緋月昇は記録者である (Feldelt)
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ー勇者部と記録者ー
第1話 緋月昇


讃州中学勇者部。その活動は人のためになることを勇んでする部活。ボランティア、というのが一番分かりやすいだろう。例えば今ここ、保育園でやっている人形劇も活動の一環だ。だが、それは表向きの話。裏、というかむしろ本業は、もっと■■で、もっと、■■だ。(大赦書史部・巫女様検閲済)

 

 


 

 

《むかーしむかしあるところに、ひとりの勇者がいました。勇者は人々を困らせる魔王を討伐するために旅をしています。そして、長い長い旅の果て、遂に勇者は魔王の所にたどり着いたのです。》

 

劇が始まった。俺はセットの垂れ幕を動かしたり、小道具を操ってたりしている。子供たちからは見えないし、友奈と風先輩からも見えない位置でだ。俺の前には段ボール製のレンガをあしらった壁が、俺の後ろには木板でできた人形劇用の枠がある。壁に挟まれてるわけだ。

 

「ようやく会えたな、魔王!」

「よく来たなぁ、勇者。長旅だっただろう。」

 

ここらは俺の書いた所かと思いつつ、俺の後ろにあるハンドルの一つを回して魔王の城のセットを呼び出す。この機構は考えるのも作るのも時間がかかった……なんて、そんな思いは文字通りの意味で倒される。

 

「今日、人々を困らせるお前に引導を渡す!」

 

演技に熱の入った友奈が腕を振りぬき、友奈の前にある、つまり俺の後ろにあるセットを倒したのだ。当然俺は下敷きにされ、さらには俺の前のセットも倒れていった。

 

「ちょ、友奈!?セットが、にょわぁぁ!?」

「ひーくん!?」

「緋月……は気の毒だけど、まず子供たちに当たらないでよかった……」

「うげぇ」

 

先輩の言う通り子供たちに当たらなかったのは不幸中の幸い。これぐらいのハプニングならまだ修正は効く。そう思った矢先、友奈がとんでもない行動に出た。

 

「ゆ、勇者キーック!」

「あいだぁ!?ちょ、友奈それキックじゃない!後勝手に始めるな!しゃあない、樹!ミュージック!」

 

なんと友奈が沈黙に耐え切れず魔王といきなり戦闘を開始したのだ。それでいいのか勇者。そしてそのせいか先輩のスイッチも入ってしまったようでもはや魔王そのものが降りてきている。だがそんなことよりも俺がまだ動けないということのほうが問題だ。

 

「えぇ!?ここで魔王君臨のテーマ!?」

「ふははは、引導を渡されるのは貴様の方だ!」

 

しかしまぁ、熱が入りすぎて迷走し始めたな。こうなってくると頼りになるのは東郷だけかもしれん。

 

「皆!勇者を応援するのよ!勇者にパワーを届けるの!がーんばれ、がーんばれ!」

『がーんばれ、がーんばれ!』

「うぐぐ、皆の声援が、私を弱らせる……!?人の心の共鳴とでも言うのか……!?」

 

しかし東郷もすっちゃかめっちゃかにやってくれた。まぁ子供たちを巻き込んで演者として一体化させたと判断して先輩がうまくアドリブを挟んだことで事態は解決できそうだ。

 

「うおおおおお、勇者、パーンチ!」

「うぎゃぁぁぁ!?」

「もう終わりだよ、戦いも、憎みあいも、全部!」

 

よし、子供たちは盛り上がった。じゃあもうこれでいいだろう。どうにか枠の下から顔を出して東郷に伝える。

 

「今のうちに、締めてくれ……」

「と、いうわけで。祖国は守られましたとさ。めでたしめでたし。」

 

祖国って言葉通じるの?なんて思ったが、まぁ終わったことだしもういいや。めでたしめでたし……じゃない。まだ下敷きなんですけど。

 

 


 

 

あぁ、そういえば自己紹介も何もしていなかった。讃州中学勇者部部員の話も、何も。

どこから話したものか。まずは部長か。部長は三年生、犬吠埼風先輩。女子力全開にして厨二病患者、しかししっかりものの姉である。なお女子力の定義は不明。

次は部長の妹、犬吠埼樹。一年生。先輩曰く女子力低め。なんというか、勇者部の癒し枠。そしてタロット占いが得意。よく当たる。死神や塔がよくめくれるのは愛嬌。

次は……結城友奈。二年生。明朗快活、天真爛漫。元気を体現しているような存在だ。特技は武術。なんでも親から教えて貰ったらしい。護身用なのかは知らん。そしてその友奈の親友である東郷美森。どうも名前よりも名字で呼んでほしいらしい。まぁ、確かに美森よりかは東郷の方が俺も呼びやすい。デジタルに詳しく和菓子作りが得意。その他色々キャラが濃いが、事故で両足の機能と過去二、三年の記憶が無いらしい。よく生きてたな、そんな重大な事故で。あれか?二年前の大橋の事故か?末端の俺には上からの情報が少ないからなんとも……っとそうだ。俺自身の紹介を忘れていた。

俺は緋月昇(ひづきのぼる)、二年生。友奈と東郷と同じクラスにいる。今年から上の拝命というか辞令を受けてこの讃州中学に入学した。上の話は……まぁ来るべき時が来たら話すことにしよう。今話しても、きっと検閲されて黒塗りの全く読めない文章になるだろうからな。

 

ともあれ、これが讃州中学勇者部五人の紹介だ。

 

 


 

 

人形劇の日の翌日。

 

「緋月ー、お前今日暇?」

「悪い、暇じゃないんだ。いつもならミーティングはサボるのだが、今日は結構重要な議題があると釘を刺されてな。ホントにすまん。」

「いいっていいって。しかし、勇者部ねぇ、お前以外全員女子だろ?いいよなぁ~」

「あんまり良いもんじゃないよ、木板に押し潰されたりするからな。」

「木板?潰される?」

「何でもない、またな。」

 

クラスメートが良心的でよかった。ここにいるということが俺には重要だからな。さて、友奈達は先に行ったか。俺も後を追わねば。そう思って校内を移動し、家庭科準備室もとい、勇者部部室に足を踏み入れる。

 

「緋月昇、合流しました。」

「ご苦労、緋月准尉。」

 

この挨拶にはコメントしない。そういうものだ。

 

「いやー、昨日の人形劇、大成功でしたね!」

「大成功って、何もかもギリギリよ、ギリギリ。東郷の機転が無かったら、どうなってたことか……」

「先輩の言う通りだな……木板に色々詰め込めるだけ機構を詰め込んだはいいものの、まさか倒されるとはね。」

「あうぅ、ごめんねひーくん!」

「もういいよ、そのぶん盛り上がった。それよりも先輩。俺を呼びつけるほどの重要な議題とは、一体なんですか?」

「あぁ、それはね……猫の飼い主探しよ!」

「お姉ちゃん、囲碁部からの依頼じゃなくて?」

「それもあるわ!」

「後者は別に俺でなくても東郷に任せればいいでしょうに……」

 

勇者部のボランティアの範囲は広い。専用のホームページもあるレベルだ。そしてそのアクセス数は一日に一万を越える。間違いなく大赦の行政組織より公共の福祉に貢献しているだろう。

 

「だめよ、ホームページの改修が必要だから、東郷にはそっちをやってもらうわ。」

「あぁ、それならしょうがないか……」

「というわけで東郷、早速だけど頼むわ。」

「頼まれました。携帯からもアクセスしやすいようにモバイル版も作ります。」

 

囲碁部からの依頼内容を確認……って明日じゃん。今日かと思ったじゃないか。

 

「お姉ちゃん、私たちは?」

「え、えーっと、今までも頑張ってたけど、今まで以上に頑張ればよろしい。」

「あ、アバウトですね……」

「じゃあ、猫のポスターでも作るか?」

 

にゃー、と冗談混じりに言いながら、そんなことを言ってみる。

 

「それいいね!ひーくん!」

「ベタだけどな。」

「ふぅ、ホームページ改修任務、完了しました。」

『早っ!?』

 

とまぁ、そんなこんなで下校時刻となり、ミーティングの続きはうどん屋さんで行われることとなった。

 

 


 

 

「もうひとつ重大な議題があるわ、十月の文化祭のことよ。」

「まだ四月なのにですか?」

「そういえば、去年はどたばたしてて、何も出来ませんでしたから……」

 

そうだったのか。

 

「今年は猫の手も男手も入ったからね。色々できそうとは思わない?」

「猫の手って、私!?」

 

嬉しそうだな、先輩。

 

「というわけで、文化祭でやる出し物を考えること。これ宿題ね。」

『はーい。』

 

……いや、俺は別に……そんなことのためにここにいるわけじゃないんだ……

 

 


 

 

うどん屋からの帰り、東郷は車椅子のため車で友奈と共に帰る。帰る方向が俺も同じなため俺も乗せて貰う。もっとも、友奈と東郷は家が隣だからいいが、俺の場合少し離れているから車を降りてからまた少し歩かなければならない。川沿いの小さなマンションだ。俺の部屋の隣は空室。そんな情報は要らんか。そのマンションに向かう途中に俺のスマホにメールが届く。

 

「上から、か。」

 

差出人は大赦。内容は、

《犬吠埼班の適性値は概ね良好。緋月昇、あなたの記録者の任がまもなく始まります。気を引き締めなさい。以上》

 

「はぁ……始まっちまうのか……」

 

空の星が少し、輝いた。

 

 




2021/11/15 再編集

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第2話 樹海

翌日。普通に学校に登校し、いつものようにクラスに入り、朝のホームルームの後に一時間目が始まる。内容は国語の文節と単語の授業。はっきりいって眠い。友奈はなんか考え事をしているな……東郷が少し気にして友奈に視線を送る。それに気づいた友奈は授業中だというのに普段のトーンで、

 

「あ、あぁ、なんでもない!」

 

と。もう一度言おう、授業中だ。

 

「結城さん?」

「は、はいぃ!」

「なんでもなくないですよ。」

 

当然、教師から注意を受ける。教室の面々からは笑い声が。まったくなにやってんだか。

 

「じゃあ、教科書を読んでもらおうかしら。」

 

と、教師が授業に戻す。ここまでが普通の日常。この瞬間、非日常の訪れを示す福音にして日常の終末を示すラッパに等しい警報がけたたましく教室に響き渡る。……俺はこの音を知っている。だが、音源たるスマホの持ち主である友奈と東郷は知らない。知る筈もない。友奈と東郷が各々のスマホを確認する。

 

「何、これ……」

 

やはり、か。やはり知らないか。

 

「よかった……止まっ……あれ?」

 

確かに音は止まった。止まったのだ。だが、警報の音が止まったのと同時に時間も止まったのだ。

 

「友奈、東郷……止まったのは音だけじゃない。時間もだ。時間も止まっている。」

「時間も……?どういうこと、緋月君。」

「そのうちわかる。」

 

刹那、空を裂く虹の雷が走る。

そして、衝撃と光と少しの振動とともに雷から別の世界への扉が開かれた。

 

「東郷さん!」

「友奈ちゃん!」

「伏せてろ!」

 

友奈が東郷に覆いかぶさりその上に俺が覆いかぶさる。耐ショック姿勢ってやつだ。何ら問題はない。そして、光の量が減ったのを頃合いに、目を開けて周りを見回す。そこは日常生活に片時の終止符を打つ、樹海であった。

 

 


 

 

「ここ、どこ……?私たち教室にいたはずだよね。また居眠りしてるのかな……」

「頬を引っ張ってみればどうだ?」

「う、うん……痛い……」

「夢、じゃないようね……緋月君、ここがどこだか、どういうところだかわかる?」

 

東郷が俺に問う。確かに俺は知っている。事情も何も大体全部。だが、こいつら自身が向き合わないといけないのがこの事態だ。故に、俺がとやかく言えたものではない。

 

「わかる。けどきっとその説明をするのは……」

 

草むらが揺れる。この方角からなら、おそらく出てくるのはあの二人だろう。

 

「風先輩、樹ちゃん!?」

「三人とも無事!?……よかった……」

「わー!風先輩!樹ちゃん!えっと、どうしてここに!?」

「それはこのアプリにある隠し機能さね。じゃあ風先輩、説明してもらえますか?主にこいつらに。」

 

俺は大体全部わかるし。

 

「そうね。それじゃあ樹、友奈、東郷、よく聞いて。」

 

 


 

 

先輩が説明を始める。

 

「まずここは、神樹様の作った防御結界、樹海よ。」

「神樹様が……?じゃあ悪いところじゃないんですね。」

「いや、友奈。ある意味最悪の場所だ。お前たちはここで敵と戦わないといけないんだからな。」

「こら緋月、動揺させるようなこと言うんじゃないわよ。」

 

そんなこと言われましても事実でしょうに。と喉元まで出かかったのをぐっとこらえ、代わりに東郷が声を出す。

 

「敵……?二人とも、どうしてそんなことを知っているんですか?」

 

そう東郷が問う。先輩は少し考えたのち、口を開いた。

 

「……みんな落ち着いて聞いて、私と緋月は、この事態に対応するために大赦から派遣されて来たの。」

「部署は違うけどな。」

 

それは神樹様を祀っている組織にして政府としての側面ももつ組織、大赦に所属しているということ。この事態に巻き込まれさえしなければ、誰にも言わないはずだったこと。

 

「ずっと一緒にいたのに……知らなかったよ……」

「当たらなければ、ここに来ることがなければ、ずっと黙っているつもりだったから……」

 

守秘義務ってやつだな。そこらへん大赦は厳しい。

 

「あのー、さっきからここにある大きい点は……?」

 

今度は友奈が問いを出す。端末に映る大きな点。大きすぎてもはや円である。しかしそれは敵の存在を認識したということに他ならない。

 

「来やがったか……そんなに速くないやつでよかった。説明の続きとしよう。あれは人類を滅ぼそうとする謎の生命体、バーテックス。奴らの目的は世界を守護する神樹様の破壊。その神樹様を護るのが、お前たち、神樹様の勇者だ。」

「言いたいこと大体言われた……」

 

説明ひと段落。が、次の問題が。

 

「あの……何か光っているんですが……」

「やっべ気取られた!伏せろ!」

 

瞬間、周囲が爆発する。俺は自分自身、友奈は東郷を、先輩は樹をそれぞれ守ったが……待て待て、こいつぁやばいな。もし直撃だったらと思うと……

 

「ダメ……私怖い……戦うなんて、出来ない……」

 

東郷の精神が折れたか……いや、この歳の少女としては当然の反応だろうな。

 

「東郷……友奈!東郷を連れて逃げて!」

「でも!」

「いいから行け!後ろは俺が守ってやる。」

 

らしくもないが、追い返すような鋭さを宿して睨み付ける。友奈はそれにおののいたのか東郷の車いすを押して下がっていく。

 

「樹も……それに緋月も!」

「どさくさに紛れて俺も逃がそうとしないでください。あれは一人で何とかできるもんじゃない。それに俺だって大赦の人間。勇者の力がなくたって、護身と軽い援護程度の力はありますよ。」

 

俺は制服のポケットの中から紋様の描かれた札を数枚取り出す。神樹様の霊力を宿した札、名前を霊札という。

 

「樹は逃げとけ……肝が据わってるようにみえる東郷でも心が折れたんだ、無理はするな。」

 

だが、樹の返答は俺の予想の逆だった。

 

「緋月先輩……でもそんなのできないです!お姉ちゃんを置いていけないよ!」

「樹……」

「一緒にいるよ、何があっても!」

「そう……じゃあ、樹続いて!緋月!友奈と東郷は任せた!」

 

そう言って犬吠埼姉妹は変身する。

 

「戦闘記録共々任せてもらいますよ。だって俺は、大赦から派遣された、『記録者』ですからね……!」

 

両足に霊札を纏う。札の効力があるうちは、ジャンプ力、が上がる。そのうえ爆風でさらに上昇、札の力でどうにか姿勢制御して、友奈たちの前に着地する。かくして、勇者部とバーテックスの戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

 

かくして、勇者部vsバーテックスの戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

 

「記録開始……交戦対象、乙女型。交戦者、犬吠埼風及びその妹樹……っと。」

 

俺も俺で、記録者としての仕事が始まってしまったのだった。




第3話 「勇者」

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第3話 勇者

風先輩と樹が交戦している。

武装は先輩が大剣、樹がワイヤー、か。

そんなことをスマホにまとめつつ、俺は時折こっちにやってくる爆弾の防御に札を割くことになっていた。札だから有限なんだよ、枚数が。

 

「また来る……札数が足りなくなってきた……あと十二枚……」

 

いい加減友奈達を守るのもきついか……

その時、友奈のスマホに着信が入る。

 

「ちょ、ちょっと待ってね東郷さん!ひーくん、大丈夫!?」

「残り九枚!あと三発が限界だ!」

 

友奈は頷いて着信に応答する。

 

「風先輩!」

「友奈!スピーカーにしてくれ!」

「うん!」

 

そのあとに爆弾が来る。

あと二発……最前線の情報を耳に入れつつ状況を整理する。

 

『よし繋がった……そっちは大丈夫!?』

「ひーくんが守ってくれてるのでなんとか!」

「とはいえあと二回が限界だ……」

『そう……友奈、東郷……黙ってて、ごめんね……』

「風先輩は……みんなのことを想って、黙ってたんですよね。それって、勇者部の活動目的通りじゃないですか。」

 

東郷と先輩が息を呑む。俺はそんな余裕などなく、また来る爆弾の処理に追われる。あと一発か。初任殉職だけは避けたいものだ……

 

そんな思いは遠くの爆発でかき消された。あの辺りには先輩がいたはず。二人は無事か……?

 

「風先輩!?」

「マジかよ!?」

 

友奈の叫びに振り返った俺はこっちにきた爆弾への反応に遅れた。

 

「緋月君!」

 

東郷の声で反応したが、十分な防御が出来ずに俺は吹き飛ぶ。

 

「ぐあぁぁ!?」

 

友奈と東郷の横に吹っ飛ばされた俺は、全身に走る痛みから察するに全身打撲で間違いない。幸い骨は折れてないが……くそっ、痛ぇ……

 

「ひーくん!?」

「っく……俺はいい!とりあえず戦うか逃げるか選べ……話はそこからだ!」

 

乙女型のバーテックスはこっちを見てるかのようだった。目のように見える模様はにっこりと笑っているように見える。何を笑っている、無力な人間を笑っているのか……?

 

「友奈ちゃん!私を置いて緋月君と逃げて!」

「いいや俺を置いて東郷といけ!もうまともに動けないから文字通りお荷物だしな……」

「何言ってるの!?友達を……!」

 

友奈の目付きが変わる。あれは、覚悟か。

 

「そうだよ……友達を置いていくなんて……そんなの、勇者じゃない!」

 

そう言い放った友奈に爆弾が向かってくる。

 

「待て友奈!ちゃんとシステムを起動してから……!死ぬぞッ!?」

 

──忠告は遅かった。飛んできた爆弾は友奈に直撃して、閃光と爆風が迸る。その直前に動かない身体を無理やり動かして東郷を庇う。

 

「友奈ちゃぁぁぁん!」

「動くな……!車椅子と言えどバランスを崩すと倒れるんだよ!」

「でも友奈ちゃんが!」

 

友奈への心配はごもっともだ。友奈の方を見る。先の爆風が収まると、そこには桜色の光があった。

 

「友奈ちゃん……!」

「記録しなきゃな……うぐっ……」

 

友奈は右腕だけ変身している。これ、どっかで見たような気がするな……

 

「嫌なんだ。みんなが傷つくこと、嫌な思いをするくらいなら!」

 

そう言いながら回し蹴りで二つの爆弾を捌く。

三つ目は跳躍でかわす。

 

「これは……なんという能力……!」

「友奈ちゃん!」

「私が、頑張る!」

 

空中でも爆弾を処理し、さっき俺がやったように爆風を利用して上昇する。

そして、友奈は攻撃態勢に入る。

 

「うおぉぉぉぉ!勇者、パァァァァァンチ!」

 

友奈の一撃は乙女型の腹らしき部分に直撃。その拳は異形を貫き破裂させる。

 

「聞いてはいたが……まさかここまでとは……」

 

結城友奈。大赦の■■■■調査で■■の値を叩き出した少女、か。

 

「戦闘記録……記録者、緋月昇。結城友奈が変身、装備は、なし。」

 

……こりゃ、報告書が大変なことになりそうだ。

 




次回、第4話「封印」

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第4話 封印

友奈が破裂させた腹部らしき部分を乙女型は再生させつつある。その間に勇者三名は合流した。

 

「やはり、か。いかに努力を積み重ねようと人間は奴らには勝てない。だがそれも二年前までの話……今は違う。先輩!」

 

スマホを手元に顕し、先輩に通話を入れる。

 

「緋月!?東郷は大丈夫!?」

「少しは俺も心配してください。こっちは札切れですが大丈夫です。そっちの殲滅は頼みます。帰れないのは嫌なんで。」

「わかったわ。樹!友奈!さっき説明した通りに!」

 

どうやら再生中にバーテックスの倒し方、封印の儀について説明していたようだ。だが乙女型バーテックスは今となっては元通り。無傷である。

 

「はい!」

「うん!」

 

二人の返事が電話口から聞こえる。さて、封印の儀の呪文は……毎回これ唱えるわけにもいかないな、隔世大神とか……初回だから友奈達は唱えてるけど……

 

「大人しくしろ!」

『えぇ!?それでいいの(かよ)!?』

「要は魂込めれば言葉は問わないのよ。緋月も知らなかったの?」

「知るよしもないですよ、俺は記録担当なんですから……」

 

まさか初回で省略するなんてな。それより……乙女型のバーテックスがなんか解体されていく。そして、四角錐形の何か、御霊と呼ばれる部分が現れる。

 

「なんかべろんと出たー!」

「それが御霊だ!そいつを壊せばバーテックスを倒せる!」

「それじゃあ、私が!」

 

友奈が御霊に攻撃する。

が、御霊も最後の抵抗といったところか。友奈が御霊の上で悶絶する。

 

「かったーい!この御霊硬すぎるよー!」

 

どうやら硬度がえげつなかったようだ。徒手空拳の友奈には分が悪かろう。

 

「お姉ちゃん、この数字何?なんか減ってるんだけど……」

「あぁそれ?私達のパワー残量。それが零になったら封印できなくなるの!」

「それはつまり勇者の敗北、世界の崩壊の享受となる。」

 

初戦殉職は嫌だったが、報告書を提出せずに世界が終わるのも勘弁願いたい。まぁ、もう俺には祈ることしか出来ないのだが。

 

「いきなりまずいわね……だったら、この私の女子力を込めた渾身の一撃をぉぉッ!」

 

先輩が大剣を無茶苦茶に振るって女子力という恐らく遠心力も含めた物理のエネルギーを御霊にぶつけ、御霊にひびを入れる。その傷を狙わないという選択肢はない。

 

「うおおりゃぁぁ!」

 

友奈がそのひび目掛けこれまた渾身の拳を叩き込み、御霊を破壊する。破壊された御霊は光となり空に虹の光を伸ばし、解体されていた乙女型は砂となり崩れた。

 

「どうだっ!」

 

着地した友奈は得意げだった。

 

 


 

 

いつまでも通話状態にするわけにもいかないので俺は通話を切り、メモに今回の戦闘の様子を簡易的に記録する。

 

「緋月君、それは……?」

「仕事さ。大赦の記録者としての、な。」

 

そう、俺の仕事はここからなのだ。

大赦規定の報告書は三枚。その全てを不備なく書くことは出来るが、提出するのがいかんせん面倒なのだ。わざわざ本庁に行かなければならない。報告したら多分上司共々と飲み会だろう。なんせこの世代初の実戦報告書だ。まぁ明日も授業あるし、報告は二日後の土曜日とするか。とまぁ、そんなことを思っていたら屋上に転送されていた。

 

「ふぅ……」

「あれ?戻ってる……」

「神樹様が戻してくださったのよ。因みに世界の時間は止まったままよ。」

「つまり、友奈は説教受けてる途中に消滅した、と言うことか。」

「えぇぇ!?」

「それ、大丈夫なんですか!?」

 

あからさまに狼狽する友奈と東郷と樹。

 

「フォロー入れてくれって上司に頼んどいたから平気だよ。多分な。」

「さすが早いわね、直属は違うわ。」

「それでも末端ですよ。さて、俺は報告書書きます……」

「ひーくーん、授業はー?」

「……忘れてた。」

 

時間が止まってたから……ある種の時差ボケが起きたな、うん。

 

 

 




次回、第5話 「バーテックス」

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第5話 バーテックス

翌日、流石に部活をサボるわけにもいかず俺は報告書片手に部活に向かうことにした。一日では報告書は書き終わらない。なんせ書くこと多いから……

 

「さて、昨日の事の説明をするわね。」

「お願いします、風先輩。」

 

先輩は黒板に絵を書いてバーテックスの説明をする。

 

──バーテックス。

確か大赦の文献によると約三百年前に突如として現れた人類の敵。その文献もそこそこ傷んでいて読めない部分多々だったか。

 

「こいつらの目標は、人類の恵みの源である神樹様を破壊すること。そうならないように、私たち勇者がいるというわけよ。」

「参考までに、四国中に勇者候補生は沢山いたっていうことは言っとくよ。」

「そうね……たくさんいるから、選ばれない確率のほうが高いんだけど……」

「選ばれた、選ばれてしまったというこった。」

 

その他にも、バーテックス襲来時に展開される防御結界、樹海の説明や勇者システムの説明も同時にしていた。その説明が終わったのち、東郷から疑問が出る。

 

「先輩も緋月君も、そのことを知ってたんですよね。皆死ぬかもしれなかったのに……」

「東郷の言いたい事はわかる。けど、余計な混乱を避けるためにも守秘義務というか……秘密事項なんだよ。」

「だとしても……そんな大事なこと、どうして黙ってたんですか……」

 

東郷が退室する。俺は初陣の時近くにいたからわかる。東郷は自分自身よりも友奈が傷つくことを恐れている。そんな節がある。

 

「私、行きます!」

 

友奈が東郷を追う。友人として当然の努めといったとこか。

 

「あちゃー、やっちゃったかな……」

「いや、仕方のない事でしょう。東郷美森は、そういう奴ですから。」

「でも緋月先輩、東郷先輩と会ってまだ一ヶ月ちょっとじゃないですか。」

「まぁな。でもあのドンパチを近くでくぐり抜けたらわかる。嫌でもわかってしまうのさ……嫌でも。」

 

だがしかし、仲というか連携が拗れるのは些か面倒だ。さてどうしたものか……というかそんなことより報告書を進めねば。

 

「あぁ、もう!こう言うの苦手なのよね……今のうちに謝るの練習しておこうかしら……」

「謝罪に練習がいるんですか?」

「言ったでしょ苦手って!」

「分かりました分かりました……俺は報告書書きますからやるなら一人でお願いします。」

「じゃあ、私はいかにして東郷先輩とお姉ちゃんが仲直りできるか、占ってみます。」

 

占い、か。信憑性に欠けるけれど樹のは妙に当たるんだよな。だがこれは樹なりの状況解決法なんだろうな……と思い報告書に筆を走らせる。

 

その数分後。樹がタロットを並べ始める。

 

「樹ー、占えた?」

「今、結果出るよ。」

 

六枚のタロットを上から順にめくっていく。俺は占いには疎いからどのカードがどんな意味を持つのかは知らないが、四枚目のカードをめくってテーブルに置くとき、カードが空中で静止した。

 

「まさか……!」

 

鳴り響くアラーム。先輩の精霊がスマホをくわえて画面を見せる。間違えようもない赤い五文字。『樹海化警報』。

 

「まさかの二日連続……!?」

「待て待て、札の補充は四十枚しか出来てないってのによぉ!?」

 

そんな叫びも虚しく、世界は樹海となった。




次回、「第6話 蒼の弾丸」

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第6話 蒼の弾丸

讃州中学勇者部は昨日の初陣の勝利の余韻に浸ることもできず、まさかの二日連続での敵襲に対応せざるを得なくなっていた。しかも敵の数は三体。端末を確認すると、それは射手型、蠍型、蟹型だった。

 

「三体同時……!?」

 

先輩は驚愕しているが無理もない。ただでさえ単体でも大変だったのに、それが三体。けど、だからといって何もしなければ世界が滅ぶ。

 

「変身!勇者になーる!」

 

友奈が先を切って変身する。追って二人も変身する。東郷は……また今日も記録しながら行動を共にしなきゃならなそうだ。

 

「友奈ちゃん……」

「待っててね、東郷さん。倒してくる。」

「待って友奈ちゃん、私も……っ!?」

 

私も行く、そう言いたかったんだろう。だけど、やはり踏ん切りがつかないようだった。

 

「……ひーくん、東郷さんをお願い。」

「あぁ。さ、仕事の時間だ……っ!?」

 

一体だけ遠くにいる射手型から爪楊枝というか、槍のようなものが射出され、それが先輩を吹っ飛ばす。幸い大剣で防いだ先輩は無事だが、射手型から今度は爪楊枝のシャワーが放たれた。

 

「いっぱいきたー!?」

「二人とも、避けるわよ!」

 

姉妹は揃ってシャワーから逃げる。その間に友奈は射手型に接近する。そしてそれと同時に蟹型の周囲の棒らしきものが変質。浮遊する盾になって爪楊枝シャワーを反射する。反射した先には跳躍を繰り返し射手型に接近する友奈の背中があった。

 

「友奈ちゃん!」

 

東郷が叫ぶ。距離的には聞こえるはずもないが、まるでそれに反応したかのように友奈は振り返って爪楊枝を弾く。が、そのせいで友奈は跳躍分のエネルギーを使いはて、着地する。例え勇者といえど落下中もとい着地した瞬間は確実に無防備になる。その瞬間に、地中から蠍型の尻尾が友奈に攻撃、直撃したのであった。打ち上げられた友奈はさらに尻尾によってこっち側に飛ばされる。

 

「きゃあぁぁぁ!?」

 

先輩と樹が射手型と蟹型に手こずってると思うと、ここは友奈が自力で倒すか、東郷が戦うか、それとも四十枚だけしかない霊札でなんとかするか……実際問題俺が悩んでいる間にも友奈は尻尾からの攻撃を受け、それを精霊の牛鬼がガードしている。そんな状況だ。

 

「やめろ……」

 

どうにかしなきゃなと霊札ケースに腕をかけた時には俺は気づかなかったが、この瞬間に東郷はやめろと言った。近くにいても気づかなかったのはきっと言葉に込められた怒気のせいでいつもの東郷とはかけ離れた低い声が出たからだろう。

 

「友奈ちゃんを……」

「東郷?」

 

蠍型が友奈への攻撃の手……というか尾を止めた。東郷から湧き出る怒りに反応するように。

 

「友奈ちゃんを……いじめるなぁぁぁぁ!!!!」

 

瞬間だった。我ながらよく反応できたと思う。

蠍型は東郷に向けて尻尾を繰り出し、俺は盾になるように霊札を重ね、機動力がない東郷を守る。が、いかに神樹様の加護を授かる霊札と言えど、バーテックスの攻撃にいつまでも耐えられるものではない。それでも乙女型の爆弾は三枚で防げた。今回は十枚重ねたが、結論から言うと防げなかった。蠍という生物は尻尾に猛毒がある。バーテックスもまたその例に漏れず、というかバーテックスという英語の意味は頂点という。天頂。とどのつまり、奴の猛毒で霊札の盾はボロボロに朽ち果て、尻尾は東郷に向かっていって、止まった。

 

「これは……!?」

 

尻尾の先、閃光の中心。卵のような形をした精霊。ということはこれは精霊のバリア。

 

「私……いつも友奈ちゃんに守られてた。だから今度は私が勇者になって、友奈ちゃんを守る!」

 

いやいや、守るべき第一目標は神樹様なんだけどと喉まで出かかったがやめた。勇者に変身できたのなら理由はなんだっていい。それはさておくとして、蠍型は再び友奈に攻撃しようとするも東郷の銃撃が尻尾の先の針を破壊する。

 

「もう友奈ちゃんには手出しさせない!」

 

なんだろうこの認識のズレは。いいとは言ったけれども。ともあれ東郷は蠍型を退却させていた。凄いな……

 

「すごい、これなら……」

「行ける……友奈!そいつを赤いのにぶつけてやれ!」

「オッケー!おぉぉぉりゃぁぁっ!」

 

放り投げられた蠍型は見事に蟹型に直撃し、そのお陰でようやく爪楊枝シャワーが止まる。

 

「風先輩!そのエビ運んできましたー!」

「蠍でしょ!」

「どっちでもいいから!」

 

友奈と東郷が先輩達に合流する。追って俺も。

 

「東郷……戦ってくれるの?」

 

東郷はうなずいただけだった。

けど、その目を見れば覚悟は見て取れた。

 

「ならまずは蟹と蠍の二体を封印の儀ののち殲滅する。東郷、射手型は任せた。」

「ちょっと緋月!」

「不意の攻撃には気をつけて!」

『はい!』

「ちょ、私部長よ!?」

「こだわってないで先輩も行ってください!」

「あーもうわかったわ!手前の二体、封印するわよ!」

 

先輩の掛け声で一気に二体を封印し始める。蟹型からは赤い御霊、蠍型からは黄色の御霊が出現する。

 

「私、行きます!」

 

前回同様友奈がパンチを繰り出す。直撃すると思われた瞬間、御霊がパンチを回避した。まぐれだろうと思って何回か同じように繰り出すもやはり回避される。

 

「うー……この御霊、絶妙に避けてくるよ……」

 

まぐれではなかったようだ。どうも御霊というものは最後にささやかで面倒な抵抗をする。

 

「避けて友奈!」

「はい!」

 

友奈と入れ替わりで先輩が大剣で攻撃する。当然御霊は避けるが、先輩に秘策ありだった。

 

「点の攻撃をひらりとかわすならぁ!」

 

大剣を約四倍くらいの大きさ巨大化させる。あれ重くないのかな……?

 

「面の攻撃でぇぇ!押し潰す!」

 

巨大化させた大剣の面と地面に挟み撃ちさせるように御霊を誘導することで御霊を押し潰し破壊する。なるほど友奈を巻き込みかねん。無事一体撃破だがさて、蠍の方はどうするか。黄色の御霊は分身、というか分裂していた。多分、やみくもに壊していってもらちが明かなそうだ。

 

「数が多いなら、まとめてぇぇ!えぇい!」

 

樹がワイヤーを展開することで分裂した全ての御霊を一網打尽にし、一気に破壊する。どう考えても十分エグい武器だよね、これ。

 

「ナイス樹!あと一体!」

 

残った射手型は東郷と狙撃戦を繰り広げていた。恐ろしや、東郷。

 

「風先輩、緋月君、部室では言い過ぎました、ごめんなさい。」

 

東郷から回線、もとい電話が来る。俺は気にしてなかったけど、本人は気にしてたんだな。

 

「いいよ東郷、俺は気にしてないからさ。」

「東郷……」

「精一杯援護します!」

「えぇ、心強いわ東郷。私の方こそ──」

 

先輩が謝ろうとした瞬間に射手型に集中放火が浴びせられる。

 

「えっと、ほんとごめんなさい。」

「弱い!先輩の威厳ゼロ!」

「ともあれ今は封印だよ!」

「封印、開始します!」

 

射手型からは青い御霊が出てきた。さて、どんな抵抗を……!?

 

「んなっ……!?」

「この御霊、速い!」

 

目で追えない速度で御霊が射手型の周りを周回する。高さもそれなりにあり、樹のワイヤーで絡めとるにも速さがありすぎる。樹海の侵食のことを考えるともう時間がない。だが、そこに蒼の弾丸が撃ち込まれた。

 

「撃ち抜いた!?」

「この距離この速度でか……すげぇ……」

 

射手型が砂となり散っていく。かくして讃州中学勇者部の第二戦が終わったのだった。

 

 


 

 

「東郷さんカッコよかったーなー、ドキッとしちゃったよ。」

「友奈ちゃんこそ、けがはない?」

 

屋上に戻されてから数刻。あの二人はいつも通りの百合ギリギリを突っ走っている。

 

「ふぅ、なんとかなったわね……助かったわ東郷。それで……」

「覚悟は出来ました。私も勇者として戦います。」

「そう……ありがとう東郷。一緒に国防に励もう。」

「国防……はい!」

 

国防という言葉に強く反応したな。まぁそれはいいとして。

 

「まだ書き終えてないってのにまたさらに三枚の報告書を書かんといかんのか……」

「あぁ!課題忘れてた!」

 

奇しくも友奈と同じようなことを口走る。

二人して顔を見合わせ、『はぁ……』とため息をつく。

 

ともあれ、世界の平和は守られたのだった。

──少なくとも現段階では。




次回、「第7話 赤い勇者」

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第7話 赤い勇者

先の二戦分の報告書を大赦に提出してからだいたい一ヶ月半が経った。この間に俺は霊札の使い方の修練をしたり、勇者部の活動をしたりなどそこそこ充実した日々を送っていた。そして今、山羊型のバーテックスを迎撃する勇者たちの記録をとるために樹海にいる。少し前に聞いた話だと大赦の正式な勇者が来るとか来ないとか……そういう噂があったけど、どうもその噂は本当のような気がする。

 

「あれが五体目……」

「一ヶ月ぶりだけど、なんとかなるかな……?」

「えーと、ここを、こうこう。」

「君たち……勇者部五箇条忘れたとか言わないよな……?」

「成せば大抵なんとかなる、よ。勇者部ファイトー!」

『おー!』

「というわけで俺と東郷は後ろに行くとして……」

 

勇者が各々散開する。

さて、来るのかな、新勇者。

──そう、こういうのをフラグと言うんだった。山羊型の四本の角のそれぞれの付け根に赤い刀が刺さる。その後発光を経て刀は爆発した。

 

「ちょろい!」

「来たのか……!」

 

上空より飛来する赤い人影。俺はその影を見た時に確信した。『あいつか』、と。

 

「緋月君?知ってるの?」

 

東郷が問う。知らずのうちにつぶやいていたようだ。まぁ、答えられる情報だし、そのうち本人からも答え合わせがありそうだから話しておく。

 

「あぁ、あいつが大赦の派遣してきた勇者だ。まぁ、芽吹か夏凜だと思うけど、どちらなのか見定めさせてもらおうかな。」

「けど、そんな悠長なことは言ってられなさそうよ。」

「へ?」

 

間抜けな声が出た。

だが、状況を見ると、赤い勇者は樹海に刀を突き立て、封印の儀に移行していた。

 

「封印開始……思い知れ、私の力!」

「一人でやる気か……ありゃ夏凜だな。」

 

確信が確証に変わる。よく知ってる奴で良かったと思うか、知ってるだけに扱いに困るか、それに夏凜の性格を考えると間違いなく……

 

「これはまた賑やかになりそうだな。」

 

気付けば山羊型の御霊が出現していた。今回の抵抗は煙幕……いや、あの紫色の煙は毒ガスか。後ろに居なかったら俺は死んでた……とまではいかないでも重度の昏睡状態になってた可能性がある。勇者にはバリアがあるが。

 

「そんな目眩まし……気配で見えているのよ!」

 

夏凜ならこう言うだろうな。そしてその後はこうだ。

 

『殲滅……』

 

とまぁ見事に一人で成し遂げやがった。果たして一人でよくやったと言うべきか、一人じゃ危ないと言うべきか。ともあれ苦言の一つでも呈する為に友奈たちと合流しなければ。

 

「まぁ、面識ある俺がどうにかして仲を取り持つとするか。東郷、俺ちょっとあいつの背後取ってくる。」

「え、大丈夫なの?相手は勇者よ?」

「相手が初見なら無理だけど、夏凜ならなんとかなる。」

 

樹海内を跳躍して東郷と共に友奈たちに近づく。俺は合流せずに上を通って夏凜の背後に回る。第一段階。

 

「えーっと、誰?」

「……揃いも揃って、間抜けな顔してるのね。」

「あの~……」

「何よ、ちんちくりん。」

「ちん……っ!?」

「私は三好夏凜。大赦から派遣された正真正銘、正式な勇者よ。というわけで、あなたたちはポイ、お疲れ様でしたー。」

『え、えぇー!?』

 

夏凜め、ずいぶんな自己紹介だな……やってくれるとは思っていたがいささか高圧的にも程がある……そう考えると夏凜の背後に回るのは正しい判断だった。第二段階、着地。霊札で剣っぽいものも作る。さて、どう出るか。

 

「誰!?」

 

夏凜は振り返りざまに刀を飛ばして来る。やはり気づいたか。だが気配だけで俺は捕捉出来ない。夏凜の所作をよく見ていたから、刀は避けられる。右頬をかすめて血が出るが関係ない。すぐに近づいて霊札剣を突き立ててみる。

 

「そこかな!」

「嘘、外した!?」

 

勇者部一同はどよめいて呆然とし、夏凜はこちらの霊札剣を刀で防いでいた。まぁ、こんなもんでいいだろ。

 

「忘れたか?気配に頼るなって。目で見て、耳で聞いて判断しろ。」

「それ……まさか昇!?」

「おう。久々だな。夏凜。」

『えっ!?緋月(君、先輩、ひーくん)の知り合い!?』

「あぁ、まさかとは思ってはいたんだけどな。」

「私聞いてないわよ!なんであんたがここに!?」

「記録者だからだよ。さ、樹海化が解けるぞー。」

 

というわけで、勇者が増えたのであった。もっとも、屋上に戻った時に夏凜はいなかったが。

 

「ちょっと緋月、あの子の知り合いなの?」

「えぇまぁ。勇者に関わる記録者は、勇者の人となりもそこそこ知ってないと現地で馴染めなくて大変かもしれないということで、各地の勇者候補、夏凜も含みでの情報はある程度。というか夏凜は大赦の勇者候補だったからしょっちゅう訓練に付き合わされたりして大変だった記憶が。根はいい子なんですけど、それこそ馴染むまでは大変ですよ、夏凜は。そういう奴です。」

「へぇ、ほんとによく知ってるのね。」

「なんですかその言い方は……ともあれ、俺は報告書書くのでお先します。」

「あ、またねひーくん!」

 

振り返らずに手で挨拶して帰路につく。まさか夏凜に会うことになろうとは。まぁいい。思えばなかなかどうしてあの二人の訓練には延々と付き合わされたのだろうか。しかも俺だけ。勇者としての力を手にいれる前だったからまだ良かったものの、思えばあれは記録者が俺になることが確定していたから上が俺の訓練も兼ねて俺をあの場に放り込んだのかもしれない。うん、上ならやりかねんな。

 

「って、考えてるうちに家に着いちまった……」

 

俺の家はまぁ、こじんまりとしたマンションだ。そんなマンションの前に引っ越し業者のトラックが一台。ふーん、隣に誰か来たのか。エレベーターを使って最上階に行き、自分の家の横に自分がここに引っ越した時のように、大赦のマークが入った段ボール箱がいくつか積まれていた。

 

「そう、来たか。」

 

これが偶然か必然かは不明だが、とりあえず思った事はこうだ。

 

「夏凜にはここに住んでいることは黙ってよう。」

 

その方が反応が面白そうだしな。よし、報告書書くか。

 

 




次回、第8話「夏凜と勇者部」

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第8話 夏凜と勇者部

報告書を書いていて徹夜してしまっていた。まぁいい。とりあえず学校行かなきゃな。しかしなんでまぁ、面倒だ。仕事よりも面倒としか思えない。この年齢なら仕方ないものだが……毎朝憂鬱だが何故か今日は特段憂鬱だった。きっと徹夜のせいだ。溢れる眠気と戦いながら朝のホームルームが始まって、転校生が来たと担任が言い、クラスが盛り上がる。なるほどやっぱそうだよな。俺も転校生としてきた時そうだった。

 

「三好夏凜です、よろしくお願いします。」

 

夏凜の自己紹介は簡素なものだった。

担任は夏凜の転入理由とか編入試験の結果がほぼ満点とか、そういう話をしていた。確かに一般生徒にはそれで十分。だが、俺ら……これには語弊があるな。勇者と記録者にはそれだけでは情報が足りない。しかし俺はこうも思った。

 

「……そう来たか。」

 

 


 

 

時は流れて部室で風先輩はそう言った。奇しくも俺と一言一句変わらず。実際素性を隠して転入するのは難しくはない。大赦のバックアップがあれば、という縛りはつくが。

 

「転校生のふりなんてめんどくさいわね……けど、私が来たからには安心しなさい。完全勝利よ!」

「その自信はどこから来るんだ全く……ふぁぁぁ……」

「ちょっと、何眠そうにしてんのよ!勇者でもないあんたが私にケチつけるの!?」

「眠いだけだ……なんせ徹夜で報告書書いてたから……悪いな。」

「だったら仕方ないわね……全く、体調管理気をつけなさいよ。あんたはすぐ倒れてたんだから。」

「いつの時代の話だよ。」

 

根はいいやつなのは変わってなかったようだ。

だが、俺はいいにしてもこいつらは少し違う。

 

「どうして最初から来なかったのですか?」

 

東郷が口火を切って質問した。勇者部質問ラッシュが始まるな、俺はそうだった。俺の場合は先輩に話が通ってたから楽っちゃ楽だったけど、かなりいろいろ聞かれた。

 

「そりゃ私だって参戦したかったわよ。けど、大赦は二重三重に準備をしていたの。対バーテックスの切り札たる完成型勇者、それが私。私の勇者システムはあんたたちの戦闘データをもとに最新版にアップデートされてるわ。さらに、勇者は戦闘経験値を溜めることで、切り札である《満開》が使えるわ。《満開》はそれだけで通常の数倍以上の戦闘能力を引き出す事が出来、勇者のレベルが上がるの。」

 

「そういう夏凜もレベル1だろう?」

「そうなの?」

「うっ、そうよ。」

「なんだ、期待して損したわ。」

「んなっ!?」

 

夏凜の説明をよそに勇者部ははっちゃける。

まぁ、発端は俺だけど……夏凜的には俺の変貌ぶりも含みで酷いものを見ている気分だろうが……さてどう出る。

 

「あんた達ねぇ……」

「先輩、脱線し過ぎる前に次行きましょう。ここに所属する以上、夏凜も勇者部に所属しているわけですし。」

「ミーティングサボり気味のあんたが言うの!?けどまあそうね。じゃあ樹、頼んだわよ。」

 

流れるように次の議題へ。え?原作より一日早い?気にするな。それは俺のせいだからな。

 

「う、うん。こほん、今週の日曜日に近所の児童館でお楽しみ会を開きます。内容は、折り紙を教えたり、一緒に遊んだりします。」

「夏凜は……ドッジボールの的とかだな。」

「ちょっと待ちなさい昇。なんで私も入ってるのよ。」

「予想通りの反応ありがと。先輩、説明よろしくです。」

 

面倒は丸投げ。面識というものは武器だな。相手が分かれば対応できる。

 

「ミーティングサボり気味のあんたが言う?まぁいいわ。部活、勇者部に入部申請したでしょ。」

「形式上、仕方なくだろ?」

「言葉を読むな!そうよ、形式上よ!」

「え?じゃあもう来ないの?」

 

友奈の援護射撃。これは助かる。

 

「また来るわよ、御役目だからね。」

「うん、じゃあ入部しちゃった方がいいよ!うん!ようこそ勇者部へ、夏凜ちゃん!」

「いきなり下の名前……!?」

「嫌……?」

 

友奈さんや、今の声のトーンは東郷さん的にポイント高いのでは。結構ズキュンって来るよ、俺にもかなり来た。

 

「嫌、じゃないわよ。昇だってそう呼んでるし。」

「おうおう、俺を引き合いに出すなー。」

「手のひら返し!?」

「ほうほう、もしやお二人はそういうご関係であらせられるのでしょうか。」

『違う(わよ)!』

 

先輩がよくわからん発言をしたところで下校を促すチャイムが鳴った。もうそんな時間か。報告書持ってくか。

 

「じゃあ俺は本庁行きますのでお先します。」

「緋月ー、たまには一緒にうどん屋寄ってもいいんじゃないの?」

「じゃあ俺の代わりに夏凜でも呼べばいいじゃないですかね。」

「行かないわよ。私もやることあるし。」

「ちぇ、つれない奴ら。」

「はいはいわかりました。たまにですよ?今日は無理ですが。じゃ、俺はこれで。」

「またねひーくん!」

 

友奈に見送られ途中まで夏凜と校舎内を歩くことになった。訓練の時本部を歩くのもこんな感じだったな。

 

「あんた、しばらく見ない間に変わったわね。」

 

そうだろうか。俺は変わったとは一切思わないが。けれど、大赦にいた頃と比べると若返ったような気がする。

 

「若返ったから、かな。」

「は?」

「いいや、忘れてくれ。精神年齢の話だ。」

「全く……つかみどころがないのは変わらずね、ほんと。」

「そっちはいまだに掌握圏内だけどな。」

「うっさい!」

 

他愛もない話だ。同年代とこういう話はめったにしない。そりゃ今は学生なんだからクラスメートもいる。話しかけてくれるやつもいる。けれど、そいつらとは距離がある。それもそうだろう。そいつらは俺らの知る世界存亡をかけた戦いを知らない。でも、それは知らなくても良いことだ。知らない方がいい。知っている俺らが頑張ればいいだけの話だ。

 

「じゃあな、俺は本庁に行ってくる。」

「気をつけなさいよ。でも日帰りできる距離じゃないわよね。」

「あぁ、そうだったな。明日は休む事にするよ。」

「あんたねぇ……」

「どうせ上がフォローするっての。夏凜は気にするな。こっちの仕事だし。」

「別に気にしてないわよ!」

 

へいへい。

俺はそんな返事を飲み込んで大赦本部へ向かう電車が走る駅に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、第9話「勇者部の暖かさ」

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第9話 勇者部の暖かさ

時は流れて日曜日。

子供たちと児童館でわいわい大騒ぎする日だ。事前に先輩から予定のチャートが書かれてあるプリントはもらっていたのだが……どうやら報告書に混入してしまったようだ。今ごろ上司は腹を抱えているか立てているかのどちらかだろう。SNSでやり取りするのも億劫だったし劇のほうが始まってたら反応されない。仕方なく俺は勇者部部室に足を運んでいた。

 

──というのが建前だ。本音は別にある。

 

「何ぼさっとしてんのよ、昇。来てあげたわよ。」

 

夏凜が来た。そう、俺の本音は夏凜に関係している。先輩にこっそり進言しておいた夏凜が児童館に来ずに部室、及びそれ以外の場所にいたときのプラン。ここまで想定内。それにしてもこの夏凜の言い種はなんかこう、からかいたくなる。

 

「デートの約束なんてしてたか?」

「してないわよ!そもそもデートするような仲じゃないでしょ!」

 

鋭いツッコミが入る。うん、いかに通常時の勇者部のツッコミ不足が深刻かよくわかるよ。

 

「そういえばそうだったな。まぁいいや。」

「まぁいいやって……それより昇、他の連中は?」

 

現地だとは言わない。主役は遅れてやってくるとも言うが、こっちはこっちでやりたいことがある。

 

「まだ来ていない。」

「そう、早すぎたかしら。」

 

まだ集合時間三十分前か。俺も早く来すぎたようだ。

 

「だらしないわね……」

 

三十分経過。お互い話す事もなくただスマホをいじるだけだった。夏凜はまだ知らないが、実際は自分が従業場所を間違えている。

 

「ちょ、まさかこれ……」

 

さらに三十分経過。やっと気づいたか、夏凜。

 

「しまった、間違えてたのは私の方だ……」

「マジか。」

 

嘘で同調するのはなかなかに夏凜には悪いことだが、しかしそれはそれで仕方の無いことと割りきるしかない。

 

「昇、こういう時電話した方がいいわよね?」

 

いや、俺に聞くな。てかそれだと俺にやらせるつもりか?その手に乗るわけにはいかない。こちらにもプランというものがある。

 

「そのうち向こうからかかってくるだろ。そら。」

 

言ったそばから夏凜には友奈から、俺には樹から電話が入る。俺はノータイムで切ったけど、夏凜はあたふたしている。挙げ句、俺と同じように切っていた。

 

「切っちゃった……かけ直し……」

 

根はいいやつだからこそ、御役目と人間性で葛藤が生まれる。性格という感じで夏凜は整合性がとれているが、それでもそのバランスが崩れることはある。

 

「はぁ、何をやっているのよ私は……」

 

そう言って夏凜はスマホの電源を切った。それに俺も準じて、児童館で騒いでる連中からの連絡を絶つ。すべき連絡はもうとっくにしておいた。

 

「夏凜、これからどうする?」

「どうするもこうするも……そうね、鍛練とかかしら。」

 

予想通りにもほどがある。ほんとにストイックな奴だよ。だから俺はこんな提案をぶつけてみる。

 

「そうか。なら、久々に相手してやるか。」

「いいわ。私に挑んで来るなんていい度胸じゃない。返り討ちにしてあげるわ。」

 

言った後に気づいたが俺は夏凜を後一歩までは追い詰めはするのだが、勝った覚えはない。けど、俺は実戦経験もある。どうにかなりそうだとは思うけど……

 

 


 

 

「ぜぇ、はぁ……降参だ……」

 

結論から言うと、どうにもならなかった。確かに途中まで互角の戦いを繰り広げていたが、二刀流に慣れている夏凜と正面からまともにやりあうのが不得手な俺では差が開いていた。見事にやられたよ。それを三時間ぶっ続けで繰り返し、やられまくった俺はとうとう夏凜に言われてしまった。

 

「まさか昇、ドMじゃないでしょうね。」

 

断じて違う!と本調子なら言ってただろうが、残念ながらフルボッコにされ続けた身。考えることも疲れてる。

 

「ハンバーガー……」

「そのMじゃないわよ!」

 

ボケにはツッコミを。完璧に負けた気分だ。砂浜に押し寄せる波の色は既に茜色に輝いている。夕方だ。

 

「完敗だ。」

「はいはい分かったわよ。立てる?」

 

さらっとした気遣いは本当に三好夏凜がいい子であることを理解するに十分であった。同時に旧知の仲であるがゆえにからかいたくもなる。

 

「いいや立てん。足はやられてないけど。」

「そう。どうしたものかしらね。」

「家まで連れていくとか?」

「しないわよそんな事。」

 

だよな.。だが三好夏凜よ。俺はお前がいい子だというのを知っている。悪いが付け入らせて貰うぞ。

 

「だよなー……俺はこの砂浜に一人ほっとかれるのかー……」

「あぅ……あーもう!連れてけばいいんでしょ!場所はどこよ!とっとと言いなさい!」

「話が早くて助かる。だが場所はお前の家だ。」

「なんでそうなるのよ!」

 

流石に無茶ぶりか。けれど実は隣でしたオチをするためにもここは言いくるめなければ。

 

「いや、どうせ殺風景な部屋だろうし、荷物も全部ほどいてなさそうだからな。だからちょいと手伝おうと思って。」

「何が殺風景よ!どうでもいいでしょ!」

 

あ、この少し焦ってるような反応は図星か。

 

「図星です、って声音は言ってるぞ。」

「うぅ……別にあんたの手助けなんかいらないわよ!」

「そうかい。けどそろそろ勇者部が押し掛けてくるかもな。」

「……なんでよ。」

「今日の活動、無断欠席したから。」

「それは昇だって同じじゃない!」

 

夏凜から見たら、な。俺はあの会話しなかった三十分に全てを先輩達に伝えておいたのさ。どんな反応するか楽しみだよ。

 

「まぁな。けど俺の場合本庁に行くと言えば嘘でも信用される。夏凜、お前はどうだ。勇者部に入って数日、まだ俺以外はお前の性格はわかっても内心までは見抜けない。」

「いや、内心見抜ける方が特殊だから。」

 

それはまぁ確かにそうだな。内心を見抜くのは目で見て耳を聞くを信条とする俺の特技と言えるだろう。

 

「はいはい、押し掛けられる前に戻っといた方がいいぞ。木刀は俺が持つからなー。」

 

転がってたのは砂浜。全身砂だらけだ。それでも立ち上がって木刀を持って歩き始める。

 

「結局起き上がれるんじゃない。それと昇、私の家はあっちよ。」

「ふぇ?」

 

どうやら疲れすぎていて自然と間違えていたようだ。

 

 


 

 

「で、どうして私の家に来てシャワー浴びたわけ?」

「砂だらけじゃ悪いだろ、常識的に考えて。」

 

今のうちに言っておくと急遽のシャワーだから服装は変わっていない。上裸とかじゃないからな?

 

「あんたの行動は相変わらず読めないわね。」

「読まれないことに定評があるからな……っと、そろそろか。」

 

時計を確認する。まもなく十八時だ。

 

「そろそろって何よ、まさかあの連中と結託して……」

 

夏凜が真実に気づきかけた時インターホンが夏凜の言葉を遮る。いいタイミングだ。

 

「客だぞ。」

「居留守よ、どうせセールスマンだし。」

 

それはどうだろうな。セールスマンの可能性は著しく低い。何故ならセールスマンは執拗に話をするが、執拗にインターホンは連打しないからだ。今夏凜の家はピンポンピンポンうるさくなっている。

 

「うっさいわね……誰よ!」

 

我慢出来なくなった夏凜は木刀を持って玄関先へ。もし本当にセールスマンだとしたらご愁傷様と言わざるを得ない。インターホン連打は褒められたものではないが。

 

『うわぁぁ!?』

「あれ、あんた達……」

 

しかし玄関先にいたのはやはり勇者部。奥で計画通り的な笑みを浮かべ、俺も顔を出す。

 

「あ、いたわね緋月。夏凜も心配だったけどすっかり緋月の手のひらの上じゃない。それじゃ、上がらせてもらうわよー。」

「え?昇?どういうこと?てか、何勝手に上がってんのよ!?」

「緋月入れててそれはないでしょ。もしや、二人きりを邪魔されたくなかったとか!?」

『えぇぇぇ!?』

 

勇者部に電流走る。

 

「おいこら先輩、本来の目的を忘れていませんか?」

「いや、夏凜は結構反応してくれるからつい……友奈、樹、準備するわよー。」

『はーい。』

「えぇ!?ちょ、なんなのよあんたたち、いきなり来ていったいぜんたい何なのよっ!?」

 

夏凜としては当然の反応だろう。何、か。答えは友奈に答えてもらおうかな。

 

「あのね、夏凜ちゃん、ハッピーバースデー!」

「へ?」

 

間抜け、というか虚を突かれたような声が出てきた。それもそうだろう。人間、予想していない言葉は咀嚼しなければ例え語彙を知っていたとしても理解できなかったりするのだから。

 

「今日、誕生日だろ。俺だけで祝ってもよかったけど友奈が気づいてな。」

「うん、入部届に書いててね。びびっーと来たよ。じゃあお誕生会しなきゃーって!」

「それで、児童館で子どもたちと一緒にお祝いしようと思ってたんですけど……」

「当の本人が来なかったからヒヤヒヤしたわよ。」

「そんなこともあるかもって緋月君が裏で動いてくれてたんだけど、子どもたちがかなり盛り上がっちゃってこの時間まで解放されなかったの。」

「大丈夫だ東郷。そうなるだろうとはわかってたからな。」

「わかってたの?ひーくん何者?」

 

勇者部の面々から種明かしをされる。これには夏凜も驚くだろう。サプライズのしがいがあるってもんだ。だが。

 

「アホ……バカ、ボケ、オタンコナス……」

 

夏凜から出てきたのは罵詈雑言。

 

「照れ隠しか?」

「うっさい!誕生日会なんてしたことないからどうすればいいのかわかんないのよ!」

「そういう時はね、笑えばいいのよ。」

 

そうだな、先輩の言う通りだろう。三好夏凜は緋月昇と同様に大赦で訓練を受けた人間。外界との接触も少なく、友人もその内輪の中だけでのもの。互いの誕生日を教えあうような仲ではあったが、雑談の範疇だ。互いを祝いあうことはない。せいぜいおめでとうの一言くらいだ。だから俺もこの光景は……夏凜の誕生会に限らず、そもそも誕生会というものの光景は初めての物だ。

 

「夏凜。」

「何よ嘘つき。」

「誕生日おめでとう。」

 

しれっと、けどはっきりと言った。その時の夏凜の表情はよく見えなかったけど、きっと真っ赤になってたんだと思う。震えてもいた。今は頭がいっぱいなんだろうな。だから俺は夏凜を放っておいて勇者部に目を向ける。

 

「自分たちは空気ですからお気になさらず的な雰囲気、やめてくれません?」

「いやだってねぇ、さすがに私も何も言えないわ。」

「なんか気まずいんですよ俺は……」

「ひゅーひゅー!ひーくんやるぅ!」

「よーし友奈、そこに直れ!」

「ごめんなさい!」

「緋月君?」

「ごめんなさい!」

 

とまぁ、すでにしっちゃかめっちゃかだがこのあとさらにはしゃいだ。ざっと一時間くらい。夏凜も本調子に戻ったし、友奈が口を滑らせた案が先輩に採用されて文化祭は演劇をやることになったりした。あと写真も撮ったね。うん、盛り上がった。

 

「また来るわねー。」

「二度と来るな!帰れ帰れー!昇もよ!」

「鬼かよ、ごみ捨て手伝ってからでいいだろ。」

「いいの?」

「散らかしたのは企画立案したこっち側だしな。」

 

しかし量が多い。え、ほんとに多くない?

 

「なぁ夏凜、ゴミ多くないか?」

「ついでに生活のゴミ捨ても頼むわ。」

「おいこら。しゃあねぇなぁ……」

 

ゴミを捨てに行って、戻ってを何回か繰り返し、全てのゴミを捨て終えたのち置いてあった荷物を取って、夏凜の家から暇する。

 

「じゃな、夏凜。俺隣だから。」

「……はあぁぁぁぁ!?」

 

夜だというのに夏凜が叫ぶ。いや、うるさいうるさい。そう注意して自宅に帰る。

 

「元気がいいなぁ、全く。」

 

なんか、今日は長かった。明日からも頑張ろう。




次回、第10話「歌」

感想、評価...より勇者の章のPVが不穏過ぎるぅぅぅ!?
と、いうことで、お待ちしてます!


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第10話 歌

夏凜のバースデーパーティーのあと、勇者部と夏凜はある程度打ち解けることができた。御役目というくくりに縛られずに日常を謳歌できているのはいいことだ。俺も俺で朝から夏凜の鍛錬に付き合わされたり勇者部に舞い込んできた依頼の解決に奔走したり、常日頃忙しいと思っていた大赦時代よりも忙しい気がするよ。

ちなみに今日は猫の里親探しに行く準備をしていた。前に議題に出ていたのをこんな時間が経ってやるのはひとえに御役目ないしバーテックスの仕業だ。やれやれだよ全く。

 

「夏凜、猫のポスター書き終えたかー?」

「当然よ。見なさい!」

 

夏凜が自信とともに見せるポスターに描かれた猫は、猫というよりもむしろお化けのように見え、どこからか童話にある消える猫のようなおぞましさを感じる。

 

「お化け?」

「地縛霊……?」

「それじゃ猫になっちゃうだろ、どう見ても猫じゃないって。」

「猫よ!」

 

勇者部……というか俺は意地でも夏凜の描いた絵を猫と認めたくはなかったが、その流れはひとつの重いため息によって絶たれる。

 

「はぁ……」

「ん、どしたの樹。ため息なんかついて。」

「いかにも魂が抜けそうなため息だな。」

 

話を聞くと、間もなく樹は音楽の授業で歌のテストがあるらしい。しかし樹は人前で歌うのがとても苦手というわけで憂鬱になっていると。

 

「樹は上がり症だからね……よし!」

 

風先輩はそう言ってチョークに手を伸ばし、おもむろに黒板に字を書き始めた。なになに……

 

『今日の議題 樹を歌のテストで合格させる!』

「勇者部は困っている人のための活動を勇んでする部活。それは部員も対象よ。というわけで今日の議題はこれ!」

 

なるほどねぇ……けどだとするなら俺の報告書書くの手伝ってほしいと言えば手伝ってくれるのだろうか。困っているなら。いや、あまり見せられるようなものじゃないけど。

 

「歌、か。」

「歌声からα波が出せれば完璧ね。」

「α波……」

「うん、東郷それは人間には厳しい。」

「うーん、こういうのは習うより慣れろじゃないかな!」

 

東郷の小ボケにツッコミつつ、友奈からはカラオケに行くという案が出された。もちろんこの後もいくつか意見は出たものの、まずは息抜きも兼ねてということでカラオケに向かうこととなった。

 

「じゃあ駅前のカラオケに移動するわよー。」

「あー、俺はパスで。仕事が入りました。」

 

俺もまぁ、カラオケに行きたいのはやまやまではあったが大赦からメールが来た。内容は玄関先に大赦の紋様が描かれた箱が置かれている画像のみ。早急に受け取れということだろう。

 

「アンタも大変ね。別の日にまた緋月連れてやろっか。」

「まぁ、仕事がなければ。」

 

緋月昇は学生であり、勇者部に所属している。しかしそれ以前に大赦の人間である。普通の中学生の普通の日常はない。

 

「……ずいぶんと立派な箱だ……」

 

桐箱。その箱という物体だけで威厳を感じる。

 

「中身は、補充を申請した霊札と、短剣……そして封書か。」

 

封書の内容は敵バーテックス残り七体が一斉攻撃を仕掛けてくる可能性が高いこと。箱の中の短剣の名が《叢雲》だということ。《叢雲》は記録者:緋月昇の護身用装備であり、神樹様の力で作り出した天叢雲剣のレプリカであることが書かれてあった。

 

「やはり天叢雲剣か。天の神の三種の神器のうちの一つではあるが神話ではもともと素戔嗚尊の所有物であり、それが天の神に献上されたということだったな……」

 

天の神が人類を滅ぼすために送り込んだ尖兵がバーテックスであり、それを是としない地の神の集合体が神樹様となって結界を作り人類を生かしている。だのに、その神樹様がかつての自分の武器の複製をなぜ作った?それに、霊札で制御できるとはいえ天叢雲剣は別名が草薙剣、文字通り草を薙ぎ焔をもたらすものだ。……もしも樹海内で使えば封印の儀使用中に樹海が焼けるように、《叢雲》の炎で樹海を焼いてしまうのでは。そしたら現実にひどく影響が出てしまう。そもそも何から身を護るためのものだ。バーテックスか?だとしたらどうして最初から持たせなかった?

 

「何か隠してることは確かか……」

 

それにしても《叢雲》に描かれている紋様、どうにも見覚えがあってしょうがない。初めて見るはずなのに。それに持ってみると妙に体になじむ。体中が一気に刺激されて動きやすくなっているような、そんな感覚。身体の奥から熱を感じる感覚。

 

「わからん。物には質問ができないしな……」

 

情報としては見たままの情報と自分自身の知識のみ。情報不足が否めない。考えるべきことは山ほどあるってのに。

 

「まぁ、まずは総攻撃の方をどうにかするほうが先決だな。《叢雲》に関しては書史部の書庫を延々と漁っていれば何かはわかるだろ……」

 

しかしそれは本分ではない。あくまでも本分は記録者として、樹海内の戦闘を見届けること。たとえそれがいかに■■だとしても、緋月昇は記録しなければならない。

 

 

 




次回、第11話、エール

感想、評価等、お待ちしてます。


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第11話 エール

上がり性の対策やら札の補充やらあの短剣、《叢雲》の調整やらで結局徹夜してしまった俺は翌日の登校時に夏凜から昨日のカラオケの顛末を聞いた。正直に言おう、眠いからあんまり聞いてない。なんで来なかったのかと問われるのを危惧していたが、冷静になってみれば夏凜はそもそもそんな問いかけなどせずに事実を淡々と述べるキャラであったとすぐに思い、その危惧は杞憂に済んだ。

 

「寝てないの?」

 

が、寝不足は看破された。

 

「昨日の連絡のせいでな、おちおち寝てもいられん。」

「そう。私には来てないのに。」

「その様子だとそっちには先輩に連絡が入ったのか。……そんなことよりその荷物の量はなんだ。」

「これ?樹に渡すサプリと私の煮干し。」

 

いつも煮干し食べてるよな、煮干しにちなんだあだ名とか出来そうなレベルじゃないの?もう。

 

「ほんと好きだねぇ……遥か昔、神世紀が始まる前にふなっしーとかいうキャラクターがいたそうだが……それとかけてにぼっしーとかどうだ。」

「待ちなさい昇。それ、あいつらから聞いたの?」

「いいや、たった今思い付いた。」

「……あんたの思考もよくわからないわね。恐ろしいまでの偶然の一致だわ。」

 

そんな覚えは毛頭ない。話を変えるため、向こうにいる友奈と東郷を呼ぶ。

 

「おーい!友奈ー!」

「おろ?あ、ひーくん夏凜ちゃんおはよー!」

 

さ、今日も朝が始まったな。

 

 


 

 

時は流れて放課後。

勇者部は二組に別れて猫の引き取り及び引き渡しの任についた。俺は犬吠埼姉妹と行動を共にしている。先輩に任せておけば大体なんとかなるとも思っている。

 

「住所はここね。すいませーん、讃州中勇者部のものですけどー」

 

先輩が依頼主の家の扉を少し開ける。中から聞こえたのは女の子の泣き声。察するに猫を引き渡すのに反対のようだ。

 

「どうしようお姉ちゃん……ここの子、猫を預けるの反対してるのかも……」

「それほど猫が好きなのか、あるいは自分で拾ったから離れたくないのか……子どものいう『自分で飼う』という言葉の信ぴょう性は低いけれども……」

「あちゃー……もう少し確認すべきだったか……」

「どうする?泣いてるよ……?」

 

先輩は少し悩んだというよりかは表情を曇らせたと言ったほうがいいか。そのあと、前よりも声音を下げて言った。

 

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて。」

 

そうして先輩は家の中に踏み込んだ。俺がついていってはだめだろう。大人しく樹と二人で待つことにした。

 

「お姉ちゃん、大丈夫かな……」

 

数分くらい経った後、樹がぽつりと言う。思えば、俺と樹はそんなに話した覚えはない。

 

「姉を、信じられないか?」

「そんなことはないです!お姉ちゃんのことはいつでも信じてます!」

「……だったら信じて待て。それぐらいしか、今はできないだろう?」

「はい……」

 

少し素っ気なさすぎた上に意地悪だったか。

 

「樹。」

「はい!?」

 

おびえたように反応されてしまった。まぁさっきのこともあれば仕方がないかあるいは……

 

「カラオケ、楽しかったか?」

「あ、はい。私はうまく歌えなかったんですけど……友奈さんや東郷先輩、夏凜さんもお姉ちゃんもみんなで楽しんできました。」

 

そう答える樹からは確かに楽しかったと、そう読み取れた。だが、本質には遠い。視線に弱い、姉の背に隠れていたから。……いや、言うのはやめておこう。言ったところですぐ変わるものでもないし、怒られそうだし……

 

「そうか。それはよかった。じゃあもう一つ……うまく歌えなかった理由、自分なりに考えてみたか?」

「えぇっと、やっぱり見られてると思うと……」

 

それはもう知っている。先輩から前に部室で聞いた。しかしどうも樹と俺は何かどこかが似ている気がする。

 

「人前は嫌いか。そうだよな、俺も嫌だ。」

「え……?」

「少し、長めの話になる。」

 

そういった俺は身の上話をしていた。俺が大赦にいた頃の話。詳しくここに書き出すと検閲されるから要点をまとめると、俺はここに来る前、正確には勇者と出会う前はもっと冷めた性格をしていた。誰とも関わらなかった。与えられた訓練をこなし、御役目へ向かうために。他人が嫌いだった。嫌だった。人の本質にまで触れてしまう自分の観察力と思考力が、勝手に情報を拾い集めてつなぎ合わせる。それは苦痛だった。勇者と違って、記録者は最初から俺一人だったから、共有することもできない。発散することもままならない。でも、夏凜や芽吹と出会って、第一印象は驚きだった。それをきっかけに少し変わった気がする。なんでそんな話をしたかはわからない。けど、それは樹の為になると信じていた。

 

「とまぁ、緋月昇というのはこういう人間さ。目で見て耳で聞いて記録する。それは人の本質にまで近づいてしまう諸刃というわけだ。」

「ありがとうございました、失礼します。」

 

俺が話を終えたのと、先輩が出てきたのは同時だった。きりがいい。そのまま俺は仕事があると嘘をついて先に返してもらった。

 

「なんであんな話をしたんだろうな……」

 

夕焼けが町を照らしている。日陰にいた俺に、日の光は射してこなかった。

 

 

 




次回、第12話「戦い」

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第12話 戦い

間に合って、ない...!
あ、元日にも更新します、はい。


帰宅すると玄関前に夏凜がいた。

 

「やっと帰ってきたわね昇。さ、これ書いて。」

 

渡されたのはピンクの紙。何かがまばらに書かれてるようだ。察するにこれは寄せ書き。何、転校するの?

 

「誰か転校するのか?」

「しないわよ。樹への応援メッセージよ。」

 

近づいて見てみると友奈と東郷は既に書いていた。夏凜は『気合よ』のたった三文字。

 

「なんだろう、昔話したの無駄だったかな。」

「昔話?」

「あぁ。お前や芽吹達と訓練させられていたときの話。」

「誰に話したのよ?」

「樹に。安心しろ、俺の話しかしてない。」

「そう。まぁいいわ。とっとと部屋に入ってそれをささっと書きなさい。」

「へいへい。それより、あのサプリ類はどうしたよ。」

「任務が入ったでしょ、仕方ないからまた明日にするわ。」

「そうかい。んじゃまた明日。」

 

それだけ言って俺は家に入り、さらっとペンを走らせる。

 

『克己忘周 緋月』

 

己を克服し、周囲を忘れよ。自分以外を自分の中から消し去ってしまえ。これは俺の造語だが、自分自身の持つこの目と耳への対策として編み出した心の持ちようだ。周囲の状況を考えず、自分と向き合うこと。毎回そんなうまくいくわけでもないし、やろうとするとかなり疲れるけれども、いたずらに摩耗するよりはいい。樹に置き換えると、自分の周囲の環境に馴染めずに自分の本来の実力を出せない。環境というのは流転するものだからそれは言い訳にはどうしてもできない。昨日まで健康で明日のテストに備えて早く寝たとしても、明日の自身の健康状態などわかるはずもない。たまたま体調が悪くなってうまくいかなくても具合が悪かったからという理由などはたして理由たりえるのだろうか。

 

否、断じて否である。

 

「あぁ、そうか。」

 

緋月昇の昔話。それは、『俺のようになるな』という楔であったのだ。

 

 


 

 

翌日の放課後、勇者部部室では全員が結果を今か今かと待っていた。一応心配はしているが、きっと大丈夫だろう。そわそわと動き回っている先輩が部室を四往復したところで樹が部室にやってきた。

 

「樹ちゃん、歌のテストはどうだった?」

 

友奈が心配そうに問いかける。緊張の沈黙が流れる。そして──

 

「バッチリでした!」

 

報告。それは成功の報告だった。

直後、俺以外の勇者部の面々は跳び跳ねるレベルで大喜びしていた。あの夏凜ですら自分のことのように。俺はひかえめな笑顔とサムズアップを樹に向けておいた。

 

そう、無事に終わったのだ。

しかし、無事では済まなかったこともある。

帰宅してすぐにスマホの画面が変わり、警報音が鳴り響いた。

 

「決戦、か。」

 

護身用の短剣、《叢雲》を持ち、樹海に立つ。

 

「行くわよ昇。」

「あぁ。」

 

隣には夏凜がいる。俺は一つ返事を返し、目を瞑る。ここには余計な情報がない。澄み切った世界。俺が最大限の力を発揮できる場所。平穏とはかけ離れた戦場の中。

 

「行こうか。」

 

壁の方角、現れた七体のバーテックスを見据えた。

 

 

 

 

 




次回、第13話「星vs花」
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第13話 星vs花

元旦に投稿すると言ったな。あれは嘘だ。(土下座)
陳謝ッ!(切腹)


バーテックスの同時襲撃……残存している七体、牡羊型、牡牛型、双子型、天秤型、水瓶型、魚型、獅子型が壁ギリギリの位置にいる。この戦いは……勇者ならともかく俺は生き残ることすら難しそうだ。それに、たとえ生き残ったとしても書く報告書は二十一枚。どのみち地獄には変わりない。

 

「死ぬ気は毛頭ないけどもうとっくに死んだような気分だ……胃がマジで痛い……」

「まさか、全部一気に来るなんて……」

「逆に考えなさい。こいつら全部倒せば、御役目も終わりよ。」

「いざ、国防……!」

「東郷さん気合い十分だな~。よし!私も頑張る!」

 

勇者部の面々が気合いを入れ直している。風先輩は既に変身して敵の偵察にあたっていた。

 

「敵さん、壁ギリギリの位置から仕掛けてくるみたい!……決戦ね。」

 

先輩の言う通り、やはり決戦なのだろう。

 

「はぁ……けどこう見ると結構壮観ね。やる気もサプリも増し増しだわ。昇と樹もキメとく?」

「表現に気をつけろよ……眠気は覚めてるけれどとりあえず頂くよ。」

「えぇ……その表現はちょっと……」

 

樹の声が少し硬い。やはり緊張は免れないものだろう。それもそうだ。この状況は今までで最悪なのだから。

 

「緊張するのは当然、か。」

「あらぬ心配よ、緋月君。」

「ほう。東郷、その心は?」

 

聞いた直後に場に釣り合わない笑い声がこだまする。おいおい、壊れちまったわけじゃねぇよな……

 

「緊張しなくても大丈夫!みんないるんだから。」

「は……はい!」

 

友奈が樹を励ましていた。そのためにくすぐる必要はあるのかという問いはあるが、ともあれそれで緊張がほぐれたのなら御の字だ。

 

「よし、勇者部一同変身!」

『了解!』

 

勇者部の面々が変身する。外から見ている俺にとっては一瞬の出来事だ。その一瞬の間に、彼女たちは戦う覚悟を決めている。記録するだけの俺には想像もつかない、重い覚悟を。

 

「ひーづーき。」

「なんですか、先輩。」

「そうね……記録するアンタの心境が気になってね。」

 

看過されていた。先輩には記録者の仕事の詳細がわからないけど、部員の心の動きには敏感だった。

 

「仕事ですから。って、割り切れるなら話しかけられてないですよね。……怖いんですよ。戦いから生き残ることができるかもそうですけど……何より、この勇者部の面々に死人ないし怪我人が出るのが、一番……俺はそんな残酷な事実でさえ、記録しないといけないですから。」

「そっか。じゃあ、ちゃんと全員無事に帰らせないとね。」

 

そう言って先輩は残りの勇者四人を集める。

 

「決戦前なんだし、ここはアレ、やっときましょ。」

『アレ?』

 

夏凜と見事にハモったが、それはいい。問題は俺と夏凜を除く四人は円陣を組もうとしていた。見事に二人分のスペースが開けられている。

 

「なるほどそういうことか。行くぞ夏凜。」

「は、はぁ!?ったく、しょうがないわね!」

 

観念して夏凜と共に円陣に加わる。

士気を上げるための集合で、自然と集中力も上がってくる。

 

「あんた達、勝ったら好きな物奢ってあげるから、絶対死ぬんじゃないわよ。」

「やったー!じゃあ私は肉ぶっかけうどんをお願いします!」

「それは敵を全て殲滅した後の話よ、友奈。」

「世界を……国を、護りましょう!」

「私も、叶えたい夢があるから……!」

 

勇者五人が思い思いに口を開く。俺も、触発されたように自分の言葉を口走っていた。

 

「だったら……ちゃんと帰ってこい。俺は帰ってくるまでに勇者部の戦果しか書きたくないからな!」

「それじゃあ行くわよみんな!勇者部ファイトー……」

 

 

『オー!!!!!!』

 

 

──かくして、かつてない規模の決戦の火蓋は切って落とされたのだった。

 

 




次回、第14話「決戦(前編)」

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第14話ㅤ決戦(前編)

戦いが始まる合図は牡羊型の突出からだった。その後ろに牡牛型、天秤型と続き、一番後ろに本陣と思われる獅子型が構えている。サイズから見ても間違いないだろう。

 

「けど……まずはあの突出してくるやつを叩く!」

 

東郷が牡羊型の頭部を狙撃する。引き金を引く数瞬前に刀傷が目標にできていたから、恐るべき連携である。あ、もう封印の儀に入ってる。

 

「記録しねぇと...!」

「東郷さぁぁぁん!!」

 

友奈の叫びと俺の仕事意識の表れは同時だった。東郷が引き金を引き、まず一体、バーテックスを撃破する。

 

「見事にカモだったな...これなら数だけじゃねぇの?」

「私もそう思うわ...けど、この叩いてくれと言わんばかりの突出...まさか...罠!?」

「牡牛型...!まずい、あいつらの動きが...!」

「原因は...あのベルか!」

 

東郷が再び引き金を引......けなかった。地面の振動と足元から出てきた異形。そう、バーテックスだ。スマホを確認すると魚型とある。ここは樹海だ。海じゃない。足元も固まった地面だ。

 

ーーこの世の理が通じてない...

 

 

俺は、すぐ近くにバーテックスがいて、なおかつ仲間も自分もピンチだというのに驚くことも慌てることもなく、何故か自然に落ち着いていた。そう、冷静であったのだ。

 

「狙撃が...!」

「...東郷、魚型に集中砲火。」

「緋月君...?」

「いいから撃っとけ。あいつらならその間に打開くらいできる。」

「そうね...了解!」

 

俺も札を展開、不意の攻撃に備える。俺の注意は魚型に向けられてはいるが、視界の端で樹がワイヤーを伸ばしてベルを止めたことを確認した。それをきっかけに接近してきた水瓶型と天秤型を先輩が両断する。バーテックスは再生するから時間稼ぎにしかならないが、今はその

時間が欲しい。樹が拘束している牡牛型を封印するための。だが、牡牛型は撤退した。まるで封印されるのを恐れるように。

 

「撤退...」

 

スマホを顕現して友奈に連絡をとる。

 

「友奈、周囲警戒...なぁ、何かおかしくないか?」

「え?ひーくんもそう思うの?夏凜ちゃんもそう言ってたよ。」

「だろうな...」

 

何にせよ、気をつけてくれ...と言う前に獅子型が火球となった。その炎の輝きに目が奪われる。

 

「自爆...いや、そんなわけない...」

 

それを裏付けるように、再生しつつある水瓶型と天秤型、それに加えて撤退している牡牛型が火球に飲み込まれていく。

 

「緋月君伏せて!」

「のわぁ!?」

 

思索を巡らせていたが東郷の声で中断させられた。魚型がもう1度上を通ったのだ。危ない危ない...東郷の腕は信じているが、頭を撃ち抜かれるとこだった...

 

「これでようやく皆を援護出来る......!?」

 

東郷が再び狙撃態勢に入るが、明らかに動揺した。

 

「どうした東郷!?」

「ひーくん!」

 

顕現したままのスマホからの友奈の声と、俺の確認の声は同時だった。

 

『バーテックスが、合体した...!?』

 

見事にハモるが俺はそのあとが続かない。友奈のスマホからは夏凜のこんなの聞いてないとか先輩のまとめて倒す宣言が聞こえて来るが、頭に入ってこない。なぜなら、まず最初に思ったことはこうだ。

 

「こんなのどうやって報告書にまとめろと...!?」

『そこ!?』

 

勇者部総ツッコミが来るが仕事のことを心配しているあたりまだ俺には余裕がある。しかし...問題は敵の攻撃。

 

『昇!連絡切りなさい!攻撃が来るわよ!』

 

夏凜の叫びが聞こえた。前衛の勇者部四人への追尾弾。その火力は桁違いで、勇者四人は吹っ飛ばされる。

 

「おのれ...!」

 

東郷が狙撃する。が、合体したバーテックスにはかすり傷すら付かない。

 

『効かない...!?』

 

今度は東郷とハモったが、その直後合体したバーテックスがこちらに向けて光弾を発射した。

 

「やばっ...」

 

札の展開は遅れていない。が、その火力を防ぎきれるかは疑問だった。光弾が直撃し、俺と東郷を巻き込んだ。

 

 

 




次回、「決戦(後編)」

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第15話ㅤ決戦(後編)

結果から言うと俺は生きています。光弾の爆発の爆風に吹っ飛ばされて神樹様の近くに落っこちて右腕を折ったという点以外では無傷です。

 

「いやいや、無傷なわけねぇよ...しかもこれじゃ仕事が出来ねぇじゃねぇか...バーテックスが見えないんじゃ...って、見えるし。どこまで巨大なんだよ...ってか、近づいている...?」

 

だとしたらまずい。スマホを顕現しようとするが、いつもの癖で右腕を動かそうとして激痛が走る。

 

「うがっ...くそ...これじゃ記録が遅くなるじゃねぇか...」

 

左手に顕現し直して連絡を取ろうとする。が、誰も繋がらない。つまり、大ピンチなのであった。当然、記録するのが仕事の俺は何もしようがなく、ただ勇者部メンバーがもう1度立ち上がることを祈るだけであった。

 

そしてその祈りが届いたのだろうか。三箇所で同時に、強い輝きと共に、気高き花が咲いた。

 

「あの輝きは...満開...」

 

遠目だが、色は黄色、緑、青。先輩と樹と東郷だろう。

戦闘の様子は見えないが、スマホのマップと照らし合わせると間違いない。先輩はあの合体したバーテックスを相手取り、東郷は魚型を撃破、そして...こっちに急速接近するバーテックスがいた。

 

「んなっ...ちくしょう、右腕使えねぇ上に基本非戦闘員なのによぉ!」

 

残念なことにそのバーテックス、双子型に最も近いのは俺だった。仕方がない、やるしかない。腹をくくってスマホに代わるように叢雲を顕現する。有視界内に敵影を捕捉した。速い。多分すれ違いざまに一撃しか入れられないだろう。でも、

 

「何もしないで通すわけには行かねぇよ!」

 

一閃。叢雲を振り抜いた。が、その時に妙な感覚があった。金属で金属をこするような違和感、というよりかは磁石の斥力みたいなものだろうか。まるで叢雲とこのバーテックスが()()であるかのように、互いが互いを反発させて俺も双子型も距離を開けた。一瞬の出来事だった。けど、左手に残ったこの違和感はきっと一生物だろう。どうしてこんな現象が起こった...?相手は天の神の使いだとあの女性神官は言った。神樹様はそれに対抗する地の神の集合体であることも伝えられた。そして大赦はその神樹様を奉る機関...その大赦が俺に与えた()()()の剣、叢雲は、不可思議な現象を生み出した。

 

 

ーーこれは...何なんだ...?

 

 

その思索の先は訪れなかった。双子型の周りが爆発し、双子型はまた走り出して俺の横を駆け抜けた。さらにその後に緑のワイヤーが双子型を追いかけるように走っていき、捕縛された双子型が神樹様から離されていった。

 

「双子型も撃破...あ、そうだ。」

 

叢雲をしまい、スマホを顕現して樹に連絡する。

 

『緋月先輩、大丈夫ですか!?』

「あー、大丈夫。一応。でさ、忙しそうなとこ悪いけどそのワイヤーで俺をそっちまで運んでくれないかな。腕折れた上にちょっと戦っちまったからもう動けないんだよ。激痛で。」

『わ、わかりました!』

 

粗雑な頼みだったが割と二つ返事で了承してくれた。少し経った後、たくさんのワイヤーが俺を優しすぎるほど優しく包み込み、俺は移送されていくのだが、その途中で超巨大火球、いわゆる■■■のような火球を身を張って防御し始める風先輩を見た。

 

「勇者部一同!封印開始!」

『了解!』

「私にもいいとこ残しておきなさいよ!」

 

樹による移送が終わったあと、勇者部は今日最後の封印の儀に入る。俺も札を展開してその補佐をする。合体したバーテックスは、その御霊をあらわにした。それは宇宙にまで及ぶ大きさだった。

 

「規格外にも程があるだろ...どうやって壊すんだよ...」

 

封印できる時間は約3分。時間がない。

 

「いつも通りやればいいんだよ。御霊なんだから、壊せばいいんだよね。勇者部五箇条、なるべく諦めない!近づければ壊せる!」

「行こう友奈ちゃん、私なら友奈ちゃんをそばまで運べるわ!」

 

友奈の声と東郷の提案。東郷の満開時の装備は戦艦ともとれるものだった。

 

「じゃあ行ってこい!」

「友奈さん、東郷先輩、お願いします!」

「早く殲滅してきなさいよ!」

 

友奈と東郷が宇宙に向けて飛び立つ。後ろで爆発が起こる。風先輩の限界が来たんだろう。

 

「お姉ちゃん!?」

「そいつを倒せぇぇぇぇ!!!!」

 

先輩が心配だが問題はこっちだ。封印出来る時間はもうあと2分しかない。

 

「う...うん!」

 

樹も腹を決めた。けど、俺たちにできるのはやはり祈ることだけ。だから、首が痛くなるほど空を見上げ、御霊が破壊されていく様を見届けるだけであった。

 

「無事、全部殲滅、か...痛てぇ...」

「まだよ昇。まだ、友奈と東郷をちゃんと迎えてあげないと...!」

「だったら、私が...!」

 

樹がワイヤーを縦横無尽に張り巡らせ、東郷が作ったのだろうか。大気圏突入ポッドの役を担った花を受け止める。その衝撃はとてつもないもの、としか表現出来なかった。が、樹は意地で、根性でそれを受け止めきった。

 

 

つまり、讃州中学勇者部の勇者は皆、無事であった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

樹海化が解ける。

立っているのは俺と夏凜だけ。それが物語るのは、やはり激戦だったということだった。

 

「もしもし、三好夏凜です。勇者4名及び記録者が負傷、至急、霊的医療班の手配をお願いします。なお、残存するバーテックス7体全てを殲滅しました。私たち、讃州中学勇者部が!」

 

嬉しそうな夏凜を見たのは久々だった。それを見届けて、俺も気絶したのだった。

 

 

 




次回、第16話「世界のズレ」

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第16話 世界のズレ

「知らない天井だな...」

 

目が覚めた時の定番を言える辺り脳は無事らしい。だが右腕はがんじがらめに固定されていた。どんな骨折したんだよ...そして左手にはまだあの時の違和感が残る。結局あれはなんだったのかはわからない。けど、それを気にする前にまずは...

 

「ようやく起きたわね、昇。」

「え!?ひーくん起きたの!?よかった~...」

「ほんとによかったわ...なかなか起きないからヒヤヒヤしたわよ...」

 

あいつらはどうなってたのだろうか。という心配をしようと思ったが、無用の長物だったらしい。むしろ俺のほうが心配されていた。

 

...えぇ...俺だったの...

 

ともあれ、勇者部は無事っぽかった。

いるのは夏凜、友奈、そして風先輩だった。

 

気づいた事がある。風先輩の左目だ。眼帯を付けている。まさか、あの火球を受けたあとに怪我したのか...とにかく、聞くか。報告書案件かもしれないし。

 

「先輩、その左目、どうしたんですか?」

「あぁ、これは先の暗黒大戦の際に魔王と戦った時、奴の魔法を避けきれずに少し傷を負ってしまったのだよ。」

「夏凜、要約してくれ。」

「視力が落ちてるのよ。勇者システムの連続利用による疲労が原因。」

「そりゃ7体同時に倒せば疲れますよね...あ、友奈、俺の荷物に封筒があるはず。大赦のマークがついてるやつ。」

「うん、あるよー。」

「じゃあペンと共に持って来てくれ...報告書書かないと...」

「昇。右腕は複雑骨折で全治一月だそうよ。しばらくは文字は書けないわ。」

 

そういえばそうだった。俺は右腕が折れてるんだった。

痛みを感じないのはきっと麻酔が効いているから、かつしっかり固定されてるからだろう。困った。仕事が出来ない。

 

「じゃあ夏凜、代筆してくれよ。」

「嫌よ。」

「おい 、即答かよ...」

 

病室の中で笑いが起こる。

ちょうどその時医師が入って来て、少し検査をすると言って夏凜たちを外に出した。しばしの別れだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「って思ったのに10分で終わったのには驚きだ...」

 

そう、検査はものの数分で終わり、今俺は談話室に先の三人と一緒にいた。

 

「ほんとに、もうちょいかかると思ったわ。」

「折れてたのが腕でよかったわね。脚だったらこうはなんなかったわよ。」

「怪我しないのが1番だけどな。」

「でもでも、生きてるんだから万事オッケーだよ!」

 

友奈の言う通りだ。俺は生きてる。それでいい。

 

そう思った時、東郷と樹が談話室にやってきた。全員集合だ。

 

「私達も検査終わりました。」

「来た来た。樹、検査で血を抜かれて泣かなかった?」

 

相変わらず妹煩悩だなぁと思ったが、樹の対応が少しおかしい。ただ首を横に振っただけで声を一切合切発しないのだ。

 

「どしたの樹。」

 

流石に気づくか。樹なら『ううん、平気。』とか、『子供じゃないんだから...』とか言いそうなものだが、それを言わない...いや、言わないなら尚更不自然極まりない。言えないとするならありえる。先輩の目のように、勇者システムの連続使用の弊害ならば。

 

「樹ちゃん、声が出ないそうなんです。勇者システムの連続利用によるものだとお医者さまは言ってました。じきに治るようです。」

「ふーん、私の目と同じね...」

 

 

...何か、おかしい。でも、何が?

 

 

そんな疑問が俺の頭を支配した。勇者システムにそんな弊害があったのならば説明するはずだ。それに時間ならば、東郷が初めて変身した時の戦いも結構時間がかかっている。確かに今回の7体同時襲撃はかなりの時間を要した。樹海が展開されている時は世界の時間は止まっているから果てして時間を要したと言うべきなのかどうか

は怪しい。だが、それでも説明はするはずだ。それをしないということは、何か上は隠している。知られたくない何かを。だが何故隠す?それがわからない。そもそもこの疑問が俺の考えすぎの可能性だってある。けど、どうにも戦う前の勇者部とは何かが違う。何か、ズレている。見る事に特化した俺の勘がそう告げている。だが何故だ...?

 

「...ぼる、のぼる、昇!」

 

夏凜によって現実に引き戻された。どうやらものすごく考え込んでいたようだ。心配そうに全員が俺の顔を覗き込んでいる。

 

「悪い、考え込んでいた。」

「全く...で、何を考えてたの?」

 

答えに窮する。何かがおかしいことを告げるか。いや、動揺させてはいけない。というか確証も何もない話だ。だが、なんでもないでは済ませられない。

 

「報告書、いつ出せるかってこと...俺今ペン持てないし。」

 

咄嗟に嘘をつく。とりあえずまずは上司に掛け合うしかない。ダメならもう1人、とても忙しいけどとても頼りになる人を頼ろう。

 

「あんたねぇ...どんだけ仕事人間なのよ。」

「さぁ...それより先輩、目の前にある菓子類は何です?」

「聞いて無かったのね...凄まじい集中力だワ。」

 

実際ほんとに聞こえてなかった。

 

「みんな無事だったし、バーテックスは全部倒したから祝勝会をやろうと思って、売店で色々買って来たんだよ。」

「ありがとう友奈ちゃん。さ、みんな飲み物を持って。」

 

東郷に勧められるまま、俺は微糖の缶コーヒーを手に取る。...友奈め、俺の好みを射抜いてきやがって...

 

「じゃあ部長、挨拶を!」

「えぇ!?えっと、本日は、お日柄もよく...」

「真面目かい!」

 

夏凜のツッコミが冴える。正直早くしてほしい。喉が渇いた。

 

「お堅いのは無しにするわね。じゃあみんな、よくやったー。かんぱーい!」

『かんぱーい!』

 

さてさて、ようやく休息の一時か...記録者の任とかどうなるのかな...まぁいいや。考えたい事は色々あるけど、とりあえず今手に持ってるコーヒーを飲むことから始めよう...あれ?俺、右腕固定されてるんだよな...

 

「...あ、すまん。誰か開けてくれ...」

 




次回、第17話「役目の後には」

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第17話 役目の後には

バーテックス全12体の殲滅。

それはすなわち勇者と記録者の御役目の終了を意味する。俺はきっと大赦に戻るだろう。

 

なんだろう、少し寂しい。

 

まだ勇者部の面々と出会ってから約3ヶ月しか経っていない。だがそれでも、大赦で訓練していた時期とは比べ物にならないくらいの思い出がある。だからだろうか。利き腕が折れているのも相まって、報告書はいっこうに進まなかった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「結城友奈、入りまーす。」

「元気だねぇ...全く...」

 

放課後になって、勇者部に顔を出す。

サボり気味だった初期とは違う。今の俺は、ここが好きだ。出来るならずっと、ここにいたいと思える程に。

 

「ウィーッス。」

「すっかりそのキャラ定着しましたねー。あれ?風先輩その眼帯...」

「あぁこれ?どう?似合ってる?」

「チョーカッコイイです!」

 

...って、しみじみ思ってても通じるわけないか...

 

《かりんさん、今日来てないですね。》

 

樹がそばにあったスケッチブックに文字を書く。

なるほどこれなら意思疎通できる。だが...物足りない。

 

「そうだな樹...多分用事があったんだろうな。」

「スケッチブックに書いてるんですね、なるほどー。」

「そそ、私の提案。治るまではしばらくこれね。」

 

片手で連絡出来ればもう少し楽だろうに...

...他に...他の方法は...

 

「モールス信号とか覚えたらどうだ?」

『へ?』

 

素っ頓狂な反応をされた。思えば考えてた事を口走っただけだから当然といえば当然だろうな。だが俺は話続ける。

 

「先輩のアイデアはいいけど、これじゃ両手が塞がっちまう。だから、懐中電灯1個でできるモールス信号だ。」

「でも、誰もわかんないわよ...」

「だったら覚えればいいだけですよ。とりあえずモールス信号の本借りて来ます。」

 

とは言ったが、図書館でそれを探すのに時間がかかったのは別の話。

...しっかし...どうも今日は何か足りない...

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

本を借りてから一週間後。

 

一度も夏凜が来ることなく、友奈以外はモールス信号を覚えることになった。友奈にはもう少し時間が欲しいか...

 

「むむむ...覚えられないよー...」

「そうかい...じゃあ諦めよう。」

「えぇ!?」

 

友奈はほんとに反応がいい。いじりがいがある。

...ただし東郷がいない時に限るが。

 

「はいはい、その程度にしておきなさい。」

《一週間経ちますけど、夏凜さん来ませんね...》

 

樹は夏凜が気がかりなようだ。

 

「そんなに夏凜が心配か...」

「だったら私、夏凜ちゃんを探してきます!」

「待て友奈...あてはあるのか?」

「ないよ?」

 

勇者部一同総ズッコケ。そりゃないぜ友奈...

仕方ない、俺の出番のようだ。

 

「じゃあ探す時間は無駄だから、俺が連れてってやるよ。夏凜のいそうな場所なんか、2箇所しかないからな。」

「ほんと!?じゃあ行こう!」

 

俺の動く左腕を引っ張って友奈は進む。ちょ、ここ校内。クラスメートにすれ違ったら俺が色々危うい!東郷に話されたりするともっと危うい!

 

...と、思っていたが誰にすれ違うことも無く、友奈に引っ張られ続けている。あれ?でもあてがあるのは俺だよな...

 

「ねーねーひーくん。」

「なんだ、友奈。」

「飛び出してきちゃったけど、結局夏凜ちゃんのいる場所ってどこ!?」

「やっぱりかい!あてがあるのかって思ったりしてたけどやっぱりわかんなかったのかい!」

「うぅ...返す言葉もございません...」

 

辺りを見回す。実はあと一本曲がれば着く場所だった。

うん、これを利用しない手はないな。

 

「はぁ...ここ曲がると着くぞ。砂浜だ。」

「え?じゃあだいたい合ってたの!?」

「恐ろしい勘だな...ほら行くぞ。学校が閉まっちまう。」

 

角を曲がって砂浜へ向かう。夏凜がいるという確証はないが、そこに俺の中にある空白を埋めそうなものがあるという確証はあった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

砂浜を進む。その先にはストイックに木刀を振るう夏凜がいる。ちゃんといてくれたか。...俺も腕が折れていなければ付き合ったのだが...だが今は訓練の相手をしに来たわけじゃない。

 

「夏凜ちゃーん!」

 

友奈が駆け出す。俺は歩く。夏凜は木刀を振るう。

三者三様だ。夕陽と海を眺めながら、昔はこんな綺麗な景色を見る間もなく訓練していたんだな、としみじみ思う。だからかな...感情の振れ幅が他の勇者部員よりも俺は小さいと思う。そんな感想すら昔の自分は持たなかったと思うと、やっぱり、俺のこの3ヶ月は俺を変えたんだな。

 

「へぶっ...」

「友奈!?」

 

なーんてまた思索を巡らせてると友奈がこけてた。

何やってんだ全く...

 

「夏凜ちゃーん、そこは飛び込んで受け止めてよぉ~」

「無茶言うな...昇も来てたのね...なんで来たのよ。」

「誰かさんが部活をさぼりまくっているからな。」

 

うっ...と言わんばかりの表情が夏凜から引き出される。

根っこには罪悪感でもあったのだろうか。

 

「夏凜ちゃんは風先輩に腕立て1000回とスクワット3000回と腹筋10000回やらされることになるんだけど...」

『桁がおかしい!!』

 

見事に突っ込みがはもったが、友奈は気にせず続ける。

 

「でも、今日夏凜ちゃんが部活に来ると全部ちゃらになりまーす!さぁ、部活に来たくなったでしょ?」

「行かないわよ。」

「えぇ!?」

 

...予想より頑なだった。罪悪感じゃないな。だったらなんだ...?

 

「なんでだ?夏凜。」

「昇...あんたには関係ない。」

「じゃあ私には?」

「...関係ないわ。」

 

だったら聞かない。勝手にしろ。昔の俺なら確実にそう言ってる。でも今は違う。聞かなきゃいけないと、そう思ってる。だから、なんとしてでも聞かなければ、夏凜の胸の内を。

 

「だとするなら、自分自身の問題か。」

「そうよ...だからあんた達には関係ない。ほっといて。」

「ほっとけない!」

 

友奈が反論する。友奈もまた、夏凜の口から思いの丈を聞きたいのだろう。

 

「なんでよ...勇者のお役目はもう終わったの...勇者になることが目標だった私は、もう!何を目標にすればいいのよ!ねぇ友奈、勇者部は風が勇者になる子たちを集めて作った部活なんでしょ...?だったら、バーテックスを全部殲滅した瞬間、存在する意味がなくなっちゃうじゃない!...もう、私の居場所はないのよ...」

 

しばらく黙るしかなかった。けど、絶対に夏凜の言ってることは違う。夏凜の居場所は、ある。

 

「違うよ、夏凜ちゃん。勇者部は、風先輩がいて、樹ちゃんがいて、ひーくんがいて、東郷さんがいて、私もいて、そこに夏凜ちゃんもいるんだよ。もう、勇者部は夏凜ちゃんなしじゃいられないんだよ。」

 

そうだ。その通りだ。勇者部は夏凜なしじゃだめだ。この一週間、退屈ではなかったが何か足りなかった。だが、今その理由がわかった気がする。

 

「っ!?なんでよ...なんでそこまで言い切れるのよ!!」

「だって私、夏凜ちゃんのこと好きだもん。」

 

「んなぁ!?///」

 

夏凜、撃沈。真っ赤になった。

正直写真を撮りたかったがそれどころじゃないな。

 

「そうだな。俺も好きだ。」

「だって、夏凜ちゃん。ひーくんも夏凜ちゃんのこと...え?」

 

 

『えぇぇぇぇぇ!?』

 

「...別に驚くことでもないだろ...」

「驚くわよ!すすすすすs好きって!?どういうことよ昇!」

「どうもこうも文字通りの意味だよ...」

「んあぁぁぁぁ...///」

 

 

刺激が強すぎたのか?事実を告げただけだが。

 

「ひーくんって、結構大胆なんだね...」

「...そんなに驚くことか?誰を好きになろうが俺の勝手だ。...先戻るぞ。」

 

 

...好き、か...

大赦にずっといたら、そんな感情死んでからも知らないままだったんだろうな。

 

 




次回、第18話「見える異常、見えぬ異常」

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第18話 見える異常、見えぬ異常

讃州中学勇者部部室に1人で戻ってきたとき、先輩と樹は不思議そうに俺を見ていた。そして尋ねてきた。友奈と夏凜はどこか、と。

 

「さぁ、ただ少し様子は変でしたね。」

「変?夏凜はともかく、友奈も?」

「えぇ。夏凜のことが好きだって言ったら何故か二人揃って取り乱し始めて...何か変なことでも言いましたかね...」

 

途端に先輩と樹の様子もおかしくなる。...そして。

 

「はぁぁぁぁ!?」

 

先輩の叫びが校内全域に響き渡ったのであった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

さてと、どこから弁明するべきなのだろうか。

まず俺は一般常識として女子のグループと共に行動しているのを見られるのはよろしくないということは理解している。カラオケに同伴しなかったのはそれが理由であり、もし同伴して誰かに見られなかったとしても嘘をつけない友奈はきっと言いふらすだろう。だからだ。他にも不用意な女子との接触は避けるように。とも言われた。そこら辺は大赦は厳しい。

 

「ぬわぁぁぁ!?部内恋愛だとぉぉ!?完全に女子力案件じゃない!どういうことよ緋月!あんたたちいつからできてたのよ!」

《好きだって言ったのはさっきじゃないかなぁ...》

「その通りだよ樹...てか、どうして怒鳴られないといけないんですか...」

「どうもこうも......ははーん、緋月、さてはそういうことね?」

「どういうことですか...」

 

先輩は何かを納得したような顔で何回か頷いている。全く、一体なんなのさ...

 

「結城友奈、戻りましたー。」

《おかえりなさい、友奈さん。かりんさんも。》

「友奈がどうしてもって言うからよ...」

 

友奈と夏凜が戻ってきた。よかった。先輩のよくわからん行動に振り回されずに済む。

 

「おう、おかえり。」

「っ...!?///」

 

どうも夏凜の反応も少しおかしい。

 

「あ、そうだ、風先輩がお腹空かせてるんじゃないか、って思ってお菓子買って来ました!」

《これ、駅前の有名なお店のやつですよね!?》

「樹ちゃん大正解!」

 

美味しそうなシュークリームだ。うん、見てる俺も腹減ってきたよ。

 

「でも、友奈は味がわからないんじゃ...」

「え...?友奈、そうだったのか...?」

 

知らなかった。いや、友奈ならきっと心配させまいとして、何も言わなかったのだろう。友奈はそういう奴だ。他人が傷つくことで自分も傷つく、優しくて危ない奴だ。

 

「あれ、風先輩知ってたんですか?」

「東郷から聞かされたわ...ほんとにごめんね友奈、樹も。」

「...シュークリームに手を伸ばしているせいか、誠心誠意に見えないわよ。」

「ぎく...それは...その...」

 

先輩がフリーズする。さっきの変な納得顔よりかは幾分よい顔をしている。

 

「静まれ、私の右手...!私の中の(女子力)が暴れだしている...!」

「制御きかないんですか...やれやれ...あぁ、いただくよ、友奈。」

 

シュークリームを一口頬張る。

うん。しっとりとした生地と濃厚なカスタードクリームの調和。原点にして頂点だと思うよ。

 

「あ、東郷さんからだ。」

 

携帯に通知が来た。シュークリームを味わっていたら気づかなかった。おのれ友奈。...気づいていたとしても右腕動かないからスマホ見れないが。

 

「東郷さん退院明日だって。やった♪」

 

それはよかった。だが...なぜ東郷だけ長かったのだろうか。それに、友奈、先輩、樹に起きた体の異常...これも気になる。勇者システムの連続利用ならもしかしたら...

 

「夏凜、お前も体に異常はないか?」

「無いわよ...風にも同じことを聞かれたわ。」

「聞かれてたのかよ...」

 

夏凜に異常がない...本人が言うからきっと間違いはない。とすると...共通点は...満開。

 

「いよいよあの人に聞かないといけない案件かもな...アポ取れるかねぇ...」

「大赦の上層部?おいそれと会えるものじゃないでしょうに...」

「それに治るって言ってるんだし、そんな疑わなくてもいいんじゃないかな。」

 

果たしてそうなのだろうか。

見ること、観察することに特化した俺は、必然的に情報量が多くなる。それをいろんな角度から精査していくと、浮き彫りになってきたことがある。それは、満開には■■がつく、ということだ。あくまでも俺自身の予想に過ぎないけれど、もし、それが正しかったら、その真意を問わねばなるまい。職を失わないようにしないといけないという制約はつくが。ま、ともあれダメ元であの人にアポをとるか...

 

「またあんたは考えてるわね...ほれ、話してみなさい。聞いてあげるから。」

 

先輩にまた指摘された。どうも俺はどっぷりと考え込んでしまうたちらしい。だが、今考えていたことを話すべきなのだろうか。話したとして...もし、敵の残党とかがいたとしたら、戦えなくなるんじゃないのか。だったらだめだ。話せない。話したくても話せない。

 

「いくら先輩でも話せないことはありますよ...な、夏凜。」

「な、じゃないわよ...」

「ははーん、さてはそういうこと...やっぱり緋月の言ってた通りなのね〜か・り・ん〜」

「ななななな何言ってるのよ風!なんのことよ!?」

「照れなくてもいいのよ〜緋月にコクられたんでしょ〜」

「んあぁぁぁ...///」

 

どうもこの反応は本意ではないが...まぁいい。先輩の追及を免れることはできた。

 

「あ、もう下校時間だ、帰らないと...」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

翌日。東郷が退院。

さらっと個人的に満開後の異常を問うたが、東郷は左耳らしい。東郷もまた、入院中ずっと満開後の異常を謎に思っていたようだ。

 

「ようやく全員揃ったわね...」

 

なーんて重い話は胸の内にしまうとして、勇者部一同は何故か讃州中学の屋上にいる。樹海から帰ってきたわけでもないのに。

 

「なんでわざわざ屋上なんですか...」

「気分よ、気分。それに、街と夕焼けが綺麗でしょ。」

「はい。私たちが、守った街...」

《でも、誰もそれを知らないんですよね。》

「あぁ、だから俺がいる。ちゃんと語り継がれるように、ちゃんと、知られるように...お前たちは人に褒められて当然のことをしたんだ。誰も聞かなくても伝えてやるさ。勇者部の戦いを。」

「そうね...ねぇ、そろそろ夏休みだけど、どこか行きませんか?」

 

俺の素朴な問いから何故か夏休みの予定になってるが...まぁいいかな。

 

「海に、行きたい...」

「え?なんだって?」

「それ、聞こえてるやつですな。」

「山もいいわね。」

「全部行こうよ、全部やろう!」

 

欲張りだなぁ...そう思ったとき、携帯に通知が入る。

どうやら先輩と夏凜にも通知が来たようだ。

 

「アポ取れたか...」

 

よかった。とりあえず相談できそうだ。

 

「ひーくんと夏凜ちゃん、嬉しそう。」

「だな。俺は嬉しい。」

「私は別に...そんなこと無いわよ!」

「えー、気になるよー...」

 

あの人のアポが取れたのに舞い上がっていたからか、先輩が少し重そうな表情をしてることに、俺は気づかなかった。

 

 




次回、第19話「海に来ました。」

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第19話 海に来ました。

夏休みに入り、俺の骨折も治った。ちゃんと報告書も耳を揃えて提出した。現在勇者部一同は海にいる。俺も一緒に行ったけど...残念ながら彼女たちの水着姿は見れそうにない。何故かって?それはだな...仕事だからだ。

 

「とはいえ、ここに迎えにくるなんて...確かに予定は教えたけど...」

 

あの人は無駄な事はしない人のはず...そう思っていたら大赦御用達の黒い車が目の前に止まり、後部座席のドアを開け、正装の男性が降りてくる。

 

「お待たせしました、緋月君。」

 

その人は年下である俺にも敬意を払い、お辞儀をしている。すごい人だよ...

 

「こ、こちらこそご多忙の中お呼び立てして申し訳ありません、春信さん...」

 

俺もしっかりと頭を下げる。この人...三好春信さんは記録者としての訓練を受けていた時にお世話になった人で、夏凜のお兄さんであり、若くして大赦の上層部で活動している人である。

 

「さて、お話は車内で伺います。どうぞ。」

「は、はい。」

 

促されて車内に入る。うん。座席はふかふかだ。

 

「では、大橋まで。」

「かしこまりました。」

 

春信さんは運転手さんに行き先を伝える。

なるほど確かに大橋ならここからの方が近い......って大橋?え、聞いてないよ?

 

「大橋ですか!?」

「はい。君のメールと報告書を読ませて頂きました。そして、その中にあった問いに答えをくれる方に会うために、我々は大橋に向かいます。」

 

な、なるほど...ぐうの音も出ない。

ここで話すことが無くなってしまった。

 

「...あ、春信さん。」

「なんですか、緋月君。」

 

脳内を絞りに絞ること約30分。ようやく話すネタが思い浮かんだ。

 

「夏凜は元気ですよ。」

「そうですか、それは何よりです。」

 

...終わってしまった。あれ、俺こんなコミュ障だっけ?話すこと下手だったっけ?

 

「緋月君。」

 

悶々としてると春信さんから話しかけてきてくれた。心做しか、心配そうに。

 

「は、はい。なんですか、春信さん。」

 

返事をすると、少し春信さんは声のトーンを落としてこう言った。

 

「できるなら、夏凜が無茶をしようとした時に止めてあげて下さい。兄である私は側にいられませんので。それに...」

「それに?」

 

一拍の無音を春信さんは置いた。一番伝えたい事を伝えるために。

 

「あの方のように、夏凜にはなってほしくない...」

 

あの方...きっとこれから会う人なんだろう。

そんなふうにはなってほしくない...どういうことなのだろうか。無論予想は立ててるよ。けど、そうだとするならそれは■■すぎる。あまりにも...■■だ。

 

「...わかりました。記録者として、友人として、できる限り頑張ります。」

「はい。見えてきましたね。」

 

春信さんが窓を見る。つられて俺も見ると、二年前に大規模な事故が起きて崩壊した大橋が見える。ここできっと誰しもが思ったことを呟こう。

 

「一体全体どんな事故が起こったらあんなに反り返るんだろう...皆目見当もつかない...」

「いわゆる、気にしたら負けというものです。さて、着きましたよ。」

 

目的地に着いた。瀬戸内海が見える眺めのいい場所だ。綺麗な景色で、降り注いでいる太陽の光を波が反射している。眩しい。

 

「ではこれから君を乃木園子様の元へ連れて行きます。園子様は先代の勇者様であり、緋月君。君の問いに答えをくれる方です。くれぐれも粗相のないように。」

「は、はい...!」

 

乃木という苗字はそれだけで大赦の人間を震え上がらせる。なんせこの大赦という組織を上里家と共に作りあげた、大赦のツートップなのだから。その乃木家の勇者...しかも先代ともなるときっと厳格な方なんだろう。気を引き締めないと...そのうちに声が聞こえた。

 

「待ってたよ〜春信さん。」

 

その声を聞き、春信さんと共に声の主を見る。瞬間、気を引き締めていた俺は一瞬でそれどころではなくなっていた。全身に包帯を巻いている少女が、野外だというのに医療用ベッドに横たわっていたのだから。

 

「はい、園子様。お連れいたしました。」

「そう...ありがとね、春信さん。それで...あなたが、私に質問したい、えっと〜...」

「緋月です。緋月昇と言います。」

「そうそう、緋月昇君だね。う〜ん、ひーくんかなぁ...のぼるんでどうだろう...うん、そうしよう。私は乃木園子。よろしくね、のぼるん。」

 

あだ名をつけられた。個人的には友奈のひーくんのほうが好みだが、口答えするわけにも行くまい。温厚そうな方だけど、その方がかえって怒らせたほうが問題だ。

 

「よろしくお願い致します、園子様。」

「あぁ...やっぱりそうなっちゃうんだね〜...仕方ないかぁ〜...」

 

まずった...のか?だけど...きっとこの方は敬意を払われ続けて飽き飽きしてるのではないだろうか。同年代に見える俺だけでなく、歳上である春信さんにも...そうだとするなら納得がいく。

 

「ふ〜ん、さすがは記録者だね〜。」

「え...?」

 

推察を俺は音声化したのか?

 

「してないよ〜。でもね、だいたい考えてることはわかっちゃうんだ〜。すごいでしょ〜。」

 

えへへと微笑む園子様は、波から反射される太陽光とも相まって少し輝いて見えた。

 

「それじゃぁ本題に行くよ〜。のぼるん、何を聞きたいのかな〜。」

 

本題を問われた。だから答えないと。でも、その前にさっき春信さんがしたように、一拍置く。

 

「はい。私がお尋ねしたいのは、満開システムの後に露見した、勇者の身体の異常の理由です。」

 




次回、第20話「真実と現実」

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第20話 真実と現実

──俺は知りたい。

 

それは探究心から来るものではなく、真実をありのまま受け入れたいという、どちらかといえば自己満足に等しい望みだ。故に、園子様が口を開くまでの数秒でさえ俺にはもどかしく感じられた。

 

「...そっか...そこまで来ちゃったんだね。」

 

答えが帰って来る前の間は、過ぎてしまえば一瞬だった。だけれども、それは答えというよりかは問いの反芻のように思えた。そしてそれだけで俺は、この人は全てを知っていると理解出来た。

 

「ねぇ、のぼるん。咲き誇った花は、その後どうなると思う?」

「花、ですか。植物における花は、やがて散って果実や種子を残しますね。」

 

うんうん。と園子様は頷いた。

 

「そう。勇者システムに満開という名の力があるのはね...やがて花は散るという意味の、散華というシステム...身体の機能を、神樹様に供物として捧げるシステムが隠されているからなんだよ。」

 

全身に鳥肌が立った。こんなに太陽が降り注ぎ(園子様には日除け雨よけがちゃんとあるが)、地形上風もそんなに吹かないから寒くなる要素なんてどこにもないのに、今俺はとてつもない寒気に襲われている。

 

「だと、するなら...園子様...あなたもまた、散華の影響でそんなお姿に...?」

「うん。」

 

戦慄、とでも言うべきなのだろうか。俺は言葉を発することすらできなかった。それだけ、衝撃が強すぎた。事実をありのまま受け入れたい、己の望みの招いた結果だ。だが、後悔しか、残らなかった。

 

「のぼるん、残念だけど、それが真実なんだよ。」

 

 

───────

 

 

「私はしばらくここにいるからね。今度は普通におしゃべりできれば嬉しいかな。」

 

去り際に園子様はそう言い残した。

俺は一礼して、来た時に乗ってきた車に乗る。春信さんも乗って、元いたビーチまで戻ることになった。

 

「...緋月君。」

 

今度は静寂を春信さんが打ち破った。

 

「...なんですか、春信さん...」

「このこと...勇者様には内密にお願いします。」

「口が裂けても言えないですよ...園子様が直接あいつらに話さない限りは、あいつらは知る由もないです。」

「そうですね...ですが勇者様と園子様の接触はブロックしております。その心配は恐らくないかと。」

 

そうですか。そう返して話は止まる。

 

 

 

「残酷すぎませんか...あまりにも...」

 

 

 

───────

 

 

ビーチに戻った時はもう既に日が傾きかけていた。片道一時間はやはり身体にくる。

 

「では、園子様にもう一度会う時は一報を下さい。迎えの車を送ります。もっとも、園子様が君を呼ぶ時も同じくですが。」

「わかりました...今日はありがとうございました。そのときはまたお願いします。」

 

来た時と同じように一礼して春信さんは車に乗り去っていった。俺は一人立っていた。

 

「...これを抱えて生きるのか...はは、笑えない...笑えないぜ...まったく...」

 

砂浜を見ると勇者部がまだいた。

散華の影響なんて考えもせず、年頃の女の子よろしくはしゃいでいた。楽しそうに笑っていて、嬉しそうに遊んでる。その姿と、あの包帯が印象に強く残る園子様が同い年だと思うと、自然と涙が出ていた。わかってる。これではただの不審者だ。涙を抑えないと、ここから移動しないと...それでも俺は動けなかった。荒れ狂う感情の渦潮が理性の堤防を越えてきた。目の前が潤む。ぼやける。嗚咽を抑えるので精一杯だ。ガードレールにもたれかかる。人目がないのは幸いだ。

 

「...こんな痛みを、苦しみを...!一人で、抱えて...!誰に、話すことも、できずに!ずっと...!」

 

 

──それが真実なんだよ──

 

 

頭に園子様の言葉が蘇る。

もう、止められない。

でもダメだ。

今ここで喚けば絶対あいつらに聞こえるだろう。だからだめだ。抑えないと。

 

「真実を望んだツケがこれか...魅了された結果がこれか...!あまりにも残酷だ...けど、現実にそれを教えることなんてできやしない...!」

 

だったらどうする。

 

「決まってるさ...黙ってればいい...嘘をつき続ければいい...あいつらの目を、見なければいい...」

 

それでいいのか。

 

「いいわけねぇよ...気取られたら終わり...でも話すわけには行かない...真実の苦しみは俺が知るだけでいい...何故なら俺は記録者だ。真実をありのままに記録する...今回は脳内に記録したまでのことだ...仕事だよ、仕事...」

 

 

気づけば涙は止まっていた。

夕日とさざなみの砂浜を見やり俺は、伸びゆく影を踏みしめながら砂浜の近くの旅館に向かったのであった。




次回、第21話「喜怒哀楽の裏には」

感想、評価等、お待ちしてます。

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第21話 喜怒哀楽の裏には

勇者部の面々に合流できたのは夕飯時だった。俺だけ1人部屋なのがどうも悲しいが...なんてことを思いながら旅館の浴衣に着替え、大赦の計らいで飯は勇者部の面々と共に食べることはできた。

 

「戻りました...」

「遅いわよ緋月君。門限10分前です。」

 

夕食が広げられた机と、こっちを見据える東郷。やれやれ、どこから突っ込むものか...

 

「お前は俺の親か東郷...ちなみに俺の両親も大赦勤めだから実際は親が門限破ってたね。」

「まぁまぁおまえさん、昇ももう14だぞ。」

「甘やかさないでください。」

 

次のボケは友奈が振り込む。なにこれ友奈が父親で東郷が母親?冗談キツイぜ...

 

「おいおい夫婦か...」

 

さすがに夏凜のツッコミも入る。まぁ、俺は俺でツッコミを入れさせてはもらうんだけど。

 

「夫婦だな。お前ら早く結婚したらどうだ...」

『えぇっ!?』

「冗談だ。」

 

友奈と東郷の驚愕を横目に、夏凜の右、東郷の対面に座る。

 

『いただきます。』

 

しかしまぁ...豪華絢爛といったところだな...食費の心配をしたくなるレベルだよ...

 

「これ給料から天引きされるとかないよな...すげー不安になってきた...大丈夫だよな...」

「どんだけ世知辛い考えしてんのよ...」

「学生が本分なのか仕事が本分なのか...俺自身もわかってない。それに学生あってこその仕事で仕事あってこその学生だからなぁ...今でこそ緋月昇は讃州中学勇者部の部員だけど、正式な所属は『大赦書史部記録課勇者様付樹海内状況記録者』だぜ?長いのなんの...」

「オヤジみたいな愚痴ね...緋月何歳よ。」

「さぁ。樹、答えてみてくれ。モールスで。」

 

箸の開閉で長音と短音の区別をつけるようにとモールスで追加情報をつける。

 

《13歳ですよね?》

「そりゃそうだ...ちなみに俺の誕生日は3/19な。」

「何がどうして伝わったのかはわかんないけど、ひーくんの誕生日は私の誕生日の2日前なんだ!知らなかったよ...」

 

教えてないもんな...

 

「ねぇ、風。昇と樹はどうやってコミュニケーションとってたの?箸の開閉だけだったわよね...」

「モールス信号よ。片手だけで伝えられるから便利って、緋月が。でもなんでよ。紙とペンで十分じゃない。」

「両手が塞がっちゃうじゃないですか...困ったとき、それこそ戦闘中とか意思疎通できないことになるのを避けるためで──」

 

いや待て、バーテックスは全て殲滅した。両手が塞がること、もとい両手を使わざるを得ない状況なんてものはきっとそんなにないだろうから...あれ、モールス信号、いらなかった?よく考えたらクラスメートとかには通用しないよな。というか、友奈、夏凜、東郷にも通じない...

 

「──あれ?今ちょっと考えたけど...もしや無用の長物?バーテックス全部倒したもんな...」

「そうでなきゃこんないい旅館で豪勢な食事なんてとれないわよ。」

 

おもむろに俺は茶碗を置く。腹も膨れたがそれだけが理由じゃない。

 

「ひーくん...?」

 

勇者部面々から一歩引いて正座をし、上体を前に倒して額を床につけ、頭の前に手を八の字に添える。

 

「すいませんでした...」

『えぇ!?』

 

驚愕の渦にあいつらを巻き込んだが、それはまた別のお話。

 

 

───────

 

 

流石に夜ともなると勇者五人の女子部屋には入れない。風呂?ぼっちですよ、えぇ。ただのしがない中坊がぼっちで。...悲しくなってきた。

 

「まぁ、いい湯だったんだけどなぁ...」

 

数時間前に聞いたあの真実が頭をまだ支配している。もしかしたら顔にでていたのかもしれない。夏凜辺りなら気づきそうだ。

 

「けど黙ってるしかないんだよな...仮に話すとしても園子様とだけだし...」

 

包帯の姿。まだあどけなさが残る声。そして何より、動けない身体とその真実について理解している強さ。...果たして園子様はいつからあのような状態なのだろうか。それに...あの決戦の時に感じた違和感の正体も気になる。

 

「いくら園子様でも何でもは知らない、知ってることだけだろうよ...でも、知ってることを祈るか...」

 

もう一度、春信さんに連絡をとる。

 

『明日、もう一度園子様にお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか。』

 

送信。

さて寝よう。ぼっちで。

園子様もきっと、そうなのだろうから...

 

 

───────

 

 

結論から言うと、勇者部面々が帰る時間と同時に園子様の所へ向かう大赦の迎えが来た。仕事早いなぁ、春信さん...

 

「夏凜、荷物頼む。仕事行ってくる。ついでに帰ってきたら飯代わりのサプリくれ。」

「なんで全部私に丸投げなのよ!」

 

あ、春信さんからの返信が早朝に来ていたけど、そこには『私は行けませんが使いの車を送ります。』とだけあった。いかに春信さんが忙しいかわかる。ほんとすいません...

 

「なんか、友奈と東郷をラブラブ夫婦と例えるなら、夏凜と緋月は結婚十数年と言ったところかしら。」

「まぁ、てことはちょっと冷めてきたり浮気されていたりするかもしれないわね、夏凜ちゃん。」

「さらっと怖いこと言うな東郷!っていうかなんで私と昇がそんな関係に見えるのよ!」

 

なんてやり取りを横目に、大橋に向かう車に乗ってまた新たな真実に探りを入れにいくのだった。

 

 

 

 

───だがそれは、散華の真実よりももっと残酷で、大赦の正気を疑いたくなるものだった。

 

それにもう一個悪い情報がある。

敵に残党がいた。




次回、第22話「樹海再び」

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第22話 樹海再び

敵には残党がいた。

その事実は多少なりとも勇者部を震撼させうるもので、心配する者、気合を入れ直す者、そしてそれらを包み込む者がいた。

 

「さぁ来なさいバーテックス!勇者5人がお相手だぁー!」

 

...と、夕焼けの太陽に吠える先輩の姿は果たして何日前だったか。いや、メールに書いてたよね、『次の新月より40日』って。...つまりは今日なのだが、新学期始まってもう3週間。なんかもうそんなことは二の次な雰囲気がどこかしら彼女達には見える。

 

俺は定期的に園子様と雑談しに行ってたというのもあり、色々知ることは出来た。残酷な事実をたくさん知った。かいつまんで言うと、叢雲は本当は■■■■■■■からの護身用装備だということ、勇者には■■がいて、その起源は300年前にまで遡るらしいということ。後に大赦の文献を見ると、痛みは酷かった上にほぼ検閲済みという全く読めないものだった。辛うじて分かったのはかつて使われた精霊と、勇者の人数。精霊は7体で勇者は4人だった。判読出来たのはそこまでだ。

 

だがもちろんそんな話だけではなく好きなこととかそういうどうでもいい会話もちゃんとした。どうでもいいのにちゃんとしているのはいささか不可解なのだけどね。

 

で、だ。

俺はサラッと襲撃の日が今日であることを覚えている。それ相応の準備もしてきた。札を200枚補充しただけなんだけどね。後は何時に来るのかというのが問題なわけだ。もう放課後なんだよね。

 

「緋月ー。ひーづーきー。ちょっとー、聞こえてるー?返事しなさーい。」

「なんですか先輩...寝てたかどうかの確認なら起きてますよ...少なくとも意識があるか、という意味ではですが。」

「はぁ...相変わらずよくわからない返しするわね...通訳して夏凜。」

「丸投げするな。部長ならちゃんと人心掌握しなさい。」

「じゃあ無理ね。掌握してるのは夏凜の方だし。あたしの出る幕じゃないわ。」

「ちょっと風どーいう意味よ!」

 

...和気あいあいというか、賑やかに今日も勇者部は活動している。その賑やかさは多分いつもより増しているんだと思う。

 

「...そういえば、友奈。お前新しい精霊が来たんだって?」

「あ、うん。ってわぁ!?牛鬼も火車も飛び出てきたぁ!?牛鬼、他の精霊食べちゃだめだよ!?」

「えぇー...」

 

友奈を皮切りに先輩、樹、東郷、夏凜と、全員の精霊が飛び出てくる。その数なんと11体。サッカーチームが組めるしなんならバスケは普通に試合できる頭数だ。

 

《すごい量の精霊達ですね。》

「本当に賑やかだ〜、もう文化祭これでよかったりしないかなぁ?」

『ダメよ!』

 

東郷と先輩のダブル静止がかかってようやく精霊達はスマホに帰る。牛鬼は最後まで義輝を食べてたが...

 

「やっと落ち着いたわね...大赦が派遣した新たな精霊はいいけど、奔放な連中ね...」

「それになんで私にだけ新しい精霊が───」

 

 

サイレンが鳴り響いた。

危機感を煽るその音と赤く明滅する『樹海化警報』の文字。止まる時間と光る空。

 

「おいでなすったか...」

「そうね...上等よ、殲滅してやるわ!」

 

再び樹海を見ることになろうとは。

だがやることはいつだって同じ。

 

「仕事の時間か...記録者、緋月昇。樹海内戦闘状況を記録する。勇者五名、敵バーテックスを視認。形状は...双子型。倒したはずだが双子の名を冠するならば元々二体いた可能性が存在する。目標の速度は変わらず。神樹様への到達予想時刻は...12分後。速やかな殲滅を第一とせよ。」

 

 

──記録者として、記録するだけ。




次回、第23話 「邂逅がもたらす■■」

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第23話 邂逅がもたらす■■

速やかに殲滅せよ...俺はそう言った。

が、勇者部一同は動かない。

 

「ちょ、ちょっとあんた達!?返り討ちにしてやるって気合い入れてたのにどうしちゃったのよ!?」

 

それは夏凜だけじゃないかと一瞬思ったが40日前を思い返すと勇者部全員が対バーテックスに対して躍起...とまではいかなくても消極的ではなかった。つまり、この40日の間に心の持ちようが変わってしまったのだろう。だとしたら、大赦としての緋月昇がとるべき行動は...

 

「しゃーない夏凜、俺はほとんど非力だg」

「よぉぉぉーーっし!」

 

友奈が雄叫びを上げる。ちょっと、今俺が参戦意志示そうとしてたんですけど!?

...まぁいい。友奈が火付け役となってくれればどうにかなるだろう...

 

「友奈ちゃん...?」

「風先輩、ひーくん、敵はあれだけなんだよね。だったらとっとと終わらせて文化祭の劇の話をしましょう!」

「待ちなさい友奈!私も...!」

 

友奈を追って夏凜が跳ぶ。次いで俺、東郷、部長姉妹が2人を追う。あの2人は既に会敵。ダブルパンチで双子型の進行を押さえる。思わず口笛を吹いた。が、双子型はしぶとく走ろうとする。

 

「させないわ、よ!」

 

先輩がくないのような刃物を双子型の脚と思われる部位に突き刺しまた動きを止め、

 

「もらった...」

 

東郷が跳躍の最高点から双子型の頭部と思われる部位を破裂させる。前者はともかくとして後者はえぐいなぁ...事実双子型は沈黙した。

 

《封印行けます!》

 

樹が目で訴える。ほんとにモールスいらなかったな...わかっちゃうんだもん...

 

まぁ、それはともかく封印開始 。

今回の御霊のささやかで面倒な最後の抵抗は...!?

 

「って、何この数ぅぅ!?」

「私がやるわ!」

 

小型で面範囲に広がる御霊の全破壊は確かに先輩の女子力による制圧がいいだろう。

 

「私が殲滅させてもらうわ!」

「ダメよ夏凜!部長命令よ、やめなさい!」

「何言ってるのよ。私は助っ人よ。好きにやらせてもらうわ!」

「アホか夏凜!言い争ってる場合じゃねぇだろ!まず口より手を動かさねぇと...」

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

言い争いを鎮める、というか断ち切って友奈が跳ぶ。その脚には炎。あれ、もしやこれってあれだよな。ドロップファイアーの下りに見える...まさか!

 

「勇者、キィィーーック!!!」

「うおっ、危ねっ!?」

 

友奈の炎のドロップキックは小型御霊を焼却しつくす程の威力だった。...制服の俺は札の力で跳ぶ距離を高くしないと丸焦げになるところだったが...

 

「友奈...!何勝手に見せ場とってるのよ!」

「あーごめん!ついつい火車の力を使いたくなっちゃって...反省してます...」

「...それはいいわ。体は大丈夫?」

「友奈ちゃんにこれ以上なにかあったらと思うと心配で...」

「大丈夫大丈夫!元気そのもの。みんなが無事でよかったぁ...」

 

先輩と東郷は友奈本人を心配していたのに対して本人は他人優先か...あの子は危うい気がする。優しすぎる気がする。それでも俺はその優しさで誰かが(主に東郷)安らいでいるのを見てきた。...あれ、なんでこんな心配をしているのだろうか。

 

 

───────

 

 

樹海から帰ってきた。学校の屋上だ。

 

《皆さんお疲れ様です。》

 

樹が今度はスケッチブックに書いて意思疎通をする。俺は少し疲れた声音で「だな。」とだけ返した。

 

「いいえ、まだそれを言うには早いわ樹。友奈、今日私の家に泊まりなさい。そしてそこでみっちりお説教を──って、あれ?友奈?」

 

友奈がいない。ついでに東郷もいない。そしてその理由を考える前に着信が入り、スマホを確認する。発信元は春信さんからだった。

 

「マジすか...はい緋月です。...はい、現在讃州中学屋上ですが...はい...なんですって?えぇ...本庁に、ですか。本庁に!?え、ちょ...はい、迎えも手配した...わかりましたすぐ行きます。」

 

通話を切って興味深そうにこちらを見る三人にざっくりと説明する。

 

「呼ばれたからちょっと本庁行ってきます...夏凜、友奈の代わり俺な。んじゃ。」

「はぁ!?ちょ、昇!?」

「気をつけなさいよー。」

 

 

───────

 

 

「園子様が友奈と東郷を呼び寄せて、俺はこれから■■■■■■■なるものをしないといけないのか...いやまぁ確かに■■■■可能性はあるけどさ...」

 

本庁に着いてすぐにこれからやることを整理する。気の乗らない事だらけだ。せめて夏凜に連絡だけでも入れるか...「カレーが食べたい」ってな...

 

「緋月様、お待たせ致しました。こちらに。」

 

仮面をつけた女性の神官さんが俺を誘導する。

 

──これから俺のやることは、■■■ともとれるものだ。それでもやらなければならない。だって──

 

 

───────

 

 

「友奈ちゃん、東郷、さん...咲き誇った花は、やがて散っちゃうんだよ。」

 

「満開にはね、散華っていう隠れた機能があってね、満開を使っちゃうとその後 、体のどこかが不自由になっちゃうはずだよ。」

 

 

───────

 

 

もう、真実を知ってるのは大赦だけじゃ無くなった...そしていずれきっと、■■■■■■■にたどり着くだろう。

 

その時の、抑止力。

 

報告書じゃなくてまさか、こんなことをさせられるなんてね...やれやれ。最悪だ。

 

 

 




検閲ラッシュ。

次回、第24話「それでも望みたい」

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第24話 それでも望みたい

本庁での■■■■■を終えて、俺は速攻で帰宅した。...以上。

なんかこれから話すことがもうないんだよね、寝るだけだし。

 

「人にカレーをねだっておきながら放置とはいい度胸してるわね...」

 

いやそんなこと言われましてももう食事も喉を通らないくらい疲れたといいますか......ん?

 

「夏凜?合鍵使ったのか?いつからそこに?」

「さっきよさっき。あんたが友奈のかわりに泊まるって言うしカレー食べたいなんて変なメール送ってくるし...そのくせ戻って来たのは9時半って...準備するこっちの都合も考えなさいよ全く...」

 

冗談で言ったつもりだったが夏凜はほんとに俺がそうすると思ってくれたのだろう。ほんといい子だ。だとするなら冗談でした行きませんなんてことは口が裂けても言えない。

 

「あぁ、悪い。本庁で色々あって...今から行くよ。」

「聞いても話せない案件なのでしょうね...はぁ、じゃあとっとと準備してきなさい。温めてくるわ。」

 

...優しい、というか一瞬結婚してたっけ?的な類いの錯覚が頭をもたげた。それが錯覚でないのなら最良なのだろうけど......

 

「俺はほんとに夏凜が好きなんだな...」

 

どこか他人事のように感じる。

今までの感情とは全く違うから、どうすればいいのかわからない。

結局自嘲的な笑みが何故か浮かんできて、何故自嘲する必要があったのかがわからなくなった。

 

緋月昇は今の自分がよくわからない。

 

「それでいいのかもな...」

 

そう思うことにして、隣の夏凜の家に赴くことにした。

 

 

───────

 

 

「で...準備していると思ってたら...レトルトかよ...」

「仕方ないでしょ、ってか、私が料理できないの知ってるわよね。」

「でもうどんは作れるだろ...?」

「まぁ、それは。昇、カレーに煮干し入れる?」

「入れるか!?せめて福神漬けだろ!?それかスパイスとかだろうけど...後は愛情とか?」

 

『......』

 

沈黙が流れた。...流石にまずったか...

 

「昇、ぶっ飛ばすわよ?」

「カレーを道連れにするつもりか!?」

「返しがズレてる!」

 

『......』

 

また沈黙が流れた。でも今度は少し違う。

 

「ふふふ...」

「くくく...」

 

『あはははははっ!』

 

なんでか知らんが今度は二人して笑い始めた。

全く何が何だかよくわからんがこれはこれでいいのかもしれない。

 

「とりあえずカレー食べようか...」

「そうね。...全く...昇が変なこと言うからよ。」

「俺がなんか言ったかー?」

「っ...!なんでもないわよっ!///」

 

 

───────

 

 

夏凜の反応というものはいつ見ても楽しいものだ。飽きない。

 

「...ねぇ、昇。一つ聞いていいかしら?」

「なんだ、夏凜。」

 

状況は風呂入った後(所謂お風呂イベントみたいなものを期待していた人もいるかもしれないけどそんなのあったとしても俺が記録するはずないだろ...)で、寝間着に着替えて布団に(というかベッドに)いる。何も変な状況ではあるまい。眠いから布団に入る。何の不都合もないではないか。

 

「どうしてあんたが同じ布団に入ってんのよ!?狭いし暑いし!何より近いし!あんた一体何がしたいのよ!?」

「どーどー...条件は俺も同じだっての...それよりも夏凜、髪おろした方が可愛いぞ?」

「んなぁ...///って、話題変えようとしたわよね!?」

 

ばれたか。

 

「何のことかな...しかし思ったがやっぱり狭いな...しゃーない。せめて1.5人分の横幅にすれば問題あるまい...」

「は?一体何すんのよ...」

「こうするの。」

 

このベッドはシングルベッドだ。やはり二人で横になるのは無茶があるというものだ。だが、それは俺と夏凜の間に空間があるから。ならその空間を限界まで詰めればよかろうなのだ。

そう、抱きしめちゃえば何ら問題はないのである。

 

「な、ななな、ななななな...///」

「なぁ、夏凜、俺はちゃんと夏凜が好きだって言ったよな...で、記憶が確かならその返事はまだもらっていない気がするんだけど...今ここでくれよ。俺が起きてるうちに。」

「え、えぇ!?なななんでそんないいいいきなり言われても!?」

「うるせぇよ...自分に素直になれってんだ...俺だって"記録者"じゃない緋月昇は夏凜にしか見せねぇっての...教えてくれよ三好夏凜。君の答えを...」

「あーーーーーもう!こったえればいいんでしょ!?好きよ昇、これでいいんでしょ!?///」

「それでいいよ。おやすみ。」

「っ......///...のーぼーーるーーー!!!!」

 

この後夜だというのに今にも暴れだしそうな夏凜をどうにか抑え込んで黙らせるために唇を奪ったのは別の話。まぁ、翌朝起きたら床に落とされていたんですけどね。

 

 

 




次回、第25話「知らされていく真実」

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第25話 知らされていく真実

床で目覚めた俺は有り合わせの材料で二人分の朝食を作って夏凜と二人で登校...するつもりだったが目が覚めたタイミングで大赦から着信が来た。タイミング良すぎだろ...

 

『至急本庁へ来られよ。』

 

...本文はそれだけだ。

内容の伏せられた連絡というものはそれだけ重要性が高い。確認するという作業を介在させないといけないのだから。その分面倒だったり胡散臭さもあるんだけど...発信先は大赦で、しかも書史部限定のアドレスだ。

 

「はぁ...一体全体どんな用だよ...なーんて、悠長というか、アホなことは言えないんだよな...」

 

園子様が友奈と東郷に真実を伝えた。

俺が寝ている間に大赦は色々考えていたんだろう。何せ今までずっと隠していた...──知らないほうがよかった──出来事だ。勇者部の何人かがもしかしたら謀反を起こすかもしれないと思うのも無理はないだろう。その結果俺は昨日も本庁に呼ばれたんだからな。きっとこの呼び出しは昨日の続きだ。今日も延々と...■■■訓練なるものをやらされるんだろうな...

 

「ご飯だけは作って行くか...」

 

夏凜の寝顔を見遣りながらとりあえず俺は台所に立った。...まだ4:30だっていうのに...やれやれ...

 

 

───────

 

 

本庁に着いたのは6時になる少し前だった。こんな朝っぱらから呼び出されたのは初めてだが、文句は言えない。そういう立場なのだから。

 

「おはようございます、緋月君。」

「春信さん...おはようございます。早いですね...」

「はい。こちらで多少ゴタゴタがありまして、眠るに眠れず仕事をしていたらこんな時間に...」

「何故兄妹そろって無茶をしてしまうんだ...」

「さて何故でしょう...とはいえ緋月君。君にはこれから君の訓練も兼ねて、"戦衣"の試験テスターの相手をしてもらいたいのです。ちなみに相手の武器は東郷美森様と同じ銃を設定しています。」

「"戦衣"...?」

 

聞きなれない単語だ。大赦はまた何か開発したのか...?俺がいつも使っている札や勇者システムのような何かを。

 

「はい。ここから先はまだ機密ですが、勇者システムを量産化させたもの、と考えてください。」

「なるほどわかりました...で、今日は銃ですか...昨日は徒手空拳だったと思うと立ち回りは変わるけど...やっぱりこういうのは、あいつらの目を見れなくなるな...」

「...はい...」

 

 

───────

 

 

十数時間後。

クタクタになった俺は家ではなく園子様の所へ向かった。今回は疑問をぶつけるためではなく、ただ話したいと思ったから。

 

「来ると思っていたよ〜のぼるん。」

「お見通しですか...でも別に質問とかそういうのじゃないですよ。」

「うんうん、愚痴なら聞いてあげるよ〜、聞くだけだけどね〜。」

「っ...」

 

話したいから、なんてよく言ったものだ。本心というか核心はすっかり園子様に看破されていた。

抱え込めなくなってきた俺はただ、それから解放されたいがためにここに来ていたのだった。

 

「ほんとにお見通しですね...長くなりますよ?」

「いいよ〜。でも、途中寝ちゃってたらごめんね〜、先に謝っておくんよ〜。」

 

ぶれないなぁ、なんて感想を心に浮かべた後、俺は話し始めた。

 

『大赦としての緋月昇』と『勇者部としての緋月昇』の二つの立場を持つが故の葛藤と、何から何まで。今思えば必要ないことまで話していたのかもしれないけど、それでも俺は緋月昇がどうして大赦にいるのかから話し始めていた。

 

 




次回、第26話「大赦としての緋月昇」

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第26話 大赦としての緋月昇

仮面を被った人達が俺を大赦に連れてきたのはもう7年くらい前である。神世紀293年、俺は大赦の人間になった。その理由は、神具《叢雲》のポテンシャルを最大限に生かせるから。

 

《叢雲》は天の神の三種の神器のうちの一つ、天叢雲剣のレプリカである。その昔、天の神のうちの一柱である天照大神の弟、素戔嗚尊が八岐大蛇を倒した際に手に入れたもので、後に日本武尊が使ったものである。

 

神樹様はその時の記録をもとに神具《叢雲》を作り出した。だが、レプリカといえど元は天の神の神器。神樹様をもってしても威力の抑制は困難であった。だから神樹様は《叢雲》の力を抑制、制御させるために霊札(つまり俺が使っている札)を作り、それを使える人間を大赦は探した。

 

そしてそれが偶然にも不幸にも、俺だった。

 

これを知ったのはつい最近のことだが、多分園子様から《叢雲》の正体を教えられていなかったらこのことは知らずに俺は生きていただろう。

 

──《叢雲》は対勇者戦闘を想定した神具だ。

 

なぜ神樹様はこんな物を作ったのか。最初はそう考えた。けど園子様から、そして書史部の記録から真実を知っていくと、一つの考えが浮かんだ。

 

勇者は弾劾されない。一度勇者として選ばれ、神樹様の力を振るうようになった者にはもう、神樹様は手出しできない。だから勇者を弾劾するために精霊によるバリアすら貫くことの出来る神具《叢雲》が作られた。元が天の神の神器なのだから、それくらいの威力はあって当然であるし、あの双子型を《叢雲》で斬ったときに感じた違和感の正体は、同じ天の神にまつわるもの同士の同質的反発、つまり磁石の斥力みたいなものだと考えられる。

 

...もっともこの考えには矛盾がある。

現行の勇者システムが完成したのは約2年前だ。だというのに、7年前にはもうこのシステムに対するメタというか、対策が取られている。だけど、システム設計の原案が既に7年前にもあって、完成までに時間がかかったとしたら...まぁ、無理やりだけど辻褄は合わせることができる。

 

とするならば、記録者という立ち位置は襲来してきたバーテックスの情報を記録するのではなく、勇者達が謀反を起こした時に止める役回りなのではないか。そこまで行かなくても、謀反の様子がないか監視する役回りなのではないか。

 

...いくらなんでも疑いすぎだろう、俺も大赦も。けど、現状はこうも疑いたくなるようなものばっかりだ。

 

「話しているうちに脇にそれちゃったかな...ともあれ、大赦としての俺はもう完全に勇者部と一戦交えることを想定に入れている...それも対策も立てるほど本気で。」

「のぼるんはそこまでたどり着いたんだね〜。わっしーにも負けず劣らずだ〜。」

「...どういうことです?」

「あぁー...実はね、のぼるんが来る前にわっしーが来ていたんだ〜。」

 

園子様がわっしーと呼ぶ人物はきっと先代勇者である鷲尾須美だろう。俺は面識がないが。で、記録によると鷲尾須美の消息は不明となっていた。

 

「行方不明の鷲尾須美様が、ですか......」

「うん、久しぶりにお話しできて嬉しかったよ〜。ちょっと前に来てくれた時はもう一人...えっと、友奈ちゃんだったかな。がいたからあんまり話せなかったけど...今度は二人っきりでお話しできて......のぼるん...?」

 

頭を殴られたような衝撃、なんて生ぬるい表現だと思えるほどの驚愕が俺を襲った。

そしてまたたくさんの予想が泡のように浮かんでは消えていくを繰り返す。

 

「友奈って...赤い髪で、右目の右上辺りに髪飾りをつけている、明朗快活な少女でしたか...?」

「そうだよ〜。」

 

ぐらりときた。友奈以外にその瞬間に園子様のそばにいたのは東郷美森ただ1人。

つまり、東郷は先代勇者、鷲尾須美だった。

 

...そうなると、東郷にまつわる謎が紐解ける。車椅子の謎、記憶がない謎...それは事故ではなく、満開による散華の影響...

 

...いよいよもって俺は大赦を信用できなくなってきた。だが、声を大にしてそんなことなど言えるはずもない。結果、1人で抱え込めない俺は全部話して楽になろうとしているのであった。

 

「...園子様。一ついいですか?」

「どったの、のぼるん。」

「...今、この瞬間だけ、私の立場を大赦から、勇者部に切り替えてもよろしいですか?」

 

支離滅裂な請願だった。

 

「いいよ、のぼるん。私も敬語使われるのは飽き飽きしてるんよ〜。」

 

それでも園子様は俺の考えというか、本意を汲み取ってくれる。上司の鑑だ。

 

「ありがとうございます...」

 

1拍置く。今俺が言おうとしていることは言ってしまえばそれだけのものだ。でも、口に出すにはそれだけとはいえないものでもある。

 

「...園子...俺は...どうすべきなんだ...どうしたらいいんだ...何もできないんだ...」

 

沈黙が部屋を包む。

この沈黙は何分間か続いた。

でも、不躾ともとれかねない慌てた足取りと息を上げてやってきた神官にそれは破られる。そしてさらに俺に衝撃を与える言葉を耳にした。

 

「た、大変です園子様!犬吠埼風様が乱心なされました!こちらに急接近しているとのことです!園子様、何卒...!」

 

遅れてやってきた神官達がそそくさと並び、園子様にとあるジュラルミンケースを見せる。

その瞬間、俺の腹は決まった。

 

「俺が止める。園子、様の手は煩わせるわけにはいきません。そのための"記録者"ですから。」

 

この感情は怒り...か。

乱心したと言われる先輩にもだが、やはりこの神官集団によるものが大きいだろう。

 

「のぼるん。できるだけ、《叢雲》は使わないでね。それは勇者を殺せちゃうから。」

「自分が死なない程度にしますよ。」

 

霊札を両脚に纏い、夕暮れの空を跳躍して、俺は怒りをもって先輩の迎撃に向かった。




次回、第27話「勇者部としての緋月昇」

感想、評価等、お待ちしております。

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第27話 勇者部としての緋月昇

屋根を跳ぶ。

レーダーで先輩の位置を確認して屋根を跳ぶ。

どうやら俺が到着する前に夏凜が先輩と交戦しているようだった。とするならば、俺はまず夏凜との合流を視野に入れる。

 

「しっかし...対先輩の訓練をしておきたかった...訓練時代の経験と直近の訓練だけでどうにかなるかどうか...いや、成せば大抵......ダメだな。今の俺は大赦として勇者部に...先輩に対してある種の裏切りをしに行くからな...」

 

ぼやいていたら有視界範囲に2人を視認した。すぐ接触することになるだろう。

 

「昇!?」

「緋月!?」

 

2人の戦闘が一旦止まる。

俺から見て右が先輩、左が夏凜。

 

「霊札展開...夏凜、友奈や樹を呼びにいってくれ。先輩は大赦から命令された俺が止める。」

「はぁ!?何言ってんのよ!?いくらその札があるからって、今の風相手にどうこうなるもんじゃないでしょ!?やめなさい!」

「そうよ緋月、どきなさい!」

「聞けません。今の俺は大赦として先輩の前に立ってます。どうしても本庁に向かうというなら、俺の屍を越えてゆけ、とだけ言っておきます。」

 

霊札で剣を作る。両脚と左腕には霊札を巻く。そして周りには見えなくした霊札を数枚ずつ待機させておく。それだけでくっそ疲れるけど...

 

「あいにく仕事なもので...嫌になりますよねほんと、こんな歪んだ世界。」

「馬鹿、変な挑発して...あんたまさか死ぬ気じゃないわよね!?」

「バーカ。愛する夏凜ちゃん残して死ねるかよ。どっちかって言えば...殺す気かな。」

 

「...ひぃぃづぅきぃぃぃ!!!!」

 

ようやく挑発に乗ってくれた...先輩が振り下ろしてくる大剣を霊札の剣で防ぐ。重い。

 

「馬鹿、何また怒らせてんのよ!?」

「ぐ...作戦のうちだ!いいからとっとと呼びにいけ!俺か先輩が死ぬ前に止めたいならな!」

「死ぬ前って...あーもうわかったわよ!死ぬんじゃないわよ、昇!」

 

夏凜が戦域から離れるのを確認して、先輩から一旦距離を取る。あと数秒受けてたら完全に腕が痺れてた...ははっ、これマジ死ぬ可能性あるね。

 

「緋月!あんたは満開の後遺症のことは知ってたの!?前にも勇者がいたことを、知っていたの!?」

 

先輩から問が来る。

できるだけ、神経を逆撫でするように返すことにする。まぁ、いくら先輩を止めるためとはいえど、最低な行動ではあるかな...

 

「知っていた。と言ったらどうします?」

「...!なんで、教えてくれなかったのよ!」

「教えて何になりますか。戦力を減らしてバーテックスが撃退できなくなる可能性が大きいのにどうしてそんな事を言わないといけないんです?」

 

もう一度先輩の攻撃が来る。さっきより速く、重い。強い感情が乗っている証拠だ。

 

「言ってくれてたら...私はみんなを巻き込まなかった!勇者部も作らなかった!樹の夢が絶たれることも無かった!!!」

「そんなたらればの話...!」

 

強引に大剣を振り下ろして俺の体勢を崩しにかかってくる。札剣に力がかかった瞬間に剣の角度を変えて大剣を左に滑らせる。が、滑らせた大剣は左下段から返し斬りとして差し迫ってくる。

 

「それは無理...!」

 

札剣を札の状態に戻して俺は後ろに跳躍する。

 

「危ねっ...あの剣の重さはあんまり考慮しない方がいいな...自由自在に操れるものと思うと...」

 

思考はそれで途切れる。先輩の再びの突撃今度は札をまとった左手でどうにか受ける。正直に言うと札剣で受けたかったけど、時間がなかった。

 

「ねぇ緋月、どうして私も知らなかったことを知っていたの!?どうして...どうして大赦は私達を騙していたのよ!」

 

先輩の思い、感情、全部ある程度はわかる。

 

「一つ、先輩一人でバーテックスを殲滅するのは無謀の極みで俺も殉職まっしぐら!二つ、大赦の記録は書士部が主に管理していて、俺の所属はそこだから!三つ、騙してたんじゃない、黙ってたんだ!下手に真実を教えて怖がられたとしたらそれこそ勇者を選んだ意味が無い!」

 

札剣を右手に作って先輩に距離を取らせる。

 

「そもそも、樹の夢がどうこう言ってますけど、その樹がいなかったら世界は滅んでいますよ。奪われる夢すら、抱くことも叶わないまま!」

「それなら!樹が、みんなが苦しむのが世界を救った代償なら!こんな世界、壊れてしまえばよかったんだぁぁぁぁ!!!!」

 

大剣の連撃で俺は少しバランスを崩す。

その隙に先輩は最上段からの一撃を放ってきた。札剣でも防げないであろう渾身の一撃。

 

「シスコンも大概にしてください...!」

 

本当は出したくなかったけど、《叢雲》を右手に顕現して逆手に持ち、振り下ろされてくる大剣を()()()()

 

「なっ...」

「でぇぇぇい!」

 

消えていく大剣と動揺する先輩。

その隙に俺は《叢雲》を先輩の首筋に向けて振り下ろし、精霊のバリアを発動させる。

 

「切り捨て...」

 

《叢雲》を引いてバリアを切り裂き、左手に札剣を作成して...!

 

「御免...!」

 

札剣が先輩に届く、ことは無かった。

 

「ちっ...!」

 

舌打ちをして距離を取る。

先輩の第二の精霊、鎌鼬によってもたらされたくない状の武器で札剣を止められる。

 

「今の、何よ緋月...」

「勇者を殺せる剣ですよ。」

 

遠巻きだが東郷以外三人がこっちに来ている。そろそろ潮時だろう。

 

「まぁ、殺せるっていっても精霊のバリアを破壊することができると言った方がただs...!?」

 

説明の途中で右手に衝撃が走る。

 

(くないを投げてきた...!?って事は!)

 

「ひぃぃづぅぅきぃぃぃ!!!」

 

やっべ完全に怒らせた。

なんて楽観が俺の脳裏に浮かぶ。完全に油断していた。最初に展開していた札で妨害を試みる暇すらない。だったらもう、左手左腕に巻いている札の防御力にかけるしかないと思って腕を交差して防御姿勢をとる。

 

だがしかし、ここで不運が起きた。

それに気づいたのは俺の右腕に強い痛みを感じたからで、そのときには俺は苦悶の叫びをあげていた。何が起こったかを理解したのは先の三人の勇者が来た後だ。

 

「昇!?」

「ひーくん!?」

 

夏凜は膝立ちに崩れた俺の、樹は先輩の横に来て落ち着かせ、友奈は俺と先輩の間に立つ。

 

「何よ、これ...」

 

先輩の大剣から滴る紅い液体。

俺の制服のズボンを赤黒く染めていく液体。

それは血液。何らかの傷が無ければ体外にはその姿を見せないもの。それが俺の右肘から約8cmのところで大量に出ている。それはまぁいい。問題は、その先が()()()()()()()()()()()ことだ。

 

勇者部全員が青ざめる。俺もそうだ。

 

「ははっ...」

 

ついぞ乾いた笑いしか出なくなった。

 

「昇...あんたどうしてそんな...!風を止めるにしろこんなのって...!」

「痛い、よね、ひーくん。えっと、まずは救急車を呼んであげないと...!」

 

蒼白から立ち直った夏凜と友奈は各々の行動を取った後、残り二人が自失していることに気づく。

 

「私は...また...今度はほんとに...取り返しのつかない事を...う、うぅっ...」

 

先輩はもう止まった。

意図していない方法で止まらせてしまった。

本当なら、止めてくれる勇者部のみんなを見遣りながら『こんないい子達をほっとくなんて、ひどいですよ、全く。』的なことを言う予定だったのだが。まぁ、それでも園子様に戦わせるよりかはマシだろうと思った。

 

──先輩の一撃の防御をしたあの時、咄嗟の腕の交差は札を巻いている左腕ではなく、利き腕である右腕が上になってしまった。それが今回の事態を招いた原因だ。不幸な事故だ。そして、右腕に札を巻いていなかった俺の怠慢だ。

 

「ははっ...」

 

二度目の乾いた笑いは自嘲気味にこぼれた。

めちゃくちゃ痛い。

先輩の慟哭がこだまする。

持っていかれそうな意識をつなぎ止める。

樹は姉の慟哭を受け止めていた。

変な汗が出ている。

友奈はまだ少し、気分が悪そうだった。

身体が仰向けになるように倒れる。

夏凜がそれを受け止めてくれた。

 

「ははっ...」

 

三度目の乾いた笑いは、オレンジ色の空と心配そうに俺の顔を覗き込む夏凜の顔を見てこぼした。

 

「生きてるならオールオッケーだよ...ありがとな、夏凜。お前との訓練、超役に立った。」

 

本心がこぼれた。

 

「馬鹿...何変に陽気なのよ...!」

 

夏凜の声もまた震えている。でも、とりあえず万事解決となった。あとはやってきた救急車に身を預けよう。いつもはけたたましく聞こえるサイレンにこんな安心感を覚えることになろうとは...

 

でも、それは一瞬で砕かれた。

 

「......あれ?サイレンが止んだ?もしかしてここから近いところで事故があったとか?」

 

違う。空を見ている俺は微動だにしない飛行姿勢のカラスを見つけている。つまり──!

 

◤◢◤◢特別警報発令◤◢◤◢◤◢

 

聞きなれない、そしてより危機感を煽る警報がスマホから鳴った。それは樹海化を意味する。

 

「なんで、なんで敵が来るのよ!?」

 

夏凜の叫びは虚しく、世界は樹海となった。

樹海となってしまったのだ。

 

 

 




次回、第28話『天の光は全て敵』

感想、評価等、お待ちしております。
そろそろ結城友奈の章が終わりますね...

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第28話 天の光は全て敵

結城友奈の章10話はオールカットです。時系列的に。
停止した時間の中で時系列も何も無いですが...


樹海化。

それは神樹様の結界を破って壁の内側に入ってきたバーテックスに対して行う人類への防衛策。

 

それが起きたということは全滅させたはずの敵が再来してきたということになる。

 

「冗談じゃないよ...こちとら折れちゃった先輩がいて、腕持ってかれた記録者がいて...現状今ここにいる三人の勇者しか戦力はいないんだよ...そういえば...東郷は...?東郷はどうした。」

 

スマホはいつも右ポケットに入れているから取り出すのも一苦労...とはいえどうにか取り出した俺はレーダーを見る。夏凜もそれを一緒に見て...

 

『何、これ...』

 

俺と夏凜でハモった。いつもは青いはずのレーダーが、敵を表す赤で覆われていくのだ。それも点ではなく、面で。辺りを見回す。まだ寝っ転がった状態だけれども、樹海の空には星が煌めいていた。あるはずのない星が、蠢いていた。

 

「冗談じゃないよ...っとと...」

「ちょっと、何してんのよ...」

 

立ち上がろうとするもバランスがとれない。夏凜が左から支えてくれたからなんとか立てたというレベルだ。意外と腕というものは重いらしい。

 

「あれ、全部敵だね。迎撃しないとダメだ...」

「えぇ!?見た感じ一万体はいるよ!?」

 

友奈の驚愕はもっともだろう。だが、最悪なことはなにも一つだけではない。

俺の赤黒く汚れた制服の裾を誰かが引っ張る。振り向くとそこには樹がいた。樹はただ、スマホの画面を見せてきた。その画面には本来そこにはない線が入っている壁と、その近くにいる勇者反応が映っていた。その勇者は残り一人の勇者、東郷美森であった。

 

「東郷さん!?」

 

友奈がそれを認識するや否や向かってくる小型バーテックスを蹴散らしつつ東郷の所へ向かった。

 

「待ちなさい友奈!樹ごめん!昇をお願い!」

 

夏凜から樹に身柄を持っていかれた俺は一瞬ふらつくも樹に支えられなんとか両の足で踏ん張る。

 

「ホントは俺も追いかけたいけど...そうも言ってられないのが現状かなぁ...」

《昇先輩は休んでいてください。お姉ちゃんをお願いします。》

 

俺のつぶやきに樹はモールス信号で返してくれた。教えたかいがあったなぁと思ったが、そんな感傷に浸るのはあとだ。まずは神樹様に向かおうとしている小さい敵を殲滅する。

 

「そうも言ってられないよ...あと名前で呼んでたっけ俺のこと。」

 

霊札で右腕っぽいものを作っていく。

ちょっと軽いが、ないよりかは全然いい。

 

《いえ、呼んでみたくなっただけです。》

 

腕を作り終えた後にそんな返答がくるもんだからこいつめとも思ったけれども、やはり敵の掃討に意識が割かれる。

 

「そうかい...やるぞ樹...ここを最終防衛ラインとする。向こうに行くまでに二人がある程度殲滅してくれてよかったよ全く...!」

 

正直右腕はまだまだ痛いけど、それでも何もしないで痛ませているよりかはアドレナリンを分泌させる戦闘状況に身を置いたほうがいいという判断だ。故に、ここからが正念場。

 

札剣を作り、樹海に線を引く。

 

「残念だけどこっから先は...通さねぇ。」

 

夏凜と芽吹との訓練で染み付いてしまった二刀流、披露してやろうじゃあないか...

 

 

───────

 

 

どれほどの時間が経ったろうか。

停止した時間の中で時間を考えるのは野暮かとも思いつつ、痛み続ける右腕を、少し重く感じる左腕を振って振って、敵を斬って斬って...気づいたら札で作った急造の右腕は真っ赤になっていた。

 

「冗談じゃねぇ、よ...!?」

 

気づくと身体が宙を舞っていた。それは樹のワイヤーで絡めとられたのだと理解するのには時間を少し要したが、それはさっきまで俺がいた場所に敵が上から群がってきたことで思い知らされた。

 

「サンキュー樹、助かった...っとと...」

 

流石に出血が多すぎたか。ワイヤーがほどかれたら膝から崩れ落ちてしまう。もう立てない。

 

樹一人では捌ききれない量の敵がくる。必死に樹は俺を護ってくれてはいるが、物量には耐えきれない。そして、遂に敵が樹の防御を抜けて俺の元にきた。《叢雲》を権限する余裕もなく...

 

──あぁ、死んだな...

 

戦闘で俺はアドレナリンマックスだったため、一周まわって冷静にその状況を理解していた。おかげで口らしきものを広げて俺に向かってくる敵の姿が目に焼きついて...それは目の前で両断された。

 

「っ......生きてる...」

 

生命の実感。

その次に状況の理解を試みる。

 

するといつのまにか、さっきまで放心状態だった風先輩が俺の前に立っていた。

 

「...ごめん緋月、遅くなった...」

「...謝るなら樹に謝ってくださいよ。でも...ありがとうございます。助かりました...」

 

お姉ちゃん、と樹の口が動く。

 

「待たせてごめんね、樹。ここまでありがとう、私の自慢の妹だ。でももう大丈夫よ。...さぁ、犬吠埼姉妹の女子力、見せつけてやろうじゃない!行くわよ、樹!」

 

先輩の声に樹が頷く。神樹様の防衛ラインはこれで強化された。基本非戦闘員である記録者では限界がある。今まで保っていたのは奇跡というべきものだろう。とはいえその奇跡だけでは状況は変わらない。悪化させないぐらいが精一杯だ。

 

「だったら俺は...東郷の所へ行かないと...」

 

壁を壊したであろう張本人、東郷美森の元へ向かおうとスマホのレーダーを見る。夏凜も友奈も東郷もいない。一体どこだ...

 

そう思った瞬間、レーダー反応が現れる。夏凜と友奈。そして倒したはずの乙女型バーテックス。思う所は山ほどあるが、まず真っ先に思いついたのはやはりこれであった。

 

「復活ですか...冗談じゃねぇ...」

 

ちょっと前に冗談っぽく言ったエターナルΩは頂点(バーテックス)の基本装備らしい。ますます冗談ではない。

 

「壁を壊したくもなる、か...」

 

緋月昇は壁の外を知らない。

だが、この状況は彼に否応なしにそれを知らしめた。壁の外はこの世とは言えないと。

 

「とりあえず...夏凜と友奈の所へ行って情報収集かな...やれやれ...」

 

生きていられるかよくわからない状況の中、緋月昇は敵をかいくぐり、前線へ向かっていった。

 




次回、第29話「大輪の絶望」

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第29話 大輪の絶望

どうにかこうにか敵をかいくぐり、夏凜と友奈と一応は合流できた。一応は、というのは夏凜も友奈も気絶していたためである。

 

「精霊のバリアがあるとはいえ...ここまで追い詰められるか、この二人が...」

 

かたや訓練により大成した完成型勇者、かたや最高の勇者適正をもつ勇者。

...とはいえ、この敵の量の前では多勢に無勢。どうにもこの状況を打破する手段が乏しい...

 

「止血してた札も真っ赤になっちまったし...参ったなこれ、どうしろというのさ。もう満開しか手段が......いや、それは、駄目だ...」

 

頭ではわかっている。この局面、打開策はもはや満開しかない。しかも面制圧ができないといけないことを考えると樹か、それともまだ満開していない夏凜か...その二択だ。そして、それは俺が認めたくはない。認めるわけには、いかない。

 

だが、現実は非情だ。俺の思考を遮るようにうじゃうじゃと敵は湧いてくる。動けるのは俺だけ。でも戦うことはもう、俺にはできない。

 

「だとしても...!」

 

ここでは死ねない。《叢雲》を顕現し、札の制御段階を一段下げて炎の刃を作り出し、樹海ごとなだれてくる敵を一掃する。

 

「っ...これだけはやりたくなかった...」

 

《叢雲》は天の神の神具のレプリカ。地の神の集合体である神樹様が作り出した樹海を焼くのは造作もないことだ。もっとも、それは本来霊札によって制御されてるもの。霊札を制御できるのは俺だけ。よって、樹海を焼くことができるのはバーテックスと俺だけ。

 

そして樹海を焼くと...現実に影響が出る。

影響を及ぼせば、もしかしたら...

 

「...っ...考えるな...考え始めたら戻れなくなる...」

 

その隙に。

その隙に敵は俺を狙って一気にやってくる。

 

「はぁっ!!」

 

だが、それは目覚めた夏凜によって殲滅される。

 

「サンキュー、夏凜...」

「昇...あんた腕は...」

 

札でできた腕はもう真っ赤だ。でも、

 

「それはこの際どうでもいい...友奈は...?」

「どうでもいいって...まだ気絶してるわね...」

「そうか...」

 

周囲に敵はいない。状況の打開策を考えるのは今が最善だろう。考えたところでどうにかなるかは別だが...それでも何もしないよりかはマシだ。

 

「どうせあんたのことだから今のこの状況をどうにかしようとしてるんでしょ。で、その解決法がひとつだけなのもわかる。あんたがそれを認めたくないのも含めて、ね。」

「お見通しかよ...あぁそうだよ。」

 

夏凜が満開すれば確かにどうにかできる可能性が高い。高いけど、散華がついてまわるんだったら、それは駄目だ。満開させるわけにはいかない。

 

「甘いわね、昇。」

「甘くて悪かったな...でも...それでも俺は...大事な人の身体機能が失われていくさまをただ見ているだけなんて...そんなの...認めたくない...!」

「あんたは記録者でしょ!緋月昇!」

 

夏凜が俺の胸ぐらを掴む。

 

「あんたは目を逸らしちゃいけないのよ、私から...私の覚悟から!」

「覚悟だって...?なんでだよ...なんでそこまで...何が失われるかもわからないのになんでそんなものが持てるんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「私は...大赦の勇者としてしか生きてなかった...楠や昇がいたけど、友達だなんて考えは私にはなかったの。でも...御役目を効率よくこなすために入った勇者部は、私の考えを変えてくれた...」

 

 

 

 

 

 

気づけば俺を掴む手は下ろされていた。

何も言えなかった。夏凜は友奈を見て続ける。

 

「中でも友奈は...ちゃんと言ってくれたのよ、私はここに、勇者部にいていいって。」

 

友奈はまだ目覚めない。

 

「だからね、昇...私は大赦の勇者としてじゃなくて、勇者部の一員としてこれから戦うわ。大赦としてじゃなくて、仲間として、東郷を止める。」

 

もう俺は何も言えなかった。何も言葉が浮かばなかった。目の前の少女の目はあまりにも、あまりにも美しすぎたのだ。

 

「昇。友奈が起きたら、支えてあげて。勇者システムは精神が安定してないと使えないから。」

「友達に裏切られたら...まぁそうだよな...」

 

夏凜の目を、俺はもう見ることができなかった。

でも、その輝きは焼き付いている。それが俺にあるひとつの提案を思いつかせた。

 

「夏凜...友奈が変身できるようになるまで、時間を稼いでくれ...」

「再生した連中5体とちっさい取り巻きを?簡単に言ってくれるわね...いいけど、別にあいつら殲滅しちゃっても構わないんでしょう?」

「でも、満開は使うな。すぐ友奈を助けに行かせるから...状況をちゃんと、目で見て、耳で聞いて判断してくれ。完成型勇者さん。」

 

夏凜は一瞬だけ表情が緩み、すぐに臨戦態勢に戻る。そして身を翻し数歩進んで二本の刀を顕現する。そして最後に振り返ってこう言った。

 

「あと頼むわ。昇、友奈。」

 

その一言で俺は夏凜の真意を知り、届かないと知りながら俺は叫びながら左腕を伸ばした。

 

「待てっ、夏凜!!」

 

その手はただ空を切っただけだった。

 

 

──さぁさぁここからが大見せ場!

 

──遠からんものは音に聞け!

 

──近くば寄って、目にも見よ!

 

──これが讃州中学二年、三好夏凜の実力だー!

 

 

戦場に響く見得。

 

 

──さぁ、持ってけぇーーー!!!

 

 

その見得と共に気高く咲く大輪の花。

 

それは俺が一番見たくなかった一番美しいもの。

 

 

「やめろぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

ただ叫んだ。ただ、叫んだだけだった。

 

 

でも、目を逸らすことはできなかった。

 

 

散って、咲いて、散って咲いて、散って咲いて散って...一度の散華すら恐怖のはずなのに夏凜は四度も満開した。四度も、散華した。

終わってみればそれは短時間の出来事で、敵もほぼ全て殲滅された。それだけだ。

一人の身体の機能を四箇所捧げて状況を無理やり良くした。それは、ある種生贄ともとれる。

 

 

「...くそっ......ちっくしょぉぉぉ!!!!」

 

 

あてもない叫びがこだました。

 

 

───────

 

 

友奈が目覚めたのはそれからちょっと後だ。

 

「ひー、くん...夏凜ちゃん...夏凜ちゃんは?」

「友奈...目覚めてすぐ他人の心配かよ...」

「あはは...ひーくんも、何かあったの?」

 

あぁ、こんな簡単にわかるのか。

ほんとこの子は他人の傷に敏感すぎる。

いつか壊れるんじゃないかと心配するほどに。

壊れかけの俺も心配してしまうほどに。

 

「そうだな、友奈はそういう奴だ...ははっ...支えるのはどっちなんだか...」

「ひーくん...?」

 

ただ他人を心配できる友奈を支えるのは土台無理な話だった。こと、夏凜の満開で傷心の俺には尚更。だから俺は寄りかかりたくなる。でもだめだ。それじゃ、友奈じゃなくて俺が支えられてしまう。夏凜との約束が果たせない。それはだめだ。

 

「立てるか?いや、動くな。」

「え、え、ひーくん!?なんでお姫様抱っこ!?」

「夏凜のところ行くぞ。捕まってろよ...あと俺も傷心だから荒々しく動く可能性あるし...先謝っとくぞ。変なところ触っちまったら悪いな...」

「え、ちょ、えぇぇぇ!?」

 

 

───────

 

 

樹海の下の方で夏凜を見つけた。仰向けで寝転がってる。でもあの夏凜が動かないのは何故だ...脚の機能が持ってかれたのか...?いや、気絶してるだけだろう。

 

だがそれは違った。友奈が夏凜の側に寄って抱きかかえ、意識があるか確認する。

 

「だれ...?友奈...?ごめん、なんか目も耳も持ってかれたみたい...この手は友奈...友奈よね...?」

 

頭が真っ白になった。

 

「え...?目も、耳も...?」

 

これじゃ会話もできない。何も伝えられない...

 

夏凜の目はもう見えなくなった。それだけでなく、声を、音を聞くことすらできない。

 

「そんなの...そんなのって...」

 

ぐらりときた。

 

果たして夏凜を見つけてから言った言葉は友奈が言ったのか俺が言ったのか...それはわからない。

 

わからないまま、俺は立ち尽くした。

 

友奈の慟哭がこだました。

 

絶望、それこそが今、俺を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ......うあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 




次回、第30話「想いの殴り合い」

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第30話 想いの殴り合い

目の前の出来事から目を背けたかった。

泣きじゃくる友奈と横たわる夏凜。

今この場で起きていることはそれだけだ。

 

──だが、物事には因果というものがある。

 

何がどうしたからこうなった。

『何がどうした』の部分が『因』、『こうなった』が『果』である。この場合、『因』は満開、『果』が散華だ。

 

散華したから...両目と両耳の機能が持っていかれた。満開が無ければそんなことは起きなかった。でも、俺は満開をさせないことはできなかった。

 

──あんたは目を逸らしちゃいけないのよ、私から...私の覚悟から!──

 

「...!わかってるよ...見届けたよ夏凜...でも...でもな...その覚悟は悲愴すぎる...」

 

先の満開の輝きが目に焼き付いたせいで今、俺の視界に色はない。彩度の落ちた暗い暗い世界だ。

いや、暗いのは樹海の深部にいるからで、根に囲まれて光が届かないだけか。

 

そう思ってないとやってられなくなってる。

そんな俺にまだ少し涙声の友奈が声をかけた。

 

「ひーくん、夏凜ちゃんが話があるって...」

 

そうか。とだけ言って俺は夏凜の横に座る。それと同時に夏凜は話しはじめた。きっと空気の揺れとかを感じたんだろう。触覚は無事か...

 

「昇...きっと今のあんたは私の無事なところを探していたり、私がこうなったことを止められなかったって思ってるんでしょうね...」

「っ...!お見通しかよ、また...」

「えぇ、わかるわよ...私が大赦で訓練を受けていた数ヶ月と、勇者部にいた数ヶ月...合わせると一年近いんだから...」

 

そうか、一年なのか...

 

「あんたは見ることが仕事よ、昇。でも私はちょっと重荷を背負わせちゃったわね...でもお願いするわ。友奈を支えてあげて。」

「本人の前で言うのかよ...なんだかなぁ...」

 

友奈を支えることは俺には出来ないよ...でも出来ないことを頼む夏凜ではない。

 

「...思いつく方法はあるけど...支えるって言うのかねこれ...焚き付けって言うよな...」

「ひーくん...」

 

今から俺がやろうとすることは瞬間的には支えるとは対極にある行動だ。うまくいけば結果的に支えたことにはなるだろう。うまくいかなかったら...東郷に撃たれるな。やれやれ。

 

「友奈、ちょっと来い。」

「え?あ、うん...」

 

まずは夏凜から離れる。そして。

 

「許せ。」

「え...!?」

 

友奈に殴りかかった。

 

 

───────

 

 

「っとと...どうしたのひーくん!?」

「どうした、か...気でも狂ったと言っておこうかな...!せいや!」

 

武術を会得している友奈に対して徒手空拳を繰り出すのは完全に相手の土俵で戦うようなもの。まともにやり合えば当然俺に勝機はない。だから不正マシマシで素人の拳を経験者のそれに仕立て上げる。具体的には霊札による身体能力の底上げ、大赦での対友奈想定の訓練だ。加えて友奈は変身できない。だが、これで互角。

 

「ひー、くん...!」

「俺は夏凜に友奈を支えろと言われた...支えて、心を安定させて、東郷を止めさせるために...東郷を一番わかっているのは友奈だ。だけどな...止める為には力がいる...勇者の力が。残念ながら俺は勇者じゃない...仮に東郷を止めたとしても流れてくるバーテックスは止められない。東郷を止めるなら、勇者じゃなきゃだめだ。...友奈、東郷を止めたいんだろう?何を迷っている...!」

「私は...東郷さんを止めたいよ!でも...今の私じゃ...きっと東郷さんの涙は止められない...」

「だから動かないのか...夏凜を犠牲にしても変わらないのに、まだ動かないのか!」

 

数回繰り出したパンチは全て防がれる。物理のパンチは。だが、精神へのパンチは止められない。

 

「犠牲なんて、そんなこと...!」

「犠牲だよ...あれじゃあもう戦えない...残念だけど俺の目には...今のお前は他人の犠牲に安堵している姑息な愚か者にしか見えねぇんだよ!」

 

攻撃速度を一段上げる。一撃の一瞬でそれを見切られるが、反撃の構えもあるがそれはこの際どうでもいい。どうでもいい些事だ。

 

「三好夏凜は勇者だ!自身を引き換えにしたとはいえほぼ全ての敵を殲滅した!」

 

攻撃を緩めない。

 

「犬吠埼樹は勇者だ!ただ一人満足に戦える状況で、ただの一体も敵をうち漏らすことなく撃破していった!」

 

攻撃を速くする。

 

「犬吠埼風は勇者だ!自分が守ってきたものに騙されたと知ってもなお、大切な人を守る為に世界に立ち向かうことを選んだ!」

 

守りを捨てる。

 

「東郷美森は勇者だ!真実を知って現実に嘆いてもなお、それを打開しようと考えて行動した!」

 

だんだん友奈の反撃が当たってきた。対して俺の攻撃は全て捌かれている。経験の差が如実に現れているが、気持ちでは俺が勝っている。

 

「緋月昇は...勇者じゃない!俺は...目で見て、耳で聞いて判断して、それを記録するだけだ!俺はそれだけしか出来ない!なにかを変える力なんてない!けど...せめて俺に...!」

 

渾身の拳を札で作った右手に作り殴り掛かる。

 

「『結城友奈は勇者である』と、記録させやがれぇぇっ!!!」

 

その言葉と想いは友奈の心を動かしたんだと思う。その瞬間に友奈ははっとした表情になり、防御が薄れたのだから。

そしてそれは友奈の顔面に俺の拳が吸い寄せられるように止まらずに進むことを意味する。

 

「っ...!」

 

友奈は目を瞑った。だが俺には殴った手応えはない。当然、友奈には殴られた痛みもない。

何故か。霊札の腕が崩れていったからだ。

 

「ははっ...よくもった方だよ...」

「...ひーくん...なんで止めたの...?」

「止めたくて止めた訳じゃない...霊札も精神依存なんだよ...流石に俺もちょっと精神がボロボロでな...でも...友奈。お前はもう大丈夫だろ。」

 

下手な焚き付けだと自分でも思う。だけど、下手な気遣いよりかは絶対にマシだ。

 

「うん...ありがとうひーくん。私...東郷さんを止めて、バーテックスも倒して、みんなと一緒にまた勇者部で過ごしたい。だからそのために...行ってくるね。」

 

憑き物が落ちたと言うべきか。

友奈の笑顔は以前のそれよりも優しく輝いていた。だから俺は言う。言わなきゃならない。

 

「行ってこい。結城友奈は勇者だ。全てを受け入れ、全てを守る。そして全てを愛す。」

「ちょっと恥ずかしいよ...」

「うるせー俺もだ。...待ってるぞ。勇者部で。」

 

「うん!」

 

そして友奈は変身して戦場へと帰還していった。

 

 

───────

 

 

「...夏凜...これでいいんだよな...」

 

友奈との小競り合いで疲れた俺は夏凜から少し離れたところで座り込んだ。

 

「良いはずなんだよ...もう休みたいよ...」

 

霊札が不安定だ。当然だろう。右腕がなくなり、夏凜が散華し、友奈に厳しく当たる。精神が持たないわけがない。

 

「やだよ...もう嫌だ...もう、おかしくなっちまうじゃねぇかよ...!壊れちまいそうだよ!」

 

だが俺はすんでのところでまだ壊れていない。幸か不幸かはわからないが、それはやはり緋月昇は勇者ではなく記録者であることが一番の要因であろう。

噛み砕いて言えば頭が追いつくのだ。先に説明した因果を捉えることができる。それ故に心に傷を与えてくるものを理解して、意識的にしろ無意識的にしろそれに対応してしまう。もっとわかりやすくいえばストレスを限界まで溜め込むタイプなのだ。

 

だからこそ、緋月昇は記録者であるのだ。

 

「ははっ...あー、嫌だ嫌だ...労災降りんのかなこれ...報告書何枚書くんだよ...嫌だなぁ...」

 

仰向けに転がった俺の視界はまだ少し暗かった。いやちょっと違うな。少し、闇がかっていた。

 

 

 




次回、第31話「終わりの焔、繋ぎ止める花」

長かった特別警報編も終わりですぜ。
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第31話 終わりの焔、繋ぎ止める花

緋月昇は勇者では無い。

 

それはどうすることもできない不変のもの。

 

たとえ勇者と渡り合うことができようと、勇者を殺せる武器を持とうと、だからといって『勇者』に勝つことはできない。

 

それは肉体的な面だけでなく、精神的な面でもそうであるといえる。

 

勇者でも記録者でも、ましてや大赦の人間でもないただの一般人に彼の経験した仲間の裏切り、自身の右腕の損失、大切な人の身体機能の損失、友人を立ち直らせるための焚き付けなどを経験させればどうなるか。

 

答えは明白であろう。壊れる。

 

そう、壊れるのだ。

その点彼は一般人の精神に近い。

 

現に、今緋月昇は壊れる寸前である。

 

「......」

 

仰向けで根に覆われて空を見ることができない樹海の深部に夏凜とともに彼はいる。

 

この根の上のそのまた上で友奈と東郷が世界の命運をかけた夫婦喧嘩をやっているが、犬神も犬吠埼姉妹も食わなそうなそんなものの記録などはとる必要もないし、取るような気力も全く起きやしない。

 

失ったものが多すぎる。大きすぎる。

『緋月昇』を構成するものの半分以上が無くなったといっても過言ではなかろう。

 

だがしかし、世界は彼に沈黙を許さなかった。

 

「っ...くっ...」

 

少し離れたところで呻き声が聞こえる。それを聞き逃さないのは記録者の聴力...と言いたいところだが彼は別のところでこの声を聞いた。この状況、彼の周りにいるのは1人だけしかいない。

 

「かりん...?夏凜...!?」

 

その声の主の方を向くと、左腕と左脚を支えに無理矢理立ち上がろうとしている夏凜がいた。

 

「何やってる...なんで...なんでまた...!」

 

急いで向かって背中を支える。夏凜もまた、この状況で自分のそばに来るのは昇だけと理解しているのだろう。すぐさま会話ができる。耳は聞こえていないはずなのに。

 

「友奈を...みんなを助けにいくのよ。」

「...なんで...そんな身体で...死ぬことは無いって言ったって...そんなの......もうやめろ!もう戦わないでくれ!夏凜がこんな傷ついていくのを...俺は...俺はもう見たくないんだよ!もう...やめてくれよ!」

 

夏凜を抱きしめる。離すまいと、もう二度と失うまいと、もう二度と失わせまいと。

 

されど夏凜は戦う意思を収めず。

 

「優しいわね、昇...」

「そんなもんじゃない...優しくなれるほどの余裕はねぇよ...」

 

だとしても、夏凜には優しくありたかった。

 

「でもね、昇...あんたは私1人と世界、どっちを取るのよ...どっちもは取れないわよ...」

「っざけんな...!確かにどっちもは取れない...だから...俺は選ばない...」

 

「俺は...逃げてやる...そんな選択から、俺は逃げてやる!そして逃げた先で新しい何かを見つけてやる...今どうにかできなくても...」

 

「俺に何も出来なくとも...!」

 

支離滅裂だ。全くもって支離滅裂だ。

 

「昇...いい加減にしなさい...」

「...っ!」

 

「わかってくれよ夏凜...!」

「昇。逃げても、現状は変わらないわよ。」

 

見えすぎているが故に盲目な昇と見えないが故に全てが見えている夏凜。果たしてどちらが正しいか。それは昇本人が一番わかっていた。

 

「...くそっ...だったらもう、止められねぇのかよ...ちくしょう..!」

 

抱きしめる腕の力が弱まる。

 

「大丈夫よ昇。行ってくるわ。」

 

変身して夏凜が跳ぶ。また、昇は見ているだけだ。それが仕事なのだ。

 

「肩代わりなんて出来るわけねぇよ...」

 

それが樹海の中での昇の最後の言葉だった。

 

 

───────

 

 

夕焼けが映える大橋近くの祠に戻る。

 

世間の人にとっては一瞬の出来事だ。

前に見た夕焼けが遠い昔のように感じる。

何時間戦っていたのか。

結局戦いの最後はどうなったのか。

職務怠慢が頭をもたげてはいる。

満身創痍の勇者部がいる。

程なくして俺以外が皆病院に連れて行かれた。

 

俺だけ一人、かかってきた電話の相手をしなければならなかったのだ。

 

「もしもし...」

「ようやく繋がったんよ〜おかえり、のぼるん。」

 

その声は、心から安心を促させる声だった。同時に、帰ってきたという実感がわいてきた。

 

「...ただいま、園子...」

 

この瞬間だけは、大赦の立場すら忘れていた。ただ、生きているという実感が、ただただ俺を安堵させていた。

 

「病院に行かなきゃだから切る...また後でな...」

 

そう言って、『おかえり』と『ただいま』だけの会話は終わった。

 

後に俺は、これがいかに大事なものかを身に染みて理解することになるが、それはまた今度。

 

今は、帰れたことを喜ばせてくれ。

 

 

 

 




次回、第32話「必要な犠牲だなんて」

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第32話 必要な犠牲だなんて

報告。

 

東郷美森による壁の破壊により壁外のバーテックスが流入。これを撃退すべく勇者四名が出撃、これを全て殲滅した。

 

被害は三好夏凜、及び結城友奈のほぼ全身の散華、記録者緋月昇の右腕の損失、物的被害は壁の損壊である。なお、壁外のバーテックスはほぼ全滅しているため、壁の修復には少し時間をかけてもよいと思われる。

 

「...以上で報告を終わります。わざわざ病室に来なくても報告書を送りますよ?春信さん。」

「いえ、できるだけ早急に報告が欲しいと催促されまして。それより、腕の方は?」

「えぇまぁ...霊札で義手もどきは作れるので問題ないかと。というか、春信さん...まずは夏凜の心配しましょうよ...」

「...いえ、今私が夏凜を見たら、業務に支障が出てしまいますので。」

 

沈痛な嘆きだった。見舞いに行くと耐えられないから見舞いには行かない。その気持ちは、痛いほどにわかる。痛いほどに。

 

「そう、ですね....」

「はい...それと緋月君、園子様から伝言が。」

「園子様が?」

 

果たしてどんな内容なのか。

 

「『退院したらまた会いに来てね〜』だそうです。気に入られましたね。」

「そのくせ全てお見通しなのが怖いんですけどね...わかりましたとお伝えください。」

「はい。それでは夜も遅くなってきましたので私はこれで失礼します。」

「あぁ、はい。上に報告の方、お願いします。」

 

春信さんが病室を出る。

ここは個室だ。大赦お抱えの大きな病院であるからこその技とも言える。

 

だから、何も無い空間に一人取り残されているような気分が味わえている。

 

「これを二年って...ほんと何者なんだ園子様は...一日でも気が狂いそうだ...」

 

できることは寝るだけ。それを二年。入院して初めて、園子様がとんでもない人物であることを身をもって体感できた。でも敵は一時的とはいえ殲滅した...だとするなら...

 

「奇跡の可能性も...あるよな...」

 

 

───────

 

 

翌日、俺は退院して学校に向かった。

友奈以外は検査だけで終わったらしい。

 

とはいえ今俺には霊札がないため、腕を骨折したものと偽装する必要があったけれども。

 

「うおい緋月...お前は骨折かよ...」

「その反応だと、他の状況も知ってそうだな...」

「そんなわかんねぇよ...でも友奈ちゃんがまだ入院してるっていうのは東郷さんがやつれて見えるからわかる。」

「お前、モブキャラの割によく周り見てんな...正直感心したよ。」

「モブキャラってなんだよ!?なんでそんな物語チックなんだよ!」

「悪い悪い...夏凜はどうだ?」

「まだ来てないな...なぁ緋月。勇者部で何かあったのか?依頼を受けたらそれは勇者部が邪魔な連中が仕掛けた陰謀だった!とか俺はありそうだと思うんだけど。」

「あー...ちょっと大きめの交通事故だよ。山火事の報道があったろ?あれのドタバタで巻き込まれてな...夏凜が樹を、俺が先輩を、友奈が東郷を逃がして、逃げられなかった組がこのザマだよ。」

「なるほどな...事故だったか。」

 

と、クラスメートとの会話がひと段落着いたところで、松葉杖+眼帯+包帯姿の夏凜が教室に入ってきた。

 

ザワつく教室。先のクラスメートは俺に説明を求めてきた。大丈夫なのかあれ、と。

 

「いや、夏凜じゃなきゃ死んでるレベルだっての...正直なこと言うなら俺があれぐらいの怪我してまで守ろうとしたかったが...怖かったんだよ、許してくれ...」

「馬鹿ね、全く...」

 

そのとき始業を告げるチャイムが鳴った。

 

「起立、礼、神樹様に、拝。」

 

 

───────

 

 

時が経ち放課を告げるチャイムが鳴った。

万が一の時用に箸だけは左で持てるようにしていたおかげで誰かに食事を与えられる...なんてことは起きなかったのが救いだ。

 

「昇、ちょっと階段登るの手伝いなさい。」

「のぼるだけにか...あいよ。」

 

お姫様抱っこをしようとしてその腕がない事に気づいた。おのれ、大赦に後で霊札よこせって言わないと...というわけで仕方なく肩を貸して階段を登り、家庭科準備室、もとい勇者部部室に着く。

 

「緋月昇及び三好夏凜、到着しました。」

 

「お、緋月も夏凜も来たわね。早速だけど友奈のお見舞い行くわよ。」

「了解です。」

 

 

───────

 

 

さてこれで何度目かの場面転換か。

 

「東郷〜、友奈〜、ごめん、遅くなった。」

 

ここは病院の中庭だ。病院の敷地内でそこそこ大きな声を出せるところである。

 

「友奈さん、これ、押し花...」

 

樹が押し花を友奈に渡す。そういえば友奈の趣味は押し花だったな...樹の声も戻ってる...ん?

 

「樹、声戻ったんだな...」

「夏凜が治ってるのに気づかなかったのね...」

「つまりは...東郷の脚や園子様の身体だって治る...治る、はずなんだけど...」

 

友奈を見る。

光のない目、半開きの口、微動だにしない身体...いつもの友奈のイメージが強いせいで、今の友奈がいかに抜け殻のようなものであるかが強調されている。

 

「ちくしょう...」

 

夏凜がやり場のない怒りをあらわす。

 

「私は...一番大切な友達を犠牲に...」

「言うな!」

 

東郷の自責を先輩が遮る。

 

「何も言うな東郷...言い始めたら、私だって...!樹を...緋月を...!」

「それこそ何も言わないでください。」

 

遮ったかと思えば自責の連鎖。たまったものではないから今度は俺が遮る。

 

「俺の腕が持っていかれたのは、突き詰めればそれは全てバーテックスのせい...だから先輩は悪くないし、東郷も。壁を壊したからなんだ、入ってきた奴らが悪い。」

「でも昇、報告書はどうするのよ。」

「そんな心配すんじゃねぇよ、バーテックスに食われたって報告にしておいたし。真実が嘘だっていいじゃないか。この、友奈のように。」

 

沈黙。友奈は目覚めない。

 

「信じましょう。友奈さんが戻ってくることを。」

 

 

風は樹々をそよがせ、美しい森の葉が音を鳴らす。夏の終わりの凜とした日がまた昇る。しかし、友の帰らぬことこれ奈何。

 

 

勇者部は、まだ戦いから解放されていなかった。

 




次回、第33話「おかえりなさい」

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第33話 おかえりなさい

これにて結城友奈の章に相当する部分のお話は完結です。では、どうぞ。


翌日、友奈が目覚めないモヤモヤを抱えながら大赦に出向する。一つは霊札を受け取るため。もう一つは園子様に会うためだ。

 

「では、霊札400枚確かに受け取りました。」

 

一礼して呪術部から出る。まさか霊札が呪術部の製作物とは微塵にも思わなかったけど、どうにかゲットできたからまぁいい。早速偽装を外して腕の形に霊札を束ねる。ぐーぱー。

 

「ふぃー...ちょいとラグはあるけどとりあえず腕になったな...よしよし。」

 

再びぐーぱー。

スマホを持って春信さんに連絡を入れる。園子様の居場所がわからない。連絡先もないからなぁ...

 

「はい、三好です。園子様は今は医療棟最上階におられますよ。」

「あ、はい...わかりました。」

「すいません緋月君、これで失礼します。」

 

つー...つー...

 

「春信さん...大変なんだなぁ...」

 

 

───────

 

 

大赦本庁医療棟。

余程のことがない限り大赦の人間すら入る機会がない閉ざされた場所。

 

春信さんが先に根回ししてくれたおかげですらすらと面会の手続きも終わり、最上階に向かう。

 

「すぅ、はぁ...」

 

一つ呼吸を置いてからスマホに映ったQRコードをロック端末にかざす。

 

ピピッという電子音とガチャリというロック音。静かな最上階にそれが響き渡る。ノックもまたその例外ではない。

 

「よし...失礼します。緋月です...」

 

病院にしては珍しく(厳密に言うとここは病院ではないが)スライドではない内開きのドアを開けて中に入る。目の前のベッドには園子様が...いなかった。

 

「ふぇ...?園子様?」

 

ベタベタ展開ならカーテン伝いに窓から脱出しそうなものだが...ここは最上階...

 

「やっふぇい!のっぼるーん!」

「へぐぅ!?」

 

そんな思考は園子様に後ろを取られて全部吹っ飛んだ。後ろ...!?一体どこから!?

 

「ドアの死角に隠れてたかいがあったんよ〜。」

「さいですか...我ながら不覚でしたね...して、園子様...いつまで俺にひっついてるつもりですか...?」

 

そう、今後ろを取られた俺は園子様にべったりひっつかれている。しかも左腕に。霊札分解して逃げられないじゃないか!

 

「んー、歩けるようになるまでかなぁ、あそこに松葉杖があるでしょ?そこから飛びついちゃったからね〜、私今丸太なんよ〜」

 

その時、緋月に稲妻走る!

 

これは完全に狙ってやってる...間違いない...

 

「つまり...ベッドに運ぶか松葉杖のとこまで連れてくかの二択...に見せかけた私をOFUTONに連れてって奴だろ!?」

「お〜、そこまでは考えてなかったよ〜、でも連れてって〜」

 

自爆。多分一生この人には勝てない...いろんな意味で絶対勝てない...乃木園子...恐ろしい子...!

 

「わかりました...」

 

踊らされた俺は園子様をお姫様抱っこしてOFUTON...もとい医療用ベッドに寝せる。

 

「ありがと〜のぼるん。」

「いえ...」

 

そこから会話が途切れる。話すことも...実を言うとそんなにない。

 

「のぼるん、腕、大丈夫?」

「あぁ、はい。持ってかれましたけど、霊札で腕っぽい何かは出来るので。」

そういうことじゃないよ...」

 

小声で聞き取れなかった。

でもきっと聞き返すのは野暮だ。

 

「いいんですよ、死ななかったんで。」

「...そうだね...じゃあのぼるん。これから敬語禁止するんよ。」

「何故に!?一応聞きますけど拒否権は!?」

「もちろんないんよ〜」

 

しんみりとしてた雰囲気から一転、園子様による謎宣言。しかも強制。

 

「...マジか...」

「ふっふー。いっぱいおしゃべりするんよ〜」

 

 

───────

 

 

それにしてもどれだけの時間が経ったのだろうか。もうとっくに太陽は沈んでいる。

 

本当にどうでもいい他愛もない話ばかりしていた気がするが、流石にそろそろ疲れてきた。

 

「ねぇ、のぼるん。ミノさんのこと、どれぐらい知ってる?」

 

いきなり声のトーンを下げて園子様が言う。

 

「三ノ輪銀様...俺が知る限りはバーテックス三体を命と引き換えに撃退したとしか。」

「そっか...最近ね、のぼるんがたまにミノさんに重なって見えるんよ。」

「何故に?」

 

記録にあった三ノ輪銀の遺体の情報は右腕が欠損していた。いや、園子に限ってそれだけで重ねるわけはないだろう...だから何故だろう。

 

「のぼるんってさ、誰かを守るために結構頑張っちゃうタイプだよね。」

「...どうしてそう思う?」

「その右腕、バーテックスに食べられたって、嘘でしょ?」

「お見通しか...」

 

そう。俺は春信さんに報告する際に、この腕はバーテックスに食われたものとした。真実は違う。

 

「そういうところ、ミノさんそっくりだよ。」

「そうなのか...」

「でも周りの人をほっとけないわけではなさそうなんだよね、のぼるん。」

「...それは夏凜の領分かな。」

「夏凜ちゃん...確かミノさんの端末を引き継いだ勇者だったよね。」

「あぁ...そう思うと俺と夏凜二人でそうなのかもしれないな...」

 

二人合わさったら、なんて結構無茶な仮定だけど...悪くはないかなと俺は思う。

 

「そっか...じゃあずっとミノさんに言いたかったこと、のぼるんに言っていいかな。」

「いいんじゃないかな...」

 

そう答えると園子は一瞬躊躇して、一呼吸置いてから一言だけ言った。

 

「おかえりなさい。」

 

これに俺は何か言うべきか、ただいまと言うべきか、少し悩んだ。でも、答えはすぐに出た。

 

「ただいま。」

 

 

───────

 

 

思えばあのやりとりは二度目だったと思う。

 

『おかえり』と『ただいま』。

帰ってきたよ、待ってたよ。

 

それだけで、心地がいい。

その心地を余韻に残しながらまた数日が経った。

 

友奈はいつ目覚めるのだろう。文化祭はもう少しで来てしまう。

 

そんなちょっと焦った思考を冷ますように、携帯の通知音が鳴った。差出人は東郷。

 

『友奈ちゃんが目覚めました!』

 

あぁ、と思う。ようやくか。

 

『おかえりなさい』

 

そう打って送信したら、何故か涙が零れてきた。何も悲しくなんてないのに。嬉しいのに。

 

「昇もそんな顔するのね、ひどいわよ。」

 

家にいた夏凜が揶揄してくるが、夏凜だって人のことは言えないほど涙声だ。

 

「うるせー...そういう夏凜だって...」

「私は泣いてないわよ!泣いてないわよ!」

「いや、誰もそんなこと言ってないから。」

 

結果、二人して嬉し泣き。

 

「これで、ようやく終わった...」

 

そう、これでようやく讃州中学勇者部の戦いは終わったのだ。

 

 

───────

 

 

文化祭当日。

 

俺は讃州中学ではなく大赦本庁に呼ばれていた。

 

「緋月昇、到着しました。」

 

内容は辞令の交付。異動とは穏やかでは無いなとも思うけれど、記録者としての仕事も終わったのだからさしてほどの不安はない。

 

「緋月昇、あなたには十月一日より、大束町にあるゴールドタワーにて、『防人』の活動の記録を行いなさい。」

「SAKIMORI...ゲフン、防人、ですか。」

「詳しいことは後日伝えます。」

「...わかりました。緋月昇、受領しました。」

 

辞令を受け取り部屋を後にする。

ゴールドタワーへの転属、『防人』と呼ばれるものの活動記録。またいろいろ立て込んできたなと思う。とはいえ転属の日まで約ひと月弱...それまでは勇者部と日常を謳歌できそうだ。

 

「...でもこれで文化祭すっぽかしちまったからなぁ...しゃあない...どら焼き買って差し入れるか...」

 

 

───────

 

緋月昇は記録者である

ー勇者部と記録者ー

 

 




ふぃー...一つ大きなくくりが終わったぞ...

次回、第34話「昇と夏凜と大赦と部活」
感想、評価等、お待ちしてます。



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第34話 失われた日常を求めて

大満開の章にあてられて再編集版の第34話だけ先出しするよ!
気長に33話分の再編集待っててください!多分年内には終わらせます!


だんだん寒くなってくる10月後半。讃州中学勇者部は乃木園子を加えますますにぎやかになっていた。そんなある日の一幕、緋月昇はシンセサイザーやらなんやら、音楽機材をいろいろいじくっていた。なにがどうしてこうなった。

 

「のぼるんはDJが似合うかなーって思ったんよ~」

「言わんとしてることはわかるが琵琶はどうなんだ!?ミキシングできないって音を!」

「ドラム!犬吠埼風!」

「聞けぇ!」

「何がどうしてこうなったぁ~!」

 

唐突に始まるバンドメンバー紹介。おいまて、そもそも勇者部はバンドじゃない。

 

「キーボード!犬吠埼樹!」

「音楽活動大賛成~!」

 

ノリノリだこと。あの頃のあがり症気味の姿はもうない。

 

「ベース!にぼっしー!」

「誰がにぼっしーよぉぉぉぉ!」

 

とは言いつつベースをガンガンに鳴らしてる夏凜、さすが完成型、適応が早い。

 

「琵琶!東郷美森!」

「昔、下関の阿弥陀寺に……」

「バンドなのに琵琶!?」

 

ツッコミどころ満載である。先に言った通り、琵琶の音は手元のシンセサイザーでは合成できない。つまり音のバランスをとるためにアナログの琵琶の音の微かなズレに反応できなければいけない。だから俺にこの役を回したのか……

 

「DJ!緋月昇!」

「やっぱりツッコミどころだらけだ、YO!」

 

ふぅ、やれやれ。一通りの紹介は終わったのかなと思ったら、友奈が足りない。

 

「で、そっちは何やってるの?」

「わたしパフォーマー。」

 

お子様ランチに乗ってるような小さい日の丸の旗をぱたぱたと振り、可愛げな動きをする友奈。なるほどパフォーマーねぇ。まぁ友奈には似合ってるしいっか……

 

「頭が痛い……」

 

 


 

 

「解散ライブなんよ~」

「トラックに機材全部乗せたぞー、作業してたら先カラオケ行ってるとか……びっくりしたぞ。」

「ちゃんと連絡してるしちゃんと合流するあたりあんたも変わったわね。」

「……まぁ、あんなことがあれば。」

 

あんなこと、とは言ったが全員共通の認識だ。勇者として樹海の中でバーテックスと戦い、その結果として全員、身体機能が一部失われ、大変な思いをした。かくいう俺も、右腕は常に骨折した時につけるようなギプスをつけている。中身は空だ。学校の人間は騙せるからそれでいい。

 

「だから今、こうして全力で楽しんでるんよ。」

「言葉が重いったらありゃしない。」

 

そんなこんなで友奈と樹のデュエットが終わる。

 

「ありがとう!ありがとうー!」

「私たちは普通の女の子に、」

『戻ります!』

 

言葉が重い……重いったらありゃしない。確かに今までは普通の女の子じゃなかったわけだ。こうして日常を楽しめているだけでもめっけもんというべきか……

 

「ッ……」

「どしたの緋月?急に顔をしかめて。」

「幻肢痛、ファントムペインってやつですね。たまーになるんです。」

「……そう、やっぱりまだ、あんたは取り戻せてないのね。」

「そもそも大赦の人間は日常なんてないようなもんですし気にしてないですよ。……でも、こんなに楽しそうに過ごしている姿を見せられたら、なんかこう、うるっときますね。」

 

今度は夏凜と樹のデュエットが始まっている。あまりにも楽しそうだ。

 

「緋月君、まるでおじいちゃんね。」

「じいじぃ~!」

「そうそう最近白髪が増えてきたのもやっぱりそのせいかなっておい!まだ13だよ!同い年だよ!」

「夏凜がツッコミ役できないときには重宝するわね、緋月は。」

「全くもう……というか風先輩、さっきから何皿平らげてるんですか?」

「さぁ?」

「お姉ちゃん食べてばっかり!」

 

デュエットを終えた樹から指摘が入る。そう、この先輩は食べてばっかりなのである。

 

「最近ガサツになってるよ?」

「なにをぉ!?あ、ここの請求書大赦に送ってやろうかしら。」

「そういうところをガサツと言うんですよ、あと大赦に送らないでください、役所なんで年末近くになるとほんとに忙しいんです。やめて……ほんとに……」

「悲痛すぎるほど悲痛な声が出るとは思わなかったわよ、冗談!冗談だから!」

 

実際大赦の年末の仕事量は尋常ではない。当然年度末も尋常ではない。つまり、冬は憂鬱なのだ。ただでさえ寒いというのに。

 

「……終わってみれば、普通の日常が待っていましたね。」

「もうずいぶん遠い昔のように感じるわ。」

「半年前の話よ。」

「そう、半年……半年かぁ。」

 

しみじみしてきた。いろいろなことがありすぎた。本当にいろいろ。

 

「ひーくん!次ひーくんの番だよ!」

「……まだだと思うんだけど?」

「まだじゃないよ?夏凜ちゃんの次でしょ?」

「……へいへい。」

 

友奈から出されたマイクを受け取ると同時に、置いていたスマホに着信が入る。

 

「間が悪い……切るから少し待って……はくれなそうだ。悪い、少し外す。」

 

そこら辺の着信だったら無視を決め込んでもいいが、今回の電話はあの神官から直で来たものだ。身構えざるを得ない。当然、切るわけにもいかない。

 

「……緋月です。」

 

 


 

 

「戻った。」

「おかえり昇。ずいぶん長かったわね。」

「またお仕事なの?」

「大赦はいろいろあるからね~、でも書史部はいま何もないはずなんよ~」

「ということは……」

「あぁ、察しのいい皆に言っておく。しばらく俺、いなくなるから。」

『えぇぇぇぇっ!?』

 

……しかしまぁ、なんでこうも急なんだ。電話の内容はこうだ。ゴールドタワー、もとい千景殿に招集される防人部隊の作戦の記録者となれ。詳細は到着次第通達するとのこと。

 

「荷物まとめて行かなきゃならないので先に失礼します。請求書はやっぱり大赦に押し付けてください。ここに大赦職員が経費で使う小切手置いておきます。」

「えーっと、いってらっしゃい!」

「行ってきます……」

 

カラオケの部屋の扉を閉じ、大きな大きなため息をつく。

 

「……行くか。」

 

緋月昇は記録者なのだ。ただ一人の。

 




次回、第35話「薺」

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ー旧版:緋月昇は記録者であるー
旧34話 昇と夏凜と大赦と部活


「...てなわけで、緋月昇は十月一日より讃州中学を休学することになりました。残り25日です。」

「随分急ね...ちなみになんでかは...」

「口外できません。悪しからず。」

 

友奈が戻り、東郷も歩き始め、先輩の目も治り、樹の声も聞けるようになった上に夏凜の全部が帰ってき始めたこのタイミング。なかなかに酷なタイミングだが上の決定は仕方ない。

 

「残り25日...じゃあ最後の一日にはひーくんの送別会をやろう!」

「いいわね友奈ちゃん。」

「待ちなさいよ。帰ってこないわけじゃないんだから送別会ってのはなんか変でしょ...」

「でも...何の見送りも無しに昇先輩をお仕事に送り出すのは...嫌です。」

「じゃあ決まりねー。夏凜はどうせ緋月とべったりなんだからいちいち心配してないんでしょうけど、勇者部にとっては一大事よ。」

 

なんて割り切っていたらなんでか知らんが本人抜きで話が進んでいる。待て待て待てい。

 

「べったりって何よ!?どっちかって言えば昇の方じゃない!私は好き好んでくっつかないわよ!」

「嘘、だろ...」

「嘘じゃないわよ!うぅ...そんな残念そうに悲しんでる顔をするなぁ...!」

 

先輩の夏凜いじりに加担して眼福を得た俺は携帯に園子様からの着信が8通来てる事に気づく。しかもしっかり15分刻みに。いや、勇者システムがない端末渡されたから連絡先交換しようと言われてしたはいいけど...無音設定にしてたからなぁ...申し訳ない...

 

「うぐっ...山のように呼び出しが来たのでこれにて失礼します...」

「えぇ!?ひーくんもう行っちゃうの!?予定全部立ててないよ!?」

「本人抜きで予定立てんな!夏凜の家で考えてたら仕事終わり次第行くからそういうことで!」

「あ、こら!昇も本人抜きで話するな!」

 

夏凜のツッコミを背に受けつつも俺は大赦本庁へ向かった。もうまじなんなんだろう...

 

 

───────

 

 

大赦本庁。

もう何度も行き来したこの場所。

 

「だからといって毎日って...呼びすぎだよ園子様...こっちだって予定なりなんなり色々あるんですって...電話8本とか...うわぁ...」

 

なんてげんなりしながら園子様の部屋へ。

今日こそは手短に済まそう。

 

「園子様ー。緋月ですー。」

「やっほーのぼるん。」

「やっほーって...今日だけで8件も電話するなんて...火急の用でもあったんですか?」

「そんなにないよ〜、でも、私はまだこの部屋から出られないからね〜、暇なんよ〜。」

 

見ると、確かに園子様の脚にはICチップみたいなのがついてる輪っかがつけられている。

 

「なるほどそういうことですか...」

 

しかし、ここは医療棟。病院ではないにしろやはりパジャマというか寝巻きというか、夏凜で慣れてはいるといえど目のやり場に困る...

 

「ほほー、のぼるん目が泳いでるよ〜」

「...そうですね...美少女に囲まれた勇者部という環境にいるんで慣れてはいますけれど...でも園子様はまた別格なので確かに目のやり場には困りますね...」

 

沈黙。

 

やばい、変なこと言ってしまったと思った時にはもう遅い。園子様の目がキラキラ輝いていた。

 

「ビュオオオオオッ!!!」

「突風!?窓閉まってるのに!?」

 

もはやお構い無し。園子様はどこからか取り出したメモ帳に何かを書きなぐってる。

 

「出来た〜、のぼるんを元にしたラブコメのプロットなんよ〜。」

「この短時間で...じゃなくてちょっとどういうことですか!?なんでもありすぎません!?」

「ふっふ〜。」

 

得意げな園子様はまたこれもこれで...と思った自分に少し戦慄した。むぅ、園子様に色々もってかれてるな...俺...

 

「のぼるん〜?顔が暗いよ〜?大丈夫?」

「大丈夫ではないかもですね...すいません園子様。体調が優れないのでこれで失礼します。」

「そっかー。じゃあまたね、のぼるん。次は最初から敬語無しでお願いするんよ〜。」

「また無茶を...わかりました。」

 

できるだけ足早に病室から出る。

もしあのままいたらきっと引き返せなくなった。

 

「くそっ...自分の意思くらい貫き通せ緋月昇...」

 

自分に嫌気がさしながら帰路につく。

霊札を足につけて屋根の上を飛んでいくことで超高速での帰宅を可能となっている。やはり霊札は偉大だった。便利すぎる。

 

「...はぁ...」

 

家に着いて、制服から部屋着に着替えてベッドに寝っ転がり天井を見る。

何も無い、ただ白い天井。

 

「はぁ...」

 

ため息2回。

そこで携帯に夏凜からの連絡が入った。

 

『予定立てるんでしょ、帰ってきてるなら来なさい主役。』

 

「はぁ...」

 

3回目。

 

『惚れた。』

 

そう返して俺は隣の夏凜の部屋へ突入した。

 

慌てふためく夏凜とにやけてる先輩の相手が大変だったけれど、『讃州中学勇者部』の緋月昇はどうやらそんなに休めそうもないようだ。

 

 




次回、第35話「タイトル未定のただのデート回」

感想、評価等、お待ちしてます。



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旧35話 二人きりの2日間(前編)

タイトル決まりました。
夏凜ちゃん大好き人間が夏凜大好きキャラ書くとこうなる。


勇者部といられるのがあと14日。

友奈達が作った予定の穴が数日あるが、珍しく連日予定無しがある。今日明日がそれだ。

 

引き継ぎの仕事とかはほぼなく、ただの学生生活をしていたんだけど...何を血迷ったか今日は04:30に目が覚めてしまった。土曜日にこれは辛い。

 

「はぁ...」

 

一日の始まりはため息であることは多いけど、ちょっと、これはねぇ...

 

「よいしょ...っととと...」

 

片手だけで起き上がるのも慣れてきた。とはいえ霊札で腕を作らないといけないことには変わりがない。腕を作る速度も精度も上がっているから初めの頃のような不自由さはない。

 

「とりあえず...着替えてご飯食べよう...」

 

 

───────

 

 

05:30。

着替えも食事も片付けも全部済ませた俺はやはり暇になった。暇でしょうがない。

 

「テレビ...はニュースだよな...でも大体昨日の夜と同じだろうし...天気はスマホ見ればOKだし...」

 

 

「そうだ、夏凜の朝飯でも作ってやるか。どうせレンチンの米と冷食のおかずだろうし...食パンは...あると予想して行くか。」

 

05:35、俺は夏凜の家の合鍵と自分の家の鍵、ボウルと卵とベーコンと菜箸、皿2枚とめんつゆを持って夏凜の家に赴いた。

 

当然、夏凜は寝ていた。

 

 

───────

 

 

06:00。

髪を下ろしてゆったりと眠っている夏凜の寝顔の写真を20枚程撮った後、米にもパンにも合うベーコン入りスクランブルエッグを作った。

 

「作ったはいいけど...野菜がねぇな...でもまぁ夏凜の話だから野菜ジュースなりなんなりあるだろ...ほれ、やっぱりあった。」

 

秋口になってくると結露の心配もそんなにない。というわけでパックの野菜ジュースを机に置き、レンチンする米を電子レンジに入れ、作っておいたスクランブルエッグを皿に盛ってからレンジを動かす。

 

「よーいしょっとな。」

 

スクランブルエッグが乗った皿と置いてあった割り箸を並べ、チンと鳴ったタイミングで夏凜が少し動いた。目覚めたか。

 

「おはよ、夏凜。朝ごはんできてるぞ。」

 

06:35。

朝飯の準備完了と同時に、三好夏凜起床。

 

「ふぁぁぁ...おはよ、昇...」

 

寝ぼけ眼の夏凜は洗面所に向かっていったため、俺は冷蔵庫にあった野菜ジュースをいただくことにした。そしてそれから数分後。

 

「なんであんたがもういるのよ!?」

 

割と血相を抱え、少し赤い頬を膨らませた美少女が寝巻き姿で詰めよってくるではありませんか。

 

「どーどー。どうせチンケな朝飯しか食べないであろう夏凜ちゃんに朝ごはん作ってあげたんだから...まずはお食べなさんな...」

「どおりで美味しそうな匂いで起きるわけね...もうやってること飯テロじゃない...」

「あぁ...まぁな。」

「はぁ...しょうがないから食べてあげるわ...」

「どーぞ。召し上がれ。」

「...いただきます。」

 

夏凜が早速スクランブルエッグに箸を伸ばし、一かけを箸に乗せて口に運ぶ。そして咀嚼。

 

「おいしい...すごいわ昇!」

「...っ!?」

 

その輝いた喜びの顔はきっと一生忘れないと思うし、一瞬で我に返った夏凜の目を背ける様子まで含めてきっと一生忘れない。

 

「え、あ、その...まぁまぁよ、まぁまぁ!」

「そうかい...」

 

あぁ、もう絶対夏凜なしでは生きていけそうにないな。そう思ってたら夏凜の食事スピードが少しずつ上がっていくことに気付いた。

 

「素直じゃない奴...」

 

あぁもう、可愛いなぁ...

 

 

───────

 

 

09:00。

食事の片付けや夏凜の着替えから何から何まで終わり、ソファで夏凜とニュースを見ている。

 

「なぁ、夏凜。」

「何よ、昇。」

 

ニュースに飽きてきたこの時間帯。

俺はとあることを提案する。

 

「二人きりでどっか出かけねぇか?」

「はぁ...なんでよ。」

「なんで、ねぇ...デート?」

「デート!?」

 

冗談っぽく言ったらうまい具合に反応してくれた。これを逃がす俺ではない。

 

「よっしゃ、行く宛ないけどどっか行くぞー。」

「え、えぇ!?ちょっと待ちなさいよ!」

 

てなわけで、何気に初デートな俺と夏凜は行く宛もなくふらふらと散策を始めるのだった。

 

 

 

 




次回、第36話「二人きりの2日間(中編)」

感想、評価等、お待ちしてます。


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旧36話 二人きりの二日間(中編)

10:00。

俺と夏凜はふらふらと街を散策していたがやることも行く宛もやっぱり無く、ただいつもの砂浜で呆然と立ち尽くしていた。

 

「ほんとにノープランで突っ込んでるわね...で、昇。これからどうするのよ。」

「どうするもこうするも......手合わせ?」

「疑問形なのね...私は別に構わないけど。」

 

なんか違うだろ緋月昇...

そう思いながらも何もしないで動かないでいるのは嫌だから霊札で木刀っぽいものを3つ作る。

 

「じゃあやるか...」

 

作った3本のうち2本を夏凜に渡し、残りの1本を右手に持って構える。

 

「オーケー昇。覚悟はいいかしら。」

「さてね。けど、死線くぐり抜けてきた昇くんを舐めないで貰いたいかな!」

 

言い終わると同時に突っ込む。上段切り。

 

「ふん、甘い!」

 

が、相手は完成型勇者(自称)。この程度は造作もなく二本の剣を交差させて防ぎ、即座にはらってこちらの左から一閃を浴びせてくる。

 

「だよな...!」

 

バックステップで一閃をかわし、時間差でやってきた右からの袈裟斬りをこちらの剣で受ける。

 

「流石にこの程度はできるわね...」

「誰と訓練してたか忘れてたとか言うなよ...それに、俺の本職は目で見て耳で聞いて判断すること。経験則、とまでは言わなくとも夏凜の動きなら少しは読める!」

「言うわね...だったら読み切ってみせなさい!」

 

その言葉と同時に両者距離を取り、夏凜の剣速が上がった一撃がすぐに眼前に迫ってくる。

 

「っく、冗談抜きで速いなこれ!」

 

剣で右にいなしながら左に避ける。が、夏凜は振り下ろしていた腕を大振りに振ってくる。

 

「...ッ!!」

 

間一髪剣を逆手にもつことでそれを防ぐが、これで止まる夏凜ではない。左手に持っている剣をここぞとばかりに突き出してくる。

 

「せぇぇぇい!」

「なんとぉぉ!!」

 

突き出してきた刀身に合わせるように逆手持ちの剣を振り上げ、夏凜のバランスを崩す。

 

「...やるっ...!」

「そこっ...!」

 

この機は逃せない。ここで決めんと順手に持ち替えて剣を振り下ろす。

 

「ぐっ...」

 

だが夏凜はそれにも対応する。即座に体勢を立て直し鍔迫り合いに引き込む。

 

「防ぐか...!」

「前よりも強いわね昇...けどっ!」

 

鍔迫り合いの力加減を絶妙に変えた夏凜がこちらの重心を少し後ろにずらしたのを見極め、そのタイミングでなんと蹴りを放ってきたのだ。砂浜だよ、ここ。しかもスカートで。まぁ、ちゃんと丈は膝下まであるやつだったからそういうのにはなってないし蹴られたのは腹...

 

「あぐっ...」

 

そう腹なのだ。しかもクリーンヒットなのだ。

みぞおちは外れてくれたけど痛いものは痛い。

そしてそこに付け込まない夏凜でもなく、右手に持ってた剣をあらぬ方向へ払われたのだった。

 

「私を本気にさせたことは誇るべきね、昇。」

「痛ってぇなぁ...砂浜だぞここ...珍しく私服着たってのに...はは、降参だ...」

 

やっぱり夏凜には勝てなかったよ。

 

 

───────

 

 

14:00。

 

「眠い。」

「状況説明をすっぽかさない。なんでまた私の家にいるのよ。街歩くんじゃなかったの?」

「ネタ切れだよネタ切れ...なんかやることが思いつかないんだ...だからこうしてのんびりしているわけ。というか、あんだけ運動してまだ歩けるのか、凄いな完成型...」

 

まぁ、あれだ。疲れた俺はコンビニで二人分の昼飯を買って、食べて、絶賛睡魔と格闘中。

 

「昇...あんた私といるといっつも寝てないかしら。」

「そうか...?でもまぁ...きっと心底安心出来るからなんだと思うけどな。夏凜がそばにいてくれたら、俺は大丈夫だと思える。」

「まるで東郷じゃない...」

「やめろ、そこまで重篤じゃない...あと夏凜も同じこと考えてたんだな...」

 

ふふ、と思いながらももう瞼が重い。4時起きは流石にきっついなぁ...

 

「すぅ...すぅ...」

「結局寝たのね...全く、いつもいつも無防備に寝てくれちゃって...」

 

「おやすみなさい、昇。」

 

 

───────

 

 

20:00。

 

「すぅ、すぅ...」

「今度は夏凜が寝ちゃったか...時間も時間だし...とりあえず携帯でも見るか...」

 

と思ったところで寝ていたせいで右腕があったところにそれがなく、霊札がソファや足元に散らばっていた。しかも右肩には夏凜の頭が乗っかっている。

 

「まぁ、今日は仕事も全部オフになってるし、今この場を有意義に過ごすとするか。」

 

さて、夕食は何作ってあげようかな。

少し、遅めになるだろうけど。

 

 

 

 

 




次回、第37話「二人きりの二日間(後編)」

感想、評価等、お待ちしております。
くめゆ編がそろそろですね...(勇者の章に向けステンバーイ)


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旧37話 二人きりの二日間(後編)

遅刻しちまったよ!
ひのき1周年!ありがとうございます!


07:00。

 

昨日夕食を夏凜と食べた後、片付けなりなんなりいろいろやった後ソファでぐっすり眠った俺は、どこぞのギャグよろしく寝返りをうつ際にソファから転がり落ちた衝撃と痛みで起きた。

 

「なんだかなぁ...痛い...」

 

とりあえず右腕を作り、朝食でも作るか。

そう思った時、普段は鳴らない緊急用の連絡先から連絡が入る。

 

「...!?何事なんだ...まだ出向には早いだろ...」

 

そう思って端末を見ると、予想より出向が早まったと書いてあった。しかも明日から。冗談じゃない。こっちは夏凜成分を充電しきれてないのに。ではなく送別会が予定されてるっていうのに。まぁいい。送別会の日だけこっちに帰ってこよう...あとは荷物だけど、生活用の服類以外の食材だとかなんだとかは夏凜にあげるとして...いっそ俺の家の荷物全部夏凜の部屋に入れて引き払うか。

 

「参ったなぁ、予定丸つぶれだ...」

 

しかも窓から外を見るとご丁寧に大型トラックが一台止まっていた。

 

「しゃあない、引き払いの準備しよう...」

 

 

───────

 

 

11:00。

 

家にあった当面使わないものを夏凜の家の使ってない一室に押し込め(当の夏凜はぶーぶー言ってたが)、使うものは『防人』の拠点へ先に送られる。

 

「けど、予定が早まるなんて...大赦にしては珍しいわね。滅多にあるものではないわ。」

「だよな...あー、夏凜。俺の家の鍵返せ。」

「引越しみたいね...帰って来ないってことはないわよね、昇。」

「そればかりは着いてからじゃないとわかんねぇな...もしかしたら帰ってこないかも。」

「はぁ!?人の家にこんなに荷物置いといて処分させられるようなことになるのはごめんよ!?」

「俺も夏凜のところに帰れないのはごめんだ。」

「...!?あいっかわらずさらっと言うわね昇...」

 

夏凜ももう慣れてきたのかあんまり慌てふためかなくなった。うーん、物足りない。

 

「そりゃぁ、俺の荷物の中には夏凜への愛が詰まってるからな。回収して心の底から愛しに戻らないと死んでも死にきれないっていうか...きっと死んでも生きてる。それほど。」

「一方的にうるさいわよ昇...///そんなことどうしてそんな簡単に言えるのよ、私はまだ昇にっ...」

 

 

「俺に?」

 

 

「......なんでもないわよ!」

「嘘つけー」

「嘘じゃないわよ!」

「嘘つけー」

 

以下、無限ループ。

 

ループから脱出できたのは数分後だった。やっぱり可愛いと言い続ければ強い。

 

「うぅ...昇に遊ばれてる...」

「弄んではいないから安心できるだろ...」

「そういう問題じゃないわよ!」

 

 

───────

 

 

15:00。

 

まさかの迎えの車が来た。二日間二人きりの予定が崩されるとキレそうだけどやっぱりこれだけはどうにもならない諦めた。いっか、夏凜が見送りに来てくれたし。そう思って車に乗って窓だけ開けて夏凜に挨拶を済ます。

 

「んじゃちょいと行ってくるわ。勇者部によろしく。見送りあんがとな。」

「別に礼を言われるほどのことじゃないわよ。一人は寂しいでしょ。」

「それは夏凜もだろ...愛してる。」

 

短い会話だった。

窓を閉めて前を向く。

最後に外から入ってきた音は絞り出すような小さくか細いフレーズであった。

 

「...私もよ、昇。」

 

あぁ、早く夏凜と結婚したい...

 

 

 

 

 

 




次回、第38話「灼熱地獄」

感想、評価等、お待ちしてます。


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旧38話 灼熱地獄

さぁ始まりましたくめゆ編。
そういや花結い23話今日ですね。


9月中旬。

予定よりも少し早く『防人』に合流することになった俺は、『防人』達の拠点であるゴールドタワー...ではなく何故か壁上に連れられた。しかもそこには既に33人の人間が。内訳は32人の制服姿の少女達と1人の巫女であった。

 

「女難の相が出てないか後で樹に占って貰わなきゃな...という冗談はさておいて...」

 

俺をここまで連れてきた女性神官を見る。俺はこの人を知っている。夏凜と芽吹の勇者選定に関わっていた神官だ。

 

「皆さん、揃っていますね。」

 

その神官が仮面の下の口を開き、声を出す。その声に反応するように少女達はこちらに振り向く。

その集団の筆頭らしき少女に俺は見覚えがあった。間違いなく、楠芽吹であった。

 

「こちらはあなた達の壁外調査の記録者です。」

 

いきなり紹介された。聞いてない。

 

「こほん。記録者、緋月昇です。同行者ということになるのかな。ひとまずよろしく。」

 

神官がこちらを向く。

 

「霊札は壁外では貴方から半径2m以内でのみ機能します。それより外では燃え尽きてしまいます。神樹様の力が届く結界の範囲ではないので。」

「そうですか...叢雲も効果は...」

「ありますが、神樹様の力による補正がない以上、力の制御はほぼ不可能に近いでしょう。」

 

つまり、壁外にある程度殲滅したはずのバーテックスがいた場合は霊札剣のみが頼りだということだ。これはお荷物まっしぐらじゃねぇのか?報告書書くまでに殉職説絶対ある間違いない。

 

「わかりました...」

 

しかし立場上承諾しなければならない。とりあえず9月末までは生きねば。

 

「それと、貴方にはこれを。壁外の炎に耐えるための外套です。素材は霊札と同質のものであるため、霊札と似たような使い方ができます。」

「炎、ですか...やれやれどうなってんのか...わかりました。緋月昇、勇者様付樹海内状況記録者より、防人付壁外状況及び活動記録者への転属、受領しました。」

 

よく噛まずに言えたよ...

 

「それでは貴方達に第一の任務を与えます。壁外におけるある地点の土壌をできうる限り採取してきてください。その際戦闘になる場合が想定されます。しかし、再三伝えましたが、戦衣で星屑以上の敵を相手にしてはいけません。」

 

星屑、あの小型か。

 

「総員、戦闘態勢に入って!」

 

防人達は変身し、俺は渡された外套を羽織る。黒いマントと思うとかっこいいなと思う。

 

「さて...記録者の久々の仕事といきますかね。」

 

幼さの残る巫女の少女が祝詞を唱える。

 

「皆さん。絶対、帰ってきてください。」

 

巫女の少女の声は辛そうだった。

 

「行くわよ!」

 

隊長のような装備を持った芽吹の号令で、防人32名と記録者1名は壁外調査へ赴いた。

 

 

───────

 

 

結界を超えると、そこは灼熱だった。

 

「うわ...」

 

絶句。肌を焼くほどの暑さ。外套ありとはいえすぐに汗が吹き出る。とても人の生きる環境ではない。なるほど東郷が壁を壊したくもなるわけだ。

 

「メモしてる余裕もないか...樹海の中を思い出す...今となってはあそこすらまだまともな領域だと理解しちまったなぁ、やれやれ。」

「...みんな、壁から降りるわよ!離れないように一ヶ所にまとまって!」

 

芽吹の指示は的確だ。その通りに動いていれば最適解であろう。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!?怖いよメブ、絶対これ死ねるやつだよねぇ!?助けてメブぅぅぅ!!!」

「雀!動けないから離れて!」

 

ある一人...雀と呼ばれた盾をもつ防人の叫びが壁外に轟くが、そのせいで星屑がこちらに気づいてしまった。穏便に済ませたかったのに。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!?」

 

叫びをまた上げる雀。それと対照的な声がまた一つ壁外に響き渡る。

 

「何を恐れる事があるのです!」

 

一人、陣形から離れて星屑を迎え撃たんと突出する防人がいた。

 

「ここで功をあげ、弥勒家を...!」

 

かたや過剰に臆病な者。かたや過剰に無謀な者。奇しくも俺と芽吹、全く同じ事を思っていたらしい。もっとも、発したフレーズは違ったが。

 

「うろたえるな!」

「弥勒さん、突出し過ぎです!」

 

『っ...!』

 

両者を諌めたところで星屑が襲ってくる。あーもう、これってもしかしなくても勇者部よりも面子はカオスだよなぁ!?

 

「銃剣隊構え...撃て!」

 

号令の後の一斉射撃。襲いくる星屑は風穴が空いた後に消滅していった。

が、勝利の余韻に浸るまもなく星屑は次々湧いてくるし、視界の端には動けていない三人の防人とそれを襲わんとする星屑数体がいた。

 

「ちっ...芽吹、一旦下がるほうが良さそうだ...!霊札展開、盾踏み台にするよ!」

 

本来こういうのは俺の領分ではないけれども。

 

「何もしないで死なれるのは目覚めが悪くなっちまうんだよ...それに死人が出たと記録したくないんでねぇ!」

 

霊札剣を二本作り、恐怖で動けない防人の少女達を今にも食い尽くさんと大口を開けた星屑を裂く。その数3。それでも焼け石に水にすぎない。

 

「全員集合!護盾隊は防御陣形をとって!」

 

直後に芽吹達が合流、とりあえず全員今の所は無事であった。我ながら狂気じみたことをやったよ...でもまぁ、現物を見たことなかったらああもなるか...

 

「...戦えるのね、昇君も。」

「...一応はな。だがどうする芽吹。任務が採取だからいいようなものの、この星屑の量、斬る度増えてる気がするぞ...」

「そうね...ある程度ここで耐久、採取次第撤退するわ。さっきあんだけ動いてくれたもの、昇君も戦力として数えて指示出すわよ。」

「冗談キツイぜ...」

 

「二番から八番までの防人と昇君は盾の外で星屑の殲滅、護盾隊の援護を!それ以外は採取任務にあたって!」

「ほんとに言ったな...しゃあない...いっちょやりますか!」

 

星屑の量がやはり尋常ではない。二刀流だけでなくこの外套をも霊札のように硬質化させて切断装備にも盾にもなるように目まぐるしく変化させねばならない。それに樹海のように足場もなければあの時のように後ろに樹がいない。おまけに領分から外れた事をし続けると身が持たないわけでありまして。

 

「どんだけ時間経ったんだよ...ちょっと限界近いぞ芽吹...」

「それは私達もそうだし護盾隊もそうね...採取もある程度は完了している...」

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

撤退、と口を開こうとした芽吹はその叫びに呼応するようにその方向へ跳んでいき、一人の護盾隊の少女を星屑から救出していた。

 

「総員撤退!私の隊では絶対誰も死なせない...必ず生きて帰るわよ!」

 

その号令から約10分後、なんとか星屑をかいくぐり全員で結界内の壁上に帰還できた。

負傷者は7名、そのうち数人は重傷。

防人は番号で確認できるから誰がどのくらいの怪我をしたのかは把握しやすかった。負傷者には霊札による止血処理を一応して、脳内でまず記録をまとめる。

 

「なるほどあれが壁外ねぇ...筆舌に尽くしがたいあれをどう報告書にまとめればいいのやら...」

 

そう思って帰路につこうとする。

 

「待ちなさい昇君。貴方はこっちよ。」

「え」

 

夏凜の家に帰りたかったのに。

なんてことは芽吹の前では言えるわけでもなく、ただ芽吹ら防人に連行されていった。

 

「......」

 

一人の少女の視線をじっと背に浴びながら。

 

 




次回、第39話「金の塔、銀の影」

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旧39話 金の塔、銀の影

芽吹ら防人の拠点、ゴールドタワーに着いた俺に待っていたのは送っておいた家具類などが全てセットされていてなおかつ隅々まで掃除が行き届いていた一室だった。『緋月昇』の表札付きで。

 

「あ、記録者の緋月先輩ですね。防人の皆さんとのお務めお疲れ様でした。」

 

そこに居たのは調査前に祝詞を唱えていた巫女の少女。エプロン姿で手にはほうき。待ってこれどゆこと。というかこの子の名前を俺は知らない。

 

「あぁ、ありがと...えっと...」

「あ、申し遅れました 、巫女の国土亜耶です。よろしくお願いします。」

 

深々と頭を下げる亜耶と名乗った巫女。

 

「巫女様にそんな深々と頭を下げられても...えぇ...でもなぁ、あんまり書史部関係ないよな今のこの状況は...」

 

大赦書史部は検閲の際巫女様を通すことになっている。つまりは書史部の上層にいる存在、上司の上司なのだ。なのだが。

 

困惑だけがしばらく俺の中を駆け巡った。

 

 

───────

 

 

そんな防人+巫女に合流した翌日、新たに防人が追加投入されたという。伝聞なのは俺がほぼ徹夜で報告書を仕上げたからであり、提出した後に朝食を食べる際に芽吹から聞いたからだ。

 

「大赦は私達を使い捨ての駒として見ているみたいね。不愉快極まりないわ。」

 

憤りを隠さない芽吹。

 

「やっぱり私も防人辞めるって言うべきだったよメブー...」

 

そんな芽吹の横でまだ怯えてる雀。

 

「おやおや、これはまた不思議な集まりですこと。」

 

その言葉とは裏腹にこちらにやってくる弥勒。

 

「しずく!場所ないならここおいで!」

 

座る席を探していたしずく。

 

「あ、芽吹先輩に皆さん!」

 

この集団を見つけるや否や真っ先に向かって来る亜耶。なるほど勇者部の防人版はこんな面子ということになるのか。

 

「それにしても昇君、貴方酷く眠そうね。今日も任務があるかもしれないのだから体調管理はしっかりしなさい。死ぬわよ。」

「そうだな...同じことを考えてたからつい徹夜で仕上げちまった...仮眠とるよ...」

 

朝食を食べながら他愛もない会話をするが、雀としずく、亜耶は俺と芽吹が知り合いということに少し驚いていた。

 

「楠、友達いる。」

「友達...なのかね。」

「どうかしら。信用はしてるけれど。」

「その感じ、思い出すねぇ、訓練時代のあの頃。夏凜と芽吹とその他集められた候補生達と。がむしゃらにひたむきに自らを高めてお互い負けじと踏ん張って。巻き込まれてフルボッコにされてな...」

「わたくしも思い出しますわね...」

 

『い(まし)たっけ?弥勒(さん)。』

「んなっ...」

「ぶふーっ」

 

驚愕の弥勒、吹き出す雀。

あれ、いなかったよなこんなポンコツくさい割とどうしようもなさそうなエセお嬢様。本物のお嬢乃木園子を知ってるからかな。

 

「緋月さん!?記録者たるものが弥勒の名を覚えていないということは何事ですの!?」

「...知るかよ...というか弥勒家は知ってる。赤嶺家と共に動乱を鎮めた家柄だろう。」

「あらご存知ならよろしいですわ。」

 

手のひら返し。

どうもこの弥勒夕海子という防人は相性が悪いらしい。こう、悪目立ちしたがりな幼子に見えるというか。幼子といえば亜耶は...

 

「流石記録者の緋月先輩です。私も弥勒家のことは聞いています。弥勒家がいなかったら人類は滅んでいたかもしれません。今こうして私達が生活してるのは弥勒先輩の御先祖様のおかげなのかもしれません。」

「まぁ、国土さんはわかってくれますのね!」

 

この受け答えである。聖人の極み。

こんな大人な対応俺にはできない...

 

そう思ってたところで服の裾が少し引っ張られた。その方向に振り向くとしずくがいる。

 

「食べないの、緋月。」

「そうだな...食べるけど少し持ってってもいいぞ?どうせ俺はこのあと寝るし...ふぁ...」

「そう。じゃあ、少しもらう。」

 

騒がしい上にけたたましい弥勒とは真逆に物静かなしずくは謎の安心感を覚える。

なんでかは知らん。

 

「ご馳走さまでした。」

 

それから数分後に食事を終えて皿を下げた。少し視界がぼやけてきたからやはり寝るべきだろう。だがしかし寝てる間に任務説も無きにしも非ず。

 

「芽吹、もし俺が寝てる間に任務が入っても起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる...」

「私の部隊で死人は出さないわ。安心して寝てなさい。報告書は書いて貰うけれど。」

「おーけー、じゃあそういうことで。」

「えー、私も寝て任務回避したいよメブー、死にたくないよー!」

 

なんて雀の叫びがこだました午前7時であった。

 

 

───────

 

 

次に時計を見たら午後2時だった。

仮眠大事徹夜ダメ、絶対。

 

「芽吹達は...あぁ、今帰還したのか。」

 

窓から壁の方を見る。防人32名全員が帰還していた。流石芽吹だな...

 

 

が、この時の俺はこのあと起こるゴタゴタに回復させたはずの体力を根こそぎ持っていかれるなんて知るよしもなかった。不幸というか、トラブルばっかじゃんかもう...

 

 

 

 




次回、第40話「シズクかしずく」

感想、評価等、お待ちしてます。


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旧40話 シズクかしずく

「...7時間眠ってた俺が言うのもあれなんだろうけどさ、今どんな状況なの?」

「ご覧の通りよ。しずくの隠されていた人格...山伏シズクよ。」

 

はー、二重人格と来ましたか。

 

「で、今はその人格のまま訓練してる...って、なるほどあれが防人番号9番の所以か...」

「けどあれは私の隊では不要よ。」

「そうかい...結構あれは戦力になると思うけどな。御しがたいだけであって。」

 

「聞こえてっぞ!不要だと...?」

 

シズクと芽吹の目線がぶつかり合って火花を散らしている。血気盛んだこと。

 

「えぇ。防人には集団で戦う力が求められる。その力を持たず、逆に私たちの連携を掻き乱しかねない貴方は。」

「...俺は俺より弱いやつの指図は受けるなんてこと、納得出来ねぇんだが。」

「じゃあ、解らせてあげるわ。」

 

 

───────

 

 

「で、勝負には芽吹が勝ったと。」

「そういうことになるわね。」

「俺の言うことは聞かないんだろうな。」

「私が聞けと言えば聞くんじゃないかしら。」

「力が真理とな...わかりやすくていい...」

 

現在俺は芽吹の部屋で報告書を書いている。寝てた分の仕事はしないと。

 

「わかりやすい、と言えば。芽吹、俺は防人番号でいうとどのぐらいの位置にいるんだ?」

「...まずシズクには勝てないわね。」

「うんそれぐらいはわかるさ。」

 

ナチュラルに私にも勝てないと言ってるようなものだが...まぁいい。わかりきってることだ。問題はその先にある。

 

「そうね...弥勒さんあたりと模擬戦でもしてみるっていうのはどう?」

「2mより広い範囲で霊札広げていいかだけ確認させてくれ。」

「駄目よ。」

「やはりか。」

 

報告書を書き進める。

 

「休憩...というかほぼ完成。署名だけしてくれ...ちょっとココアシガレット買ってくる...」

「またおつなものを...だったら署名したから提出してきなさい。二度手間でしょ?」

「さっすが隊長、読みきっているな。」

 

芽吹から報告書を受け取って部屋を出る。神官に提出するだけだからまぁ、ものの数分で終わるわけでありまして。ココアシガレットを購買で買って(冗談のつもりがまさかほんとにあったとは)タワーをうろうろしている。

 

「...仕事終わるとやることなくなるのが俺の悪いとこなんだよなぁ...趣味と言える趣味もそんなにないし...やれやれ...」

 

とりあえず展望台に来た。日が沈んだ後の赤い空と黒い空が共存している時間帯であった。

 

「あれ、しずくか?」

 

その展望台には、山伏しずくがひとりぼーっと空を見ていた。

 

 

───────

 

 

「...三ノ輪を、知ってる?」

 

開口一番それだった。

三ノ輪銀。先代の勇者。

俺と夏凜を足して2で割ったような少女。

 

「直接会ったことはないけどな...でも似ているって何回か言われたことがある。しずくも、そう思うのか?」

「そう、かもしれない。」

「...そっか。」

 

風が吹く。

頬を撫でる風はもう冷たい。

 

「なぁ、しずく。」

「...なに、緋月。」

「いるか?ココアシガレット。」

「...もらう。」

 

記録者の目...と言えるほど大層なものではないけど、この山伏しずくという少女にはどこか闇がある。きっとそれがもう一人のしずく、山伏シズクを形成させた所以だろう。

 

「何があったかは聞かないさ。だから話さなくていい。忘れろとも言わないけどな...」

「え...?」

「気にすんなこっちの話だ...冷えないうちに風呂って寝ろよ。風邪ひかないようにな。」

 

「待って、緋月。」

「ん?」

 

呼び止められるのは予想外だった。

 

「その...ありがと。」

「何もしてねぇよ...あーでもそうだ。よかったらもう一人のしずくに伝えてくれ。『これからもしずくのそばにいてやってくれ』ってな。」

 

「はっ、てめぇに言われなくてもずっと俺はしずくと一緒だっての。」

「おおう、予想より早い変わり身。じゃ、そういう事だ。」

 

展望台をあとにして部屋に向かう。

最後に一言シズクは言った。

 

「なんだあいつ...おせっかいなのかなんなのかわかんねぇやつだな...」

 

 

 




次回、第41話「壁外調査再び」

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旧41話 壁外調査再び

しばらくして、防人はまた壁外調査に赴くことになった。今度の目標地点は旧中部地方、長野県と呼ばれていたところらしい。

 

で、そこに行き着くまではよかったのだが、土壌を採取するとなると動きが止まるわけで。

動きが止まるとハイエナのごとく星屑達が群がって来るのであった。辺り一面真っ白である。

 

「冗談じゃない...倒しても倒しても減らねぇ減らねぇ...メブゥ!あと何体だ!」

「数えていられる余裕は残念ながら私にも無いわよ!銃剣隊は交代しながら星屑の撃破と土壌の採取!護盾隊は...!ちっ、包囲された...全員1ヶ所に集まって!」

 

ぼやく俺と指示を切り替える芽吹。さてどうしたものか。このまま動かないのは格好の的...だが動くのもまた格好の的。

 

「八方塞がりといったところか...弥勒、突っ込んで自爆してきてよ。」

「嫌ですわよ!」

「冗談じゃ。誰も死なせるつもりのない芽吹の誓約をないがしろにできるかよ...」

 

とは言ったものの。

状況が状況すぎて打開策が思いつかない。

 

「せめて霊札がもっと広範囲で使えれば...」

「たらればなんて...でも、そうね。弥勒さんと本気で戦って圧倒してた昇君なら、たしかにこの状況を少しは打開できたか、も!」

 

見飽きた異形を切り払いながら考える。

退くにしてもどう退くか。

 

その時だった。

 

「ぎゃぁぁぁぁなんか来てるよメブゥゥ!」

 

雀が突出、盾を展開する。

何をやってるんだと思ったが、直後に雀の周囲の星屑が爆散、次いで右斜め上方向にいた星屑が爆散していった。俺はこれに見覚えがある。東郷美森、及び三好夏凜が撃破したはずの、サジタリウス・バーテックスの攻撃。

 

「次がくる!護盾隊、雀の横に展開!」

「銃剣隊は盾の中に入って護盾隊を支えて!」

 

ゴゴゴゴと鈍い音がする。

約1分。間隔的にそろそろ重いのが来るはずだ。

 

「助けてメブゥゥ!こんなの受けたら絶対死ぬってぇぇぇぇぇ!」

 

雀の叫びを皮切りに、芽吹が指示を出す。

 

「退くわよ!雀は私が連れてくわ!」

 

雀がサジタリウスの一撃を退路に溢れる星屑の方へ流し、星屑を爆散させることで退路が開いた。

 

「全員撤退!全力で壁まで突っ走って!」

 

瞬間、防人32名と記録者1名は灼熱の大地を駆ける。が、サジタリウスがそれを許すはずもなく、いつぞやの爪楊枝シャワーを浴びせてきた。

 

「霊札展開...!」

 

霊札を展開出来るギリギリの領域まで盾状に霊札を展開して、護盾隊の手間を減らす...

 

が、それが悪手だった。

 

霊札壁を貫通する重い一撃。どうにか右腕の霊札を貫かせて肉体そのものには傷を付けないようにはした、したけれども...!

 

「がうっ...」

 

慣性で吹っ飛ばされた俺の身体は壁に受身をとる間もなく直撃。頭部を強打した痛みがあって...

 

 

 

 

気づいたら、知らない天井を見ていた。

 

 

───────

 

 

人口呼吸器、点滴、頭に感じる違和感は固定のためのものか。それとも包帯か...

 

「痛...ここは...きっと大赦の医療棟...」

 

じゃあ今はいつだ...見渡す限りにカレンダーはない。時計はあるが。窓の外の様子から察するに、現在時刻は午前の方の4時。

 

「記憶の混濁がある、か...」

 

思い出せない。いつ倒れた。

頭に何かがある以上、頭部強打で失神したのだろう。脳に影響が無ければいいのだが...

 

そんなことを考えてると未明だというのに医者がやってきて、軽い検査をすることになった。

 

...結論から言うと、壁に頭部を強打して、頭蓋骨にひびが入ったということだった。そのせいで脳に強い衝撃がかかり、意識不明になったという。

 

その期間、なんと一月。

 

つまり、今はもう11月中旬ということだ。

 

「で、つまるところ退院はいつです?」

「早くて一週間後でしょう。ですが、12月に入るか入らないかが堅いでしょう。」

「そうですか...わかりました。」

 

12月...そうか、12月か...もう3ヶ月も夏凜の姿を見てないことになるのか...

 

「会いたいな...夏凜...」

 

太陽が昇る午前7時であった。

 

 




次回、第42話「贖いと償いと」

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旧42話 贖いと償いと

熱で1日遅れです。でもギリギリ21日!


12月初旬。

緋月昇はようやく退院したのであった。

 

「寒っ...え、もうこんな時期なの...?」

 

6,7週間も外に出ていなかったらそうもなろうか...さて芽吹達にどう謝ったものか。

こういう時、何をするべきか...正直さっぱりわからない。だから俺は思いついた事をなんの前触れもなくやることにした。

 

数分後、大赦の迎えの車が来た。

 

「緋月君、退院おめでとうございます。」

「春信さん...来てくれたんですね、ありがとうございます。それで退院ついでにちょっとやりたいことがありまして。」

「ほほう...」

 

 

───────

 

 

「というわけで鰹を買ってきました。」

「待って昇君、いきなりどういうこと?」

「捌いてたたきにして余った部分はだしを取ります。で、味噌と煮干しを合わせて味噌煮干しラーメンを作ります。」

「ラーメン...!」

「てなワケで霊札で刺身包丁を作っていざ、調理開始というわけだ。」

 

春信さんに言ったちょっとやりたいこと。それは少し旬を過ぎてるが冷凍保存されている鰹を丸々一匹買ってきてたたきを作り、本来処分される部分でスープを取りラーメンを作る...流石に麺は市販の塩焼きそば用の麺を使うけど...

 

「そして並列して野菜炒めを作るのだが...誰か玉ねぎの皮剥いてくれねぇか?」

「だったら、私がやります、緋月先輩。」

「んじゃ、頼んだ。」

 

さて、あとはキャベツとピーマンと人参と...それに塩焼きそば用の味付け粉末をかけて炒めて...

 

「こいつをラーメンに少し盛って...」

 

などといろいろやっていき、最終的に弥勒、芽吹、雀、亜耶用の鰹のたたきとしずくと俺用のラーメンが出来たのであった。

 

「残り28人分は作れないなぁ...」

「中々酷なことをするわね...でもどうしていきなり鰹一匹丸々調理なんてし始めるのよ。」

「んー、快気祝い?」

「...それは私達がやるべきことじゃない...」

「冗談だよ。どの面下げて行けばいいかわかんなかったから胃袋掴みに来ただけさ...それより。芽吹、俺がぶっ倒れてた頃何があった?」

 

残りに28人をなだめてた芽吹に聞きたかったことを聞く。俺の本題はここからだ。

 

「何...って言われてもいろいろあり過ぎてどこから話したものか...というか私に聞くよりあの神官に聞いた方が早いわよ。」

「...それもそうか。」

 

芽吹からかいつまんで聞いた方が精神的には楽なのだけど、と思っていてもやはりそう思い通りに事は運ばない。

 

「...でも。貴方の転属は決まってるわ。」

「へ?」

 

頓狂な声が漏れる。

 

「でも詳しい事は神官に聞きなさい。私が知ってるのはそこまでよ。じゃ、いただきます。」

「...!これですわ!これこそ高知の鰹!」

「ラーメン...!いただきます...!」

「どうせだったらみかんも欲しかったよー。でも美味しそう!いただきます。」

「野菜炒めもありますよ。私が作ったわけではないですけれど...私もいただきます、緋月先輩。」

「...おう。...麺が伸びる前にまずラーメン食べてからだな、仕事の話は...」

 

 

───────

 

 

食後、片付けを終えた俺は神官から転属先を言い渡された。転属先は、讃州中学勇者部。

 

「...また、バーテックスが来ると。あいつらが戦うということですか。」

「その兆候はあります。貴方もそれは経験しているはずです。」

 

...やはり、奴らの再生はまだ続くのか...

 

「...わかりました。転属、受領しました。」

 

じゃあとっとと荷物まとめて...あ、夏凜に連絡入れないとな...確か勇者部の連絡フォルダ...あった、勇者部4()()の連絡先。あぁでも...

 

「サプライズにした方がいいか。」

 

そう思った俺はすたこらさっさと荷物をまとめ、再びの引越し準備を始めたのだった。

 

 

 




次回、第43話「勇者部よ、私は帰ってきた。」

感想、評価等、お待ちしてます。
あ、次回から勇者の章編です。


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旧43話 勇者部よ、私は帰ってきた。

勇者の章編ですよ!1年遅れですね。
最後まで突っ走って行きますぜ!


「勇者部ってここですかー。」

「あ、ようこそ勇者部へ...ってひーくん!?」

「よっほー。友奈だけか?」

「園子もいるんだぜぇ〜」

「あー、園子もいるのか...」

 

......え?

 

「ウェッ!?ソノコサマ!?ドウシテココニ!?」

「わ〜、のぼるんすっごい驚いてる〜。」

「サプライズで帰ってきたら逆に驚かされるなんて思いませんよ!?ミイラ取りがミイラになるってこのこと!?」

 

「騒がしいわね...あ、緋月。帰ってきてたのね。」

「存外軽い反応ですね...で、夏凜と...樹は?」

「二人とも依頼の解決に奔走してるわ。」

 

あぁそうか。勇者部は表向きはお悩み相談所というか、スケット団というか、ともかく舞い込んだ依頼を解決していくのが勇者部だった。俺はろくな依頼に回された覚えが無いし、勇者部の裏の顔...というとなんともあれだけど、神樹様の勇者という御役目の記録者としてやってきた俺には夏凜同様そんなに表向きの活動には参加してはいなかった...まぁ、今となっては夏凜と二人でいろいろ解決してたけど...それも数日間だけなんだよなぁ...

 

「なるほどねぇ...」

 

勇者部の活動というものが多岐にわたることは知っている。だからつくづく思う。この部長の人心掌握能力はとてつもないと。

 

「ただいま戻りました〜」

「お、帰ってきたわね。おかえり樹、あれ、夏凜はどうしたのよ。」

「夏凜さんは帰り際に剣道部の稽古に付き合って欲しいって言われてそのまま行ってしまいました...」

「なんともまぁ夏凜らしいというかなんというか...せっかく帰ってきたのになぁ...」

「って昇先輩!?いたんですか!?」

「ナチュラルに刺してきたなオイ...」

 

だがしかしそんなことに構ってる余裕はなくなってた。夏凜はまだか、まだなのか。

 

「のぼるんって、一途だね〜」

「...茶化さないでください。でもまぁそうですね。美少女揃いの勇者部でも、俺の目が目移りすることは無いですよ。」

「言い切っちゃうんだ...」

「言い切っちゃうよ。」

「そっか...そうだ、のぼるん。頭の傷は大丈夫なの?後遺症、ないよね。」

 

え?と全員が俺の方を向く。

 

「知ってたんですか、園子様。まぁそうでしょう...その答えは少しある、です。当たりどころがたまたまよかっただけでしたよ...実は四六時中頭が痛いです。今もずっと。夏凜にしか話さないつもりだったのに...ほんと、園子様はなんでも知ってますね。」

「なんでもは知らないんよ〜」

 

それもそうか...ってこれなんか前もやったような...気のせいか。そういうことにしよう。

 

「はぁ、戻ったわよー。」

「よぉ、夏凜。おかえり。」

 

そう思う矢先に夏凜が部室に戻ってきた。

 

「っ...昇...おかえりはこっちのセリフよ。でも、今までなんで連絡も何もよこさなかったわけ?みんな心配してたのよ?」

 

それは果たして「みんな」なのかは知らんが夏凜が心配していたのは事実だろう...

 

「あー、それはだな、頭打って頭蓋骨にヒビ入ってたからだな。今もめっちゃ頭痛い。」

「って、それほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫だって...夏凜がいるからな。」

「んなぁ!?」

 

「相変わらずね、あの二人。」

「相変わらずだね、お姉ちゃん...」

『ヒューヒュー!』

『うっさい!』

 

久々にきた勇者部はやっぱり居心地がよかった。園子様がいたのは予想外だったけど...いいや。それよりも部員が増えた事を喜ぶべきか。

 

讃州中学勇者部は一人増えて()()。また学校生活の始まりだ。

 

 

それにしても、少し頭が痛む度に脳裏に映る黒髪の女の子...あれは...誰だ...?




次回、第44話「失われた■■を求めて」

おっと、久々に検閲に引っかかるとは。

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旧44話 失われた■■を求めて

四六時中感じる頭痛をこらえ、夏凜の家に家具類を戻し、何の因果か勇者部に戻って早々に幼稚園で劇をやることになってるから緋月は大道具頼むわよ。なんてことを先輩に言われた。

 

いや、それはいいんだよ。

 

「で、どうして劇当日の早朝にここに連れてきたんですか、園子様。」

 

破壊され、反り返っている大橋が青空に映える。ここはかつての勇者達の墓場だ。

 

「ミノさんに会いに来たんよ。のぼるんは私がミノさんとのおしゃべりに夢中になって、劇の事を忘れないようにする係〜。」

「タイムキーパーですか...」

「あ、あとはいこれ。」

 

園子様はおもむろに鞄の中から焼きそばのパックを割りばしと共に取出して渡してきた。

 

「焼きそば、ですか。」

「うんうん、食べてみて。」

 

鞄を見ると自分用と供える用だろうか。まだ焼きそばのパックがあることが見て取れた。

 

「ではいただきます。」

 

はむ。

 

「美味しいですね。すぐ平らげられそうです。これ、園子様が作ったんですか?」

「のぼるん、敬語禁止。」

「っ...園子が作ったのか、これ。」

「そうなんよ〜。のぼるんに毒味と味見をしてもらったし〜、はい、ミノさん。ミノさんの焼きそばを思い出して作ってみたんだ〜」

 

毒味って...ここで倒れたフリすればどんな反応するだろうかなんてこと考えてしまうでしょう...素なのか狙ってるのかわからないから下手なことはできないし...

 

「あれ?」

「ん、どうした園子。」

 

供える用と自分用の焼きそばが鞄から取り出されているのに、まだ鞄には1パック焼きそばが残っている。予想より多く作ってしまったのだろうか。

 

「私、どうして4つ作ったんだろう...」

 

だがそうではなかったようだ。

 

じゃあ何故なんだと考える俺と園子の沈黙を風の音、鳥の声が埋める。

 

「あ...」

 

力ない声と共に立ち上がる園子。

その横顔に、涙が走る。

 

「園子...?」

「なん、で...私...」

 

ふらふらと、膝から崩れ落ちる園子をなんとか支えることができたのは我ながら驚いたが、何故園子はいきなり涙を...?

 

「私、わっしーのこと、忘れてたなんて...!」

「え......!?」

 

脳裏から映像が流れてくる。

堪えきれないほど頭が痛い数瞬の間に見える黒髪の少女と過ごした勇者部の日々...

 

「これは...!?東郷、美森...!?」

 

痛い。痛い。

これが頭をぶつけた後遺症なのかどうかはわからん。が、立っていられないくらいには頭が痛い。欠けていた、埋もれていた記憶が脳の奥底から這い上がって来るような感覚。

 

「ぐぅ...園子様...ひとまず大赦に行って何事か問いたださないと...」

「のぼるん...」

「涙を拭けとは、言いませんけど...本庁行くなら、目腫らしていくのはいかがなものですかね...痛...」

 

ふらふらと立ち上がる。

が、立ち上がるだけでやっと。物理的頭痛と精神的ショックのせいで電話かけようと思ったがそれどころではない。

 

「まぁいい...よくはないけど...いやでもだとしても......くそ、思考回路がお陀仏だ...」

 

だが待て。俺達は今までの東郷美森に関する記憶は全部消えている。それは勇者部の皆も同じ。つまり、東郷とずっと一緒の友奈がそれに気づいたとしたら...それは想像に難くない。

 

「もしもし春信さん!?」

 

今度は電話出来た。血相抱えた声音が出たのは失態だがこの場合はそれを逆手に取るしかない。

 

「どうしましたか、緋月君。」

「すいませんが英霊碑の辺りまで車をまわしてくれませんか!?緊急で...」

「ですが、何があったんですか。」

「っ...」

 

どう説明すればいい。勇者部全員が仲間の記憶をなくしていてそれを大至急教えないといけないなんて話を果たして春信さんは信じてくれるのか。否だろう。

 

「のぼるん貸して!」

「えっ...」

 

その時にはもう園子様が俺の手から携帯を取り、ものの数秒で話をつけて携帯を返してくれた。

 

「できるだけ急ごう、のぼるん。」

「ですね...劇の時間、間に合うといいんですけど...というかもう間に合わないんじゃ...」

 

だがそんな心配はいらないことはわかってる。勇者部は7人だが、そのうち4人でも十分回る。

 

だが心はどうか。その心配が緋月昇の心と頭をキリキリと鋭く痛ませていた。

 

 

───────

 

 

園子様が呼びつけた車を降りた後の園子様の行動は早かった。普段は見せない本気の園子様は全速力で幼稚園の方へ駆けていく。

 

俺はというとまず忘れ物がないか確認し、運転手さんにお礼を言ってから追いかけたものだから園子様が幼稚園に到着するよりは遅れて到着するわけでありまして。しかも頭痛の都合上、激しい運動は宜しくないことも重なり、幼稚園に着いた頃には視界が朦朧とするほど痛む頭痛と息切れが同時に襲ってきた、と。流石に膝をつかずにはいられなかった。

 

次に視界に捉えたのは心配そうにこちらに駆け寄る樹、夏凜と友奈を抱き締める園子様だ。

 

「悪い、流石に無茶が祟った...」

 

ふらり、意識が飛ぶような感覚があった。

 

 

───────

 

 

次に目が覚めたのは病院だった。

医者曰く、しばらくは激しい運動は禁止だそうだ。だろうなと思いつつ一日は検査入院らしい。鎮痛剤でなんとかなるものでもないだろうしな...なっても一時だけだろうし、そもそも論として頭蓋骨のヒビがまだ完全には治ってないのが原因だもんなぁ...やれやれ。

 

「事の顛末は後で夏凜に聞こう...」

 

天井を眺めるか寝る以外に俺に選択肢はない為、俺はぐっすりと眠ることを選択した。

 

 

 




次回、第45話「ファインディングミモ」
東郷さんに怒られますね。というかこれどこかで見たなぁ、考えることは同じでしょうけど...

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旧45話 ファインディングミモ

何事はあったが翌日の昼には退院し、帰宅し、夕飯を作っていた頃学校から夏凜が帰ってきた。昨日の顛末を聞くと、勇者部はやはり全員東郷美森に関する全てを忘れてたらしい。

 

「友奈と園子のショック具合がすごくて...私も、ショックは受けてるけど...」

 

なるほど夏凜もか。

 

「そう、か。じゃあ俺は書史部で東郷の記録がないか確認してくる。」

「待ちなさい、昇。そこにはないわ。」

「...根拠は?」

「勇者部みんなで撮った写真に、東郷が写ってないのよ。確かにこの写真を撮ったとき、私の隣に東郷はいたのに。」

 

文化祭の時の写真だ。確かに人一人分の不自然な空間がある。

 

「つまり手詰まりか。」

「今のところはね...」

 

打開策は...あるにはあるが必要なのか。

そもそも存在を消さないといけないようなところに東郷は行ったのか。それとも、連れていかれたのか。前者なら周到すぎる。というか、奇跡ないし神様クラスの力でないと......

 

「神樹様...もしもこの東郷の失踪に神樹様が一枚噛んでいるとしたら...東郷は既に...いや待て、だとしたら...そもそもの理由はどこだ、何故人っ子一人の所在に神樹様が関与する...それほどまでの...」

「昇!」

「Φ!?」

 

「いや、そんなよくわからない声出さない。いきなりぶつぶつ考え込むから驚いたわよ...何回呼んでも気が付かないし...」

「おおう、それはすまん...」

 

だがしかし考えついた結論が1つある。

東郷美森は、もう...

 

 

───────

 

 

「のぼるんの考えはもっともなんよ〜、でもね。わっしーは生きてるよ、絶対。」

「思いのほか、怒ったりしないんですね。」

 

夕食を食べ終えた後で園子様に大赦回線で連絡する。仕事モード用の番号だ。

 

「わざわざお仕事用の電話でかけてきてるからね、それに私も1回はそう考えちゃったし。」

 

脳裏に名もなき墓標が思い浮かぶ。

あれはもしかしたら東郷美森と刻まれていたのではないか。いや、それは違う。だとしたら。ありえない可能性はない発想がよぎる。

 

「わっしーはね、壁の外にいるんじゃないかな。のぼるんもそう思うんじゃない?」

「お見通しですか。あの東郷がコロリと逝くはずないですよね。」

 

壁外。もしかしたら、東郷はどこぞの舞台少女みたく勇者部全員で担うべきバーテックスの殲滅を1人でやってるのではないか。または自分1人の自己犠牲で何かよからぬ事を鎮めようとしてるのか。前者も後者も同じようなものだがともかくその可能性はなくはない。

 

「俺は運動禁止なので壁外にはいけませんよ...というか行く手段あるんですか。あるとしても勇者システムでしょうけど。」

「...あるよ。ちょっと朝一で取ってくるんよ。」

「なるほどわかりました。あ、園子。」

「...ん、なぁに、のぼるん。」

「夏凜を頼みます。敵がたくさんいるからって、突っ込まないように。」

「...わかった。おやすみのぼるん。」

「おやすみなさい、園子様。」

 

 

───────

 

 

翌日夕方、勇者部は東郷美森を壁外から救出してきたらしい。らしい、というのは他でもない伝聞であり、それを聞いたのは本庁でのことだからだ。そして俺は1つの勅命というか、極秘の仕事が与えられることになった。その内容を聞いた時は思わず、

 

「...冗談じゃない...」

 

なんて愚痴が零れた。仕事は仕事だ。わかってる。だとしてもこれは、俺はどうしろととしかいいようがないものであった。

 

「緋月昇、貴方には...結城友奈様の容態をこと細やかに記録していただきます。」

 

それこそ東郷にやらせろよと心から思ったよ。

 




次回、第46話「それは鉛より重く」

勇者の章3話へゴー。
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旧46話 それは鉛より重く

東郷の救出は勇者部にとって喜ばしい出来事だった。では大赦にとってはどうか。今大赦は書史部だけでなく呪術部やら技術部やら全部署がてんやわんやだ。揉め事が起こる寸前かもしれない。

 

あぁ、今のうちに言うが別に東郷を助けたことそのもので騒動が起きているわけじゃない。

東郷を助けたこと、人命を救助したことは素晴らしいことだ。だがしかし、そのせいであるひとつの弊害が起きた。それが今、大赦を大騒ぎさせてる要因だ。

 

特に呪術部が大忙しらしい。霊札の補給がままならない。そもそも霊札は神樹様の霊力を札に込めるものなのだが。霊札を込めることが出来る呪術部の人間が忙しいというのがひとつ。大元の神樹様の霊力が少なくなってるというのがひとつだ。

 

状況は切迫している...らしいのだが。

今一つの実感がない。というのも東郷救出以降、書史部以外の部署の様子がわからないのだ。

つまり情報を共有することが出来ない。

裏を返せば情報共有をしてはいけないということでもある。どのみち俺は仕事。結城友奈の記録者であるのが今日からの緋月昇だ。

 

「おかしいところは無いんだけどなぁ...」

 

とはいえ一朝一夕でわかるかといえばノーだろう。友奈の性格を考えれば今日明日にでも相談しそうなものだ。それを待てばいい。

 

「...帰るか。」

 

 

───────

 

 

翌日の放課後、友奈は想定通りの行動に出た。いや、厳密には出ようとした。

 

「あのね、......問題です!キリギリスがアリの借金を肩代わりしたらどうなるでしょうか!」

 

支離滅裂な問いだ。

おかしい。まずもって問題になってない。

ついでにいえば問題を言う前の間。

躊躇うような表情。

 

だがそこには心配させまいとする偽装が施されていて、勇者部の異変に最も敏感であろう東郷を欺くことができている。

 

それは大親友でだからこそなせる技なのかもしれない。故に、目で見て耳で聞き記録する記録者たる俺は欺けない。

 

ここで俺の選択肢は2つ。何があったと問い詰めるか、何も聞かず目を瞑るか。前者は勇者部全員を困惑させ、後者は俺だけがそれを知る。仕事との両立を考えれば後者一択だ。

 

まぁいい。これは家でまとめよう。

 

 

───────

 

 

夏凜と共に帰宅。冬は寒い。

だから帰宅時間の30分前にエアコンのタイマーを合わせて部屋を温めておくのだが。

 

「ただいまー...って寒いじゃない!昇!タイマーかけ忘れたんじゃないでしょうね!」

「今日は夏凜がセットしてただろ、ボタン押すだけなんだし...うわほんとだ寒っ...」

 

どういうわけだかエアコンが動いてない。確認すると壊れてた。これはショックが大きい。

 

「業者呼ぶにも時間が時間だからな...少なくとも今日明日はエアコン効かないだろ。」

「はぁ、参ったわね...」

「布団もキンキンに冷えてやがる...やれやれ、湯たんぽは流石にないぞ...てことはとる手段は1つだな。」

「嫌な予感がするわ...話さなくていいからまず夜ご飯にしましょ。」

「作るの俺だけど...そうだな。」

 

え、冷えてた布団で夜も寒いのにどうしたかって?決まってるだろ、夏凜と2人でひとつの布団に潜った。以上。

 

「離れろ!」

「寒いだろ!風邪ひくだろ!」

 

まぁ、こんな言い争いはしたけれども。

 

 




次回、第47話「焔」

感想、評価等、お待ちしてます。


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旧47話 焔

「うー、寒...」

 

讃州中学勇者部部室に勇者部が揃う土曜早朝。何か園子以外の全員がいて、全員が疲れた顔をして部室にいる。

 

「夏凜ちゃんひーくんおはよー、およ?何かあった?」

「...あー、昨日帰ったらエアコンが壊れててね、寒くて寝れなかったのよ。」

「嘘つけ俺の胸元ですやすや寝息を立ててたくせに。可愛かったぞ。」

「ししし知らないわよそんなこと!」

 

「相変わらずベタベタね...でも昨日は私たちも大変だったのよ、帰り際に樹が家の鍵を落としたみたいで...」

「お姉ちゃん言わないで...」

 

「私も、家の電灯が切れてすごく困ったわ。」

 

三組三様の些細な不運。

極めつけは東郷のカミングアウトの後にやってきた園子の右手だ。

 

「そのっち、その手はどうしたの?」

「あぁ、今朝お湯を沸かしてたらやけどしちゃったんよ〜、寝ぼけてぼーっとしてたからかな〜」

「気をつけなさいよ全く...」

 

ここまで勇者部に不運があると陰謀めいたものを感じるのだが...いや考えすぎか。

 

「友奈は...」

「友奈ちゃんは何かあった?」

 

東郷に先手を打たれた。友奈が絡むと東郷は行動力の化身である。

 

「なんにもないよ。」

「よかった...友奈ちゃんにまで何かあったらどうしようかと思ったわ。」

「んな大仰な...でも何か一回勇者部でお祓い行った方がいいんじゃない?」

「ちょっと夏凜怖いこと言わないでよ!」

 

とまぁ、少女達がわーぎゃー言ってる中、俺は何かしらの違和感を感じている。何か、何かが変なんだ。でもどこが。先の陰謀めいたものとは違うものだ。

 

「のーぼるん。」

「園子様...」

「様付けは仕事モードになってる時だね〜、また何か考えてたんでしょ〜」

「えぇ、まぁ...ただの思い過ごしだと思うんですけど、どうにも...」

「そっか。でものぼるんのその感覚は当たると私は思うんよ。勇者部五箇条、悩んだら相談だよ。」

「悩んだら、相談...」

 

言うべきか言わざるべきか。

友奈の息を呑む声が聞こえた。

 

 

───────

 

 

1日中部室をクリスマス仕様にする作業をしていた。もう夕方だ。結局俺の考えは思い過ごしで決着をつけた。

勇者部も撤収の時間だ。

 

「樹、ちょっと待っててね。」

「東郷さん、ごめん、先帰ってて。」

 

友奈と先輩が離脱する。

 

「友奈ちゃん...?」

「きっと東郷には知られたくない悩みなのかもしれnへぐっ!?」

「変なこと言わない。とっとと帰るわよ。」

「首、ちょ、引きずるな...!」

 

夏凜に首の後ろの襟を持たれ引きずられるように家路に着く。夕飯何にするかな...

 

 

───────

 

 

帰宅して冷蔵庫を見る。ふむふむ、カレーかな。唐突に食べたくなったし今日はそれで...

 

「昇!!」

「おうどうした夏凜。」

 

カレー以外はどうするかと考えた脳内に夏凜の血相を抱えた声が殴り込んできた。

 

「風が車にはねられたって...」

「は?」

「とりあえず、病院行くわ。昇、あんたも来なさいよ!」

 

それだけ言って夏凜は駆けて行った。

 

なんだって、先輩が車に轢かれた?

待て待て、精霊バリアはどうした。

こう言っちゃあれだが車程度で突破されるほど精霊バリアはヤワじゃない。バリアを突破できるのは《叢雲》くらいなもの......いや待て。だとしたら。

 

大赦からの携帯が鳴る。

 

「はい、緋月です。」

 

嫌な予感しか、しない。

 

 

 




次回、第48話「嘘だ、そんなこと」

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旧48話 嘘だ、そんなこと

年内最後のひのきです。頑張りました。


大赦本庁に出向せねばならないがまずは病院に向かう。先の電話をどうにか切り上げ、本庁に行くことを確約したからこういうことが出来る。故に迎えは来るらしい。だが先のことよりもまずは先輩が不安である。死んではいまいな...

 

日が沈んだ冬の街を駆ける。

病院に着いたのは勇者部の中で最遅であった。

 

「やっと来たわね昇...」

「火付けっぱで外出られるかってんだ。夕飯の支度してたら遅れちまうのはしゃあないだろ...まぁまだルーは入れてないけど...」

 

遅れた経緯に嘘はない。真実も無いが。

 

だがそこからまだ時間が徒に流れる。

轢かれる様を眼前で見たであろう樹は憔悴してるし、そうでなくても勇者部全員、ことさら友奈は沈痛な面持ちだ。俺も俺でこの後の仕事の内容の推測を重ねては嫌気がさしてくる。

 

誰も何も話さない。

病院だからというのもあるだろうが、やはり何かを話す、出力するという動作に割くエネルギーを持ち合わせていない。そんな余裕などこんな優しい子達にはないのだ。

 

そのせいか、冷たく静かな時間の中へ放り込まれた乾いた滑車の音はよく響いた。

 

「あいたたた...ほんと迷惑しちゃうわ...」

 

身体の各所を固定され、あの時の園子様ではないにしろ包帯ぐるぐる巻きの風先輩が医療用担架で運ばれてくる。

 

「お姉ちゃん...!」

『風先輩!』

 

駆け寄る少女達。

 

先輩の怪我の様子を見ると正月までに退院できるかどうかというところだ。受験生にはきつい。クリスマスも病院で過ごすことになるだろう。

 

だが。精霊バリアが発動してこれということはいよいよ悪い予感は予感から確信へ変貌を遂げる。

 

「のぼるんはまた考え事してるんよ〜。」

「全く、私がこうなってるってのに別のことにうつつを抜かすとは!」

「...あぁ...夕飯まだ完成してないですから...」

 

これはまたうまいカモフラージュになったものだ。夕飯だけに。

 

「それはともかくとして、生きてて何よりです。...よく生きてましたね。」

「酷っ!?」

「冗談です。そうでなきゃ今頃夕飯を完成させてますよ...安心して食べられそうです。」

「ちょ...」

「諦めなさい、風。昇はこんなのよ。」

「緋月君はお父さんっぽいわね。」

「褒めても何も出ないぞ...」

 

その後先輩の入院手続きをするため樹は病院に残り、その他は解散となった。

 

「道路交通法違反...許せない。精霊は何をやっていたのかしら。」

「そこか、いやそこなのだろうけど...でもあれだけ先輩懐いていた犬神が何もしないとは考えがたいな...はぁ...」

 

赤信号に引っかかる。

右手側から黒い車がやってくる。

 

「迎えか。」

「迎え?まさかこれから大赦に?」

「そういうことだ。というわけで夏凜、カレールーを入れて焦げ付かないよう定期的にゆっくりかき混ぜながら中火で煮込め。1人が寂しいと思うが夏凜ならできる。園子、東郷、友奈、心配になったら行ってやってくれ。量はあるから。」

「寂しくなんて無いし心配される筋合いもないわよ!はぁ、いってらっしゃい。」

「ビュオォォォォウ!」

「うっさい!」

 

黒の車に乗る。

行先はもちろん大赦本庁。

 

「さて、長い夜になりそうだ。」

 

 

───────

 

 

本庁に着くと、やはり呪術部は閉鎖されていた。それだけでなく、本庁全体がいつもより重苦しい。確実に何か大事が起きている。確信は確証に変わった。

 

「緋月昇様ですね。」

 

様付けされて妙な警戒心を持った。

その声の主は芽吹達と共にいた女性神官だったからだ。だが冷静になると様付けされるほど俺が重要視される仕事があるということにもなる。

 

「こちらへ。」

 

神官に促されるまま大赦内を移動する。

移動した先にあったのは神官用の装束だった。だが、装束そのものが祀られているというのは不可解というかえ触れ得ざるもののような気がする。

 

「貴方のお役目には今後、この装束が必要不可欠となります。」

「不可欠...ですか。前に辞令をもらった結城友奈様の様子の記録に繋がるものですか。」

「はい。」

 

きっぱり言われた。あれ以来音沙汰無かったからどうしたものか考えてたところだ。実際わかる限りでの記録はとっているけれども...

 

「この装束は霊札とほぼ同質の素材でできています。霊札ほど自由度はないにしろ、有事の際にもいかばかりかの対応は可能かと。」

「...霊札で十分なのに何故わざわざそんな心配を...それに霊札とほぼ同質ということは神樹様の霊力が込められているということ...まるで精霊バリアですね。あれほど直接的でないにしろ。ということは...神樹様由来の防御というか、加護が必要な仕事というわけですか。」

「その通りです。」

 

そうなるのか...これじゃまるで霊札にくるまれてるかのようだ...《叢雲》のように。

 

待てよ、《叢雲》のように...?

天の神由来の何かが友奈にあるということなのか?それとも俺に?そもそもなんで俺が《叢雲》を扱えるのかは誰も知らないし知ってたとしても教えてはくれないだろう。記録を漁ればあるだろうけど検閲されてる可能性もあるし...

 

「そう、ですか...」

 

思考の奥底から絞り出したのはこれだけだった。これから先は考えても仕方ないのだが。

 

「これを貴方に授けます。時が来ましたら追って連絡致します。その時が、貴方の御役目の始まりです。心するように。」

 

まだ伸ばすのか...それほどまでに慎重なのか単に準備ができてないのかはたまたその両方か...いずれにせよ返事はこうだ。

 

「わかりました。」

 

 

───────

 

 

って、返事したはいいけどあれ以来また音沙汰なくクリスマスイブになってしまった。俄然先輩は入院中、夏凜はなんかサンタ装束を勇者部部室から引っ張ってくるし...なに、着るの?

 

「着ないわよ。帽子くらいは被っていくけど。」

「へぇ...俺もたまには見舞いいくかな...そろそろ俺が来ないって先輩が夏凜に愚痴り始める頃だろ。」

「残念、とっくにもう愚痴られてるわよ。」

「おおう、しゃあない行くか...」

 

しかし着信。しかも仕事用の端末にだ。

 

「はぁ、悪い、仕事だ...」

「間が悪いわね...」

「まぁ先行っといてくれ。」

「わかったわ...」

 

夏凜が出発したのを見て電話に出る。

 

「はい、緋月です。」

 

その電話は、時を告げる電話であった。

 

 

───────

 

 

「いつも思うけどこの仮面、ちゃんと前見えるんだよな...不安だけど......あぁ、見える。よくわからん構造をしているよほんと...」

 

傍から見れば完全に大赦神官である。

家を出て、雪が降る暗い道を傘をささずに歩く。病院へ向かう道を歩いているが、何も病院に行くためではない。通り道なだけだ。

 

クリスマスイブなだけあってきらびやかな明かりが街を灯している。この格好は目立つから明かりが当たる表通りは歩けない。

 

だがそのおかげで、想定外ではあるものの目的をほぼ達成することになった。

 

「...泣いている。」

 

うっすらと雪が積もる地面の上にうつ伏せに倒れ、涙を流す赤い髪の少女。

 

間違いなく、結城友奈であった。

 

「滑って転んで泣くなんて、幼子じゃああるまいし。怪我してないか、友奈。」

「あぅ......その声、ひーくん...?」

 

咄嗟に声をかけたが格好を忘れていた。

そうだ、今の俺は大赦神官そのものだ。

 

「あぁ、そうだ。」

 

仮面を外す。御役目という点ではあまり良くないことだがここは記録者としてではなく1人の友として、結城友奈に接することとすればまぁ、いいだろ。御役目の外の存在だ。勇者部の緋月昇は。

 

「ひーくん、ほんとに大赦の人だったんだね。」

「どういう意味だよ...ほれ、傘だ。」

 

霊札で傘を作って渡す。

 

「ありがとう、ひーくん...」

「夜道は危険だ、送っていくぞ。」

 

装束が霊札と同様の素材であるということは、上手く調整すれば装束を透明化させることができるということに気づいたのはその時だ。中にちゃんとジーパンとシャツを着といてよかった。これでまぁ、どうにか人目を気にしないで済むだろう。

 

「...ひーくん、寒くないの?」

「...寒い。」

 

人目の代わりに防寒を犠牲にはしたが。

 

 

───────

 

 

「送ってくれてありがとう、ひーくん。また明日学校でね。」

 

結城家の前に着く。さて、では仕事だ。

 

「そうは問屋が卸しません、友奈様。」

「様?ひーくんどうしたの...?」

 

装束の透明化を解除し、仮面をつけて友奈を見据える。友奈は訝しげにしている。

 

「結城友奈様。大赦本庁及び書史部より貴方様に、大事なお話があります。」

「え...えっと、その...まずは上がって...あぁでもお母さんに言わないと...」

「その必要はございません。」

 

俺と友奈以外の声が結城家玄関から聞こえた。間違いない。あの女性神官だ。

 

「お帰りになられたのですね友奈様。ご両親には既にある程度のお話はしております。」

「そ、そう、ですか...じゃあ、ひーくん、上がって。」

「はい。」

 

友としての姿から大赦としての姿に早変わりした俺を見た友奈はやはり動揺するだろう。

俺も心が痛い。だが、御役目は始まってすらいない。あまりにも俺がやるには重すぎるが、俺以外にはできないらしいこの御役目。

 

「覚悟を決めろ、緋月、昇...!」

 

仮面の裏で呟いて、御役目についた。

記録者の任、再びである。

 

その内容は耳を疑うものだ。

道徳的にどうなのだとも思う。

だが適任は俺だけらしい。

 

「それで、ひーくん、お話って...?」

 

友奈の部屋に通される。本来ならば夏凜も連れてきたいところだが状況が状況だ。

 

一呼吸置き、土下座の形を作り、言う。

 

「恐れながら、単刀直入に申し上げます。」

 

間ができる。御役目の内容だがこれをどう言えというのだ。年頃の女の子に言うことではないことというのは確かだ。

 

「友奈様、御背中をお見せ願えないでしょうか。」

 

精一杯でこれだ。友としてのノリなら『仕事で必要だから脱げ、背中だけでいい。』とぬかすのだがやはりそうはいかない。

 

「背中...?いいけど、なんで...?」

 

このままだと普通に背を向けられて終わりだ。しょうがない、リスクは高いが直球勝負だ。不都合起きたらその場で乗り切るしかない。

 

「友奈様の、■■■の進行を確認及び記録するためです。」

 

友奈の顔色が変わる。何故知っているのかと。そうだろう。ずっと隠していたのだから。

 

「ダメだよ、そしたらひーくんが...」

「承知の上です。」

「だったらもっとダメだよ!」

 

やはりか。自分以外をことさら大事にする友奈にとって、■■■は苦痛以外の何者でもなく、枷以外の何者でもなく、また否定以外の何者でもないのだ。辛いなんてものではないだろう。

 

だから。

 

「落ち着け友奈...!」

 

ここは友として友奈に言わねばならない。

仮面を外して友奈を真っ直ぐ見据える。

 

「危険は承知だ。だが、仕事なんだ。それに無理やりやったところでお互い不幸なだけだ。協力してくれ。...あまり確証がないことは言いたくないけど、それでも記録を取らせてくれたのなら、絶対助けてやる。」

 

強い眼差しを友奈に向け続ける。

 

「だから頼む。背中だけでいい。抵抗はあるかもしれないけど、見せてくれ。友奈を助けるために記録しなきゃならないから。」

「......それでもダメだよ、ひーくん。」

 

だが友奈の意思は固く閉ざされ。

第2の手段に出ざるを得なくなった。

 

「そう、か。まぁそうだな、確かに見たら俺は死ぬかもな。実際大赦呪術部は■■■があると報告しようとしてほぼ全滅したらしい。霊札ももう増やせなさそうだ。そんな状況をわかってて大赦は俺を差し向けている。大赦だって無能じゃない。呪術部の犠牲の中で俺という回答を大赦が導いた。そう考えたら、俺は別に死ぬにしても大赦を恨むよ。お前らの見立てが甘かったってな。」

 

はは、と自嘲気味に笑う。

友奈なら自分自身を否定するようなことを言う友人は放っておかないという読みからくる良心につけ込む姑息だが確実な手段だ。

 

「違うよひーくん、私は...!」

「死んでほしくない苦しんで欲しくない、自分のせいで嫌な目にあってほしくない、だろ。」

「...っ!」

 

今の友奈は他人第一の性格に付け込まれた状態だ。いつか必ずつけ込まれると読んでいた強さであり弱さとなる部分に。

 

こちらの良心も痛むが、有無を言わせない為にも畳み掛けるしかない。

 

「いつか言ったよな、友奈は全て受け入れ、全てを護るって。でも全部は重すぎる。半分くらい、俺にも背負わせろ。俺は絶対に死なない。さっきも言ったが大赦はそう思っていて、俺もそう思うからここにいる。だから。」

「ひーくん...」

 

友奈の肩に手を置く。少し震えていて、それでも優しい温もりを感じる。この暖かさを護らねばなるまいと俺は思った。

 

右手を滑らせて友奈の頭を撫でようとする。その時だ。霊札で出来た右手を介して何かしらのイメージが直接脳に送り込まれたような、そんな感覚がした。

 

「...っ!?」

 

思わず友奈から飛び退く。今のはなんだ、燃えたぎる焔のようなあのイメージは...

 

「静電気...?」

「...んあ、あぁ...そうだな...」

 

友奈は静電気と感じたようだが俺は違う。もしかしたら...背中すら見る必要はないのではなかろうか。だとしたら楽やもしれん。

 

「ちょっと失礼...」

 

右手で友奈の手を掴む。すると、友奈の中から神樹様由来の霊力を感じた。そしてそれだけでなく、全てを灼き尽くす焔のような、そんな力も感じて...これ以上はまずいと本能的に感じて手を離す。

 

「ひーくん...?」

「...なるほど大赦はこのために俺を送り込んだわけか...確かに俺しかできない...」

「え...?」

 

きょとんとする友奈。確かに友奈にはわからないであろう。だがしかし、俺は霊札を、神樹様の霊力の一部を使役することが出来る。

 

だからわかった。いや、霊札を介さないとわからなかったと言った方が正しい。

 

今の友奈は、ほぼ神樹様がつくったものでできている。それゆえに天の神の■■■を耐え忍ぶことができている。そして、その■■■は俺にもいずれ降りかかる。

 

持ってきた書類に一通り筆を走らせた後、仮面をつけていかにも神官のように部屋を出て、友奈の両親に一礼してから結城家を出る。

 

「さて、ここからは時間との戦いかな...」

 

じりじりと焼けるような痛みが心臓のあたりに巣食っている。耐えてやるさ、友奈を助けるためにも。その程度の覚悟ならとっくにできてる。だが、友奈が耐えられている理由はわかるが、何故俺も呪術部の人間みたく即死しないのだろうか。

 

「まぁいい...死なないならな...」

 

自分自身に謎が残る。

そんな俺を冷たい星空が見下ろしていた。




次回、第49話「蝕みの■■■」

感想、評価等、お待ちしております。

今年の感想は今年のうちに欲しいのです。
来年もよろしくお願い致します。



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旧49話 蝕みの■■■

明けましたおめでとうございます!(遅刻)



結城友奈の容態の記録を取り始めてから十数日後、気づけば年が明けていて、気づけば先輩が退院していた。意外とかかったな...

 

で、今日は先輩の快気祝い含めた勇者部で初詣に行く日だ。それ相応の格好として大赦神官の装束はあるけれども。

 

「普通に防寒着着込む感じでいいだろ...」

「無頓着ね...まぁ私もそうだけど。」

「夏凜が着飾ったら俺の目が散華するっての、美しすぎて直視できるかってんだ。」

「褒めてるのかそうでないのかわかりにくい上に嫌とも言わせないようなギリギリを突っ走るのをやめなさい...」

「あら乗せられなかったか。」

「乗らないわよ。」

「ちぇ。」

 

なんて軽口を叩いているが...実を言うと半分空元気である。それというのも記録を取り始めて以来身体が重く、ある時は灼けるように胸の辺りが痛む。それもじわじわと全身に。

間違いなく■■■なのだろうが...だとすると何故俺は生きながらえているのだという謎に直面する。死んでてもおかしくない。それが■■■だ。友奈の場合なら説明はつくが...やはり俺だと説明のしようがない。

 

まぁ、生きてるならそれだけでいいという考えに行き着いたらそこまでなのだけれども。

 

「また仕事のこと考えてるわね。まだ仕事始めじゃないんだからゆっくりしてなさいよ...ていうか...いや、いいわ。とりあえず出るわよ。きっと友奈達も待ってるわ。」

「んあぁ、そうだな。餅と雑煮の準備してから行くから先行っといてくれ。」

 

準備しておいた快気祝いもタッパーに詰めなきゃだし、な。

 

 


 

 

「明けましたおめでとうございますー」

「けだるげね!?まさか徹夜してた!?」

「してないですよ。あ、これ快気祝いです。まぁ、勇者部全員で食べるだろうと思ってクッキーにしておきました。」

「おー、気が利くわねー。」

 

参拝を終え改めて勇者部に新年の挨拶をする。

快気祝いも渡せたし。これでおっけーかな...と思った矢先にとんでもなお願いが飛んできた。てかなんで東郷はカメラ持ってるの?わざわざ動画にする意味は何?

 

「のぼるんのぼるん。」

「なんだ?」

「おっとしだま〜ちょ〜だい♪」

 

「...園子様、そのお願いは聞き入れることは出来ません...ってか必要ないでしょうがモノホンお嬢様!」

「えー。」

「えー。じゃなくて......わかった、わかりました...全く もう...」

 

結局勇者部6人に甘酒を奢るということで妥協してもらうことにした。ちなみに俺はコーヒー。

 

「やれやれ。大赦はつらいよ。」

 

キャッキャウフフと言うべきか、そんなのほほんとした少女達を眺める。

 

「東郷パイセン〜、写真とりましょー!」

「樹ちゃん!?ちょ、キャラが...」

「うわぁーっ花の中学時代が...」

「泣き上戸か!?ってか昇!アルコール入ってないんでしょうね!?」

「俺に聞くな!基本甘酒にはアルコールは入ってねぇよ!なんで酔ってんだ...」

「撮りますよー...って、緋月君は入らないの?」

「遠慮する。コーヒー飲み終えてないしな。ちと熱くて。」

 

酔ってる(?)の2人に何されるかわかんないからなぁ...という心配は当たり、セルフタイマーの後にシャッターが切られる直前、並びはグチャグチャになりこれまたとんでもな写真になった。

 

「あっぶねぇなぁ...」

 

この件から俺が得るべき教訓は、犬吠埼家に酒は飲ますなという事だ。

 

「うぐっ...痛てぇな...」

 

友奈程ではないにしろ俺にも■■■はあるんだ。仕事のことを何も話さないたちでよかった。というか、大赦が秘密主義でよかった。

 

まだ涼しい顔で、こいつらを裏切ることは、できる。できてしまう。

 

「帰るぞお嬢さん方。うちで餅と雑煮を準備してるから。」

「いいねーのぼるん!いっただきまーす!」

「って、勝手に決めるなー!」

 

 




次回、第50話「矛盾だらけなのだけど」

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旧50話 矛盾だらけなのだけど

勇者部面々と朝飯の雑煮を食べた。その7人分の皿を全て片付けた後、夏凜と俺以外は帰宅していく。いつも思うけど元気だよなぁ...

 

「ねぇ、昇。あんた疲れてるでしょ。」

 

一瞬■■■に気付かれたと思ってヒヤヒヤした。自力で気付くならまだ大丈夫だが、俺が変に口を滑らすと...それだけはいけない。

 

「はは、バレたか。寝れてねぇんだ。ここだけの話、年末年始仕事漬けでさ。」

「はぁ...どうせそんなことだろうと思ったわよ。はいこれビタミンC。これ飲んで寝なさい。」

「そうしたいのはやまやまだけど...これから仕事。ありがたく頂いて頑張ってくるよ...」

「ほどほどにしなさいよ、全く...」

「へいへい、いってきまーす。」

 

 


 

 

緋月昇が眠れてない理由、それは■■■による痛みと精神への影響に他ならない。

前者は物理的な痛みをもって眠りを妨げ、後者は非物理的な苦しみでもって眠りを妨げる。

 

霊札を操れる俺は起きている時ならば霊札に宿った神樹様の霊力を使うことで■■■をある程度軽減できているのだが、普通の人間ならそうしたとしてももって三日だそうだ。やっぱり俺が生きてる理由はわからない。

 

「はぁ...痛てぇなぁ...」

 

大赦本庁へ向かう車の中で刻一刻と強くなる痛みをこらえる。腹やら背中やら、もう胴体全体に蝕みが回ってるんじゃないかと思いながら、ただただこらえる。それしかできない。

意識が飛びそうだ。だが飛んでもそれは繋ぎ止まる。眠ろうにも、油断すれば死が待っているのだ。おちおち寝てはいられない。

 

「友奈は、眠れてるのかな...」

 

言葉になったかわからない声でつぶやく。御姿...いわば神樹様が造った人間となった友奈には神樹様の霊力が俺と違って何十倍も働いている。それでもじわじわと命は削れているが...

 

「もう約20日くらい...か。」

 

そこから先はもう思考ができないほどまどろんでいた。今度こそ眠れるのだろうか。痛い。眠れたとして、起きれるのだろうか。痛い。

 

 

あーあ、怖いなぁ...

 

 


 

 

「あれ、ここは...」

 

霊札らしきものが四方の壁と天井一面中に貼られ、さらにその上にまた何か杭みたいなものが刺さっている。見たところ呪術部のようだが...それに身体の痛みも少し引いている。寝てる間に何かが起こったようだ。

 

じゃあ何が起きたのだろうか。本庁に着いたまでは覚えてる。そこから先はもうダメだ。わかるのは久々にぐっすり眠れたという感覚。頭痛も無ければ視界に靄もないすっきりした感覚だ。

 

「お目覚めですね。」

 

その声で思考が停止する。声の主はいつもの女性神官であった。

 

「えぇ...ここは...?」

「神樹様の御膝元と呼ぶにふさわしい神域です。ここには神樹様の霊力が溢れています。」

「なるほど...だから、身体の調子がいいのか...でもそれだけじゃなさそうだな...」

「はい。貴方が生きながらえていることの理由は貴方の体質に由来します。」

「え...?」

 

体質...?どういうことだ?免疫みたいなものか?だとしてもなんで?

ハテナが頭を支配する。

 

「緋月昇。貴方には天の神に由来する因子が体内に存在しています。」

「え...?それはどういう...?」

「言葉通りの意味です。」

 

まじかよ。だとしたら全部納得がいく。何故神具《叢雲》が使えるのか。霊札が使えるのか。天の神由来の因子、いわば天の神の力があるからだ。だから■■■を受けても進行が遅いし、樹海の中で活動ができたことにも納得が行く。霊札の場合は神の力のチャンネルを天から地にスイッチすればいいだけだ。大赦は知ってて俺を記録者にした説はこれで確定か。

 

...とまぁここまで脳内で考えて、音として発せられた言葉は皆無である。

これはあまりにも衝撃が強すぎる。

 

「しかし貴方の体質をもってしても■■■はそれを上回った。そして我々は貴方を失うわけにはいきません。よって、貴方には今日より3日に1回、ここで休んでいただきます。いずれ期間は短くなると思われますが...」

「そう、ですか...わかりました。では帰ります。御役目も果たさないとですし。」

「わかりました。帰りの車は手配しております。お気をつけて。」

 

手際がいい...まぁここは長居していい場所ではなさそうだしな...とっととお暇しよう。

 

「参ったなぁ、まじで。」

 

一月はじめの夜の風。

それは心まで震える寒さを感じるものだった。

 

 

 




次回、第51話「友奈と昇と勇者部と」

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旧51話 友奈と昇と勇者部と

センター受けてたので遅刻しました...


1月13日。既に何回か行ったが、今日は本庁で治癒を受ける日だ。俺じゃなくて友奈にやればいいのではと進言してみたりもしたが、友奈の場合、■■■がしっかりと身体に刻み込まれているという。

確かに友奈の容態を記録する時に友奈の手を握るが、その時に霊札越しに感知する灼きつくような感覚は確かに友奈の全身で感知される。

 

「しっかし...よりによって今日か...勇者部カラオケ大会また不参加だなこりゃ。まぁ前回は行こうとも思わなかったけど。」

 

それに、昨日記録した感じだとそろそろ日中でも意識が朦朧とし始めてもおかしくない。

 

「こればかりはどうしようもないか...」

 

夏凜が起きる前の朝4時半、寝るにも■■■の痛みで寝れない俺はこの期に及んでもまだ他人の心配をしていた。それこそ、自分を省みない友奈のように。

 

「とりあえず飯でも作るか...」

 

 


 

 

『仕事』とだけ書いておいた書き置きと朝食を机の上に準備して本庁へ向かう。とは言っても車なのだが、今日の運転手はなんと春信さんだった。

 

「おはようございます、緋月君。」

「春信さん...おはようございます。」

「眠れてなさそうですね。」

「ですね...」

 

俺を乗せた車はおもむろに本庁へ向かう道を辿る。その間にもちょくちょく会話が交わされる。

 

そんな中、夏凜の話になった。

 

「夏凜は、どうしてます?」

「どう、ですか...元気ですね。ただ、ほっとくとコンビニ弁当とサプリと煮干しという味気なさそうな食事をしてそうなので朝夕は作ってますね。今日は朝しか作ってないですけど...」

「へぇ、緋月君の料理、か。」

 

春信さんが妹の様子を聞いて安心する兄の姿になったとき、タイミングよく着信音が鳴る。夏凜からだ。

 

「...もしもし夏凜?どうした?」

『昇!味噌汁濃すぎなんだけど!塩っからくてこう、なんというかこう、辛いんだけど!?』

「まじで...?味見したんだけどなぁ...」

『...まさか友奈みたいに味覚がなくなったとか言わないでしょうね...』

 

友奈みたいに、というフレーズは動揺するには十分だった。電話越しじゃなきゃ気付かれるほどの動揺はしてるだろう。

 

「そんなことは、無い。きっと亜鉛が足りないだけだ。帰ったら亜鉛のサプリくれ。あと、味噌汁はお湯入れて薄めて飲んでくれ。ごめんな。」

『全く...今日も徹夜してたんでしょ。若いんだからちゃんと寝なさいよ。昇の味噌汁美味しくて気に入ってるんだから...

「なんだって?」

『とにかく!健康管理はきちんとしなさい!わかったら返事!』

「はいはい、わかったよ。」

『んじゃ、ちゃんと仕事してきなさい。』

「あぁ、ありだと夏凜。行ってきます。」

 

 

「仲良しですね。」

「茶化さないでくださいよ...味噌汁が辛すぎたとクレームが入りました。」

「それはまたなんとも夏凜らしい。」

「そうなんですか...」

 

このあと春信さんと夏凜話を延々としていたのはまた別の話。本題はそこじゃないんだ。

 

 


 

 

治療を受け、本庁での仕事を終え、友奈の様子の記録をする。いつもは無理に笑顔を作る友奈だが、今日はそこに笑顔はない。

 

「何かあったのか、友奈。」

 

報告書に筆を走らせながら聞いてみる。まぁ、■■■のせいで話してくれるとは思ってはいないが。

 

「ひーくん...あのね、今日夏凜ちゃんを傷つけちゃって...」

「...聞かれたんだな、身体のこと。」

 

夏凜も気づくほど友奈は衰弱していってる。俺は、俺は何かできないのか。ただ、友奈が苦しんでいる様を紙切れ1枚に綴り続けることしかできないのか。

 

「うん...でも...」

「話すわけにはいかないよな。だから夏凜は...いや、それは俺でもわからない。...けどそれで夏凜が傷ついたのは、きっと事実だろうな。夏凜は友奈のこと、勇者部のことが好きだろうし。」

「ひーくんも?」

「それはどっちだ、夏凜が俺の事を好きなのかそれとも俺が勇者部のことを好きなのか。まぁどっちもだろうけどな。」

 

それを聞いてあはは、と友奈は笑う。

 

快活な笑顔が良く似合う少女の面影はその笑顔からは感じ取れない。今にも消えそうな、目を離せば零れ落ちていそうな、そんな笑顔だ。また友奈は他人のための笑顔を浮かべている。

 

こみ上げて来る何かが俺の体を動かしたのはこの際どうしようもないことだったろう。気づけば俺は友奈を抱きしめていた。

 

「ひーくん...?」

「笑うなよ...そんな笑顔見たくない...」

 

腕に力がこもる。胸の辺りが痛い。

いつしか殴り合いをした時に感じた、華奢な腕の中に込められたたくましさ。今は影を潜めて、弱々しさが目立っている。それが余計に友奈が今にも消えそうであるということを証明しているようで悲しくて、泣きたくなった。

 

「なんでそこまでできるんだよ、苦しいのは自分だろうに...!」

 

緋月昇は記録者である。

記録、それは読み取ったものを記すこと。

だがそこに読み取った全ては記せない。例えば記録対象の心情などがそうだ。

ではそのようば情報はどこにいくのか。

 

それは記録者の記憶や心に残る。

 

ことさら緋月昇においては『目で見て、耳で聞いて判断する』という信条を突き詰めたあまり、対象の一挙手一投足に含まれる心情まで読み取ってしまう。それが毎日毎日積み重なっている。言い換えれば、自分以外の心を読み取り続けているということだ。

 

そしてそれは奇しくも結城友奈と似たような性質の心のありようであった。

 

だが、友奈と昇の決定的な差は心の強さにある。友奈は強過ぎるがあまり自分がいつ壊れてもおかしくなくても気づかないという欠点はあるものの、総じて昇よりかは心が強い。対して昇はそこまで強くはない。記録者と言えどその根本は一般人なのだから。

 

 

「だから友奈...お願いだから...せめて俺といる時くらい、無理しないでくれ...」

「ひーくん...でも...」

「......今日はもう寝ろ。夏凜の機嫌は俺がなんとかする。おやすみ友奈、また明日。」

 

 


 

帰宅と同時に夏凜が家から出てきた。

なんでも東郷から招集だとか。

 

「きっと友奈のことだわ。」

「...だろうな...」

「昇...あんたほんとに大丈夫?顔色悪いわよ?」

 

治療は受けたのに、もう、か。

確かに身体が重い。きっとさっき抱きしめたとき身体にある■■■が共鳴したのだろう。するのかどうかは知らないが。

 

「だいじょばないから休むよ、みんなに伝えてくれ。俺は寝る...」

「明日病院行きなさいよ。じゃ。」

「おう。」

 

入れ替わるように家に入る。

扉を閉じ鍵を閉め靴を脱ぎ、廊下を歩くこと数歩。両の足で体重が支えられなくなり前のめりになって倒れた。

 

「やべぇ、な...くっそ痛ぇ...」

 

朦朧とする意識をつなぎ止めてなんとか寝室までは、自分の布団までは移動できた。

 

目を瞑れば、もう一度目覚める保証はない。

だけれども意識は己が意思に反して遠のいていくのだった。

 

明日は来るのだろうか。来るとしてあと何回だろうか。恐怖が押し寄せる。

 

「また、あした...だったな...」

 

そう言って、緋月昇は眠りについたのだった。




次回、第52話「記録者の記録」

感想、評価等、お待ちしてます。


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旧52話 記録者の記録

作者も精神に大ダメージを受けた52話、どうぞ!


「ん...うぐ...」

 

いつもの■■■の痛みで目が覚めた。ということは俺は生きているらしい。らしい、というのはギリギリ体力が残ってたということで、運良く今日は死ななかったということだ。だが、さて明日は大丈夫なのか...ともあれ夏凜の為に飯を作らないと...って、ここ...

 

「あれ...?」

 

おかしい。俺は自室で眠ったはず。なのに何故本庁にいる...というかだとしたら家からどうやって運び出された...鍵もかけてたし...夏凜が通したと考えるのが自然か。となると。

 

「死にかけてたわけか...というか霊札ももう少ないし...てか今何時だ...」

 

スマホの時計を見る。1月18日13:49。

 

「おい、まじか。」

 

数日間意識不明とは。やばい。まじで死ぬ直前だわ。友奈より早くおっ死ぬ。確実にな。

しかも御役目の記録が昨日はできていない。まぁ13日のうちに回収してくれたということはあの女性神官なら数日分はなんとかしてくれそうとも思うけれども。俺以外の人間が記録を取りにいったと仮定するなら、友奈は俺の身に何かあったと感づくのは明白だ。

 

「くそ...」

 

他人を傷つけることを嫌うだけじゃなく、他人に傷がつくことを自分の身をもって防ごうとする。結城友奈という無垢で純粋で、それゆえに歪み、崩壊しそうな少女は間違いなく、人知れず涙を浮かべるはずだ。

 

「なんて罪なことをしたんだ俺は...無理な笑顔を浮かべさせただけではなく、きっと涙も浮かばせてしまうなんて...」

 

くそ、くそっ...!

怒りと言うよりかはむしろ呆れに近い感情が頭に血をのぼらせる。落ち着け、落ち着けるか。深呼吸だ。まずゆっくり拍動をおさえて。

 

「まずは部室に行かねぇと...」

 

治療室から外に出ようとする。身体は重い。意識も朦朧としている。だが。行かなきゃならない。そんな気がする。

 

「お待ちください。」

「...なんですか...」

 

しかし本庁内の道を歩いていたら呼び止められた。声の主は芽吹達といて、友奈の家にも来ていたあの女性神官である。

 

「友奈様のところへ向かわれる前に、お話しすべきことがございます。」

「......」

 

沈黙。それを是と受け止めたどうかはわからないが、女性神官は話を始めたのだった。

 

世界の終わりと、それを防ぐ唯一無二の手段。

天の神の襲来と、結城友奈を神婚させること。

 

──そして、その話を既に友奈にしていること。

 

「まじかよ...!」

 

数少ない霊札を足につけ、外に出て屋根の上を駆け抜ける。先の話から考えられることは。

 

「友奈は絶対神婚を選ぶ...!」

 

それだけはだめだ。痛む身体、朦朧とする意識。んなこと、知ったこっちゃねぇ...!

 

駆け抜けること数分、讃州中学屋上に到着する。霊札をしまい、外靴を屋上にほっぽり出して校舎内を駆けて勇者部部室の戸を勢いよく開ける。

 

まず見えたのは友奈の背。そしてその向こう、扇形に樹、先輩、園子、東郷。さらにその奥に夏凜がいる。そして全員、息を切らしている上顔色が悪いであろう俺を見る。

 

「昇...なんであんたが...」

「んなこたどうでもいい...俺よりまず友奈だろうが...神婚させられるんだって...?」

「そうだよひーくん、それで、今みんなに相談していて...」

「ふざけんな...」

 

だが。やめろとは言えなかった。

 

「緋月...あんたも知ってたの...?」

「知らされたのはさっきです。だからこうして急いで来たんですよ...言いたいこと、言うべきことも色々あるし、何より、」

 

そこで詰まる。咳も出る。ついでに口から血も出てくる。冗談きついが怯んでられない。

 

「記録、取らなきゃですから。」

「のぼるん...」

 

一呼吸置く。視線はこちらに向いたままで、全員が俺の言葉を待っているようだった。

 

「ふぅ...今、緋月昇には3つの立場がある。大赦として、勇者部として、そして俺個人として。」

 

言った後で後ろ2つはだいたい同じなんじゃないかとも思ったが、まぁ細かいことはどうでもいい。気にしてられない。

 

「大赦としては、きっと友奈から聞かされた話だろうから繰り返しては言わない。それしかないのは大赦300年の記録を全て見た上で調べた結果だからな。そうせざるを得ない。」

「でも友奈ちゃんが...!」

「聞け。あくまで大赦としてだ。俺が本心で友奈に犠牲になって欲しいと思うような人間に見えるのか、東郷には。」

 

少し言いすぎた感もあるが東郷は引き下がってくれた。物わかりがよくて助かる。

 

「二に、勇者部として。神婚という名の生贄なんざもってのほかだ。ありえない。」

「それでも私が...!」

「だから聞け...俺の本心は実は少し違う。」

「どういう、ことですか...?」

 

樹が問うてくる。緋月昇の本心、第三の立場。生贄の肯定でも、否定でもない立場。

 

「至極単純で、勇者部では取れない立場さ。」

 

そもそも勇者部は先輩が『誰かのための行動を勇んで行う部活』として本来の目的とは別の理由で申請、設立させたものだ。その理念には利己的というか、他者を害するものは存在しない。

 

だがしかし、『勇者部である』以前に『記録者である』緋月昇は、その理念の制約が薄い。

 

薄いが故に、非情で他害的な行動が取れる。

 

「...全員、頭を冷やせ。」

 

左腕を振るって友奈の左頬を手の甲ではたく。

はたかれた友奈は樹の方へ飛ばされる。

 

「友奈ちゃんに何を...!」

「頭を冷やせと言ったろ。」

 

東郷からの殺気を感じる。が、変身させる前に霊札の右手でフルパワーのデコピンをお見舞いしてそれを防ぐ。

 

「昇...!?あんた...まさか...」

 

夏凜と目が合う。

きっと夏凜には見透かされたかな。

 

「ほらさ、俺は記録者だから。勇者部である以前に。仲良しこよしというだけじゃ、俺はここにはいないのさ。」

「緋月...そんな言い方...」

「これ以上は無意味な問答です。」

 

踵を返して口から出る血を拭いながら部室の外に出る。嫌われてもいい。俺のやったことはそういう事だ。

 

「そういうのぼるんが実は一番傷ついていたりするんだよね。」

「...敵わないなぁほんと。騙されたフリすらしてくれないなんてさぁ。」

 

振り返らない。そうでなくてもわかる。園子はただ全部わかってそこにいる。

 

「まぁそうだよな。だから、俺より友奈を頼む。振り切られたらこっちでなんとかする。」

「のぼるんはそれでいいの?」

「いいも悪いもない。そうじゃないとだめなんだ。結城友奈はそういう子だから。」

 

しばらくの沈黙が流れる。

振り返ることもせず、距離を詰めることもせず、間だけで意思疎通を図る。

 

「わかったよのぼるん。死なないでね。」

「まぁそれもバレてるよな...保証はできないよ。わかってるくせに。」

「わからないよ...!」

 

園子の語気がそこだけ荒くなった。

なんでか、なんて考える前に答えはわかった。三ノ輪銀は帰って来なかったのだ。園子はそれを思い出して怖がってる。

 

「園子」

 

振り返って軽く手を振り、笑みを浮かばせて。

 

「またな。」

 

奇しくもこの別れの文言は2年前の三ノ輪銀のそれとほぼ同じであった。

 

「まって...待ってよのぼるん!」

 

誰もいない階段と窓の開いた踊り場。

冬の冷たい風が園子の髪と頬をくすぐる。

 

「のぼるん...」

 

もしかしたら今生の別れなのかもしれない。

あの時みたいに。

 

「ミノさん...」

 

 


 

 

時は少し経って大赦本庁。

禊を終えた友奈がいる。

 

そう、あの子達では止められなかった。

そして俺は、止めることができない。

 

俺の手には対勇者用神具《叢雲》。

友奈を奪還しようとする勇者部の妨害が、今の俺の仕事。それも御役目としてである。

 

「こういう役回りか。最低な役回りだ。」

 

自嘲しか出ない。結局お前は自分自身のありようを定めることはできなかったって。

 

そしていよいよ神婚の儀が始まるという時にそれは起こった。そのタイミングは幸か不幸かわからない。

 

鳴り響き切れる特別警報。

焼けて、焦げゆく空。

 

天の神の300年越しの再臨。

破滅か存続か。存続したとしてそれは果たして『人間』であるのか。

いずれにせよ。

 

「一人の少女には重すぎる...あまりにも...」

 

樹海に飲み込まれながら緋月昇は考えた。最期の記録を読み返せる時が来るのかと。




次回、第53話「最期の記録」

感想、評価等、お待ちしてます。

最終決戦はボリューム凄いからね。
あと5話!


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旧53話 最期の記録

神樹様の所へ向かう動く木の根。

その先に友奈がいて、ただ神樹様を見ている。

俺はその動く根の根元、地面に近い部分に腰掛けて、視界の先に見える天の神と勇者部の戦いの様子を見ている。

 

「なぁ、友奈。」

「どしたの、ひーくん。」

 

この速度で動けば友奈と話せるのはせいぜいあと7分くらいか。いや、もしかしたらもう少し短いかもしれない。

 

「俺とお前は、どっちもタタリに蝕まれている。何も気にすることは無い。だから最後に言いたいこと、言ったらどうだ。」

「...ひーくん...」

 

それでも友奈は話さないと思う。結城友奈という少女はそういう子だ。だから俺から話す。

 

「正直、俺は怖い。」

「え...?」

「今にも死ぬんじゃないかって恐怖と、神婚する友奈を看取る恐怖と。どっちも怖い。それに、霊札の残り枚数も少ないから《叢雲》が制御出来なくなって友奈を助けに来るであろう勇者部を傷つけるのも、怖いよ。」

 

戦闘の様子が見えなくなってきた。結構な距離がありそうだな...

 

「でも、さ。そのまだあどけなさが残る肩に世界の全部をかけている友奈に比べたらって思うと、悲しいかな。まだ俺は弱音を吐くには早すぎるって思うのさ。曲がりなりにも男なわけだし。」

 

紅く光る輝きと花開く大輪のサツキ。

夏凜が満開したのかと思う。またか、不安でしょうがない。相手は天の神だ。本来に《叢雲》の主。もしかしたら満開でも攻撃力が足りないかもしれない。そして防御力も...

 

「あぁ...」

 

だが、駆けつけたくてももう身体が動くかどうかも怪しい。それに、友奈を独りにしてはおけない。《叢雲》の暴走の危険性もある。どのみち行ってもどうにもならない...

 

「友奈よぉ、教えてくれよ。神婚する前に、俺らの前からいなくなっちまう前に。ホントの気持ち、どうなんだよ。」

「...私は...」

 

震える声と身体。

背中越しの質問で、友奈の顔は見えない。

 

「怖いよ、死ぬのは...すごく、怖いよ!でも...っ!そんなこと言えないよ!だって私が神婚しないと、世界が無くなっちゃう!」

「...そうだな。世界を守るには、友奈が生贄にならなきゃならない。そうでなかったら滅んじまう。つまり、どちらにせよ友奈が生き残る選択肢は存在していない。大赦としてはな。」

「......」

「だから、友奈。生きろ。何がなんでも。」

「え...?」

 

言ってることは支離滅裂だという自覚はある。が。言わなきゃならない。友奈のために、勇者部のために。そして俺のために。

 

「生きろ、結城友奈!」

「でも...!」

 

振り返った友奈と目が合う。神樹様は近い。いつ最後の会話になってもおかしくない。

 

「他人に定められたあり方なんてほっとけ!他でもないお前自身の人生だ!生きるか死ぬかは自分で決めろ!」

「...っ!!」

 

たじろぐ友奈。自分を二の次にしている少女には、きっとこの言葉は刺さる。

 

「その結果が、どう転ぼうと俺は、勇者部は味方だから。任せるよ、友奈。」

 

右手で友奈の頭を撫でる。

撫でてる間に霊札が崩れる。

 

「限界、か。右腕分も生命維持に回さないと...それに、着いちまったようだな...」

 

神樹様の麓、神婚の儀がまもなく始まる。

 

「じゃあね、ひーくん。元気でね。」

「またな、友奈。元気でな。」

 

神樹様の中に友奈が取り込まれる。

友奈の装束の中に1枚仕込んだ霊札の効力が切れるのが先か、俺の命が尽きるのが先か、それとも。

 

遠目だが先輩と東郷が見える。

あの二人が、友奈を助けるのが先か。

 

記録者にはわかりえない。記録者はその結果を記録するのが仕事なのだから。

 

「まさしく、神のみぞ知る、か...」

 

緋月昇は消えそうな意識の中、たった一枚の霊札に全神経を集中させていた。

 

 




次回、第54話「全てを終わらせるために」

感想、評価等、お待ちしております!
あと...4話!


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旧54話 全てを終わらせるために

灼けつくように痛む全身、それを霊札で無理やり抑え込んで無理やり生きている。だがしかし衰弱は止められない。意識朦朧、瀕死状態。緋月昇は最早そんな状態であった。

 

「緋月っ...!?しっかりしなさい!緋月!」

「うぐ...先輩と、東郷、ですか...」

「ひどい...どうしてそんなになるまで...」

 

先輩と東郷は俺を見るなり血の気が引いていった。俺が長くないことはわかるようだ。

 

「俺より、友奈、だろ東郷...こいつをもってけ...友奈の場所がわかる...」

 

生命維持に回してない1枚の霊札を東郷に半ば無理やり押し付ける。俺の意識が続く限り、いくら神樹様の中が固有結界のような広大なものだったとしても最速で友奈の所へ向かえるように。

 

「けど緋月!あんたは...!」

「友奈を助けに来たんでしょ...安心してくださいよ、東郷が友奈を連れ戻すまで、生きなきゃならないですし...」

「そういう問題じゃない!あんたも死なせるつもりなんてさらさらないわよ!」

 

だがこの言い争いは時間の無駄でしかない。

それが余計に緋月昇をじわじわと死に追いやっていることに気づかない彼でもない。

 

「だったら...!とっとと友奈を助けてこいよ!俺が!生きてる間に!」

「...っ...!」

「でも...道が...」

 

神樹様に通じる道は神樹様の根によって塞がれた。このままでは友奈は救出できない。

 

「...東郷、やれる?」

「必ず。」

「それじゃあ道は...私が!切り、ひらぁぁくッ!!」

 

先輩が満開ゲージを3つ消費して大剣を巨大化させ、根で作られた壁を両断する。そしてその巨大な刃の上を東郷が駆け、神樹様の中に入った。あとは、俺の体力と東郷次第...

 

 


 

 

視界はぼやけてかつ暗い。色ももう判別出来なくなってきた。そのうえ一分、一秒が長い。

ふと脳裏に両親の顔が思い浮かぶ。大赦に所属して以来、一度も会ってない。

夏凜や芽吹と訓練してた頃が思い浮かぶ。あの頃はただただがむしゃらで、霊札の使い方をひたすら考えて、動かしてた。

そして記録者として勇者部に所属した頃の自分が思い浮かぶ。あの頃は、まだ俺は大赦の仕事人間だった。けど夏凜が来て、勇者部の活動や面子を通して、俺は変わったんだよなぁ...

 

浮かぶのは笑みだった。

その笑みが何を意味するのかはわからない。けれども、緋月昇は笑っていたのだ。

 

「緋月...?しっかりしなさい!緋月!」

 

風が昇を揺さぶる。反応はない。

もう一度揺さぶる。やはり反応はない。

 

「そんな...緋月......死ぬな!」

 

咄嗟に掴んだ左手から微かな拍動。

まだ、心臓は動いている。

 

「まだ生きてる......犬神!」

 

己が精霊を呼び、ひとつ風は賭けに出ることにした。生死の狭間、文字通りの命懸けの賭け。

 

「できるかわからない...けど犬神、あんたなら...緋月に憑いてなんとかできるかもしれない!だから犬神、お願い!」

 

犬神。

伝承では憑いた人間に害をなすとされている犬の霊。だが同時に憑いた家系に繁栄をもたらすともされている。犬吠埼風の勇者システムに組み込まれた犬神は直接使役されるのではなくシステムが媒介して使役しているのは言うまでもない。媒介により精霊本来の能力は失われているが、そのおかげで精霊バリアが成立している。

 

現在の勇者システムはバリアが五回、花弁五枚分と有限である。事故の時に一つ、先の大剣巨大化に三つ消費したそれの最後のひとひら。

 

『絶対に死なせない』のバリアを緋月昇の内側から発動させるというもの。それが犬吠埼風の思いついた九死に一生を得られる可能性がある一か八かの賭け。

 

無論勇者システムのバリアにそういう仕様は存在しない。それにタタリは精霊バリアでは防げないことは風自身が一番よくわかっている。

 

だが、緋月昇には霊札がある。神樹様の霊力が込められた札で、それが今まで命を繋いでいる。

そもそも精霊は神樹様の内部記録から抽出されたものであり、その存在は独立しているものの根底にあるのは神樹様の霊力である。

 

──つまり。

 

「お願い犬神!緋月に、もう少しだけ力をあげて!ついでにあたしの女子力も!」

 

霊札に精霊が干渉することで、霊札が励起、活性化する。そして、タタリの進行を抑制し、緋月昇の生命力を呼び戻す。

 

「うぐ...あれ、身体が、軽い...」

「...!目が覚めたのね緋月...よかった...」

 

結果、万全とは言えないまでも緋月昇は生きながらえたのであった。

 

「せん、ぱい...」

「それでもまだ消え入りそうな声ね...あたしの女子力をどーんと送ったんだから、シャキッとしなさい!根性出せい!」

「ほぼほぼ暴論じゃないですか...けど、根性か...確か前に友奈も言ってたな...」

 

緋月昇の生存は喜ばしいことであった。だが、その時すでに天の神の侵攻は勇者部ではもう止められないほどのものとなっていた。

 

「友奈、東郷...」

 

色が戻った視界の先、神樹様の根で作られた壁。その向こうの二人の少女。

 

「頼む...」

 

その祈りが届いたのか、光の筋が神樹様を包み始めた。まるで満開のように。

 

「え...?」

 

枝という枝いっぱいに花を咲かせた神樹様がそこにはあった。

その中から二人の少女が見えた。

 

友奈と東郷だ。

二人の持つ霊札の振動をこちらの霊札に同期させることで二人の声を聞く。

 

『私達は、人として生きる。生きたいんだ!』

 

はっとする。

怖いと言ってた友奈が導き出した、最後の結論。友奈自身の思いと願い。

それだけではない、少女達の思い。

 

それらを全部神樹様が受け止めて、結城友奈という一人の勇者、一人の少女に集約した。

 

絢爛、大輪。

その輝きは焔に飲まれんとする樹海の中でもなお、美しく映えていた。

 

「行け、友奈...」

 

よろよろと立ち上がり、視線の先のただただ美しい少女を見て言葉がこぼれる。

 

「誰かのためじゃない、自分自身の!思いと!願いのために!行けよ 、友奈ぁ!」

「うおぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

天へ跳ぶ友奈と迎え撃つ天からの光芒。

押して、押し返されて。

友奈の後ろに六輪の花。それでも足りず。

だとしても諦めず。根性、とでも言うべきなのだろうか。

 

──勇者は根性!だろ。

 

そんな声が聞こえた気がする。

霊札を、神樹様の霊力、内部記録を通して見えた片腕の赤の勇者は笑って立っていた。

 

「俺は勇者じゃない...それでも...それでも...!」

 

 

『勇者は、根性ぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!』

 

 

炎の巴紋。噴出する火炎。

光芒を押し返し、友奈がその根元に届く。

 

「勇者ぁ...パァァァァンチ!!!!!」

 

一撃。ひびが入り、割れる空。

その向こう、群青の空。

焔は消え、樹海が広がっていく。

それは天の神の撃退を意味した。

そして、時を同じくして神樹様は崩壊していった。もう、戦うことも、記録することもない。

 

「終わったんだな...」

 

そんな満足感を感じて、視界は真っ白になったのであった。

 

 


 

 

かくして讃州中学勇者部の戦いは終わった。

結城友奈、緋月昇にかけられたタタリは消失した。そして神樹様も。

人間はこれから人間として新しい生活をまた築きあげていくことになる。

 

讃州中学の屋上で、6人の少女が円をつくるように仰向けになっていた。そこから少し離れたところ、ちょうど日当たりがいいところに一人の少年が立っていた。

その少年には右腕がなく、足元には今となっては紙切れにすぎないものが散乱していた。

 

「のぼるん...?」

 

そしてその少年を真っ先に見つけたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()少女であった。

 

微かな風が少年の髪を揺らす。

少年の身体は微動だにしない。

 

「嘘...ですよね、昇先輩...!」

「嫌だ、嫌だよのぼるん!のぼるんまで行かないで、のぼるんってば!返事してよ!」

「そのっち......そうよ緋月君...夏凜ちゃんだっているでしょ!」

「そうよ緋月!あたしの女子力を無駄にするな!夏凜もなんか言いなさい!」

「るっさいわね!昇!帰って来なさい!」

「そうだよひーくん...!」

 

少年の身体は微動だにしない。

それが余計に、勇者部を不安にさせる。

 

「だーもう!生きてんのか死んでんのかはっきりしなさいっての!」

 

痺れをきらした夏凜が昇の肩を掴み、引き込む。人肌の温もりはあった。

 

緋月昇の目は閉じている。

 

「昇...」

 

震える夏凜の声。

うっすらと開く目。

 

「よぉ、夏凜...運良く、しぶとく生きてたぜ...ありがとな...待っててくれて...」

「バカね...あんたも勇者部なんだから...待つのは当然でしょ...」

 

緋月昇の生還。

勇者部は誰一人欠けることなく、戦いを終えたのであった。

 

「おかえり、友奈。緋月。」

 

『...ただいま。』

 

 




次回、第55話「そうして人は」

感想、評価等、お待ちしております!
あと...3話!


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旧55話 そうして人は

天の神の脅威は去った。

同時に、神樹様もいなくなった。

これから人間は、人間として神に頼らず生きていくことになる。

 

神によって支えられていた生活は終わったのだ。それは人を不安にさせるのには十分だろう。さらに追い討ちをかけるように、神に仕えていた人間は軒並み人としての姿を失っていたのであった。

 

「神樹様の消失、大赦の崩壊、今の四国は無法地帯と言っていい。大赦の残った人員でどこまで手が回るのか...」

「それは君が気にしなくてもいいことだよ、緋月君。君は、もう十分頑張った。あれから一週間、そろそろ君も休みたまえ。」

「春信さん...」

「君たちに任せることしかできなかった大人からしてみれば、今ようやく君たちにちゃんとした学生生活を楽しんでもらえるようなときが来たんだ。あとは大人に任せてくれ。」

「...わかりました。」

 

現在大赦は春信さんと安芸というあの女性神官だった人の二人が主に切り盛りしている。とはいえ人手は足りず、毎日てんやわんやらしい。片腕の俺もこの一週間ひたすら書史部記録課臨時課長として書類と格闘していたわけだけど...流石に春信さんから休みを言い渡された。

 

「あぁ、緋月君。すまないが最後にこの封筒を園子様に。開封厳禁だよ。」

「重要そうなものですね...わかりました。一日休んでまた来ます。」

「こらこら。君はここから少なくとも一年は休暇だよ。記録者緋月昇。これその証明書。」

「へ...?って勝手に決めましたね...」

「君は学生なんだから。しばらく大赦のことは忘れてくれ。それに、夏凜に料理を作るのは君なんだろう?一週間とはいえ君もほぼほぼ帰れてないんだ、そろそろ夏凜が君のご飯を食べたがってる頃なんじゃないか?兄としては、コンビニ弁当も品薄になってきたこのご時世にまだ妹がそれを食べ続けているのは心配でしょうがないよ...」

「それ言ったら普通の食料品もですよ...!わかりました帰ります!この封筒届けたらいの一番に帰りますよ!...ありがとうございました、春信さん。しばらく、お元気で。」

 

大赦に入って初めての長期休暇であった。

これから何をしようか。

 

 


 

 

ところ変わって乃木家前。

いつ見ても無駄に大きいこの屋敷。乃木家3人と使用人数人がいたとしても持て余しそうな、そんな豪邸である。

 

「大赦書史部記録課臨時課長、緋月昇です。園子様にお届けものがございます。」

「それでは、どうぞこちらに。」

 

玄関前で素性を告げ、中に通してもらい、客間まで案内してもらう。数刻後、園子が来た。

 

「のぼるん久しぶり〜臨時課長なんて出世だね〜」

「臨時だよ臨時...これ、春信さんから。」

「封筒...そっか、春信さん、探してくれてたんだ。」

「探す...?」

 

探す...何をだ...?

 

「あー、のぼるん、シャワー浴びてくるといいんよ。このままにぼっしーのところに帰ったらなんて言われるかわかんないよ?」

「やっぱり女の子はそこ気にしますよね...お言葉に甘えて少し流して来ます。場所は...」

「こちらにどうぞ。衣服もこちらで洗濯致しますので。」

「まって、だとすると替えは?」

「準備させていただきます。」

「あらそう...まぁいいやじゃあもう休暇もらっちゃったしお言葉に甘えまくろう...」

 

そこに一種の諦めを緋月昇は覚えたのだった。

 

 


 

 

シャワーを浴び終え、なんかよくわからんが礼服っぽい服を渡されて(なんでも男子用のはこれくらいしかないのだそう。というかこれ男装用の服じゃないこれ)着替えてから客間に戻る。

 

そこには封を切られた封筒とその中身だけがあった。園子の姿はない。

 

「園子...?どこいった......」

 

察するに封筒の内容が原因だろう。

本人の許可なく見るのはどうにも気が引けるが、園子に限って客人を放置するようなことはしまい。乃木園子はお嬢様だ。

 

「......」

 

封筒の中の書類に目を通す。

春信さん直筆の報告書だ。

 

「失踪した大赦神官の名簿...」

 

失踪という表現が正しいのかは不明だが、大多数の大赦神官は麦となったらしい。何を言ってるんだと思うだろうが俺もそう思う。人が麦になるわけないだろ。だが現になってるんだからこう、どういう風に説明すればいいかわからない。死亡...というのもなんか変だ。肉体が完全に無くなってる以上、死んだという状態の証明ができない。大赦という役所では失踪というのが無難なとこなのだろう。

 

「...乃木...」

 

五十音順に並んだ名簿の真ん中辺りでその苗字を見つけた。どう見ても、園子の両親に違いない。

 

「...くそっ...まだあの子は辛い目にあわなきゃなんないのかよ...!」

 

名簿を封筒に戻し、園子に電話をかける。だだっ広い乃木家だが、着信音が鳴ればどこの方向から来るのかはだいたいわかる...

 

と思ってた時期が俺にはあった。よくよく考えると電源OFFもといマナーモードにされてたらこの手は通じない。

 

「出ねぇ...まぁ普通そうだよな...」

 

それにきっと心傷は深い。

俺がどうこうできるものでもなさそうだし...だけど...最後の戦いが終わって俺が目覚めるまでの園子の取り乱しようがすごかったって夏凜が言ってたし...やはり不安でしかない。

 

「...記録者の性か...」

 

廊下で足音が反響する。

あてもなくふらふらと歩いて園子がいるところにたどり着けるはずもない。

そんなのわかってる。だが俺は何かわからないものに後押しされて動いている。

 

目で見て耳で聞いて記録する。

それを突き詰めれば、目で見なくとも耳で聞かなくともある程度はわかる。今の園子がどこにいるのか...

 

「あだぁ...」

 

が、その深い推察の領域に入ると周囲への注意が散漫になり、壁に頭からぶつかる。

 

「んー...考えてもしょうがないか...」

「すっごい音...あれ、どしたののぼるん。」

 

するとその隣の扉から少し目を腫らした園子が出てきた。

 

「頭から壁に当たってな...園子こそ、目を腫らしている。いいよ、何も言わんでいい。」

「...うん。」

 

弱々しい返事を聞いたタイミングとスマホが鳴動したタイミングは一緒だった。間が悪い。

 

「失礼...って夏凜か。もしもしー」

「あぁ、昇。なんか大赦から封筒が届いたんだけど...」

「封筒とな。そんで、内容は?」

「家賃が経費で落ちないって話。住む所なくなるって言われてるんだけど...」

「まぁそりゃ大赦も今インフラ再整備だとかでこっちに回せる金はないわな...って、は?んじゃどうしろと。」

「風のところに行こうかしら...」

「あそこも二人暮しだろ...あぁでも賃貸じゃないのか。まぁ、ちょっとしばらくはそうせざ...待てよ。ちょいまち。」

 

通話を一旦放置して園子の方を見る。

 

「あー、園子。話はガラッと変わるんだけどさ。住むとこなくなったらしいからここにしばらく泊めていただけません?夏凜と二人で。」

「急だね〜全然いいんよ〜」

「恩に着る...あぁ、夏凜。荷物まとめてくれ。乃木家に一時的に寝泊まりすることになった。」

「話つけんの早っ!まぁ、助かったわ。」

 

通話が切れる。

とんでもなこともあるものだ。

 

「のぼるん。」

「助かったよ園子。ありがとう。」

「...どういたしましてなんよ〜」

 

そして園子はどこか悲しそうに笑むのであった。それを見逃さない緋月昇だと知っててなお。

 

「......無理しないでくれ。」

「...!」

 

背を向け絞り出した一言。

それが引き金となり溢れる嗚咽。

 

少年の背の中で少女は泣く。

その残響はやけに静かで、耳に残る。

 

少女、乃木園子は誰よりも強い心を持つ。

友を喪い、友に忘れられ、自らの身体を犠牲にされ、それでもなお正気を保ち、誰よりも仲間、友を護ることにこだわった。

 

だがしかし、齢14の少女なのだ。

 

世界はまだ、残酷なままだった。




次回、第56話「私達は勇者部」

感想、評価等、お待ちしております。
あと...2話!


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旧56話 私達は勇者部

震災から8年です。
忘れて欲しくないから、当時の様子のような描写をあえて入れました。ちゃんと表現できてるかなどは不安ですが、それでも。

では、どうぞ。


緋月昇と三好夏凜が乃木家に転がり込んで数日が経った。

 

「昇ー、昇ー!ったくどこいったのよ...ここ広いんだから見失うと迷うのよ...」

「あぁ、夏凜。洗濯物干してくるからちょい後でな。そこの廊下を右で部屋だぞ。んじゃ。」

「わかったわ...って、どこから突っ込めばいいのよ!?使用人さんたちがいるでしょう!?というかそのスーツは何!?なんでもう間取り覚えてんのよ!?」

「ちゃんと全部突っ込んだな...身体動かさないと落ち着かねぇんだよ...」

「まぁ...あんたはそういうたちよね...でも片腕で大丈夫なの?」

「時間はかかるが、大丈夫。んじゃ。あー、干したついでに炊き出し手伝ってくるわ。」

「それは私も行くわ...じゃあ後でね。」

 

緋月昇は乃木家使用人とともに家事全般を手際よくこなし、それに加えて勇者部活動までやっているというそこそこハードに身体を動かしている。それを知らない勇者部員はいない。讃州中学体育館に着いたとき友奈と会った第一声がこれだ。

 

「ひーくん、身体大丈夫?夏凜ちゃんとそのちゃんが心配してたよ?」

「一日何もしないのが耐えられないんだよ...今だってそうだ。最後の樹海化解除のときの災いで住宅地にも少なからず被害が出た。今讃州中学はその避難所になってる。それに、片腕だけだからってサボってるのも違うだろ。」

 

そう言ってお椀を左手に二つ持ち、トレーに乗せること3回。そのトレーを左腕とベルトで支えながら体育館を歩き、炊き出しの豚汁を渡す。

渡しながらいろんな話をして。周りを見て、小学生くらいの子も不安そうな顔で。

今まで誰もこんなことが起こるなんて思ってなかったんだと痛感して。

 

神樹様がいて当たり前だった世界。

その当たり前が崩れて。

お椀を全て渡し終えた後は身体の疲れからか歩くだけでふらつき始めた。普通に考えればとっくに疲れててもいい頃合いである。さらにそれに思考で精神を摩耗すれば...

 

「ひーづーきー。また難しい顔して...考えるよりまず身体を動かしなさい。あんたは、きっとこれを考えると潰れちゃうから。」

「...わかってますよ...それでも...」

 

思い浮かぶ山のような悲劇。

確か報道ではいくつか無人の建物が周りを巻き添えにして崩れたと。何人か重軽傷者もいるらしい。ひょっとしたら死者が出たかもしれない。それほどまでに、今回は未曾有の災いだった。

 

「どつぼですね、ほんと。」

「そうよ。少し休みなさい。あんたは、もう十分働いたわ。いろいろを必要以上に感じ取っちゃうあんたは、こういうのは向いていないのかもね。」

「先輩...じゃあそうさせてもらいます...」

 

トレーを置き、体育館をあとにする。

空は青い。真っ白な雲もある。

 

「綺麗だよな...ほんと...」

 

校舎に入り階段を上り、勇者部部室に入る。そこにはホワイトボードと二人の少女。

 

「お疲れ様です、昇先輩。」

「緋月君お疲れ様。」

「あぁ...夏凜と園子は友奈東郷と交代だっけ...オーライ...」

「昇先輩...休んでないんですか...?」

「まぁな...身体動かしてると考えなくて済むから...けどもう身体も限界らしくって...」

「そのっちから聞いたわ。夜寝てるとはいえいくらなんでも働きすぎよ。」

 

はは、と自嘲的に笑む。

 

「ずっと考えるんだよ。ここに集まってしまった、集まらざるを得なかった人達のこと。」

「昇先輩...」

「その先は地獄よ、緋月君。そんなことは私に言われるでもなく分かってるわよね?」

「あぁ、だからだよ...だから...静かなここで寝かせてくれ...何も考えないように...」

 

 


 

 

緋月昇。

視覚と聴覚で様々なことを判断することに長けた少年。その判断力、そこからの論理的推察能力はずば抜けている。だがしかし、その高い能力は必要以上に心情を読み取ってしまったり、背景を読み取ってしまったりする諸刃でもある。

 

事実、緋月昇はこの約1年間の御役目の中で何度も何度もそういうふうに読み取ってきた。

そしてそれは過剰な情報であり、緋月昇の精神を圧迫する。さらに悪いことに自分より他人を優先する人間(つまりは結城友奈なのだが)のそばにいたせいでその心情に強い影響を受けてしまった。

 

それが何を意味するか。

 

『他人の不幸を見過ごせないが、手を差し伸べても自分ではどうしようもないと思い知ってしまい、そのことから無力感を感じてしまう』

 

自己嫌悪自動増大装置の完成である。

 

齢13の少年にはまだ重すぎる。

そろそろ誕生日を迎える緋月昇だが、彼は憔悴した寝顔で、涙を流していた。

 

 


 

 

夕暮れ時になった時、緋月昇は目覚めた。

床で寝ていたせいで腰は痛い。だが頭は柔らかいものの上にある。枕をした覚えはない。

 

「おはよう、のぼるん。」

「園子...またずいぶんとよくわからんシチュエーションですこと...夏凜は?」

「『膝枕!?私はやらないわよ!?』って言って断固やってくれなかったんよ〜」

「そうか...」

 

部室には俺と園子以外誰もいない。

西日はただ部室を照らす。

 

「ねぇ、のぼるん。」

「なんだ、園子。」

「のぼるんのこと、好きって言ったらどうする...?」

「どうもしないよ。俺は夏凜が好きだから。愛してるから。そこは揺らがない。」

「......」

「揺らがないから、どうもしない。でも...わがままをいえば、甘えてみたいよ。疲れたんだ。」

「...のぼるん...」

「だから園子。もう少しこのままで頼む。そしたらまだきっと、俺は俺でいられるから。」

 

「...ばか...」

 

絞り出してきたその一言。

微笑みを浮かべる昇。

その微笑みの真意に気づく園子。

 

気づいた時には遅かった。

 

緋月昇には、そういう節がある。




次回、最終話「笑顔でまた」

感想、評価等、お待ちしております。


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旧最終話 笑顔でまた

最終回です、友奈ちゃん誕生日おめでとう!


緋月昇が体育館にくることはもうなかった。卒業式も延期になり、3月の半ばになった。

そんなある日突然に一枚の書き置きが乃木家の客間にあった。

 

「『探さないでください』ねぇ...そう言われて探さないと思ってるのかしら、昇は。」

「うーん、見たところなんにも荷物を持ってってないんよ...だからふら〜っと散歩に行ってるんじゃないかな...」

「それだけのためにこんな書き置き残すかしら...調子悪そうね、園子。サプリいる?」

「ううん、大丈夫。」

「嘘ね...辛そうよ。話...聞くわよ。聞かせて。」

「にぼっしー...」

 

園子は話す。昨日のやりとりを。

夏凜は聞く。何も言わずに。

 

「そう...わかる気がするわ。昇は...別に頼りがいがあるわけでもないし、何かしら魅力的なものも...言っちゃうとないわ。でも...そうね。昇は、ただいるだけなのよ。目で見る、耳で聞く。それだけやって、何もかもわかっちゃう。だからただいるだけでいいのよ。それだけで安心するのよ...」

「うん...のぼるんは、そうだね...」

 

夏凜はそっと園子を抱きしめた。

包み込むように柔らかく。

 

「でもあいつは...苦しんでた...ずっと、一人で...友奈のときよりも前から...散華のこと、死ぬかもしれないこと...そっか、昇は...独りだったんだ...できるだけ私達を苦しめないように、ずっと...なのに私は、気づかなかった...!踏み込めなかった...!」

「にぼっしー...」

 

園子を抱く腕には力が入り。

抱かれる園子は寄り添って。

 

「どいつもこいつも...どうしてそんな無理しすぎてるのよ...」

 

 


 

 

その頃、緋月昇は本州調査隊に紛れていた。人員はほぼというか完全に防人隊のそれである。

 

「昇君...その腕でどうしてここに?」

「事務方が欲しいだろ...というか近辺調査だろ、書史部で仕事できないからバイト感覚でここに来たというわけ。慈善事業より小難しいこと考えながら作業する方が安心できるんだよ。」

 

曇りがかった、そんな目を少年はしていた。

 

「随分と特殊なものね...でもダメよ。何が起こるかわからないのよ。左腕だけのあなたじゃ、正直言ってお荷物よ。」

「やっぱりそう言うか...」

「わかってて来たのね...あなたは本当に他人の考えることを読むのが上手よ。そのせいでこんなお願いをしたのでしょう?」

「まぁ、な...」

「今もあなたは私達を見て意識的にしろ無意識にしろ心がほぼ見えているんじゃないかしら。それを見たくないから、調査隊に加わりたい、と。隊長として言うわ。この先はきっと地獄よりも酷い場所よ。その感受性じゃ、あなたが壊れるわ。」

 

きっぱりと少女は言う。

 

「っ...!」

「わかったら三好夏凜のところに帰りなさい。...きっと待ってるわよ。」

「芽吹...ありがとう、少し楽になった。」

「そう。」

 

少年の目は少しだけ晴れていた。

 

 


 

 

長期休暇というよりほぼ休職状態という仕様上大赦施設が使えないことは痛手であったのは言うまでもなく、どの面下げて帰ったものかと思ったところでばったりと夏凜に出会った。

 

「あ...」

「『あ...』じゃないわよ!どこほっつき歩いてたのよ...ちょっぴり心配したじゃない...」

「ちょっぴりかよ...まぁいい、夏凜は...どうしたんだその荷物。やけに多いぞ。」

 

見ると大きな袋にジュース類と小麦粉、卵に砂糖。そしてカットフルーツ。

 

「大赦の仕事って早いな、そうか、産業はだいたい直ったのか...」

「どういう目の付け所よ...」

「あれだろ、俺の誕生日祝いだろ。」

「...そういえばそうだったわね。」

「おい、忘れてたのかよ...てことは友奈か。その量から察するに多分乃木家で大規模な誕生日パーティー、ってとこか。」

「...正解よ。間違える素振りすらないわね。ほんと...それで苦しんでるくせに...

 

そこから何も言わなかった。

荷物の半分を持ち、並んで帰った。

 

そして、延期された卒業式の日になった。奇しくも友奈の誕生日と同じ、3/21である。

 

 


 

 

卒業式はつつがなく行われた。

在校生は任意参加だが、勇者部は昇を除いて全員式に出席していた。

 

「その間に、俺は部室の片付けっと...」

 

片腕で能率は落ちるがそれでもある程度は片付けた。そろそろ式が終わろうとする時間帯である。

 

「勇者部五箇条...」

 

『挨拶はきちんと』『なるべく諦めない』『よく寝てよく食べる』『悩んだら相談』『成せば大抵なんとかなる』

 

夏凜曰く曖昧なこの五箇条、俺は守れてたのだろうか。そんなはずはない。せいぜい挨拶くらいなものだろう。

 

『なるべく諦めない』...生き残ることを諦めていた。友奈を助けたくても、何もできない自分に諦めがついていた。

『よく寝てよく食べる』...眠れもしなかったし、食べることも、食が少しづつ細くなっていった。夏凜の分を作るので精一杯だった。

『悩んだら相談』...悩んで、相談できたものではなかった。あれはそういうものだった。

『成せば大抵なんとかなる』...なんとかなったのだろうか。神樹様は消えて、生活は変わっていかざるをえなくなった。治安も少し悪くなったらしい。それで本当になんとかなったのだろうか。

 

「っ...考えるな、手を動かせ...」

 

だめだ、思考の迷路で俺は深い闇の中に落ちてしまう。考えるな。

 

「全く、相変わらず辛気臭い顔してるわね...お掃除ご苦労さま、緋月。」

「先輩...式終わったんですか。」

「終わってなきゃ来ないわよ...というか!言うことあるでしょ!このあたしに!」

「あぁ...ご卒業おめでとうございます。」

「風!ほらとっとと行きなさいよ、全員まだ外なんだけど!?」

「はいはいわかったわよ!主役なんだからもうちょい扱いってもんを...」

「ひーくんすごい!どれだけ頑張っても取れなかったロッカーのシミが取れてる!」

「パソコンのキーボードの隙間のホコリもきれいさっぱり...!」

「勇者部のみんなで作った人形さんたちもちゃんと...わぁ、ここ直したんですね!」

「ドアのガラスもピカピカだ〜」

「あれ...私、主役...」

「諦めなさい、風。というか、昇がここまでする時点で十分主役たりえてるわよ。」

 

...本人としてはいろんなこと考えないように手当り次第にいろいろやってただけなんだけどな、と思いつつ。

 

「そういうことですよ。じゃあ主役ということで、なんかスピーチどうぞ。」

「いきなりね!?」

「溢れる女子力でなんとかしてください。」

「そこまで言うんじゃ仕方ないわね...」

 

(((((軽い...)))))

 

「コホン...まず、みんなありがとう。この一年、ほんといろいろあったわ。そのおかげで、あたしたちは成長できたと思う。でもその中で、あたしは思った。勇者部五箇条は、五箇条じゃ足りなかったって。だから、あたしは勇者部五箇条改め、勇者部六箇条を作りたい。」

 

全員が頷く。

 

「ありがとう、みんな。六箇条目はこうよ。『無理せず自分も幸せであること』。勇者部は、人の為になることを勇んでする部活。でもそのために自分のためにならない無茶をするのはダメよ。だから、そのための六箇条目よ。異論はない?」

 

「ないです。」

 

友奈が答える。それを聞いて少女達は微笑む。俺もそうだ。そっか、ただそれだけなのか。

 

かくして勇者部六箇条は完成した。

俺以外の6人が一つずつ条文を書いていった。書かないのかと言われたが他人が読める字を書くのはまだ無理と言った。

 

そして次期部長はなんと樹に決まった。まぁ、来年になれば俺ら卒業するからどうせなら二年間部長やらせる方がいいだろ。

 

「それじゃあ、最後に写真を撮りましょう。」

「終わったらうちでフーミン先輩の卒業祝いパーティーとゆーゆとのぼr...んー!んー!」

「まだ言っちゃダメだっての...!あぁでも昇の誕生日は一昨日らしいわよ。」

「さらっと俺を盾にしたな...!あぁそうだよ14歳ですよ...てなわけで並べー、写真撮るぞー」

「はーい。って、あれ?ひーくんは?」

 

一列に並んだ少女達の前でカメラを構える。写真には写るまいと。

 

「俺は、いいよ。俺は笑えない。こういう写真は、笑ってなきゃ。だから...笑えるようになったら、もっかい撮ってくれ。」

「昇らしいわね...」

「ほら、撮るぞ。屈託ない笑顔をくれ。そこに俺も混ざれるようになるからさ。」

「のぼるん...」

 

そこには確固たる意思があった。

また、笑顔で。今度は俺も。

 

「はい、チーズ。」

 

その写真は輝くほどの笑顔を切り取った。

心からの笑顔だ。

 

これから何年経ってもこの写真を撮るに至った経緯を忘れないだろう。

 

やっと終わったんだな。記録者という御役目が。この苦しんだ一年が。

 

「ほら、昇。一応あんたの誕生日パーティーが控えてるんだから、とっとと来なさい。」

「おおう、少しは感傷に浸らせてくれよ。まぁでもそうだな、行こうか。」

 

緋月昇は記録者である。

これからはきっと、自分の歩む道を記録するのだろうか。それはわからない。

 

願わくは少女達と共に、どうか平穏な日々を──

 

 




これにて『緋月昇は記録者である』は完結です。
続編を作るかどうかは不明です。多分後日談か前日譚を書くでしょう、書くとしたら。

拙い文章でしたが書きたいものは書けたと思っています。多分今までで一番じゃないかな。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。最後に。感想、評価等、お待ちしてます。
それでは!


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