コードフリート -桜の艦隊- (神倉棐)
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プロローグ
第零話 サクラの散る海


 

 

 

1945年8月15日5時53分、坊の岬沖海戦

 

 

大和第一艦橋

 

「司令!司令!ご無事ですか!」

「……有賀艦長か、残念ながらこのザマだ」

「これはっ……司令……」

 

至近弾の余波で半壊した第一艦橋に第二(夜戦)艦橋(C.I.C)に行かせていた有賀幸作大佐が駆け込んで来る。彼は俺の姿を見て思わず言葉に詰まった。

 

「気にするな、致命傷は操舵手の彼が大半を引き受けて逝ってしまったのでな……馬鹿野郎が生命を大事にしろとあれだけ言い聞かせた筈だクソッタレめ」

 

俺は吐き捨てるように自分の目の前で満足したかのような顔をして死んだ若い操舵手の男の姿を見て言う。

 

「……だが感謝する、だから安らかに寝むれ。……我が友(戦友)よ」

 

腰に差してあった軍刀拵えの三笠刀を床に突き立ち上がるが幾つかの金属片が掠ったのか、直撃したのかそれとも両方なのか血の滲む左腕の感覚が殆ど無い。そこでふと自分の被っていたはずの鉄製ヘルメットが何処かに飛んで無くなっていることに気付いた。

 

「仕方ない……軍帽を被るか」

「司令……どうぞ」

「ありがとう、すまないな」

 

殆ど握力の無い左手で軍帽の鍔を掴みゆっくりと頭に被せる。……ああ、やはりこちらの方が落ち着くな。

 

「有賀艦長、艦隊の状態は?」

「天城艦載機消耗が7割を超え飛行甲板が大破、随伴艦の利根と鹿島は無線誘導式対艦噴進弾全発を撃ち尽くした後両艦共敵戦艦と巡洋艦を相手取り2隻を撃沈、4隻を大破させ総員退艦後に両艦共沈没、矢矧は敵重巡の主砲弾を第一砲塔に喰らい火薬と引火、爆沈しました。駆逐は響が主砲弾が艦首に直撃し中破、雪風は敵機機銃掃射を受けましたが損害軽微、退艦者の回収中で浜風は敵駆逐艦3隻と雷撃戦を行い相討ちで沈没、磯風と初霜は敵空母に体当たりを敢行し敵艦船体に艦首を突き刺し保有する全火力を発射、諸共爆沈しました。朝霜は後部甲板に着弾し機関出力低下、落伍直前で霞は雪風の援護に回って中破です」

 

俺は測量儀が吹き飛び天井から空が露出した頭上を見上げる。その空は憎たらしい程なまでに美しい夜明け色の快晴だった。

 

「本艦は?」

「測量儀が被弾し吹き飛び第一艦橋の天井が一部損壊、第三主砲砲塔甲板に至近弾により旋回不可能、対空砲の6割が沈黙、更に右舷被雷数8本により左舷注水区画目一杯、右舷は排水作業を全力で取り組んでいますが傾斜が酷く……恐らく主砲を旋回すればバランスを保てず転覆します」

「そうか……艦長、全艦に総員退艦命令を。ああ、それと中将旗とあの旗以外のZ旗や旭日旗は降ろすように言ってくれ」

「それは……分かりました」

 

艦橋電話の受話器を手に退艦命令を出す艦長を視界の端に収め俺は軍服の内ポケットに入れていたある物達を右手で取り出す。そしてそれと杖に付いていた刀を指示の出し終えた艦長へと投げ渡した。

 

「受け取れ、有賀艦長」

「これはっ……⁉︎」

「その2つはいつか出逢えたなら妹達に返しておいてくれ」

「まさか司令、死ぬつもりですか⁉︎今作戦の目的である『連合国艦隊の壊滅による沖縄民及び陸軍の撤退猶予を稼ぐ事』を達成した今貴方だけでも日本に帰還すればこの海戦は例え全ての船が沈もうとも我々の勝ちなのです!これからの日本には貴方のような英雄こそが必要なのです!」

「それは違うぞ艦長、本当に必要なのは若者達の生命と君のように国家ではなく国民を第一に考えられる軍人だ。むしろ俺のような英雄こそこれからの日本には必要無い、寧ろ日米開戦を止められなかったその罪と業は全て俺が最後まで責任をもって持って行く」

「しかし!」

「2度は言わない。退艦しろ、そして生きて日本に帰れ。それに致命傷はなくとも……出血が酷くてな、左手の感覚もないし恐らくもう助からん」

 

俺はそう言いつつ先程までは俺を庇った若い男の立っていた大和の舵を右手だけで握る。よし、まだ動く。この船は、大和はまだやり残した事がある。

 

「だから艦長、君は生きろ。生きて日本に、我々がその背に守るべき国民の生命をひとつでも多く守れ、そして最後まで生き残れ。例え認められる事はなくとも、嗤い蔑まれようとも、我々の使命は国を、国民を守る事である。その最終防衛線である我々がいなくなる事など何よりも許されない。だからこそ生きろ!これは命令だ」

「……はっ!有賀幸作海軍大佐、御国夏海中将の命、拝命します!失礼いたしました‼︎」

「宜しい、報告は向こうで聞こう。但し余り早く報告には来るなよ?楽しみは最後まで取って置くものだから………な」

 

敬礼し艦橋を後にした有賀艦長の背にそう呟きながら見送り俺はそこでふらりとバランスを崩して舵にもたれかかるようにして辛うじでその身を支える。どうやら本格的にヤバイらしい。

 

「はははっ…………これはマジでヤバそうだな」

 

大鳳麾下特別編成艦隊は作戦通りならば沖縄連合国残存艦隊と艦隊決戦、そろそろ沖縄沿岸に51㎝連装砲に改装した武蔵による対地砲撃と正規空母3隻が接近し艦載機による爆撃が敢行されているだろう。同時に沖縄北部に揚陸艦4隻から発進した大発が海兵部隊を乗せて上陸、住民や陸軍の退避が開始されているはずだ。

 

「……これで史実より遥かに沖縄の犠牲は無に出来ずとも減る、恐らくこの海戦で稼げる時間は約2週間、だがその2週間で20万の内10万は救えるはずだ」

 

かつて平成(未来)を生きた彼だからこそ知る史実の未来(過去)(現在)の自らが変えてきた歴史を擦り合わせそう答えを出す。

……しかし明治に転生して海兵学校ではあの山本五十六と学友になり、日露戦争では三笠に乗って、海軍軍縮条約に山本と同行し、空母に改装した時に手を加えた加賀で日中戦争を過ごして、連合艦隊総司令部附の参謀に引っこ抜かれて真珠湾攻撃作戦を立案、太平洋戦争に突入し、帝都(ドーリット)空襲を防いで空母沈めてミッドウェーで空母赤城達を沈めない為に南雲少将の所に参謀として乗艦し、ブーケンビル島で山本が死んで、中将になって南方海域で暴れ回って、天一号作戦に艦隊司令として参加、んでもって今大和の艦橋で舵を握っているとは……人生とは分からないもんだな。

その最たる例は俺が持つ二つ名だろう。確か日本では戦神とか言われていだが、捕虜の話から言うと俺はアメリカではアカギという鋼鉄の城に待ち構える魔王か戦局をひっくり返し海を鉄色に染め上げる魔神だとか言われているらしい。魔神はともかく、俺赤城の艦長になったこと無いんだが……精々南雲中将(当時少将)が司令官だったミッドウェーの時に参謀として放り込まれてただけだし。

 

「儘ならないなぁ……なあ大和よ」

 

元々は純白だった筈が最早血だらけになった(真紅に染まった)第二種軍装を身に纏う俺は自嘲するかのように笑う。

思い通り、望んだ通りに事が運んだ事は一度も無い。想定された最悪を回避し辛うじて勝つ、もし負けてもより良い負け方で負ける。犠牲を許容しながら犠牲を限りなく減らそうと奮闘した。最善でなく最良を目指し足掻き続けた。恐らく、転生の時に貰った特典(チカラ)が無ければここまで来る事すらできなかったはずだ。

これもまた、そのひとつ。

 

「大和とは本当に必要なものだったのか?1隻建造する事に国家予算の3%もの莫大な資金と資材、時間を費やしながら大した戦果は挙げられなかった」

 

大和や武蔵は自分が設計段階で魔改造を施した様なものだが既に世界は巨大な船体と砲を持ち相手を磨り潰す“質”の艦隊決戦思想から圧倒的物量と性能を前面に押し出した相手を押し潰す“量”の航空機決戦思想に切り替わっていた。

 

「……悩んだよ、本当に大和を、お前を史実通り建造させるのかどうか」

 

魔改造を施したおかげで大和の艦影は最初から第三次改装を終えた頃の姿であり電探もまた史実より遥かに良い物を使っている。対空装備も4月に行った第四次近代化改装で使わない副砲の撤去とVT信管を使用した対空砲、それも新型レーダーとの同調型に切り替えてある。そして最大のその特徴は建造当初から若干の手間数が多い事は否めないが新型ガスタービン機関とコンバインドサイクルを搭載している事だろう。公式最大速力35.21ノット、艦首艦尾サイドスラスター装備の為規模の割には他の戦艦とは一線を画す機動性能を誇る。

 

「だが俺はお前を建造することにした、お前は日本の象徴として、日本人の持つチカラの象徴としてこの世界に誇らせてやりたかったから」

 

確かに大和は戦う為、国を守る為に造られた。だが設計者、設計協力者の者達が本当の目的で彼女を設計したのは彼女を海軍だけのではなく日本国民そのものの象徴としたかったからである。

 

「戦う為じゃ、守る為じゃないのかと怒っているかもしれないがこれもまた大切な事だと俺は思う。技術や力、これらは形の無いものでどんな時、どんな事があろうとも形有るものと違いきっとこれらは奪われる事は無い。だが形の無いものだからこそ、ひとつの(象徴)として表すことの出来るお前が必要だった」

 

古今東西、大和のように機能性が高くそれでありながら国を表す戦の華ともなれる美しさを誇ることの出来るこれ程までに巨大な戦艦はネームシップとしては大和ただ1隻しか存在しない。

 

「故にお前がこの戦いで残した最大の戦果は連合国艦隊を壊滅させた事でも、単艦で最期までここで戦い殿を務めた事でもない。世界に日本こそがあの大和を造り出した国なのだ、あれ程の船を造り出すチカラのある人なのだと証明する事だ。未来の、若者達の為に」

 

負けない戦いを、願わくばより良い負け方を

今の日本を、世界をより良く誰もがほんの些細な幸福を幸福に思える未来に

そして、自分にだけでなく誰かにも優しくなれる様なそんな世界に

 

早期講和など軍人や政治家が望んでもアメリカの民意はそれを許さない、故に最終目的は講和であろうと為さねばならなかったのはどうすればアメリカ国民の戦争への意識を厭戦気分に持ち込めるかだった。今思えば懐かしい、この意見の対立でいくら山本と殴……対話を重ねたか……。結局は対米戦開戦直前の真珠湾攻撃直前まで肉体言語で話し合ってようやく奴も認めたのだから…………副官が「ああ、またか」みたいな顔して慣れた手付きで手当てしてたが。

走馬灯のように浮かびは沈み浮かびは沈むを繰り返す懐かしくそして命懸けで何より生きていた事が実感できたかつての日々を思い出し俺は笑みを零す。

 

ああ、生きていて、生きてきて本当に良かったと

 

「だから大和、例え未来で俺が戦犯と罵られようと、お前が世界無用の産物のひとつだと嗤われようと、俺が乗る船(の棺桶)となったからには最期の最期の、靖国だろうがヴァルハラだろうがあの世の地獄だろうか何処だって付いて来て貰う。良いな?」

 

もう立っているだけの余力も無い、血を流し過ぎた、感覚はとうの昔に麻痺している。

 

だがそれでも舵だけは離さない。

 

「さあくそったれな1億特攻の先駆けとやらだ(戦場だ)、華々しく散ってやるつもりなどほとほとないが最期のくらいはその散り様を魅せてみせよう。

 

 

 

我こそは戦艦大和、日本の華にして戦の華、暁の水平線に勝利を刻む艦隊乙女。今こそその勇姿を、乙女の意地を、その最期を魅せましょう」

 

高らかに謳い上げられたその名と共に大和は最期の増速を掛ける。船速12ノット、本来の出力の半数にも満たない低速であるがその姿はその場にいるあらゆる者の瞳を惹き付けた。そのマストに唯一掲げられた御国夏海が掲げる事の許された艦隊旗、白地に桜色の6枚の花弁を持つ一輪の華は大和の上げる黒煙と炎を浴びようと純白を保ちながらも黄金の蒼に染まっている。

 

「♪〜♪〜♪〜……♪♪〜♪〜……」

 

口笛を吹く、息も絶え絶えで意識も朦朧として焦点も定まらない。それでも俺は口笛を吹いた。帰りたいけど、帰れない。故郷を思い、大切な人を想って誰もが戦場ではそう思っては死んで逝く。でもそれでも前を向く、理想を追い失くしたモノを失ったモノを忘れないようにふと思い出した(未来)の歌をいつだって俺は口笛と共に歌ってきた。……だが多分、コレがその最後であろう。しかし、

 

「……でももしまた歌えるなら、次があるならば……もう少しだけ平和な世界(明日)だったらいいと思わないか?…………なぁ、大和?」

 

俺の零した未練は誰にも届かずに黒鉄の中で朽ちてゆく。そして黒煙の満ちる黄昏の空と海原を舐める業火に照らされた鋼鉄の城が人波の浮く白波を掻き分け、崩壊した連合国(アメリカ)艦隊輪形陣中心部に鎮座する旗艦エセックス級1番艦エセックスに向け突き進む。

 

 

………そして

 

 

そしてその海に大和の艦首がエセックスの艦首に突き刺さり圧倒的質量の物体が潰れ、砕ける豪快な破砕音が響き渡った。エセックスの艦首を潰し板に刺さった杭の様に突き破った大和の艦首はエセックスの艦内を押し潰し格納庫を抜け甲板をも突き破る。そして次の瞬間エセックスが内部から膨張したかの様に見え同時に内部から大和諸共吹き飛ぶ。恐らく突き破った艦首は格納庫の艦載機を破壊、積載されていた弾薬や爆薬、燃料に金属同士が擦れた時に発する火花が着火、瞬く間に燃え上がりそのまま内部から爆発したのだろう。

 

「ああ……大和が、沈む……」

 

避難用の装載艇に乗り込んでいた大和乗員の内、その誰が、いや誰もがそう呟く。艦首が抉り取られたかのように吹き飛んだ大和の艦体は艦首からの莫大な浸水に浮力を奪われただでさえ余剰浮力の無くなっていたその姿は急速に水面の底へと沈降していく。不沈艦と謳われ、しかしただ1人の海軍中将に「必ず沈む」と言われたその船は言われたその通りその海軍中将を乗せたまま海底(母なる海)へと還って行った。

 

 

 

 

 

───1945年8月15日6時1分 戦艦大和、坊の岬沖海にて沈没

 

───同年同日同時刻 御国 夏海帝国海軍中将、大和艦上にて戦死

 

 

 

 

 

───同年12月8日 日米講和成立、太平洋戦争終結

 

 

事実上枢軸国側に対し連合国側が勝利した形で第二次世界大戦は終結した

 

 

 

 



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第壱章 昭和から平成へ
第壱話 花開く前の蕾


 

「転生……ですか?」

『そうです、貴方には過去に転生して歴史を変えて頂きます』

 

ふと気付けば俺は何処かよく分からない建物、見た所神社の社の様な所にいた。いつの間に拉致されたのかとも思ったがそれがどうも違う様でいつの間にか目の前には1人の女性が正座していたからである。

で、話があるとの事で座る様勧められた為俺も彼女に習って床板に正座しその話を聞いた所、どうやら自分は死んで魂だけになった存在でありそれを偶然見掛けた彼女が拾って此処まで連れて来たらしい。でそこまで言ってもらって漸く気付いた事だが彼女、神様だったらしい。確かに見た目は大和撫子そのものであり着ている服も巫女服というかそういう神職系が着ている服に近い物で言葉遣いも何処かの皇族の様に丁寧である。ただそう言うっぽいオーラはない様な……と思っていたら「必要ないかと思いまして、それにアレをしようとしたら少し疲れるんです。でも納得出来ないのであれば出してみましょうか?」と言われむしろここまでされて信じれない方がおかしいのでそこは丁重にお断りした。

ここで話は冒頭に戻り……

 

『変えて欲しい年代は凡そ1940年頃……丁度第二次世界大戦の頃と言ったら分かりやすいですか?』

 

そして今はここに辿り着いていた。そして彼女の要求は歴史───即ち日本の太平洋戦争の敗戦の結末を変える事、その対価として自分に新たな命の始まり(転生と特典)を渡すという事らしい。しかし……

 

「ですが俺……私は理系ではありますがただの大学生ですよ?そんな私が過去にいっても何かを変えられるなんて……」

『その辺りは私もサポート、所謂“転生特典”を渡しますので大丈夫です。それに貴方には他人より多くの“知識”があるでしょう?』

 

確かに自分には“知識”がある。大学は一応理系を選んだが実は文系、特に地理と日本史、世界史、更に詳しく言えば彼女が要求した西暦1940年代つまり日露戦争辺りから第二次世界大戦や太平洋戦争については軍艦好きや戦闘機好き等の趣味も相まって自信を持って得意であると言えるくらいには得意である。だが現実はそう甘くはない、知識だけあってもチカラがなければどうする事もできない。例えば誰か───歴史の重要人物である山本 五十六や東条 英機、天皇陛下───に打ち明けようにもそれなりの立場では確実に信用されない、寧ろ妄言と取られて信用を失うだけだろう。

だが俺の不安もお見通しと言うべきか彼女はその辺りには配慮をするとの事らしい。

 

『その辺り配慮はします。スタートはそこそこ財力がありそこそこ人脈もありそこそこ影響力がある場所からです。……ですが出来れば史実の事は、例え話等では構いませんがそのまま真実だけは話さないで下さい。これは私が貴方を送り出す為の最低条件です』

 

彼女は続ける。

 

『貴方が何を変えても構いません、時代を先取りした行動をとる事も消えてしまうはずの誰れかの命を救う事も咎めはしません。ですがありのままの史実を知るのは貴方だけにして下さい、さもないと言った通りの『歴史の修正力』が働いて歴史を変える事は出来なくなりますので』

「……『言霊』みたいなものですか?」

『似たようなものなので否定はできません』

 

言霊とは、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられて良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされる概念であり、言う事がそのままが即ち実現するという考え方な為あってはならないものは指摘してはならないという大原則がある。また似た(ことわざ)であれば『禍は口から出でる』と言うのが正しい。

 

『では時間も押しているので次に進みます。特典に関してですが具体的には何が良いでしょうか?』

「能力、力、運……ですかね。能力がなければ手段は増やせない、力がなければ身は守れない、でも最終的に運が良くなければ全て意味がなくなってしまいますから」

『ふむ、成る程……では貴方が持つイメージの中で1番それに近い「人物像」を対象に再現、そこに足りないもの、特に運を付け足してみましょうか…………ふう、できました。これで転生すれば自動的に任意の肉体に魂が入る事になります』

 

彼女は虚空に手を翳し何かをするとその虚空にはいつの間にか光の玉(転生の為の情報と特典)が生まれており、その生まれた玉は彼女のその白い指の指すがままに俺の身体の中に入った。つまりこれで転生準備は整ったと言う事であろう。

 

「ありがとうございます」

『?、何故お礼を?これはあくまで取引です、礼を言われるような事をしたとは思えませんが……』

「そうかもしれません、ですが自分にもう一度生きるチャンスをくれたのは貴女です。ですから、ありがとうございます」

 

死んだ原因も思い出せないし彼女がわざわざ転生させる理由も知らないが『生き返らせてくれた』と言う事実だけは知っている、ならば自分はそれに感謝すべきであるのは当たり前だろう。そしてなんとなくだが彼女の正体、神名がなんなのか分かったような気もする。

 

『……変わった人ですね、ですが悪い気はしません。せめてこれから貴方の歩むその人生にどうか幸のあらん事を願わせて頂きます。いってらっしゃい』

 

彼女、八百万主神 天照大御神(アマテラスオオミカミ)はそう言って彼女に感謝の礼を捧げていった彼を見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『今の子等(人々)も悪い子ばかりではありませんね……、とそれ以外にも全く……愚弟は何時になっても自由奔放過ぎます。髪型を世紀末みたいなのに変えたと思ったら108の魂を見繕ってきて下位世界に放り込んでいくんですから……、その調節も私がする事になるから忙しいたらありはしませんね。はぁ……』

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

2020年4月7日、その日佐世保鎮守府所属の暁型(特Ⅲ)駆逐艦1番艦(長女) 暁、2番艦(次女) 響、3番艦(三女) 雷、4番艦(四女) 電の4()により編成された第六駆逐隊は本土絶対防衛線(最終防衛ライン)である鎮守府海域の一部である本州〜沖縄間の哨戒任務へと出ていた。

右を見ても海、左を見ても海、上にはまだ少し寒い快晴に、下には鉄で出来た船体(もう1つの身体)、波間を掻き分け彼女達は春の海を航海する。

そしてそれも少しした頃、哨戒も折り返しを迎え帰路に着いた頃に彼女達は警戒はそのままにとある噂話をし始めた。

 

「ねえ、知ってる?あの『噂』の事」

「噂?なんの話です?」

「嘘知らないの(いなづま)!今この辺りの海域の哨戒に出ている艦隊では有名な噂なのよ?」

「知らないのです、なんで(いかづち)知ってるのです?」

「ええ……知らない方が驚きなのだけど……」

 

哨戒中の第六駆逐隊最後尾を務める駆逐艦に乗る電にその前を航行する雷は佐世保鎮守府だけでなくこの付近一帯の哨戒を行っている沖縄警備府やここを通行する色々な艦隊にて噂になっている『とある現象』についての意見を聞こうと話題に上げるも、まさか相手が知らないとは思わなかったのか任務中であるというのに一瞬顔が唖然としてしまうくらい驚いた。最近は毎朝食堂でもちらほら話題に上がる話であり流石に知らないとは予想だに出来ていなかったのである。

 

(あかつき)は知ってる?」

「あ、当たり前よ!私はレディーなのよ!情報収集なんて基本中の基本よ!」

「じゃどんな内容なのですか?気になるのです」

「うっ、そ、それは……」

 

「じゃあ暁は?」と矛先を向けられた(とばっちりを受けた)暁は実は見栄を張って知らなかったのに知っていると言ってしまった為に言葉に詰まる。だがそれを予め予想していた単縦陣の先頭を航行していた同型(四姉妹)駆逐艦(次女)(ひびき)がその会話を引き継いで説明を始めた。

 

「……噂の内容は簡単だよ、どんな艦隊だって基本この海域を通過するのは六○○から一八○○の陽の明るい時間帯だけだ。唯一の例外は私達みたいに哨戒任務に出ている部隊だけれど、それでも哨戒を行うのは陽の明るい時間帯が多い。でも此処最近不思議な事にこの海域にはごく稀に予報外の正体不明の『霧』が発生するんだ」

「霧……なのですか?」

 

電は疑問の声を上げるが響は続ける。

 

「そう霧だ、初めの頃は皆んな天気予報が外れた季節外れの『ただの』霧だと認識していた。けれどある日そんな中に突入してしまった部隊があったんだ、私達と同じ様にこの海域の哨戒を担当していた駆逐艦の鑑娘達が夕暮れ近くの視界が悪くなった時に誤ってその中心真っ只中に向けてね」

「そ、それでどうなったのですか」

 

1度息継ぎの為に話を区切った響に電は不安気な問いを投げ掛ける。そして噂の内容を知らない暁もまた興味津々といった感じに響の話(通信機)に耳を澄ましていた。

 

「見たんだ、艦首が吹き飛び砲身が捻じ曲がり艦橋の崩れ落ちた巨大な鋼の城、浮く筈のないそんな損傷を抱えながらも静かにそこに浮いていたまるで幽霊船のようなそんな船を」

 

息継ぎという溜めの後話されたその噂の内容にそれを初めて聞いた2人は、

 

「ひゃぁぁあっ、こ、怖いのです!」

「ふ、ふんっ、あ、暁は一人前のレディーだからこ、怖くないんだからっ!」

 

大いに怖がっていた。別に聞くだけなら怖い話でもなんでもないはずなのだが確かに実際にそんなシュチュエーションでそんなのモノに遭遇すれば怖い話ではあるだろうな、と噂を元から知っていた響と雷は思う。とはいえもしこの噂が事実として1つだけどうしても『問題』になる問題があるのだ。それは、

 

「でもそれってもしかして『大和』さんなんじゃ……、確か大和さんは昔この海域で沈んでしまったんじゃなかったかしら?」

 

そう、その噂に出てくる幽霊船の正体が彼の超戦艦 大和である可能性が高いという事である。何故その正体が大和であると問題になるのかと言うとそれには大本営や軍令部、鎮守府、提督等の色々な大人の事情が絡み合う所為であり、決して大和が悪い訳ではない。寧ろ人間の方が悪いのだが彼女にも色んなものが背負わされておりそれが彼女の重しになっている事も間違ってはいない。……だがひとつ言えるならば彼女の背負ったものは大半があの大戦中、あの船に乗った全ての人々の願いの託されたものであり彼女自身がそれを大切にしているという事である。

 

「帝桜の戦艦か……っ⁉皆前方注意‼」

「っ!この霧!」

「も、もしかしてさっきの話に出てたあの霧なの⁉︎」

 

とその時先頭を航行していた響は前方200mに突然として正体不明の霧が発生しているのを真っ先に確認した。全員に警戒を促すが、その霧はいつの間にか発生し始めていたのかは不明であり既に凡そ幅150m、高さ70m、奥行50m……今もなお拡大中である為最早それ以上ではあるがそれでもその霧は不自然なまでに自然にその空間を侵食していっている。

 

「……行ってみようか」

「ちょっ、響!危険よ!引き返すべきよ!」

「……出会ったからには私達にはそれを調査しその結果を司令に報告する義務がある……それが私達が今ついている哨戒任務だよ」

「そ、それはそうだけど……」

「危険は多いわよ?霧内部に対し電探(レーダー)聴音(ソナー)共に異常無し、でも突入すれば濃霧の所為で有視界での索敵がメインになるから艦隊同士での衝突の危険性も無くは無いわ。それ以前に下手に突入してそこで深海棲艦と鉢合わせして乱戦……という可能性だってある。それでも行くのね?」

 

響は任務の遂行の為に『突入』を提案するが暁はそれに否定的、雷は可能性を説く為にどちらかと言えば否定的で『消極的賛成』とも取れる。そこで決定の(決め手)を握る事となった電は、

 

「しょ、正直に言えば怖いのです……。でも誰かがしなくちゃいけないです。誰かに押し付けては駄目なのです!もう後悔はしたくないのです!だから電は行きたいのです!」

 

怖いのだろう、それでも彼女は言い切った、『やる』と。

 

「……そうよ、臆病風に吹かれて任務を投げ出すなんてレディーのする事じゃないわ!暁はレディーなのよ!正体不明の霧なんかに負けないんだから!」

「そう言うと思ったわ、でも無茶だけはしないように!司令に言いつけるからね!」

 

そんな電に影響を受けたのか暁と雷は霧内部に突入、調査する響の提案に賛成、突入する事になった。

 

「良し、じゃあさっきまでと同じように私を先頭に単縦陣で行こう。但し艦隊幅には注意、電はまた『頭突き』しないでね」

「も、もう!ソレは言わないで欲しいのです!」

「ごめんごめん、冗談だよ。さ、行こう」

 

張った緊張をほぐす為に笑えない冗談(電のブラックジョーク)を言った響を先頭に彼女達はゆっくりと、警戒を落とさず前進する。いつの間にか潮風は弱まり海面は凪いだかのように波は低い、ほんの数m先しか見えぬ濃霧の中を羅針盤と継続艦は先頭艦の信号灯を頼りに突き進むとその先に薄っすらとではあるが何か何処か懐かしくも(・・・・・)見慣れたような(・・・・・・・)(シルエット)が見えてきた。

そしてそれを見て彼女達は驚愕する。

 

「これは……」

 

目の前の、霧に包まれ浮かぶは黒鉄の城、欠けようと、穿たれようと、抉られようと威風堂々まるで何かの象徴であるかのように力強く、そして美しく聳え立つはかつての大戦の遺跡。沖縄を守る為数に勝る連合国艦隊を相手に再編第二艦隊自らを囮とし見事特別艦隊(本隊)を沖縄に届けそして連合国艦隊と相討ちにして沈んだ世界最大最強の戦艦。

 

「まさか本当に……」

「な、何で」

「嘘よね⁉︎なんで、なんでこんな状態で、なんで今になってこんな場所に浮いてるの⁉︎」

 

霧に包まれ全容は掴みにくいがそのシルエットからソレが何なのかは素人目で見ても一瞬で理解出来る。時に流されぼろぼろになりながらもはためくその『六枚の花弁を持った桜』を掲げる事の許された艦艇は半世紀以上もの時が経とうともたった1隻しかいない。それは───

 

「戦艦───大和!」

 

そう、其処には凡そ70年も前に沈んだ筈の戦艦、『大和』が浮上していたのだった。

 



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第弍話 第六駆逐隊と秋桜の提督

 

 

 

佐世保鎮守府にある机や椅子、火の入っていない暖炉、照明、本棚と簡素、必要最小限でありながらもそのひとつひとつが極上の一品とも言える最高級品の品々であり嫌味にならない程度に抑えられたシックなとある一室、そこにある『提督』の執務室の机には1人の女性が座っていた。

 

蒼いリボンにより馬の尾の様に(ポニーテールで)纏められてはいるが髪の毛一本一本に新月の宙を織り込んだかの様な美しくも何処か冷たさを感じさせる夜色の長髪に、欧米人の血が混じっているからか色素の薄い血が通った薄い桜色の肌、日本人でも珍しい黒、正しくは紫色に近い瞳の色を持ったその女性は室内であるので軍帽は被ってはいないが女性士官用第一種軍装(冬服)に身を包み腰には海軍士官として任官した際に贈与される六四式海軍短剣が一振り吊るされている。そしてその手に持たれていたのは一冊の手帳、黒革の背表紙の劣化からしてそこそこの年季が入りそして丁寧に保存されてきていたであろうその手帳を書いた人物は御国(みくに) 夏海(なつみ)帝国海軍中将──(御国 七海)の曽祖母のお兄さんであり私からすれば御先祖様である。

 

「………『軍人に正義は不要(いらず)、名誉は不要(いらず)、ただ守るべきモノを守り切る。それだけが唯一軍人を軍人足らしめる証左である』か……」

 

パラパラと紫外線を浴びて薄く茶色くなった手帳のページを捲ると一番最後のページから少し前のページにはそんな言葉が書いた人の名前と共に書かれていた。そこから数ページ先まで幾人もの人が回して書いたであろう言葉が幾つか綴られている、中にはかの有名な聯合艦隊総司令長官 山本 五十六海軍元帥のあの『やってみせ』や井上成美海軍大将の『人を神にしてはいけない』、秋山真之海軍中将の『流血の最も少ない作戦こそ、最良の作戦である』、挙げ句の果てには東郷平八郎海軍大将の『日に五つを省みる』などがあってどれだけ友好関係と言うかツテが広かったのかと驚く程のものであり、恐らくその道のファンからすれば札束を山のように積んででも手に入れたいシロモノだろう。勿論これは陸海空軍に所属する事になった御国の家の者がほんの少しの間軍人としての戒めとして貸し出される我が家の家宝である。

 

「凄いなぁ……私には真似出来ないよ、こんな生き方」

 

思わず心から零れ落ちた言葉が口から洩れる。それは決して相手を貶す言葉などではなく、寧ろそれには賞賛と尊敬、そして憧憬が宿っている。

 

 

日本帝国海軍二大支柱、世界最高の戦略家、戦神、魔王、戦場皇帝、奇跡を起こす男、電算機要らず、個人で第二艦隊を作れる男、戦艦でドリフトをやらかした男、戦略を戦術と更に上をいく戦略で覆した男

 

 

この他にも数多くの二つ名は存在するがそれら全てに共通してその名に込められているのは畏敬や恐怖、希望であり絶望であり、そしてそれは彼が為した“奇跡”と言う名の偉業が誰もが認めるしかない奇跡であった為である。それは自分が立案したであろう作戦指令書の原本や太平洋戦争の前期、中期、後期と3種類に分けられて日米戦線と補給線、偵察から分かった補給基地の位置や戦場の推移予想が書き込まれた海図の束、航海日誌等から彼がどれだけ類稀な頭脳を誇り古今東西の戦略に通じる才能、故意であろうとなかろうと人心を巧みに掌握するカリスマ、情報と兵站を重視し戦闘では大胆不敵かつ用意周到な作戦とそれを可能にする、“奇跡”を起こすだけの運を持っていたのかを理解できる。

だからこそ、そんな彼がもし今の、平成の世にいたのならば今の現状を、深海棲艦と呼ばれる未知の化け物達の侵攻をどうにかできたのではないかと、そう思ってしまう。

 

今から7年前の2013年、太平洋上に突如として現れた正体不明の『深海棲艦』達は僅か数ヶ月足らずで太平洋・大西洋・インド洋・地中海と世界中の全ての海洋から人類の進出を一掃、駆逐した。全ての大陸、全ての島嶼は孤立を余儀無くされ、人類の文明とその隆盛は大きく減衰させられる事となるが勿論人類とてそれをただ見ていただけではない、幾度もの大規模反攻作戦が行われたがその度多くの人の血が流れ、それも6年前に行われた人類全ての海上戦力を集結させ核すらも使った海戦、通称『大海戦』で壊滅的打撃を受けた大敗北を最後に終わっている。

元々我々人類の保有する現代兵器では擦り傷程度しか装甲に展開された謎の防壁に阻まれて付かなかったのだから勝負は見えていた。しかし、それでも軍は、国はやらなければならなかったのだ。当時の多くの国々、日本もまた完全に追い込まれていた。そして深海棲艦による海洋閉鎖の影響を直接受けた海洋国家たる日本は資源の輸入が止まりジリ貧、食料も多くを輸入に頼っていたから一部を除き配給制となった。

そして人類が母なる海から完全に駆逐されんとしていた5年前、大海戦から1年後の2015年。摩訶不思議なチカラを持った妖精さん達と共に彼女達が――第二次世界大戦の軍艦の姿を模しその管制中枢体として人と同じカタチを象った『艦娘』達が現れた。唯一彼らに対し有効的な攻撃を行う事の出来る彼女達とそんな彼女達に選ばれ指揮下に置く事のできる人の提督が協力する事により人類は滅亡の瀬戸際にてなんとか平穏を手にし、そしてかつての様な海洋の主足らんと願い来たるべき『大反抗』の日を夢見ている。

 

あの『深海棲艦』の大艦隊と相まみえ大敗北を喫したあの日より7年もの月日が経った今もなお………

 

「……さて、これで休憩はお終い。第1艦隊(高速戦闘艦隊)第2艦隊(機動艦隊)の子達は出撃中だし第六駆逐隊のみんなも哨戒中なんだから仕事の続きしないと。出撃中だから秘書艦の晴風(はれかぜ)も居ないし……」

 

考えれば考える程ドツボに入っていきそうな思考に終止符を打つ為にパタンと手帳を閉じた私は手帳を大事に執務机の鍵付きの引き出しの中に直し、机の端に積んでおいた書類の束を手元に引き寄せて汚れない様に挟んであった紙を捲り1枚目を見る。

 

「ああ……、これか……」

 

『“霧”の軍艦に関する報告書』

 

気持ちを切り替えてすぐ、1枚目に書かれていた題名には今最近の日本では軍事関連者なら誰もが聞いた事があるとある幽霊船の噂についての名前が書かれていた。

 

「確か第一発見者がウチの晴風だったんだっけ、私がここ(佐世保鎮守府)に配属されてすぐの話だから今から丁度1年くらい前だったかな」

 

あれは、海軍士官学校を卒業してから1年くらい横須賀鎮守府附になって第六駆逐隊を指揮下に置いてそれから佐世保鎮守府に転属された直後の話だ。晴風単艦で敵哨戒部隊を壊滅させたその帰り遭遇したのが、その霧でありその中で目撃したのがその噂に出てくる損傷した戦艦、通称『“霧”の戦艦』である。これだけならばただの見間違い、もしくは幻だと判断されるだけであったがその霧はそれからも度々出現地点を変えて出現し遂には捜査にも乗り出す事になったのだ。そしてここで1番の問題となったのはその幽霊船の正体があの超戦艦 大和である可能性が高いという事である。その幽霊船の特徴が、大和沈没を目撃した元大和乗組員の退艦者達が供述した大和の最期の姿とほぼ同じであり、その出現海域が大和が沈没した海域と一致する事、更に時々海では『ドロップ艦』という何者かに建造され何処からともなく艦が現れる謎の現象が確認されている事も相まって、その幽霊船の正体があの『大和』であるという噂の信憑性の高さに更に拍車を掛けている。

 

超弩級大和型戦艦1番艦 大和

 

第二次世界大戦、太平洋戦争中に大日本帝国が建造した世界最大最強の戦艦であり深海棲艦が現れた現在も『艦娘』の大和として呉鎮守府にて建造、史実通り46㎝三連装砲による超火力と当時試作型でありながらも最高精度を誇った試作棒状水上電探を使用した精密な電探統制射撃と対空射撃、特殊構造と惜しみなく投入された新技術により構築された防御装甲と先進的ダメージコントロールによる超防御力を併せ持ち、掲げられるその旗により艦娘としては最高峰の幸運値を誇るまさしく最強の艦娘である。しかし、彼女自身が余り誰か特定の『提督』の下に就く事を好ましく感じておらず更に『提督』側にも彼女を受け入れるだけの資質に欠ける事と万が一受け入れるとなると起き得る問題などもあり、今の彼女は彼女と同じような境遇の艦娘達と共に横須賀鎮守府所属聯合艦隊総司令長官預かりの『特別編成第二艦隊(天一号作戦関係艦)』に編成され彼女はその旗艦を務め各海域にある鎮守府からの要請を受けて年中何処かの海域に派遣されている。

でだ、そんな艦娘として最強の能力を持つ彼女がもう1人手に入るとなればどうなるか。現在日本の備蓄資材事情はお世辞にも良いとは言えずどちらかと言えば余裕が無い、そんな中である意味運頼みに近い建造、それも大規模資材を投入する事になる『大型建造』に資材を回して大和を建造する事は不可能に近い。となれば最終手段としてドロップ艦を狙う事であるが現在解放されている海域で大和が出現する海域なんてものはない。そう、()()()()のだ。今までは。

 

「……でもこの噂がその前提を覆し掛けている。『“霧”の戦艦』の正体が大和だと判明してから上は調査と称して直接部隊を派遣して自分達でドロップ艦を回収しようとしているようだけど……余り上手くいくとは思えないかな。あくまで可能性であって確認が取れた訳じゃないんだし調査に動かす部隊だってタダでは動かせない、私や沖縄の提督は1番遭遇確率の高い哨戒部隊に兼任して貰って節約してるけど上はそうはいかないからな……無駄足にならなきゃ良いんだけど」

 

独り言と共に書類に目を通していると執務机の右端に置かれていた少し古いシックな固定電話が鳴り私はそれを右手に取って電話に出る。

 

「はい、私です。どうしましたか?」

『御国特務中佐、軍統合司令本部(軍令部)から特務命令です。特務中佐の担当する佐世保鎮守府付近に空間の歪みを確認、【来訪者(ビジター)】の出現を確認しました。よってその回収をお願いします』

 

電話の相手は先程から度々独り言に上がっていた『上』、東京にある軍統合司令本部、通称『軍令部』からだった。

 

「また『神隠し』……いえこの場合は『妖精さん隠し』が起きたんですか?座標は?」

『妖精さんが原因かは不明です。しかし観測した妖精さん達が計算したところ座標は[129°73’10” : 28°98’02”]、坊ノ岬沖の海域と出ました』

「海上……ですか?と言う事は船ごと、と言った事なのでしょうか?」

『不明です。ただ【来訪者】、恐らく【観測者】だと思われますが過去の記録からして乗り物ごとと言う可能性は高いです。ですが解放されている海域とはいえ洋上ですので危険は大きい為、早めに回収をお願いいたします』

「了解です、では失礼します」

 

軍統合司令本部(軍令部)からの電話を終えた私は電話の受話器を戻しひとつ溜め息を吐く、また仕事が増えたなぁ……と思っていたら間を置かず再び鳴り出した固定電話の呼び鈴に私は首を傾げた。

 

「あれ?軍令部からの電話はさっき切ったばかりだし艦隊帰投はまだ先の筈じゃ……」

 

第1、第2艦隊の帰投予定時刻はまだ先であるし定時連絡もそれを受けるのは発令室にいる妖精さんか大淀な為普通この固定電話に掛かってくる事はない、ならばもしや何か先程の遣り取りで問題があったのかと受話器を再び取った私だったがそこから聴こえた大淀からの報告に思わず大きな声が漏れた。

 

「なんですって⁉︎第六駆逐隊が『“霧”の戦艦』と遭遇、そこにいた負傷者を収容し急遽帰投中⁈」

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

「戦艦───大和!」

 

4姉妹の誰かが、その全員がその名を叫ぶ。

 

 総排水量 65,000t

 全長 265.0m

 出力 20万馬力

 最大速力 35.21ノット

 46㎝三連装砲3基9門

 

その(ふね)はかつての大日本帝国海軍、いや日本の栄華の象徴。あの大戦末期において海軍をその最後まで支え、国民を守りそして散ってしまった男の棺桶であり、最期にはあらゆる者に『最強』と言わしめた御国艦隊の旗艦、6枚の花弁(はなびら)を持つ奇跡の桜を掲げ沈んだ世界最大最強の戦艦、それが『大和』である。

そして今此処にソレが浮上して来ていると言う現実に思わず思考を停止させてしまっていた彼女達の内、1番日頃から冷静である響が1番先に我に返り急いで自分達の所属する鎮守府(佐世保鎮守府)に向け連絡を送ろうと無線を繋ぐ。だが、

 

「なっ⁈無線が通じない⁉︎」

 

通信を試みるも耳に掛けてあった通信機(イヤホンマイク)から聴こえるのは静かに響くノイズのみ、周波数を変えて更に試みるも相変わらず繋がらず近くを航行している可能性のある船舶にすら通じない。つい先程行った定時連絡では問題なく通じたしそれ以前に今もなお此処(霧の中)にいる姉妹とは通じている為に壊れた訳でもないと言うのにだ。

 

「たっ、大変よ!電探が作動しないわ!」

「なっ、何だって」

 

更に雷の慌てた声に4人は現状の異常性を正確に認識する。無線、電探(レーダー)聴音(ソナー) 等の外部、もしくは内部からの送受信手段はほぼ全滅。おそらくその原因と考えられる霧の存在により目視を含めた光学系の観測手段もほぼ無力化されており正しく絶体絶命と言ったところである。ただ唯一の救いとして動力機関には問題が見られなかった事であるが、このままでは万が一にも深海棲艦と遭遇した場合手も足も出ずにやられてしまう可能性が高かった。

 

「どどど、どうするの?撤退するなら早い方が良いと思うわ」

「はわわわわわっ、でも何も見えない今動くのは危険なのです」

「…………」

 

響は考える。雷の言った「今すぐ撤退すべき」という意見は正しい、だが電の言った「今すぐ動くのは危険」という意見も間違ってはいないのだ。……ただ響の、数少ない大戦を終戦まで生き残った彼女の勘は告げていた。此処で引いてはいけない、今は、此処は何かとても大切な場面であるという事を、

 

「……暁」

「何かしら響、私は貴女がしたい、しなければならないと思う通りにするのが1番だと思うわ」

「………ありがとう、暁姉さん」

 

判断に困った響は自らの姉の名を呼んだ、その姉は迷う事なく妹である彼女の背を押す。だからこそ彼女は決断した。

 

「……良し、全艦合戦準備!砲雷撃戦用意!」

「「「ヨーソロー!」」」

 

響の号令と共に4隻の駆逐艦では主砲には砲弾が、魚雷発射管には海軍自慢の酸素魚雷が自動で装填される。

 

「全艦その状態で待機、警戒はそのままにこれより大和………霧の不明艦に対し接触を開始する。直接乗り込むのは私だけだけど3人は有事の際は各自の判断で探照灯及び発砲を許可する」

「「「了解(ね)(よ)(なのです)」」」

「じゃあ行ってくる」

 

響は1人自らの船体を大和の右舷へと接近させ、それを見守る暁、雷、電の3人は各砲身や発射管を大和とその反対側に向け万が一に外部からの攻撃があった場合にも即応できるようにしてその動向を見守った。

 

「……よっと、浮いているだけに近いとはいえ漂う鋼鉄の塊みたいな戦艦にぶつからないように横付けするのはやっぱり難しいな」

 

ピッタリと横付けすると波で船体同士がぶつかり合って損傷の原因、特に規模の小さい駆逐艦では要注意なので間に10数㎝開けて響は横付けさせる。ただ今は風も無く波がほとんど立っていない凪いでいる状態なので余り気にせずとも良かったのかも知れないが、その辺りは彼女の慎重な所である。

兎に角、横付け終えた彼女は大和の甲板の縁にロープを引っ掛けると慣れた手つきでスルスルと登る。登り終え甲板に降り立った彼女はその先にあった光景に思わずただ声を漏らした。

 

「これは……凄い」

 

彼の有名な50口径46㎝三連装砲塔が3基鎮座する筈の木張りの上甲板は海水により腐食し多くの木板が爆発の影響か捲れ上がり、艦首が吹き飛んだのもあってか第1砲塔は脱落、辛うじで第2、第3砲塔は残っているがその砲身は半ばで折れていたり折れ曲がっていたりして無事な物はひとつもない。巨大な要塞のような艦橋も基礎と第二艦橋が辛うじで残っている程度で、かつて此処に3,000人もの海兵達がいたと言う痕跡も名残も見つける事すら叶わず、無人の荒廃した甲板は何処か寂しさと虚しさを彼女に感じさせた。

 

「でも結局何故この大和が今此処に浮上しているのか分からない……『今』の大和さんは特別編成第二艦隊として北方海域に出撃中だしこの損傷具合からして私が見た75年前に沈んだ当時の戦艦大和そのもの……一体どうなってるんだ?」

 

何故霧が発生したのか、どうして今になって70年も前の対戦の最中に沈んだ筈の大和が浮上しているのか、そもそも霧との関係性は?それにどうやって浮上してきたのか、と次々と浮かび上がる疑念に思考の海に沈みかけていた響が無意識に丁度第2砲塔の真下辺りに来た時、今までほとんど吹いていなかった風が吹き上から何か白いものが彼女の頭に落ちてきた。

 

「ん?これは……海軍第2種軍装(夏服)の軍帽?どうして今こんな所に?」

 

拾ったそれ、使い込まれ少し古くなったようでそれでも丁寧に手入れされていたのか良い意味で年季の入った帽子をひっくり返し内側にある筈の名札に目を向ける。だが名札があった筈の場所には血が飛び散ったのか血が滲んで読めずよく見れば(ツバ)の部分にも血が付着していた。

 

「まさかと思うけどもしかしてこれ第2砲塔(ここ)の上から?」

 

見上げた第2砲塔の上には甲板からではよく見えない、だが付着した血痕の乾き具合からして出血からそんなに時間は経っていない筈でありそれでも早めに処置を施さねば出血だけとはいえ命に関わる事だってある。そう考えた響が怪我人が居るであろう第2砲塔の上に上がり、そこで目にしたモノに彼女はその目を見開いた。

 

「いや、でもまさか……そんな馬鹿な……」

 

左肩から腕に掛けて血だらけでうつ伏せに倒れているが軍帽と同じ様に良い意味で使い込まれ年季の入った第二種軍装を身に纏い、その腰に巻かれた剣帯には軍刀と同じ拵えに替えられた三笠刀と甲種三笠短剣が吊るされ風に揺られるその今の自分達の司令官と同じ夜色の髪をした青年。

 

「あァ………嗚呼……そんな……」

 

見た事がある。ずっと昔、まだ自分が艦娘として肉体を持った今でなく軍艦として生きていたその時代に。

 

ああ……、あああ……、もう色んな、色んな感情や考えで頭の中がぐちゃぐちゃだよ。心が痛い、呼吸も荒い。気を抜いたら涙だって出てしまうかもしれない。ああ……、初めてだ。艦娘と言う体を得て、こんな感情を、激情を得て初めてこんな強い想いを抱いたよ。

 

まさかと思ってうつ伏せとなっていた体勢を仰向けに替えた時にその顔を直視して、間近で触れて漸く確証を持てた。年齢や姿が変わろうとも目の前に居るこの人物こそあの大戦にて自分達日本海軍にとって最後の最後まで多くの将兵の精神や思いの支柱となってその最後、坊ノ岬沖にて目の前で大和と共に沈んでいった戦神たる男、日本を救った護国の英雄 御国(みくに) 夏海(なつみ)中将その人であると。

 

「司令っ‼」

 

響は制服が第二種軍装の左腕から滴る血に汚れるのも構わずその手を抱き締めた。ああ、貴方は此処に居る。夢じゃない、この暖かさは間違いなくここに、現実にあるのだと。それが実感できるというならば血に汚れてしまう事などどうでもいい事であると。

 

『ちょっ⁉響、返事しなさい‼どうなってるの⁉』

「雷……」

『え゛、なんで貴女が泣いてるのよ⁉ここからじゃ甲板の様子が見えないから報告して欲しいってそれよりホントに先に何があったよ⁉』

 

大和の甲板に上がってから一切音沙汰が無かった響を心配して通信を繋げてきた雷だったが何故かいきなり泣いているのか鼻声で応えてきた響に驚く。その代わりに雷が響に声を掛けた事によって響は落ち着きを取り戻したらしく冷静かつ端的に情報を伝えた。

 

「負傷している人が居た、だから調査は中止。急いで鎮守府に運ぶよ!」

『はわわっ⁉一体どうなってるです?』

『分からないわよ⁉でもそんな事より撤収急ぐわよ!響、事情は後でしっかり聞かせてもらうわ。良いわね?』

「勿論だ、今は急ごう。……司令、今度こそ必ず助けるよ」

 

余りに急な事態に雷達がドタバタとする中、響は夏海の血だらけの腕を上着とベルトで固定止血すると背負い眠ったままの青年にそう呟く。あの時はぼろぼろで私も、乗組員達もただ見ている事しか出来なかった。例えこの命を引き換えにしてでも守り切ってみせると誓ったのに、守りたかったのに生き残って欲しかったのに、私達は何も出来なかった。

でも今は違う。練度もあの時に負けないくらい積んだ、装備ももっと強化した、弾薬燃料の質もあの時よりずっと良い、そしてこの覚悟は変わらない。私は私達の遺した意志を受け継いで今度こそは、きっとずっと最後まで貴方を守り切ってみせる。

 

「機関再始動!出せる限りの全速で佐世保に向かう。大和に敬礼!」

 

大和から飛び降りた響の号令に青年を乗せた4姉妹は大和に敬礼を捧げた後霧を脱出、一途佐世保への帰路へと着いた。

 

 

こうして先程の通報が佐世保鎮守府に届く事になる。

 

 




本編でも後に詳しく書きますが一応補足として、

日本軍組織図

総理大臣・国家安全保障会議(大本営)(陸海空軍の命令権を持つ)
↓命令
軍統合司令本部(軍令部)(全軍に対する指揮権を持ち幕僚監部からの戦略を下に指令を下す。司令官の派遣)
↓戦略・作戦立案を指示、実行を命令 ↑戦略・作戦の上申  
統合幕僚監部(かつての軍令部であり作戦計画・立案、内部調査を行う)
↓作戦通達 ↑作戦計画の上申
陸海空軍各方面軍


と言う感じです。なお軍服も更新され自衛隊とほぼ同じ同じ陸軍が濃い緑、海軍が白、空軍が紺色とされました。なので御国 七海特務中佐が着ている第1種軍装は旧軍の第2種軍装のほぼそのままです。


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第参話 起きたら理解不能でした

西暦1884年、明治17年12月5日。帝都某所にて1人の子供が生まれ落ちた。

 

「奥様、頑張って下さい!もう少しです!……産まれました!」

「おぎゃあっ、おぎゃあっ、おぎゃあっ、おぎゃあっ!」

 

淡い金色(オフゴールド)の髪を持った女性から産まれた子供を拾い上げた助産師の役割を務めた使用人の老女がそう叫ぶと産んだ女性、母親となった彼女はふと安堵の溜息を零した。

 

「……良かった、無事に産まれてきてくれて」

「はい、元気の良い泣き声です。きっと健やかに育ってくれるでしょう」

「そう、で男の子なの?それとも女の子?」

「はい、この通り「産まれたか!」」

 

男児かそれとも女児なのか気にした母親に使用人の老女は元気に泣き喚いた赤ん坊を大き目の布で包みつつその姿を見せその性別を口にしようとする。が、口にするより早く唐突に部屋の扉が勢い良く開けられ1人の男性が中に飛び込んで来ていた。

 

「貴方!」

「旦那様」

「おおっ、無事に産まれたようだな!良かった!良くやったぞ!シャルル!」

「ええ、本当に」

「この子か!私とシャルルの子は!おお、よしよし良い子だ。重ね重ね言うがシャルル良くやってくれた。これは一家総出で……いや一族、商会の社員総出で祝うべきだな!」

「まあまあ、落ち着いて下さい旦那様。念願のお子さんが産まれて嬉しさが天元突破していらっしゃるのは分かりますが産まれたばかりのこの子が眠れませんよ?」

 

部屋に乱入して来た黒髪の男性は母親である彼女の夫であり今産まれたこの赤ん坊の父親なようだ。夫婦、特に彼念願の子供が産まれた事にテンションがどこか吹っ切れていつもは寡黙な筈が高いどころか天元突破すらしてみせて使用人の腕の中にいた我が子を抱いて小踊りし始める始末である。どれだけ子供が欲しかったんだアンタは……

そしてそれは流石に産まれたばかりの赤ん坊には酷だろうと思った使用人に諌められて漸くある程度まで鎮火する事が出来た。

 

「ねえ貴方、この子の名前、決めて欲しいの」

「勿論だ、既に幾つか……数百位考えた中から厳選に厳選を重ねた上で2つまで選んである。そうだな……」

 

そしてそこで母親はそこそこ落ち着いた夫に赤ん坊に付ける名前を聞く、夫は選定の中で最後まで残された男の子だった場合と女の子だった場合の名前を思い浮かべそして、

 

「『夏海(なつみ)』にしよう!顔立ちからしてきっとお前に似た美人の女の子(・・・)に育つ筈だ!」

「「えっ……⁉︎」」

 

高らかに『女の子』の名前を宣言した。それに驚いたのが母親と使用人の老女である、だが父親はそれに気付かずに話を先に進めて行く。

 

「そうと決まれば早く書類に記入して役所に届けねば、九内!頼めるか?」

「そう言うと思ってもう記入済みだ、旦那。今他の奴が走って役所に提出しに行っている」

「おお、そうか仕事が早いな!よし、お前は会社全体に祝い事だと連絡して来い。今晩は宴会だ」

「了解、部下達も喜ぶだろう」

 

そして九内と呼ばれた男が部屋を後にした後、母親と使用人の老女はその間違い(・・・)を訂正する為に大変言い難そうにだが父親へと声を掛けた。

 

「あ、あの貴方……?」「あの旦那様……?」

「む?如何した2人揃って?」

「あの、言い難いのだけど……あの子性別は……」

「?」

「『男の子』なの」

「……はい?」

「だから『男の子』なの」

「……済まん、もう1回言ってくれ」

「貴方が夏海って付けたこの子の性別は『男の子』なの」

「……マジで」

 

父親は母親からのカミングアウトに硬直する、その背後では同じく使用人の老女が頭が痛そうにその片手をこめかみに当てていた。とはいえ既に時遅く出産届けは恐らく既に役所に届けられており今からでは訂正には間に合わないだろう…………後日役所に出産届の誤りを訂正に父親は出掛けたが性別は訂正出来たが名前までは訂正出来なかったそうな。

 

こうして明治の時代に男なのに女性っぽい名前の彼、後の世に大日本帝国海軍を代表する提督 御国(みくに) 夏海(なつみ)が生まれ落ちたのであった。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

「……知らない天井だ」

 

目を覚ましたら全く見覚えのない白い天井が見えた。4方が白いカーテンで囲われ何処か懐かしさすら感じさせるアルコールの匂いからしてここは病室なのだろう。

 

「……死に損なったか」

 

あんな台詞(セリフ)をはいた癖に自分はちゃっかりしぶとく生き残っているなんてどんな地獄だ。いや生きている事事態は悪くはないが絶対死ぬと思ったからカッコつけて思ってた事を洗いざらい全部ぶちまけたのに……世界とはここまで上手くいかないものなのか。

寝起きの、ぼんやりとした思考でそんな事を考えていた俺はふとここはどこなのだろうと思う。

 

「揺れはないから艦の上ではないし佐世保か?いやだがこんな内装ではなかった筈だ、大神か呉……も違うし横須賀は遠過ぎるしなあ……」

 

今世に転生してから1度も病院にはお世話になった事は無かったが入院した部下達の見舞いに全国各地の海軍系の病院や病室には何度か訪れた事があるので少しくらい見覚えがあってもおかしくはない筈なのだが何故か此処はその1つにもヒットしない。

 

「なら……案外此処があの世なのかもな……」

 

とは言え麻酔のせいか意識が覚醒し切らない上に身体の感覚は鈍く、特攻前の最期に負った額と脇腹の傷のやたら現実的(リアル)な痛みと空間を満たすアルコール(消毒液)の匂いにそれはないかと思う。あの世がこんなにも現実的だったら流石に嫌だし、1回本当に死んだ事のある身としてはこんな感じでは無かった筈な気がする。

 

「でだ、ところでだ…………」

 

……いい加減無視出来なくなってきたのだがこの目線の先にわらわらと集まっている小さな『ヒト』らしき集団(塊?)、可愛らしくデフォルメというか何というかをされた言うなれば『妖精』っぽいのが集まってできた山に俺はとうとう目を向ける。

 

「誰だね君達?」

 

『気ガ付イタ』

『見エテル?』

『寧ロ見エナキャオカシイケドネ!』

『見ツカッタ、急速センコー!』

『スゴイ国民的蜜柑ジュース見付ケタ‼』

『オレンジ!』

『オ久シ……イエ初メマシテ中将殿‼』

 

大凡(おおよそ)二頭身で手の平サイズの彼?彼女?達が口々にそう声をあげて騒ぎ出す。中には俺に突撃し僅かだが身を起こしていたそのお腹の上に飛び乗ってはしゃぐ者もいればベッドの上でしっかりと敬礼して直立している者もいて正しく十人十色と言った感じである。って、

 

「って誰が国民的オレンジジュース(なっちゃん)だ‼あとそのセリフは俺が言う奴だろうが!というかそのネタは40年位先の未来の筈、何で知ってる。あとやっぱり君達何者⁉」

 

いや、言っても良いんだよ?でも若い頃(20代前半頃まで)くらいしか言われなかった愛称だし、その頃もずっと思ってた事だったから思わず言っちゃったけどでも今君達がっつりそれを意識してそのネタ言ったよな?マジで君達何者?

思わず問い詰めてしまった俺だったがその妖精っぽいナニカ………もう妖精さんで良いや、妖精さん達はと言うと、

 

『オレンジ元気ニナッタ‼』

『中将ッ、中将ッ!』

『マオー、マオー!我等ガ戦神が帰ッテ来タ!』

『呼ンダ奴マジGJ‼』

『オレンジィィィィイイィィィッッツ‼』

『司令、今度コソハ貴方ヲ最後マデッ、最後マデッ‼ウウゥッ……』

 

泣いて笑って、大騒ぎは更に大きくなっていた。更にカーテンの陰からこちらを見ていた(こんもり小山になっていた所為で丸見えであったが)のも加わって俺の周りのベッドでは万歳三唱のお祭り騒ぎである。中には何処から取り出したのかは不明だが『戦艦殺し』と銘打たれた矢鱈高そうな日本酒を取り出して酒盛りを始める者も現れ最早病室は一種の宴会場と化してしまっていた。

………取り敢えずネタに走った約1名は忘れないようにしてイマイチ事態が呑み込めずにそのドンチャン騒ぎを呆然と眺めていると、いつの間にか開いていたカーテンの向こう側にあった扉が開き3人の人間の姿が現れてそれは一瞬にしてすぐに固まった。

 

「ええ、ですがまだ手当の際の麻酔が抜け切っていない筈なのですぐには目を覚まさないかと………はい?」

「そう……でも取り敢えず先ずは響の言った通り彼が本当にそうなのか顔だけでも確認しない事には………えっ?」

「間違いなんかない、あれは、あの人は私達の司令………えっ司令?」

 

白衣を着た軍医らしき女性と海軍第2種軍装を着た20代前半位の女性、それと腰辺りまでその銀髪を伸ばした中学生位の少女がこちらを見た瞬間こちらと同じく固まった。実際それは数舜、数十秒にも満たない時間であろうが当の本人達である彼らの体感時間としては数時間は過ぎたように感じる中、その中で一番長生きしている俺はすぐに正気に戻りこの後の事を考える。如何やら自分は今麻酔の影響で寝ている筈だったらしい、それは驚くだろう。ただ驚いたその原因は多分それだけではなく俺の周りで馬鹿騒ぎをしていた妖精さん集団にありそうだが……取り敢えず今此処が何処かの病院か病室なのは確かであり、そもそも目の前にいる1人目の女性は白衣を着ているので手当をしてくれたのは彼女達である事は間違いない。まあ、何か声を掛けてみようと口を開いてみた俺は、

 

「えっと……おはようございました?」

「「「えっ?」」」

「え?」

 

 

…………………

 

 

………思いっきり噛んだ上に言葉の選択(チョイス)を間違えたらしい。というかそもそも女性が軍服を着ている時点で突っ込むべきだったのだが、それに思い至らなかったこの時点で既に十二分に冷静ではなかったりする。

 

「し…」

「『し』?」

「司令ぇぇっ‼」

「え?あ、はい⁉ぐはぁぁあっ?!」

 

と、その時銀髪の少女が何かを口に出そうとしたので俺はそちらに目線を合わせ聞き返す。がいきなりその少女は目からポロポロとなみを零し始め思わず「え?」となったところで「司令」と叫びながら俺に飛び込んで来た。あまりに咄嗟の事だった為にその抱擁?かもしくは体当たりに近いそれの衝撃に俺は思わず息を詰まらせる。なお、妖精さん達はいつの間にかベッドの上から総員退避しておりベッドの陰の方に整列していた。いや、気付いてたなら一言くれよ。その分身構える事くらいは出来ただろうに、

 

『感動ノ、御対面デス』

『ヨカッタナ響、グスン』

『デモナンカ二十歳位ノ男性ガ見タ目中学生ノ女ノ子ト抱キ合ッテルノッテ犯罪ッポイヨネ?』

『オレェェエーーンジ‼︎』

『チクワ大明神』

 

おい約3名覚えとけよこの野郎共め……と言うか誰だ今の最後の言った奴。あと俺はもう60過ぎてるから20歳じゃねぇよ、見た目は20代からあんまり変わってないが白髪だって増えてきたし皺だってある………寧ろなんでこんな老けにくいのか俺が聞きたいくらいだ。

 

「司令……司令……司令………」

 

とはいえさっきからずっと俺の上の胸の辺りでそう零しながら泣いている少女を俺は如何する事も出来ない、目の前にいる女性2人も少女が泣いているのを見て取り敢えず泣き止むまで待つつもりなようで俺はただ時が解決するのを待つ事しか出来なかった。

 

 

 




愉快?な妖精さん達は何気にこれからも出てくる予定です。


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第肆話 目が覚めたら平成だった件について

第六駆逐隊入港後に御国夏海が鎮守府内にある医務室に救急搬送された後、彼女達の提督でありこの佐世保鎮守府の主である七海の判断により艦隊帰還前の鎮守府に居た者(帰還した第六駆逐隊と妖精さん達)には一先ず箝口令が敷かれそして今、その鎮守府の一室である提督の執務室には七海と今回の件の発端となった響の2人が居た。

 

「さて……、じゃあ説明をして貰えるかな響。今回の件について」

「勿論、嘘偽りなく言うよ。『帝桜に誓って』」

「……そう、分かりました」

 

響が口にした『帝桜に誓って』の『帝桜』という言葉は彼女達が掲げるとある1枚の艦隊旗を示す。かつて彼女達帝国海軍の支柱であり数多くの将兵から信頼と忠誠を受けていた人物が掲げていた『奇跡』の御旗、故にそれは彼女に、彼女達にとって最大の誇りであり、希望であり、そして何よりも大切な絆の証である。

そしてそれは響とて例外ではない。かつて響は他の松型駆逐艦4隻と海防護衛艦4隻と共に第二次大戦後、復興の為の資金繰りの困難に直面した政府に大半の装備が取り外された状態で旧ソビエト連邦に売却されている。その際その中でソ連まで回航された彼女は船員達の願いによってかつて御国艦隊に所属した証でもある駆逐艦用の艦隊旗を掲げたまま回航され、そしてそれはソ連に引き渡された後もソ連海軍の配慮もあって彼女が標的艦として沈むその瞬間までそのマストに翻り後に碇と共に日本へと返還されている。そんな過去もあって彼女、響にとってその旗に誓うという言葉は何よりも重い意味持った。

 

「単独直入に言うよ、彼は『御国(みくに) 夏海(なつみ)』海軍中将だ」

「…………………はい?」

「彼は75年前に私達再編第二艦隊と特別編成艦隊を率い連合国海軍と戦い乗艦だった大和と共にアメリカ艦隊(エセックス)と刺し違えて沈んで逝った第2艦隊司令官長官、司令のご先祖様である御国(みくに) 夏海(なつみ)長官その人だよ」

「………………」

 

だが、だからと言って彼女が言った事実をすぐに受け止められるとは限らない。寧ろその内容からしてそれを一発で信じるような人物はまともではない。だからこそ一度その言葉を正しく理解する為にそこで七海の動きが止まった。普段は身に染み付いた礼儀正しく名家の御令嬢の名に恥じぬ丁寧な所作に中性ではあるがどちらかと言えば女性的な顔立ちでありながら凛と少し冷たさを感じさせる容貌でありその美貌から軍内外での人気は高く同性からも高い支持を受ける彼女だが、今はやや鋭めな目(尊敬する人物の血を引いているのを自覚出来る嬉しさもあるが若干彼女のコンプレックスでもある)を見開き、何時もなら軍帽の下にあって見えないがまるでレーダーアンテナの様にくるくる回ったりぴょんぴょん跳ねたりと表情より遥かに感情表現が矢鱈豊かな1本のアンテナ(アホ毛)、もとい対空レーダーもが天に向かって直立したまま固まっている。つまり今彼女はそれだけ驚いていると言う事だった。

 

「……それは確実なのよね?もしそれがそうだったとしたら私だけじゃ手に負えない大問題になるのだけれど……」

「勿論自信を持って彼は長官なのだと私は言える。若い頃……と言っても既に30歳位だったけど出会った事があるから」

「そう……でもそれだけじゃ確証には至らない。夏海さんの写真なんて何故か殆ど残ってない、辛うじて残ってるのは士官学校卒業時や太平洋作戦直前に撮ったと思われる聯合艦隊総司令部メンバーの集合写真や天一号作戦前の1枚、それも白黒写真しか無い。……曾祖母様か祖母様の遺品を整理したら家族写真の一枚二枚が見つかるかも知れないけど管理はお父さんとお母さんがしてるし従伯叔父さんの遺品(三笠長剣と甲種三笠短剣)とかの殆どは日天神社に奉納されてるから簡単には確認出来ないし……」

 

七海は思わず頭を抱えてしまった。さっき言った通りだがもし響達が拾って来た【来訪者】である青年が自分の先祖である例のあの人だった場合、この件は士官学校を出て2年程度の僅か24歳の彼女には荷が重過ぎる問題である。それは彼が本来あの海戦、坊ノ岬沖海戦にて大和と共に沈んだ筈の死人である事以上に今の戦後の彼は『戦犯』となっているからだ。

 

 

戦前、日米講話が成立する1ヶ月前の10月中頃に中立国であったスイスを通じて陸海軍上層部の一部と政府はアメリカとの講和条約締結に向けての話し合いを続けていた。その中で日本はアメリカから掲示される条件、連合国(アメリカ)主体の民主化及び大日本帝国軍の解体再編と終戦後50年間の連合国駐屯部隊(在日米軍)の日本所有基地使用許可と言う事実上の降伏に近い条件の9割を飲むがその中のひとつ、戦後ハワイにて行われる極東軍事裁判にて裁かれる容疑者引き渡しリストには当時大日本帝国に於いて唯一主権を持つ昭和天皇の名前と天一号作戦により坊ノ岬沖で戦死した御国夏海の名前が明記されていたのだ。無論、これはあくまで講和であって敗戦ではない事から国主である天皇や国民意志の代表者である首相でも軍を実際に統括する陸海軍大臣でもなければ大本営の参謀総長でも軍令部総長でもない今はただの一将官(中将)であり最早英霊となってしまった英雄である男を犯罪者にする訳にはいかない政府や軍部からは引き渡しにおけるリストからの削除・撤回を求め日米間の話し合いは平行線を辿る事となる。

が、10月下旬に米国が支援していた中国国民党が中国共産党に押され更にソビエトによるロシア侵攻が目前に迫る事が判明した事により米国が折れ譲歩案が日本側へと提出される事となった。

その内容は、

 

『日本帝国における国主、天皇に対する戦争責任は今後一切責任を問わず他国にも問わせない事とする

但し、大日本帝国海軍海軍中将である御国夏海に対する戦争責任及び戦争犯罪については一切の反論を許さず、その身柄の引き渡し及びこの断罪は断固として実行されるべきものとし以上の要件が認められぬ場合はこの譲歩案は撤回される。尚、海軍中将御国夏海に対し掲示される罪状は以下の4つである。

 

1つ、日米開戦前からハワイ真珠湾への奇襲攻撃等の対米作戦の準備を進めていた事

2つ、ハワイ真珠湾攻撃の際にオワフ島の市街地への無差別爆撃を指示した事

3つ、1942年から1945年10月現在まで国際条約にて攻撃を禁じられた非武装の民間船及び避難船、病院船を無警告で撃沈した事

4つ、米軍の投降者や民間人を一方的かつ無差別に虐殺した事

 

以上』

 

と言うものだった。だがどう読み取っても明らかに冤罪であるこの要求に政府と海軍、そして更にあの海軍嫌いである筈の陸軍までもが反対しこの要項の更なる撤回を求めたが数多もの艦艇や航空機、将兵を御国に水面の底に引きずり込まれ更には大西洋艦隊の回航直前であったパナマ運河と完成間近だった原子爆弾のあった原爆工場と完成し輸送中であった重巡洋艦までもを破壊・撃沈されたアメリカも舐めさせられ続けた辛酸と屈辱、恨みから撤回を認めず再び両者譲らずの平行線を通り越し御破算となる一歩手前の一触即発の事態にまで発展し掛けるがそれもアメリカが切り出した1枚の札により日本側は口を噤まざるはえないものとなる。アメリカは未だ南方海域、レイテ島・ルソン島・フィリピン等の多くの島嶼(とうしょ)に取り残され立て篭り、懸命に戦い生き残っている陸軍将兵約50万の生命を日本側の目の前にチラつかせてきたのだ。

 

 

沖縄を、陸軍三二軍を、その生命を持って日本を救った戦神たるたった1人の軍人の男の成した数多もの奇跡を、そしてその名誉を取るか

 

それとも

 

祖国から遥か遠く、彼方にある南の島嶼にて生命を賭けて生き残ろうと祖国に帰ろうと諦めずに戦い続けている50万もの人命を取るか

 

 

究極の二択に日本側は暫しの沈黙の後、一度相手に譲歩させた以上それ以上の譲歩は望めぬ事を理解した彼らは涙を飲み握り締めたその掌から血が零れ落ちようともたった1人の男の名誉ではなく50万もの国民の生命を救う事を選び、そしてその日から約1ヶ月後の1945年12月8日。奇しくも太平洋戦争が真珠湾攻撃により幕を開けた丁度その5年後のハワイ本島真珠湾(パール・ハーバー)、その日その場所にて日米講和条約は締結され5年に及ぶ世界を巻き込んだ大戦は幕を閉じた。

そして故御国海軍中将を中心に数人はハワイにて開かれた極東軍事裁判にて有罪判決を受け銃殺刑により処刑、靖國神社へ戦没者として英霊として合祀される事も冥福を祈る筈の戦没者慰霊碑に名を刻む事すら許されぬ世界平和を乱した世紀の大罪人、『戦犯』としてその歴史に名前を刻まれる事になる。だから唯一御国の名を入れずほぼ無名のまま日天神社に奉納した彼最大の遺品である三笠長剣と甲種三笠短剣の2つだって見逃されているがかなりアウトに近いグレーだったりする。

が、その歴史の裏の話も今になって問題となっていた。そう、昔彼と供に祖国を守る為に戦い沈んだ艦娘達とそれに触発された最初からその訳は理性では理解していたが納得は出来ていなかったかつての部下達であり現在存命であった各界の重鎮達の存在である。そんな事情を僅かながらに知っている終戦後最後まで生き抜いた艦艇達や涙を飲んだ上層部はともかく事情を詳しくは知らない部下達や途中で沈んでしまった艦艇の艦娘からすればそんな事知った事ではない、しかもそれを更に煽るように世間には御国夏海を貶す存在(アンチ)が一定数存在する事や戦場での事実でなく事実無根の嘘の話まで出回っている事から彼女達が現れて直ぐの戦線が切迫していた黎明期は我慢していたようだがなんとか本土防衛網の敷き直しが終了した最近は今は少ないが艦娘側からの協力が必要最低限以外は非協力的になってきたり提督に転属願を出し指揮下から離脱し横須賀鎮守府に来たりする艦娘も後を立たなくなってきている。そしてそれが集まってできた艦隊こそが聯合艦隊総司令長官預かり(・・・)の『特別編成第二艦隊』であり『亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)』である。しかもこの艦隊は所詮聯合艦隊総司令長官の預かりものであり指揮下にある訳ではない為、実質彼女達を指揮する者は居らず現在は艦隊旗艦を務める大和が指揮官代理として艦隊を纏めている(手綱を握っている)状態であり、そうする事で漸く軍統合司令本部は日本の戦力を掌握できているのが現状である。

がそれが今彼が生き返ったと広まれば日本、いや世界がどうなるか………下手を打てば人だけでなく日本各地にある鎮守府や警備府、要塞港に所属する艦娘のそのほぼ9割が彼の元に馳せ参じ、ついでとばかりに内乱や反乱が1つや2つ勃発してもおかしくはない。それだけ今の現状は彼女達にとって不満や反感を募らせてしまう状態なのだ。

 

コンコン、とそこで思考の海に浸かっていた執務室に扉をノックする音が響き渡り顔を上げた2人の前の開いた扉の先には白衣を着た工作艦 明石(あかし)が立っていた。

 

「……入って」

「失礼します。提督、少しお話がありまして……」

「如何したの明石?今ここに来たって事は彼の手当てが終わったって事なのだろうけど」

「はい、その報告について来たんですが不可思議な事に着ていた軍服は帝国海軍時代の第2種軍装の本物(・・)でしかも残っていた破損箇所、恐らく何らかの破片が直撃ないし掠ったのだと思いますがその規模と身体に残っていた怪我の大きさが一致しません(・・・・・・)。また出血は確認出来ますがその血糊の下にある筈の傷の7割が修復、塞がっている場所もありまるで死なない(・・・・)程度に(・・・)身体が勝手に(・・・・・・)修復された(・・・・・)ような感じなのです」

 

明石からの報告・説明に聞いていた七海と響は再び考え込む。先程からの話と合わせて何処か作為めいたものを感じる。妖精さん達が招いた【観測者(ゲイザー)】と言う平行世界からの【来訪者(ビジター)】達や【来訪者】が語ったとされる別の歴史(・・・・)から照らし合わされ浮上した過去にも在たとされる未来の分岐をズラした【特異点】と呼ばれる存在は一定年齢(20代前後の全盛期)まで肉体が若返っていたと言う証言もあるらしい(国家特A級機密だったりそもそも記録が無いのもあり今の彼女では触れられない為あくまで噂でしかない)が流石に死人が蘇ったと言う事はない。過去の死者が生き返るなんて世界に喧嘩を売ってる(妖精さんの謎能力が既に喧嘩売ってるのは気にしない)としか思えず、見方によればそれは何処かの聖書にある救世主降臨の再現そのものである。

 

「あと……」

「……まだあるの?」

 

既にその事態の重さに十二分に頭が痛くなってきていた七海に追い討ちを掛けるように明石は言いずらそうにではあるが更に口を開いた。

 

「はい、ですが……その一応カルテと報告書を作る一貫に血液型検査のついででDNA検査もしてみたんですが七海提督とあの青年のDNA遺伝子情報型には所々、と言うかかなり類似する点が多くてですね。恐らく七海提督の血縁関係者……つまり御国一族の誰かだと思うんですけど……それも結構近い」

 

そしてその言葉は彼女の今後についての行動に関して決断させる事になる。もう明らかにこれは彼女の手には負えない、しかも下手に外部、軍にも世間にも漏らせない最重要案件であると。

 

「…………もうお父さんとお母さん(御国本家)に判断を仰ぐしかないなぁ……大淀、特別秘匿(私の家限定の)回線は用意出来る?直ぐに」

 

七海はため息を吐きながら執務机にある電話の受話器を手に取りまだ発令室にいるであろう大淀に電話を掛ける、提督の突然の要求に驚いた大淀だったがすぐさま盗聴等の防諜対策が一番高く施された妖精さん特製の特殊な回線を執務机の電話に繋いだ。

 

「もしもし、お父さん?」

『七海か?突然どうした、軍の第1級秘匿回線なんか使って何があった?』

「……私の手には負えない事が起きて」

『ふむ……、こちらにも情報は入ってきているが【来訪者】の件か?何があった?』

「…………【来訪者】の正体が御国夏海中将本人の可能性が高いの」

『……はっ?』

「だから今回の【来訪者】が私達からすれば御先祖様である御国夏海中将な可能性が高いの!」

『……えっ、はぁっ⁈』

「本当、私の艦隊の指揮下にいる響の証言とDNA検査からほぼそれは確実、後は本人から話を聞けば本当に本人かは分かるだろうからこれから確定かどうかは決まるけど」

『…………』

「だからこれからどうすべきか相談しようと思って電話を掛けたんだけど……どうすればいい?」

『……ともかくこの後の予定は全てキャンセルして分家の当主や関係者を集めて会議を開く、今は取り敢えず軍への報告はできるだけ先延ばしにして情報が漏れないよう気を付けろ。夜にはまた連絡する』

「分かった」

『……頼むぞ、根回し無しにこの情報が下手に漏れれば日本が終わりかねん』

 

そうして電話は切れる。この後七海は更に鎮守府全体に厳重な箝口令が敷き直され、彼女も響と明石を連れて直接この件の中心人物である青年の状況を確認する為医務室へと向かいそしてこの後思いにも寄らぬ予想外の出来事に遭遇する事となった。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

「えーと……、大丈夫かね?君?」

「うっ、はいっ、ぐすっ、大丈夫、です、ぐすっ」

 

銀髪の少女が漸く落ち着き冷静さを取り戻したのは彼女が俺に飛び込んでからおよそ十数分後の事だった。

 

「ぐすっ……、司令このまま自分で身を起こしているのは辛いと思うから、少しベッドを起こすね」

「あ、ああ、ありがとう……」

 

先程から俺の事を『司令』呼びをしている銀髪の少女が気を利かせるようにベッド下にあったハンドルを回す事で傾斜を調節してくれる。確かに楽にはなったが一体彼女は誰なのだろうか?ただ何処かで見た事のあるような気もする。

とそこで1度思考をリセットし一先ず事態を把握する為に入り口にてずっと此方を見て立っていた2人の女性、白衣を着た桃色の髪をした女性と海軍第2種軍装にそっくりな白い軍服を着た黒髪の女性へと目を向ける。女性が軍服を着ている事に強く疑問を感じない訳ではないが一先ず現状で1番情報を握っているであろう彼女へと声を掛けた。

 

「ところで今の現状の説明を頼みたいんだが……」

「え、あ、はい。分かりました。えっと………まず初めに確認したいのですが貴方のお名前は……」

「夏海。御国 夏海という者だ。海軍中将で特別編成第二艦隊の司令長官をしてい……いや、いた(・・)者だな」

「やっぱり……え?いた(・・)ですか?」

「ああ、軍機で詳しくは話せないが……な」

 

艦隊を構成する艦艇のその9割を喪ったのだ、そんな指揮官が何時までも司令官としていられる訳がない。もしそうでなくとも壊滅した艦隊は最早艦隊ではなく司令官というものも意味を成さないのだから似たようなものだろう。

俺の答えに驚いた様子を見せた彼女──階級章や肩章から中佐であり右肩から吊るしている飾緒からして誰かの副官であろうと思うが階級章と飾緒にあんなデザインのものがあったのかと疑問に思う──だったがそれを聞いて何処か深刻そうな覚悟を決めたような顔をして俺の目を見る。

 

「えっと、あの……にわかに信じられないでしょうが、色々と説明しなくてはならない事がありますので(いち)から話しますね」

 

彼女は俺の前まで進み出てくると今俺が1番欲している現状について話し出した。

 

「まず、今の年号は昭和20年の1945年8月15日ではなくその75年後の2020年4月7日、平成32年です」

「平成……」

「そして今世界の海は『深海棲艦(しんかいせいかん)』と呼ばれる正体不明である謎の存在に支配され全ての大陸、島嶼が孤立を余儀無くされています」

「深海棲……艦?」

「こちらは言葉で説明するよりも直接見て頂いた方が早いですね。明石、パソコンの画面に資料を出してくれる?出来れば分かりやすい物を」

「はい、分かりました。では此方を……先の海戦時に偵察中だった機体が撮影に成功した航空偵察写真です、異様に黒い装甲を持った戦艦と空母、そしてこちらに映った艦橋と思われる場所に立つそれぞれの女性型制御中枢体に対し海軍が名付けた識別名称は『戦艦ル級』と『空母ヲ級』となります」

 

明石と呼ばれた桃色の髪の女性がパソコンの画面を此方に向けそこに映る2隻の軍艦と2人の女性の姿を見せる。

そこに映っていたのは70年位前、いわゆる前世に己もまた「提督」として艦隊を運営していたオンラインゲーム『艦隊これくしょん(艦これ)』に出てくる筈の敵役の姿そのままだった。

 

「…………」

 

そしてその時俺の顔は一体どんな表情をしていたのだろうか?笑っていたのか、あんぐりと口を開けて驚いていたのか、それとも特に変わらない無表情だったのか……おそらく司令官として感情を表情に出さない習慣と麻酔のせいでそれ程表情筋が仕事していない事も相まって後者であるとは思うものの自信はない。

強いて呟けた言葉はただひとつ、

 

「…………なんでさ」

 

ただそれだけである。

 

 

 

 

拝啓、転生させて頂いた八百万の主神 天照大御神様。死んだ筈がいつの間にか世は昭和から平成になっていてどうやら今度の戦いは人が相手じゃなく深海棲艦が相手らしいですがこれは罰ですか?説明して下さいお願いにします、本当にマジで。

 

 

夏海はあまりの状況の変化に天を仰ぐしかなかった。

 




付箋メモ
▪︎名前:御国(みくに) 七海(ななみ)
▪︎所属:日本海軍/階級:特務中佐
▪︎年齢:24歳
▪︎誕生日:1996年12月5日
▪︎身長:167㎝/体重:59㎏
▪︎特技:体を動かす事、お菓子作り
▪︎好きなモノ:読書、艦娘、家族、御国 夏海
▪︎嫌いなモノ:軍過激派、ブラック提督
▪︎見た目:
【挿絵表示】

▪︎備考:御国グループ御令嬢であり海軍士官学校第3期特殊艦隊指揮官養成科卒業生、2つ上の兄が海軍内部に居る


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第伍話 これからの事

世界は例えその世界が終わるその時まで回り続ける。それは最早世界と同期した経済もまた同じ、例え深海棲艦にシーレーンを破壊され大陸で内戦が起こり幾つもの大小様々な国家が崩壊した事によって世界人口が20億程減少してしまおうともそれは変わらない。

 

 

かつて日本がまだ国号を大日本帝国としていた時代その帝都として都の置かれていた現日本国首都東京の一等地にあるとある洋館と武家屋敷が連結した由緒正しい御国本家の置かれたその敷地に今、決して少なくはない人数が集まり始めていた。

その集まった者達は皆敷地内において最も古く、そして格式高い。御国家に連なる者、例えここに居を構える本家の人間であろうと許可無き場合は清掃時ですら立ち入る事さえ許されない武家屋敷にある畳の敷かれ幾枚もの襖に仕切られた、そんな一室へと通される。

 

その顔触れはと言うと、

 

 

六櫻照和銀行 頭取 九内(くない) 颯人(はやと)

御国商事株式会社 社長 御国(みくに) 夏也(なつや)

御国重工業株式会社 社長 御国(みくに) 奈央海(なおみ)

御国総科学技術研究所 所長 若宮(わかみや) 琴乃(ことの)

御国電機株式会社 社長 結城(ゆいしろ) 宗馬(そうま)

御国工機株式会社 社長 来島(らいしま) 義人(よしと)

御国製薬株式会社 社長 榛原(はいばら) 哀奈(あいな)

御国食品株式会社 社長 榛原(はいばら) 晴海(はれみ)

御国製鉱株式会社 社長 米川(よねかわ) 拓真(たくま)

民間軍事警備プロバイダー O.F.C(オーダー・フェアリィ・カンパニー) 社長 大石(おおいし) 蔵人(くらひと)

御国エネルギー株式会社 社長 米倉(よねくら) 真大(まさひろ)

日本全国損害保険株式会社 社長 一ノ宮(いちのみや) (こう)

株式会社アンカー 社長 大石(おおいし) 南海(みなみ)

前内閣総理大臣現職国会議員 大高(おおたか) (しのぶ)

 

 

と言う錚々たる顔触れ達が並びそれは現日本を表と裏の両面から支え国民の生活を保障しているもう一つの政府と言っても過言ではない。御国一門、そして1世紀近く前にこの御国グループを形作った御国夏海とそれを一大企業群を育て上げたその妹の奈々里に惚れ込みその傘下に付いた4家に連なる者達が今此の場へと集結していた。

そしてそこに1人の男が入って来る。

 

「よく集まってくれた」

 

一目見ただけでも上質な物を最高の腕を持つ職人の手ずから(フルオーダーメイドで)仕立て上げられたであろう程の最高級のスーツを当たり前の様に着こなし、その茶色の髪の下から覗かされる冷たい慧眼はその英知を誇るの頭脳と共に未来を見通すと言われる。御国一門にて伝説とも謳われるかの太平洋を見通した皇帝の妹、稀代の女帝 御国 奈々里と並ぶ才女であると言われる御国 奈央海(長女)と恋愛結婚にて結ばれ、しかも入り婿でありながらその才覚を十全に発揮し御国重工を更に発展させ遂にはその会長の座に登り着いた傑物。その男の名は、

 

御国グループ代表取締役会長 御国(みくに) 一誠(いっせい)

 

今は既に成人し先祖に憧れて2人共海軍に所属しているがその二児(兄妹)の父であり、今回の緊急招集の原因を持ち込んだ七海(妹の方)の実の父親である。

 

「まずは急な呼び掛け(招集)に応じここに集まってくれた事に礼を言わせて貰う。ありがとう」

 

上座に座った一誠の感謝の言葉に一同は静かに頷き、その感謝を受け取る。その次に口を開いたのは先々々代(夏海)から先々代(奈々里)の頃に立ち上げられた元 六櫻銀行の運営を任され現 六櫻照和銀行へと発展させた代々御国に仕えていた従家の1つ、九内家今代当主 九内 颯人だった。

 

会長(総帥)、今回の分家だけでなく傘下(従家)の我々まで集めた緊急招集……何があったのですか」

「そうだな……、では余計な前座は置いて単刀直入に話そう。今回諸君等に集まって貰ったのはとある問題、今回現れた『来訪者(ビジター)』に関してだ。そしてつい先程新たに確定情報として報告が来たがその『来訪者』の正体が旧日本帝国海軍中将 御国 夏海、即ち御国本家先々々代当主であると言う事だ」

「「「…………」」」

「諸君が驚くのも無理はない、私だってこの第一報を聞いた時はそれを正確に理解するのに数秒は掛けたからな。だがだからこそ我々はこの事について、この先について対処せねばならない。我々でさえこれだけの反応を齎す程のこの情報はこの国(国民)にとってはあの核に匹敵さえする衝撃を、現政権どころか国ごと吹き飛ばす結果を生み出しかねない」

 

一誠の言う事は正しい。もしこの【来訪者】が他の人物、例えば山本 五十六や東条 英機ならばまだマシだった。山本 五十六であればアメリカと艦娘の方に動揺が奔る程度であり、東条 英機ならば昔はともかく今の陸軍内部にシンパがいる訳でもないので存在を秘匿するのも比較的簡単だ。

だが御国 夏海は違う。

海軍においては声高には言われてはいないがあの山本五十六と同等、もしくはそれ以上に優秀であり世界最高の戦略家とも謳われ、大戦末期を生きた艦艇と乗員の記憶を持つ艦娘達にとっては何よりも信頼され奇跡を起こし続けた唯一無二の支柱であり、旧陸軍にしても何かと交流が深かった事や様々なところで受けたその恩から「海軍とはあまり手は組みたくないけど御国ならば喜んで手を組もう」とまで言わしめた一風変わった海軍軍人(一個人)である。

そして更に時期も悪い、今の日本いや世界は混乱と動乱に満ちている。無論何が何でも維持してやろうとは思ってはいるが、今の日本の平和だっていつ崩れ去る仮初めの平和であるか分からないのだ。だがそんな中で現れた前大戦における大罪人であり(こんな世界に風穴を開けられる)奇跡を起こした男(かもしれない希望)を見た日本や各国は如何反応するだろうか?放って置く訳がない、その頭脳は、戦略眼は、ヒトを掻き立てる程のカリスマは、疲弊し退路を無くしながらも反抗を夢見る世界とって何よりも必要とされるものだろう。そしてその先にあるのは長きに渡る血みどろの戦場だ、この人類の生存権を掛けた生存戦争(ゼロサムゲーム)を人類が勝ち抜くまで永遠に前線に張り付かせられるだろう。彼、御国 夏海個人の意思と幸せを犠牲にして。

だが人として経営者として国に所属する国民として、一誠は一誠達はその行為を否定しないしないし寧ろ推進するだろう。それは国に属し何者かを養う立場にある人間としては間違ってはいない、だがその血の繋り等の有無に関わりなく家族(・・)としてその人をモノの様に使い潰す行為を断じて認める事はできない。

 

「今世界が必要としているのは確かに彼の様な指揮官であり戦略家だろう、そして彼は過去に大罪人として裁かれた咎人という。だがだからと言って人をモノとして、人権すら無視して扱わせても良いものか?それは否だ」

 

それに日本でも世界でも最高の指揮官だった、魔王の様な男だった、戦争に引きずり込みながら勝手に死んだ臆病者だ、敵味方問わず命を懸けて救助し続けた男だった、世界で最も多く人を殺した戦犯だ、と賛否両論色々と有るが間違い無く、御国 夏海は日本を日米講話に導いたのであり、ある意味彼は英雄でもあるのだ。それに、我が家においては何よりの誇りでもある。

 

「故に我々はこれより御国夏海に対して総力を賭けての支援・援助(バックアップ)を開始する。彼が海に沈む時は我が一族もまた沈む時だ」

 

どうせこの国は、いや世界そのものは既にジリ貧。幾ら異世界からの【来訪者】達を受け入れていても現状のままでは何ひとつ変わらない。ありとあらゆるモノを切り捨て、見捨て、少しでも劣る枝を落として生き残るそんな覚悟は今のこの国にはない。ならば、少しでも多くのモノを救いたいならばすぐさま決断し、何かを為さねばならない。………例えそれが全ての負債をたった1人の人に押し付ける事となろうとも。

 

「この決定に異議のある者は立ちたまえ」

 

沈黙、誰ひとりとして口を開かない。たった1人に賭けられたチップは御国一族だけでなく従業員数千人の明日そのもの、1人の人間に賭けるには余りにも重く、本来なら賭けの成立しない僅か1%の奇跡を望むような暴挙である。

だが、それでも最後まで立ち上がる者はただ1人も居なかった。

 

「ありがとう、皆の協力を感謝する」

 

それに、皆の決断に一誠はただ感謝を捧げる。これで進むべき道は定まった、賭ける前に為すべき事も絞られた。後は彼がその第一歩を踏み出す前の足場を整えるのみ。

 

「さてこれから行うは我らが得意とする情報、経済の戦争(人同士の腹の探り合い)だ。せめて前線に出れぬ我らは我らなりの戦争で彼ら、提督と艦娘達を支えようではないか」

 

 

 

 

こうして御国グループの命運はその件の張本人のあずかり知らぬところでいつの間にか託される事となったのだった。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

夜が更けた佐世保鎮守府の片隅にある小さな平屋の建物、何処か昔懐かしさを感じさせる木造のその建物には『翔鳳 屋酒居(居酒屋 鳳翔)』と書かれた看板が掛けられており、何時もなら外されているはずのその入り口にはまだ営業中である事を示す暖簾と提灯が架けられていた。

 

「……はぁ」

 

そして少し前までは何人かの艦娘も訪れ食事をしていた座敷のとは別にカウンター席には白い軍服を着た女性、御国 七海が座っていた。

 

鳳翔(ほーしょー)さん、もう一杯下さい……」

「七海提督、もう6杯目です。明日の事も考えればもうそろそろお辞めになられるべきですよ」

「…………」

 

彼女は杯を傾け飲み干すとカウンターの反対側で閉店の為の片付けをしていた店名の通りこの居酒屋の主である鳳翔に日本酒のお代わりを頼む。少し度の高いお酒を何杯も飲んでいた所為か元々色白の肌を幾分か上気させ、熱くなったのか軍服と下に着ているシャツを第3ボタンまで開いて杯を傾けていた彼女は鳳翔からの忠告にカウンターにもたれながら鳳翔から目線を外し横を見る。それを見た鳳翔は少し溜息を吐きながら元々拭いていたお皿を片付けると棚から先程彼女が飲んでいたものからは幾分かは度の低い果実酒を取り出すとグラスに注ぎ彼女の前に置いた。

 

「悩み事があるのであればお聞き致しますよ?」

「……駄目かなぁ……、あんまり言えない事だから………」

「軍機、ですか?」

「そうじゃないんだけどね……色々あったの」

 

カウンターから出てきた鳳翔が七海の隣に座るのを見て七海も身を起こしグラスを手に取った。ゆらゆらと揺れる液体の水面に彼女の顔が映る。

 

「ねぇ……鳳翔さん」

「はい、なんでしょう?」

「鳳翔さんは………御国夏海中将の事、どう思ってるの?」

「夏海中将の事ですか?」

 

七海は昔からずっと艦娘達に聞きたくて怖くて聞けなかった事を口にした。確かに多くの艦娘達から好意的に見られ支柱ともなっていた夏海だが中にはそんな彼を認めない、認められない娘だっているかも知れない。最早半世紀以上が過ぎて色褪せ現実味が薄れた人の話ではなく、現実で今もその時のように知り語る事の出来る艦娘の言葉は比べるまでもなく実感の込もった話である。そんな言葉で自らが尊敬し己の先祖である存在を貶されればそれは自分もまた責められているような気がして怖かったのだ。

それも彼女が抱えてしまった重い問題とその重圧を誤魔化す為に飲んだお酒(アルコール)の所為で思わす口が滑ってしまったのだが、そんな事もお構いなくと言うように問われた鳳翔は自分の思いを口にした。

 

「そうですね………。少し他人に不器用な、どうしようも無く優しい人……でしょうか?」

「………」

 

そして鳳翔が口にしたのは七海が予想していた答えとは全くと言っていい程見当外れの事だった。

 

「私と夏海中将と一緒に行動した期間は余り長くはありません。精々中将が軍令部に提出した意見書を基に私は建造され、その意見書を出した責任で一時期艦長兼艦載機搭乗員として訓練した間と天一号作戦発動前に呉軍港にて一時停泊中だった大和を降りて見に来た姿を見た位です」

 

鳳翔は壁に掛けてある自分の弓を見つつ、いやその先にある少し昔の光景を見つつ話した。

 

「ですがそれでも彼の方は他の軍人とは少し違った方で、記憶に残る、そんな方でした」

 

それに試した事もなかったのに1度で着艦を決めて1番初めに着艦を試したウィリアム・ジョルダン氏を不機嫌にさせて苦笑いをしていましたし、と言いつつ鳳翔は微笑む。久々に思い出しても相変わらずその光景はちょっと面白かったらしい。

 

「……じゃあさ、もし会えるなら。もう1度会いたいって、思う?」

 

そしてそんな鳳翔の姿を見た七海はふと、思った事を口にしてしまった。

 

「会えるならば会いたいか……ですか。………それは……もう大丈夫でしょうか」

「ん……?」

「確かに会えるなら会いたいとも思います、ですが私は貴女という提督に出会えましたので。ですから良い提督を見つけられましたと報告できるならば会いたいですね」

「……そっか」

「はい、それに私なんかより彼の方に会いたいと本当に願っている人は沢山……沢山居ますので」

 

鳳翔はそう言ってふと北の方角を見る。今丁度北方泊地海域ではあの(・・)艦隊が単冠湾鎮守府の救援要請を受けそこの艦隊と共に海域防衛作戦(幌筵泊地防衛戦)に従事している真っ最中だろう。百戦錬磨の彼女達は皆大なり小なり何らかの彼に対して関わりがあり、そして皆あの海軍の太平洋に於ける最後の作戦に参加した艦艇()が大半だ。そしてその中心として彼の遺した意志、『誰かを、大切な人を守る』と言う意志を受け継ぎ日本を守る為に最前線であの御旗を掲げ続けている彼女こそ、誰よりも彼にもう一度だけでも再び会いたいと思っているだろう。

 

「沢山……か」

「ええ、沢山です。寧ろあの当時、特に1943年頃から1945年に生存していた艦娘で中将に義や恩を感じていない娘はいないでしょう。山本長官も戦死なされた上に軍令部から睨まれていた所為で南方最前線に張り付けられ階級もずっと中将のまま現場指揮や良くて艦隊司令として色んな艦艇を乗り換えてましたから、その分接した将兵の数も多くあれ程の人気と忠誠を受けたのですが」

「へぇ……そうだったんだ……、じゃあ私の鎮守府なら金剛と榛名……比叡はどうかな?赤城と天城と……晴風、響……がかな?」

「比叡と霧島もです、金剛四姉妹は全員第1次大戦時に関わりがありますから。それに天城さんと響ちゃんは天一号作戦参加艦ですしその中でも晴風ちゃんは中将が責任者となって建造されましたから……特にでしょうね」

 

思えば自分の鎮守府には多くの御国夏海との関係のある艦娘達がいるものだと七海は思う。佐世保(七海の)鎮守府に所属する15人の艦娘の内その半数以上である8人もいるのだ、そう考えればこの数は多い。

……もしかしたら自分に付いてきてくれている彼女達も、私があの御国の血に連なる者だからこそ付いてきてくれているのかも知れない。私が御国七海でない、他の誰かだったとすれば付いてきてはくれなかったのかも知れない。何時もなら考えない、いや心の何処かで考えないようにしていたその事にもそう考えてもしまい何処か彼女は心が痛み、寂しくも感じてしまう。

 

「………ねー、鳳翔(ほーしょー)さん。私は御国夏海中将に、ご先祖様みたいに立派な貴女達の提督になれるかな?」

 

そしてやはり七海は酔っているからか、いつも常に艦娘達に、あの手帳を開く度に自問自答を繰り返していた最大の心の声が、その問いが口から零れ落ちた。

 

「……無理ですね」

「……そう、やっぱり私なんかじゃ……」

 

即答ではないがザックリと答えられたその答えに、七海の瞳はまるで漣が立つかのように揺れ潤み始める。それを見た鳳翔は幾つか言葉が足りなかったと慌てて先程の答えの補足を入れた。

 

「あ、いえ提督が提督に相応しくないとかそういう訳ではありませんよ?ただ幾ら七海提督と夏海提督が血が繋がっていて似ているのだとしても七海提督は七海提督です。それに私達が付いていきたい、守りたいと本当に思ったのは貴女です。

ですから七海提督は七海提督らしく既に立派な提督になっていますよ」

 

鳳翔は七海に向けそう言う。それを聞いた七海は少し驚いた様な顔をし、次に安堵した顔をし、最後にとても嬉しそうに恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「ありがと……う……zzzzz」

「提督?」

「すぅ……すぅ……zzz」

「あらあら……」

 

そこで張っていた緊張が緩み気が抜けたのかいきなりカウンターに身を預け眠りに落ちた彼女達の提督に鳳翔は少し困った微笑みを零す。悩みや迷いは晴れたのか寝にくい寝方であるというのに気持ち良さそうに寝ている彼女のその寝顔を見て少し安心した。

 

「さて……提督をお部屋に戻すにも時間も遅いですし折角こんなにも気持ち良さそうに寝ておられるのですから座敷に布団を敷きましょう」

 

鳳翔も女性とはいえ艦娘、大人の女性1人程度動かせない訳ではないが最近疲れていた様であり、七海自身も言っていたが今日は何か大変な事があったのか精神的にも疲労が溜まっていた様なのでここはしっかりと休んで貰うのが吉だろうと判断した彼女は慣れた手つきで押入れから布団を引っ張り出し座敷に敷き七海を寝かせた。別に慣れたくはなかったがよくここ(居酒屋)で酔い潰れて朝まで眠りこけてくれる常連さん(隼鷹)への対処法が役に立った事に誠に複雑ながら感謝する。

 

「よいしょ…………っと」

 

その後鳳翔は細々とした備品の片付けを終え、最後に暖簾は降ろされ提灯も灯りを消して店内へと引っ込められる。

 

「本日もお疲れ様でした」

 

そしてそんな彼女の声と共にパチリ、と電気が消され居酒屋 鳳翔の1日は終わりを迎えたのだった。

 




御国グループですが元々そこそこ名のある貿易商であり造船業に手を出していたのもあり夏海が第一次世界大戦の戦争特需と世界恐慌を上手く利用してぼろ儲けした為現実世界のミツビシ並みの大企業へと発展しました。あとコードギアスの関連の方をモデルにした方もいたので余計にですね、因みに家系図はこんな感じです。


【挿絵表示】


何このカオス……


済みません、不具合が生じ家系図が上手く入っていませんでした。


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第陸話 この平成……平成であって平成ではないらしい

推敲と時間を掛け過ぎてなんか変な感じがするので後日再調整します。


 

 

「起きたかい、中将?」

 

4月の朝はまだ冬が抜け切っていないからか少し肌寒い、ただだからこそ暖かい布団の気持ち良さを十二分に堪能出来る訳だが悲しかな自分は軍人。体に染み付いた50年分位の習慣の所為で午前6時(マルロクマルマル)頃に目を覚ますと枕元に銀髪の少女がいた。

 

「……ん、ああ、起きたが……響、だったかな?」

「うん、私が響だよ。特Ⅲ型(暁型)駆逐艦2番艦の管制制御中枢体(メンタルモデル)なんだ」

 

銀髪の少女──控え目に言っても間違いなく美少女なのだが失礼ながらさっき目を開けた時には一瞬お化けかと思った──もとい響はそう言って少し嬉しげに微笑む。そしてそんな彼女はベッド横の丸椅子に腰を掛けると錨のマークの入ったその水兵帽を両手で弄びながら俺の顔を見ていた。

 

「……どうした?さっきから俺の顔ばかり見て?何か付いているのか?」

「いいや、ちょっと懐かしくなって。こうして中将と真っ直ぐ向き合うのはこの姿になってから初めてだから」

 

そう言って響は少し恥ずかしげに答える。ただ「懐かしい」と彼女は言ってくれたが俺からすればつい最近まで響(艦時代のだが)と作戦に従事していた為に余りその実感は沸かない。だがあの海戦(坊ノ岬沖海戦)から此処(平成)に飛んできた俺からすれば最近の事でも沈まず70年もの月日を実際に体感した彼女にとってそれは間違いなく過去の事(昔の話)であり、そしてそれは彼女が、彼等(・・)が刻んで来たかつての記憶なのだ。故に、俺はそんな彼女に、彼等の思いを、その意志を継いだ彼女が数多の犠牲を彼等に強いた、強いてしまった自分の事をそうやって懐かしみ好意的に接してくれる事に感謝する事しかできない……いやそれ以外の感情は彼女達への冒涜に他ならない。

 

「そうか………」

 

だから、俺は口に出さずとも彼女に感謝した。

 

「………と、わざわざ見に来てくれたのか?」

「うん。それに昨夜遅くに台湾沖近海に出現していた2個深海棲艦戦闘艦隊を迎撃する為に出撃していた第1高速戦闘艦隊と第2機動艦隊が帰投。現在入渠、休息中だけど万が一彼女達と中将が鉢合わせして正体がバレて拡散しないように私達第六駆逐隊が護衛兼無理したりしないかの監視役を務める事になるから……まあ事情(来訪者の事)はみんな知ってるけど事実(その正体)は私しか知らないから実質中将の側にずっといる事になるのは私なんだけどね」

 

と俺のふとした疑問に響は自分の役割と現状について説明する。彼女の話によるとやはりと言うかなんと言うか自分の存在は現状バレるとよろしくないらしい。ま、公式には遥か昔(半世紀も前)に死んだ筈……怪我の状態からみて大和特攻直後の爆発沈没の直前に此方へ転移?転生?したらしいがそんな人間が現れれば大問題になるのは当たり前ではあろうが。あと序にだが何故か肉体が20代、それも全盛期の頃まで若返っている事に関しては事務実務仕事が楽になる嬉しさ半分、そして自分が本当にあの時に死ねなかったという(まだ生きねばならないという)その突きつけられた現実(願い(呪い)にも似た幻想)に虚しさ半分の微妙な表情を浮かべる。

 

「……大丈夫かい、中将?」

 

そんな俺の極僅かな反応にも機敏に察する、察せさせてしまった響は心配そうな顔で俺の顔を見る。ああ……悔しいものだ、悲しいものだ。こんな幼い姿をした少女に、(彼女)に乗っていた彼等にそんな心配を、不安を抱かせてしまったのだから。

 

……指揮官(大人)失格だな、()

 

本当にそう思う。

 

 

指揮官たる者、

常に冷静であり

現実を直視し

如何なる場合であろうと動揺してはならず

例え後方で指揮する事はあろうとも

最後は誰よりも最前線にて戦わねばならない

 

 

それが軍人が成すべき理想、届かぬ現実。

数万もの将兵と数多もの艦の命運を預かる(勝利を、生きる事を、そうあれと願われた)指揮官たる(ホンモノになれなかったニセモノの)()()体現した(魅せた)奇跡(希望)そのものである。

故にそんな自分がソレを否定してはならない、違えてはならない。その理想(奇跡)はもう自分だけのものでは無くなったから。

 

「ん、ああ。何でもない。……ところでその第1艦隊と第2艦隊の編成は?」

 

だから俺は「問題ない」と響に答え、その気を反らせる為に気になっていたこの佐世保鎮守府が保有する2つの艦隊についての話題を振った。

 

「ん、第1高速戦闘艦隊は旗艦金剛を中心とした比叡・榛名・霧島の4隻の戦艦と白露・村雨2隻の駆逐艦にて編成された水上打撃艦隊、それに第2機動艦隊は旗艦赤城を中心とする天城・隼鷹・鳳翔4隻の空母と晴風・夕立2隻の駆逐艦にて編成された航空機動部隊だ」

「………ん?と言う事はこの鎮守府に巡洋艦はいないのか?」

「ああ。生憎と現代の日本もあの時よりは大分マシとは言え資源が乏しくてね。少ない各種資源から……所謂『低コストレシピ』で建造されてしまうから圧倒的に新たに建造される娘は駆逐艦が多いんだ。それにもし巡洋艦クラスが建造出来ても絶対防衛網の敷き終えた今は此処みたいに本土防衛の要所よりも深海棲艦との海域奪還を掛けた戦線の最前線に優先に配備されるから」

 

それに、駆逐艦なら燃料弾薬費はそんなに嵩まないし万が一にも備えて防衛出動の備えの為だけど戦艦・空母部隊は(すぐに資材を食い潰す金食い虫だが)最低限残しとかないといけないからね。と響は零す。ただだからと言って巡洋艦無しで対潜対空部隊を編成するのはそれはそれでどうなのかと聞くとその時は現海軍のイージス巡洋艦を中心に索敵はイージス艦が、攻撃は艦娘のいる艦艇がと役割分担をして対処しているのだという、しかし俺はそれに成る程と納得した。昨日受けた説明の中で確かに深海棲艦に対して現代兵器では傷付けられないとあった、だが探知出来ない訳ではないのだ。深海棲艦の占領下にある海域では無理だが奪還し制海制空権を確保した海域であるならばレーダーにはちゃんと映るしソナーでの聴知可能、艦艇には効かずとも砲と機銃それにミサイルも装甲の薄い艦載機程度ならば撃墜出来る。幾ら改善に努めたとはいえ第二次大戦時代の物と平成の物を比べればそんなもの比べるべくもなく平成の方が精度は高い、『大海戦』を経て現状日本が保有する戦闘可能な艦艇数は僅かとなってしまっているがそれでもそれらが全て廃艦にされる事もなく海軍が未だ2013年以前とほぼ同じだけの規模練度を誇る事が出来ている理由はそれである。

 

「これまたなんとも……とんでもない未来になってしまったものだな」

「うん、これからはきっと誰も傷付かない……私みたいに家族を失う人なんていない、些細な幸せを幸せだって思えるそんな中将が願ったような優しい平和な世界になるってそう思ってた」

「……響」

 

ポツリと無意識に呟いてしまった、そんな独白の様な呟きに響はそう応える。

 

……そう言えば言ったな、そんな理想(夢物語)

 

絶対に有り得ない、自分のかつていた未来ですら希望論と理想論だと鼻で笑われる、笑われてしまう様なまだ未来がより良いものになる筈だと信じられる無垢な子供が零す余りにも優しく愚かな夢。だが、俺はあの日あの時彼等の前で語ってみせた。死なせたくなかった、死んで欲しくなどなかった。彼等に何人彼等の帰りを待つ者が居ると思う?帰ってきて欲しい、死なないで欲しいと願う者が居ると思う?両手両脚その全ての指を足そうが足りる訳がない。そして死なせた私がどれだけ苦しむと思う?自分の作戦の、指揮の犠牲になった艦や将兵は物言わぬ“駒”なのではない、真っ当な戦争が無ければ畳の上で家族に囲まれ死んで逝けたただの人間なのだ。そんな彼等が私に、俺に言うのだ。「ありがとうございました」と、「貴方の指揮の下で死ねて光栄でした」、「貴方の為に死ねて幸せでした」と沈み逝く艦と共に死に逝く彼等が俺に向けて笑いながら、敬礼して死んでいくのだ。そんな彼等を見てなんとも思わない訳がない、後悔しない訳がない。だがそんな事が赦される時など既に過ぎ去った遥か過去のもの、今ではない。

だから、それだからこそ俺はそんな彼等にそんな馬鹿げた理想を語るしかなかった。そこに居た大半が死に逝く、そんな彼等にせめて彼等が守ったその未来に希望を持って欲しかったから。

 

「でも中将、私はこんな未来も嫌いじゃないよ?だってまた家族(暁や雷、電)に会えたから。この姿を得られたから。艦の時には希薄だった感情を、告げられなかった言葉を得られたから。それに、また中将に会う事が出来たから」

 

彼女は微笑みながらそう言った。その表情からしてそれは本心から、心の底からそう思っているのだろう。

そして彼女は告げる。彼女が抱いた(彼等から受け継いだ)、その決意(約束)を、

 

「大丈夫だよ中将、今度こそ最後まで絶対に私が貴方を守り切って見せるから」

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

「……と、いう感じです」

「死んだと思ったら生きてて目を覚ましたら70年後の未来でしたとは俄かには信じ難いが………証拠(カレンダーやタブレット)を見せられては信じない訳にもいかないな」

 

目覚めてすぐの色々な混乱は有ったものの何とか場の鎮静化を成功させ。あと仕事サボってこの部屋に集結していた妖精さん一同を部屋から追い出した後にこの見た目が十分に麗し気な女性3人組を前にして行われたのはより詳しい本人確認と現状の説明であった。

 

「それに君が妹の……奈々里(ななり)のひ孫でしかも海軍士官とは………」

 

現実とは小説より奇なりとも言うがまさか自分の妹の子孫が軍人になりしかも海軍に入っていたという事に俺は驚いた。枢木家や朱雀の事を考えれば、入っても陸軍に入るだろうと思っていたし、そもそも自分が昔軍に入ると言った時にあれ程嫌がった妹が孫に軍人になる事をよく許したものだとも思う。

 

「……よく許して貰えたものだ。少なくとも、君の様な女性が軍人になりたいなど絶対に許してくれなさそうだったんだが」

「……はい、昔はよくそれで大お祖母様に怒られ考え直すよう説得されました。でも曽祖父様……朱雀大お祖父様が遺言で好きにさせてあげなさいと言ってくれたおかげでなんとか許して貰いました」

「朱雀がか?あの頃では珍しくいつ見てもしれっと奈々里に尻に敷かれていたあの朱雀がそんな事をか……」

 

朱雀と奈々里は許嫁で、歳の差もありある意味政略結婚で結ばれたに近い2人だが初恋相手同士で相思相愛だったからか常に夫婦円満で家庭を持つ人の幸福を体現したかの様な夫婦であったが、奈々里が当時の日本では珍しい程活発かつ行動力の高い女性でありしかも並みの男よりも遥かに芯が強かった為に許嫁であり夫であった朱雀は完璧に尻に敷かれ兄であった俺もなかなかに苦労したものである。だがそれこそが彼女の魅力であり彼女が愛される原点、当時とすれば異端であろうと本当の意味で彼女を見る事の出来る者からすれば何よりも好かれ愛される1種の天性のカリスマである。ただだからこそ、俺(シスコンではあったが)は兎も角入り婿の朱雀はあまり頭が上がらなかった訳だが、そんなアイツがちゃんと最後まで妥協せずに奈々里を説得し切った事に俺は少し驚く。

 

「あの朱雀がか……」

「大お祖父様とえっと、あの……夏海さんは……」

「『夏海』と呼んでくれて構わない、戸籍上俺は死人だし死人に階級なんか有って無いようなものだからな」

「えっ……それはそれで……問題があるような気がするのですが……、……夏海さんは大お祖父様と確か同い年だったと聞いていますが」

「ああ、そうだ。朱雀は陸軍に入ったがな、あそこの家は代々陸軍に軍人を輩出しているから慣例通りにという訳だ。陸海軍の連携や関係改善の為にもよく会っていたし、親友だからな」

 

この世界に転生して友人や知人、共謀者や共犯者は多く居るがその中でも数少ない親友としての付き合いがあったのは枢木 朱雀(スザク)を入れても両手の指で事足りる人数しか居ない。その中でも、朱雀は血の繋がる家族を除けば特別に分類される人物だった。

 

「と、そういえば君は朱雀か奈々里のどちらかと言えば奈々里似だな。瞳の色もだが芯の強さも、その真っ直ぐさもな」

「あの、その、ありがとうござます」

「でも七海提督はどちらかと言えば御国中将似だけどね」

「そうだろうか?……と言うかそれよりも君は一体?あの小さい妖精みたいな存在からは『響』と呼ばれていたが」

「あ、自己紹介がまだだったね。特Ⅲ型駆逐艦暁型2番艦の響だよ。再編第2艦隊に同行し中将が大和と共にエセックスを道連れに連合国米海軍機動部隊を殲滅した後は大和他沢山艦の乗員を救助した後晴風や雪風、天城さんと共に後退に成功したんだ」

 

俺に飛び込んだ後はずっとベッドの隣に立っていた彼女は自分は響だと名乗り、頭にのっていた水兵帽を胸に置いて微笑む。最早大半が薄れ擦り切れてしまった前世の記憶であるが忘れた訳ではないしモデルとなった実物を見れば「ああ、この艦が」程度にはよく思い出していた為に見て分からない訳ではないが、艦娘の存在の説明を受けたもののどの娘がどの艦の艦娘かの説明を受けた訳ではない為1発でそれを当てては不審にしか思えないので敢えて確認として彼女達の名前を確認する。

 

「それとさっきから会話に全く参加していない其方の桃色の髪の女性は?」

「はっ、はい!聯合艦隊所属工作艦 明石です‼︎ちゅっ、ちゅ中将閣下とはトラック泊地以来ですが、よっ、よろしくお願い致します!」

「そんなに畏まられても困るんだが……明石」

「は、はっ!」

「大戦時トラックでは君や江口大佐、福沢大佐達には何度も助けられた。だから今一度言わせてくれ、ありがとう助かった」

「っ!はいっ!」

 

やたら緊張し畏まってガッチガチに敬礼と自己紹介をする明石の姿に俺は俺が何をしたというんだとも思うが……若干心当たりがない訳ではないので敢えてその事は口にしない。ただ最後に、自分が中央に戻らねばならず南方を離れてすぐ米軍の大規模攻撃によりトラックは壊滅、明石も沈没してしまった所為で言えなかった思いを、感謝を代わりに彼女に伝えた。

 

「では一先ず先に夏海さんのこれからについてお話ししたいのですが、よろしいですか?」

「お願いする」

 

そして今度は話すタイミングを伺っていた七海により夏海の今後についての話へと内容は切り替わった。

 

「はい、では今後の夏海さんの予定ですが、まず明石の見立てでは全治3週間程ですので怪我が完治次第横須賀まで飛んで貰います」

「横須賀に?」

「はい、横須賀には陸海空統合軍学校がありますのでそこで一般常識及び艦隊指揮官の適性試験を受けてもらう予定です。試験結果次第ではそのまま軍学校に残って軍事知識を最初から習得してもらう事にもなりますが、恐らく夏海さんならば通過(パス)出来ると思います」

 

横須賀陸海空統合軍学校、前世で言う防衛大学校と似た教育機関でありこの学校に入った者は2年間士官候補生としての知識・技術教育を受けそれから個人の意思及びその成績から日本各地に存在する士官学校へと配属、そこで更に2年より専門的な知識・技術を習得する事で漸く卒業、晴れて少尉としての階級を得る事が出来る。

これは最もお金が掛かり共通する基礎的な部分を学ぶ学校を1つに纏める事で軍人育成に掛かる資金予算の節約の意味もあるが大戦初期の陸海軍上層部の仲の悪さを反省に今後その様な軋轢を無くす為の意味合いもあるらしい。

 

「試験を無事通過出来ましたら次は江田島に移ってもらい海軍士官、特に艦娘達を指揮する『提督』としてより専修的な知識・技能を習得してもらう事になっています」

「江田島、と言う事は海軍兵学校か」

「はい、今は改名して【海洋技術専修士官学校】という名前に変わっています。夏海さんもここで海軍軍人としての知識を学んだんですよね?」

「ああ、俺からすれば40年前だがそうなるな」

 

ただ俺からすれば40年と少し前だが現在からすれば100年以上も前の話である。更に本音を言えばあの学校で学んだ事(操艦、砲術等は兎も角有事マニュアル等は特に)など実戦では殆ど使えなかった事ばかりではあったが、それは時代の推移の速さ(戦場における花形の変化)と俺が海軍将官としては型破りな存在でもあった所為でもある。

なので今の時代に合った知識や技術を得られるのであらば学校に通ってみたいと思ってしまうのは少し贅沢なのかもしれない。

 

「そして最後にですが、夏海さんの存在は正直に言ってこれまでの事例から考えてもとても異端因子(イレギュラー)な存在です。対応と処置を間違えれば日本だけでなく世界を巻き込む大混乱を巻き起こしかねない程に」

「は、はい、正直な話軍や政府に情報が漏洩する程度ならまだマシと考えるべきです。もしこれが他の艦娘に漏れでもしたら……最悪内乱ですね、良くて中将を旗頭にしての軍事クーデターだと思われます。4日で日本制圧出来そうな点が全く笑えませんが」

「ちょっと待て、なんでそんなに物騒なんだ。……取り敢えずこっちが気を付ければ身体が若返ってるから早々簡単には気付かれない筈………」

「中将、言ったら悪いけど中将は老けにくい体質みたいだから私みたいに関わりの深い娘だったら分かる人はすぐ分かるよ」

「…………」

 

正直1㎜も笑えない明石の推測に気休めにもならない事をぼやいた俺だったが「実際私は一目見てすぐに中将だって気付いたからね」と言う響の言葉に見事に撃沈する。基本的に彼女達は人に害をなそうとはしないし害そうなどとは思ってもいないが彼女達はただの『兵器』ではなく確固たる自我を持つ『兵士』に近い存在である。その上『艦娘』という特殊な存在上深海棲艦と同等とは言わないが同じ位人類の現代兵器が通用しにくい存在な上に人よりも遥かに優れた身体能力を保持している為正直反乱なんて起きた日には日本だけで無く人類は成す術もなくその軍門に下るしか方法が無い。唯一の対抗策は彼女達(艦娘と妖精さん)に認められた提督が持つ絶対命令権(艦隊勅令)だけであるが、実の所拒否できない訳でもない為に期待は出来ない。

 

「……至急妖精さんに頼んで特別に艦娘限定で効く認識阻害用のアイテムを作って貰います」

「お願いするわ、大至急で」

 

再確認した……寧ろしてしまったとも言える事の重大さから明石が大急ぎで医務室を後に工廠に向かい七海は頭が痛そうにその額に手を当てる。俺もまた「あ、夕焼けが綺麗だな……」と現実逃避に走ってしまう中、響は……

 

「なるようになるさ、中将だからね」

 

と、何処か確信した様子でそんなよく分からない事を言って微笑んでいたのだった。




本来『勅令』とは国家の主権たる天皇が出せるものですが、この際あんまり深く気にしないで下さい。


そして最後に、

響のヒロイン力は世界一チィィイイぃイっ!


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第漆話 明石と夏蜜柑


お待たせしました、では投下します



 

さて、転生してはや5年。明治22年、西暦になおせば1889年の帝都 東京にある真新しい洋館の一室に俺こと御国(みくに) 夏海(なつみ)(5歳)は居た。見た目は自分のオリジナルとも言える『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』の少年時代(8歳)とほぼ同じ、肉体スペックもオリジナル通りでその稀代の頭脳と無駄に体力のない身体も全く同じと言っていい。唯一の違いは既に左眼にヒトを孤独にする王の力『絶対遵守のギアス』が存在している事くらいだろう。それにどうやらナナリー……妹はまだ存在しないようだ、それも加えればルルーシュとは全く同じと言う訳ではないのがよく分かるだろう。

 

「1889年か……明治維新から凡そ22年、欧米式の近代化が進んだ事によりサムライは消え武士が中心となる時代は終わり平民が力を握る時代が来た」

 

この時代ではかなり高価であろう透明度の高い窓硝子の奥、外の風景でなくそれに反射して映った自分の姿を見つつ俺は考える。

 

「日清戦争まで5年か、流石に戦場には直接介入出来ないがせめて後方、補給線の安定と傷病の悪化による死者の減少くらいはやらないと」

 

日清戦争、1894年7月25日から1895年11月30日に掛けて行われた日本と清国の間に行われた戦役であり日本が大日本帝国として纏まって初めて行われた二国間戦争である。日本側が投入した戦力240,616名、対する清国側が投入した戦力は630,000名であったが結果は日本側が戦死者数13,824名、清側が35,000名の総戦死者数48,824名の屍を積み上げた上で日本の勝利に終わる。日本に対しこの勝利は多大な利益を齎したが、それと同時に日本に齎した損害、補給の脆弱さによる前線での物資不足やそれによって治療が満足に受けられず亡くなった将兵、更に戦後凱旋した将兵から拡大した疫病の蔓延や労働力の不足した貧村での身売りや餓死者の多発とその二次災害は大きくそれは後々への禍根を多く残している。恐らく、それはこの後続けて発生する日露戦争によってより顕著になるだろう。臣民の苦しみを憂い暴走した下士官や共産主義者が増える訳だ、なんせ彼らの多くはそんな災害の影響を受けた貧村出身者なのだから。

 

「だからと言って一個人で出来る事は少ない……それに全ての人を救うなど不可能だ。個人の力など高が知れている、一企業でもその両の腕の届く限りしか手は届かない、国家でも取り零す、世界ならもっと取り零し見落とすだろう。即ち、全ての人を救う事など事実上の不可能だ」

 

だがやらねばならない、やらずにはいられない。ただが一国、それくらい救って見せずして世界を、未来を変える事など夢のまた夢だからだ。

 

「よし、取り敢えず日本で世界初の有人動力飛行機飛ばそう。んでもってその有用性を理解させよう、そしたら史実よりも軍の巨艦巨砲主義への傾倒もマシになるだろう」

 

思い立ったならすぐ行動、史実でライト兄弟が正式にライトフライヤーを飛ばすのが確か1900年頃の筈だから今からなら11年ある。大人をさり気なく誘導して焚き付けてグライダーを飛ばす位なら5年以内にできる筈、木製の布張りでしかも骨格も肉抜きすればかなり軽くなるし完成形を知っているアドバンテージがこっちにはあるから形だけなら完璧に出来る。エンジンの方は……今の日本じゃ無理だな、最低でも10馬力は欲しいし重量の問題から考えてディーゼルエンジンがドイツで出来るまでは無理だ。よし父上に輸入して貰おう。

最悪家族や親しい人にはやりたくないし暴走の可能性も考えればあんまりやりたくはないがギアスだって使ってやる、背に腹は代えられない。

 

「と言う事で先ずは父上に強請り(お願いし)に行こう、心は痛むけど必要な事だから将来親孝行すれば大丈夫かな?まあ親馬鹿(子煩悩)だから何とかなる……筈」

 

前世を基準にすれば必要以上に甘やかしてくる父親の善意を利用する事に罪悪感も感じるがそうしないと将来自分が苦労すると言うか下手するとあっさり死んでしまうかもしれないので、俺はその罪悪感は今世の両親にこそ前世の両親には十分に出来なかった親孝行をする事を心に決め封じ込める。

そして父親に強請る序でに最近は仕事が減って少し暇しているらしい造船所のチョームッキムキだけどその姿に似合わず無駄に手先が器用な陽気な親父達も巻き込んでみるかと考えつつ俺は休日の父親の居る書斎へと突入した。

 

「父上ー、ボク空を飛んでみたいです!」

 

尚、父親と親父達を巻き込んだその結果、3年と言う俺の想定を遥かに上回る速さでグライダーが完成し、1902年にはまさかの有人動力飛行に成功する事となるのは流石に俺でも予想出来なかった。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

朝から暫くして午前11時半頃(ヒトヒトサンマル)、響が1度今後の件を含めて第六駆逐隊全員に対する七海提督の呼び出しを受け退室し代わりにこの部屋に来ていたのは、特徴的な桃色の髪に昨日と同じやたらと露出度の高いセーラー服っぽい制服と袴を改造したらしきスカートの上に白衣を身に纏った女性(メンタルモデル)、工作艦『明石』であった。

 

「御国中将、お加減は如何ですか?」

「ん、悪くはないな。済まないな明石さん」

「あー……中将、御国中将は中将ですから呼び捨てで呼んでいただけた方がその……ですね、しっくりくるというかなんと言うか……そう、畏れ多いんです!」

「いや……だが……」

 

たかが名前の後に「さん」を付けただけであって俺からすれば普通の事であったのだが、それで彼女から返って来た告白に俺は何とも言えなくなる。

確かにトラック泊地では色々(・・)とお世話になったし無茶も言った覚えはあるが畏れられる理由とは一体……?

そう思った俺だったが泊地にいた頃、明石にただでさえクソ忙しいところに照明弾の改良のお願いをして無理して改良して貰ったり、第4艦隊の旗艦として泊地にいた夕張の小規模改装をお願いしたり、ちょっち哨戒任務に出た先で鹵獲した米巡洋艦や駆逐艦、潜水艦を曳航して調べといてと押し付けた事を思い浮かべ「それか」と今更ながらその理由に気付く。

……いや、悪いとは思ったんだよ?でも照明弾の不調も偶々俺が乗り込む時に限って夕張に搭載実験用(新兵器)の備品が届くのも出撃中に米軍の駆逐艦や潜水艦、しまいには巡洋艦まで出てくるのも絶対俺の所為じゃない。

がしかしその照明弾を開発したのも。夕張の建造に関わったのも、米軍が自身を目の敵にして猛追してくる理由を作ったのも自分であるので一概には運が悪かったとも自分は悪くないとも言い切れないのが辛いところである………自業自得と言って仕舞えばそれまでではあるが。

 

「……じゃあ『明石』、これで良いな?」

「は、はい。是非ともそれでお願いします」

「だがその代わり俺の事を階級付きで(御国中将と)呼ばないでくれ、何の為に今他人と隔離しているのか分からない訳じゃないだろう?」

「えっ……ええ……な、何とお呼びすれば……?」

「七海中佐と同じ『夏海さん』とでも呼べば良いだろう。但し『なっちゃん』とか『オレンジ』とかは辞めてくれ、前者はともかく後者は俺の台詞だから」

「?……台詞?ええと……では『夏海閣下』では?」

「いやいやいや何でそうなった⁉︎取り敢えずその発想からは離れようか明石」

 

一先ず明石の事を呼び捨てで呼ぶ事した俺だったが明石がいつまでも俺の事を階級で呼んでいるとこうやってわざわざ秘匿している意味が薄れて、最悪何かの拍子に外部に漏れる可能性も高いので訂正させようと彼女自身にそのアイディアを聞いてみると何と帰って来たのはさっきまでの階級呼びとまるで大差が無い呼び方の発想であった為に俺は間髪入れずそれにツッコむ。

 

「だ、駄目でしょうか?」

「いや、どう考えても駄目だろう。そもそも面識が無い筈の別世界人相手にそう言う呼び方は不味いに決まっている、寧ろ違和感しか感じさせないだろう」

「うっ」

 

俺の正論に声を詰まらせる明石に若干の呆れの混じった溜息を吐く、正直「なんでさっ⁈」と思いっきりツッコんでやりたいところではあるがそうしても埓が明かないので俺はこれからは「夏海さん」と呼びなさいとお願い(厳命)する事で解決に導いた。

 

「…………」

「…………」

 

……が、いざ解決してみると互いに会話をするキッカケを失ってしまい何と話せば良いのかがさっぱり分からなくなってしまった。

 

………………

 

静寂が医務室の中で流れる、唯一音を立てて居るのは今時珍しい揺れる振り子とゼンマイにより時を刻む大時計が一定に刻む音色だけであった。

 

バァーンっ

 

が、それも長くは続かなかった。唐突に、そして全くの前兆もなくいきなりこの医務室の扉が大きくしかも盛大に開かれたからである。

 

「ヘーイ!新しく来たビジターとは貴方の事デ……ス……カ…………」

「お、お姉さま⁉︎だから駄目ですってさっき提督が安静中だから立ち入り禁止だって言っ……て……た…………」

「比叡お姉さまそう言いながらも入っては意味が…………え゛っ」

「……もうどうとでもなれ……あと、それなら榛名お姉さまも入るの駄目なのでは?とっ失礼し……ま………す…………」

 

この部屋の扉が勢いよく開け放たれ突入して来たのは4人、まず1人目は頭の両サイドにフレンチクルーラーの様な巻き髪を作りその頂点には1本の対空電探(アホ毛)が飛び出た女性、2人目は外にハネ気味なショートヘアな女性、3人目は4人の中で最も長い黒いストレートの髪の女性、そして最後勢いで突入して来た4人目は前3人と違い少し呆れながらもひょっこりと顔を出した髪を肩辺りで切り揃え緑縁の眼鏡を掛けた女性であり、その全員が同じ型の改造巫女装束をその身に纏っていた。

そしてそんな4人組であったが突入した順、つまり今ベッドに横たわっている俺こと御国夏海を見た途端に言葉を失って固まってしまった。

 

「あちゃー……まさかこんな堂々と特に理由も無く乗り込んで来る娘がいるなんて想定外です」

 

頭が痛そうにその両手で頭を抱える明石の傍ら、ついその状況にいつかのデジャヴを感じてしまいただただ、苦笑いを零す事しか俺は出来なかった。

 




特徴的なのですぐわかると思いますが一応上から順に金剛、比叡、榛名、霧島です。



No.182/187
▪︎明石型工作艦1番艦 明石
起工 1937年1月18日
進水 1938年6月29日
竣工 1939年7月31日
建造所 佐世保海軍工廠

全長 160.0m
全幅 155.0m
深さ 14.4m
喫水 7.2m
基準排水量 12.000t
主機 御国37式ガスタービン複合機関×4基 4軸推進
最大速力 20.5ノット
乗員 775名(内、工作部 450名)

兵装 対空電探連動式20㎜機関砲
   対空電探連動式40㎜連装機銃
搭載艇 12m内火艇×2隻
    12m内火ランチ×3隻
    9mカッター×2隻
    30t係船桟橋×2隻
搭載機材 ドイツ製最新鋭工作機材
     御国工機製最新鋭工作機材
レーダー 試作対空・対水上電探
ソナー  艦首バウ93式水中聴音探信儀


連合艦隊に僅か3隻しかいない明石型工作艦そのネームシップたる1番艦の明石です。
三姉妹の長女である私は次女の三原と共にトラック泊地に進出、途中あの娘は戦線の悪化から内地に引き揚げる中私は前線で損傷した艦艇の修理を担当し続けたわ。そう……トラック泊地が壊滅するその日まで、前線の艦隊を陰で支えたのよ。
よろしくね?



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第捌話 金剛四姉妹、襲来

 

 

“昨日本鎮守府近海沖にて新たな来訪者(ビジター)の来訪を確認、丁度その付近を哨戒中であった部隊が身柄を確保したがその来訪者は負傷しており現在本鎮守府内の医務室にて治療中である。来訪者については軍規により軍機密と指定されている為既に来訪者と接触した艦娘を除く他の艦娘の接触を防止する為当面は有事の以外の艦娘の医務室の立ち入りを禁ずる”

 

 

夜明け未明、日本国領台湾沖にて二個深海棲艦戦闘艦隊(戦艦3、雷巡2、軽巡4、駆逐12)を撃滅しほぼ無傷で母港(佐世保)へと帰投、報告を行った金剛達に執務室にて彼女達の提督の告げた言葉はそんな言葉だった。

 

「新しいvisitor……ネー………」

「確かに最近多いですね、これで4人目(・・・・)ですか」

 

兵舎の一角、戦艦寮(金剛型四姉妹しか居ないが)にある談話室にて休息ついでに今日の紅茶とその茶菓子を選んでいた金剛の呟きに、机で榛名と共に今回の作戦資料の片付けや整頓を行なっていた霧島がそう答える。

来訪者や観測者(異世界人)の存在は民間には根も葉もない、しかし何故か消えない都市伝説のような変わった噂程度の認識であるが政府関係者や軍関係者には公然の秘密としてその存在を知る者は多い。と、言っても過去から現在にかけて今の彼らもその存在の有無を本当の意味で正確に把握している者は居ないと言ってもいい。ただ当然といえそんな存在は機密とされ秘匿されるので当たり前であるが、それでも民間以外には存在が公然の秘密となるまでに露見してしまっている理由は、現状確認されている中で最も最初に現れたその来訪者が人類初の艦娘に選ばれ、そして彼女達を率いた提督であり、1度本土最終防衛線まで追い込まれた日本を深海棲艦の大侵攻を押し返して救った大英雄、救世主だったからである。

 

「1人目は今は欧州遠征で日本どころか世界の救世主、2人目は1人目が艦隊を率いて出撃中に来襲した敵艦隊を数少ない海防艦と建造されてすぐの駆逐艦の連合艦隊で見事撃滅してみせた大英雄、3人目が呉鎮守府に着任して早々練度向上訓練中の手勢だけで日本海と瀬戸内海の敵潜を殲滅し尽くした英雄……っと。今度はどんな英雄が来たんデスカネー」

「なんだかんだ言って凄い人ばっかりですからね……異世界出身の提督方」

「寧ろ『向こう側』ではどんな事やってたのかスゴく気になるヨ……」

 

纏めた書類をファイルに綴じて一旦執務室へと席を外した榛名を他所に金剛と霧島は若干遠い目をしつつもそう話す。本人達曰く「向こうでは一般人でしたよ?」とか抜かsi……コホン、言ったらしいがそんなの一般人だったのに宇宙からいきなり侵略者が現れたら武器を渡されて戦わされるわなんだかんだで軍に徴兵されるわ挙げ句の果てに気付いたら敵のラスボスをほぼ1人で片付けちゃってた何処の元逸般人(誤字に非ず)だと本気で言いたい2人だった。

 

「あ、只今戻りました金剛お姉さま!」

「oh!比叡遅かったデスネ!」

 

その時今まで何処かに行っていた比叡が談話室に戻って来た。

 

「で、何か分かったのですか比叡お姉さま?」

 

そんな比叡に対し机の上を片付けていた霧島はそう問う。そう、その来訪者についての情報が余りに少なかった為に情報を欲した金剛は艦隊の頭脳たる霧島の発案の下で特に何か深く考えてなさそうで(良くも悪くも馬鹿ではないが)警戒されにくい(アホっぽい)比叡に発見当時に鎮守府に居た大淀や明石等の艦娘(コッチはあんまり期待してないが)の他に妖精さん達への聞き取り調査を頼んでいたのである。

 

「ええ、バッチリ分かりましたよ!」

「ほいほう!それは一体どんな事デスカ!」

「大淀と明石は見つからなかったので朝っぱらから隼鷹さんみたいにヒャッハーしていた妖精さんとかに聞いて回って曰く来訪者さんは怪我をして医務室で第六駆逐隊の娘達に囲われて監視兼護衛されてるみたいです!」

「へぇー……って、それって何も分かってないのでは?」

「うぐっ⁈」

「比叡ェ……」

 

だがその結果はご覧の有様であり事態の核心に関わり合いそうな報告は何ひとつない。強いて言うなら既に接触した部隊(艦娘)というのが第六駆逐隊(暁・響・電・雷)であったという事程度(軍医師免許を持つ明石も含めて)であり、その辺りはこの鎮守府に所属する艦娘から考えれば明らかであった為に正直なところこの結果は何ら役に立っていない。

 

「それなら先程提督と第六駆逐隊が話していましたよ?」

「「「えっ⁉︎」」」

 

が、救いの女神は此処にいた。代わりに丁度執務室から帰って来た榛名が偶然とはいえちゃんと情報を持ち帰って来たのである。

 

「ちょっと第六駆逐隊の子達と提督が話しているところにお邪魔した時に聞いただけですけど……ここまで情報機密の厳戒態勢が敷かれているのには軍規諸々もそうですが何やら色々事情が、特に来訪者本人にあるらしく実際直接来訪者の方と遣り取りを行なっているのは響だけみたいです」

「榛名、流石ワタシの妹ネ!good jobネ!」

「助かりました榛名お姉さま、比叡お姉さま(の情報)がぶっちゃけ全く役に立たなかったので」

「グフッ……」

 

思わず両手で親指を立てる金剛と眼鏡を直しつつもしれっと比叡の心にクリティカルダメージを与える霧島の姿に榛名は喜んでいいのか、それともツッコんだ方がいいのか分からずに微妙な表情を浮かべる。

 

「oh……霧島の容赦無い言葉が比叡にcritical hitしたネ……」

「というよりも些か言葉が足りてなかったのではないでしょうか……それでもかなり辛辣ですが」

余りのショックに床に手ついてorz状態になってしまった比叡に対し霧島には聞こえない程度にではあったが思わずそう呟いてしまった金剛と榛名は多分悪くない。

 

「コホン……取り敢えず比叡の事は一旦置いといて……百聞は一見に如かず、直接会いに行ってミマショウ!」

 

置いておいて良いのか……そう思った榛名であったが、彼女もまたその後続いた姉の言葉に比叡の事など頭の隅どころか外に追いやって驚愕した。

 

「ええっ⁈いえちょっと待ってくださいお姉さま⁉︎」

「なんでいきなりそんな話になったのですか⁈」

「ホラホラ行くよ!皆さん、付いて来てくださいネー!」

 

思い立ったら即行動とばかりに勢いよく席を立った金剛を止めやんと榛名と霧島が前に立ち塞がるがそんなもの物ともせずに金剛は彼女達(orz状態の比叡含む)すらも引き摺って談話室を後にする。この金剛、元々意思が堅い方であり考えるより先に体が動くタイプなのに加えて戦闘明け+完徹のテンションの所為かいつも以上にテンションが高く、そしていつにも増して何処ぞの天使のように人の話を聞かない。

故に連れ出された金剛型妹達(比叡・榛名・霧島)もめげずにあの手この手を使って金剛の進撃を止めやんと行く手を阻むがその努力も虚しくも金剛はその全てをぶち破り、その歩みは一向に止まるどころか衰える事すら見せない。

 

「あっ、大淀」

「金剛?比叡、榛名、霧島も揃ってどうしたんですか?」

 

だがその時、救世主(メシア)が現れた。進行方向から唯一この艦隊で提督を除き金剛を論理的にだけでなく物理的にも止められる提督補佐艦である大淀が手に書類を持って歩いて来たのである。

 

「そっそれが……「気分転換に鎮守府周りを散歩してるネ!大淀はどうしたんデスカ?」」

「……なんだか怪しいけど、まあいいか。私は昨日から提督と軍令部間の交渉遣り取りの中間人として地下通信司令室と執務室を行ったり来たりですよ……。今漸く来訪者の方の護送スケジュールが整ってきたとこ……済みません忘れて下さい、これも軍機密なので」

「お、oh……OKネ。やっぱり大淀疲れてるんじゃないですカ?」

「ええ……それはもう……疲れてますね……。肉体的にはそれ程でもありませんが精神的に、軍令部と連絡を取る時はいつもなんですけど今回はいつも通りの報告ではありませんから報告が多くて……はぁ」

 

だがそれも金剛の若干無茶のある機転により阻まれてしまう、しかも大淀はそんな金剛の行動に対して特に反応を示す事はなかった。それもそのはず、いつもはキリッとした真面目な委員長キャラな大淀なのだが昨日から着替えていないのか制服にはいくつもの皺や袖口にインクの擦った跡が付いており、そしてかなり疲労が溜まっているのか目の下にもファンデーションで隠してはいるもののしっかり隈だって浮かんでいる。その上いかにも怪しい金剛の受け答えすらも特に反応できずに軍機まで口を滑らしそうになるのだからよっぽどである。

 

「ご、ご苦労様です。大淀」

「霧島もね、できれば今度書類整理を手伝って貰えないですか?最近妙に書類の量が多くてそろそろ秘書艦と2人では捌き切れなくなってきたので。榛名も」

「い、良いですよ?」

「は、はい、榛名も大丈夫です」

 

その余りの無残さに3人の金剛を止めてもらおうと思っていた思惑は完全に吹き飛んでしまった。流石にこの上でさらなる心労を彼女に負わせる程3人は非情ではない。だが後に3人は非情であろうともここで無理にでも金剛を止めてもらうべきだったのだと後悔する事となる………というか書類整理に慣れた秘書艦(晴風)と書類整理のプロの補佐艦(大淀)の2人をして捌き切れない書類の山とはいかなる程ものなのかだろうか?安請け合いしてしまったのでは?と後々背筋が凍った榛名と霧島だった。え、比叡?比叡に真っ当な書類整理が出来るとでも?

 

「……取り敢えずもう一回言っておくけど医務室には近づかないように、軍機密なのもあるけど来訪者の方は怪我を負って安静にしてもらっているから五月蝿くしない方が容態には良いのですので」

「OKネ♪大淀も無理し過ぎないようにして下サーイ」

「ええ、ありがとうございます。では」

「お、お大事に……」

 

少し黒い影を感じさせつつも去っていく大淀を眺めつつ比叡達はその背に思わず敬礼した。彼女の常に職務に忠実であり真摯的であるその姿は確かに敬意に値するものの、あんな目に遭うのならなりたくはないな……とも思ってしまうのである。

 

「そういえば今度来たvisitorってどんなヒトなんでショウ。私は中将みたいな人だったら嬉しいネー」

「中将?もしかして七海提督の祖先である御国夏海中将の事ですか?」

「イエース、その通りデース」

 

ふと、金剛は今更ではあるが今度来た来訪者について一体どんな人なのだろうかという疑問を浮かべる。今までは何だかんだ『来訪者』という括りで気にはなっていたが実際すぐ近くまで来た事によって『来訪者』と言う個人に対しても興味が向いたのだ。

 

「御国中将ですか……私はどちらかというと岩淵(いわぶち)三次(さんじ)中将の方が好みというか良いですね。私にもあのお方に恩が有りますが、私達(姉妹)の中ではそんなにも関わりが深い方ではありませんし……金剛お姉さま達の方が関係が深いのでは?」

「オゥ……そうデスネー、でも御国中将との関係なら比叡と榛名の方が深いネー」

「あー……そうですね、私は近代化改装の折に」

「榛名は第一次世界大戦ですね……」

 

そもそも『金剛型』という括り自体でも彼女達は御国夏海との関わり合い深く、最も古く言えば建造どころか設計段階からの関わりである。尚、提督ラブ勢筆頭(自称)である金剛曰く「運命ネ!」との事であり、特に似たような経歴を持つ夕張とは良くも悪くも仲が良い。

 

そんなこんなで昔の事を話しているうちに4人は遂に医務室の扉の前まで来ていた……否、来てしまっていた。

 

「や、やっぱり辞めましょう金剛お姉さま。大淀も言っていましたし絶対に提督に怒られるに決まってますって!」

「そ、そうですよ。七海提督は怒ったら本当に怖いんですよ?」

「提督が怒ったら……怒ったら……ヒェッ」

「取り敢えず最初はimpactが大切ネ!ではイッキマース!」

「「「って⁈ええっ⁈」」」

 

比叡・榛名・霧島が最後の足掻きであり一縷の望みをかけて最愛たるその姉に嘆願する。確かに来訪者と言う存在に一度会ってみたい気持ちは多分にあるもののそこにある大き過ぎるリスク(七海のお説教)の所為か3人とも決死の表情であり、霧島に関しては姉のネタを奪っての行為ではあったが非常に悲しい事ではあるがそれが金剛に届く 事はなく金剛はその扉へと突撃した。

 

「ヘーイ!新しく来たビジターとは貴方の事デ……ス……カ…………」

「お、お姉さま⁉︎だから駄目ですってさっき提督が安静中だから立ち入り禁止だって言っ……て……た…………」

「比叡お姉さまそう言いながらも入っては意味が…………え゛っ」

「……もうどうとなれ……あと、それなら榛名お姉さまも入るの駄目なのでは?とっ失礼し……ま………す…………」

 

そしてこれが前回の最後に繋がるのである。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

佐世保鎮守府 中央中枢棟1階 医務室

 

「それじゃあ、申し開きを聞きましょうか?金剛、比叡、榛名、霧島?」

 

普段は静寂に包まれ、この鎮守府内において唯一1人だけ軍医師免許を持つ明石の密やかに根拠地(サボり場とも言う)として活用されていた医務室に七海の声が響く。声色はいつも通りであり表情もいつもの冷たさを感じさせる美貌である……が、その目は違う。美貌とは正反対、可視化できるなら一発で分かるであろうまるで烈火の如く燃え上がった怒りがそこに在った。

 

「oh……提督がvery angryネ……でも何の申し開きができないネ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「止められなかった榛名が悪いんです七海提督、お姉さまだけが悪いんじゃないんです」

「いえ提督、私は止めました止めたんです。それに見ちゃったのも不可抗力なんです、口外しませんから許して下さいお願いします何でもしますから」

 

そしてそんな彼女の前で4人揃って床に正座している女性4人組は個々それぞれに申し開きを口にする。それはある者は開き直って、ある者は瞳の光を失いつつ、ある者はしおらしく、そしてある者は顔にいくつもの冷や汗をダラダラと垂らしながらであり、その様子を見ればおそらく誰もがその4人ひとりひとりの性格を理解する事ができるであろう。

 

「金剛、開き直れば良いって訳じゃないの。比叡、謝ってばかりいるけど一体何に対して貴女は謝っているの?榛名、貴女は背負い過ぎ。霧島、艦隊の頭脳たる貴女らしくない言い訳ね……それに今なんでもって言った?」

 

がその申し開きが受け入れてもらえるかどうかは別問題である。特に金剛、それ(開き直る事)は申し開きではない。

また自分の寝そべるベッドの面前にて行われるお説教に、口を挟む隙がないというより挟めるだけの屁理屈も擁護する理由もない夏海とその隣に立つ明石は微妙な表情を浮かべそれを見守る事しかできない。

 

「はぁ……取り敢えず金剛特務中佐(・・・・)及び比叡特務中佐(・・・・)・榛名特務小佐(・・・・)・霧島特務小佐(・・・・)の4名は軍規違反で1年間減俸、追って沙汰が届くまでは自室謹慎……と言いたいところだけど知ったからには協力してもらいます」

「モ、勿論ネ」

「ヒェェ……」

「分かりました……」

「はい……」

 

申し開き(言い訳)の後からずっと七海により掛けられる無言の重圧に耐えかねた金剛らの遂には4人揃っての土下座にまで発展した姿に流石の七海もまた折れたのか、一際深い溜め息を吐きながらではあるが圧を掛けるのをやめて処分を下す。ただし余りにも前例の無い問題である為に彼女が下したのは差し障りのない減俸処分と謹慎と言う名の先送りであった。といっても金剛達は艦娘、人類反抗の要でありこの鎮守府管轄下の最大の守りに等しい存在である。そんな存在である彼女達を謹慎などさせて貴重な戦力を遊ばせておく訳にもいかないのでそれも名ばかりのものとなるであろう。実際七海の中では既に謹慎中は夏海関連でこき使われる未来が決定している。

 

「最初に言っておくけど、これそのものが貴女達への罰則も兼ねているから拒否権はありません。取り敢えず4人は夏海さんの事は絶対に口外禁止、護衛の第六駆逐隊もその正体を正確に把握しているのは響ただ1人だけだから間違っても口を滑らせない事」

「「「「Yes,mam!」」」」

 

やたらとキレッキレの動きで教本通りの敬礼をする4人組であったが現在進行形で床に正座しながらであるという時点でマイナス要素が大き過ぎて全く褒められない……寧ろ七海とそれを見ていた夏海の口からは溜め息が出てしまった。

 

「はぁ……本当に大丈夫なのかな?………これから先」

「やっぱり認識阻害用のアイテム早く完成させないと本当に不味いですかね……コレ」

「不味いでしょう……間違いなく」

「デスヨネー……徹夜して今日中に完成まで持っていきます」

「頼みます」

 

七海の零した呟きに反応した明石は彼女にそう問うが返って来たのは色々と通り越して無表情になった顔と肯定の言葉であり、それにつられて徹夜が決定してしまった明石もまた色々と通り越して無表情になる。共犯者が増えた事で以降の護衛や監視に関する問題が減った一方、情報漏洩の危険性が増え一刻も早い認識阻害アイテムの開発が求められる事に頭を抱えるしかない御国組と明石だった。

 




比叡の名誉の為に言っておきますが、彼女は御召艦や練習艦として運用された経験があるので書類仕事ができない訳ではありません、寧ろできる方です。が、確率的に重要なところばかりミスを連発し仕事を倍にしてしまう呪い?じみた艦時代からのジンクスを持っている為に敢えて大淀は比叡にヘルプを出しませんでした。只でさえ多いのに倍にされてたまるか。
因みに……大淀は事前に防げなかった後悔と仕事を増やしやがった金剛への怒りから遂にぶっ倒れ緊急入院、夏海の隣に寝かされる事となり愉快な妖精さん達はあの後七海提督に厳重注意を受けた上で箝口令が敷かれていた為に比叡にはバラしませんでしたが、代わりに朝っぱらからどころか前夜から夜通し酒盛りをしていた(ちゃんと仕事はしてからだが)為に今度はしばき倒された挙句甘味処『間宮』の出禁1か月を食らいました



付箋メモ
▪︎名前:岩淵 三次(いわぶち さんじ)
▪︎生没年:1895年3月2日〜1945年3月3日
▪︎所属:大日本帝国海軍/最終階級:中将
▪︎役職:第31特別根拠地隊司令官
▪︎享年:50
▪︎没地:バギオ(ルソン島)
▪︎死因:バギオ市防衛戦における戦死
▪︎備考
史実にて戦艦霧島の最期の艦長を勤めたがそれは此方の世界でも変わらず、変わったのはとある中将との出会いとその彼自身の最期だけである。また最期の最後まで『霧島』を愛していたという。


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第玖話 横須賀へ

 

 

夏海が第六駆逐隊により救出され、それから漸く横須賀行きの機会が訪れたのはあれからほぼ1ヶ月後の事だった。

 

「おはようございます、沖田(・・)さん。昨夜はよく眠れましたか?」

「ああ、お陰様でね。若くなったからかこの1ヶ月は特によく寝れていたよ」

 

佐世保鎮守府正面玄関前、七海と沖田(・・)()もとい夏海は金剛型3()と共に立っていた。

 

「眼鏡を掛けるとまた変わった印象を受けますね」

「そうか?生前(?)は目が良い方だったからか結局は老眼鏡どころか普通の眼鏡すら掛けずに終わったからな。違和感ばかり感じるよ」

 

零の掛ける黒いフレームの眼鏡、それは零の正体が余りにも簡単に艦娘達にバレる事とその結果起こり得る最悪の事態を想定した(というかしてしまったという方が正しい)七海と明石が妖精さんと共に徹夜で開発した(アンチ)艦娘用認識阻害兵装(アイテム)である。ついでに言えばこの眼鏡には明石が気を利かせて細々とした色々と便利になる機能が仕込まれており、その部分を追加したが故に完徹する羽目になったのはご愛嬌。同じ理由で名前も御国夏海から沖田零に変えてあるがこれを考えたのは七海である。

 

「あと似合ってますよ?そのスーツ」

「ありがとう、流石にアノ第2種軍装を着る訳にもいかないからな」

 

そして今零が着ているのは元々着ていた海軍第2種軍装……ではなく黒いスーツである。元々ココに来るまで着ていた第2種軍装は弾け飛んだ鋼材や硝子の破片にその下にあった身体ごと裂かれズタボロの血塗れで真っ当に着れたものではなかった事や病院服の替えとして至急用意した海軍第3種作業服装数着しか彼の手持ちの衣服が無かった事から、横須賀に着て行く服が無い事に気付いた七海が2日前に鎮守府近くにある百貨店の紳士服専門店で悪目立ちしないよう色が濃過ぎず薄過ぎずな物を選んで買ってきた。零は顔も良く身長も高めな事や以前兄のスーツ選びを付き合わさせられた経験もあった為、1番の難題であったサイズ合わせについては作業服装の時と同様に例の第2種軍装をわざわざベッタリ付いていた血糊を洗濯し落として仕立て直したものから測ったものを無事採用できた事で本人が居らずとも案外選びやすかったのだとか。

尚、以前その話を聞いた零が何故わざわざ第2種軍装をそんなに丁寧に直したのかを七海達に聞いたところ曰く、「捨てるのも勿体ない気がする」かららしい。

 

「申し訳ありません、遅れました!」

「いえ、時間丁度なので大丈夫ですよ比叡。我々が少し予定より早目に集合していましたから」

 

そこに唯一この場に居なかった金剛4姉妹の次女(2番艦)比叡が走って現れる。彼女は軍統合司令本部の命により以前から予定されていた練習艦の戦艦枠での江田島への一時出向の為の出航準備をドックで行っていた為にこの場に居なかっただけであり別に彼女が時間に遅刻した訳ではないのだが、この場にただ1人だけ居なかったという事自体が彼女をそう思わせた様だ。

 

「比叡、報告を」

「はい。戦艦比叡、午前3時(マルサンマルマル)に第2ドックより曳船(タグ・ボート)の牽引により出渠、燃料弾薬等の物資搬入は先日に完了を確認しておりましたのでそのまま現在は第2埠頭に接岸。午前5時(マルゴーマルマル)までに各種出港前チェックリストを全てクリア、出航準備完了です」

 

とは言えこれも大切な仕事の一環である、七海により求められた報告を比叡は敬礼と共に報告、同時にその手に持っていた紙のリストを彼女に提出する。

 

「宜しい、午前6時30分(マルロクサンマル)の任務再開予定時刻には十分間に合います」

 

その報告に七海は懐に入れてあった懐中時計の蓋を閉じつつも満足気に目を通したリストを側に待機していた金剛に手渡した。

 

「では少し歩く事になりますがこのまま埠頭に向かいましょう…………少しお話しもありますし」

「……分かった」

「比叡は付いて来て。金剛、榛名、霧島…………少しの間頼みます」

「「「「はっ!」」」」

 

七海の提案を受けて零らは金剛ら3人の敬礼に見送られ、彼女を先頭にその後を零が続きそこから少し離れた最後尾を比叡が周囲の確認をしつつ埠頭へと道を進む。

 

「それで……話とは?」

「零さん……いえ夏海さんの今後についてです」

 

正面玄関から少し歩き、早朝で既に働き始めている妖精さんですらまだ居ない人気の無い埠頭前の倉庫街に差し掛かった頃、先程のやり取りに感じた嫌な予感を承知の上で零は七海に彼女があるという話について話すよう促した。

 

「横須賀での試験の結果次第では江田島に向かいそのまま提督になる知識を学ぶ事となる……と聞いたが違うのか?」

「いえ、大筋は変わらないと思います。しかし恐らく統合幕僚監部付きの戦略情報部(SIT)情報保全隊(ISC)、警備警察の統合軍監視班(PST)、政府の内閣情報調査室(CIRO)、皇室直属の秘匿諜報機関(IFSIS)…………あと御国グループ(ウチ)の諜報部からもですが接触は確実に有ると思います」

 

そしてどうやらその嫌な予感は当たったらしい。政府・警察・軍・皇室と国家権力の諜報部が勢揃いとは凄まじい事である……ってちょっと待て、ウチの諜報部ってなんだウチのって。かつて自分が当主だった時代に軍には兎も角、自己のグループ専属の諜報部なんて組織を組織した覚えはないので組織されたのは次代以降の当主(奈々里)によるものであろうと思うがいつの間に個人でそんな組織持っているのかと零は思う。が、しかし今重要なのはソコではない。

 

「転移者が持ち得る情報……特に転移前に居た世界における軍事や政治に纏わる情報を欲している、という事か」

 

国が転移者達を保護する上で国が得られそしてその彼らが持ち得る最大の利用価値とは、転移者本人ではなくその彼らが持ち得る本来ならば決して得られないはずの異世界の情報にある。政治家なら国家機密を、外交官なら外交機密を、軍人ならば軍事機密を、警察ならば警備機密を、一般人でも事件や災害が起こった日時くらいなら知っているだろう?他人が知り得ぬどころか本来自分が(後出し)知り得ぬ筈の情報を知っている事(ジャンケン)がどれ程恐ろしくも素晴らしい事なのか、ソレを駆使して敗戦の歴史をひっくり返したこの男(御国夏海)は誰よりもソレを理解している。

その零の溢したその言葉は正しかったようで、彼の前を歩く七海は確と頷いた。

 

「その際の対応次第では軍・政府・警察からその身柄を確保するもしくは排除する為に三つ巴の内部抗争が起きる可能性も無きにしもあらず、良くて江田島を飛ばして戦地や前線行きになる可能性も高いです」

「…………つまり余計な事は喋るな、そういう事か」

「……はい、その通りです。これから貴方には名も経歴も全てを偽って(沖田零という仮面を被って)生きて貰わなくてはなりません、これから先ずっと……」

 

あと50年……いやせめて戦時機密の公開された20年先の未来ならばおそらく彼が己の名も経歴も無理に偽る事なく生きる事ができる程彼に刻まれた汚名を雪ぐ事が出来ていただろう。だが今は2020年、20年後ではない。故に御国グループが総力を賭けても『御国夏海』と言う名の男を今すぐにでもこの天下を堂々と歩かせる事は不可能だった。

 

「……提督、中将、第1埠頭に到着しました」

「……ええ」

「……ああ」

 

話の最中は無言を貫き通した比叡の言葉で目指していた埠頭に辿り着いていた事に零と七海は気付く。多数の戦闘艦以外にもより多く大きな輸送艦や民間船が停泊した第1埠頭には3人の他に1人の男性と1人の女性が立っていた。

 

「御国提督、おはようございます」

「梅津大佐、西住少佐おはようございます」

 

白い海軍第1種軍装に身を包んだ高年の男性、梅津三郎(うめづさぶろう)海軍大佐がその隣に立つ深緑の陸軍第1種軍衣(平30制式軍衣)に身を包んだ女性陸軍士官と共に敬礼する。親子とも言える程歳が離れ階級も違い事から本来ならば七海の方が先に敬礼せねばならない関係だが七海を含めた特務階級はこれに当てはまらない。軍民問わず普通の人間ならば見えも意思疎通も出来ない妖精さんと対話する素質を持ち艦娘といわれる兵士とも兵器とも言い難い特殊な艦隊を指揮・運用する『提督』と言う存在は通常の階級ではあり得ない程強力な権限を保有しており着任最初の階級である特務少佐ですら通常の階級でいう大佐相当の権限を保有しているのだからその差は歴然としていると言えよう。当然これにも理由は有って『提督』という希少存在の保護の観点もあるがどちらかというと一個艦隊を指揮する存在が通常艦長とされる大佐より権限が低いのはどうかという所が大きい。ただ見方によれば完全なエリート街道であり依怙贔屓とでも言えそうであるが強権を持つ分通常より遥かに厳しい昇級試験と制約が課せられているのだからその辺りは普通に出世した方が楽かもしれない。

 

「そちらの御仁が例の『来訪者』の方ですかな?」

「はい、沖田零さんです」

「お初にお目に掛かります、日本国海軍第五戦闘護衛部隊兼本作戦艦隊旗艦、金剛型イージス巡洋艦艦長の梅津です」

「沖田零と申します。こちらこそ横須賀まで宜しくお願い致します」

 

金剛型イージス巡洋艦、帝国海軍を経て金剛の名を継承する3代目であり、日本海軍初のイージスシステム(AWS)搭載ミサイル巡洋艦にして米海軍以外が初めて保有したイージス艦でもある。日米太平洋間防衛協定に基づき昭和63年に供与、日本海軍向けに最適化され平成5年までに4隻が建造、後の愛宕型や摩耶型へと独自に発展改良(魔改造)されていく日本版イージス艦として最も本来の形に近いイージス艦でありその祖とも言える艦である。

そんな艦が横付けされたその面前にて梅津と零は互いに握手し合い挨拶を交わす、2人の実年齢と精神年齢が一致して居るからか直感的に互いに気が合いそうな事を確認しその握手は固かった。

 

「……では後の事は連絡通り西住少佐にお願いしておりますので自分はこれで」

「はい、御配慮感謝します大佐」

 

その後七海と幾つか細かい話し合いを行った後に、そう言って梅津大佐は再び敬礼すると隣に立っていた女性陸軍士官を置いて埠頭に横付けされている金剛へと戻った。因みに零が乗船する事となるこの輸送護衛船団の陣容は以下の通りである。

 

 

 

【南西諸島輸送作戦 新・東京急行(帰還中)】

▪︎輸送船団編成

中規模オイルタンカー×4隻

メンブレン型LNGタンカー×1隻

大型コンテナ船×1隻

三囲フェリー 南洋向日葵(沖縄↔︎東京)

金剛型戦艦2番艦 比叡(佐世保にて合流)

堺型強襲揚陸艦 堺(大神にて合流予定)

大隅型輸送船 大隅・下北・国東(佐世保にて合流)

 

 

▪︎護衛艦隊編成

第五戦闘護衛部隊(佐世保鎮守府所属)

金剛型イージス巡洋艦1番艦 金剛《旗艦》

村雨型汎用駆逐艦8番艦 曙

村雨型汎用駆逐艦9番艦 有明

秋月型防空駆逐艦1番艦 秋月

 

第一八駆逐隊(呉鎮守府所属、呉にて離脱予定)

陽炎型駆逐艦1番艦 陽炎

陽炎型駆逐艦2番艦 不知火

朝潮型駆逐艦9番艦 霞

朝潮型駆逐艦10番艦 霰

 

第六駆逐隊(佐世保鎮守府所属、一八との護衛交代)

特Ⅲ型/暁型駆逐艦1番艦 暁

特Ⅲ型/暁型駆逐艦2番艦 響

特Ⅲ型/暁型駆逐艦3番艦 雷

特Ⅲ型/暁型駆逐艦4番艦 電

 

 

 

この船団は満州油田と北樺太・ロシア・アメリカから産出された石油及び天然ガスの他に工業製品や化学薬品を南西諸島、特に沖縄に輸送する為の呉鎮守府の主導の遠征任務の実施中であったが護衛の為に佐世保鎮守府もまた戦力を提供しており現在、佐世保軍港に寄港している船団はその任務を半分終えて呉や横須賀を目指す航路の途中であった。そしてその帰還に合わせる形で元からあった陸軍の輸送と比叡の回航に便乗するように七海は夏海の横須賀行きを捩じ込んだのである。

 

「零さんには当初一度同じく手続きの為に横須賀まで向かう比叡に乗艦して貰うつもりでしたが、陸軍の方と話が付きましたので北熊本基地で新規錬成が行われていた陸軍の島嶼防衛特化機械化装甲部隊と共に輸送艦の大隅に乗艦して貰います。部隊長が士官学校の同期なので零さんについてもよろしくしていただけるよう頼んでおきましたので横須賀まで面倒が起こる事は恐らくないでしょう」

「済まない、迷惑をかける」

「いえ、お気になさらず。丁度タイミングが良かったと言うのが大きいですから」

 

七海はそう言うが零1人だけだからと言ってねじ込むのだって色々なところに頭を下げる必要が有ったはずである。そう思った零であったが実のところそうでもなく、元々零の護送手段は基地防空隊が置かれた鎮守府近くにある長崎空港から輸送機を使った空路か民間の新幹線を利用した陸路かこの輸送船団に便乗した海路の三択しかなかったので実際に七海(と大淀)がしたのは軍統合司令本部への連絡と輸送船団に居る来訪者の機密が開示された高官(梅津大佐)への事前連絡程度だったりする。

 

「そんな事よりも紹介します、陸海空統合軍学校67期生の同期、2年間同室だった……」

「お初にお目にかかります、日本陸軍第8師団麾下島嶼防衛特化部隊所属戦車隊隊長の西住まほ少佐です」

 

深緑の軍服を着た女性、七海の同期であると言う彼女は零に対し敬礼する。しかし当の零本人はそんな彼女の顔を見てほんの少しだが眉をひそめていた。

 

「少佐?にしては若過ぎる……失礼だが今」

「今年で25になります」

「25歳で少佐だと……」

 

そう特務階級でもない、通常階級において彼女の年齢は少佐になれるはずの年齢より遥かに下であったからである。だがその疑念に答えたのは七海であった。

 

「零さん、日本は深海棲艦の大侵攻により日本本土の目と鼻の先まで侵攻を受けたのは以前説明しましたのでご存知の筈です。そしてそれを防ぐ為に海軍は【大海戦】後に残った僅かな艦艇を全て動員し空軍も残る稼働機全てを注ぎ込んだ決死の防衛戦を展開した事も。それに陸軍もまた例外ではありません、陸軍は本土だけでなく南西諸島等の島嶼でも民間人避難の時間稼ぎの為に水際作戦を展開した事で失った人員は三軍の中でも随一、特に前線指揮を執っていた佐官以下全ての兵員の内7割が死傷、慢性的な兵員不足に陥りました。現在は士官候補生や若年士官の内特に成績良好者を戦時特例を無理矢理適用する事で昇格させ佐官・尉官不足を改善しましたがそれでもほぼ全ての階級において定員割れを起こしています。アメリカや中国では徴兵令の復活だけでなく日本も一部避難訓練の一環として全国高校の授業に軍事教練の取り入れなどしていますがそれ以上に他国では大量発生した孤児等の明らかに18歳未満であろう子供に対しても本格的に軍事教練を課して編成された少年兵まで正規軍に加えて軍事力を保っている世界情勢を見れば今の日本の現状(20代中頃で佐官であるの)はまだ随分マシな方なのです」

 

他国ではあまり有名ではないが【大海戦】に実施された日本本土防衛戦は【大海戦】により空母を含む多数の戦闘艦を大破撃沈され兵員が5万から4万まで激減した海軍と同じく多数の戦闘機が撃墜され5万から4万3千まで兵員を減らした空軍、即応予備戦力までもを動員した陸軍15万が全滅(・・)覚悟で挑んだ決死の一大作戦、所謂『決戦』である。しかも抱いた覚悟は壊滅(・・)ではなく全滅(・・)、全体戦力の3割消失が意味する壊滅ではなく10割即ち総員の戦死を覚悟したそれは文字通りの決死の決戦であった。それでも彼等がソレを実施したのは彼らには有ったからである。彼等には自らの命を賭してでも守りたいものが、遺したものが有ったからこそ彼等は死地へと向かい……そして死んで逝った。多くの島嶼が蹂躙され本土決戦の迫る沖縄本島防衛戦の最中に『再浮上』を遂げた『大和』以下十数隻の浮上組、後に艦娘と呼ばれる女性達の活躍により沖縄本島は深海棲艦の手中に堕ちる事はなく本土最終防衛戦は阻止されたが戦闘員以外の整備員や補給・衛生兵等の後方支援要員含む参加兵力23万の内8万が戦死、その中でも陸軍の戦死者が6万である時点でそれがどれほど多大な犠牲であるかが理解できよう。そして死ねずに大小様々の負傷を負った者はその3倍は居る、その中で再び軍務に就ける者は更に少なく結果三軍は前大戦をも上回る危機的な兵員……特に士官不足を引き起こした。それに一時「すわ徴兵令復活か」とも言われたが無理やり引っ張って来て数をかさ増しをしたところで優秀な兵士や士官は直ぐには育成できない事や艦娘と同時に妖精さんが現れた事で足りない兵員や整備士は航空機妖精や整備士妖精、航空機妖精の亜種である戦車妖精等により臨時で補填できた事もあり結果的に兵員不足が艦娘が少ない(いない)他国と比べて決定的なまでに深刻化しなかった事もあって代わりに実施されたのが戦時特例による優秀な尉官の佐官への昇進である。

 

「……そうか、そうだったな。失礼な事を申し失礼しました西住少佐」

「いえ、お気になさらず。初対面の方にはよくそう言われるもので」

「それでも、です」

「ではその注言、謹んでお受け取りしましょう。これから横須賀までの短い間ではありますがよろしくお願い致します、沖田さん」

「こちらこそよろしくお願いします、少佐」

 

その事を思い出した零は西住に対して謝罪する、一方その彼女の方は気にする必要はないと言うが零は譲らない。いつ何時も尉官佐官を問わず上官が舐められるのは絶対に避けなければならない事のひとつである、特に階級の割に若い者は尚更。何気にハンモックがあったとは言え山本五十六と共に少将までポンポン昇進し続けた零自身の体験談でもあるので尚更零は譲らず結局は西住が折れて謝罪を受け入れた事でこの一件は幕を下ろした。

 

「それではご招待します、我々陸軍が乗艦しております輸送艦大隅(おおすみ)に」

 

 

 

 

────2020年5月3日午前7時00分(マルナナマルマル)、第53次南西諸島物資輸送船団は横須賀へ向け佐世保を出航

 

 

 

一度は幕を下ろした筈の英雄譚が、再び幕を上げる日は近い

 




御国が沖田になった裏話
佐世保鎮守府提督の私室4月下旬某日

「……………」

テテテー♪テレレー♪テテテー♪テレレレー♪テレレー♪テテテー♪テーテーテー♪

「……………」

『波動砲……発射!』

ジュドーン

「やっぱり提督といえば『沖田』ですよね!」

以上



補足メモ
▪︎海軍平11制式軍装
白色をベースにした旧海軍第2種軍装をモデルとして1999年(平成11年度)に制定された日本国海軍の制服。第2種軍装の型をそのまま利用した第1種軍装が冬服で装飾を付けると第1種礼装に、第2種が夏服、第3種作業服装が戦闘服兼文字通りの作業着となる

▪︎陸軍平30制式軍衣
深緑色をベースとしたアメリカ陸軍をモデルとして2018年(平成30年度)に制定された日本国陸軍の制服。第1種軍衣が冬服で装飾を付けると第1種礼装に、第2種が夏服、第3種作業服装が戦闘服兼文字通りの作業着となる


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第拾話 旅は道連れ 世は情け

注意
本編にはニワカの私による壮絶なキャラ崩壊もしくはそのキャラに正しくない言葉遣いがあるかも知れません。なのであくまでそれと似た名前と見た目をした全くの別人だと思っていただけると大変有難く思います。

尚、今回の話は一部シリアスの皮を被った説明回に近いです。

それでもよろしい方はどうぞ。


 

佐世保を出港した輸送船団は全行程2日(40時間)の航行計画に基づいて航空機や潜水艦を警戒しつつ本土沿岸を航行し豊後水道(ぶんごすいどう)沖にて大神鎮守府第4艦隊所属の堺型強襲揚陸艦1番艦堺と合流すると入れ替わりで呉鎮守府所属の第一八駆逐隊が任務完了にて艦隊を離脱、陣形を整え護衛輪形陣の中央に堺を据えた船団は紀伊半島和歌山県白浜沖にて2日目の夜明けを迎えながらも一途最終目的地である横須賀へと向かっていた。

 

「こちら響、電探及び聴音・探信に異常ナシ。そちらはどうか、どうぞ」

『こちら金剛、同じくこちらにも反応は無い。そのまま護衛を続行されたし』

「了解……第3次定期連絡オワリ」

 

そしてその輪形陣の最も端、船団陣形の最後尾を警戒・航行していた第六駆逐隊旗艦 響 は正面から照らされるまだ低い太陽光を浴びながらも自らの艦橋にて佐世保を出港して坊ノ岬沖・豊後水道沖に次いで3度目の通信を行なっていた。

 

「2ヶ月前に民間船が敵潜に魚雷攻撃を受けたって報告もあったし気は抜けないな……妖精さん」

『ウム、継続シテ対空・対潜警戒ハ厳トスル』

『目ヲ皿ニシテ見張リマス』

 

護衛艦艇全ての情報が集積される金剛からもたらされた情報に響は少々安堵するものの自らに乗艦している水中聴音探信儀(ソナー)電探(レーダー)員の妖精さんと熟練見張り員の妖精さんに対して改めてそう指示を出す。2ヶ月前、近畿地方和歌山県白浜沖を航行していた輸送船団が深海棲艦精鋭(フラグシップ級)潜水艦隊の襲撃を受け輸送船1隻が雷撃により中破という事件が発生していた。しかも襲撃を受けた船団救援の為すぐに近海を哨戒中であった呉鎮の第一八駆逐隊が現場に急行、対潜爆雷を多数投下したものの旗艦と思われる潜水艦にはまんまと逃げ果せられるという失態もあってここ最近の白浜沖近海では通常以上の対潜警戒網(哨戒部隊の増加と常時陸からP-3C Ⅲ.5(対潜哨戒機)や揚陸艦から発艦するSH-60J/K(対潜哨戒ヘリ)によるエアカバー)が船団全域に張られており、実際につい先程彼女の直上をSH-60J/Kが母艦への燃料補給の為に通過した所である。

 

「はぁ……」

 

海兵帽の下、陽光に透かすと銀糸の如き煌めきを魅せるその長髪を揺らしながら響は少々溜め息を吐くがそれは決して安堵したのでも警戒を緩めた訳ではない。……寧ろ逆というか大変頭が痛くなる一見どうでも良さそうで実際のところ全然どうでも良くないヤバい問題が起こっているからである。

それは……

 

「……ところでさ、なんでキミ達がここ(私の上)に居るのかな、妖精さん?」

 

先程から見ていた艦首の方角から振り返りこの艦最大の生命線であり通常ならばそれ専門の妖精さんが居るはずの羅針盤に目を向ける。そこには羅針盤の淵に立つ提督からは乗り込みの連絡どころか自分もまた乗艦許可すら出しておらず、それ以前にいつ乗り込んだのかすら覚えがないが乗員に混じっていつのまにか船内に潜り込んでいたあの時(・・・)医務室に居た数名の妖精さんがおり響はそう疑問を投げかけた。

 

『自主転属ダ』

『ソウソウ』

『今度コソ私達ハ最期ノ最後マデ閣下ノオ側デ御供スル』

『ソレガ我等ガ誓イ』

『其レコソガ今我等ガ此処ニ在ル意味』

 

そして響の問いに対し軍服や水兵(セーラー)服、作業服を着た妖精達は言い澱むことなくそう答えた。

過去から蘇ったのは『(艦娘)』だけではない。艦と共に生きそして水平線に消えた将兵や終戦まで生き残った者、造船やその後の改装に関わった技術開発者達や彼らに救われた、無事を願い焦がれた人々によってそこに遺された願いと意思、残留思念が集合し不完全ながらも実体化した英霊未満亡霊以上の精霊に似た別のナニカ(妖精さん)もまた過去から蘇った存在である。そんな彼らが何故蘇り再び武器を手に戦火に身を投じるのか。艦娘の存在理由の議論と共に彼ら妖精さんの存在もまた「深海棲艦に対抗する為」「その生き方しか知らない為」「そう生きるよう決められた存在である為」などなどと多くの人が様々を憶測繰り広げ数多もの仮説が存在するものの今だその正解とも言える答えは分かっていない。しかしただひとつだけ断言出来る事はある、それは彼らは今も変わらず軍人としての『誇り』を胸に間違いなく『今を』懸命に生きているという事だけだ。

 

「そうか……」

 

そして蘇った者同士艦娘と妖精さんという姿形の差異はあれど両者を構成する素となったのはかつて生きた人の思いや人の意志(遺志)、故に両者はかつての乗艦者や関係者が抱いた思想・感情・覚悟等を色濃く受け継いで今ここに存在している。だからだろうか?顕現した彼ら彼女らは皆大なり小なりかつて日本の希望として海戦を駆け抜けたとある将官に対して忠誠と誓い、響のような『次こそは守ってみせる』という誓いや『彼が彼らが守ったこの国や民を守る』『もう誰も失わない、例え敵だとしても救い上げる』『例え守るべきモノから疎まれようとも必ず救ってみせる』『今度こそ誰もが願った平和な海にしてみせる』という様々な誓いを持っているのだ。

それを理解するが故、響はどうしてもそんな彼らを強く非難する事が出来ない。何故なら彼女とて今の司令官(七海)と出会う1年前程ならば彼ら(この妖精さん達)やかつて横須賀にて一部の艦娘が結成した提督を戴かぬ唯一の特殊遊撃部隊 亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)の様に指揮下に居た鎮守府艦隊を抜け出して付いて行ってしまった可能性が大であったからである。

 

『マア、コレデモ数ハ限界マデ削ッタ方』

『最大デ艦娘ノ艤装乗員ヲ除ク全テノ者ガ立候補シテタ』

『デモ鎮守府ヲ空ニハデキナイカラ大体3桁カラ今ノ人数マデ減ラシタ』

『……アレハ血デ血ヲ洗ウ、凄惨ナ戦イダッタ……』

『クジ引キダッタゲドナ!』

「そ、そうか……」

 

が、最後の最後にぶち込まれた妖精さんら一同のブッチャケ話に響の考えていた小難しい話(シリアス)は何処かへと吹き飛んでしまった。

しかし、

 

おそらくきっと……そう……

 

それは漠然としたモノ、予感。だが70年戦い続けた彼女にとって下手な情報や天気予報よりも信用されている何事からも彼女を救ってきた直感により彼女は思う。

 

「横須賀か…………きっとまた(・・)荒れるだろうね」

 

響は二重の輪形に守られたその中枢、堺の右舷を航行する輸送艦 大隅を見つめ、そこにいるはずのこの国この世界にとって核にも勝り得るかも知れぬ爆弾であり彼女にとってなによりも大切な男の姿を思い浮かべそう呟いた。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

一方、響にそんな事を思われているとは露知らず件の男はと言うと大隅の左舷甲板後部にてただ何をする事もなく目前を航行する大型艦、堺型強襲揚陸艦の1番艦である堺を眺めていた。

 

「ああ、こちらに居ましたか。探しましたよ沖田さん」

「ん、ああ……これは西住少佐」

 

と、その時甲板上に吹き荒ぶ潮風で足音は聞こえなかったが長年戦場に立っていた所為か死なない為に勝手に身に付いた勘と気配を掴む技術により零の背後に誰が立った気配がした同時に女性の声が出て届く。振り返った先に居たのは艦内での案内人兼お目付役であった西住まほ陸軍少佐であった。

 

「何か御用でしょうか?」

「いえ、てっきり食堂で朝食を摂られているのかと思い御同食できればと行ってみたもののその姿をお見かけしませんでしたので。一応昨日に艦内は案内しましたが全てではありませんし迷子になられて居ないか正直少し心配で……」

「それは申し訳ありませんでした。ご心配をお掛けしまして」

「いえ!それ程でもありません。私の個人的なものでしたし」

 

彼女は零のすぐ近く、彼女に対し向き直った零の目の前に立ちそこそこ大き目の声でそう話す。これは艦中央部に艦上構造物が艦橋とマスト・煙突が一体化した形であり、些か全通甲板とは言い難いがそれ以外に大隅の甲板上には風を遮る障害物がほぼ存在しない事や現在海上航行中なのもあってそれなりに強い潮風がそこに立つモノへと吹き付ける事で並みの声量では風に流されて消されてしまうからである。現にその強風によりそこに立っていた零の前のボタンを外したスーツの裾とネクタイは風に煽られはためていており、同じくそこにやって来た西住まほも風で髪型がぐしゃぐしゃに乱れてしまわないよう右手で髪を押さえていた。

 

「……ところで何をお見になっておられたのですか?」

 

朝日と潮風に煽られながらもまほは波と風の音に負けない音量の声で零に問う。目の前にいるはずのこの黒服の男が何故か一瞬白い軍服に身を包み、そして何処か遠い遠い彼女では思いもよらない場所を眺めているようでともすれば彼は本当はここに居ないのではないかという不安と違和感を何故か感じてしまった所為だ。

 

「あの船……強襲揚陸艦を見てたんですよ。何処かよく知る艦の面影と言うか特徴があるような気がしたので」

 

だがその不安と違和感も零がしっかりと彼女を見据え口を開いた事によって霧散する。そしてそう言いつつも彼が指をさした先にあったのは昨日艦隊に合流した出雲型(ヘリ)空母と同程度の規模、形状を持つ1隻の軍艦。

 

「……ああ、堺の事ですか?堺型艦載機搭載型強襲揚陸艦の1番艦 堺、旧日本軍において陸海軍が合同で編成した海兵隊が運用していた秋津型強襲揚陸艦を基に海兵隊や陸軍車両を搭載した揚陸艇の他にヘリや垂直離着陸機(STOVL機)等の艦載機運用可能なカタチに再設計された我が国日本で今や4隻しかない近代強襲揚陸艦の内の1隻です」

「なるほど……あの秋津の……だからか」

「はい、ですがそれ程似ていますか?私みたいな陸軍出身の素人目には良く分からないのですが」

「ええ、まあ分かる人には分かりますよ…………(設計と建造を丸投げされて)(一番近くで見てたの俺だし、ね)

「?」

 

まほは零が指さした艦、堺について自分が知り得る情報の内当たり障りのない部分を抜き出して説明する。が、しかしあくまで知っているだけで陸軍出身であり生粋の戦車乗りである彼女からすればそんなに興味深く船を見た事も覚えもない為正直彼女自身差異を理解している訳でも見分けがついている訳ではない。……これが戦車、特に独国陸軍戦車(パンターとかティーガー)の事だったら一発なのだが生憎と海軍は彼女の専門外であった。ただそれでもその相手が海軍出身の(夏海)であった為にそれ程問題ではない、そして流石にその後続けられた零の独り言は潮風に流されて彼女の耳に届く事はなかった。

 

「こほん、ところでこの船団の最終目的地は横須賀らしいですが貴女方(陸軍)も横須賀までなのですか?」

「いえ、護衛は父島『旧』前線要塞と入れ替わりますが我々はこのままこの船で横須賀で新たな人員と機材を収容次第硫黄島に向かいます。今は硫黄島が最前線ですので」

 

硫黄島

その名を聞けば誰もが思い浮かべるのは大戦末期の1945年5月5日に行われた米軍による日本軍の本土絶対防衛線の中核であったサイパン島支援の一大中継地であった硫黄島要塞の破壊と占領による支援遮断を狙った一大強襲上陸作戦、米軍作戦名「断頭台作戦(オーペレーション・ギロチン)」とも言われる通称「硫黄島の戦い」である。

この戦いにおいて米軍は史上最大規模の超大艦隊と第5水陸両用兵団を動員、対する日本側は内地に引き上げ一部改装中の艦艇を除いた残存第二艦隊及び本土・硫黄島陸海航空隊、陸軍硫黄島要塞守備隊3万と硫黄島秘密潜水艦ドッグ配備の伊016型攻撃潜水艦を動員しこれを迎え撃ち米軍は日本軍の巧妙な陸海空海中の3次元立体戦術に戦力を文字通り消滅させられる事となる。結果最終的に硫黄島並びにサイパンはアメリカに陥落する事はなかったが硫黄島の戦いは日本近代戦史上サイパン・沖縄・樺太・千島列島に次ぐ大激戦地として有名である。

 

「硫黄島か……確か陸軍が野砲が足りない分を本土から持ってきた重戦車と「使わねぇだろ?」って言って駆逐艦の砲を海軍から分捕って半地下式トーチカに押し込んで防衛戦力に加えたって言う話を聞いたような…………」

「よくご存知ですね。大戦末期に満州・本土決戦の為に温存……というかその場以外では重量問題で運用不可能だった百式重戦車と天一号作戦実施準備に基づき改装中だった駆逐艦が下ろした旧式の12.7cm速射単装高角砲を陸砲に改造した陸上固定式12.7cm速射単装高角砲を運び込み各砲台陣地及び対空砲陣地を構築した技術や思想は戦後の深海棲艦による沖縄侵攻で証明・活用され今の私達、新設された島嶼防衛特化機械化装甲部隊の礎となった聖地です。…………まあ今は予算も時間もないので硫黄島では先に基地を建設していた空軍の施設を間借りする事になるんですが」

「……貧乏っていつの時代も世知辛いですよね」

「ええ……世知辛いです。特に我が国は海洋国家ですから」

 

陸海空全てが国家防衛の為にはどれもが過不足無くされど周辺国家に対し必要以上の脅威を与えない程度の軍備が必要なのに違いはない。だが古今東西軍事とはとにかくお金がかかるものであり、今も昔も軍事費が嵩む国こそがおよそ大体が貧乏な国なのである。そしてそのどうしようもなく虚しい法則から日本も逃れる事はできず幾ら高度な経済的発展を遂げ『大海戦』以前は国民総所得(GNI)世界第3位の座にいた現代日本も過去の帝国時代と同様軍事費に経済が苦しめられるか少ない軍事費の分担に軍部が苦しめられるかの二択である。またその所為で悲しかな、日本は当たり前だがいつの時代も海洋国家であり国防の観点から見れば陸軍は制空制海の必須性からすればどうしても空海軍に対して二の次になりがちなのだ。

国家は国民あっての国家であり彼らは誰かの命を担保に金を渋る訳にもいかない、それは国家の矛であり国民の盾である軍も同様であり文句を言える立場でもないのだが金をケチって最初に大損害を受けるのは前線の兵士であると言うジレンマもあって特に最近では深海棲艦による脅威に対応する為に唯一深海棲艦に有効打を与えられる「艦娘」の大半が所属する海軍が優遇されている事も相まって陸軍からすれば色々と苦しいものである。

 

「それに実は私は地元に配属されましたが同じく妹も陸軍に入っていて士官学校卒業後の今は対米対露の要、北海道第11師団の第11戦車大隊で10式戦車の車長候補生をしています」

「ほう、車長のですか。少佐の妹であるとすればまだ二十代前半で士官に成り立て、しかもその中でも車長候補と言うことはとても優秀な戦車乗りなのですね」

「ええ、私の自慢の妹です。………もしかしたら私なんて目では無いかもしれない指揮官として戦車乗りとしての才能があるかもしれません」

「それは凄いですね!俺にも妹が居ますが正直俺よりもカリスマ性というか人を魅了させる人身掌握能力が素で高くてですね……気が付いたらいたる所で配下というか仲間をいうかを引っ掛けてくるんですよね……しかもやたら有能な奴ばっかりを」

「分かります、凄く分かります」

「それに普段は人見知りする癖にここぞと言う時には言う事は言うし頑固だし結構腹黒いし」

「分かりますっ!すっごく分かります!」

「あとそれに見た目によらず……」

 

「「案外図太い」」

 

2人揃って妹に下した評価に思わず零とまほは堪らず笑ってしまった。正直何故か話の途中から秋津の(シリアスな)話から話題が妹自慢・妹談議へと切り替わっていたのだが、2人共小難しい頭が痛くなってくる話題よりも今の話題の方が比べるべくもなく楽しく話が弾む為にそんな事実など明後日の方向へと放り投げて互いの妹愛に火が灯る。そして一度灯った火はなかなか鎮火する事はなく寧ろ同志を見つけた事により普段は話せない分ブレーキが行方不明になって激しく燃え上がる一方であり、時折強烈な潮風吹き付ける楽しくくっちゃべるには全く適さない筈の甲板上でこれだけ夢中で妹自慢が出来る事やその話の内容と弾み具合からしてこの2人、どうしようもないくらいシスコンの似た者同士であった。

 

「と、そう言えば以前連絡をとった時に確か横須賀への出張命令を受けたと言っていましたのでもしかしたら沖田さんと何処かで鉢合わせることもあるかも知れませんね。その時はよろしければ私の妹にもよくしてあげて下さい」

「ええ、流石に会えるかどうかは分かりませんが勿論です」

「お願いしますね」

 

そして楽しいお話しも一区切りがついた頃、楽しげに妹談義に花を咲かせていた2人だったが流石にいつまでも持ち場(船室)を離れて甲板に居座る訳にもいかない事や艦内食堂の利用時間も迫ってきていた為、少々惜しい気がしないでもないが最後にまほの零への頼み事が丁度終えたところを区切りに2人は先程まで立っていた甲板を後に艦内へと戻る事とする。……とは言え、ちゃっかりまた2人で落ち会える時間を確認した上での中断な事からしてこの2人、まだまだ妹自慢がし足りないご様子であった。

 

────時刻は午前7時17分(マルナナヒトナナ)。佐世保出航より30時間余り、横須賀まで残りおよそ9時間を切っていた。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

東京、某所。そこにあるとあるひとつの重厚な雰囲気を持つ木製の扉の前に1人の女性が立っていた。

 

「失礼します」

「入り給え」

 

三度のノックの後彼女はその扉の奥、会議室の中央に置かれた長円卓に座る7人の前に立つ。よく見るとそこに座る人と人の間の隙間がちょくちょく空いている事から欠席者も居るようでその間隔から見て空き席は6席、どうやらこの部屋に集う筈だった人物は13人だったらしい。

 

「あの……何の御用でしょうか?」

「ああ、君に頼みたい事があってね」

 

だが人数はさして重要ではない、問題は彼女の眼前に並ぶメンツとこの場を借り切って軍人である彼女を軍規的に合法的かつ秘密裏にこの場所に呼び出せる事である。

 

「これから至急横須賀に行ってとある人物を此処に案内して貰いたい。ああ……移動手段は此方が手配するので君が心配する必要はない」

「横須賀……」

「そうだ、本日16時(ヒトロクマルマル)に横須賀鎮守府軍港第3埠頭に到着予定の輸送船団に同乗してとある人物……察しはつくだろうが先日佐世保で保護された『来訪者』が護送されて来る。その『彼』を君に迎えに行ってもらいたい」

 

そして彼女から最も遠い位置かつ対面に座る初老の男性が切り出した内容とは「お願い」であった。当たり前だ、彼女は日本陸軍の一員であるが彼女を直接命令できるのは彼女が所属する第11師団の上位士官かもしくは国防省長官ないし国家安全保障会議(大本営)か日本軍最高司令官である内閣総理大臣のみである。が、そうも言ってられない事もある。それがまさに今の彼女の現状、彼女の記憶の限りではあるが並ぶ顔触れ全てが上官でありしかも軍統合司令本部(軍令部)や統合幕僚監部の幹部集団である場合であり、この場合「お願い」はただのお願いではなくちょっとした「極秘命令」である………それも拒否権のほぼ無い系の。

 

「問題が問題だ、一つだけなら質問を許そう、質問は有るかね?」

「はっ、しかし何故私が………?」

 

本来ならばこういった系の命令に質問などは一切厳禁となるはずなのだが何故かひとつだけとは言え質問を許可されたので思わず「何故?」と問うてしまった彼女だったが、それに答えたのはこちらから見て円卓右側に座るとても(・・・)見覚えがある妙齢の女性だった。

 

「貴女が背広組(国防省付き)では無く作業着組(身内の第11師団の人間)だからよ」

 

妙齢の女性曰く、彼女が中央の影響を受けていないからと言う事であるがそれと同時に敢えて声には出さないが彼女は国防省出向の要件が終わり次第中央を離れて北の任地へと帰ってしまう為情報の秘匿・隔離がしやすいという事があった為である…………まあそれだけでもないのだが。

 

「我々も今は制服組の一員だがそれでも今の生粋の制服組を信じる事は出来ない、政府の政治屋の腐敗や軍内部においても汚職や中ソ米英諜報工作員と後ろ手を組んで国を売り甘い汁を啜る売国奴(クズ共)も少なくない。内憂外患、これでは正体不明の怪物(深海棲艦)を相手にするどころか寧ろソッチを相手にしている方が楽というのは最高の皮肉としか言えまい」

 

そして今度はこちらから見て円卓左側の手前の方に座っていた老練な雰囲気を持つご老体は今の日本国そのものを自嘲気味にそう皮肉った。かつて今や功績からは抹消されてしまった護国の英雄の下で戦火を生き抜き戦後(未来)を託された当時の青年士官は戦後如何なる批判屈辱を味わおうともかつての同志と共に国家国民の盾となる陸海空軍の再建に尽力、国土及び同盟国の防衛の為には英雄の仇とも言えるアメリカとも手を結んで大国同士による冷戦下を生き抜く為に力を蓄え研ぎ澄まし続けた。そして冷戦終結後は中将に昇進しかつての英雄と同じ階級を得た事に喜びと悲しみを噛み締め、ほんの少し前までは老兵がいつまでも権力の椅子に座り続けるのは良くないと退役の機会を探っていたところに勃発したのが正体不明の人類の大敵深海棲艦による海洋封鎖でありその後の「大海戦」と「防衛戦」である。これによって発生した将士官不足により退役願いは不受理となり、責任問題により更に上の階級の将官が更迭された事でまさかの大将に昇進してしまった事で辞めるに辞められなくなったのがそのご老体であった。

 

「故になんとしてもPST(ピスト)CIRO(サイロ)より先にその者の身柄を押さえて欲しい、軍が自己の判断で動く事も政治に関わる事もその結果ロクでもない事になる事のは過去の事例から見ても百も承知だがそうも言っていられなくなってきている。それに『彼』の身柄はこちらとしても手札として利用はさせて貰うが身内を(同じ軍人として)見捨てる訳にはいかない」

 

ご老体の皮肉の後を始めに彼女に「お願い」と言うなの指示を下した男が話を続けるが、その内容は特にそれ程国家を憂いでいる訳でもなく愛国心が飛び抜けて強い訳でもない、ただ明日もまた今日の様な細やかな幸せを幸福に思える程度の日常であって欲しいと願う彼女にとっては聞き捨てならないものだった。なら分かっているならやめて欲しい、もしくは自分にそんな重大な問題を明かさないでくれと叫びたい衝動に駆られる彼女だが目の前のメンツの手前そんな事はできない。しかしだからといってこの軍部の意向、文民統制(シビリアンコントロール)から明らかに外れた行為に加担すると言う事は高等軍事会議ものの大罪でもある。だが、

 

「…………承知しました」

 

だがだ、そうまで言われてこの件についてどれだけ不味い事なのかを理解していても今この場で断わる事も無視する事を出来るほど彼女は愚かでも馬鹿でもなかった。

 

「頼んだぞ、西住みほ(・・・・)少尉」

 

逃げ道を塞がれた彼女──西住みほ陸軍少尉は頷く事しか出来なかった。

 

 




ガルパンはイイゾ(ボソッ


補足メモ
●堺型強襲揚陸艦
強襲揚陸艦の祖にして最優と讃えられた秋津型強襲揚陸艦の系統を汲む後継艦であり、それ故に艦体規模は拡張され艦内部構造の最適化は行われているものの艦外形は秋津に似通っている部分が多々ある。
艦名の命名基準は中世日本の主要貿易港やその地名であり1番艦が『堺』、2番艦が『坊津』、3番艦『大湊』、4番艦『博多』の計4隻が建造、就役している


【艦型情報諸元】
建造所 御国重工業大神造船所(旧大神海軍工廠)
運用者 日本海軍(日本軍海兵隊)
艦種 艦載機搭載型強襲揚陸艦(AAS)
艦型 堺型強襲揚陸艦
建造費 5000億円(4隻分)
母港 呉
所属 第4艦隊

計画 平成1年度軍備計画
発注開始時期 1999年
建造期間 2000年9月17日〜2013年
就航期間 2005年6月9日〜2015年

全長 261.3m
全幅 32.5m
喫水 8.9m
排水量 46.000t(満載時)
主機 御国99式電気・ガス複合推進機関×4基 2軸推進
最大速力 28ノット
乗員 1054名
海兵隊員 1853名

兵装
▪︎ファンランクス高性能20㎜機関砲
▪︎05式艦対空迎撃ミサイル
艦載機
▪︎御国 F-44 天桜Ⅱ ステルス艦載機
▪︎御国 ASF–X03/YF-3 震電Ⅱ 垂直離着陸戦闘機
▪︎御国 AFH-02 戦闘攻撃ヘリコプター
▪︎三菱 SH-60J/k 哨戒ヘリコプター
▪︎AW101 輸送ヘリコプター
艦載艇
▪︎エアクッション揚陸艇
C4ISTAR
▪︎OYQ-9E 戦術データリンクシステム
レーダー
▪︎FCS-3 00式射撃指揮レーダー装置3型
▪︎OPS-20C 対水上レーダー
ソナー
▪︎OQQ-22 統合ソナー・システム


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第拾壱話 「愛国者達」と「メイド」と「愚者の空母」

皆様新年明けましておめでとうございます。年明け7日目での初投稿となりますがどうぞごゆっくりお楽しみ下さい。


 

────2020年5月4日16時00分(ヒトロクマルマル)、第53次南西諸島物資輸送船団は横須賀鎮守府軍港に入港

 

────同16時23分(ヒトロクフタサン)、民間船を除く護衛の佐世保所属第五戦闘護衛部隊及び第六駆逐隊、堺以下輸送艦3隻の全艦第3埠頭に接岸

 

────同16時30分(ヒトロクサンマル)、全艦にタラップ架橋ないし舷側ランプドアの解放を確認

 

────同16時40分(ヒトロクヨンマル)、作戦対象との接触を確認

 

 

……時間です。これより当部隊は本作戦任務遂行を開始します。

尚、本作戦の目的は「対象の護衛及び対象を狙う組織集団に対する牽制」です。よって本作戦において如何なる場合であろうとも必要以上の殺傷は許可できない、総員の日頃の訓練の成果とその奮戦に期待する…………以上です。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

横須賀鎮守府軍港第3埠頭、先程まで乗艦していた輸送艦である大隅にてまほと別れた零は言われた通り埠頭にて迎えの係員の到着を待っていた。

 

「とは言え……遅いな。何かあったのか?」

 

がしばらく待てども今後の行動を教えてくれる迎えの係員が現れない事に零は少々の不安を感じるが「そんな事もあるか」と思い直し暇つぶしにその先に見える第1・第2埠頭に停泊する第五戦闘護衛部隊と同様にイージス艦や大型正規空母を含む第一機動部隊所属の第一戦闘護衛部隊の他に航空戦艦に改装された伊勢や日向、軽空母の瑞鳳、駆逐艦の神風・松風を眺める。

 

「結局伊勢と日向の航空戦艦改装計画は大鳳や雲龍型建造の為に白紙にしたはずだが今になって航空戦艦化しているとは…………現実(リアル)空想(ゲーム)の中と同じようにスペックシート(単純なパラメーター)の高さでどうとなる訳ではないと思うがなぁ……」

 

わざわざ正史の伊勢・日向とは違い扶桑・山城と共に主砲を一基ずつ減らす代わりに41cm砲に換装できるようにして第2次大戦中には不足していた砲火力・装甲・速力を強化したというのに、そこで敢えて装甲と砲火力を削って中途半端な航空戦力を付け足すのは正直悪手でしかない。ただでさえ日本初の超大型装甲空母である大鳳とその廉価版の装甲空母雲龍型の建造・配備で一杯一杯であるところに改造資材や搭載機に搭乗員・整備士を割くのは究極の無駄、浪漫でしかなかったのである。

 

「沖田零さんですね?」

 

大戦中の苦労と苦悩、金もなければ資源もないが海洋国家なのに大陸への戦力提供や派兵もあって海軍ばかりになけなしの金と資源を注ぎ込むにいかなかった過去となんでそんなところに資源を注ぎ込んだんだ?と疑念を感じずにはいられない現在の伊勢と日向を複雑な感情を胸に眺めているといつの間にか零の下へ1人の女性がやって来ていた。

 

「ええ、自分がそうです」

「ではこちらへ、目的地まで案内します」

 

零と似た黒のスーツ姿の女性は零を埠頭から離れさせようと行く先に手を向ける。その手の先、倉庫街の方へと先導しようと歩き出した彼女に続こうと零もまた歩き出したその時、埠頭の付け根に当たる場所にはごく最近見た事のある深緑色の制服に身を包んだ茶髪1人の女性が立っていた。

 

「そこまでです、統合軍監視班(ピスト)。その人の身柄はこちら側に、軍部に返して貰います」

「…………」

「……来訪直後の来訪者(ビジター)の身柄の保護及び監視は軍部の管轄です。今はまだ貴方方警察が来訪者の身柄を確保する権限はありません……それとも強硬突破でもしますか?その時はこちらも容赦はしませんが……」

 

深緑色の制服すなわち陸軍の軍服を着た女性はスーツの女性に向けてそう警告を発する。そしてその警告の内容から察するに一触即発の雰囲気と途轍もなく嫌な予感を感じ取った零は元から仲の悪い軍部と公安との鍔迫り合い(女同士の火花の散らし合い)の余計なとばっちり(飛び火)を食らわぬよう人知れず一歩後ろに下がった。

 

「…………いいでしょう、今回は我々に落ち度があります。ですがお忘れなく、我々は日本という国家の味方であり国民の敵ではありませんが軍部の味方でもない事を」

「…………肝に命じておきます」

 

そして火花の散らし合いを続ける事数分……いや、実際の時間にしては十数秒にも満たない短時間ではあったがその張り詰めた緊張感の所為か実際の時間の数倍の長さを体感させられる事となったが結局はスーツの女性(警察)が折れた事によってそれも終わりを迎えた。しかしそんな彼女が去り際に残したその言葉は軍人である軍服の彼女とかつて軍人であった零の2人にとって片方には現に文民統制(シビリアンコントロール)から外れた行為に加担する共犯者として、もう片方には五一五(暗殺未遂)二二六(軍事クーデター未遂)の発生を識った上で対策を取っていながらも防ぎきれなかった無能としてその言葉が示した意味は違えどその胸に突き刺さった。

 

「…………とりあえず間に合って良かったです。改めて確認しますが貴方が沖田零さんですね?」

 

しかしだからと言ってその場に突っ立ったままでいる訳にもいかない為軍服の女性は零に一応の確認を取る。つい先程、相手は違えど全く同じやり取りを行ったばかりで若干のデジャブを感じつつも役所勤めとはそういうものである事(マニュアル通りにしなければならない事)を身に染みて理解している零は面倒臭がらずに「そうだ」と答えた。

 

「では行きましょう、また余計な邪魔が入ると厄介なので。車も用意してあります」

「ですが今のやり取りは」

「後ほど詳しく説明します。今は先に目的地に向かうのが一番ですね……」

 

そして歩き始めて数歩、零の目の前を歩いていた彼女は振り返る。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね、日本陸軍第11師団第11戦車大隊所属の西住みほ陸軍少尉です」

 

…………零は思わぬところで効果を発揮する己の運に頭を抱えたくなった。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

日本横須賀海軍鎮守府を軍が用意したらしい黒い乗用車(運転手付き)に乗った零とみほは今、深海棲艦による首都爆撃により破壊されたが先日ようやく全線復旧が終わったばかりで現在は軍に接収されて時折軍用車が通る東京首都高湾岸線上を走行していた。

 

「なるほど……なかなか面倒な事になっているようで」

「そうですね……確かに面倒な事にはなっています。かく言う私も来訪者事案に関わったのは今回が初めてなのでよく分かっているとは言い難いですが」

 

そしてその車内では先程あった軍と公安の睨み合いについて現在の日本の状況と来訪者について各機関で決められた協定のようなものについての軽い説明が行われていた。

 

「あれは……空母?」

 

そんな中、横浜ベイブリッジを渡り東京湾の出入り口に近い位置にある大黒パーキングエリアを通過した零らを乗せた乗用車は東京湾を横断するように渡された大型橋『東京湾アクアライン』が一望できる地点に到達する。そこでふと、零が車外の風景を目に写した先にあったのはアクアブリッジの浮島側の橋台付近に擱座し打ち捨てられた1隻の空母であった。

 

「『愚者の空母』ですね。6年前の『大海戦』の時に壊滅的打撃を受けた米第7艦隊で大破自走不能に陥った残存艦艇を偶々最寄りかつ唯一艦隊の体を保ちつつ撤退していた日本海軍の第一機動部隊により日米環太平洋安全保障条約に基づいて曳航、その中でも横須賀米軍基地に停泊させられ入渠直前だった『CVN-75』ニミッツ級8番艦 オーバー・ザ・レインボーが一部の過激派在日米軍兵と在日外国人によるテロ組織により強奪されたが機関始動直後に深海棲艦の爆撃隊による空爆が集中、回避運動中に操艦を誤り東京湾アクアラインに艦首から激突座礁した『アクアライン事件』の結果と成れの果てです」

 

橋台で右舷抉り乗り上げ左舷に大きく傾斜した黒焦げに割れた飛行甲板(アングルド・デッキには)に駐機された機はただの1機も存在せず、アイランドも深海棲艦の艦載機による急降下爆撃により半壊、舷側も航空雷撃に穿たれたのか幾つもの破口が穿たれており艦体後部は格納庫まで浸水を許しているようである。ただああまで荒廃しては修理するよりかは新鋭艦を新造した方が安くつきそうではあった。

 

「だが何故空母を奪えたんだ?それに相手は原子力空母、いくら海軍軍人が反乱に加わっていたのだとしても停止した原子炉がすぐに操作出来るとは思えないが」

「………横須賀米軍基地の上層部の一部がその一派(グル)だったからです。お陰で予定されていたオーバー・ザ・レインボーの入渠が延期、それに連動して炉の停止と核燃料棒の抜き出しも延期され日本と在日米軍司令部の注意が深海棲艦による本土攻撃に向いた瞬間を突かれたんです」

「…………」

 

上がグルなら下の一派もまたやり易かっただろう、偽命令・情報操作・日本政府や軍だけでなく本国の政府や軍に対する偽装工作も将官レベルの内通者がいれば格段にやり易くなる。なんせ佐官以下と比べて将官は権限の規模と信用が違う、それも国外派遣軍の将官ともなれば本国で皮椅子に座って書類にサインしているだけの将官と比べて更に高度な権限を有しておりいくら予防措置があろうとも物理的に本国からの監視の目も届きにくい。特にこのような非常事態の時は特にそうである。

因みに何故そこまで原子力空母の入渠が遅延したのかと言うと先の本土爆撃の際に大型入渠ドックを灰にされた米軍との艦体修理と原子炉からの燃料撤去の協議で米軍が日本側の主導で行われる事に渋った事で実施が遅れた為らしい。

 

「で、過激派はどうなったんですか?日本が鎮圧を?」

「いえ、ケジメとして在日米軍穏健派が指揮下にあった海兵隊を送り込み一掃……殲滅しました」

「殲滅⁈」

「はい……まだ米兵単体での蜂起ならばまだ日本や在日米軍上層部もここまで強硬策は取らなかったでしょう。しかしそれに関わった勢力に他国の外国人テロ組織がいた事が大きな問題になりました」

「……米軍とテロ集団との関連を否定する為か」

「はい、事件発生直後日本政府は在日米軍司令部に対し今回の件を起こしたテロ集団との関わりを否定しその潔白を示す条件として現有戦力のみでの完全な問題解決を望んだからです」

 

近年在日米軍だけではなく世界各国に散った派遣駐屯米軍の信頼信用は現地派遣兵と現地民間で起こるトラブルの多発から下落の一途を辿っており米国政府・軍上層部は常に頭を痛めていた。だがそんな最中に発生したのが深海棲艦の出現であり、これにより海洋は一時的に封鎖状態に陥り、それを聞いた少なくない米兵達が本国に帰れないかもしれないと考えた結果、非行に走り犯罪に手を染めるなど規律が崩壊しかけ焦っていたところに今回の事件が勃発した事で事実上の規律の完全崩壊を目の当たりにした事で米軍上層部は強硬的な実力行使(規律の引き締め)に出た。………有り大抵に言えば遂にキレたのだ。その結果、起きたのが米軍による同じ米軍に対しての虐殺行為である。

 

「基地内部の一派はともかく空母の方はあの様でしたので陸と空から強襲し投降者を除く全てを射殺しました。監視目的で同行した陸軍士官曰くその攻勢は恐ろしく苛烈であり、後日米軍側から提出された報告書からは『これではまるで虐殺か粛清だ』とまで言われた程です」

「……やりかねないな、米軍いやアメリカなら。他人の事は言えないがあの国は面子と国益を重視し過ぎるきらいがある…………(実際上陸部隊がまだ島に生き残っているのに)(増援でなく艦砲射撃)(と空爆を差し向けたくらいだしな)

 

みほの解説に零の脳裏に浮かんだのはガダルカナル島占領戦(米海兵隊ホイホイ)硫黄島の戦い(沖縄戦決戦前の時間稼ぎ)であり、思い返せば案外米軍も人命軽視な作戦や命令を実施する事も多かったことを思い出して呟かれた最後の呟きは運良く自動車の走行音に呑まれみほや運転手に届く事は無かった。

 

「しかしまだ過激派残党は残っています。在日米陸海空軍の中に、そしてこの国に」

 

確かに先の件の中で多くの過激派が射殺ないし投獄・本国へと更迭された、だがどうしても上手く地下に潜った奴ややり過ごした奴はいる。そしてそんな奴らは今、残党として何らかの起死回生の策を練り講じようとしていると思われていた。

 

「………ん?」

「……なんだ?囲まれた?」

 

車内が沈黙に包まれる中、先程窓から差し込んでいた春の陽射しがナニカに遮られ陰となる。それに気が付いた零が再び車外を見たのは車の前後及び右側には大型トラックが走行しており徐々にその車間が狭まっていく様子であり、ふと見た運転席のガラスが完全に内側を見えなくする黒磨りガラスである事に昔何処かの映画で観た様なシチュエーションに嫌な予感を覚えさせられる。

 

「っ!伏せろ!運転手もだ!」

「きゃっ⁈」

「うぉっ⁈」

 

そしてその予感は的中した。囲んだ大型トラックの荷台に開いた隙間より見えた黒光りするモノ、銃口が現れた事に気付いた零は射線から逃れる為に隣に座ってるみほの頭を抱え込んで扉の陰となる足元の隙間に隠れるとともに乗用車を運転している運転手にも隠れるよう指示を出す。それと同時にフロントガラスには巨大な亀裂の華が咲いた。

 

「っ白昼堂々こんな人口が多い場所で直接仕掛けて来るなんてっ⁉︎いったい何処の組織ですか!」

「怒るのも結構ですが死にたくなければ伏せていて下さい……一応防弾ガラスだったのか」

 

ビシッ、バシッ、と更に普通自動車のフロントガラスとサイドガラスにヒビが入るが特殊加工の施された防弾ガラスと防弾シートが貼られたガラスは破れることなく車外からの異物の侵入を防いでいる。が、しかしそれもいつまで持つか分からない。一応豊和 M1500の7.62mmだけでなく74式対物狙撃銃やバレットM82等の12.7×99mm弾の遠距離狙撃数発にも耐え得るだけの防弾性はあるものの至近距離から拳銃や小銃の掃射を受ければ貫通されない保証は無い、まあ使われないとは思うが爆弾や携行砲なんて使われれば言わずもがなである。

 

「とにかく逃げて下さい!こんな所(首都高湾岸線)銃撃戦(ドンパチ)なんてしたら他の民間人や施設にまで巻き込んでしまいます!」

「しかしっ囲まれてますっ!無理にこじ開けたら大事故に」

「くっ、これが戦車だったまだどうとでもなったのに……」

 

現在進行形でガラスにヒビが増えていっている事もありいつ何時破られても致命傷を受けないよう扉の陰に隠れて弾を避けてはいるが運転手の兵士も隣に座るみほもまた手持ちにある武器は護身用の9mm拳銃がそれぞれ1丁ずつ、弾数は予備弾倉(マガジン)含めて36発でありこれで3台の襲撃車(武装大型トラック)を撃退するのは不可能である。それに幾らゴム製のカバーを履帯に付けたところでどっちにしろ首都高湾岸線を戦車で走行する訳にもいかないのでみほの望みは叶わないのだが。

 

「ですがどうします⁈軍用無線で救援と通報を流していますがこのままでは」

「それはそうですが……」

「だからって反撃に出ようものなら蜂の巣でしょうしね。……あ、前のトラックの後ろのハッチが開いた……後ろからあそこに押し込む気だな。アレ」

「それもそうなんですが……」

 

まさに八方塞がり、このまま黙って奴さんのやりたい放題をさせていたら車ごと何処かに誘拐されそうなのでみほも片手に9mm拳銃を抜いてはいるもののどうしようもなく零も奥の手を使う他ないかとも思うが残念ながら相手は銃口以外を全く見せてくれない為にどうしようもない。

 

────が、救いの女神とやらはいたようである。

 

 

『どうやらお痛が過ぎるようで……教育せねばならないようですね』

 

辛うじてヒビ割れの隙間から見えたのは3機のヘリとその側面外壁に塗装された中心に置かれたモップにそれに重なるよう置かれたホワイトブリムの意匠、その周りを囲うよう交差するのは手折った枝に咲く一輪に6枚の花弁を持つ桜あしらった紋章(エンブレム)。軍用無線に割り込んで来た音声と共に零らの上空に現れたのは黒一色に塗装されたUH-60 ブラックホークでありどうやらローターとブレードに特殊な加工が施してあるらしくプロペラ機特有の風切り音が驚く程小さい、そしてその3機の内2機が首都高高架両側に1機ずつ配置に着くと側面ドアが解放されそこから3丁ずつの御国重工製セミナオート式ライフルであるSR-4A2 / Ptarmiganの銃口が襲撃車へと向けられていた。

 

「あのエンブレムは女中(メイド・オブ・オール・)特殊部隊(ワークス・タクティカル・フォース)⁈しかも花弁が6枚って事はその中でも精鋭中の精鋭と噂の」

「メ……女中特殊部隊?」

 

見た事もなければ聞いた事もない、しかも部隊名的に絶対に軍所属の部隊ではない部隊の筈だが何故かヘリの開閉口より見える見知った服装(・・・・・・)に零はつい先程まで感じていた予感とは別の嫌な予感を感じて頰を引きつらせる。

 

『こちらチームD、首都高湾岸線の該当区間一時封鎖に成功しました』

『チームE、対向及び後続車両の退避完了しました』

『こちら「発令所(ホーリグレイル)」、政府・警察・軍上層部と話がつきました。小隊全隊員の発砲を許可します』

『チームC、了解』

『チームβ、了解』

『チームα、了解。小隊長(セイバー)より全隊(全サーヴァント)に告ぐ、ここが何処で己が何をしでかしたのかを在日米軍過激派残党(ワイルド・ヤンキース)共に教えてあげなさい』

『『『Yes,my Lord!』』』

 

『セイバー』を名乗る女性の号令と共に両サイドから構えられていたライフルが一斉に火を噴いた、まず上空を飛行するヘリの内の右側の一機の三丁はそれぞれ運転席の天板と防弾仕様であろうタイヤを無視して乗用車の右を走る車両のホイールを留めるナット部分をその奥にある動力を伝達する車軸ごと速射で蜂の巣にして粉砕し横転させ、それと同時に左側の機の三丁は弾倉丸ごと撃ち切る勢いで後方を遮っていた車両の動力伝導部である後輪車軸を速射粉砕し脱落させる。そして最後の1機である隊長機は驚く事に両サイドからロープを垂らして隊員が降下、しかも左右対称に振り子の様な振りを付けつつ構えた銃を車窓に向け掃射しながら左右から挟撃し膝で車窓を粉砕かつ中にいる人員をその勢いで強襲制圧するという最早正気の沙汰の外としか言いようのない一歩間違えれば即死である神業を披露して襲撃車両全てを片付けた辺り昔と違って部隊名は変わったようだが未だ零の記憶にある通りその衣装と人外っぷりは共に健在なようだった。

 

「にしても、うわぁ……折角直したみたいなのにまた直す所増えたな」

「え……今気にするところはそこなんですか?」

「当たり前でしょう?弾痕もですけど横転させられたり後輪をぶっ壊されたりしたトラックの所為で路面はかなり抉れてますしその上漏れた油に引火して現在進行形で損傷を受けてるんですよ?それにあれだけ滅多(メッタ)撃ちにされてどれだけ生き残っているのかどうか……」

「まあそれも気にはなりますけど今はあの突入方法の事とか服装の事とか無事だった事の方が気になりませんか?」

「まあ……慣れてますんで」

「慣れってなんですか⁈いえそもそもなんで慣れてるんですか⁈」

 

襲撃車両が目前で停車した事や窓ガラスが亀裂で真っ白に染まって全く外が見えなかった為に停車した車外へと出た零とみほの2人は車両の残骸と敵兵だけが転がる正に死屍累々な事後現場とその上空から反撃に対して眼を光らせるヘリ、そしてそこから次々に降下してくる余りにも戦場には適さぬ姿───黒のロングスカートのワンピースにそれを彩る首元の紫水晶(アメジスト)のブローチが付いた紺色のリボンとフリルの無い白エプロンとホワイトブリム、降下の影響で辛うじで見えたそのスカートの下には黒い靴下を留める黒のガーターベルトの先端が見えておりその上に黒ブーツを履く御国家独特かつ伝統の正統派クラシカルロングメイド服を身に纏った女性───であるいつものモップを小銃に持ち替えしかもメイド服の上に防弾・防刃チョッキを着たメイド達(・・・・)を視界に収める。テキパキと手際良く大破した襲撃車両内を制圧し生き残りを拘束していく様を傍目にぼやいた何処か悟った目をした零の呟きに思わず素でツッコんでしまったみほだが彼女もまた生まれて初めて肌で直に触れる戦場らしい戦場に恐怖を紛らわす為か何処か興奮しているようでもあった。

 

「沖田零様、西住みほ様、ご無事でなによりです」

 

そしてそんな風景を眺めていると2人の目の前に1人のメイドが現れる。首元のブローチが付いたリボンが1人だけ紺色ではなく紅色なところを見ると恐らく彼女が先程『セイバー』と呼称されていた女性でありこの部隊の隊長なのだろう、そんな彼女は零らの前に来ると血と硝煙香る戦場には似つかわしくない優雅かつ美しい一礼をした。

 

「何故私達の名前を貴女達が?」

海軍(御国七海)より依頼がありましたので、それに以前から在日米軍過激派残党が来訪者の身柄を自分達で確保する事によって本国と取り引きをしようとする動きはありましたので万が一に備えて一個小隊を護衛に回していました」

「そんな………」

「それよりも早く此処を離れた方が良いのでは?色々と(・・・)後始末は我々(女中特殊部隊)がしておきますが今の貴方は(・・・・・)他の部隊や警察とはできれば会いたくないでしょう?それにその車で一般道を通るのもおススメしかねます、首都高を降りる前に大井パーキングエリアに代車を用意させてあります」

「っ……お言葉に甘えさせて頂きます」

 

「何故ここに?」というみほの疑念に「知ってましたので」とメイドは特に表情を変える事もなくあっけからんに答える。その上言外に「お前の役目と目的も知っているぞ」と言い(釘を刺し)つつもアフターケアはバッチリしてくる分タチが悪い、特に今は彼女をどうにかするつもりは無いようだがまだまだ士官学校卒業して数年の新兵では百戦錬磨の熟練メイドには荷が重すぎる相手でもあった。

 

「あと、沖田様。御党首様より伝言をお預かりしております。『娘が世話になった』との事です」

「そ、そうですか……ではこちらからも『こちらこそお世話になりました』と伝えて下さい」

「承りました……と、そろそろご出発すべき時間です。まもなく軍と警察もここに集まって来ると思われますので」

 

そして零はメイドより受け取った伝言から護衛を依頼したのは七海ではなくその父親の方だと理解し、それに応じた返答を伝言に頼むが同時にどれだけ妹やその子孫達が自分が基礎を作った企業体を戦後より大きく巨大な組織に育て上げたのか、その片鱗を目の当たりにし「ちょっとやり過ぎじゃないか……?」と思わず頭を抱える事となる。

 

「では御二方、道中御気を付けて。次回の邂逅(御依頼)を御待ちしております」

 

が、それでも色々と悩まされる事は多々あったものの零達はメイド集団に見送られ十数分後、今度こそは無事に目的地へと到着する事となった。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

……数時間後、東京都郊外某所

 

What happened!(どうした!)Is there not the communication!(まだ連絡は無いのか!)

Fuck!(くそがっ!)There is not yet it. (まだ何も無い、)The line troops do what!(実動部隊は何をやってやがるんだ!)

 

そこにはとある国の軍や諜報機関が偽名を使い設立した偽装会社(ペイパーカンパニー)がオフィスの1つとして借りた建物(ビル)1つ丸ごとが活動拠点(セーフハウス)として用意されており、そしていまそこには見るからに日本人ではない、ガタイはいいが悪人ヅラばかりでしかも小銃やらなんやらで武装した男共が集まっていた。

 

May they might fail?(まさかやられたのか⁈)

It's absurd!(そんな馬鹿な、)It is three AFV⁈(武装トラック3両だぞ⁈)Even if we catch it without murdering they(いくら殺さず捕まえるのだとしても)when we poured a fund and(あれだけ資金と) a soldier so much!(兵を注ぎ込んだ!)We cannot fail!(失敗する筈がない!)

But it is too too late…….(だが余りにも遅すぎる……、)Hey (おい)the plane for us who use(本国との取引に使う) it for the business with the own country(俺達がこの国からおさらば)when to return from this country arrives?(する為の機はいつ着くんだったか?)

A carrier becomes the forthcoming(24時丁度に厚木に輸送機が) arrangements in Atsugi just at 24:00.(来る手筈になっている、)We may not be in time soon(そろそろここを出ないと) when we do not leave here(間に合わないかも知れない)

 

そもそも在日米軍過激派は元々の母体となった一派は深海棲艦出現前から存在しており今この場にいるような兵士達は出現後にそんな一派の誘導や囁きにまんまと乗せられた使い捨ての人材であり、本来ならばあのアクアライン事件の際にあらかた消耗される予定だった人間である。それが皮肉にも使い捨てられる予定だったヒラの彼らの多くは討伐隊の目から逃げ切り優秀だった使い捨てる側の幹部が軒並み基地と空母で射殺されたのだから笑うに笑えない、故に今回の作戦はとある者達の協力と助言を得て彼らが考えたものだが精神的に追い詰められた者ばかりの寄せ集めの烏合の集であるこの男達に団結力などほぼ皆無、そしてそんな者達の集うこの部屋の空気が一層悪くなったその時、その中の1人の男がある事に気付いた。

 

He…hey,(な、なあなんか)is the air of this room not bad?(この部屋空気悪くねえか?)

What?(なんだ?)Do you want to quarrel?(嫌味なら買ってやるぞ?)

Non,things like……so……(違えよ、なんか……こう……)I feel dozy……(眠くなるって言うか……)

Be below sleep……?(眠くだと……?)Maybe……(まさか……)

 

しかし時既に遅し、部屋の空気が一層悪くなった原因であるダクトより吹き込まれた睡眠ガスは恐怖と極度の緊張による不眠症気味だった男達の意識を瞬く間に刈り取り昏倒させていく。即効性を重視した為にマスクなしでは多少人体に悪影響を与え下手すれば死、良くても後遺症が残るような劇物に近いガスを使ったのは許して欲しい。運が良ければ快眠だけですむ筈だし出来れば犠牲は無しにしたかったのもあるがそれ以上に、

 

「言ったでしょう?教育せねば……と」

 

暗闇から現れたのは数時間前、首都高湾岸線にて起こった交通事故(・・・・)を対処解決した『セイバー』と呼称されるメイドどそれに統率された戦闘メイド集団であった。別に殺すだけが教育ではないし殺戮をしたい訳でもない、「仕えるべき相手の望むべき事を必要時に必要な分だけ正確に」が彼女達メイドの掟であり別に今回は殺す必要がなかっただけである。そんな彼女達は1発も撃たせずに無力化した相手を手際良く武装解除した後に拘束し部屋の一角に転がしていく。

 

「こちら第1小隊長(セイバー)、処理は完了。第6小隊長(アサシン)其方は?」

 

そしてあらかた拘束のし終えた彼女達の中で指揮を取っていた『セイバー』は撤収準備に入る部下はそのままに無線で連絡を取っていた。

 

『こちら第6小隊長(アサシン)、残りのマル星(残党)のマークは出来てます。首魁・拠点・逃走手段も既に我々で押さえましたので残りは……』

「基地内で素知らぬ顔をして椅子に座っている黒幕のみですね?発令所(ホーリグレイル)

『はい、既に証拠諸共国防総省(ペンタゴン)を通り越して大統領(ホワイトハウス)に叩き付けて確約を頂きました。どうにも我々の情報網(手広さ)をご存知なかったようなので良い広告にもなったでしょう』

「顧客と依頼が増えるのは良い事です、ではさて拘束した捕虜は通報を受けてその内来る日本陸軍に任せて我々は黒幕を押さえ(この馬鹿騒ぎを終わらせ)に行きましょう」

『ですがあの陸軍少尉に護衛対象を任せて良かったので?裏で居るのはおそらく………』

「『愛国者達()』でしょう、ですが恐らく護衛対象を無下には扱わぬ筈ですし一応警戒対象として(御国本家)も指定していますが排除対象からは除外されています。今はこのまま影からの護衛は続行します」

『はっ、既に第2小隊(アーチャー)が配置に付いています』

 

彼女以外の隊員が全てヘリに乗った事を確認した彼女はその報告に満足気にヘリに乗り込みヘリの操縦手に対し次なる行き先、『横須賀米軍基地』への発進を命じた。

 

「了解、では此方は今から黒幕(基地副司令)を押さえに行きます。出しなさい」

「了解、発進します」

 

女中特殊部隊、それは世界最強のメイド集団である。掃除・洗濯,家事・家計等のメイドとしての基本的な事はともかく外交・戦闘・要人護衛に暗殺、そして諜報までもをこなす彼女達に眼をつけられれば表裏共に世界で生きていく事は事実上不可能である事を、彼女達を侮る者・知らぬ者達は名の知れた高級軍人が厳重に警備された基地内から突然失踪しいつのまにか本国でひっそりと人知れず高等軍法会議の後に軍人用の共同墓地の一角の住人となった事でその身に思い知る事となる。




メイド服のデザインは私の趣味です(唐突)……別に誰か絵にしてくれても良いのよ?ついでに絵が上手い人が女中特殊部隊のエンブレムも書いて頂ければもっと嬉しいです。ハイ。



補足メモ
▪︎4式自動狙撃銃(SR-1A3/Raven)
大戦中に開発配備された1式自動小銃の機構や思想を流用・参考にプレスの多用による部品数の削減や強度信頼性の向上が図られており3式との互換性を有したセミナオートマチック式狙撃銃として1944年に日本軍で制式採用された自動狙撃銃であり、現在もなお陸軍や女中特殊部隊では運用されている。またその基本構造は1式とほぼ変わらない事や高速連射・長射程を実現した狙撃銃である為その手本となった1式自動小銃の有効射程の短さを補う為に制式採用されてすぐに1式自動小銃のラインを流用した大量生産が行われ大陸・南方各前線に配備、多くの戦果を挙げる事となった。
また開発コードは『Raven(レイヴァン)』でありその意味は烏であるが実は烏は烏でも八咫烏(やたがらす)を意味している。
※和製ドラグノフ狙撃銃


▪︎ 5式対戦車狙撃銃(へカート)(SR-2A4/Hécate)
1945年に日本軍にて制式採用された日本軍初の対戦車戦専用の大型狙撃銃。元々は夏海が個人の趣味と実益を兼ねて側だけ似せた対人ライフルで再現しようと思った物であるが、丸投げされた当時現場に対戦車狙撃銃の開発要請が下っていた事もありその内容が混合し謎の化学反応を起こした結果ガチの対戦車狙撃銃を開発し始め1945年に完成したオーパーツ。開発主任が7日7晩考え抜いた末に実現された夏海本人がどうしてこうなったと唖然とした代物。光学標準器を装備し出来る限りストックを木製でなくプラスチック製に置き換えた事で軽量化が図られている。
尚開発コードは『Hécate(へカート)』、つまりフランス語で月の女神でありそれを由来として別名『ツクヨミ』とも呼ばれていた。
配備され始めたのは大戦末期からであるがそれでも数々の戦場にて恐ろしいまでの猛威を奮い確認されただけで100以上の戦車がこれにより破壊されている。
※出典:PGM へカートⅡ


▪︎89式小銃(AR-3A7/Braiter)
大戦中に開発配備された1式自動小銃の強化発展版として1989年に日本軍で制式採用された自動小銃であり、御国重工製である為に当然の如く女中特殊部隊もまた標準装備として運用している。またその基本構造は3式とほぼ変わらず主な変更点は使用弾薬の変更点に伴う口径変更や高い制動性と良好な集弾性能を実現させる消炎制退器の大型化、更に新たに作成された89式銃剣だけでなく以前の形式の銃剣の着脱も可能となっている。
開発コードは『braiter(ブレイザー)』すなわち伐刀者であり、配備された部隊内でも「89」や「ブレイザー」と称されている。


▪︎74式対物狙撃銃(へカートⅡ)(SR-3/Hécate Ⅱ)
1974年に日本軍にて制式採用されたかつての対戦車狙撃銃に相当する大型の狙撃銃、通称対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)であり、最早戦後戦車の装甲が機関砲や重機関銃等の大口径弾では貫徹出来ない程の防弾性能を持ち得るようになった昨今においてその狙撃目標を戦車から比較的軽装甲であり容易に貫徹可能な装甲車や軽障害物・敵性存在を重い大口径弾の優れた弾道直進性を活かして、一般の狙撃銃を遥かに上回る距離・精度で狙撃する為に5式対戦車狙撃銃を改良したもの。
それ故に開発コードはその元となった銃の開発コードを受け継いだ『Hécate(へカート)Ⅱ』、つまりフランス語で月の女神を意味しやはり別名に『ツクヨミⅡ』の名も持っている。
※出典:PGM へカートⅡ


▪︎ SR-4A2/Ptarmigan(ターミガンEX)
4式自動狙撃銃、5式対戦車狙撃銃、74式対物狙撃銃に続いて4丁目に御国重工銃器開発部門狙撃銃開発部署が開発したセミオートマチック式の狙撃銃でありこの『SR-4A2/Ptarmigan』は女中特殊部隊向けに2度のカスタム及び改修を受けた特別仕様である。
これは仮想敵国であるソビエト連邦や同盟国であるアメリカ、欧州にて狙撃専用のセミオートマチック式の狙撃銃が多数開発されている事を受けて日本軍の要請の下で冨和・三蔆・御国が開発した狙撃銃の一丁。またその開発コードは『Ptarmigan(ターミガン)』、すなわち雷鳥でありこれはこの銃の名称の一部にも組み込まれている。
が、しかし残念ながらその殺傷能力の高さや製造コストの高さから日本軍での制式採用は見送られたが代わりに同じ御国グループ内にある民間軍事警備会社であるオーダー・フェアリィ・カンパニーでは所属する各部隊の狙撃手に対し配備されている。
※出典:地球防衛軍5


▪︎UH-60Mi ゴーストホーク
女中特殊部隊がとある作戦に参加した際に色々あって寄与された(報酬と別枠でタダで分捕った)S.A社製の軍用中型の汎用ヘリコプター UH-60をオーダー・フェアリィ・カンパニーが御国重工に改良依頼を出し魔改造された御国重工カスタム機、専ら隊員の輸送や狙撃手の為の狙撃場所兼観測手等に運用されている。
主なカスタム内容としてはローターとブレードに特殊な加工を施し飛行時の静音性が高められている点と特殊な塗料や外装版配置によりステルス性が高められている点であり、女中特殊部隊の神出鬼没さをより高める一因ともなっている。


▪︎女中(メイド・オブ・オール・)特殊部隊(ワークス・タクティカル・フォース)
民間軍事警備会社 オーダー・フェアリィ・カンパニーが有する名を読んで字の如く女性かつ全員がメイドのみにより構成されているという世界的にも珍しい以上に世界で唯一の特殊部隊である。
また構成員全てが女性である事やその入隊条件は極秘であり全ては現地派遣の直接スカウトオンリーであるという謎の実態をしており、それ以上に特に注目を集めているのがその隊員全員が防刃防弾装備の下にメイド服を着用している事である。が彼女達がメイド服を着ているのは伊達ではなくその構成員全員が英国王室の雇用している侍従隊にも引けを取らない一級品の実力を保持しており、「メイド・オブ・オール・ワーク」の名の通り掃除、洗濯、家事、家計等のメイドとしての基本的な事はともかく外交、戦闘、要人護衛に暗殺、そして諜報までもをこなししかも任務達成率8割超えを叩き出してくる最強の万能メイド集団である………そして何故か全員の顔面偏差値はかなり高い。
もともとの女中特殊部隊の原型となったのは御国家に仕えていた女中集団の内で護身術等の護衛に特化した技術を持つ戦闘女中隊であり、これを過去に起きた伊藤博文暗殺や五一五暗殺テロ未遂・二二六軍事クーデター未遂等の大事に対する要人警護対策として御国夏海が裏から政府に働きかけ警察内部に創設された特殊警察警護隊とは別口で防備を固める為に規模拡張・資金投資を行い精鋭化し部隊を編成、各政界の重鎮に貸し出した精鋭戦闘女中隊とその発想から日本初の民間軍事警備会社「オーダー・フェアリィ・カンパニー」と現在の「メイド・オブ・オール・ワークス・タクティカル・フォース」が誕生した。

初代隊長は十六夜 咲夜、副隊長は篠崎 咲世子、メイド筆頭が菫野 紗夜


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第拾弐話 帝桜と愛国者達

4月1日についに発表された5月1日から施行される新元号「令和」、発表された当初から色んなところで物議を醸しているそうですが別に天皇陛下が崩御されてから暗い雰囲気の中で決まるのよりかはずっとマシだし明治・大正・昭和・平成と来て「令和」というのも中々イイんじゃないかなと思っている作者です。


 

1889年(6年前)の御国夏海のわがままから多くの人々を巻き込んで新たに御国造船所の隣に併設された工作場で5年前に始まった有人動力飛行機開発は未来の知識を持つ転生者である夏海のこっそりしたさり気ない(ギアスも使った)入れ知恵(ズル)を多々受けたものの1年前には遂に実証用の試作実験機としてエンジンを搭載しないグライダーとしてはだが十分な成果を叩き出して夢の有人動力飛行機の完成まであと一歩、出力並びに重量問題を解決できるだけの質を有したエンジン開発や選定のみとなった1895年の8月も末の頃、その事の発端でありそれそのものを裏から操る黒幕でもある夏海は一昨年前である1893年にようやく産まれた妹奈々里(ななり)と共に父親と母親に連れられ帝都郊外へと赴いていた。

 

「父上、これから何処に行くのですか?」

「私の古い友人の屋敷さ、お産の後ようやくシャルルの容態も安定したし奈々里の顔も見せろとアイツに催促されてね……と、そういえば夏海は行った事が無かったかな?」

「夏海の時は奈々里よりも小さかった事もありますし、以前お誘いを受けた時は夏海はやんちゃをし過ぎて風邪を引いて1人屋敷でお留守番でしたからね」

「ああ!そういわれればそうだった。道理で今回はいい加減息子の方も連れて来いと催促された訳だ……何だかんだあってここ最近は集まるに集まれなかったからな……」

「はい……」

 

揺れる車内、これから赴く事となる屋敷の主についてしんみりとした雰囲気となるがどうやら父と母の様子からして過去に屋敷の主人の身に何か良くない事が起こった事を感じ取り夏海は何とも言えなくなる。

 

「アイツが妻……葵さんを亡くしてもう10年になるのか」

「そうですね……私が貴方に嫁いで日本に渡って来た時にあんなに良くしてくれた方だったのに……」

「ああ……彼女は気立ての良い女性であの堅物で有名だったアイツが唯一惚れた女性だったのにな……流行病でな」

 

父と母は何処か遠い最も彼ら彼女らの人生が充実し楽しかった過去の記憶を思い出しながら今は亡き故人を偲ぶ。2人が零す話の内容からして、その葵という女性はお淑やかかつ温厚で優しい人なようだ。

 

「怒ったら無言で鉢巻と襷を締めて薙刀片手に吶喊してくる人だったがなぁ………」

「文字がそんなに分からなかった事を良い事に着せ替え人形にする契約書にサインさせられたけど……」

「……ん?んん?」

 

しかしその後続けられた言葉に夏海は思いっきりズッコケた。なんせ父親が思い浮かべていた記憶がその友人と飲み明かして酔って帰って来たらその女性が屋敷の前で鉢巻襷に薙刀を持ち仁王立ちしながら無表情で立っていて2人して酔いが一瞬で醒めた時の話であり、母親の方は来日直後に日本語の練習として名前を書き綴っていた用紙の中に「着せ替え人形になります」と書かれていた契約書を混入させられそれが読めずに流れで名前を書いてしまったがために物証を盾に嬉々として着せ替え人形にされたという控えめに言っても良い記憶とは言い難いものだったからである。

 

「…………」

 

………いや、それは違う。確かに2人が思い起こした記憶は確かに傍目から見れば決して良い話ではないのだろう。しかし今の目の前の2人を見れば分かる、きっと他人からしてみれば良くはないどうでも良いような話なのかもしれない、しかし2人にとってはとても大切なその女性との良い思い出なのだ。

 

「……良い人だったんですね」

「ああ……、とてもな」

 

己の妻が月とするならば彼女は太陽のような女性だったと父親は言う。快活で穏やかで、お転婆でお淑やかで、猫被りで内弁慶で、完璧に見えてどうしようもなくおっちょこちょいなうっかり娘で憎めない。だからこそ彼女は誰からも愛された、だからこそ彼女は多くの人を救ったのだ。そしてその救われた人物の中にはそんな彼女の夫となった人物や夏海の両親(父母)もまたその1人である。

そんな過去を思い返してしんみりとした空気となった車内であったが、そんな空気は唐突に起こった車両前方を震源とする揺れと暴発音に吹き飛ばされてしまった。

 

「なっ、なんだ⁉︎」

「ッ‼︎」

「あだっ⁈」

「きゃっ⁉︎」

 

縦横の強い揺れが続けて車内を襲う、その揺れや凄まじく後部座席に座る大人である両親や母親にしっかり抱かれていた赤子の妹は耐える事ができたもののただその間に挟まれるように座っていただけで身体の軽い夏海はシートベルトなんてものが未だ存在していなかったが為に椅子上で滑ってひっくり返ってしまった程である。

 

「何事だ?」

「申し訳ありません旦那様方、どうやらエンジンに何かあったようです」

 

どうやらさっきの音と衝撃は車のエンジンが故障(イかれた)所為らしい………、狭い空間でやっとこさ元の姿勢に戻った時に見えたフロントガラスの先のボンネットから黒煙ではないが薄っすらと煙が昇っていた事や父親と運転手の執事さんの会話からそれは確かである。

 

「ガス欠か?目的地はもうすぐそこなのだが……どうやら今日はツイていないようだな」

「申し訳ありません、すぐにでも修理か少なくとも路上ではなく近くの空き地に移動させたいところですが」

「我々だけでは無理だろう……たしか少し行ったところに神社と駐在所があるはずだ。そこで人手を借りよう」

 

とは言え、まだ目的地に辿り着けてすらいない事やそれ以上に故障したままでこのまま車を放置する訳にもいかない為人を呼ぶ事にした父親達は車を降りようとする。降りようと扉を開けたその時、何かに背後から引かれた感覚に振り向くとその服の裾を摘んで引っ張っていたのは夏海であった。

 

「付いて来るか?」

「うん」

 

裾を掴む夏海の顔色は素が英国人(白人)である母親の遺伝もあって色白である事を差し引いてもなお白く寧ろ青いと表現するのが正しい顔色で、どうやらひっくり返った拍子に軽く目が回ったらしくしかも今まで長時間碌に舗装などされていない道を質の悪いゴムタイヤで走っていた車に揺られていた事も相まってまだまだ子供な三半規管が狂って気分が悪くなった夏海も外の空気を吸う為に父親達について行く事にした訳だが車を出て早々にその顔色の悪さから夏海は父親におんぶされていた。

 

「しっかりとしがみ付いておくんだぞ?それ程高い山ではないが社務所は山の中腹近くにある、やはり子供の足ではあの階段は少々長過ぎるな」

「……うん」

 

身体が子供であるとは言え精神年齢だけなら同年代な父親にひょいっと手軽に担がれその背中で揺られているという事に少し微妙な気分になる夏海だったがやはり父の背中とは如何してか安心を誘うものなのだろう、都会から離れた地である為に綺麗な空気が吸える事も相まって最悪だった気分は父が一段階段を登るごとに回復し、その気分が元通りに戻った頃には子供どころか大人でも登るには十二分にしんどい長さのやたら長い階段のその頂きにある朱の鳥居を跨ぐとそれなりに広い場所に父と共に立っていた。

 

「ふぅ……さて、私はこれから社務所の方に手を貸して貰えるか聞いてくるが夏海はここで休んでいなさい」

「うん」

 

鳥居の前で降ろされた夏海は父親が道場らしき建物の隣に建てられた社務所に消えていく後ろ姿を見つつ、暇を持て余した夏海は広場の観察を始める。

 

先程くぐった朱の鳥居

石の参道とそこに並ぶ灯籠

手水舎

社務所とその隣に建てられた小ぶりな道場らしき建物

巨大な神木

神楽殿

石段前のもうひとつの鳥居

そして拝殿と本殿へと続く更に山の一段上に続く石段

 

「……ん?」

 

そこでふと、その景色に強烈な既視感(デジャヴ)を感じた夏海は思わず鳥居の中央に掛けられた名札を見上げていた。

 

「『枢木神社(くるるぎじんじゃ)』?……枢木……枢木……枢木⁈」

 

「誰だ?お前?」

「…………」

 

夏海が呆気に取られるその先には同い年くらいの子供、後に未来で御国夏海と陸海軍の双璧を為す存在となりそして唯一無二の親友……ついでに義弟となる枢木朱雀(スザク)の姿がそこにあった。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

「ようこそ、異界より訪れた来訪者(ビジター)殿」

 

ここに来るまでに割りかし洒落にならない一難を無事……とは言い切れないがなんとか切り抜いて今この場に遥々やって来た零であったが、目の前に鎮座する円卓とその先に座る明らかに軍人であると思われる顔触れに「一難去ってまた一難とは……」と思わず声に出しそうになるのを堪えながらチラリと己の背後を見る。

 

「…………」

 

固く閉じられた分厚い扉、その側には自分をここまで案内して来た西住みほ陸軍少尉の姿があるが若干前に顔を俯かせておりその表情は伺えない。しかし現状の彼女の姿と何となくこの部屋に辿り着く前から感じていた彼女の罪悪感らしき雰囲気からして彼女は目の前の集団とは共犯者(グル)ではあるが仲間ではない巻き込まれた人物なのではないかと零は当たりを付ける。

 

「私はこの集まりでは副議長としてこの席に付いている者で、今回は欠席された議長に代わり進行を務めさせてもらう。辻笠人陸軍中将だ」

「陸軍……しかも将官か」

 

そして零の目前に鎮座する巨大な円卓とそこに着く制服やスーツを身に纏う老若男女数名の姿をその視界に収めると同時に始められた紹介を兼ねたその挨拶に、最近事ある毎に(面倒事に巻き込まれてばかりいる所為で)痛みだす頭と胃の症状を無視し一部諦めの境地に達しながらも少しでも気を抜けば引き攣りかねない顔を懸命に正しながら零はそう零す。

 

「その通り、この集まりは主に現職の軍人とそのOBが集まって結成されたものでね。生憎皆それぞれの職務で忙しく幹部全員の顔が揃っているわけではない事に関しては許して欲しい」

 

お陰で他人に反応を変に不審がられる事は無かったその反面、その反応の薄さからイマイチ話に付いて来れていないと判断したのか更に噛み砕いた理解しやすいような紹介を副議長を務める男──しかも苗字からして例の「辻陸軍参謀」の子孫かその血縁者らしい……辻参謀と言われれば戦中に作戦も本人も無茶し過ぎて朱雀(当時陸軍中将)に殺人チョップを脳天にブチ込まれた挙げ句、後方に居たら何かヤバイ事を仕出かすか分からないが為に朱雀に見張りも兼ねて連れられて最前線にブチ込まれた海軍の黒島参謀などと並び日本三大(変態)参謀の1人である──は続けて説明を零に向けて行う、が寧ろ理解しているが故に発生した頭痛と胃痛にトドメを刺しに来ている状況である為に零にとっては1mmも嬉しくない善意である。

それにぱっと見た限りだが参加者の年齢層は恐らく40前後から退役間近の60中頃、また同じく所見ではあるが軍服を着て襟章や肩章に幅広の黄の地に花弁をひとつふたつを付けている将官クラスの人間も少なくはない……何の因果かこの時代に現れてから得た戦後日本について深海棲艦出現(「大海戦」)後の現在に至るまでの過程(歴史)結果(現状)、そして先程目の前に立つ男から得た情報から考えてこの場にいる男女の大半が現職かつしかも少将以上の将校であるという事は間違いようも無く、そんな御偉方ばかりが集まったこの会合は問題と面倒事の気配がプンプンしており現状の零にとって頭痛と胃痛の種でしかない。実際、いつどんな事態であろうとも現役だろうがOBだろうが軍人が影でコッソリ集まってヒソヒソ話しをしているなどとはよっぽどな問題である。

 

「……密会や会合なら赤坂でやるべきだろう、何故よりによって帝国ホテル(ココ)なんだ」

「内密にここを借りられるだけの伝手がありましてね、何よりここはそういう事をしそうでしない場所でしょう?」

 

否定はしない、まあ常人では霞ヶ関のど真ん中で腹黒い陰謀が渦巻いているのは想像できても、そのど真ん前でこんな悪巧みをしているのを想像しろという方が無理がある。それに赤坂やら新喜楽やら小松やらは全部政府や軍部高官いきつけの料亭の事であり「木を隠すならば森の中」という諺通りそれらに紛れるようして人目を忍ぶならば確かに料亭も会合場所とするならば悪い判断ではないが、やはりそういったことをする場所であるというイメージが強過ぎる事や人の口に戸は立てられないという秘匿性の問題も大きい為第1次大戦以降から高度経済成長期頃まで多くの政治家やら軍人やらが会合場所として活用してきた料亭も今や実際に利用される事は少なくなっている(廃れ気味だ)。……とは言え、実際その当時に生きてそして利用した事もある手前、下手すれば政府中枢に潜り込んだ某国の諜報機関よりも料亭専属の芸妓や従業員の方が政府や軍の裏事情について詳しいなんて事実は笑えない話でもあった訳だが。

 

「……そう言えば私の2人の娘達が貴方のお世話になったそうね」

「娘……達?娘……まさか」

 

現実逃避も兼ねてふと過去に思いを馳せていた零であったが同じく円卓に座る妙齢の女性からよく分からないお礼を言われた事で現実へと引き戻される、娘と言われて思い浮かぶのは佐世保でお世話になった七海の指揮下にある艦娘と横須賀まで一緒だった西住(・・)まほ陸軍少佐を含めた大隈に居た女性兵、そして横須賀付近で一悶着あった公安の女性や女中特殊部隊隊員と案内人でありその発言にビクリと肩を揺らした己のすぐ背後に立っている西住(・・)みほ陸軍少尉であるがその中で零が知り得る限り姉妹(血縁のある2人が)揃って軍関係者であったのはたったの1組しか無い。

 

「私は西住しほ、陸軍では少将をやっています」

「………」

 

そう西住まほ陸軍少佐と西住みほ陸軍少尉の2人組である、そして目の前の女性もまた西住しほと名乗った事から間違いなく彼女達3人は親子であった。あまりの西住一家(ファミリー)との遭遇(エンカウント)率の高さにに内心「ウッソだろオイ……」とぼやく零だが、それが意図されたものではなくほぼ偶然の産物である為に何故自分は西住一家と縁が深いのかと頬を痙攣らせる。その内、家族一同全員との遭遇などもありそうにも思えてしまいその予想が決して現実化しないよう切に願う…………いや別にまほもみほも嫌いな相手ではない(寧ろ妹談義の為に仲良くしたい)のだがなんだかそれに親が加わわると嫌な方向に話が抉れて絶対に面倒くさい事になる予感が凄くするのである。

 

「それはさておき…………沖田零(おきたれい)、性別男、1996年(平成8年)12月5日生まれ射手座、24歳、出身地は日本東京都、転移前の職業は公務員、転移する直前にあった出来事は仕事の出張中に海難事故にあった事……とこれが佐世保鎮守府の御国七海特務中佐が軍統合司令部(軍令部)に提出した貴方の調書ですが相違は無いですね?」

「ええ、大方合っています」

 

零が頬を痙攣らせている間にもそんな零の様子など大して気にも止めず西住しほは己の卓の前に広げられていたA4の用紙に視線を落としそこに書かれていた零の資料、経歴を音読する。それに何とか引き攣った表情筋を解した零が「相違ない」と頷くが実際のところは本当の経歴の大筋を変えずに零や七海が大淀や明石に響を含めてあーでもないこーでもないと案を出し合って作った偽造された嘘八百な経歴である。

具体的に言うと……沖田零(御国夏海)、性別男、1996年(平成8年)(1884年(明治17年))12月5日生まれ射手座、24歳(61歳(享年))、出身地は日本東京都、転移前の職業は公務員(海軍軍人)、転移する直前にあった出来事は仕事の出張中に海難事故にあった事(天一号作戦実施中に大和と共に海に沈んだ事)と言った感じに全くの嘘ではないが都合の悪い部分は誤魔化してある。

 

「ふむ、元軍人……という訳では無いのですね」

「の……様ですね。立ち振る舞いからしてらしく(・・・)は感じられたのですが……本当に肝が太いのかそれとも……」

「うむ……」

 

が書類だけではともかく実際に実物と会うとなると見た目では完全に誤魔化せるとは限らないようで、四半世紀に渡って身体に染み付いた軍人特有の雰囲気や習慣が滲み出ているのか調書と実物を見比べている彼ら彼女らも何処か引っ掛かる様子で調書裏付けの為の幾つかの質疑応答を交える。趣味や好きなモノ・昔の将来の夢・家族構成・具体的な出身地・過去の思い出など一見ただ聞いているだけであれば特に意味を感じられないような話題も多いが勿論その中には質問に答える解答者の持つ主義や思想・精神・意思を鑑定する特殊な質問が紛れ込まされており、それと同時に解答者が何気なく答える出題者にとって当たり前ではない回答者にとっての当たり前を知る為の情報源としても活用される為にその質問と回答(対話)は一字一句違い逃す事のないよう録音と速記の二重の体制により記録されていっている。

 

「ではこれが最後の質問だ、君がこの世界に訪れて約1ヶ月が経った訳だが……自分が居た世界と何か違う部分、歴史・社会・国家・地域・名称等は無かったかね?」

「そうだな……」

 

そしてそんな対話の果て、時間にして1時間もあるかないか程度の筈がやけに長く感じられた体感時間を経て最後に辿り着いたその問いは今まで問うてきた彼らにとって何よりも訊きたく(・・・・)そして何よりも訊きたくはない(・・・・・・・)、全ての核心となる問いであった。

 

「歴史が、違った」

 

そんな重苦しい雰囲気の中、零はそう一言だけを告げる。だが「歴史が違う」、ただその一言だけでその場に居た者全てに緊張が走りその一瞬だけその空気が凍る。

 

「……聞かせてもらえないか、どう違ったのかを」

 

だがその中で唯一(ただひとり)、この卓上にて今まで進行役を務めていた副議長の男、辻笠人陸軍中将だけがこの場所を支配した緊張と沈黙を破るようにしてその言葉の、真相の告白の続きを促す。零は一言一句その全てを噛み締めるよう、違えぬよう忘れぬようにその先の言葉を紡いだ。

 

「1945年8月15日、日本は連合国側が提示したポツダム宣言を受諾し9月2日降伏文書に調印、5年に及び世界を戦火に包み全てを灰燼とした第2次世界大戦は連合国側の勝利で終結した」

 

より一層重く暗くなった雰囲気の中で、それでもはっきりとだが静かに零の口から答えられたあり得たかもしれない(本来あるべき)その結末に、その場に集い居合せていた者達全てが押し黙る。「降伏」「敗戦」「敗北」、いくら己達がかつての大戦にて辿った結末が事実上の敗北に等しい判定負けの「講和」であったのだとしても、日本(祖国)が文字通り焼け野原となった「無条件降伏」をしたという事実はそこに集う「愛国者」に非ずとも「日本人」である限り強い衝撃を齎すのだ。

だがそれも予想された「答え」でもあった。

 

あの大戦、泥沼化していたユーラシア大陸戦域における対中・対ソ戦線は兎も角環太平洋戦域における対米戦線では万が一の可能性を除いて大日本帝国が勝利する可能性は(ゼロ)にも等しく寧ろ負けなければ可笑しい(・・・・・・・・・・)戦いであった。即ち、事実上の降伏であろうとも講和を果たす事ができたこの歴史は文字通りの奇跡であった事に他ならない。

 

故にその道筋を通った歴史(日本が敗北した話)が存在する事は決してあり得ない事ではなく、寧ろあらねば可笑しい事実である事を彼らは承知(覚悟)していた。だが実際にその歴史を辿った者の口から訊くとなるとそんな覚悟は意図も簡単に揺らいでしまい動揺してしまう、例えその事を実際に聞いたのがこれが2度目(・・・)であろうともだ。

 

「そうか……君の世界では日本は敗れたか……」

「ええ、それでも未来は残りました。日本という国と人が、命懸けで戦った先人達の想いと命を礎に平和を築きましたよ」

 

現代を生き()我々は1億1000万人の覚悟と7000万人もの血の犠牲、20億人もの涙と祈りの上に生きている。例えそれが生み出した平和が気休めにもならない仮初めの平和であろうとも……だ。

 

未来(明日)……か」

 

ぽつりと、誰かが零した独り言にも近いその言葉に零はそう答える。そして答えられたその言葉の中にあった未来(明日)という言葉に、零の顔を一目見て以降今まで一言の声を発する事もなかった白軍服の老人が初めてそう言葉を零した。

 

「……これで質問は全てだ、後の事は外の者と少尉に任せてある。来訪者殿、御足労感謝しました」

「……では」

 

決して短くはなかった沈黙とその最後の質問を終えようやく副議長の男から退室を許可された零が案内人であったみほとともに退室しようと背を向けたその時、彼を呼び止めるようにその老人からひとつの問い掛けを投げ掛けられる。

 

「そうだ、ひとつ君に聞いておかねばならない事がある」

「……何でしょう」

 

 

 

「君はこの国が好きかね?」

 

「…………能力を発揮したいと思う程度には」

 

 

 

投げ掛けられた問い、それを背を向けたまま聞いた男は少しの空白の後に振り返りつつそう答えた。

 

「‼︎………ふっ、ならばこの国はまた(・・)(貴方)に好かれるよう努力すべきだな」

「…………」

 

老人の問いに答える為、振り返ったその男の顔は一体どのような顔だったのか。

笑っていたのか、

怒っていたのか、

嘆いていたのか、

泣いていたのか、

それとも……何もなかったのか。

それは振り返ったその顔を見た老人達のみぞ知る。

 

 

「以上だ、行きたまえ」

 

 

ただ、それ以降振り返る事もなく部屋を去っていったその男の「本心」がそこに在った。




補足メモ

●西住しほ陸軍少将
元陸軍戦車教導隊の出身であるが防衛戦(当時大佐)では戦力増強の為精鋭中の精鋭である教導隊は沖縄に配置されそこでの功績を以って昇進した戦後初の女性日本陸軍将官であり最年少記録も更新した陸軍輩出の名門西住家の今代当主、二児(まほ・みほ)の母であるがその娘達も現在陸軍に居る。
沖縄では深海棲艦による猛攻で本部との通信が途絶する中で各部隊を纏め上げ混成部隊(後の島嶼防衛特化部隊の礎となる)を編成し飛来する深海艦載機を戦車砲や機銃で撃墜したり(足りない俯角は瓦礫に乗り上げて稼いだ)爆撃を殺人ブレーキを利用した殺人ドリフトを実施して躱したり(辛うじて他の搭乗員は生きていた状態に対し本人はピンピンしていた)挙げ句の果てには飛んで来た艦砲射撃を戦車砲で迎撃したりした指揮官としても超優秀でしかも戦車に乗せれば意味が分からないくらい強いと言う怪物を通り越した漢女。
現場を退き軍統合司令本部勤めとなった今でも時々ストレス発散も兼ねていつのまにか愛車(専用車)ともなった戦車に乗って戦車教導隊相手の模擬戦でワンサイドゲームを成し遂げる快挙?を月に一度のペースで行なっており、その伝説は今もなお留まるところを知らない。
因みに、その彼女の愛車とは教導隊の時から乗り込んでいた90式戦車である。

●「    (特定名称無し)
第二次大戦以降の冷戦期頃に誕生した小さなとある会をその前身として「大海戦」並びに「防衛戦」以降に密やかに再結成された現職ないしOBの日本陸・海・空軍と海兵隊の将校や一部政治家、企業家などを幹部として組織した秘密組織。組織としての運営方針は主に幹部連中が帝国ホテルのとある一室を貸し切り一同に集まって行われる合議により決定されおり、その決定された意思が軍や政界に与える影響はそう小さなものではない。(現に来訪者達が現れた場合は「適性試験」と称しまず彼らの元に一度連れて来られる事になっている)また一方で特定の名称は無く存在を知るものからは通称「愛国者達」として呼称されているが、しかし実際にその会議に参加する者達が己達をそう名乗った事は一度もない。
なお、主に今のこの会議・組織を構成する構成員、特に幹部のメンバーは7年前に1度目の「1945年9月2日」に日本が「無条件降伏」をした世界線での歴史を訊いてしまった元「軍統合南西諸島防衛司令部」及び「軍統合司令本部(軍令部)」附きの軍人である。


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第拾参話 亡桜の艦隊

新元号「令和」を迎え既に21日が過ぎた今ようやく13話を投下する事が出来た事に若干の安堵と本来ならば21日前に投下する予定だったのに無駄にリアルが忙し過ぎて息抜きのゲームすらろくに出来なかった魔の10連休を恨めしくも惜しく感じている今日この頃。

そして今回の話の主役は主人公ではなく彼女と彼らです。


これはとある男が士官学校に放り込まれる少し前の話、とある男(乗組員)を失った少女達()の航路が再び交差する(が再び巡り会う)前の話。

 

 

 

 

 

北方海域最終(最前線)防衛拠点、単冠湾鎮守府。その夜半、日本最北端に近い(日本の軍事拠点としては最北端である)そこでは季節としては春先であろうとも未だ身を切るような冷たい風が吹いている。

 

「うぅっ……寒い……、さて……見回りはこの辺りにして私も仮設宿舎に戻ろうかしら?今夜の夜間哨戒は単冠湾鎮守府所属の娘達が行っている筈だし」

 

そしてそんな地域にある鎮守府前の軍港を厚手の海軍士官用のコートを着て片手に懐中電灯、肩にはいつものアンチマテリアル・ライフル(5式対戦車狙撃銃)を掛けた長髪の女性、大和型戦艦3番艦にして信濃型改装空母1番艦である「信濃」の名を持つ艦娘である彼女は1人今夜の当番であった港湾内の見回りを行っていた。

 

「……作戦決行は明日か、生憎予報では作戦海域はほぼ一日中濃霧が晴れないようだし私は居残りかしら」

 

先の単冠湾(ひとかっぷ)大湊(おおみなと)鎮守府並びに横須賀派遣の亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)3艦隊合同(全24隻)による「北方(幌筵)泊地海域防衛戦」は侵攻して来た敵戦艦4、重巡2、軽巡4、駆逐18、潜水4、補給3の計35隻を悉く撃沈し追撃として高練度艦隊たる亡桜の艦隊を主軸とした反攻戦力を編成、現在「北方アルフォンシーノ(アリューシャン)列島沖決戦」に向け作戦の最終段階へと移ったところであった。

 

「まあ……千歳から全天候型の早期警戒機(AWACS)その護衛戦闘機(F-15J/JN)部隊が飛んで来るから私は必要無いでしょうけど」

 

とは言え信濃が呟いた通りアリューシャン列島は海洋性の気候かつ年中濃霧が立ち込めやすい海域である為、レーダー等の電子装備がまだ未熟な大戦期頃の航空機では航空攻撃以前にまともに空を飛ぶ事も出来ず艦載機運用など夢のまた夢に近い事から今はまだ(・・・・)大戦期頃の艦載機(零戦や烈風改・天桜 等)しか搭載できない彼女(信濃や大鳳)達空母は最初から出撃メンバーから外されている。が、逆に言えばそんな濃霧に包まれた海域でもまだまともに飛行可能な現代航空機ならば本作戦にも投入可能である為にその代わりとして攻撃は通じずとも自衛だけは可能な現代航空機が後方の空軍基地(千歳空軍基地)より支援に飛んでくる手筈になっていった。

 

「ううぅっ……寒い寒い……」

 

ヒュゥっと、突然吹いた寒風が彼女の身体を撫でその寒さに彼女は身を震わせる。自分が出来る事がこんな安全の確保された鎮守府軍港の夜警程度しかないと言う嘆きと、いつの間にか緩んでしまった緊張と共に動いた事で緩んだコートの襟元を寄せズレていたマフラーを巻き直し新たな冷たい空気の外部からの侵入を防ぐがそれでも北国に吹く春先の夜風は充分冷たかった。

 

「もう春なのにね……、(南方連絡海域)はいつも夏だったけどやっぱり(北方海域)はまだまだ寒いわ。南に残った加賀先輩が羨ましい」

 

身を切るような寒さについ先月まで派遣されていた南方の冬でも暖かい気候を恋しく思いつつ、今もなおそんな場所(台湾警備府)で来たるべき南方泊地海域攻略(トラック泊地奪還作戦)の要たる連絡航路防衛の任に就いている先輩(加賀)の後ろ姿を思い浮かべる。

かつて栄光の初代第一航空機動部隊旗艦を務めそして今は亡き帝桜の御旗を最も初めにそのマストに掲げたその誇りと自負は他の追随を許さず、己にも他人にも人一倍厳しくそれでいて人情に厚く誰よりも努力家な女性(ヒト)、不器用で顔に出ない分感情が豊かな何処か中将と似た雰囲気を持つ彼女は信濃にとって鳳翔さんと同様もう1人の母とも言える女性(ヒト)であり憧れであり最後には必ず超えて見せるべき目標とも言える相手である。

 

「うぅ……、それに月も出てきたし……………ん?」

 

ぼやいたり考え込んだりと色々と脇道に逸れたものの信濃がなんだかんだで見回りの行程を9割方終わらせた頃、最後の見回り場所となる東第三埠頭防波堤に辿り着いた彼女は波の音の中に風に乗る歌声を耳にした。

 

 

────♪

 

 

故郷を想う、決意の歌。第1次世界大戦頃からイギリス・ドイツ・フランス・ロシア・日本にて兵士達を中心に広がり、その地域地方での風土や言語による歌詞の差異はあるもののその全てが在りし日の故郷を想う歌詞を持つ。最初に歌い出したのが誰なのかは不明だが大戦の最中でもなお歌われたそれは転じて「反戦の歌」として今もなお忘れぬ為に歌われ続けている。

………そして彼ら彼女らは知る由もない事だがその「歌」は本来ならばその時代にはまだ影も形もないしかも反戦なんてものは微塵も考えられてなどいない筈のものでもあった。

 

「………………」

 

埠頭の先、流れる雲の切れ目から現れた月より降る仄かな光が桜花の散らされた朱塗りの唐傘とその下で揺れる一纏めに纏めて結い上げられた焦げ茶色の長髪を照らし出す。涼やかな、そして何処か寂しげな歌声はそこに立つ信濃と同じ黒の士官用コートを身に纏った女性が発していたモノであった。

 

「大和姉さん、こんな時間に……」

 

信濃に呼ばれ振り返った女性。かつて帝国海軍の栄華の極みだけでなく帝桜の、この日本の象徴として君臨し世界最強の名を欲しいがままとした超弩級をも超える「超戦艦」大和型戦艦1番艦 大和(やまと)の名を持つ艦娘(彼女)は大和型三姉妹の末妹にあたる信濃の姿を見て朱に染めつつ頬を緩める。どうやらこっそり歌っていた歌声を他人……特に妹に聴かれてしまった事が少々気恥ずかしかったらしい、いつも慎ましく控えめでありながらも凛と芯を持った行動や表情をする事が多い大和撫子(ヤマトナデシコ)を文字通り体現する彼女がそんな表情をするのは少々珍しかった為に信濃は少しだけ驚いた。

 

「信濃……見回りですか?」

「ええ、もうおしまいだけど。姉さんは?」

 

驚いた信濃だが大和から掛けられた声により正気を取り戻し逆にそう問いかける、そしてその問いに応えるように散る桜の花弁の模様が描かれた朱色の唐傘を回しながら大和は天に浮かぶその白亜の月を見上げた。

 

「……月を、満月を見に……ね」

「月……」

 

そして大和の答えに信濃もまた釣られるようにして月を見上げる。彼女達が見上げたその夜空には、いつの間にかそこに在った筈の雲が押し流されて溢れんばかりに淡い光を湛えた真円の月がそこに在った。

 

「『月が綺麗だと思わないか?地上がこれ程までに戦火に包まれ灰塵と血潮に塗れているというのに登る月は何事もなく夜を照らし、宙に瞬く星々はまるで誰かが流した涙の様だ』」

「?、それは……?」

 

月を見上げ、大和の呟いた聞き覚えのないその言葉に信濃は首を傾げる。内容からして大戦中に詠まれた言葉なのだろうが大戦末期から現代にかけて日本の海と空を守った彼女でも知らない言葉となるとそれ程有名でないか、もしくは誰かが風聴する事もなく胸に秘めたか密やかに伝えらた言葉なのだろうと当たりを付ける。

 

「かつて、あの人が(ソラ)を見上げて呟いた言葉です」

「御国中将が?」

「そう……あの日、天一号作戦出撃前夜にあの人が1人、私の重艦橋の頂点にあった第1艦橋で月を肴に盃を傾けていた時に訪れた有賀艦長に言った言葉です」

 

そして信濃の考えは強ち間違いではなかった。天一号作戦実施前々夜(2日前)、信濃及び大鳳以下第一航空機動部隊もとい第一艦隊は天一号作戦発令と僅か数日差で開始された天号作戦前段階準備に基づいて硫黄島行きに見せかけた偽装進路を取りつつもすぐさま沖縄に向かえるよう南下している最中であり、彼ら(彼女達)が作戦後に帰還してしばらく後に戦争は終結した事でそのほぼ同時期に御国夏海海軍中将が戦犯指定を受けた為にその言葉を知る者達は口を噤む他なかった所為である。

また大和は再び宙に浮かぶその満月を眺める。それにつられて信濃もまた月を見上げた。

 

 

そう……あの日もまた今日のような満月だった

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

1945年8月12日、呉

 

その夜、呉の軍港に停泊する数数多の艦艇の中でも最も巨大な艦容を誇る大和艦内にある食堂では宴会が開かれていた。

 

ある者は階級を超えた友誼を結び

ある者は大和の威容を誇り口に出し

ある者は酔って馬鹿騒ぎを起こし出し

ある者は酔って十八番の演歌を歌い出し

ある者は英気を養うべく静かに盃を傾けて

ある者は大和自慢のフルコースに舌鼓を打ち

ある者は同郷の者との思い出話で盛り上がり

ある者は戦友と共に上司の愚痴を言い合って

ある者は今日新たに得た戦友と共に盃を交わし

ある者は同じく故郷許嫁や妻子を残した者と決意を口にした

 

それは上下士官、駆逐艦の一兵卒から空母や戦艦の艦長や指揮官である佐官や将官までもを一同とした(巻き込んだ)大日本帝国海軍史上最大規模かつ前代未聞の帝国海軍最期(・・)の無礼講である。賑やかに、楽しげに、まるで今が戦争の真っ只中であると言う「現実」が嘘であるかのように其処に悲哀などは存在しない。

ただ分かっていた、もう一度皆が今この場の様に一同に会する事など二度と訪れない。……きっと、あともう一度出港したこの艦隊は、この艦は二度と此処へは帰らない。自分が、アイツが、戦友が、部下が、上官が、誰が、誰もがきっと死ぬだろう。

本来此度の天一号作戦は連合国軍の国内世論(厭戦気分)その侵攻速度(サイパン島と硫黄島戦線の膠着具合)からして戦略的に見ればあと数週間の準備期間を有する筈であり、そして最近怪しい動きを見せるソ連軍に対し本作戦に合わせて実施される結作戦(対ソビエト侵攻防衛作戦)に動員された雲龍を旗艦とした長門以下第三航空機動部隊(北方第三艦隊)と同時期に本格的な実施となるはずだった。がしかしその予想は大きく外れ米英連合国軍はサイパン並びに硫黄島に張り付いていた戦力の中核をいつの間にか抽出、必要最低限の戦力を残した上で両戦線を放置して日本本土攻撃の前段階とした沖縄攻略への乗り出してしまったのである。本来ならば連合国軍の攻勢前に気付けたはずの事態だった、だが連合国軍側の巧妙な隠蔽・誘導工作の他に増援に次ぐ増援により苛烈さを増す連合国軍の攻勢に補給が追いつかない事も増え休息もろくに取れずに疲弊した両戦線を支える日本軍はその兆候のほぼ全てを見過ごしてしまったのだ。結果連合国軍の沖縄強襲は直前の潜水哨戒網からの通報により辛うじて最低限の防衛体制を整えて対応できたもののその代償に沖縄防衛の任に就く陸軍三二軍は大損害を受け既に沖縄中部は連合国軍に陥落させられ部隊は南北に両断されていると言う、更に余りに急な戦闘の開始だった所為で多くの沖縄臣民が陸軍の後退とほぼ同時に避難を行なっている為に突発的戦闘による多数の巻き添えを食らう羽目になっていると言う最悪の報に軍令部には激震が走った。

 

なんとかせねばならない。()なんとしてもやらねばならない(・・・・・・・・・・・・・)

 

現時点で沖縄が落とされ本土決戦目前まで事態が進行すれば多くの尽力と犠牲の果てに辛うじて繋いだ日米講和への糸口が切れて無条件降伏という最も最悪な事態が現実に成りかねない状況に軍部上層部はどうしても天号作戦の実施を急がねばならなくなった。だがだからと言って艦隊はすぐには動かせない、そもそも作戦前段階としての機動部隊の艦載機やその搭乗員の補充と物資……特に燃料の調達が未だ済んでいない事や武蔵の主砲(51cm連装砲へ)の換装後の習熟訓練が行われている最中である事も相まって即座に艦隊を動かし沖縄への救援に向かう事は絶望的(不可能)であった。

しかしその状況を覆した男が、男達が居た。軍民を問わず最早動かせぬ船から油槽より少しでも油を掬い、艦載機搭乗員を探す為自らの足で日本全国の陸海軍航空基地を回り基地司令やそこに所属する操縦士達に協力を乞い、少ない時間の中で計画の全てを見直し推敲した。その相手が一兵卒でも陸軍でも民間人でも関係無くあらゆる相手に対しても頭を下げ協力を乞うてひとり残らず協力を取り付けた男が居たのだ。男達の尽力の甲斐あって計画は理想と現実の妥協として8月初頭での作戦実施の目処を立てる事に成功した、既に「奇跡」は起こっていたのだ。

だが今その輪の中に本作戦の最たる立役者とも言えるその男の姿はない。何故なら今その男は1人別の場所にいたからである。

 

 

 

再編第二艦隊旗艦大和 第一艦橋側面見張所

 

大和艦内の喧騒から離れ波と風、そして(おか)に居る虫の音だけに支配されてていたその場所に1人、盃と酒瓶を手にした初老の男性が見張所の柵を背に月を見上げていた。

 

「御国司令、こんな所におられましたか」

「………有賀艦長か」

 

無人の筈の艦橋、そこに繋がる扉が開きそこから軍人にしては少々恰幅の良過ぎる男が現れる。彼は有賀(ありが)幸作(こうさく)海軍大佐、この戦艦 大和の6代目艦長にして作戦に向けて艦隊を十全に動かすべく月月火水木金金の訓練を行う為に腐心し続けて「奇跡」を起こす為に尽力した男の1人である。

 

「司令が宴会の途中でいつの間にか御姿をお隠しになられてしまいましたのでお探ししておりました。此度の宴会の主催者は司令ですのでお早く食堂にお戻りに頂ければと、既に作戦配置(サイパン島への偽装進路を)に付いている(取りつつ南下し硫黄島近海にいる)第一航空機動部隊(特別編成第一艦隊)を除く全ての作戦参加艦艇各艦艦長(再編第二艦隊所属艦乗組員)らも司令をお待ちです」

 

彼、有賀艦長はそう言って目の前に立つ初老の男、天号作戦作戦全権委任者にして数多くの奇跡を起こし「奇跡を起こす男」とも呼ばれた今回の「奇跡」を起こした中心人物たるこの再編第二艦隊司令官御国夏海海軍中将に対し宴会と化した食堂に戻ってもらえるよう促す。時刻は既に午後11時(フタサンマルマル)を回り幾ら作戦実施前日の明日が全訓練を中止した最期の休息日なのだとしても、下手に長引けば肝心の2日後に酒気を残す羽目にも成りかねない事やこの艦を直接指揮する身としては明日の片付けなども考えてそろそろ御開きにしておきたいと考えているのだろう。

 

「分かった、だが少しこのままでいさせてくれ。今丁度月を肴に盃を傾け始めた所なんだ」

 

が、分かっているとは言え普段は将校として殆ど静かには飲めないのもあってようやく静かに酒を飲めるのだから少しくらいバチは当たらないだろう?と夏海は宣いつつ盃に手に持った日本酒を注いで煽る。食料だけでなく日本酒もまた戦時故に質の低下や生産数の減少により配給制となってしまったとは言えやはり有る所には有るものである嗜好品の為今回の宴の為に各所から調達した酒のひとつをたった1人で開けるのはちょっとした贅沢でもあった。

 

「月が綺麗だと思わないか?」

「は?」

 

だからだろう、普段はしない贅沢の所為かそれとも単純に酔いが回ってきた所為なのかは不明だが何時も多くを語る事はない寡黙な筈の男は唐突に口を開く。

 

「地上がこれ程までに戦火に包まれ灰塵と血潮に塗れているというのに登る月は何事もなく夜を照らし、宙に瞬く星々はまるで誰かが流した涙の様だ」

「…………」

 

朗々と無感情に、飄々と嘆くように、滔々と歌うように、軽々と穿つように、淡々と唸るように、何気ない話題でもあるかのように紡がれた言葉には多くの感情が入り乱れたそれは途方もなく深い後悔や大罪を犯した罪人が神に赦しを乞う懺悔のようでもあり、今までそんな弱音を一度も吐く事の無かった護国の英雄の姿に(戦乱の神にすら祭り上げられた男の姿に)有賀艦長は絶句する他にない。

 

「だが、でもだからこそ、そんな無垢なる月を、遥か遠く、でも何よりも天体の中で最も身近に、側に在り続けるその月を私達は美しいと感じてしまうのかもしれない」

「それは……」

 

……だがそれと同時に安心している自分もまたいる事に彼は気付く。目の前に居る己の様な凡夫には決して理解し得ない頭脳と才能とこの何処か只人ではない雰囲気を持つこの男が、奇跡を起こす男は神や怪物などではない間違いなく己達と同じ今を生き明日に手を伸ばし続ける(泥を這いずっても生き足掻く)人間なのだと理解する事が出来た為だ。

 

「…………なに、酔っ払いの戯言だ。聞き流せば良い……深い意味も無いしな。君も飲むかね?」

 

そんな有賀艦長を他所に夏海は何処か気恥ずかしげに零した言葉を濁す様にして有賀に対し新しく取り出した盃を押しつけるようにして酒を勧める。そんな姿も余計に人間らしくて、彼は益々目の前の男が本当に人間なのだと実感させられる。

 

「……では、自分も御相伴に預かります」

「ああ、私が注ごう。あとその盃も貰ってくれ。但し、間違っても割るなよ?」

「はっ、御意」

 

そして盃を受け取ってから気付いた事であるが何気に階級的には基本される側である筈の目の前の男にする側の筈の自分が酌をして貰っていると言う下手すれば帝国海軍軍人の中でも初かもしれない体験に内心焦り感じながら日本酒の注がれた盃を煽る……なかなか悪くない味である。ではさてもう一杯、と夏海が瓶を傾けようとしたその時、静寂に包まれていた筈の無人の艦橋がにわかに騒がしくなる。

 

「ややっ、やはりここにおられましたか司令殿」

「おっ、有賀艦長もここに居たのですか」

「しかも司令自らお注ぎ下さる日本酒を煽っているとはなんたる贅沢者か」

「羨ましいですぞ有賀艦長、司令自分にも一杯」

「抜け駆けは許さんぞ、先ずは大佐である私から」

「しかし今宵の宴は無礼講、そのような無粋な事は無しでありましょうぞ」

「うむぅ……」

 

有賀艦長が来た時同様艦橋の扉から現れたのは各再編第二艦隊の艦長である平塚大佐(天城)岡田大佐(利根)原大佐(矢矧)井浦大佐(鹿島)薗田大佐()寺内中佐(雪風)前川中佐(浜風)前田中佐(磯風)瀧川少佐(初霜)杉原少佐(朝霜)松本少佐()の11人であり、どうやらその言動やその手にちゃっかり酒瓶を持参しているところを見るとそれなりに酔っているらしい。特に促した訳でもないのにささっと全員が見張所の床に腰を下ろして持ち寄った酒を月と武勇伝を肴に宴会を始める姿に、どうやら静かに飲む一人酒はお預けかと夏海は苦笑を零しつつも最期くらいはとその輪に入って酒を煽る。

 

天一号作戦実施まで残り30時間余り、そんな男達の酒盛りを月は優しく見守っていた。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

信濃が埠頭より去ってなお、そこに立ち尽くしながらも月下満天の星空の浮かぶ水面を眺めて彼女は思う。

 

何故こうなってしまったのか……と、

 

しかしそれ同時に彼女はその答えを理解していた。

 

自分の愚かさの所為だろう……と、

 

別に彼女自身は自らの上に提督と呼ばれる存在を戴く事に否定的ではなかった、否定的ではなかったのだ。彼女からしてみれば最も大切な事とは己達が戴く存在についてではなく掲げた御旗とその誇りと意志(遺志)であり、それと同時に艦にはそれを操る人が必要であると思っていた為である。が、現実は彼女の思う通りにはいかなかった。世界最強にして最高の戦艦であり護国の英雄達の誇り、再び浮上し日本を救った彼女はそしてただ単純に彼女の「大和」という名は彼女が考えていた以上に重いモノだったのである。その結果生まれしまったのが現状に不満を持ち彼女を旗艦(指揮官代理)とする「特別編成第二艦隊」と呼ばれる日本最強最高練度の旧「帝桜の艦隊(カローラス・フリート)」所属艦が集まった問題児艦隊。通称が「亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)」というのは人間達が彼女達に贈った最大の皮肉であり、それは何かを(・・・)変えられる筈だった(・・・・・・・・・)立場でありながら(・・・・・・・・)結局は殆ど何も(・・・・・・・)出来なかった(・・・・・・)大和には大きな棘として突き刺さった。

故に彼女は思っているだけではどうにもならない、ならば帝国海軍聯合艦隊元旗艦としてあの人の最期の旗艦として相応しい恥じる事のないように在ろうとして誰もが思い描く戦艦大和という存在を描き演じ続けた……その結果が不和の元種(このザマ)である。

 

かつて共に海原を駆けて戦い、守りそして逝ってしまった人々の祈り(呪い)願い(怨念)を受けて元から人の想い(信仰)を集め易く付喪神としての素質が高い軍艦であり兵器である我々はヒトの形と心を得た。古来から女性としてその姿を称えられ名を授けられた事により女性のカタチでもって現世へと再び生まれ落ちたのだ。しかしそれは決して祝福されていた訳ではなく、寧ろ……

 

そこまで考えて大和は頭を左右に振って無理矢理思考を停止させる。「それ以上考えてはいけない」、そう彼女の本能が頭痛として彼女に警告を発するが彼女の理性は「逃げるな」と彼女に訴えかける。

 

「司令……私は、大和は間違えていないでしょうか……?」

 

本能と理性の板挟みとなり苦しみに苛まれる大和が零した呟きに応えるモノはそこに居なかった。

 

 

 

 




補足メモ

亡桜の艦隊(Lost=Corolla's Fleet)
大和型戦艦1番艦 大和を旗艦兼指揮官代理として空母 信濃・大鳳・加賀、重巡洋艦 利根、軽巡洋艦 矢矧・鹿島、駆逐艦 不知火・時津風・浜風・秋月・照月・涼月の計13隻の水上艦によって編成された特殊遊撃部隊。正式名称は「特別編成第二艦隊」であり別名の「亡桜の艦隊(ロスト=カローラス・フリート)」は未だにもはや存在しない功績を抹消され英雄から罪人へと引き摺り墜とされた過去の人物に縋る艦娘達を皮肉ったものである
なお、現在特殊遊撃部隊は空母 加賀を中心とした南方海域奪還作戦援護と旗艦大和を中心とした北方海域防衛の二方面に投入されている。

●米軍作戦名「氷山作戦(オペレーション・アイスバーグ)
日本側の各戦線での奮闘や米本土での暗躍による度重なる妨害行為により爆撃機航続距離の問題を解決するための太平洋諸島の占領だけでなくマンハッタン計画さえもが遅れに遅れた事によって太平洋諸島戦域における決定打を欠いた戦線の膠着と世界的に蔓延し始めた厭戦気分、更に不穏な行動を取り始めたソビエト社会主義連邦の動きに焦りを感じていた連合国(特にアメリカ合衆国)が対日戦線での対日講和内容を有利にしあわよくば合衆国の勝利でもっての終戦を目論み計画された戦線の膠着を打破し日本本土攻撃に対し王手をかけるべく用意周到に遂行されたアメリカ合衆国の命運を賭けた一大作戦のひとつ。サイパン島や硫黄島などの背後に未だ日本軍の戦力が存在し続けていた為ある意味では速度と継戦能力が命の特攻作戦でもあった


No.Unknown
●大和型戦艦3番艦/信濃型装甲航空母艦1番艦 信濃
 
【艦型情報諸元】
設計計画 A-140-F7改改(改二)
建造所 大神海軍工廠
運用者 大日本帝国海軍/日本国海軍
艦種 戦艦(BB)/装甲航空母艦(CV)
艦型 大和型戦艦/信濃型装甲空母
前級 長門型/雲龍型
次級 紀伊型(計画のみ)/鳳翔型
建造費 1億3000万円(建造当時)
母港 横須賀
所属 第一航空機動部隊(第一艦隊)
 
計画 第四次海軍軍備補充計画(改マル4計画)
発注開始時期 1939年代
起工 1940年4月7日
進水 1942年10月6日
就航期間 1944年12月1日〜1968年9月20日
除籍 未定(国立聯合艦隊記念博物館)
 
[大戦末期]
全長265.0m
全幅 37.5m(三角デッキ含む 67.7m)
甲板面積 11,260m^2
喫水 12.2m
基準排水量 66,000t
主機 COSAG方式 御国改43式ガスタービン複合機関 可変ピッチ・プロペラ4軸推進
電源 ガスタービン主発電機×4基
出力 25万馬力
最大速力 31.30ノット
航続距離 6300海里(16ノット)
乗員 5200名
甲板装甲 25mmDS+75mmCNC鋼+AH塗料
格納庫形式 密閉型
搭載可能全機 45機+補助機3機
 
兵装
▪︎対空電探連動式65口径10cm連装高角砲B型(砲架型)
▪︎対空電探連動式62口径12.7cm単装速射高角砲B型(砲架型)
▪︎対空電探連動式40mm機関砲
▪︎対空電探連動式20mm連装機銃
艦載機
▪︎四式艦上戦闘機烈風改(A7M3-J) 20機
▪︎四式艦上攻撃機流星(B7A2)20機
▪︎三色艦上高速偵察機(C6N)彩雲5機

補助兵装
▪︎艦首・艦尾両舷スラスタ
▪︎4式妨害電波発生装置
▪︎艦載機指揮管制設備
▪︎戦闘指揮所設備
電波探信儀(レーダー)
▪︎4式全周対空・対水上電波探信儀
▪︎改1式3号全周対空電波探信儀
▪︎改2式1号対空精密測距・目標追尾用電波探信儀
聴音探信儀(ソナー)
▪︎球形艦首バウ2式水中聴音探信儀

[朝鮮戦争終結時(1653年)]
兵装
▪︎65口径10cm連装高角砲B型(砲架型)
▪︎高性能40mm機関砲
艦載機
▪︎M9MI7-J/AF-0 艦上戦闘攻撃機 天桜
▪︎R2Y2/BR-0 艦上偵察爆撃機 景雲
補助兵装
▪︎50式1号空母型蒸気式カタパルト×4基
▪︎甲板中央・艦舷エレベータ×各2基
▪︎艦載機指揮管制設備
▪︎聯合艦隊司令部設備
▪︎戦闘指揮所設備(C.I.C)

[最終時(1973年)]
主機 COSAG方式 MiHI-DT0491 ガスタービン複合機関
電源 ガスタービン主発電機×4基
出力 20万馬力
最大速力 31ノット
航続距離 11.330海里(15ノット)
乗員 5427名
 
兵装
▪︎RIM-7 Sea Sparrow
▪︎高性能40mm機関砲
艦載機
▪︎M9MI7-J/AF-0E 艦上戦闘攻撃機 天桜改
▪︎JE-1C 早期警戒機
▪︎SMH-02 対潜哨戒ヘリコプター
補助兵装
▪︎74式1号空母型蒸気式カタパルト×4基
▪︎甲板中央・艦舷大型エレベータ×各2基
▪︎艦載機指揮管制設備
▪︎聯合艦隊司令部設備
▪︎戦闘指揮所設備(C.I.C)
レーダー
▪︎OPS-18 対水上索敵レーダー
▪︎OPS-20 対水上レーダー
 
着艦識別表示 【シ】
 
図鑑説明
大和型戦艦3番艦改め信濃型装甲航空母艦1番艦、信濃です。
帝国最高峰の艦隊決戦主力として大和姉さんや武蔵姉さんと同様の超巨砲超火力重装甲重防御に基づき51cm連装砲とその直撃に耐え得る舷側合計510mmと中甲板260mmに囲まれた最重要区画(バイタルパート)を有する超戦艦として建造が開始されました。が途中多くの海戦にて損傷・損失した第一航空機動部隊の先輩方の穴を埋める為急遽空母へと改装される事が決定、改装後は日本最新鋭たる大鳳や雲龍達と共に新生第一航空機動部隊の中核を務め硫黄島沖海戦並びに沖縄沖海戦にも参加しました。
先輩方が積み上げ育てあげた栄光の第一航空機動部隊、そして聯合艦隊中枢戦力として尽力させて頂きます。



次回、新章突入。第2章 海洋技術専修士官学校編
「在りし日の記憶(仮題)」


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第弐章 同期の桜と今一度
第拾四話 海洋技術専修士官学校


いつの間にか夏が終わっていた今日この頃…………歳かな?

それはさておき、大変お待たせしました。およそ3ヶ月ぶりですが投下します。


 

2020年5月7日、午後1時58分(ヒトサンゴーハチ)。あの面接から3日が経ったその日の午後、首都東京新宿区の市ヶ谷に存在する国防省庁舎の一室にあの時来訪者である青年に最後の問い掛けを投げ掛けた老人は居た。

 

「うむ………そろそろあの方が士官学校に到着した頃か」

 

愛国者達の1人である老人は己の執務室の中でその手に持った古い70年以上前の黒革の手帳の表紙を眺めそう呟く、その時机の片隅に置かれていた固定電話機から一通の着信音が鳴り響いた。

 

「私だ」

『大将閣下、江田島(海洋技術専修士官学校)より「来訪者(ビジター)は無事到着した」との連絡が入りました』

 

電話越しに報告するのは老人の部下、そしてその連絡を入れた男もまた老人のかつての後輩であり元日本海軍の旧第一空母打撃群(第一航空機動部隊)そして現第三空母打撃群(第三航空機動部隊)の旗艦を務める原子力空母「鳳翔」(CV-17/CVN-01J)の戦闘指揮所勤務を経て艦長に就任した経歴を持ちあの「大海戦」を乗艦と共に生き抜くも多くの部下を失い、それ故に艦長を解任されたその男は今はその経験と技術を次の世代に継承させる為に江田島で教官として教鞭を執っている。

 

「そうか、分かった。監視と警備は継続、特に警備を厳重に頼む」

『ではそのように、失礼します』

 

老人は新たな指示を出した後、受話器を置くと先程まで座っていた椅子から立ち上がりその背後にあった窓の側で電話中は手元に置いてあったその手帳を開く。開いたそのページ、全体的に年数経過による劣化は見られるものの特にそこだけは何度(なんど)何度(いくど)もと開かれそしてどれ程長く見開かれていたのか紙焼けを起こしたその紙片に書き込まれていたのはたったの一文。

 

【一身独立シテ一國独立ス】

 

署名は無い、元は黒だったであろう万年筆のインクで書かれたその文字は経過による酸化の所為か藍の色に変化しており、またこの一文はかの有名な福沢諭吉翁の『学問のすゝめ』から引用された言葉である。しかし重要な処はそこではない、真に重要なのはその一文をこの手帳に綴った張本人とこの文が伝えやんとする意図の方だ。

 

「……閣下(・・)

 

老人は手帳をその手に持ったまま眼を閉じる。思い返されるは70年も前、まだ己が少尉であった決戦前日の大和艦尾上甲板で偶然出会う事が出来た奇跡を起こすその男に駄目元で一筆を頼み込むと拍子抜けしそうになる程簡単に書いて貰う事が出来た時の事を思い返して老人はあの時の自分の顔はどれ程間抜けな顔をしてたのだろうかと思う。そして「一身独立し一国独立す」、引用元は福沢諭吉翁の「一身独立して一家独立し、一家独立して一国独立し、一国独立して天下も独立すべし」という言葉であり意訳すれば「世界中の誰もが認める立派な国に作り上げる為には、国民の一人ひとりが勉強し仲間たちと切磋琢磨し一人前になることが必要である」と言う言葉であるが、これを書いたのがあの混沌渦巻く戦乱の中で未来を見通すが如く確かな戦略とそれを実現する為にはあらゆる手段を講じ必然となるまで引き寄せられた奇跡を起こし続けたあの男となるとそれだけではない……もしかしたら大国(アメリカ)正体不明の敵(深海棲艦)に翻弄される今の日本の現状を予想し嘆き忠告するものだったのではないかとも思えてしまうのはそれだけその男が当時の軍に所属するモノにとってそれだけ偉大であり文字通りの英雄であったからであろう。

 

「閣下、宮内庁(・・・)並びに神宮庁(・・・)の方がお見えになりました」

「うむ、お通ししろ」

 

しかしそんな思考も扉の外に立つ秘書官より告げられた予め調整された予定通りに訪れた来訪の報に中断させられる。軍部と宮内庁と神宮庁、一見して何ら関連を感じさせない組合わせであったが実際に会って話す事があるという事とは何か「重大な」事があるに違いは無い。

 

「ようこそお越し下さいました。式部職次官(・・・・・)殿、神事局長(・・・・)殿」

 

密やかに行われる省庁を越えた会談、決して歴史の表舞台に立つ事の無い者達の集会が今、始まろうとしていた。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

「お待ちしておりました。比叡殿、沖田零殿」

「金剛型高速戦艦改め金剛型練習戦艦 比叡、翌午前6時(マルロクマルマル)付けで教育任務に着任します」

「お初にお目に掛かります、沖田零と申します」

 

一方その頃、今日も今日とて陰謀やら謀略やらが渦巻く首都中枢の霞ヶ関や市ヶ谷からおよそ900kmは離れた江田島の表桟橋では3日ぶりに土を踏む事が出来た沖田零こと御国夏海と江田島湾錨地に錨を降ろした比叡の2人が士官学校教官の出迎えを受けていた。

 

「ご苦労様です、沖田殿も3日も海の上に居られたのですからお疲れかもしれませんが本日中に済ませなければならない事も多い為申し訳ありませんがすぐに学校長室まで移動させて頂きますが宜しいですか?」

「ええ、問題ありません。ありがとうございます」

 

二言三言教官である零達を出迎えた壮年の男と比叡の軍人らしい遣り取りの後に教官は零に対して体調を気遣う言葉を掛けるものの、生憎とただの一般人ではない「元」海軍軍人だった零が僅か3日間戦艦()の上で過ごしていた程度では体調が崩れようも無く寧ろ陸で居るよりもしっくりきていたのはやはりこの男は生粋の海の男だからなのかもしれない。

 

「分かりました、ですが体調に異変を感じた場合はすぐにお申し付け下さい。比叡殿もご一緒に、では学校長室まで案内します」

「お願いします」

「はっ!」

 

零の返事に一応の安堵はしたものの念を押しておく事を忘れずに言った教官に引き連れられ桟橋から右手に見えた大和型の46cm三連装砲(武蔵砲)長門型の41cm連装砲(陸奥砲)、駆逐艦の主砲用である12.7cm速射単装高角砲(雪風砲)を背に海洋技術専修士官学校庁舎(旧海軍兵学校生徒館)──所謂「赤レンガ」──の正面玄関を越えて庁舎内に入る。零の体感時間ではおよそ40年、実際に流れた時間にすれば116年(おおよそ1世紀)振りに訪れた母校ではあったが多少補修やインターネットワーク環境の構築の為の一部改装等を目にしたものの当時の面影どころかほほそのまんまであり、過去の候補生時代を懐かしむよりも先にまさかもう一度再びここで1から海軍軍人としての知識を学び直す事となるとは夢にも思わなかった事態に零はもはや笑うしかない。また表情には出ないが歩きながらもずっと何処か遠いところを眺め続けている零の姿に、短いながらも佐世保ではそれなりの時間を一緒に過ごす羽目になった比叡もまた何となく零の思考を予想してしまい微妙な表情に成らざるを得なかった。

 

「到着しました、では心の準備は大丈夫ですか?」

「え、ええ……大丈夫です」

「……一息入れますか?」

「いえ、大丈夫です」

 

そして零と比叡の2人が醸し出すそんな雰囲気を感じ取ったのか、教官の男が気をきかせてそう提案する一方でその元凶である2人組の方は寧ろ諦めを通り越していっそ開き直った顔をする始末。

 

「こほん、では……学校長、来訪者殿をお連れしました」

 

江田島に着いて早々に前途多難とも言える有り様であったが、それ以上に双方共に色々と今後の都合と予定がある為物事は時共に当事者達を置き去ってもなお先へと進んで行く。4度のノックの後入室の許可が下りたその部屋、学校長室へと3人は遂に足を踏み入れる事となった。

 

「海洋技術専修士官学校にようこそお越し下さいました。私は当校の学校長の宗谷(むねたに) 真雪(まゆき)と申します。当校は貴方方の来校を歓迎します」

 

校長室の奥、紺のカーテンの引かれた窓を背に部屋に入って来た零らから見て左の方に揃えて並べた日本国国旗(日章旗)日本海軍旗(旭日旗)を隣に正面中央に据えられた昏い色をしたやや古風な木製の執務机に座る妙齢の女性──黒地に敷かれた金帯とそこに落とした一輪の桜からして海軍少将──は部屋を訪れた「来訪者」に対し歓迎の言葉を送る。

 

「お初にお目にかかります、沖田零と申します。今後2年間お世話になります」

「佐世保鎮守府第一高速戦闘艦隊所属、金剛型戦艦2番艦比叡。翌午前6時(マルロクマルマル)付けで教育任務に着任いたします」

 

送られた挨拶に対し零と比叡もまたその返事を返す。

 

「こちらこそよろしくお願いします、ではさっそくではありますが当校における今後の話をさせて頂きます。どうぞ席にお掛け下さい」

 

そして挨拶もそこそこに学校長である宗谷真雪は2人に対し己の正面に置かれた応接セットの椅子に座るよう促す、2人が座った事を確認した彼女は(おもむろ)に口を開いた。

 

「ではまず当校について簡単な説明から入ります。当校の正式名称は『海洋技術専修士官学校』、陸海空軍統合軍学校にて2年間に渡り士官候補生としての知識・技術教育を受けたその後に当人達の配属希望に則り配属される士官学校のひとつであり、当校が有する学科としましては初級の『一般幹部養成科(一般幹部候補生課程)』と更に上級となる『艦隊指揮官養成科(幹部高級課程)』『幕僚幹部養成科(指揮幕僚課程)』『部隊指揮官養成科(幹部特別課程)』そして最後に沖田殿も編入されます『提督』としての素養を持った者が在籍する『特殊艦隊指揮官養成科(特殊幹部課程)』がこれに該当します」

 

ちなみに提督の養成を目的とした『特殊艦隊指揮官養成科(特殊幹部課程)』であるが、ここに在籍する事となる提督候補生の大半が通常の大学卒の元一般人である為書類上一応は初級の幹部候補生養成課程に分類されている。がその実態は上級の幹部養成課程と同様の扱いを受けており、任官早々『少佐』(正しくは『特務少佐』)の肩書きを与えられる等ある意味ではエリートコースと言っても過言ではない。

ただし身分に見合うだけの教養を統合軍学校出の者と違い僅か2年しかない在籍中に一からみっちり叩き込まれる事や、強権を持つ分その都度通常より遥かに厳しい昇級試験と日に日頃から多くの制約が課せられている為純粋なエリートコースとは少し外れた位置にあるエリートに近いコースである。

 

「また本年度の『特殊艦隊指揮官養成科』の在籍者数は7名、更に明日より編入される沖田殿を合わせると計8名となり内3名は各同盟国からの派遣留学生です。留学生については派遣前に各本国にて日本語を習得済みとの報告を受けていますので日常会話程度ならば意思の疎通に不便はないでしょう。我が国の学生、そして留学生を含めて彼らもまた貴方の様な特殊な(・・・)出生ではありませんがそれでも貴方と同様に妖精や艦娘達より『提督』としての素養アリと認められた()一般人の方々です。個々それぞれ大なり小なり常識の違いや習慣の違いがあるとは思いますがどうか『仲良く』とは言いませんが『同期の桜』であり、将来各同盟国で活躍する事となる『戦友』としてそれなりの関係を築いて頂ければ幸いです」

 

また『特殊艦隊指揮官養成科』自体が何故それほど複雑な事情を抱えているのかと言う事に対しては、そもそも艦娘や妖精さんが認める『素養』持ちの人材は日本中で見てもほんの僅かしか居らず、それ以上に現職の軍内部に素養保有者は更にその手の指の数程度しかいないと言う事態に起因している。実際本年度(2020年度)の素養持ちの在籍者は8名だったが昨年(2019年度)は4名、更に一昨年前(2018年度)は僅か2名でありそれ以前の卒業生(2016年と2017年度を)含めても総在籍者数は50に届かない計32名、内統合軍学校出の素養持ちはたったの6名である。

すなわちこの学科が開設して以降今年で6期目である事から考えれば正式に軍人となる教育を受けてきた幹部候補生はまさかの一学年に付き平均1人と言う有様、かかる手間暇から考えて(たった2年で1から相手が望んでもない)その無駄の多さに(軍人に仕立てなければならない)軍や学校からしてみれば頭を抱えたくなる事態であると言えよう。

 

「続きまして今度は沖田殿の今後当校でどう言った感じで過ごして頂くかを説明させて頂きます。沖田殿は明日5月6日付で特殊艦隊指揮官養成科に編入となりますので明日からは同学科生に混じって勉学に励んで頂きます、が既に新学期が始まって1ヶ月が経過しておりその分他の候補生と比べ 知識・体力等の面での遅れている点はこちらも了承しておりますのでそれを踏まえた上で成績は評価させて頂きます。

また本来ならば来訪者専用に特別補講カリキュラムを作成する予定でしたが佐世保での貴方の生活態度や知識調査の筆記試験の結果より佐世保鎮守府の御国七海特務中佐より免除申請の提出がありましたのでどうしても必要となる必須項目のみの補講を実施させて頂きます」

「分かりました」

「補講期間は凡そ1ヶ月程度、この1ヶ月につきましては他の候補生と比べて午前もしくは午後の時間割に1日1コマが追加される為些か多忙となると思いますがご了承下さい」

 

そしてその後も零に対してだけでなく比叡もまた含めた二言三言の注意事項と連絡事項を確認した後、そこで彼女は一度間を開け一拍置いくと彼女が今日彼らに伝えるべき事の最後となる要件を口にすべく部屋の外へと合図を送る。

 

「では最後になりましたが沖田殿の専任の教官 兼 秘書艦となる艦娘を紹介します。入りなさい」

「しっ、失礼します!」

 

合図を受け入室して来た女性……いや背格好からして中学生にも見える何処か懐かしさを感じさせる制服(セーラー服)に身を包んだ少女は些か緊張し過ぎているような雰囲気を身に纏いつつも零の前まで直進、ややぎこちない動きであったが敬礼を捧げつつその名を名乗り上げた。

 

「はっ、はじめまして秘書艦 兼 教官となります特Ⅰ型/吹雪型駆逐艦の吹雪です!よっ、よろしくお願い致します!」

 

 

特Ⅰ型/吹雪型駆逐艦1番艦「吹雪(ふぶき)」、着任

 

 

 




補足メモ

●神宮庁
元々は宗教法人であったが度重なる金銭並びに人事等の不祥事の連発や他の各神社に対する独裁的な搾取による政府並びに国民の重大な不信を招いた事から法人資格を停止させられ2020年現在、警察による捜査と並行して政府(神事に関する為宮内庁や内務省、文部科学省が中心)の主導によって組織的再編成が行われている真っ最中である。尚、既に今回の神宮庁一斉捜査及び再編により更なる悪事が発覚した為何名かの神宮庁幹部並びに一部神社の宮司、その他にも文部科学大臣や以下数名の省職員の首が飛び現在は警察に身柄を拘束されている。

大和型の46cm三連装砲(武蔵砲)
長門型の41cm連装砲(陸奥砲)
駆逐艦主砲用の12.7cm速射単装高角砲(雪風砲)
広島県江田島を所在地とする旧海軍兵学校/現海洋技術専修士官学校の校内表桟橋付近に設置された実物の砲塔。それぞれ46cm三連装砲は大和型戦艦2番艦である武蔵が大戦末期(1945年4月)に大神海軍工廠にて実施された大規模近代化改修により51cm連装砲と換装された46cm三連装砲3基の内その第3砲塔を、41cm連装砲は長門型戦艦2番艦である陸奥が1935年に実施された大規模近代化改修により改良型と換装された4基の内第4砲塔を、12.7cm速射単装高角砲は陽炎型駆逐艦8番艦である雪風が大戦末期(1945年5月)に大神海軍工廠にて実施された修理も兼ねた大規模近代化改修により改良型電探及び高射設備と対応する駆逐艦用の主砲型である12.7cm速射単装高角砲と換装された2基の内第1砲塔を生徒の教材用にとこの地に移設された物であり陸奥砲を除き武蔵砲と雪風砲は実際に実戦で使用された物である。

宗谷(むねたに) 真雪(まゆき)海軍少将
元海軍第2航空機動部隊司令部出身の海洋技術専修士官学校の学校長であり、「大海戦」及び「防衛戦」での功績を以って昇進した戦後初の女性日本海軍将官であり最年少記録も更新した女性海軍将校。三児の母であるがその娘達も現在海軍(内1人は士官候補生)に居る。
なお深海棲艦が出現する以前である8年前、国連軍(UN)の一部として海上治安維持任務で派遣された紅海を荒らし回った海賊団を単艦で殲滅した事から第一線を退いた現在においても日本海軍内ではもちろん国連軍内に対しても一定の発言力を持ち畏敬の念を抱かせる存在である。西住しほ陸軍少将とは統合軍学校時代の同期かつ同室でありその時から続く腐れ縁、互いに別の道を選び昇進した身であるが共に育児を経験しつつも軍に残り続けた身として中央に訪れた際は必ずと言って良い程居酒屋で酒を飲む仲である。




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