血塗られた古都のある一夜 (かたまり)
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0.0.夜の訪れ

データが消えた腹いせで技術キャラ作ってたら4日経ってました
これも全部ブラッドボーンが神ゲーなせいだ
あ、聖杯はちょっと…


 悪夢を見るようになって眠れなくなったのは、もうずっと前のことのように思える。しかし実際はそれほど経っていないのだろう。人の体内時計は睡眠によって同期され、それを失ったのなら針は止まるし、逆回転すら始めたところで違和感はない。

 もう街の医者には全部かかった。だが何処でも原因が分からないと突っぱねられた。

 それを追求するのが医学なんじゃないのか。

 仕方ないので隣町の大きな診療所でも診てもらった。結果は不明。

 友人のコネで異邦の医者にも診てもらった。何を言っているのか分からなかったが、きっと手がつけられないなどと言っていたに違いない。そもそも奴が医療の心得を持っているかさえ怪しかった。

 まともな手立てはとうに失せた。かくなる上は民間療法だ。言語を知らない切れ目の彼が異邦人だったなら、彼女は違法人だろうか。しょうもない。

 だが彼女は私を見るやいなや、その瞳の色を変えた。スラムの雰囲気に等しい薄汚く淀んだそれが、爛々と輝くのを見たのだ。ここで気が付くべきだった。愚かにも私は、その瞳の輝きに活路を見出してしまったのだ。

 実際には、そのぎらつきは活路など齎さず、獲物を見つけた猛禽類のそれだった。悪夢によく効くと言われて差し出された薬を飲めば、たちまち意識が混濁し、目が覚めると無一文だ。一杯食わされた。

 つまり八方塞がりだった。夜な夜な悪夢は訪れるし、赤子の泣くような耳鳴りが止まらない。

 もはや手段はなかった。

 こんな状況でなければ信じなかっただろう。

 スラム街の老女の言葉を思い出す。

 

「あんた、ヤーナムって街は知ってるかい?」

「昔は『血の医療』だかなんだか、そんなもんが盛んでね」

「今はもう廃れちまってるんだが、それでもこういう噂が絶えないんだ」

「ヤーナムの血を受け容れれば、どんな病も治っちまう」

「しかもその『血』が面白い。なんてったって、青ざめてるってんだ。あんた見たことがあるかい? 血が青ざめた様を」

「どうだ、面白いだろう。そしてこれが、その血が入った小瓶だよ。なあに、騙そうってわけじゃあない。飲んだら安らかな眠りが訪れるだろうよ。ヒヒヒッ」

 

 誰か信じるのか。与太話だ。しかし、それに縋るしかない。

 私はその一縷の望みに賭けるしかないのだ。きっともう帰らないだろう。

 だからせめて、私がここにいたという証を残しておく。

 もし、もし私が『青ざめた血』に達することができなかったら。

 その時はどうか頼む。意思を継いでくれ。

 

   ――とある街の寂れた家に残された書き置き

           [< OK >]

 

………

 

「『青ざめた血』、ねえ…。確かに、君は正しく、そして幸運だ」

「ヤーナムの血の医療だけが、君の導きとなるだろう」

「…だが、それをよそ者に語る法もない」

「だから君、まずは我ら、ヤーナムの血を受け入れ給えよ」

「誓約書を…」

 

  [<YES>]  [ NO ]

 

「よろしい、それでは輸血を始めようか…。なあに、何も心配することはない」

「何があっても、悪い夢のようなものさね…」

 

 

 

「ああ、ゲールマン様、始まりますね」

「…そうだな」

「今度の狩人様は…」

「どうだっていい。ただ私は、私の役目は、助言者にすぎないのだから」

「……日が、暮れます」




とりあえずプロローグです
YESとかNOとか出てるのは今回だけです 臨場感を出したかった
このオープニングくらいのセリフは良いですよね…?
ここだけは絶対に入れたかったので
まあうろ覚えだし大丈夫…
大丈夫ですよね?


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0.1.目覚め

まだチュートリアルなので内容はスカスカです
これからも多分スカスカです
私自身がスカスカです


「ーーーーっ!」

 

 はっと飛び起きる。

 嫌な汗をかいた。なにか、なにかは分からないが、悪い夢を見た気がする。

 そうだ。床から獣が這い出てきて、襲われる寸前に炎が獣を包んで――

 あとは思い出したくない。薄気味悪い白く萎びた小人が、私の体を這いずり回ったところで、目が覚めた。

 

 嫌な夢だった。これから当分は見たくない。

 

 …? 悪夢が…なんだっけ?

 

 そもそもなぜ私は…私はこんな寂れた診療所に…?

 

 待て、なぜこうなった。どこからやって来たんだ? ここは何処だ?

 

 私は、誰だ?

 

 困惑が頭を占める。何一つ徴となることが無い思考の渦の中で、ある一つの言葉が浮かんだ。

 

 記憶喪失。

 

 この見知らぬ部屋で、私はどうしたら良いんだ。いや、ここはもしかすると見知った部屋なのかもしれない。

 何もわからない。何もわからないから、何もできない。古びた診療台の上でしばらく途方に暮れる私を、誰が咎めようか。

 

 と、手元に何かが触れた。

 

「『青ざめた血』を求めよ 狩りを全うするために」

 

 殴り書かれたメモ。もはや意味がわからない。

 しかし、これに従うほかはないのだ。私が頼れる、唯一の道標。とにかく、外に出なければ。

 

 診療台から身を下ろすと、厭らしいきしみが響く。どうやら床は木製のようだ。薄暗いため見えにくいが、恐らく血の染みが点々と落ちている。衛生管理はどうなっているんだ。

 部屋を見回せば、棚、棚、扉、棚。その上、床には棚から落ちたと思われる薬品やらの瓶が散乱しており、不健康な匂いはどうもそれが原因らしい。つくづく嫌になる。仮にも医療行為を行っているんだから、もっと清潔感を究めて然るべきだろうに。

 取り敢えず部屋を出る。扉は二つあったが、片方は鍵がかかっていた。つまり一択だ。被害妄想なのだろうが、誘導されているようで少し気持ち悪い。

 両開きの戸を押すと、これまた脳に響くきしみを上げる。だがもうこんな場所とはお別れだ。不気味な診療所を抜け出し、そこで私は自由になれる。

 

 おっと、残念。扉の先は下り階段だった。正面の天窓から差す日光が私を歓迎してくれる。ようこそ、くそったれクリニックへ。まだまだ帰さないぜ。ふざけるな。

 階段を下る音がいやに響く。階下に近づくにつれ生理的嫌悪を齎す悪臭が強まり、だがそれは薬品のケミカルな匂いとは違う。もっと生々しい、この場には不似合いな、そう、言うなれば獣臭さだ。

 足がつっかえる。あるはずと思い込んでいた段は床に埋まっていて、つまり一階だ。さあ、臭いの原因とご対面の時間だ。

 

「ハッ、ハッ」

 

 呼吸音。恐らく人のものではない。犬、あるいは狼だろうか。先程から感じる悪臭の持ち主だろう。耳をすませば、聞きたくはないのだが、水っぽい咀嚼音が僅かに聞こえる。どうやら私は早めのディナーにばったり出くわしてしまったようだ。

 己の生存本能が警鐘を鳴らしている。理屈では通らない、不明への恐怖が歩みを止めさせる。

 しばらくの逡巡。進むべきか、退くべきか。答えは明白だ。

 ひとまずここは、一旦引こう。焦っても成果は得られない。それに、私にはわからないことが多すぎる。

 

カラン。

 

「っ!」

 

 足元を見れば、中身のない小瓶

 なんだ、なんなんだ。

 目が覚めてからというもの碌な事がない。

 だが運命を呪うほど無益なことが無いのを私は知っている。

 

「ガァ?」

 

 まずい。「何か」に気づかれたか。

 待て、焦るな。二階に戻るんだ。急げばまだ間にーーー

 

 

「グオオオアアアアアッ!」

 

 ーーーなんだ、あいつは。

 

 何かしらの呼吸音を響かせていた「それ」は乱雑に置かれた診療台の影から、外への扉と私を区切るように姿を表した。

 人の体躯を超える巨大な体。濡れた様な黒毛。ギラギラと光る眼球。極めつけは血に塗れた牙。

 狼の特徴を極限まで高めたらああなるのだろう。あなたの考える狼はどんな形ですか。そのアンケートの結果生み出されたモンタージュがあいつだ。何もかもが大げさである。非現実感。ある意味での理想がそこにはあった。むき出しの恐怖。

 

「ぅあ、あぁ…」

 

 足が言うことを聞かない。眼球すら動かない。乾いた口の中を生臭い空気が通り抜ける。鼓動はうるさく高鳴り、モノクロームになりつつある視界はコマ送りのようだ。音を失った世界で鼓動だけがやかましい。

 今の私を例えるなら、蛇に睨まれたカエルと言ったところか。どうやら私は、猫を噛んだ鼠ほどの勇気もないようだ。

 ざっ、と私の脚が意思にそぐわぬ挙動をしたのを皮切りに、獣が動いた。

 それは児戯に等しい、単純な飛びかかりだった。しかしそれを行う相手が強大であった場合は、恐るべき攻撃となる。

 圧倒的物量だった。やけに動きが遅く見える景色で、思考のみが空回りする。

 と、それは意識的なものではなかった。人間の深層にある闘争本能のような何かの悪あがきだったが、私は確かに後ろに飛んだ。

 瞬間、間が開く。獲物を捕らえようとしていた獣の鋭い爪は空を切り、ついに肉を裂くことは叶わなかった。

 死を回避したのだ。目の前にある殺意の権化から、私は生還したのだ。

 脳内で安堵と恐怖が渦巻く。今私が何を考えているのか、何をしようとしているのかは私にすら分からなかった。ただ束の間の安息に縋ることだけが、私にできることだった。

 

「ゴァア!」

 

 獣が手を振りあげた。その爪の先にいるのは、私。距離を取ったと言っても、せいぜい人一人分。数瞬の時間稼ぎにもならない。

 重力と獣自身の膂力で腕が振り落とされる。爪が私の脇腹を突き刺したところでようやく、私の思考が働き始めた。現実がリアルになった。これはたちの悪いスプラッタ映画などではない。

 

「ーーーーーーッ!!!」

 

 束の間だった。どくどくと脈動する血液が、傷口から溢れていた。だが不思議と痛みは感じない。感じるのは異物感だけだ。体内にあるべきではない物の侵入。

 

「グォオオ!」

「っ、嘘、やめ、」

 

 獣が腕を振り切った。血、肉片が飛び散る。腹は真っ赤に染まり、ドロッとした内容物が零れ落ちている。

 

「イヤだ…駄目、戻さなきゃ、はやく」

 

 手で掬い、押し戻そうにもだめだ。押し込んだと思った次の瞬間には手の隙間から別の何かが漏れ出す。

 体から熱が逃げていく。手先が震える。訳のわからない涙が溢れる。

 いやだ。死にたくない。死にたくない。

 

 顔に生暖かい飛沫が飛んだ。目を上げれば、目一杯に狼の口内。

 

「ぁ、や、やめ」




もっと魅力的に主人公を殺したいです
一人称じゃ無理があるかな…?
まあ、練習も兼ねているので
言い訳に過ぎませんが


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0.2.狩人の夢

一休み
人間焦らないことが肝心です
色々書き方試します

とりあえずプロローグはこんなもんですかね
次話から本気出す


 風がそよいでいる。

 空には今にも落ちてきそうな満月がのぼり、霧と相まって幻想的な風景を作り出している。

 それだけで良いのに、あの萎びた小人どものせいで気味が悪い。完璧な美は少しの欠落で最もおぞましい物となる。

 

 あの謎の獣から殺され…たのか分からないが、私は生きていた。私はあの獣に喰らわれる直前まであの診療所にいたはずだが、誰かに運ばれたのかここに横たわっていた。診療所で負った怪我は治っており、跡すら残っていない。

 肉片が飛び散っていおいて完治するとは考えにくいが、もしかすると夢だったのかもしれない。

 考えても見れば、まずあんな大きい獣がこの世に存在するはずがない。いや、そもそも始まり方がおかしかった。突然見も知らない場所から始まるなんて、いかにも夢らしいじゃないか。

 とは言え、未だ自分のことが思い出せないのもまた事実。それより恐ろしいインパクトが直後に起きたため重要性を忘れかけていたが、常識的に考えれば異常である。

 

 それに気味が悪いのは、ここには墓石が大量にあるということだ。目が覚めてすぐは、自分が墓地から蘇ったゾンビにでもなったのかと思った。

 しかし落ち着いて辺りを見渡せば、水盆や館――戸は閉まっていた――があり、謎の人形が捨て置かれている以外には特別なことはなく、強いて言えばここから何処へも道が続いていない事だけが気がかりになる。

 

 本当に、何から何までおかしいことだらけだ。

 

 訳の分からない獣、謎の小人、墓石だらけの見知らぬ地、もううんざりじゃあないか。

 

「はぁ…」

 

 無意識に寄りかかってしまった墓石。その瞬間訪れる覚醒感は、まるで落下しているような…

 その感覚をしっかりと捉える間もなく、私の意識は遠くへ過ぎ去った。

 

……

 

「ゲールマン様、行ってしまわれましたが」

「まだ奴は未熟も未熟だ。すぐに戻ってくるさ」

「…彼女は、どんな選択をするのでしょう」

「さあな、いずれ分かる。けれど、奴の月の香りはごく薄い。まだ目覚めは来ないだろう」

 

 花びら舞い散る大樹の下。かの狩人が去って間もない夢の中、老いた男と華奢な女が並んでいた。

 ひと目見れば、女が人形の様な美貌を持っているのがわかる。それもその筈で、彼女は人形だった。比喩ではない。あるいは関節を見れば、その眼を見れば。体の節々に刻まれた溝が示すだろう。渇いて透き通った眼球が語るだろう。

 

「夢というのは、いつかは覚める」

「ゲールマン様?」

「どんなに幸せな夢でも、忘れたくても忘れられない様な夢も、覚めればそれきり、泡沫さ。どんなに恐ろしい、まるで悪夢のようでも、目覚めは等しく訪れる」

「何を…」

「だが、どんなに願っても、祈っても、縋っても、目覚められない夢があるとすれば」

「それこそが『悪夢』なんだよ」

 




ある日のHunter's dream(本編とは無関係)

「ゲールマン様」
「何かね。話しかけてくるとは珍しい」
「暇です」
「…随分と素直だな。私ができることなど、もはや助言くらいのものだが」
「ゲールマン様が若かりしはあんなに私を求めていたのに」
「…やめないか」
「私に神妙な表情で『豚野郎と呼んでくれ』なんてせがまれ」
「やめろ」
「『そんなに仕込み杖が気持ちいいかこの変態め』などと」
「やめてくれ!」

「ゲールマン様、獣肉断ちを用意いたしました」
「…できればカインの兜もかぶってくれないか」
「……この強欲なクズが」
「ああん」


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1.0.古都ヤーナム

【不定期更新】

 筆記者カレルが遺したカレル文字の一つ。汗の滲んだようなそれは「不定期更新」の意味を与えられている。
 狩人に有用な効果をもたらす事が多いカレルだが、これは寧ろ一般の市民へ多く流布された。
 狩人への不信を治めるため医療教会が要求したこの文字に、特別な効果はない。ならば免罪符として使われるほか途がなかった。


 突然の浮遊感の後、目覚めたそこはあの(、、)診療所だった。

 一体何が何だか分からないが、なんだろうか。人間、適応力というものがあるようで、いちいちに対する驚きとか、あるいは好奇心というのが薄れていくのを感じる、

 とどのつまり、当初の目標を叶えられそうだ。

 外へ出るというあっさりと達せられそうな目的に、よくもここまで彷徨えたものだ。すべてあの訳の分からない獣のせいなのだが。不思議とやつと対峙したときの恐怖は失せていた。喉元過ぎればなどという言葉があるが、私自身淡白である。

 前回と同じように戸を抜け、階段を降りる。

 鼻をくすぐる悪臭は経験済みである。心の準備もできようというものだ。

 

 …できようものか。

 階段を一段降りるごとに身体が強張るのを感じる。呼吸が自然と浅くなり、鼓動は早まる。足が震え、口内が乾く。誰が自分が殺された現場に行って安息を保てるというのか。…そもそも死ねば現場に戻るもへったくれもないか。

 などと考えているうちに一階に着く。耳をそばだてても呼吸音は聞こえない。

 大丈夫だろうか。

 静かに息を潜め気配を伺う。生物がいるとは思えない。

 頭では、厳密に言えば理性は安全だと言う。しかし本能が、記憶に刻みつけられた恐怖が足を止めていた。

 そうだ、瓶を投げてみればいい。正直瓶には怒りしかないが、気に食わないが、虫が好かないが仕方ない。足元に落ちている瓶を外への扉の方へと投げる。

 カランと乾いた音を響かせ、床を滑りながら回転し、三回回るかというところで止まる。反応はない。

 大丈夫、なのだろう。

 歩を進める。ぎしりと床が軋む音にも驚かされる私は、相当まいっているようだ。

 

―カラン。

 

「っ!?」

 

 体温が急激に下がるのを感じた。

 

―戸と私を分断するようにして、獣が姿を現す。

―大きな爪が私を抉る。

―血の中でもがく私が静かに息を――

 

 ――――幻想だ。私の脇腹は抉られていないし、血も出ていないし、鼓動は止まっていない。

 

 フラッシュバック。人間の進化の過程で残った脳の余計な役割。マッチポンプな自傷行為。冷や汗が止まらない。

 

 取り直せもできない気をまとめて外面だけ整えて歩を、もう一度進める。獣はいない。そう言い聞かせて歩く。

 

 ああ、もう外は目の前だ。

 

 

――ヤーナム市街

 

 診療所から出てみれば、大量の墓と閉じた門が歓迎してくれた。

 何から何まで悪趣味だ。診療所の付近に墓を立てるとは、ここの医者は一体何を考えていたんだ。それに閉じた鉄門。辻褄が合わない。どこから入ったんだ。

 

「ふっ…ぐっ…!」

 

 ダメだ。門は開きそうにない。しかしここから出るには門を抜けるしかない。

 

「どっか行け! 血まみれの狩人が!」

「…獣狩りは、もう好かないんですが…」

 

 声だ。そう遠くないところで、二人の男が争っているようだ。

 風を切る音や、床を蹴る音をしばらく響かせ、何か巨大なものを床に叩きつける音がした後、

 

「疫病神が…」

 

  怨嗟の声と、誰かが床にくずおれる音。

 何者かは分からないが、会話していたうちの紳士然とした方が勝った――何にかは分からない――ようだし、声をかけるほかない。一期一会である。助けを呼ぶと、

 

「ん? この街にまだ普通の人間がいるのですね…」

 

 いきなり随分なことを言うものだ。とにかく助けてほしいと頼む。

 

「…わかりました、助けましょう。あなたは…ここ(、、)の人間ではなさそうだ。私はアルフレート。ここで出会ったのも何かの縁でしょう」

 

 金髪と剣、それに背負った柄のない巨大な石槌が特徴的な若年の好青年、アルフレートは、鉄門を軽々と開いた。

 

「これはお近づきの印に」

 

 彼が手渡したのは使い古された様子の…杖?

 

「この杖は私がまだ夢を見ていたときに、はじめ使っていたものです。見たところ何も持っていないようですし、この物騒な夜です。身を守る武器の一つや二つあって損はないでしょう」

 

 待て。夢? なんのことだ。

 

「おや? まだ夢を見ていらっしゃらないんですか? まあ、あなたも怪しげな血の医療の噂を聞いてここに来たのならば、いずれ見ることになりますよ」

 

 なんだその有耶無耶な返答は。

 

「しかしこの夜に、見知らぬ地で、一人というのも心細いでしょう。あなたがどこに向かっているかは存じませんが、途中まで同行しましょうか?」

 

 ふむ。確かに今私に必要なのは自衛の手段とここについて詳しい情報だし、悪くない提案だ。

 

「ならば、どうぞこちらへ」

 

 少し怪しげではあるが、悪い人ではなさそうだ。ついていってもいいだろう。

 

 アルフレートに同行している最中、彼はいろいろな話をしてくれた。曰く、ここは「ヤーナム」という街で、度々「獣狩りの夜」と呼ばれるオカルトじみた異常事象が発生するらしい。それは人が獣になる…などという常識の範疇を超えた夜で、ちょうど今夜がその夜だという。ついていない。この夜になると市民はみな自宅に籠もり、夜明けを待つという。そして人気のない街を闊歩するのが半ば獣となろうとしている勇気ある群衆と、それらを狩る狩人なのだという。

 

「記憶喪失、ですか…。私はそういった類の医療には明るくないのですが、この地に見覚えがないのなら、きっとあなたも狩人なのでしょう。狩人は得てして、みな異邦の者です」

 

 彼なら何か知っているかと思い、青ざめた血について聞いてみたが、その反応は芳しくなかった。

 私は何をしにここへ来たのだろうか。

 

 静まり返った街を彼と歩いていると、突然

 

「静かに」

 

 と言われた。別にうるさくはしていないのだがと抗議すると、彼はこちらを少し振り向き、しかし何も言わず遠くへ走っていった。はぐれないよう私も後を追う。

 なぜアルフレートがそう言ったのか、それはすぐ後にわかった。

 

「これが獣です」

 

 彼が指した方には、なんとか人の体型をとどめている巨体があった。身体の至る所にはきつく包帯が巻かれていたようだが、ところどころ解れている。醜く肥えた右腕には血で汚れた岩が握られており、その血の主がどうなったかを容易に想像させる。

 

「人のように見えますが、思考力は犬以下です。やらなければやられる、ここはそういう街です」

 

 銀に輝く直剣を握りしめ、アルフレートは大男に向かって踏み込んだ。それと同時に、どういう原理か刃から炎が立ち上った。

 

「これから起こることをよく見ておいてください。それがいかに残虐であれ、いずれあなたが通ることになる道ですから」

 

 ステップで大男に急接近したアルフレートは、左から右に逆袈裟がけをした。大男の苦悶の声と共にどす黒い血が飛び散る。

 

「ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」

 

 逞しい右腕を怒張させ、大男は明らかな怒りをにじませながら岩をアルフレートに向かって振り降ろした。

 それを間一髪で横に跳んで避けたアルフレートは、背負っていた石槌を大男におかえしと言わんばかりに叩きつける。

 大男の方も反撃は予想外だったようで、ろくに身構えることもできずにそっくり攻撃を受けてしまった。

 そのまま地に伏せる大男。さすがにあの巨体でも、この石槌で殴られるとひとたまりもないらしい。

 反応がないことを確認することもせず、アルフレートはこちらへ歩いてくる。

 

「…一瞬でした。その一瞬で、どちらかが命を落とし、どちらかが生き残る。早く慣れることです。…それが私達狩人(、、)にできる、唯一の手段ですから」

 

 息一つ乱さず、彼はそう言った。

 一瞬で生死が決まる。この地で、私はやっていけるのだろうか。ふと、彼から貰った杖を眺める。

 彼がまだ狩人ではなく、うら若き青年だったとき、この杖は彼とともにあったのだ。丁寧な手入れで一見きれいに見えるが、確りと見れば細かい傷や欠けがあるのがわかる。柄も使い込まれており、明らかにヤスリによるものではない滑らかさがある。

 

「ガア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

「!?」

 

 大男の声だった。見れば、大男は今にも振り下ろさんと岩を高く掲げている。

 

 ダンッ、と銃声がした。アルフレートが左手に持っていた、黄金色に輝く長銃――今の今まで気が付かなかった――が火を吹いていた。

 

 そこからはあっという間だった。体制を崩した大男に、アルフレートが己の右腕を、突っ込んで内蔵を、引きずり出したのだ。

 腕を差し込まれた大男の腹部から迸った血液が、アルフレートの右半身を赤く染めた。

 

 束の間沈黙が場を支配する。私はただ呆然として立ち、アルフレートは少し悔しげに顔を顰めた。

 

「…私のミスです。もっと確実に殺しておくべきだった」

 

 私の股の温みがあの大男の血液ではなく失禁だと気づくのはしばらく経ってからのことだった。

 

 

「私の馴染みがこの家にいます。何かあれば彼に聞くのがいいでしょう。私はあまりこの辺りに明るくありませんから」

 

 やけに入り組んだヤーナムの街を歩いてしばらく、ある家屋の前に立ち止まって彼はそう言った、

 ここまで案内してくれたことを感謝すると彼は、

 

「いえいえこちらこそ。また縁があれば会いましょう。あなたに血の加護がありますように」

 

 と残して去った。

 血の加護、か。青ざめた血と何か関係があるのだろうか。まあいい。アルフレートが紹介してくれた人に話しかける。

 

「ああ、獣狩りの方でしょうか。それにどうやら…外から来たようだ。ここの…ヤーナムの民はみな、陰気ですから」

 

 ヤーナムの民? 彼はヤーナム民ではないのか? そう聞くと彼は

 

「ええ、私もあなたと同じ、よそ者です。きっとあなたも怪しげな血の話を聞いてここに来たのでしょう? ごほ、ごほっ、ごほっ。ああ、私はギルバート。同じ異邦人として、ぜひ力を貸しましょう。あなたの名前は?」

 

 記憶喪失で思い出せない。そう伝える。

 

「ふむ、記憶喪失ですか…。あなた、左腕に輸血の跡はありますか?」

 

 確かに、言われてみればある。およそ医療とも呼べないような施術の跡だ。

 

「私と同じはずですが…個人差があるのかもしれませんね。まあとにかく、名前がわからないなら仕方ありません。今や床に伏せり、立つこともままならない私ですが、何か気になることはありますか?」




ある日の Hunter's Dream

「ゲールマン様」
「なんでしょうか女王様」
「今は普通にしてください」
「…なんだね」
「最近狩人様がいじめてきます」
「…なるほど、奴も何かに飲まれたか」
「しかも苗床寄生虫で謎の体液をかけてきたりするんですよ」
「ほう」
「そのせいで毎回服がびしょびしょに… ゲールマン様、いきなり立ち上がって何を」
「なあに、古い夢と決別するだけさ 耄碌した老人とて、かつては狩人だったのだ」
「この週のカレルと寄生虫なら狩人様が持っていますよ」
「…ならば教室棟に」
「先触れも狩人様が持っていきました」
「ウアアアアアアアアアッ!!!」


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1.1.大橋

リアルが忙しくて
もうこれはリア充を自称してもいいんじゃないかな
なんて思いました

きれいに主人公を殺せない
視点を変えることも考えたほうがいいでしょうか


 ギルバートと名乗った彼は色々なことを教えてくれた。

 ここは血の医療が盛んで、彼も病に術を持たずここに頼ってきたこと。

 しかしあまり快方に向かわず、今や立つこともままならないと。

 

「ここは呪われた地です。だから、はやくここを出たほうが良い」

 

 私の左腕に残っている輸血の跡。記憶にはないのだが、目覚めたところが診療所の二階だったことと、彼が話している内容を鑑みると私も医療を求めてこの地に来たに違いないだろう。

 

「『青ざめた血』、ですか? うーん…すみませんが、聞いたことはありません。けれど、それが特別な血なのであれば、医療教会を訪ねるべきでしょう。あそこは血の医療とその知識を独占していますからね」

 

 獣が跋扈する街で、血の医療を独占する医療教会。俗な考えではあるが、なにやら陰謀めいたものを感じる。それはひとえに私の血に対する本能的な恐怖ゆえだろうか。

 

「ここヤーナムから谷を挟んだ東側に、医療教会の聖堂がある『聖堂街』があります。ここから少しのぼると大橋があるのですが、それを渡れば聖堂街へ到れるでしょう。その聖堂街の最深部、古い大聖堂の奥深くに、医療教会の医療の源…すなわち血の源があるという…あくまでも噂です。『青ざめた血』が何なのかは知りませんが、なんであれ、特別な血の話ならば医療教会を訪ねるが常です」

 

「ヤーナム民は、よそ者には何も明かしません。いつもなら、あなたが近づくことも叶わないでしょうが…。今夜は獣狩りの夜です。むしろ、好機なのかも…ごほっ、ごほっごほ、ごほっ」

 

 そして今、私は彼が言っていた大橋に来ている。

 …なんだろうか。嫌な予感がする。

 まあ、とにかく進もう。進まねばならない。

 

――キアアアアアアアアアッ!!

 

 私が大橋の門をくぐったとき、”そいつ”は哭いた。

 大橋の上、小広場から跳んだそいつは地響きと土飛沫とともに大橋の上に降り立った。

 痩けて肋の浮き上がった胸。犬のように尖った口。頭から生える歪んだ一対の角。そしてそれだけで私一人分の大きさを超える毛むくじゃらの左腕。

 こいつは獣なんかじゃない。到底獣と言えるようなものではない。

 くそ、何が獣狩りの夜だ。こんなデカブツがいるなんて聞いてないぞ。まさかギルバートは私を罠に……!

 

「キエアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 やつが開戦だと言わんばかりに嘶いた。どうやら悠長に考えている暇はないようだ。アルフレートがいない今、私はただのカカシ――それにも過ぎない棒きれだろう。

 私にあるのは攻撃を防げるわけもない、身にまとっていた服と、アルフレートから貰った杖しかない。

 杖一本で何ができるっていうんだ。

 

 と、やつが上に跳んだ。一瞬で視界から消える。あの巨体でよくここまで俊敏に動けたものだ。

 

 ここでやつと対峙するか、逃げるか。選ぶのには一秒とかからなかった。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 走れ、走れ、走れ。

 一秒でも速く、1メートルでも遠く。

 

「もう少し…もう少しで…!」

 

 大橋の門をくぐれば、あいつはきっと通り抜けられない。もちろん壊されるのはあっという間だろう。

 でも、それで十分だ。その一瞬さえあれば、入り組んだ街に出られれば、まだ生き残れるかもしれない。

 

 歪み。

 

 足が思い通りに動かない。

 

 物体が結ぶべき像が解け、認識の網からすり抜けていく。

 今が永遠に感じられ、物事の齟齬が規律になっていく。

 曖昧さは絶対であり、空は落ち大地は昇る。

 何もかもがおかしいのに、それが当たり前に感じるこの感覚は。

 

 まさに悪夢といえるだろうか。

 

「キアアッ!!」

 

 バカな。今私は確かに門を抜けて――

 

 景色が流れる。全身の圧迫感。視線が急に上昇した。眼前にはやつの顔。

 

「ーーーーーッ!」

 

 やつが吠えた。生暖かい息と涎が顔面に飛んでくる。臭い。耳が痛い。

 

 やつが私を振り上げる。そしてそのまま…おい、まさか

 

「ぶっ」

 

 頭が割れるように痛い。しかし身動きができない。もがいてももがいても逃れられそうにない。

 また身体が振り上げられる。待ってくれ、待って、待って

 

「がっ…ぁあ、あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛!!」

 

 痛い、痛い、痛い、痛い! なんで私がこんな目に会わなきゃいけない!?

 また振り上げ――

 

「ごっぁぁ…ぅあ…」

 

 

―狩人の夢

 

「はー、はー、ふっ、はー」

 

 何なんだ。なんだって言うんだ。なんで私がこんな目に。

 私がなにか悪いことでもしたのか。訳が分からないところで目覚めたと思ったら異形の怪物に襲われて、気を失ってまた目覚めて。少し話せる人間がいたと思って信じて言うとおりにしたと思ったら気持ち悪い獣に掴まれて地面に叩きつけられてまた墓場に――

 

「…様、狩人様」

 

 何だ今度は!?

 

「…私は人形。この夢で、あなたのお世話をするものです」

 

 人形? 世話だと?

 

「狩人様。血の遺志を求めてください。私がそれを、普く遺志を、あなたの力といたします」

 

 血の遺志?

 

「獣狩り…そして何よりも、全うのために、どうか私をお使いください」




ある日のOld Yharnam


\アァー!/

 +875


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1.2.真実の足がかり

忙しいんです
準師走ということで忙しいんです


「獣狩り…そして何よりも、全うのために、どうか私をお使いください」

 

 目を挙げた先には、白磁のような肌を持った美しい女性がいた。

 見覚えがあるその姿は…以前ここで目覚めたときに寝かされていた人形と同じだった。まさか、人形が動いて喋ったとでも言うのか。

 きょとん、といった様にこちらを眺めるその瞳に生はなく、無機質な硝子の反射光が私を射抜く。しかしそれは冷たくはなく、むしろ執着、偏執によるある種の滾りを思わせた。

 

「…… どうしましたか? 私の顔に、何かついていますか?」

 

 そんな私の疑心はどこ吹く風と言わんばかりに問うてくる。そもそも私は狩人ではないし、この異常性において未だ思考ができることを褒めてほしい。

 

「それは…… ……そういうことは、ゲールマン様に尋ねてみてはいかがでしょうか あの人もまた、あなたと同じく夢に囚われる…狩人です」

 

 ゲールマン? 他にもまだ誰かいるのか?

 

「あの方はもう存在が希薄ですが…… もしもまだ夢にとどまっているのなら、工房におられるはずです」

 

 工房。あの小ぶりな館で、何を作っているというのか。人形に言われるがまま工房へと入る。

 

「やぁ、君が新しい狩人かね。私はゲールマン。ここでは、君の助言者といったところか」

 

 そこには帽子を目深に被り、車椅子に身を預けた老人が一人、佇んでいた。

 その嗄れた声からすると、おそらく男性なのだろう。

 

「聞きたい事は山ほどあると思うが、まずは新入りへの餞別だ。この短銃と鉈を…と、それは仕込み杖か? ほう、なかなかいい趣味をしているな。ならば武器は不要か…」

 

 どこからか短銃とノコギリのような何かを差し出してきた老人――ゲールマンは、私の持つ杖を見るなりノコギリを引っ込めた。なんだ、なにか損をした気がするのだが。

 

「はは。焦ることはない。ここは工房だ、獣狩りの武器など有り余っているよ。それより、その仕込み杖はどこで手に入れた? 見たところ、随分と年季が入っているようだが…」

 

 突然現れた青年が譲ってくれたものだと伝える。

 

「ふむ…使い方は?」

 

 使い方? 杖につく以外の使い方があるのか?

 

「…なるほど。これはまた、珍妙な狩人だ。よろしい、少し教鞭を執るとしようか」

 

 そう言うとゲールマンは懐から真っ赤な瓶を手渡してきた。

 

「それは輸血液だ。しかしそこいらのものでは無く、古狩人の『遺志』が詰まっている。この獣狩りの夜を明かしたければ、その勇気があるのなら、それを大腿から注入したまえ」

 

 ……得体の知れない液体、それも血液を、体内に入れる。嫌悪感はないわけではなかった。それは十二分にあったが、恐ろしいのはその輸血液の瓶を見たときに感じた渇望だった。

 理性的ではない。しかし本能ともまた違う、ただ単純にそれを求めるがゆえの渇望。五感ではない。もっと心理の深層、「私」を司る最も合理的な部分が、言語を持たないそれが欲している。

 

「……きみも狩人。血に対する興味は、並々ならないはずだ」

 

 瓶を握る右手が熱を持っていた。ゲールマンが深くかぶった帽子の隅で笑うのを気にも止めず、私は輸血液を体内に流し込んだ。

 

 息が漏れた。

 心の奥底で、何かをつなぎ留めていた枷が外れるのを感じた。

 生の充足。

 幾度も死ぬという非現実的な経験で薄れた実感が満たされる。視界に色が満ち、思考が鮮明になる。身体が火照る。酔ったような薄く広い心地よさが全身を包む。

 これは…

 

「……それが血の呪いだ。これを知った狩人は血を求め続ける。死闘の高揚の中でのみ得られる快楽を求め足掻き続ける。かねて、血を恐れたまえよ」

 

 ………。

 風がそよいでいる。空は暗く落ち窪み、血のような紅い満月が黒いキャンパスに滲んでいる。

 眼下には白い絨毯が広がる。幾人の血を吸って成長してきたであろうその花畑の中心には、どこかで見たような身なりの人間がこちらを見上げている。

 右手には(しろ)い直剣をかたく握り、左手には私がゲールマンからもらったものと同じ短銃が収まっている。

 どうしようもない懐古を憶え、私はその狩人へと手を伸ばした。

 もっと温みを。もっと、もっと。

 ぎゅうと抱きしめる。ただひたすらに。

 気づけば狩人は息絶えていた。

 

 ………。

 

「っ!」

 

 また嫌な夢を見た気がする。嫌、というより得体の知れない奇妙な感覚ではあったが、それが何なのかはわからない。

 後頭部に硬いような柔らかいような、どうにも曖昧なものが当たっている。目を開けると、そこには視界いっぱいに人形の顔。

 

「わっ!?」

 

「ああ、狩人様、目を覚まされたのですね」

 

 覗き込むようにしてこっちを見る彼女は、曰く私が工房で突然倒れたので介抱していたらしい。

 さきの奇妙な感覚も、彼女の膝枕だったということか。

 

「何か嫌な夢を見られたのでしょう? 初めての輸血です 狩人様方はみな慣れていないことで、こうして倒れることがよくあります でも、夢の中で寝込むというのは、なんともおかしな話ですね」

 

 表情一つ変えずに教えてくれた彼女は、本当に「おかしい」という感情を理解しているのだろうか。

 

「狩人様が今しがた見られた夢 それが『遺志』です これからはこんなにはっきりとは見えないかもしれませんが、知らない記憶が思い出せたのなら、それが『血の遺志を受け継ぐ』ことなのです」

「そして私は、それをより具体な力にすることができます 目を瞑っていてください、少し近づきますね」

 

 言われたとおりにすると、鼻先をふわりと甘い香りが掠めた。

 だが安心もつかの間、意識が混濁した。

 何が自分で、何が他人で。いわゆるアイデンティティの揺らぎ。

 他人のものだった記憶が自分の記憶に溶け込んでいく。

 彼女に目を開けてください、と言われたときにはもう「遺志」がどんなものだったのか、不定形になっていた。

 

「これで、終わりです」

 

 彼女にゲールマンはどこか、と聞くと裏庭で月を見ていると教えてくれた。ゲールマンには聞きたいことが山ほどある。

 人形の膝は、硬くは、なかった。

 

 工房の裏に、小さな庭のようなところがある。所々に白い花が咲き、隅には切り株が放置されている。ゲールマンは庭を囲う柵の手前で黄昏れていた。

 

「……目が覚めたか。どうだった、過去の狩人の記憶は。奇妙なものだ。どこの誰とも知れぬ、名もなき狩人の記憶が自分のことのように感じられる。みなそうしてきた。私も、そして君も」

 

 なんだったんだ、あれは。

 

「かつて夢を訪れ、そして去っていった狩人の遺血だ。彼はなかなかいい狩人だったが…まぁ、いい。君はあの人形に何か、してもらっただろう? 君はもう狩人の動きを覚えているはずだ」

 

 まさか、私が。狩人の動きなんて、そも想像ができな…ん?

 

「だが、それはただ憶えただけだ。使いこなせるか、昇華できるかはその狩人の素質による。なあ、君、その杖だが」

 

 …杖がどうした。

 

「使い方はわからないだろう。その記憶の主も、杖は使っていなかったからな。杖を、柄を折るように振ってみなさい」

 

 柄を、折るように…。! 杖が、バラバラに…いや、違う。これではまるで…鞭?

 

「狩人の武器は、全てが何か仕掛けを持った『仕掛け武器』だ。それを使い分けられるかどうかで、狩人として生き残れるかは決まる、と言っても過言ではないかな」

「目覚めたければ、墓石に触れるといい。狩人の遺志が、その地へと招いてくれるはずだ」

 

「何があっても、全て悪い夢だ。だから君、死を受け入れたまえよ」




私にハクスラは合わなかったようだ


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1.3.下水橋

デモンズがサービス終了しますね
無料でここまでオンラインサービスが続くゲームもそう無いと思うんですよ
最後にホワイトクリスマス(最黒)とかやってほしい
やりそう(根拠なし)


 ゲールマンに言われたように墓石に触れると意識が落ちていくのを感じた。なるほど、いきなり診療所で目覚めたのは、これを無意識のうちに触れていたかららしい。

 しかし、驚きはしないものの不思議ではある。疑問を上げると枚挙に暇がないから漠然としたまま放っておくが、この街は何なんだ。この街、というよりもこれの規模はもはや「世界」と言っても差し支えないほどに広がっている。私の見知っていた、あるいは全く知らない土地が、少なくとも私の記憶している常識を遥かに超越している。獣、狩人、動く人形。支離滅裂さ、論理的整合性にのみ着目するのなら、まるで、夢だ。

 しかし自分の主観が何より頼りないという事実はさも当然といった顔で自分の脳内に居座っている。一から十まで分からない故の諦めなのか、はたまた単に疲れただけなのか、もはや問題を解決するなんていう意気込みは消え失せてしまったようだ。これからの私は惰性のみで動くのだろう。

 

 などと適当な事を考えていると目の前にあの野郎、ギルバートの家が像を結んだ。曖昧だった街並みもドミノ倒しのように鮮明になっていく。

 西日も相まって、なんというか、見るだけならば非常に幻想的な街なのだが。

 とにかく、言わねばなるまい。この野郎。

 

「ああ、あなたですか。ここに来たということは、大橋は通れなかったんですか?」

 

 通れるも何も、ふざけた怪物に潰されて潰されて潰されて、ピンク色の肉塊に変えられたんだぞ。

 

「そ…れは、なんとも災難というか…その… すみませんでした。私の浅学ゆえ…」

 

 …まあ、いい。その様子だと本当に知らなかったようだし、今回は不運な事故ということで手を打とう。なんて死の価値が薄れているのは正直どうかとは思っている。

 

「…なら、確か、聖堂街へは別の道でも行けるはずです」

 

 ほう。あの怪物と合わなくて済むならそれに越したことはない。

 

「大橋を挟んで市街の南側に、なんというか、あまりよくない地域があるのですが。そこから、聖堂街に下水橋が架かっていたはずです。そこを進めば、聖堂街へたどり着けます。 …たしか」

 

 自信なさげに言うのは、私が大橋へ行ったときの惨状を想像したからか。

 しかし良いことを聞いた。南側の下水橋。行く価値は大いにある。

 

「それに、今夜は獣狩りの夜です。いつもであれば、よそ者の私達なら近づくこともままならないでしょうが、このふざけた夜は私達にとって好機でもある。そうでしょう?」

 

 

 偶然にも、生きた獣とは出会うことなくギルバートの言っていた聖堂街へ至る道――下水橋へとついた。ただ道程に幾つもの獣の死体があり、気がかりになるといえばなるのだが、それを考えても仕方ないだろうし、恐らくは志高いヤーナム民がやったことなのだろう。腰あたりを斧か鋸かで力任せに引き裂かれたようなそれは、ヤーナム民の屈強さを示すものなのだろうか。

 この橋を通れば、聖堂街。ようやく少しだけ地理がわかってきたヤーナム市街を離れるのは心配だが、前へ進まねば。

 

「~~~~」

「~~!」

 

 下水橋の中腹まで来たか、その時だった。

 

 前方から肥大する光の塊。ぼうぼうばちばちと爆ぜながら転がるその球体は、ひと一人など簡単に押しつぶせるほどの大きさをたたえ、主人を見つけた飼い犬のように近づいてくる。

 避ける。何処へ。右側、一人が通れるくらいの隙間。今私は橋の中心、少し左より。走って間に合うか、否か。

 飛ぶしか無い。考えるより先に体が動いていた。

 右に飛び込む。何も考えずに身を投げだした私は、その意に反して右肩、背中、腰を地面に滑らせ、損害といえば床との接地面の些細な汚れ、燃える玉に僅かに焦がされた服の裾くらいで、この身には全くといっていいほど無傷だった。私はかつて、運動が出来たのだろうか。

 私の脇を通り過ぎ、橋を逆行する炎を眺めて、思い出した。これがゲールマンの言っていた「狩人の遺志」とやらか。狩人とは、なかなか瀬戸際の駆け引きをしているらしい。

 自分が狩人になる。 その実感が持てたような気がした。

 

 しかし、橋の終点付近で獲物を今か今かと待ち望んでいる、推定さっきの球体を転がしてきた犯人二人組とどう対峙すればいいのか。私に流れる狩人の血はその答えを明確に提示してはくれなかった。

 右手には仕込み杖、左手には短銃。

 私の辛うじて残っている一般常識は「杖よりも銃のほうが強い」と言う。私もそう思う。となれば答えは一つだ。

 二人組のうち、太ってない方に銃口を向ける。引き金を引く。

 ぱあん。

 乾いた銃声はヤーナム市街に広がり、馴染み、吸い込まれた。

 そしてまた銃弾も、威力が途中で減衰し、なぜか液体となって、痩せたヤーナム民の顔へ降り注いだ。

 幾ばくかの沈黙。

 もの言いたげな表情のヤーナム民。きっと同じような顔を私もしているのだろう。

 二人の視線が交差する、奇妙な時間はつかの間で終わりを告げた。

 

「獣だ! 汚れた獣だ!」

 

 擦り切れた声が響く。当然、二人はこちらへと襲い掛かってくる。

 私の常識というのは、余りあてにならないのかもしれない。

 杖を握りしめ、短銃も多少の怒りを含めて握りしめる。

 

 さきに距離を詰めてきたのは、やはり痩せている方だった。

 右手に持った松明をこちらへ突き出してくる。あまりに突然の動作で少し対応が遅れたが、後ろに飛び退いて避ける。

 やはり、体の動きが違う。あの診療所で苦し紛れに避けた動きではなく、洗練された回避だ。

 お返しとして、大きく重心を前に傾けた男の顔めがけて杖を突き出す。男の頭蓋骨はあっさり杖を受け入れた。返り血が右手に、右腕に降り掛かった。(ぬく)い。

 深く刺さった杖を頭蓋から引き抜く。刺した時とは段違いの血液が身にべっとりと塗りたくられる。

 衛生的ではない。生理的には排斥すべき事のはずだ。しかしなぜか、興奮する自分がいる。周囲の景色がより鮮明に、色彩豊かに見える。

 ついで太った男。アルフレートと退治していたような巨漢。しかしあの時の個体とは違って石ではなく、等身大の石像を持っている。あれで殴られてはひとたまりもないだろう。

 まだ互いの攻撃範囲ではない。一歩、二歩と巨漢が近づいてくる。まだ大丈夫。

 と思った瞬間巨漢が跳んだ。その身に似つかわしくない俊敏さでこちらへ、石像を持った右手を掲げて跳んでくる。

 ぱあん。

 無意識だった。無意識の指先により放たれた無機物の銃弾は、巨漢の顔に直撃した。距離も十分に近い。威力は期待できる。

 巨漢が体制を崩す。慣性などないかのようにその場で撃墜され、でっぷりと太った腹を無防備に見せつけてくる。

 喜んで触りたいものではない。だが、なんというか、もっと温みが欲しかった。生きている実感を、快楽を求めたかった。それに、アルフレートの行動が重なった。

 右腕、の肘までもが巨漢の腹部に突き刺される。

 ぐちゅり、と体内の臓器を適当につかむ。巨漢と目が合う。巨漢の顔には痛みよりも恐怖が湛えられていた。それは怪物に向けられる目であり、私が大橋の異形に向けていた目だった。

 溢れんばかりの臓物を掴んだ右腕を、力任せに体内からえぐり出す。右腕そのものが快楽になったようだった。

 ものを持てるようになったばかりの子供に切開手術を頼むと出来上がるような裂傷から腸やら胃やらが夕日に晒される。手に握られた内臓から温かい鼓動を感じる。まだこの臓器は生きている。

 常人離れした量の血液が、全身に降り掛かる。これではもはや、血塗れでないところを探すほうが難しそうだ。

 夕日と目に入った紅が街並みを赤く染め上げていた。時折吹く風が血を乾かす。火照った体には心地よかった。生の充足。

 狩人は血に酔う。つまりそういうことなのか。

 これまでの不条理。それが全て払拭されるほどの悦楽が全身を駆け抜けていった。

 当初の目的を忘れたわけではない。しかしどうしても、もし「青ざめた血」を手に入れることができたら、どんなに素晴らしいことだろうか。そんな妄想が止められなかった。理性とはかくも脆いものか。

 

 

 半ば正気でない状態で歩みをすすめる。この先に聖堂街がある。そして多分、獣狩りの群衆も。

 不安ではある。しかしそれ以上に期待があった。

 下水橋の先で、本能に行動原理の過半を執られた私を迎えたのは、地下墓地だった。なんと趣味の悪い。

 

「…どこもかしこも獣ばかりだ」

 

 …誰かがいる。目を凝らすと、墓石の影で手斧を振り下ろしている長身の男がいた。声からすると若くはない。壮年、といったところか。

 耳もすませば、断続的に水っぽい音が響く。それは男の手斧の動きと連動しているようだ。

 

「貴様も、いずれそうなるのだろう?」

 

 男は振り返り、その顔を露わにする。

 つばのある帽子をかぶっているせいでよく見えないが、目元には包帯が巻かれており、口元からは少し顕著な犬歯が覗く。服装からすると神父なのだろうか。右手に持つ手斧からは血が滴っている。先程まで生きていた何かを裂いていたのだろう。

 目元は隠されているはずなのに、こちらを視線で射抜かれている感覚。先程までの熱量が一気に冷えるのを感じた。

 これは診療所の。大橋のあの感覚。圧倒的な強者と対峙したときの絶望。

 背中に冷たいものが通り、耳鳴りがする。さっき戦ったときのように、どう動くべきか、何をすべきかが全く分からない。思考回路が凍りついている。

 

「人間のフリが得意なんだな。すぐに化けの皮を剥がしてやるさ」

 

 男が歩み寄ってくる。右手の斧が不気味に輝く。その刃は鈍い。だがあの大男の膂力で振り回されれば命の一つや二つ簡単に消え失せる。

 と、男が一気に近づいてきた。この動きは紛れもなく狩人の身のこなし。

 

「っ!」

「ほう、動けるのか。ぼうっと突っ立って、ただの木偶の坊かと思ったが」

 

 踏み込まれると同時に地面をこすりつつ振り上げられた斧をなんとか躱す。石畳の床と斧の間に火花が迸る。

 しかし斧こそ躱せど、男が左手に持っていた銃までもは避けられない。

 間髪入れずに発射された散弾は私の腹を――

 

 彼女の衣服を幾ばくか吹き飛ばし、腹部に幾つもの風穴を開けた。

 

「ぐぇっ…ぅぷ」

 

 彼女の口から血が溢れる。腹から血が滲み出る。彼女の白い肌に、鮮血はよく映える。

 男はその血塗れの腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「おぼぉっ!?」

 

 大きく吹き飛ばされ、壁に衝突する。壁面に血の花を咲かせた後、彼女はずるずると地面にへたり込む。もう目は虚ろで、何を見ているのかもわからない。

 

「なんだ、その程度か」

「かっ…はひゅ…」

 

 息も絶え絶えといった様子の彼女の左脚に、長身の男は手斧を叩き付ける。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「喚くな」

 

 男は喉めがけて斧頭をぶち込む。

 

「~~!」

 

 声にならない悲鳴とはこのことなのだろう。咳き込むことも出来ず、強烈な痛みが喉に留まって増幅する。目は充血し、涙さえ出ている。

 いや、涙だけではない。鼻から、口から、体液という体液が漏れ出ている。無様。その言葉が似合う状況に彼女は置かれていた。

 

「呪われた獣共が… お前らのせいで、ヴィオラは…」

 

 怨嗟のごとく呟いた男は散弾銃も斧も地面へ置いて首根っこを左手で掴み、彼女を持ち上げた。

 男の右手による、渾身の殴打が彼女の腹へ。

 

「がはっ!」

 

 無理やり押し上げられた横隔膜によりひねり出される声、というよりも引っかかった空気と呼んだほうが的確なそれが、唾液や血と一緒に彼女の口から吐き出される。

 

「簡単に殺しはしない」

 

 どす、どす、どす、と男が殴るたび、彼女の腹部からはぐちゅ、ごぷ、じゅぐ、と湿っぽい音が響く。散弾により開いた傷口から血液が飛び散る。

 

「お゛っ、げぽっ、ぅぐっ」

「痛いか」

「い゛っ、や、やめ」

「人間の言葉を喋るな、獣風情が」

「ぅぶっ!?」

 

 ひときわ強いパンチが叩き込まれる。

 

「一発一発が贖罪と思え」

「ぶっ、ごぇっ、ぐえっ」

 

 またも再開される殴打。彼女の柔らかい腹に男の硬い拳が何度となくめり込む。段々と彼女の反応が薄くなるのを見ると男は、

 

「潮時か」

 

 その血に塗れた逞しい右腕を彼女の体内へ突き入れた。

 

「ぐぶぇ!」

 

 さっき彼女がヤーナム民にそうしたように、男は内蔵を握りしめる。ぐちゅ、と音がなる。

 いま彼女の内臓に内容物はない。しかし胃液などの各分泌液はあるわけで、彼女は口から粘っこくも透明な液を吐き出した。

 

「まったく、穢らわしい」

 

 内蔵を手ですりつぶしながらそう呟く男の声には、内容と裏腹に興奮の色が混じっている。それは血に酔う狩人の性であり、逃れられぬ業である。

 

「ゃ…やぇて…」

 

 彼女の掠れた声。精一杯の懇願だった。

 だが、それが受け入れられることはなく、

 

「ぉご…ぷ…」

 

「最後まで人のふりか」

 




グロ注意です
途中から視点を変更したんですが まあ どうなんでしょうね
大丈夫かなこれ
こわい
残酷な描写の加護はどこまでなんだ
誰か教えてください


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1.4.少女

生きてます
遅れて申し訳ありません
レギュレーション1.15好きです
ぬるげぇまぁです


「ゲールマン様、あの狩人様のことですが」

「気にするな」

「しかし…」

「何度手足をもがれようが、何度内蔵を抜かれようが、何度心が折れようが、それでも前に進む。それが、狩人(プレイヤー)というものではないかね」

「……」

 

 

 嫌だ。

 あのじとつく視線が、恨みと後悔が入り交じった眼がただひたすらに怖い。

 獣のただ「殺す」ことに特化したものならばまだ耐えられたのだろうか。

 ひと一人分の重みに私は耐えることが出来なかった。いや、きっとそれはひと一人分などではないのだろう。彼の背負っていた物が、彼を通して私に殺意として向けられる。

 正義感でもなく、義務感でもなく、ただの私怨による行動。原理として破綻した理性のもたらす残虐性がいま、私の目の前に堂々たる高壁としてそそり立っている。

 何ができるのだろう。狩人になって、文字通り日が浅い私ごときが、恐らく狩人として半生を全うしたであろう熟練に打つ手があるとは思えない。

 前門の虎、後門の狼ではないが、予期せぬ強敵2体によって私の行動範囲は非常に制限されたと言える。

 つまり八方塞がりであった。

 

 

「なるほど…下水橋の道も使えないとなると…すみません、私はもうお役に立てることはないようです」

 

 ギルバートが申し訳無さそうな声色で話す。

 

「こうなると他の人間に…。いや、ヤーナム民が、よそ者に親しくするとは到底思えませんね…」

 

 結局新たな手がかりはなし、か。なんとなく分かっていたことだが、この街は異邦人に対して厳しすぎる。

 そういえば、私の生き返りに言及することがなかったギルバートだが、なぜなのだろうか。

 

「…正直、申し上げますとね。もはや私はこれが現実なのか、はたまた悪い夢なのかがよくわからないのです。痛みは本物です。息苦しさも、本物ですとも。しかしそれ以上に、この街は非現実的過ぎる。どうも、色々の実感が湧きにくいというか。あなたも、もしかすると私の妄想かもしれない、などと考えることもあります」

 

 なるほど。私と同じような状況にあるということか。この街特有の空気によるのか、あるいは血がもたらす酩酊によるのか、この街はふわふわしている。掴みどころがない雲のような、と思えば非常に鋭い切り口を見せる命のやり取りだったり、緩急が激しすぎる。

 

「そういえば、近くの家で小さな女の子が一人で留守番しているという話を聞いたことがあります。なんでも、親が狩人だとか…。凝り固まった大人よりも、柔軟な幼子のほうが話を聞いてくれる確率は高いのでは?」

 

 …行ってみる価値は…いや、とにかく今は行動しなければならない。それしか方法は残されていない。

 

「あと、これも又聞きなのですが、その少女はオルゴールが好きで、いつも鳴らしているそうです。もしオルゴールの音が聞こえる家があれば、そこがその家でしょう」

 

 

 夕暮れの街に微かに響く寂しげなオルゴールの音。これが年端もいかぬ少女が好んで鳴らしているというのだから、この街の陰気臭さは相当だ。朝のヤーナム街の様相が全く想像できない。夕焼けの似合う街といえば聞こえはいいのだが。

 まぁ、無事に着けたのだ。良しとしよう。

 窓をこんこんと叩く。

 

「…あなた、だあれ? なんだか懐かしい臭い…もしかして、獣狩りの人?」

 

 …ここでも臭い、か。あの神父といい、ヤーナム民は臭いに敏感らしい。…あるいは、私がただ単に臭っているだけなのか。

 

「だったら、お願い。お母さんを探してほしいの。獣狩りの夜だから、お父さんを探すんだって…それからずっと帰ってない」

 

 獣狩りの夜に、子供を置いて親が外出。最悪の想像が脳裏をよぎる。

 

「私ずっと待って…でも寂しくて…」

 

 少女の声が潤み始めた。確かにこの年で突然、家に一人というのは心細いだろう。

 正直、関わりたくない。八方塞がりのこの状況で、背負うものが増えるとなれば負担は計り知れない。そもそも私一人で手一杯なこの状況だ。ひとの面倒を見れるほど、私は要領が良くない。…だが、それでも、私は目の前の困っている子供を放って置けるほど倫理感は捨てていない。

 母親を探してきてやろう。ただし期待はするな。

 

「本当に? ありがとう! お母さん、真っ赤な宝石のブローチをしてるの。見たらすぐにわかるくらい大っきい、綺麗なブローチ。それでね、お母さんに会ったら、このオルゴールを渡してほしいの」

 

 …いいのか? 寂しさを紛らわせる大切なものだろうに。

 

「うん。お父さんが好きな、思い出の曲なんだって。もし、私達のことを忘れちゃってても、この曲を聞けば思い出すはずって」

 

 忘れる? 仮にも親が、子供の事を忘れるのだろうか。この子の態度から察するに、親は子を忘れるほどろくでなしじゃあない気がするのだが。

 

「それなのに忘れていくなんて、おっちょこちょいなんだから」

 

 ……。本当に、忘れていったのだろうか。帰れないことを承知で、わざと家に…。

 いや、今は何も考えるまい。想像は飽くまでも想像だ。始める前から悲観的でどうする。

 一応、その母親の名前だけでも聞いておきたい。情報が少ないにもほどがある。

 

「お母さんの名前? えっとね、ヴィオラっていうんだ。あとお父さんがガスコインっていうの」

 

 ヴィオラ、聞き覚えがある。確か、あの神父が、口走っていた…。

 もしや、君の父親は、神父じゃあるまいな。

 

「ん? そうだけど、それがどうかしたの?」

 

 ……なんてこった。運命の悪戯もいいところだ。

 クソ、またあの地下墓地に行くしか…ないのか。

 どうも、この街は、私の進むべき道を提示…もとい、限定しているような気がする。偶然の産物にしては出来すぎていないか。

 ともかく、地下墓地に行く。今の私には、それしかない。

 …行きたくない。




ある日のLady Maria of the Astral Clocktower

[時計塔の鍵を使用しました]

[死体を調べる]

ガシッ
「…死体あま…まさり、あさりとは感心しないな…」
「………」

MARIA DIED

死因:恥ずか死


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1.5.再戦

落ち着いてきました(更新するとは言っていない)


 下水橋の手前から目を凝らせば、あのとき殺した二人の市民がいた。生き返るのは私だけではないようだ。ご丁寧にあの火球まで用意されている。もっとも、まだ火は付いておらずただの巨大な球に過ぎないが。

 私が死ぬたびに世界が巻き戻るのか、私が巻き戻っているのか。頬をつねってみても痛みを感じるあたり、ここは夢の中ではない。なにがあって私が数奇な運命に捕らえられねばならぬのか。市民に聞いてもそれは分からず、ただ血を垂れ流すだけの物言わぬモノに成り果てた。

 決して戦うのが得意ではない。こんなステップが踏めるのも、力の乗った突きが繰り出せるのも全て遺血の恩恵だ。故も知らぬ他人の血を受け入れ、記憶も動きもなにも一致しない。これで私は私を名乗れるのだろうか。そもそも名乗りたくても名前すら分からないのが現状だというのに。

 

 答えの出るはずもない問いを脳内で弄んでいると、地下墓地は眼前に来ていた。あの神父はまだ居座っているのだろうか。息を殺し目を凝らし、中の様子を伺うのだが、どうもよく分からない。そこに地下墓地があるのは分かっている。だがそれ以上の情報を得ようとすると、途端に視界がぼやける。視界というより景色の存在そのものが歪んでいるようだ。質の悪いガラス瓶のそこを通して覗いたような光景がそこには広がっていた。

 神父の姿を思い出すだけでも進む気が起きないというのに、この蜃気楼もどきのせいで更に進みたくなくなった。しかし進まざるを得ないのが、狩人の性なのだ。なんて粋がってみても暗い気持ちが変わるわけでもない。腹をくくって進むしかないのだ。

 

 歪み。現実感が薄れ、天と地が反転する。この感覚は、あの大橋の異形から逃げたときにそっくりだ。

 

「…どこもかしこも、獣ばかりだ」

 

「貴様も、いずれそうなるのだろう?」

 

―「お前らのせいで、ヴィオラは…」

―神父の拳が私の腹へとめり込む。

―腹部の奥深くへと差し込まれた神父の右腕は、手頃な内蔵を掴んで、それらを夕日のもとへと晒した。

 

 ―――まただ。死の追体験。生存本能のありがた迷惑。もしかするとこのフラッシュバックは死んだ現場に近づくと起こるのだろうか。

 などと思索に耽る時間はない。すぐさま行動しなければ、移り変わりの激しい狩人の世界では生きて行けない。

 実は策は考えておいた。地下墓地に入ってすぐに目につく、右手の大きな階段。そこ目がけて駆ける。つまりは逃げの一手であった。

 

「逃げるか、獣如きが!」

 

 走る、走る。杖と短銃を握る手に力が入る。階段の上に何があるのか、それはわからない。だが真っ向から神父と戦った所で勝算があるとは思えない。ならば走るのみ。出会った瞬間走り出すのは流石に神父も想定外だったらしく、少し対応が遅れたのもありがたい。

 階段を駆け上がる。ここで段を踏み外しては前回の二の舞だろう。急ぎつつ正確に上る。

 上りきった先には、出口があった。ただし、鉄の門で固く閉じられている。

 クソ、つくづく運がないな、私は。

 さてどうするか。今上がってきた階段を降りるのは論外だ。神父に捕まる。しかし出口へは出られない。どうしようもない。

 

「待て、そっちは…!」

 

 神父の声がもう間近まで来ている。とにかく逃げよう。

 出口を尻目に走る。鉄の門と柵の間で神父と追いかけっこだ。

 どこか柵が途切れている場所は…あった! 

 柵の切れ目から飛び降りる。階段を登った感覚では死ぬ高さではないのは分かっていた。しかし、その心配をする必要はなかったようだ。

 私が降り立ったそこは、小屋の屋根だった。そして横たわる女性の死体が私を迎えた。傍らに落ちていた真っ赤なブローチが厭らしく輝いていた。

 えも言われぬ不快感が湧き上がる。想像はしていてほぼ確定事項であったが、それを現実として突き立てられるとどうにも割り切れないものだ。

 

「やめろ、ヴィオラに近づくな!」

 

 頭上から声がした。急いで仰ぎ見れば、神父が手斧を掲げ飛び降りてきていた。

 急いで小屋の屋根から飛び降りる。

 

「薄汚い獣の分際で……!」

 

 その声には一層の怨嗟が含まれていた。結果的に見ると、階段を上ったのは間違いだったか。

 これで策は尽きた。万事休すか。死を受け入れるしかないのか。

 

「殺してやる…!」

 

 無理だ。ただ単純に怖い。そう結論付けるより先に私の足は駆け出していた。しかし当然そんな行動は精細を欠くわけで、今回のもそうだった。端的に言えば躓いて転んだ。

 

「情けない。歩くことすらままならんとは」

 

 獲物を狩る気満々の瞳――瞳は包帯で隠れているのだが――が私を貫く。早く立ち上がろうとした私の懐から、まさにその時何かがこぼれ落ちた。

 こぼれ落ちたハコ状のそれは、地面に落下した衝撃で蓋が開かれた。

 

 それは寂しげなオルゴールの音。健気な少女が大切にしていたそれは、皮肉にも墓地にこそ染み入る孤独の調べだった。

 

「ぐ、やめろ……やめてくれ…!」

 

 その音色を聞いた神父は耳を塞ぐように悶え、無謀にもその無防備な背中をこちらへと向けた。

 例によって、これは私の行動ではなかった。私の中を流れる古狩人の遺血がそうさせたのだ。

 これまでの児戯が嘘だったかのようにすっくと立ち上がった私は、杖を握りしめる右手に強く力を込め、神父の背中に杖の切っ先を突き刺したのだ。いかに巨漢の神父といえど、これは一堪りもなかったようで、片膝をついた。

 丸まるようにして突き出された背中に、鋭く尖らせた手刀を私は突き入れた。あの時(、、、)されたように、内臓を手探りで適当に掴む。まただ。右腕に熱がこもる。視界は鮮明となり、思考は薄靄がかかったような酩酊。今は神父の苦悶の声ですら心地よかった。

 内臓を引きずり出す。うつ伏せに斃れた神父。血にまみれた私。この瞬間で言えば、ここに人間はいなかった。

 オルゴールのおかげで、勝利できた。心の中で少女に感謝を、そしてそれ以上の同情を覚える。やむを得ずとしても、少女の父親を討ってしまった罪悪感はしっかりと根付いている。

 狩人は、こんな境遇に身を――

 

―――ガァァアアアアッ!!!

 

 ! なんだ、あれは。死んだはずの神父が、肥大化して、毛が生えて……!

 これじゃあまるで、獣じゃないか!

 

「グォオ!」

 

 神父――獣が、巨大化した右腕を振り回す。ステップで距離を取るが、どうして人が獣の瞬発力に勝てようか。

 その巨躯からは想像もつかないようなスピードで、一旦開いた距離を詰めてくる。

 無理だ、避けられない。すべてを受け入れ目をつむった私に届いたのは、衝撃でも痛みでもなく、

 

「これは後輩に、ちょっとした餞別だよ。ありがたく受け取りな!」

 

 勝ち気な女性の声だった。



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1.6.狩人狩り

原作崩壊が進む


 目を開けてみれば、そこには右目からナイフを生やした元神父。

 そのナイフが飛んできたであろう方向を見る前に、ナイフの主は獣へと飛び掛かっていた。そのスピードから一瞬しか見えなかったが、嘴のついたマスクを被っていた気がする。医者かなにかなのだろうか。

 

「ほらあんたも、突っ立ってないで! 狩人なんだろう!?」

 

 両手に短刀を持った女性がそう叫ぶ。ステップを踏むたびに舞うマントは、どうやら鴉羽でできているらしい。などと観察するのはここまでだ。二対一。数では勝っている。

 杖を振り、鞭状にする。狩人としての技量は彼女に劣るだろうから、自分は中、遠距離からの援護に徹する。幸いリーチの長い仕込み杖を持っているし、駆け出し狩人の私には丁度いい仕事だろう。

 墓越しに獣を攻撃する。烏羽の持つ二本の刃による猛攻は苛烈を極め、獣も鴉羽しか眼中にないようだ。囮にしているようで少々申し訳なさもあるが、好機である。ありがたく享受しよう。

 鴉羽、獣、墓、私の順で並ぶ戦況。烏羽も墓を盾にしようとしているのだが、獣に全て文字通り打ち壊されている。あの怪力が私に向けられていたと思うと背筋に冷たいものが通るが、今の獲物は謎の狩人だ。ターゲットが自分じゃないとこんなに安心できるのか。

 獣の素早くも力強いラッシュを一度切るため距離を置こうとした鴉羽の狩人。ひと二人分は距離が空いたはずだが、獣が地を蹴ると一瞬で間は詰められた。危ない。

 と、銃声。先程まで刃を持っていたはずの左手には短銃が握られており、獣へと向けられた銃口からは鈍く輝く液体が滴り落ちていた。狩人の扱う弾丸は液体なのか。

 慣性が働いていないかのように、獣の勢いが減衰する。これはまさか。

 姿勢を崩した獣に、鴉羽の狩人が手を突き入れる。そのまま内蔵を体外へ摘出し、哀れ粗製の手術を受けた獣は腹部から血を噴き出して絶命した。ここまで肥大した獣も、内臓を抜くことができるのか。もしかすると、あの大橋の獣――もう二度とお目にかかりたくないが――にも有効なのかもしれない。

 獣に身を落とした神父に引導を渡した狩人が、肩で息をしながらこちらへ歩いてきた。特徴的な嘴は血塗れで、ペストよりも身近な死線をくぐり抜けた証であった。

 

「はあ…はあ…。あんた、余計な助太刀だね…。でもまあ、感謝するよ。あんたもやるもんだね。ガスコイン(、、、、、)を殺ったのも、あんただろう?」

 

 あれは私が殺したというよりも、私に流れる血の記憶が殺したと言う方が近い気がする。…いや、これは言い訳に過ぎない。私は少女から親を探すよう頼まれて、その親を殺した。それが事実だ。

 

「しかし、見ない顔だね。最近狩人になったのかい? 服装からして青いもんだとは思っていたけれど」

 

 その通りである。今の私は狩人と呼べるかも怪しいほど未熟だが。

 

「あんまり、手を汚すんじゃあないよ。狩人は獣を狩るものさ。狩人狩りなど、私に任せておけば…」

 

 言葉の途中で黙る鴉羽の狩人。どうしたのか。

 

「……第二回戦だ。逃げようにも門は閉ざされている。やるしかないよ」

 

 まさか、二人目か。厄介事が増える。

 

「あんたは死なないように気をつけな。私みたいなババアとは違って、あんたは未来があるんだからね」

 

 自虐が過ぎるが、気遣いは素直に受け取っておく。さっきと同じよう遠巻きから援護に徹そう。

 

 間もなく狩人が来た。橙の装束に身を包んだ、ノコギリ鉈と短銃を携えた男。

 帽子と口元を覆い隠すように巻かれた布の隙間から見える瞳は濁っていて、更には狂気の色を湛えているようにさえ見えた。

 

「あいつはヘンリック。昔はガスコインと組んでいた。だがしばらく前からガスコインが正気を失い始めて、それに釣られるようにしてあいつも…。二人ともいい狩人だったんだが、これが末路ってわけさ」

 

 橙の狩人――ヘンリックは畳んでいた右手のノコギリ鉈を振り、鉈の部分を展開した。単純に考えればリーチが二倍になったということである。左手の短銃も相まって、近距離戦を主体とする気が無いと見える。それもそうか。一人と接近戦をしている間に背後をとられては、流石に熟練の狩人とはいえ厳しいものがあるだろう。正気を失っても戦闘のセンスは失われていないようだ。

 ゆっくりと、それでいてしっかりと距離を詰めてくるヘンリック。鴉羽の狩人も攻めるべきタイミングを伺っているようだ。場に落ちる沈黙。足音と己の鼓動のみが聞こえる緊迫した時間は、鴉羽による銃声で終わりを告げた。

 真正面からバカ正直に放たれた銃弾を、ヘンリックは前に跳んで避けた。己の実力を信じているからこそできる芸当だ。しかしそれを読んでいたのか、鴉羽はすでに双剣をヘンリックの方へ突き立てようとしている。先程までは片手に銃を握っていたはずだ。医者なのか狩人なのか手品師なのか。全く正体がつかめない。

 己が心臓に向けられた鴉羽の刃をヘンリックは横に跳んで避ける。ちょこまかとすばしっこいやつだ。だが鴉羽から見て左、私のいる方向に跳んできたヘンリックは、この仕込み杖のレンジに入っている。少し卑怯な気もするが、墓石越しの攻撃を与える。当たれば儲けもんである。

 予期せぬ方向からの鞭は、ヘンリックの背中、特に右肩近くの肉をえぐり取った。橙の装束に、赤いシミが広がる。直後、ヘンリックの瞳が濁ってなお鋭い眼光が私を射抜く。そこには初めて脅威を見つけたような、ある種の驚愕があった。不意打ちは無事成功したようだ。

 しかし背中の怪我など意に介さないように、ヘンリックはその左手を私へ向けた。錆びて鈍く夕日を反射する銃口が私を捉える。まずい。鞭を振り切って体勢を崩した、まではいかなくとも即座に回避行動が取れない姿勢だった私にはどうすることも出来ない。しかし、所詮銃弾は液体だ。そこまで距離がないとはいえ、流石に致命傷を負うことは…。

 …右の上腕の肉がはじけ飛んだ。

 何が起きた? 液体を発射する、水鉄砲の延長線上の様な銃器で、肉体の一部がはじけ飛ぶだと?

 抉られた傷口には銀色の液体がべっとりと付着しており、この怪我がそれによってもたらされたことを示している。あるべき部分が無いという違和感は、ちくちくと鳥の啄む様な刺激が代弁しており、それは加速度的に肥大化する痛みを伴って私の脳へと到達した。

 たまらず仕込み杖を取り落とす。今までの経験上、痛みという痛みには鈍感になりつつある――あるいはなりたいだけか――私の身体であるが、肉がごっそり盛っていかれては我慢どうこうの問題ではない。痛みを知覚し、それを根性で抑え、その上で言うことの聞かない右腕は、筋肉を失っては動けないという至極単純な生物学的理由で役立たずと化している。力を入れようとすればじくりとねちっこく痛む右腕をどうすることも出来ず、私は唯一の攻撃手段である左手の短銃を乱射する。

 ろくに狙いを定めることもなく放たれた銃弾はヘンリックに当たらず、しかし行動は阻害した。避けるのに集中していたヘンリックに、死角から鴉羽が一撃を加える。

 腕を交差させ、広げるようにして双方向から切り裂く。鴉羽の双剣に両方の脇腹を裂かれたヘンリックは、即座に反撃…するわけではなく懐から小さな何かを取り出し、大腿へ突き刺そうとしたところで、ヘンリックはそれを投げ捨て、もう一度懐から何かを取り出し――それは小瓶だった――大腿へ突き刺した。

 そんな大きい隙を見逃すはずもなく、鴉羽が銃弾を叩き込む。至近距離での直撃でよろめいたヘンリックの左腕を鴉羽の短刀が、右腕を私の短銃が襲い、それぞれの握っていた得物を取り落とした。

 実質的に私達の勝利である。武器がなければ恐れることはない。しかしそれは理性の残った人間同士での話だ。

 無力化したことで多少なりとも安堵していたのか、鴉羽は振り向きざまのヘンリックの狂爪を避けることができなかった。

 鋭く突き立てられたヘンリックの右手の爪が鴉羽の首元をえぐる。もはや人の所業ではない。

 鴉羽の鮮血が迸った。




戦闘描写きらい


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1.7.安全な場所

ヨセフカと頑張って関わらせます
忘れていた


 ヘンリックの突然の攻撃に面食らった鴉羽も、ベテラン故の反射神経で短刀をお返しと言わんばかりにヘンリックの首へ突き刺す。

 今度こそヘンリックは無力化された。完全なる沈黙がもたらされたのだ。

 と、鴉羽の狩人が崩折れた。

 

「ハッ…。歳かね、これも…」

 

 近寄って見れば、濃紺の狩装束で視認しにくいものの、おびただしい量の出血がわかる。首元からはまだ出血が続いている。

 

「もう夢見ることもないとて、私も狩人だ。血を入れておけば治る…と言いたいけど、これはちょっと厳しそうだね…」

 

 どこか力が抜けたような腕で赤い小瓶を持つと、それを自らに注入する鴉羽。

 輸血だ。血に酔う、ヤーナムの常套。

 

「…恥を忍んで、一つ願い事をしてもいいかい。何処か安全な場所を知らないか。こんな場所じゃおちおち休んでいられやしないしね…。…私はもう夢を見ない。死んだらそれきりさ。…私はまだ死ねない…やるべきことがあるんだ」

 

 途切れ途切れに話す鴉羽。私も休みたいが、あいにく安全な場所を知らない。

 知らないが、ここから先に無いわけじゃない。むしろ今まで見つけていないからこそ、この先にある可能性が高くなる。

 

「詭弁だね…。だが、まあ、賭ける価値はある、か。…ああ、肩を貸してくれるのかい? すまないね…」

 

 戦闘ではほぼ役に立たなかったのだ。せめてこれくらいしても、まだまだ貸しは残る。

 落とした杖を拾い、腰のベルトに差す。まるで騎士の直剣だな、と思った。これじゃあ私は女王様を護衛する近衛兵の役回りか。ただ残念だが、両方とも見るも無残な装いである。さながら、敗戦国の末路、といったところか。

 

 地下墓地の階段を上がる。眼前には、前のように固く閉じられた鉄門。状況は変わらずか。

 

「…そういえば、ヘンリックが投げ捨てた物があったろう。これなんだが…これはここに使うんじゃないかい?」

 

 そう言って鴉羽が差し出した物は金属製の鍵。この鍵で門を開けられるのなら、それほど都合のいいものはないが…。

 …開いてしまった。こんなうまい話があるとは。

 とにかく進む。時間は限られている。

 

 門を抜けると屋内へ続く戸があり、またもや階段。ガスコイン神父とヘンリックと戦ったあの墓地はどれだけ低地に作られていたのか。

 段々と肩にかかる重さが大きくなってくる。急がなければならない。

 こつん、こつんと石畳を踏みしめる音が屋内に響く。結構登ってきたはずだ。階段は途中から螺旋階段に様変わりし、三半規管にも厳しいものになっている。

 と、終焉を告げる扉。この扉が天国に続くのか、あるいは地獄か。それは私の与り知るところではない。

 鴉羽の狩人を静かに座らせ、重い扉をやっとの思いで開く。

 

 そこに広がっていたのは、かなり小さいとは言え宗教を感じさせる石造りの建物で、正面の窓からは夕日が更に赤みを増して屋内を照らしている。各所には石像や燭台が立ち並び、如何にも妖しげな雰囲気を醸している。

 恐らくここは教会なのだろう。崇拝すべき対象が見当たらず、何やら薄っすらと異臭がするところは気になるが。

 

「…ん? あんた、獣狩りの…狩人さんか?」

 

 突然声をかけられ、少々…いや、かなり驚きつつ声の方を見る。先客がいるとは。

 そこには赤い…服とも言えぬ粗末な布をまとった、小柄な男がいた。

 

「扉を開けて入ってきて襲ってこないってことは、まともな奴そうだ。それに獣避けの香も焚いているし、人間のはずなんだが…。返事をしてくれないか?」

 

 いきなりにしては大胆に物を言う。ほらこの腕、脚。ヤーナム民の獣じみたひょろ長いものと違って、どう見てもまともな人間じゃあないか…と思ったが、ガスコインやヘンリックのことを思うとそうでもなさそうだ。人は外見によらない。

 

「ああ、そりゃあすまない。何しろ、もう見えなくてね」

 

 …人は見かけによらないどころか、彼にとっては見かけなど無意味な情報だったか。

 いきなりだが、急を要している。ここは安全なのだろうか。安全であれば、ぜひ休息を取りたいのだが。

 

「ん…? ここが安全か、だって? そうとも、今その話をしようとしていたんだ。ここは獣避けの香を焚いているし、こんなヤツが今まで暮らせている。安全は保証されているよ。ぜひ休んでいってくれ」

 

 確かに。じゃあ、ありがたく使わせてもらおう。

 

「あ、あと、道中でまともな奴を見つけたら、ここ、『オドン教会』を教えてやってくれないか。今回の夜は異常だ。長過ぎる、っていうのもあるし、何より家の中に閉じこもっている連中にも被害が出てる。だから、頼むよ。ここは安全なんだ」

 

 そう迫る男の様子は少し必死であった。何がここまで彼を駆り立てるのは分からないが、おそらく性根なのだろう。

 道中であった、まともな人間。心当たりはある。

 だが今はとりあえず、鴉羽の狩人を連れてこよう。

 

 

「…すまないね。初対面だってのに、何から何まで、迷惑をかける…」

 

 血を入れたことで多少良くなったのか、地下墓地のときよりかは幾分しっかりした声でそう告げる鴉羽。

 

「ああ、そういえば名乗ってなかったね。私はアイリーン。…狩人狩りさ。…ガスコインや、ヘンリックみたいな、狂っちまった狩人に引導を渡す、要は汚れ役(ウェット・ワーカー)だよ…」

 

 はは、と自嘲気味な笑いを付け加えて、鴉羽の狩人――アイリーンはそれっきり黙った。耳をすませば呼吸はしているようで、最悪の事態ではない。

 ひとまず、一番の危機は脱した。とはいえ事態が好転しているわけでもない。このままではアイリーンとて無事では済まないだろう。

 怪我を治すといえば病院か。しかしこの陰気臭い街で、病院など…。

 …診療所ならある。私が目覚めた、全ての始まりの地。

 あそこになら、何かあるかもしれない。

 

―ヨセフカの診療所。

 入り口付近に墓石を打ち立てる、その悪趣味な建築センスからヤーナムの陰気さが滲み出ている。

 初めて目が覚めて、そして初めて死んだ場所。

 ありがたくないにしろ様々な経験をさせてもらったこの診療所には思うところしか無いが、二度目の訪問で何か新たな発見を齎してくれるだろうか。

 と、奇妙なことに気づいた。開けていたはずの扉が閉ざされている。誰かが出入りでもしたのだろうか。この狂気じみた夜で、扉の開閉に気を使う余裕がある誰かが。

 …おかしい。開けようとしても、鍵がかかっているのか、開く様子はない。これじゃあまるで、中で籠城するために…

 

「っ!? 誰!?」

 

 女性の声が聞こえた。誰かがドアを開けようとすることは微塵も考えていなかったようで、驚きを顕にしている。私も驚いている。

 ここの扉は開かれていたはずだし、そもそもこの診療所には誰もいなかった。…獣とその犠牲者を除いて。誰だと聞きたいのはこっちの方である。

 

「私? 私は…ヨセフカ。この診療所の責任者、ってところかしらね」

 

 責任者にしては、客人に対しての対応がしょっぱくないか。

 

「ええ、そうよね。そうなんだけど…ああ、獣の病に感染したかもしれない人は、中に入れることができないの」

 

 その対応で診療所を名乗るとはな。これじゃあただの隔離施設だ。

 

「ごめんなさい…じゃあ、せめて、これを」

 

 扉に嵌められている窓の、割れた隙間から、金色の小瓶が出てきた。

 なんだ、これは。

 

「これは…ここの女医が作った輸血液よ。たぶん、普通の輸血液よりは、役に立つと思う」

 

 ここの女医って、あんたじゃないのか。

 

「ええっと…別の人が作ったの。医療者も私だけじゃないし…ね?」

 

 ふむ。怪しさは最大だが、ありがたく貰っておこう。

 

「…それと…途中でまともな人たちを見つけたら、ここを教えてあげてくれない?」

 

 ……。

 

「勿論、タダでとは言わないわ。教えてくれたら、謝礼は用意する」

 

 …分かった、考えておこう。医療者で良かったな、あんたは。

 

「…ええ、そうね…」

 

 治療の助けをくれたことはありがたい。しかしそれよりも莫大な不快感のせいで素直に感謝できない。

 この狂気の夜に、保守的になる事は決して否定されるべきことではない。来たるべき夜明けに備え、近所の体裁を整えるのも、一般的な社会存在においては非常に重要だ。よって、この特異な夜だけの、まさに一夜限りの関係に重きを置くのは賢い選択とは言えないだろう。

 私がヤーナムの民でない故の待遇。それはよく分かっている。私が感じる嫌悪は全くもって主観的なものだ。

 しかしだからこそ、夜の住人たる我々狩人は情に厚くなくてはならない。ヤーナム民との断崖に絶望し、己が強大な力を理不尽に振るえば、それはただの獣だ。

 獣をねじ伏せる、獣よりも危うい存在である狩人を、人たらしめる行為とは、ただひたすらの我慢の他にない。

 尤も、私にはまだ獣をねじ伏せる程の技術も筋力も無いわけだが。

 

 

「ッゴホ、ゲホ、安全な場所、ですか。私がこんな病に冒されていなければ、喜んで行ったのですが…ゴホッ」

 

 少女の話を聞いて以来である。あの節は助かった。ギルバートがいなければ、私はまだヤーナム市街で燻っていたところだろう。

 

「はは…お役に立てたようでなによッゴホ、失礼。あれから更に酷くなっている気が…ッゴホッゴホッゲホ」

 

 聞けばわかる。

 

「それで、安全な場所についてですが…私は遠慮しておきます。ここから出たとしても、道中で野垂れ死ぬのが関の山でしょう…ゴホ、ゴホ」

 

 そうか。確かに、病人が出歩いて無事な街でもない。いや、病人のみが闊歩しているとも言えようか。

 

「はは…確かに、そうかもしれませんね…。じゃあ、そんな不浄な街では、浄化の道具も必要でしょう…」

 

 と、ギルバートの部屋の窓から何か出てきた。

 小型のタンクと、それに固定された細長い円筒。金色に彩られた、これは…。

 

「火炎放射器です。最早私には、無用のものですから…」

 

 …ギルバート、あんた一体…。

 

「では、狩りの成就を願っています。私も、早く病気を治して、あなたと火の海を…ゴホッゴボッゴホ」

 

 想像していたより、ギルバートはホットな人物だったのかも知れない。

 感謝を述べ、ギルバート宅を後にする。

 

 …次は、あの少女。親探しを引き受け、親殺しを為した私は、どんな顔をして彼女に会えばいいのか。

 少女の家に向かいつつ考えるが、答えは出ない。

 …いっそ会わない方が良いのかもしれない。私は親殺しの業を背負い続け、少女は夜明けまで親の帰りを待ち続ける。朝日が昇れば真実は少女の耳に届き、安全な屋内で一夜を過ごした少女に危害が及ぶことはない。最も犠牲が少ない、平和的な終結を迎えることができるだろう。

 しかしそれで、彼女は納得するだろうか。「君の親は、通りの狩人に殺された」と伝えられ、真っ先に出てくる「通りの狩人」は私だろう。恨み、憎しみ、ありとあらゆる負の感情が湧き上がるが、それをぶつけるべき相手はもうこの街にはいない。

 そんな状況、私には耐えられない。

 殺されるべきなのだろうか、私は。

 親を殺した私に、それ(、、)を拒否する権利はない、しかし私にもまだ使命は残っている。

 一体どうするのが正解なのか。

 

 結局何も答えは出ぬまま、少女の家へと着いてしまった。

 ……全て、真実を話そう。自分勝手である。だが、彼女にはこれを知る権利がある。全て彼女任せだ。彼女の意思に、私は従おう。それがなんであれ。

 と、不自然なことに気づいた。家の灯りが点っていない。

 人気も、無い。

 呼び掛けても、返事は来ない。

 

「やっ!? こない――っ!」

 

 微かに、遠くから悲鳴…らしきものが聞こえた。方向で言えば下水橋の…。

 声からして、幼い女の子が、何かしらの脅威に巻き込まれたのだろう。

――急がねば。今度こそ、本当に取り返しがつかなくなってしまう。




わーいご都合主義
ご都合主義大好き
そして次第に増加していく文字数
減少していく中身の密度
この作品の運命やいかに


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1.8.結末

いつにも増してグッチャグチャの文です
さて、グッチャグチャなのは文だけなのか


 走れ。走れ。

 落ちていくあの夕日よりも速く。なんて茶化している場合じゃない。

 声は恐らく下水橋から発せられた。それは幼い女の子の声で、助けを求めている。これだけで急ぐ理由には十分だ。

 ただひたすら走る。全力でしばらく駆けているが、汗はぼかいていない。それどころか、疲れすらあまり感じない。これが狩人の遺血の力なのだろうか。今はありがたく享受するとしよう。遺血様々である。

 急いだ甲斐もあり、そう時間が掛からずに下水橋へ着いた。しかし少女の姿が見当たらない。絶対にここから聞こえたと思うのだが。橋の上は障害物などまるで無く、隠れられるような場所は無い。

 くそ、どこに行ったのか。もしかしたら違う場所なのか。そうだとしたら無駄な時間を食ってしまった…ん?

 橋の脇にハシゴがある。いや、なぜここに行く必要がある。なぜ少女が降りる必要がある。

 どう考えても確率としては低い。ここを探すなら他を探したほうが良い気もするが、狩人としての本能というべきか、「嫌な予感」は否応なしに反応している。

 自分を信じよう。ひいては自分に流れる狩人の遺血を。

 一段一段ハシゴを降りる。ここで滑って落ちようものなら、今度は私が下水橋で悲鳴を上げることになる。そして恐らく、私を探しに来てくれる人物はいない。

 もどかしい時間が幾ばくか過ぎ、足が地面に触れる。橋の下へ着いたのだ。

 “下水”橋の名の通り、床は水路になっていて、お世辞にもきれいとは言い難い水が流れている。それに、元々が汚いというのに何処からか流れ込んできた血が生臭さに拍車をかけており、正直帰りたいがここは根性で進むことにする。方向的には地下墓地へ向かって進んでいるはずだ。

 歩くたび、足を中心にして下水の波紋が広がる。飛沫が舞い、臭いが際立つ。なんの拷問だ、これは。

 しばらく進むと、獣くさい呼吸音が聞こえてきた。下水道の中は薄暗いため音の主は見えないが、鼻を鳴らし、少し苦しげなその息遣いは豚のものだろう。

 こんな場所に生息する豚とはどうせ碌でもないのだろうが、暗闇から姿を表したそれは私の想像を遥かに超えていた。

 高さだけでも私をゆうに越し、全長で言えば人ふたり分は有るであろう体格。汚水にまみれたその体は醜く太り、たるみ、首元には数多のシワが刻み込まれている。目は暗く輝き、生存本能と化した食欲にのみ忠実に生きていることは想像に難くない。

 デカい。それが私の抱いた最初の印象であり、恐らく最後まで抱き続ける印象だ。

 そしてこちらが悠長に観察している間に、豚は突進の準備を終えていたらしい。間もなく、走り出す。

 とはいえ愚直な突進である。避けるのは容易い――のは、戦場が広い場合の話だ。今回のロケーションは下水道。そもそも人が通る為に作られていないここは、肥大した豚が入れば隙間など無くなるのは当然である。

 マズい、避けられない。獣に飛び掛かられ、避けることもままならず、全身の骨を砕かれ、呆気なく死ぬ。そこまでのビジョンが見えた。

 …いや、獣に飛び掛かられたとき、アイリーンはどうしていた。確か短銃を獣の顔面にぶっ放していたはずだ。そして獣の勢いを殺し、内臓を抜く。この状況でも再現できるだろうか。

 汚水を散らしながら突っ込んで来る豚を、ぎりぎりまで引き付ける。

 三、二、一、今だ!

 豚の顔面に銃弾を浴びせる。豚は急激に勢いを失い、バランスを崩す。

 よし、よし! 初めて狙って出来た。だが喜びに浸る暇は無い。すぐにベルトから杖を抜き、よろめいている豚の左眼に勢いよく突き刺す。流石に私はまだ、口に直接手を突っ込める程の狩人ではない。

 杖の切っ先は眼球を貫き、頭蓋骨を抜けたのが感触でわかる。そして豚は一度大きく痙攣し、地に伏せる。豚から杖を抜いたとき、もうあの耳につく呼吸は聞こえなくなっていた。

 関門は抜けたと言うべきか。少女を探そう。親子とも迷子になり、誰かに探されるというのは血筋なのか。

 

 豚を超えた先は、奈落とも思える程の深い穴と、橋の上へ上がれるハシゴがあった。少女は豚の攻撃を掻い潜り、地下墓地を抜け、オドン教会へと向かったのかもしれない。奈落に落ちていたらそれまでなので、この可能性は除外する。

 ……下水橋を越えたところで、辿り着くのはオドン教会である。どう足掻いたって道が一つしかないわけだから、他に行けるはずもない。つまり、オドン教会にいなければ……。

 兎に角オドン教会へ向かう。そこで全て決まる。

 

 

「小さい女の子? うーん……来てないと思うなあ」

 

 赤い粗末な布を被った、オドン教会の住人が告げる。

 それはほぼ、少女の死の宣告にも等しかった。そして、私の脳裏に一つの童話がよぎった。

 赤ずきん。特に、狼の腹が猟師によって切り開かれる場面。

 なんだか、この状況に類似してはいないか。

 全く縁起ではないが、そうすると少女の居場所は…。

 

 オドン教会から下水道へ戻る。眼前には豚の死体。

 杖を振り、鞭にする。杖の幹の部分は細々としたノコギリの刃のようになっており、ぐずぐずに肥え太った豚の腹を裂くにはもってこいだろう。

 腹めがけて、杖を薙ぐ。血飛沫と共に内容物がこぼれ落ちてきた。

 吐き気がする。見た目も臭いも、醜悪の限りだ。

 目を背けたい気持ちを堪え、床へと散らばった肉片たちを見つめる。

 ……ダメだ。どれもグチャグチャで、原型を留めていない。ここから少女――この中にいるとは決まっていない――を探すのはもはや不可能だろう。

 どうやら、気のせいだったようだ。少女はここを通っておらず、あの悲鳴は幻聴で、全ては早とちりした私の勘違いだったのだ。

 そう信じ、踵を返そうとしたその瞬間、ふとこの場に不似合いなものに気がついた。気がついてしまった。

 恐らく、リボン。豚の、そして被捕食者の血に塗れているが、それは間違いなく(あか)く大きなリボンだ。

 消化が進んでいないのは、食べられたのが最近だから。

 悲鳴が途切れたのは、この豚に喰われたから。

 このリボンが少女の物だとすると、全てに説明がつく。ついてしまう。

 遅かった。全てはもう手遅れだったのだ。

 私は贖罪の機会を永遠に失ってしまった。

 私は、どうすれば良いのだろう。

 それを決めるべき存在は、私の眼下で肉片と化している。

 何度問いかけようと、それ(、、)が沈黙を破ることは無かった。




少女は救えなかった
許すまじ豚


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2.0.聖堂街

遅れてすみません
申し開きはございません
どんどん文がブレていく


「…ふう、なんとかなった。やっぱりヨセフカの輸血液は格別だね」

 

「ありがとう、礼を言うよ。あんたがいなけりゃ、あたしはここにいなかった」

 

「しかし、なんだいその顔は? まるで…まるで、取り返しのつかない何かをやらかしちゃったような顔だ」

 

「あたしはあんたよりは生きている。話ぐらいなら聞けるよ」

 

「……そうか。まあ、無理にとは言わないさ。でもあんまり、自分を責めるんじゃないよ」

 

「あんたはあたしの命の恩人だ。それは紛れもない事実なんだからね」

 

――

 

 女医の輸血液で、アイリーンは一命を取り留めた。さすがは手製といったところか。胡散臭いことこの上無かったが、腐っても医療者らしい。

 あんなろくでなしでも、人命を救うことはできるのだ。それに比べて私は、誰よりも彼女の近くにいたはずなのに、私は…。

 …ともかく、先へ進む。後ろを振り返っても進展は無い。ならば、さっさと次へ目を向けたほうがいい。

 …それでいいのか。ヴィオラは私が殺したわけではないにしろ、いち家族を崩壊させた張本人がのうのうと生きていて、それでいいのか。

 だが私を裁ける唯一の人は死んだ。ただの獣の、満たされない食欲のためだけに殺された。

 防げなかったのは私だ。しかし彼女は自ら外へ出て、そして死んだ。全ては彼女の堪え性の無さに依り、私の過失はほぼ無いに等しいのではないか?

 いや違う。そもそも最初に出会ったとき、彼女を教会へ連れて行っていれば――ダメだ。あの時はまだ教会へ辿り着いていない。

 結局、私はどうすればよかったのか。正解など、本当にあったのか。

 

 女の子に約束しちゃだめ。出来ない約束はね。

 

 不意にそんなフレーズが頭に浮かんだが、一体なんだろう。部分的に記憶が蘇ったとすれば、私が読んでいた本か何かの一節だろうか。

 しかし恨めしいほどに傷を抉る。あの時私は分かっていたじゃないか。彼女の願いは叶うことはない。正に私のこの手で、彼女の希望は潰えるのだと。

 

 どうあがいても、絶望か。

 案外、私の未来をも暗示しているのかもしれないな。

 

 すまない、名も知らぬ少女よ。私は生きる。貴女の分まで、などと洒落たことを言えたのならばいいが、実際の理由はそんな格好いいものではない。

 ただ他人(ひと)のためだけ(、、)に死にたくないという、ひたすらに浅ましい本能ゆえだ。

 その上、仮に喉を掻っ切ったとしても、私は夢でまた目覚めるのだろう。償うことすら許されないとは、これも彼女の呪いなのだろうか。

 

 ギルバートは聖堂街の先へ進めと言っていた。聖堂街の根源、大聖堂にこそ手がかりはあると。

 とはいえだだっ広い街を、ガイドもつけずに目的地に到れと言われてもどうしようもない。ただでさえ排他的なヤーナムなのだ、異邦人が我が物顔で闊歩などできるものか。

 だが、幸いにも私よりはこの街に詳しい狩人と会うことができた。

 

「…それで、私に大聖堂まで案内してほしいと」

 

 金髪碧眼の好青年、アルフレートである。

 

「構いませんが、大聖堂の何が目的ですか?」

 

 青ざめた血についての手がかりだ。血に詳しい教会なら、なにか関係があるんじゃないかと思ってな。

 

「なるほど、そうでしたか。私も青ざめた血というのは耳にしたことがないので、興味はありますね」

 

 かなり強力な、心強い助っ人だ。しかし、アルフレートは何処から来たのだろうか。

 

「私がここへ来た道ですか? 大橋があったでしょう。あの奥の、扉からです」

 

 …確かそこには獣が、とびっきりデカいのがいたはずだが。

 

「ああ、多少手こずりましたが、なんとか狩りましたよ。処…狩人たるもの、アレを狩れないようでは先が思いやられますから」

 

 …憂鬱だ。

 

 アルフレートと聖堂街を進む。ヤーナム市街よりも不気味だ。あそこより宗教観が強いのか、街自身に薄っすらと強迫観念が漂っている。自ら求めた神の偶像は救いになるが、押し付けられたそれは全く逆の効果をもたらす。この街はどちらかといえば後者だろう。

 その、半ば狂気とも取れるそれの表出のように、この街には石像が多い。ヤーナム市街でも思ったことだったが、それを軽く凌駕する量だ。

 石畳、石造りの家屋、石像。石に埋め尽くされ、この街からは色が失われている。だが受ける印象は決してのっぺりしたものではなく、痛々しいほど尖った人の倒錯そのものだった。

 

「…静かに」

 

 またか。

 

「あれは人間に見えますが、正気ではありません。人を見かければ、あの手に持った杖で襲いかかります」

 

 恐ろしいな。誰も信用できないじゃないか。

 

「狩人などそんなものです。私も、貴方も、それは変わらない」

 

 世知辛いものだ。

 

「そもそも狩人とは孤独と共にありました。終わりなき獣との対峙の中で、正気を保てるほうが稀ですよ。…もうやり過ごしましたね。進みましょう」

 

 

 なんてこった。ここはどこなんだ。

 

「…すみません、実は私も、あまりこの街に明るくなくて」

 

 それならそうと言えばいいのものを。

 …まあ、仕方ない。またギルバートのような、親切な案内人に出会えないものか。

 

「そうですね…ん? あの家、明かりがついていませんか」

 

 だがまともに取り合ってくれる可能性は限りなく低い。

 

「ダメでもともとです。――夜分遅くに申し訳ありません。大聖堂までの道のりを教えていただけませんか」

「…お前、よそ者だろう。よそ者が獣狩りなど、どうせ碌なことではあるまい」

 

 返ってきたのは、いかにも偏屈そうな男の声だった。

 

「それとも、あの女に会いにでも来たか?」

「女?」

「向かいの、あの店の女だよ。よそ者には売女がお似合いだ」

「いえ、決してそんな訳では…」

「どうだか。敬虔な教徒を気取ってるやつこそ、汚れきっていると相場が決まっている」

「…私が、穢れていると?」

「他に誰が居る。お前らのせいでヤーナムはこんな陰気な街になっちまった。獣を狩るためとかいう大義名分を引っさげて、お前らこそ獣なんじゃないのか?」

 

 ちょっと待ってくれ。もう少し穏便にことを済ませようじゃないか。

 

「…そうですね。もとよりまともな会話ができるとは思っていません」

「ハッ、そうやってレッテルを貼ってりゃいいさ。いつか誰にも相手にされなくなる日が来るよ」

「ええ、それでは」

 

 しかし、ヤーナムの市民はどこもこうなのか。どうしてなかなか、上手くいかないものだ。

 

「向かいの女性に賭けるしか無いでしょう。この辺で他に明かりをつけている家も見当たりませんし」

 

 そうだな。今度は私が話そう。女同士なら多少警戒心も薄れるだろうし。

 

「…あら、あなた、おかしな香り」

 

 想像以上に若々しく、それでいて妖艶さを纏った声が返ってきた。なんというか、住んでいる世界が違うような印象を受ける。だがそれよりも、なんなんだ、そんなに私は臭うのか? どうなんだ、アルフレート。

 

「ふむ…すみません、狩人を長くやっているとどうも…鈍感になるようで」

 

 クソ、どうしようもないな。

 

「…でも、良かったわ。獣も血の匂いも、もううんざりなの。で、何の用? 狩りの夜は店じまい。それに、ここは男が来る所。あんまり近づくと…穢れちゃうわよ?」

 

 汚れ、ねえ。これ以上何処をどう汚せというのか。…汚れる価値があるか、それすら怪しいというのに。

 じゃない、大聖堂までの道のりを教えてくれないか。知らんもんとうろ覚えの二人がかりではどうにも到れず、まあ有り体に言えば迷子なのだ。

 

「ああ、そういうこと。確かに、こんな夜のお客さんが、まともな要求をするわけないもの」

 

 まともな人間がそもそも存在していない気もするがな。

 

「しかし、大聖堂なんて、何をしに行く気? 神様に祈りでも捧げる?」

 

 残念ながら、私は無宗教…というか、何を祀っていたのかさえ覚えていない。だが少なくとも、道標としての偶像なら「血」を崇拝していることになるか。

 

「『血』、なるほどね。それなら、一つ提案があるわ。大聖堂までの道のりを教えるのと引き換えに、安全な場所を教えてくれない?」

 

 安全な場所。…それは、その店じゃ不足なのか。

 

「はじめは籠もっているつもりだったのだけれど…今夜は長すぎるわ。獣避けの香も、もう切れそうなの」

『私は見殺しにしたくせに、この人は助けるの?』

 

 っ!?

 

「それに、一人だと段々心細くなってきて…ね? 分かるでしょう?」

『私をひとりぼっちにしたままのあなたに分かるわけないよね』

 

 少女は死んだ。

 幻聴だ。幻聴なんだ。

 落ち着け。深呼吸をしろ。

 

「…あなた、大丈夫?」

 

 …大丈夫だ。安全な場所、だったな。残念だが、教えることは出来ない。

 

「……そう、わかったわ。よそ者を入れたくないのは、ヤーナムも同じだもの」

 

 だからついてこい。場所だけ教えて、途中で野垂れ死なれたら笑い話にもならん。

 

「! ありがとう、通りすがりの狩人さん」

『優しいんだね』

 

 …止めてくれ。

 

 店から出てきた彼女は、金の髪を肩まで靡かせた美人だった。少し派手すぎるように思える真紅のドレスも、彼女が着れば不自然さを感じさせない。

 

「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。私はアリアンナ。それじゃあ、よろしくお願いね」 




GWとは一体…うごご
おばあちゃんと絡ませていないことに気づいてしまった
どうしよう


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