Fate/Rainy Moon (ふりかけ@木三中)
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prologue ある魔女の物語

 これはあるお姫様の物語。

 とある国にとても可憐なお姫様がおりました。

 豊かな国に忠実な臣下達、女神の下で学び家族と笑いあう。

 そんな幸せな日々を過ごしておりました。

 

 しかし、幸せな日々は海の向こうからの来訪者によって破壊されます。

 巨大な船に乗るのは英雄と呼ばれる豪傑たち。

 そして彼らを束ねる男が王に向かって語ります。

 

「私が偉業をなすために、私が英雄となるためにこの国に伝わるという金羊の皮が欲しい。どうか譲ってもらえないだろうか」

 

 もちろん王様は断りました。

 なにせ金羊の皮は国に伝わる大切なお宝、どこの誰とも知らない輩に渡すわけにはいきません。

 しかし、それに異議を唱えたのはお姫様でした。

 なんと彼女はその男に恋をしてしまったのです。

 

 これはある少女の物語。

 少女はその男が金羊の皮を手にする探索についていくことにしました。

 もちろん初めて生まれ育った国を出ることは不安でした、家族も臣下も皆反対しました。

 しかし、そんなことは少女にとって些細な問題でした、だって愛しの彼と一緒にいられるのですから。

 それから少女は男を助け続けました。

 ある時は竜を眠らせ、またある時は巨人の弱点を教えました。

 ですが、男はそんな少女にねぎらいの言葉をかけることも愛の言葉をささやくこともありませんでした。

 それでも少女は男のために働き続けます。

 

 そうしてついに男は金羊の皮を手に入れました。

 これを持ち帰れば男は王となり少女とともに幸せに暮らせるはずです。

 

 なのに、それを取り返そうとかつての国民たちが船に乗って追いかけてきました。

 ほんとに目障りな連中です。

 仕方がないので少女は弟を短剣で八つ裂きにして海に放り投げました。

 そうして敵が驚いている隙に逃げ出すことに成功しました。

 弟が死んでちょっぴり悲しくもありましたが、愛する彼と一緒にいるためです。

 それからも何人か殺した気がしますが少女にとってはどうでもいいことでした。

 少女は男に褒めてもらおうと微笑みかけます。

 彼が褒めてくれれば、愛してくれれば少女はなんだってできました。

 しかし返ってきたのは、憎悪のこもった罵倒の言葉でした。

 

「あぁ、お前はなんということをしてくれたのだ。おかげで私の人生は私の偉業は台無しだ。お前の凶行に国民たちはおびえ英雄どもは憤っている。もはや国に帰ることはできまい。どこで俺は間違えたのか……そもそも実の弟を殺すような女など信用できなかったのだ、去るがいい魔女よ。もうお前のことなど見たくない。そもそも俺はお前のことなど愛してはいなかったのだ」

 

 そこで少女の恋は、夢は、呪いは解かれました。

 

 これはある女の物語。

 女が男に恋をしたのは神々が仕組んだ呪いだったのです。

 男が偉業をなせるよう女の人生を狂わされていたのです。

 呪いは解かれ、女は正気に戻りましたが失ったものは戻りません。

 

 かつてお姫様と慕ってくれた国民は女を魔女と糾弾します。

 かつて少女と旅をした英雄たちは女を裏切り者と罵ります。

 かつて微笑んでくれた弟は女がその手で八つ裂きにしてしまいました。

 

 帰る場所も行くあても失った女はただひたすらに逃げ続けました。

 

 逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて

 逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて

 逃げ続けて。

 

 そうして女の生涯は幕を閉じました。

 

 これはある魔女の物語。

 魔女が気が付くと目の前に一人の男がいました。

 

 彼が語るには魔女はとある儀式にサーヴァントとして召喚されたそうです。

 

 死者を呼び出し、戦わせ、最後に残ったマスターとサーヴァントがあらゆる願いを叶えることができる『聖杯戦争』という儀式に。

 

 魔女は聖杯に興味はありませんでしたが、男のために尽くしました。

 魔術を披露し、戦術を提案し、マスターを勝たせるためにサーヴァントとしてできうる限りのことをしました。

 しかし、帰ってきたのは称賛の言葉ではありませんでした。

 

「勝手なことをしやがって、実の弟を八つ裂きにした裏切りの魔女……とても信用できたもんじゃない。お前は僕のサーヴァントなんだから、黙って言うことを聞いていればいいんだよ」

 

 その言葉を聞いた魔女は男を殺して逃げだしました。

 

 逃げ出した魔女は、雨に打たれて嗤います。

 神に狂わされ、民に恐れられ、英雄に追われ、男に罵られて逃げ続けた最初の人生を。

 そして、また逃げ続けている2度目の人生を。

 

「アッハッハッ……結局、またこの結末なのね。他人の都合で駆り出されて、裏切り者と蔑まれて……私はただ、自分の故郷に帰りたかっただけなのに……」

 

 逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて

 逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて

 

 その結末がこれだ、マスターがいなければサーヴァントは存続できない。

 地面に倒れ伏し消滅の時を待つ、降りしきる雨は体力だけでなく心までも削る。

 

 こうして長く続いた裏切りの魔女の物語は

 彼女の知らない時代で、彼女の知らない場所で、誰にもみとられることなく

 ひっそりと終わるのだ。

 

 頬を冷たい水が伝う。

 

 見上げれば蒼い月が嘲笑うように浮かんでいた。

 

 どこで間違ってしまったのか。

 あの小さな国で家族と共に暮らせていればそれだけで幸せだったはずなのに。

 もう一度、家族に会いたい。彼らに一目会いたい。

 そして、私が殺してしまった弟にせめて一言を――

 

「おい大丈夫かあんた、しっかりしろ」

 

 彼女の物語はまだ終わらない。

 



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1月29日 夜 主従契約(仮)

「んっ――うんっ……ここは、一体……?」

 

 目覚めると見知らぬ場所にいた。

 布団の上に寝かされ、傷の手当てがなされている。

 ザーザーと雨の音はまだ響いていて、雲の切れ間からは蒼い月明かりが照らす。

 

 ここは一体どこだろうか?そもそも私は何故、意識を失っていたのか?

 記憶を辿り現状を確認する。

 

 私は聖杯戦争と呼ばれる儀式に召喚された。

 それから、マスターに反逆を起こし、殺したまでは良かったのだがその隙を他のサーヴァントに狙われてしまった。

 負傷しながらもなんとか逃げ出したが魔力不足で気を失ってしまったのだろう。

 

 それがどうしてこんなところで寝ているのか…

 

「良かった、目が覚めたんだな、あんた」

 

 戸を開けて少年がこちらに近づいてくる。

 心配そうにこちらを見る視線からは敵意は感じられない、そういえば気を失う直前に声が聞こえた気がする。

 彼が私をここまで運び手当てしたのだろう。

 

「どっか痛むとことかないか?病院に連れて行ったほうがいいかとも思ったんだけど……訳ありみたいだからさ」

 

 訳あり……確かに私は普通には見えないだろう。

 着ている服は現代のものではないし、血だらけになって道端で倒れているというのは明らかに怪しい。

 ただし、それは一般人から見れば……の話である。

 

「あなたも聖杯を狙う魔術師なのかしら?」

 

 その言葉に少年が息を呑んだ。

 やはりそうか、この男は善人のフリをして私に近づき支配下に置こうと考えているのだろう。

 三流魔術師が考えそうなことだ、こんなチャチな結界を張って気づかれないとでも思っているのだろうか?

 

 さて……狙いを暴かれたこの男は私をどうしようとするだろうか、力づくで来られては魔力のない現状では抗えないかもしれない。

 また他人に利用されるくらいならいっそ自ら命を……

 

「セイ……ハイ? 確かに俺は魔術師だが、その聖杯ってやつは知らない」

 

 しかし、予想外なことに帰ってきたのは困惑の声だった。

 魔術師ではあるが聖杯については知らないらしい。

 たまたま聖杯戦争の地にやってきた無関係な魔術師だということか?

 

「その令呪についても心当たりがないとおっしゃるのですか?」

 

 彼の手の甲を見やる。

 わずかに赤くなった痣、それは令呪と呼ばれるものの兆しだ。

 聖杯より与えられサーヴァントを縛るための3つの楔、支配の証。

 未契約のため形にはなっていないが彼の手には令呪が宿っていた。

 

「レイジュ? いや、ホントにそのセイハイとやらのことは知らないんだ。魔術に関連したものなのか?」

 

 語る様子からは嘘は感じられない。

 令呪が何なのかすら、分かっていないようだ。

 

――――だとしたら私はツイている。

 

 改めて少年を観察する。

 顔は整っているわけではないが幼さが残っていて人好きするような温和な顔だ。

 体つきは顔に見合わずガッシリとしている、もしかしたら鍛えているのかもしれない。

 魔力はそれほど感じられないが、それは重要な問題ではないだろう。

 

 重要なのは左手に宿った令呪の方だ。

 聖杯より選ばれた者の証、これがあればサーヴァントを呼び出せる可能性がある。

 そのサーヴァントを奪えばあるいは……

 

 悪いわね、坊や。

 

 あなたは私を純粋な善意で助けただろうに、私はあなたを利用しようとしている。

 でも、この世界はいつの時代も悪人であふれているのよ?

 坊やのような甘い善人は利用されて打ち捨てられるだけだ。

 かつての私もそうだった、他者に利用されて捨てられるだけの人生だった。

 

 次は私が坊やを利用してあげる。

 

「では……教えましょう。今、この町で起きている聖杯戦争について、そして……私のことについても……」

 

 坊やの目を見て話し始める、目が合うと少し照れたように視線を外した。魔術師であるはずなのに随分と初心な反応だ。

 フフッ、いいわ、この裏切りの魔女があなたのことを可愛がってあげる。

 

 

「7人のマスターと7騎のサーヴァントが殺しあう聖杯戦争……そんなことがこの冬木の街で起こっていただなんて……」

 

 私の説明を彼は真剣な顔で聞いていた。

 魔術師を名乗っている割に、知識はほとんど無いようで全てを理解できたわけではないだろう。

 

 だが……そちらの方が都合がいい、騙しやすくなる。

 

 7つのクラスで召喚される英雄の魂、それを繋ぎ止めるマスターの存在、願いを汲む万能の杯。

 

 最低限のことだけを理解していればいい、私の真名や令呪の使い方は知る必要のないことだ。

 

「それで、あんた……キャスターは、マスターをランサーのサーヴァントに殺されてしまったと。マスターがいなければサーヴァントは消滅しちゃうんだろ?」

 

 正確にはマスターを殺したのはランサーではなく私だ。

 しかし、そんなことを馬鹿正直に言う必要もない。

 私は召喚されてすぐにマスターを殺されてしまい、このままでは消えてしまうか弱い存在。

 そういうことにしたほうが同情を買いやすいだろう。

 

「えぇ、ですが良いのです。私はサーヴァントでありながらマスターを守れなかった。このまま消えるのが道理でしょう。そもそも私は本来、とうの昔に死んでいる存在。聖杯に願いをかけようと思うこと自体が間違いだったのです」

  

 そう言って儚げに笑う。

 心にもない嘘と薄っぺらな演技。男の好きそうなか弱い女を演じる。

 

「……俺がキャスターのマスターになるってのは……可能なのか?」

 

 意を決したように坊やが問う、期待通りの反応だ。

 だが、すぐに喰いついてはいけない。

 

「えっ……そんな……いけません。聖杯戦争はとても危険なのですよ。サーヴァントの中には破壊を好む凶暴な者もいます。関われば命の保証はないのですよ」

「だったらなおさらだ。町の人達にも危害が加わる可能性があるんだろ、それを見過ごす訳にはいかない」

 

 思った通りだ、この坊やは万能の力を持った聖杯よりも無関係の人間の安否のほうが重要らしい。

 

 人がイイというより、少年にありがちな英雄願望という奴だろうか。

 自分が危機を冒してまで他人を守ろうとするなど理解できないが都合はいい。

 適当に自尊心をくすぐってやれば私の思う通りに動いてくれるだろう。

 

「それと……キャスターの願いって何なのか聞いてもいいか? 一応……危ないものだったら駄目だからな」

「ええ、構いません……私の願い、それは故郷に帰ることでございます」

 

 これは嘘というわけではない、本音と打算が入り混じった言葉だ。

 真名を教えていないので私の事情は分からないだろうが色々と考えているのだろう、慮るようにこちらを見てくる。

 

 そうだそれでいい、哀れな女を守りたくなるでしょう?

 

「故郷に……家族にもう一度だけ会いたいのです……」

 

 この家には他の人間の気配が無い、坊やの家族はすでに死んでいるのかもしれない。

 そう考え同情を引きそうなことを言ったのだが……

 

「あっ…………」

 

 反応が妙だ、同情や憐みの目を向けてくるかと思ったがそうではなかった。

 

 無表情、ポッカリとした空洞でも見るような眼だった。

 地獄でも覗いてきたかのような絶望した者の瞳。

 

 マズイ、なにかトラウマでも踏んでしまったか?

 

「……聖杯戦争については正直、分かってない所もある。でも俺はキャスターに願いを叶えて欲しい。俺にできることなら何でもやる。遠慮せずに言ってくれ」

 

 よく分からないが決心が固まったらしい、ここまで協力的になるとは予想外だったが、まあ、利用できるのならば何でもいい。

 

「ありがとう、あなたはとても優しいのね。私は聖杯を求めキャスタ-のクラスで現界せしサーヴァント。故あって真名は教えられませんがマスターと定めこの杖を捧げます。――これよりあなたの運命は私と共にある、えっと……あなたの名は……」

 

 そういえば坊やの名前を聞いていなかった。

 裏切るつもりなのですぐに必要なくなるだろうが、一応聞いておこう。

 

「士郎、衛宮士郎だ。不甲斐ないマスターかもしれないがよろしく頼む。キャスター」

 

 そういって差し出された手を取る。

 ええ、よろしくお願いするわ、愚かなマスターさん。

 



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1月30日 朝 パンケーキと作戦会議

 外を見るとすでに日は上り、時計は6時を指していた。

 今日は藤ねえと桜は用事があって来れないらしい。

 キャスターについても考える時間が欲しいし丁度よかった。

 

 ちらりと布団に横たわるキャスターを見る。

 青い髪は絹のように美しく、どこか遠くを見つめているような蒼色の瞳。

 そして、その所作からはどこか気品の良さと女性らしい細さを感じる。

 

 ぼんやりと昨日のことを思い返す。

 蒼い月の光と土砂降りの雨の下、血だらけで倒れていた女性。

 その時は驚いたが聖杯戦争について聞かされた時はもっと驚いた。

 この町で殺し合いが起こっているなんて冗談じゃない、人々に被害が及ぶとなれば尚更だ。

 そう思い、俺は聖杯戦争への参加を決めたのだった。

 

 僅かに赤みがかった自身の左手に視線を落とす。

 キャスターとの契約は完了したが、未だに令呪とやらは形になっていない。

 なんでも敵に気づかれないように特殊な契約となっているらしい、詳しくは分からないが俺なんかでキャスターの助けになれているのなら良いことだ。

 

「とりあえず、何か食おう。食べながら今後について話し合おう。嫌いなものとかないよな?」

「サーヴァントに食事は必要ないのですが……せっかくですから頂きます。この時代の食事はよく分からないのでおまかせにします」

 

 そういえばキャスターは過去の時代から召喚された英雄だった、あまり日本的なものは合わないかもしれない。

 怪我もしてるし、あまり脂っぽいものとかはやめたほうがいいよな……

 

 

 食事を取りに部屋を出て行った坊やを待つ。

 サーヴァントに食事とは坊やには本当に魔術の知識がないらしい。

 サーヴァントにとっての食事とは魔力のことだ。契約したマスターから魔力を受け取り、血肉へと変換する。

 

 といっても現在、流れ込んできている魔力はごく少量だ。

 これはあの坊やとの契約をわざと希薄なものにしたからである。

 

 本来のサーヴァント契約では令呪の縛りを受けるし、なにより新たなサーヴァントの召喚権を失ってしまう。

 そこで坊やを存在の要石とすることで世界の修正だけを回避するという方法を取った。

 これならば令呪の縛りは効ないし、受け取る魔力が少ないとはいえ負担はだいぶ減る。坊やには敵に悟られないようにするためと適当なことを言っておいた。

 

 そういうわけで、消滅の危機こそ逃れたものの魔力は未だに不足している。

 精液などでも代用できるがそこまでのことを許すつもりはない。

 子供の姿など消費が少ない姿になるという手もあるが存在の変換はリスクが高い。

 

 あれこれと考えていると、坊やが料理をもって部屋に戻ってきた。

 

「お待たせキャスター。パンケーキ持ってきたけど食えるよな?」

 

 パンケーキ?

 聞いたことのない食べ物だ。パンの一種だろうか?

 

「特売の時にパンケーキの粉を買ったんだけど、量が多くて余らしててさ。女性ならこういうの好きだろうし丁度いいと思って」

 

 そう言ってさし出したのは、3つ重なった薄いパンにハチミツとクリームが掛けられたものだった。

 添えるようにちょこんと置かれたオレンジがどうにも可愛らしい。

 

「ちょっと可愛らしすぎないかしら……私には似合わない気が……」

「んっ?気に入らなかったか?じゃあ俺が『食べないとは言っていません!!!』おっ、おう」

 

 フォークでそっと刺し、パンケーキとやらを食す。

 クリームの甘さとオレンジの酸っぱさが絶妙にマッチしていて中々に美味だ。

 魔力はほとんど回復していないが、心が満たされていくのを感じる。

 

「…………」

 

 食べていると坊やのジっとした視線を感じた。

 何かおかしな所作をしただろうか、聖杯からは食事のマナーの知識までは受け取っていない。

 

「んっ、ああ、ごめん。見られると食べづらいよな。キャスターの食べ方が綺麗だったから。絵画でも見てるみたいでさ、キャスター自身も美人だし」

「なっ……」

 

 私の中で坊やへの警戒度を引き上げる。

 無知な子供かと思っていたが女たらしの匂いがする。

 

「……とりあえず、今後の方針について話し合いましょう」

 

 話題を変える。

 私はもう誰かを愛するつもりなどない、利用されるだけだと分かっているからだ。

 この坊やとも聖杯を手に入れるために利用しているだけで深く関わるつもりはない。

 

「まず、全てのサーヴァントが召喚されて本格的に戦争が始まる前に、やっておかなければならないことが2つあります」

 

 自慢ではないが私は今回の聖杯戦争において最弱の自信がある。

 そもそも魔術を扱うのがキャスターのクラスなのに対魔力のスキルを持ったクラスが4つもあるのだ、この時点で真っ向勝負では勝てないと分かる。勝つためにはそれなりの下準備をしなけれならない。

 

「一つ目は魔力です、魔術を使うには魔力がいります。これがないと何もできません。魔力を集めなくては」

「といってもな……魔力ってようは生命エネルギーだろ、どうやって集めるんだ?まさかとは思うが、人から吸収したりしちゃだめだぞ」

 

 人から吸収する……か、確かに町中の人間から吸い上げればかなりの量になるだろう。他のサーヴァントとも真っ向から渡り合えるほどに。

 だがそこまでするつもりは無い、そこまでして勝ちたい訳では無い。

 

「安心してください、そんな物騒なことをするつもりはありません。それに魔力とは世界中にあふれているもの。地脈を少しいじればそれなりの量が集まるでしょう」

「地脈……そんなことして、街に影響が出たりしないのか?」

「えぇ、少し流れを誘導するだけですからそこまで大きな影響はありません。ただし他のサーヴァントたちは気づくかもしれませんし、この街を管理する魔術師などは攻撃してくる可能性もあります」

 

 前マスターが持っていた資料に記された名を思い出す、確かこの街の管理者は遠坂といったか……いずれ戦うことになるだろう。

 

「そこで他のサーヴァントに対抗するためにもう1騎、新たにサーヴァントを召喚します」

「もう1騎?サーヴァントってそんな簡単に呼べるもんなのか?」

「私一人では亡霊崩れが精々だったでしょう。ですが、あなたがいれば正規のサーヴァントを呼べるはずです」

 

 サーヴァントを呼び出す際に何より重要となるのは縁だ。

 死者である私には縁を作れない。

 

「そうなのか……俺がキャスターの力になれるってんなら嬉しいけど……聖杯で願いが叶えられるのはサーヴァントとマスターの一組だけだろ。新たに呼びだしたサーヴァントは協力してくれるのか?」

「それは問題ありません。私の願いは故郷を一目見ることです。人理を改変しない形での時間移動なら、ほとんど魔力は使いません。私が適切に聖杯を使えば十分にお釣りがくるでしょう」

 

 この言葉自体に嘘はない、私が聖杯を手に入れられれば1組だけなどとケチ臭いことは言わず何個でも願いを叶えることができるだろう。

 もっとも、坊やにも呼び出したサーヴァントにもその力を使わせるつもりなど毛頭無い。

 

 私は奪う側であなたたちは捨てられる側だ。

 

 サーヴァントを召喚したら、坊やから令呪を奪い取って無理やり命令を聞かせる。

 用済みとなった坊やのほうは記憶を消去して、その辺の道端に転がしてやろう。

 

 服の下に隠した自身の宝具を握りしめる。

 

「とりあえず、夜になったら魔力を集めに行きましょう。地脈の誘導には実際にその場にいかなければなりません」

 

 そう言って微笑むと、応えるように坊やも笑った。

 その笑顔が絶望で歪むのが今から楽しみだわ。

 



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1月30日 夜 キャスターとデート?

 夜の道を歩く、傍目には俺一人だけが歩いているように見えるだろう。

 

「キャスター、いるよな?」

 

 虚空に向かって呼びかける。

 外を出歩くので魔力の節約もかねて、霊体化とやらで透明になっているらしい。

 しかし一般人からだけでなく俺からも見えないので連いてきているのか不安になる。

 

「大丈夫ですよ、そんなに何度も確認しなくてもちゃんといますから」

 

 耳元から聞こえるキャスターの呆れたような声。

 

 そうは言っても、俺が最初にキャスターを見たのは血だらけの姿だったんだぞ。

 そのせいか、目を離すとキャスターが遠くに行ってしまうような気持ちになる。

 

「それで、今から向かう場所はどんな所なのですか?」

 

 朝に決定した通り、地脈の通り道へと向かっているのだがキャスターからは人通りが多いところに向かってほしいと指示された。

 人は無意識に魔力に引き寄せられ、人通りが多いところは魔力も多いという理屈らしい。

 

「あぁ、商店街とかどうかなって。いつもは人が多いけどこんな時間には誰もいないし、キャスターも動きやすいだろう」

「商店街ですか……なるほどそれは良いですね」

 

 キャスターのお墨付きをもらい意気揚々と歩く、道中もしっかり確認したいということで自転車は使わない。

 商店街まではそれなりの距離がある。

 

「キャスター、なんか喋らないか?人も少ないし怪しまれないだろう」

「構いませんが……いきなりフられても、話題が……」

「む……じゃあ、互いの呼び方について話そうか。キャスターは俺のこと『あなた』って呼ぶだろ。なんか他人行儀な感じしてさ、これから一緒に戦うわけだしもうちょっと親しみやすい呼び方をしてくれよ」

 

 本当はマスターと呼んで頼りにしてほしいと思うのだが、俺の魔術師としての実力不足は自覚しているので自分からは言わない。

 

「呼び方……ですか、では本名で『シロウ』と」

「む?発音がおかしくないか『士郎』だぞ」

「『シロウ』でしょう、間違ってはいないはずです。魔術において言語学は重要な分野、キャスターである私の方が日本語としての本来のイントネーションに近いはずです」

 

 確かに日本語として正しいのはキャスターの方なのだろう。

 ただ、なんというか正確すぎて普段の呼ばれ方とは違う気がする。キャスターはキャスターでもニュースキャスターの喋り方みたいだ。

 

「私は神代の魔術師として女神に師事し、高速神言すら扱えるのですよ。その私の発音が間違っているというのですか!」

 

 キャスターの怒ったような声が聞こえてくる。

 女神に師事した?それって真名のヒントになるんじゃ……

 考え込んだ俺をどう思ったのかキャスターがムキになったように叫ぶ。

 

「シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ。どうですか、私のこれが『シロウ』の正しいイントネーションです」

 

 見えないがきっと見事なドヤ顔をしているのだろう。

 やっぱり、その言い方はちょっと違和感があるな。

 

「……不服なようですね、もういいです。名前やマスター呼びではなく、あなたなど『坊や』で十分です」

「なんでさ!」

 

 そんな……せめて『あなた』呼びでよかったのに。

 いや、親しみやすい呼び方という意味ではこれでもいいのか?

 

「それで、坊やは私のことをなんと呼んでくれるのかしら?」

 

 呼び方だけでなく、口調も少し砕けた気がする。

 仲良くなれるならそれに越したことはないが……

 

「真名は教えてくれないんだよな」

 

 俺は暗示に対する抵抗が薄く、敵に情報が洩れるかもしれないということでキャスターの本当の名前は教えてもらえなかった。

 いったい、どこの英雄なのだろうか?

 

「んー『キャスター』ってクラス呼びはお固い感じだしなぁ、あだ名とかどうだ?」

「あだ名、ですか……出会って1日もたっていないのですよ。私のことは何も知らないでしょう」

 

 そりゃそうだ、俺はキャスターのことを何も知らない。

 あだ名をつけるのは難しいか。

 

「生前の通り名とか役職とかないのか?」

 

 英雄と呼ばれるほどの人物なら、それなりの役職でカッコいい二つ名とかもあるのだろう。

 そう思って聞いたのだが――――

 

「…………」

 

 キャスターは何も答えない。

 

「どうした?」

「いいえ……何でもありません。役職はとうに捨てましたし、二つ名ではあまり呼ばれたくないの。これまで通り『キャスター』と呼んで頂戴」

 

 冷たい声で返すと黙り込んでしまった、結局は俺が『坊や』と呼ばれるようになっただけか。

 

 

 商店街につくと予想通り誰もいなかった。

 昼はあれほど賑わっているのに、今は店にシャッターが下ろされ夜の静寂に包まれている。

 

「こちらで地脈の調整をおこなうから、坊やはゆっくりと歩いてちょうだい」

 

 地脈のことなんて分かるわけがないので、おとなしくキャスターの指示に従う。

 

 キャスターが呪文を唱えると何か肌がざわつくような感じた、意識を集中させれば地面からわずかに魔力が漏れ出ているようだ。

 これに沿って歩けばいいのだな。

 

「…………」

 

 トコトコと歩き出す、周りを見れば茶色や赤色の幕なんかが掲げられていた。

 

「あの幕は何、お祭りでもしているのかしら?」

「あぁ、あれはバレンタインのキャンペーンだな」

「バレンタイン?」

 

 サーヴァントは聖杯から現代知識を教えられているらしいがバレンタインの知識までは無いらしい。

 

「2月14日に女性が好きな男性にチョコを渡すんだよ」

「ふーん、安っぽい行事ね」

 

 学校の女子はチョコづくりに向けて盛り上がったりしているがキャスターは興味がないらしい。

 

「まぁ、もともとは感謝のしるしとして贈り物をするイベントだったらしいけど」

「そうなんですか」

 

 どうでもよさげなキャスターの返事。

 まぁ、聖杯戦争中なのにバレンタインのことなんか考えている余裕はないよな。

 

 

「ストップ止まって」

 

 商店街を4分の3ほど歩いたところでキャスターの声が響く、何か問題でもあったか?

 

「…………」

 

 じっと待つが、キャスターからの声は聞こえない。

 

「キャスター……?」

 

 気配のする方を見る、霊体化しているので何をしているかは分からないがヌイグルミ店の前にいた。

 すでに店は閉まっているがショーウインドウからはファンシーな人形が見える。

 

「もしかして……ヌイグルミを見てるのか?」

 

 そういえば朝にパンケーキを出した時も可愛らしいと呟やいていた。

 キャスターは大人っぽい美人だが、意外にこういう子供っぽい可愛らしいものが好きなのかもしれない。

 

「なっ……いえ、これは魔術的な見地からその精巧さに感心していただけです。決して羊のヌイグルミが可愛いなどとは思っていません」

「別にごまかさなくてもいいよ。今は閉まってるけど、また来よう」

「いえ、ですから私はヌイグルミが欲しいなど一言も……ちょっと坊や、聞いてるの!」

 

 そんなこんなで地脈の誘導は完了した、これで我が家に魔力が溜まるという寸法らしい。

 必要ならば他の地脈にも調整に行くが、今はとりあえずこれで良いとのことだ。

 

 しかし、ヌイグルミか……聖杯戦争なので余裕があるか分からないが、いつかキャスターと買いに来れれば良いな。

 



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1月31日 朝 キャスターの思惑1

「昨日は学校を休んじまったし、今日は行くよ。桜や藤ねえにも家に来ないように言っておかないとならないし」

 

 桜と藤ねえというのは、坊やの家によく来る女性の名前らしい。

 藤ねえという方は保護者代わりらしいのだが、桜という娘はよく料理を作ってくれる後輩だという。

 やはりこの衛宮士郎という少年は女たらしの毛があるのかも知れない、軽薄な男は私にとって敵だ。

 昨夜だって『坊や』と呼んで主導権を握ったと思ったら、「今度、一緒にヌイグルミを買いに行こう」などという浮ついた言葉で私を懐柔しようとしてきた。

 その程度でこの『裏切りの魔女』が喜ぶとは思わないでほしいものだ。

 まあ、まったく嬉しくないわけではなかったが……

 

 いや、今考えるべきはヌイグルミのことなどではなく聖杯戦争についてだ。

 

 坊やが外に出るというのはそれなりに危険ではあるが、まぁ大丈夫だろう。

 私とのリンクは薄いので、他のサーヴァントやマスターに気づかれることはないはずだ。

 なにより坊やがいないほうが私も自由に動ける。

 

「今日の夜に魔方陣を描いてサーヴァントを召喚します。魔力は生活サイクルの影響を受け、魔力は召喚するサーヴァントに影響する。いつも通りの生活、つまり学校にいくのは得策ですね。私は坊やが学校に行っている間にこの家の結界を強化しておくわ」

 

 思考をカチリと切り替える、一人の女から一人の魔女へと。

 

 坊やは「昼飯は冷蔵庫に入れておいたから」などと言って出て行った。

 まったく不用心なものだ、仮にも魔術師でありながら工房の管理を他者に委ねるとは。

 

 魔力を束ね結界を築き上げていく、空間が励起し大地が震える。

 結界といってもそれほどの強固さは必要ない。魔力に余裕があるわけでもないし、サーヴァント相手に耐えられる結界となるとここの霊地では叶わない。一等級の霊地に大量の魔力が必要だ。

 それならば、一瞬だけでも攻撃に耐えられれば良い、一瞬あれば転移魔術で逃走することも可能だ。

 もっとも坊やを連れていくほどの魔力はないけれど、その時は運が悪かったと自分の運命を呪ってほしい。

 

 さて、結界の構築はあっさりと終わった。

 私にかかればザッとこんなものだ。

 

 居間にぺたりと座り、これからのことを考える。

 坊やと作戦を立てたがあれは表向きなもの、私は彼を裏切るつもりでいるのだ。

 

「聖杯戦争ねぇ……」

 

 此度の戦争は第五次聖杯戦争。

 第五次ということは今まで四回行われてきたということである。

 私の前マスターであった男(アトラム・なんとかという名前だった)はそれまでの聖杯戦争について纏められた資料を所持していた。

 

 と言っても聖杯戦争がまともに行われたのは第四次からで、その前回についてすら不明なことが多い。

 

 そもそも前マスターは聖杯戦争を魔術師の箔付け、政治の交渉材料程度にしか考えていなかったようだ。

 それゆえに資料についてもエルメロイとかいう貴族の言動が中心となっていた。

 誰がどのようなサーヴァントを召喚したのか、そして誰が勝ち残ったのかなどの重要な部分は記録されていなかった。

 

 だから私が聖杯戦争に知っていることはそれほど多い訳ではない。

 

 御三家と呼ばれる者たちが関わっていること 

 聖杯戦争が約60年の周期で開催されること

 『冬木の大火災』と呼ばれる災害が起きたこと

 そして、前回の戦争に参加したマスターたちの名前について――――

 

「――――衛宮切嗣」

 

 初めは偶然かと思った、だが話を聞いてみると坊やは彼の養子らしい。

 10年前の大火災で家族を失い、死にかけていた所を拾われたのだという。

 坊やもなかなかハードな人生を送っているようだ。

 

 だが、それにしても不自然な点が多い。衛宮切嗣はかなり真剣に聖杯を求めていたはずだ。

 にもかかわらず聖杯は誰の手にもわたらず、養子である坊やはその存在すら知らされていない。

 本来の周期とは違うタイミングで開催された今回の戦争、無関係とは思えない大火災、私のような反英雄が召喚された理由。

 

 ―――少し調べる必要があるか。

 

 聖杯は万能の願望器という唱い文句だがそれも疑う必要がある。

 

「もっとも――私ならば扱えるでしょうけどね」

 

 ニヤリと唇を吊り上げる。

 聖杯の正体が何であれ、私なら問題なく扱えるだろう。

 不死の大鍋を扱ったことさえあるのだから。

 

 ルールの通り、他のサーヴァントを贄として聖杯を手に入れれば良い。

 

「残る懸念事項は坊やのことね。サーヴァントを召喚させた後、簡単に令呪を奪いとれるかしら?」

 

 自らの宝具を握りしめる。

 歪な形をした短剣、裏切りの象徴。

 これを坊やに突き立てて令呪を奪わなければならない。

 

 ―――いっそ、坊やを洗脳してしまおうかしら?

 

 一瞬、頭に浮かんだ考えを打ち消す。

 触媒なしでサーヴァントを召喚する場合は術者と似た性質のものが召喚される。

 洗脳された状態では狂った存在が呼び出される可能性が高い。

 令呪を使用するとはいえ、真っ当なサーヴァントのほうが扱いやすいだろう。

 

 それに……それに、私は坊やのことがそれほど嫌いというわけでもない。

 もちろん最後は手ひどく彼を裏切って捨てるつもりでいるが、それまではそれなりの関係を築いてもいいだろう。

 

 



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1月31日 夜 召喚の布石

「さて、それでは魔術陣を描いてサーヴァントを召喚するとしましょう」

 

 夜になり坊やも特に問題なく家に帰ってきた。

 計画通りに魔術陣を描くことにする。

 それなりのスペースが必要だと伝えると、彼がいつも魔術の修練をしているという土蔵に案内された。

 

「こっ……これは……」

 

 汚い!!

 

 なんという乱雑な物の置き方だろうか、鉄パイプやら工具やらがその辺に転がり、ガラクタが乱雑に積まれている。

 魔術師の工房というのは神聖な場所だ、それをこんな風にするだなんて考えられない。

 これだから男というのはがさつで嫌いなのだ。

 

「あー、ちょっと散らかってるけど、端に寄せれば魔術陣ぐらい描けるだろう」

 

 ちょっと!?

 これをちょっとと言い張るのですか。

 

「お掃除をしましょう」

「えっ……別に、今しなくたっていいだろ、早くサーヴァントを召喚しよう」

 

 そう言って乱雑にガラクタを隅に寄せる。

 

「ああああ!!待ちなさい!いいかしら、魔術とは繊細なものなのよ。いくつもの要素が絡まりあった上で奇跡として成立しているのですよ。それをこんな……」

 

 魔術というものがいかにデリケートなモノなのかを説き伏せる。

 例えばこんなに散らかった状態では、うっかり変なものが触媒となって意図していないサーヴァントが召喚されたり、集中力を欠いてうっかり時間を見間違えて魔力のサイクルが狂い、これまたうっかり意図していないサーヴァントを召喚する可能性がある。

 不確定要素は1%でも排除すべきだ。

 

「せめてどこに何があるのかを確認して、種類ごとに纏めましょう」

 

 私の力説に坊やは渋々といった感じで掃除を始める。

 それにしてもこの土蔵には色々なものが置いてあるようだ、ガラクタを集める趣味でもあるのだろうか?

 

 近くにあった茶色い壺を手に取る、ほこりが積もっていて数か月は放置されていたのだろと分かる。

 これなんて床に置いてあるのと同じ柄だし何でこんなものを2個も……

 

「えっ……これって……」

 

 そこで気づく。

 今、手に持っている壺は床に転がっている壺と同じものだった。

 大きさも形も色も、そして付いた傷の位置さえも。

 

「……なるほど……中々面白いじゃない」

 

 坊やはここで魔術の鍛錬をしていたらしい。

 面白い魔術だ、おそらく投影魔術によるものだろう。それも通常の投影魔術とは異なった。

 物質を完全に模倣する魔術、世界の修正すらも逃れるほどに精密なコピー。

 興味深く、珍しい魔術だ。有用な魔術でもあるだろう。

 

 だが―――それだけだ、有用ではあるが強力ではない。

 サーヴァント相手には並大抵の武具は通じず、宝具でしか打倒できない。

 そして宝具とは奇跡の結晶、まさかそれは投影することはできないだろう。

 万が一、投影できたとしても英霊たちは強力な肉体を有しているのだ、同じ武器を使えば負けるのは必然。

 相手の筋力や技量までも完全に再現できるとでもいえば話は別だが……

 

 急速に興味が失せていく、やはりサーヴァントを召喚すれば坊やは用済みだ。

 そんな私の考えも知らずに坊やはせっせと片づけをしている。

 

「あら……これは魔術陣ね、何故こんなところに」

 

 ブルーシートをめくると下から魔術陣が出てきた。

 古ぼけた魔術陣、10年程前のものだろうか?

 坊やはいままで魔術陣が描かれていたのを気にしたことがなかったらしい。

 危険な効果をもったモノだったらどうするつもりだろうか。

 

「切嗣が描いたんだと思うけど、消したほうがイイよな?サーヴァント召喚に影響しちゃうかもしれないし」

「いえ、長い間ここに刻まれていたというなら下手に消すのも省って危険です。このままにしておきましょう」

 

 幸い効果はそれほど危険なものではない『増強』の効果だ、この土蔵で何らか魔術を使用し補助として使ったのだろう。

 この魔術陣は、様々な魔術に利用できるので何かに再利用できるかもしれない。

 

 

 そんなこんなで片づけは結局、1時間ほどかかった。

 

 あれほど乱雑に散らばっていたガラクタたちは種別ごとに綺麗に分けられ、ほこり臭かったこの場所も幾分かマシになった。

 

「それでは、魔術陣を描いてもらえるかしら?」

 

 ようやく本題だ。

 空気中のマナを凝固させ聖晶石を造りだす、これで描けばそれなりのサーヴァントが召喚できるだろう。

 坊やに石を手渡すと怪訝そうな顔をした。

 

「えっ、もしかして俺が魔術陣を描くのか?」

 

 当然だ、召喚というのは縁が重要になる。

 触媒のない状態では魔術陣の段階から召喚に影響する。

 死者である私が描くよりは、現代に生き聖杯に選ばれた坊やのほうが真っ当なサーヴァントを呼べる可能性が高い。

 

「そう言われてもな……魔術陣なんか描いたことないぞ」

 

 坊やが自信なさげに呟く、それくらいは織り込み済みだ。

 

「それは問題ないわ。それほど複雑なものを描くわけではないし、私の指示に従って描くだけでいい」

 

 もとより、魔術陣とは術の補助を行うためのもの。

 特にこの戦争では聖杯が召喚のお膳立てをしてくれているのだ、それほど複雑な魔術陣は必要ない。

 

「そうなのか。それならまぁ、やってみるか。どう描けばいいんだ?」

 

 坊やもやる気になってくれたようだ、とは言え彼は魔術の知識に疎い、できるだけ分かりやすく簡潔に説明しなければならない。

 

「それではまず、半径52.475cmの円を描いてください。次に12個のアルケーの加護を刻みます。そしてハウスドウルフ次元のフラクタルを象徴する曲線を描き、冥王星の周期と月齢をもと、大二重変形二重斜方十二面体を描きます。最後にミンコフスキー空間の歪みを訂正するためラプラス変換で二次元構造へと落とし込めば完璧です。ねっ簡単でしょう」

 

 さすが神代の魔術師たる私。

 なんと分かりやすい説明だろうか、坊やにも分かり易いように現代の用語も使ってあげた、これなら彼にも理解できるだろう。

 

「……キャスター、やっぱり俺には魔術の才能がないみたいだ……」

 

 しかし、坊やはこれでも理解できなかったようだ、

 これほど分かりやすい説明はないというのに。

 

「まあ、いいでしょう。人には得手不得手というものがありますし、そうね……重要なのは因果ですから、一緒に描いても問題ないでしょう」 

 

 そう言って描き方を教えようと手を取ると……

 

「なっ…………」

 

 坊やの顔がみるみる赤く染まっていく、ただ手を触れただけだというのに随分と可愛らしい反応だ。

 

「さっ、手を伸ばして。ここから直線を引いて」

「あっ……あぁ」

 

 チラチラとこちらを見ながらも、たどたどしく陣を描く。

 ふふっ……そんな反応をされると少し楽しくなってきちゃうじゃない。

 彼の背中にもたれかかるようにして手を添える、青い髪が彼の肩にかかる。

 

「キャ……キャスター、ち、近い……」

 

 坊やが真っ赤になって呟く。

 

「さぁ、もっと肘を伸ばして、そう、そのまま曲線を……うまいわよ」

 

 私の髪が触れるたびに、坊やは目を泳がせていた。

 生前は粗暴な男たちに囲まれていたので、こういう反応は珍しい。

 坊やを見ていると何となく懐かしい感じがする。

 

 そう、まるでかつて弟と遊んでいた時のような……

 

「キャスター?」

 

 気が付くと坊やが心配そうにこちらをのぞき込んでいた。

 

「いえ、何でもないわ。魔術陣はこれで完成よ」

「てことは、遂にサーヴァントを召喚するのか」

 

 坊やのおかげで魔力は集まり、魔術陣は完成した。

 あとはサーヴァントを召喚して坊やから令呪を奪い取るだけだ。

 

 その計画のはずだったのに――――

 

「そう……急ぐ必要もないでしょう」

 

 気が付くと、そんな言葉を口にしていた。

 

「召喚には術者の魔力量も影響します。どうせなら万全な状態で召喚したほうがイイでしょう」

 

 魔力は月齢などで増減する。

 個人差はあるが、坊やの場合は2月2日の夜が魔力のピークといったところか。

 他のサーヴァントが動いている様子もない、召喚は一度しかできないのだから慎重になるに越したことはないだろう。

 坊やはそんなものなのかと納得していた。

 

 そう、これは作戦だ。

 聖杯を確実に手にいれるための、坊やを最大限利用し尽くしてやるための。

 

 決して……坊やと過ごす時間を名残惜しいと思ったわけではないのだ。

 



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BAD END セイバー?召喚

 暗い部屋に魔女は一人たたずむ、人形を目の前に置いて。

 

「シロウ、気分はどう?」

 

 シロウと呼ばれた人形はその光のない目をキャスターに向ける、しかし返答を発することはない。

 

「洗脳が強力すぎたかしら?魔術防御もできないくせに自我だけは強いんだもの、思わず本気になっちゃったわ」

 

 キャスターは学校から帰ってきた士郎を魔術をもって自らの傀儡としたのだ。

 もはや衛宮士郎の意識は消え失せて、自我を持たない人形に成り下がっていた。

 

「この状態だと妙なサーヴァントが召喚されるかもしれないからやりたくなかったのだけれど……令呪を奪うときに抵抗でもされたら面倒ですからね」

 

 それこそ召喚されたサーヴァントをけしかけられればキャスターに勝ち目はない。

 それなら召喚前に洗脳したほうがいいと判断したのだ。

 

「あなたが悪いのよ。もっと御しやすそうだと判断したら、ちょっと記憶を失う程度ですんだのに……」

 

 そう、衛宮士郎は失敗したのだ。

 

 キャスターの信頼を勝ち取れれば洗脳されることはなかったのに。

 そして洗脳されることがなければ、さらに関係を築くことができたかもしれないのに。

 

「さっ……それでは、魔術陣を描きなさい」

 

 キャスターが命令する。

 傀儡となった彼にはキャスターの意識が伝わるので、もくもくと複雑な魔方陣を描いていく。

 キャスターはそんな彼を愉快そうに、つまらなそうに見つめる。

 

 この感じ――あの時と同じだわ。

 

 キャスターが感じていたのはかつて弟を八つ裂きにした時と同じような感覚だった。

 どうでもいいものを手に入れるために本当に欲しいものを壊してしまったような感覚。

 

「ハッ……くだらないわね」

 

 しかし、キャスターはその感情を一笑に付した。

 

 私は『裏切りの魔女』だ。

 今までだって何度も裏切り壊してきた。

 今更失うものなど何もない。

 

 外を見ると半端に欠けた月は薄暗い雲に包まれ、鈍い光があたりを照らしている。

 

「オワリ――マシタ」

 

 抑揚のない声で人形がうめく。

 

「そう。じゃあ、早速始めなさい」

 

 サーヴァント召喚を開始する。

 魔力が収縮し、魔方陣を通じて英霊の座へと繋ぐ。

 空間が歪み、まばゆい光があたりを包みこむ。

 

 さて、いったいどんな英霊が召喚されたか……

 

 

「問おう、君は圧制者かな?」

 

 

 召喚されたのは灰色の筋肉だった。

 体には拘束具が巻き付けられ腰には剣を携えている。

 そしてなによりも特徴的なのはその表情だ、その異常な風貌とは対照的に輝くような笑顔を浮かべている。

 

 しかし、自らの召喚者である衛宮士郎の状態を見るとその目に哀しみの色が宿った。

 

「オオォ、なんということだ、圧制者ではなく虐げられし弱者であったか……しかし私では心の鎖まで破壊することはできない」

 

 嘆くように呟くと、自らの剣をとり士郎に向けた。

 

「我はセイバーの叛逆者、スパルタクス。叛逆するものである。縛られしものよ、せめて今……楽にしてやろう」

 

 そう言うと、持っていた剣を躊躇なく振り下ろした。

 

「ちょっと!!」

 

 驚いたのはキャスターだ。

 戦闘になるかもしれないとは思っていたが、ここまで即断決行してくるとは思わなかった。

 慌てて魔術を放ち妨害する、しかし分厚い筋肉の壁によって攻撃がかき消される。対魔力ではなく純粋なタフネスによるものだ。

 

「スパルタクスといったかしら?取引をしましょう。私とあなたが組めば聖杯も必ず手に――」

「問答無用。圧制者よ、死の抱擁を受けるが良い」

 

 言葉は通じるが話が通じない、繰り出される剣はキャスターにとって致死のモノだ。

 

 キャスターは舌打ちをしつつ自ら宝具を手に取ると、それを衛宮士郎の胸へと突き刺した。

 

『破壊すべき全ての符』

 

 裏切りの短剣がサーヴァント契約を破壊し、繋がりを失った令呪を奪い取る。

 

『止まりなさい、セイバー』

 

 左手に刻まれた令呪を使用する。

 主従の証、制約の楔。

 サーヴァントである以上はこれには逆らえない。

 

 しかし、それでも尚スパルタクスは止まらない。

 

「ヌウウウウン、そんな物で我が叛逆の歩みは止められない」

 

 令呪の縛り自体は受けている、その身を幾重にも縛っている。

 だが、それ以上に圧制への熱き怒りが彼を動かしていた。

 

「ま、待ちなさい。私を殺したところでシロウの洗脳は解けないわよ」

 

 異常な事態を目の前に、叫ぶように命を乞う。

 

 しかし――

 

「ならば、なおさら許すわけにはいかない。圧制者よ覚悟を決めろ」

 

 振り下ろされた正義の剣はあっさりとキャスターの魂核を打ち砕き、苦しみを感じる間もなく消滅した。

 

 こうして裏切りの魔女の第二の生は何も得ることなく幕を閉じたのだった。

 

BAD END

 




好感度が低いと、このBADになります


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2月 1日 朝 キャスターの思惑2

 朝、ご飯を食べながらニュースを見る。

 キャスターは俺特製のパンケーキを気に入ったようで上品に咀嚼している。

 

「このガス漏れ事故というのは他にも何件か起きているようですね」

 

 キャスターが話すのは、最近頻発しているガス漏れによる失神事件だ。

 工事会社の欠陥工事とかいろんな説があり、調査が続いているが未だに原因は判明していない。

 

「ああ、それがどうかしたのか?……まさか、これって」

「えぇ。これだけ調査しても原因が分からないということは、他のサーヴァントによる可能性があるでしょうね。他にも強盗事件なんかも起きているようですし、それも同一犯かもしれません」

 

 魔力は他者の生命力を喰らうことでも手に入る。

 だが、まさか一般人を襲う奴がいるなんて。

 

「とはいえ、こんな少人数を襲ったところで得られる魔力はたかが知れています。魔力を得て強くなるどころか悪目立ちして不利になるだけ。ただの事故の可能性も十分にあるでしょうけどね」

 

 そうなのか……だが、聖杯戦争絡みの可能性が消えたわけではない。そうなれば無視するわけにはいかないだろう。

 

「そもそも、キャスターのクラスじゃなくても魔力を奪い去るなんてことできるのか?」

 

 他者の命を魔力に変換し自らの力とする、理屈は簡単だが高度な魔術のイメージだ。

 

「サーヴァントは本来、マスターの魔力を受け取り自らの血肉と変えます。どのサーヴァントでもやろうと思えば可能でしょうね」

 

 それもそうか、キャスターは俺でなく地脈の魔力を使う変則的な契約となっているが、本来はそういうものなのだ。

 

「もっとも、専用のスキルや宝具を所持していなければ効率は格段に落ちるでしょうけど」

 

 キャスターが付け加えるように言う。

 宝具とは、その英雄を象徴する伝説の再現。

 つまり相手は人を襲った逸話でもあるのかもしれない。

 

「そういえば、キャスターの宝具ってどんなのなんだ?」

 

 ふと、気になって問いかける。

 真名バレにつながるから教えてもらえないかとも思ったがキャスターは少し考えた後、まあいいでしょうと言ってローブの下からナニカを取り出した。

 

「これは?」

 

 差し出されたのは羊の毛皮だった。

 

 もちろんただの毛皮ではなく黄金にきらめき神秘的な光沢を放っている、まさしく昔話のアイテムといった感じだ。

 

 見た目の通り『金羊の皮』という宝具名らしい。

 

「触ってもいいか?」

 

 許可を得て毛皮に触れる、とても滑らかな触り心地だ。

手で押すとフワリと反発しながらも受け入れるようにやさしく包み込んでくれる。

 しっとりとした柔らかさと心地よい温かみが何とも言えず心地よい。

 撫でているだけで心が癒されていくようだ。

 

しばらくモフモフと毛皮を撫でる。

 

「それで、この宝具はどんな能力があるんだ?武器として使えるって感じじゃないよな」

「はい。それには戦闘用の能力は、そもそも能力といえるようなものはありません」

 

 なんでも、この毛皮はキャスターの家に代々伝わるものらしい。

 国を護る加護はあるが現在は発動しておらず、ただの手触りのいい毛皮でしかないそうだ。

 

 宝具とは伝説の再現、必ずしも戦闘に使えるものとは限らないということか。

 そもそも、キャスター自身も戦士って訳では無いのだろう。腕は細いし、人と戦えるほど勇敢にも見えない。

 どっかのお姫様とかなのかもしれないな。

 

「宝具がそれってことは、キャスターは武器を持ってないってことなのか?いや、魔術師なんだから武器なんて必要ないのか」

「いえ、確かに魔術を使って戦いますが。武器を持っていないわけではありません」

 

 取り出したのは1mほどの長さの杖だ。金色の杖の先には複雑な文様が彫られている。

 

「なるほど、魔術師に杖は付き物だよな。それから強力な魔術を発射したりするわけか」

「は?いえ。魔術など一言で発動できるので、この杖に魔術礼装としての意味はありません。気分が出るだけです」

「なんだよそれ、意味ないのかよ!!」

「ええ、でもこの杖のデザイン可愛いでしょう。この月を象った意匠。魔術の師匠からもらったものをアレンジしたものなのよ」

 

 そう上機嫌に笑う。

 キャスターは過去の話をする際、嬉しそうな時と悲しそうな時がある。

 

「他には武器は無いのか?」

「そうですね……武器という訳ではありませんが私が纏っているローブなんかは強力な魔術礼装ですよ」

 

 キャスターが身に着けている濃緑のローブ、そんなにすごい代物なのか。

 

「まずは防御機能、さすがにサーヴァントの攻撃は防げないけれど大抵の魔力や呪いは無効化できるわ。それに飛行能力、魔力を通すだけで飛ぶことが可能よ」

 

 なるほど、それは確かにすごい。

 防御魔術なんかではとっさに使えない場合もあるからな、飛行もノーアクションでできるらしい。

 

「さらに殺菌機能!!自動で雑菌や汚れを消毒してくれるわ」

 

 ん?

 

「飛行しているときは綺麗に光ったりもするのよ。ほら虹色の蝶みたいで綺麗でしょう」

 

 どう?とローブを広げてくるくると回る。

 なぜそんな無駄機能が……

 

「無駄とはなんですか!魔術において万能とは優秀の証。多機能のほうがいいに決まっています」

 

 それはそうだが……なににせよキャスター一人じゃ他のサーヴァントに勝てそうにないというのはよく分かった。

 ガス漏れ事件の真相も気になる、早くサーヴァントを召喚したいな。

 

 

「ふう、なんとか誤魔化せたわね」

 

 朝食の片づけをしている坊やに聞こえないように呟く。

 

 宝具について尋ねられた時はすこし焦った。

 あの宝具を知られてしまえば警戒されてしまうからだ。真名バレにつながるからと黙っておく手もあったが、木を隠すなら森の中という言葉もある。

 信頼を得るためにも真実に嘘を混ぜて話した。

 

 この金羊の皮が私の宝具というのは嘘ではない。私の伝説に関連した代物だし、現在ではただのモフモフした毛皮でしかないというのも本当だ。

 

 私が嘘をついたのは1点だけ、私のもうひとつの宝具についてだ。

 

『破壊すべき全ての符』

 

 私の象徴というなら、こちらの宝具の方がふさわしい。

 

 私の一生を具現化させた『裏切りの短剣』

 あらゆる契約を断つ私の『武器』

 

 短剣の形をしているのはきっと、私が弟を八つ裂きにしたときの逸話に由来しているのだろう。

 

 私の裏切りの起源、魔女としての最初の凶行、慕ってくれた弟の殺害。

 弟がその時どんな顔をしていたのかを私は覚えていない。

 

 彼はどんな気持ちだったのだろうか?

 愛に狂った姉に殺される気分は。

 

 ……坊やはどう思うだろうか、この歪な宝具を見れば。

 軽蔑するだろうか?嫌悪するだろうか?正義感の強い彼のことだから怒りに燃えるかもしれない。

 

「ふっ……やはり、見せるわけにはいかないわね」

 

 この宝具を見せて私を受け入れられるわけがないのだ。

 

 だから、『破壊すべき全ての符』を見せるとすれば一度だけ、坊やとの契約を破壊するときだけだ。

 



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2月 1日 夜 魔術回路

「魔術を見てほしい、ですか」

 

 夜になると坊やが提案してきた。

 ふむ、どうせ明日の夜にはサーヴァントを奪って、とんずらをかますつもりだ。

 1日で教えられることなど知れているし、それくらいはかまわないか。

 

「切嗣が死んでからずっと独学でやってたからな。伝説に出てくるような魔術師に見せれるような大層な物じゃないんだけど」

 

 そう言って、坊やが笑う。衛宮切嗣が死んだのは5年前のことのはずだ。そんなに長い期間、一人で鍛錬とは危険極まりない行為だ。

 

「とりあえずいつもやっているようにやって見せて頂戴」

 

 坊やの魔術を見るのはこの前に整頓した土蔵だ、そこに置かれた瓜二つの壺に視線を向ける。

おそらく、この奇妙な投影魔術を使うのだろう。

 これほどの投影錬度にどうやって至ったのかは少し興味がある。

 

「よし、それじゃやるぞ」

 

 座禅を組み目をつぶる、変わった魔術の使い方ね。

 

「―――同調、開始」

 

 言いなれたように呟くと、彼は一から魔術回路を組み立て始めた。

 

「は?いえ、ちょっと待ちなさい。一体何をやっているの?」

 

 慌てて止める。

 私のいた時代と現代では魔術の方式は違うが、それでもこんなことをする必要はないはずだ。

 

「む?何で、止めるんだよ。魔術を使うには魔術回路を造らないとダメだろ」

 

 当然のことのように言い放つ。

 このやり方で今までやってきたらしい、なんと恐ろしいことだ。少しのミスで死んでしまっていてもおかしくはなかった。

 

「そのやり方は衛宮切嗣に教えられたのかしら?」

「ああ、そうだ。俺には魔術刻印がないからな」

 

 ふむ……資料によれば衛宮切嗣は『魔術師殺し』と呼ばれた男だ。こんな無意味な修練を教えるはずがない。

 考えられるとすれば坊やに魔術に関わってほしく無かったたのだろう。自身の死後5年間も続けるというのは予想外だったようだが……

 

 さて、私は明日になれば坊やを裏切るつもりだ。坊やは記憶を失い、これまでのように無意味な修練を続けるだろう。

 その結果、彼が死んでしまっても私に不利益は無い。無いが、なんとなく夢見が悪い。少しくらい手ほどきをしてあげてもいいでしょう。

 

「とりあえず、そのやり方では効率が悪いわ。二度とやらないように。そもそも魔術回路というのは1度つくれば、スイッチを入れるだけでいいのよ。」

 

 そう告げると、坊やは信じられないという顔をしていたが、神代の魔術師である私の言葉ということでおとなしく聞くことにしたようだ。

 

「それで、スイッチというのはどうやって入れればいいんだ?」

「一度、魔術回路を定着させなければなりませんね。霊薬でも使えば簡単なのですが……まあ、そこまでする必要もないでしょう」

 

 彼の手を握り、魔力を流し込む。

 他人の回路をいじるくらい、私にとっては容易いことだ。

 

「ぐっ……これは……」

 

 坊やがうめき声をあげる、体が作り替えられているのだから当然だ。握られた手が沸騰するように熱くなっていく。

 

「私の眼を見て。そう、拒絶しないで、受け入れて頂戴」

 

 軽く暗示をかけながら私の魔力を送り続ける。

 魔力は回路をこじ開け、拒絶された魔力が私にかえってくる。

 その魔力をまた流し込み、循環しながら魔術回路を形づくっていく。

 

「っ……ふぅ」

 

 坊やはすでに痛みに順応し始めていた。自身を制御するのがうまいようだ。

 余裕が出てきたのでついでに探知魔術を使い、坊やの体を探る。

 

 魔術回路の数は27本。

 野良の魔術師としては多いが、代を重ねた優秀な魔術師には遠く及ばない。

 起源は『剣』だ、正義感が強く信念を持っている彼らしい。

 他に何か変わったところは……

 

「あら?」

 

 思わず声が漏れていた。それほどまでにその異能は珍しいものだった。

 

『固有結界』

 

 現実を侵食し心象を映し出す特異な魔術だ。

なるほど彼の投影魔術が世界の修正を逃れていたのはこれが原因か。

 この異能は生まれ持っての才能でしか身につかない。私でも似たことはできるが固有結界自体は使えない。

 

 興味深いわね……彼を裏切った後は捨てるつもりだったけれど、魔術回路だけ刈り取って礼装にでもしてしまおうかしら。

 

「キャスター……?」

 

 私の悪だくみが顔に出ていたのか坊やが怪訝な顔をする。

 フフ、冗談よ。

 そもそも、固有結界の展開には膨大な魔力を喰らう、数分しか保たないだろう。

 珍しくはあるが強力な魔術という訳では無いのだ。

 

「さあ、魔術回路の形成は終わったわよ」

 

 そんなことを考えているうちに魔術回路の形成は終わった。坊やは汗をびっしょりかいて息も絶え絶えだ。

 

「今日はもう寝ましょう。体が作り変わったのですからそれなりの拒絶反応があるはずです」

 

 もっとも、私が直々に魔術回路を開いたのだ。後遺症なんかは出ないだろうし、これから使うときも自然に使うことができるはずだ。たとえ記憶を失ったとしても。

 

「はぁはぁ……これでちょっとはキャスターを助けられるかな?」

 

 肩で息をしながら坊やがそんな言葉を吐く。

 いきなり魔術を見て欲しいと言い出したかと思えば、そんなことを考えていたのか。明日には裏切られるとも知らずに愚かなことだ。

 

 そう蔑む思考とは裏腹に少し声を弾ませながら答える。

 

「ええ、頼りにしてるわよ坊や」

 



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2月 2日 朝 未熟な理想

「学校から帰ってきたら、サーヴァントを召喚するんだよな」

 

 朝食を食べながら今夜の事について打ち合わせをする。回路が開いた後遺症もなく坊やは張り切っていた。

 そう、今夜あなたはサーヴァントを召喚し、私に裏切られるのよ。

 

「どんなサーヴァントが召喚されるんだろう、良い奴だったらいいけど」

 

 そんなこととは露知らず呑気な顔をしている。

 術者に似たサーヴァントが召喚されるというなら、きっと扱いやすい人物が現れるだろう。

 

「私としてはどんな英雄かよりも、何のクラスで呼ばれるかが気になりますけどね」

 

 聖杯戦争で呼び出されるクラスはセイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、ライダー、アサシン、バーサーカーの7クラス。

 キャスターである私自身と、襲撃してきたランサーを除けば残る枠は5つ。私が後衛タイプである以上、戦闘タイプのサーヴァントが理想的だ。

 だが強力な三騎士などはすでに召喚されていると考えたほうが良いだろう。

 

「エクストラクラスってのもあるんだっけか」

「ええ、もっとも召喚されることは無いでしょうけど」

 

 エクストラクラスであるルーラーとアヴェンジャー。

 

 前者は世界の危機でないと召喚できず、後者は呪文を挟めば簡単に召喚できるが呼ぶつもりは無い。

 

『復讐者』のクラスなど扱いづらいに決まっているからだ。

 実際、過去にアヴェンジャーが召喚された際は扱いきれずに早々に敗退したらしい。

 

「もし危険な奴が召喚されたら、倒すことも考えないとな。世界征服とか願われたら困るし」

 

 そんな勿体ないことをするつもりは無い。

 そもそも令呪で無理矢理に命令を聞かせるつもりなのだ、どんな性格のサーヴァントであっても関係はない。

 それに、聖杯戦争において危険でないサーヴァントなど存在しない。他者を殺してでも自らの願いを叶えようとする連中なのだから。

 

「そういえば……坊やは何か聖杯にかける願いがあるのかしら?」

 

 坊やが聖杯戦争に参加することになったのは成り行きだが、願いの一つくらいはあるはずだ。

 どんな浅ましい願いか聞いてあげましょう。

 

「んー、一般人に被害が出ないようにってくらいかな。後はキャスターの願いが叶ってほしい、かな」

 

 しかし、返ってきたのはなんとも無欲な言葉だった。

 

「そんなことは無いはずよ、あなたも聖杯にかけたい願いくらいあるでしょう。お金でも女でも名誉でも、なんでも手に入るのよ」

「お金は確かに欲しいけど聖杯に願うほどのことじゃないしなぁ。彼女も魔術で無理矢理ってのは嫌だし。名誉も特に興味ないな」

 

 当然のことのように語る。嘘だ、そんなはずはない。人間とは自らの願いのために他者を裏切る醜い生き物のはずだ。

 

「願いっていうか……夢なら一つあるんだけどな」

 

 ほらやっぱり、願いのない人間など存在しないのだ。

 

「それで、願いというのは?」

「ああ、俺は正義の味方になりたいんだ」

 

 少し照れたように、しかし誇らしげに、そんな子供じみた夢を口にした。

 

「せいぎの……みかた」

 

 英雄になりたいということだろうか?

 バカな男にありがちな承認欲求というやつだろう、かつて私に近づいてきた男達が思い出される。

 王に、英雄になりたいと身の程知らずな夢を持った愚かな男。

 聖杯を手に入れて魔術師としての箔をつけたいと語った無能な男。

 坊やも結局は彼らと同じということか。

 

「俺は切嗣に死にかけていたところを救ってもらった。その時切嗣は笑ってたんだ。その姿に、その笑顔に憧れた。俺もああなりたいと、誰かを救いたいと思ったんだ」

 

 だが、そう語る姿にかつての男たちのような汚らわしさは見えなかった。

 

 その輝く理想があまりにも眩しくて――

 自らの醜さを晒されているようで――

 無知だった頃の私を見ているようで――

 

「およしなさい、他人を救うだなんて利用されて捨てられるのがオチよ」

 

 気が付けば、そんな忠告じみた言葉を口にしていた。

 

「そうかもしれない。けどさ、それで誰かが救えるなら俺はそれで本望だ」

 

 それでもかまわないと坊やが笑う。

 くだらない、口ではなんとでも言えるものだ。

 実際に手ひどい目に合えば醜く地べたを這いずり回るのだろう。

 

 かつての私がそうだったように。

 



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2月 2日 夜 セイバー召喚

「遅いわね……」

 

 ソワソワと手持ち無沙汰にしながら、坊やの帰りを待つ。

 時計の針は既に9時を回っていた。召喚は真夜中に行う予定とはいえ、早めに帰ってきてほしいのだが……

 

「あら?この魔力は……サーヴァント、それも2騎、戦闘をしているようね」

 

 どのクラスかまでは分からないが、強大な二つの魔力がぶつかり合っている。

 

「場所は……えっ、ここって、まさか坊やが?」

 

 魔力の発生源は坊やが通っている学校だった。

 まさか敵に見つかったのか、私とのリンクはごく希薄なもののはずだが……

 いや、サーヴァント同士が戦っているのだから坊やが狙われているわけではないのか。

 

 とりあえずは坊やと連絡を取らなければならない、そう思い念話を繋ごうと思ったのだが――

 

「――パスが途切れた……」

 

 その瞬間、彼の存在が消えていくのを感じた。

 まさか坊やが殺されるとは……彼のことだから止めに入ろうと不用意に近づいたのかもしれない。

 まだ、ギリギリ息はあるようだが――

 

「残念だけど……さよならね。嫌いではなかったのだけれど」

 

 まだ敵が近くにいる可能性もある、助けに行くことはできない。

 

 目を閉じて僅かに感傷に浸る。

 正義の味方になりたいなどと言って、私なんかを助けるからこうなるのだ。

 

「さて……私もここから動かなくては」

 

 坊やが死に、サーヴァント召喚ができなくなった以上ここに居座る理由もない。

 もっと魔力の集めやすい場所に拠点を移すか、そう思い立ち上がった瞬間。

 

「!!魔力が戻った?いったいなぜ?」

 

 坊やの魔力が、生命が回復した。

 彼は治癒魔術を使えないはず……他のサーヴァントかマスターの仕業か?

 

「……とりあえず、召喚の用意をしなくては」

 

 状況が読めない以上、下手に動くのは得策ではない。すでに呪文一つで召喚できる手筈にはなっているが、もう一度確認しておくとしよう。

 

 

「ただいま、キャスター」

 

 何でもないというような顔をして坊やは帰ってきた。

 しかし、その脇腹には何かで刺されたような跡があった。

 

「何があったの、突然パスが途切れたのだけど。それより傷は、傷は大丈夫なの」

 

 見捨てようと考えていたことを悟られぬよう、大仰に心配する。

 傷口からは僅かに呪いの痕跡を感じる、そしてそれを莫大な魔力で治療した跡も。

 

「俺もよく分からないんだ。青い男と赤い男が戦ってると思ったら、青い奴に突然刺された」

 

 青い男……おそらくランサーだろう。彼は呪いの槍を所持していたはずだ。運悪く戦闘に巻き込まれてしまったのか。

 

「それで、刺された傷は?」

「えっ?キャスターが治療してくれたんじゃないのか?なんか宝石が落ちてたし……」

 

 そう言って、ポケットから赤い宝石を出す。当然ながら心当たりはない、他の陣営の仕業か?

 ランサーの呪いを祓うには膨大な魔力が必要になる。

 

 いったい何の意味があって……?

 

 思考をまとめようとしていると、水を差すようにカランカランと甲高い音が鳴り響く。

 結界の警戒音、侵入者だ。

 

「この魔力は……ランサー!」

 

 ランサーが結界をこじ開けようと攻撃を繰り返している、坊やを追ってきたのだろう。

 

 ちらりと坊やを見る。

 彼を置いて、転移魔術で逃げるか?

 いや、ランサーは仕留めきるまで追ってくる可能性が高い。

 

 それよりも今すべきは――

 

「坊や、土蔵に行くわよ。早くサーヴァントの召喚を」

 

 2対1になれば十分に勝ち目はある、逃げるよりも打って出るべきだ。

 靴も履かずに庭に飛び出す、同時に結界が破壊されたのを感じた。

 

「あー?こりゃあ、どういうことだ?殺し損ねたガキを追って来たら、殺したはずのキャスターがいるたぁ。あのまま消滅したと思っていたんだがな」

 

 朱色の槍を携えた男が、行く手を遮るように立つ。

 前回の気だるげな様子とは打って変わり、その目には獣のごとく好戦的な光がみえた。

 

「ま、何でもいいさ。おめえとは2度目だからな、今度はきっちり殺してやるよ」

 

 高速の槍が私を襲う。

 咄嗟に防御しようとするが――

 

「ハッ――しゃらくせえ」

 

 振るわれた槍はあっさりと魔力障壁を破壊した。

 強い、前回は手を抜いていたのか?

 

「くっ―――Atlas」

 

 重力を上げる。

 ランサーは僅かに眉根を寄せるが、その猛攻が止まることは無い、対魔力のランクが高いのだろう。

 

「これで終いだ」

 

 渾身の力で打ち出された赤い槍は、魔力障壁をあっさりと破り私に迫る。

 私はタダ、ギュと目をつむり殺される痛みに耐える。

 だが、予想した衝撃はいつまでたっても襲ってこない。

 

「キャスターに……手を出すなあああ!」

 

 おそるおそる目を開けて飛び込んできたのは、果敢にランサーに立ち向かう坊やの姿であった。

 手にはポスターを丸めて武器としている。微かに感じる魔力は強化魔術を使用しているようだ。

 しかし、勢いだけの突進はあっさりと避けられる。

 

「おお、すげえ気迫だな。坊主、キャスターとはどういう関係だ?あいつのマスターは死んだはずだが……」

「お前が殺したんだろ!」

 

 坊やが破れかぶれに武器を振り回す。ランサーはそれをニヤニヤと笑いながらかわす。

 

「俺が殺した?あぁ、そう説明されたのか……なるほどな」

 

 チラリと射貫くような視線がこちらに向けられる。

 

「おい坊主、その女に肩入れしても碌なことにはならんぜ、下らない理由で協力してるんなら手を引くんだな」

 

 そんな忠告じみた言葉にも、坊やは聞く耳を持たず攻撃を続ける。

 

「そうか……そんなに死にたいってんなら、お望み通り殺してやるよ!」

 

 軋むように槍が振るわれ、坊やの体が土蔵へとはじき飛ぶ。

 整理したはずのガラクタが振動でバラバラとあたりに転がる。

 

「馬鹿な奴だ、キャスターに騙されているとも知らずに……ま、男なんていつの時代も愚かってことか」

 

 呆れたような呟きと共に槍が坊やの心臓へと穿たれる。

 防御魔術では間に合わない、ただ彼が死にゆくのを見ていることしかできなかった。

 スローモーションのように風景が流れる、死をもたらす槍がゆっくりと動く。

 坊やは悔しげに歯を食いしばり、睨むようにランサーを見ている。

 

 その瞬間、風が吹いた。

 

 風は雲を動かし、月の光があたりを照らす。

 ビュウビュウと荒ぶるように吹く風、いや、これはただの風ではなく……

 

 

「問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 

 召喚の影響で魔力が乱れ、風となって吹き荒れる。

 

 その中で黄金の髪と銀の鎧を纏った少女が立っていた。

 

「ほう、6人目とは……面白れえじゃねえか」

 

 突然の乱入者にも驚くことなく、ランサーがその槍を向ける。

 

「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上した。マスター指示を」

「えっ……ああ。そっちのローブを羽織ってるのはキャスター、味方だ。その男を相手してくれ」

 

 セイバーがスッと目を細めて探るように私を見る、僅かに思案した後に手に持った透明な剣を構えた。

 

「―――これより我が剣はあなたと共にあり、あなたの運命は私と共にある。――――ここに、契約は完了した。命の通りに敵を排除します」

 

 セイバーが敵に飛び掛かりランサーが応戦する。

 きらめくような剣戟と獣のような乱舞がぶつかり合う。

 火花が飛び散り、大地が震える。これが真の英雄同士の戦いということか。

 

「ちっ――――」

 

 セイバーの猛攻に押されランサーの体が後退する。

 

 勝てる。そう確信した時、ランサーの手元に膨大な魔力が集まるのを感じた。

 

「宝具!」

 

 おそらく強力な死の呪いだろう。あれに撃たれれば対魔力が高いセイバーとはいえ、タダでは済まないだろう。

 そう、もし撃たれれば――

 

「Atlas」

 

 魔術で重力を上げる。

 ランサーには僅かな影響しか与えられないが、一流同士の戦いではその僅かが圧倒的な差となる。

 刹那のスキをついてセイバーの剣が振るわれ、ランサーは宝具の使用を中断して槍で攻撃を受ける。

 その衝撃を利用して大きく飛びずさると、ヤレヤレというように頭を振る。

 

「面白くなってきたが……ここまでだな。新たなサーヴァントが召喚された以上、マスターに情報を持ち帰えらないといけないんでね」

 

 ピョンピョンと獣じみた跳躍力で屋根に飛ぶと、そのまま姿をくらましてしまった。

 戦いが終わったと思い、ほっと息をつく。

 

 しかしセイバーはその警戒を緩めない。

 

「マスター、近くに他のサーヴァントがいるようです。いかがなされますか」

 

 そう、これは戦いの終わりなどではない。

 

 むしろ始まりだ。

 

 この夜、7騎のサーヴァントが召喚されて、ついに聖杯戦争が開始されたのだった。

 



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2月 3日 朝 遠坂凛との同盟(破棄)

「それじゃ、どういうことか説明してもらいましょうか」

 

 目の前ににっこりと笑いながら、しかし烈火のような怒りが透けて見える少女は遠坂凛。

 単に俺のクラスメートだったはずが、こうして家に招き入れることになったのは複雑な事情がある。

 

 青い男(槍を使っていたのでランサーだろう)との戦いの後、セイバーが別のサーヴァントを察知し追うこととなった。

 そこにいたのが遠坂と赤い外套をまとった男、アーチャーだった。

 

 出会い頭にセイバーが切りかかったりキャスターがそれを止めたりと一悶着あったが、とりあえず話し合おうということになった。

 

 遠坂の横に佇むアーチャーを見る。不機嫌そうに眉を寄せて、隠すことのない殺気を放っている。

 セイバーに切られそうになったことを根にもっているのか?

 その割に、殺気はキャスターへと向けられているように見える。

 

 キャスターはアーチャーを警戒しながらも口を開く。

 

「とりあえず、情報交換と行きましょう。敵対するにせよ協力するにせよ互いにとって損にはならないはずよ」

 

 

「ふぅん、素人のくせにサーヴァントを2騎も所有できるなんてよっぽど運がいいのね」

 

 俺は今までのことを遠坂にすべて話した。

 俺の生い立ち、キャスターとの出会い、ランサーの襲撃、セイバーの召喚。

 戦争の参加者である、つまりは敵である遠坂に話してもいいのか迷ったが敵意は感じられなかったため話すことにした。

 

「しかし……どれほどサーヴァントが強力であっても、マスターが三流では意味がない。本来の力の半分も引き出せていないようだ」

 

 皮肉気な笑みを浮かべて、アーチャーが俺を見る。

 

「口を慎め、アーチャー。今の私でも貴様を切るぐらいは容易い、我がマスターを愚弄するならばここで切り捨てても構わんのだぞ」

 

 セイバーが挑発に応じるように殺気を放つ。

 確かに最初に切りかかった時にセイバーはアーチャーを押していた。

 キャスターが止めていなければセイバーが勝利しただろう。

 

「よしなさいセイバー、私たちが力を発揮しきれていないというのは事実よ。それ故にこうして交渉しているのですから」

 

 キャスターが諫めるように言う。

 そう、これは交渉だ。俺がマスターとして未熟なのは事実。遠坂と組むメリットは十分にある。

 

「確かにアーチャーの言う通り、俺はへっぽこマスターだ。できれば色々教えてほしいんだけど……」

「私としてもサーヴァント2騎と同盟を組めるなら大いに賛成……と言いたいところなんだけどね。冬木のセカンドオーナーとして聞いておかなければならないことがあるわ」

 

 なんでも遠坂はこの街を管理する魔術師の一族らしい。この聖杯戦争に参加したのもそれが理由なのだろう。

 

「衛宮君、正直に答えなさい。あなた達はこの冬木の街に何かしたかしら?」

「何か?……あぁ、地脈を少し誘導してこの家に魔力を集めようとした。でも、それで誰かが傷ついたり街に影響が出たりということは無いはずだ」

 

 正直にキャスターと建てた作戦を話す。

 地脈から魔力を吸うのはポピュラーな魔術らしい、隠すようなことでもないだろう。

 

「ここに魔力を集める……か、さすがキャスターのクラスね。じゃあ、学校のあれも衛宮君の仕業かしら?」

「?……がっこう?」

 

 なんのことだろうか、そういえばアーチャーとアンサーは学校で戦っていた。そのことだろうか?

 

「学校にあった魔術陣のことよ、心当たりないの?」

 

 魔術陣? そんなものは知らない。キャスターも首をかしげている。

 

「いや、それは俺たちじゃない。学校でなんかあったのか?魔術陣って危険な物じゃ……」

「ふむ、本当に衛宮君たちじゃないみたいね……魔術陣は私たちのほうで処理したからもう大丈夫よ」

 

 なんてことだ、聖杯戦争で一般人の被害を防ぐために参加したのに、すでに、それも俺の学校でそんなことが起こっていただなんて。

 

「どのサーヴァントの仕業か分かるかしら?アナタとしても早めに排除しておきたいでしょう」

 

 キャスターが遠坂に問いかける。

 今回は大惨事にならなかったとはいえ学校に魔術陣を描くような奴だ、放っておけば何をするか分からない。

 冬木の管理者である遠坂にとっても無視できない問題だろう。

 

「かなり杜撰な魔術陣だったわね、キャスターから教えられたマスターが描いたのかと思ったけど、その予想は外れだったわね」

「ランサーの仕業じゃないのか?キャスターのマスターはそいつに殺されたんだ。ルーン魔術も使うらしい」

「いえ。ランサーとは少し話したけど、あいつでもないらしいわ」

 

 聖杯戦争では7クラスのサーヴァントが召喚される。

 セイバー、キャスター、アーチャー、ランサーが違うとなれば、残りはライダー、アサシン、バーサーカーだ。

 

 バーサーカーやライダーに魔術を使うイメージはない。怪しいのはアサシンのサーヴァントか。

 

「エクストラクラスの可能性もあるけど怪しいのはやっぱりアサシンね。気配遮断のスキルを持つ厄介なクラスだわ」

 

 アサシンのサーヴァントはハサンと呼ばれる英雄の中から召喚されるらしい。

 彼らが持つ気配遮断のスキルはあらゆる探知をすり抜け、罠の作成などにも長けているらしい。

 

「まっ、なににせよあなた達の仕業じゃないってことはわかったわ。とりあえずここは同盟を――」

「私は反対だ。キャスターのことが信用できない」

 

 遠坂の提案をアーチャーがぴしゃりと却下した。

 遠坂がじろりと視線を向ける。

 

「信用ってどういうことよ、キャスターは人を襲ってないって言ってるわ。あんたもそれが嘘じゃないってことぐらい分かるでしょ」

「今はまだ……な。キャスターがこれから人を襲わないという保証は無い。見たところ、令呪の縛りも無い様だ。最悪の状況……例えば、魔力を十二分に集め、セイバーを従えられでもしたら私たちに止める手段はない。今のうちに手を打っておくべきだ」

 

 そう言って、アーチャーがキャスターを睨む。

 確かに俺とキャスターの契約は希薄なために令呪の効果はない。

 

「ちょっとアーチャー、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。一般人を襲ってるサーヴァントがいるのよ」

「あんな杜撰な魔術陣を書く様な輩だ、いずれ尻尾を出すだろう。それよりもキャスターのほうが危険だと言っているんだ」

「……もし仮にキャスターがそういうことをするとしても、同盟を組んで監視しておいた方が得策でしょう」

「……できるのかね、君に?」

 

 アーチャーが警告するように遠坂に問う、どういう意味だろうか?

 魔術師としてキャスターに適わないということか、人間として情が湧いてしまうということか、それともその両方だろうか。

「あるいは条件付きの協力ならば構わないがね、例えばギアスロールを使用してキャスターの行動を制限すれば同盟を組んでも私は構わない」

 

 その言葉にキャスターが身を硬くする。

 ギアスロールとやらが何かは知らないが、イイモノではなさそうだ。

 

「……なんだって、キャスターのことをそんなに警戒してんのよ」

「英雄としての経験則…というやつか、キャスターは人を襲うことに躊躇いがない。そういう女だ」

 

 アーチャーは何かを確信しているかのように語る、あまりに身勝手な言い草だ。

 

「おいあんた、いい加減にしろよ。さっきから好き勝手言いやがって、俺はキャスターよりもお前の方が信用できないように思うけどな」

「……衛宮士郎。お前からの信用などもとより欲しくはない。そもそもこんな話になっているのは貴様がキャスターと正式な契約も結んでいない三流魔術師だからだ」

 

 グッと言葉に詰まる。確かに俺が未熟であることは自覚している。だが、それをアーチャーに言われると無性に腹がたつ。

 

「ちょっと、アーチャーも士郎も落ち着きなさいよ。なんでそんな喧嘩腰なのよ」

 

 遠坂の声を聞いてもアーチャーはキャスターを睨み続けたままだ。

 

「うーん、キャスターが令呪の制約を受けていないというのは確かに見過ごせないわね。最低限の制約は受けてもらわないと」

 

 そう言って、遠坂はどこからか紙を取り出す。

 これがギアスロールとやらか。

 

「そう警戒しなくても大丈夫よ。制約内容は[一般人に危害を加えない]それだけだもの。これにサインしてくれたら同盟を受け入れるわ」

 

 ギアスロールとやらはその名の通り制約を課すためのものなのだろう。

[一般人に危害を加えない]それは当然のことだ。

 

 チラリとキャスターを見る、顔を伏していて表情は読めない。

 制約を受け入れてもこちらにデメリットはない……ならば返答は決まっている。

 

 

「ダメだ遠坂、その条件は呑めない。同盟は組めないな」

 

 

 その返答が予想外だったのか、キャスターは驚いた顔を、セイバーは怪訝な顔を、遠坂とアーチャーは警戒する様にこちらを見る。

 

「それは……一般人に危害を加えるつもりということかしら」

「いや、違う。もちろん一般人に被害は出さない。そもそも俺はそのために戦っているんだ」

「だったら良いじゃない。なんで断んのよ」

「俺はキャスターを信頼してる。そんな契約をすること自体、キャスターに対する裏切りだ!」

 そう叫んで、遠坂を睨む。

 遠坂はしばらく俺とキャスターを交互に見比べた後に、はぁ…と諦めた様にため息をついた。

 

「この条件が呑めないなら、私も同盟を組むわけにはいかないわね……キャスター、教会の場所は知ってるわよね?」

「えっ、ええっ。元マスターから場所は聞いてるわ」

「じゃあ、参加者の登録はきちっとしておきなさいよ。アーチャー行くわよ」

 

 最低限の義務は果たしたというように遠坂は立ち上がった。

 

「それじゃ、衛宮君。次会うときは敵同士だから」

 

 そう言うと遠坂はピシャッと扉を閉じて出て行ってしまった。

 




キャスターがアーチャーとセイバーの戦闘を止めたのは2騎とも利用できるかもしれないと計算してのことです。もっともアーチャーが予想以上に警戒してきたのでご破算となりましたが。
また本作ではアーチャーはルルブレを知らないと解釈しています。HFで士郎が見る展開をわざわざ入れていたことから推測しました。


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2月 3日 夜 VSバーサーカー

「ここが遠坂の言っていた教会か」

 夜の街を歩き、教会に来た。

 前マスターから場所は教わっていたので迷うことはなかった。

 

「はい、聖堂教会は聖杯戦争の監督を行なっているものたちです。魔術による破壊の隠蔽や敗退したマスターの保護を行なっています。審判役というわけですね」

 もちろん、彼らも慈善事業でそんなことをしているわけではない。

 神秘の秘匿や聖杯の技術を盗むという目論見もあるのだろう。

 サーヴァントを2体擁しているということが咎められなければいいが。

 

「教会は中立地帯みたいなものなんだろ、サーヴァントが入るのはマズイよな? 一人で行ってくるから待っててくれ」

 

 そう言って、坊やが教会に入っていく。

 連いていけないのは不安だが仕方ない、それよりもっと建設的なことをすべきだ。

 

「ねぇセイバー、少しお話をしないかしら」

 隣に立つ小柄な少女を見る。

 とても可愛らしい顔立ちと少年のように凛々しい瞳。

 そしてなにより、ランサーとの戦いで見せた戦闘能力、なんとしても欲しい。

 しかし、警戒されていては『破壊すべき全ての符』を使えない。

 せっかくのセイバーと二人っきりという状況、仲を築くに絶好の機会だ。

 戦況がどう動くにせよ信頼関係はあったほうが良いに決まっている。

 

「……特に話すようなことはありません。協力をすることに同意はしたが、あなたに気を許した覚えはない」

 

 しかし、帰って来たのはつっけんどんな返事だった。

 

「もちろん、あなたが警戒するのもわかるわ、私は魔術師なのだから。でも最低限の連携は取れていないと敵と戦う時に困るでしょう」

「私は対魔力のスキルで大抵の魔術は無効化できる。戦闘の際は私ごと撃ってもらって構わない」

 

 目線すら合わすことなく切り捨てられる、もう少し信頼してくれてもいいでしょうに。

 

 いえ……これが普通の反応か。

 

 かつてのアルゴー船でも他の英雄たちに私は腫れ物にでも触るかのように扱われていた。

 彼らは私というものの危険度をよく理解していたからだ。

『裏切りの魔女』

 私は本来、歓迎されるような存在ではないのだ。

 ……坊やと一緒にいて私も知らぬ間に平和ボケをしていたらしい。

 これは欲望のために他者を喰い合う聖杯戦争、そして私は裏切りの魔女。

 信頼関係などという下らないモノを築く必要などない。

 

 密かに決意を固める、私が行うのは他者を利用し蹴落とすだけだ。

 

「終わったぞ、二人とも」

 

 坊やが教会から出てきた。まだ入って数分しか経っていないのに随分と早い。

 

「なんか胡散臭い神父でさ、聖杯戦争の説明はキャスターにしてもらったから。参加表明だけして出てきたよ」

 

そう言って彼は令呪が刻まれた左手をじっと見つめる。

 

「約束する、キャスターの願いは絶対に俺が叶えるから」

 何かを決意したように坊やが宣言する。

 

「な、何よ突然」

 

 予想外の言葉に思わず声が上ずってしまった。

 

「いや、ちゃんと言ってなかったなと思って。最初に会った時からの成り行きだったし。改めてよろしく頼むよキャスター」

 

 そう真摯な瞳を向けてくる。

 その中に嘘は含まれているようには感じなかった。

 

『俺はキャスターを信頼してる。そんな契約をすること自体、キャスターに対する裏切りだ!』

 

 今朝、坊やがアーチャーのマスターに言い放った言葉を思い出す。

 信頼関係など築くつもりは無い、恋愛感情や忠誠心などもってのほかだ。

 だが、彼が私を信用してくれるというのは、まぁ、悪い気分はしない。

 

「坊や……手を出しなさい」

「えっ?こうか?」

 

 彼の瞳をじっと見つめて魔術を使う。

 その赤金色の瞳はどこか鉄を連想させる。

 ろくな力を持っていない坊やだが、盾ぐらいには……いや、剣ぐらいにはなってくれるだろう。

 

 

「とりあえず、家に帰ったら話し合おう。セイバーのことも聞きたいし、学校にあった魔術陣のことも気になるしな」

 

 特に学校にあった魔術陣は問題だ、ガス漏れによる失神事件と同一犯の可能性が高い。

見回りでもして早急に犯人を捜さなくてはならない。セイバーが連いてきてくれるなら襲われても心配はない。

 

「そういえば、セイバーは霊体化できないんだよな?他に異常はないか」

 

 召喚がおかしかったせいだろうか?

 結局、キャスターと描いた魔術陣は使われず。何故か切嗣が残したと思われる魔術陣によって召喚された。

 その影響からか霊体化ができないらしい、ほかにも何か不具合があったら困る。

 

「坊や、セイバーのことをじっと見てみて」

「む?……」

 

クラス セイバー

真名 ■■■■■・■■■■■■

 

筋力 C 耐久 C 俊敏 C

魔力 C 幸運 B 宝具 C

 

急に情報が飛び込んできた。

なるほど、サーヴァントのステータスを見れるのか。

 

「これは……低いよな」

 

 セイバーのクラスは基礎能力が高い英雄が多いと聞いている、にもかかわらずほとんどCだ。

 これはマスターである俺が足を引っ張っているのだろう。

 

「戦場では絶対的に有利なことのほうが少ない、これでもそれなりに戦えるでしょう」

 

セイバーは問題ないと胸を張る。

 

「まあ、私にも少し魔力を回していますから、その分が下がっているのでしょう」

 

 キャスターがフォローしててくれる。

 他のサーヴァントに気づかれないための希薄な契約だが、僅かながら魔力も通っているらしい。

 セイバーを召喚したのだから、ちゃんとした契約を結び直してもいいと思うのだがキャスターは何も言わない。

 何か考えがあるのかもしれないので、こちらからは強要しない。

 

 ……ついでにキャスターのステータスも見ておくか。

 

クラス キャスター

真名 ■■■■■

 

筋力 E  耐久 D 俊敏 C

魔力 A+ 幸運 B 宝具 C

 

「ステータスが低いとは聞いていたが……」

 

 これほどとは、筋力なんてEじゃないか、確かにキャスターの腕は細いし子供に勝てるかも怪しいもんな。

 

「ふっ……ステータスなんて幸運以外は飾りよ。だいたい私は魔術師だもの、足りなければ補うだけよ」

「補うってどうやって?」

「そうね、たとえばさっきあなたに使った魔術は……」

 

 

「―――ねぇ、お話は終わり?」

 

 

 キャスターの言葉を遮るように声が聞こえた。

 この場には場違いな少女の声。

 

「ホントはもっと早く会いたかったんだけど。キャスターの動向がよくわからなかったから。でも、セイバーまで召喚してくれて楽しくなりそう」

 

 少女が楽しげに笑う、だがそれは決して暖かな笑みではない。狩人が獲物を狩る時の笑みだ。

 

 空気が凍る。

 あまりの殺意と威圧感に押しつぶされそうになる。

 それは少女から発せられるものではなく、その後ろにいる―――

 

「ヘラクレス……」

 

キャスターが呆然と呟く。

『ヘラクレス』

 その名を知らぬ者はいないだろう。

 ギリシアの大英雄、半神半人。

 

 聖杯戦争である以上、そういう存在と戦うことになるかもしれないと理解はしていた。

 

 だが――実際に目にすると分かる。

 こいつは俺なんかがどんな手を使っても届かない、遥か上位の存在だと。

 

「キャスター、マスターの保護を!」

 セイバーの叫び声で我に帰る。

 すでにセイバーは黄金の剣を手に取り、キャスターは陣を組んでいた。

 

「ふふ、無駄よ、2対1であってもワタシのバーサーカーにはぜぇったいに敵わないわ」

 セイバーの黄金の剣が岩のような巨剣によって防がれる。

 キャスターの放つ光弾が右肩を直撃するが分厚い肉の壁に阻まれる。

 ダメージはない、キャスターの方には視線すら向けない。

 

「■■■■■■■」

 バーサーカーが巨剣をメチャクチャに振り回す、技術も理性もない獣のような動き。

 軌道こそデタラメだが一撃一撃が致死のモノ、衝撃だけで地面が割れ空気を震わす。

 セイバーは避けるだけで精一杯だ。

 

「Atlās」

 キャスターがスペルを唱え指先に光が灯る。

 何の魔術かは分からないが僅かにバーサーカーの動きが鈍くなる。

 ダメージは与えられないが影響がない訳ではないらしい。

 

「ハァッ――」

 その隙を狙ってセイバーの剣がバーサーカーの巨躰を切り裂く。

 イケる、キャスターの魔術とセイバーの剣技があればバーサーカーにも十分勝てる。

 

「ふぅん、セイバーの方は予想通りだけどキャスターの方も中々やるわね。面倒だからそっちから……やっちゃえバーサーカー!」

 バーサーカーが標的を変え、射貫くような視線がキャスターを捉える。

 

「■■■■■■■■」

 重機のような唸り声をあげて岩のような巨剣が、鉛のような巨躰がキャスターを殺さんと動く。

 セイバーが何度か切りつけるがその歩みは緩まない。

 

「Nērēïs」

 

 キャスターの前に薄紫の膜が現れる、恐らく魔力障壁か何かだ。

 だけどダメだ、そんなのあの巨人を相手に意味はない。

 巨剣が紙を切り裂くように障壁を破り、その切っ先がキャスターの腕をえぐる。

 

「ツ―――」

 声にならない声をあげてキャスターがよろめく。

 もうキャスターに打てる手はないのだろう恐怖に目を見開き、倒れ込んだまま動かない。

 くそっ、どうすればいい、このままだとキャスターが死ぬ。

 

 俺に何かできることは――

 

「マスター、そこを動かないで!」

 

 セイバーが威圧するように叫ぶ。

 分かっている、俺が動いたところで事態が好転するわけではない。

 それどころか前に出た瞬間に俺は死ぬことになるだろう。

 それでも――目の前で消えそうな命を見捨てるくらいなら死んだ方が何億倍もマシだ。

 

「こ―――のぉおお……!」

 

 がむしゃらに突っ込む、武器も策もない。

 バーサーカーの瞳が僅かに動く。

 

 次の瞬間には視界が黒色に染まっていた。

 

 なにが起きた?

 何で俺は地面に突っ伏しているんだ?

「ガッ………グッ」

 

 声が出ない、視界が安定しない

 

「ちょっと、簡単に殺すなって言ったでしょ!」

 

 少女がなにか叫んでいる。それを聞き取る余裕はない。

 なんとか体を動かす、キャスター……キャスターは無事なのか?

 

「坊……や?」

 

 視界の端にキャスターをとらえる。

 呆然とした表情でこちらを見ていた。

 

「え……?生き、てる……?吹き飛ばされたのに、まだ生きてる、の……?」

 

 ズリズリと芋虫のように這いずる俺を見て、少女が驚きの声を上げる。

 息を整のえる。わき腹から血がにじみでているが動けないほどの傷ではない。

 

 まだ――戦える。

 

「この魔術は……ふぅん、サーヴァントをかばったり、変わってるんだね、お兄ちゃん」

 

 なんとか構える俺に対して、少女の敵意がスッと消えていく。

 

「……うん、今日はもういいかな。ちょっと様子を見たくなっちゃった」

 

 圧倒的に有利な状況にもかかわらず。少女がバーサーカーを退かせる。

 

「あっ、そうそう。自己紹介をしてなかった。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。よろしくね、お兄ちゃん」

 

 そう少女が、イリヤが微笑む。

 そしてクルリと踵を返すとそのまま夜の闇に消えてしまった。

 




 セイバーの態度が悪いかなとも思ったのですが、見知らぬサーヴァントをいきなり信用するのもおかしいのでこうしました


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BAD END 奪われた理想郷

「そう警戒しなくても大丈夫よ。制約内容は[一般人に危害を加えない]それだけだもの。これにサインしてくれたら。同盟を受け入れるわ」

 

 ギアスロールとやらはその名の通り制約を課すためのものなのだろう。

[一般人に危害を加えない]それは当然のことだ。

 チラリとキャスターを見る、顔を伏していて表情は読めない。

 制約を受け入れてもこちらにデメリットはない……ならば返答は決まっている。

 

「同盟を組むよ、よろしく頼む、遠坂」

 

 キャスターとセイバーの意見は聞いていないが問題ないだろう。

 学校に魔術陣を描いた犯人を倒すためだし、こちらも何か制約を受けるわけではないのだから。

 

 俺は遠坂との同盟を受け入れることにした。

 

 

 聖杯戦争には参加の表明をしなければならないらしい。キャスターに連れられ教会までやってきた。

 

「衛宮――士郎」

 

 目の前に立つ男、言峰綺礼が俺の名前を復唱する。

初対面だというの俺の名を聞いて、何か喜ばしいものにあったかのように笑った。

 不気味な男だ。

 

「ふむ……話は分かった。キャスターは消滅したと聞いていたが生きていたとはな。なににせよ令呪を持つというならお前にはマスターとなる資格がある」

 

 大仰な口調で語られる言葉に令呪の重要性を改めて確認する。

 左手に宿った令呪、セイバーを召喚した際に浮き出た3画の赤い文様、マスターの証、聖杯戦争の参加資格。

 

「キャスターとは正式な契約を結んでいないんだが構わないのか?」

「あまり良くはないが……それも戦術の一つだ、監督役として口出しするつもりは無い」

 

 といってもキャスターが俺とのリンクを希薄にしていたのは他のサーヴァントに気づかれる可能性があったからだ、もうその必要はないだろう。

 後でキャスターに正式な契約を結びなおせないか聞いてみよう。

 

「キャスターから大体の話は聞いている。聖杯戦争の詳しい説明は必要ない。一般人に被害が出るかも知れないってんなら当然、参加するつもりだ」

「そうか、一応確認しておくがサーヴァントを失うような事態になった場合はこの教会に来れば私が保護することになっている」

 

 そんな事態になることは無いだろう、こっちは2騎のサーヴァントがいるのだ。俺も戦争から逃げるつもりは無い。

 第一、 この神父は胡散臭くて頼りたくない。

 

「それと……一般人を守りたいといったな?」

「それがどうかしたのか、教会としてもイタズラに被害を広めたくないだろ」

「あぁ、キャスターから10年前の事件を聞いたのかと思ってな……」

 

 10年前?

 確か前回の聖杯戦争は10年前に開催されたとは言っていた。

 だが、それで被害が出たなんて話は……

 

「まさか……」

 

 視界がゆがむ、かつて見た地獄を思い出す。

 燃え盛る街、泣き叫ぶ人々。

 そして――死んでしまった俺の家族。

 

「そう、かつての大火災はふさわしくないものが聖杯に触れたことで引きを越されたものだ。」

 

 なんのために言峰は俺にそれを告げたのか、俺が聖杯戦争から逃げないようにするためか?

 

「まあ、なににせよお前が勝ち残ればいいことだ。自らの願いを叶えるために……な」

 

 願い。

 俺自身は聖杯にかける願いを持ってるわけじゃない。

 それでもキャスターの『故郷に帰りたい』という願いはかなえてやりたいと思っている。

 いや……あるいはそれは俺自身の秘められた願いなのかもしれないな……家族に会いたいという、俺自身の願い。

 

「それでは衛宮士郎よ、お前をキャスターとセイバーのマスターと認めよう。自らの願いのため、存分に戦い抜くが良い」

 

 

 教会から出るとキャスターとセイバーが待っていた。キャスターは気まずそうに、セイバーはジっと立っている。

 

「約束する、キャスターの願いは絶対に俺が叶えるから」

 

 そうキャスターに宣言する、俺自身に言い聞かせるためにも。

 

「…………」

 

 しかし、反応が薄い。

 まるで信用できないというようにこちらを見る。

 海のような蒼い瞳が僅かに揺れる。

 その目には嘲笑と侮蔑の色があった。

 確かに力不足かもしれないが、そんな目をしなくてもいいのに。

 

 

「―――ねえ、お話しは終わり?」

 

 鉛色の巨人を連れた少女。

 セイバーとキャスターが応戦するがあっけなく追い詰められてしまう。

 

「■■■■■■■」

 

 バーサーカーの怒号が響き、巨剣がキャスターに襲い掛かる。

 

「こ―――のぉおお……!」

 

 策も武器もなく飛び出す。

 

「ガッ…………グッ」

 

 しかし、そんな命がけの突進は巨人の一振りであっさりと吹き飛んでしまった。

 

「アッ……アア?」

 

 声がうまく出ない、見れば下半身が丸ごとぶっ飛んでいた。

 当然か、大地すら砕くバーサーカーの一撃をまともに受けたのだ。即死じゃなかっただけでも奇跡的だ。

 

「ちょっと、簡単に殺すなって言ったでしょ!」

 

 少女の怒鳴る声が響く、キャスターは無事だろうか?目線を動かすこともできない、体が急速に冷えていく。

 

 そうか……俺は死ぬのか、こんなところで……ごめんな、キャスターの願いは叶えてやれないみたいだ。

 瞼を閉じる、心地よい睡魔とともに落ちていく。

 深く暗い闇に、落ちて落ちて落ちて――

 

 

 その先に黄金の鞘が見えた。

 

 

 鞘が熱を発し、その熱が全身に行きわたる。

 まるで生き返るかのような感覚、いや実際に体が繋ぎ合わさっていくようだ。

 

「これは……」

 

 少女が呆然と口を開け、セイバーは驚愕に目を見開く。

 

「一体、なにが……」

 

 自分の体をペタペタと触る、傷が完全に癒えていた。

キャスターの魔術か?……そういえばキャスターは無事なのか?

 

「なるほど……こういうことだったのね」

 

 振り返れば場違いな笑みを浮かべたキャスターが立っていた。

 大きな怪我はないようだが手から僅かに血が出ている。地面に擦ったのか?その割には傷口が大きく見える、まるでナイフで傷つけたかのような……

 

「とにかく、アイツから逃げよう。このままじゃ皆やられる」

 

 逃げ帰れば勝算はある。

 魔力を集めるなり、遠坂に協力を仰げば――

 

「いえ、もうその必要はないのよ坊や」

「え―――?」

 

 ズブリとキャスターの右手が俺の体を抉っていた。

 体内を荒らされるような感覚、なんらかの魔術なのか痛みはない、ただ大事なものが奪われるような喪失感があった。

 

「キャ、スター……?」

「アハハ、こういうことだったのね。聖杯に選ばれたことも、セイバーを召喚できたことも、10年前の因縁も。フフ、アハハ、本当に私はついてるわ」

 

 キャスターが狂ったように笑う、いったい何の話をしているんだ?

 

「キャスター、貴様!」

 

 セイバーが怒鳴り声をあげてキャスターに切りかかる。

 

『止まりなさい、セイバー』

 

 しかしそれは、キャスターの一言で制止させられる。

 

「なっ……令呪?なぜ貴様がそれを」

 

 見ればキャスターの左手には赤い刻印が浮かんでいた。

 どこかで見たことのあるマーク、それは俺の左手にあったはずの……

 

「フフ、もともと令呪を奪うために近づいたのよ。利用されたとも知らずに馬鹿な坊やねぇ……もっとも、持っていたものは素晴らしいわ。えぇまったく予想以上のものよ」

 

 そういってズルリと俺の中から何かを引きずり出した。

 

「魔法すら弾く理想郷の鞘、探知魔術も弾くから見落としていたわ。フフ、もう戦略なんか練る必要はないの。この戦争を蹂躙してあげる。フフ、アハ、アハハ」

 

 黄金の鞘を愛おしいそうに撫で、心底愉快そうに笑う。

 

「坊や、あなたは何も悪くないわ。裏切ったのは私だもの、存分に私のことを恨みなさい、この裏切りの魔女をね」

 

 ー――いや、違う。裏切ったのは俺のほうだ。

 

 脳裏に浮かぶのは今朝の遠坂との交渉、『一般人を傷つけない』というギアスロールをキャスターに強要してしまった間抜けな俺。

 ほんとに信頼しているのなら、キャスターはそんな奴じゃないと怒鳴ってやるべきだった。

 

「フフ、アハハ、アハハ」

 

 笑う……いや、泣き叫ぶキャスターを見る。

 『裏切りの魔女』そう自称しておきながら、その蒼い瞳は涙によって濡れていた。。

 

「…………」

 

 鞘を抜かれたからか、体から力が抜ける。

 再び闇に意識が落ちていく。

 

「……もう、眠りなさい。10年前のあなたの復讐は私が果たしてあげるわ」

 

 そんな囁きを耳にして、俺の意識は完全に途切れた。

 

BAD END

 




正式な契約を結んで令呪の支配下に置いたりしても同じBADになります。キャスターが拘束されることを嫌悪しているからです


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2月 4日 朝 彼女たちの願い

「うっ…………」

 

 頭がふらふらする、目は開いているが脳が動いていない。

 

「あ――?」

 

 半覚醒の脳で考える。何か重要なことを忘れているような気がする。寝る前に何をしていたのだったか――

 

「っ……バーサ―カー!」

 

 昨夜の恐怖を思い出し、体が凍りつくのを感じる。

 俺はキャスターをかばい、バーサーカーにぶっ飛ばされたのだった。

 その後はよく覚えていないが気絶してしまったのだろう。

 

「坊や……目が覚めたのね」

 

 隣を見ればキャスターがいた。

 俺が起きたたのを見て、安堵したように呟く。

 心配してくれていたのだろうか。

 

「セイバーを呼んでくるので待っていちょうだい」

 

 セイバーも無事らしい、あの強敵相手に誰もやられなかったのは奇跡的だろう。

 

 改めて自分の体を見まわす。

 バーサーカーの攻撃が直撃したはずなのに脇腹に青白い痣が浮き出る程度で済んでいる。

 バーサーカーからすれば羽虫を払う程度の軽い攻撃だったのだろうが、それでも地面を砕くほどの威力があった。下半身が消し飛んでいてもおかしくなさそうだが……

 

「マスター……目が覚めたのですね」

 

 ふすまを開けてセイバーが入ってくる、彼女も目立った怪我はない様だ。

 

「ああ、キャスターのおかげだよな。教会で使った魔術は防御かなんかの魔術だろ?」

 

 俺が教会の前で宣言した後、キャスターは何かの魔術を俺に使った。

 

 きっと、あれのおかげで死なずに済んだのだろう。

 さすが『魔術師』のサーヴァントだ。

 

「…………」

 

 ところがキャスターは少し言葉を選ぶように考え込むと、意外なことを口にした。

 

「確かに魔術は使ったけれど……あれは、ただの強化魔術よ。サーヴァントの、それもバーサーカーの攻撃を防げるはずがないの」

 

 強化魔術

 

 へっぽこ魔術師の俺が使えるくらいに初歩的な魔術だ。しかし極めだすと奥が深く、様々な用途に応用できる魔術でもある。

 他者の強化はかなり難易度が高いはず。それをあっさりしてしまうのはさすがキャスターだが、バーサーカーの攻撃を防げるはずがないとはどういうことだろうか?

 

「でも実際、痣ができる程度で済んでるぞ?」

「ええ、だから不思議なのです。あるいは……体質的な問題なのかもしれませんね」

 

 なんでも俺の起源は『剣』らしい、ゆえに俺を強化すれば『剣』のように『硬く』なるのかもしれないというのがキャスターの仮説だった。

 

「それでも、これほどの頑丈さになるとは考えにくいのだけれど……」

 

 まだ、納得していないというようにキャスターが呟く。

 

「……まあ、この考察は後ですね、とりあえず話すべきことがいくつかあるでしょう」

 

 

「さて…それじゃ、改めて自己紹介といこうか」

 

 一息ついてから話し合いを始める。

 セイバーの召喚からずっとイベントばかりでゆっくり話し合う暇もなかった。

 セイバーはどこか警戒するような雰囲気を放っている。

 

「えーと、とりあえず……セイバーでいいんだよな。俺は衛宮士郎、一応マスターってことになるらしいけど、堅苦しいからシロウって呼んでくれ」

 

 よろしくと言って手をさし出すと、わずかに警戒が緩んだのを感じた。

 

「よろしくお願いします、シロウ。それで……そちらの彼女のことは……」

 

 だが、キャスターの方に視線を向けると再び身を硬くする。そういえばまだちゃんと説明してなかったな。

 

「彼女はキャスターだ、前マスターがやられてしまって、7日前から俺と契約している」

 その言葉にセイバーの目つきが険しくなる。

 

「二重契約…ということですか」

「あー、その辺の話はキャスターから頼む」

 

 魔術契約やら聖杯のことはからっきしなのでキャスターに投げる。

 キャスターはセイバーに敵意がないと示すように微笑むとゆっくりと語り出した。

 

「セイバー、貴女が私を嫌がるのは分かるわ。聖杯に願いをくべられるのはマスターとサーヴァントの1組だけですものね。でも、それは通常の使い方をすればの話。キャスターのサーヴァントである私が効率的に扱えば複数の願いを叶えることも可能よ」

「……バカな……聖杯は全てのサーヴァントを倒さなねば現れないはず……」

 

セイバーは未だ信じられないようだ。

 

「私ならば可能よ……聖杯をあなたに授けると約束してもいいわ。なににせよキャスターの私ではセイバーである貴女には勝てない、危険だと思えばあなたの宝具で切り捨てればいいでしょう」

 

 キャスターはじっとセイバーの瞳を見つめる。

 

「……分かりました、とりあえずは二重契約ということで受けいれましょう。ただし、私にも叶えなければならない願いがある。もしキャスターの言葉が虚言だと分かった時は――」

 

 そう言って発たれたのは紛れも無い殺意だった。

 聖杯が手に入らないとなればセイバーは本当にキャスターを殺すだろう。

 

「……えーと、一緒に戦うなら情報を共有した方がいいよな。セイバーの真名とか宝具とか教えてくれないか?」

 場を和らげようととりあえず発言してみるが。

 

「申し訳ないが真名を教えることはできない……私はまだキャスターを信用しきれていない」

 

 バッサリとセイバーに拒絶された、真名の露呈は弱点の暴露と同義だ。教えたくない気持ちも分かる。

 

「宝具の銘も教えることはできませんが……特性は伝えておきます。セイバーの名の通り剣の宝具です、対城宝具で魔力を放出することができます」

 

 聞いた感じ、割とシンプルな宝具のようだ、攻撃に特化して特殊能力などはないらしい。

 銘を言わないのは真名に繋がるからだろう。

 

「魔力を放出するということは消費が大きいのではなくて?」

「はい、2発……いえ、3発放つのが限度です。3発目を撃てば私は魔力不足で消滅するでしょう」

 

 キャスターの問いにセイバーが答える、不利になりそうな情報だが教えてくれた。その程度には信用してくれているということか。

 

「セイバーの願いってのは、教えてもらえるかな……」

 

 一応聞いておく。

 無いとは思うが世界の破滅を願われたりしたら大変だからな、僅かな逡巡を見せた後にセイバーが口を開く。

 

「私の願いは……歴史の改変です。私は生前、間違ってしまったらしい。その間違いを正したいのです」

 

 歴史の改変。

 英雄と呼ばれる存在でも、いや、英雄だからこそ後悔の1つや2つはあるのだろう。

 

「そんなことして大丈夫なのか?歴史が変れば世界も改変されるんじゃ?」

 

 口ぶりから察するに重要な事なのだろう。

 キャスターの『家族に会いたい』などとは与える影響が違う。

 

「詳しい事情を聞かないと何とも言えないけれど……多分、新しいパラレルワールドができるだけでしょうね。歴史とは当事者の認識によって形作られる。セイバーが本来の歴史を知っている以上は干渉をしても世界が分岐するだけよ」

「それならそれで構わない。あの一瞬を取り消して、別の可能性が生まれるというなら」

 

 静かに語るセイバーの口調からは揺らぎない決意が感じられた。

 歴史の改変……か、そんなことが本当に可能なのだろうか?

 



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2月 4日 夜 特訓、キャスター先生

「それで、目下の問題は学校に描かれたという魔術陣、そして立て続けに発生しているというガス漏れ事件だ。

この時期に起こるってことは聖杯戦争に関係した魔術師かサーヴァントが犯人と見ていいだろう」

 

 他にも強盗や強姦事件も起きているらしい、命まで取られてはいないらしいが早く解決せねばならない。

 

「学校の方は遠坂たちがなんとかするだろう、俺たちは街の見回りをしたいと思う」

 

 セイバーの剣技とキャスターの魔術があればすぐに捕まえられるだろう。

 バーサーカーにこそやられてしまったが、ランサーとアーチャー相手には押していた。

 こそこそと人を襲うことしかできないサーヴァントなんて敵ではないはずだ。

 

「私としても他のサーヴァントを一刻も早く倒したいところですが……」

「私は反対よ、まだランサーに破られた結界の修復もすんでいないもの。第一、坊やを出歩かせるのは危険すぎるわ」

 

 だが、二人の反応はあまり芳しくない、俺が襲われるのを心配しているようだ。

 確かに相手はアサシンクラスの可能性もある、不意打ちをもらう可能性があるか……

 

「キャスターに強化魔術をかけてもらえば大丈夫じゃないか?バーサーカーの攻撃にも耐えたんだぞ」

「あれは、何故あれほどの効果を発揮できたのか分からないから……」

「それに人を襲っているのは何かの儀式の可能性だってある。放っておけば不利になるかもしれないぞ」

 

 なんとか説得する。危険だということは百も承知だ。だが、被害が出ている以上、放っておくわけにはいかない。

 

「……分かりました、ただし条件があります。今日と明日の朝を使って強化魔術をマスターすることです。最低限の自衛ができるように」

 

 根負けしたというようにキャスターが条件を出した。

 

「キャスターに強化してもらったら駄目なのか?」

「はい、咄嗟の状況に対応できない可能性がありますから」

 

 一刻も早く犯人を捕まえたいのだが、キャスターもこれ以上は譲りそうにない、この条件は飲むしかないか。

 

 

 土蔵に移動して修練を開始する。

 別にここじゃなくてもいいのだが集中しやすいのだ。

 今までずっとここで魔術の修練をしてきたからだろう。

 

「といっても……ほとんど成功したことないんだよな」

 

 数年間、何万回と試行してきたが強化魔術が成功したのはほんの数回だけだ。

 前にキャスターに教わるまで魔術回路の正しい使い方も知らなったし、根本的に何か間違っているのかもしれない。

 

「あら?でも、ランサーとの戦いでポスターを強化していたじゃない」

「あれは……キャスターを守らなきゃって思って、そのためには武器が必要だって死に物狂いでやったらできたんだ」

「ふぅん、『武器』ねぇ……とりあえず、いつもやっている様に強化魔術を使ってみて頂戴」

「ああ、いつもはこの鉄パイプとか使ってるな」

 

 そう言って取り出すのは何の変哲もない鉄パイプだ。

 目の前に置き、精神を集中させる。

 

「―――同調開始」

 

 魔術回路を起動する、今まではこれだけで1時間近くかかっていたがキャスターがスイッチを作ってくれたので一瞬だ。

 

「―――基本骨子、解明」

 

 そのまま、鉄パイプの構造を確認する。わずかな隙間をわずかな歪みを一部も残さず調べ上げる。

 

「―――構成材質、補強」

 

 その隙間に魔力を通す。生物には魔力を弾こうとする力があるが無機物にだってそれはある。

 正確に強化しようとすれば隙間に魔力を通さなくてはならない。

 

「ぐっ――」

 

 思わず魔力を入れすぎてしまった。行き場を失った魔力は逆流し、空気中に霧散してしまう。

 

「…………」

「えっと、いつもこんな感じで失敗してるんだけど」

 

 キャスターが無言でこちらを見る、沈黙が痛い。

 こんなマスターで失望しただろうか?

 

「やっぱり――坊やは面白いわね」

 

 クスッと笑みを浮かべるキャスター、そんなにおかしかっただろうか。

 

「ああ、馬鹿にしているわけではないのよ。色々と合点がいったし、効率は悪いけれど効果的なやり方だわ」

 

 効率は悪いが効果的? どういう意味だろうか。

 

「まず一つ勘違いしているようだけれど、一般的な『強化魔術』はそんな工程ではないわ」

 

 やっぱり根本的に間違っていたのか、そうじゃないかとは思っていた。

 

「これが一般的な『強化魔術』よ」

 

 そういってキャスターが鉄パイプを持つ。

 よく見れば、うっすらと紫色の膜が覆っている。

 

「なるほど、魔力の鎧を造ってそれを被せる。こうすれば抵抗もないし、一瞬でできるってわけか」

「ええ、魔力に属性を乗せたりと応用もあるんだけど、基本的にはそうなるわね」

 

 何故こんな簡単な方法を今まで思いつかなかったのか、そりゃあ成功しないわけだ。

 

「でもさ、魔力で鎧を造るってことは魔力量に左右されるってことだろ。俺がやっても効果が薄いんじゃないか」

 

 実際、今のキャスターの強化はほとんど魔力が使われていなかったためにそれほど硬くなっていない。

 魔力の少ない俺がやっても同様だろう。

 

「ええ、アーチャーのマスターあたりならともかく、坊やがやっても気休めにしかならないでしょう。ですから坊やのやり方のほうが効果的だと言ったのです。根本から補強するようなこのやり方は飛躍的なパワーアップが可能ですから」

「けど、それも成功率低いんじゃ意味ないよな。とても実戦で使える代物ではないし……」

 

 思わずため息が出る。今まで何万回とやって数回しか成功しなかったのだ。

 

「いえ、坊やの場合は実戦の方が成功しやすいかもしれないわね」

 

 どういうことだ?

 

「今朝も言ったけれど坊やの起源は『剣』よ。剣に関する強化なら成功率が上がるはず」

 

 確かにランサーとの戦いで武器が欲しいと俺は思った。

 その時、無意識に思い浮かべたのは『剣』だった。

 そのために強化が成功したということか。

 

「私の強化魔術が異様に効果があったのも、その辺りが理由でしょうね。坊やは私を、私の強化魔術を受け入れようとした。それでも普通はある程度を弾いてしまうものなのだけれど、無意識のうちに自分の体……剣の僅かな隙間へと浸透させていたのでしょう」

 

 つまりは自分の体や剣に関することなら強化が成功しやすいということか。

 

「さあ、それも踏まえてもう一度、強化魔術を使ってみましょう」

 

 

「―――基本骨子、解明」

 

 再び鉄パイプを睨み、構造を読み取る。頭の中で設計図を描けるほどに焼き付ける。

 

「―――基本骨子、補強」

 

 隙間に魔力を通していく、ゆっくりゆっくりと魔力が浸透していく。。

 

「くっ―――」

 

 だが、やはり魔力をうまく制御できない。荒れ狂う魔力が空中に逃げ出そうと暴れまわる。

 

「魔力を操るという考え方はしないで、固有結界……自分の存在で対象を塗りつぶすイメージを持って」

 

『自分の存在で塗りつぶす』

 

 そんなキャスターのアドバイスが胸にストンと落ちる。

 炉に鉄を流し込むように、『衛宮士郎』という存在を鉄パイプに流し込んでいく。

 

「はぁはぁ…………できた」

 

 握りしめた鉄パイプ掲げる。剣のように硬くなったそれを見て、キャスターがパチパチと拍手してくれる。

 

「上手いわ坊や、これほどの強化は一流の魔術師でもそうできないわよ」

 

 キャスターが褒めてくれる。お世辞だろうがなかなかに嬉しい。

 

「自分の存在で塗りつぶす……か、コツをつかめた気がするよ。そういえば『固有結界』って呟いてたけど何のことだ?」

「え?ああ、知らなくていいわ。坊やの場合、変に意識するとダメになりそうだし」

 

 何だよ気になるな……

 そんなことを話していると鉄パイプの強化が解けた。

 

「ありゃ」

「やはり、問題も多いようね……持久力と強化までのスピード、これはどうにか考えないと」

 

 キャスターがニヤリと笑う

 

「ふふ、まあ、これは中々教えがいがあるわ。喜びなさい坊や、あなたが私の弟子、第1号よ」

 

 キャスターは神代の魔術師らしいのに弟子を取ったことがなかったのか、楽しそうに笑う。

 キャスターなら上手く教えてくれるだろう。

 

「何にせよまずは慣れよ。構造解析と強化をそれぞれ100回ずつなさい、今夜は徹夜で特訓よ」

 

 ……神代の魔術師はなかなかにスパルタ主義のようだ。

 

 

 間桐邸 地下

 蟲達が蠢くその場所で老人が呟く。

 

「ふむ……キャスターとセイバーが手を組んだか。ちと、まずいことになったな」

 

 彼の名は間桐臓硯、冬木の聖杯の製作者の一人である。

 

「もはやライダーを遊ばせておく余裕はない。慎二よ、ライダーの所有権を、偽臣の書を儂に渡せ」

 

 そもそも彼は今回の聖杯戦争に本気で挑んではいなかった。

 故に孫達のわがままに付き合っていたのだが……

 

「えぇ、なんだよそれライダーを好きに使っていいって話だったじゃんか」

「状況が変わった……それも最悪の方向にな。よもや、あの2騎のサーヴァントを手にするマスターがいるとは思わなんだ」

 

 最優のサーヴァントであるセイバー

 神世の魔術を自在に操るキャスター

 そして聖杯と因縁を持つマスター

 

 これらが一つの陣営に会するというのは予想外であった。

 野放しにしておけば聖杯のシステムが根幹から破壊される可能性がある。

 

 魔術の才がない慎二には、もはや任せておけない。

 試しにとライダーを貸してやったのに、行なったのは無闇に人を襲い、学校に魔法陣を仕掛けて悪目立ちすることだけだった。

 

 桜の方は潜在能力はある。

 任せてみれば面白い結果にはなるかもしれない、だが衛宮の倅に絆され可能性もこの状況では看過できない。

 

 やはり老体に鞭を打ってでも自身の手で始末をつけるしかない。

 

「じゃが……敵マスターが未熟とはいえ、ライダーでは力不足じゃな」

 

 セイバーだけならマスターを狙えばよかった。

 キャスターだけなら正面から撃破も可能だった。

 しかし協力されたとあってはライダーでは敵わないだろう。

 

「もう一手……打つ必要があるか」

 

 特に警戒すべきはキャスターだ、聖杯を解体できるとすれば彼女だけだろう。

 ライダーを伴って老人の姿が闇に消える。

 聖杯の完成を、悲願の達成を成し遂げるために。




補足
 生物に強化魔術を掛ける場合は無意識に異物として弾いてしまうので効果が落ちます。
その比率は互いの信頼度に依存します
 しかし、士郎は異様なまでに自己制御が上手いのでキャスターの強化魔術の恩恵を100%受けることができました。


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2月 5日 朝 強化魔術

士郎といえば投影魔術ですけど、強化魔術も面白い性能をしていると思うんですよね


「剣といえば、坊やは何を思い浮かべるかしら?」

 

結局、徹夜で地獄のトレーニングをこなす事となった。

さすがに集中力が切れ、しばしの休憩タイムだ。

その間にもイメージの補強を行う、それは魔術を扱う上で重要な点だ。

 

「んー、『硬い』『鋭い』『よく切れる』とかか」

「どうにもイメージが薄いわね、剣の中には『切断』ではなく『粉砕』を目的としたものもあるでしょう。他にも剣は『硬さ』だけでなく『しなやかさ』も持っているはずよ。イメージの幅は強化のバリエーションにつながる。もっと『剣』について考えなさい」

 強化魔術とは対象の特性を上げる魔術だ、俺の場合は『剣』が持つ特性をそのまま強化することができる。

 イメージがしっかりすれば強化の持久力も伸ばすことができる。

 

「さて、それでは特訓を続けましょうか、次は防御のために服を強化してみましょう」

「ん?肉体を強化した方が防御には効率がいいんじゃないか?」

「えぇ、普通の場合はね。あなたのやり方では体ごと鉄塊になってしまう危険があるわ。やらないほうが良いでしょう」

 なるほど、一般的な魔力を鎧とする強化なら簡単だが、俺の場合は根本の形を作り変えている。

 失敗すれば体ごと剣になる可能性があるってことか。

 

 

 体は剣でできている

 

 

 そんなフレーズが頭に浮かんだ。

 

 脳裏に浮かぶのは黄金の剣のイメージ、それこそ俺の強化魔術の到達点の一つなのかもしれない。

 

「そういえば、セイバーに強化魔術を掛けないのか?」

 

 もともと強いセイバーをキャスターが強化すれば滅茶苦茶強くなるんじゃないのか?

 

「えぇ、二つ問題があってね、一つはセイバーの問題よ。彼女は私のことを警戒しているから強化も受け入れてくれないでしょうね」

 

 生物に強化魔術を掛ける場合は相手との信頼関係が無くては異物として弾かれてしまう。

 

 さらにセイバーは対魔力が高い。

 本人としては受け入れているつもりでも、無意識レベルで弾いてしまえば効果は格段に落ちるのだろう。

 

「もう一つは強化魔術の限界点でもあるのだけど……そうね、キチンと教えておきましょう」

 

そう言うと、キャスターは強化の練習に使っていた紙を手に取った。

 

「これは何かしら?」

「何って……ただの紙だろ。今は強化魔術を使ってない」

「そう、『白紙』の紙、『普通』の状態ということね」

 

 次にキャスターは紙にサラサラと何かを書き足した。可愛らしい羊の絵だ。

 

「この『羊が描かれた紙』とさっきの『白紙』の紙、どっちが『価値』があると思うかしら?」

「そりゃあ…『羊が描かれた紙』だな」

 

『価値』が付け加えられた。つまりは強化魔術が使われている状態だということなのだろう。

 

「その通りよ。では、例えばここに世界に一つしかないような『名画』があったとして、そこに『羊の絵』を描き足したら?」

 

……『価値』が下がるということか。

もともと完成度の高い『名画』に手を加えても『価値』を下げるだけ。

同じようにセイバーに強化魔術をかけた所で行動を阻害しかねないということなのだろう。

 

「まあ、私の魔術はこの落書きとは違い、それなりの効果はあるでしょうけどね。どちらにせよ効率がいいとは言えないわ」

 

 なかなか上手くはいかないようだ。

 だが、効果があるというならやってみてもいい気がする。

セイバーの警戒が効果を薄くしている要因なら、俺からキャスターのことを話せば警戒も薄まるかもしれない。

 今度、ゆっくりセイバーと話してみるか。

 

 

「さて、それでは始めます」

 

 場所は変わって、剣道場。

 強化魔術の出来を見るということでセイバーと簡単な模擬戦をすることになった。

 セイバーが竹刀で打ち、それを俺が強化魔術で防御するというものだ。

 

「ハッ―――」

 

 小手調べとばかりに真正面から打ち込んでくる。服を強化で『硬く』して受け止める。

「ふむ、強化スピードと硬度は問題ないようです。ならば――」

 

 突きによる攻撃、ピンポイントに強化できるかということだろう。

 構造解析で服の構造を完全に把握し、該当箇所をより『硬く』する。

 

「ほう、大したものだ。では、次で最後です」

 

 大きく竹刀が振るわれる、服の強化では防御しきれない。

こちらも竹刀を強化する、『硬さ』だけでなく衝撃を逃がしきれるように『しなやかさ』も。

 そしてセイバーの剣を受けようと構えたのだが――

 

「イダッ」

 

 セイバーの剣は急に軌道を変え、頭に思い切り打ちつけられた。

 

「ここまでですね、とりあえず強化魔術の方は問題ない様だ。他マスターの攻撃やサーヴァントの流れ弾にもある程度は耐えられるでしょう」

 

 スッと竹刀を下ろし、セイバーが評価を下す。

 

「しかし問題も多い。やはり魔力量が致命的に足りていない。長期戦になれば底を尽きてしまうでしょう」

 

 いくら俺の強化魔術が普通より燃費がいいといっても、それなりの魔力は使っている。

 使いどころを適切に見極めていくことが重要となるだろう。

 

「それに最後のフェイントもあっさり引っかかりましたね。今後は魔術だけでなく体術の鍛錬も必要なようだ」

 

 まさかセイバーが教えてくれるのか?

 キャスター以上にスパルタそうだ。

 

「ですが、ある程度の攻撃なら耐えられると思います。今夜の見回りに外に出ても大丈夫でしょう。私も無関係な民が襲われているというのは気がかりでしたから」

 

 なんとか及第点はもらえたようだ。

 もちろんサーヴァントに勝てるほどの力ではないが即死しない程度の力はついているはずだ。

 早速、今夜から見回りを開始するとしよう。

 




 補足
 士郎は強化魔術と変化魔術をほとんど同一視しています。これは二つの魔術が『固有結界』から派生したモノであって、やっていることに大差が無いからです。
また、強化魔術はデリケートなため士郎が強化した上からキャスターが強化するということはできません。
 強化魔術関連の説明は分かり辛かったかもしれませんが、物体を剣みたいに硬くして防御できるようになったという認識で良いです


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2月 5日 夜 頬をつたうのは

 月明かりに照らされた街を歩く、敵サーヴァントが見つけるためだ。

 もちろん適当に歩いて見つけられるとは思っていないが、相手に俺たちが警戒していることは伝わるはずだ。牽制にはなるだろう。

 

「ついでにこの辺りの地脈も少し弄っておきましょう。魔力があるに越したことはありませんからね」

 

 キャスターは使い魔を使役する魔術も扱えるらしい。

 魔力を集めて使い魔を呼び出せば探索範囲をグッと広めることが可能になるだろう。

 

 地面を弄るキャスターから少し離れ、セイバーに話しかける。

 

「セイバーはキャスターのことどう思う?」

「どう、とはどういう意味合いでしょうか」

「いや、一緒に戦うことになるわけだしさ。仲良くやれそうかなって」

 セイバーは俺たちと組むことは同意したが、キャスターのことを信頼していないようだった。

 強化魔術の件もあるが、共に戦うには仲が良いに越したことない。

 

「そうですね…戦闘面の話をすれば相性はいいでしょう。私が前衛をつとめキャスターが後衛からサポートする。彼女の魔術の腕もかなりのようですし」

「へぇ、セイバーから見てもキャスターの魔術はすごいのか」

「はい、私の時代にも魔術を扱うものは多くいましたが彼女に勝る魔術師となれば1人しか思い浮かびません」

それでも1人は知っているのか……

 それより、魔術を扱うものが多くいたということはセイバーの時代はかなり古いのだろうと予想される…いや、あまり詮索はしないほうがいいか。

 

「確かに戦闘の相性はよさそうだけど性格的にはどうだ、そっちのほうが重要だろう」

「……正直な話をすれば私はキャスターを信用していません。理由はいくつかありますが一番の理由は彼女が魔術師だからです」

 

 セイバーが少し小声になって語す、キャスターには聞こえないようにだ。

 

「魔術師だから信用しないのか?俺だって一応、魔術師だけど……」

「シロウは普通の魔術師とは違います。私が知っている魔術師は情よりも理を取り、目的のためなら手段を選ばないものたちでした」

「キャスターはそんなこと……」

「実際、彼女はあなたを使って私を召喚しました。彼女の真意はともかく、聖杯に近づいているのは確かです」

「で、でもキャスターは俺の安全を守るためにパスを通してないんだぞ。本当に聖杯を求めるならそんなことはしてないだろ」

 

 そうだ、キャスターは俺が他のサーヴァントに襲われるのを避けるためにパスを希薄にしていると言った。

 ランサーと戦うことになったがあれは事故みたいなもの、本来なら俺を洗脳でもした方が効率的なはずだ。

 

「私としてはそこも気になります、確かにパスが通っていないというのは不利なように感じますが、令呪の縛りを受けないということでもあります」

 

 令呪――それはマスターが持つサーヴァントへの命令権だ。確かにキャスターはそれについてあまり語らなかった。

 それが俺に令呪を使わせないためのだとしたら、俺を御しやすくするためだとしたら――

 

「彼女なら暗示の魔術も使えるでしょう。もしシロウが操られて、令呪で私に命令をすれば私に逆らうすべはありません。私に害なす可能性がある以上は彼女への警戒を怠るわけにはいかない。シロウも過度な信頼は避けた方が良い」

 

 セイバーには叶えたい願いがあるらしい、それは切実なものなのだろう。キャスターを信頼しきれないのも当然といえる。

 

 それでも――

 

 

「それでも――俺は、キャスターが悪いやつじゃないと思ってる」

 

 

 そう断言する俺に、セイバーは不思議そうな目を向けてくる。

 

「分かりませんね、シロウはキャスターと出会ってまだ日は浅いのでしょう。何故そこまでキャスターを信頼できるのですか?」

「えっ、何でと言われても……」

 

 そういえば何故だろう。

 出会って一週間ほどしか経っていないのに

 キャスターの本当の名前すら知らないのに

俺は、キャスターが悪い奴ではないと思っている。

「それは……多分、キャスターが泣いていたからだ。俺がキャスターを助けた時、キャスターは泣いていたんだ」

 

 蒼い月の下、血まみれで倒れていたキャスター。

 ローブを纏い、雨が降っていたがそれでも分かった。

 キャスターはあの時、泣いていたのだ。

 

「……死にそうになったら泣きはするでしょう。シロウは弱っているキャスターを見て、憐れみからキャスターを信頼したのですか」

 いや、そうではない。憐れみを感じたわけではない。

 そもそも、あの涙は死への恐怖や聖杯に届かぬ悲しみからくるものではなく――

 

 

「寂しかったんだと……思う」

 

 

 そう、キャスターがあの時泣いていたのは、家族に会えぬ寂しさからだ。

 迷子になった子供のように泣きじゃくっていただけなのだろう。

 

「もしかしたら……セイバーの言う通り、俺はキャスターに騙されているのかもしれない。それでも俺はキャスターが悪い奴じゃないと思っている」

 キャスターの願いを思いだす。

 

『故郷に……家族にもう一度だけ会いたいのです……』

 

どこか遠くを見つめるような瞳。

 呟いたささやかな願い。

 その言葉を、あの涙を嘘だとは思えない。

 

「騙されているかもしれないのに悪い奴ではない、ですか、面白いことを言いますね」

「あ!いや、キャスターがホントに悪い奴だって言ってるんじゃなくてな。その、今のはもしもの話だし、上手く説明できないんだけど……」

 言葉が纏まらない、結局キャスターが悪いやつじゃ無いと言う根拠はないのだ。俺の言っている事は希望的観測に過ぎない。

 

「いえ、シロウの言いたいことは分かりました。まだキャスターを信用することはできませんが、私もキャスターに歩み寄ってみようと思います」

 それでもセイバーはなにやら納得してくれたようだ。

 

 セイバーとキャスター、上手くやっていけると良いのだが……

 




キャスターはずっと演技をしているつもりでしたが所々で素が出ていて、士郎はそれをちゃんと見抜いていました。


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2月 6日 朝 特訓、セイバー先生

 結局、昨日は敵サーヴァントを見つけることはできなかった。

 

 それでも事件が起こらなかったのを見るに、敵もこちらの存在に気づき身を潜めているのだろう。

 今までの事件はすべて夜に起こっていたので、これからは夜に見回ろうということになった。

 朝の間にキャスターは集めた魔力で結界や使い魔を造り、その間に俺はセイバーに剣術を教えてもらうこととなった。

 

 

「ハァッ」

 

 もう何度目か分からない特攻をセイバーに仕掛ける、だが俺の渾身の一撃はあっさりと見切られた。

 竹刀は空を切り、がら空きとなった顔面にカウンターをもらってしまう。

 

「シロウの剣は愚直すぎます。太刀筋は良いですがそれではすぐに見切られるでしょう」

 

 へたり込んでしまった俺にセイバーが冷静な分析を下す。すでに1時間近く続けているが、俺の攻撃は掠りすらしなかった。

 

「強いってのは分かってたけど、ここまで実力差がハッキリすると結構ショックだな」

 筋トレや剣道も割とやってきたつもりだったのだが、まるで赤子の手を捻る様にやられてしまった。

 強化魔術を扱えるようになって少しは自信もついていたが、防御するので精いっぱいだ。

 

「それは当然です。私たちはサーヴァント、戦場を駆け巡った戦士です。負けたからといって気に病む必要はありません」

 セイバーの真名は知らないが、きっと戦いが日常として存在していた時代から来たのだろう。

 俺なんかが勝負になるかもと考えること自体がおこがましいかのかもしれない。

 

「それに、これは剣技だけでなく精神を鍛えるためのモノです」

 精神……か、セイバーの言いたいことは何となく分かる。つまりこれは絶対に勝てない相手との戦いを想定したものなのだろう。

 絶望的な状況を前にして、冷静になるためのシュミレーションというわけだ。

 

「先のバーサーカー戦の様に素手で特攻などという無謀な行為は二度としないでください。強化魔術を習得したとはいえあくまで付け焼刃、私たちが守護するまでの時間稼ぎにしかなりません。あなたは自分の身を守ることだけを考えてください」

 

 セイバーがジロリとこちらを睨む。

 キャスターを守るためにバーサーカーの巨剣に身を晒らした俺、キャスターの強化がなければあの時に死んでいただろう。

 マスターが死ねばサーヴァントも消える、神経質になるのも当然か。

 

「……セイバーの言いたいことは分かる。俺が足手まといだってことも、でもあれが間違いだったとは思ってない」

 

 無茶な行為だったというのは自覚している。

 けど間違っていたとは思わない、キャスターを見殺しになんて出来るはずがない。例えそれで俺が死ぬことになってもだ。

「……はぁ、まあ、あの状況では仕方がない面もありますか。それにあの戦いにおいてはシロウよりもキャスターの方が気にかかります」

 そう言って、隅で見物していたキャスターを見る。

 

「えっ、私?私はちゃんと戦っていたじゃない」

「えぇ、確かにあなたの魔術の腕は認めます。シロウへの加護、バーサーカーへの妨害、一連の魔術は確かに見事でした。ですが私が言っているのは精神的な話です」

 恐らくセイバーが言っているのはバーサーカーに追い詰められた時のことだろう。

 キャスターはあの時、死を受け入れて動くことすらしなかった。

 

「シロウの様に無策で突っ込むのも考えものですが、戦場で思考を放棄するなど言語道断です。何か逆転の手はないか最後まで考え抜くべきだ」

「そうは言っても相手はあのバーサーカー……ヘラクレスよ、あの状況で逆転なんて……」

「問答無用、キャスターあなたも鍛えてあげましょう。さぁ竹刀を持ちなさい」

 

 言い訳を始めたキャスターにセイバーが喝を入れる。そういえばキャスターは剣を使えるのか?

 

「ワタシは魔術師だから、剣なんていらないのに……」

 不満そうに文句を漏らしながら竹刀を持つ。

 握りしめるように竹刀を持ち、内股気味に構える。

 持ち方や立ち振る舞いは明らかに素人のそれだ。

 

「私は対魔力を持っているので魔術を無効化することが可能です、対バーサーカー用のシュミレートになるでしょう」

 バーサーカーの宝具は一定ランク以下の攻撃を無効化することができる。

 セイバーの宝具ならダメージを与えられるが相手も警戒しているだろう。

 キャスターが冷静にサポートできるかが重要となってくる。

 近接戦の想定をしておいて無駄にはならないだろう。

 

「えい〜」

 キャスターがつんのめったような動きで竹刀を振る。

 当然、セイバーはあっさりと避ける。

 

「剣を握ったことがない様ですが……まあいいでしょう。そのままかかってきなさい」

 その後も何度かキャスターが竹刀を振るが全て避けられている。

 

「……次はこちらから行きます」

 セイバーが仕掛ける、さすがに本気というわけではないがかなりの速度だ。

 何とかキャスターも受けているが完全に萎縮してしまっている。

 

「どうしましたキャスター、防御だけでは勝利はありませんよ」

 

 挑発じみた言葉を受けてもキャスターは反撃しない。

 こんなんで訓練になるのか? 

 結局、セイバーの猛攻を受けてもキャスターは縮こまっているだけだった。

 

「……ふうっ、こんな所でしょう。有効打こそ与えられませんでしたがバーサーカーに対する心構えはできたはずです」

 そうかなあ?

 キャスターちょっと涙目になってるぞ、ほとんど一方的に打たれてただけだし、恐怖心こそ育てど精神が鍛えられたとは思えない。

 

「……終わったのならちょっと、結界の様子を見てくるわ」

 

 あ、さっそく逃げた。この特訓に効果はあったのか?

 

「……彼女は案外、優しい性格をしているのですね」

 

 キャスターの姿が消えたのを見て、セイバーかポツリと呟く。

 

「えっ、なんだよイキナリ、なんでそう思ったんだ?」

 

今のやり取りでそう判断する要素があったか?

 

「はい、戦い方にはその者の性格が現れます。特に追い詰められた時はより顕著に」

 達人は剣の握り方を見ただけで相手の力量を測れるらしいが、それと似た感じだろうか?

「彼女は剣の素人ですが、私に当てられなかったのはそれだけが理由ではありません。彼女は攻撃を避けられて僅かに安堵していました」

 

 言われてみれば……セイバーに攻撃を避けられた後は深追いせずに仕切り直していた。あれはセイバーを攻撃したくなかったということか。

 

「また、私から攻撃した時も受身に回るだけで反撃しようとしませんでした。彼女は本来、他者を害することが好きではないのでしょう」

 淡々と分析するセイバー。

 もしかして昨日の夜に仲良くしろと言ったのを気にかけていてくれたのか。

 特訓という名目で彼女なりにキャスターを知ろうと思ったのかもしれない。

 ……セイバーの分析はほとんど当たっているだろう。

 キャスターは平和主義というわけではないが、無闇に害を広げるようなタイプでもない。

 それはこれまでの会話からなんとなく分かっていた。

 でも……セイバーはたぶん、気がついてない。

 

 キャスターの目には単純な善悪とは違う、どこか昏く深い光が宿っていることを。

 



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2月 6日 夜 対策会議

「人を襲っている例のサーヴァントどころか、他のサーヴァント達にも会わないな」

 

 今の俺たちは特に気配も隠さずに街の見回りをしている。

 遠坂とアーチャーは事情を知っているので手を出さずにいてくれるのだとしても、他のサーヴァントとは戦闘になるかもしれないと考えていたのだが……

 

「ランサーはサーヴァントの情報を持ち帰ると言っていましたし、6人全員と戦えとでも命令を受けているのかもしれませんね」

 

 そういえば、キャスターに2回目だから全力で戦えるとか言っていたな。だとすればランサーも例のサーヴァントを見つけられず、未だに探しているのかもしれない。

 

「バーサーカー組はよく分かんないよな。俺達を倒せそうだったのに撤退したり」

 

 バーサーカーは魔力消費の多いクラスだ。

 早めに決着をつけたいと考えるはず、なのにあれ以来姿を見せていない。

 様子見をしているのだろうか、あれほどの力ならそんな必要はないだろうに……

 

「あの少女、アインツベルンと名乗っていましたね」

「あぁ、確か聖杯を造った一族らしいな。それがどうかしたのかセイバー?」

 

 キャスターの話によれば、聖杯のシステムは3つの一族によって築きあげられたらしい。

 

 アインツベルンの一族は器の錬金を。

 マキリの一族は令呪のシステムを。

 遠坂の一族は土地の提供を。

 

 マキリの一族は既に衰退してしまったが、残りの2家は今も聖杯を狙っているということだ。

 

「いえ……おそらく思い過ごしでしょう。アインツベルンはホムンクルスの製造にも長けていましたし……」

 

 歯切れの悪いセイバー。

 あれ?なんでセイバーはアインツベルンのことを知っているんだ?

 キャスターは前マスターから教えられたと言っていたのに。聖杯から、ある程度の基礎知識は教えられたりするのだろうか?

 

「何にせよ、最低5体はサーヴァントを倒さないと聖杯は現れないわ。いずれ戦うのなら対策も考えておかなければならないわね」

 

 他の奴らの動向は気になるが、聖杯を求めていればいずれ嫌でも戦うことになるだろう。

 考えるべきはその時のことだ。

 

「バーサーカーの真名はヘラクレスだったよな」

 

 キャスターはヘラクレスのことを知っていた。有名な英雄だしおかしな話ではない。

 その伝説は多岐に渡るが、バーサーカーのクラスで所持できる宝具は『十二の試練』というものだけらしい。

 

「『十二の試練』一定ランク以下の攻撃の無効と12回の蘇生能力。神の座に至ったというだけある強力な宝具ですね」

 

 聞いたときは強すぎると思ったが、これでも生前よりは弱体化しているらしい。さすがギリシャ神話の頂点に君臨する英雄だ。

 

「作戦としては私が魔術でバーサーカーの足を止め、そこをセイバーが宝具で1度殺します。蘇生の際には僅かですが隙ができるはずです。その隙に敵マスターを捕獲します」

 

 殺す、ではなく捕獲というあたりやっぱりキャスターは優しい。俺としても無益な争いは避けたい。

 

「令呪を用いて一瞬で蘇生される可能性もありますが……そのあたりは臨機応変に対応するしかありませんね」

 

 令呪、それはサーヴァントを縛る鎖であると同時に補助アイテムともなりうる。予想外のことが戦いで起こった時は俺の判断も重要となってくるだろう。

 

「アーチャーは真名が分からないのよね」

 

 赤い外套を纏った男。

 俺は奴とランサーの戦いを短時間しか見ていないが、それでも複数の能力を使用していた。

 

 あの夜の戦いを思い出す。

 

「最初はアーチャーの名の通り、黒い弓を使用してたな。ランサーには一発も当たってなかったけど」

 

 これはアーチャーの腕が悪い訳ではない、矢がランサーに近づくと不自然な軌道を描いて避けていた。何らかのスキルを使用していたのだろう。

 

 そうして、追い詰められた奴は二振りの曲剣をどこからか取り出していた。

 

「アーチャーでありながら剣を使用していたのですか、それも二刀流で」

 

 セイバーが怪訝な顔をする、そう言われるとおかしな奴だな。

しかも、その二刀すら弾かれた奴はさらに無数の剣をどこからか取り出していた。

 

「無数の剣というのは、それぞれ別のもの?剣はどうやって出現させていたかしら?」

「む、確か白と黒の同じデザインの剣を複数使ってたな。いつの間にか手の中に握ってる感じで」

 

 俺の返答にキャスターが考え込む。

 サーヴァントは武器を霊体化することができるはずだが、何かひっかかることでもあったのだろうか。

 

「いえ……まさかね、セイバーはアーチャーの真名に心当たりはないかしら」

「さあ、『赤い外套』『黒い弓』『白と黒の剣』『無数の剣』ですか……心当たりがありませんね」

 

 かなり特徴的だがキャスターもセイバーも正体が分からないらしい、きっと誰も知らないようなマイナーな英雄なのだろう。

 

「真名が分からずともアーチャーなら問題ないでしょう。

私の直感とキャスターの魔術があれば遠距離攻撃も防げるはずです」

 

 宝具が分からないのは不安だが、力押しで何とかなるだろう。

 

「あとはランサーか……」

 

 青い男。

 朱色の槍で俺を串刺しにし、キャスターのマスターを殺した男でもある。

 

「ランサーの真名はおそらくクーフーリン、その宝具は必殺と必中の概念を持つという魔槍『ゲイボルグ』でしょう。撃たれれば対処は不可能と言っていい」

 

 

 ケルト神話に登場するクランの猛犬。

 クーフーリンはルーン魔術を扱い、獣のごとき獰猛さで死の槍を放ったという。確かにあの青い槍兵と特徴が一致している。

 

「キャスターの魔術で、死の呪いとやらはどうにかできないのか?」

「無理でしょうね、宝具の奇跡は宝具でしか返せない。私の魔術では神秘が足りない。あるいは治癒型の宝具でもあれば話は別ですけど」

 

 当然、そんな都合のいいものはない。

 となると槍に当たらないようにするしかないか。

 

「魔力障壁とかで防げないか?」

「そんな強力な障壁が張れていればバーサーカーの攻撃は喰らっていません」

「テレポートで逃げるとか?」

「一度狙われれば、どこまでも槍は追いかけてきます。必中の概念とはそういうことです」

 

 なかなかに難しいな。今のところは初戦でやったように宝具を撃たせる隙を作らせぬよう、ひたすら攻撃するしか策はないようだ。

 

 もちろん簡単なことではない。

 あの時の奴は様子見半分といった感じだったがそれでも垣間見える槍術は一流のものだった。

 それは天賦の才と数多の戦闘の果てに得たものなのだろう。

 そんな奴にこんな作戦で上手くいくか……

 

「一つ、確実な手段もありますが――いえ、これは最後の手段ですね。2人ともよりは1人のほうが良いという話に過ぎない」

 

 何かを言いかけて、セイバーが口をつぐむ。

 

「まあ、そう悩むことはないでしょう。確かにランサーの槍術とルーン魔術は一流のものだ。ですが私の剣術とキャスターの魔術はそれを超えていると自負しています」

 

 そういって胸を叩くセイバー、キャスターも魔術戦ならば誰にも負けないというように不敵にほほ笑む。

 そうだな……弱気になっていては勝てるものも勝てなくなる。

 姿を見せない残り2騎のサーヴァントも気になるが、こちらには剣のサーヴァントと杖のサーヴァントがいるのだ、強気で行くとしよう。

 



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2月 7日 朝 白い少女と

 自転車を漕ぐ。商店街に買い物に向かうためだ。

 大飯ぐらいの藤ねえがいないとはいえ、特訓で疲れた俺とセイバーはかなりの量を食べる。すでに冷蔵庫は空になりかけていた。

 腹が減っては戦はできない、こうして買い足しに来たという訳だ。

 

「何がいいかな……セイバーは味付けにうるさいし、キャスターは甘いものが好きだからな……」

 

 肉が安いな、セイバーにはしっかり食べてもらって、キャスターはサラダとかさっぱりしたモノのほうが良いか……

 あれこれと考えながら商店街を練り歩く。誰かのために料理を作るというのは中々に楽しいものだ。

 

「ん……あの店は……」

 

 目についたのはヌイグルミ屋だ。

 前にキャスターと来た時は羊のヌイグルミを欲しそうにしていたな。

 

「ありゃ……売り切れちまってるな」

 

 ショーウインドウにはSOLD OUTと書かれた札が置かれていた、羊のヌイグルミは既に売り切れてしまってようだ。

 聖杯戦争が一段落したらキャスターと買いに来ようと思っていたのだが仕方ない。そのうち仕入れるだろう。

 

「へー、シロウってそんな可愛いものに興味があるんだ。それとも誰かへのプレゼントかしら?」

 

 クスクスと笑うような声が聞こえた。

 マズイ、恥ずかしいところを知り合いに見られてしまった。

 

 ていうか、誰だ?

 俺のことをシロウなんて呼ぶ奴はそう多くないはずだが……

 

「お前は……!」

 

 振り返るとそこには銀髪の少女がいた。

 雪のような、か弱い印象を受ける少女。

 しかし俺にとっては恐怖の対象でしかない。

 

「バーサーカーのマスター、何故ここにいる!」

 

 咄嗟に飛びのき周りを警戒する。

 バーサーカーの気配はない、何かの罠か?

 

「もう、シロウったらそんな怖がらなくても大丈夫だよ日が上ってるうちは戦っちゃダメなんだから」

 

 そういって、にっこりと微笑む。そこに敵意は感じられない。

 

「……何が目的だ?同盟の誘いとかなら悪いけど……」

「違うってば!私はシロウとお話に来たの!」

 

 ムーと頬を膨らます少女、友好的な態度をとる相手に警戒しすぎていたか。

 しかし、お話とはどういうことだ?聖杯戦争とは関係のない世間話でもするつもりか?

 

「うん、そうだよ。ゆっくりお話しできるような時間はもう無いだろうから、今のうちに話しておきたいと思って」

 

 そういって少女が俺に抱きつく。その姿はあの夜に見た冷酷な印象とはずいぶん印象が異なる。

 

「とりあえず立ち話も何だし、公園ででも話そう」

 

 商店街で銀髪の少女と話している姿はあまりに目立つ。

学校を何日も休んでしまっているわけだし、知り合いに見られれば変な噂を広げられてしまう。

 

 

「それで……えっと、君の名前は確か……」

 

 公園に移動し少女に語りかける。

 アインツベルンの家系だということは聞いたが少女の名はなんだったか……

 

「イリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。この前も名乗ったのに、私みたいな美女の名前を忘れるなんてとってもシツレイなんだよ」

 

 キコキコとブランコを漕ぎながら、ジトッとした目でイリヤが睨んでくる。

 そういえばバーサーカーにふっ飛ばされた後、そう名乗っていた気もする。

 

「そういってもな……あの時はバーサーカーの攻撃をまともに喰らって意識が飛びそうだったんだぞ。覚えてなくたって仕方ないだろ」

 

 その言葉にイリヤが申し訳なさそうな顔をする。

 

「あの時はゴメンナサイ……バーサーカーも叱っておいたわ。怪我はもう大丈夫なの?」

「え……あぁ、もう怪我は治ったよ。ほらこの通り」

 

 ぶんぶんと腕を振って見せる。

 素直な謝罪に思わず毒気が抜かれてしまった。

 

「ふぅん……ほんとに治ってるみたいね。そもそも、そこまで重症じゃなかったのかしら。あの時はキャスターに強化魔術をかけられていたわよね?」

 

 こちらの手の内を話してもいいか迷ったが隠すほど複雑な魔術でもないので素直に頷く。

 

 そんな俺のことをイリヤはじっと見つめると――

 

「シロウはキャスターのことが好きなの?」

 

 突然、そんなことを言いだした。

 

「はあ!なんでそうなるんだよ!」

「だって、強化の魔術を生物にかける場合は信頼度が重要になってくるでしょ。だからキャスターのこと好きなのかなって」

「いや、確かにキャスターを信頼してはいるけど、イリヤが思っているような感情じゃない」

「それじゃ、キャスターとはどういう関係なの?」

「そりゃ、キャスターとは――」

 

 そこで言葉に詰まる。確かに俺はキャスターを信頼している。

 だが、俺にとってキャスターとはどういう存在なのだろうか?

 

 マスターとサーヴァント?

 俺とキャスターの契約は令呪の繋がりがない希薄なものだ。マスターらしい振る舞いができているとも思っていない。

それにただのサーヴァントというほど冷酷な関係でもない。

 

 パートナー?

 俺とキャスターではとても対等とは言えないだろう。パートナーとは互いに助け合うことを言うはずだ。

 

 魔術の師匠?

 確かに魔術は教えてもらったが、師匠というにはちょっと違う気がする。

 

 恋人?

 ありえないな、確かにキャスターは美人だが触れたら壊れてしまいそうな儚さを持っていて近寄りがたい。

 キャスターも俺のことは子供としか思っていないだろう。

 

 もちろん友達やらビジネスライクな関係という訳でもない。

 

 俺にとってキャスターは――

 

「……イリヤの方はバーサーカーと上手くやれてるのか、あのクラスは理性が消失するんだろ?」

 

 答えが出ずに話をそらした。

 

 イリヤはあの獣じみた巨人と絆を築けているのだろうか。

 

「うん、バーサーカーは最強の英雄。どんな悪い奴からも私のことを守ってくれる。ずっと一緒にいてくれるの」

 

 イリヤが誇らしげに胸を張る。

 俺にとってバーサーカーは恐怖の対象でしかないがイリヤにとっては自慢のサーヴァントらしい。

 

「イリヤにとってバーサーカーはお姫様を守る騎士ってことか」

「うーん、というよりお父さんみたいなものかな?」

 

 イリヤの顔に僅かに影が差す。

 

「お父さん?」

「うん、私のお父さんはね小さいころにいなくなっちゃたの、でもお父さんが大きな手で私を撫でてくれたことは覚えてる。バーサーカーのおっきな手を見てるとその時のことを思い出すの」

 

 アインツベルンは代々、聖杯戦争にも参加している、イリヤの父親は前回の聖杯戦争ででも死んでしまったのだろう。

 

「昔はねお父さんのことすっごく恨んでた、なんで私を置いていっちゃたのって。一人でずっと泣いてた。でも今回の聖杯戦争でお父さんが私を愛してくれてたって分かったの。誰かから愛されることを、誰かを愛することの温かさを思い出せたの」

 

 目を細めてどこか遠くを見つめるイリヤ。

 しかしヒラリとブランコから降り立つと真面目な表情になる。

 

「シロウがキャスターのことをどう思っているか分からないけど、キャスターとちゃんと向き合ってあげたほうが良いわよ。お互いに人を信じることに慣れてないみたいだから」

 

 そんな忠告めいた言葉を残してイリヤは去って行ってしまった。

 人を信じることに慣れてない……か、確かに俺は人と一定以上に関わることが怖いのかもしれない。

 愛した人がいなくなってしまうのが怖いのだろう。

 

 かつて、あの地獄で家族を失った時のように。

 




イリヤが妙にデレているのはちゃんと理由があります


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2月 7日 夜 暗躍するライダー

「もう、見回りも必要ないかもな」

 いつものように、街を巡回しながら2人に問いかける。

 連日のように起こっていた事件は俺たちが見回りを始めてからピタリと止んだ。

 俺達を警戒して身を潜めているのだとしたら、これ以上は大っぴらに動かないだろう。

 

「ええ、魔力も集まってきたし明日の朝にでも使い魔を街に放つつもりよ」

 そうなれば、一々街を練り歩く必要もなくなる。

 こうしてキャスター達と夜に見回りをするのは今日で最後になるだろう。

 

 キャスターを見る。

 

 どこか物憂げな蒼い瞳、月明かりに照らされた青い髪、夜の闇にはっきりと浮かぶ白い肌。

 

 今朝、イリヤから言われた言葉がどうしても耳に残っていた。

『キャスターとちゃんと向き合ってあげたほうが良いわよ。お互いに人を信じることに慣れてないみたいだから』

 

 俺はキャスターのことを何も知らない。

 名前も生い立ちも、知っているのは家族に会いたいという願いだけだ。

 キャスターはいったい、いつの時代に生まれ、何を見て育ってきたのだろう。

 そしてこの時代を見て何を思っているのだろうか。

 

「それにしても寒いわね」

 

 キャスターは身を震わすと自らの長い髪をマフラーのように首に絡める。

 そんな姿が、どこか子どもっぽい無邪気さと大人っぽい色気を感じさせる。

 そういえば、キャスターって何歳なのか、真名は教えてくれないが年齢くらいなら教えてくれるだろう。

 

「キャスターっていくつなんだ?」

 

 俺の質問にキャスターが怪訝そうな顔をする。

 口に出してから失言に気づいた、女性に年齢の話はまずいか?

 

「それは享年という意味ですか?この肉体の年齢という意味ですか」

 

 しかし返ってきたのは意外な答えだった。

 

「ん?どういうことだ?」

「サーヴァントとして与えられた体はそのクラスにもっとも適合した姿で召喚されます。死に際の姿で召喚されたりしたら困るでしょう」

 

 そりゃそうだ、戦闘系のクラスで呼んだのにヨボヨボの姿で出てこられたりしたら詰みだもんな。

 

「もっとも、私の場合は死亡時と大きく離れた姿ではないみたいだけど。そうねぇ……20代後半ってところかしら」

 

 背丈を腕で測りながらキャスターが推察する。

 20代後半……藤ねえと同じくらいか、もっとも立ち振る舞いは藤ねえのガサツさと全く異なるが。

「ふーん、じゃあ、他のクラスで召喚されれば年齢も変わるってことか?」

「えぇ、といっても私は他にライダーとアサシンくらいしか適正クラスがないし、今と大きく変わらないでしょうけど」

 

 ライダーのキャスターやアサシンのキャスターか。

 アサシンは魔術を使うとして、馬とかに乗れそうなイメージはない。

 ライダーになれるということは何か逸話でもあるのだろう。

「小ちゃい頃のキャスターとか見てみたかったんだがな」

「そんなの見ても何も楽しくないでしょ……第一、子供の姿でなんて普通は召喚されないわ。存在の変換でもしないと無理よ」

「存在の変換?」

「えぇ、召喚されてからも膨大な呪いを浴びたり儀式で霊基を組み替えたりすれば姿が変えることが可能なのよ」

 

 実際にキャスターは魔力不足の頃に幼少の姿になって魔力を節約するか考えていたらしい。

 助けるのがもう少し遅ければロリッ娘キャスターを見れたかもしれないのか……

 

「見た目だけなら幻影魔術で何にでも化けれますけど……」

「いや、そこまでしなくてもいいよ。ホントに子供の姿になられても接しにくいだろうし」

 

 でも、やっぱりちょっと見たい気もするな。キャスターの子供時代……どんな感じなんだろうか。

 

 そんな風に喋っていると突然、セイバーとキャスターの顔に緊張が走った。

 

「今のは……」

「ええ、僅かだけど魔力を感じたわね」

 

 急いで魔力を感知した場所に向かう。いったいどのサーヴァントだろうか?

 

 

「ここか……」

 

 魔力が感じられたという場所は人通りの少ない路地裏だった。

 月明かりも届かない場所なのでよく見えないが、人の気配は感じない、壁に手をついてゆっくりと歩く。

 

「ん?何か踏んだか?」

 

 ごつごつとしたものを踏んでしまった。

 手に取って見れば棒のような形状の石ころだ。なんでこんなところに、よく見れば周りにも同じように石が……

 

「いや、これって……」

 

 バラバラに砕かれたソレはよく見れば人の形をしていた、真っ二つに割れた人面石がゴロリと転がっている。

 そして今、俺が手に持っている棒状の石は人間の指のような形をしていて……

 

「ッ――――」

 

 思わず息が詰まる。ただの石像だと思うほど俺も馬鹿じゃない。

 

 これは人間だ、正真正銘の。

 

「石化の魔術……いえ、行使速度を見るに何らかの能力かしら。石にされた後にバラバラに砕かれたようね」

「周囲にすでに気配はありません。殺してすぐに逃げたのでしょう」

 

 二人が冷静に分析する。

 そう、こんな時だからこそ動揺しちゃ駄目だ。

 凄惨な犯行に沸いてくる怒りをなんとか抑える。

 

「もう、この辺りに犯人はいないんだな。また別の場所で人を襲うつもりなのか?」

「分かりません、今までの犯行パターンとも違いますし……そもそも何のためにこんなことをしているのか」

 

 セイバーが首をかしげる。

 今までもガス漏れ事件や強姦事件があったが、それは一時的に気絶させるだけのものだった。

 おそらく魔力吸収のためにやっていて、命までは取らないだろうとどこか甘く考えていた。

 だが今回の犯行はどうか、石にされ木っ端みじんに砕かれるという残忍な行為、しかもこれでは魔力を吸うことはできない。何の目的があるというのだ。

 

「儀式……にしては杜撰すぎるわね、宝具の使用条件?そもそも石化の能力を持つ英雄なんて……」

 

 キャスターも詳細は分からないらしい。

 だが、悠長なこと言っていられなくなったというのは確かだ。これから犯行がエスカレートする可能性もある。夜だけの見回りと言わず、一刻も早く見つけ出さなければならない。

 この凄惨な殺戮を行ったサーヴァントを。

 




 ライダーでショート髪時代の竜に乗ったメディアとか、アサシンで灰の花嫁を使うメディアブライトとかFGOで出してほしいです


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2月 8日 朝 使い魔とは

「魔力も集まったので、街に使い魔を放とうと思います」

 

 朝になると開口一番にキャスターがそう言った。

 あんな事件が起きた以上、こちらも出し惜しみはしていられない。

 なんとしてでも例のサーヴァントを見つけ出さなければならない。

 

「遠坂は事情を知っているし、街に使い魔を放っても敵視されないだろう」

 

 本来の聖杯戦争で無節操に使い魔をばらまいたりすれば他陣営に危険視されるが、今回は事情が事情なので遠慮なくやれる。

 

「それでは始めましょう」

 

 キャスターが使い魔の原材料となる牙のようなモノを取り出す。

 自らの逸話に関したもののため、武装扱いで召喚された時から所持していたらしい。

 

「セイバーを召喚した時は事故みたいなものだったし、使い魔のちゃんとした儀式をみるのはこれが初めてだな」

 

 そう、セイバーを召喚した時はせっかく魔方陣を描き、召喚の詠唱も覚えたのに、それを使う機会がなかった。

 なので、使い魔という奴には結構、興味があったりする。

 

「低級の使い魔と英霊たるサーヴァントではシステムが全く違いますけどね、そもそも召喚ではなく作成ですし」

 

 バラバラと牙が無造作に撒かれると、そこからニョキニョキと体が生える。

 そうして目の前に立つ使い魔は奇妙な形をした骸骨だった。

 シルエットは人に近いが、頭蓋は獣のそれに近い。

 

「竜牙兵という使い魔です。肋骨がワキャワキャしていてあまり好きではないのだけれど……」

 

 確かに、結構グロテスクな見た目をしている。

 可愛らしいものが好きなキャスターには辛いだろう。

 そんなことを喋っている間にも竜牙兵はポコポコと増えていく、その数は既に40体近い。

 

「使い魔ってこんな簡単にできるんだな」

「素材がそれなりのモノですからね、魔力さえあれば簡単に作成できます。他のタイプも作っておきましょうか」

 

キャスターが自身の青色の髪を数本クルクルと指で絡めとると、それが蝶の姿へと変わる。

 紫色の羽を広げてヒラヒラと蝶が舞っている、その鱗粉からまた新しい蝶が生まれる。

 竜牙兵の群れとは違い、幻想的な光景だ。

 

「空からの偵察用か、どの程度の精度で探れるんだ」

「今回は、『指定された場所で昨日と同質の魔力を感知すれば報告しろ』とプログラムしてあります。かなりの数を放つつもりなので昨夜のサーヴァントが動けばすぐに見つかるでしょう」

 

 今度は使い魔達に透明化の魔術をかけていく。

 竜牙兵が百体ほど、蝶タイプが二百匹ほどだ。

 

「戦闘タイプのは作らないのか?」

 

 神話に出てくるようなゴーレムとか作れないのだろうか?

 

「サーヴァントに勝てる使い魔なんて、創るのにも動かすのにも膨大な魔力が必要になりますからね。竜牙兵でも足止め程度にはなりますし十分です」

 

 さすがにサーヴァントに勝てるほどの使い魔はキャスターでも簡単には創れないか、そう思った時キャスターが何かを思い出したように声を出した。

 

「そういえば……これなら……」

 

キャスターが『金羊の皮』を取り出す。

 

「それってキャスターの宝具だよな、何の能力もないんじゃないのか?」

「えぇ、だけどもしかしたら……」

 

 そう言って金羊の皮を地面に放り投げる。

 しばらく待つが特に何も起こらない。

 

「これでも使い魔が創れるのか?」

「昔、この『金羊の皮』を使えばコレと縁のある者を召喚できるって聞いたのだけど……やはり駄目ね」

 

 神寄りの存在や竜種を呼ぶ場合は特殊なスキルが必要になるらしい。

 それをキャスターが所持していないか、あるいは金羊の皮に召喚能力なんて備わっていないのか。

 

「……何か、召喚に条件が必要って可能性はないのか?」

 

 召喚魔術を詳しくは知らないが、生贄を捧げたり特定の場面でしか召喚できなかったりと『条件』が必要となってくる場合がある。

これもそういう類なのかもしれない。

 

「さて……そういう話は聞かなかったけれど、そもそも召喚においては縁や呼ぼうとする意思が重要となってきますから、そこまで必要としていない今の状態で呼べないのは道理なのかもしれないわね」

 

 俺がセイバーを詠唱なしで召喚できたのは、やられてたまるかという俺の意思に共鳴したかららしい。

 この毛皮も本当に追い詰められた時に使えば、その真価を発揮するのかもしれない。

心に留めておくとしよう。

 

「まぁ、なんにせよこれだけの数の使い魔を放てば例のサーヴァントはすぐに見つかるでしょう。今夜あたりに決戦になる可能性も高い、覚悟を決めておいてください」

 

 使い魔達が街に放たれてゆく。

 思えば今までのサーヴァントとの戦いは突発的なもので、こちらから攻め入るというのは初めてだ。

 2人の足を引っ張らないようにしっかりとしないとな。

 



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2月 8日 夜 豹変するライダー

 時計の針はすでに11時を指している。

 昨夜、事件が起こったのはこれくらいの時間帯だった。

 ピリピリとした空気の中、使い魔からの報告を待つ。

 

「それにしても、敵の狙いは何なんだろうな」

 

 坊やがポツリと口を開く。

 昏睡させて生命力を吸うだけなら理解はできた。

 だが、石にした挙句バラバラにするのに意味があるとは思えない。

 

「さぁ、単純に残虐な性格のサーヴァントという可能性もありますが」

 

 英雄といっても中には暴力的な嗜好を持った者もいる。

 殺すことそのものに快楽を見出しているのかもしれない。

 

「石化の能力を持っていて残虐な英雄か。それなら真名も推測できそうだけど……」

 

 石化に関する逸話はあらゆる神話で見ることができるが、一瞬で石化できる者となれば数は限られてくる。

 さらに人間を砕く残虐性となれば条件を満たすのは、私と同じくギリシャ神話に登場する……

 

 いや、あり得ないか。

 『アレ』は真っ当な英雄でも私のような反英雄でもなく、正真正銘の化物だ。

 聖杯によほどのイレギュラーが起こっていない限り呼び出せないだろう。

 仮に呼び出せたところでサーヴァントの器に押し込められていれば能力も相当に落ちているはずだ。

 

「! 使い魔から連絡が来たわ。場所は……商店街の近く、人通りも多いところね。もはや隠す気がないということかしら」

 

 初めのコソコソとした犯行から一転、大胆に人を襲うようになった。残虐性ゆえか何か狙いがあるのか。

 

「とにかく向かおう、何が目的であれ人が襲われているかもしれないんだ」

 

 ホントは坊やには危険な目に合わないよう家に篭っていて欲しいのだけれど。

 留守中を他のサーヴァントに襲われても困るし、坊やの性格では勝手に動く可能性もある。

 やはり連れて行くしかないか。

 濃緑のローブを纏い『魔女』へと意識を切り替える。

 セイバーも既に銀色の甲冑を纏いに『剣士』の目をしていた。

「さて、それでは戦争を始めましょうか」

 

 

「ここか?」

 

 使い魔から連絡があった場所に着く。

 大通りから少し外れた小道だ、あたりに人影はない。

 敵サーヴァントの気配も感じないが……

 

「これは……」

「えぇ、少しまずいわね」

 

 セイバーとキャスターは顔を見合わせている。

 

「この先に結界が貼られているわ。それも魔力を吸収するタイプのね」

 

 目を凝らしてよく見れば、少し先の空間が血のように赤く濁っている。

 

「ここは私が地脈を操作して家へと魔力を誘導する中継地点としているところね、集まった魔力を横からかっさらうつもりなのかしら?こんなことまでできるなんて……」

「ともかく、この結界の中に敵サーヴァントがいるのは確かでしょう。士郎は危険なのでここで待機していてください」

 

 相手がここまで大規模な魔術を使えるとは予想外だった。

 俺の強化魔術では物理的な攻撃しか防げない、結界の中に入ればどうなるか予測不能だ。

 ここは大人しく待つしかない。

 

「すぐに終わるわ、いいですか、絶対に結界の中に入ってはいけませんよ」

 

 キャスターにきつく言い含められる、2人の姿はそのまま結界の中へ消えていってしまった。

 

 

「2人ともまだか……」

 

 キャスターとセイバーが突入して既に5分ほど経った。

 結界にこれといった変化はなく、戦闘しているようには見えない。

 敵サーヴァントをまだ見つけられていないのか?

 

 周囲を見渡し、改めて状況を確認する。

 結界は学校並の広さを誇っている。

 この辺りは住宅街ではないので人がいないのだけが幸いだ。

 もし一般人がいれば魔力を吸われすぐに動けなくなるだろう。

 キャスターが生み出した使い魔も魔力を吸われて行動不能になっているらしい、2人が手こずっているのはそれが原因か。

 

 遠坂たちに応援でも呼びにいった方がいいのか、しかし下手に動くわけにもいかない。

 そう思いキョロキョロとしている俺の視界にわずかに人影が見えた。

 

 

 白い少女の姿。

 

 

 なぜ、こんなところに?

 

 思考する俺をよそに、そのまま結界に入ってしまう。

 

「あっ……おい!」

 

 どうする、追いかたほうがいいのか、だが……

 

「ああっ、くそっ」

 

 放っておくわけにはいかない、慌てて俺は結界の中に身を投じたのだった。

 

 

「ぐっ……これは」

 

 結界に入ると凄まじいまでの殺意を感じた。

 バーサーカーのような威圧する殺意とは違う、もっとドス黒く陰湿な殺意だ。

 そう、まるで草むらから獲物を狙う蛇のような……

 体から力が抜ける。

 

 胃袋の中に溺れ落ちたかのような錯覚、魔力が抜かれているのだろう。

 

「くそっ、シャンとしろ俺」

 

 自身に喝を入れる。

 確かにキツイが動けないほどではない、早く少女を見つけなければ。

 

 壁にもたれながら、ヨロヨロと歩く。

 令呪でセイバーを呼ぶか考えたが、三画しかないのだ。慎重に使うべきだろう。

 

「おや、ゾウケンが邪魔者を陽動する手筈だったはずですが……ここまで来る者がいるとは」

 

 気がつくと目の前に女がいた。

 いつの間に……咄嗟に距離を取り身構える。

 

 女は紫色のボンテージを纏い、バイザーのような目隠しをつけるという奇妙な風体をしていた。

 なんなんだこいつは……

 

「私は今、機嫌が悪い。見逃してあげるのでここから失せなさい」

 

 温度を感じさせない声でそう呟くと女がふいっと横を向く。

 目隠しで表情が読めないがその気怠げな仕草からは敵意を感じない。

 

「そういう訳にはいかない、あんたがこの結界を張っているんだろ。それに今までも街の人を襲った。なんでこんなことをするんだ!」

 

 想像していたより大人しいが見逃すわけにはいかない。とりあえず事情を聞き出す。

 

「これまでの行いは命令によるものです、サーヴァントである私には逆らえませんから」

 

 そういって顔を伏せる。

 マスターに無理矢理やらされていたということか。

 

「そうだったのか、令呪で命令されてるのか?キャスターならなんとかできるかも……」

 

 とりあえず、結界だけでも解いてもらおうと一歩踏み出したその時―――

 

「人間風情がっっっ!私に近づくな!」

 

 さっきまでの感情を感じさせない声とは違う、怒りと憎悪を感じさせる声が響き、凄まじい腕力で俺の体を放り投げる。

 

「なっ……」

 

 あまりの豹変ぶりに対応が遅れた。

 今までの大人しい態度は俺を油断させるための演技か?

 女を見ると、何かにおびえるかのようにガタガタと身を震わしていた。

「イヤ……違う。このままでは……私は……また」

 

 その長い紫髪を振り回し、頭を掻き毟る。

 なんだ?令呪の効果か?

 それてしては錯乱しすぎだ、まるで何かを恐れているように……

「ガッ……ゲホッ……」

 

背中からモロに着地してしまったため衝撃で吐血してしまった。

 だが体に支障はない、なんとか立ち上がる。

 女はそんな俺をじっと見つめる。

 

「あぁ、ああ、血が血が血がチがチが」

 

 恍惚とした表情を浮かべて狂ったように叫ぶ、その情欲は俺が吐いた血に注がれていた。

 何か分からんが、この隙に―――

 

『来い、セイーーー』

 

 令呪を掲げ、セイバーを召喚しようとするが敵の攻撃によってそれは防がれてしまう。

 先端に鋭利な棘がついた鎖が俺の頭蓋を貫こうと蛇のごとき速さで迫る。

 

「くっ、強化――開始」

 

 羽織っていた服を強化し、鉄と化したそれで頭をかばう。ガキッと金属が弾ける音がして、火花が飛び散る。

 衝撃で少し目がくらんだが傷はない、キャスターとの特訓の成果が現れているようだ。

 

「ほう?今のは――」

 

 僅かに怪訝そうな顔をした後、敵が肢体を縮こまらせる。

 

 マズイ――

 

 クラウチングスタートのような姿勢から長い体をバネのように弾ませ、弾丸のごときスピードで突っ込んでくる。

 今と同じように服を強化した程度では防げない。

 

 もっとだ、もっと、もっと硬度がいる。

 

 刹那の間に神経を集中させる。細胞の僅かな隙間を体の隅々まで、より強く、より硬く。

 硬く、硬く、硬く、硬く、鉄のごとく硬く――

 

 敵の突進によって体が宙を舞う。

 なんとか着地するが――

 

「アッ……アアッ」

 

 息が、呼吸ができない。

 それも敵の攻撃によるものでは無い。

 これは――

 

「アッ……ウウッ?」

 

 視線を少し下にずらすと、鉛色の物体が目に飛び込んできた。

 その非現実的な光景に脳が受け入れるのを拒否する、俺の胸が剣へと変化していた。

 

「ハ?……ナン、ダ……コ、レ」

 

 指で触ると無機質な冷たさが伝わってくる。

 細胞は境界を失い、肺は『呼吸する』という機能を失って、ただ鉄の塊として存在している。

 

 体は剣でできている。

 

 俺は自らの体を一本の剣へと強化し、変化させてしまった。

 

「?妙な魔術をつかうかと思えば……なにをしているのだ?」

 

 女が困惑の声を浮かべる。

 敵が勝手に体を鉄へと変化させ、呼吸できずにのたうち回っているのだから当然か。

 

「くっ――モドレモドレモドレ」

 

 変化を免れた腕で鉄と化した胸をかきむしり必死に念じる。

 魔力は抜けているはずなのに強化が解除されない。

 

「何がしたいのか分からんが、物理的な破壊は面倒のようだ、ならば――我が魔眼に囚われるがいい」

 

 敵がずっと付けていたバイザーを取り、その下から黄金の瞳が俺を睨む。

 

 俺はその瞳と目をあわせてしまった。

 

「アッ……」

 

 鉄になっておらず生身だった部分の感覚も消え失せる。

 自ら鉄になったのとは違う、生を奪われ自由を剥奪されている。

 

 もはやモガクことすら叶わない、鉄と石のオブジェとなり果ててゴトンと地面に転がる。

 

「キャ……ス、ター」

 

 意識が遠のき、視界が闇に染まっていく。

 そんな中で――

 

「―――I am the bone of my sword」

 

 誰かの声が聞こえた気がした。

 



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BAD END 少女の影

「2人ともまだか……」

 

 セイバーとキャスターが突入してから既に5分ほど経った。

 結界にこれといった変化はなく、戦闘しているようには見えない。

 敵サーヴァントをまだ見つけられていないのか?

 

 どうするべきかとキョロキョロとしている俺の視界にわずかに人影が見えた。

 

 

 白い少女の姿。

 

 

 なぜ、こんなところに?

 

 思考する俺をよそに、そのまま結界に入ってしまう。

 

「あっ……おい!」

 

 どうする、追いかたほうがいいのか、だが……

 

「ここから動くわけにはいかないよな」

 

 キャスターにここから動くなと厳命されている。

 結界の中がどうなっているのか分からない以上、下手に動くのは得策ではないだろう。

 俺が死んでしまえばキャスターたちの動きにも支障が出るのだから。

 

 

 あれから暫くたったが未だに動きはない。

 もしかして中でなにか起こっているのか、だとしたら令呪で呼び戻したほうがいいのか……

 

「ふん、面倒なことになったな」

 

 突然、声が響く。

 振り返ると、そこにはアーチャーがいた。

 

「アーチャー!もしかして結界に気づいて来てくれたのか?キャスターとセイバーが既に入ったんだけどまだ出てきてないんだ。とりあえず遠坂と話がしたいんだが一体どこに……」

 

 状況を説明しようとして気づく、アーチャーがこちらに剣を向けていることを。

 

「は?おいおいおい」

 

 繰り出された剣を転がるようにしてなんとか避ける。

 

「おい、何のつもりだ。今は小競り合いをしてる場合じゃないだろ!」

「貴様は選択を誤った、既存の道とは外れてしまった。これ以上は誤差を広げるわけにはいかない。今ここでお前を殺す」

 

 怒鳴る俺に、うんざりとしたような口調でアーチャーが返す。

 意味が分からないが向けられた殺意は本物だ。

 黒い曲剣がゆっくりと振るわれる、殺らねば殺られる。

 

「強化――開始」

 

 服に魔力を通し、鉄のように強化する。

 だが、その程度では防ぎきれずに裂かれた腕から血が噴き出す。

 

「その強化魔術……キャスターから教わったのか?この短期間で形にするとはさすが神代の魔術師。だが……やはり違うな」

 

 アーチャーはフッと嘲るような笑みを浮かべる。

 俺が馬鹿にされるのはいいがキャスターを馬鹿にされるのは腹が立つ。

 

「強化――開始」

 

 拳を強化する、あらゆるものを貫けるほどに鋭く――

 キャスターから肉体の強化をするなと言われていたが、それで勝てるような相手ではない。

 

「……やはり違うな。『硬く』や『鋭く』なんて一々、イメージする必要はないのだよ。衛宮士郎が考えるのは『剣であれ』それだけでいいのだ。ただ自らの存在を対象に流し込み、より高みへと押し上げるだけで……こんな風にな」

 

 アーチャーは俺の強化を見てくだらないとでも言うように笑うと、自らの持つ白黒の双剣に強化魔術を使用した。

 

「創造理念・強化開始」

 

 剣がより剣としてあるべき姿に近づいていく。

 双剣がアーチャーという存在を燃料として、一から炉にくべられる。

 奇跡の結晶であるはずの宝具にさらに奇跡が混ざり合う。

 それは切れ味や強固さといった表面的な強化ではない。

 宝具としての存在が、位階が、ランクが昇華されている。

 

「さらばだ衛宮士郎、これで誤差を気にする必要はなくなった。ライダーは私が倒し、すぐにこの戦争は終結するだろう」

 

 そう言って振るわれた剣は、強化したはずの俺の体をバターのようにあっさりと切り裂いた。

 

「ガッ―――」

 

 肺を割かれ声を上げることもできない、血が地面に広がり鉄臭い匂いがあたりに漂う。

 

「すでにランサーとバーサーカーは傍観している。お前が死ねばキャスターとセイバーも無力化されるだろう。残りはアヴェンジャーだが……それも問題ない」

 

 アーチャーの言葉も、もはや耳に入らない。

 闇に堕ちていく意識の中でいくつもの後悔が走馬灯のように駆け巡る。

 

 キャスターの願いを叶えてやることができなかった。

 セイバーは願いを聞いてやることさえできなかった。

 イリヤは無事なのだろうか?

 虐殺事件の犯人はどうなったのか?

 

 やりきれなかったこと、気になることが無数に思い浮かぶ。

 

 だが、そんな中で最後に思い浮かんだのは結界の中へ消えていった少女のことだった。

 

 俺が追うことを選択しなかった白い少女。

 

 あの青い髪と白い服の少女は誰だったのだろうか?

 

BAD END

 



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2月 9日 夜 主従契約(壊)

「坊や、大丈夫!?」

 目を開けるとキャスターの泣きそうな顔が目の前にあった。

 俺が目覚めたのを見ると、安堵したように寄りかかってくる。

 

「キャ、キャスター?というか、ここは……?」

 

 状況を確認する。

 俺は自室の布団の上で寝かされていた。

 視線を横に向けるとセイバーが微笑んでいる。

 

 確か俺は敵サーヴァントと交戦していたはずだ。

 そして強化魔術の失敗で体を鉄にしてしまい、その挙句、魔眼によって石にされてしまった。

 左手を広げじっと見る、石でも鉄でもなく正常な人間の手だ。

 

「すまない、動くなって言われてたのに勝手に動いて迷惑をかけちまったみたいだ。キャスターが元に戻してくれたのか?」

「えぇ、あなたは半日も鉄と石の塊になって固まっていたのよ」

 

 キャスターに言われて外を見る。

 未だ暗く、時間は経っていないと思っていたが、日付を跨いでいたのか。

 

「とにかく、何が起きたのか教えてくれないか、敵サーヴァントや結界はどうなったんだ」

「…………」

 

 問いかけるとキャスターは何故か口をつぐんだ。俺に関わってほしくないといった感じだ。

 そんなキャスターを見てセイバーが口を開く。

 

「キャスター、あなたがシロウをこれ以上危険な目に合わせたくない気持ちも分かりますが状況は思ったより複雑なようです。キチンと話をしておいたほうが良いでしょう」

 

 

「まず私達が結界に突入した後、敵の陽動にかかってしまいました」

 

 セイバー曰く、あの結界の中には蚊のような使い魔が無数に放たれていたらしい。

 そいつは敵サーヴァントの血液を吸っていて、キャスターの探知魔術に引っかかるようになっていた。

 

「おそらく敵マスターは聖杯戦争の経験者でしょう。結界でこちらの手段を狭め、キャスターの探知魔術の高さを逆手に取る。英霊の特性をよく把握している。悔しいが完全に翻弄されてしまいました」

 

 セイバーが悔しそうに唸る。

 

「仕方ないので、1匹づつ潰していたところ士郎の魔力を感じて慌てて駆けつけたのです」

「それで、駆けつけたら石化した俺がいたって訳か、トドメを刺される前に助け出せてもらえてよかったよ」

「あっ、いえ、確かに駆けつけた時すでにシロウは石化していましたが、あなたを守っていたのはアーチャーです」

 

 アーチャーが?

 あいつもあの場所に来ていたのか。

 

「私達が駆けつけた時に見たのは、無数の剣を使って敵と交戦するアーチャーでした」

 

 俺のことを敵視していたくせに、俺のことを庇ったのか。

 遠坂に命令されたのだろうか。

 

「あの無限の剣……あれは、あの能力は――」

 

 黙り込んでいたキャスターが考え込むようにポツリと呟く、アーチャーのことを考察しているのだろう。

 

「敵は私達の姿を見ると、天馬の宝具を使って逃走しました。おそらくライダーのクラスでしょう」

 

 あの女、ライダーだったのか。

 身のこなしからアサシンかと思っていた。

 

「石化したシロウを放って行くわけにもいかず、敵にはそのまま逃げられました。結界は解除されていますが、次に何をするかわかりません」

 

 結局、ライダーの目的はなんだったのだろうか、魔力を集めるのが目的だとしたら無差別な殺戮をしていたのはなんの意味があって――

 

「ッ―――と」

 

急に目が眩んだ、思わず眉間を指で抑える。

 

「まだ、完全に体が癒えていないようですね。体が石と鉄の塊になっていたのだから無理ないですが、しばらくは眠っておいたほうがいいでしょう。ライダーのことはキャスターと私で話し合っておきます」

 

 セイバーが労わるようにこちらを見て、部屋から出て行く。

 キャスターも去り際に俺のことを不安げに伺っていた。

 

 気になることは他にもいくつかあったが頭がガンガンと痛んで考え事なんてできそうにない。

 ここは大人しく眠っておこう。

 そうして目を閉じると俺の意識はすぐに闇に落ちていった。

 

 

「……ロウ、シロ……」

 

 体を誰かに揺さぶられる、セリのような香りが鼻腔をくすぐる。

 

「ムっ……?」

 

 意識が覚醒する。

 目を開けると金髪の少女がそこにいた。

 

「セイバー?どうした、何かあったのか」

 

少しオドオドとした様子でセイバーがこちらを見つめていた。

 時計を見れば0時少し前を指している。

 

「い、いえ、ただ少し話をしたいと思いまして、体はもう大丈夫なのですか?」

「ああ、ちょっと寝たらだいぶスッキリしたよ。キャスターの魔術のおかげだな」

 

 石化の魔眼に天馬、おそらくライダーの正体はギリシャ神話に登場するメドゥーサだろう。

 その石化と俺の強化失敗による鉄化を治療できるとは、さすがキャスターだ。

 

「……あなたはキャスターのことを恨んでないのですか?」

 

 セイバーがオズオズとした態度で問いかける。

 キャスターの話をしているのに自分の話をしているかのようだ。

 

「恨む?なんで?」

「だってあなたは、わた……キャスターに協力したからこんな目に遭っているのですよ。ランサーの時やバーサーカーの時だって死にかけていたではないですか」

「協力したいって言ったのは俺からだし、今回は俺が勝手に動いたのが原因だしな。キャスターを恨む理由なんて無いよ」

 

 キャスターは俺に聖杯戦争に参加しろとは一言も言わなかった。

 むしろ、マスターになりたいと無理を言ったのは俺の方だ。感謝こそすれ恨みなど無い。

 

 そう答えるとセイバーが俯いてしまう、髪に隠れて表情が見えないがどうしたのだろうか。

 

「ですが……ですが、キャスターは何を考えているかわかりませんよ。あの女は『裏切りの魔女』です。きっとシロウのことも裏切ろうと考えているはずです」

 

 叫ぶようにセイバーが訴える、その声音は何か必死なものが感じられた。

 

「どうしたんだ?そんなことを言うなんてセイバーらしくないぞ。セイバーだってキャスターは悪人じゃないって言ってたじゃないか」

「なっ……セイ、私が?」

 

 目を見開き、驚愕の表情を浮かべるセイバー。

 さっきからどうしたんだ……

 

「俺はキャスターに願いを叶えてやるって約束した。何があっても俺はキャスターの味方だよ」

 

 念を押すように改めて宣言する。

 顔を上げるとセイバーがポロポロと涙をこぼしていた。

 

「お、おい大丈夫か?」

 

 さすがに面食らい、手を差し伸べる。

 そんな俺の体にセイバーがトッともたれかかっきた。

 そのまま、しなやかな手つきで腕が背中へと回される。

 

「ちょ、セイバー?」

 

 なんだこの状況は、もしかして夢を見ているのか?

 

「ごめんなさい、聖杯戦争にまきこんでしまって。そしてありがとう、信じてくれ嬉しかったわ。あなたはこんな私のために身を挺して戦ってくれた、私との約束を守ろうとしてくれた」

 

 動揺する俺をよそに、静かに言葉が紡がれる。

 

「最初は口先だけだと思っていた、でもアーチャーを見て確信したわ。ホントにあなたは他人のために命を投げ捨てられる、投げ捨ててしまうような人なのだと」

 

 セイバーの姿が、その周囲の空間がドロリと崩れる。

 金色の髪は海のような青色に変わり、少年のような凛々しい瞳が儚さを伴ったものへと変わる。

 

「え、キャスター?なんで……」

 

 疑問を問うよりも先にドスリとわき腹に衝撃を感じた。

 見れば奇妙な形をした短剣が刺されている。

 痛みはない、フワフワとした浮遊感に襲われる。

 

「『破壊すべき全ての符』、これであなたと私の繋がりは切れたわ。私との約束ももう守る必要はないの。ありがとうシロウ、だからこそ、もう――」

 

 そんな泣きそうなキャスターの声を耳にしながら、俺の記憶はそこで途切れた。

 



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2月10日 朝 仮初の日常

「うっ、あぁ――?」

 うなされるように目が覚めた。

 視界に入るのはいつもの天井、重たい体をゆっくりと動かす。

 

「あれ……ここどこだっけ……」

 自宅ということは理解していた。

 ただ、何かを確認するかのように口から言葉が漏れていた。

 

「というか今日は何日だ」

 どうにも記憶が釈然としない、ここ数日の記憶が靄でもかかったように思い出せない。

 フラフラとした足取りで居間に向かう。

 体が鉛のように重い、そのくせポッカリと穴の空いたような感覚がある。

 

 テレビをザッピングして、天気予報を見る。

 

「本日10日の天気は昼まで晴れますが、夕方からは天気が崩れ夜まで雨となるでしょう」

「10日!そんなに寝てたのか、かなり経ってるな」

 だんだんと思い出してきた、俺は風邪をひいて数日の間、寝込んでいたのだった。

 体の丈夫さには自信があったのだがこんなに寝込んでしまうとは。

 

「っと……それより早く学校に行かないと」

 

 時計はすでに8時を指していた、まだ体は本調子ではないが授業もかなり進んでしまっているだろう、これ以上は休むわけにいかない。

 慌てて、制服に着替える。

 

「む……?」

 袖に左手を通した時、強烈な違和感を覚えた。

 あるはずのものが、なければならないものが無くなったような感覚。

 改めて左手を見るが、特に変わったところはない。

 何の異常もない正常な手、手の甲には傷一つ付いていない。

 

「っと…そんなことより早く学校に行かないと」

 違和感はあるが、たぶん大したことではないのだろう。思考を切り上げて家を出る。

 

 妙に軽くなった左手を抱えて。

 

 

「やぁ、衛宮。随分と長いこと休んでたじゃあないか。まさかサボってたんじゃあないだろうなぁ。商店街で小さい娘とお前が歩いているのを見たって奴がいるぜ」

 学校に来るなり慎二が声をかけてきた、こいつなりに心配してくれていたのか?

 

「慎二か……いや、風邪をひいちまってさ。ずっと寝込んでいたんだ。ソイツは人違いだろう」

「ふぅん馬鹿は風邪ひかないっていうけど、そんなことはないんだな。おっと、あまり近づかないでくれよ、馬鹿と風邪がうつる」

「ははっ、なんだよそれ」

 久々の学校……といっても1週間ちょいだが、なにか懐かしいような気すらする。

 

「あー、悪いんだけどノート見せてもらってもいいか、かなり休んじまったからな」

 一成に借りてもいいのだが、こういうのは慎二の方が上手く纏めてある、要領がいいのだろう。

 

「はあ?なんで僕が衛宮にノートを貸さなきゃいけないのさ。だいたい、僕もしばらく学校を休んでたからね、ノートはとってないよ」

「ん?お前も風邪だったのか?」

「ちがうさ、爺さんが面白いオモチャを貸してくれてね、しばらく遊んでいたのに都合が変わったとかいって取り上げられたんだよ」

 途端に不機嫌になる慎二。

 オモチャで遊んでたって、ゲームか何かしてたのか?お前こそサボってるじゃないか。

 

「オモチャといえば……衛宮、通り魔がこの辺に出てるの知ってるか?」

 今度はニヤニヤと笑いながら問いかけて来る、なぜオモチャといえばで通り魔なのだろうか。

 

「そういえばニュースでやってたな、人が行方不明になってるって」

「あぁ、お前も夜道には気をつけた方がいいぜ、死にたくなけりゃあな」

 そういってクックッと笑う。

 しかし通り魔か……すでにかなりの被害者が出ているらしい、確かに気をつけておいた方がいいだろう。

 

 

 その後、一成からノートを借りて写していると意外な人物に声をかけられた。

 

「おはよう衛宮君。風邪だったらしいけど体調はどう」

「あ、ああ。まだ違和感があるけど、熱はもうない」

 遠坂が声をかけて来るなんて珍しいな、いつも他人には興味ないって感じなのに。

 

「1週間近くも寝込むなんて大変だったんじゃない?」

「いや……かなり朦朧としてたみたいでさ、下手にうなされることもなかったよ」

 記憶が飛ぶほどの熱ならかなり苦しかったはずだが全く記憶にない。

 食材が減っていたので料理もしたはずだがそれすらもだ。

 

「……ふぅん話は聞いてたけどホントなんだ。本当に何も覚えてないのね」

 遠坂が小声でなにか呟く、よく聞き取れなかった。

 

「今、なんて――」

 聞き返そうと視線を向けると、遠坂と目があう。

 冷たい目をしていた。

 哀れむような、責めるような視線だった。

 何だよ……俺なんかしたっけ?

 

「……まあいいわ、それより今日の夜どうするか分かってるわね?」

「はあ、なんだよ突然?今日の夜?とりあえず家に帰って――」

 

 

―イエニカエッテハナラナイ―

 

 

「あれ?家に帰って――」

 なんとなく、家に帰ってはいけない気がする。

 なぜだったか……

「最近、通り魔が出て物騒だからな。家にはしばらく帰れない」

 そう、通り魔だ。

 家にいたら襲われる危険がある。しばらく帰るわけにはいかない、当然のことだ。

かといって野宿するわけにも行かない、どうするんだったか……

 

「教会に行くといいわ、あそこにいれば安全だから」

 遠坂がアドバイスをくれる。そうか教会は安全だったな。今日はそこに泊めさせてもらおう。

 

「それと……衛宮君、夜は外に出ちゃダメよ。危険な目にあいたくなければね」

 そういって、遠坂は去って行く。

 なんだ慎二といい遠坂といい、そんなに通り魔とやらは危険なのか。

 

 

「問題なく学校生活を送れているようね。もう私たちが見ていなくても良いでしょう」

 記憶を失い、日常に帰った士郎を見てキャスターが呟く。

 今、セイバーとキャスターが居るのは、とあるビルの上だ。

 平穏な日々を送る人々を非日常の存在である彼女たちはどこか懐かしげに眺めていた。

 

「ごめんなさいね、セイバー。急に計画を変更することになって」

 昨日の夜、キャスターはいきなり士郎との契約を断ち、陣地を移すと言いだした。

その時はキャスターの反乱かと警戒をしたセイバーだったが、彼女の目に僅かに涙が光っているのを見て問い詰めることはやめたのだった。

 

「記憶を操作した、とのことでしたがシロウに害はないのですね」

「えぇ、彼は風邪で学校を休んでいたということになっているわ。多少の違和感はあるだろうけど、それもすぐに消えるでしょう」

 私たちの存在なんて所詮その程度のものよ、と自嘲するように呟く。

 

「……他のサーヴァントに襲われる危険があるのでは?」

「それも対策済みよ。教会に行くように暗示をかけておいたし、しばらく夜に出歩かないようにもしておいたわ」

 もっとも精神破壊の危険を考えてそれほど強力な暗示ではない。

 念のためアーチャーのマスターあたりに声をかけておこうかと思案する。

 そんなキャスターを見て、セイバーが問う。

 

「キャスター、貴女はこれで良かったのですか?」

「……えぇ、彼は本来、聖杯戦争なんて物騒なモノに関わる運命ではなかったわ。こうして平和な時を過ごすべきよ」

 私と出会わなければ、何度も悩むことも死にかけることもなかったと懺悔するようにキャスターは語る。

 

「私が問いたいのはそういう意味ではありません。貴女は士郎が居なくても良いのですね?」

 セイバーが詰め寄るように問う。

 先程からキャスターは士郎の安否ばかりを気にして自身の本音を語っていない。

 もし悔いが残っているのならばキチンと士郎と話すべきだとセイバーは考えていた。

「だってしょうがないじゃない、彼は優しすぎるわ。私みたいな女を信じてくれるほどに、でも私は彼に何も返すことはできないのよ。私は『裏切りの魔女』だから、誰かを助けることも何かを与えることもできない。できるのは傷つけることだけ、だったら離れるしかないじゃない。」

 そう、魔女メディアは裏切りの女。

 契約したものに破滅を与える反英雄だ。

 愛すれば傷つけ、慈しめば縛り付ける。 

 かつて愛した国も民も男もそして家族すらも、彼女は全てを壊したのだ。

 ゆえに彼女が士郎にできるのは遠かることだけだった。

「そうですか……覚悟の上だというのなら私は口出しをしない。シロウに平穏に過ごして欲しいと思うのは私も同じですから」

「……ごめんなさいね、貴女も聖杯にかける願いがあったはずでしょうに。こんなことになってしまって…でも、聖杯を貴方に使わせるという約束は守らせてもらうつもりよ」

 キャスターが『破壊すべき全ての符』で契約を断った時、一緒にセイバーの契約も切れてしまった。

 今はキャスターの契約下という特殊な形で現界している。

 

「構いません、正直な話……初めて貴女にあった時はあまり良い印象ではありませんでした。ですが今ならば剣を預けてもよいと思っています」

「あらっ、ありがとう。こんな可愛いらしい騎士さんに守ってもらえるなんて光栄だわ」

「なっ…可愛いとはなんですか、可愛いとは」

「ふふっ、さあ…陣地を作るために霊脈を探さねばならないわ、夜になる前に動くとしましょう」

 そう言って2人は動き出す。

 血に濡れた聖杯を手に入れるために

 自らの願いを叶えるために。

 平穏な日常に戻った士郎を残して。

 



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2月10日 夜 向かうべき場所は

 夜の道を1人歩く、向かう場所は教会だ。

 教会への道は知らなかったがなんとなくで着いた。まあ、地元だし土地勘があるからな。

 

「ふむ、衛宮士郎……か、凛から話は聞いている。私としては10年前の決着をつけたかったのだが……仕方あるまい」

 

 教会に入ると、そうそうに神父から訳のわからないことを言われた。

 10年前?決着?なんの話だ?

 

「お前には……いや、今のお前には知る必要のないことだ。何にせよここは教会で、私は神父だ。教会は何人をも受け入れるし、私も職務をまっとうしよう」

 どこか投げやりな様子で神父が語る。

 

「えっと……ここにしばらく泊めさせてもらいたいんですけど……」

「言っただろう、ここは教会だ。迷えるものを保護する義務がある。部屋は奥のモノを使え」

 神父が告げるが俺と目を合わせようとはしない。

 まるで俺なんかに興味はないというようだ。

 

 

 用意された部屋に入る、質素な部屋だ。

 ベットにゴロンと横になる、時計の針はすでに11時を指していた、窓から見れば街は夜の闇に包まれている。

 月の光は雨雲に遮られ、雨の音だけが響いていた。

 

「雨……か」

 ザーザーと降る雨粒を見て、心が洗われるような気分になる。

 いや、洗われると言うより、押し流されるような感じか。

 ナニカ、大事なことが消えて行くような、流れて行くような感覚。

 ……何かしなければならないことがあった気がする。

 

 何かは思い出せない。

 ただ、こんなことをしている場合ではないという焦りがあった。

 

「何か迷っているようだな、衛宮士郎」

 気がつくとあの神父がいた、ノックぐらいしろよ。

 

「……いや、ただ何か忘れているような気がしただけだ。どこかに、誰かのもとへ行かなければならないような……」

 その言葉に神父がわずかに目を見開く、興味深いとでも言うように。

 

「ほう……なるほど、暗示のかけ方が甘い。いや意図的なものか……ふむ、衛宮士郎よ。何か忘れていると言ったが恐らくそれは思い出せまい。こう考えてはどうだ?今、自分が何をしたいのか、何をしなければならないのかと」

「俺が何をしたいのか、何をしなければならないのか…」

 神父の言葉をそのままつぶやく。

 俺が今、しなければならないことは――

 

「見回り……」

 

 そうだ、街では通り魔が出て危険らしい。

 誰かが危険な目にあうかもしれないのなら放って置くわけにはいかない。

 そう決心してドアノブに手を触れた時――

 

―ソトハキケンダ―

 

 俺の中でナニカが叫ぶ。

 

―ソトハキケンダ―

 

 全身の細胞が進むことを拒絶する、脳が戻れと悲鳴をあげる、外は危険だ

 ダカラ、ソトニデルナ

 

―ソトハキケンダ―

 

 そもそも、俺が見回りしたところで意味があるのか。

 通り魔に会える確率は低いし、捕まえようとしても返り討ちだろう

 ダカラ、ココニイルベキダ

 

―ソトハキケンダ―

 苦しい目にあう必要はない、痛い目にあう必要はない。ここにいればそんな目には合わずにすむ

 ダカラ、ウゴクナ

 

―ソトハキケンダ―

 

 誰かのもとへ行かないといけない気がする?

 そんなのはきっと気のせいだ。忘れてしまったのならその程度のことだったということ

 ダカラ、タタカウナ

 

―ソトハキケンダ―

 

 ×××××との日々も、雨の日の出会いも全て忘れて、安全な日常を過ごせばいい

 ダカラ、ワスレロ

 

 

―ソトハキケンダ―

―ソトハキケンダ―

―ソトハキケンダ―

ソトハキケンダソトハキケンキケンダキケンダ

キケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケキケキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケキケンキケンキケン

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、いって来るか」

 

 俺は勢いよくドアを開けた。

 

 危険だなんてことは分かりきっている。

 そもそも危険じゃなかったら見回りなんてする必要がない、当たり前のことじゃないか。

 それに、俺にとっては自分が危険に晒されるより誰かが傷つくことの方が耐えられない。

 

 それは衛宮士郎の前提条件だ。

 

「神父さん、悪いんだけどやっぱり教会には泊まらないよ」

 

 冷静に考えると、何故俺は教会にきたのだろうか。

 さっきまでの俺はどうかしてたような気がする。

 

「……ほう、形式上、一応聞いておこう。衛宮士郎、お前は教会から出るのだな?再び戦火へとその身を投じるのだな?」

 

 重い神父の声が響く。

 戦火って、この神父はいちいち言うことが大げさだ。だが……答えは決まっている。

 

「ああ、誰かが危険に晒されているかもしれないんだ。行かない理由なんてないさ」

 

 

「フッ……記憶は消せても意志までは消せないか」

 教会の長椅子に一人腰掛けて、言峰綺礼は呟く。

 凛からキャスターによって記憶を奪われた衛宮士郎の保護を聞かされた時は僅かな失望すら感じたが、それは杞憂だったらしい。 

 衛宮士郎は外に出るなという暗示を打ち破り、行くあてもないというのに傘も持たず飛びたして行った。

「随分と楽しそうではないか、綺礼よ」

 

 虚空から男が現れる、金の髪と紅い瞳を持った男。

 英雄王ギルガメッシュだ。

 

「だが、良いのか?あの雑種は聖杯を浄化する可能性がある。そうなれば、貴様の願いは潰える」

「それならそれで……構わんさ。奴の意思がアレに打ち勝ったと言うだけのことだ」

 自ら手を出すつもりはないと言うように両手をあげて、純粋な喜色によって顔を歪ませる。

だが、何かを思い出したように宙を見上げると今度は愉悦による嗤いを浮かべる。

 

「ああ、だが……ランサーにキャスターたちの始末を命じたのは早計だったな」 

 



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2月11日 朝 VSランサー

 雨が降り、太陽もまだ出ていない薄暗い街路で、3人の英雄が対峙していた。

 

「そらそら、どうした。防御だけじゃ俺には勝てないぜ」

 

 槍を振り、雄たけびを上げるランサー。

 その攻撃をなんとか受けるセイバー。

 そしてその後ろで思案するキャスター。

 

 まだ、陣地や使い魔の整備が整っていない。今まで音沙汰もなかったランサーがこの状況で襲って来るとは。

 

 歯噛みしつつもキャスターが杖を構える。

 

「6人全員と戦い終わったからな。今回は正真正銘、全力で殺しあえるぜ」

 

 ランサーはそういって獰猛な笑みを浮かべる、雨に濡れたその顔は飢えた野獣のようであった。

 

「あら、6人全員ということはライダーやアサシンとも戦ったのかしら?」

「ああ、といってもライダーはなんかマトモじゃなかったし、すぐに切り上げたけどな。それと……7人目はアサシンじゃなかったぜ」

 

 アサシンではない、ということはエクストラクラスか。

 

「多分、あんたが7人目を見たら驚くぜ。もっとも――俺に勝たないとそれもかなわないけどな」

 

 無駄話は終わりだというように再び殺気が放たれる。

 やるしかないか――

 

「セイバー、作戦通りに行くわよ」

「了解です」

 

 セイバーが疾風のごとき速さでランサーに切りかかり、

 その衝撃で雨粒がはじけ飛ぶ。

 キャスターとセイバーはランサーに対して2つの策を考えていた。

 1つ目は宝具を使わせる暇もないほどにひたすら攻撃するという陳腐なもの。

 2つ目はセイバーの立案によるものだが――これは宝具を使われてしまったときの最終手段だ。

 今はただひたすら攻撃に専念する。

 

「ハッ―――いいぜ、俺好みの戦いだ」

 

 セイバーの剣を前にしてなお、ランサーはその笑みを絶やさない。

 むしろ好敵手を前にイキイキしているぐらいだ。

 

「Atlas」

 

 重力の楔で相手を束縛する、僅かでもセイバーのサポートを。

 

「チッ――しゃらくせぇ」

 

 面倒だというようにランサーが槍の穂先で文字を描く。ルーン魔術、それもあの効果は――

 

「アルジズ、保護の効果を持つするルーンだ。テメエの魔術はもう、通じないぜ」

 

 もともと高ランクの対魔力を有するランサー、さらに防御魔術を使われては私の魔術は何の効果も発揮しないだろう。

 

「まずはセイバーからだ、お前はそこで震えて待ってな」

 

 ランサーが切り捨てるように言葉を放つ。

 確かに、魔術が通じない以上、私に打てる手はない。

 ルールブレイカー片手に突っ込んだところで返り討ちだろう、ここでおとなしく見る他にない。

 

「ハッ――」

 

 その間にもセイバーは剣を振るう、ランサーは笑みを浮かべ余裕そうだ。

 やはり正規のマスターでなく私がマスターとなっているせいでセイバー本来の力が出ていないのか。

 

「グッ……」

 

 ランサーのカウンターを受けてセイバーがよろめく。

 だが、その目の強い光は未だ消えていなかった。

 いつかの坊やの姿を思い出す、セイバー召喚の日、ランサーにボロボロにされても諦めなかった彼の姿。

 私にも何か、何かできることは――

 

「Yupiteru」

 

 強化魔術を使用する。

 対魔力に弾かれることもなく、雨風の中で紫の光がぼんやりとセイバーを包み込む。

 

「ナイスアシストです、キャスター」

 

 勢いを取り戻したセイバーが再び攻撃する。

 いつかの剣術特訓は無駄ではなかったようだ。

 あれのおかげで彼女は私を信用してくれた、私も諦めずに考え抜く勇気が付いた。

 坊やと暮らした日々も決して無駄ではなかったらしい。

 

「ハアッ――――」

 

 セイバーの重い一撃が、ランサーの肩から腰にかけて深い切り込みを入れる。

これならば――

 

「ちっ、面倒だな。やはりキャスターからやるか」

 

 だが、それだけの攻撃を受けてなお、ランサーの戦意は揺るがない。

 雨によって血で地面を濡らしながらもセイバーから飛びのき、戦闘を続行しようと私に矛先を向ける。

 

「なっ、手ごたえは確かにあったはず」

 

 予想外のタフさにセイバーが驚愕の声を上げ、私のフォローに回ろうとするがもはや間に合わない。

 

「これで終いだ」

 

 渾身の力で打ち出された赤い槍は、魔力障壁をあっさりと破り私に迫る。

 ギュと目をつむり、殺される痛みに耐える。

 だが、予想した衝撃はいつまでたっても襲ってこない。

 

「キャスターに……手を出すなあああ!」

 

 おそるおそる目を開けて飛び込んできたのは、果敢にランサーに立ち向かうシロウの姿であった。

 

 

「キャスターに……手を出すなあああ!」

 

 キャスターの姿を見た瞬間、全ての記憶が蘇えってきた。

 拳を強化しランサーに殴りかかる。

 

「おっ、ホントに来たのか。甘めとはいえキャスターに暗示をかけられていたはずなのによ」

 

 血だらけのランサー、だが俺の攻撃など問題ではないというようにヒョイとよける。

 

「さすがに、この傷じゃ長くは動けそうにないな。決着と行こうぜ」

 

 魔力が槍へと込められる、真名を開放し決着をつけるつもりだろう。

 

「シロウ―――後のことは任せます」

 

 セイバーが覚悟を決めたように耳元で呟くと、大きく跳躍してランサーへと切りかかる。見れば剣から魔力を放つことでロケットのような推進力を得ている。

 でも駄目だ、この距離ならランサーのほうが早い。

 

『突き穿つ死翔の槍』

 

 放たれた朱色の槍がセイバーへと牙をむく。

 因果すらを捻じ曲げ対象に死をもたらす宝具、防ぐこともよけることもかなわない。

 

 その穂先がセイバー目がけて軌道を描き―――

 

『令呪をもって命ずる、セイバー、遠くへ転移なさい』

 

 あらぬ方向へと飛んで行った。

 

 必中の概念を秘めたこの宝具、一度放たれればどこまでも対象を追跡する。

 

 それが例え、使い手が不利になろうとも――

 

「ハアアアアッ」

 

 セイバーの作ってくれた一瞬のスキを無駄にはできない、渾身の力でランサーの体に強化した手刀を切り込む。

 すでに負傷し魔力も使い果たし、そして自慢の槍を失った奴は抵抗することもなかった。

 

 貫いた右手に魂核を破壊した感覚が伝わる。

 

 それと同時に、コンっと音がして血に濡れた槍がランサーの真横に突き刺さった。

 

「キャスター、セイバーは!」

 

 俺の問いにキャスターが二画となった令呪を見つめながら悲しげに首を振る。

 くそっ、俺がもっと早くここに来ていれば、結果は違ったかもしれないのに……

 

「おい、そんな辛気臭え顔してんじゃねえよ、セイバーは敵を倒して主を守ったんだぞ。そこは褒め称えてやるところだろう」

 

 ランサーがうめく、こいつ……まだ生きているのか!

 

「そんな警戒すんなって、さすがにもう動けねえよ。それよりセイバーに言うことがあんだろ」

 

 セイバーの姿を思い返す、凛々しく美しい剣の英雄を。

 

 結局、彼女の願いを叶えてやることはできなかった、

 だが最後にセイバーは後のことを任せると俺に告げた。

 それはランサーのことだけでなく聖杯戦争そのもののことだろう。

 だとしたら落ち込んでいる場合ではないはずだ。

 

「……ありがとう、セイバー」

 

 感謝の言葉を口にする、もちろんセイバーに聞こえるわけではない。

 だが、紡がれた言葉は風にのって流れていく。

 釣られて空を見ればすでに雨は上がり、朝の陽ざしが街を照らしていた。

 

「セイバーもまぁ、満足してると思うぜ。俺も今回の戦争は満足だ。強い奴と戦えたし……面白いものも見れたしな」

 

 そういってランサーが俺とキャスターを見比べる、多分お前が思っていような関係ではないぞ。

 

「最後に1つ聞かせて頂戴、あなたが戦ったという7人目のサーヴァントはどんな奴だったの?」

 

 光の粒子となって消えゆくランサーに、キャスターが問いかける。

 

「言っただろう面白いものを見たって、まぁいずれ会うことになるだろうよ。それよりも……ライダーに気を付けた方が良いぜ、あれこそ真の『復讐者』になりかけてるからよ」

 

 そんな忠告めいた言葉を残して、ランサーは消滅してしまった。最後まで自由な奴だ。

 

 ふうっと一息つく。

 

 セイバーとランサーが消滅し、気になることも増えた。

 ライダーのことだって解決したわけじゃない。

 

 だが、今はとりあえず――

 

「家に帰ろうかキャスター」

 



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2月11日 夜 主従契約(真)

「ごめんなさい」

 

 家に帰るなりキャスターが謝ってきた。

 

「私の独断で、契約を破棄し、シロウの記憶を奪い、セイバーを死なせてしまった。謝って許されることは無いけれど、でも……ごめんなさい」

 

 深々と頭を下げるキャスター、そこには深い後悔の色が見て取れた。

 

「とりあえず、何で俺との契約を突然に断ったんだ?」

 

 あの状況でマスターを失うのは痛手のはずだが……、もしかして俺に愛想をつかしてしまったのか。

 

「それは……シロウに聖杯戦争に関わってほしくなかったからよ、シロウの性格では絶対に生き残れないと思ったから」

 

 俺を心配してくれていたということか。

 

「でも、俺は危険を承知で聖杯戦争に参加したんだ。キャスターが気にすることじゃない」

 

 そもそも俺から参加させてほしいといったのだ。

 そう告げるとキャスターは罰を悪そうな顔する。

 

「違うわ……、シロウが参加したくなるように私が言い含めたのよ、あなたの令呪を奪うために」

 

 そういって奇妙な形の短剣を差し出す。

 あの夜、俺を刺したものだ。

 

「この短剣こそが私の本当の宝具である『破壊すべき全ての符』……私という存在が宝具へと昇華されたものです」

「キャスターの宝具、存在の昇華……」

「そう、私の真名はメディア、裏切りの魔女と呼ばれた女です」

 

『裏切りの魔女メディア』

 

 その逸話は知っていた。それはギリシャ神話でもとくに有名な物語だ。

 王になろうとした男が、女の恋と裏切りによって破滅を迎える物語。

 

「私は自分の弟を、民を、子供さえも殺したような女よ。そしてあなたのことも裏切ろうと考えていた、そんな浅ましい女なのよ私は」

 

 そう言って生前の悪行と、召喚されてからの自信の思惑を語る。

 本当は前マスターを自分が殺したという事、俺のことも利用しようと考えていたことを。

 

 確かに、いま話したことがすべて真実なのだとしたら、それは裏切りの魔女と呼ばれても仕方のない存在だろう。でも――

 

「でも、キャスターは俺のことを裏切った訳じゃないだろう」

 

 確かに結果としては一時的にセイバーと令呪を手に入れた。

 しかし、それは裏切りからの行為じゃないという事くらいは俺にだって分かる。

 

「ええ、でもそれだって利己的な考え方からくるものよ。私はあなたにかつての自分の姿を重ねていたの。家族に囲まれて純真に暮らしていたころの自分の姿を、そしてソレが穢れ堕ちる姿を見るのが嫌で溜まらなかった。だからシロウをこの戦争から、理不尽な運命から遠ざけたの」

 

 かつてキャスターは、神々に歪められた理不尽な運命によってすべてを失った。そこに大火災ですべてを失った俺の姿を重ねたのだろう。

 穢れ堕ちる姿というのが何のことを指しているのかは分からないが、俺を見て一種の自己嫌悪に陥ったのかもしれない。

 だからこそ、そうならないように俺を日常に帰したとうことか。

 

「……キャスターは自分のことを卑下して、俺のことは純真だと言ってくれたけどさ。俺だって褒められたようなもんじゃない」

 

 裏切りというなら俺だって同じだ。

 かつての大火災で俺は、数多の人間の声に耳をふさいで逃げ去った。

 そして、正義の味方なんて耳障りのいい言葉でそれに蓋をしようとしている。

 ある意味ではキャスターよりもよっぽど酷い裏切りだ。

 

「結局、俺たちは似た者同士なのかも」

 

 サーヴァントはマスターに似た性質をする。

 俺が召喚したわけではないが、キャスターを俺が助けたことは必然だったのかもしれない。

 理不尽な運命ですべてを失い、摩耗した者同士ひかれあったのかもしれない。

 

「考えようによってはキャスターの願いなんかよりも、俺の願いのほうがよっぽど利己的だし」

 

 すべてを失った俺には『正義の味方』という理想しか残されていなかった。

 だから、この聖杯戦争に参加した本当の理由は、一般人の安全のためでも、キャスターの願いのためでもない。

 倒すべき『悪』を求めてのことなのだろう。

 

「キャスターが俺を利用していたとしてもそれは構わない。そもそも俺だってキャスターのことを利用していたんだ」

 

 衛宮士郎は『正義の味方』を名乗ることで、血濡れた過去から逃げ出そうとした。

 醜悪だった頃のことを忘れればツライ思いをしなくて済むから。

 

 メディアは『裏切りの魔女』を名乗ることで、純真だった過去を忘れようとした。

 綺麗だった頃のことを忘れればツライ思いをしなくて済むから。

 

 それは一種の逃避だったのかもしれない、それでも逃げ続けたからこそ俺たちは出会うことができた。

 

「キャスター。もう一度、俺のサーヴァントになってくれないか?」

 

 差し出された左手を見て、キャスターが僅かに目を見開く。

 それは驚愕からか、喜びからか、侮蔑からか、恐怖からか。

 だが、最後は顔を上げると同じように左手を差し出した。

 

「……私は、聖杯を求めキャスターのクラスで現界せしサーヴァント、その真名はメディア、衛宮士郎をマスターと定めこの杖を捧げます。――これよりあなたの運命は私と共にある」

 

 キャスターと出会った雨の日を思い返す、蒼い月に照らされた彼女の姿。

 

「じゃあ、改めてよろしく頼む。キャスター」

 

 互いの手を重ね合わせる。手の甲に浮かび上がった二画の令呪を見る。

 いつかの夜と同じような契約の儀式、だがあの時とは違う正式な契り。

 キャスターの海のように蒼い瞳がこちらをジッと見つめる。

 

「ええ、よろしくお願いしますシロウ」

 

 キャスターが微笑む、その笑顔もあの時の夜とは違う柔らかい印象を受けた。

 だが、急に顔を強張らせると令呪に視線を向ける。

 

「あぁ、大丈夫だよ。キャスターに令呪を使ったりしないから」

「いえ……むしろその逆です。その令呪で私に『裏切るな』と命令してほしいの」

 

 その言葉に今度は俺が顔を強張らせる。

 

「なんで……」

「私はやっぱり信用できないのよ。他人が、世界が、そしてなにより自分自身が」

 

 キャスターはかつて、神々の呪いによって恋心を植え付けられた。

 だからこそ人がどれだけ弱いか、心がどれだけ脆いかを知っている。

 

「もちろん、今はシロウの事を裏切ろうと考えているわけではないし、マスターとして認めているわ。でも、明日になればどうなっているか分からない。だから令呪で私を縛ってほしいの」

 

 キャスターが本当に恐れているのは裏切られることではなく裏切ることだ。

 かつて自身の弟を手にかけてしまったように、本当に大事なものを壊すことを何よりも怯えている。

 だから『破壊すべき全ての符』で無効化できるとしても、令呪という分かり易い形で縛ってほしいのだろう。

 

「……分かった。令呪を使うぞ」

 

 左手を掲げる。

 俺が今からやろうとしてるのは最低な行為だ。

 令呪で言うことを聞かせるなんて、かつての神々がやったことと変わらない。

 

『令呪をもって命ずる――』

 

 それでも、これは俺の願いでもあるから。

 

『キャスター、この聖杯戦争が終わるまで俺と共にいてくれ』

 

 令呪が眩く光り、一画消費される。

 

「え、今のは……」

 

 予想とは違う文言にキャスターは戸惑っているようだ。

 

「あのな、キャスターが俺を裏切りたくないと思っているのと同じくらい、俺だってキャスターのことを裏切りたくないと思ってるんだ」

 

 僅かな時間とは言え、俺はキャスターのことも聖杯戦争のことも忘れて平穏な日常を送っていた。

 それがどれだけショックだったかはキャスターには分からないだろう。

 

「だから……キャスターと一緒にいるっていう今の令呪は俺自身の願いであり、誓いでもあるんだ」

 

 もう二度とキャスターのことを忘れはせぬように。

 もう二度とキャスターのことを悲しませぬように。

 

「キャスターは俺と一緒にいてくれるって約束してくれるか?」

「……はい、約束するわ。何があっても、もうシロウのことを裏切らない、シロウのもとから離れないと」

 

 薄暗い部屋で指を結ぶ、雨上がりの月が俺たちのことを照らしていた。

 



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2月12日 朝 黒い太陽

 ――気が付けば目の前が炎に包まれていた。

 

 人だったものが燃えさかり、肌は炭化してボロボロと崩れ、狂ったようにその手を伸ばしている。

 発声機能を失った喉から怨嗟とも懇願ともとれる呻き声が響く。

 なぜこんなことになったのか、それは分からない。

 

 自らが育った町が燃えていくのをぼんやりと見ていた。

そして、その光景を見ていることが耐えられなくなったのだろう、少年は耳を塞いでどこかへと逃げ去った。

 

 だが、どこにも安息できるような場所は無かった。

 帰るべき家はすでにない、進むべき道は燃え盛る炎によって遮られている。

 

 それでも、ひたすらに逃げる。

 失ったもののためにも死ぬわけにはいかなかった。

 体が動けなくなってもそれは同じだ。

 なんとか生き延びようと必死にもがいた。

 

 冷たい雨が頬を伝う、息を吐いて空を見上げると、嘲笑うように黒い太陽が浮かんでいた。

 

 そうして意識もかすれ始めた時

 

「」

 

 男の声を聞いたのだった。

 

 

「―――最悪の寝覚めね」

 

 不快感を胸に残しつつも、目を開ける。

 サーヴァントとマスターは夢という形で互いの過去を見ることがあるという。

 正式な契約でパスがつながったせいか。

 今の夢はシロウの過去だろう、10年前、大火災によって全てを失い逃げだした時の。

 

「……正義の味方か」

 

 彼は衛宮切嗣に助けられて、ソレを目指したという。

 だが、今の夢で分かった。

 それは名誉や正義感なんてポディシブな感情ではない、それしかないと縋るような、絶望的な強迫観念からくるものだ。

 

 そして、最後に見えた『黒い太陽』。

 アレへの憎悪……いや、復讐も兼ねているのだろう。

 彼が聖杯戦争に参加したのは無意識にアレの正体を感じ取っていたかもしれない。

 

 そうして『この世全ての悪』への復讐、『全ての人を救う』という理想の末路が、あの赤い弓兵だということか。

 

「……やりきれない話ね」

 

 アーチャーの姿を思い返す。

 鍛え抜かれた体とは反比例するように、その目は淀みきっていた。あれは私と同類だ、心がすり減り世界に絶望した者の目。

 

 ライダーとの戦いでアーチャーが見せた『宝具』

 無限の剣がそびえたつ灰色の世界。

 あれこそが衛宮士郎が目指した正義の味方、その終局の一つなのだろう。

 

 だが、それはあくまでも可能性の一つに過ぎない。

 

 そう考え、アーチャーと同じ末路を辿らぬように契約を断って記憶まで消した。戦いと無縁な日常を送れるように。

 だというのにシロウは結局、私のもとに戻ってきてしまった。

 

 それが嬉しくもあり悲しくもある。

 

 結局、私では彼の運命を変えることができなかった。

 

 このままでは、これからも彼は戦い続けるだろう。

 たとえその身が滅びたとしても。

 

「……やはり、あのことを話すしかないかしら」

 

 私ではシロウの運命を、『正義の味方』になるという理想を変えられなかった。

 だが、他の人物なら可能性はある。そう、彼の『家族』ならば――

 

 

「10年前のこと?前にも軽く話したけど、あの時のことはよく覚えてないんだ。とにかく熱くて、ひたすらに走って、動けなくなったところを切嗣に助けられたから」

 

 朝になると、キャスターが大火災のことを聞いてきた。

 前に話したときは、聖杯が暴走か何かしたのだろうとあまり興味を示していなかった。今更になって聞いてくるとはどうしたのだろうか?

 

「本当に何も覚えてないのかしら?よく思い出して、シロウはあそこで何かを見たはずよ」

「何かって言われても、あの時は火で視界は悪かったし、周りのことなんて気にしてる余裕はなかったからなぁ。倒れ込んだ後も、雨が降りそうだなぁってぼんやりと空を見て――」

 

 ズキリと頭が痛む。

 そうして空を見上げた後、俺は何かを見たはずだ。

 

「いや――でも、あれは……煙で曇って見えたか、夢と混同してるだけ――」

 

 何故か体が震えた。

 俺はあの時、空に浮かぶ黒い太陽を見たのだった。

 

「いいえ、それは現実よ。もっともアレは太陽ではなくこの世を呪う悪意の塊だけれど」

 

 悪意の塊?聖杯の暴走でああなったんじゃないのか?

 

「今から話すのは前マスターの資料、あなたの過去、私の魔術知識からの推測だけど……たぶん真実に近いと思うわ。この聖杯戦争の、あなたから全てを奪った運命の真実に」

 

 そういってキャスターが静かな口調で語り始めた。

 

 第三次聖杯戦争で『アヴェンジャー』というクラスでアンリマユという悪神が召喚されたこと。

 それが原因で聖杯は汚染され、殺戮という形で願いを叶えるようになったということ。

 第四次聖杯戦争においてアインツベルンが衛宮切嗣を『魔術師殺し』として婿に迎え入れたこと。

 そして衛宮切嗣が、汚染された聖杯に願いをくべたのだろうという事を。

 

「そんな……そんなことって、あるのかよ」

 

 あまりにも数奇で残酷な話だ。

 長い時間の中で偶然が幾重にも重なった結果があの大火災だというのか。

 

「……気になることが幾つかあるんだけど、そもそも聖杯の汚染なんて可能なのか?」

 

 悪神とはいえ、サーヴァントとして呼ばれた以上そこまでの能力は無いはずだ。それがなぜ聖杯を歪めるほどの力を持っているのか。

 

「聖杯を直に見ないと確かなことは言えないけれど……恐らく、アンリマユは本物の神ではなく人の願いによって生み出された存在なのでしょう。それが願望器である聖杯と共鳴してしまった」

 

 聖杯は、そしてその中身となるサーヴァントの魂は本来は無色なものである。

 だがアンリマユは人の願いから生まれ、その願いそのものに色がついていたために、聖杯までも黒く染めてしまった。

 

「根本的な原理はシロウの強化魔術と一緒よ。あなたが『剣』という概念で物質を強化するように、アンリマユは『悪』という概念で聖杯を汚染したのよ」

 

 もっとも仮に俺が聖杯を強化したところで『剣』という概念に染まるわけでなく、人の願いによって誕生した純粋な存在だからこそだろうけれど、とキャスターが補足する。

 

「破壊という形でしか願いを叶えられない汚染された聖杯……それって今のまま戦争を続けてたらマズイんじゃないか。誰が勝ったとしても10年前みたいなことになるんだろ」

「ええ、と言っても私ならば聖杯を無色に戻すことも可能ですけど」

 

 そういってキャスターが宝具を取り出す。

 対象を初期化できるこの宝具なら、聖杯も正常化できるのか。

 

「正常化するまでは他の陣営には停戦を申し入れて、聖杯が完成しないようにしないとな、といっても聞き入れてくれるか分からないけど」

 

 アーチャー陣営はともかく、人を襲っているライダー陣営は聞き入れてくれるだろうか。

 未だに姿を見せていない7人目のサーヴァントだっている。

 

「……イリヤはどうだろうな」

 

 白い少女の姿を思い返す。

 

「もしかしてイリヤは切嗣の娘なのか?」

 

 10年前、切嗣はアイリスフィール・フォン・アインツベルンという女性と結婚していたらしい。

 

「その可能性は高いでしょうね、詳しいことは本人に聞いてみないと分からないけれど」

 

 その後もしばらく話し合い、聖杯を無色に戻すために他陣営へ停戦の申し入れをしにいくこととなった。

 今日の夜に遠坂の、明日の朝にイリヤのもとへ向かうつもりだ。

 そして、その時にイリヤに切嗣のことを知っているのかを聞く。

 

「仮に、バーサーカーのマスターが衛宮切嗣の娘だとしたら、シロウはどうするのですか?」

 

 キャスターが問いかけてくる。

 イリヤが切嗣の娘だとしたら俺の義理の家族という事になる。

 家族―――か、もう俺には関係のない言葉だと思っていた。

 あの大火災で失い、5年前に切嗣も死んでしまった。

 だが、こうして家族と呼べるかもしれない存在がまた現れた。奇妙な感覚だ。

 

「私は自分の弟をその手にかけました、だからこそ忠告します。貴方は自分の本当の願いを見失わないで。後悔だけはしないように」

 

 願い、夢、理想。

 昨日までの俺にとって、ソレは『正義の味方』になることだった。

 だが、もしイリヤが俺の家族なのだとしたら――

 



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2月12日 夜 VSギルガメッシュ?

「ふーん。汚染された黒い聖杯、それが10年前の火災を引き起こしたってわけねぇ」

 

 遠坂邸にて、その家主がフムフムと頷く。

 

「……なんだか、あんまり驚いてないみたいだな」

 

 遠坂にとって聖杯は一族が追い求めてきたもののはず。もう少しリアクションがあっても良さそうなものだが……

 

「えっ、いや、十分に驚いたわよ。とはいえ、元々聖杯に願いを叶えてもらおうなんて考え自体に懐疑的だったから」

 

 確かに、遠坂は自分の願いは自分の力で叶えるといったキャラだ。聖杯ではなく勝利のために戦争に参加していたのだろう。

 

「それより、衛宮君が本当に聖杯戦争に戻ってきたことの方が驚きね、キャスターに記憶を奪われ暗示まで掛けられていたのに」

 

 そういえば、俺が最後に遠坂と話したのは記憶を失って聖杯戦争から離脱している状態だったな。

 

「あの時はありがとな、教会に行くように言ったのは俺のことを心配してくれてたんだろ。それにライダーとの戦いでも俺はアーチャーに守られていたらしいし」

 

 キャスターの話では石化した俺を守るようにアーチャーが戦っていたらしい。遠坂の指示なのだろう。

 

「あぁ、いいわよ。こっちとしても必要なことだったし、それにあの一件のことは私よりもキャス『アーチャーのマスター!それ以上は言わない約束の筈ですよ!』」

 

 遠坂の言葉を遮るようにキャスターが叫ぶ、何かあったのか?

「……アーチャーはいるのか、一応あいつにも礼を言っておきたい」

 

 あいつのことはどこか苦手に感じているが、助けてもらった以上は礼を言った方がいいだろう。

 

「…………」

 

 しかし、遠坂は悲しそうに目を伏せる。

 

「アーチャーは昨日の夜に消滅したわ」

 

 消滅?

 あのしぶとそうな赤い弓兵がすでにやられてしまったというのか。

 

「誰にやられたんだ、ランサーか?ライダーか?」

「いえ、アーチャーをやったのは黄金のサーヴァントよ。無数の宝具を打ち出し、金ピカな鎧を着た」

 

 無数の宝具に金ピカの鎧?

 そんなサーヴァントは知らない、ということはそいつが7人目のサーヴァントということか。

 

「聞いた感じ、アサシンではないよな」

 

 そういえば、ランサーも7人目はアサシンではないと言っていたな。エクストラクラスというやつなのだろう。

 

「ギルガメッシュとか名乗ってたけど、宝具の詳細までは分からないわね」

 

 ギルガメッシュ、世界最古の王と謳われる古代メソポタミアの王。

 この世の全てを手に入れ、神々にすら牙を剥いたという男だ。

 

「その逸話通り、無数の宝具を扱っていたわ。アーチャーも剣を出して応戦してたんだけど、最後はヘンなドリルみたいなのにやられたの。あれは多分――神造兵器ね」

 

 神造兵器。

 それは神や星によって鍛え上げられた最上位の奇跡だ。

 そんなものを使われれば並みの英雄に対抗する術は無いだろう。

「ま、アーチャーもタダでやられたわけじゃなくて、ギルガメッシュに一発を食らわせてやったんだけど」

 

 さすが私のサーヴァントね、と遠坂が胸を張る。

 ギルガメッシュとやらが俺たちの目の前に現れないのはその時の傷を癒しているのだろうか?

 

「何にせよ、私はもうサーヴァントを失い聖杯戦争から脱落してしまったわ。停戦の申し出にわざわざ来てもらって悪いけど、私にできるのは、もう結末を見遂げることだけよ」

 

 そう言って遠坂が俺の目を見据える。

 

「いい、衛宮君、これからアナタには過酷な運命が待っていると思う。そんな時は今まで歩んできた人生を、選んだ選択を、そしてその中で手に入れた強さを信じなさい」

 

 遠坂が何か確信しているかのように静かに語る。

 

 今までの人生、選んだ選択、手に入れた強さ。

 

 チラリとキャスターを見る。

 俺の選んだ強さとはいったい何なのだろうか。

 

 

「7人目のサーヴァント……ギルガメッシュか、対策を考えないとな」

 遠坂の家から我が家への帰り道。

 キャスターと先ほど聞いたサーヴァントについて話す。

 セイバーが消滅した現状、俺たちの戦力はかなり低い。

 果たしてアーチャーがかなわなかった相手に勝てるのだろうか?

 

「とはいえ、今は停戦に向けて動いてますし、下手に動くのは得策ではないでしょう」

 

 それもそうか、自分を倒す策を練っているような奴に停戦を申し入られても聞き入れる訳がない。

 キャスターの願いを叶えるために他のサーヴァントをいずれは倒すつもりでいるが、目下のところは聖杯を無色に戻すことが目的だ。

 もし、そのギルガメッシュというサーヴァントが現れたならば、笑顔で接して停戦の申し入れをし――――

 

 

「ようやく見つけたぞ……雑種風情が!」

 

 

 思考を遮るように声が聞こえた、地獄の底から響くような怒気を含んだセリフ。

 声のする方向を見れば、電柱の上に一人の男が立っていた。

 

 金色の髪に紅色の瞳、そして髪と同じ眩い黄金の鎧を纏った男。

 どこか人を超えた雰囲気を感じさせる男だ。

 特徴から察するに、こいつが遠坂の言っていたギルガメッシュなのだろう。

 

 だが―――

 

「――負傷している?」

 黄金の鎧はひび割れ、その胸部からは血が溢れ出ていた。

 アーチャーが一発を食らわせたらしいがそれは昨夜の話のはずだ。流れ出る血はまだ新しいように見える。

 いったい何が――

 

「開け、我が財よ!エミヤシロウを串刺しにしろ!」

 

 困惑する俺をよそに、ギルガメッシュの紅い瞳が充血によってより赤く染まっていく。

 その背後の空間が歪み、無数の剣が切っ先を覗かせる。

 その一つ一つが紛れもない宝具であり、俺を殺すために向けられていた。

「ちょっ……おいおい、待ってくれ、俺たちは戦う意思はないんだ!聖杯はアンリマユってやつに侵されていてマトモに使える状態じゃ――」

 

 俺の叫びを無視して、ギルガメッシュの背後から剣が放たれる。

 負傷しているせいか、異様な怒りからか、その狙いはメチャクチャだ。なんとか避ける。

 

「おのれぇぇぇぇ、雑種如きにぃぃぃぃ」

 

 ギルガメッシュがさらに殺気を放つ、それは紛れもなく俺にのみ向けられたものだった。

 

「おい、何でそんなに俺に怒りをぶつけるんだ!俺が何かしたか?」

 

 その言葉にギロリとギルガメッシュがこちらを睨む。

 

「ハッ、未来の自分に聞くのだなぁ!」

 

 訳のわからない答えが返ってくるが、その意味を考えている暇はない。

 さっきの数十倍の数の宝具が一斉に放たれたからだ、もはや、避けることはできない。

 ならば――――

 

「――強化開始」

 

 体を強化して耐える。

 ライダーの時は失敗して体ごと鉄に変化させてしまったが、そのおかげで感覚を掴むことができた。

 人間として存在を保てるギリギリまで硬度を上げる。

 

「グッ――――」

 

 流石に無傷ではなかったが、何とか凌ぐ。

 奴に魔力が残っていないのか、放たれる宝具にスピードが乗っていなかったのも幸いした。

 

「小賢しい――天の鎖よ!」

 

 声が響くと共に鎖が俺の周りを囲んでいた。

 逃れようとするが変幻自在に伸びる鎖に体を絡め取らてしまう。

 

「シロウ!」

 

 キャスターが悲鳴を上げる、駄目だ、下手に動いたらキャスターまでやられる。

 そう叫ぼうと思ったのだが声が出ない、空間ごと固定されているかのように口も指も目線すら動かすことができなかった

 

「これで終わりだ。目覚めよ――エア」

 

 ズルリと新たな宝具が取り出される。

 円筒状の断層が重なった奇妙な武器、剣であって剣でなく、神々の壮大さを感じさせる神秘と地獄の業火を連想させる死がその宝具には秘められていた。

 鎖で縛られた今、逃れることはできない。強化魔術なんて使ったところで無意味だという確信があった。

 なんとかキャスターだけでもこの場から――

 

「天地乖離す――」

 

 風が奴の手元に集まり嵐となって世界を切り裂かんとする。その様はまさに神代の奇跡、その再現に他ならなかった。きっとコレにアーチャーもやられたのだろう。

 

「開闢の――」

 

 解放される真名、だが、その真名が最後まで述べられることは無かった。

 

「な……おの、れ……あんな下らない宝具に……」

 

 驚愕と憤怒の表情を浮かべたギルガメッシュの体が崩れ落ちて、展開していた宝具と共に光となって消えていく。

 

「私たちの前に現れた時から既に魂核が破壊されていたようね。治癒系の宝具でなんとか繋ぎ止めていたみたいだけど、あんな強力な宝具を使おうとしたから限界がきたのね」

 

 あっけない幕切れ。

 

 光の粒子となったギルガメッシュに視線を向ける、いったい誰に魂核を砕かれたのか?

 傷口から察するにナイフのようなもので鎧ごと貫かれたようだった。

 バーサーカーの怪力ならもっとグロいことになっているだろうし、ライダーの鎖では黄金の鎧を貫けるほどの威力はないはずだ。

 

「……今の消え方はまさか……いえ、需要なのは魂の総量ですし問題ないでしょう。とにかく、これで残るサーヴァントは3騎です。気が付けば聖杯戦争も終盤に差し迫っているようですね」

 

 キャスターが呟く。

 聖杯戦争が終結に向かうのは喜ばしいことのはずだが、今は事情が異なる。

 聖杯が完成しえしまえばアンリマユの呪いも顕現してしまうからだ。

 溢れ出る泥を想像して、頭を振る。

 

「……早く聖杯を元に戻さないとな。」

 

 気になることは幾つもある。

 ギルガメッシュを倒したものの存在、ライダーの不穏な動き、イリヤと切嗣の関係。

 

 だが、俺のすべきことは分かりきっていた。

 聖杯を無色に戻し、それを使ってキャスターの願いを叶える。

 

 ただ、それだけだ。

 



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2月13日 朝 イリヤとの約束

「こんなところにお城があるなんて知らなかったな」

 

 今、俺たちがいるのは森を抜けた先にある城の門前だ。冬木には外人の別荘などが多いが、ここまで立派なものがあったとは。

 

「バーサーカーのマスターは私たちに気づいているはずです、出迎えを待ちましょう」

 

 道中には結界などが多く仕掛けられていたらしい、攻撃されていない所を見るに話は聞いてもらえそうだ。

 

 ……なんだか、急に緊張してきたな。

 俺の家族かも知れない少女、一体どうやって接すればいいんだ。

 

「シロウ!よく来てくれたわね、ようこそアインツベルン城へ!」

 

 門が開くなり、叫び声をあげてイリヤがタックルをかましてきた。

 なんとか受け止めるとそのまま猫のようにぶら下がってくる。

 

「うわっ……と、イキナリ危ないだろ、転んで怪我したらどうすんだ」

「えへへ、シロウは絶対に受け止めてくれるから大丈夫だもん」

 

 花のような子供らしい笑顔を浮かべるが、コホンと一息つくと落ち着きのある魔術師の顔へと切り替わる。

 

「ん、改めまして、ようこそアインツベルン城へ。城主として歓迎するわ」

 

 そういってヒラリと優雅な所作でスカートの端を持ち上げる。

 

「とりあえず、中へどうぞ。おいしいパンケーキと紅茶も用意してあるのよ」

 

 なんか、歓迎ムードだな。

 交戦の意思がないことを示すためにわざわざ朝に来たとはいえ、もっと警戒されるかと思っていたんだが。

 

 

「話はすでに分かっているわ。アンリマユによって汚染された黒き聖杯。それを無色に戻すために停戦の申し出に来たんでしょ」

「あ……あぁ、遠坂から聞いたのか?すでに残りサーヴァントは3騎になっている。これ以上戦って脱落者が出れば、呪いが顕現してしまう。それを防ぎたいんだ」

「うん、そもそも聖杯の管理についてもアンリマユの召喚に関してもアインツベルンの責任でもあるし、停戦どころか聖杯を元に戻すまで、全面的に協力させてもらうわ」

 

 遠坂といい、イリヤといい、随分と物分かりがいい。汚染された黒い聖杯なんて突拍子もない話、疑ったりしても良さそうなものだが……

 

「ライダー陣営は停戦に応じてくれないでしょうね。それどころか妨害してくると考えたほうが良いわ」

「ん、イリヤはライダー陣営について何か知っているのか?」

「えぇ、ライダーのマスターはマキリ・ゾォルケン。500年の妄執に憑りつかれた哀れな男よ」

 

 マキリ・ゾォルケン

 

 衰退したはずの御三家の一つ、その当主たる男にして聖杯の作成に携わった張本人らしい、

 蟲を使役して、体を入れ替え続けることで現代まで生き延びてきたという。

 

「彼にとっては聖杯が何色だろうと関係はない。溢れ出た莫大な魔力で穿たれる孔とその先の第三魔法にしか興味はないはずよ、キャスターが聖杯に近づこうとすれば必ず妨害してくるでしょうね」

 

 よく分からない用語があったが、どうやらライダーとは戦うことになりそうだ。

 そう覚悟を決めていると――

 

「――バーサーカーのマスター、服を脱いでもらえるかしら」

 

 唐突にキャスターが衝撃発言を行った。

 

「なっ……キャスターが可愛いもの好きだとは知ってたけど、さすがに子供の裸に興味を抱くのは……」

「違うわよ!関心があるのはこの娘の小聖杯としての機能です」

 

 小聖杯?どういうことだろうか?

 

「ふーん、さすがキャスターね、隠すつもりだけどばれちゃったか」

「えぇ、初めて会った時はバーサーカーに気を取られて気づきませんでしたが、ここまで間近で見ればさすがに分かります」

 

 キャスターが視線を厳しくしてイリヤを見る。

 

「どういうことだ?小聖杯ってなにさ?」

「……シロウは、聖杯が顕現する原理について覚えていますか?」

 

 確か、前に説明してもらったな。聖杯と言っても物質的に存在しているわけでなく、サーヴァントの魂が霊地に集まることで姿を現すらしい。

 

「小聖杯はそれを留めておくための受け皿、大聖杯を呼び出すためのカギ。彼女は人の身でありながら願望器としての機能も備わっているようです」

 

 キャスターの解説にイリヤが誇らしげな顔をする。

 

「そう、私こそがアインツベルンの最高傑作。聖杯であり、生命であり、マスターでもあるスゴイ存在なんだから!……といってもアンリマユは私じゃなくて大聖杯のほうにプールされちゃってるだろうから、私を介しても初期化できない思うけど」

「それでもです。小聖杯の構造を把握しておけば聖杯からあふれるアンリマユの呪いを魔力を逆流させることで防げるかもしれませんし、それに……少し気になることもありますから。さぁ、触診しますから服を脱いでください」

 

 その言葉にイリヤはしょがないという風にため息をつくと、着ている服をスルスルと脱ぎだした。

 

「わっ……じゃあ俺は部屋から出て……」

「ダメ―、シロウはここにいて!」

 

 さすがにマズイと退室しようとするがイリヤに止められてしまう。今のイリヤは薄いシャツ一枚の状態だ。

 

「ほぅ……現代でここまでの人工生命を造れるとは……いえ……なるほど、そういうことね」

 

 横たわったイリヤの小さな胸をキャスターが撫でる。なんか、いけない感じの雰囲気だ。

 

「探知魔術で詳しく見せてもらいます」

「んっ……きゃ、……あっ…ん」

 

 キャスターの手が怪しく光り、イリヤの全身をさする。その度にイリヤの口から嬌声が漏れる。

 

「さて、だいたい分析できました。やはり小聖杯からでの干渉ではアンリマユの初期化はできませんね。直接、大聖杯のある場所に向かわなくてはなりません」

 

 大聖杯は円蔵山の洞窟の中に隠されているらしい、早速、夜にでも向かうこととしよう。

 

「そしてイリヤスフィール、あなたはホムンクルスと人間の……アイリスフィールと衛宮切嗣の娘ですね」

「やっぱりか……ということはイリヤは俺の妹ってことになるのか?」

「妹じゃなくて、姉!こう見えてもシロウより年上なんだよ!」

 

 イリヤがムキ―と唸る、その姿は子供にしか見えないが、そうか……切嗣が冬木に来る前に生まれているのだから俺より年上でもおかしくないのか。

 

「えーと、イリヤ……姉さんって呼んだほうが良いのか?」

「今まで通り、イリヤでいいよ。私もシロウって呼ぶし……あっ、もしかしてお兄ちゃんって呼ばれた方がシロウは嬉しい?日本人は妹萌えに弱いって聞いたし」

「誰に聞いたんだよそんなこと……俺のこともシロウでいいよ」

 

 不思議な感覚だ。

 イリヤとはまだ数回しか喋ったこともないのに、一度は殺されかけたというのに、藤ねえと喋っている時のような安心感がある。

 聖杯戦争がどんな形で終わるにせよ、きっとこれからはイリヤと家族として――

 

「シロウ……言いにくいのですが、その……」

 

 キャスターが俺とイリヤを見比べて口ごもるが、意を決したように口を開く。

 

「彼女の命は、もう長くありません」

 

 その言葉に頭が真っ白になる、どういうことだ。

 

「生命と願望器としての機能の両立、それは本来、不可能に近いことです。今こうして話していることさえ奇跡と言っていい。それがサーヴァントの魂を取り込んで聖杯の完成へと近づけば……人間としての彼女は死ぬでしょう」

 

 絶句しイリヤを見る。イリヤは何でもないというような表情をしている。

 

「いいの、もともと私はそのために生まれたんだもの。最初から覚悟はできてるわ」

「そんな……、キャスターの魔術でなんとかイリヤを延命する方法はないのか?」

「ダメね、仮に聖杯として完成しなかったとしても生命としての寿命が近いわ。少しずつ弱って1年ほどで死ぬか聖杯としての本分をまっとうするかしかないでしょう」

 

 キャスターが冷たさを含んだ声音ではっきりと断言する。

 

「じゃ……じゃあ聖杯にイリヤの存命を願えば……」

「それもダメでしょうね、聖杯としての機能を使った時点でイリヤスフィールの人間としての生命は終わるわ。復元できたとしてもそれはよく似た別物でしょう。万能の願望器であっても自らの依代には干渉できない、皮肉な話ね」

 

 嘘だろ……イリヤが俺の家族だって分かったのに、俺が失ってしまったものを取り戻すことができたのに。

 また……失ってしまうのか。

 

「もう、そんな顔しないでよ。人間として死んでも、聖杯となれば私は生き続けることができるわ。それで私が誰かの願いを叶えてあげられれば満足なの」

「でも……人間としては死ぬんだろ、食べたり歩いたり話すことができなくなるんだろ!イリヤはそれでいいのか?」

 

 俺は……嫌だ。

 やっと会えた家族だというのにまだ何もしてないじゃないか。こんなことならもっと早くイリヤとちゃんと話をしておくべきだった。

 そうすれば、きっと――

 

「しょうがないなぁ、シロウは」

 

 後悔に震える俺をイリヤが抱きしめる、その姿はまさに弟をあやす姉のようであった。

 

「私もね……ホントはもっとシロウと色んなことをしたかった、家族としてシロウとの時間を過ごしたかった。一緒に遊んでみたかった。でも、もう時間もないから」

 

 イリヤの手が俺の髪を梳く。

 

「だから、もし、もしも私とまた遊ぶ機会があったら、その時はたっぷりと遊んでね」

 



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2月13日 夜 キャスターとの約束

「シロウ、これはライダー対策の、石化除けの霊薬よ。バーサーカーのマスターから貰った材料で作ったわ」

 

 キャスターが紫色の薬を手渡してくる。

 台所で何か作ってると思ったら、こんな物を作っていたのか。

 

「ふーん、塗り薬か。さすがキャスターだな。こんなモノまで作れるなんて」

「あの魔力を吸う結界にも、それなりの効果があるはずよ。もちろん過信は禁物だけど」

 

 身体中に塗りながらキャスターと話す。

 背中に塗ろうと手を回した時、鈍い痛みが走った。

 

「ッ―――」

「大丈夫?まだギルガメッシュとの戦いで負った傷が癒えてないのね。背中は私が塗ってあげるわ」

 

 ギルガメッシュ戦のあと、キャスターに治癒魔術をかけて貰ったのだが殆ど効果がなかった。

 もしかしたらキャスターは治癒魔術が苦手なのかもしれない。

 

「結構、筋肉があるのね」

「あぁ、それなりに鍛えてきたからな」

 

 キャスターのヒンヤリとした手が背中に触れ、薬を塗りこむために何度もサスられる。

 

「……バーサーカーのマスターのことは、どう考えているの?」

「正直、よく分からない。もちろんイリヤに死んでほしくないけど、イリヤは構わないって言ってるんだ。それに―――」

 

 それに、俺はキャスターの願いを叶えてやると約束してしまった。それを撤回するつもりもない。

 

「私の願いなら、もういいのよ。えぇ、すでに願いは叶いましたから。約束は果たされています」

「えっ――それはどういう意味だ?」

 

キャスターは答えず、金羊の皮を俺の前に差し出す。

 

「この『金羊の皮』は私を召喚するための触媒となったものです。例え、私が消えても現世に残ります。シロウにはこれを持っていて欲しいの」

「いいのか?キャスターにとって大事なものなんじゃ?」

「えぇ、だからこそです。ずっと、ずっと、貴方が死ぬまで手元に置いておいて欲しいの。私のことを……忘れないように」

 

 渡された毛皮をシッカリと握りしめる。

 

「分かった、約束するよ俺は一生キャスターのことを忘れない。この毛皮をずっと持ち続けるから」

 

 

円臓山深奥、大聖杯が眠る巨体洞穴へと向かう。

 

「洞窟は脆いから、あんまり暴れちゃダメだよバーサーカー」

「■■■■■■」

 

 イリヤを担いだバーサーカーが分かっているというように吠える。

 

「聖杯の初期化ってどれくらい時間がかかるんだ『破壊すべき全ての符』を刺すだけでいいのか?」

「いえ、これほど巨大な魔術装置を一気に初期化すればどのような影響が出るか予想がつかないわ。まず構造を把握してアンリマユが根付いている部分だけを切り取ってから、『破壊すべき全ての符』を使用します。恐らく……10分ほどかかるわね」

 

 手順を確認しながら歩く。

 しかし、この洞窟はなんかジメジメしているな、転ばないように足元に注意を払う。

 夜ということもあって薄暗い、見ているとダンダンと視界が闇に染まっていくような――

 

「ッ―――Etna」

 

キャスターが魔術を使用し、指先から迸る炎が辺りを照らす。

 

それで分かった、この洞窟は薄暗いのではなく無数の蟲に覆われているのだと。

 

「フム、流石はキャスターのサーヴァント。1詠唱でこれほどの魔術とは……これでは蟲を使っての暗殺は不可能なようじゃの」

 

 闇と一体化していた蟲が一斉に飛び回り、その中から老人が姿を現わす。

 左手には1画の令呪、背後にはライダーが控えている。

 

「お前がマキリ・ゾォルケンだな、俺たちは聖杯を壊そうってわけじゃない、アンリマユを取り除いて聖杯を無色に戻そうとしているだけだ。そこをどけ」

「ふん……聖杯が何色であれ儂には関係のないことじゃ。そして、これより先は神聖なる儀式の場、貴様らなどに踏み入りはさせん」

 

 予想していたが、退く気はないらしい。

 こちらとしても、ライダーに令呪を使って人を襲うように命じた奴、野放しにしておくつもりはなかった。

 

「一応、一度だけ忠告しとく。投降すれば命まではとりはしない。こっちにはバーサーカーとキャスターがいるんだ、ライダーじゃ勝ち目ないだろ」

 

 威圧するように低い声を出す。

 キャスターに石化除けの薬をもらっているので魔眼も通じず、天馬ではバーサーカーを倒せないだろう。

 結果はやる前から見えているはずだ。

 

「クッ…カッカッカッ。いや、言うようになったのエミヤの小倅よ。お主のことはずっと監視させてもらっておったよ。キャスターを拾い、セイバーを召喚し、あの英雄王まで打倒した。いやはや、まったく大したものじゃ」

 

 老人が笑う。

 その表情に恐怖は見えない、神代の魔術師であるキャスターと12の命をもつバーサーカーを目の前にしていると言うのに。

 

「今のお主は1週間前のお主とはまるで別人のようじゃの。男子三日会わざれば刮目してみよ、と言う言葉も有るが……お主は英雄であるサーヴァント達とも渡り合えるほどに成長した、たった2週間で英雄の域に踏み込みつつある」

 

 確かにこの約2週間の間で俺はかなり強くなった。

 もちろんサーヴァントを真正面から倒すなんてことはできないが、ある程度の攻撃なら耐えることはできるほどに。

 それはキャスターから教わった強化魔術のおかげだろう。

 

「そう……たった2週間、それだけの時間で人が英雄の域へと踏み込むことができる……ならば、英雄が化物に堕ちるには十分すぎる時間じゃなぁ」

 

 瞬間、ライダーがつんざくような悲鳴をあげる。

 その体が膨れ上がり、巨大化していく。苦しげに振るわれた腕が辺りを壊す。

 

「なんだ、ライダーに何をしたんだ!」

「別に……儂は彼女を本来の存在へと戻してやっただけじゃ、人を殺す化物にな。いや、中々に骨の折れる作業ではあったがの。人間を襲わせることで神性を地に堕とし、キャスターが集めた魔力を掠めることで化物として顕現するだけの魔力を得る。さぁ――その醜き姿を見せよ、ゴルゴーン」

 

 ライダーが、ライダーだったものが、その巨体を動かす。

 ギョロリとした瞳に、切り裂くことのみを目的とした鋭利な爪。髪の先端は黒く染まり、蛇が絡まっているかのようだ。

 

「……血が見たい、肉を喰らいたい、人を殺したい――皆殺しだ!」

 

 強烈な殺気とともに爪が俺へと向けられる。

 強化魔術で対応するが――

 

「ガッーーーア」

 

 鉄と化した俺の体があっさりと引き裂かれ、抉られた傷口から血が溢れ出し服を赤く染める。

 強い――前回戦ったライダーとは桁違いに、いや、ひょっとしたらランサーやセイバーよりも――

 

「■■■■■■■」

 

 バーサーカーが怪力を持って、その巨体を抑えつける。

 余波による振動に揺られながらキャスターが俺の下へと駆け寄る。

 

「大丈夫ですか、シロウ」

「あぁ、なんとか急所は避けた。それよりライダーはいったい、どうしちまったんだ」

「あれは……おそらく、存在の変換を行なっています。英雄としてのメドゥーサではなく化物としてのゴルゴーンに。マキリはサーヴァントシステムの製作者ですし、ライダーは神から魔物に堕ちた伝説がありますから、それを利用してサーヴァントとしての存在を超越したのでしょう」

 

 存在の変換。

 魔力不足だったキャスターはそれで小さい頃の姿になろうと考えたこともあったらしいが原理的にはそれと一緒か。

 ただし魔力を節約するための幼少化と逆に、魔力を膨大に使うことであの力を発揮しているようだが。

「■■■■■■」

 

 バーサーカーが苦悶の声をあげる、見ればゴルゴーンに押し返されていた。

 バカな……あのヘラクレスが力負けするなんて。

 

「ふん……貴様はあの大神ゼウスの息子のようだな。だが、いかに最高神の血を引いていようとサーヴァントという枠に、クラスという鎖に繋がれては神霊たる私には勝てまい」

 

 ゴルゴーンがバーサーカーの首を噛みちぎる、瞬間『十二の試練』が発動し、バーサーカーが蘇生する。

 

「ほぅ……不死の権限か。面白い嬲り尽くしてやろう」

 

 爪で牙で尾で、ゴルゴーンの全てがバーサーカーに振るわれ、その度に命が2つ、3つと命が消費されていく。

 

「キャスター、今のうちにあの爺さんを!」

 

 もはやサーヴァントとしての域を超えたゴルゴーンを真正面から打倒することは不可能だ。

 マスターが死ねばそのステータスは大きく下がるはずであると考え、老人に視線を向ける。

 

 だが、マキリ・ゾォルケンは左手を掲げるとニヤリと笑って――

 

『令呪を持って命ずる、我が身を喰らいその存在を魂に刻みつけろ、そして儂の理想を……聖杯を死守しろ!』

 

 バクリと開かれたゴルゴーンの大口に老人の姿が消えていく、その表情はどこか満足気ですらあった。

 

「何の為に聖杯を求めたかすら忘れてしまったのね、哀れな男……バーサーカーやりなさい」

 

 イリヤがポツリと呟くと、バーサーカーに指示を出す。

 

「■■■■■■■」

「チッ、老人の肉はマズい。聖杯などに興味はないが……口直しだ『強制封印・万魔神殿』」

 

 空間が赤く染まり、体から力が抜ける。

 いつかの結界と同質の、しかし何千倍も強力な効果だ。

 

「ふむ……人間なら一瞬で溶け去る筈なのだが、珍妙な魔術で体を鉄にしているからか?そちらの娘も、純粋な人間ではなく無機物よりなようだな」

 

イリヤと俺は立っていることもできずに這いつくばる。

 これでも本来の効果は出ていないというのか。

 

「バーサーカーは過剰な魔力消費が仇となったな、もはや命が幾つあろうが消滅するのみ。キャスターの方も……」

「ッ―――」

 

 見れば、キャスターの姿が薄くなっていた。

 透明となった体を通して奥の光景が見える。

 魔力が吸収されて存在を維持できないのか?

 

「くそっ……やめ、ろ……」

 

 爪を地面に立てて体を這わせるとバキャリと音がして腕がもげた。

 ドロドロと体が溶け始めている、だが進むのを止めるわけにはいかない。

 

 キャスターの姿を見る。

 体が徐々に透けていく中で、何かを呟いていた。

 

「フッ……4騎の魂が溜め込まれた小聖杯がこちらにはあるわ。コレなら小規模の奇跡を叶えることができる」

 

イリヤを胸に抱きつつ、キャスターが魔術陣を展開する。

 

「それで、私を倒すつもりか?やめておけ、その体ではマトモに戦うことはできまい」

 

 ゴルゴーンは虫けらでも見るかのような目でキャスターを見る、キャスターはその視線を真っ向から受けながら言葉を紡ぐ。

 

「えぇ、小聖杯を使ったところで私では貴女に敵わないわ。バーサーカーでも今の坊やでも」

 

 一見すれば諦観ともとれる言葉、だがその目には強い光が宿っている。

 

「だから未来に賭けるわ」

 

 力強い宣言の後にキャスターが叫ぶ。

 

『汝、怨嗟の声を叫びし者。報復に手を染めし者―――抑止の輪を巡れ、天秤の守り手よ――!』

 

 それはサーヴァント召喚の文言。

 だが、召喚陣も触媒のない状況でどうしようというのか。

 視界が眩い光に包まれ、四肢の感覚が消滅する。

 グルグルと世界が回り平衡感覚を失う。

 そんな天地も分からない状態で胸に秘めた金羊の皮が熱く燃えているような感覚とキャスターの声だけが聞こえた。

 

 

「――シロウ……私との約束を、忘れないで」

 



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RE2月2日 夜 アヴェンジャー召喚

「あ?――ここは?」

 

 気づけば俺は自分の家にいた。

 いつも使っている土蔵、なぜこんなところに?キャスターが転移させたのか?

 

「そうだ、キャスター、キャスターは無事なのか?」

 

 周りを見渡すがキャスターの姿は見当たらない、イリヤやバーサーカーもいない。

 俺一人だけを転移させたのか。

 

「くそっ、すぐに大聖杯のところに――」

 

 そこで違和感に気づいた。

 辺りにはハリボテのガラクタ、投影魔術の失敗作が床にバラバラと転がっている。土蔵はキャスターに怒られてキレイに片付けたはずだ、こんなに散らかっているはずがない。

 

「……まずは、現状を確認した方が良さそうだな」

 

 改めて自身の姿を確認する。

 

 まず手に握っているのは『黄金羊の皮』

 キャスターが俺にずっと持っていて欲しいと渡したもの、意識が飛んでもシッカリと握りしめていたようだ。

 

 次に服装。

 いつも俺が着ている青と白のTシャツだ。

 しかし、あの戦闘で血に塗れ、ズタボロに破れたはずだが元通りキレイになっている。

 

 最後に令呪だ。

 俺の左手、残り一画残っていたはずの令呪は消えてしまっていた。

 サーヴァントを従えるために聖杯より与えられし令呪、仮にキャスターが倒されたとしてもそれが消えるわけではない。だというのに令呪が消えている。

 

 単純な転移ではないのか、何が起こっているんだ?

 

「とりあえず、今がいつか確認しよう」

 

 時計を見る、記載された日時は2月2日の23時43分。もはや疑いようがない。

 

「これは……タイムリープってやつなのか」

 

 状況を整理する。

 2月13日の夜、俺たちは聖杯からアンリマユを取り除くため円臓山に向かった。

 そこでマキリ・ゾォルケンとライダーとの戦闘になった。

 存在を変換することでライダーはゴルゴーンへと姿を変え、俺たちは負けそうになった。

 その時キャスターが呪文を唱え、目を開けたらここにいたのだった。

 

「キャスターのあの詠唱……サーヴァント召喚のやつだよな」

 

 知らない文言が付け加えられていたり、「抑止の輪より来たれ」が「抑止の輪を廻れ」に変わっていたりしたが、あれは紛れもなくサーヴァント召喚の詠唱だった。

 考えられるのは俺をサーヴァントとして召喚させることで時間を跳躍させたのだろう。ゴルゴーンを倒すために。

 

 俺が目覚めた場所を見る。

 キャスターと共に描いた魔術陣、セイバーの召喚には使われず無駄になったと思っていたが、こんな使われ方をすることになるとは……

 

「ムッ……待てよ、この時間の俺は何しているんだ?」

 

 これがタイムリープだというなら、この時間の俺は別に存在しているはずだ。

 キャスターやセイバーと共にいるこの世界の俺が。

 

 家はもぬけの殻で土蔵にはモノが散乱している、多分ランサーとの戦闘の痕だろう。

確かランサーを撃退した後、セイバーが発見した別のサーヴァントを追うことになったはずだ。

 

 脳をフル回転させて、あの日の夜を思い出す。

 

 そう、セイバーがアーチャーに切りかかりそれをキャスターが諫めたのだった。

 そして、とりあえず話し合うために俺の家に行こうという流れになったはず。

 

 チラリと時計を見る。

 遠坂と話し合いを始めたときは日付が変わっていた、まだ時間はあるはずだ。

 

「えっと……これって……会うのは、マズイ、よな」

 

 もし、この時間のキャスターに一連のことを説明すれば容易く解決することはできるのだろう。

 今から大聖杯の下へ向かえば邪魔する者はいない、ライダーは多くの人を殺しキャスターが集めた魔力を奪うことでゴルゴーンになったのだ。この時間ではそれはできていない筈だ。

 

 だが、それで解決して本当に解決になっているのかという問題がある。

 

 当然ながら、俺は未来からサーヴァントとして召喚された自分になんか会っちゃいない、

 ここで解決したとして、元の世界のキャスターは、俺と16日の時間を過ごしたキャスターはどうなってしまうというのだろうか。

 

「……とりあえず、ここからいったん離れよう」

 

 俺がいた痕跡を残さないように注意して家を出る。

 召喚の魔術陣が起動しているのを気づかれないかは不安だが、セイバーの召喚とランサーとの戦闘によってこの家の魔力はかなり乱れている。注視しなければ気づかれることは無いだろう。

 

 

「さて……何をすればいいのか、いや、何をしてはいけないのか……か」

 

 公園のベンチに座り思考をめぐらす、冬の夜風がビュウビュウと吹き付ける。

 夜中なので誰かに見つかる心配はないが、朝になれば人通りも増える。知り合いに見つかれば面倒なことになるかもしれない、それまでに考えをまとめなくては……

 

「くそっ……どうすりゃいいんだ」

 

 とはいえ、どうすれば良いのかさっぱり分からない。

 下手に動くのはまずいと思うが、時間跳躍に関する知識なんてないのだ。こんなことならもっとSF映画でも見て勉強しておくべきだった。

 

「ダメだ、ダメだ。弱気になっちゃ」

 

 キャスターは俺がゴルゴーンを倒す手段を見つけると思って、この時間に送り出してくれたのだろう。

 もし、ここで諦めればその思いを無駄にしてキャスターを見捨てることになる。

 そんなことは許容できるはずがない。

 

 金羊の皮を握りしめ、キャスターのことを思い返す。

 必ず、助け出してみせるからな。

 

「ん……そうだ、もしかして……」

 

 1つの考えが浮かび、それを実行に移す。

 その辺に落ちていた木の枝を拾い、地面にガリガリと描いていく。

 かつてキャスターと一緒に描いた召喚の魔術陣だ。

 

 キャスターと過ごした日々を、その中で聞いた言葉を思い出す。

 

 『この金羊の皮を使えばコレと縁のある者を召喚できる』

 

 キャスターはそう言っていた。

 ならば、この金羊の皮と縁があるものとはいったい誰の事だろうか。

 

 キャスターの弟であるアプシュルトス?

 毛皮を守護していたドラゴン?

 

 確かにそれらとも縁はあるがそうではない、答えはキャスター自身が言っていたじゃないか。

 

『この金羊の皮は私を召喚するための触媒となったものです』

 

 そう、キャスターの宝具に縁のある者なんて、その所有者である「魔女メディア」の他に居ない。

 

 キャスターから教わった魔術陣を思い出しながら必死に描く。

 この毛皮を使えば、キャスターを召喚できる可能性は高い。

 同一存在を召喚できるのか、既に7人のサーヴァントが召喚されているのではないかという疑問もあるが、俺というイレギュラーが存在しているのだ。

やってみる価値はある。

 

「よし、できた」

 

 キャスターの描いた魔術陣に比べれば不格好だが、なんとか描き終える。

 

「じゃあ……いくぞ」

 

 本当に成功するのかと不安になる心を押し殺す。

 召喚においては、呼ぼうとする意志が何よりも重要となる。

 信じるんだ、俺とキャスターの絆を。

 正式な契約を結んだあの日、令呪まで使って約束した。

『キャスター、この聖杯戦争が終わるまで俺と共にいてくれ』と、その約束を俺の方から破るわけにはいかない。

 

 金羊の皮を魔方陣の中央に置き、深呼吸を一つついて、詠唱を開始する。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する

――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!頼む、来てくれ、キャスターーー!」

 

 気合を入れすぎて、最後に余計なことまで叫んでしまった。

 そのせいか反応が無い、詠唱として認められなかったか。

 

「くそっ、やっぱりダメなのか」

 

 落胆しつつ金羊の皮を手に取ったとき、ソレは起こった。

 

 蒼色の風が吹き、光の粒子が人の形を成していく。

 セイバーを召喚した時にも風が吹いていたがあの時とは少し異なる。

 あれは穏やかな草原を撫でる風といった感じだったが、こちらは船上の旅人を癒す潮風といった感じだ。

 

 風がやむと、魔方陣の上には1人の『少女』がニッコリと笑って立っていた。

 

「問いましょう、あなたが私のマスターなのですか?」

 



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RE2月3日 朝 遠坂凛との同盟(成立)

「問いましょう、あなたが私のマスターなのですか?」

 聞こえてきたのは少女の声だった。

 青い髪を一つに束ね、穢れを知らぬ純白の服を纏い、海のように深い瞳でこちらを見つめている。

 

 この娘はキャスターなのか?

 

 面影はあるが背丈が小さい、まるで子供のような姿だ。

 召喚に失敗してしまったか。

 

「いかがなさいましたか、マスター」

 

 心配するようにこちらを覗き込む、仕草は異なるがその蒼い瞳はキャスターにそっくりだ。

 

「えっと、君はキャスター……メディアでいいのかな?」

「はい、私はコルキスの王女にして、女神ヘカテーの弟子、そして今はあなたの使い魔です」

 

誇らしげに使い魔だと胸を張る。胸は大人の時と変わりないな……

 

「えーと……その、背が小さくなってる気がするんだが、あと性格もちょっと変わってるような」

「はい、かなり強引な召喚でしたから、やはり完全な状態での召喚は駄目でした」

 

 そう言ってションボリとした顔を少女が浮かべる。なんか調子狂うな……

 

「状況は分かっているのか?記憶は、俺の名前は……分かるか?」

 

 聞いてから後悔する、もし知らないと答えられたらと思うとゾッとした。

 例えこの少女が俺の知っているキャスターと姿が異なるとはいえ、彼女の口から知らないと答えられれば立ち直れないかもしれない。

 

「はい、あなたはエミヤシロウ。私が杖を捧げた主です!」

 

 しかし、それは杞憂だったらしい、少女は俺の眼を見て力強く答えてくれた。

 

「といっても記憶ではなく記録しか引き継げていませんが……いえ、本を読むような感覚だったとはいえ、シロウさまの勇敢なる行いの数々はしっかりと心に刻まれています。雨の中で消えゆく私を慈悲深くも救ってくださったシロウさま、ヘラクレスに果敢に挑むもワンパンで吹き飛ばされるシロウさま、強化魔術に失敗して自分の体を鉄に変えてしまったオッチョコチョイなシロウさま、私などと一緒にいてくれると約束してくださったシロウ様、イリヤ様が妹だとわかり苦悩するシロウさま、ドロドロに溶けながらもゴルゴーンに立ち向かうシロウさま。すべてバッチリ、私の心のアルバムに保管されています!」

 

 興奮したように語りながら少女はブンブンと腕を振る。

 とりあえず状況は把握しているようだが……言動が幼い気がする。

 これはキャスターの性格が子供の体に引っ張られているのか……いや、子供の時の性格で召喚されているという感じか。

「えーと、君がメディアだってのは分かったから、今の状況について説明してくれないか?」

 

 少女は恋する乙女のようなキラキラとした眼で俺のことを見つめていたが、その言葉にコホンと一息つくと説明を開始する。

 

「まず、今が2月2日の夜……いえ、もう日付も変わって2月3日の朝ですが、とにかく、タイムリープをしたということは認識していますか?」

「あぁ、俺をサーヴァントとして召喚したんだろ。でもそれって歴史が変わるんじゃないのか?ここはパラレルワールドってことになるんじゃないのか?俺は元の世界のキャスターを救うことができるのか?」

 

 少し食い気味に質問をぶつけてしまう。

 俺が助けたいのは、俺と16日を過ごした、俺と一緒にいると約束をしたキャスターなのだ。この時間でも召喚されているであろうキャスターや目の前にいる少女が俺の知ってるキャスターと同一人物だとしても、同一存在ではないのだ。

 

「大人の私はシロウさまにこんなに心配してもらってホントに幸せ者ですね……まず、この世界がシロウ様がいた世界とパラレルワールドか、という問いですが、その答えはYESでもありNOでもあります。んーと、そうですね」

 

 少女が魔方陣を描くために使った棒を使って、地面に一本の線を引く。

 

「これがシロウさまのいた世界だとします。シロウさまと私が過ごした2月2日の夜から2月13日の夜までです、ここまでは分かりますか?」

 

 2月2日の夜、さっき俺が召喚されてから、2月13日の夜、ゴルゴーンに追い詰められてキャスターが俺を送り出すまでの時間という事か。

 

「ここで重要なのは世界というのは観測者の主観、つまりはシロウ様の認識によって決まるという事です。仮に世界を揺るがすような大事件があって、それが起きていようと起きていまいと、シロウ様が認識していなければソレは同一の世界という事になります」

「つまり……この時間の俺が、俺の知っている通りの歴史を歩めば、ソレは俺がいた世界と同一のものだという事か?」

 

 少女がコクリと頷く、不用意にこの時間のキャスターに頼らないのは正解だったらしい。

 

「もし仮に、この時間の俺が俺の知っている行動と違うことすれば、どうなるんだ?」

「そうなれば元いた世界とは分岐します、その場合はシロウさまの二重存在も解消されませんし、表舞台から立ち去って私との隠居生活を送ることになります」

 

 それはそれで魅力的な話ではあるが……もちろん、そうなるわけにはいかない。

 

「はい、ですから今のシロウさまがすべきことは、この世界が同じ歴史をたどるように調整しつつ、世界が確定した後、正確にはシロウさまが送り出された2月13日の23時42分58秒を過ぎた後にゴルゴーンを倒すことです」

 

 やるべきことは分かった。

 この世界の調整と言っても下手に手を出すのは危険だ。他のマスターやサーヴァント。

 特にこの時間の俺、キャスター、セイバーに見つからないように行動していれば、イベント通りに進むだろう。

 問題はゴルゴーンの方だな、あの時点ではバーサーカーとキャスターを除く他のサーヴァントは全員消滅し、残る2人も弱り切っている。

 

 俺があの怪物を倒さねばならない。

 

「あっ、もうそろそろですね。では行きましょうか」

 

 少女がおもむろに立ち上がる。

 

「えっ、行くってどこへ?下手に動くのは危ないだろ」

「はい、ですが、こうしてコソコソとしていてもゴルゴーンを倒すことはできないでしょう。ですから―――アーチャーさまに協力をお願いしに行きます」

 

 

「衛宮君……何の用かしら?言ったでしょう、次に会うときは敵同士――」

 

 この時間の俺との話し合いを終え、帰路に就く遠坂に声をかける。

 遠坂は俺を見ると、敵視するように睨んできたが後ろに隠れるように立つ少女を見ると怪訝な表情へと変わる。

 

「遠坂にとっては同盟を断られたばっかりで、何を言ってんだと思うかもしれないけど俺の話を聞いてほしい。遠坂とアーチャーの力が必要なんだ」

 

 俺の必至な気持ちが伝わったのか、遠坂は警戒しつつも、アーチャーは剣に手をそえながらも俺の話を聞いてくれた。

 

 

「汚染された黒い聖杯、マキリが使役するゴルゴーン、そしてサーヴァントとして未来からきた衛宮君…………もう、何よそれ!訳わかんないわよ!」

 

 遠坂が吠える、彼女にしてみればやっと聖杯戦争が開始されたばかりなのに驚愕の事実を矢継ぎ早に告げられたのだ、叫びたくもなるだろう。

 もしかして、元の時間で遠坂がアンリマユのことをあまり驚かなかったのは、こうして事前に情報を知らされていたからなのだろうか。

 

「こんな突拍子もない嘘をつくとも思えないしホントの話なのよね。衛宮君がサーヴァントとしてここにいるわけだし、それにマキリ家のことも……いえ、これはこちらの話ね。とにかくそんな事態になっているのなら協力するしかなさそうね」

 

 そういって手が差し出される。アーチャーは考え込んでいるようだが文句は言ってこなかった。

 

「よし、じゃあ同盟成立だな」

 

 遠坂の手をしっかりと握る。

 しかし不思議なものだ。この時間の俺は先ほど遠坂との同盟を蹴ったのに、今こうして俺と遠坂が同盟を組んでいるのだから。

 

「んー、とりあえずキャスター……って、これだとこの時間のキャスターとややこしいわね。そうね……あなたのことはリリィって呼ぶわ」

 

 少女をビシッと指して、遠坂が命名する。

 リリィ……白百合という意味だ。着ている服が白いからそう名づけたのだろうか。

 

「リリィに質問なんだけど。この時間の衛宮君が元の歴史と同じような体験をしなければ世界は分岐してしまうんでしょう、でも、衛宮君がこうしてサーヴァントとして召喚されてしまっている時点でそれは破たんしていないかしら?」

 

 言われて、あっと気づく。聖杯戦争で呼ばれるサーヴァントは7人。

 俺のもと居た時間では。

 黄金の剣を振るうセイバー

 黒鉄の弓を構えるアーチャー

 朱棘の槍を携えるランサー

 天翼の馬を駆けるライダー

 神代の術を弄するキャスター

 不死の体を備えるバーサーカー

 そして、クラスは分からないが無数の宝具を用いるギルガメッシュが参加していた。

 

 リリィはサーヴァントではなく毛皮から呼び出した使い魔という扱いらしいが、俺は第7のサーヴァントとして現界してしまっている。

 これでは枠が埋まり他のサーヴァントが呼び出されなくなってしまうのではないか?

 

 俺は7騎のサーヴァントと出会ってしまっているので1人でもいなくなれば齟齬が発生し、この世界は元の世界と分岐してしまう。

 

「いえ、ギルガメッシュは今回の聖杯戦争の参加者ではありません。彼はおそらく、前回の戦争の生き残りでしょう。消滅するとき、受肉しているのを確認しましたから」

 

 リリィの説明に安堵する、それならば矛盾はない……というか、そんな重要な事はその時に言ってくれよ!

 

「その時は何かの宝具の効果かと思ったのです。とにかく……シロウさまはこの聖杯戦争に召喚された第7の正式なサーヴァント。ちなみにクラスはアヴェンジャーです」

 

 『復讐者』のクラスか。

 俺はゴルゴーンに手も足も出なかった、だからこそ今度は奴を倒してキャスターとイリヤを救う。リベンジを誓う俺にはピッタリのクラスだ。

 

「ふーん。にしても、さすがはキャスター、『魔術師』のサーヴァントね。衛宮君をサーヴァントとして過去の時間に召喚できるなんて」

 

 確かに、そんなことができれば何でもありだ。

 だが、その言葉に何故かリリィは表情を暗くする。

 

「いえ、私はシロウさまがマスターなしでも顕現できるように細工しただけ。過去の時間への召喚は私の力量というよりは偶然の、運命の力によるところが大きいです。私とシロウさまで描いた魔術陣、共にいると約束した令呪の拘束力、一生持っていてほしいと託した金羊の皮、イリヤさんの願望器としての機能。そして何より―――」

 

 チラッとアーチャーを見て、リリィが悲しげな顔をする。

 

「いえ―――今はそんなことより、これからのことについて論ずるべきです。イリヤさんとも話をしなくてはいけませんし、ランサーさんは7人目のサーヴァントであるシロウさまのことを探しているでしょうから」

 

 それもそうだ、リリィを召喚し遠坂が協力してくれることで安堵していたが、考えるべきこと、やらなければいけないことはまだまだある。

 

 俺の復讐を成し遂げるために。

 



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RE2月3日 夜 VSバーサーカー(リベンジマッチ)

 確か、この日は教会にいったあとにバーサーカーに吹っ飛ばされたんだよな。

 あの時のイリヤは未来からきた俺の事なんて知っている素振りはなかった。本気で俺を殺しにかかっていた。だとすればイリヤと話をすべきはその一連のイベントの後だ。

 

「うわー、キレイにふっ飛ばされてるわね……」

 

 遠坂が強化した目で遠くから、この時間の俺とバーサーカーの戦闘を観戦する。

 

「げっ、あれで生きてるの、どんな生命力してんのよ」

 

 なんか酷い言い草だ。

 だが、こうして客観的に見ると強化魔術による防御がどれだけ高性能かが分かる。やはり、ゴルゴーンを倒すには強化魔術を鍛えるのがベストか。

 

「あっ、イリヤが撤退したわ。追うわよ」

 

 近づきすぎるとセイバーに気が付かれる可能性もあるので、少し時間をおいてから走り出す。

元の時間では満足にイリヤと過ごすことはできなかった、この時間では少しでもイリヤと「家族」としての時間を過ごしたいと思う。

 

「シロウさま、気を付けてくださいね。この時間のバーサーカーのマスターは恐らくシロウさまの事を恨んでいます。衛宮切嗣が自分を置いて別の場所に家庭をつくったと勘違いしているのです」

 

 あぁ、だからイリヤは初め俺に関心を示していたのか。

イリヤにとって俺は父親を奪った怨敵という訳だ。だとしたら真実を伝えなければならない。切嗣はイリヤを愛していたという事を、そして俺もイリヤを家族だと思っているという事を。

 

 

「待ってくれ、イリヤ!」

 

 バーサーカーに背負われたイリヤに声をかける。

 イリヤは振り向いてこちらを認識すると驚きに目を丸くする。

 

「あれっ?シロウ?もう動けるの?それにリンまで――」

 

 俺、遠坂、アーチャーと順に目線を向ける、最後にリリィの姿を見ると眉をひそめて不機嫌そうな顔を浮かべる。

 

「ふん、さっきはセイバーとキャスターを連れてると思ったら、今度は遠坂家の娘にそんな小っちゃい女の子まで、ロリコンな上にウワキショウなんてサイテーだね」

「は?いやいや違う。これには理由があるんだ。とりあえず俺の話を聞いてくれないか?」

 

 しかし、イリヤは聞く耳をもたない。

 

「やっぱり男はすぐに浮気するのね、キリツグが私を捨てていったというのもホントなのね、きっと私のことが好きじゃなくなったんだわ。だから私を一人にしたんだわ!やりなさいバーサーカー、あいつらをメチャクチャにして」

 

 突然、癇癪を起したように泣き出すとバーサーカーに指示を出す。

 

「■■■■■■■」

 

 バーサーカーの巨剣を俺達たちに向けられ、遠坂とアーチャーが応戦するような構えを見せる。

 俺はその手を遮ってバーサーカーに対峙する。

 

「待ってくれ、ここは俺に任せてくれないか?」

「は?1人で戦うつもり?」

「戦うといっても倒す訳じゃない、話をするだけだ」

「それでも無茶よ!イリヤは何か怒ってるし、相手はあのバーサーカーなのよ」

 

 ああ、分かっている、バーサーカーの恐ろしさは一度この身で理解している。

 あの時は軽く払う程度の攻撃だったが今回は殺気を全身からにじませている。強化魔術を使ってもガードしきれるか分からない、だが……だからこそやる意味がある。

 

 まずは誤解を一つ解かなくてはならない、俺の事ではなく切嗣についてだ。

 

「イリヤ聞いてくれ、切嗣はイリヤのことが嫌いになったんじゃない。アンリマユってやつに聖杯が侵されていてソレの対策をしていたんだ」

「ふん、どんな理由でもキリツグが私を置いていったことに変わりはないわ」

 

 バーサーカーの攻撃を避けながらも叫ぶ、確かに置いていかれたイリヤにとっては切嗣の事情なんて関係ないのかもしれない。

 

「それでもこれだけは分かってほしい、切嗣はイリヤのことを愛していた!」

 

 バーサーカーの攻撃が腕をかすめる、強化魔術を使用しているにもかかわらず嫌な音を立てて骨が軋む。激痛が襲うが目線はイリヤから逸らさない。

 

「フン……何でそんなことが分かるのよ、キリツグから直接聞いたの?」

「いや、聞くまでもない。家族を愛さない人間なんていない、キリツグは絶対にイリヤのことを愛していた!」

 

 それだけは断言できる、理屈なんて関係ない。

 

「そんなの、口先ではなんとも言えるわ。私を懐柔しようたってそうはいかないんだから。もっと暴れなさいバーサーカー!」

 

 イリヤが叫び、バーサーカーの攻撃がさらに苛烈さを増す。

 

「衛宮君!」

 

 見かねた遠坂が加勢しようとするが、リリィがそれを制する。

 アーチャーはただ俺のことを静かに見つめていた。

 

「あぁ、口先だけじゃ伝わらないってのは分かってる。だから……今から証明して見せる」

 

 バーサーカーの巨剣が俺に迫る、その一撃は山河すらも打ち壊すだろう。

どれだけ『硬さ』や『しなやかさ』などの小手先を強化したところで受け止めきれない。

 

ならば――

 

「強化開始」

 

 自らの脚を造りかえる、ライダー戦ではイメージが不足していたため体を鉄塊に変えてしまったが今回は違う。

 

 想起するのは黄金の剣を持った剣士の姿。

 

 二回目のランサー戦においてセイバーは、剣から魔力を放出することで推進力を得るという技を見せていた。それを再現できるように俺の脚を組み替える。

 

 今の俺の技量では彼女の宝具を完全に模倣することはできない、だから『切れ味』や『頑強性』は考慮しない、ただ『魔力放出』という一点だけ、それだけに重点を絞り自らの体を糧として再現する。

 俺の脚が『歩く』機能や『跳ぶ』機能を失って、魔力を『収束』し『加速』させる装置へと変化する。

 

「ハアアアアッ!」

 

 もちろん、『魔力放出』を使ったところで、俺とセイバーではそもそもの魔力量が違う。セイバーが音速を超えるロケットだとすれば俺のは自転車レベルの速さだ。

 それでも理性のないバーサーカーには、突然加速した相手をとらえきれなかった。

巨剣が空を切る、俺はその懐を通り抜けてイリヤに向けて突撃する。そしてそのまま――

 

「イリヤ!」

 

イリヤを抱きしめて、手のひらに確かな温かさを感じながらも呟く。

 

「強化――開始」

 

 この強化魔術は自分の体に掛けたものじゃない、イリヤに対して使用したものだ。

俺という存在がイリヤに流れ込んでいく。

 

「これは―――」

 

 イリヤは驚愕の言葉をあげつつも、心地よさそうに目を閉じる。

 

「……他者への強化魔術はお互いに思い合っていないと成功しない魔術だ。俺がイリヤを大切に思っているように、イリヤも俺のことを受け入れてくれてるんだ」

 

 リリィの話によれば、この時間のイリヤは切嗣を俺に取られたと思って憎んでいるらしい。

だが、イリヤが俺に向ける感情が憎しみだけでないというのは俺が一番よく知っていた。

 なにせ未来でイリヤの口から直接聞いたのだ。

 

『家族としてシロウとの時間を過ごしたかった。一緒に遊んでみたかった』

 

 イリヤはそう言っていた、俺もそれに応えたいと思っている。

 

「ほとんど話したことのない俺たちでさえ、こうして家族として思い合っているんだ。切嗣だってイリヤのことを愛していたさ」

 

 イリヤの頬に一筋の涙が流れる、俺はただ黙ってイリヤの頭を撫でる。

 そうして、しばらくの間そうしていたのだが、不意にイリヤが顔を上げる。

 

「ん?この感覚……エーテル体?えっ、サーヴァント、なんで?あっ、これってキャスターの幻覚?」

 

 ようやく俺が、さっき出会った衛宮士郎とは別存在だと気が付いたようだ。

 

「いや、幻覚ではないよ。俺は正真正銘の衛宮士郎だ。イリヤの弟の……な」

 

 

場所は遠坂邸、テーブルを囲んでイリヤにこれまでのことを話す。

 

「ふーん、アヴェンジャーのサーヴァント……そうだったのね。それにそっちの小っちゃい娘がキャスターだなんて……」

 

 小さいといってもイリヤと同じくらいだけどな。

 

「さっきはいきなり襲い掛かっちゃってごめんなさい。……だってキャスターのことを身を挺して守ったからその勇気に免じて見逃してあげたのに、すぐに他の女の子を連れて現れたんだもん」

 

 イリヤ視点ではそうなるのか、あの時はセイバーも負傷していたはずだし、それを放ってきたと勘違いしたのなら仲間を見捨てる最低野郎と思われても仕方ない。

 

「まぁ、そのことはもう良いよ。今はこれからのことについて話そう。とりあえず、すぐにしなければことはもう無いよな」

 

 遠坂とイリヤに事情を説明して同盟を組んだ、この時間の俺視点では二人にはしばらく会わなかったはず、矛盾しているような箇所はない。

 

「さっきも言った通り、俺の最終目標は2月13日の夜より後にゴルゴーンを倒してキャスターとイリヤを助けることだ。そのための策を考えたいと思う」

「ゴルゴーン……ギリシャ神話に登場する怪物ね、しかも存在の変換を行うことでサーヴァントの枠組みを超えて顕現しておりバーサーカーを上回る怪力を持っている……か、確かに強敵ね」

 

遠坂が唸る、やはりアイツを倒せるような名案なんてすぐには出てこないか。

 

「ソイツは人間やサーヴァントを溶かす結界が使えるんでしょ、なんでシロウや私は溶けなかったの?」

 

そういえば、サーヴァントであるキャスターやバーサーカーでさえ消えかかるような空間だ。魔力が豊富なイリヤはともかく、俺なんて一瞬で溶けそうなものなのに。

 

「それはゴルゴーンの『強制封印・万魔神殿』が対人間用の宝具だからだと思います、小聖杯であるイリヤさんや自らの体を剣に変えていたシロウさまには効き目が薄かったのでしょう」

 

 そうだったのか、強化魔術には思わぬ効果もあったものだ。

 

「そういえば衛宮君。さっき使ってた魔術は何?脚がなんかスゴイことになってたけど」

「あぁ、あれは強化魔術で脚を使ってセイバーの剣を再現しただけだ」

 

 ちなみに今の俺の脚は元通りに戻っている。イメージをしっかりと保っていれば戻せるようだ。

 

「うそっ、あんなの強化魔術の範疇じゃないでしょ。第一、さっき見たこの時間の衛宮君は魔術素人って感じだったのに」

「まぁ、あれからそれなりの修羅場はくぐったし、それにキャスターの教え方がよかったからな」

 

 実際、キャスターから教えられた強化魔術には何度も命を助けられた。

 

「ならやっぱり、強化魔術をこのまま鍛える方向性でいいんじゃない?しっかりと鍛えれば結界にも耐えられるようになるだろうし、応用性も高いから極めていけばゴルゴーンを倒す方法も思い浮かぶかもよ」

 

 

 イリヤが言う、確かにいまさら他の魔術に手を出したところでどうにかなるとも思えない、いままで使ってきた強化魔術でこれからも戦い続けるべきだろう。

 



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RE2月4日 朝 イリヤとデート

「シロウさま、イリヤさんと一緒にお出かけになられてはいかがでしょうか?」

 

 朝になるとリリィがそう提案してきた。ちなみに今は遠坂の家にイリヤたちと一緒に泊めさせてもらっている

 

「えっ、でも強化魔術の特訓をするつもりだしなぁ」

「一日中、特訓をするという訳にもいかないでしょう。サーヴァントの体では魔力が尽きれば消滅してしまいますよ」

「むしろ生身だった時よりは魔力は増えてると思う、聖杯から魔力が提供されてるからかな?」

 

 現在、俺にはマスターがいない。これは俺が自由に動けるようにキャスターが小聖杯の力を使ってそう召喚したかららしい。

 世界からの修正を受けず、サーヴァントとして聖杯から魔力を付与されている俺はそれなりの魔力がある。

 丸一日は流石にキツイが長時間の魔術使用にも耐えられるはずだ。

 

「……とにかく、シロウさまはイリヤさんと出かけるべきです!」

 

だが、リリィは意見を曲げない。どうしても行くべきだと握った拳をブンブンと振って主張してくる。

 

「そもそも、外に出るのは危険だろ。何かの弾みでこの世界がパラレルワールドに分岐しちまったらキャスター達を救えなくなる」

「この時間のシロウさまの視点で齟齬が生じなければいいのです。この時間の私たちは家にいるはずですし午前中ならばシロウさまの知り合いは学校に行っているでしょう、サーヴァントだって昼間からは襲ってきませんよ」

 

 うーん、だけどなぁ。と悩む俺の手をギュと握って、リリィが真摯な瞳を向ける。

 

「シロウさま、私は自らの弟を殺めました。だからこそシロウさまとイリヤさんには幸せになって欲しいのです」

 

 僅かに涙ぐみながらも発せられたその言葉には、乞うような響きが込められていた。

 そうだな……元の時間でイリヤと遊ぶ機会があれば遊ぶと約束したしな。

 

「分かった、ありがとうリリィ。今日はイリヤと一緒に街を巡ってみるよ」

 

 そうなれば行く場所も考えないとな。女の子と遊ぶなんて初めてだ。うまくエスコートできるだろうか。

 

 

 その日は色々な場所をイリヤと回った。

 服屋で色んな服を着たり、公園で鬼ごっこをしたり、喫茶店で美味しいものを食べたりと目一杯に楽しんだ。今まで家族として過ごせなかった時間を取り戻すように。

 

「今日は楽しかったな」

「うん、シロウと色んなところに行けたし満足したわ」

 

 手を繋いで道を歩く、温かいその手はどこか懐かしい感じがした。

 

「そろそろ……帰る時間だな。最後にどっか行きたいとことかあるか?」

「うーん、シロウの家は行ってみたいけどそういう訳にはいかないし…そうねぇ」

 

 イリヤは難しい顔をして考え込む。

 

「あっ、キリツグのお墓ってあるの?一度行っておきたいな」

 

 墓か……、切嗣はアインツベルン家では聖杯を破壊した裏切り者という扱いらしい、墓なんて造られていないのだろう。

 

「そうだな、こうして家族が再会できたと知ったら切嗣もきっと喜ぶよ」

 

 

 切嗣の墓の前に立つ、藤ねえが定期的に来てくれているので手入れはなされていた。

 

「ふぅん、ここにキリツグが眠ってるんだ」

 

 イリヤがポツリと呟く、虚空を見つめるような表情からは感情を読み取ることができない。しばし、沈黙が流れる。

 

「……実は俺もここに来るには今日が初めてなんだ」

「えっ、そうなの?」

「あぁ、切嗣から託された夢を形にするまでは来ないようにしててさ、願掛けってわけでもないんだけど」

 

 月光の下、切嗣と話した時のことがフラッシュバックする。

 『正義の味方』その夢は俺が引き継ぐと宣言した時のことを。

 

「シロウはキリツグに憧れて正義の味方を目指したのよね?」

「あぁ、そうだ」

 

 大火災の中、助け出された俺の瞳に映った切嗣の顔。

 まるで何かに救われたというようなその顔に俺は憧れたのだ。

 

「……シロウは運命ってどんなものだと思う?」

「ん、運命か……難しい質問だな」

 

 急に哲学的な話をぶつけられた。

 

「私はね、運命というのは『出会い』だと思うの。人は出会いを通じてその存在を変えていく、その積み重ねこそが運命だと思うの」

 

 イリヤの言っていることはなんとなく分かる。

 何かに出会った時に人は必ず影響を受ける、俺が切嗣との出会いで『正義の味方』を目指すようになった。

 もし俺が別の人と出会って、別の運命を歩んでいれば、今の『衛宮士郎』とは違う存在が形成されていたはずだ。

 

 出会いを通じて存在を変えるとはそういう意味なのだろう、それこそが運命だとイリヤは言っているのだろう。

 

「もちろん、その運命が良いこととは限らないけどね」

 

 ライダーがそうだ、彼女は悪いマスターと出会ってしまったせいで化物へとその存在を変えてしまった。彼女にとってその出会いは不幸なものだっただろう。

 

「アンリマユだってそうね、アイツに出会ったせいで無色な存在の聖杯が黒く変化してしまったわ」

 

 何かと何かが出会えば必ずその存在を変えることになる、それが……良いことか悪いことかは分からないけれど。

 

「人の出会いに意味はある、強烈な出会いはそれだけで存在を変えることになる――シロウの今までの出会いも必ず意味のあることのはずよ。シロウの中で何かが確実に変わっているはずよ」

 

 それこそがシロウの運命だということを忘れないで、そんな言葉をイリヤが告げる。

運命……か、ここしばらくで俺にはたくさんの出会いがあった。

 多くのサーヴァントやマスターはそうだし、セイバーとの出会いやイリヤとの出会いは一生忘れることのないモノだろう。

 だが、衛宮士郎という存在を大きく変えたのはやはり、あの雨の日のキャスターとの出会いだろう。

 




この作品の一番のテーマは『出会い』です


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RE2月4日 夜 特訓、アーチャー先生

「それじゃ、強化魔術に特訓を始めようか」

 

 夜になり、遠坂から空き部屋を借りて特訓の準備をする。

 

「といっても、今まで通りの練習をしてもゴルゴーンには勝てないよな」

 

 アイツに勝つにはもっと飛躍的なパワーアップをしなくてはならない、どうするものかとリリィに尋ねる。

 

「そのことですがシロウさま……魔術の指導は私ではなくアーチャーさまに任せようと思います」

 

 そう言うと、アーチャーが部屋に入ってくる。

 

「なんで、アーチャーなんだ?魔術のことならリリィの方が詳しいだろう」

「はい、正道の魔術ならば私が教えます。しかしシロウさまの魔術は特殊なのです。実際に大人の私は強化魔術を護身用程度にしか考えていませんでしたが、シロウさまはそれ以上に使いこなしています。私ではシロウさまの魔術の真価を理解しきれないのです」

 

 確かに、キャスターが想定していた強化魔術の運用は道具を固くすることによる防御が主だった。

 俺がやった体そのものを鉄に変えたり脚でセイバーの宝具を再現したりということは考えていなかっただろう。

 

「でも、それがなんでアーチャーに指導してもらうことになるんだ?」

「それはシロウさまとアーチャーさまが…………、お二人の魔術系統がよく似ているからです」

 

 リリィはなにか言葉を選びながらそう説明する。

 俺とアーチャーは魔術系統が近いのか、ランサーとアーチャーの戦闘を見ても特にそう感じなかったがリリィが言うならそうなのだろう。

 魔術系統が近ければ扱うコツなども教えてもらえるかもしれない、強くなるにはアーチャーに指導を受けるのが効率がいいのだろう。

 

「…………」

 

 仏頂面で立つアーチャーを見る。

 俺はなんとなく、アーチャーのことが苦手なんだよな。

 

「えーと、アーチャー、よろしく頼む」

 

 苦手とはいえ、指導を受けることになる相手に礼儀は必要だ。ぺこりと頭を下げる。

 

「ふん……無駄口をたたいている暇があったらとっとと始めるぞ」

 

 ……やっぱり、コイツのことは苦手だ。

 

 

「それではまず、この包丁を強化してみろ」

 

 差し出された包丁を前に神経を集中させる。強化魔術も何度も使いだいぶ慣れてきた、

 包丁の構造を解析し隙間に魔力を流し込む。

 

「強化――開始」

 

 俺の中から魔力が溢れ出し包丁へと流れ込む。そしてそれが材質すらも変化させ包丁を『硬く』強化する。

 今のはかなり上手くできた。包丁はダイヤモンド並みの硬さになっているはずだ。

 

「………なるほどな」

 

 アーチャーが包丁を見分する、その顔は少し険しい。

 

「キャスターの指導で基礎はできているようだが……やはり違うな。こんな表面上の強化ではゴルゴーンは倒せまい」

「表面上の強化?」

 

 どういうことだろうか?

 俺の強化は普通の魔術師が使用する対象に魔力を包み込むという方法ではなく、内側に魔力を注ぎ込み補強するという方法を取っている。それによる強化の上昇率はかなり高いはずだが……

 

「まだお前は『剣』に、『自分』に向き合いきれていない。衛宮士郎の使うべき強化魔術とは自身の存在を流し込むことで対象の『存在』を『昇華』させる魔術だ……こんな風にな」

 

 アーチャーが包丁に魔力を、自身の存在を流し込む。

 

「なるほど……固有結界を限定的に流し込んでいるのですね、剣属性付与といったところですか。剣以外のものに使えば剣のように、そして剣に使えばそのまま性能が上がると……」

 

 リリィが何か呟くが、俺の意識は強化されていく包丁に夢中で聞き取れなかった。

 

「ふむ、こんなものか。どう変わったか分かるか?」

 

 コトリと包丁が置かれる、リリィがそれをコンコンと叩いて怪訝そうな顔をする。

 

「別に硬くなったり切れ味が上がっているようには感じませんが……」

 

 リリィにはアーチャーが何を強化したか分からないようだ。

 

「存在の強化……包丁の存在意義ってのは『料理を作ること』だ。つまりこの包丁で料理を作ればさぞかし美味しい料理が作れるんだろ」

 

 メチャクチャ便利だな強化魔術!

 この包丁で料理を使えば水物を切ったときのベタつきや硬いものを切るのに苦労することはないだろう。『硬さ』や『切れ味』を強化すれば切る対象によって硬度を調節しなければならないが、『料理を作る』という存在意義を強化すればそんなことを一々考えずとも自然に切れる。

 存在の昇華とはそういうことだ。

 

「あぁ、包丁に強化魔術を使えば便利だぞ、大型の魚なんかもスパっと切れるし刃こぼれもしないからな。これで刺身なんか作れば新鮮さを殺すことなく……いや、今はそんなことはどうでもいい。とにかくこの方法で『攻撃する』という存在意義を持った剣を強化すれば飛躍的な威力の向上が見込める。オマエにはこの強化方法を身に着けてもらう」

 

 なるほど確かにこの方法なら単純な『硬さ』や『切れ味』を強化するよりも効率がよさそうだ。

 

「お前が今まで使ってきた強化魔術……厳密には変化魔術なのだが、それにも有用な場面はある。体を鉄に変えたり、足をセイバーの剣に変えたりといったのがそれだ。だがソレの特訓は後回しでもいいだろう。やることに大差はないのだ」

 

 なんと、俺が今まで強化魔術だと思って使ってきたのは変化魔術だったらしい。

 だがアーチャーの言う通り、俺のやることに変わりはない、考えることはただ一つ『剣であれ』という事だけだ。

 

「さて、それでは今夜はこの包丁の強化と解除を300回行え、まずは数をこなさねば話にならない、常に剣のイメージを保つことと包丁の存在意義を意識しすることを忘れるな」

 

 ……サーヴァントの指導方法は皆スパルタ方式なようだ。

 



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RE2月5日 朝 リリィとデート

「シロウ、今日はリリィとデートに行きなさい」

 

 朝になるとイリヤがそう告げてきた。

 昨日はリリィがイリヤと出かけろといってきたが今日はイリヤにリリィと出かけろと言われている。

 

「あのね、シロウはまだリリィとちゃんとお話ししてないでしょ。彼女は英霊メディアの分霊ではあるけどシロウと元の時間を過ごしたキャスターではないのよ」

「えっ、でもリリィは元の時間で俺と過ごした時のことをを知っていたぞ」

「それは記録であって記憶じゃないわ、英霊が召喚される際には「英霊の座」と言う場所から呼び出される。ただし、それは本体とは無関係な分霊なの。サーヴァントとして呼び出されたキャスターと金羊の皮で呼び出されたリリィは大元が同じだけの別存在なのよ」

 

 そもそも、本来は召喚を跨いでは記録すらも引き継ぐことはないのだという。

 キャスターが小聖杯を使い、自分の記憶を情報としてリリィに託したのだ。

 

「じゃあリリィは、俺とキャスターの過ごした16日間を本のような客観的な形で読んだメディアということになるのか」

「えぇ、バグで子供の姿と性格で召喚されているようだけどね」

 

 そうだったのか……今の俺もサーヴァントとして英霊の座を通ってきたらしいが、キャスターと過ごした16日間は主体的な記録として覚えている。

 一度死んで正規の英霊となったメディアと小聖杯の力で生きたまま無理矢理召喚された俺とでは勝手が違うのかもしれない。

 

 キャスターなら何も言わずとも俺と共に戦ってくれると思っていたが、リリィが客観的な情報しか持っておらず、しかも幼少時の性格で召喚されているのであれば俺に対しての考え方も違うかもしれない。

 リリィとは一度ちゃんと話をしておいたほうが良いだろう。

 

 

「リリィはどこか行きたいところとかあるか?」

 

 急に俺のことをどう思っているのかとは聞きづらい、どこかに連れ出してから話をすることにした。

 

「うーん、特にはありませんねぇ。シロウさまが私のことを考えてくださるというだけで満足ですから」

 

 そう言ってリリィはニコニコと笑うがそれでは俺が困る。

 昨日イリヤと行った服屋やレストランにでも行くか……

 

「あっ……そうだ、あそこに行けばいいのか」

 

 一つリリィと行くべき場所に心当たりがあった。

 俺としてもあそこにキャスターと行くのは心残りだったし、リリィの反応を見ればキャスターとリリィでどのぐらい乖離性があるのかが分かるかもしれない。

 

 

「ここは……」

 

 その光景を見てリリィが目を輝かせる、目の前にはたくさんの人形。

 今、俺たちがいるのは商店街にあるヌイグルミ屋だ。

 以前にキャスターと来た時は羊のヌイグルミを恋しそうに見ており、また来ようと話をしていたのだがソレが果たされることは無かった。

 

「おっ……よしよし、まだあるな」

 

 俺のいた世界では羊のヌイグルミは売り切れてしまっていたが、この時間ではまだ売られていた。あるいは俺がこのタイミングで買ったから売り切れてしまっていたのかしれない。

 

「わっ……結構、大きいんですね。モフモフしていてとっても可愛いです。ありがとうございますシロウさま」

 

 買った人形をリリィに渡す(金は遠坂から借りた)。

 小柄なリリィは人形を両手で抱えると、それに顔をうずめて全身で喜びを表現する。

 

「あぁ、気に入ってもらえて良かったよ」

 

 ……やはり、リリィとキャスターでは性格が大きく異なるようだ。これがキャスターだったら顔を赤くしてそっぽ向きつつ、呟くようにありがとうと言うだろう。

 

「それでリリィ、ちょっと真面目な話があるんだが……」

 

 良い雰囲気になったので、リリィに現在の状況と俺に対してどう思っているのかを聞こうとするが、口にする前にリリィは察したようにフッとした笑みを浮かべる。

 

「ここでは人通りもありますからね、もっと人の少ない場所に移動しましょう」

 

 

 冬木大橋

 この時間帯は車はよく通るが歩行者は少ない、聖杯戦争絡みの話をしても誰かに聞かれることは無いだろう。

 

「それで、お話というのは何でしょうか?」

「あぁ、単刀直入に聞くがリリィは今の状況をどう考えているんだ?」

 

 リリィはキャスターとは別存在だ。俺と16日の時を過ごし聖杯戦争が終わるまでずっと一緒にいると約束した本人ではない。俺に協力する義理はないはずだ。

 

「もし俺と共にいるという約束が、その事実がリリィを縛りつけてしまっているなら遠慮なく言ってほしい。ゴルゴーンとの戦いはきっと危険なものになる。無理をして俺についてくる必要はない」

 

 そう告げるとリリィは傷ついたような表情を浮かべつつも強い口調ではっきりと宣言する。

 

「最初に言いましたが私はシロウさまに杖を捧げ、マスターとして認めています」

 

 召喚された時リリィは『私はコルキスの王女にして、女神ヘカテーの弟子、そして今はあなたの使い魔です』と誇らしげに語っていた。

 あの口上は形式的なものというわけでもないのか。

 

「記録としてであってもシロウさまが『魔女メディア』を信用して戦ってくれたというのは事実です。その恩を返すためにも私はシロウさまに全てを捧げたいのです」

 

 恩のために全てを捧げるときたか、小さいころのキャスターは随分と情熱的だったらしい。

 

「恩なんて感じる必要はないよ、俺はリリィに対して何かをしたわけじゃない」

「いえ、そんなことはありませんよ。今、羊のヌイグルミを買ってもらったばかりじゃありませんか」

 

 リリィがその白い指で愛おしげにヌイグルミの頭を撫でる。

 

「このヌイグルミは私の宝物です。英霊の座まで持ち帰ることはできませんがそれでも、この思い出があるだけで私は幸せです」

 

 分霊たるサーヴァントや使い魔がどんな体験をしても本体にとっては本を読んでいる程度の感覚しかない。

 だが全く影響が無いわけでもないらしい。

 

 人の出会いに意味はある、強烈な出会いはそれだけで存在を変えることになるのだろう。

 

「私は……キャスターは、シロウと出会って救われました。だから今度は私がシロウさまの力になりたいのです」

 

 リリィがその蒼い瞳で静かに俺を見つめてくる。

 

「……分かった。そういうことならリリィ、ゴルゴーンを倒しキャスターたちを救うまで俺に力を貸してほしい」

「はい、お任せ下さいマスター」

 

 そうニッコリと笑顔を浮かばせるリリィの顔は、花のように可憐であった。

 



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RE2月5日 夜 分かたれた運命

「強化魔術は昨日の特訓で一応の形になったからな。今夜は投影魔術を習得してもらう」

 

 昨日に引き続きアーチャーから指導を受ける。しかし今日の内容は強化魔術の特訓ではなく投影魔術の習得らしい。

 

「存在の昇華による強化で飛躍的な威力の向上が見込めるとはいえ、その辺の剣を強化したところでゴルゴーンは倒せまい。そこで投影魔術によって強化した宝具を使用する」

「宝具の投影……そんなことが可能なのか?」

「あぁ、そもそも強化、投影、変化と別々の呼び方をしているがこれは一般的な魔術師が行った分類だ。衛宮士郎の場合、『剣』という一点が絡んでいれば根本的な原理は同じ。すでに限定的とはいえ体をセイバーの剣に変化させるという域にまで至っている、宝具の投影もすぐにできるようになるだろう」

 

 俺の投影や強化魔術は普通の魔術師のやり方とは大きく異なるらしい。

 キャスターは『固有結界』がどうとか言っていたが、意識しすぎるとよくないと言って詳しくは教えてくれなかった。

 

「投影するには見本がなくてはできないだろう、すでに用意はしてある」

 

 そういってアーチャーが指し示したのは剣、剣、剣、床一面に敷き詰められた形も色もバラバラな数百本の剣だった、それもその一つ一つが宝具。

 ギルガメッシュのように無数の宝具を持つサーヴァントがいることは知っていたが、アーチャーもその類なのか。

 かの英雄王のように世界全てを治めたという感じはしないが、アーチャーの正体は一体何者なのだろうか。

 

「今夜は、ここにある全ての宝具の創造理念を基本骨子を構成材質を製作技術を憑依経験を蓄積年月を余すことなく読み取って完璧に再現して見せろ」

 

創造理念 (何の意図で)

基本骨子 (何を目指し)

構成材質 (何を使い)

製作技術 (何を磨き)

成長経験 (何を思い)

蓄積年月(何を重ねたか)

 

 それを追想し、あらゆる工程を凌駕することで幻想を結び剣とする。

 アーチャーの真名は気になるが今考えるべきは目の前にある剣の事だけだ。

 

 

「順調にシロウさまは強くなっているようですね」

 

 シロウさまはすでに剣を前にして自分の世界に入り込んでいるようです。

 邪魔をしないように小声でアーチャーさまに語りかけます。

 

「あぁ、今日の夜に宝具の投影を、明日に宝具の強化をマスターさせ、その後は実戦経験を積ませるつもりでいる。このペースならゴルゴーンに勝てる可能性も十分にあるだろう」

 

 シロウさまは本来ならありえないようなハイスピードで強くなっています、強化を駆使した瞬間火力ならサーヴァントを倒せるほどに。

 

「きっと教え方が良いのでしょうね。人によって詳細が異なる固有結界という特異な能力。しかしアーチャーさまはシロウさまの固有結界の全てを知り尽くしているわけですから」

 

 私はシロウさまとアーチャーさまが同一人物だと気づいています。きっと彼は別の時空で英雄となった衛宮士郎なのでしょう。

 ただし、それがシロウさまの目指した『正義の味方』なのかまでは分かりませんが。

 

「……やはり、私の正体に気づいていたか」

「はい、こんな特異な魔術を使える人間はそういませんから」

 

 アーチャーさまは僅かに肩をすくめます。その仕草はどこかシロウさまにそっくりで少しだけ笑ってしまいました。

 

 シロウさまが一日で存在昇華の魔術や投影魔術をマスターできているのは彼のおかげでしょう。なにせ、どうすれば良いのかを全て知っているわけですから。

 私や他の人物が教えてはこうはいかなかったでしょう。

 

「確かに私と奴は同一人物だ。だが起源が同じでも歩んだ歴史が違えば固有結界は異なる形で発露する。私にできるのは入り口に導くことだけだ。それに……魔術の教え方が良いというなら私ではなく君の方だ、私の時は魔術回路を開くだけでも一苦労だったからな」

 

 シロウさまの力になれないと落ち込んでいる私に慰めるような言葉をかけてくれます。

 私……正確にはキャスターの私はシロウさまの魔術回路を開きましたが、シロウさまが独力でやろうとすれば拒否反応による後遺症が出ていたことでしょう。

 そしてアーチャーさまが魔術回路を開くときに苦労したということは彼の歩んだ歴史では私はそばにいなかったのかもしれません。

 

「アーチャーさまの知っている『私』は……どんな存在だったのですか?」

「……『俺』がかつてマスターとして参加した聖杯戦争で君は、町中の人々から魔力を吸い上げていたよ。吸い取った人間を殺しまではしなかったがその凶行が他の陣営に警戒されてね、結局『俺』とセイバーで君を倒した」

 

 なるほど、アーチャーさまと初めて出会ったときに異様に警戒されていたのはそれが原因ですか。

 しかし、『私』が人を襲っていたというのは意外です。裏切りの魔女と呼ばれるのを嫌い、そういう行為はしないようにしているはずですが。

 

「『君』は……ある男に恋をしていてね。その男を勝たせるため、そして守るためにそのような凶行に走ったのさ」

 

 恋……ですか。

 話の流れから推測するに相手はシロウ様ではなく、私の知らない誰かなのでしょう。

 その誰かと出会って、恋をして、燃えるような感情に従って『魔女』となって聖杯を求めたのでしょう。

 

「とはいえ、今の君には関係のないことだろう。君は衛宮士郎と出会うことで私の知っている歴史とは別の運命を歩んでいるようだ。もっとも……それが良いことか悪いことかは分からないがね」

 

 キャスターの私はシロウ様と出会ったとき、彼を利用してやろうと考えていました、しかしシロウさまの愚直なまでの誠実さに惹かれ彼を信頼することにしたのです。

 けれども、それは恋や愛といった感情ではないのでしょう、少なくとも今の私はシロウさまのために一般人を襲おうなどとは考えていません。

 信頼から共に戦うことと、魔女となるほどの燃えるような恋を知ること、どちらの運命が幸せなのかは今の私には分かりません。

 

「……シロウさまも、あなたのような運命は辿りませんよ。私と出会うことでシロウさまの歩む道筋は変わっているはずですから」

 

 自惚れるわけではありませんが『私』という存在がシロウさまに与えた影響は中々に大きいと思います。

 私と出会いイリヤさんとも和解した今のシロウさまはアーチャーさまのような『英雄』になることはないのでしょう。

 もっとも……『正義の味方』を目指す彼にとってそれが良いことなのか悪いことなのかは私には分からないことですけれど。

 



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RE2月6日 朝 魔女の大鍋

「何か甘いものでも食べたいな」

 

 今の俺はサーヴァントなので食料の摂取は必要ないはずなのだが、日ごろの習慣だろうか?夜通し投影魔術の特訓をして疲れ切っていた俺の体は糖分を求めていた。

 

「冷蔵庫に入ってるものなら好きに食べて良いわよ」

 

 家主である遠坂から許可をもらい、冷蔵庫の中を探る。

 

「うわっ、こりゃひどいな」

 

 冷蔵庫の中は食料がギュウギュウに押し込まれていた。見れば大特価のシールがついたものばかり、安売りの時に大量に買って食べきれずに余らしているのか。

 

「これなんて賞味期限が切れかけだし……あぁ、押し込んでいるせいで底のものが潰れてるじゃないか」

 

 整理しながらも食えそうなものを探す。

 

「パンケーキの素か、これでも作るか」

 

 そういえばキャスターにパンケーキを作ってあげた時もあったな。リリィに振る舞ってあげたら喜ぶかもしれない。ついでにパンケーキだけでは味気ないので付け合わせを探す。

 

「あとは……おっ、これなんて良いな」

 

 ブルーベリーがあった。いつ購入したモノか分からないのが不安だが炒めてジャムにでもすれば平気だろう。

 

 台所で鍋やフライパンを準備しているとイリヤとリリィが寄ってきた。2人は割と仲が良く、いつもガールズトークに花を咲かせている。

 少女同士(厳密な意味では2人とも18歳以上だが)馬が合うのかもしれない。

 

「なになに、何を作ってるの?」

「シロウさま、料理なんて雑事は私が行いますよ。特訓で疲れているのですからシロウさまは休んでいてください」

 

 イリヤは興味に目を光らせ、リリィは俺のことを労わる言葉をかけてくれる。

 

「ありがとうリリィ、でも俺は料理を作るのも好きだし心配してくれなくていいよ。それよりパンケーキを作るから2人とも手伝ってくれないか?」

 

 俺は1人で黙々と料理を作るのも好きだが、皆でワイワイと作るのも好きだ。

 人によって料理の仕方は違っていて見ているだけでも面白い。

 

「わーい、パンケーキなんて美味しそう。それで何をすればいいの」

 

 イリヤも乗り気なようだ。俺と何か家族っぽいことができるというのが嬉しいのかもしれない。

 

「えーと、まずはこのボウルで卵と小麦粉を――」

「シロウさま、そんな面倒くさいことをする必要はありませんよ」

 

 手順を説明しようとする言葉をリリィが遮る。そういえばリリィは料理ができるのだろうか?手先は器用だし下手ではないだろうが……、そう思い眺めているとリリィは材料に対して指を振る。

 

「えいっ☆」

 

 瞬きほどの間に、手つかずだった材料たちがパンケーキに変わっていた。

 ホカホカと美味そうな湯気を上げている。

 

「どうですか、シロウさま?」

「これは……魔術を使ったのか?」

 

 確かにできたパンケーキはしっとりとしていて美味しそうだが……

 

「もう、3人で料理を作ろうとしてるのに一瞬で作っちゃたら意味ないでしょ。過程を楽しまなきゃ!」

「あぁ、そういう趣向でしたか。申し訳ありませんイリヤさん。それではこのパンケーキはもう一度材料に分解を――」

「いやっ、そこまでしなくていいよ。まだブルーベリージャムを作るから、それを3人で作ろう」

 

 そんな再分解された材料でパンケーキを作るのは何となく不安だ。

 それにしても、リリィは意外に天然なところがあるな。イアソンに騙され外の世界を知ることでキャスターのような素直になれないような性格が形成されたのかもしれない。

 

「鍋に水と砂糖とブルーベリーを入れて……これでしばらくかき混ぜるんだ」

「はいはーい、私がやりたーい」

 

 イリヤとリリィは身長が足りないので台を用意して料理させる。

 

「シロウさま、私は何をすればよいでしょうか」

「そうだな、灰汁が出てくると思うからそれを取り除いてくれ」

「はい!」

 

 そうやってしばらくは2人で作っていたのだが5分ほどたってイリヤが声を上げる。

 

「かき混ぜるの結構疲れるわ。リリィ、交代しましょう」

 

 今度はリリィが鍋をかき回す。

 既に水は煮立ってきておりグルグルとかき回すたびにドロドロとブルーベリーは潰れていく。

 鍋の中で透明な水が青く染まっていく様子を眺めながら俺は一つの逸話を思い出していた。

 

『魔女の大鍋』

 

 それは魔女メディアの逸話の一つにして、聖杯伝説の原型ともいわれる物語だ。

 

 メディアの夫であるイアソンの計によってペリアス王を失脚させるために講じた作戦。

 まずメディアは老いた羊を切り刻み鍋に放り込む。鍋の中身は青く光り、羊を元の姿に戻す。そうしてメディアはペリアス王の娘たちに告げた。

 

「私のこの魔法であなたたちの父上を若返らせてあげましょう」

 

 その囁きを聞いた娘たちは嬉々としてペリエス王を八つ裂きにし、青く光る大鍋の中に放り込む。

 しかし、どれだけかき混ぜても王は若返るどころか息を吹き返すこともなく、王は死に娘達は親殺しの罪を背負わされる。

 

 『魔女の大鍋』はそんな話だ。

 

 この時、メディアは何を考えていたのだろうか?

 

 単に王を殺すために魔術を使わなかったのか、そもそも死者蘇生の魔術なんて使うことはできず羊を生き返らせたのは何かのトリックだったのかもしれない。あるいは本当に若返らそうとしていたが何らかの原因で失敗したのかもしれない。

 

 真相を知るには目の前にいるリリィに聞くしかないが、そこまでする必要もないだろう。きっとリリィにとっては苦い記憶だろうから。

 

「シロウさま、こんなものでよろしいでしょうか?」

 

 リリィの声で我に返る、鍋を見ればいい具合にジャムが煮立っていた。ブルーベリーの独特な香りがあたりに広がっている。

 

「いい感じだな、さっそく食べよう」

 

 

「んー、美味しいわね」

 

 イリヤが口いっぱいにパンケーキを頬張って叫ぶ。

 

「はい、魔術を使わない料理というのも中々に興味深いものですね」

 

 リリィは細かく切ってジャムを絡めながら上品に食べている。料理の醍醐味というのは一生懸命作ったモノを食べておいしいと言ってもらうことだ。この喜びは魔術で一瞬で作ってしまえば味わえないだろう。

 

 

「イリヤさんは料理がお上手なのですね」

「エへへ、そうでしょ」

「……実は、作りたいお菓子があってご教授いただきたいのですが」

 

 イリヤとリリィが女の子らしいキャピキャピとした話をする。

 そんな微笑ましい2人を見つめて、しばしの休息を楽しんだのであった。

 



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RE2月6日 夜 存在昇華

「それでは今夜は宝具の強化を行ってもらう」

 

 一昨日は強化による『存在の昇華』を、昨夜は『宝具の投影』を学んだ。今夜はその2つを使った『投影した宝具の強化』を練習する。

 

「というか……そもそも、宝具の強化って難しいんじゃないのか?」

 

 キャスターにセイバーに強化を掛けないのかと聞いたとき、それは素人が名画に落書きをするようなものだと教えられた。

 元々の存在としての価値が高いモノに手を加えたところで価値を下げかねない、それはサーヴァントだけでなく宝具の強化でも同じことのはずだ。

 

「無論、普通は無理だ。だがお前はすでに宝具の投影までできているのだ。自分を信じて剣と向き合えばいい」

 

 確かにキャスターの例えた素人が名画に落書きするのとはわけが違う。

 模倣とは言え俺は一から宝具を創りあげることもできるのだ、宝具の強化だってきっとできるだろう。

 

「それじゃ、やってみるぞ」

 

 眼を瞑りイメージするのは黒と白の夫婦剣。

 アーチャーが愛用していた刀で『干将莫邪』という銘らしい。

 

「投影――開始」

 

 構造を材質を存在を寸分違わず模倣して、再現する。手の上にずしりとした感覚。

 目を開けた時にそこには『干将莫邪』が存在していた。

 

「ふむ……投影まで2秒ほどか、それに中身のないハリボテだ。やはり錬度不足は如何ともしがたいな。強度は強化魔術で補うとして……投影時間はすぐに解決できる問題でもないか」

 

 アーチャーが一瞬で投影魔術を行使するのに対し俺は2秒近くかかる。これは投影魔術を使ってきた回数と経験の差だろう。この差は一日二日で埋まるものでは無い。

 だが、仮想敵であるゴルゴーンを倒す際には前準備をする時間もあるのでそこまで大きな問題にはならないだろう。

 

「強化――開始」

 

 『干将莫邪』に強化魔術を使用する。ただの強化ではなく存在の昇華。

 『干将莫邪』の存在意義、その本質は「惹き合う」ことだ。

 

 切っ先が鋭くとがった形に変化した干将莫邪、二振りの刀を重ねれば一翼の羽のようにも巨大な鋏のようにも見えた。

 

「強化魔術は問題ないようだな。『干将莫邪』の互いに『惹き合う』という性質が剣として強化され『挟み裂く』という形に昇華されている。これからも強化魔術を使用する際には宝具の存在意義を意識することを怠るな」

 

 アーチャーから合格の言葉をなんとか貰う、奴に見せてもらった宝具を強化していけばゴルゴーンに打ち勝てるような策も見つかるかもしれない。

 

 

 アーチャーに見せた貰った宝具を投影しては片っ端から強化していく。

 

 英雄フェルグスが使用して丘を3つ切り裂いたという『螺旋剣』を強化すれば『地形破壊』から『空間破壊』の能力へと昇華される。

 英雄ベオウルフが使用したという魔剣『赤原猟犬』を強化すれば、敵を求め戦い続ける『闘争本能』がどこまでも敵を追う『対象追捕』能力へと昇華される。

 他にも『治癒阻害』の宝具は『再生不可』に『火炎放出』は『業火付与』といった具合に強化される。

 

「こんなところか、だいぶコツが掴めてきたな」

 

 投影にはまだ時間がかかるが、強化はノータイムで使用できるようになってきた。

 だがゴルゴーンを倒すにはまだ火力が心もとない。

 セイバーの宝具を投影して強化できればいいのだが今の俺にはそこまでの投影技術がないのだ。

 

「シロウさま、少しお休みになってはいかがですか?すでに数時間も鍛錬をなされていますよ」

 

 気が付けば部屋の隅にリリィが座っていて、こちらのことをジッと見つめていた。いつの間に……

 時計を見ればリリィの言う通りかなりの時間が経過していた。根を詰めすぎてもよくないし少し休むか。

 

「宝具の強化を使いこなせるようになってきたようですね」

「まぁ、こんだけやればな」

 

 俺の周りには強化に失敗して砕け散った宝具が散乱している。

 アーチャーは宝具の強化は通常の魔術師ではできないと言っていたが、普通は試そうとすら思わないのだろう。投影魔術で宝具を使い潰せる俺だからこそ、こんな贅沢な特訓ができている。

 

「ただ、ゴルゴーンを倒すにはまだ足りない気がしてな。何か良い作戦はないか?」

「うーん、対怪物宝具でも使えば良いのではないでしょうか、一撃で倒せるかは微妙なところですが」

 

 いまいち良い案が思い浮かばないな。不意打ちの一撃でゴルゴーンを倒せるのが理想的なのだが。

 

「ん、そういえばキャスターの『破壊すべき全ての符』を使えば良いんじゃないか?」

 

 対象を初期化するこの宝具。

 マスターとの契約を断たれればサーヴァントは大幅に弱体化する。上手くいけばゴルゴーンからライダーの状態へと戻せるかもしれない。

 

「どうでしょうか、マキリ・ゾォルケンは自らの肉体と魂をゴルゴーンに喰わせていましたからね。あそこまで深いつながりでは『破壊すべき全ての符』も効かない可能性が高いでしょう。存在が完全に変質してしまっているのでライダーに戻すことも無理ですね。聖杯を守れという令呪は無効化できると思いますが」

 

 さすがにそう簡単にはいかないか、令呪が無効化されたからと言って大聖杯のところまでやすやすと通してくれるとも思えない。

 ゾォルケンが自らを喰わせた時は何事かと思ったがキャスターの宝具を警戒してのことだったのか。

 

「申し訳ありません、私の宝具ではお役に立てず」

「いや、それなら『破壊すべき全ての符』に俺の強化魔術を使ってみたらどうかな?何か効果があるかも」

 

 その言葉にリリィがしばし考え込むが、すぐにシュンとした顔になる。

 

「いえ、大した効果は得られないでしょうね。私の宝具は契約を破壊することしかできないような下らないモノです。『裏切りの短剣』そんなものをわざわざ使う必要もないでしょう、アーチャーさまが所持していた宝具にはもっと素晴らしいモノがありましたし、そちらを使用したほうがよろしいかと」

 

 僅かに卑下するような色を含ませながらリリィが語る。

 

 かつてキャスターは『破壊すべきは全ての符』を「裏切りの魔女」である自身の人生が具現化した宝具だと説明していた。

 そして今、リリィは「裏切りの短剣」だと称した。

 

 だが本当にそうなのだろうか?

 

 『破壊すべき全ての符』の存在意義は、メディアの人生の本質は「裏切り」なんてものなのだろうか?

 



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RE2月7日 朝 復讐者

変化魔術で体を鉄に変える特訓をする、ゴルゴーンの人間を溶かす結界に耐えるためにも、体を剣にギリギリまで変化させなければならない。

 

「変化の移行がスムーズになっているようですね、ほとんどノ―モーションで行えています」

 

 隣で見ていたリリィが褒めてくれる。

 

「あぁ、これは俺がサーヴァントとして顕現しているおかげかな。生身と違って新陳代謝による誤差とかがないから一度構造を把握しておけば後は魔力を流し込むだけでいい。サーヴァント化による意外な恩恵だな。他にもサーヴァント化によって何か変わっているのかな?」

「ステータスを見てみてはいかがでしょうか?」

 

 そういえば、サーヴァントは能力をステータス化して見れるのだった。

自分のステータスを見るというのは何だか複雑な気分だが、眼を瞑り自身の姿を思い浮かべる。

 

「…………」

 

 クラス アヴェジャー 真名 衛宮士郎

 筋力 E 耐久 E 俊敏 E

 魔力 E 幸運 D 宝具 EX

 

 クラス別能力

 復讐者:E 忘却補正:A+ 自己回復(魔力):D

 

 保有スキル

 魔術:D- 投影魔術:C- 強化魔術:A

 

 宝具

 金羊の皮

 

 目を閉じて念じればステータス表があらわれる。自分のことのためか開示されている情報が多い。

 

「やっぱり、スタータスは軒並み低いな。宝具と幸運以外は全部Eか」

 

 一般人である俺がキャスターの力で無理矢理に召喚されただけなのだから仕方ないのか。正当な英雄たちと比べれば話にならないのは当然だ。

 

「シロウさま、落ち込むことはありませんよ。強化魔術のスキルはAランクじゃありませんか。実質的な強さはもっと上なはずですよ」

 

 確かに俺の強化魔術は存在を昇華することができる。

 表面的なステータスでは俺の強さを正確にあらわすことはできない。

 

「投影や普通の魔術スキルはランクが低いな。今まで強化魔術しか使ってこなかったんだから当たり前だけど」

 

 ずっとキャスターに教わった強化魔術で戦ってきたからな。

 普通の魔術はともかく、投影は鍛えればもっとランクが上がる気もする。もっとも数年はかかるだろうけど。

 

「アヴェジャーのクラス別保有スキルは復讐者、忘却補正、自己回復(魔力)か。なかなか良いな」

 

 復讐者のスキル

 よく分からないが、名前から察するに怨みなどの感情に関するスキルなのだろう。俺はゴルゴーンのことを倒さねばとは考えているがマキリ・ゾォルケンのせいで化物に堕ちたことも知っている。

 故に彼女個人に深い怨みがあるというわけではない、ランクがEと低いのはその辺りが原因だろう。

 

 忘却補正のスキル

 名前の通りの復讐に関することを忘れないようにするスキルだろう。俺はキャスターから金羊の皮を手渡されたときに彼女のことを一生忘れないと約束した。今も目を閉じればキャスターとの思い出がありありと溢れてくる。

 リリィを召喚する時にキャスターの何気ない言葉を思い出せたり複雑な魔方陣が描けたりしたのはこのスキルのおかげなのかもしれない。

 

 自己回復(魔力)

 夜通し強化と投影の特訓が行えるほどの魔力があるのは聖杯から魔力が提供されているかと思っていたが、このスキルの影響もあるのかもしれない。Dとランクは高くないが有ると無いでは大きな違いだろう。

 

「金羊の皮……俺の宝具扱いなんだな」

 

 最期にサーヴァントにとって自身の象徴であり最も重要と言える宝具。

 アヴェジャー衛宮士郎の宝具はキャスターからずっと持っていてほしいと託された金羊の皮だった。

 

「それが宝具として召喚されたという事は、シロウさまは私との約束を守り、ずっとずっと死ぬまで持っていてくださっていたということでしょうね。私がこうして召喚されているのも宝具としての能力なのでしょう。シロウさまの宝具となったことで新たに伝承として認められたのかもしれません」

 

 ライダーは天馬を召喚する能力を持っていたという。生前にメドゥーサとしてペガサスと繋がりがあるからだろう。

 それと同じように俺はキャスターと暮らし、本人から手渡された金羊の皮をずっと持ち続けていた『事実』があるからこそリリィを金羊の皮の精霊として呼び出せた。

 

 リリィを見る、こちらの方をじっと見つめる少女の姿。

 彼女は俺とキャスターの約束の証、互いの『裏切りたくない』という想いの結晶なのかもしれない。互いに傷つけず傷つけられぬようにという願いの。

 

「でもよく考えたら、これってキャスターから渡された金羊の皮そのものって訳では無いよな」

 

 自覚はないが、俺がサーヴァントとして過去の時間に召喚されたのは単純な時間移動という訳では無く「英霊の座」というところを経由しているらしい。

 リリィいわく、俺と存在の近い英雄に世界を誤認させて召喚したとか言っていたが詳しくは教えてくれなかった。

 なににせよ俺の体と所持品は聖杯の魔力によって再構成されたものである。

ゴルゴーンとの戦いで傷ついた体と服が元に戻っていたり、一画残っていたはずの令呪が消えてしまっているのはそれが原因なのだろう。

 

 そして、この金羊の皮もキャスターに託されたものでは無く聖杯の再現品にすぎないということになってしまう。

 もちろん機能的な意味で何か相違があるわけではないのだが、そこに込められた存在の意味は大きく異なる。

 キャスターとの約束を果たすためにもゴルゴーンを倒して毛皮を取り戻さないとな。

 



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RE2月7日 夜 魔女の本質は

「ハァアアアアアア」

 

 剣が打ち合わされるたびに火花が飛び散り、鋭い金属音が鳴り響く。

 

 アーチャーと実戦式の特訓。

 肉体を鋼のように強化しながら奴の剣を捌き、頭の中に設計図を描き、投影したその存在を昇華する。

 だが、強化したはずのそれはアーチャーの剣にあっさりと打ち砕かれ、ジワジワと追い詰められていく。

 

「そら、どうした。剣がもろくなっているぞ」

 

 俺のハリボテの投影では奴の投影には適わない、そのまま真正面から打ち合えば俺の剣は打ち砕かれてしまう。そのためにわざわざ強化魔術によって存在の位階を上げるという手段を取っているのだ。

 しかし、この方法ではやはり時間がかかる。投影に2秒はかかる。これではどうしても後手に回ることになる。しかも途中に攻撃されたりして集中力が乱されれば失敗のリスクも高まる、戦場においては致命的なスキだ。

 

「……ここまでだな。投影の錬度も落ちてきている。これ以上はやっても無意味だ」

「ハァハァ、ま、待て……まだ俺は戦える」

「これが戦場なら既に十回は死んでいるぞ。お前の選んだ強さを今一度見つめなおすのだな」

 

 そういってアーチャーが部屋を去る、俺はその背中を睨みながらも疲労から膝をつく。

 俺の選んだ強さ……か、キャスターから教わった強化魔術を鍛えてきたがそれだけでは足りないのか?

 いや、俺の使い方が悪いだけだ。ただ攻撃に使うだけが強化魔術の真価ではない、強化魔術には、まだ可能性があるはずだ。

 

「シロウさま、ご無事ですか?」

 

 隅で俺たちの戦いをハラハラとした顔で見つめていたリリィが駆け寄ってきた。

 

「あぁ、シロウさま手から血が!」

 

 血相を変えてリリィが叫ぶ、見れば指から僅かに血が流れていた。アーチャーは剣を寸止めして戦っていたので俺がどこかで擦ってしまったのだろう。

 

「大丈夫だよ、これぐらい舐めとけば治るから」

 

 傷を見て慌てるリリィになだめるように語る。リリィはしばらくじっと俺の指を見つめていたが、急に顔を近づけると――

 

「んっ―――ちゅ、へろっ」

 

 そのサクランボのように赤い舌で俺の指をなめとった。

 

「なっななな、何してるんだ」

 

 湿り気を含んだ柔らかな感覚に驚いて思わず飛びのいてしまう。舐めれば治ると言ったがホントに舐めてくるとは……

 

「違いましたか?申し訳ありません、治癒魔術が使えれば良かったのですが……」

「別に謝らなくても……ん?リリィは治癒魔術を使えないのか?」

 

 リリィは現在サーヴァント以下の使い魔として顕現している。

 そのために保有できる魔力に限界があり戦闘に使えるほどの大規模な魔術は行使できないと聞いた。

 それでもこれぐらいのかすり傷は治療できそうなものだが。

 

「魔力の問題ではありません。私の……魔女メディアとしての存在の問題なのです。魔女の存在意義は他者を貶めることだけ、傀儡を繕い呪いを操ることができても誰かを救うことだけはできないのです。私にできるのは裏切り破壊することだけですから」

 

 そう寂しげに語るリリィ、自嘲するようなその響きに思わず声を荒げて反論する。

 

「そんなことない、リリィは……メディアは誰かを貶める魔女なんかじゃない。俺に強化魔術をかけてくれた時の温かさを忘れちゃいない。あれは俺のことを想った魔術だった」

 

 確かにメディアは悪行を犯した、弟を民を国を捨てたのは紛れもない事実だ。

 だが、だからといって彼女の存在が悪という訳ではない。本当に全てを裏切って繋がりを破壊したというなら国に還りたいという願いなど持たない、俺やセイバーに強化魔術を掛けることだってできないはずだ。

 それは彼女が他人を思いやる心があったからこそのはずだ。

 

「ありがとうございます、シロウさま。ですが今の私がシロウさまのお力になれていないというのは事実ですし……」

「いや、それだってリリィの勘違いだ。リリィの存在に俺がどれだけ助けられたか分かってない」

 

 ションボリと語るリリィの言葉を否定する。

 この時間軸に俺が一人きりで放り出されてどれだけ心細かったか、そしてリリィが召喚された時にどれだけ心強かったか。

 それからも彼女は俺が特訓している間ずっとそばにいてくれた。行き詰まりそうになったら励ましてくれて傷つけば自分のことのように心配してくれる。

 

「俺はリリィがいてくれるだけで救われた、君が裏切りの魔女なんかじゃない。それだけは断言できる」

 

 イリヤと仲良しそうに話をしたりパンケーキを食べるリリィの笑顔を思い出す。

 

 神々によって運命を捻じ曲げられてしまったが彼女は本来、人の幸せを願う純真な少女だったはずだ。

 



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RE2月8日 朝 ずっと一緒に

 この時間の俺たちはライダーを見つけるために使い魔を放つ準備をしているはずだ。

 街に使い魔が放たれてしまえば動きづらくなる、その前にいくつかやっておかなければならないことがある。

 

「さて、ついたな」

 

 アインツベルン城の大きな門をくぐる。目的はイリヤが聖杯戦争のために持ってきた魔術礼装の数々の回収だ。

 

「バーサーカーがいれば十分だと考えていたから、それほど強力な礼装はもってきていないけどね」

「ないよりはマシでしょう。私の道具作成スキルやシロウさまの強化魔術でパワーアップさせることもできますし」

 

 そういって2人は積まれた魔術礼装の数々をあさりだした。あまり多くの魔術礼装をもって移動すれば他のサーヴァントに気づかれてしまうのである程度の数に絞らなくてはならない。

 

「これなんてどう?治癒のスキルがついてるし攻撃にも転用できるから……」

「いえ、それでは即時性が薄いです。ここは回避などに重点を置いて……」

 

 魔術礼装と言ってもその種類は武器のようなものから、煌びやかな宝石、毛糸、何かの肝、羽に種と多種にわたる。だが俺は剣に関すること以外の魔術知識は疎い、二人が吟味するのを黙って待つ。

 

「……それにしても、この城は広いな」

 

 前にもアインツベルン城には来たことがあるが改めてみるとかなりの広さだ。パッと見ただけでも数十個の部屋があるし、庭もかなりの規模だ掃除なんかもかなり大変だろう。

 

「ん―、私がドイツで住んでた時のお城はもっと広かったわよ」

 

 俺のつぶやきを聞いたイリヤがサラリととんでも発言をする、この城よりも大きいというのか……アインツベルンは千年も続く魔術の名家だとは聞いていたが予想以上だったようだ。

 

「……イリヤは、寂しくなったり怖くなったりしたことは無いのか?そんな広い城に住んでいて」

「寂しくは……なかったかな?セラやリズがいたわけだし」

 

 セラとリズというのはイリヤのメイドだ、今はいないがドイツにいた時はずっと一緒にいたらしい。

 

「でも……ベッドに一人で眠っているときにお母さまやキリツグのことを思い出すことはあったわね」

 

 そう語るイリヤの声は僅かに震えていた、しまった、嫌なことを思い出せてしまったか。

 切嗣たちはイリヤが小さい時にいなくなっている、それまでは子守唄を歌ってもらったり手を握ってもらって眠っていただろうに、ある日突然にそれがなくなったのだ。何も感じないわけがない。

 変な事を聞いて悪かったと謝ろうとしたとき、イリヤはこちらを向いてニコリと笑った。

 

「けど、今は違うわ、傍にシロウがいてくれるもの」

 

 その笑顔には寂しさや不安は欠片もなく、暖かな感情であふれていた。

 

「シロウの方こそ、夜中に怖くなったりしたことはないの?」

 

  正直にいえば……ある、切嗣からもらった俺の家はこの城よりもずっと小さいけれど、それでも孤独を感じるには十分な広さだった、夜中に桜や藤ねえが帰ったあと夜の闇と静けさが痛いくらいに感じられた。

 あの家は一人で住むにはあまりに大きすぎた。

 

「ふーん、そうよね、シロウだって家族を小さい時に無くしてるんだもんね……ごめんなさい私がシロウの傍にずっといられればいいのに……」

 

 イリヤが悲し気に目を伏せる。

 そうだ、イリヤはこの戦争で誰が勝者になろうとも最後はその聖杯としての役割を果たし、人としての生涯を閉じる。

 

 俺はまた『家族』を失うのだ。

 

「ずっとずっと一緒にいられれば良いのにね」

 

 イリヤが祈るように天を見つめる。

 

 家族を失い、一人で過ごすというのはツライ。だが必ず誰もがいつかは経験することだ。

 キャスターやセイバーだって家族を失い、悲しんだだろう。特にキャスターは自らの手で弟を殺めてしまったのだ。

 

 夜、一人きりで過ごす、がらんとした家の静けさを思い返す。

 

 そうだな、ずっと一緒にいられればいいのにな。

 イリヤだけじゃないキャスターやセイバー、桜や藤ねえなんかとも。ずっとずっと。

 一人では広すぎる俺の家でみんなと一緒に暮らす、そんな『奇跡』が叶えば良いのにな。

 



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RE2月8日 夜 灰色の世界

「あの結界……あれが『他者封印・鮮血神殿』か」

 

 展開された結界をアーチャーが見上げる。

 これこそがライダーの宝具、中に入ったものを溶かし喰らう魔の神殿。

というか何故アーチャーはライダーの宝具名まで知っているのだろうか、本当に謎の男だ。

 

「もう一度確認します、まず結界内でしばらくすればシロウさまとライダーさんが交戦が開始。キュベレイの瞳によって石化させられそうになった後にアーチャーさまが助っ人に入るという流れでよろしいですね」

 

 この世界と俺のもと居た世界がパラレルワールドにならないためにはこの時間の衛宮士郎が俺と同じ体験をしなくてはならない。俺の記憶と矛盾が発生しないようにリリィとアーチャーと事前に打ち合わせをする。

 

「きたぞ、この時間の衛宮士郎だ」

 

 建物の影からこっそりと見やれば結界に魔力を吸われながらもフラフラと歩く俺の姿があった。

 

「しかし……まさか自分自身を見ることになるとは妙な気分だな……」

 

 何気なく発したその言葉、しかしアーチャーは複雑そうな顔をし、リリィはそんなアーチャーを見て何がおかしいのかクスクスと笑っている。変な事を言っただろうか?

 

「ふん……とにかく、この時間の衛宮士郎やライダーには気づかれないようにしろ、もし気づかれれば、その瞬間にこの世界とお前の世界は乖離しキャスターを助けることもできなくなるのだからな」

 

 アーチャーの言葉に気合を入れなおす、リリィの魔術で誤魔化しているとはいえ近くにはセイバーやマキリの使い魔もいる、警戒するに越したことは無い。

 

「というか……それなら俺はこない方がよかったんじゃないか?」

 

 ライダーと戦闘しなければならないアーチャーと魔術で隠ぺいができるリリィはともかく、俺は家で待っていた方がばれる危険性が少なかったのではなかろうか。実際、イリヤと遠坂は家で待機している。

 

「いえ、きっとアーチャーさまの戦いぶりはシロウさまのためになるはずです」

 

 リリィの言葉を聞きながらこの時間の俺がライダーに吹き飛ばされるのを見る。

あの時はライダーの豹変ぶりに驚いたがゴルゴーンへと存在が近づいていたからなのだろう、だとすればライダーの本来の性格はあの物静かな感じのほうなのかもしれない。

 

『アッ……アアッ』

 

 この時間の俺がうめき声を上げる、強化魔術に失敗し自らの体を鉄へと変えてしまったのだ。呼吸もできずに醜く地面を這いずり回る。今の俺ならそんな失敗はしないのに……未熟な自分を見るというのは歯がゆいものだ。

 

「そんな顔をするな、未熟な期間があったからこそ現在のお前がある、むしろ自らの成長具合を、自らが歩んできた道を誇れ」

 

 しょげる俺にアーチャーが呟く、意外だな……コイツがこんなことを言うなんて。

 

『――我が魔眼に囚われるがいい』

 

 ライダーの魔眼が黄金に怪しく輝き、この時間の俺が石と鉄のオブジェへと変わっていく、それを確認しながらアーチャーが一歩前にでる。

 

「いいか、衛宮士郎。これから私の戦いをよく見ておけ、私を目指し……私のようにはなるな。お前はお前だ。自分が歩んできた道をキャスターと出会ったお前の運命を信じろ」

 

 赤い外套をはためかせながら背中越しに言葉が投げつけられる。

 

 アーチャーを目指し、アーチャーのようにはなるな……か。

 矛盾した言葉ではあるがその真意を図るためにも奴の一挙一動をつぶさに観察する。

 

「―――I am the bone of my sword」

 

 紡がれる詠唱、それは世界ではなく自己に向けられたものだ。

 

「Steel is my body, and fire is my blood

I have created over a thousand blades」

 

 アーチャーの存在に気づいたライダーが首を傾ける、バイザー越しの視線を受けながらもアーチャーは詠唱を止めない。

 

「Unknown to Death

Nor known to Life.」

 

大気中のマナが励起し、世界が侵食される。夜の底冷えした冷気が乾ききった荒漠とした空気へと塗り変わっていく。

 

「Have withstood pain to create many weapons.Yet, those hands will never hold anything」

 

 詠唱を阻止しようとライダーが杭鎖を投擲する。音速で投げられたそれは蛇のように身をくねらせながらアーチャーの頭部を喰らおうとする。

 

「So as I pray, unlimited blade works.」

 

 カキンと甲高い金属音。

 いつのまにかアーチャーの両手に握られた剣、それが杭鎖を弾いたのだ。

 

「これがアーチャーさまの宝具……固有結界、心象風景の具現、『彼』が道のりの果てに得た答え……ですか」

 

 展開されたアーチャーの宝具、これこそが奴の尊き幻想。

 無数の歯車と無限の剣がそびえたつ荒涼とした灰色の世界。

 そんな風景を、なぜかリリィは心苦しそうな表情で見つめる。

 

 だが俺はそんなリリィの表情よりもアーチャーが持つ剣に目が引き寄せられていた。

 俺は瞬きもせずにアーチャーのことを見ていたはずなのに、あの剣はいつの間にか握られていた。

 

 まるで初めからそこに存在していたとでもいうように。

 

「何だ?何をしたキサマッ」

 

 ライダーが再び杭鎖を投げつける。

 アーチャーは剣を振ることでそれを捌き、その勢いのままに二振りの剣を投げ返す。

 

「ッ………」

 

 ライダーは剣を投げつけるという予想外の行為に驚愕をにじませ、よろけながらも蛇のように体をくねらせて白黒の剣をかわす。だが――

 

「ふっ、姿勢がくずれたな」

 

 すでにアーチャーは二刀目を投げつけるモーションに入っていた。

 虚空を握るアーチャーの手、しかし気がつけば剣が握られており腕が振り切られると同時に剣がライダーへと曲線を描く。

 

「クッ……厄介な」

 

 必殺のタイミングで放たれた二刀目の投擲、ライダーは空中で無理やり姿勢を正し、人外の跳躍力で逃れる。剣はライダーの頬をかすめながらもあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「…………」

 

 2回の投擲を避けられながらもアーチャーの顔に焦りはない。むしろ不敵な笑みを浮かべてライダーへと近づく。その手には先ほどと同一の剣が握られている。

 あの剣は……あの宝具は『惹き合う』性質を持った夫婦剣、その銘は『干将莫邪』

 

「鶴翼三連」

 

 3つのバツの重ね合わせ、6本の剣に囲まれてはどれほど俊敏性が高かろうが避けることはできない、切っ先がライダーの白い肌を切り裂き鮮血が飛び散る。

 

「グッ……ウウウウッ」

 

 苦悶の声を上げてライダーが地に伏せる、ここで倒してしまっては俺の知っている歴史と変わってしまうのではないかと心配になるが、それは杞憂らしい。

 ザックリと切り裂かれたライダーの傷がみるみるうちに塞がっていく。ライダーに治癒に関する能力は無い……『他者封印・鮮血神殿』で集めた魔力で強引に体を再構築しているのか。

 

「おのれ、よくも……貴様は石くれにして欠片も残さず打ち砕いてくれよう」

 

 ライダーがその魔眼に魔力をこめる。

 マズイな、いくらアーチャーとは言えアレに睨みつけられては……

 

「なっ……アーチャー?それに貴様は……ライダーか?何故ここに」

 

 そこに響く第三者の声、セイバーだ、戦闘に気が付いて駆けつけたのだろう。

 剣を手にアーチャーとライダーを警戒するセイバー、その後ろにはこの時間のキャスターの姿もある。

 

「あれは……まさかシロウ、石化させられてしまったというの」

 

 キャスターがこの時間の俺の惨状に気づいたようだ、ライダーの存在も無視して駆け寄る。

 

「嘘っ、息がない……いえ、落ち着いて心臓までは石化していない。まだ……まだ助かるわ。助けるためにまずは、まずは……ええっと……どうすれば」

 

 石化した俺を前にキャスターはもともと白い顔をより蒼白にする。歯をカチカチとならし何をすればいいのかも分からぬほどに取り乱す姿からは普段の冷静さを感じられない。

 

「っ……『騎英の手綱』」

 

 そんなキャスターを横目にライダーが宝具を使用する。

 対魔力の高いセイバーには不利だと悟ったのだろう。ペガサスに跨り流星のような飛翔でこの場から離脱する。

 セイバーはライダーを追うか僅かに逡巡するが、すぐに石化した俺に駆け寄る。

 

「キャスター、シロウの容体は?」

「ダメ……ダメなのよ、魔術を使ってるけど治癒できないの。私のせいだわ、私がシロウを聖杯戦争に巻き込んでしまったから……」

 

 キャスターは顔をふせてポロポロと泣き出してしまった。そんなに責任感を抱いていたとは……こうしてコソコソと盗み見している身としては逆に申し訳なくなってくる。

 

「とりあえず、いつまでもここにいる訳にはいくまい。まずは君たちの工房に戻った方がいいのではないか」

 

 アーチャーがキャスターたちに呼びかける。

 あとはアイツに任しておいても大丈夫だろう。

 

「シロウさま、私たちもそろそろ帰りましょう」

 

 リリィと共にこの場を離れる、歩きながら今しがた見た一連のことを思い出していた。

 ライダーの豹変ぶり、俺の危機に涙すら流したキャスター、そして……アーチャーが見せた灰色の世界を。

 



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RE2月9日 朝 裏取引

「衛宮君……ちょっと来てくれるかしら?」

 

 強化魔術の特訓をしていると遠坂から呼び出された。

 

「ここに入って」

 

 示されたのは魔術素材などが入れられていた棚だ、今は何かに素材を消費したようで人が1人入れるだけのスペースがある。

 

「は?……なんで、棚なんかに……」

「いいから、入った入った。リリィからは衛宮君には教えるなって言われてたんだけど、きっと知っておいた方がいいと思うから……」

「ちょ、だからなんでこんなところに」

「っと、きたわね、いい、音とかたてちゃダメよ」

 

 薄暗い棚の中に押し込められバタンと扉が閉められる、それと同時に呼び鈴の音が響く、誰かを俺に合わせるつもりなのだろうか。

 元の時間の2月9日の朝は石化していたので記憶がない、いったい誰が――

 

「アーチャーのマスター、取引をしないかしら?」

 

 その声を聞いた瞬間、思わず物音を立てそうになった。

 緊張のためか少し硬いが今のはキャスターの声だ。リリィの少女らしい可憐な声ではなく大人らしい落ち着きを持った声。

 

 なぜキャスターが遠坂邸に?

 

 棚から外の様子を見ることはできないので耳をピッタリとくっつけてキャスターの様子を探る。

 

「取引……ねぇ、いったい何が望みなのかしら?」

 

 遠坂が意地の悪い声でキャスターに問いかける。

 

「……まず、昨日アーチャーに助けられたことの礼を言います」

「あら、昨日のライダーの一件なら別に気にしなくてもいいわ、アレは私たちとしても必要な事だったし……それに、アーチャーは間に合わなかったんでしょう?」

 

 ギリッと歯噛みするような音が聞こえる。

 

「えぇ、私のマスターは……シロウはライダーによって石にされてしまったわ。体を鉄にしていたおかげで完全な石化はさけることができたけれど、それでも……このままではシロウは死んでしまうでしょう」

 

 その声は僅かに震えていた、昨日の石化した俺を見た時よりは落ち着いているが、それでも俺が死ぬのが怖いらしい。

 

「神代の魔術師といえど、伝説の魔眼は治せないのかしら?」

「いえ、完全な石化を免れている状況なら霊薬さえ作れれば治療は可能よ、そのためには材料が、あなたの力がいるの。だから……取引をしましょう」

 

 いくらキャスターが優れた魔術師であっても無から有を作り出すことはできない。竜騎兵を造りだした時だって素材となる牙を持っていたからできたのだ。

 

 それにしても俺を治す霊薬の素材を得るために遠坂と取引していたなんて、俺が石化から目覚めたときはそんなことは言わなかったのに。

 

「ふーん、取引ってことは……私が材料を渡せば見返りにキャスターは何かをくれるのかしら?」

「えぇ、私が知っている魔術知識をすべて貴女に教えるというのはどうかしら。神代の魔術……知っておいて損はないはずよ」

「うーん、それはチョット弱いんじゃないかしら?このまま衛宮君を放っておけばキャスターとセイバーは消滅する。そうなれば私が聖杯を得られる可能性も高くなる。神代の魔術も聖杯があれば必要ないわ」

 

 俺がこうしてここにいるということは、この時間の俺はキャスターの霊薬で石化を解かれる運命にあるという事である。

 遠坂もそれを知っているはずなのに、わざわざ意地の悪いことを言うものだ。

 

「ッ……分かったわ、なら他のサーヴァントを倒すまで全面協力するということで……」

 

 言いかけてキャスターが言葉を切る、取引材料には不足だと思ったのだろう。

 次いで何かをコトッと置く音がする。

 

「この宝具は『破壊すべき全ての符』、契約を破壊することができる魔女メディアたる私の宝具です」

 

 突然の告白にさすがの遠坂も息を呑む、サーヴァントが自らの宝具と真名をばらすなどありえないことだからだ。特に『破壊すべき全ての符』は特性上、不意打ちでなくては効かないと言っていい。

 にも関わらず喋ってしまうとは……

 

「ギアスロールでこの宝具の使用を禁じ、そのうえで私に服従のギアスロールを使うというのはどうかしら?さすがにセイバーまで巻き込むことはできないけれど、文字通り私の全てを捧げることになるわ。決して損をする取引ではない筈よ」

 

 その言葉は覚悟が込められていた。

 キャスターは本気だ、宝具と真名を明かしギアスロールを使ってまで俺のことを救おうとしている。

 

「……宝具のことを話さなければ、あとでギアスロールを無効化することもできるでしょうに」

「えぇ、これは誠意よ。私はあなたに全てを捧げる。だから、あなたも私のことを信用してほしい、シロウのことを助けてほしいの」

 

 実際、これは相当に危険な取引だ。服従のギアスロールを書かせた後に遠坂が契約を不意にしてもキャスターは抗えない。だからこそ正体を明かしてまで信頼を得ようとしているのだろう。

 

「……分からないわね、メリットも無いってのに」

「まだ足りないのかしら?私にできることならなんでも――」

「いえ、私のことじゃないわ。キャスターのことを言っているのよ」

「私の?」

 

 少し呆れたような遠坂の声、キャスターは言葉の意味が分からないようだ。

 

「だから、なんでそこまで衛宮君に固執するのかって聞いてんのよ。石化したマスターなんてその宝具でぶっ刺して逃げ出しちゃえばいいのに」

 

 サーヴァントとマスターは一種の共存関係だ。サーヴァントは戦い、マスターは魔力を提供する。石化したマスターなんてただのお荷物でしかない。

 

「『魔術師』のクラスである貴方なら魔力の問題もどうにでもできるでしょう。メリットもないのに身を差し出してまで衛宮君を助けるのは必要があるのかしら?」

「それは……確かに………そうね」

 

 遠坂の言葉をキャスターが愕然としながら肯定する、まるで今までその考えに至らなかったという感じだ。

 

「でも……私はもう彼を、他人を裏切りたくないの。それに彼を聖杯戦争に巻き込んでしまったのは私の責任でもあるから」

 

 キャスターが俺と出会ったときは裏切ろうと画策していたらしいが今ではその発想がでないくらいに俺のことを想ってくれているらしい。

 ただし、それは信頼からではなく『裏切りの魔女』である自身への嫌悪と俺を危険に晒してしまったことへの罪悪感が大きいようだ。

 キャスターが俺のことを本当に信頼してくれるまでは、もう少し時間がかかるということか。

 

「はー、羨ましいわね。私のサーヴァントもキャスターみたいに主想いだったらよかったのに」

「そうかしら?アーチャーも……『彼』も、あなたのことを大切にしているようにみえるけれど?」

 

 羨ましがる遠坂に対して、キャスターは何故か嫉妬しているかのように答える。アーチャーが主想いか、そんな風には見えないけれど。

 もし俺が遠坂のサーヴァントだったら、危ないから部屋に籠っていろと言うだろう。アーチャーのように外に連れまわしたりはしない。

 

「とにかく、そこまで言うなら霊薬の材料は渡すわ。服従のギアスロールも書く必要もない。ちょっとキャスターのことを試しだけだしね。ただ、1つ条件を聞いてほしいの」

「なにかしら?」

「条件というか、まぁ、忠告なんだけどね。キャスターが衛宮君のことを本当に想っているのなら、彼のためにできることを考えたほうが良いわよ」

「私ができること……か、『裏切りの魔女』にできることなんてあるのかしらね?」

 

 自嘲するようなキャスターの言葉。

 もしかして、遠坂がこんな変な事を言ったせいで後に俺の記憶を奪い聖杯戦争から遠ざけるという強行に走ることになったのか。

 

 ただ傍にいてくれる、それだけで俺は良かったのに。

 

「とにかく、はい、これが素材よ。これだけあれば十分でしょ」

「え、えぇピッタリよ、よく必要な素材が分かったわね」

 

 遠坂が素材を取り出す、リリィから話を聞いてあらかじめ用意しておいたのだろう。

 最初から渡してあげればいいのに。

 

「ありがとう、アーチャーのマスター。本当に助かったわ、これでシロウを治すことができる」

 

 心底安堵したというようにキャスターが息を吐く。

 

「それと……一つお願いがあるのだけれど、このことはシロウには話さないでほしいのよ。彼はきっと恩を返そうと躍起になるでしょうから」

「ふーん……いいわよ。私は話さないわ、私はね」

 

 遠坂が少し笑いを含みながら答える。

 確かに、遠坂は何も話してないな。横でバッチリ本人が聞いているだけで。

 

 扉の閉じる音がする、キャスターが出て行ったのだろう。

 

 俺の石化を治すためにこんなやり取りがあったとは、キャスターは俺が知れば恩を返そうと躍起になるとい言っていたが……その通りだ。

 キャスターは全てを捧げるほどの覚悟を見せて俺を助けてくれたのだ、今度は俺がキャスターを助ける番だ。

 



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RE2月9日 夜 特訓、ランサー先生

 俺が2月13日にキャスターを助けるには、この時間の俺に元の世界と同じ出来事を経験させる必要がある。

 そして、そのためには一つのイベントをこなしておかなくてはならない。

 

 ランサーのことについてだ。

 

 奴は6騎すべてのサーヴァントと戦えと命令を受けていたらしい。実際に2月11日の朝の時点で他のサーヴァント全員と一度は交戦したと話していた。

 つまりアヴェンジャーのサーヴァントである俺とも戦かわなければならない。

 

 この時間のキャスターとセイバーは俺からマスター権を奪い、次の陣地を探したりと忙しいはずなので暴れることになっても気づかれる心配は無い。ランサーと話をつけるには絶好の機会だ。

 

 アインツベルン城下の森で魔力を発して奴がくるのを待つ。

 あまり警戒されても困るのでイリヤや遠坂たちは連いてきておらず俺とリリィだけだ。目的は戦闘だけでなくアンリマユや俺のことについても説明することだからだ。

 

「あーん、こりゃ一体どういうことだ?魔力を察知したから来てみれば……坊主は確かキャスターとセイバーのマスターだろう。そっちの嬢ちゃんは何者だ?」

 

 声のする方を見れば、いつの間にかランサーが立っていた。

 ギルガメッシュが来る可能性もあったので少し心配だったが期待通りに釣れたようだ。

 

 月明かりに照らされたその瞳が、警戒というよりも珍妙なものを見るかのようにこちらを覗いていた。朱色の槍も構えることなくダランと下げている。

 いきなり戦闘になるという事はなさそうだ。かつて心臓を穿たれた苦い記憶を抑えながらランサーにこれまでのことを説明する。

 

 

「はん、坊主も随分と因果な運命に巻き込まれちまったらしいな。キャスターを拾っちまったせいで聖杯戦争なんぞに巻き込まれて、俺に刺されてバーサーカーにふっ飛ばされて、石にされたと思ったら記憶を奪われて……今は時間跳躍してまでコソコソと動いている。俺が言うのも何だが相当に運がないな」

 

 説明を聞いたランサーが同情の目を向けてくる。

 確かに俺のステータス上の幸運はDだしな、運がないのかもしれない。

 だがキャスターと出会い聖杯戦争に参加することになったからこそセイバーやイリヤとも出会うことができたのだ。そのことについては不幸だとは思っていない。

 

「それで……あんたには矛盾が発生しないように2月11日の朝にこの時間の俺達と戦い、その時にアヴェンジャーである俺のことは黙っていてほしいんだ」

 

 その言葉にランサーが目を細める。

 

「それをして……俺に何か得があるのか?」

 

 それはそうだ、ランサーにとっては矛盾が発生してこの世界がパラレルワールドに分岐しようとも関係はない。むしろ自分が負ける運命を回避しようとするのが自然だろう。

 

「もし、もしアンタがこの条件を呑めないのなら……」

「呑めないのなら?」

「力づくで言う事を聞かせる」

 

 低い声で囁き、ポケットから服従のギアスロールをのぞかせる。

 

「へぇ……俺に一度串刺しにされている癖にそんな口が利けるとは……力ずくねぇ、できると思ってんのか?」

「できるできないじゃない、俺はキャスターを救う。そのためには何だってする、ただそれだけだ」

 

 そう断言する俺をランサーはジッと見つめていたが、目に好奇の光を灯らせると槍を構える。

 

「いいぜ……どちらにせよ各サーヴァントと1度は戦うという命令を聞かなきゃならねえし、ゴルゴーンとやらを倒すためには力がいるだろう。俺が稽古をつけてやるよ」

 

 稽古……か、キャスター、セイバー、アーチャーの特訓を受けてきたがサーヴァントというのはどいつもスパルタ方針らしい。

 

「リリィは下がっていてくれ、――――投影開始」

 

 不安げに後ずさるリリィを確認すれば、軽く息を吐き『干将莫邪』を投影する。

 その様子を見てランサーは奇妙な顔をするが無視して構える。

 

「その剣は……その魔術、と言うべきか……なるほどアーチャーの……マジで坊主は因果な運命を歩んでるらしいな。もっとも、今のお前には関係ないのか?キャスターに随分とお熱らしいし―――なぁっ」

 

 朱槍の穂先が俺めがけて伸びる。

 ランサーはなにか呟いているがそれを聞き取る余裕はない、体を鋼のごとく強化して受け止める。

 

「へぇ、なるほど肉体の強化で俺の槍を」

 

 感心したように頷きながらもランサーは追撃の槍を放つ。それを剣で受け、勢いのままに投げつける。

 ライダーとの戦いでアーチャーが見せた『鶴翼三連』を再現したのだが――

 

「……くだらねえなぁ」

 

 先ほどまでとは一転した冷たい声、投げつけた剣が叩き落される。

 

「投影魔術……確かに厄介な魔術だ、だが……弱点も分かりやすい」

 

 瞬間、目の前が白色に染まる。

 遅れて感じる炎の熱さ、ランサーがルーン魔術で炎を発したのだ。それほど大きなものでは無いが突然のことに思わず手が緩む。その隙をついて槍が干将莫邪を弾く。

 

「しまっ――くっ、投影開――」

「はっ、遅えんだよ」

 

 慌てて投影しようとするが間に合わない、ランサーの蹴りが腹にめり込む、体を強化してなお脳を震わすほどの衝撃。

 

「強化魔術はそこそこ使い慣れてるみたいだが……投影魔術は数日前に習った付け焼刃だろ?剣を投影するまで時間がかかりすぎだ。強化して誤魔化してるが中身のないハリボテだしよ。あるいは―――もっと実戦で投影を使用したりアーチャーとガチンコで戦っていたりすれば違ったのかもしれないが……」

 

 弱点を見抜かれている。

 俺が使用する投影魔術は時間がかかるのだ、アーチャーのように刹那での投影はかなわない、2秒はかかる。それは殺し合いの場では長すぎる時間だ。

 

「そらそら、投影できなきゃ強化することもできないぜ」

 

 嵐のような乱舞。

 なんとか投影したハリボテの剣が強化する間もなく砕かれる。

 ダメだ、完全に後手に回ってしまっている。

 

 くそ、もっとだ、もっともっと

より早く投影を、アーチャーのような刹那の再現を

より多く投影を、アーチャーのような無限の剣製を

 

「それが―――お前の戦い方なのか?」

 

 焦る俺に対してランサーは静かに語り掛ける。

 

「アルスターの戦士は自らの選んだ道を歩むことを誇りとする。その道こそが己の運命……そして強さだとな」

 

 ランサーの言葉が夜の森に響く。

 

「別にまねっこ戦法や投影魔術自体は否定してねえよ、その道も歩んでいけば究極の一へと繋がっているだろう、だが―――お前が選んだのはそうじゃねえだろう」

 

 俺の選んだ道……選んだ強さ。

 

「お前は――アーチャーじゃあないだろう」

 

 俺はアーチャーではない、当たり前の言葉だ。

 だが、なぜだか俺は世界がくらむほどの衝撃を受けていた。

 

 そうだ今の俺の投影魔術では時間がかかる、それは俺が投影魔術を主力として選択しなかったからだ。

 

 チラリと後ろを見る。

 俺とランサーの戦いを不安げに見つめるリリィの姿、その蒼い瞳を見つめる。

 

 海のような蒼い瞳はあの時と変わらない、かつて教会の前にて俺に強化魔術をかけたキャスターの瞳。

 思えばあの時から俺の歩む道が、目指すべき強さが決まった。

 

 そう、投影魔術に莫大な時間がかかるのが俺の選んだ弱さだというのなら、

 俺の選んだ強さとは―――

 

「――強化開始」

 

 肉体を強化する、血を鉄に、鉄を鋼に、鋼を剣に、より強くより硬く、その存在を昇華する。

 

「分かってるだろ、守ってるだけじゃ俺には勝てない」

 

 再びランサーの槍が振るわれる、熾烈な攻撃を強化した肉体で耐える。焦って投影したところで錬度が甘くてはすぐに砕かれる。

 頭の中で設計図を描き、魔力をためる、投影と同時に強化ができるように。

 

「投影開始――――基本骨子・強化開始」

 

 投影した『干将莫邪』を根本から造りかえる、なだらかな曲線を描いた剣は『挟み裂く』ための鋭利な切っ先と長い刀身を得る。

 名づけるなら『スーパー干将莫邪』……いや、それは流石にダサいな、『干将莫邪オーバーエッジ』とでも呼ぶべきか。

 

 アーチャーの強さが刹那の投影による無限の剣製ならば、俺の選んだ強さは強化魔術による究極の一撃だ。

 

 強化した肉体で相手の攻撃を耐え、投影した奇跡をより高位の奇跡に昇華する。

 一撃を、一瞬を無限へと引き延ばす。

 

 腕をクロスさせてバツを描くような斬撃。

 『干将莫邪・オーバーエッジ』の『挟み裂こう』と発生する磁力によってスピードに補正がかかる。

 

 ランサーの余裕ぶった笑みが僅かに歪む、剣の切っ先が奴の喉下へと迫り――

 

「分かった分かった、俺の負けだ。つーかここで決着をつけるわけにはいかないんだろ」

 

 ランサーの覇気の抜けた声で我に返る、しまった、熱くなりすぎた。

 目的はランサーに言う事を聞かせることだった。

 

「しかし……クッ……ハハハ、いや驚いたぜ。8日前にあったときは……いや、時間跳躍してるからもうちょっと経ってるのか。なににせよ前とはまるで別人だな」

 

 何がおかしいのか、傑作だというようにゲラゲラと笑う。

 

「安心しろよ、もともと世界を分岐させて俺が勝つ歴史に改ざんさせるなんて、空気読めない上に恰好悪いことをするつもりはねぇ。アルスターの騎士は死の予言を受けても己の道を突き進む、お望み通り2月11日の朝にセイバーたちと戦ってやるよ」

 

 そういってランサーが槍を掲げる。

 

 ランサー・クーフーリン。

 彼は生前も死を予言された戦いに勇敢に赴いたらしい、それは奴の英雄としての矜持なのだろう。

 

「ただ、元の歴史通り俺が負けるかは分からないぜ、やるからには勝つつもりで戦うからよ」

 

 真面目なトーンでランサーが話す、負けるために手を抜いてくれとも言えないし仕方がない。この時間の俺たちに頑張ってもらおう。

 

「いやー、それにしても。マジで前に会った時とは別人だな、漢らしくなったじゃねえか」

「シロウさま、お怪我はありませんか。後ろで見ていて心臓がしめつけられていると錯覚するほど心配いたしました。あっ、ですが強化魔術を駆使するシロウさまのお姿に胸が高鳴ったのは錯覚ではありませんよね」

「……それに比べて嬢ちゃんのほうは、随分とちんちくりんになったみたいだな」

 

 俺のもとに駆け寄ってきたリリィをランサーは興味深げに見つめる。

 確かにリリィはキャスターと比べて随分と幼い印象を受ける、それは身長などよりも振る舞いや性格的な問題なのだろう。

 

「ふーん、しかしこれが、あのキャスターに……ねぇ、エルフ耳とかに面影はあるが」

 

 そう言ってリリィの耳に触れようとする不躾なランサーの手を払う。

 

「リリィに気安く触るな」

 

 威圧すような俺の言葉、だがランサーはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「ちなみに坊主はこの嬢ちゃんとあの大人姿のキャスター、どっちが好みなんだ?」

 

 ランサーが面倒な質問を振ってきた。

 

「別にどっちが好きとかはない、2人とも俺の大事な――」

 

 無難な答えを返そうとして言葉をつぐむ、ランサーの眼を見てしまったからだ。

 ニヤニヤと笑う口元とは裏腹にその目は笑っていなかった。

 

「人生は、運命なんてのは選択の連続だ。強さに関する選択の答えは出たようだが……守るべきものの選択も早めに出しておいた方が良いぜ」

 



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RE2月10日 朝 果たされなかった契約

「今頃、この時間の俺は記憶を失ってのんきに学校に行っているんだよな」

 

 そう思うと怒りが沸いてくる、キャスターの願いを叶えると約束したのにそれを忘れてしまうなんて。

 

「あれは悪いのは私です、勝手な判断でシロウさまの記憶を奪ったのですから」

「いや、それでもだ、1日とはいえキャスターのことを忘れてしまうなんて」

 

 悔しさに拳を握りしめる、そんな俺にリリィは優しく語り掛ける。

 

「あの時はシロウさまを聖杯戦争から遠ざけるために記憶を奪い暗示まで掛けました、にもかかわらずシロウさまは来てくれた。きっと私との約束を心の奥底で覚えていてくださったのでしょう」

 

 ……リリィは生前に神々によって人格が変わるほどの呪いを受けたはずだ。人の心がどれだけ脆いかをよく知っているのだろう。だからこそ俺がキャスターのことを忘れた姿を見せてトラウマを刺激しないかは心配だったが大丈夫そうだ。

 

「そういえば、リリィとバーサーカー……ヘラクレスとは生前からの知り合いなんだよな」

 

 神々の呪い、その原因となった物語

 魔女メディアと大英雄ヘラクレスは共にアルゴー船伝説の登場人物だ。

 

 アルゴー船伝説

 王を目指すイアソンという男がヘラクレスやケイローン、アタランテといった高名な英雄たちと金羊の皮を求めてアルゴナウタイという船を駆る伝説だ。

 もっとも神々の呪いによってイアソンに恋をした王女メディアによってその伝説は悲劇となるのだが。

 

「やっぱり、バーサーカーに対して思うところがあったりするのか?」

 

 生前の知人への懐かしさだけを感じるという訳にはいかないだろう、アルゴー船での一件で何か負い目のようなものを感じているのなら解決しておいたほうが良い。

 そう思って問いかけたのだが――

 

「はぁ……そうですね、といってもアルゴー船にいたころは呪いによってイアソンさんにしか興味がありませんでしたし、ヘラクレスさんも途中でアルゴー船を下りていますしね。アルゴー船のことでヘラクレスさんには特に何も感じていません」

 

 何でもないという口調でリリィが語る。

 そういえばヘラクレスは行方不明となった召使いを探してアルゴー船を下りたという説がある。書物によって下りた時期はバラバラだがメディアとは関わりが浅いのかもしれない。

 

「そうか、いや、特に問題がないのならそれで―――」

「ただ、その後のことは今でも心残りですね」

 

 後悔のにじむリリィの声。

 

「その後?」

「はい、アルゴー船での探索を終え、私がイアソンさんに捨てられ、裏切りの魔女と呼ばれるようになった後の話です」

 

リリィの蒼い瞳が切なげに揺れる。

 

 それはデーバイという国での物語。

 なんでも裏切りの魔女として自身の治めていた国を追われたメディアは、大英雄にして高潔な精神をもったヘラクレスを頼ったらしい。

 イアソンとも深いかかわりを持っていたヘラクレス、最初はメディアのことを警戒していたが弟を殺めたことを悔いるメディアを見てこう言った。

 

「コルキスの姫よ、貴女は『裏切りの魔女』と呼ばれているが、私にはとてもそうは思えない。そこでどうだろうか、我が身に掛けられた狂気の呪いを解く、そうすれば私も貴女を守るために戦う……そう、契約しましょう」

 

 ヘラクレスに掛けられた女神ヘラの呪いを解く。

 その契約にデメリットはなかったし、同じく神々に運命を歪められた者としてメディアは彼の狂気を解こうとした。

 しかし、それは叶わなかった。テーバイの国の人々が『裏切りの魔女』であるメディアのことを許さなかったからだ。

 結局ヘラクレスの狂気は解かれることなく、メディアはまたもや国を追われることになる。

 

 これがメディアとヘラクレスの果たされなかった契約の物語らしい。

 

「あの契約を果たせなかったことは今でも心残りですね。ヘラクレスさんはあれからも女神の呪いによって人生を狂わされたそうですから」

 

 確かにこの契約が果たされていればバーサーカーが狂気による凶行を重ねることは無かっただろう。

 そしてメディアが逃げるために罪を重ねることも……

 

「……というか、リリィは女神の呪いを解けるのか?それなら今のバーサーカーの狂化も解けるんじゃないのか?」

 

 過去のことばかり考えていても仕方がない、考えるべきは現在のことだ。

 バーサーカーは狂化でステータスが上昇する代わりに技術が消滅している。

 もし、狂化を解くことができれば大幅な戦力アップにつながるはずだ。

 

「いえ、生前ならともかく今の私では魔力が足りません。残念ながら……」

 

 そういえばリリィは俺の宝具という特殊な条件で現界している。そのために扱える魔力も使える魔術も限られているのだ。

 

「そうか……なら、俺が『破壊すべき全ての符』を投影してバーサーカーに刺すってのはどうかな?狂化っていうのは聖杯とサーヴァントとの一種の魔術契約だろ。効果があるかも」

 

 その提案にリリィは難しげな顔をする。

 

「確かに、刺せれば効果はあるかもしれませんね。刺すことができれば」

 

 その言葉で思い出す。

 バーサーカーの宝具『十二の試練』

 ランクA以下の攻撃を無効化する神として迎えられたヘラクレスが持つ奇跡。

 『破壊すべき全ての符』はランクCの宝具にして剣だ、刺さらなければその効果が発揮できない。

 

「『破壊すべき全ての符』は私の人生の具現化、裏切りの短剣です。だからきっとヘラクレスさんの狂気を解くというあの時の契約も果たすことができないのでしょうね」

 

 自嘲めいた笑いをリリィは浮かべる、俺はただ黙ってそんなリリィを見つめることしかできなかった。

 



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RE2月10日 夜 かつて無垢だった人殺し達

「―――投影開始」

 

 右手に現れた『破壊すべき全ての符』を見つめる、稲妻型に折れ曲がった奇妙な短剣。

 魔女メディアの人生が具現化された宝具、『裏切りの短剣』、そうリリィは呼んでいた。

 

「どうしましたか、私の宝具を投影して?」

「いや、別に、なんとなく投影したくなってな」

「はぁ、そうですか、ですがそんな宝具よりは他の宝具を使用したほうが役に立つと思いますよ」

 

 リリィが小首をかしげてこちらを覗く。

 

「あのな、リリィ、自分の宝具を『そんな』呼ばわりはしないほうが良いと思うぞ」

 

 自身の象徴である宝具を必要以上に卑下するリリィをたしなめる。リリィからすれば好ましくないものなのは分かるが、それでは『破壊すべき全ての符』がかわいそうだ。

 

「リリィは『破壊すべき全ての符』を役に立たないと言っているけどそんなことはないんだぞ、少なくとも聖杯の正常化にはうってつけなわけだし」

 

 汚染された黒い聖杯、それを無色に戻す必要があるが、2月13日に世界が確定するまでは下手に動くことはできない。ゴルゴーンと戦いながら浄化作業をすることになるだろう。

 その時に一撃で魔術式を破棄できるこの宝具は役立つはずだ。

 

「全てを初期化してしまうので、聖杯には汚染部分を切り取ってから使わなくてはならないんですけどね」

 

 自嘲するようにリリィが笑う。

 

「それに真正面からの実戦にはとても向いていないでしょう」

 

 確かに刀身が短くいびつな形の『破壊すべき全ての符』はとても戦闘には耐えられないだろう、正直なところ切れ味も悪い。

 

「でも対サーヴァント戦においては強力な切り札になるんじゃないか?あの黄金のサーヴァントとかゴルゴーンに使えるかも」

 

 黄金のサーヴァント・ギルガメッシュ。奴の動向は未だに分からないがいずれ交戦する可能性が高い。

 マスターとの繋がりが切れればサーヴァントは大きく弱体化させることができる。『破壊すべき全ての符』がリーチが短く構造が脆いというのなら動きを止めてから刺してやればいい。

 

「さて、どうでしょうね。彼は受肉をしているのでマスターをもっていない可能性が高いでしょう」

 

 奴は前回の聖杯戦争から受肉することで今まで生きてきたのだろう、『破壊すべき全ての符』は完結した魔術には効果がない、マスターがいないというなら使用しても意味はないだろう。

 

「ゴルゴーンの方は前に説明しましたが令呪の効果が切れるだけでしょうね」

 

 マキリ・ゾォルケンは自らの肉体と魂を喰らわせてライダーと同化している。

完全にゴルゴーンへと存在を変えてしまった彼女を戻すことはできないだろう。

 

 ゴルゴーン

 

 俺達を圧倒した、俺が復讐するべき相手。

 

 蛇のような髪と鋭利な爪、そして石化の魔眼を持った化物。

 

 だが俺は、そんな彼女を憎み切れずにいた。

 

「思えばライダーもかわいそうだよな、無理矢理あんな化物にされて」

 

 元の時間の2月8日の夜に俺は結界の中でライダーと少し話をした。命令で人を襲わされているとウンザリとしたように呟き、あれこそがライダーの本音なのかもしれない。

 

「彼女は理不尽な運命によって人生を狂わされた者ですからね」

 

 本来は女神であったメドゥーサ、しかしその美貌が女神アテナの嫉妬をかい姉妹たちと共に形のない島に幽閉されることになる。

 いずれ彼女は化物と蔑ずまれ、数多の英雄たちに狙われて、戦いのなかで血にまみれた彼女はそうして本当の化物になってしまったのだろう。

 そして現世に呼び出されてもまた同じことを繰り返している。

 

「彼女はきっと私と同じく反英雄なのでしょうね、私が裏切りの魔女と呼ばれたように彼女は化物と恐れられた。かつて無垢でありながら大事なものを自らの手に掛けた、それはきっとアーチャーさまも……」

 

 反英雄、悪をなして正義をなしたものや、かつて美しかったもの達のことだ。

メディアとライダーは分かるとしてアーチャーもそうなのか。まぁ、あいつは斜めに構えたような性格と疲れ切った目をしていたしテロリストもどきの行為でもしていたのかもしれない。

 

「しかし……そうなるとライダーになんか同情しちまうな。ゴルゴーンから戻す手段でもあればいいんだけど」

 

 考え込む俺の瞳をキッとリリィが睨む。

 

「いいえ、シロウさま、同情なんてしてはいけません。どんな理由であれ彼女は人を殺した。それは決して許されない『悪』なのです」

 

 珍しく厳しい口調で語るリリィ、それはライダーだけでなく自らへ向けたものであるのだろう。犯した罪は決して消えない、失われた命は決して戻らないのだと。

 

 ただ、それでも俺は―――

 



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RE2月11日 朝 白百合の騎士

 ランサーが約束を守っていてくれれば今頃はこの時間の俺達と戦闘しているはずだ。

 だが、それを確認することはできない。俺たちが現在いるのは街から離れた森の中だからだ。

 『彼女』にあの時言えなかった言葉を伝える、そのためにここにいる。

 

「ッ……来ました」

 

 リリィの声が響くと同時に目前で魔力の奔流が起きる。

 そして現れたのは銀の鎧と黄金の剣を持った剣士、セイバーだ。

 

 ランサーの宝具、『刺し穿つ死翔の槍』

 一度放たれた呪いから逃れることは決してできない。あの時の俺たちにできるのはセイバーを転移させて隙を作ることだけだった。

 

 だが今なら―――

 

 セイバーを追って彼方より飛来する朱色の槍、音速を超えて迫るソレを強化した目で補足する。

 

「―――強化開始」

 

 あらかじめ投影しておいたバーサーカーの巨剣、その硬度を極限まで引き上げる。

 

「ハッ―――アアアアッ」

 

 轟音が響き、火花が飛び散る。槍の穂先はセイバーへと向けられ、障害物となる巨剣を貫通しようとする。

 

「クッソォォォォ」

 

 剣をつかむ手から血がにじむ、ここでセイバーを助けても元の世界との矛盾は発生しない。俺のために命を懸けてくれたセイバーをなんとしてでも―――

 

「あっ…………」

 

 先ほどまで巨剣を握っていた重たい感覚が消える。打ち砕かれた破片が飛び散り、障害物を失った槍はセイバーの胸に深々と突き刺さる。

 

「セイバー!」

 

 役目を終えた槍が主のもとへ飛び戻る、その穂先を血で濡らしたままに。

 

「シ……ロウ?なぜ……ここに、私は……テン、イしたはず」

 

 セイバーは真紅に染まった胸を無視して、俺に困惑の瞳を向ける。

 それはそうか、俺達を守るために転移して囮になったのに守るべき張本人がそこにいたのだから。

 

「セイバー、これはだな……」

「いえ……説明しなくてもいい。シロウは私との約束を守ろうとしてくれているのですね」

 

 そう微笑むセイバーの瞳はリリィのことを映していた。

 高い直感を持つセイバーはそれだけで俺たちのことを把握したのかもしれない。

 

 セイバーとの約束、彼女は転移する間際に『後のことを任せます』と囁やいていた。

ライダーの事、アンリマユのこと、聖杯戦争のこと、それらを解決するために俺はこうしてここにいる。

 

「セイバー、すまない。俺はセイバーを守ることができなかった……」

「ごめんなさい、セイバーさん。私は自分が生き残るために令呪を使ってあなたを囮にしました。あなたに聖杯を使わせると約束したのに……」

 

 俺たちの謝罪をセイバーは黙って受け入れる。

 

「良かった……二人は和解できたのですね」

 

 そして、そんな言葉を口にする。

 

「私が見たのは記憶を失ったシロウと落ち込んだキャスターが再会するところまででしたからね……えぇ、こうして2人が共にいるというのは喜ばしいことです」

 

 霊核を砕かれたセイバーの体が光の粒子となって消えていく。

 

「私のことは気にしないでください。サーヴァントは主を守るもの、2人を守れたのなら私は本望です。それに……きっと、私の願いが叶わないというのならば……それは運命なのでしょう」

 

 セイバーが空を見上げる、雨が上がった青い空を。

 

「ふふっ……しかしキャスターは随分と可愛らしい見た目になっていますね。貴女を見ていると私もかつての自分を思い出します。かつて、選定の剣を抜いた時の未熟な自分を」

 

 セイバーが目を細める、昔のことを思い出しているのだろう。

 

 純白の服と黄金の剣を持った少女のイメージが脳裏に走る。

 白百合の騎士、半人前ながら理想の王を目指して希望に瞳を輝かせる少女の姿が。

 

「そろそろ、限界ですね……シロウ、キャスター、貴方たちに出会えてよかった」

「あぁ、俺もだ。ありがとう……セイバー」

 

 セイバーが光の粒子となって消える。

 しかし、その表情には笑みが宿っているように見えた。

 

「本当に……ありがとう、セイバー」

 

 誇り高き剣士に礼を告げる。

 

 白百合のような少女がどういう気持ちで選定の剣を抜き、どういう経緯で聖杯を求めるような末路を辿ったのかは分からない。

 ただ、セイバーと出会えたことは俺にとって幸運だった、それだけは確かなことだ。

 



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RE2月11日 夜 歩みの果てに

 いつものように強化魔術の特訓に励む。

 セイバーの犠牲を無駄にしないためにも必ずゴルゴーンを倒し、聖杯を無色に戻さねばなるまい。

 

「ん………なんだ?」

 

 そんな中、甲高い音が響く。これは……結界の警戒音か?

 

「リリィ!」

「はい」

 

 横で見ていたリリィを連れて慌てて外に走る、侵入者は誰だろうか。

 セイバーとランサーは消滅している。アーチャー、バーサーカー、そしてアヴェンジャーである俺は既に遠坂邸にいる。キャスターやライダーも考えにくい。

 

 となれば残りは1人―――

 

「ハッ、まだサーヴァントがいたのか。まったく……聖杯戦争はこの英雄王ギルガメッシュを楽しませる余興だというのに下らん馴れ合いをしおって」

 

 庭に出れば黄金の男が立っていた。

 英雄王ギルガメッシュ、いずれ戦わなければならないとは分かっていたが奴の方からやってくるとは……

 

「遅々として聖杯戦争が進まぬと思えば、肝心のセイバーが消滅してしまった。此度の茶番はもはや見るに値せん。我自らの手で早々に幕を下ろしてやろう」

 

 そう言って奴の紅い瞳がイリヤ、バーサーカー、遠坂、アーチャー、リリィを射貫く。

 最後に俺の方を見て僅かに眉を上げるがすぐに興味を失ったように目線をそらす。

 

「さぁ、せめて散り際で我を楽しませて見せよ」

 

 ギルガメッシュの背後の空間が歪み無数の剣が現れる。

 

『王の財宝』

 

 遠坂が宝石で、イリヤはワイヤーのようなもので、バーサーカーは振り回した巨剣で、アーチャーは投影した剣で、俺は強化した剣で、それぞれが打ち出された奇跡に対応する。

 

「ほう、中々に耐えるな。どれ、数を増やしてみるか」

 

 打ち出さる宝具が数を増す、5人で応戦しているというのに完全に押し負けている。

 

「くっ……このままじゃ……」

 

 元の歴史をたどるためにはここでギルガメッシュを倒す訳にはいかない。

 だが、そんなことを考えていられる余裕はなかった。このままでは全員やられる。

 

「バーサーカーと私で特攻を仕掛ける、お前はマスターたちを守れ」

 

 そう言ってアーチャーとバーサーカーがギルガメッシュに飛び掛かるが―――

 

「贋作家……か、下らんな我が財の前にはガラス細工と同義よ」

 

 アーチャーの剣が波紋と共に出現した無数の盾に拒まれる。

 

「こちらは神の血を引いているようだが……まるで獣だな、暑苦しい近寄るな」

 

 バーサーカーの歩みが伸縮する鎖によって阻まれる。

 

「仮にも大英雄と呼ばれるだけのことはあるらしいな、不死の権限……どれ、まずは1つ目だ」

 

 英雄ヘラクレスが難行の功績として得た命、その命があっさりと消し飛ぶ。

 馬鹿な……あの巨躯を誇るバーサーカーがこうも手玉に取られるなんて。

 

「……マスター、他の奴らを連れてここから引け」

 

 戦慄する俺をよそにアーチャーが遠坂に進言する。

 

「何言ってんのよ……1人で戦う気?勝てるわけないでしょう」

「全員でかかっても全滅するだけだ、それに……私はここで消えるのが正しい歴史だ」

「それは衛宮君の主観的な歴史でしょ、あんたも逃げてどこかで隠れていれば……」

 

 アーチャーの手を引く遠坂、そんな彼女を赤い弓兵はチラリと振り返って見る。

 

「召喚された時に言っただろう、私は君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強でないはずがない」

 

 アーチャーの視線が遠坂をジッととらえる、その目はいつもの擦れたような目つきとは違い、絶対の自信と信頼が見てとれた。

 

「……分かったわ。行くわよ、皆」

 

 遠坂が振り返り、バーサーカーがイリヤを担ぐ。

 

「アーチャー……お前……」

「衛宮士郎、お前も早く行け。お前の進むべき道はキャスターを助けることだろう。こんなところで寄り道をしている暇はないはずだ」

 

 その言葉に、俺はリリィの手をとって駆けだす。

 去り際に遠坂が囁くような声で呟く。

 

「………ありがとうアーチャー、私のサーヴァントがあなたでよかったわ」

 

 

「ありがとう……か、礼を言うのはこちらの方だというのに」

 

 アーチャーは僅かに呟き、剣を構える。

 

 イレギュラーな召喚での彼女との出会い、摩耗してなお忘れることないかつての出会い。2つの出会いを胸に秘めて。

 

「サーヴァントを置いて逃げたか……随分と薄情なマスターだな」

「私は最高のマスターだと自負しているがね。もっとも、マスターを持たぬキサマには分からないか?」

「…………」

 

 ギルガメッシュは質問に答えず、ただ無数の剣を出す。

 

「贋作家風情が、よもや俺と剣を交えるつもりでいるのか?勘違いしているようだが今から行われるのは一方的な虐殺だ」

 

 絶対的な王の宣言、しかしアーチャーはひるまない。

 

「さてね、私は…………俺は、俺の歩んできた道を進むだけだ」

 

 詠唱をつづる、アーチャーの人生を表した言葉の数々、彼が歩んだ道の果てに得た奇跡。

 

『unlimited blade works』

 

 広がる灰色の世界、そびえたつ無数の剣、これこそが赤き弓兵の心象世界。

 

「固有結界……か、この埃臭い世界で健気にも時間稼ぎをしようという訳だ」

 

 その言葉をアーチャーは嗤う。

 

「時間稼ぎか、英雄王よ、キサマこそ一つ勘違いしているらしいな。私がマスターたちを逃がしたのはキサマからではない。この私の世界からだ」

 

 投影された無数の宝具、その神秘が一気に解放され、溢れ出るエネルギーは爆熱となって吹き荒れる。

 

『壊れた幻想』

 

 奇跡を破壊する、英雄にあるまじき行為。

 

「私もキャスターやライダーと同じく反英雄の類でね。何かを守る戦いより何かを壊す戦いの方が性に合っている」

 

 そう、彼が自身のマスターを引かせたのはギルガメッシュから庇うためだけではない、壊すことを目的として形成されたこの世界から守るためだ。

 

「なるほど、確かに厄介な戦法ではある。だが、所詮は贋作。内包された神秘もたかが知れている。我が財の敵ではない」

 

 無限の剣と無限の剣がぶつかり合う。

 甲高い金属音をあげて砕け散る数多の奇跡。その様子を見ながらアーチャーは投げつける宝具の種類を変える。

 

 アーチャーが紅蓮に燃える剣を出せばギルガメッシュは業火を湛えた剣を。

 獣殺しの剣を出せば竜殺しの剣を、山を砕く剣を出せば大陸を割る剣を。

 アーチャーの放つ宝具に対して、ギルガメッシュは見せびらかすように原点の宝具を投擲している。

 高速で放たれる宝具を瞬時に看破する鑑定眼、対応した原点を汲んだ財は確かに英雄の王と呼ばれるにふさわしい。

 

 だが――――

 

「むっ―――――」

 

 ギルガメッシュの眉が僅かに歪む、投げつけられた宝具に対応する原点がなかったからだ。

 すぐに高威力の宝具を投げつけて対応するがその様子をアーチャーは見逃さなかった。

 

「やはり世界の全てを治めた王といえど、あらゆる宝具を所有している訳ではないらしいな。個人の伝承や伝説が昇華された宝具は持ち合わせていない……そうだろう?」

「ハッ、そんな木っ端な宝具は我が蔵に収める価値もない、それだけの話よ」

 

 三度、ギルガメッシュが無数の剣を投げつける。

 

「フッ、物量戦なら私のほうに分があるぞ」

 

 互いに無限に等しい剣を所持しているとはいえ空間的にも魔力的にも同時に展開できる量には限界がある。

 そしてここはアーチャーの固有結界の中だ。

 剣の概念が内包されているこの世界では刹那で――否、それ以上のスピードでの投影が可能だ。

 

「我が財が数だけだとでも思ったか?贋作家には模倣できない真の奇跡を見せてやろう」

 

 そう言って繰り出される宝具は先ほどまでとは桁外れの神秘を秘めていた。

 

(神造兵器……か、さすがは最古の王というべきか)

 

 アーチャーの『UBW』とギルガメッシュの『王の財宝』は互いに無数の奇跡を内包しながらも、その細部は異なる。

 アーチャーの『UBW』は瞬時の投影と同一宝具の投影が可能だ。さらに剣でさえあれば個人の伝説が具象化されたような宝具を投影できる。

 対してギルガメッシュの『王の財宝』は蔵から取り出し撃つという2段階を踏んでいるためにアーチャーよりも展開速度が遅い。代わりに剣以外のあらゆる宝具も持ち合わせているしアーチャーが再現しきれない神造兵器も所持している。

 

(さて……この違いがどう転ぶか……)

 

 互いの宝具がぶつかり合う。先ほどまでのような対応した宝具のぶつかり合いではなく、純粋な威力のみを競ったものだ。

 

 初めは物量によってアーチャーが押していた。しかし、盾や補助用の宝具も併用し神々の奇跡すらも振るうギルガメッシュの前に再現された奇跡は脆くも崩れさる。

 

「フハハハ、所詮は贋作。我が財の前には塵芥と同義よ。かような脆い剣は我が身には傷一つ―――」

 

 背後から飛来する白黒の剣。ギルガメッシュは咄嗟に黄金の鎧で身を守る。

 

「下らん小細工を……こんな低ランクの宝具では―――」

 

 アーチャーの攻撃はまだ終わっていない。ギルガメッシュが飛来する剣に対して防御したということは、それ以外の場所はがら空きだという事だ。意識の空白をつく形で二撃目の剣戟が襲う。

 

「グッウウウウ」

 

 身をかわしてなんとか回避するギルガメッシュ。しかし、その頬から血が流れ出ていた。

 

「かような脆い剣では我が身には傷一つ――――その続きはなんと言うつもりだったのかな、英雄王よ?」

「……思い上がるなよ……雑種風情が……」

 

 取り出されるは最上位の奇跡『天地乖離す開闢の星』、銘の通りの天地開闢の一撃。

 

 赤き弓兵は灰色の世界ごとアッサリと消滅した。

 

「チッ……まさかエアを抜かされるとはな……雑種ごときに」

 

 血に濡れた頬をなぞりながら、怒りに身を震わせる。

 勝負に勝ったとはいえ乖離剣を使用させられことはギルガメッシュにとって恥辱極まりない行為であった。

 

「我が財は至高だ……贋作ごときに劣るはずはない」

 

 にもかかわらず、一撃を許してしまった。それはあってはならない事だ。

 

「今一度……ハッキリとした形で示さねばならんな。真が偽に劣るわけがないという事を」

 

 脳裏に浮かぶのは第7のサーヴァント、アーチャーと起源を同一とする男だ。

 



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RE2月12日 朝 蒼い月

 ――気がつけば目の前が炎に包まれていた。

 

 人だったものが燃えてさかり、肌は炭化しボロボロと崩れ、狂ったように手を伸ばしている。

 発生機能を失った喉からは怨嗟とも懇願ともとれる呻き声が響く。

 

 なぜこんなことになったのか、それは分からない。

 自らを裏切った男、その花嫁が燃えていくのをぼんやりと見ていた。

 そして、その光景を見ていることが耐えられなくなったのだろう、女は目を瞑むって、どこかへと逃げ去った。

 

 だが、どこに逃げても安息できるような場所はなかった。

 帰るべき家はすでにない、進むべき道は人々の憎悪によって遮られている。

 それでも、ひたすらに逃げる。

 失ったもののためにも死ぬわけにはいかなかった。

 一度、死んでしまってもそれは同じだ。

 なんとか生き延びようと必死にもがいた。

 

 冷たい雨が頬を伝う。息を吐いて空を見上げると、嘲笑うように蒼い月が浮かんでいた。

 

 そうして意識もかすれ始めた時

 

 

「」

 

 

 少年の声を聞いたのだった。

 

「―――最悪の寝覚めだな」

 

 

 ソファーから身を起こす、今はギルガメッシュから逃れてアインツベルン城にいるのだ、元の歴史通りなら今日中にギルガメッシュと再戦することになるだろう。

 

 だが、今はそれよりも先ほど見た悪夢が気になっていた。

 

 この悪夢はリリィの記憶だろう。

 生前の魔女としての悪行、そして俺がキャスターと出会った最初の夜の記憶。

 

「……裏切りの魔女か」

 

 過去のことは詮索されたくないだろうと思ってキャスターにもリリィにも深い話は聞かなかった。だが、今は無性に彼女のことが知りたいと思っていた。

 

 思えば、俺は彼女のことを詳しく知らない。

 彼女は何を見て育ってきたのだろう、そしてこの時代を見て何を思っているのだろうか。

 

 ギルガメッシュとの再戦、イリヤたちがやられて歴史に齟齬が発生するという最悪の展開を防ぐために俺一人だけで戦うつもりだ。

 しかし奴に勝てるイメージが全く思い浮かばない、話の通じるイリヤやランサーの時とは違い本気の殺し合いとなるだろう。

 昨夜見た、無数の宝具とアーチャーの最期が脳裏に走る。

 

 ―――俺は今日、死ぬかもしれない。

 

 もちろん今の俺はサーヴァントであり、死んでも元の世界に帰るだけなのだろう。

 だが、そうなれば俺の宝具扱いのリリィとは会えなくなる。

 そう思うと余計に彼女のことを知りたいと思ってしまうのだ。

 

 海のような蒼い瞳を持った少女のことを。

 

 

「私の故郷のこと……ですか?」

 

 朝になると唐突にシロウさまが問いかけてきた。もしかしたら私の過去を夢で見たのかもしれない。『魔女メディア』の醜い記憶をシロウさまが見たと思うと胸が痛んだ。

 

「そうですね……私の故郷はコルキスという国なのですがとてもいい国でしたよ。自然が豊かで牧畜や農業も盛んで、街はいつも賑やかで国民は優しい人たちばかりでしたから」

 

 楽しかった頃の記憶を思い出しながら語っていると思わず笑みがこぼれてしまう、私にはそんなことは許されないというのに。

 

「リリィはコルキスの王女だったんだよな」

「はい、といっても政治には関わらず巫女の真似事なんかをしていましたけどね。キャスターとして召喚されたのもその辺りが理由でしょう」

 

 私に魔術を師事してくれた女神や姉弟子のことを思い返す。彼女たちに教えられた魔術を悪用したことは本当に申し訳ないと思っている。

 

「……嫌なことを聞くかもしれないが……リリィの家族はどんな人だったんだ?」

 

 短く息を吐いてから語り始める。

 

「そうですね……父は良王であったと思います、いつも国民のことを考えていましたから。心配性すぎて私と弟がヤンチャすると怪我するんじゃって、オロオロしたりもしていましたけれど」

 

 父の大きな手を思い出す、あの手で撫でられるのが好きだった。だから褒めてもらおうと思って魔術の勉強もいっぱいしたのだ。

 

「母はのんびり屋でしたね、神の血を引いている影響かもしれませんけど。とっても綺麗な人で、私と弟の髪色や耳は母から受け継いだものなんですよ。」

 

 髪を伸ばしていたのは魔術的なことだけではなく、母とおそろいの青い髪が気に入っていたからだ。

 

「弟は……少し……シロウさまに似ていますね」

 

 もちろん容姿が似ているわけではない、シロウさまは赤毛だし結構な筋肉質だ。

 そもそも弟は子供の時に死んだのだ、シロウさまとは年齢が離れすぎている。

 

 ただ……その瞳はよく似ていた。

 

 英雄譚に輝く瞳、バツが悪い時の子犬のような瞳、剣を持った戦士の瞳、そして……私のことを見るまっすぐな瞳。

 

「キャスターとしての私がシロウさまと出会ったとき……実は、怖かったんです。シロウさまのことが」

 

「明らかに怪しい私のことを疑いもせずに見てくれて、故郷に帰るという私の願いも聞いてくれて……その無条件の信頼が、向けられる瞳が怖かったんです」

 

「かつて無垢だった時のことを思い出すようで、私が殺した弟を思い出すようで」

 

 おかしい、言葉が止まらない。シロウさまにここまで話すつもりはないというのに、誰かに聞いてほしいと思っている私がいる。

 

「最初にシロウさまのことを裏切ろうとしていたのも、無理をして『裏切りの魔女』を演じていたのだと思います」

 

 絆が築かれる前に裏切ってしまえば感じる痛みも少なくてすむ、裏切った時の痛みも裏切られた時の痛みも。

 

「私は……私はっ、決して許されないことをしました。私は自分の弟を殺したんです。あんなにも私のことを慕ってくれた弟を……」

 

 脳裏に血にまみれた短剣がよぎる。

 弟を八つ裂きにしたとき、私は彼の方をチラリとも見なかった、最後の言葉なんて覚えてはいない。あの時の私にとってはどうでもいいことだったからだ。

 

「何故……私はあんなことを……私は故郷で家族と暮らす。それだけで幸せだったのに……」

 

 箱庭の中の小さな幸せ。

 それだけでよかったのに、海のむこうの世界なんて知らなくてよかったのに……

 

 後悔に身を震わす、気が付けば目からは涙がこぼれていた。

 

「……リリィは今でも、故郷に帰りたいと思っているのか?」

 

 その言葉を首を振って否定する、もう私に家族と会う資格なんてないだろう。

 聖杯に掛ける願いがあれば一つだけだ。

 

「どうか……誰も傷つけぬ傷つけられる世界でありますように、私は強く、そう願います」

 

 空を見ればシロウさまと出会った夜と同じように蒼い月が静かに輝いていた。

 

 

「誰も傷つけぬ傷つけられぬ世界……か」

 

 蒼い月を見上げながら先ほどのリリィの願いを反芻する。

 

 当のリリィは泣きつかれて眠ってしまった。

 彼女の中で溜まっていた罪悪感や後ろめたさが爆発した結果だろう。

 

「考えてみれば……当然だよな」

 

 リリィは幼いころの姫としての感性を保ちながら『裏切りの魔女』としての記憶を持って召喚されている。

 キャスターの時ですら自虐的な面があったのだからリリィにそのギャップが耐えられるはずがない。

 

 そう考えると、リリィを泣かせてしまったとはいえ今回のことを聞いたのは正解だったのかもしれない、こういう機会でもなければ彼女は自分から弱音を吐露しようとはしないだろう。

 

 彼女は神々の呪いで恋をさせられ、弟を殺され、国を追われ、『裏切りの魔女』とよばれるようになった。彼女から全てを奪った『理不尽な運命』を思うと無性に腹が立ってくる。

 

「…………」

 

 俺のステータスを改めて見る。そこに載せられたのはクラス・アヴェンジャーの文字。

 俺が『復讐者』のクラスで召喚されたのはゴルゴーンにリベンジをするためだと思っていた。

 

 だが―――

 

 かつて見た黒い太陽を思い出す。

 俺から全てを奪った冬木の大火災、その『理不尽な運命』を。

 

 俺の復讐すべき相手は―――――

 



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RE2月12日 夜 VSギルガメッシュ

「結界に反応……きたわね。シロウ……本当に一人で戦う気?あのギルガメッシュ相手に……」

 

 イリヤが不安げにこちらを見上げる。

 

「あぁ、イリヤたちはこの時間の俺とこの後も会うという『事実』があるからな。世界を分岐させないためにも万が一のことがあっちゃいけない」

 

 そう言ってもイリヤは不安そうな目をこちらに向ける。

 俺はただ黙ってイリヤの銀色の髪をなでた。

 

「衛宮君……私は今からこの時間の貴方と話をしに行くわけだけれど、何か伝えておいた方がいいことはあるかしら?」

 

 遠坂が髪をかき上げながら問いかけてくる。そうだな……

 

「俺が今まで歩んできた人生を、選んだ選択を、そしてその中で手に入れた強さを信じろ、この時間の俺にはそう伝えてくれ」

 

 それは、かつて遠坂から聞いた言葉。今の俺にも深く刻まれている言葉だ。

 

「分かったわ……衛宮君……負けないでね」

 

 遠坂はギルガメッシュと鉢合わせしないルートで外に出る。

 この時間の俺によろしく頼む。

 

「さて……俺もギルガメッシュのところに行くかな、リリィはここで待っていてくれ」

 

 その言葉にリリィはギュと服の裾を握る、力になれず口惜しい気持ちも分かるが連れていくわけにも行かない。

 

 

「ほう……一人でノコノコとやってくるとは、昨日は尻尾を巻いて逃げ出したというのに。他の雑種はどうした?見捨てられたか?」

 

 静かな森に奴の耳障りな言葉が響く。

 

「悪いけど、アンタといつまでも遊んでるわけにはいかないんだよ。こっちもスケジュールが詰まってるんでな」

「フンッ…………」

 

 ギルガメッシュは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、頬についた擦り傷を指でなでる。

 昨夜のアーチャーの最期は強化した目で覗いていた、奴にとってあの傷は許されない汚点なのだろう、だからこそ俺を狙っている。

 

「開け、『王の財宝』」

 

 ギルガメッシュの背後の空間が歪み、無数の剣が現れる、その一つ一つが紛れもなく上位の神秘だ。

 

「―――投影開始」

 

 こちらも投影魔術で応戦する。アーチャーのそれには遠く及ばないが、構わない。

 

「下らんなぁ。ただの投影魔術では我には敵わん。ましてそんなハリボテではな」

 

 分かっている、そんなことはとっくに理解している。

 今の俺には宝具を、奇跡を瞬時に再現しきるほどの技量はない。

 経験が知識が魔力が足りていない。

 

「………………」

 

 投影し強化した宝具がことごとく打ち砕かれる。

 俺に当たることがないのは奴が遊んでいるからだろう。

 強化魔術を使用しているとはいえハリボテの宝具では奴に勝てない。

 

「そら、どうした?さっさとアレを使わんか。アーチャーと同じ末路を辿らせてやろう」

 ギルガメッシュは俺に『UBW』を使えと言っているのだろう。それを破ることで自身の財こそが至高だと証明するために。

 だが、残念ながらそれは敵わない。

 

 俺が『UBW』を使わないのではなく、使えないからだ。

 

 固有結界は使い手の心象を具現する魔術。

 あの灰色の世界はアーチャーが作り出したもの、奴が生の果てに得た答えだ。

 奴と俺がどれほど似ていようと俺はアーチャーではないし、アーチャーは俺ではない。

 

 では俺は今までの生で何を得た?

 それはギルガメッシュに対抗できるものか?

 

 セイバーが振るった黄金の輝き?  

 否、俺は理想を求む英雄などではない

 

 アーチャーのような灰色の世界?  

 否、俺は世界を守る歯車などではない

 

 アンリマユのごとく漆黒の悪意?  

 否、俺は人類を憎む怪物などではない

 

 俺が持つのは、俺が使えるのはたった一つだけ。

 

 

 『破壊すべき全ての符』

 

 

 右手に短剣が現れる。

 さっきまでのようなハリボテではない、稲妻型に歪に折れ曲がった剣。

 それは彼女の人生を表しているのだろう。

 

 俺はそれを完全に再現している。

 

「何をするかと思えば――キャスターの宝具とはな。よもや、そのくだらない剣で我を倒せるとは思ってはいまいな」

 

 サーヴァントの契約すらも断つこの宝具、それを前にしてもギルガメッシュは余裕を崩さない。

 

「我が身はすでに受肉を果たしている、契約破りの短剣なぞ我には何の意味もない」

 

 投影品を一目見ただけで能力を看破する眼力はさすが最古の英雄だ。

 だが――奴は二つ見誤っていることがある。

 

 一つ目はキャスターの宝具は下らなくなんか無いということ。

 二つ目は俺が投影魔術ではなく強化魔術の使い手だということだ。

 

「創造理念・強化開始」

 脚を強化して、爆発的な瞬発力を生む。

 単純な強化ではない、脚を前進にのみ特化したものへと変化させる。

 

「いくぞ、英雄王。お前が下らないと断じた『破壊すべき全ての符』の、メディアの宝具の真価を見せてやるよ」

 踏み出した衝撃で大地が爆ぜる。

 

 対象までの距離は5歩

 

 その間に数千の宝具に撃ち抜かれるだろう。

 だが奴の鎧を貫いて剣をブチ込むためにはもっと近づかねばなるまい。

 

「ハッ――破れかぶれの特攻か?そんな短剣で何ができる?」

 

 嘲りの笑みを浮かべる奴の背後から無数の奇跡が打ち出される。

 炎を纏った剣が、不死殺しの鎌が、光を放つ聖剣が、断罪の戦槍が、魔獣の大牙が、必中の雷矢がまさに雨あられと降って来る。

 地獄ではあらゆる責め苦に遭うというが、それならまさにこれこそが地獄であろう。

 

「構成材質・強化開始」

 

 体は剣で出来ている。

 

 肉も骨も血も魂すらをも強化する。

 自身を鉄に、鉄を鋼に、鋼を剣に。

 もちろん、その程度で宝具の攻撃を防げるわけがない。

 耳がちぎれ、手は焼けただれ、足からは血が噴き出す。

 それでもまだ死んではいない、ならば前に進むことはできる。

 

 残り4歩

 

「チッ、即死だけは避けたか、ならば――」

 

 宝具の種類が変わる、物理的な破壊から呪いを伴ったものへと。

 これではどれほど肉体を強化しても意味はない、呪いが歩みを鈍くし世界が霞んでいく。

 その中で『破壊すべき全ての符』をしっかりと握りしめて強化魔術を使用する。

 

「蓄積年月・強化開始」

 

 リリィは自身の宝具を裏切りの象徴だと言った。

 確かにそれは間違いではない、彼女の歩んだ年月は宝具を変質させている。

 だが、この宝具の本質は、彼女の起源はそうではなかったはずだ。

 リリィの笑顔を思い出す。

 

『補修すべき全ての疵』

 

 これは願いだ。

 箱庭の中で少女が夢見たちっぽけな願い、誰も傷つけられない世界を望んだお姫様の無垢な願い。

 体が淡い光に包まれる、海にたゆたうような不思議な感覚。

 刻まれた傷が修復し、呪いが祓われる。

 在りし日の幸せを懐かしむ巻き戻しの宝具。

 

 残り3歩

 

「おのれぇ…雑種如きにぃ」

 

ここまで接近されてようやくギルガメッシュが動揺を見せる。

 確かに奴はモノの性質を正確に看破することができるのだろう。

 だが俺は強化魔術の使い手だ、存在を歪曲し補強し昇華する。

 正確すぎる鑑定眼が今は仇となっている。

 

「グッ……『天の鎖』よ」

 

 僅かな逡巡の後に宝具を取り出す、その迷いが隙になる。

 俺はとっくに覚悟が出来ている。

 

 残り2歩

 

 縦横無尽に鎖が伸びる、構造解析不能。

 これが真の意味でのギルガメッシュの宝具、奴が生前より信頼を置いていた武具。

その信頼を破壊させてもらう。

 

「憑依経験・強化開始」

 

 『破壊すべき全ての符』は繋がりを破壊する宝具だ。

 マスターとサーヴァントの繋がりを、霊脈と魔術陣の繋がりを、聖杯と悪神の繋がりを、そして英雄と宝具の関係すらも。

 

『破滅すべき全ての情』

 

 鎖が空間ごと俺を縛らんと蛇の様に螺旋を描く、その僅かな隙間を縫って傷をつける。

 

「なっ――鎖の制御が」

 

 瞬間、ギルガメッシュが驚愕に顔を歪める。

 無駄だ、すでに鎖とお前の関係を破壊した、それはもうお前の宝具ではない。

 無理に扱おうとすれば自身に牙を剥くことになる。

 

 残り1歩

 

「基本骨子・強化開始」

 

 ギルガメッシュが憤怒の篭った目でこちらを睨む。

 だか、奴は自身の鎖に縛られて動くことはできない。

 背後の空間が歪み、宝具を打ちだそうとするがもう遅い。

 

 残り0歩

 

 ここまで来れば、もはや宝具としての能力は必要ない。

 全身の魔力を込めて剣としての鋭さを強化する。

 俺の中から溢れて出た魔力が『破壊すべき全ての符』と混ざり合う。

 

 真っ赤に溶けた鉄が蒼い海に広がっていく。

 

『ルールブレイカー・オーバーエッジ』

 

 そうして生まれた剣を渾身の力で打ち出す。

 

「はあああああっ」

 

 その鋭利な切っ先が黄金の鎧を貫き、魂核を打ち砕いた。

 

「グッウウウウウ……こんな、雑種に……こんな下らない宝具にぃぃぃい」

 

 ギルガメッシュの姿が消える、消滅したわけではなく奴の財によるものだ。

 

 アーチャーとは別の道を歩んだ俺に見切りをつけたのか、あるいは他の理由か、この時間の俺を狙いに行ったのだろう。

 

「後は……この時間の俺がなんとかしてくれるか……」

 

 呟きながら地面に倒れ込む、さすがに魔力を使いすぎたか。

 サーヴァントに睡眠が必要なのかは知らないが、とにかく眠い。

 俺の意識は闇へと落ちて――――

 

 

 

「シロウさま!!」

 

 リリィの悲痛な叫びで目が覚めた。

 

「シロウさま……死んじゃ、死んじゃいやですぅ」

 

 倒れ込む俺を前にリリィはワンワンと泣き始める。

 

「うわ、落ち着いて。死んでない、死んでないから。寝てただけだから」

「えっ……グス、良かった。シロウさまが消えてしまうかと思うと……」

 

 まだ涙ぐんでいるリリィの髪をなでる。

 

「というか、追いかけてきたのか?城で待っていてよかったのに」

「それは……約束しましたから。聖杯戦争が終わるまでは、ずっと共にいると」

 

 かつてキャスターと交わした約束、それはリリィとなっても生きている。

 

「あれ、シロウさまその宝具は……」

 

 リリィの瞳が強化された『破壊すべき全ての符』を見つめる。

 

「あぁ、この宝具のおかげでギルガメッシュを倒せた。ありがとうリリィ」

 

 その言葉にリリィは信じられないという顔をする、だが事実だ。

 仮にもっと威力の高い宝具を投影して強化したとしても、きっとやられていただろう。

 俺と共に過ごしたキャスターとリリィの宝具、メディアの人生が具現化された宝具だからこそ、あれほどの強化魔術が使えた。

 

「……リリィがこの宝具を『裏切りの短剣』と言って嫌っているのは知っている、それはつまり『魔女メディア』の人生を嫌っているという事も知っている。でもな……この宝具は『裏切り』だけが存在意義じゃないということも俺は知っているんだ」

 

 メディアは弟を殺めた反英雄だ、それは揺るぎのない事実である。

 だからこそ『破壊すべき全ての符』には対象との契約を『初期化』する能力がついている。

 でも……裏切りだけが目的ならそんなまどろっこしい能力にはなっていないはずだ。相手を殺してしまえば契約を果たす必要もないのだから。

 だから、きっとこの宝具の真の意味は『裏切り』ではなく『回帰』なのだと思う。

 弟の死を悼む気持ちが宝具となったのだろう。

 

「メディアはずっと弟の死を悔やんでいた。だからこそ、その人生はこの宝具として昇華された。俺は、そんな君を『裏切りの魔女』だとは思わない」

 

 その言葉に、蒼い瞳が揺れる。

 

「だから、メディアには自分のことをもっと好きになってほしいんだ」

 

 あるいは、それは俺自身への言葉だったのかもしれない。

 かつての大火災で耳をふさいで逃げ出した俺自身への。

 

「俺たちは理不尽な運命によって一度全てを失った。その運命への復讐はそんな自分を好きになることだと思うから」

 

 蒼い月が俺たちのことを優しく照らす、リリィの青髪が水面のようにキラキラと輝き、真っ赤な唇が僅かに吊り上がる。

 

「はい……ありがとうございます、シロウさま」

 

 そう言ってリリィは僅かに……しかし、心からの笑顔を浮かべたのだった。

 



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BADEND 過ちの選択

「そら、どうした?さっさとアレを使わんか。アーチャーと同じ末路を辿らせてやろう」

 

 奴の言葉に頭を回転させる、俺の全てを出し切らなければこの勝負には勝てない。

 

 では俺は今までの生で何を得た?それはギルガメッシュに対抗できるものか?

 

 俺が持つのは、俺が使えるのは――――

 

「投影開始―――」

 

 記憶を頼りに再現する、ギルガメッシュに勝つにはこれしかない。

 

「――――セイバーの剣」

 

 自らのサーヴァントが振るった黄金の輝き、それは俺が見た中で最高ランクの宝具だ。

 これならきっと――――

 

「あ…………れ?」

 

 だが、投影出来ない。頭に浮かぶ設計図があやふやだ。

 

「なんで――――」

 

 いや、考えてみれば当然か、俺はセイバーが真名を開放する様子を見ていない。

 不確かな情報だけで奇跡を模倣できるはずがない。

 もし俺があの剣を投影するならば彼女と寄り添い、その剣を間近で見るべきだった。

 

「?…………何をしている。よもや、投影すら満足にできんのか?ならば、もう相手をする価値もない」

 

 呆れたようなギルガメッシュの声、降り注ぐ無数の剣。

 

 俺は――――間違えた。自分の選んだ強さを信じられず安易に高ランクの宝具に頼ろうとした。

 

 体中を串刺しにされながら、謝罪の言葉を口にする。

 

「ご、めん。約束は守れそうに……」

 

 蒼い月に照らされながら俺の意識は闇に堕ちた。

 

BAD END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「開幕、タイガー道場ゥゥゥゥゥゥ」

 

「はい、おなじみこのコーナーはおバカな選択で死んだシロウをいじるコーナーです、本編には関係ないので君はこのコーナー見てもいいし見なくてもいい」

 

「というわけで、ズバリ今回のBADENDの原因は?」

 

「ずばり、キャスターメインの話だというのに空気も読まずエクスカリバーを投影したことです!」

 

「そりゃねぇ、あんだけ選んだ強さを信じろだの、キャスターと出会えた運命とか言われておきながら土壇場でセイバーちゃんの宝具を頼るのはねぇ」

 

「そもそも、この話ではセイバーの宝具が解放されたのを見てないのにそれを投影しようというのは完全に愚策ね。ちなみにUBWでも扱いきれずに負けるわ。ランクの低いルルブレを強化して使うからこそ、そのギャップに隙が生じるのよね」

 

「本作のテーマは『出会い』だからねぇ、原作で『UBW』や『全て遠き理想郷』を使えたのは、そのルートで遠坂さんやセイバーちゃんと出会って絆を育んだからこそ。それが無い本作で結果だけを真似てもそりゃダメだよ」

 

「はい、ということでシロウは自分の選んだ強さを信じて戦ってね。反省会終わり」

 

 

 

「ここからはQ&Aという名の言い訳大会にしたいと思います

最終話のネタバレもあるので最後まで読んでから来ることをお勧めします」

 

 

 

「Q 最初の夜、なんでシロウはキャスターが倒れてるとこにいたの?」

「A 時間移動の伏線にしようと思っていたがやめた。運命の出会いということにしておいてください」

 

「Q キャスターが最初のマスターを裏切った日にちが原作と違くない?」

「A SNでは一成が数週間前から寺にいると発言、HAではバゼットがランサーと寺で魔女と戦ったと発言、アニメでは綺麗の命令でランサーがキャスターと交戦、媒体によってキャスターがマスターを裏切った日にちがバラバラだったで勝手に決めました。基本的な流れはアニメ準拠です」

 

「Q 原作と日にちがずれてるイベントがあるけど?」

「A キャスターとシロウが出会ったことで運命も変わったという事で」

 

「Q 強化魔術が強すぎない?」

「A 原作でもアーチャーは宝具を1ランク強化できるらしいし、それってかなりのぶっ壊れだと思うの」

 

「Q セイバーの剣を投影出来ないと言ってるけど、足を変化したりさせてたよね?」

「A あれはほとんど再現できてません、本来が大砲並みならアレは水鉄砲ぐらいの魔力放出です」

 

「Q ギルガメッシュにサシで勝てるとか強すぎだろ、最低系主人公かな?」

「A 距離を取ってバビロンしてれば士郎に打つ手はなかった。ルールブレイカーを侮って棒立ちしていた慢心が敗因」

 

「Q 慎二は何してんの?」

「A 士郎がマスターだと知ることなく、ライダーも早い段階で手放したのでこじらせることなく学校生活を送っている」

 

「Q 麻婆神父は何してんの?」

「A 暗示すら払いのける士郎の意思の強さを見て傍観を決定。アンリマユが浄化されれば彼も死ぬでしょう」

 

「Q セラとリズはどこにいったの?」

「A 実は作者が彼女たちの設定や天の衣との関係性がよくわかってない。キャラブレするぐらいならと本編には出さなかった」

 

「Q 葛木先生は何してるの?」

「A 普通に日常生活を送っています。キャスターに出会うことのない彼は感情を取り戻すこともないのでしょう」

 

「Q 桜はなにしてるの?」

「A 普通に学校生活を送っています。キャスターと出会えば刻印蟲に気づいて桜ルートに突入してしまうため遠ざけるしかなかった。HAでのキャスターと桜コンビは結構好き」

 

「Q 士郎は蟲爺と桜の関係を気づいてないの?」

「A シロウは蟲爺をマキリという名で認識し、キャスターは逆に間桐の名を知らないので気づいていない。凛だけは気づいているがシロウを巻き込むべきでないと思い伝えていない」

 

「Q アンリマユが消えればバゼット死ぬのでは?」

「A 犠牲になったのだ、犠牲の犠牲にな」

 

「Q 作った竜牙兵とかはどうなったの?」

「A 話的にはライダーの結界で全滅しました、メタ的には投影品を持たしてカミカゼさせれば無敵だと気づいてしまいました」

 

「Q キャスターは士郎に強化魔術を掛けないの?」

「A 強化魔術の併用は互いに干渉して危険性が増すのでやっていない」

 

「Q 原作だとルルブレで再契約すれば令呪の数もリセットされてるんだけど?」

「A それができると無限令呪ブーストができてしまうので据え置きにしました」

 

「Q ペインブレイカーって杖じゃないの?」

「A FGOマテでは杖っぽいイラストが描かれているが幕間で刺してるっぽい描写もあるのでよく分からない。変化魔術の応用という事で一つ」

 

「Q 破滅すべき全ての情(笑)」

「A 作者にはオリ宝具を考えるネーミングセンスがなかったよ……良い名前を考えてくれればソチラに差し替えます、ちなみにあれは使い手の宝具への信頼度が高いほど宝具が扱えなくなるという能力です」

 

「Q リリィの性格がFGOと違くない?」

「A 王女時代の精神で魔女メディアとしての一生を情報として知っている形で召喚されている、 恋に狂った状態のFGOよりも罪悪感が表に出ている」

 

「Q 2月8日に結界にリリィが入っていく下りがおかしくないですか?」

「A 幻覚魔術で誤魔化しているがキャスターへの思いが強いシロウがそれを見破って……という展開をやろうと思っていたがクドイのでカットした」

 

「Q RE2月11日のセイバーを助けようとしてたのはどうしようとしてたの?」

「A 槍から守る、ルルブレでセイバーの契約を断つ、槍に血糊をつける、ランサーのもとへ投げ返す、で一応、士郎視点での矛盾は発生しません。もちろんそんな上手くいくわけはありませんでしたが」

 

 

『ここから下にラストのネタバレあり』

 

 

 

 

 

 

「Q 大聖杯って柳洞寺に出現するんじゃないの?」

「A 完全にその設定を忘れてました、初期化したことでバグったと解釈してください」

 

「Q ラストで聖杯がああいうことになったのはなんで?」

「A 金羊の皮は元をたどればネフェレーという人物の家族を守りたいという願いによって生み出されたものである、金羊の皮には雨を降らし豊作をもたらす逸話がある、メディアは聖杯伝説の原点の1つである魔女の大鍋の逸話を持っている、アヴェンジャー衛宮士郎の宝具はキャスターとの願いによって生み出されたものである、小聖杯たるイリヤ側からの受け入れ、この辺が作用しあってああいうことになりました」

 

「Q GoodEndでサーヴァント達はマスターがいないのに現界できるの?」

「A リリィ化することによって戦闘力が低下する代わりに魔力消費も減っている」

 

 




何か質問があれば感想欄に書き込んでくだされば、いずれ答えます


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RE2月13日 朝 決戦前

「久々の我が家だな」

 

 この時間の俺たちがイリヤとアインツベルン城にいるため、入れ替わる形で衛宮家へと帰ってきた。

 

 居間に座り、一時の休息を堪能する。

 

 この家に足を踏み入れるのはアヴェンジャーとして召喚されて以来だから11日ぶり、はるか昔のことのように感じられる。

 

「いよいよ……今夜が決戦というわけですね……」

 

 気合を入ったリリィの声。

 そう、今夜のために俺は時間を超えて召喚されたのだ。ゴルゴーンを倒してキャスターを救うために。

 

 送り出される直前に見た、消えかけのキャスターの姿が浮かぶ。

 

「もし世界が分岐していたら、それは俺の知っているキャスターでは無くなるわけだけれど……世界が合流したかどうかはどうやって判断するんだ?」

「私も今回のようなケースは初めてなので確かなことは言えませんが……多分、世界が統合されれば元の世界の住人である私たちには感覚で分かるはずです」

 

 ふーん、そんなものなのか。

 まぁ、仮に世界が分岐してしまったとしてもキャスターのことは助けるつもりだ。

 やることに変わりはない。

 

「それと……シロウさま、今夜の決戦用の装束を用意しました」

 

 装束?

 首をかしげる俺にリリィは青と白のTシャツを差し出す。俺がいつも着ている服と同じデザインだ、これは……

 

「魔術礼装……か」

 

 剣以外の魔具には疎い俺でさえ一目でわかるほど、その服は加護が掛けられていた。

 

「リリィが作ったのか?」

「はい、シロウさまのことを想いながら手編みしました」

 

 リリィが白い肌を赤く染める、そういえばキャスターのローブも自作だって言ってたな。服を作ったりするのは得意なのだろう。

 

「道具や材料にはイリヤさんとアーチャーのマスターさんのお力を借りていますからね、この礼装には遠坂家の宝石魔術とアインツベルンの錬金術、そして私の神代の魔術がふんだんに使われています。下手な宝具よりもよっぽど強力ですよ」

 

 エッヘンとリリィが胸を張る。

 

「具体的に言えば……そうですね、分かりやすくゲーム的な例えをすれば、味方単体のHPを超回復、攻撃力を超UP、回避状態を付与(1ターン)、敵単体にスタン、スターを大量獲得、ガッツ付与、NPを300%チャージ、防御貫通を付与、弱体無効状態を付与、Buster性能を超UP、Quick性能を超UP、Arts性能を超UP、宝具威力を超UPのスキルがついています、スゴイと思いませんか?」

 

 ……平均的な礼装がどんなものなのかは知らないがリリィが張り切った結果ヤバい代物が生まれてしまったという事は分かった。

 まぁ、俺のためにわざわざ作ってくれたことは素直に嬉しいが……

 

「他にも温度調節機能、自動乾燥、雑菌予防、伸縮機能、快眠機能、フローラルな香りを発する機能なんかもついています」

 

 それは……あんまり、嬉しくないかな。

 

「あっ、そうそう、イリヤさんとアーチャーのマスターさんから伝言があります、まずはアーチャーのマスターさんですが『私のため込んだ宝石をその礼装に使っているんだから、その分の働きはしないと承知しないわよ』だ、そうです」

 

 その言葉に思わず笑ってしまう、宝石代がいくらかは知らないが、せいぜい頑張るとしよう。

 

「イリヤさんは……『シロウと遊べて楽しかった』と」

 

 ……イリヤはこの戦争がどんな結末を迎えるにせよ、聖杯としての役目を果たす。

 それが当人の納得していることだとは言え、『家族』を失うのはやるせない気持ちになる。

 

「シロウさま……イリヤさんは人間として徐々に朽ちていくことより、聖杯としての本分を全うすることを願っておられます。であれば、それを叶えることが私たちにできる最後の手向けかと」

 

 大聖杯はアンリマユに汚染され、黒く染まっている。それを無色に戻し正常な状態にも戻すことが俺のイリヤにできる唯一のことなのかもしれない。

 

「…………」

「…………」

 

 しばし、沈黙が流れる。

 

「……シロウさま、決戦までは時間がありますが。礼装を着付けさせてもらってもよろしいですか?」

「あ、ああ。万が一、機能しなかったりしたら困るからな」

 

 服を脱ぎ、礼装を纏う。

 見た目はただのTシャツだが、魔術的な作りになっているらしく俺の体に合わせながらリリィが調整を行う。

 

 体を小さな指がなぞり、青い髪が腕をくすぐる。

 リリィの体温を間近で感じてしまい、顔が赤くなっていくのが分かる。

 

「…………思えば、聖杯戦争が始まってから随分と経ったよな」

 

 気を紛らわすために発した言葉、その言葉にリリィは思い返すように目を細める。

 

「私がキャスターとしてシロウさまと出会ったのは、1月29日の夜でしたね。雨に降られ蒼い月に照らされながらシロウさまと私は出会った」

 

 あの時は驚いた。なにせ、道端に血まみれの女性が倒れていたのだから。

 

「明らかに怪しい私をシロウさまは介抱してくださって、契約まで結んでいただいた」

 

 もっとも、あの時のサーヴァント契約は希薄なものだった。

 俺とキャスターが真の契約を結ぶのはもう少し後の話だ。

 

「次の日に食べたパンケーキの味は今でも覚えています。本当に……美味しかった」

 

 幸せそうに笑うリリィの笑顔が、あの時のキャスターの笑顔と重なった。

 彼女の笑顔は本当に絵になる。

 

「それから一緒に魔術陣を描いたりもしましたね、結局セイバーさんは別の魔術陣から召喚された訳ですけれど」

 

 セイバーを召喚するために描いた魔術陣。

 それが俺を召喚するために使われたのだから運命というのは奇妙なものだ。

 

「セイバーさんはとっても凛々しく強いお方でした、私にもあれくらいの力があれば良かったのに……」

 

 セイバーとの特訓で怯えながら竹刀を握るキャスターを思い返す、キャスターは武術には根本的に向いていないと思う。

 

「アーチャーさまは初めは怖い人だと思っていましたけれど……きっと、あの人はとても悲しい人なのですね」

 

 最初に出会ったときは俺たちのことを敵視していたアーチャー。

 しかし、最期は俺たちのことをかばって消滅した。

 あいつなりに俺達を見て思うところがあったのかもしれない。

 

「イリヤさんがバーサーカーさんを引き連れてきたときは、もうダメだと思いました」

 

 キャスターとバーサーカーは生前に面識がある。瞬時に真名を看破し、絶望してしまったのだろう。

 俺もバーサーカーに吹き飛ばされた時は死を覚悟した。キャスターの強化魔術がなければ本当に死んでいただろう。あの一件で強化魔術を鍛えることになったのだったか。

 

「ライダーさんにシロウさまが石化された時はそれ以上に肝を冷やしました」

 

 強化魔術に失敗して鉄になり、さらに魔眼で石にされてしまった俺。

 あの時にしっかりしていればライダーがゴルゴーンになるのも止められかもしれないのに。

 

「これ以上巻き込みたくないと私はシロウさまの記憶を奪って聖杯戦争から遠ざけた……にもかかわらず、ランサーさんとの戦いに駆けつけてくれた」

 

 雨に打たれながら必死に走り回ったことを思い出す。

 あの時キャスターと再会できたのは本当に幸運だった。

 あるいは、それが運命という奴なのだろう。

 最初の夜にキャスターと出会った時と同じように。

 

「その後に……私たちはようやく真の契約を結んだのでしたね」

 

 月光に照らされながらの契り、俺とキャスターは共にいると誓ったのだ。

 

「それからはゴルゴーンに追い詰められて……シロウさまはアヴェンジャーとして、私はその宝具として、この時間に召喚された」

 

 初めに一人でこの世界に放り出された時は途方に暮れた、だからこそ金羊の皮でリリィが呼び出された時は飛び上がるほどに嬉しかった。

 

「羊の人形も買ってもらったりしましたね」

 

 今でも人形はリリィが大切に持っている、寝るときに気持ちよさそうに抱いているのを見たりもした。

 

「ギルガメッシュにお一人で立ち向かわれた時は目の前が真っ暗になりましたが、シロウさまは見事に勝利なされました」

 

 それは『破壊すべき全ての符』のおかげだ。彼女の人生が昇華された宝具があったからこそ、英雄王を打倒することができた。

 

「本当にいろいろなことがありましたね……」

 

 繰り返した2回の時間、1度目はキャスターと2度目はリリィと駆け巡った。

 辛いことも、苦しいことも、嬉しいことも、報われたことも、どれもが俺のかけがえのないものだ。

 

「さて……着付けが終わりましたよ」

 

 リリィが肩をポンと叩く、俺はその白い手をグッと握る。

 

「シロウさま……?」

「…………」

 

 彼女の海のように揺れる蒼い瞳をのぞき込み、告げる。

 

「俺は……君に出会えてよかった。それだけは伝えておきたかった」

 

 その言葉にリリィは目を丸くして―――ニッコリと花のような笑顔を浮かべる。

 

「はい、私もです。私も…………シロウさまに出会えてよかった」

 

 どちらともなく手を重ね、空を見上げる。

 

 雨の日の出会いから始まった俺たちの物語。

 

 その物語も、もうすぐ終わる。

 

 後は―――最後の決戦だけだ。

 



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RE2月13日 夜 最後の決戦

 円臓山の大空洞

 その中に、この時間の俺たちが入っていく。

 そして、それを追いかける俺とリリィ。

 

「なんか……最終決戦前だっていうのに締まらないな……」

 

 なんとも間抜けな構図だ。

 

「ですが、世界が統合された瞬間、正確には23時42分58秒になったら、すぐにゴルゴーンの対処をしなければなりませんからね。こうして後ろから見ているのが最適解ですよ」

 

 ヒソヒソと話しながら、コソコソと移動する。

 

『お前がマキリ・ゾォルケンだな、俺たちは聖杯を壊そうってわけじゃない、アンリマユを取り除いて聖杯を無色に戻そうとしているだけだ。そこをどけ』

 

 この時間の俺とマキリ・ゾォルケンと対峙。

イリヤがバーサーカーの影からチラリとこちらに目配せをする、その様子を静かに見つめる。

 

『令呪を持って命ずる、我が身を喰らいその存在を魂に刻みつけろ、そして儂の理想を……聖杯を死守しろ!』

 

 老人の姿が蛇の大口に呑まれ、ゴルゴーンがその巨体を震わせる。

 まだだ、まだ出て行ってはならない、世界が統合されるまでは。

 

『チッ、老人の肉はマズい。聖杯などに興味はないが……口直しだ『強制封印・万魔神殿』』

 

 ゴルゴーンの結界が展開される、あらゆる命を喰らう魔の神殿。

 

 俺は体を鉄へと変化させることでソレを耐える、リリィの礼装の効果もあって問題なく動けそうだ。

 

『ッ―――』

 

 かつての記憶の通り、キャスターの体が透けていく。

 駆けだそうとする衝動を、左手に持った金羊の皮を握って落ち着かせる。

 残り数秒、ここでキャスターを助けても、それは俺の知っているキャスターと同存在ではない。

 

『汝、怨嗟の声を叫びし者。報復に手を染めし者―――抑止の輪を巡れ、天秤の守り手よ――!』

 

 キャスターがサーヴァント召喚の呪文を唱えて、この時間の俺の体が光に包まれる。

 

 残り1秒。

 

『――シロウ……私との約束を、忘れないで』

 

 23時42分58秒、この世界が俺の時間に追いついた。

 

「キャスター!」

 

 俺は全身の魔力を右足に込めて踏み出して―――

 

 

「――――あ?」

 

 踏み出した瞬間に視界が切り替わった。

 先ほどまでと同じく、俺はキャスターのことを見ている。だが、角度が違う、これは……

 

「世界が合流したのね……その結果、同存在であるシロウの体も統合された」

 

 キャスターの声。

 

「本当に……来てくれたのね」

 

 キャスターの蒼い瞳が俺を射貫く、その目は俺がよく知っているものだった。

 

「あぁ、約束したからな。一緒にいるって……」

 

 ニヤリとキャスターに笑いかけ、その裏で自身の体を把握する。

 キャスターの言葉通り、人間である俺の体とサーヴァントである俺の体が重なるようにして存在している。寸分たがわず同じ存在なので拒絶反応などもないようだ。

 

 ただ、体以外の部分は統合されていない。服は引き裂かれたTシャツとリリィのTシャツを二重に着るという珍妙なファッションになっているし、サーヴァントの時は消えていた一画の令呪が左手に刻まれている。

 

 そしてなにより―――

 

 胸にしまわれた金羊の皮を取り出す、魔力による再現ではなく現物として存在している。キャスターから手渡されたものだ。

 だが、アヴェンジャーたる俺の宝具にしてリリィを呼び出した金の毛皮はどこにいったのだろうか?

 

「あの毛皮は――『あの私』は宝具としての役目を終えて消滅したのでしょう」

 

 宝具には使用条件が課せられているものがある、あの金羊の皮も俺とキャスターが再会するまでという条件で顕現していたのだろう。

 リリィは俺とキャスターの約束の証、互いの『裏切りたくない』という願いから生まれた宝具だから。

 

「シロウ。再会できて喜ぶ気持ちもわかるけど、まだ終わってないわよ」

 

 イリヤの声で我に返る。

 そうだ、やっと『現在』に追いついたのだ、未来をつかむための戦いはこれからだ。

 

「…………なんだ?人間の体が光ったかと思えば魔力が回復、いや、増している……何をしたのだ?」

 

 ゴルゴーンが警戒するようにこちらを見る、すぐには攻撃してくる素振りはない。

 その隙にキャスターに駆け寄って作戦を立てる。

 

「キャスター、動けるか?」

「えぇ、シロウから流れ込んでくる魔力が安定したおかげで、消滅の心配はないわ」

「そうか、なら大聖杯の方を頼む、俺がゴルゴーンを引き付けるから」

 

 アンリマユに汚染された黒い聖杯、1騎でも消滅すれば動き始める。

 今のままではゴルゴーンを倒すこともできない。

 

「分かったわ、私が聖杯を無色に戻す」

 

 大聖杯への道はゴルゴーンが塞ぐようにして立っている。

 その道を見据えながらキャスターはギュと自身の宝具を握りしめる。

 

「じゃあ、3秒後に駆けだすぞ」

 

 前を向いて走り出す姿勢を構える。

 

「3……」

「――シロウ」

 

 カウントダウンの中、キャスターはかき消えそうなほど小さな音量で呟く。

 

「2……」

「貴方に出会えて―――」

 

 蒼い瞳が一瞬だけこちらを見る。

 

「1……」

「―――よかったわ」

 

 それは―――俺だって――

 

「0」

 

 バッと走り出す、キャスターは右、俺は左から。

 

「ここは通さん―――」

 

 ゴルゴーンの爪がユラリと持ち上がる。

 かつての俺が防ぐことのできなかった一撃、だが今の俺は違う。

 

『ルールブレイカー・オーバーエッジ』

 

 爪がはじき返され、その手からは血が飛び散る。

 切り裂いた傷は瞬時に塞がってしまうが問題はない、今のは物理的な破壊だけを目的としたものじゃない。

 

「キッサマァァァァ」

 

 蛇の瞳がこちらを睨む、大聖杯へと駆けるキャスターを無視して。

 マキリ・ゾォルケンの『聖杯を死守しろ』という令呪が無効化されたからだ。

 本当はライダーの姿まで初期化されてくれれば良かったのだが、そう上手くはいかないか。

 

「ハッ―――」

 

 アーチャーから授けられた数々の宝具、それを強化して投擲する。

 

「アァァアアァアアアァ」

 

 怒りに燃えるゴルゴーンの咆哮。

 ダメージはある、だがそれ以上のスピードで再生している。

 

「この恨み……この痛みが私を……」

 

 ゴルゴーンの髪が蛇となって牙をむく。溢れ出る魔力と殺気が嵐となって吹き荒れる。

 

「良いぜ……持久戦と行こうか」

 

 俺は投影した無数の剣を強化して迎え撃った。

 

 

「シロウ……」

 

 自らの弟の戦いを、私はただ見ていることしかできなかった。

 アインツベルンのマスターとして戦闘魔術も身に着けているが、ゴルゴーンの結界の中では魔力を吸われないようにじっとする他にない。

 

「どうしたら……」

 

 手を握りしめて歯がゆい気落ちを抑える。

 ようやく会えた弟のために、姉として力になってあげたい。

 

「バーサーカー?」

 

 そんな私の頭をバーサーカーの大きな手が撫でる。

 守るような手つきは父親との記憶を想起させる。

 

「どうしたの……バーサーカー?」

 

 バーサーカーは理性が無いクラスだが感情はちゃんと存在している。

 私のサーヴァントは私に何かを伝えようとしている。

 

「…………」

 

 黒曜石のような瞳が私を見つめる、その大きな目には私の不安げな顔が映っている。

 

「…………」

 

 ズンッと音を立てて巨剣を大地に刺し、ゆっくりとバーサーカーは立ち上がる。

 

 そして――――

 

「■■■■■■■■■」

 

 獣のような唸りをあげてゴルゴーンへとその巨剣を振るったのだった。

 

 

「なっ…………バーサーカー?」

 

 突然の乱入者に目を見張る、巨剣でゴルゴーンを切り伏せるバーサーカー。

 

「無茶だ……その体じゃ……」

 

 結界によって魔力を吸われ、バーサーカーの体はすでに透け始めている。

 そんな状態で戦えば……

 

「■■■■■■■■■」

 

 それでもバーサーカーは戦いを止めない、その瞳には強い覚悟が込められているように見えた。

 

 ならば俺にできることはたった一つ。

 

「――――強化開始」

 

 存在の位階を上げる、奇跡をより上位の奇跡へと。

 

『ルールブレイカー・オーバーエッジ』

 

 練り上げられたキャスターの神秘をバーサーカーに向ける。

 

 手に伝わる鈍い感触

 

 短剣は『十二の試練』を突破してその効果を発揮され、聖杯から課せられた『狂戦士』の呪縛が破壊される。

 

「……礼を言おうコルキスの姫よ……契約はここに果たされた。次は――私の番だ」

 

 低い声が響く。

 先ほどまでの獣の唸りとは違う、高潔さを感じさせる静かな声だ。

 これこそが大英雄ヘラクレスの真の姿なのだろう。

 

『我が身に掛けられた狂気の呪いを解く、そうすれば私も貴女を守るために戦う……そう、契約しましょう』

 

 数世紀前に行われた、メディアとヘラクレスの果たされることのなかった契約。

 彼女の生涯が昇華された宝具を使って……という形でだが、こうして確かに守られたことになる。

 

「誰が相手でも同じこと……喰らい尽くしてやろう」

 

 蛇たちが紅い目を光らせて牙をむく、ヘラクレスは動じることなくガッシリと構え――

 

『射殺す百頭』

 

 唸る百匹の蛇が、百の斬撃によって沈黙させられた。

 

「グッ…………」

 

 さすがのゴルゴーンも再生が追い付かず苦悶の声を上げて崩れ落ちる。

 だが、それはヘラクレスも同じ。

 

「バーサーカー!」

 

 洞窟の中にイリヤの悲痛な叫びが反響する。

 ヘラクレスはそんなイリヤを穏やかな瞳で見つめて、静かな声で語る。

 

「主よ……あなたに出会えてよかった。私がかつて殺めてしまった小さな命……その命のために戦うことができたのだから」

 

 ヘラクレスの巨体が光の粒子となって崩れていく。

 

「ですから……どうか、主も主の願いを叶えてください」

「ッ―――」

 

 イリヤが虚空となった空間を見つめて膝を折る、下を俯いているので表情は読めない。

 

「…………」

「これは?」

 

 俯くイリヤの体が淡く輝き始める。

 

「聖杯として完成しようとしているのか?」

 

 イレギュラーであるギルガメッシュを含んだ5騎のサーヴァントの魂が聖杯の中に還った。

 

 イリヤの体から発せられる銀色の光が強さを増す。

 光は線となって放たれ、束となって宙に環を描く。

 洞窟の天井に浮かび上がる環はかつての大火災で見た『黒い太陽』と酷似していた。

 

 ただ、違う点が一つ。

 

 その輪が透き通るような無色であるということだ。

 

「キャスター……浄化が間に合ったのか」

 

 『大聖杯』と謳われた奇跡、その透明な光を背にしてゴルゴーンに剣を向ける。

 

「さぁ―――決着と行こうぜ」

 

 この物語に幕を下ろすとしよう。

 



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2月14日 Rainy Moon

「何とか浄化作業が間に合ったようね……」

 

 聖杯起動のための魔術陣が描かれたクレーター、その中央で崩れるようにして倒れ込む。

 

「ちょっと……無理をしすぎたかしら」

 

 薄れていく自らの手を見つめる。

 シロウには消滅の心配はないと言ったが本当は魔力が底を尽きかけていた。

 そんな状況で聖杯の浄化作業をしたのだ、この結末も当然か。

 

「あぁ……また、約束が守れなかったわね」

 

 聖杯戦争が終わるまで共にいるという約束、私の方は先に消えてしまいそうだ。

 

「ただ、まぁ……」

 

 薄れゆく意識の中でぼんやりと思考する。

 

「悪い気持ちでは………ないわね」

 

 微睡むように私の意識は深い闇へと落ちていった。

 

 

「ッ―――」

 

 キャスターが消えた。

 彼女との繋がりが無くなったのを感じる、左手に刻まれた令呪もやけに軽い。

 新たな魂を得た大聖杯は透明な光を増していく。

 

「くそっ……」

 

 結局、俺は誰も守れないのか、セイバーもイリヤもキャスターも。

 心が急速に冷えていく。

 

 ゴルゴーンが振るう爪を強化した体で受ける。

 奴の攻撃は鉄と化した肉体を貫通するには至らず、俺の体は無数の切り傷が刻まれていた。

 

 俺の剣がゴルゴーンの体を引き裂く。

 傷は瞬時に再生する、だがダメージは確実に蓄積されており苦痛に顔を歪ませている。

 

 互いに致命傷を与えることはできず、ただ血だけが無駄に流れていく。

なんとも不毛な戦いだ。

 

「…………」

 

 無感情に剣を振る。

 大聖杯の光に照らされて映る俺の影、なんとなくアーチャーと重なって見えた。

 

 

「ここは……どこかしら?」

 

 気が付けば海岸にいた。

 

 海の青色がどこまでもどこまでも広がっていて、空には白い逆月が柔らかな光を放っている。

 

 私は確か魔力不足で消滅して―――

 

「なるほど、ここは聖杯の中という訳ね」

 

 すぐに現状に思い至った。

 消滅したサーヴァントの魂が聖杯に還ることは知っていたが、こんな綺麗な景色が広がっているとは。

 

 海の波に足をひたし、白く輝く逆月を見つめる。

 

「やっぱり私ではダメだったわね……」

 

 雨の日にシロウと出会って、彼と一緒に戦ってきたけれど―――

 最後まで添い遂げることはできなかった。

 

 私では彼を救うことができなかった。

 私は彼に相応しくなかったのだろう。

 

 凪が吹き付け、青い髪を揺らす。

 

 彼にはどんな人物がお似合いだっただろうか?

 

 黄金の様に輝く理想を持った娘なんていいかもしれない。

 彼が理想を見失うことがないように道を照らす強い輝きを持った娘。

 あるいはルビーの様に燃えるように意思をもった娘もいいかもしれない。

 彼が一人で背負いこもうとしたら、ナニをカッコつけているのだと叱り飛ばせる様な娘。

 

 いっそ、彼を縛り付けるほど暗い闇を抱えた娘もいいかもしれない。

 世界なんてどうでもいい、私だけを守って欲しいと自らのエゴをさらけ出せる様な娘。

 

 私はそのどれも持っていなかった。

 輝く様な高潔な理想も、燃える様に強い意思も、暗いエゴを曝け出す勇気も―――

 

「そんなに、悲観しなくてもいいんじゃない?」

 

 声のする方を見れば銀髪の少女が立っていた。

 

「イリヤスフィール……小聖杯の権限で私の魂にアクセスしてきたのね」

「そう、最後に私のワガママを一つ叶えたくなっちゃって」

 

 そう言って、少女はイタズラッ娘のような笑みをクスリと浮かべる。

 

「わがまま?」

「えぇ、私は聖杯としての本分を全うする、それ自体は別に構わない」

 

 生まれる前から聖杯であることは仕組まれていた、その事はイリヤにとってアイデンティティである。

 願いを叶えるために命を捧げる事は誇りですらあるのだ。

 だから、彼女自身に願いがあるとすれば一つだけ。

 

「せめて、叶える願いくらいは美しいものであって欲しい」

 

 聖杯戦争は私欲と血に塗れた醜い争いだ。

 

 だからせめて、最後の願いくらい――――

 

「……それで、私の魔術で大聖杯へハッキングしろとでも言うのかしら。残念だけど私では力になれない、この身はすでに消滅しているもの。魂だけでは何もできない」

 

『魔術師』のクラスといえど、肉体が無くてはどうしようも無い。

 そもそも、聖杯内部から干渉が可能であればサーヴァントは召喚された瞬間に自害を選ぶだろう。

 

「えぇ、普通は敗退したサーヴァントは何もできない、だからこそ戦っているのだものね。でも―――何事にも例外というものはあるのよキャスター、すでに前例だってある。あなたが先ほど浄化してしまったけれど」

 

 その言葉で思い出す。

 先ほど浄化した黒い聖杯、あれが汚染されてしまったのはアンリマユという悪神の魂が原因だ。

 

『この世に悪あれ』

 

 人類の願いから生まれた黒い魂は無色であった聖杯までも黒く染め上げてしまった。

 

「現在の聖杯は浄化されたことによって無色に戻っている、そして―――私たちにはこれがあるわ」

 

 イリヤが手に取るのは『金羊の皮』 

アヴェンジャーとして召喚されたシロウの宝具

もう一人の幼い『私』

 

「これは本来、存在するはずのなかった宝具。キャスターと士郎が出会い、その想いの果てに生み出された奇跡」

 

おずおずと毛皮に向けて手を伸ばす。

 

「さぁ―――思い出してキャスターの願いを、強く想ってシロウのことを」

 

毛皮に指が触れた瞬間、蒼い光が放たれる。

 

海のような鮮やかな蒼の輝き、淡い光は静かに世界を照らし白色の月が蒼く染まっていく。

 

目を瞑って、その光に身をまかせる。

想起するのは赤毛の少年の姿

 

私の本当の願いは―――

 

 

「――――雨?」

 

 ポツリと冷たい感触を腕に感じた、その後も滴は降り注ぎ俺の体を伝っていく。

 

 おかしい、だってここは洞窟の中だ。雨なんて降るはずがない。

 

 戦うことも忘れて俺は上を見上げる。

 

「あれは――――」

 

 先ほどまで無色であった大聖杯の輪が蒼く染まっている。

 かつての大火災で見た聖杯は『黒い太陽』のようであったが、今は『蒼い月』のようだ。

 そこから放たれた淡い光は空中で凝固し、滴となって地面に落ちる。

 

「何が起きてるんだ?」

 

 アンリマユの呪いが顕現すれば泥となって聖杯から溢れ出ていたらしい。

 だが、目の前で起きている現象はソレとは違う。少なくとも呪いなんかではないだろう。

 

 だって、降り注ぐ雨はこんなにも美しい。

 

「この雨は……?」

 

 呆然と見上げるゴルゴーン。

 雨は勢いを増しザーザーと音を立てて地面を濡らす。

 

「…………キャスター」

 

 雨の中から僅かに感じるキャスターの魔力、改めて宙に浮かぶ環を見つめる。

 

 『雨天の月』

 

 降り注ぐ雨と浮かぶ蒼い月は、キャスターと初めて出会った時の光景を想起させる。

 

 雨は戦いによって流れた血を洗い流し、月光は俺とゴルゴーンを優しく照らし出す。

 

「なんだ―――急に、眠く――」

 

 雨の効果なのか、ゴルゴーンが蛇のように瞳を閉じて眠る。

 その寝顔は先ほどまでの戦いで見せたものとは違い、とても安らかなものだった。

 

「この夢は―――あぁ、何故だかひどく懐かしい。かつて見た悪夢――いや、姉さまたちとの――」

 

 ゴルゴーンの……ライダーの体が縮んでいく。

 マスターを喰らい、変化していた霊基が元に戻ろうとしているのだろう。

 

「俺も……なんだか、眠いな」

 

 襲いくる睡魔に任せて目を瞑る。

 

 そうして俺は夢を見た。

 

 子供だった頃の夢を。

 

 理不尽な運命によって俺が全てを奪われる前の夢を――

 

 かつての暖かな記憶、家族に囲まれている俺の姿

 

 そんな光景をぼんやりと見つめて――

 

「ありがとう……俺はもう大丈夫だから」

 

 その光景に背を向けた。

 失われた幻想にいつまでも縛られていてはいけない。

 

「父さん、母さん―――さようなら」

 

 それは別れの言葉ではない。

 人は『過去』があるから『未来』に向けて歩いていける。

 その『過去』がどんなに辛いモノであっても、いつかきっと輝きを放つから。

 

 力強く一歩を踏み出す。

 

 夢が終わるのだ、俺が今まで見続てきた長い長い夢が。

 



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Good End ただいま

「ここは…………俺の家、か」

 

 鳥のさえずりで目が覚める、窓から射す日の光が眩しい。

 

「ゴルゴーンはどうなったんだ?」

 

 伸びをしながら考える。

 確か、ゴルゴーンと戦っていたら蒼く染まった聖杯から雨が降り出して……その後の記憶があいまいだ。ただ、何か懐かしい夢を見ていた気がする。

 

「…………」

 

 胸にしまったままの金羊の皮を取り出す。

 聖杯戦争がどんな顛末を迎えたのかは分からないが、終わったのだという確信はあった。

 

「今……何時だ」

 

 時計を見れば8時34分を指していた。

 

「ゴルゴーンとの戦いが日付が変わるあたりだったから……そんなに時間は立ってないな」

 

 言ってから気づく、日付が変わったのだ。

 今までは繰り返しの時間を歩んできたが、今日は新しい日の朝を迎えたという事になる。

 

「とりあえず……朝飯にするか」

 

 布団から抜け出して、俺は一歩を踏み出した。

 

 

「…………?」

 

 なんだか、居間が騒がしい気がする。

 そういえば聖杯戦争中だからと、適当な理由をつけて藤ねえと桜に家に来ないように言い含めておいたのだったか。

 長い間、連絡をしていなかったから心配になって見に来たのかもしれない。

そんなことを考えながら襖を開く。

 

 そこにいたのは――――

 

「セイバー…………?」

 

 金髪の少女がご飯を食べていた。

 

「あっ、シロウ。目が覚めたのですね」

 

 俺に気づいたセイバーが花のような笑顔を浮かべる。

 何故、セイバーがいるんだ……ランサーの槍にやられて消滅したはず。

 

「なんですか……あっ、もしかしてご飯が欲しいんですか、仕方がありません一口だけですよ」

 

 マジマジと見つめる俺にセイバーがご飯をくれる、その仕草はなんだか騎士然としたセイバーとは違う気がした。

 なんというか、普通の女の子というか使命感などに縛られていない純情な少女という感じだ。

 着ている服も関連しているのかもしれない、現在のセイバーは青と銀の鎧ではなく白いドレスを着ていた。

 

「あー、士郎、新しい家族をほったらかしてやっと起きたのね」

 

 台所から藤ねえが顔をのぞかせる。

 

「新しい家族……なんのことだ?」

「何言ってんの、切嗣さんの知り合いの子供たちがこの家で暮らすことになったんでしょ。私も様子を見に来てびっくりしたわよ」

 

 何だその話は、そんな話を俺は知らないぞ。

 いや、それより―――

 

「子供……たち?」

「えぇ、全員で7人でしょ。私に前もって言ってくれれば、色々と手配してあげたのに……」

 

 7人?

 セイバーだけじゃないのか?

 

「タイガー、洗濯物を干し終わったわよ」

 

 子供らしい元気な声が響く、声のした方をふりかえると――

 

「イリ、ヤ―――?」

 

 銀髪の少女がそこに立っていた。

 

「イリヤちゃんは偉いわね―、それに比べてネボスケ士郎は……」

 

 藤ねえに撫でられながら、イタズラ成功と言った笑みを浮かべるイリヤ。

 

「ちょ……ちょっとこの子と話があるから2人きりにさせてくれ」

 

 イリヤを連れて廊下に出る。

 

「どういうことだ、イリヤは聖杯になって消えたはず……それにセイバーも、なんで2人が俺の家に……」

 

 もしかしてこれは夢なのか、イリヤたちの死を認められない俺の願望がこんな夢をつくりだしているのか。

 

「アハハ、シロウってば自分の頬っぺたを引っ張っちゃっておもしろーい。でもこれは現実よ、私はこうして生きている」

 

 そう言って華麗なウインクを決めて見せる。

 

「うーん、どこから説明したらいいかな……そうね、ゴルゴーンとの戦いで雨が降ってきたのは覚えてる?あれは、聖杯がキャスターの魂に染まった結果なの」

 

 アンリマユの魂は聖杯を黒く染めたがキャスターの魂は蒼く染めた。そして泥の代わりに雨が流れ出してきたということらしい。

 

「これは前から理論的には考えられていたんだけど、変色した聖杯は取り込んだサーヴァントの魂を染め上げて吐き出すことができるの。アンリマユのときは『黒化』とか『オルタ化』って呼んでたんだけどね」

 

「そして、蒼く染まった聖杯でも同じことが起きた……なぜか若い時の姿で再召喚されちゃったんだけど」

 

 なるほど、先ほどのセイバーの仕草が幼かったのはそれが原因か。

 『白化』や『リリィ化』とでもいうべき現象だ。

 

「でもイリヤは?イリヤはサーヴァントじゃないだろう」

「うーん、それは私も不思議なのよね。中身が器に影響するってことはありえない話じゃないんだけど、なんで死ななかったのかはよく分からないの」

 

 不思議そうに首をかしげるイリヤ、なににせよこうして再会できたのは良いことだ。

 そう感動する俺に、イリヤは上目遣いで口を開く。

 

「これからよろしくね、お兄ちゃん」

 

 今のは不覚にもドキドキした、妹萌えなんて趣味はないはずなのに。

 

 そんなやり取りしていると……突然、ドンッという轟音が家を揺らす。

 

「なんだ?今のは剣道場からか?」

 

 慌てて走り去る俺にイリヤが小さく呟く。

 

「さて……あっちのほうは順調かな」

 

 

「さすがはギリシア神話の頂点と呼ばれた大英雄、戦いがいがあるぜ」

「私もこれほどの戦士と武を交えるのは久しいことだ、腕がなる」

 

 剣道場につくと、槍を持った獣と巨剣を持った巨人が戦っていた。

 動くたびに地響きが起き、武器が交わるたびに轟音が鳴り響く。

 

「ストップ、スト―――ップ。やめろ、近所迷惑だろ、というか家が壊れる」

 

 慌てて止めると2人はあっさりと武器を下ろした。

 

「あんた達は……ランサーとバーサーカーか?」

 

 軽鎧をまとい、髪を荒立てた青年。

 その瞳は『奴』と同じく、好戦的にかがやいていた。

 

「あぁ、まさかこんな形で復活するとは思わなかったがよ、生きてるからには楽しもうと思ってこうして戦ってたのさ」

 

 そう言ってバーサーカーを見る。

 こちらも幼い姿で召喚されているようだが、その強大さと筋肉に変わりはなく、理性もキチンと残しているようだ。

 

「マスターの兄上よ、迷惑をかけて申し訳ない……それより、コルキスの姫君にはもうお会いになったかな?」

 

 コルキスの姫君……そうか、サーヴァント達が復活したのならメディアもいるはずだ。

 

「どこにいるか分かるか?」

「……まだ、お会いになられていませんでしたか。そうですか……それなら、和室に居ます」

 

 なぜか、まずいことを聞いたというように目をそらしつつバーサーカーは答える。

 

「和室だな、ありがとう」

 

 手を振って走り去る俺の後ろで2人の話し声が聞こえる。

 

「いやー、青春だねぇ、若さってのはいいな」

「我らも今は若い姿なのだがな」

 

 

 和室の襖を勢いよく開けると、そこには桜と少女がいた。

 

「あれ、メディアは?というか桜、その子は?」

「あっ、先輩、おはようございます」

 

 桜は少女を膝に乗せ、絵本を読みきかせていた。

 猫耳のようなフードと紫の髪をした少女。

 

「えっと……君の名前はなんていうのかな?」

「……………」

「アナちゃんっていうんですよ、無口ですけどとっても可愛いんです」

 

 口をつぐむ少女の代わりに桜が答える。

 可愛い可愛いといって抱きしめる桜の抱擁を、アナと呼ばれた少女は困ったように、しかし嬉しそうに目を細めて受け入れている。

 その黄金の瞳は見覚えがあった。

 

 この少女はライダーで間違いないだろう。

 

 マキリ・ゾォルケンのサーヴァントとして召喚され、ゴルゴーンとして使役された彼女は常に苦しげな顔をしていた。

 

 だが桜に抱かれる今の彼女は幸せそうに見える。

 

「っと、それよりメディ……青い髪をした少女を見なかったか?」

「青い髪?私は知りません」

 

 首をかしげる桜。

 おかしい、何処にいるんだ。

 

「…………中庭」

 

 ライダーがぼそりと呟く、中庭?なんでそんなところに?

 とにかく一刻も早くメディアに会いたい。怪訝な顔をする桜を置いて走り出す。

 

「変な先輩ですね……それより、アナちゃん。今日の夜は何が食べたい?嫌いなものはあったりする?」

「…………ワカメ」

 

 

 中庭につくと一人の少年が立っていた。

 くそ、またメディアはいないのか、舌打ちしつつ少年を見る。

 人懐っこそうな顔に利発そうな目をした少年。

 誰だ?こんな奴、記憶にないぞ?

 

「あれ、分かりませんか?僕ですよ、ギルガメッシュです」

 

 その言葉に目を見開く、確かに赤い瞳と金色の髪に面影はあるが……えぇ、あの傲慢不遜な男の幼少時代はこんな素直そうな少年なのか。

 

「いやー、僕もあんな風に成長するのは嫌なんですけどね、まぁ未来っていうのはいつだって残酷なものです」

 

 軽快な笑みを浮かべる少年、何故かその言葉が胸に響いた。

 

「メディアがどこにいるか知らないか」

「…………ちなみにアーチャーさんは再召喚されなかったみたいですねぇ、いや、ある意味ではいるのかな。アーチャーリリィとアヴェンジャーリリィとでも言うべき存在が」

 

 ギルガメッシュは俺の質問に訳の分からない答えを返す。

 

「アハハ、そんな顔しないでくださいよ。そうですね……そろそろ終わってるだろうし……

さぁ、貴方が探し求めている姫はあちらにおられますよ」

 

 そう言って指さしたのは土蔵だ。

 俺はゴクリと喉をならして、その扉を開いた。

 

 

 扉を開けると少女が立っていた。

 

 青い髪を一つに束ね、穢れを知らぬ純白の服を纏い、海のように深い瞳でこちらを見つめている。

 

「リリィ……か?」

「はい、私はコルキスの王女にして、女神ヘカテーの弟子、そして今はあなたの家族です」

 

 柔らかな笑みを浮かべる少女。

 その言葉はリリィを召喚した時とよく似た、しかし少し違った言葉だ。

 

 『家族』か、確かにこれからは同じ家で暮らすのだからそう言ってもいいのかもしれない。

 

 ずいぶんと大所帯となった家の喧騒を聞きながらそんなことを考える。

 

「ん?……リリィ、後ろに隠しているのは何だ?」

 

 見れば彼女の周りには道具箱から取り出されたリボンやテープが散乱している、土蔵にいたのは何かを作っていたからか。

 

「はい……あの、魔術に頼らずにこういうのを作るのは初めてだったんですけど、イリヤさんに教わって、がんばって……その、気に入らないかもしれないですけど……」

 

 恥ずかしそうに差し出されたのは本ぐらいの大きさの箱だ、デパートでされるような丁寧なラッピングがなされている。

 

「開けていいのか?」

 

 コクリと頷くリリィを見て、ラッピングをほどいていく。

 そうして箱の中にあったのは―――

 

「チョコレート?」

 

 ケースに収められた小さな球状のチョコレート、色とりどりのそれは宝石のように見える。

 

「あの……バレンタインデーはチョコを贈るものって聞いたんですけど……違い、ましたか?」

 

 その言葉で思い出す、今日は2月14日のバレンタインデー。

 感謝のしるしにチョコレートを渡す日だ。

 

「いや、違わないよ、ありがとう。じゃあ早速食べるな」

 

 ホワイトチョコのかかったショコラを口の中に放り込む。

 とてもとても甘い、優しい味がした。

 

「どうですか?」

「あぁ、うまいよ」

「そうですか……よかった」

 

 ほっとしたようにリリィは笑う、そんな彼女を見ながら俺はある言葉を口にした。

 

「――――おかえり、リリィ」

 

 その言葉にリリィは一瞬キョトンとして、それから先ほど以上に美しい花のような笑顔を浮かべる。

 

「はい、ただいまシロウ」

 



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True End ある魔女の物語

「ここは…………俺の家、か」

 

 鳥のさえずりで目が覚める、窓から射す日の光が眩しい。

 

「ゴルゴーンはどうなったんだ?」

 

 伸びをしながら考える。

 確か、ゴルゴーンと戦っていたら蒼く染まった聖杯から雨が降り出して……その後の記憶があいまいだ。ただ、何か懐かしい夢を見ていた気がする。

 

「…………」

 

 胸にしまったままの金羊の皮を取り出す。

 聖杯戦争がどんな顛末を迎えたのかは分からないが、終わったのだという確信はあった。

 

「今……何時だ」

 

 時計を見れば8時34分を指していた。

 

「ゴルゴーンとの戦いが日付が変わるあたりだったから……そんなに時間は立ってないな」

 

 言ってから気づく、日付が変わったのだ。

 今までは繰り返しの時間を歩んできたが、今日は新しい日の朝を迎えたという事になる。

 

「とりあえず……朝飯にするか」

 

 布団から抜け出して、俺は一歩を踏み出した。

 

 

「…………」

 

 当然ながら家には誰もおらず、がらんとした部屋は静寂で包まれている。

 

「……残り物でも食うか」

 

 そう思い、冷蔵庫を開けたとき――

 

「?―――なんだこれ?」

 

 見覚えのない箱が入っていた、可愛らしいラッピングがされた小さな箱。

 不審に思いながらも包装を解いていく。

 

「ッ―――」

 

 その中に入っていたのはチョコレートだった。

 

 羊の形を模した可愛らしいチョコ。

 

 同封されていた『親愛なるマスターへ』と書かれたメッセージカードを見て思い出す。

 今日は2月14日、バレンタインデーだ。

 

 涙に目頭を熱くしながら、一口かじる。

 少し苦く、それ以上に優しい味がした。

 

「…………」

 

 キャスターとの思い出がありありと浮かんでくる、『雨天の月』の出会いから駆け巡ったさまざまなことが。

 

「っと…………」

 

 玄関のチャイムが鳴らされる。

 俺は涙をぬぐって歩き出した。

 

 

「―――遠坂?」

 

 玄関に出ると、遠坂が立っていた。

 

「はい、衛宮君。元気になったみたいね」

 

 にこやかな笑みを浮かべる遠坂を家の中に招き入れる。

 

「遠坂が俺を家まで運んでくれたのか?」

「えぇ。遠視の魔術で見ていたら、なんだか大変なことになってるみたいだったから慌てて助けに向かったのよ。あぁ、ちなみにキャスターのチョコはもう食べた?あれは『自分が消えたらシロウに渡してくれ』って託されたものなの」

 

 自分が消えたら……か。

 やはりキャスターは消滅したんだな。

 

「聖杯戦争はどうなったんだ?」

「私もすべてを把握しているわけじゃないんだけど、とりあえずは終結したみたいね。私が大空洞に行ったときはゴルゴーンが消滅して衛宮君が倒れているだけだったもの。聖杯は顕現したまま放置してあるわ」

 

 ゴルゴーンは消えてしまったのか、復讐の相手とはいえ彼女のことも救ってやりたかった。

 

「終わったんだな……全部、サーヴァントは全員消滅して、聖杯戦争は終結した」

 

 キャスターもリリィもセイバーも消滅して、イリヤは聖杯になった。

 奇跡は起きるはずもなく、聖杯戦争は厳しい現実を残して真の幕引きとなった。

 

「全部ってわけじゃないけどね、監督役の神父が変死したりマキリの家のこともあるし……といっても、これは私が処理するから衛宮君には関係ないけど」

 

 遠坂は言葉を区切ると、不意に俺のことを見つめる。

 

「それで……衛宮君はこれからどうするの?」

 

 これから……か、聖杯戦争中は今を生き抜くのに精いっぱいでそんなことを考える暇もなかったな。

 

「……前に、イリヤからキャスターとはどんな関係なのかって聞かれたんだ」

 

 あれは、確かどこかの公園での話だったか。

 

「その時は答えられなかったけど、今思えば、俺達は互いの中に自分を見ていたのかもしれない」

 

 『理不尽な運命』に全てを奪われた俺とキャスターは、相手が幸せになるのを見ることで自分も救われようとしたのかもしれない。

 

「キャスターと出会えて俺は良かったと思ってる。でも……これ以上一緒にいてもただの傷のなめ合いになっていたとも思う」

 

 俺の独白を遠坂は黙って聞いている。

 

「俺たちは今回のことで少しだけ自分を好きになれた、理不尽な運命を許すことができた、血にまみれた『過去』を受け入れることができた。だから……今度は未来に向けてそれぞれの道を歩いていけたらと思う」

 

 キャスターは消滅した。

 だが、彼女との出会いが無くなったわけではない。

 思い出を糧に歩き出すべきだ。

 

「それぞれの道って、衛宮君はどうするのよ」

「俺は……とりあえずは聖杯を守ることにするかな」

 

 蒼く染まった聖杯。

 奇跡として顕現したそれは、他の魔術師を引き付けることになるだろう。

 

 イリヤとキャスターが残してくれたものを他人に触らせるわけにはいかない。

 

「聖杯を守りながら手が届く範囲で人も助ける、それが俺のするべきことかな」

 

 『金羊の皮』を取り出す、キャスターから託された約束の証。

 

 かつてこの毛皮を守っていた竜は『コルキスの守護者』と呼ばれていたらしい。

 ならば俺は『冬木の守護者』となって聖杯と毛皮を守り続けよう。

 

「キャスターはどうするの、それぞれの道を歩むと言っても彼女はもう……」

 

 遠坂が目を伏せる、サーヴァントに未来はないと言いたいのだろう。

 

「人の出会いに意味はある、強烈な出会いはそれだけで存在を変えることになる……サーヴァントってのは召喚された時の記録を本のように読むことができるんだろ。なら俺とキャスターの物語を読んでメディアが少しでも変わってくれればと思う」

 

 

 

 物語を読んだ彼女が自分のことを好きになって

 次の召喚では誰かのことを愛せるように―――

 




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 感想欄に質問や意見をお書きいただければいずれ答えるつもりでいます。
 この作品を読んでくださった方がメディアのことを好きになってくれれば嬉しいです。


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