とも思ったが、でも父さんは従兄妹がいるなんて言ってなかったし……寧ろ天涯孤独の身だと言っていた、祖父母も両親も既に死んだと言っていたから、その線はないと思うんだけど……そんな疑問を感じながら少女に何?と尋ねると少女は俺を見ながら

 

「……お義兄様……やっと会えた……凄く嬉しい」

 

無表情なのに、頬を紅く染めると言う器用な事をする少女に一瞬思考が停止したが、直ぐにその言葉の意味を理解して

 

「「「「はいいいい!?!?」」」」

 

俺だけではなく、桃や雄一郎、それに美雪先輩の困惑した声が、廃墟の中に響き渡るのだった……

 

 

チャプター15 神堂と新藤

 

 




猿夢と鎌男が融合して1体の都市伝説となりました、夢と現実の境目を曖昧にし、何分かおきに夢と現実をシンクロさせて、夢で見た行動をしないと殺すと言う感じになりました。対処法がわからないのでこんな形になりましたことをご了承ください。次回で楓がコボルト戦でケルベロスを召喚出来た理由とか、そこらへんを書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター15

 

 

チャプター15 神堂と新藤

 

「……お義兄様?お義兄様……お話しませんか?」

 

俺をじっと見つめてお義兄様と連呼する少女に俺は正直困惑していた。俺には妹も従兄妹も居ないはずだ、だって父さんがそう言っていたから……俺の親兄弟は皆死んだ、祖父母も俺と血縁関係にある物はもうこの世に存在しない。だからもし親戚だと名乗る物が来ても信用するな、お前は頭がいい。当たり障りの無い対応をして逃げるんだ……俺が出雲を出る時に何度も言われた言葉だ。少しおかしいなとは思った、だけど出雲の実家は大きいので資産もある、それを狙ってくる相手が居るかもしれないと言う事を父さんは言っているんだろうと思い頷いた

 

「楓君。妹さんが居たんですね、再会できて良かったじゃないですか」

 

「市街に居るなら言えよ。合流出来るように動いたのに」

 

美雪先輩と雄一郎はこの少女……魅啝を俺の妹か従兄妹だと思っているのか良かったじゃないかと笑う。だけど桃は俺の家の事情を知っているので明らかに警戒の表情をしている

 

「勘違いをしているんじゃないかな?楓君のご両親から聞いているが、楓君のご両親は共にすでに血縁者と死に別れており、もしも親戚を名乗る者が現れたら警察に通報してくれと学校に連絡が入っている」

 

久遠教授の言葉に美雪先輩と雄一郎の笑顔が消えて、警戒の色が顔に浮かぶ。居る筈の無い妹……それが目の前に居る。それは恐怖にも近い感情を俺達に与えている

 

「……貴方達は私はお義兄様を取るの?なら……死ぬ?」

 

少女の気配が変わろうとした瞬間。御剣と名乗った男性がその手を掴み

 

「無礼を承知で申し上げます。魅啝様、この場は私にお預けください」

 

2回りは年下であろう少女に深く頭を下げる男性。この少女と男性の関係性が見えないと思っていたら今度はその男性は俺に向かって頭を下げながら

 

「無礼を承知でお尋ねします」

 

「無礼だなんて……俺は唯の高校生で」

 

こんな対応をされるべき人間じゃない。だからそんな対応をされても困ると言うと、御剣さんは何も知らずに育ったのですねと呟き

 

「貴方の父君の名前は新藤総司様ではございませんか?」

 

知らないはずの男性に父さんの名前を言われて思わず息を呑む、男性はそれを俺の返事としたのか満足そうに頷きながら、今度は着物の中から丸い何かを取り出した

 

「これに見覚えはありませんか?」

 

それは半分に欠けた何かの模様が刻まれた石の円盤……

 

「あっ……それって」

 

制服の内ポケットに手を伸ばし、お守りを取り出す。出雲を出る前に父さんに渡されたお守り。その封を開けると

 

「やはり」

 

男性が持っている円盤の左半分がそこにあった。それを確認すると片膝を付いて

 

「お探ししました。楓様、どうか我らと共に来て下さい。貴方のご友人そして恩師の身の安全は保証しますので」

 

丁寧な口調だが、それに命令の色を感じた俺はその円盤を握り締め後ずさりながら

 

「言うことを聞かないって言うなら、桃達に危害を加えるって事か」

 

「違います。そんな事は決して致しません」

 

「そう言ってる様にしか聞こえねえんだよッ!!!何なんだ!何なんだよ!あんた達はッ!!」

 

どうして見ず知らずの2人が俺の父さんの名前を知っている。そして桃達を人質に俺に何かをさせようとしている……俺は目の前の2人が悪魔よりも恐ろしく見えた。同じ人の姿をしているが、全く別の存在に見えたのだ。思わず後ずさり震えてしゃがみ込んでしまう

 

「あんた達が何物かは知らない、だけど楓は俺達の仲間なんだよ。楓はあんた達を怖がって怯えてる、どっか行ってくれよ」

 

「ああ。そうだな、貴方達が楓君を知っていても楓君は貴方達を知らない。どんな関係があったとしてもだ、貴方達は信用に値しない」

 

雄一郎と久遠教授が俺の前に立ってきっぱりと言う。しゃがんで震えている俺の頭を桃と美雪先輩が撫でてくれるが、身体の震えは収まらない、あの2人が怖くて仕方ないのだ

 

「楓さ……「……邪魔」がふっ!?」

 

男性が近寄ろうとした瞬間少女が拳を振るう、するとあの細腕で殴ったとは思えない音が響き、男性が血反吐を吐きながら瓦礫の山に頭から突っ込んでいく

 

「……話を聞いて欲しい、お義兄様がこの人達と居たいなら無理に連れて行かない。私もお母様にどうするか、聞かないといけない。少しでいい、私の話を聞いて欲しい。見た所……貴方達はとても疲れている。一緒に来てくれるならお風呂とベッドを用意する、話は明日にする。どうかお願いです、私の話を聞いてください、お義兄様」

 

懇願するようなその声を聞いて、顔を上げると魅啝と言う少女は涙を流しながら話を聞いてくれと繰り返し言っていた。その目には桃も久遠教授の姿も映っていない、俺だけを見つめているし漆黒の瞳。怖いと思った、だけどそれ以上にこれだけ泣かせているのは自分なのだと判った途端激しい罪悪感を覚えた

 

「……判った。話は聞く」

 

久遠教授と雄一郎が俺の名前を呼ぶ。怖いと思うのは事実だ。だけど、この少女は俺の知らない事を知っている。もしかしたらもう話す事の出来ない父さんの事を知っている、そう思うと恐怖心だけで彼女を拒絶する訳には行かないと思ったのだ

 

「だけど俺は久遠教授達と一緒に居る。君達とは一緒には行かない、それに絶対に久遠教授達に危害を加えないと約束してくれ」

 

「……お義兄様が話を聞いてくれるなら、その条件を全て飲みます。御剣が勝手な事をしてすいませんでした」

 

向こうが誠意を見せた以上。こっちも誠意を見せる必要がある

 

「すいません、久遠教授。それに皆……俺はあの子の話を聞いてみるよ」

 

勝手に決めてすいませんと頭を下げると久遠教授は仕方ないと呟き

 

「それで移動するのか?それなら車を出すが?」

 

「私と御剣は悪魔で移動します、ゆっくりめに移動するので着いて来て下さい」

 

自身の影から狼のような悪魔を呼び出し、その背に座る少女。俺達が車に乗り込むとゆっくりと歩き始める。男性の方は悪魔に咥えられ運ばれているのを見て大丈夫なのか?と少しだけ心配になったが……その姿を見ていると桃が

 

「大丈夫なの?楓のお父さんが言ってたじゃない。気をつけろって」

 

「判ってる。それは判ってるけど、俺の知らない父さんの事をあの人達は知っている。それを知りたいんだ」

 

「仕方ないですね。ただあの少女が随分と偉い人のようなので約束を反故にされる事は無さそうなのが幸いですが」

 

「とりあえず、早くコロポックルが回復してくれないとな」

 

雄一郎の言葉にそうだなと返事を返すと、久遠教授がそろそろ止まるみたいだと呟く、顔を上げるとそこは神社だった。御堂の中に入っていく少女の後を付いていくと、お堂の中に階段がありそれを降りていく

 

「これは」

 

「すごいな……」

 

神社の地下。そこには鉄で出来た通路が広がっており、遠めで見ても沢山の人の姿があった

 

「日本の悪魔使いの総本山「ヤタガラス」へようこそ」

 

驚いている俺達に魅啝は穏やかに微笑みながら、こちらですと言って歩き出した。俺達ははぐれないように慌てて、その背中を追って歩き出すのだった……

 

 

 

 

日本の悪魔使いの総本山……ヤタガラスと言う地下組織に案内された俺達は源泉掛け流しの温泉で疲れを癒し、暖かい日の香りのする布団で眠った。疲れが溜まっていたせいか、俺が目を覚ましたのは昼過ぎの事だった……外で背筋を伸ばしている男性に案内された部屋では、楓達の姿があり、俺が1番遅かったのだと判った

 

「……ご昼食を用意しますが、和食が良いでしょうか?」

 

「米あるのか!?」

 

「ありますよ。ヤタガラスは日本の影から守護する組織。このような状況にあっても、日本政府より支援を受けております」

 

米が食えるなら米が良いと楓が返事をすると魅啝はではその様にと頷き、暫くお待ちくださいと言って部屋を出て行った

 

「おはよう。雄一郎」

 

「ああ、おはよう、寝過ごしたみたいですまない」

 

俺が謝ると楓達は笑いながら、俺達も起きたのはついさっきだと教えてくれた。皆疲れが溜まっているから、起きれないのは当然だろ?と言われてそれもそうかと頷き椅子に座ると、俺におはようと声こそ掛けてくれた桃子と久遠先輩だったが、視線は俺ではなく、手元のお茶請けと湯のみに向けられていた

 

「ほふう……久しぶりの大福が美味しい」

 

「ですね……熱いお茶もとても美味しいです」

 

久しぶりの甘味か……そういや甘い物と言えば飴とチョコくらいだったなと思っていると楓が湯のみとお茶請け皿を置きながら

 

「ほら。雄一郎も食えよ、良い餡子使ってるぞ?これ」

 

差し出された大福を齧ると確かにいい餡子を使っているのが判る。上品な甘さと言う奴だ

 

「外があんな有様でもこんなに良い物を食べているか……正直軽蔑するレベルだな」

 

久遠教授がそう呟く、確かにこれだけの食料を持っているのなら配給でも何でもすれば良いのにと思っていると魅啝が戻ってきて

 

「……1時間ほどでご用意をするそうです。その間に話をしてもよろしいでしょうか?お義兄様?」

 

俺達には目もくれず楓だけを見つめ続けるその姿は黒い巫女装束と合わせてかなり不気味に映る。それになんと言うかどことなく人間味が薄いようにも思える。まるで人形のようだ

 

「あ、ああ。そうだな、そう言う約束だもんな。いいぜ、話を聞かせてくれ」

 

楓が良いと言うと、その無表情を僅かに変化させて嬉しそうに笑いながら魅啝は神堂と新藤について話し始めるのだった……それは空想と言って笑いたくなるような話だったが、今起きている現象を知れば現実なのだと判る。それほどまでに信じがたい話だった……

 

「神堂と新藤は本家と分家と言う存在で、私の母「神堂朧(しんどうおぼろ)」が現在の当主です。そして新藤の家は「新藤総司(しんどうそうじ)」つまりお義兄様の父上が当主となるはずでしたが、18年前に失踪し新藤の家は今は存在していません」

 

分家と本家?……漫画とかアニメでは良く聞くが実際に言われると良く判らない。俺が首を傾げていると久遠先輩が小声で

 

(雄一郎君。分家と本家とは簡単に言えば従兄妹のようなものです、分家は本家で生まれた次男が継いで、その血を絶やさないという風に、戦国時代や、有名な武将の血を引く家が行う血を絶やさないための処置ですね)

 

なるほど……じゃあもしかすると楓は凄い血筋だったのか……いや、そんなのは別に気にしないんだが、楓は俺の親友。それで良い、楓が何であれそれは変わらない。楓が何かを深く考え込む素振りを見せているので小声で

 

(どうかしたのか?)

 

(いや、大したことじゃないんだけどな)

 

気になることがあるんだ。と呟く楓……その顔は真剣そのもので、よっぽど何か引っかかる事があるのか?俺で力になれるなら話を聞いてやりたいが、正直俺は馬鹿だ。分家と本家とか、もう完全に俺の理解を超えている。だから力になれないのが悔しいと思っていると久遠教授も楓と同じく真剣な表情をし

 

「神堂と新藤は何故そこまでして血を残そうとしている?」

 

久遠教授の質問に魅啝は一瞬不機嫌そうな顔をしたが、楓の視線が向けられるとまた笑みを浮かべ

 

「神堂と新藤は悪魔使いとして日本を古来より護っておりました。神堂には長い間受け継がれて来た鬼。前鬼、後鬼。新藤はその血脈自身が強力な触媒となり、強力な悪魔を使役し、平安の時より日本を護り続けておりました」

 

信じられない話だが、俺は心のどこかで納得していた。コボルトと戦っている時に楓がケルベロスを呼び出したのも、もしかするとその血のおかげだったのかもしれない

 

「じゃあ、魅啝教えてくれ、ヤタガラスとは何だ?」

 

楓の問いかけに魅啝は判りました。お義兄様と嬉しそうに返事を返してから口を開いた

 

「ヤタガラスは天皇の傘下の元日本を護る為の悪魔使いの組織です。本来はヤタガラスに神堂は参加しないのですが、実践レベルに耐えれる悪魔使いが居ないと言う事で神堂から何人かの悪魔使いを派遣しております。私もその1人ですね」

 

天皇に認められた悪魔使い……俺達が知らないだけで悪魔使いや悪魔の存在は日常の中にあったのか……

 

「……お義兄様は悪魔使いとしての才能があると思いますので、ヤタガラスが「必要ない。俺達は皆悪魔と契約してる。ずっと一緒に居て信用してる」……っそ、そうでしたか。それは失礼しました」

 

ぺこりと頭を下げる魅啝だが、その顔は若干悔しそうだった。ヤタガラスが保有している悪魔と契約すれば、どこに居ても俺達の場所を知られるという事だ。楓はそれを避けたかったのだろう

 

(まだ信用はしていないって事だな)

 

まぁそれは当然の話だ、俺達を人質にするような口ぶりをし、突然自分の事を兄と呼ぶ少女……誰がどう考えたって信用出来る訳が無い。俺から見てもぴりぴりしている楓、桃子や久遠先輩が話に割り込まないのも当然だろう。こんな楓は今まで見た事が無かった

 

「それで悪魔の大量発生の原因は判ってるのか?他の街の状態とかは?」

 

「調査中ですが、聖書に記される悪魔や天使が動いているそうです。この件の解決まではまだ時間が掛かるかと、街の方も同じく今は調査段階です」

 

その言葉に更に楓の纏う気配が代わっていく、不信感が強くなっているんだろうな……それにまだどうしても聞かなければならないことが残っている

 

「どうして君は俺を知っている?そして何故お兄様と呼ぶ?」

 

彼女の言葉には楓に対する強い信頼と愛情が言葉の節節に感じられた。だが楓は目の前の少女を知らないし、それなのに目の前の少女は自分を知っている。その事に対して恐怖心を抱くのは当然の事だ

 

「私は……幼い時より何度も話に聞いておりました。我が母の兄であり、お義兄様の父上様新藤総司そして、その息子であるお義兄様の事を」

 

その言葉に楓の顔が引き攣る。子供のときから自分は神堂の家に監視されていた、その可能性を感じているのだろう。だが

魅啝は楓の表情の変化に気付かず、笑みを深めながら

 

「お母様に言われました。悪魔使いとしてではなく、女としても己を磨けと、そしていつか会わせて頂けるとだから私は色んなことを学びました。華道に、料理、家事に、裁縫。お義兄様に褒めて貰えるように私はとてもとても頑張りました。だからこうしてあえてとても嬉しいです」

 

邪気の無いその外見に相応しい笑みだが、その目に光は無く、どこまでの暗い漆黒の瞳で楓を見つめ続けていた。きっとその目には楓の姿しか映されていない、常軌を脱した光を宿していた。係わり合いになるべきではない、俺も久遠先輩もきっと同じ様に考えて居る筈だ。だが楓の返答は俺の予想と違っていた

 

「そっか、ありがとう、こうしてあえて嬉しいよ。いないと思っていた親戚だ、こうしてあえて嬉しいのは本当だ」

 

まさかのあえて嬉しいの言葉に絶句するが、楓はだけどとはっきりとした口調で言うと

 

「俺の知らない事を色々教えてくれてありがとう、でも俺達は俺達の友達や家族を探す為に動く、昼食もいらない。縁があったら会おう」

 

その言葉に顔を上げる魅啝の顔は悲しみに溢れていて、楓はその顔を見て悲しそうな表情をしたが楓はきっぱりとした口調で

 

「俺は俺の道を進む。だから魅啝とは一緒には行かない。行こう」

 

米を食いたいとは思ったが、こんな組織で出される物だ。どんな混ぜ物が入っているか判らない……まーさっき喰っちまった大福が少し心配だけど

 

「……大丈夫ですよね?後で死んだりしませんよね?」

 

「大丈夫だと……思います」

 

「大丈夫に決まっている。楓君をこいつらは殺すつもりは無い、だから楓君にと渡された6個の大福には確実に毒は入っていない」

 

そっか、それなら安心だなと笑いながらその部屋を出ようとすると、思考停止から復活した魅啝が楓に縋りつく

 

「ま、待って!い、いかないで!ヤタガラスが嫌なら、私もヤタガラスを抜けるから……嫌いにならないで……」

 

違う違うの私はそんな事を考えてないのと涙ながらに訴える魅啝。その姿は見た目よりも遥かに幼いように見えた。

 

「違う、嫌いとかそうじゃない。だけどここはちゃんとした組織だろ?民間人の俺達がいたらおかしい」

 

「そんな事を言う人は「組織は組織としてちゃんと規律を持って動くべきだ。じゃないと示しがつかないだろう?」

 

楓は理路整然とした口調で魅啝を窘めている。俺達だけを特別扱いをしたら家族や子供、恋人を連れて来たいと思っているほかの悪魔使いの反発を生む。こんな状況で仲間割れは駄目だと何度も説明する楓

 

「だからまた生きてたら会おう、従兄妹なんだろ?やっと会えた血縁者だ。仲良くはしたいと思う、したいとは思うけど俺も時間が欲しい。どうしても困ったら連絡する、スマホ持ってるだろう?電話番号とアドレスを交換しておこう」

 

「は、はい……」

 

神堂と新藤とか言われても、俺はそんな事を今まで知らなかった。お前が従兄妹だとしても、俺はそれを知らなかった気持ちを整理する時間が欲しい。ここまで言われたら魅啝はこれ以上我侭を言う事が出来ないと思ったのか、涙を拭いながら、判りましたと頷き、やっと楓の服から手を放すのだった……

 

「結局の所。どうするんだ?楓?あの魅啝って子」

 

車に揺られ、繁華街へ向かう道路を走っている中。楓にそう尋ねる、魅啝はかなり楓の事を心配していたのか

 

「判りました。食料や武器などをお分けします。どうかご無事で」

 

何時の間にか、車の屋根に取り付けるルーフボックスが取り付けられ、そこに缶詰や開封しない限りは日持ちする水。それに無洗米が詰め込まれ、車の前にはちゃんとしたナイフや、剣。それに拳銃の山があり、いくつかを貰って来たなんか怖かった

 

「いや、正直怖い。なんかあの子絶対俺から目を逸らさないし、ずっと見てるし、なんか人形みたいで怖かった」

 

楓の言葉うんうんと全員で頷く、楓が動いたらその分だけ動くし、目を逸らす事もない。見ていても思った、この子怖いって、そして漫画とかアニメとかで見るヤンデレって奴じゃないか?って思った物だ。と言うか、確実にそれっぽい、ずっと前に母親に貰ったと言う写真で見た楓がお前の兄と言われ、会った事もない楓に褒めてもらえるように色んな事を覚えたと無表情なのに頬を赤く染めると言う器用な事をしながら言った魅啝はかなり怖かった

 

「あの子、絶対危ない子だよ。気をつけたほうが良いよ」

 

「うん、それは判ってる」

 

「ですね、凄く危ない子にしか思えませんでしたし」

 

俺達が魅啝について話していると久遠教授は苦笑しながら

 

「まぁあの娘が危険だとしても、食料と武器をくれた事には感謝しよう。それよりもだ、そろそろだぞ」

 

久遠教授の言葉に視線を前に向けると、今もなお燃えているビルや車が見えてくる

 

「ヤタガラス達の話では、この繁華街に生存者が集まっていて、悪魔も多いという。だがこの街を出るにはここを通るしかない。気を緩めるなよ、ここから先は今まで見たいに甘い場所じゃない」

 

久遠教授の言葉に背筋に冷たい汗が流れるのを感じつつ、久遠教授の運転する4WDはボロボロで瓦礫の山となっている繁華街へ続く道路を進むのだった……

 

 

第3章 市街編その2 悪魔憑きと悪魔使い

 

 

 

 




チャプター16 繁華街へ続く

ここで市街編その1は終了です。次回は生存者や悪魔をメインにした、ホラー系に重点を置いて書いて行こうと思います。
それと判っていると思いますが、神堂家は女神転生で言うロウルートです。ロウルート頭おかしいを合言葉に書いて行こうと思っているので今後ちょっとやばい系の話が増えるかもしれないですが、メガテンらしさの1つなのでそれを演出できるように頑張っていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 市街編その2 悪魔憑きと悪魔使い
チャプター16 


 

チャプター16 繁華街へ

 

 

悪魔の出現により、今までの人間の法は全て過去の物となった。必要なのは権力でも金でもない、必要な物はただ1つ……それは力。力ある者が正しい、それだけが今の法律だった

 

「うっぜえんだよ!!このデブがぁッ!!!」

 

「ひぎゃあ!?お、俺にも……た、食べ物を……わ、分けて……くださいよぉ……」

 

「だかーらー?言ってるだろ?お前みたいなデブに分ける食べ物は無い訳。寧ろお前が居るとくさいから、早くこのデパートから出て行ってくれる?」

 

「死にたくないだろー?ほれほれ!逃げろ逃げろッ!!」

 

「ひ、ひいいいいっ!!!」

 

拳銃を向けられた男性は頭を抱えて、その太った身体を揺らしながら必死に走る。そしてそんな男性を嘲笑う若い何人もの男。その男達は嘲笑いながら太った男性を見て

 

「ぎゃははは!ばっかでー!これはモデルガンですう」

 

「本物の弾丸なんて勿体無くて使えるかよおっ!」

 

階段の方へ巨体を揺らしながら走る姿を見て、男達は馬鹿にするように笑い続けていたが、モデルガンの照準を走って逃げている男の背中に合わせて

 

「あ、た、いたい!や、やめてくださぃぃ……」

 

その背中にBB弾を打ち始める男達の後ろでは家具売り場から運んで来たのだろう。大きなソファーに座り、ショーツのみを身につけたアイドルを自分の隣に座らせ、その胸を乱暴に揉みながら、酒を飲んでいた

 

「ひ、ひうう……」

 

「なんだ?俺に文句でもあるのか?なんだ俺様だけじゃ満足出来ないか?あいつら全員の相手をするか?ん?他にも女は幾らでも居るんだぞ?」

 

そのソファーに座る男こそが、このデパートの支配者だった。この男に気に入られているから、彼女は他の女性と違い、ベッドも与えられ、暖かい食事も採る事が出来ていた。だがもしこの男の気分を損ねれば、男の手下達に囲まれて乱暴されるのはわかっていた。勿論、今もこの男に胸を揉まれ、そして夜にはこの男に抱かれていた。だが大人数に犯されるのを恐れたアイドルは少し待ってくださいと、男に胸を揉むのを止めてくれと頼み。脇を締めることで胸の谷間を作り、そこに酒を注ぎ

 

「お、お飲みください……私は貴方の物ですからぁ……」

 

「くく、ははははは!!良い心がけだ、やっぱりお前を俺の物にしたのは正解だったな!!!」

 

男は高笑いしながら、アイドルの胸の谷間に口をつけ酒を飲み始めた、最初はこのデパートも最初は何人かの警察官や警備員が居て、その人達が指導者となり共同生活を行いながら、救助を待つ。その方向で纏まっていたのだ、だがそれを良しとしなかった者が居た。こればっかりは運が悪かったと言えるだろう……この日このデパートではアイドル達が訪れるイベントが開催されていた。アイドルを一目見ようと思う男は多く、そのイベントがあったからこその警備員だったのだが、悪魔の出現により陸の孤島と化したデパート。生きたければ物を食べるしかない、ならばその食べ物を独占すれば?そう考えた馬鹿な若者により警察官と警備員は寝ている間に撲殺され、拳銃や警棒と言った物を全て奪われた。そしてその奪われた武器を手にした若者達は暴走を始めたのだ

 

「い、いだいいい!!」

 

「あーちくしょう!俺15点だわぁ」

 

「このへたくそー!あれだけ的がでかいのになんで外すんだよ。今度は俺の番だ」

 

「「「ぎゃはははははッ!!!」」」

 

彼らの傍若無人な行いを止める物は居ない。それはあの男性と同じく、この男達の慰め物になっている女性達も

 

「きもいわぁ……あんなの早く死ねばいいのに」

 

「だよねー!きっもちわるいーッ!!」

 

男達に気に入られて、服を着る事を許されたアイドル達が声高々に男を罵倒する。例え同じ立場の弱者だとしても、自分よりも弱い者を罵倒し、そして強いものに媚を売り自らの身の安全を確保する。仮に好きでもない男に抱かれたとしても、従順にしていれば、風呂にも入れる。ベッドでも眠れる、食事の心配も無い。ならば身体を穢されても、生きて行ける方が良い。そう考えて男達に従順となった女性はまだ良い、男達に気に入られている間は強者でいることが出来るのだから、だが男達に反抗的なアイドルや女性は彼女達の様に服を着る事は許されず、そして食べ物を得る為には男達の劣情を満たす必要があった

 

「あん……も、もういいでしょう?食べ物を分けて頂戴」

 

「ひいっ……お、お願いだから……もう、食べ物を分けてよぉ……」

 

「んーまだ駄目だな!ほらこっちに来て胸を揉ませろよ」

 

「んじゃあ俺は目の前で生着替え。ゆっくりやってくれたら食べ物分けてやるよ」

 

銃等で女性達を脅し、半裸を強制した、淫らなポーズや言葉を言わせて、そしてそれこそ慰め物になる事で女性達は食べ物を分けて貰い、その命を繋いでいた。男性や子供は目の前を過ぎったや、俺を睨んでいたそんなくだらない理由でリンチされ殺された。そしてモデルガンで追い回されている太った男性が生きていたのは男達の気紛れだった、女性を殴って顔が崩れたら萎えるそんな理由で、気分次第で殴る為だけにあの男性は生かされていたのだ。この若い男達は気分次第で人を殺し、食べ物と交換で女性を犯し続けていた男達にもうまともな倫理観など無く

 

「おっほ!見てみろよ!今朝デパートから放り出した逃げようとしたアイドル!外に居る男達に捕まってるぜ!」

 

「マジマジ!ぎゃははは!!本当だ!やっぱり全部服を剥ぎ取って、身体に落書きしまくったからなあ」

 

「アイドルもああなったらお終いだよなあ……醜いおっさん達に輪姦されて、でもよお?悪魔に喰われるよりかはマシじゃね?」

 

性的には貪り食われてるけどなあっと下品な笑い声がデパートの中に響き渡る。そしてその笑いを聞いて女性の顔が引き攣る、逃げようとすれば殴られながら犯されるか、全員で気絶するまで犯される。そしてその後は全裸のままデパートの外へ投げ出される。そうなったら後は悪魔に喰われるか、外に居る男に犯されるか。その二択しか残されていない、だから女達は男達の要求を聞いて、羞恥心に顔を歪めながら半裸の格好で過ごし続ける。このデパートの中に既に常識なんてものは存在せず銃を持つ男達が絶対の君臨者として、己の欲望のまま支配しているのだった……

 

「くそ、くそ……じ、銃を持ってるからって偉そうにして……こ、こうなったら」

 

銃を向けられて逃げた男性は2階まで駆け下り、誰も追いかけて来ていない事を確認してから狭い部屋の中に飛び込み

 

「守護霊様、守護霊様。どうか私の呼びかけにお答えください」

 

魔法陣も無い。ただ都市伝説で見た呪文を一心に唱え続ける

 

「どうか私の前にその姿を現し、私をお守りください」

 

悪魔が呼び出される条件を満たして居なかった。本来なら悪魔なんて現れるはずも無かった……だが悪魔が出現しやすくなっていた神無市の今の状態が男に味方した

 

【ウボオアアアアア】

 

「は、ははは!!やった!やったぞ!!俺の守護霊さまだああッ!!!」

 

現れたのは悪魔とは言い難い、ぶよぶよの身体をした溶け続ける悪魔。その悪魔は目の前の召喚者を見るとその目を真紅に輝かせ

 

「やった、やった……おごぼおおおおおッ!?!?しゅびゅひゃいじゃまあああああ!?」

 

大口を開けて笑っている男の口の中に飛び込んでいく。口の中に液体の悪魔が潜り込んだ事で、この男は目を白黒させ、悲鳴を上げるが、悪魔はそんな事はお構いなしで男の口の中に飛び込んでいく。そして悲鳴が途絶えた頃、この男性の身体は倍以上にふくらみ、白目を向いて気絶した男性だけがその場に残されるのだった……

 

 

 

ヤタガラスの支部だと言う神社を出て、昼前に俺達は神無市の繁華街に着く事が出来たのだが、行き成り繁華街に向かう前に情報収集をと、瓦礫や、横転した車のせいで遠回りを何度もしなければならなかったが、神無市を見渡す事が出来る展望台に訪れていた。

 

「死体も車の気配も無し、悪魔も居ないのはここを占拠する価値が無いと判断したか」

 

悪魔が存在するにはMAGが必要だ。俺達と契約しているカソ達は俺達が生きていれば、MAGが供給されるので人間を襲う必要が無いが、他の悪魔は違う。存在を維持すためにMAGを……つまりは人間の血液や魂を摂取しなければならない。共食いで補う事も出来るらしいが効率が悪いので人間を襲うのが1番効率的かつMAGも確保出来るらしいのだ

 

「でも繁華街はそうはいかないんでしょうね」

 

美雪先輩の言葉に久遠教授がそうだと頷く。海と山に囲まれた立地の神無市は観光や、避暑地として有名な場所でありつつ、神無大学付属高校があるなど勉学にも有名な街だった。俺は学校に通いながら思ったものだ、観光と勉学全く異なる物を街の特色として、ここまで大きな街にした市長の手腕は素晴らしいと、だがそれが今や生存者の脱出を妨げる壁になるとは何と言う皮肉だろう。

 

「陸の孤島みたいになっているしな。良く考えないと脱出すら難しいな」

 

雄一郎の言葉にその通りだと頷く、海にしろ、山にしろ、この街を脱出にするにはこの繁華街を抜けなければならない。本来なら別の場所からも出ることが出来るだろうが、展望台やTV塔が倒れているのを見たので、そっちの道は通れない。消去法として繁華街が残ったのだ。

 

「他の街へ向かうというのもリスクがある、だが山や海でサバイバルをすると言うのも当然リスクがある。だがこのまま街へ残るよりかは安全と言うのも事実だ」

 

ホームセンターなどで入手した。キャンプ用品の数々は山や海で生活する可能性を考慮して集めた物だ。仮に他の街へ向かうとして、その途中で道路が通れなかったりすれば、引き返し、山や海でサバイバルをしながら救援を待つ。その可能性も考慮し準備をしたのだが、悪魔が居る環境ではリスクはやはり高い。だがガソリンスタンドで出会った男達のように、自分の欲望を満たすためだけに街を徘徊している連中に見つかる可能性を考えれば、街中もリスクは高い。この場に留まるにも、別の街に行くにもリスクが高い状況……それならば移動すると言う選択をするのは間違いではない。この街にヤタガラスなんていう地下組織があるのは、それだけ悪魔が出現しやすい立地だからだろう。留まるのは危険だと思って間違い無い筈だ

 

「でも繁華街を通るのは危険なんじゃないですか?」

 

「それも承知している」

 

桃の質問に久遠教授が腕を組み、溜息を吐きながら言う。ここまで来るまでの間にビルやマンションの上から瓦礫などを投げてきて車を止めようとした人間が何人も居た。その止める目的は言うまでもないが、久遠教授や桃達を狙っての物だ。

 

「このような状況でまだ自身の肉欲を満たそうとするとは呆れ果てて物も言えん」

 

ここまで見かけた生存者はほぼ男性。女性を見かけては居ない、それは生存者同士助け合うべきなのだが、その相手が女性を襲っているという可能性を如実に示していた。リリムやカソを車の屋根の上に召還する事で攻撃を受けなくなったが、高校やホームセンターがある地区でこれなのだ、雑居ビルや、デパートなどが並ぶ繁華街。そして街を出るためには通らなければならない場所だが、悪魔の出現も多いと聞く。脱出できず、留まっている生存者が多いのは容易に想像がつくし、車で通れば狙われやすい。正直別の通路で脱出出来るのならば、繁華街は決して通りたい場所ではないのだ

 

「だが通らなければ、街を出ることは出来ない。幸い展望台の望遠鏡などは無事だ、それで少し街の様子を見てみよう」

 

久遠教授の言葉に頷き、念の為にヤタガラスから貰った武器ではなく、メルコムの店で買った鉈を持ち展望台へ向かう。ヤタガラスが用意した武器は切れ味などが異常でとてもではないが、俺達では使えないと思ったのが最大の理由だ。もし使うとすればもっと戦いになれた時になるだろう

 

(そんな時が来なければいいと思うけどな)

 

俺達はあくまで学生だ。そんな俺達が使うには危険すぎる武器、それを使うようなことにならなければいいがと思いながら、階段を上っていく。悪魔の出現を警戒したが、悪魔は出現せず。あっさりと最上階の近くまで登ることが出来た

 

「やはり人間の死体などが無ければ悪魔はいないか」

 

血痕も何も無い。だから最初からこの場所には悪魔は存在しない、悪魔が出てパニックになっているのだから展望台からは人は逃げ続けていたろう。だから悪魔は逃げる人間を追いかけてこの場を素通りしたと言うことか……

 

「となると繁華街は」

 

「悪魔の巣窟だろうな」

 

顔を青褪めさせる美雪先輩の言葉を引き継いで、久遠教授が顔を顰めながら呟く。生存者は皆逃げる為にきっと悪魔が出てすぐはTV塔や電波塔のある方向からの脱出を試みただろう。だが悪魔によって破壊され、道が断絶されたので繁華街へと逃げ始める。そうなれば人間がひしめき合い、思うように移動は出来ず悪魔に襲われる。

 

「考えられる限り最悪の状況ですね」

 

生存者がいたとしても協力ではなく、こっちが持っている物資や、久遠教授や桃に美雪先輩を襲う事を考えている下種共。更には生存者や死体からMAGを得ようとする悪魔……素早く行動しなければ、生存者、悪魔の両方に狙われる。その可能性を知り、俺は思わずそう呟いてしまった

 

「だから素早く行動出来るようにここで繁華街の様子を調べてから行動する。出来る事なら、今日中に繁華街を抜けたい所だが、それも難しい。少なくとも2日は掛かる。その事は覚悟しておいて欲しい」

 

久遠教授の言葉に判りましたと頷き、展望台から繁華街の様子を伺うのだった……

 

 

 

展望台から繁華街を見ていた楓と雄一郎君が私には見ないほうが良いと言った意味を繁華街の近くに来た事で理解した

 

「……うっ」

 

噎せ返るような血の匂い。そして焼け焦げた遺体や、体の右半分が凍結し、苦悶の表情で息絶えている男性、胸に大きな穴が開き、呆然とした表情で倒れている女性……繁華街に入る手前だと言うのに、そこは死体の山だった。車から降りる予定ではな無かったのだが、長時間車の中にいていざと言うとき身体が動かないと困ると言う理由で車を降りて、少し移動してきたのだが、数分歩いただけでこの惨劇だ。もし私1人だったら意識を失っていたと思う

 

「桃、大丈夫か?」

 

自分の背中で目の前を隠しながら訪ねてくる楓の制服の裾を掴む。そして考えるのはどうしてこんな事になってしまったのか?それだけだ

 

「落ち着け美雪。動揺するな、叫ぶな。泣くな、見つかるぞ」

 

「は、はい……判っています」

 

震えた声で久遠教授に返事を返す久遠先輩。雄一郎君は鉈を手に周囲を警戒しながら

 

「コロポックル。悪魔の気配は?」

 

【今のところは無いの、ここら辺の死体は皆MAGが尽きておる。留まる必要も無い、逃げた生存者を探して追い掛け回しているんじゃろう】

 

悪魔の気配が無いのは良いけど、こんなに死体があると、怖くて怖くて、思うように移動なんて出来ない

 

「死体を観察する趣味は無いですけど、どうしてこんな死体ばっかりなんでしょうね?」

 

「切り裂かれた、殴り殺された、噛み殺された。それが高校で見た死体だが、これは違う。恐らく生息している悪魔が違うんだろう……魔法を使いこなす悪魔。それが繁華街に住まう悪魔の特徴なのではないか?」

 

淡々と話す久遠教授と楓の言葉を聞いていると、私の背中を撫でていたナジャが楓と久遠教授の方を見て

 

【でも契約しているから、耐性のある魔法は平気だよ?楓だと炎は大丈夫だけど、氷は駄目。雄一郎は氷に強いけど、炎が駄目。美雪は電撃に強くて、特に弱点は無いから普通。桃子は風の魔法に強くて、教授は電撃と水に強くて、光に弱い。それを頭に入れておけば、皆でお互いを護りながら行動出来ると思うよ。弱点を喰らったら下手したら死ぬかもしれないから、お互いにお互いを護ると思っておいた方がいいよ】

 

悪魔と遭遇し、魔法を使われたらその魔法に強い悪魔と契約している相手が盾になると言う事だ。ナジャの言葉に頷いた久遠教授は車に戻ろうと私達に声を掛ける。その言葉に頷き、車に戻り再び移動を開始する中。私は窓の外を見ないように頭を下げ、早く繁華街を抜けて欲しいと心の底から祈るのだった……

 

「今日はこれ以上の移動は危険だな」

 

久遠教授の言葉に思わず眉を顰める。繁華街の中ほどまで移動したのだが、それ以上の移動は危険だと久遠教授がが判断したのだ、その理由は言うまでも無いが悪魔の数の多さにある。出入り口のほうはまだ良かった、現れる悪魔が高校でも見た餓鬼や、カソと言った弱い悪魔だったから……だけど破壊されたコンビニやスーパーなどの看板や横転している車が目立つようになってくると、悪魔もその種類も強さを大幅に変わって来たのだ

 

【ジャックランタンに、ダフネにハーピーにヴォジャノーイにアプサラス……結構強い悪魔が目立って来たしね。それに夜にもなると悪魔も活性化する。日が暮れる頃には、移動は難しいよ】

 

かぼちゃ頭にランタンを持った悪魔、女性に似たシルエットをしているが、髪や背中から木が生えた悪魔に、両手が翼の女性の悪魔、河童みたいな鬼に、羽衣を纏った女性の姿をした悪魔……姿形にしたって人間に近い悪魔が多くなって来ていた

 

「でも不思議じゃないですか?悪魔は襲ってきませんでしたよ?」

 

雄一郎君がそう呟く、確かに悪魔の姿は多く見たが襲ってくる悪魔は居なかった。その理由は何だろうか?私達が首を傾げていると久遠教授はもしかしてとつぶやき

 

「ヤタガラスが何かをしたのかもしれないな。繁華街を通って街を出ると言っていたから、その間でも安全になるように何か仕掛けをしていてもおかしくあるまい。コロポックル、そう言う魔法はあるのか?」

 

【エストマかの、一定時間悪魔を寄せ付けない結界魔法じゃ】

 

結界魔法……それがあったから悪魔に襲われなかったのかと納得したが、その結界の持続時間などは判るわけも無い、ここまで安全だったからと過信し、日が落ちた中繁華街を進むのは危険すぎる

 

【そっか、なんか嫌な感じがすると思ったらエストマか……】

 

【リリムは闇属性だもんね。破邪の呪文は苦手だもんね】

 

ピクシーとリリムが車の外を飛びながら、そんな話をしているのが聞こえてくる。悪魔にも当然だけど得意な事と苦手な事があるんだなっとそんな当たり前の事を考えていると車がゆっくりと停車する。どうしたんだろう?と顔を上げるとそこには、窓が割れていたり、建物が煤けていたりする中で比較的綺麗な建物の姿があった。3階建てのビルで、1階は車庫、2階は喫茶店、3階は看板で派遣会社の物だと判る。他の建物と違って窓が割れていないのが印象的だった

 

「ここで一晩を過ごそう。1階から2階、3階に上がる所をコロポックルの氷で封鎖すれば狂った馬鹿が侵入して来る事は無いだろうし、窓はバリケードを作れば、外から悪魔に侵入されることも無い。更に言えば氷の後ろにリリム達が見張っていてくれれば安全に眠る事が出来る。車も車庫に納めて、氷で塞げば破壊される心配は無い。それに悪魔が強いと言っても、これだけの建物は破壊されていない。だから寝ている間に生き埋めになる心配も無い理想的な立地だ」

 

久遠教授の言葉を聞いて確かにと納得する。ゆっくりと車庫に車を停めた久遠教授は後部座席の私達を見て

 

「雄一郎君と楓君には悪いが、荷物を頼む。食料と使い捨ての紙皿と箸とかを持ってきてくれれば良い。その間に私達で寝床とかの用意をする。頼めるかな?」

 

久遠教授の言葉に、雄一郎君と楓は大丈夫です。任せてくださいと笑う

 

「じゃ、私はもしガラスの破片とかあったら掃除しておくね」

 

「ですね。安全に眠れる場所を用意しないといけませんから」

 

私達には私達の出来る事をするよと楓に言うと、楓と雄一郎君は心配した表情で

 

「悪魔が居るかもしれないから気をつけてな」

 

「ああ、楓の言う通りだ。危険だと判断したら入るのは待ったほうが良い」

 

見た目は綺麗でも中に悪魔が居るかもしれないから気をつけてと言う楓。でも確かにその可能性はある。だけどここには死体も血痕の後も無い。だから悪魔が居ない可能性もある

 

「悪魔を召喚しておけば大丈夫だろう。楓君達こそ、狂った生存者や悪魔に気をつけるんだ。外に面しているから楓君達の方が危険なんだからな」

 

久遠教授の言葉に判りましたと返事を返す、楓と雄一郎君にこの場を任せ、ナジャ達を連れて2階の喫茶店に足を踏み入れた瞬間

 

「「えっ!?」」

 

「しまっ!?」

 

暗がりから伸びた何かに脚を捕まれたと思った瞬間。そのヌメヌメした感触に嫌悪の悲鳴を上げるよりも早く激痛が走りその痛みと衝撃で私の意識は闇の中へと沈んで行くのだった……

 

チャプター17 動く屍

 

 




今回は不穏な所で終わりました。女性陣のみと暗がりから伸びる何かでまぁ大体予想はつくと思いますけど、多分次回は微エロ?ッぽくなってしまうかもしれません。出来ればそう言うのは控えめにしたいですが、必要なので今後も書くことがあるかもしれませんね、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター17

チャプター17 動く屍

 

喫茶店に入ったと同時に何かに足を掴れたと思った瞬間。激痛が走り、私は意識を失った……それが私が覚えていた事だった

 

「う、うん……?え、っきゃああああ!!」

 

暗い喫茶店の中で目を覚ました私は自分が逆さ吊りになっている事に気付き、食器棚に映っている自分の姿がスカートが捲れて下着が見えている事に悲鳴を上げて慌てて両手でスカートを押さえる

 

「う、うん……い、一体何が……」

 

「つう……身体が痺れて……何が起きたんだ」

 

近くから久遠教授と久遠先輩の声が聞こえてくる。目を凝らしていると私と同じ様に逆さ吊りになっている2人の姿が見えてくる……そして意識がハッキリしてくると感じるのは両足の足首に走る鈍い痛みと酷い嫌悪感

 

「き、気持ちわるいよぉ……」

 

ぬるぬるしている上にぶよぶよとした太い何かが足に巻きついている。久遠先輩達も同じなのか気持ち悪いと呟いている……

 

(これ、絶対悪魔だよね……一体何時からこうなっていたの)

 

外が暗いから日が落ちている事は判る。しかし意識を失う前も夕暮れだったのでそれでは時間がどれ位経っているのか?それが判らない、楓達の姿が無いからそんなに時間が経っていないのか、それとも……私達を捕まえている悪魔にやられてしまったのか?そんな最悪の予想が脳裏を過ぎった時

 

【しー!静かに!騒いだらあいつに見つかるよ】

 

【静かにしてて、何とかして、その足の切るから】

 

ナジャとピクシーが物陰に隠れながら静かにと声を掛けてくる。どうしてあんな風に隠れているのか?と思いそれを尋ねようとした瞬間

 

【駄目!起きた事に気付かれた!】

 

リリムの悲鳴が聞こえた瞬間。机の影で蹲っていた何かが立ち上がるのが見えた。そして不幸にもその瞬間に強い風が吹いて月を隠していた雲が吹き飛び、その何かの姿がはっきりと見えてしまった

 

「「ひっ……!!」」

 

「醜悪なッ!」

 

私と久遠先輩の引き攣った悲鳴が重なり、久遠教授の強い言葉が喫茶店に響き渡る

 

【アアアアアア……】

 

立ち上がったのは男性……だった。ボロボロのTシャツとズボンを着た中肉中背の何処にでも居そうな格好をした男性の姿だが、その頭部は半分欠けており、手足も欠損している。それだけなら良い、いや、良くないのだが、その男性の遺体はぶよぶよとした何かで欠けた部分を補っており、身体のあちこちから赤く光る眼や、青く光る眼が見えている

 

「うっ……い、遺体に悪魔が寄生して動かしている!?」

 

久遠先輩がそう叫ぶ、私にもそうにしか見えなかった。既にその男性は死んでいるのに、悪魔に寄生されて今も動いている……そしてそのぶよぶよした触手でそれが私達の足を掴んで吊り上げている事に初めて気付いた……そしてその触手の先は私達だけではなく、他の方向にも伸びていて、その先を見て私と久遠先輩は声にならない悲鳴を上げた

 

「あ……あは……ああ……あん……あは……あはは……」

 

触手に吊るされていたのは全裸の女子生徒の姿……首元に僅かに残る制服の意匠に自分達と同じ学校の生徒だと判ったが、彼女の身体にはあの男性の遺体に寄生している悪魔から伸びた触手が胸や下腹部に伸びていて、そこから先は見たくなくて思わず目を閉じたが、耳には生々しい音を立てていた。大きく見開いた女子生徒の目には既に光は無く、口からだらしなく舌と涎が垂れ続けていた……その余りに酷い光景に私も久遠先輩も完全に声を無くしてしまった

 

「ピクシー!リリム!ナジャ!この触手を何とか出来ないか!?」

 

久遠教授の叫び声がやけに遠くに聞こえる。こんなに近くに居る筈なのに……その声を聞いているが自分ではないようなそんな気がした

 

【……】

 

触手を伸ばしている悪魔は私達と既に精神が死んでいるであろう少女を何度も見つめ、そしてニヤリと笑うと

 

【ガバアッ!!!】

 

「「あ……ああああああああっ!!!!」」

 

私と久遠先輩の悲鳴が重なった。触手の先が大きく開き、巨大な口を広げるとその少女を丸呑みにしたのだ。大きく膨れていた触手だが、それがあっと言う間に元のサイズになるのを見てその少女が解かされてしまったのだと知りたくないことを理解してしまった……

 

【ジオ!】

 

ピクシーの電撃が悪魔に伸びた。その瞬間私達を吊るしている触手が光った。そして次の瞬間

 

「「あ、ああああああ!きゃああああああッ!!!」」

 

「ぐっぐう!止めろ!ピクシーッ!!!」

 

ピクシーの放った電撃が触手を伝わって私達の身体に走る。想像も出来ない凄まじい痛みに悲鳴を上げてしまう……ピクシーが慌てて電撃を止める。しかし数秒とは言え、電撃が走った事で手足に力が入らない

 

「ぴ、ピクシー……そ、外に行って、楓君達を呼んで来い……リリムとナジャは私達を守れ……」

 

久遠教授が苦しそうにそう指示を出し、ピクシーが喫茶店から飛び出し、リリムとナジャが私達の前に立って悪魔から護ろうとしてくれたが

 

【きゃあっ!】

 

【うっ……わ、私はこういうのは駄目……】

 

触手の無造作の一撃に弾き飛ばされ、喫茶店の壁に叩きつけられる。そして触手が私と久遠先輩に伸びてくる

 

「ひっ!い、いやああ!」

 

「こ、来ないで!いやああ!!」

 

「くっ!照準が……合わない……」

 

触手が私達の服を掴んだと思った瞬間。まるで紙でも引き裂くかのように制服を破ってしまう。下着姿になった事と先ほどの女子生徒の姿を思い出し必死に逃れようと身を捩るが、私達の足を掴んでいる触手が私達を放す事は無い。素肌にぬるぬるとした触手が触れた瞬間。このままでは私もあの女子生徒と同じ風にされる、そう思った瞬間心の近郊が崩れ、もう訳が判らなくなって

 

「い、いやああああああ!やだ!やだやだやだああ!!触らないでッ!わ、私に触らないでぇッ!!!」

 

「いやあああ!止めて!いやああああ!!嫌だぁ!触らないで!い、いやああああ!」

 

「止めろッ!!」

 

私と久遠先輩の悲鳴が重なり、久遠教授が悪魔を止めようと銃を放つが、悪魔は暴れる私達も拳銃の弾も無視し太い触手の先端が膨れ上がりそこから分かれでた何本もの細い触手が私達の下着に伸びた瞬間喫茶店の扉が弾ける様に吹き飛び

 

「桃!美雪先輩!!」

 

楓が喫茶店の中に飛び込んできて、楓が助けに来てくれたそれだけで凄い安心感を感じた。悪魔に犯されるかもしれないという恐怖が少しだけ薄まる。楓が来てくれた、楓なら助けてくれるそう思っていたのだが

 

「んなあ!?」

 

楓の裏返った声を聞いて、自分達が下着姿で殆ど裸同然だった事を思い出した瞬間顔が赤くなる

 

「やだあ!楓こっち見ないで!」

 

「助けに来てくれたのは判りますが、あんまり見ないでください!」

 

私と久遠先輩の声を聞いて楓がそっぽを向こうとするが、それよりも早く久遠教授の怒声が喫茶店に響き渡る

 

「馬鹿か!下着なぞビキニと同じだろう!!今はそんな事を言ってる場合ではないだろうが!!」

 

下着を触手に引っ張られるのを感じて、楓に下着姿を見られたという羞恥心よりも再び悪魔に犯されるかもしれないという恐怖が大きくなり、思わず涙が零れる。そんな私と久遠先輩の顔の涙を見て楓が拳を握り締めるのが見える。そんな中久遠教授が拳銃を撃ち、ナジャとリリムが下着に伸びていた触手を弾いてくれた瞬間に楓に指示を出す

 

「そんな事を気にしている場合じゃない!早く!私達を吊るしている触手をなんとかしてくれ!!」

 

その叫びに私達が触手に吊るされている事に楓が気付き、その先の悪魔を見ると今まで見たこと無いほどの怒りの色を顔に浮かべる。すると楓の身体の回りに赤黒いオーラが纏わり付き、そして目の前に魔法陣が展開される。そしてスマホから流れる無機質な声が喫茶店に響き渡る

 

【悪魔召喚開始……】

 

「お前ええええええッ!!!!よくも桃達を泣かせたなぁッ!!!!」

 

スマホの声を掻き消すような、楓の怒声が響いた瞬間魔法陣が光り輝きそこから異形が姿を見せる。

 

【ワガナはトウキスパルトイッ!!ナンジノテキをすべてウチクダカン!!!】

 

光の中から現れた悪魔は肉の無い姿をしていた。骨だけでありながら巨大な盾と錆付いた剣を見につけた骸骨の悪魔はそう叫ぶと同時に、私達の足を拘束している触手に向かって雄叫びを上げながら人を超えた速度で疾走しはじめた。

 

【オオオオオオオッ!!!】

 

スパルトイと言う楓が呼び出した悪魔は重そうな盾と、骨と言う外見からは想像も出来ない柔らかな動きで、周囲から伸びる触手を盾で弾き、剣で切り裂きながら私の方へ走ってくる。そしてスパルトイが飛び上がり錆付いた剣が光ったと思った瞬間。私の足を掴んでいた触手が斬り飛ばされ、私の身体が宙に舞う

 

「桃ッ!!」

 

滑り込んできた楓に抱き止められる、下着姿で恥かしいと思ったがそれ以上に穢されなかった事に安堵するが、楓の手がお尻に当っている事に気付き、安堵を羞恥心が上回り叫びそうになったが助けてくれた楓に怒鳴る訳にも行かず、両手で顔を隠した。さっきまで悪魔に犯されるかもしれないと恐れていたのに、今は楓に下着姿を見られるのが恥かしいなんて……これも無事だから考える事が出来る事で、そうで無ければこんな事を考える事は無理だっただろう

 

「スパルトイ!そのまま他の触手もぶった斬って美雪先輩も助けるんだ!」

 

【ココロエタ!】

 

『ギロチンカット』

 

【ぎ、ギアアアアアアア!?】

 

着地と同時に再び飛び上がったスパルトイの剣が再び光り、久遠先輩の足を掴んでいた触手が粉微塵に斬り刻まれ吹き飛び悪魔の苦悶の叫びが喫茶店に響く

 

「美雪先輩ッ!」

 

「え、きゃあ!あ、ありがとうございます!で、でもあんまり……見ないでください」

 

落ちてきた久遠先輩を楓が抱き止める。久遠先輩の顔はこの暗がりの中でも判るほどに赤くなっていて、そして楓は気づいていないが、お尻を鷲掴みにしていて久遠先輩もそれに気付いているがそれを言い出せる雰囲気ではないのであんまり見ないでくださいと呟いた楓が顔を赤くして喫茶店の床に久遠先輩を降ろすがその素肌を包んでいるのは黒い下着で思わず何でと思ってしまった。私達がそんなやり取りをしている中、スパルトイは久遠教授を拘束していた触手も切り払う

 

「久遠教授!?ぐえ!」

 

「すまん!大丈夫か!」

 

楓が慌てて受け止めようとするが、間に合わず背中の上に久遠教授が落ちる。その衝撃で胸が大きく揺れるのを見て、思わず理不尽だと思ったが、そんな事を考えている場合じゃないと喫茶店の机に敷かれていたテーブルクロスを掴んで引き寄せてそれを身体に巻きつけながら、後2枚のテーブルクロスも掴んで久遠先輩と久遠教授に手渡しながら

 

「楓!こっちを振り向かないでね!」

 

助けてくれた楓にそんな事を言うのは間違っていると思うが、それでもそう叫ぶと楓は耳まで真っ赤にしたまま悪魔のほうを向いて隣のスパルトイに声を掛ける

 

「わ、判ってるよ!スパルトイ!行くぞ!あの悪魔をぶっ潰す!」

 

【カカ!ワガケイヤクシャはトモニセンジョウニたつか!これはアタリにデアッタナ!ユクゾ!ケイヤクシャよ!!】

 

楓は顔を赤くしたまま悪魔を睨みつけて、鉈を手にしスパルトイと共に走り出す。私はその背中を見て胸が痛いほどに脈打つのを感じながら、テーブルクロスを身体にしっかりと巻きつけ下着が見えないか何度も確認し大丈夫だと確認した所で立ち上がり、ナジャに楓を助けてくれるように指示を出すのだった……

 

 

 

 

目の前の悪魔を殺意を込めて睨みつける。喫茶店の方から桃達の悲鳴が聞こえて来たその時、運が悪い事に悪魔がこのビルに向かって来ていて、雄一郎と共にそれを押さえていたのだが悲鳴が聞こえて来た事で只事ではないと判ったのだが、こっちも凄い勢いで向かってくる悪魔が居て動くに動けないでいた

 

【楓!早く!こっちに!このままだと桃子達が悪魔の餌になっちゃうよ!】

 

ピクシーのその言葉を聞いた雄一郎が俺に任せろと言ってくれたが、1人で残すのは心配でカソとピクシーを残して喫茶店に駆け上がって来た俺が見たのは下着姿で逆さ吊りになっている桃達の姿。あまりに刺激的過ぎる光景に顔を背けそうになったが久遠教授の叫びで桃達の方を良く見ると太い触手から枝分かれした細い触手が桃達の下着に伸びているのを見て、ピクシーの口にしていた餌と言うのが、性的な物だと悟る。それを理解した瞬間、凄まじい殺意が胸の中に生まれた。それは墨汁のように俺の心を埋め尽くしていく

 

(泣いていた……桃が……美雪先輩が……)

 

誰が泣かせた?そんなの考えるまでも無い。悪魔だ……悪魔に犯されるという恐怖で半狂乱で叫ぶ2人の声を聞いた……2人を泣かせて怯えさせた……目の前が赤く染まっていくと同時にポケットに入れていたスマホが震えだす

 

【悪魔召喚開始……】

 

「お前ええええええッ!!!!よくも桃達を泣かせたなぁッ!!!!」

 

怒りのままそう叫ぶと同時に目の前に魔法陣が浮かび上がり、そこから新しい悪魔が姿を見せる。

 

【ワガナはトウキスパルトイッ!!ナンジノテキをすべてウチクダカン!!!】

 

姿形としては人型だったが、それは人間ではなかった。肉も皮もない、骨だけの姿をした悪魔。巨大な丸い盾と錆付いた剣……そして鎧兜を見につけた悪魔……スパルトイと名乗った悪魔を見て、俺は即座に殆ど叫びながら指示を出した

 

「スパルトイ!!あの触手を切り刻めッ!!」

 

俺の指示に頷いたスパルトイは骨だけの身体とは思えない機敏な動きで触手に向かって走り出す

 

【!!】

 

そのスパルトイの突進に気付いた悪魔が触手をスパルトイに向けるが、スパルトイは骨とは思えない力強い動きで、自身に向かってくる触手を盾で弾き、剣で切り裂く。触手など障害にならないと言う事を如実に示していた

 

【おおおおおおッ!!!】

 

勇ましい咆哮と共に飛び上がったスパルトイが手にした剣が光ったと思った瞬間。桃達の足を掴んでいた丸太のような触手が細切れになって吹き飛ぶ、不気味な液体が飛び散る中俺は殆ど反射的に走り出し、床に叩きつけられそうになっている桃の下に滑り込み、その細い身体を抱き止める。よほど恐ろしかったのか、震えている桃を見てあの悪魔に対する殺意が強くなる。抱き止めた桃が下着姿とかそう言うのを考えるよりも俺が感じたのは、あの悪魔に対する圧倒的なまでの憎悪と殺意だった。桃を喫茶店の床に下ろし、俺達に向かっていた触手を切り払っていたスパルトイに更に指示を出す

 

「スパルトイ!そのまま美雪先輩と久遠教授も助けるんだ!」

 

【ココロエタ!】

 

『ギロチンカット』

 

【ぎ、ギアアアアアアア!?】

 

スパルトイの妨害をしようとした触手だが、スパルトイは鮮やかな動きでその触手を交わし、桃を助けた時のように美雪先輩の方へ飛び上がる。再び錆付いた剣が光ったと思った瞬間、その錆付いた姿からは想像も出来ない切れ味でまるでバターにナイフを通すかの様に切り裂いた

 

「美雪先輩ッ!」

 

「え、きゃあ!あ、あんまり見ないでください!」

 

落ちてきた美雪先輩を抱きとめるが、小さい悲鳴と恥かしそうに身を小さくする姿に恥かしくなってしまい、すいませんと謝りながら美雪先輩を喫茶店の床に下ろすとスパルトイが久遠教授を捕まえていた触手を切り落とす。受け止める体勢が出来ていなかったが走り出しても間に合わす、押し潰される形で久遠教授が地面に叩きつけられるのを防いだが、潰された蛙のような無様な声が口から零れた。

 

「すまん!大丈夫か!」

 

心配そうにこっちを見る久遠教授だが、その豊満な肢体を覆っているのは僅かな面積しかない下着で、目の前で揺れる双丘に顔を背けながら立ち上がると、桃が机に敷かれているテーブルクロスを引き寄せながら

 

「楓!こっちを振り向かないでね!」

 

それで身体を隠そうとしているのが判り、桃達から視線を外して悪魔に視線を向ける。触手を斬られて悶えているが、背中や後頭部から顔を出している悪魔は俺とスパルトイを睨みつけていて、見た目ほどダメージが大きくない事が判った。それになによりも、このままだとまた桃達が襲われるかもしれない。だから早くあの悪魔を倒す!鞘に納めていた鉈を抜き放ちながらスパルトイに声を掛ける

 

「わ、判ってるよ!スパルトイ!行くぞ!あの悪魔をぶっ潰す!」

 

【カカ!ワガケイヤクシャはトモニセンジョウニたつか!これはアタリにデアッタナ!ユクゾ!ケイヤクシャよ!!】

 

カソのように片言だが、その喋りには強い理性を感じてこっちこそ当りの悪魔を召喚出来たと思いながらスパルトイと共に悪魔に向かって走り出す

 

【オオオオオ】

 

スパルトイが俺の前を走り、向かってくる触手を盾で弾きながら悪魔へと走って行く。俺はその後を付いて走りながらスパルトイが弾いた触手を斬りつけるのだが、その手応えに驚いた

 

(なんだ!?これは!)

 

今までは鉈の重さを利用しての叩き潰すような斬り方だったのだが、今は違う。スパルトイの様にとまでは言わないが、叩き潰すのではなく、ちゃんと斬っていると言える一撃だった。もしかしてこれがスパルトイと契約した効果なのだろうか

「ナジャ!タルカジャ!」

 

「リリム、ジオンガ!間違えても楓君とスパルトイに当てるなよ!」

 

テーブルクロスを身体に巻きつけた久遠教授と桃がナジャとリリムに指示を出す。稲妻の光が触手を焼き払い、ナジャの放った光が俺とスパルトイに当ると身体に力が満ちてくる。これならばあの悪魔に後れを取る事はないだろう

 

【ぬおおおおおおッ!!!!】

 

【!?】

 

スパルトイが走った勢いを利用し、盾を構えて突進する。凄まじい音が響いたと思ったと同時に喫茶店の壁に悪魔が叩きつけられる。タルカジャで強化されているとは言え凄まじい力だ、スパルトイはそれで止まる事無く、突進した勢いを利用して連撃を壁に叩きつけられている悪魔に放つ。カソやコロポックルとは違う高い白兵戦能力を持つ悪魔だ

 

【ヌン!オオオ!!でやああああッ!!】

 

盾で殴り、剣で切り裂き、柄で殴りつける。こうして見ているだけでも判る、圧倒的なまでの戦闘能力だ……これ俺がいる意味があるのか?と思った瞬間スパルトイが俺を呼ぶ

 

【ケイヤクシャッ!!】

 

スパルトイがそう叫ぶとボロボロの悪魔がこっちに弾き飛ばされてくる。見た当初はあちこちから顔を出していたスライムのような悪魔も殆ど残っておらず、足はあらぬ方向で曲がっている男性の遺体に思わず目を背けかけたが、この人も悪魔に襲われて、今も悪魔に利用されている。そう思うと不憫に思えてくる

 

「おりゃあああッ!!」

 

投げつけられた悪魔の胴体に剣を叩き付けると同時にスパルトイが飛び上がり

 

【じゅうッ!もんッ!じッ!!!ぎりいッ!!!!】

 

俺が振りぬいた鉈と時間差でスパルトイが跳躍した勢いで振り下ろした剣が悪魔を十文字に切り裂いた。斬られた肉片は灰のように消滅して行き……遺体に寄生していた悪魔も苦しそうな呻き声を上げながら消えて行く

 

【うむ、マズマズ……ではアラタメテケイヤクをかわそう。ワガナはトウキスパルトイ、コンゴトモヨロシク】

 

剣を床に突き立てて手を差し出してくるスパルトイの手を握り返すと、スパルトイは満足げに頷きながら消えて行く。スマホを見るとMAGの残りが4分の1を切っていて、俺への負担を考えてくれたのだと判り。骸骨の悪魔だが、理性的で頼りになる悪魔だと判った。俺は大きく深呼吸をして、桃達の方を見る。テーブルクロスを身体に巻きつけている姿を見て、思わずさっきの下着姿で抱き止めた時の感触を思い出し

 

(馬鹿馬鹿馬鹿!何考えているんだよ!!!俺は!!)

 

悪魔を倒して直ぐだと言うのに何で、あの時の下着姿の桃と美雪先輩の事を思い出してしまったのか!軽い自己嫌悪に陥りながら

 

「車から着替えの入った鞄を取ってきます!ナジャ、リリム!久遠教授達を頼んだ!」

 

とりあえずこのまま一緒に居るのは得策じゃないと判断し、ナジャとリリムに桃達の事を頼み3人の着替えを取ってくる為に喫茶店を後にし、階段を駆け下りた。

 

「おう、楓。こっちは大丈夫だ、カソとコロポックルのおかげで何とかなった」

 

ガレージの所に巨大な氷の壁が出来ており、その外側では炎が上がっていて、悪魔を近づけないようにしていた。雄一郎に負担を掛けてしまったことを申し訳なく思いながら、車のトランクを開けてそこから女性用と書かれたタグのついた鞄を取り出す

 

「上はどうだった?全員無事か?」

 

心配そうに尋ねて来る雄一郎に大丈夫だったと返事を返しながら

 

「ただ喫茶店に上がったら、全員下着姿で悪魔に捕まってた……」

 

くらがりだったが、しっかりと焼きついている3人の艶姿に顔を赤めていると雄一郎は小さく羨ましいと呟く。確かに健全な男子高校生としては眼福だったのだが、この極限状態でのあの光景はどう考えても眼福ではなく、凄まじい毒だ。しかもお互いの関係を壊しかねないほどに強力な……雄一郎もその事に気付いたのか、羨ましくはないかと自身の発言を訂正し

 

「着替えの鞄を取りに来たのか……早く届けてやれよ」

 

雄一郎の言葉に判ってると返事を返し、カソを連れて俺は再び喫茶店へ続く、階段を上り始めるのだった……

 

 

 

楓君が着替えを取りに行ってくれている間。私達は喫茶店のテーブルクロスを身体に巻きつけて素肌を隠していたのだが

 

「あうあう……」

 

「……み、見られた……」

 

桃子と美雪は下着を見られた事を助かってから意識してしまったのか、自分の身体を抱きしめるようにしてぶつぶつ呟いている。悪魔に犯され無くて良かったと思うべきなんだが、それでもやはり年頃の乙女としては意中の男の子に素肌を見られたのは恥かしかったのだろう。ナジャとリリムは悪魔だけあってそう言う心の機微は理解出来ないようで

 

【桃子も美雪も楓が好きなら抱いて貰えば良いのに】

 

【うん。恥かしがる意味が判らないね?】

 

だ、抱いてもらう!?ナジャの言葉に目を白黒させている桃と美雪に溜息を吐きながらナジャとリリムに

 

「お前達の価値観を桃子と美雪に押し付けるな。お前達はちょっと離れててくれ」

 

ナジャとリリムに調理場のほうを指差し、移動するように言ってから桃子と美雪に声を掛ける

 

「下着姿を見られたのは恥かしいと思うのは仕方ない事だが、あんまり意識をするな。楓君も困るからな」

 

この様な状況で異性として認識してしまうとお互いにギクシャクしてしまう。そうなると何かの拍子でお互いの空気が険悪くな物になりかねない事を説明する

 

「で、でも母さん。は、恥かしくて」

 

「わ、私もです」

 

顔を真っ赤にしている桃子と美雪に仕方ないと笑いながら

 

「まぁそれは当然の反応だと思う。だけどあんまり意識をしてしまうと、それこそ楓君や雄一郎君が外に居る暴徒と同じになってしまうかもしれないぞ?」

 

私の言葉に顔を上げる2人の頭を撫でながら

 

「桃子も美雪も可愛い、それは間違いない。楓君や雄一郎君だって男だ、女性の身体に興味もあるだろう。でもそれは意識をしてはいけない事だと判っているから無意識にそれらに触れないように気を使っているだろう。それなのに2人がそんな反応をしていては、楓君も雄一郎君も意識をしてしまう。意識をしてしまえば、もう抑える事は出来ない」

 

この様な極限状態では子孫を残そうとする本能が強くなる。でもそれをする訳にはいかないと理性で押さえているのを刺激すれば、それこそ楓君達も我慢を出来ずに2人を犯そうとするかもしれない。もしそうなれば楓君達は良心の呵責に耐え切れず、姿を消すかもしれない。私の言葉を聞いてはっとなった表情をする桃子と美雪。丁度そのタイミングで喫茶店の扉が開き鞄が置かれる

 

「久遠教授、えっと着替えの鞄もって来ました。扉の前で悪魔が来ないか警戒しておくんで、着替え終わったら声を掛けてください」

 

楓君はそう言って扉を閉める。私は扉の方を1度見つめてから、桃子と美雪の方を見て

 

「な?私達が恥かしがると思って、楓君は姿を見せないだろう?私達の事を相当気遣ってくれているんだ。だから変に意識をするのは止めるんだ」

 

私の言葉に判りましたと返事を返す桃子と美雪を見ながら立ち上がり、楓君が持ってきてくれた鞄を手にとって

 

「ガスが生きていたらお湯を沸かして、タオルを温めよう。流石に気持ち悪いからな」

 

触手が切られた事で、噴出した悪魔の体液が身体に掛かっていて正直気持ち悪い。テーブルクロスを巻き付ける前に拭きはしたが、それでもべとべととしているし生臭い匂いが残っていて、それらが性行為を連想させて気分が悪くなってくる

 

「た、確かに気持ち悪いし、臭いですね」

 

「うう……そう言われると匂いが気になってきます」

 

嫌そうな顔をしている2人を見ながら調理場に向かい、ライフラインが生きている事を確認し、鍋に水を入れて丁度いい温度まで暖めてからタオルを入れて絞り、悪魔の体液でべとべとになった身体を綺麗にしてから楓君が持ってきてくれた着替えの鞄から着替えを取り出し、着替え始めるのだった……

 

 

 




チャプター18 Lとの再会へ続く

今回は前回と続き微エロとなりました、まぁこれくらいならばR-15の範囲でしょう。R-18は書きませんよ、ええ、書きませんとも、それに近くても書きませんよ。ここは重要です、次回はタイトル通りLの再登場です。2回目のLとの会談で何が起きるのかを楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター18

 

 

チャプター18 Lとの再会

 

暖かいタオルで身体を綺麗に拭いて下着を取替え、メルコムの店で買った服を見つめていると身体を拭き終わった久遠教授が私が手にしているスカートを取り上げて

 

「スカートは止めておけ、もし暴徒に組み敷かれた場合簡単に服を脱がされる。ジーンズとかのズボンにした方がいい」

 

簡単に脱がされると聞いて、ここに来るまでに見た暴徒と、先ほど悪魔に犯され掛けたことを思い出し、慌てて服の入っている鞄からジーンズを取り出す

 

「では母さん。上着とかは?」

 

久遠教授に服のアドバイスを求める久遠先輩。私も服を選ぶとなるとどうしても自分の趣味を優先してしまいがちになるので、どうすればいいですか?と尋ねると久遠教授は服の山から自分のサイズに合うジーンズとブラウス、そして上から羽織るジャケットを選び、素早く着替えながら私と久遠先輩に選ぶ服について助言をしてくれた

 

「上に何か羽織る服を選んだほうがいいな。出来ればボタンよりもチャックの方が良い、ボタンでは引き千切られたらそれで終わりだ。ジャケットを選ぶなら生地は厚めの物が良い、手で破かれるような物は良くないな」

 

久遠教授のアドバイスに頷き、服の山からジーンズとブラウス、それとアドバイス通りに上に着るジャケットを選んで、それを着込む。実際あんまりジーンズを穿く事は少なく違和感をどうしても感じるが、久遠教授の言う通りスカートを穿くのは危険だと理解したので、早くジーンズに慣れようと思った

 

「着替え終わったなら楓君と雄一郎君を呼ぶぞ?一応このビルの内部を調べたほうが良い、もしかすると遺体に寄生していたスライムのような悪魔が居たら眠る事も出来ないからな」

 

「そうですね、あの形状でしたら何処かの隙間に隠れていてもおかしくないですしね」

 

あの悪魔が居るかもしれないと聞いて、思わず身震いしているとナジャとリリムが笑いながら

 

【大丈夫だよ、今度は私が守るから】

 

【不意打ちだったから反応出来なかったけど、次はあんな無様な事はしませんから】

 

今度こそ守りますと言ってくれたリリムとナジャにありがとうと返事を返し、喫茶店の扉を開くと楓と雄一郎君が心配そうな顔で喫茶店の中に入ってくる。楓の顔を見て、恥かしさが込み上げて来るがそれを耐えて普段通りに振舞う

 

「楓。助けてくれてありがとう」

 

「あ、ああ。桃も久遠教授も美雪先輩も無事で良かった」

 

ほっとした表情で笑う楓を見ていると、久遠教授が手を叩きながら

 

「まだ安心するには早い、あの男の死体に寄生していた悪魔だが、スライムのような形状から考えると何処かの隙間とかに隠れていても困る。食事や休憩をとる前にこのビルの中を調べる、楓君も雄一郎君も疲れていると思うが捜索を手伝ってくれ」

 

久遠教授の言葉に判りましたと返事を返す、楓と雄一郎君を先頭にして最初に喫茶店の内部から調べ始めるのだった……

 

 

 

久遠教授の懸念したとおり、喫茶店の中に2体、3階の派遣会社に3体のスライムが隠れていた。そして今はピクシーがまだ喫茶店にスライムが隠れていると教えてくれ、その隠れていたスライムを見つけた所だ

 

「コロポックル!ブフ!」

 

「カソ!アギ!」

 

【う、うぼああああああ!?!?】

 

俺と楓の言葉が重なり、カソとコロポックルの放った火球と氷の礫がスライムを砕く。殴りつけるや、切るという攻撃はダメージは与えるが、効果は薄く最終的にカソの炎とコロポックルの氷が有効だと判明し、そこからは楽にスライムを倒せるようになったが、狭い隙間とかに素早く隠れるので鬱陶しい悪魔だった。やっと倒した所で安堵の溜息を吐くと、楓がダクトを指差して

 

「雄一郎。隙間を封じてくれ」

 

「ああ、コロポックル。頼む」

 

【うむ!しかし雄一郎。お前のMAGもそろそろやばい、チャクラドロップを舐めるんじゃぞ?】

 

【オマエモダ、ケイヤクシャ。MAGがツキルまえにほじゅうシロ】

 

コロポックルがブフで隙間を氷で凍結させたのを確認してから、チャクラドロップを頬張る。口の中に広がる濃厚な血の味に楓と共に眉を顰める。だがMAGが尽きればコロポックルが消えてしまうので血の味を我慢して舐め続けながら、ピクシーやナジャが隙間を調べ、スライムが隠れているのを見つけ、それをアギとブフで倒し続けるのだった……

 

「つ、疲れたぁ……」

 

「ほ、本当だな……」

 

楓と共に派遣会社のソファーに深く腰掛ける。リリムのジオンガや、ピクシーのジオ、ザンはスライムに対して効果が薄く、魔法を使い続けた俺と楓の疲労は濃く、そして舐め続けていたチャクラドロップのせいで胸もむかむかして気持ち悪い

 

「お、お疲れ様。ジュース飲む?」

 

楓の話では悪魔に襲われて下着姿になっていたと言う桃子と久遠先輩はジーンズにジャケット姿で、制服の時よりも動きやすそうな格好をしている。桃子がクーラーの蓋を開けてジュースを飲む?と尋ねてくる。桃子の言葉に返事を返そうとした時。俺達の声よりも先に第3者の声が部屋の中に響き渡った

 

「私はジュースよりも冷たい水を頼むよ」

 

「「「「ルイさん!?」」」」

 

「お前……ルイ……何時の間に……」

 

高校で出会ったルイさんが椅子に腰掛け。やあっと手を振る姿に俺達の動揺した叫び声と、頭痛を感じているのか久遠教授が額に手を置きながらその名前を口にするのだった

 

「あれから私も色々と街の中を歩いて、生存者とかを探していたんだけどまともな人が居なくてね。MAGが底をついてしまって悪魔を召喚出来なくなってね。どうした物かと歩き回っているとこのビルを見つけてね、隠れ場所にしたんだ、あそこから天井裏に上って隠れてたんだが、水もあるし、缶詰とかもあって隠れ場所としては最適だったよ。暗いのと、狭いのは難点だったが、1人なら十分だったしね」

 

にこにこと楽しそうに笑いながらどうしてここに居たのか?と言うことを説明してくれるルイさん。だがそれは笑いながら言える事ではなく、かなりギリギリの所で生き延びて来たのが判った。そしてルイさんの視線の先を見ると天上裏に続く階段があって、そこから降りて来たのだと直ぐに判った。多分俺達の話し声を聞いて知り合いだと判って降りて来たようだ。

 

「それで?態々出て来たんだ。何か用事でもあるのか?」

 

久遠教授のドライな言葉にルイさんはそれでこそだよと笑いながら、ノートPCを鞄から取り出して

 

「勿論、悪魔召喚プログラムを改良してね。それを渡そうと思っていたんだけど、偶然同じビルに来てくれて良かった」

 

そうだよな、俺達がこのビルに来たのは偶然だ。そしてそこにルイさんが隠れているなんてそんな偶然があるなんてな……もしかすると神様って言う奴が、俺達をこのビルに導いてくれたのだろうか?

 

「と言う訳で、スマホを預けてくれるかい?悪魔召喚プログラムをアップデートするから」

 

ルイさんの言葉に判りましたと返事を返し、俺達はスマホをルイさんに預ける。楓の話では新しい悪魔を召喚し、契約する事で桃子達を助ける事が出来たと聞いた。だからこの悪魔召喚プログラムはこれからも役に立つ、もっと悪魔が強くなる事を考えれば、ルイさんに悪魔召喚プログラムを更新して貰うことは正しい事だ

 

「ではアップデートが終わるまでの時間を利用して、夕食の準備をしよう。ルイ、お前が食べていたと言う非常用食料を使うぞ」

 

「構わないよ。その変わり私も夕食を頼むよ、缶詰と乾パンとかで正直飽き飽きしていたからね」

 

「判っている。楓君、雄一郎君、疲れている所悪いが天井裏から保存用の食料を見てきてくれるか?」

 

久遠教授に言われなくても俺と楓は天井裏を見に行くつもりだったので、判りましたと返事を返し、2人で天井裏に向かったのだが……

 

「なぁ?楓、あの人本当にここに隠れていたのか?」

 

「そう言ってただろ?おかしいとは思うけど……」

 

言っていた通り天井裏に長期保存水や缶詰に乾パンと言った災害時の備えと思われる物が備蓄されていたが、手をつけられた痕跡が無い。数日前から隠れていた割りには綺麗過ぎる

 

「ここで隠れてたんだ。綺麗にしていないと、気分が悪くなるとかで綺麗にしていたんじゃないか?水も飲まず物も食べないで生きてられる訳が無いんだからさ。ま、考えるのは後にして運び出そうぜ」

 

楓もどこか納得していないようだが、今はルイさんの事を考えるよりも先に備蓄されていた物を運び出す事が先だ。俺は楓の言葉に頷き、2人で協力して天井裏に備蓄されていた物を運び始めるのだった……

 

 

 

料理こそ喫茶店で作ったが、悪魔が巣食っていた場所で食事をする気にはなれず、派遣会社のオフィスで夕食にした。メニューとしては備蓄されていた水で炊けるご飯と肉や魚の缶詰をフライパンで温めた物。それとカップの味噌汁……こんな状況で暖かい食事を取れる事に感謝しながらの食事となったのだが

 

(おかしいよな、あの人)

 

話では、ここの天井裏で隠れて暮らしていたという割には、天井裏に生活感が無く。食料や水も減った痕跡が無かった……雄一郎には処分したんじゃないか?と言いはしたが、このような状況でそこまで気にしている余裕は無いだろうし……考えられるのは嘘をついている事ともう1つ。3日前ほどにこのビルに逃げ込んできて、天井裏に隠れると同時に疲労で意識を失った……だけどそれでも違和感が残る

 

(そこまで疲れるか?)

 

高校で見たあの骸骨の悪魔。同じ骸骨の悪魔だが、スパルトイよりも遥かに強いだろう、そんな悪魔を使役しているルイさんがそんな状況

 

に追い込まれるだろうか?俺達よりももっと楽にここまで来る事が出来たのではないか?そう思うと怪しいという疑念が強くなるが、久遠教授の知り合いだと言うので疑う訳にも行かない

 

「楓?どうしたの?美味しくない?」

 

俺の箸が止まっている事に気付いた桃が美味しくない?と尋ねて来るので俺は慌てて

 

「いや、美味いよ。めちゃくちゃ美味い」

 

考え事をするのは後にするべきだったと反省しながら桃と久遠教授が用意してくれた夕食に箸を伸ばすのだった

 

「いや、ありがとう。やはり大勢で食事をするのは楽しいね、それに暖かい物と言うだけで心が休まるよ」

 

「だったら自分で保管用の味噌汁くらい温めろ」

 

「いや、ははは……日本語は話せるけど、文字はあんまり読めなくてね。作り方が判らなかったんだよ」

 

話すだけじゃなくて、読む事も大事だねと笑うルイさん。外国人だから日本語が読めなかったのか、でもそれだと悪魔召喚プログラムは全部日本語だし……やっぱり嘘をついている?俺の疑いの視線に気付いたのかルイさんは少しだけ慌てた素振りで教えてくれた

 

「ああ。悪魔召喚プログラムは翻訳しているけど、もしかしたら文法がおかしい物もあるかもしれないけど。そこは許して欲しい。日本語は複雑でとても難しいんだ」

 

プログラムで翻訳してくれていたのか……日常会話には支障はないけど、文字を読み書きするのは苦手と言う外人は多い。ルイさんもその口なのだと思い。疑って悪い事をしたなと反省しているとルイさんが俺のほうを見て

 

「悪魔召喚プログラムを立ち上げてくれるかい?新しい機能を説明するから」

 

新しい機能……?その言葉に首を傾げながらスマホの悪魔召喚プログラムを起動させると新しく、「ラーニング」と言う項目が追加されていた。ラーニングって学ぶって意味だよな?俺達が首を傾げているとルイさんがその機能についての説明を始めてくれた

 

「スキルラーニング機能。まだ実験段階の機能だが、契約している悪魔と悪魔召喚プログラムを利用して、悪魔のスキルを覚える機能だ」

 

悪魔のスキルを覚える!?さらりと言われた言葉に思わず目を見開く、確かに使えたら便利かもしれないが、それは俺達が悪魔に近づくと言う事ではないのか?と言う不安を感じているとルイさんは俺達のそんな不安を見抜いたのか笑いながら

 

「悪魔のスキルを覚えると言っても擬似的に再現するだけだ。悪魔が使うものよりも効果は数段劣るし、持続性がある訳でもないよ。それに覚えると言っても、君達と悪魔の相性も大きく関係している。試しにラーニングをタッチして見ると良い」

 

言われた通りラーニングの画面をタッチすると、ラーニング中の文字とその下にいくつかスキルが表示されていた

 

カソ

 

アギ ラーニング中 

 

マハラギ ラーニング不能

 

ひっかき ラーニング不能

 

スパルトイ

 

ギロチンカット ラーニング不能

 

両腕落し ラーニング不能

 

絶妙剣 ラーニング不能

 

タルカジャ ラーニング不能

 

剣の心得 ラーニング中

 

殆どラーニング不能になってるな……試しに桃のスマホを覗き込んでみると桃も同様で、ラーニング中になっているのはディアとポズムデ

 

イの2つだけだった

 

「おい、殆どラーニング不能じゃないか」

 

「あはははは、すまないね、言っただろう?実験段階だって、もう少し研究を進めればラーニングが出来るようになると思うよ」

 

俺としてはラーニング中の文字が少なくて安堵していた。これでラーニングしている項目が多いとなると、悪魔と契約しているうちに人間じゃなくなってしまうのではないか?と言う不安を抱く事になるからだ。美雪先輩も安堵の溜息を吐いているのを見て、俺と同じ考えなのだと判った

 

「これで何か変わればいいな」

 

「そうだな……魔法を使えるって言うのは少し怖いけどな」

 

魔法を使えるって事で悪魔と勘違いされるのではないか?と言う不安が頭を過ぎるが、今の所遭遇しているのは、殆ど狂っているような暴徒だけ、まともな生存者にはルイさん以外に出会っていない。もし今後まともな生存者と遭遇して、悪魔を使役し、魔法を使っている所を見られて恐怖の目で見られるかもしれないと思うと、少しそれが怖かった

 

「ルイさん。まともな生存者とかって見ませんでしたか?」

 

「まともな生存者か……私が見てきた限りでは殆ど暴力でその場所を治めているような連中ばかりだったよ。弱い女性達は男達に玩具同然に扱われる。生存者と合流したいと言う気持ちは判る、だがこの街の生存者と合流する事は諦めた方が良いな」

 

玩具同然に扱われる。それが性欲の発散を意味すると気付いた、美雪先輩や桃が顔を青くする。ならその話はさっさと切り上げて、俺はルイさんが口にしたこの街の生存者とはと言う言葉が気になった

 

「どうも私も噂に聞いただけなんだが、君達と同じ様に悪魔と契約して生存者を助けて回っている集団がいるらしい。ヤタガラスとか言う高圧的な人間達じゃなく、殆どが君達と同年代や少し年上の人間が集まって行動していると聞いている」

 

ヤタガラスではない、悪魔使い。一瞬驚いたが、それはありえない話ではない。守護霊様は普通にネットで調べる事も出来る都市伝説だ……だけどそれは

 

「だけど味方とは言い切れないですよね?襲われる可能性もあるって事じゃないんですか?」

 

桃が怯えた表情でそう呟く、守護霊様は余りに知られすぎている。もし悪魔の力を自分の欲望の為に使うような相手に接触する危険性を考えるとルイさんが持って来てくれた情報も余り役に立たない

 

「まぁ確かにその通りだろうね。一応そう噂もある程度に思っておいたほうが良い、どうせこの街はもう駄目だ。悪魔がどんどん出現し、その瘴気に当てられて人間も正気を失っている。早い内に街を出たほうが良いというのは間違いない」

 

それほど長い間住んでいた街ではないが、それでも街を捨てなければ生きる事が出来ないと言うのは少し寂しいと思った。このまま残っていても危険だと言うのなら街を出るしかないと無理に納得する。感傷では生きていけない、生存率を少しでも高める為に最も安全な選択をしなければならないのだから……

 

「忠告感謝する。私達も神無市を出るつもりだ、お前はどうする?なんなら一緒に行動するか?」

 

久遠教授がルイさんにそう問いかける。確かに折角出会えたまともな生存者だ、バラバラに行動するよりも固まって行動した方が良い、俺はそう思ったんだがルイさんはその申し出はありがたいがと言いながら首を振る

 

「ルイさん。貴方の契約している悪魔は強い。でも一緒に行動した方が安全なんじゃないか?」

 

「心配してくれてありがとう、雄一郎君。それに楓君達もだ、私を心配してくれてありがとう。とても嬉しいよ、でも私にはやらないといけないことがある。だから一緒には行けないよ」

 

やらないといけない事、それが何か問いただしたかったが、聞いてくれるなと言う拒絶の意思をルイさんから感じて黙り込む。だがこの危険な状況で、1人で動いて何をやらないといけないのだろうか?やっぱりルイさんは悪魔が現れた理由を知っているのではないだろうか?と言う考えが頭を過ぎる。その時部屋の中にぱんぱんっと手を叩く音が響く、振り返ると久遠教授が手を叩いていて

 

「色々と考えたい事もあると思うが、今日はもう休もう。街から出るにも、悪魔とは嫌でも戦わないといけない。それに早く街を出たいと

 

言っても思い通りに行かない可能性もある、今日は早めに休んでおこう」

 

確かにその通りだな、それにルイさんは俺達の事を考えて色々と準備をしてくれている。そんな人を疑っても意味が無い、もし敵ならばこんな事をする意味が無いからだ。

 

(駄目だな、疑心暗鬼になってる)

 

この街の異様な雰囲気に呑まれて疑心暗鬼になっていることに気付いた。これは良くない傾向だなと反省する

 

「では楓君と雄一郎君とルイはそっちの応接間で休んでくれ、私達はこっちの従業員用の仮眠室で眠る。ゆっくりと身体を休めてくれ」

 

久遠教授の言葉に判りましたと返事を返し、俺達は3つ置かれていた応接間のソファーに1人ずつ横になった。満腹になった事に加え疲労もあったからか、寝転んで毛布を被っただけで凄まじい睡魔に襲われ、5分と経たず俺は深い眠りに落ちていくのだった……

 

 

 

日付が変わる頃に美雪や桃子を起さないように気をつけ、私は仮眠室を後にして喫茶店に下りた。そこではルイが待っていて、ウィスキーのグラスを呷っていた

 

「飲むかい?」

 

「いや、結構だ」

 

酒はあまり好きではないのでいらないと断ると付き合いが悪いと溜息を吐くルイの前に座り

 

「それで、お前までこの街を出るというのはどういう理由だ?」

 

街を出ると言うルイ。最初は嘘だと思ったが、真剣な顔をしていたので何か他に理由がある筈と思い。本当の理由は何だ?と尋ねるとルイはグラスを机の上において

 

「門が大きくなっている。ここまで大きくなると魔界の重鎮クラスも動き出すだろう。今見つかると面倒なんだよ」

 

「……お前また逃げ回っているのか?」

 

どうせお前の所の部下連中だろう……いつもふらっと居なくなるので部下連中が門が大きくなったタイミングでこっちに来ようとしている事に気付き、その前に逃げると言うルイに軽い頭痛を感じているとルイはそれだけじゃないと付け加え

 

「天使も何かを探すように降りて来ている。高位天使が来ると面倒なことになる、いずれ戻るにしろ今は離れるべきだろう」

 

悪魔はともかく天使は厄介だな。あいつらにとって救うべき人間と言うのは、自分達には向かわない従順な家畜のような存在の事を指す。楓君達は間違いなく、天使の基準では粛清対象に入る。天使に見つかる前にこの街を出るのはやはり必要な事だろう

 

「ただ街を出るにもいくつか問題がある。守護霊様だ」

 

「あれか……お前ではないんだな?」

 

守護霊様と言っておきながら、あれはその実悪魔召喚の儀式だ。ルイがばら撒いたのではないのなら、いったい誰が守護霊様なんて物をばら撒いているのか?私やルイが知らない、高位の悪魔がどこかに潜んでいるのかもしれない

 

「守護霊様で悪魔を呼び出し、悪魔憑きとなった人間が増えている。このような状況だ、少しでも救われたいと思い守護霊様を行う人間は増えてくるだろう。それらの存在には気をつけたほうがいい」

 

守護霊様を行い、睦月のように変異種の悪魔になられても困る。それらは間違いなく警戒した方がいいだろう、決して強いと言えない筈のコボルトがあそこまで変異したのだ、上位悪魔で同じ事が起きたらなんて考えるだけでも恐ろしい

 

「忠告はありがたく聞いておくよ」

 

まだ門が小さく、そこまで強力な悪魔は出てきて居ないが、悪魔憑きとなり変質した人間の存在は厄介だな。何よりも楓君達が対峙して戦えるか?と言う問題も出て来る、今はまだ遭遇していないが、その内遭遇する事も考えておかないと不味いな……私が悩みこんでいるとルイの笑い声が聞こえて思わず睨みつけるとルイは楽しそうに笑いながら

 

「いや、微笑ましい物を見せてもらったと思ってね、母親らしい良い笑顔だったよ」

 

ルイにそう言われて一瞬呆けたが、馬鹿にされていると理解しべレッタの銃口を向けながら

 

「殺すぞ」

 

私が本気で睨みつけると、ルイは怖い怖いと笑いながら立ち上がり

 

「ではね、これから更に大変になってくると思うが頑張って生き延びてくれ」

 

「もう行くのか?」

 

その言葉にもう、このビルに残るつもりは無く、また移動するつもりだと判り。思わずそう尋ねるとルイは困ったように笑いながら

 

「ああ。彼らは気持ちの良い人間だ、あんまり馴れ合うと情が沸いてしまう。また縁があれば会おうと伝えておいてくれ」

 

そう笑って溶ける様に消えていくルイを見送り、べレッタを太ももにホルスターに戻し喫茶店の椅子に深く腰掛け

 

「さてと……これからどうするかな」

 

街を出るまでに楓君達にはもっと心構えをして貰わないといけない。桃子と美雪にしろ、死ぬかもしれないと言う恐怖よりも、楓君に下着姿を見られたと言う羞恥心が上回ってしまうようでは駄目だ。これから生き延びていく事は出来ない……もっと危機感を感じて貰わなければならない。そうで無ければ、全員の命に危険が及ぶ

 

「どうしたものか……」

 

楓君達を危険に晒したくないが、そうしなければこれから生き延びていく事は出来ない……私はその難題に頭を悩ませながら、喫茶店を照

 

らしている月を見て深く溜息を吐くのだった……

 

チャプター19 悪魔使い

 

 




ルイ様の再登場。スキルラーニングをスマホに追加、しかしそれが良い物か、悪い物なのかは判りませんね。次回は悪魔使いと言う事で、楓達とは違う悪魔使いを出して行こうと思います。勿論、ヤタガラスでもありません。楓達同様守護霊様で悪魔と契約した人達になります、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター19

チャプター19 悪魔使い

 

ビルで一晩を過ごしたのだが、朝起きるとルイさんの姿が無く。綺麗に畳まれた毛布を見て慌てて応接間を出ると、久遠教授が紙コップから湯気の出る何かを口にしながら、地図と睨めっこしていた

 

「おはようございます。久遠教授」

 

「ん?ああ、おはよう。楓君……随分慌てた様子だが、ルイの事か?」

 

「はい。ルイさんはもしかしてもうビルを出発したんですか?」

 

俺の様子を見てルイの事か?と尋ねる久遠教授に頷くと久遠教授は手にしていた紙コップを机の上に置いて

 

「MAGが回復したからかと早朝にビルを出て行ったよ。また生きていれば会おうと伝えてくれと言っていたよ」

 

俺としてはてっきり早朝一緒にビルを出る物だと思っていたので、久遠教授の話を聞いて水臭い人だと思ったのだが、久遠教授は穏やかに笑いながら

 

「ルイはそう言う奴さ。ただあいつは殺しても死ぬような奴じゃない、また無事に会えるさ。楓君も何か飲むか?インスタントコーヒーとココアがあるが?」

 

「あ、じゃあココアで」

 

甘いものが飲みたいと思いココアでお願いしますと言うと、久遠教授はくすりと笑う。子供っぽいって思われたかな?と思っていると湯気の出るココアが目の前に置かれる

 

「あっつ……あーでも暖かい飲み物はほっとしますね」

 

こんな状況だから暖かい飲み物や食べ物と言うのは凄くホッとする。今はまだライフラインが使えるから、こうして水もガスも使える状況だから備蓄している水やガスボンベを使わないで済んでいるがライフラインが止まってしまえば、こうして温かい飲み物を口にする事も出来なくなる。いつまでライフラインが使えるのか、それが本当に心配になる

 

【む?ケイヤクシャ……オキタカ……ならばスコシヤスム……ぞ】

 

【そうじゃなー、少しは休まんといざと言うとき困るからの】

 

【ふあー、だね。じゃ、出発する前に起してね~】

 

【オヤスミー】

 

口々に休むと言って消えていくカソ達だが、リリムの姿が見えず首を傾げていると久遠教授はそうだったと呟き

 

「周辺の偵察を頼んでいる。出来れば今日中に市街を出たいんだが……地図を見るとな、少し引っかかる所があってな」

 

そう言われ、差し出された地図を見る。このビルから進むと大型デパートが2つ、それと緊急時の避難場所として指定されている集会所……

 

「デパートは食料や水なども大量に蓄えているから生存者が多いのは十分に考えられる。そしてここの避難所も同様だが……今までの生存者の傾向を考えるとな……」

 

桃や久遠教授に性的暴行を加えようとしていた連中しか俺達は見ていない。そういう暴徒が集まっている可能性が高いとなると通るのは危険だが、ここまで来て迂回するとなると時間の無駄になりかねない。

 

「日に日に状況は悪くなっている、流石にこんな状況でも自分の性欲を満たすことしか考えていない馬鹿はいないと思うが……な」

 

重い口調で呟く久遠教授。悪魔も強力な者が増えて来て、横転した車や崩壊した建物が目立つようになって来た。流石に幾らなんでもこの状況でいつまでも自分の性欲を満たす事を考えているだけの馬鹿が居るとは思いたくない

 

「まぁ不安はあっても進むしかない。皆が起きて、朝食を済ませたら出発する。今日こそ市街を出るぞ」

 

久遠教授の強い言葉に判りましたと返事を返し、飲み終えた紙コップを机の上に置いて

 

「車からカップラーメン取ってきます。それを朝食にして、早く出発しましょう」

 

「ああ、それが良いな。頼んだよ、楓君」

 

俺はそのまま久遠教授に背を向けて、車からカップラーメンを取りに行く為1階の車庫に向かって歩き出すのだった……そしてそんな楓の背中を見つめている久遠教授は冷めかけたコーヒーを飲み干し

 

「さてと……ここらへんで最初の試練だ……君達は知るべきだ。人の浅ましさと醜悪さをね……」

 

ここに楓や美雪が居れば今の久遠教授の笑みを見て、恐れを抱いただろう。それは見る物全てを魅了し、惹きつけ、そして殺す……どこまでも妖艶でそして邪悪な微笑みだったのだから……

 

 

 

一方楓達が出発の為にビルで朝食をしている頃。楓達が進む方角ではある事件が起きていた

 

「ゆ、許してくれ!もうしない!もうこんな事をしないから許してくれえ!!」

 

刀を手にした少年に土下座をして謝る男性。その周囲には血と肉片がばら撒かれていて、その少年の頬と手にした刀には夥しい血液が付着しており。この惨劇を起したのがこの少年だと一目で判った、その少年は穏やかな笑みを浮かべながら

 

「ええ良いですよ、これに懲りたらもう女性を攫って暴行を加えるなんて真似はしてはいけないですよ」

 

そう笑い、刀を鞘に納め男に背を向ける少年。それを見た男性は立ち上がり、懐に隠していたナイフを振りかぶり

 

「……なんて言うとでも思いました?お前は……死ねよ、ま、聞こえてないと思いますけど?」

 

振り返ると同時に放たれた神速の抜刀術がその男の首を切り飛ばし、その部屋を真紅に染める中少年はその笑みを深くする

 

【んーいいねー、蒼汰は。私凄く気に入ってるよ】

 

蒼汰と呼ばれた少年の影から声が響き、それから遅れる様に水が溢れ出し、その水が半裸の女性の姿を作り上げていく。蒼汰はその女性に柔らかく微笑みながら

 

「ありがとうウンディーネ。私も貴女を気に入っていますよ。だって、貴女のおかげで魔法なんて物を使えるようになったのですから」

 

ウンディーネ。水の精霊と言われる上位存在だが、彼女もまた悪魔であり、そしてこの少年はウンディーネの契約者であった

 

【うふふ、どういたしまして。貴方がどう進むのか楽しみにしてるわ】

 

蒼汰の頬に口付けを落としたウンディーネは現れた時と同じ様に水になって消えていく……蒼汰は刀を振り、血を飛ばしてから鞘に納めその部屋を後にする。そして他の仲間と合流し、眉を顰めた

 

「拓郎。貴方はまだそんな無駄な事をするのですか?」

 

「無駄じゃない、生きてるうちはやり直しが出来るんだ、だから彼らは反省させ、更生させる」

 

蒼汰と同じく漆黒の制服に身を包んだ大柄の少年……拓郎の後ろには手足を拘束された男達が転がっているが、反省や更生なんてする気も無いと言わんばかりに憎悪を込めた目で彼らを睨みつけていた

 

「そう言うな蒼汰。私達は殺戮に来たのではない、この場所から逃げ出して来た女性の救援を求めてこの場に来たのだ。だから拓郎の行いは間違いではない……まぁ次は無いがな」

 

蒼汰を窘める少年の背後には破かれた服を隠すように頭からタオルを被った女性達の姿と、泣きじゃくる子供の姿があった。彼らが暴徒によって虐げられている人達を助けに来たのは間違いないのだが、その先頭を歩く悪魔の言葉は酷く物騒だった

 

【にゃはははー♪おいら達正義の味方ー♪だから悪い奴は殺戮だー♪】

 

血で濡れた剣を振りながら先頭を歩く猫の悪魔「ケットシー」に斧を背負った少年は

 

「ケットシー、己を律する事を忘れるな、そして己を磨く事を忘れるな。さもなくば、その先に待つのは堕落だ」

 

【むー?勝巳の話は難しくて、おいらわかんない】

 

勝巳と言われた少年はケットシーに仕方ないと笑いながら、その内教えてやると声を掛ける

 

「勝巳。何故貴方は斧なんて無粋な物を使っているんですか?剣はどうしました?」

 

「……仕方ないだろう?良い刀が無いのだから、それまでの変わりだ。お前みたいに悪魔を倒して直ぐ刀を手にするなんて言う事は稀だろうよ」

 

勝巳と呼ばれた少年も揃いの黒い制服に身を包んでいた。だがそれは学園の制服と言うよりかは、警察や軍隊の制服を連想させる重苦しいデザインの制服だった

 

【オオオオオオオッ!!!】

 

勝巳達がそんな話をしていると、凄まじい雄たけびが周囲に響き、トラックよりも遥かに巨大な蜘蛛の悪魔が地響きを立てて現れる。その姿に助けられた女性達が引き攣った叫び声を上げるが

 

「おーい、生存者のみなさーん。俺とこいつはあんた達の味方だ、こいつで安全な所まで運ぶから怖がらないでツチグモの上に乗ってくれー」

 

【オレ、みがだああああああ!?】

 

ツチグモの頭の上からこれまた黒い制服に身を包んだ青年が声を掛ける。それに遅れて数秒ツチグモが地響きを伴った叫び声を上げる。勝巳はうるさい奴だと肩を竦め、自ら救助して来た女性達の方へ振り返り

 

「彼の言う通りだ。さ、早く避難すると良い」

 

「は、はい!ありがとうございました!」

 

頭を下げてツチグモの背中の上に移って行く女性達を見ていた勝巳は拓郎に向かって

 

「お前も1度戻れ。後は私と蒼汰で行う」

 

「判った、お前達もあんまり殺しすぎるなよ」

 

拓郎の言葉に勝巳は善処しようと返事を返し、ツチグモに乗って遠ざかる拓郎達の姿を見送り、蒼汰と共に廃墟の中へと消えて行くのだった……

 

 

 

朝食の席でルイさんが早朝1人で出発したと聞いて、見送り位したかったなと思いながらカップラーメンを食べる。今までは普通だったが、この状況でのカップラーメンの暖かさに思わず安堵の溜息を吐く

 

「さてと朝食が終わった所で出発しよう。今日中に出来れば街を出てしまいたい、焦らせるようで申し訳ないが出発の準備を整えてくれ」

 

久遠教授の言葉に判りましたと全員で返事を返し、荷物を纏めてビル出発する

 

「悪魔も近づいてこないな」

 

「まだヤタガラスとやらの悪魔避けが効果を発揮しているのかもしれないな。今の内に距離を稼ごう」

 

こっちを見つめているが、襲ってこない悪魔。何時襲われるかと言う恐怖を感じるが、戦わずに移動出来る内に距離を稼いでおきたいな……そんな事を考えながら窓の外から荒廃した街を見つめる。逃げるのに使ったのであろう、車は横転し、血痕の後があちこちにある地獄としか言いようの無い光景。桃子や久遠先輩が目を閉じて外の光景を見ないようにしているのも納得だ。何時悪魔が襲ってくるかもしれないと言う事で俺と楓は前の座席に座り、それぞれ鉈を手にし廃墟の中を警戒していると

 

「むっ!?」

 

「「うおっ!?」」

 

「「きゃっ!?」」

 

久遠教授が慌てた様子でハンドルを切る。その時の凄まじい衝撃で俺達の悲鳴が重なる、身体の中が動いた感触がして気持ち悪い。

 

「お前何をしている!死ぬつもりか!」

 

久遠教授が運転席でそう叫ぶ、その声で誰かが飛び出して来たのだと判る。頭を数回振ってから顔を上げると車の進行方向に飛び出して来た何者かの姿が見えた

 

「すまねえが手を貸してくれねえか? こうなってから身を潜めていたねぐらに続く道が馬鹿共が騒いだせいで崩れちまって……ねぐらは別に移せばいいわけだが、被災してから一緒に住んでるガキが閉じ込められちまってよ……瓦礫を退けるのを助けて欲しいんだ。頼むよ」

 

両手を合わせて頼むと繰り返し呟くボロボロの服装をした男。確かにその状況なら助けた方が良いだろう、久遠教授に視線を向けると久遠教授は険しい顔をしてる

 

「直ぐに済むから、後ろの兄ちゃん達と姉ちゃん達に手伝ってくれれば良いからさ……頼むよ助けてくれ」

 

俺達を見て助けてくれと繰り返し言う男に久遠教授は固い声色で

 

「あそこの倒壊している建物だな。判った、そっちへ向かう。先に行っていろ」

 

「た、助けてくれるのか!あ、ありがてえ!!じゃあ待ってるぜ!」

 

喜々とした表情で崩れている建物の方に走って行く男を見て、早く助けに行きましょうと言うと久遠教授は運転席から俺達の方へ振り返り

 

「美雪、あのピクシーを出して偵察に出せ、楓君達もカソ達をすぐ召喚できる状況にするんだ。私も丁度、リリムが戻って来た」

 

窓の外を見ると、リリムが瓦礫の山に腰掛けて隠れるようにしているのが見えた

 

「あの男、恐らく嘘をついている。手が綺麗過ぎる……ただ無視もできる状況じゃない」

 

久遠教授が車のサイドミラーを見てみろと言うので視線だけそちらに向けると、斧を手にした男の姿が見えた。それも1人や2人じゃない……何十人もだ。瓦礫や、横転している車が多く思うように進めないこの状況ではどうやっても追いつかれてしまうだろう……

 

「こ、怖い」

 

「だ、大丈夫ですよ、桃子さん」

 

怖いという桃子と自分も怖いだろうに大丈夫だと励ましている久遠先輩。状況はかなり悪いと言わざるを得ない

 

「この所やけに横転した車が多いと思っていたが、意図的に横転させている。こっちの動きを制限する為にな……楓君はスパルといもいただろう?カソを残しておいて欲しい。リリムとカソでこっちは何とかする、楓君達はもし本当に瓦礫で子供が閉じ込められていたらそれを助けるのを手伝ってやって欲しい。もしそうじゃないのなら……悪魔じゃなく、人間と戦う事になると覚悟しておいて欲しい」

 

久遠教授の言葉に息を呑む、悪魔と戦うのは慣れたつもりだが、まさか人間と戦う事になるなんて……

 

「私の考えすぎと言う事も考えられるが、警戒して行ってくれ。こっちは私が何とかする」

 

悪魔ではなく、人間と戦うことになるも知れない。その言葉が重く俺達に圧し掛かってくるが、車を破壊されるわけにも行かず、そして本当に助けを求めている可能性もあると言う事もあり、俺達は車を降りて倒壊している建物の方へと歩き出すのだった……

 

 

 

 

「こっちだ」

 

俺達を先導する男は迷う事無く暗い道を進んでいく。それはくらいと言うのに全く淀みが無く、この道を何度も歩いていたと言う事を証明していた。そして久遠教授の指示で偵察に出てきたピクシーが暗がりを利用して俺の肩に止まる

 

(この建物の中酷いよ、女の人が沢山鎖に繋がれてずっと犯されてる)

 

その言葉に俺達の前を歩きながら、子供の事を話す男に凄まじい殺意を感じる。こんな状況なのに、まだこんな事をするのかと、どうして自分達の事しか考えないのかと叫びたくなった

 

(やっぱりか?)

 

俺とピクシーの話を聞いていた雄一郎が小声で尋ねて来るので小さく頷く

 

「まだ10歳くらいのガキでよ。親とはぐれたって言うのに無理して元気に笑ってな。なんとしても助けてやりたいんだ、こっちだ。ここの扉の先なんだ、先に言って準備してるからな」

 

そう言って笑う男の視線の先は桃と美雪先輩に向けられていて、暗がりでよく見えないが、下卑た笑みを浮かべているように見えた。そう言って男が歩いて行き、扉が開く音がすると同時に立ち止り

 

「桃、美雪先輩。ピクシーが偵察してくれました……罠です。この建物の中で沢山の女性が……その……」

 

とてもレイプされているとは言えず黙り込む、その反応で桃達は何が起きているのか悟り震えながら頷く、人の情に訴え捕らえ男は殺し、女は犯す……最低だ。同じ人間とは思えない……

 

「ゆっくり引き返しましょう、バレないように……」

 

そう声を掛けて、ゆっくり引き返し始めて数分で背後から扉が開く音と男達の怒声が響く

 

「くそが!逃げられた!おい!追いかけろ!!あんな上玉の女子高生を逃がすんじゃねぇ!!」

 

「へへ!判ってるぜ!大将!2番目にやらしてくれよ!!」

 

「逃がすかよお、最近捕まえている女達も反応しなくなってつまんねえんだよ!」

 

「だよなあ!泣き叫ぶなり、喘いでくれないと詰まらないよなあ!」

 

下卑た話し声と走ってくる足音、そして前の方からも扉の開く音がしたと思ったら、数人の男が俺達の前に立ち塞がり、咄嗟に足を止める

 

「へっへ、こっちに来たぜ!」

 

「うひょお!こいつはいい女だぜ!」

 

斧や木刀を手にしている男達が桃と美雪先輩を見て舌なめずりをする。桃と美雪先輩が俺の服を掴んでひっと息を呑むのが判る。そんな2人を庇う様に俺と雄一郎が前に立つと男達は笑いながら

 

「へへ、お兄ちゃん達も死にたくないだろ?その2人を差し出してくれれば、仲間に入れてやるぜ?」

 

「ここにはいーい女が沢山居るぞ~逃げて来たアイドルに女優、好きな女を抱かせてやるよ」

 

「そうだぜえ?こんな時にカッコつけても同じだぜ?どうせその2人をずっと抱いてるんだろ?俺達にも回してくれよ?な?」

 

その言葉にプッツンした俺はスマホを取り出し、召喚ボタンをタップする。それと同時に目の前に魔法陣が描かれ、そこからゆっくりとスパルトイが姿を現す

 

「「「ひ、ひい!お、お前ら、う、ウロボロスか!?」」」

 

ウロボロス?聞き覚えの無い名前に一瞬困惑したが、そんな事はどうでもいい。今は目の前のこの馬鹿達が目障りで仕方ない

 

「スパルトイ!なぎ払えッ!!!」

 

【オオオオオオオッ!!!】

 

俺の指示に従い、盾を構えて走って行くスパルトイが男達を吹き飛ばしていく、俺はそれを確認すると桃と美雪先輩の手を掴んで建物の出口に向かって走る

 

「邪魔だ!オラア!!!」

 

扉が開いて出て来ようとした男は雄一郎の回し蹴りで逆再生のように部屋の中に叩き込まれる。そして雄一郎はスマホを取り出しコロポックルを呼び出すと

 

「ここら辺を氷で封鎖してくれ!」

 

【心得た!ブフッ!】

 

一瞬で現れた氷の壁が通路を塞ぐのを確認し、スパルトイが待ち伏せしている男達を吹き飛ばす後を追って建物を出るとそこには揃いの黒い制服を着た2人組みの少年が居た

 

「楓君!雄一郎君!桃子!美雪!良かった!無事だったんだなッ!!」

 

駆け寄ってきて俺達を抱きしめる久遠教授。良かった、良かったと俺達を抱きしめる久遠教授。気恥ずかしい物を感じていると、腰に刀を下げた少年がスパルトイとコロポックルを見てその糸目を少しだけ開いて

 

「へー……本当にウロボロス以外に悪魔使いが居たんだ」

 

ウロボロス?さっきの男達が言っていた名前だ。そして糸目の後ろの少年を見て雄一郎が叫ぶ

 

「お前!門脇勝巳か!?」

 

「……話は後だ。しかしそうか……生きていたか、笹野ならば良い。蒼汰」

 

「うん、わかってるよ勝巳」

 

2人が腕に付けた機械を操作すると魔法陣が展開され、そこから悪魔が姿を見せる。1体は水を纏った半裸の女性、もう1体は鎧兜姿の翼人の女性だった。その視線の先が俺達が出てきた廃墟に向けられた瞬間

 

「モリーアン。マハザンダイン」

 

「ウンディーネ、マハブフーラ」

 

勝巳と蒼汰の2人組みは躊躇い無く悪魔に指示を出し、止めろと叫ぶ間もなく凄まじい暴風と氷柱の嵐がその廃墟を完全に破壊する。そして氷柱で串刺しにされた男達が暴風に巻き上げられ、疾風の刃で切り裂かれる。瞬く間に鮮血に染まっていくその嵐を見て、俺はこの惨劇を作り出した2人を睨みながら詰め寄るのだった……

 

 

 

目の前で倒壊していく建物を見ていると、建物から出てきた同年代の少年が私に駆け寄って来る

 

「お前!あそこまでする必要があったのか!」

 

私にそう怒鳴りつけてくる。私はその少年を睨みつけながら、モリーアンをCOMPに戻しながら

 

「私達はあいつらの元から逃げて来た女性達の願いを聞き届け、審議の結果排除する事を決定した」

 

「審議!?排除!?どんな理由があったら人を殺しても良いってなるんだ!それにあの建物の中に居た女の人達はどうなるんだ」

 

そう怒鳴りつける少年に溜息を吐きながら蒼汰に

 

「蒼汰。生存者は?」

 

「ん?ああ、ちゃんとウンディーネで回収して、黒龍塾に送り届けたよ。まぁあそこまで犯され続けてたら正気に戻るか五分五分だと思うけどさ、一応は助けてるよ」

 

「と言う訳だ。あの建物の中に居た女性はちゃんと保護している」

 

それなのに私を怒鳴りつけるのか?と尋ねるとうぐっと呻く少年を見て、心の中で甘いと評価をつける。今のこの状況を見て殺した事で私を攻めるのはお門違いと言う物だ

 

「じゃあ逆に聞こう、彼氏を息子をあの連中に殺され、自身も犯されて助けてくれと来た人達を見捨てれば良かったのか?彼女をあの連中に攫われ、取り返そうとして腕を失った男の無念を叶えて悪いのか?それとも……」

 

この少年の後ろの少女2人を見つめながら

 

「それともお前はあの2人を目の前で犯されて、それでもその相手を憎まずに居られるのか?」

 

私の言葉に息を呑んでしゃがみ込み、ぶつぶつと呟いている少年から視線を逸らし、その後ろに居る笹野を見て

 

「無事だったんだな。肘はどうだ?」

 

「……門脇……お前も生きてたんだな、肘は……正直あんまり良くないさ」

 

「そうか……残念だ。あの程度では死にはしない、お前こそ良く生きていたよ。しかも悪魔使いになっているとは驚きだ」

 

肘を故障し会う事の無くなった笹野とこんな形とは言え、再会できたのは正直嬉しく思う。しかし出来る事ならば、こんな形ではなく、再びグラウンドで選手として出会いたかった物だ

 

「勝巳?知り合いなのか?」

 

「ああ。去年の地区大会で私を最終打席まで三振に追い込んだ凄い投手さ」

 

私が部活を兼任している事を面白くないと言っていた蒼汰が面白く無さそうにしているが、私にとっての本命は野球部なので、どちらかと言うと剣道部がおまけなんだがなと苦笑しながら

 

「では改めて、黒龍塾2年、門脇勝巳だ。今はウロボロスの悪魔使いとして民間人の救助及び殲滅を行っている」

 

「原蒼汰。勝巳と同じく黒龍塾2年だよ。よろしく」

 

私達が自己紹介をすると白衣の女性が丁寧にどうもと頭を下げながら

 

「神無私立高等学校の客賓教授の久遠玲奈だ。こっちは娘の美雪だ」

 

「久遠美雪です」

 

久遠教授……噂には聞いていたが、とても40台には見えんな。娘と言っているが、姉妹でも十分に通用すると思う、しかし女性だと言うのに凄まじい覇気だ。彼女が居るから、笹野達が今まで生き延びる事が出来たのだと一目で理解した

 

「新藤楓……です」

 

「紅桃子です」

 

硬い表情で自己紹介をして来る新藤達。余計なお節介だとは判っているが、笹野の友人と言う事もあり、ここで会ったのも何かの縁だと思い忠告しておく

 

「ここから先は甘い考えは捨てた方が良い、子供を殺された母、妻を殺された夫、恋人を犯された男。悪魔の被害よりも人間の被害の方が遥かに多い、他人は信用するな。身を滅ぼす結果になるぞ、もし私の話が嘘だと思うのなら、黒龍塾へ来い。そこには生存者が集まり、悪魔と暴徒と化した人間と戦う為に助け合って暮らしている。そしてそこにはウロボロスと言う悪魔使いの組織がある。悪魔使いならば協力してくれると助かるよ、行こう、蒼汰皆待っている」

 

「ああ。そうだね。じゃあね、生きてたらまた会おう」

 

私の話を聞いて思案顔になっている笹野達に背を向け、私達は黒龍塾へ向かって歩き出すのだった……

 

 

 

ウロボロスの勝巳と蒼汰と楓達が出会っている頃。楓達の進路にある大型デパートでは想定外の事件が起きようとしていた

 

「……」

 

「ンだよ? まだ撃たれたりねえのかよ?」

 

「オイオイこいつ、まさか新しい扉を開いてマゾっちまったんじゃねえの?」

 

「「ぎゃははは! ヤベえ! ソイツは想定外だ!」」

 

遠くから歩いてくる太った男を見てこのデパートで暴虐の限りを尽くしていた男達は楽しそうに笑いながら、エアガンを構える。しかし男達にとって1つ想定外の事があった

 

「つか、デカくね?アイツ」

 

「何処かで食料をくすねたとか?」

 

「焼き入れるか」

 

そう、自分達が3日前にエアガンで追い回した時よりも、その男の身体が肥大化していたのだ。正常な思考ならば、3日ほどでそれほどまでに身体が大きくなるなんて事はありえないと思い警戒心を強めただろう……だが幸か不幸か、このデパートには悪魔の襲撃は無く、そして男達は今まで力で何もかも思い通りにしてきた。本来は高嶺の花であるアイドルだって自分達の思い通りになった。だから今までもずっと、これからも自分達の思い通りになる……そう思って勝手に食料を口にした男に向けてモデルガンを向ける先頭の男。だが、その手の中のモデルガンからBB弾が発射されることは無かった。

 

「げばあ」

 

「う、うぎゃああああ!、腕!俺の腕があああああ!!」

 

男が大きく口を開き吐き出された唾が男の腕に当ると、凄まじい音を立ててモデルガンを手にしていた左腕が凄まじい音を立てて溶けて行く……腕を押さえ蹲る男を見て、一緒に居た2人がナイフを構える

 

「よくもやりやがったな!!」

 

「死ねええッ!!!」

 

そんな異常な光景を見ても、彼らの心は麻痺していた、自分達は強者なのだ。負ける訳が無い、自分達は死ぬ訳が無い。そんな思い込みを持って男へと駆け出す男達だったが……

 

「死ねぇ……」

 

巨大な男の服が内側から弾けとび、そこから触手が飛び出て、男達の胴体や頭を絞め、一瞬で潰し、締めて両断してしまう

 

「へへ……守護霊様のおかげでこんなに強くなったぁ……」

 

男は自分の異常さに気付かない、守護霊様のおかげで強くなったと壊れたように呟き、デパートの床をその体重で陥没させながら進む。このデパートを支配している男を殺し、自分こそがこのデパートの支配者となるんだと

 

「見返してやるう……」

 

自分を馬鹿にした女達も見返してやると呟きながら男は進む、その姿は最早人間ではなく、悪魔その物へと変貌している。それに気付かない男は不気味に笑いながら、デパートの中を上へ、上へと進み続けるのだった……

 

チャプター20 悪魔憑きへ続く

 

 




楓達よりも強い悪魔使いが登場し、進路のデパートでは悪魔憑きとなった男が待ち構えて居ます。次回は本格的な戦闘を書いていきたいなと思っております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター20

 

 

チャプター20 悪魔憑きが潜む場所

 

黒龍塾の悪魔使いと名乗る門脇勝巳、原蒼汰と名乗る2人組みはウロボロスに所属していると告げて去って行った……私としてはモリーアンや、ウンディーネと言うかなり高レベルの悪魔を使役している事に驚いたが、いいタイミングで出会ってくれたと私は内心感謝していた。楓君達は甘いと思っていたが、それを口にすることは出来ず。いつそれを教えるか、いつそれを見せるか?と思っていたが、勝巳と蒼汰は楓君達に現実と言う物を教えてくれた。瓦礫の腰掛け思案顔の楓君達を見ながらわたしはゆっくりと口を開いた

 

「私は殺しを是とするつもりはないが、勝巳と蒼汰の言っている事は間違いではないと思う」

 

恋人を、妹を、姉を、妻を……悪魔に殺されたならまだ仕方ないと思えるだろう。だが同じ人間に、しかも自分の性欲を満たす為に傷つけられて、黙っていられる訳がない。復讐を望むのは当然の事だと思う、殺したいと思っても仕方の無いことだと思う。それは当然の感情の発露と言えるだろう

 

「ただ闇雲に殺しや人を傷つけるのは良しとする訳じゃない。それをしてしまえば悪魔と変わらないからな」

 

項垂れている楓君達は私の言葉を聞いて顔を上げる。顔色は決していい物ではない、だが今までのように流されるまま来たのではなく、何かを考える表情をしていた。楓君がゆっくりと顔を上げて搾り出すように口を開く

 

「判っていたつもりだったんだと思います……悪魔で人が殺されるよりも人間同士で醜い争いが起きているって……それを見てきたのに、そんな事はないって……思いたかったんです」

 

人間を信じたいと思うのは悪い事じゃない、だが今は容易に人を信じて良い世界ではなくなってしまったのだ。楓君達は何度も見てきているのだ、自分の性欲を満たす為に襲い掛かって来た人間の姿を……

 

「判ってるさ、私だってそこまで馬鹿が多いとは思ってなかった。信じたいと思う気持ちは間違いではないさ……それよりもだ、今は動きたくないと思うが、勝巳と蒼汰の攻撃で人間や悪魔が離れている内に移動しよう」

 

悪魔も人間の気配も無い、今のうちに移動しようと声を掛けるとのろのろと車に乗り込む楓君達。私はそれを見ながら、目の前の氷の塊と竜巻に破壊された建物を見て

 

(黒龍塾……いやウロボロスか……)

 

ルイの言っていた民間の悪魔使いの組織……あの野郎、一番大事なことを黙っていたな。確かに民間の悪魔使いが主に動いているだろう。だがその影には間違いなく高位の悪魔の存在が見え隠れしている、そうで無ければモリーアンなどと言う高位の悪魔をこの短時間で従える事など不可能だ

 

(接触して見る必要があるかもしれないな)

 

黒龍塾は山を越えた隣町にある。1度接触してみる必要があるかも知れないなと思いながら、私は車を繁華街の中を走らせる。リリムに渡したイザベルへの手紙、それをイザベルが手にしているのなら楓君達に必要な現実を知らせる事ができる……悪魔使いに成れなかった、出来損ないが辿る末路を……ルイを易々と信用してはいけないと言う事を教えておくべきだろう

 

(ルイの奴も動いているみたいだしな)

 

ルイにちょっかいを掛けられて、楓君達を奪われる訳には行かない。だから悪魔召喚の危険性を、そしてそのリスクを改めて知らせるとしよう……そしてその上で楓君達が選ぶ道と言うのを聞いてみようと思いながら私は車を走らせるのだった……

 

 

 

勝巳か……先ほど衝撃的な再会をした勝巳の事を思い出すと肘が痛む。あいつと出会ったのは高校1年の時、初めて地区大会の決勝に進んだ時だ。その時は控え投手だったが、1年でベンチに入れただけ良かったと思っていた。その時のチームは打撃も守備も非常に強く、甲子園に出場出来るとTVや雑誌で取り上げられるほどの強さだった。だが地区大会の決勝で当った黒龍塾。そこで俺は上には上が居ると言うことを嫌と言うほど思い知らされたのだ……1回で先輩が9失点の大量失点をしたと言う事と負け試合だったと言う事で試合の雰囲気を学ぶと言う名目の敗戦処理投手としてマウンドに上がった。無論俺もボコボコに打たれたが、勝巳は俺と同じ年なのにレギュラーで4番を打っていた。どこに投げても打たれると思わせるような凄まじい威圧感を持っていて……結局その試合は勝巳の満塁ホームランで負けて、先輩は自信喪失をして退部。他にいい投手が居ないと言う事で俺は投手としてレギュラーになったが、どの地区大会でも黒龍塾は優勝し、その先導力となっていた勝巳を抑えればと思い無理な練習をし、そして俺が肘を壊す原因となった地区大会の最終回1対0で勝巳へ回り、スライダーの多投で指先のマメを潰しながらも投じた1球は真ん中に入り、ツーランホームランで破れ俺は肘を壊した。それ以降克己に会うことはなかったが、まさか悪魔使いになっているなんてな……知り合いが生きていた事に喜ぶべきなんだろうけどな……どうしても素直に喜べない気持ちが強いなっと思わず苦笑する

 

「黒龍塾ですか……確か隣の学区全寮制の学園でしたよね?」

 

大分時間が経って精神的に回復して来たのか、久遠先輩が黒龍塾の事を久遠教授に尋ねる

 

「ああ、校風も厳しい上に、文部両道を生徒全員に課し、恋愛もご法度と言う学園と言うよりかは刑務所と言っても良いかも知れないな」

 

黒龍塾の厳しさは全国でも有名だが、プロのスポーツ選手を目指す者や、東大などへ進学を求める生徒で毎年凄まじい数の新入生が訪れるが、半年足らずで中退する生徒が大半を占める。

 

「黒龍塾に民間の悪魔使いの組織……か……久遠教授どうします?」

 

「悩む所ではある。正直な所神無市を出ても、行く当てもない。どこか目的地を決める必要はあるが……」

 

街を出て、海か山の方へ向かいながら安全な拠点を探すというのが当面の目的だったが、それをしても生き残る事は出来るが悪魔出現と言う自体に対しては何の解決にもならず。問題を先送りにしているだけだ

 

「1度黒龍塾のウロボロスなりヤタガラスに接触する必要があるだろうな」

 

車を運転しながら今情報を持っているであろう組織の名前を出す久遠教授。ヤタガラスには楓の妹を名乗る魅啝がおり、ウロボロスには勝巳がいる。正直俺としてはウロボロスに接触する事は控えたいと思う、勝巳と会うとどうしても感情的になってしまいそうだ

 

「楓は正直あんまり魅啝には会いたくないよね?」

 

「……まぁ。うん……だな。なんか凄い勢いでメールとか来るんだよな……」

 

電話番号とメールアドレスを教えたのは失敗だったと呟く楓。俺から見ても魅啝と言う少女は楓に執着している、何をしでかすか判らない相手に接触するのは出来れば控えたほうが良いだろう。となれば……道は1つか……

 

「黒龍塾を当面の目的地とする。しかし情報を得て、生存者の話を聞くという方向性で行こうと思うが良いか?」

 

もしかしたら同級生が保護されているかもしれない、それに今の情勢を知るにはどちらかの組織に接触する必要があるのだから、危険性の高いヤタガラスよりもウロボロスの方が良いだろう。勝巳に関しては俺が我慢すればいいだけだし、それに黒龍塾に向かったからと言って勝巳に会うとは限らないしな

 

「全員何かに掴れ!!」

 

久遠教授のその怒声に反射的に車のシートを掴む。次の瞬間ジェットコースターかと思うほどの横殴りの衝撃が車を襲ってくる

 

「きゃあああッ!!」

 

「くっ!桃ッ!!久遠教授!どうしたんですか!」

 

突然の横殴りの衝撃に悲鳴を上げる桃子の手を掴んだ楓が久遠教授に何があったんですかと尋ねると久遠教授はハンドルを回しながら

 

「デパートから悪魔の攻撃だ!直撃する訳にはいかない!!それよりも舌を噛むぞ!黙ってろ!!」

 

久遠教授の荒々しい口調に驚きながらも口を噤み、久遠先輩がシートベルトをしてそれを掴んでいるのを見て、久遠教授は大丈夫だと判断し、俺は歯を食いしばり、左右から襲ってくる凄まじい衝撃に耐えるのだった……

 

「はぁ……はぁ……と、とりあえずは何とかなったが、このままだと街から出ることが出来ない」

 

地下駐車場に滑り込んだ所で久遠教授がそう呟く、方角的に街を出るにはあのデパートの前を通るしかないが、凄まじい勢いで攻撃して来る悪魔がいる以上それを何とかしなければ街を出ることが出来ない。つまりあのデパートへ向かい悪魔を倒すと言うことだ

 

「全員で準備をして、デパートへ向かうぞ」

 

深刻そうな声色の久遠教授に判りましたと返事を返し、俺達は車から降りて悪魔と戦うための準備を整え、デパートへ向かって歩き出すのだった……

 

 

 

あれが久遠様が育てている人間ですか……開いていた傘を閉じ、周囲を警戒しながら歩いている人間達を見つめる。見たところ凡人っと言う感じだが、1人だけこの距離でも別格だと判るMAGを放っている人間を見て、あれが久遠様が育てている人間だと判断する

 

【すいませんでした、イザベル様】

 

「構わないわ。久遠様の頼みですもの、このくらいは引き受けますわ」

 

久遠様の乗っている車を攻撃すると言う事で細心の注意を払い魔法を使った。久遠様の頼みでも久遠様を攻撃すると言うのはとても心苦しい物だった。手加減なんてした事がないから余計に気を使ったと溜息を吐きながら

 

「それよりもリリム。早く久遠様と合流しなさい」

 

【は、はい!それでは失礼します!】

 

私に背を向けて久遠様のほうに向かっていくリリムを見送りながら振り返り

 

「久遠様の乗り物に近づく野良悪魔と人間を全て駆逐しなさい。いいですか、久遠様の所有物に傷をつけることは許しません」

 

【【【【ハッ!】】】】

 

私の指示に返事を返す配下の悪魔になら行きなさいと指示を出したが、動き出さずどうしたのだろうか?と見つめ返すと先頭の悪魔……ランダが立ち上がり

 

【久遠様の所有物にあの人間は含まれますか?それなら、一部はデパートとか言う建物に向かわせるべきだと思うのですが】

 

……ふむ、確かにその通りですわね。さてどうしましょうか?と考えていると久遠様から念話が届く

 

(イザベル、私はデパートの中で少し楓君達から離れる。その前に合流するなら紹介してやる、その場合暫く私達に同伴してもらう事になるが、どうする?)

 

人間と一緒と言うのは正直お断りですが、久遠様と一緒なら……私は即座に合流しますと返事を返しランダに

 

「暫く私は久遠様と行動を共にします。ランダ、それと私の拠点で私の帰りを待っているヘルとセイオウボの3人でこの街での勢力を強める事を考えなさい、他のベルの悪魔が出現したら随時報告に来る事良いですわね?」

 

私も含めたベルの悪魔は同じベルの悪魔を冠する悪魔と殺しあうことでその力を開花させていく。不死バルドルはその能力を持たないので無視しているが他のベルの悪魔が出てくると危険なので見つければ報告に来るようにと指示を出す

 

【畏まりました。ではイザベル様、お気をつけて】

 

ランダの言葉に誰に物を言っているんですの?と睨みつけ、私は久遠様と合流する為にその場を後にするのだった……

 

 

 

デパートの中に侵入する前にスパルトイの契約データを見る事にしたのだが、カソとは違い魔法は使えないが、凄まじい能力を持っていることが判った

 

闘鬼 スパルトイ ランク4

 

所持スキル

 

ギロチンカット

 

一文字切り

 

両腕落し

 

※十文字切り

 

ラーニングスキル 剣の心得 契約者の剣を扱う技能を上昇させる 現在習得率25%

 

耐性 物理・闇

 

弱点 光

 

 

物理スキルが多く、俺に剣の技術を与えてくれるスパルトイの存在は実にありがたい。カソと同時に召喚するとMAGが直ぐに枯渇するので同時召喚は無理だが状況に応じて悪魔を切り替えることが出来たのは大きい

 

「悪魔が増えると戦術も増えるか……俺も契約出来るのならば契約を増やすべきだろうか?」

 

「状況に応じてじゃないか?睦月みたいな事になっても困る」

 

悪魔と契約できず、殺された睦月。確かに悪魔と契約する事は生き残る事に直結するだろうが、それと同時に死にも直結する。容易な考えで悪魔と契約するのは控えたほうがいいだろう

 

「その通りだな。私ももう1体と契約出来るがそれをしないのはリスクを考えての事だ、契約可能数が増えても容易に契約はするなよ」

 

今複数の悪魔と契約出来るのは俺と久遠教授だけだ、どういう条件で悪魔と契約できる数が増えるのかは判らないが、仮に増えても容易に契約するなよと警告する久遠教授に頷きながら、デパートの中に視線を走らせる。電気が消えていることを除けばかなり綺麗に見えるが、暗がりに慣れてくると、あちこちの家具などが運び出された痕跡が気になってくる

 

「悪魔も居るかもしれないけど、生存者も多いかもしれないね」

 

怯えた様子の桃に大丈夫だと声を掛けながらも、俺もその可能性を考えていた。さっきの避難所の事もあるが、生存者は皆で協力して助かるよりも自分の性欲などの欲望を満たす事ばかりを考えている。デパートの方角から悪魔の攻撃が無ければ、無視して早く街を出たい所なのだから

 

【終わったよー!】

 

【こっちも終わりましたー】

 

偵察に出ていたピクシーと先ほど合流し、そのまま偵察に回ってくれたリリムが戻ってくる。暗がりで生存者の気配が強いとなれば闇雲に動き回るのは危険と言う事で先にリリムとピクシーに偵察に向かって貰ったのだ

 

【悪魔は結構入り込んでいるみたい。種類までは判らないけど、結構強い悪魔も居ると思うよ】

 

【それと道に関してですが、バリケードが多く築かれていて、最短距離で進むのは難しいと思います。最上階も見てきましたけど、悪魔の気配はなかったので、恐らくデパートの真ん中のフロア辺りから攻撃してると思うんですけどそこらへんはバリケードが多いので、向かうためには1度最上階まで上って、そこから階段で進んで行く必要があると思います】

 

悪魔も入り込んでいて、バリケードで迷路みたいになっている……かなり厄介な条件が揃っていて思わず舌打ちをする。このデパートは8階建ての大型のデパートだ。アイドルや女優を呼んでのイベントも大々的に行う事もある……確か悪魔が現れた日も何かのイベントをやっていたはずだ

 

「バリケードで迷路になっていて、悪魔も多いか……」

 

久遠教授はリリムとピクシーの報告を聞くとなにかを考え込む素振りを見せる。俺としてはこのまま進むのは危険だが、このデパートに潜んでいる悪魔を倒さない限りは車で移動することも出来ない

 

「とりあえず私もリリムを1度帰還させる。楓君達も悪魔を帰還させてMAGを回復させてくれ、そして体力とMAGがある程度回復したらデパートの捜索を始めよう」

 

出来れば捜索なんかしたくないが、それを怠られば背後から悪魔に撃たれることになる。無事に街を出るにはこのデパートを捜索するしかないのだから反対なんて出来る訳もない。久遠教授の言葉に判りましたと返事を返し、デパートのエントランスに置かれていたベンチに座り、鞄からノートを取り出して

 

「久遠教授、美雪先輩も桃もこっちに来てください。どうやって進んでいくかってのを決めましょう」

 

暗がりで迷路となると背後から襲われる可能性も高くなる。今までのように、俺と雄一郎が2人で前に立って進むと言うのはリスクがありすぎる。どういう陣形で進むか話し合いましょうと声を掛けると、デパートの扉が開く音がして、咄嗟に雄一郎と鉈を持って桃達の前に移動するが

 

「待て!武器を構えるな、私の教え子だ」

 

久遠教授の言葉の後に続いて、周囲を警戒するような素振りを見せながら1人の少女が姿を見せる。この場には似つかわしくない紅いドレス姿の思わず息を呑むような美少女だった

 

「久遠様。ご無事だったのですね」

 

そしてその容姿からは想像出来ない流暢な日本語で久遠教授に話しかける

 

「ああ、君も無事で良かった。楓君、雄一郎君、美雪、桃子。悪魔が現れた時に私が遅れて来ただろう?覚えているか?」

 

悪魔のインパクトが強かったが、時間に厳しい久遠教授が遅れたのは覚えている。俺達の反応を見て久遠教授は穏やかに笑いながら

 

「彼女が尋ねて来ていたんだ。ヨーロッパで知り合った教授の娘でイザベラと言う、元々は広い領地を有する貴族の一族の出だ。ヨーロッパに帰ることは出来なかったようだが、無事で生きていてくれて良かった」

 

ヨーロッパの教授の娘……久遠教授は顔が広いのは知っていたが、まさか貴族とも知り合いだったなんて……正直驚いた。世が世ならばそれこそお姫様と呼ばれる人種だろう

 

「護衛の方がとても良く頑張ってくれました。それと……これのおかげかと」

 

イザベラさんが差し出したスマホには悪魔召喚プログラムの文字が躍っており。彼女もまた悪魔と契約した事で生き延びたのだと判った

 

「イザベラも疲れているだろう。少し早いが、昼食にしてそこからどうするか考えよう」

 

今まで1人で逃げて来たイザベラさんの疲労を考えると、5人で行動していた俺達よりも肉体的、精神的疲労は大きいだろう

 

「雄一郎、1回車に戻って甘いものでも取ってこよう。食料も持って来ないといけないしな」

 

「だな、久遠教授。少しの間離れます」

 

俺達がいては話も出来ないだろうと思い、雄一郎と目配せをし1度デパートを出て駐車場に停めてある車から食べる物を取ってきますと声を掛け、俺と雄一郎はその場を後にするのだった。その時背後から

 

「随分と汚れていますね、濡れタオルになりますが顔を拭いた方が良いですね」

 

「そうだね!じゃあ私が用意するね」

 

「え。あ、……はい、じゃあお願いしますわ」

 

楽しそうな桃達の声を聞いて、やっぱりあの場所を後にして正解だったなと笑いあいながら、駐車場へと向かうのだった……

 

 

楓達がイザベルと合流した頃、このデパートの3階では……

 

「「「「あ、ああ……ああん……」」」」

 

薄暗い部屋の中に女性の艶めいた声だけが響き渡る。彼女らは触手によって吊り上げられ、その全身を触手に埋め尽くされていた。声こそ発しているが、その目に既に理性の色はなく、触手から与え続ける快楽によって既にその精神を完全に壊してしまっていた……そして部屋の奥では

 

「い、いやあ……や、やめえ……ひぎいっ!」

 

「ここは僕の城なんだ、死にたくないなら、僕に従うんだよぉ……」

 

新たに女性を1人触手で吊り上げた男はいや、いやああっと叫びながらもその声に艶が混じっていく素振りを見て、満足げに頷きながらその場に座り込み

 

「お前達は僕を馬鹿にしたからぁ……いらない」

 

「え?がぼ!?げぼばあ!だ、だずげでええええええええッ!!!」

 

男はその巨大化した腕で女性の1人を掴み上げると、大きく口を開き無造作に女性の下半身から飲み込んでいく。肉と骨が砕かれる音と苦悶の悲鳴をあげて助けてと叫ぶ女性を見て、いらないと言われた女性達

 

「「「いやあ、いやああああああ!!!」」」

 

次ぎ殺されるのは自分だと判断し、男から背を向けて逃げ出すが男の背中から伸びた触手が女性達を捕らえ。恐怖を与える為かゆっくりと1人ずつ男の元へと引きずっていき

 

「いや、いやああ!やだ!し、しに……いだあああああ!やああ!いやああああ、じ、じにだくなあああいいいっ!!!」

 

男が再び女性を無造作に掴み上げ今度は腕からかじりつく、まるでスナック菓子のように食いちぎられた自分の腕と胸に女性は半狂乱になって叫ぶが、男はお構いなしにうるさいとでも言いたげに今度は女性の頭を食いちぎり飲み込んでいく……男の身体はゆっくりとだが確実に大きくなっており、コンクリートで出来たデパートの内装は徐々に脈打つ不気味な肉の壁へと変貌を遂げていくのだった……

 

 

チャプター21 イザベラと言う少女へ続く

 

 




デパートがダンジョンと化しております、この場所のボスは当然悪魔憑きの男。そしてイザベラと名乗り合流したベルの悪魔。次回は捜索と戦闘をメインに書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター21

 

チャプター21 イザベラと言う少女

 

今まで見てきた人間とは少し違いますわね……久遠様の教え子で私が気に入ると言ったのも嘘ではなかったと言う事ですわね。とは言え、まだ観察段階っと言う所ですが……

 

「あんまり口に合わない?」

 

「え?ああ。いえ、そうではありませんわ」

 

お腹が空いているだろうと色々用意してもらった物に手を伸ばしていなかった事に気付き、違いますわと返事を返し用意された食事に手を伸ばす

 

(……変わった物を食べてますわね)

 

食事と言う必要がないので物を食べた事はないが、人間って言うのは面白いものを食べている。私はそんな事を考えながら食事を進めるのだった……

 

「私達は街を出ると言う方向性で動いているが、このデパートの悪魔から攻撃を受けている。ゆえにその悪魔を撃退してから街を出ると言うことになるんだが、イザベラ。お前が契約している悪魔はなんだ?」

 

なるほど私の攻撃をこのデパートに隠れている悪魔の攻撃にしたと言うことですか……ここはまだ私の勢力が伸びているエリアではないので、ほとんどが野良悪魔なので私を見て動揺する悪魔も少ない。急に私が乗っている車を攻撃しろっと言われたので何を考えているのか判らず困惑したが、恐らく久遠様はこの建物の中で何か目的があるのだろう。そう例えば……

 

(甘さを指摘するとか……?)

 

悪い人間ではないだろう、悪魔としての本来の姿ではなく人間に化けている私に欲情して襲って来た人間は何人もいた。無論それらは全て殺し、配下に餌として与えた。悪魔が出現し、弱者となった人間と、己の欲に忠実な人間。どちらも愚かで醜悪で見るに耐えない存在だが、久遠様の教え子と言う4人はこの状況だと言うのにまだ優しさを残している。それはきっと久遠様による物が大きいと思う……だがいつまでも甘さを残していてはいけない、その甘さは利用される事になるだろう。そして久遠様はそれを良しとしていないからここで何か目的があるのだろうと判断する

 

「私が契約しているのはカハクですわ。おいで」

 

【こんにちわーカハクだよ?よろしくね!】

 

蝶の羽を持つ民族衣装に身を包んだ小柄な女の悪魔が私の目の前に現れる。あの人間達が連れている悪魔と同レベル程度の悪魔を選んで連れて来た。本当はもう少し強い悪魔や勇ましい悪魔も居たのだが、それは私の好みではないので、私に忠実かつ、口が堅いカハクを連れて来たのだ

 

「カハク……確か中国の民謡の精霊だったかな?」

 

【うん。そうだよー】

 

楓とカハクが話をしている。4人の中でも楓は別格と言えるMAGを持ち合わせている、それになんと言うのか判らないが、あって間もない上に人間だが好感を抱き始めている自分がいる。悪魔に好かれ易い体質なのだろうか

 

「イザベラさんはドレスで動きにくくないですか?着替えとかはありますけど」

 

「いえ、大丈夫ですわ。心配してくれてありがとう」

 

このドレスは私の体の一部なので着替えるという事は出来ないので大丈夫だと美雪に言うと久遠様がフォローをしてくれる

 

「寧ろ普通の服の方が動きにくいかもしれないぞ?向こうではずっとドレス姿だったもんな?」

 

「ええ、ドレス以外は着た事がありませんし、違和感をどうしても感じてしまうと思うんですよ」

 

そうですかと呟く桃子と美雪。私の事を気に掛けてくれるのは判るが、正直少し鬱陶しいですわね。まぁ人間の姿をしているのが問題だとは判っていますが、出来ればあんまり干渉して欲しくはない

 

「食事も終わったし、身体も十分に休めた。そろそろこのデパートをどうやって進むか話し合おう」

 

ぱんぱんっと手を叩く久遠様の言葉に頷く楓達を見ながら、デパートとか言う建物の中を見つめる

 

(異界になっている?)

 

この建物の一部が変質して行っているのを感じ、この建物の中に何がいるのか?と思わず眉を顰める。異界を作り出せる悪魔となればそれなりの強さを持つ悪魔だろう。無論私の敵ではないが、それなのに私を呼び寄せた。それはつまり

 

(人間を護れと言う事……)

 

久遠様と一緒にいる事が出来るのは嬉しいですが、人間のお守りですか……正直気が重いですわね……私は深い溜息を吐きながら久遠様の話に耳を傾けるのだった……

 

 

街から脱出する前の最後の壁となったデパートからの攻撃。それを止める為にデパートを進んでいるのだが……今まで悪魔には遭遇していない。

 

「悪魔出てきませんね」

 

「非常階段だからな。最上階から降りていけば悪魔に遭遇すると思うぞ」

 

エスカレーターはバリケード封鎖されており、エレベーターは破壊されていたので使うことが出来ず。仕方なく非常階段から最上階を目指して移動している。8階建てのデパートを階段で上っていくのは正直骨だが、この道しかないので贅沢を言う事も出来ない。悪魔が現れないだけ良かったと思うべきなのだろう

 

「ふう……ふう……つ、疲れますね」

 

「そ、そうですね」

 

今現在は4階まで昇って来たが、桃と美雪先輩の顔に強い疲労の色が浮かんでいる。久遠教授は額に少し汗が出ている程度でイザベラさんは涼しい顔をしているが、少女である事を考えれば体力的に消耗しているのだろうがそれを我慢しているんのだろうと判断する

 

「久遠教授。1度休憩しますか?」

 

「……そうだな。少し休むか」

 

悪魔の姿も今の所見えない。5階の踊り場に出た所で休憩しますか?と尋ねると久遠教授もそうしようと言うので踊り場に荷物を置いて階段に座り込んでタオルで汗を拭う

 

「大丈夫か?楓」

 

「心配ない。そりゃお前と比べれば貧弱だけど、それなりに体力はあるほうなんだぜ?」

 

野球部の雄一郎と比べれば体力や腕力は劣るが、それでも文系にしては体力はあるほうなんだぜと言いながら背負っていたリュックからペットボトルを取り出す

 

「桃、美雪先輩。水分補給をしてください。久遠教授とイザベラさんもどうぞ」

 

今持ち運んでいるのは水とメルコムの店で買った魔石やチャクラドロップと言った道具に乾パンやチョコレートバーと言った携帯食料に、探索で使うであろうヘッドライトに懐中電灯、方位磁石と悪魔に壊される可能性を考慮して、予備のプロテクターなどを1セット。水を除けばそれほど重量がある訳ではないが長い階段と言う事で俺が運び、雄一郎が鉈を持ち先頭で歩いている。悪魔に遭遇するまでは悪魔を召喚せず、MAGを温存する事になっている。悪魔を召喚すれば、体力や脚力も上がるが強力な悪魔と戦うと判っているので素の体力で上って来ているからか体力の消耗が激しいように見える、エレベーターが使えれば楽なんだけど、破壊されているので使うことが出来ないのが悔やまれるな

 

「あ、ありが……とう……」

 

「す、すいません……ふう……結構きついですね」

 

水のペットボトルを受け取り、荒い呼吸を整えようとしている桃と美雪先輩。それに対して久遠教授は非常階段の壁に背中を預け数回深呼吸するだけで息を整えていた。遺跡発掘などを行うので体力は男性にも引けを取らないのだろう、しかし俺が驚いたのはイザベラさんだ。ドレス姿でしかも足元はハイヒール……どう見ても長距離移動にも運動にも適していない格好だ。それなのに息も切らさず汗もかいていない……

 

「何か?」

 

「あ、いえ。その息も切らせていないし、汗もかいていないなって思って」

 

俺がそう呟くとイザベラさんはああ、それですかと呟き

 

「久遠様が言ったでしょう?私の父も久遠様と同じく学者でして、良くフィールドワークにはついて行った物ですわ。それに護身術も嗜んでいるのでこの程度では息も切らしませんわ」

 

イザベラさんの説明にそうですかと返事を返す、仮に身体を鍛えていたとしてもこれだけ階段を上ってきて息も切らさない物だろうか?と言う疑問は残るが、それを口にして雰囲気を悪くする訳にも行かず。納得はしてない物の判りましたと返事を返し

 

「桃、美雪先輩。息は整いましたか?」

 

「あ、うん。大丈夫、もう出発出来るよ」

 

「ご迷惑をかけました」

 

2人ともさっきよりも大分顔色が良い、10分程度の休憩ではそこまで回復したとは思えないが、いつまでもここに立ち止っているわけにも行かない。なんせ、もし悪魔が襲ってくれば、上と下から挟み撃ちにされる。多少無理をしてても屋上に辿り着きたい……2人とも多少無理をしているが大丈夫と笑う。それはこのままここにいる危険性を判っているからだろう

 

「判った。じゃあ出発しよう、桃子も美雪もイザベラもあんまり無理をするなよ」

 

久遠教授の出発の言葉に頷き、俺と雄一郎は再び荷物を背負い階段をゆっくりと上り始めるのだった……

 

 

 

イザベラさんか……見た感じ俺達と同年代っぽいけど、喋り方や雰囲気から自分よりも遥かに年上に見える。ヨーロッパの貴族の娘らしいが、これが貴族の人って言う感じなんだろうか

 

「ここもか……やっぱり屋上まで行かないと駄目だな」

 

非常階段からデパートの中に入れないかと思い、扉を確認しているがしっかりと封鎖されており開く事は無理そうだ。悪魔を召喚すると言う事も出来るが、それではデパートの内部の悪魔を呼び寄せる事になる。だからそれは屋上まで向かってそれでも封鎖されていた場合の手段だ

 

「6階がこれだと、7階と8階も多分同じだろうな」

 

「ああ、やっぱり屋上まで行く必要があるな」

 

桃子や久遠先輩の体力の事を考えて、どこかでデパートの中に入れないか?と思ったが、やはり屋上まで行かないと無理そうだな

 

「桃、美雪先輩。大変だと思いますが、屋上まで頑張ってください」

 

「う、うん……が、頑張るよ」

 

「は、はい。ありがとうございます……」

 

声に元気の無い桃子と久遠先輩が心配だが、悪魔が出てこないだけ今はまだ安全って言える。悪魔出てくる前に屋上に向かおうと思い

 

「楓、俺は先に言って様子を見てくる。桃子達を頼む」

 

「……気をつけてな」

 

単独行動は危険だが、もしもの事を考えれば先に行って様子を見ておくことも必要だ。魔法を使える悪魔が屋上付近に陣取っていたら全滅の可能性もある、俺はコロポックルを召喚し桃子達が上って来るのを待っている楓に背を向けて、階段を上り始めるのだった……

 

「コロポックル。あの悪魔は?」

 

【うむ、コカトリスじゃな。聞いたことはあるか?】

 

コロポックルの問いかけに名前だけはと返事を返す。屋上を我が物顔で歩く巨大な鳥……尻尾は蛇となっており、この距離でも鋭い爪が足元に生えているのが判る。それにゲームとかで見るコカトリスならば石化と言う能力を持っており危険だ

 

【コココ】

 

鳴きながら屋上を歩き回っていたコカトリスは暫くそれを続けると、破壊されているエレベーターのほうに向かっていく……壁に背中を預け、安堵の溜息を吐く。破壊されたエレベーターは人間が壊したと思っていたんだが、悪魔の巣になっていたのか……

 

【見つからなくて良かったぞ。コカトリスは縄張り意識が強い、見つかれば唯ではすまなかった】

 

俺1人では到底戦うことが出来ない強力な悪魔の存在。見つからなくて良かったと心の底から思い、非常階段の所の壁に背中を預け、楓達が上って来るのを待つのだった……

 

 

 

 

屋上の方が安全か確認してくると言って先に階段を上って行った雄一郎君の事を心配しながらも、私や桃子さんが足を引っ張っていることが判っているから心配だと口にすることも出来ず。無言で階段を上っているとやっと8階の文字が視界の隅に写る。やっとここまで来たと思わず安堵の溜息を吐く

 

「ふう……やっとですね、久遠先輩」

 

「そ、そうですね。桃子さん」

 

体力はあるほうだと思っていましたが、流石にデパートの8階まで上るのは辛いですね……

 

「やっとか……ふう、流石に歳かな。疲れたな」

 

「そんな久遠様はまだお若く綺麗です!いつまでも私の見本ですわ」

 

イザベラさんは母さんを相当尊敬しているのか、母さんに対しては敬語ですね……とは言え、母さんが見本って言うのは判る気がしますけどね……私も母さんのように、綺麗で強い人になりたいとずっと思ってますから

 

「雄一郎。大丈夫か?」

 

「ああ、流石に少し生きた心地がしなかっただけだ」

 

先に進んでいた雄一郎君が楓君と共に階段を下りてくるが、その顔色は悪く何か合ったのだと一目で判った

 

「雄一郎君。屋上に何か悪魔がいたのか?」

 

「屋上と言うか、エレベーターですね。コロポックルが言うにはコカトリスって言う悪魔が住処にしているみたいです」

 

コカトリス……ですか?確かヨーロッパのほうの……伝承でしたっけ?と思い出しているとイザベラさんが説明してくれた

 

「ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ怪鳥で、凄まじい毒をもっているとされますわ」

 

毒をもつ悪魔がエレベーターに潜んでいる……毒の言葉に顔から血の気が引くのが判る。毒なんてどうやっても対処できないんじゃ

 

「……見つかると危険だな。となるとエレベーター付近には近寄らず、ピクシーやリリムに偵察して貰いながら移動することになるか」

 

【それが良いと思うの。コカトリスは縄張り意識が強い、見つかれば襲ってくるのは間違いない】

 

見つかれば襲ってくる鳥の悪魔……これからデパートを捜索すると言うのに、知りたくない事を知ってしまった。いや、行き成り襲われる前にそう言う悪魔が居ると判っただけ幸運と思うべきなのかもしれないですね

 

「確か、毒ではなく、石にする呪いを持つという場合もありましたわね。視線も吐息も危険ですが……そう、確か草食でしたわね」

 

草食の悪魔ですか……その情報が何か役に立つとは思えないですが、デパートならどこかに観葉植物とかが飾ってあるかもしれないので、それで注意を引く事が出来るかも知れないですね。あくまで可能性ですが、助かる可能性を少しでも上げるために覚えておいて損はないでしょう

 

「ピクシーとリリムの偵察では、3階辺りに強力な悪魔の反応があるらしい。となると5フロア階段で降りていく事になるが、生存者によってバリケードで迷路になっているから思うように進む事が出来ないのは明白だ。デパートの内部に入ったのなら逸れないように全員で固まって移動する、下手をするとこのデパートの中で一晩過ごす可能性もある」

 

このデパートの中で一晩……思わず喫茶店での悪魔の事を思い出し、恐怖と嫌悪感で身体が震える。悪魔が出てきてから暗所恐怖症や閉所恐怖症になりつつあるので、出来れば日が出ているうちにデパートを出たいと思ったがそれは無理かもしれない

 

「大丈夫ですよ。楓や雄一郎君が助けてくれますから」

 

だから大丈夫ですと笑う桃子さんにつられて笑うと、楓君と雄一郎君が私達の方を見て

 

「桃子や久遠先輩達が教われないように頑張ります。だから安心してください」

 

「絶対守りますから」

 

力強く言う2人にありがとうございますと返事を返し、私達はそれぞれ持っていた鞄から荷物を取り出し、デパートを探索する準備を始める

 

「イザベラさんはどうします?武器はちょっとないんですけど、軽いプロテクターとかならありますけど?」

 

「……あまり美しくはないですが、身を守る為なら仕方ないですね。貸して貰います」

 

手足につけるプロテクターを身につけるイザベラさんですが、美しさを優先する辺り、貴族と言うのはやはり私のような一般人とは価値観が違うのでしょうか?と思った

 

「武器はまぁ日傘がありますし、護身用のべレッタもありますので心配ありませんわ」

 

銃……外国の人ってそんなに容易に銃を持ち込めるものなのでしょうか?それとも元々イザベラさんの持ち物ではなく、彼女を護衛していた人の持ち物を受け取って使っているのでしょうか?そんな疑問が頭を過ぎるがその言葉を飲み込み、手帳や方位磁石を鞄から取り出し、桃子さんと一緒にデパートを探索する準備を整える

 

「では屋上に出てデパートの中に入る。言っておくが、エレベーターには決して近づくな。良いな?」

 

母さんの警告の言葉に頷き、私達は屋上にコカトリスが居ないのを確認してから。駆け足で屋上を駆け抜け、ヘッドライトをつけた楓君と雄一郎君を先頭にしてデパートの中へと足を踏み入れるのだった……

 

 

そしてそこで私達を待っていたのは、悪魔使いに成り損ねた者が辿り着く、余りに醜悪で残酷な現実を見る事になるのだった……

 

チャプター22 デパート探索その1へ続く

 

 




今回はインターバルの話なので少し短めとなります。次回からはデパート探索で話を続けていきます。何階を捜索しているとかで続いていくので、よろしくお願いします。次回は戦闘メインで書いていきたいですね、後は女神転生の交渉の要素を出せたらとか思っています。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター22

 

 

チャプター22 デパート探索その1

 

 

このデパートは以前何回も買い物に来てたけど、薄暗い中で悪魔が出てくるかもしれないと全く別の建物に思えてくるから不思議だ。周囲の物陰などに怯えながら歩いていると、久遠教授が口を開く

 

「出来る限り早く7Fに降りよう。この場所はエレベーターに近い、雄一郎君が偵察してくれた情報を無駄にする訳にはいかないからな」

 

久遠教授の言葉に頷き、音を立てないように細心の注意を払いエレベーターから離れる。コカトリスという悪魔は話に聞いてだけだけど、石化させる能力や毒を持つ悪魔と正面から戦う事なんて出来る訳も無い、楓と雄一郎君を先頭にしてエレベーターから離れる。幸いな事にコカトリスがエレベーターから出てくることは無く、安全にエレベーターから離れる事が出来た事に安堵の溜息を吐きながら暗いデパートの中をゆっくりと進む。屋上から入って来たので、今は屋上駐車場への通路を歩いている段階だが、暗がりで何処から悪魔が出てくるか判らないので恐ろしくて仕方ない

 

「嫌な感じだな。街から出たいと思っているのに、こんな遠回りしかも死ぬかもしれないと来た」

 

状況は劇的に悪くなってきていると呟く久遠教授。それは私も判っていた、これだけ悪魔が闊歩して何時死ぬかもしれないと言う状況で全員で生き残る事ができている。それがどれほどの幸運かなんて考えるまでもないだろう

 

「ですね、本当ならこのデパートの捜索だってしたくない所ですよ」

 

悪魔の襲撃があるかもしれないと判っているのだが、黙って捜索する事が出来ず声が出てしまう。久遠教授に注意されると思ったが、久遠教授も喋っているので久遠教授でもやはり暗がりで危険な悪魔が居ると判っている場所を捜索するのは怖いんだろうなと思った。

 

「デパートの案内板とか無いか?それがあればどんな物が販売しているか判って、捜索の目処が立つと思うんだが」

 

「各階層の階段の所にあるかもしれないですけど……バリケードとかがあるかもしれないですね」

 

久遠先輩の言葉にそうかもしれないと私は思わず呟いた。するとイザベラが私を見て

 

「どうしてそう言えるのですか?桃子?」

 

皆に注目されているのに気付き、小さくなりながら私は口を開いた

 

「えっと8Fはどっちかって言うと、子供の遊ぶ施設とか……そう言うのとか、ヒーローショーとかやってる場所だから生き残る事を考えると……そのあんまり重要じゃない場所だから……悪魔の侵入とかを防ぐなら……たぶんここの階段は閉鎖していると思う」

 

ゴムボールのプールとか、100円での動物の乗り物とかがあるエリアだから重要性は殆ど0だから、閉鎖してると思うと言うと楓は顎の下に手を当てて

 

「確かにその通りかも知れないな。生き残る事を考えれば、ここは全然重要なエリアじゃない。コカトリスの巣が近い事を考えれば、生存率を高める為に閉鎖するのは当然だな」

 

「となると、階段を見つけても7Fに降りるのは難しいかもしれないって事か……」

 

デパートの中には入れたが、もしかするとまた屋上を通って非常階段で7Fに戻り、悪魔の注目を引くかもしれないが扉を破壊して中に入るしかない

 

「……とりあえず進んでみよう。まだここはその遊びの施設に入っているわけでもない、まずは先に進んで見ようか」

 

今はまだ屋上からデパートの中に入ったばかりなので、デパートの中に入っている訳ではない。久遠教授の言葉に頷き、大きな扉を開けて私達はやっとデパートの中のフロアに足を踏み入れるのだった……

 

 

 

「暗いな……」

 

頭にヘッドライトをつけているが、それでもなお暗い。本来なら子供の笑い声に満ちて居る筈の8Fは静寂に静まり返っていた……あちこちに隠れ場所があり、悪魔が潜んでいる可能性が高く前に進むには正直足が竦む

 

「見た感じではやはりバリケードが作られているな……となると7Fに降りるのも難しいかもしれないな」

 

「久遠教授?見えているんですか?」

 

目を細めて暗がりを見つめている久遠教授に見えているのですか?と尋ねると職業柄なっと言う返事が返ってくる。遺跡などの捜索をしているから夜目が効くのかもしれないと思いながら

 

「どんな感じのバリケードですか?」

 

「ショーケースか?いや……遊具かもしれないな。長い何かを立てて、その間に物を詰め込んでバリケードにしているようだな……あれならば悪魔を使うまでもなく、人力で撤去出来るかもしれない」

 

久遠教授の言葉を聞きながら必死に目を凝らすと、ぼんやりとだが色んな物が積み上げられてバリケードになっているのが見える。あれを撤去するとしても、結構な時間が掛かるかもしれないが悪魔を使って扉を破壊するよりかは音も出ないだろう。

 

「このフロアがどうなっているか、それで決めましょう。悪魔が居るのなら時間を掛けるのは危険ですわ」

 

イザベラさんの言葉に頷くが、ここまで暗いと悪魔の襲撃に気付かない可能性が高いな。進むだけでも怖いな……

 

「美雪先輩、ピクシーに偵察をお願いできますか?」

 

「は、はい。わかりました、ピクシー……お願い」

 

【OK!すぐに行ってくるよ】

 

美雪先輩がスマホを操作するとピクシーが姿を見せる。ピクシーにこのフロアの偵察をお願いし、ピクシーが戻るまでは行動せず、どうやって進むのかを話し会うことにする

 

「楓、ヘッドライトだけじゃ視界が不安すぎるぞ」

 

「そうだな……」

 

明かりが消えているだけならヘッドライトで見通せると思ったのだが、黒いカーテンと木材で窓を封鎖されているので完全な闇の中だ。ヘッドライトや懐中電灯だけの明かりだけでは進むのは危険すぎる

 

「そうだな……カソとカハクの炎で明かりを作るというのも手だが……」

 

「火災の危険がありますね」

 

「それは少々……いえ、かなり危険ですわね」

 

火事になれば逃げる事が出来ない。カソとカハクの炎でたいまつを作るのも確かに1つの手段だと思うがリスクが高すぎる。いずれ作る必要があるかもしれないが、いきなり作る訳には行かないか。もう少しこのデパートの構造やバリケードの位置、視界が狭いなどのリスクを考えた上で作ることにしよう

 

「窓を破壊するのは?」

 

「そっちも危険だよ、桃……外から悪魔が入ってくるかもしれないし、コカトリスが気付くかもしれない」

 

「あ。そ、そうか……うーん……」

 

暗い所が急に明るくなれば悪魔と言えば気になるだろう。それに外から悪魔が進入してくれば、挟み撃ちになる危険性が高い。かと言って走り抜ける事ができる距離じゃないし、更に言えばあそこ以外にもバリケードがあるかもしれないので走って足を取られたり、ぶつかったりして負傷する事を考えるとそれも出来ない。時間を掛けて調べていくとしても、早く街を脱出したいのに時間を掛けるようなこともしたくないしなぁ……やっぱりピクシーが戻ってこないとどうやって進むかなんて決めようがないか……

 

【ただいまー。えっとね、ここら辺に居る悪魔はノッカーとかの弱い悪魔だから、スパルトイとリリムを出せば怖くて襲ってこないと思うよ!】

 

思うって事で確定ではないが、それで何とかなるならと思い久遠教授と共にスパルトイとリリムを召喚する

 

【ウォオオオ!!!!】

 

「おい!馬鹿止めろ!!コカトリスに気付かれるだろう!」

 

召喚されたスパルトイの咆哮にコカトリスが気付くだろう!と怒鳴るとスパルトイは空虚な目を俺に向けて

 

【アンズルナ、しょうかんしゃ。オソロシイあくまのけはいはシナイ。ザコちらしをしただけだ】

 

スパルトイはそう笑うと盾を構え俺達の前に立ちゆっくりと歩いていく

 

「見た目は骸骨だが、知性はあるようだな。頼りにしてもいいかもしれないぞ」

 

「です……ね」

 

喋りも片言だが、今の行動を見ればスパルトイの知性が高さは良く判った。骸骨だからと言って馬鹿ではないのかとスパルトイの評価を改め俺達はスパルトイに先導されデパートを進むのだった

 

「本当に悪魔出てきませんでしたわね」

 

「気配はしますけどね」

 

スパルトイの咆哮が効いていたのか、悪魔の気配はするが姿を見せることはなく、俺達の進む方向から慌てて逃げるような音がしていたから、よほどスパルトイが恐ろしかったのだろう。

 

【さて。ドウスル?しょうかんしゃ、このかべ……ふんさいしていいのか?】

 

バリケードの前でどうする?と尋ねて来るスパルトイ。確かにスパルトイの力ならば簡単に破壊出来るだろうが……

 

「余り音を立てて気付かれても困る。ちょっと待機で」

 

ココロエタと返事を返し、俺達の後ろに移動するスパルトイ。俺達が調べている間背後を護ってくれると言う事だろう、指示をしなくても行動してくれる。俺はもしかするととんでもない当りの悪魔を呼び出したのかもしれない

 

「あれくらい知性があって、協力してくれる悪魔を狙って召喚できれば、戦力になるんだがな」

 

「睦月の事もありますしね」

 

制御出来ず暴走した悪魔の事もある。むやみに悪魔を召喚することは出来ないが、もし召喚出来るのならばスパルトイのような指示がなくても行動してくれる悪魔だと行動しやすいかもしれないですねと久遠教授と話しながらバリケードを調べる

 

「楓君、母さん。ここに扉見たいのがありますよ、一応外には出れる作りにはなってるみたいです」

 

「となると、これだけのバリケードだ。相当数の生存者が居る可能性もあるな」

 

かなり巨大なバリケードだ、これを数人で作るのは不可能に近い。だからそれこそ10人、20人と居る可能性があるな

 

「ピクシー、リリム。人間って見つけたのか?」

 

【んーぱっと見ただけだから判らないよ】

 

【私もですね。悪魔を探して移動したので、人間までは少し】

 

悪魔が居る事は判っているが、人間の方は判らないか……出来ればまともな人間が居ればいいんだけどなとリリムとピクシーの報告を聞いて溜息を吐く雄一郎に本当にそうだよなっと呟きながら、俺達はバリケードに備え付けられた扉を潜り抜け、7Fへと降りていくのだった……

 

 

「ぐっふうッ!!!!」

 

「雄一郎!!くそっ!!美雪先輩!久遠教授!雄一郎をお願いしますッ!!」

 

7Fに降りたと同時に悪魔の襲撃があった。身構えるよりも真紅の炎が走った、そう思った瞬間俺の身体は大きく弾き飛ばされた。楓の悲鳴にも似た声がやけにハッキリと聞こえた

 

「ピクシー!ディアを!」

 

【う、うん!判ってる!】

 

久遠先輩とピクシーの声がまるでエコーが掛かったように聞こえる。こんなに近くに居ると言うのに、その声がはっきりと聞こえない

 

「雄一郎君!意識をしっかり保て!桃子!変われ!私が前に出る!」

 

「は、はい!」

 

久遠教授と桃子の焦った声が聞こえたと思ったのだが、俺の意識は全身に走る激痛に耐える事が出来ず、そのままゆっくりと闇の中へと沈んで行くのだった……

 

「う……」

 

どれほど意識を失っていたのか判らない、数分なのか、それとも時間なのか、まだ全身に走る痛みに耐えながら身体を起す

 

「雄一郎君!良かった、意識が戻ったんですね!」

 

「よ、良かったぁ……な、ナジャもピクシーもありがとう」

 

【い、いいよ。ふーふー、流石にちょっと疲れたけど……】

 

【し、死なないで良かったよ……本当に】

 

久遠先輩と桃子の安堵の声を聞きながら頭を数回振るう。目の前がぼんやりと霞むが楓達が戦っているのが見える

 

「くっそ!カソ!お前も来い!」

 

「楓君!無茶は止めろ!悪魔の2体召喚は危険だ!!」

 

押し込まれているのか、楓がスパルトイに加えてカソを召喚した。それを静止する久遠教授の声が聞こえた瞬間俺は久遠先輩と桃子の制止を振り払い、楓達の元へ走りながらコロポックルを呼び出す

 

「コロポックル!マハ・ブフだ!」

 

【ぬう……ええい!あまり無茶をしてくれるなよ!契約者!!】

 

氷柱の嵐が目の前で起きたと思った瞬間。ただでさえ重い身体が更に重くなるがそれを根性で耐える

 

「雄一郎!馬鹿!休んでろ!」

 

「うっせえ馬鹿ッ!お前こそさっさとカソを引っ込めろ!!」

 

青い顔をして馬鹿と言う楓に逆に馬鹿と叫び返しながら、目の前の悪魔を睨みつける

 

【ヒホ?生きてタホー】

 

【案外丈夫な人間だね】

 

【驚いちゃった!】

 

かぼちゃ頭にランタンを持った悪魔がひらひらと宙を舞いながら笑い、その隣を天女みたいな姿をした悪魔が口元を抑えながら笑い、その足元を小さな少女の悪魔が飛び跳ねながら笑う。恐らく俺を火球で吹き飛ばしたのは、あのかぼちゃ頭の悪魔だろう

 

「久遠教授……じょ、状況は?」

 

がんがんと痛む頭に顔を歪めながら久遠教授に状況を尋ねる。楓は俺に戻れ、休んでいろと叫んでいて話にならないから、この中で1番冷静な久遠教授に尋ねる

 

【ぬっぐう!ち、チカヅケヌ!!】

 

火球・氷の飛礫に雷。絶え間なく放たれる魔法をスパルトイが手にした盾で防いでくれているが、徐々に押し込まれているのがわかる。そういつまでも持たないと判断した、だから余計に休んでいる場合ではない

 

「悪魔はそれぞれ氷に弱く、炎に強いジャックランタン。雷に弱く、炎に強いアプサラス、風に弱く雷に強いノームだ。お互いがお互いの弱点の魔法のガードに回り、有効打が取れない。さっきのマハブフもアプサラスが吸収してしまった」

 

スパルトイが前に進もうとしているのは魔法では埒が明かないと言う事だろうが、3者からの連続攻撃では流石のスパルトイも不利すぎる

 

「銃撃で狙おうにも、ジャックランタンが居るから途中で打ち落とされているのですわ」

 

銃を持っている久遠教授とイザベラさんだが、それも魔法で迎撃され届かない。仮に突撃して悪魔を1体倒しても残りの2体に潰される……状況はかなり不利だ

 

「スクカジャで突破って言うのはどうなんですか?」

 

「無理だ、あいつらは俺達の悪魔よりも強力な広域魔法を使ってくる」

 

カソを引っ込めた楓がそう呟く、有効な攻撃が出来ず。魔法を連射され反撃の糸口さえ見えない……これは冗談抜きで絶体絶命って奴なのでは

 

【そーれ!いっくよー!!!】

 

少女が飛び上がり、放たれた電撃にリリムが割り込み無効化するが

 

【ヒヒー!狙い撃ちだホ!アギラオ!!】

 

【きゃあっ!?】

 

電撃を無効にした瞬間。凄まじい火球がリリムを弾き飛ばす、前に出たその隙を逃さないためにコロポックルにブフの指示を飛ばすが

 

【無駄ですわ】

 

アプサラスが回り込み、ブフを吸収してしまう。3者がお互いに弱点を見事にフォローして完全にこっちの反撃の芽を摘んでいる

 

(久遠先輩と桃子は無理……か)

 

アギラオの直撃を受けた俺の治療でMAGを相当消耗したのか、青い顔をしている。ピクシーは小回りが利くが、火力が足りず、ナジャは補助魔法がメインなので攻撃に打って出る事が出来ない……

 

(こ、これは……)

 

反射的にポケットに手を入れて指先に当った何かを取り出す。それは冷たい輝きを放つ石……メルコムの店で買ったブフーラの魔法石だった

 

「ちっ!楓君フォローに回ってくれ、イザベラ!カハクを前衛にまわせ、ジャックランタンのアギラオを防ぐんだ!雄一郎君はアプサラスからのブフーラに警戒してくれ!」

 

ダウンしたリリムに魔石を与えるためにフォローしてくれと叫びながらも、矢継ぎ早に指示を出す久遠教授。だが悪魔がその隙を見逃すわけもなく

 

【やらせるかホー】

 

かぼちゃ頭がランタンを掲げるのを見て、殆ど反射的に振りかぶり右手で握っていたブフーラの石を投げようとしていた。肘は故障している、投げれるわけがない。もう投手としては絶望的だと言われたのだから……だが

 

(肘が……痛くない?)

 

腕を上げれば痛んだ肘が痛くない、まるで何の故障もないような……そう思った瞬間。俺は力強く踏み込みながら

 

「いっ……けえッ!!」

 

上半身を撓らせ全力で右腕を振るう。鋭い風切音が響いたと思った次の瞬間

 

【ひ、ヒホオおおおお!?!?】

 

ジャックランタンに命中したブフーラの石が輝き、ジャックランタンを貫く

 

「ゆ、雄一郎。お、お前……」

 

「楓!今だ!」

 

肘っと言い掛けた楓に今だと叫ぶと、後で説明しろよ!と叫びスパルトイに指示を出し、アプサラスに向かわせる

 

【ひっ!ブフー【オソイ!!!】ぎゃあっ!!!】

 

【ひ、ひいいいいッ!!!】

 

スパルトイの接近に気付いたアプサラスが魔法を放とうとするが、そうはさせないと言わんばかりに手にしていた盾をブーメランのように投げつけ、アプサラスの魔法をキャンセルさせる。それを見てノームが悲鳴を上げて蹲る、仲間が1人消えたそれだけで勝てる訳がないと思った3人の悪魔の連携はあっさりと崩れた

 

(ひ、肘が……どうして)

 

あれだけ何件ものスポーツ病院を巡り。野球はもう無理だと言われていたのに……ブフーラの石を投げる事が出来た。火事場の馬鹿力では説明など付くわけも無い……

 

「これで……終わりですわ!!!」

 

【ガアアアア……】

 

日傘をフェンシングの剣に見立てて、鋭い突きでアプサラスを消滅させたイザベラさんに軽い恐怖を覚えながら、頭を抱え込んで、殺さないで殺さないでと繰り返し呟いているノームを見て

 

「どうする?」

 

「いや、それよりもお前肘……」

 

「判らん……急に動いたとしか……」

 

肘の事を尋ねて来る楓に判らないと返事を返し、必死に命乞いをしているノームを念の為にスパルトイやカハク達に囲ませ、逃げられないようにしてからどうします?と久遠教授に尋ねるのだった……

 

 

 

雄一郎君が投げたブフーラの石。それが間違いなく、逆転の一手となった。だが肘を故障して再起不能だったはずの雄一郎君の事を考えると悪魔との契約かそれともディアの効果かかと思ったが、何にせよ手札が1枚増えたのは大きい。さてと当面の問題は……

 

【お、お願いしますぅ、殺さないで、何でもするから殺さないで】

 

頭を抱えて命乞いを繰り返すノーム。戦う意思は既に無く、しかも少女の姿をしていると言う事もあり、桃子達も殺すのは可哀想だと言う

 

「えっと、ここまで命乞いをされると倒すのはちょっと……」

 

「襲われましたけど……彼女はそこまで攻撃して来たわけじゃないですし……」

 

3体で出てきたが、主に攻撃して来たのはジャックランタンとアプサラスでノームは基本的に見ているだけだった。攻撃して来たとしても、行くよーとかの声を掛けてきていたので遊びの延長くらいの気持ちだったのだろう

 

(どうするか……)

 

このデパートの悪魔なのだから、恐らくデパートの中を詳しく知っているはずだが、契約をしなければ何時寝首をかかれるか判らない悪魔を連れて行くわけには行かない。

 

「桃子、美雪、雄一郎君。契約悪魔数増えてないか?」

 

私は2体枠があるが、正直ノームなんていう下級の精霊と契約するつもりなんてないし、イザベラも勿論同意見だろう

 

「……命乞いとは、なんと無様な……」

 

【ですねー】

 

己の価値観と美意識を重要視する、イザベラにとって命乞いをする悪魔は唾棄するべく、醜く愚かな存在。私の命令があっても契約する事を拒むだろう。だから美雪達に尋ねると

 

「私は1体のままです。桃子さんは?」

 

「私もです」

 

「……あ、俺は2体になっています」

 

雄一郎君が手を上げる。何を基準にして契約数が前後しているのかは判らないが契約できるのなら好都合だ

 

「おい、死にたくないなら契約しろ。それなら見逃してやる」

 

【する!するよ!!わ、私、死にたくない】

 

涙ながら契約すると言うノームの前に雄一郎君がしゃがみ込み、スマホを操作すると足元に魔法陣が展開される

 

「じゃあ俺と契約だ。よろしくノーム」

 

【う、うん!地霊ノーム。コンゴトモヨロシクね!】

 

ノームが魔法陣の中に飛び込むと、魔法陣が光り輝き雄一郎君の契約悪魔にノームの名前が刻まれた

 

「さてと、ではノーム。お前に聞く、ここは悪魔の巣窟となっているが人間の休める所はあるか?」

 

私とイザベラはまだ余裕があるが、楓君達はMAGを相当消費してしまっている。今日中のデパートの攻略は諦め、どこかで休める場所は無いか?と尋ねるとノームは

 

【知ってるよ!この近くに人間が前隠れてたところがあるから、そこに案内するよ!】

 

「良し、聞いていて判ると思うが1度休憩する事にする。奇襲と集団攻撃でMAGを予想以上に消耗した、これは一度休まないとそれこそ全滅しかねないからな」

 

このデパートの中に潜んでいる悪魔のレベルは外の悪魔と比べて、恐ろしいまでに高い。更に連携を組む知性もあると来たら、これは一筋縄では行かない。このデパートの中を知っているノームに情報を聞いて、そしてその上で作戦を練り慎重に進んでいく必要がある。楓君達も同意見で頷いてくれたのでノームに案内されながら人間が隠れていたという場所に向かって歩き出すのだった……

 

 

 

チャプター23 デパート探索その2へ続く

 

 




女神転生で良くある命乞い会話からの仲間になりました。ノームは色々考えた結果女性型となりましたのであしからず、デパートの中の悪魔は知性が高く、連携を組むということで外の悪魔よりも厄介と言う風に設定しております。次回は休憩所で作戦会議、ゲームで言えばダンジョンの中の最初の回復ポイントと言う感じですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター23

 

 

チャプター23 デパート探索その2

 

デパートの構造を知っているノームの案内で前に人間が隠れていたという場所に案内された。そこはデパートのイベントで呼ばれたアイドルや俳優の控え室だった。バックヤードの扉を潜り、そしてその更に奥にある従業員の為のフロアにある、8畳程の部屋が1つと警備員用の6畳ほどの部屋が並んでいた

 

【どう?悪魔も少ない道を通って来たから敵もいなかったでしょ?】

 

これで信用してくれた?と笑うノームにああっと雄一郎が返事を返す。契約したから裏切れないと言う事は判っていたが、やはり襲って来た悪魔と言うことを考えると、やはり心のどこかで信用は出来ない物があった。だけど今回の事でノームが味方だと良く判った

 

「中はそれほど荒れていないようだな、寝袋が少しと毛布。それと食べたであろうカップラーメンのゴミ……後はアイドルの衣装がおかれているくらいだ」

 

「こっちはあれです。警備員の鍵とセキュリテイコードとかですね、防犯カメラは壊れてるみたいですけど」

 

監視用の設備が多いが、俺と雄一郎で休むには十分すぎる広さだ。寝袋は無いが、仮眠用の毛布とかも置かれているので、身体が冷える事もない

 

「不本意だが、ここで少し休憩していこう。時間によっては捜索を中断して、明日再捜索だな」

 

強力な悪魔を倒さなければ、このデパートを脱出する事が出来ないのだから体力もMAGも充実させる必要がある。予想外の長丁場になりそうだなと苦笑しながら判りましたと返事を返すのだった……

 

「暖かい物って言うのは安心しますわね」

 

「そうですね……ふーふー……甘いってのも本当安心します」

 

ここら辺は悪魔も少ないのか、自販機などもまだ生きており。災害用なのでお金を入れないで飲み物を手にすることが出来た、それぞれ思い思いの飲み物を飲みながら、これからの事を話し合っていた

 

「強力な悪魔が陣取っているのは3階。現在地が7階っと」

 

見取り図なんて物はないので、大学ノートに箇条書きで入手した情報をメモしていく。今すぐ見返す必要がある訳ではないが、こうして書いておけば覚えやすいしな

 

「その強力な悪魔ってのがどのレベルか判らないが、少なくともデパートの中の悪魔よりかは強いだろうな」

 

「でしょうね。そう思うと、私達だけで倒せるかが不安ですね」

 

街を出たいだけなのに、勝てるかも判らない強力な悪魔と戦う。それだけでも不安なのに、デパートの中の悪魔は今まで戦ってきた悪魔と違い、明確な知性を見せ、連携までしている。正直言って、今までのような行き当たりばったりでは死者が出るのは間違いない

 

「不安材料は多いが、このデパートの中を知るノームがいる。彼女に話を聞くことで、ある程度情報を対策を練れるのは大きい」

 

【まっかせてよ!契約したからね!契約者さん達が生き残れるように全力で協力するよ!】

 

胸を叩きながら笑うノーム。確かにデパートの構造を知っている悪魔が味方に居ると言うのは助かるよな、どんな物があるのかって警戒しながら進むよりもずっと気が楽だ

 

「そうと決まれば、楓君、それとイザベラ。一緒に来てくれ、雄一郎君達は少し休んでいてくれ」

 

「どうしたんですか?」

 

俺とイザベラさんだけを呼んだ理由が判らず。どうしたんですか?と尋ねると久遠教授は通路の先を見て

 

「この先に食堂があるだろう?そこで食料があるかどうかを見ておきたい、一応チョコレートバーなどは持ってきているが、空腹を満たすと言うよりかは、非常食としての意味合いが強い。何かあるなら見ておきたいじゃないか」

 

それなら皆でと思ったが、久遠教授は桃子達を見て心配そうな顔をして

 

「MAGをかなり消耗している3人を動かすのは得策じゃない。それにあんまり遠いと言う訳でもない、3人で十分に見てこれる」

 

「確かにそうですわね。では楓、行きますわよ」

 

「あ、はい。判りました、じゃあ桃、美雪先輩。雄一郎、見てくる」

 

鉈を手に取り、久遠教授とイザベラさんと共に俺は控え室を後にして、食堂に向かって歩き出したのだった……

 

 

 

久遠様と楓と共に歩きながら私と楓だけを久遠様が連れて来た理由を考えていた。いろいろな事を考えることが出来るが、1番可能性が高いのはあの3人から引き離しその間に精神操作をすることでしょうか?

 

(逸材と言えますしね)

 

楓はMAGがそれほど多いわけではない、だが回復スピードがかなり速いのだ。それによって、保有しているMAGよりも多くのMAGを使える。久遠様が引き込みたいと思うのは当然の事だ

 

「ふむ、まぁ予想とおりか」

 

「……ひでえ」

 

食堂の中は荒らされていた、そのあまりの汚さに思わず顔を背ける。良くここまで汚くした物だと思わず感心するレベルだ

 

「大丈夫ですか?気分が悪いんですか?」

 

「あ、い、いえ。大丈夫ですわよ」

 

どうやら身震いしているのを見られていたようで大丈夫ですか?と尋ねて来る、大丈夫ですわよと返事を返しながら周囲を見る。悪魔の姿と人間の死体はないが、ひっくり返った机や椅子、それに血痕などからここに隠れていた人間は恐らく悪魔の襲撃を受けて慌てて逃げたっと言った所でしょうか?

 

「久遠教授。この有様だと食料は無いと思うんですけど……」

 

「そう決断するのは早計だ、私はこれは想定の範囲内。私が探しているのは」

 

そう笑った久遠様はキッチンを指差しながら

 

「ここは従業員用の食堂だ。置いてある物は専門的な知識が無ければ操作出来ない調理器具ばかり、悪魔が襲ってくるかもしれない状況でそんな道具を使い料理を作るか?答えはNOだ。つまり食品と加工される前の状態。小麦粉や米を探してるのさ、小麦粉ならパンもどきは作れるし、米なら炊いて塩握りを作れる」

 

「あ、な、なるほど」

 

久遠様の言葉に納得したと言う素振りの楓を見ながら穏やかに笑う久遠様。よっぽど楓を気に入っているのでしょうね……少しばかり癪ですが、久遠様の物に手を出すつもりも危害を加えるつもりも無いのでその感情を己の中に押し込める

 

「では私はこっちを探すから、楓君とイザベラはそっちを2人で頼む」

 

そう言って離れていく久遠様は私にだけ聞こえる小さな声で

 

(楓君と2人で話をしてみろ。人間に対する偏見が少しは変わるかも知れないぞ)

 

……なるほど、私と楓だけを連れて来たのは、他の3人から離して2人だけで話をさせるためでしたか……それはつまり

 

(久遠様が重要視しているのは楓のみ、他の3人は楓が気に掛けているからっと言った所ですかね)

 

もし他の3人も重要視しているのなら一緒に行動していたはず。そうではないと言う事は重要視しているのは楓のみ、それは最悪の場合他の3人を見捨てても楓だけは連れて行くと言う事を示して居る筈……だからこそ私の偏見を取り除く為の指示……

 

「では参りましょうか」

 

「ああ、行こう」

 

良い機会だから楓がどんな人間なのか見極めようと思いながら、私は楓と共に食料を探す為に久遠様に背を向け歩き出すのだった……

 

 

 

イザベラさんと2人だけで行動か……なんと言うか天上人って感じで少し苦手意識があるけど、それを無くせって事か?と考えながら食堂の中を調べる

 

「調味料とかは殆ど手付かずですわね」

 

「使う物が無かったんじゃないか?」

 

机の上に残っている醤油やソースなどは手付かずだ。瓶に入っているので運ぼうと思えば運べるが、もし手にするのならば、塩や砂糖の方が良いよな

 

「……まぁこの状況ですから、料理をしようなんて考えるのは愚かと言うことでしょうかね」

 

「煙とかで気付かれる可能性もあるしな。でも現実的なのは料理を出来る人間が居ないじゃないか?」

 

悪魔が出現するような今の状態だ。食料などの取り合いに奪い合いは間違いなく起きていただろう、そして料理などをすればその匂いや煙で気付かれる可能性を考えて料理などは作らず、カップラーメンやパンなどで済ませていた可能性が高いと思う

 

「楓はこのデパートの構造は知っているのですか?」

 

「……うーん、正直あんまりかな。1階や2階とかは良く来たけど」

 

1階にはファーストフードなどの店があり、良く友人と遊びに来た帰りなどに来たこともある。2階は久遠教授に提出するリポートに使う資料を探す為に本屋などがあるので、良く来たと言えるが2階以上に来たことが無いので正直言って構造はあんまり詳しくは無い

 

「なるほど、では捜索には役に立たないですが、脱出経路は心配ないと」

 

「まぁ……うん。多分な」

 

1階や2階は良く訪れていたので、構造や店の位置等は覚えている。だから脱出には協力出来るかも?と話しながら机の周りを調べながら保存庫の方に歩いていると足に何かが当る、死体とかじゃないよなと怯えながら下を覗き込むと

 

「なんだ?……これは……日記……か?」

 

皮の手帳が落ちており、ペンも近くに落ちていたので生存者の日記かもしれない。後で久遠教授にも見せてみようと思いながらそれを拾い上げる

 

「生存者の日記ですかね。情報収集には使えるかもしれないですわね」

 

「どんな生存者がいるとかも判れば更に良いしな」

 

悪魔の魔法で傷は治せるが、それ以外の病気の事も考えて医者とかが居ると良いんだけどなと思いながら

 

「そういえばイザベラさんはなんで久遠教授の事を久遠様って呼ぶんだ?」

 

ずっと気になっていたのでどうして様付けをするんだ?と聞いてみるとイザベラさんはとても嬉しそうに笑いながら

 

「あれほど強く、美しい方を私は知らないからですわ。強く、美しく、聡明で、広い視野で物事を見ている。尊敬に値し、そして師事するべきお方ですもの」

 

「確かになぁ……久遠教授は綺麗だし、それに色々なことを教えてくれるしな」

 

押しかけに近かったのに受け入れてくれて、高校生だと言うのに特別に研究室に入れてくれた。久遠教授が尊敬に値し、そして師事するべき人と言うのは俺も同意見だ

 

「じゃあイザベラさんのお父さんも有名な学者さんなのか?」

 

「まぁ有名ですわよ。機会あれば、そうですわね。楓が海外留学でもするのなら紹介しましょうか?」

 

今の状況じゃ絶望的だなっと思わず笑ってしまいながら、イザベラさんって喋り方と雰囲気で損をする人だなと思いながら保存庫の中身を調べたのだが、中身は殆ど空っぽで残っている物は殆ど無かったのだが、久遠教授の言う通り生米はそのまま残されていて

 

「良かった。これで何とかなりそうだな」

 

「ですわね。久遠様と合流しましょう」

 

食料を見つけることが出来たので久遠教授のほうに向かうと、久遠教授も生米を見つけたようで

 

「そっちにもあったか、好都合だな。ではここら辺の安全を確保してから、米を炊いて食事にしよう」

 

まだ他にもやる事はあるからと言う久遠教授の言葉に頷き、アイドルの控え室へと俺達は引き返していくのだった……

 

 

 

デパートを素早く捜索し、街を出る予定でしたが、デパートの悪魔は予想以上に強く時間を掛けてデパートの捜索を行う事になった

 

「ふう……これで大丈夫だな」

 

「バリケードとブフの氷。悪魔も生存者もこっちに来れないだろう」

 

「お疲れ様でした。楓君、雄一郎君」

 

仮眠を取る事も考え、バリケードで道を封鎖した。それはつまり今日の捜索は断念したと言う事だが、あれだけ強力な悪魔が大量に出現する事を考えればやはり無理は禁物なのでこの判断は正しいだろう。幸いこっちには従業員用のトイレなどもあり、調理施設もあるので拠点としては最適だろう。私は机などを積み上げて縛るのに使っていたビニール紐を片付けながらお疲れ様でしたと声を掛け、楓君達と共に控え室に戻る

 

「と言うと、4階は危険だと言うのだな?」

 

【うん、コカトリスの餌場になってるから危険だよ。でも時間で行動してるから、上の階とかに行ってる時に通れば大丈夫だと思うよ】

 

ノームにデパートの構造を聞いて、大学ノートにメモしている母さんは戻って来た私達を見て

 

「お疲れ様。今日はもう捜索はしない、ゆっくり休んでくれ」

 

「判りました。それで母さん、デパートの構造についてはどうですか?」

 

ノームに話を聞いてそれをノートに書いている母さんに状況を尋ねると母さんは顔を歪めながら

 

「生存者が固まっているのが3階らしい、ピクシーの偵察で強力な悪魔がいると言っていた階だ。恐らく生存者に関しては絶望的だろうな」

 

生存者には襲われかけてた事しかないが、それでも絶望的と聞くとやはり悲しいと思ってしまう。もしかすると今回はまともな生存者が居たかもしれないと思えば余計にそう思う

 

「次に6・5階はバリケードなどで入り組んでいる上に悪魔が多いらしい、バリケードの中は流石にノームも判らないらしいのでピクシーかカハクに様子を見て貰いながら移動だろうな。そして4階はコカトリスの餌場になっているので危険と言う事でそのままらしいが、コカトリスに見つかれば全滅は避けられない。時間で移動するらしいから、それでコカトリスが居ないうちに通り抜ける必要があるな」

 

6・5階は迷路で4階は強力な悪魔の巣窟。そして3階には強力な悪魔……街から出る為にこのデパートの悪魔を倒す必要が無ければ今すぐにでも逃げたいと思うほどに危険だ

 

「コカトリスが住み着き始めたのは最近だから、4階には元々人間が集まっている場所があったんだな?」

 

【うん。高級家具?とかそんなので暮らせるなんて~とか言ってたね。あーあと、女の人は言う事聞かない人は服を全部破かれて追い出されたり、好き勝手にされたりしてたかな?すっごい馬鹿そうな男とかが俺達がリーダーっだって叫んでて馬鹿じゃないって思ったよ】

 

前言撤回ですね。少しはまともかと思っていましたが、ここのは今まで居た生存者達の中でも1番酷い連中だったみたいですね

 

「……私もしかすると物凄く幸運だったかもしれないね」

 

「そうですね。私もそう思います」

 

高校で酷い光景こそ見たが、母さんや楓君達と合流し一緒に行動できている。それは間違いなく幸運だろう、もしこれで単独行動でもしていたら、それこそ私達も酷い扱いをされていたと考えれば幸運だったと言える

 

「本当に愚かで間抜けですわね。生存者同士で優劣をつけてどうすると言うんですか、助け合って逃げる。それが1番正解だと思うんですがね」

 

「本当ですね。なんか恥かしいと思いますよ、俺は……」

 

「だな。自分の欲望に忠実に動いて恥かしくないのか?」

 

楓君と雄一郎君が憂鬱そうに呟く。だけど彼らはずっと私達を護ろうとしてくれていた、だから他の人たちみたいにはならないと思います

 

「まぁそれだけ馬鹿が多いってことだ。今日はもう夕食をとって休もう、MAGも回復させなければ6・5階を突破出来ない。4階や3階の事を考えるのは後にして食事を作ろう。幸い塩は沢山ある、塩にぎりを大量に作って全員で分けて運ぶ事にしよう」

 

今進む事が出来ないのだから、今は安全に進めるように準備をしようと言う母さんの言葉に頷き、私達は6・5階の探索の準備として夕食を兼ねた塩にぎりを作る係(イザベラさんと桃子さんと私)とノームに話を聞いて、生息している悪魔に対する対策を考える楓君、雄一郎君、母さんに分かれてこのデパートの悪魔を倒すための準備に入るのだった……

 

 

 

楓達がこのデパートを攻略するための作戦を考えている頃。神無市の外れでは

 

「ここにベルの悪魔達が集結しているのか?」

 

「集結と言うかは、そうですね。魔界の門が開いているって感じですね。今後他のベルの悪魔が出てくるかもしれない、なので今の内に閉じる事が出来ないかっと言う事です」

 

白銀の鎧に身を包んだ女性とその隣に佇む翼を持つ赤い鎧姿の男性……人間の姿こそしているが、彼らもまた悪魔であり女神と天使と呼ばれる存在だった

 

「本当にベルの悪魔は居るんだろうな?パワー?お前はベルの悪魔が居るからと私を呼んだんだぞ?」

 

「調査の段階では間違いないですよ、アリアンロッド。確認されたのはベル・デル、それとイザベルの2体ですが。他にも出現するかもしれないですから調査を任されたのですから」

 

パワーと呼ばれた天使は天使の階級の第六位能天使に属し、悪魔と先陣を切って戦う役割を持つ天使であり、アリアンロッドと呼ばれた女性はケルト神話に登場する女神であり強力な力を持つ女神だった

 

「先遣隊は全滅しましたからね。アリアンロッドもどうか気をつけて」

 

「余計なお世話だ」

 

ふんっと鼻を鳴らすアリアンロッドにパワーは苦笑しながら失礼しますと頭を下げ、その場を後にした。そしてアリアンロッドもまたパワーとは別方向に向かって飛び上がった。その方角は、奇しくも楓達が調査しているデパートのある方角だった……

 

 

チャプター24 デパート捜索 その3へ続く

 

 




今回はインターバルとなりました、次回は先頭や捜索を書いていけたらと思っています。そして20話を過ぎて本格的にロウ陣営が出てきました。アリアンロッドがどう動くのかを楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター24

 

 

チャプター24 デパート捜索 その3

 

塩にぎりで夕食を済ませ、アイドル等の控え室に久遠教授達。俺は楓と共に警備員の部屋へと別れ、明日の朝まで休む事に下。気が張っているので眠気を感じないなと思いつつ、部屋の壁に背中を預けながらお互いのスマホを見る。俺が新しく契約したノームと、楓が契約したスパルトイ……ラーニング中になっている剣の心得を見て

 

「うーん。俺もスパルトイみたいな悪魔が良かったな」

 

剣の心得の効果は判らないが名前を見る限りでは楓に剣の技術を与えるスキルなのだろう、実際楓の剣の技術は上がっているし、何よりも桃子や久遠先輩達を護る為にも、身体が大きく戦闘技術も高いスパルトイと言う悪魔は壁役としても、切り込み体長としても非常に優秀だった

 

「だけどノームも悪くないんじゃないのか?」

 

「まぁ……悪いとは言えないけどな」

 

【私は近接は駄目だけど、魔法なら結構使えるよ?】

 

MAGを消費するのは嫌だが、ノームは契約したばかりと言う事もあり、召喚したままになっている。少女の姿をしているが、子供と言う感じなので大して気にすることもなく。適当に話をしながら過ごしている。ノームはジオにマグナと言う二種の攻撃魔法を持つノーム。残念な事にジオもマグナもラーニング不可になっていたが、その代わりに2つのスキルがラーニング中になっていた。1つは治癒促進(小)、名前の通り俺の体力の回復を早めてくれるスキルのようで、ここ数日感じていた筋肉痛も消えベストに近い状態になりつつある。そしてもう1つが「斧の心得」多分、楓の剣の心得の斧版だと思うのだが……

 

「問題は斧を何処で入手するかだ」

 

「……そうだな」

 

俺達の今の手持ちの武器と言えば、金属バット・鉈・ナイフ。そして久遠教授達が持っているべレッタ……手持ちに斧は無いのだ……となればラーニング中になっていても宝の持ち腐れと言う物だろう

 

【斧?斧が欲しいなら場所知ってるよ?】

 

ノームが勢いをつけて立ち上がる。短めのスカートの裾が動くのを見て反射的に目を逸らす。ノームは俺達のそんな反応を見て変なの?と呟きながら

 

【確か、5階だったかな?そこにへんなオレンジ色の服を着た人間が来て、何人か助け出して行ったんだよ。悪魔が多くなる前かな?斧を持っていたけど、そこらへんに置いて行ったのを見たよ】

 

へんなオレンジの服?……消防士か?今の所はおかしい生存者にしか遭遇していないが、どうも少しはまともな人が居たようだな……

 

「斧を置いていったか……武器を置いて行ったとなると何か理由がありそうだな。無難な所で刃が潰れたとか」

 

「確かにな……それか負傷者を連れ出すために両手を空けたかったか……だな」

 

悪魔が出現しているのに武器を置いていく、それは普通に考えて自殺行為だ。考えられるのは使えなくなったから捨てた、もしくは生存者を助ける為に捨てた。後者なら仲間と一緒だから置いて行っても大丈夫だと判断したのだろうが……

 

「ノーム。斧が捨てられた場所はどこら辺なんだ?4階に続く階段の近くなのか?」

 

【ん?んあー……はふう……】

 

俺の問いかけに欠伸を返すノームは眠そうに目を擦る。姿だけじゃなくて仕草まで人間っぽいなっと思わずノームを観察してしまう、身長は150を少し切るくらいか、明るい黄色のノースリーブとミニスカート……手にしている血濡れのハンマーさえなければ普通の少女にしか思えないな……

 

「眠いのか?悪魔でも人間に近いとやはり眠気とかを感じるのか?」

 

楓がそう尋ねるとノームは違うよーっと眠そうに返事をしながら

 

【MAGと体力不足かなあ……そろそろ帰還させてくれると嬉しいよ。それと斧は確か、4階の階段の近く?緑の光ってる奴の近くだったと思うよ】

 

緑の光っている奴……非常階段の近くか、それなら進んでいる途中で確認すれば良いか。どうせ近くを通るんだから、使えなくても問題が無いしな……

 

「ありがとうノーム。ゆっくり休んでくれ」

 

スマホを操作して、ノームを帰還させていると楓が鞄から毛布を取り出して

 

「俺達も休んでおこう。明日捜索を続けるとして次ぎ休める場所があるかも判らないからな」

 

「ああ。ありがとう」

 

捜索は長丁場になる。久遠教授達を危険な目に合わせる訳には行かない、俺と楓が先陣を切らないとな……その為には体力とMAGを回復させるのは必要不可欠だ。少し早いが眠る事にし、俺は毛布に包まりゆっくりと目を閉じるのだった……

 

 

 

楓と雄一郎が早めに眠りに着いた頃。隣の部屋の桃子達はと言うと……

 

「武器の心得が無いと言うのは甘えですわよ?楓と雄一郎に掛ける負担を少し考えるべきですわね」

 

眠る準備をしてから、明日の捜索の方向性を話し合っているとイザベルさんが私と久遠先輩に強い口調でそう告げた

 

「それは判っているつもりなんですが……その正直どんな武器が良いかとか、武器の扱いもわからないですし、どうすれば良いのか判らなくて」

 

「うん……そうだよね……」

 

私は久遠教授から貰ったべレッタを一応武器にしているけど、正直命中率も不安だし、替えの弾丸の事もあってそう易々とは使えないし……

 

「薙刀とかは使っていただろう?美雪」

 

「まぁはい、使えますけど……私の力で大丈夫でしょうか?」

 

「タルカジャに頼ると言う事は桃子の負担になりますし、そこも難しい所ですわね」

 

悪魔と契約をしていても、元々の力が大した事がない私と久遠先輩じゃ楓達みたいに悪魔と正面から戦うなんて事は出来ないし……でもいつまでも楓達に迷惑を掛けるのも嫌だし……

 

「それでしたら、桃子と美雪は投げナイフとかが良いのではないですか?それか弓矢など」

 

「投げナイフと弓矢か……威力はそれほど期待出来ないが、注意を逸らすのに使えるな」

 

「ええ、悪魔同士の連携を妨害する事も出来ますし、楓が距離を取る時間を稼ぐのにも使えますわ」

 

「となると投げナイフは問題無いだろう、適当に刃物を拾えばそれで解決するが……弓矢か……流石にこのデパートには無いな」

 

「作るのも無理でしょうから、今後使うと言う方向性で」

 

……なんかイザベラさんと久遠教授の話し合いが凄く盛り上がってる。蚊帳の外の私と久遠先輩は小さく溜息を吐いてから

「久遠先輩は薙刀の経験があるんですか?」

 

「え、ええ。嗜む程度ですが……」

 

うーん、嗜む程度だとしても武道の心得があるって言うのは凄いと思う、多分私よりかは強いだろう。今入手できない、投げナイフや弓矢の事を考えるとやはり私が1番劣っているわけで……悪魔と契約しても回復特化……楓達の怪我を治せるとしてもやはり護られるだけで……

 

(やだなあ……)

 

皆で協力して助け合って行かないといけないのに私がやっぱり足を引っ張っているような気がして気持ちが沈んでしまう

 

「このデパートを捜索している間に武器も一緒に調達できると良いな。それか楓君が契約したスパルトイのような武器の扱い方を教えてくれる悪魔と契約できれば更に良いか……まぁ何にせよ、当面はこのデパートを無事に全員で脱出することだ」

 

今は不安になっている時間も落ち込んでいる時間も無いのだからと言う久遠教授の言葉に頷き、私達も明日の捜索に備え身体を休める事にするのだった……

 

 

 

思った以上にデパート内の悪魔のレベルが高く、予定を変更しデパート内で一晩明かした次の日。早朝から再びおにぎりを作った後。もしかしたら再び捜索を断念して戻るかもしれないと考え、コロポックルとリリムのブフーラで周辺を封鎖してから出発したのだが、ノームと契約できたのは予想以上にこちらにプラスに働いていた

 

【ごめんねー、この人達私の契約者なんだけどね?見れば判るでしょ?すっごい強い悪魔を連れてるから戦わない方が良いと思うんだ】

 

「そ、そうだね!お、教えてくれてありがとう!これ、マグナの石!これで許してって言っといて!!】

 

ノームに石を押し付けて逃げ去っていく野性のノーム。ノームは手にした石を手に振り返り

 

【石貰ったよー誰が持つ?】

 

にこにこと笑いながらそう尋ねて来る。雄一郎君が契約したノームはナジャのような変異種ではなかったが、このデパートの中ではかなりの実力者だったようで、ジャックランタン達とチームを組めるほどのレベルだったらしい。同じノームでも根本的に能力が異なっていたのだ。だから同じノームに遭遇してもノームが交渉する事でアイテムを渡して逃げてしまうのだ

 

「そうだな。美雪が持っていろ。投げれば効果を発揮するからな」

 

「は、はい!判りました」

 

美雪がノームからマグナの石を受け取った所で周囲を確認する。朝から捜索しているが階層はまだ6階だ、階段を探しているのだがバリケードが多く、更に言えば悪魔も相当数生息しているようで思うように進む事が出来ていないというのが現状だ

 

「久遠教授は大丈夫ですか?」

 

「私は大丈夫だ。ありがとう」

 

心配そうに尋ねて来る楓君に大丈夫だと返事を返す。ノームは何とかなるのだが、ノームと同じくらい生息しているジャックランタンやホームセンターに居たカソよりも炎が大きいカソ……氷結系の魔法の効果が強いのだが、雄一郎君は道案内とノームを退ける為にノームを召喚しており、コロポックルを召喚できない。リリムのブフーラの消費MAGの事を心配してくれているんだろうが、正直ブフーラレベルの魔法で枯渇するほど私のMAGは少なくないので何の問題もない

 

「今半分くらいですわね。ノーム、階段は近いのですか?」

 

【んーもうちょっとバリケードを壊せば階段は目の前だけど、どうする?】

 

目の前の木の箱や、椅子で作られたバリケードを指差して尋ねて来るノームに少し待ってくれと声を掛けてから

 

「一応全員の意見を聞こう。どうする?私としては時間は掛けても回り道をした方が良いと思うが」

 

時間はまだ朝の8時半。捜索に出たのが7時30分なので1フロアを移動するのに約1時間のペースだ。3階に強力な悪魔が存在するので無理はしたくないし、させたくはない。どこかで休憩を取れる保証も無い、バリケードを破壊して悪魔を呼び寄せる事を考えるならここは時間を掛けても体力をMAGを温存するべきだろうと私が提案すると

 

「でも余り時間を掛けてコカトリスと遭遇する事を考えると、ここは多少無理をしてもショートカットをするべきじゃ?」

 

「うーん……それもあると思いますが、楓君。ここはやはり母さんの提案通りがいいのではないでしょうか?」

 

「私もそう思うよ楓。無理をしたら次が続かないよ」

 

楓君が多少無理をしてでも進もうと言う提案をするが、やはりと安全第一で考えている桃子と美雪がストップを掛ける。

 

「私は道を縮めるべきだと思いますわ、久遠様。悪魔と遭遇する危険性を高めるのは得策とは言えませんが、最悪の場合引き返すことを考えればここはバリケードを破壊するべきだと思います」

 

「俺もイザベラさんと楓の意見に賛成だ。引き返すことを前提に考えたくはないが、最悪の場合を考えてまだ体力に余裕があるうちに無茶をした方がいい」

 

意見は3・3か……どっちも正論なだけに困るな。どうするべきか……私達が悩んでいるとノームが思い出したと笑いながら

 

【確か3階と4階の間にも休憩室みたいなのはあったよ?】

 

3階と4階の間に休憩室?……少し考えてからノームの言いたい事が判った

 

「多分だが……商品の搬入口の辺りの事だと思う。バリケードも作りやすい条件だろうし……多分としか言えないが……」

 

「そう言えば4階は大型家具コーナーだったけ?」

 

「うん、確かそうだったと思うよ?」

 

大型家具コーナーがあるフロアか……それならば休憩所としても使える可能性は高いな。ただコカトリスと遭遇する危険性があるか?

 

【あ、それは大丈夫だよ?コカトリスはそっちのほうは縄張りにしてないから、それに人間も皆3階に逃げたから襲われる心配もないと思うよ】

 

ノームの言葉にそうかと返事を返してから、私は目の前のバリケードを見て

 

「予定変更だ。ここのバリケードを壊して、今日は大型家具コーナーのバックヤードを目指そう」

 

3階に強力な悪魔がいると言う事は判っているので、その前に休憩できる場所を確保したい。ここは多少のリスクを背負ってでも、近道をしようと言うと楓君は判りましたと返事を返し、スパルトイに指示をしてバリケードを破壊する

 

「スパルトイがバリケードを破壊している間、楓君は動けない。私とイザベラでこっちを見張る、雄一郎君達は反対側の警戒をしてくれ」

 

判りましたと返事を返す雄一郎君達に背を向けて、暗がりを見つめているとイザベラが小声で

 

(久遠様。感じていますか?)

 

(ああ。嫌な感じだ)

 

つい先ほどだが、この近くに天使……もしくはそれに順ずる何かの気配を感じた。ロウと遭遇するのは出来るだけ避けたいが、恐らくこっちにまっすぐ向かってくるだろう

 

(どうしますか?来る前に潰しますか?カハクを伝令に出せますが……)

 

イザベラの言葉に少し考えてから必要ないと言う。どうしてですか?と不思議そうに尋ねて来るイザベラに契約数2になっている私のスマホを見せて

 

(強引に契約する。今後の事を考えれば、戦力強化は必要だからな)

 

それに楓君達にとって危険と言っても、私にとっては警戒するまでも無い弱い相手だ。ロウの情報を知る為にもここで接触しておくといいだろう、ただし楓君達に見られる訳には行かないので

 

(途中で私は戦列を抜ける、任せても大丈夫か?)

 

(良しなに、私に全てお任せください)

 

いつまでも私に頼られても困る。ここら辺で1度離れて楓君達の成長を見てみるべきだと思った、イザベラが居るので最悪の事態にはならないと判っているから出来る事だ

 

「よっし!バリケード破壊できました!」

 

楓君のその言葉に判ったと返事を返す。バリケードの前に移動すると、人1人楽に通れる穴が開いていた

 

「良し、では先に進もう。悪魔が寄ってくる前な」

 

中々大きな破壊音がしたので先を急ごうと楓君達に声を掛け、目の前のバリケードに開いた大穴を潜り私達は5階へと続く階段へと足を向けるのだった……

 

 

 

「桃子!美雪下がれ!楓君!スパルトイを前へ!!!」

 

「判りました!」

 

久遠教授の怒声にも似た指示に即座に反応し、スパルトイを前に出す

 

【グルルルルルル!!】

 

【フン!ヌルイゾ!いぬが!!】

 

その手にした巨大な盾で突進して来た悪魔を受け止めるスパルトイ。今俺達の目の前に居るのは高校を出る前に戦った「コボルト」の集団だった。あの時ほどの巨体と凶暴さは見受けられないが、それでもこのデパートの中では明確な殺意を持って襲ってくる厄介な相手だった。しかも明らかに桃子や美雪先輩を狙って攻撃して来ており、その厄介さは今までの悪魔の比ではなかった

 

「俺も直ぐそっちに回る!ノーム!マグナだ!」

 

【OKッ!!そーれッ!!!】

 

ノームが飛び上がりハンマーを地面に叩き付けると、飛びかかろうとしていたコボルトの足元が大きく揺れる、そこから岩で出来た槍が飛び出し、コボルトの足を貫く。その激痛にコボルトの顔が歪がむ、それは大きな隙となった

 

「隙ありですわ」

 

【グルぁ!?】

 

その隙を見逃すイザベラさんではなく、放たれた銃弾がコボルトの眉間を撃ちぬくと重い音を立てて、コボルトが倒れる。これで残り3体……

 

【【【グルルル】】】

 

味方が倒れたこともあり、唸り声を上げながら後ずさるコボルト。だが逃げる気配は無い……何かの作戦を立てているのだろう。そう思った直後一番奥のコボルトが大きく息を吸い込み

 

【ワオーンッ!!!】

 

「「「「うあっ!?」」」」

 

その凄まじい雄叫びに思わず声が出てしまう。キーンっと言う凄まじい耳鳴りが響く……

 

「雄叫び……不味い!」

 

酷い耳鳴りの中。久遠教授の焦った声がぼんやりと聞こえる……雄叫び?狼の雄叫びは……

 

「やばい!!!」

 

その雄叫びの危険性に気づいて、そう叫んだと同時にデパートの暗がりから2体の悪魔が姿を見せる

 

【あらあら。騒がしいと思ったら悪魔使いですか……】

 

【ヒーホー♪おいら達も遊ぶホー♪】

 

半裸の女性の姿をした「アプサラス」にかぼちゃ頭にランタンを手にした「ジャックランタン」……コボルトが3体でも厄介だと言うのに、更に悪魔が2体増えた。その事に桃子と美雪先輩の引き攣った声が背後から聞こえてくる

 

(不味いぞ、これは……)

 

コボルトは格闘戦に特化した悪魔だったからスパルトイが1体を引き受け。雄一郎とイザベラさんが連携でもう1体と戦っていた……そこに魔法に特化した悪魔が追加されると、スパルトイは距離を詰める事が出来ない……

 

「ちっ!イザベラ!アギラオ!美雪はザンだ!雄一郎君はマグナ!リリム!ジオンガだ!」

 

舌打ちをした久遠教授が魔法の指示を出した。これは今までに無かった事でありやけになったのか?と不安に思いながら

 

「このっ!やろおッ!!!」

 

【ムン!!】

 

俺とスパルトイの間を抜けようとしたコボルトをスパルトイと同時に受け止める

 

【あらあら隙だらけ、アク……「させない!!」っきゃあ!】

 

アプサラスが魔法を放とうとした瞬間。桃子がべレッタの引き金を引いて、アプサラスを撃つ。それで集中が切れたのか魔法がキャンセルされる

 

「カハク!アギラオ!」

 

「ピクシー!ザン!」

 

「ノーム!マグナ!」

 

「リリム!ジオンガだ!」

 

カハク達が魔法を放ったが、それは直ぐに発動する事は無かった。まさかMAG不足で不発だったのかと思っていると久遠教授が走ってきて

 

「楓君!スパルトイに盾を構えさせて下がれ!巻き込まれるぞ!」

 

巻き込まれる!?何が起きるのか判らないが言う通りにしようと思いスパルトイに

 

「このまま下がる!盾を構えててくれ!」

 

【ワカッテイル!イソゲ!じかんがない!】

 

スパルトイまでも焦っている。一体何が起きるんだと思いながらスパルトイが盾を構えてくれている間に階段の方に全力で走る

 

「美雪先輩とイザベラさんは先へ!荷物は俺が!!」

 

「わ、判りました!お願いします!」

 

「お願いしますわ」

 

荷物を担いで走る雄一郎を見て手伝おうかと一瞬思ったが、その後ろで息を切らしている桃を見て雄一郎に悪いと思ったが、俺は桃の方へ走った

 

「桃!手を!」

 

「え。はぁ……はぁ!ありがと……」

 

1人だけ遅れている桃の手を掴んで引っ張りながら階段の方へ走る

 

「耳を塞いで伏せろ!爆発するぞ!」

 

「爆発!?母さん何をしたんですか!?」

 

「説明は後だ!早くしろ!!」

 

久遠教授の言葉にこれ以上話を聞くことが出来ないと判り。階段の踊り場まで避難した所で言われた通り、耳を塞いで伏せた瞬間。地震かと思う凄まじい震動と爆発が俺達を襲うのだった……

 

 

チャプター24 デパート捜索 その4へ続く

 

 




あんまり話が進んで無くてすいません。丁度いいところで切れたので、今回はここまでとなります、次回は4階のバックヤードまでは書いて行こうと思います。なお今回の戦闘のはペルソナ2の合体魔法ですね、4属性魔法で爆発を起す奴です。
まぁ本当はアギラオだったり、マグナすだったりするんですが、今回は初期魔法2つも混じりました。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター25

チャプター25 デパート捜索 その4

 

目の前の砂煙が晴れた時、コボルト達の姿は無く、代わりに俺達の目の前に広がっていたのは凄まじい爆発の跡だった

 

「な、なにこれ……何が起きたの?」

 

呆然とした様子で呟く桃。だがそれは恐らく今ここで伏せている全員が思っていることだろう

 

「……リリムが言っていたのだが、魔法同士の組み合わせで威力を爆発的に跳ね上げると……まさかここまでの威力があるとは……」

 

久遠教授も信じられないと言う様子で呟く。あのままでは全滅していたと思うが、ここまでデパートを破壊する事になるなんて……

 

(悪魔の力を俺達はまだ甘く見ていたのかもしれないな……)

 

俺は目の前の光景を見て、超常の存在である悪魔の脅威と言うのを改めて実感するのだった

 

「げほ……こほ……これは酷い」

 

進む前にと俺と雄一郎でフロアへとい戻ったのだが、視界が悪すぎる……雄一郎が隣で咳き込みながら両手を振る。あの爆発で発生した煙はまだこのフロアを埋め尽くしていて視界が悪い。悪魔の奇襲があるかもしれないと言う恐怖が頭を過ぎり、どうしても歩みが遅くなる。こんな状態では体力も気力も消耗する事になるだろう、現に今の魔法の合体攻撃で美雪先輩の顔色がかなり悪いのも気になる。MAGを相当消費しているのかもしれない……雄一郎も合体魔法に参加していたが疲労は軽そうだ。この差は何なんだろうな……

 

「スパルトイ、悪魔の気配はするか?」

 

【いや、シナイ。いまのデだいたいのアクマハにげるかしょうめつしたな】

 

スパルトイの言葉にそうかと返事を返しながら振り返り

 

「久遠教授。このフロアに悪魔の気配はしないそうですが、どうしますか?」

 

「……一時悪魔を帰還させ、煙が晴れるまで階段に引き返そう。この煙の中移動するのは危険すぎる」

 

少し悩む素振りを見せた久遠教授だが、休憩にしようと言うその言葉に安堵の溜息を吐き

 

「スパルトイ、また後で頼む」

 

【うむ、デハナ】

 

緑の粒子になってスマホの中に消えていくスパルトイを見送り、俺と雄一郎も一時階段まで避難するのだった……

 

「大丈夫ですか?久遠先輩」

 

「ええ。少し楽になりましたが、合体魔法は……悪魔を召喚するのとは段違いの疲労です」

 

階段に座り込み、深呼吸を繰り返している美雪先輩の手当てをしている桃を見ながら階段の手摺に背中を預けているイザベラさんに

 

「イザベラさんは大丈夫なんですか?」

 

「……少し辛いですね。私も休ませて頂いても大丈夫ですか?」

 

イザベラさんの言葉に大丈夫ですと返事を返すと、イザベラさんも階段に座り込む。平気そうな顔をしているが、額に汗が浮かんで居る様子を見ると疲労の具合は美雪先輩と同じくらいだろう

 

「久遠教授も少し休んだほうが良いですよ?俺と楓で何とかしますから」

 

「……すまないな。少し私も休ませて貰う」

 

雄一郎の言葉にすまないなと微笑んだ久遠教授も階段に座り込み、壁に背中を預けて目を伏せる。悪魔を撃退できたが、その代償はあまりに大きい物となってしまうのだった……

 

(今日中に何とか4階のバックヤードに到着出来れば良いけど……)

 

最悪の場合6階の控え室に引き返す事も考えないといけないなと思いながら、フロアの出入り口の近くに陣取り、悪魔の襲撃の警戒を始めるのだった……

 

 

 

階段に座り込みながらスマホの画面を覗き込んでみるのですが、MAGはそれほど減少しているわけではないと言うのに体に重く圧し掛かる疲労感。足手纏いになる訳には行かないと判ってはいるのですがどうしても立ち上がることが出来ない

 

「大丈夫ですか?久遠先輩。チャクラドロップ舐めますか?」

 

「……いえ、結構です。MAGはそれほど減っている訳ではないんです」

 

スマホの画面を見せると桃子さんは本当ですねと驚いた表情をする。私もこれだけ消耗しているのだから、MAGを相当消耗したと思っていたのでこれは正直予想外です

 

「恐らくだが瞬間的に膨大なMAGを消費し、倒した悪魔のMAGを吸収してMAGが回復したんだろう。その急激なMAGの回復に身体がついていかない事による体調不良だと思う」

 

悪魔を倒す事でMAGは少量ながら回復していました。MAGで構成された悪魔を倒すのだからMAGが回復するのは当然の事なのですが、その回復量が今回は桁違いであった為に引き起こされた体調不良……もしかしてと思いスマホの画面を切り替えると

 

「母さん。私の悪魔の契約数が2になっています」

 

「あら、私もですわ」

 

イザベラさんも悪魔の契約数が増えていますと言うと母さんはペットボトルに封をしながら

 

「悪魔を倒し、MAGを集める事で契約数が増えるのか……私は……まだ2だな。他にも何か条件があるのかもしれないが、悪魔を倒せば契約数が増えるっと言うのは可能性としてありえるな」

 

契約数が増えれば戦略が変わる。雄一郎君が契約したノームのように死ぬ事を恐れ、命乞いからの契約を望む悪魔も居る。悪魔と言う存在と戦うには悪魔の力は必要不可欠で、そしてこれから皆で生き残っていく事を考えれば契約数が増える事は喜ばしい事なのですが……私には1つの不安があった

 

(悪魔を倒して、MAGを得て、契約数が増え、悪魔の術を覚える……では私達は?)

 

自分達も知らない内に私達自身も悪魔と成り果てているのではないのだろうか?契約とは対価が居るもの、その対価が何なのか……私達は本当に人間なのか、そんなどうしようもない不安を感じて思わず頭を振って、その思考を振り払う

 

「大丈夫ですか?美雪先輩、気分が悪いのなら少し寝てもらっても大丈夫ですよ?」

 

「いえ、大丈夫です。時間がそれほどある訳ではないのですから」

 

心配そうに尋ねて来る楓君に大丈夫ですときっぱりと口にする。口にした通り時間はさほどある訳ではない、食料も水も限りある量しかないのだ。どこかで補充するにしてもいつまでも休んでいる時間は無い

 

「美雪の言う通りだな。いつまでも休んでいる訳には行かない、少なくとも次の休憩場所のバックヤードを目指さないとな」

 

母さんも同じ意見で頭を振りながら立ち上がる。時間が経てば経つほど状況は悪くなる、30分は休憩したのだから多少しんどくても進まなければならない

 

「でも久遠教授。4階はコカトリスの巣だってノームが言っていたじゃないですか、ここはもう少し休むべきでは?」

 

「確かにそうだが、ノームはこうも言っていた。コカトリスが餌を探して移動する時間があると、4階から屋上に移動する時間は昼少し過ぎ……今は9時30分。時間的な余裕はあるが、足取りの重さ、暗い道に悪魔……不確定要素は嫌っと言うほどある。繰り返すが、時間が経てば経つほど状況は悪くなる。あの爆発で悪魔が散っている間に進もう」

 

それに今の爆発で通れた道が通れなくなっている可能性もあるんだ。常に最悪の可能性を想定して進もうという母さんの言葉に頷き階段から立ち上がると立ち眩みがしてバランスを崩す

 

「美雪先輩、荷物持ちましょうか?」

 

私の事を心配して荷物を持ちましょうか?と尋ねて来る楓君と雄一郎君。その気持ちは嬉しかったですが

 

「楓君と雄一郎君は私達を護るために先頭を歩いてくれるでしょう?私は大丈夫です。心配しないでください」

 

これ以上2人に負担を掛ける訳にはいかない、ピクシーを呼び出して警戒を頼んでから荷物を手にし

 

「行きましょう、時間は無いのですから」

 

きっぱりとこれ以上休憩するつもりは無いと口にし、私達は再び5階の捜索を再開するのだった……

 

 

 

 

 

美雪が精神的に強くなって来たか。私とイザベラは疲れた振りだが、美雪は間違いなくかなりの疲労があった筈なのに前に進もうと言った。楓君達の中では1番の年長者として責任感が出てきたのかもしれない

 

(このまま成長してくれれば良いかもしれないな)

 

いつまでも私に甘えられて居ては困る。自分達で行動出来るようにリーダーの役割を美雪が担うようになれば良いんだがなと思いながら5階を進む。合体魔法の威力は凄まじくあちこちにマッカや魔石が落ちているのをみて楓君が

 

「どうしますか?拾いますか?」

 

「いや、止めておこう。荷物が増えると体力の消耗が大きくなる、進行方向にある物だけを拾ってそれ以外は拾わないで行こう。それに拾うといっても魔石や魔法石だぞ?マッカよりも今は生き残る事を最優先だからな」

 

死んでしまえばマッカなど何の役にも立たない、生存率を高める魔石やチャクラドロップを拾うようにと指示を出しながら、5階を見渡す。6階ほどバリケードは多くなく、普通に進む事が出来るが、合体魔法の影響であちこちに影響が出ているな

 

「楓君。スパルトイを戻してカソに切り替えてくれ」

 

悪魔の気配はしないので戦闘向きのスパルトイではなく、カソに切り替えるように頼み。紳士服売り場の服を何着か持ってくるように美雪と桃子に頼んで

 

「雄一郎君。鉈でこれを切れるか?」

 

「切り口が歪になると思いますけど、大丈夫そうです」

 

服のセールや、店の旗を掲げているプラスチックの棒を斬る様に頼む。美雪達が持ってきた服を雄一郎君が切ってくれた棒に巻きつける。持ち手がいびつなので持ち手にも布をシッカリと巻き付けているとイザベラが

 

「松明ですか?火事のリスクはありますけど……?」

 

「それでもだ。こうまで暗いとな……今の魔法の影響もある。カソの火やヘッドライトだけだと帰りが不安になる、それ以外の明かりを確保する事も……必要だ。良し、これで良い、楓君。そこの服にカソの火をつけてくれ」

 

楓君に松明を手渡し、カソの火をつける。それを数回繰り返して、私、楓君、雄一郎君が松明を手にし、桃子達がスペアを2本ずつ持った所で移動を再開する

 

「足元と頭上に気をつけるんだ、どこで崩落や陥没するか判らないからな」

 

判りましたと返事を返す楓君達を見ながら、5階を進んでいると桃子が待ってくださいと呟いた

 

「どうした桃?疲れたのか?」

 

「ううん、違うよ。ねえ、皆あれ……暗くてよく見えないけど……何かの足跡じゃないかな?」

 

桃子の指差す先を見ると暗がりの中にも巨大な足跡が見える。イザベラに松明を手渡し近寄る

 

「これは……悪魔の足跡ではないな」

 

「え?いやいや、久遠教授。どう見ても悪魔の足跡じゃないですか!」

 

雄一郎君が悪魔でしょう?と言うが、同じ様に観察していた楓君が違うと呟く

 

「これ……スニーカーの破片じゃないか?」

 

巨大な足跡の近くに落ちていたボロキレを持ち上げる楓君。それはスニーカーのソールで、急にはいていた人物の足が大きくなり内側から裂けたような破壊の後があった

 

「……母さん。もしかしてこのデパートの強力な悪魔って……」

 

青い顔をしている美雪に多分その通りだと呟きながら立ち上がり

 

「恐らく睦月君のように守護霊様に失敗して悪魔に寄生された人間か、もしくはその悪魔自身だろうな」

 

純粋な悪魔なら罪悪感も少ないのだが、人間が変異したかもしれないと言う私の言葉に顔を歪める楓君達

 

「悪魔召喚はリスクを伴って然り、私達が同類になるわけではないですわ。罪悪感や、不安を持つのは当然。ですが、それで動きを鈍らせれば死ぬのは私達ですわよ?」

 

イザベラが手を叩きながらそう言う。元々悪魔を召喚するなんてリスクがあって当然だ、そしてその制御に失敗し、悪魔の反撃を受けるのも当然の事。

 

「楓君達はカソ達と友好な関係を築く事が出来ている。容易に悪魔を召喚したり、契約しなければそうはならないさ」

 

悪魔召喚と契約の危険性だけを改めて実感してくれれば良い。悪魔の危険性を常に頭の中に入れておく様にと注意し

 

「先に進もう。この階はいいが、4階は危険だ。あんまり気を緩めすぎるなよ」

 

4階はコカトリスの巣と言うのをノームから聞いている。正直今の面子ではどう考えてもコカトリスには勝てない、だから遭遇する訳にはいかないのだからなと呟き。私達は4階へ続く階段へと足を向ける

 

「……これか。久遠教授、これはまだ使えると思いますか?」

 

「そうだな。少し判断に悩むところだな」

 

4階へ続く階段の近くの非常階段の前に捨てられていた斧。かなり大振りな所と柄の所に神無市消防団と書かれているのを見ると消防士の装備だったのだろう

 

「楓が斧を使うの?」

 

「いや、違う。雄一郎が契約したノームに斧の心得って言うスキルがあってな。雄一郎の獲物に丁度良いかと思うんだが」

 

俺もスパルトイの剣の心得で剣の扱いが上手くなったと思うからなと呟く楓君だが、捨てられていた斧となると既に利用価値がない可能性も高い

 

「刃こぼれしていたら武器としての価値はありませんもんね」

 

斧を観察してみるが、刃こぼれはそれほどしている訳ではないか……持って見ようとするが、それなりの重量がある割りに、刃はそれほど大きくはない

 

「武器として使うにはコツを掴む必要があると思うが、使えなくは無いと思うぞ」

 

刃の部分が20センチ弱に対して、柄は1メートル近い。上手く使わないと柄の部分で殴る事になり、壊れやすくなるし、刃を当てなければダメージにはなりにくいぞ?と注意しながら斧の前から退く

 

「多分大丈夫だと思います、それに鉈も持って移動しますから、どっちでも使えるように準備するつもりですから」

 

雄一郎君が斧を両手で握り締める、重さなどを確かめているのだろう。流石に振り回す事は出来ないが、その表情を見る限りでは使うことに関しては不安は無さそうだ

 

「どうだ?使えそうか?」

 

「ああ。手にしっくり来る。これが斧の心得の効果なのかもしれないな」

 

心得は武器の扱いのレベルを上げる。もし今後契約するのならば、槍の心得や弓の心得を所有している悪魔と契約できればいいが、そうそう上手くは行かないだろうな、もし契約して心得を持っているのならラッキー程度に思うべきだろう

 

「良し、では4階へ降りるぞ。全員気を緩めるなよ」

 

3階に降りる前にして、休憩所となりえるバックヤードに向かう前の最大の鬼門。コカトリスの巣となっている4階フロアに私達は足を踏み入れるのだった……

 

 

 

ノームがここからは小声でね?と言う注意を聞いてからゆっくりと4階に足を踏み入れる。その瞬間思わず鼻をつまむ

 

(むぐっ……これは強烈だな)

 

(ですね……く、くさい)

 

鶏小屋なんてレベルじゃない、噎せ返るような獣臭に思わず吐き気がこみ上げてくる

 

(うぷ……気持ち悪い)

 

(ほ、本当ですね)

 

ハンカチで口を押さえている桃と美雪先輩も相当きつそうなのだが、久遠教授とイザベラさんは顔を歪めるだけだ。フィールドワークでこういうのに慣れているんだろうか?と考えているとノームが振り返り

 

(皆悪魔は戻して、コカトリスは縄張り意識が凄く強いから悪魔が多いと気付いて動き出すかもしれないから)

 

悪魔を戻すのは不安だが、ノームの話ではコカトリスしか居ないから大丈夫と言う事でカソ達をスマホの中に戻す

 

(行くよ。騒いだりしないでね?)

 

ノームの言葉に頷き、俺達は4階フロアへと足を踏み入れるのだった

 

(これは酷い)

 

4階フロアの光景を見て思わずそう呟く、このフロアはゲームショップや音楽ショップなどに大型家具コーナーもあり比較的きれいなフロアだったのだが、今はコカトリスの糞や抜け落ちた羽毛で足元すら良く見えない。翼を踏んで滑って転んだなんて事が起きたら洒落にならないな

 

(すり足気味で進め。靴が汚れても、それが1番安全だ)

 

(……不快ですわ)

 

久遠教授の言葉にイザベラさんは嫌そうにしているが、その指示に従いすり足でフロアを進む。間違いなく普通に歩いていては滑って転ぶからだ。警戒しながら進んでいるとフロアの中心近く、ゲームショップだった場所が一段とあらされておりその中心にコカトリスが居た

 

(でけえ……)

 

コボルトも大きかったが、コカトリスの大きさとはそれとはまた別次元の大きさだった。縦に大きいコボルトと違い、縦にも横にも大きく、この距離でも判る鋭い爪の存在感。もし遭遇していたら戦う、戦わないじゃなく、間違いなく死んでいたと確信するほどの力強さ……

 

(今コカトリスは昼寝の時間だから今の内にバックヤードに)

 

焦らず、急ごうと難しいことを言うノームだが、その通りだと頷きゲームショップから背を向けて、大型家具コーナーに近づく。フロア全体が荒れていると思っていたのだが、大型家具コーナーは比較的綺麗で、コカトリスの羽などもなかった

 

【ふう、ここまで来たら大丈夫。こっちのほうはコカトリスの縄張りじゃないからね】

 

普通に喋っても大丈夫だよと笑うノームに思わずその場にしゃがみ込んで深く溜息を吐く

 

「物凄く怖かった……」

 

「ですね。あんなのとはとてもじゃないですが、戦えないですよ」

 

深呼吸を繰り返している桃と美雪先輩に頷く、あの巨体で毒まで持って居ると言うのだから戦うと言う選択肢はまず存在しない

 

「ここまで来たらバックヤードも近い……ッ!」

 

バックヤードで休もうと久遠教授が言いかけた瞬間。地鳴りのような音が響き、久遠教授の足元の床が大きく割れる

 

「久遠教授!」

 

1番近くに居た雄一郎が駆け出し手を伸ばすが、一瞬遅く久遠教授の姿はその地割れの中に消えた

 

「嘘……だろ?」

 

「か、母さん?いや、いや……いやあああああああッ!!!」

 

「く、久遠様……?」

 

目の前の光景が信じられない。完全に思考が止まっていたのだが、美雪先輩の悲鳴で止まっていた思考が動き出す

 

「早く!バックヤードに!今の悲鳴で【コケエエエエッ!!!】コカトリスがッ!」

 

遠くから聞こえてくるコカトリスの鳴き声に半狂乱になっている美雪先輩の手を掴んでバックヤードに走る

 

「雄一郎!桃を頼む!イザベラさんも!」

 

呆然としているイザベラさんの手を掴みながら、雄一郎に桃を頼むと叫んでバックヤードに走る

 

【早く!早く!!!】

 

バックヤードに続く扉を開けてくれているノームに礼すら言えず、慌ててバックヤードの中に駆け込むと、ノームは即座にマグナと叫んで巨大な石槍でバックヤードの扉を塞ぐ。それから数秒後ズシンっと何かが扉にぶつかる音がする……ノームがマグナを唱えてくれてなかったら全員死んでいたかもしれないなと思わずその場にしゃがみ込む

 

「母さん……いや、いや……こんなの……嘘……」

 

首を振り、こんなの嘘と繰り返し呟いている美雪先輩。桃も俯いて涙を流している、俺もどうすればいいか判らなかった。久遠教授が居たからここまで来れたのに……俺達だけではどうすれば良いか……全員が黙り込んでいると俺のスマホに着信音が響く、まさかと思いスマホを見ると久遠教授の文字

 

「もしもし!?久遠教授!大丈夫なんですか!」

 

スピーカーにして叫ぶとスマホからは少し苦しそうな声で

 

『ああ。大丈夫だ、2階まで落ちたが寝具コーナーでベッドの上に落ちたから骨折とかもしていない。そっちは大丈夫か?』

 

「こっちは大丈夫です、母さん。無事で……良かった」

 

『すまない、想定外の自体だ。幸い近くに隠れ場所もある、そっちで休んでから私も3階へ向かう。楓君達だけでは難しいと思うが、合流するのは3階になる。厳しいと思うが、3階の悪魔に先に挑んで欲しい。もしかするとその悪魔が死ななければ合流できない可能性もある』

 

厳しいなんて物ではないが、やるしかないのならやるしかない

 

『イザベラ、この中ではお前と美雪が最年長だ。2人で何とかしてくれ』

 

「判りました。お任せください、またお会いしましょう」

 

「母さんも無理はしないでください」

 

『楓君達もな。今日の所はバックヤードで休め、無理をするなよ?ではな、また連絡する』

 

その言葉を最後に久遠教授の声は聞こえなくなったが、久遠教授が無事と言うだけで精神的な余裕が生まれた

 

「とりあえず休みましょう。また久遠教授と合流するためにもね」

 

3階の悪魔を倒さなければ久遠教授とは合流できない可能性があるのだ。体力も、MAGも万全にしましょうと声を掛け、俺達はバックヤードの奥に向かって移動を始めるのだった……

 

 

 

チャプター26 デパート捜索 その5へ続く

 

 




久遠教授一時離脱。次回は最初は久遠教授の視点で進めて行こうと思います。そしてやっとこのデパートのボス戦です、どうやって戦うのかを楽しみにしていてください、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター26

 

チャプター26 デパート捜索 その5

 

溜息を吐きながらベッドから身体を起こす、あの高さから落下したのでベッドの上と言っても身体は軋んでいるが、致命傷ではない。

 

「不幸中の幸いか」

 

私としてはまさかいきなりデパートの床が崩れるなんて想定してなかったが、楓君達には私にいつまでも甘えてもらっては困る、そんな様ではいずれ死んでしまう、だから自分達で考えて行動して欲しいと思っていた。そう考えれば負傷している訳でもなく、楓君達から距離を取れたのは幸運だ

 

「とは言え死なれても困る。適度な所で合流しなければな」

 

ベッドから身体を起こして移動を開始する。楓君達には休むと言っていたが、正直休むつもりは無かった。デパートの構造が判らない上に2階から3階に上がれるかも怪しい、ここは最悪の可能性も考えて行動しなければ

 

「……人間と悪魔の気配は無いが……この感じは」

 

通路のに身を隠し、手にしているベレッタに弾を装填する。これで残りの弾数は1カートリッジ分か……

 

(道具が無いのが悔やまれるな)

 

楓君と雄一郎君が持っていた鞄に道具が全て入っている。換えの弾もナイフや懐中電灯と言った物が無いのが辛いな……周囲を警戒しながら進む。人間の気配も無いが、悪魔の気配も無い。これは何かあるそう考えて暗い通路を進んでいると何処かから女の声が聞こえてくる

 

【邪悪なる者よ。消えうせろ!】

 

【ぎ、ギギャアアアアアアッ!!!】

 

凛とした声と強烈なまでの光の気配……間違いない女神だ。気配を殺しながらデパートの中を進むとエントランスの近くに女神がいた

 

【ここが怪しいと言っていたが、見事なまでに何も無いな。パワーの奴め、ガセネタか?】

 

白い鎧とレオタードのような衣装……そしてあの剣を携えた姿には見覚えがあった。確かアリアンロッド……女神としての格はそれほど高い訳ではないが、今この周辺に巣食っている悪魔のレベルを考えれば十分すぎる……それに戦ったとしても負けるとは思えない

 

(都合の良い獲物だ)

 

にやりと笑い立ち上がると同時に銃口を向ける。アリアンロッドは私に気付いたようだが、嘲笑うかのような笑みを浮かべる。人間が自分に傷をつけれるとは思っていない慢心しきった顔……これだから女神は御しやすいと内面でほくそ笑みながら、顔だけは恐怖の色を浮かべる

 

【何者……いや、人間か。ちょうど良い……ここらへん……】

 

人間だと侮り、腰の鞘に剣を収めたアリアンロッドが私に近づき、暗がりから明るい所へと出た事で私の顔を確認したアリアンロッドがその顔色を変える

 

【馬鹿な!?なぜ「遅い!」……っぐう!?】

 

剣を抜こうとしたタイミングでベレッタの引き金を引き、その手を弾くと同時にアリアンロッドの懐に飛び込み

 

「ではな、おろかな女神よ。今度は少しはまともになれ」

 

【ぐっふっ……】

 

手刀をその心臓に突き立て、握りこんでいた魔石をアリアンロッドの核と混ぜ合わせる。魔石がアリアンロッドに定着したのを確認してから手を引き抜く。血反吐を吐くアリアンロッドの顔が徐々に黒く染まり、その身体を小さく丸め繭の様になり脈動を始める

 

「良し、これで戦力は確保した。後は楓君達がこのデパートの悪魔使いと遭遇するまでに新生が終わるかだな」

 

離れれば別の悪魔に所持権を取られかねない。幸い休めと指示を出しておいたので今日中に3階に行くことは無いだろう……私はそう考え近くの瓦礫に腰掛てアリアンロッドが変化した繭を見つめるのだった

 

 

 

久遠教授と分断されてしまったが、楓のスマホでちょくちょく連絡があるので久遠教授が無事だと判った。それだけで俺達は精神的に救われた……一晩バックヤードで過ごしMAGと体力を回復させ俺達は4階の捜索および3階の悪魔の討伐の為に動き出していた

 

【静かにね?騒いだり大きな音は駄目だよ?】

 

シーっと言うジェスチャーをするノームに頷く、4階はコカトリスの巣なので他の悪魔の姿は無い。ノームだけを召喚し俺達は急いで3階へ続く階段を探していた。いくら大丈夫だという連絡が合っても心配だし、なによりも2階から3階に上がれる保障も無いと久遠教授は言っていた。俺達にも久遠教授にも時間的余裕は存在していないのだから……

 

【ここまでくれば大丈夫だよ】

 

ノームの言葉の言うとおり、目の前に階段が見え安堵の溜息を吐きながら踊り場へ足を踏み入れる。コカトリスの匂いが充満していたフロアと異なり階段の方が空気が澄んでいた

 

「ふーやっと一息つきましたね。美雪先輩、桃大丈夫か?」

 

階段に座り鞄から水を取り出している楓が久遠先輩と桃子にそう声を掛けるのを見ながら、俺は懐からチャクラドロップを取り出して

 

「お疲れ様ノーム。少し休んでくれ」

 

【ありがと♪契約者さん!】

 

チャクラドロップを頬張り、階段に座って足を動かしているノームに背中を向けて水分補給や今まで拾った道具の確認をしている楓達のほうに足を向ける

 

「これから3階に向かうがピクシーは偵察に出さないのか?」

 

今までは先に偵察に出して情報を得ていたが、それをしていないのでその理由を尋ねると久遠先輩が暗い顔で

 

「先ほど頼んだのですが、3階の悪魔は強いので見つかる可能性が高いとの事で」

 

「ピクシーを失ったら美雪先輩は一時的に無防備になる。そのリスクを考えて偵察はしなかった」

 

正論だな。出来れば偵察して情報が欲しかったが、その為にピクシーを失い、10時間近く美雪先輩が無防備になるのなら、リスクはあってもこのまま進むしかないだろう

 

「人数的には5人。お互いをお互いがフォローすればよっぽどの事が無ければ大丈夫でしょう」

 

楽観的な意見ではないですよ?今までの行動を見てきて、大丈夫だと確信しているからこその言葉ですわと言うイザベラさんにわかっていますよと返事を返す

 

「悪魔との遭遇は無かったから、俺達のMAGの消耗は少ない、体力も回復している。準備さえ出来ているなら、このまま3階に向かおうと思う。皆大丈夫か?」

 

楓の問いかけに俺達全員が頷き、悪魔を召喚してから俺達は3階へ向かって階段を下りていくのだった……

 

3階のフロアに足を踏み入れた瞬間。鼻を突く、何とも言えない悪臭が嗅覚に突き刺さった。生臭く汗臭いその臭いに全員が顔を歪める

 

「こ、これ……どうぞ」

 

久遠先輩が顔を歪めながら差し出してきた、4階を通り過ぎるときに見つけたマスクをつける事でやっと落ち着いて呼吸が出来た

 

「……楓、これ」

 

「言うな。言わないほうが良い」

 

言わなくても全員が理解していた、これは性交の後の臭いなのではと……不快感しか感じないその臭いに顔を歪めながら奥へと進む

 

「「ひっ!」」

 

美雪先輩と桃子の引きつった悲鳴が重なる。それは、異様な光景だった……フロアの大半に一糸纏わず倒れ伏している女性達は全員、身体の表面全てを、薄黄色い粘液で覆われ、ヌラヌラとしている。その全員が何処かで見たようなそんな気がした……俺も楓も男で確かに女性には興味がある、女性の裸に興味はあるし、触れてみたいと思う。だが俺と楓が感じていた事はそれではなかった……酷いただそれだけだった……意識も混濁している為か、声すらその口からは漏れ出てこない。胸はかすかに動いているのだが、その眼に光は無く、生きているのか死んでいるのかも判らなかった

 

「た、助けないと」

 

「お止めなさい」

 

桃子が助けないと呟き、駆け寄ろうとしたがイザベラさんがその腕を掴んで動きを制する

 

「今はそんな事をしている場合ではありませんわ。気付かれました」

 

イザベラさんの言葉の後、部屋の奥から、その巨体付いた脂肪を揺らしながら、俺達の目の前に現れたそいつは目を白く濁らせていて、顔を左右に揺らすと顎の下に付いている異様な量の贅肉がブルブルとゆれ、辺りの床に何やら飛び散っていた。飛び散った肉は腐敗しているのか凄まじい悪臭を放っている。だが俺達の視線を集めていたその男から伸びた触手の先だった……

 

「あ……あっ……いぎい……」

 

そこには、やはり一糸纏わぬ身体を触手により、持ち上げられ、好き勝手に動かされながら僅かにくぐもった声を洩らしている女性と

 

「ここは僕の家なんだ~し、死にたくないなら……僕に従うんだよおおお……」

 

その女性を触手を使い好き勝手に扱っている……異様な人間が居た。3メートル近い巨体に腹や背中から何本も触手を出しているとても人間とは思えないが、悪魔にも見えない。ただただ嫌悪感を煽る腐臭を放つそんな醜悪な存在が俺達の目の前にいた

 

「だーかーらー」

 

ぐりんっとその男の首が360度回転し、俺達をにらみつける。白く濁ったその瞳には既に知性の色は無く

 

「男は死ねえ!女は僕を楽しませろおおおおおッ!!!」

 

口から血の混じった唾を吐き散らし、地響きを上げて襲ってくる男……いや悪魔に一瞬。ほんの数秒呆けたが……

 

「スパルトイッ!!」

 

【オオオオオオオッ!!!】

 

楓の怒声とスパルトイの雄叫びで正気に戻り、背中に背負っていた斧を手にする

 

「ノーム!ジオンガッ!!!」

 

【OKッ!!ジオンガッ!!!】

 

目の前で巨大な肉塊を受け止めているスパルトイを避けてノームのジオンガが悪魔の身体を貫く

 

「げ、げばああああああ!?」

 

口から泡を吹いて、数歩後ずさる悪魔。その巨大な足が意識の無い女性を踏み潰すのが見え、思わず目を背けた……悪魔に犯されて、踏み潰されて死ぬ。悲惨すぎる死に方だ……だけどそれは一歩間違えば俺達も同じ末路を辿るとそれを今目の前で見た事で初めてしっかりと理解した。俺達だっていつ死ぬかも判らないのだと

 

「桃子!久遠先輩!イザベラさん!伸びてくる触手は俺と楓とスパルトイで何とかします!皆は魔法石や魔法で攻撃してくださいッ!!!」

 

そう叫びイザベラさんへと伸びた触手を斧で切り落とす。びくんびくんと痙攣するそれにさらに斧を振り下ろすとやっと動きが止った……恐ろしい生命力だ

 

「どけえよおお!!こうのがいこつごああああああ!?」

 

奇声を発しながら向かってくる悪魔にスパルトイが立ち塞がり、盾で突進を受け止め顔面を殴りつけるがぶよんと脈打つだけでダメージが通っているようには思えない

 

【こいつはブツリはコウカがうすい!マホウヲつづけてつかえッ!!】

 

「くっ!こっのやろう!!!」

 

スパルトイが盾で悪魔の突進を受け止め、剣で触手を切り払う。それに続くように俺と楓も執拗に久遠先輩達を狙う触手に向かってそれぞれの獲物を振るうのだった……

 

 

 

 

何度これを繰り返したか判らない。何度も何度も伸びてくる触手を切り払い、切り落とし続けているが、悪魔は一向に弱った素振りを見せない。むしろこっちが体力もMAGも相当消耗している、最初は臭いが気になりマスクをしていたが動き回っているうちに邪魔になり、マスクは投げ捨てていた

 

「くそ、あいつの身体はどうなっているんだ!!!」

 

横殴りに伸びてきた触手を防いで回避した雄一郎が忌々しそうに叫ぶ。打撃が効果が薄いのは判っていた、だから美雪先輩やイザベラさんは徹底して魔法で攻撃してくれていた。それは確かにダメージとして蓄積している筈だ……

 

(やっぱりかよ!畜生がッ!!!)

 

一瞬視界の先で触手が動いた。その先には全裸の女性がいて……触手は目から光を失い、正気を失っている女性の下腹部に喰らいつく

 

「あ……あああああ……あん……あひ、ひうくううおおおおおッ」

 

それはとても小さな声だった。普通ならば聞こえるはずも無い小さな声……だが俺は女性が飲み込まれる瞬間を見たからか、その声がやけにはっきりと聞こえた。微かな艶めいた声と痙攣する白い手足、そして苦痛に歪んだ顔ではない、安堵しきった顔を浮かべてその女性は触手に吸い込まれて消えた。その女性の表情はこの呪われた世界から脱出できた事を喜んでいるような……そんな笑顔のような気がした

 

「くそ!またか!また触手が増えやがった!!!」

 

左右から襲ってくる触手に雄一郎がそう怒鳴る……間違いない、あの悪魔は女性を喰らって体力をMAGを回復している。そしてそれを見て理解してしまった、今の俺達には決め手が足りない。倒れていた女性の姿が減っているが、まだ部屋の奥からは微かだが艶めいた声と、4本の触手の姿がある。今こうしている間もあの悪魔は体力とMAGを回復させているのだ。恐らく悪魔は最初から強力な自己回復能力を持っているだろうが、それに加えて女性を喰らって体力とMAGを回復している。だからダメージを与えても直ぐ回復する

 

「はぁ……はぁ……くそ……まだかよ」

 

雄一郎がついに肩で息をし始めた。俺も酸欠と疲労で考えがまとまらない

 

「……はぁ………はっ……はっ……た、タルカジャ……を」

 

【桃!これ以上無茶をしたら】

 

「お……お願い……だから……」

 

桃とナジャの疲労が濃い。ずっと俺達に支援魔法を使っている、その頻度は美雪先輩やイザベラさんの魔法のペースよりも早い、顔が青を通り越して白くなっているのを見て、このままだと不味いと理解した

 

「おどごはじねえよおおおおお!?」

 

奇声を発しながらその肥大化した手足を振るう悪魔憑き。既にまともな理性は無いようだが……体力は有り余っているのかまだ激しく動き回っている、その姿を見てこのままだと全滅すると悟った。この状況を打破できる劇的な1手が必要だ……

 

「カハク!アギラオ!」

 

【いっくよー!アギラオ!!!】

 

まだ動く事ができ、魔法を連発出来ているのはイザベラさんだけだ。雄一郎は既に魔法を使わせるだけのMAGが残ってないのか

 

【どっこいしょッ!!!】

 

「げぼお!き、ぎがないよおおおお!?」

 

【ひーん!気持ち悪いよぉッ!!】

 

「我慢してくれノーム!」

 

ノームも雄一郎と共に斧を振るっている。桃はさっきも言ったが、限界を通り越している。美雪先輩はチャクラドロップを舐めながら

 

「ピクシー!ザンとジオを続けてください」

 

【うん!判ってる!でも無理をしないでよ】

 

ピクシーにザンとジオを続けるように指示を出しているが、いつまでもこれも持つとは思えない

 

(考えろ、考えるんだ)

 

何かある、何かあるはずなんだ……向かってくる触手を必死に弾きながら、必死に頭を働かせる。何かある、何かあるはずなんだ……物理は効果が薄く、魔法はダメージを与えることが出来るが回復力に対してダメージが間に合っていない。何とかしてあの回復力を……

 

「来てくれ!カソッ!!!」

 

「楓!?」

 

この状況を何とかする方法を思いつくと同時にカソを召喚する。スパルトイとカソの2体の悪魔を使役する、その強烈な負担が身体に圧し掛かってくる。雄一郎が俺の名前を呼ぶが俺は返事を返さず、チャクラドロップを2個纏めて口の中にいれる

 

「スパルトイ!カソ!協力してあの悪魔を抑えろ!雄一郎!10分だ!10分だけ耐えてくれッ!!!」

 

俺はそう叫び雄一郎達の制止する声を無視し走り出すのだった。考えに考えた、そしてこれしかないと俺は決めたのだ。リスクしかない、そして失敗すれば俺も死ぬし、桃達も死ぬ。だがこの危険な賭けに出るしかないと判断したのだ

 

【ココココ】

 

「この馬鹿鳥がぁッ!!!」

 

眠っているコカトリス目掛けて足元の瓦礫を投げつける。それはまっすぐにコカトリスの頭に命中し、ゆっくりと開いた目が俺の姿を捕らえる

 

【コケエエエエエエッ!!!!】

 

恐ろしい叫び声を上げて起き上がるコカトリスに背を向けて全力で走り出す。コカトリスは毒を持っていて、縄張り意識が強い。俺達では勝てないのなら悪魔を利用する、それが俺の考えた作戦だった……地響きを立ててコカトリスが追いかけてくるのを確認し階段に向かって走る

 

(ぐっ……くっ苦しい……)

 

スパルトイとカソの二重召喚は容赦なく俺のMAGと体力を吸い上げていく、走っているのか歩いているのかさえも判らない、それでも必死に前へ前と進み続ける

 

「っぐっ!?うあ、うわあああああ!?」

 

階段から足を滑らせ、転がり落ちていく、全身に走る激痛に顔を歪めながらも必死に立ち上がる。階段の上の方からコカトリスの怒りに満ちた鳴き声が聞こえてくる、やつはちゃんとついてきている。後はこのまま3階にあいつを誘導するだけだ……

 

「足が……」

 

階段から転げ落ちた時にくじいたのか足が動かない、それでも足を引きずりながら必死に前へ進む……そして3階に辿り付くと同時に

 

「皆!ごほっ!げほっ!!早く隠れろ!!!!うっ!げほ!ごほごほっ!!!早くッ!!!!」

 

悪魔と対峙している皆に咳き込みながら隠れろと叫ぶ、そしてそれと同時にコカトリスが3階に飛び込んできて

 

【コケ?コケエエエエエエッ!!!!!】

 

凄まじい叫び声を上げながら、目の前にいる俺を無視してデパートの奥にいる悪魔へと駆け出していく。それを見た雄一郎達が慌てて逃げるのを見て、俺の考えは当たっていたとほくそ笑んだ。コカトリスが俺達を追いかけたのは自分の住処にいる虫を駆除しようとしただけに過ぎない。縄張りを荒らしに来た存在とも認識されなかったのだ、汚い虫か何かだと認識していたのだろう。だから姿が見えなくなると同時に追いかけるのを止めた、だがあの悪魔は違う、自分の住処であるこのデパートを荒らしに来た悪魔と認識した。だからこそ翼を坂立て悪魔に襲い掛かっている……あの毒の爪や吐息はあの悪魔の力を蝕むだろう。問題はコカトリスに勝てるかだが、隠れていればきっと3階に戻っていくだろう……駆け寄ってくる雄一郎達を見ながら、体力とMAGを限界まで消耗した事による凄まじい睡魔に襲われ、俺の意識は急速に沈んで行くのだった……

 

 

 

良くやったと私は心の中で呟いた。あの悪魔は今の楓君達で倒せる相手ではなかったが、悪魔を上手く利用し倒すとまでは行かないが、弱らせた。それも自分達で考え、そして被害が出た訳でもない。十分合格点だ、気絶している楓君を護るように陣取っている美雪達を見て小さく呟く。やはり楓君の存在は大きい。確かに独断専行は褒められた物ではないが、コカトリスを誘導すると聞けば止めに入っていただろう。だがあの思い切りが無ければ全員ここで死んでいた、悪魔と戦いながらもしっかりと作戦を考えていた点は正直驚いた

 

「げば!?おぎょろろろろおろおを!?」

 

コカトリスの毒が利いているのか意味の判らない言葉を繰り返し、泡を吹いている悪魔憑き。もうあいつは死ぬな、しかしコカトリスも無傷ではなく

 

【こ、コケ……】

 

羽が片方もがれ、夥しい血液を流している。これならば一瞬で倒すことが出来ると笑みを浮かべながら、スマホを操作し契約した悪魔を呼び出す

 

「行け、ブラックヴァルキリー」

 

【は!お任せください!!】

 

アリアンロッドの属性が反転したブラックヴァルキリーはアリアンロッドと違い刺々しい漆黒の鎧と顔の右半分を隠す仮面。そして黒いマンとを翻し恐ろしいスピードで3階へ飛び込み

 

【コケ!?】

 

【遅い!】

 

通り抜け様にコカトリスの首を跳ね飛ばし、手の平を悪魔に向け

 

【光の中へ消えるが良い。ハマオン!】

 

放たれた光の波動が悪魔憑きを飲み込み消し飛ばす。流石は女神が反転したブラックヴァルキリーだ、破邪と呪殺その両方に強い適性を持って転生した。想定通りの強さを発揮するブラックヴァルキリーに笑みを溢しながら雄一郎君達に声を掛ける

 

「大丈夫か!」

 

「久遠教授!」

 

「母さん!」

 

美雪や雄一郎君達が駆け寄ってくる。1日と少し離れただけだが、顔つきが大分変わっている。これならばきっとこれからも生き残っていけるだろう

 

【討伐完了しました】

 

悪魔憑きを倒したブラックヴァルキリーが私の横で膝を着く、それを見たイザベラが怪訝そうな顔をして

 

「久遠様。その悪魔は?」

 

天使や女神嫌いのイザベラが嫌そうな顔をしているが、戦力としては十分だし、アリアンロッドとしての記憶もあるので情報収集にも役立つ

 

「説明は後だ。楓君の容態が良くない」

 

浅い呼吸と額に大粒の汗を流している。MAGの枯渇と体力の限界でそうとう負荷が掛かっている。楓君のスマホを操作しカソとスパルトイを帰還させる

 

「4階で休んでいたと言っていたな?まずはそこに引き返そう、ヴァルキリー。楓君を頼むぞ」

 

【お任せください】

 

全員体力もMAGも限界まで消耗している。まずは1度休むぞと指示を出し、楓君をブラックヴァルキリーに運ぶように指示を出し、私達は4階へと引き返していくのだった……

 

 

 




チャプター27 脱出へ続く

悪魔憑きを撃退し、街を出る準備が出来ました。次回は街を脱出し、ウロボロスがある黒龍塾へと向かいます。そこで共通ルートは終わりでチャプター28から「ロウルート」「カオスルート」のルート分岐で書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター27

 

チャプター27 脱出そして黒龍塾へ

 

このデパートを住処にしていた悪魔を倒して、1度4階のバックヤードに戻って楓が目を覚ますのを待ってから脱出しようと言う話になったんだけど……楓が目覚めるのを待つ余裕が無いのでは?と私は感じた

 

「久遠教授……これ不味いんじゃないですか?」

 

今の時刻は14時。コカトリスを倒したのが11時になるか、ならないかと言う時間だった筈。3時間近く経って居るのだが、眠っている楓が目を覚ます気配はなく、更に言えば急に熱が出たと思ったら、氷みたいに身体が冷えるを繰り返している。今は熱が出ているので氷水で冷やしたハンカチで冷やしているが直ぐに蒸発してしまうのだ、この場所で安静にしていても楓に負担を掛けるだと思う

 

「MAGの枯渇が原因かもしれない……しかし今移動させて大丈夫なのかが判らないんだ」

 

久遠教授が珍しく動揺している。それだけ不味い状況なのだと判り顔が青褪めて行くのが判る、このままでは楓が死んでしまうかもしれないのに何も出来ないのかと、何とかしたいと思い慌ててナジャを呼び出す

 

「ナジャ、ディアとかじゃ駄目なの?」

 

ナジャに回復魔法で治療できないと?と尋ねる。だけどナジャは首を横に振る

 

【回復魔法じゃMAGは回復出来ないよモモコ。意識があればチャクラドロップを舐めさせれば回復するけど……】

 

今の意識が無く完全に脱力している楓には飴はおろか、水さえも危険だろう

 

「危険ですが、移動するしかないと思います。この場所は不潔ですし、肌寒いです。こんな場所で休ませても悪化するだけだと思います」

 

「ですが、この状況の楓君を動かすのは危険だと思いますよ?イザベラさん」

 

イザベラさんが移動するべきだといい、久遠先輩が意識の無い楓を移動させるのを危険だと言う。私もそう思うけど、このままだと悪化する一方だと思う

 

「久遠教授。黒龍塾へ行きましょう、避難している人間がいると克巳は言っていた。なら医療施設やもしかしたら医者もいるかもしれない」

 

雄一郎君が意を決したように言う。久遠教授は目を閉じて考え込む素振りを見せてから

 

「多数決を取ろう。私は移動するべきではないと思う、リスクが高すぎるな」

 

久遠教授は移動するべきではないと断言した後で私達を見て、皆の意見を聞かせてくれ。私の意見に従うのではなく、自分の意見を教えてくれと言ってから久遠教授は楓のスマホを手にして

 

「楓君のスマホからヤタガラスに連絡して保護して貰うという選択肢もある訳だしな」

 

楓の従兄妹だと言う魅啝がいる組織。確かにあそこなら医療施設もあるだろうし、暖かい寝床も用意して貰えるかもしれない。だけどその代わり楓と引き離させれる可能性も高い

 

「私は黒龍塾とやらに行くべきだと思いますわ。ヤタガラスは見ましたが、民間人を蔑ろにしていましたから」

 

そしてイザベラさんは黒龍塾へと行くべきだと言う。民間人を蔑ろにしていた……それは私も見ていて思っていた事だから嘘ではないと思った

 

「……私は移動するべきではないと思います。今楓君を移動させて症状が悪化したらそれこそ死んでしまうかもしれないですから」

 

「……ですが、久遠先輩。このままでも楓は死ぬかもしれない。それなら俺は移動するべきだと思います」

 

これで意見は2ー2……私は……意識の無い楓を見て、私はゆっくりと口を開いた

 

「……ごめんなさい。久遠教授、久遠先輩」

 

デパートを脱出し、黒龍塾へ向かう道を走りながら私は謝罪の言葉を口にした。移動する危険性も、移動しない危険性も両方を考えた。どっちも危険ならば助ける事が出来る方を私は選んだ。黒龍塾へ向かうというその選択をだ

 

「いや、謝る事は無い。慎重に動きすぎて、好機を失う可能性もある」

 

それこそ楓君が死んでから後悔したのでは遅いという久遠教授にありがとうございますと呟き、毛布で包んでいる楓をしっかりと抱きしめる。かなりのスピードで車は砂利道を走っている、凄まじい振動があるのに楓は目を覚ます気配は無い

 

「やっぱり移動したほうが正解だったかもしれないですね」

 

「当たり前ですわ。ヤタガラス全員がそうとは言いませんが、私は見ましたわ。助けてくれと叫ぶ人間に金をよこせといった浅ましい姿をね、信用するべきではないですわ」

 

全員がそうではないとは思うますが、それでもそういう人間がいる組織を頼りにするのは危険だと言うイザベラさん。

 

「ウロボロスも信用出来る訳ではないと思いますが、雄一郎の友がいるのなら、1度接触して其処から判断すれば良いですわ」

 

ヤタガラスとウロボロス。その両方が信用出来る訳ではない、ならばその両方を利用するくらいの気持ちで行くべきですわと呟く

 

「利用ですか?」

 

「そう利用ですわ、私達には食料や水、それに悪魔もいますが、情報が無い。これから先生き残るには何よりも情報です、どこに生き残りがいるのか?どこにどんな悪魔がいるのか?それを恐らく情報として持っているはず。それを知った上で与するのか、それとも距離を置くのか?それを判断するのです」

 

今この状況で生き残ることを考えれば、綺麗事だけでは生きていけないですよ?と言われ、私は思わずデパートのことを思い出した。悪魔に犯されていた女性はまだ何人もいた、助けるという事も出来たかもしれない。だけど私達は見知らぬ女性よりも、楓を助けるという選択を選び見捨てたのだ

 

「……桃子は。悪くない、俺も同じ選択をする」

 

知らない人間と友人。迷うまでも無い、俺は楓を助ける道を選んだ。罪悪感を感じる必要は無いと言った雄一郎君

 

「生き残るためには必要な事だから、仕方ない。仕方なかったんだ」

 

自分に言い聞かせるように言う雄一郎君に私はそうだねと呟き、氷のように冷たい楓の身体が少しでも温まるようにと強く、その細い身体を抱きしめるのだった……

 

 

 

 

 

勇作と一緒に黒龍塾周辺の瓦礫の撤去や逃げ遅れた民間人がいないか?と言う確認をしているとトランシーバーで

 

【拓郎さん、今悪魔を連れた車が通り過ぎました。後30分くらいでそっちに到着すると思います、どうしますか?蒼太さんか、克巳さんに連絡しますか?】

 

周囲の警戒をしていたウロボロスのメンバーから通信が入る。俺は少し考えてから

 

「克巳に連絡するのは待て、俺と勇作で当たる。もう少し情報を得れたら連絡をくれ」

 

【判りました。少し待ってください】

 

トランシーバーを戻し、瓦礫に腰掛けていた勇作の方を見ると仕方ないと肩を竦める

 

「克巳と蒼太だと話を聞く前に殺すかもしれないからな」

 

「そういう言い方は止めろ。いらぬ誤解を生む」

 

確かに克巳と蒼太は最も人を殺しているが、ちゃんと理由があっての殺人だ。もちろん俺は殺人を認めている訳ではないが、決して殺人凶ではないのだから

 

「冗談だよ、冗談。とりあえず見に行こう」

 

「ああ」

 

復興作業を中断し、道路のほうに移動する。車で移動しているのなら間違いなくこっちに来るはずだ

 

【拓郎さん、悪魔は見たことの無い黒い鎧姿の女の悪魔とリリムとピクシーです】

 

リリムとピクシーは対峙した事はあるが、その特徴の女の悪魔は見たことが無いな

 

「勇作。アガートラームを頼む」

 

「あいよ」

 

勇作の背後に巨大な鎧姿の悪魔が姿を見せ道路の真ん中を塞ぐ。これで強行突破はされないはずだ、俺も腕に見に着けたCOMPを起動し

 

「頼む。ジャックランタン」

 

【ひーほー♪オイラにお任せホー♪】

 

これで襲撃を受けても大丈夫だと身構えていると遠くに車の姿が見える。向こうも俺達に気付いたのか、車を停める、その行動に敵対するつもりが無いと判り、攻撃しようとしたジャックランタンを手で制す。俺達が悪魔を帰還させるのを見てから、運転席と助手席から女性と俺達と同年代の少年が姿を見せる

 

「お前は……笹野か?」

 

「俺を知っているのか?」

 

助手席の少年には見覚えがあった。確か克己の試合を見に行った時に克巳を三振させた神無市大学付属高校の投手だった筈だ

 

「知り合いか?拓郎?」

 

「いや、俺の知り合いではないが、克巳は知っているかもしれない。お前達は克巳を知っているのか?」

 

もしかすると克巳の知り合いで保護を求めてきたのかもしれないと思いそう尋ねると、車を運転していた女性が頷きながら自己紹介をしてくれた

 

「私は久遠玲奈。神無市大学付属大学の客賓教授をしている、克巳と言う少年から黒龍塾に民間人が集まっていると聞いて、この場に来た。不躾な願いだが、私の教え子の1人が体調を崩している。保護を頼めないだろうか?」

 

その言葉を聞いて、確認を取ると呟きスマホで克巳に連絡を取る

 

『もしもし?どうした拓郎?』

 

「すまない、今黒龍塾へ続く道路に久遠教授と笹野と言う人物が尋ねて来ている。お前から聞いたと聞いているが、どうする?病人がいるので助けてくれと言っているんだが」

 

早い段階で黒龍塾周辺の悪魔の駆逐は終わり、そして略奪行為をしている連中も全員捕らえたから食糧などの備蓄もあるし、医者も何人かは居る。だが俺の独断で決めるわけには行かないのでどうする?と尋ねると

 

『オッケー!私が許可するよ、拓郎』

 

聞こえてきたのは克巳の声ではなく、明るい女性の声。俺は思わず眉をしかめながら

 

「良いんですか?ナイアさん?」

 

ナイア。ウロボロスの副リーダーの女性だ、明るくムードメーカーで扇情的な衣装に身を包み軽い性格だが、思慮深いと相反する要素を持つ褐色の女性だ。確かに克巳よりも権限があるのは彼女かリーダーしか居ない、だが今そう簡単に保護をしていいのか?と尋ねる

 

『いいよ~久遠教授って言えば伝説とかの権威でしょ?情報交換出来るじゃない?私は情報を貰う、向こうは治療をする。Win-Winの関係ってやつよ、私が玄関で待ってるから、こっちに寄越してくれる?あっ!こらー克巳!……そういう訳だ。保護はウロボロスの中で決定した』

 

疲れたように言う克己にお疲れ様と呟き、電話を切る。ナイアさんは悪い人じゃないんだけど、あのノリには正直ついていけないな……終わるのを待っていた笹野と久遠教授に

 

「ウロボロスの副リーダーがOKだと言っています。このまま道なりにまっすぐなので迷う事も無いでしょう」

 

よほど教え子の調子が悪いのか、ありがとうと言って車に乗り込み走っていく。一瞬見えた車中には青い顔をした男子が毛布に包まれていた。その死人のような顔色に心配になるが、何時までも心配している時間はない。俺と勇作は再び逃げ遅れた民間人の捜索と瓦礫の撤去作業を再開するのだった……

 

 

 

 

 

拓郎からの連絡で黒龍塾の門の所で車を待っていると、15分ほどで車が到着する。車を護るように空を飛んでいる悪魔を見て、もしかするとウロボロスの悪魔使いよりも強いかもと思い、警戒心を強めながらも笑みを浮かべる。これくらいの腹芸が出来て当然だ、そうで無ければウロボロスなんて組織の副リーダーなんて出来ないのだから

 

「今回は保護を受け入れてくれて感謝する」

 

「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ~」

 

お互いに笑いながらも観察視線を緩めない。姿は人間でも、中身は違うという存在はこれでもかっと存在するのだから……あれだけ強力な悪魔を使役しているのを見るとどうしても警戒心が表に出てしまう

 

「すまないが、私の教え子が相当危険な状況なんだ。早い所見てくれないか?」

 

「そうでしたね~ごめんなさい。それで病状は?骨折とか、何かの感染病かしら?」

 

車の中を覗き込もうとすると久遠に背中で隠される。ま、流石に直ぐは信用はされないわよね

 

「MAGの枯渇が原因なんだ、体温が安定せず、意識も戻らない」

 

MAGの枯渇かぁ……なんともタイミングの良い時の来訪ねと笑う

 

「今丁度、ここら辺の霊脈の操作をした所なのよ」

 

ここを拠点にして、捜索や防衛の幅を広げるつもりだったので霊脈を操作したのよと笑うと久遠は怪訝そうな顔をする

 

「霊脈の操作?……お前がか?」

 

「そうよ~私はほら、ヤタガラスの独善的なのが嫌で逃げてきた科学者だからそれくらい出来るわよ~」

 

克巳達が持っているCOMPを作ったのも私なのよ?と笑いながら

 

「まずは治療でしょ?話は後でも出来るわ、運んでもいいかしら?」

 

私の後ろで担架を持っている隊員を見せながら運んでもいいかしら?と尋ねると久遠はすまないと頭を下げながら

 

「よろしく頼む」

 

「任せておいて~」

 

車から降りてきた2人の女子と1人の男子を見ながら、車の中を覗き込むと、小柄な少女が毛布に包まれた男子を抱き抱えていた

 

「大丈夫よ。私が助けてあげる、彼を連れて行ってもいいかしら?」

 

「……お、お願いします。楓を助けてください」

 

泣きそうな顔で言う少女に任せておいてと笑い。担架で楓君を保健室に運ぶ様に指示を出す

 

「貴女達も疲れているでしょう?彼の治療が終わるまでは休んでいると良いわ。信二、彼らを食堂に案内して。私の客人だから丁寧にね?」

 

「判りましたナイアさん。どうぞ、こちらです」

 

車をどうするかと尋ねてくる久遠にグランドに適当に停めてくれたら良いわと言って、私は保健室へと足を向けるのだった……

 

「ふーん、凄い逸材ね」

 

意識が無いと聞いていたが、これはMAGの枯渇が原因ではない。MAGの内包量を身体が増やそうとしている事による、意識の喪失だ

 

「ふっふふ……面白い事になってきたかもしれないわね~」

 

保健室は霊脈を操作して、MAGの濃度を上げてある。このまま寝かせておくだけで回復するだろうが、せっかく私の領域に来てくれたのだ……

 

「ちょーっとだけ、サービスしてあげちゃおうかなあ?」

 

このまま治療するだけなんて勿体無い。これだけの逸材をそのままにしておくなんて勿体無いことは出来ない。あの久遠と言うのが只者ではないと言うのは一目で判った。だから克巳達にしたような事は出来ないけれど……少しだけ、これからも生き残れるように手助けしてあげる。私はそう笑いながら注射器を手にするのだった……

 

 

 

 

 

「う、う……ここは?」

 

鈍い頭痛に顔を歪めながら身体を起こし、周囲を確認する。白いシーツに白い布団……それとこの医薬品の臭いは

 

「病院?」

 

「残念、黒龍塾の保健室よ」

 

自分の呟きに返事があった事に驚いていると、カーテンが開き。そこからやたら肌を露出している褐色の女性が姿を見せる

 

「えっと……貴女は?」

 

その露出の激しい服に紅くなりながら、誰ですか?と尋ねるとその女性は穏やかに笑いながら

 

「ウロボロスの副リーダーのナイアです。保護を求めてきた久遠達から話を聞いて、貴方の治療をしていたの。気分はどう?」

 

ナイアと言う名前と褐色の肌から外人かと思ったが、流暢な日本語でもう1度気分はどう?と尋ねられた。俺は少し痛む頭に顔を歪めながら頭が痛くて、ぼーっとしているがそれ以外の身体の不調は無い。むしろ調子が良くなっている様な?と呟くとナイアさんはよかったと笑いながら

 

「点滴が利いてるのね。まだ動いたら駄目よ?」

 

点滴?そう言われて初めて気付く、左腕に点滴用のチューブが挿されている事に

 

「とりあえず、点滴が終わるまでは横になっていると良いわ」

 

「皆は?」

 

寝ていると良いと言われたが桃や雄一郎。それに久遠教授に美雪先輩の事が心配になり皆は?と尋ねる。ナイアさんは心配ないわと笑いながら教えてくれた

 

「今食堂で食事と休憩を取っているわ。後で案内してあげるから心配ないわ」

 

「ありがとうございます」

 

皆も無事だと判ると一気に睡魔が襲ってくる。まだ身体が睡眠を欲しているのだと判りゆっくりと目を閉じようとして、ふと気になった

 

「あの1つだけ質問いいですか?」

 

1つだけよ?貴方はまだ休まないといけないのだからと笑うナイアさんにすいませんと謝る。だがどうしても気になったのだ、ナイアさんは副リーダーと言っていたから……今の黒龍塾。そしてウロボロスを統括している人間がどうしても気になってしまったのだ

 

「そのウロボロスのリーダーさんって?」

 

もっと別の事を尋ねられると思ったわと苦笑したナイアさんはちゃんと休むのよ?ともう1度口にしてから教えてくれた

 

「私達のリーダーは私と同じく、ヤタガラスから逃亡してきた悪魔使い「周防達哉」って言うのよ」

 

さ、貴方の知りたいことには答えてあげたわ。もう休みなさいと言うナイアさんに判りましたと返事を返し、目を閉じた。それから俺の意識は泥に飲まれるように深い闇の中へと沈んでいくのだった……

 

 

チャプター28 周防達哉と言う男

 

 




今回は短めの話となりました。周防達哉と言う名前にうん?っと思う人もいると思いますが、彼については次回の話で書いて行こうと思うので今は何者なんだ?と思っていただければ幸いです。次回のリポート終了後からルート分岐が入っていきますので、ご理解のほどよろしくお願いします。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター28

 

 

チャプター28 周防達哉と言う男

 

ゆっくりと目を開くと目の前に広がっていたのは白い天井……ではなく黒い天井だった……

 

「ここ……は?」

 

俺は黒龍塾の保健室で眠っていた筈だ。ではここはどこなのだろうか?立ちあがろうとするのだが身体が動かない、その事に混乱していると何処かから声が聞こえてきた

 

【君は選ばなければならない存在であるようだ】

 

「誰だ!どこにいる!!!」

 

男なのか、女なのかも判らない不思議な声に恐怖を感じながらそう叫ぶ。だが帰ってきたのは返答ではなく、苦笑を伴った声

 

【私が何者なのかは関係ない、大事なのは君には選択が迫られていると言う事だ】

 

「選択……何の話だ!」

 

俺が選ばないといけないとか、選択とか何の話なんだと怒鳴る。一体ここはどこなんだ、お前は何者なんだと訪ねるが謎の声は俺の質問に答えることは無く、一方的に言葉を投げかけてくる

 

【どうか悔いの無い選択をそれが君の運命を決めるだろう】

 

「質問に答えろ!お前は何者なんだ!!!」

 

遠ざかっていく声にもう1度怒鳴ると、謎の声の主はふむっと呟く

 

【私/僕/俺/あたしに固有名詞は無い、私はただ見つめ、運命を示す者。ゆえに私に名は無いが……そうだな。インテェンシャンとでも呼んでくれればいいさ】

 

男なのか、女のなのか、年若いのか、年老いているのか判らない複数の自分の呼び方を口にした謎の声の主はインテェンシャン……つまり意思と名乗った声の方向に手を伸ばした瞬間

 

「はっ!」

 

目の前に白い天井が広がっていた……夢だったのか?……いや、夢で終わらせるにはやけにリアルな夢だったな。ベッドから身体を起こそうとするとカーテンが開き

 

「目を覚ましたようだね。どうかな?どこか気分が悪いとかはないかな?なにか違和感は無いかな?」

 

ナイアさんが俺に気付いて気分はどうか?や違和感は無いかな?と尋ねてくる。違和感?屈伸して身体を動かしてみると

 

「そう言えば……なんか身体が軽いような……?」

 

ゆっくり寝ていたからと言う感じじゃない、凄く身体が軽いような気がすると呟くと

 

「うんうん、やっぱり少し栄養失調気味だったみたいだね。点滴が良く利いたみたいで良かったよ」

 

栄養失調……空腹だけど我慢していた事が思ったよりも響いていたみたいだ

 

「じゃあ皆の所に案内するよ。歩けるかな?無理なら車椅子を用意するけど?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

さっきも感じたが身体が軽い、これなら全然問題はなさそうだ。それに車椅子なんかで移動すれば、桃達が心配するので大丈夫ですと断り、俺はナイアさんに案内され食堂に向かって歩き出すのだった……

 

「思ったより人が少ないんですね」

 

民間人を保護しているという割には人が少ないと感じて、そう尋ねるとナイアさんは笑いながら

 

「違うわよ。保護してる場所は体育館とかそっちなの、こっちはウロボロスの隊員が休んでいる所。そこの教室を覗いて見て?」

 

言われて近くの教室を覗きこむと布団が6つ並んでカーテンで仕切られているのが見えた

 

「こっちにいるのは悪魔と戦える人員なの、病人も助けたいけど、何よりもこの拠点を護る事が大事だから、悪魔と戦う隊員の方をどうしても優遇するわね」

 

「ウロボロスに悪魔使いは多いんですか?それにどうして悪魔を召喚できるんですか?」

 

克巳は腕に何かの機械を着けていた。それで悪魔を召喚しているのか?とか気になる事はたくさんある。それを質問するがナイアさんは

 

「それも教えてあげるけど、達哉に会ってからね。同じ話を2回聞いても飽きるでしょ?」

 

あっと思わず呟くとナイアさんは君は知識欲が強いのねと笑う。気恥ずかしい物を感じ俺は口を閉じるのだった

 

「楓!良かった……目が覚めたんだね」

 

食堂に入ると桃が俺に気付いたのか駆け寄って来ながら良かった、良かったと呟く。

 

「ごめん、心配させたみたいで」

 

「本当ですよ!あんまり無理をしないでください」

 

美雪先輩にも怒られてすいませんと謝る事しか出来ない。だけどあの状況ではコカトリスを利用するしかなかった、そうしなければ皆全滅していたのだから、俺はあれが最善だと思ったんだ

 

「お、とんでもない無茶をした馬鹿が起きたか。思ったより細いな」

 

かなり大柄の知らない男子に声を掛けられどう反応すれば良いのか困っているとその男子は自己紹介がまだだったなと笑い

 

「俺は内藤勇作。いちおう克巳達と同じくウロボロスの遊撃隊をやってる」

 

よろしくと手を差し出してくる勇作の手を握り返すとぎゅっと握られて思わず顔を歪めるが声を我慢すると

 

「悪い悪い、いやほらな。こんな美少女揃いに心配されてると聞くとな?」

 

「こーら、楓君は病み上がりだよ。意地悪しないの」

 

ナイアさんがそう笑いながら勇作の頭を叩くが、鈍い音を出して顔が吹き飛ぶ。見た目よりもナイアさんは強いのかもしれない

 

「巡回の時間でしょ?早く行きなさい」

 

「あいたたた、了解しました」

 

頭を振りながら歩いて行く勇作を見送っていると久遠教授とイザベラさんがゆっくりと歩いてくる

 

「起きたのですね楓。無茶をしたので心配していましたが、目が覚めて何よりです」

 

「おはよう。楓君」

 

久遠教授は無理をしたと怒らないと思っていると頭を叩かれた

 

「あの場合は仕方ないとしても余り無理をしないように。皆心配するからな」

 

「すいません……」

 

これは暫く謝り続けになるなと思いながら、俺はもう1度深く頭を下げるのだった……

 

「何か食べれるかい?簡単な食事を出そうか?」

 

「いえ、今はいいです」

 

点滴が利いているのかお腹は空いていない。後で何かもらいますと言って姿の見えない雄一郎の事を尋ねる

 

「肘が痛くないって言って少し運動してくるって言って出て行きましたが……楓君も起きたのなら1度呼びに行きましょうか」

 

「そうだな、これからの方向性を話し合う必要もあるしな」

 

ウロボロスのリーダーに会うためにも雄一郎を迎えに行こうという話になり。グラウンドに向かう、グラウンドでは雄一郎が大きく振りかぶり腕を振るうと鋭い音を立てて的に当たる

 

「雄一郎!」

 

俺が名前を呼ぶと雄一郎は握っていたボールを篭の中に戻し駆け寄ってきたと思ったら

 

「あいだ!!!」

 

「この馬鹿が」

 

いきなりの拳骨を頭に叩き込んでくれた。その余りの激痛に思わず涙が出掛ける

 

「次あんな無理をしてみろ。次はこんなものじゃすまないぞ」

 

指を鳴らしながら言う雄一郎に慌てて判った!すまなかったと謝り、痛む頭を撫でながら

 

「肝に銘じておくよ……」

 

これ絶対たんこぶになってるなと頭頂部を撫でる。普段は大丈夫?と尋ねてくる桃も怒っているのか何も言わない。やっぱり無茶をしすぎたかな?でもあれしかあの時は方法が無かったしなぁ……やっぱりあの後意識を失ったのが不味かったなと溜息を吐くのだった……

 

「じゃあ、これで皆揃ったわね。達哉の所に行きましょうか」

 

ナイアさんの視線の先には黒龍塾の一室に向けられていた。3階の一番奥の部屋

 

「そこは校長室なのよ。そこを改造してウロボロスの本部にしてるのよ」

 

俺の視線に気付いたのかそう説明してくれるナイアさんにありがとうございますと返事を返し校舎に戻る

 

「達哉?あたしよ~入るわよー?」

 

ノックもせず校長室に入ったナイアさんに驚きながら俺達も校長室に入るとカチ、カチっと言う金属がぶつかる音が響く

 

「来たか。初めまして、周防達哉だ。ウロボロスのリーダーをやらせて貰っている、そこに座ってくれ情報交換だ」

 

その金属の音はジッポライターを開けたり、閉じたりする音だった。そしてそのジッポライターを手にしているのは茶色の掛かった黒髪の目つきの鋭い20代後半と言った容貌の若い男の姿だった……

 

 

 

 

 

只者じゃないな……私は座れと促された椅子に腰掛けながら周防達哉が只者ではないという事を悟った。MAGにしてもそうだが、風格や威圧感が桁違いだ。イザベラもその視線を鋭くしている事からその気配を感じ取っているのだろう

 

「では改めてだ。元ヤタガラス機動部隊分隊長の周防達哉だ。今はウロボロスのリーダーということになっている」

 

「じゃ私も改めて、元ヤタガラスの技術開発局長のナイア・ハウンドよ、一応副リーダーって事になってるわね」

 

元ヤタガラス……どこも人員不足の筈なのに良く隊長格の除隊を許したなと思っているとナイアは

 

「ちなみに脱走ね。10人で脱走して生き残りは私と達哉だけ」

 

「何があったんですか?」

 

10人で逃走して生き残りが2人だけと聞いて楓君がそう尋ねる。すると達哉は目を閉じて小さく溜息を吐いてから

 

「追走部隊にやられたのさ。ヤタガラスは逃亡者を許さない、俺もナイアも知ってはいけない事を知ってしまったからな」

 

「まぁうちも似たようなものだけどね~綺麗事だけじゃ生き残れない。それは私達もウロボロスも同じ」

 

綺麗事だけでは生き残れないと聞いて楓君達の顔が険しい者になる

 

「勘違いしないで欲しい、俺もヤタガラスの人間も生き残りを助けたいその気持ちに嘘偽りは無い。だがな?助ける側も人間だ。人間だから悩む、誘惑に引っ掛かる。更に其処に加えて悪魔もいる、正義を志してもそれを最後まで貫けると思うか?」

 

達哉の問いかけに黙り込む楓君達に代わり、私が口を開いた。この様な交渉の場に立つには楓君達は無理だからな

 

「なるほど、人を見捨てたか?悪魔の餌にしたか?それとも女を犯したか?」

 

「当たらずとも遠からずと言っておこう。10人を救う為に1人、2人を捨てる。それは間違っていると思うか?」

 

犠牲にすると聞いて席を立とうとした楓君の肩を掴んで座らせる

 

(動くな、これは交渉だ。感情任せに動くんじゃない)

 

(でも)

 

でももくそも無い。ここにあるのはお互いの情報を引っ張り出し、自分が有利な条件で交渉する。それだけだ

 

「間違っては居ないですわね。動けない人間を捨てて、動ける人間だけを助ける。それは当然の事ですわ」

 

罪悪感は感じますが、生きる為には必要な事ですわ。イザベラがそう言うと達哉はその通りだと頷く

 

「助けたい。救いたいと願うのは嘘ではない、嫌悪感を持たせたが。それでもな、隠すよりも先に聞いていた方が良いだろう」

 

「こうして生存者同士に会えたからね。嘘も偽りもしたくないの、私達の組織も後ろめたい事をしてるわ、死んだ人間を悪魔に与えたりもしている。でもそうでもしないと悪魔はしたがってはくれないわ。私達が逃げたのはヤタガラスのやり方……つまり、選ばれた数人の人間だけを生かして日本を脱出する。それに従いたくなかったからよ」

 

ノアの箱舟か……全員で生き残るのではない、選ばれた数人だけを助けるか……そのやり方は天使のやり方に似ているな

 

「俺達の目的は全員で生き残り、悪魔を退ける事だ。だが万人を救うことは出来ない、これも事実だ。矛盾しているが、それでも俺は手の届く範囲の人間は救いたいし、護りたい。それに嘘は無い」

 

達哉の目は真剣そのもので信用出来ると思わせるだけの意思の力を見せていた

 

「本当にヤタガラスが選任思想をしているんですか?」

 

「全員が全員じゃない。一部の人間だ、組織である以上どうしても暗部は存在する」

 

組織であるが上の悩みだな。だが隠さないだけまだ信用は出来るが……正直判断に悩むな

 

「それで情報交換と言っていたが、正直こっちには情報はほとんど無いぞ」

 

なんせ逃げ回るのに手一杯だったからなと言うと達哉は俺達が欲しいのは情報じゃない、戦力だと言ってナイアに目配せをする

 

「これは昨日偵察部隊の子が持って来てくれたんだけど……どう見える?」

 

モニターに映し出されたのは翼を持つ数人の男の姿。天使か……ついにここまで動くかと呟く

 

「天使ですか?」

 

「そうね、天使と名乗っていたは人類の救済として50人いた人間の中で4人を選ばれた者として救ったらしいわ」

 

50人の中で4人だけ!?と楓君達が驚いたように叫ぶ。私は小さく溜息を吐いてから

 

「残った人間は?」

 

「生き残るには相応しくないと処分された。全員抹殺だとな」

 

「天使なのにですか!?」

 

美雪がそう叫ぶが、天使連中と言うのは総じてそんな物だ。50人の中で4人も救っただけマシと言うものだ、イザベラもそれが判っているから何も言わない

 

「だから私は天使も悪魔の一種だと思っている。ようはあれさ、善意を持つけど、それが人間にとっての善意じゃないって事」

 

「つまり天使だから正義とは限らないって事ですか?」

 

そうなるかもねと笑ったナイアに続いて達哉が

 

「だから俺達は天使が居るとされる方向に向かって救援部隊を出すことにした。そんな事で殺される人間を増やす訳には行かない、とは言え、ここを護る人員を減らす訳にも行かない。もし協力してくれるなら手伝って欲しい、無理強いはしない」

 

今日はゆっくり休んで、明日答えを教えて欲しいと言う達哉は手厚い援助をしてくれた、暖かい風呂に食事に寝床、。私達はここを使って良いといわれた教室に集まり、どうするか?と言う話し合いをする事になった

 

「まずはだが、私たちで動く上でリーダーを決めよう。私以外でな」

 

「どうしてですか?」

 

「私が居れば良いがデパートの時のように分断されても困る。その時の為に決めておくと良いだろう」

 

分断された時の事を考えリーダーを決めようと口にすると、以外にもイザベラが

 

「楓でいいでしょう?頭が回るし、都市伝説にも詳しい。暴走を止めるにはそれなりの地位にしておくといいでしょう」

 

「いやいや!それは」

 

楓君がおかしいと言おうとしたが、デパートの事もあり全員一致で私が居ないときのリーダーに決められたようだ。だがこれでいいのかもしれない、案外無茶をする楓君はそういう立ち位置においたほうがいい

 

「では楓君。君はどう思う?ウロボロスに協力するか?どうかだ」

 

私に気にする事は無い。君の意見を教えてくれと楓君に尋ねるのだった……

 

 

 

 

 

俺が久遠教授が居ない時の臨時リーダーに決められてしまった。俺には絶対そんなの無理だと思うんだけどなと思いながら俺はスマホを取り出して

 

「魅啝から連絡があって、この近くの地区で民間人を引きずり込んで殺している屋敷があるらしい」

 

「戦力不足だから助けてくださいって連絡ですか?」

 

美雪先輩の言葉に違いますと首を振ってスマホを手渡して内容を見るように言うと

 

「これは……」

 

そのメールには俺を気遣っているのか、危ないから来ないでください。私は大丈夫です、危険だから絶対に来ないでくださいと俺を気遣ってくれる文が永遠と綴られていた

 

「楓は助けたいのか?」

 

雄一郎の問いかけに助けたいと正直に口にする。確かにちょっと怖い子である事は否定しない、だけど1度会っただけの俺をここまで心配してくれている。だからそんなに悪い子ではないと信じたい。それに

 

「俺達はウロボロスからのヤタガラスの意見を聞きました。でもそれが真実とは限らない」

 

一方的な話を聞いて誤解が生まれることが怖い。味方になってくれるかもしれないのに、そのチャンスをみすみす失うのか?と思うのだ

 

「確かにその通りかもしれないですね」

 

「一方的な情報ほど怖いものも無いですしね」

 

美雪先輩とイザベラさんが柔らかい顔で言ってくれたので、俺は1度深呼吸をしてから

 

「俺は今回はウロボロスと協力しないことを提案します」

 

「なるほど、その理由は?」

 

久遠教授の質問に理由はたくさんありますと言ってから主な問題となる事を2つ口にした

 

「克巳や勇作の悪魔を見ましたが、俺達の悪魔よりも遥かに強いです。そんな相手が協力要請をする、その理由として思いついたのが囮です」

 

悪い事もすると言っていた。黒龍塾の面子を減らすよりも、悪魔を持っている俺達を利用したほうがいいと考えるのは当然の事だ。だから囮にされる可能性がある。そして次に

 

「天使に勝てない場合です。天使の強さが未知数なのに、俺達が行って大丈夫なのか?と言うことです。ただこれは魅啝の方でも同じですが」

 

後はウロボロスに組み込まれる可能性や、ぽっと出が居ることに対しての嫌悪などでの仲間割れなどの可能性。思いつく限りのウロボロスと協力する事で今生まれるであろう危険性を言う

 

「なるほど、では私の意見だが、私はウロボロスと協力すべきだと思う、理由は簡単だ。天使の存在を見ておきたい」

 

単純に私の好奇心の問題だと言った久遠教授は指を2本立てて理由は2つ

 

「まずウロボロスが持っているであろう装備が欲しい。最悪の場合、こっちが見捨てて逃げると言う事も視野に入れての事だ。次にもう1つここで貸しを作っておきたい」

 

自分達で攻略できないかもしれないからこその救援要請。リスクは当然あるが

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、リスクも危険性も考えた上での提案だ。さてこれで私と楓君で意見が割れた。美雪達はどうしたい?多数決で決めようじゃないか」

 

そう笑う久遠教授に頷き、俺は雄一郎達の方を見て

 

「俺がどうとかは考えなくても良い。俺と久遠教授の話を聞いて、どっちに行きたいか?それで決めよう」

 

俺は考え込んでいる雄一郎達にそう声を掛け、目を閉じるのだった

 

 

ルート分岐

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ

 

分岐チャプター1 ウロボロス 天使の真意

 

 





次回はルート分岐となります。ヤタガラスルートとウロボロスルートです。どんな話になるのか楽しみにしていてください
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ 
分岐チャプター1


 

もーいーかーい

 

まーだだよー

 

誰もいない屋敷の中に響く不気味な子供の声。その声に応じるものは無く、静寂の中にその声だけが響き続ける

 

もーいーかーい……?

 

まーだだよー……

 

ずる、ずる、べちゃ……

 

屋敷の中に響く重い何かを引きずる水気の混じった音

 

「やだ、やだ……こっちにこないで……」

 

押入れの中から恐怖に怯えた少女の声が響く。だがその願いは届くことはなく……

 

「みいつけたああああああ!!」

 

押入れの外から突き立てられた巨大な包丁……それを手にしているのは右腕が異様に肥大化し、血走った4つの眼を持つ人形だった……

 

「つぎはーお前が鬼いいいい?……あーいない……まだ僕が鬼いいいい……」

 

何度も振るわれた包丁に隠れていた少女は既に絶命しており、少女が二度と言葉を発する事は無かった。押入れからにじみ出た血液の海に自ら身を沈めた人形はその姿を更に変異させ立ち上がる

 

「もーいーかーい……まーだだよー」

 

巨大な包丁を引きずる異様な姿をした人形は進み続ける……

 

誰もいない屋敷はその周囲を広げ続ける……

 

新たな犠牲者を捜し求めて……

 

 

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その1

 

「すいません、久遠教授」

 

黒龍塾を後にし、魅啝から伝えられた危険だとされる地区へと向かう車中で久遠教授に謝罪の言葉を口にした。久遠教授の案であるウロボロスに協力に賛成したのはイザベラさんだけで、雄一郎や桃に美雪先輩は俺の案である魅啝に協力する事に賛成してくれたのだ

 

「いや、構わないよ。気にする事じゃない、捨て駒にされる危険性を考慮すればこの選択は間違いじゃない」

 

ウロボロスの動きを見たが、軍隊のように統率されていた。そんな集団がわざわざ助けを求める……何か裏の目的があるのでは?と疑うのは当然の結果だった。そして桃や雄一郎が賛成してくれたのは、確かに危険はあるだろうが俺にとっては従兄妹になる。身内をむざむざ死なせるわけにはいかないだろうという事ともう1つ。ヤタガラスからのウロボロスの評価を知りたかったというのが大きな理由になる

 

「今のこの状況ですからね。片一方だけからの情報で嫌悪感や不信感を頂くのは確かに危険ですから」

 

「まぁそうなりますわね……冷静に考えれば当然の事ですが」

 

達哉さん達は、今回は道が異なる事になったが、またいずれ協力してくれる事を祈っていると笑って、俺達を見送ってくれただけではなく、食料や装備も分けてくれた。だがそれだけでは信用するのは危険だと言う事になり、予定を変更せず俺達は黒龍塾を後にしたのだ。魅啝は確かに普通の少女ではない。危険だと言うのも承知しているが、それでも俺の意見を支持してくれた桃達には感謝の言葉しかない

 

「ありがとうございます」

 

黒龍塾を出る前にも感謝の言葉を口にしたが、俺はもう1度感謝の言葉を口にせずにはいられないのだった……

 

「……嘘だろ?」

 

黒龍塾を出て車で1時間ほどで目的地としていた屋敷を遠目で確認する事が出来たのだが、その余りに異様な姿に間抜けな言葉が口から飛び出した。元々かなりの広さの屋敷というのは容易に想像が出来ていた、だが目の前に広がる光景は今まで見てきた異常な光景の物の中でも更に異常だと思った

 

「あれ、どうなってるの?」

 

「屋敷が建物を食べている……?」

 

混乱している桃と冷静にその光景を見ていた美雪先輩の信じられないという言葉……だが目の前で起きている光景はその通りとしか言いようが無かった。屋敷が徐々に巨大化し、ビルや一軒家を呑み込んでいるのだ

 

「まさかあの屋敷全体が悪魔とか言わないよな?」

 

雄一郎がそうであってくれと言う感じでそう呟くが、屋敷全体が悪魔である可能性は高く。そして魅啝が危険な状況と言うのも嫌と言うほど理解してしまった。

 

「進むと決めたのは私達全員も同じだ。だから後悔することはない、それに私はあの屋敷が悪魔であるという可能性は低いと判断する」

 

「え?ど、どうしてですか!?」

 

久遠教授の言葉になんでですか!?と尋ねるとイザベラさんが楓は気絶していたので知らないですねと笑いながら

 

「あの悪魔と融合した男がいたフロアはあの男が消えると急激に小さくなったのです。どうも悪魔がいることで周囲を変化させるているのでしょう……悪魔がいることで周囲の地形を作り変える。一応異界現象と呼ぶことにするのですが……どうもあの屋敷にも強力な悪魔がいることは必須。今後移動する事も考慮すればあの屋敷の悪魔を倒すのは間違いではないですわ」

 

だから自分で決めたことを後悔してはいけないというイザベラさん。どうも俺を励ましてくれていたようだ

 

「時間を掛けると魅啝やヤタガラスと合流するのが難しくなる。出たとこ勝負になるが突撃するぞ、全員車に乗り込め」

 

久遠教授の言うとおりだ。時間を掛ければ掛けるほどあの屋敷の危険度は爆発的に増加する、早急な攻略が必要不可欠だ。俺達は久遠教授の言葉に頷き、車に乗り込み魅啝とヤタガラスがいるであろう屋敷に向かうのだった……

 

 

 

 

カチカチ……手にした懐中時計の蓋を閉じて服の中に戻す。私がこの異界に足を踏み入れて6時間……残っている魔石やチャクラドロップと言った道具の数を確認した所で小さく呟く

 

「……油断ですね」

 

私とした事が完全に油断していた。お義兄様がこちらに来るかもしれない、その事ばかりを考えていてなんとしても止めないと思い。その事に関するメールばかりを送っていたので、肝心の装備や準備が不足してしまった……だがお義兄様に向かうかもしれない脅威を止めることが出来たと考えれば、その程度の問題簡単に巻き返すことが出来る……とりあえず今考えるべきなのはどこかで身体を休める事が出来る場所を見つける事か、別の階層に移動する階段を見つける事だ。だがどこまでも続く一本道、先ほどハンカチを置いて歩いてみたが、同じ場所に戻ってきたので、どうも延々と空間がループしているようだ。幻術なのか、それとも悪魔の技なのかは判らないが厄介な事だ。

 

「御剣ともはぐれましたし……ここはどうなっているのですか……」

 

通路はループしているが、置物は変わっている。それがこの回廊を抜け出るヒントだろうか?と考えながら状況を整理する。屋敷に突入して6時間、御剣とは逸れ、現在はMAGの温存の為に悪魔を召喚していない、恐らく悪魔の罠である無限回廊の脱出のヒントを見つけることが最優先課題と言ったところですか……

 

「悪魔が少ないのは不幸中の幸いと言う所ですね」

 

普段は無口だが、状況が状況なので意図せず言葉が口から紡がれる。屋敷の中の悪魔は少ないので無駄にゼンキ・コウキの召喚を続けていてはMAG尽きてしまう。だから今は悪魔を召喚せず、お札と刀。それとニューナンブを手に薄暗い屋敷の中を進み続ける。この屋敷を見つけたのが昨日で周囲の悪魔のレベルも考え、突入したのは私と御剣だけで残りは周辺で待機するように命じたが……恐らく既に撤退しているだろう。4時間を過ぎて戻らなければ戻るように指示を出していたから……とは言え、それは間違いではなかった

 

(この悪魔は危険すぎる)

 

道具については私と御剣にも油断があった。だが私は御剣は戦いにおいて慢心も油断もしない、そんな私と御剣が分断されたのはこの悪魔のテリトリーであるこの屋敷の特性とあの悪魔の伝承にあると私は考えている

 

「もーいーかーい?」

 

「……来ましたか」

 

聞こえてきた声に小さく舌打ちをする。その声の聞こえてきた距離と大きさから計算し、あえて声が聞こえてきた方向に走る

 

(ひとりかくれんぼ……)

 

くだらない都市伝説、ぬいぐるみに霊を憑依させると言う良くある都市伝説なのだが、人に知られているということはそれだけ知名度があり、人の畏れや恐怖を集める。それは悪魔と呼ぶには弱い存在であるひとりかくれんぼの力を驚異的に強化している……そしてその強化されたひとりかくれんぼと比例し屋敷もその構造を常に変えている。相手のテリトリーに入っている事は知っていたが、まさかここまで厄介な相手だったとは……倒しても蘇り、暫くすればまた暗がりから襲ってくる。その前に声を掛けてくるので反応する事が出来ているが、厄介な上に面倒くさい相手過ぎる……特定の条件下で強い能力を発揮するタイプの悪魔は多いが、ひとりかくれんぼはどうもその条件に当てはまるタイプの悪魔のようだ……

 

(なんとか打開策を見つけ出さなければ……)

 

残念な事に名前は知っているが、詳しい解決方法を知らない。だから私だけでは倒す事が出来ない、それに物理的に倒した所でまた復活する相手にMAGを消費する訳には行かない。なんとしても本体を見つけなければ……廊下の曲がり角や、柱時計の陰に隠れながら通路を進んでいるとMAGが動くのが判る。その動きで私はもしかして?と思っていた事の確証を得る事が出来た

 

「やはり」

 

MAGが流れ込んだ行き止まりには、今まで存在していなかった突如現れたのだ。これで延々と同じ場所を歩き続ける回廊を抜け出る事が出来ましたか……

 

「……どういう条件で変化するのかがわかれば……」

 

落とし穴に突然現れる階段、そして御剣と分断された回転する壁……これらが現れる条件を知ることが出来ればあの悪魔の本体を見つけることが出来るかもしれない……私はそんな事を考えながら背後に迫ってきた声にやはり複数体が同時に存在しているのだと確信し、新しく現れた階段を駆け下り、次の階層へと足を進めるのだった……

 

 

 

 

周囲を警戒しながら屋敷に近づいたのだが、予想に反して屋敷の周囲に人間も悪魔も姿も無かった。既に撤退した後なのだろうか?と俺が考えていると久遠教授と楓は足元や、周辺の観察をしてから

 

「楓君。どう見る?」

 

「多分ですけど……時間で撤退するように指示を出していたんじゃないでしょうか?」

 

車両やバイクの走行の跡が多いですと呟いた楓の言葉で足元を見ると、確かに走り去った車の痕跡などが見えた

 

「それでどうするつもりですか?ヤタガラスの人間に情報を聞くと言うのは難しそうですが……」

 

「そうですわね、少しは残っていると思っていたのですが……薄情と言うべきか、統率されていると言うべきかは悩む所ですわね」

 

恐らく俺達がここに来る前には何人か待機していたのだろう。しかし撤退しろと言われた時間だから全員撤退したと言う所か

 

「楓どうする?魅啝がいるか判らないぞ?」

 

もしかすると魅啝も一緒に撤退しているかもしれないぞ?と楓に言うが、楓はいや、いる。と強い口調で断言し屋敷を見つめて

 

「魅啝は屋敷の中にいる。俺には判るんだ……」

 

上手く説明は出来ないけど、絶対屋敷の中にいると断言する楓。もしかすると肉親同士だけが判る何かを感じ取っているのだろうか

 

「楓のお父さんも良くそんな事を言ってたよね?」

 

出雲にいた時の楓を知る桃子がそう呟く、と言うことはもしかするとやはり楓には何か特別な力があるのかもしれない

 

「判った。なら突入する方向で行こう……とは言え、全員で突入する訳にはいかない」

 

全員で突入して迷ってしまえば魅啝達の二の舞だからなと言った久遠教授は俺達を見て

 

「突入するのは楓君とイザベラの2人だ。私達はここで楓君とイザベラが戻るのを待つ」

 

「ま、待ってください!久遠教授。ふ、2人だけなんて危険すぎると思います!」

 

桃子が手を上げて危険だと詰め寄るが久遠教授は大丈夫だと断言する

 

「楓君は魅啝を見つけたいから決まりなのは当然だ。そしてイザベラを選んだ理由だが、悪魔の契約可能枠が2つある。屋敷の中の悪魔と契約して道を知る事が出来るからだ」

 

俺や桃子達は悪魔の契約数が増えていない、だがイザベラさんはカハクのみと契約しており、それでもまだ悪魔の契約の枠が2つある。契約可能数3、それは俺達の中でもっとも契約数が多いという事だ。屋敷の中の悪魔と契約出来、更に戦力を強化する為に更に契約も出来る。それは俺達には無い利点だ

 

「ですが、突入が2人と言うのはいささか危険だと思います。もう1人、私か、桃子さんを同伴させるべきではないでしょうか?」

 

「人数を増やして逸れなどのリスクを高める訳には行かない。2人で行動するのが一番安全だと判断した」

 

だから数を増やす事はないと断言した久遠教授。多分この意見が変わる事は無いだろう

 

「楓君達は屋敷の中でヤタガラスの悪魔使いと合流出来ればその安全度は上昇する。私達のほうが危険度は高いのだぞ?まずは2人を見送ってから場所を移動し安全な拠点を見つける。そしてそこで楓君達が戻ってくるのを待つ。これは決定事項だ」

 

楓君とイザベラも良いな?と念を押す。楓とイザベラさんに不満は無いようで判りましたと頷き、車の荷台から荷物を取り出して身に着けていく。数分で準備を整えた2人が屋敷の入り口に向かう

 

「通信用のトランシーバーだ。スマホの電波が届かない時に使うんだ、最悪の場合連絡しろ、その電波を頼りに悪魔を応援に向かわせる。気をつけてな」

 

「楓、イザベラさん。無理はしないでね?危ないと思ったら直ぐに引き返してきてね?」

 

「楓君。イザベラさん……無事に戻ってきてくださいね」

 

「楓、イザベラさん気をつけてな」

 

「ありがとう、行って来る」

 

「では行って参りますわ、行きましょう。楓」

 

屋敷の扉を開けて2人が中に入っていく、その瞬間に2人の姿が見えなくなった。外から少しは見えると思っていたので正直かなり面喰らった

 

「では私達は2人が戻ってくる場所を護るぞ。屋敷の巨大化の事もある、まずは安全な拠点を見つけるぞ」

 

久遠教授の言葉に判りました!と返事を返し、俺達は1度屋敷の前から離れ、安全な拠点を見つける為にその場を後にするのだった……

 

 

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その2へ続く

 

 




倍書く事になりますがルート分岐を頑張って書いて行こうと思います!今回は導入会なので短めですが次回からは普段通りの長さで頑張っていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐チャプター2

 

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その2

 

楓と共に足を踏み入れた屋敷。たった1歩……そして溜息を吐きながら振り返る。入ってきた玄関は消え、長い一本廊下に私と楓は立っていたのだ。どうもかなり複雑に異界化していると見て間違いないですわね

 

「楓。どうも脱出はそう簡単に出来そうにありませんわね」

 

「そうですね……でも予想の範囲内です。悪魔のテリトリーだから」

 

楓の言葉に笑みを零す。取り乱すでもない、悲観するわけでもない。恐怖を感じながらも適切に行動しようとしている。知性で恐怖を押さえ込もうとしている。強い、本当に強い男だ。久遠様が目を掛けるのも当然だと改めて実感する

 

「さてと、では楓。ここからどうしますか?」

 

「方位磁石で方角を確認しながら移動するか、ナイフで壁に印を付けながら移動する。出来ればどこかで休める場所を見つけることが出来ればそこを一時的な拠点にしたい」

 

「冷静な様で安心しましたわ。では行きましょうか」

 

今の質問は楓の冷静さを確かめる為の物。ただの学生だったと言うのに、動揺せず、そして冷静に頭を働かせている事に感心しながら楓とと共に薄暗い屋敷の中を進む

 

「イザベラさんは悪魔の契約数は残り2つで良いんですよね?」

 

「ええ、久遠様に報告したとおりですわ」

 

契約数がどうかしたのですか?と尋ねると楓はちょっと気になることがあってと呟き

 

「久遠教授と俺と雄一郎の契約数が2で、桃と美雪先輩が1のまま。それに対して、イザベラさんは契約数が3……何を条件にして契約数が増えているのか?それを知りたくて」

 

「そう言われるとそうですわね」

 

私は特に何かをしたわけではない。だが契約数が増えている。その理由は確かに私も知りたいと思う

 

「悪魔と戦うことが条件なのでしょうか?」

 

「それなら桃と美雪先輩も一緒に戦っているので増えてる筈」

 

何かもっと他に理由があると思うんだと言う楓。悪魔の契約数はそのまま戦力と生き残る為の戦術に繋がる、確かに狙って契約数を増やせるならそのほうが今後の為になるでしょうね

 

「しかし今考えるのはそれではないですよ。無事にこの屋敷を脱出し、なおかつ、貴方の血縁だと言う神堂魅啝を探す事ですわ。どうすれば契約数を増やせるかと言う今答えの出ないものを考えていても意味はありません」

 

そうだなと呟いた楓は背中に背負っている剣ではなく、ナイフを手にする。狭い屋敷の中では剣よりもナイフの方がいい。冷静で的確な判断だ

 

「召喚するのはカソにしようと思うんだけど、イザベラさんはスパルトイの方が安心できる?」

 

「いえ、カソで結構です。スパルトイは目立ちすぎますから」

 

この狭い廊下では大柄なスパルトイでは思うように移動できない危険性が高い。それならば小柄で嗅覚や夜目が聞くカソを召喚するほうが無駄が無い。

 

「私もカハクを召喚します。出来るだけ戦闘は回避する方向でいいですわね?」

 

2人だから続けて戦闘をすれば体力もMAGにも余裕が無くなる。出来るだけ戦闘は回避する方向でと言うとそれで行きましょうという楓と共に私は薄暗い屋敷の中をカハクとカソの明かりを頼りに暗い屋敷の中を進み始めるのだった……

 

 

 

外から見た通りと言う広さではない、やはりこれも悪魔の仕業と言う奴なのかと屋敷の中を観察しながら考える。板張りの廊下と障子……完全な日本家屋と言う感じだが、その奥行きが尋常じゃない。日本家屋特有のひんやりとした空気のせいで余計に恐ろしく思える

 

「カソ、悪魔の気配はあるか?」

 

【……ナイゾ。いまのトコロはシンパイない】

 

悪魔の気配がない、その言葉に安堵の溜息を吐きかけるがそれを飲み込む。どこか遠くから、何かを引きずる音が聞こえてきたからだ

 

「カソ、もう1度聞くぞ?悪魔の気配は?」

 

【……ナイ。ワレはにんしきデキヌ】

 

隣にいるイザベラさんに目配せすると、イザベラさんは無言で障子を開けて中に入る。俺もそれから遅れてその部屋の中に入り、息を殺し何かを引きずっている何者かが通り過ぎるのを待つ

 

「もーいーかーい、もーいーかーい?」

 

壊れたラジオのようなノイズ混じりの声でもーいーかいと言う声が狭い廊下の中に響く

 

「おーかーしいなー、誰かの気配をかんじたんだけどー……」

 

けらけらと笑う不気味な声。障子に映った影は異様な影だった、片腕だけが異様に肥大化し、巨大な剣を手にした長い耳を持つ異形

 

「つーぎーのにげるひとはだーれかなー。かくれんぼーはたーのーしなー」

 

不気味なリズムで歌を歌いながら歩いて行く異形。その姿と声、更に何かを引きずる音が完全に消えるまで口に手を当てて、その声も呼吸も聞かれないようにする。永遠とも思える時間が過ぎ、その気配が完全に消えた所で

 

「最悪だ。よりにもよってあれか」

 

「楓はあれが何かご存知なのですか?」

 

私はあんな悪魔は知らないのですが?と言うイザベラさんに俺はあれは悪魔じゃないんですと呟く。確信がある訳ではない、その可能性が極めて高い。そう思いたいだけかもしれないのだが……多分当たっているだろう。あのノイズ混じりの声もおかしいと思ったが、もし俺の考えている通りならそれはある意味当然なのかもしれない

 

「1人かくれんぼって言う都市伝説だ」

 

ひとりかくれんぼ?と鸚鵡返しに尋ねてくるイザベラさんにひとりかくれんぼですともう1度言う

 

「最近有名になっている都市伝説で、手足のある人形の腹を割いて、そこに米と血液とか爪とかを入れて、赤い糸で縫い合わせて、余った糸は人形に巻きつけてやる。呪術とか、交霊術とか言われてる都市伝説だ」

 

都市伝説の中では猿夢かそれに等しい危険度を持つ極めて危険な物の1つだと説明する

 

「これは長時間やるとぬいぐるみに憑依した霊が暴走して危険とされるもので、出来るだけ短時間で終わらせる必要がある」

 

「なるほど、理解しました。つまりは短時間で終わらせる事が出来ず憑依した霊が暴れていると言う事ですね?」

 

その可能性が高いと思いますと呟き、それに続いて懐から手帳を取り出して

 

「次に最悪なのがこの部屋を見てください」

 

隠れていた部屋を見るように言うとイザベラさんは部屋の中を見て

 

「ぬいぐるみだらけ……まさか!?」

 

「そうだ。仮にあのぬいぐるみを破壊しても、中の霊はまだ生きている。それは新しいぬいぐるみに乗り移ってまた活動を再開する」

 

魅啝がぬいぐるみを破壊したのか、綺麗に並んでいるぬいぐるみの中にいくつか歯抜けがある。恐らく倒したのだが、別のぬいぐるみに憑依して動き出したのだろう。そう考えながら並んでいるぬいぐるみを確認して、舌打ちをする

 

「喋る機能があるぬいぐるみはあと2個だけだ」

 

今のは喋る機能があったからノイズ混じりでも声を発していた。だから事前に察知する事ができた、だがもしも発声機能の無いぬいぐるみに憑依されたら?事前に察知する事が難しくなるだろう。多分喋りながら歩いていたのは恐怖させ、動揺させる事で隠れている相手を見つけようとしたからだろう。それをしないのならば音を立てる必要は無い、獲物を変えてナイフなどで小さなぬいぐるみの身体を生かして襲った方が暗殺の成功率が上がる。それをしないのはあの霊……いや、悪魔は今の状況を楽しんでいる

 

「楓。ひとりかくれんぼを終わらせる方法は?」

 

「隠れた人間が口に含んだ塩水を吹きかけて、3回私の勝ちと言ってから、ナイフで人形を縛っている赤い糸を断ち切り燃やす事」

 

俺がそう言うと今度はイザベラさんが舌打ちをする。恐らくひとりかくれんぼを始めた何者かは既に死んでいる

 

「私か楓があのぬいぐるみに見つかり、かくれんぼの舞台に上がる必要がある。そういう事ですわね?」

 

「多分……」

 

奇襲して倒したとしても、ひとりかくれんぼに決められた終わり方をしなければ俺達はこの屋敷から抜け出る事は出来ない

 

「まずは塩水だ。塩水を作る為にキッチンを探そう」

 

炎はカソとカハクがいるので心配する必要は無い。まずは霊を弱らせる為の塩を見つけることが最優先で

 

「こういうとき、普通の塩でも大丈夫だと思う?」

 

「……どうでしょう?」

 

清めの塩とかじゃなくて大丈夫なのか?と思うが、こんな場所で清めの塩などが手に入るとは思えない。とりあえず手に入る塩で何とかするしかないと判断し、俺とイザベラさんはキッチンを探して歩き出すのだった……

 

 

 

「しくじった……」

 

私は廊下の壁に背中を預けながらそう呟いた。恐ろしいほどの奇襲と速攻だった……小さな20センチほどのぬいぐるみ、それが手にしたカミソリの刃で切り裂かれた足の怪我は思ったよりも深い。仮に悪魔の魔法で回復したとしても、失った血液までは戻ってこない

 

「気絶していたとは……」

 

カミソリの刃で切り裂かれ、そしてその直後に落とし穴に落とされ私は無様にも意識を失った。どれほど気絶していたかは判らないが、老体には危険すぎる量の血液を失ったのは間違いない

 

(なんとかして魅啝様と合流しなければ)

 

連れてきた2人は恐らく既に死んでいる、あの力量ではこの屋敷の中のぬいぐるみに憑依した悪魔に勝つことは出来ない。恐らく既に死んでいると見て間違いない……その死んだ2人に魔石や、札を預けていたのが悔やまれる。本当ならば私か、魅啝様のサポートとして連れてきたのだが、そのサポート役が死んでは意味が無い。応急処置は済ませたが、とてもではないが、動ける状態ではない……せめて動ける状態になるまで隠れる事が出来れば……

 

「敵か!」

 

近くで障子が開いた音がする……悪魔か、それとも死んだと思っていたサポーターか?悪魔を召喚する準備をし、脇においていた刀を手にし廊下を睨む。だがその曲がり角から姿を見せた人物を見て私は驚愕の悲鳴を上げた

 

「楓様!?」

 

ここにいるはずの無い総司様の息子。新藤楓様が金髪の外人の少女を伴って目の前に現れたのだから……

 

「あんたは……確か、御剣だったか、怪我をしてるのか?ちょっと待ってくれ」

 

「楓。この老人は?」

 

「魅啝と一緒にいたんだ。何か知ってるかもしれない」

 

叫んだ事で貧血を起こし、揺らぐ視界の中。私は楓様に問いかけた

 

「何故楓様がここに?」

 

「魅啝からメールがあって危険だと聞いて、魅啝が心配で来た」

 

その言葉に内心舌打ちをする。危険だから遠ざけるつもりが本人が来てしまっては何の意味も無い。そして何よりもこの屋敷に入ってしまえば脱出する事はあの悪魔を倒すまで不可能なのだから

 

「どうしてここに「落ち着け、まずは怪我の処置をしてからと、血を流してるんだよな。えっと痛み止め効くか判らないけど」

 

私の足の怪我にガーゼを当てて、包帯を巻きながら楓様がそう呟く。その手が私の血で汚れるのを見て

 

「止めるのです!私は」

 

「下賤とかそういうのはいいから、生きて会えた。俺とイザベラさんはこの屋敷に入ったばかりだ。情報が欲しい、それにせっかく会えたのに死なれたら目覚めが悪い」

 

だから大人しく治療されろと言う楓様になにも言う事が出来ず。私は楓様にありがとうございますという事しか出来ないのだった……

 

「落とし穴?落とし穴で落ちてきたのか?」

 

「ええ。それで魅啝様ともはぐれてしまいました」

 

応急処置を終えた所で何があったと尋ねてくる楓様に自分におきたことを説明する

 

「イザベラさん。この屋敷外から見たら2階でしたよね?」

 

「ええ。その筈ですが……もしかすると悪魔の力で色々と変わっているのかもしれないですわね」

 

その外見からは想像できない流暢な日本語に驚きながら、私は気になっていた事を尋ねた

 

「ご友人と恩師の方は?」

 

「外で俺達が戻ってくるのを待ってる。全員で突入する危険性を考えて」

 

それは正しい判断だろう、私達でさえ落とし穴などのトラップで分断されたのだから、全員で行動するのは全滅の危険性を上げる以外の何者でもない

 

「ですが、楓様。どうしてこんな無謀な事を」

 

危険だと伝えたのにどうして来たのですか?と尋ねると楓様は立ち上がって背伸びをしながら

 

「せっかく会えた従兄妹が死ぬかもしれないと思ったら黙っていられるわけが無い。それに父さんは昔の事を何も教えてくれなかった……もう会えないかもしれないから、父さんを知る人の話を聞きたいと思ったんだ」

 

「楓様……」

 

悪魔が出現しているのは神無市だけではない、他の都市でも少なくとも悪魔は出現している。きっと総司様がいる場所も同じなのだろう

 

「それにだ。あんた達は都市伝説に詳しいのか?」

 

「いえ。それは……」

 

私達は悪魔に対する専門家だ。都市伝説などの最近生まれた怪奇伝説などは正直言って詳しいとは言いがたい

 

「なら教えるよ。この屋敷の悪魔は「ひとりかくれんぼ」特殊な交霊術で、特定の順番で終わらせないと決して終わらない、そして時間が経てば経つほど、危険度を増させる都市伝説だ。俺達はこの屋敷に入って1時間くらいだが、どれくらいいるんだ?」

 

その言葉を聞いて納得した。私と魅啝様で何度もぬいぐるみを撃退したのに数分と立たずまた襲ってくるその謎が……

 

「気絶したので覚えてないですが……少なくとも5時間は経っているかと」

 

時間が経てば立つほど強力になり、そして倒しても無限に復活する悪魔……それはある事実をこれでもかと示していた

 

「つまり力技では決して勝てないと言うことですね?」

 

「そうなる。だから早く魅啝とも合流したい」

 

楓様の言う事が間違いではないのなら戦っても、悪戯にMAGと体力を消耗するだけでいずれは殺されるという事だ。

 

「どうすれば……いいのですか?」

 

「まずはキッチンを見つける。そこで塩水を作る事、それと追いかけてくるぬいぐるみに見つからない事。御剣はぬいぐるみに見つかってるよな?」

 

確認と言う感じで尋ねてくる楓様に頷くとそうかと呟き、好都合だと笑う。確かに強力な悪魔である事は事実だが、かくれんぼの名前の通りかくれんぼのルールから逃れる事はできない。それが唯一の攻略する糸口になると楓様は呟く

 

「これで塩水が有効か確かめることが出来て、囮にするようで悪いが御剣と俺達どっちを優先するのか?それを調べる事もできる。それともしそれならもう1つ確かめる事が出来る事がある」

 

冷静だ、そしてそれでいて残酷だ。助けはしたが、それは自分の考えを確かめる為の物……

 

(味方と認めれば全力で助けてくれるが、やはり私は警戒しているか)

 

最初の出会いが最悪だったなと後悔しながら、楓様が口にした確かめる事があるという言葉の意味を尋ねると楓様は深刻な表情で口を開いた

 

「ここまで来るのに、部屋を6つほど見たけど、その中に2つの部屋の押入れに空っぽのコップがあった」

 

その言葉を聞いて楓様が何を言いたいのか理解した。楓様はこうおっしゃっているのだ、ぬいぐるみに憑依している霊または悪魔は2体……もしくはそれ以上存在する

 

「ひとりかくれんぼをそれだけ大勢でやったとは思えない。だけど……複数体存在する……その可能性は高いと思う。この屋敷には複数体のぬいぐるみに憑依した悪魔がいるかもしれない」

 

それは最悪の予想であったが、それであると同時に極めてその可能性が高いと言う事実を持っていた。そしてそれを証明するかのように

 

「「もーいーかーい」」

 

進んでいる廊下と背後から聞こえてきた声に複数体の悪魔がいる。と言うその可能性が信憑性を帯びてきたのだった……

 

かくれんぼはまだ始まったばかりだ……

 

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その3へ続く

 

 




ひとりかくれんぼについては皆さん知っていると思いますが、今作では倒してもぬいぐるみは復活すると言う設定になっています。それは屋敷自体が触媒であり、その屋敷の中では不死身であると言う設定にしているので、次回は御剣を加えての捜索になります。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐チャプター3

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その3

 

御剣と言う初老のヤタガラスの悪魔使いと合流したが、結局の所情報はあまり持っておらず、しかも足を負傷しているのでむしろ足手纏いが増えたという感じだが、こうしていても相当なMAGを有している。移動や捜索では役に立たないだろうが、戦闘となれば役立つかと思い、考えを切り替える事にする

 

「駄目だな。本当に落とし穴があったんですか?」

 

「ええ、間違いないです。ここです、私が落ちてきたのは」

 

血痕を辿って長い廊下を歩いてきましたが……天井を見上げるが落とし穴らしいものは無い

 

「異界となっているいい証拠ですわね。ただ、ここから上の階に行くのは無理そうですが……」

 

どこまでも長い廊下と時折ある部屋。それしかないこの通路から脱出できる手段を見つけたと思ったんですがね……

 

「うーん……上の階があるとして……階段らしいものはないし、落とし穴の痕跡も無い……上に行く方法があるはずなんだけどな」

 

どこまでも続く長い廊下と点在する部屋。目的としているキッチンの姿も無い、どうにかして別のフロアに移動する手段を見つけなければ……

 

「御剣さん、最初来た時はこの通路を通ったんですか?」

 

「いえ、通っていません。私達が屋敷に足を踏み入れた時はこれほど長い廊下もありませんでしたし、階段などもありませんでした」

 

階段も無いのに落とし穴に落ちたですか……そして来た時は普通の屋敷だった……すさまじい勢いで異界が肥大化している証拠だ。久遠様達は大丈夫だろうか?と言う不安を感じるが、久遠様がいるのだから心配することは無い、自分達の事に集中しようと意識を切り替え、手にしている日傘で長い廊下と壁を叩いてみるが、隠し部屋らしい手応えも無い

 

「楓、どうしますか?」

 

「うーん……何処かに隠し部屋とか階段があるんだろうか……」

 

この日本家屋と言うものに対しては私に知識が無い。だから楓の考えに口を挟む事が出来ない、大体なんで人間の家と言うのはこんなに複雑なんでしょうか……

 

(もう吹き飛ばしてしまいましょうか?)

 

幻術か何かの可能性もあるので魔法で攻撃したほうが早いのでは?と言う物騒な考えが脳裏を過ぎった時。

 

「もーいーかーい?」

 

今まで遠くから聞こえていた声がやけにはっきりと聞こえる。

 

「楓!御剣!」

 

「判ってる!御剣さん、走れますか?」

 

「な、なんとか……!!」

 

この通路の謎を解いていない上に、無限に復活する悪魔となんて戦っている余裕は無い。私達は長い廊下を走り、遠くに見える襖の開いた部屋の中に駆け込む

 

「これは日本の着物?」

 

あちこちからのびている着物とか言う日本の服に一瞬面食らう物の、隠れ場が多いことに安堵する

 

「楓様。私はこちらに隠れます、いざとなれば囮になりますゆえ、決して動きませぬように!」

 

御剣はそう言うと入り口に近い箪笥の中に隠れる。止めようとしている楓の腕を掴み

 

「従者としての勤めを果たそうとしているのです。余計な口出しは無用ですわ、私達も隠れますわよ!」

 

「ちょっ!?イザベラさん!?」

 

楓の腕を引き、大きな衣装棚に2人で隠れるのだった……

 

 

 

イザベラさんが隠れる事を選んだ衣装棚は2人で隠れるには少し小さく、そして狭かった

 

(ち、近い……)

 

物凄く近くにイザベラさんの顔がある。切れ長の眼の強い意思を感じさせる瞳が目の前にあり、更にドレス姿と言うこともあり、肩や胸元が露出していて、こんな状況だというのに心拍数が上がるのを感じる

 

(静かに……来ましたわ)

 

イザベラさんは俺のことを全く意識していないのに、俺がイザベラさんを意識している事に気付き恥ずかしい気持ちになりながら、息を殺して衣装棚の隙間から入ってきた人形を確認する

 

「もーいーかーい?もーいーかーい?」

 

廊下から聞こえてきていたノイズ交じりの声は変わらない。だが屋敷に突入した時に見た人形のシルエットとは全然違う

 

(やっぱり複数の人形が動いているのか……)

 

俺達が最初に見た人形は1Mを超えている巨大な人形だったが、今包丁を手に歩いている人形は50Cm程の一般的な人形の大きさだ。人形はもういいかい?と繰り返し呟きながら、部屋の中を歩き回り暫くするとこの部屋から出て行った

 

(廊下で隠れているかもしれないので少し様子を見ましょう)

 

イザベラさんの言葉に頷き、衣装棚の中を少し見てみる。着物だらけでどことなく出雲の実家を連想させこんな状況だが懐かしい気持ちになる。隠れ続けて15分、もう人形の声も聞こえないと言う事で衣装棚から出る

 

「やれやれですわね。埃っぽくてかないませんわ」

 

「そうですね」

 

この部屋は着物などが置かれていたが、今の日本で着物を着る機会は少ない事もあり埃っぽい。悪魔に襲われるかもしれないという緊張感から逃れることが出来たからか余計にそう思う

 

「無事にやり過ごす事が出来ましたね」

 

押入れから出てきた御剣さんにそうですねと返事を返す。小柄な人形だったからか、もし組み付かれては逃げる術が無くそのまま包丁で切り殺されていたかもしれないという事を考えると本当に見つからなくて良かったと思うのと同時に急がなければと言う気持ちが強くなった

 

「早く魅啝を見つけないと大変な事になるかもしれない」

 

今の人形は明らかに綺麗だった。人形は壊されるたびに別の人形に乗り移って追いかけて来る筈だから、早く合流しないと敵ばかりが増えることになる

 

「その為にはまずこの通路の謎を解かないと」

 

「判ってます。多分ヒントは……押入れにある」

 

私の隠れていた押入れに?と呟く御剣さんにそうですと頷き、懐中電灯を手に押入れを開け、上下共に確認する

 

「やっぱり、また合った……」

 

押入れの奥に置かれている水の入ったコップと魔法陣の描かれた紙。俺はスマホを取り出して先ほど撮った写真を開く

 

「これを見てください、どう思いますか?」

 

俺のスマホを覗き込んだイザベラさんと御剣さんの顔色が変わる。3枚の写真全てに同じコップに入った塩水と魔法陣の描かれた紙がが写されていたのだ

 

「これはまさか……同じ部屋が何個も存在しているという事でしょうか?」

 

「多分……同じ部屋じゃなくて、押入れだけが存在しているって事だと思います」

 

ひとりかくれんぼは隠れ場所を用意する。そしてその隠れ場所には人形に憑いた霊を除霊する為の塩水が必須になる、そして本来はTVをつけてそれを霊の通り道にするのだが、この屋敷と言うかこの階層にはTVが無い。だから紙に書いた魔法陣をTVの代わりにしていて、その魔法陣から無尽蔵に悪霊が召喚されている可能性が浮上した。俺は押入れの中の魔法陣が描かれた紙を引っ張り出し、それを破りながら

 

「この魔法陣の描かれた紙、その全てをとりあえず破いてみましょう。今はこれしか手掛かりがないですから」

 

この無限に続く廊下と、時折存在している部屋。本来ならばあるはずのトイレやキッチンなどが無い、それももしかするとこの異界を攻略するためのヒントになるかもしれない。だがそれはまだ状況証拠としか言えない、押入れに隠されている魔法陣。それらを全て破棄して、そしてそれで何が起きるか?それを知る必要がある

 

「確かに今の段階では何も手掛かりが無いですからね。とりあえず、その魔法陣の描かれた紙を捜して破くか燃やす。それを目的としますか……御剣は異論は無いですね?」

 

「異論などありませんよ、急ぎましょう。魅啝様が危ない」

 

俺は御剣さんの言葉に頷く、こんな異様な状況の建物に長時間いるのは危険だ。しかも無限に復活する悪魔と戦い続ける、最初はいいだろうが、MAGや手持ちの道具が尽きたらそれは死を意味する。早く魅啝と合流し、この屋敷を脱出する。その方向に間違いはない

 

(だから今は我慢するしかない)

 

正直俺は御剣さんが好きではない、むしろ嫌いだ。最初の出会いが最悪だった事もあるし、俺じゃなくて父さんを見ているようなその視線も嫌いだ。だが、俺とイザベラさんだけではどうしようもないのだから、利用できる者は全て利用する。信用できない相手にだって協力を求める、それくらいの腹芸が出来なければこれから生き残る事なんてできないのだから……

 

 

 

 

刀についている綿ぼこりを振り払い、残弾の尽きたカートリッジを廊下に放置して移動を再開する

 

(これで5体目……ですか)

 

襲ってくる人形はさほど脅威ではなく、遭遇する度に撃退してきましたが、これだけの数を倒してもまだ現れるという事は無限に復活すると考えて良いでしょう

 

「……移動してきたのはいいですが……ここは今どこなんでしょうか……?」

 

階段を下りて来てから私が見つけた部屋は2つ。1つは台所、そしてもう1つは消せないTVの置かれた居間……後は私の移動してきた階層となんら変わりの無いどこまでも続く廊下と人形が襲ってくるという代わり映えの無い通路が続いている

 

(……ここでも何かをすれば新しい通路が現れるのでしょうか?もしそうだとしたら出現条件は……?)

 

この屋敷は罠だ。無限に続く廊下や復活し続ける悪魔……明らかにこちらの体力とMAGを奪う事を目的としている迷宮だ。となれば容易に脱出など出来る訳がない……

 

(1度安全な場所を見つけるべきか……な)

 

移動と戦闘を繰り返している事で精神的にも肉体的にも少し疲労が見えてきた。どこかで隠れてもまた悪魔に襲われる……MAGを消費する事を覚悟して前鬼か後鬼を召喚して身体を休めるかと考えていると何者かの気配が近づいてくるのを感じた

 

(悪魔……じゃない、この異界を作り出した人間か……?)

 

こんな状況でひとりかくれんぼを始めた馬鹿が生存していた?もしそうならば情報を得るべきだと思い。廊下の影に身を潜め、その何者かの気配が近づいてきた所で

 

「っうわ!?」

 

その服を掴んで廊下に引き摺り倒し足で踏みつけようとした瞬間に気付いた

 

「……お義兄様!?」

 

見間違えるわけが無い、楓お義兄様だ……でもなんで!?どうして!?ここには来ないであれだけメールしたのに!?ありえない人物との再会に思わずパニックになる。悪魔の攻撃と言う考えまで脳裏に過ぎったが

 

「魅啝様!ご無事で良かったです!」

 

「貴女!せっかく助けに来たのに何をするのですか!」

 

御剣と見覚えの無い外人の少女の姿にこれが幻ではないと悟る。わ、私はと、とんでもない事を!?

 

「あいたたた……びっくりした……」

 

「……ご、ごめんなさい!お義兄様!ごめんなさい!き、嫌いにならないで!!!」

 

助けに来てくれた相手。しかもお義兄様にとんでもない事をしてしまった、その事に気付き思わずパニックになるが

 

「魅啝……良かった。無事だったんだ……」

 

怒るでもなく、私の無事を喜んでくれるお義兄様。私の警告を聞いてくれなかったのか、どうしてここにいるのか?色々と聞きたいことがあったのだが、良かったと笑うお義兄様の顔に私の言いたい事は全部言えなくなってしまい、代わりに私は自分でも判るくらい顔を紅く染めながら、あ、ありがとうございますと小さな声で呟くのがやっとなのだった……

 

「神堂魅啝です……お義兄様とは従兄妹になります」

 

「イザベラですわ、よろしく」

 

お義兄様と一緒に助けに来てくれたイザベラと言う少女と軽く自己紹介をする。今まで1人だったので身体を休める事は出来なかったが、お義兄様と御剣と合流出来た事でやっと一息付く事が出来た

 

「それで楓様。魅啝様と合流できましたが、どうするおつもりですか?」

 

「目的は変わらない。キッチンを見つけて塩を確保する、次にこの屋敷から脱出する術を見つける。これ以外に目的は無い」

 

お義兄様と御剣の話を聞いていて、私はイザベラから渡された水を飲みながら

 

「……台所なら先ほど見ました、それと電源が消せないTVのある部屋も……何か手掛かりになりますか?」

 

お義兄様に私の見つけた部屋の事を話すとお義兄様は最高の手掛かりだと笑い

 

「塩水を作らないとあの人形は倒せない、早く塩水を確保したいんだ。案内してくれるか?」

 

「……はい!こっちです」

 

少し休んだだけだが、お義兄様が見てくれているのに無様な真似は出来ない。私は直ぐに立ち上がり、台所へとお義兄様を案内するのだった……

 

 

 

人形に襲われてから3つ部屋を探して、その押入れの中の紙を破り捨てると階段が現れ、それを登ってきた所で魅啝と合流できたのは明らかに幸運だった。まぁいきなり引き摺り倒されたのは驚いたが、悪魔と契約した事で身体能力が上がっているのでさほどダメージにならなかったのも幸運と言えるだろう

 

「……ここです」

 

「割と綺麗だな」

 

日本家屋なので古い台所を想像していたが、システムキッチンにIHともしかすると水回りはリフォームしていたのかもしれないな

 

「イザベラさん。水が出るか確認してくれますか?御剣さんは冷蔵庫の確認。魅啝は俺と一緒に塩を探してくれるか?」

 

悪魔が襲ってくるかもしれないんので捜索に時間を掛けている余裕は無い。もし休憩するとしてもまずは塩の発見と水が出るかどうかと言う確認に、悪魔がいないかなどの確認をしてからやっとここを拠点とすることが出来る。その為には作業を分担して、素早く、効率的に捜索を終えよう。このキッチンは屋敷と違い異界化してなかったので割りと直ぐに塩を見つけることが出来た、しかも新品なので無くなるという不安も無くなったし、喫茶店などで見かけた悪魔の姿も無い。準備が出来たら、ここで休憩して戦いに備えた方が良いな

 

「……お義兄様。塩水でどうするのですか?」

 

「ひとりかくれんぼは終わらせる時にコップに塩水を用意して、それを口に含む、そしてコップの中の塩水を掛けて、口に含んだ塩水を吹きかけてから、私の勝ちと3回宣言する。これが終わらせる手順だけど」

 

けど?と尋ねてくる魅啝。俺の不安としてあるのがこれが始めた人間での終わり方と言う事だ

 

「多分これだけじゃ終わらない可能性もある」

 

戦って、弱らせて、そしてその上で塩水を掛けて霊を除霊する必要があると言うことだ

 

「……ではコップに用意するのではなく?」

 

「ああ、ペットボトルで大量に用意する」

 

人形の数も多いのに、コップでいちいち用意していたのでは埒が明かない。荷物となる事は判っているが、倒す手段として確立されているのだから荷物となる事が判っていても大量に準備するべきだ

 

「楓、水は大丈夫ですわ。それとペットボトルも」

 

「こちらは食料などはありませんでした」

 

食料が無いのは残念だが、水を確保できた。それで十分だ、これでやっと反撃する為の武器を手に入れる事が出来たのだから……

 

「じゃあ急いで塩水を入れたペットボトルを用意しよう。それから電源の切れないTVのある部屋に向かう」

 

その途中で人形と遭遇したら塩水の効果を試そうと提案する。ひとりかくれんぼの終わらせ方としてはこれで正しいのだが、始めた本人ではない。それがどんな作用を起こすか判らない、塩水を手にした所で撃退できない可能性もある。それならばまずは実験して効果の程を知るべきだと提案する

 

「全滅するかもしれないリスクを少しでも軽減する為と言う事ですね?」

 

「そういうこと。効果が無いものを効果があると思うほうが危険だ」

 

なんせここは悪魔のテリトリー。何が起きるか判らないのだから、常に全滅の危険性を頭の中に入れて、そしてその上で行動するべきだ

 

「……私は異論はありません。都市伝説に関しては知識が無いのでお義兄様の意見を聞きたいと思います」

 

「私もです。妖怪などの知識はありますが、都市伝説などは一切知りません。楓様の指示に従いたいと思います」

 

戦いのエキスパートだから俺の意見を却下されると思っていたが、魅啝と御剣さんが俺の指示に従うと言ってくれた事に安堵する

 

「皆。ここで1度休憩とこれからのことを話し合うと言う事で良いですね?」

 

最後に確認の為に異論は無いですね?と尋ねる。全員がそれで大丈夫と返事を返してくれたので、予定通り。ここで1度休憩する事にする

 

「カップラーメンとカロリーメイトしかないですけど、これで食事にしましょう」

 

「……では私は後鬼と前鬼を台所の入り口に召喚します、これで休んでいる間襲われる心配は無いですよ」

 

一番消耗している魅啝が悪魔を召喚するという。俺はそれに駄目だと返事を返した

 

「この中で一番強いのは間違いなく魅啝だ」

 

あの2体の鬼の強さは今もしっかりと覚えている。もしも俺達の悪魔で対処できないほど強力な悪魔に遭遇する事を考えれば、魅啝の体力とMAGは出来るだけ温存する必要がある

 

「俺がスパルトイを召喚する、少しでも体力をMAGを回復させて欲しい。俺からの頼みだが良いか?」

 

「……お、お義兄様がそう仰られるのならば……」

 

納得してない様子だが、俺の言う事ならばと言う魅啝。ここで休憩している間に、どうしてここまで慕ってくれるのか?それも聞いたほうが良いかも知れないと思った。ヤタガラスの事などで聞かないといけないことはこれでもかとある、休憩の間にそれも聞いてみようと思いながら鞄からカップラーメンとカロリーメイトを取り出し、休憩の準備を始めるのだった……

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その4へ続く

 

 




次回からは戦闘シーンを書いて行こうと思います。ここからが本番ですね、戦闘と謎解きと考えている事はあるのですが、文にするのが難しいですが頑張っていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐チャプターその4

 

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その4

 

食事などの休憩をしている間。懸念していた人形の襲撃は一切無かった、これには少し拍子抜けしたがある仮説を立てる事が出来たと思う。それは人形は自分が破壊されるのではなく、消滅させられる可能性のある場所には近づかないという仮説だ。もしその仮説通りだとするのならば

 

「この屋敷の生存者は風呂場とかにいるのかもしれない」

 

故意に始めたのかは判らないが、始めた人間がひとりかくれんぼの終わらせ方を知らないはずが無い。恐らく、計算外だったのは悪魔が現れるようになった事だと思う

 

「……生存者は助けるおつもりですか?」

 

「……いや、今の段階じゃ無理だ」

 

心情的には生存者がいるのなら助けたいと思う。だがこれから悪魔と戦うと判っているのに足手纏いになる相手を増やすわけには行かない

 

「俺達が悪魔を倒すまで生き残ってくれる事を祈るしかない」

 

「ま、当然ですわね。残酷ですが、それしかありませんもの」

 

イザベラさんも俺の意見に同意してくれたが、正直俺の心には良くない物が残る。助けられるかもしれないが、リスクを避ける為に放置する。自分の力だけで生き残ってくれる事を祈ると言う選択をした事がつらい

 

「仕方ありません。私達とて無事にこの屋敷を出られるかは判らない。むしろ冷静に、その決断を出来たことを私は評価します」

 

このような状況で一番怖いのは感情的になる事ですからと言う御剣さん。俺はただの学生だったのだから、本来その決断をするのは私がやるべき事でしたと言う。最初の出会いこそ最悪だったが、御剣さんは案外人格者なのかもしれないなと評価を改める

 

「出発の前に装備を確認したい。俺は……このナタとアギ以外の魔法石をそれぞれ5個ずつ。魔石も7個持ってきている。契約している悪魔はカソとスパルトイだ」

 

情報の共有。それはこの様な状況だからこそ最大の効果を持つ。俺に続いて、イザベラさんも

 

「では私の武器を、私はこの鉄芯入りの日傘とベレッタですわ。カートリッジの予備は3つ、契約している悪魔はカハク。魔法石はブフとジオが3個、後はチャクラドロップと魔石が10個ですわ」

 

俺にはスパルトイと言う接近戦に特化した悪魔がいる。それに対してイザベラさんはピクシーと同じ大きさのカハクのみなので、MAG切れを起こさないようにチャクラドロップを大量に持って貰っている

 

「……私は退魔刀とデザートイーグル……契約している悪魔は前鬼・後鬼とフェンリルって言う犬」

 

デザートイーグルってマグナムじゃなかったか?それにフェンリルを犬って……魅啝が規格外なのは知っているつもりだったが、俺は知ってるつもりだったんだなあっと改めて実感し、そして更に言えばもし魅啝達がひとりかくれんぼの事を知っていれば、俺の出番なんて無かったなと思った。

 

「では私も、私はこの無銘と言う日本刀です。戦っている間に他の消耗品はほぼ使い切ってしまっています、契約している悪魔はタケミナカタとコウモクテン、ゾウチョウテンです。ただMAGの都合上複数召喚は多少難しいかもしれませんが」

 

日本系の悪魔が多いんだなと思いながら、腕にCOMPもなく、そしてスマホを操作しているわけでもない

 

「御剣さんや魅啝はどうやって悪魔と契約しているんだ?」

 

これは単純な好奇心だ。俺達はスマホに入っている悪魔召喚プログラムを用いて契約しているが、古来から悪魔使いとして戦っていると魅啝達はどうやって悪魔と契約しているのか?と尋ねると魅啝は巫女服の中に手をいれ

 

「……私達はこれを用いて契約します」

 

「これは……?銀?」

 

差し出されたシャーペンほどの大きさの筒を受け取り観察する。何かの金属なのは判るがその種類までは判るわけがない、だって俺は民俗学を専攻しているのだから、金属の種類など判る訳が無い

 

「……これは封魔管と言います。特殊な金属を用いて作られ中にMAGを蓄える事が出来ます、そして契約した悪魔をこの中に封印するのです」

 

「ですが、元ヤタガラスと言うCOMPと言う機械を使っている悪魔使いにも会いましたが?」

 

ウロボロスの事を口にせず、イザベラさんがそう尋ねると魅啝は封魔管を巫女服の中に戻しながら

 

「……ウロボロスと会ったのですね。私達もあの悪魔使いの事は把握しています」

 

「対立するほど愚かな事はないのですが、向かう先が異なれば対立する事もやむなしですからね」

 

魅啝と御剣さんの言葉を聞いてから、俺は小さく深呼吸をして

 

「その脱走した人はヤタガラスは選民思想だと聞いた。それは本当なのか?」

 

「……それは判りません」

 

判らない?ヤタガラスの人間なのに?と俺とイザベラさんが首を傾げると御剣さんはそもそも私達はヤタガラスではありませんからと前置きしてから

 

「私と魅啝様はあくまで神堂の人間です、ヤタガラスとはなんら関係がありません。ただヤタガラスに実践級の悪魔使いがいないので神堂の人間を何人か配属しているだけです」

 

「では向かう先が異なるとは?」

 

「……私達は悪魔を倒し、門を閉じて悪魔を封印する。それが目的、でもヤタガラスの大半は勝てない、封印する事など出来ないと逃げに回っている。その思惑の違い」

 

つまり門とやらを封印して元の日本に戻そうとしているのが魅啝達神堂で、悪魔に屈服し、一部の人間だけでも生き残ることを考えているのがヤタガラスと言うことなのか?」

 

「ではなぜヤタガラスに協力するんですの?」

 

「……お母様の命令だから」

 

「現当主様のお考えだからです」

 

魅啝の母親……父さんの従兄妹……か。気にならないと言えば嘘になるが、桃や雄一郎も自分の家族が生きているかも、死んでいるかも判らない状況だ。自分だけがそれを知ろうと思うわけには行かないと頭を切り替え

 

「じゃあ逃げてきた悪魔使いって言うのは」

 

「……多分私達の管轄と違う部門からです。私達自身もお客様扱いで、あまり会議に参加するわけじゃないですし」

 

「そもそも興味がありませんね。私は魅啝様の付き人ですから、ヤタガラスの人間に命令させる筋合いは無いです」

 

どうも組織と言うのはこうも分裂しやすいものらしい……俺はイザベラさんと揃って溜息を吐いた。だがこれで魅啝と御剣さんがヤタガラスの思惑に従って動いているのではないと言うことが判った。それだけでも十分な成果と思うのと同時にヤタガラスについてもっと知る必要があると悟るのだった……

 

 

 

キッチンを出て数分で人形が襲ってきた。だがそれは人形と呼べる存在ではなかった

 

「も、もおおお……いいいかああああいいいいいッ!!!」

 

3M近い異様な姿。その身体を真紅に染め上げ、鋭い牙を持つその姿は人形などと呼べる訳も無く。醜悪な悪魔と呼ぶべき存在だった

 

「タケミナカタッ!!」

 

「……後鬼。おいで」

 

凄まじい勢いで突進してくる人形を見て御剣と魅啝が私と楓よりも先に悪魔を召喚する

 

(これは中々と言うべきですわね)

 

巨大な盾を手にした鬼と、両腕の無い鬼の悪魔。どちらもスパルトイ達とは比べるまでも無く、強力な悪魔だ

 

「……後鬼、マハ・ラクカジャ」

 

「タケミナカタ。楓様にラクカジャだ!」

 

2体の鬼が咆哮を上げると、私達の身体がMAGの膜に包まれる。楓だけは更に厳重なのに思わず苦笑し

 

「なんで俺だけ!?」

 

と言うその叫びに完全に笑ってしまった。御剣は理解しているのだろう、この4人の中では楓が一番のWEEKポイントだと。頭の切れは悪くないし、柔軟性と発想力も高い。だが考え方が甘い、一番死ぬ事を危惧しなければいけないのは楓だろう

 

「見つけたアアアアアア!!!」

 

【グガッ!!】

 

勢いをつけた悪魔の突進はかなり強烈だったのか、鬼の身体が大きく揺らぐ

 

「……おかしい、この程度の悪魔の攻撃で下がるなんて……」

 

魅啝の信じられないという言葉。確かに内包しているMAGは鬼のほうが遥かに多い、それなのにどうして?と思いながらカハクを呼び出し

 

「カハク、アギラオですわ」

 

【はーい!!いっけえッ!!】

 

悪魔と化していても人形は人形。炎には勝てない、そう判断し、カハクにアギラオを使わせるが

 

「弾かれた?」

 

炎は人形の表面に当たり、簡単に弾け飛んだ。これは耐性とかじゃない、何かカラクリがある

 

「次はお前が鬼だアアアアアア!!!」

 

「スパルトイ!防げるか!?」

 

【ムロン!!】

 

楓を護るようにスパルトイが前に出て、その盾で巨大な包丁を受け流し、盾で顔面を殴りつけようとし

 

【ぬ?】

 

打撃音が響くと思ったのが、廊下に響いたのはスパルトイの困惑した声

 

「消えた?」

 

「……逃げたとは思えない」

 

先ほどまで暴れていた人形が跡形も無く消えていた。だが倒したわけではない……

 

「なるほど、本体は別にいるということですわね」

 

多分だが、あの人形がこの異界を作り出している。そして異界となっているこの屋敷の中ではどこでも現れる事が出来る……恐らくそんな所だろう

 

「となると今優先するべきなのは、この階層の謎を解くことか」

 

「そうなりますわね。任せましたよ、楓」

 

戦う事は得意だが、謎解きなどは楓が一番優秀だから、頼みますよと言うと楓は判ってると返事を返し、手帳を開く

 

「魅啝。電源の消えないTVがある部屋があるんだよな?」

 

「……はい。その通りです」

 

電源が消えないTVか……楓は手帳を見て考え込む素振りを見せてから

 

「そのTVを消す方法を考えよう。ひとりかくれんぼの中にTVの電源をつけっぱなしにするってのがある」

 

「つまりTVを消せれば、何かが現れると?」

 

多分だけどと呟く楓。この階層に来れたのも楓の謎解きと推論が大きい、ならば今回もその考えは間違いではないだろう

 

「でも悪魔は帰還させないでくれ、多分……この階層に多い人形。これも何かの鍵になると思う」

 

楓の言葉に判りましたと返事を返し、魅啝が見つけたと言う電源が消えないTVのある部屋に向かって歩き出すのだった……

 

「「「もーいーかーい!!!」」」

 

「ええい!鬱陶しいですわ!!カハク!マハラギですわ!!」

 

【は、はい!!判りましたぁ!!!」

 

何度も何度も出てくる人形にいい加減に頭にきて、単体攻撃ではなく範囲攻撃を指示する

 

「スパルトイ!一撃で決めろ!出来ればスキルは使わないでな!」

 

【あんずるな!このテイドのあいて……スキルをツカウマデモない!】

 

スパルトイの鈍色の刃がきらめき人形を両断する。だが私達を囲んでいる人形の数は一向に減らない。最初は2体だったというのに、今は16……鬱陶しいにも程がある

 

「それほどまでに進ませたくないということですかな?」

 

「……鬱陶しい」

 

タケミナカタと前鬼を使役している御剣と魅啝もその表情に苛立ちが混じっているのが見える

 

「タケミナカタ!マハジオ!」

 

「……前鬼。デスバウンド」

 

電撃の嵐と振り下ろされた拳から何度も放たれる衝撃波が人形達を纏めて吹き飛ばす……が

 

「「「「「「もーいーかーいッ!!!!」」」」」」

 

「「「馬鹿な!?」」」

 

倒した倍以上の数で現れた人形に思わず私達の驚愕の声が重なる。倒しても復活するにしても感覚が早すぎる!?これではいくらなんでも私達の体力とMAGが持たない

 

「……カソ!あの後のウサギの人形を引きずり出せ!」

 

【マカセロ!!】

 

スパルトイの盾の内側から飛び出したカソが隠れようとしていたウサギの人形の頭に噛み付き、引き摺り倒す

 

「そのままアギだ!!」

 

【モエツキロ!!】

 

大きく口を開いたカソがそのまま火球を吐き出すと、私達を囲っていた人形は全て倒れ、塵となって消えていった……

 

「……お義兄様。これはどういう?」

 

「あの巨大な人形。いびつだけど、ウサギの姿をしていただろ?」

 

そう言われても私は其処まで見てなかったので、そうだと返事を返す事が出来なかった

 

「それで襲ってきた人形は最初。クマとウサギだった、倒しても色々人形は増えるがウサギは増えなかった……」

 

ウサギの人形に塩水を掛ける楓、するとウサギの人形は悲鳴を上げながらのた打ち回り、苦しむように何度も咳き込むと口から何かの欠片を吐き出すと、文字通り糸の切れた人形のようにウサギの人形は廊下に転がる。あの石に操られていたと言う事なのでしょうか?

 

「つまりウサギの人形が本体で、後の人形はフェイク。そして本体には……これだ」

 

楓の手の中には切断された青い宝石のような何かがあった。これがウサギを操作していたと言う事なのですか?

 

「これ、多分いくつか組み合わせて宝石に戻す必要があると思う。だからまずはこれを完成させよう」

 

面倒ですが、それしかこの階層から抜け出る手段がないと判り。それから私達は廊下を進んで戻ってを繰り返し人形を倒し始めた……なお砕けた宝石のかけら8つが全て揃ったのは戦い始めてから1時間後の事だったことをここに記す……

 

 

 

懸念していた塩水のペットボトルは人形の効果覿面で、人形を一気に撃退する事が出来た。残っている塩水のペットボトルは3本……作りに行くか悩むところだが、作ってもまたここに戻ってくるまでに消耗する可能性を考慮して、この手持ちの3つだけで先に進むことにする

 

(それにしてもこの場所は本当にどうなっているんだろうな)

 

今回の階層の謎も実に面倒くさいものだったなと呟きながら、集めた宝石の欠片を手に電源が消えないTVがあるという部屋に足を踏み入れる。

 

「結構うるさいな」

 

ざーざーっと言う音を立てるTVこそ五月蝿いが、部屋の空気は澄んでいてこの場所が安全だというのが判った。うるさいのは座布団か何かをTVに被せて誤魔化せばいいかと思い座布団を4枚TVに被せて音が少し小さくなったのを確認してから

 

「もしかしてここで休んでいたのか?」

 

畳みとフローリングのあるかなり大きな部屋。これは異界になっているとかではなく、純粋にこの部屋が大きいんだなと思いながら、魅啝にここで休んでいたのか?と尋ねる

 

「……はい、2時間ほど仮眠を……音こそ五月蝿いですが、わたしはどこでも眠れるので」

 

そうか、つまりここで謎を解いて、休憩する時間が有ると考えて大丈夫と言うことか……と考えながらスマホを操作して自分のMAGを確認する

 

(残り半分くらいか……気付くまで時間が掛かったもんな)

 

最初の人形と戦うのに消費したMAGが結構響いているな。だが、気付かないで戦っていればもっと消耗していたはずだから、この程度で済んでよかったと思うべきか

 

「魅啝と御剣さんのMAGはどうですか?」

 

2人の消耗具合を尋ねる。二人は手にしていた刀をちゃぶ台の上において

 

「私は問題ありません」

 

「……私もです。基本的に封魔管にMAGを余分に溜め込んでいるので、私達のMAGはそれほど消耗しません」

 

なるほど、操作には問題が残るが、あっちにはあっちの利便性があるのか……一長一短と言うところか

 

「MAGが大丈夫だとしても暫くここで休憩する。もし謎を解いて、その先であの巨大なぬいぐるみと対峙したら困るから」

 

体力とMAGは万全にしたほうがいい。それに精神的な疲労もある、五月蝿い事を除けば安全な拠点なのだから焦って前に進むことはない……と言うか、前に進めないというのが正解だと思う

 

「これパズルみたいになっているから、時間が欲しい」

 

お互いの切断面がでこぼこになっていて、見た目こそ滑らかだが、これを組み合わせて元の形に戻すとなると容易な事ではない

 

「ちなみに聞くけど、この中でパズルとかが得意って人は?」

 

さっと目を逸らすイザベラさん達に苦笑する。幸い俺はパズルとかが好きだから、何とか出来ると思う

 

「じゃあ時間をください。これ多分相当時間掛かると思う」

 

これが普通のパズルならいざ知らず。円形で、しかも模様がある訳でもないこれを組み合わせるのは容易な事ではない

 

「判りました。私はそういうのは嫌いなので素直に待たせて貰いますわ」

 

「……私は……お義兄様を見ていたいと思います」

 

「では私は少しばかり睡眠を取らせて頂きます」

 

俺の手元が見える所に座った魅啝に思わず苦笑しながらも、こればかりは仕方ないと小さく呟き目の前に転がる8個の宝石の欠片を見て。時間が掛かりそうだと思い

 

「そうだ、イザベラさん。1度久遠教授達に連絡を取ってくれるか?」

 

「そうですわね、心配しているでしょうから連絡しましょう」

 

スマホを操作するイザベラさんによろしくお願いしますと頭を下げ、俺は深呼吸をしてから難解な宝石のパズルへと手を伸ばすのだった……

 

 

懸念していたヤタガラスが戻ってくる事はなく、更に言えば悪魔の襲撃もなく。私達は日の出ている時間に拠点を決め、そしてその拠点を護るための準備もすることが出来た。こうなると後の不安は楓達が無事に戻ってきてくれるか?そこなのだが楓達が屋敷に入って、5時間。その間ずっと屋敷は巨大化しており、楓達が大丈夫かと言う不安が脳裏を過ぎる

 

「桃子さん。とりあえず夕食にしましょう、冷えてきましたし」

 

久遠先輩の言葉にわかりましたと返事を返し、焚き火でスープを作っている久遠教授の方に向かうのだった

 

「あちち……暖かいから美味いな」

 

「ああ、こういう時に温かい物は精神を落ち着ける効果があるからな」

 

ソーセージと少しの野菜で作ったスープと固いパンだけど、温かいだけでご馳走に思える

 

「楓君とイザベラさんは大丈夫でしょうか……」

 

スープを啜りながら久遠先輩がそう呟く。連絡がないから余計に心配になってしまう……丁度そのとき久遠教授のスマホの着信音が響く

 

「イザベラからだ、少し待てスピーカーモードにする」

 

イザベラさんからと言うことは楓の声も聞けるかもしれないと思い静かにする。ほんの少しの雑音を伴ってイザベラさんの声が聞こえる

 

『久遠様。魅啝と御剣の2人のヤタガラスと合流しました。現在は脱出の為に悪魔と戦う準備をしています』

 

脱出の為に悪魔と戦う準備。やっぱりデパートみたいに強力な悪魔がいるのだと判り楓が大丈夫ですか?と尋ねると

 

『その声は桃子ですね、大丈夫ですよ。ただこの屋敷のカラクリを解くのに苦労しているので話す余裕は無いですが……』

 

「そ、そうですか……」

 

楓の声が聞けると思っていたので、話している余裕が無いと聞いて思わず落胆するが、脱出の邪魔をする訳には行かないので溜息を吐きかけたのを我慢する

 

「イザベラさん、4人で大丈夫なのか?俺達も突入した方が良いか?」

 

『いえ、それは止めておいた方が良いでしょう。この屋敷の中はひどい迷宮になっています、恐らく下手に突入すれば迷い、中にいる悪魔に殺されるでしょう。私達も楓がいなければ迷っていましたから』

 

では私達は捜索に戻るので、失礼しますと言う声を最後にスマホから声は聞こえなくなった

 

「と言うわけだ、楓君とイザベラは無事なようだ。それにヤタガラスとも合流出来たのなら当面は大丈夫だろう。私達は楓君達が戻る場所を確保する」

 

悪魔を召喚して夜の番をしてもらうのがベストだなと今夜をどうやって乗り越えるか?と言う話をする久遠教授達。私は後ろを振り返り、月の光だけが照らす闇の中徐々に大きくなっていく姿を見て、思わず私は小さく呟いた

 

「あの屋敷生きているみたい」

 

無機物のはずなのに生きているように見える屋敷……その中にいる楓達の無事を祈り、この場所でキャンプをする準備をしている久遠教授達の手伝いをするため、3人のいる方へと走るのだった……

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その5へ続く

 

 




次回で異界となっている屋敷の攻略まで書いて行こうと思います。戦闘シーンが難しくて、謎解きとかそういうのがメインになっていてすいませんが、ご理解の程をよろしくお願いします。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐チャプター5

 

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その5

 

カチャカチャと硬質の音が部屋の中に響く。TVの五月蝿い音も何も気にならない

 

(お義兄様が来てくれた……)

 

自分でも不安に思っていたが、私達とお義兄様の出会いは決していい物ではなかっただろう。神堂に心酔している御剣がお義兄様を脅したのでお義兄様の評価は地に落ちたと思っていた。それにこの屋敷にしてもそうだ、危険だから来てはいけないとあれだけメールしたのに私を心配してきてくれた。それが何よりも嬉しかった

 

「……ん?んー?あーやっぱりか」

 

「……やっぱりとはどういうことですか?」

 

思わずそう尋ねてしまった。ど、どうしましょう……じゃ、邪魔をしてしまったのでは?と思いおろおろしているとお義兄様は笑いながら

 

「これ、そこの少し出っ張っている部分。左に回してみてくれ」

 

「……これをですか?」

 

言われたとおり出っ張っている部分を摘まんで、左に回すとその回転にあわせて宝石の形状が変化する

 

「……これは……」

 

半球体から、菱形に。全く異なる形に変形した事に驚いているとお義兄様は机の上の7つの宝石の欠片を見つめて

 

「そ、見た目は丸い宝石だけど。これ最終的な形は違うと思うな、しかも変形させるギミックも違う。魅啝……悪いんだけど少し手伝ってくれるか?」

 

「……は、はい!私はどうすればいいのですか?」

 

お義兄様からじきじきに手伝って欲しいといわれ、私は自分でも判るくらいの笑みを浮かべ、お義兄様の指示に従って、7つの宝石に隠された仕掛けを探し始めるのだった……

 

 

 

 

宝石のあちこちを触って変形させるギミックを必死に探す。最初の8個を組み合わせようと思ったのだが、どうしても形が噛み合わず色々いじっているうちに見つけたギミック。どうして日本家屋にこんな物があるのかと疑問に思う

 

「……ん?んむむむう……あ、ここを押したら形が変わりました!どうですか!」

 

形の変わった宝石を俺に差し出す魅啝に思わず勢いよく揺れる犬の尻尾を見た気がする。怖いと思っていたが、案外良い子なのかもしれない

 

「ん、ありがとう、これで残りは2つ……か」

 

変形させる宝石は残り2つ。机の上に並んでいる宝石が変形した何かの部品を見つめているとイザベラさんが俺の背後からそれを覗き込んで

 

「何かの家紋みたいですわね?」

 

そう、そうなのだ。6つの宝石同士が組み合わされ、何かの紋章のような形を作っている。俺は暫くそれを見つめてから

 

「御剣さん、貴方達がここに来たのはここに何かあるからですか?」

 

魅啝に聞いたらきっと答えてくれるだろう。だがそれでは意味が無い、俺は出来れば魅啝や御剣さんとはお互いに警戒などせずに話せる相手になりたいと思っている。だから信頼関係を必要とする質問をあえてした。御剣さん達がどう考えているのか?それを知りたかったから

 

「いえ、私達は何も知りません。これに嘘はありません、ただ……」

 

「ただ?」

 

「ヤタガラスの連中が妙に焦っていました」

 

……その目の色に疚しい色は無い。多分事実を口にしている……魅啝達も知らない何かをヤタガラスが知っている。その可能性は高いだろう、なんせ古の時代から日本の防衛をして言う組織だ。何か秘密があって当然だろう。しかし協力を頼んでおいて、その情報を教えないとは……魅啝と御剣さんを都合のいい駒か何かと思っているんじゃないだろうな?と若干いらだちを覚える

 

「判った。じゃあ、この目で確かめるとしよう」

 

最後の宝石を変形させ、何かの紋章を作り上げる。そのプレートを持ち上げ部屋の中を見る

 

「これかな?」

 

丸い壁掛け時計が掛かっているが、柱の影を見れば菱形の何かが掛けられていたのは明らかでプレートも菱形なので時計を外して、そのプレートを掛ける。すると今まで五月蝿かったTVの電源が切れる

 

「これ……TVじゃないのか?」

 

TVだと思っていたそれは真ん中が空洞のTVを模した箱だった。一体どういうことなのだろうか?夢でも見ていたような、そんな感じだ

 

「……幻術だと思います」

 

「では元々この家の住人は幻術を使えるという事ですか?」

 

イザベラさんの質問に魅啝は言葉が足りませんでしたと言ってから

 

「……多分元々カラクリ屋敷だったんだと思います。そして悪魔が召喚され異界となることでそのカラクリが強化された」

 

「なるほど、その可能性はあるな」

 

人間の力なんて悪魔と比べるまでもなく弱い。悪魔の仕業として納得するのは危険だが、その可能性が一番高い。それに今はここがカラクリ屋敷だとか、そんな事は些細な問題だ。今大事なのはこの屋敷から全員無事で揃って脱出する事。俺はTVを模した箱の中のボタンを押す。すると屋敷のあちこちから歯車の回るような音が響き、何処かから大きな時計の音が響いた瞬間。フローリングがひとりでに動き出し、隠し階段が姿を見せる。階段を登って来たはずなんだが……どうしてフローリングに階段が……考えられるのは、屋敷のあちこちにあるカラクリをベースに適当に部屋などを増やしたなどの可能性だが

 

(止めだ。考えても判らん)

 

そんな事に労力を使うのならば、脱出する事に意識を集中するべきだと判断し意識を切り替える

 

「では下の階に行こう」

 

下の階がどうなっているのかはわからないが、今は進むしかない。俺は魅啝達に進もうと声を掛け、カソの燃える身体を明かりにし地価へと続く石段を降りるのだった……

 

 

 

楓が解いたパズルのおかげで先に進む通路が現れた。本当に楓の頭脳が無ければこの屋敷に閉じ込めたれていたかもしれないですねと改めて実感する

 

「なんで階段を下りていたはずなのに、階段を登っているのですか?」

 

「……それは俺が聞きたいです」

 

楓とカソを先頭に私達は階段を下りていた。それは間違いないのですが、気がつけば階段を登っていた。本当にこの屋敷はどうなっているというのだろうか?

 

「空間が異常に湾曲していると言う事でしょうか?」

 

「……異界がおかしいのは当然のこと。それを知ろうと思っても時間の無駄」

 

どうせ考えても判らないという結論を出す魅啝と楓にそれもそうですわねと呟き、目の前に広がる廊下を確認する。今まではどこまでも続く長い廊下だったが、この階層は目で廊下の先の壁が見える。ここまで来るまでは異界と化していたようですが、この階層はまだ完全に異界になっていないと言う所でしょうか?

 

「さて、楓。どうしますか?」

 

「どうするも何も、この異界を作っている悪魔を見つけて、倒す。それだけじゃないですか?」

 

外で待っている久遠教授が心配ですし、出来ればヤタガラスについても久遠様を交えて話をしたいと言う楓にその通りですわねと頷き

 

「ではこの階層に悪魔がいるのか、それともまた謎解きが隠されているのかは判りませんが、とりあえず進むとしましょう」

 

立ち止まっていても何も変わらない、まずは先に進んでそこから考えましょうと提案し、私達は新しい階層の捜索を始めるのだった……

 

「どうかしましたか?楓様」

 

その階層を調べ始めて数分。楓がしゃがみこんで何かを調べているのを見て、御剣がそう尋ねる。私の事を観察……いや、警戒しているような視線は正直気に食わないが、従者としては有能だ。楓や魅啝を護ろうとしているその姿勢は正直評価に値する。これでもう少しその疑う視線を隠せれば十分だろう

 

「いや、ここさ、おかしいと思わないか?」

 

楓が何を見ているのか判らずしゃがみ込んで、楓の指差す所を確認する。よく見るまでもなく、楓が何をおかしいと言っているのかが判った

 

「壁と作りが違いますわね」

 

壁と床の作りが違うと呟くと楓はスマホを私達に向けて

 

「これがキッチンの写真だけど、ここの壁とここの壁を見比べてくれるか?」

 

何時写真を撮ったんですの?と呆れながらもその写真と目の前の壁を比べる。少し時間を必要としたが、楓が何を言いたいのかが判った

 

「これは部屋の中が変わっている?」

 

「確証は無いんだけど……多分そうだと思う」

 

楓はそう呟くと立ち上がり、自分の考えを説明する。それは突拍子も無いが、スマホの写真と目の前の壁を見てほぼ正解だと思える話だった

 

「元の屋敷の部屋とかが異界になった事でバラバラになって、そのバラバラになった部屋をベースに悪魔の術で屋敷が再構築された。でも

悪魔だから適当に組み合わせているから、こういう雑な部分が出てくるんだと思う」

 

悪魔だからと言うのを理由にされては面白くないですが、確かにその通りかもしれない。人間の住処と言うものに其処まで興味を持っているわけではないのだから

 

「それは判りましたが、それが何かこの階層を抜け出るのに役立つのですか?」

 

「役立つかって言われると何とも言えない。でも何かの手掛かりになるかもしれないだろ?」

 

情報が少ないんだから情報を集めないとと呟いた楓は手帳に何かを書き込み、足踏みをしながら何かを呟いている。そして考えがまとまったのか私達のほうを振り返り

 

「ここまで移動してきた階層で見てないのが、トイレや風呂場って行った水周りの場所。もし生存者がいるなら、その周辺を見つければ合

流できる。次に、生存者と合流するのはリスクが高いけど、合流する事になるかもしれないって事」

 

最初に生存者と合流するリスクを言っておきながら、合流しないといけないとはどういう事だ?私達が怪訝そうな顔をしていると楓はひとりかくれんぼのルールなんだと呟き

 

「ひとりかくれんぼのスタートは風呂場なんだ」

 

「……でも人形は動き回っていますよ?」

 

楓の言いたい事は判る。スタート位置に人形がいるかもしれない、だが今まで散々動く人形を見ているのだ。まさかそんな場所にいるなんて思えない

 

「ああ、倒しても増える人形は何度も見たな。でも後鬼を後退させた人形はあれから見ていない」

 

「それはそうですが……」

 

「俺はこう考えている。動き回る人形は目晦ましで、本体と言うか、この異界を作っている人形は風呂場にある。確かに強い力を持っているかもしれない、でもそれはあくまで都市伝説の範囲でだ。そして本来のひとりかくれんぼで人形は動かない、と言うか動くはずが無い。だって人形だからな」

 

確かにそれは一理あるかもしれない。それに仮にいないとしても1度確認してみる価値は十分にあるだろう

 

「私は楓の意見は一理あると思います」

 

生存者と合流し、足手纏いが増える可能性はありますが、都市伝説のルールに従ってみると言うのは理にかなっている

 

「……私はお義兄様の提案ならば反対する理由はありません」

 

「……私は楓様と魅啝様の指示に従うまで、私情は挟みません」

 

「では楓、風呂場を探すという方向で行きましょう」

 

結局の所。この面子では楓の意見が通るのは道理。満場一致と言う事で私達はこの階層にあるかもしれない、風呂場を探して移動を再開するのだった……

 

 

 

この階層は他の階層と異なり、極端に広い訳でもなく、人形が出現する訳でもない。だが1つだけおかしいことがあるとすれば

 

「洗面台とトイレはあった。だけど風呂場が無い」

 

風呂場らしい痕跡はあるのだが、扉がまるで切られたように存在していない。しかもその切断面はぎざぎざで、焦って切断したのが容易に想像できる

 

「楓様、どう判断しますか?」

 

「この階層に風呂場があるって確信したよ」

 

あの人形に憑依している悪魔。それは間違いなく、前鬼と後鬼を恐れている。人形などを出現させないのはこの階層には何も無いと思わせるためのカモフラージュだと俺は思っている

 

「……でも風呂場は無いですよ?」

 

「難しく考えることはないよ、魅啝。答えは簡単だし、もう俺はどこに風呂場があるかも予想がついている」

 

この階層には部屋が4つ。そしてそのうちの1つはこの洗面台とトイレのある部屋、では風呂場がどこに行ったか?

 

「他の部屋の押入れを調べよう。その中に風呂場に続く道はある」

 

俺は確信を持ってそう告げ、更にこの洗面台から一番遠い部屋にあると確信し、一番遠い部屋に向かって走り出すのだった……

 

「うっぷ……これはひどい」

 

予想通り。一番遠くの部屋の押入れに風呂場に続く道があったのだが、その道は鮮血に染まっていた。胸に込み上げる嘔吐感と、鼻を突く鉄のような臭いに顔を歪める

 

「知性はそれほどでも無いようですわね」

 

この悲惨な状況でも顔色を変えないイザベラさん達が凄いなと思いながら、鮮血に満たされた通路に足を踏み出そうとした瞬間

 

「お待ちください、この先に悪魔がいるのは判っています。私が先陣を切りましょう」

 

御剣さんが俺の肩を掴み後に下がるように言って悪魔を召喚しながら前に出る

 

「ゾウチョウテン。マハラクカジャ・マハスクカジャ・マハタルカジャを」

 

【承知】

 

それは仏像の様な姿をした悪魔だった。手に持った槍から戦闘特化と思いきや、ナジャよりも強力な補助魔法を連続で行使する

 

「では参りましょう。楓様達も悪魔の召喚を」

 

そう言って歩き始める御剣さん。俺はカソかスパルトイか悩み、魔法攻撃はカハクがいると言う事でスパルトイを召喚する

 

「何か感じるか?」

 

【……アクマノけはいをかんじる】

 

どうもこの先にいるで間違いないな。俺はイザベラさんに目配せをしてから御剣さんの後を追って、鮮血に染まった廊下を歩き出すのだった……先に進めば進むほど、血の臭いは濃くなり、更に言えばぶつぶつともういいかいっと言う声が響く

 

(生存者はいないか)

 

もし生存者がいれば戦闘に支障が出ると思っていたが、生存者と合流しなかった事に安堵し、そしてそんな事を考えている自分にほんの少しだけ嫌気がさした、もしこの悪魔を倒す事が出来ればこの屋敷のどこかにいる生存者を探そうと心に決めた瞬間。首筋に静電気が走ったような感覚がした、そしてそこからはほぼ無意識に腰に下げた鉈を勢いよく振り上げていた

 

【見つけたアアアアアアアア!?!?】

 

高い金属音の後ノイズ交じりの甲高い声が響く、それがこの異界の主との戦いが始まった瞬間なのだった……

 

 

 

ゾウチョウテンと前鬼の手にしている槍と大剣と人形が手にしている包丁がぶつかる金属音が何度も何度も廊下に響き渡る

 

【お前がああああ!今度は鬼イイイイイイイイッ!!!!】

 

聞くに堪えない声に眉を顰めながら後退し、腰帯からデザートイーグルを引き抜き構えると同時に、3発連続で発射するが、命中する前に霧散する

 

(特殊な防御……いや、これは違う……)

 

弱体化しているのだ。ゾウチョウテンも前鬼も相手の領域だという事は確かに理解していたが、ここまで弱体化するなんて想定外だ。しかも消費MAGも桁違いに上昇している

 

「スパルトイ!突撃だ!そのまま人形を押さえ込め!」

 

【ショウチ!!おおおおおおおおッ!!!】

 

雄叫びと同時にスパルトイが突進し、人形を弾き飛ばす。そしてそのまま盾で押さえ込みに掛かるが

 

【見つけたアアアア!!!!】

 

【ぬ、ぬう!】

 

両手・両足をめちゃくちゃに動かし、スパルトイの拘束から逃れようとする。私はそれを見て前鬼に

 

「……前鬼。ブフーラから突撃」

 

【!!!!】

 

最高レベルの魔法と物理。それを所持していた前鬼のスキル……魔法は1ランク、物理は見る影も無いほどに弱体化している

 

「ゾウチョウテン。アサルトダイブ!」

 

【心得た!スパルトイ!離れろッ!!!】

 

前鬼の突撃に合わせて、ゾウチョウテンが飛び上がり天上を蹴って弾丸のような勢いで人形に向かって降下する

 

【お前が鬼イイイイイイ!!!】

 

人形の身体は大きく揺らぐのだが、その様子からダメージを受けているようには見えない

 

「楓。なぜ塩水を使わないのですか?」

 

「……様子を見たい。もしあれもフェイクで水を使い切ったら反撃できない」

 

流石お義兄様。冷静な判断です、最悪の状況を考えている。前鬼もゾウチョウテンも弱体化しているが、本来ならここまで簡単に足なわれるような悪魔ではない。何かカラクリがある、お義兄様はそう考えているのでしょう

 

「ですからイザベラさんはまだカハクを召喚しないでください」

 

「……判っていますわ」

 

ただイザベラという女を庇うように立ち振る舞っているのは正直面白いものではないですが、お義兄様の味方なのですから……敵対するわけには行かないのでそれを必死に我慢する

 

「御剣さん!ゾウチョウテンに腕を狙うように指示してください!魅啝は前鬼で人形の腕を掴むんだ」

 

お義兄様の指示に従い、前鬼に指示を出す。前鬼がその巨体を使って人形の腕を掴むが

 

【ハナセええええええ!!!】

 

【!!!!】

 

私の指示に従おうとする前鬼だが、人形の動きを封じるのに手一杯と言う様子だ。しかしここまで弱体化しているとなると、持久戦は不利、しかもMAGの消耗が普段よりも激しい、なんとしてもあの悪魔のカラクリを見破り短期決戦に持ち込まなければ……だがそう思えば思うほどに戦況は悪いほうへと傾いていく

 

「スパルトイ!前鬼の援護だ!あの腕をなんとしても押さえ込め!魅啝は後鬼を召喚してくれ!俺達を護るんだ!」

 

「……わ、判りました!」

 

直接戦闘に向かない後鬼だが、その防御能力は最強の一言だ。直接戦うのは無理だが、護衛ならば!

 

「……きなさい、後鬼。私達を守るのです」

 

【!!!!!!】

 

咆哮で返事を返した後鬼はその手にした盾を生かし、人形の素手による打撃を受け止め始める。だがやはり弱体化は響いているのか、一撃ごとにその巨体が大きく揺らぐ

 

(一体どうなっているのですか)

 

私の前鬼と後鬼は最高ランクの力を持つ鬼だ。それなのにどうしてこれほどまでに弱体化しているのかが理解出来ない。確かに相手の領域だが、それでもここまで弱体化するなんて説明がつかない

 

「ゾウチョウテン!もう1度アサルトダイブ!!!腕の関節を狙え!」

 

【オオオオオオオオッ!!!】

 

咆哮と共に飛び上がったゾウチョウテンの槍が人形の腕関節に突き刺さる、ゾウチョウテンは着地と同時に槍を振り上げその腕を切り飛ばす。そしてその瞬間、人形ではなく、足元の血の池が風もないのに大きくざわめいた

 

「イザベラさん!アギラオをあの波立っている所に!」

 

「了解しましたわ。カハク、アギラオ!」

 

【はーいっ!いっけえええ!!!】

 

両手を突き出したカハクが放った火炎が血の池に命中する。生臭い臭いとそれに遅れて苦悶の声が響き渡る

 

【……】

 

今まで暴れに暴れていた人形の動きが一気に脱力する。それを見逃すわけが無い、それに弱体化していた前鬼の力が一気に膨れ上がるのを感じる

 

「……前鬼!ゴッドハンド」

 

【オオオオオオオオッ!!!】

 

前鬼の力強い雄叫び共に繰り出された豪腕が人形を殴り飛ばす。それと同時に血が異様に盛り上がっている部分がごぽんっと言う大きな音を立てる

 

【オマエラアアアアアア!!!】

 

血が悪魔の形を作り上げる……人形を操っている悪魔の正体が今私達の目の前に現れたのだった……

 

 

 

人形が身体から流している血と踝辺りまである血の池。それに何か深い関係性があると俺は考えていた。それに御剣さん達が動揺するほどに弱体化している悪魔……俺が考えたのはこの血の池自身が悪魔の本体なのでは?と言うことだった。直接悪魔に触れているから弱体化も本来の効果以上に効果を発揮しているのでは?と言うことだ。そしてこうして悪魔が形を持った瞬間。廊下に満ちていた血液は目に見えて少なくなっていた、これならば御剣さんと魅啝の悪魔も最大の力を発揮できるかもしれない

 

「スパルトイもどれ!行け!カソ!!」

 

スパルトイを帰還させ、即座にカソを呼び出す。液状の相手に物理が効果を発揮する訳が無い

 

「ゾウチョウテン戻りなさい、コウモクテン!出番だ!」

 

御剣さんも悪魔を切り替える。槍を持つ悪魔から筆と巻物を手にした悪魔コウモクテンへと指示を出す

 

「コウモクテン!ブフダイン!」

 

【承知。下がれ、巻き込まれるぞ】

 

巨大な氷柱が液状の悪魔に襲い掛かる、やはり血の海が干上がった事で、弱体化が解除されたようだ。これでいっきにこっちが有利になったのだがそれで終わりではない

 

「……前鬼。ザンダイン」

 

【!!!!】

 

咆哮と共に放たれた巨大な風の刃が氷柱ごと悪魔を切り裂く。その圧倒的な魔法の威力に驚くが、魔法の威力だけでは勝てない。これはあくまでひとりかくれんぼ。正しいひとりかくれんぼの終わらせ方をやらなければいつまで経っても終わりは訪れないのだから

 

「イザベラさん」

 

「これは?」

 

イザベラさんに塩水のペットボトルを投げ渡し。動かない人形を指差して

 

「その塩水を振り掛けて、私の勝ちって3回宣言してからカハクの炎で燃やしてください」

 

それがひとりかくれんぼの終わり方。ただ人形だけでは駄目だし、あの液状の悪魔だけでも終わらない。両方を同時に倒す、それが今一番確実性が高い。俺はそう考えていた

 

「判りましたわ、あっちは任せます。カハク、行きますよ」

 

【はい!頑張ります!!】

 

カハクを連れて、人形へと走るイザベラさん。それを確認してから俺も塩水を手に血の悪魔へと走る、氷結と疾風で連続で攻撃されたその身体はボロボロだが、それでもまだ血で刃を作る悪魔の攻撃は俺とカソを近づけまいとその激しさを増させていく

 

【サセナイ!】

 

カソが俺の前を走り、その前足と炎で俺へと伸ばされた血の刃を砕き燃やす。

 

【オノレええええええ!!!】

 

俺とカソが通り抜けた瞬間。背後から何かが動く気配がする、そのまま進めば悪魔の攻撃で刺し貫かれるのは判っていた。だがそれでも立ち止まらずに走り続ける。俺とカソだけではない、俺達に注意を奪われ周囲の警戒が厳かになった。魅啝がその隙を見逃すわけが無い

 

「……前鬼。ブフダイン!」

 

【!!!!】

 

剣を叩きつける音と共に周囲の温度が急激に低下し、目の前が一瞬で白銀に染まる。その気圧の変化に睫毛が凍り、喉が激しく痛むがこの異界を作り出している悪魔へ向かって走る速度は緩めない

 

【お、オゴオアアアアア!?!?】

 

身体の半分を凍結されているので動けない悪魔の口に塩水のペットボトルを突っ込む

 

【げぼあ!?げぼっ!ごぼおおおおお!?!?】

 

塩水が相当苦しいのか暴れる悪魔だが、自由になっているのが顔だけなのでその抵抗はほとんど意味を成していなかった。塩水が完全に空になったところで大きく息を吸い込み

 

「「私の勝ち!私の勝ち!私の勝ち!!」」

 

廊下に俺とイザベラさんの3回の勝利宣言が響いたと瞬間。悪魔は大きく身じろぎすると風船が割れるような音と共に弾け飛び、踝まで埋め尽くしていた血の池は一瞬で干上がり。そしていつの間にか洗面台とトイレ。そして風呂場のドア……異界と化していた日本家屋が元の姿へと戻っていた

 

「悪魔退治……完了ですね」

 

「……お疲れ様でした」

 

それは異界が元の世界に戻ったという証拠で思わず安堵の溜息を吐いて、その場に座り込み

 

「お疲れ様でした。少し休んでからこの屋敷を捜索しましょう」

 

まずは休憩。そしてこの屋敷にある何かを探すのに、久遠教授達も呼びましょうと提案し、異界が消えた影響かやけに重い、それに伴う疲労感も感じ、俺はそのまま壁に背中を預け

 

「少し寝るよ、もし久遠教授達が来たら起こしてくれ」

 

「……判りました。おやすみなさい、お義兄様」

 

異界が消えた事に気づき久遠教授達が来るかもしれない。だが起きているだけの気力が無く、久遠教授達が来たら起こしてくれと魅啝に頼み俺は目を閉じるのだった……

 

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その6へ続く

 

 




次回で分岐チャプター1は終了となります。話数が増えてしまいますが、メガテンといえばルート分岐なので頑張って書いてみました。面白いかどうかは別ですけどね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐チャプター6

分岐チャプター1 ヤタガラス 異界 ひとりかくれんぼ その6

 

日が昇って周囲が明るくなって来たな……焚き火の前に腰掛けながら腕時計を確認する

 

(楓君とイザベラが突入して8時間……駄目だったか?)

 

ヤタガラスの2人と合流出来れば、いや、最悪の場合イザベラが全力を出す事で強引にでもあの屋敷を脱出できる計算だったが……最後の連絡から既に4時間……あれからトランシーバーやスマホにも何の連絡も無い。最悪の予想が脳裏を過ぎった時スマホの着信音が響く

 

「もしもし。無事か?」

 

『はい、ご心配をかけましたが、あの屋敷を支配していた悪魔の討伐は今完了しました』

 

スマホから聞こえてくるイザベラの声に安堵の溜息を吐く

 

「楓君は?」

 

『MAGと体力の消耗で今眠っています。あの屋敷はカラクリ屋敷であちこちに厄介な仕掛けがあって、楓で無ければ前に進むことは出来なかったでしょう』

 

イザベラの報告を聞いて笑みを浮かべる。楓君はこの悪魔の闊歩する世界に適合し、恐ろしいスピードで成長を続けている。その成長の早さと柔軟な対応力には驚愕の一言しかない

 

『屋敷の中は悪魔は既に存在していませんが、これだけのカラクリが集まった屋敷。しかもヤタガラスが捜し求める何かがあるそうなので久遠様達も捜索に協力して欲しいですわ』

 

「判った。美雪達を起こしたら屋敷へ向かう、どこにいるんだ?」

 

『1階の居間で待機しています。魅啝と御剣もいるので出来れば食料などを持ち込んでいただければ幸いです』

 

ヤタガラスの2人と共にいる。これは新しい情報を得るチャンスだ

 

「判った。食料も屋敷へと運ぶ、1時間ほどで合流するからしばし待て」

 

お待ちしておりますわと言ってイザベラは電話を切る。声に元気が無かったから、イザベラ自身も相当消耗しているのだろう……だが今回の事は明らかにプラスだった。楓君の成長を促した、やはり今回はヤタガラスに協力する事にして正解だった

 

「おはようございます、久遠教授。楓から連絡はありましたか?」

 

車から降りてきて桃子が目を擦りながら尋ねてくる。私は桃子に微笑みかけながら

 

「今悪魔の討伐に成功したそうだ。美雪と雄一郎君を起こして屋敷へ向かう」

 

私のこの一言で目が醒めたのか久遠先輩を起こしてきます!と車の中に戻っていく桃子の背中を見つめながら、私は雄一郎君を起こそうと思いテントへと足を向けるのだった……

 

 

 

この屋敷を異界としていた悪魔を倒したという安心感で眠ってしまったようだ、窓から差し込んでくる朝日に慌てて起きると

 

「おはよう、楓。お疲れ様……気分は悪くない?」

 

「おはようございます。楓君、お疲れ様でした」

 

「桃……それに美雪先輩」

 

桃と美雪先輩の姿に驚きながら周囲を見ると、イザベラさんは壁に背中を預け目を閉じていた

 

(そっか、そうだよな)

 

皆疲れているのに久遠教授達が起こしてくれなんて無理なお願いだったよなと反省しながら、起き上がりおはようと返事を返す

 

「おはようございます、楓様」

 

「おはようございます、御剣さん」

 

眠っている魅啝を護るように座っている御剣さんにおはようございますと挨拶をして部屋の中を見る

 

「久遠教授と雄一郎は?」

 

桃と美雪先輩がいるなら一緒にいるはずなのだが、姿の見えない久遠教授達の事を尋ねると美雪先輩が苦笑しながら

 

「その朝食の用意を、雄一郎君は念の為の護衛です」

 

異界化は解除できたが、まだ悪魔がいる可能性は高い。1人で行動するのは危険だよな

 

「待たせた……楓君も起きたか」

 

「おはようございます、久遠教授」

 

お盆を手に居間に入ってきた久遠教授に頭を下げると久遠教授は柔らかく微笑みながらお疲れ様と言う

 

「おはよう楓。大丈夫か?」

 

「ああ、少し疲れただけだから大丈夫だ」

 

心配そうな雄一郎に大丈夫と笑うと、雄一郎はあんまり無理をするなよと言いながら手にしたお盆を机の上に置く

 

「ベーコンを軽く炒めて、味噌汁とご飯を炊いた。卵があればなお良かったんだがな」

 

そうは言うが、この状況でこれだけの物を食べれるだけありがたいと思わない

 

「魅啝様。朝食ですよ?」

 

「……う、うん……判った」

 

ぼんやりと目を覚ました魅啝がずりずりと近寄ってきて、俺の隣に座る。これはもうほとんど本能に近いんじゃないか?と苦笑しながら久遠教授の用意してくれた朝食に箸を伸ばすのだった……

 

「つまりヤタガラスはこの屋敷に何かあると?」

 

「……はい。私と御剣をこの場所に送り込んだという事は、相当な物があると思います」

 

朝食の後。久遠教授が魅啝にこの場所に来た理由を尋ねる、御剣さんは難色を見せたが、魅啝は俺の恩師と言う事で素直に久遠教授の質問に答えている。俺やイザベラさんは1度聞いた話なので、久遠教授達の話し合いには参加せず

 

「あ、契約数が3になっていますね」

 

「私は3のままですが、元から契約数が3だったからでしょう」

 

悪魔の契約数を増やす方法とラーニング中になっていたスキルの確認などをしながら、久遠教授達の話し合いを聞く事にした

 

「それは物資か?人間か?」

 

「……判りません。この屋敷へとしか言われていないので」

 

物静かな魅啝の返事を聞いた久遠教授は御剣さんを見て

 

「お前達を邪魔者として排除しようとした可能性は?」

 

「ゼロではないと思いますが、ヤタガラスもそこまで馬鹿ではないでしょう。私達がいなければ神堂の手の者は全員撤収します」

 

未熟な人員しかいないヤタガラスが私達を捨て駒にするとは思えないと断言する御剣さん。その意見は俺も賛成だ、正直魅啝も御剣さんも俺達よりも遥かに強い。そんな2人を捨て駒にする意味が到底あるとは思えない

 

「その言い方ですと貴方達はヤタガラスとは関係ないように思えるのですが」

 

「事実関係ありませんから、現当主。つまり魅啝様の母君様の命令なのでヤタガラスに協力しているだけですから」

 

俺に話したのと同じ内容を話す御剣さん。ヤタガラスではあるが、ヤタガラスではない。それが魅啝と御剣さんの立ち位置らしい

 

「ではその。ヤタガラスの人が選民思想をしているというのは?」

 

「……私達はそれを知りません。私達の直属の部下はほとんど神堂の人間ですし、初めて皆様を案内したヤタガラスの支部も私と御剣が責

任者で、ヤタガラス直属の人間はほとんど居ませんでした」

ウロボロスから聞いたヤタガラスの話。それを確かめたかったのだが、ヤタガラスの行動とは関係ない魅啝と御剣さんでは達哉さんたちの話が真実なのか虚偽なのか判断する事が出来ない

 

「じゃあ、1つ俺から質問だ。ヤタガラスじゃない、あんた達の目的は何なんだ?」

 

「簡単です。悪魔を呼び出し続けている門を閉じ、悪魔のこれ以上の召喚を防ぐ。それが私と魅啝様の目的であり、神堂家の願いです」

 

その真摯な響きを伴った言葉に御剣さんが嘘をついてないと判ったのか、久遠教授はそうかと呟き

 

「判った。お前達の言う事を信じよう、私達もこの屋敷の捜索をするが……問題ないな?」

 

「……構わない。私はお義兄様の味方だから、貴女達も信じる。それに私も知りたい、私と御剣をこの場所に送り込んだヤタガラスの真意を」

 

お互いに話し合いを終え、この屋敷にある何かを探す為に協力するという約束をした俺達は食休みを終えてから、再びこの屋敷の捜索を始めるのだった……

 

 

 

楓達が捜索していた異界の時よりかは狭いらしいが、それでも膨大な面積を持つこの屋敷の捜索はかなり難航した。不幸中の幸いは犠牲者などの遺体が無く、更に悪魔も出現しないと言う事だ。

 

「この屋敷を作った奴は馬鹿なのか?」

 

捜索を始めて30分。俺は思わずそう呟いた、回転する壁に天井に隠された階段……どう考えても馬鹿としか思えないのだが

 

「いや、馬鹿と言うのは早計だな。これなどは中々興味深い資料だ」

 

古い本を手に笑っている久遠教授と楓……その資料とやらでこの悪魔の大量発生の原因を知れるなら良いんだけどな

 

「ちなみにその資料の内容は?」

 

「悪魔に関する資料だ。興味深い記述が多い」

 

悪魔に関する資料……か。ヤタガラスがこの場所に御剣さん達を派遣した理由がその資料の回収だったんだろうか

 

「……お義兄様?興味深いのは判りますが、まずは捜索を続けましょう?」

 

「え?あ、ああ。そうだな、久遠教授。行きましょうか」

 

だなっとバツが悪そうな顔をしている久遠教授と楓。よく似ている2人だよなと苦笑しながらこのあちこちに仕掛けが隠された屋敷の捜索を再開するのだった

 

「ここまで捜索をしましたが、他にもまだ見つけてない仕掛けがあるかもしれないですね」

 

イザベラさんが周囲を見ながらそう呟く、1階、2階を捜索し見つけたのは本ばかり。確かに稀少な本かもしれないが、それだけを探してここまで来る価値があるか?と言う疑問が残るし、ここまで隠し部屋などに本等を隠した意味も判らない。時間稼ぎか何かをしているように思える

 

「でも結構私達探しましたよ?」

 

「ええ、ピクシー達にも協力して貰いました」

 

桃子と久遠先輩がもう仕掛けは無いんじゃないかな?と言う。悪魔も動員しての捜索だ、もう探せる所は全部探したと思うんだが

 

「魅啝と御剣さんはここの来るときに何か聞いてないんですか?」

 

ヤタガラスから派遣された2人なら何か知っているのは?と思ったのか楓がそう尋ねるが2人は小さく首を振るだけ

 

「ヒントが無いな……さてどうしたものか……」

 

何か手掛かりがあればそれを基点に捜すことも出来るのだがと呟く久遠教授。ここに何かある可能性は高いんだけどな……とは言え手掛かりも無しで長時間ここにいるのは危険すぎる。いつまた悪魔が現れるか判らないから

 

「ん?久遠教授あれ……蔵じゃないですか?」

 

ふと見つめた窓の外。建物の外からでは気付かなかったが、木の板で作られた壁に隠された小さな蔵が見える

 

「蔵?……1階の窓は全部確認したんだが気付かなかったな」

 

「ですね、こんな所にもカラクリとは、正直呆れを通り越して感心しますわ」

 

イザベラさんが苦笑しながらそう呟く、今のこのご時勢によくここまで仕掛けを施すなと苦笑しながらも、あそこに何か手掛かりがあるかもしれないと思い。全員で2階から1階に降り庭へと向かう

 

「本当に何も無い風に見えるね」

 

「ああ。正面から見たんじゃ気付かない、上から見たときだけ気付く用に配置されてるんだな。この鏡」

 

楓が何も無い空間に手を伸ばすとコンコンっと言う軽い音が跳ね返ってくる。楓の言うとおり、この場所に鏡があるようだ

 

「悪魔で破壊しましょう。危ないので下がってください」

 

俺と楓が悪魔を召喚しようとするよりも先に御剣さんが前に出て銀色の筒を構えると、MAGを放出しながら悪魔が姿を現す

 

「ゾウチョウテン、目の前の壁を破壊しなさい」

 

【……便利屋ではないのだがな】

 

鎧を身に纏った巨体の人型が腕を振るうと甲高い音と共にガラスが砕け散り、隠されていた蔵が姿を現す。御剣さんはそれを確認すると悪魔を筒の中に戻す。俺達のスマホとも、ウロボロスの腕につける機械とも違う、その召喚方法に思わず御剣さんの手元を見つめると御剣さんはああ、そうですかと笑いながら

 

「封魔管と言うんですよ。日本古来の悪魔を封印する道具なんだ」

 

そんな物もあるのかと正直驚いた。俺達が知っている日常の裏ではこんなにも非日常が広がっていたんだなと改めて実感する

 

「とりあえず蔵の中を調べてみよう、その結果しだいでは別の方向を考えないとな」

 

久遠教授の言ってる事は判る。ヤタガラスが探している人物、または物が既に持ち去られている可能性だ。もしそうならば追いかけるか、このまま見過ごすかなど考える事はたくさんある。出来ればこの蔵の中に何かあるといいなと思いながら蔵の扉を開く……だが俺の希望に反して蔵の中には何も無かった

 

「……持ち出されてしまったようですね」

 

「残念だね」

 

久遠先輩と桃子が落胆した様子でそう呟く。何かあるかもしれないと期待していただけに、余計にそう思う。だが楓は蔵の中を見て

 

「いや、違う。手掛かりは残ってる」

 

そう断言して暗い蔵の中に足を踏み入れ、俺を呼ぶ。何も無いと思うんだけどなと思いながら蔵の中に入ると楓は蔵の上に方に掲げられている円盤を指差して

 

「雄一郎。あれをとってくれ」

 

「あ、ああ。構わないが……」

 

時計と言う訳でもないし、稀少品だったとしても価値はないと思うんだがと思いながら楓に頼まれた円盤を手に取る。

 

「次はあっち」

 

「あ、ああ。判った」

 

反対側の壁に立てかけられた円盤を手にとって楓に渡す、これを後2回繰り返し。4隅に置かれていた円盤を全て楓の目の前に置くと楓は鉈の柄で円盤を叩く。するとがこっと言う音と共に円盤が半分に割れる

 

「それは?」

 

円盤が割れて4分の1になった欠片を組み合わせている楓にどうして気付いたんだ?と尋ねる。すると楓は苦笑しながら

 

「この屋敷が異界になってるときに似たような仕掛けがあって、これとこれを組み合わせてっと」

 

楓の手の中には模様の刻まれた円盤が握られていた。楓は良しっと満足げに頷きながら

 

「今度はこれをあそこに掛けてくれ」

 

差し出された円盤を受け取り、楓の指差した場所に立てかけると蔵のあちこちから歯車の回る音が響く。その音に嫌な予感を感じ楓と慌てて蔵の中を飛び出す

 

「こ、これは……」

 

歯車の回転する音と共に目の前の芝生が盛り上がり、地下へと続く階段が姿を現した……忍者屋敷か何かかよと思わず呟く

 

「と、とりあえずだ、この先に何かある。先に進んでみるとしよう」

 

引き攣った顔で言う久遠教授に判りましたと返事を返し、地下へと降りようとすると

 

「私が先行しましょう。楓様の恩師と学友に怪我をさせるわけには参りませんから」

 

安全を確認したらお呼びするのでお待ちくださいと言って御剣さんが俺と楓を手で制し、地下へ降りていく

 

「なんか御剣さんって執事みたいですね」

 

「……執事じゃなくて従者だけど……似たような者かな……」

 

物腰も丁寧だし、教養も武術の心得もある。不思議な人だよなと思いながら御剣さんが戻ってくるのを待つ

 

「……魅啝様、楓様。悪魔は居ませんでしたが……なんとも形容しがたい施設と人物が居ます。敵意は無いようなので来ていただけますか?」

 

施設と人物、それがヤタガラスが御剣さん達に探すようにと言ったものなのかもしれない。それが悪魔が出現するようになった今の日本から、平和な日本に戻す手掛かりになるかもしれない。そんな淡い期待を胸に地下へと降りた俺が見たのは、巨大なガラスの筒が並び、発電機などが並ぶ異様としか言いようの無い広い部屋と……

 

「ふっはははっはー!!!良いぞ!良いぞ!!!良いぞオオオオオオ!!!」

 

白髪に白衣のどこか訛りの混じった日本語を喋る男が高笑いする姿だった……俺達がドン引きし、この男が悪魔が現れる原因になったのでは?と言う考えが脳裏に過ぎったのは言うまでも無い……

 

 

分岐ルート 悪魔研究家ヴィクトルとの出会い(ロウルート)

 

 

 




今回は短い話となりました。ロウルートでのヴィクトルの出会いは異界となっていた屋敷の地下です。カオスルートではカオスルートでの出会い方を書いていこうと思っています。次回はヴィクトルではなく、カオスルートの話に入っていこうと思います、ヴィクトルとの話はカオスルートの後へとなりますのでご理解よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐チャプター1 ウロボロス 天使の真意
分岐チャプター


 

分岐チャプター1 ウロボロス 天使の真意

 

「はぁ……はぁ……げほっ!お……俺……の……く、車……」

 

血反吐を吐き、文字通り身体を引き摺りながら必死に進む男の姿があった。その右腕は既に存在しておらず、凄まじい勢いで血が流れている。男の命が尽きるまでもう数刻も無い……それでも男は必死に前に進む

 

「……げほ……ごほっ……は、早く……」

 

何とか自分の家のガレージまで戻った男は、揺れる視界と震える手でガレージのシャッターを操作する。数分で開くそのシャッターがその男には永遠に続くかのように思えた。歯を食いしばり、途切れかける意識を必死に繋ぎ止める

 

「……お、俺の……く、車……」

 

男はクラッシックカーが好きだった。そしてこのガレージに大事に保管された車はとり訳男が大事にしていた車だった……鮮やかなピンクの車体のオープンカー……キャデラックだ。悪魔に壊されているかもしれない、自分が生き絶える前にと必死にこのガレージにたどり着いた男はそのピンクの車体を己の鮮血で真紅に染めながら、車に乗り込み目を閉じた……その男は2度と目を開く事は無かったが、その死に顔は満足げなものだった

 

「っおい!車だ!車があるぞ!!!」

 

「や、やった!これで逃げられる!!」

 

男が死に絶えてから数分後。火事場泥棒でもしていたのか、大量の荷物を持った男達がこのキャデラックを見つけ駆け寄ってくるが

 

「げ、死んでやがる。気持ちわりいな……でも良かったぜ、これでこの街をおさらばできる」

 

「とりあえず、この死体を引き摺り下ろして……鍵を持ってるか確かめましょう」

 

そう笑ってキャデラックから男の死体を引き摺り下ろそうとした瞬間。エンジンが独りでに掛かる

 

「な、なんだぁ!?」

 

「ど、どうなってるんだ!?」

 

キーも刺さっていたのに動き出したキャデラックはバンパーを開く、車に存在しないはずの牙がそこには並び、そこから伸びた舌が、恐怖に怯えている2人の男を縛り上げ。バンパーの中に引きずり込む、肉と骨を噛み砕く租借音だけが暫くの間響く

 

「■■■ーーーーーーッ!!!!」

 

そして男達の姿が完全に消えた時。強烈なエンジン音がまるで獣の雄叫びのように周囲に響き渡る……それはまるで泣き声のようにどこまでも響き渡るのだった……

 

 

 

俺は閉じていた目を開き、小さく溜息を吐いた。魅啝を助けて話を聞きたい、俺の意見に同意してくれたのは桃だけだった

 

「では多数決の結果。ウロボロスへと協力する、良いな?楓君」

 

「大丈夫です、判ってます」

 

単独で魅啝の所に行くなんて無茶は出来ない。助けに行ける条件としては物資があり、移動する足があり、ある程度の戦力がある。それが魅啝を助けに行ける条件であり、必須条件だった。それを満たしていない以上行っても足手纏いになるからな

 

「では達哉に協力すると伝えてくる。楓君達は準備をしていてくれ」

 

俺達に与えられた部屋を出て行く久遠教授。申し訳なさそうにしている雄一郎と美雪先輩

 

「気にしなくて良い。今回は俺の意見が間違っているのは判っていた、感情論で意見を出してしまったからな」

 

冷静にならなくてはいけない。それは判っていたのだ、だが魅啝からのメールで絆されてしまった。心配になってしまった、いないと思っていた血縁者を見捨てたくないと思ってしまった

 

「すまん」

 

「気にするなって言ってるだろ?正直な話俺達が行っても足手纏いになる可能性は高かった」

 

俺がウロボロスに協力する上で問題にした事は魅啝達だったとしても条件は同じ。そう考えるとデパートのように異界になっている場所に捜索に向かうのは危険であり、全滅の可能性が高まる。天使を発見しても逃げれるかもしれない、こっちの方が安全性が高いのは言うまでも無い

 

「思ったより冷静ですのね?」

 

反発すると思ってましたわと言うイザベラさん。確かに魅啝が心配だが、こうして自分の意見が却下され、冷静になれば俺がどれだけ無謀な話をしていたかと言うのがよく判る

 

「今大事なのは生き残る事と情報を集める事。それなら大きな情報が手に入るかもしれないウロボロスの方が良い」

 

だから気にしなくて良い、大丈夫だからと美雪先輩と雄一郎に繰り返し言って。俺は出発する為の準備を始めた

 

(大丈夫だよな)

 

魅啝は心配だが全員で行動すると決めている以上。自分のわがままを通す訳には行かない、それが不協和音となり俺達の輪が乱れる事のほうがよっぽど怖い。だから魅啝は大丈夫心配することは無いと呟くのだった……

 

 

 

 

達哉さんからもしかしたら笹野達が天使の捜索に協力してくれると聞いていた。天使の捜索の為の集合場所に笹野達の姿があったことに思わず笑みを零す

 

「協力してくれるのか、笹野」

 

不運な事に別の高校になってしまったが、俺自身は笹野がチームメイトならと思った。野球ではないが、こうして協力出来るのはありがたいと正直思った

 

「ああ、天使って言うのが気になるから」

 

天使と言えば善の存在と言う認識が強いらしいが……俺自身は天使や神なんて物は信じていない。俺が信じるは強いやつと、俺自身だけだ。だから天使がありがたい、神様が救ってくれるなんて言う弱者には興味は無いのだが……ナイアさんと達哉さんの指示ならば調べる事もやぶさかではない

 

「今回は調査を兼ねているから、私も同行するからね~♪」

 

Vっとピースをするナイアさん。この人は本当は頭がいいのに、なんでこんな風にふざけるのか?それが俺には理解出来ない。頭痛を覚えて思わず額に手を当てる

 

「大丈夫か?」

 

「……大丈夫だ。問題ない」

 

今回俺とナイアさんに同行する事になったのは拓郎だ。勇作は巨大な悪魔と契約している事もあり、瓦礫の撤去や生存者の救出の任務から外れることが出来ないし、蒼汰は戦闘を好む傾向がある。捜索や探索には向かないので、NGだ。かなり渋ったんだがな……と言う訳で白羽の矢が立ったのが拓郎だ。飛行能力を持つジャックランタンと広域殲滅に特化したヴェスタ……柔軟性が高く、拓郎自身まだ甘さはあるが、笹野達には丁度いいだろうと言う計算だ

 

「目的地は神無市総合体育館周辺よ、そこらへんを捜索していた部隊からの連絡が途絶えたからね」

 

ナイアさんが目的地を発表する。遠出をして捜索をしていた部隊が天使と遭遇した、その周辺に天使が出現する可能性は高い。まずはその周辺から調べると言う事だ、俺と拓郎はナイアさんの運転する車に乗り込み、総合体育館へ向かって出発する

 

「ナイアさん。今回久遠教授達に協力を要請した理由はあるんですか?」

 

「んー?逆に聞くけど、克巳はどう考えてる?」

 

質問を質問で返す。本来なら失礼な事とされるが……ナイアさんが俺を試しているのだと考え自分の考えを口にした

 

「ヤタガラスに合流させないためでしょうか?」

 

ヤタガラスとはかなりの回数交戦している。食料の奪い合いや、水の奪い合いと言う小競り合いはかなりの頻度で行っている、ほとんど勝利を収めているがその理由はヤタガラスには悪魔使いこそ多いが、高い戦闘力を持っている人間が少ないからだと思っている

 

「んー50点。それもあるけど、私は彼らが持っている悪魔召喚の術と、持っているであろう情報が欲しい」

 

俺達はナイアさんが作ったCOMPと言う、腕に装着する悪魔召喚器を使用している。だが笹野達はスマホを使用していたな……

 

「ナイアさんは久遠教授達には何かバックが居ると考えなのですか?」

 

拓郎がそう尋ねるとナイアさんはハンドルを切りながらうーんっと唸る

 

「正直判断に悩む所。バックが居るならウロボロスに来る必要はないでしょ?かと言ってヤタガラスでもないし……向こうの出方が判らないから協力を要請したの、一緒に居れば何か判るでしょ?」

 

その結果しだいで敵なのか、味方なのか?それが判るというナイアさんに頷き、車の窓から隣を走っている久遠教授の車を見て

 

(敵となるか、良い関係を築けるか……だな)

 

今回の共同作業で判る筈だ。久遠教授達が敵となるか、味方となるか……それを見極めよう。俺はそんな事を考え、到着まで精神を休ませようと思い目を閉じるのだった……

 

 

 

 

 

神無市総合体育館。バスケットから始まりサッカーの出来るグラウンドや、野球場まである市が運営する巨大なスポーツ施設だったんだが……

 

「ひどい有様だな」

 

天井は崩落し、あちこちに煤の後が見られる。既に鎮火している様だが、ここにも火災があったのは一目で判ったが、それだけではないだろう。悪魔も暴れているからこそ、あちこちにクレーターや大穴の開いた建物があるんだなと悟った

 

「じゃあ久遠教授。ここら辺から捜索を始めて……今日はここら辺まで捜索したいと思うんだ」

 

捜索の前の話し合いと言う事でナイアさんと久遠教授の話を聞いて複数日掛けての捜索だったのかと初めて知った

 

「それは構わないが、安全に休息を取れる拠点の候補はあるのか?」

 

「わかんないけど、1日で捜索は終わらないでしょ?これだけの人数が居るんだから順番で寝ずの番をするとかで対応しよ?」

 

頭の良い人だと思っていたんだけど……案外ナイアさんは行き当たりばったりなのかもしれない。とは言え捜索に長い時間を掛けるのは賛成だし、些細な手掛かりでも何かのヒントになるかもしれない。それを見逃す訳には行かない

 

「とりあえずは全員で捜索、何かあれば手分けをして探す。それで良いね?」

 

「私からは異論は無い」

 

久遠教授とナイアさんの話し合いが終わり、俺達は総合体育館周辺の捜索を始めた

 

「……倒壊している建物が多いですわね、悪魔の縄張りになっているのでしょうか?」

 

「その可能性はあると思うけど……その割には悪魔が出現しないのはおかしい」

 

捜索を始めて20分。火事が原因とは言い切れない火災の後や不可解に破損した建物など、悪魔が自分の縄張りと決め力を誇示しているという可能性はあるが、それでも悪魔が出ないのはおかしい

 

「お、いい所に目をつけたね。ここまで来るのに悪魔は相当数見かけているのに、ここには悪魔が居ない。その理由は恐らく天使が関係していると思うんだ」

 

ナイアさんが俺を指差していい所に目をつけたねと笑う。捜索の目的の1つ……天使がここで出てきたか

 

「ナイアさん。質問なんですけど、その天使の姿は判っているんですか?」

 

桃が手を上げてナイアさんに質問する。だがその質問はもっともな質問だ、探す相手がわからなければ、探しようが無いからだ

 

「特徴は紅い鎧と槍らしいね、天使の階級中位のパワーだと私は予測しているよ」

 

パワーか、確か堕天しやすい天使とされてる天使だった筈……

 

「ナイアさん、その天使が既に堕天している可能性は?」

 

「もちろんあるよー、そうなると敵が増える事になるからそれを含めての捜索。こっちは行方不明の隊員のCOMPを探すから、そっちはここら辺にいるかもしれない悪魔の捜索と生存者の捜索でお願いね」

 

天使か堕天使か……どっちにせよ脅威になるか……俺は手帳に今聞いた情報をメモし、捜索の方向性を決めた所でナイアさんが雄一郎達のグループに合流したのを確認してから、再び廃墟の町を歩き出す

 

「楓君。向こうも何か観察しているようですね」

 

「当然ですよ、美雪先輩。向こうには向こうの思惑がありますよ」

 

こっちが観察しているように向こうが観察するのは当然の事だ。こっちが敵か味方か見極めようとしているのだ、向こうだって同じ事を考えているだろう

 

「それでもし向こうが敵と判断したら大変ですわね」

 

「今はそうならないことを祈りますよ」

 

イザベラさんの言葉にそう呟く、門脇達の方が俺達よりも強い悪魔と契約している。出来れば今回は穏便に共同作業を終えて、今後の方向性をもう1度話し合いたい

 

「しかし雄一郎君が向こうと合流するとは思ってなかったな」

 

雄一郎は俺達と一緒ではなく、門脇達と行動を共にし先行している。それが以外だという久遠教授に俺は手を上げて

 

「それ俺です。俺が雄一郎に頼みました」

 

「楓君が?」

 

俺が頼んだと聞いて久遠教授がどうして?と尋ねてくる。

 

「いえ。門脇がずいぶん雄一郎を気に掛けていたみたいなので情報収集を頼んだんです」

 

俺はもちろん、久遠教授でも門脇から情報を聞きだす事は出来ないだろう。雄一郎でも難しいとは思うが、見ず知らずの相手よりも野球と言うつながりを持つ雄一郎の方が何かを聞きだせるかと思ったのだ

 

「それでもしウロボロスに雄一郎が行く事になったらどうするつもりですの?」

 

「それも、雄一郎が選んだことなら仕方ないと思う」

 

実際こうして纏まって行動できている事自体が奇跡だ。この先考えている方向性とかで別れる可能性だって十分あるのだから

 

「とりあえず、先行している雄一郎が何か情報を……ん?久遠教授。何か聞こえませせんか?」

 

遠くから何かの音が聞こえた気がした。久遠教授はどうですか?と尋ねる

 

「ああ。聞こえた……嫌な予感がする」

 

悪魔と遭遇した時のような言いようの無い寒気を感じる。このままこの場所にいてはいけないと本能が叫んでいる、一刻も早くこの場を離れなければ

 

「克巳!拓郎!雄一郎君!撤収!嫌な予感がする!!!」

 

ナイアさんもそれを感じ取ったのか、捜索を切り上げて車に戻れと叫ぶと、こっちに振り返り

 

「雄一郎君は一時的にこっちの車に乗せるから!そっちも早く移動の準備を!」

 

雄一郎を待って出発したい所だが待っている余裕は無い。さっきから冷や汗が止らない、それに背後から迫ってくる音が徐々に大きくなってきている。慌てて車に乗り込み走り出す、それとほぼ同時に現れた物を見て俺は絶句した

 

「なんだあれ!?」

 

俺達を追いかけている何者か、悪魔か天使だと思っていた。だが俺達を追いかけていたのはそのどちらでも無かった

 

「■■■ーーーーーーッ!!!!」

 

それは鮮やかなピンクのオープンカーだった。だがそのヘッドライトはまるで目のようにつり上がり、赤黒い光を放つ……それは明確な意思の光を持っていた。そのピンクの車体は咆哮を上げるようにクラクションを響かせるのだった……

 

分岐チャプター1 ウロボロス 天使の真意 その2へ続く

 

 




ウロボロスルートの敵は悪魔が憑依した車となります、この車との戦いの中で天使とも遭遇させていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 25~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。