月桂樹の花を捧ぐ (時雨オオカミ)
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しかしなにもおこせない

 ※ 好きなシチュエーションとそれに続けるための説を選んで詰め込んでいます。
 ※恐らく全ての事件がオリジナルになります。


 全部、全部ぼくが悪かったんだ。

 ぼくがあの子にあんなことさえ教えなければ…… そうすれば、こんなことにはならなかったんだろう……

 

 だから懺悔をさせてほしい。今、この瞬間に。

ごめん…… ××。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、(るい)。なんかいいゲーム知らない?」

 

 下校している最中、唐突に言い始めたのはそう、きみだった。

 

「うんと、推理物だけど…… ダンガンロンパなんてどうだろう? 今世界的に人気が出てるからCMとかでも知ってるかもしれないけど」

「あー、そういえばそんなCMあったわね。分かった。調べてみるわ」

 

 ダンガンロンパ。

 クローズドサークル物のデスゲームを描いた作品。

 超高校級と呼ばれる、プロ顔負けな才能を持つキャラクター達が学園はたまた無人島などに閉じ込められ、コロシアイを強要させられる推理アクションゲームだ。

 昔の全盛期と呼ばれていた頃はアニメの3までで、それ以降は同人サークルみたいな個人も含め、様々な会社が関わりずっと続いている大作である。某有名RPGなんて目にならないくらいの作品で溢れかえり、世にデスゲーム物の映画やアニメを流行らせた元凶とまで言われているすごい作品だ。

 それを知らないだなんて彼女も大概世間に疎い。

 けれど彼女は興味の出たものについてはとことん追求する性質だと分かっているので、概要と名前さえ教えておけば勝手に調べてプレイするのは間違いない。

 

 

 ―― そう、ぼくはそんな彼女の行動力を舐めていたのかもしれない。

 

 

「聴いてよ(るい)! すごいのよ!」

「はいはい、おはよう幸那。で、調べたんだろ? ダンガンロンパ。どう? 面白かったでしょ」

「勿論! でも泪も知らない新情報があると思うわよ?」

「そりゃあ、すごいね。果たしてぼくが知らないってのはどんな情報? 新作ゲームの情報でも見つけてきたのかな?」

 

 彼女の瞳はまるで恍惚としていて、ぼくは少し引いていた。そんなに嵌るとは思っていなかったから。

 だから答えを焦いてしまったのだろうな。聞かなきゃ、よかったんだ。

 

「泪は、裏番組って…… 知ってる?」

「…… うん? なんだいそれ」

 

 そんなことは初耳だった。

 

「あのねあのね? ダンガンロンパには裏番組があるの。そこではね、なんと、リアルの人を使ってコロシアイをするの! そしてその様相で面白かったものをそのままキャラクターに卸して、ゲームを作っているんですって!」

 

 なんだそれは。

 都市伝説染みたそんな話をぼくが信じるかといえば、そんなことはない。

 彼女…… 深帰(みかえり)幸那(ゆきな)はそれでもキラキラとした目でぼくを見つめていた。

 

「なんの冗談だ? それ」

「裏番組は他の視聴者の紹介がないと入れないの。アタシもとある掲示板から入れるようになったんだけど…… アンタもほら、見るわよ! アタシの家に来てよね!」

「あ、ちょっと待ってよ幸那! いたっ、痛いって!」

 

 そこで見たのは、最悪なリアルフィクション。

 そしてそれに熱狂的なファンとしてコメントをしている幸那の姿。

 ぼくは気分が悪くなってすぐに帰ってきてしまったけれど、その次の日彼女に会ったとき、もう運命は動き出してしまっていたんだ。

 

「はあ!? なんでぼくの書類まで出しちゃったの!?」

「いいじゃない、一緒にコロシアイに参加しましょうよ!

 

 彼女の瞳は狂気に染まっていた。

 ぼくが彼女を変えてしまった。そんな罪悪感に駆られて必死に止めたものの…… 彼女はぼくの分の書類まで送りつけてしまったのだ。よって、オーディションに自分も参加しなければいけないということで……

 

「なんでぼくのまで出しちゃったんだよ……」

「だってだって、リアルなぼくっ娘なんてそうそういないじゃない?アピールポイント多いしアンタならきっと受かるわよ!」

 

 ぼくはそんなことを気にしているわけじゃない。

 そもそもぼくがこんな一人称なのは母さんのせいなのに、好きでこうなったわけじゃないのに…… 幸那はそんなことも忘れてしまったのか?

 

「きみが受けるのはいいけど、ぼくは絶対に受けないからね。後で断りの電話を入れて来るから…… しばらくそっとしておいてくれ……」

「んー、分かったわよぉ」

 

 仕方ないとでも言うと思った?

 流石のぼくでも生き死にが関わって来る物に惰性で参加してあげるほど優しくはない。だから幸那には悪いけれど、一人で行ってくれ。

 

 喧嘩別れのようにその場から去り、家に帰ったぼくはすぐさま断りの電話を入れたのだけれど……

 

「受けるだけでも…… 受けてみませんかね?」

 

 そんな煮え切らない返事と断ることは許さないとでも言うような不思議な威圧感を受け、電話をガチャ切り。

 何が何でも行くものか、とオーディションをサボる決意をした瞬間だった。

 

 けれど、ぼくは舐めていた。

 勿論彼女のことを舐めていたのもそうだが、ぼくは裏番組という社会の闇を舐めていたのだ……

 

「なんで…… ?」

 

 親友からかかってきた電話には、オーディションに落ちたという報告。だが、それは喜ばしいことだ。

 

 でも、これはなんだ?

 

「オーディションなんて、受けてさえないのに…… ?」

 

 合格通知が届いたのは、ぼくのほうだったのだ――

 

 

 

 

 

 カタカタカタ……

 

 どこかでその情報が入力されていく。

 それは、紛れも無い彼女の……

 

 

 

 

 

 No.×××

 【香月(かづき) (るい)

 

 現在高校二年生

 超高校級の【記入してください】

 

 誕生日 2月28日

 星座 うお座

 身長 168㎝

 体重 53kg

 胸囲 86㎝

 血液型 AB

 

 好きなもの 芳香浴

 嫌いなもの ドリアン

 

 

 

 

 

 

 



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― アルテミシアを胸に抱く ―
硝子細工の鳥かご


 ぼくは、ぼくだ。

 他の誰かなんかじゃない。

 ぼくはこの〝 ダンガンロンパ 〟の主人公。

 なあ、そのはずだろう? ぼく。

 

「あなたの名前を教えてください」

「……」

 

 ぼくの名前は―― 香月(かづき)(るい)だ。

 アロマセラピーが趣味の、女子高生。

 

 ぼくはそう、超高校級のアロマセラピスト。

 

 

 

 

 

「……」

 

 目を覚ますと、ぼくの目の前は分厚いガラスで覆われていた。

 ぼうっとしたまま…… まるで数日感寝ていたかのような倦怠感。

 寝すぎると逆に疲れてしまうような、そんな不快感が体を圧迫する。

 

 …… ああ、違った。どうやらぼくは狭いところに閉じ込められているみたいだ。そのせいで体が箱型になってしまいそうな窮屈感に悲鳴をあげている。

 

「んぅ……」

 

 腕を上げて、ガラス板を押す。

 すると案外簡単に外すことができた。

 開放的になったため体を起こし、伸びをする。胸いっぱいに息を吸い込めば湿った空気と草花の匂いで肺が満たされる。

 嗅いだことのある花の香りがする。

 …… あれ、ぼくってこんなに鼻が良かったっけ?

 

「ええっ!?」

 

 状況把握をしようと、下を向いたら思わず変な声が出た。

 なぜならぼくの体は色付きのガラスで出来た棺に納められていたのだから。まるで死人にするようなそれにぼくは驚きしかなかった。

 この棺が芸術作品のように美麗なものであるとしても、まだ生きている人間を棺に入れる趣味はいささかおかしい。

 …… いや、率直に頭おかしい。

 

 それから、着ている服もなんだか変だ。

 ワインレッドのブレザーにタイトスカートみたいな少し際どい格好。襟元を止めているいくつかのピンを摘んで取ってみると、なにやら薔薇と月を組み合わせたような意匠になっている。この制服の校章だろうか? 普段ズボンばかりだからタイトスカートなんて使わないし、とても違和感がある。

 そもそもぼくの高校はこんな制服じゃない…… ポケットを探ってみるといたるところにアロマオイルのビンが入っているみたいだ。

 確かに芳香浴は好きだけれど、こんなに常備するほどではないし…… と、ブレザーの大きなポケットを探ると端末が入っていた。

 

「えっと…… ? モノパッド?」

 

 モノパッド。そして白黒のカラー。

 見覚えのある組み合わせにそこはかとない不安を抱きつつ、タッチして起動する。

 すると、【 香月泪 】 とぼくの名前がまず浮かび上がって画面が現れる。パスワード機能はないようで、端末にはマップや通信簿。持ち物。それから着せ替え機能なんかのオプションが表示されていた。編集した内容をリセットする項目もある。

 いくつかのメール機能や、他の端末へちょっとしたメッセージを飛ばす機能なんかもある。

 けれど、外部のネットには繋がっていないようだ。

 

 マップを表示してみると、いくつか黄色い光の点が現れた。

 もしかして、ここに行けば他の人に会えるのだろうか?

 

 でも……

 

 

ー!!

 

 

 驚きを抑え、ぼくは考える。

 この状況。そして突如現れたツートンカラーのクマ。覚えのある、シチュエーション。そして…… 受かってしまった〝 ダンガンロンパ 〟の書類選考。

 もしかして、ぼくがこうして記憶を持っている状況はとてもまずいのでは?

 普通はこんなイレギュラー起こらないはずけれど…… でも、こうやって出てきたクマたちに相談する気は起きない。

 そんなことをしたらどうなるかなんて、分からないからだ。

 ひょっとしたらすぐさまあの棺に逆戻りかもしれない。それは嫌だ。

 

「ねえ、きみらはなに? ここはどこなの…… ? ぼくはなんでこんなところに……」

 

 周りは鬱蒼と生い茂った草花でいっぱいだ。

 花の匂いは好きだからいいけれど、この場所がどこだかを知らないとどうしても不安になる。

 

「うおっ!? いきなり質問だとぉ!?」

「積極的な子は大好きよ!」

「ワイらのことはどうでもええんかいな」

「お、オイラまだ心の準備が! すー、はー」

「おお、おお。深呼吸は大事やで」

「……」

 

 なんだこいつら。

 

「よーし! 質問に答えるよ! …… で、質問ってなんだっけ?」

「もうモノタロウったら! アタイらのことと、この学園のことよ!」

 

 いや、なんだこいつら。

 

「オイラたちはモノクマーズだよー! オイラがモノタロウで」

「ミーが超地獄級にクールなモノキッドだぜッ」

「アタイはモノファニーよ!」

「ワイはモノスケ言いますねん」

「……」

「こっちの緑の子はモノダムだよ。いじめを受けていて初対面の人には心を開かないんだ…… ねー、モノダムー!」

「……」

「ガビーン!」

 

 とりあえず、こいつらに口を開かせてはいけないことがよく分かった。

 

「で、ここはどこなの?」

「ここは才囚学園。キサマラ17人の超高校級のためだけに作られた学園なのよ!」

「ギフテッド制度で、将来有望株になりそうな高校生に色々な特権が付いてくるのが〝 超高校級 〟の称号なんやな。キサマもそうなんやからもう知ってるやろ」

 

 制度…… ? なるほど、今回のダンガンロンパでは希望ヶ峰学園に通う生徒をそう呼ぶのではなく、才能ある高校生を政府側から選んで〝超高校級〟の称号が与えられ、その人たちはみんなの憧れになるってことか。

 特権ということはお金も優遇されたりするのだろうか。あとは、なんだろう?

 まあいいや。みんなその称号を持っているのだから、細かいところなんて別に気にしないだろう。

 

「やることがないのなら、他のみんなと挨拶するといいわよ! それじゃあ……」

 

 

 

 

 ぼくは……

 端末をもう一度開き、通信簿の欄を見る。

 いつもゲームならここにそれぞれの生徒の情報が載っているはずだ。それはきっと裏番組となっても変わらないだろう。

 

 

 

 【香月(かづき) (るい)

 

 超高校級のアロマセラピスト

 

 誕生日 2月28日

 星座 うお座

 身長 168㎝

 体重 53kg

 胸囲 86㎝

 血液型 AB

 

 好きなもの 芳香浴

 嫌いなもの ドリアン

 

 

 

 まあ、兼ね正解だ。

 匂いのきついものは苦手で、ぼくの部屋にはいつも芳香浴用の加湿器が置いてある。自分でブレンドもしていたし、なんなら資格の勉強もしていた。

 けれどそれは趣味でしかなく、超高校級なんて呼べるものではなかったはず。プロの方がもっとすごいし…… ぼくよりアロマセラピーが好きな女子高生だってもっといるはずだよ。

 まったく、自分から応募した幸那ならまだしも…… なんでぼくが。

 それに、気がついたらここにいたってことは攫われて来たってことだ。ご丁寧に記憶を奪われて。

 …… でも、なぜぼくには〝 ダンガンロンパ 〟が分かるんだろう?

 攫われたときの記憶がないのに、どうしてその記憶だけが残っているんだ?

 …… 謎だらけだし、今それを紐解く材料もない。

不安だけれど、進まないことにはどうにもならないんだよな。

 

「他の生徒…… か」

 

 ぼくは改めて周りを見渡した。

 ここは恐らく植物園の中だ。頭上にも遠くにもガラスが見える。温室のようになっているのかもしれない。

 ぼくがいるのは一番入り口近くか、もしくは一番奥まった場所。

 真ん中辺りに鳥籠のような建物が見えるが、扉らしきものは見えないのでこちらが裏なのかもしれない。やはりぼくがいるのは一番奥か。

 近くにはステンドグラスのように綺麗なガラスの棺。植物のカーテンに、勿忘草。それと、ラベンダーの香りが鼻をくすぐる。ぼくの一番好きな香りだ。

 ちょうど棺に陽の光が差し込んでいて幻想的な雰囲気だ。

 まるで、手厚く誰かを葬ったような場所。

 気分がいいかと問われればまったくそんなことはない。

 いくら綺麗でも、死者扱いは悪趣味というべきものだ。

 

 ざく、ざく、と土を踏みしめて歩き出す。

 どこもかしこも植物だらけ。それもアロマセラピーに使うような植物たち。

 ちょっと考えてみれば生花からアロマオイルを抽出する方法が頭の中に浮かんでくる。やはりそこは超高校級か。なんだか不思議な感覚だ。

 

 自分が自分でないようでなんとなく不安になってくるな、これ。

 

 暫くすると石畳が敷き詰められた洋風の道に出た。

 ぼくは道から外れた場所にいたらしい。

 そして中央の鳥籠に近づき、反対側に回るとそこには真っ赤な扉が存在していた。

 赤い扉は歴代でも〝 学級裁判場 〟への入り口としてよく使われる象徴だと思う。何十もある作品のうち、2のような特殊な環境でない限りこの赤い扉が地獄への入り口だ。

 金属製の扉を開いて中に入ると、そこには先客がいた。

 

「あら?」

 

 銀髪で、片目を隠した綺麗な女の人がこちらを振り返る。

 エプロンドレスのような、蜘蛛の巣柄が散ったクラシカルな装いをしていて、頭の上には黒いヘッドドレスをしている。

 メイドさんをゴシック風にアレンジしたらちょうどこんな感じだろうか?

 待って、どんな才能か考えてみよう……

 うん、やっぱり見た目からするとメイドさんかな? もしくは秘書さんだ。

 こうやって初めて会うキャラクターの才能を当てるのはダンガンロンパの醍醐味だけれど、まさかこうして本当に会うことになるとはね。

 憧れるような、そうでもないような…… ぼくもここでは超高校級なんだ。怖気ついている場合じゃない。

 

「や、やあ…… こんにちは。きみも、その…… もしかして超高校級の…… ?」

「ええ、そうよ。初めまして。私は〝 超高校級のメイド 〟東条斬美よ。同じ超高校級に会うのは初めてなの…… 会えて嬉しいわ」

 

 ああ、失敗した。

 くそう、ぼくがそんなに気さくに話せるわけないだろ…… !

 自然に、自然に……

 

「ぼくは〝 超高校級のアロマセラピスト 〟香月泪だよ」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ひと息ついて続ける。

 

「あなたはアイリスの花がとても良く似合いそうだ。とても、暖かい香りがするよ。人を安心させる香りだ」

 

 って、なにを言ってるんだぼくは!?

 でも…… 印象は本当にアイリスなんだよな。あの銀髪に紫のアイリスはとてもよく映えそうだ。絵になる…… というか。

 

「ふふふ、そう言ってもらえて光栄だわ。なにかあったら私を頼ってちょうだい。なんでも力になるわ」

「ありがとう。そう言ってもらえるとぼくも心強いよ」

「ふふ、メイドだもの。当たり前のことよ」

 

 更新されたモノパッドを軽く操作して見ると、しっかりと通信簿のページが追加されている。

 東条斬美…… 誕生日は、5月10日。なるほど、メイドの日か。細かい。

 5月10日の誕生花はアイリスだよな…… 偶然にしては、できすぎている。これはぼくの才能の一環なんだろうか?

 人を見るだけで誕生花を想起するって? なんだそれ。

 

「私たちを攫った人間がどんな目的でこんなことをしているかは分からないけれど…… 私はみんなのために尽力するつもりよ。あなたも、私になにをさせるかよく考えておくといいわ」

「あはは、本場のメイドさんなんだね」

 

 なるほど、メイドにも日本製のきゅるきゅるしたのもいるけれど、彼女はやはり本場のメイドなんだな。

 でも、だからこそ怖いところもある。まさか、誰かに殺人依頼をされて実行したりしないよな…… ?

 

「えっと、きみはどこで目が覚めた?」

「私はついさっき、ここでよ。そこのベンチに座って眠っていたみたい」

 

 東条さんが鳥籠の外を指差す。なるほど、よく見ればすぐそこにベンチがある。

 

「ぼくはこの奥で眠っていたみたいだ。そのあとにクマが五匹やってきて、いろいろ説明して帰って行ったよ」

「私も経緯は似たものね。もう少しここをまわったら外に出てみようと思うわ」

「そっか。ならぼくはこれで」

「ええ」

 

 鳥籠から外に出る。

 それから植物園の入り口付近に行くと木造の可愛らしい小屋が目に入った。立ち寄って、扉を確認する。扉には月桂樹とミスミソウらしきものが描かれている…… ぼくの誕生花だ。

 ということはこの植物園もだが、この小屋はぼくに関係があるのだろうか? ノブを回してみても鍵がかかっていて、入れそうにない。

 

 

ー!!

 

 

「わっ、な、なに!?」

 

 突然降って湧いたモノタロウにびっくりして一歩後ずさってしまった。

 

「そこはねー、キサマの研究教室なんだよ!」

「研究、教室…… ?」

「そう! この学園はキサマラのためだけの学園…… キサマラが才能を十分に発揮できるように、それぞれの研究教室があるんだよ! ここはその一つ!」

 

 ということは、ここは〝 超高校級のアロマセラピストの研究教室 〟ってわけだ。

 

「ぼくの研究教室ってことだよな。鍵は? まさかぼくが持ってるとか…… ? それともモノパッドを通す電子ロック式とか……」

「あ、ち、違うよ! ちょっとごたごたしてて…… 準備が遅れちゃったんだ。だから、まだ教室を解放できないんだよ。もう少し待ってくれればそのうち解放されるから!」

「そうか。なら、仕方ないな」

「じゃ、そういうことで!」

 

 

 

 

 …… だめだ、うずうずする。

 この場にある草花全部ぼくのものだなんて…… わくわくするじゃないか。しかも見た限り、園芸につきものの虫がいない。

 どうやって受粉しているのかが疑問だが、手を煩わされないのは良いことだ。

 早くアロマオイルを抽出してオリジナルブレンドを作りたい。

 いっそ全員をイメージした香水を使ったりして? もしかしたらシャンプーやリンスだって作ってしまえるかもしれない!

 さっきの東条さんだってぼくプロデュースの香りを身につけちゃったりして? これがゲームになったのなら、ぼくブレンドのグッズが出たりして? 生き残ればの話だけど!

 わくわくしないわけがないんだよ。

 

 …… 不謹慎か。こんなんじゃ幸那のこと悪く言えないな。

 胸糞悪い。なんでぼくはこんなことを考えてしまったんだ?

 やっぱり、なんだかぼくらしくない…… ぼくらしいって、誰が決めるんだろう? ぼくはぼくのはずなのに、おかしいな……

 

 ガラスの扉を開けて外に出る。

 振り返って見ると、そこには巨大なガラス温室が存在した。

 そして、見上げるような巨大な檻のようなものが遠目に伺うことができる。檻の下部は街影のようなシルエットの壁で、つるつるとして登ることはできそうにない。

 棺の外に鳥籠を内包したガラス温室が広がっていたと思ったら、その外にはこれまた学園の敷地と思われる場所を覆う巨大な鳥籠。

 厳重に閉じ込められすぎて笑えない。

 ぼくたちはまさに観賞用の籠の鳥か。この鳥籠をまた囲むように無数の視線が突き刺さっているに違いない。

 マジックミラーのスタジオをギャラリーが観察している姿が思い浮かび、そして幸那に見せられた生放送を思い出す。

 しかし、それにしては監視されている気がしない。

 

 …… なぜかと思ったら、そういえば歴代でも存在感を醸している監視カメラがないではないか!

 モニターはあるのに、おかしいな。

 今度の舞台はなんだ? 昔のアニメよろしくライトでちっちゃくされて、巨大なジオラマに入れられているとか?

 今の世の技術なら、そんなことも簡単にできてしまいそうで怖いな。

 目線を上から戻して周囲を見渡す。

 周りにはどこか既視感を覚える石像やら、長めの草がぼうぼうに生えている光景が目に入る。左右に道が続いているけれど、そこは落石? 瓦礫? によって塞がれていて通れそうもない。

 そしてそれを眺めている人物が一人。

 

「あ、あのこんにちは!」

「ん? おう、初めて会う奴だな!」

 

 ツンツンの髪に顎髭。ちょっと高校生には見えづらい人だ。

 なぜか左袖だけ腕を通した神秘的なジャケットを羽織っていて、その下にTシャツを着ている。あれは…… なんだろう。歌舞伎、なのかな?

 超高校級の俳優さんとか? 歌舞伎っぽい柄のシャツだし、演じる関係なんじゃないかな…… とぼくは予想する。

 

「オレは宇宙に轟く百田解斗だぜ! 泣く子も憧れる超高校級の宇宙飛行士だ!」

 

 へえ、宇宙飛行士ね。予想は大外れだけれど…… あ、ジャケットの裏地が宇宙ってことか。なるほど。

 

「ぼくは超高校級のアロマセラピスト、香月泪だ。桃の花言葉の一つは天下無敵…… か、なんだかきみにとっても似合う気がするよ。よろしくね」

「おお、なんだそれ格好良いな! でも人と喋ってるときに目を離すのは失礼だぜ?」

「ああ、ごめんね…… ぼく初対面でも人の誕生花がなんとなく分かるんだ。だからいちいちこれで誕生日を確認しちゃって……」

「ふーん、そんな特技があるのか」

 

 こっそりできずに確認した通信簿には4月12日の文字。

 この日の誕生花はアンズとモモ。男らしい見た目と性格からは想像もできないほど可愛らしい誕生花だね。

 アンズの花言葉は 「臆病な愛」 や 「疑惑・疑い」 「乙女のはにかみ」 だ。この 「乙女のはにかみ」 は桜よりも一足先にはにかむように咲くからつけられたものだね。

 モモはさっき彼自身に言ったように 「天下無敵」 と 「気立ての良さ」 「私はあなたのとりこ」 なんかだ。

 「天下無敵」 はモモが邪気除けになって不老長寿の象徴だからだね。

 モモの音が入る名前だし、こちらの方が重要なのだろうか。

 ダンガンロンパはある程度誕生花の意味なんかにも気を使っているときがあるから、こういう情報がぽんと出て来るこの頭は便利でいい。

 普段のぼくはこんな特技なかったし、全ての花言葉を網羅することなんて出来なかったからね。

 

「それにしても、宇宙飛行士か。あれ、でも宇宙飛行士って高校生でもなれるものなの? すごく厳しいイメージがあるんだけど」

「ああ、無理だ。そもそも試験を受けるのには大学卒業資格が必要になるんだ」

「えっ? でもきみって政府に見初められた超高校級の宇宙飛行士なんだよね」

「ほら、そこはあれだ…… 手先の器用に知り合いに頼んでこうちょいちょいっとな」

 

 つまり、偽造したんだな……

 そんなんで本当に試験パスなんかできるのかな?

 

「そりゃあ、めちゃくちゃ怒られたぜ。でも上の連中が面白いって言って採用してくれたんだ。もちろん、試験の方も文句なしの合格だったっつーのもある。オレだって夢を叶えるのに何年も待つなんてゴメンだからな! ありがたくその話を受けたんだ」

「随分とアクティブに夢を叶えたんだね」

「おうよ! 諦めなきゃ夢は叶う! 限界っつーものは自分で決めちまってるだけで、本来そんなもんは存在しねーんだよ。できると思えばできるんだ! だからテメーも諦めるんじゃねーぞ」

 

 うん? ぼくがなにを諦めてるんだ?

 特にそんなこと思ってないと思うけど。

 

「越えられない壁はねーんだ! オレたちはここから絶対に出ていく! んで、攫った連中を一発殴るんだよ!」

「攫われたって、まあ、そうなんだろうけど…… そんなこと、本当にできるのかな」

「ほら、それだ! できると思えばできるんだよ。そんな疑問に思ってるようじゃできなくなっちまうぞ!」

 

 なんというか…… 熱血なんだな。

 熱血系男子ってあまりダンガンロンパに出ないから新鮮だ。

 そこらのRPGじゃ主人公でもやっていそうな、そんな性格。

 熱苦しいし、大きなことを言って威勢がいい。でも、ちょっと控えめな性格の人間にはこれくらい強引な方が安心できるのかもしれない。

 この元気さに救われる日も、来るかもしれないな。

 …… って、その日が来ない方がいいに決まっているじゃないか。

 できればおまけモードとかの方がいいなあ。パンツあげるのは憚られるけど。

 

 そもそもこれ、本当に放送されてるのかな?

 幸那に聞いたとき、生放送は年単位で次が始まるまで時間がかかるけどオーディションは数ヶ月ごとに募集してるって言っていたけれど……

 その中でもゲームにまで卸せる内容ができるまで結構時間が必要みたいだし。

 この話を聞いたとき、ぼくは普通にゲーム作った方が早いだろなんて感想を抱いた。

 だから生放送のナンバーとゲームのナンバーが合わないこともあるとかなんとか……

 モノクマがまだ出てきていない現状、あまり詳しく推理できないから違和感を持つくらいしかできないな。

 これは、一体何回目なんだろう? 疑問は尽きない。

 

「えっと、百田くんはここを調べるの?」

「ああ、塞がれてるってことはオレたちに動き回ってほしくないってことだろ? ならその目論見ぶっ壊してやりてーと思ってな」

「そっか。ならぼくはもう少し他の人と挨拶してくるよ」

「おお、じゃあな!」

 

 瓦礫を動かそうとしている彼を背に、ぼくは両側に沿うように造られた階段を上がった。

 右側には藤棚の休憩所。更に奥に道が続いていて大きな門が見えるが、そちらは瓦礫で塞がれている。

 左側には学園とまではいかないが、大きな建物がある。

 正面には蔦やらなにやらで古めかしさを強調した学校っぽい見た目の建物。あれが今後の舞台だろうか。両脇に裏へ続く道がある。裏に倉庫でもあるのかもしれない。

 モノパッドでマップを見ると、そちらにも人がいるらしく黄色い点がある。

 ひとまずぼくは…… 藤棚の下にいる怪しい格好の人に話しかけてみることにした。

 

「藤が綺麗に咲いている…… ってことは、今は春なんだね。藤、富士、不死…… 音が似ていて縁起もいいから、かの藤原氏がその家紋に取り入れたとか。花言葉は〝 優しさ 〟とかあるけれど、ちょっと怖いのは〝 決して離れない 〟だね」

 

 

 半分は藤を眺めている男子に語りかけ、もう半分は独り言として零す。

 藤の〝 決して離れない 〟は、そのつるが太くて長く一度巻きつくと離れないことから来ている。

 藤を女性、松を男性と例えた文言も多いから…… 〝 死んでも離れない 〟とか女性の執着心を表すこともある。美しいけれど怖い、そんな花だ。

 

「色あひ深く花房長く咲きたる藤の松にかかりたる…… 清少納言も藤を目出度いものだと言っているネ」

「ええと…… 枕草子だっけ」

「そう、枕草子〝 めでたきもの 〟の冒頭にある一節サ。藤を女性、松を男性に例えているから、男性にしなだれかかる女性を松に絡みつく藤の様子で例えて美しいものだと表現しているんだよネ。そこまで知っていてこれは知らなかったのかな?」

「ぼくが分かるのは…… その、花の知識だけだから」

 

 ちょっと恥ずかしい。

 もう少し勉強しておけば良かったな…… 話題を変えよう。

 

「そういうきみは? とても詳しいね」

 

 会話をした限りだと…… 歴史家とか?

 軍服のようなカーキ色の制服に、長い黒髪、手に巻いた包帯に口と鼻を覆った黒いマスク。忍者とか軍人って言われても納得してしまいそうだ。

 …… 柳の下に立っていたら落ち武者にも見えるかもしれない。

 背がすごく高くて、これ自動販売機より高いんじゃないかなって思うくらいだ。ちょっと威圧感がある。

 けど、謎の話出しをしてしまったぼくに合わせてうんちくを語ってくれたところを見るにそんなに悪い人じゃない…… かな? 多分。

 

「僕の名は真宮寺是清…… 〝 超高校級の民俗学者 〟と呼ばれているヨ」

「あれ、民俗学? ならさっきの清少納言とかはあんまり関係ないような……」

「ああ、それはただ知っているだけだヨ。古いものを読むのが好きなのサ」

 

 納得した。

 なんか聞いたらなんでも答えてくれそうな雰囲気があるな、この人。

 

「あ、そうそう…… ぼくは〝 超高校級のアロマセラピスト 〟の香月泪だ。きみの誕生日は7月後半か8月後半じゃないかな?」

「正解だヨ。僕の誕生日は7月31日だ」

「その日の誕生花はルドベキアにユリの花…… ユリは理想の女性を表したり、女性に例えた花言葉が多いね。ルドベキアの花言葉は公平…… なんてパフォーマンスしても仕方ないかな」

「いいや、興味深いものを聞かせてもらったヨ」

 

 ユリにも精油はあるけれど、香りが結構強いんだよね。

 でも副交感神経や自律神経に作用するから女性の体調を整えたりするのに使えるはずだ。

 ルドベキアは和名で大反魂草。ヒマワリのような黄色の中心に茶色い花なんだけど、花びらが反り返っていて中心の部分が天に向かって突き出ているのが特徴だ。外国の花で一般的にはコーンフラワーなんて言われている。

 

「民俗学って言ったら、やっぱりいろんな村とか行くのかな? こう…… マンガの知識で申し訳ないんだけど、僻地とかに行って調べ物するイメージがあるんだよね」

「そうだネ。フィールドワークに行くことも多いヨ。そうだな…… 花一匁とか、かごめかごめってあるけど誰が発祥なのかどんな意味があるのかってほとんど分かってないでしョ? 民俗学はそういった伝統や、風習を思考面から解明していく学問なんだ。だから現地調査は大事なんだ。」

 

 あー、確かにその辺の歌って誰から教えられたのかとかまったく分からないな。大体は学校の先生とか、友達からとか教わっていくものだよね。だから余計誰に教えられたかって覚えていなかったりするんだ。

 似たような感じで、歌の起源ってどこからどう繋がっているかとかが遡りづらいのかな。

 そういう起源を探ったり、どんな目的で歌われていたか、どんな意味を持っていたのか…… ぐちゃぐちゃに絡まった紐を解いて謎を解明する学問。結構面白そう。

 

「僕はフィールドワークを通じて様々な人間を見てきた…… 嫉妬や憎しみ、すべての人間は醜い面も含めてとても美しいんだ」

「うん?」

 

 あ、これ駄目なやつだ。

 

「不謹慎だけど、僕は少し興味があるんだ。この困難な状況の中で、人間のどんな美しさが見られるかネ。クク…… クククク…… 人間っていいよネ」

 

 ぼくは鳥肌の立った腕を抑えて、足早にそこを去る。

 この感覚は覚えがある。何十も前のダンガンロンパを初見でプレイしたときのそれだ。

 どこぞの白ワカメのせいだけど、条件反射気味にこの手の人間は避けたくなってしまう。

 なんというか、危険な香りがする。

 

 とつとつと語り続ける彼に背を向け、ぼくは学校の玄関らしき場所へ向かった。

 

「遠慮せずに、もう少し君のことを聞かせてほしかったけど」

 

 謹んでお断りします。

 

 

 




・香月泪
 超高校級のアロマセラピスト。
 伺い見える性格が一話と少しズレているのは仕様。

・人物配置
 中の人は中に、外の人は最初から外にいたんじゃないかと。
 真宮寺は扉が解錠されてすぐ中に入り、最原赤松に外の檻についてぼんやりと教えたんじゃないかなーみたいな解釈です。
 あと、初期配置から動かないわけがないので最原赤松が遭遇した場所とはあえてズラしています。のちのちその場所に行くことになるという感じで。

・自己紹介イラスト
 マサキさんからいただいた支援絵でございます! ありがとうございました!


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太陽と月に出会う

「ねえ、泪。もしオーディションで選ばれたらどうしたい?」

「どうもしないよ。というか、ぼくは断ったって言ったよね?」

 

 幸那は左手に持ったペンを顎に当てながら、そのノートをぼくに見せた。

 

「アタシはね、トリックスターをやってみたいわ! 今まで、主人公が男の子ばっかりだからライバルは同性ばかりで、女のトリックスターってなかなかいないじゃない。だから、色々小細工したりとか…… 面白そうじゃない!」

「不謹慎だよ幸那。それ、人の死を弄びたいって言ってるのと同じだろ?」

 

 ぼくは右手に持ったサンドイッチを口に含む。

 お嬢様すぎてお弁当が作れない彼女が、一生懸命作ってきたものだ。どんな味でも顔をしかめず食べきれる自信はある。

 中身はスタンダードなハムと、レタスとそれにチーズ。失敗するはずがないラインナップだ。

 ぼくは平然とそれを食べながら、そっと水筒を手に取った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 真宮寺くんと別れた後、ぼくはまず寄宿舎らしき場所に入ってみた。建物に書かれた〝 Dormitory 〟の文字を見るに、ぼくたちの寮で間違い無いようだ。

 中は二階建てのアパートのようになっていて、左右の階段で上がれるようになっている。表札の写真を見る限り、左側が男子。右側が女子なんだけど…… ぼくの部屋が玄関に入って正面の位置にあるのはどういうことだろうか。

 

 

 

ー!!

 

 

 

「わあ!?」

 

 いきなり正面から光が充てられ、眩しくなって声をあげた。

 咄嗟に顔を守りその間から僅かに覗くと、いつの間にか無駄に元気なモノクマーズがぼくの前に立っていた。

 

「僕っ娘だからよ!」

「僕っ娘って需要のわりに貴重やんなあ。ワイらもそう簡単には手放せへんのですわ」

「死んでも手放さねーぜ!」

「愛って、深いわね…… !」

「愛なの?」

「……」

 

 彼らは口々に喋りながら現れ、黄色いの…… モノスケだっけ? がなにかを懐にしまうのが見えた。隠したものがなんだったのかは分からない。

 

「えーとね、一人だけ真ん中なのが気になるんでしょ? でもね、特別扱いってわけじゃないんだよ」

「17人だと奇数やろ? あぶれる人がどーしても出てくるもんなんや」

「企画外のことするとロクなことになんねーぜぇぇぇ!」

「……」

「でも安心してちょうだい! ちゃーんと、キサマラ全員部屋の大きさは同じだから!」

「モノダムみてーにいじめられてーなら増築してやってもいいけどなー!」

「あかん! そないな金のかかることする暇ないわボケ!」

「……」

 

 モノスケからなにかを受け取ったモノキッドがそれをかざす。

 手鏡を光に反射させてモノダムの顔面に当てるという地味な嫌がらせをしているようだ。

 さっきの光はこれだったのかな? 小学生かよ。

 いや、精神年齢的にはそのくらいなのかな。こいつらは一体なんなんだろうな。

 

「そういうことよ! なにかあったらアタイ達に言ってね!」

 

 

 

 

 

 

「いきなりは心臓に悪いな……」

 

 ぼくはチラッとだけ自室らしき場所を覗き、外に出る。

 次に学園の側に寄ったぼくは、そっとその扉のノブに手をかけた。

 

「開かない……」

 

 しかし、扉はびくともしない。鍵がかかっているみたいだ。

 えっと、これがゲームにする予定だとすると…… 外にいる人物全員に話しかけないといけないとか?

 探索の漏れがあると先に進めないとか、そういう感じだろうか?

 

「左右に道が分かれてるのかな」

 

 さて、どっちに行こうかな?

 …… よし、こういうときは左からかな。

 

 左に進むと道は曲がって校舎の裏側へと続いていくようだった。瓦礫があるが、前のところとは違って通れそうだ。

 その途中、校舎の中へ続くだろう位置に木製のテラスを見つける。

 そして、そこにいたのはキョロキョロと辺りを見回す白髪を肩の下で二つに結んだ女の子だった。ツンデレじゃない大人しいイメージのツインテール。

 また、格好が際どくてとても目立つ。

 褐色肌に良く似合う真っ白なビキニスタイルに、黄色のロングパーカー。首元には貝殻のネックレスかな? 手足に揃いのブレスレットとアンクレットをつけている。

 腰元にはペンか筆のようなものをつけている。見た目からして随分とエキゾチックな子だ。

 

 さて、才能はなんだろう?

 芸術家、書道家、踊り子…… そんなところかな。

 

「こんにちは、きみも超高校級の生徒?」

「やっはー! お前もそうなのかー? アンジーもねー、気がついたらここにいたんだよー! でも大丈夫。神さまが今も見守ってくれてるからねー。安心安全ー!」

 

 これは…… なかなか強烈な子だ。ぐいぐい来る子は苦手だけど、でも嫌いにはなれなさそう。

 なんだろう、電波系? でも話はきちんと通じてるし…… 南国のような、暖かい潮の香りがする。悪い子ではないかな。

 

「ぼくは超高校級のアロマセラピスト。香月泪だよ。よろしくね」

 

 イメージはアルストロメリアかな。花言葉はエキゾチックに未来への憧れ。西洋の花言葉では友情や献身的な愛。ぴったりだ。

 クローバーもいいけれど、ぼくとしてはそっちの方が似合うと感じる。

 端末に伸びる手を降ろし、相手の目を見る。今度は失礼のないように、後から誕生日は調べるんだ。

 

「こちらは夜長アンジーだよー! 超高校級の美術部なのだー!」

「美術部か」

 

 確かに、個性的な作品ができそう…… というか、芸術家って変わった人が多いイメージだから違和感ないな。

 

「そう、信心深いんだね。きみの出身地の神さまが見守ってくれてるんだ?」

「神さまは一人しかいないんだぞー? アンジーの島の神さまがいつも隣にいてくれるんだー。神さまに体を貸すとねー、すごーい作品がいっばいできるんだよー。にゃはははー! 神ってるでしょー!」

 

 あ、一神教なのかな…… それは悪いことをした。

 あんまり深く突っ込まないようにしておこう。

 

「あ、そうだー! 泪ー、綺麗な水があるところ知らないかー?」

「水?」

「そう、水ー! 神さまがねー、清らかな水で手を洗いなさいって言ってるんだー!」

 

 よく見れば、彼女の手は少し汚れているようだった。

 どこかで汚してしまったのかもしれない。それを洗いたいのかな。

 さっき行った寮なら洗い場くらいあるだろう。

 

「泉みたいなのはないのかー?」

 

 人工物っぽいのはお気に召さないらしい。

 

「えっと、ぼくが最初に目覚めた植物園なら…… 探せば泉くらいあるかもしれないね。真ん中の鳥かごには彫像と水辺もあったよ」

「彫像ー?」

 

 あ、これは気を惹かれたかな?

 場所を教えて元気に去っていく彼女を見送る。

 ここで初めてモノパッドを開いて誕生日を調べてみれば、4月18日。

 やはりアルストロメリアが誕生花だ。

 

 アンジーさんがいなくなってから校舎に続く扉を開けてみようとするが、やっぱり開かない。

 仕方ないと諦めて道なりに進んでみることにした。

 林やら瓦礫やらを眺めながら進んでいくと、ちょうど校舎の真後ろだろうか?

 そのくらいの位置に、煉瓦造りの苔や蔦で覆われた建物を発見した。

 扉に手をかけると、こちらはあっさりと開いてくれて拍子抜けしてしまった。

 

「わあ!」

「うわぁ!?」

 

 待って待って、なんでこんなに怖そうな人が!?

 ぶ、ぶつかってしまった。怒られる? 怒鳴られる?

 

「ご、ごめんなさいごめんなさい! お願いだから食べないで! ぼくはっ」

 

 「女の子じゃない」と口に出したとき、その人から優しい森の香りがすることに気がついた。

 すっかりと青ざめて、あの人に対するように怯えてしまったがこの人は〝 違う 〟と分かる。趣味の悪い他人の香水の匂いもしない。大きいけれど、動作も荒々しいけれど、この人は悪い人なんかじゃないはずだ。香りが、そう言っている。

 

 ここでは男の振りをしなくても大丈夫。だってゲームにする予定なんだろうし、CEROが上がるような展開はないはずだ。

 ちょっと悪い夢を思い出しただけ。今まで気にならなかったはずなのに、なんでだろう……

 

 大丈夫、大丈夫、落ち着けぼく。

 

 ぶつかったその人は申し訳なさそうな顔をして、ぼくを慰めようとしたらしい右手を彷徨わせて躊躇いを見せていた。

 あまりに怯えているものだから、下手に自分が手を出していいのか分からなかったんだろう。

 

「あ、ご、ごめんなさい。その、怯えちゃって……」

「ううん、ゴン太こそごめんなさい! え、えっと、大丈夫? こんなの紳士じゃないよね…… ど、どこか怪我はない!? ゴン太、大きいからすぐ怖がらせちゃって……」

「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう、ゴン太くん…… でいいのかな」

 

 申し訳ないくらい恐縮してしまっている。

 その大きな体を縮こませてゴン太くんはぼくの体の心配をしてくれた。

 うん、大自然の香りがするだけはある。森林系の香りがする人は皆優しいんだ。

 

「あ、そうだった! 紳士なら先に自己紹介するものだよね。えっと、名前は獄原ゴン太で…… 超高校級の昆虫博士なんだ! それと、夢は紳士になることなんだよ! ゴン太は本当の紳士になりたいんだ! あれ、でもさっき女の子じゃないって言ってたっけ…… ?」

 

 なんていい人なんだろう。

 この人に怯えちゃったぼくが恥ずかしい。

 

「ぼくは超高校級のアロマセラピスト。香月泪だよ。さっきはごめんね、ゴン太くん。あと、さっきは否定したけどぼくの性別はちゃんと女だからね」

「そうなんだ! ごめん! ゴン太が聞き間違えしちゃったんだね!」

「えっと……」

 

 あまり深く突っ込まれたくはないし、別にいいかな。

 

「そうだ! アロマセラピスト…… ってどんな才能なの? ゴン太は馬鹿だから…… 分からないんだ」

 

 ああ、見るからに野生児っぽいというか、まるでターザンでも見ているような気分になってくるからね。知らなくて当然か。

 

「えっと…… ゴン太くんは森の香りって好きかな?」

「うん、好きだよ!」

「その香りって、木の種類によっても違うって思わない?」

「うーん、確かにいる場所によって少し違うかもしれない?」

 

 あんまり気にしたことがなかったのかな。

 彼にはスノーフレークの可憐な花が良く似合う気がする。それと、雄大な森全体。

 

「森の香りって落ち着くでしょ? 草花や木の香りは人の心を落ち着かせたり、元気にしたりすることができるんだ。ぼくは、そんな香りを混ぜたりして、もっともっと良い香りにすることができるんだよ。で、その香りを使って人を癒すことをアロマセラピーって言うんだ。それを仕事にできるからぼくはアロマセラピストなんだよ」

 

 まだぼく自身実感はないけれど……

 

「ええ! すごいね! 匂いってそんなことができるんだ!」

「うん、ぼくはそんな香りが好きだからね…… きみも、好きだから昆虫博士なんでしょ?」

 

 好きこそ物の上手なれタイプの才能と、その逆の才能もダンガンロンパにはあるよね。自分は好きでないのに才能があるから縛られている人とか。

 歴代でもなんらかの片鱗を残しながら登場したり、模倣されているラスボスなんかがその代表だよね。あの人、なんでも分析できてしまうからなにもかもに飽きているんだし。

 

「うん! ゴン太は虫さんとお話しもできるんだよ! 森で迷子になって10年暮らしてたから、いろんなことを覚えたんだ!」

 

 10年!?

 狼に育てられた少女みたいな感じかな?

 なのにここまで普通に話せるのもすごい。10年ってことは、こちらに戻ってきてからそんなに経ってないはずだよね。

 常識もあるし、真摯に謝るし、本人は馬鹿だとか言ってるけど、実は結構頭良いのかな。

 

「紳士になりたいのは、えっとなんでか訊いてもいいかな?」

「森の家族に立派になったのを見てもらいたいんだ!」

「そっか、すごいな」

 

 人間にとっての紳士が動物にとってどう映るかは知らないけど、ゴン太くんの努力は報われてほしいな。

 家族が大好きなのは良いことだよ。ちょっと羨ましいかも。

 

 スノーフレークの花言葉は純粋やら純潔やら、この人にぴったりなものだな。

 若干汚れてるぼくには「うおっ、まぶしっ!」って感じ。

 

「あ、そうだ、ゴン太くん。この裏の…… ずっと先に行った階段の下に植物園があるんだ。きみにはそっちの方が気になるんじゃないかな?」

「本当!? ゴン太、さっきからずっと虫さんを探してるんだけど、全然見つからないんだよ。そこならいるかもしれないよね! ありがとう香月さん! 行ってみるね!」

 

 ゴン太くんはそう言って、ぼくの手を取るとぶんぶんと上下に振り、すぐに走り去ってしまった。

 彼が本物の紳士になる日はわりと遠いかもしれない。

 でもちょこっと癒された。怯えてしまったのが本当に申し訳ない。

 

「ここは、裏庭…… ?」

 

 モノパッドのマップには裏庭と記されている。

 あと、ゴン太くんのプロフィールを確認してみるとやはり誕生日は1月23日。スノーフレークが誕生花だ。

 それと、バナナ嫌いなんだ…… いや、バナナが好きそうっていうのはターザンっぽい見た目による偏見か。

 第一印象で人を判断してはいけないよね。

 ぼくはその場でしばらく探索し、大きなマンホールやら、何に使うか分からない機械やら、暗号みたいな「ろは ふたご」という文字を見つけたりしていた。

 結構時間が経った頃、もう一度マップを調べてみたら外にあった人物を表す黄色い点が増えていることに気がついた。

 

 これは、もしかしたらもしかするのかな?

 

 ぼくはすぐその場を後にして、校舎の玄関へと向かった。

 そして、そこにいたのは男女の二人組。五匹のクマ…… モノクマーズをことごとく無視しながら、壁の向こう側に向かって助けを叫ぶエネルギッシュな女の子と、それを焦ってあわあわしている男の子だ。

 暫くしてモノクマーズがいなくなると、二人は何事かを会話して歩き出す。

 ずっと校舎の中にいたからか、外に出られる希望を持った瞬間に打ち砕かれたのだろう。まあ、気持ちは分からないでもない。

 気がついたらゲーム会場に放り込まれていて、さらにその記憶処理がされていない状態だったぼくも絶望はしたかな。多分。

 それより諦観の方が優っていた気がするけれど。

 

「あれ、もう校舎に入れるようになったのかな?」

 

 そう言って、二人の前に姿を現わす。

 

「もうって、どういうこと?」

 

 女の子の方が首を傾げてぼくに質問する。

 なのでぼくは 「さっきまでは鍵がかかっていたんだ」 と返した。

 

「僕達の方も玄関に行く道に鉄格子が降りてて入れなかったんだけど…… 今さっき開いたんだよ」

「なんでだろうね?」

「またあのクマが関係してるんじゃないかな? ほら、全員に自己紹介するようにって言ってたし! …… あ、紹介してなかったね。私の名前は赤松楓。超高校級のピアニストなんだ!」

「えっと、僕は最原終一…… です。一応超高校級の探偵ってことになっています」

「もう、また一応って言ってる!」

「ご、ゴメン……」

 

 金髪の女の子の方が赤松さん。ヘアピンが音符の形してるし、ピアニストなのはすごく納得する。こうやってぼくが顔を出す前は吹奏楽部かなって思っていたけれど、当たらずも遠からずって感じかな。

 特筆すべきことは…… リュックを背負っているくらいかな。

 それと、探偵さん。今までも探偵は何回か出てきたけれど、一度も黒幕側になったことがないんだよね。今のところ一番信用できるかもしれないな。

 帽子を被っていて、学ランっぽいような普通の制服を着ている。ちょっと気弱そうだけれど、赤松さんが明るくて引っ張っていくタイプみたいだから、相性は良いんじゃないかな。

 

「ぼくは超高校級のアロマセラピスト。香月泪だよ。よろしくね、赤松さん、最原くん」

「アロマセラピストか……」

「あ、私知ってるよ! 確か、発表した香りのブレンドが大当たりして…… 一気に有名になって、シャンプーやリンスはたまた香水なんかの自分のブランドがあるんだって! 私も〝 月桂樹 〟のブランドが好きなんだ!」

 

 へえ、ぼくの評判そんなことになってるんだ。

 身に覚えがなさすぎるし、解説してもらえて助かったよ。

 あまりボロは出したくないしさ。

 

「へえ、やっぱり赤松さんも女の子だね」

「それ、どういう意味?」

「さっきからずっとおじさんみたいな反応してるじゃないか……」

「最原くん!」

 

 仲良いなあ。

 

「ああ、そこまで有名になってたんだ…… ぼくの香りを好きになってくれて光栄だよ。赤松さんは優しく包み込むような…… お日様みたいな香りがするよ」

「えっ! そ、そんなに匂うかな…… !?」

「ああ、そういうことじゃなくて…… ぼくは人の性格や雰囲気を香りで表しているだけだよ。別に本当に匂いを嗅いでいるわけじゃない。それはさすがに失礼だしね」

 

 ハナニラに、マリーゴールドか。これは彼女には言えないなあ…… 「悲しい別れ」 と 「絶望」 だなんて。

 未来がなんとなく分かってしまうようだ。

 い、いや、あまり深く考えないようにしよう。もしかしたら、花言葉以外になにか理由があるかもしれないし。

 でもなあ、愛情深くて包み込むような香り…… なんだけれど、麻薬じみてて吸いすぎるとむせそうな感じがするんだよ。

 本人は悪い人じゃなさそうだし、用法用量をお護りくださいってところなのかな。

 

「最原くんは夜のもの静かな雰囲気かな。甘酸っぱくて優しいオレンジの香りで、頭の中にスッと入ってくるような感じがする…… あ、精神集中と良い安眠効果のあるブレンドができそう……」

 

 最原くんは、なんというか…… 夜の静けさもそうだけれど、ちょっと冷たい感じもする。秋とか、冬の空気感というか、クールな感じなのだろうか…… ? ちょっと違う気もするけど、的確な言葉が出てこないな。

 あ、そうか〝月〟かな? 見えなくてもずっとそこにいて、安心もするし、ちょっと怖くも感じる。夜のイメージそのものみたいなんだ。

 こちらを見つめる月明かりの下にはなにもかも見透かされてしまいそうな…… まさに探偵ってことだね。

 

 ぼくがそうやって考えていると間にも、赤松さんの表情はどんどん明るくなっていく。

 

「すごいよ最原くん! 最原くんブレンドができちゃうって!」

「えっと…… 良かったら、赤松さんのも作ろうか? 明るく前向きにさせるような…… そんな香りができそうだ。研究教室が開いたらさっそく取りかかれると思うよ」

 

 赤松さんはキラキラとした笑顔で、最原くんの手を取りながらピョンピョンと飛び跳ねた。

 

「わあ! 最原くん、最原くん! こんな可愛い子に手作りのアロマを使ってもらえるんだよ! ここは喜ぶところだよ!」

「かわっ、可愛い……」

「ほら、赤松さん。そういうところがおじさんみたいって言ってるんだよ」

 

 女の人に褒められるのは慣れていない。

 すぐに照れてしまう…… 男の人には褒められてもあまり嬉しくないが、今はもう素直に受け取れるようになった。

 それに、最原くんはあまり男らしい感じがしないから、とても話しやすい。

 百田くんや真宮寺くんと気楽に話せていたのはなんでだったんだろう…… ?

 百田くんみたいなぐいぐいあちらのペースに乗せてくるような人や、ゴン太くんのような精神が大人らしくない人はあまり気にせず喋れて良いと思うけど…… そっか、あちらのペースに乗せられれば結構気にせず話せるのかな。

 仲良くなれば、もう少しすらすら話せるんだけど……

 

「喜んでもらえて、なによりだよ。ぼくも外の皆とは全員挨拶したし、中に入ることにするよ」

「…… 全員に挨拶したの?」

「? そうだよ」

 

 最原くんはなにごとか考えこむと、すっと顔を上げた。

 

「僕達も中の人には全員挨拶したんだけど、中の人達は皆既に挨拶しているような雰囲気だったんだ。もしかしたら、外と中…… それぞれで全員挨拶したから扉が開いたんじゃないかと思って」

「そっか、それはありえそうだね! さすが最原くん、超高校級の探偵だね! 私には思いもしなかった見方だよ。だから自信持ってもいいんだよ?」

「…… ありがとう」

 

 赤松さんの反応からして最原くんは探偵としての自分に自信がないんだね。

 ぼくが〝 全員挨拶しないと扉が開かない 〟と思っていたのはあくまでメタ推理だし、見事だと思う。普通は気づかないはずだ。

 

「仲が良いんだね」

「そうかな? 同じ教室の隣り合ったロッカーにいたんだけど、出会って二時間も経ってないと思うよ?」

「うん……」

 

 いや、既に親友の域まで行っているようにしか見えないし、見ようによってはカップルみたいなのにね。

 

「ということは、外にいた人も中にいた人に全員挨拶しないといけないのかな」

「そうかもしれないね」

「あ、じゃあ私達が外で会った人にそれを伝えておくよ! そうしたらなにか進展があるかもしれないってことだよね!」

「じゃあぼくは中の人に伝えようかな」

 

 二人と話し合ってから別れ、扉の中に向かう。

 

「やあ、さっきぶりだネ」

「ああ、真宮寺くんもこっちに来たんだね……」

 

 彼を横目に見ながらマップを見る。

 次は左右、どちらへ行こうか…… よし、決めた。調べる場所が少なそうな右からだ。

 

 ぼくは尚も話しかけてくる真宮寺くんをスルーしながら、左手で髪を耳にかけるように掬い上げると頬をかいた。

 

「……」

 

 最初はぼく含めて16人だと思っていたけど、寄宿舎は17人分の部屋があったし、モノクマーズもそう言っていた。

 モノパッドの黄色い点を数えても、ぼく合わせて17人いるみたいだ。

 今までのダンガンロンパは16人ずつだったはずなのにね…… ダンガンロンパスタッフによる新しい試みなのかな?

 

 僅かな不安を胸に、ぼくは教室Aの扉を開けた。




 マサキさんよりイラストをいただきました!
 私もお話させていただいて完成しているので、これが香月泪のイメージイラスト決定稿となります!
 マサキさん、ありがとうございました!
 「硝子細工の鳥かご」の初自己紹介にてもいただいたイラストを使用しています!

 2018.3.10 イメージイラストをver.2に変更いたしました!


【挿絵表示】


 本編で出しませんでしたが赤松さんの誕生日は3月26日。最原くんは9月7日で誕生花はクロユリです。

・冒頭
 こんな感じでちょくちょく前の話が出てきます。
 まえがきにしないのは、まえがき・あとがきを見ない設定にしている人がいるかもしれないからです。
 つまり、必要な描写なのです。

・感想欄
 推理はご自由に。
 展開を当てられてもプロットは変えないので、ご安心を。
 ただ予想や推理があっても返信ではあまり触れないと思います。ご了承くださいませ。

・あらすじの変更
 なにかに気づいた方は胸に秘めるか、直接メッセージにて解答をお願いします。
 推理する楽しみを残したいため、感想欄では指摘しないようお願い致します。


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喧騒と閑静

 扉を開けてぼくの目に入ったのは奇妙な光景だった。

 

「はっ?」

 

 教室の中には二人の人物がいた。

 金髪の美人さんと、背の低い小柄な男の子だ。

 

「うるっせぇ、この短小童貞が! このオレ様の重要なパーソナルスペースに入って来るんじゃねーよ!」

「ええー? どうでもいいことに時間取らせないでよ。誰の許可があってオレの時間奪ってんの? その可哀想な頭で一生懸命考えてみなよ。あ、子豚ちゃんにはそんなこと考える頭もなかったっけ?オレが律儀に自己紹介したのが馬鹿みたいだろ」

「な、なんなのこいつぅ…… 変なとこに連れて来られるし、薬もねーし、変なヤツらに絡まれるし、今日は厄日かよぉ…… !」

 

 会話は大事故そのものだけど。

 尻餅をついて色々と汁を垂れ流している金髪美人さんに、男の子の方がのしかかってどこの漫画の世界ですか?という具合に詰め寄っている。

 えっと、こういうのって壁ドン? じゃなくて床ドン?

 とにかくその場に現れちゃったぼくが場違いなことは間違いない。

 

「……」

「そこのモブ女! こいつどうにかしろ!」

 

 ええ……

 

「お邪魔しました」

「待ってぇ!!」

 

 引きとめられてしまった。仕方ない。

 

「あの、二人はなに…… してるの?」

 

 そっと声をかけるとニヤニヤとしながら美人さんを眺めていた男の子がこちらに顔を向ける。

 全体的に真っ白な制服で、手足に遊ぶベルトがどことなく拘束衣っぽさを漂わせている。首元には白黒の市松模様をしたストールを巻いていて、髪は紫がかった黒。くせ毛なのか、わざと遊ばせているのか左右で毛先が跳ねた髪型をしている。

 瞳はなにが面白いのか細められ、無邪気そうに見えてなにを考えているかよく分からない人だ。

 イメージは夕方ひっそりと咲く月見草と、軽いシルクジャスミンの香り…… 月見草の意味は無言の愛情と移り気、シルクジャスミンは純真な心か。

 

 …… どこが?

 

「…… こんなところを見られちゃったんなら生かしてはおけないね。最期に言いたいことはあるかな?」

 

 自分の勘は所詮勘なのかと疑わしくなってきたところで我に帰る。

あれ、結構危ない場面なんじゃ…… ? 自己紹介も済ませないうちにコロシアイ勃発とか新しい試みですね!

 やめてよ! 第一犠牲者になるのだけは嫌だ!

 

「ああ、えっと、え…… ぼ、ぼくは、ちょ、超高校級のアロマセラピストの香月泪ってい、言います…… ?」

「香月ちゃんね。うんうん、命の危機なのに呑気に自己紹介しちゃうなんて混乱極まってるね!」

 

 そう言って金髪美人さんから離れた彼はこちらに一直線に向かって来たかと思うと目の前で止まる。

 一瞬目を瞑ったぼくが恐る恐る目を開けると、彼は 「にしし」 と笑いながらその手にした小瓶を弄ぶ。

 

「なーんてね、嘘だよ! 殺すわけないじゃん」

「ちょっと! それぼくの……」

 

 彼が持っていたのは、ぼくが懐にしまっていた精油の一つだ。レモンの精油で初心者にも受けいられやすい香りのもの。疲労回復とか、心の安らぎになる効果がある…… ってそんなことより、今の一瞬で盗られるだなんて手癖が悪いんじゃないのか? 超高校級の泥棒なの?

 

「えっと、きみはなんなの? なんであの人を押し倒してたの?」

 

 金髪美人さんは今のうちにと逃げようとしているが、それを引き止める目的もあって声をあげる。

 生贄にされたうえに逃げられてたまるかよ。

 

「オレ達逢い引き中だったんだよねー。それを邪魔されてちょっとイラッときちゃって」

「嘘ぶっこいてんじゃねーよツルショタがぁ!」

 

 あっさりと食いついてくれたので二人っきりは回避された。助かる。すごく助かる。

 でもこの人もなかなかキャラが濃そうだから自ら首を絞めている可能性もある。二人同時に相手する方が大変かもしれないが、自己紹介したらそのままお別れできるから少しの我慢だよ、ぼく。

 

「嘘、なの?」

「違うよ、本当だよ!」

「テメー王馬ふざけんな! まあ確かに? オレ様みたいな国宝級完璧美少女相手に欲情するのは正しいんだが。残念だったな! テメーの短小ポークビッツでオレ様を満足させられるわけねーだろーが! こっちから願い下げだっつーの!」

「え、なんでオレ振られてんの?」

 

 お願いだからぼくに話題を振らないで。

 真顔で心底疑問そうに言われてもなにも言えないからさ。

 

「えっと、自己紹介…… してもらってもいいかな?」

「はあ!? オレ様を知らねーのかよ! 原始人か? 森にでも住んでたのか? 日本語分かるか?」

 

 ぼくだからいいものの、ゴン太くんにもそれ言ったら怒るよ。

 まあ、知らないのは確かだし…… そんなに有名な人なのかな。ぼくはお生憎様、こちらの世界の常識は知らないからね。

 

「よーく耳かっぽじって聞けよ? いいか、オレ様はな…… 黄金の脳細胞と歴史的な美貌を誇る、あの美人すぎる天才…… 超高校級の発明家、入間美兎さまだぞ!」

「残念すぎるの間違いだろ、ナルシービッチ」

「ひうぅ! な、ナルシービッチィ…… や、やめろよぉ。気持ちよくなっちまうだろぉ……」

 

 きみらはその掛け合いをしないといけない決まりでもあるの?

 入間さんはなんかキャラ濃すぎじゃないか? ていうか、歴史を重ねるごとに下ネタが酷くなっていくのはどうにかならないのか?

 この人、口は悪いがどうやらメンタル面は弱いみたいだな。リラックスするアロマ漬けにしてあげたい。

 …… おっと、なんか薬漬けにしたいって言ってるみたいで危ない言葉だな。

 

 金髪ロングにゴーグルをつけていて、首にはトゲトゲしいチョーカー。スチームパンクっぽいピンクのセーラー服だが、なぜか胸元を強調するようにガーターベルトが巻かれている。ピンヒールのロングブーツを履いているので本来はもう少し身長が低いのかもしれない。

そしてなにより巨乳だ。赤松さんもなかなかだったが、入間さんは別格すぎる。別に羨ましくもなんともないが。

 イメージはクリスマスローズ、なんだけど…… 〝 私の不安をやわらげて 〟〝 慰め 〟〝 中傷 〟か。うーん、メンタル面が弱いことを考えると合ってる、のか? クリスマスローズは根っこに毒を持ってるから合わないことはないか。

 ダメだ、嘘つきの彼のイメージが外れすぎていて自分に自信がなくなってしまった。

 

「入間ちゃんといると本当時間をドブに捨ててる気分になるよ……」

 

 ぼくはどっちもどっちだと思うよ。

 

「それで、きみは?」

「オレ? ああっ! そういえば香月ちゃんには自己紹介してないか!」

 

 もう自己紹介した気でいたらしい。

 もしかしたら、入間さんにはもうしてたのかもしれない。確か、最初の方そんなこと言っていた気がするし。

 

「オレの名前は王馬小吉だよ。超高校級の総統なんだ」

 

 総統…… ?

 リーダーでいいのかな。なんのリーダーだ? そういうカリスマ性とは無縁に見えるんだけれど。

 あったとしても超高校級の嘘つきだと思っていたよ。

 入間さんはパイロットとかかなとも思っていたし、大分外してしまっているな。

 

「あれ、疑ってる? まあそれも仕方ないよね。なんせオレの組織は悪の秘密組織だからね! 一万人も束ねてる秘密組織の総統だよ? 総統が悪人っぽいんじゃ秘密にならないでしょ?」

 

 なんか妙な説得力があるが、さっきから嘘ばっかりついている人にそう言われてもね……

 

「どんな活動してるの?」

「色々だよね。舞台裏で暗躍することがよくあるから、あの事件もそこの事件も歴史の裏にはオレ達が潜んでいたりして…… ?」

「……」

「なんて、嘘だよ! 超高校級の総統ってのは本当だけどね! 活動内容だって教えるわけにはいかないよ。それじゃあ秘密組織にならないし」

「こいつの話なんざまともに訊く必要ねーよ! 自己紹介しなかっただけでしつこく絡んで来るんだぞ?」

「いつまで経っても進展がないから片っ端から自己紹介しないといけないと思ってたからねー。いやぁ、本当強敵だったよ。ムカつくぐらいに……」

「ひぃっ」

 

 いきなり真顔になるのはやめよう。なかなか怖いから。

 

「そ、それじゃあぼくはもう行くから……」

「まっ、ままま、待て! オレ様をこいつと二人きりにするんじゃねぇ!」

「ええー? 心外なんだけど。ナルシービッチちゃんに手出すほどオレ、女に困ってないし。組織ではそういうケアもやらないといけないからねー。ほら入間ちゃんはもう用無しだからさっさとどっか行って」

「な、なんなんだよぉ…… オ、オレ様に手出さねぇとかさすがは童貞だな、恐れ多くて視線で舐め回すことしかできねーのか?」

「は?」

「ひぃぃ!」

 

 言ってるわりには顔を赤くして恍惚してるんだけど、この人。ドM怖い。

 なんか、王馬くんやたらと辛辣じゃないか? 面白がっているのか、それとも本心なのか、よく分からない。

 

 なんだか変な空気になってきたし、さっさと退散しよう。

 

「ま、待てよぉ! ドブスでも少しはオレ様の役に立たせてやるっつーのに置いていくのかよ!」

 

 えっと、なんて言えばいいか…… ぼくには強引に彼女を巻き込んでペースに乗せることもできないし、カウンセリングができるわけでもない。

 ぼくができるのは精々香りをプレゼントするぐらいだ。

 ポケットに入っているのはいくつかのアロマオイルと、ポプリ。そのうち一つの精油を取り出して入間さんに押し付けると、彼女は目を白黒させながらこちらを見た。

 

「ジャスミンはとても強い、甘い香りがするんだ。夜に香りの強さが増すから夜の女王なんて別名もあるくらいなんだよ。落ち着かないなら、一滴だけ手の甲につけて香りを嗅いでみてよ。ぼくにはこれくらいしかできないけど、プレゼント」

「はぁ!? このオレ様と言ったらエレガントな薔薇の香り一択だろーが!これだからモブ女は…… まあ、貢ぎ物だっていうなら貰ってやらないことはないけどな!」

 

 小瓶を乱暴に受け取った彼女がいずこかへと歩いていく。

 これで少しは警戒心を緩めてくれると助かるんだけど……

 入間さんって人一倍警戒心が強くて、メンタル面も弱いみたいだから、知らない場所に知らない人間だらけで誰一人信用することができないんだと思う。多分ね。むしろ自分自身のことさえ信じられているかどうか怪しいくらいかもしれない。

 〝 ダンガンロンパ 〟のパターンで言うと、強気キャラには弱さがつきものだ。裏では泣きそうなくらい不安がってるかもしれないし、あの人もある意味では嘘つきかもしれないね。

 

 でもジャスミンの甘い香りは一滴なら受け入れやすいし、不安感を和らげる効果がある。これで少しは落ち着いてくれると助かるかな。なんにでも噛みついていても損するだけだしね。

 

「へえ、それもアロマセラピストとしての仕事?」

「あ、えっと…… そうなの、かな…… ?」

 

 一瞬黙ってしまった。

 そういえばまだこの場には王馬くんがいるのを忘れていたよ。

 

「じゃあ、オレもこの瓶貰ってもいい?」

「別にいいけど…… レモンが苦手じゃなかったら」

「嫌いではないかな。まさかっ、オレがレモン嫌いなお子様にでも見えるの…… ? そんなっ…… ひどいよっ、オ、オレこんなに大人っぽいのに…… ! うわぁぁぁぁぁぁん!」

 

 えっと。

 

「嘘泣き…… ?」

「ちぇっ、騙されないかー」

 

 まあ、あれだけ分かりやすく泣かれたらなぁ。

 なんとなく王馬くんのペースが掴めてきた。この人、あんまり真剣に向き合っちゃダメだな。鵜呑みにせず話半分が一番良いみたいだ。

 

「まっ、貰っていいなら貰うけどね。ありがと、香月ちゃん! さっそくキー坊の匂いセンサーの機能を確かめて来ようっと!」

 

 木の妖精の名前かな?

 いや、え? 誰…… ? モノクマとモノクマーズ以外にもなにかいるの?

 王馬くんはそのまま教室を出て行ってしまったので聞けず終いだ。

 仕方ないのでぼくはぼくなりにこの教室を多少調べてみよう。二人に振り回されてあまり見て回れてもいないし。

 と、言ってもあるのは電子黒板とモニター。外から窓を覆い尽くさんばかりに伸びたつる植物くらいだ。

 あと、教室の入り口側、電子黒板の隣に通気口らしきものがあるか。

 ともすれば見落としてしまいそうな場所にポツリとあるため、じっくり調べようと思わなかったらスルーしていたかもしれない。

 

 近くに寄るとそれだけで古書の香りがふわりとすることに気がついた。微かだが、分かる。

 多分他の人はしゃがんで覗き込まなければこの香りに気づきもしないだろう。埃の匂いに混じって奥から流れてくる空気は紛れもなく本の香りだ。

 これと繋がった場所に図書室でもあるのかもしれない。

 さっきマップを確認したときは地下があったから、きっとそこに図書室があるんだろうな。不思議な構造の建物だ。まるでトリックに使ってくださいと言わんばかりの…… いや、やめておこう。メタ視点での推理をしたところで、未来を知っているわけでもないしどうにもならないんだからさ。

 …… どこに続いているかだけ、あとで確認しよう。

 

 暫く教室で休み、そろそろ地下に行ってみるかと扉を開ける。

 

「あ」

「……」

 

 そこには、ちょうど通りかかった黒髪の女の子がいた。

 下の方で左右に髪を分けて赤いシュシュでくくっている。この子もロングツインテールだ。

 目の覚めるような赤い瞳で、左目の下に泣きぼくろのある綺麗系のクールそうな子だ。襟元に薔薇のブローチが飾られている。

 全体的に赤いセーラー服で、胸元は白いリボンスカーフ。

 先程の入間さんが派手だったので、色調が暗いこともあり余計に落ち着いた服装に見える。

 

「なに?」

「あ、えっと…… 自己紹介して回ってるんだ。どうやら全員と自己紹介しないといけないみたいだから」

「そうなんだ…… 私は、春川魔姫。超高校級の保育士」

「春川さんだね。ぼくは香月泪。超高校級のアロマセラピストだよ」

 

 彼女は…… その色調とはイメージが違って、スノードロップにパンジーかな。

 スノードロップは希望や慰めといった良い意味の花言葉だが、多分贈り物としての花言葉の方が有名かな。一転して悪い意味になってしまうからね。

 スノードロップを贈り物にしたときの裏の花言葉は〝 あなたの死を望む 〟だ。

 さて、彼女は表と裏、どちらが本質なのか…… なんて思うけれど、少しトゲがあるような雰囲気があるだけでそこまで危険な感じはしないかな……

 まだコロシアイの説明がないから危うさを感じないだけかもしれないけれど。

 

「落ち着いてるね」

「そう見える?」

「うん、まあ慌てているようには見えないかな」

「ふうん……」

「……」

「……」

 

 お互いに話すのが得意じゃないみたいだ。

 少し沈黙を挟んでから 「えっと」 と口に出す。

 

「春川さんも知らない間にここにいたんだよね?」

「そうだよ…… あんたは才能については訊かないんだね」

 

 えっ、もしかして訊いてほしかったのか?

 いやそれはないか。うんざりしているような雰囲気だし、赤松さんとか王馬くん辺りはその辺のこと訊いてきそうだから対応に疲れてるのかな。

 

「うーん、そう言われてもね…… あ、きみが絵本を読んでくれたら気持ちよく眠れそうかも。オレンジスイートの香りに包まれながら読みきかせられたらどんなに夜更かしする子供でも攻略できそうだ」

「さらっと自分のアピールはするんだね。でも香りとか、そういう高いものはあんまり使えないんだよ。絵本も古いものしかないから」

 

 うん?

 保育士やってる環境が整っているわけじゃないのかな。

 

「ああ…… 私のいたところは孤児院なんだよ。そこでは年上が年下の面倒を見てたから、そういう環境だったから保育士ってだけ。上の子がバイトして備品を揃えてるから、高い消耗品を買うくらいならランドセルを買ってやると思うよ」

 

 ぼくはなるほどと頷いて、それから深追いしないよう慎重に言葉を選んだ。

 

「そうか…… いつかそういう子達にも香りを届けられるようになりたいな。春川さん、これさっき言ってたオレンジスイートなんだけど、良かったら受け取ってくれないかな?今は芳香浴用の器具がないから少し不便だけど、少し手の甲につけて香りを楽しむことくらいはできるからさ」

「あんた、私の話聞いてた?」

「うん、聞いてたよ。ぼくがこの香りを好きになってほしいだけ。要するに勧誘だよ。よろしくね」

「そう…… 初対面でプレゼント渡して来るなんて、あいつらみたいだね」

 

 えっ、それは子供っぽいって言いたいのか? 解せない。

 

「じゃあ」

「うん、またね」

 

 小瓶をポケットにしまい、玄関に向かっていく春川さんを見送ってから左手にある階段を見下ろす。

 目に良くない変なデザインだ。なんか、オモチャみたい。

 

 暗そうな地下に行き、辺りを見回す。

 扉は四ヶ所。でもそのうち二つは裏口みたいになっているので、部屋は二つだけだ。

 まずは先程気になっていた図書室らしき場所の入り口に手をかける。

 

 中は思った通り本のぎっしり詰まった部屋だった。一面本棚になっていて、溢れた蔵書が本棚の上や机の上、床の上にまで積み上げられ明らかに部屋に入れるべき蔵書量を超えている。

 あーあ、これじゃあ本が傷んでしまうだろうに。

 それと、やはり通気口を発見した。本棚の上に小柄な人が入れる程度の通気口がある。あれが上の教室まで繋げているのだろう。外の廊下にも通気口の管があったし。

 なぜかある地球儀には目もくれず、中央に歩を進める。真っ正面の本棚を見つめる緑がかった金髪の人がいたからだ。

 初対面の人だから自己紹介しなくちゃね。

 

「初めまして…… っすよね?」

 

 彼が振り向いてこちらを見る。随分と派手な服装だ。少々軽薄そうに見えるけど、纏わせる香りがそんなことはないと言っている。

 秋の山中のような…… それと甘い感じ…… メイプルってことは楓か。

 実際に楓って名前の子がいるのに誕生花が楓とはね。

 意味は大切な思い出、美しい変化、遠慮、蓄えなど。ギャル男っぽさは感じないな。ちょっと安心した。

 

 耳にたくさんピアスをつけているし、アクセサリー類が目立つ。

 服装も制服というより私服っぽい…… というか完全に私服だろう、あれは。黒とグレーのボーダーTシャツと茶色のサルエルパンツ。

 タレ目気味で派手だけど優しそうなお兄さんといった感じだ。

 

「初めましてだよ。ぼくは超高校級のアロマセラピストの香月泪。よろしく」

 

 ぼくがそう言うと彼も本棚の前から移動し、こちらにやって来る。

 柔和な印象通り、フレンドリーな人物のようだね。

 

「俺は天海蘭太郎っす。〝 超高校級の冒険者 〟なんて呼ばれてますけど…… まっ、要するにただの旅行好きっすね。ところで、キミもここに来る前の記憶はないんすよね?」

 

 ぼくは迷いなく肯定の言葉を返した。

 

 

 

 

 

 




・誕生日
 ロンパクラスタの皆さんは既に覚えていそうなので省略。

・レモン
 王馬に取られた精油。疲労回復の効果があるので切実に使って欲しいところ。キミは少し休みなさい。

・ジャスミン
 実は催淫効果もあったりする。

・なん図書
 なん図書が図書室にいる。
 ???枠は今回いません。


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突発的女子会

「ぼくもどうしてここにいるか分からないんだ」

 

 と、彼の質問に即答する。

 天海くんはそれに苦笑しながら 「やっぱりキミもそうなんすね……」 と呟いた。

 

 中にいた人達も記憶はないんだな。

 当たり前か。本当に、ぼくはなんでオーディションの記憶があるんだろう。いや、受けることすらしなかったけれど…… でもこの世界の真実は知ってしまっているわけだ。

 誰が、どうやって、ぼくをここに連れて来たのか。攫ったときの記憶は消しているのに、それ以前の記憶を消していない理由。

 分からない。分からない。なにか理由があるのか? ぼくも知らない、なにか特別な理由が……

 

「ここはもう一通り調べましたし、俺は外に出てみますかね……」

 

 チラチラと正面にある本棚を見ている彼に、お邪魔してしまっただろうかと考えるが、一体なにをしていたのかも分からないので首を傾げる。

 

「ぼくも、もう行こうかな」

「じゃあ一緒に外に出るっすか。隣のゲームルームには行きましたか?」

「あ、まだ行ってないね」

「じゃあそこでお別れっすね」

 

 図書室から無事に出て、階段を上って行く天海くんを見送る。

それからぼくは隣の部屋に入ることにした。さっき天海くんはゲームルームと言っていたけれど、使えるのだろうか?

 ゲームできるかできないかで随分と気持ちの有り様も変わってくると思う。娯楽くらいはないと、人と話すのが苦手な人とかが辛いよね。

 

「……」

 

 す、すごい低身長の可愛い男の子がいる…… !?

 どうやってこんな人見つけて来たんだよ。オーディションにこんな人来るの? 確かに毎回ネタ枠というか、マスコット枠みたいな人がいるけれど…… この人も、そうなのかな。

 耳みたいな二本のツノのような黒い帽子と、ライダースジャケット。それになんか鎖? 足枷? がついたボーダーのサルエルパンツを履いている。そのサイズのライダースジャケットって特注じゃない? 普通売ってないよね。身長も1メートルくらいしかないみたいだし……

 

「えっと、こんにちは。ぼくは香月泪。超高校級のアロマセラピスト…… らしいよ。き、きみは?」

「星竜馬だ」

「……」

「……」

 

 わっ、良い声してる…… じゃなくて、あれ、才能は?

 ぼくがそれに触れられずにおろおろしていると、星くんは帽子をぎゅっとずりおろして目元を隠すとため息をついた。

 なんか、ごめん。本当は名前も有名なんだろうな。分からないなんてって呆れられたのかもしれない。

 

「元、超高校級のテニス選手だ。それも昔の栄光だがな…… 今はただの囚人だ」

「元?」

 

 ああ、声に出してしまった。地雷かもしれないのに……

 

「つまり俺は犯罪者に成り下がったんだ。超高校級の称号を貰っておきながら、人殺しになったんだよ。あんたも、あまり俺に構わないほうがいいぜ」

 

 マスコット枠な上に、歴代でも毎回入っている裏社会枠か……

 初代は殺人鬼の才能。2番目は主従が裏社会系だったな。従者の方は暗殺もやってたらしいし。あと詐欺師もそうか。他にも爆弾魔とか闇医者とか、泥棒やらコレクターやら心理学者やら…… 人殺しをしている人間か、それに近いことをしている人間は必ずいる。

 それが彼ってことか。

 でも、彼自らぼくに忠告してくるってことはそこまで悪い人じゃなさそうだな。

 

 彼に思い浮かぶイメージは、 「誇り」

 誇り高い、ヒメユリの香りがする。それと、 「精神の美」 を携えたクレマチスの香り。

 

 こんな雰囲気の人が悪い人なわけがない。

 

「避けるかどうかは、ぼくが考えることだよ。だからきみのことも知りたいな」

「ッチ、物好きなやつだな」

 

 このくらいの大きさだと怖く感じないというのもある。

 星くんは咥えたタバコみたいなものをカリッと噛み砕いてそのまま食べてしまった。すかさず懐から取り出した箱を見ると、それがココアシガレットであることが分かった。

 気取りたいのか、それとも本当に好きなだけなのか…… 案外可愛い人なのかもしれない。

 

「甘いもの、好きなの?」

「…… クールじゃねえな」

 

 無意識の行動だったらしい。

 手で帽子を下げ、バツの悪そうな顔をした彼はふいと顔を逸らした。

 

「とにかく、人殺しには近づくもんじゃねぇよ」

 

 それっきり、星くんは沈黙してしまう。

 本格的にぼくを無視しようとしているらしい。

 

「全員に自己紹介しないといつまで経っても進展がないから、気が向いたら外にも出てみてね」

「…… 考えておく」

 

 今度こそ彼に背を向けてゲームルームを出る。

 ああ、そうそう。ゲームは植物の根っこが邪魔して断線しているようで、修理しないと使えそうになかった。

 それと、ゲームルームの奥の方にも扉があったが、そちらも開かないようだった。外側の裏口からなら入れるかと思ったが、そちらの引き戸は建てつけがかなり悪く、腕一本入るくらいしか開かなかった。

 中を覗いた限りビデオルームっぽかったかな。スクリーンが設置してあった。

 

 ぼくも地下は粗方探索したので一階に上がる。

 それから、今度は行かなかった反対側の廊下に歩みを進める。

 

「あれ、香月ちゃんだ」

 

 思わず回れ右をしそうになったぼくのブレザーを強く引っ張る手がひとつ。

 にこにこと笑顔を浮かべた王馬くんは仄かにレモンの香りを纏わせながらぼくを逃さない。

 

「なにか用かな? 王馬くん」

「キー坊見かけなかった? ロケットパンチひとつも打てないポンコツ人型ロボなんだけど」

「ろ、ロボ? ロボとは、モノクマーズ以外には会ってないよ」

「そっか」

 

 ロボットなんているのか。

 変な顔をしているだろうぼくを指差してケラケラ笑った彼はそのまま二階に上がって行く。

 そのロボットとやらを探しているんだろう。見かけたら教えてあげよう。

 

 モノパッドを見て調べると、奥の体育館の方には誰もいないようだ。

 逆に、倉庫に一人。食堂には四人もいる。びっくりだ。購買と書かれた部屋には誰もいない。試しにドアを開けようとしてみたが開かなかった。鍵がかかかっているのかもしれない。

 あと二階にはさっき行った王馬くんを含めて二人。

 まあ、まずは倉庫からかな。食堂に入っちゃうと会話で盛り上がったりして、中々抜け出せなくなるかもしれないから。

 

 倉庫に入ると、そこにいたのはロボットだった。

 

「え? あ、えっと…… ?」

 

 本当にロボットがいるとは思わなくて、ぼくは意味のわからない声をあげながらロボットを指差して疑問を浮かべるしかできない。

 

「あ、王馬クンじゃないんですね…… 良かった。やっと逃げ切れました」

「き、きみが王馬くんの言っていた〝 キー坊 〟?」

 

 ロボットなんていうからもっとメカメカしい感じを予想していたのだけれど、案外人間らしい造形をしていて感心してしまう。

 体のパーツは学ランっぽくなっていて、主人公の象徴たるアホ毛を揶揄するように〝 アンテナ 〟と呼ばれるものが、そのミルク色の髪型パーツに立っている。本当にアンテナだったりして。

 ラジオとか受信できないのかな。

 ぼくが王馬くんの名前を出すとキー坊とやらは明らかに苦い顔をして 「ボクの名前はキー坊ではありません」 と訂正した。

 すごい、こんなに表情変わるんだ!

 

「ぼくの名前は香月泪。超高校級のアロマセラピストなんだ。記録しておいてね」

「記録ではなく、記憶です。キミもロボット差別ですか?」

「で、名前は?」

 

 ロボット差別…… ? と疑問を浮かべつつも先を促すと、彼はえっへんと胸を張りながら自己紹介を始めた。

 

「ボクの名前はキーボ。超高校級のロボットなんですよ! すごいでしょう」

 

 それ、すごいのはきみじゃなくて作った人なのでは? なんて思ったけれど口には出さない。

 ロボットって才能なのかな? いや、御曹司とか極道とか生まれ持った立場で才能を持ってる人も毎回いるし…… それと同じと思えばいいのかな。

 

「生まれ持った存在そのものが才能…… ってことなのかな」

「ボクは人間と同じように0歳から学習し、成長していく高性能AIなんです。だから年齢はキミ達と同じ、れっきとした高校生なんですよ」

 

 なるほど、ということは15年以上はきっちり学習し続けているんだね。それはすごいかも。

 

「どんなことができるの?」

「それ、毎回言われるんですが…… 特別なことはなにもできませんよ。あくまでボクはロボットとして生まれただけで、普通の高校生とほとんど変わりません。ロケットパンチなんて、もってのほかです! 自分の腕が飛んで行ってしまったら不便でしょう!」

 

 キーボくんが不満を持っていることはよーく分かった。

 あれだよね、日本人だって海外の人に言ったら 「ハラキリ、ニンジャ!」 って期待されるようなものなのかな。

 普通の日本人は隠れた忍者なんかではありませんってね。

 そうやって考えると、あんまり追求するのも可哀想かも。

 

「そういえば、王馬くんがきみにアロマを嗅いでもらうとかなんとか言ってたけど、どうだった?」

「ああ、あのシトラール、アルデヒド類、ケトン類、エステル類などの混ざった物質ですか」

「絶対に許さない」

「なんでですか!」

 

 やっぱり同情なんてしない。

 確かに香り成分はそれだけど! それだけど!

 空気読めって言われて空気中の成分口に出すようなものだからね!それ!

 所詮ロボはロボか……

 

 視線を周りに移すと、いろんなものが目に入った。

 倉庫と言う名の通り、大体の物はなんでも揃うようになっているのかもしれないな。

 

「無視しないでください!」

「そう思うなら、成分だけじゃなくてちゃんと香りのことを考えられるようになってほしいんだよね…… ないの? いい匂いだなぁとか」

「よく分かりません」

 

 即答……

 

「まあ、これから覚えてくれればいいよ」

「なにを言ってるんですか。皆さんで脱出するんでしょう? そんなに長時間一緒にはいられませんよ」

 

 この人は、もう…… 煽り機能でもついてるのかな。

 

「まあいいや、ぼくはもう行くね。キーボくんは暫くここに隠れていた方がいいよ」

「あ、ご忠告ありがとうございます」

 

 あとで王馬くんに密告しよう。

 ぼくは、次に目の前にある食堂の扉を開けた。

 

「ああ、さっきぶりだネ」

「いらっしゃい香月さん。香月さんは紅茶? それともコーヒーがお好みかしら」

「女子は大歓迎ですよ!」

「だらだらするのは最高じゃぁ」

 

 そこには初対面の人が二人。

 それと真宮寺くんと東条さんがいた。

 

「こんにちは。そっちの二人は初対面だよね? ぼくは香月泪。超高校級のアロマセラピストだよ、よろしくね。あ、東条さんは紅茶をよろしく」

 

 ひとまず、ずっと歩いていた休憩のために椅子に座る。

 自己紹介しつつ東条さんに紅茶を頼み、背の低い魔女っ子っぽい人の隣に座る。その子のもう一つの隣には長い黒髪を所々で結んだツインテールの女の子。頭についた手裏剣か風車のような形をしたリボンが特徴的だ。へそだしセーラー服に草履、それとリボンもあって忍者っぽい出で立ちをしている。超高校級の忍びとかくノ一とか?

 魔女っ子は十中八九マジシャンか手品師だろう。

 

「転子は茶柱転子と言います。超高校級の合気道家なのです! 香月さん、よろしくお願いしますね!」

「聞いて驚いて敬うがいい。ウチこそは超高校級の魔法使い、夢野秘密子じゃ」

 

 茶柱さんは爽やか女子だね。はきはきしていて気持ちがいい人だ。

 ノースポールとスミレの香り…… どちらも誠実が花言葉に入っている。うん、可愛らしくて良い人だ。

 それに夢野さんはそのまんま、魔法使いね。マジシャンって自分のことを魔術師とか言ってる人もいるし、人に夢を与える仕事だしそう名乗っているのかもしれない。

 

「…… 周りからは、超高校級のマジシャンと言われておるがのう」

「魔法使いって言われるくらいすごいってことでしょ? さすがは超高校級だね」

「魔法使いみたいじゃなくて、魔法使いなのじゃ」

 

 あっ、これは比喩じゃなくて本気で言ってる…… ?

 というか、夢野さんっていわゆる〝 のじゃろり 〟か。衣装も華やかだし舞台に立っている彼女はきっととても綺麗なんだろうなあ。

 ラベンダーの良い香りがする。あまりいい言葉はないけれど、いろんな人に愛される香りだ。ラベンダーならちょうど精油があるし、あとで二人に分けようかな。茶柱さんが夢野さんをたくさん構っていて、仲良さそうだし。

 あ、あとさっきの倉庫でトランプでも探してマジックを見せてもらいたいな。

 マジックショーとか、サーカスとかそういうのテレビでしか見たことないから見てみたいよ。

 

「今度見てみたいな」

「あっ、転子も見たいです! 夢野さんの魔法!」

「…… 気が向いたらよいぞ」

 

 楽しみにしていよう。

 

「お待たせしたわ」

「ありがとう、東条さん」

 

 目の前にコトリと紅茶のカップが置かれる。

 湯気と共に濃いアールグレイの香りがぼくを包み込むみたいだ。このまま茶葉の香りを楽しむのもいいが、残念ながらぼくは苦みが少し苦手だ。本来ならばストレートで飲むのが一番香りを楽しめるのだけど、すぐ近くに置かれたミルクを少しだけ加えればまろやかでほのかに甘い香りが混ざり込み、口当たりも柔らかくなる。

 香りを楽しんでいないわけではなく、これも一種の香りのブレンドというものなんだ。

 これに少しレモンを加えたり、ミルクの代わりにハチミツを加えたりするのもまた一興だと思う。紅茶は沢山の楽しみ方があっていいよね。

 コーヒーも香りは好きなんだけど、苦味が強くてぼくはコーヒーを冒涜してしまう。ミルクを注ぎすぎてコーヒー牛乳になってしまうから流石にちょっとね。

 それは香りの調和ではなく、香りの打ち消しだ。

 偶然とはいえ東条さんもいるし、足休めに食堂を選んだのは正解だったようだね。

 

 キョロキョロと辺りを見回してみれば、食堂にも裏口があることにすぐ気がついた。

 位置的に、外で裏庭に行くとき通ったテラスに繋がっているんだろうな。

 食堂に入って正面の壁にはなにやら書いてあり、それが食堂を使う際の注意書きであることも気がついた。

 

 曰く、食堂にある食べ物は自由に飲食可能。

 曰く、使った調理器具は片付けること。

 曰く、夜間は閉鎖される。

 

 ダンガンロンパには夜時間と、その他の時間が分かれているのが特徴的だ。

 夜時間の開始は午後10時。終了は朝の放送がある午前8時だ。その間は食堂に入れなくなってしまうため、突然喉が渇いたとか夜食が食べたいとかがある人は事前に食べ物を自室に持って行っておく必要がある。

 シャワーはその時間浴びれるのかな…… ?

 

「あれ、地味に人が多いね」

「あっ、みんなさっきぶりだねー」

 

 お茶しながら茶柱さんと夢野さんのやりとりを微笑ましく見守っていたら今度は知らない女の子と、また会ったことになる王馬くんが入ってきた。

 

「王馬くん、キーボくんなら倉庫に立てこもってると思うよ」

「おっ、ホント? ちょっと行ってくるね」

 

 すぐさま退場した。

 

「こんにちは、初めましてだよね。ぼくは香月泪。超高校級のアロマセラピストだよ」

「ぼくっ娘!? アイドルになる? それともウィッグ被って……」

「え、ええ?」

「ああ、ごめん…… ついついはしゃいじゃって。私は白銀つむぎ。超高校級のコスプレイヤーだよ」

 

 コスプレイヤー!? ぼくはまた図書委員とかそういうのかと……

 これは、泉のような…… 水の香りに紛れてエキゾチックな香り…… ってことはロータス。ハスの花の香りだね。

 ロータスの精油は持ってないから、研究教室が開いたら植物園で探してきて作るのも良いかもしれないな。

 

「コスプレイヤーかあ」

「って言ってもね、私は衣装を作るのが好きで、それを着てくれるなら誰でもいいんだよ。人に見られるのはあまり好きじゃないしね。でもほら、レイヤーの中にはキャラになりきることより自分を売り込みたい人もいるから…… そういう人に利用されるくらいなら自分で着てキャラの魅力を広めたいかなって。そうやって活動してたら、超高校級の称号が貰えたんだ。世の中にコスプレが認められた気がしてあのときは本当に嬉しかったんだぁ」

 

 コスプレイヤーとして認められたのが嬉しいんじゃなくて、コスプレが認められたのが嬉しいんだね……

 一を聞いたら十が返ってくるってこういうことを言うんだろうなあ。

 

「どのくらい人が見にくるとか、分かる? えっと、ほら、最高記録とか…… ?」

「数字を見る限り、パンダが初来日したときと同じくらいだよ」

「へっ!?」

 

 それ、社会現象になったんだよね?

 てことはかなりすごい人なんだなあ。

 

「私は超高校級のメイドの東条斬美よ。よろしくね。ところで白銀さんは紅茶? コーヒー?」

「あ、コーヒーお願いするね。よろしく、東条さん…… ほとんど二階にいたんだけど、地味に疲れちゃったから休憩しに来たんだ。ここで正解だったよ……」

「普通に歩き回ればいいじゃろ……」

「うーん、エンカウント対象が動いちゃうのはよくないと思って」

「あー、自己紹介したいのに移動しすぎてすれ違う…… あるあるだね」

「あるあるなんですか?」

「サマルトリア化は避けたかったんだよ」

 

 メメタアな発言だけれど、コスプレイヤーと考えれば自然なんだよね、これ。ゲームではよくある話だ。

 

「僕はちょっと肩身が狭いネ」

「男死はさっさとどっか行けばいいじゃないですか。ここは今から女子会を開くんです」

「でも、ここにいるのが一番効率がいいんだヨ。食堂なら誰もが見にくるから」

「そうだよね。地味に私もそう思って、ここに引きこもるつもりだったんだ」

 

 皆考えることは同じみたいだ。

 ぼくも、外の皆が中の皆と挨拶できるまで暫く待つことにしようかな。

 だから東条さんが淹れた紅茶をゆっくりと嗜みながら、みんなと会話に興じることにした。

 

「茶柱さんは合気道家なんだよね」

「そうですよ! 正確にはネオ合気道ですけどね」

「ネオ…… ?」

 

 なんだそのダンガンロンパタイトルにありそうな名前。 「ネオダンガンロンパ◯◯」 あれ…… 実際になかったっけ? どのナンバーだったかな。確か34辺りだったような…… ? あれ、違ったっけ? うーん、思い出せない。

 

「師匠と一緒になんとなく合気道を想像して作り上げたのがネオ合気道なのです!」

「うわあ……」

 

 よくそれで合気道家として認められたな。

 白銀さんも 「ミリしらが本家を超えることってあるんだね…… あれ、この場合は地味に乗っ取りなのかな…… 」 なんて深刻な表情で呟いている。

 人の才能をとやかく言うつもりはないが、政府の基準とやらが摩訶不思議だ。

 

「以外と指は硬いんだね」

「お裁縫してると指先が地味に丈夫になるよ」

「東条は肌荒れせんのか?」

「ちゃんとケアしてるわよ。よかったらあなたに合ったケア方法を調べるわ」

「いや、ウチには無用じゃ」

「ダメですよ夢野さん! 柔らかい肌が傷ついたら大変です!」

「東条さん、紅茶のお代わり貰ってもいいかな」

「真宮寺君はお砂糖3つだったかしら」

「よく分かったネ」

「観察していれば分かることよ」

 

 ちょっと肩身が狭そうにしながら真宮寺くんが席を移動し、ぼくたちはキッチンにあったらしいお菓子を東条さんから受け取りながら親睦を深める。

 本当に女子会みたいで胸が踊る。

 

 モノクマーズによる放送が入るのは、この数十分後のことだった。

 

 

 

 



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―アセビに注ぐにわか雨―
絶望のデスロード


 

 

 

 

     ◼︎◼︎◻︎◼︎◼︎ 

     ◼︎ ◻︎

 

アセビに注ぐにわか雨

       ◻︎          

(非)日常編
         

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、随分と仲良くなった女子陣と体育館に移動して、モノクマの登場も滞りなく終了した。

 やはりというかなんというか、モノクマーズもいることから大分ぼく達が置いてけぼりになってしまったけれど、毎回あるコロシアイのルール説明やらなんやらはモノクマも言う通りマンネリ気味なほどまったく同じ内容で逆に安心したくらいだ。

 あ、あと初めてあの緑のモノクマーズ…… モノダムだっけ? が話すのを聞いた。

 話せないんじゃないかとか、実はあれこそが監視カメラの役割をしてるんじゃないかなんて思っていたから拍子抜けだったかな。

 あと、今回も見せしめはなかった。

 初代以降見せしめはあったりなかったりするけれど、基本重要人物が削れることはないし、みんないい人達だからあまりそういうのはしてほしくないのが本音だな。

 個性豊かなのは初対面で分かってるし、せめて仲良くなる楽しみがほしい…… いや、削れることを今から考えるのはよそう。不謹慎だ。

 

 ぼくなんかには到底できない勇気ある行動を取る赤松さんや、百田くん。茶柱さんに、ゴン太くん。

 あのモノクマに口ごたえするだなんてぼくには恐ろしくてできないけれど、それをして 「コロシアイをしないって精神は大事だよね!」 なんて言葉を引き出す赤松さんは尊敬する。

 だってぼくにはそんなことできないから。

 

 最初はモノクマに対しても反抗してやろうとは思っていたんだ。

 でも、できなかった。いざ目の前にしたら全然体が動かなくて、一歩だって踏み出すことはできなかった。

 モノクマはそんなぼくを見て笑ったような気もする。それでも、動けなかった。

 

 そして、その後に続いた 「だってそういうやつらがコロシアイに手を染めて行くのが面白いんだから」 という直球な言葉にちょっとした罪悪感を抱き、ぼくはそっと目を伏せた。

 ぼくは生放送を楽しんでいた側の人間ではない。けれども、〝 ダンガンロンパ 〟が好きなことは紛れもない事実だからだ。

 誰とも目線を合わせることができなくて、やはり反発の声をあげたりすることもできなくて、唯一自分が〝 ダンガンロンパ 〟というものを知っていることも言えなくて…… ただ波が引くのを待つように床を見つめていた。

 

 ぼくはなんて弱虫だろう。

 普通なら、赤松さんみたいに励ましたりするんだろうけど……

 

 ぼくはただ、疑われるのが怖いだけなんだ。

 

 たとえぼくが本当のことを言ったって、モノクマはなに食わぬ顔で演技を始める。そしてぼくがまるで首謀者かのように振る舞い、孤立させてこようとするだろう。

 確か初代の公式IFがそんな流れだったはずだ。

 戦場さんや苗木くんはそんな状況でもみんなの信頼を最終的に得ることができたが、ぼくはまず最初の時点で耐えられない。

 動揺して、余計な嘘まで吐いてますます疑惑が深まるに決まっている。

 大体知りすぎているんだ。なにか口走ったらそれこそ終わりだ。

 疑われてしまえば身の潔白を証明することなんて、できない。それこそ初代の4章のように死をもって、でしか。

 さすがにそんな勇気は持ち合わせていなかった。

 

 そうやってぐるぐると考えているうちにみんなはモノパッドでコロシアイルールを確認し、これからの方針を考え始める。

 ルールは大体いつもと一緒だ。モノパッドは壊しちゃいけないし、校則違反をしたらモノクマーズの乗っている殺人兵器〝 エグイサル 〟に処分されてしまう。

 そのふざけた名前とは違い殺傷性は高いだろう。ドシンドシン音させてるし…… まあ、使われることは滅多にないだろうけれど。

 だっておしおきとは違って画面映えしないだろうし、ダンガンロンパ側としてはなるべく使いたくないんじゃないかな。

 

 

「香月さん、大丈夫…… ?」

「あ、えっと、大丈夫…… だよ」

 

 ありがとう、最原くん。

 ぼくが黙っていて気になったんだよね。そうだよね。

 あんなに赤松さんが希望を持たせてくれているのに、まったく駄目だな。

 そして話し合いは進み、みんなが前向きになった。

 怪しい場所。出口の場所。

 そんなもの見つけられる場所にあるはずがないと思っていたけれど、ゴン太くんが…… あの最初に出会った裏庭でマンホールを見かけたと言ったからだ。

 確かに他の場所にはマンホールみたいなものはなかったし、怪しい。

 出口なんてあるわけない。ぼくはそんな固定概念で意識から外してしまっていたようだ。

 

 けれど…… 出口なんて都合の良いものが用意されているのか?って思うのは変わらない。

 きっと地下があったとしても出口はだまし絵だったとか、迷路だったとか、そんな展開になるだろう。

 そんな未来が想像できるためすごく気は進まないが、ゴン太くん達に続いて最終尾でついていく。

 これでついていかないのではロボットよりも空気が読めない。

 内心どう思っているかは別としてさ。

 

 天海くん、最原くん、赤松さんがその場に残って話し合うのを横目にぼく達は裏庭へと向かった。

 

 裏庭に入り、後三人を待つ。

 暫く待っていると天海くんを先頭に最原くん、赤松さんと入って来たのでみんなの視線が一斉にゴン太くんへと向いた。

 

「みんな揃ったみたいっすね。それで…… 問題のマンホールはどこっすか?」

「えっと、あの草むらの中だよ」

「あー、確かに」

「草むらの中に大事な穴ってか! 女の体と変わらねーな!」

 

 それは、体格の大きなゴン太くんも余裕で入れそうな、大きなマンホールだった。

 でも金属の大きさを考えると持ち上げるのも大変なんじゃないかなって。

 みんなが揃ってスルーした入間さんの発言を、ぼくも聞かなかった振りをして頷く。

 

「うわー、このマンホール重そうー。持ち上がるのー?」

「ボクがやってみましょうか」

 

 そう言ってマンホールに近づいて行くキーボくんを見守る。

 ロボットなんだし、かなり力はあるんじゃないかな。あ、でも学ラン風の装甲があるとはいえ、ロボットでもスリムなほうだから持ち上げてもバランス取るの大変そうだな…… ちょっと支えてあげたほうがいいのだろうか。

 

「クッ、ぐぐぐぐ…… ! 残念です。ビクともしません」

「え? ロボットの力でもビクともしないのー?」

「ああ、その点に関しては安心してください。ボクの腕力は、ちょっと力持ちの老人ぐらいの設定です」

「ショボい設定だな!」

 

 支えるとかそれ以前の問題だったみたい。

 キーボくんはマンホールに手をかけ持ち上げようとしてたけれど、1ミリも持ち上げることなくそのまま諦めてしまった。

 そんななんでもないような声で 「すみません」 とか言われても…… 期待しただけがっかりというか…… 合いの手を入れているアンジーさんや入間さんもどことなく呆れた顔…… はしてないね。

 アンジーさんって喜怒哀楽のマイナスの部分を全然見せないけれど、内心ではどうなんだろう。ちゃんと呆れたり悲しんだり寂しくなったりできるんだろうか。

 表情だけだと分からないから、いつの間にか追い詰められていたりして…… そんなことにならなければいいけれど。

 ああ、ぼくが言えたことじゃないか。

 出口なんてないだろ、なんてネガティブに考えている暇があるならみんなを信じてみるってことくらいしないと。

 

 キーボくんの腕力の設定が、試作中に起きた悲劇とやらのために低く設定されたらしい新事実が明らかにされたりしたが、結局はゴン太くんがマンホールを持ち上げることになった。

 

「さっき覗いたときは持ち上げられたから、きっと大丈夫だと思うよ」

 

 それを早く言って欲しかったよね。

 ……〝 早く言って 〟なんて言ったら、さっき茶柱さんとやっていたように早口言葉になるだけなのかな?

 

「へっ!?」

 

 ゴン太くんはマンホールに近づくと軽々と、まるで汚い雑巾を持ったときみたいに左手の指先だけでマンホールをつまみあげた。

 いやいやいやっ! そのマンホール、きみも通り抜けられるくらいの大きさがあるんだよ? その大きさの鉄の塊だよ!? それを指先でって…… どうしよう、思ったよりも力が強いぞゴン太くん。

 ちょっとミカンとかレモンとかのエッセンスを抽出するのを手伝ってくれないかな。彼なら器具なんてなくても圧搾法ができそう。

 ちょっと果物の皮を握りつぶすだけだからさ! 果肉の方は虫さん探索に使わせてあげるから…… なんてぼくが考えている間にマンホールのフタが吹っ飛ばされて行った。

 いくら人に当たらないようにっていっても、投げるのは紳士的じゃないと思うよゴン太くん……

 

 ゴン太くんの腕力を 「魔法じゃ!」 なんて言ってる夢野さんや、それを褒める茶柱さん。

 キーボくんをからかう王馬くんなんかが口々にお喋りしながらマンホールを覗く。

 

「暗くて、静かだよね…… なにもいないのかな?」

「え? さっき覗いたときはなにもなかったけど」

「地下道かあ…… ダンジョンだと定番中の定番だよね。あと、地味にパニックホラーに出てきたり」

 

 赤松さんの言葉に返したゴン太くん。

 それに地下道という言葉に反応して白銀さんがたとえ話をする。確かに、地下というのはゲームでありがちだ。それが序盤のダンジョンか最難関ダンジョンかは別れるところだけど。

 

「なにかあったら転子がお守りしますよ! ただし、男死は自己責任でお願いしますね!」

「じゃあ…… 男子はゴン太が守るよ」

 

 そこでそれを言えるゴン太くんは本当にいい人だと思うよ。

 

「…… 静かすぎる気がするんすけど。モノクマやモノクマーズはどうしたんすかね」

「そうだネ。てっきり、僕らを腐った羽虫のように踏み潰しに来ると思ってたけど……」

 

 よかった、ちゃんと危惧してる人はいるんだね。

 アンジーさんは気づいてないって言うし、王馬くんは今のうちだって言うけれど……やっぱりぼくは気が進まない。

 明確な監視カメラがないからみんな油断しているのかもしれないけれど、思い出してほしい。

 ぼくらみんながそれぞれ自己紹介するまで静観していたモノクマのことだ。

 なんらかの手段でこちらの出方を見ていると考えたほうが自然だ。

 絶対泳がされている。というか、希望を抱かせて突き落とすのが目的だろう。

 みんながやる気に満ち溢れているから、なにも言わないけれど。

 

 女子が先にハシゴを降りて地下道に入ることになった。

 先頭は守ると言ったとおり茶柱さんで、順次に女子が降りて行く。

 途中入間さんが赤松さんのパンツを見てからかうというハプニングがあったが、最原くんが真っ赤になる被害だけで済んだ。

 赤松さんにとってはとんだ災難だよね。

 

「想像してたのよりも広いな」

 

 ポツリ、と星くんが呟いた。

 それだけで少し音が反響しているようで、小さな呟きだったのにもかかわらずやけにはっきりと聞こえる。

 

「おっ、やっほー! やっほー! おお!」

 

 それに目を輝かせた王馬くんがコダマが返ってくるのを楽しむ。呑気だなあ。

 

「なに、ここ」

「工業用の通路じゃないかしら。この学園は古い工場の跡地にあるのかもしれないわね」

「それが今も残ってるっつーことか」

「ああ、敷地が広いのも地味に納得というか……」

 

 春川さんの疑問に東条さんが軽い考察を交えて答えると、百田くんが広い地下道を見渡しながら頷いた。

 敷地が広いだけじゃ、助けも来ないし気づく一般人すら誰もいないという説明はつかないと思うけど…… よっぽどの田舎でも中々難しいだろ。

 

「それよりも…… あれ、みんな気づいてるっすよね。親切に出口が書いてあるっす」

「…… 親切なんですか? わざわざ出口なんて書いて怪しくないですか?」

 

 怪しいよね。罠以外あり得ないと思うけど。

 ぼくはやっぱり行きたくない。なによりも、足が竦む。なせだか行ってはいけない気がする…… ぼく、別にトンネルにトラウマなんてないはずなんだけどな……

 

「ま、とりあえず行ってみるっす。ここで立ち止まっていても状況は変わらないんで」

「う、うん…… そうだよね。やらなくちゃ分からない。希望を持つことに越したことはないよ」

 

 天海くんに最原くんが前向きに返し、赤松さんは嬉しそうに 「こんなに〝 超高校級 〟が揃っているんだから大丈夫」 と断言する。

 

「おう、赤松とは気が合うな! オレの言いてーこと先に言われちまったぜ! 記念にハグでもするか?」

「…… ううん、やだ」

 

 はっきり断るなあ……

 

「どさくさに紛れて当ててもらおうもしましたね? これだから男死は…… !」

 

 その発想が真っ先に出てくるのもどうかと思う。

 あれかな、ハグってアメリカンなスキンシップみたいな? 宇宙飛行士なだけあって海外留学が長いとかあるのかな。どうだろ。

 

 …… とまあ、みんなでワイワイと騒ぎながらトンネルの中に入って行った。このときまでは確かに希望を持っていただろうね。

 

 きっと大丈夫。

 きっと助かる。

 きっと出口がある。

 

 そんな希望。

 希望と絶望はダンガンロンパの永久のテーマと言ってもいい。

 つまり……

 

「泳がされてるだけ…… だと思うけど」

「ネガティブなこと言うと本当にネガティヴになっちゃうと思うよ。私も、キャラになりきるとき言葉とか気持ちから入るんだけど…… って、地味に自分語りだね。ごめんね」

 

 聞かれてた。

 

「ううん、ごめん。大丈夫…… ちゃんと付き合うよ」

「言葉は一番簡単な変身の魔法じゃぞ。MPいらずじゃがムラが激しい。あまり多用するでない…… なんでこんなに階段があるんじゃ……」

 

 うう、いっぱい聞かれてる……

 トンネルから少し上に行く階段があり、それを登っていく。ハシゴで降りたよりも上には行っていないので、まだ地下道のはずだ。

 

「ううん、大丈夫。大丈夫。みんなで力を合わせればきっとこんな罠も…… !」

 

 階段を登り切ると、そこはトラップだらけのダンジョンになっていた。

 

 重い鉄格子をみんなの力を合わせて押し開け、功を焦って走り出した赤松さんが足場を踏み外す。

 いや、足場が落とし穴のように開いたんだ。

 落下して行く彼女に手を伸ばした最原くんが一緒に落ちていき、いきなり二人消えてしまった。

 

「赤松さん! あ、て、転子がお守りするって言ったのに…… !」

「ね、ねえ大丈夫だよね? これでし、死んじゃったら…… 地味に笑えないよ」

「ちょ、ちょっとぉ…… こんなの聞いてねーよぉ……」

「大丈夫よ。この空洞、滑り台のようになっているみたい。これなら怪我もしづらいと思うわ」

「あくまで出口に行かせないための罠ってわけか……」

 

 星くんが結論を言って、そのまま進む。

 みんな赤松さんが落ちて行く場面は見ていたからその周辺を大きく跨ぐかジャンプして通過。その後も慎重に歩いていけば無事に渡りきることができた。

 

「っとぉ、はっ!?」

 

 そして渡りきったあたりでプロペラのついた爆弾が飛んで来た。

 それを避けようとバックステップで下がった百田くんが、先ほどまでは開くことのなかった二番目の床板の下に落ちて行く。

 炎に模した布が下からの風で捲り上がり百田くんの視界を塞ぎ、そのまま下へ。

 爆弾を避けるにも場所は限られ、次から次へと来る罠に、分かりきった仕掛けにさえ引っかかって脱落する人が続出。

 それを終えても上から降って来た檻に捕らえられる人、ジャンプして近づくと移動速度が異常に上がるリフトなどによりみんな落ちていってしまった。

 運動神経の良さそうな東条さんや星くん、ゴン太くんや茶柱さんも誰かを助けるためや巻き添えを食らって脱落してしまった。

 

 運動が得意だなんてないのに、なぜぼくはこうしてリフトの前にいるのか…… 答えは出ない。

 

「たはー、張り切ってたくせに皆貧弱だなー」

「仕方ない、よ……」

「なーんか、向こう側にゴールって見える気がするけど…… 香月ちゃん行けそう?」

「……」

「ねえ、返事くらいしてくれない?」

「ごめん……」

「あーあ、やる気でないなぁ……」

 

 王馬くんは何度かみんなが挑戦していたのを見てかリフトの動きを分析しているみたいだった。

 

「香月ちゃん挑戦してみなよ」

「えっと…… でも」

「ほらほら、いつまでもここにいるつもり? やるなら次また挑戦したときにためになる行動したほうがいいよ」

「わ、分かったよ……」

 

 王馬くんはどうしても分析をしたいらしい。

 まあ、ぼくの無様な動きでリフトの動きを見切れればいいけれど。

 

「よっ、とと…… 乗った!? ああ!?」

 

 少し離れた位置にあったリフトはすぐに動きを早くし、ぼくの足元に滑り込んで来た。結果、乗れたがあまりにも勢いが良すぎてバランスを崩して下に落ちる。

 

「……」

 

 気がついたら最初の地下道に戻っていた。

 しばらく待って、王馬くんが近くの壁から排出される。

 壁の穴は一方通行みたいで、こちら側から叩いても引っ張ってもビクともしない。退場専用のようだ。

 

「沈痛な雰囲気に支配されてるね! まるで大コケしたゲームの打ち上げ会場だよ!」

 

 そして、待ってましたとばかりにモノクマが登場した。

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

「うわーみんなボロボロねー? 可哀想ー、同情しちゃうわー」

「もー、それにしても埃っぽいところだね。カシミア肌のオイラには耐えられないよ」

「その点モノダムはいいよな! 最初から安くて醜いボディだもんな!」

「モノダムもなんか言い返したらどうや? そのほうが殺伐として盛り上がるで?」

 

 モノファニー、モノタロウ、モノキッド、モノスケと続く。

 まあ、他がぬいぐるみるっぽいのにモノダムって子だけメカメカしい見た目してるからなあ。

 

「ッチ、ゾロゾロ出て来やがった。気づかれちまったみてーだな」

「気づいた?はて?」

 

 最初から見てるって分かってたと思うけれど。

 泳がされてるだろうってのは思っていたから、別に驚かないよ。

 

「オマエラが脱出しようとして失敗することくらい、ボクはとっくにお見通しだったけど?」

「オ、オイラも…… どっちかっていうと、比較的お見通しがちだったよ」

「…… それは嘘やろ」

 

 そんな風に言って嘘じゃないわけがないよね。

 

「まあ? 何人かは最初から分かってたみたいだけどね。オマエラが届かない出口に必死に手を伸ばすのが見たくて黙っててあげたけど!」

 

 モノクマと目が合い、すぐさま逸らした。

 バレている。最初から予想がついていたことを。

 

「やっぱり罠だったんだ」

 

 吐き捨てるように言った春川さんに、仲間がいたと少しだけ安心した。

 

「でも、出口がないわけじゃないんだろ?」

「んん?」

「あら、正解よ! 出口はちゃんとあるわ〜」

 

 帽子を深く被り、最原くんがモノクマを睨む。

 …… 最原くんそんなことできるんだ。気弱そうだけど、やっぱりすごいな。

 

「そうそう、出口はあるよ? でもそれに辿り着けるかはオマエラ次第ってわけ! ま、精々納得できるまで何度でもトライすればいいよ! アーハッハッハッハ!」

「きゃーはっはっは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノクマの真似をするようにモノクマーズも高笑いし、その場から消えてしまう。

 

「んあー、頑張れば辿り着けるらしいぞ?」

「テメーはバカ代表か! あれだけ余裕ってことはぜってー辿り着けねーんだよ!」

 

 最初とは打って変わって、みんなマイナス思考だ。

 

「だから嫌だったのに……」

「えっ、香月…… さん…… ?」

「あ」

 

 声に出ていたようだ。なにやってるんだろう。

 

「そういえば、最初から分かってた人がいたんだっけ?」

「え、あ……」

 

 王馬くんがわざとらしく 「春川ちゃんもそうみたいだよねー。あれ? 香月ちゃんももしかして……」 なんて言うものだからみんなの視線がこちらに集まる。

 だから、嫌なんだってば。こんな風に一斉に見られるのは苦手なんだよ…… やめてよ……

 

「だ、だって…… ぼくらの自己紹介が終わるまでわざわざ待ってたくらいなんだよ? 絶対どこかで盗み見てるんだって…… なのに、ぼくらが出口を見つけて脱出しようとするのに気づかないなんておかしいでしょ? 泳がされてるとしか…… 思えなかったよ」

「ああ、だから地味に嫌そうだったんだね」

「ぬぐぐ、合理的に考えればモノクマたちがそうするのも納得できてしまいますが……」

 

 ああ、いけない。

 ここは、それでも挑戦するのが王道のはずだ。なのに、妙な説得力があるのか納得されてしまう。

 

「でも…… まだ一回失敗しただけだ」

 

 最原くんが言った。

 

「うんうん! モノクマの言うことなんか関係ないよ。何回だって挑戦しようよ! 私はあんなヤツに負けたくない。みんなだってそうでしょ? それに、私みんなにも負けてほしくないんだよ! コロシアイなんてさせようとする誰かに屈しちゃだめだよ!」

 

 赤松さんが士気を上げる。

 

「〝 超高校級 〟がこんなに集まる機会なんて滅多にないからね。きっと協力できれば、なんとかなるかもしれない」

 

 最原くんも、諦めていないのか。

 

「みんな一緒に外に出るんだよ! それで、みんな揃ってここから出たら…… 外で友達になろうよ」

「…… 友達」

 

 どうしよう、フラグにしか聞こえない。

 それ、今友達になるんじゃだめかな…… じゃないと、二度と、永遠に友達になれないまま終わる人が出てきそうで…… 嫌だ。

 

 誰か、ぼくのこの後ろ向きな考えをぶち壊してくれ……

 

「うん、こんな大変な目に遭ったんだからみんないい友達になれると思うんだ…… どうかな?」

 

 みんな口々に賛同していき、下がっていた士気も元どおり。

 でも、ぼくには目の前にニンジンをぶら下げられているようにしか思えない。それこそ永遠に届かない、夢。

 自己紹介のときにはまだコロシアイではなく、おまけモードになることも考えていられたので楽観視できたが、今はそうもいかない。

 必ずこの中の誰かが死に、そして誰かが人殺しになるのだ。

 これが生放送されているのか、それとも秘蔵されているのかは分からない。でも、これが〝 ダンガンロンパ 〟というコロシアイゲームである限り、仲間の死ぬ姿を何度も見ることになるのだ。

 その考えがどうしても頭をよぎってしまう。

 

「うん、みんなで頑張ろう! さっきは失敗したけど、次こそ上手くいくよ!」

 

 王馬くんが真っ先に言い、二度目の挑戦が始まった。

 

「王馬くん…… どうして」

 

 ねえ、ゴールの文字が見えていたのは確かだけれど…… ぼくはリフトに乗ったときに気づいたよ。

 あの文字、ただのダミーだったじゃないか。

 あのあともずっとずっと道が続いていた。

 仮に、誰かが最後まで辿り着いても意味がない。

 赤松さんの理想のためには、全員が脱落することなく脱出しなくちゃいけない。

 

 本当に、分からない。

 

「な、なんでぇ…… ? どう考えてもハッピーエンドの流れだったのにぃ…… !」

 

 やはりというか、失敗した。

 今度はみんなダミーのゴール手前まで行ったが、やはりそこからは難易度が急上昇していてミスが目立ち始めた。

 何度やっても、何度やっても、我慢して参加し続けても、ヘトヘトになるだけで一向に進まない。凡ミスまでチラホラするようになる始末。

 もうやってられない。

 十度目になって、ぼくは根をあげた。みんながぞろぞろと懲りずにトンネルに向かうのただ一人、見送った。

 もうやる気なんてなくなっていた。所詮元一般人。先の見えないことを積極的にやれるほど根性はないし、少しは休むように説得できるほど協調性があるわけでもない。

 ただの我が儘だけれど…… そうして、次々と戻ってくるみんなを隅っこに座りながら眺めていた。

 

「ど、どうしたの? 香月さん! 足でも挫いた?」

「最原くん……」

「怪我したの!? ならゴン太が背負うよ! 一緒に行こう!」

「ゴン太くん…… ありがとう。でも、いいんだ。怪我なんてしてないから」

 

 俯いたまま、縮こまる。

 

「え、じゃあなんで……」

「…… 疲れちゃったから、休もうと思って」

 

 体感だけでもかなりの時間が経っている。

 いい加減、潮時だろう。

 

「違うでしょ? 香月ちゃん。素直になりなよ…… オレだって、もういい加減にしてほしいって思ってたところだし」

「え、王馬くん?」

「別にさ、赤松ちゃんが諦めないのはいいんだけど、それを押し付けてくるのは脅しと一緒…… ってことだよ」

 

 言って、くれるんだね…… 代わりに。いの一番に諦めたぼくが言うべきことなんだろうけれど。

 というより、もしかしてわざと…… か?

 

「無理だって分かってる状況で諦めちゃダメって言われても、やっぱりしんどいだけなんだよね。赤松ちゃんの言ってることは正論だよ? モノクマに負けたくないのも分かるよ。でもね、疲れてるのに少しも休むことができなくて、文句も言えなくて、無理難題に挑戦し続けるなんて拷問と一緒だよ」

「ちょっと! そこの男死は勝手になにを言ってるんですか!」

 

 勝手なんかじゃないよ。

 ごめん、やっぱりぼくも言うべきだよね。

 

「赤松さん…… もし、もしにだよ? 赤松さんだけ出口に辿り着いたとしても、そこで何時間も、何日も全員が辿り着けるようになるまで待てるの?」

「えっ」

「全員で脱出するって、そういうことでしょ? それとも辿り着いたらあとはさっさと外に出るの?」

「バカ! テメー赤松がそんなことするやつに見えんのかよ!」

 

 見えないよ。でもだからこそ言ってるんだよ。

 出口に辿り着いた、その後のことをちゃんと考えてくれないと。

 

「それにさ…… 疲れた状態で挑み続けてもなにもいいことはないよ。やるにしても、今日はみんな色々あって疲れてるし…… 少し休んだほうがいいって」

 

 見たところ、真宮寺くんや夢野さんも疲れてきているようだし。

 

「休むって、どこで休むつもり?」

「泊まるための…… 学生寮があったわね」

 

 春川さんの質問には東条さんが答えてくれた。

 

「うげーっ! あんなとこに泊まんのか!?」

「贅沢は言ってらんねーだろ。俺がいた監獄よりは、よっぼどマシだぜ」

「なんだか、地味に肝試しみたいだね……」

「ま、仕方ないからガマンするしかないよねー。で、このあとはどうする? 一応まだ校則の夜時間とやらにはなってないし、夕食にでもする?」

「夕食にするなら用意させてもらうわよ」

「じゃあ、そうするっすか。明日は食堂の開くらしい朝8時に行けばいいですし」

 

 トントン拍子に話は進み、その場でぞろぞろと食堂へ向かう。

 校舎に戻ってから時計を確認すると、午後8時となっていた。

 

「ま、出口が使えなくても別の方法を考えればいいしね」

「それってコロシアイのことっすか?」

「へー、キミはそういう解釈をするんだ…… にしし」

 

 周りを探っている感じのある王馬くんと、赤松さんと並び先導している気のある天海くんが意味深な会話をしながら食事していたが…… ぼくは気にしないことにした。

 これ以上気まずくなりたくない。

 

「ねえ香月ちゃん。あんまり後ろ向きなことばっかり言ってると、もしかしたらコロシアイしようとしてるんじゃないかって思われるから気をつけたほうがいいよ。みんなを後ろ向きにさせて自棄っぱちにさせようとしてるようにも見えるからさ!」

 

 宿舎への帰り道、食事中に忠告されたことを振り返る。

 茶柱さんがすぐに見咎めてくれたけれど、その言葉はぼくに突き刺さった。

 

 そうか、弱音を吐いちゃダメなのか。

 そうか……

 

 みんなを頼らないようにしないと。

 これ以上、迷惑をかけないように。

 

「芳香浴したい……」

 

 追い詰められ、しんどくなった内心で溜め息を吐く。

 ああ、早く研究教室が開かないものか。

 そうしたら、ずっと一人で迷惑もかけずにいられるのに。




 今回から一章開始でございます。
 原作のタイトル演出みたいなのがやりたいなって思っているのですが、なかなかうまくいきませんね。

・ネガティブ
 錆理論の主人公がいかに鋼メンタルだったか分かりますね。


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朝食会と動機と

 

 

―― Monokuma Theater

 

 

 

 いやー最近ボクも忘れっぽくなっちゃってさ。

 昨日食べた鮭もなにを食べたのか覚えてないし、どこに貯金したのかも覚えてないし、これが何作目なのかもたくさんありすぎて忘れちゃったよ!

 オマエラもそうじゃない? 今何月何日か分かる? 昨日何食べた? 何年くらい前まで思い出せる? 自分の利き手は分かる? 自分の友達何人言える? あ、言えなくても問題ないよ。元からいないかもしれないしね! ボクってそういう気遣いはできるクマだから!

 

 いやー、記憶って曖昧だよね。だからボクはこう思うんだ! 今がイチバン大事だって!

 大したことないから忘れちゃうんだよね。覚えてなくてもいいことだから覚えてなくてもいいんだよ。

 覚えてないってことはオマエラにとってもどうでもいいことになったからでしょ?

 そもそも記憶なんて曖昧なもの、本当に信じていいのでしょうか…… ほら、信じる者は足元を掬われるとも言うし。

 むしろ忘れてしまったほうがいいことって世の中たくさんあるよね。

 忘れてしまったことを無理に思い出させないのもまた優しさだと思うんですよ。

 だからボクは無理に思い出させようとは思わないよ!

 忘却は美徳です! これからは今と現実を大事にしましょう!

 …… って、ボクなんでこんな話してたんだっけ?

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く、暗く、閉じこもるように眠っているとなにやら大勢の声が聞こえてきた。

 ドンドン、ドンドン…… とてもうるさい。

 

「んん…… ?」

 

 起きると、途端に周りの喧騒がぼくを襲った。

 

「香月さん! 香月さん開けて!」

「大丈夫っすよ、きっと寝坊しちゃってるだけっすから」

「そうだよー! 寝坊はいけないって神様も言ってるよー」

「にしし、本当に寝坊なのかなー? もう既に…… とか」

「ええ! まさか本当にコロシアイが!?」

「んなんけあるか! 大丈夫に決まってるだろ! おい香月、開けろ!」

 

 寝ぼけ眼で机上の時計を確認すると9の文字。

 朝に食堂が開くのは8時…… 完全に寝坊だった。

 

「あっ、えっ、ごめん、ちょっと待って!」

 

 叫んでから、急いで支度をする。

 顔を洗い、歯を磨き、支給された制服を着て家具に転びそうになりながら扉を開ける。

 すると、部屋の前にはズラッと全員が集まっていた。

 どうやら、かなり心配をかけたようだ。申し訳ない。

 

「あ、良かった! さっきからずっと出てこないから心配したよ」

 

 ぼくの顔を見て、赤松さんは明るく言った。けれど少し顔色を悪くしているので、よほど心配してくれたんだろう。

 

「寝坊たぁ、ずぶといな! それとも、そんだけ疲れてたか? まだ顔色悪ぃが……」

 

 扉から一歩踏み出すと、百田くんに背中をばしばし叩かれる。本当にスキンシップの多い人だな、とさりげなく手を振り払って周りを見る。

 みんな朝食は食べてしまっただろうか。

 

「っかー! オレ様を待たせるとか何様だよ! 昨夜はお楽しみでしたってかッ!」

「た、ただの寝坊だよ!?」

「うんうん、香月ちゃんはお寝坊さんだねー? オレ、てっきり殺されちゃったかと思ったよ」

 

 と、王馬クンの一言でみんなの表情が固まった。

 

「王馬、テメー不吉なこと言うんじゃねーよ!」

「でも、それを心配したのは確かだよネ」

「朝の放送で物騒なことも言っておったからのう」

 

 朝の放送…… なんて言ってたんだろう。

 歴代ずっと、マスコット枠が朝と夜に放送しているけれど今回はどっちかな。モノクマーズが出張ってきている感じがあるし、あの子たちがやってるのかな。

 

「ごめん、大丈夫だよ。恥ずかしながら、昔からあんまり起きるのが得意じゃなくて……」

「私が起こしに来ましょうか? あなたが良ければだけれど……」

「そ、そんな、東条さんの手を煩わせるほどじゃないよ!」

「えっと、朝の放送で起きられないなら、あとで目覚まし時計でも探してみればいいんじゃないかな」

 

 頬をかいて言うと、最原くんから提案される。

 そうだね、目覚まし時計が何個かあればちゃんと起きられる。いつもそうだった。

 東城さんに起こしてもらうのはちょっと…… 部屋に入られるってことだし、万が一のことがある。ないとは思うが、ぼくは身の安全が確保される個室に人を招きたくない。

 

「ああ、おあつらえむきになんでも揃ってそうな倉庫があったな」

「キー坊置いとけばいいんじゃない? 目覚まし機能ぐらい搭載してるでしょ!」

「ボクの同意なくそんなこと言わないでください!」

「機能は…… あるんだね」

 

 星くんが同意して頷くと、またもや王馬くんがキーボくんをからかいだし、白銀さんがツッコミを入れた。

 

「ちなみにどんなアラームなんすか?」

「まず普通の目覚ましでボクが目を覚まします。それからこう、アー、アー、アーーーーーッ!」

 

 大音響で叫ばれてしまった。

 本当にこのロボット残念だな。もうちょっとどうにかならないのか。

 

「んあ、うるさいぞ……」

「うっわ、無駄にビブラート効かせてるのがなんかムカつく。もういいよ、キー坊の残念さは十分分かったからさ」

 

 絶対に音痴だ。

 だって音量おかしいもん。

 

「電力をたくさん使うので3秒が限界です。賢明な判断でしょう」

「3分ですらないんだ……」

 

 白銀さんの控えめで冷静なツッコミ、結構好きだな。

 

「そうだ、入間さんに目覚まし時計作ってもらったらいいんじゃないかな。きっとすぐに起きられるようにしてくれるよ」

「はあ!? オレ様の時間を寄越せっつーのかテメーは! インタビュアー相手じゃねーんだぞ! …… まあ、イき声入れときゃ速攻で起きれんだろ。支度する前に処理する時間が必要になるかもしれねーけどな!」

「ねえ、本当に…… この人にお願いしても平気だと思うの?」

「ご、ごめん……」

 

 最原くんはなにを思って入間さんを選んだのか。理解に苦しむ。

 

「おいおい、朝食はどうするんだ。ここでこのまま会話に興じるのか?」

 

 星くんの一言でハッとなる。

 赤松さんも大袈裟にポン、と手を打ち 「あっ、そうだったね! お腹もすいたし食堂に行こうか! 香月さん、支度はできてる?」 なんて言った。身振り手振りが多い人だな。

 そうか、みんなぼくを心配して食べてなかったのか。…… ちょっと嬉しい。

 

「できてる…… 大丈夫だよ」

「それじゃあ行こっか!」

 

 そうして、ぞろぞろと食堂に移動する。

 食堂では東条さんが動き回り、あっという間に全員分のスープとトーストができてしまった。

 今日はまだ食の好みを聞けていないから全員一括なだけで、彼女はこれから毎日みんなの好みの朝食を振る舞うつもりであるらしい。

 いつか朝食の席で和洋中が並ぶかもしれない。

 

「きゃーっ! すごいです! こんなに早くご飯が作れるだなんて!尊敬しちゃいますよ!」

「この食材って、どこから取って来たの」

「ふむ…… ウチの魔法じゃ。お主らのために用意した」

「転子たちのために…… ! ありがとうございます夢野さん!」

「やめい、髪がぐしゃぐしゃになるわ!」

 

 茶柱さんは女の子らしいものに憧れを持っているのかもしれない。

 撫で回されている夢野さんは結構本気で嫌がっているが、茶柱さんはそれに気づいた気配がない。ご愁傷さまです。

 あと、多分魔法ではないと思う。

 春川さんの疑問に答えたのはクラスメイトのみんなではなく……

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

「おはっくまー! その説明はワイらがしたるでー!」

 

 モノクマーズだった。

 それにしても、食事中に天井から現れるのはやめてくれないかな。埃が入るじゃないか。

 

「共同生活のためにはご飯が必須だわー!」

「それとおまるもな!」

「え、モノキッドまだおまるなの?」

「うるせぇぇ! ミーたち全員子供だろうが!」

「ベッドも必須やな」

「それと女もな!」

「まあ! 男でもいいじゃない」

 

 下世話な会話だね。

 それにしても、すーぐ脱線するんだから……

 

「モノクマーズが出るってことは…… この食材の出どころはそっちってことっすよね」

「もう手をつけちゃったけど…… 大丈夫なの? それ……」

「ええっ! ゴン太もう食べちゃったよ!」

「変な味もしなかったし、毒とかは入ってないと思うけど」

 

 天海くんの言葉に白銀さんが不安を零すが、即座に最原くんがその可能性を否定する。

 探偵って毒のことも分かるのか。本人は度々まだ半人前だとか言ってるけれど、それが分かるだけでも大したものだと思う。ただの探偵助手じゃあそんなこと勉強したりしないし、経験則だとしてもそれだけのことをしたことがあるってことだもんね。

 どの植物に毒があるかとかは分かるけど、さすがに毒の味とか分からないし…… ペロッこれは青酸カリ! なんてこと現実ではやれないよ。

 

 

「ど、どど、毒!? なんでそんな物騒なこと言うの!?」

「怖いわモノタロウ! …… って、そんなことする怖い子がこの中にいるはずないわよね。キサマラいい子揃いだもの!」

 

 コロシアイ強要してる奴らがよく言うよ。

 

「ワイらは清く正しくコロシアイの支援をしてるだけや。コロシアイ発生前に餓死なんかされても困るっちゅーことやな」

 

 コロシアイに清くも正しくもないから。清く正しくしたいならおまけモードに移行してください。今すぐに。至急。切実に。

 

「あくまで、俺たちにコロシアイをしてほしいんすね…… 全滅させたいならさっさとそうすればいいだけですし、チャンスはいくらでもあったはずっすからね」

 

 マイペースに食事を進めている大多数のうちの1人、天海くんは食後のコーヒーを飲みながらそう言った。

 奴らの目的はあくまでコロシアイを見ること。そして恐らく、それを面白おかしく演出して放映すること。

 企画側が動くなんてこと、あってはならないことだ。それはただのやらせでしかないからね。

 ただ、ぼくは企画側の思惑が理解できるからと言ってコロシアイを歓迎しているわけではない。

 そりゃあ、巻き込まれるのは自分っていうのもあるが、そもそも人が現実で死ぬことに喜びを覚えるような危険な思想は持っていないし。

 

「こ、こんな奴らが用意したメシなんか食えるかよ…… !」

「ううん、食料が用意されるならコロシアイをしないってことを貫き通せばいいだけだよ。ほら、皆で親睦を深める合宿してるような感覚でさ! 食事代がタダでラッキーとでも思えばいいじゃん!」

「赤松ちゃんはポジティブだねー」

「でもそういうことだろ。オレの言いたいことは全部赤松が言ってくれたな! タダ飯食いながら少しずつ脱出のために動けばいいんだ。用意するってんなら、とことんまで利用してやればいいだろーが!」

 

 赤松さんと百田くんはすごいな。

 出し抜くべきモノクマーズの目の前でそんなこと言えてしまうのだから。

 

「良かった、またあの地下通路に挑戦しようとか言われたらどうしようかと思った」

 

 そんな2人の様子を見て春川さんが淡々と話す。

 その言葉に 「うう」 と少し狼狽えてから、赤松さんは 「私も周りが見えてなかったから…… 突っ走り過ぎて皆のこと見えてなかった。昨日はごめんね」 と謝った。

 百田くんは 「赤松がそれでいいなら後腐れなくなるまでやれることやれよ」 と肯定的だ。

 昨日、ぼくがみんなについて帰るときに 「正しいことをしたのだから謝る必要はない」 と言う百田くんの声が聞こえたからそのことだろう。

 よく考えて、ギスギスしたままで終わらないようにということだろうね。

 よくない雰囲気が漂っているとそれだけで危うくなるから……

 

「よーし、昨日のことはこれで解決したよね! で、こいつらどうする?」

「説明はとっくに終わってるはずだって神様も言ってるよー」

「もういる必要はないのう、さっさと去ね」

「辛辣な言葉がミーの剛毛ハートに突き刺さるぜー!」

 

 いや、必要ないのは本当じゃないか。

 潔く下がればいいのに。

 

「無視して食事に戻ればいいと思うけどネ」

「あなたは図太すぎです! これだから男死は」

 

 男子女子関係ないと思うよ。

 淡々と食事してる春川さんや最原くんもいるし。

 

「それともなにか? まだなにかあるってのか」

「お皿、下げるわね」

 

 星くんが食事を終え、モノクマーズに向き直して言う。

 すると、モノクマーズはなにやら円陣を組んでヒソヒソと相談し始めた。ただし、内容は隠す気がないのか丸聞こえだ。

 

 

「あれー、オイラたちなにしに来たんだっけ?」

「お父ちゃんにおつかいを頼まれて…… それで来たとき、ちょうど食べ物について話してたから説明をしたのよね」

「おつかいの内容覚えとるか?」

「ミーはさっぱりだぜ! きっとモノダムのせいだ!」

「……」

 

 揉めているようだが、いいのか。

 

「おお、我が子たちよ……」

 

 どこからか音が反響して聞こえてくる……

 この声は、毎度お馴染みモノクマだ。

 全員食事は終わっているのでなんの問題もないが、少しくらい休みをくれてもいいと思う。

 あとできれば早く研究教室を解放してほしい。是非とも引きこもりたい。

 

「〝 はじめてのおつかい 〟すらまともにできないなんて、可愛いよね! そりゃあもう可愛すぎるよね! 途中で興味を惹かれてふらふらどこかに行っちゃう年頃って食べたいくらい可愛いよ!」

「お父ちゃん、怒ってない?」

「怒ってない!」

「お父ちゃんごめんなさい!」

「怒ってないってば!」

「ボコるならモノダムにしてくれお父ちゃん!」

「……」

「怒ってない人に怒ってるって言うのはすごくウザいんだぞー! いい加減にしろー!」

 

 ぴゃあぴゃあうるさいモノクマーズにモノクマが抱きしめて次々とジャーマンスープレックスを決めていく。なにも言っていないモノダムまで投げているので完全に連帯責任だ。

 キレやすい親って嫌だよね……

 

「ゴホン、それはそれとして…… 今日はオマエラに朗報だよー!」

「朗報、ですか…… 出口でも見つかったんでしょうか」

「もう、キー坊はバカだなぁー。オレたちを閉じ込めてるやつが出口をわざわざ提供してくれるわけないでしょ」

「うっ」

 

 ああ、関係ない赤松さんにも言葉が突き刺さっている……

 

「世の中、指示待ち人間が増えて深刻化しているようですが…… それはどうやら本当のようですね……」

「自分で判断しても結局怒られちゃう世の中だもんね……」

 

 白銀さんがなぜかモノクマに同調しているけれど、なにかあったの?

 

「ということで! オマエラにコロシアイという課題を与えてもやる気が出ないんじゃ仕方ないよね! 本当は納期とか締め切りとかはないけど、やっぱりなにも起こらないマンネリ化は避けたいわけですよ!」

「つまり、なにが言いたいんすか?」

「コロシアイしたくとも理由がないと始まらない! …… というわけで、ボクはオマエラに人を殺す堂々たる理由…… 動機を与えることにしました!」

 

 ああ、やっぱりそれか。

 さて、最初の動機はなんだろう……

 

「ううん、いつになってもこれを言うときはドキドキするよね…… なんだか甘酸っぱい気分になるよ」

「クラスで発表会をするときのようなドキドキじゃろうか……」

「え、恋愛的な意味じゃないの…… ?」

「その手のドキドキは〝 甘酸っぱい 〟なんて形容をするべきじゃないヨ」

 

 コロシアイの動機発表に甘酸っぱくドキドキするとかもう意味分からないよ……

 

「えー、それぞれの部屋と、研究教室にひとつずつ〝 極上の凶器 〟を用意させていただきました! また、現時点で存在する研究教室は準備が終わったので出入りが自由になりました! それぞれが凶器を持っている状態…… しかも、特定の人物だけは凶器を2つ所持している不公平…… ワックワクのドッキドキだよね! もちろん、研究教室には鍵がないので凶器を奪うことも可能です! では良きコロシアイを…… ぶひゃひゃひゃひゃ!」

「さすがお父ちゃん! エゲツない差別だね!」

 

 あーはっはっはっはっ! とモノクマの哄笑に続くようにモノクマーズ全員が唱和し、次々と姿を消していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りに残ったのは、沈黙だった。

 

「待ってください…… ということは、いつの間にか個室に凶器を置かれていたということですか…… ?」

 

 さっと茶柱さんが顔を青くする。

 

「幽霊かサンタみたいだね…… 地味に嫌なサンタクロースだけど」

「ばば、バカなこと言うんじゃねー! そんなモンあるわけねーだろ!」

「ええ、怪しいものはなかったと思うのだけど……」

「部屋が変化してればすぐ分かるよ」

 

 東条さんも、春川さんも部屋の変化に覚えはないようだ。

 ならば、最初から個室の中にあったとか…… ?

 

「それよりも、研究教室が判明してる人の方が重要じゃない? 研究教室があったのって…… 誰だっけ?」

 

 シン、と静まり返る。

 いつも現実を突きつけてくるのは王馬くんだ。いい加減やめてほしい。

 みんな彼の疑問の答えは分かっているけれど、言い出す人はいない。この雰囲気で指摘すれば、それだけで疑っていると言うようなものだからだ。

 

「お、お、オレ様は知らねーぞぉ……」

「ええ、入間ちゃんは嘘つきだなー。植物園の近くに発明家の研究教室があるの、オレ知ってるんだよ?」

「なな、なんだよぉ…… ! 別にいいじゃねーかよぉ…… ! ひ、人なんか殺しても必ず出れるわけじゃねーんだろぉ…… ?」

「必ず出れるなら殺してるみたいな言いかたするんだね?」

「ひぅぅ……」

「王馬君、あんまりいじめちゃダメっすよ」

 

 天海くんから入間さんをいじり倒す王馬くんにストップがかかり、彼は大人しく責めるようなその口をつぐむ。

 からかっていただけで、本気で責めるつもりはなかったようだ。多分ね…… 彼のことはよく分からない。

 所構わず揺さぶりをかけまくっているだけかもしれないし、なにも考えてないかもしれない。心の中を覗かない限り、他人の思うところなんて分かるわけがないよね。

 

「ぼくも…… 植物園の中に研究教室があるよ」

「私も2階にあったよ。いかにも私のためにある! っていう教室が」

「他にはいないっすよね……」

 

 研究教室が解放されているのはぼく、入間さん、赤松さんの3人だけだ。

 そして、モノクマの言葉をそのまま信じるならば凶器を2つ持っているのもこの3人ということになる。

 

「このまま手を触れずにおくのもひとつの案だと思うけど…… 赤松さんはどう思う?」

「えっと…… 本当は処分しちゃったほうがいいと思うけど」

 

 赤松さんの言うことはもっともだ。けれど、それが校則違反になるかどうかも分からないので軽率に動くべきじゃないとは思う。

 

「あ、なら…… ひとまず3つのグループに別れて研究教室を確認しに行かない?」

「そうっすね…… 個室は後にするっすか」

 

 最原くんの言葉に天海くんが同意する。

 

「帰らないほうがいいの?」

「みんなで確認しちゃったほうが効率いいっすから。もし凶器を見つけたらガムテープかなんかでぐるぐる巻きにでもすればいいっす」

「そんな雑な管理でいいんだね……」

「確認してから処分するかは決めればいいっす。とにかく所在の確認が最優先事項ってことで」

 

 こうしてぼくらは重い足を持ち上げながら、それぞれの研究教室に向かった。

 まさか、こんな形で研究教室の内装を見ることになるだなんて…… 結構楽しみにしていたのに。ああ、引きこもりたかった。

 引きこもりたくても鍵がないんじゃ引きこもれないじゃないか。

 胃が痛くなってきたので、道中ネロリの精油を手に1滴垂らして心を落ち着かせる。甘くて少し苦い…… そんなビターオレンジの花の香りだ。

 

「うう……」

 

 こんなんじゃダメだよね。

 大丈夫、大丈夫、弱音なんて吐いたらいけない。

 きっと、きっと、大丈夫。赤松さんや、百田くんのような人もいるんだ。殺人なんて起きるわけがないよ……

 

 

 

 

 

 

 

 




・ネロリ
 柑橘系のアロマオイル。その名前はネロラ公国の王紀「アンナ・マリア(アンナ・マリー・デ・ネロリ)」が愛用していたことからつけられている。
 社交界で手袋に香りづけしていて貴族間に広まったのだとか。
 ストレス、不安を感じているときにリラックスするために香りを嗅ぐと良い。深いリラックス効果と幸福感をもたらしてくれるアロマ。
 精油を探しに行けば必ずあると思う。


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研究教室探索

 研究教室へは3グループに分かれて向かうので、それぞれの研究教室に行く人をまず決めることになった。

 アロマセラピストの研究教室にはぼくと、白銀さん、夢野さん、春川さん、星くん、東条さん。

 発明家の研究教室には入間さん、天海くん、キーボくん、真宮寺くん、ゴン太くん。

 ピアニストの研究教室には赤松さん、最原くん、茶柱さん、王馬くん、百田くん、アンジーさんだ。

 

 食堂には丁度割り箸もあったので、1から3まで番号を振ってくじ引きした結果だ。発案は真宮寺くん。

 ぼくは割り箸でくじを引くと聞いて「うっ、頭が……」という状態になったが、よくよく考えれば〝幸運〟枠がいないことに気がついてホッとした。

 結果も順当だろう。6人、6人、5人にそれぞれ分かれて研究教室に向かう。

 

 ぼくたちは植物園だ。あそこには虫がいないから植物園自体がぼくの研究教室のようなものなんじゃないかと思っているけれど、中にちゃんと研究教室もあったから今はそこを調べることになるはずだ。

 植物園自体の探索はもう少し後でもいいだろう。どうせ毒性のある植物もあるのだろうが、モノクマが言っていた凶器の在り処は研究教室なのだ。多少の憂は断っておきたい。

 

「植物園の中は随分広いね」

「うん、ぼくもまだ全然探索してないから、どのくらい広いのかはちょっと分からないな……」

 

 道中、春川さんがポツリと呟いたので答える。

 あの棺から目覚めて、ろくに探索することなく中心地で東条さんと出会い、そして移動してしまったのでまだまだ未知の世界だ。

 

「ガラス温室なのに天井が遠いよね…… 地味にお金かかってそう。こんなに綺麗な場所なんだから、撮影で来たかったなあ」

 

 植物たちはきちんと管理されていたのか結構整然と並んでいる。

 こういう場所はコスプレイヤーも使いたいだろう。ただし、花の中に入って寝転んだりするのはNGだ。あくまでこれを背景にして撮影するのならいいけれど。

 そこのところは白銀さんがそんなことをするレイヤーじゃないと理解しているのでなにも言わないが。

 

「それに香月さんにコスプレしてもらいたいものもあるし……」

「えっ」

「どう? 白雪姫になってみたくないかな?」

 

 ああ、あれか…… 確かにぼくは赤毛だけれど……

 

「遠慮しておくよ」

「そっか、残念」

 

 随分と諦めがいいな。そのほうがありがたいけど。

 

「ウチを誘ってくれてもいいんじゃぞ」

「ほら、夢野さんは身長が……」

「んあー!!」

 

 残酷なことを。

 

「男子に銀髪なんていないけどそこはどうするのさ」

「東条さんなら大丈夫だよ!」

「私が?」

 

 似合いそうなチョイスで納得してしまった。

 

「盛り上がってるところ悪いが、研究教室ってのはアレか?」

「あ、ごめんね…… うん、あそこで合ってるよ」

 

 植物園の入り口付近から少し入ったところに星くんが指差したところがある。

 そこには可愛らしいデザインの小屋のようなものが建っていた。壁板は白く塗られ、屋根は淡い赤色の植物園にあるととても目立つ建物だ。扉には月桂樹の輪に絡むように雪割草…… ミスミソウが描かれている。

 

「この機械は……」

「なにこれ、昨日はなかったよ…… ?」

 

 扉の横には、昨日はなかったはずの機械が配置されていた。

 配電盤のようになっていて、その上に小屋と同じカラーの屋根が設置されている。配電盤っぽいものの色が白なので、紅白の小屋の前にまた紅白の小さな小屋があるみたいだ。

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

「それは散水装置だよー!」

「植物園の管理に役立ててちょうだいね!」

 

 2匹だけ…… ? いつまで経ってもモノキッドとモノスケ、モノダムが出てこない。

 もしかして他のところでも説明してるのだろうか。

 

「スプリンクラーってこと?」

「そうよ! でもね、急ピッチで用意したから少し足りない部分があるの……」

「足りない部分…… なにかしら」

「時間をセットできないんだよ! スプリンクラーを使うなら直接操作しないといけないんだ」

 

 うわあ、それは致命的な欠陥なんじゃないかな。

 特にぼくは朝起きられないから、早朝に水をまいておきたくてもできないじゃないか。

 

「面倒いのう」

「うん、さすがに面倒かな」

 

 こればっかりは夢野さんに全面同意する。

 

「香月、中見てもいい?」

「あ、お願いするよ。ぼくは特になにも思わないし…… むしろモノクマの言ってた凶器ってやつを探してほしい」

「なら俺たちは中だな」

「そうだね……」

 

 そんなやりとりをして春川さん、星くん、白銀さんが小屋の中に入る。

 ぼくと東条さんは引き続きモノクマーズの相手だ。

 

「その機能をつけることはできないのかしら」

「できるよ。できるけど、ちょっと時間がかかるから、2、3日は直接やってもらわないといけないよ」

「ごめんなさいね!」

 

 まあ、ここまで言われたのなら仕方ないか。意図的にやったわけじゃなさそうだしなあ。

 でも、こいつらが意図的じゃなくても裏でモノクマが糸を引いている可能性も捨てがたいし…… あんまり鵜呑みにするわけにもいかない。

 ないものはどうしようもないけどね。どうしよう、スプリンクラー……

 仕方ないから、朝食後に最初の散水をすることにしようかな。

 どうせ8時には起きられないから。

 

「それじゃあ、あとは存分に探索してちょうだい!」

「じゃあね〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…… 香月さんが良かったらだけれど、毎朝私が散水しに来ましょうか?」

「えっ、な、なんで…… ?」

「そんなに難しい顔をしていたら分かるわ。起きられるのかが心配なんでしょう?」

「う、うん……」

 

 恥ずかしい…… そんなに分かりやすく顔に出ていたか。

 でも本当に起きられないし…… でもモノクマーズもここがぼくの管轄だって言っていたようなものだし、人に任せるなんてことは……

 

「メイドだもの。私に依頼してくれればなんでもするわよ」

 

 そっか、東条さんは頼られるほうが嬉しいのかな…… ?

 なら、頼んでみるのもいいか。そのほうが仲良くなれるかな。

 

「えっと、東条さんは何時に起きてる…… ?」

「これからは朝食の用意もあるし…… そうね、6時くらいには起きているわ」

「あ、ならそのくらいの時間に散水しておいてほしいな」

「依頼、承ったわ」

 

 東条さん起きるの早いなあ。ぼくももう少し頑張らなくちゃ。

 

「それじゃあ中に入ろうか。もうみんなが調べてくれてるけど、ぼくも自分の研究教室は気になるし」

「そうね」

 

 中に入ったぼくは衝撃を受けた。

 

 向かって右側にズラリと並ぶ棚には無数のガラス瓶と、その中に蕾、実、花など部位ごとに纏められた材料たち。

 アルコールにつけられ既に溶媒抽出法…… アブソリュートが行われているガラス瓶がこれでもかと詰め込まれた棚まで…… !

 下の方には圧搾法に使う小さめのローラーと遠心分離機。凶器にはなり得ない大きさなので安心だ。1人で作業する分には十分使える物だ。しかも高級品! モノクマもいいところあるじゃないか。

 

 部屋の真ん中には大きな作業台があり、その上には水蒸気蒸留用の器具があるし、大きな蒸留釜まで完備。左側手前にはアルコール、無水エタノール、石油エーテル、グリセリン、ヒアルロン酸、アミノ酸などの副次的材料が瓶に納められ小さな棚ぎっしりと入っている。

 左奥には簡易キッチンもあり、抽出のために火を使うときに便利だ。

 

 右奥には丸テーブルと椅子が数脚重なっており、ガラスのティーセットまで…… ! 近くには精製水が出てくるらしい冷水機まであるし、一休みするスペースなのかな?

 精製水は精油作りに使うものなんだけどね。いわゆる純水というやつで、不純物が全て除かれたものだ。純水であるため電気も通さない。

 あれが自動で追加されるのなら飲料にも使える。ただ、水の味を作っているミネラルなどの成分が入っていないので無味無臭。甘く感じたりはしない。だからお茶に使うと美味しくなるんだけど。

 

 入口付近にはロッカーがあったので中を見てみると、ぼくの校章が意匠に入ったエプロンと土いじり用なのか作業服とゴーグル。肥料に植物の種。

 

 あと植物園の地図やら、植物園の植物分布が書かれた書類、図鑑や花言葉の本もちらほらと見える。

 控えめに言って天国だった。やっぱり引きこもろう。あと寝る場所と食べるものさえあれば完璧だ。倉庫か購買部にあれば持ってこよう、そうしよう。

 

「すごい…… !」

「あんたには宝の山にでも見えてるの?」

 

 ぼくが興奮冷めやらぬ状態で中を見て回ると春川さんに呆れた目を向けられた。

 彼女は植物図鑑片手に棚に置いてあるガラス瓶の中身を検分している。多分毒性植物がないかを調べているんだろう。

 

「植物園の分布はあるのに、この棚にある植物のリストとかはないんだよね…… 地味に不便だよ」

「あれ、そうなの?」

「そうじゃないと調べたりなんてしない」

「香月さん、ここにある物はなにに使う器具なのかの説明をもらえるかしら」

「う、うん」

 

 東条さんに説明をしながら歩き回る。

 1部のアブソリュートは既にコンクリートと呼ばれる抽出物を取り出せる段階となっている。あとは溶液を取り除いてエタノールで再抽出して、精油と花ロウ…… ワックス成分を分離させれば完成だ。

 アロマポットなどもいくつか棚の下部にあるので今すぐ引きこもって作業に入れば明日には沢山のエッセンシャルオイル(精油)ができるだろう。

 

「香月、足元」

「えっ、あっ、わあー!」

 

 興奮していたからか、足元になぜかあった大きめのバケツに足を取られて転んだ。

 なんでこんなところに? 作業台のすぐ横だからゴミ箱? こんな邪魔な位置にあるだなんて…… まあいいや、元の位置に戻そう。

 

「大丈夫? 喜んじゃう気持ちは分かるけど……」

「ドジじゃな」

 

 白銀さんは苦笑いをしながら手を差し伸べてくれる。

 ちょっと迷ったがちゃんと手を取って起き上がる。すぐさま 「ごめん」 と謝り、タイトスカートを叩く。

 ここにいた男子が星くんで助かった。見ないふりを決めてくれているので本当にありがたいよ。

 

「結局、ガラス瓶の中身は全部安全なやつだね」

「薬効のあるやつもあるが、毒性はないみたいだな。あっても凶器になるようなもんじゃねぇ……無視できるレベルか」

「それにしても、やっぱりどれがどれだか分からないのは地味に不便だよ……」

 

 ガラス瓶にはラベルも貼っていないので少々不便だ。

 

「あ、ならぼくが直接瓶に書いておくよ。洗って使うにしても、同じ素材は同じ瓶で保管したほうがいいし」

 

 万が一混ざってしまったら困るからね。

 一休みスペースにあった油性ペンで材料の入った瓶に種類を書き込んでいく。なにも見ずに植物名をスラスラ書くぼくに春川さんが複雑そうな顔をした。

 わざわざ図鑑で調べていたからか。でも研究室の主のぼくが 「毒はないよ」 と断言しても信用できないだろうし、これは必要なことだったと思うよ。

 

「そういえば、昨日お風呂入ったとき思ったんだけど…… ここって皆同じシャンプーリンスなのかな」

「同じでしょ」

「ウチのは……」

 

 一通り調べ終わっても凶器らしきものが見つからず、今では普通に世間話が始まっている。

 女子4人で風呂場にあったシャンプーリンスを報告し合った結果はやはり、同じものだと確定したらしい。

 倉庫に行けば多分他にもあると思うけど…… これは、こっそり開発に取りかかったほうがいいかな。

 春川さんは甘すぎる匂いがあるのはダメそう。夢野さんは逆にフルーツ系の甘い香り好きそう。白銀さんは爽やか系かな。東条さんは清潔感のあるシンプルな感じ…… サプライズで用意してみてもいいかもね。

 

「本当に凶器なんてあるのか?」

「うーん、もう全部調べちゃったと思うけどね……」

 

 本の中身もパラ読みして、それぞれで調べたはずなのだけどやはり凶器は見つからない。

 いつしか凶器なんか本当はないんじゃないかと思い始めている自分がいた。

 けれど、目に見える凶器がないということは目に見えないなにかがあるということで……

 

「んあー、もういいじゃろ。十分やったと思うぞ」

「あんたはあんまり動いてないでしょ」

「さてのう」

 

 夢野さんは途中から椅子に座って本を読んでるだけだったね。

 本をパラ読みしているうちに熱中してしまったようだ。掃除しているときによくあることだが、仕方ないか。

 面倒なことは嫌いみたいだし、途中まで参加してくれていたのもありがたい。

 

「どうするの? 私は植物園まで調べるのは嫌なんだけど」

「植物園内部のことはぼくがこれから毎日調査しておくよ」

「そうね…… そろそろ食堂に戻ってみましょうか。皆が集まっているかもしれないわ」

 

 残り2箇所はちゃんと収穫があったのだろうか。

 それを知るためにぼくらは食堂に引き返した。ついでとばかりにぼくは最終尾につき、みんなが外に出てからスプリンクラーを起動させる。今日からはちゃんとやっておかないと。

 少し濡れてしまった。スプリンクラーを使うときは傘が必要そうだな。

 

 食堂に戻れば、もう全員いた。

 どうやらぼくたちが最後だったようで、みんなそれぞれお菓子やらお茶やらを楽しんでいた。

 

「夢野さんお疲れ様です!」

「お主のせいでもっとお疲れになりそうじゃ」

「遅ぇぞ! オレ様の一分一秒を無駄にするんじゃねぇ!」

「はは、俺たちはすぐに見つかりましたし仕方ないっすよ」

「僕としては天海君がいて助かったヨ。他のメンバーは探索に不向きだからネ」

「役に立たなくてごめんなさい! 力仕事は得意なんだけど…… こんなの紳士じゃないよね」

「失礼ですね! ボクはちゃんと探しましたよ!」

 

 確かに…… 入間さんに、キーボくんにゴン太くんと探索に不向きそうな人が集まってしまっているな。

 天海くんと真宮寺くんが凶器を見つけて早めに終わったんだろうか。

 

「おう、全員揃ったなら成果の報告だ!」

 

 机を叩いて百田くんが立ち上がると、隣にいた最原くんが揺れて溢れそうになったカップを慌てて支えていた。

 少し溢れたコーヒーをさっと東条さんが行って、布巾で片付ける。

 「悪ぃ」 と慌てた百田くんに最原くんは苦笑いをしながら 「いいよ」 と返す。

 

「ほらほら、百田ちゃん早く報告してよー」

「テメーな…… まあいい、安心してくれ! 赤松の研究教室に収穫はなかった。あからさまに置いてあるような凶器はなかったし、きっとそんなもん最初からなかったんだな。怯える必要なんざねぇ!」

 

 自信満々に宣言する彼に少し安心する。

 赤松さんの研究教室にも凶器はなかったのか。もしかして、本当に凶器なんてないんじゃないか? そんな希望が湧いた。

 

「教室にあったのはグランドピアノと、黒板、それにいろんなクラシックのCDが入ったラックと、ラジカセくらいだよ。あと観賞用らしい壺と、楽譜かな…… そうだよね、赤松さん」

「うんうん! あの壺は軽くて割れやすいみたいだったから凶器にもなりずらいって最原くんとアンジーさんのお墨付きだしね」

「割れた破片なら別だけどね」

「王馬さん、あんまりケチつけないでくれます?これだから男子はネチネチと……」

 

 笑顔でそんなことを言って不興を買ってるが、まあ大事な視点ではあると納得できる。余計なことを言って怒らせたいだけにも聞こえるけど。どういった意図で言っているかは知らないが、よくあんな視線に晒されて平然と笑っていられるものだね。

 ぼくじゃ絶対無理だ。

 

「放送機械もあったって神様が言ってるよー?」

「あ、そうそう! どの教室にも、どの部屋にも放送できるように設備が整えられてたんだ。個室にも流せるみたい。普段は使わないかもしれないけど……」

 

 放送か…… モノクマたちの放送とはどうせ被らないようになっているだろう。優先順位はそちらの方が高いだろうし、肝心の放送がかき消されたら大変だ。ぼくがますます起きられなくなってしまう。

 

「楓の演奏良かったなー」

「って、アンジーさん途中から寝てたじゃん…… それに私は調律が必要かどうか確認しただけだから簡単なものしか弾いてないし……」

「超高校級のピアニストの演奏っすか…… いいっすね。聴いてみたかったっす」

「褒めてもなにも出ないよ!」

「それは残念っすね」

 

 赤松さんと天海くんのやりとりに少し笑う。なんだか微笑ましい。

いいなあ、ぼくも赤松さんの演奏聴きたい。

 

「じゃあ次は入間さんの研究教室だね」

 

 最原くんが言って、彼女を見ると入間さんはイラついたように 「おいチャラ男!」 と説明を天海くんに丸投げした。

 それを聞いても、最初から自分が説明すると分かっていたのか天海くんは苦笑するだけで話し始める。

 

「入間さんの研究教室にあった凶器はおそらくネイルガンっすね」

 

 その言葉に百田くんが顔をしかめる。

 先ほど凶器なんてないと言った後だからだろうか。

 

「いわゆる釘打ち機のことだヨ」

「本来は板なんかに密接している状態じゃないと使えないらしいっすけど、入間さんによればその安全装置が取り外せるようになってるみたいっす。人に向けて使えば長い釘は危ないっすからね」

「ああ…… ゾンビ映画なんかに出てくると強いやつだよね。あれって現実にできるんだ……」

 

 白銀さんが眉をハの字にして言う。

 コロシアイ物とかにも出てくる定番アイテムだ。ヘタしたらプレス機とか巨大シュレッダーとか恐ろしいものもあるんじゃないかと思っていたけれど、案外普通だった。良かった。

 

「とりあえず使えないように発射口に詰め物をしたっす。壊すとなにされるか分からないんで、気をつけて保管することになりますね」

「それじゃあ、香月さんたちの報告も聞こうかな…… アロマセラピストの研究教室になにがあったのか、気になるヨ」

 

 促されたので頷く。

 他の人たちと目が合ったので、ぼくが代表して言うべきだと無言で指摘されているような気がした。少なくとも春川さんはそう思っているはずだ。

 

「ぼくの研究教室に目立った凶器らしきものはなかったよ」

「えー、ホントに? 毒草とかありそうなものなのに?」

「嘘なんざついてねぇさ。全員で植物図鑑片手に調べたんだ。漏れはないはずだぜ」

「わざわざ調べたんだからあるはずない」

「それは保証するわよ。あったのは才能に必要な器具や薬品だけだったわ。その薬品も無害なものだったから安心してちょうだい」

「植物園管理用の道具もあったけど、スコップみたいなのもなかったし……」

 

 凶器っぽいものはありそうなのに、まったくなかった。まるで意図的に排除してるみたいに…… 入間さんの研究教室に凶器があったのだから、赤松さんのところにも、ぼくのところにも本来はあるはずなんだけど…… 分からない。

 分かりづらいものか、そもそも組み合わせないと凶器にならないとかなのか、正体不明なのがなんだか恐ろしい。

 

「あ、なら植物園の中はどうかな? もしかしたらそっちに……」

「赤松ちゃん、ないならないでいいでしょ? キミの教室にもなかったんだから気にすることないんじゃない?それともあってほしいの?」

「そ、そういうわけじゃないって!」

「ああ、もう! 昨日からなんですかあなたは! 寄ってたかって赤松さんをいじめるようなら転子が容赦しません!」

「そ、そんな…… お、オレ、親切で言ってるだけなの、に…… ひ、酷いよ…… イジメだなんて…… う、うわあああああああああん!」

「騒々しいやつだな」

「ま、いいけどねー」

 

 彼のバレバレな嘘泣きが終わると、耳がキーンとした。

 なかなかあんな大音量で嘘泣きなんてできないよ…… 本当に図太いな、王馬くんは。

 

「ま、まあ植物園はぼくもまだ全部把握してないから、ちゃんと探しておくよ。用心するにこしたことはないから……」

「転ぶ前に神様に頼るといいよー!」

「えっと、転ばぬ先の杖のこと…… ?」

 

 多分それだと思う。

 

「それで、どうするんですか。凶器はボクたちの個室にもあるんですよね」

「そんなもん、このあとまた取りに行くに決まってるだろ!」

「ええ、またやるの? もういいよ。各自それっぽいの持ってきて食堂で保管すればいいでしょ」

 

 春川さんは結構疲れているみたいだ。あんまり細かい作業を長時間するのは好きじゃないのかも。

 

「そうっすね…… 食堂なら人通りも多いですし、夜時間中は立ち入り禁止区域になるっす。保管するには結構いい場所なんじゃないっすかね」

「なら、この後自由時間にして各自持ってくるってことでいいんじゃないかな……」

「そうしよっか。私も疲れちゃった」

 

 天海くんが思案しながら提案し、最原くんと赤松さんが同意する。

 

「それじゃあここで解散だね! 東条ちゃん、夕飯は何時にするの?」

「そうね、午後7時頃を予定しているわ」

「じゃあその時間までに凶器らしきものを持ってくるってことでいいよね。持って来なかった人には個室の家宅捜査に入られるつもりでいてね!」

 

 王馬くんが集合時間を決め、方針も決定したのでみんなはその場で解散することになった。

 赤松さんと最原くんはなにごとかを喋りながら連れ立ってどこかへと行き、疎らに人が減っていく。

 

「ぼくは目覚まし時計探さなくちゃ……」

 

 呟いて、歩き出す。

 少し1人になりたい。

 

「香月さん、私も手伝っていいかな?」

 

 でも、その願いは叶わないみたいだ。

 

「あ、俺も倉庫になにがあるか把握しときたいんでご一緒するっすよ」

「う、うん」

 

 一緒に行く必要あるのかな。

 でも、やはり断りきれなくて流される。

 

「えっと、よろしくね天海くん。白銀さん」

「よろしくっす。頼ってくれていいんすよ」

「そうそう、香月さんだけだと倉庫も広いしね」

 

 天海くんの指輪がたくさんついた手で撫で回され、頭を抱える。

なんだこの保護者感。ぼく1人になりたいのに……

 

 溜め息すら吐けずぼくは、ただただはにかむしかなかった。

 

 

 




・男子に銀髪はいない(断言)
 ???「ロボット差別です!」

・凶器
 既に出ています。けれどまだ描写が足りません。自由行動のときに判明すると思います。ヒント? 一章タイトルでしょうね。

・保管場所
 実際、夜時間絶対に入れない食堂がわりと安全なんじゃないかと思います。無印みたいに目撃されるでしょうし。



 1月12日はニューダンガンロンパV3一周年!!

 〝 一周年おめでとうございます! これからも皆様にV3の魅力をどんどん伝えていきたいと思います! 全員箱推しになれ! 〟


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妹属性なんてありません

 ぼくは倉庫でまるで拷問のような目に遭っていた。

 

「あの……」

「どうしたっすか? あ、あそこを見たいんすね。ちょっと待っててほしいっす。脚立持ってくるんで」

「いや、違っ」

「見つからないっすね、目覚まし時計。生活に使うものっすからこの辺だと思うんすけど」

「えっと……」

「でも、香月さんは下の方を探してほしいっす。脚立は危ないっすし」

 

 めちゃくちゃ世話を焼かれる。

 もう勘弁してくれよ! と叫び出したい衝動に駆られながら、必死に声を抑えて説得しようとするのだが全て無駄に終わってしまう。

 

 きっかけは単純だった。3人で目覚まし時計を探しに来たはいいものの上のほうの棚は圧倒的に身長が足りなかったんだ。

 これだと思ってジャンプし箱を掴むことは成功したけど、バランスを崩して落ちてきたダンボールに潰されるわ時計じゃなくてストップウォッチだったわと散々な目に遭っているとき、偶然目撃した天海くんに助けられた。

 そこまではいいんだ。恥ずかしいところを見られたとか、情けないとかいろいろ思うところはあるけど、そこまではいい。

けど、どうしてそこからこんなに世話を焼かれるんだよ!

 

 ぼく、これでも女子の平均よりは身長高いんだよ?

 ダンガンロンパに出てくる女の子はみんな高身長だけど!

 天海くんは180近くあってぼくが168だから10㎝くらい身長違うけどさあ!

 なにかやろうとするたび遮られて 「俺がやるっすから待っててください」 なんて言われて、居た堪れないというか……

 

 でも親切にしてくれている人に声を荒げるなんてことできるわけがないし、助けを求めて辺りを見渡すが白銀さんは違う場所を探しているので近くにいないんだ。

 

「どうしたっすか? 大丈夫っすよ。心配しなくても皆がついてますから」

「う、うう……」

 

 もはや泣けてきた。こんな仕打ちってないよ。

 ぼくはこんな風にあれやこれやと世話を焼かれたことなんてない。全部自分でやったし、いらない優しさを与えられそうになることはあったがそれからは逃げてた…… 戸惑いしかないからやめてくれ。

 なんで天海くんはこんなに世話焼きなんだ? お兄ちゃん属性でも持ってるのか? それは夢野さんにでも向けてくれよ! ぼくには妹属性なんてないんだよ!

 

「香月さん、目覚まし時計見つけてきたよ。あれ、地味に邪魔しちゃった?」

「白銀さん!」

 

 救世主だった。

 彼女の後ろに隠れ、少し高い目線に訴えてみると 「くっ、眩しい!」 と言いながら庇ってくれた。

 

「天海君、あんまりいじめちゃダメだよ?」

「えっ、いじめてなんかないっすよ」

「ご、ごめん…… あんまり世話を焼かれたことがないから耐性が…… お願いだから普通に接してよ」

「ああ、すみません。あんまりにも不安そうなのでついつい……」

 

 そんなにぼくの顔色は悪いか。

 確かにずっとストレスに晒されているようなものだし、そんなにメンタルは強くない。

 立ち向かうより逃げ出すことのほうが多い性分をしているから、ネガティヴに考えがちだしうまく飲み込めない。あれこれと後悔して引きずってばかりだ。

 だからこそ逃げた先がアロマセラピーだったんだけど…… そうだ、アロマセラピーだ!

 いつも落ち着くために芳香浴してたし、もう研究教室が開いているんだからアロマポット回収して個室で引きこもればいい。

 幸い目覚まし時計は白銀さんが見つけてくれたし、夕食までに凶器らしきものを自室で見つけて持っていけばいいよね。

 

「大丈夫だけど…… やっぱりアロマやってたほうが落ち着くかもしれないし、ぼくはこれで研究教室に行くよ。白銀さん、時計見つけてくれてありがとう。天海くんも、心配してくれてありがとう」

 

 はにかみつつ言ってみると、くっついたままの隣から 「そっか、そうだよね!」 と納得の声が。よしよし。

 

「私もアロマセラピー興味あるし、ついていってもいいかな?」

「あ、俺も〝 月桂樹 〟ブランド愛用してたんで分けてほしいっす」

 

 嘘だと言ってくれ。

 思わず頭を抱えたが、2人は普通について来た。現実が受け入れられないって、こういうことを言うんだろうな。

 

「わっ、なにこれ…… ?」

「どうしたっすか?」

 

 研究教室に入ると、なんだか違和感があった。

 その違和感を辿っていくと、作業台の横にあったバケツに行き当たる。

 そこには、みんなとの探索で来たときにはなかった水がなみなみと張っていた。

 

「さっきはなかったよね……」

「…… もしかして、地味に雨漏りしてるのかな?」

 

 ハッとして天井を見てみると、確かに少し湿っているようだ。

 

「も、元の場所に戻しておいてよかった……」

 

 蹴飛ばして転んだときに元の場所に戻していなかったら、きっと床がびしょ濡れになっていただろう。

 

「あの雨漏り、なんとかしたほうがいいっすね」

「うん…… 今日はなにもできないし、天井の修理は今度かな」

 

 そう言ってバケツをよいしょと持ち上げ、流しに捨て…… ようとして横から伸びてきた腕に奪われてしまう。

 

「俺がやるっすよ」

「これくらいぼくでも持てるよ?」

 

 金属で出来た大きめのバケツなのにたっぷりと水が注がれているということは大分雨漏りするのだろう。

 結構重たかったが転んだり、持ち上げるのに苦しむほどではない。

 

「女の子が重たいもの持ってるときに見てるだけってのは嫌なんすよ」

「そこまで言うなら…… あ、あの、ありがとう天海くん」

「どういたしましてっす」

 

 天海くんも結構細身なのに軽々とバケツを持って、さらに水をこぼすことなく流しへ捨てている。

 ぼくだったら少なくとも波打った水で服が濡れていただろう。

 ありがたいんだけど、ちょっと複雑だな。

 

「バケツは元の場所に置いとかないと大変なことになるっすね」

「そうだね…… きっとこれも2、3日待たないと直してくれないだろうし…… その間は毎回水を捨てないと」

 

 1日2回はきちんと研究教室に顔を出さないといけないな。

 東条さんにお願いするのは憚られるから、昼と夕食前の散水後寝る前に…… かな。

 

「香月さんが良かったらっすけど、手伝いますよ」

「ええ…… だからぼく1人でも大丈夫だから。なんでそんなに気にかけてくれるの…… ?」

「妹みたいだからじゃない?」

「妹みたいだからっすね」

 

 ハモった!?

 静観していた白銀さんまでなんてこと言うんだよ!

 

「ぼくひとりっ子なのに……」

「まあ、いいじゃないっすか。俺が勝手にやることなんで」

「天海君って…… 意外と押せ押せなんだね……」

 

 そう思うんだったら止めてほしい。

 

「多分こういう人は言っても無駄だと思うよ?」

「そっか……」

 

 気にしないことにしよう。そうしよう。

 

「ん、んんっ…… で、本題なんだけど」

 

 わざとらしい話題転換をしてから人差し指を立てる。

 

「2人はなにかほしい効果とか、あるかな?」

「効果っすか?」

「ほら、えっと…… ストレスとか不安を和らげたいとか、集中したいとか、不眠気味だから安眠したいとか、元気を出したいとか……」

「温泉みたいに効能があるんだよね、確か」

「そうだよ。だから、効能から選んだほうがいいと思ってさ」

 

 右奥に連なった椅子を3脚出し、まだまっさらな作業台の近くに置く。どうせついてきちゃったのだから、ハーブティーも振舞ってみようか。専門じゃないから美味しく淹れられるか不安は残るけれど、精油になる植物とハーブティーになる植物が同一の場合がある。

 ハーブ系の精油は独特だが効果的な物が多いし、よく扱うから慣れている。

 

「うーん、なら安眠かな。昨日は緊張で地味に寝つき辛かったし……」

「部屋で使うのなら、初心者でも扱いやすいものがいいっすね」

 

 2人の意見も聞けたので少し考える…… そしてぼくは 「2人とも、キクとかブタクサにアレルギー持ってたりはしない?」 と訊いた。

 

「俺の知る限りだとアレルギーはないっすよ」

「同じくかな」

「なら、分かりやすくカモミールにしてみようか。ハーブティーにもなるし、ここで体験してみる?」

 

 ジャーマン・カモミールはストレスや不安、怒りなんかの負の感情を和らげる効果と、安眠のサポートとして人気な精油だ。

 主要な有効成分のカズマレンで精油の色も綺麗な濃い青色をしている。カモミール・ブルーやアズレンブルーなんて呼ばれたりもする。

スキンケアにも有効だから、ぼくならこれを配合してシャンプーにすることもできるはずだ。気に入ってくれたら打診してみようと思う。

 

「じゃあ、その間少しお喋りでもするっすか」

「そうだね」

「なんの話する?あ、天海君好きな漫画とかある?」

「にわかで申し訳ないっすけど、話題になったものとかを風の噂で耳にするくらいっすね。あんまり日本にいないんで、それくらいしか見れないんすよ」

「なん…… だと…… !?」

 

 2人が会話している中で、ドライハーブを用意する。

 ティーポットがあるからどこかに必ずあるとは思っていたが、やはりちゃんとあった。ジャーマン・カモミールもあったのでそれを適量茶こしに入れておき、先ずはガラスのポットに少量お湯を注ぐ。

 くるくると中のお湯を移動させてポットを温めると、中に入れていたお湯を捨てる。

 今回は初心者が相手なのでハーブの量は気持ち少なめにしてある。

室温程度まで温めたポットに茶こしをセットし、沸騰してから少し経った熱いお湯を注ぐ。

 素早くティーポットに蓋をして、先ほど白銀さんが見つけてきてくれた時計をタイマーで4分にセット。

 熱いお湯の中で花が開くように踊る茶葉を楽しみながら蒸らすことになる。

 

 その間に棚に並んだ精油からジャーマン・カモミールを選び、アロマポットに2滴垂らす。ポット内の水に直接垂らすわけではなく、水蒸気が出てくる場所に垂らしておくので、ポット自体を隅に置いていても部屋全体に香りが広がるようになっているわけだ。

 

 ポットを起動して時計のアラームが鳴るのを見届ける。

 アラームを止めてティーポットを軽く揺らして内部の濃度を均一になるようにし、それぞれ少しずつお茶を注いでいく。

 ポットの茶こしは目が細かいもののため、茶葉が混ざることなく綺麗にお茶が入った。

 鮮やかな黄褐色のお茶からはほのかにリンゴのような甘い香りがしている。

 

「どうぞ、最初は香りを楽しんでみて」

「え、ハーブ…… なんだよね。リンゴみたいな匂いがするんだね……」

「いい香りっすね」

「熱いと思うから気をつけて飲んでね」

 

 90℃以上でお茶を淹れているから猫舌泣かせだ。

 でもこのくらいが1番強く香りが出るから、特別美味しく飲めるのもこのときが1番だ。ぼく、猫舌だけどね。

 

「本当にリンゴみたいっすね」

「カモミールの語源は〝 大地のリンゴ 〟なんだよ。花からリンゴのような香りがすることから来ているね。入浴剤なんかでも使えるし、薬効があるからスキンケアにもなるよ。ただ、キク科アレルギーがあるとアナフィラキシーを起こす可能性があるから、そこだけは気をつけないとね…… まさかぼくたちの中にアレルギーの人がいたりするのかな」

 

 普段は凶器でなくとも、条件が揃えば凶器になるっていうパターンももしかしたらあるかもしれない。

 2人には口頭だけで確認したけど、今度からはハーブティーを淹れるときちゃんとアレルギーのパッチテストをしてもらおう。

じゃないと不安だ。

 

「キク科っすか…… わりと珍しいと思いますけど、条件が揃ったらっていうのはあるかもしれないっすね」

「でも、そんな地味に回りくどいことするかなあ」

 

するだろうなあ、モノクマなら。

 

「アナフィラキシーショックは怖いし…… それで大事になったらモノクマの思うツボだよね。安全確認はやりすぎて悪いことじゃないから、やっぱり気をつけるよ」

「そういう細かいところは香月さんしか分からないっすからね。俺たちが利用したいときは確認してもらえばいいっすね」

「うん、それなら安全だよね」

 

 ハーブティーが2人によってどんどん消費され、残り少なくなった頃…… ぼくは天海くんの言葉を思い出した。

 

「あ…… そういえば、天海くんって〝 月桂樹 〟使ってくれてるんだっけ…… どれを使ってるの?」

 

 〝 月桂樹 〟というぼくが作ったらしいブランドにどれだけの種類があるか分からないが、参考までに訊いておかないとね。

 どんなものを使っていたか分かれば、元が分からなくてもより彼に合った物として似た物を作ってしまえばいい。

 

「ライムっすね。肌がそんなに強くないんで希釈された弱いやつっす」

「そっか、ライムね…… 分かった」

 

 ライムは刺激が強めなので普通は希釈して使ったほうがいい。

 この口振りだと肌が弱い人用と普通のやつ2種類あったのかもしれない。

 1日あればオリジナルのシャンプーとリンスを作ることができるけど、取り急ぎサンプルとして渡しておいたほうがいいよね。

 部屋の中を探し回って、ぼくのブランドと思しきボトルがたくさん入った場所を発見した。天海くんの言った通りライム単品の商品らしく、ラベルにはライムとだけ書かれている。

 この段階ならあと少し手を加えることもできるだろうし、ちょっとアレンジして完成させてしまおう。

 …… ということで、ライム単体では香り付けくらいでしか活躍できないからローズマリーを加えて配合する。

 ローズマリーも刺激が強めだけど、髪に対しての効能がキチンとある植物だ。フケ防止とか、白髪防止とか、あと育毛促進もある。頭皮の不調に有効なため、市販のシャンプーなんかにもあるんじゃないかな?

 

「少しビターな感じだけれど果物特有の甘いシトラスの香りがあるライムと、ローズマリーの爽やかな香りをブレンドしたよ…… えっと、ライムの香りがまず鼻をくすぐって、そのあと爽やかにすっと通っていくような感じになると思う…… ライム&ローズマリーの香りは天海くんにピッタリだと思うよ」

 

 香りには揮発性によって〝 ノート 〟と呼ばれる分類がある。

 早く揮発して香りが先に現れるのがトップノート。中くらいなのがミドルノート。揮発に時間がかかるけど強い香りを出すのがベースノート。

 ライムはトップノートで、ローズマリーはミドルノートなのでまず先にライムの香りがくるはずだ。僅かな差だけれど、重要な部分。

 シャンプーやリンスにしたとしてもそれは変わらないから、きっと明日の天海くんは甘くて爽やかな香りを漂わせているだろうね。

 

「注意するべき点は、ライムに光毒性があることかな…… 肌に使ってすぐ紫外線に当たると良くないから、シャワーを浴びるのは夜にしたほうがいいよ」

 

 このボトルに使われていたライムの精油は水蒸気蒸留法じゃなくて圧搾法で作られているので光毒性が出てしまう。

 光毒性のあるものは総じて紫外線エネルギーを溜める成分があるので、つけた部分の肌が急速に日焼けする。強い日焼けは火傷と同じだから、度合いによってはシミが残ったり皮膚組織が破壊されたりするので危険だ。

 もう少し時間があったら害のないやつを作れたんだろうけど、取り急ぎ渡して起きたいからね。

 最も光毒性の強いベルガモットは、高濃度で使用した化粧品が皮膚障害を起こすなんて事例も昔はあったらしい。

 今では皮膚障害を起こす成分を除いたベルガモットFCFという、アレルゲンフリーみたいなものがあるのでそういう事例はなくなっている。

 

 ベルガモットで1番酷い事例はこれの油を塗ってサンベッドに入ってしまった話だ。ある程度皮膚に浸透した状態でこれをしてしまったために1週間以上入院するほどの火傷を負ったらしい。

 皮膚に浸透していたこともあり、火傷は肌の深部にまで達してたとか…… と、まあわりと危険だから先に話をしておかないとね。

 ライムは低濃度で使っているとはいえ、気をつけておいたほうがいい。

 そんな説明を短くすると、天海くんは笑いながら了承してくれた。

 

「朝シャンはしないんで問題ないっすね…… ありがとうございます。わざわざブレンドまでしてくれて嬉しいっすよ」

「白銀さんも使ってみる?」

「え、いいの?」

 

 ぼくが彼女にも目を向けると、キョトンとして自分自身を指差す。

嫌がられては…… いないかな。

 

「うん…… 白銀さんと天海くんが良ければ。あくまでサンプルだから、気に入った香りがあったらまた作らせてもらうよ」

「俺は同じでも別に気にしないっすよ。ライムが気に入ってますしね」

「ならお願いしようかな。備え付けのシャンプーはあまり好きじゃなくて…… ホテルとか、銭湯とかに置いてある地味に見たことない商品みたいな感じで、使用感がね」

 

 ああ、あるよね。備え付けで置いてあるやつってなんとなくパサついたり納得いかない仕上がりになったりするよ。

 

「それじゃあお土産も持ったし、個室に行くっすか」

「そうだね…… はあ、本当に凶器なんてあるのかな…… 地味に嫌っていうか……」

「探してみるしか、ないよね。また研究教室みたいに分かりにくいものかもしれないけど」

 

 3人連れ立って、ぼくたちは学生寮となっている建物へ向かった。

 2人はシャンプーなどのボトルを持って、ぼくは個室に置くためのアロマポットを持ってだ。

 ボトルと一緒に持つのは難しいため、白銀さんは明日また取りに来るとのことで、明日も1人になれないことが決定した。嘘だろ。

 

 2人と別れて部屋に入ると、強烈な違和感がぼくを襲う。

 そう、例えば目の前にいる白黒のクマとか……

 

「って、なんでいるんだよモノクマ!」

「あ、お邪魔してまーす」

「邪魔するなら帰れ!」

「いやー、ボクって天邪鬼だから」

「それで〝 ずっといろ 〟って言ったらどうせ居座るんだろ? 知ってるよ」

「オマエは物分かりが良いね〜」

 

 モノクマがいじっていたのはベッドの下。

 一体なにを隠したんだ?もしかして、それが凶器なのか……

 

「古今東西ベッドの下に隠すものって言ったらアレでしょ……」

「は?」

「あれ?なに真っ赤になってるの? ベッドの下って言ったら梅干し漬けて隠すでしょ?」

「……」

 

 この野郎……

 

「曖昧な言葉でエロいこと考えるほうがエロいんだよー! やーいムッツリー!」

「馬鹿なこと言ってないで、早く帰れよ」

「はいはいっと、まったく世知辛いね」

 

 どこがだよ、と言うより早くモノクマは扉から出て行った。

ああ、もう…… こいつのせいで嫌なこと思い出した。最悪だよ。

 

 思わず左手で肩を抱いていたことに気づき、頭を振る。

 急に気になり出したタイトスカートをぐいっと伸ばし、もう少し丈が長くならないだろうかと無駄な努力をしたが虚しくなるだけだった。

 ズボンがほしい。研究教室にあった作業服もなぜかズボンじゃなかったし…… まったく、ままならないものだな。

 

「まさか本当に梅干しなわけないしな……」

 

 そう言いながらベッドの下を覗くと、いくつか並べられたガラス瓶が目に入った。

 ひとつ取り出し、明るい場所に置くとその中にあるのが黒っぽいブルーベリーのようなものであることが分かる。と、同時にそれがブルーベリーによく似た猛毒の実であることも察してしまった。

 

 これは恐らくベラドンナの実だ。

 非常に毒が強く、ブルーベリーと誤認して死亡する例もある立派な凶器だ。ただし、毒性を知らなければ…… だが。

 これに毒性があることはぼくがみんなに説明するので、誰かが誤認することはないはずだ。そのために凶器を一箇所に集めるんだろうし。

 

 並べられたビンを3つ持って部屋を出る。

 そこには既に天海くんがいた。

 

「え、あの、天海くん…… ?」

 

 こちらに近づき、頭に手が乗せられる。

 そんなに乗せやすい位置にあるかな…… ?

 

「なにかありました?」

「え……」

 

 そう言われて、モノクマの姿と思い出してしまった嫌なことが脳裏に過る。

 

「……」

 

 でも、弱音は…… 言わない。

 だって、そんなこと言ってたらまた王馬くんに見咎められるかもしれない。

 あれはただの揺さぶりだったんだろうとは思うが、それでもぼくは責められるのが怖い。

 

「だ、大丈夫だよ…… モノクマが部屋にいてびっくりしただけだから」

 

 だから、弱音は言っちゃいけないんだと飲み込んだ。

 

「…… キミがそれでいいんなら、いいんすけどね。あんまり無理してると体に毒っすよ」

 

 遠慮するように乗せられた手が移動し、降ろされる。

 慣れないがために毎回手を乗せられるたびに目を瞑ってしまうし、そうされるのはあまり好きじゃないはずなんだけど…… なんだろうか、このお兄ちゃん属性。

 彼の手はあんまり怖くない、かもしれない。

 

 詳しい理由を聞かないでくれているのがとてもありがたいし、近すぎるようで実は近くない距離感がちょうどいい。

 

「あ、ありがとう……」

 

 尻すぼみになりつつ告げると、またもや 「どういたしましてっす」 と爽やかに答えられてしまった。

 

「あ、天海くんは…… きょうだいとか、いるの?」

「妹がたくさんいるっす。だからっすかね」

「そっか…… ぼくはきょうだいがいないからよく分からないけど、いつもこんな感じなの?」

 

 ぼくの言葉に少し詰まったように、彼は口を閉じたがすぐに取り繕うように笑った。

 

「そうかもしれないっすね」

 

 曖昧な返事。

 壁を作られたような、この感じ…… 天海くんもなにか事情があるのかもしれない。

 

「ごめん、家にいる人の話なんて踏み込んだことだったね」

「いいっすよ、そんなのお互いさまっす」

 

 〝 家族 〟とは決して言わないぼくに思うところがあったのか、彼は苦笑した。

 お互い、家庭でいろいろあるらしい。

 

「…… あれ?」

「ごめん、待たせちゃったかな…… 地味に分かりづらくて…… ってどうしたの2人とも?」

 

 モノパッドがなんとなく震えたような気がしたのだけれど、白銀さんの声に釣られてそれを頭の隅に追いやる。

 喧嘩はしていないが、お互い少し踏み込み過ぎて気まずくなった感じがある。その空気を敏感に感じ取ったのか白銀さんが訳知り顔で頷いた。

 

「ねえ、よかったら毎日午後にお茶しない? 私も植物園の探索手伝いたいから、香月さんが良ければだけど」

「ああ、いいっすね。探索は1人より3人でやったほうが進みますし、キリが良ければおやつの時間にでも集まりたいっす」

 

 笑顔で告げた彼女の言葉に天海くんがそれきたと言わんばかりに乗っかる形になった。

 あとはぼくの了承次第だけど…… 2人とも真剣にこちらを見つめてくるので、このぼくが断りきれるわけがない。

 

「…… きみたちなら、構わないよ」

「やった! やったね天海君!」

「これだけお願いしといてあれなんすけど、無理してないっすよね?」

「…… うん」

 

 これは本当だ。天海くんと白銀さんなら、嫌じゃない。

 

「明日からよろしくっす。そろそろ夕飯の時間ですし…… 俺たちも移動しましょうか」

「あ、もうそんな時間かあ…… 結局私たち同士でも見つけたもの言ってないよね?」

「…… 結局食堂で見るんだし、後でもいいんじゃないかな?」

 

 歩きながら凶器について話していたけれど、いつしかそれはただの雑談に変わっていく。

 好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、気に入っているもの…… それは初対面のクラスメイト同士でやるような、ごくありふれた内容のおしゃべりで、ぼくにとってはすごくあたたかかった。

 

 もつれそうになる舌を一生懸命動かして、ぼくもなるべく積極的におしゃべりに参加する。

 気が合ったり、仲良くなろうとしていなければ苦痛な行為。でも不思議とそんなことはなくて、いつの間にか自分の悩みや嫌な出来事も忘れて夢中になっているぼくがいた。

 

 なぜ?

 そんなの、ひとつしかない。

 

 天海くんや白銀さんのこと、好きになりたいと思ったから。

 友達になりたいって、思えたから。

 

 初めて〝 知らないことを知っている不安 〟から逃れることができた。

 2人といるときは、そんな幸せな時間だった。

 

 

 

 

 

* 絆のカケラをゲットした!*

 

 

 

 

 

〝 ツウシンボ 〟に白銀つむぎの情報を追記致しました

 

〝 ツウシンボ 〟に天海蘭太郎の情報を追記致しました

 

 

 

 

 

 【白銀つむぎ】

 *2 なにかと取り持ってくれることが多いけど、案外ぐいぐいくる性格をしているらしい。さりげなく誘導されるのでついつい頼りたくなってしまう。お姉さんがいたらこんな感じなんだろうか。

 

 

 【天海蘭太郎】

 *2 妹っぽい妹っぽいと散々言われたけど、いざ兄妹の話題となると曖昧な表現を使うらしい。ぼくも人のことは言えないので互いに隠し事があるみたいだけど、隠し事をしない人のほうが信用ならないからかえって安心できるかも。

 

 

 

 

 




・*2
 絆のカケラ2つ目という意味。本当は花びらを再現してひとつずつやりたいものの、AAは見る端末によってズレそうなので却下。


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凶器品評会

 ぼくたちが食堂にやってくると、真っ先に良い香りが鼻をくすぐり…… それから視界に入る異様な光景が変なギャップを作り上げていた。

 

「夢野さん…… その水槽はどうしたの…… ?」

 

 東条さんがテーブル上に用意したシチューよりもまず、夢野さんのそばの床に置かれた水槽が気になった。

 他にも、それぞれ着席しているそばの床に荷物が積み上げられている。

 多分みんなが見つけてきた凶器とやらなのだろう。

 凶器…… ? と思うようなものまで含まれているけど、どうなのかな。ぼくはモノクマが部屋に来ていたからすぐに分かったけれど、みんなはどうか分からないし、それっぽいものを見繕って来ているだけかもしれない。

 

 …… 極論、凶器を部屋に秘蔵して違うものを持ってきている人もいるかもしれない。

 

 そんな風にしか思えない自分に首を振り、夢野さんの返答を待つ。

水槽の中には手のひらにも収まらないくらいの銀色の細長い魚が複数泳いでいる。

 見たことない魚だけど、あれはいったい…… ?

 ぼくの個室に水槽なんてなかったから確実に凶器の類だと思うけど。

 

「んあー? これはゴン太が運んでくれたのじゃ。あやつが持っているのは本だけだったからのう」

「いや、そういうことじゃないと思うよ…… ?」

 

 白銀さんがツッコミながらぼくの腕を引き、隣同士の席に誘導される。天海くんは向かい側の席に行って、実質男女で向かい合わせになっているような組み合わせになった。

 奇数で余る誕生日席には女子が1人余るためか赤松さんが座っている。

 最原くんはその近くで、百田くんがその隣。

 ぼくたちは研究教室でゆっくりしていたので、結果的に最後に席に着き、東条さんから配膳される。

 

 席順はテラス側に男子、向かって左から最原くん、百田くん、ゴン太くん、天海くん、王馬くん、星くん、真宮寺くん、キーボくん。

 廊下側に女子で左の誕生日席が赤松さん。続いて東条さんの席と思われる空いた席が1つ、春川さん、白銀さん、ぼく、夢野さん、茶柱さん、アンジーさん、入間さんだ。

 

 

【席順】

 

 最 百 獄 天 王 星 真 キ

 東 春 白 香 夢 茶 夜 入

 

 

 テーブルに置かれているのははシチューに温野菜、それにフランスパンがスライスされ、それぞれの皿に取り分けられている。

 温かく、心が安らぐような香りを漂わせている。ぼくはこんなにも心が落ち着く料理を見たことがない。アロマセラピスト形無しだ。

 

「辛気臭ぇ話し合いは後だ後! 今は東条が用意した夕食に集中しようぜ!」

「言い出したのはあんたなのに」

 

 春川さんは座席の後ろに立てかけた刀らしきものに視線を移し、ため息を吐いた。

 ビニール袋に入れられている金色のそれには見覚えがある。

 モノクマによるただのネタなのか、文字通り真剣なのか分からないが妙に似合うそれが彼女の凶器だろう。

 

「また荒れちまう前に腹ごしらえくらいはしといたほうがいいだろ」

 

 真実をクールに言い放った星くんに注目が集まる。

 確かに、凶器の話など…… 話し合いの最中に険悪な雰囲気になって、誰かが出て行ってしまうような事態になりかねない。

 そうなってしまう前に全員で美味しいご飯を食べたほうがいいだろう。

 

「ご飯は温かいうちに食べるものよ」

 

 ああ、そっか。そうだよね…… そういうものか。

 

「そんな話をしていたらご飯が不味くなっちゃいますし!」

「食事の味は話なんかに左右されないはずですが」

「うわっ、キー坊は空気読めないよなー。人間ってのは気分が悪くなると同じ味でも違って感じるくらい複雑なんだよ。自分が東条ちゃんのご飯食べれないからって嫌味なの?」

 

 王馬くんが至極真っ当な正論に余計な一言を加えて返すと、キーボくんは怒ったように声をあげた。

 

「なっ、ち、違います! いちいち言い方が失礼なんですよキミは! ロボット差別で訴えますよ!」

「そういうのは脱出してから言えよなー」

「ここじゃ訴える場所もないし、裁判もできないよね……」

 

 白銀さんが頬に手を添えて困ったように言うと、最原くんが 「学級裁判はあるけど……」 なんてとんでもないことを言ってしまう。

 独り言のつもりだったみたいだけど、周りが静かなためか案外よくその落ち着いた声は響いた。

 

「最原ちゃん、人が言わなかったこと言わないでくれる?」

「あ、ご、ゴメン」

「弱気になるなって! メシが不味くなるからこれ以上の議論はおあずけだ」

「僕はできれば早く食事がしたいヨ」

「お・な・か・すいたよねー! 供物を早く寄越せって神様も言ってるよー」

「グイングインすんな! 髪がムチみたいにぃ! はうぅっ、おい誰かオレ様と席変われぇ!」

 

 強気なんだか弱気なんだかよく分からない入間さんはアンジーさんのツインテールに翻弄されて顔を赤らめている。

 アンジーさんの逆隣の茶柱さんには当たってないのに不思議だ。

 誰も席を変わってあげないみたいなので、多分あのままだ。

 

「えっと、まだ食べちゃだめなんだよね? ゴン太知ってるよ!」

「じゃあ誰かが号令したほうが良いのかな?」

「それじゃあ赤松さんか百田君にお願いするっす」

「おう! じゃあ赤松から行くか!」

「え、私から?」

 

 異議は…… なしだね。

 なんだか照れ臭そうに赤松さんは立ち上がると東条さんに座るように促す。

 食堂の隅に控えていたのでメイドとしての職務だろうけど、そこは妥協してもらわないといけないな。全員で食べる意味がない。

 東条さんも最原くんの向かい側に座り、赤松さんを見る。

 

「えっと、まず東条さんメニューをお願い」

「本日は具沢山のクリームシチューに個別の温野菜、バゲットよ。お好みで組み合わせて召し上がってちょうだい」

「ありがとう。それじゃあ、いただきます!」

 

 いただきます。

 手を合わせてスライスされたバゲットを手に取る。

 ほんのりと香るバジルが良いアクセントだ。カリカリに焼けていて、シチューと一緒にいただくとすごく美味しい。

 入間さんなんかはパンを直接シチューにつけて食べたりしているけれど、なにも言うまい。食べ方は自由だ。

 キーボくんはその間、退屈そうに辺りを見回しているだけだった。

 なんだか申し訳なくなってくるけど、これは仕方ないと思う。

 だって彼、充電くらいは自室でしてきてるだろうし。

 温野菜はまだ温かく、シチューと合わせても体がポカポカとしてくるくらい美味しい。さすが超高校級のメイドだなあ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 特にトラブルもなく食べ終わり、食器を片付けて席に着き直す。

 ここからが本題だ。気になっていたものとか質問もできるだろうし……

 

「おしっ、腹ごしらえも終わったことだし議題に移るか!」

 

 百田くんが言ったことで、みんなが真剣な表情になる。

 

「それじゃあ言い出しっぺっつーことでオレからいくぜ。そのまま時計回りに見せて行って最原で最後だ」

 

 異議はなし。

 むしろこれで異議があったらびっくりするぞ。

 

「つってもな、オレも確信はできねー。見慣れないモンがこれしかなかったから持ってきたぜ」

 

 百田くんがテーブルの上に乗せたのはプラスチックの小分けできる容器。中身は…… カプセル薬のようだ。

 

「これはまた、ベタだネ」

「毒薬ですか? それはまた姑息な…… 男死ならもっと正々堂々来るものじゃないんですか? それなら転子が投げ返してやります!」

「犯人が反撃されたら普通だめなんじゃないかな…… ?」

「それで現場や被害者に証拠が残るのが王道パターンっすね」

 

 爪の中に引っ掻いた際の皮膚が残っていてDNA鑑定して…… ってやつだね。ダンガンロンパには科学捜査がないから、分かりやすい証拠が全てになるけれど……

 

「だああ、話を勝手に進めんな! これは毒薬じゃねえよ!」

「…… 違うのか?」

 

 星くんが言うと、百田くんはすぐに頷いてカプセルを手に取った。

 そして通常のカプセル薬のように左右にバラしてみせる。

 

「んあ? 中身が入っておらんのか?」

「外見だけかよ! まるでテメーらの頭ん中みたいだな!」

「そうだねー、中身空っぽなところなんか入間ちゃんにそっくりだよ」

「はぐうっ!? そ、そんな酷いぃ…… 脳みそ空っぽキモチィーッ! なんて思ってねーよぉ!」

「王馬君はそこまで言ってないと思うよ…… ?」

「立派な自白じゃな、哀れな」

「顔が哀れなテメーに言われたかねーよ!」

「んあ!? んあー! んあー、んあー!!!」

「ああっ! 夢野さんがショックで!?」

「神様に頼れば全部解決するって言ってるよー? いつもの1割引きでー」

「神様って、お金取るんだね……」

 

 しばらく鳴き声しか発しなくなった夢野さんを茶柱さんとアンジーさんがなだめ、その場が終息する。

 凶器1つ目からとんだトラブルだ。

 

「つまり…… 百田君の凶器は組み合わせが必須ということだネ」

「そういうことになるだろーな」

 

 真宮寺くんがまとめてくれたので助かった。あのまま雑談に発展するかと思ったよ…… いつ終わるのかと不安になるじゃないか。

 

「次はゴン太だな」

 

 星くんの言葉に促されてゴン太くんがテーブルの上に本を乗せる。

 

「ゴン太のは多分これだと思う……」

 

 ええと題名は……

 

『紳士になりたいキミへ〜死への正しいエスコート編〜』

 

 これはひどい。

 

「まだ読んでないんだけど、これだよね? きっと」

「大丈夫だとは思うけど、ゴン太君は読まないようにしといてね」

「コロシアイのハウツー本っすか?」

「あっ、春川さん読むのは……」

「馬鹿にしてるよ、これ」

 

 春川さんが手に取って読み始めたが、恐れていたような洗脳効果はないらしい。ほとんど話に加わらなかったのに、こんなときだけ声をあげてしまうところに保身が見え隠れしていて自分が嫌になる。

 …… 席がすぐ近く、だからね。

 試しに遠目に見てみると、わずかだけど文章が読めた。

 

 

 女性が容姿に悩んでいたら速やかにあの世へエスコートしてあげましょう。あなたが上手にエスコートしてあげれば次の人生では美人になり、勝ち組にのし上がれるかもしれません!

 レッツリセマラ! 魂の洗浄! あなたの〝 優しさ 〟で救われる人がきっといます!

 

 

 ふざけてるとしか言いようがないな、これは。

 こんなものに騙されると思ってるなんて、ゴン太くんを馬鹿にしているようなものだ。元々モノクマのことはよく思っていなかったが、より一層軽蔑した。

 

「トリックみたいなのは載ってないみたいだから、読んでも平気なんじゃない?」

「へー、真っ先にそんなハウツー本読み始めるなんて、保育士なのに肝が据わってるねー春川ちゃん!」

「…… はあ」

 

 鬱陶しそうにため息を吐いた春川さんは、そのまま本を閉じてゴン太くんに返す。

 王馬くんのことは無視するようだ。

 

「まあまあ、次は俺っすね。かなり分かりやすかったっす。ほら」

 

 彼が懐から出したのは、確かに分かりやすい凶器だった。

 

「…… 拳銃」

 

 ぼくも思わず呟く。

 テーブルの上に乗せられたのは映画などでもよく見る形の拳銃だった。

 

「これはリボルバーっすね。弾も5つ入ってたんで、一回抜いておきました。装弾数は6つなんで、1つ空砲になってたってことっすね。恐らく日本の警察に倣って……ってことだと思うっす」

 

 …… 本当に?

 ぼくは頭から疑おうとする自分を頭を振って追いやり、不安を押し殺す。

 そう言って1つ手持ちにしてるんじゃないかとか、そんなことを思うのはあまりにも失礼だ。

 ともすれば世話を焼いて油断したところを殺されるんじゃないかなんて脳裏に浮かんだ自分を軽蔑する。

 せっかく少し仲良くなったのに、そんなことで決別なんてしたら…… 今度こそぼくは潰れる。

 追い詰められたときに自分が自分でいられるかどうかなんて、人は断言なんてできないと思う。だから、拠り所を残しておきたい。

 

「…… 白銀さん?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 そっと握られた左手が暖かくなる。

 

「大丈夫っすよ。なんなら誰かにボディチェックされても構わないっす」

「弾だけあったところでなにもできやしねぇさ。本体の管理をしとけば問題ないんじゃないか?」

「そうね、星君の言う通り管理さえしていれば危険はないわ」

 

 結論が出たところでみんなの視線が王馬くんに移動する。

 

「オレ? あ、そっか…… えっと…… 多分これだと思うよ」

 

 テーブルに出されたのはスプレー缶とライター。

 確かにそれはぼくの個室になかったし、この組み合わせは危険だ。

けどそれよりも……

 

「なんだか妙に似合っている気がするネ」

「ゾンビ映画で活躍しそうな凶器だね……」

「男死らしくて実に似合いますね」

 

 茶柱さんのは絶対皮肉だ……

 

「ええ、皆のオレのイメージってどうなってんの?」

「狼少年?」

「近所のクソガキだろ!」

「ダンガンチューブで地味にイタズラ動画あげてそう……」

「えっ、皆結構酷くない?」

 

 散々な言われようだ。

 ぼくは赤松さんの狼少年に同意しておく。

 その後、スプレー缶はどうやら整髪料のようなのでそのうち使い切ってしまうことに決定した。

 

「俺はこれだな……」

 

 苦々しげに星くんが出したのはテニスボールくらいの鉄球が1つ。

 最原くんや赤松さんなど、何人かがハッとして痛ましそうな顔をしたのでぼくも察してしまう。

 彼の犯罪歴とやらに関わりがあるのだろう。あまり触れることなく次の凶器へ進む。

 

「僕の凶器はこれ…… 東南アジアの部族に伝わる毒の吹き矢〝 ビーサ 〟のレプリカだヨ。まさかこんなところで目にするとは夢にも思わなかったけど……」

 

 さすが真宮寺くん。詳しい。

 

「毒はこのビンに入った麻痺毒で、吹き矢に塗るハケもついてるヨ。随分と本格的だよネ」

 

 毒か…… ぼくのベラドンナといい、百田くんの空っぽカプセルといい、やっぱりお手軽だからか多いな。

 

「キーボ君は?」

 

 赤松さんが尋ねると、キーボくんは困った表情を出しながら大きめのビンに入った透明な液体を置いた。

 

「モノクマから渡されたんですが、普通の水よりちょっと重いだけのただの水って言われてしまったんですよね」

 

 なんだそれは……

 ぼくは知らなかったが、キーボくんの言葉で最原くんが 「もしかして……」 と声をあげる。

 

「それって、重水なんじゃないかな?」

「なんじゃそれは。ただの水ではないのか?」

「うん、元々水に含まれてる重水っていうのがあるんだけど、それだけを集めると普通の水の1.1倍重くなるんだ」

「それだけしか変わらないんですか?」

「うん、でも重水をたくさん飲んでしまうと人体に毒になって、気を失ってしまう。場所によっては……」

 

 高いところで気を失ったりしたら大惨事だね。

 

「そんなものが普通の水にも入ってるんですか……」

「うん、でも含有量は本当にわずかだし、重水だけ飲んだとしても体重の数10%も飲まないと効果はないよ。ただ、体内水分量の30%を超えてしまうと死に至るはずだ。体内で処理できない物質だから、それだけを飲み続けるといつかは死ぬってことだよ」

 

 普通に水を飲んでるだけでは何千リットルも飲まないといけない。何十年かかるか分からないな…… それに体重も増減するわけだし。

 

「とりあえず飲まなければいいんですね?」

「キー坊飲めないじゃん」

「ボクのことじゃありません!」

 

 わちゃわちゃし始めた2人は置いといて、次だ。

 

「ほらよ」

「あ、うんじゃあ次行こうか」

「なんか他に反応ねーのかよぉ!」

 

 胸からレンチを出してきた入間さんに王馬くんが真顔になり、全員がスルーを決定した。

 レンチは立派な鈍器だからね、分かりやすすぎてかえってツッコミ所がない。

 研究教室のネイルガンといい、本人とは裏腹に凶器は王道を行ってるよな。

 

「アンジーの凶器はこれだって神様が言ってるよー」

 

 アンジーさんか出したのは既視感を覚える水晶玉っぽいガラス玉だ。

 なんなんだよ、ネタ凶器か?

 とりあえずこれも鈍器だということで結論が出た。

 

「申し訳ないんですけど、凶器らしきものはなかったんですよね…… でも見慣れないものはあったので持ってきました」

 

 茶柱さんが出したものにぼくは目を見開いた。

 

「あ、スズランだね。環境を良くしないと咲いてくれないやつ。地味に難しいんだよね。懐かしいなあ。何度放置してラフレシアが咲いたか覚えてないよ……」

 

 白銀さんの言っていることも分かってしまうが、ともかく彼女がこれを凶器と思っていないのは大問題だ。

 

「スズランには毒があるよ」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 彼女が出してきたのはスズランが活けられた花瓶。花瓶の中には水も入っているみたいだから、確定だ。

 さっきの最原くんみたいに、これはぼくが注意喚起しないといけない。

 

「スズランの毒は全草…… 全ての部位にある。特に花と、根っこ。それに、スズランが活けられた水にも毒が溶け出していて中毒になることもある」

 

 誰も指摘しないまま、この事実を知っている人が活けられた水でお茶なんか淹れてみろ。それを飲んだ人物は確実に死に至る。

 逆に言えば、これを指摘しないでいたらぼくにチャンスがあったということになるが…… 指摘することでぼくに人を殺すつもりがないことのアピールも兼ねる。

 無駄に疑われたくはないから。

 

「なるほど、少々もったいないですが捨てるしかありませんね……」

「そうだね、花は綺麗なんだけど…… 誰かが水を入れ替えていてもきっと気づけないから」

 

 茶柱さんはさっと、花瓶の水を流しに捨てに行き、スズランをキッチンにあったらしいゴミ袋に入れて席に戻った。

 

「で、食事前にも訊いたけど…… 夢野さん。その魚はいったいなに?」

「知らん」

 

 潔い……

 

「…… どっかで見たことあると思ったんすけど………… それ、カンディルじゃないっすか?」

 

 おっと、天海くんか知っていた。

 どこかの国で見たことでもあるのかな。

 

「カン…… なに?」

「カンディルっすよ赤松さん。ピラニアよりも現地の人に恐れられてる魚っす」

 

 ピラニアよりも? 魚で危ないといったらサメとかピラニアくらいしか分からないから実感が湧かないな。

 

「ピラニアは映画なんかで見るほど人間には襲いかからないっす。臆病な性格ですし、基本死んだ肉しか食わないんで。でもカンディルは違います。こいつは他の魚のエラなどから侵入して血を吸い、肉を食い荒らしながら暴れまわります。人間相手でも同じことっすよ」

 

 お、思ってたよりも怖かったな……

 

「穴という穴から侵入、食い荒らしながら進みます。魚自体に返し針みたいなものがあるんで掴んでも引き抜けないらしいっす。取り除くには手術が必須になりますね」

「エロ同人みてーな魚だな」

「入間さん、少し黙って」

「なんだよバカ松、オレ様に命令しようなんざいい胸してるじゃねーか!」

「度胸…… だよね?」

「お、おおおお、魔法に取り入れようと思ってたが、やめておくかのう……」

 

 賑やかな声を背景に、夢野さんはめちゃくちゃ震えて水槽から距離をとった。

 

「…… 茶柱さん。スズランの花を水槽に浮かべてみて」

「え? あ、そうですね! それならこの魚たちも対処できますか!」

 

 スズランの毒は水に溶けるので、そのうちカンディルも死ぬだろう。

 

「次は泪の番だよー!」

「ぼくのは、このベラドンナの実だよ」

 

 テーブルにビンを置いて説明する。

 

「ブルーベリーと誤認して中毒死した例もある毒だよ。絶対に食べないように。東条さんも、なるべくブルーベリーは食卓に出さないでね。ぼくなら見分けられるけど、万が一のことがあるから」

「承知したわ」

 

 さくっと説明が終わり、白銀さんに移る。

 

「私のは多分、この裁縫セットだと思う」

 

 白銀さんが出したのはごくごく普通の裁縫セット。

 ならばこれは組み合わせ必須か。真宮寺くんの吹き矢の毒なんかは塗るタイプだから針に塗って…… とかありそうだね。

 

「女子は進むのが早くていいな……」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう!」

 

 次は春川さん…… と言っても皆もう分かっている。

 さすがに大荷物だからね。

 

「ビニールは外さないでよ。この塗料手に着くから」

 

 エセ水晶玉といい、この〝 金塗りの真剣 〟といい、初代のオマージュだよね? 視聴者か、ゲーム化した際のプレイヤー向けサービスかなにかなのかな。

 一応真剣らしいが、鞘も塗料がべったりついているのでガッツリ証拠が残る仕様だ。誰も使おうなんて思わないだろう。

 キッチンのほうに置いたら臭いが移りそうなので、保管する場所は反対側のほうがいいだろうな

 

「私はこれね」

 

 東条さんがキッチンから持ってきたのは先端の毛がナイフか針山のようになったデッキブラシだった。

 

「メイドにデッキブラシは似合うけど…… そこは大量の投げナイフとかが良かったなあ」

 

 某ゲームには隠し武器にデッキブラシなんてこともあったか。

 でも白銀さんの気持ちも分かる。銀髪の完璧メイドと言ったらナイフだよね。

 

 デッキブラシからはナイフ状の刃が10本、2×5で並んでいる。

 実用性はなさそうなロマン凶器か、刺突凶器ってところかな。

 

「次は私かあ…… ええとね……」

 

 珍しく歯切れの悪い赤松さんは、少し迷った末に何枚かの紙をテーブルに出す。

 よく見ると、それは楽譜だった。

 

『モノクマ特製葬送曲』

 

 これはまたひどい。

 

「冒涜だよ! 音楽の冒涜だよこんなの! しかも〝 月光 〟に似てる音階が多いし! そこは葬送行進曲じゃないの!?」

 

 突っ込むべきところはそこなのか?

 

「赤松さん、落ち着いて」

「すー、はー」

 

 最原くんがなんとか落ち着かせることに成功したが…… これは仕方ない。

 ぼくも麻薬入りアロマなんて渡されたら怒る自信がある。

 まさか本当に音楽だけで殺すなんてできるはずがないので、なにか他にあるのかもしれないけれど……

 

「ふう…… じゃあ最後は最原君だね」

「うん…… これも分かりやすいけど……」

 

 最原くんが出したものも、やはりガラス瓶だった。

 

「モノクマを呼び出して確認してみたら硫酸だって言ってたよ」

 

 シンプルに危ない物がきたな。

 これは管理さえしっかりして割ったりしなければ問題ない…… かな?

 

「これで最後だな! おっし、入り口からすぐに見える場所に台を設置して全員で確認できるようにしておくぞ。ゴン太、手伝ってくれ」

「うん! ゴン太頑張るよ!」

 

 それから順調に台の設置も済み、周りに囲いまで作られた。

 若干祭壇のようになっているが仕方ない。

 

「それじゃあ今日はこれで解散だな」

 

 百田くんが宣言すると、疎らに人が散って行った。

 赤松さんたちも少し相談すると早々に食堂から立ち去る。

 

「香月さんはどうするっすか?」

「え、ぼく? えっと、今からだと散水しても朝、雨漏りで溢れちゃうから……このまま部屋に戻って寝ようかな」

「あ、なら香月さんも寮に戻るんだね。一緒に帰ろうか」

 

 白銀さん、天海くんの間に挟まれてそのまま寮まで連行される気分を味わう…… と言っても、2人と話すのは楽しいんだけどさ。

 

 ぼくは2人と別れ、部屋に戻ると真っ先にアロマを焚いてベッドに沈み込んだ。

 それから、片手間に目覚まし時計を7半に設定し枕を抱きしめる。

ぼくは低反発よりも少し固いくらいが好みだなあ……

 

 ベッドに沈んだ体は不安と緊張からかドッと疲れが増して動くのも億劫になってしまい、電気を消すことすら面倒で瞼がゆるゆると落ちてくる。

 

 だめだ、眠い。

 

 おやすみなさい、と小さく呟いてぼくは意識を手放した。

 

 

 

 

 




・モノクマ特性葬送曲と似ている音階
 Q. 赤松さんだから月の光じゃないの?
 A. 月光で合っています。

・凶器リスト

【個人凶器】

最 硫酸
百 空っぽのカプセル薬
獄 殺人ハウツー本
天 リボルバー(弾5)
王 スプレー&ライター
星 鉄球
塩 痺れ毒の吹き矢
キ 重水

入 レンチ
夜 エセ水晶玉
茶 スズランの花瓶
夢 カンディル
香 ベラドンナの実
白 裁縫道具
春 金塗りの真剣
東 デッキブラシ(鉄)
赤 モノクマ特製葬送曲

【研究教室凶器】

アロマセラピスト 不明
発明家 ネイルガン
ピアニスト 不明


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タイムリミット

「泪、あなた大丈夫? アタシの家に泊まらせてあげましょうか?また顔腫らして…… まったく」

「大丈夫、だよ…… ぼくがお母さんにそっくりなのがいけないだけだから。髪も短くしてスカートも履けないけど、不自由はしてないんだ」

「だからアタシから通報するって言ってるのに。家族でも訴えることくらい多分できるわよ?」

「ううん、大丈夫。大丈夫だから、それより新作ゲームの話でもしない?」

「いいけど…… そういえばこの間アレが発売日だったわね! もちろん手に入れてるわよ!」

「わあ、すごいな…… ぼく発売日行けなかったよ。すっごく並んでたらしいし」

「予約してないからよ。一台で協力プレイもできるからうちに来なさいよ! ついでに着せ替え人形になってくれたら嬉しいわよ」

「もう、仕方ないな……」

「存分に着飾らせてちょうだいね」

「…… うん」

 本当は、もっと女の子らしい格好をしてみたかった。

 だから彼女には感謝している。でも、そんな彼女が変わってしまったのはぼくのせい。

 

 でも、こんな環境に放り込まれて少し感謝してもいる。

 〝 帰りたくない 〟だなんて、みんなの前では口が裂けても言えない秘密だ。

 

 

「ふあ……」

 

 シンプルな目覚まし時計の音。時刻は7時半。

 本当は2台使って7時にも目覚ましをセットしていたはずだけど、どうやら2度寝してしまったらしい。

 そのせいかな、眠りが浅くて懐かしい夢を見た気がする。

 8時になる前に早く支度しないと……

 

 先に手ぐしで髪を整え、クローゼットから用意されている着替えを取り出す。下の収納スペースからバスタオルを取り出して片手間にラズベリーの精油をアロマポットにセット。アロマを焚いてからお風呂場へ。

 昨日研究教室で見つけた〝 月桂樹 〟ブランドの中にあったラズベリーシャンプーを持ってきていたので、それを使う。

 ぼくは果物系ならラズベリーの香りが好きだな。ハーブならスタンダードなラベンダーが好きだけど。

 

 ラズベリーの香りの元である〝 ラズベリーケトン 〟はダイエット効果で有名なカプサイシンの3倍程の脂肪分解力があり、肥満防止にもなるうえ美白効果まである女性の味方だ。

 ラズベリーの香りによって食欲を抑制し、空腹感も満たしてくれる。ダイエットのお供に是非お勧めしたい食品だ。

 

 寝間着代わりの服はまだ用意していないので昨日来ていた制服を脱ぎ、洗濯カゴへ。

 初日に確認したことだけど、この寮には湯船がない。

 シャワーのみがそこにあるので持参したシャンプーとリンスを用意してお湯を出す。

 10分くらいでささっとお風呂から上がって着替え、髪を軽く乾かして歯磨き…… と、途中でモノクマーズの放送も入りつつ支度を終える。

 8時も過ぎたので食堂が開いているはずだ。行こう。

 

「あ、おはよう香月さん」

「えっ、あ…… おはよう白銀さん」

 

 扉を開けるとちょうど彼女も出てきたところだったみたいだ。

 ふわりと香ってくるのは昨日渡したライムの爽やかな香り。本当に使ってくれたみたいだ。長い髪がさらさらと動くたびにしつこくない程度の香りがふわふわと漂ってくる。

 

「あ、気づいた? これいいね。今度から定期的に使わせてもらいたいな。もらうだけは不公平だし、今度なにか埋め合わせさせてもらうから」

「ええ? そんなことしなくてもあげるけど……」

「香月さん…… タダって言葉は地味に恐怖なんだよ。だからなにかしら払わせて」

「わ、分かった」

 

 そう言われてしまったら了承するしかないな。

 

「香月さんもいい香りだね。なに使ってるの? フルーツ系?」

「あ、うん。ラズベリーので……」

 

 しばらく雑談をしながら歩いていくと、学園内に入ってすぐ最原くんと赤松さんに会う。

 

「あ、おはよう2人とも!」

「おはよう」

「おはよう、赤松さん。最原くん」

「おはよう、2人は探索?」

「うん、そんなところだよ!」

 

 地下への階段がある方から並んでやってきた2人と挨拶を交わして、向かう場所は同じなので仲間に加わる。

 赤松さんからは白銀さんからと同じくシャンプーについての質問。 互いの研究教室の内装と道具について話し合ったりして、充実した時間を過ごすことができた。

 話しているうちにいつの間にか赤松さんの演奏を聴きに行く約束をしていたが、些細なことだと思う。コミュ力高いなあ。

 

「あ、おはよう星くん!」

「赤松か……」

 

 星くんも関わらないほうがいいと言いつつ食堂には来てくれるんだよな。協調性が高い。

 ぼく、白銀さんたちがいなかったらみんなを避けて食堂にこっそり来ていたかもしれない。だって、コロシアイなんて怖いし。

 ぼくが独りだったなら、勝手に押し潰されて自殺しちゃってたとか…… いや、そんな勇気なんてないか。

 

「…… おはようさん」

「うん、おはよう!」

 

 クールに帽子を下げて去り際に言う星くんに、赤松さんも嬉しそうだ。向かう場所は一緒なんだけどさ。

 

「おはよう、朝食はできてるわよ」

 

 食堂の扉を開けると、すぐそばに控えた東条さんからの出迎えがあった。席にはほかほかの朝食が用意されている。

 いつの間にリサーチしたのか、昨日座った席にそれぞれ和風、洋風で食事が分かれていた。ぼくの席にはフレンチトーストとスープが用意されている。

 確かに洋風の朝食を摂ることが多いのでこちらのほうが馴染み深いな。それだってフレンチトーストなんて凝ったものじゃなくて、サンドイッチやトーストなんかの簡単なものだけど。

 白銀さんは和風。正面に座った天海くんはぼくと同じ洋風の食事だ。

 超高校級の冒険家というくらいだから、各国のいろんな食事を経験してたりするのかな?

 白銀さんの和風の食事はご飯と卵焼き、それにワカメの味噌汁だ。

 

「おーし! 全員揃ったな! それじゃあ席に着け!」

 

 全員集まったところで百田くんが席から立ち上がり、号令をかける。

 まあ既にみんな座ってるから問題ないんだけど……

 

「なんで百田ちゃんが仕切ってるの?」

「進むなら誰でもいいよ。早くして」

 

 王馬くんが苦言を零したけど、春川さんがそれを切り捨てる。

 仕切る人がいるならそれはそれで早くまとまるから、ぼくも文句はない。

 リーダー気質で自ら先導する人って貴重だからな……

 そういう人がいないとギスギスしたりするし。

 

「昨日は赤松が号令だっただろ? 次の号令は最原だ。頼むぞ」

「あ、うん…… ええと、昨日と同じでいいんだよな。東条さん、朝食のメニューをよろしく」

「ええ、今日は皆の好みに配慮して和食、洋食を分けているわ。和食は白米と卵焼き、ワカメの味噌汁。洋食はフレンチトーストとサラダ、コンソメスープよ。違うものを食べたいときは事前に言えばそうするつもりだから、気軽に言ってちょうだい」

「ありがとう、東条さん。えっと、それじゃあ、いただきます」

 

 いただきます。

 

「ちょーっと待ったー!」

「さすが斬美だねー!すっごく美味しいよー!」

「こんなところで和食が食べられると思っていませんでした。すごくありがたいです」

 

 途中でモノクマが乱入してきたが、みんなはことごとく無視していく。食事の邪魔なんかされたらせっかくの美味しいご飯が台無しだ。

 どうせこの和気藹々とした空間を壊しに来たんだろう。

 

「え? あれ、気にしなくていいの? それともモノクマが見えてるのってゴン太だけなの?」

「ボクも見えてますよ」

「意図的に無視してるに決まっとるわい……」

「気にしてもいいことはないからネ」

 

 みんな、モノクマに危害さえ加えなければなにもされないと思ってるんだろう。実際、モノクマは校則違反でもしないと直接的な危害を加えてくることがないはずだ。多分…… 。

 

「ムッキー! もういい、せっかくちゃんと告知してやろうと思ったのに、オマエラはなにも知らないうちに死にたいんだね! ならボクはなにも言いません! 精々残り3日間平和に生きてればいいだろー!」

「ん、待ってください。今聞き捨てならないことを言わなかったっすか?」

 

 ええ…… なんか無視できないようなこと言ってきたよ…… 卑怯じゃないか。

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

「やいやい! お父ちゃんを無視するな!」

「無視してもいいのはモノダムだけだぜぇ!」

「ワイらはキサマラを無視することもできるんやけどな」

「無視はよくないわ。それがイジメに繋がるのよ!」

 

 既にイジメは発生してるじゃないか、なんて思ったが口には出さなかった。敵ながらモノダムがあまりにも可哀想だ。決して助けはしないが。

 

「もう、オマエラがあまりにも死に急ぐからビックリしちゃったよ。ちゃんと学園長の話は聞くように!」

「それで? 話ってなんだよ」

 

 最原くんが怒ったように言う。

 驚いた。てっきり彼はこういうとき黙って聞いてる側だと思っていたから。

 モノクマはそんな彼にニヤニヤと笑いながら注目するようにも丸っこい手を掲げる。

 

「オマエラがあまりにもわちゃわちゃしてつまんないからボク考えました。一体なにが足りないのかと……」

 

 元々いい予感はしなかったが、それがますます加速したように思う。

 ぼくは他のみんなと一緒にさっさとフレンチトーストを食べきってしまう。きっとこのあと、食べる気なんてとてもしなくなってしまうだろうから。

 随所随所で止まってしまいそうになる手を動かして行儀の悪さも気にせず食べきってしまうと、モノクマは赤い目を光らせて爪を見せつけるように宣言した。

 

「閉鎖空間を用意し、疑心暗鬼になるような動機も用意した…… 本来ならコロシアイが起きても不思議ではありません。でも周りがあまりにも充実していると人はダラダラと環境に適応して生き抜いてしまうのです…… そこで、ボクは〆切を設けました!」

 

 環境への適応は初代でも言ってたな。

なにもしなくとも生きていける環境が揃っていたら、それはそれは楽に生きることができるだろう。ニートの大量発生待った無しだ。

 

「それ、タイムリミットってことっすか?」

「その通り!」

 

 天海くんの指摘に嬉しそうな声をあげたモノクマは腕を組んで偉そうに胸を張った。

 モノクマーズたちはそんなモノクマを一生懸命すごく見せようと紙吹雪をしてみたり口笛を吹こうとして失敗したりしている。

 正直鬱陶しい。

 

「3日後の夜時間までに殺人が発生しない場合、オマエラを校則違反と見なして人型殺人兵器、通称エグイサルでコロシアイに参加させられた生徒全員を皆殺しにします! そこのところよろしく!」

「み、皆殺しぃ…… !?」

「ぶさげるな! んなもん納得できるわけねーだろーが!」

 

 びっくりして顔を青くする入間さんに、席を立って怒鳴りつける百田くん。モノクマはそんな百田くんを見てはあはあと興奮しながら 「いいの?喧嘩売っちゃう? エグイサルの初披露しちゃう?」 と脅している。

 

「百田君落ち着いて、喧嘩なんて売ったらあいつらの思い通りだ」

「だけどな…… っ、いや、すまねえ。血が上っちまった」

 

 そんな中、冷静にモノクマを見つめ返した最原くんが百田くんの裾を引き、再び席に座らせることに成功した。

 

「人を閉じ込めてコロシアイを強要しているわりに、随分急いでるんだな」

「そうそう、まるで人目が入ること前提みたいだよねー。オレたちの慌てた姿でも見たいの? それとも裏で賭けでもしてるとかー?」

 

 最原くん、王馬くんが畳み掛けるように追求していくが、モノクマはどこ吹く風。

 

「まあいいよ? 信じないなら信じないで。だってまだ誰1人として犠牲になってないもんね。生贄か見せしめの1人や2人欲しいところだけど…… 早々に人数が減っても面白くないもんね、うぷぷぷ」

 

 見せしめは…… なしか?

 それならいいんだけど。

 

「信じるものは救われるんだよー? ボクはオマエラがどう出るか、楽しみに見守ってることにするよ。じゃあね〜!」

「あ、待ってよお父ちゃんー!」

「キサマラ全員が死んだらとってもグロいわ。それなら2人が死んだほうがずっとマシよね!」

「損得勘定はしっかりしといたほうがいいで」

「ヘルイェー! 今から3日後が楽しみだぜ!」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モノクマーズはもう既に皆殺しにする気のようですね」

「お祈りしよー、そしたらきっとみんな一緒にいられるよー」

「あの世でですか!?」

 

 既に死ぬこと前提かよ……

 いやいや、逆に考えれば絶対に殺しはしないって言ってるようなものだから彼女は安全と思えるか?

 

「あんなの嘘に決まっとるじゃろう……」

「え、エグイサルってあの機械だよな…… オレ様なら……」

「ちょっと入間ちゃん、なにか生き残る案があるならはっきり言ってくれる?」

「は、はあ!? 誰がテメーらなんかのためにそんなことするんだよ!精々3日の間に童貞処女卒業の相手でも考えてろ! どうせそういう経験は皆無なんだろ?」

「それより…… 地味に打開策を考えたほうがいいと思うよ」

 

 入間さんならなんとかできそうだけど、性格がああじゃな……

 

「あれは殺人を誘発するための嘘、とも考えられるヨ」

「そ、それで殺されたらどうするんだよ! オレ様が死んだら人類最悪の損失だぞ!」

「だから対策を考えるんだろうが!」

「…… はあ、これじゃあ見事にモノクマの思うツボだな」

「あいつは和やかな雰囲気をぶち壊したかっただけだと思うけど」

「みんながどうしたいかはよく話し合って決めてちょうだい。私はそれに従うだけよ」

 

 他のみんなは大分混乱しているけれど、星くん、春川さん、東条さんあたりは冷静だな。落ち着いている。

 案の定朝食会はぶち壊しになったから、モノクマの思う通りといえばそうだけどさ。

 

「無視だ無視! なにか行動を起こすようならこっちでも対抗すりゃあいいだろ!」

「で、でも、人の力じゃ兵器なんかに勝てないよ?」

「こういうときこそゴン太の出番だよね。うん、みんなを守るためなら頑張るよ!」

「…… 機械相手なんかに私の手が通用するかどうかは分かりませんが…… やってみる価値はありますよね」

「うんうん、2人の活躍を神様も見守ってるよー」

「神風とか、吹かせてくれないんだね……」

 

 このままじゃゴン太くんと茶柱さんか物理的に神風になりかねないから止めないと……

 

「と、とにかく対策はよく考えるようにすれば……」

「対策か…… そうだな、それなら…… 俺を殺せばいい」

「えっ」

 

 ぼくは遮るように言われた星くんの言葉に驚愕して、そのまま口を閉じた。

 

「星君、それはどういうことっすか?」

「おいおい、冗談じゃねぇぞ」

「そのままだ。俺は元々囚人だったんだ…… 今更生きる理由も持ち合わせてねぇ。俺はより多くの未来ある人間が生き残るために必要な提案ををしているだけだぜ」

「そんなのダメだよ! まだ皆殺しが確定したわけじゃないんだし、そんなこと言っちゃダメだって!」

 

 赤松さんの言う通り、確定したわけではない。

 限りなく確定に近いが、それで殺せと言われてもな。

 そもそも殺しが起きたら学級裁判が起きてクロは処刑される。

 最初の1人が自殺でもない限り犠牲になるのは2人なんだ。彼1人が死を受け入れていたとしても、意味がない。

 もしかしたら、最初の犠牲者が自殺でおしおきが行われなかったら…… そうしたら企画倒れを起こして今ぼくがいるダンガンロンパの回が流れなくなるかもしれないが……

 

 

―― チュートリアルのはずなのにおしおきのないダンガンロンパなんてつまんないだろ? …… だから

 

 

「いっ、た」

「香月さん、どうしたの?大丈夫?」

「う、うん…… なんだろう…… なんか既視感が……」

「また地味に顔色が悪くなってるし、あとでゆっくり休んだほうがいいよ」

「う、うん…… そうする」

 

 なにか、他にも忘れていることがあるのだろうか。

 頭が痛い……

 

「とにかく! 今は誰も犠牲にならない方法を考えようよ!」

「また地下に挑むなら私は降りるけど」

「いや、そうは言ってないよ…… 他にもなにかないか学園を探索してみようってことだよ!」

「まだボクたちも探索しきってませんしね……」

「各地にある不思議なオブジェクトも地味に気になるよね……」

「まあいい、俺のはあくまで提案でしかねぇからな…… 好きにしろ」

 

 星くんはそのまま食堂から出て行ってしまった。

 食事は終わっているようなので、これ以上なにか言われたくなかったのだろう。

 自室か、地下のゲームルームにでも行くのだろうな。

 

「ったく、案の定揉め事が起こっちまったな」

「まあ、わざとぶち壊しに来たみたいだし仕方ないよねー。こうなることは分かってたよ。それより探索するんじゃないの? そこのところなにも考えてないの? 百田ちゃん」

「うるせぇ! とにかく、全員で散って探索するしかないだろ」

「待って、探索もしないといけないけど…… 食堂に2人か、3人残っていてほしいんだけど……」

 

 百田くんの提案に最原くんが待ったをかけて周りを見渡す。

 

「凶器の保管場所にしてる以上、見張りは必要だと思う」

 

 それもそうだと話がまとまり、今度は見張りを決めることにする。

 これに全力で手を挙げたのは夢野さん。それに東条さんと真宮寺くん。

 

「私は食器の片付けがあるからそのまま残らせてもらいたいの」

「うちは合法的にサボ…… 探索には向かんからのう」

「僕は他に候補がいなければ…… ってところかな」

「あ! 私夢野さんに色々お話聴きたいです!」

「じゃあ…… 真宮寺は別にいいんだな?」

「構わないヨ」

 

 見張りは夢野さん、茶柱さん、東条さんの女子3人か。

 

「ならそれでいいな。休憩したい連中は食堂で交代すればいい。東条、夕飯は何時だ?」

 

 百田くんが尋ねると東条さんは時計をチラリと見て言う。

 

「午後7時にするわ」

「ならその時間まで自由行動しつつ探索だねー。東条ちゃん、オレはオムライス食べたい」

「オムライスいいっすね」

「あ、私も食べたいな!」

 

 オムライスか…… いいな。

 

「えっと、ぼくも」

「斬美のふわとろオムライスー!」

「嫌いな奴はいねーだろ!」

「あ、でもソースはケチャップとデミグラス選べるようにしとかないと戦争が起こりそうだよねー」

「そ、そうかもね……」

「承知したわ」

 

 確かに、どっちが好き? と言われたら二手に分かれそうだ。こういうのは問題が起こらないように最初から分けておいたほうがいい。

 

「それじゃあこれで解散ですね」

「キーボ、テメーオレ様の研究教室まで来やがれ!」

「えっ、なんでボクなんですか!?」

「いいから来い!」

 

 入間さんは早足でキーボくんのアンテナっぽいアホ毛を引っ張って去って行く。

 キーボくんも引き抜かれては堪らないと思ったのか、文句を言いつつ大人しく付いて行った。

 入間さんは少し怯えている節があるので、殺しに走るとは思えないキーボくんを連れて行ったのだろう。多分。

 

 それじゃあぼくは…… 植物園だよな。

 奥にあった、ぼくが初めて目覚めた棺。あれの周辺はあまり見て回っていない。

 まだ抜け道がどこかにあるならば、未探索の植物園内にあるだろう。

 途中研究教室に寄って雨漏りの水を捨てて、探索に行こう。

 

「あ、やっぱり香月さんは植物園?」

「そ、そうだね……」

「なら一緒に行くっすか」

 

 やっぱりそうなるんだね……

 なぜだかあの〝 棺 〟は見られたくない…… 自分1人で見る分には忌避感なんてないんだけど…… でも探索は必要だし、気は進まないが行かないとな。

 

 あの棺のことを思うだけで頭がまだ、痛い。

 

 

 

 

 




・朝食
 白銀さんはショウガ湯が好物だったので和風。天海くんは洋物好きらしいので洋風です。

・オムライス
 作者はケチャップ派。オムライッスって言わせたかった(未遂)



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植物園探索

「ここは別れて抜け道を探そう」

 

 ぼくが勇気を出してそう言ったのは、研究教室で雨漏りの水を捨ててもらっていたときだ。

 一緒に探索してくれると言った2人に、単独行動を面と向かって言うのに少し勇気が必要だったんだ。

 背を向けてバケツの水を捨てていた天海くんが振り返る。

 

「3箇所に別れるんすか?」

 

 ぼくは、あえて視線を外して、 「うん」 と返事をした。

 

「えっと、植物園のマップを見る限り東西南北で別れているみたいだから、そのほうが効率的かなって思って」

「あー、そうかもね。地味に広そうだし、今は抜け道を探すのが本題だから効率は良くしたほうがいいかも……」

 

 白銀さんの言葉は意図的か、無意識の援護なのか、どちらにせよぼくにとっては助かるものだった。

 

「それじゃあ、担当はどうするっすかね。俺はよく知らないんで香月さんが決めちゃっていいっすよ」

 

 え? あ、気遣い…… なのかな?

 なんだか申し訳ないけど、棺は見られたくないし、仕方ないや。

 

「じゃあ…… ぼくが目を覚ましたのが恐らく北のほうだから、そっちをもっと見てみたいね。南は入り口付近だから帰りに3人で見て回ればいい。2人には西か東を担当してもらいたい」

「それじゃあ、俺は東行ってみるっすかね」

「あ、なら私は西だね」

「モノパッドって写真撮れたっけ……」

「写真は…… 無理そうっすね。確か倉庫に使い捨てカメラがあったと思うっすけど」

 

 なんで携帯端末なのにカメラ機能ないんだよ。不便か。

 チャット機能はあるくせに。

 

「集合時間は…… そうだな、一時間後にまたここに来ようか」

「一時間だね」

「了解っす」

 

 二人と別れ、ぼくは以前来たときの逆方向へと進む。

 当たり前だが、周りには人がいない。少しだけホッとして息を吐いた。

 別に彼らといるのが苦痛なわけではない。けれど一人でいる時間というのが好きなのも事実。たまには息抜きくらいしたいのだ。

 周りにある植物を軽く調査しながら進んでいく。北へ進むに連れてハーブ類が多くなっていくようだ。

 正規ルートと思われる道なりに進んでいくと、川のようになった1メートルほどの溝が左右に広がっていて、石の橋がかかっている。

 その奥にはブドウが這わせられたグリーンアーチがぼくを迎え入れるように設置してあった。

 ここからは北エリア、ということらしい。

 

 水の流れた溝はずっと遠くまで続いているので、もしかしたらなにかの形になっているのかもしれない。

 これが円状になっているのなら美しい庭園だと思うのだが、モノクマの顔の形とかになってそうな予感がするので趣味がいいかどうかはちょっと判断できない。

 水の張った溝は周りが石造りなため、水辺の植物があるわけではないらしい。水辺の植物はまた別の場所にあるのかな。

 

「北はハーブ園か」

 

 見渡す限りのハーブ。

 一見ただの雑草にしか見えないものもハーブだったりするので、丁寧に踏まないよう足を運ぶ。

 道はちゃんとあるけど、ときおり植物が道にまでせり出してきているので慎重に。

 奥には、他の土と混ざらないように一段上げられガラスのドームで覆われた花壇がある。

 その厳重っぷりにいったいなにを栽培しているのかと思ったら、ミントだった。

 

「ミントなら仕方ないな」

 

 ミントはその甚大なる繁殖力からテロまで起こるほどだ。

 厳重に管理していないとすぐに外の土に種が落ちて強い繁殖力によって爆発的に増えていくから、これを嫌がらせや報復に使うことをミントテロなんていうこともあるくらいだ。

 ミントの一部を空き地に捨てるだけでそこから根が出て、最終的に一面ミント畑となる。ミントは絶対に庭植えしてはいけない。

 繁殖を続ければ他の植物を押しのけ、光を奪い、栄養を奪い、ミントの天下が出来上がる。抜いても抜いても無駄で、果てはその特徴的な香りさえ消えてただの雑草と化す。そういう植物だ。

 ミントを駆逐するためには土ごと取り替えるしかないと言わしめられる悪魔の植物。

 他には同程度のやばさを持つドクダミ。ミントよりもひどい、ただの爆発物と化すワルナスビなど。

 ドクダミは香りが独特なので不人気。ワルナスビはそもそもトゲもある毒草なのでかなり悪質だ。引っこ抜くと途中で千切れて、千切れた分だけ株がどんどん増えていく。

 それを考えればちゃんとミントがハーブとしてここにあり、管理されているのに感謝する。モノクマってそういうのにも気を使うんだね。

 ガラスの中にもスプリンクラーがあるので管理も容易だ。取り出すときだけ気をつけなければならない。

 

 

 あとは定番のハーブばかり。それもきちんと区分けされていたりして植物園としての体を成している。

 そして…… 少し道を外れて進めば例の場所。棺のある場所へと辿り着いた。

 

「うーん…… やっぱり普通の棺ではないか」

 

 まるで美術品のような棺で、ただ置いておくだけにするのはもったいないとさえ思う。でもぼくは人に見られたくないと感じる。

 

「ぼくってここからスタートしたんだよね……」

 

 ふと、過ぎった嫌な想像に蓋をして首を振る。

 モノクマならやりそうだな、なんて思ってない。

 

「それより……」

 

 あまり詳しく調べてなかったなと、しゃがんで棺を確認する。

 ちょうど顔になる位置に枠があり、そこをスライドするとガラスの窓になっている。死人の顔を見るための小窓、だよな。

 大きさはちょうどぼくと同じくらい。ぼくより身長の高い人は入れなさそうだ。まさにぴったり。嫌なことだ。

 さらによく見ると端のほうに特徴的な意匠が彫られている。十字を少し崩したような模様。中に、Hの文字…… かな。

 どこかで見たことがあるような気がするんだけど、さすがにそう簡単には思い出せそうにないな。見たらすぐに分かると思うんだけど……

 

 ここらの植物と日差しの関係で棺が照らし出され、なんだか神々しい雰囲気の場所だ。こういう雰囲気の場所は好きなんだけど…… なんというか、やはり棺があるとそこに不気味さが足される気がする。

 この棺も芸術作品並にすごいものなんだけど、ないほうがぼくは好きだな。

 この場所だけだったらきっと毎日入り浸るお気に入りの場所になっただろう。道を外れた奥まった場所にあるからめったに人も来ないだろうしね。

 

「それにしても、季節関係なくハーブがあるってすごいな」

 

 棺の周りを囲うようにしたラベンダーたち。同系色のコモンセージやスイートバイオレット。マロウにコーンフラワー…… いや矢車菊。キャットニップにヘリオトロープ。棺の周りは紫色の絨毯が敷かれたように色鮮やかだ。

 

 少しの地面を開けて咲くジャーマンカモミールや、花壇にされたアップルミント。アロマティカスやセンティッド・ゼラニウム。

 ミント類は勝手に交雑して香りが鈍くなってくるのでそのうち間引きしておかないと…… やることがたくさんだ。

 それらの草花がどこからともなく吹いてくる風でゆらゆらと揺れ、香りを風に乗せてぼくに届ける。

 そういえば、この風もどこから来てるか分からないな。ここはガラスで覆われた植物園なのに。これもスプリンクラーみたいに機械で環境を作ってるのかもしれない。

 

 ここに来るまでもそうだったが、ただの葉っぱかと思えばそれは全てハーブである。

 ローズマリー、ローズヒップ、サフラン、シナモン、マートル、レモングラス、タンポポ、レモンバーベナ、ネトル、フランボワーズ、ルイボスティーのルイボス、マテ茶のマテ…… どこを見てもぼくが分かるハーブだらけだ。種類を挙げていけばキリがないくらい。

 中には食用もいけるオレガノやタイム類、バジルなんかも混じっている。

 それも、どれも季節に関係なく咲いている。いったいどんな技術が使われればこんな風になるんだ。

 春から夏にかけての植物と、秋の植物が同時に育成されてもいる。

 この分だと他の場所ではスノードロップや暑さに弱いプリムラ類も同時育成されてそうだ。

 

「やっぱり異常だ」

 

 これだけの植物があって虫の1匹すらいないなんて、おかしい。

 こいつらはどうやって交配していると言うんだ? 花粉を飛ばすだけで? そんな馬鹿な。これだけの花を育てるのにどれだけ時間がかかると思ってるんだ。

 そもそも植物につくアブラムシやイモムシさえいないなんて異常すぎる。

 

「これじゃあ、ゴン太くんの期待には応えられないかな」

 

 探せば虫くらいいると思っていたけれど、これじゃあ本当にいないのかもしれない。

 虫を探すなら植物園にって彼には伝えたけれど、悪いことをしたかな。

 

「とにかく、北はハーブ園になってるってことでいいか」

 

 ギリギリまで探してみたはいいけれど、やはりこちらには抜け道や地下への入り口らしきものはなかった。

 棺の中まで覗いたが、なんの変哲も無いオブジェでしかなかった。

 ぼくはいったいどこから来たんだろう。

 誘拐されて記憶を一部消されただけとなると、ちょっと芸がないように感じてしまうのは〝 ダンガンロンパ 〟に毒されているのかな。

 いつも奇抜な発想で驚かせてくれるから、どうもそちらを期待しがちだ。

 今は他人事じゃないので、どうか普通の方法であってくれと願う自分もいるのだけど。

 

「あとの場所は、2人の報告を待つしかないよな」

 

 棺のことはどうあっても伝えないといけない。

 黙っていることなんかがあったら信用を失くしてしまう。

 ぼくが個人的に見られたくないだけであって、ぼくのいないときにここに来られるだけなら許容範囲だ。

 ただ一緒に棺を眺めたくないってだけ。自分でもなぜそんなに嫌なのかよく分かっていないけれど、とにかく無理なものは無理。誘われたって絶対に来ないからな。

 ああ、でも一人で折りたたみ式の椅子を持ち込んで読書するのにはいい場所かもしれないなあ。

 人と棺さえなければ最高の場所なのにもったいない。

 

 さく、さく、と土を踏みしめながら引き返す。

 軽くその辺にあったフランボワーズやブルーベリーを収穫して帰る。

 フランボワーズの余った分は今夜にでも東条さんのところに持ち込んで、甘いケーキにでも使ってもらえるように頼んでみようかな。

 あ、ブラックベリーまである。ブラックベリーもケーキ作りに使ってもらおう。収穫収穫っと。

 

 ブルーベリーは一応ベラドンナのこともあるので料理に使うかどうかは保留。ぼくがいるところでなら間違えようがないが、そもそもぼくが信用されるか怪しいので使わないほうがいいだろう。

 個人で食べるかアロマ用だな。

 

「ぼくが最初か」

 

 研究教室にはまだ二人とも帰って来ていないようだった。

 1人で座っているのもなんだし、またお茶でも用意してようかな。

 フランボワーズとブルーベリーの精油も抽出しはじめないと。

 圧搾機で搾って準備して…… フランボワーズでシャンプー作るのもいいかもしれない。甘くてふわふわした香りはうーん、夢野さんとか合いそうだけど、使ってくれるかどうかはちょっと微妙かな。

 みんな才能の産物だから信用してくれるけど、別にそういうのが好きって人ばかりじゃないと思うし。

 春川さんとか星くんは特にそういうのが苦手そうだ。春川さんは話を合わせてくれたけど。

 量産物のシャンプーに不満を持っていたのも、言ってはなんだがそういうのを気にしそうな白銀さんと天海くんだし……

 コスプレイヤーは気を使ってるだろうし、天海くんも見た目で判断するのはどうかと思うが、おしゃれだからね。

 

 さて、なんのハーブティーを淹れようかな…… そうだ、これにしよう。

 本当は夢野さんに見てもらいたいけど、その前に二人の反応も見たいな。驚いてくれるかな……

 

 そうしてとあるハーブティーを淹れながら待っていると、研究教室の扉が開いた。

 

「あ、おかえりなさ…… い…………」

 

 え、待って! ぼくは反射的になんてことを言ってるんだ! 会ってまだ3日目の人にこんな気安く挨拶するなんて……

 

「ははっ、ただいまっす」

「ただいまだねー」

 

 合わせて挨拶してくれた二人から逃げるように顔を背け、 「な、なにか収穫はあった?」 としどろもどろに言うが、多分耳まで赤いので誤魔化しきれない。

 

「えっとね、西は水辺が地味に多くて、そこに浮いた植物がたくさんあったよ。私が分かる範囲だとハスの花しか分からなかったけどね…… 抜け道も特に見当たらなかったかな 」

「東は…… そうっすね…… 毒植物パラダイスになってたっす。俺が分かる範囲でもトリカブトとか、スズランとか、あとスイセンも毒がありましたっけ? 各国を渡り歩いてるときにサバイバルすることもあるんで、見分けがつくものも多かったっす。抜け道は残念ながら……」

 

 西に水辺の植物、東に毒の植物、そして北にハーブ園。南の入り口付近はその他、観葉植物だったり普通の植物類が多かった印象だ。

 今度東は探索しに行かないとだめだな。株の数を確認しておかないと、なくなったときに察知できない。

 多分根こそぎ取ってもモノクマが追加で植えてしまうだろうし、株数をメモして毎日朝食後に確認しに行くのがいいかな。

 ぼくがやらなければいけない作業が山盛りだ。

 

「そっか、ぼくの方は……」

 

 話し出したとき、また研究教室の扉が開いた。

 

「あ、お邪魔しちゃった?」

「今、大丈夫かな」

 

 赤松さんと、最原くんだった。

 追加で2人分お茶を淹れないとね。

 

「どうぞ、入って大丈夫だよ」

「ありがとう、いきなりゴメン」

「わあ、お茶会? すごい、こんなお茶初めて見たよ!」

 

 赤松さんがびっくりしているのは綺麗な青色のハーブティー。マロウブルーティーだ。これはお湯を注ぐと鮮やかな青色のお茶になるんだ。

 飲み口も無味に近くてクセがない。香りを純粋に楽しむお茶なんだけど、実はもっとすごい秘密がある。

 

「それじゃあ、報告の前に…… ぼくなりの魔法を見せようかな」

「魔法って、そんな夢野さんみたいなことを……」

 

 最原くんがそんなことを言うが、もちろんぼくのは冗談だ。

 ぼくは自分のマロウブルーティーを目の前に引き寄せ、上から一滴だけ取り出した小瓶の液体を垂らす。

 すると、マロウブルーティーに触れた箇所から緩やかに…… ぼくがグラスをくるくるかき混ぜると急速に真っ青だったお茶が薄いピンク色に変化していく。

 そして完全に桃色となったお茶を自分で少しだけ飲み、無毒アピール。

 

「どう、ぼくの魔法驚いた?」

 

 …… と訊くとみんな少しだけ笑った。

 なんで天海くんはそんなに微笑ましそうな顔で見るんだ? ぼくそんなにドヤ顔してるかな。

 

「色が変わった?」

「本当に魔法みたいだね。なにを入れたの?」

「レモン果汁だよ。マロウブルーティーはお湯で淹れると青くなって、レモン果汁を入れることによってphが変化して、ピンク色になるんだ。アントシアニンって成分はphで色が変わるからね。その応用だ。色は時間経過で薄くなっちゃうから、飲むならお早めに」

 

 そう言ってレモンの小瓶を渡すと2人共自分のマロウブルーティーに入れて楽しんでいる。

 レモンの小瓶は純粋な絞り汁であって精油ではないので悪しからず。

 

「さて、遅くなっちゃったけど報告の続きだ」

 

 しばらく遊んでいるのを微笑ましく見守って話を促す。

 ここには新たに赤松さんと最原くんが加わったのでおさらいも含めてぼくが言うことにした。

 

「植物園の西は白銀さんが調べたところ水辺の植物が多くて、東を調べた天海くんは毒植物を多く見つけたんだったよね。で、どちらも抜け道らしきものはなかったと……」

「毒植物か……」

「あとで株数を調べておくから、毎朝変化がないかぼくが確認させてもらうよ。自分で確認したいなら数を確認するのを手伝ってほしいけど…… まあそれは後でいいか」

 

 最原くんが手伝ってくれればとても楽なんだけど。

 

「ぼくが調べた北にはハーブ園があったよ。これはそこの収穫物。フランボワーズ…… ラズベリーとブラックベリーにブルーベリー。ブルーベリーはアロマにしか使わないけど、残り2種類は東条さんのところに持ち込む予定。抜け道はなかったけど、道を外れた東寄りのところにポツンと棺が置いてあった。調べて見たけど、抜け道は関係ないらしくて本当にただのオブジェって感じ。気になったら行ってみるといいよ」

 

 ぼくは案内しないけど。

 その言葉を飲み込んで、ここでやることがあるから今から行くなら一緒には行けないと注釈を入れた。

 間違ってはいない。案内したくない理由を尋ねられたとしてもぼくはなにも言えないので、曖昧に逃げた。

 ぼくだってなんとなく見られたら嫌だなって思っているだけで、詳しい原因はよく分かってないんだ。仕方ない。

 

「それじゃあ僕たちは少し奥を見て回ってみるよ」

「よーし、探検だよ最原君!」

「待ってよ赤松さん!」

 

 2人が行ったところでぼくたちは視線を交わす。

 

「夕食はオムライスだったよね」

「そうっすね」

「まだ時間もあるし…… ぼくは一回部屋に戻ろうかな」

「じゃあ俺たちも戻りますか」

 

 家主がいないのに入り浸るのもどうかと思うんで、と付け加えて天海くんが立ち上がる。

 夕食前には散水しに来ないといけないが、それまでは自室にいてもいいだろう。

 それからはなにか変化があるわけでもなく、夕食後には散水された植物園で水を捨ててぼくたちは就寝した。

 

 

 



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自由行動①

 今日の朝食は、パン製造機を倉庫から発見した東条さんによるパン祭りだった。炊いたご飯もあったけど、まさかの米びつごと。

 おかずはみんなの希望によりいくつかの大皿にそれぞれ乗せられ、そこから取り箸で取るタイプだった。

 確かに、ひとりひとり盛られるよりもバイキングスタイルの方がたくさん食べる人とそうでもない人で分かれて良いかもしれない。

 東条さんは本当にこれでいいのかと悩んでいたが、みんなが嬉々としておかず争奪戦を始めたので納得したようだった。

 メイドとしてはきっちり1人ずつやりたいんだろうけど、それがみんなの要望だったからね。

 

 それにしてもパン作りの機械とか、あの倉庫本当になんでもあるな。そのわりに欲しいものは見つからないなんてザラだし、よく分からないラインナップだよ。モノクマか製作陣の趣味か?それともコロシアイの隠蔽工作に必要そうなものだけ抜いてるのかな。

 植物園の高い位置にある木の剪定をしたくても丁度いい長さの脚立がない。長い枝切り鋏もないし、あったのは先端が切れにくくなっているリーチの短い枝切り鋏だ。凶器じゃないよアピールか?

 

「ねえ、一通り調べたりしてなにもなかったんだからもう自由にさせてよ」

 

 今日は朝食会での春川さんの言葉に賛同する人が多く、団体行動で調べてももうなにもないと分かったので全員自由な時間を取れることが決定した。やった、これでのんびりとできる。

 

 ぼくは部屋か研究教室でのんびりするんだと意気込みながら食堂を後にした。天海くんが行動するよりも早く逃げたので追ってはこないだろう。久しぶりの1人行動は楽しみだ。

 まずは今までの探索でちょくちょく発見していたメダルを手に購買部だ!

 ダンガンロンパといえば購買部のガチャガチャだよな。ずっと楽しみにしてたんだよ。どんなラインナップになってるのかとか、ちゃんとぼく好みのアイテムがあるのかとか。

 

 購買部の中にはもちろんガチャもあったけど、他の周りにあるやつもメダルで手に入ることが分かった。値段ついてるし。

 適当に暇つぶし用の雑誌をメダル1枚で購入して、ガチャを回す。とりあえず2回だけ。

 出てきたのは〝 マリーゴールドの種 〟と〝 ソーイングセット 〟

 種はぼく向きかな。多分花言葉が絶望だからはいってるんだろうけど、マリーゴールドは可愛いから好きだし、問題ない。

 よし、研究教室の周りに植えてみよう。

 あとは…… ソーイングセットか…… 白銀さんにあげるか? いや、でも凶器とはいえ白銀さんは裁縫セットがあるしな。

 棚に置いてある雑誌を見る。

 

「……ぬいぐるみ作りでも、してみるか?」

 

 羊毛フェルトで作るぬいぐるみの雑誌や、普通のぬいぐるみの型が載っている雑誌もある。倉庫で少し材料を探して挑戦してみようかな。

 

「あれ、香月さん?」

「赤松さん」

 

 ガチャでもやりにきたのかな?

そういえば主人公候補が誰かとか、分かってないや。今のところ赤松さんが最有力候補だけど…… どうだろ。

 

「じゃ、ぼくは行くよ」

「うん、またね」

 

 ガチャの前を譲ってぼくは倉庫へ向かった。

 

「あった、羊毛フェルト」

 

 それに生地も。

 だから、なんであるんだ。本当に不思議な倉庫だな。

 

「あ、香月さんも裁縫するの?」

 

 後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはたくさんの布を抱えた白銀さんがいた。

 見つかっちゃったかなんて思ったけど、よく考えてみれば1番のお手本は彼女なんじゃなかろうか。

 裁縫はできるほうだけど、羊毛フェルトはやったことがない。

白銀さんはどうだろう。

 

「白銀さんって羊毛フェルトできる?」

「小動物とか小さいモンスターとか、キャラクターが肩に乗せてる子なんかは作ったりするかなあ…… コスプレの完成度を上げるためにいろんなことに手を出してるよ。乗馬とか、剣道とかも習ったことあるよ。地味に器用貧乏だね」

 

 白銀さんのプロ根性が凄まじい。

 これだけやってコスプレするなんて、単純なキャラ愛とかだけじゃ済まない情熱を感じられる。もちろん、好きだからやるんだろうけど。

 

「え、じゃあコスプレしたままキャラ再現とかできちゃうの?」

「うん、既に好きなキャラでもやるときは全力で調べ上げて細部までこだわるよ」

 

 なにそれすごい。

 これは、人気になる理由も分かるよ。

 だって頼めば台詞も言ってくれるだろうし、剣を使うキャラなら剣舞とかもしてくれるんだろ?

 料金取るかは分からないけど、それでもキャラクターが好きな人は頼みに来るだろうな。リアルにやってきたキャラクター。

 ダンガンロンパのリアルフィクションに反感を持っていたが、こういうリアルフィクションは素晴らしいと思う。

 

「1人でいるときに羊毛フェルトやってみようと思うんだけど、教えてくれないかな?」

「いいよ、やろうやろう! それじゃあ…… 部屋に行こうか」

 

 あれ、なんでだろう。ぞわっとした。

 

「えっと、教えてくれるんだよね?」

「うん、もちろんだよ。その代わり…… 私の作った衣装着てほしいいなって」

「ぼく素人だよ!?」

「いいんだよ、絶対似合うから!」

「そういう問題なのか!?」

 

 でも、報酬がコスプレ1回ならまだ有情か?

 

「あとでゴン太君とアンジーさんに協力してもらえるかな…… そこだけ地味に心配だよ」

「えと、2人はなんで?」

「アンジーさんには牛っぽい頭蓋骨を作ってもらいたいんだよね。ゴン太君にはそれ使ってコスプレしてほしくて…… もちろん報酬はつけるよ!」

「あの、それってもしかして……」

 

 魔法使いの…… いや、なにも言うまい。

 だいぶ嬉しそうだし、仕方ない。午前中いっぱいは付き合おう。

 

 材料を手にぼくの部屋に移動して、やり方を教わる。

 針でちくちくする作業は細かくてなかなか上手く行かないがやりがいがありそうだ。まずは猫でも作ろうかな。

 白銀さんはぼくに一通りコツを教えると、自分の作業を開始した。やはり作っている衣装はあれだ…… 嫁の………… うん。

 アドバイスを求めれば手を止めて手伝ってくれるし、良いお師匠様なんだけどな。

 

「初めてなんだよね?」

「う、うん」

「すごいよ香月さん。初めてのときって顔がスプーになったり上から叩いた顔みたいになったりするのに、ちゃんと仕上がってる」

 

 褒められているはずなのになんでだろう、とても複雑な気分だ。

 作った猫は目がくりくりとした子猫のアメリカンショートヘアだ。 次は長毛種も作ってみたい。

 針金の骨組みはもうできるようになったから、今度はもう少し大きめに作ろう。

 

「長毛種の猫ってどうやったらいいかな」

「ああ、長い毛は土台を作って、後から貼り付けていくんだよ。尻尾とか、毛並みをふわふわにしたいときもそんな感じだね。土台ができたら教えてね」

「うん、頑張るよ」

 

 ちくちく、ちくちく、と針で差し込みながらどんどん羊毛フェルトを追加していく。

 硬くなりすぎないように、ふわふわに…… これがなかなか難しい。

 顔も崩れないように整えなければならないんだけど、針の穴が大きく残ってしまったりなんだり調整を繰り返すたびに少し頭が大きくなりすぎてしまったり大変だ。

 最終的にはものすごく時間をかけて両手に乗るサイズのものができた。これに長毛の毛を追加していくんだ。

 

「目はこれを使うといいよ」

「ありがとう、白銀さん」

 

 受け取ったのは人形なんかに使う目玉のパーツ。

 出来上がったヒマラヤンは青目のくりくりした可愛らしい作品になった。うん、初めてにしては上手くできたと思う。

 

「だいぶ時間かかっちゃったな」

「羊毛フェルトは土台を作るのも時間がかかるもんね…… 私のほうも有意義な時間を過ごせて良かったよ」

 

 そう言った白銀さんの手元には、もう殆ど下縫いが終わった衣装がある。これからミシンで本縫いに入るのだろう。

 

「どうしたの?」

「えっ、あ…… えっと……」

 

 思わず見とれていた。

 あんなに可愛い衣装、着れるのか…… なんて。

 

「可愛い衣装、だよね」

 

 少し照れながら言うと、白銀さんは 「だよね、だよね!」 と嬉しそうに頷いて頬に手を添えた。

 

「もしかして、可愛い衣装好きなのかな?」

「…… うん」

 

 俯いて答える。

 一人称からやっぱり勘違いされるよね。

 普段着は男物が多いけど、可愛いフリフリした衣装とか好きだ。

 見てるだけで幸せになれるし、なにより楽しそう。

 

「なら、可愛い衣装をたくさん作るね。私以外で着てくれる人がいるなんて嬉しいよ! 衣装は着られてこそだから」

 

 そうだよね、作られたものは使われてこそだ。

 観賞用だけにするのはもったいないよ。

 

「それじゃあ、お昼ご飯食べに行こうか」

「お昼はなんだろうね……」

 

 2人で話しながら食堂に移動する。

 さきほど作った羊毛フェルトのヒマラヤンを胸に抱えているので、行く先で人目を惹くようだ。

 食堂の片隅にでも置かせてもらおうと思う。

 

「うん?」

 

 どこからか視線を感じる。

 食事を取りながら確認してみたら、それは星くんからだった。

 自分を殺せばいいなんて言っていた彼を思い出す。万が一のこともあるし、そんな発想はできるなら止めておきたいが、彼の意思は強い。

 そんな意思の強い彼でも目を惹かれる、ぼくが作ったヒマラヤン。

 

 …… 猫、好きなのかな?

 

 いい機会だ。

 昼食のあとで接触してみようか、なんて。

 

 

 

 

 

* 絆のカケラをゲットした!*

 

 

 

 

 

〝 ツウシンボ 〟に白銀つむぎの情報を追記致しました

 

 

 

 

 

 【白銀つむぎ】

 *3 そのコスプレへの情熱は、剣道や乗馬、裁縫に小道具作りなどにまで向いている。教えるのも丁寧だし、ファンがたくさんいるのも納得の人だ。可愛い衣装を着せてもらえる約束をした。多分コスプレ衣装なんだろうけど、ぼくの可愛い服好きを初めて打ち明けた人だから、楽しみにしていたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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自由行動②

 昼食の後、そういえばゲームルームの奥には行ったことなかったなと思い、ぼくは移動した。

 あの奥はどうやらAVルームになっているようで、DVDがたくさんあるらしい。もう少し羊毛フェルトでぬいぐるみを作ろうと思うのだけど、1人で黙々と作業するのも集中が切れてしまいそうだし、なにか見ながらでもやろうとここに来たというわけだ。

 あんまり静かな場所でも集中力が切れてしまうから。

 

「あ、星くん……」

 

 AVルームに行く前に、星くんを見つけて声をかける。

 もしかして、いつもここにいるのかな?

 ぼくもここに来てからはずっと植物園か自室にいたから、人のことは言えないけど。

 初めて会ったときも確かここだったな。

 

「AVルームに行くのか? それともここのゲーム機か? 残念だがここのゲーム機は使えねえな。断線してる」

 

 あ、それは知ってる…… というか、星くんは自分に用があるとは思わないのか。

 まあ、〝 俺に関わるな 〟って言ってるくらいだからな……

 

「AVルームに行こうと思うんだ…… 羊毛フェルトのぬいぐるみを作るのにも、1人だとかえって気が散っちゃいそうで……」

「ああ、食堂にも持ってきていたな。好きなのか?」

 

 星くんの視線は、心なしかぼくが持っている羊毛フェルトのヒマラヤンに向けられている……

 

「ううん、今朝購買部で見つけて…… 白銀さんに教えてもらって始めたんだ。結構おもしろくて熱中しちゃって…… 超高校級のアロマセラピストなのに変だと思う?」

「…… いや、思わねえさ。新しい趣味の発見はいいことなんじゃねえか?」

 

 あ…… 星くんにこんな話題振るべきじゃなかった。

 星くんは自分の才能を否定してしまっているんだよね…… いや、否定なのか? 結局ぼくは彼にあったことをよく知らない。

 知っているのは、自らの才能を使ってなにかをして、囚人になってしまったということだ。

 その結果、彼は〝 俺を殺せばいい 〟なんて言っている。彼は、死にたいのか…… ?

 

「そっか…… その、星くんは…… なにか趣味とか、ある?」

「…… しいて言うなら、散歩だな」

 

 ぼくも、どうしてそのまま会話を続けているのかは分からない。

 彼は1人にしてほしいと常々言っているんだから、さっさとAVルームに行ってしまえば良かったのに。

 だけど、少なくとも今会話している星くんは穏やかそうだ。

 やはりぼくには彼が恐ろしい犯罪者には見えない。

 

「散歩か…… 早朝なら、散歩してもらってる犬とか、見回りしてる猫とかが見れるよね」

「ああ、そうだな」

 

 肯定する星くんの目元は心なしか柔らかいような気がする…… 食堂でも視線を感じていたような気がするし、もしかして…… ?

 

「星くんって、猫が好きだったりする?」

「…… 変か?」

「いや、そんなことないよ。猫可愛いよね」

「ああ、あのしなやかな体、アーモンド型の瞳、気まぐれなところもいいな…… っと、男がこんなこと言うのはクールじゃねぇな」

「ううん、可愛いものは可愛いでいいと思うよ」

「そうか」

 

 やたら視線を感じると思ったら、やっぱり猫が好きなんだな。

 まあ、やたらと言っても気になるほどではなかったんだけど…… 人に関わるなって言っている星くんからの視線だから気づいただけなんだよな。

 

「…… その、この場で立ったまま話してるのもなんだし……… …一緒になにか見ない?」

「…… なにか勘違いしてるのかもしれねぇが、俺に関わってもいいことなんざねぇぞ」

「えと、ぼくはただ…… その……」

 

 言いよどんで、ぼくは言葉を選ぶ。

 

「ぼくは、きみがなにをしたのかを知らない。きみがどうしてそこまで〝死にたい〟のかも分からない…… だから」

 

 そこまで言って、ぼくの言葉は星くんに遮られた。

 

「別に、俺は〝 死にたい 〟わけじゃねーさ」

 

 ぼくは、てっきり彼が死にたいからあんなことを言ったんだと思っていた。だから、それを聞いて面を食らってしまい、口を閉じる。

 

「意外か? あんなことを言ったからな…… 勘違いしても仕方ねーか」

 

 星くんはそう言って首を振る。〝 クールじゃねぇな 〟なんて、会って数日のぼくでも分かる口癖を付け加えて。

 

「星くんは…… 〝 死にたい 〟わけじゃなかったの? なら、なんであんなことを……」

 

 地雷かもしれない。

 それでも、尋ねずにはいられなかった。

 

「俺にはもうなにも残っていない。生きる意味ってやつもな……」

「生きる…… 意味……」

 

 生きる意味がないってことと〝 死にたい 〟ってこととはイコールじゃない…… のか?

 

「難しいか?」

 

 ぼくは首を振った。

 

「なんとなくだけど………… よく知らないぼくがきみにとやかく言う資格なんてないしね」

「資格とか、そんなことは言うもんじゃねーぜ」

 

 その言葉にハッとしたと同時に、反射的に言葉を出していた。

 

「生きる意味…… っていうのも、ぼくにはよく分からないよ。それだって、全員意味なんて考えて生きているわけじゃないと思う。それこそ、きみが言ってる、資格とか…… それと変わらないよ」

「……」

 

 踏み込みすぎたか…… ?

 

「まさか、反対に諭されるとはな…… 俺もまだまだだな」

「それに、さっき星くん散歩が好きって言ってたよね」

「ああ、囚人の身じゃできねーが……」

 

 しまった…… !

 で、でも今はこうしてしがらみもないわけだし…… って、なんでぼくはこんなにおせっかいを焼こうとしているんだろう……

 

「前はしてたんだよね。それに…… 皮肉なことではあるけど、今はこうしてぼくらもいるんだし、その、才能以外のことをして楽しんだっていいと思うんだ……」

「あんたみたいにか」

「う、うん……」

 

 ぼく、こんなにおせっかいするような性格じゃないんだけどな あ…… こういうのは友達の、幸那のすることだったのに。影響でもされちゃってるんだろうか。

 ぼくに全力で関わってくる幸那もこんな気持ちだったのかな……

 そう思うとなんだか親近感…… 星くんには迷惑かもしれないけど。

 

「おせっかい、だったかな…… ぼくもこんな風におせっかいされてたから、つい気になっちゃって……」

「ふん、まあいい。ところで、AVルームには行かなくていいのか?」

「あっ、忘れてた……」

 

 ぼくが慌てて言うと、星くんは少しだけ微笑んで部屋へ行くことを促した。

 でも、ここまで会話していて1人で行くのもなんだかもやもやする。

彼には迷惑かもしれないが、ダメ元で提案してみることにしよう。

 

「えっと、星くんが良かったらだけど…… なにか一緒に見ない?」

「諦めてなかったのか」

「うん、だって星くんって、初日からずっとここにいるんだよね? もしくは自室に…… ここってなにもないでしょ? つまらなくないのかなって」

「ああ、こうして日がな1日ぼうっとしているのも堀の中じゃできねーからな…… 大して気にしてなかったが」

「なにもしてないんじゃますます気が滅入ってくるだろうし…… 星くんもぼくと一緒に羊毛フェルトやってみない?」

 

 ぼくがわくわくしながら訊いてみるが、星くんの反応はあまりよくない。元々スポーツ少年だし、細かいことは苦手なのかな。

 

「手先は器用じゃねーんだ」

「な、ならせめて一緒になにか見ない?」

「なんで俺にこだわる? 天海や白銀と見ればいいじゃねーか」

 

 あ、そっか…… そうだね。

 ぼくだって1人の時間を求めて天海くんたちから逃げてるんだった。

あまりしつこいと嫌だよね。配慮不足っていうか、自己中心的だったな。

 

「ううん、無理に誘ってごめん」

「…… 付き合うのは一本だけだ」

 

 その言葉でぼくは勢いよく顔を上げた。

 

「そ、それって……」

「…… まだまだだな」

 

 一緒に見てくれるってこと、だよね。

 押せ押せにしすぎた結果だと思うとすごく申し訳ない。今後はちゃんと気をつけなくちゃ。

 

「えっと、なにを見ようか……」

「気が早いぜ。ちゃんと中見てから決めろ」

「うん…… !」

 

 ぼくは嬉々としてAVルームに入った。

 今までずっと立ち話をしていたから、少し疲れちゃったし…… 星くんと一緒にいる間は羊毛フェルトやらないで、ちゃんと映像に集中しよう。

 さっき話していたことだし…… 星くんは動物が好きだよね。

 

「スポーツ系……」

「…… 好きにすればいい」

「あ、動物映像ベスト100なんてものもあるよ!」

「好きにすればいい」

 

 よし、これにしようかな。

 スポーツ系のときよりも気にしているみたいだし。

 

「よし、これにしよう。えっと、DVDプレイヤーは……」

「あれじゃないか?」

「ありがとう、星くん」

 

 1つ席を空けて星くんと座席に着き、スクリーンを見る。

 これだけ大きなスクリーンで見られる動物映像なんて素敵だよね!

 

 最初は無難な犬の映像から。

 鼻の頭に乗せたおやつを食べる鼻パクや、おやつキャッチが下手くそすぎておもしろい顔になっている映像。

 インコと猫、うさぎと大型犬などの意外な仲良し兄弟。

 ぎっしりと鍋に詰まった猫たちが幸せそうな顔で寝ている映像。

 場所が変わり外国、群れから離れた草食動物の子供を育てようとする雌ライオンのドキュメンタリー……

 動物園でしか見られないような動物と過ごす人たち……

 

「かわいい……」

「ああ」

 

 白銀さんに言わせれば〝 語彙力溶けた 〟状態で上映は続く。

 

「サーバルキャットは飼育許可がいるはずだが……」

 

 映像の中では日本人らしき人がヒョウのような見た目の大きな猫と戯れている。

 

「すごーい」

 

 思わず呟いて、ハッとする。

 急いで目を逸らしたが、星くんが笑いを抑える声が聞こえた気がした。気のせいかもしれないので、確認はしない。

 

 最後は動物の赤ちゃん特集だ。

 犬、猫から始まり徐々に大型の動物の映像に変わっていく。

 放牧された馬が声をかけただけで飼い主らしき人へ駆け寄っていく映像なんか、結構驚いた。

 一般的なヒヒーン! なんて鳴き声はあげずに飼い主が近づくだけで低くブブブ、なんて鳴いて甘える。

 よく見れば瞳は優しげだし、大きな動物のはずなのに不思議と怖いイメージが払拭された。

 仔馬でこれなのに、大人の馬はもっと大きいのか。

 小さなゾウが甘えて緩く鼻を巻きつける様子や、猫とさほど変わらない大きさの小さなライオンやトラ、パンダにコアラ……

 次々と可愛らしい映像が続いていく。

 

 軽く視線を移して横を見れば、彼はとても穏やかな表情をしていた。

 〝 俺を殺せばいい 〟なんて険しい顔をして言っていた彼は、その低い声も相まってとても大人っぽいけれど、動物の戯れを見ている彼はぼくが抱いた第1印象とそう変わらない様子だった。

 子供っぽいわけではないんだけど、必要以上に大人っぽく見える部分が見えないせいか……

 

「盗み見はいい趣味とは言えないぜ」

「えっ、あっ、ごめん……!」

 

 慌てて視線を映像に戻す。

 少し気まずい雰囲気になったけど、映像が終わる頃には再びほんわかとした雰囲気に戻っていた。

 

「それじゃ、俺はこれで」

「うん、付き合ってくれてありがとう」

「…… ああ」

 

 後ろ手に振られた手に、ぼくも同じように手を振り返して席に深く深く沈み込んだ。

 なんだか少し疲れた…… けれど前より少しだけ彼のことが分かった気がする。

 相変わらず彼の犯した罪というのは分からないけど…… 少なくとも、星くんが〝 死にたい 〟と思ってあんなことを言ったんじゃないと分かった。それだけで十分だ。

 生きる理由なんて考えてみたこともなかったけれど…… ぼくは、なにかあるだろうか…… ?

 

「…… 友達がいなかったら、ぼくも無気力になってたかもしれないな」

 

 強引にあの家から連れ出されて、困惑しきりだった日常を思い出す。

 彼とぼくとを一緒にするのは絶対違う。

 でも、今日彼が少しでも楽しいって思ってくれたのなら…… ぼくも嬉しいな。

 

 

 

 

 

* 絆のカケラをゲットした!*

 

 

 

 

 

〝 ツウシンボ 〟に星竜馬の情報を追記致しました

 

 

 

 

 

 【星竜馬】

 *2 〝俺を殺せばいい〟なんて物騒なことを言っていた彼はどうやら死にたいわけじゃないみたいだ。〝生きる理由がない〟っていうのはよく分からないけど、日常の楽しみが明日あるとは信じられない……って思うとかなり深刻だと思う。そんな彼も動物は好きらしい。自己紹介のときからクールなイメージがついていたけど、可愛い一面もあるみたいだ。迷惑じゃなければ、もう少し話をしてみたい

 

 

 

 

 

 

 

 





・星竜馬
 クールだけど可愛い一面もある……そんな星くんが好き。星斬コンビの落ち着いた大人の雰囲気が特に好き。
 生きる理由はない。でも死にたいわけではない。矛盾しているようでしていない想いが特徴ですね。
 クリア後に好きになりましたが、通信簿がもう少しパロディ抑えめだったならもっと好きになるのが早かったかな…… と思います。死んでからじゃ遅いんです……


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醍醐味と言えば?

 星くんと別れてしばらくAVルームでアニメを見ながらぬいぐるみを作っていたけれど、ふと時間を見ると既に夕方になっていることに気がついた。

 午後6時。夕食が7時からなので、もうそろそろ移動しておいたほうがいいだろう。

 ぼくは特に、植物園の散水を夕食前に終わらせておかないといけない。

 

「そういえば…… 散水する時間はみんなに知らせてないな」

 

 もし誰かがいるときに散水を初めてしまったら大変だ。

 植物園の入り口に散水する時間を張り出しておいたほうがいいだろう。

 

「なら倉庫かな……」

 

 張り紙を作るために倉庫へ行くことにしたぼくは、増えたぬいぐるみたちを腕に抱えて歩き出す。ぼくの周りだけなんだかファンシーな雰囲気になっているような気もするし、正直近寄りがたいんじゃないかな。

 今なら超高校級のアロマセラピストじゃなくて、超高校級のハンドクラフターとかに勘違いされそうだ。

 おっと、腕の間から手のひらサイズのイルカが飛び出した。

 

 …… 倉庫で紙袋も一緒に探すべきかもしれない。

 

 倉庫でときおりぬいぐるみを取り落としながらも目的のものを見つけ、回収していく。張り紙用に紙とペン。けれどセロハンテープや紙袋はどうしても見つからなかった。

 

 ポロポロとぬいぐるみを落としては拾い、落としては拾い、と繰り返していると、ぼくは後ろから声をかけられた。

 

「香月さん、どうしたの?」

「え、あ、最原くん……」

 

 恥ずかしいところを見られてしまったようだ。

 こんなところを天海くんが見たらきっと微笑まし気な目をされながら手助けをされるだろうな。そしてますます妹っぽいと言われるのだ。

 それを考えると相手が最原くんで良かったのかもしれない。彼はお願いさえすれば秘密を話すことなんてないだろう。探偵は個人情報を守れる人じゃないと勤まらないだろう。

 

「最原くん、その、今のは見なかったことにしてほしいな……」

「…… うん、でも少し持つよ。なにを探してるの?僕が知ってるものなら場所が分かるかもしれない」

「えっと、セロハンテープと、紙袋だよ。植物園に張り紙がしたくて…… それと、このぬいぐるみの持ち運びが大変だから」

 

 少し目を泳がせながら答えると、最原くんは 「セロハンテープはないみたいだけど、その代わりになりそうなものなら知ってるよ」 と言いながら歩き出す。

 

「あ、ありがとう」

 

 ぼくが慌ててそれについて行くと、随分と分かりづらい位置にそれはあった。

 

「これ、ビニールテープならここに置いてあるんだよ」

 

 最原くんが指し示した場所を見ると、確かに色とりどりのビニールテープが置いてあった。

 セロハンテープがないとは…… 本当に肝心なときで足りない倉庫だな。

 別にビニールテープでも支障はないからいいけれど。

 

「よく知ってたね、助かったよ」

 

 ぼくが言うと、最原くんは困ったように頬をかきながら少し間を置き 「ええと、倉庫は赤松さんと一緒に調べたんだ。だから見覚えがあって」 と話す。

 

「赤松さんと…… 仲、良いよね」

「ええ、そ、そう見える…… ?」

「え? だっていつも一緒にいるし…… 2人とも、ずっと前から友達だったみたいに仲良く見えるよ」

 

 最原くんは照れたように頬を自分の手で挟んで 「そっか……」 と呟く。乙女かよ。

 最原くんはどこか嬉しそうに、噛みしめるようにしていたけど、ぼくが見つめていることに気がつくとハッとして 「そ、それなら香月さんたちも仲良く見えるよ」 と誤魔化すように言った。

 

「ぼくたち…… ?」

「うん。天海くんと、白銀さんと、キミ。はたから見てるとすごく仲良く見えるよ」

 

 そう言われて考える。

 確かにここ4日間一緒にいる期間が長いのはあの2人だ。

 そして、ぼくもそれは好ましく思っている……と思う。だからなんだか第三者にそう言われると嬉しい。

 今度はぼくが照れる番だった。

 

「そ、それはともかくとして…… 紙袋がどこにあるかとか、知ってるかな? 代用品でもいいけど……」

 

 誤魔化すように目的のものを尋ねる。

 すると最原くんは苦笑して 「紙袋なら購買部にあるよ」 と教えてくれた。

 曰く、ガチャガチャの景品を詰めるための袋が置いてあるのだそうだ。

 購買部に行ったのは今朝が初めてだったので知らずにいた。ここで聞けて良かった。

 

「よかったら僕も一緒に行くよ。いろんな場所でメダルも見つけたし、またガチャガチャに挑戦しようと思ってたから」

 

 最原くんの同行が決まって一度倉庫を出て、隣の部屋へ入る。

 相変わらず雑多な印象を受ける場所だ。この場所にある雑貨みたいなものの中に掘り出し物でも混ざっていないかな? と思ったが、どうやらインテリアとして固定されているようだ。だから購買部の奥にも入れそうにはない。

 幸い奥に扉なんてなさそうだから、この奥に隠し部屋……な んてことはないと思う。

 

「そこに紙袋があるでしょ?」

 

 最原くんの言葉に従って探してみれば、確かに紙袋が置いてあった。

 ご丁寧に 『ご自由にお持ちください』 というプレートがかかっているので、案外分かりやすかったように思う。

 

 最原くんは未だにガチャガチャをやり続けているけど……

 

「ガチャガチャ、好きなんだね」

 

 ぼくがポツリ、とそう零すと最原くんはガチャガチャから視線を外さずに 「だって、醍醐味だしね」 と、なんでもないように言った。

 確かに、ダンガンロンパの醍醐味といえばガチャガチャもその1つだよな……

 

「え?」

 

 そこまで思って、ぼくは声をあげた。

 

「どうしたの?」

「醍醐味って、ガチャガチャが?」

 

 別にガチャガチャをダンガンロンパの醍醐味の1つに数えるのがおかしい、という意味ではない。

 なぜダンガンロンパを知らないはずの彼が、これを醍醐味などと言ったのか。

 わずかな不信感を滲ませながらぼくが聞き返すと、彼は少し言い淀んだ。

 まさか…… 嫌な予感がぼくを襲う。

 

「え…… えっと…… こういう雰囲気のお店に…… たとえば酒屋さんとか駄菓子屋とか、そういうところにあるガチャガチャって、思わず回しちゃったりしない?」

 

 けれど、ぼくの危機感は杞憂だったことが分かる。

 詰めていた息を吐き出し、ほっと安堵した。そうだよね、ぼくが余計なことを知っているから不審に思えただけで、最原くんのその言葉を聞けば普通はガチャガチャが好きなんだなとしか思わないか……

 

「いや、あんまりガチャガチャってやらないから意外に思っただけだよ。変なこと聞いてごめん」

「ううん、ちょっと恥ずかしい趣味だったかな……」

 

 そんなことないと思うけど。ぼくなんて引きこもってアロマ焚いてるのが趣味だし。

 彼の言葉にはとりあえず 「そんなことないよ」 と返して笑いかえす。

 

「あ、そうだ最原くん。せっかく教えてもらったわけだけら、なにかお礼するよ。ぼくだけだったら夕食に間に合わなかったかもしれないから」

「え?」

 

 ぼくが話題転換にそう振ると、最原くんは 「気にしなくてもいいのに」 と言いながら悩み始めた。

 大抵こういうことを言われたときは、遠慮しても無駄だと分かっているんだろう。とても潔い。

 

「それじゃあ、その…… 香月さんが持ってる黄色い猫のぬいぐるみをもらえるかな?」

「え、これ?」

 

 ぼくの持っているメダルを渡そうと思っていたけれど、最原くんからご指名されたのは赤松さんをイメージした黄色い猫のぬいぐるみだ。

 左耳の位置にピンク色の音符マークをくっつけてあり、人懐っこい笑みを浮かべた自信作。

 本人に見せるのも恥ずかしいし、部屋に飾ろうと思ってたけどある意味納得のいく選択だった。

 

「それ、香月さんが作ったんだよね?みんなの分もあるの?」

「う、うん……」

 

 ぎこちなく頷くと、最原くんはどこか嬉しそうに 「そっか」 と呟いた。

 

「動物じゃなくて、デフォルメされたぬいぐるみとかもきっと可愛いんだろうね」

「それは要望なのかな…… ?」

「えっ、あ、違うよ。そんな図々しいことは……」

 

 でも本音なんだね。

 

「ま、まあ、…… 見てみたいなとは思うよ」

「そっか」

 

 ひとまず、猫のぬいぐるみだけ渡す。

 

「またなにかお願いするときがあったら、作るよ」

「ゴ、ゴメン…… ありがとう」

 

 もしかして最原くんって奥手なのかなあ……

 だからこそ赤松さんと相性が合うんだろうけど、果たして進展があるかどうかは怪しいところだ。

 

「あ、もうすぐ夕食の時間だね……」

 

 気まずそうに最原くんが言う。

 確認すれば既に6時半を過ぎていた。

 

「香月さんも、このまま食堂に行くの?」

「ううん、ぼくは先に植物園の雨漏り捨てて来なくちゃ」

 

 今日は昼間に3人で集まることがなかったため、朝の雨漏りがまだ残っているはずだ。

 急いで張り紙を作ったら、それを張りに行くついでに雨漏りの水を捨てなくちゃいけない。

 そして夕方の散水を済ませて、夕食後の就寝時間前にはまた水を捨てに行くんだ。

 こう考えると、やはり昼に1度水を捨てた方が効率が良かったかもしれない。

 

「それじゃあ、またあとで。遅れちゃったらごめんね」

「うん、またあとでね。遅れたら、僕から一応理由を話しておくよ」

「ありがとう」

 

 最原くんと別れて食堂ではなく、玄関の方へ。

 幾人かとすれ違いながら、ときになにをしに行くのかと訊かれつつ植物園へ。

 研究教室に入ると、誰もいないためか少しだけ閑散としているように感じた。それだけ、2人と一緒にいた時間が長かったのか。

 内装はまったく変わっていないというのに、誰とも一緒にいないだけでこんなに感じかたが違うなんてな……

 

「よっ、いしょっ……」

 

 水がなみなみと注がれたバケツは結構重たくて、天海くんはよくもこんなものを軽々と胸の位置まで持ち上げられるなと感心する。

 一回で流しに持って行くのは困難なうえ零しそうなため、いったん作業台となっているテーブルに置く。

 それからもう1度持ち上げてやっと流しへ。

 

 テーブルに少しだけ跳ねた分を拭き取り、倉庫で見つけた用紙にペンで散水時刻を書き込む。散水は結構長くて、30分ほど行われる。その間植物園に入るには傘が必要だ。

 ただ、東条さんが起きる時間は6時だと分かっているものの、いつ頃散水しているかは知らないので予測込みで書くしかない。

 

【散水時刻のお知らせ】

 

・午前6時前後〜午前7時前後

・午後6時半〜午後7時前後

 

大変ご迷惑をおかけしますが、散水中に植物園へ入りたい方は傘をお持ちください。

 

香月 泪

 

 

 これで、よし。

 ぼくは白いビニールテープと、先の丸いハサミを持って外に出る。

 それから、散水装置から散水を開始してすぐに走った。

 また傘を持って来るのを忘れてしまったのだ。今度倉庫へ行ったときに傘を探しておかないと。

 

 植物園の外に出て、入口のガラス扉に張り紙する。

 ビニールテープはまた使う機会があるかもしれないから、持って帰ってしまおう。もう新品じゃないし、倉庫に戻すわけにもいかないし。

 

 もうすぐ夕食の時間だ。

 今夜の夕食はみんなで東条さんにお願いしたオムライス!

 ぼくはデミグラスソース派だけど、ケチャップでもいける派だ。こういうところに個性というか、性格が出るのでみんながどちらを食べるのかも気になるところだ。

 

 ぼくは急いで食堂へ向かった。

 

「おう香月! お前が最後だぞ!」

「ご、ごめんね!」

 

 食堂に入ると、席から立った百田くんがこちらに手を振った。

 ぼくはすぐに白銀さんと夢野さんの間に座り、乱れた息を整える。慣れないのに走ったりするもんじゃないな。

 

「大丈夫だよ。地味に集まるのが早かったけど、まだ7時前だから」

「みんな東条のオムライスが楽しみなんじゃな……」

 

 そんなぼくに白銀さんと夢野さんが声をかける。

 よかった、まだ時間は大丈夫だったんだな。

 

「おーし、全員集まったな? 夕食会議を始めるぞ!」

「はーい、ねえ百田ちゃん。今日は特になにもしてないんだから意味ないと思うよ」

「いいじゃねーか! 夕食会議って言葉になにか感じるものがあるだろ?」

 

 つまり、ロマンを感じる字面に言ってみただけ…… ってことかな。

 

「まあまあ、なにか調べたりしてる人もいるかもしれないし…… 夕食中に情報交換するくらいならいいんじゃないな」

「ようは駄弁ってろっつーことだろ? ならそれでいいじゃねーか! オレ様は無駄なことするつもりはねーけどな」

「喋る友達がいないの間違いじゃないのー?」

「うぐぅっ、そ、そんなことねーよ! な、なあ赤松…… あ、赤松? そ、そんなっ、違うよな? ね、ねえ答えてよぉ……」

 

 王馬くんの言葉に入間さんが大ダメージを受けて、赤松さんに同意を求めたけれど…… 赤松さんは困ったようにそっと視線を外したあと、しょうがないなあとでもいうように 「席が遠いから……」 と答えた。

 確かに、赤松さんはキッチン側の端でお誕生日席。入間さんは食堂の入り口側…… ぼくたちと同じ並びのキッチン側から1番遠いところに席がある。

 仲が良かったとしても物理的におしゃべりできない距離だ。

 

「話し相手ならボクがしましょうか? どうせ暇ですし」

「し、しかたねーなぁ。この天才的頭脳のオレ様と話せてどんどん学習しやがれ。い、いっぱい、いろんなことを教えてやるから……」

 

 入間さんの向かい側に座っていたキーボくんが助け舟を出すと、入間さんは安心したように萎れたアホ毛をピンと伸ばして威勢を取り戻した。

 いや、なんだか怪しい雰囲気に茶柱さんがアレルギーを発症したように 「いくら女子と言えど、そういう雰囲気は転子苦手です……」 と夢野さんにくっついた。

 入間さんは尊大さと下ネタか暴言がデフォだと思ってたけど、後ろにカッコ意味深が付きそうな話しかたもするんだね。新しい発見だった。

 しなくていい発見だった気もするけど。

 

「それじゃあ話はまとまったか?」

 

 百田くんがタイミングを見計らって言う。

 全員の前にはまだなにもかかっていないまっさらなオムライスが置かれていた。

 小鉢にサラダとドレッシング、野菜たっぷりのスープと定食のようになっている。

 それぞれの近くにはデミグラスソースとケチャップの入った器が真ん中に置かれている。何人かで共有して使うもののようだ。

 オムライスは全て出来立てのようにホカホカで、今にもとろとろふわふわの中身が溢れ出てきそう。

 思わずごくり、と息を飲む。今日も東条さんの料理はとても美味しそうだ。

 

「料理は温かいうちに召し上がってほしいところよ」

「東条もこう言ってることだし、夕食を始めるか。今日の挨拶担当はオレだな。それじゃあ東条、メニューを頼む」

「ええ、今日はみんなからの要望でオムライスよ。デミグラスソース、ケチャップ、ホワイトソース…… 好きなソースで食べてちょうだい。それとサラダ、ミネストローネと野菜たっぷりコンソメスープの2種類よ。こちらもお好きな方を選んでちょうだい」

「美味いメシが食えるのは東条のおかげだな! いつもありがとよ。それじゃあ、いただきます!」

 

 いただきます。

 呟いてデミグラスソースを取り、少しかける。ソースの入った器は次に白銀さんへ回した。

 ナイフでオムライスに切れ込みを入れれば、張り詰めていた卵からとろとろとした中身が溢れ出す。ふわふわなそれをチキンライスとともに口に運べばさすが、お店に出てきそうな美味しさが口いっぱいに広がる。

 うん、本当に東条さんのご飯は美味しいな。

 

「食材は神様の思し召しだけどー、美味しいご飯は斬美のおかげだねー」

「いえ、食材はモノクマが用意しているようですが……」

「神様に祈れば神様特製の食べ物が出てくるよー、品質ランダムでー。お供え物をすれば良い品質のものがもらえる確率が増えるのだー」

「神様の慈悲も課金ガチャの時代か…… 世知辛いのう。ところでどれくらいお供えをすればいいのかが気になるんじゃが……」

「それ、結局地味にむしりとられるやつだよね…… クワバラクワバラ……」

「にゃはははー」

「夢野さん!? 東条さんには敵いませんが、美味しいご飯は転子も提供してみせますよ! 食材の質もいいですが、料理に込める真心も大事だと思うんです! これなら転子は誰にも負けません!」

 

 夢野さんは課金をするタイプか……

 それにしても茶柱さんは一途だなあ。あれってやっぱり、そういうことなんだろうか…… 茶柱さんがいきなり夢野さんにくっつき始めたのはいつだったかな。原因がさっぱり分からない。

 茶柱さんに直接訊けば教えてくれるだろうか。

 

「そうっす、ゴン太君は飲み込み早いっすね」

「そ、そうかな?ありがとう」

 

 前の席から聞こえた会話につられてそちらを見ると、ゴン太くんは隣の天海くんに紳士としての正しいマナーをレクチャーしてもらっていた。

 そのまま周囲を見ても、人それぞれに食事を楽しんでいる様子が伺える。

 王馬くんは露骨にケチャップを避けながらホワイトソースをたくさんかけているし、それを入間さんにからかわれてドン引きしている。

 食事中に下ネタはやめてくれ、とその真顔が物語っているが入間さんはどこ吹く風。そのうち報復されそうではらはらする。

 星くんと目が合うとウインクされた。可愛らしい仕草のはずなのにクールに感じるのは相手が星くんだからだろう。

 

 キーボくんは入間さんの話に適当に相槌を入れながら所在なさげにしていたようだ。けれど、前日よりもずっと楽しそうだった。話し相手がいるとやはり違うのか。

 今は王馬くんと入間さんの言い争いというか、一方的な言葉責めをどうにか止めようとしている。お疲れ様です。

 

 真宮寺くんは話しながらよりも黙って食事をする人のようで、ゆっくりとスプーンを自分のマスクに近づけ…… って、彼どうやって食べてるんだ?

 疑問に思って少し観察してみたものの、マスクに触れる直前でスプーンの中身が消えているようにしか見えない。どんな技術だよ。

 目が合うと首を傾げられた。いや、そんな反応されてもね…… すぐさま目線を逸らしたぼくは、ヘタな女の子よりも所作が美しい彼の謎がどんどん深まっていくのを感じた。

 もともと不気味な感じで不思議な雰囲気な人だったけど、ますます分からなくなってしまったよ。いったいどうなってるんだ、あれ。

 

 アンジーさんはケチャップで写実的なペンギンをオムライスに描いているらしい。茶柱さんがべた褒めしているのが聞こえた。

 さっきの課金制神様ガチャの話は終わったらしい。

 

 春川さんはやたらと食べるのが早く、ぼくが半分食べ終える頃には既に口元を拭って 「ごちそうさま」 と隣の東条さんに言っていた。

 

 そんな賑やかな夕食も終わり、各自解散したあと……

 ぼくはまた植物園に来ていた。雨漏りを寝る前に捨てておかなければ朝に東条さんが散水したときバケツの水が溢れてしまう。

 

 再び重たいバケツを持って…… と思ったら、横からバケツを攫われてしまう。

 なんだか見覚えのある展開に後ろを振り返ると、そこには笑顔の天海くんがいた。

 

「あ、天海くん……」

「俺、手伝うって言ったっすよね?それとも、迷惑…… っすか?」

 

 迷惑なんかじゃない。

 でも、天海くんといるとなんだか落ち着かないから、どうしても避けてしまうというか……

 

「ありがとう、天海くん」

「お節介だったらすみませんっす」

「ううん、ぼくが慣れてないだけだから」

 

 嘘だ。

 世話を焼かれるのは友達の幸那で慣れている。

 そんな誤魔化しに天海くんは嫌な顔ひとつせず、水を流しに捨てる。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「うん……」

 

 やっぱりなんだか落ち着かない。

 なんだろうこれは。

 

 ぼくがこんなことを相談されたら絶対に 「恋じゃない?」 と返答すると思うが、それとも違うような、合っているような…… 微妙な感じ。

 

 これは、怯え?

 なにに対して? 天海くんに対して?

 どうして? いや、まだそうと決まったわけじゃない。

 彼といると安心するのも確かだ。

 

 ぼくは、なにかを…… 恐れていた?

 しかし、彼とは初対面のはずだ。それとも、やはりぼくもみんなと同じように消された記憶でもあるのだろうか。ここへ来るまでの過程以外で。

 

 謎は、尽きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・謎
 自分のことを1番知っているのは自分だと、どうして言えるのでしょうか? それって所詮自惚れなのかもしれません。

・神様
 カード制だったり課金制だったり会員制だったり。

 マサキさんから香月泪イメージイラストver.2をいただきました!
 過去のものもこちらに変更させていただいたのでよろしくお願いします。
 いつも素敵なイラストをありがとうございます!!


【挿絵表示】




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殺伐とした朝食会

 

 目覚まし時計で目を覚まし、体を起こすと手にぬいぐるみが触れてベッドから落っこちていった。

 ラックの上にカクレモノクマよろしく飾っていたのだけど、溢れた分がどうやらあったらしい。

 青く染色された羊毛で作ったハムスターをラックの上に置き直し、今度こそぼくは起き上がった。

 

「ん…… んぅ」

 

 伸びをすると体が少し固まっているような感じがした。ちゃんとベッドで寝ているのに休んだ気があまりしないのは、まだここに慣れていないからだろうか。

 なれる必要なんてないんだけどな…… と考えながら身支度を済ませる。

 

 今日で5日目の朝。

 タイムリミットは明日…… つまり6日目の夜だ。

 それまでに殺人が起こらなければぼくたちは皆殺し。まさか本当にやるわけがないなんて思いが少なからずあるけど、どうなるかは分からない。

 楽しいコロシアイを視聴者に見せたいと思っている連中が、一方的な虐殺なんて普通ならするはずがないんだ。

 それでは趣旨が変わってしまうからだ。

 

 ぼくたちが気にするべきなのは…… 言い方は悪いがお互いの動向。

皆殺しにされるかもしれない。そんな事実に怯えるみんなの心と、自分自身に対してだ。

 自分自身すら極限状態に置かれればなにをするか、なにが起きるかなんて分からない。コロシアイなんて嫌だと思っていても、結局は黒幕をどうにかするために殺しという手段をとるかもしれない。

 ぼくたちの中に〝 裏切り者が 〟紛れ込んでいる可能性もある。黒幕だって、高みの見物をしているか、間近で見守っているのかが分からない。

 そんな疑心暗鬼。今日中か、明日中か…… 少なくとも、今日の朝食くらいは大丈夫だろうと食堂に向かう。

 追い詰められるのは明日。6日目の夜時間前だ。

 それまではきっと大丈夫…… でもタイムリミット以前に計画的な犯行を考えている人物がいるなら?

 そんな不安がぼくの体に付き纏い、足取りを遅くする。

 

「…… ううん」

 

 みんなを信じなくちゃ、なんて口先のことですら言えないなんて。

 ぼくはどれだけ自分に自信がないんだか。

 手の甲にラズベリーアロマを一滴乗せて気を落ち着かせる。

 この時点ですでに緊張でどうにかなってしまいそうだなんて、だめだな。

 

「おはようございますっす香月さん」

「お、おはよう、天海くん」

 

 後ろから声をかけられてビクリ、と肩が揺れる。

 振り返って挨拶を返すと天海くんは苦笑しながらぼくの頭に手を乗せた。

 そんなに青い顔でもしてたのか。いや、してたか。人に声をかけられて肩を揺らしてしまうくらいだ。ビビっているのは誰の目にも明らかだと思う。

 

「えっと、今日の予定はなにかあるっすか?」

 

 気を遣ってもらっちゃってごめん……

 

「特に、考えてることはないよ」

 

 こんなときは楽しいことをして気を紛らわせるのが1番だと思うけど、なかなか切り替えできないや。

 

「なら、食堂でお茶でもどうっすか? それか、植物園が落ち着くのならそっちの方がいいと思うっすけど……」

「…… うん、白銀さんも誘ってみんなでお茶しようか」

 

 全員集まってわいわいできるのも、精神的な意味では今日が最後かも知れないし…… って、こうやってマイナスに考えるからだめなんだよな。なにやってるんだぼくは。

 

「あ、香月さんは今日も天海君と一緒なんだね」

「そういう最原君こそ、いつも赤松さんと一緒じゃないっすか」

「おはよう! 香月さん」

「おはよう、赤松さん」

 

 男子2人が話している傍でこちらも赤松さんと挨拶をする。

 赤松さんは今日も元気いっぱいだ。後ろに背負ったリュックって重くないのかな?

 

 2人と合流して食堂に向かう。

 途中で少し困っている白銀さんとも合流。ネイルがなかなかできない環境なので仕方ないけど、それで赤松さんがネイルブラシを持っていたのもすごいや。

 天海くんがそういうの得意らしくて、朝食後食堂に残ってネイルを直してあげるらしい。

 最原くんはこの機会に覚えようとしてるのか、赤松さんのそばにいたいのか、彼も食堂に残るらしい。

 

「おーし、全員揃ったな! おいおい、なに辛気臭せー顔してんだ! まだ時間は1日半もあるんだ! それまでにモノクマ対策を決めりゃいいんだ!明日は作戦会議するからな! 絶対来るんだぞ!」

「百田ちゃんの言いたいことは分かったからさー、校長先生みたいな長い話するのやめてよね」

 

 百田くんが長く話してるといつも王馬くんが突っかかっていくな…… まあ、お腹空いてるから同感なんだけど。

 

「おう、そうだったな。それじゃあ、今日はゴン太が挨拶だ」

「え! あ、そうだよね。うん、分かった。ゴン太頑張るよ」

「ゴン太ー、ふぁいとー! ふぁいとー!」

 

 アンジーさんの声援に慌てて立ち上がったゴン太くんは、倒しそうになった椅子を直して照れ笑いを浮かべる。

 こういうのは慣れてなさそうだもんね。

 

「えっと、最初はご飯のメニューだよね…… 東条さん、お願いするよ」

「ええ、今日はパン各種とオートミール、果物とサラダを用意しているわ。知っている限り苦手なものは入れていないはずだけれど、なにか苦手なものがあれば教えてちょうだい」

「えっと、えっと、いただきます!」

 

 いただきます。

 気合の入ったそれになんだか微笑ましくなった。

 今日も美味しい食事が食べられて嬉しい限りだね。

 

 無事に食べ終えたころ、誰かがポツリと呟いた。

 

「でも、明日死ぬんじゃろ……」

 

 ただでさえいつもよりも静かだった食事の場は、その一言でシン、と静まり返る。

 魔女っ子帽子を深く、深く目深に被った夢野さんは食べ終わった皿にカラン、とスプーンを置いて不安を吐露した。

 

「だっ、大丈夫ですよ! 夢野さんが不安なら転子が必ず守りますから! だから、だからそんなに悲しいことをおっしゃらないでください…… 転子たちはきっとみんなで外に出ることができます」

 

 不安を表に出した瞬間に集められる夢野さんへの視線。

 自分に向けられたものではないのに、なぜだか恐ろしい。

 けれど、それも茶柱さんの言葉で霧散する。夢野さんにはこれだけ心配してくれる友達がいるのだ。

 ぼくにも…… 視線を横にズラすと、ぼくに気がついた白銀さんがこちらを向き微笑む。

 ぼくはそれに安心してか、釣られてへにゃりと笑う。

 

 暗くなりかけていた雰囲気がそのおかげで少しだけ明るくなった。

 

「作戦会議といっても具体的な案がないとどうもネ…… あの機械…… エグイサルをどう攻略するのかが重要だヨ」

「どうにかすんだよ! 協力すれば不可能なんてことないだろ!」

「つまり、なにも考えてないんでしょ。楽観的すぎるんじゃない?」

 

 百田くんの言葉はすごく頼もしいんだけど、それを信用しろと言われても疑い深いぼくや、合理主義っぽいキーボくん、クールな春川さん辺りは受け入れがたいだろう。

 明日死ぬかもしれないのに、前日の今日でもなく明日になってから作戦会議するというのもそれに拍車をかけているように思える。

 

「ッチ、せっかく美味い飯食いに来てんのに台無しじゃねーか! テメーらはお花見中に会議始めるリーマンか!?」

「微妙に例えが分かりづらいよ入間さん!」

 

 分かるような、分からないような……

 つまり楽しい時間に関係ないお堅いことしてんじゃねーよってことかな。

 

「今はできることも少ないし、せめて調べ回るくらいしかできることはないんじゃないかな……」

 

 最原くんが事実確認のように言うと、 「ああ、今のところはな」 と星くんが同意した。

 

「ああ、今度は死ぬって言わないんだ」

 

 春川さんが呟くと、 「それってどういうこと?」 と王馬くんが彼女の方へ向く。

 

「どういうこともなにも、星は〝 殺せばいい 〟って言ってたでしょ。今は言わないんだって思っただけだよ」

 

 その言葉にぼくは少しだけ反感を覚えた。

 彼が死にたくてああ言ったわけではないと、もう知っているから。

 彼も死ぬより、できればぼくたちと一緒に外に出たいのだと言っていたから。

 でも、みんなはそれを知らない。

 あの言葉を聞いてしまったら、普通は自殺願望があるのだと思うものだ。昨日のぼくのように。

 

「ふん、好きに解釈すればいいさ…… 最終手段には変わらないからな。東条、いつも美味い朝食を感謝する」

 

 そう言って星くんは食堂から出て行ってしまった。

 

 




 少々短くてすみません。
 あと2、3話で非日常編に辿り着く予定でございます。
 ネイルブラシイベントは原作よりも少しズレている気がしますが、お気になさらず。


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自由行動③

「美味しいもの食べよう!」

 

 そう言ったのは赤松さんで。

 

「ということは女子会なのですね!?」

 

 それにノッたのが茶柱さん。

 初日以来の突発的女子会の発生にぼくも含め女子全員が巻き込まれる形になった。

 

 男子たちが疎らに散って食堂から去ってしまってからの出来事だったので、全員でやろうにも女子のほうが人数が多く、結果的に女子会のようになったのだ。

 

 参加するのは赤松さんを筆頭に、一緒にいた最原くん。ぼくと白銀さん、それにネイルを教えてくれる天海くん。

 真っ先に女子会を喜んだ茶柱さんに、巻き込まれた夢野さん。マイペースに食堂に残っていたアンジーさんと、料理の片付けをしている東条さん。

 入間さんは 「テメーらとは違ってオレ様は忙しいんだよ!」 なんて言っていたが、赤松さんの 「大人数でいたほうが安全面でもいいんじゃないかな」 発言に残留を決定。

 真宮寺くんはまだ席に座っているのでお茶くらいはするんじゃないかな。人間観察が好き、みたいなことを言っているらしいし。

 

 キーボくんはいても会話以外にできることがないと言って部屋に戻った。

 百田くんは早々にいなくなってしまった春川さんを呼び止めに出て行ったが、戻ってくるかどうかは分からない。

 ゴン太くんはもう少し植物園で虫さんを探してみると言っていたし、王馬くんも女子会の話が出る前にいなくなってしまったので不参加。

 星くんはそもそも最初に出て行ってしまったし、彼が出て行ったのはこちら側が原因だ。呼び出すわけにもいかない。

 

 参加する男子は天海くん、最原くん、真宮寺くんの3人だけということとなる。ほら、女子会だ。

 

「じゃあ、さっそくお願いしてもいいかな天海君」

「了解っす。それじゃあ、ちょっと手を失礼させてもらいますね」

 

 白銀さんの手を取り、ネイルを始める天海くんを横目に 「えっと、女子会と言っても…… なにをするの?」 と尋ねる。

 まだそれぞれ好きに過ごしているだけだし、ただお茶しながら会話するだけでも楽しいが女子会と言ったらなにかするのでは? という思いがある。

 女子会なんてあんまりしないし、勝手が分からない。

 

「うーん、東条さん。お菓子ってあるかな?」

「なにが食べたいか、教えてくれれば作るわよ」

「…… つまり、ないんだね」

 

 東条さんはお皿を洗い終えてから手を拭き、外していた手袋をつける。

 メイドさんでたくさん水仕事をしているだろうに、手袋をつける前に見えた彼女の手はとてもしなやかで綺麗だった。

 どんなケアをすればあんなに綺麗な肌になるんだろう…… アロマに頼ってるぼくでもあそこまでにはなかなかならない。

 そういえば、赤松さんも普段ピアノを弾いているからか指先がとても綺麗だ。料理とか裁縫とか、したことあるのだろうか。

 

「なら、お菓子作りをみんなでやろう!」

 

 まあ、そうなるよな。

 拳を高く上げて、 「おー!」 と気合をいれる赤松さん。

 あの反応を見ると、やっぱりあんまり経験がないのかなと思う。

 だって初めての経験にワクワクする子供みたいな反応だし。

 

「嫌じゃ。うちはだらだらするために残ったのじゃ……」

「そーだ! テメーらと一緒にシコシコするために残ったんじゃねー!」

「キッチンにはー、あんまり人は入れないんじゃないかってー、神様も言ってるよー」

 

 確かに、キッチンで手分けして料理するとしてもあまり人数が入るわけにはいかない。

 ここのキッチンはそれなりに広いが、さすがに5人も6人も入るのは無理だ。

 

「クッキーならキッチンじゃなくても、食堂のほうで型抜きしたりできるんじゃないかな」

 

 提案したのは意外にも最原くんだ。

 型抜きだけなら夢野さんも面倒臭がらずにやってくれるかもしれないから、いい考えだと思う。

 混ぜたり焼いたりするのはやる気のあるぼくたちで回せばいい。

 

「お茶はどうするのかな? キッチンにあるもので揃えることもできるだろうけどネ」

「ジュース派の人もいるでしょうし、種類を多くするのがいいと思うっす」

 

 天海くんは白銀さんのネイルが終わったらしく、ネイルブラシその他の後片付けをしている。

 白銀さんはしばらくネイルを乾かす時間が必要なため不参加だ。

 だけど、茶柱さんは真宮寺くんや天海くん、最原くんを視界に入れると途端にジトっとした目になった。

 

「なんであなたたちもさらっと参加することになってるんですか?女子会ですよ? 男死はノーサンキューです!」

「ま、まあまあ…… せっかく残ってくれたんだし……」

 

 ぼくが多少のフォローを入れる。

 険悪とまではいかないが、先の星くんのことや明日の不安でみんなの間に悪い空気が漂っていたわけだし、それを払拭する意味でもこのお茶会は重要だ。

 雰囲気が悪いままタイムリミット当日を迎えるなんて怖いことはしたくない。

 表面上だけでも集団でいる安心感を得たいと思うのは、悪いことではないはずだ。

 

「男子が信用できないなら、目の届く範囲で監視するという手もあるヨ」

「むむ、確かに…… 個室でなにしてるか分からない男死よりは…… しかしせっかくの女子会が……」

 

 真宮寺くんは言いくるめるのがうまいな。

 茶柱さんの性格なら、なにかあったとき真っ先に疑うのが男子になるだろうし…… 全員が全員バラバラでいるよりお互いに監視する形になるこの場にいたほうが良い。

 ひとつ言っておくとすれば、ここに王馬くんがいなくて良かったということだろうか。

 彼がいたら、きっと 「アリバイが欲しいってことは殺人が起こるって思ってるの? それとも…… 自分が殺人するためにアリバイがほしいのかなー?」 みたいなことを言って、またギスギスとした雰囲気に戻っていたはずだ。

 

「ほっとけばいいじゃろ……」

 

 ごもっともだ。

 なにせ、追い出すのにも力はいる。言い合いになったら精神力使うし、少なくとも相手が嫌な思いをするだろう。

 下手に動機を作る必要はない。

 そんなんで動機になったらたまったものではないけれど。

 

「えっと…… お茶は種類あったほうがいいんだよね?」

「そうね、そのほうがみんな楽しめると思うわ」

「それじゃあ、ぼくは甘めのハーブティーでも持ってくるよ。アップルティーとかもね。甘いお菓子に甘いジュースもいいけど、さっぱりしたい人のために…… いや、ぼくのために、かな」

 

 余計な言い訳はなしだ。

 それに、朝の雨漏り分を捨てる時間も少しほしいからね。

 

「うちはミント系なら結構好きじゃぞ」

「ハッカが大丈夫なんですか! すごいですさすがです夢野さん!」

 

 あ、夢野さんハッカとか大丈夫な人なんだ…… 結構意外だった。

 

「俺は甘いやつのほうが好きっすね。果物系をよく選ぶのもそれが原因っすね……」

「あ、そうだったんだ……」

 

 見た目でそういうの平気だと思ってたけど、思い返せばライムとか甘めのお茶のほうが嬉しそうだったかも。

 もしくはコーヒー派とか…… ?

 

「香月さんが植物園までティーセットを取りに行くなら手伝うっすよ」

「え、あ、いいの?」

「ええ、約束しましたし…… 頼りにしてほしいっす」

「よ、よろしくね……」

 

 さすがにぼくも断っても無駄だって学習している。

 それに…… 悪い気はしない。もう友達…… だしね。

 赤松さんは 「ここから出たら友達になろう」 って言ってくれているけど、こうやって女子会したりしている時点で一部の人とは既に友達になれていると思う。

 男子たちはクラスメイトとか、知り合いって感覚のほうが強いけど、白銀さんや天海くん、赤松さんとは友達だと思いたい。

 最原くんはまだ〝 赤松さんの友達 〟って感覚だけど…… 10日もすれば積極的な赤松さんは全員と友達になれそうな気がするよ。

 それこそ、初日で最原くんと友達になっちゃった赤松さんなら、ここから出る頃にはカップルになってたりして…… なんてね。

 

「じゃあ、ぼくたちは植物園に行ってくるよ。すぐに戻るけど、お菓子作りは先に始めてても大丈夫だよ」

「男死と2人きりなんて大丈夫ですか!? 香月さん、嫌だったら嫌と言うべきですよ!」

「えっと、心配してくれてありがとう茶柱さん。でも、天海くんなら、嫌じゃない…… よ」

 

 だんだんとすぼまっていく声に、後悔した。

 途中から恥ずかしくなってしまって顔を覆う。天海くんはしっかりと見ないフリをしてくれるので本当に助かった。

 

「最原君や僕じゃダメだってことだネ。それは残念だヨ。まあ、君達を観察しているほうが面白そうだからいいんだけど」

「最原には赤松がいるじゃろ」

「え、え?」

「そう見えるかな……」

 

 ぼくたちの余波を受けて最原くんが顔を真っ赤にしている。

 赤松さんは困ったようにしているが、満更でもなさそうだ。

 完全に巻き込み事故が起きている。申し訳ない。

 

「初対面同士なのに数日で盛ってんじゃねーよ! ま、まあ? このビーナスボディの完璧超絶美少女相手に尻込みする気持ちは分からないでもねーけどな! オレ様に手が届きそうもねーから妥協してやがるんだろ!」

「入間さん! それはさすがに失礼すぎるよ!」

「ひっ、ひぃ…… いきなり大きい声出すなよぉ……」

「もう! …… さっきまで静かだったのにって、なにそれ?」

 

 入間さんに対抗できるのはもう赤松さんだけだよ……

 出て行くタイミングを逃して話の流れを追うと、どうやら赤松さんは入間さんがいじっているものに気がついた様子だった。

 入間さんはなにやらラジコンのようなものを手元の工具やらでいじり倒している。

 

「オレ様がなにやっててもいいだろぉ……」

「それ、もしかしてドローン?」

「あー、それだ。倉庫にラジコンがあったからな。ドローンだったら簡単に作れるし、テメーらのあんなことやそんなことを撮影して弱味を」

「入間さん?」

「……」

 

 あ、目を逸らした。

 

「そろそろ、行くっすか」

「あ、ごめんね! つい……」

「面白いから見ちゃうっすよね、分かります」

 

 ようやく歩き出し、植物園へと向かう。

 赤松さんたちも、ぼくたちが動き出したことでキッチンへ行くのが見えた。

 多分戻って来るころには生地を冷蔵庫で休ませている段階になるんじゃないかな。

 そのくらいになればお茶を飲んでゆっくり話す女子会になるだろう。

 

 道中の会話は特になかったけど、不思議となにか喋らなくちゃなんて思うことがなかった。幸那…… 親友以外でそんな関係の子なんていなかったから、少し新鮮だ。

 いつもなら、〝 なにか喋らなくちゃ 〟とか、気まずい気持ちになってしまうのだけど……

 

「そういえば、甘いお茶って言ってたっすけど、どんなやつなんすか?」

「えっと、リコリスは砂糖の50倍の甘さがあるのに低カロリーなんだ。ただ、かなり甘いから使うのは少しだけ。喉の調子が悪いときとかにもいいんだよ。アロマにはほとんど使わないけど……」

 

 リコリス…… 甘草(かんぞう)は通常ならアロマには使わないハーブだ。むしろ漢方とかハーブティーとか、あとのど飴とかに使用されるものなんだけど…… ぼくなら、リコリスをアロマに転用できる。そんな気がするんだよな。

 超高校級のアロマセラピストだからなのか、アロマに向かない植物もアロマにできてしまいそうな、そんな自信が心の内側から溢れてきているんだ。

 

「ぼくならアロマにできるよ。難しい行程が必要だけど」

「さすがは超高校級っすね」

 

 雑談をしながらティーセットを用意する。

 甘いリコリスティーと、すっと爽やかなペパーミントティー。

 ミントティーのほうは念のためアレルギーがないか簡単なテストをしてもらうけど、ぼくの作ったらしいパッチテストなら10秒で済むから楽だ。

 らしいというのは、研究教室の〝 成果 〟と思われる棚に入っていたからだ。

 まだぼくはなにも試したりしていないしね。

 作ったのは現在所持していない精油を数種類くらいだ。

 本格的に始めるなら、きっとタイムリミット後になるだろう。

 

「それじゃあ戻ろうか」

「そうっすね」

 

 天海くんは前に言ってくれた通りに雨漏りの水を捨ててくれた。

 やっぱり水一滴溢さずに運べている。すごいや。

 

「戻って来た…… よ?」

 

 そこには驚きの光景が広がっていた。

 

「おー、おー、ダ最原も立派なモンがそびえ立ってるじゃねーか!」

「ちょっと! やめろって…… 入間さん!」

 

 声だけ聞くと入りたくなくなるが、実際の光景は最原くんの帽子を入間さんが持っているというものだ。

 見れば最原くんにも赤松さんと似たようなアンテナが立っている。

 歴代主人公みたいな露骨なものじゃない、柔らかい見た目のアンテナだ。

 でもかなり嫌がっているようだし、止めたほうがいいと思うけど…… ぼくが割って入っても意味ないな。入間さんから取り返すなんて器用なことできないし。

 

「なにやってるんすか……」

 

 と、言って天海くんは入間さんの背中から伸びる腕の機械から帽子を取り返す。

 

「なにすんだよ! オレ様はただダ最原の帽子を拾ってやっただけだぞ!」

「もう入間さん!面白がって返そうとしなかったでしょ! ありがとう天海くん!」

「あ、ご、こめん。ありがとう天海くん。それと、赤松さんも」

 

 赤松さんが先に天海くんから帽子を受け取り、ポスッと最原くんの頭に乗せる。

 

「帽子、どうしたの?」

 

 お茶を用意しながら経緯を聞くと、どうやらお菓子作りを手伝っている最中に頭をぶつけて落としてしまったそうだ。

 それを入間さんが背中のリュックから手のマシーンで拾ったらしいか、面白がって返さなくなってしまったらしい。

 あのマシーンはモノモノマシーンで手に入った景品を改造したものらしく、今朝出来上がったのだとか。

 

 …… ということは入間さんあんまり寝てないとか?

 テンションが高いのは深夜ハイだったりするのだろうか。

 

 それから、順調にお菓子作りは進んで全員分のクッキーができた。

 途中、途中でお茶を飲みながらわいわいやってると、前よりもみんなと距離が縮まった気がする。

 入間さんが自分の胸を模したクッキーを作っていてドン引きしたり、いろいろトラブルはあったが平和的にお昼を迎えることに。

 ついでに手伝う気のある女性陣で東条さんと料理を作り、お昼ご飯ということにした。

 

 お昼ご飯は、こういうときに共同で作られる定番のカレーだ。

 肉も野菜もゴロゴロと豊富に入っているし、甘口と中辛で作ってある。余れば夕食で食べたい人に配膳するか、夜食として持ち帰れるようにしておけばいい。

 ずっと料理は東条さんに任せているので、彼女に料理を教わりながらやってみた。

 普段よりも楽にしてもらっていて良かったんだけど、彼女は休んでいるより働いている時間のほうが好きみたい。

 かなり遠慮されてしまったが、茶柱さんと赤松さんが押し切って結局みんなでカレーを作ったし。

 

 ぼくは余ったクッキーを簡単に包装して、懐に入れる。

 他のみんなは何枚もクッキーを食べていたのに、遠慮して微笑ましく見守っていた保護者みたいな彼女にお土産だ。

 

 夜、彼女に渡そう。いつものお礼に。

 

 

 



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深夜の逢瀬

 

 

 ピアノ演奏を聴く約束をしていたことに気づいたのは、ぼくが自室で眠りに落ちたあとだった。

 前に話の流れで約束していたものの、なかなか時間が取れなく、そして多分赤松さん自身も忘れていることでうやむやになっていた。

 

 ぼくがそれに気づけたのは、目覚めたときにわずかに聞こえてきたピアノの音のせいだった。

 部屋の中をよく探すとモノクマがよく使うモニターから音楽が流れている。

 ただ、その音楽は特に不快なものではなく、むしろどこか心地よい眠気がまた襲ってきそうな曲だった。恐らく、月の光。

 それにモニターにはピアノを弾く赤松さんと、それを聴く最原くんが映し出されている。

 2人は当然映されていることに気づいていない。

 

 時刻は午後10時。夜時間だ。

 みんなでお茶会をして、それから白銀さんは自室でなにかを作るらしく解散し、天海くんと夕方の散水時間まで適当に雑談しながら過ごした。

 ぼくは採ってきた植物をビンに分け、アブソリュート処理をしたり、まだまだ種類の多いビンに直接油性ペンで中身の名前を書いたり…… つまるところ研究教室できちんと才能の有効活用をしていたということだ。

 毒性のある植物は植物園から実験的に1種類丸ごと抜き取って保管してみた。

 毒を身近に置いて危険だと思うだろう。でもこれは重要な実験だ。

 

 はたしてモノクマは全て引き抜かれた毒性植物をどうするのか?

 

 これはそれを知るために行なっている。

 なくなった植物は次の日には補充されるのか、それとも芽から育てるのか…… それが分かる。十中八九次の日には復活しているだろうけど。

 

 もちろん、毒性植物が研究教室にあるのを知っているのはぼくだけ。

 他人の攻撃へ転用することもできる。これはぼくの人格の問題だ。

 問題なければいい。本来は使うことなんてないんだから。

 …… やはりぼくは臆病者で、こんなものを持っていることでしか安心できない。もしかしたら、それを使うのが自分自身になる可能性もあるが。

 

 保管した毒性植物は〝 トリカブト 〟

 あまりにも有名すぎる。これの根をビンに入れて保管してあるのだ。

 ビンに直接油性ペンでドクロマークとトリカブトという名前も書いてある。さすがに誰も手に取らないだろう。

 まあ、見つかったら確実にぼくが尋問されるだろうけど…… 実験結果を知る明日には燃やしてしまえばいい。

 食堂に置いてあるベラドンナのビンにももちろん油性ペンで名前が書いてある。万が一がないためにだ。まあ、普通は間違えないと思うけど……

 

 と、昼間のできごとは他愛もないことなので割愛。天海くんとお茶しているときに最原くんが訪ねてきて、ちょっと雑談したくらいだ。

 そういえば、赤松さんと一緒にいないのは珍しかったかもしれない。

 たった、それぐらいだ。

 

 最初の問題に戻ろう。

 モニターには現在、最原くんが赤松さんのピアノを聴く映像と月の光が流れている。

 夜時間になってからの演奏会もいいが、人の部屋に流さないでほしい。

 赤松さんの演奏は是非とも聴きたいけどそれは生演奏でだ。モニター越しに聞いても嬉しくない。

 彼らは多分気づいていないんだろう。放っておけば誰かが注意しに行くかもしれない。

 でも、ぼくはあることを思い出したのでそのまま少し服を整えて玄関に向かう。昼間作ったものも忘れずにね。

 

 それから部屋を出て東条さんの部屋へ行く。

 随分遅くなってしまった。でも、昼間だと忙しくて彼女は間食なんてしてられないだろう。

 迷惑なのはモニターの彼らもそうだが、ぼくもだ。

 こんな時間にお菓子を渡すなんて……

 

「はい、私に用かしら」

 

 インターホンを押すとすぐに東条さんが出てくる。

 …… けれど、どこか違和感があった。

 首を傾げて上から下を見て気づく。当たり前のことだが、彼女は今ヒールの高い靴を履いていない。なんとなくいつもと違う気がしたのはそのせいだろう。素の身長は恐らくぼくや、最原くんと同じくらいだ。

 

「こんばんは、えっと、こんな時間にごめん……」

「いいえ、まだ起きていたから大丈夫よ」

「あの、これ…… 食べてほしいんだ」

 

 口が回らない。緊張して目が回りそうだ。

 

「これは…… 昼間のお菓子かしら。日頃のお礼、というのなら受け取れないわよ」

「ううん、ぼくが食べてほしいんだ」

 

 なんとなく彼女がそう反応するのは分かっていた。

 彼女は依頼を完遂することで報酬をもらうメイドだけど、ぼくらの世話をしているのは特に依頼しているわけじゃない。

 こう言ってはなんだが、完全なる彼女の趣味だ。

 プロフィールにも嫌いなものに〝 休みの日 〟なんて書かれるくらいだ。彼女にとって、仕事こそが最高の娯楽なんだろう。

 お礼と言っても気持ちよく受け取ってもらえるわけではない。

 

「昼間…… 東条さんはあんまり食べてないでしょ? みんなで作った力作なんだから、一緒に作ったきみにも食べてほしい。それに、ぼくは山ほど食べた」

 

 途中からみんなはしゃいで作りすぎてしまった。

 盛大に余った分は不参加の人間にも配られたり…… 薬でも入ってるんじゃないかと嘘か本気か、言ってきた王馬くんやそもそも食べられないキーボくんを除きほとんどに配られている。

 ちなみに、まだ冷蔵庫に入っているので在庫はある。

 

「…… ありがとう香月さん」

「同じものをみんなで食べたほうが美味しい…… はずだよ」

「そうね、でもこんな時間に食べたら体調管理としてはよくないわよ」

「ぼ、ぼくは食べてないよ? よかったら明日食べてねってことで……」

「食堂はもう閉まっているものね。お腹が空いていても食べられないわ」

「…… うん」

 

 正直に、ちょっとお腹空いている。

 小腹を満たしたい願望が頭を過るが、彼女に甘えるわけにはいかない。なんのために渡したお菓子だよ。

 

「ねえ、香月さん。この場で開けてもいいかしら」

「え? う、うん」

 

 夜に食べると太ってしまいそう…… とか、体調管理の問題がやはりあるので明日渡せば良かったか。

 そんな葛藤をしながら彼女の様子を伺う。片目が隠れているので普通の人よりも分かりづらいが、ちょっと楽しそうだ。

 夜の自室なので手袋を外している彼女がするするとリボンを解いてクッキーの袋を開ける。

 そして、水仕事をしているとはとても思えない綺麗な指でクッキーを摘み、ささっとぼくの口元に持ってくる。

 

「東条…… さん?」

 

 東条さんにあげたものなのにぼくがもらうのはちょっと…… しかも彼女からのあーん。夜で誰も見ていないからといってもこれは…… うーん……

 

「みんなと一緒に食べた方が美味しいって言ったのは貴女よ」

 

 そんなこと言われちゃったらぼくが折れるしかないじゃないか。

 覚悟を決めて口を開ける。こうしたのは彼女なのに、なぜだか少し驚いてからクッキーをぼくの口の中に優しく入れた。

 

「手で取って食べると思っていたわ。からかってごめんなさい」

「あ……」

 

 雛鳥よろしく口を開けて待っていたぼくは大馬鹿者だ。

 東条さんは上品に笑ってその場でクッキーを1枚食べる。これで2人で食べたことになる。

 

「ありがとう、香月さん」

「ううんぼくも、改めてこんな時間にごめんね」

 

 挨拶を交わして、外に行く。

 夕飯後の雨漏り回収をせずに寝てしまったのを思い出したのだ。今の時間に起きられたのは奇跡に近いだろう。普段なら朝までコースだ。こればっかりは赤松さんたちに感謝する。

 

 夜の植物園は独特で、不気味で…… けれど神秘的だった。

 月が見える。星が見える。ただし、ガラス越しに。

 なんだか不思議な気持ちになる。まるで…… そう、ぼくたちの状況をそのまま表しているような。

 全てガラス越し。手は届かない。昼間は見えないけれど、常にそこにある。

 この箱庭には監視カメラが見当たらないが、絶対にその類のものはどこかにある。それをなんだか想起させた。そこにあるけど、見えない…… か。

 ぼくらを見ている人たちが、やはりいるのだろうか。

 

 1人でいるとどうしても不安になってくる。早く済ませてしまおう。

 いつものように研究教室に入り、バケツを見てみるが……

 

「あれ、やってある?」

 

 ああ、そうか。

 ぼくが忘れちゃったから天海くんがやってくれたのかな?

 よく考えればそれぐらい分かったろうに…… 寝ぼけてたかな。

 明日お礼を言わないとな。

 

「ふあ……」

 

 あくびを噛み殺して方向転換する。

 露に濡れた植物たちがまた神秘的な雰囲気を出している。

 夜の植物園も1人じゃなければ、きっと綺麗に思えるだろう。

 

 それから赤松さんたちの研究教室まで行こうとしたが、モニターはもうなにも映していない。深夜の演奏会は終わったのだろう。

 なら、話を訊くのは明日でも大丈夫だ。

 まっすぐ寄宿舎に帰り、自室のベッドに身を沈めると、すぐに意識が遠のいていく。

 

 ぼくはまた眠る。

 翌日に〝 それ 〟が起こることも知らずに、幸せな夢を見る。

 きっと、大丈夫。みんなは生きる希望を持っている。

 あの星くんだって、死にたいわけじゃないと言ってくれていた。

 みんな、モノクマの動機に対して作戦を立てようとしているのだ。

 

 だから、大丈夫。

 

 翌日にはその希望を〝 裏切られる 〟ことになろうとは、ぼくは考えもしなかった。

 

 




 次回、ついに…… ?


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落花枝に還らず、破鏡再び照らさず

.

 

 

 

―― Monokuma Theater

 

 あー、つまんねー。

 本当につまんないよね…… テンションだだ下がりだよね。ショボーン。

 ボクはがっかりしました。

 やる気のある新人社員を雇ったつもりが、大失敗だったみたいだよ。

 自分が客として発注した仕事を自分で処理するだけの事業を始めちゃったみたい。

 やる気ってときに空回りしちゃうこともあるよね。特に新社会人になったみんなはそうなんじゃないかな?

 ときには適当に楽をしながら仕事するほうが上手くいくこともあると思うよ。

 …… なんて寛容なことを言ってもボクは怒っています!

 だからとりあえずボクからも500人分のお弁当をイタズラに出前を取ることにしました。もちろんオマエラの端末でね!

 あーあ、まことに残念です……

 あ、支払いはよろしくね!

 

 …… どこからか端末の呼び出し音声が鳴っている。

 

 応答しますか?

 

 > はい

   いいえ

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

 はい、ボタンを押したオマエラ!

 残念でした! 押せるわけないじゃーん!

 オマエラにはたとえ死ぬ誰かの救命ボタンがあっても触ることすらできないんだよ。

 精々絶望しろ。そして、 歓喜すればいいでしょ。

 

 うぷぷぷ、オマエラって絶望的なことが起こると喜んじゃうんでしょ?

 ボクもそうだよ! だからこんなことをしてるんだから!

 って、これが放送されなくちゃまた撮り直しなんだけどね…… うぷぷぷぷぷ

 

 あ、最後のところはカットで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚まし時計を勢いよく止めた。

 その勢いのままに目覚まし時計が傍のテーブルから転がり落ちていき、壁際で鈍い音を立てて静止する。

 ちょっとガラスの部分にひび割れがあるように見える。

 

「うあー……」

 

 少し壊してしまったかもしれない。やってしまった。

 モノクマになにか言われるだろうか。

 

「ふう……」

 

 寝ぼけ眼で体を起き上がらせて髪をかきあげる。

 少し早めに目覚ましはセットしていたため、起き抜けにシャワーを浴びる。

 半乾きのまま保管しているペットボトルの水を飲んだり、髪を整えたり、歯磨きをしたり…… もろもろの支度を終わらせて部屋を出る。

 

 外には既に食堂へ向かう人たちの姿があった。

 その中にはもちろん、昨日深夜の演奏会をしていた2人の姿もある。

 ぼくは仲良さげに話す2人に躊躇しながらも、自分から話しかけることにした。

 

「おはよう、2人とも」

「あ、香月さんおはよう!」

「おはよう」

 

 挨拶をして間を置き、訊くべきか少し悩んだ。

 けれど、昨日の演奏会は恐らく気づいていなかっただろうと結論づけて訊くことにする。

 確か赤松さんの研究教室には放送機能があると言っていた。

 きっとそれが使われていたのだろうけど、誰があんなことをしたのかが重要だ。

 普段使う赤松さんが知らない素振りを見せているのが良くない。

 いつの間にか何者かが彼女の研究教室を無断でいじっているということになるからだ。

 なにが目的か分からないが、2人には相談するべきだと思う。

 

「あのさ、赤松さんたちって昨日の夜研究教室にいたよね?」

 

 こんな言い方したら不審だろうか……

 でも他に的確な言い方が分からないのでそのまま直球で訊くことにする。

 

「え? 確かに最原くんにピアノの演奏を聴いてもらってたけど……あ、もしかして音漏れしてた? ごめんね!」

「でも、そもそも超高校級のピアニストの研究教室は校舎の2階にあるんだよ? 寄宿舎にまで聞こえてたら、それこそ僕たちの鼓膜が破れちゃうよ」

 

 思った通り、混乱させてしまったようだ。

 ぼくは慌てて手を振り、 「合ってるんだけど、そうじゃなくて」 とますます混乱するようなことを口走る。

 考えより先に口が出るのはどうなのかと。

 

「赤松さん、研究教室に放送機能があるって言ってたよね。それが起動されてたみたいで、昨日の夜時間にモニターにきみたちの姿とピアノの演奏が映されてたんだ」

「え?」

「それは…… 気づかなかったな」

 

 赤松さんはキョトンと目を丸くし、最原くんは困惑したように顎に手を当てる探偵っぽい動作をする。

 

「ぼくの個室以外にも流されてたのかもしれないし、そこはまだ確認してないんだけど…… やっぱり、きみたちが意図的にやったんじゃないんだね」

「当たり前だよ! 夜時間過ぎに勝手に放送するなんて迷惑だし……」

「そっか、僕だけが聴いてたわけじゃないんだ……」

 

 身振り手振りでそんなことはしてないと伝える彼女に対し、最原くんはちょっと残念そうに言葉を漏らす。

 最原くんからお願いした演奏会だったのかもしれない。これは悪いことをした…… ぼくが悪いわけじゃないけど、なんだかカップルの2人きりの時間を邪魔したみたいに思えて申し訳なくなる。

 

「あとで放送機能確認してみてよ」

「うん! ちゃんと確認しておくよ! …… 恥ずかしいし」

「ん?」

「あ、えっと、会話は…… 聞こえてないんだよね?」

 

 赤松さんは困ったように微笑んでこちらに尋ねる。

 もちろん、ピアノ演奏以外の音は聞いていない。

 ぼくが首を横に振ると、2人揃ってホッとしたように安堵した表情になった。

 秘密の会話でもしていたのか、プライベートな内容だったのか…… いや、普通は会話を他人に聞かれるのは良しとしないか。

 

「そうだ! 今度香月さんもどう? CDもたくさんあるからリラックスするのにもいいと思うんだよね!」

「ピアノ演奏を聴く約束もしてるからね…… 今度お邪魔させてもらうよ」

「今度は最原くんも一緒に…… どうかな?」

「う、うん……」

 

 おやおや? と思う。もちろんこれはピアノ演奏を聴くかどうかの誘いではない。

 ぼくは自身の好奇心が疼くのを感じて首を傾げる。

 気になるのと、聞き出せるかはまた違うからだ。きっとピアノの授業でも受けているのだろうと推測しておく。

 

 そうしてぼくたちが話しながら歩いていると、隣からふわりと爽やかな香りが満ちてくる。好きな香りだ。この香りの主はぼくも知っている。

 …… だって、ぼくがプレゼントしたのだから。

 

「…… 天海くん、おはよう」

「おはようっす」

 

 隣に並んだ彼はいつものようにふわっとした笑顔で赤松さんや最原くんへ向けて続けて挨拶をする。

 

 食堂に至るまでに毎回天海くんとは会う気がする。

 彼は早くから行っていそうな人だけど…… それはイメージだけなのかも。案外部屋でのんびりしてるのかな。

 

 朝食に集まっている面々もいつもと同じ。

 最初からいるのはもちろん東条さん。キッチンから次々と朝食を運んでくる彼女がいなければ、ぼくたちは得意不得意問わず料理の必要性に狩られたことだろう。

 なにより彼女は押し付けられているわけではなく、自主的にそれをやっている。

 尊敬こそすれ、文句などつけようがない仕事の数々。超高校級のメイドに相応しい完璧ぶりだ。

 昨日の夜のようなお茶目な一面もあるし、もしぼくがこの世界にいなければ速攻で沼にダイブしていたことだろう。

 あんなに女性らしい人なのにどこか度胸があり、何事にも動じない安心感がある。憧れの人だ。

 

 白銀さんは、今日はどうやら東条さんの手伝いをしているみたい。

 食器を出したり、飲み物を用意したりと東条さんと同じくキッチンと食堂を往復している。

 本人は普段から地味だ地味だと言っているが、委員長タイプであり、貴重なツッコミ役ということもあって案外目立っている気がする。

 彼女に共感することも多いし、なによりお姉さんっぽい…… 個人的に。今日は一緒に来れなくて残念だ。

 

 百田くんは今日の夜時間までになんとかしようと春川さんや茶柱さん、夢野さんやアンジーさん、ゴン太くんなど、分かるような分からないような人選に話しかけ、昼食後に作戦会議を開くことを告知している。なんて積極的な。

 けれど春川さんはすごい迷惑そうにしているし、茶柱さんの肩に手を置いて投げ飛ばされてるし、夢野さんは面倒いといつもと同じことを言っている。面倒って言っても、死んだら元も子もない。そう説得されれば彼女もきっと力を貸すだろうが…… あ、もちろんゴン太くんはやる気だ。頼もしい限りだけど、なるべくモノクマには挑まない方向に持っていきたいところだ。

 百田くんを投げ飛ばしたあと、茶柱さんがなぜか協力的になったものの…… 会話は物理でなんとかする脳筋極まりない方向性から脱してくれない。

 見せしめがされていないから、まだモノクマのことを、あまり脅威に思っていないのかもしれない。これは少し危ないかも……

 

 真宮寺くんはそんなみんなを見て静かに椅子に座って笑っている。

 趣味が人間観察だったっけ。個性豊かな人物しかいないし、それはそれは楽しいことだろう。

 実際ぼくもちょっとおもしろい。

 

「脱出なんて簡単だよ! キー坊に壁に突っ込んでもらってドカン! 1発!」

「絶対にやりません! そもそもそんな威力出ませんし、キミたちのためにそんな無茶するわけないじゃないですか! この体は飯田橋博士が作ってくれた最高傑作です! ボクだって死にたくありませんし!」

「ロボットなのにできないの…… !? え、と、飛ぶことはできるよね?」

「なにうろたえてるんですか! 飛べません! ロケットパンチもできません! 腕が取れたら回収が大変じゃないですか!」

「え、え? そこはみなさんのためですから! とか言ってボーン、とするところでしょ?」

「しませんったらしません! 自己犠牲なんて合理的でないことは強要しないでください!」

 

 パタパタと、王馬くんとキーボくんが言い争いながら食堂に入ってくる。これであと2人だ。

 

 王馬くんはキーボくんをいじりすぎだ。

 ロボットの合理的思考で友情・努力・勝利とか、敗北スレスレからの逆転勝利とか、自己犠牲によるお涙頂戴展開とかは理解しにくいだろう。成長するAIと言うのなら、そのうち理解できるように…… なるのかなあ…………

 

 それから数分、十数分と過ぎていく。

 けれど、2人は来ない。

 

「…… 入間はともかく、あいつも来てないのか」

 

 百田くんがポツリと呟く。

 食堂には入間さんと星くんを除いて、全員が揃っていた。

 

 時刻は食事が始まらないまま8時半を回る。

 この時間になると数人が不安を顔に表し始める。

 ただの寝坊だろう、だなんて軽率なことは言えない。みんなの心の中には嫌が応にも 「コロシアイ」 という単語が影を落としているのだから。

 この間ぼくが寝坊したときもこんな感じだったのだろうか、とわずかに思いながらも焦りはどんどん募っていく。

 

「様子を見に行ってみますか」

 

 天海くんが言う。

 それに不満を漏らすものもいるが、それはわずかばかりの現実逃避だ。朝食を食べてからでも…… そんな人もいるにはいるが、どうも集中できないようにも見える。

 

「ここで待ってる人と捜しに行く人で別れればいいんじゃないかな」

 

 そんな様子を見て提案したのは最原くんだ。

 

「そうっすね…… 食堂には渡された凶器も置いてありますし、何人か…… 3人以上で纏まって見ててもらったほうがよさそうっす」

 

 天海くんや百田くんを中心に食堂に残る人間が決まっていく。

 万が一凶器が持ち出されないようにゴン太くん、東条さん、夢野さんが食堂に必ず2人はいるように調整される。

 茶柱さんは夢野さんと一緒にいたそうにしていたものの、守りはゴン太くんで十分とのことでしぶしぶ校舎内捜索に割り当てられた。

 なぜ校舎内も探すのかというと、星くんはゲームルームによくいたからだ。もしかしたら校舎のどこかでうたた寝でもしているのかもされないし、寄宿舎で見つけられなかったときのことを考えて全域を捜索する。

 今日がコロシアイの期日であるという理由もこれに含まれる…… そして、その理由が、今増えた。

 

「みんな…… 聞いて……」

 

 声が震える。

 ぼくは凶器を守る必要があると考えていて、食堂に残る面々が決まるのを横目に凶器が置かれた棚を確認していた。

 

「どーした香月?」

「ない……」

 

 そこにはわずかな違和感。

 

「ないんだ……」

 

 分かったのは、ぼくが〝 それ 〟の所有者だったから。

 

「凶器がないの…… ?」

 

 最原くんの鋭い声が突き刺さる。

 ぼくは頷いて、もう1度〝 それ 〟を数えた。

 

「ベラドンナを入れた瓶がひとつ足りない!」

 

 悲鳴じみたその声に、また寝坊だろうと呑気に考えていたかったのだろう夢野さんが 「嘘じゃろう……?」 と声を漏らす。

 そうなればパニックだ。

 

 誰が持っている?

 昨日食堂に最後に入ったのは?

 夜時間になれば食堂には入れないし、朝の放送があるまで施錠されたままだ。つまり、昨日盗まれたことになる。

 

「落ち着け! 今は捜索が先だ!」

 

 百田くんが強引に話を進めていく。

 今は冷静にみんなを纏めようとできる彼の力がありがたかった。

 

「校舎の中は5人で手分けして捜す。あとは外だ外!」

 

 校舎内の捜索は百田くんを筆頭に王馬くん、春川さん、アンジーさん、茶柱さんが担当する。

 

 そして外に捜索しに行くのはぼく、天海くん、白銀さん、赤松さん、最原くん、真宮寺くん、キーボくんだ。

 こちらは入間さんの研究教室や植物園があるため大人数で行く。

 

 まずは寄宿舎に寄って、2人の個室を確認後更に研究教室側と植物園側、そして裏庭を調べることとなる。

 ぼくは個室の確認後はもちろん植物園に行く。あそこは広いから、慣れている人が行かないと意味がないからだ。

 

「集合は30分後だ。なにかあったら食堂にいる人間に伝言を残してくれ」

 

 百田くんの提案と決定にいつも水を差す王馬くんは黙ったまま静観している。異議はない、ということだろう。

 彼もそれなりに危機感を覚えているのかもしれない。

 今回ばかりは 「もう死んでるんじゃない?」 なんて冗談も言わない。

 だけど、だからこそ焦りが募る。それだけ絶望的な状況なのだと説明しているようで、嫌な汗が流れてくるような錯覚さえ覚えるくらいだ。

 

「行くっすよ」

「…… うん」

 

 ぼくの背を押すように天海くんの手が肩にポンと乗せられる。

 そうだ、まだ分からない。蓋を開けなければ事実は決定しない。

 白銀さんの手が繋がれる。まるで子供みたいだ、こんなに迷惑かけて。

 

 寄宿舎の個室には、どちらも応答がなかった。

 キーボくんと真宮寺くんは入間さんの研究教室に行くらしい。赤松さんと最原くんは裏庭を見てきてから研究教室、植物園と顔を出すらしい。

 そして白銀さん、天海くん、ぼく(いつものメンバー)で植物園へと向かう。

 

 ドクドクと心臓が鳴っている。

 近くにいる彼らに聞こえてしまいそうなほど、心臓の鼓動は走り続ける。

 そんなラブコメディーのような形容詞だけど、その源泉は甘酸っぱい恋心ではなく、恐怖と緊張。

 ゆっくりと近づく植物園がまるで地獄の入り口のように感じた。

 

 予感があったのだ。

 嫌な予感が。

 

「星くん……」

 

 無事でいてほしいと、心の底から願って……

 

「…… 天海くん、白銀さん、ここからは三手に別れよう。南はここら辺のことだから帰り道に。あとは、北と西と東だし…… 北は、またぼくがいくよ」

「研究教室はどうするんすか?」

「北に向かうとき、ぼくがパッと見てから行く」

 

 朝の散水によりまだ草木は湿っている。

 そんな中、ぼくたちは植物園の入り口で話し合っていた。

 

「じゃ、また俺は東ってことで」

「私は西だね、分かったよ」

 

 2人を見送ってからただでさえ重い足取りがもっと重くなる。

 なんで2人と一緒にいたいと言わなかったのだろう。時間がかかっても一緒に回ればよかったのか。

 そんな後悔が次々と頭の中に浮かんでは消えていく。

 あるとすればこの先、北の奥まった場所の可能性が高い。

 植物園は別に夜時間禁止にはなっていないし、隠すのなら奥が1番だろう…… なんて、既に終わった思考で考えているぼくは最低だ。

 でも、彼が生きているビジョンがまるで見えてこない。

 

 お願いだ、お願いだ、お願いだから……

 

 けど、それはもっと早くに裏切られる。

 

「あ、あ……」

 

 自分の研究教室の扉を支えにかろうじて立っていたぼくは、そのまま崩れ落ちるようにペタリと座り込んだ。

 

―― 暗い室内。

 

―― 転がったバケツ。

 

―― ラベル付きのガラス瓶。

 

―― 見覚えのある黒い果実。

 

―― 水の滴り落ちる音。

 

 中央付近に横たわる―― 彼。

 

「やっ、ぁ…… 星…… くん……」

 

 自分でも信じられないほどに情けない声をあげた。

 悲鳴をあげた。

 その場から動けなかった。

 見えた〝 それ 〟にスウッと血の気が引いていく。

 

「香月さん! だいじょ…… 星君」

「あ、まみくん…… 人を、人を呼んで…………」

「香月さん、大丈夫っすか? 立てるっすか?」

「ごめ…… 腰が、抜けてるみたいで………………」

「分かったっす」

 

 天海くんが走って行く。

 …… 死体は、3人以上が見つけなければアナウンスされない。

 だから誰かしらを呼んでもらう必要があった。

 

 そう、ただ目を瞑って星くんは仰向けに転がっていた。

 足先も、手先も伸ばしてまるで痺れたように。その先にはラベル付きの瓶。

 

 ぼくはその瓶に目を奪われた。

 それは確かに食堂から消えていた、 「ベラドンナ」 の入った瓶だった。

 

 そして、ぼくは――

 

 

 

 

 

「死体が発見されました! オマエラー! 超高校級のアロマセラピストの研究教室へ集合だよ! ほら、駆け足! 今すぐ! 至急! メーデーメーデー! あ、これは違うか。それはともかくとしてレッツゴー!」

 

 信じられなかった。信じたくなかった。けど、やっとそれを飲み込めたときにはもうみんなが集まって来ていた。

引きつった喉は痛いくらいに乾いている。今にも戻してしまいそうなほどに目の前がくらくらする。

 

 …… 暗い研究教室、転がったバケツに仰向けに倒れた星くん。そして 「ベラドンナ」 と書かれた瓶に落ちていた果実。水滴はもう落ちてこない。

 

 ぼくは、きつく手を握りしめてその光景を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 




 私の推しがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
 今後の展開のために彼しかありえなかった…… ファンのみなさん!あんまり多く描写できなくてごめんなさい!!

 ( キーボの魅力は自己犠牲をよく分からない非合理的な発想だと主張していたのが、最後の最後で理解してしまったところだと思います )
 ( それを理解できても置いていかれる側の気持ちが理解できないなんてやっぱりロボットはロボットでしかないんですね! )

 いつもと違い4月7日7時〝 1分 〟に投稿しているのは、 「しなない」 日時に死人が出るという遅すぎるエイプリルフール…… もとい、皮肉だったりします。


ところで、今作のテーマは「信頼と裏切り」です。


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もう、後には戻れない

「死体が発見されました! オマエラー! 超高校級のアロマセラピストの研究教室へ集合だよ! ほら、駆け足! 今すぐ! 至急! メーデーメーデー! あ、これは違うか。それはともかくとしてレッツゴー!」

 

 

 近くにいた人たちから順にぼくの研究教室内に駆けつける。

 ぼくは胃のムカムカと息苦しさと気持ち悪さでずっと頭が打ち付けられているかのように立つことすらできずにいた。

 

 その場に座り込んで、床に手をついて、俯いたまま喘ぐ。

 極度の恐怖と緊張とに目を泳がせて、背を汗が伝う。

 

 なんで、どうして、こんなところで、

 疑われたくない、ごめんなさい、嘘だ、

 最低だ、いやだ、見ないでくれ

 違う、なにもしてない、ぼくじゃない

 

 でも、ゆるして

 

 ぐるぐると巡りくる思考は真っ白に染まり上がったまま訳も分からないままに頬を雫が滴り落ちる。

 集まって来る人たちがみんなぼくを見ている。

 ぼくを見て、睨みつける。嘲笑う。

 いや違う、そんなことない。みんなはそんなことしない。

 分かってる、分かってる。これは被害妄想。きっと疑われるだろうというぼくの勝手な自己強迫感情。

 

 でもみんなの視線が怖くて、なにもしてないのは自分がよく分かってるはずなのに後ろめたくて、ただただ疑われるのが怖くて。

 

 てを さまよわせる

 のどをとおった それを はきだすばしょを もとめて

 

「香月さん、息を大きく吸いましょう。はい、吸って…… 大丈夫っす。俺がそばにいるんで」

「泪、大丈夫、大丈夫。神様がよしよししてくれるよー。神様は人の笑顔のほうが好きだからねー」

 

 背中を優しく撫でながら天海くんが言う。

 ぼくの俯いた頭を抱きしめながらアンジーさんが優しく言う。

 

 2人に支えられてゆっくり、ゆっくりと深呼吸して体の麻痺が解けていく。まだ少し動けそうにないし、別の意味でまた涙が出てくるけれど。

 

「香月さん、飲める? お水だよ」

「ごめん…… ありがとう白銀さん」

 

 白銀さんから受け取った水を飲む。

 彼らの心配そうな優しい瞳を見ていたら、先程の自分が馬鹿らしくなってくる。彼らにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 震える足で立ち上がった。

 

「それが演技だとしたら香月ちゃんは相当な役者だよねー」

 

 体が震える。

 とっさに支えようとしてくれた天海くんの手を使わず、耐える。

 

「テメー、こんなときになに言いやがる!」

「だってそうでしょ。殺人が起きたってことは、この中に犯人がいるってことになるんだよ?」

「状況的に…… 怪しいのは間違いなく香月じゃろ……」

 

 頭を抱える。

 やめて、やめて、やめて、そんなの分かってる!

 疑いの目、怒りの目、それがぼくは怖い。言葉が詰まって出てこない。反論しなければ、と思うのに声を失くしてしまったみたいになにも出てこない。

 こんなんじゃいけないのに、臆病者じゃいけないのに。

 

「まだ結論を出すのは早すぎるよ…… こうなってしまったからにはなにが起こるか、覚えてるでしょ?」

 

 最原くんの言葉に春川さんが 「裁判でしょ?」 と返す。

 

「裁判で犯人…… クロを明かさなければ犯人以外は全員処刑されるんだったネ」

「全員処刑……」

 

 夢野さんが青ざめる。

 

「うん、だから慎重にならないといけない……」

「混乱してる暇はないって? 最原ちゃんちょっと冷たいんじゃない?」

「香月さんを真っ先に疑ったあなたにだけは言われたくないですね! 男死同士といえどそれはちょっと見逃せませんよ!」

 

 言い争いが始まりそうになって、そこに赤松さんが割り込むように 「待ってよ!」 と声をあげた。

 

「まだこの中に犯人がいるって決まったわけじゃないよ! きっと私たちがコロシアイしそうにないからモノクマが動いたんだって!」

「それは聞き逃せませんなー!」

 

 どこからともなくモノクマが現れる。

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

「逃せませんなー!」

「逃せへんでー!」

「ぜー!」

「よー!」

「……」

 

 そして、次いでモノクマーズもやって来た。

 

「最後のほう、面倒くさくなっちゃったのかな…… ?」

 

 白銀さんが欠かさずツッコミを入れるが、彼らは全く気にせずに話を続けていく。

 

「ボクはルールを守るクマだからオマエラのコロシアイに干渉はしないよー! ボクはただただコロシアイが起きるのを煽りながら待ってるだけなのです!」

「さすがお父ちゃん! 煽りは欠かせないね!」

「性格悪くて素敵だわー!」

 

 モノクマはコロシアイに干渉しない。

 それは歴代で守られ…… そして最後のほうでは破られることのある決まりだ。

 いまだに気分は最悪だけどなんとか話を聞くだけなら立っていられる。

 ぼくは今か、今かとモノクマが最初の証拠品となる物を取り出すのを待った。

 

「君たちはなにしに来たのかな。まさか、からかいに来ただけとは言わないよネ」

「もちろんそんなことはないよね! まず、捜査って言ってもなにからやればいいか分からないでしょ? それに科学的な証拠なんて確認しようがないしね! だからボクからの餞別として、死亡推定時刻とかをまとめた便利なファイルをあげちゃいます! オマエラ! モノパッドをご確認ください!」

 

 モノパッドの入っている場所からなにかを受信したかのような機械音が鳴り響く。

 

 すぐに通知を確認すれば、 「モノクマファイル1」 というアプリのようなものを勝手にダウンロードしていたようだ。

 端末を開くと同時にこれまた勝手にアプリが立ち上がり、モノクマファイルの中身が露わになる。

 

 そこにはまず先に星くんの顔写真が載っていて、その上から真っ赤な〝DEAD〟の文字が判を押されるように書かれていた。

 以前は気にならなかった演出だが、目の前に倒れているのはついこの間まで話していた〝 クラスメイト 〟なんだと思うと、悪趣味な演出に嫌悪感がドロリと溢れ出す。

 

 〝 生きる目的を探していた彼 〟は奪われたのだと、実感してしまう。

 気分の悪さは相変わらず続いていた。

 

 

【モノクマファイル1】

 

 被害者は星竜馬

 現場は植物園内、超高校級のアロマセラピストの研究教室である。

 死亡推定時刻は午前6時半頃。

 死体発見時刻は午前8時54分。

 

 超高校級のアロマセラピストの研究教室中央付近で仰向けに昏倒、そのまま長期間経過により死亡したものと思われる。

 毒物摂取の可能性があるが、外傷は特に見当たらない。

 

 

 《コトダマ モノクマファイル1》

 

 

「死因が…… 書いてない……」

 

 小さく呟くが、周りのみんなは軒並み毒殺だと思っている。こんな書きかたをされたら無理もない。もしかしたら本当に毒殺かもしれないが、この書き方では確定には至らないと思う。

 ぼくと同じく、モノクマファイルを見ながら思い悩んでいるのは最原くんなどの数人だけだ。

 

「しっかり役立ててちょうだいね!」

「それじゃあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、モノクマ」

 

 モノパッドから顔を上げた赤松さんが言う。

 

「なあにー?」

「モノクマが手を出さないって言っても、首謀者はまた別なんでしょ?」

「は、首謀者? なんのこと?」

 

 赤松さんの言葉にハッとする。

 そういえば、毎回ダンガンロンパには〝 裏切り者 〟と呼ばれる役が出てくる。それがたとえ敵だろうと味方だろうと、必ず仲間内に1人だけ別の陣営、またはモノクマ陣営に位置する人間が混じっているんだ。

 それがこの舞台のラスボス的存在であってもおかしくない。

 そうなるとモノクマと首謀者は別々の意思で動いていることになるけど…… あのモノクマって自動操縦なのかな。

 それによってもいろいろ立場が変わってくるので、早いところ解明しほうがいいかもしれない。

 

「分かってるんだから…… 絶対に見つけてみせる」

「まあ、首謀者だかなんだかは別にいいけど、ちゃんと捜査してね?」

 

 モノクマは首を傾げて赤松さんに念押しすると、 「それじゃあ裁判でねー」 と言いながら消えて行った。

 

「裁判がいつ始まるかは言ってませんでしたね」

「あ、そういえば…… そうだね…… 困ったなあ」

 

 キーボくんが疑問を口に出せば白銀さんが 「もう1度呼び出してみる?」 と提案した。

 

「モノクマがゲームを見守りたい立場なら、どちらにも勝ちがあり得る状況じゃないと裁判にはならないんじゃない? なにもしないで本番なんてゲームバランスが崩壊してるしねー」

「どーいうわけだよ」

「もー、百田ちゃんって頭いいはずなのにその理解力のなさはなんなの? どっちが勝つか分かってたんじゃ面白くないでしょってことだよ」

 

 証拠が揃わなければクロを探すことは不可能。

 証拠がろくに見つかっていない状態ではクロ勝ちが容易に想像できてしまう。モノクマはゲームを見守っているのだから、公平に立場を見ないといけない。

 ルールを守ると宣言しているのだからそこは守るだろう…… ってことだね。

 

「な、なら証拠集めなんてしなきゃいつまでもこのままなんじゃねーか!? オレ様はやっぱり天才だな!」

「ううん、それは違う……」

「なんでぇ!?」

 

 ぼくが思わず零した言葉に、答えようとしていた王馬くんが黙る。ぼくに言わせようってことだろう。

 分かったよ、やればいいんだろ。

 

「モノクマはあくまでコロシアイと、ぼくらの絶望する様子が見たいんだよ。そんな穴があるわけないんだよ」

「ルールにも穴はあるんだな!?」

「ちょっと入間ちゃん黙っててよー。ゴン太、ちょっと口塞いでくれる?ほら、人が話してるときに口汚く唾飛ばすとか紳士として見過ごせないよね?」

「うん、分かったよ! 紳士らしく優しく止めればいいんだよね!」

 

 体良くゴン太くんが利用されている……

 ゴン太くんは優しく入間さんの口を大きな手で覆ってしーっとジェスチャーする。

 手加減してるんだろうけど、入間さんは今にも酸欠になりそうに青ざめながら頬を赤らめるという意味不明な器用さを見せている。

 多分あとで茶柱さん辺りが止めに入ると思う。

 

「香月さん、続きをお願いできるかしら」

「えっと、つまり…… ルールにあったよね。クロはクロだと判明しなければそのまま他全員を犠牲に晴れて卒業する。捜査を放棄したら、それだけでクロの勝ちが確定しちゃうんだと思う」

「そっか、裁判にならなければ大丈夫だと思ってたよ…… 勘違いだね」

 

 もちろんそんなゲーム面白くないから、モノクマがその前に脅しを入れてくるんだろうけど…… 本当になにもしなければ自分たちの死が確定する。

 なにもしなければ死ぬ。行動を起こせばクロが死ぬかもしれないし、自分たちが負けて死ぬかもしれない。

 捜査は自分たちの選択肢を1つ増やす行為になるのだ。

 

「じゃあやっぱり捜査は必要なんだね……」

 

 赤松さんが落ち込んだように言う。

 

「捜査をするなら…… ここにずっといられる見張りが必要になるわね」

「あ、それゴン太やるよ。捜査…… って言われても正直、なにをすればいいか分からないんだ」

 

 東条さんの言葉にゴン太くんが立候補する。

 それから 「最低2人はいたほうがいいわね。私もここに残っているわ」 と言い、速やかに見張り役が決定した。

 

 残りのみんなも百田くんの意見により、1人にならないようにグループで行動しながら捜査することとなっている。

 

「なむなむー竜馬が安心してあっちにいられますようにー」

「そうだね……」

 

 ぼくはもちろんいつもの2人と行動することになるだろう。

 なにより、天海くんも白銀さんも離れてくれそうにない。

 

「ちょっと、お手洗いに行きたいから…… えっと、外で待っててもらっていいかな?」

「うん、えっと…… 1番近いのは自室かな?」

「…… うん」

「なら先にあちらを調べてみるっすか、近いですし」

「近いって?」

「星君の自室っすよ」

 

 相変わらず続いている吐き気にやられながら移動する。

 背後では最原くんたちが捜査を開始した声が聞こえてくる。

 

 青ざめたままぼくは隣を歩く2人の顔を覗き見る。

 2人とも、心配そうにしてくれている。

 

 信頼してくれている。

 ぼくを疑わずにいてくれる。

 

 だからこそ、言えない。

 

 言えない。言いたくない。疑われたくない。嫌われたくない。

 万が一にでもぼくが犯人ではありえない。

 でも、でも、隠すしかなかった。

 これ以上疑われそうなものを放って置けなかった。

 

 ごめんなさい。

 ぼくは大嘘つきだ。

 

 退出する前に転がされたベラドンナのビンを視界に入れる。

 

 ビンには、直接〝 ベラドンナ 〟と書かれている。

 それを見るだけで、無理矢理飲み込んだ〝 それ 〟が喉を通ったときの不快感を思い出す。

 

 信頼を返してくれている2人を裏切っているのは、他の誰でもない。

 

 …… 臆病者のぼく自身なのだ。

 

 

 

 

 

 

── 捜査 開始 ──

 

 

 

 

 





・飲み込んだもの
 前回の、最初に発見したときのビンの様子を確認してみましょう。


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絶望searching①

 

 飲み込んだものは、2種類。

 とっさに手を出したものと、そして〝 腰が抜けた 〟という嘘を真実にするためのもの2種類だ。

 

 ベラドンナの瓶には直接油性ペンで名前を書いてあった。

 それなのに、ぼくが初めにあの現場に辿り着いたとき…… 天海くんと合流してから〝 瓶にラベルが貼られている 〟ことに気づいてしまったから彼を遠ざけた。

 ラベルは白いビニールテープで、書かれていた文字は〝 ハスカップ 〟だ。全然違うし、そもそもハスカップは縦長の実なので見間違うはずがない。この植物園にそんなものはないし、ぼくは間違えてしまわないよう全ての瓶に直接ペンで名前を書いている。

 

 ベラドンナという名前の上から白いビニールテープで蓋がされ、代わりに食用であるハスカップの文字が書かれていた。

 

 誰かが意図的に悪意を持って行わない限り、そんな風になるはずがない。

 加えてビニールテープはある場所が分かりづらいし、それを知っていると判断されるのは植物園入り口にビニールテープで散水時間を掲示している、ぼくただ1人。

 

 ぼくは最原くんにビニールテープの場所を教えてもらったと主張できるが、証拠はない。

 あの探偵が否定するとは思えないけど、犯人は明らかにぼくに罪を被せようと動いている。

 

 ぼくは、疑われたくない。

 疑われるのは、もう嫌だ。

 決めつけられて、遠ざけられて、八つ当たりされて、挙句に産まなきゃ良かったとか言われたりして、疑われるということが怖い。

 

 ―― 若い頃のあいつに似て可愛くなったなあ

 

 気に入られるのも、嫌われるのも、もう嫌だ。

 疑われるのが嫌だ。好かれるのも怖い。

 だから逃げ道を探した。辿り着いたのは、そう…… 女らしくなくなること。

 

 吐き出すだけ吐き出して、証拠を全て水で流す。

 水道で水を被れば少しはマシになってきた。

 痺れはもう無視できるレベルまで落ち着いてきたので、問題なく動くことができるだろう。

 

 1人でいるからこんなことを考えてしまうのだ。

 早く、早く2人のところに帰らないと……

 

 あのときからずっと〝 逃げる 〟クセがついてしまったぼくは、今も嘘をついて逃げた。

 証拠を隠滅してまで、逃げた。

 バレれば誰もぼくを相手してくれなくなるだろう。これはそれほどのことだ。みんなの命がかかっているのに、こんなことをしてしまったのだから。

 

「星くん……」

 

 彼が〝 ハスカップ 〟と書いてあっただけで中身を食べるほど愚かだなんて思わない。せめてぼくに許可くらい取りに来る。

 そもそも、ブルーベリーに似たものは食べないように注意喚起していたのだから、彼が食べるわけがない。

 ということはあれを彼に食べさせた人物が絶対に潜んでいる。

 彼がまるで自殺を図ったかのように偽装した誰かがぼくたちの中にいる。

 

 ぼくは他のみんなよりも、少しだけ多くのことを知っている。

 あとは情報開示するだけ…… それがぼくにできればいいんだけど。

 

 水で濡れて額に張り付いた髪を振り、水気をハンカチで拭き取る。

 トイレに入って10分くらいか。先ほどから白銀さんの心配そうな声が外から聞こえてくる。

 そろそろ出ないと、彼女は躊躇いなくここに来るだろう。

 こんなみっともない姿を見せるわけにはいかない。

 頬をパチリと叩いてほんの少しの間だけ目を瞑る。

 

 ぼくの最優先事項は、みんなと星くんを殺したクロを見つけ出すこと。

 そして、それはなるべく破棄した証拠以外で彼が〝 自殺 〟でないことを示すこと。

 

 長い長い葛藤はいい加減終わりにしないといけない。

 トイレから出て、開け放たれた扉から自室を出ると、真っ先に迎えてくれたのは白銀さんだった。

 

 《コトダマ ビニールテープ》

 

「ごめん…… 心配してくれてありがとう」

「ううん、もういいの?まだ地味に顔色が悪いけど」

「ずっとこもっているわけにはいかないよ。命が…… かかってるんだし」

「そっか、分かったよ。また気分が悪くなったらすぐに言ってね?」

「うん」

「…… 天海君なら、もうすぐ戻ってくると思うよ?」

 

 きょろきょろと、辺りを見回していたからか白銀さんから言葉がかけられる。

 なるべく1人にならないようにするのではなかったか?と思ったが、彼がやってきた方向で合点がいった。

 彼はすぐ近くの星くんの自室へ行っていたのだ。

 ぼくの部屋は全ての部屋の真ん中に当たるので、もし星くんの部屋からなにかを持ち出そうとしても、ぼくの部屋の前にいる白銀さんに見られてしまう。

 まあ、よほど小さな証拠でない限り…… だけど。

 ぼくみたいにトイレでなにかを処分する可能性はあるから。

 

「あ、もういいんすか?まだ顔色がよくないっすけど……」

「…… もう大丈夫だよ」

 

 白銀さんと同じセリフに少しだけ笑って返事をする。

 まさか2人揃って同じことを言うなんて。

 

「星くんの部屋はどうだった?」

「特に…… なにもなかったっすね…… 初めて自分の部屋に入ったときと全く同じ配置だったっす。多分なにもいじってないんだと思います」

 

 証拠らしい証拠はないのか。

 呼び出しメモとか、そういうのすらないということは彼は自ら植物園に行っていたのか、それとも直接連れ出されたか…… どちらかということになるかな。

 

「中で真宮寺君と百田君が調べてくれてるみたいなんで、俺たちは移動するっすか」

「じゃあ一旦植物園に行く?香月さんが良ければだけど」

「捜査なら、やっぱり最初に調べないとだめだよね……」

 

 少し憂鬱だが、やるしかない。

 正直探偵さんと赤松さんに丸投げしたいくらいだが、情報量はぼくのほうが多く持っている。植物園と研究教室ならなおさらだ。

 

 トイレに行く前に辿った道を逆に戻っていく。

 植物園内はまだ少し草木が濡れている。樹木の葉が当たれば少しだけ露が落ちてぼくの肩を濡らす。

 研究教室前に着くと、そこには入間さんが上を見上げながらなにやら操作していた。

 

「あれ、入間さんはなにやってるんすか?」

「あー? 見て分かんねーのかよ! ドモーンで空撮してんだ」

「それってドローン……」

「ドモーン!? それだと……」

 

 なにやら例え話を始めた白銀さんを横目に天海くんがさらに尋ねる。

 

「すごいっすね。そういえば、入間さんって今朝はなにしてたんすか? 食堂に来ないんでみんな心配してたんすよ」

「お、お、おおおオレ様を疑ってやがんのか!? オレ様があんなクソチビ相手にするわけねーだろ! そ、そりゃあの声でなじられたらいいかもとか思わねーでもねーけど!」

 

 話が脱線している。

 

「えっと、本当に心配してるだけだから…… 体調でも悪かったの?」

「どうしたー? ば香月。おっもい生理中みてーな顔してんぞ」

「入間さん、昨日は、なにしてたんすか?」

「ひっ、ひうぅぅぅ。言うよ、言うから敬語攻めはやめてぇぇぇ」

 

 ぼくが言われたことに呆然としていると、天海くんが笑顔のまま、わざと言葉を区切るように彼女へ詰め寄った。

 その結果入間さんは恍惚としながらすぐに口を破る。

 彼女と話をするとだいたい脱輪事故を起こすのでなかなか本題に辿り着けないんだけど、さすがは天海くんだ。交渉に手馴れている。

 これを交渉馴れといっていいのかどうかは少し微妙だけど。

 

「童貞原のやつがセンサー反応で自動シャッター切るカメラとかいろいろ頼んできやがったんだよ…… だ、だから徹夜でオレ様は機械とランデブーってこった。なのにあいつ取りに来ねーし、なんなんだよぉ……」

 

 最原くんがそんなものを入間さんに頼むってことは、なにか証拠を掴みたくてしていたんだろうけど…… 直接訊いてみないことには分からないか。

 昨日、ピアニストの研究教室にいた件も含めて訊く必要があるだろうな。

 

 ぼくの研究教室に入ると、やはり部屋の真ん中辺りに仰向けに倒れている星くんが真っ先に目に入る。

 その側には最原くんと赤松さんがいて、 「あ、もう大丈夫なの? 良かった」 と声をかけてくれる。

 水道付近にはアンジーさんが1人でいて、星くんに対しずっと 「なむなむー」 しているみたい。

 東条さんやゴン太くんは星くんの遺体から離れないように近くにいる。

 

「あ、香月さん……」

 

 星くんの遺体を検分していた最原くんは、赤松さんがこちらに声をかけたことでやっと気がついたようで顔をあげた。

 そして、ちょうど良かったとばかりにぼくに手招きをする。

 

「見つからなかったら本で探そうと思ってたんだけど…… この、ベラドンナってどんな毒か分かる?」

 

 正直専門家ではないので成分とか詳しいことは言えないけど、ある程度なら把握している。

 

「ベラドンナは…… えっと、葉っぱに触れるだけでかぶれるし、実を食べると嘔吐したり、散瞳、あとは副交感神経を麻痺させるから全身の筋肉が麻痺することもある…… だったかな。大人の体だとたくさん食べないと死に至ることはないけど、子供くらいの大きさなら実を3つ食べれば致死量だと思う」

 

 《コトダマ ベラドンナの毒性》

 

「散瞳か…… 時間が経っているし、瞳孔はもう開いちゃってたから摂取した可能性があるってくらいで、確信とまではいかないな。香月さん、実がいくつ入ってたか覚えてる?」

「ごめん、それはちょっと覚えてないな……」

「10個っすよ」

「え?」

 

 天海くんを振り返ると、彼は 「食堂にあるやつは全部同じ数だったんで、そのはずっす」 と付け加える。

 

「赤松さん、何個ある?」

「えっとね…… 7個、かな」

 

 そのうちの1つは、ぼくが食べたので星くんが食べたのは2つ。

 ぼくが1つで立てなくなってしまったくらいなので、2つも食べていれば体の小さい彼にはひとたまりもないだろう。

 全身麻痺からの長時間経過で無防備になる。もしくは毒でそのまま…… か。

 

 《コトダマ ベラドンナの残り数》

 

「地味に気になってたんだけど、怪我がないっていうのは本当なの?」

「本当だったよ。どこにも致命傷らしきものがないし、青あざ1つなかった」

「うう、最原くんごめんね…… 私なんにも見れなくて……」

「いいんだよ…… これは探偵の仕事だから。それに、赤松さんには見慣れてほしくはないかな」

 

 ぼくも意を決して星くんに近寄り、しゃがむ。

 天海くんが隣に並んで白銀さんは上から覗き込むようにして、ぼくらの後ろに立った。

 

 星くんは仰向けに倒れていて、手足はピンと伸ばされている。目は閉じられているけど、最原くんの証言通りなら瞳で毒を摂取したかどうかは判断できなくなっているのだろう。

 ただ、不自然にピンと伸ばされた手足を見る限り全身麻痺はあったのかもしれない…… くらいか。

 死ぬときに手足が張るかどうかは知らないのでどうにも言えない。

 

 《コトダマ 星くんの体勢》

 

 口元に唾液のようなものが流れた跡がある…… それを見て瞬時に気分が悪くなったが、目を逸らすわけにはいかない。

 口は仰向けになっていたからか、少し上向きに開かれていたようだ。ただ、麻痺していたとしたら飲み込む動作はできないと思うので唾液が溢れてしまったのだと思う。

 …… 苦しかったんだろうな。

 

 《コトダマ 上向きに開かれた口》

 

 星くんのそばの床は少しだけ濡れている。

 近くに雨漏り用のバケツが転がっているので、倒れたときに引き倒してしまったのかもしれない。

 バケツを見てみれば乾いているようだ。

 

 《コトダマ 倒れたバケツ》

 

「うーん、分かるのはこれくらいっすかねぇ」

「そっか…… あ、そうだ香月さん。争った形跡とかはないかな? ぱっと見ないような気がするんだけど、香月さんのほうが詳しいよね」

 

 白銀さんに聞かれて周囲を観察する。

 星くんの遺体や倒れたバケツ、テーブルの上を除き、前日の夜に見た光景とまったく同じだ。

 

 《コトダマ 部屋の様子》

 

「テーブルの上に置いてある、そのお皿やカップは前日にはなかったよ……」

「あ、そうだよね…… 私たちが使ったとしても片付けるから」

 

 お皿の上は特におかしなところもないし…… カップのほうはわずかにラベンダーの香りがするくらいだ。

 ラベンダーティーでも飲んでいたのか…… けれど、ラベンダーは交感神経の動きを鈍くし、安眠させる効果のあるお茶だ。

 副交感神経を麻痺させるベラドンナにこれはなにかの偶然か、それとも誰かの悪意なのか…… 最後の晩餐ってことなら、最高に趣味が悪い。

 最原くんたちに情報を受け渡し、共有する。

 

 《コトダマ カップの香り》

 

 こっそりと確認した棚の中にはトリカブトが全て動かされずに残っていた。使われた形跡のある毒性物質は依然ベラドンナだけだ。

 

 《コトダマ 残ったトリカブト》

 

「最原くん、きみが入間さんに頼んでたものってなんなの?」

「ああ、聞いたんだね。もうこうなったら言うしかないんだけど、図書室に隠し扉があったんだ。隠し扉なんて作るってことは僕らの中に首謀者か…… モノクマと繋がった人間がいると思ったんだ。今夜、タイムリミットのときに首謀者が仕掛けて来るのならそこに入るか、出てくるかするはずだからセンサー付きカメラで証拠を抑えようと思ってたんだけど……」

「こんなことになっちゃったってことだね……」

「そうなんだよね。入間さんには悪いことをしちゃったよ」

 

 なるほど、彼らもタイムリミットに向けて動いてたってことか。

 この情報は多分裁判でも公表されるだろうし、今聞いといて損はなかったかな。

 

 《コトダマ 隠し扉》

 

「昨日の夜は? 研究教室にいたよね」

「ああ、そういやそうっすね」

「みんなにも聞いたけど…… どうやら全員聞いてたみたいだね」

 

 あの放送は全員に聞かれていたのか。それはそれでなんか2人が可哀想になってくる。

 

「僕らは購買部で待ち合わせをして研究教室に行ったんだよ」

「先に来てたのは最原くんだったよね」

「う、うん…… ガチャやりながら待ってたんだよね…… なんなら戦利品も見せることができるよ」

「あ、それはいいや……」

 

 白銀さんが消極的に拒否し、最原くんは 「そうだよね」 と頷いた。

 

 《コトダマ 深夜の演奏会》

 

「このくらい…… かな」

「そうっすね……」

「研究教室も植物園も夜は特に施錠とかされないから、誰でもここには来れたんだよね? 地味に範囲が広いよ……」

 

 白銀さんのいう通りだ。

 体育館や食堂と違い、ここは施錠されることがない。

 誰でも来ることができるし、誰でも星くんを殺すことができた。

 容疑者は未だ絞ることはできない。

 

 《コトダマ 開放されていた研究教室》

 

「そうだ、東条さん。今朝、なにか変なこととかなかった?」

「いいえ、私は散水装置を動かした後はすぐに植物園から出てしまったから…… あのとき、本当は星くんがいたのかもしれないと思うと、悔しいわね」

「…… そっか」

 

 散水装置は研究教室の外にあるから、中に入る必要性はない。

 彼女に責任なんてないのだ。本当なら、ぼくがちゃんとやらないといけないところを彼女に任せてしまっている。

 責められようはずがない。

 

 《コトダマ 朝の散水》

 

「植物園内も、見回ろうか」

「そうっすね」

 

 結果的に言えば、トリカブトはたった1日で復活していた。

 モノクマたちがせっせと植えていったのだろうと思う。裁判が終わったら収穫したものを焼却処分しなければならない。

 

 今までの情報だけでなんとなく、なんとなくだけれど分かってしまった気がする。でもそれは信じたくない真実で、ぼくの歩みはどんどんと遅くなり、いつの間にか2人とはぐれてしまっていた。

 3人一緒に植物園内を見回っていたが、ぼくかずっと生返事を重ねるものだから2人で情報を整理しながら天海くんと白銀さんは歩いていたのだ。

 その会話にも生返事をしながら参加していたものの、見事に置いていかれてしまったようだ。

 多分すぐに気がついてぼくを探してくれるだろう。あまりここから動かないほうがいいはずだ。

 

 目の前にハスが浮いた池があるので、ここは恐らく西側エリアだろう。

 池のそばに立って、見つめる。わりと深そうな池だ。ただ、人が死ぬほどの深さがあるとは思えない。せいぜい水深1メートルくらいか。

 

 水面を見つめながら考える。

 やはり情報を整理しても出てくる結論は1つだけ。

 ただ…… その場合、クロ以外にその場をセッティングした人間が必ず出てくることとなる。つまり、裁判で裁かれない危険人物が必ず1人残る。

 そんな危険な人なんて…… 頭に真宮寺くんが浮かんだけど、人を見た目で判断しちゃだめだよな、うん。

 あとは…… いや、そんなわけはないよね。

 

 1歩踏み出してみる。

 水際にブーツが触れる。

 

 視線が水の中に引き込まれる。

 

 …… いっそ身を沈めて、全てをなかったことにしてしまえればいいのに。

 

「わっ」

「うわぁっ!?」

 

 背後から大きな声で脅かされ、足を踏み外す…… けれど、すぐに腕を掴まれ、地面の上に倒れこむだけで済んだ。怪我1つない。

 危うく池の中に飛び込むところだったが、そんな危ないところに立っていたぼくも悪い…… ただ、声の主に文句を言おうと振り返ったらいつもの楽しそうな顔でない王馬くんがぼくをじっと見つめていた。

 

 真剣な表情。まっすぐとぼくを見つめる彼は、すぐに笑って 「いやー、失敗失敗! 香月ちゃん危なすぎだよー」 と調子良く言葉を繋げる。

 さっきまでの表情が抜け落ちたような真顔が夢だったかのような変貌ぶりだった。

 

「ご、ごめん…… でもこんなところで驚かすきみもきみだよ王馬くん」

「だって、香月ちゃん捜査開始からずーっと物憂げな顔して遠いところ見てるからさ。今すぐにでも自殺しちゃうんじゃないかってくらいにね」

 

 ドキリとする。

 すでに1度ベラドンナを食べて危ない橋を渡っているので、図星を突かれたようなものだ。

 

「人ってコップ一杯の水でも死んじゃうんだからさ、いくら水深が浅そうだからってこんなところで水浴びはやめたほうがいいよ。臭くなるだけだよ? 匂いに敏感な香月ちゃんのことだからそんなの堪えられないでしょ」

「…… うん、そうかも」

 

 彼のペースに乗せられ、少しだけ落ち着いた。

 多分、彼にそんな意図はないだろうけど、感謝しないとな。

 

「ところで香月ちゃん1人? 保護者は? 2人以上で動くって決めてたのにいけないんだー」

「保護者って……」

 

 確かに2人ともそんな感じの接し方してくるけどね。

 あれ、そういえば王馬くんも1人なのか?

 

「そういうきみも1人じゃないか」

「あらら、バレちゃった」

 

 ちっとも動揺せず、彼はむしろ楽しそうに言う。

 

「人が決めたルールなんてオレが遵守する必要ないよねー。なんせ、悪の総統なんだから!」

「無駄に疑われるのって怖くないの?」

「なんで? オレって嘘つきだよ? 疑われるのは日常茶飯事だよね。いい子ちゃんを装って悪事を働くより、疑ってかかってくる連中を掌の上で転がすほうがつまらなくないよ」

「そっか……」

 

 やっぱりそのスタンスは崩さないんだね。

 本当によく分からない人だ。

 

「それじゃ、捜査頑張ってね」

「え、あ…… 行っちゃった」

 

 王馬くんはなにかに気がついたかのように顔をあげるとすぐにどこかへ行ってしまった。猫みたいに気まぐれな人だ。

 

「香月さん!」

 

 彼が行ってすぐ、声がかけられる。白銀さんの声だった。

 

「良かった、ここにいたんすね」

 

 天海くんはぼくが座り込んでいるのに気がついて眉をひそめ、 「なにかあったんすか?」 と周りを見渡しながら言う。ぼくが誰かに襲われたのだと思ったらしい。

 

「えっと、その、転んじゃって」

「本当っすか? 誰かに襲われたとか」

「うん、怪我は…… してないみたいだね。土汚れを払っちゃおうか」

 

 服の汚れを手で払いながらなおも心配する彼に 「本当だよ」 と告げる。

 まだ少し考えていたようだけど、最終的に無事なら良いと思ったのかそれ以上追求してくることはなかった。

 

 天海くん、白銀さんの間に挟まれて白銀さんには手を繋がれる。

 ぼくは迷子になりやすい幼児かなにかか?と思ったが、はぐれたばっかりなのでなにも言えない。

 

 そうして3人で歩いているうちに気がついた。

 

 …… もしかして、1人にならないようにしてくれていたのかな。

 

 猫みたいに気まぐれな王馬くんのことはよく分からない。

 でもそうだったのなら、案外悪い人ではないのかもしれないと思った。

 

 

 

 




 あくまで泪視点なので、彼女が勘違いしていたり、知らないことは文中に現れることがありません。また、すでに知っていることは知っているものとして思考として出てくることもなかなかありません。
 ヒントは文中にありますが、彼女が気づいているとは限りません。悪しからず。


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絶望searching②

 結局、植物園の中でこれといった進展はなかった。

 

 ぼくはもうなにを信じていいのがが分からなくなってきている。

 みんなの中に犯人がいることはもちろん、分かっている。

 モノクマは最初の事件で手を出すなんてことをしない。分かってはいるんだ。

 ぼくの推測が正しければ、今回の裁判は相当後味の悪いものとなるだろう。なぜなら、クロと仕組んだ人物が別ということになるからだ。

 ぼくたちは仕組んだ人物が誰か分からない恐怖に怯えながら今後過ごさなければならない。

 

 頭を振る。

 いや、まだそうと決まったわけでない。

 だって、それなら、ぼくは……

 

「次はどうしようか」

「食堂っすね。俺もベラドンナの数はうろ覚えだったので正しいか確認するためにも、見ておいたほうがいいっす」

「天海くんも、よく覚えていたね。ぼく、全然気にしてなかった…… 持ち主は、ぼくなのに」

「まあ、あまり見たいものではありませんしね。仕方ないっすよ」

 

 

 これがお前の凶器だよと渡されても、使う気がなければ視界にすら入れたくなくなるものだ。じっくり見る気は当然失っていたので、ぼくは自分に渡された凶器すら把握していなかった。

 きちんと見ていれば、食堂からなくなっていることにも早くに気づけたかもしれないのに。

 そもそも、今回は瓶ごと無くなっていたから気づけたんだ。

 万が一瓶の中身を少しずつ取り出されていたら気づくことはなかった。これは間違いなくぼくのミス。こんなミスを気にしないほうがどうかしている。

 

 裏口のテラスから食堂に入ると、中には茶柱さんと夢野さんがいた。

 彼女はぼくたちを見て表情を明るくしたけど、それも天海くんに視線が移ると真顔に戻る。

 なんでお前がいるのかと言わんばかりの態度だ。

 

「2人も食堂の調査っすか?」

 

 天海くんはそんな彼女にも気にせず話しかける。

 すごいや。ぼくはあんな顔されたら遠慮しちゃって絶対に話しかけられない。

 

「ええ、そうですよ。この期に乗じてまた凶器が持ち出されたらたまりませんからね」

「うちは一歩もここから動かんぞ…… 犯人なんて香月に決まっとるからな……」

「えっ、ぼく?」

 

 疑われるのは当然だし、さっき発見したときも言われたが……やはり面と向かって言われると気持ちが落ち込んでしまう。

 

「当然じゃ。第1発見者が怪しいというのはどの推理ドラマでも言われとるじゃろうが。お主は昨日、夕食の後誰も見てないはずじゃ」

「推理ドラマって大体…… 第1発見者がまず疑われて結局違うってパターンが多いと思うんだけど……」

「まだあるぞ。事件は香月の研究教室で起こっておる」

 

 研究教室には鍵がかからないから、ぼくでなくとも犯行は可能なんだけどな…… 今の夢野さんは、ぼくらがいくら言っても聞いてくれなさそうだ。思い込みが少々強いのか、それとも捻って考えるのが面倒臭いのか…… 彼女のこともよく分からない。

 ぼくたちはまだ出会って6日目なのだから、分からなくて当然とも言えるけれど……

 

「天海くん、他の凶器は大丈夫そう?」

「ええ、減ったものは恐らくないはずっす。瓶の中身もやっぱり10個っすね」

「なら、現場で減ってたのは2つで確定……」

「あれ、3つじゃない?残りは7個だったよね」

「え? あ…… うん、そうだね。ぼく、なに言ってるんだろう」

 

 思考をそのまま言葉にしていたせいか、彼らの認識と食い違いが起こってしまった。

 そうだよね、1つはぼくが食べたけど、それをみんなは知らないんだ。

 できれば知られたくないし…… 2つでも昏倒や全身麻痺には十分すぎるだろう。この情報はぼくだけが持っていればいい。

 

 《コトダマ 食堂の凶器》

 

「あとは……」

「赤松さんの研究教室はどうかな?」

「そうっすね、放送が事件に関わってるかもしれないですし…… 確認しておくべきっす」

 

 踵を返し、扉から2人が出ていく。

 それに続いて行こうとするぼくに、後ろから声がかけられた。

 

「あの…… そんなに、気負わなくても、いいと思うんです」

 

 振り返ると、茶柱さんが真っ直ぐとぼくを見つめていた。

 動くたびにリボンと、2つ結びにされた髪が揺れる。男性に向けられる表情はいつも厳しく激しいけれど、彼女はとても穏やかな顔をしていた。

 ぼくを心配しているような、まるで誰も疑っていないような、女性にだけ向けられるのは少しもったいないんじゃないかと思うくらいの、綺麗な微笑み。安心できる笑顔。

 その表情だけでぼくはいくぶんか胸の中に入っていた重りが溶けるのを感じた。

 

 なんで、みんなこうも優しいのだろう。

 ぼくなんて、放っておけばいいのに。多分ぼくならそうするだろう。

 関わるだけで損をする。親友だって、ぼくと仲良くならなければオーディションなんて受けなかっただろうし。

 

 優しさなんて、損しかしないと思うんだけど。

 

 でもこんなことを言ったら、さらに彼らを裏切ることになりそうだから言わない。

「ぼくに心配されるような価値なんてない」 なんて、大切にしてくれる友達には言えっこないんだ。

 

「…… ありがとう」

「で、でも疑ってないわけではないですからね? あなたが犯人だったら嫌だな、とは思ってますから…… 夢野さんも、そうじゃありませんか?」

「香月が限りなく怪しいんじゃから、疑っても仕方ないじゃろう」

「香月さんがそういうことする人には見えないじゃないですか?」

「お主はもう少し状況を考えるべきじゃ」

 

 その場に呆然と立っていると、ぽすりと頭に手が乗る。

 見上げると2人分の手が頭に乗っていて、ちょっと重たかった。

 そのまま猫の子供にするように優しく撫でられて、くすぐったくて目を細めた。

 困った顔で2人を見比べるとあちらも困った顔をしていた。

 

「よかったっすね」

「ネガティブはよくないよ。もっと明るく行こう。ハルヒくらいに!」

「それは…… もはや別人だと思うんだけど」

 

 そんなのぼくじゃない。

 でも、気遣いは感謝する。ネガティブ野郎なんてデスゲーム中で切り捨てられてもおかしくないし、狭い世界でも楽しく過ごせるように努力しよう。

 これに参加して、彼らと出会えたことを喜べるくらいにはならないと。

 

「さ、行こう」

「うん、待たせてごめん」

 

 食堂を後にする。

 2階にある超高校級のピアニストの研究教室に入ると、中はそれほど散らかっていなかった。

 床は楽譜が散らかっているように見えてそういうデザインの床であると分かる。中央には大きなグランドピアノが置いてあって、壁1面にCDラックがある。手に取ってみると、知ってるものと知らないものが混ざっているが、それがクラシックであることはさすがに理解できる。

 プレイヤーもあるし、スピーカーも……

 

「これが放送機器っすね」

「あ、本当だ。場所の名前が書いてあるね」

「え、どれ?」

 

 2人が見つけた放送機器は案外大きなものだった。

 恐らくモニターがある地点全ての名前があるようで、確認してみると寄宿舎になっている全員の部屋へ放送するように設定されていた。

 

 《コトダマ 放送機器》

 

 そして、ぼくらが放送機器に注目しているときにチャイムが鳴った。

 タイムアップだ。研究教室内にあったモニターに電源が入り、その中でモノクマが 「はい、そこまでー!」 と大声をあげる。

 

「これから最初の学級裁判が始まります! ということで全員植物園中央にある鳥籠の中の庭園に来るように!」

 

「あそこっすか……」

 

 モノクマのいう庭園とは、きっと東条さんと初めて出会ったあの場所だろう。泉と、ムキムキのモノクマを象った趣味がとてもいいとは言えない場所だ。

 あの場所にはとくに赤い扉は見当たらなかったし、その周りには植物園しか広がっていないからどうやって裁判場に行くのかが気になるところだ。やっぱり地下なのかな。

 

「行こっか」

「うん」

 

 3人で並んで植物園へと向かう。

 今後、この3人でずっといられるかどうかは分からない。彼らの中にクロがいるかもしれないし、いないかもしれない。

 

 未来は不鮮明で、周りのことを信じられるかどうかなんて判断できない。

 暗闇の中を延々と歩き続けているようなものだけど、ぼくはそれでも進まなくちゃいけない。

 この場にいる限り、いつもしてきた〝 逃走 〟の選択肢はない。

 

 究極的な逃走…… この世からの逃走という選択肢はあるにはあるが、そんなものに手を伸ばすより、きっと信じてくれている人のために歩き続けたほうがいいのだろう。

 

 ぼくは優柔不断だ。

 そして、責任から逃れてばっかりの臆病者だ。

 他人に選択肢を委ねている卑怯者だ。

 

 この先に待っている真実がどれだけ残酷でも、道は真っ直ぐに続いている。ぼくはその道を歩かされるだけ。

 

 …… 死んだ星くんは結局のところ〝 生きたい 〟と思っていたんだと思う。

 生きる理由がないから諦めているというのなら、生きる理由さえあれば生きたいと思っていたのだと。

 彼は見失った道を探していた。

 きっと、この生活が平穏無事に進んでいたのなら、彼はその生きる理由とやらを見つけられたんだと思う。

 

「理由、か」

 

 人はみんな生きる権利というものを持っている。

 それは放棄することだってできるし、権利を盾に身を守ることもできるだろう。もちろん、ぼくにだってそれはある。

 でも、権利だけあっても生きることに目的が見つけられないのなら、理由がないのなら、それは果たして本当に生きていると言えるのだろうか。

 

 ぼくには特に理由がない。

 百田くんみたいに夢に燃えるでもない。

 赤松さんや夢野さんみたいに特技で人を笑顔にできるわけではない。

 アンジーさんみたいに絶対の自信を預けられる信仰があるわけじゃない。

 ゴン太くんみたいに自然に、なんの疑問もなく地に足をつけられるわけじゃない。

 最原くんや入間さん、東条さんや茶柱さんみたいに才能を誇りに思ったり、それで人の役に立てるなんて思えるわけじゃない。

 真宮寺くんみたいに探究心が強いわけでもない。

 天海くんや白銀さんみたいにやりたいこと、したいことがあるわけじゃない。

 春川さんみたいに誰かの世話を焼けるわけでもない。

 王馬くんは…… よく分からないけど、目的でもなければあんな風に振舞ったりはしないだろう。

 

 そして星くんみたいに、失った目的を探そうとする強さだってない。

 

 そんな強さを持つ人が死んでいいはずがないんだ。

 自分を蔑ろにする気なんてないけど、それでもなぜ彼がと思わずにはいられない。

 ここにいるみんなは誰もが、死んでいい人間なんかじゃないんだ。

 

 生きる目的が生きる権利よりも強いと言うのなら、ぼくは幽霊みたいなものかもしれない。

 

 友達の元へ帰る? 自分の記憶のおかしなところを探ってみせる?

 いくら考えたって〝 自分のため 〟の目的なんて見つからない。

 

 それでも前に進もうと思ったのは天海くんたちが、ぼくを支えてくれるからだ。

 今はまだ他人に依存した目的しか持てないけれど、いつかはきっと自分自身で決断ができるようになりたい。

 

 案外、それだけで理由は十分なのかもしれない。

 

 星くんと見た映像を思い出す。

 せめて、彼があの時間を少しでも楽しく過ごせていたならよかったと思う。

 きっと猫の可愛さならいくらだって語り合えると思うんだ。

 一緒に動物園とか行けたら、きっと楽しいんだろうね。

 

 泉のそばにはすでに全員が揃っている。

 

 いくつかの問答の後に、モノクマ像が無意味に杯を砕き、その下から泉の奥へ進む道が現れる。

 滝の裏にあった赤い扉はやはり、地下へ続くエレベーターとなっていた。

 

「できればきみと友達になりたかったよ」

 

 そんな叶わない想いを秘めて、裁判に向き合った。

 

 

 

 

 

【コトダマ一覧】

 

 ・モノクマファイル1

 被害者は星竜馬

 現場は植物園内、超高校級のアロマセラピストの研究教室である。

 死亡推定時刻は午前6時半頃。

 死体発見時刻は午前8時54分。

 

 超高校級のアロマセラピストの研究教室中央付近で仰向けに昏倒、そのまま長期間経過により死亡したものと思われる。

 毒物摂取の可能性があるが、外傷は特に見当たらない。

 

 ・ビニールテープ

 香月が星の死体発見時ベラドンナの瓶に貼ってあったラベル。

 ベラドンナとは違い無害なハスカップの名前がそこには書かれていたが、疑われるのを恐れた香月自身により証拠隠滅されている。

 駆けつけた天海に人を集めるように頼み、その間に香月が慌てて飲み込んだ。

 

 ・ベラドンナの毒性

 嘔吐、散瞳、交感神経系の麻痺などを引き起こす。子供なら3つ食べれば致死量である。

 星は死亡から時間が経っているため症状が出ていたとしても分からず、本当に食べたかどうかは判断できない。可能性がある程度。

 

 ・ベラドンナの残り数

 10個中、7個が残っていた。

 食堂で他の瓶を確認したところ、瓶には全て10個ずつ入っているようだ。

 消費されたうち1つは香月が「腰が抜けて立てない」という証言を真実にしようとして使用したので、星が摂取したと思われるのは2つだけである。

 

 ・星くんの態勢

 仰向けに倒れ、手足はピンと張っている。

 

 ・上向きに開かれた口

 仰向けになっているからか口が上向きに開かれており、唾液らしきものが流れた跡がある。

 毒物摂取による麻痺をしていたなら、飲み込む動作ができなかったのだと思われる。

 

 ・倒れたバケツ

 雨漏りを受けるためのバケツ。

 星の近くで倒れていた。乾いている。

 

 ・部屋の様子

 争った形跡は特にないが、前日にはなかったティーカップと皿がテーブル上にあった。

 

 ・カップの香り

 テーブル上に残ったカップからはわずかにラベンダーの香りがする。

 ラベンダーは交感神経の動きを鈍くし、安眠させる効果がある。

 

 ・残ったトリカブト

 前日に収穫したトリカブト。移動させられた形跡は見当たらない。

 香月は余程のことがない限りこれを公表する気はない。

 

 ・隠し扉

 最原、赤松が発見した図書室の隠し扉。これを見張る作戦を立てていたが死体発見により無駄に終わった。2人は隠し扉の存在から、首謀者が自分たちの中にいると考えている。

 このときの作戦のために入間にとある依頼をしていたらしい。

 

 ・深夜の演奏会

 前日の午後10時過ぎに行われた研究教室での演奏。

 全員の部屋のモニターで放送されていたが、2人は気づかなかった。

 2人は食堂前の購買部で待ち合わせしていたようだ。

 

 ・開放されていた研究教室

 研究教室には鍵がかからないため、誰でも犯行は可能である。

 

 ・朝の散水

 東条が朝の6時に散水を行なっている。

 散水装置は研究教室の外にあるため、彼女が中に入ることはない。

 

 ・食堂の凶器

 ベラドンナの瓶以外に減っているもの、動かされたものはない。

 

 ・放送機器

 研究教室には確かに放送機器がオンの状態で放置されていた。全てのモニターに繋がることができるようだが、このときオンになっていたのは寄宿舎の部屋のみである。

 

 

 

 

 

 

 




【クロ当て企画】
 裁判でみんなの出す結論を推理しましょう。
 正解者は1章の最後にお名前をあとがきにて載せさせていただきます。
 締め切りは裁判の始まる前まで。つまり来週の土曜日まででございます。
 方法は簡単。作者の名前をクリック(タップ)して直接メッセージを送るだけ。
 感想でも構いません。核心に迫る返信はできませんが、いつも狂喜乱舞しながら感想を読ませていただいております。
 送る内容は以下の通り。

 ①1章クロの名前(裁判での結論)

 ②死因とその原因、トリックなど

 それでは皆様、今後も本作を宜しくお願い致します。

 なお、メッセージの返信は〝 視聴者アンケートに答える首謀者 〟という形にし、正解不正解は曖昧にしますのでご了承くださいませ。
 首謀者はもちろんV3とは違います。なので、首謀者が誰か推理したいかたも間違いを恐れずメッセージをお送りください。
 どちらかが正解というかたも添削のような形で (任意で) お名前を出させていただきます。



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学級裁判①

 ガタン、とエレベーターの止まる音がする。

 僕たち全員を乗せたエレベータはようやく目的地に着いたようだった。

 随分と長い時間だったような気がする。

 最初のうちはそれぞれ独り言を零していたけど、最終的には誰も喋らなくなった。

 ぼくはエレベーターの端で、みんなの視線を感じながら震えていることしかできなかった。

 

 疑われているのは分かっている。真っ先に告げられるのはぼくを疑う声のはずだ。

 だから少しはシミュレートしておかないと…… って思ってたんだけど、結局それはできなかった。

 頭の中がいっぱいいっぱいで、未だに混乱しているのは確かだ。

 

「くまっしゃーい! ようこそ、学級裁判場へー!」

 

 ステンドグラスのある地下学級裁判場に、モノタロウの明るい声が響く。

 地下なのにステンドグラスから光が射しているな、と思ったら普通に照明だった。

 そんな現実逃避とは裏腹にモノクマーズがどんどん現れて、司会進行役のように話していった。

 

「うーん長かった! やっと学級裁判が始まるね! ようやく、ゲームらしいゲームが始まるんだね! 感動的だなあ」

「…… 天草四郎のお告げ通りだッ!」

「誰!?」

「うっそだろモノタロウ…… 知らねーのかァ!? あれだ! 世界終わる終わる詐欺の」

「それは違う人だわ!」

 

 さっそくモノキッドたちの話がズレて、その様子を呆れて眺めたモノスケが進行を引き継ぐように 「あーあ、やってられんわもう!」 と声をあげた。

 

「ええか? こっから先は進めるのも嫌になる殺伐ムードで進行や」

「だ、ダメよ! きっとそんなにグロとか残酷な展開はないはずだわ!」

「そうだね! 1人が死ぬか、1人以外全員死ぬかの2つに1つだよ!」

「結局死人は出るんかい!」

「スプラッターは外せないぜー!」

「す、スプラッタ…… グロ…… うう、吐いちゃう」

 

 結局本題に入らないクマたちを放置してぼくらは学級裁判場に足を踏み入れた。

 さくさくと迷いなく歩いていくキーボくんは、やっぱり怖くないのだろうか。

 ロボットにとってはただのちょっと暗い場所でしかないんだろうな。羨ましいけど羨ましくない。複雑な気持ちだ。

 

「へえ、地下はこんな風になってたんですね」

「うーん、てっきり地下は全部あの地下道みたいになってるって思ってたけど、そうじゃないんだね」

 

 続いて王馬くんが軽い足取りで入っていく。

 

「うん、罠はないみたいだねー」

「あの、王馬クン。もしかしてボクで確認してません?」

「そんなことないよ? もし地雷とかあっても、犠牲になるのはキー坊だけだねー」

「そんなことあるじゃないですか!」

 

 賑やかないつものやりとりに緊張を緩和させられたのか、みんなも学級裁判場に入る。

 けれど、最後の方に入ってきた赤松さんは険しい顔をして未だにわいわいと喋り倒すモノクマーズたちを睨みつけたように感じた。

 

「ねえ、なんのためにこんなことをするの? こんな酷いことして……楽しいの?」

 

 それに答えたのは戦隊カラーのクマではなく、白黒のクマだった。

 

「うぷ、うぷぷ、もちろん楽しいよ! 自分と無関係な人の生き死にはね、最高の娯楽なんだよ! …… じゃないとやるわけないでしょ?」

「ほんっとに、最低ですね!」

 

 それを聞いて絶句する赤松さんの代わりに茶柱さんが言う。

 モノクマはそんな反応も楽しんでいるようにうぷぷ笑いを継続した。

 

「うぷぷぷ、最低だろうとなんだろうと、この世は楽しんだもん勝ちなんだよねー。どんな酷いことをしても、どんなに酷い目に遭っても、楽しんだ者だけが真の勝利者なのだー! …… あれ? これってドMこそ至高? ボクったら新しい真理に触れちゃった?」

「いやー、清々しいほどの胸クソの悪さだね。で、このゲームはどうやって始めればいいの?」

 

 笑顔で茶化す王馬くんだけれども、なんとなく本心っぽくも聞こえるような気がする。

 良心云々は抜きにしても彼だってさすがに自分の生死がかかっているんだから、それを見て楽しむモノクマに嫌悪感ぐらいあるだろう。

 地下通路のときも、ぼくがサボり始めたり、みんなが疲れた表情を見せるようになるまで真剣に取り組んでいたように思えるし。

 

「そっちにオマエラの名前が書かれた席があるから、まずはそこに着席してもらえるかな?」

 

 ぼくたちは言われるがままに席に向かって行った。

 なにもせずにいても、なにも始まらないし、終わらないことが分かっているからだ。もしかしたら従わないことで処分される可能性もある。

 

「うおっ、普通の木枠かと思ったらハイテク化されてやがる……」

 

 入間さんが呟きながら歩いているのを聞いた。

 ぼくの席の左隣には星くんの遺影…… そして、右隣に東条さんだ。

 

 いつも主人公がいる位置…… モノクマの真正面に赤松さん。時計周りに夢野さん、王馬くん、茶柱さん、キーボくん、入間さん、最原くん、百田くん、東条さん、ぼく、星くん、春川さん、アンジーさん、真宮寺くん、白銀さん、天海くん、ゴン太くんの順番になっている。

 

 そして、ぼくが席に立った途端フラッシュバックするように、星くんと過ごしたささやかな時間が蘇ってくる。

 

 星竜馬くん。

 生きる目的がないために自分を殺す提案をした彼は、その理由の多くを語ることもないまま死んでしまった。

 いや、殺されてしまったんだ。臆病な、誰かのせいで。

 ぼくはその人を決して許すことができない。今も、そしてきっとこれからも。

 

 彼の過去になにがあったのかも、なにを思ったのかも、ぼくはなにひとつ知らない。

 ぼくができるのは、この学級裁判に挑むことだけ。

 そして、裁判が終わる前までにこの事件をなんとか受け止めることだけだ。

 

 ぼくはもう、分かっている。気がついてしまっている。

 でも、それを認めたくないだけ。

 みんなに任せて、自分の責任から逃れようとしている。

 それはきっと許されない裏切り行為。

 

 それはこの先証明されてしまうだろう。

 この、命懸けの学級裁判で……

 

 

 

 

 

 

―学級裁判 開廷―

 

 

 

 

 

「えー、ではでは! 最初に学級裁判の簡単な説明をしておきましょう。これを何回言うことになるか、今から楽しみです」

「…… この1回で終わらせる!」

「あー、はいはい。そういうのはいいから」

 

 赤松さんにとってだけじゃない。

 みんな、もうこんなのは嫌だとはっきり顔に出ている。

 …… 出ていない人もいるけど。

 

「学級裁判では〝 誰が犯人か? 〟を議論し、その結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおきですが、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は…… クロ以外の全員がおしおきされ、生き残ったクロだけが才囚学園から卒業できます!」

 

 おしおきされても人生からの卒業ができるけどね、なんて皮肉を交えてモノクマが続ける。

 

「ちなみに、誰かに必ず投票してくださいね。投票しない人には…… 死が与えられちゃうんだからね…… というわけで、クレイジーマックスな学級裁判の開幕でーす!」

 

 モノクマは宣言と同時に沈黙。

 ぼくたちはお互いを見回しながらなにを言おうか迷った。

 正直いつ糾弾されるかとビクビクしているので、ぼくからなにか言おうとはとても思えない。

 

「始まっちゃったね……」

「うわー、裁判とか久しぶりだなー」

「あ、経験はあるんだ……」

 

 それに王馬くんは 「そりゃあ悪の総統だから。悪いこともいっぱいやってきてるよ?」 と返事する。

 

 このままではモノクマーズのように話が進まないと思ったのか、百田くんが 「で、なにすりゃーいいんだよ」 と言葉を投げかけた。

 

「裁判なんてやったことないし…… どう進めればいいのか、よく分からないよ」

「あんまりこだわらなくてもいいんじゃないっすか? 裁判って言ってもただの話し合いですし…… この場所に法律はないっす」

「ええ、いわば全員が容疑者であり、弁護士であり、検事であり、裁判員なのよ。それなら、私達のやりかたで進めるしかないわ」

「主は言いました…… 話し合いが大切だと」

 

 人狼ゲームみたいに、自分以外の全員が容疑者だ。

 話し合いでなんとか事件を紐解いて行くしかないんだけど…… やっぱり最初はなにを話していいか分からないよな。

 

「つーか、まどろっこしく考える必要ねーだろ! 犯人さえ分かればいいんだろうが! ならテメーだ香月ィ!」

 

 ああ、うん…… 来るとは、思ってたけれど。

 でも、やっぱり怖いや。指名された瞬間、一斉に注がれる視線にギュッと、自分の腕を握った。

 

「場所は香月の研究教室じゃろ? 香月しかおらんじゃろう」

「夢野さん……」

「まあ、普通に考えたらそうなるよね。夕食の後は誰も見てないらしいし」

 

 裁判前から言っていた夢野さんや、合理的に考えているらしい春川さんも同意してしまう。

 他の場所に視線を振っても、探るような目つきが帰ってくるだけ。

 

「おいおい、いきなりそんなに詰め寄ることはねーだろ! それじゃ話し合いじゃなくて尋問だ」

 

 と、百田くんからの助け舟が出される。

 

「ぼくは、違うよ」

 

 ようやく絞り出した声はやっぱり震えていた。

 

「待って、ちゃんと話し合いをしよう。もう一度、みんなの意見を聞きたい」

 

 冷静な最原くんの言葉に、やっと本格的な学級裁判が始まりを告げる。

 ぼくの席は突如ガタン、と動いてみんなの席の真ん中まで引きずり出された。

 思わず「ひぇ」という情けない言葉が漏れてしまい、慌てて口を塞ぐ。さすがに恥ずかしい。

 

 四方八方からの視線にますます萎縮して涙さえ出てきそうになる。けれど、なんとか堪えて出てきそうな嗚咽も全て飲み込んだ。

 

「…… ぼくは犯人じゃない」

「どうかんがえてもテメーだろうが! 使われた凶器はあのわけ分かんねー実だろ? あれはテメーの所有物だったろーが! そ、それともなんだ? あれをクソチビがケツの穴に詰める趣味があったとか言うんじゃねーだろーなァ!」

「まだあるぞ。死体発見現場は香月の研究教室じゃ。研究教室で犯行ができるのはお主だけじゃ」

「それは違うよ!」

 

 赤松さんが夢野さんに向かって、そう言った。

 

「な、なんじゃ赤松。うちの言葉になにかおかしいところでもあったのか?」

「そうだよ、夢野さん。だって、超高校級の才能の研究教室には〝 鍵なんてかけられない 〟んだから。香月さんじゃなくても犯行は可能だったはずだよ!」

「む、むう? そうじゃったか」

「でも凶器は香月のだろ!」

 

 諭されて不満そうな顔はそのままに一応引き下がる夢野さん。

 けれど入間さんはまだ納得していない。

 ぼくの席もまだ元に戻ってくれない。みんなの真ん中にいるというのは居心地が悪いので早く戻って欲しい。

 

「あれも食堂にあったものだから、取ろうと思えば誰でも取れたはずだ。それに、わざわざ自分に割り当てられた凶器を使っても不利になるだけだから、僕は違うと思う。きっと、誰だってそうするよ」

「ま、まあ…… それは、そうかもしれねーけどぉ……」

 

 決定的な証拠はない。それはぼくもそうだし、他のみんなもそうだ。入間さんだって可能性はあるということ。

 彼女は不承不承といった様子で押し黙った。

 

「……犯人に繋がることは、まだなにもないわね」

 

 東条さんが呟く。

 ここでようやくぼくの席は彼女の隣に戻った。

 少しほっとして息を吐く。

 

「…… それじゃあ、改めて状況整理でも始めようか。みんなの行動が分からないと話し合いもしづらいだろうしネ」

「まあ大体は分かってるよねー」

 

 王馬くんがそこで最原くんと赤松さんに視線を移した。

 自然にみんなの視線も2人に集まる。

 天海くんと白銀さんとピアニストの研究教室を調べたときに分かったことだけれど、深夜の演奏会は寄宿舎の全部屋に放送されていた。

 全員昨日の夜に2人が校舎にいたことは知っているわけだ。

 

「そうだよ、昨日のあれなんなの?」

「あー…… ごめんね。なぜか放送機能が起動してたらしくて、気づかずに演奏してたみたい。改めてごめん」

「僕からも…… よく見れば気づいていたはずだから、ごめん」

「えっ! そんなのあったの!? 超高校級のピアニストの生演奏だなんて贅沢だなー」

 

 2人の謝罪にモノタロウが声を被せるようにして羨ましがる。

 

「ミーのギターと合わせてくれよぉ!」

「グランドピアノとキーボードは違うのよ! 失礼だわ!」

「異色のコラボレーション…… 売れ行きはワイに預けてくれんか? これは、売れるでぇ……」

「……」

「お断りだよ!」

「ガーン!?」

 

 赤松さんはクラシック専門なんだから合わないだろ……

 というかモノクマーズとコラボなんてお金を積まれてもお断りだ。

 ぼくたちをこんな目に遭わせてるやつと仲良くしたいわけがない。

 

「じゃ、じゃあ最後に食堂の前を通ったのは赤松さんたち…… ということになりますか?」

「そうなるけど……」

「夕食の時点でなくなっていたかどうか…… 分かる人はいるかな」

「……」

 

 キーボくんに最原くんが答え、白銀さんが全員に疑問を投げかける。

 けどみんな互いを見回すくらいで、声をあげる人はいない。

 多分、実際にあったかどうかは記憶の片隅にあるくらいで確信が持てないんだと思う。

 ぼくも意識的に見てなかったとは言え、所有者なのに中身の個数を覚えていなかったし。

 

「赤松は常にそれを背負ってるんだから、持って出て行っても最原は分からないんじゃないの?」

「あー、それはね…… 私達は購買部で待ち合わせをしてたんだけど、先に来てたのは最原くんなんだよね。ガチャ回してたし、景品もそれだけたくさんあったから30分くらいはいたんじゃないかなって」

「なんだよク最原! 隠キャだ隠キャだとは思ってたけどよ。そんなチャチなもんがほしいのかよ! オレ様にあんなこと要求しといていいご身分だなぁ?」

「あ、あんなことやそんなことじゃと……」

「そこまでは言ってないと思うよ……」

「最原さん! 入間さんになにをしたんですか!」

「え? え? え? 要求って…… センサー式カメラのことだよね」

 

 予想以上に動揺した最原くんはそう入間さんに返す。

 プチ公開処刑みたいになってるけど最原くんは大丈夫なのかな。

 

「それだ! アレを作れっつったのはテメーらなのに受け取りにも来ないし!事件は起こるし! 朝飯は食えねーし! 最悪だよ! せっかく徹夜したのにぃ!」

「えっと…… なんかごめん」

「うるせぇ! 謝んな!」

「ごめん」

「ああん、話聞いてくれないぃぃ!」

「入間ちゃんのほうがうるさいんだよねー」

 

 ここで2人から改めて首謀者の証拠を取ろうとしていたことを知らされた。

 インスタントカメラをセンサー付きカメラに改造してもらっていたということ。そのために入間さんは徹夜で改造していて、今朝の朝食に現れなかったことを説明した。

 

 

「首謀者ですか…… それはきっと卑劣な男死に違いありませんね!」

「なんで断定的なんじゃ……」

 

 ここまでの流れを見て春川さんはため息を吐き、もう一度赤松さんのリュックを示して 「つまり赤松にビンを持って行くことはできなかったってこと?」 と話題を戻す。

 

「うん。赤松さんが合流してすぐに研究教室に行ったし、帰るときには食堂は閉まっていたよ」

「なら、購買部に入る前に取っても最原は分からないね」

「おいおい春川、あんまり断定するなよ」

「なんで? 犯人を見つけないと全員死ぬんでしょ」

 

 言い争いが始まる。

 よくない流れだ。

 

「…… こうやって誰が怪しい、と話し合ってもイタチごっこになるだけだネ。そこで僕からの提案なんだけど、まずは誰が怪しいかを話し合うより、彼の〝 自殺 〟の可能性も検討するべきだと提唱するヨ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、反射的にぼくは叫んでいた。

 それは止めることができたんだと思う。でも、できなかった。

 ぼくは、それだけは認めるわけにはいかなかったんだ。

 

 「それだけは認めるわけにはいかない!」

 

 荒い息を吐く。

 ぼくはこの耳で聞いたんだから。星くんの意思を。

 

「香月さん…… どうしたんすか?」

「星くんは、死にたいだなんて思ってなかったんだ!」

 

 ぼくの反論ショーダウンに勝ち目は少ない。

 だって、物的証拠なんてないから。

 だけど、やめるわけにはいかない。

 

 だから、だから、お願いだから……

 ぼくの話を聞いてくれ!

 

 

 

 

 

 




 「最初の反論は次の被害者」なんてジンクスはなかったんだ…… いいね?


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学級裁判②

, 

 

 

 

「それだけは認めるわけにはいかない!」

 

 反射的だったせいか、すんなりとそんな言葉が口から飛び出していた。

 今までの怯えと緊張が嘘のように鎮まっている。嫌に冷静だ。

 だからこそぼくの反論が絶対に通らないことは分かっている。

 

 背中に冷たい汗が流れていった。

 

「香月さん…… どうしたんすか?」

 

 天海くんも冷静だ。

 彼は突然大声を出したぼくを落ち着かせようとしているだけなんだろうけど、ぼくはそれに食ってかかる。

 星くんの〝自殺〟説を提唱しだしたのは真宮寺くんだけど、彼は面白いものを見るようにぼくと天海くんを観察している。口出しするつもりはないようだった。

 

「星くんは、死にたいだなんて思ってなかったんだ!」

 

 ぼくが叫んだ瞬間、モノクマがなにやら操作して2つの席が向かい合うように動いた。

 ぼくと、天海くんの席だった。モノクマの目にもぼくらがやるべきだと映ったんだろう。

 

 絶対に勝てない反論ショーダウンの、始まりだ。

 

 

 

 

 

― 反論ショーダウン 開始 ―

 

 

 

 

 

「ぼくは聞いたんだよ! 星くんの意思を!」

「ま、待ってください。香月さん、少し落ち着くっす」

「ぼくは落ち着いてるよ、このうえなくね!」

 

 これでは埒があかない。

 天海くんは顎に手を当てて少し考えると、こちらをじっと見つめた。

 

「…… いったいどうしたんすか?」

「ぼくはね……」

 

 あのときの自由時間を思い出す。

 彼に無理を言って、一緒に動物映像を見た。

 その事実を言うのは少し恥ずかしいけれど、あれが暖かい記憶であることは真実なんだ。

 

「一昨日…… ここに来て4日目の午後に彼と一緒に動物の映像を見たんだよ」

「そのときに言ってたんだ」

 

 ―― 「俺にはもうなにも残っていない。生きる意味ってやつもな……」

 

 思い出すのは死にたいわけではないぜと目を伏せる星くんの姿。

 こんな姿を見られたら、きっとなにをムキになっているんだと呆れられるんだろうなと夢想する。

 

「ぼくは彼の過去を知らないけど、彼が囚人になったあと無気力になってしまったということは聞いたよ。〝 生きる目的 〟を失ってしまったって」

「それは…… 痛ましいことっすけど、星くんの真意は彼自身にしか分からないっすよね」

 

 

― 発展 ―

 

「うっ、でもぼくはちゃんと本人から聞いたんだよ?」

 

 明らかに動揺したのが伝わったのか、天海くんはこれを好機にとぼくの話に切り込んでくる。

 

「〝 生きる理由がない 〟イコール〝 死にたい 〟ってことではないんだってば!」

「でも、星くんが皆の前で〝 俺を殺せばいい 〟と言ったのも事実っすよ」

 

 天海くんは苦い顔でぼくにそう告げる。

 ぼくに強く真実を突きつけるのを躊躇っているのかもしれない。

 

「それは…… そうだけど。でもぼくが話を聞いたのも真実だ!」

「もしかしたら、今夜がタイムリミットだから星君は追い詰められていたのかもしれないっすよ。香月さんが聞いたのも、俺たちが例の話を聞いたのも今日じゃないっす。心変わりは幾らでもありえることっすよ」

「……」

「それに……」

 

 天海くんは相当言い渋っていたけれど、ぼくと対面させられているのは彼だ。言うしかなかったんだと思う。ぼくの心を、折るために。

 

「香月さん、星くんの話を聞いたのは…… キミしかいないんす」

 

 それは、やはり証拠がないという事実。

 みんなを納得させきれないという真実。

 そして、ぼく自身の敗北。

 

 周囲を見ても、信じ切れるほどの人はいないようだ。

 赤松さんも最原くんも申し訳なさそうに眉を寄せている。精々自殺じゃない可能性も考慮はするという程度。

 きっとこの反論は、ぼくが捨てた〝 ビニールテープ 〟さえあれば解決したんだろう。

 彼の死に、彼以外の誰かが関わっていることを示唆している決定的な証拠はあれしかない。

 ティーセットは2つじゃなかったし、証拠としては弱い。

 圧倒的に自分の首を絞めている。

 でも、あれを出したらぼくが…… いや、けれどもう既に現物はない。

 どちらにせよ、もう遅い。これを言ってもみんなが見ていない以上妄言と一緒だ。

 ぼくが反論できることなんて、もうない。

 

「…… ごめん、熱くなりすぎた」

 

 引き下がるしかない。

 

「で、でも自殺じゃない可能性も検討したほうがいいのは確かだよ。議論を狭めるのは致命的になり得るから」

 

 そこに助け舟を出してくれたのは、最原くんだった。

 探偵らしい見方で指摘をしてくれる。

 

「議論に行き詰まるまでは自殺を前提に進めてみてもいいけど……」

 

 帽子を深く被り、彼はぼくから視線を外す。まるで見られたくないとでもいうように。

 ぼくも、きっと酷い顔をしているだろう。今だけはみんなを睨みつけてしまいそうになる。だから目を伏せた。

 

「…… えっと、とにかく話を続けようよ! そうしたらきっと真相も分かるって!」

 

 赤松さんが意識してか大きな声で沈んだ空気を切り裂いた。

 そうしてようやく学級裁判の議論が再び動き出す。

 

「一応確認なんだけど…… 〝他殺の可能性〟はあるのかな? その…… 自殺のほうが可能性が高いのは分かってるんだけどね、地味に、気になるっていうか……」

「だからそれはねーっつってんだろ! ぐるぐるぐるぐる、ハムスターの回し車じゃねーんだぞ!?」

 

 白銀さんの言葉に顔をあげる。

 彼女はぼくに少しだけ視線を移動すると、困ったように首を傾げた。

 ぼくのためだ。彼女は、ぼくのフォローをしてくれている。

 でも、申し訳なさが先に立ってしまってぼくはなにも言えない。

 入間さんの言葉にもなにも言い返せなかった。同じ話を繰り返しているのは事実だ。

 

「えーっとぉ、一応転子もあのカップとお皿は気になってたんですけど……」

「あれは1人分だけだったから、可能性は薄いと思うヨ」

「争った形跡も特になかったからねー」

「え? でもバケツは転がってたよね」

 

 王馬くんの言葉にゴン太くんが返す。

 確かに、底にも表面にも水が溜まっていなかったバケツは星くんのすぐそばに倒されていた。

 

「あれは星ちゃんが倒れたとき一緒に倒しちゃったものって可能性もあるよ?〝 毒を飲んで死んだ 〟んならそれもあり得るでしょ」

「それは違うっすよ。そもそも、本当に毒で死んだかは分からないっす」

「おいおい天海、なに言ってんだ!」

「また他殺説ですか? その反論をしたのはキミでしょう? …… 確かに気になるところはありますけど」

 

 百田くんが驚き、キーボくんが呆れを含ませて言うけど、天海くんは首を振って 「違うっすよ」 と答える。

 

「…… 毒じゃない死因があるって言いたいの?」

 

 春川さんが彼を見つめる。

 

「それは、僕も少し思ってたよ。気になることもあるし」

 

 そして、最原くんがそれにだ同意したことで議論は進む。

 

「あっ! もしかしてモノクマファイルに違和感があるって言ってたやつ?」

「う、うん…… ずっと気にはなってたんだけど、確信が持てなくて。それで、今の天海くんの言葉でやっと分かったんだ」

「教えてちょうだい、2人共。なにが分かったのかしら」

 

 東条さんの促しで天海くんと最原くんが互いを見る。

 アイコンタクトだったようで、すぐに天海くんが説明を開始した。

 

「モノクマファイルの内容は覚えてるっすよね?」

 

 …… モノクマファイル1

 被害者は星竜馬

 現場は植物園内、超高校級のアロマセラピストの研究教室である。

 死亡推定時刻は午前6時半頃。

 死体発見時刻は午前8時54分。

 

 超高校級のアロマセラピストの研究教室中央付近で仰向けに昏倒、そのまま長期間経過により死亡したものと思われる。

 毒物摂取の可能性があるが、外傷は特に見当たらない。

 

「…… だったね」

 

 赤松さんが真っ先にモノパッドを起動し、読み上げてみせた。

 よく通る声で分かりやすい。それから彼女は今度は最原くんに話の続きを促すように目線を送る。

 

「注目してほしいのは、死因のところだよ。昏倒したあと、〝 そのまま長期間経過により死亡 〟…… 普通に考えたら毒が死因だと思うけど、妙に言い回しが回りくどいと思わない?」

「毒殺なら毒による死亡って書けばいいだけっす。そこがずっと気になってたんすよね」

「言われてみれば、確かに妙ですね」

「だ、男死のことを真に受けるのも癪ですけど、改めて見ると違和感はありますね……」

 

 みんな、ぼくが最初に思ったことに辿り着いたようだ。

 ぼくは過去作を知っているが故のメタ推理に近いから分かったけど、きっとなにも知らずにこの学級裁判に挑んでいたら言われるまで分からなかっただろう。

 そこまで穿った考えかたができるのは、きっといろんな可能性を考えられる人だけだ。

 

「長期間経過ってなんだろねー?」

「毒で弱ったまま長期間経過すれば普通に死ぬじゃろ。考えすぎではないのか?」

「ねえ、香月。全然喋らないけどさ、ベラドンナの毒性くらいは話せるよね。なんの症状が出るか覚えてるなら言って」

「あ、えっと……」

 

 唐突に春川さんから話を振られて少し言い澱む。

 それからもう1度天海くんたちに説明したように口を開いた。

 

「えっと、嘔吐、散瞳、交感神経系の麻痺だね。体がピンと張って全身麻痺になることもあるよ。散瞳っていうのは、瞳孔が開いちゃう症状のこと。ただ、麻痺も散瞳も確認しようがないんだよ。死んだら瞳孔は開くし、死後硬直で麻痺してたかどうかも分からない」

 

 これだけはスラスラと言えた。

 さすがにこれで言い淀んでいたらみんなの迷惑になる。

 

「あ、あとね…… 恐らく彼が飲んだであろうカップのお茶は、香りからしてラベンダーティーだった。ラベンダーは睡眠導入の効果があるよ」

「ふーん、麻痺もして、昏倒しやすいようにラベンダーティーも飲んで、自殺なら準備周到だね」

 

 春川さんの指摘にうっ、と声がでる。

 自分自身でさらに自殺説の説得力を増してしまったみたいだ。

 本格的に、他人が関与した唯一で決定的な証拠を消してしまったことが痛手になっている。

 

「毒っつったらそんなもんか。毒はいくつ減ってたんだ?かなりの量あったよな」

「食堂には3つくらいビンがあったネ。結構入っているように見えたけど……」

 

 百田くんに「ひとビンに〝 10個 〟だよ」と返す。

 

「結局あの実ってどのくらい食べるとアウトなの? 1粒でも死んじゃうくらいやばいものなの? 香月ちゃん、その説明は朝食会でしてないでしょ?」

 

 王馬くんからの質問にも 「大人ならひとビンくらい摂取しないと死には至らないけど……」 と返し、続いて星くんくらいの体の大きさなら3つで十分と、言おうとした。

 そう、言おうとしたんだけど…… その声は天海くんに遮られた。

 

「子供なら3つあれば致死量らしいっすけど、ベラドンナは〝 体の大きさは関係ないらしい 〟んで、毒で死にきれたとは言いきれないっすね」

「えっ?」

 

 思わず天海くんを見ると、平然とした顔で〝 嘘 〟をついていた。

 ぼくが教えたときは致死量だと判断していたはずだし、彼が理解していないわけがない。

 ならこれは意図的な〝 嘘 〟だ。

 彼がなにを言いたいのか。それは彼自身が言っている。

 天海くんはきっと毒殺を否定したいんだと思う。

 嘘を吐くことで別の可能性だけに注目させて、議論を発展させようとしているんだ。

 そして天海くんの思惑通りか、死因についての本格的な議論に入っていく。

 

「じゃあなにが死因だっつーんだ!」

 

 百田くんが我慢ならないという風に席を叩いた。

 それからはみんなが口々に例えを挙げていった。

 

「いや、〝 毒殺 〟じゃろ……」

〝 撲殺 〟とかですか?」

「あっ、地味に〝 絞殺 〟とか?服装に隠れて見えなかったのかも」

「それなら自殺じゃなくなっちゃうでしょ」

「もう確認できないことだしネ」

「誰かに〝 誘導された 〟とかー? どーだろー」

「毒で自殺以外になにがあんだよ。もう〝 事故 〟くらいしかねーんじゃねーか?」

「普通じゃ考えられない死因ってことですかね……」

 

 上から夢野さん、キーボくん、白銀さん、春川さん、真宮寺くん、アンジーさん、入間さん、茶柱さんだった。

 

「僕は〝 溺死 〟だと思う」

 

 そして、最原くん。

 

「俺は入間さんと最原くんに同意したいっすね」

「えっ!? お、オレ様かよぉ!?」

「えっと、事故と溺死? え、溺死なの?」

 

 赤松さんが混乱したように問いかける。

 当たり前のように他のみんなも驚き、そしてありえないと口にした。

 そりゃそうだよね。室内で溺死なんて、ありえない。

 でもそれを言っているのは天海くんと、探偵である最原くんだ。

 それだけで妙な説得力がある。でも、納得なんてできるわけがない。

 

「待て待て最原! どういうことだそりゃあ! 室内だぞ!? しかも水道からは離れてるし、水も張ってねー。池なら植物園にあったけどよ、まさか星が死んだ場所は別だっていうのか?」

「事件現場が別の場所だっていうのなら、それもありえなくはないけどネ」

「じゃあ次は死体を移動したか、してないかの問題だねー」

 

 王馬くんは腕を頭の後ろで組みながら呑気に喋る。

 まるでここまでの展開は読めてたと言い出しそうな雰囲気だ。はったりの可能性もあるけど、なんでそうするのか分からないし意味が分からない。

 もしかしたら本当に楽観的な姿勢になってるだけかもしれないけど。

 

「扉は鍵がかからないものね。星君ならほとんどの人が苦もなく運べてしまうと思うわ」

〝 怪我もしてない 〟んだっけ。だったら運んでも分からないよね。それくらいならゴン太も分かるよ」

「なら、〝 池で殺したあとに移動した 〟ということですか?」

「それは違うよ!」

 

 茶柱さんの言葉に赤松さんが反論する。

 

「さっきまで言ってた自殺ならそれはありえなくなるし、たとえ他殺でもそれなら毒はどこに行っちゃったの? 星くんの手足は麻痺してるみたいに張ってたんだし、死後硬直にしてもあんなに手足をピンと伸ばしたまま死ぬわけないよ! 絶対抵抗するはずだよ!」

「自殺との関連性を考えるのなら、抵抗を見せなくてもおかしくはないけどネ……」

「抵抗する気がなくても体の反射で暴れることはあるでしょ」

「あれ? 春川ちゃんってそんなことも知ってるんだね。保育士なのに怪しいなー」

「は?」

「主は言いました。今は喧嘩するときではないと」

 

 雰囲気がますます悪くなったけど、なんとかアンジーさんが場を収束してくれた。

 

「それこそ、ラベンダーティー飲んで毒で麻痺と昏睡状態にしてから溺死したなら、ああなるんじゃないかな」

「そうなると自殺の線は薄くなるんじゃが……」

「どちらの線も追えばいいんすよ。1番辻褄の合う話を見つけなくちゃいけないんすから」

 

 あらゆる線を追う…… まるで本当に人狼ゲームみたいだ。

 ただ、必ず正解を突き止めないといけない点が違うだけ。失敗が許されないから、慎重に議論を重ねないといけない。

 

 えっと、他殺の場合は……

 毒で昏睡状態にしたあと、外の池で溺死させ、ぼくの研究教室に移動させておくパターンだ。

 

「でもね、溺死させられたなら星くんの顔周辺の服が濡れていないとおかしいよ。抵抗しなくても、水に押し込めば少しは濡れるはずだ。時間が経っていても濡れたあとなら服の状態でなんとなく分かるし」

 

 さすがは探偵。見る場所が違うな。

 それなら池で殺してから移動させたという説はちょっと難しい。

 

 自殺の場合は…… 自殺の場合は……

 

「自殺はやっぱありえないだろ。池で溺死したところで香月の研究教室にいる意味が分からねー」

「…… 1つだけ、部屋の中で溺死する方法があるっす」

 

 議題だけ提供してみんなの議論を眺めていた天海くんが最後に宣言した。

 最原くんも異論はないようでしばし迷ったようにしてから、ぼくを見る。

 

「香月さん、あの研究教室は雨漏りするんだったよね?」

 

 来てほしくなかったその質問に、ぼくは言葉を失った。

 ますますありえないというみんなの声が耳を通り過ぎていく。

 

 最原くんたちが同意した〝 自殺 〟と、〝 事故 〟

 それは正しい。

 

 でも、でも、それなら、ぼくはとんでもないことをしてしまったことになる。

 

 全部、ぼくのせいだ。

 星くんが死んだのは、ぼくのせいなんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回! 議論スクラム!

 …… みんな泪を疑いすぎてパニック議論が発生しなかったのでキーボのファンやめます(嘘)


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学級裁判③

 

 ???

 

 視聴者様を楽しませるのが の役目なんだ。

 そう、昔の みたいに、皆にも楽しんでもらわなくちゃ。

 人と話すのが苦手だった はもう、どこにもいないんだから。

 

 そう〝設定〟したんだから!

 

 首謀者もトリックスターも……

 全部のものだ!

 

 

 

 

 

 

 

「香月さん、あの研究教室は雨漏りするんだったよね?」

 

 来てほしくなかったその質問に、ぼくは言葉を失った。

 ますますありえないというみんなの声が耳を通り過ぎていく。

 

 最原くんたちが同意した〝 自殺 〟と、〝 事故 〟

 それは正しい。

 

 でも、でも、それなら、ぼくはとんでもないことをしてしまったことになる。

 

 全部、ぼくのせいだ。

 ぼくのせいなんだ。

 

 最初から分かっていた。ただそれを認めたくなかっただけで。

 

「香月さん、答えてくれないかな?」

 

 最原くんがぼくを急かす。

 その言葉はどこか呆れているようで、ますます言葉が詰まってしまい声が出てこない。

 

「僕も赤松さんも、君の研究教室には何度かお邪魔したけど…… 確か雨漏りするって言ってたよね?」

 

 そんなこと話したっけなとか、話してないとしたら誰かに聞いたのかなとか、会話を聞かれていたりしたのかなとか、詳しい記憶を呼び起こすことかできなくて目が回る。

 彼らに情報共有していたかどうかさえも覚えていなくて、混乱した。

 

「雨漏りは、するよ。モノクマーズたちが、言ってたし…… ぼく自身も、見たから。一回の散水で、バケツ一杯になるくらい大量の雨漏りがあるんだ」

「やっぱり、そうなんだね」

 

 最原くんは最初から分かっていたかのように頷いた。

 まるで点と点を繋げるための確認作業。

 

「ってちょっと待てェ!」

 

 黙るぼくたちに、百田くんが大声をあげる。

 溺死の話題で出てきた〝 雨漏り 〟という言葉に、誰もが理解が追いついていないところに発された声だった。

 

「最原! テメーはなにを言いたいんだ!? まさか、雨漏り程度で溺死したって言いてーのかよ!?」

 

 百田くんの言葉に最原くんは答えずに俯いた。

 

「そのまさかっすよ」

 

 その代わりに天海くんが答える。

 

「星くんが毒を飲んで自殺を図った。それも真実っす。でも、そこにきっと不幸な事故が起こってしまったんすよ」

 

 天海くんはぼくを見つめていた。まるでぼくを哀れむように。

 そう、彼にはもうこの事件は紐解かれている。本当の意味で事件の全容を掴めているのはきっとぼくだけだけれど。

 なにせ、この事件を解こうとするのなら証拠が圧倒的に足りないから。

 この事件は誰かの陰謀が働いている。それに天海くんは辿り着けていないだろう。けれど、少なくとも〝 ぼくのせい 〟だってことは知っているんだ。

 だから、ぼくが〝 しでかしてしまったこと 〟も彼には分かっている。

 

 ぼくがあんなことを頼まなければ…… よかったんだ。

 

「詳しく教えてちょうだい、どうしてそう言えるのかを」

 

 しばらく話していなかった東条さんが口を開く。

 その声は毅然としていて、乱れ1つない。

 聡明な彼女のことだから、最原くんたちの言葉である程度事態は把握しているだろうに。

 

「雨漏りって…… そんなのありえないでしょ」

「…… でも人間ってコップ一杯の水でも溺死するらしいし、案外あるかもしれないよ?」

 

 春川さんの言葉を王馬くんが否定する。

 そういえば、ぼくが植物園の池で驚かされたときにそんなことを言われたっけ。

 だからと言って、彼が全て分かって言っていたわけじゃないと思う。

 これは裁判序盤の言動から察しただけだから、なんとも言えないけど。はじめの彼は毒殺だと思っていたみたいだから、恐らく偶然だろう。

 

「確かに、雨漏りの量はすごかったみたいだけど…… さすがにそれはないんじゃないかな」

「う、うん…… 白銀さんの言う通り、現実的じゃないと思う」

 

 ぼくが白銀さんの言葉に頷き、天海くんを見つめるとそっと見つめ返される。責められているわけではない。

 彼は、知っているのに否定していたいぼくを哀れんでいる。

 でも、今のぼくには味方がたくさんいるんだ。

 

「溺死するほど素直に水を飲むわけないじゃろ。ありえん」

「あいつが水攻めなんてマニアックな性癖持ってたってか!? な、なにそれぇ…… 水中ファックがいいとか百戦錬磨のオレ様でも」

「入間さん!」

「ふぁいっ! なっなんだよぉ…… いきなり怒鳴るなよぉ」

 

 

 百田くん、春川さん、白銀さん、夢野さん、入間さん。

 

「しょせん男死の言うことですし、信じられるわけないじゃないですか!その可能性を提示するならもっと説得力を持たせてくださいよ」

「ごめん、ゴン太は分からないよ…… 雨で死んじゃうなんてこと、あるの?」

 

 茶柱さんに、ゴン太くん。そしてぼく。

 8人の人間が雨漏りによる溺死を否定した。

 しかし、残る8人はどうも肯定派となってしまうようだ。

 まずはじめに溺死の事故の可能性を提唱した最原くんに、天海くん。最原くんの推理を間近で聴いていたらしい赤松さん。

 コップ1杯の水でも死ぬからと主張する王馬くん。

 

「本当に、彼は溺死だと思うのね?最原君」

「うん、そうだよ東条さん」

「……」

 

 考え込む仕草をする東条さんに、ぼくは目を向ける。

 否定派に回ってほしくて。でも、彼女もぼくを見つめてからそっと目を伏せた。

 それを見て、彼女が肯定派に回ってしまったことを悟る。

 なんてことだ。彼女には溺死を否定してほしかったというのに。

 

「主は言いました。竜馬は不運だったと」

「証拠を見ないとなんとも言えないけど、最原君がここまで自信を持って言うことに興味があるヨ」

 

 真宮寺くんも、あちら側。

 他のみんなのことも興味深く見ているようだけど、彼は理詰めで動いているみたいだからほぼ中立といってもいいかもしれない。

 

「探偵の最原クンの言うことですから、ボクも信用してみていいんじゃないかと思います。状況は揃っていたと思いますし」

 

 キーボくんも溺死に肯定的だ。

 これで意見が綺麗に真っ二つに割れてしまったこととなる。

 

「いや、困ったっすね。ちょうど8人ずつで別れてるっす」

「議論を重ねるにしても、これはお互いの説得から入らないとなんともならないね」

「これから、どうしよっか」

 

 天海くんの言葉に最原くんと赤松さんが返事する。

 そうして、ここでようやくモノクマが喋り出した。

 

「ちょっと待ったー! 別れてる? つまり意見が真っ二つに割れているということですね?」

 

 長らくだんまりを決め込んでいたモノクマに全員が不審な目を向ける。

 

「お父ちゃん! ということはアレをやるんだね!」

「あー、アレやな。アレアレ」

「アレよね! 待ってたわ!」

「ヘルイェー! アレをするときがついにやってきやがったんだー!」

「……」

「…… ところで、アレってなんだっけ?」

 

 って、忘れてるのかよ!

 

「んあー、よくある現象じゃな…… こう、この辺まで出てきとるんじゃ」

「あー、ありますねそういうこと。って、夢野さん! 乗っかっちゃダメですよ!」

「そうそう、あいつらのお仲間にお似合いなのは夢野ちゃんじゃなくてキー坊だしね」

「ちょっと! ボクをあんなオモチャと一緒にしないでください!」

「多分…… 問題はそこじゃないと思うよ……」

 

 ぼくが思うに、ロボット差別を1番しているのはキーボくん自身なんじゃないかな。

 自分のことはよく棚に上げて、モノクマーズたちをバカにしているような気もするし…… 実際、モノクマーズたちがモノクマ側じゃなければかなり可愛い部類だと思うよ。

 人型ロボットよりもクマ型ロボットのほうが可愛いのは道理だよな。

 

「もー! オマエラ話が進まないでしょー!」

「わー! お父ちゃんごめんなさいー!」

「ごめんよお父ちゃーん!」

「お、お父やん! せ、せやから怒らんといて!」

「もう邪魔はしないわ!」

「……」

 

 次々と謝罪の合唱が響き、モノクマが 「許す!」 と大きな声で宣言する。

 モノクマーズはそれを聞くとホッとしたように口を閉じた。

 それからモノクマは全員に注目されながらコホンと1つ咳払いすると続きを話し始める。

 

「意見が真っ二つに割れたということなら、この学園長にお任せあれ! 我が才囚学園が誇る〝 変形裁判場 〟の出番ですね!」

 

 その言葉に入間さんが 「変形だぁ?」 と返す。

 そして 「なんかいじくりまわされてると思ったらそれかよ」 と呆れたように言った。

 彼女はどうやらこの機能に気づいていたらしい。

 裁判中も席が動いていたし、今回のダンガンロンパはだいぶ豪華仕様みたいだ。

 お金かかってそうだね。

 

「えっ? 裁判場が変形するの!? マジで!? 見たい見たい!」

「変形と合体と宇宙と覗きは男のロマンだからなぁ!」

「…… 地味にドリルは入ってないのかな?」

「あなたと合体したいってかァ! とうとう直球で来やがったな大口野郎!」

「百田くん……」

「これだから男死は」

「入間さんも大概だと、僕は進言しておくヨ」

 

 これには赤松さんもドン引きだ。

 ぼくもそういう下ネタは苦手なので思わず苦い顔になってしまった。

 そして視線を移動させた先で、百田くんの言葉に最原くんが顔を赤くして頭を振っていたのは見なかったことにしよう。

 線の細い彼も、男の子ということだな。今後話すのは少し控えよう。

 

 

「さーて盛り上がって参りました! レッツコンバイン!」

「ちょっ」

 

 白銀さんが止める間も無くモノクマが席のスイッチを押すと、巨大な歯車のようなものが彼の前に現れる。

 そこに掛け声とともにキーを挿入した

 

「グレンラガンなのにコンバトラーV!? 混ざりすぎだよ!」

 

 そんな彼女の悲鳴があがるなか裁判場の縁が仄青く光り、次々と席が浮かび上がる。そして落ちてしまいそうな高さまで上がり、この議論から逃れることはできないと思い知らされる。

 肯定派、否定派に席が別々に動き、ぼくたちは2つに別れることとなった。

 

「さあ、思いっきり意見をぶつけ合ってくださいね! 議題はズバリ〝 雨漏りで溺死するか、しないか 〟です! 交互に意見を交わして気持ちよく論破しちゃってくださいね!」

 

 

 

 

 

 

CAUTION!CAUTION!CAUTION!

 

 

― 議論スクラム 開始 ―

 

 

CAUTION!CAUTION!CAUTION!

 

 

 

 

 

 最初に口火を切ったのは否定派の夢野さんだった。

 

「いくらなんでも〝 雨漏り 〟で溺死なんて話が飛躍しすぎじゃぞ!」

「なら、〝 雨漏り 〟で溜まるはずの水はどこに行ったんすかね。バケツは倒れて、床もバケツの中身も乾いてたんすよ」

 

 そして天海くんが現場の証拠を例にそれを否定する。

 

「えっと、なら〝 犯人 〟が水を捨てたとか……」

〝 犯人 〟ですか? 星クンは自殺だったんじゃないんですか?」

 

 白銀さんの言葉をキーボくんが否定する。

 

「ベラドンナの毒は致死量じゃなかったんだろ? それで〝 昏倒 〟なんかするのか?」

「星くんの体勢を見る限り、麻痺していたとしか思えないよ。〝 昏倒 〟したままだったとしてもおかしくない」

 

 百田くんに赤松さんが斬り返す。

 

〝 溺死 〟した根拠なんて出てきてないでしょ」

「星くんの口元に水が流れた跡があったんだ。それこそが〝 溺死 〟した根拠だ」

 

 春川さんに最原くんが根拠を提示する。

 この劣勢の中でぼくは精一杯大きな声で反論しようとする。

 泣きそうな震えた情けない声になってしまうが、なにも言わないよりもずっとマシだった。

 

「水の中に沈められたわけでもないのに〝 死 〟ぬわけないじゃないか!」

「裁判前に言ったでしょ? 香月ちゃん、人間ってコップ一杯の水でも〝 死 〟んじゃうんだ」

 

 全てを否定され、溺死肯定派に押し切られる。

 ぼくたちは無理矢理にでも納得するしかなかった。

 

 

「これが僕たちの答えだ!」

 

 

 ぼくは呆然と席が元に戻って行くのを見守る。なにもできなかった。

 負けた。その事実が胸に重くのしかかる。

 発言した人数はそう多くなかったが、議論を続けるまでもなくぼくたちが負けたとモノクマが判断したのだろう。

 まだ、まだやれると叫びたかったけど、もう声は出てこなかった。

 グッと噛み締めると口の中が少しだけ切れて血の味が広がる。

 ぼくはやっぱりなんにもできやしない。

 

「…… 結局、最原君はこう言いたいのね。星君はラベンダーティーを飲み、ベラドンナを摂取し、そして自殺を図った。けれど、それで死にきる前に溺死したと」

 

 東条さんが冷静に言う。

 相変わらず凛とした立ち居振る舞いだった。

 やめて。やめてよ、と口を開いても声は出てこない。

 きみがその結論に気づいてしまうなんてことほど、残酷なことはないんだから。

 

「…… モノクマ、自殺の場合クロは誰ってことになるんだ?」

 

 最原くんが帽子を深く被ってモノクマに質問する。

 するとモノクマはお決まりのように明るく言った。

 

「そりゃあ自分で自分を殺したんだから、クロは被害者自身だよね!」

「…… ねえ、その場合投票するのは被害者自身なの?」

 

 モノクマの答えにハッとした赤松さんが震える声で質問を重ねる。

 

Exactly(その通りでございます)! 被害者を死に至らしめた〝 原因 〟を作った人間がクロになるのです!」

「更に質問っすけど、共犯の場合はどうなるんすか?」

「実行犯だけクロということになるよ。共犯者として一緒に卒業することはできないから注意してね!」

 

 モノクマが残酷な真実を突きつける。

 認めたくなかった真実はもうすぐそこに迫りつつあった。

 

 ああ、嫌だ。嫌だ、聞きたくない。

 

「…………」

 

 長い長い沈黙を経て、〝 彼女 〟が美しい所作で目を伏せる。

 そして、誰よりも早く口に出した。

 

 

 

「私が、クロなのね」

 

 

 

 ―― 星竜馬くん。

 生きる目的がないために自分を殺す提案をした彼は、その理由の多くを語ることもないまま死んでしまった。

 いや、殺されてしまったんだ。臆病な、誰かのせいで。

 ぼくはその人を決して許すことができない。今も、そしてきっとこれからも。

 

 

 

 その臆病者は、ぼくだ。ぼくなんだ。

 彼女じゃない。ぼくは、ぼく自身を許すことができない。

 

 だってこれから、ぼくのせいで死ぬ人がいる。

 こんなことってある? だからこそ、ぼくは認めたくなんてなかった。別の可能性を何度も考えた。でも結論はやっぱりそういうことで……

 

 ぼくは〝 依頼 〟という形で朝の散水を彼女に代行してもらっていた。

 彼女はそれを快く引き受けてくれた。

 毎日美味しい食事ができたのも彼女のおかげだ。彼女のプライドにかけて食事の安心感が得られた。

 毎日のお礼をした日も、夜に訪ねたのにも関わらず快く迎えてくれて、彼女の少しだけお茶目な一面を知った。

 

 それが今日、壊される。

 

 あと一歩間違えばぼくがクロだった。

 そんなことはもうどうでもいい。いっそぼくがあの立場だったなら幾分か心が楽になったかもしれないのに。

 

 彼女は殺されるんだ。

 間接的であってもなんの間違いもなく、他の誰でもない。

 

 東条斬美さんは、ぼくが殺すんだ。

 ぼくに殺されるんだ。

 

 星くんも、東条さんも、ぼくか殺した。

 

 それがこの裁判で明るみに出た、〝 真実 〟そのものだった。

 

 

 

 

 




 アセビの花言葉は、「献身」「犠牲」「あなたと2人で旅をする」

 『アセビに注ぐにわか雨』
 「献身」を体現した人ににわか雨のように降って湧いた不幸。
 「犠牲」になった人に降り注いだ〝 散水 〟という名のにわか雨。

 そんな意味でつけた1章タイトルでした。

 しんどい。


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学級裁判④

 

 

 それからはもう、なにも覚えていない。

 カッとなって最原くんに 「ぼくのせいだ、彼女は違う」 と泣きながら訴えていたような気もするけど、あまり記憶にない。

 気づけばぼくはこの狭い法廷で泣きじゃくっていて、目の前にある板を見つめていた。

 周りのみんなはそれを見ながら、何事かを叫んでいる。

 モノクマはそれを面白そうに見ていた。

 

 目の前の板には、クロに投票するための画面が映っている。

 東条斬美の画面と、自分の画面を往復しながらぼくはチラリと彼女を見た。

 東条さんはすごく苦しげな表情をしていたけれど、ぼくが見つめていると分かるとすぐに涼しげな表情にそれを変えてしまう。

 彼女が一番不安なはずなのに。

 ぼくのせいなのに。

 

 画面のカウントダウンが30秒を切ってもなお動かずにいたら、ぼくは誰かに正面から肩を掴まれていた。

 

「生きてください」

「え……」

 

 正面には、天海くんか真剣な表情でぼくを見据えていた。

 

「キミは東条さんに責任を押し付けるつもりっすか?」

「……」

 

 それはどういうことだ、と質問を返す前にぼくの体は思い切り揺さぶられる。

 

「本来クロになるはずだったのは自分だから死んだほうがマシって言いたいんすよね。でも、その罪悪感で投票放棄して死んだら、香月さんの死は東条さんのせいになるっすよ。それでいいんすか? キミは彼女に責任を押しつけるんすか?」

「……」

 

 目の前が押し流された水でいっぱいになる。

 画面は残り10秒を切っている。

 

 ぼくは、震える指で自分自身に投票した。

 

「……」

 

 その画面をチラと見て天海くんはため息を吐いたけど、 「その気持ちは変わらないんすね」 と納得したように呟く。

 

「…… うん」

 

 最後の投票が終わると、モノクマが 「惜しい! あと少しだったね!」 と煽りを入れる。それから、定型文のようにあとの台詞を続けた。

 

「さて、投票が終わったようですね。それでは、さっそく結果発表にいきましょう」

 

 モノクマがボタン1つで操作すると裁判場の頭上から大きなモニターが降りてくる。「結果発表」と画面に出たあと、みんなのドット絵と一緒に投票数が表示された。

 

 

 赤松

 天海

 入間

 王馬

 香月 |

 キーボ

 獄原

 最原

 白銀

 真宮寺

 茶柱

 東条 | | | | | | | | | | | | | | |

 春川

 星

 百田

 夢野

 夜長

 

 

「投票の結果、クロとなるのは誰か!? その答えは正解なのか不正解なのかー!?」

 

 結果発表画面が切り替わり、電子ルーレットが表示される。

 これもお馴染みなようで、みんなのドットが描かれていた。

 それが東条さんのところで止まり、ルーレット中央に彼女のドットが浮かび上がる。

 

「アーハッハッハッハ!」

 

 モノクマの高笑いと共に、ルーレットからたくさんのメダルが排出される映像が流れ、途中でぷっつりと途切れた。

 結果発表が終わったからか、またモノクマがボタン1つで操作してモニターは元の場所に戻っていく。

 次にモノクマが話しだすまで全員沈痛な表情で黙り込んでいた。

 

「1人諦めの悪い裏切り者がいたみたいだけど、もちろん大正解でーす!星竜馬クンを殺したクロは、〝 超高校級のメイド 〟東条斬美さんなのでしたー! うぷぷ、よかったね。不正解者をおしおきしないシステムでさ」

 

 ぐっと歯噛みする。

 確かに、不正解者が死ぬ仕様ならぼくは自分自身に投票しなかっただろう。あれはただの自己満足だ。

 

「裏切りって……」

「ん? 深い意味はないよ。でも事実だよね。香月さんは隠し事も多いし」

「……」

 

 白銀さんの疑問の声に応えたモノクマがこちらを見る。

 全て把握されている。やっぱりどこかに監視カメラでもあるんだろう。だからぼくが隠したことも、とある推測をしていることにも気づいているんだ。

 ぼくはやつからそっと視線を外して俯く。

 

 どこも見たくなかった。

 モノクマも、みんなのことも、そして東条さんのことも。

 

「ごめん、なさい……」

「…… あの、えっと、すみません…… こんなとき、どう言えば分かりませんが……」

「香月ちゃんは悪くないって? 香月ちゃんのせいなのは本当のことでしょ」

 

 茶柱さんの言葉を王馬くんが遮り、ぼくに真実を告げる。

 嘘つきな彼がそんなことを言うってことがなんだか新鮮で、でもどうしようもなく残酷で、息を詰める。

 

「東条ちゃんもなんとか言いなよー。文句のひとつでもさすがにあるでしょ?」

「…… いいえ、ないわ」

「は?」

 

 王馬くんが真顔で固まる。

 東条さんは目を瞑り、僅かな微笑を乗せて言い切っていた。

 けど、さすがにぼくにも分かる。これは嘘だ。

 今から自分が他人のせいで死ぬっていうのに、こんなにも穏やかでいられるはずがない。怒りのひとつでも湧かないはずがない。

 嘘だ。いや、嘘であってくれ。

 彼女の本心を本当にあの表情が表しているだなんて思いたくない。

 これは彼女の仮面。メイドとしての矜持に違いないんだ。

 

「私はただ、依頼を遂行しただけだもの。依頼を果たせないことのほうが、私にとってはなによりもあってはならないことよ」

「東条さん…… ?」

 

 赤松さんが信じられないといった風に表情を歪める。

 それぞれが、それぞれの才能を持って曲げられない部分があるというのは理解できる。でも、ぼくには分からない。そこまでして彼女がメイドであろうとすることに。

 

「なんで…… ? 死ぬんだよ? ぼくのせいで死ぬんだよ? 恨んでよ、憎んでよ、怒ってよ! 恨み言のひとつぐらい言ってくれないと、ぼくは……」

「……」

「ああ、そっか、そういうこと」

 

 王馬くんが勝手に納得して頷く。

 なにに納得したのかは分からないけど、ぼくはそれどころじゃなかった。

 女子のみんなはなんと声をかけていいのか分からずに押し黙っているし、男子のみんなもやはりなにを言っても慰めにも救いにもならないと分かっているだろう。

 彼らにはこの状況はどうしようもないんだ。

 だって……

 

「香月さんの救いになれるのは、東条さんの言葉だけだからネ」

 

 真宮寺くんの言った言葉にハッとする。

 

「香月ちゃんは自分が救われたいだけでしょ? 東条ちゃんに責められれば、キミはやっぱり自分が悪かったんだって納得しちゃうよね?その気持ちに整理がついちゃうわけだ。だってキミは自分を誰かに責めてほしいんだからさ」

「この場合、許されるほうが何倍も残酷だね」

 

 王馬くんの言葉に春川さんが繋げる。

 

 まさかと思って東条さんを見ても、穏やかな表情はなにひとつ変わらない。

 これが彼女なりの意趣返しなのか、それとも偶然なのかは分からない。

 ただ、ぼくは〝 許されたくなかった 〟

 なのに許されてやりきれない、やり場のない気持ちが吐き出されずに苦しんでいる。

 

「おいテメーら、あんまり責めるな。んなことしても起こっちまったモンは取り返せねーんだよ。テメーもだ香月」

「うちらも、一歩間違えばこうなってたのか…… ?」

「竜馬が楽しいところにいけるようにお祈りしよー。ナムアミダブツ」

「ケッ、M月のほうがよっぽどやべーじゃねーかよ」

「悲しい…… 事故だったね……」

 

 違う。これは意図されて起きた殺人だ。

 スイッチとなった人は東条さんだけど、これは仕組まれていたことなんだ。

 そう叫びたくとも、証拠がないのだからただの言い訳となってしまう。言えるはずがなかった。

 

 最原くんのクライマックス推理では、星くんがベラドンナを持ち出しておき、早朝ぼくの研究教室で比較的穏やかに死ねるようラベンダーティーを飲んでから自殺を図った。そして、昏倒したときバケツを倒し、口や鼻の位置が雨漏りと最悪なマッチングをしてしまった事故だ…… という話だった。

 

 けれど、ぼくが思い描いている事件の真相はこうだ。

 誰か…… この場合このコロシアイの首謀者は星くんを呼び出し、ラベンダーティーを飲ませ、なんらかの手段で持ち出したベラドンナを食べさせた。

 言いくるめたのか、ビニールテープで名前を覆い隠して本当にハスカップと誤認させたのか。それとも、自分自身の死を願うその人の思惑に気づいた星くんが自ら摂取したのか。

 様々なパターンが考えられるけど、どれかのはずだ。

 そうして身体麻痺を起こして昏倒した星くんを仰向けにし、口を開かせる。喉を突き出すように…… 例えると、人工呼吸をするときのような気道を確保する態勢に固定した。

 そして、雨漏りする位置に星くんを動かしてその場を去る。

 そうすれば朝の散水で確実に彼は溺死することとなるんだ。

 だから犯行時刻は深夜ではなく、早朝の可能性もある。

 昏倒と麻痺が継続している時間に事件が起こらなければこの計画は完遂されないからだ。

 

 これがぼくが危惧していた事件の真相。

 でも、第三者…… 首謀者と思われる人物が残した唯一の証拠は自分自身で処分してしまったから、その真相は闇の中。

 実際、首謀者の関与が判明してもクロが東条さんというのは変わらない。

 事件がなかなか起きないことで焦った首謀者によるマッチポンプ。

 そんな気がしているが、これを知っているのは今のところぼくだけだ。

 そう、これを知っているのはぼくだけ。

 なら、次からはぼくがなんとか首謀者を見つけ出さないと。

 裏で動いて、首謀者を見つけて…… そうすれば許される? なんて、また自分勝手なことを。

 やっぱりぼくは臆病者の卑怯者だ。

 

「責任を取って死にたがるなんて、ボクには理解できませんね。合理的じゃありません」

「うわー、さすがロボ。心無い発言だよー」

「失礼な! ボクにだって心ある発言くらいできますよ! キミたちが感動するような言葉も計算すれば可能です! 原稿用紙に書いて提出すればいいんですか!」

「そういうとこがKYなんじゃ。やはりロボはロボじゃな」

「KY…… って、なに?」

「空気読めない…… って言っても分からないよね。うん、ゴン太君は純粋なんだね…… 地味に眩しいよ」

「ロボット差別はやめてください! 空気くらい読めます! 窒素78.08%、酸素20.95%、アルゴン……」

「うわー、すっごくベタなロボ発言だー」

 

 めちゃくちゃ引いた顔で王馬くんが言った。あれ、デジャブ…… ?

 みんなのやりとりは本当に空気読めてないけど、少し和んだ。ありがとう。

 

 そして、少し目を離していた隙に東条さんがみんなから離れた位置にいることに気づく。

 

「あ、東条…… さん」

「香月さん、クッキー美味しかったわ。みんなで作ったお菓子って、あんなに甘いのね」

「東条さん……」

「謝らないで。私の運が悪かっただけだわ。だからあなたは謝らないで」

「怖くないの…… ?」

「怖くない、わけではないわ。でもなぜかしら、不思議と落ち着いていられるの」

 

 東条さんはずっと目を瞑ったまま、穏やかな表情で話し続ける。

 

「…… 依頼を最後まで完遂することができなくて、ごめんなさい。メイド失格ね」

「そんなことない! そんなことないよ…… 東条さんはメイドらしすぎるくらいで、すごく感謝してて、でも、ぼくなにも返せてない。なにも返せてないよ!」

「あなたからは、充分もらったわ」

「やだよ。嫌だよ。依頼を果たせてないって言うなら、逃げて! 生きて! お願いだから!」

「……」

 

 ぼくの懇願も、彼女は終始穏やかなまま首を振った。

 穏やかな表情はポーカーフェイス。そうとしか思えなくて、最後までぼくは彼女を気遣わせてしまうのかと無力さに狂わされて、手を伸ばしても彼女には届く気すらしなくて…… タイムリミットを迎えた。

 

「はーい、そこまで!」

「モノクマ……」

 

 最原くんがモノクマを帽子を深くかぶって睨む。

 彼にはモノクマの言う意味がいち早く理解できたみたいだった。

 

「おい、そこまでって、どういうことだよ」

「文字通りですよ! ここからはおしおきの時間。とっておきのサイコーにクールな処刑を執り行うのです!」

 

 モノクマが 「なに言ってんの?」 と言いたげな顔で告げると、外野で騒いでいたモノクマーズも出番が来たと思ったのか(はや)し立てはじめる。

 

「よっ、待ってたでぇ!」

「ヘルイェー! グチャグチャドロドロなおしおきタイムだー!」

「お楽しみタイムだねー!」

「ぐ、グチャグチャドロドロ…… うっぷ、デロデロデロデロ」

「わー! モノファニーが吐いたー!」

「……」

 

 緑のモノダムは相変わらず喋らないけど。

 

「しょ、処刑ですか!?」

「本当にやるの…… ?」

 

 茶柱さんと赤松さんは顔を青くして訴える。

 けれど、モノクマはなんでもないかのように 「当たり前じゃーん!」 と笑った。

 

「ぼくは嘘つきじゃないクマだからね! 学級裁判のルールは遵守。これ絶対だよ!」

 

 だけど、そんなモノクマたちの前に百田くんが歩み出ていく。

 

「ん、どうしたの?」

「んなの、やらせるわけねーだろうが! 力ずくでも止めてやる!」

「ゴン太も守るよ! 東条さんは殺させない!」

「…… 機械相手にどこまで通じるかは分かりませんが、やってみるだけの価値はありますね!」

 

 それに続いてゴン太くんも、茶柱さんもモノクマーズたちがいつの間にか呼んでいたエグイサルに立ち向かっていった。

 けどエグイサルは殺人兵器だし、モノクマに危害を加えたら校則違反で殺されてしまう。

 ぼくも彼女を処刑させたくない。けど、無茶無謀をしようと思えるほどの勇気だって持ち合わせていなかった。

 

「…… ねえ、みんな」

 

 そんな、一触即発の空気の中東条さんが靴音高くエグイサルに近づいていく。

 

「私に、依頼してちょうだい。お願いじゃなくて、依頼を。〝 生きて 、もう一度貴方たちに奉仕しろ〟って」

「それって…… ?」

 

 その言葉は、彼女自身の 「生きていたい」 という本音だったのかもしれない。

 他人に生き方を依存している彼女は、依頼を受けることで何倍もの力を出せる。頑張れる。そんな人なのかもしれない。

 だからぼくは言った。

 

「生きて、生きて、それでもう一度東条さんのご飯を食べさせて!」

 

 それからはほとんどみんなが次々に彼女へと声をかけた。

 声援と、一縷の望みを賭けて。

 

「そんなロボぶっ壊しちゃえ! ママならできるよ!」

「…… ママとは言わないでちょうだい、王馬君」

 

 そんな些細なやりとりすら希望になった。

 

「みんなの依頼、引き受けるわ。難しいけれど、精一杯やることを約束する。必ず貴方たちの元に戻ることを約束するわね」

 

 遂行できる依頼しか受けないという彼女は、そんな無茶苦茶な依頼を引き受けた。

 限りなく不可能に近いのに、本人も可能性はすごく低いと理解しているはずなのに。

 だからこそ、そこには彼女の覚悟が見て取れた。

 

 彼女がスカートを摘み、礼をする。

 モノクマーズたちがその動きに戸惑っていると、彼女はヘッドドレスについたヘアピンを全て抜き取り―― すぐさま投擲した。

 

 モノクマーズたちが乗り込む前だったので、エグイサルは無防備だった。

 小さなヘアピンは胸部の動力部らしきところに吸い込まれていき、不吉な音を立てる。

 モノキッドが素早くエグイサルに乗って彼女を捕まえようとしたけれど、今度は手袋についていたシルバーリングを引きちぎり、捕まる前にエグイサルの関節部に投擲。致命的な箇所へ挟まったリングで関節が動かなくなった。

 最初に攻撃したエグイサルイエローは煙を上げてショートしてしまったことが分かる。

 武器も持っていないのに、彼女はエグイサルを一体無力化し、さらにもう一体もほとんど動かせない状態に陥らせてしまった。

 

 国の滅亡すら依頼される〝 超高校級のメイド 〟の、その片鱗を見せつけられてモノタロウたちが焦る。

 けどモノクマは特になにも言わない。子供たちの失敗も静観している。なにかがおかしい。そう思ったとき、モノクマの赤い左目がキラリと光る。

 その目はまっすぐにぼくを向いていて、ぼくは猛烈に嫌な予感に襲われた。

 

「クロが覚悟ガンギマリしてたらおしおきで絶望してくれないよね! ということで裏切り者にもお手伝いしてもらいましょう!」

「え…… ?」

 

 気づけばぼくは孤立していた。

 当たり前だ。みんなからは結構遠巻きに見られていたから。

 だから、誰もぼくに手を出せない。

 つまり、誰もぼくを助ける人間がいなかった。

 

「ここやー!」

 

 なにか硬いものが押し付けられたと思ったら、腰に走った激しい痛みと、明滅する視界に立っていられずに崩れ落ちる。

 バチッという激しい音に、あの痛みは電流によるものかと落ちそうになる混濁した意識で分析した。

 恐らくスタンガン。まずいと思っても痺れてしまって動けない。さらには意識もどこかへ行ってしまいそうで……

 

 覚えのあるこの状況に恐怖心が芽生えた。

 

「香月さん!? モノクマ、処刑対象は私だけのはずでしょう!」

「〝 おしおき 〟はそうだね。でも、おしおきってクロを絶望させるためのものだからさ、あんまり張り切ってもらっちゃうと困るんだよね」

 

 エグイサル2体を倒した彼女はすぐさまこちらへ向かってくる。

 もちろん茶柱さんやゴン太くんも向かってくる。

 全員がエグイサルや東条さんから目を離していた。

 

「それでは前座も済んだし、張り切っていきましょう! おしおきターイム!」

 

 モノクマが嬉しそうに木槌でボタンを叩くと、天井の彼方から首輪が降ってきた。

 それは正確に東条さんを捉え、そして、あっと思ったときには彼女は連れさらわれていた。完全に不意打ちだったんだろう。彼女はぼくに気を取られ、隙をさらけ出していた。

 モノクマは人の隙を突く行為が機械的に上手かった。きっと、そう。

 

 そして同時にぼくも、モノタロウの乗った無事なエグイサルレッドに担がれ、天井をぶち破るように運ばれる。

 天井は長い長いエレベーターでも分かっていたことだけれど、とてつもなく高い。

 しかし、その頂上のハッチが開き外に出る。

 そして、校舎の2階…… まだ見知らぬエリアにぼくたちは放り込まれた。

 

 

 

 

 

 

超高校級のメイド おしおき

 

『Silverware』

 

 

 

 

 

 ぼくはシャンデリアの下がった豪奢な部屋に座らせられていた。

 それも部屋の中央に置かれたテーブルクロスの敷かれた綺麗なテーブル。

 壁にも燭台があるけれど、目の前のテーブルにも蝋燭が灯りとして置かれていて、これまた豪華な料理がズラッと並べられている。ぼくはテーブルの左端に座らせられ、腕や足が椅子に固定され、拘束された。そして隣…… 真ん中にはモノクマ。その隣には蝋人形らしきものが座らせられている。

 そしてぼくの左側…… テーブル端のすぐ近くに柱が下からせり上がってきて、首輪で連れ去られた東条さんが憔悴しきった様子で体を拘束された。

 

 これからなにが起こるのか、と血の気が引いていくのを感じながら辺りを見回す。

 するとモノクマが突然目の前にある料理に文句をつけ始めた。そしてその文句はエスカレートしていき、磔にされて動けない東条さんに向かって料理ごと皿を叩きつける。

 額や頬に陶器の当たる鈍い音がして、彼女の白い肌が破片で切り裂かれる。

 そんな姿を見たくなくてぼくが目を背けると、テーブルクロスに隠れていたモノスケがちょうど出てくる場面を目撃する。

 そして、あからさまに 「毒です」 と主張するドクロマークの瓶を無事な料理に振りかけ始める。

 モノクマの目の前で行われているけど気づく様子もなく、モノスケはそのまま部屋から出て行く。

 とんだ大根役者だけど、目の前で毒を盛られたのを見たぼくたちには驚異でしかなかった。

 

 そんなやりとりをしているうちに今度は執事服を無理矢理着たモノキッドが現れ、毒入りの料理を掬ってぼくの口に押しつけてきた。

 ぼくがそれを首を振って拒否すると、今度は東条さんに押しつける。

 ぼくがそれを心配して目を向けると、再び体に電流が走る。

 しまったと思ったときには遅かった。

 思わず開けた口に迷いなく放り込まれたスープをいくらか飲み込んでしまい、むせる。

 そしてそんなぼくを見て口を開けた彼女にも毒が放り込まれた。

 

「げほっ、げほっ、う」

 

 顔色が悪くなっていくのが分かる。

 頭の中が混濁する。さらに体は麻痺しているし、服は溢れたスープでグチャグチャだ。

 味見役だったんだろう。東条さんに注ぎ込まれた料理をモノクマが満足そうに食べて、テーブルに倒れる。蝋人形らしきものもぽっきりと折れてテーブルの上に転がると、燭台の火が燃え移った。

 味見のさせかたが大分無理矢理だったけど、これはメイドとしての彼女を貶めるための演出か、最悪だ。

 

 巨大なロウに火がつき、それはテーブルクロスを伝って床に伝播する。

 モノキッドが慌てて消そうとするけど、火はますます大きくなる。

 とうとうモノキッドは諦めて部屋から出て行った。

 おまけに鍵を閉める音までした。

 

 …… 気がついたら拘束が解かれていて、ぼくはそのまま床に倒れこむ。情けないことに、未だに痺れが継続していた。

 ああ、このまま死ぬのかな…… 当然のバチだな…… そんなことを思っていたら、うつ伏せに倒れるぼくを持ち上げる手があった。

 

「大丈夫よ」

 

 大丈夫なんかないじゃないか。

 自分自身が1番苦しいはずなのに。どうしてそこまできみは強くなれるの?

 ぼくなんて見捨てればいいのに。

 どうしてきみはそんなに気丈に振る舞えるんだよ。

 

 腰と足に腕を回され、いわゆるお姫様抱っこの状態で彼女は走る。

 そんなことをしたら毒が早く回ってしまう。でも、タイムリミットを設けられても東条さんは決して諦めなかった。

 部屋の奥に続く場所を走り、走り…… ぼくの研究教室にあった散水装置とそっくりなものと、電子盤を発見する。

 

 その横には扉があり、出口はすぐそこといった状況だ。

 東条さんは散水装置は罠と判断し、放置。電子盤のほうを注視した。電子盤には様々な数字が表示されている。

 彼女はふう、と息をついてから真剣な表情でその電子盤を操作し始めた。

 一旦壁に背を預ける形でぼくを下ろすと、彼女はハッキングに近い形でそれを解析し、キーを解除する。

 そして実行ボタンを押し、鍵の開く音がした。

 

「すごい……」

 

 けれど、ここで終わったらそれはおしおきではなかったろう。

 ほっとしたところで、ぼくのすぐそばにポタリとなにかが落ちてきて床を焼いた。

 瞑目する。

 それにいち早く気づいたのは東条さんだった。

 僅かな時間を置いて、それが起きる。

 開錠とともに散水装置が連動するようになっていたのかもしれない。

 

 東条さんは鍵が開いているのにも関わらずドアが開かないことを確認し、直後ぼくの上に覆いかぶさった。

 

 そして、文字通りの酸性雨が降り注ぐ。

 床や天井を舐める火はそれを受けて勢いを弱めるけど、抱きしめられたぼくの足を焼く酸の音や、それ以上に東条さんを焼き尽くす音がすぐ間近に響いてどうでもよくなった。

 

「どいて! どいてよ東条さん! 東条さん!」

 

 悲鳴染みた叫び声が聞き入れられることは、とうとうなかった。

 モノクマたちによる消防隊のサイレンが響き、室内が消火活動によって鎮火する。

 けれど、消火活動の水も加えてびしょ濡れになった東条さんは、もう2度と起き上がることはなかった。

 

「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで……」

 

 動かない彼女の体を、やっと動くようになった体で抱きしめ返す。

 あの毒は、どうやら死ぬほどのものが盛られたわけではなかったみたいだ。

 

「こんなことなら、いっそ死ねればよかったんだ」

 

 彼女が生きていたほうが、きっとみんなの支えになったのに。

 助けられたぼくは自殺することもできない。

 救われた命を捨てるほど、薄情じゃない。

 でも、どうしても、きみのほうが生きているのに相応しかったよと、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

     ◼︎◼︎◻︎◼︎◼︎ 

     ◼︎ ◻︎

 

アセビに注ぐにわか雨

       ◻︎          

 

非日常編 終
     

 

残り15人

 

 

 

 

 

 

献身的なカチューシャを手に入れた!

 

アセビの花言葉…… 「献身」 「犠牲」 「あなたと2人で旅をする」




 これにて第1章 「アセビに注ぐにわか雨」 は終了となります!

 動機ビデオを見ていない東条さんはきっとこんな感じなのでしょう、という願望にすぎませんが…… 「どのようなことになろうとも、人に尽くすのがメイドというもの」というようなことを自己紹介で言っているので、あんな壮大な依頼の途中でなければ穏やかに振る舞うんじゃないかなあ…… と思って書きました。
 クールで瀟洒な彼女が好きです。某メイドさんも若干意識して書きましたが、ナイフは持っていなさそうなので公式絵からそれっぽいものを代用。戦闘力も高そうですし。
あと、おしおきの場所は「超高校級のメイドの研究教室」です。
天海くんの研究教室のように、今後は締め切られて入れなくなりますので。


 さて、クロ当て企画に参加してくださった〝 ★黒星★ 〟様、〝 181Aの電流 〟様、ありがとうございました!
 お2人ともクロのみ正解です。事故という結論は突拍子もなかったかもされませんね。
 王馬くんの 「コップ一杯で人は死ぬ」 発言を拾ってくださって嬉しかったです。
 よろしければまた2章もお付き合いくださいませ!

 また、首謀者特定の推理のためになる 「要素」 は全て散りばめられております。

※ 公式設定資料に則った主人公のプロファイリングを「活動報告」にて投稿いたしました。興味のある方はそちらもご覧くださいませ。


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― 心の隙間にまつり縫い ―
目覚まし時計はもういらない


 

 

 ―― 待ち惚けになったぼくは駅前でぼうっとしていた。

 そこにお洒落で高級そうな服を着た友人が、やっとのことで到着する。

 予定時刻から1時間…… これでもいつもよりはマシだ。

 

「もう、また遅刻?」

「いやー、ごめんね泪。寝坊しちゃって」

「いつも寝坊してくるんだから…… ぼくも最近だと約束したい時間の30分以上前に設定して言ってるんだけど」

 

 だから実際には30分くらいしか待っていない。

 昔はもっと待たされた。

 

「え、そうだったの? ごめんなさいね」

幸那(ゆきな)も執事の人とかに起こされてるんじゃないの? なんでそれでぼくよりも遅いんだよ」

「だって、アタシで下がらせてしまうんだもの。自力で起きるから下がってなさいって。どうも寝起きが悪いみたい」

「ちょっと羨ましいよ……」

「泪は早起きしないと危ないものね」

「ま、まあ…… うん」

 

 歯切れ悪く返事をしても、彼女は気を悪くすることなくぼくの頭を撫でる。

 あの人たちが起きる前に支度して、慌てて家を出ないといけないから。いつもぼくは待ち合わせ前も暇を持て余している。

 

「いっそ迎えに来てくれてもいいのよ?」

「無理だよ…… ぼくなんかがきみのお屋敷に入れると思う? きみがどう思われるか」

「むう、アタシは気にしないのに」

「ぼくが気にするんだよ」

 

 幸那はわりとお嬢様だ。

 だから、本当はぼくと友達でいることだってよくない。

 だけど、ぼくが拒絶したところで彼女は友達になるのに家のことは関係ないと言う。本当に、これでいいのかって何度も悩んだけど、でもやっぱりぼくは彼女に甘えてしまうんだ。

 ぼくは、あの日常から助け出してくれた幸那にめっぽう弱いのだ。

 

「それじゃ、行きましょうか」

「あ!? それで誤魔化されないよ!」

「あら、ダメだったわね。それじゃあなにがいい?」

「…… 出先のアイス」

「じゃあ、お詫びはそれにしましょう」

 

 意識が浮上する。

 まるで上から懐中電灯でも当てられているかのような、眩しい光。

 ぼくは堪え難いそれに身じろぎをひとつして、ぐっと体を抱きしめる。

 それから、ゆっくりと瞼を開いた。

 

 

「…… 寝坊しやすかったのは、ぼくじゃ、ない?」

 

 からからに乾いた喉で声を出す。

 億劫に思いながらも起き上がり、洗面台の鏡の前に立つ。

 

「ひどい、顔だな」

 

 自嘲するように笑う。

 目元にはくっきりとしたクマと、泣いたあとがはっきりと分かるような腫れが主張し、心なしか目が赤い。

 そういえば目覚まし時計は、と確認してみて二度見した。

 現在午前6時。ぼくが設定した時間の2時間も前である。

 変な夢見のせいもあるのだろうかと首を捻りつつ、別の制服に着替えて前のをゴミ袋に突っ込んだ。

 おしおきで汚れたまま、白銀さんに抱えられて部屋に放り込まれたので、そのまま寝てしまったんだ。

 

 起きてみて、握りしめて離さなかったヘッドドレスの存在に初めて気がついた。抜け出した後のベッドに乗ったそれに溜め息をついて、再び手に持つ。

 また胸に込み上がるものがあったが、それを無理矢理押しとどめて乱暴に拭った。

 部屋にあるラックに丁寧にそれを飾って、目を逸らした。

 

 それから、外に出る。

 まだ食堂は開いていない。なら、こんな時間に起きたことだし、研究教室に行こう。

 そう思ってのことだった。

 

 早朝は少し寒い。

 植物園の中を歩いて、大きく一周する。一度棺のところで立ち止まり、ぼくはその中に入ってみた。

 

「あ、結構落ち着くかも……」

 

 なぜだかは分からないけれど、そんな感じがする。

 最初にぼくがいたのがこの場所だった。暗い棺の中、考える。

 星くんはちゃんと埋葬されただろうか。ダンガンロンパの無印では死体を保管する場所があったけど、他のシリーズではあんまり注目されていない。

 死んだ2人はどこに行ってしまったんだろう。

 この棺の中のように居心地のいいところならいいのだけど。

 

 …… って、これじゃあまるでぼくが死んだことあるみたいじゃないか。

 

 なんてこと考えてるんだ。

 起き上がってすぐに棺から出る。

 研究教室に行かなくちゃ。

 

「誰にも会いたくない……」

 

 多分一部の人はぼくを許すだろうし、一部の人は許さない。

 でも、きっと仕方なかったのだとみんな思うだろう。

 だって、いろいろと裁判で妨害したとはいえ、ぼくはただ東条さんに散水の代行を頼んでいただけなのだから。

 裁判を妨害していたのだって、それをいち早く気づいて認めたくなかったからだ。

 普通は同情的に映るものだ。

 

 その実態は、ただの嘘吐きな卑怯者なのだけど。

 

 首謀者への片道切符はこのぼくしか持っていない。

 まあ、あの事件に関わった戦犯とも言える第三者が本当に首謀者かどうかは確定してないのだが。

 

 不確定要素は多い。探すことも、考えることも多い。

 ビンに貼られていたビニールテープは見つけにくい場所にあった。

 実際、ぼくは最原くんに教えられるまで見つけることができなかったし…… 首謀者なら倉庫の中身くらい把握してるだろうからビニールテープくらい簡単に用意できる。

 

 だからと言ってはなんだけど、最原くんにも少し相談しづらくなったかな。

 探偵枠だから大丈夫だとは思いたいけど、今までのシリーズに探偵がクロになったり首謀者になったりする展開がなかったから、今回で初投入という可能性もある。

 最原くんと赤松さんからは距離を開けたい。

 

 後は信用したい…… と思ってる天海くんと白銀さんは、保留。

 王馬くんは少なくともゲームを楽しんでいるようで楽しんでいない微妙な状態だから分からないし、あの人に本心を打ち明けるのは危険だ。普通に拡散してきそうな気もするし、しない気もする。どっちに転ぶか分からない。

 

 茶柱さんやゴン太くんは、言えば秘密を守りそうだけど…… 茶柱さんは不安にさせちゃいそうだし、ゴン太くんはわりとあっさり懐柔されて話しそう。

 アンジーさんは…… 思いっきりぼくが宗教勧誘に引っかかりそうだからやめておきたい。今理想の神様像でも出されたら落ちる自信がある。

 

 夢野さんと入間さんはぼくを疑いまくっているので論外。

 真宮寺くんはなんか、2人きりになるのは危険な気がする。

 百田くんは励ましてくれそうだけど、大声でぼくの辿り着いた推論を話し出しそうだ…… 口は堅いんだろうけど、ある意味信用がない。

 春川さんは相談するのには向いてなさそう。というかみんなに言いなよ、で切って捨てられそうだ。

 

 キーボくんは…… ロボットに相談しても、なあ。

 

 うん、相談はできないな。

 そもそも弱みを人に晒すことのほうが危険だ。

 多少単独行動することで安全を確保できるなら、それに越したことはない。

 

 研究教室に着き、散水装置を動かそうとして気がつく。

 いつの間にかタイマーセットができるようになっていた。

 

「いまさら……」

 

 いや、モノクマのことだからきっとあの雨漏り自体が凶器だったんだろう。今回、あんな分かりにくいものが利用されたということは、やはり第三者が首謀者であるという分かりやすい証拠にしかなり得ない。

 みんなでした会議では、ぼくの研究教室と赤松さんの研究教室の凶器は不明ということになっていたんだから。

 

 とにかく、散水をすぐさま開始して研究教室に入る。

 中は何事もなかったかのように元に戻っていた。元々争った形跡もなかったが、出しっ放しだった皿やカップ、転がっていたバケツ…… もちろん死体なんか残ってない。

 

 棚のアロマオイルもいつもの通り。

 そして、隠していたトリカブトは……

 

「あれ?」

 

 なんとなく、足りない気がする…… ?

 でも、誰にも言っていないから相談するわけにはいかないしな…… トリカブトが誰かの手に渡っている可能性も考慮しつつ、なんとかやっていくしかないか。

 あとは散水が終わってから燃やしてしまおう。

 椅子に座って、黙ってアロマを炊く。

 オレンジ・スイートとグレープフルーツの柑橘類を中心に混ぜたアロマオイルを部屋中に充満させる。柑橘系のアロマは基本的に鎮静作用が強く、心を落ち着かせる効果がある…… はずだ。

 

 そうして無心で持ち込んでいた羊毛フェルト生地を針で刺していった。

 

 時間が来て、忘れないうちに植物園の水場でトリカブトを燃やす。

 そうしたらすかさず研究教室に戻り、また羊毛フェルトをちくちくと作業する。

 時間も忘れ、なにげに初めて見るはずの朝の放送をスルーし、扉がノックされても延々と大好きなアロマで満たされた空間で作業に勤しむ。

 アロマ漬けのまま集中していないと、やる気や生きる気力までも欠落していきそうだったからだ。

 入間さんじゃないけど、いっそぶっ飛んじゃうようなアロマでも作ってやろうかな。ぼくなら、きっとできるし…… いや、なに考えてるんだ。馬鹿か。そんな絶望堕ちみたいなことになったら首謀者が喜ぶに決まってる!

 

「って、首謀者関係ないならやってるみたいなこと思ってるよぼく……」

 

 それに、作られているとはいえ自分の才能を悪用するのは憚られる。

 元々好きな分野だったということもあって、好きなものは悪用したくないと思うのは普通だろう。

 赤松さんもピアノ演奏を悪用するようなことは絶対になさそうだし、入間さんは…… 精神的に弱ってなければ、好きなように好きに発明するだけだろうな。殺人兵器も作れそうだけど、その分それに対抗できる装置も作れそう。作ってくれればの話だけど。

 

「…… 生きなくちゃ」

 

 星くんが言ったように、生きる理由が生きる権利よりも重要だというのなら…… ぼくの生きる理由は〝 東条さん、星くんのために 〟だ。

 自分のための生きる理由は、見失ってしまった。

 だから、今のところは誰かに生きる理由を依存させてもらおうと思う。そうすれば、また見失うことはない。

 

「…… ん?」

 

 作業がひと段落して2つのぬいぐるみがテーブルの上に並んだ頃、扉をノックする音が響く。

 時計を見れば、時間は既に9時を過ぎていた。

 充満していたアロマも随分と薄くなっている。長いこと集中しすぎたみたいだ。

 こんな時間まで食堂にいかなければ、誰かが探しに来るのも当たり前か。

 もしかしたら、既に自殺してるんじゃないかなんて言われていたりして。そうしたら最速で第2回学級裁判だな、と自嘲する。

 

「はーい……」

 

 小声で返事して扉を開けると、そこには白銀さんがいた。

 

「……」

「……」

 

 えっと……?

 

「白銀さ……」

 

 ぼくの言葉は最後まで出てこなかった。

 次の瞬間には視界が白銀さんでいっぱいになって、なにも見えなくなってしまったからだ。

 というか、その、当たってる。当たってるって!

 

「よかった! 部屋に行ってみても返事はないし、食堂にも来ないから…… 心配してたんだよ! 食事も地味に喉を通らないし…… 途中で抜けてきて、今天海くんは植物園の中を回ってるんだよ……」

「白銀さん…… ちょっと……」

 

 抱きしめられてしまって、頭が埋まっている。なににとは言わないけど。ブレザーで目立たなかったけど、白銀さんもすごいね、うん。

 心配してくれていたのは嬉しいんだけど、いろいろと複雑だ。

 感極まって泣いちゃってるし…… やっぱり自殺しそうって思われてたのかな。

 

「…… ごめんね、ちょっと落ち着きたくて」

「ううん、そうだよね…… あんなことがあった後だし、心の整理は必要だよね…… 天海くんも一通り回ったらここに来るから、待ってようか」

 

 白銀さん用の椅子を出して隣に座る。

 すると、白銀さんはぼくの作っていたものを見て押し黙った。

 

「…… えっと、おかしいよね、やっぱり」

 

 作っていたのは、星くん、東条さん。死んだ2人のぬいぐるみと天海くん、白銀さんのが作りかけ。自分を模したぬいぐるみは作っているとノイローゼにでもなりそうだから作らないつもりだ。

 

「ううん、ちゃんと偲んでいる人って、表向きだと少ないからすごいと思うよ。きっと、みんな2人のことは思ってると思う…… けど、それより、おしおきの恐ろしさのほうが勝っちゃってるから…… そればっかり考えちゃってるんだよ。まだ、コロシアイは続いてるみたいだから」

 

 そっか、あんなもの見せられたら偲ぶ余裕なんてなくなっちゃうかもね。

 ぼくは逆になにかしていないと鬱々としそうだから、これをしていたけど…… ていうか、思い出したくない。

 

「あっ、香月さん…… 足、大丈夫?」

「あー、えっと……」

 

 東条さんが庇ってくれたとはいえ、庇われきれなかった場所は酸の雨が直撃している。腕にも目立たないが火傷があるし、足も、ソックスの下は結構派手に焼けている。多分跡も残ってしまうだろう。

 タイトスカートの下…… 太ももの素肌の部分も少し焼けた。目立つことはないし、座っていれば分からないと思う。

 ただし、大浴場があったとしても一緒に入るのは躊躇うだろう。自室のシャワーで十分だ。

 

「もしかして、処置してないの?」

「う、うん……」

 

 だって、治療道具とかもないし、倉庫に行ったら人に会いそうだし。

 頬をかきながら視線を逸らす。気まずい。

 

「はあ、見せて?」

「えっ」

「靴下、脱ごうか」

「えっ」

 

 なにそのマニアックな選択肢!

 

「やだ無理、やだやだ、白銀さんなんて嫌いだ!」

「………………」

 

 いろいろと想起してしまって咄嗟に叫んだ言葉だったけど、思ったよりも衝撃を与えてしまったみたいだ。

 口を開けて愕然としたまま白銀さんがフリーズしてしまった。

 

「ご、ごめん…… そういう、その、入間さんみたいな表現が苦手でっ……」

「…… 入間さんみたいな表現って、地味にひどいね」

「うえ? あ、えっと、ご、ごめ」

「ううん、私も悪かったよ。言いたいことは分かるから、謝らないでね」

「うん……」

 

 やっぱり気まずい。

 同性相手でもやっぱり下ネタはダメなんだな、と再認識した。

 

「あの…… お邪魔っすかね?」

「天海くん!」

 

 いつの間にか扉から天海くんが顔を出していた。

 

「あ、全部周り終えたんだね」

「はい、どうも植物園の中には開放できる場所はないみたいっすね」

 

 天海くんの言葉に聞き覚えがなくて、ぼくは首を傾げて復唱した。

 

「開放できる場所?」

「ああ、食堂の会話は聞いてないっすからね。モノクマーズたちがモノクマからのおつかいを任されてたんす。それで、学園の各所にある不思議なオブジェに渡されたアイテムを使うと新しいエリアに行けるようになるらしいんすよね」

「アイテムは最原くんたちが持ってるんだけど、私たちは香月さんがどこにいるのか探すほうを優先してこっちに来たんだよ…… 私たちが出たときは話が続いてたし、今頃探索し始めてるんじゃないかな。興味ないってことはないんだけど、最原くんと赤松さんなら効率良くエリアの開放ができると思ったから……」

 

 そのついでに、一応植物園を見て回ってたということか。

 正直結構嬉しい。

 

「…… ねえ、香月さん。どうせなら、そのぬいぐるみ全員分作ってみない? 私も手伝うからさ」

「え? …… 白銀さんがよければ、だけど」

「俺も完成したところは見てみたいっすね。全部並べておきたいっす。数日の仲でしたけど、脱出したときに忘れないで持っていきたいっすね」

「…… うん」

 

 2人は別にぬいぐるみが好きなわけではないだろう。

 ぼくを励ましてくれているだけだ。こんなもので、ぼくが精神を支えているから、それに便乗してくれているだけ。

 

 でも、そんな2人も首謀者じゃないという保証はないんだ。

 東条さんを嵌めて、星くんを殺そうとした首謀者は、誰なのか分からない。

 

 2人のことは信じたい。

 信じたいけど…… ぼくは、本当に誰かを信じてもいいのかな。

 信じて、そして裏切られたとしたら…… ぼくは今度こそ、壊れてしまいそうだ。

 

 みんなの才能だって与えられたものなんだろう。

 ぼくの才能もそうだ。元の趣味を極限まで伸ばして才能が無理矢理開花させられている状態。

 この記憶だって、本物かどうか分からない。

 

 だから、自分自身さえも嘘かもしれない恐怖に怯えてる。

 ぼくは、本当にぼくなのかな。

 

 それだけは信じて、いいんだよね?

 

 

 

 

 

   ――――

       |

       心の隙間にまつり縫い ――|

       |

   ――――

 

 

 

 

 




 ラブアパは香月視点 (呼び出されてる方なので設定通りの意識で) と、天海視点 (意図せず呼び出して困惑しながら対処する方) どっちがいいですかね…… どっちもやると、同じ場面を2回やることになるので控えたい次第。
 要望等ありましたら感想ではなくメッセージをお願いします。
(感想ででも構いませんが、規約的に要望のみの感想はお控えくださいませ)

 タイトルコールは暫定。冒頭のはできたのですが、なぜか特殊タグが上手く反映されずこうなりました。


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幸運特化の実力

 ぼくは混乱していた。

 

「なんか、すごいとこっすね」

「一応娯楽…… のためなのかな」

 

 ぼくの目の前には見たくもないピンク色の照明で彩られた石造りの建物。看板には 『Hotel KUMANAMI』 というふざけた名前が描かれている。入口のまえに置いてある看板には 『ご休憩』 『ご宿泊』 の文字。

 正直近づきたくもなかった。

 でも、ぼくは瞬時に察したものの2人は 「ふざけた名前なだけでなにかあるかもしれないし」 と普通に歩き出してしまったんだ。

 だからついて行かざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

「よぉ姉ちゃん。ホンマにこれでええか?」

「きゃ! 良いって言ってるわよ! ねえ、早くしよ?」

「ガッハッハ! 金が物を言わす世の中やで〜!」

「待ってたぜー! 3人でおっ始めるんだ!」

「さ、3人…… 素敵だわぁ! さっそく入りましょ!」

「ギリィッ」

「……」

 

 モノファニーとモノスケとモノキッドがなんか三文芝居をしながらホテルに入っていく。モノキッドがゴテゴテした鍵を使ってたけど、あれがないと入れないとか?

 いや、入る気なんてないけど。いくら重要な証拠があるって言われてもぼくは絶対に行かない。絶対に。

 

「えーっと…… 地味に反応に困るんだけど」

「なんか、生々しいっすね。こんなとこ本当に必要なんすか?」

 

 あ、よかった。天海くんの性格を考えると興味なさそうだけど、第一印象は〝 遊んでそうな人 〟だから…… もし興味あるなら距離を離そうかと思うところだった。

 

「キサマラ高校生の性欲は猿と同等だからなァ! お父ちゃんの厚い気遣いだぜ!」

「あ、戻って来たっす」

 

 いらない、そんな気遣い。

 

「えっと、つまり今夜はお楽しみですねってことかな?」

「そういうことだ! ま、このラブアパートにはとある条件がないと入れないぜェ!」

「がっぽがっぽ稼いだもんしか入れへん場所や!」

「しこしこ用意して頑張ってね!」

「うふふ、アタシたちいいことしてるわ〜」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ごめんね香月さん。こういうの苦手だもんね?」

 

 白銀さんに優しく手を繋がれる。

 いつの間にか彼女のブレザーを掴んでいたみたい。情けない。こんなくだらない下ネタでダウンしちゃうなんて。

 天海くんは 「子供って下ネタ好きっすね」 なんて苦笑しながらぼくの肩を掴んで回れ右をした。白銀さんも方向転換して目指すは反対側のカジノっぽいところだ。

 

 …… ぼくたちは植物園から校舎に帰る前に中庭を一通り回っていたんだけど、その途中でこの場所を見つけたんだ。

 校舎からまっすぐ行って階段を降りれば植物園の入り口だけど、藤棚のある道を左に曲がってすぐにお城の大きな両扉みたいなものがある場所があった。要するに寄宿舎の正面に見える場所。

 そこはもともと開かなかったんだけど、さっき見たときは六角形のなにかをはめるような穴があったところに六角トランクかつけられていた。

 きっとアイテムを任されたという最原くんが開けたんだと思う。

 その先にあったのがこの、〝 ラブアパート 〟と〝 カジノ 〟だ。

 道中で天海くんからゴン太くんが見つけた謎の文字のこととか聞いていたら、あの毒々しいピンクの照明を見て硬直してしまった。

 そして、さっきのことが起こる…… と。

 我ながら情けないなと自嘲して白銀さんの手を離す。

 

「ごめん、もう大丈夫だよ」

「そっか」

 

 ちょっと残念そうな顔をしていたけど、ぼくはうじうじしてちゃいけない。あんまり依存すると万が一裏切られたときに再起不能になりそうだから。ないって思いたいけど。

 とにかく、ぼくらはラブアパートのことはなかったことにしてカジノの中に入って見た。

 

 そこには既にモノスケがいて、ホールの真ん中に立っている。

 

「ワイがここのオーナーや! よろしゅう」

 

 煌びやかな内装を見渡し、モノスケを無視して3人で見て回る。

 どうやら正面がモノクマメダルをカジノメダルに換金するところみたいだ。

 その隣にはこじんまりとした景品交換所がある。

 中にはいろいろある。シルバーピアスなんかは天海くんが好きそうだし、キャリーバッグに白銀さんが目を輝かせているし……

 

「…… 可愛い」

 

 てんとう虫のブローチとテディベアが飾られているのを見て、思わず言葉が出た。

 クロの章なんて名前のえっと、犯罪実録書とかコロシアイ四十六手なんて変なカルタまであるけど、かねがね良いプレゼントアイテムばかりだ。

 あのステンレストレイなんて東条さんが好きそうだし、テニスボールなんてあるよ。2人が喜んでくれそうだなぁ…… なんて考えて途中で頭を振る。

 

 2人はもういない。いないんだ。

 

「…… いいのが結構あるっすね」

「う、うん。そうだね」

「ああ、あれレイヤー御用達の高級キャリーバッグ! すごい、すごいよ! 不思議なくらい衣装やコスメを収納できるから便利なんだよ…… こんなところでも見られるなんて……」

「キサマラ無視するんやない! メダル交換せぇへんぞ!」

 

 しばらくそうして好きなものを眺めていると、モノスケが間に入ってぷんすこ怒りだした。

 天海くんはそれを宥めながらモノスケに 「学園の各所にあるメダルっすよね?」 と訊く。

 

「そうや! そのモノクマメダル1枚につきカジノメダル10枚に交換するのがあの換金所や」

「メダル1枚で…… っすか」

「どうや? キサマラも稼いでいかんか?」

 

 天海くんは少し考えると 「10枚交換してほしいっす」 と言い出した。

 ぼくらはまさか彼が遊ぶために交換するとは思っていなかったから、白銀さんと2人で目を白黒させる。

 天海くんは苦笑しながら 「結構こういうのは好きなんすよ」 と言ってモノスケからメダル100枚を受けとる。それから、なにやらモノスケと話していたと思えば、モノスケは 「ええで!」 と言って手招きしながら地下に降りて行った。

 

「ちょっとだけやってみるっすか」

「え、本当にやるの?」

「ええ、息抜きできるようになるのはいいことっすから」

「じゃあ私は見てるね」

「ぼくも……」

 

 ゲームといってもどんなものがあるか分からないから、上手くできるかの自信はない。

 そうして、ぼくらはモノスケを追うように地下へ降りた。

 

 地下はカジノらしくゲームが置かれているけど、ゲーム自体でカジノらしいものはスロットマシンだけだった。

 他はどちらかというとゲームセンターにありそうなものだ。

 モノモノスロットは見る限り、難易度が分かれてるみたいで一つ星から三つ星まである。

 他は、指定された色の魚を連続ですくい続ける〝 SAKE NO TUKAMIDORI 〟に実際にゲーム機の車に乗りながらするドライブゲームの〝 OUTLAW RUN(アウトローラン) 〟それに、隣接したブロックを効率よく消していく〝 お宝発見! モノリス 〟だ。

 

 サケノツカミドリは本当にすくうわけじゃなく、ちゃんとゲーム機になってるので集中すればなんとかなりそう。

 でも、ドライブゲームはしたことないからなあ。ブロック崩しも正直あまり自信がない。

 

「…… じゃあ、俺はこれをやらせてもらうっす」

 

 天海くんは無難にスロットを選んだ。

 ただし、三つ星の1番難易度が高いと思われるやつだ。恐らく当てたらすごいのだろうけど、初めてなのに大丈夫かな?

 彼は余裕のある表情で椅子に座り、ちょっと猫背のままスロットをいじり始める。

 そしてメダルを7枚入れる。ALL BETだ。

 ますます心配になって後ろから見ていたけど、天海くんは相変わらず落ち着きながらスロットを回す。

 それからしばらく見つめていたと思うとすぐに止める。

 モノタロウで揃っていたのでメダルが20枚増える。

 

「え、いきなり?」

 

 白銀さんの声が漏れた。

 

「はは、ちょっと遊んだことあるだけっすよ。目押しには自信あるっす」

 

 続けて天海くんはモノクマーズを1匹ずつ一通り揃え、1回につき20枚獲得した。

 さらにはなにかの代替となるワイルドを使わずにモノクマーズを完全に揃えてメダルが200枚も出てきた。

 これで400枚近くになったこととなる。10回も行かないのに、すごいや。

 

 天海くんはなおも回す。

 今度は7が全て揃った。メダルが1000枚も出てくる。

 ぼくらはメダルを置く場所がなくなってきて、困った。モノスケが大慌てで追加のボックスを持って来てくれるようだ。

 まるでパチンコ店みたいに天海くんの周りに箱の山ができている。これで失敗してないのがすごすぎるよ。

 

「…… っと、ここまでにするっすか。すぐに景品回収しちゃいましょう」

「すごい、すごいよ天海くん!」

「ゲーセンの勇者になれちゃうよね、これ……」

「絵面は完全にパチスロっすけどね」

 

 結局、天海くんは十数分で3500枚も手に入れてしまった。

 途中からはモノクマーズがメダルの代わりに小切手を渡しながら 「大変だから改造の余地ありだねー」 なんて話しているのを聞いた。

 多分今後はある程度まとまったメダルは小切手に変換されて出てくるようになるだろうな。

 こんなに荒稼ぎされるとは思ってなかったんだと思う。

 

「おんやあ? ダンナ、まだまだダンナはこれからですよ。こうなったらもう全景品をかっぱらうくらい稼ぐしかないんじゃないですかね?」

 

 いつのまにかモノクマーズの中にモノクマが混じっていて、天海くんに悪魔の囁きをする。

 

「いや、目的は達成したんでもういいっす」

 

 けど、彼はそれを切り捨てた。

 

「ガーン! ッチ、しけてるなぁ……」

「こういうのは引きどきってものがあるっすから」

 

 引きどきって…… 十分長く荒稼ぎしてると思うけど。

 モノクマはそれを聞いて 「あー、つまんねー」 と言いながら去って行った。

 こういう人がお金持ちになるんだろうなぁ…… あと、天海くんって結構運が良いほうなんだな。目押しの実力かもしれないけど。

 

「それじゃ、景品交換しに行くっすか」

「なにか欲しいものでもあったの?」

「まあ、いろいろと」

 

 なにか含んだように笑いながら階段を上っていく彼に続く。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

 そう言って天海くんは景品交換所に向かう。

 

「3000枚くらいの景品なんてあったか…… ?」

「うーん……」

 

 2人で悩んでいると、天海くんかカラカラとなにか音を立てながらこっちにやってきた。

 白銀さんはその姿を見て一瞬で目を輝かせ、息を飲むという矛盾した行動を起こした。

 それは、天海くんが彼女の絶賛していた〝 レイヤー御用達のキャリーバッグ 〟を持っていたからだ。

 

 困惑するぼくらに天海くんは 「お待たせっす」 と言ってキャリーバッグを渡した。なんてスマートなんだ。こんなときにプレゼントなんて…… なんて言葉は出てきすらしなかった。

 素直に白銀さんは喜んでいる。

 

「ま、まさかここでも相棒に会えるなんて…… ! 感動だよ! ありがとう天海くん!」

「で、香月さんはこっちっすね」

 

 ぽふん、と渡されたのはテディベア。首にリボンの巻かれた可愛らしいクマだ。モノクマとは似ても似つかない可愛らしさ。もふもふのそれを胸に抱いて彼を見上げると、 「てんとう虫のブローチと迷ったんすけど、ずっと見てましたから」 と笑顔で言われた。

 途端に顔が熱くなって、思わず胸に抱いたクマに顔を埋めた。

 …… 素直に嬉しい。

 

「ありがとう…… 一生大事にするよ」

「はは、大袈裟っすよ。どういたしましてっす」

 

 顔をクマに埋めながら横をチラッと見ると白銀さんがほっこりと微笑ましそうに笑っていた。恥ずかしい。

 

「やっぱり香月さんって可愛いものが好きなんだね」

「…… うん」

「喜んでもらえて嬉しいっす」

「あ、えっと、天海くんは? 天海くんはなにと交換したの?」

 

 話題を変えたくてぼくは必死に話を振る。

 すると察してくれたのか、天海くんがすぐに 「これっすよ」 となにかの雑誌を見せてくる。

 〝 机上トラベル紀行 〟だ。確かに、彼は超高校級の冒険者だから旅行が好きなんだよね。

 あれ、ということは、もしかしてさっき彼が言っていたスロットを遊んだことがあるってもしかして、ラスベガスじゃ…… ? いや、さすがにないよね?

 

「さて、目的も果たしましたし、もう少し中庭を探索してみるっすか」

「そうだね…… あ、さっき遠目にだけど、裏庭に行く右側の道に茶柱さんがいたと思うよ」

「え、そうなの? ぼく気がつかなかったよ」

「実はこのメガネはね、強すぎる視力を下げるための特殊なガラスでできてるんだよ!」

「えっ?」

 

 嘘…… だよね?

 

「もちろん嘘だよ。迷われると地味に困っちゃうよ」

「あ、ああ、そうだよね。うん。」

「うんうんその調子」

「えっと、なにが?」

 

 天海くんと白銀さんは目を合わせて頷く。

 ぼくはいつの間にかクマから顔を上げていた。

 

「ううん、なんでもないよ。行こっか」

「まだまだ時間ありますし、のんびり周るっす」

 

 ちゃっかりまた白銀さんに手を繋がれ、慌ててついていく。

 クマを片手に抱えながら引っ張られる右手と、先頭で朗らかに笑う天海くんを交互に見てぎゅっと唇を引き結ぶ。

 

 不安は彼らに追い出されてしまったみたいだ。

 あんまり湿っぽくても、東条さんたちにたしなめられそうだしね。

 

 ぼくは自然に綻んだ口元をそのままにして、笑った。

 

 

 

 




・テニスボール
 軽率に星くんに渡してキレられたのは私だけじゃないですよね?

 ・天海の幸運さ
 育成計画では狛枝や苗木という所謂〝 幸運枠 〟と同じく幸運特化なステータスです。99レベルで基礎が201。ちなみに最原は50。百田で70。白銀、真宮寺、セレスで100です。
 こう見るとすごいですね。

 主人公は恐らく忍耐と素早さ高めのバラエティタイプかな。罪木ちゃんと同グループ。


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開かない研究教室

 次に向かったのは、白銀さんが目撃した茶柱さんのいた場所だ。

 玄関に向かって右側の道に蔦で覆われた建物があったんだけど…… そこにあった蔦が全て枯れ落ちていて、モノダムが1匹で掃除している。

 

「えっと、モノダムっすよね。他のモノクマーズはどうしたんすか?」

「仕掛ケ作動スルと瓦礫ガ出ル。オラタチ、ソレヲ片付ケテルンダ」

「えっ、喋った!?」

 

 ああ、そういえばそうだね。

 最初の、 「コロシアイ、ダヨ」 以降ずっと喋ってなかったしなあ。

 やっぱりまだモノキッドに虐められているんだろうか。

 もし、それに嫌気がさしてるのなら…… 押しの強い人ならこの子をこちら側につかせることも、できるのかもしれない。

 ま、まあ、ぼくには到底無理だと思うけどね。

 ほら、二重スパイとか、映画とかでよくあることだし…… って言っても、現実でそれをするとなると相当な演技力と決意が必要だよね。

 

「えっと、疲れない?」

「……………… オラ、ロボットダヨ?」

「そ、そっか、そうだよね。ごめん」

 

 気まずくなってさっさと建物の入り口を通る。

 天海くんと白銀さんはそんなぼくの後をついて中に入ってきた。

 そこにあったのは、まるでリゾート地みたいな大きなプールだった。

 プールサイドには茶柱さんが立っていて、いろいろなところを細かく見て回っている。

 

 周囲を見る。全体的に明るく、綺麗な場所だ。天井はガラス張りで、綺麗な青空が見える。ぼくたちを閉じ込めている鳥籠さえ見えなければ、きっと最高の景色だろう。

 あと、2階のどこかの部屋がせり出していて窓がこちら側にある。その向かいには…… 恐らく位置的に体育館の窓があるみたいだ。

 

「あの部屋って、どこだろうね? 地味に気になるよ」

「うーん、あそこは位置からすると知らない場所っすね。もしかしたら最原君たちが行けるようにしてくれているかもしれないっす」

 

 あそこはこれから行くだろうし保留。

 ともかく、今はこのプールを調べてみよう。見るとかなり深いけど、水は半分も入っていない。だからと言って、十分に水が入っていないわけじゃなく、恐らく普通の25メートルプールくらいはある。このプールが異常に深いだけだ。

 水が全部入ってたら多分夢野さんは顔も出ないんじゃないかな…… ぼくの肩くらいまで水が来そうだ。

 これを使うとするなら、海に見立てて泳ぐときくらいかな? そんなにほのぼのと遊べる時間があるかなんて知らないけど。

 

「あとあったのは用具室でしたね。中は普通にプールで遊ぶためのボールとか、浮き輪とかがあるだけっす。特に危ないものはなさそうっすね」

「イルカのフロートもあるし、ビート板もあるね。遊ぶ暇、あるかなあ……」

 

 あればいいけどね。

 

「女子の皆さんで遊べたらいいですね!」

「う、うん…… ?」

 

 茶柱さんは天海くんを完璧にスルーしている。

 彼は困ったように笑ったけど、茶柱さんはなおも 「天海さんを疑っているわけではありませんが、男死ですし…… お2人とも、なにかあったらすぐに転子に言うんですよ!」 と畳み掛ける。

 

「ありがとう?」

「心配ないと思うけどね…… 気持ちは嬉しいよ」

 

 ぼくらはそうして、暫く茶柱さんと雑談してから建物を出た。

 

「あ、そういえばゴン太くんが見た謎の文字ってこの近く…… だよね?」

「え、そうなの?」

 

 白銀さんが突然呟き、ぼくは反射的に首を傾げた。

 ぼくは又聞きしただけだから詳しいことは分からない。近いというのなら、ちょっと気になるけど。

 

「探してみる?」

「…… そうっすね、少し探してみてすぐに見つけられればそれでいいっすけど、見つからなかったら普通に校舎入っちゃいましょう」

「えっと…… 草むら、だったよね」

 

 そうしてしばらく草むらの中を注視しながら歩いていると、草に隠れたコンクリートの板と、それに書かれた言葉を発見する。

 

『ゑは とら』

 

 正直なんだかよく分からない。

 でも、どこか胸の辺りがざわつくような気がした。

 …… 頭が痛い。

 

「なんすかね、これ。謎解きっすか?」

「うーん、これだけだと分からないよね。〝 え 〟が旧字になってるのが関係あるのかな」

 

 でも、今までに謎解きするような場所なんてあったかな?

 一応覚えておかないと。

 

「…… うん。問題の文字は見つかったし、校舎に行こうか」

「そうだね」

 

 校舎に向かうと、最原くんが1人だけでこちらに来た。

 あれ、彼1人だけ? 赤松さんは?

 天海くんが尋ねてみるとどうやら赤松さんは開放された3階の、春川さんの研究教室の前にいるらしい。春川さんがどうしても中に入れたくないと言うから、その説得をしているようだ。

 最原くんは、途中で見つけた懐中電灯のような機械をアンジーさんに預けてあるので、彼女を探しているところらしい。

 アンジーさんはその機械を調べると言って去ってしまったみたいだから。

 

「でも、こっちでは見かけてないと思うよ?」

「そっか、どこに行ったんだろう……」

 

 最原くんは首を捻りながら悩んでいるようだった。

 

「僕はもう少し外を探してみようと思う」

「そっか、見かけたら教えようか?」

「ううん。しばらく見て回って、いなければまた校舎に戻るから大丈夫だよ」

 

 なんだか急いでいたみたいだ。

 あんまり引き止めちゃ悪かったかな。

 

 次にぼくらは校舎の1階をゆっくりと周った。

 確か、体育館に向かうときの廊下に〝 通行手形 〟というものが3つのうち、2つはめられた壁があったのを思い出したんだ。

 プールの建物の前にも変な石碑があったし、あんな感じの場所で最原くんがもらったというアイテムを使って新たな部屋が解放されるんだと思う。

 だから心当たりのあるそこに向かってみたんだ。

 そうしたら案の定、壁に穴が開いて奥に部屋ができていた。

 中を見てみると、そこでは夢野さんが得意気な顔で大鍋をかき回していた。カラカラという虚しい音が鳴り響いている。鍋の中身は空だ。

 

「んあっ!?」

 

 ぼくたちが覗いていることに気がついたのか、夢野さんは鳴き声のように叫ぶと、かき混ぜていた棒を放り出した。

 ガランッという盛大な音が木霊して、微妙な沈黙が流れる。

 

「見たか…… ?」

「え?」

「見たんじゃな…… ?」

 

 なんだか恥ずかしそうだったので目を逸らした。白銀さんも気まずそうだけど、天海くんだけは 「えっとっすね」 と言いよどんでから「見てないっすよ? ところで、ここは夢野さんの研究教室っすか?」と明るく尋ねる。

 夢野さんは取り繕ったみたいに笑って 「そうじゃ」 と呟く。

 

 改めて中を見ると、まさに超高校級のマジシャンの研究教室という感じだ。

 人間が何人も入れるような大きな水槽に、人体切断マジック用の道具に、ギロチン。剣を箱に刺すマジックの道具。シルクハットにステッキ。籠の中には白い鳩が何羽も飼われている。この教室が開いてなかった今まではどうしてたんだろう。

 モノクマーズがエサあげてたとか? …… ないな。

 うーん、この鳩可愛い。

 

「しかしモノクマも分かっとらんのう。うちはマジシャンじゃないのに……」

「…… 魔法使い、だもんね」

「おお、珍しく分かっとるじゃないか。香月よ」

 

 珍しいというか…… 魔法使いっていうのを否定すると反応が面倒臭いじゃないか。話を円滑に進めるためだし、そういう風に思ってるならそれでいいだろ。変に否定しても何も生まない。

 ともかく、夢野さんの研究教室が開放されたわけだ。

 

「天海くん、最原くんがもらったアイテムっていくつあるの?」

「4つっすね」

「なら……」

 

 あと一ヶ所。

 ぼくが思い浮かべたのは2階にある龍の銅像だ。

 確か片目に宝玉っぽいものがはまっていたから、疑問には思っていたんだ。なんだかRPGのキーポイントみたいだよなって。もう1個宝玉をはめられるんじゃないか…… なんて思ってた。

 まだ研究教室に残留するらしい夢野さんと別れて3人で2階に進む。

 案の定龍の銅像があった場所にはぽっかりと通路ができていた。

 

「……」

 

 そこは、ぼくがおしおきで必死に走ったその場所だった。

 

 通路を少し行くと、右側に研究教室の入り口が見える。紛れもなく、ぼくと東条さんはそこから逃げて、この銅像のあった場所にある扉を抜けようとしていた。

 でも、無理だったんだ。

 最初から無理だったんだね。

 あの扉の鍵が開いたところで、その奥は壁だったんだ。

 逃げ場なんて、最初からなかったんだ。最初から、用意されていなかった。

 

 …… 当たり前か。だって〝 おしおき 〟なんだから。

 処刑に温情なんて存在しない。

 

 ということは、あの研究教室は東条さんの教室か。

 できれば、別の形でこの場所に来たかった。

 ぼくは扉に手をかける。

 

「香月さん」

「……」

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

「香月さん」

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

「ね、ねえ…… ?」

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

 ドアノブが回らない。

 ドアノブが回らない。

 ドアノブが回らない。

 

 東条さんはきっと、この先にいるのに。

 まだ、閉じ込められたままに違いないのに。

 いや、彼女が死んだのはこの廊下なんだからこの中にはいないはず…… ?

 死んだ? 誰が?

 東条さんはこの中にいるはずなのに?

 そもそもなんでしまってるんだろう。

 

「……」

 

 誰かがぼくの肩を叩いた。

 ガチャガチャとドアノブを回しながら振り返る。

 ぼんやりとした視界に緑がかった金髪が映る。

 

 彼がぼくを揺さぶる。

 手元が狂うな。

 うまくドアが開かない。

 あれ、そもそも鍵かかってるんだっけ?

 

「なんとなく開放されるのはここだと思ってたんすが…… やっぱり君をここに連れてくるべきではなかったかもしれないっすね」

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

「キミ、おしおきのあとは龍の銅像の前に倒れてたんすよ。だから……」

「ねえ、天海くん…… 多分、香月さん聞こえてないよ…… 不定の狂気だよ…… SAN値ピンチだよ……」

 

 そういえばお腹空いたなあ。

 今朝のご飯はなんだったんだろう。東条さんのことだからきっと今日も美味しいご飯だったんだろうなあ。

 あれ、でも散水は自分でやったんだっけ。

 そうか! 東条さんに起こしてもらったんだった。鍵まで預けてさ。

 さすがメイドさんだよね。優しく起こしてくれて、本当にお母さんができたみたいで…… ああ、東条さんみたいな人がお母さんだったらなあ。

 

 ドアノブが回らない。

 鍵がかかっている。

 

「香月さん」

 

 肩を掴まれ、無理矢理扉から引き離された。

 あともう少しできっと開いたはずなのに。なんで邪魔するんだ?

 

「香月さん、聞いてください」

 

 手短に。

 

「東条さんも、星君も、死にました。もう二度と会えないんす」

 

 そんなことない。

 

「キミは生きなくちゃならないっす。キミの命はもうキミ1人の分じゃないっす。キミは東条さんに生かされました。言ったはずっす。認めてあげなくちゃ、だめなんすよ」

 

 認め、たはずだ。

 

「心の整理はしたんすよね? 研究教室で、2人のぬいぐるみを作ったはずっす。覚えてないっすか?」

 

 覚えている。

 

「……………… ぼくを運んでくれたのは、きみ?」

「おしおきの後のことなら、そうっす」

 

 …… 彼女の必死な顔が今も目に焼きついてる

 

 ぼくを守ろうと必死に痛みを堪えて、その顔を見せないように逸らしながら。そして、死んでいった。

 ぼくの目の前で、彼女は死んだ。

 

 もう、会えない。会えないんだ。

 何度も、何度も思い知らされているのに。

 

 這いつくばったまま見上げれば、ふわふわの金髪がぼくを見下ろしている。

 その表情は、守ってくれた彼女と同じ優しいもの。

 彼女とちゃんと仲良くなれたのはあの夜が初めてだったけれど、それでもぼくにとって大切な時間だったんだ。

 

 生きてる誰かに死んだ人の影を重ねるのは最低なことだ。

 瞬きをして、改めて彼を見上げる。

 天海蘭太郎くんだ。

 横を向けば、心配そうな顔をした白銀つむぎさんもいる。

 

 2人とも、僕の大事な友達だ。

 

 もう一度瞬きをする。

 白銀さんが小さな声で 「よかった」 と呟いた。

 

「…… ごめん、ありがとう」

 

 ドアノブは汗でベトベトだ。

 もう開けようとはしない。

 大丈夫。

 

「うぷぷ…… 盛り上がってるとこ悪いけど、説明させてもらうよ」

 

 落ち着いたと思ったらすぐ後ろにモノクマがいた。

 ちょっとおかしくなっていた自覚はあるけど、まるで計ったかのようなタイミングだ。嫌なやつ。

 

「この超高校級のメイドの研究教室と、あと3階にある超高校級のテニス選手の研究教室は閉鎖してるよ! だって、本人がいないのに意味ないもんね! ということで、残念ながらこの先には進めません! 恨むならキッカケを作った自分を恨むように!」

「……」

 

 なんて嫌味だこのやろう。

 でも実際キッカケはぼくだからなにも言えない。

 押し黙って、睨む。

 

「帰れよ」

「うーん、その反応素敵だね! こういうデスゲームはオマエみたいな子がどんどん荒んでいくのも醍醐味だからね。1番の注目株だよ? メインカメラでロックオンしたいくらいにね!」

「帰れってば」

「はーい」

 

 素直に帰った…… わけではないか。モノクマなんて嫌いだ。可愛いけど嫌いだ。

 まあいい、次に行こう。ここにいると正直きつい。

 

 ぼくが歩き出すと、天海くんは隣に。白銀さんは少し気まずそうに後ろからついてきた。

 それから、少し迷ってぼくの手をとる。

 

 さっきよりはずっと落ち着いた。

 

「あ、ここ玄関のとこの吹き抜けだね」

 

 白銀さんが言ったように、問題の廊下の先は回廊になっていた。

 下を覗くと玄関が見える。上を見ると3階の回廊と、上階にいる王馬くんらしき足が見えた。

 

 更に奥に進むと、左手に3階への階段。廊下の奥にはゲームのような宝箱が置いてある…… けどもう誰かが開けたあとだ。

 手前には蝶の模様が描かれた扉の教室がある。多分ゴン太くんの教室だろう。

 天海くんはノックをして中に入る。

 超高校級の昆虫博士の研究教室は壁一面に標本が飾られていて、壁に埋め込まれた棚には虫かごがたくさん並んでいる。あれ、全部虫か…… でも中身はよく見えない。

 

「あ! 香月さん見つかったんだね! 良かったー」

「この虫かごは…… 中には虫がいないんすか?」

「ううん、みんな寝てただけだよ。卵のまま冷やして寝かされてたみたいだから、これから孵化するんだ。やっと虫さんに会えるね!」

「…… そうっすか」

 

 卵か。

 ゴン太くんも〝 やっと 〟って言ってるし、やっぱり植物園にはなにもいないんだね。虫がいないのに植物が増えていくのはおかしいんだけども。

 

 一通りゴン太くんに説明してもらったあとは3階に移動した。

 階段を上がってすぐそこにテニスラケットの扉の部屋がある。

 近くの窓に張ったツタの隙間から外を見てみると、プールの近くだ。この研究教室のが、あのプールにせり出していた部屋なのだろうか。

 …… 入れないから、試しようはないけれど。

 

 正面にはゲームでよくある扉…… の絵。

 左側には大きな空間があって、長椅子がたくさん置いてある。休憩スペースだろうか?

 右側には…… 春川さんと赤松さんが言い争っている声が聞こえる。

 

「だから、もうどっか行ってってば」

「嫌だよ。私は春川さんにずっとこのまま話し続けるからね」

「はあ……」

 

 言い争い…… ?

 まあ、ともかく春川さんはイラついているみたいだ。

 

「危険は、なさそうっすね」

「うん、春川さんは嫌そうだけど大丈夫そう……」

「あれ、最原くんが言ってたやつだよね」

 

 ということは、あの教室は春川さんのか。

 入ってほしくないらしいし、保留にしようと3人で決める。

 見つかっても面倒なことになりそうだし……

 

 あれ、そういえば3階にいると思ってたけど、王馬くんはどこに行ったんだろう。すれ違ったかな。

 

「やっはー! 大発見ー! 大発見だよー! 終一が見つけた機械の説明があるから体育館に集合なのだー! お前たちもすぐ来るよー!」

 

 一斉に声の方向へ視線を向ける。

 春川さんや赤松さんもだ。

 

「私は行かないから」

「ちょっと春川さん!」

 

 …… 結局、バレてしまったけど、2人はまだ言い争いを続けている。

 

「赤松さん。最原君が心配してたっすから、いったん行きましょう。他のみんなも体育館に行くでしょうし、春川さん1人だけならなにも起こりようがないっす」

「おせっかいなんだよね、あんたたち。放っておいて」

「なんなら話が終わってからまた来ればいいっす」

「ちょっと」

「そっか!そうだね、そうすることにするよ! じゃ、またあとでね春川さん!」

「ちょっと……」

 

 暴走気味の赤松さんはどうやら止めることができなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マサキさんから主人公のドット絵をいただきました!
いつも可愛らしいイラストをありがとうございます!!!!

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決意を抱く

 モノクマにより質問コーナー!どんどんぱふぱふ!

 

 ―― え、彼女の様子がおかしすぎる? イレギュラー? そんなものあるわけないじゃん!

 ―― だって、全部予定調和なんだからさ!

 

 

 

 

 

 

 光が眩しい。

 頭が痛い。

 この眩しさには少し覚えがある。

 もう、何度か受けたような気がする。

 けど、それが本当にこれと同じだったのかは…… 分からない。

 

 無理矢理頭の中から掘り起こされたような、そんな光景はぼくを混乱させた。

 

 それは、ぼくが必死に逃げている思い出…… いや、映像だ。

 逃げて、逃げて、逃げて、必死に走り回ってついに辿り着いた。

 超高校級の才能を持つぼくを狙う大勢の目から逃れるために、とある施設で自分自身の記憶や能力を催眠により低下させ、封印する。

 そうして超高校級ではない、ただの高校生として生きようとした記憶だった。

 

 あまりにもリアルで、ついこの前のように自然に思い出せる。

 ともすれば、本当にあったことのように感じてしまうくらいの記憶。

 

 最原くんと赤松さんが見つけて、アンジーさんが調査していたその機械の名前は〝 思い出しライト 〟だ。

 まるでメン・イン・ブラックのニューラライザー。

 宇宙人を目撃してしまった一般人にピカッと光を当て、その記憶を消去し、その後の説明により記憶の刷り込みをする〝 記憶でっちあげ装置 〟に酷似している。

 

 ぼくにはなぜだか〝 オーディション 〟に勝手に応募された記憶があるし、ここがダンガンロンパというゲームを作るためのリアルな会場だということも理解している。

 思い出しライトによって元からある記憶が上書きされないところを見ると、やはりモノクマたちもぼくに記憶が残っていることに気がついていないのか?

 

 みんなはどうやら思い出しライトの内容を受け入れてしまっているようだし、やはりこれもぼくしか知らないこと…… どこに監視カメラがあるか分からない以上迂闊なことを言って、モノクマにこの記憶のことを悟られるわけにはいかない。

 誰にも相談はできない。

 秘密にしているしかない。

 

 顔色がどんどん悪くなっていくのが分かる。

 こんなもの、1人で抱えられるようなものではない。

 なんにも構わずにぶち撒けられたらどれだけよかったか……

 

「やっぱり、超高校級狩りのことは思い出せても、それがなんなのかはさっぱりだね」

 

 そりゃそうだ。

 だってそんなものいない…… はずだ。現実に超高校級の存在だっていないんだから、なおさらそんなもの存在するはずがない。

 あるいは、モノクマたちがそうと言えるのかもしれないけど。

 いくら探偵だろうと記憶を刷り込まれてしまったのなら、前提が崩れてしまい推理もなにもあったものじゃない。

 

「ケッ、出かかったクソみてーに気持ち悪ぃな」

 

 前提が覆ってしまった。

 間違った嘘によってみんなの思考が誘導されていく。

 このコロシアイは超高校級狩りによるものだと、思い込みが深まっていく。

 

 こんなことで、本当にいいのか。

 ぼくは打ち明けるべきなんじゃないか。

 でも、怖い。怖いんだ。

 一度言ってしまえば、言わなかったことには戻らない。

 そうなってしまえばどうなるかも分からない。

 

 イレギュラーがバレる。

 それが1番怖いんだ。

 

「この中の首謀者に聞けばいいんだよ!」

 

 王馬くんが言う。

 そういえば、この場には春川さんはいない。

 赤松さんの説得は失敗に終わり、連れてくることができなかったからだ。

 唯一思い出しライトを受けなかった人間として、多少興味があるけど…… あの人にちゃんと話を聞いてもらえるかは自信ないかな。

 そもそも威圧感が凄くて話しかけられないかも。

 

「首謀者って…… 結局見つけられなかったんでしょ?」

「最原たちが図書室で張ってたらしいが、その前に事件が起きちまったからな」

 

 白銀さんが言って、百田くんが答えた。

 そう、未だに首謀者は見つかっていない。

 首謀者がいるかどうかも確定はしていない。ぼくが破棄した、証拠のせいで。

 

 …… どう考えても戦犯だ。

 ぼくはいいように首謀者に踊らされているのかもしれない。

 

「のんきに友達ごっこなんてしてたら足元掬われちゃうんじゃない?」

「テメェ!」

 

 王馬くんが体育館を出て行く。

 百田くんはそれを追おうとしたものの、途中でやめて首を振った。

 疑心暗鬼で迂闊な行動を起こすのも、からかい口調の彼に付き合うのも無駄だと思ったのかもしれない。

 

「で、でも大丈夫ですよね…… これ以上コロシアイなんて起こりません……」

「そんなの起こさせないよ!みんなを守るのがゴン太の…… 紳士のできることだからね!」

 

 紳士って言葉の意味、分かってるのかな。

 

「あんな光景を見て、それでもコロシアイをするなんて非合理的なことするはずがありませんからね」

「そうじゃな、ロボット一体で壁の一部を破壊するのが1番合理的じゃ」

「なんでそうなるんですか!?」

 

 おしおきのことを言っているのなら、まあそうだね。

 不用意なことをすればぼくみたいに、クロでなくともおしおきを受ける側になる。

 それでなくとも、あんな風に…… 矜持も才能の意味もズタズタに引き裂かれて無意味だと思い知らせるような悪趣味な処刑を、それも無駄に苦痛の長続きする処刑のリスクを負ってまで殺しをするのはどうかしてる。

 これで終息してしまえばいいんだけど…… それで終わらないのが、この世界だよね。

 

「いずれにせよ、今の僕らにできるのはこの生活を享受しながら脱出方法を探すことくらいだネ」

「またライトが見つかればー、もっと手がかりが手に入るって神様も言ってるよー!」

「そっすね…… けど、罠である可能性もありますし、次はもう少し考えてライトに当たることにするっす」

「うーん、映画を知ってるからどうも不安になるよね…… 地味に信用できないっていうか…… でも記憶は記憶だもんね…… そんな技術あるわけないし……」

「やっと手がかりが見つかったんだし、この調子で頑張ろうね! 信用する、しないはともかくとしてさ!」

 

 まあ、赤松さんの言うことも最もだ。

 手がかりの1つであることは変わらないわけだし。

 

「与えられた情報を信じる、信じないも勝手だネ」

 

 必要な物を取捨選択すればいい。

 様々な可能性を考え、どの線からも追えるようにすればいずれは正解に辿り着くかもしれないわけだ。

 前提が覆ってしまっていたらいくら追いたくても追えない線が出てくるかもしれない。

 それを考えればぼくの記憶はおあつらえ向きだ。みんなとは違う。

 みんなと違って、ここがダンガンロンパというゲームを作るためのステージにすぎないことを知っている。

 ひとつ、みんなの知らない前提を知っている。

 これがあるだけで随分違うから、だからぼくは1人だけでなんとかしないといけない……

 

 みんなを、助けたい。

 これ以上の犠牲なんて出て欲しくない。

 心は弱くても、折れたくても、死にたくても、ぼくの命はもうひとつじゃないから。

 あいつらに、モノクマに抗いたい。

 天海くんが、白銀さんが死ぬところなんて、絶対に見たくない。

 欲張りかもしれない。けど、抗うと今決めた。

 きっとモノクマはぼくの弱点を知り尽くしているし、先回りだってしてくる。やることなすこと全て裏目に出るかもしれない。

 それでも、〝 ぼくがやりたい 〟から。

 次々と体育館から出て行くみんなを見守りながら、その隅に立ち目を瞑る。

 胸の前で祈るように手をぎゅっと握りしめ、誓う。

 

 絶望に屈しない……とまでは言えない。

 きっとぼくは1番心が弱い。だから絶望に屈したとしても、最善の行動くらいは選択できるように言い聞かせる。

 

 〝 みんなにとって 〟最善の行動を。

 たとえそれが裏切りに見えたとしても、ぼくは東条さんのように……みんなのために行動しよう。

 

 胸の中に芽生えたちっぽけな決意を飲み込み、目を開ける。

 

 もうほとんどの人は体育館を出て行ってしまった。

 

「これからどうするっすか? 行くんすか?」

「え?」

 

 あ、ごめん話聞いてなかったや。

 

「大丈夫? えっとね、茶柱さんがプールで遊ばないかって……」

「その場合俺は行けないっすけどね」

 

 天海くんが苦笑してこちらを見つめる。

 そっか、茶柱さんの提案だから男子である天海くんは行けないのか。

 …… いや、ぼくもちょっと遠慮しようかな。

 だってまだ火傷のあとが残ってるし。そんな状態で水着着てもなあ…… 可愛らしい水着には憧れるけど、せめてひりつく痛みがなくなってからがいい。ぼくはあんまり泳げないしね。

 

「ううん、やめとく。泳げないし…… 白銀さんは?」

「行ってみようかなって。ほら、地味に息抜きは必要だし」

「香月さんはこのあとどうするんすか?」

「えっと……」

 

 どうしようかな。

 やっぱりぼくの謎の原点はあの棺だし、調べてみたいけど…… 部屋でいろんな可能性を書き出して整理するのでもいい。

 いや、そんなことしたら監視されているから筒抜けか?

 まだ監視の目がどうなってるか分からない以上、あんまり目に見える行動は取らないほうがいいのかもしれない。

 

「ちょっと、行きたいところがあるんだよね」

「そっすか…… その、俺もやることはありませんし、ついて行ってもいいすか? 図書室のことは最原君たちがまだ調査しているみたいですし」

「それじゃあ私はここでお別れかな? 倉庫で水着選んで来ないと」

 

 あ、水着は倉庫で確定なんだね。

 そして、また天海くんは来るんだね……

 別に断ることもできるけど、どうしようか。

 

「……」

 

 ぼくが見つめていると、彼は少しだけ首を傾けてみせた。

 困ったような笑みを浮かべている。その目に映っているぼくがあまりにも不安そうな、固い面持ちをしていたから、ああこれ心配してくれているんだなと悟った。

 そうだね。今は打ち明けることができないけど、1人じゃないってだけで心強くなれるかもしれない。

 

 2人の分まで生きろって言うんだから、少しくらい協力してもらおう。

 彼がいないとすぐに心が折れかけるからね。

 ぼくの決意ってやつは柔軟性なんてなくて、きっとポッキリいきやすいし。添え木になってくれるっていうのなら、喜んで歓迎する。

 

 とりあえず、モノクマに対抗することを決めたのだから疑心暗鬼はもうやめだ。

 たとえ隣にいる2人のどちらかが首謀者であっても、お構いなしに利用してやるくらいの気概じゃないときっとハッピーエンドなんてやってこない。

 

「うん、植物園で調べたいものがあるからさ。一緒に来てくれると嬉しいよ」

「分かりました。とことん付き合うっすよ…… 元気出たみたいですし」

 

 もふもふと頭を撫でられる。

 これ、正直言うと苦手なんだけどなあ。緊張して強張った体を意識してほぐし、首を振る。

 それがなんだか犬のように見えたのか、彼は笑ってそのまま前を行く。

 

「あ、待って!」

「えっと、私は赤松さんたちについていくから…… またね、香月さん」

「うん、またね。その…… ありがとう」

 

 ぼくがそう言うと、白銀さんは目を丸くした。

 そして、穏やかな 「どういたしまして」 と告げる。

 ぼくは少しだけ恥ずかしくなってそのまま天海くんに激突するように走った。もちろん、途中で減速して体当たりはせずにいたけれど。

 彼はそんなぼくを見て手を差し出した。隣同士で、手を繋ごうと差し出される。けど、ぼくはそれが気恥ずかしくて、手じゃなくて彼のシャツの袖を摘んだ。

 

 家族に向けるような穏やかな笑み。

 まるで本当に彼の妹になったみたいだ。

 いや、ちょっと恥ずかしいよね、うん。あんまり深く考えないようにしよう。

 

 そうして、ぼくらは一緒に植物園に向かった。

 ぼくといえば植物園。植物園の手がかりといえば、やっぱり棺だ。

 北に、北にと向かい、整備された道を逸れて脇道に入る。

 脇道というよりももはやコースを外れたエリア外のような場所だ。

 これがゲームならば、道筋のないこのエリアは決して入ることができない。そんな隠し部屋のようなところ。

 そこに、棺がある。

 

「一応知ってはいたっすけど…… ここに用っすか?」

「うん。ここはぼくが目覚めた場所なんだけど…… 話に聞く限りみんななにかの中に入っていて目覚めたんだよね?」

「そっすね。学園の中で目覚めたみんなは大体ロッカーに入ってたらしいっす」

「僕の場合は…… あれだ」

「棺の中…… っすか。それはちょっと気の毒っすね」

「だよね」

 

 なんて軽く言葉を交わしながら棺を調べる。

 なんてぼくにぴったりな棺なんだろうか。まるでぼくのために(あつら)えたかのような大きさ。それに、周りに咲く花々。真っ黒だけれど、どこか芸術性を感じる棺のデザイン。

 棺に掘られたなんらかのデザイン。

 これら全てが謎で…… って、そういえば、このデザイン。見覚えがあると思ってたんだけど、なんなのかは覚えてないんだよね。

 

「天海くん、これってなんだと思う?」

 

 十字の真ん中にHのマーク。十字は少し崩れていて尻尾みたいな模様になっている……

 

「…… これは」

「どうしたの?」

 

 天海くんは大きく目を見開いて、言葉を失う。

 ぼくも、その次の言葉を聞いてリアクションの1つも返すことができなかった。

 

「これ、アンジーさんの校章じゃないっすか?」

 

 言葉の1つだって漏らさず、ただ口からは空気だけが抜けていく。

 見覚えがあるはずだ。だって、その模様はアンジーさんの黄色いコートの背中にいつもあったんだから。

 

 この棺がやたらと芸術的なのも、当たり前だ。

 だってアンジーさんは超高校級の美術部なのだから。

 

 校章があるだけで確定ではない。けど、アンジーさんが作ったらしい棺がここにある。

 それもぼくにピッタリなサイズで?

 どうして? なんのために?答えは……

 

 

 ―― 全部、全部ぼくが悪かったんだ

 ―― ぼくがあの子にあんなことさえ教えなければ…… そうすれば、こんなことにはならなかったんだろう……

 

 あ、頭が痛い。どうして…… どうして…… どうして……

 

 だから懺悔をさせてほしい。今、この瞬間に。

 

 思い出してはいけない。

 そんなもの、思い出す必要はない。

 こんな可能性は知らない。

 

 ―― ごめん……幸那(ゆきな)

 

 親友への懺悔。

 それは……

 

 ―― 先に死ぬぼくを、許して

 

 ぼく自身の、死に際。

 

 ―― 「ここにいるってことは、キミが首謀者なんすか?」

 

 絶望。

 振り上げられる魔の手。

 その前に、飲み込んだ毒の数々。

 

 ああ、そうだ……

 

 ぼくは1度、死んでいる。

 ぼくは……

 

 ――チュートリアルのはずなのにおしおきのないダンガンロンパなんてつまんないだろ? …… だから

 

 ――だから、

 

 

―― 「ざまあみろ」

 

 

 ぼくは、みんなが助かる最善の道として、自殺を選んだ。

 なんのひねりもない自殺ならば、おしおき対象がいなくなる。

 だから、そんなつまらない放送は誰も見ない。

 そう考えたから。

 

 死ぬ決意をした。

 

 でも、今こうしてぼくは生きている。

 どうなったのか、どうやっているのかは分からないけど、ぼくは戻ってきてしまっている。

 そして、2度目のぼくは自殺を選ばなかった。

 なぜか。きっと、心の中でそれが徒労に終わってしまったことを悟っていたからに違いない。

 でも、そのせいでこうして2人もコロシアイの犠牲者が出た。

 

 思い出した。

 この棺は、あのあとアンジーさんが作ってくれたものなのだろう。

 他ならない、死んでしまったぼくのために。

 

 ……

 

「香月さん… …どうしたっすか?」

「…… ごめん、ぼく頑張るよ」

「……」

 

 天海くんはしばらく沈黙して、それから 「よく分からないっすけど」 と前置きをして言う。

 

「頑張るのも大切っすけど、無理はしないでほしいっす」

「…… うん」

 

 あのときほどの勇気は持てない。

 ぼくの心は1度折られた。

 何度台無しにしようと、モノクマはそれを乗り越えてぼくらに絶望を与えてくるだろう。

 何度も、何度もへし折られる。

 けど、もう負けたくない。

 

 唇を噛みしめる。

 もし、もしぼくが行動することでなにかを起こせるのならば…… それに賭けてみるしかない。

 

「ねえ、天海くん。ぼくと友達でいてくれる?」

「…… 香月さんがなにを思っているのかは分からないっすけど、俺らは友達っすよ」

 

 少し困惑しつつもぼくを受け入れてくれる彼の笑顔を見ていたら、なにがあっても最善の行動でみんなを助ける。

 

 …… そんな決意を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ・なにか起こせたなら
 1話のタイトルは?

・主人公
 逆行? 転生? 記憶の書き換え? 実は別人? それとも……
 そもそも才囚学園はバーチャルかリアルか、それによっても考察が分かれるでしょう。
 どうぞ、お好きなように解釈してください。
 人の解釈を聞くのも私は好きです。

 ・ハッピーエンドに
 2週目バッドエンド前提絶望不可避

 * けど、あなたの小さな願いと決意で…… 彼女の幸せな3周目を迎えることができるかもしれない。
 * 紅鮭団に期待しよう。

 6章の〝 セーブ 〟演出が明らかに某地下のゲームの影響を受けてると考えているので少しだけリスペクトしてみました。


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自由行動④

 決意を新たに、ぼくは胸の前で拳を握る。

 天海くんはそんなぼくの事情なんて知らないはずだけど、なんだか微笑ましげに見てくる。

 棺は見れば見るほど確かに芸術的で、美しいデザインだ。

 ただの棺にしては凝ってるとは思ってたけど、まさかこれがぼくの記憶を引き出すきっかけになるとはね…… 例のライトみたいなのも見えなかったし、思い出したこの記憶だけは本物のはずだ。

 逆に言えばそれ以外の記憶は多少疑ってかかるくらいのことをしないといけないということだけど…… この記憶のほとんどが偽物かということはなるべく考えたくないな。

 まずはあのライトがどんなものなのか、それが分からないとどうしようもないし…… そのためには入間さんの協力が必要だけど、ぼくにはあんなアクの強い人に交渉できるほどの気概がない。

 モノクマに教えてもらう? 無理無理。そうなればこちらが記憶を嘘だと思っていることがバレる上に教えてもらえるか分からない。嘘を教えられる可能性もある。

 あいつはコロシアイのルールには従ってるけど、それ以外のことでは嘘つきだからね。賭けの1つにもならない無駄な徒労に終わる。

 

 …… うん、詰んでるよね。

 

 まず、ぼくにできることはなんだろう?

 いつもなら自由時間はお茶を飲んで芳香浴でもしながら考え事をしているけど、ぼく自身がなにか行動に移すのなら夜中出歩くことになるのかなあ。

 

「どうしたんすか?」

「え?」

「難しい顔してるっす。なにか、悩んでる顔っすね」

「え、えーと…… ぼくにも、なにかできることはないかなって思ってたんだ。ここに来て分かったのはやっぱり謎だけだし……」

「なら、この棺のことをアンジーさんに聞いてみるのはどうっすか?校章が入ってますし、なにか分かるかもしれないっす」

 

 アンジーさん本人に聞いてみる、か。

 でもそれって。

 

「不安っすか?」

「う、うん。正直…… 本人に聞くって怖いよ。それでもし〝 バレてしまったのならしょうがないねー、死ね! 〟って言われたらやだなって」

「はは、なんすかそれ。アンジーさんの真似っすか?」

 

 下手なのは百も承知だよ。

 それに彼女はこんなこと言わない。そんなことは知ってる。

 こんなのただのおふざけだ。

 

「うん、でももし彼女が〝 あちら側 〟だったら嫌だなって思っちゃって」

「…… そうやって尻込みしてても、進展はいつまでもないと思うっす」

 

 言いにくそうに天海くんに言われて、ぼくはハッとした。

 ぼくはなにかしたいとは思っていても、なにも行動できていない。

 少しの勇気を出すだけでやることはいくらでも見つかるはずなのに、それに手を出すのが怖くてなにもやらない。

 多少怖くても、吃っても、ちゃんと確認はしないといけないよね。

 そうだよね。あれも怖い、あれもやだって思ってたら一歩も進めない。

 

「…… アンジーさんを探そう」

「ええ、そっすね。探しましょうか」

 

 確かめないと。

 多分今の彼女は知らないだろうけど…… 聞かずに詳細不明になるより、聞いて事実を確定させてしまうほうがずっと堅実だ。

 聞かずにもやもやしてるだけじゃシュレディンガーの猫となにも変わらないよね、うん。

 

「えっと、マップは…… あれ、アンジーさんと茶柱さんと夢野さんが体育館にいる?」

 

 モノパッドのマップ機能を呼び出して確認してみれば女子3人が揃って体育館にいるようだった。

 ぼくのモノパッドを上から覗き込みながら、天海くんは 「行ってみるっすか?」 と提案する。

 

「3人……」

 

 ぼくはアンジーさんが1人じゃないことに少しだけ動揺した。

 いや、普通そうだよね。自由時間は誰かと過ごしているのが当たり前だ。

 茶柱さんと夢野さんはともかく、アンジーさんも一緒とは。

 アンジーさん、いつも神様がどうとか言ってるから1人でいることも多いし、あわよくば彼女だけに話が訊けると思ってたんだけど…… 世の中上手くいかないなあ。

 

「この分だと、話を聞くのはもう少し後かな…… 約束を取り付けられたらいいんだけど」

「お茶の約束でもして、ついでに訊けばいいっす」

「そうだね…… ぼく、頑張ってみるよ」

 

 天海くんがまたぼくの頭を撫でた。

 正直ちょっと撫ですぎだと思う。あまり触れられるのは好きじゃない…… けど、悪い気はしない。なんでだろう。

 真摯に応援されて嬉しいからだろうか。

 彼がぼくのやりたいことを知らないとしても、応援してくれているから嬉しい。

 

 そうして2人で体育館に移動した。

 

「キェェェェェェェ!」

 

 わっ、と驚いて声を出す。

 体育館の中では茶柱さんがなにやら声を張りながら演舞のように動き回っていた。

 夢野さんとアンジーさんはそれを遠巻きにして見ているようだ。

 でも周りになにやら小物が置いてあるところを見るに、夢野さんもなんらかのパフォーマンスをやっていた可能性がある。

 あの面倒臭がりな彼女がそうするとは意外だ。2人の影響だろうか?

 微妙に入りづらいけど、勇気。勇気だ!話しかけてなにをしているのか、まずは訊こう。

 

「や、やあ? みんな…… えっとパフォーマンスでもしてるの?」

 

 もっといい言い方があっただろうに!

 

「香月さん! …… と天海さん。転子たちは息抜きのためのイベントを考えている真っ最中なんです!」

 

 息抜き? イベント? 一体なんのことだろう。

 ぼくの変な話し方にも触れずに茶柱さんは演舞をやめ、ひと息ついたようにタオルで汗を拭く。あ、これガチャの景品一覧にあったスポーツタオルかな?自分で当てたのか、それとも2人のどっちかから貰ったのか…… まあいいや。ぼくもプレゼントは贈ったり贈られたりしてるし。

 

「イベント…… ?」

「うむ、イケメンな神様からのお告げじゃ。ウチがお主らを元気づけてやろう!」

「にゃはははー、秘密子その調子でどんどんアゲていこー!」

「ぐぬぬぬ……」

 

 あの無気力な夢野さんが神様とか言ってる…… いつの間に入信したんだろう。彼女なら全部めんどいで済ませそうなのにな。

 

「神様…… っすか」

「お主のようなイケメンな神様かもしれんのう……」

「……」

 

 茶柱さんが非常に微妙な表情を見せている。

 彼女もくるくる表情は変わるが、特に微妙なときや嫌そうなときは独特な顔になる。元が可愛らしいからそんなに変じゃないけど……

 それにしても、なんでぼくまでこんなに微妙な気持ちになるんだろう?

 

「神様はともかく、それでイベントってなにやるの?」

「ウチのマジカルショーと……」

「転子のネオ合気道演舞ですね! アンジーさんは舞台の装飾などを買って出てくれたので、豪華なイベントになりますよ!」

 

 超高校級の3人によるイベントか。それは、豪華だね。

 …… でも合気道なのに演舞? 体育館に入ったときから思ってたけど、演舞? 合気道って大体カウンター技とか、受け流しに特化した武道のはずだよね。ネオ合気道は演舞もできるということか。

 自己紹介の通りやっぱり自己流なんだな…… これでよく国家的にギフテッドに選ばれたね。この世界の政府設定がよく分からないや。

 

「イベントっすか。あんなことがあったあとですし、みんなを元気づけるにはいい提案っすね。いつ公演するんすか?」

「まだ未定じゃ。計画の段階じゃからな。それにやることもなにも決めておらん」

「行き当たりばったりなのだー」

「近日中にはやりたいんですけどね…… それでどんな内容をやるかここで見せ合いっこしてたんですよ」

 

 なるほど。

 確か茶柱さんたちはぼくたちが棺の調査をしている時間はプールで遊んでたんだよね。ならそのときに仲良くなったのか…… そしてそんな僅かな時間で夢野さんは入信したのか…… それは彼女を慕っている茶柱さんも微妙な気持ちになるというものだ。

 

「…… あの、よかったら夢野さんのマジックって…… 見せてもらえないかな?」

「魔法じゃ」

「うん、その魔法。1度見てみたかったんだよ…… そういうのってテレビでしか見たことないから」

 

 テレビでも滅多に見たことないから余計に見せてもらいたい。

 マジックショーなんて人生で1度も見れる機会なんてないと思ってたから夢野さんと出会えて結構嬉しいんだ。

 

「…… う、うむ。そんな顔をされるとウチは弱い。お主を全力で喜ばせてやるわい」

 

 夢野さんは少し恥ずかしそうに帽子をずり下げて目線を伏せた。

 そんな顔って…… そんなに物欲しそうな顔でもしてたかな。

 

「きゃー! 夢野さんの魔法がもっと見られるんですね!」

「おー、がんばれー。ふれー、ふれー、秘密子ー」

「と、とくと見るがよいわ!」

 

 なんだか小動物みたいだ。

 帽子をポーン、と飛ばして彼女はそのままキャッチすると、帽子の中に手を突っ込む。

 ふんす、と得意げな顔をした夢野さんはそのまま手を持ち上げる。

 するとそこ手の上には真っ白な鳩が乗っていて、クルッポーと鳴き声をあげた。

 

「え、えっ?」

 

 あまりに自然に行われたものだからぼくは声が出なかった。

 だってさっきからずっと帽子は被っていたのに、鳩なんて入れていたら動きで分かるだろう。

 それこそ動物なんだから暑かったり息苦しくて暴れるだろうし。

 

「ぼ、帽子見せてもらってもいい?」

「うむ、よいぞ」

 

 今までの不信っぷりが嘘のようにぼくに近づき、気軽に帽子を渡してくれた。宗教ってすごいな。こんなにも人の心を軽くすることができるんだ。あんなに周りは全部敵ってくらいに疑ってかかってたのに。

 

「空気穴もないし…… 羽根ひとつ落ちてない……」

「そんなことになっておったらウチの頭が鳥の巣になるじゃろ」

 

 それもそうだ。

 

「うむうむ、よくやったぞポチ子」

 

 ポチ子!? え、それ鳩の名前…… だよね?

 ええ…… さすがにそれは、って思って残り3人を見てみたら、天海くん以外は肯定的に微笑んでいた。天海くんは苦笑している。

 どういうことだよ…… 独特なアンジーさんはともかく、茶柱さんはもう少しこう、なんか思うところあると思ってたんだけど。

 

「夢野さんは可愛らしい名前をつけるんですね!」

 

 ああダメだこの人…… 夢野さんに関しては全肯定しちゃう。

 味方はやっぱり天海くんだけだよ……

 

「どうじゃ、香月よ」

 

 誇らしげは胸を張ってみせた彼女にぼくは先ほどの一瞬の出来事を思い出す。

 人生で初めてのマジック。しかも生だし、相手は超高校級。まるで本当に魔法を使っているみたいだった。

 やっと湧いてきた実感を噛み締めて頷き、ぼくは思わず夢野さんの両手を取っていた。

 

「…… うん、うん! ぼく初めてマジ、じゃなくて魔法なんて見たよ! ありがとう夢野さん!」

「そ、そうかそうか。喜んでくれてなによりじゃな」

 

 やっぱり夢野さんも生粋のエンターテイナーなんだな。

 人を自分のマジックで喜ばせるのが好きみたいだ。

 ぼくも初めて見たし、もっと彼女のマジックショー…… 彼女のいうところの〝 マジカルショー 〟を見てみたいな。

 だから、今回のイベントにはぼくも賛成だ。

 そういうときこそコロシアイに警戒しないといけないけど、全員で見張っていればなんとかなる…… かな。いや、落とし穴がありそうだ。

 きっちり目を光らせておかないと、2作目の最初みたいなことになりかねない。

 それこそ、ぼく1人で動いても被害者になりかねない…… それは嫌だ。そんなの最善の道ではない。

 …… そもそもぼくなんかに最善なんて選べるのだろうか。思考が凝り固まりすぎて空回りなんてことは。いや、考えちゃダメだ。ぼくがしたいことをすればいいんだろう。

 

 天海くんの協力があるのなら、あるいは犠牲を出さずに進むことが可能になるかもしれない。

 彼になら…… 話してもいいか…… ?

 でも…… まあ、いい。今はそれを決断するより、アンジーさんと約束を取り付けることのほうが大事だ。それか、この場で訊くか…… うん、一旦この場で遠回しに訊いてみるのが1番かな。

 

「アンジーさん、アンジーさん」

「んー、どしたの泪ー?」

 

 再び演舞の練習を始めた茶柱さんと、それを眺めながらジュースを飲む夢野さん。それを横目にアンジーさんはお祈りしていたみたいだけど、声をかけたらすぐに反応してくれた。

 

「泪も神様にお祈りするー?」

「えと、それは今度にしておくよ。えっとね、きみにちょっと聞きたいことがあるんだよね」

「聞きたいことー?」

「うん、きみって、ここに来てなにか……美術部の作品って作った?」

「作ってないねー、材料がないと神様もどうしようもないよねー」

 

 あ、そっか。まだアンジーさんは研究教室開放されてないもんね。

 芸術作品になりそうな材料なんて当然ないか。

 

 分かっていたことだよね。

 あの棺のことを彼女は知らない。

 それを今知れた。だからこの時点で目的は達成した。

 あれは彼女とは関係ないという結論となる…… 天海くん視点ではね。

 

 ぼくにとっては、まだ〝 前 〟の記憶があるので、彼女が関わっていないという結論には至れないけれど。

 

 もしかしたら、彼女と出身校が同じ人物がいただけかもしれない。

 そんな楽観的な予測を抱けるようになっただけだ。

 

 でも、これも立派な進展のひとつ。

 自ら動かなければ得られなかった予測と情報。

 

 うん、ぼくはまだやれる。

 

「そっか、アンジーさんの作品も見られるようになりたいな」

「違うよー、アンジーじゃなくて神様の作品だもん。でも、イベントが決まれば神様も張り切るって言ってるよー?」

「…… うん、楽しみにしてる」

 

 えっと、調査も探索も体力はいるよね。

 ちょうど体育館にいるんだし、茶柱さんに少しストレッチでも教わってみようかな。

 

「茶柱さん、基礎体力ってどうやってつければいいかな?」

「香月さん! 転子を頼ってくれるんですね! それではですねー……」

 

 最初は軽いストレッチと遊びから、ということでみんなでワイワイと遊んだ。

 疲れたけれど、楽しかったからかそんなにしんどくはない。

 

 * みんなとの絆が深まった! *

 

 



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後半は有料会員様限定動画(嘘)

 ※ 後半ラブアパートにつき恋愛要素注意!!

 

 

「こ、こんなに疲れるなんて……」

 

 各自で作ったお昼ご飯を食べたあと、ぼくは自室のベッドに寝そべっていた。

 まさか、ストレッチを教えてもらうつもりが基礎体力作りの運動とバドミントン対決になるとは思わないだろう。

 ちなみにアンジーさんと夢野さんには勝ったけど、当然天海くんと茶柱さんには負けた。ぼくがアンジーさんに勝てたのは彼女も運動が得意じゃなかったからだ。夢野さんは元からあんまりやる気がなかったので言わずもがな。けど、遊びに参加してくれただけでも進歩していると思う。

 前までの夢野さんだったら多分 「めんどい」 の一言で済ましているだろうし。ここまで変化したのはアンジーさんの影響だね。宗教の力ってスゲー。

 

「ちょっと休もう……」

 

 そうして、ぼくは白銀さんが迎えに来るまでゆっくりとお昼休みを過ごした。

 別に白銀さんに起こしてもらおうとか、そんなことは考えてなかったんだけど…… 結果的にぼくは彼女のノックの音で目を覚ました。

 眠っていたので軽く髪と服を整えてから扉に向かう。

 目覚めは相変わらず良いままだった。

 

「ふわ……」

 

 軽い欠伸を噛み殺して扉を開ける。

 そこには白銀さんがいて、 「夕食は一緒にどうかな? 私も作るから」 と誘ってくれる。

 もちろんぼくもそのつもりだったので一緒に食堂へ向かった。

 

「そういえば天海くんは?」

「ああ…… 今日は香月さんと別れたあとはカジノで遊んでたみたいだよ」

 

 カジノか…… 思ったより楽しかったのかな。スロット以外にもいろいろあったし、息抜きにはちょうどいいのかもしれない。

 天海くんはメダルを全部なくすようなやり方はしなさそうだし、適度に遊ぶのにはちょうどいいだろう。

 ギャンブル…… という点では思うところがあるけど、どちらかというとカジノというよりゲームセンターという印象が強いからなあ。

 ゲームセンターで遊ぶ天海くん…… なんとなく、格好も相まってお似合いな気がする。そういう学生いそうだよね。

 

「天海くんってゲーム上手なんだよね…… 少し見てたけど、簡単なやつは全部Sランククリア! …… って、Sランクって分かる? 最高の評価ってことなんだけど」

「うん、分かるよ。ちょっとならその手のゲームもやったことあるし」

「そっか、良かったよ…… もし知らなかったらショックを受けてたかも…… ほら、私ってオタクだから…… そういうの知らない人に出会ったことないっていうか……」

 

 まあ、うん。言いたいことは分かったよ。

 自分が当たり前に知っていることを相手が知らないっていうのはショックだよね。

 

「それで、天海くんは全部制覇しちゃったの?」

「うん、しかもすごいんだよ! 管理してるモノスケに交渉して易しい難易度しかなかったのを、最高難易度のイジワルまでできるようにしてもらったんだよ。そこでもSランクを次々と……」

 

 ちょっと話が長くなりそうだな…… まあいいか。

 難易度が最初は易しいしかなかったってことは、章が…… つまり犠牲者が出るたびに解放される仕組みだったんだろう。

 それを全部完璧にクリアしてみせて交渉したと。

 …… よっぽどほしい景品でもあったのかな? それもメダルがたくさん必要なやつ。うーん、そんなに荒稼ぎするほどの景品ってあったかな?

 

「景品、なにをもらうんだろう……」

「うーん、それは知らないかな。夕食の時間が迫ってたから、メダルをモノスケに預けて結局交換はしなかったみたい」

「そっか」

「あ、そうそう…… カジノといえば最原くんも暇なときは入り浸っているみたい」

「最原くんも……」

 

 見るからにらしいというか…… あ、いや、これは偏見だな。

 それなら百田くんとかギャンブルに大失敗していそうなイメージあるし、星くんはタバコ…… じゃなくてシガレットくわえながら稼いでそうだ。

 あと、真宮寺くんが霊的な力で荒稼ぎしてそう。

 いや、これも偏見だな、うん。やめておこう。

 

「結構みんな遊びに行ってるみたいだね。新しい場所だからか、手がかりがないかを探しているみたい」

「なるほどね」

 

 そんな雑談をしながら、食堂に入る。

 集まっている人はまばらだけど、みんな不安や恐れは感じていないようだ。おしおきの直後みたいに沈んだままの人はもういないみたい。

 

「なに、携帯食料で充分でしょ」

「いいや、そんなことはねぇな。しっかり食って栄養つけとかないとモノクマ共に対抗なんてできないからなあ!」

「なんで私に構うの。最原のほうが不健康そうなんだからそっちに行けば」

「おう! それもそうだな。なら春川、お前も一緒に行くぞ」

「は?」

 

 百田くんがどうやら、携帯食料を持って自分の研究教室に篭りに行こうとする春川さんを引き止めているようだ。

 その間に調べに行っている人でもいるのかな。

 

「関わらないでくれる?」

「ったく、なんでそう素っ気ないんだよ」

「必要がないから」

 

 いや、きっと彼は完全なる善意で行なっているんだろう。

 この隙に不意打ちしてる人はいそうだけどね…… さっきこの光景を見ながら離脱した王馬くんとかね。

 春川さんは早く振り切らないと研究教室の全容がバレちゃうよ。なんで秘密にしているのかは分からないけど。

 保育士らしいファンシーな教室だったりするのかな?彼女の趣味じゃないから恥ずかしいとか…… ?

 鍵がかからないというのも大変だな。

 

「はあ…… しつこい」

「あ、おい春川!」

 

 春川さんは無理矢理百田くんを振り切って出て行ってしまった。

 小走りだったのでわりと焦っていたんだろう。彼女のことだからこの時間に食堂に来るとは思っていなかった。

 もっと夜中とかに食料を…… あ、そっか夜時間は食料取りに来れないから仕方ないのか。だからあんな大量に携帯食料を持って行ったんだな。

 

「え!? 入間さん料理できるの!?」

「な、なな、なんだよぉ…… ! できたら悪いのかよぉ!」

「ううん、私やったことないから教えてもらってもいいかな? …… 最原くんに作ってあげたいし」

「うるせぇ貧乳ビッチ! 胸も貧相なら頭の中身まで貧相だな! このオレ様を利用できると思うなよ!」

「貧相じゃないもん! 入間さんの牛女!」

「う、う、牛ィ…… ? な、なに言いやがる。誰にでも搾られて喜ぶみたいに言うなよぉ!」

「そこまで言ってないよ!?」

 

 いつの間にか赤松さんも入間さんと仲良く…… 仲良く? なっているみたいだ。

 入間さんの対応にも慣れたものだ。それにしても、あれだけの罵倒をかいくぐってまで彼女に付き合えることを尊敬する。

 

「あ! そういえばゴン太くんはいないね」

 

 白銀さんが言う。

 確かに。全員がこの場にいるわけではないけど、あの人がいないと食堂が心なしか広く感じる。いつも大きな体を小さくして美味しそうにご飯を食べてたし…… どこにいるんだろう。自室かな。

 

「ゴン太クンならたくさん果物を持って帰りましたよ」

「あれ、キーボくん……」

 

 キーボくんって食べ物必要ないよね?

 

「なんで食堂にいるの?」

「っぐ、なんだかロボット差別されたような気がします…… 夕食会議を毎日開いていたんですから来るに決まっているでしょう! 今はやってないようですが…… 行ったほうがいいと内なる声も言っていることですし」

 

 なにそれ、キーボくんまで宗教? アンジーさんすごいな。

 ロボットの停止した先に行く場所なんてないだろうけど。そもそも普通の人間にさえあの世があるかどうか分からないのにさ。

 

「お、来ましたか」

「天海くん?」

 

 いないと思ってたら、キッチンにいたのか。

 彼はその手にオムライスを乗せた皿を持って、こちらにやってきた。

 

「さあ、どうぞ。できたてっすよ」

「え?」

 

 彼が皿をテーブルに置き、もう2皿持って戻ってくる。

 しっかり3人分のオムライスがテーブルに並んでいた。

 

「あちゃー、私たちも作るつもりだったけど、先を越されちゃったね」

「…… うん」

 

 料理までできるとか、天海くん本当にすごいな。

 

「いやー、まともな料理って久々なんで、味の保証はしないっすけど…… それでもいいなら食べてほしいっす」

 

 まともじゃない料理とはいったい。

 ぼくが疑問に思ったのが分かったのか、天海くんは苦笑して「外国を旅してたんで、旅の途中で覚えた即興料理とかのほうが得意なんすよ」と頬をかいた。

 

「現地調達とか、代用品を使った料理とか、その地域だけの独特な料理っすね」

「へえ……」

 

 忘れそうだったけど、彼は超高校級の冒険者だった。

 旅料理か…… ちょっと憧れるかも。

 

「いただきます」

 

 白銀さんと席について彼の料理を食べる。

 正直喫茶店で食べるような料理か、それ以上に美味しい。おしゃれな感じがする…… なんだか、普通のオムライスと違うような?

 

「なにか隠し味でもあるのかな?」

「それは秘密っすね」

 

 あるんだ。

 アレンジ料理も得意ってことなんだな。すごいや。

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「おそまつさまっす」

 

 明日はぼくか白銀さんが料理するようにしないと。やってもらってばかりでは申し訳が立たない。

 

「それじゃあ…… もうそろそろ帰りますか」

 

 空はもう薄暗くなってきている。今日はかなり平和的に終わったな。

 この調子で日々続けばいいんだけど。

 

 ぼくは昼寝で少し目が覚めていたけど、それでも目を瞑った。

 明日もまた楽しい1日でありますように……

 

 

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 

 

 …… 愛の鍵を使用しますか?

 

 > はい

  いいえ

 

 

 

 ドアノブが、回った。

 

 

 

 ぼくは気がつくと、その部屋にいた。

 ゆっくりと目を開け、周りを見渡す。ぼんやりとしていてそこがどこなのか、しばし悩む。

 そして、頭の中に嫌なフラッシュバックが起こった。

 

「…… そうだ」

 

 ぼくはこの目に悪い赤とピンクの最悪な場所に連れて来られたんだった。

 父親は最近ずっとおかしなことを言っていて、お母さんはぼくが父親を取ったのだと言って罵倒する。そんな家が嫌で、でも幼馴染にはそんなことを隠して振舞っていた。

 

 けど、とうとう父親がぼくを無理矢理こんなところに連れてきた。

 鍵はとったからと部屋に放り込まれ、あの人はどこかに行ってしまい、ぼくは1人きりで鍵のかけられたこの部屋に震えながら待っていた。

 この最悪な時間が早く過ぎ去ってしまうようにと、必死に目を瞑って眠ってしまおうとしていたんだ。

 だけど、それも失敗した。誰かがこの部屋に入ってきたから。

 

 ああ、最悪な時間が始まる。

 でも、扉を開けたのは父親ではなかった。

 

 扉を開けて、驚いた顔をしているのは…… 幼馴染の天海くんだった。

 

「……」

「えっと…… なんで、きみがここに……」

 

 天海くんはぼくとこの部屋を軽く見回してから悩み出す。

 ぼくとしてはどうして彼がこんなところにいるのかが疑問だった。

 

「父さんが来ると思ってたけど……」

「お父さんっすか?」

「あ、いや、違うんだ…… なんでもないよ……」

 

 彼はなにかを理解しようとするようにぼくを観察して、慎重に言葉を選ぶように振舞っている。

 ぼくも、なんでこんなことになっているのか訳が分からなくて言葉が見つからない。

 

「こんな場所にいるのは、変だよね…… こんな…… 場所に、ぼくみたいな未成年がさ……」

「え? あ、そうっすね……」

 

 天海くんはまだなにかを把握できないような表情で返事をする。

 どうしたんだろう?そもそも、彼はなにをしに来たんだろう。どうして、この場所に入ることができたんだろう。鍵がかかっていたと思うのだけど。

 

「えっと、香月さんはどうしてここにいるんすか?」

「…… 無理矢理連れて来られたんだよ。今までは、きみに隠してたけど…… ぼく、お父さんに気に入られてるから。まだ一線は越えてないけど、きっともう、ダメなんだろうね」

 

 だから、本当は誰かに助けてほしかった。

 でも、それも望みはない。頼みの母は女として、ぼくが嫌いになった。親戚に頼れば気持ち悪がられ、ぼくが悪いとみんな言う。

 誰にも頼れず、誰も助けてくれず、怖くて自分から動くこともできずに取り返しのつかないところまであともう少し。

 崖っぷちに立たされたような、そんな状況。もう誰にも頼らない。頼れない。幼馴染の彼にはなおさらだ。巻き込みたくないという思いもあるし、なにより…… 知られたくなんてなかった。

 

 きっと軽蔑されると思っていたから。

 嫌われてしまう。気持ち悪がられてしまう。彼にそんなことを思われたら、ぼくにはもう心の拠り所がなくなってしまう。

 

「今まで堪えて来られたのはきみのおかげだよ。ありがとう。でも、もういいんだ。気持ち悪いでしょ? 父はぼくの中に若い頃のお母さんをみてる。お母さんはぼくじゃなくて、父を見てる。そんなの、もういやなんだよ……」

「…… 香月さん、なにがあったのか話してくれないっすか?」

 

 天海くんが問いかける。

 その表情は、ああ、とても優しくて。ともすれば頼りたくなってしまうような求めていた救い。

 

「きみには妹がいるんだったよね」

「ええ、そうっすね」

「幼馴染だし、妹さんのことも知ってるけど…… いい子だよね。きみと同じように、とても優しい子」

「幼馴染…… そうっすね。きっとそうなんでしょう」

 

 ぼくが話すたびに、ぼくが扉が再び開かないかと怯えている事実に、彼は目をそらさずこちらを見据える。

 

「ねえ、天海くんも、ぼくじゃなくて妹さんを見てるんでしょ?」

「…… どういうことっすか」

 

 天海くんの声のトーンが低くなる。

 それに少しだけ恐れて一歩後ずさる。もう後ろはやたらと豪華なベッドしかない。

 

「きみはいつもぼくを妹みたいに可愛がってくれるよね。お世話を焼いてくれる…… 友人として。でも、それは違うでしょ?」

 

 衝動的な涙をこぼしながら、言う。

 ずっとずっと不満だったことを。ずっとずっと引っかかっていたことを。

 

「…… きみが見ているのはぼくじゃない」

 

 彼が見ているのは、妹さんだ。ぼくじゃない。

 誰も、ぼく自身を見てくれてなんかいない。ぼくは誰かの代わりとしてしか見てもらえない。

 

 そんなのは、もう嫌なんだ。

 

「きみがぼくを通して見ているのは、妹さんだ」

「……」

 

 思い当たる節があるように、天海くんはおし黙る。

 

「誰かの代わりになんか、なりたくないんだ。ぼくはぼくなのに、誰かと比べられるのも、重ねられるのも、嫌なんだ! そんなのもうたくさんなんだよ! だから」

 

 ―― 天海くんなんて、大嫌い

 

 致命的な一言を吐いて捨てる。

 じくじくと痛む胸中を無視して、突きつける。

 

 本当はずっと嫌だった。妹扱いされるのが、年下のように扱われるのが、世話を焼かれるのが、頭を撫でられるのが、その全てが、ぼくを同等に見てくれているわけじゃないと切り捨てられているようで、嫌だった。

 そんな本音をぶちまけてから、〝 言ってしまった 〟と後悔する。

 

 ああ、これで本格的に嫌われただろう。

 心の支えだった彼を、自分から拒絶した。

 生温く、柔らかい幸せを与えてくれていた彼を、大嫌いなどと言って。

 ぼくは最低だ。

 こんなもの、全部ぼくの我が儘なのに。

 

「確かに…… 俺は少し勘違いしてたかもしれないっす」

 

 気がつくと天海くんがすぐ目の前に迫っていて、驚いてぼくはその場に尻餅をつく。

 すぐ後ろがベッドだったからそこに座るだけになってしまったけれど、すぐ目の前。見上げれば天海くんが真剣な顔でぼくを見下ろしていた。

 

「香月さんの気持ちが聞けて良かったっす。じゃないと、ずっと俺は間違ったままだったと思うっすから」

 

 まるで、ぼくを愛しいものを見るような目で。

 

「でも、きみが見てるのは」

「そうっすね、キミを通して…… まだ見つからない妹たちのことを考えてました。それが失礼なことだと知っていながら、そうしてたっす。妹が見つかったらこんなことをしてあげたいって、そんな風に。それが嫌だったんすよね。当たり前っす。香月さんは香月さんっすから」

 

 どうしてぼくを受け入れようとしているの?

 当たり散らして、その上ぼくは汚れている。まだなにもされてはいないが、遠からずそうなるだろう。

 だから早くぼくなんかのことを忘れて、天海くんは天海くんで恋人の1人でも作ればいいんだ。

 ぼくみたいなお荷物がいたら、天海くんの人生が台無しになってしまう。

 だから今ここで切り捨ててほしかった。

 今後彼にはぼくを忘れて、幸せになってほしかったから。

 

「香月さんのことはまだそこまで詳しく知らないっす。でも、少しだけ悲観的で、可愛いもの好きで、とっても優しい子だってことは知ってるっす。これからもきっと知っていくことになるっす。いや、違うっすね。俺は知りたいっす。きみをなにがここまで苦しませたのか。臆病なキミが安心していられるように…… って、ちょっとくさい台詞っすかね」

 

 はは、と軽く笑って彼がしゃがみこむ。

 そしてベッドに座ったままのぼくの手を取った。

 彼は真摯にぼくを見てくれている。なら、ぼくも望みを言わないと。答えないと。だから、しっかりと彼の目を見ながら…… 口に出す。

 

 「ぼくを、〝 ぼくだけ 〟をなんて我が儘は言わないから…… 誰かの代わりじゃなくて、ちゃんとぼくを見てほしいんだ」

 

 本音に次ぐ本音。もう1つの〝 願い事 〟

 

「本当は、ずっと助けてほしかった」

 

 誰にも言えなかった。叶わないと思っていた願い事。

 

「ここから、ぼくを助けて」

 

 ぼくの手を握ったまま天海くんは頷く。

 

「約束するっす。必ず、香月さんを助けてみせるっすよ」

 

 天海くんは照れたように 「またくさい台詞っすよね」 と笑いながらぼくの手を引き、立ち上がらせる。

 

 今度は別の意味の涙が出てきた。

 ぐすぐすと泣きながら、必死に手でこする。そんなことをしたら次の日目が腫れちゃうな、なんて思いながら。

 

「それじゃあ行くっすか。こんなところ早く出ちゃいましょう」

 

 彼の手に引かれてぎこちない足取りで歩く。

 遥か遠くにあるように思っていたこの部屋の出口はすぐそこにある。

 

 ずっとずっと、憧れていた。

 小さい頃見たお話の中のプリンセス。囚われのお姫様は、王子様がやってきて助けてくれる。そして文句なしのハッピーエンド。

 でも、いざ体験してみるともういいかな…… と思う。

 だって過程が不幸すぎて、もう2度と体験なんかしたくないから。

 夢は所詮夢だったということだ。プリンセスなんて柄でもないし、憧れというものは届かないものなんだから。

 

 だけど、今度ここに来るのだとしたら…… こんな悪趣味なホテルごめんだけど、もし次があるのだとしたら。

 

「きみ以外は、嫌だな…… なんて」

「どうしたんすか? いきなり」

「ううん、なんでもないよ…… ありがとう、天海くん」

「どういたしましてっす」

 

 そうしてドアノブが捻られた。

 扉が開き、そして……

 

 

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 

 

「…… ん、うっ…………」

 

 目を覚ましてて体を起こすと、自分の頬をなにかが流れていって、やっと自分が泣いていたことを知った。

 

「あ、れ…… ぼくなんで泣いてるの…… ?」

 

 後から後から溢れ出す涙に困惑しながらごしごしと拭う。

 でもなぜだか、不思議と嫌な涙じゃない気がした。

 

「嬉しい…… ?なんで?」

 

 幸せな夢でも見たのだろうか。

 

「確か…… 誰かと大事な約束をしたような……」

 

 内容は思い出せない。けど無性に天海くんに会いたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ( …… こいつらいつもオムライッス食ってんな )

 ・ラブアパ
「ぼくを、〝 ぼくだけ 〟をなんて我が儘は言わないから…… 誰かの代わりじゃなくて、ちゃんとぼくを見てほしいんだ」

 という台詞が恐らくフルボイス部分になるんでしょう、きっと。
 原作もそうですが、女性陣のラブアパはアウト描写が多くてよく通ったな…… と思ってばかりです。

 香月泪のラブアパテーマは 「背景事情」 と 「プリンセス願望」 の合わせ技です。女の子なら1度は憧れるよね、きっと。
 女の子らしさに憧れている彼女はこういう妄想。背景事情が絡むので赤松さんラブアパと同じく、理想の役を天海くんに重ねているわけではなく、天海くん自身を理想の相手として描写しています。
 赤松さんの妄想が最原くん以外に想定されていないように、です。
 だから他の人が相手のラブアパはもう少し違った内容になると思います。多分ね。
 恋愛描写苦手な人は申し訳ありません。タグ追加したほうがいいのかな…… ?


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心の奥底で

 寝ているうちに泣いていたので顔をしっかりと洗う。

 なんだか幸せな夢を見た気がする。できれば覚えておきたかったからちょっと残念だ。

 洗った顔をよく拭いて、やっとぱっちりと目が覚めた。うん、まだ朝の放送前みたいだね…… 本当に早く起きれるようになったなあ。

 

『おはっくまー!』

 

 …… と、ちょうど朝の放送だ。

 実は初めて見るんじゃないかな? いつも夜の放送も見ないし、朝は放送の後に起きるし。

 

『朝になったわ!』

『キサマラにクリスマスプレゼントがあるんだよー!』

『なにゆうてるんや! クリスマスはまだまだ遠くやないかーい!』

『部屋のテーブルに注目だァ! そこに地獄への地獄特急の切符が置いてあるぜェ!』

『…… 楽シンデネ』

『モノダムが喋りやがった! 相変わらず気持ち悪ィ声してるぜェー!』

『…………』

 

 見事ないじめっぷりだ。

 やはりモノダムだけならこちら側にできるのではないか? と少し思ってしまう。

 それにしても、プレゼント? と思って見渡すと、部屋のテーブルに見慣れない端末が置いてあるのが分かった。

 ぼくたちが持っているモノパッドは白黒のモノクマカラーだけど、これはとてもカラフルだ。赤に黄色、ピンクに青、それに緑…… もしかしてモノクマーズカラー?

 手に取ってみれば、モノクマパッドと同じく、モノクマーズパッドと印字されている。

 さきほどの話だと、あまりありがたい物だとは思えない。どうせ次の動機がこれだろうなあ。

 ため息をついてから電源を入れる。すると、すぐに映像が浮かび上がってきた。

 

『香月泪の動機ビデオ〜 探偵調査編 〜』

 

 …… 探偵?

 

『今回は超高校級のアロマセラピスト。香月泪さんの完璧な調香の秘密と、その謎に包まれたご本人の実態に迫ります!』

 

 謎に包まれた本人?

 調香の秘密…… ならまだ分かるんだけど。

 ぼく自身に超高校級としての記憶が刷り込まれていないからか、その辺の事情がよく分からないや。

 

『アロマセラピスト、香月泪さんといえば顔を出さずに公式サイトでのみ依頼を出すことができると有名ですね! 簡単な質問だけで依頼者にぴったりなアロマオイルを提供することで爆発的な人気を得ました。そんな彼女の素顔を見たいという大勢の方から依頼が来ております! ボクは様々な調査の末、ようやく彼女の家を特定することができたのです!』

 

 は?

 え、は?

 いや、ぼくが顔出しせずに活動しているというのはまだ良い。そのほうがぼくらしいからだ。

 あんな複雑な家庭事情を抱えて顔出し販売なんてやっていたら、両親にバレてしまう。両親に自分が有名人だと知られてしまったらどうなるかなんて想像に難くない。

 母はぼくを泥棒猫の金ヅルかなにかと思うだろうし、父はぼく自身を売る…… なんてこともないなんて断言できない人だ。

 はっきり言って2人とも親になるような人間性がない。分かってはいるけど、理解しているけど、それでも、ぼくの親であることは変わらないわけで……

 

 そんな家を、特定しただって?

 ホームズ衣装のモノクマが、独特なぬいぐるみ感溢れる足音をたてつつ歩いていく。

 モノクマが持っているのだろう狭いカメラ映像が上昇する。

 恐らくカバンかなにかの中に入れて隠し撮りしているのだろう。

 

『おっと、出てきました…… 父親らしき人物と連れ立っているようです。では、これから普段の生活をバッチリ撮影しましょう!』

 

 家から出てきたぼくは、青ざめていた。

 父親に右手を繋がれ、目が泳いでいる。ときおり周囲に目を向けるけど、すぐに視線を伏せて諦める。父親に目線を上げたと思えば恐怖に揺れた目で首を振る。

 嫌がっているのは明らかだし、そもそもこれは…… 身に覚えがある。

 そのことに背筋が寒くなるような気がした。

 服装は皮肉なことにぼくが憧れるような可愛らしいワンピース。露出が多く、背中が大きく開いている。つば広の帽子を被っていて、軽い化粧までされている。

 

 その格好ひとつひとつに覚えがある。

 

「なん、で…… これが…… ?」

 

 モノクマのカメラ映像はぼくたちを巧妙につけて歩きまわり、ときおりモノクマから煽り文句や(はや)し立てるような言葉が入る。

 昼間の街並みをくぐり抜け、向かったのは…… 考えたくもない場所。

 そこまで来るといよいよぼく自身の抵抗も激しくなるけれど、父に無理矢理手を引かれてそちらへ向かうことになる……

 

『超高校級のアロマセラピストの香月泪さん! どうやら資金稼ぎでこんなこともやっていたんですねぇ! オマエラ急げ! 飛び入り参加だァ! アーハッハッハッハッハッ!』

 

 下種な笑い声と共に映像が途絶える。

 映像が途切れる間際、嫌がるぼくはとうとう気絶させられ、抱えられて建物の中に消えて行った。

 

『こーんな恥ずかしい秘密を知られたくないならレッツコロシアイ! もし起きなければ3日後に全員に向けて大公開! ついでに全世界に向けてね! あ、別に知られていいなら構わないよ? おとなしい顔してとんでもないビッチだって知れ渡っちゃうだけだからね! それともそれがお望みなのかな? ブヒャヒャヒャヒャヒャ!』

 

「……っふ、ぐぅ……」

 

 放心したぼくの手の中からモノクマーズパッドが滑り落ちていく。

 

「う、ええ、え……」

 

 気持ち悪い。

 気持ち悪い

 気持ち悪い。

 

「ううううう……」

 

 口から出るのはうめき声だけで、他にはなにも出てくることはなかった。

 

「あ……」

 

 鈍い音を立てて端末はテーブルに落下し、画面にヒビが少し入ってしまう。

 けれどそんなことはどうでもいい。

 

「…… だ」

 

 口を押さえつけたまま、思わず体を抱きしめる。

 

「いやだ、いやだ、いやだ…… 違う。ぼくは汚れてなんか……」

 

 目が泳ぐ。なにをするでもなく、しゃがみこんで呪文のように言う。

 

「汚れてなんか、ない。あれは未遂だ。未遂で終わったんだ。逃げてきたんだから、だから、違う…… でも、こんなの見られたらきっと…… う、うう、うう……」

 

 こんなものがみんなに知られたらどんな目で見られるか。

 いくら友達になったって、信頼したって、人の知らないものを知るというのは致命的な関係の崩壊を招く。

 もし、ぼくが友達のそんな一面を見せられたら、それを知る前の関係性にはきっと戻れない。真相を知ったところで、その瞳には同情が浮かんでいるだろう。友情に、関係に、余計な色がついてしまう。

 だから、こんなもの知られるわけにはいかない。

 

「ぼく、は……」

 

 コロシアイ。その単語が頭に浮かぶ。

 

「ぼくは……」

 

 ついこの前決意したばっかりなのに。

 ぼくはなんてこと考えてるんだ。バカか。

 テーブルの上にあるモノクマーズパッドを手に取る。

 

「…… こんなものっ」

 

 そして、ぼくがそれを投げつけてしまおうとしたとき…… 慌てるような 「待ッテ!」 という声がその動作を停止させた。

 そこにいたのは緑と白のクマ。モノダムだ。

 

「…… モノダム? なにしにきたんだよ」

「ルールデ、ソレヲ壊スノハ禁止サレテルヨ」

「わざわざ、そんなこと言いに来たの? もういいんだよ、帰って」

「ソウハイカナイ。オラハ、香月サンに死ンデホシクナイヨ」

「……」

 

 モノダムのロボット然とした発音で、ぼくの消極的自殺を止められる。分かっている。ルール違反をすればエグイサルで殺されるのだと。

 

「もうヒビが入ってるけど?」

「動ケバ、問題ナイヨ」

「…… なんでぼくを止めに来たの? きみっていじめられて心を閉ざしてるんじゃなかった?」

「ウン。デモ、ミンナ大好キ。香月サンモ、ソウデショ?」

「……」

 

 それってつまり、同族意識…… みたいな?

 ぼくもいじめられている。でも、両親のことが嫌いなわけではない。

 そういうことか?

 

「…… 忠告ありがとう。でも、きみに同族意識向けられるのはなんか、嫌だよ」

「……」

「ぼくは、あんまり同情とか…… されたくないよ。なんか水を差されるようで嫌なんだ」

 

 一緒にされたくないなんて偉そうなこと言えないけど、なんか勝手に同情されて、勝手に一緒だねって思われるのは嫌だ。

 ぼくときみは、違う人間なんだから…… いや、違う生き物か。

 

「ごめんね」

「ウウン、イインダヨ」

「えっと、ヒビが入っててもまだセーフ…… なんだよね?」

「壊シテナイカライイヨ。オラガ言ッテオクカラ」

「ありがとう、モノダム」

 

 寂しげな背中のモノダムを見送る。

 悪いことをしたかな……

 けど、これはぼくの我が儘だ。弱点を探られて、見せたくないところばかりを晒されて気が立っているところを…… 傷口を直に触られて塩を塗られたようなものだ。

 そんなの、平気でいられるはずがない。

 

「…… コロシアイはしない」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 コロシアイが起こらなければ、3日後にはアレが公開されてしまう。みんなに…… そして、どこからか撮影している映像から全世界に。ぼくのいた学校にも、親友にも。それはとても恐ろしい。

 

 でも、ぼくはコロシアイなんてしない。

 別にバレてもいいなんてわけではない。実際、頭に〝 コロシアイ 〟の5文字は浮かんだ。それでさっきはパニックにもなったし。

 でも、ちゃんと考えれば〝 その必要はない 〟のだ。

 …… だって、分かってしまったから。

 

「ぼくがやらなくても、きっと……」

 

 誰かが、コロシアイを起こす。

 

 それが分かっている。そう思っている。

 みんなを信用していないというなによりの証拠になってしまう、この考えから目を逸らしていたけれど…… この際認めないわけにはいかない。

 どうせ誰かがコロシアイを起こすんだ。なら、ぼくはそれが起こることを今か今かと待ちながらモノクマーズパッドを秘蔵するだけでいい。

 

「最低だよ……」

 

 ヒビの入ったモノクマーズパッドを自分のモノパッドを上にしてポケットにしまい、もう1度顔を洗った。目を冷やしとかないと。腫れてしまう。

 

 もう放送も鳴ったし、みんな食堂に向かってることだろう。

 全員で食べる義務がなくなったところで、自然とみんなは集まってくる。ぼくが行かないと不自然だ。

 

 モノクマーズパッドを部屋に置いておくのはなんとなく心許ない。

 モノクマやモノクマーズは所構わず入ってくるし、知らない間に鍵を奪われでもしたらアレが見られてしまう。

 ぼくが持っていれば、気をつけるだけで済むし…… 危なそうな相手にはそもそも近づかなければいいわけだ。

 特に王馬くんとか…… あと百田くんなんかはコロシアイ抑止のために全員公開し合えば良いとか言い出しそうだ。

 天海くんと白銀さんはそういうことしないだろうし…… 利用するようでなんだか悪いけど、2人にくっついていればスられることもないだろうし安心だ。

 

 そうして準備をして外に出ると、すぐ目の前に誰かの体があった。

 

「わっ」

「あ、すみませんっす」

 

 ギリギリでぶつからずに済んで、顔を上げる。

 そこには今にもインターホンを押そうとしている天海くんの姿があった。

 

「…… 天海、くん」

「どうしたっすか?」

 

 首を傾げる彼にまたぶわりと涙が込み上がってくる。

 

「あ…… ごめん、なんか…… きみ見てると、安心して……」

「もしかして、香月さんも動機が?」

「うん…… ごめん、教えられない。でも、許してね」

「いいっすよ、俺もできれば知られたくはないことですし。香月さんが安心できるまで、ここにいるっすか。それからゆっくり食堂まで行きましょう」

 

 ぐすぐす泣いてるぼくの頭に手を差し出そうとして、彼はいったんそれを止める。それからちょっと悩んだみたいにしてぼくの肩に手が置かれた。

 

「みんな無理に聞いてくることはないっすよ。それぞれの秘密が配られているみたいっすから。あまり知られたいものではないでしょうし」

「…… うん、ありがと」

 

 なんだか今日は泣いてばっかりだな。

 この調子じゃあとても強気に探索なんてできそうもない。

 せっかく決意したっていうのに、こんな感じで大丈夫かなぁ……

 

「あ、そうだ。香月さんはなにが食べたいっすか? 今後の参考にしてみたいんすけど」

「え?」

「オムライスは妹たちが好きだったんすよ。だから、香月さんの好物も知っておきたいんす」

「……」

 

 この会話にまた込み上げてくるものがある。

 本当にどうしたんだろう。覚えていないけれど、夢でなにかあったのだろうか。

 それにしても、好物ね……

 

「卵がけご飯が食べたい…… かも」

「卵がけご飯っすか」

 

 家が貧乏だったわけではないけど、あまりいいものを食べたことがあるわけじゃないし、結構好きなんだよね。朝ご飯とかならなおさら。

 

「なら、美味しい卵がけご飯を今度作るっす。今日は白銀さんが先に行って朝ごはんを作ってくれてるみたいっすから、落ち着いたら行きましょう」

「うん、もう大丈夫だよ。行こう」

「楽しみっすね」

「うん」

 

 なんとなく、なにかが変わった気がする。

 小さなことだけど、確かな変化。

 夢ひとつでこんなに違うだなんて…… 覚えていないのが本当にもったいないな。

 

 …… いつか、思い出せるときが来るだろうか。思い出せると良いな。

 

 

 

 

 

 





 泪の動機やら心情がどんどん重たくなっていく…… ごめんね主人公。


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小競り合いと企画進行と

 

 ぼくたちが食堂に入ると、その場にいた人たちに声をかけられた。

 

「おはよー、香月ちゃんに天海ちゃん! 相変わらず仲良しだねー」

「え、あ、おはよう王馬くん」

 

 いきなり警戒している彼に話しかけられて少し緊張する。

 けど、手を強張らせていたら警戒しているのがバレバレになってしまうので意識してほぐす。

 手を握ったり開いたりして、困ったように返事をしてみると王馬くんはなにかに気がついたようにじっとぼくを見て、それからわざとらしく 「ふーん」 と言った。

 うん、見事にバレバレだ。意味なかったな。

 今後もちゃんと警戒してきないと、本当にスられそうだ。

 

「あ、来たんだね。おはよう」

「おはよう白銀さん」

「おはよっす」

 

 キッチンからは白銀さんがお盆を持って味噌汁を運んでくるところだった。後から赤松さんと入間さんもやってくる。結局赤松さんは入間さんにくっついて料理を教わっていたのかもしれない。よくやるよ……

 

「赤松さん、入間さん、て、手伝うよ」

「ううん、最原くんは座ってていいから!」

「ケッ、働けっつーの」

「えっと、どっちにすればいい?」

「そんぐらい自分で判断すればいいだろ! 赤ちゃん原か? ああ?」

 

 仲が良いんだか悪いんだか、微妙なところだね。

 少なくとも、入間さんは赤松さんが強引に巻き込むようにしているから以前までの厳しさが和らいでいる。順調に友情を育んでいるらしい。

 赤松さんの面倒見が良すぎるんだよなあ。

 

「ご、ゴメン。やっぱり手伝うよ」

「ケッ」

「ありがとね!」

 

 さて、ぼくもお手伝いだ。白銀さんの指示を受けて人数分の白米を盛って、食料庫にあったらしい浅漬けを小鉢に入れる。

 あとは熱々の卵焼きと焼き魚を天海くんが運ぶ。朝ごはんにしてはたくさんあるように感じるけど、案外量的にはちょうどいいのかもしれない。

 

「おうテメーら! 例のヤツは見たか?」

 

 …… と、そこに食堂の扉を開けて百田くんが入ってきた。

 

「そういうのは食事の後にしてくれる?」

 

 春川さんがコーンフレークと容器を持ってそう言う。

 

「そんなこと言ってるけどよ、春川はここにいるつもりねーだろ?」

「そうだけど」

「だから今言うんだよ!」

 

 まあ、このままだと春川さんはまた自分の研究教室にこもりに行っちゃうけど…… どちらにせよ彼女は動機を見せ合う気は無いだろうね。

 

「人の秘密を見ようって趣味もないし、興味もないよ。それに見せたくもない」

「お、よくオレの言いたいことが分かったな!」

「…… はあ」

 

 ああ、うん。気持ちは分かる。

 なんだか百田くん相手だとのれんに腕押しってイメージ……

 

「話しても無駄だね」

 

 そしてそのまま出て行ってしまった。

 多分食事も研究教室の前でするんだろう。

 

「あっ、あー、なんつーか……」

 

 春川さん相手だとああなるのは仕方ない。

 

「冷めちゃうよ…… 早く食べよう?」

 

 運ぶときの姿勢のまま固まっていた2人に声をかける。

 

「ああ、そっすね。話は後っす」

「うん、美味しく食べてもらいたいし」

 

 百田くんを無視してぼくらは席に着く。

 いただきますをして焼き魚に手をつける。かなりいい具合に焼けていて美味しい。白銀さんは和食が得意なのかな。

 

「明日はぼくが担当だね」

「うん、やっぱりハーブ系?」

「そうかもね」

 

 曖昧に返事をしたけど、実際には言われた通りになると思う。

 こうなってみて何度か考えた。何度考えてみても、ぼくの得意料理は野菜や香草たっぷりの料理ばかりだ。身に覚えなんてないのに、ただそういう結論だけが頭に浮かぶ。

 

「動機のことは後回しにしようか。せっかくの食事が台無しになってしまうからネ」

 

 そういう真宮寺くんも和食だ。

 多分自分で用意したんだろうけど、随分しっかりとしている。

 ゴン太くんは果物とか簡単なものを食べているみたいだ。たまに赤松さんが自分たちの分と一緒に食事を作っているときもある。

 夢野さんもコーンフレーク系の朝ごはん。アンジーさんは意外にもバランスのとれた料理。茶柱さんは精進料理みたいな見た目で、夢野さんに少し分けようとしている。あの調子だと明日からは茶柱さんが食事を作って夢野さんにあげてそうだ。

 王馬くんはジャンクフード系ばっかり食べてるみたい…… あれだけで足りるのかと不安になるくらいだけど、もしかしたら部屋でも食べてるのかな。お菓子ばかり食べている印象がある。

 

 マナーよく順繰りに朝食を食べ終えてごちそうさまでしたをする。

 1時間後には全員が食べ終わっていた。

 この場にいない春川さん以外はこれで話をできる状態になったわけだけど…… やっぱり動機の話をしないとダメなのかな。

 

「で、テメーら…… どうするんだ?」

「動機の話っすか。まさか公開しようとか考えてるわけじゃないっすよね?」

 

 天海くんは爽やかな笑顔で言っているけど、あれはどう考えても牽制している。彼も内容は見られたくないんだろうね。

 

「でも、いっそ公開しちゃった方が動機が潰れることになるから安全だと思うけど……」

 

 最原くんが遠慮がちに呟く。

 

「そうですね…… 合理的に考えて見せ合ってしまえば済む話かもしれません。内なる声もそう言っています」

「可愛い女子の弱味を握りたい卑劣な男死しかいないんですか!」

「え、ぼ、僕はそんなつもりじゃ……」

 

 とうとう茶柱さんがテーブルを叩いて怒った。

 多分夢野さんも見せたくない派だろうし、彼女自身だって秘密を知られるのは嫌なはずだ。

 秘密がない関係なんてかえって気持ち悪い。女子の間だと特に秘密にしていることとか多いし、それが当たり前だ。

 ぼくには男子の事情は分からないけど、秘密のない関係なんて普通ないだろう。

 

 確かにお互いに知られないように殺すことはなくなるかもしれない。

 けど今回はみんなだけにじゃなく、全国的に晒されることにもなるんだ。だから互いに動機を見せ合ったところで意味はない。そんな風にぼくは思う。

 

「まあまあ、とにかく落ち着くっす」

「茶柱さんも落ち着こう? ほら、杏仁豆腐もあるよ」

「ぐぬぬ…… いただきます」

 

 白銀さんがキッチンの冷蔵庫から杏仁豆腐を取り出してきた。

 どうやらおやつ用に作ってたみたい。

 ……っていうか、そこは食べるんだね。

 

「ぼくは…… 反対派だよ。誰にだって知られたくないことのひとつやふたつはあると思う。それがトラウマになってる子だっているかもしれない」

 

 目を逸らしながら呟く。

 

「それを見せろだなんて…… 傷口に手を突っ込まれるようなものだよ。やるなら、見せても問題ない人同士でやればいい」

 

 こんなことを言ってしまえば、そのトラウマ級の秘密があると暴露しているようなものだけど…… 変に探られるより暗い部分を先に見せておいて牽制するほうがいい。

 人っていうのは、辛い過去を匂わせれば案外簡単に察して深入りしてこないものだからね。

 見られなきゃいいわけだから、とにかく全員で見せ合うという流れだけは回避させてもらう。

 

「私もさすがに恥ずかしいかな……」

「俺も嫌ですし、見せ合える人でやればいいっすよ」

 

 白銀さんも、天海くんも反対派だ。

 良かった。2人ともやっぱりぼくと同じ考えなんだな。

 これで賛成派だったらどうしようかと思ってたよ。そんなことになったら泣きながら部屋に引きこもってたかも。

 研究教室は鍵がかからないし、籠城するのは向かない。あそこに鍵さえあれば最高の環境なんだけど…… 倉庫で外付けの鍵でも探してみようかなあ。

 

「うーん、やっぱり全員で公開し合うのは無理があるんじゃないかな。ね、最原くん」

「う、うん…… そうみたいだね」

「私は大したことないから別にいいけどさ……」

 

 赤松さんが困ったように笑いながら最原くんを説得している。

 彼も、完全に歓迎されていない雰囲気に目を泳がせて帽子のツバをグイッと下げた。

 

「おいおい、諦めてどうすんだ最原」

「えっ、でも無理強いはよくないよ」

「ああ、そうだな。だからそれ以外の方向で動機を無効化する手段を考えるんだ!」

 

 相変わらず自信満々に答えた百田くんに、流れを追いながら見ていた王馬くんが首を傾げて 「百田ちゃん、もしかしていい案があるの?」 と投げかける。

 

「それは今から考えるんだよ!」

「えー、ダメダメじゃん……」

 

 心なしか呆れたように呟くと彼は 「オレはあるけどねー!」 とほくそ笑む。それにそこはかとなく嫌な予感がしてぼくは彼の目線を追う。

 

「お前になんでもかんでと解決できるいい方法があるのかー? アンジーにはあるよー。神様がこうしろって言うすごーい案だよー!」

 

 王馬くんもさすがに目線まで嘘はつけないだろう…… と思いたい。そんなところまで徹底して演技していたら困る。

 それができていたら彼は超高校級の総統ではなく超高校級の演者かなにかだよ。嘘つきでも可。

 …… 本当に嘘つきが才能で総統の才能が嘘、なんてことは………… いや、ないか。手帳にもそう記述してあるわけだし、あの才能は本物のはずだ。

 

 今まで、手帳の内容まで騙していたのは初期の初期…… 超高校級の詐欺師くらいだ。

 

 うわ、待て。やっぱり超高校級の嘘つき疑惑あるな…… あとでそっちの仮説も立てておく必要があるかな。

 あれこれ疑っていくとどんどん仮説が増えていくな。最悪だ。

 

「え、オレが教えると思ってんの? 悪巧みは裏でするのが華ってもんだよ」

「ならチラチラこれ見よがしにアピールするんじゃねぇ! ブラブラ彷徨い歩いてる露出狂かテメーは! まともな露出狂はもっと潔いからな!」

 

 まともな露出狂とは。潔くちゃダメなやつだよねそれ?

 相変わらず入間さんは独特な例え話をするなあ。

 それに王馬くんは悪巧みって言っちゃってるし…… この2人の会話はツッコミ所が多すぎる。

 

「えっと…… それで、アンジーさんの案っていうのは?」

 

 赤松さんが軌道修正をする。

 それで何人かはハッとしたようにアンジーさんを見つめた。今の流れで忘れてしまったらしい。

 

「なにか忘れたいときは気晴らしが1番なのだー。ということで、秘密子とー、転子とー、アンジーでー、イベントをやるのだー!」

「えっ、今告知するんですか!?」

「んあ…… 今言うとは聞いておらんぞアンジー」

「言ってないからねー!」

 

 昨日3人でイベントを考えているとは言っていたけど、アンジーさんが自由すぎるな…… これ。

 

「はい、メインイベント担当の秘密子から一言!」

「んあっ!?んあー…… んあ、んあー…… い、嫌なことを忘れられる魔法をかけてやるわい!」

「よくできたなー。よしよし神様もニッコリだよー」

「んあ…… イケメンの神様からのナデナデ……」

 

 嫌なことを忘れられる魔法…… か。

 マジックショーは夢がある方がいい。そうだね、嫌なことを忘れるために魔法にかかってみるのもいいかもしれない。

 

「じゃ、転子からもー」

「ええ!? ゆ、夢野さんも素敵なことを言ったことですし…… そうですね、動機とかコロシアイとか物騒なことは気合で吹っ飛ばしてしまいましょう! ネオ合気道の演舞をご覧に入れますよ!」

 

 ネオ合気道は結構気になっていたから見るのが楽しみだ。

 普通の合気道とどんな風に違うのか…… 違いはあんまり分からないけど茶柱さんの演舞なら見る価値はあるよね。

 

「はいはーい、質問!」

「どしたー? 小吉ー」

「アンジーちゃんはなにかしないのかなー?」

「んー、神様は材料がないとやりたくないって言ってるよー。だから今回は企画マネージャーなのだー」

「そっかー、質問に答えてくれてありがとう」

 

 なぜだろう。笑顔でやり取りしているはずなのに、なんだか怖いんだけど。王馬くんはなにを考えてるのかな。

 

「それは3人で考えたのかい?」

「そうだよー」

 

 真宮寺くんからの質問にも快く答えてアンジーさんが楽しそうにはしゃぐ。テンションがかなり上がっているみたいだ。

 

「素晴らしい、素晴らしいヨ…… 気分が沈んでいるみんなのために楽しいショーを開こうだなんて…… 自分も不安なはずなのに、元気づけようとするその優しさ…… ああ、素晴らしいことだヨ…… ! 僕はイベントを応援させてもらうヨ。なにか手伝うことはあるかな?」

 

 んん、なんか真宮寺くんのテンションもマックスだ。

 人間の素晴らしさ云々って言ってるから、彼女たちの優しさに感銘でも受けたのかな。まあ、お手伝いできる人はいたほうがいいんだろうし…… 自分から手伝いを買って出てくれるのはありがたいことなのかもしれないね。

 

「ショーってことは舞台を作るんだよね? 私も良かったら手伝うよ。お裁縫するものが必要なら任せて!」

「ぼくも…… 演出に植物を使うなら手伝うよ」

 

 白銀さんと一緒におずおずと手を挙げて提案する。

 昨日話を聞いたこともあって、ぼくもマジックショーや演舞のイベントには好意的に感じているから、それを手伝うことはやぶさかじゃない。

 

「ありがとねー、つむぎも泪もぐんぐんポイントが貯まってくよー。まずはシルバークラスから目指してがんばろー!」

 

 やっぱり神様評価はクレジットカードみたいな感じなんだね…… 入信したつもりはないんだけど、勝手に評価されていくのかな。

 

「あはは…… ありがとう?」

「なんだかそう言われると頑張りたくなってきちゃうかも……」

 

 褒められてるんだろうし、とりあえずお礼を言っておこう。

 

「解斗もこれで問題ないでしょー?」

「いいじゃねーか! 気晴らしにもなるし、それで動機から気が逸れるんならそれに越したことはないからな」

 

 百田くんも一応賛成みたいだ。

 賛成派と反対派の間でもっと拗れるものかと思っていたけど、これでひとまず安心かな。

 ぼくのモノクマーズパッドもまだちゃんとあるし、他のみんなもネガティブな問題に目を向けるよりも、目先の楽しみな出来事が気になるみたいだ。

 きっと盛大に楽しめるイベントになるだろう。

 

「ですが、まだ企画段階ですからね! 明日即ショーを開くなんてことはできませんから、もう少し待っていてください。転子たちでこのあと相談して、ちゃんと煮詰めてきますので!」

「う、うむ…… 会議じゃのう…… めんどい、が…… みなの笑顔のためじゃからな……仕方あるまい」

「楽しくおしゃべりしよー!」

 

 3人はその後もわいわいと早めの会議をしつつ、しばらく食堂に留まっていた。

 

「…… 仲良いなあ」

 

 ふとしたときに呟いた言葉が、白銀さんの耳にも入っていたらしい。

 

「うん、すごく仲がいいよね。あの3人だけじゃなくとも、最原くんも赤松さんも……」

 

 にっこりと笑う彼女に視線を合わせて、自分の頬が緩んでいることにも気づく。

 

「私から見れば香月さんたちも、あの3人に負けないくらい仲がいいと思うよ?」

 

 近くに座っている赤松さんから声がかけられて、ぼくは照れて 「そう、だといいけど」 と言ってしまった。

 そんなこと言ったらまるでそう思っていないようなもんじゃないか。

 だからすぐにやっちゃった…… と思って上目に様子を伺ってみたけど、2人はなにも気にしていない。ぼくがいちいち怯えてしまっているだけみたいだ。自意識過剰…… ということだ。

 この人たちに対しては別に恐る必要はない。極端に自身の行動のひとつひとつに気をつける必要もない。

 分かっては、いるんだけどな。

 染み込んだ習慣というのはなかなか抜けないものだ。

 

「みんな、すっかり仲良くなったよね」

「うん。私はここから出て友達になるっていうのをまだ諦めてないけど…… もう友達みたいなものだよね」

「これで友達じゃなくて知り合いだったら、友達の基準が相当高いっすね」

「うーん、新たに目標を作る必要があるかも…… あっ、なら外に出たらみんなで旅行に行くとか! 親睦を深める旅行!」

 

 旅行…… 修学旅行…… うっ、頭が。

 いや、またコロシアイになりそうとか思ってないよ。そんなのありえないし。うん、ぼくが疑り深いだけだ。大丈夫、大丈夫。赤松さんに他意はない。

 

「それいいね…… 赤松さんと一緒なら、きっと楽しいよ」

「え、みんなとじゃなくて…… 私名指し…… ?」

「えっと、僕なにか変なこと言ったかな……」

「う、ううん。天然かあ、そっかあ……」

 

 赤松さんと最原くんは本当に仲良いよねぇ。

 

「さて、食器を洗ったらあとは自由っすね」

 

 天海くんがそう言って立ち上がる。

 

「あ、ぼくも手伝うよ!」

「っていうか…… 作った私がやることだよね、それ」

 

 最原くんたちはなんだかいい雰囲気なので、3人でキッチンに向かう。

 赤松さんからの 「助けてほしい」 的な視線を背中に感じつつ、席を離れた。

 恋愛方面はぼくからっきしだから、自分で頑張ってほしい。

 

「午前中はなにしてようかなあ」

 

 茶柱さんたちはこのまま食堂で会議。

 そんな様子をうっとりしながら真宮寺くんが眺めている。仲間じゃなければ不審者として通報するくらいには怪しい目線だ。

 茶柱さんが視線を感じてものすごい顔になっているけど、それも気にせず見つめ続けている。やっぱり不審者だ。

 入間さんは倉庫にあったものを片っ端から改造中。最近はキーボくんをよく連れてるので、もしかしたら彼も改造されてるかもしれない。

 百田くんは恐らく春川さんのところに特攻しにいくだろう。動機ビデオ以外で彼がやることと言ったら、あと王馬くんの牽制に出るくらいだし。

 王馬くんは…… 謎。既に姿が見えない。

 そういえばゴン太くんも姿が見えない。今日は王馬くんと並んで食事してたけど…… それくらいだ。自分の研究教室に行ってるのかな。

 

 さて、ぼくらはどうしよう。

 そう思って彼らを見ると、2人共に自然に視線が合ってしまう。どうやら考えていることは同じみたいだ。

 まったく、一緒にいるのが当たり前になったなあと苦笑する。

 

「今日はなにする?」

 

 今日はぼくから一緒に過ごすことを肯定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





・傷口に手を突っ込まれるようなものだよ
 「傷口に塩を塗られるような〜」とやろうと思ってましたが、書いてる自分が塩に反応してんんっ、となるのでやめました。おのれ真宮寺是清…… ミーム汚染を仕掛けてくるとはこいつ、できる…… !


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3人の秘密

 ぼくは今日はどうしようか、と考えた結果。改めてはじめに配られた凶器をちゃんと調べてみることにした。

 …… 食堂から人がいなくなる頃合いを、見計らって。

 

 ぼくはひとまず目的を話さずに、食堂から人がいなくなるまで待つことにした。

 それまでは軽い雑談で場を持たせ、最後まで残っていた茶柱さんたちが仲良く連れ立って外に行くのを見送る。そして、それについていく真宮寺くんのことも…… なんか、ストーカーしてるみたい。あとで茶柱さんに投げてもらう必要があるんじゃないかな。正直…… ぼくは近寄りたくない。ああいう人は苦手だ。民俗学の話は面白いらしいし、悪い人じゃないのは分かってるんだけど…… どうしてもね。

 

「ぼくたちだけになっちゃったね」

「そうっすね。どうします? 俺たちもどこか移動するっすか?」

「それともおやつでも作る?」

 

 提案してくる2人に首を振って食堂の隅を指差す。

 

「もう一度、凶器を調べてみよう」

 

 この話をするのにも、結構勇気が必要だった。

 きみはまだ事件が起こると思っているの? と、そう言われるのが嫌で…… 前の赤松さんみたいに責められてしまうんじゃないかという懸念が何度も頭の中を駆け巡って、口から出すのにも時間がかかった。

 

「前の事件のときは分かりやすく凶器がなくなっていたから良かったけど、もしまた事件が起こったときに…… 多数ある中の1つだけがなくなっていた、とかなったら手がかりが見つけにくくなる。だから、ちゃんと数を確認しておくべきだと思うんだ」

 

 そう、たとえば薬のカプセル。多数あるカプセルの1つが抜かれていたとしても恐らく気づかれることはない。裁縫セットだってそうだ。針の一本でも抜かれたら分からない。

 そうなったらあのときの二の舞だ。

 …… というのは建前で、とにかくなんでも情報が欲しいだけなんだけどね。

 だって、ぼくは次のコロシアイが始まるのを待っているんだから。

 この調査もコロシアイが起きたときの備えというのが本音だ。そして、建前的にはコロシアイが起きないためと彼らに提案している。

 

「…… 分かったっす。みんなの安全のためにも調査は大事っすね」

「うん、別にコロシアイが起きてほしいわけじゃないけど…… 調査は大事だよ。そうだよね」

 

 確かめるように、さも当然のように嘘をついて…… それから眉を寄せて困惑していた白銀さんを見つめる。

 彼女は赤松さんのときも責めはしなかったけど、ぼくと同じように地下道を行くことに否定的だった。

 もしかしたら、〝 コロシアイが起きたときのため 〟の保険なんて嫌がられたかもしれない……

 

「1回コロシアイも起きちゃってるもんね…… リスト作る? ノート作るのとか結構得意だよ」

「リストかあ…… あったほうがいいかもね」

「倉庫のほうは数が多すぎて無理かしれないっすけど、ここの凶器くらいならなんとかできそうっすね」

 

 それじゃあ、数の多いものから…… とぼくは食堂の一角に手を伸ばす。

 まずは百田くんが持ってきた薬を入れるカプセルだ。

 

「結構たくさんあるね」

「20はあるみたいっす」

「えっと、記録はどうしようか?」

 

 白銀さんの指摘に思わず 「あ」 と声を出す。

 倉庫にでも行けばメモできるものがあるだろうか?

 

「ああ、それならモノパッドにメモ機能があったっすよ。録音とかもできますし、案外便利っす」

「え、あ…… そういえばいろいろできたね」

 

 思わぬ提案に戸惑ったけど、そういえばにチャット機能みたいな細かいこともできるんだった。

 

「じゃあそれでやろうか」

「うん、じゃあカプセルが20…… と」

 

 カプセルだけで20もあったんだね。

 他に数がありそうなのは…… 白銀さんの裁縫セットかな。

 

「針はマチ針も含めて9本すね」

「え、9本?」

 

 なんだか中途半端な数字に、ぼくはもやもやするものをかんじて繰り返す。

 

「マチ針が4本、普通の針が5本っす」

「えっと、空いてる箇所とかない? さすがに中途半端だと思うんだけど……」

「一本ずつ収納するタイプじゃないっすから、なくなっているかは分からないっすね」

 

 もしかしたら、既に1本抜かれているのか?

 …… でも確かめる術はない。ぼくらが覚えておけばいいのかもしれないけど、正直不安だ。

 

「夕食のときに聞いてみればいいっす」

「そう、だね」

 

 そうだよね。聞けばいいことだ。針だけで人を殺すのはそう簡単なことじゃないんだから。

 

「スズランの花瓶は中の水ごともう捨てちゃったし、カンディルもスズランの毒で死んでるから…… そういえば、東条さんのデッキブラシってどうなってるんだろう?」

 

 確か、デッキブラシのブラシ部分が金属の刃でできているんだったよね。使いにくそうな刺突武器だなって思った印象がある。

 

「これで掃除したら床に獣の爪痕みたいに残りそうっすね」

 

 ああ、そういうシチュエーションの事件とかもあるよね。

 巨大な獣が事件を起こしたように見えて実はフェイク…… みたいなやつ。探偵漫画とかだと結構見る気がするよ。

 あとは部屋で争ったように見せかける偽装とかもあるな。

 

「ん、この刃の部分…… ナイフみたいな柄も根元にあるんすね」

 

 デッキブラシを裏返して見ていた天海くんが呟き、白銀さんと2人で覗き込む。よく見てみると、まるでナイフが埋まってるようになっていた。柄の部分も装飾のように赤い宝石が……

 

「これ、ボタンじゃないかな」

「あ、待って」

 

 いつの間にか白銀さんが伸ばした腕が、赤い宝石をグッと押していた。途端に金属音と共に一本のナイフが床に落ちる。

 ぼくたちはそれを見て、言葉を失った。

 

「暗器…… ってやつかな」

 

 そう呟くのが精一杯だった。

 メイドさんって言えばやっぱりナイフなんだなとか、ということはこのデッキブラシにナイフが10本分隠されていたのか、とかいろいろ思うことはあるけど、記録することが増えたのは変わらない。

 ナイフを1本ブラシの柄に取り付ければ元の通り槍として使うこともできるらしい。

 天海くんのリボルバーは…… なくなればすぐに分かるか。

 重水は大量に飲んでもそう効果はない。

 星くんの鉄球は目立つからなくなったら分かるし…… そもそもこれを使って撲殺できる人は限られている。力の強い人でないと無理だ。

 入間さんのレンチも同様。よほど力を込めて殴らない限り殺すことなどできないだろう。

 春川さんの金箔の模擬刀はもはや常連凶器と化しているけど、これも撲殺武器だから力がないと無理だ。しかも学級裁判に不利な証拠が残りやすい。こんなもの使って殺そうとする人がいるとすれば、突発的な犯行のときくらいだろう。

 アンジーさんの水晶玉も…… 砲丸投げ選手とか、野球選手みたいな人がいない限り使い物にならないだろう。

 テニス選手の星くんはすでにいないし、仮に彼がいたとしてもラケットに当たった瞬間この高額なガラス玉は粉砕されると思う。

 

「ゴン太くんのはどうだろうね」

「ああ、ハウツー本っすか?」

 

 そう言って天海くんがみんなで作った棚の上段から本を取った。

 これに洗脳作用なんかがあれば即お焚き上げ案件なんだけど、春川さんが読んでも問題ないって言ってたし…… ゴン太くんはこんなものに焚き付けられるほどバカじゃない。あの人は案外頭の回転が早いから侮っているモノクマはバカなのかと思う。

 中を読んでみても文面は前見たときと同じだ。みんなのために殺してあげよう! それがみんなのためになるよ! みたいな内容が延々と書き連ねてある。

 読んでも洗脳はされないけど、頭は痛くなってきそうだ。

 

「ちょうどスプレーとライターがあることですし、焼却処分でもするっすか?」

「え…… 燃やしちゃうの?」

「ちょっと待ったー!」

 

 驚いた白銀さんの声に被せるようにモノクマがどこからともなく現れた。

 

「ゴミ処理は開けた場所で安全にやらないと校則違反にしちゃうよ! スプレーのガスに点火なんて危ない火遊びはコロシアイ以外には認めませんからね!」

 

 そこはコロシアイでも禁止しておいてよね……

 

「本当は渡した凶器の処分も違反にしてやろうかと思ってたけど、そんな校則作ってなかったからね…… ショボーン。それにオマエラったら初日にスズランもお魚さんもダメにしちゃってるし!」

 

 スズランの毒でカンディルは殺しちゃったからね……

 あとは吹き矢か。毒の入った小瓶と吹き矢でセットだったかな。

 確か中段に……

 

「そうそう! だから周りに燃えうつりそうな場所でお焚き上げはいけないよ? ねー、香月さん」

「ぅえ?」

 

 変な声が出た。

 不意を突かれてベラドンナの瓶を倒して、慌てて元に戻す。

 

「な、なんのことかなぁ」

「あれあれー? なにか心当たりでもあるのかな? うぷぷぷぷ」

 

 しまった!

 そう思ったときにはもう遅い。顔色がさっと変わって、そして目が泳ぐ。なんて嘘が下手くそなんだ。こんなんじゃ2人にバレバレじゃないか。

 上目でそっと確認してみると、2人とも首を傾げるようにしてモノクマを見ていた。ぼくへの視線は意識して外してくれているみたいで天海くんがモノクマに向かって一歩踏み出した。

 ぼくの場合、こういうときに見られてしまうと余計頭の中が混乱するって分かっている対応だ。本当によく分かってくれているよ。

 けど、モノクマはニヤニヤしながら追撃にかかってくる。

 

「あーあ、せっかく香月さんがコロシアイ起こしてくれると思ったのになー。トリカブトなんてこっそり摘んでたから応援してたのに酷いよねー!」

 

 やっぱりそれのことか。

 ぼくがやろうとしていたのは、〝 危険な植物を除去した場合補充されるのか 〟の検証だ。それをきちんと説明すればいいことも理解している。きっとそれを2人が信じてくれるだろうことも。

 …… ともかく、モノクマは追い払わないと。

 

「あれは最初から処分するつもりだったんだよ…… 校則違反じゃないなら、いいんでしょ?」

「コロシアイのために用意してるものなんだからそうホイホイ燃やされたら困るのー!」

「分かった、分かったよ…… もう知りたいことはもう分かってるから早く帰って」

 

 勇気を出してモノクマを追い出しにかかる。天海くんの後ろに隠れながら、というなんとも情けない格好だけど。

 

「あ、そうっす…… モノクマ。香月さんの研究教室の凶器はあの雨漏りっすよね。なら、赤松さんの研究教室の凶器はなんなんすか? 俺たちは知る権利があると思うんすけど」

「…… こっちにも教える権利はあっても義務はないんだよね。自力で見つけないと面白くないでしょ?」

「……」

 

 なにを言いだすかと思えば…… 確かに赤松さんの研究教室はまだ凶器が明らかになっていない。でも、モノクマにも教える気はない…… と。気づいた人物だけがその凶器を使う権利を得るということにしたいのかな。

 

「それと、ここにある凶器を誰か持ち出した人はいるっすか?」

「教えると思うの?」

 

 モノクマはそのまま興味を失ったとばかりに食堂から出て行く。

 ポテポテという間の抜けた足音がしばらく、静かになった食堂にも届いていた。

 

「…… 持ち出されている可能性は高いっすね」

 

 足音が完全に聞こえなくなってから天海くんがポツリと言葉を漏らす。ため息と一緒に押し出されたその言葉はぼくらの胸の中にストンと落ちるように入った。

 

「よく、そんな判断できるね……」

「もしかして裁縫針のことを聞いたのかな? 地味に気になってたから助かったけど……」

 

 白銀さんと天海くんを見つめると、首肯が返される。

 裁縫針は9本。中途半端な数だから持ち出されている可能性が高い。

 

「もし、もし針が持ち出されているとすれば…… お2人はどう使うと思うっすか?」

「うーん…… 針だとこう、暗殺者みたいに首にブスッととかかなあ…… 漫画やアニメだと普通に針を武器にしてるけど、あれを再現するのって物理的に難しいと思うんだよね」

 

 真っ直ぐ飛ばすのも難しいし、と実感のこもった体験談を白銀さんが話す。詳しく話を聞くと、針飛ばしの再現はダーツで鍛えたようだ。さすが超高校級のコスプレイヤー。キャラの再現へのこだわりがすごい。

 

「コスプレのためにいろいろ習ってるからお金も結構使っちゃうのがたまに傷かもね」

「白銀さんはスポンサーついてるんすから、その辺はもう大丈夫なんじゃないっすか?」

「うん。でもスポンサーつくまでは大変だったよ…… いろいろバイトして習い事のお金稼いで…… ってこれは関係ないよね。隙あらば自分語り。オタクの習性かも……」

「ううん、体験談とか楽しいからもっと聞かせてほしいくらいだよ」

 

 白銀さんのフォローを入れつつ、最後に残った最原くんと赤松さんの凶器を手に取る。

 最原くんのは硫酸。赤松さんのは月光という曲の楽譜だ。

 

「赤松さんの楽譜は研究教室の凶器とも関係あるかもしれないっすね」

「見るからに関係ありますって感じだもんね……」

 

 ハウツー本は大したことがなかったけど、今度こそ洗脳音楽だったりするかもしれないので注意だ。

 赤松さん自身がコロシアイ否定派だからあまり危険視はしていないけど。

 硫酸はなあ…… どこかに流すわけにはいかないし…… 毒ってわけでもないから減ったりすることもない。瓶が割れないように厳重に保管しておくくらいしかできないよね。

 

 ところで。

 

「…… トリカブトのことは聞かないの?」

 

 ぼくから話題に出す。

 大丈夫。2人は大丈夫。

 決意したんだから。2人を信じて、そして最善の選択を。この問題を説明せずに放置するのは最善だなんて言えない。前と同じ、逃げてるだけになってしまうから。

 

「じゃあ聞くっす。さっきの話を詳しく聞かせてください」

 

 こちらをまっすぐ見る彼の瞳には兄のような優しさではなく、1人の人間としての真摯な思いが浮かんでいる。

 なら、迷わない。迷う必要なんて、最初からない。

 

「検証だったんだよ」

「検証?」

 

 白銀さんの声に頷く。

 

「植物園の一角には毒の植物が蔓延してる。それを駆除できたら万々歳。できなくても、モノクマがすぐさま植物を補充するのかが分かる。結果は、翌日には誰にも知られることなく大量のトリカブトが、それも開花状態で…… 完全に〝 元に戻っていた 〟んだ。もちろん、収穫したトリカブトはそのままだったけど」

 

 誰にも違和感がないように、収穫前と全く同じ状態のトリカブト。

 だから植物園の凶器を処分することは悪手だと判断することになった。いたちごっこになってしまう上に、恐らくぼくの体力が持たない。

 それに、そんなことばかりしてたらモノクマに狙い撃ちにされてしまいそうで怖かったというのもある。

 臆病な気質はそう簡単には変えられないから、諦めるしかなかった。

 

「先に言ってくれればよかったと思うんだけど……」

 

 眉をハの字にした白銀さんが言いかけるけど、それを天海くんが優しく遮る。

 

「できなかったんすね」

「…… うん」

 

 ここまでくれば、彼にはお見通しだ。

 この検証を表沙汰にできなかったのは…… 星くんのことがあったからだ。

 

「事件が起こってしまったんすね、そのときに」

「…… そうだよ」

 

 それでもやはり体が震える。

 

「う、疑われるのが怖くて…… ぼく、なにも言えなかった。だって、あんなもの持ってたらぼくがクロにされちゃうと思って…… ぼくがスケープゴートになってたかもしれないって」

「スケープゴート…… ?」

 

 天海くんの不思議そうな声にあっ、と声が出る。

 

「学級裁判は、実行犯がクロになるんすよね? それでスケープゴートにされるわけないですし…… ?」

「あ、待って待って天海くん!」

 

 止めてももう遅い。

 口から出してしまった言葉はもう戻せないんだから。

 

「…… 〝 ぼくが 〟スケープゴートにされたかもしれない? 東条さんがスケープゴートだったって、言いたいんすか?」

「……」

 

 頭の回転が早すぎる。

 いや、ぼくが迂闊すぎたのか。

 

「…… 首謀者が、関与してるはずなんだ」

 

 だから、観念して口を破った。ひとつだけ嘘を吐いたまま。

 

「星くんが自殺なんてするはずがないんだ。ぼくはそれを信じてる。だから、自殺しようとして昏倒…… それから溺死なんて、おかしいと思うんだ」

 

 ぼくが消し去った証拠のことは漏らさず、結論だけを共有する。

 

〝 証拠はないけど…… 〟ぼくはそう思ってる」

「首謀者が、全てセッティングしたってことっすか?」

「うん、星くんになんらかの理由をつけてベラドンナを摂取させて昏倒させたんだと思ってる。それから、星くんの頭が雨漏りのちょうど真下に来るように位置を調整しておいた…… 研究教室には鍵がかからないからやりたい放題だったはずだよ。倒れた位置が偶然雨漏りの真下だったなんて不自然だ」

 

 天海くんは顎に手を当てて考えたあと、頷く。

 

「そっか…… 私も、偶然は不自然だと思ってたんだけど…… 首謀者か…… モノクマが関与してこなくても、首謀者は関与してくるってことだよね? それって、怖いね」

「うん…… だからこうして調査してるんだよ」

 

 肯定を返して手を強く握る。

 胸の前で祈るように手を組むと…… とうとう2人からの否定は返ってこなかった。

 

「なら、才囚学園調査団でも設立するっすか」

「え…… ?」

「わあ、3人だけの秘密倶楽部かな? 地味にそういうの憧れがあったんだよね。私は賛成だな」

 

 天海くんが手のひらを下にして差し出すと、白銀さんもその上に手を重ねる。

 ぼくはそれを呆然としながら目を瞬かせた。

 

「香月さんも、ほら」

「3人だけの秘密の調査団っす」

 

 この人たちは、もう。どうしてそんなにも、優しいんだろう。

 ぼくはあと何回泣けばいいんだろうね。あと何回、笑えばいいんだろうね。

 

「うん」

「リーダーは香月さんっす」

「えっ、そ、そういうのはちょっと……」

「大丈夫っすよ。ちゃんと支えるんで」

「そうそう、こういう場合多少臆病な子のリーダーだと成功フラグが立つから自信持って!」

 

 2人に向けられた笑顔に、自然と笑みがこぼれた。

 重ねられた2人の手の上に、ぼくのそれを乗せる。

 

「才囚学園調査団、結成…… ってことでいいのかな?」

「うん、よろしくね」

「ルールは3つ。首謀者探しの調査をすること。みんなには内緒にすること。そして、たまにお茶することっすね」

「いつもとやってることは変わらないかもしれないけど、心構えの話だもんね」

 

 ああ、確かにいつもとなにも変わらない。

 けど、それと同時になにかが変わった。

 

 この人たちのためにぼくは頑張りたい。

 

「ありがとう」

 

 疑わないでくれて、ありがとう。

 秘密の共有をした調査団。秘密の倶楽部。

 お互いに秘密にしていることもまだあるけど、秘密のない関係なんて現実にあるかどうかさえも怪しい、嘘くさいものはいらない。

 

 この世界で築けた絆は、ぼくの宝物になるだろう。

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

「うん、いい()が撮れたよ。ありがとう、香月さん」

 

 乾いた拍手が部屋にこだまする。

 その音に反応してか、モノクマの大きな目玉だけが声の主を捉え、部屋に響く音をマイクで拾った。

 そして声に返事をするように喋りだした。

 

「楽しそうだねー。でもあんまり余計なことはしないでほしいんだよね。だって首謀者ばっかり関わった事件なんて面白くないでしょ? マッチポンプは世間のニーズに適ってないよ」

「いやいや、そんなのバレなければいいんだよ。大丈夫、これが理想のダンガンロンパになるはずだから」

 

 声の主はモノクマを小馬鹿にするように言葉を返した。

 

「理想ばっかり高くてもねー」

 

 それを受けてモノクマもどこか呆れたような声を出す。

 すると、途端に声の主は機嫌を悪くしたように声を低くする。

 

「首謀者はこっちなんだから、文句ばっかりつけてないで働いてよ」

「はあ、仕方ないなあ」

 

 首謀者様のためだから仕方ないね、とモノクマ…… それも首だけの巨大な個体は応答した。

 

「…… ふふ」

 

 モノクマが観念したことで、その顔に張り付いた笑みがより深みを増していく。

その先には複数のモニター。その中のどれもが、その人にすれば宝物のように大切なものなのだ。

 

「…… ダンガンロンパはこうでなくっちゃ、話にならないな」

 

 どこか隠された部屋で、誰かさんが嬉しそうに呟いた。

 

 

 

 

 





 皆様いかがお過ごしでしょうか。暑い日が続き、台風も到来してきているようですので、熱中症や体調不良にはくれぐれもお気をつけくださいませ。

 書きたいものが多いという諸事情により、来週の更新予定日を再来週の8月11日に伸ばさせていただきたく存じます。
 「錆の希望的生存理論」 のほうでも8月10日に更新があるため、同時進行で集中的に仕上げてきたいと思っております。
 どうかご了承くださいますよう、宜しくお願い致します。


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見当たらない名前?

 3人で相談した結果、気になる場所を調べてまわることにした。

 食堂から近いのはどこだろうか。まずは中から回ろうかな。

 

「あ、ごめんね……」

「ううん、こちらこそ急に開けてごめん」

 

 白銀さんが扉を開ける前に向こう側から開かれて、そんなやりとりが聞こえてくる。

 どうやら赤松さんが食堂に戻ってきたみたい。

 

「あれ、赤松さん1人だけ?」

 

 ぼくが思わず疑問を口にすると彼女は少し恥ずかしそうに 「いつもくっついて歩いてるわけじゃないよ?」 と言った。

 確かにそうかもしれない。

 

「仲良いですから、セットのイメージがあるんすよね」

「それは…… 最原くんは大切な友達だから」

 

 聞きようによっては彼が絶望しそうなことを赤松さんが言う。本人も照れながら言っているから恐らく特別だとか、そういう感情を肯定も否定もしていない複雑な心境なんだろうね。

 友達以上恋人未満というか…… まだ気持ちが曖昧というか、ちょっとそういう関係憧れるや。

 

「ま、まあ、でもここで待ち合わせしてる事実はあるんだけどね!私の研究教室なら〝 愛の挨拶 〟でも演奏しながら待てるんだけど……」

 

 喫茶店とかで聞くことのある曲…… だったかな。多分聞けば分かるんだと思うけど。

 その曲を選ぶ辺り彼女の心情がなんとなく分かるな。

 

「最原君はどちらにいったんすか?」

「えっとね、前に図書室に仕掛けをしたって話はしたよね?」

「うん、首謀者対策でカメラを仕掛けてたんだっけ?」

 

 白銀さんが思い出しながら言葉にすると、それに赤松さんが答えるように 「それ以外にもある仕掛けをしてあるんだけど……」 と続ける。

 

「それ以外にもなにかしてるの?」

「うん、これだけは私たちだけしか知らないよ。首謀者があの隠し扉を使ったかどうかを判別する方法があるんだけど…… 最原くんはその確認をしに行ってるんだよ。その間、私はアンジーさんたちにイベントの演奏を頼まれたから、少し話してたんだよね」

 

 ああ、イベントに演奏はつきものだもんね。

 あれ、でもピアノ演奏だけでいいんだろうか…… 本人たちがいいなら問題ないんだろうけど。ドラとか使わないのかな? 多分倉庫にもないだろうけど。

 

「っていうか、それってアンジーさんたちの話がなかったら2人で行動してたってことだよね」

「うう……」

 

 顔を真っ赤にして俯いた赤松さんの反応で、その予想が正しいと分かってしまうね。

 まだ1週間も経っていないのに、恋って突然くるものなんだなあ。

 

「なるほど、最原君だけ確認できるものなんすね?」

「う、うん! そうなんだよ! すごいよね! あれで自分の才能を卑下してるなんてもったいないよ。私はもっと自信を持っていいと思うんだけど……」

 

 被せるように言って恥ずかしさを誤魔化しているように感じる。これ以上突っ込んだことを話したら可哀想かもしれない。

 

「なら、図書室は行かなくても良さそうっすね」

「うん、2人がこれだけやってるなら調べ尽くされてそうだしね」

 

 役割分担というやつだね。隠し扉は気になるけど、探偵の最原くんが管理しているなら大丈夫だろう。万が一があったとしても、赤松さんも一緒に行動しているから、そう迂闊なことはしないだろうし。

 2人以上で固まって動いているなら、その中に首謀者が混じっていたとしても動きにくくなるはずだ。

 そう考えると…… 最近は入間さんといるとはいえキーボくんは怪しい。ロボットだし、首謀者の手先という可能性も十分あり得る。

 キーボくんが違ったとしても入間さんが首謀者で、知らないうちにカメラの映像を拝借してたり回路をいじって意識を奪った状態で操ったり…… 出来ちゃいそうなんだよなあ。

 王馬くんはよく分からないし…… 首謀者ならあんなに引っ掻き回したりするものなのかなあ、と疑問が先に立つ。

 真宮寺くんは1人のほうが多いけど、ここしばらくは夢野さんを観察する行動が目立つ。ストーカーみたいで正直怖いんだけど、赤松さんに話を聞くと 「悪い人ではないんじゃないかな? 民俗学の話も面白いし」 と返ってくる。保留。

 ゴン太くんは1人でいることが多いけど…… あれで裏があったらぼくは泣く。降参だ。

 春川さんは元から群れるのが嫌いみたいな雰囲気があるし、もし首謀者だったらあそこまで孤立しようとするのはかえって目立ちすぎる。今も百田くんは彼女に付きっ切りでどうにかこうにか団体行動をさせようと必死だ。

 ぼくらの性格がある程度割れているのならばそうならないように行動するだろうし、春川さんも可能性は低い。

 

 …… 正直、ぼくも疑っている人は何人かいる。

 けど確証が持てないから全部保留にしているんだ。もう少し証拠を集める必要がある。これはダンガンロンパの舞台。対決するなら、それは裁判場でだ。

 

「……」

「香月さん、難しい顔してるよ」

「…… ? あ、えっと、ごめん」

 

 考え込んでいたら白銀さんが目の前で手をひらひらと振った。

 ついつい考えていると手も足も止まってしまう。

 

「それじゃあ、どこに行く?」

「そっすね、なら同じような場所でゲームルームとAVルームはどうっすか?」

「調べてないんだっけ、そうだね」

「新しい場所は? 確かゴン太くんの研究教室も開いたんだよね」

「なら、次は3階も含めて探索っす」

 

 話しながら移動し、赤松さんに手を振る。彼女も快く振り返して見送ってくれた。

 そして、廊下の途中で走る最原くんを見かけたので 「赤松さんが待ってるよ」 と一言。彼は 「ありがとう!」 とだけ言いながらすぐさま食堂の方へ向かっていった。思ったよりも遅くなっちゃったのかな。

 

「廊下は走っちゃダメなんだよー!」

「そういうキサマも走っとるやないかーい!」

「みんな走ってる時点で同罪だわー!」

 

 そんな最原くんを追ってるらしい3匹のクマともすれ違う。モノキッドとモノダムがいないので、別行動か、いじめてる真っ最中か…… ともかくぽてぽてと可愛らしい足音を残してモノクマーズも食堂の方へ行った。

 

「図書室に隠し扉があるんすから、こっちのゲームルームか…… 本命はAVルームの奥っすね。そっちにもなにかあるかもしれないっす」

 

 天海くんがそう言って、ゲームルームを通り越してさっさとAVルームに入っていく。図書室の隠し扉のある方向とAVルームのスクリーンの場所は、地図を重ね合わせれば同じような位置にある。怪しいと思うのも無理はないと思う。

 天海くんが扉を開けっぱなしにして奥を調べているので、ぼくはゲームルーム内を調べることにした。広さはAVルームと同じくらいだし、どっちを調べても効率はいいだろう。

 

「じゃあ私はこっちの映像に変なものがないか見ておくね」

 

 奥を中心に調べている天海くんとは違い、白銀さんは手前側のラックに置かれたDVDケースを調べ始めた。

 

「なにこれ…… 五十音順でもないし、雑すぎて地味に気になるかも……」

 

 どうやら軽い整理整頓まで始めてしまったみたい。

 うん、本棚とか並びがバラバラだと気になる気持ちは分かるよ。

 あれでは時間がかかりそうだね。今日中に全部調べられればいいんだけど。

 

「ゲーム機は……」

 

 スタートボタンを押してみる。動かない。

 やっぱりゲーム機の電源は木の根っこに邪魔されたり切断されてしまっていて使い物にならない。ゲーム機…… ってことだから、なにかあるかと思ったんだけど。

 

「えっと……」

 

 ゲーム機についているのは定番の◯△□×のボタンと、1から9までの数字のボタンに十字に動かせるレバー。あとなにかを切り替えするようなボタン…… 格闘ゲーム機とかこんな感じだっけ? あんまり見たことないから違うかもしれない。見た目だけはゲームセンターにあるようなやつだと思う。ボタンがかなり多いような気はするけど。

 

「……」

 

 ちらっとAVルームを見る。

 2人は集中してこちらを見ていない。

 

「えっと、て、適当に数字でもいれようかなあ」

 

 わざとらしく呟いて、電源の入っていないゲーム機に番号を入力する。その番号はもちろん、ダンガンロンパという作品にとって大事な数字。

 

 〝 11037 〟

 

 ただしキーパッドには〝 0 〟がないので、代わりに◯ボタンを押すようにする。

 そうして入力した途端、ゲーム機に電源が入った。

 

「…… っ、と」

 

 悲鳴を押し殺して、震える手でゲーム機の◯ボタンを押す。

 映像が切り替わり、 「あなたの名前を入力してください」 と出る。まだ中を見ることはできないみたいだ。

 ここで自分の名前を入れるのは怖いけど、他の人の名前を入れるのはまるで生贄にするみたいで嫌だ。自分の名前を入力してみるしかないだろう。

 

「かづき、るい…… っと」

 

 〝 ERROR 〟

 

「えっ…… ?」

 

 驚いて、思わず声を漏らす。

 すぐさまもう一度自分の名前を入力してみるが、やっぱりエラー表示だ。

 

「首謀者の名前しか受け付けない…… とか?」

 

 それなら総当たりすれば首謀者が分かるんじゃないか? そう考えて赤松さんの名前を入れてみる。

 

 〝 認証 〟

 

 息を飲む。

 画面が切り替わると、そこには文章だけが表示された。

 

 〝 姉妹共にオーディションで合格 〟〝 妹は補欠に認定 〟

 

「あれ…… ?」

 

 この文章ではとても彼女が首謀者だとは思えない。

 画面をいくらか戻して今度は最原くんの名前で入力してみる。

 

 〝 認証 〟

 

 〝 事務所の人間が捜索願を提出中 〟〝 数ある事件を解決 〟

 

 やっぱり同じように名前が認証され、次の画面に映る。そして、その人物についての情報が少し知れるようになっているようだ。

 

 そうして全員試して……

 

「真宮寺くん……」

 

 〝 認証 〟

 

 〝 姉が死去 〟

 

 最原くんも事務所の人がいるみたいだし、全員誰かしら大切な人や物があるのが記入された情報によって分かる。

 

「兄弟持ち…… 多いな」

 

 現実逃避に近い独り言を漏らす。

 名前が認証されなかったのは、ぼくただ1人だった。

 

「なんでだ…… ?」

 

 考えても答えは出てこない。

 ぼくはちゃんとここにいる。なのに名前が認証されないのは…… なぜ? ぼくが首謀者? いやいや、そんなこと有り得ない。首謀者が関わった事件がすでに起きていて、そのときぼくは自分の意思でもって行動していた。棺で目が覚める前に自ら記憶を消した首謀者でしたーなんて、そんなことはないはずだ。

 そもそも最初は参加者じゃなかったとか? 寮の部屋もそうだけど、男女のど真ん中とか、17人目がどうのとか、特別とかなんとかモノクマーズも言ってたし…… 急遽ぼくが参加者の中に捻じ込まれたのだとしたら?

 それならいろいろとある違和感もある程度筋が通る気がする。

 だからこそぼくの記憶は無事だったのかもしれないし。

 

「……」

 

 見られていないことを確認してからゲーム機の電源をオフにした。

 

「2人はなにか見つかった?」

 

 そうして、なにも見なかったことにして2人を確認しにいく。

 わっ、白銀さんが整理整頓に熱中しすぎてすごいことになってる。見事な五十音順だ。

 あれ、でもこの一角だけ隔離されて…… ?

 

「っなんでこんなのが……」

「あー、見ちゃった? モノクマも律儀だよね。確かに私たちは思春期だけど…… 下世話っていうか……」

「いや、白銀さんがわざわざ隔離してくれたのに見ちゃったのはぼくのミスだね、ごめん」

「ううん、大丈夫?」

「うん」

 

 思春期の高校生には刺激の強いDVDだと思うよ、うん。

 鳥肌が…… 嫌な思い出がいろいろ脳裏を横切って不愉快なことになってしまった。モノクマめ……

 

「白銀さん、よく平気だね……」

「平気ではないよ? でも乱雑に整理されててゴン太くんが見ちゃったらと思うと…… 恐ろしいよ」

 

 なぜゴン太くんだけ名指しなんだろう?

 確かに彼が1番純粋でそういうのを知らなそうだけど。

 

「…… あ、なんでゴン太くんなのかって?」

「う、うん」

「えっとね…… わたし黒髪赤目のキャラが好きなんだよね。ゴン太くんや春川さんは素で黒髪赤目だから、すごくコスプレ映えしそうだなあって…… 勝手に思ってるだけだから、迷惑かもしれないけど」

 

 なるほど、だから他の人よりちょっと興味があるのかな。

 黒髪赤目のクールだったり怖そうなイメージで、ゴン太くんのあの純粋さはかなりのギャップ萌えかもしれない。

 

「ギャップがあるよね…… ゴン太くん。春川さんは見た目と雰囲気が一致してる気がするけど」

「そうそう! そうなんだよ! あのギャップがいいよね! 頑張って紳士を目指してるところなんか特に応援してあげたくなっちゃうっていうか……」

 

 白銀さんは急に早口になったと思うと 「しまった」 という顔をして目を泳がせる。困り眉になってこのまま暴走していいものなのか、と葛藤しているみたいだ。

 

「ああいう見た目のキャラって大体美女と野獣タイプか、俺様タイプが多いよね。そこにあの純粋で子供みたいな笑顔を見せられると…… 怖いイメージなんてすぐなくなっちゃうね」

「分かってくれるの!? 香月さんってもしかしてお仲間だったりする!?」

 

 がっしりと肩を掴まれて困惑する。

 

「えっと…… あんまり詳しいわけじゃないけど、それなりに好きだよ」

「それでもいいんだよ! 好きって言ってくれるだけでいいの! わたしは歓迎します!」

 

 いきなり敬語になった彼女をどう落ち着かせようか考えていると、天海くんが苦笑いしながら会話に入ってくる。

 

「まあまあ、白銀さん。香月さんがびっくりしてるっすよ」

「ああ、ごめんね…… ついつい熱くなっちゃって」

「ううん、気持ちは分かるよ。好きなことは語りたくなっちゃうよね」

「はあ…… こんなにオタに寛容でいてくれる人だったなんて…… 女神かな……」

「白銀さん、大丈夫…… ?」

「うん、大丈夫。ごめんね、地味に興奮しちゃったかも。語彙力が死んでた……」

 

 語彙力が死ぬってどういうことなんだろ…… 言葉が出ない、とか?

 うん、それっぽいな。ぼくもダンガンロンパオタクではあるけど、いわゆるチャンネラーではないからなあ。

 いや、もしかしてぼくが最近のネタ分からないだけだったりする…… ? SNSは最低限だったし…… 下手に親にバレると大変だったからな。

 

「なにか収穫はあったっすか?」

「ううん、特におかしなDVDはなかったよ。モノクマの趣味が悪いってことと、わたしたち向けのものがあったってことくらい」

「…… こっちもやっぱり電源が入らなくて、ゲーム機は使い物にならなかったよ。植物の根で電気供給もままなってないって問題だよね?」

「そうっすね…… この建物中にある植物もなんなのか分かりませんし、謎だらけっす」

 

 この植物…… 根っこやら葉はいたるところに生い茂っているけど、1番大きな幹はどこにも見当たらない。学園内に生えているのだから大元がどこかにあるはずなんだけど…… かといって、学園の上に向かって巨大な樹木がそびえ立っているわけでもないし、謎だ。

 そもそも学園内に植物が入り込んでいるのがおかしいんだけど。

 

「アロマセラピストとして言わせてもらうけど、この樹木だけじゃなんの樹かは特定できないよ。それに、虫がいないのにどうやって受粉しているのかも謎のままだ。虫がいなければ風で飛ばすか、人工授粉でもしないと植物は育たないし…… 植物が生い茂っている現状は理屈だけで考えるとあり得ない状態…… だと思う」

「やっぱり虫がいないのは変だよね……」

「ゴン太くんが嘘をついてるって可能性はなさそうですし、仮に嘘ならお手上げっす。俺らには虫1匹見当たりませんし」

「ないない、ゴン太くんが嘘をついてるのは絶対ないよ…… あってほしくないよ」

「だね」

 

 全員一致でゴン太くんを怪しい人物とは見なしていないようだね。よかった。

 

「モノクマに聞いてみるとか?」

「…… それは嫌だな」

「そっすね、それは最終手段にしときましょう」

 

 白銀さんの提案ももっともだけど、ぼくはちょっとね。

 またこの2人の前で言われるかもしれないし、それはできるだけ回避したい。

 

「なら、ゴン太くんにも訊いてみる? 超高校級の研究教室も開いてるんだよね?」

「そのはずっすね」

「虫がどれだけいるかどうかは分からないけど…… ゴン太くんにももう少し話を聞きたいかも」

「じゃあ、次はゴン太くんの研究教室っすね。本人は…… いるみたいっす。急いで移動しちゃいましょう」

 

 モノパッドを素早く確認した天海くんがゲームルームを出る。

 続いて部屋を出て行く白銀さんの後ろを歩きながら、ぼくは1度だけ振り返る。

 

 あのゲーム機はいったいなんだったんだろう。

 みんなの名前はパスワードなのか? それとも別のなにかなのか?

 解明すれば、首謀者に関するなにかが分かるのだろうか。

 

 もし、ぼくの知らないところでぼくがなにかをしているのなら…… 自分自身さえ、信用できなくなってしまうかもしれない。

 

「ううん」

 

 さっと青ざめた顔を振って、2人の後を追いかける。

 こうも謎が増えてばかりだと参ってしまう。

 得体の知れない不快感が背筋を這っていく…… あれ、モノクマってこんなに怖かったっけ。

 

 自分の全てが本当なのか、分からないのがどうしようもなく怖かった。

 

 

 

 

 

 




・「なら、図書室は行かなくても良さそうっすね」
 なん図書回避。

 一人称小説なのに主人公が1番謎に包まれているようです。


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虫さん企画進行中

 

 

 

 

 話しながら順当に、2階にある研究教室前までやってくることができた。

 気が紛れていればおしおきに使われた廊下も、もう問題なく通過することができそうだ。

 

「ねー、ゴン太これはなんの卵? 見たことあるような気がするんだけど」

「えっとね、それはゴキブリさんの卵だよ」

「げっ」

「え?」

「あー、いやいや、なんでもないよ。オレ、カブトムシが見たいなあ。どれがカブトムシ? クワガタムシでもいいよ!」

「ああ、それならこっちにたくさん……」

 

 そんな会話が扉越しに聞こえてきて、ぼくは思わず険しい顔になってしまった。王馬くんを相手にするとろくなことにならない。今は自分でモノパッドを持っているから、いつ盗まれてしまうか気が気じゃなくなってしまう。

 …… けど、せっかくここまで来たんだから、引き返すという選択肢はない。それに、ゴン太くんに王馬くんがなにか余計なことを吹き込まないとも限らないわけだし。

 

 …… なんだか順調に親交を深めているようにしか聞こえない会話だけども。

 ぼくたちはそっと目を合わせて頷き合う。それから前に立っていた天海くんがノックをしようと……

 

「んー、そういえばゴン太。虫さんのこと大好きなんだよね?」

「もちろんだよ!」

「そっか…… あのさ、みんながね、虫さんが嫌いだから燃やしちゃおうって話してるのオレ聞いちゃったんだ…… オレ、オレ、どうしたら分からなくてさ…… う、うう、うわあああん!」

「え!? そ、そんな…… な、泣かないでよ…… ご、ゴン太もどうしたらいいか分からないよ……」

「オレ、非力だからさー。みんなにやめるようになんて言ったらふん縛られて乱暴されちゃうかも……」

「そ、そんなことよくないよ! み、みんながそんなことするとは思えないけど…… もしなにかあったらゴン太が王馬君を守るよ!」

「そっか。ありがとう、ゴン太」

 

 不穏な気配を察して天海くんの手が下がる。

 再び目を合わせたぼくらは、いったん立ち聞きすることにした。

 天海くんは扉を指差して首を振る。ぼくも、そして白銀さんも首を振った。扉は開けないし、今の話も聞き覚えがない…… という意味だと思う。少なくとも、ぼくはそう受け取った。

 

「でも、どうしよう。虫さんが嫌いな人がいるなんて…… ! ゴン太はどうすればいいの……」

「うん、落ち着いてよゴン太。紳士たるもの、いつでも冷静にね」

「う、うん……」

 

 あれ、案外いいことを言うじゃないかと思いかけて、次に彼が発した言葉にすぐさま前言撤回したくなった。

 

「オレにいい考えがあるんだー。虫さんが嫌いなのはきっと虫さんのことをよく知らないからだよ。だから、みんなをここに集めて虫さんをよく知ってもらえばいいんじゃないかな? みんなで虫さんを見て和めばゴン太も理解を得られて満足できるし、みんなは虫さんのことが好きになれて全員ハッピー…… じゃない?」

「すごくいいアイデアだね!」

 

 虫さんと和む…… いやいや、正直嫌な予感しかしない。綺麗な蝶々とかなら虫カゴで見るのもやぶさかじゃないけど、さっき〝 ゴキブリ 〟って単語が出てたよね? 無差別に虫がいるなら蚊とかハエとか、それこそ植物園の植物を食い尽くすくらいの害虫がこの場所には蔓延っているのかも…… そう思うと、とても歓迎できない。密室にしたまま封印したいくらいだ。

 植物と虫だからって必ずしも相性が良いというわけではないんだよね。

 …… それにぼくは植物というより植物の〝 香り 〟が専門だから。

 

 ゴン太くんと王馬くんはなおも話を続ける。

 

「じゃあさっそく準備しないと…… 実は、もうすぐ孵化しそうな子たちがいるんだよ!」

「そ、そっかぁ…… でね、ゴン太。普通に声をかけても虫が嫌いなみんなは逃げちゃうと思うんだよね。だから今夜一緒に捕まえよう? で、研究教室に連れてきて和んでもらうの」

「うん、そうするよ! ゴン太虫さんのことを好きになってもらえるように頑張るよ!」

「その調子、その調子」

 

 途中から虫〝 さん 〟と言うのが面倒になったらしい王馬くんは、どんどんゴン太くんを(はや)し立てている。

 明らかになにか他のことを企んでいるだろう彼に、天海くんが 「なにが目的なんすかね」 と独り言を漏らしたのが聞こえた。

 

「うーん、王馬くんのやることだからあんまりいいことじゃないのは確かだよね」

「ぼくも白銀さんに賛成…… でも、ぼくらの王馬くんへのイメージって結構酷いね」

「日頃の行いっすよ」

「どうしよっか?」

「これ以上のことは聞けないと思うっすけど」

「う、うん。ぼくもそう思う」

 

 小声で議論しながら中に入るかどうかを確認し合う。この調子ならゴン太くん相手に彼は目的を漏らしたりなんてしないだろう。だからこのまま立ち聞きしていても、新たな情報が出るとは思えない。

 それより、その虫さんで和むための親交会? を全力で回避するために割って入っちゃったほうがいいんじゃないかな。

 

「ねー、扉の前のそこの3人さあー、いつまで入ってこないつもりなのー?」

 

 背筋に氷の塊でも入れられたかのように、ぼくは体を強張らせた。

 天海くんはどこか呆れた雰囲気で 「ま、そうっすよね」 と言って案外あっさりと扉を開ける。

 

「え? わっ! 来てたんだね! ご、ごめんねおもてなしの準備はできてなくて…… !」

「ううん、突然来たのはわたしたちのほうだからいいんだよ。むしろゴン太くんが歓迎してくれるだけで……」

「…… 白銀さん、よだれが」

「っは! ご、ごめんね! つい」

 

 無印の同人作家は3次元NGだったけど、白銀さんは余裕でOKなのかな…… ドラマのキャラクターとかもコスプレするんだろうか。気になる。

 それにしても、よっぽど好みなんだね。

 

「えっと、いつから…… ?」

「知らなかった? オレって地獄耳なんだ! 赤松ちゃんの耳の良さも真っ青だね!」

「えっ」

「ま、赤松ちゃんほどじゃないだろうけどね。でも耳がいいのはホントだよ? キミら、ずっと扉の前で相談してたでしょ。内容までは聞こえなかったけど、まあだいたい想像はつくよねー」

 

 かなりの小声で話していたはずなんだけど…… 王馬くん怖いな。

 

「ハッタリっすよね。声が聞こえていたなら内容も端々で察しがつくはずっす。キミが聞こえたのは俺らのうち誰かの声。会話してる風ならいつも一緒にいる俺たち3人だと推測したんじゃないっすか?」

「さあね、キミがそう解釈したならそれでいいんじゃないの? それよりもいいの? キミらも虫さん殺害計画の容疑者なんだよ? ほらゴン太、虫さんの魅力を教えてやるんでしょ?」

 

 王馬くんは涼しい顔で天海くんの言葉を受け流すと、さっきまでの話に流れを変える。

 彼の言葉でゴン太くんは一瞬にして眉を釣り上げた。正直怖い顔をしている。ゴン太くんにとっては困っているだけなのかもしれないけど、状況が状況だけにアウェーだ。

 なにせ彼が虫を解き放てばぼくらなんてあっという間に群がられてしまうに違いないから。

 ぼくほ虫風呂なんて嫌だよ……

 

「それは王馬くんの嘘っすよ。ゴン太くんは騙されちゃダメっす」

「え? 嘘なの?」

「そんなことないよ! オレ確かに聞いたよ! もしかして天海ちゃんが知らないだけじゃない?」

「え? え? どっちなの…… ?」

 

 ゴン太くんが混乱している。

 このままだとなんだかんだ虫とお遊びすることになっちゃいそうだ。

 みんなには悪いけど…… とにかくぼくらが巻き込まれなければそれでいい。だから他のみんなには尊い犠牲になってもらおう。

 

「ぼくら3人はそんな話聞いてないよ。ぼくらは、ね。他のみんながどうかは分からないから、ぼくら以外をご招待したらどうかな」

 

 言った、言ってないでは堂々巡りだ。

 だから他の人に擦り付ける。こういう、自分が助かるための抜け道なら得意だ。

 

「そっか、なら今夜は他のみんなに確認してみるよ!」

 

 心の中でガッツポーズを決めて頷く。

 虫まみれなんて嫌だからね、これで今夜はゆっくりと休めそうだ。

 

「ちぇー、つまんないの」

「…… それよりゴン太くん、王馬くんも虫が好きならご招待すればいいんじゃない?」

 

 意趣返しのつもりだったけど、ポーカーフェイスが見事すぎて効いているのかさっぱり分からない。

 

「とにかく、また今夜一緒にご飯食べようねゴン太!」

「うん、王馬君の話は面白いからまた聴かせてね」

 

 きっと嘘八百な話なんだろうけど…… まあ、ゴン太くんが楽しいならいいのかな。これもいい友人関係と言えるのか。

 

「香月さん……」

「ど、どうしたの?」

 

 いつになく白銀さんが真剣に言うものだから、ぼくも身構える。

 けど、次に言われた言葉で肩の力が一気に抜けてしまった。

 

「同級生の男の子2人の関係に萌えるのってどう思う? わたしなんか悔しいんだけど…… 王馬くん相手だからかな? そうだよね、そうだと言って!」

「ちょ、ちょっと白銀さん!?」

 

 掴まないで! 揺らさないで! 目が回っちゃうから!

 

「だ、大丈夫? 白銀さん!」

 

 そして駆け寄ってきたゴン太くんがすごく心配そうな顔で彼女の顔を覗き込んだ。

 

「か、香月さん!」

「え? え?」

 

 照れたのか、ぼくの背後から腕を回して背中に額をぐりぐりと押し当ててくる白銀さんに困惑する。

 

「尊い! 尊いよ! 尊すぎて目がバルス状態だよ! 体の大きな幼女が可愛いすぎるの!」

「白銀ちゃん、さすがにその例えはない」

 

 珍しく真顔で王馬くんが突っ込みを入れるけど、白銀さんの暴走はしばらく止まりそうにない。

 ぼくは後ろから抱きつかれたまま、されるがままになることにした。

 この体勢は正直かなり落ち着かないんだけど、目の前には 「楽しそうでなによりっす」 って微笑んでいる天海くんがいるし、拒否反応が出るほどじゃあない。むしろ友達同士のじゃれあいとしてちゃんと認識できている。

 

「それじゃ、オレ行くから。またねー」

 

 去り際に目が合って、そして咄嗟に抑えたポケットに伸ばされかけた彼の手が行くべき場所を失い、そのまま頭の後ろに回された。

 腕を頭の後ろで組んだまま去っていく王馬くんに、やっぱり油断はできなかったと冷や汗が背中を伝う。

 咄嗟に庇わなかったらモノクマーズパッドをスられていただろう。危ない危ない。

 

 嘆息して、そしてその場に漂う残り香を吸ってから勢いよく後ろを振り返る。扉の向こうにはもう王馬くんはいない。

 

「どうしたの?」

「ちょっと、ごめんね」

「え? え? え?ま さかキマシ? いやいや、わたしじゃなくてそういうのは他の子とやってるのをこっそり物陰から見たいっていうか……」

 

 腰に回っていた白銀さんの腕をぎゅっと握って顔までズラし、香りを確かめる。

 …… これは彼女にあげた香りだ。レモンじゃない。

 

 その場に残っていた残り香は確かに僅かな〝 レモンの香り 〟だ。

 そんなものを誰かにあげたことなんて…… いや、そういえば王馬くんにレモンのアロマオイルをプレゼントしていたっけ。なら彼が?彼がそんな細かいことをするとはとても思えないから、飾るだけか捨てるかするかと思ってたのに…… 律儀に使ってくれているのだろうか。

 そもそも柑橘系の香りだからそんな好きじゃなさそうなのに…… もったいない精神とか? いや、ないか。王馬くんのことは考えるだけ無駄だな。やめておこう。

 使ってくれているようで嬉しい。それだけでいいじゃないか。

 

「わたしは3次元の萌えは眺めていられたらそれでいいんだよ! 嬉しいけど! 嬉しいけど! 精神統一ってどうやるんだっけ…… な、なんまいだぶなんまいだぶ……」

 

 白銀さんは混乱してよく分からない行動を取り始めた。

 止めたいのは山々だけど、ぼくはがっちりとホールドされてしまい身動きが取りづらい。抗議しても今の彼女に届くかどうか……

 

「白銀さん、落ち着くっす」

 

 でも、実際には天海くんの言葉ですぐに正気を取り戻したみたいだ。

 

「はっ! 地味にトリップしてたかも……」

「確実にしてたっすね。思考が冒険の彼方に飛んで行ってたっす」

 

 思考がトリップする、なんてなかなか聞かないフレーズだけど、どうやら天海くんはしっかりと意味を分かって答えているようで、笑いながら彼女の話に合わせる。

 そんな天海くんに白銀さんは衝撃を受けたような表情で 「あ、あれ?天海くんももしかして分かる人なの…… ?」 と声に出して言った。

 そして、それに天海くんはさらりと 「いろんな文化に触れるのも冒険のうちっすよ」 と超高校級の冒険者らしいことを言った。

 

「な、なんということでしょう…… あなたが神か」

「いやー、照れるっすね」

「そういうイメージないもんね」

 

 ぼくたちと天海くんじゃあ、インキャとパリピ並の差があると思っていたよ。なにせお洒落だし、フレンドリーだし、イケメンだし、キラキラしてるし…… 今の印象とは真逆の、チャラ男みたいな感じだと思っていたから。

 彼が優しくてフレンドリーで聞き上手なのはこの付き合いで分かっていたけど、こちらに合わせてくれてるだけではなかったのか。

 

「俺のイメージ…… どんなのっすか?」

「キラキラしてるし、とっても優しいよね!」

 

 ゴン太くんに向けた質問は、だいたいぼくと同じ答えが返ってきたようだね。

 

「そうっすか…… あ、そうっす。ゴン太君、今夜の虫さんの会っすか?それは残念ですけど参加できそうにないんすよね」

「ええ! そうなの!?」

「はいっす。俺らでちょっと調べ物があるので、残念ですけどまたの機会にってことで。他のみんなや、王馬君と是非楽しんでほしいっすね」

 

 さりげなく王馬くんを入れてるあたりは密やかな嫌がらせ…… なのかもしれない。王馬くん、虫の話はほとんど受け流していたもんね。

 

「ごめんねゴン太君。すっごく残念だけど…… うう、罪悪感が」

 

 白銀さんはすっかりゴン太くんファンになってしまっている。断る口実を天海くんが作ってくれたために、ぼくらはそれに乗っかった状態なわけだけど、純粋な彼相手へ嘘をつくことに抵抗感があるみたいだ。

 

「ゆっくりと今判明している学園の謎についてとか話そうね」

「そうっすね。ついでに植物園の見回りがてら散歩でもするっすか?距離がありますし、いい運動になると思うっす」

「ウォーキングだね? それくらいならわたしも大丈夫かも……」

 

 文系のぼくらに走り込みはキツイものがあるから、天海くんの提案には賛成だ。ウォーキングなら歩きながら話せるし、体力的な心配はいらない。

 

「春川さんの研究教室はどうするっすか?」

「え、む、無理だよ…… 無理矢理押し入ろうとでもすれば〝 貴様を殺す 〟って顔してるよ?」

 

 それは、そうだね。

 少しでも入ろうとすればまるでナイフの切っ先を向けられたかのような錯覚を覚える。それだけ恐ろしい雰囲気で拒否されてしまうのだ。

 

「赤松さんと百田君が絶賛攻略中だから、そっちは見せてもらえるようになるまでお預けにしようね」

「あと、最原君もっすね」

 

 彼らの言う通り、ここは少し待つべきだ。

 赤松さん、百田くんが熱く説得して、最原くんがそれを見守っていたり、たしなめていたり、まあつまり、こちらと同様3人で春川さん1人を攻略中だ。

 果たして陥落するときがくるかどうかは…… 分からないな。

 

「あとはまたプールっすか?」

「3階にはゲームの扉みたいなのもあったよね? それと休憩所も…… もしかしたらなにかあるかもしれないし、そこで調査するついでに…… その、お茶でも…… どうかな」

 

 ぼくが出したのは果物がふんだんに漬けられた透明な瓶と、プラスチックのコップ。デトックスウォーター。女性に優しい飲み物だ。

 

「いいねいいね! それじゃあそうしよっか。ついでに、お昼なにが食べたいかリクエストがあったら言ってね」

「今日の当番は白銀さん…… みたいなことになってるっすね」

「天海君にはお世話になったし、わたしも料理くらいしないとね」

「うん、だから明日はぼくだね。なににしようかなあ……」

 

 そうしてまた、ぼくらはおしゃべりしながら階を移動していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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小休止と魔法の準備

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 休憩所のようになっている場所に着くと、そこでは夢野さん、アンジーさん、茶柱さんがなにやら布を広げたり板を広げたりしていた。

 

「おお、白銀ではないか! ちょうどよい、ウチに仕立てを教えてほしいのじゃが」

 

 そしてやってきたぼくらに気づくと夢野さんが真っ先にこちらへ寄ってきた。その手の中には黒と赤の布。赤いリボンが上部についているところを見ると、なんだか吸血鬼のマントかなにかに見える。

 

「魔法使いの衣装は重要じゃからな。本当はお主に頼むつもりだったが、アンジーが自分でやったほうが良いと言うからのう」

「へえ、自分で作ってるんだね」

 

 白銀さんは布を受け取ってあちこち見ている。どうやら琴線に触れたのか、真剣な表情だ。晴れ舞台のために衣装を自作している辺りが気に入ったのかもしれない。

 白銀さんはコスプレイヤーだけど、衣装作りから入っているって言ってたし。

 

「わたしたちもここで休憩するから、わたしでよければ少し教えるよ」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「秘密子よかったねー!」

「アンジーの言うとおりじゃな」

 

 照れるように帽子を深く被る彼女に茶柱さんは少し複雑な表情をしている。

 

「自作したほうが気合が入りますしね。それに夢野さんが作る衣装なら素敵に違いないです!」

 

 けど、茶柱さんはそんな不満など口に出さず手放しに彼女を褒める。

 なんだか見ているこっちがもやもやしてくるぞ。

 

「それから、香月」

「え、ぼく?」

「うむ」

 

 夢野さんが布を持ったままぼくの前まで来ると、表情を柔らかくして帽子を取った。

 

「お主にも協力してほしい。都合がいいかもしれんが、ウチはどうしても今回の企画を成功させなければならないんじゃ」

 

 協力って、なにを? ぼくにできることなんて限られている。

 確かに、夢野さんはぼくをはなから疑ってかかっていて、その態度はショックだった。でも、そんなことで毛嫌いするほどぼくは薄情じゃないつもりだ。

 

「どうして…… どうしてそこまでこだわるのか教えてもらってもいいかな。純粋に疑問なんだ」

 

 なにか裏があるとかそういうことを疑うわけではないが、なんでもかんでもだるい、面倒臭いの一言で片付けていた彼女の変化は不思議だった。

 だって、疑われるような行動をしているぼくが悪いと思っているんじゃなかったのか?

 

「憧れの魔法を見て笑顔にならない者はなかなかおらんぞ。ウチだってそうじゃ。笑顔にされる側から、する側になったというのか」

 

 そりゃあ、魔法は誰しもが憧れると思いし、子供の夢だよね。

 夢野さんはエンターテイナーとしての心得を言っているのかな?

 アンジーさんたちと大道具について話しだした天海くんと、茶柱さんにマントの図案を見せられなら考える白銀さんはベンチに向かっていく。

 立っているのはもう、ぼくらだけだ。

 夢野さんはぼくの手を引っ張って引き寄せると、一生懸命背伸びをしてしゃがんだぼくの耳に顔を近づける。

 

「ウチが1番得意としているのは、笑顔になる魔法じゃ。ここだけの秘密じゃぞ」

 

 彼女はジト目気味なまま悪戯気に笑うという器用なことをしてその場でターンをした。

 

「ほれ、どうじゃ?」

 

 いつの間にか彼女の手の中に握られていたハシバミとマーガレットの花束に言葉を失う。

 彼女のマジックなのだろうけど、まさか花言葉まで調べてこれを用意したのか?

 

「受け取るよ」

「…… それじゃあ、お主たちは休憩しに来たんじゃろ?座ろうか」

 

 ハシバミの花言葉は過ちと仲直り。マーガレットは変わらぬ思い。

 恐らく、謝罪の意味で贈られているのだろう。あのときの自分と変わっていないが謝罪の気持ちはある…… ということかな。

 

「きみって、花言葉とか分かる人だったっけ?」

「お主の研究室で本を見させてもらったからのう。その花も植物園で探したものじゃからな」

「いいの? 魔法で出したって言わなくて」

「魔法で、保管していたうちの研究室から取り出したんじゃよ」

「そっか」

 

 あの独特な口元で笑う彼女とベンチへ行く。

 

「あ、可愛いっすね」

「うん、もらったからあとで部屋に飾ろうと思って」

「それでですね、そのときの夢野さんがもう可愛らしくて可愛らしくて!」

「転子はなにを言ってるんじゃ? ウチの失敗談じゃないじゃろうな?」

「うーん、地味にそれに近いかも」

「ええい、本人のいないとこで話すのはやめい!」

 

 賑やかに輪の中に入っていく彼女を見送り、白銀さんの隣に座る。

 夢野さんは反対隣に座って裁縫を教えてもらうみたいだ。

 

「えっと、人数分あると思うけど……」

 

 ぼくは持ち歩いていた水筒を取り出し、紙コップで配る。ガラスのコップではないから目で楽しむことができないが、果物の入った香り高い飲み物だ。それに簡単な軽食でフルーツサンドイッチを作っている。クリームは甘さ控えめで最低限だけど、女性には嬉しい甘い食べ物だ。ぼくも好きなんだよね。

 あ、甘いもの…… みんな大丈夫だよね?

 

「おー、美味しそうだねー! 神様も喜ぶよー」

 

 アンジーさんは甘いもの好きなのかな。貢ぎ物として認識されているみたいだけど、これは本人も好きってことだよね?

 

「うぬぬぬ、しかしお昼もまだですし……」

「うっ」

 

 茶柱さんの一言で嬉々としてサンドイッチを手に取った夢野さんが顔を強張らせた。

 すると、茶柱さんはその様子で 「しまった」 という顔をする。夢野さんから煙たがられている節があるので余計なことを言ったと思ったんだろうね。

 

「夢野ちゃん、太るよ?」

 

 と、そのとき昆虫博士の研究教室の方から王馬くんが顔を出した。

 あれ、部屋に帰ったんじゃなかったか?

 

「余計なお世話じゃ! なぜお主がここにおる!」

「出会い頭に失礼なこと言わないでください! これだから男死は…… !」

「ちょっと忘れ物したから取りに来たんだよねー」

 

 にこにこと、いつものような笑顔のまま頭の後ろで腕を組んで彼は角の先に引っ込む。そして、研究教室の扉が開く音がした。

 

「わざわざそんなことを言いに来たとか嫌味なやつじゃな……」

「うん…… 角を覗かないとここは見られないもんね」

 

 研究教室からは死角になってるはずだからね。

 ぼくらが軽食を昼食前に食べようとしているのが見えるとしたら、わざわざ覗いてくないといけないから。もしくは会話が聞こえたのか。

 

「次やったら転子がぶん投げてやります!」

「うむ、頼むぞ転子」

「はい! …… へっ!?」

 

 素直に頷いた夢野さんに、茶柱さんは元気よく返事をしたあとすぐさま声を裏返して驚愕した。まさか頼まれるとは思ってなかったんだろう。

 

「王馬め、ウチはそんなに重くないぞ……」

「気にする必要はないっすよ。それでも気になるなら、このあと運動すればいいだけの話っすから」

「う、うむ、そうじゃな」

「なら転子にお任せください! 簡単なエクササイズでもしましょう!」

「秘密子はショーのリハーサルもあるからちょうどいい運動になるって神様が言ってるよ」

「あれ、もうリハーサル?」

 

 微笑ましくそのやりとりを見てから、疑問を口に出す。

 マジックってもっと大々的にやるから時間がかかるものだと思ってたんだけど。

 

「大道具を運ぶのは百田や真宮寺に頼んでおるのじゃ。あとはこのマントを仕上げて、研究教室のカーテンを外して大道具に取り付けるだけじゃな。今夜のリハを見に来ても構わんぞ。やることは明日と同じじゃが……」

 

 どうしようかな。どうせなら完璧な状態で見たい気もするけど、どうせ準備を手伝うならリハーサルを見てから部屋に戻ってもいいかもしれない。

 

「ぼくに頼みたいことがあるんだよね?なら、準備も手伝うし、残って見ようかな」

「おお、忘れていたのう。香月には飾り付けの素材を提供してほしいんじゃ。植物園はお主の管轄じゃろ」

「正確には…… ぼくの管轄じゃないんだけど……」

「水をやって今管理してるのは香月ではないか。あれから毎日早起きしててすごいわい。ウチはいっつも転子に起こされるからのう」

「はい! 早寝早起きは健康にも美容にもいいですからね!」

「美容……」

 

 ああ、なるほど。いつの間にか夢野さんの態度が柔らかくなったのはそういう経緯があるのか。なんというか、現金な人だなあ。分かりやすくていいと思うけど。

 

「飾り付けに使えそうなものはあんまり倉庫になくてのう。それなら香月に頼んで花を使おうかと」

「なるほどね」

「でも、いいアイデアっすね。なんだか全員で準備してるみたいで楽しいっす」

「天海さんには頼んでません。そもそもずっと香月さんと白銀さんに着いて回ってますが迷惑かけてないですよね?」

「おっと、かけてないと自分では思ってたんすけど」

 

 茶柱さんは目をジトーっとして天海くんを睨んでいる。

 そういえば、彼はこの場で唯一の男子だ。さっき王馬くんが通ったくらいで最初からずっとぼくらと一緒にいる。

 茶柱さんとしては、せっかく女子がたくさん集まっているからワイワイと女子会みたいにしたいのだろう。

 

「迷惑なんかじゃないよ…… 助けられてばっかりだし。ぼくなんかを気にかけてくれる人なんてなかなかいなかったから…… その、どちらかというと嬉しいかな」

「最原くんも赤松さんに注意されてたけど、香月さんも〝 なんか 〟って言うのは寂しいよ。あなたももっと自信持って。とっても素敵なんだから」

 

 白銀さんの言葉に気恥ずかしくなる。

 夢野さんが恥ずかしいときに帽子を目深に被るのも分かる気がする。どうしようもなく、視線の逃げ場がほしい。

 

「ご、ごめんね…… もう少し頑張る」

 

 胸の前で手をぎゅっと握って頷くと、頭に天海くんの大きな手が乗った。嫌ではない。嫌ではないんだけど。

 

「あの、恥ずかしいんだけど」

「ジトー……」

 

 もしかして、また妹扱いされてるのだろうかと不安になって見上げれば慌てて 「すみません、つい、その……」 と言葉に出す天海くん。

 ここまでくるともう、この人自体スキンシップが多い人なのかもしれない。

 なんとなくチャラい。でも満更でもない気もするぼくも、大概チョロいのかもしれない。

 

「香月さんがそれでいいならいいんですけど、嫌になったらすぐ転子に言うんですよ? 天海さんなんかすぐにぶん投げてあげますからね!」

「うん、ありがとう…… ?」

「ははっ、嫌われないように頑張らないといけないっすね」

「天海くんなら大丈夫な気がするけどね…… わたしもそんなことしてもらえる人がいたらなあ…… 地味に憧れるよ。だって漫画の中の王子様だもん」

「リクエストなら応えるっすよ?」

「ひゃわっ!?」

 

 生暖かい目で見守る白銀さんに天海くんの手が乗る。そういうところがチャラそうに見える要因になっているんだと思うよ……

 白銀さんはまさか自分がされると思っていなかったのか。ズレてもいないメガネをグイッと指で上げて慌てている。

 ドライ気味な白銀さんでも慌てるんだね。ちょっと珍しい光景を見て眼福だ。

 

「よいのか? 香月」

「え、なにが?」

 

 夢野さんにそんな2人を指差され、首を傾げる。

 普通に微笑ましい光景だと思うけど…… でも、なんだかもやもやするような、そうでもないような。おかしいね、誰かと比べられるように妹扱いされるのはちょっと気に入らなかったのに。触られるのはあんまり好きじゃないはずなのに。

 

「……」

 

 なにかを言いかけて、それからその気持ちに封をして飲み込んだ。

 多分ぼくの勘違いだ。それに、口に出したら真実になってしまいそうで、怖かった。

 他人に指摘されるのも、胸の中にストンと落ちて納得してしまいそうで怖い。だから、夢野さんには眉を下げて人差し指を口元に。

 なにも言わないで、と。

 

「そうか、ならウチはなにも言わん」

「青春だねー。こうしてると文化祭の準備してるみたいなのだー」

 

 けどアンジーさんの言葉に少しうっ、と胸が詰まる。

 そうだった。この人はそういうところはあえて空気を読まずに発言している気がある。わざとか…… ?

 

「ぐぬぬ、香月さんたちに文句がないなら転子はなにも言いません。天海さん! 役得だからって鼻の下伸ばしたらいけませんからね!」

「まあ、役得っすよね」

「…… これだから男死は」

 

 そこは認めちゃうんだ……

 ハーレム状態の天海くんはしばらく白銀さんを撫でてからサンドイッチに手を伸ばす。

 ぼくが見ていることに気がついたら悪戯気なウインクを決められた。この人、わざとやっているな? 茶目っ気で許されるのは天海くんだからだよね…… 王馬くん辺りがこれをやっていたら全力で茶柱さんに噛みつかれているだろう。これが人徳の差か。

 

「ブェックシューン! ウ ゙ェッ!ちょっとー、オレの噂話してないー?」

「まだいたんですか! 早く帰ってください!」

 

 角から王馬くんが顔を出す。

 ここまでくるともう恐怖なんだけど。ゴン太くんとなにか話してるのかな? 虫の話が出てから逃げるように帰ったと思ったんだけど。

 

 左手でイチゴが挟まれたサンドイッチを持ち、口に運ぶ。ちょっとだけ入った生クリームがアクセントになっていてとても甘い。これでも控えたほうだが、甘いものが苦手な人はダメかもしれない。

 新鮮なイチゴなのでとても美味しい。糖度の高い品種を使ってるから酸っぱさもあまりない。まあ、キッチンにあったやつだからぼくが育てたわけじゃないけど…… おやつとしてどんどん消費してしまえる悪魔の食べ物だよ。今度クレープにも挑戦してみようかな。

 

「フルーツサンドイッチかー、それ激甘なの?」

「一応控えてる方ではあるよ」

「ねえねえ、香月ちゃん。ひとつ貰ってもいい? 甘すぎって思ったらゴン太と分けるからさー」

「試してみたいの? 別にいいけど……」

 

 よくあの虫だらけの部屋で食べようと思うな。

 威嚇する茶柱さんと夢野さんの横を通り過ぎ、ぼくのバスケットから一切れサンドイッチをさらっていく彼はやっぱり笑顔だ。

 

「んー、どうしたの?」

「研究教室で食べるの?」

「ああ、そういうこと。ゴン太もこっち連れてくるよ。さすがに虫だらけの場所で甘いもの食べようとか思わないよ」

 

 あ、だよね。

 

「夢野ちゃんほっぺにクリームついてるよー?」

「んあっ!?」

 

 と言いながら王馬くんが夢野さんの頬に手を伸ばす…… が、途中で人差し指を丸めて親指と重ね、デコピンの体勢に入った。

 

「あれも理想のシチュエーションだけど…… なんか違うよね……」

 

 白銀さんが頬に手を当てながら眉を下げた。

 

「嘘だよ! 期待しちゃった?」

「んあ?」

「転子の前でよくそういうことができますね?」

「うわっ!?」

 

 王馬くんの行動はさすがに見咎められて、茶柱さんが彼の腕を途中でガッチリと掴み…… そして投げた。

 目を瞑って頬を赤くしていた夢野さんはデコピンされそうだったことに気づいていなかったようで、目を開けた今は混乱して 「んあ?んあー!?」 と鳴き声をあげている。

 やっぱあれ鳴き声だろ。

 

「……」

「いったたー! 茶柱ちゃんったら本気で投げるんだもん。オレが骨折したらどうするつもりなの!」

「……」

「ちょっと茶柱ちゃん? 謝罪と賠償を請求しちゃうよ?」

 

 茶柱さんは王馬くんを投げた手を呆然と見つめながら信じられないものでも知ったような顔をしていた。どうしたんだろう?

 

「いえ、なんでもありません。とにかく、からかうのはやめてください!」

 

 彼女は首を振って、同時になにかを振り切るように声をあげた。

 王馬くんはそれを不思議そうに見ていたけど、ひとまず考えるのはやめたのか踵を返す。

 

「ちぇー、分かったよ。じゃ、ゴン太連れて来るから待っててね。オレたちも一応なんか手伝うからさ」

「あ、手伝う気はあるんだね……」

 

 意外そうに呟いた白銀さんに、王馬くんは 「酷いなー、そんなやつに見える?」 と軽口を返す。

 

「見えるから言われるんじゃ」

「んー?」

 

 日頃の行いだよね。

 数分もしないうちに研究教室の扉が開かれ、ゴン太くんが休憩スペースにやってくる。

 

「ゴン太も手伝うよ! 力仕事なら任せて!」

「うむ、頼むぞ」

 

 お昼の後にはいよいよマジックショーの大掛かりな準備だ。

 男手はたくさんあったほうがいいだろう。本当に文化祭の準備でもしてる気分だ。

 

「夕方までには終わらせたいよねー」

 

 意味ありげに笑う王馬くんを興味深げに天海くんが見つめる。

 まったく、まだなにか企んでるのか? やることなすことわけが分からないから、彼の場合はなにに警戒すればいいのかもさっぱりだ。

 

「それでなんじゃが、香月」

「う、うん? なにかな」

「ここにデザイン案がある。飾り付けに悩んでおるからどんな花がいいか一緒に考えてほしい」

「…… うん、ぼくでよければ力になるよ」

 

 …… そうだな、希望のある花にしよう。

 いっばいいっぱい飾り付けて可愛くしよう。夢野さんに喜んでもらえるように。

 

 ストック、ゴクラクチョウカ、ガーベラにハナビシソウ、デイジーにアイリス。候補はこんなにもあるんだ。お姫様の舞台みたいに目一杯華やかに飾り付けるんだ。

 彼女の魔女っ子スタイルにも似合うように、少しだけ趣向を加えて…… 舞台ではアロマが浸透するのに時間がかかるから、彼女のマントに少しアロマを焚いて緊張を解せるようにしておこうか。

 そんなことばかりが頭に思い浮かび、自然に口角が上がっていた。

 

 笑顔の魔法が得意…… か。

 確かに、そんな魔法は存在しているのかもしれないな、なんて。

 

 

 

 

 

 

* 絆のカケラをゲットした!*

 

 

 

 

 

 〝 ツウシンボ 〟に夢野秘密子の情報を追記致しました

 

 

 

 

 

 【夢野秘密子】

 *2 彼女がマジックを魔法と呼称する理由が少しだけ理解できた気がする。とても面倒臭がりな夢野さんは、その心の内に確かにエンターテイナーとしての心得を持っているみたいだ。ぼくも彼女の魔法で笑顔になれたらいいな、と思える不思議な魅力のある人なんだね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・王馬
 実際どれくらい甘いものは平気なんでしょうね。アストロケーキやタピオカジュースはプレゼントすると喜びますけど、かといってメープルファッジは苦手なようですし。夢野さんとの組み合わせは小ちゃ可愛い。からかい上手な王馬くん……

 夢野ちゃんは噛めば噛むほど美味しいスルメキャラだと個人的に思います。
 はっ、アジなのにスルメ…… ???


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リハーサルまでのカウントダウン

 どうやらマントは二着作るようで、黒い布を前に白銀さんが片方をかなりの速度で作り上げていた。もう一着はもちろん夢野さん作となる。

 彼女は夜時間までにマントが出来上がれば良いと言っていたけど、お昼ご飯を食べて暫くすれば普通に終わりそうだ。

 お昼ご飯はせっかく女子が揃っているからということで、全員で少しずつおかずを作って食べるバイキングのようにしてみた。

 王馬くんはそもそも作る気がなく、ゴン太くんは手伝いを申し出てくれたが、キッチンに入ると狭くなってしまうので断念。天海くんは昨日頑張ってもらったからとこちらから遠慮した結果、女子だけになったとも言うね。

 

 あとは大道具だけど…… そちらは百田くんやゴン太くんを筆頭に手伝ってくれる男子が結構いてくれたので心配はなくなった。

 意外にも真宮寺くんが積極的に手伝ってくれているらしい。茶柱さんは警戒しているけど、案外あの人常識はあるから問題ない気もする…… いや、ぼくも嫌な予感を覚えて避けているのだったか。人のことは言えないな。

 

「夕方までに完成しちゃったね」

「白銀のおかげじゃな! ウチは一着作るので精一杯だったからのう」

「ううん、夢野さんが頑張ったからだよ。わたしもお手伝いできて、久しぶりにわくわくしちゃった」

「絶対に成功させようね。ぼくらも精一杯やるからさ」

「んあ…… なんだか小っ恥ずかしいのう…… ありがとう」

 

 夢野さんは帽子をギュッと下げて照れ臭そうにした。

 今日はよく彼女の照れ顔を見る日だなあ。

 

「あとは体育館で準備すればいいんすよね? 俺、大道具運ぶの手伝ってくるっすよ」

「あ、ならわたしはもう少し衣装の調整をするね。夢野さんに実際に着てみてもらって長さとか見たいから」

 

 2人はそれぞれ準備の手伝い。

 なら、ぼくも植物園に行って飾り付けに使う切り花でも持ってこようかな。夢野さんのマントに焚きつけるアロマも選びたいし…… ああなににしようかな。ふふ、ぼくも楽しみだ。まるで文化祭みたいでコロシアイなんて忘れそうになるくらいだ。

 

「そんな楽しい雰囲気も3日後にはお通夜に急転直下だけどねー」

 

 そうして、1人になった途端にモノクマが現れた。

 本当に水を差すのが好きだよね。おかげさまで一気に気分が悪くなった。

 そうだったね、3日後にはあの動機ビデオが全公開されてしまう。

 その前に殺人が起こらなければ、ぼくは今と同じ関係をみんなと保てるか分からない。

 いや、みんなを信じたい。もしかしたらみんなは変わらないかもしれない。でもぼくは?ぼくは、ぼく自身が1番信じられない。ぼく自身が変わらないという自信がない。だからどちらにせよ、ぼくはコロシアイが起こることを期待するしかない。

 しかし、このイベントだけはなんとしても成功させたい。そして、元気な夢野さんをもっと見たい…… この歪で矛盾した思考は切っても切れない関係にまで発展している。

 

「帰れ」

「えー冷たいなー、もう」

 

 モノクマはしぶしぶと消えていく。

 楽しいを楽しいのままにしておかないのがモノクマだ。みんながほのぼのとしていると、いつもあいつは現れて冷やかして現実を突きつけてくるんだからタチが悪い。

 

「…… はあ」

 

 モノクマがいなくなったのを確認してからため息を吐き出し、頬を叩く。なんでこうもぼくを狙い撃ちしてくるのか。それが分からない。からかいがいがあるとでもいうのか。迷惑だ。

 頭の中を切り替えてさっさと植物園に向かうことにする。

 というか、ぼくって最初に行ったとき以来カジノにも行ってないし、入間さんの研究教室や裏庭にも行ってないや。

 毎日植物園通いをしていることになるけど…… まあ、あれから休み時間になる度にカジノ通いしてるらしい最原くんよりはいいか。最原くんは赤松ちゃんが嘆いていることもあるから、少し控えたほうがいいかもね。

 天海くんは昨日の夕方まで入り浸っていたみたいだけど、今日は興味をなくしたように行こうとしていない。もしかしたら欲しいものがあって、それを達成したからもう行かなくてもいいのかもしれない。

 ぼくたちに付き合ってくれているだけって可能性もあるけどね。

 

「えっと…… どんな組み合わせにしようかな……」

 

 夢野さんのマントに焚きつけるなら、緊張がほぐれるようにリラックスできる香りのほうがいいよね。

 落ち着いて、実力を発揮できるように…… それならやっぱりラベンダーは使いたいな。

 

「あんまりごちゃごちゃしててもうるさくなっちゃうし…… あくまで彼女の補助だから、マントに触れれば香りが付くくらいの濃さがいいな」

 

 他の人が近づいてもほのかに香るくらいで匂いが移るようなことがないようにしなくちゃ。あくまで夢野さんのために調香するわけだし。

 

「これと、これと……」

 

 ぼくは棚に飾ってある紫の小瓶を手に取り、次にフローラル系の棚から橙色の小瓶を取る。ここはシンプルに相性の良いラベンダーとオレンジ・スイートの組み合わせを使うことにしたのだ。

 爽やか系よりも甘い香りのほうがリラックスできるだろう、恐らく。うーん、自分に自信がない。けど、この才能は本物のはずだからなあ…… ぼくの審美眼も本物のはずだ。きっと…… うん。

 

「ラベンダーがあくまでメインだから……」

 

 たんたんと作業台に向き合い、調香する。

 それからお手軽芳香浴セットとして小さめな加湿器を懐に入れる。

 

「…… そういえば、あんまりいじってないな」

 

 さあ外で飾り花を調達してこよう…… と立ち上がってからぐるりと辺りを見渡した。

 棚に置かれた器具は何日か使っておらず、うっすらと埃を被っている。アブソリュートしている油漬けの植物たちから、責めるような目線…… 目線なんてないはずなのに、どうして放っておくのかと責められているように感じてしまう。

 それはきっと、ぼくの中にある才能が罪悪感を持っているから。

 一介のアロマセラピストとして、1人の人間として。この暗く湿っぽい世界が全てなのだから、もっと大切にしなければと心に刻みつけられるようだ。

 

「どうしようかな…… リハーサルはあるけど……」

 

 一度気にし出したら気になってどうしようもなくなってしまう。そんなことは誰にだってあるだろう。そう、例えば受験勉強をしたいのに部屋が汚く感じて掃除を始めてみたり…… そんな気分。

 後回しにすればいいのに。どうしても目が惹きつけられる。

 

「明日が本番なんだし、ね」

 

 待っていて。

 そう微笑んで部屋を出る。

 ぼくの宝物たち。ぼくの拠り所のひとつひとつ。綺麗にしてあげなくちゃ。今夜は少しだけ掃除して、時間があったらリハーサルにも顔を出して、そして明日の本番を楽しみにしようか。そう、そうすればいい。少しずつ手を出してやってみればいいんだ。

 

 飾り花は…… デイジーにガーベラ。それにアイビー。朝顔もいいな。どこに飾り付けるか訊くのを忘れてしまったし、茎ごと切り花にして花束にしていこう。

 壁に飾るならアイビーや朝顔がぴったりだし、花瓶に生けるならデイジーやガーベラがいい。華やかになりすぎても夢野さんの勢いを殺してしまいかねないし、飾り花は最低限に、そして上品に。

 

「…… いい香り」

 

 特別香りの良いものを切り取って保管する。

 ぼくは才能のおかげか鼻がいいので、少しの香りでも花の種類を判別できるし香りの選別も容易だ。

 みんなに香りが届くほどではないかもしれないが、それは気持ちの問題。たとえそのこだわりがみんなに届かないとしてもこだわることにこそ、アロマセラピストとしてのプライドがあるのだから。

 ぼくほど鼻のいい人はいないはずだから、ぼくだけのこだわり。気づいてくれたのなら、それはそれで嬉しいけど。

 

 ―― 「さすがっすね」

 

 首を振る。

 褒められたい。褒められたい。認められたい。もちろん、あの人に。

 頭に浮かぶ妄想を必死に振り払ってさっさと足を動かし、その場を後にする。余計なことを考えていると顔が熱くなってくる。それじゃダメだ。

 

「香月さん、体育館に行くのかな?手伝うヨ」

「あ…… 真宮寺くん」

 

 密かに警戒している人物に出会い、少しだけ緊張する。

 身長が高いのもあって真宮寺くんは謎の威圧感があるような気がして、そしてなんとなく胡散臭い気がして苦手意識がある。

 大丈夫、大丈夫。案外常識人だって赤松さんも言ってたから。

 

「ありがとう。それじゃあ半分お願いしてもいいかな」

 

 舞台袖に同じ量の花を飾ろうとして、持ってきた切り花の数がやたらと多くなってしまった。

 ガーベラやデイジーは大きさがそうでもないが、その分束にしたとき数が少ないと陳腐になってしまうので、特別多く持ってきている。だから半分持ってくれるとそれだけでかなり助かる。

 

「真宮寺くんも準備の手伝いだよね」

「そうだヨ。できることは少ないけど、彼女たちが頑張っている姿をもっと身近に見たくってサ」

「…… 頑張る人間の姿は綺麗?」

「ンー、そうだヨ。勿論香月さんも、だネ」

「そっか、そっかぁ…… ぼく、頑張れてるんだね」

「……2人のことがあって落ち込んでいたのに、きちんとそれを乗り越えて今こうして友達のために手伝っていることは美しいと思うヨ。人の成長する姿というものはいつの時代も美しいものだと僕は思っているからサ。その成長の末に辿り着くものが各地の風習や…… 伝統として残る場合もある。だから僕はそれらが好きなんだヨ」

「…… なるほど、赤松さんが悪い人じゃないって言ってた意味が分かったよ」

 

 励まされてるんだよ…… ね?

 

「やっぱり僕って人殺しでもしそうな見た目してるよネ」

「え、えっと…… ごめん」

 

 自覚あるんだ。なんて失礼なことを思い浮かべてから慌てて取り繕うが、謝罪している時点で失礼なこと考えてたのは分かっちゃうよね。

 なにやってるんだろう、ぼく。

 そんな呆れた顔をしてしまったせいか真宮寺くんの眉尻が下がる。

 わ、笑ってる、のかな? マスクをしているから表情が非常に読みづらい。

 

「よく言われるからいいヨ。持ちネタみたいなものだしネ」

「も、持ちネタ……」

 

 ええ、そこまで? そういう自虐ネタははわりとコメントに困るからちょっと……

 けど、そんな風に言われてもマスクは外さないんだね。

 そういえば食事してるときに注目したことなかったなあ。どうやって食べてるんだろう。

 

「僕のマスクの下に興味あるのかな」

「ないって言ったら嘘になるかなあ……」

 

 実際、気になるし。

 

「神秘というものは隠されているから神秘なんだヨ。フォークロアの謎、神秘…… それを明かすのが僕の仕事だけど、その決して明かされない謎こそも愛しているんだヨ。だから僕もそれを体現してみたくってネ」

 

 つまり、どうあっても明かす気はないわけだ。

 まあいいよ。そんな必死になるほど気になるわけじゃないしね。

 

「体育館に到着だネ」

「ありがとう、真宮寺くん」

「おっと、僕はこのまま飾り付けを手伝うヨ。どうやら奥の窓から縄を垂らして、そこにも飾り付けするみたいだからネ。香月さんは舞台袖のやつを頼むヨ」

「な、なにからなにまでありがとう」

「どういたしまして」

 

 言われた通り、半分は任せてぼくは舞台袖の方へ向かう。

 体育館には既に巨大な水槽が運び込まれていて、カーテンの取り付け作業や、あとから掛け声と共に大きな階段を運んでくる百田くんたち男子の姿も見える。

 ちょうど後ろから彼らが来たので、ぼくは通りやすいように脇へ避けた。

 

「おー、香月! 飾り付けは間に合いそうか?」

「真宮寺くんが手伝ってくれるから大丈夫だよ」

「も、百田くんちょっと待って…… はっ、早いって」

「これぐらいできねーでどうする終一!」

 

 あれ、いつの間にか最原くんへの呼び方が変わっている。休み時間の間に仲良くなったのかな。

 

「百田もちゃんと持ちなよ、最原は喋る暇があるならもっと腰入れて」

「う、うん…… ごめん春川さん」

「はあ…… なんで私が」

「いいじゃねーかハルマキ! 集団行動に協調性は必要だからな!」

「その変な呼び方やめて」

「えっ、ハルマキさんって可愛いと思うけどな」

「赤松もやめて」

「うん、可愛いよ!」

「獄原まで…… 勘弁してよ……」

「そうだね! 目線だけで人でも殺せそうなこわーい雰囲気の春川ちゃんには、不相応な可愛いニックネームだよね!」

「こ…… 王馬、やめて」

 

 こ? 春川さんはなにか言い淀んだようにしてから王馬くんを睨みつけた。

 まさか春川さんまで大道具を運ぶ手伝いをしているとは思わなかった。様子を見る限り百田くんや赤松さんに引っ張り出されたのだろう。

 水槽の上に登るためのものか、大きな階段を最原くん、赤松さん、百田くん、春川さん、ゴン太くんが運んでいる。王馬くんは手伝う気がないようで、そんな5人の横をついて歩いている。

 王馬くんの動きには春川さんが睨みを利かせていて、彼女の研究教室に向かおうとしても恐らくすぐさま離脱して防ぐだろう。

 彼女ならそれくらいする。

 この体育館には現在全員が集まっていることになるだろう。だから春川さんも安心してこの場にいられるのだと思う。

 

「運び終わったら帰るから」

「ええ! 一緒にリハーサル見ないの?」

「あんたに付き合う義理はない」

「まあ明日があるからな! 明日は来いよ!」

「行くなんて言ってないでしょ」

 

 赤松さんの提案を蹴って、百田くんの言葉にも否定を返すが、あの明るいコミュ力の塊みたいな2人相手に粘るのは不可能な気がする。

 ぼくには明日無理矢理説得されて連れて来られる彼女の姿が見えるぞ……

 花瓶を飾り付けてから、設置されたばかりの階段のところへ行く。

 そこでは完成したマントを羽織って興奮したようにはしゃぐ夢野さんがいた。

 

「夢野さん、焚き付けの準備できたよ。明日も同じやつ使うから、使用感を教えてほしいな」

「おう香月! 待っておったぞ!」

「準備は順調ですよ!」

「今日中にリハできたらご褒美だって神様が言ってるねー」

「それは、楽しみだね」

 

 ブレンド済みの精油が入った小瓶を振り、器具も用意する。

 焚き付けの最中はなかなか絵面は地味だが、彼女を応援したい気持ちはちゃんとあるから、きちんと仕事はするぞ。

 香りが広がって拡散しないよう、軽く袋を被せてアロマを焚き付ける。超音波でアロマを散布するスタンダードな器具で、密閉まではしていないが香りが散りすぎないようにしているので焚き付けはすぐに終わるだろう。

 これを着る夢野さんにはラベンダーの香りが少し移るだろうが、周りで見ているアンジーさんや茶柱さんには移らないはずだ。

 焚き付けを行なっているぼくには少し香りがつくけれど、この後このマントを触らなければ他の人に香りが移ることはないだろうね。

 

 白銀さんと夢野さん、2人が作ったマントそれぞれに焚き付けるのが終わり、片方は夢野さんに渡す。

 

「んあ、ラベンダーはさすがにウチでも分かるぞ!」

「そっか、気に入ってくれたならよかった」

 

 少しはしゃいでいるのが可愛らしい。

 面倒くさそうにしているより、無邪気な夢野さんのほうが年相応でなんかいいなあ。

 

「えっと、残りの1着は……」

「ハンガーを持ってきたからこれにかければいいヨ」

「え? あ、ありがとう真宮寺くん」

 

 言いながらマントを攫っていった真宮寺くんに向き直り、慌てて礼を言う。

 用意されたハンガーはマントがずり落ちないように上で挟んで止めることができるやつだ。畳んで置いておこうかとも思っていたけど、持ってきてくれたのならありがたい。

 

「ちょっと、あんまり乱暴にしないでくださいよ!」

「大丈夫だヨ…… 姉さんの服もこうして整えていたから繊細な扱いができると自負しているからネ」

「んあ? お主、姉がおったのか」

「まあネ」

「むむう、それなら大丈夫…… ですかね。変なことはしないでくださいよ」

 

 茶柱さんがさっそく噛み付いていくが、まさかの新事実と共に宥められる。へえ、姉なんていたんだなあ。こんな人が弟だとお姉さんも大変そうだ…… 誤解されたりで。

 おっと、さすがにこんなこと考えるのは失礼かな。

 ともかく真宮寺くんが慎重にゆっくりとマントをハンガーにかけてくれたので、舞台裏のスペースにかけておいてもらえるように夢野さんが指示する。

 曰く、こちらは本番用なのだそうだ。

 水槽を見る限り水中脱出でもするのだろうし、2着作っていたのはそういうことなのか。制服は部屋に戻ればたくさんあるしね。

 

「今は何時じゃ?」

「ンー、現在時刻は午後9時だネ。あと1時間で夜時間になるヨ」

「リハーサルには十分じゃな」

「なら、ぼくたちは表に戻るね」

「うむ」

「少し余ったからここにも花瓶を置いておくヨ」

 

 真宮寺くんには、体育館の窓から垂らした縄に花の飾り付けをしてもらっていた。縄の荒さはいい感じに花でカモフラージュできていて、変な感じはしない。

 あんなに見事に飾り付けてくれたのに余っちゃったのか。

 まあ、エンターテイナーの待機部屋には花が飾ってあるのがセオリーだし、いいことなのかもしれない。

 

「それじゃあ転子は観客席に行くということでいいんですよね?」

「うむ、魔法は1人で行使するものじゃからな」

「アンジーはカーテンを引くのと司会だよー」

「これ、もう本番でいいんじゃないかな?」

 

 ちょうど全員集まっているわけだけど。

 

「あくまで本番は明日じゃ。解散してもよいぞ」

 

 夢野さんはそう言うけど……

 

「うーん、どうしようか」

「このまま本番でもいい気はするっすけど」

「あ、ならみんなに提案があるんだよねー!」

 

 一斉に振り返る。

 そこには笑顔のゴン太くんと、悪ーい顔をした王馬くんがいた。

 粛々と手伝いをしてくれていたから、油断していたようだ。

 

「入間ちゃーん、やっちゃってー!」

「うるっせぇ、指図するんじゃねぇ!」

 

 手伝いもせず、眺めるだけだった彼女の背負ったリュックから手の形をした機械が飛び出し、赤松さんと最原くんを指差す。

 

「え?」

 

 その次の瞬間、マシーンの手元にモノクマーズパッドが現れた。

 

「は!?」

 

 赤松さん、最原くんはそれを見て慌てて懐を探ったようだけど 「ない、ないよ!」 と叫んでいる。

 つまり、あれは2人の動機ビデオ…… ということに。

 なんて超技術だよ! もう発明家の域超えてSFじゃないの!?

 

「名付けて弱味を握るクンだぜ! おい、これでオレ様のやつ返してくれるんだろうな!」

「えー、まだ2人のしか取ってないよ? ほらほら、リハのある夢野ちゃんたちは勘弁してあげるから、他のみんなのを取らなくっちゃ!」

「さ、指図するなってぇ…… !」

「あ、あの王馬君。本当にこれでいいんだよね?」

「うん! これがみんなのためになるんだよゴン太!」

 

 自分のため、の間違いだろ。

 ぼくは咄嗟に舞台の端に駆け込んで射線上から逃げた。

 

「王馬ァ! 入間ァ!」

「取れるだけ取ってほらほら!」

「なんでオレ様まで巻き込まれるのぉ!?」

 

 次々と指さされた人たちの動機ビデオが奪い取られていく。

 それはあの春川さんも例外ではなく、すごい形相で3人を追いかけだす。

 そして、春川さんを筆頭に百田くんやビデオを取られた人たちが体育館を駆け出していく。

 盛大な夜の鬼ごっこの始まりだ。

 

「大変だネ」

「あ、し、真宮寺くんも無事だったんだね」

 

 衣装を置いた舞台裏スペースから真宮寺くんが出てくる。

 どうやら彼も逃げ込むことに成功したようだ。

 

「そうだネ。香月さんはよっぽど見られたくない秘密があるみたいだけど…… まあ、詮索はしないヨ」

「まったく、迷惑なやつらじゃな」

 

 しかしこれで名実ともに明日が本番となった。

 リハを全員で見るのもなんだし、実は良かったのかも…… いや、このままだと王馬くんが死体で発見されそうな勢いだし良くはないか。

 春川さんは人を視線で殺せそうなほど怒っていたし。

 

「あ、あれ?」

「どうしたの?茶柱さん」

「な、ないです……」

 

 なんと、迷惑なマシーンの被害者はここにもいたみたいだ。

 

「追いかけてきても大丈夫だよ?」

「い、いえしかし……」

「ウチは、転子には本番に見てほしいぞ」

「夢野さん……」

 

 夢野さんの気遣いに感涙しそうな茶柱さんは、真宮寺くんをひと睨みしてから 「すぐに戻りますね!」 と言って体育館の入り口へ走っていく。

 あの調子だとビデオを見るよりも、みんなに捕まる方が早そうだぞ。どうするんだ王馬くん。

 虫でなごむ会は取り止めになって、これは…… なんだろう? 深夜の命がけ鬼ごっこ? ただし鬼が逃げる側…… と。

 うーん、ぼくは研究教室で掃除でもしたかったんだけど…… アンジーさんもいるとはいえさすがに真宮寺くんを放っておくのは…… いや、信用しよう。彼だって好きで疑われてるわけじゃないだろうし。

 

「…… それじゃあ、僕はリハーサルを見ていくヨ」

「う、うむそうするかのう」

「えっと、ぼくは明日ちゃんと見るね。白銀さんも天海くんも追いかけて行っちゃったし…… 研究教室で掃除でもするよ」

「なら、僕がきちんとリハーサルを見届けないとネ」

「じゃ、じゃあまた明日」

「ばいばいならー!」

「んあー!」

 

 小さな不安と、違和感の中、ぼくはその場から離脱する。

 大丈夫、きっと大丈夫だから。夢野さん、アンジーさん、真宮寺くんと3人ならなにか起きても安心できるはずだ。だから大丈夫。

 でもなぜだろう。そこしれない不安が胸の内を渦巻いている。

 ぼくはわりと勘がいいほうだから、この警鐘にも意味があると思うのだけど…… 同時にどうしても真宮寺くんの近くにいてはいけない気がして、後ろ髪を引かれながら体育館を出る。

ゆっくりだった足取りは、まるで逃げるように早くなり、取り急ぎ研究教室へと向かう。

 

 この違和感はなんだ? 上手くいきすぎている? 都合が良すぎる? 王馬くんたちが動き出したタイミングが良すぎる?

 

 おかしいな、マスクで見えないはずなのに…… なんとなく、さっきの真宮寺くんは笑っていたような気がした。

 

 




・「こ…… 王馬、やめて」
 思わず 「殺されたいの?」 という口癖が出そうになるハルマキ。

・弱味を握るくん
 あいつパンツ履いてないぜとかいうやべー技術をやべー方向性に向かわせた結果できたやべーマシーンを、別方向のやべー使い方に転用したやつ。もうSFだね!

・真宮寺是清
 塩


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紫色のヒヤシンス

 なんとなく後ろ髪を引かれながら、ぼくは研究教室まで戻ってきた。

 電気がついていないと暗くて埃っぽい。早々に埃だけでもなんとかしないと。

 途中で倉庫に寄ってきたので、多少の掃除道具はある。

 ハタキに雑巾に、繊細な器具や瓶を拭き取るための雑巾より柔らかい布、バケツや箒などなどだ。

 あとは綿棒なんかで細かいところにまで入り込んだ埃を除去する。

 まだ夜時間まで時間があるし、それまでできるとこまで掃除しよう。

 

 まずは中央のティータイムに使っているテーブルを改めて水拭きし、その上に棚からひとつひとつ取り出したガラス瓶や器具たちを細かくふき取ったり綿棒でポンポンしながら並べていく。大量の容器があるためすぐにテーブルの上がいっぱいになるけど、そうなる前に空いた棚の部分をハタキで埃をはたいて落とし、雑巾で綺麗にする。

 テーブルの上に乗り切らなくなってしまった分は棚の上部を掃除し、そこに再び置くことにした。

 上から下へ、細かい部分を掃除しながら効率良く、そして二度手間にならないように。

 材料は精油として抽出する前に腐ってしまいそうなものを中心に廃棄するか、すぐに食べてしまえるように仕分ける。パイにしたりコンポートにしてみたりすればまだまだ食べられる段階だからね。明日のおやつとして大量に作っちゃおうかな。

 みんなに食べてもらうかどうかは…… 事情を伝えたうえで食べたいって言ってくれた人限定ということで。

 

 そうして棚をピカピカに磨いてガラス瓶たちを元に戻す。

 心なしか輝いて見えるみたいだ。ぼくの宝物たちも喜んでくれている気がするや。

 

 あとは壁を軽くはたいていって、最後に床の掃除をする。

 箒ではいて、隅に寄せたものをチリトリで回収。こんもりと埃が集まってしまった。数日で結構埃がたまるもんなんだなあ。

 ゴミ袋に廃棄するものと、集めたゴミを入れて口をしっかりと閉じる。

 

「ああ、そういえばこっちの引き戸…… えっ?」

 

 前にシャンプーやリンスを作った際のサンプルが床に面した引き戸に入っていたはずだから、二度手間だがそこも掃除してしまおうと開けたら…… そこには、変わり果てた姿の彼がいた。

 

「お、王馬くん…… ?」

 

 俯いて彼の顔はよく見えない。

 微動だにしない彼に、さすがのぼくも心配になり屈み込む。

 まさか…… またここで殺人、なんてことは。

 

「王馬くん、ねえ、王馬くん?」

 

 鼻をくすぐる微かな血の匂いに顔を青ざめさせながら手を伸ばす。

 

「にしし」

 

 気づいたときには、彼がぼくの伸ばした腕を掴んでぐっと引き寄せ、立場を入れ替えるようにぼくは倒れ込んでいた。

 

「香月ちゃんの大事なものみいつけた」

 

 引き戸の手前に倒れこんだぼくとは違い、王馬くんはぼくの腕を支えにするようにして立ち上がったようだった。頭上から声がするものだからそっと目線を上げると、王馬くんが悪い顔をしながらぼくの動機ビデオを持って笑っていた。

 

「ま、待って!」

「おっとー、香月ちゃんってなにもないところに顔面からダイブしちゃうほどドMだっけ?」

「ほ、本当に、それだけはやめて! 変な冗談言わないでよ!」

「あらら、普段怒らない女性が怒ると怖いって本当なんだね」

 

 決死の覚悟で王馬くんにタックルしても、いくら手を伸ばしても、動機ビデオは取り戻せない。

 

「きみ、怪我してたんじゃないの?」

「あれ、分かる? あ、まさか血の匂いでもする? さっすが香月ちゃん! 超高校級のアロマセラピストは犬並みの嗅覚まで持ってるんだね!」

 

 彼が見せてきたのは左手の甲だ。擦りむいたような、結構派手に血が出た跡があった。派手な出血をしているとはいえ、擦り傷程度でぼくの嗅覚は反応してしまうのか…… 厄介な。おかげで見事に騙されてしまった。

 

「なんと、この学園にまでオレを狙う刺客が潜んでて、さっきまでその攻撃を受けていたんだよ! 秘密裏に処理してモノクマに引き渡しちゃったけどね!」

「嘘つき……」

 

 外部の人間が潜り込めるなら、それこそどこかから出られるかもしれないという希望に繋がる。悪趣味な嘘だよ。

 

「そうだよ、嘘だよ! ホントはね、春川ちゃんが人でも殺せそうな顔で追ってくるもんだから怖くて怖くて、不幸にも途中で転んじゃってさー」

「それも嘘かな」

 

 だって、それが本当なら彼は今頃春川さんに捕まっていてもおかしくない。あんな必死な春川さんに転ぶ、なんて隙を見せたら速攻で捕獲されそうだもの。

 

「えー、ホントだよ」

「嘘か本当かはどうでもいいから、早くそれ返してよ。他のみんなの分があればいいんじゃないの?」

「どうでもいい?」

「どっちにしろ教えてくれないなら、訊くだけ無駄だよ。絆創膏くらいは渡すけど、それだけは本当に…… 返して」

 

 王馬くんはキョトンとして少し考えたあと、わりと真面目な声で言う。

 

「香月ちゃんって案外臆病なようで、自分勝手だよね。自分の秘密さえバレなきゃ他の人のことはどうでもいいんだ?」

「…… それはっ」

 

 ダメだ。彼相手にはどんな取り繕いかたをしてもバレる。そういう嘘は、すぐにバレる。

 ぼくはなにも言えなかった。

 

「別にいいけどね。自分に素直なのはいいことだよ! 正直者のオレが言うんだから間違いないよ!」

「きみのどこが正直者なんだよ……」

「うん、嘘だよ! あんまり八方美人してても限界があるんじゃない? ワンマンプレイってロマンあるけど取り返しのつかないことにもなりやすいし。そういう意味では赤松ちゃんもそうだけど、香月ちゃんも危ういよね」

 

 あれ、もしかして忠告されてる…… ?

 いやいや、ぼくはともかく赤松さんまで危ういなんて、そんなの嘘に決まってる。

 それに、見事に話が逸らされているじゃないか。

 彼はこのまま動機ビデオのことはうやむやにして帰るつもりなんだ。それだけは止めないと。

 

「誤魔化されないよ。返して」

「もう、強情だなー」

「強情なのはどっちだよ…… だから返して」

「うーん、こういうときの香月ちゃんはつまんないね。普段のキミならわりとつまらなくないんだけど」

「……」

 

 彼から言われると結構傷つくな。

 悪かったね、強情で。

 

「まあいいや、返してほしかったらオレに追いついてみせるんだね!無理だろうけど!」

 

 そう言って王馬くんが走り出す。

 扉を乱暴に開けて夜の植物園の中へ、そして外へ。

 

「まっ、待って! …… ああ、もう!」

 

 あれが見られるのは本当にまずい!

 幸い掃除もひと段落ついていることだし、ぼくも王馬くん捕獲作戦に参加しよう。

 

 掃除道具を隅に寄せて、走り出す。体力はないから、きっと追いつけないけど…… いろんな人が彼を探し回っているなか、1人追っ手が増えるだけでも違うだろう。

 あれ…… そういえばゴン太くんや入間さんはどうしたんだろう。もしかしてもう捕まっていたりして……

 走りながら、まずぼくは寮を目指した。

 

「…… えっと、王馬くんならまだ来てないよ」

 

 けれど、王馬くんの部屋の前にいたのは赤松さんだった。

 

「赤松さん?」

「最原くんが、1人は逃げ場所を塞いでおいたほうがいいって言ってたから、私がここを見張ることにしたんだよね」

「なるほど」

「さっき寮の前を走っていくのが見えたから追いかけようと思ったんだけど…… 私がここから離れるわけにはいかないから」

 

 ということは、学園のほうへ向かったんだろうな。

 

「ありがとう赤松さん、王馬くんが学園のほうに向かったことさえ分かればなんとかなると思う」

「そっか、最原くんに会ったら、もう休もうって伝えてもらえるかな?さすがにもうすぐ夜時間になるし…… 王馬くんも帰ってくると思うし」

「分かったよ。そうだよね、もう時間も遅いもんね」

 

 あと少しで夜時間だ。

 マジックショーのリハーサルも既に終わっているだろうし、様子見がてら王馬くんの搜索でもしようか。

 

「それじゃあ赤松さん、また明日ね」

「うん、また明日」

 

 適当に学園の一階部分と体育館までの道のりを捜索しながら行こう。

 ぼくはそうして小走りで学園の建物まで向かった。

 到底王馬くんを捕まえられるとは思ってないから、せめてゴン太くんあたりが懐柔されて王馬くん捕獲に力を貸してくれればいいんだけど。

 

「誰にも会わない……」

 

 夜の学園。誰にも会わないとなると地下でなくとも薄暗くて怖い。

 なんだか上階のほうで物音がするので、もしかしたらみんなそっちにいるのかもしれない。

 実はもう王馬くんは捕まっていて、上のどこかの教室で尋問を受けてるとか……?いや、それにしては彼の嘘泣きが聞こえない。

 どんな基準だよとは自分でも思うが、聞こえるのは足音のようなわずかな音なので、上で追いかけっこをしてきる可能性のほうがまだ高いだろうな。

 

「体育館には、もういないかな」

 

 いや、体育館には明かりがついたままだ。

 ギリギリまでやっているのだろうか? それにしてはとても静かなのだけど……

 

「舞台の裏かな」

 

 なんとなく、変な匂いがする気がする。

 水槽の横の、隠されたカーテンの裏。そこを開けるだけなのに、嫌に心臓の音がうるさい。

 いや、大丈夫だ。大丈夫だ。もしかしたら3人ともお手洗いに行って静かなだけかもしれないし……

 

 ごくりと、生唾を飲み込んで首を振る。

 こんなにも静かだから余計に不安になるんだ。大丈夫、大丈夫……

 

「…… ゆ、めの、さん」

 

 今度こそ、心臓が止まったかのような錯覚を覚えた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 階段の横に設置されていた花瓶は無残に割れ、中身の花たちをそこら中にぶちまけている。そして、その下にうつ伏せで倒れている夢野さんのマントは左胸の辺りを中心に血が散っている。変な飛び散り方をしているような気がして、悲鳴を押し殺しながらぼくはそれを確認しようとして…… やっぱりできなかった。

 1人で、この状況で、マジマジとこんな状態の人を見るなんて怖くてできない。

 

 顔を青くしながら少しだけ目線を外しながら状況確認する。

 血の跡は背中全体に擦れたような跡があるけど…… 肝心の左胸の部分以外には外傷は見受けられない。なにか刺さっているようだけど、それを確認できるほどの勇気はなかった。

 彼女は背中の血さえなければまるで階段から転んで落ちたようにも見える格好だ。

 そしてマントを着替えようとしている最中だったのか、右手にマントを掴んだまま倒れ込んでいる。

 花瓶は倒れた時に引き倒してしまったのか、カケラは全て彼女の上に乗っているか、周りに散らばっているようだ。

 そして彼女は当たり前のようにずぶ濡れである。

 やはり水中脱出のマジックのリハーサル中に…… でも、だとしたら真宮寺くんとアンジーさんはどこに?

 

 ぐるぐると混乱した思考でキョロキョロと辺りを見回す。

 どうしようもなく不安で、でも疑われたとしても今ここで少しでも情報がほしくて、手がかりを探す。

 

「そういえば…… ハンガーが見当たらないな」

 

 それに、さっきからなんだか嗅いだ覚えのある匂いがする。

 たくさんの花の匂いに混ざってよく分からなくなっているが、日常でよくある香りだ。それは、夢野さんの背中と、そして階段のほうから漂ってきているようだった。

 

「階段…… に、なにかある?」

 

 夢野さんの生死確認をするのが先だろうが、ピクリとも動かないし、そもそも、心臓の真上からあんなに血が出ているのでは…… いや、まだ死体発見アナウンスがまだだから、発見者がぼくを入れて2人だけなのかな。

 なら、真宮寺くんかアンジーさんはまだ彼女の状況を知らない可能性が高い。

 どちらかは恐らく、この状態の夢野さんを発見して他の人を呼びに行っているのか、それとも犯人として逃走しているのか……

 発見していない1人も、お手洗いだったとしてもすぐに戻ってくるだろうし……

 ああもうっ! もうすぐ夜時間なのに、こんな時間から新たにここまで来ようとする人なんていないだろうし…… どうしよう。

 

「ぼくが、先に証拠を、集めない、と」

 

 先の裁判では、ぼくは役立たずだった。

 反論ばかりして、自己弁護ばっかりで、真実に向き合おうとせず、目を逸らし続けた。

 

 今、ぼくができることを。そう、最善の行動を。

 今やるべきことは、動揺して泣いていることじゃない。

 ぐっ、と歯を食いしばって、再び夢野さんの死因を確認しようとしたとき、気づいた。

 階段の下のところから夢野さんのところまで水が滴り落ちているのを。

 

「まさか、水中脱出のマジックって……」

 

 階段の一番下の部分、そこをあーだこーだといじくりまわし、とうとうその口がパックリと開かれる。

 夢野さんくらいなら簡単に這い出てこれそうな、そんな階段の内部構造だ。

 内側になにか落ちているのが見える。

 

「ハンガー?」

 

 夢野さんが新しいほうのマントをかけていたハンガーだ。

 本来なら、夢野さんが着替えようとしていたであろう外に落ちていないと不自然だけど…… そう思って階段の中に上半身を入れて手を伸ばす。

 うーん、ぼくの体だとわりと狭いな。

 

 そうやって階段の中に入ると、ますます日常でよくあるその香りが気になった。

 

「これ、ケチャップ?」

 

 匂いの元まで辿り着くことはできたが、残念ながら暗くてよく見えない。匂いの強さでなんとなく階段上部にケチャップが付着しているのだとは思うが、なぜそんなところにそんなものがあるのかがさっぱり分からない。

 とりあえず、ハンガーを拾う前に匂いの強い水槽側の入り口らしき場所に触れると、簡単に開いた。横に鍵もあるようなので、男子たちが運んでいる最中は気づかれないようにしていたのだろうな。

 どうやら水槽側の入り口は犬猫の出入り口のような、押したり引いたりすると開く構造になっているらしい。

 入り口に触れたとき手にべちゃっとした感覚があった上に匂いが濃くなった。恐らくここにケチャップが塗られていたのだろうけど…… まあ、これも貴重なコトダマだ。記憶しておこう。

 

「うーん、暗い……」

 

 膝でずりずりと後退しつつ、目的だった足元に落ちているハンガーを手に取る。その瞬間、チクリと小さな痛みが指先に走った。

 

「…… っ、っ…… !」

 

 そして、すぐさまぼくの体は力を失ったように倒れる。

 もちろん、うつ伏せに。

 

「………… っ」

 

 声も出ない。まずい。まずい。

 もしかして夢野さんもこの罠にかかったのか?

 脳裏を過るのは明確な〝 死 〟の一文字。

 

 このままじゃ、ぼくもまずい。

 さっきのは確実に毒だろう。いつの間に。

 毒殺か? このままじわじわと死んでいくのか? そんなことばかり頭の中をぐるぐる回る。

 まずい、殺されてしまう。分かっているのに、一言も発せないし、指先ひとつ動かせない。

 

「……」

 

 誰かの足音が聞こえる。

 この足音は天使か死神か、分からないけれど、本格的にまずい。

 

 体は一切動かせないのに意識だけはっきりとしているなんて、なんてもどかしいんだろう。早く、早く、早く、動け、動け…… !

 

 無情にも、階段から出ているぼくの足が掴まれる。

 い、いや、もしかしたらこのまま引っ張って助けてくれるのかもしれないし…… そう思ったのが馬鹿だった。

 

「…… っ! っ!」

 

 そのまま抵抗できぬまま両足を掴まれ、ぞわぞわとした感覚が全身に伝播していく。そして、状況が状況だけに底知れない不安を感じたその次の瞬間、ぼくの体は勢いよく上に押し出された。

 

 痛い、痛い!

 上手くいかずに何度か頭を階段上部にぶつけ、そしてとうとう水槽側の入り口から放り出された。

 

 水中に投げ出された体は無抵抗に沈む。

 声も出ない、体も動かない。おまけに息もできない、なんて。

 

 口も開けず、ただガボガボと空気だけが抜けていく。

 ぼくの死へのリミットが、どんどん迫っていく。

 うつ伏せのままなのでクロが誰だかは分からない。なにも見えなかった。

 

 ああ、ぼくはやっぱり役立たずのまま死んでいくのか。

 生きたいなんて思っても体が言うことを聞かないんじゃどうしようもない。

 

 わずかな諦観と絶望。

 

 目を閉じることもできずに、底についた。

 頭上からは、ぼくが夢野さんのためにと採取してきた朝顔やアイビーも沈んでくる。縄に飾られていたそれらはまるでぼくへの細やかな(はなむ)けのようで、どうしようもなく悔しかった。

 

 友情の意味を持つ植物をこんな風に扱われてしまったことにも腹がたつし、既に死んだものと扱われているのも不本意だから。

 

 もう滲んで、目も水で痛くて、もうなにも見えないよ。

 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。

 

 ああ、星くん。きみも、こう感じてたんだよね?

 ごめんね、ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 星くん、東条さん…… きみたちの分まで生きようって決めたのに、約束の守れない役立たずでごめんなさい。

 

 もっと、もっと、もっと、みんなと――

 

「………… さん!」

 

 死神の抱擁はひどく優しい、そんな風に聞くこともあるけど、本当なんだなあ。こんなにも暖かくて、優しくて、柔らかい。

 

「…… ったいに、…… けるっすから!」

 

 おかしいな、幻覚だろうか。

 今、1番会いたかった人が、見える気がする。

 

 どうか、どうか、ぼくを助けて。

 そう伝えたかった人が、すぐそこにいる気がする。

 

「キミは絶対に、助けるっすから!」

 

 なんて、そんな都合の良いこと……

 

 

 

 

 

 ―― 死体が発見されました! オマエラ! 至急体育館までお集まりください!

 

 

 




 ・アナウンス
 アナウンスが鳴るのは3人が被害者を発見したとき。
 そして2人の犠牲者が出ていた場合、アナウンスは連続で流れます。
 一応補足までに。

・紫色のヒヤシンス
 西洋の花言葉は〝ごめんなさい〟〝許してください〟
 今回は後者で使っています。


 ティファさんより主人公のイラストをいただきました!
 この絶望顔がドストライクで私は嬉しすぎてその辺を転げまわりました。毎度のご愛読感謝いたします!


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探究心crisis①

 ――「どうして」

 

 ――「どうしてなんすか。どうしてキミが」

 

 

「死ななくちゃいけなかったんすか」

 

 

 

 ぱたり、ぱたりと雨音のような雫の垂れる音。

 軽く揺さぶられる身体と、背中と膝裏に感じる暖かい感触。

 ぼくの赤毛を伝って落ちる雫が頬を濡らし、その暖かい感触の持ち主をも濡らしていく。

 息ができない。息ができない。意識は朧げにあるというのに、身体はぴくりとも動かず、ただ揺さぶられるだけ。

 それから暖かい感触が離れて、濡れた服や髪で背中から暖かさが失われて行く。冷たい、冷たい、息ができなくて、怖い。

 

「………… っすから」

 

 そして胸に強い圧迫感。何度も、何度も。それから……

 その処置にぼくはやっと身体の自由を取り戻し、思い切りむせながらそばにあった布を思い切り握りしめる。

 

「っう、げほっ、ぐっ…… ふっ、うぅ……」

「大丈夫っすから、もう少し頑張ってください」

 

 そっと顔を横向きにされ、その場に飲んでしまった水を全て吐き出す。みっともない、なんて言ってはいられない。なんせぼくは死にかけたのだから。

 …… いや、正確には殺されかけたか。

 

「…… っあ、み、くん」

「はい、俺っすよ。安心してほしいっす」

 

 薄く目を開いて改めて彼の姿を確認したら、ひどく安心した。

 そして、思い切り掴んでしまっていた彼のシャツから手を離す。皺になっていて少し申し訳なくなる。

 濡れた髪から垂れる雫に混じって、生理的に流れた涙がこぼれ落ちていく。

 

「い…… て、る…… ?」

「はいっす。生きてますよ。香月さんはちゃんと生きてるっす」

「…… め、じゃ、ない…… ?」

「夢なんかじゃないっすよ。キミは助かったんすから」

 

 げほげほと溢れ出てくる水を口元を覆って吐き出しながら、目線だけ周囲に向ける。

 みんなが心配そうにぼくを見ていた。その中に夢野さんの姿はない。

 ああ、そうか、アレも夢じゃなかったのか。

 そして、なぜだか白銀さんもいない。どうしたんだろう? 白銀さんはどこ? まさか、彼女にまでなにかあったのか?

 そんな風にキョロキョロと辺りを確認していると天海くんに上半身を起こされる。

 

「どうしたんすか? なにか気になることでも……」

「おいバカ月! テメー犯人は見たのかよ! どうなんだよ!」

「ちょっと入間さん! もう少し待ってあげなくちゃ駄目だよ!」

「うるせぇ赤松! 重要なことだろーが!」

「まあまあ、とりあえず彼女が落ち着くのを待つべきだヨ」

 

 犯人、そうか、犯人…… 気になるよね。当たり前だ。ぼくは殺されかけて、そして死ななかったんだから。

 でも、ぼくも犯人は見ていない。だからみんなの役には立てないな。

 

「ぼくは、見てない…… 動けなかっ、から…… 天海、くん。白銀さん、は?」

「ああ、彼女なら…… 戻って来たっすね」

 

 彼の視線を追えば、白銀さんがぼくの替えの制服を抱えて走って来るところだった。

 ああそうだよね、水槽に落ちて溺れてしまったのだから着替えが必要だ。単純なことだった。

 それと同時に百田くんと茶柱さんも体育館の外から帰って来た。2人もいなかったのか。白銀さんがいないことにしか目がいかなかった。

 ぼくもまだ混乱しているみたいだ。

 

「プールのほうには誰もいなかったぜ」

「学園内もくまなく探しましたが、靴が濡れてる人はいませんでした。きっとこの犯行は男死に決まっています…… そうに決まってるんです……」

 

 泣き腫らした顔で拳をぎゅっと握る茶柱さんがぼくに気づき、近づいてくる。

 

「助かったんですね…… よかったです…… 香月さん…… よかった…… 体を起こすのはお辛いですか? 天海さんに変なことされてませんか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう、茶柱さん」

「弱っている女性になにかしたら分かっていますね? 天海さん」

「はは、そんなことはしないっすよ。当たり前のことっす」

「なら、いいんですけど……」

 

 茶柱さんはぼくの無事を確認すると、天海くんに釘を刺すように注意し水槽横にあるカーテンの向こうに走っていく。アンジーさんもなにか考えがあるのか、茶柱さんを追うようにゆったりとカーテンの向こう側へ…… 夢野さんの側へと向かった。友達3人、今はそっとしておいたほうがいいのだろうね。

 

「もう、立てるよ天海くん」

「香月さん! 心配したんだよ」

 

 天海くんと、着替えを持って来た白銀さんに少しだけ支えられながら立ち上がる。

 それから白銀さんに連れられて隅っこのほうへ。

 赤松さんやら春川さんやら、あと百田くんが大きなジャケットを貸してくれて、その完璧な防御の中で着替えることとなった。

 本当は部屋で着替えることも提案されたんだけど、きっとこのまま捜査になるだろうからそれはやめておいたんだ。

 きっと重要な証拠はぼくが握っているはずだから。

 それと、付き添いがあったとしてもみんなから離れるのが不安だったというのもある。また狙われるかもしれない。そんな恐怖心が頭をもたげてきて、どうしてもこの場から離れたくなかった。

 

「落ち着いた? ねえもう出てきてもいーいー?」

「わっ! モノクマ!」

 

 着替えが終わる頃に、モノクマは最原くんたちの目の前へと登場した。

 それから前と同じようにモノパッドにモノクマファイルの第2版がダウンロードされたことを告げた。

 ぼくも白銀さんに支えられたまま彼女のモノパッドへ目を落とす。

 

 

【モノクマファイル2】

 

 被害者は夢野秘密子

 現場は体育館内のマジカルショーステージの中である

 死体発見時刻は午後10時7分

 

 マジカルショーステージの水槽横となる階段付近にうつ伏せに倒れていた。死因は心臓に五寸釘を打ち込まれたことによる穿通生(せんつうせい)心臓外傷のショック死

 右手の指先に小さな刺し傷が存在するが、事件との関与は不明

 

 殺人未遂の被害者は香月泪

 現場は上記と同じく体育館内マジカルショーステージの水槽である

 死体発見時刻の少し前に発見され、救助。蘇生済み

 あとは本人から訊けオマエラ

 

 

 《コトダマ モノクマファイル2》

 

 今度は死亡推定時刻が書かれてないぞ。あからさまな抜け要素だけど、こういう場合時間差トリックでも使われてるのかな。

 うーん、メタメタな推理ではあるけど、ありえそう。

 なんせ1番多く証拠を握っているのはぼくなのだ。

 

「香月さん、捜査はどうする? 誰かと一緒に休んでる?」

 

 と、ぼくがようやく1人で立てるようになったところで最原くんがやって来た。

 

「ううん、ぼくも捜査に加わるよ。部屋にいるより、みんながいるこっちで捜査してるほうが逆に安全かもしれないし、それに…… ぼくだって、夢野さんのためになにかしたいから」

「そっか、分かったよ。気をつけてね」

「うん、ありがとう」

 

 ひらひらと手を振って現場に行く最原くんを見送る。

 あ、一緒に見たほうがいいよね。検死できる人なんていないし、探偵の観察眼をちゃんと聴く機会はあったほうがいい。

 

「付き合ってくれるかな、天海くん。白銀さん」

「もちろんっすよ」

「地味に怖いけど…… そうだよね、みんなでいるほうが逆に安全だよね。よし、頑張ろっか」

 

 そうして、ぼくらの2回目の捜査が始まった。

 

 

 

 

 

 

― 捜査 開始 ―

 

 

 

 

 

 まずは夢野さん自身からだ。

 もう一度見るのは結構きついが、捜査のためには最原くんの意見もきっちり聴いておかないといけない。

 3人でカーテンの向こう側へと移動する。

 それから、そばにいる茶柱さんとアンジーさんが見守る中で検分が始まる。今回はこの2人が見張りになるみたいだね。まあ、当たり前か。できるだけそばにいてあげたいって思うのは当然のことだろう。

 

「転子は、だめですね。なんとしてでもクロを見つけてやりたいって思うんですけど、なにをすればいいのかが分からないんです。だからせめて転子にできることをやります! 夢野さんのことは、任せて、ください……」

 

 尻すぼみに段々弱々しくなっていく声に、本当は捜査も参加したいんだろうなと結論づける。そして、それに妥協している自分を許せないのだろうことも。

 

「茶柱さん、よかったらぼくらが見たり、聴いたりしたことを教えにくるよ。そしたら茶柱さんの意見も聴かせてほしいんだ。もちろんアンジーさんもね。夢野さんのことを1番分かっているのはきっときみたちだからさ」

「…… 感謝します。香月さん」

「秘密子…… ゆっくり眠れますように……」

 

 よし、そうなったらさっそく最原くんに質問だ。

 赤松さんとなにやらやりとりしている探偵に話しかける。

 

「最原くん、えっと、モノクマファイルは信憑性ありそう?」

「うん、死因は間違いないよ」

「うーん、穿通生心臓外傷って結局どういうことなのかな?地味に難しい言葉を使わないでほしいよ」

「穿通生心臓外傷は…… たとえば心臓に銃弾を受けた、とかそういうのっすね。ほら、五寸釘が打たれてるって書いてあったじゃないすか」

「あー、なるほど」

 

 心臓に五寸釘。まるで吸血鬼に対する処置みたいだ。

 傷口を詳しく見るのが怖くて遠目だが、マントの背中部分が大分汚れている。釘は抜いてあるのかな?

 

「釘はそのまま抜かれてないよ…… だから出血は少ないはずなんだけど…… でもこの赤いのは…… だめだ、血で乾いててよく分からない」

 

 《コトダマ 五寸釘》

 《コトダマ マントの血痕》

 

 最原くんには分からない…… でも香りは残っているはずだ。

 視覚以外での証拠はぼくが見つけられる。

 …… そのためには、もっと近づく必要があるけど。

 

「…… よし」

 

 頬を軽く叩いて勇気を出す。

 ぼくがやらなくちゃ誰がやるんだよ!

 

「無理はしなくていいっすよ。顔、真っ青じゃないっすか」

「これは、ぼくにしか分からないことだから……」

「香月さんにしか…… ?」

 

 確かに釘の刺さった部分は少し血が周りに散っているだけで、大量出血はしていない。釘が栓になって出血を防いでいるからだ。

 なのに背中全体に板でも擦ったような薄い赤色の跡がある。つまり、この赤色はぼくが階段の中で見つけたものと同じ……

 

「ケチャップ」

「え?」

「やっぱり、ここの傷口付近の出血以外はケチャップだよ」

 

 そんな馬鹿なって顔されてもね。実際そうなのだから仕方ないだろう。

 花瓶が割れ、彼女の上に乗ったデイジーとマーガレットのせいでだいぶ香りが隠されているが、絶対にこれはケチャップだ。

 

「それに……」

 

 辺りの香りを目を閉じて確認する。

 

「デイジー、マーガレット、ラベンダー…… ケチャップと…… レモン?」

 

 あとは僅かな血の匂い。いや、しかし、自分で確認して予想外だった。

 もう一度目を瞑って香りを確認しても……

 

「やっぱり、レモンの香りがする……」

 

 すごく微かではあるけど、この場にはないはずのレモンの香りがある。これは、一体どういうことだ?

 

 とりあえず、この問題は一旦置いておこう。

 

 《コトダマ 付着したケチャップ》

 《コトダマ 現場の香り》

 

「あと、ぼくが襲われた原因なんだけど……」

 

 と言いながら階段の下の段をパカっと開く。

 

「ああ、マジカルショーは水中脱出の予定だったもんね……」

「へえ、こうなってたんだ」

 

 白銀さんと赤松さんの反応を横目に覗き込む。

 

「こうやって、中を見てて…… あれ?」

 

 ハンガーがなくなっている。

 やはり、あれは重要な証拠だったらしいな。ぼくを突き落とした後にでも回収したのかな。

 

「どうしたの?」

「…… ううん、後で言うよ。まずはこっち。えっと誰かペンライトかなにか持ってないかな?」

「俺が持ってるっすよ」

「ありがと、ちょっと貸してね」

「どうぞっす」

 

 ペンライトで水槽側への入り口を見る。多分ペット用のドアみたいになってるここに…… あった。赤い跡だ。乾いているけど、くっついている。階段の内側と…… それから階段の天井部分についていたみたいだ。

 これを水槽側から抜けてきたと考えると、狭いから夢野さんでも天井部分のケチャップに背中が擦れて付着してしまうだろうな。

 ぼくの背中も、このドアを通って落ちたのだからケチャップが付着したんだろうけど、それは水の中で溶けてなくなってしまっただろう。

 あとで濡れた制服の香りを確認したら、まだケチャップの香りが残っているかもしれない。

 

 ぼくは階段から出てそれらをみんなに説明する。

 念のため、最原くんや天海くん、茶柱さんにペンライトで確認してその目で見てもらったので証拠としては十分だ。

 

「じゃあ、夢野さんのこの汚れはそのケチャップが原因ですか」

「そうなるね」

 

 《コトダマ 階段の秘密》

 

 それから、ぼくはこの目で見たけど現在行方不明のハンガーについてを語る。

 香りを辿って階段の秘密に気がついたこと、階段の中でハンガーを見つけたこと、それから…… ハンガーを触った途端体が動かなくなって倒れ、そのまま水中に投げ出されたことをだ。

 

「ハンガーか…… 確かに夢野さんは替えのマントを握ったまま亡くなってるから、ハンガーを持ったときに倒れてそのまま…… って可能性は高そうだ。それに、チクッとした痛みっていうのも気になるよ」

 

 よし、最原くんのお墨付きだ。

 

「そのハンガーがなくなっているということは、犯人は既にいくつか証拠隠滅をしているということになるな…… そうなると、香月さんが見たものが重要になるね。裁判でも証言をお願いしたいんだけど、いい?」

「もちろん、やるよ。ぼくだって夢野さんのためになにかしてあげたいんだから」

 

 《コトダマ 行方不明の証拠品》

 

「ねえ、チクッとした痛みってもしかして針なのかな…… それなら地味に心当たりが……」

「うん、ぼくもそう思う」

「え? 心当たりがあるの?」

 

 最原くんには事前に裁縫セットの針が1本足りなくなってたことを告げる。あの痛みは十中八九それだろう。

 

《コトダマ 裁縫セット》

 

「ねー、泪もお祈りしよ?」

「え、あ、…… そうだね」

 

 アンジーさんに手を取られて夢野さんの前にしゃがむ。

 当たり前だけどアンジーさんや、それに茶柱さんには血の香りは付着していない。本人を触ったわけではないからというのと、血の付着した部分がかなり狭い範囲だからだろうな。

 

「転子も」

「そうですね…… 夢野、さん」

 

 そして目を瞑ってお祈りする。夢野さんがこれ以上苦しまずに済みますように。

 

 後ろでは天海くんたちも黙祷していたようだ。涙の滲む両目を拭い、立ち上がる。

 あと気になるとすれば、花瓶が倒れてることと…… 舞台の上かな。

 花瓶は恐らく夢野さん自身が倒してしまったのだと思う。倒れている位置とかなり近いから。でも破片が全て彼女の上に乗っているところを見ると誰かが割ったという気もしてくる。さて、真相はいかに。

 この花瓶が割れてしまったせいで花が露出して香りが混ざって分かりにくくなっているのも気になる。意図的ならば、やはり香りが証拠品の1つとなるだろうね。

 

 《コトダマ 割れた花瓶》

 

「あ、そうだ。天海くん、どうして百田くんたちは外にいたの?」

 

 ぼくが僅かな疑いを滲ませながら訊くと、天海くんは説明がまだだったとばかりに話し始める。

 

「ああ、それはっすね…… 俺たちはそれぞれアンジーさんに言われて体育館に来たり、王馬君を追ってここに来たりしたんすけど、舞台の上に水の跡と、飾りの縄から植物が外されてたことで犯人がプール方面へ逃げたんだと思ったんすよ」

 

 それって、あの窓からプールの方へってことか?

 ここは舞台があるからそうでもないけど、プールのほうは確か相当な高さがあったはずだよね。

 飛び降りたということか? あの高さを? え、そんなことありえるの…… ?

 

「まあ、結構な無茶だとは思うっすけど、身体能力の高い人なら受け身くらい取れるでしょうし、俺もあのくらいの高さなら平気っすよ」

 

 超高校級の冒険家なら山とか崖とか渡り歩くこともあるのかな?なら、身体能力的にも余裕というのも分かる。ただ、絶対に最原くんや赤松さんみたいな運動が不得意そうな人には無理だろう。

 

《コトダマ 体育館の窓》

《コトダマ 犯人の逃走経路予測》

 

「えっと、じゃあアンジーさんに言われて…… とか、王馬くんを追って…… っていうのは?」

「入間さんとゴン太くんはすぐに説得したり、確保できたんすけどね…… やっぱり動機ビデオは王馬君が全部持ってたらしいんすよ」

「入間さんは…… 地味に暴れてくれたけどね……」

「お2人は念のため春川さんが見張ってくれてたっす」

 

 入間さんとゴン太くんのことは予測していたから納得だ。

 ただ、現場に残ったレモンの香りのことを考えると王馬くんの動向は知っておきたい。

 

「俺たちは走って来たアンジーさんに、夢野さんが死んでいることを聴いたんすよ。現場では真宮寺君が見張ってくれているから早く来いって具合にっす」

「真宮寺くんが?」

「ああ、香月さんが溺れているときにいなかったことについては後で訊くつもりっす。俺的に1番怪しいのはあの人っすから」

 

 見た目からも怪しいうえに、行動まで怪しいなんて真宮寺くん……

 

「わたしたちはアンジーさんについて行ったんだけど、春川さんや赤松さんたちは3階に姿を見せた王馬くんを追ってる間に体育館に来てたんだって。アンジーさんたちに誘導されたわたしたちが先に来て、香月さんと夢野さんを見つけて…… それから王馬くんたちが来たんだよ」

 

 つまり、時系列で並べるとこうか。

 

 その1、まずアンジーさん、真宮寺くんが夢野さんが倒れているのを発見。真宮寺くんが残ってアンジーさんが人を呼びに行った。

 その2、なんらかの理由で真宮寺くんがいなくなる。

 その3、この間にぼくが夢野さんを発見、勝手に捜査を始めて殺されかける。

 その4、天海くん、白銀さん、キーボくん、百田くん、茶柱さんはアンジーさんに連れられて体育館に。

 その5、百田くん、茶柱さんが犯人を探しに体育館の外へ。

 その6、ぼくの救助をしている間に王馬くんを追って残りの人たち…… 春川さん、ゴン太くん、入間さん、赤松さん、最原くん、そして恐らくこの辺りで真宮寺くんが体育館になだれ込む。

 

 死体発見アナウンスは、水槽の中のぼくを見つけて真っ先に階段を駆け上がった天海くんが目撃したあと鳴ったようだ。だから王馬くんを追ってきた人たちは体育館に入る直前にアナウンスを聞いたことになるのかな。

 うん、待てよ? なんか違和感があるような…… 死体発見アナウンスって発見者が3人になったら鳴るものだよね? 確かルールにも書いてあったはずだけど……

 

 ちょっと整理しよう。

 アンジーさんと真宮寺くんが発見して2人。

 もしも2人のうちどちらかが犯人だとして、ルール上犯人を発見者に含まないならこの時点で発見者が1人。

 そのあとぼくが見つけて2人。で、天海くんが見て3人か。

 アナウンスが犯人を含めずに鳴った…… と考えるのが自然かな。

 

 《コトダマ 発見までの流れ》

 《コトダマ 死体発見アナウンス》

 《コトダマ 死体発見アナウンスのルール》

 

 でもそれにしては王馬くんの動きがよく分からない。

 多分ぼくの研究教室から出て行ったあと、みんなから追いかけられつつ体育館に行ったのだろうけど…… 彼がわざわざ袋小路になっている体育館に行くものだろうか? それも夜時間ギリギリに、だ。

 夜時間に体育館へ入ったら校則違反でエグイサルに処分されてしまうのだから、さすがにそんな危険を冒すような人じゃないだろう。謎だ。彼からも話を訊く必要があるな。

 

 《コトダマ 王馬小吉の動向》

 

 …… と、最原くんと赤松さんはぼくらが話の整理をしている間に、既にどこかに行ってしまったようだ。

 とりあえず次は真宮寺くんに話を訊きにいくのが1番だろう。彼は怪しすぎる。

 

「僕かい? まあ、そうだろうねネ。最原君たちも話を聴きに来たヨ。僕は見た通り、怪しいからネ」

 

 だから自虐ネタは反応に困るからやめてってば。

 

「アンジーさんから話はある程度聴いてるでしョ? 僕たちは夢野さんが死んでいるのを見て、現場が荒らされないように僕が残って人を呼びに行ってもらったんだ」

 

 ここまでは天海くんから聴いた通りだ。

 

「そのあとしばらくして、足音がしたんだヨ。体育館の外からネ。一応見に行ったんだけど、走り去る音がして…… 犯人が戻ってきたんだと思って足音を追って現場を離れてしまったんだヨ。あとは君たちが知っている通りだネ」

 

 足音ね。一応覚えておくか。

 

 《コトダマ 真宮寺の証言》

 

「地味に疑って悪いんだけど、真宮寺くんはいつ戻ってきたの? わたしたち、全然気づかなかったよ」

「王馬君を追って最原君たちが走っていたから、それについていったヨ」

「…… お話ありがとう」

 

 ぼくがお礼を言って引き下がる。

 うーん、怪しい。でも証拠はないんだよな。

 ぼくの勘は彼だと言っているんだけど、決定的な証拠が……

 

「それじゃあ、僕は1度夢野さんを見てくるヨ」

 

 ラベンダーと、マーガレットと、デイジーと、それにケチャップと血の香り…………

 バッと後ろを振り返り、カーテンの向こうへ消えていく彼を見送る。

 いや、彼はラベンダーの焚き付けをしたあとのマントに触れている。なにもおかしくはない、はずだ。なのになぜ、こんなに違和感があるのか……

 

 《コトダマ 血の香り》

 

「あとは王馬くんだけど…… あ、キーボくん、王馬くん見かけなかった?」

「王馬クンですか。そういえば春川さんたちに連れていかれてましたね。体育館の外で揉めてるかもしれません」

 

 ああ、動機ビデオのことでか。

 それは揉めるだろうな。

 

「ありがとう」

「いえ、それより体が少しふらついているようですが、大丈夫ですか?」

「え、そう? 自分では大丈夫だと思うんだけど…… 意外とよく見てるね」

 

 機械だから違いがミリ単位で分かったりするのだろうか。

 まあいいか、それより王馬くんだ。

 

「王馬くんは1番の謎っすからね」

「話を訊いても嘘を教えられて終わる気がするけどね…… わたし、王馬くんから聞き出す自信なんてないよ」

 

 それでも聞き出すしかないんだよ。

 最悪裁判でちゃんと発言してくれればなんとかなるだろうし。

 自分の命がかかっているなら嘘はつかない…… と思いたいな。

 

「ほらほら、オレに関わってる暇があるなら捜査しなよー」

「いいよ、動機をあんたから奪ってからの話だけど」

 

 やはり春川さんがかなり粘っているみたいだ。

 

「だーからー、あれはオレの部屋にあるから今確認しても無駄だって言ってるでしょ? 春川ちゃんったら脳筋なんだからー。それのどこが保育士なんだか」

「殺されたいの?」

「こ、怖いよぉ…… オレ殺されちゃうよぉぉ! うわあああああん!」

 

 ものすごく春川さんがイライラしてる…… 正直結構怖い。早く赤松さんか百田くん回収してあげて……

 

「あ、あの……」

「なに?」

 

 鋭い目線のお裾分けがこっちにも…… いや、勇気だ勇気。彼女は王馬くんに怒ってるだけでぼくに怒ってるわけじゃないんだから。

 

「王馬くんに、訊きたいことがあるんだけど」

「え、なにかな? オレの隠し財産の場所? それとも組織の情報? クソッ、オレの組織のことは絶対に話さないぞ…… !」

「いや、そうじゃなくてさ…… 王馬くんは、どうしてみんなから逃げる場所に体育館を選んだのか、気になって」

「ああ、それか」

 

 彼は途端に悪い顔になって腕を組む。

 

「だって、死体を見つけてもらわないと裁判は始まらないでしょ?」

「それって、あんたが殺したってこと?」

「そうだよ、オレが夢野ちゃんを殺したんだよ! ナイフでザクッとね!」

 

 天海くんたちと目を合わせて、ぼくが指摘する。

 

「それは違う…… よね?」

「えー、なんでそう思うの?」

「だって、夢野さんの死因は五寸釘だからさ」

「にしし、そうだよ! 嘘だよ!」

「っすよね」

 

 彼と会話すると疲れる。

 これ以上話しても、収穫があるかどうか分からないっていうのが1番辛いよ。

 

「でも、さっき言ったことはホントだよ? 裁判は死体を見つけてもらえないと始まらないってやつ」

「え?」

 

 王馬くんは相変わらずにししと笑いながら、今まで考えていたことをひっくり返すことを平然と言ってのけた。

 

「植物園から逃げ回ってるうちにさ、体育館についてちょっとからかおうと思って覗いたんだよね。そしたら夢野ちゃんが死んでたから、みんなに報せてあげようと思って頑張って走り回ってたんだよ。な、なのに疑われてばっかりなんでぇっ、あ、ああんまりだァァァァァァァァァァ!」

 

 彼も、死体発見者?

 待て。そうなると死体発見アナウンスがおかしい。

 どういうことだ? どういうことだ?

 

 混乱する頭を整理するうちに、遠くで捜査終了のアナウンスが響いていた……

 

 《コトダマ 王馬の証言》

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 活動報告にて【証拠品一覧】を載せております。推理の際にご活用くださいませ。

 ティファさんより支援絵をいただきました!
 エプロンを着た主人公です。とっても可愛らしい絵をありがとうございました!


【挿絵表示】


 タイトルロゴ入りver.


【挿絵表示】


 公式さんがハロウィンの素敵なグラフアートを発表していたので、便乗して主人公のハロウィン絵を描かせていただきました!
 夜泣き椿もしくは椿の精霊ですね。


【挿絵表示】



 読者の皆様の推理は是非とも伺いたいのですが、感想欄で行うのは規約違反となります。
 なので、もし推理を送る気持ちがありましたらtwitterのDMか、作者ページから直接メッセージをお送りくださいませ。

 送る際は以下の通り。
①犯人の名前
②その根拠
 あとは本編の主人公がやっていたように時系列を書いていただけるとありがたいです。

 返信では当たり障りない返答となってしまいますが、裁判後に添削含めてコメントさせていただきたいと思います。
 それでは皆様、これからもどうぞお楽しみくださいませ!


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2章学級裁判 ― 反論 ―

 

 とうとうここまで来た。来てしまった。

 そう、ぼくらは嫌な思い出のあるこの場所へと戻ってきてしまっていたんだ。

 地下だというのに輝くステンドグラスがどうしようもなく綺麗で、それがやたら憎らしくて、なんとも言えない複雑な気持ちがこみ上げてきた。

 ぽたり、と我慢していたものが床にシミを作る。

 エレベーター内から出て行くみんなの背を眺めながら、ぎゅっと手を握り、それを拭い去る。

 さあ、泣き虫はここに置いていく。それしかないんだよ、ぼく。

 1番仲の良かった茶柱さんも、アンジーさんも奮い立って裁判席に立っている。仲直りして友達になったばかりのぼくが泣いて、彼女たちが泣かないなんてそれはないだろ。

 彼女たちは強い、だなんて他人事のように言っているわけにはいかないんだ。

 前回ぼくはただの役立たずだった。

 今回は、そんなことにはならないようにしないと。

 

 指定の場所に立ち、みんなの顔を見回す。

 真剣な表情、楽観的な表情、怒ったような人、眠そうな人、いろいろいるけどみんなの心は同じだ。

 夢野さんを殺した犯人(クロ)を見つける。

 

 …… いや、当の犯人は真逆の考えか。見つからずに別の回答へ誘導すること。

 

「モノクマ、さっさと初めてください。今回ばかりは転子も我慢できません」

 

 ただ1人、表情が抜け落ちたように茶柱さんが言う。

 

「まあまあ、そう焦らないでよ。今裁判の前に必要なこと言ってやるからさぁ。これがないと裁判は始まらないからね!」

 

 ああ、いつものか。

 これでもう2回目。これっきりにしたいものだけど、多分無理なんだろうなあ。

 

 

「えー、ではでは! 最初に学級裁判の簡単な説明をしておきましょう」

 

 モノクマはロボットの体で必要もないのに、コホンとひとつ咳払いをしてから続けた。

 

「学級裁判では〝 誰が犯人か? 〟を議論し、その結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおきですが、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は…… クロ以外の全員がおしおきされ、生き残ったクロだけが才囚学園から卒業できます! ちなみに、誰かに必ず投票してくださいね。投票しない人には…… 死が与えられちゃうんだからね…… というわけで、クレイジーマックスな学級裁判の開幕でーす!」

 

 カンッ、カンッと開始の合図のように木槌が鳴らされる。

 それからぼくらの2度目の学級裁判が始まりを告げた。

 

 

 

― 学級裁判 開廷 ―

 

 

 

「許しません…… 転子は犯人を許せません」

 

 先ほども憤りを露わにしていた茶柱さんが大きな音を立てて席を叩く。そして、次からは冷静にみんなの顔を見ながら続けた。

 突然のことに幾人からか驚きの声が漏れたけど、それも静まる。文句を言おうと口を開こうとした人物も隣の席の人に止められたようだ。

 その様子を確認してから茶柱さんのほうへと目線を戻す。

 

「絶対に、絶対に犯人を見つけます…… 本当は転子が犯人を見つけてやりたいです! …… でも、転子はあまり難しいことは得意ではありません」

 

 涙が流れていないのが不思議なほど泣きそうな笑顔で。

 

「だからみなさんのことをとても頼りにしているんです。男死のことも…… まあ、推理力は認めてないことはないですし…… ともかく、お願いします。夢野さんを、あの優しい人を…… やっと、やっと笑顔を見せてくれるようになった憧れの人を…… 奪った犯人を、見つけ出す手助けを、してほしいんです」

 

 それは懇願だった。それは切望たった。

 ぼくたち全員に深々と、綺麗な礼をする彼女には沈黙が返る。

 そして、真っ先に反応したのは赤松さんだった。

 

「もちろん協力するよ! 私はあんまり夢野さんと話せなかったけど、彼女がすごく素敵な人だっていうのは分かるから。私たちを元気づけようとマジックショーまで開いてくれようとしてたのに、それもできずに終わっちゃうなんて…… 許せないよ!」

「ああ、せめてショーが終わってからやれよなー」

「入間さん! そういう問題じゃないでしょ!」

「う、うるせぇよお…… オレ様だって、その、アジの目ん玉くらいには楽しみにしてたんだからよぉ……」

「地味に…… どのくらいか分かりづらいね」

 

 あれ、入間さんも楽しみだったんだね。

 意外だった。そんな幼稚なものくだらねぇとか言いそうだと思っていたけど…… そういえば、プロフィールに幼児向け番組が好きだって書いてあったっけ? あれ本当だったの?

 

「もちろん、嫌でもオレたちで解決することになるんだから当たり前だよね! だって、そうしないとクロ以外死んじゃうんだからさ」

「ゴン太も…… マジックショー見たかったな……」

「みんなで黙祷するのだー。ナムアミダブツ…… 斬美たちは向こうで先にマジックショー見てるのかもねー」

「先にって…… できれば、あっちに行って見るのはここを出て何十年も経ってからがいいかな。夢野さんたちが覚えてれば、の話だけど……」

 

 ここで死ぬつもりはないわけだし。

 

「しかし、タイミングが悪かったのは事実ですね。1日くらい待っていればよかった、とボクの内なる声も言っていますよ」

「ねー、それどっかの変な電波でも拾ってない? ちゃんと調整したの? キー坊」

「失礼な!ロボット差別ですよ!」

 

 タイミングが悪かった。

 そうなんだよね。王馬くんが動機ビデオでみんなを釣り上げて、体育館内には少人数しか残らなかったわけだし、なんだか妙だ。

 なんで夜中に決行したんだろう…… いや、むしろ夜中に決行しなくちゃいけない理由があった、とか?

 …… でも、その辺は議論で話し合うべきことだね。

 

「そ、それより早く議論を始めたほうが……」

「おう終一! それよりってのはなんだ! 今いいところじゃねーか!」

「え、あ…… えっと」

 

 最原くんが議論に誘導しようとするけど、百田くんからの熱い喝が入ってしまいタジタジだ。

 

「えーっと、水を差すようで悪いんすけど…… この裁判って時間制限あったりするんすか?」

「あるよ! ボクの気分次第だけどさ!」

 

 しかしそこで入った天海くんのファインプレイにより全員の顔に緊張が走る。

 長々と話すのもよくないと受け取ったんだろうね。百田くんが 「悪い、そっちもさっさと進めたほうがよかったな」 と謝って空気が緩和する。

 こんなことで喧嘩してたら元も子もないからね。

 

「それともう1つ訊きたいんすけど、これって複数犯だった場合はどう投票するんすか?」

「つまりどういうこと?」

「夢野さん殺害と、香月さん殺害未遂…… 犯人が別だった場合は2回投票するのかって意味っす」

「ああ、なるほどね! その場合、殺された夢野さんのクロだけを投票してもらうことになるよ。2人殺害された場合も先に起こったほうを優先することになるって念のために言っておこうか」

 

 モノクマの傍らでモノクマーズたちが 「そしたらとっても気まずいわねー!」 とか言っているけど、そうか。どっちも指名するわけじゃないんだね。

 

「もしかして、それだと殺人犯と一緒に生活することになっちゃうの…… ?」

「あ、いたんだ。ごめんね、気づかなかったよ! でも白銀ちゃんは狙われ辛そうだよねー」

「ああ、うん、わたしって地味だからね。仕方ないよ…… 先生に真っ先に指名されちゃったりするけどね……」

 

 委員長あるあるだなあ。白銀さんが委員長やってたかは知らないけど。

 

「なら、最初はクロが1人なのか、複数犯なのか…… なにか情報あるなら知っておきたいっすね」

「それ、話し合って意味あるの?」

 

 春川さんが苦言を呈するけど、天海くんは笑いながら 「あるっすよ」 と言う。

 

「たとえ結論が出なくても、〝 分からない 〟って情報自体が重要っす。少なくとも、確定しない限りは香月さんの事件も放っておけないっすから」

 

 そして、この言葉のあとは笑顔から一転。彼は怖いくらいの無表情で言い放つ。

 

「たとえ犯人が複数でも、そっちも許してはおけないっすよ」

「本当に天海ちゃんと香月ちゃんは仲良しだねー」

「わたしだって、許して放っておくのは嫌だよ…… また香月さん狙われちゃうかもしれないし……」

「ッチ」

 

 入間さんの盛大な舌打ちと共にノンストップな議論が開始する。

 ぼくを…… 標的にして。なんだかデジャヴ。そんなことを考えつつ、ぼくはまず自身の保身のために手を打つことにした。

 

 

 ― 議論 開始 ―

 

「そもそもなぁ! そこのシミ月がチビを殺して自作自演した可能性もあるだろうが!」

「しみっ…… !?」

 

 と思ったが、あまりの衝撃に言葉が出てこない。

 

「男を泣き落としでもしたんじゃねーかぁ? この超絶美貌のオレ様を差し置いて鼻の下伸ばしてるんじゃねーぞ!」

「すごい…… 自信だね」

「オレ様に惚れねー男なんざみんなホモだ! ひゃーはっはっはっは!」

「暴論すぎんだろ…… おい終一、あれどうにかてきねーのか?」

「え、え、ええ!?無理だよ百田くん……」

「議題がズレてるっすよ」

「うーん、美兎の言うことは違うと思うよー」

 

 え、と声が漏れる。

 思わぬところからの援護に、ぼくたちはじっとアンジーさんへ注目した。

 

「お、オレ様が美人じゃないってことか!? 眼科にぶち込まれてぇのかよ宗教女!」

「アンジーがみんなを呼ぶときにねー、2階の吹き抜けからチラッと泪のことが見えたんだよー! 泪の髪は明るくてお日様みたいだからすぐ分かったよー」

 

 入間さんの言うことをさほど気にせずアンジーさんが淡々と告げる。美人なことを論破したのではなくて、ぼくの自作自演の可能性を否定してくれたんだね。

 

「たはーっ! 入間ちゃんの妄言はもはやお馴染みだけど、まさか被害妄想まであるとは思わなかったなー」

「ばばば、馬鹿言うな! ちょ、ちょっとしたジョークだジョーク!」

「本当かなぁー?」

「ほ、本当だってぇ……」

 

 入間さんをいじめる王馬くんへ、赤松さん(ほごしゃ)が待ったをかけるように話を続ける。

 

「そ、それに私も植物園から校舎に向かう香月さんとお話してるよ! 確か…… 夜時間になる少し前だったはず」

 

 すっかり入間さんと仲良くなったよね、赤松さん。仲良くなったというより、いつもフォローに回ってるって印象のほうが強いけど。

 

「…… 僕たちが夢野さんの異変に気づいたのは9時半頃だったネ。それなら香月さんに犯行は不可能ってことになるのかな」

 

 次々と入る援護にぼくは申し訳なくなった。自分でやろうとしても、どうしても後手に回ってしまうな。ありがたいんだけど複雑だよ。

 

「あ、ありがとうみんな……」

「ケッ、なんだよシミ月ばっかりよぉ……」

「残念だったね入間ちゃん。…… ま、みんなの証言がなくても結果は変わらなかったよ。香月ちゃんより先に体育館に行ったオレが、ばっちり死んでる夢野ちゃんを見てるんだからさ!」

「嘘じゃねーだろーな」

 

 百田くんが怪しむように身を乗り出す。

 王馬くんの嘘はいつものことで、いつもなら嘘か本当かを明文化せず放っておくけど…… 今回ばかりは事情が違う。

 なぜなら、彼の証言が本当なら死体発見アナウンスのルールと、発見者の数が合わなくなるからだ。

 そうなると、前提からひっくり返ることになる。

 だから、せめてこの証言が有効そうかそうでないかを先に突き止めておかないと……

 

 白黒はっきりつける必要はない。

 曖昧でも、整合性の取れる話になれば可能性が切り捨てられることはない。

 この王馬くんの証言をみんなの頭の片隅にでも置いておくために、ぼくは議論に参加する。

 

「嘘なんじゃないですか? 男死の言うことは信じられません…… 特にあなたはです!」

「嘘じゃないよ。こんな大事なこと嘘つくわけないじゃないか! オレってそんなに信用ないの…… ? う、ヴェ」

「嘘泣きはやめてよ王馬くん。ちゃんと証言してほしい。それを聞いてからじゃないと決められないよ」

 

 嘘泣きしようとした彼を最原くんが止める。

 そして、ちゃんとした証言を今ここでしてみせろと彼に言う。

 手っ取り早くてそのほうが助かるし、改めてぼくも彼の話を聴きたい。さっきは捜査が打ち切られたせいで、詳細を訊く前に移動開始しちゃったからね。

 

「えー、最原ちゃんがそう言うなら仕方ないなあ…… 1回しか言わないよ?」

「それで構わないよ」

 

 探偵と総統の軽い会話が挟まり、王馬くんの席が裁判場中央へ躍り出る。

 

「うわー、すげー! 緊張するね!」

「無駄口叩いてねーでさっさと吐きやがれ!」

「人が機嫌良くしてるときに水差してくるとか入間ちゃんもやるねー。吊るし上げてほしいのかな? この乳牛」

「そ、そんな誰にでも絞られて喜ぶみたいに言うなよぉ…… !」

 

 王馬くんは真顔のまま軽薄な言葉を交わして、立ち直す。

 入間さんが席でヨダレを垂らしながら大変妙なことになっているけど、多分大丈夫だろう。いつもだいたいあんな感じだし。

 

「えーっとね…… まず、オレはキミたちから隠れ潜むために香月ちゃんの研究教室にいたんだよ。でも、彼女に見つかっちゃって学園側に逃げたんだよね。そのときにはもう9時半過ぎてたかな?」

 

 視線がこちらを向いていたので頷いておく。

 

「うん、そうだよね赤松さん」

「私が香月さんと話してから少しして最原くんが来たし…… あのときは50分くらいだったかな。入間さんやゴン太くんも既に確保されてたから、もうすぐ夜時間になっちゃうし王馬くん捜索はいったんやめて、次の日改めて捕まえようって話になったんだよ」

 

 普通ならそうするよね。

 みんな動機ビデオを持ってるのが彼だから、翌日になってもピリピリした朝食になっただろうけど。

 

「香月さんと話す前に王馬くんが校舎側に走ってくのも見たよ。捕まえようかとも思ったんだけど、私の役目は王馬くんの自室の前で待ち伏せすることだったから…… 追いかけなかったんだ。私じゃ追いつかないし」

「そのあと、香月さんも来たんすね」

「うん、そうだよ」

 

 赤松さんの証言もあり、王馬くんがその時間の前には校舎にいなかったことが確定する。ここまででも彼に犯行ができないだろうことが分かるけど、重要なのはそのあとだ。

 

「続き話すよ? えーっと、どこまで話したっけ? 校舎に来たところからか。あのときはまだ夜時間まで少しだけ時間もあったし、夢野ちゃんのリハーサルをこっそり見ようかなって思ったんだよね。ホントだよ?」

 

 そんな念押しするように言わなくても、誰も突っ込みはしないよ。

 

「それで体育館に行ったら誰もいなくて…… 人がいないか探してたらなんと夢野ちゃんが死んで、じゃなくて殺されてたんだ! オレ、怖くなってみんなを呼びに行くしかなかったよ……」

「呼ぶっていうより、誘導するってほうが近かったけど」

「だって春川ちゃんも百田ちゃんも、オレが〝 夢野ちゃんが死んでるよぉ! 助けてー! 〟って叫んでも信じないでしょ?」

「テメーは日頃の行いを少しは考えろ!」

 

 まったくだ。

 

「つまり…… 王馬くんも死体を発見したのは間違いないってことだよね」

 

 白銀さんが確かめるように呟き、天海くんが 「そうみたいっすね」 と同意する。

 

「じゃあ、香月さんは犯人じゃないんだね!」

「もしかして…… ゴン太くんも疑ってた…… ?」

「え! 違うよ! ゴン太はただ香月さんの疑いが晴れて嬉しかっただけなんだよ!」

「そ、そっか。ごめんね、ありがとう……」

 

 うう、ゴン太くんを少しでもそんなこと思う人だと思い込んじゃうなんて……だめだ、罪悪感しかない。

 

「今の証言で気になることもできたけど…… 先に改めて凶器について話してみない?」

「赤松さんのいうとおりだよ。事件に関わることが不明瞭なままなのもよくないからね」

「それじゃあ、次は凶器についてっすね」

 

 凶器か。ぼくもきっちり見たわけじゃないからはっきりとは言えないけど、確か五寸釘だって彼らは言ってたっけ。

 心臓に五寸釘。まるで呪いの儀式か吸血鬼退治みたいに深々と、それこそ背中から心臓に向かってまっすぐに刺さっていた…… んだと思う。

 近くで見なくとも、釘が刺さってれば見えるはずだ。それが見えなかったということは根元までしっかりと刺されて見えづらくなってたってことだもんね。

 そうまでするってことは怨恨…… なのかな。でも、夢野さんを疎んでた人なんて、それこそ殺すほど嫌いな人がいたとはどうしても思えない。

 この議論の中で明らかになるだろうか。

 

「凶器か…… 〝 現場では見当たらなかった 〟ように見えたけどな」

「…… あれは〝 鋭いもの 〟で殺された血のつき方だったね。捜査したやつならすぐ分かるんじゃない?」

「最原さんたちは〝 釘 〟だと言っていましたね。転子、ちゃんと記憶してますよ!」

 

 百田くんに春川さんに茶柱さん…… ぼくはもちろん、茶柱さんへと同意する。最原くんたちが検分していたときに、一緒に聴いてたからね。

 

「釘ですか」

「あちゃー、それは痛そうだなー。痛そうだねー」

「地味に痛いどころじゃないよ… …死んじゃうくらい痛いんだよ……」

 

 最原くんたちに目線が集まる。

 説明をするなら検死した本人がやるのが望ましいからね。

 

「…… えっと、あれは多分五寸釘だと思う。長い釘が心臓に達して絶命…… そのあとも傷口から取り除かれなかったから出血も少なかったんだ」

「見た目は結構派手だったけど、実際の出血はかなり狭い範囲だったんだっけ」

 

 ぼくが最原くんの意見に同意をしめしたそのとき、

 

「その意見はムシできないよ!」

 

 意外な人物から待ったがかかった。

 

「ゴン太くん?」

「だって、あんなに血がたくさん出てたんだよ! なのに、どうして出血が少なかったと言うの?」

 

 説明に困る。

 いやだって、あの血に見える大半はケチャップだなんて…… どう伝えろって言うんだ。場の空気が冷めることしか考えられない。

 

 ぼくは言い方を工夫できないか頭をフル回転させながら、ゴン太くんの反論に立ち向かうべく居住まいを正した。

 

 

 

 

 

 

 

 





 〝 超絶美人 〟を論破ポイントにするとか、〝 信用ない 〟を同意ポイントにするなどの小ネタが個人的にお気に入りです。

 またまたティファさんよりイラストをいただいております。
 前回私の描いた主人公のハロウィン衣装〝 夜泣き椿 〟です。
 このほわっとした柔らかい雰囲気、淡い色使い。香月ちゃんらしさがよく表れております。
 可愛らしいイラストをありがとうございました!


【挿絵表示】


 読者の皆様、2章事件によるお便り感謝いたします!
 裁判編は思ったより長くなりそうなので、次回のものを含めて推理の材料にしていただいて構いません。まだまだお便りお待ちしているのでよろしくお願いいたします!

 そして、今回1部のお便り返信に致命的なミスがありましたことをここにお詫びいたします。申し訳ございませんでした。
 せめて物語の推理材料にでもしてやってください。モノクマも本望でしょう。

 それではまた次回、お楽しみに!


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2章学級裁判― 白刃戦トライアル ―

 ,

 

「その意見はムシできないよ!」

 

 

 

―反論ショーダウン 開始―

 

 

 言い方の問題じゃないな。

 ちゃんと彼には伝えないと。そして、この事実はみんなに周知してもらって、議論を進めるのが1番だ。

 些細な勘違いが議論の停滞を引き起こすのなら、それは未然に防がないといけない。

 

「だって、あんなに血がたくさん出てたんだよ! なのに、どうして出血が少なかったと言うの?」

 

 ケチャップなんだよなあ……

 

「それとも、なにか理由があるの?」

 

 でも、ゴン太くんは素直な人だから話せば分かってくれるだろう。

 他の人の反論を捌くよりはずっとマシなはずだよ。

 前の裁判ではぼくが反論する側だつわたから、実質これが初反論ショーダウン…… といったところかな。ゲーム的には。

 けどこれは現実。

 …… 口、回るかな。

 

「ゴン太くんは、あの背中の広範囲に広がっていた赤い跡のことを言ってるんだよね」

 

 確かめるように彼へ言葉を投げかける。

 

 

 

― 発展 ―

 

 

「そうだよ! あんなに血が広がってたのに、血が少ししか出てないとか、狭い範囲にしかついてないなんておかしいよ! それとも、あれは別のなにかなの? ゴン太バカだから教えてくれないと分からないよ!」

 

 ああ、ここまで反論してきて察してくれたのか。

 ぼくや、それに天海くんや最原くんがさっきの〝 出た血が少ない 〟ことを主張しているという意味が。そう見えないけどなにか理由がある。頭を固くせずにそう推測することができるのだから、やっぱりゴン太くんは彼が言うほどバカなんかじゃない。

 

「香りは全てを表していたよ。だって、あれの大半は〝 ケチャップ 〟なんだから…… それはぼくの才能が証明する!」

 

 宣言して周知させる。

 ぼくの才能、アロマセラピストは嗅覚が非常に良くなるものでもあったから。それはみんなも知っている通りだ。

 

「ケチャ…… え、ケチャップ? それ本当?」

「すごい! ゴン太が嘘を疑うなんて! 香月ちゃん快挙だよ!」

「信じられないのも無理ないかもしれないっすね。近くで見れば血とは違う乾きかたをしてるんすけど、検死までしてるのは最原くんと、それを見てた俺らだけっすから」

 

 ケチャップだと分かるほど近くで見た人は少数。

 その他の人は会話を耳に入れた感じだと現場の周りや、夢野さんの研究教室やらに行っていたようだ。

 そちらに重要な証拠があったとは、とても思えないけど。

 

「夢野さんの背中にケチャップがついていた理由は香月さんが詳しいよね。きっと僕から説明するより、本人から説明してもらったほうが説得力があるだろうし、お願いするよ」

 

 最原くんの言葉に頷き、口を開く。

 自分の身に起きたこと。殺人未遂の直前に見た光景。そして、水中脱出マジックのトリックまで全てを。

 

 

「まず、ぼくが彼女を発見したときのことから話すね」

「おう、そうだ。なんでテメーは体育館に行ったんだ?」

 

 ああ、そこからか。

 

「ぼくはみんなが王馬くんを追って出て行ったあと、夢野さんに本番をしっかり見てほしいと言われて自分の研究教室に行ったんだ。掃除したかったからね。今思えば、ぼくも見ておけばよかったと…… 思うんだけど」

 

 あらすじは大切だ。

 この時点で体育館に残っていたのは、アンジーさんの証言通りなら彼女と、真宮寺くん、そして夢野さんの3人だけだったはずだ。

 

「さっき王馬くんが言ってたように、彼が研究教室に隠れてて…… ぼくも油断してたから持ち歩いてた動機ビデオを盗まれちゃったんだよね。だからぼくも追いかけることになった。学園のほうに向かってたから、そっちにぼくも向かって…… 途中で赤松さんと話した」

「さっき、言ったよね。王馬くんを目撃したって。その後に香月さんと少し話したんだよ」

 

 援護はありがたい。

 事実しか話していないけど、正直こうやって証言するのが1番緊張する。少しの記憶違いや言い忘れ、ミスをするだけでそこを突かれる可能性があるから。

 クロは自分以外へ罪を被せるために手段を選ばないだろうから、気をつけて記憶を辿っていく。

 

「まずは1階を探索しようと思って…… あとついでに夜時間も近かったし、体育館の夢野さんたちがどうしてるか気になったから探索ついでに寄ったんだよ。そしたら扉が開けっぱなしになっていて、電気もつけっぱなしなのに誰もいないから…… それで、発見したんだ」

 

 あのときの静けさ、警鐘を鳴らす脳内を無視して開いたカーテン。横たわるびしょ濡れの夢野さん…… 思い出すだけで血の気が引いていくようで、くらりと視界が揺れる。

 けと、それは気のせいだ。ぼくが精神的に参っているから起こる目眩のようなもの。実際の体は動いてなんかいない。

 

「それから…… あの場にあった香りに違和感を抱いたんだ。デイジー、マーガレット、ラベンダー、ケチャップとレモン。それに僅かな血の香り…… デイジーやマーガレットは花瓶の花が倒れて、ラベンダーはマントに焚きつけたもの…… その中にケチャップなんておかしいでしょ? だからぼくはその香りがどこから来るのか辿ることにしたんだ」

 

 レモンについてはあえて触れない。

 王馬くんがなにか言いたそうな顔をして、それからこちらから目を逸らした。今それを追求し出したら話題が錯綜してぼくが説明している意味がないから。

 議論は女性の会話のようにどんどん移り変わっていくよりも、ひとつの議題で突き詰めて話し合い、結論が出てから次へ、次へと進むべきだ。

 じゃないといろんな話が交差して訳が分からなくなる。

 それは最原くんも、そして天海くんだって分かっている。

 心のメモに追加でもしといてもらって、あとで話題にしてもらうほうがこっちとしても楽だ。

 

「ケチャップの香りは夢野さんのマントにべっとりついた血痕のようなものと、壇上に上がるための階段の中から僅かに漂ってきたんだ」

「秘密子は魔法の仕組みは見せないようにしてたからねー。びっくりしたよー」

「そうですね…… 本当に、こんな形で知りたくはなかったです」

 

 検死やぼくらの捜査を見ていた2人が同意の言葉を発する。

 だけど、重要なのはここからだ。

 

「階段の下のほうか外せるようになつてたんだ。ぼくは香りを頼りにそれを見つけて、中を確認した。人を呼びに行かなかったのは…… 気が動転してて、ぼくが証拠を掴むんだって躍起になってたからだね。その、前の裁判で随分迷惑かけたから……」

「はっ、警察犬の真似事してるんじゃねーよ。くんくんじゃねーんだから」

 

 えっと、その…… 入間さんの言うくんくんって?

 

「幼児用の推理劇場の警察兼探偵だよ。犬のぬいぐるみなんだ」

 

 それははて警察なのか探偵なのか…… 最原くんがそれを知ってることは流すことにしておいて、褒められたのか? 貶されたのか?

 まあいいか、続けよう。

 

「そこでぼくは2つの証拠を見つけた。えっと、先に水中脱出の仕組みについて言っておこうかな。あの階段の中は空洞になっていて、水槽の一部が空いていて、そこからペット用の押すと開く扉みたいにして中に入って、外に出られるようになってる。だから彼女は、水中脱出の練習後に代わりのマントを着ようとしたんじゃないかな。マントを掴んだまま倒れてたのは、そのときになにかがあったからだと思う」

 

 そして、ぼくが見つけた証拠を披露する。

 

「階段の天井に近い位置に中に入るための入り口がある。そして、その真上の天井に大量のケチャップが付着してるのを見つけたんだ。あそこは狭いから、入り口を通れば夢野さんでも天井に背中を擦ったかもしれない。だから、あれは出血じゃなくてケチャップなんだ。板でこすりつけたような跡だったでしょ?」

「どうりで変だと思った。でも、それって偶然ではないでしょ。計画的犯行だよね」

 

 春川さんがクールに言う。

 その通りだ。あれは計画的犯行。少々偶然に頼ったものとはいえ、夢野さんが誰にも知らせてなかった水中脱出のトリックを利用した意図的な殺意。

 

「香月さんが見つけた証拠の1つというのがその天井に付着したケチャップですよね? なら、もう1つはなんだったんですか?」

 

 急かすキーボくんに頷く。

 

「今から言う2つ目の証拠が、ぼくが殺されそうになった原因だよ」

 

 そこに繋がる。

 ぼくは言った。ハンガーを見たと。

 現場に残されなかった、ハンガー。

 夢野さんがマントを着替えようとして倒れたのならば、必ずそこになければたらないはずのもの。

 それが、隠されるように階段の中に隠されていたのだと。

 

「嫌な予感がして、それを見つけてからも先に香りの確認をしたんだ。それで、階段から後退して出ようってときに触れた。そしたら、指先にチクリとした痛みが走って、体がまばたきさえできないほど硬直して倒れた」

 

 そう、ちょうど拾い上げたハンガーを取り落として、夢野さんと同じようにうつ伏せに。

 

「足音が聞こえて、後ろから階段を通して水槽に落ちるように押し上げられて、水の中に落とされた…… それからはみんなが知ってる通り。助けられたあと、探してもハンガーはなくなってたよ」

「香月さんが見つけて、そのあとなくなってたならやっぱり2つの犯行は同一人物のものだと思うな。共通点もあるみたいだし」

「そうですね、その可能性が高くなるでしょう」

 

 白銀さんとキーボくんの意見を聞きながら目線を流す。

 今の話に動揺でもしている人がいれば分かりやすくてよかったんだけど、さすがにそんな人はいないみたいだ。

 同じ話ばかりじゃなんだし、この話を発展させてみるかな?

 そうやって話題を考えていると、王馬くんから衝撃の事実が話される。

 

「ハンガーなら、体育館の扉の裏にあったと思うよ」

「えっ!」

 

 ぼくが驚愕で言葉を失っている間に話はどんどん続いていく。

 

「王馬! そういう大事な話は先に言え! それ、持ってきてねーか?」

「残念ながら持ってきてはないね。裁判場にくる直前に見つけたから。ほら、オレらが来たときも…… さっきの話じゃ香月ちゃんが来たときも体育館の扉は全開だったみたいでしょ? その裏にあったんだよ。ようは扉と壁の間だね」

 

 そっか、そんなところにあったんだ。盲点だった。

 

「そういや、俺たちが駆けつけたときも扉は開けっぱなしだったっすね。香月さん、こういうことも心のメモに追加しといたほうがいいと思うっすよ。多分、結構大事なことなんで」

 

 

 ―― アドバイス

 《コトダマ 開け放たれていた体育館 》を記憶しました。

 

 体育館の扉は普段閉められている。

 ぼくが出て行ったときもきちんと閉めたし、アンジーさんか、真宮寺くんのどちらかが開けっ放しで出てきたことになるのか。それはなぜだろう? なにかを隠すのに都合がいいから? それとも……

 

「でもさ、香月ちゃんの言うチクったする部分なんてなかったよ。あ、少しベトベトしてたけど」

 

 なくなったのは裁縫針。ハンガーに取り付けられていたのだとしたら、ガムテープかなにかで固定されていたのだと思う。それを取り外すのに時間がかかってハンガーをきちんと隠す時間がなくなってしまったのだとしたら?

 

「ねえ、そのチクっとするやつってやっぱり裁縫針のことだよね?」

「多分そうっすね」

 

 白銀さんたちの問答を背景に考え込む。

 身近に隠れ潜んでいたってことかな? でも、それだとリスクを伴うわけで……

 

「裁縫針?」

「う、うん…… 食堂の裁縫セットから1本なくなってたんだ。夢野さんたちがマント作りしてたから、てっきりそれで使ってるかと思ってたよ。地味に伝え忘れてたね……」

「針と…… あと多分神経毒かなにかなんだと思うんすけど、心当たりはないっすよね」

 

 なくなったトリカブト…… はそういう作用ではないな。あれは殺すために摂取させるものだ。それに針に塗布して使えるものでもない。

 

「それなら僕の吹き矢についていた毒たと思うヨ。あれは麻痺させるものと即死させるものがあったはずだからネ」

「…… そっか」

 

 思わずそっけない態度をとってしまう。

 ぼくか1番疑っているのは彼、真宮寺くんなんだ。

 なのにその彼から情報提供されると違和感しかない。

 疑いを逸らすためにやっているのかもしれないけど、ますますぼくには彼の考えることが分からない。

 

「あんまり疑いたくないんだけど、アンジーさんと真宮寺君のえっと、アリバイ? は訊かなくていいの?」

「ゴン太さん。アンジーさんと……癪ですが真宮寺さんは2人で一緒に夢野さんを発見しているんですよ。隠れて殺人をする機会はなかったはずです。お互いがお互いのアリバイを証明していることになります」

「そっか。ごめんね、ちょっと気になってたんだ」

「んー、どうたったかなー。倒れた秘密子がハンガーを持ってたような気もするしー、持ってなかったような気もするなー」

 

 アンジーさんもそこまでのことは覚えていないようだ。仕方ないといえば、仕方ないのだけど。

 

「うーんと…… 話戻すけど、針は処分されてると思う?」

「いや、処分する時間があったらハンガーごと処分するでしょ」

 

 赤松さんの問いに春川さんが答える。

 

「つまり、今でも犯人は今も針をシコシコ隠してやがんだな! せせこましいやつだなぁ!」

 

 まあ、煽りとしては間違いではない。あとはノーコメントで。

 

「今持ってる可能性のが高いんだな! よし、テメーら脱げ! これで速攻で犯人が捕まるってもんだ!」

 

 百田くんのこの問題発言により、緊張感に包まれていた裁判場はまた別の緊張感に包まれ、怒号が飛び交うことになってしまったことをここに愚痴っておこうか。

 

「殺されたいの、あんた」

「なに言ってるんですか! 論外です論外! 速攻捕まるのはあなたですよ、これだから男死は!」

「ちょっと…… それはないっていうか……」

「うわー…… うん、次の被害者は百田ちゃんだね。間違いないよ。ま、面白いからオレは別にいいけどー」

「…… 合理的判断をすると、悪くない提案だと思います。ここで針が見つかればすぐ投票できますし。内なる声もそう言っています」

「うっそだろキー坊…… キミ、恥ってもんがないの? あ、最初からなかったかあ。人じゃないもんね!」

「ロボット差別はやめてください! 然るべき機関に訴えますよ!」

「この場合逆に訴えられるんじゃないかな。キーボくんと友達になるのは少し考えるべきかも……」

「なら百田クンはいいんですか!」

「ぬ、脱げって? オレ様の最強ボディが見たいならいつでも見せてやるけどよぉ。公開ストリップなんてそんな…… こと、悪くねーじゃねーかぁ…… じゅるっ」

「倫理的に考えるべきっすよ。いくらなんでもそれは酷すぎるっす」

「裸体もまた芸術なのだー」

「……」

「あの、最原くん、なにか言ってよ! なんで顔逸らすの!?」

「えっと、それで犯人が捕まるならいいんじゃないのかな?」

「えっ、えっ? ゴン太くん…… ?」

 

 うわっ、意見が結構割れてる。

 こんなことで意見が分かれるなんて絶望的すぎるんだけど…… まあ、男子高校生ってこんなものなのかな。いや、偏見だ。百田くんのデリカシーがないだけだね。

 いつも勢いでなんとかしてしまう人だけど、今回ばかりは頼もしいと思って見過ごすことはできないね。

 

「裸っていいものだよね!」

「ありのままの姿もいいけど、一部だけ隠れてるのもエッチだわ!」

「このままいけばガッポガッポ儲けが入るんちゃうか!?」

「チチ、シリ、フトモモー!イェー!」

「ダメダヨ、ソウイウノ、ヨクナイヨ」

 

 モノクマーズでも意見が食い違ってるな。いや、味方なのはモノダムだけなんだけど。まさかメスっぽいモノファニーまで脱ぐことに賛成してるとは…… 今まであいつらの発言は聞き流してたけど、本当にヤジ入れてくるだけって感じだ。モノクマの子供に期待なんて始めからしてないけども。

 

「おっと、意見が割れたね。真っ二つだね? うぷぷぷ、待ってました! それでは変形裁判場の出番といきますね!」

「いやーホント変形っていいよねー。ロボみたいじゃん! 格好いいー!」

「あの、ロボならここにいるのですが」

「ロケパンの1つも撃てないポンコツがなに言ってんの?」

 

 興奮していた王馬くんがスン、と雰囲気を変えてすぐさまキーボくんに反論するのがなんとなく笑いを誘う。ロボットらしいことは苦手みたいに言ってるのに、そういうときだけ隣の芝が青くなるのかな。

 

「議論スクラムで意見の擦り合わせといきましょー!」

「聞き捨てなりません!」

 

 モノクマがポチッとボタンを押す直前に、茶柱さんが大声でそれを制した。

 

「んんん? なにか不満でもあるの? あんまり我儘言ってると校則違反でしょっぴくよ?」

 

 校則違反とられたら死ぬじゃないか…… エグイサルで。

 

「意見の擦り合わせ? 論外ですよ! これは戦です! 男死と女子の意見のぶつけ合い。どちらかがどちらかの意見をぶった斬る…… そういうものです! 仲良く意見をぶつけ合って擦り合わせするのとはわけが違うじゃないですか!」

「一理ある」

 

 合気道少女なのにぶった斬るってのも…… いや、確か彼女のネオ合気道は先制攻撃ありなんだっけ?

 

「あの、一応反対派の男子がいることも考慮していただきたいんすけど」

「それと、賛成派の女性がいることもネ」

「な、なんだよぉ、悪いかよぉ……」

「でも、意見のぶつけ合いなのは変わらないよね? とりあえず裁判場変形行ってみよー! レッツコンバイン!」

「そのセリフは、変わらないんだね……」

 

 裁判場が変形していく。そして、先程の意見通りに二手に分かれ、向かい合う。

 

 賛成派が百田くん、キーボくん、入間さん、アンジーさん、最原くん、王馬くん、ゴン太くんで……

 反対派が茶柱さん、赤松さん、春川さん、白銀さん、ぼく、天海くん、真宮寺くんだ。

 

 最原くんはなにも言ってないのに賛成派に回されてるのか…… 赤松さんが泣くぞ。

王馬くんは恐らく面白半分だろう。最初は百田くんにドン引きしてたわけだし。

 

 

 

 

 

「あなたちたちの意見は認められません! 転子たちが斬り伏せてあげましょう!」

 

 

 

 

 

 ――ここで突然ですがチュートリアルのお時間でございます。

 ご友人様が張り切っておりますので、あなた様もどうかご協力なさいますようよろしくお願いします。

 この白刃戦トライアルは議論スクラムの亜種となります。

 この白刃戦トライアルでは反対派の皆様からの意見をあなた様がたの反対意見で斬り伏せていくこととなります。

 お相手様の意見からキーワードを見つけ、それの反対となるキーワードをぶつけましょう。

 そう、基本的には議論スクラムと変わりません。

 それでは男子と女子との真剣勝負、開始です!

 

 

 

 

 

 

―白刃戦トライアル 開始―

 

 

「もう引けねー、さっさと犯人を見つけるためには〝 これしかねー 〟だろ!」

「〝 方法はいくらでもあります 〟! むしろそんな方法しか思いつかないなんて男死は下半身にしか脳がないんですか!?」

 

 百田くんに茶柱さんの厳しい言葉が突き刺さり、発言の真ん中に大穴が開いたような気さえする。

 

「〝 合理的 〟に考えればこの方法は悪くありません」

「〝 常識的 〟に考えてよ…… 分からないの?」

 

 キーボくんのロボットらしい意見に白銀さんから控えめな反対意見がぶつけられる。

 

「す、ストリップ……〝 悪くねー 〟提案だな! ひゃっはー、テメーらみんなオレ様の女神のような美貌にひれ伏すがいい!」

「〝 悪いに決まってる 〟でしょ。殺されたいの?」

 

 そうやって意見を次々と鋭い言刃で切り裂いていく。

 そして全員分斬り伏せたところでみんなで声を揃えて言う。

 もちろんぼくも息を合わせて。

 

「ぼくたちはその意見、認めない!」

 

 

― Blake ―

 

「ふう、危機は脱したっすね」

 

 ええ、本当に。

 どうしようかと思ったよ。百田くんも引くに引けなくなった感じでゴリ押ししてくるし、勘弁してくれよもう。

 

「えっと、脱がなくていいんだよね?」

「そうだよゴン太ー。そんなクソみたいな提案真面目に考えなくてもいいよ。それよりさ、凶器の釘についてはなにかないの? あれってどこから来たのか分かってないんでしょ?」

 

 凶器の出所か…… 釘というと、限られてくるよね。

 釘、なんとなく覚えがあるような…… えっと、なんだったっけ。

 

 思考の海の中に沈み込む。

 

 いや、これは海ではなく…… そう、まるでハーバリウムの中を漂っているような不思議な感覚だ。

 水には恐怖を刻み込まれたというのに、このガラスに囲まれたハーバリウムの中はとても心地良い。

 

 ハーバリウムの上を向けば、その向こう側が自分の表層の思考だと直感的に理解した。あそこに答えを浮上させればいい。

 周りを見渡せば、下の方に沈んでいる小さな花から気泡が上がってくる。

 気泡には文字が閉じ込められていて…… 触るとパチンと弾けた。

 文字が浮上していく…… おっと、あの文字は多分違うな。そう慌てて解放した文字を追いかけて触れると、今度はハーバリウムの油の中に溶けて消えていく。

 なるほど、こうすればいいのか。

 パチン、パチン、文字を目で追いながら泳いで近づき、触れていく。

 

 夢中でパチン、パチン、と割っていたはずなのに突然ビンの中が揺れる。

 頭上を見れば、順番通りに気泡を割ったはずなのに別の文字が先にビンの外へと辿り着いて不正解になっていた。

 

「いたっ」

 

 思わず声が漏れる。

 そしてよく見れば気泡が浮上していくスピードには違いがあって、解放したあとの文字も同じスピードで浮上していくことか分かった。

 さっきは最初に割った文字を次に割った文字が追い越してしまっていたんだ。

 

 今度はスピードのことも考えながら

 気泡をパチン、パチン。

 

 よし、今度こそ!

 

【ネ イ ル ガ ン】

 

「よし、閃いた!」

「あれ、分かったの? 香月さん」

「うん、最原くん。ほら、ネイルガンだよ。入間さんの研究教室限定の凶器であったでしょ? そのネイルガンだよ! 大きな釘でもあれなら打ち出せるようになってたから、入間さんの研究教室には必ず釘があるはずだよ!」

「つまりー、美兎が怪しいのかー?」

「お、オレ様じゃねぇよぉ!」

「待ってよ。あのときにはすでに入間さんは確保して縄で縛ってあったし、反抗は不可能だよ」

「研究教室なら誰でも入れますしね。せめて女子の研究教室には鍵をつけほうがいいと思いますが……」

 

 最原くんの話を聞く限り、入間さんとゴン太くんはすぐに捕まったって言ってたし…… 違うんだろう。

 入間さんが縄で縛られていたのは初耳な気がするけど。

 

「待って、ゴン太混乱してきたよ…… 誰がどうなってたんだっけ?」

「調律が乱れてきてるね…… 1回事件の流れをざっと振り返ったほうがいいのかもしれないよ。今まで分かったことや推測も含めて時系列をちゃんと考えようよ」

 

 それもそうだね。

 今回の事件。時系列は大事だ。それじゃあ、もう一度振り返ってみよう。

 

 

 




・白刃戦トライアル
意見のすり合わせというよりゴリ押しダメ出しに近い転子ちゃん専用モード

・閃きバブリング
ハーバリウムの中で気泡を割ってくゲーム。
気泡の上がるスピードも考慮しないといけないので、背景が綺麗なこと以外はわりとクソゲーかもしれない。


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2章学級裁判― ラフティングソート ―

 

 くどいようだけど、時系列をまずは整理しよう。

 まず、アンジーさんと真宮寺くんが夢野さんを発見して他のみんなに報せようとする。このとき真宮寺くんは現場に残り、数分後に足音を聞いて現場を離れる。

 

「多分この辺りでオレが夢野ちゃんを見つけたんだと思うよ」

 

 …… 仮に、真宮寺くんのあとに王馬くんが発見、彼はアンジーさんとと同じくみんなを誘導しにその場を離れる。

 このあとぼくが王馬くんを追って体育館に行き、発見。証拠をいくつか見つけたあと殺されかけた。

 そして溺れている間に、アンジーさんが知らせて連れてきた天海くんたちがやってきて死体発見アナウンスが鳴る。

 続いて王馬くんが走り回って集めてきた他の人たちも集まる。真宮寺くんはこのグループと同じタイミングで戻ってきているらしい。

 らしいというのは、みんなの記憶が少し曖昧だからだけど。いつのまにかいた、ということらしい。怪しいのはそこだ。

 だからぼくは諸々の証拠を含め、真宮寺くんを怪しんでいる。決定的な証拠がないから裁判をごり押しで進めるわけにはいかないけど。

 

「これで時系列は整理できたっすね」

「あれ、でもなんかおかしくない? んー、この絶妙な不協和音…… なんだか腑に落ちないような気がするんだけど」

「赤松さん、それは多分〝 死体発見アナウンス 〟のことじゃないかな」

 

 最原くんが顎に手を当てながら答える。

 何人かが既に辿り着いている答えだ。そして、これから重要になっていく話題になる。

 

「アナウンス、ですか。もしかしてルールのことですか?」

「3人が見つけたらアナウンスが鳴るのだー」

「おう、そんなルールあったな」

 

 茶柱さんたちがちょうど話題にしたところで天海くんがモノクマをまっすぐ見据えた。

 

「俺が発見したときにアナウンスが鳴ったっす。つまりそれ以前に2人見つけてるわけっすよね。でもおかしくないっすか? 俺、香月さん、王馬君、そして真宮寺君とアンジーさんっす。明らかに発見した人数が合わないんすよ」

「5人も……」

「どういうこと? モノクマ」

 

 呆然と呟くゴン太くんに、すぐさま疑問をぶつけに行った春川さん。

 モノクマは静観していて、語らない…… 黙秘するつてことか?

 

「……………… ずぴ」

 

 あ、あれ?

 その事実に気づいて思わず半目になる。寝てるよこいつ。

 黒豆みたいな瞳が不気味に佇む。ああしてるとただのオブジェのように見える。あれで立ったり喋ったり、コロシアイを強制しようとしないならキモかわいいくらいはいくかもしれないけど、あんな悪魔みたいなやつ、いくら可愛いからって好きになるとは思わないでほしいね…… ちょっと、フェルト地なのか確かめてみたいけど。

 

「地味にお休み中…… ? わたしたち、命がけで議論させられてるのに……」

「おいモノクマ! 起きろ!」

「モノクマーズに訊いてみたらいいんじゃないですか?」

「ギクゥッ!」

「キミたちモノクマの子供なんでしょ? そのくらい分かるよねー?」

「おらぁっ、さっさと吐きやがれぇ! じゃねーと部品一個抜くぞオラ!」

「お、オイラ分かんないよ……」

「ヴェヒャーッ! 分かんねーよぉ!」

「お子様いじめはよ、よくないわ!」

「そやそや、いじめはカッコ悪いで」

 

 入間さんたちが揃ってモノクマーズに凄むけど、あいつらはいじめだなんだと騒ぎながらお茶を濁そうとする。

 仲間内で既にいじめが蔓延していると思うのだけどそれはいいのか?

 

「コラーッ! ボクの子をいじめるのは誰だ!? 学校にクレームつけて教師全員食っちまうぞー!」

「お父ちゃん!」

「父親の鏡やでぇ!」

 

 うん、立派なモンスターペアレントの鏡だね。最悪だよ。

 あとやっぱり自分の子供たちが末っ子っぽいモノダムいじめるのはいいの? 家族内いじめはいいの?

 

「だったら親が答えろよ!モノクマ……」

「へ、なんのこと?」

「ほ、本当に寝てたの?」

 

 最原くんが凄んで見せるけど、モノクマには一切通じていない。実際、本当に寝てたのかもしれない。公平に見なくちゃいけない裁判長がそれでいいのかな?

 

「だから、アナウンスは発見者が3人になって鳴るんでしょ? でも実際に鳴ったのは5人目の天海が発見してから」

「ああ、その話ね! なんの問題もないよ。あんまり気にしないほうが……」

 

 イライラしている春川さんの言葉をモノクマが切って捨てようとしたそのとき、天海くんが話に割り込んだ。

 

「議論に必要な情報っす。ちゃんと言ってください。アナウンスが遅れただけなんて言わせないっすよ。〝 俺が3人目だった 〟から鳴らしたんすよね?」

「あー、お客様、あー、学園のルールを推理材料にするのはおやめください!」

「必要な情報っすよ。恨むならややこしくしている犯人を恨んでほしいっす」

 

 それでなくても信用がないんだから、せめて裁判に対しては誠実に対応してほしいところだよね。

 

「あーもう分かったよ…… ボクはルールに則ってきっちりアナウンスをしました。これだけだよ」

 

 なるほど。やっぱりアナウンスは正確だったってことなんだね。

 その上で発見したと主張しするのは5人。

 そのうち、ぼくが発見者の1人であることはもちろんぼく自身が保証できる。自分自身が証人だ。

 そして、3人目の発見者である天海くんも確定だ。天海くん以外の人が最後の発見者になることはあり得ない。天海くんたちは集団で来たから、その中の別の誰かがカーテンの向こう側を天海くんより先に見ていたとしても、誤差の範囲。あの時間、あのタイミングで鳴らされたのは間違いない。

 残る主張者は3人。最初に2人で発見したらしいアンジーさんと真宮寺くん。そしてぼくの前に来たらしい王馬くん。

 この中では順番的に王馬くんが有力かな? でも、それだとアンジーさんたちが見たのはなんだったのかって話になるわけだ。

 …… 薄々気がついていたことだけど、念のためにモノクマへ質問。

 

「ねえモノクマ」

「はい、ちゃんと挙手してから言いましょう!」

「…… 犯人って発見者の人数には加わらないよね? 普通に考えたら。そう思っていい?」

「げき萎えしなしな丸ですね…… またかよ。あー、あー、そうだね。原則そうなってるねー。マニュアルにはフレキシリブルな対応とか書かれてるけど、実際クロが発見者に含まれた前例なんてないですしー」

「ぜ、前例…… ?」

 

 戦々恐々とした様子で白銀さんが声を出した。

 みんな予想していることではあるだろうけど、モノクマ本人の口から〝前例〟という言葉が出て、自分たちより前にもコロシアイがあったことを匂わされてしまったわけだ。

 不確定なことと、確定事項とでは意識にも差が出てしまう。

 いよいよもってモノクマを操る運営側がやばい組織…… 組織なのかは分からないけど、そういうものだって理解してしまう。

 死人も出て、さらにデスゲームに巻き込まれているというリアルなのに、そうではない曖昧さで精神が揺り動かされているみたいだ。

 誘拐されたって、コロシアイ宣言をされたって、実際に目の前で人が死んだって、人は思ってしまうから。

 まだ大丈夫、まだ大丈夫。自分は、〝 自分だけは 〟大丈夫。そんな他人事のように。

 大きな災害のときのように、いつ我が身に降りかかるか分からないものを現実味がないからといって自分を誤魔化す。そんな積み木細工のような防衛本能は、上に証拠を積み上げられていくごとに重みを増し、そうして最後には無残に崩れてしまう。そういうものだよね。

 

 コロシアイ、動くヌイグルミ、事件に死人、そして前例と証拠が積み上げられていき、そしてぼくらの心への負担になる。

 

 メタ発言のような、多分本当の発言。モノクマのそれは自棄というより、どちらかというとぼくらへの揺さぶりや煽りを含んでいるように感じた。

 

「つまり、犯人はアナウンスに必要な発見者に入らない。それでいいんだよね」

 

 ぼくが確認の声をあげると、モノクマは赤いギザギザの目をパッと光らせてこちらを見る。多分、見ている。相手は機械なのにはっきりとした視線を感じて、ぼくは少しだけ身震いした。

 

「うん、それでいいよ」

 

 ごくりと喉を鳴らしてぼくは視線を揺らす。

 やっぱりみんなの前で指揮するように発言するのはすごくやりづらい。思わず目が泳ぐし、声は喉に引っかかって出てきたときには掠れたようなか細い声になる。声を張って論破することだって得意じゃない。

 天海くんや最原くんに任せてしまえ…… なんて何度も考えながら、それでもぼくはやる。

 

「それでも1人多いですね。これは、どういうことでしょうか。もしかして犯人が2人いる…… とかでしょうか?共犯がいるのなら、アナウンスの発見者に含まれてもおかしくない…… と思うのですけど」

 

 なにより、夢野さんが死んで1番悲しんでいるだろう茶柱さんが、彼女があんなに頑張っているんだ。ぼくが怖気づいている場合じゃない。

 

「んー? 犯人が2人ってなるのかー?」

「ならないよ! 犯人になるのは手を下した実行犯だけだと言っておくよ!」

 

 普通の事件ならあり得たかもしれないけど、ここのルールはあくまでモノクマ…… を通した誰かが決めている。

 ダンガンロンパに共通する〝 実行犯のみがクロ 〟という凶悪なルールも、前回嫌という程実感したはずだよ。だって、そうでなければ東条さんは〝 おしおき 〟なんてされなかった。不幸な事故という結論になったはずたったんだ。普通なら、の話だけど。

 

 茶柱さんはモノクマの指摘に顔を覆って 「あちゃー」 と言いたそうな雰囲気で呟いた。

 

「うう、間違えましたか…… 真宮寺さんと王馬さんで共犯。いい線行ってると思ったんですけど……」

「あれ? そこは真宮寺ちゃんとアンジーちゃんじゃないの?」

「このような卑劣なことをアンジーさんはしません! 夢野さんと仲が良かった彼女を疑うわけが、ありません。犯人は男死です! 転子の勘がそう言っています!」

「本当に犯人を見つけたいなら、その決めつけやめといたほうがいいと思うけどねー」

「余計なお世話です!」

 

 茶柱さんの視線がぐるっと裁判場内を見渡す。

 ぼくも途中で目が合い、瞬いた。なんだろう?

 

「女子のみなさんはもう友達です。友達なんです。転子は絶対に間違えません。これは転子の中の真実なんですよ」

「ふーん…… 裏切られなければいいけど。あんまり盲目になってると足元すくわれるよ?」

「だから余計なお世話です! というか、あなたが1番足元をすくってきそうな人物なんですよ! あなたに言われたくはありませんよ!」

 

 っと、議論外での口喧嘩はモノクマの気まぐれとはいえ、タイムリミットがあるときにするものじゃない。

 ただ、これは考えごとをするチャンスでもある。

 ぼくは2人の口喧嘩を聞き流しながら目を閉じる。

 

 死体発見アナウンスと発見者数の矛盾や違和感。

 王馬くんが発見者であることが真実ならば、このことに対して誰も嘘をついていないのなら、それら全てを整理して浮かび上がることは……

 

 薄々気がついていた事実を追いかける。

 メルヘンチックな川辺。そして、渓流下り。

 チューリップのようなドレスにチューリップ型のティーカップ。手に持ったティースプーンでくるくると方向を変え、速さを変え、川に突き出した岩や攫おうとしてくるてんとう虫(ざつねん)から逃げていく……

 

 

 

 ここでご注意を。

 この穏やかな思考の渓流下り(ラフティングソート)では障害物にぶつかるたび、発言力の5%が減少いたします。

 また、問題に不正解すると10%の発言力低下となり、け25%減るごとに乗りものが破壊され落下、乗り物がティーカップ→お椀→ハスの花→ハスの葉とグレードダウンしていき、最終的に発言力を無くすと雑念に溺れてしまいます。

 うまく障害物を避けながら問題に答えていきましょう。

 それでは、ご武運を。

 

 

 

 まるで親指姫のように、まるで一寸法師のように川を下っていく。

 周囲はメルヘンチックな木々。有名なあの遊園地のような景観と、アトラクションのようなスピード感と、時折挟まれる浮遊感。

 安全バーなんてないけど、答えに辿り着くためには必要なことだ。

 

「わっ、問題文が空中に……」

 

 集まってきた蝶々が密集して問題文を形作る。

 正直近くで見たいものではないけど、見ないと延々とこの考え事は続いてしまう。

 早く終わらせてしまおう。

 

 

【問題1 死体発見アナウンスは何人発見者が出ると流れる?】

 

 2人

▶︎3人

 4人

 

 

 正解。真ん中を流れていく。

 左右の川は遠くを見れば崖になっていて、選んだら滝壺行きだった。危ない危ない。

 問題文が浮かんでくるところとかは、なんだか某クイズ番組でやってるトロッコの問題とかに少し似てるなあって思った。

 

 

【問題2 アナウンスの発見者に犯人は?】

 

 含む

▶︎含まない

 

 

 この辺はまだおさらいだ。

 大事なのはロジックを突き詰めていくこと。

 そのために前提条件というものは重要だから。

 

 

【問題3 発見者の数に対し、天海発見時にアナウンスが鳴ったのは?】

 

▶︎おかしい

 おかしくない

 

 

 モノクマによるルールではおかしいことでないと証明された。でも、発見者の人数のせいで事態はややこしくなっている。

 天海くんが発見したのは5番目。なのに3番目だと証明されている。

 つまり前提条件のどれかがおかしいんだ。

 

 

【問題4 発見者の組み合わせでおかしくないものはどれ?】

 

 真宮寺・アンジー・天海

 アンジー・香月・天海

▶︎王馬・香月・天海

 

 真宮寺くんとアンジーさんか発見したのは同時。

 ぼくが目撃したのも間違いようがなく、そして最後が天海くんだったのなら、1人目は2人ではあり得ない。

 

 

【問題5 この場合、真宮寺・アンジーが発見した際夢野は】

 

▶︎生きていた

 死んでいた

 

 

 ……

 …… うん。

 

 

【問題6 夢野かその時点で生きていた証明ができるのは誰?】

 

 アンジー

 王馬

▶︎香月

 

 

 それはもちろん、ぼくしかいない。

 夢野さんと同じように、毒針で身体麻痺になった、このぼく自身が証拠品だ。同じ手口で犯人が彼女を殺した証拠に他ならない。

 

 さらに血のり代わりのケチャップが付着する仕掛けもあるし、最初の発見者を混乱させ誤魔化すつもりだったのは明らかだ。

 

 やっと辿り着いた!

 

 

「…………」

「おい王馬テメー本当に嘘はついてねーんだな?」

「やだなあ、こういう嘘はつかないよ」

「嘘つけ!」

「嘘だよー」

「嘘なんですか!?」

「違うよ、嘘つけって言われたから嘘だって言ったんだよ。オレは入間ちゃんのリクエストに答えてあげただけ」

「屁理屈じゃないですか!」

「ロボットに理屈なんて通じるの?」

「ロボット差別です!」

 

 うん、まあ疑心暗鬼にもなるよね。

 特に王馬くん相手なら仕方ないよ。

 

「あのさ、おかしなアナウンスのタイミングについて…… 分かったことがあるんだ。聞いてほしいんだ」

「香月さんも…… うん、僕は香月さんの推理を聞いてみたいな。多分、僕よりも香月さんや茶柱さんが解決するべきなんだと思う」

「え、いいの? 最原くん」

「うん、茶柱さんみたいに言うなら探偵の勘…… かな」

「パクリは悪ですよ最原クン!」

 

 キーボくん、それは最悪のタイミングだよ。これだから空気の読めないロボットは……

 

「えっと…… 5人の発見者が矛盾なく繋がる仮説があるんだ。それは……」

 

 劇的な反応。期待の眼差し。

 でも、ぼくがこれから言うことは、絶望に他ならない。

 …… 特に、アンジーさんにとっては。そして、茶柱さんにとっても。

 

 だって、茶柱さんがあの場にいればこの事件は起こらなかったかもしれない。そして、夢野さんが生きていることをアンジーさんか気づけば、この事件は防げていたんだ。

 これこそが残酷な真実なんだと思う。

 それをぼくが言わなければならない。

 

 でも、ぼくがやるべきなんだ。なによりも友達だから。ただそれだけのために。

 

「真宮寺くんとアンジーさんが夢野さんを見つけたとき、まだ彼女は生きていた。殺されかけたぼくみたいに、毒針に刺されて体が麻痺してただけで、ケチャップが血のように見えていただけで、意識があるのに指先ひとつ、なにもかも麻痺して動かせなくなってただけなんだ!」

 

 そう、毒に侵されていても意識ははっきりとしていた。

 殺されかけたときの恐怖は今でもはっきりと思い出せる。

 だけどぼくは生きている。助けられたから。

 

 でも、夢野さんは体がなにもかも動かせない状態で、うつ伏せでなにも見えない状況でそのときを迎えた。

 いくら叫びたくても、自分は生きてると主張したくても、アンジーさんには届かない。

 頼りのアンジーさんが離れていく足音。そばに佇む彼への不信と恐怖。

 そして、背中に釘を突きつけられたときの絶望感。

 

 意識だけがはっきりとしているのに、体が動かない。

 すぐそばの死に対して、抵抗ひとつ満足にすることができない。

 ゆっくりと、着実に近づく死の恐怖。

 

 それがどれだけのものだったのか、計り知れない。

 叫びながら涙が滲んできた。

 

 こんなにも残酷な殺人、許してなるものか!

 

「つまり、あの場に残った人物こそが夢野さんを殺せる人物だったんだよ。そうだよね?」

 

 …… 真宮寺くん。

 

 それでも彼は、おどけたように、 「僕かい?」 と首を傾げた。

 




 あと2話で裁判編終われたら…… いいなあ(フラグ)
 気づいている人は気づいているのでしょうか。今回のトリックは探偵学園Qネタでもあるんですよね。ありましたよね、こういうトリック。


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2章学級裁判―偽証―

「え、僕かい?」

 

 そう言った彼は気味が悪い程平然としていて、その表情は疑われているというのに困惑すら浮かんでいない。まるでそう言われるだろうと最初から分かっていたように。

 

「ほら、僕って見た目が怪しいからネ…… うん、仕方ないといえば仕方ないか」

 

 ここ数日で何度も聞いているフレーズ。諦めているかのような、自嘲気味な声のトーン。自虐ネタは彼の十八番なのかと思っていたけど、ここまで来ると逆に違和感すらある。

 

 一体なんなのか。

 この違和感は、なんなのか。

 ぼくの中の思考は確かに彼が犯人だと言っているというのに、なぜだか違う気もする。ちぐはぐな違和感。まるで犯人はそこにいるのに、いないような…… 底知れない気持ち悪さ。

 このままではいけないような、そんな焦りを持て余しながらぼくは口を開く。

 

「きみたちが夢野さんを発見したとき、まだ彼女が生きていたなら…… そのあと1人だけ残ったきみが、限りなく怪しい。そういうことになるよ」

「.…… 確かに、香月さんの言う通りあのとき夢野さんは死んでいなかったのかもしれないネ。気づけなかった僕が不甲斐ないヨ。茶柱さんに申し訳が立たないし、なにより…… 彼女の本気のマジックショーが見られないと思うと口惜しいヨ」

 

 帽子を目深に被って目を伏せる彼からは、本気の悔しさが感じられる。なんでだ?彼が犯人で合っているはずなのに、この焦燥感はなんだ? 彼であって、彼じゃない。この違和感。飲み込みようのない不快感。なにかが間違っている?

 

「でも、それだけで僕が犯人だと言うのなら、違うと言わせてもらうヨ。僕は不審な足音を聴いている。僕が彼女のそばを離れている隙に、誰かが殺しに来た可能性もなくならないはずだヨ」

 

 普通なら、自分が犯人だと疑われたら動揺するか、戸惑うはずだ。本当に犯人でないなら、自分に矛先が向くなんて思いすらしてないはずだから。

 なのに彼は当然のことのようにそれを受け止めて、平然としている。

 まるで慣れているかのように。いや、怪しまれること自体は慣れていることに違いないのか。自虐ネタにするほどに。

 

 彼の話を聞きながら思考を巡らせる。先入観を捨てて、可能性をシュミレートする。

 彼の計画を誰かが利用している可能性…… は、なくはない。ただ、いつ計画を悟ったのかが分からない。いや、首謀者なら可能か?

 

 彼が嘘をついている。こう考えるのが普通だけど、それでも違和感は付き纏う。嘘だけど、嘘ではないような、変な感覚。

 ぼくの第六感は、わりと当たる気がするからなあ…… こういう予感は大事にしておきたい。

 

 誰かを庇っている。なんとなくしっくりくるような、こないような。

 そもそも彼が殺人を庇い立てするほど仲の良い人物なんていなかった。特に女子とは全く交流を深めていないから、夢野さんの心意気に対する絶賛以外に彼が女子に対して触れているのを聴いたことがない。

 いや、東条さんに対しては結構買っていたところがあったかな? でも、それくらいで本当になにも接点はないはず。東条さんはすでにいないし…… ぼくもちょっと褒めてもらったけど、友達というほどではない。彼のことまだよく知らないし。

 

 あと精査するべきなのは入間さんの研究教室に侵入できる人物?

 鍵がないとはいえ、それこそ仲の良い赤松さんくらいか。でも四六時中彼女があの場所にいたかどうかなんて保証はない。

 結局タイミングが合えば、ネイルガンは無理でも釘単体を持ち出すくらいはできる。

 

「もしかしたら、僕があのとき聞いた足音は王馬君で、彼が殺しに来たのかもしれないヨ」

「それだと発見者の人数が合わない」

「聞き及ぶに、天海君達は大勢で体育館に来て君を救ったヒーローなんだよネ。なら、天海君が見た時点ですぐさま鳴ったと断言できるのかい?同時に複数が見ているんだから、そこで2カウントあった可能性もあるんだヨ。そうなると発見者人数もあてになるのか不明としか言いようがないネ」

 

 見事な堂々巡りだ…… 確かに、それだと彼の言う通り発見者人数はあてにならなくなる。詰み…… か?

 

「焦ってもいいことなんてない、あんた、汗すごいよ」

 

 気がつけば、ふたつ隣の席の春川さんが目を細めてぼくを見つめていた。

 頬を伝うものに指を触れさせて、呆然とする。焦っている?誰が?ぼくが?

 もう誰もいない両隣の席が酷く虚しくて…… みんなの輪から外れたみたいに1人だけで事を急いていたのかもしれない。

 焦るぼくを止められる白銀さんたちは席が遠い。だからなおさらに。

 

「ごめん」

「ああ、焦って失敗しちまったら大変なことになるからな! でも、テメーにはオレたちがいる。チームのやつらがいるんなら、補い合えばいいんだよ。何事も1人でやるもんじゃねぇんだ。これはチーム戦なんだからよ。オレたち全員で犯人をとっ捕まえるんだ。その責任をテメー1人で背負う必要なんざねーだろ」

 

 ぼくの隣の席は星くんと、東条さんだった。

 だからもう、隣に人はいない。けど、その空席ひとつ開けた先で春川さんが放っておかないとばかりに目を細め、百田くんが豪快に笑う。

 

「ごめん、1人じゃない…… そうだよね」

「仲間と円満に付き合うんなら謝るより感謝だ! それが仲間と上手くやるコツだぜ。覚えとけよ、香月」

 

 宇宙飛行士って、そういえばチームとの絆が大事なんだっけ。

 初めて彼が口だけじゃない人だと思えた気がする。今までは少し、侮っていたかもしれない。

 

「…… ありがとう。事を急ぎすぎたみたいだ。真宮寺くんのことはまだ仮説でしかない。もっと犯人に繋がることを話し合わないといけないよね」

「香月さん」

 

 黙ってやり取りを見ていた天海くんが声を出す。

 彼の表情はすごく優しくて、まるで成長を見守る兄のような顔をしていた。

 ぼくはそれに少しだけ不満を抱いたけど、すぐに彼がその表情を変えたのでぼくも気持ちを切り替える。

 

「全部が全部解決しようとしなくていいんすよ。それはみんなでやることっす。だから、香月さんは香月さんにしか分からないことで議論に協力してもらえると嬉しいっす」

「オレたちがやらなくちゃいけないことまで取っていくのって、それは傲慢だよ? 香月ちゃんだってさ、自分の責任で起きたことを代わりに謝られたりしたら嫌じゃない?なんでってならない?」

 

 前回の裁判のことを思い出す。

 あれだってそうだった。最終的に手を下してしまったのは東条さん。だけど、そのきっかけになったのはぼく。

 ぼくが全部悪いんだなんて考えは、彼女の、東条さんの責任感を台無しにしてまで奪い去ってしまうようなものだった。それは傲慢な考えだから。人の負うべきものまで背負うのは、自分の罪の意識に罰を課して楽になるための口実でしかない。

 

 ぼくは、そんなことまで見失っていたんだ。

 

「うん、落ち着いてよかったよ……」

「犯人については仮説のひとつとして覚えておいて、もう少し考えを詰めていくことからやるっす」

 

 白銀さんと天海くんによる軌道修正で議論に戻る。

 またぼくのことで手を煩わせて…… なんて思っちゃダメだね。これじゃあさっきの繰り返しだ。

 今度はもっと冷静に。

 

「転子が1番気になるのは釘がいつ持ち出されたかについてですね。ネイルガンごと持ち去られたんですか? そこははっきりしてませんが」

「ネイルガンは凶器のひとつだからっつって食堂に保管してんだろーが! それを提案したのはテメーらだろ!」

「はっ! そうでした……」

「なら、釘だけ持ち出されたってことかな?」

「そうなるだろうね。えっと、赤松さんはよく僕といるか、入間さんといるけど…… 研究教室の中で釘って見かけた?」

 

 ゴン太くんの確認する声に最原くんが頷く。

 そして、最原くんが赤松さんに確認すると、赤松さんは 「わりと散らかってるけど釘とか工具とかは結構目についたかな。目敏い人なら入ってすぐ分かるかもしれない。だから片付けたほうがいいって言ったのに」 なんて入間さんを半目で見ながら言った。

 

「う、う、うるせー。オレ様の教室はオレ様のやりやすいようにされてんだよ…… 片付けたら分かんなくなるだろーが」

「わー、まるでゴミ屋敷の住民みたいな考えだねー」

 

 察するに、なんでも手の届く範囲に置いちゃう人なのかな。やりやすいのは確かだけど、散らかってるのはちょっとね……

 

「ということは、誰でも釘は持ち出せたのかー?」

「どうなんすか入間さん。別に四六時中いたわけではないっすよね」

「ま、まあな…… あそこじゃなくてもちょっとした改造なら部屋でも食堂でもできるし…… 頼まれたことも特にねーし…… 最近は倉庫にあったミニカーをトランスフォームさせてただけだし……」

「ちょっとその話詳しく!」

 

 おっと白銀さんが食いついた。

 彼女たちのちぐはぐなトランスフォーマー談義を流し聴きながら、考える。

 …… そういえば、ぼくはぼくなりの証拠の示しかたをって、天海くんが言ってたな。

 ぼくなりの証拠か…… ぼくだけが分かることといえば、現場で殺人未遂されたことと、そして香りのことだけだ。

 

「そうだ…… 香りだ。香りだよ。犯人だって、証拠は隠せても現場の香りなんて誤魔化しようがない」

 

 裁判は何人かに分かれての捜査のあと、すぐに始まった。

 1人になる機会があったとしても少しの間だけ。現に犯人は体育館の大扉の裏にハンガーを隠すだけで精一杯だったんだ。お風呂に入って匂いを落とすなりの工作は不可能。

 ぼくを前に、誰もがそれは誤魔化せない。

 …… 人の香りを嗅ぎ分けられるのなんて、嫌がられやすいからあんまり出したくないカードだったけど。

 

 出し惜しみはしない!

 

「現場の香りはデイジー、マーガレット、ラベンダー、ケチャップ、血の匂いに、僅かなレモン。あれだけの香りが充満していたけど、ぼくなら嗅ぎ分けられる。なら、犯人にだって、発見者にだって、香りはつくはず。それは誤魔化しようなんてない」

「香りっすか…… 確かにそれはキミにしか分からないことっすね。聞かせてください」

 

 デイジー、マーガレットは花瓶に入っていた花。花瓶が割れていて、現場の夢野さんは水中マジックのリハーサル中だったこともあり濡れていた。

 ラベンダーはマントの香り。現場に入ってもつかないが、触るともしかしたら香りが伝播するかもしれない。その程度の薄いものだ。

 さらに彼女の背中から漂っていた血と、ケチャップの香り。

 現場の近くに漂っていた、ほんの僅かな、ぼくでも逃すんじゃないかというくらいのレモンの香り。

 

「レモンは王馬くんにあげたアロマだから、彼が少なくとも1回は現場に来ていたのは間違いないよ。捜査前の、ぼくが殺されかけた時点でレモンの香りが残ってた」

「匂いだぁ? 犬かよ! ますます畜生じみてんなぁ! 犬月か? 犬月なのかぁ!?」

「うわー、よく分かるね。さすがは超高校級のアロマセラピスト。犬並みの嗅覚がある才能なんて世の中生きづらそう」

 

 …… 否定はしない。

 潔癖症にでもなりそうなくらい普段の香り関係は酷い。

 でももう慣れた。本当にこの才能を生まれ持っていたのなら、かなり人生大変だったと思うんだけど…… ぼくはこの嗅覚を持ってから接したのはみんなだけだし、みんな綺麗好きだから問題ない。

 あの入間さんでも、綺麗好きっぽいし。するのは機械類の香りとかその辺だけだ。

 

 と、みんなへの印象はここまでにしておいて…… あのとき真宮寺くんとすれ違ったとき、なんで違和感を持ったのか腑に落ちた。

 思い出した。やはりぼくのあらゆる意識が、彼が犯人でしかありえないと囁いている。

 けど、同時にやはり変な感覚が支配する。彼ではない、と。

 

「生きているときの…… 血が出ていなかった夢野さんしか見ていないはずの真宮寺くんから血の香りがする。あれから、きみは現場に立ち入ってないはずだよね?」

「それでも僕が疑わしいと思うのかい? 君は考えを凝りかためすぎているヨ。聡明なのは良いけれど、思い込んだら意外と頑固なところもあるんだネ。よく考えてみてほしい。他にも血の香りがする人はいると思うヨ…… そこの茶柱さんとか、王馬君とか、アンジーさんとかネ」

 

 茶柱さん、アンジーさんは長く現場に立ち入っていた。それに茶柱さんは夢野さんに触れてかなり嘆いていたから血の香りがついていてもおかしくはない。

 そして、王馬くんは……

 

 ―― 「そうだよ、嘘だよ! ホントはね、春川ちゃんが人でも殺せそうな顔で追ってくるもんだから怖くて怖くて、不幸にも途中で転んじゃってさー」

 

 彼から血の香りがするのは、間違いない。けど、けどそれは、真宮寺くんを犯人と仮説して追い詰めることには繋がらない。

 

 …… 王馬くんが犯人だとしたら、ぼくのところに来る前にトドメを刺してきたことになる。血の香りがあの時点でしていたのだから、そういうことになる。この場合、あの怪我は血の香りを誤魔化すために自分でつけたものって考えるしかない。

 でも彼からは…… そう、デイジーやマーガレット、それにラベンダーの香りはしなかった。

 彼がそれらに触れる機会があったとするのなら、あの現場だけ。それがあのときしなかったとなると、怪我以外に血の香りがつく要因にはならない。

 

 

 ラベンダーと、マーガレットと、デイジーと、それにケチャップと血の香り…………

 バッと後ろを振り返り、カーテンの向こうへ消えていく彼を見送る。

 

 

 …… レモン以外の香りを全て纏っていた真宮寺くん。

 そうだ、彼はラベンダーの香りがついたマントにも触っているし、デイジーやマーガレットを飾った1人でもある。けど、ケチャップの香りは発見者だからともかく、やはり血の香りまでするのはおかしい。

 なぜなら、彼は足音を聞いて現場を離れてから最後のチームと帰ってくるまで現場に立ち入っていないはずなんだから。本来血の香りがつくはずないんだ。

 

「どうして王馬くん?」

「だって、彼、〝 怪我をしている 〟ように見えるよ」

 

 王馬くんもあちゃーみたいな顔をしている。怪我をしているのは事実だしね。だから、ぼくは口を開いた。

 

「いいや、彼は〝 怪我をしていない 〟よ……今日はね」

 

 さらりと嘘をつく。嘘をつくのもなんだか慣れてきたように思う。

 王馬くんが嘘をつけは1番良かったのかもしれないけど、逆に彼はみんなから疑われやすい。

 普段嘘をつかない人ほど信憑性は増す。あと心配なのは、前日彼と一緒にいた人たちだけど……

 

「……」

 

 王馬くんに笑みが浮かぶ。

 

「そうだよ! ゴン太と虫さん談義をしてるときにちょっと転んじゃって! ね! ゴン太!」

「ええ! 王馬君怪我してたの!? 大丈夫? どこ怪我したの?」.

「にしし、ありがとーゴン太。心配してくれるゴン太は優しいねー」

「…… そうだよね! わたしたちのほうに手伝いに来たときも少し怪我してたよ!」

 

 ゴン太くんが嘘に騙されたのと同時に、嘘に乗ってきた白銀さんからのフォローが入る。

 もしかしたら、ぼくとよく一緒にいるから考えを汲み取ってくれたのかもしれない。

 

「おや、そうでしたか?」

「あー、転子は顔も合わせないからねー。もう少し観察してもいいって神様も言ってるよー!」

「男死と言えど、怪我をされたら女子の盾にすらなりませんからね」

「たはー、茶柱ちゃんは相変わらずだね。男子の人権はどこ行ったの?」

 

 軽口を叩きながらたくさんの人が同意してくれた。

 どうやら、みんな真宮寺くんを怪しんでいるのは共通らしい。

 

「………… 駄目だヨ」

 

 え?

 

「………………」

 

 真宮寺くんは帽子を目深に引き下げて黙っている。

 ともすればなにかを抑えているように。なにかを我慢するように。

 

「そもそも、貴女1人にしか分からない証拠で他人を説得させるのは無理があると思うわ」

「は?」

 

 誰かが言った。

 俯いたままの彼の体が震える。

 

「是清や。姉さんにお任せなさい。最愛の弟…… こんな女に、あなたを傷つける権利はないわ」

 

 帽子の下から見据えられた視線に心臓が跳ねる。暗い中で光るようにこちらを向いたその瞳は細められ、まるで敵を見るように。

 その視線は女性特有の鋭い目線。まるで恋敵でも見るような、憎悪でも宿っていそうな。そんな瞳。

 

「…… 真宮寺、くん?」

 

 口元のマスクがずらされる。初めて見る、彼の口。

 そこに彼は懐から取り出した口紅を塗って馴染ませると、ふふと笑いを零す。

 

 まるで別人だ。いったいなにがきっかけでこうなったのかさっぱり分からない。

 そう、女性のように変貌した彼はガラリと雰囲気を変え、美しく笑う。

 

 本当に女性だと言われても違和感がないほどの。いや、むしろ…… これが自然体なのではないか? と思えるほどの風貌。

 彼はいったい。いや、彼女…… なのか? 分からない。分からない。

 どちらが真実なのか。

 

 今分かるのは、この綺麗な人がすごく怒っていることだけだ。

 そして、誰よりもぼくを敵視していること。

 

 混乱したまま、議論は進んでいく。

 

 

 

 

 

 






 なにもV3本編と人物たちがそのままなわけではありません。
 この世界には思い出しライトなんという便利なものもあるわけですから。
 そして、ライトだけでなく動機ビデオも思い出しライトと同じ効果がある、なんて考察も存在いたしますね。その場合の根拠は原作の東条さん自身。あれを見てから、狂っていったのですから。

 実はもう、〝 思い出しライト 〟という道具以外でも同じ効果のあるものがいくつか出てきているのかもしれません。



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2章学級裁判―消化不良―

 

 混乱のさなか、ぼくは圧迫されるような彼の目線に肩を引く。

 なんでこんなに敵視されているんだ。心当たりなんてないぞ。

 それに、彼は本当に彼…… で合ってるんだよね。まさか、実は男装女子でしたみたいなことは…… いや、それはないな。男子トイレにごく普通に入る場面も一応見たことあるし。なら、無印の腐川さんみたいに多重人格…… とか?

 そういえば、ここまで2章は誰かの秘密が暴かれるっていうジンクスがあったな。ならその線が濃いだろうか。

 

「それに香月さんは嘘をついているわ。王馬君の怪我は1日経ったものではないと思うの」

 

 あくまで女性らしい口調を崩さない彼に、ぼくは依然圧迫感を受けながら反論する。

 

「きみがそう思った…… ただそれだけのことだよね。これだけの人数が同意してるんだよ。ぼくは嘘なんてついてないよ」

 

 こんな人は初めてだ。

 静を体現したように目を細め、余裕そうに顎に手を当ててぼくを見下ろすように立つ姿。なのにその内に秘めた感情は激烈なものに思える。ピリピリとした緊張感。圧迫感。まるで、鎌首をもたげた蛇に睨みつけられているような焦燥感。

 どこか経験したような、この嫌な感じ。覚えのある息苦しさ。

 ずっとずっと身に受けてきたからこれと似たものをぼくは知っている。

 

 それは、嫉妬だ。

 女の嫉妬、そして、蛇のような執着。

 この人がぼくに向けるその瞳は、それと…… 母さんとそっくりだった。

 

 もう二度と受けたくない類の視線、威圧。

 苦手だ、とてつもなく。ともすればトラウマがちくちく刺激されるようだ。

 

「そうね、私が思っただけ。私だけの感覚です。けれど、それは貴女の言う〝 香り 〟もそうではないかしら?」

 

 これは…… 痛いところを突かれたな。

 ぼくだけが知っている情報は多く、そしてそれはつまり保証する人物がいないということ。

 

「もし貴女が夢野さんを殺したとしたなら、大勢が到着する直前に水槽に身を投げればいいだけ。彼処(あそこ)は是清が証言したように、外からの足音も反響してある程度聴こえるのでしょう? 可能なはずよね。そうしたらあら不思議、貴女が殺した後でも大勢の目撃者ができて放送がすぐに鳴ることになるわ」

 

 くっ、言ってくれるな。

 たしかに、ぼくは単独行動でなおかつ発見したときも、その後の最初の調査も、そして殺されかけたときだってずっと1人だったんだ。

 発見した人間が1人きりならば、現場でなくなっていたハンガーのことだっていくらでも嘘がつける。

 ぼくがそういう悪意のある嘘を平気でつくような性格じゃない、なんて自分自身で主張しても胡散臭いだけ。普段の人柄だって偽っているのだと言われても完全に否定はできない。

 ぼくだって、他人がコロシアイを起こして動機が公開されず有耶無耶になるのを望んでいたんだから。完璧に黒い部分がないというわけではないんだ。

 むしろ…… 心はいつでも卑怯でみんなの印象を裏切っている気もする。ぼくはそんなに綺麗なものじゃない。他人の犠牲を求める汚い性根をしていると言ってもいい。

 

「それを言うなら、そもそも真宮寺くんが聞いた足音だって嘘の出まかせなのかもしれないってなるよね? そんなの水掛け論になるだけだ」

「王馬君にだって可能かもしれないわ。ねえ、2人共に共犯者で、是清に罪を被せようとしているのではなくて?」

「そんなこと言い出したらキリがないよ。議論するなら証拠が全てだ」

「あら、不思議ね。自分から退路を塞ぐなんて。可笑しくて笑っちゃう」

 

 証拠が全て。

 ああそうだ。ぼくの言った香りは目に見えない証拠。

 ゴン太君は嗅ぎ分けられても花の種類なんて分からないだろうし、他の人も香りが複数混じってたら分からないだろう。そもそも花屋さんだって香りだけで嗅ぎ分けなんてできるものではない。

 キーボくん? レモンの香りを機械的に分析したようなロボットに雅な趣味を解すことなんてできるわけないだろ。未だにぼくは怒ってるんだ。あれがある限り彼とは仲良くなれる気がしない。

 …… ともかく、目に見えない証拠をあてにしても彼に口論で勝ち、みんなを納得させないと意味がない。

 この学級裁判は納得させたほうが勝ちだ。たとえ証拠が足らなくたって、言論で説得力を持たせたほうが勝ち。

 証拠や現場にあったものを今いじることはできない。だからあちらにはでっち上げなんてできない。

 彼のはしょせん言いくるめに過ぎない。たとえタイムアップになったって、その時点で納得させればつまり勝ちなんだ。

 

 もはや方向転換をするつもりはない。

 こんな変化があったということは限りなく彼がクロ寄りのグレーには間違いない。

 頑固すぎるかもしれないけど、まあ間違ってたら天海くんが止めてくれるよね。

 チラッと視線を天海くんに向けても困ったように笑われるだけで止められはしない。

 とにかく、彼はぼくを信じてみてくれているようだからこのまま押し切る!

 

「なら、きちんと決着をつけようか。ぼくだって、負けない」

「いいでしょう。愛の深さ、思い知らせてあげるわ」

「あ、愛…… ?」

 

 ところで、みんなドン引きしながら隣の席の人さえ真宮寺くんから少し距離を取っているんだけど……

 真っ先に立ち直り、噛みつきにいったぼくと彼の一騎打ちを静観していた赤松さんが思わずといった様子で口に出し、しまったと言いたげに手で口を押さえた。

 多分彼女の言葉はぼく含む全員の心境を代表したものだと思うよ。

 

「香月さんって、意外と頑固だよねぇ……」

 

 しみじみと噛みしめるように言われるのは少し傷つく。

 ぼく、白銀さんの前でそんなに頑固な言動したっけ?

 

「まあいいんじゃない? オレもなんか容疑者から外されてないみたいだけど、2人で口論してみてもらったほうが情報が増えるからね」

「オレらでも考えねーでどうする。そもそもオレは口論させるのに反対だ」

「え、なんで? だってそのほうが判断しやすくない?」

「どっちも犯人じゃねー可能性もちゃんとあるだろーが! もっと全体で見るべきだろうよ」

「つーか、オカマ野郎の気持ち悪ぃ変化のことはいいのかよ!」

「犯人の豹変はありがちだよね、うん」

「終一、こんなときになに言ってんだ!」

「あ、うん。そうだよね、ごめん」

 

 そう遠くない席で百田くんが最原くんに言う。ちょっとばつが悪そうにした最原くんは素早く目を逸らして 「議論もたくさんしたし、新しい切り口で話し合うのは悪くないと思うよ」 と口にする。

 でも、彼の言い方を見るに最原くんは真宮寺くんが犯人だと思っているようだね。仲間がいて嬉しいことは嬉しいんだけど…… なんだろう、今の呟きに僅かな違和感を覚えた。絶妙なメタ発言というか…… いや、最原くんも探偵だしな。場数踏んでるとか? もしかしたら某バーローみたいに推理小説大好きだったりするかもだしなあ。

 

「終一は現実と物語をごっちゃにするのをやめなさい…… さすればもっとみんなと馴染めるのだーって、神様が漫画読みながら言ってるねー」

「ご、ごめん?」

「えっと、その神様ってもしかして地味に立川に住んでない?」

 

 漫画ネタじゃん…… アンジーさんの守備範囲と神様像が本気で分からない。最原くんも困ってるし。

 

「えっと、真宮寺くん…… さん? って女性だったの…… ?」

「ゴン太ー、あれはオカマって言うんだよ。真宮寺ちゃんは紛れもなく男だよねー。体格とか、筋肉のつき方とかさあ」

「オカマ…… ? オカマさんなの?」

「王馬! 嘘を…… じゃねぇだと!?」

 

 百田くんが衝撃を受けてる。

 いや、まだオカマと決まったわけじゃないから。それと失礼すぎるからその話題はやめてくれ。口論してるぼくが言うのもなんだけど、あまりに無神経すぎる。

 

「て、転子はどうすれば…… ? 言動があまりに女子で仕方ないんですが……」

「…… どこからどう見ても体は男でしょ」

 

 真宮寺くんからずっと目線を逸らし続けていた春川さんがチラリと彼を見て呟く。

 王馬くんも春川さんもそう思ってるのか。ならぼくの思い違いということはないはずだよなあ。

 

「ふふ、賑やかね。是清にはいい環境よ…… ここが男子校だったら良かったのだけれど」

「…… さっきから別人みたいになってるのは気になってるんだよね。なんか妙な発言が多いし、きみは真宮寺くんのなに?」

 

 ぼくがそう言った途端、余計怒らせたようで彼か、もしくは彼女は髪を振り乱してこちらを睨みつけた。

 な、なんなんだよ本当に…… ぼくなにもしてないぞ…… どの発言がそんなに煽り立てているのかが分からない。

 普通に質問してるだけなんだけどなあ。

 

「是清の…… なにかって…… ? 勿論、私は愛しい是清の姉以外の何者でもない。貴女にそっくりそのまま同じ台詞を返させていただきます」

「…… ぼく? いや、特に接点はないよね。それこそまともに話したのなんてショーの手伝いをしてくれたときだけだし」

「私は知っています。是清は貴女の行動、言動をよく観察していたわ。そして人間として褒めていたの。気に入っていたのよ」

 

 うえっ、と密かに思わないでもないけど…… 真宮寺くんは人間観察が趣味ということだし、全員に同じことが言えるんじゃないの? それ。

 

「ストーカー的発言は許しませんよ!」

「それよりも、なにか弁論しなくても良いのかしら。是清は犯人ではない。足音の主を追いかけて外に出て、そして戻ってきたのは1番最後の組がやってきたときよ。貴女を殺そうとするタイミングなんてなかったの。それくらいは理解できるわね?」

 

 それは事実だけど…… このままじゃ堂々巡りだ。

 ぼくはなにか見落としてるのか?

 

「…… そうっすけど、キミが本当に体育館を離れていたのかも不明なんすよ。1番最後に戻ってきたところしか分からないんす。本当に外に出ていたと証言できる目撃者もいないっす。そこはいくらでも言い訳が効いちゃうんすよ。人のことは言えないんじゃないっすか?」

 

 どちらの証言も、そして証拠も、他人の保証がない。

 どれも嘘かもしれないし、本当かもしれない。

 もし、ぼくが犯人だとしたらどうする…… ? そんなとき思いつくのは…… そうだな。完全な嘘を吐くより、少しの真実を混ぜながら語るほうがより騙しやすいとかなんとか聞いたことがあるような気がする。

 となると、やっぱり小手先でどうにかこうにかするより説得合戦するしかないのか。あんなに分かりやすくケチャップだの放送だの証拠がありながら、完璧に追い詰められる証拠がない。

 これが学園外の普通の事件なら指紋やらいくらでも証拠が取れただろうけど、残念ながらこれは学級裁判なわけで…… そんな便利なものはない。

 証拠をボロボロ残しながら犯人に繋がる最後の一手はしっかりと隠す。これって学級裁判における完全犯罪に近いものがあるよね。

 1番の完全犯罪は2作目の運に頼ったあれだけど。

 

「…… 香月さん、なにかお忘れじゃないっすか?」

 

 お忘れ? ぼくが?

 ええと、なにかあったっけ…… 天海くんからの、助言?

 

 もしかしてあれか? いや、そんなまさか。さすがに誰かしら気づくよな…… いくら焦っていたって、そんな馬鹿な。さすがにありえないと思うんだけど。

 

「…… 犯人が、体育館から離れずどこかに隠れていたとしたら?」

「犯人が逃走したのは体育館の窓からと言っていたのは貴女達でしょう?」

 

 ぼくは言ってないぞ。

 

「それは推論にすぎない。あれは飾りが取れてたからそう推測されただけで、本当に体育館の窓から逃げたかは分からないよ。誰もその現場を見てないんだから」

 

 そう、ぼくでさえ犯人がどこに行ったのかなんて分からない。足音も水中だから分からなかったし、視線を動かすのだって限界だったから影さえ見てない。

 そもそも水中はそこまで得意じゃない。

 

「なら、どこに隠れていたと言いたいの? 教えてくれるかしら? 階段の中? カーテンの裏? それ以外に隠れる場所なんて〝 どこにもないわ 〟よ」

「香月さん、覚えてるっすよね。俺が言ったこと」

 

 うん、天海くんのアドバイスを忘れるわけないよ。分かってる。

 ありえないから除外してただけ。でも、今これしか言えないのなら、試す価値は充分にあるはずだ。

 

「それは違うね。あるんだよ、まだ隠れられる場所は」

 

 

 「そういや、俺たちが駆けつけたときも扉は開けっぱなしだったっすね。香月さん、こういうことも心のメモに追加しといたほうがいいと思うっすよ。多分、結構大事なことなんで」

 

 

 ―― アドバイス

 《コトダマ 開け放たれていた体育館 》を記憶しました。

 

 

 そう、それは。

 

「ぼくが出て行ったときは体育館の扉は閉めていた。アンジーさんは?」

「バーン! って出てバーン! って閉めたよー」

 

 お、おう。意外と乱暴。アンジーさんは本当によく分からない。

 

「なら、真宮寺くんが足音を聞いて外に出たあとは開けっ放しにしたんだね」

「そうだろうねー。オレのときも普通に開けっ放しだったよ?」

「ぼくのときも開けっ放しだった。だから誰もいないのに照明が点いていて気になって調べたんだから」

「な、なにが言いたいのかしら?」

 

 こういうことだよ。

 

「犯人は開け放たれた扉の裏でずっと息を潜めていた…… あの扉は床との間がそんなに広くないから、気配を殺してずっと待機してたんじゃないかな? 1番最後に、あたかもずっと外にいたみたいに合流するために」

 

 なんとなく、春川さんあたりが気づきそうな気もするけど…… 彼女は王馬くんをものすごい勢いで追ってたからそっちに集中してたのかもしれない。そう思うしかないよね、うん。

 

「証拠に、ハンガーもそこに落ちてたんすから。信憑性は高いっすね」

「そっか。ハンガーがあったってことは、犯人が一旦そこに隠れてたのは間違いないんだね。ずっとなのか、そこに置いて逃げたのかまでは分からないけど」

 

 白銀さんが自身を納得させるように言う。

 

「みんな、外で真宮寺くんのことは見てないんでしょ?」

「……」

 

 もし、これが不正解だったのなら…… このまま全滅するしかない。

 そうなったらぼくの責任だ。でも、確定まで一気に持っていける証拠がないんじゃあ推論と相手の態度で判断するしかない。

 

 祈れ。

 計画的犯行に近いのに証拠が多すぎてずさんだなんだと思っていたぼくが見当違いだったんだ。無駄な情報が多すぎる。証拠がたくさんあるくせに、決定打と、なるものがない。

 祈れ祈れ。

 ここで終わってなるものか!

 

「…… ふっ」

 

 真宮寺くんが無理矢理マスクを口に被せた。

 そして、俯きかげんになり、懐から古い手鏡を取り出した。

 

「ああ、いいんだ。いいんだよ姉さん…… これ以上、悲しい姿を見せないで」

「えっ」

 

 口調が真宮寺くんに戻っている?

 やっぱり多重人格説が濃厚なのかなあ。

 

「し、心中というのも、民俗学者としてはありなのかもしれないヨ……」

「はあ?」

 

 これまた唐突な。

 入間さんが心底頭のおかしい人を見るような顔で引いてる。彼女が引くとか相当なことでは?

 

「認めるよ」

「は?」

 

 今度は最原くんの声だった。

 いつもより少し冷たい声。面食らったような、そんな声だった。

 

「僕を投票してほしいんだヨ」

「うっわ、いきなり方向転換されると胡散臭すぎるよー」

 

 王馬くんの言う通りだ。

 逆にぼくが間違っているのかと思えてくる。でも、もう証拠は出揃っている。

 釘を打った方法は花瓶をトンカチ代わりに使えばあの現場がてきあがるわけだし…… 実質言いたいことは出し切っている。

 あとは信用合戦あるのみだった。

 けど、これは、なんだ。この拍子抜けするような、自白は。消化不良もいいところだ。

 

「多分1番望まれていないのは自白だネ。だから僕は自白するヨ。姉さん愛しさになにもかも黙認したのは僕だからネ。僕にも責任はあるんだヨ」

「つまりそれは、どういうことですか」

 

 茶柱さんの声が震えていた。

 

「僕は、亡くなった姉さんを愛していた。文字通り、兄弟の仲を超えてネ…… それで、幾度も降霊術を試したんだけど…… その中に、鏡の自分を相手に見立てて生活するというのがあってネ…… 結果」

 

 彼は口をつぐむ。

 結果、なに?

 昔、鏡に対して 「お前は誰だ」 と毎日言うと人格が崩壊してしまうらしいと聞いたことがある。

 なら鏡の中の自分に別人を投影して話しかけたら…… ?

 

 それは、今の彼を見ればなんとなく分かった。

 鏡の中の相手に、それも〝 愛していた 〟とまで言う相手として自分を見続ける。空恐ろしいことだけど、その結果彼の中に同じく彼を愛する理想の姉の人格ができてしまった…… とか?

 

「僕は多重人格者になった。姉さんはもう僕の手を離れてしまったんだヨ。僕の妄執が、姉さんを変えてしまった」

 

 入れ替わりのスイッチもないのか?

 腐川さんのことを思い出しながら該当する部分を探すけど、彼の人格交代には特に予備動作のようなものがない気がする。しいてあげるなら口紅かとも思ったけど、確か口調が変わってから口紅塗ってたから違うはず。

 

「僕の動機ビデオにはね、その様子が映ってたんだ。それで、やっと〝 思い出した 〟んだヨ」

 

 動機ビデオで思い出した、か。

 結局は、動機。でも、なんで夢野さんを狙ったのかが分からない。

 そもそも、彼らの中で自己完結してるなら誰かを殺す必要なんてないじゃないか。恋人の再開で済まされるだけのはずだ。

 なぜ?

 

「嫉妬…… だヨ。僕の持っていた妄執は、全部姉さんが持って行ってしまったんだ」

 

 嫉妬?

 嫉妬?え、は?

 

 いや、ぼくがあの蛇のような視線に見覚えがあったのは、今の説明で充分納得できた。

 だって、ぼくの母さんと同じだから。

 母さんに似たぼくに、父親は執着した。そして母さんは父親がとられたと思ってぼくを嫌った。あの視線にまさにそっくりだった。

 

 でも、いや、そんな、本当に?

 やっぱり自白なんておかしい……よね?

 

 なんだこれ。

 

「…… ふざけないでください!」

 

 裁判場内に、茶柱さんの声が響いていた。

 

 

 

 




 あの動機ビデオ自体がライトの効果があるっていう考察もありますね。特に東条さんのアレとか普通忘れるはずない記憶ですから。



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2章裁判― かがみじごく ―

 

 

「ふざけないでください!」

 

 声の元に視線をやれば、茶柱さんが顔を伏せて怒りに震えていた。

 

「なんですかそれ。自分のせいだから受け入れるって言うんですか? こっちは投票を間違えれば全員死ぬんですよ! 惑わすようなことを言わないでください!」

 

 それは信じたくないという思いと、信じたうえで困惑する思いが混じり合った怒声だった。

 

「状況証拠だけなら、揃ってるけど……」

「決定的な証拠はないっすね」

 

 なんとも消化不良。後味の悪い。

 合っているのか、それとも間違っているのか、自分の出した答えに自信を持って正解だと言えるかといえば、そんなことはない。

 もしも間違っていたら、真宮寺くんの言葉が全て嘘だったら?

 そう思うと不安でならない。

 

 不安が伝染していく。

 そんな中で、茶柱さんは真宮寺くんになにもかもを吐き出すように言葉を浴びせていた。

 

「転子はっ、この気持ちのやり場をどうすればいいんですか!」

 

 目を見開いて、怒りを声に宿しながら、般若のように見える彼女なのだけど、不思議とその内で泣いているような…… そんな複雑な表情で叫ぶ。

 

「アンジーさんもなにか言ったらどうですか! あなたは謀られたんですよ!? 騙されたんです! そのせいで夢野さんが!」

「転子…… アンジーもね、ちゃんと神様に相談してたらよかったと思ったんだよ。アンジーが気づかなかったから、秘密子が神様に呼ばれちゃったんだねー」

「なっ、別にアンジーさんを責めてるわけじゃ…… 全てはあなたを騙したそこの男死が悪くて…… でも……」

 

 眉を下げて目を伏せるアンジーさんは、いつものように神様を語っているのになんだか様子がおかしい。

 自分が悪いと、夢野さんを一人置いて人を呼びに行った自分が悪いと言いたいのか。

 不思議な雰囲気を纏っている彼女はいつもと同じように少しだけ笑みを浮かべて話すけど、どこか無理をしているようにも見えて…… そこでやっと、ああこの人も虚勢を張っているのかもしれないと思い至った。

 

 空気がどんよりと、曇っていく。

 

「ごめんネ」

「謝られたって! 嬉しくなんてないんですよ! あなたが謝るべきは転子じゃないんです! どうして分かってくれないんですか!?」

「死んだ人を蘇らせることなんてできない。それは僕が1番知っていることだヨ」

「身内に恋慕してるあなたと一緒にしないでください! 大事な、大事な友達だったんです! 憧れの人だったんです! …… これからだってもっと仲良くなれたはずだったんです!」

 

 感情的にまるで言葉の洪水みたいに茶柱さんは口撃(こうげき)する。真宮寺くんはそれを全て受け止めながら、切なげな表情をした。

 こんな場でなければ女性のように綺麗なその顔で、痛ましげに眉を下げる。

 

「僕には謝ることしかできないヨ」

 

 人の感情ってのはかなり厄介だと思う。

 いくら謝られても、きっと彼が酷い目に遭っても、彼女は満たされない。気持ちのやり場なんて、どこにもないんだ。

 

 泣きながら般若の仮面を被り続ける茶柱さんを誰かに似ていると感じて、やつと気づく。

 そうか、前回の裁判でぼくはああなっていたのか。

 

 犯人も、経緯も違うけど、間違いなく前回のぼくと同じで。

 星くんの矜持を守ろうとして、嘘をついて、反抗して、やり場のない怒りにどうすればいいか分からなくなった。

 あれは、そんなぼくと同じなんだ。

 

 そう思うと、彼女を諌めることなんてとてもできやしない。

 

「あーもうめんどくさいなぁ…… はい、締め切りー! 投票タイムだよー!」

「ご、強引だー!?」

「お父ちゃんお涙頂戴展開とか嫌いやからな」

「う、うう…… 美しい友情ね…… タオル持ってきてちょうだい!」

「鼻かむときはなぁ! モノタロウのマフラー使えばいいぜ!」

「あらちょうどいいわね!」

「ええ! やめてよう! お気になんだから!」

「イジメ、ヨクナイ」

 

 投票、タイム?

 こんな中途半端なところで? クライマックス推理だってやってない…… いや、これは現実だ。そんなこともあるだろう。

 もしかしたら今までの作品だって、クライマックス推理をゲーム化するときに付け加えただけなのかもしれないし…… そもそも冷静に考えたらリアルでそんなことする人いるわけないよな。

 あれ、もしかしてまともに議論になるのもわりと運が良い方だったりするのかな。

 いきなり16人…… 今回は17人たけど、そんな人数を1つ所に放り込んで仲良くできるほうが稀かもしれない。

 コロシアイを強要されて共通の敵ができなければまとまることすらできるか怪しいな……

 

 それはそれとして、モノクマに投票タイムと言われてしまっては拒否することはできない。

 投票しなければ待つのは死、なのだから。それもおしおきとか被害者としてではなくただの冷たい機械に殺されるだけ…… 死に方に花を求めるのもどうかと思うが、これがダンガンロンパだというのなら、そんなおまけみたいな死に方ごめんだよね。

 自分もそれに含まれるのがやや複雑だけど、意識的に。

 

 過去見せしめは何度もあったけど、よほどのことがない限りキャラが見せしめされることはない。初代みたいな仕掛けがあるならまだしも、ただ本当にエキストラのように殺されるだけじゃあそのキャラだけ印象が残らないから仕方ないと言えば仕方ない。

 …… そういうダンガンロンパらしくない展開を起こした人間達が破棄されてる可能性については、ノーコメントだ。恐ろしくてそんなこと考えたくもないよ。

 

 さて、ぼくは当然真宮寺くん投票だ。なにせ彼を犯人だと糾弾したのはぼくだからね。意見を曲がるわけにはいかない。

 端末上の彼の顔写真に触れて投票ボタンを押す。

 見れば、真宮寺くんも早々に投票を終えたのかただ虚空を見据えているだけになっていた。

 

「さて、投票が終わったようですね。それでは、さっそく結果発表にいきましょう」

 

 モノクマが前回と同じようにボタンを押すと、すぐさま裁判場の頭上から大きなモニターが降りてくる。 「結果発表」 だ。

 

 

 赤松

 天海

 入間

 王馬

 香月

 キーボ

 獄原

 最原

 白銀

 真宮寺 | | | | | | | | | | | | |

 茶柱

 東条

 春川

 星

 百田

 夢野

 夜長

 

 

「投票の結果、クロとなるのは誰か!? その答えは正解なのか不正解なのかー!?」

 

 結果発表画面が切り替わり、電子ルーレットが表示される。

 可愛らしいみんなのドット絵がここでしか見られないのは少し残念だ。このドット絵に悪い印象しか抱かなくなってしまう。

 もちろん、ルーレットは真宮寺くんのところで停止した。

 

「アーハッハッハッハ!」

 

 モノクマの高笑いと共に、ルーレットからたくさんのメダルが排出される映像が流れ、途中でぷっつりと途切れる。

 結果発表は終わったけど、画面は突然ぶつ切りにされるので少しびっくりする。モノクマはせっかちなのかもしれない。

 

「いろいろと言いたいことはあるけど大正解でーす! 夢野秘密子さんを殺したクロは、〝 超高校級の民俗学者 〟真宮寺是清クンなのでしたー! 」

 

 その言葉にまずぼくが得たのは、安堵だった。

 

「最低、だな」

 

 独り言のように呟いて唇を噛む。

 これから殺される人が確定したというのに、安堵してしまうなんて。

 

「あの、地味に…… 投票数が足りなかったような、気がするんだけど……」

 

 その言葉に急いで顔を上げた。

 モニターはすでにしまわれてしまって、事実確認はできない。

 

「おいおい、まさか投票できなかったやつがいんのか!?」

「お、オレ様はちゃんとやったぞ……」

「ボクもです。ギリギリまで悩みましたが、内なる声が後押ししてくれました」

「え、ロボットって悩むの?」

「ボクだって悩みますよ! 生きてるんですから! この場で訴えますよ!」

「え、誰に? モノクマに? え?」

 

 確かにここ裁判場だけど、そういう場所ではないからね。

 

「最原くんも大丈夫だよね?」

「うん、もちろんだよ」

 

 不安気な赤松さんに最原くんが返す。

 白銀さんが気づいたということは彼女も投票してるんだろうし、天海くんも当然してるはず…… 前回ぼくにあんなこと、言ったんだから。

 

 春川さん…… 問題なし。ゴン太くん…… 間に合ってるはずだ。前回ちゃんとできてるわけだし。茶柱さんも困惑している。アンジーさんは…… ちょっと分からない。いつも不思議ちゃんだなとは思っているけど、今回はいつもより輪をかけて分からない。

 

 すわエグイサルの出番かなんてざわざわしてるモノクマーズもいるので、誰かが投票できてないのは確定してるはず。

 

 あとは……

 

「ねえちょっとー、どういうつもり?」

 

 不機嫌そうなモノクマの視線は、真宮寺くんに向いていた。

 

「保険をかけただけだヨ」

 

 それだけで、彼が投票を放棄したことを理解した。

 

「〝 2人 〟で死ぬために、保険をかけただけだヨ」

「クロのお姉ちゃんだけがおしおきされるとでも思ったの? 馬鹿なの? 体はキミなのにさあ!」

「あとはそうだネ…… こういうとき、モノクマがどう反応するのか観察してみたかったのもあるかな」

 

 火に油を注ぐ彼はこれから殺されるっていうのに涼しげな雰囲気でモノクマと話している。吹っ切れているのか。それとも、本当に心中することを喜んでいるのか。

 

「さて、どう対応するんだい?」

「エグイサルじゃなくておしおき優先ね」

「なるほどネ」

 

 とんとん拍子に話が進んでいるけど、このままモノクマを挑発していたら速攻で殺されてしまうんじゃないか?

 せめてもう少し話が聞きたいんだけど……

 

「あなたは、本当になんなんですか…… どうしてそんなに、平然としているんですか…… 意味が分からないですよ」

 

 心底意味が分からないと茶柱さんが彼に言う。

 

「死に急ぎたいなら巻き込まないで」

 

 冷たく突き放すように春川さんが言う。

 

「ンー、それじゃあ少しだけ昔話にでも付き合ってもらおうかな。僕のことを知りたいなら」

 

 推理ドラマで過去を話すのはお約束だよネ、なんて冗談を交えながら目元を細める。

 マスクが邪魔して分かりにくいけど、ふんわりと笑うように。心底愛しいものを語るように、けど扱いに困っているように、微笑む。

 女性だったら着物の似合う和風美人だったんだろうなあなんて場違いな感想が思い浮かぶほど、彼は諦めきっているようだった。

 

 

 

 ――

 

 

 それじゃあ話すヨ。

 ええと、きっかけはなんだったかなあ。

 そうそう、初めは気まぐれだったんだヨ。

 

「おはよう、姉さん」

 

 なんとなく、本当になんとなく毎朝身支度を整えるときに挨拶してみたんだよネ。

 遺影や写真を飾ってしばらく挨拶する人も存在するけれど、当時の僕にとっての遺影は鏡に映った僕自身だったんだ。

 遺影が残ってないわけではなかったけれど、それは動かないだろう?

 僕は姉さんがいなくなってしまったことを信じたくなかったんだ。

 だから、動いて、微笑んで、相談に乗ってくれる姉さんがそこにいると思い込みたくなった。たったそれだけの、些細なきっかけなのサ。

 

 え、些細じゃない? 君たちにとってはそうかもしれないネ。

 僕にとってはそうだっただけの話だヨ。人それぞれ十人十色。だからこそ、美しいし観察しがいがあるのサ。

 

 …… 少し脱線したネ。

 姉さんの一周忌を迎える頃には、すっかり鏡の中の姉さんを心の拠り所にしていて、彼女に相談事をするようになった。

 姉さんはアドバイスをくれたし、昔のように慰めてくれたり、褒めてくれたり、僕の予想してないことまで言ってくれるようになったヨ。

 そのうち、気がつくとメモ書きと一緒にお弁当が作られていたり、僕の制服を仕立ててくれたときみたいに小物を作ってくれたりしていた。

 

 ああそうだヨ。この頃から既に姉さんは僕の中に〝 いた 〟んだネ。

 

 民俗学者としていろいろな場所を巡ると、人の縁が合うこともあるけれど、それで僕はいろんな人の連絡先も持っていたんだ。

 最初の異変は、その連絡先がごっそり減っていたことだったネ。

 大学の教授とか、フィールドワーク先の村の女性とか、とにかく女性に限定して連絡先が大幅に消えていたんだヨ。

 さすがに不審に思ったけど、連絡することも稀な人が多かったから申し訳ないけど縁の消費期限と思って諦めた。

 このときは端末の不具合のせいだと思って修理に出したりもしたネ。

 

 それからしばらくすると、僕は知り合う女性にことごとく距離を取られるようになった。

 …… ああ、このマスクも制服もそのときからしてたし、別にこれでひかれてしまったわけではないヨ。これでも普通に交流してたから。

 君たちも、分かるだろう? 今までずっと僕と交流してたんだし。

 うんうん、そうだネ。第一印象は怪しいんだけど、話すと意外と楽しい人だってよく言われるヨ。

 だけれど、急に距離を置かれるようになった。どころか音信不通になる人もいてね、僕には心当たりがなかったし不思議だったヨ。

 

 そしてそのうち…… なにかの理由で追われていて、僕は姉さんの友人に助けてもらったんだ。

 親切にしてくれていたヨ。でも、その生活も3日で終わりだった。僕に提案してきたんだヨ、せっかくの美人なんだから一度化粧でもしているところが見たいって。

 

 察しがつくでしョ?

 そう、僕は気がつくと風呂場にいて、血塗れのまま立っていたんだ。

 手にはノコギリを持っていたけれど、最初はなにが起きたのか分からなかった。

 目前にある解体中の塊がなんだったかを考えて、凍りついたヨ。

 でもそれ以上に、ふと鏡の中に見えた自分の顔に戦慄した。鏡には、曇っているのにいやにはっきりと笑みを浮かべた自分の姿が見えたのサ。

 

 僕は人に避けられるようになった原因をやっとそのとき自覚したんだ。

 それからは、姉さんをどうにかしようと行動を開始して…… 今の今まで忘れていたことから察するに、記憶を封じる手段を見つけられたんだと思う。

 でもそれも全て台無しだネ。

 

 

「これ以上被害を出す前に僕は死ぬべきだ」

 

 

 

 真宮寺くんは穏やかすぎる表情で、なんでもないように断言した。

 さっきから百田くんが 「オカルトなんて信じねーぞ」 と顔を青くして言っているけど、多重人格とオカルトはまた違うものだと思う。

 確かに真宮寺くんの語りは怪談みたいだけど。

 

「彼女と心中するなら本望だヨ」

 

 そんなことをマスクをしたまま涼しげな顔で言う真宮寺くんに、王馬くんがなにか言いたそうにした。

 げ、その前に茶柱さんが叫んだ。

 

「嘘を、言わないでください!」

 

 寂しげに目を細める彼に微塵も後悔や恐怖は感じられない。ただただ気持ちが凪いでいるように見える

 

「そんな話信じられません」

 

 しかし茶柱さんはどうしても納得がいかないみたいだった。

 

「そこまでするあなたが理解できませんし、したくはありません。けれど、あなたが本当に死にたいと思っているようには思えないんですよ! 男死の虚勢ですか? プライドですか? みっともないところを見せたくないんですか?」

 

 その瞳から、感情が高ぶったせいなのか涙がぼろぼろと溢れてきている。

 ときおり鼻をすすりながら、けど力強く口調を荒げて彼女の言葉は止まらない。

 

「あなたこれから死ぬんですよ!? 怖くないわけないでしょう!? それとも、それすらも押し殺していくつもりですか!? 別にあなたの心配なんてしてないんですよ! 夢野さんはあなたの訳の分からない恋のせいで苦しんだんです! いなくなってしまったんです! 少ししくらいその綺麗な顔崩してくださいよ! なんで満足そうなんですか! そんな顔されたら気も晴れないじゃないですか! どこにも、やりようがないじゃないですか!」

 

 茶柱さんは優しい人だ。

 犯人を憎んで、その報いを受けてほしいと思いつつ、溜飲を下げたいと思いつつ、けどそれが間違っていることだと理解してしまっている。

 気持ちのやり場がどこにもないんだ。犯人がこれから死ぬことに 「ざまあみろ」 なんて言うような性格ではない。だからこそ、やり場のない負の感情を持て余している。

 

「…… 僕だって、怖いヨ。ごめん。ごめんネ、茶柱さん」

「て、転子は、謝ってほしいわけじゃ……」

 

 帽子を引き下げ、真宮寺くんは俯いてしまった。

 茶柱さんもどうしたらいいのか分からないんだろう。人の感情って、複雑だよね…… 分かってても納得したくなくて、すごく頑固なんだ。

 

「ねえ、それまだかかる?」

「…… いや、もういいヨ」

 

 モノクマからの催促に真宮寺くんが答える。

 

「ま、待ってください! 転子はまだ言いたいことが……」

「僕から話すことは、もうないヨ」

 

 彼は身を翻してモノクマのほうへと歩いていく。

 

「なんで、自分から……」

 

 赤松さんが呆然として呟いた。

 

「僕と友達になるのはお勧めできないヨ。ごめんネ」

 

 彼は―― 笑顔だった。

 

「うんうん、スムーズに事が運ぶと進行が楽でいいよね! それが不満な人もいるだろうけど!」

 

 そんな人、いるわけないだろ…… これから、彼は死ぬのに。

 でも引き止められる人はいない。戸惑っているか、目を逸らしているか、成り行きを静かに見守っているだけだ。

 茶柱さんだけは最後まで、引き止めるように叫び続けていた。

 

「ちょっとつまらなくなったけど、お待ちかね! 裁判の花形! それでは、張り切っていきましょう。おしおきターイム!」

 

 モノクマのそばに立っていた真宮寺くんの足元に穴が開き、落下していく…… ああ、とうとう始まっちゃうのか。

 

 

 

 

 

 

【 真宮寺クンがクロに決まりました

 おしおきを開始します 】

 

 

 

 

 

 頭上のモニターにドットの真宮寺くんが連行されていく映像が流れる。

 多分ぼくたちのときもこれは流れたんだろう。

 それから映されたのは人が1人入れる程の球体で、両脇になにかが付いている。

 

 その上部が口を開け、落ちてくる真宮寺くんを受けとめた。

 中がどうなっているのかは分からない…… と思ったら、今度はモニターに見せつけるように側面が開く。

 

 ―― 中は鏡張りになっていた。

 

 そして、ガラスで出来た針が無数に突き出ていた。

 まるでアイアンメイデンのような…… そこに落ちた真宮寺くんは既に背中が傷つき血を流していたけど、すぐさま体を起こして鏡に手を添える。とても愛おしげに。

 そしてマスクを外し、口を動かした。その動きは間違いなく 「ね え さ ん」 と言っていた。

 

 馬…… の格好をしたモノクマーズに乗ってモノクマが登場する。

 騎士のような格好をしたモノクマが球体の口を全て閉じる。

 真宮寺くんは一度も鏡から目を逸らすことがなかった。

 

 馬役のモノクマーズに球体の両脇から伸びた鎖が取り付けられる。

 この辺で、既に嫌な予感がした。

 

 馬上から甲高い音が鳴る。

 モノクマが笛を鳴らした途端に、始まりの合図と言わんはかりに馬は猛然と駆け出した。

 

 

 

 

 

 

超高校級の民俗学者 おしおき

 

『かがみじごく』

 

 

 

 

 

 整備されていない荒野を馬が球体を引きずり回す。

 鏡でできているはずなのに、不思議とどんな衝撃が加わっても割れてしまうことがなかった。

 それに、そのほうがいい。あの中がどんなことになっているかなんて考えたくもない。考えないほうがいい。

 小さな切れ目でもあるのか、ガタガタと引きずられる度に地面に真っ赤な血の足跡がつく。

 

 そして長い長い時間、馬が疲れようが容赦なく鞭を入れて走らせていたモノクマからストップがかかり、その進行が止まった。

 球体からはもはや流れるものもない。いい汗かいたとばかりにモノクマが頭をタオルで拭き、こちらに向かってピースサインをする。

 

 それからだんだんカメラが引いていくと、真っ赤な血を絵の具に一筆書きで描かれたモノクマの地上絵が出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 ……ナルシストだと皮肉っているのだろうか。相変わらず悪趣味だよね。

 唯一の救いは、彼と彼女が顔を合わせながら一緒に逝けたことか? 果たして、互いの死に顔を見ながら死んでいくのがいいことなのかは分からないけど。

 

「ちっとも気が晴れませんよ…… こんな形で…… 嬉しいわけがないじゃないですか……」

「…… 転子」

 

 裁判の終わりが告げられ、まばらに解散していく中ぼくは後ろ髪引かれるように寄り添う2人を振り返った。

 

「香月さん、今はそっとしておいてあげたほうがいいっす」

「…… そうだね」

「複雑、だよね…… でも気持ちの整理をつけるのに、わたしたちがなにか言っても余計だもんね」

 

 2人に促されるままにエレベーターに乗る。

 茶柱さんとアンジーさんは後から帰ってくるだろう。

 

 今は放っておくしかない。

 

 …… ぼくの望んだ通り、事件が起きて動機ビデオについては有耶無耶になった。

 問題は王馬くんだけど、なんか返してもらえるように説得しないとなあ。

 

 少しの現実逃避をしてから2人と部屋の前で別れ、そのままベッドに入る。もうすぐ夜明けだ…… もう疲れた。なにも考えたくない。

 

 ああ、でも。

 

 ―― しばらく、お肉食べれなくなりそうだなあ。

 

 なんて、酷いことを考えながら目を閉じる。

 

 ごめんなさい。

 ぼくを殺そうとした人だけど、そう思わずにはいられなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ――――

       |

       心の隙間にまつり縫い ――|

       |

   ――――

 

 

 

 

 非日常編 終

 

残り13人

 

 

 

 

 

 

なりきりグロスを手に入れた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ・おしおき
 江戸川乱歩の鏡地獄 + 童話の 「ガチョウ番の娘」 に出てくる処刑方でした。
 姉に否定されてないからおしおきとしては優しいほう。
 姉の人格を否定したり、消そうとしなかったのは両方とも病んでることに変わりなかったからです。もちろんもれなく真宮寺も狂っていました。
 最初おしおきを考えるとき塩の柱にでもしてやろうかと思ってましたけど、さすがにセンスが問われるのでボツ。



 さて、今回も推理にご参加いただき、ありがとうございました!
 杭で吸血鬼を連想してくださった方はかなり惜しいところでした。真宮寺くんが姉への想い故に自分を惑わす悪を退治しようとした…… かなりいいところついていたのでヒヤリとしました。その発想大好きです!
 真相は矢印が逆だったため、女の嫉妬による犯行となりました。
 思い出しライトの特性上、また似ているようで違う趣向の人物が出るかもしれませんね。
 今後も原作との違いを是非お楽しみくださいませ!

・タイトル
 語感重視系タイトルです。心の隙間を無理やりくっつけた結果は…… ご覧の通りでございます。
 飾りは文字を釘で打つイメージとなっておりました。




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― カルピス濃度1% ―
朝食当番


 もくもくと部屋に香りが満ちていく。

 アロマはアロマでも今はキャンドルを部屋中で焚いているためまるで魔女の部屋の中みたいだ。

 

 目に見えるくらいの濃度でないと全然落ち着かない。

 焦燥と、チラチラと脳裏に蘇る赤色が思考の邪魔をして仕方ない。

 割れることもなく引きずり回される球体の鏡と、中から響いてくる悲惨な水音。悲鳴もなく、視界に惨状がはっきりと映ることもなく、けど確かにその場で行われた残酷な刑罰。

 見えないのに、怖い。かえってその中身の惨状の想像を掻き立てられてしまい、胃の中身がひっくり返るみたいだった。

 

 忘れろ、忘れろ、忘れろ……

 

 真宮寺くんもまた、自身の感情に振り回されて、意図せず姉の亡霊に囚われ、そして狂った愛情もろともに自ら処刑されていった。

 鏡張りの執行部屋は彼の救いになったのだろうか。彼らは2人一緒に殺された。元凶は姉のほうだったのだから当然なんだろうけど……

 ああもう、ぐるぐる考えても仕方ない。仕方ないんだ。

 

 昨日は疲れて泥のように眠ってしまったけど、今度は早朝に目が覚めてしまい、しかも二度寝するほど気持ちが落ち着いていられず自分の研究教室にやってきていた。

 それからぼくはずっとここに引きこもっている。

 前も似たようなことをしていたけど、裁判後は本当に落ち着かない。

 ああすれば良かったとか、こうすればあんなことには、なんて後悔を死ぬほど引きずるからだ。

 東条さんのときもそうだったけど、今回もぼくがあの場に残っていれば夢野さんを殺害できる状況ができなくなっていたかもしれないと思うとやりきれない。

 

 …… 多分、これはアンジーさんが1番後悔しているのだと思うけど。

 アンジーさんも飄々としていてさっぱり感情が読めないからね。彼女はどう思っているのだろうか。

 あの人が単純に落ち込んでいるのも想像できない。あの表情がマイナスに落ち込むことなんてあるのかなあ…… でも今回のことは少なからず怒っていたような気はするし。

 自分が現場から離れなければって思いは持っている…… はずだ。

 茶柱さんもかなり後悔しているし、行き場のない怒りと鬱憤にどうしたらいいか分からないようで、食堂にちゃんと来ているのかも分からない。

 あれから、2人はどうしたんだろう。

 裁判場に残った2人は……

 

「あっ」

 

 しまった、失敗した。

 手順を誤って未完成なまま精油ができてしまった。

 才能があるからといって油断しちゃいけないな。

 というか茫然自失な状態でやっちゃだめだ。

 

「はあー……」

 

 もうすぐ朝の時間になるから食堂は開くはずだよね。

 でもどうしても行く気になれない。

 早朝から落ち着かずにこんな煙たい部屋で作業してるし、見た目だけは完全に健康に悪い状態だ。見た目だけは。

 煙の正体はアロマだし、たまに扉を開けて換気もしてるから問題自体はないんだ。見た目が悪いだけで。

 精油作りだけじゃなくて順調にみんなのちびっこ人形も作ってるけど、そろそろ棚の置き場がなくなってきたな。

 量産された精油のビンが化学室っぽくズラッと並ぶ光景にはときめくが、その棚の上に大量の人形がある光景は冷静に考えたらゾッとするんじゃないかな。

 

 棚の下の方と収納ロッカーには精油を利用した美容クリームとかそういうのも試作して置いてある。シャンプーリンスもそうだけど、意外とアロマっていろんなところで使われてるものだよね。

 多分白銀さんあたりにお願いされれば推し? の香りをイメージしたアロマも選んだり作ったりできると思う。

 確かそういうことやってる同業者もいた気がする。いや、才能が植え付けられる前の話だから、同業者じゃなくて見たことがあるってだけかな。

 才能関連の記憶も動機ビデオ関連で思い出したことだけだし……

 なんだか記憶がごちゃ混ぜになってきていて気持ち悪い。

 

 ぼくはぼくなんだよね? どこまでが本来のぼくで、どこから植え付けられたものなのかの境界が曖昧になってきている。訳が分からなくなる前に整理しないと…… 植え付けられているのか、どんな手段で刷り込まれているのかも分からないからその辺もあたりをつけないとね。

  多分あのライトは確実だと思うんだけど……

 

 と、そこで扉が向こうから勝手に開かれた。

 

「あ、やっぱりここなんだ…… 煙すごいね、大丈夫? 一酸化炭素とか地味に出てるんじゃ……」

「あ、えっと…… ときどき換気はしてるから…… それにアロマキャンドルだけだし……」

 

 死にはしない。しないよな?

 部屋は大きいから一酸化炭素も出てない…… でも二酸化炭素は出るわけで。換気しなければ徐々に窒息……

 あれ、どうなんだろう。ぼく消極的自殺してた…… ?

 

「うん、大丈夫…… なはず」

「換気しようね」

「はい」

 

 キャンドルで明かりを確保していたからかなり暗い中作業していたことになる。

 照明をつけて扉を全開にし、なんだか解放感。

 

「まぶし……」

「いつからこれやってたの?」

 

 困ったような苦笑を浮かべる白銀さんに対し、答えを渋れば察したように額を抑えた。

 うん、ごめんね。不健康そうなことしてて。

 

「香月さんのことだから、また悩んでたんだよね? 真宮寺くんのこと?」

「お見通しだね…… うん、そんなところかな。ぼくが悩むべきじゃないってのは分かってるんだけど、どうしてもあの光景を思い出しちゃって」

「そっか…… うん、そうだよね。わたしも思い出しちゃうと結構きついかな」

「それにほら、元凶は真宮寺くんじゃなくて、お姉さんなのに…… 彼まで処刑されるのは……」

「…… 香月さん、それは違うと思うよ」

「え?」

 

 控えめだけど、はっきりと言われたことに言葉を失う。

 確かに体は同じだし、姉の人格を生み出したのは真宮寺くんだ。でも殺人計画を立てたのは姉のほうだろうに。

 

「ねえ、ハンガーを用意したのは誰?」

「それは真宮寺くんで…… あ」

 

 そうか、準備は彼自身がしたこと…… だっけ。

 

「それに、扉の影に隠れて最後に体育館に入って来たのも真宮寺くんの意思だよ。無実には絶対にならないと思う。よくて共犯者。あれは、真宮寺くんが望んでやったことだったんだよ。どっちもヤンデレだったんだね」

「ああ…… そっか、そうだよね」

 

 真宮寺くんも、姉の人格も、どちらも結局は1人の人間なんだから意思が統一されていないわけはないか。

 結局は、姉の人格は彼が望んだ理想の姿なのだから。

 愛されて、愛して当然なのだろう。だから姉を止めることもなく、思惑に乗って行動した。夢野さんが死ぬことも許容して、ぼくを殺そうとしたのも許容して。本人が気づいていたかは分からないけど、そうやって大好きな姉に嫉妬してもらうことで愛を確かめていたのかもしれない。

 …… となると彼も相当歪んでいる。兄弟で恋愛感情を持つことは悪ではないけど、倫理に反している。歪んでいることに変わりはない。

 

「悩みは解決したかな?」

「…… うん、色々考えることはやめておくよ。愛に狂わされてるのを見ると、なんだか恋って怖くなってくるね」

「狂愛は美しいけど、やっぱり2次元で愛でるのが1番いいよ…… 心臓に悪いもん」

「白銀さんは恋とかしたことある?」

 

 ぼくは親がアレすぎたのと、今回の真宮寺くんを見たからかますます恋を知りたくなくなってしまった。

 人はこうして恋愛不信になっていくんだなって。

 

「うーん、今のところは特にないかな。オタクやってると理想が高くなってきちゃうのかもしれないね」

「ん、でもゴン太くんの容姿は好み…… なんだよね?」

「うん、黒髪赤目は尊いよね…… 常考。けどゴン太くんに関しては、なんて言えばいいのかな。こう…… 母性?」

「ぼ、母性…… ?」

 

 困惑混じりに聞き返すと白銀さんは 「あっ」 という顔をして両頬を押さえた。

 

「こういう言い回し普通はしないよね、うん。ごめんね」

「い、いやニュアンスは伝わったかな」

 

 恋をする気持ちよりももっと保護者的な気持ちが強いってことかな。多分。

 ごめん、こればっかりはぼくにも分からないや。

 

「そ、そうだ。わたし香月さんを呼びにきたんだよ。今日の当番は香月さんだよね」

「あっ、そうか……」

 

 裁判での衝撃が大きすぎてすっかり忘れていた。

 ご飯、作るのは構わないんだけど食べられるかなあ…… みんなよくあんなの見たあとでもりもりご飯食べられるよね。ビビリなぼくにはその辺だけは理解できない。

 こうやって麻薬もかくやというくらいアロマ漬けになってからじゃないと心も落ち着かないし、食事なんてとてもとても…… あ、ダメだ思い出しちゃいけない。

 

 アロマ漬けになってる時点で廃人っぽいとは言ってはいけない。

 

「その、天海くん…… は」

 

 白銀さんが来てくれたのは嬉しいのだけど、いつもなら…… こう、天海くんも来てくれることが多いから気になるというか。

 目線が泳いでいたのかもしれない。白銀さんがなんとなく意味ありげな含み笑いをしながら 「天海くんのこと好きだよねー」 と言う。

 

「あ、あの、別にそういう意味じゃないからね?」

「わたしなんにも言ってないんだけど、そういう意味ってどういう意味かな?」

「…… えっと」

 

 答えに窮していると 「地味に気になるところかだけど……うん、意地悪だったね。ごめんね」 とすぐさま返される。

 ありがたいんだけど、察された感じがあって微妙な気持ちになるな。

 

 恋、ではないはず。

 うんそのはず。泥沼になるに決まってるからそういうのはいらない。

 ぼくにもあの人の血が流れてることを実感しそうでそちらに手を出したくない。

 恋は人を狂わせる。それを間近で見てきて、さらに今回また実感させられた。

 そうなるのはごめんだ。ならいっそ恋なんてしなければいい。

 フラグかな? いやいやいや…… そういうのいらないから。怖いから知りたくないって。

 

「悩む原因を作ったわたしが言うのもなんだけど、悩むなら献立のことにしたほうがいいんじゃないかなあ」

「あ、うん、そうだよね」

 

 さて、どうしようかな。

 幸い朝時間にはなったばかりのようだし、集まる人はまばらだろう。

 キッチンにいる人も少ないだろうから、いろいろ動けるはずだ。凝ったものも作れるだろうけど…… うん、フレンチトーストとかどうだろう。手間だけど美味しいし、ストレートの紅茶と一緒にいただいたらきっとちょうどいいだろう。

 あとサラダも用意して…… 天海くんも男の子だし、身長もあるからいっぱい食べるかな。他にも用意したほうがいいか?

 …… フレンチトーストにサラダ、あとは…… 野菜たっぷりのコンソメスープとか。素はあったかな。おかわり用のフレンチトーストもたくさん作っておかなくちゃ。

 細くてモデルさんみたいな天海くんでも冒険家さんで体力もあるだろうし、いつも見てる限り盛ってないようで大盛り食べてるからなあ。

 …… 普段はゆったりした服着てるけど、ぼくとは違って筋肉ついてるんだろうなあ……

 

 …… なに想像してんだ。やめよう。

 

「わたし、なにか手伝うことあるかな?」

「ううん、大丈夫。あ、でもお皿の準備とかだけお願いしていいかな。時間かかると手持ち無沙汰になっちゃうだろうし……」

 

 白銀さんに食器の用意をしてもらっている間にちゃちゃっと作ってしまおう。

 

「おはよっす、2人とも」

「おはよう」

「うん、おはよう天海くん」

 

 そうこうしているうちに朝の早い天海くんが到着する。

 春川さんも準備している間にさっと来て、手早く栄養食を手に取って去ろうとしていた。

 

「あ、春川さん。これ1枚持って行ってくれるかな? よかったら食べて」

「…… ありがとう」

 

 お皿ごと差し出したら多分こちらが引かないことを察したんだろう。余計な会話をする前にと言わんばかりに受け取り、感謝の言葉だけ残してさっさと行ってしまった。

 

 受け取ってもらえただけでもだいぶ良いほうだ。

 春川さん自身も頑なだった最初と比べると少し柔らかくなった気がするな。

 百田くんや赤松さんの働きかけのおかげか…… 絆されたというより諦めてきたというほうが正しい気はするけど。

 それでも研究教室は死守してるあたり譲歩したくないところは頑ななままだ。

 なぜそこまで嫌がるのか…… 保育士のイメージと合わないからファンシーな研究教室を見られたくないとか? それとも保育士の才能に合わせて子供の人形があって恥ずかしいとか?

 

 まあ、そのうち分かるようになる…… はずだ。

 ダンガンロンパにおいて秘密とは最後まで貫かれないものだからね。だいたい暴かれるものだ。

 とかセオリーを言ってても上手く進むわけじゃないからなあ…… ぼくらが今経験している裁判はどちらも結構特殊だし。

 陰謀が関わっているかもしれないが、1番最初から事故死という…… 今までになくはなかったけどわりと特殊なケースが起こったんだ。

 さすがに初っ端から事故死は初めてだと思う。それに、多重人格の人格同士による共犯も。レアケースすぎる。

 ここまで基本から外れてるともうなにが起きるか分からなくなってくる。もしかしたら登場人物の秘密も秘蔵されたまま終わるかもしれないし、そういう点ではまったく予想がつかない。

 

 本来の流れを汲むなら3度目の裁判までに2人死ぬ。

 …… ずっと3人で行動していたほうがいいな。ぼくらの中で万が一にも殺人を企む人はいないはずだし。多分、そのはず。

 あとは動機に注意さえすれば。

 

「あ、動機取られたままだ……」

「あー、わたしもそうだよ。ちょっともやもやするよね。どうせ取られちゃったなら王馬くんのも含めて全部公開してくれたほうがマシだったかもしれないまであるよ」

 

 うーん、それだけは共感できないかな。

 ぼくは自分のが見られなければあとはいいというか…… ってそういうとこだよね。ダメだなあ。

 

「王馬くんが普段通りならまだ、気にしなくできるかもしれないけど……」

 

 ぼくが恐れてるのは主に白銀さんと天海くんの2人にアレを見られることだからね。それで態度が変わったり同情されてしまったらぼくも嫌だし。

 

「あ、天海くん何枚食べる?」

「3枚ほどいただきたいっすね。ああ、紅茶は淹れますよ。香月さんも白銀さんもストレートで大丈夫っすか?」

「うん」

「うん、よろしく頼むよ」

 

 結局手伝ってもらっちゃってるなあ…… 昨日、一昨日とぼくはお皿の準備したりしかしてないから申し訳ない。

 いや、一応おやつとかは用意してたけど…… 精神的に不安定になってばかりだからかなり迷惑かけてる自覚あるし、もっと貢献しないと。

 じゃないと…… いや、そういうネガティブな考えはやめよう。

 

「あれ、できたらすぐ食べててよかったのに」

「いやいや、一緒に食べるよ」

「全員分浸す作業は見てたっすから、あとは焼くだけなのに待たないで食べるほど食いしん坊じゃないっすよ」

「…… そっか、そうだよね」

 

 できたものを端から奪われてく場所じゃないもんね。

 ううん、そもそも育ちの良さそうな彼らがそんなことするはずなかったや。

 馬鹿だなあ、ぼく。

 

 これでこの後も平和にことが済めば良いんだけどね。

 動機はいつになるかなあ。3日くらいは静かに過ごせればいいんだけど……

 

「香月さん、食欲は大丈夫っすか?」

「えっと、多分大丈夫」

 

 食べ始めればさくさくいくものだと思う。

 そのために美味しいフレンチトーストを選んだわけだし……

  そんなことを考えつつ 「いただきます」 と挨拶してぱくり。ああ、イチゴを乗せてもよかったかもしれないなあ。甘さの中にもう一声ほしい、なんて改善企画をしながら朝食を食べ進めていく。

 

 朝時間になってから30分以上。茶柱さんやアンジーさんも何事もなく参加していた。

 入間さんは研究教室にずっといたらしく、ぼくたちが雑談しながらも食べ終わってから食堂へやってきた。

 

「ごちそうさまっす」

「ごちそうさま。美味しかったよ」

「お、おそまつさま…… です」

 

 結局みんな食堂には1度寄るみたいだ。

 全員の無事を確認して食器を洗いにキッチンへ。

 

「王馬くんに訴えても徒労になりそうだしなあ……」

 

 へたに喧嘩になると黒幕に利用されたりしそうだし、ギスギスするのはモノクマたちへのポーズとしてもよろしくない。

 仲良しアピールしたほうがモノクマたちへ対抗してる感じあっていい。そういう合理的な考えもあってあまり波風立てたくないんだよね。

 

 言い争いして目立つと殺してでも奪い取れって煽られそうだし、のちのち殺人があったとき真っ先に疑われそうで嫌だ。

 

「さて…… 春川さん以外は揃ったようですし、そろそろ」

 

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

「やっぱり来たっすね」

 

 天海くんの言う通り、モノクマーズが唐突に現れる。

 まあ予想してたことではある。

 

 このあとモノクマーズが渡してきたのは金色のハンマーと、魔法の鍵と、伊賀の巻物という名前のアイテム。魔法…… 魔法ねぇ。

 思うところはあるけどスルーしよう。アイテムに関しては今回も赤松さんと最原くんが頑張ってくれるだろう。ぼくらはそれを待ちつつ再び探索だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            

          /   ↘︎

         ↗︎      ↘︎          

        ↗︎カルピス濃度1%↘︎    

       ↗︎          ↘︎

        ∠ ←←←←←←←←← ←↩︎

日常編

 

 

 

 

 



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霊と礼と麗と

 食堂から最原くんと赤松さんが仲良くどこが怪しいかを話しながら退席していくと、みんなもそれぞれ動き出したようだった。

 そうして、なにかを思い出したように百田くんが辺りを見回し、 「王馬の野郎どこ行きやがった」 と1人呟いている。

 校舎側の扉からは赤松さん達が出て行くところしか見てないし、もしかしたらみんながそにらに注目している間にでも裏口から抜け出したのかもしれない。

 不思議と荒れることなく話は済んだけど、我慢してただけだったのかも。百田くんがそんなに我慢できる人だとは思ってなかったな。それともなにか理由があるんだろうか…… 想像つかないな。

 モノクマーズの登場でうやむやになっただけかもしれないが。

 

「さて、ぼちぼち見て回るっす。お2人はどこだと思いますか?」

「今までのパターンだと…… 3階のトリックアートが気になるよね。地味に、毎回上に行けるし…… 4階もあるんじゃないかな」

「そうだね。あの魔法の鍵もゲームに出てくるようなデザインだったし、きっとあそこに使うんだよ。あとは…… 巻物…… ハンマー…… 巻物なら中庭の、あの、忍者の像みたいなやつに使うとか?」

「ハッタリくんだよね…… 懐かしいなあ」

 

 最原くんはどこから行くんだろうか…… まあいいや。

 確かに中庭のほうが早いだろうし、順当に下から上へ行けばいいんだろうけど、本当にあのハッタリくん像が正解だとは限らないわけだしね。

 先に解放が確実だろう4階を目指すべきかもしれない。

 

 みんなが散り散りになっていくのに合わせ、ぼくらも食堂を出る。

 自然と足は階段のある方へと向いて、3人で仲良く上がっていく。幸いすれ違う人がいないため横並びに並んで歩いた。

 

「にしても、一体何階まであるんすかね」

「外観から推測すると6階まであると思うんだよね…… まだあの機械が工事してるみたいだったし…… 音が聞こえないのが地味に驚きポイントだよね」

 

 毎回内装を作ったりしているのだろうか。

 そうなると事件が起こって学級裁判が終わるまでの数日間に1階ペースで作っていることになる。それはそれで仕事が早すぎる気もするな。

 というか、6階まである学校というのもすごい。大体は4階から5階くらいの間で別棟があるというイメージがある。ぼくの通っていたところは昼間部と夜間部で棟が違ったし。

 

「だまし絵のところは…… 確かぼくらが使った休憩スペースの近くだったっけ」

「そうそう、ゴン太くんの研究教室の近くから階段を登ったらすぐだよ」

「春川さんの研究教室がある場所っすね」

 

 辿り着いてみればだまし絵はもう跡形もなく、細かいドット柄の破片が落ちているくらいで奥に階段が続いているのが見えた。

 〝 継母に命令されたシンデレラ 〟ごっこをしながら細かい瓦礫を拾うモノファニーを横目に、ぼくらは手伝うなんてこともなく初めてとなる4階へと足を踏み入れた。

 

「うわ……」

 

 思わず声が出てしまう。

 それだけ4階の雰囲気がガラリと変わっていたからだ。

 今まではカラフルでポップな見た目だったり、草が生い茂っていてもコンクリートで作られた校舎の廃墟程度だったが、4階ではその雰囲気が旧校舎然としている…… と言えばいいだろうか。

 床は木造で、一歩足を踏み入れればぎいと悲鳴をあげるような軋みかたをした。驚いて階段に足を戻してしまったが、もう一度そっと足を踏み入れる。

 やっぱり軋みはあるけど、さすがに床が抜けるほど酷いわけじゃないようで、白銀さんに手を引かれて少し進んでいく。

 

「うーん、この旧校舎っぽさ。ホラーだね…… 出たりして」

「ははっ、まさかそんなことはないっすよ。お化け屋敷っぽいのは否定できないっすけど」

「なんか不気味な音楽が流れてないかな? 今までと違いすぎて怖いんだけど……」

 

 微かに音楽が響いている気がする。

 今まではこんな風にBGMみたいなのはなかっただけに旧校舎を模したお化け屋敷という印象が強まっていく。

 モノクマたち、遊んでるわけじゃないよな? いったいなんなんだよもう……

 

 とにかく、先へ先へと行く前にひとつひとつの部屋を調べていくことにする。

 古いのは見せかけだけなのだろうし、別に床が抜けたりするわけじゃない。床が抜けたりなんてしたらそれこそ下まで真っ逆さまで死体発見アナウンスが鳴ることになるぞ。そんなんで学級裁判開いていたら明らかな事故死に全員困惑と怒りを隠せなくなってしまう。

 その場合床板を設置したモノクマーズの誰かか、設計しただろうモノクマがクロで満場一致だ。

 

 …… いや、ないだろうけど。

 

 まずは行き止まりになっているだろう場所からだ。

 行き止まりになっている奥には絵画が飾ってあり、中央には一際大きなものが飾ってある。その手前には一定の間隔で3箇所扉があり、同じような部屋が3部屋続いているだろうことが容易に想像できた。

 手前の部屋の扉を開けて中に入ってみると、外よりもかなり薄暗い。

 部屋の4箇所に設置されたロウソクの火だけがこの部屋を照らしているようだった。

 

「暗いっすね」

「うーん、やっぱりお化け屋敷だよね。ここまであからさまだと逆に怖くなくなってくるというか……」

 

 このロウソクが全部溶けたあとはどうするんだろうか。誰かが取り替えるのか? それともそんなことをしなくても永遠に灯り続けるとか…… 電脳世界説でいくとそれもありえる話だ。

 ここがリアルがどうかはぼくにだって分からない。どっちの可能性も探るべきだろうし、今度検証でもしてみようかな。

 

「ここ、窓もないし換気とかどうするんだろうね…… このロウソクが消えたら完全に真っ暗になりそうだし、あんまり1人でいたい場所じゃないね」

「そうっすね。なんとなく床も不安定な気がしますし…… これは床材を置いてるだけで固定はしてないみたいっすね。古い集落にある家とかはこういうのもたまにあるっす」

「へえ」

 

 敷き詰められているせいか置いてるだけとはとても思えないけど、天海くんが言うんなら多分そうなんだろうな。建築法としてどうなんだろう…… モノクマたちの手抜きじゃないよね?

 嫌だよぼく、こんなところで落ちるの。

 

「うーん、なんとなく隅の方が空いてる気がする…… 地味に床下があったりして」

「覗いてみるっすか?」

「ううん、わたしはいいかな…… 気になっただけで、見たいわけじゃないよ。ほら、こういうシチュエーションって床下にいるおばけとこんにちはしそうじゃない?」

 

 うらめしや、と手を幽霊のようにして白銀さんが言う。

 確かにこう、夜中にベッドの下を覗くような妙な恐ろしさがあるような……

 

「って、天海くん!?」

「ああ、やっぱり床下あるみたいっすね」

 

 すたすたと危なげなく端っこまで行った天海くんは体を屈めて床下を覗き込んでいる。ちゃっかりと部屋の中にあった燭台を手に持って床下を照らしているみたいだ。大丈夫? 燃えない? 火事にならない?

 …… どうやら火の扱いには慣れてるみたいで、そんな事態にはなりそうもないようだ。さすが冒険家。映画みたいに枝に油を染み込ませた布を巻いて松明にしたりできるのだろうか。ぼくの冒険家のイメージはだいぶレトロだけど、なんとなく天海くんは最新機器とか器用に使っていそうな気もする。レトロな冒険家イメージも似合うし、むしろどちらもできそうだ。

 

「しかし、床下が案外広いっすね。この4階、わりと高い位置にありそうっす。思い出しライトもまたどこかにあるでしょうし、一応他の2つの部屋も見といたほうがよさそうっす」

「そっか、なら次に移動しよう」

「あ、そうだ…… 天海くん。埃とか、大丈夫だった?」

 

 白銀さんが言ったことにぼくも少し反応する。

 薄暗いせいか真新しいか、古めかしい見た目そのままなのか、それすらも分からない。床に屈んでみている天海くんなら床下の様子と一緒にその判断もできるだろう。

 …… 埃が大量にあるなら天海くんにものすごく申し訳ないことをしたので次の部屋はぼくも見ようと思いつつ、立ち上がる彼に注目する。

 

「いや、綺麗なもんっすよ。この4階が新築なのは間違いなさそうっすね」

「なら、古そうに見せかけてるだけなのかも…… やっぱりお化け屋敷コンセプトなのかなあ」

 

 新築かあ。なら、ますます怖がる要素はなさそうだね。

 古いところだともしかしたら前にもコロシアイで使いました〜ってことがありそうだけど、新しいならそれもないし。おばけも出ない。

 せいぜい暗いのが苦手な人は嫌がるかな、程度か。

 

 次の部屋も、そして最後の3つ目の部屋もぼくと白銀さんが順番に床下を覗き込んでみたけど、人1人屈めば余裕で入れそうな床下が広がっているだけで特になにもなかった。

 思い出しライトも見つからないため次へ行くことにする。

 

 そうして廊下に出て、奥の絵画をもう1度注視してみるとあることに気がついた。

 

「あれ、ここって……」

 

 暗くて分かりづらいけど、どうやら真ん中の大きな絵画だと思っていたものは枠だけで、ハマっているのはただのガラスだ。奥には絵画だと思っていた工場の床のような、機械的な廊下に繋がっている。

 そういえば最原くんが金色のハンマーみたいなのも受け取っていたし、あれはここに使うのかもしれない…… もしかして、気づかないで行ってしまったのだろうか。あとで見かけたら声をかけておかないと。

 

「ここもある意味だまし絵っすね」

 

 ガラスに指を這わせながらあちら側を覗き込む天海くんが言う。

 彼も必要な道具は最原くんたちが持っていると分かっているせいか、無理矢理突破しようなどとは思っていないみたいだ。

 こんなところでガラスを生身で割ったりしたら危なすぎる。

 

 今はこの場所を後回しにして他の場所を探そうと踵を返す。

 次はここだと、今度は障子戸でできた部屋に入ろうとするが、板かなにかでバッテンに打ち付けられていて開けることができなかった。

 すぐさまどこからかモノクマが現れて説明をして去っていく。

 

「そこは超高校級の民俗学者の研究教室だよ! でも本人がいないのにわざわざ開ける意味なんてないでしょ? はあー、せっかく気合い入れて作ったのにさー。もったいないおばけが嘆き悲しんで自殺しちゃうね!」

 

 作ったのはモノクマじゃなくてエグイサルで工事してるモノクマーズだろうに…… というかおばけなのに自殺するとはこれいかに。

 ともかく、ここには入れないということだろう。星くんや東条さんの研究教室と同じだ。

 

 真宮寺くんの研究教室か…… どんな場所だったんだろうな。

 彼は姉への異常なほどの執着に目を瞑れば、民俗学者としての話が学者らしからぬ分かりやすさで面白かったから少し残念に思う。

 あんなことさえなければ、もっと話を聞いてみたかったなあ…… 冒険家で各地を行ってる天海くんとも、もしかしたら気が合ったかもしれないし。

 

「仕方ないっすね。もっと奥があるようですし、そっちに行きましょうか」

「…… うん」

 

 モノクマがああ言うからには、研究教室には本当に手がかりがないんだろう。あくまでぼくら生徒のために用意された部屋であり、学園の謎や脱出の鍵となることはないのか。

 学園の謎について調べることが許されているはずだが、それでも入れてもらえないとなるとやっぱりその辺のことと研究教室とは関係ないということだろうな。

 ぼくの部屋もあるのは趣味…… というか才能関連の物しかないし、植物園は元々学園の一部であってぼくの研究教室ではない。

 植物園に謎が隠されていることはあるかもしれないが、ぼくの部屋にはない。言外の態度でそう示されている。

 

 諦めて奥へ向かうと今度は真っ赤な壁に囲まれた廊下が続いていた。心なしか不気味なBGMの音量が増しているような気もするし、ますますお化け屋敷っぽい様相だ。

 大部分は赤だけど、黄色や、黒、ときおり元々の色なのか白が混じっている部分がある。

 まるでペンキの中身をあっちこっちにぶちまけたような感じだ。ストリートアートでもしようとして失敗したようでもある。

 照明が薄暗く赤色がぼうっ、と浮かび上がるように反射するのでより一層物騒な雰囲気が漂っている。

 途中に真っ赤な鳥居と、奥に三枚の白紙の掛け軸というなんとも雰囲気にあった場所もあったけど、特になにも起きる様子がなかったので、5階への道はあそこか、ガラスを割った奥の部屋か、どちらかなんだろうと当たりをつける。

 

 それから奥にあったのは黄色い鉄扉だ。

 少し赤く錆びているように見えるけど、多分それは見せかけでここも新しいんだろう。

 扉を開けようとしてみるけど、鍵がかかっているのかガチッと音がしてそれは叶わなかった。

 今までの研究教室は全て鍵などなく、それ以外の場所も鍵のかかる場所は寄宿舎くらいだったから驚いて思わず手を離す

 なぜここにだけ鍵がかかっているんだろう? 夢野さんの研究教室は既に解放済みだし…… 生きている誰かの部屋であるはずなのだけど。

 

 そう思っていると、中から声がかけられた。

 

「なにか用かー?」

 

 アンジーさんの声だった。

 ということは、ここはアンジーさんの研究教室か?

 

「あの、えっと、香月だけど…… 入ってもいいかな?」

「おっと、許可は取らないとダメっすね。天海蘭太郎っす」

「白銀だよ。初めての場所だから中を少しだけ見せてもらいたいんだけど、いいかな?」

 

 よく考えれば今まで許可を取らないと入れない場所なんてなかったな。

 赤松さんや夢野さんに少し申し訳ないことをしたかもしれない。人の専用の研究教室なのだから、普通許可を得てから入るべきだったよ。

 

「泪に蘭太郎につむぎなのかー。入っていいよー」

 

 内側から鍵を外す音が響いて、扉が開く。

 顔を覗かせたアンジーさんの奥には茶柱さんがどこを見るでもなく、座ってぼうっとしている。

 ここにいたのか、と思うと同時に彼女の溌剌さがすっかりなりを潜めていることに痛ましさを感じる。

 裁判のときは自らを奮い立たせて戦うことに協力してくれていたけど、大切な人を理不尽な理由で失い真宮寺くんが残酷なおしおきを受けた後でも、むしろ元凶がいなくなったことで感情の行き場を見失い、どうしたらいいのか分からなくなってしまったんだろう。

 いつも明るかった彼女がこうしてダメージを受け、心をどこかに置き去ってしまったように、抜け殻のようになっている姿はとても見ていられない…… それだけ夢野さんを本気で慕っていたということだ。

 

 横目に右隣にいる白銀さんを見上げる。

 次に左隣の天海くんを。

 この2人がいなくなることなんて、ぼくにはとても考えられない。

 そうなったとしたら、ぼくはどれほどのダメージを受けるのか…… 計り知れない。

 出会って1週間も立っていないはずなのに、こんなにも大切で心の支えになっている人たちをぼくは知らない。親友以来の、大切な人。

 そもそもぼくがこの場所に来るはめになった原因だとしても、親友を失ったとしたら…… ? そうしたら、きっとぼくは耐えられない。

 ぼくも耐えられない。壊れてしまうに違いない。乗り越えていくことなんて、到底できやしない。

 

「俺は、入らないほうがいいっすかね?」

「うーん、神さまは扉のとこで見張ってればいいって言ってるよー。あんまり転子を刺激しちゃうとメッてされちゃうかとねー」

 

 ただでさえ男性嫌いだった茶柱さんだ。

 今刺激したら彼女の精神的にもよろしくはない。

 アンジーさんの研究教室らしい場所はぼくと白銀さんで調べたほうがいいだろう。そう思って2人で足を踏み入れる。

 先に部屋の中に入ってから扉を軽く見ると、どうやらシリンダー錠が設置されていることが分かった。

 

 ペンキや石膏、それに奥にうず高く積まれたあれはなんだろう?

 疑問に思って聴 訊くと 「ロウだよー。ロウ人形が作れるねー」 と軽い返事が返ってくる。

 

 その中にどこかで見たような石櫃が置いてあって、一瞬硬直する。

 

「…… アンジーさん、それは?」

「これー? 元々ここにあったよー。今は使い道もないし、神さまも道具をしまうのに使えばいいって言ってるねー」

「そ、そっか……」

 

 天海くんも白銀さんも気づいたらしい。それが植物園の奥にあるものとそっくりであることを。

 白銀さんもぼくがいないときに見つけてるだろうし…… ぼくがあれに対して密かな恐怖を感じていることもなんとなく察したのだろうか。白銀さんに手を繋がれて申し訳なくなる。

 だけどおかげで安心できた。

 

「えっと、どうしてここだけ鍵がかかるようになってるのかって分かる?」

「主は言いました。ここがアンジーの部屋だからと……」

 

 えっと、つまり?

 ぼくが疑問に思ったのが分かったのか、どこからともなく2匹分の 「おはっくまー!」 が響いてきた。

 

「それにはオイラたちが答えるよ!」

「あのね、夜長アンジーさんは1人で集中しないと、創作活動ができない子なの!」

 

 モノタロウ、モノファニーからの回答にアンジーさんを見やると、うんうんと頷きながら「 よく知ってるねー」 と肯定する。

 

「偉大なる神さまと一体化するには、人や雑音をシャットアウトしないといけないからー。にゃははー、神さまは恥ずかしがり屋さんだから人前だとアンジーとひとつになってくれないんだー」

「へーまるでAV男優だね!」

「どこが!? 真逆よ!?」

「…… 男死」

「え? え、え!? お、オイラのプリティボディを触ってもなにも出てこないよ!?」

「きえええええええ!」

「も、モノタロウー!」

 

 モノタロウとモノファニーがいつものように軽いやり取りをしていると、突然立ち上がった茶柱さんがモノタロウをひっ掴み、雄叫びをあげながら扉の外に向かって全力投球した。あれは危害を加える判定になるのか…… ?

 

「え、エグイサ」

「茶柱さんは今、心神喪失の状態っす。この状態の人に不用意なことを言うほうが悪いっすよ。普通の状態ならここまでのことはしません。処分はやりすぎになるっすよ」

 

 強い声で制する天海くんに、叫びかけたモノファニーがちょっと悩んでから 「今回だけよ! 優しいアタイに感謝してよね!」 と言う。

 

 よかった。今ので茶柱さんが殺されちゃうかと思った……

 

「ねー、ねー、それよりアンジーの部屋には必ず鍵が必要なんだけど、モノクマーズは物知りだよねー? どうして知ってるのかなー?」

「え!?」

 

 不意打ちだったからか、モノタロウが廊下で声をあげる。モノファニーもこれには言い澱み、 「そ、それはぁ……」 と詰まったように口を噤んだ。

 

「それにここにある画材とか彫刻用具って、ぜーんぶアンジーのお気に入りのヤツだけどそれもよく知ってたねー?」

「ええとなんて返せばいいんだろう。オイラアドリブには弱いんだ」

「お、落ち着いて。アタイのほうが弱いわ」

 

 説明義務を押し付け合う2匹に変わってその場に緑色の影が現れる。

 モノダムだ。前と比べると随分おしゃべりになったみたいで、アンジーさんの前に立つとまっすぐ目を見ながら答える。

 

「オラ達ハキサマラノ事ヲナンデモ知ッテルンダ。キサマラト仲良クシタイカラネ」

「仲良くー?」

「ウン、ダカラコレモ渡シテオクヨ」

 

 殺し合わせてるやつがなにを言うんだか……

 モノダムはアンジーさんに恐らくここのシリンダー錠の鍵と思われるものを2つ渡してすぐさま帰っていく。

 アンジーさんはそれを見送ってから、 「んー、これは転子が持っててねー」 と片方の鍵を茶柱さんに手渡した。

 多分、いつでもここに避難してきていいってことだろう。今の茶柱さんを放っておくといつの間にか殺されていそうでなんだか怖いからね。アンジーさんもそう思ったからこそ、鍵付きの部屋へ入ることを許可したんだろうな。

 

「その代わりアンジーが制作してるときは静かに見学してるだけにするよー? 気配を消していないふりしてれば集中できなくもないって、おせんべい食べながら神さまも言ってるからー。ね、転子。それでいい?」

「……」

 

 静かに頷く。

 本当に以前とは悪い意味で大違いだ。痛ましい…… 今は信頼してるんだろうアンジーさんと一緒にそっとしておいたほうがいいのかもしれない。

 

 ぼくらはこのアンジーさんの研究教室にもう1つあった、スライド錠になっている裏口を確認してから部屋を出た。

 

 

 あの2人は大丈夫だろうか…… そんなことで頭がいっぱいになる。

 でも考えていても仕方ないし、あれは時間が解決するしかないだろう。

 

 そうしてぼくらは、最原くんを探しつつ今度は中庭に行ってみようと超高校級の美術部の研究教室から離れていった。

 



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秘密と、亀裂と

 アンジーさんの研究教室から引き返してくると、ちょうど最原くんたちが階段を上がってくるところだった。

 

「赤松さん、最原くん、もしかしてもう開放終わったの?」

「うーん、中庭で茶柱さんの研究教室も見つけたんだけど、このハンマーの使いどころが分からなくて。もう一回探し歩いてるところだよ」

 

 返事をしてくれた赤松さんに、やっぱりあのハンマーの使い道をまだ見つけられてないんだと思い 「それなら」 と小部屋の並ぶほうへ誘導する。

 

「俺らに心当たりがあるっすよ」

「そうそう、ここだと思って」

 

 2人の背中を押すように天海くんと白銀さんもこちらへやってくる。

 

「ほら、ここ。絵じゃなくてガラスになってるんだよ。ここを割れば向こう側に行けるよね」

「うん、キーアイテムかっこ物理かっこ閉じだよ」

「ええっ! そ、そういう感じなの……」

 

 赤松さんが引いた顔でガラスを見つめるけど、最原くんは 「そっか」 とあっさりと納得したようで、ぼくらと赤松さんに振り返って言う。

 

「赤松さんたちは離れてて」

「そんなあっさり!?」

 

 いつもはわりと弱気な最原くんだけど、こういうときはなぜか決断が早いね。

 ぼくらが頷いて一歩下がれば最原くんは前に出てハンマーを振りかぶる。

 直接割ると怪我をするかもしれないから、妥当だよね。

 破片は…… 多分モノクマーズが掃除するだろう。

 

「よし、割れた!」

「本当だ…… 向こう側に道がある……」

 

 なんとなく工場のような雰囲気のある場所だ。床が完全に金属板になってるし、歩くたびにコツコツ音がする。

 奥に進んでいくとさらに扉があって、部屋になっていた。

 

「……」

「わっ、モノダム」

 

 そしてぼくらで部屋に入ると、先にモノダムが待っていた。

 今の今まで密室だったはずなのにいったいどこから来たんだろう…… やっぱり運営側であるモノクマーズの通る抜け道が存在するのかな。

 そうだとすると本来の意味での密室なんて、実は存在しないのかもしれない。

 

「ココニ辿リ着イタッテコトハ、ミンナデ協力シテ謎ヲ解イタンダネ」

「えっと、まあ、そうだね」

 

 ぼくらが気づいて、最原くんに教えたのは変わらない。

 多分、そのうち自力で気づいていたとは思うけれど。

 最原くんが困惑しながら答えれば、モノダムは背景に花でも見えるくらい満足そうに喜んでから、唐突に黙った。

 なにかと思ったら後からモノキッドたちが次々と現れる。いじめられっ子だからか彼らがいると喋らなくなるらしい。

 …… もしかしてぼくがいるから話してくれるのか? こちらとしては迷惑だけど親近感を抱かれているらしいし、そのほうが情報を引き出しやすいのかもしれない。

 

「ヘルイェー! よく辿り着いたな!」

「ここは見ての通りコンピュータールームよ」

「これだけで予算の8割が吹っ飛ぶほどのえらい機械やでー」

「そう…… 新世界の神になれるほどにね! …… え、新世界の神になれるほどの予算が必要なの!?」

「違うわモノタロウ! そういうことができるほどのすごい機械ってことよ! もう、ちゃんと説明読んだの?」

 

 やりとりするモノクマーズの動向を見守りながら、言及された機械らしきものを見る。

 見上げるほどの大きな四角の機械だ。

 ぼく2人分くらいの縦幅があるから、少なくとも3m以上の高さがあるぞ。それの正四角形だから、相当大きい。これだけ大きなスーパーコンピューターなら確かになんでもできるだろうな。この学園についてのハッキングとか、コンピューターに詳しい人ならできたりするんだろうか…… いや、モノクマのことだから意味深なことだけ分かって肝心の脱出方法とか謎とかは不明のままだろうな。

 こちらには入間さんという機械の専門家がいるのに、なぜか突破口を探し出せる未来が見えない。

 モノクマにしてやられるところしか見えないわけで…… どうせ調べてもなにも出ないんだろうなあとしか思えない。

 

 けど、さすがにそれを言うわけにもいかない。

 はなから諦めるつもりなんて、みんなにはないだろうから。

 

「入間さんを呼んでみる? 専門家だよね」

「そっすね、入間さんならなにか分かるかもしれないっす」

「うん、でも、どこにいるんだろうね…… 研究教室にいるかな」

 

 ぼくら3人で話し合っていると、そこに少し焦ったような最原くんが 「ちょっと待って」 と割り込んできた。赤松さんはキョトンとしているようで、これが予想外の行動だったと分かる。

 

「どうしたの?」

「い、入間さんは今キーボくんのメンテナンス中みたいだから、後にしたほうがいいよ。それより、ほらあそこ……」

「え、そんなこと私聞いてないよ? もしかして私が茶柱さんの研究教室で色々調べてる間に見かけたの?」

「う、うん。そうなんだ……」

 

 なるほど、少しの間別行動してたのかな。

 その間に最原くんは入間さんがキーボくんのメンテナンスしようとしてるところを見たと。なら、そっとしておいたほうがいいか。

 そう結論づけて最原くんが指差した方向に目を向ける。

 そこには、いかにもといった感じの宝箱が置かれていた。

 

「確か、前の思い出しライトもあんな箱に入ってたんだよ」

 

 最原くんが言うのなら、そうなのだろう。

 いつも見つけてくるのは大体彼だからな。

 赤松さんたちが近づいていくので、ほんくらはそれをその場で見守って話し込む。

 

「…… やっぱり思い出しライトで思い出すほうがいいのかな」

「現状、手がかりはそれしかないっすからね。でも、ライトを浴びるかどうかはそれぞれの方針に任せたほうがいいと思います」

「うーん、疑えって言われても難しいかも…… 映画で記憶改ざん装置なんてあったけど、そんな技術あるか分からないし…… でもそう言うってことはやっぱり、香月さんはあれのこと疑ってるの?」

 

 白銀さんの率直な感想に少し詰まったけど、肯定する。

 

「そもそも、モノクマたちから提供される証拠なんて信じられるわけないって……」

「それが自分の記憶でもっすか?」

「うん、白銀さんも言ってるけど…… 映画でそういうの見たことあるし、入間さんみたいなすごい技術の人もいるなら、記憶改ざん装置だって発明されてるかもって」

「…… そうっすね。一度あのライトを入間さんに調べてもらうっすか?」

「でもそんなことしていいのかな…… モノクマたちに妨害されそうだけど……」

「思い出しライトあったよ! あれ、話し合い中だった?」

 

 ぼくら3人の会議は膠着し、前には進まない。

 いろいろ可能性があるせいで安易にこれといって決められないからだ。

 そんなぼくらのもとに赤松さんがライトを手にして戻ってくると、不思議そうな顔でこちらを見る。

 

「いや、大丈夫だよ。思い出しライトを受ける人と受けない人め分けてみるのはどうかなーとか、そんなこと考えてただけだから」

 

 とっさに出たのは自分が今までずっと考えてたことだ。

 春川さんは超高校級狩りの記憶を手に入れてないし、今回も来るかどうかが分からない。せめてライトを浴びていない人を作って記憶の齟齬が出ないかとか試してみたいけど…… これもある意味人体実験のようなものだから気がひける。

 思い出される光景にも一応興味はあるからね。なにがあるか見ておかないと、誰かがその記憶に影響されたとしても理解できなくなるし……

 やっぱり見ておいたほうが得であることは間違いない。知らないということも情報ではあれど、得られる情報は多いほうがいいだろう。

 

「忘れてることを思い出せるなら、思い出しライトは受けるべきだと思うけど」

「…… うん、情報は欲しいからね。さっき言ったのはあくまで仮定の話だからやらないよ」

 

 最原くんが困ったように言うので、やらないよと否定しておく。

 春川さんが前回の超高校級狩りについて思い出してないから、なにか気づいたことがないかを訊くなら1人で十分だ。訊けるかどうかは別として。

「は?それがなに」の一言で切って捨てられる未来が見えてる気がする……

 

「それじゃあ、俺は少しひとっ走りみんなを呼んでくることにするっす。食堂に集合でいいんすよね?」

「わたしはさっきのところでアンジーさんたちを呼んでこようかな」

「うん! 私たちもなるべく声をかけるけど、そうしてくれると助かるよ」

 

 赤松さんはそう言って踵を返す。

 

「最原くん、先に食堂に行ってて! 私はまた春川さんを説得してみるからさ」

「う、うん。来てくれる気がしないけど……」

「それでもだよ! 説得し続けることに意味があるんだから」

 

 元気いっぱいにガッツポーズをして赤松さんが去っていった。

 次いで天海くんも小走りで 「じゃ、後で会うっす」 と言いながらその場から去っていく。

 

「香月さんはどうする?」

 

 白銀さんに尋ねられたので、少しだけ悩み一言。

 

「なら、ぼくは先に食堂に行っておくよ。白銀さんもアンジーさんたちに声をかけたらすぐ来るでしょ?」

「うん、そのつもりだよ」

 

 一緒に声をかけに行ってもいいけど、今回は先に目的地に行っておくことにする。

 なにも知らずに食堂に来て、またいなくなっちゃう人もいるかもしれないし、そういう人がいた場合、話を伝えようとするのに二度手間になっちゃうからね。天海くんが話を伝えに行ってくれてるとはいえ、手間はかからないほうがいい。すれ違いになっちゃったら面倒だし。

 

 だからそれぞれと別れてぼくは食堂へ。

 しばらく1人でハーブティーを用意しながら誰もいない食堂で一休みだ。

 

 そのうちぽつぽつと人が集まり始め、王馬くんや春川さん、そして春川さんを説得していただろう赤松さんと百田くん以外は集合してきている。

 

「思い出しライトが見つかったんですね」

「おい、それより天野に聴いたぞ! スーパーコンピューターがあるんだろ?は、早く、早くイカせろよぉ…… 疼いて、仕方ねぇんだよぉ……」

「天海っすよ入間さん」

 

 なんでそこで名前間違えるのかなぁ……

 

「あれ、キーボくん地味につやつやになってるかも……」

「そうでしょうそうでしょう! 入間さんにメンテナンスをしてもらったんです! ボク1人ではなんとかできない部分もしっかりとしてもらいました!」

「へ、へえ…… 入間さんもキーボくんには結構優しいんだね……」

「機械はオレ様の専門分野だからな! 気になって気になって…… ああん! 夜しか眠れなーい!」

「しっかり寝てるじゃん……」

 

 呆れたように赤松さんがジト目になる。珍しい。

 まあ、入間さんも最原くんにカメラの改造を頼まれたときはほぼ徹夜だったみたいだし、いいこと…… なのかなぁ。

 

「またライトが見つかったんだよね! 今度はどんな記憶を思い出すんだろう」

「…… まだ人が集まっていないようですが、どうするんですか?」

 

 ゴン太くんは純粋に記憶を思い出すのを楽しみにしてるみたいだ。

 茶柱さんはやはり、テンションが低めだ。心なしか声もトーンが低い。よく言えば落ち着いていて、悪く言うと機嫌が悪そうに聞こえる声量だ。

 夢野さんがいたときはずっと彼女に絡んでキャイキャイしてたから、ものすごく違和感がある。

 

「楽しみにしてもいいけどー、でもでも、思い出しライトを見ても外に出たいとか思っちゃダメだよー? それだと今までの繰り返しになっちゃうからねー」

「んぐ、それを言われると弱いですね…… 今までのパターンからすると思い出しライトの後に動機発表もあると思いますし、良いのか悪いのか」

 

 アンジーさんの言葉にキーボくんが詰まるように言うけど、どちらにせよいずれ動機は発表されるんだと思う。

 それに思い出しライトを見たかどうかは多分関係ない。

 じゃないと、全員でライトを浴びていないのに前回動機が発表されたのがおかしいことになる。

 浴びても浴びなくても動機が来るなら、記憶の内容を知っておいて対策するほうがいい。1人だけ知らずにいると動機の意味が分からなくなったり、殺人を起こそうな人が特定できなくなりそうだ。あと、推理する際に不利だと思う。

 

「ちょっと、引っ張んないで」

「も、百田くん…… それはさすがにやりすぎだって! せっかく来てくれる気になったのに!」

「猫みてーに威嚇ばっかしてるからだっつーの。捕まえとかねーとまた逃げるんじゃねーのか?」

「ころっ、はっ倒されたいの?」

「赤松ちゃんも人のこと言えないと思うけどねー」

 

 

 と、そこに春川さんの腕を引きながら百田くんが現れ、その後ろから赤松さんが慌てて追ってきた。

 ご丁寧に赤松さんまで王馬くんの制服の袖についた飾りベルトっぽいとのを掴んで引っ張ってきている。どこかで捕まえてきたのだろう。

 春川さんが警戒している1番の原因は王馬くんのはずなので、彼が目に見える場所にいるなら研究教室を離れられるということだろう。

 

「いいか王馬! テメー覚悟しとけよ。ぜってー動機ビデオを返させてやる!」

「うわわ、暴力反対! オレ暴力だけは無理なんだよ!」

「暴力はしないけど、返してくれるまで部屋までついてっちゃうよ!」

「女性が自分の部屋に来てくれるなんてやぶさかでもないけど…… 百田ちゃんが一緒じゃあなー」

「ガサ入れに行くんだから当たりめーだろ!」

 

 王馬くんのからかい混じりな問答に、まともな答えを寄越す意味なんてないと思うけどなあ。

 漫才をしている百田くんと王馬くんから目を逸らし、最原くんに視線を動かす。

 

「全員揃ったよ」

「うん、なら思い出しライトを使ってみようか。みんな、いいよね」

「心を強く持とうねー。外に出たいなんて思ったらダメだよー?」

「え、え? アンジーさんなに言ってるの? 外に出て友達になるんでしょ?」

 

 おっと、その前にちょっと一悶着ありそう。

 

「楓ー、外に出たいって思うから事件が起こるんだよー? それに友達ならこの学園の中でもなれるよね? 外に出る意味って、あるのかなー?」

「そ、それは…… そうだけど。でもこんなこと終わらせるためにも、首謀者を見つけて外に出て通報したり……」

「これだけ長い時間アンジーたちがここにいても誰も助けに来ない。その意味くらい分かるでしょ? それより学園の中で平和に楽しく過ごせるようにしたほうがずっとずーっと安全だって神さまも言ってるんだよ?」

「ちょっと、言い争ってるなら私帰るよ」

「あ、ま、待って春川さん!」

 

 外に出てみんなで友達になろうって言っている赤松さんと、犠牲が出ないようにいっそずっと中にいればいいって考えのアンジーさん。

 相容れないけど、今は討論している場合じゃない。

 まずは思い出しライトだ。

 

「えっと、もういい、かな?」

 

 最原くんが言い争い始めてしまった赤松さんを見ながら首を傾げる。

 思い出しライトを使うタイミングを失ってしまったみたいだった。

 

「うん、ごめんね。熱くなりすぎちゃった。外に出る、出ないの話は後にしておくよ」

「うん、それじゃあいくよ」

 

 最原くんがカチリ、と思い出しライトのスイッチを入れる。

 その瞬間、世界が歪んでいった。

 

「あ、れ……」

 

 前は、記録映像が見えるだけでこんな風に感じなかったはずだけど、な。

 ライトの光に目を奪われた瞬間、頭の中になにかが無理矢理入り込んでくるような、そんな息苦しさを覚えた。

 焼き付けられる。思い出すというより、それは刷り込みのようで、圧倒的な情報量に押し流されていく……

 なぜ、なんで…… ぼくは影響を受けないんじゃなかったのか…… ?

 それとも、本当にこれは、思い出している記憶なのか?

 混乱する。

 そして、その情景がフラッシュバックする。

 

「可哀想に」

「まだ若かったのに」

「事故…… だったんですってね」

「あの連中に追われているときにみんな……」

「やりきれないわね」

「ああ、俺達の希望が失われてしまった」

「あの子達がいなければ、これからどうしろっていうんだ!」

「やめてみっともない」

「終わりだ…… なにもかも」

 

 幾人もの会話。

 白黒の幕に、裁判でも2度見た写真…… 遺影が2列×9つ。つまり〝 18 〟個並んでいる。その中には勿論自分の分もあり、そして。

 

「ゆき、幸那(ゆきな)…… ? なんで、幸那の遺影まであるの…… ?」

 

 そこには、オーディションに落ちたはずの親友の遺影まであった。

 

「ご、ゴン太たち死んじゃってるの!?」

 

 そして、一気に視界が開けると現実に引き戻される。

 

「待ってください、遺影は18ありました。この学園に来たのは17人ですよね。どういうことですか?」

「女性…… だったよね。もしかしたら、彼女もこの学園にいるのかもしれないな」

「あの女性がどこかに監禁されてるかもしれないんですか!? た、助けないと…… 転子はもう誰も失いたくありません!」

「んなこと言ってるけどよ、そいつが首謀者なのかもしれねーだろ?」

「違う!」

 

 百田くんの言葉に、反射的にぼくは大声をあげていた。

 

「お、おう香月。どうした?」

「あれは、ぼくの親友だ。あの子が首謀者だなんてありえない…… ぼくを助けてくれたあの子がそんなことするはずない! きっと、きっと巻き込まれただけだ…… 今も、どこかにいるのなら…… 助け、ないと……」

「でもさー、正直どこかに監禁されてるとかなら絶望的じゃない? え、その子ちゃんと実在するよね?」

「するよ…… からかわないで」

 

 弱ったぼくに畳み掛けるように王馬くんからの言葉がかけられる。

 

「で、でもあんなのなにかの間違いだよ…… だってわたしたち、ここにいるわけだし」

「はっはっは! そうだ、オカルトじゃああるめーし! ありゃ学園祭かなにかの記憶だろ! ちっと趣味は悪ぃけどな! じゃないとオレらがここにいる説明がつかねーだろ!」

「バラバラの高校なのにどうして一緒の文化祭をやってるの?」

「ぶ、部活かなにかで共同作業したとか、ヘルプで入ってたとか?」

「そうだと…… いいんすけど」

「おい天海! オカルトでも信じてんのか? んなわけねーだろ!」

「いや、そういうことじゃないんすけど……」

 

 天海くんはなにやら考えがあるみたいだけど、それをここで言う気は無いみたいだ。彼はどうやら考えがまとまってからじゃないと話さない癖があるらしい。最原くんもそうだけど、頭のいい人は無用な混乱を避けるもんなんだね。

 

 でも、文化祭…… そんなわけない。

 だってぼくらは本当に初対面だ。高校だって違う、ここで会ったのが最初だ。

 けど…… どうして幸那の遺影が? 心配事がまた増えた。まさか幸那まで巻き込まれてるんじゃ…… そうだとしたら、ぼくは一体どうすればいいんだろう。

 彼女はオーディションに落ちたと言っていたから安心してたのに、どうして……

 

「そっかよかった。みんな死んじゃってるのかと思っちゃったよ」

「当たり前じゃねーか! オレもほら、こんなにピンピンしてるぜ!」

「で、オレ様を見るたびにビンビンか!?」

 

 …… 人が悩んでるときに呑気な。

 

「入間さんは黙っててくれない?」

 

 無になってそう言えば、ふぎゅっと潰れたカエルのようなことを言いながら彼女は口をつぐむ。

 

 

「あー、普段怒らない人が怒ると怖いって本当だね」

「特に香月さんは下ネタダメですよね。当たり前ですけど。あんまり男死みたいなことしないでくださいよ」

「はうううう……」

「あっはは、清純なフリするのも大変なんだろうねー」

 

 そこで、王馬くんが言った言葉に勢いよく振り返る。

 

「は?」

「にしし、怖い怖い」

 

 もしかして、見られた? 見られたのか? 動機ビデオを?

 けど、それ以上は特に詳しく語らないあたり、まだいい。

 いや、そんな常識を発揮するくらいなら動機ビデオを返せと詰め寄りたいが、そんなことをしたら余計に吹聴されそうだ。

 

「そうだ王馬! いい加減動機ビデオを返せっつーの! 吊るし上げるぞ!」

「おー、こわ。でもそれよりさー。オレなんかを気にしてるよりもっと目を向けたほうがいい人もいるんじゃないかなー? ほら、ちょうどそこにいる超高校級の…… 〝 暗殺者 〟さん、とか?」

 

 頭の中が真っ白になる。

 は? 今なんて言った?

 

 誰に、なんて…… 言った?

 

「…… っ」

「あ、おい春川!?」

「は、春川さん待って!」

 

 全員の視線が王馬くんを視線の先を追い、春川さんへと行きつく。

 彼女は一瞬大きく目を見開くと、なにか詰まったように口をつぐみ、赤松さんと繋いだ手を突然春川さんが振りほどいて食堂から出て行った。

 少しだけ見えた表情は、ひどく歪んでいるように見えた。泣きたくても泣けない、ひどく苦しそうな表情だったように思う。

 

 その後を赤松さんが追いかけて走っていく。さっきの話を聞いても物怖じせずに追いかけるその気概は尊敬できると思うよ。ぼくなら、親しい人でもきっと無理だ。

 恐れていた事態が起きてしまった。

 知られたくない秘密を抱えているのは、当たり前だけどぼくだけじゃなかったんだ。

 

「おい王馬テメーどういうことだ!?」

「動機ビデオだよ。研究教室をどうしても見せたくないみたいだったから気になってたんだよねー。まさか春川ちゃんが人殺しだったなんてさ! しかも超高校級! 危険因子だよね? こんなことを隠してるなんてきっとオレらの誰かを殺すつもりだったんだよ!」

「春川はそんなことをするやつじゃねー! オレがそれは保証する! 赤松もだ!」

「でも、放っておくのは怖いでしょ?」

「うるせー!」

 

 怯えている人と、そんな馬鹿なと思っている人半々くらい…… かな。

 春川さんの鋭い視線は保育士っぽくはないと思っていたけど、まさかそういう才能を持っていたとは思わなかった。

 そういえば、毎シリーズに必ずいる物騒な才能って今のところいなかったもんね…… ある意味納得した。

 

 でも、もうこの流れは嫌だなあ。

 いろんなことがありすぎて、もう嫌だ。

 

 春川さんのことは多分、赤松さんや百田くんに任せてれば大丈夫だろう。

 天海くんたちは…… 中立っぽい感じかな。白銀さんが少し 「それはちょっと」 って目をしているけど、才能を隠している間に殺人を起こさなかった春川さんのことを考えればすぐに中立に変わるはずだ。

 ぼくも考えは中立。

 むしろ、春川さんが今まで殺人をしなかったことや、シリーズ毎に出てくる犯罪者系の才能持ちが今までクロになることが少なかったことを考えても心配はいらないと思う。

 

 このいい争いはいつまで続くんだろうか…… 疲れた。

 そんな喧騒を静かに見守りながら、アンジーさんが少しムッとしたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 





 新年、あけましておめでとうございます。
 今年も更新を途絶えさせることなく書いていく所存ですので、本小説をよろしくお願いいたします。


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がっこうぐらし?

 

 多分、様子を見に行けば赤松さんと百田くんが春川さんを宥めているんだろう。もしかしたら、事情が分かってようやく本格的に踏み込んでいくことができるのかもしれない。

 けれど、本当に春川さんはそれを望んでいるのかな。

 ぼくなら…… 絶対に嫌だ。今までと同じ態度でなんていられるわけがない。

 表面上取り繕ってみても、どこかで破綻する。ましてや、あのクールな春川さんだ。和解よりも、頑なになって孤立するほうが想像ついてしまう。そうなったら、一人だけならかえって安心かと思いきや、密室で突然殺されたりするんだ。推理小説でそんな展開は腐るほど見た。

 現実でもそうなるとは限らないけど、可能性は高いだろう。だって、ダンガンロンパだから。

 誰が死んでもおかしくない。誰が殺してもおかしくない。

 

 だって、ダンガンロンパだから。

 

 全てはそれに帰結する。

 ぼくにはそれがひどく恐ろしく思えていた。

 

「みんなバラバラだよ…… これってまずいよね。いつのまにか誰が殺されちゃうパターンっていうか」

 

 悲観したように白銀さんが言った。やっぱりそれ、思うよね。

 三人で並んで歩きながら、ぼくらは先程食堂であったことについて話す。

 

「いつものことっすけど、なるべく三人で固まってたほうがいいっすね。それぞれ仲のいい人と一緒にいるのが一番すよ。そういう意味では、赤松さんたちが説得に向かってる春川さんは安全とも言えるっすね」

「そうだと…… いいんだけど。王馬くんはいったいなにがしたいんだろうね。引っ掻き回したいのかな」

「不明な部分をなくしたいんじゃないすかね。案外臆病なだけかもしれないっすよ。みんなが知ってれば春川さんを自然に監視してくれますし…… あとは、大きなものに視線を誘導して裏でなにか別の計画を進めていたり…… とか。どうなんすかね」

 

 手品で使うミスディレクション、というやつだろうか。

 夢野さんはもういないのに…… そんな喩えが思い浮かんでちょっとだけ憂鬱になる。

 

「平和が一番だよ……」

 

 白銀さんの意見に賛成だ…… と呟きつつ向かっていた場所に着いた。

 先に思い出しライトを見つけたために見ることができなかった茶柱さんの研究教室だ。

 学園の外に出て、植物園のある場所に向かって左側。右側は入間さんの研究教室があるので、その左右対称になるような形で大きな道場ができていた。いったいこの道場はどこからやってきたというのだろうか…… こんな大きな建物、隠れるような茂みもなにもなかったはずなんだけどなあ。

 

 左側に置いてあった某忍者の銅像に巻物が加えられている。

 巻物がスイッチになっているのはまだ分かるんだけど、やっぱりどういう構造なのかさっぱりだ。どうなってるんだろうね。

 

「中に入ってみるっす。あ、怒られるっすかね」

 

 それは、天海くんが男子だから?

 

「…… 大丈夫だと思うけど」

「うん。茶柱さんは今アンジーさんと一緒にいるから、許可を取ってなくても平気じゃないかな。彼女…… 多分まだここに来たことないと思うし」

 

 アンジーさんとずっと一緒にいたのなら、まだ来たことがないだろうね。

 最原くんたちはここを解放してからすぐ四階の廊下に来たようだし、それから下に行こうとしていたぼくらと出会って思い出しライトを発見した。

 彼女が道場を見に来る時間はなかっただろう。

 

「まあ、それもそうっすね。鍵がかかるのはアンジーさんの研究教室だけみたいですし」

 

 そう、鍵もかけられない。先に入るなとも言われてないし、最原くんだって先に見ているのだから今更だ。配慮する必要がないとまでは言わないけど、茶柱さんがいくら男性嫌いでもそこまで過剰じゃないはずだ…… 触れたら極めるくらいには嫌いなのだろうが。行動制限を求めてくるような人ではない。

 

「わ…… 畳だ…………」

 

 いろいろと心中で言い訳しつつ道場内に入ると、ふわっと新しい〝 い草 〟の香りが鼻腔に広がった。汗や汚れを全く含んでいない、目新しい畳の爽やかな香りだ。

 すう、と深呼吸すると肺が畳の良い香りで満たされるみたいだ。

 木造建築と和室はこれだから素晴らしい。思わず畳に寝転がって香りを堪能したくなってしまう。

 い草には心を落ち着かせるアロマ効果もあるし、二酸化窒素なんかの化学物質を吸着して空気清浄する効果もある。つまり、汗なんかの臭いを抑える効果があるんだよね。あとはクッション性も高く、音も吸収するから防音効果まである。実は抗菌作用まであるから、和室ってすごく清浄な空気を保てるんだよね。保温と断熱の効果もあるから、冬に暖かく、夏には涼しい。日本家屋に最も適しているのが畳…… い草なんだ。

 なんだか安心してしまうのも仕方ないよね。

 

 道場の中はい草の香りでいっぱいなのはともかくとして、所々上から吊り下げられて浮いた板がある。これは合気道家の茶柱さん向けというより、道場イコール忍者のイメージから来ているのかも。

 茶柱さんなら板と板をぴょんぴょんと飛び跳ねて移動することもできそうだけど、合気道とは一体…… あれって基本受け身の護身術みたいなものだよね。

 忍者修行の意味は果たしてあるのか。

 

 道場の真ん中にやはり浮いた足場があって、入り口からそこに飛び移る必要があるみたいだな。地下道の迷路よりはずっと安全だけど、電車とホームの間の隙間よりも大きな隙間が空いてるから、少し不安といえば不安だ。

 それから、真ん中の四角形の大きな足場には、左右両側に木でできた人形がある。模擬戦用の案山子のようなものだろうか。

 道場の一番奥にも10mはありそうな巨大な木の人形が設置してある。なんのためにあるのかさっぱりだが、顔がモノクマになっていないことに少しだけ安心した。

 モノクマのことだから歴代のことを考えても、こういう人形の頭はモノクマカラーになっていたりするのがよくあることだ。

 …… かえってモノクマの顔だったほうが容赦なく叩きのめせるかもしれないけど。

 

「特に隠されてるものがあるわけでもなさそうっすね……」

「茶柱さんが喜びそうだなってくらいで、そうだね」

「地味に落ちちゃいそうで怖いね。香月さん、気をつけてね」

「ぼく、そこまで鈍臭くはないよ…… ?」

 

 一応、地下通路でだって最後の方まで残ってたんだからね!

 

「いったん食堂に戻ってみるっすか」

 

 天海くんが提案してきたので了承の頷きを返す。

 みんな二人以上で行動しているだろうし、まだ裁判が終わって間もないから動機発表も、事件もまだ起こらないだろう。起こらないよね? 連日事件が起きたりしたらぼくは鍵のかかる自室に引きこもる自信があるぞ。

 犠牲者になるお決まりのパターン? フラグはへし折るものなんだよ…… そんなことにならないのが一番だけども。

 

「…… なんか、騒がしいね」

 

 玄関からではなく、テラス側から食堂に入ろうと引き返してきたのだけど…… 白銀さんの言う通り言い争いのような声が聞こえる。

 勘弁してよ…… ひょっとしたら今まで以上に殺伐としてるよ? そんなことしてたらいいようにモノクマに利用されてしまいそうなものだけど、みんな大丈夫かなあ。

 

「だから、ここで暮らしててもなにも解決しないでしょ? それにモノクマがいるんだから、平和に過ごさせてくれるわけがないんだってば!」

「でもでもー、争うのは外に出たいからだよねー? こうやってアンジーと楓が言い合ってるのも、楓が外に出たいって言うからだよー? ずっとここにいることにすれば争いもなくてビバハッピーだよー?」

「平和に暮らしてても、モノクマがいる限りコロシアイを強要してくるに決まってるって!」

「モノクマ側にもー、モノダムみたいな子もいるよー? みんな仲良くにっこにこで過ごせば幸せになれるって神さまも言ってるからねー」

「オラ、協力スル」

「絶対罠だって!」

 

 …… どうやら、まだアンジーさんと赤松さんが争っているようだ。

 春川さんと百田くんはいないので、多分百田くんはまだ研究教室のところで粘っているんだろう。

 赤松さんは最原くんにでも誘われてこっちに戻って来たのかな。

 

「非科学的ですが、学園で生活してみて相手方がどう出るか見るのも一つの手だと思います」

「あ、安全ならもうなんだっていいってぇ…… オレ様は、こ、殺されていいような天才じゃねーんだからよ」

 

 うーん? キーボくんと入間さんはどうやらアンジーさんの意見に好意的な様子だね。

 それから、茶柱さんはずっとアンジーさんの側だ。ちょっと悩んでいるようにも見えるけど、彼女はどうなんだろう。

 

「賛成してくれる人もいるからー、先に言っておくよー。アンジーはここに生徒会の設立を宣言するのだー。あるいは学園生活部でもいいって神さまがニヤッとしながら言ってるよー。外に出たいと思うから事件が起こるのなら、外に出なければいいんだよ? 分かるよねー。だからアンジーと一緒に快適な学園生活を送れるように活動しようねー?」

 

 待て、学園生活部はアウトなんじゃ…… 二つの意味で。

 アンジーさんの神さまって本当に何者なの。

 

「とにかく、私は反対だからね」

「どうしてー? 楓は事件が起こってほしいの?」

「そんなわけないでしょ! 私が言いたいのは、コロシアイを強要してくるモノクマが黙って生活させてくれるわけがないってことだよ。なら、全員揃って外に出る方法を頑張って探すほうが……」

「もう全員なんて無理なのにねー」

 

 王馬くんが付け足した言葉で、赤松さんが沈黙する。

 そうだ。既に4人も死んでいる。最初の17人にはもう戻れない。全員揃っての脱出はもう2度と叶わないんだ。

 

「そんなこと…… 分かってるよ…… 分かってる……」

「あ、赤松さん! 待って!」

 

 赤松さんまで食堂からいなくなってしまった……

 それを追いかけていった最原くんも。あとには、気まずい雰囲気の残るメンバーだけ。

 

「オレもあんなこと言ったけど、生徒会については反対だからね。ほら、オレって反骨精神の塊みたいな男だからさー」

「うーんと、アンジーさんの言うことも分かるし、赤松さんの言うことも分かるんだよね。ごめん、ゴン太まだ分からないや…… もう少し考えてみるよ」

 

 王馬くんがそう言うのはなんとなく想像できていた。

 春川さんや百田くんも、この場にはいないが多分反対派だろうな。

 ゴン太くんは中立ってことでいいんだろうか。

 

「キサマラ仲良ク、ラーブラーブスルノガ1番」

「モノダムはいい子だねー。ピンクのモフモフな神さまがついてるよー」

「ポ……」

 

 モノダムを抱きしめるアンジーさんは慈愛に溢れてる…… のはいいんだけど、なんだか洗脳風景を見ているようで素直に微笑ましく見ることができない。

 モノダムは本当になにがしたいんだか。

 

「俺は様子見させてもらうっす。このまま終わるとも思えないですし、警戒するに越したことはないっすから」

「ハンターハンターが完結するまで、わたしは死ぬわけにはいかないし閉鎖されたここにいるわけにもいかないよね…… 黒歴史もハードごと削除してないし…… 親にでもバレたら控えめに言って死、だよね」

 

 オタクの悲しみだよね。白銀さんも中立…… ぼくらは中立でいるほうがいい。あんまり対立ばっかりしてるとそれはそれでモノクマに隙を突かれてしまいそうだから。

 

「ぼくも様子見だね。あんまり喧嘩したらダメだよ」

「喧嘩するつもりはないんだけどねー」

 

 アンジーさんはちょっと考えたあと、後ろの3人と1体に振り返って大きく腕を広げる。ともすればまるで教祖のような出で立ちで。

 

「ここに生徒会設立なのだー! 学園生活を盛り上げて行こー!」

 

 返事をするキーボくん。控えめにアンジーさんを見上げる入間さん。まだ悩んでいる様子の茶柱さん。そして大きく腕を上げて喜ぶモノダム。

 いびつなパズルみたいに彼女たちは寄り集まり、学園生活を良いものとするために活動を始めるらしい。

 あまり上手くいきそうなメンバーじゃないが、アンジーさんなら不思議と纏められそうな、そんな気もする。なぜだろう。彼女の不思議な雰囲気がそう思わせるのだろうか。

 

「…… はあ」

「いやー、緊張しっぱなしっすね」

「居心地悪いっていうかなんというか……」

 

 正直、息がつまる。

 早くこのギスギスした雰囲気をどうにかしたいのだけど、ぼくらにはどうすることもできない。

 反対派に回って喧嘩になっても悪化するだけだしなあ。なんとも言えない状態のままぼくは厨房に立ってお昼の準備をする。

 

 ああ、この憂鬱はいつまで続くのだろうか……

 

 

 

 

 





 三章の複雑な人間関係好きなんですけど驚きの書きにくさ。
 ギスギス感がちゃんと出てるといいなあ。
 今回短くなってしまって申し訳ありません!


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大掃除

「手伝ってもらっちゃってごめんね」

 

 赤松さんが眉尻を下げてそう言った。

 

「いえ、こっちも暇でしたし、気にはなってたっすから」

「1人でやるには大変だもんね……」

 

 ぼくたちは現在、お昼ご飯を食べてから図書室へとやって来ている。

 さて今日はなにをしようかと悩んでいたところに、赤松さんと最原くんにばったり出くわし、これから図書室の掃除をするから手伝ってくれないかとお願いされたからだね。

 本棚に収まる以上の本の群れに手を焼いているけど、なにかこの学園の手がかりが混じっているかもしれない。そう思うと、手を抜くことはできないんだよな。

 いつものモノクマなら探すのは自由。見つけられればね! ってスタンスだろうし…… ゲームマスターの位置にいる以上、そして動画放送をしているだろう立場でいる以上あくまであいつは公正な立場を保つ必要があるはずだ。

 隠し扉もこの図書室にはあるわけだし、1番怪しい。調べるのなら、やはりここからだよねって。

 

「これって絶版本じゃないすか…… 結構凄いっすねこの部屋」

「え、なになに?」

 

 部屋の掃除をしているときって思わず本を読みだしたりとか、新たな発見をしてしまって進まなくなること、あるよね。

 

「こっちのはプレミアのついた特別版の小説だよ。凄いな、僕もこれだけ状態がいいのは見たことないよ」

「あっ、それって推理小説? 最原くん、やっぱり好きなんだね」

「う、うん。有名な推理小説作家の本なんだ…… 面白い話を書くんだけど、販売数が少ないうえに注目もされにくくて飽き性だから、すぐに絶版になってしまったりして…… デビュー作を購入しようとすると何百万とする場合もあるんだよ」

「わあ…… 凄いね。そんなものまであるんだ」

 

 好きな作家の本を見つけたからか最原くんは興奮を抑えきれないように早口で説明する。ああいうところは推理小説マニア感があるな。普段からも「僕なんか」って言ってるのは探偵という職業の理想が高すぎるせいもあるんじゃないかと思うよ。

 フィクションの世界の探偵は華やかで格好いいけど、リアルの世界にいる探偵って実際にはすごく地道な作業とか検証とかを専門にしているからね。

 ペット探しのポスターとかよく見るけど、海外だとあれはすごく珍しいらしい。探偵がアピールすることがあんまりないみたいだからね。

 

「本棚に絶対入らない分ってどうする? 上に並べる? それとも下に置く?」

「下に背表紙をこちらに向けて置くっす。探し物をしてるときにこうすればいちいち発掘せずに済みそうっすから」

 

 とりあえずと下に並べていく。

 なんで本棚に収まりきらないくらいの本があるんだろう…… 景観がよくない。

 古い本の独特の香りは落ち着くから嫌いじゃないけど、こうもたくさんあるとなると骨が折れるね。埃も立つからときどき息苦しくなるし…… 喘息の人なんかには絶対に任せられないことだな。

 

「っくしゅん!」

「だ、大丈夫? 最原くん」

「…… うん、大丈夫だよ。それにしても酷いね」

 

 確か2人が言うには、倉庫にもマスクがなかったんだったか。こうやって掃除するとなるとマスクがないのは大問題だよね。モノクマに申請したら通るかな?

 

「うーん、でも最原くん。目元も赤くなってるし、もしかしてハウスダストだめだったりする?」

「ちょっとね」

 

 見た目儚げだし、そういうの弱そうなイメージはあるね。

 ぼくは、埃とか本の古臭い香りは心を落ち着かせると思っているのでわりと得意だ。本屋さんの香りっていいよね。

 

 脚立に登って本棚の上にある本を着々と下ろしつつ微笑ましい2人の様子を伺う。仲良いよなあ。あの2人、カップルみたいだよねと大体の人は思っていると思うんだけど本人たちはそういうつもりないみたいだし…… まだ男女の友情なのかな。

 下世話だけど、身近にまともな恋愛感持ってる人がいなかったからすごく新鮮なんだよね。

 ちょっと羨ましいような、そうでもないような。

 

「どうしたんすか?」

「え?」

「手、止まってるっすよ」

「あ、ああ、ごめんね!」

 

 下にいる天海くんに本棚の上にある本を手渡していく。

 脚立に登ったり降りたりするのは手間がかかるからバケツリレーのように本を手渡して下に並べてもらってるんだ。

 …… あれ、冷静に考えたらぼくが上にいるのはまずいのでは。

 タイトスカートだし、そういえばさっきから天海くん。目合わせてくれないな、とは思ってたけど…… うわ、気づくんじゃなかった。いきなり恥ずかしくなってきたよ。

 でもサボるわけにもいかないし、天海くんが見ないようにしてくれてるんだからこっちから言うわけにもいかないし……

 

「香月さん?」

「わっ!?」

 

 あまりの動揺にぼくはバランスを崩して重い本ごと脚立から落ちた…… わけだけど、なんと申し訳ないことに天海くんが咄嗟に受け止めてくれたのでことなきを得た。

 下敷きにしちゃったから本当に申し訳ない。こんなのお約束がすぎる…… いっそのこと避けてくれたらよかったのに。

 

「あっはは、下ろす手間が省けたっすね」

「す、数冊だけね……」

 

 ポジティブだなあ。

 ぼくは恥ずかしくて死にそうだよ……

 

「派手に落ちたね。大丈夫?」

「ええ、これくらいなんてことないっすよ」

「あ、ありがとう。怪我はしてないよ」

 

 白銀さんに心配されながら掃除を再開。

 ある程度本が片付いてきたのでA-1の教室のロッカーから持ってきたホウキで積もった埃を掃いていくことにした。これ以上失敗したくないから大人しく掃き掃除に専念するとしよう。

 

「っくしゅ」

「最原くん本当に大丈夫?」

「…… 多分」

 

 最原くんは今日何回目のくしゃみだろうか。

 埃に反応してるというにはちょっと頻度が高すぎるような気もする。

 こんな閉鎖された空間だし、風邪でも流行ろうものなら悲惨なことになるよ。

 

「早めに休んでおいたほうがいいんじゃないかな? 風邪だったら大変だし」

「風邪…… かな。どうなんだろう。特に熱はないと思うけど」

「体温計とか倉庫にあったかなあ」

 

 モノクマに聞けば一発で分かるんだろうけど…… あいつに聞くのって最終手段だよね。

 正直ダンガンロンパのコロシアイで病気って嫌な思い出しかないから心配だな。リアルとは違ってダンガンロンパにおいて病気ってコロシアイに目を向けさせるためのシンプルな手段でしかないんだよね。だから思わず疑ってしまう。

 最原くんの周りには注意しておいたほうがいいかもしれないな。

 

「あとはぼくらでやるから2人は休んでも大丈夫だよ」

「大事になったらいけないですし、あんまり根を詰めすぎるのもよくないっすよ」

 

 図書室の掃除だけなら3人もいればこの半日で終わるだろうからね。なんの問題もない。

 あとは最初の裁判で明らかになった隠し扉をちょっと確認するくらいかな。

 部屋の構造からしてこの奥に更に部屋があるのは分かるんだけど…… 入り口が1箇所だけなのか、それとも他にもあるのか分からないんだよね。

 現実的に考えるなら入り口が1箇所しかないわけはないとは思うのだけど。

 1箇所見つかったらそこを見張られて当たり前だし、あまりに黒幕に不利すぎるからね。

 

「あ、この本……」

「どうしたの? 天海くん」

「いえ…… ちょっと、真宮寺君が好きそうだなって思っただけっす」

「…… そっか」

 

 悪いことを聞いちゃったな。

 ぼくもたまに思い出す。東条さんならきっとぼくら3人がかりてわ掃除するよりも早くできるんだろうな、とか。彼女に料理を教えてほしかったな、とか。

 今も星くんがいれば少しは仲良くなれてたのかな、とか。彼がテニスをやってるところを一度でもいいから見てみたかったな、とか。夢野さんがいれば、茶柱さんは今も明るく元気で脱出に前向きになってくれていたんだろうな、とか。

 抜け殻のようになってしまった茶柱さんは見ていられないんだ。アンジーさんがなんとか支えてくれているからまだ心が壊れるようなことにはなっていないけど、このままコロシアイが続いていったらどうなるかは分からない。

 明日あたりに来るだろう動機発表が怖いなあ。

 

 王馬くんにもビデオ返してもらってないし…… かといって忍び込むなんて器用なことできるわけないし、彼が返してくれる気にならないと本当にどうしようもないからなあ。

 

「寂しく、なっちゃったよね」

「うん」

「もう4人もいなくなっちゃったんすよね…… これ以上、もうなにも起きてほしくないんすけど……」

 

 4人。そうか、4人か。4人も…… 死んだ。

 こうして数字にしてみると改めて思う。多すぎる。多すぎるんだよ。

 4人だよ?17人中の4人。人1人死ぬことだってリアルでは滅多にない。それが4回分。しかも、そのうち2人は人殺しとして処刑されたんだ。真宮寺くんも殺人の理由は理不尽だったけど、それで殺されていいわけじゃない。

 それに東条さんは不可抗力の事故だ。もしかしたら仕組まれた末に嵌められただけの可能性すらある。

 

 死んでよかった人なんて、1人もいない。

 

 それはこれからもそうだ。

 アンジーさんたちとは今は意見が合わないけど、だからといって殺しあうのは違う。みんなで協力してモノクマに立ち向かわないといけないんだ。

 敵は身内にはいない。敵はモノクマ…… とこれを見ている人たちだけ。

 

 人の感情を弄ぶようなコロシアイゲームなんてフィクションだからこそ許されるのであって、実際にやるなんて馬鹿げてる。人として倫理に欠けている。許されることじゃないんだ。

 

 3人だけで黙々と作業してるとどうも考えすぎちゃうなあ。

 

「ところで」

 

 天海くんが作業の手を一旦止めてこちらに振り返る。

 

「どうしたの?」

「地味に辛くなってきたよ…… ちょっと休憩挟もうか?」

 

 白銀さんも集中力が切れてきたみたいだ。自由時間はまだまだあるわけだし、少し休憩を挟んでも問題ない範囲だと思うけど。

 

「そうしようか」

 

 3人で一旦休憩するために外に出る。

 食堂で軽くお茶してから再開すれば今日中に終わりそうだ。

 その道中でも、天海くんはなにやら悩んでいるようにしていて…… 気になって訊いてみればとうとう口に出して答えてくれた。

 

「…… 赤松さんも、最原君も図書室には掃除しに来ただけっすかね。勘ぐるのは良くないっすけど、別にあそこは掃除しなくても手がかりが殆どないって分かってることですし、探すなら普通隠し扉の奥とか、他に入り口がないか探すと思うんすよ」

 

 まあ、そうかもしれない。

 どちらが掃除を言い出したかも分からないけど、ぼくらが赤松さんに手伝いをお願いされなければ赤松さんと最原君だけで掃除することになってただろうし、今日中には絶対片付かなかったよね。

 2人っきりになりたかったとか? でもそれならぼくらが誘われるわけない、か。

 

「あの2人……なんで図書室なんかに行ったんすかね」

 

 その言葉に、なぜだかぼくは少しだけゾッとした。

 

 

 

 

 

 



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ニセモノだーれだ

 

 

 翌日、いつものように身支度を終えてこら食堂に向かった。

 今日でこの学園にやってきてからもう9日目となる。そして、この10日にも満たない期間でコロシアイが2回も発生し、結果的に4人も死んでいるということになる。早い、あまりにも期間が早すぎる。

 平常時なら余程のことがない限り一生関わりのなかったはずの殺人がこの9日の間に2度も起こるなんて非現実的すぎる。

 でもそれが現実に起きてて、今ぼくの身に起きていることの真実なんだよね……

 

 食堂に集合して食事をするなんてルールなんてもうなくなったも同然だけど、未だ朝の時間に切り替わってすぐは時間のズレこそあれどみんなが集まる。

 今日もそれは変わらないようだった。白銀さんと一緒に食堂に着けば既に天海くんは来ているし、入間さんやキーボくんも一緒に来ている。入間さんはどうやらバランス栄養食らしいけど…… 研究教室でなにか熱中してることでもあるのだろうか。キーボくんに関しては食事の必要がないはずだから彼女につられて来ているだけかもしれない。

 ただ、食堂に来ることで全員にその生存を知らせているという点ではありがたいかもしれない。

 

 1番気になっていた春川さんといえば、赤松さん、百田くん、最原くんと一緒に端の方で黙々とジャムを塗ったトーストを頬張っている。

 一応この場に出てきてくれているようで少し安心した。

 なにもしない、やろうとしないぼくが心配したところで春川さんには迷惑かもしれないけど、どうしても彼女が自分から殺人を犯すような人には見えないから。責められるべきではないと思うんだ。

 

「転子ー、なに食べるかー?」

「アンジーさん、一緒に作りましょうか」

 

 そそくさとキッチンへ消える2人を見送って席に着く。

 生徒会なんて発足した2人だけど、具体的にはどうするんだろうか。彼女たちは学園から脱出することを諦めて、この生活をより良いものにするとかなんとか言っていたけど、本当に諦められるようなものなんだろうか…… アンジーさんの笑顔はとても可愛いんだけど、考えの表層を読むどころか想像することすらできないから、正直不気味に見えてしまうし、ちょっと苦手だな。

 茶柱さんも、前は比較的考えが分かりやすかったけど、今は分からなくなってしまった。感情が殺されてしまったのではないかというくらい静かで、浮き沈みがほとんどなくなっている。前とは大違いでまるで別人になったように変わってしまった。大切な友人を理不尽な理由で亡くしてしまったから、無理もないけど……

 

 対して、王馬くんとゴン太くんは隣同士でそれぞれ菓子パンと果物を朝食代わりに食べているみたい。朝から嘘ばっかりついているみたいでゴン太くんがときおり 「ええ!?」 と大きな声で驚くのが聞こえてくる。なに話してるんだろう。

 今のところは春川さんに突っかかっていく様子は見られない。昨日の流れを見ていた身としてはまた殺伐とした雰囲気になってほしくないし、それは良いんだけど…… 春川さん自体も王馬くんのことは完全に視界から消してるみたいだし。

 

 表面上はとても平和に全員が集合し、そして食事をとっている。

 けど、ぼくの予想が正しければそろそろ〝 動機発表 〟がされる頃だと思うんだよね……

 

 

 

 

 

 

ー!!

 

 

 

 

 

 なんとなく久しぶりな登場の仕方にため息を吐く。

 食堂の端のほうからモノクマーズが沸いて出てきたんだ。

 

「由々しき事態だわ!」

 

 モノファニーの言葉に少しイラッときたけど抑えこむ。

 モノクマ側の子に雪染先生の台詞をパクられるなんてちょっと許せない。許せないけど、もしかしたらパクリとか関係なく本来の意味で使っている可能性もなくはないから口には出さないよ。口にはね。

 

「てぇーへんだてぇーへんだー!」

「底辺だ底辺だぜー!」

「なんやモノキッド、ちゃうこと言うてへんか?」

「……」

 

 とりあえず、なにか彼らにとって焦るようなことが起きているらしい。さっさと具体的なことを教えてくれないとみんな興味を失っちゃうと思うよ。現に春川さんを囲む会を開いてる赤松さんたちはほぼ無視してるし。

 

「それで、なにが大変なんすか?」

 

 一向に話し始めずざわざわするだけのモノクマーズに天海くんが尋ねると、そのタイミングで待ってましたと言わんばかりにモノクマが登場した…… んだけど、なんとクマ耳が2倍以上の大きさの丸くて大きな耳に変化し、赤いズボンを履いている。どこぞの会社に全力で喧嘩を売っているようなパクリ具合になっている。ちょっと、これ消されるぞ。

 

「ハハッ、大変なことになりました!」

 

 その笑い方は危ないからやめなさい。

 

「とある筋からリークがありました! オマエらの中になんと〝 ニセモノ 〟が混じっていると言うのです!」

 

 今のモノクマは誰よりもニセモノ臭いと思うんだけど、そこのところどうなの?

 

「ニセモノには特別な才能が一切ありません! 故にオマエラには今日を含めて4日間で自分の才能を証明してもらわなければならないのです! 4日間で才能を使ってボクらに証明することができなければ、ただちにエグイサルによって終了処分させられることになるでしょう!」

 

 才能の証明…… ? それってつまり、春川さんの狙い撃ちも同然じゃないか…… 卑怯すぎる。そういう動機、ぼくは嫌いだ。強制されるようなものは後押しどころじゃないし、ぼくは初出のものでもスーパーダンガンロンパ2の4章の動機が好きじゃない…… ってなにファン目線で考えてるんだ。ついついそっちで考えてしまった。それだけ今回の動機は嫌いってことだ。

 

 狙い撃ちなんて卑怯だ。それしか選択肢を与えない時点でスマートじゃないしゲームマスターとしての腕が疑われるね。

これは、首謀者やってる人を絶対に好きになれない。たとえこの中の誰かだとしても、たとえ白銀さんや天海くんが首謀者だとしてもこんな無茶苦茶な動機を課してくる人は嫌いだとはっきり言える。

 

 百田くんや入間さんも理由は違えど文句を言ってるようだ。みんな不満が表情にありありと出ている。

 王馬くんが春川さんのことを大袈裟に怖がったり、警告してみたりとまた喧嘩が勃発しそうなことをしているからこの流れを止めないと……

 

「…… ねえ、もし才能を発揮する前にコロシアイが起きたら課題はどうなるの?」

 

 これは訊いておく必要がある。

 コロシアイが途中で起きても課題が課されたままなら春川さんには暗殺を実行する道しかなくなってしまうからだ。

 そうなったら暗殺してクロとして処刑されるか、黙ってエグイサルに処分されるかの二択になってしまう。そんな二択しかないなんてあんまりすぎる。そんなの魔女裁判と一緒だ。

 

「途中でコロシアイに発展した場合は保留になるよ! まあ、オマエラの中にニセモノがいるのは確定してるんだけどね。そうなったら精々ニセモノの存在に疑心暗鬼になるしかないよね。しっかりとこの期間に才能を証明して自分が本物だってアピールしておかないと疑われちゃうよね? うん」

 

 なるほど、そこまで邪道じゃなかったか。少しだけ安心した。

 どちらにせよ、春川さんは自分が殺すか、コロシアイが起きるのを待つかしないといけないわけだけど。

 

「ニセモノでも関係ないよねー。アンジー達は外に出る必要がないんだよ? 誰がニセモノでも仲良くすればいいだけなのだー」

「いやいや、才能を発揮しなきゃ殺されるんだぞ!?」

「んー、小吉と解斗と蘭太郎には難しい課題だねー。終一も大変ー? そういうのはどうするのー?」

 

 ああ、総統と宇宙飛行士と冒険家、あと多分最原くんの探偵とかは確かに証明しづらいな。

 

「その4人はこっちで専用の課題を出すよ! それをクリアできたらニセモノじゃないって認めてあげるからね!」

「なるなるー」

 

 アンジーさんや入間さんは研究教室があるから作品作り、茶柱さんは道場で誰か投げ飛ばせばいいのかな?

 ゴン太くんは研究教室で虫の卵を孵化させればいいわけだし、ぼくはアロマオイル作り。白銀さんはなにかのコスプレ…… と。キーボくんは存在そのものが超高校級らしいから除外かな。

 赤松さんはピアノ演奏をすればいいだけだし…… みんな一応大丈夫だと思う。

 残るは春川さんの問題をどう処理するかだ。

 

「私は行く」

「ちょっと、春川さん!」

 

 出て行く春川さんを追おうとした赤松さんは、すんでのところで最原くんに腕を掴まれ、引き留められる。

 

「最原くん…… ?」

「ご、ごめん…… でも、春川さんのことは信じたいけど、赤松さんになにかあっても僕は嫌だから」

「心配いらないよ?」

「…… ごめん」

「ここはオレに任せろ。テメーらの分まであいつを引っ張ってやるからな。知ってるか? 宇宙飛行士ってのは協調性のあるヤツじゃねーと務まらねぇ。人を纏めるのもオレの仕事だ」

 

 そう言って百田くんが追って出て行く。

 

「おーい、ハルマキ!」

 

 謎のあだ名を言い残して。

 いつの間にそんな愛称をつけたの……

 

「ケッ、ニセモンにオレ様の才能が再現できるわきゃねーな」

 

 入間さんも出て行く。

 ああ、この流れ知ってる。結局全員食堂からいなくなっちゃうやつだ……

 

「天海君の課題はなんだろうね」

「分かりやすいのでお願いしたいところっすね」

 

 新たな動機に気を落としながら、ぼくらはゆっくりと放置された食器類まで回収するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 活動報告にて要望がありました、主人公からV3メンバーへの人物評価をanswerとして追記致しました。大変遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

次回更新の2月28日は主人公の誕生日となります…… といっても今回は特別なお話は書きません。ご了承くださいませ。

 ティファさんより主人公の、カジノでメダル全部溶かしたと思われるイラストを頂きました!可愛いおぶ可愛いです……


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それぞれの課題

 

 とりあえず一度個室に戻り、課題を確認することにした。

 今までの動機から言って、今回の課題も個室に届けられているはずだ。

 天海くんと白銀さんもそれぞれ課題を確認するために個室へ帰っている。

 ぼくらの課題は才能が分かりやすいからなんとなくなにをするのかとか想像がつくけど、例えば王馬くんや百田くんなんかはなにが課題になっているのかすら想像できない。

 宇宙飛行士や総統の才能なんてどうやって証明するんだろう。宇宙飛行士は宇宙に行かないと証明できない…… のかな。

 宇宙旅行…… おしおき…… うっ、頭が。

 いやいや、よく考えたら百田くんはまだ訓練生だって言ってたか? なら、宇宙飛行士になるための試験をもう一度受けるとか、そういう感じになるのだろうか。

 それにしても王馬くんの総統の才能をどう証明するのかが本気で分からない。総統…… リーダー…… ううん、みんなを率いる…… っていうのは彼の性格では違うだろうし、影で操る…… とかか?

 まさか殺人教唆とか、指定されてなければいいんだけど。

 春川さんと合わせて、要観察かな。

 彼がそれに従うとは到底思えないけど、達成できずに死んでほしいなんてことも思ってないからさ。

 他の人はなんとなく想像できないこともない。

 

 そんなことをつらつらと考えながら個室内を見渡していると、どこからかピンク色の物体が飛び出てきた。

 

「わっ!」

 

 一瞬なにかと思ったけど、どうやらそれはモノファニーだったみたいだ。

 

「あっ! お邪魔して待ってたわ!」

「きみがいるってことは、動機のことについて?」

 

 邪魔するなら帰れとお約束なことを言うのもいいけど、説明はしてもらわないといけないからね。才能の証明…… ぼくの場合、今まで通りでいいのだと思ってたけど、違うのだろうか。

 

「それで、ぼくの課題は? いつもみたいに精油作ったりすればいい?」

「それもあるわ! でもね、キサマは〝 アロマセラピスト 〟なの! アロマでセラピーする職業の人なのよ! 自分を慰めているだけじゃいけないのよ! …… キャッ、アタイったら〝 自分で慰める 〟なんて、なんて破廉恥なことをー!」

 

 後半の言葉は置いといて、たしかにぼくは〝 超高校級のアロマセラピスト 〟だ。

 自分を落ち着かせるために始めた趣味だけど、それで他人の心を癒すことも目的としている才能…… なるほど。

 

「それでね、この学園には今、キサマの才能が必要な生徒がいるでしょう?」

 

 心当たりは、ある。

 心に傷を負って、別人のように大人しくなってしまった茶柱さんだ。

 彼女は心が弱ってアンジーさんの宗教により、頼りない足元を支えている状況だ。今のままではいつか崩れ落ちてしまいかねないし、アンジーさんとの共依存になってしまえば2人とも一気に崩れる可能性がある。

 アンジーさんが精神的に弱るところなんて想像もつかないから、共倒れについてはあんまり心配していないけど……

 

「つまり、ぼくの才能で茶柱さんを元気付ければいいの? 線引きが随分と曖昧なんじゃないかな」

 

 それに、ぼくは他人に対してセラピーと言えるようなことをしたことがない。自分の心を落ち着かせ、そして現実逃避のためだけに使ってきた。確かに人のイメージを香りとして形にすることもあるし、それをプレゼントすることだってある。けど、それとこれとは別だ。

 こんなに心の弱いぼくが彼女のカウンセリングをできるかなんて、結果は決まっている。

 

 それでも、やるしかないなら。

 

「課題のチェンジなんて、できないよね」

「それじゃあ才能の証明にはならないわ! ニセモノがどうにか駄々をこねているようにしか見えないもの!」

「だよね…… 認められない。なら、精一杯やるよ。判定は誰がするの?」

「それは秘密ね。教えたら意味がないもの! アタイもキサマのことは信じてあげたいけど、審査員の前でだけ取繕われても困るのよ」

「そっか、分かったよ」

 

 これでぼくの課題は判明した。

『茶柱転子へのアロマセラピーおよびカウンセリング』だ。

 誰かも分からない審査員に茶柱さんの心が回復したと判断されなければ、恐らく不合格になるだろう。そうなればぼくはエグイサルで速やかに処分される。

 うん、結構成否は分かりやすいな。

 あとはぼくの努力次第、か。あの変貌した茶柱さん相手だと思うと気後れしてしまうが、なんとかやるしかないだろう。

 

 さて、天海くんたちはどうかな。

 モノファニーが去って静かになった室内から出る。

 どうやら無意識に息を詰めていたようで、外に出たときに少しだけくらりとした。

 大きく息を吸って吐いて、深呼吸。緊張の汗が滲んだ首筋をさっと払い、横目に見えている赤髪が揺れた。

 臆病な気質はまったく変わらないけど、冷静に話を聞くくらいならなんとかなる。

 ただ…… 今回の動機は課題の難易度によって本気で命の危機だから話を聞くのが怖かった。素直に怖かった。それだけ。

 

 キイ、と僅かな扉の軋む音。

 視線をそちらに向ければ、白銀さんがちょうど同じタイミングで外に出てきたみたいだった。

 

「あ、白銀さん。課題は分かった?」

「そういうってことは、香月さんも分かったんだね。よかった」

 

 心なしか、白銀さんの頬が紅潮しているような気がする。

 興奮冷めやらぬといった感じだけど…… 課題で不安になってる感じではないし、もしかして彼女にとって苦にならないものだったのかな。

 いや、この反応はむしろ…… 課題にやり甲斐とか、嬉しさを感じている…… みたい?

 ああそうか、彼女の才能はコスプレイヤーだし、思う存分コスプレできることになったのかな? それなら確かに嬉しいだろうな。

 

「天海くんが来るまで待とうか」

 

 白銀さんの言葉に頷いて壁に寄りかかる。

 それから、10分程して天海くんが部屋から難しい顔をしながら出てきた。

 ぼくたちも5分から10分程度課題についての問答を部屋で行ったが!天海くんはさらに10分程度…… 計20分程度課題についての話をしていたことになる。もしくは、課題がなかなか見つからなかったとか、かな。

 

「先に言っておくっすね。俺はもう課題をクリアしちゃったっす。お2人はまだっすよね。だから、できれば俺の課題については1番最後に話したいんすけど」

「え!?」

「い、いいけど、地味に早いね。なにがあったの……」

「聞けば分かるっすよ」

「そっか……」

 

 どうせ後で説明があるはずなので、深くは聞かずまずはぼくから説明することにした。僅かな差で白銀さんよりぼくのほうが早く部屋から出てきていたみたいだからだ。1番遅かった天海くんを最後にするなら、似た条件で順番を決めたほうがいい。つまり出てきた順だ。

 

「ぼくはいつも通りでいいと思ってたら、ちょっと違ったんだよね。アロマセラピストだから、カウンセリングも成功させろってさ」

「それって、もしかして」

「うん、茶柱さんのことだね。しばらくは茶柱さんと一緒に行動してみようと思う。お茶会はできるか分からないから、無理にぼくを構わないでいいからね……」

 

 2人とも、無理に構ってくれてるわけじゃないのは充分分かってるけど、今回は命の危険もあるし、ぼくもあまり余裕でいられないと思う。2人にもやることはあるだろうし、ね。

 

「えっと、わたしはね…… 材料は自由に5種類指定して、その中からコスプレ衣装二種類の製作、撮影だね。クオリティの確認のためになるべく生徒全員が知ってるものを選んだほうがいいって言われたんだけど…… 候補が多くて…… 悩み中、だね」

 

 5種類の材料で衣装を2種類とか、ただでさえタイムリミットが短いのに酷すぎない? 白銀さんが幸せそうだから別にいいけど。

 カウンセリングも普通は数日で終わらないはずだ。

 

「最後は天海くんだね」

「よし、話すっす」

 

 天海くんは、壁に寄りかかる傍観態勢から体を起こし、話し出す。

 

「俺の部屋にはテスト用紙があったっす。といっても、文章じゃなくて写真が印刷してあるやつだったんすけど…… その写真が、いつどこで撮られたものかを当てるって内容だったんすよ」

 

 へえ、超高校級の冒険家らしい内容だな。

 

「問題はそう難しいものじゃなかったっす。というか、分からないほうがおかしい内容だったっす…… だって」

 

 

 

 ―― あの写真は全部、俺が過去に撮った写真そのものだったんすよ。

 

 

 

「しかも、世に送り出してない秘蔵写真まであったっす。モノクマはいったい、どこからあれを知ったのか…… それがさっぱり分からないんす」

 

 その言葉に、ぼくと白銀さんは凍りついた。

 

 

 





 本日2月28日は主人公、香月泪の誕生日となります。
 リアルに生まれた日ではなく、誕生花を月桂樹にするためこの日を選択しております。
 お誕生日おめでとう!

 来年からは誕生日小説が書ければいいなあ。


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才能存在証明

 それぞれの課題…… ぼくら3人はすぐに把握して、教えあうことができた。

 

 香月泪…… ぼくは心に傷を負った茶柱さんを対象にアロマセラピーで対応すること。カウンセリングみたいなものだけど、上手くいくのか…… ちょっと自信がない。

 白銀さんは自由に材料を5種類指定。その限定された材料だけでコスプレ衣装を作成して写真撮影をすること。ただでさえ裁縫には時間がかかるのに、1人の人間が着られるサイズ、クオリティを落とさずに数日で作るなんて普通は無茶だ。夜なべするだろう彼女にはあったかいお茶でも差し入れしたいところだね。

 天海くんはなんと既に本人確認と言う名のテストが終わり、自分自身こそが超高校級の冒険家だと証明できたという。内容は筆記試験形式で、写真を見て撮影された場所、シチュエーションなどを答えるという感じだったらしい。

 テストに出てきた写真は全て天海くんが以前撮影したもので、世に出していない写真まであったというのが不気味だ。

 

 あのモノクマならなんでもありなのかとぼくは納得しちゃったけど、まあ2人はそんな納得できるはずがないよね。

 撮影した写真だって、本当に天海くんが撮影したものか分からない。なんせ、ぼくたちはオーディションに選ばれただけの一般人のはずなんだから。

 ぼくの記憶が正しければ…… だけど。

 自分の記憶に自信が持てないのは仕方ない。ぼくだけが覚えていると思っているこのオーディション云々のことや、親友のことさえ、もしかしたら嘘なのかもしれない。そんな不安が付きまとってくるんだ。

 才能存在証明どころか、ぼくは自分自身ことすら証明できるのか…… どれが正解なのか分からない。

 泥沼だ。思考の泥沼。

 これがダンガンロンパである以上、自分自身も信じることができない。

 確か…… 9番目だったっけ、主人公が黒幕だったやつ。主人公自身も忘れていて……いや、忘れさせられていた。無意識に黒幕となるように誘導されていた事実もあったけど、最終的には絶望に感染してプレイヤーの手を離れてしまう。5章の終盤には既に感染していて、6章の自殺者のトドメを主人公がするんだ。

 だから、6章裁判は希望エンドに見せかけて…… 投票が終わったあと、主人公がクロ勝ち。ヒロインも一緒に仲間は全員おしおき。絶望のタネが花開くための栄養となる。そんな、話。

 ダンガンロンパゼロでは江ノ島盾子自身が記憶喪失を利用してたりしていたし……

 

 絶望勝ち、希望勝ち、引き分け、いろいろあったけど…… いくら考えても、分からない。

 そとそもダンガンロンパの結末を予想するほうが無理ならことなんだと思う。いつもいつも、ぼくらの予想から外してくるんだから。

 

「白銀さんはこれから準備に取り掛かるよね。コスプレ衣装を作るのも、撮影するのもさすがに時間かかるだろうし…… 天海くんはフリーかな」

「うん、わたしはこのまま倉庫行きかな」

「そうっすね。俺はあの写真当て試験で合格したので大丈夫だと思います。香月さんはどうするっすか?」

「ぼくは…… 茶柱さんを探しつつ、ちょっと見て回ってみようかな。調香するにも、慎重にならないといけないし。才能を証明するなんて…… 自信ないから」

 

 ぼくの才能はそれこそ、モノクマのいう〝 ニセモノ 〟そのものだ。

 たとえこの頭が超高校級のアロマセラピストに相応しい知識と、技術を持っていようと、ぼくが元々持っていなかったものに間違いはない。

 ただの趣味。現実逃避のひとつだった。よくない薬で見たくないものから目を逸らすように、薬漬けになるみたいに、アロマに頼った。

 アロマを扱う者というより、ぼくはアロマに支配されているようなものだ。

 

「君の才能は、ちゃんと俺らが実感してるっす。今もあのシャンプーは愛用してますしね」

「そうそう、香りで分かるよね?」

 

 2人からふわりと香るライムの香り。

 

「…… うん、ありがとう」

 

 ぼくの嗅覚が訴えてくる。2人から、友達としてプレゼントした香りが。

 あれは、この〝 ぼく 〟が、初めて調香した品物だ。

 みんなの知っている、〝 超高校級のアロマセラピスト 〟ではなく、一般人だったぼくの意思で初めて作った物。

 愛用してくれていることに安堵して、無意識に息が漏れていく。

 

「ぼく、今回の証明は自分でやるよ。天海くん、白銀さん、いつもありがとう。これって、自分でやらないと意味ないだろうし、頑張ってみるよ」

「なら、お邪魔するわけにはいかないっすね。食堂に行ってるんで、なにかあったらそっちに来てほしいっす」

「あ、それならわたしも倉庫行くから途中まで一緒に行くよ」

「ぼくは……」

 

 電子生徒手帳を確認すると、茶柱さんの居場所は彼女の研究教室ではなく、アンジーさんの研究教室となっている。相変わらず2人一緒に行動しているみたいだ。

 アンジーさんによって茶柱さんの心が少しでも軽くなっているのなら引き離すべきじゃないと思うけど、共依存関係はそれだけでも危険だ。というよりフラグだ。

 モノクマは仲のいい人を引き離すのが大好きだからな。

 ぼくたちも今回は単独行動なんだし、気をつけておかないと……

 

「アンジーさんの研究教室まで行くけど、まだちょっと考えてるからまたあとでにするよ。それじゃあ」

 

 手を振って別れる。

 まだぼくには迷いがある。2人一緒に攻略するべきか、それとも茶柱さんに集中するべきなのか。

 モノクマやモノクマーズの言う〝 合格 〟がどの範囲なのか…… それも微妙なところだ。

 

 行く先も定めずに歩くと、自然と植物園方面に向かってしまうけど…… そういえば、と気になって右の道に逸れる。

 入間さんはいったいどんな課題が与えられているんだろうか。発明品を2つ作るとか?この場所から一刻も早く逃げ出したい身としては学園脱出の鍵になるようなものでも作ってくれるとありがたいんだけど…… モノクマのことだからそんなもの作ったら没収してきそうだ。

 それに、入間さんはぼくらとかなり感性が違う。目薬式コンタクトなんて、すごく需要があると思うんだけどなあ。

 

「それじゃ、よろしくねー入間ちゃん」

「あ」

 

 入間さんの研究教室から出てきたのは王馬くんだ。

 なにか用でもあったんだろうか。かなり機嫌良さそうに扉を閉めた彼はこちらを向いて驚いたように目を瞬いた。

 

「奇遇だねー、香月ちゃん。こんなしみったれたところに用でもあるの? それとも入間ちゃんを殺しに来た?」

「そんなわけないだろ。他の人がどんな課題を渡されてるのか気になって、それで来ただけだよ」

「へえー、もしかして結構難しいお題でももらっちゃった? 大変だね。オレは知らないけどね。でもさー、そういうのってよくないよね? 人の秘密を知りたいなんて、2回も死にかけてるのによく首を突っ込もうと思えるよね。神経を疑っちゃうなー」

 

 うぐっ、もしかして王馬くん。少し機嫌悪いのかな。いつもよりも言葉の切れ味が鋭い気がする。普段ならもう少しマイルドなはずだけど……

 ちくちくと刺さる正論に狼狽つつ 「深く詮索する気はないよ」 と申し訳程度に言い訳を並べる。

 

「それより、王馬くんこそ入間さんになんの用だったの? きみだって関係ないでしょ」

「オレ? オレは入間ちゃんの課題が早く終われるようにお仕事を依頼しただけだよ。どうせなにか開発するなら、一緒に頼んじゃおうって思ってさ」

 

 発明品を作るついでになにか作らせる…… って、手間が増えるだけじゃないか。なんて理不尽な。

 入間さんは脅されているのか?

 

「入間さんに作ってもらいたいものでもあったの?」

「うん、全自動殺人マシーン…… とかね」

「え?」

 

 嘘だ。

 心では分かっていても、とっさにはその指摘ができなかった。心の中で、もしかしたらという思いがあったからかもしれない。

 

「なんて、嘘だよ。教えるわけないよね!」

「そ、そっか……」

「安心した? 大丈夫、オレって人殺しなんてしないし!」

「それは、嘘じゃないといいなあ」

「さあね」

 

 改めて王馬くんの表情を伺う。

 彼は元々病的なまでに真っ白な肌をしてるけど、そういえば心なしかそれに拍車がかかっているような気がするなあ。率直に顔色が悪い。よく見れば目の下に濃いクマまであるな。眠れてないのか?

 

「あのさ、王馬くん」

「うん? なに?」

「ちゃんと…… 休んでる?」

「…… それはもうバッチリだよ! まあ、悪の総統は夜がホームグラウンドだし、多少は影響出てるかもしれないけど。毎回裁判のたびにやつれていく香月ちゃんには言われたくないよねー」

 

 王馬くんって、こう…… 反感を覚えるようなことを言うけど、正論なんだよね。うん、毎回迷惑かけてるぼくが言えることじゃないか。

 

「それじゃあねー」

 

 はあ、とため息をひとつ。

 あれ? もしかして上手く話を逸らされてしまったのか? 入間さんに頼んだらしきアイディアとか、彼の顔色とか、まったく追求できなかったじゃないか。

 やっぱり彼は口が上手すぎる…… 到底敵わないや。

 

 王馬くんに追求しようとするのは諦めて、入間さんの研究教室をそっと覗き込む。扉をほんの少しだけ開けて、だ。

 

「あのー、もう1時間は経ちますよ入間さん」

「ちょっと待ってろ。王馬の相手してて片手間にしかやってねーから。本番はこれからだ」

 

 薄く開いた扉の向こうでは、なんとキーボくんが診察台みたいな鉄板の上に固定されている現場だ。

 普通に考えればメンテナンスとか、キーボくんの体を調べてるとかなんだろうけど…… なんというか、解体現場?

 

「解体品発見現場……」

 

 死体発見ならぬ解体品発見…… なんちゃって。本当なら笑えないんだけど、あそこで今元気に話してるからなあ。

 

 ぼくはそっと扉を閉じて背を向けた。

 次はどこへ行こうかな。

 

 道を戻って電子生徒手帳を確認すると、なにやら寄宿舎のほうに赤松さんたちの反応がある。ゲームとしては、みんなに課題を聞いて回っているところとかだろうか。

 けど、寄宿舎まで辿り着いてぼくは驚愕することになる。

 遠目からでも最原くんの顔色が最悪だったからだ。

 もしかしてまた殺人が起きてしまったのか? と一抹の不安を覚えながら近づいて行くと、なんとなく違うことに気がついた。

 

「最原くん、もう休んでていいんだよ? 確かに最原くんに聞いてもらえないのは残念だけどさ」

「ううん、僕も赤松さんの演奏をもう一度聴きたいんだ。すぐ治すから、1日、待っててほしい」

「うーん、なら2日待つよ。ギリギリまで待ってるからさ、今日は安静にしてて。私看病するよ」

 

 赤松さんと最原くんの、そんな会話が聞こえてきたからだ。

 

「2人とも、どうしたの? …… というより、最原くんが、かな。すごく顔色悪いよ?」

「あ、分かる? そうだよね。こんな真っ白になっちゃって。最原くんは風邪ひいてるんだと思う。さっき確かめたら熱があるみたいだったから」

「……」

 

 〝 確かめたら 〟の下りで最原くんの頬にさっと朱が乗る。

 ふうん、これはいわゆる、おでこコツンをやったのかな? 相変わらずこの2人は青春してるなぁ。

 

「そっか、なら早めに休んだほうがいいよ。治るものも治らないし」

「…… 分かったよ。観念する」

「よーし! ならお粥かな? えっと、こういうときはたまご粥かな? 薄めのほうがいい? しんどくない? 部屋の鍵出せる?」

「わわっ! それくらいできるって!」

 

 なんというか、お幸せに?

 お邪魔虫になりそうだからさっさと退散しよう。

 ああ、でもひとつだけ気になることがあった。

 

「2人の課題がなんだったのか、聞いてもいい?」

「それくらいなら気にしないよ。私はドビュッシーの曲を全部で3曲、連続で弾き続けることだね。休みなしに弾き続けるのはちょっと難しいけど、演奏会だと思えば苦じゃないかな」

「僕は、筆記試験だったよ。数ある事件の概要の中から、自分が解いた事件を選んで、証拠、トリック、動機を説明するというものだ。ニセモノじゃない証明ってことだから、多分これだったんだと思う」

 

 ということは最原くんは天海くんと同じく、証明済ってことになるのかな。

 それなら、何日か休んでても大丈夫だね。彼がルール違反で処刑されることはないわけだ。

 

「ありがとう、2人とも。それじゃあ、お大事に」

「うん、ありがとう」

「またね!」

 

 最原くんは風邪、王馬くんは恐らく寝不足かな?

 ここに来て学園生活のストレスからか、体調を崩す人が増えてきたな。

 

 よく思い返せば他のみんなもどこかしら元気がなかったり、しんどそうだっとりしていた。

 …… もしかしたら、ぼくのカウンセリングの仕事は茶柱さんだけでは終わらないかもしれない。

 

 少しだけ不安を抱えながら、ぼくは学園内に入ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 




 こちらはティファさんよりいただいた「香月泪誕生日イラスト」です!
 いつも可愛いイラストありがとうございます!


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やり遂げちまえば不可能も可能に変わる!

 

 ぼくがやるべきなのは、変わってしまった茶柱さんの心を癒すこと…… それは理解している。アロマセラピストらしく、調香するだけじゃなくて、自分以外もアロマで癒す。それこそがぼくに課された試練…… なのは明白だと思っていた。

 

 けど、いつも通りに見えて明らかに顔色の悪い王馬くんだとか、体調を崩すほど疲弊している最原くんだとか…… 赤松さんだって、明るさは変わらないもののどこか疲れているような困り顔が目立っていた。

 ぼくがいつもそばにいる天海くんや白銀さんも、この長い学園生活で参ってきているのが顔色に現れている…… と思う。あの2人はずっと一緒にいるから、かえって分からないのが難点かな。ぼくが弱虫なせいでだいぶ負担をかけてしまっているし、心労は半端じゃないはずだ。

 

「みんな…… 疲れてる、よね」

 

 当たり前だ。2度も殺人が起こり、そして1度目は理不尽な処刑が。2度目はなんともいえない、後味の悪さが残る処刑が執行されたのだ。それも目の前で。

 真宮寺くんの処刑はモニター越しだったけど、そのときまさに起こっている球体の中の惨状がありありと想像できてしまってダメだった。

 

 夢野さんのことで怒りを表していた茶柱さんは、その怒りを発散する場を永遠に喪い、どうしようもなくなったその感情に食べられて残った〝虚無〟だけがその心の中で渦巻いている。

 1番分かりやすいだけで、みんな疲弊して、なにか大切なものが削られていくように表情に現れる。

 全員、発狂しないのが不思議なほどに死という概念が差し迫って襲ってくる。

 

 かくいうぼく自身だって、他人に与えられるほど余裕があるわけでもないけど…… それが課題だというなら、やらなければならない。

 この心意気からして既に不合格だよな、なんて自嘲が漏れつつぼくは電子生徒手帳を頼りに階段を上っていく。

 課題だからやる。そんな心意気ではアロマセラピスト失格だ。不合格中の不合格。成績不良。ニセモノ確定だ。

 まあ、たぶん才能がニセモノという点で言うならばぼくがニセモノとやらなんだろうななんて自覚がある分、殺されないためにはやってみせるしかないんだけど。

 

 

 ―― 全部、全部ぼくが悪かったんだ。

 

 

「頭が痛い………… なんなんだよ」

 

 〝 ニセモノ 〟

 その言葉に、きっと誰よりも動揺し焦っているのはぼくなんだろう。他のみんなが自分自身に確信を持っているのに対して、ぼくは自分ですら本物であるか分からないと感じている。ダンガンロンパ、オーディション、そんな記憶があるせいで、余計な不安がついてまわってくるんだ。

 自分に疑いしかなく、差し出されるその手にだって、疑いしかない。それでも手を取るのは、そうしないと立っていられないからで…… 結局は自分のためだ。

 

 頭では理解できているのに、きっとぼく1人がニセモノとして名乗り出れば他のみんなはとりあえずこの場を凌げると分かっているのに、そんなことができない。この命ひとつ惜しんで、その他大勢が坂道を転がっていくのも眺めるだけ。

 天海くんや白銀さんはぼくのことを〝 臆病だけど心優しいクラスメイト 〟だと思っているかもしれないけど、その実ぼくは自己保身しかない化け物だ。

 

 ぼく自身すら、香月泪なのか確信も持たなくて、誰かなのかも分からないのに。他の誰かに分かるはずがないんだ。

 そんなこと、素直に相談することなんてないけれど。

 

 他と違う記憶とアドバンテージ。これがあるせいで、いくら仲間がいたって本当の意味では独りでしかない。

 この謎解きはぼくしか挑むことは許されない。

 

 長々と、そうやって考えていたって解決なんてしないんだけどさ。

 

「…… それで、転子たちを訪ねて来たんですね」

「うん、茶柱さんもなかなか心休まる暇もないだろうし、ぼくが少しでも力になれたらいいなって思って。こういうときこそ仲を深めるほうがいいだろうし、のんびりお茶だけでもしたいなって思ってさ」

「結構ですよ。余裕のない人に与えられるほど転子は弱くはありません。あなたになにが分かる…… なんてことは言いませんけど、今お話しても多分お互いに傷つけ合う結果になるだけです」

「転子のことなら神様に任せてよー。なんなら泪も来るかー? 神様は全てを受け入れるのだー!」

 

 きっと、ぼくのそんな思考が透けていたのだろう。

 茶柱さんの瞳からハイライトは消えたままだけど、はっきりと強い瞳で拒絶された。伸ばしかけた手は掴む場所を失い、お茶に誘うために浮かべた笑顔はスッと顔から剥がれ落ちた。

 

「…… 転子の気持ちも、香月さんの気持ちも、似ているようで多分違うんでしょうね。どこか、無理をしているように見えますよ。いつもならちょっと投げてみるところですけど、今は遠慮しておきます」

 

 予想外だった。

 ぼくなら大丈夫だと思っていた。

 お茶しながらちょっとずつ自分につけたアロマで茶柱さんの心を癒せればなんてことを考えていた。

 多分それは傲慢だったのだろうと理解できる。茶柱さんだって1人の人間なのだから、ぼくが癒して〝 あげる 〟なんて偉そうに言うのはお門違いだった。

 なんだかんだ白銀さんたちが受け入れてくれていたから、大丈夫だとタカをくくって考えが安直だったし、甘すぎた。

 

 なになにをして〝 あげる 〟と言われることほど、屈辱的なものはないとぼく自身が分かっていたはずなのに。

 

「いや、ごめんね。そうだね、お互い傷つけるだけになりそうだ」

 

 こんな数分しかない会話でさえ、こうして自分のダメなところを自覚させられてグサリときているのだから。

 きっとこれ以上続けてもなんの生産性もない、むしろマイナスで終わるだけの会話になるだろう。

 なにが足りないのだろうとか、そんな馬鹿なことは考えない。

 なにもかも、という答えしかないから。

 

 瞑目して、驚いて、そして震わせた目元を意識して再び笑顔に戻す。

 へらりと、からりと笑って 「ごめん」 ともう一度口癖のように声に出した。

 

「アンジーはいつでも待ってるからなー。泪には親友みたいな面倒見の良い神様が待ってるぞー」

「…… それは魅力的なお誘いだけど、今はまだ、やめておくよ」

 

 宗教というのは、心の拠り所となり得る。

 茶柱さんは自身を癒すために、既にアンジーさんといることを選択している。そこにぼくが付け入る隙はない。

 逆にぼくのほうが癒しが必要だと指摘されて痛いところを突かれたようなものだ。

 

「それじゃあね」

 

 笑顔で手を振って、逃げるようにアンジーさんの研究教室から出る。

 歩きながら、次第に足早になり、余計な思考を振り切るように走って。

 

 気づいたら超高校級のメイドの研究教室前にぼくはいた。

 開かない扉を背にして頭を抱える。

 ああ、なんて情けない。こんなときにこそ、東条さんに縋りたくなる。頼りたくなる。泣き言を言いたくなる。そんなことはもう叶わないのに。

 

「東条さん…… ぼく、もう分かんないよ」

 

 彼女を殺したのは、ぼくなのに。

 彼女がクロになったのは、ぼくのせいなのに。

 そのぼくが、彼女にどうしても縋り付きたくなる。

 

 都合のいいときばかりそうやって利用するなんて、なんて酷いやつなんだと独りで自己嫌悪する。

 ああ、ぼくはなんて面倒なやつなんだろう。こんなやつを気にかけてくれるなんて天海くんたちってやっぱり優しいんだな。

 

  だからこそ、もう迷惑になるなら寄りかかるのはやめてしまおうか。

 グルグルと、そんな風に考えながら目尻に浮かんでくる涙をごしごしと拭う。

 ぼくが泣く権利なんてない。泣きたい人なんて、ぼく以外にもいるんだから、ぼくより辛い人なんて、たくさんいるんだから、と。

 迷子になってしまったような心持ちで俯く。きっと負担があれば頭から被っていた。そんな気持ちで。

 

「おお、どうした香月」

「……」

 

 慌てて涙を拭って、立ち上がる。

 俯いていたからまるで気づかなかった。

 

「え、えっと百田くんに春川、さん? どうしてこんなところに……」

「ハルマキとちっと追いかけっこしてただけだぜ」

「放っておいてって言ってるのにあんたがしつこいだけでしょ。あとその呼び方やめて」

 

 なるほど、よく見れば春川さんの袖を百田くんが掴んでいる。

 ただ、そんな強く握っているわけでもないし、春川さんは超高校級の暗殺者だ。それ相応の力もあるはずだし、振り払おうと思えば振り払えるはずなのにそれをしていない。なんだかんだ、逃げる気はないのだろう。もしくは、逃げるのが馬鹿らしくなったとか。

 

「そ、そっか。あ、ごめんね。こんなとこでしゃがんでて、邪魔だったでしょ」

 

 ここは二階の隠されていた場所と通常の場所を繋ぐ唯一の通路だ。道は狭いわけではないけど、人が蹲っていたら気になるだろうな。

 進路を譲るように扉の前から退き、そそくさとその場を去ろうとするけど、それは百田くんの声によって止められた。

 

「待て待て、香月もなんか悩んでんだろ。あんまり抱え込みすぎっと、テメーで持った重荷で潰れちまうぞ」

「…… 別に、話すことのほどでもないからね」

 

 こういうときに百田くんの言葉はありがたいけど、ちょっと眩しすぎるんだよなあ。

 

「…… また馬鹿が始まった」

 

 ぼそりと呟いた春川さんの言葉に、 「えっ」 と声を出して逸らしていた視線を百田くんに向ける。

 

「ま、話したくねーもんは無理して言う必要はねー。よし! 香月にはオレが宇宙の話をしてやる! そしたら小せーことなんてどうでもよくなるぜ!」

「あんた、そうやって私にも言ってくるけど、一度も宇宙になんて行ったことないでしょ」

 

 まあ、確かに。百田くんってまだ訓練生…… だし。高校生で宇宙飛行士として受かっただけでも成績優秀ですごいってことは分かるんだけどね。なんでそこまで自信があるのかはちょっと分からないかな。

 

「なに言ってるんだ? オレは宇宙に轟く百田解斗だぞ? オレが宇宙に飛び立つことは間違いねーことなんだ。ただ、今がその瞬間よりも過去ってだけだぜ!」

「すごい…… ポジティブだね」

「ほら、また馬鹿なこと言ってる」

 

 あの〝 馴れ合うつもりはない 〟って言ってそうな春川さんが、〝 また 〟と言うくらい何度も言ってるのか…… どうしてここまで前向きでいられるのかが不思議だ。

 

「ロマンを追い求めんなら馬鹿やってるほうが近道になるんだ。知らなかったか? 夢を追い求めんのに何年も待つなんざ冗談じゃねーし、思い立ったがすぐ行動! でっけー宇宙の前じゃ何事も小せーことになるだろ。香月も、なに悩んでんだか知らねーけど、こっから出たらどうしたいとか、そういうのあるんじゃねーか? そういうのと比べたら今のことなんかどうでもよくなるぜ。目ぇついてんなら、前だけ向いてな! 満点の星空を見上げる余裕がなくてもそんぐらいならできるだろ!」

 

 ああ、これは…… 励まされているんだ。

 無茶苦茶な意見だけど、不思議と鼓舞されるような心地になる。

 ぼくがやらなければいけないことを、この人はこうして簡単にやってのける。

 

「…… 本当にポジティブだなあ。でも、そういうところも含めての超高校級の宇宙飛行士、なのかな」

 

 ぼくがポツリと呟くと百田くんは目を瞬いて口を開く。

 

「ちょっとちげーな。オレの考え方は〝 才能 〟なんかじゃねー。個性ってやつだ。なんでもかんでも一括りにしてっとがんじがらめになっちまうぞ」

「個性……」

「……」

 

 春川さんも逃げずに百田くんの言葉に耳を傾けている。

 確かに、こんな風に説得され続けたら春川さんも絆されてしまうだろうなあ。

 あんまり喋ってないぼくでもこんなに励まされてるんだし。

 それに加えて春川さんはあの赤松さんからも構われているから、きっと自分が暗殺者だからと距離を取っていたんだろうに、彼らになら、心を開いてくれるのかもしれない。いや、もしかしたら既に……

 

 ともかく、過去ばっかり見てないで…… 前を向く。それくらいなら、心がけられるかな。ずっとやろう、やろうとしてできなかったことだけど、こうして突きつけられると痛いかなあ。

 

 とりあえず今は百田くんを見習って、悲観するのは置いておこう。

 下を向いているといろんな不安要素が見えるから、いったんそれを保留してやれることだけやる。前を向いて、やりたいことを考える。彼からの教えはそれだけだ。

 

「ここから出たら、か」

 

 ぼくはなにがしたいんだろう。

 赤松さんみたいにみんなと友達になりたい?

 百田くんみたいに夢を叶えたい?

 それとも、妹探しをしている天海くんみたいに目的を達成したい?

 

 ぼくがなにをしたいのか。驚くほどぽっかりと穴が空いていて、考えつかない。

 

 それもやはりこの世界が偽りだらけの、ダンガンロンパだと知っているから。

 未来なんてあるのかと、不安に思ってしまうことが原因だ。

 

 もし、それを知らないふりをするとしたら……

 

「もっと、みんなのことを知りたいし、仲良くなりたい…… この学園の外でも、友達でいられたらいいなって思う…… かな。叶うかどうかなんて、分からないし、難しいことだとは思うけど」

 

 誰一人欠けることなく、とは言えない。

 けど、もし願いが叶うなら。やりなおせるなら、この学園に踏み込んだ17人全員と友達でありたい。クラスメイトとして、仲良くしたい。

 既に叶わない願いだと知っていながら、そう思った。

 

 ありえないだろう。けど願う。

 もし、もし、やりなおせるとしたら……

 

 そのときぼくは、手段を選ばずに、手を伸ばすのだろうか。

 そのときになってみないと、きっと分からない。

 

 そんなぼくの心を読んだかのように百田くんは真っ直ぐとぼくを見て言う。

 

「不可能だなんて思ってないだろうな? いいか? やり遂げちまえば不可能も可能に変わる! 全力でぶつかっていけ! 壁にぶち当たったらそのときはそのときだ。香月には天海も白銀もいるだろ? 当たった後のことなんてそのとき考えればいいんだよ!」

「…… そうだね」

「臆病さは慎重さっていう美徳にもなるんだぜ。胸張っとけ」

「あんたって本当にお節介だよね」

「なんだとー?」

 

 自分の課題は前途多難だけど、百田くんたちのおかげで少しだけ前向きになれたような気がした。

 …… 気がしただけかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

* 絆のカケラをゲットした!*

 

 

 

 

 

 〝 ツウシンボ 〟に百田解斗の情報を追記致しました

 

 

 

 

 

 【百田解斗】

 *2 無茶苦茶な理論と感情論で鼓舞しているように見えて、しっかりと本質を捉えてくる。そんな人なんだなあって気がした。彼のコミュ力は才能由来だと思っていたけど、それは個性であって才能と一括りにするべきものではないらしい。ぼくも人のことを才能だけで見ていた節があるのかもしれない、と改めて認識できた。最原くんたちが元気づけられている理由を実感したので、見習っていきたいな。



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夜の食堂で

 1日の間にいろいろあった。

 朝に動機が発表されて、そのあとぼくらはそれぞれに与えられた課題をクリアするために動くことになった。

 今回分かったのは、この課題が2種類あるということだと思う。

 ひとつは、技術面で解決しなくてはならない課題。これからやる必要のあることだ。

 もうひとつは、筆記試験形式の課題。どちらかというと本人確認の意味があるようだけど、こっちはすぐに終わる課題だ。過去の記憶に忠実に答えれば課題クリアなので、多分こっちのほうが簡単だろう。

 ぼくや白銀さんの課題は前者、天海くんや百田くんのが後者…… だね。

 

 夕方になって、食堂へ行くと既にいろんな人が集まっていた。

 

「ぼくも用意しないとね」

 

 食堂に用意されているもので和風パスタでも作ろうかな。

 料理の香りも癒しの効果があるものだから、自分のアロマオイルを無理に使おうとするからいけないんだよね。ぼくのこの才能を使おうとするとやっぱり不審に映るというか…… わざわざ〝治してあげよう〟なんて上から目線に話したら反感を買うのは当たり前だよな。

 みんなは優しいけど、この状況でピリピリしているのもまた事実だし、アンジーさんが宗教まで立ち上げている現状でセールスみたいなことをしたって逆効果だ。

 ぼくの才能は…… 厳密には〝 香り 〟に敏感な嗅覚を表している。

 だから、料理の香りだってぼくの思い通り…… みんなの心を少しずつ、癒していくものになる。

 味に関しては、食べてくれる人にしか効果はないけど、食卓に置かれたいい香りの食事はその香りだけで人を安心させることができる。

 テーブルの上の食事は、本来なら暖かいものだからね。ぼくは親友のおかげでそれを知ることができた。

 思い出、思い出か…… こうやって人のために料理してると、感慨深くなってきちゃうな。ちょっとだけ前に進んだせいか、振り返る余裕ができたというか…… なんと言えばいいんだろう。複雑だなあ。

 

「お、もうできてるみたいっすね」

「うん、天海くんはどこに行ってたの?」

「みんな大変っすからね。邪魔したら悪いんでカジノに行ってました」

「そっか」

 

 やることもないし、他の人と交流しようと思ってもその人に課題があればできないわけだ。天海くんも遠慮してしまうよね。

 

「一応、最原くんと百田くんは課題が終わってるみたいだよ。最原くんは体調が悪くて部屋で休んでるみたい。あと、百田くんは春川さんについてるから、やっぱり一緒に過ごすのは難しいと思うけど」

「最原くんは体調不良っすか…… あとでお見舞いにでも行くっすかね」

 

 ぼくが天海くんとおしゃべりしながら食事を並べていると、慌てたように白銀さんが食堂に入ってきた。

 

「ご、ごめんね! 作業に集中しちゃって、思いっきり時間過ぎちゃってたよ!」

 

 白銀さんがやってるのはお裁縫だからね。集中して作業してたら時間も忘れちゃうよなあ。

 

「ちなみに、なんの衣装を作ってるの?」

「うーん、それはあとのお楽しみかな。完成するまで待っててほしいというか…… こういうのはお披露目する楽しみもないと」

 

 そういうものか。なら楽しみに待っていようかな。

 

「はあ、疲れたあとのご飯っていいよね……」

 

 食堂には和風パスタの良い香りと、他のみんなが作った食事のいい香りが充満している。そこにいるだけで幸せな食卓がやってくるような感じだ。

 実際には巨大な鳥かごのような場所に閉じ込められている閉鎖空間なわけだけど。

 

「いっぱい食べてね。ふふ、これでも昔はあんまり上手にできなかったんだよね。でも、料理も香りに通じるからさ。それに気づいてからは早かったかな」

「才能が活かされてるんすね。料理は科学…… という理念と似た感じっすかね」

「みんな食堂には来るよね……」

 

 それは…… だって、食欲には勝てないよ。

 体が資本だし、元気じゃないと頭もうまく回らなくなるし、できることもできなくなる。寝不足も大敵だ。なにかするなら万全な状態じゃないとね。

 

「ああん? 自動水やり機だあ?」

「えっと、水やり機じゃなくて、水差しなんだけど……」

 

 端の方から聞こえてくる会話に耳を傾けてみる。

 いまだ体調の悪そうな最原くんが、関わったらますます体調が悪くなりそうな人と話しているみたいだ。

 

「水を飲むのも…… 億劫で」

「んなもんシコ松にやらせりゃいいだろ! ベッドの上で大運動会でもすりゃ熱暴走で一周回って回復すんじゃねーのか?ひゃーっはっはっは!」

「入間さん!それは曲解のしすぎですよ!」

「……」

 

 頭が痛いって顔してる……二重の意味で。

 ほら、やっぱり体調悪化しそう。

 でも赤松さんは入間さんと一緒に料理してたみたいで、隣に座ってるし……逃げられなさそうだ。御愁傷様です。

 キーボくんも止めてくれるわけではないもんね。

 

「うっわーなにこれ!」

 

 声のした方向へ向くと、王馬くんがキッチンで大袈裟に騒いでいるようだった。

 

「これおにぎり? ホントに? 岩の塊じゃなくて? こーんな固いおにぎり食べさせられるなんて百田ちゃんかわいそー! ひ、悲劇だ! こんなの悲劇だよ! うわぁぁぁん!」

「殺されたいの?」

 

 シンプルに大惨事だった。

 やっぱりあの2人は合わせちゃダメだろ。水と油だよ。乳化剤がいたとしても和解なんて不可能だよ。

 たしかに春川さんが庇っている手元を見てみると、コンビニのおにぎりみたいにパリッと三角形が見えるけど、そんなの人の好みだろ。

 しかもそう言ってる王馬くんだって巨大なおにぎりをカレーの中で崩しながら食べてるくせにさ。

 見るに、あのおにぎりは巨大さからしてゴン太くんが作ったのかな。で、ゴン太くんがおにぎりとカレーの組み合わせにするわけないし、カレーのほうは王馬くんが作ったと見たよ。

 きっと闇鍋みたいに、互いになにを作るか内緒にして作って合わせたんだろうな。

 なんだ、仲良しじゃないか。微笑ましい。

 春川さんとの関係はまったく微笑ましくなんてないけど。

 

「王馬テメー行儀悪ぃぞ!」

「にしし、悪の総統はマナーに厳しいよ? はい、百田ちゃん。食事中に立ったらダメなんだよー。お婆ちゃんに習わなかった?」

「そもそも盗み食いはよくないよ……」

 

 白銀さんのぼやきは彼らの大音量の喧嘩で届くことすらなくかき消された。

 よくそんなにトムとジェリーみたいなことできるなあ。相手してるだけで疲れそう…… 深夜ハイみたいなテンションで騒ぐ王馬くんを、春川さんたちが相手をしている傍らではゴン太くんが困ったような顔で両者を交互に見ながらおろおろとしている。

 無視してご飯食べてていいと思うよ……

 春川さんも散々才能のことを言及されて疲れてるはずなのに、毎回相手しててすごいよ。ぼくだったら3回目くらいで反論をやめて逃げるから。

 

「はあ、春川ちゃんと遊んでると疲れるね」

「こっちのセリフなんだけど」

 

 うん、多分王馬くんにだけは言われたくないと思う。絡んできてるのは王馬くんだし……

 

「飽きちゃった。ゴン太ー、課題は大丈夫そうなの?」

「うん! もうすぐ生まれてくる虫さんの種類が5種類以上になるんだよ。早く に生まれてくる虫さんは元気いっぱい!」

 

 その中に、イニシャルでGが入る虫いない? 大丈夫?

 

「転子はー、大丈夫だもんねー」

「ええ、みなさん順調みたいですね……転子も頑張ります! 夢野さん…… アンジーさん、見守っていてください…… !」

 

 みんなそれぞれ課題は順調なようだね。それはなにより。

 ぼくの課題は前途多難だけど…… まだまだ時間はあるから問題ない。

 …… それに、どうせまたうやむやになるだろうし。

 だって、ニセモノ問題も事件が起これば課題をこなしてなくても無効になるとかなんとか言っていたし、そういうことだよね。

 ただ、放棄するわけにはいかないから、直接課題をこなすことができないぼくは、しばらく間接的にみんなをリラックスさせる方法を探すことになりそうかな。

 

 こうして、事件もなにもなく、課題が発表されて1日目は過ぎ去っていくのだった。

 

 





 これがいわゆるスランプというやつなのだろうか……
 遅れた上短くなってしまい、申し訳ございませんでした!


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お見舞い

 朝、いつものように3人集まって朝食をとったのだけど、食堂に最原くんが来ることはなかった。

 赤松さんによると、熱が出て自室で寝ているということだった。ヨーグルトなんかの食べやすいものを集め、赤松さんは最原くんの部屋へすぐに戻ってしまった。

 別にあの2人のことだから心配しているわけでも、なにかあったんじゃないかと勘ぐっているわけでもないけど…… 念のため。そう、念のため最原くんの様子を見に行こうと思ったんだ。

 

「お見舞いありがとう、香月さん」

 

 果物を手土産に最原くんの部屋を訪ねてみると、当然のように赤松さんが出迎えてくれた。こう見ると、まるで夫婦のように見えてくるから不思議だ。

 最原くんは奥で寝ているのだろうか。

 

「う、うん…… えっと、赤松さんも無理しないようにね。マスクくらいはしておいたほうがいいんじゃ」

 

 そういうぼくもマスクなんてしていないけど。

 

「あ、そうだよね。ごめんね…… 普通はするよね。倉庫にあるかな」

 

 かなり真面目に受け取ったみたいだ。

 これは、提案しておいてなんだけど、申し訳ないな。

 

「ぼく、探してこようか?」

「ううん、いいよ。自分で探してくる。香月さん。ちょっと、待っててもらえるかな」

 

 …… まあ、ずっと同じ部屋で過ごしていると、本人はそう思っていなくても参ってくるだろうし、気分転換にでもなるなら外に出たほうがいいのかもしれないけど。なんかあっさりだなあ。なにかあったのだろうか。

 

「分かったよ」

 

 釈然としないまま返事をして、最原くんの部屋にそのまま入る。

 はっ、まさか最原くんの死体が発見されてぼくが真っ先に疑われる第一発見者に…… ? なんて、そんなことないか。

 

「最原くん…… ?」

「大丈夫、ちゃんと話は聞いてたよ。えっと、いらっしゃい…… ありがとう、香月さん。ベッドからでごめんね」

 

 最原くんはきちんとベッドにいた。制服のまま布団に入っているようで、襟元が少しだけ見える。

 風邪…… なのかな。確かに顔が少し赤い。見るからに苦しそうにしている。昨日もあんまり歩き回っていたわけじゃないと思うけど、運動して拗らせてしまったんだろうか。インドア派っぽい見た目してるからなあ。

 ぼくも多分風邪の引き始めに運動をしたら拗らせる自信があるぞ。

 

「えっと、なにも、ないけど…… ごめん」

「い、いや。大丈夫だよ。こっちこそ…… ごめんね。突然来ちゃって」

「ううん、お見舞いに来てくれるのは嬉しいよ」

 

 あんまり親しいわけでもないのに突然来たのは失礼だったかな…… でも二人だけにしておくのも…… ないとは思うけど事件が起こったときに発見しづらくなってしまうからね。

 信用してないわけではないよ。お互いをしっかり見張っているのが一番の安全策だと思っているだけだ。

 

「ちょっと散らかってて…… 恥ずかしいな」

「えーと……」

 

 思わず、といった具合に部屋の中を見回す。

 確かに最原くんの性格を考えると不思議なくらい、案外ごちゃついていて、いろんなものが置いてあるみたいだ。

 この大きな花瓶と、活けてある花とかどこからどうやって移動してきたのか……

 

「ああそれ…… ? 赤松さんの研究教室に置いてあったやつだよ。それが1番凶器の可能性があるから調べるついでに教室から離そうと思って持ってきたんだよ」

「ああ、教室にあると利用されかねないから…… だね」

「うん…… 個人の部屋なら隠すのにちょうどいいし、僕は探偵だから……」

 

 犯罪に使用するつもりはない、か。最原くんも立派な探偵なんだね。

 

「…… ねえ香月さん」

 

 ぽつりと、最原くんが呟いた。

 

「どうしたの?」

「君の研究教室ってアロマはなんでもあるの?」

 

 それは…… 研究教室というくらいなのだからいくらでもあるだろうな。

 暗殺者の教室の中は見てないから分からないけど、多分そっちだってありとあらゆる暗器とか武器が置いてありそうだし。昆虫博士の研究教室なんて教室一面虫カゴ虫カゴ虫カゴだらけだ。

 

「うん、あると思うよ。なくても…… 多分モノクマ辺りに言えば用意してくれるだろうし、ね。あんまりやりたくないけど」

 

 あんまりモノクマに頼ると痛い返しが来そうだから、借りとかは作りたくないんだよね。

 

「そっか…… えっと、なんだっけ…… そうだ、よく、僕のお世話になってる事務所の叔父さんが使ってたんだけど…… フラン、ケンセンス?」

「フランキンセンスかな?」

 

 フランキンセンスであってフランケンではない。フランケンシュタインと混じってるよ。覚えにくいから仕方ないけど。

 というか、よくそんなの知ってたな。

 

「そう、そのフランキンセンスを使ってるところをよく見たんだ。レモンみたいな香りのやつ。もしあったら持ってきてほしいなって」

「うん、探してみるよ。今日中に持ってくればいいかな」

「うん」

 

 こんなことをお願いしてくるなんて、最原くんもなんだかんだ心細いのかもしれない。

 探偵事務所の叔父さんのところと同じ香りってことだろ? つまりそれは帰る場所の香り。安心できる場所の香りということだ。

 それを今感じたいということは、心が弱っている証拠だよね。いくら赤松さんがいるからといっても、ここが閉鎖された空間であることは変わらない。コロシアイの不安も、緊張も付き纏う。

 こういうのも才能の発揮に加算していいんだろうか…… そうだってらいいんだけどな。

 探偵という役柄上、気を抜くわけにもいかないんだろう…… ぼくには要望通り、安心できる香りを用意してあげることしかできないわけだし、あとで赤松さんが戻ってきたら交代で精油を持ってこよう。

 

「あ、でも最原くん。フランキンセンスを使うのはいいんだけど、火気厳禁だからね。少なくとも香りが充満した中で液体が残ってる状態で火なんか使わないように。もしくはちゃんと換気すること。分かった?」

「うん、叔父さんもそうしてたから……」

 

 精油にも引火点というものが存在する。あくまで油だからね。

 フランキンセンスはその引火点が殊更低いんだ。といっても、その温度になったらすぐさまに発火するわけではない。

 その温度で発火する場合は発火点って呼ぶからね。これはあくまで引火点。

 引火点っていうのは、気化して空気と混ざり合ったものが燃焼物に触れると発火する温度のことだ。

 だからといって気をつけなくてもいいわけではない。もちろんビンの蓋を開けっぱなしにしておけば引火点を上回って発火する可能性がある。

 

 ところで、さっきから言っているフランキンセンスの引火点だけど…… この精油は1番低い引火点を持っている。

 ズバリ『32℃』だ。32℃以上で気化しており、火花が散れば発火する。そういうものなんだ…… ってなんだかフラグに思えてきたぞ。

 持ってくるのやめようかな…… でも最原くんはかなり弱ってるし…… 心くらいは軽くしてあげたい…… でもこれでなにかあったら後悔するのはぼくなんだよなぁ。

 

「最原くん、約束してね?フランキンセンスを使うときは、必ず誰かが一緒にいるときにするって。具合の悪い今の状態じゃ、万が一があるからさ」

「うん、そうすることにするよ…… 忠告、ありがとう」

 

 ダンガンロンパにおいてさすがに探偵様に死なれたら困るからね。

 天海くんも主人公レベルで頭がいいから推理に困ることはないと思うんだけど、やっぱり二人いると安心感が違うよね。

 

「最原くん、まだ起きてる…… ?」

 

 扉を開けて、赤松さんが帰ってきた。

 口元にはマスク。マスクが何枚か入った箱を持っているので、無事に倉庫から見つけ出して来たみたいだ。

 

「香月さんも」

「ありがとう」

「最原くんもね」

「うん」

 

 3人ともにマスクをつけて座る。ベッド脇に椅子を置いて赤松さんと二人、ベッドにいる最原くんを見つめた。

 

 薬とか、飲んだのだろうか。

 この学園にある薬なんてどんな成分が入ってるか分からない以上、あんまり頼りにしたくはないけど。

 特にモノクマが用意したものなんてあったら要注意だ。絶対なにか裏があるに決まってるからね。こっちが要望も出さずに薬を差し出して来たりしたらもっと怪しくなる。

 だからあんまり研究教室にないものとか要求したくないんだけど…… ちゃんとあればいいなあ。フランキンセンス。

 

「これ、食べやすいかなと思って持って来たんだ。良かったら食べてね」

「ありがとう。最原くん、体起こせる? 朝はリンゴだけだったからね…… ちゃんと食べないと薬も効かないよ。えっと、ヨーグルトなら食べられるよね?」

「あ、赤松さん! 自分で食べられるよ!」

 

 おお、慌てている。

 これ以上いたらきっとお邪魔だろうなあ。微笑ましい。

 

「えっと、最原くん。午後には言われたもの持ってくるから、ちゃんとご飯食べるんだよ?」

「わ、分かってるよ。ちょっと、赤松さん…… そんなにぐいぐいしなくても大丈夫だって」

「はい、口開けて」

「…………」

 

 そんな二人に甘酸っぱいなあなんて思いながら、ぼくはそっと最原くんの部屋を離れるのだった。

 

 





 短くて申し訳ない…… 本当に申し訳ない。
 フラグを徐々に立てていきます。


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紳士道

「入っていいかな? 香月さん、さっきぶり」

 

 ぼくが研究教室で精油を用意していたら、赤松さんが訪ねてきた。

 

「どうしたの?」

 

 なにか用があるのかなと、ぼくは手元を止めずに訊く。

 ガチャガチャとガラス瓶をどかしながらあれも違う、これも違う。どこぞの青い猫型ロボットのように〝フランキンセンス〟の瓶を探す。勿論、最原くんに用意してほしいと言われたものだ。

 できれば、青猫もどきの白黒クマには頼りたくない。

 

「あのね、さっき最原くんとも話してたんだけど……今夜にピアノの演奏会をやろうと思って」

「え?」

 

 予想外の言葉で振り返る。

 ガチャン、とひとつガラス瓶が倒れた。あ、これだ。フランキンセンス。

 

「あ、最原くんがおやすみしてるのにって思ってる?」

 

 うん、そうだね。

 確かに才能の証明は早いほうがいいと思うし、赤松さんは最原くんともそんな話をしていたみたいだけど、本当に急にやることになったんだなって。

 

「結構急だよね? 明日の夜時間とかじゃないんだなって思って」

「そう、今夜なんだよね。最原くんもいつ治るか分からないから、私の安全のためにも早く済ませておいたほうがいいって言ってくれて……でね? 聞いてよ香月さん!」

「う、うん」

 

 いつもより押しが強い赤松さんに困惑しつつも返事をする。

 目的の精油は見つけたから、棚の前から移動してシンクの前へ。お客様なんだし、話も長くなりそうだからお茶でも用意しよう。

 

「最原くん、病床を押してまで私の演奏を聴きに来ようと思ってたんだよ! それは……嬉しいんだけど、早く治すのには寝るのが一番なのにさ!」

 

 あ、これぼく知ってる。

 惚気(のろけ)ってやつだ。

 

「だったらせめて明日に回そうって言ったら、今日がいいって。探偵って頑固なものなのかな?」

「さ、さあ……そういうイメージはなくはないけど」

 

 いや、探偵ならむしろ柔軟な思考をしてるものなのかな。

 

「だから、二人で話し合って決めたんだよね。ほら、私の研究教室には放送機能があるでしょ? あれで最原くんの部屋に流せばいいかなって。治ったらまた生演奏を聞かせてあげるからって約束してさ」

「いいんじゃないかな。それで赤松さんの才能も証明されて、安全になるんだし。最原くんも赤松さんのことが心配なんだよ」

 

 ここは聞き上手に徹するべきだ。

 そういう悩みができること自体、ちょっと羨ましいなあなんて思いつつも笑顔で話を聞く。お茶を入れてテーブルに置けば、赤松さんは「ありがとね」と言って早速口をつけた。

 ……毒さえ一切疑わない。ここにはぼくと彼女しかいないのに。ああ、赤松さんって本当に純粋で、明るくて、すごい人なんだなと実感する。

 勿論毒なんて入っていない。当たり前だ。ぼく自らコロシアイに参加することはありえない。けど、少しは警戒心を持ってほしいものだよ。

 

「最原くんが心配してくれるのと同じくらい私だって心配してるのに! ……あはは、ごめんね香月さん。話に付き合わせちゃって」

「ううん、こうやって話を聴いてると結構おもしろいよ……おもしろがったら失礼かな」

「いや、おもしろがってくれたほうが嬉しいよ! つまらなかったら申し訳ないし」

 

 眉を下げて赤松さんが言う。

 押しが強すぎると引かれてしまうかもしれないけど、不思議と赤松さんの話には引き込まれるものがある。なぜだろうか。恋する乙女ってやつに興味があるからなのかもしれない。

 

「あれ、そういえば赤松さんネイルなんてしてたっけ」

「あ、これ? これね、白銀さんとネイルブラシの話をしてたら天海くんに教えてもらってさ……」

 

 ネイルの話を夢中で語りながら赤松さんはその爪を見せてくれる。

 ピアノ演奏に邪魔にならない程度に塗られた薄いネイル。これを、天海くんが……ほんの少しだけチクリとした思いを感じながら首振り人形に徹する。

 一気に、楽しかった気持ちが冷めてしまったみたいだった。

 ぼくってこんなに嫌なやつだったっけ。

 

「……しかも最原くんはこのネイルに気づかないし、あ、でも男の子ってそういうものなのかな」

「赤松さん、時間とかは大丈夫?」

「え? あ、結構時間経ってるね。他のみんなにも演奏会のこと言わないと」

「全員参加なの?」

「うん、最原くんがそうしたほうが証明しやすいって」

「そっか」

 

 複雑な気持ちを抱えたまま、笑みを作る。

 赤松さんといると、だいぶ劣等感に苛まれるけど……でも彼女といると励まされることが多いのも事実なんだよね。

 

「全員集まったらこの電子生徒手帳で連絡するつもりなんだ。目覚まし代わりに」

 

 そんなものもあったね……あまり使っている機能とは言えないけど、電子生徒手帳にはメッセージ送信機能がある。それを使って、確実に最原くんが演奏を聴けるようにするんだろうな。

 ぼくたち、大体メッセージ送らなくてもまとまって行動してるからあんまり使わないんだよ。

 

「それじゃ、私は他のみんなにも伝えてくるね!」

 

 それこそ、メッセージを一斉送信しちゃえばいいだけの話なんじゃないのかな。

 指摘しようと開いた口は、さっさと出て行ってしまった赤松さんに言葉をかけることもできずに閉じられた。

 

「フランキンセンス……このまま……ううん、役に立ちたいし、最原くんは探偵だから大丈夫だよね」

 

 そんな、曖昧な信頼の元に小瓶を揺らす。

 探偵が安全圏にあるなんて、ただの偏見でしかないのに。思い込みでしかないのに。保証すらもないのに。

 棚から小瓶を追加で2つ、用意する。それから、最原くんの部屋にはアロマポットがなかったのでそれも。

 カチャリと、ガラスの擦れるような音が部屋に響いた。

 それから、追加で用意した2つの小瓶……ビターオレンジとマンダリンを棚に戻す。もう用は終わったからね。

 

「行くか」

 

 最原くんの部屋へ行き、アロマポットとフランキンセンスの小瓶を届けたら、あとは夜に向けて少し寝ておこうかな。夜時間になってからの演奏会だし、超高校級のピアニストの演奏は眠気のある状態で聴きたくない。聴くなら、なるべく万全の状態がいいなあ。きっと眠気のある状態でも超高校級の演奏を聴けば夢中になって目が覚めるのだと思うけど、気持ち的にはちゃんと真摯に向き合って聴きたいものだよね。

 

「よいしょっと」

 

 いくらか重いアロマポットを持って戸を開ける。

 そのまま植物園を抜けようとすれば、途中で虫網を持ったゴン太くんと出会った。

 

「あれ、ゴン太くん。虫でもいるの?」

「うん、今度こそ見つけたんだと思ったんだけど……また見失っちゃって」

「え……ゴン太くんって目が凄くいいんだよね。そんなゴン太くんでも見つからないって……前に見たやつと一緒?」

「多分、そうだと思う。普通の虫さんならゴン太がすぐに見つけてあげられるんだけど……びっくりさせちゃったのかな」

 

 体が大きいから? いや、でもいつもは虫に怯えられたりしないみたいだし……別の原因だろうか。

 

「他の虫なら意思疎通できるんだよね?」

「もちろんだよ。だから、迷子ってわけでもないはずなんだ。研究教室の虫さんたちはゴン太のこと知ってるから……きっと先におやすみから目が覚めて、独りでずっと彷徨ってたんだよ! 早く安心させてあげなくちゃ」

 

 そう言ってゴン太くんは再び「おーい」と声をかけ始めた。

 逃げられている状態でそんなことをしたら逆効果じゃないかなと思ったけど、とりあえず急ぎの用事なので余計なことは言わないでおく。

 

「赤松さんから話は聞いた?」

「うん、夜時間だよね。大丈夫! それまでにはなんとかするよ」

「そっか、それじゃあ」

 

 ぼくが道を通るときにいたということは、赤松さんが帰って行ったときにもゴン太くんはいたということだ。当然、話は聞いてるよね。よかった。

 

「あ、そうだ! ねえ、香月さん。よかったら荷物持つよ!」

「あれ、ゴン太くん……」

 

 追いかけてきたのは森のクマさんじゃなくてゴン太くんだ。

 そういえば、紳士になりたいんだっけ。

 

「虫はいいの?」

「う、でも、虫さんはあとで探すこともできるけど、香月さんのお手伝いは今しかできないことだよね?」

 

 おお、ゴン太くんって虫さん以外を優先することもちゃんとあるんだね。

 嬉しいは嬉しいけど、アロマポットひとつでそんな大袈裟な……いや、ゴン太くんは立派な紳士になるために頑張ってるんだもんね。なら、お願いするほうが彼のためになるのかな。

 

「きみがいいなら、お願いしようかな。最原くんの部屋にこれを届けたいんだ」

「うん、任せて! 困ってる人のお手伝いをしないなんて立派な紳士とは言えないからね!」

 

 ……別に困っているわけではないかったんだけど。気持ちは嬉しい。

 

「ありがとう、ゴン太くん」

 

 こうしてぼくはゴン太くんと絆を深めつつ、最原くんの部屋に向かったのだった。

 

「最原くん、起きてる……?」

 

 呼び出してみると、パタパタと足音が近づいてくる。

 やがて扉が開くと、ふわりと空気が最原くんの部屋に入り込んで行った。

 

「わっ、びっくりした」

「え、どうしたの?」

「ううん、大したことないよ。風が吹いただけみたいだし」

 

 風が吹いただけ……だよね? 

 

「最原くん、こっちが約束のフランキンセンスで……アロマポットは」

「はい、これ!」

「ゴン太くんが手伝ったんだね」

「うん、ここまでありがとう」

「どういたしまして! 紳士として当然のことだよ! あ、紳士見習いとして……なのかな」

 

 気恥ずかしそうに頬を指でかくゴン太くんに、なんだか微笑ましい気持ちになる。ここまで頑張っていると本当に応援したくなっちゃうね。

 

「ううん、ゴン太くんは立派な紳士だよ。ぼくを手伝いたいって思ってくれた、その気持ちが大事だと思うんだ。最原くんもそう思うでしょ?」

「うん、ゴン太くんはすごいよ。昆虫博士の才能に加えて紳士を目指していて、優しくて、強いから」

「べた褒めだね」

「あはは、そう言われると照れちゃうよ」

 

 照れ臭そうにしているからますます褒めてあげたくなっちゃうけど、先に用事を済ませないとね。

 

「最原くん、このアロマを使ったあとはちゃんと換気すること。いい?」

「うん、換気扇も一応あるし……大丈夫だよ。さっきまで動くかどうかも確かめてたんだ」

「そっか」

 

 換気扇か。そういえばぼくの部屋もあんまり使ってないなあ。

 芳香浴をするときは大体研究教室に籠っているから、部屋のは使う機会がほとんどない。研究教室のほうは換気扇も扉もあるからすぐに空気が入れ替わるんだよね。

 

「最原くん、熱はまだあるの?」

「……うん、さっき測ったけどなかなか下がらなくて」

 

 眉を下げて言う彼は少し頬が赤い。

 

「なら最原君は寝てないとダメだよ! なにかほしいときはゴン太に言ってくれれば手伝うから、遠慮なく言ってね!」

「うん、ありがとう。なにか入用になったら連絡するよ」

 

 赤松さんがいるから大丈夫だとは思うけど、風邪をひいているときはあったかくして寝ておかないとね。

 

「寒くない? 大丈夫?」

「うん、赤松さんが倉庫から毛布を見つけてきてくれたから……大丈夫。心配かけてごめんね」

「いざとなったら暖房とか……あ、でも暖房つけたら喉が痛くなっちゃうか」

 

 と、そろそろ帰らないと。

 最原くんをいつまでも玄関に引き留めているわけにはいかない。

 早く寝て元気になってもらわないと……いざなにかあったときに頼りにしたいから。

 ……ぼくが頼るべきなのは多分天海くんなんだけどさ。

 

「演奏会は来れないんだよね」

「ゴン太、連れて行こうか? 

「ううん、大丈夫だよゴン太くん。ほら、放送はしてくれるからさ……むしろまた聴くための約束ができて嬉しいくらいだよ」

 

 熱に浮かされつつも、最原くんはへにゃりと笑った。

 うーん、ポジティブだなあ。

 

「そっか……」

「気持ちだけもらっておくね」

「えっと、気持ちを?」

 

 ゴン太くんがなにやら懐を探り始める。

 

「気持ちをもらうっていうのは、そう言ってくれるだけで嬉しいってことだよ」

「あ、そうなんだね! ごめん! ゴン太変な勘違いしちゃって」

 

 ああ、なるほど。ゴン太くんは〝目に見える〟気持ちがあって、それをあげればいいと思ったのか。頭はいいのに、変なところで知らないんだなあ。

 

「それじゃあ、お大事に」

「お、お大事に! 最原君!」

「また明日……赤松さんによろしくね」

 

 穏やかに、最原くんは笑っていた。

 さて、あとはゴン太くんとは別れて自室に戻ろうかな。

 それで、いくらか寝て目を覚ます。

 

「ぼくは部屋に戻るね。ゴン太くん、お手伝いありがとう」

「うん、役に立てて嬉しいよ! 紳士的にお部屋まで送るよ!」

「すぐそこだよ?」

「ゴン太も外に行くために通る場所だからね」

「それもそっか。ありがとう」

 

 重ねてお礼を言って、部屋の前で別れる。

 シャワーを簡単に浴びて、着替えて、目覚まし時計をセットして……そしてベッドに身を沈める。

 

「おやすみなさい……」

 

 演奏会は今夜。あともう少しのことだった。

 

 

 



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月夜の音楽会【前奏】

 いつもの目覚ましで目を覚ます。仮眠とはいえ、起きてすぐには目が覚めないから、顔を洗って冷たいハーブティーを淹れた。

 

「ふぁ……」

 

 電子生徒手帳を起動して地図を見ると、既にピアニストの研究教室に人が集まり始めているようだった。

 

「みんな、早いなあ」

 

 ぼくも早く行って手伝わないと。

 そう思って着替えを済ませ、ついでにもう一杯目を覚ます目的でハーブティーを飲む。さっぱりとしたハーブティーで鼻までスッと通り、気分が高揚した。

 

「本格的な演奏なんて初めてだなあ」

 

 ちょっとわくわくしながら扉に手をかけ、開く。

 

「わっ、天海くん?」

「おっと、すごいタイミングっすね……寝てたんすか?」

 

 部屋の外には、ちょうどノックをしようとしていた天海くんがいた。この感じだと、どうやら迎えに来てくれたみたいだね。ありがたいんだけど、ちょっと気恥ずかしい。

 それに仮眠を取っていたことまでバレちゃっている。なんでだろう。

 

「う、うん。ちゃんと赤松さんの演奏を聴きたいからさ」

「そうっすか。楽しみにしてたんすね……でもほら、ここに」

 

 天海くんの手が頭に伸びてきて、思わず目をギュッと瞑ってしまった。

 苦手だって言ってるのに……と思ったけど、耳の横でふわりと大きな手が動くのが、なんだか心地良くて嫌じゃないなと感じた。

 

「寝ぐせついてるっす」

「えっ、えっ!? そ、そこだけかな? うう……ちゃんと整えたと思ったのに」

 

 見落としているなんて。ぼくは女子力のカケラもないのかな……元々なかったけど、ますます自信がなくなっていってしまう。

 

「あはは、大丈夫っすよ。ほんの少しだけっす。もしかしたら、香月さんに構いたいからそう言っただけって可能性もあるかもしれないっすよ?」

「え、え?」

 

 悪戯気に微笑んだ天海くんが離れていく。

 か、からかわれたの? それとも本気……? いやいや、こんな優柔不断で、みんなが死ぬ原因になってしまっていたぼくを、そんな風に気にかけてくれるだなんて、ありえない。

 そう、ありえちゃいけない。希望なんて持ったって、最後には絶望するだけなんだから。

 ぼくだって、ダンガンロンパのファンだ。歴代のみんなに、主人公に、希望を持つことがどれだけ素晴らしいことなのか、ステキなことなのかってことを教えられた。夢中になれた。ゲームをプレイしているときは現実のなにもかもを忘れて、みんなの生死に一喜一憂しながら、感情を入れ込んで希望を持つことができた。

 でも、リアルのぼくにそんなことはできない。

 ぼくは主人公みたいにはなれない。ヒロインみたいになんてなれない。

 ここには等身大のぼくしかいない。いくら決意しても、いくら前向きになってもできることは限られている。

 物語の主人公なら、いくらでも成長余地がえる。けど、リアルの人間にはキャパシティというものがあるってぼくは知っている。

 ある程度の鈍感さが生き残るために必要だってことも。

 

 だから天海くんの意味深な言葉に、ぼくは気づかない。気づいてはいけない。

 深読みだとしても、ただの自意識過剰だとしても、ぼくはなにも知らずに振る舞うしかないんだ。

 

「い、行こっか」

 

 曖昧に笑って顔を背ける。

 

「そうっすね」

 

 天海くんは、なにを言うこともなくぼくに合わせてくれた。

 こんなときにどうしようもなく、白銀さんに縋り付きたくなる。でもそんなワガママするわけにもいかないし……誰かに甘えてばかりじゃぼくは弱いままだな。

 

 そうして、ぼくらは沈黙を保ったままに『超高校級のピアニストの研究教室』へと辿り着いたのだった。

 

「あ、待ってたよ二人とも!」

「白銀さん、やっぱり先に来てたんだね」

 

 マップを見たとき、自室にはいないようだったからもしかしてと思ってたけど……やっぱり先に出てたんだ。いつもなら三人一緒に行くのに、なんでだろう。

 

「うん、あのね。ゴン太くんが一緒に行こうって誘ってくれたんだよ。ちょっとお話してたら、女性をエスコートするのも紳士の役目だけど、自分はまだまだ未熟だから練習に付き合ってほしいって」

「へえ、ゴン太くんが」

 

 ぼくのことも手伝ってくれたし、やっぱり紳士になりたいってお話は本当なんだなあ。

 彼の性格を知っていれば優しくて純粋な人だって分かるけど、第一印象は威圧感がある強面だから……仕草とか、行動とかで示すにしても練習あるのみだよね。

 恥を忍んで女性を相手に練習……ってことなのかな。

 

「なにより真っ先に頼んで来たのがわたしってことがもう……本当に嬉しくって。語彙力なんか消し飛んじゃうよね」

「言葉が出なくなるほどっすか。それはすごいっすね」

 

 さらっと白銀さんの言いたいことを察する天海くん。語彙力が消えるって言葉はぼくたちみたいなオタク特有のものだと思っていたから、普通に通じるのが驚きだよ。

 

「ところで、肝心のゴン太くんはどうしたの?」

「あ、それなら……ほら、あそこ」

 

 白銀さんが指さした先には、百田くんや春川さんと一緒に椅子を並べているゴン太くんの姿。どうやら会場作りのお手伝いをしているらしい。

 茶柱さんも手伝おうと迷っているけど、百田くんが仕切っているためになかなか足を向けられないみたいだ。

 アンジーさんは教室の後ろのほうにある黒板に『超高校級のピアニスト。赤松楓の演奏会』という内容を少ないチョークを駆使して書き込んでいる。

 春川さんが和やかに会場準備していることで分かるが、王馬くんはまだ来ていないようだった。

 入間さんは早々に椅子を確保して、こんなときにまでメカをいじっている。

 けど、肝心の赤松さんの姿はどこにもなかった。

 

「ねえ、白銀さん。赤松さんは?」

「見かけないっすね。キーボ君はあそこにいるっすけど」

 

 本日の主役がどこにもいないっていうのは問題だ。どうしたんだろう。

 

「ああ、それならね。もうすぐだと思うよ」

「もうすぐ?」

「うん、わたしも気合入れて頑張ったから驚いてもらえると嬉しいな」

「え……?」

「おお、香月さん。ちょうど赤松さんが来たっすよ」

 

 戸惑いつつも天海くんに言われるがまま、研究教室の入り口を振り返ると、カツンというヒールの音と共に赤松さんが現れた。

 明るい紅みの強い紫色……渋めの紅紫というのだろうか? あの色はなんて言えばいいんだっけ。京藤色? 若紫色? とにかく、ピンク色に近い薄い紫の豪奢なドレスを着た赤松さんが、仮面舞踏会のような蝶々の仮面を被って研究教室に入って来た。

 

「あれは……?」

「えっとね、あのドレスは……って漫画の」

 

 あ、これは説明が長くなるやつだね。分かります。

 静かに 、そして熱く語り出す白銀さんの説明を聴きながら赤松さんのドレスを見つめる。

 見れば見るほどフリルが見事で、デザインが可愛い。大人っぽくもあって、元気で可愛いという印象の強い赤松さんが、今日に限ってはいつもよりずっと綺麗だ。可愛いよりも美しいという要素のほうが勝っていると言えばいいのか。

 白銀さんが作ったわけだし、これも本来ならコスプレ衣装なんだろうが……お見事だ。赤松さんに似合いすぎている。

 

「でね、赤松さんなら素材がいいから、カラコンとかしなくても再現できると思ったんだよ。才能の証明も兼ねて、晴れ舞台も応援できるからね。演技とかは……うん、そのうちやってみせてくれたら完璧だけど。今日はとりあえず赤松さんがそのままでも似合うコスプレ衣装を作って、着てみせてくれただけでいいかな。満足はしてないけど」

 

 へえ、白銀さんのことだから演技まで完璧にこなせないとダメなんだと思ってた。キャラ愛のある人にコスプレしてもらえないなら自分がコスプレする、なんて目的で活動しているのに。意外だった。

 

「コスプレ道も一歩から、だよ。まずは可愛い衣装で慣れてもらって、それから元の漫画を見てもらったりしてね? 徐々に徐々に引き込んでいくのがいいんだよ」

「勧誘する気満々なんすね」

「う、うん。ほら、赤松さん……少女漫画ならはまってくれそうだし」

 

 それはなんか分かる気がする。

 白銀さんの恐ろしさを実感しつつ、ピアノの前に座る赤松さんを見る。

 あの衣装の漫画は知らないけど、そう言われちゃうと元のやつが気になるなあ。この学園から出られたらやりたいことが増えてしまった。

 ぼくまで白銀さんの術中にはまってしまっているが、元からぼくはオタク気質もある。気になるものは仕方ないよね。

 

 けど、あんなに綺麗な姿を最原くんに見てもらえないのは残念だろうなあ。

 演奏を直接放送で届けることができるとはいえ、心を込める相手が遠くにいるというのはなんだか寂しい。

 心なしか赤松さん自身もいつもの元気さが足りない気がする。

 

「あ、キーボくん。放送のスイッチを入れてくれるかな?」

「ええ、分かっています! 最原クンの部屋への放送ですね」

 

 赤松さんの言葉にカチリと、キーボくんの手によってスイッチが入る。

 椅子も並べられた。アンジーさんの黒板アートも完成した。白銀さん製作のドレスを着た赤松さんは準備万端だ。ピアノの調律も、もちろん事前に済ませてあるだろう。

 

「お、間に合った! ごめんごめん、遅れちゃった」

 

 滑り込むように王馬くんも研究教室に入ってくる。

 春川さんや百田くんから一番遠い席を確保して彼も座る。

 まさかこの演奏会にちゃんと参加してくるとは思ってなかったから、意外だったな。

 これで最原くんを除く全員が一箇所に集まった。

 研究教室の後ろのほうにこっそりと出てきたモノクマーズたちも集まっている。なんでお前たちまでいるんだ、なんて文句が喉から出かけるが今日のメインは赤松さんの演奏だから我慢する。

 

「今日は来てくれてありがとう。演奏するのは三曲。分かりやすいベートーヴェンのピアノソナタ第14番。『月光』と、フレデリック・ショパンのワルツ第6番『子犬のワルツ』と、最後にドビュッシーのベルガマスク組曲の第3曲『月の光』だよ。よかったら最後まで聞いていってね」

 

 月光も月の光も名前は聞いたことがある。子犬のワルツとやらも有名なら多分聞けば分かるかな? 

 

「……」

 

 しん、とした室内に赤松さんの軽い呼吸音が響く。

 そうして、彼女の真剣な眼差しが中央の舞台上にあるピアノに吸い込まれるように消えていく。

 柔らかくピアノの鍵盤の上に添えられたその手がついに動き出して、月夜の音楽会がようやく始まった。

 

 

 

 



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月夜の演奏会【終幕】

 繊細で、それでいて力強い音色が響く。

 その教室を包み込むような、飲み込むような、聴くもの全てを魅了する旋律。

 元からなかったけど眠気まで覚めていくような、夢中になってのめり込むような演奏。

 技術なんてまるで分からないのに、ピアノの演奏に合わせて心が動いていく。動かされていく。

 旋律に乗せる赤松さんの情熱が、心が、人の心を動かそうとする魅力が全て詰まったその演奏。

 

 まるで演奏会を開いているこの教室そのものがひとつの楽器になったように、プレゼントボックスになったように、彼女の独壇場でみんなを包み込んでいる。

 それは、クラシックになんて興味のなさそうなあの入間さんだって例外じゃない。演奏の良し悪しなんて分かるはずもないキーボくんだって例外にはならない。虫が好きで、ピアノの演奏なんて聞いたことがないだろうゴン太くんだってそうだ。普段は(はや)し立てたりしそうな王馬くんだって例外なんかじゃない。

 

 みんながみんな、その旋律に魅了されていた。

 みんながみんな、赤松さんの手の動きに見惚れていた。

 

 それくらい圧倒的な演奏。

 彼女の指が滑るたびに、目を取られる。

 そしてなにより、赤松さんの楽しそうに演奏しているその表情が圧倒的だった。楽しんでいる。みんなを楽しませようとしている。精一杯大好きなピアノの魅力を、ぼくたちにぶつけるように。ぼくたちの中に染み込ませるように。

 

 そうとしか言えなかった。

 見事に、なんてチープな言葉じゃ言い表せないくらい赤松さんの演奏は美しかった。どんな言葉で表そうとしてもその言葉自体がチープになるような、それほどの演奏。

 

 これが……超高校級のピアニスト。

 

 誰も疑えないほどの才能。

 いや、彼女にとっては〝ピアノバカ〟と呼ばれるほどの努力の結果。

 好きを追求したその先の、辿り着いた頂点。

 

 ああ、これに比べたらぼくの才能なんて、飾りだ。

 

 そんな諦観さえ浮かんでくるほどの〝好き〟という感情。

 ぼくはここまでアロマを好きになれるか? 否。

 ぼくはここまでアロマに真剣になれるか? 否。

 ぼくはここまでアロマの魅力を伝えられる? 否。

 ぼくは、ぼくだけがアロマを必要として利用していただけだ。

 他人に振る舞う技術なんて、自分のためにやっていたことのついででしかなくて、ここまで真剣に、夢中に、他人をさせるほどの魅力なんてない。

 

 それが分かってしまって、勝手にぼくは一人で悩んでいる。

 ああ、彼女はすごい。眩しい。ぼくには眩しいよ。

 

 これが、憧れというものなのかな。

 手を伸ばそうとしても届かない。数多の才能の中の、ひとつキラリと光る星。

 

 ぼくは、そうはなれない。

 

「……?」

「……」

 

 つう、と指先がぼくの頬を撫でる。

 隣を見れば天海くんが微笑んでいた。

 ぼくは、いつの間にやら泣いていたらしい。気がつかなかった。

 

 天海くんは、ぼくが感動で泣いているわけじゃないと知れば呆れるだろうか。軽蔑するだろうか。

 きっと彼ならそんなことはしないと、分かっているのに。

 ぼくのこの浅ましさを打ち明けることもできずに、演奏を聴くしかできなかった。

 

 この演奏会に余計なノイズはいらない。

 そうだろう? 

 そうであるべきだ。

 

 だからなにも言わない。

 ただただ溢れる涙を止めることなく、拍手で彼女を讃える。

 ピアノの演奏会には、拍手を。最高の賛辞を。それが当たり前だから。

 

 語彙はいらない。

 それだけでいい。

 それだけで、赤松さんは最高に嬉しそうな顔で笑うのだから。

 

「みんな、ありがとう!」

 

 大きな演奏会でもなく、十数人の観客だけの演奏会。

 なのに彼女は何百人もの観客を前にしたかのように高らかに声をあげた。

 そうして、美しい所作でお辞儀をする。

 あれ、ここって閉鎖された才囚学園だよね……? 赤松さんのその様子に、まるで本物の演奏会に来たような気分になった。

 

「すごいよ楓ー!」

「赤松さん! 素敵です! ビューティフルです! ワンダホーです!」

 

 真っ先にアンジーさんと茶柱さんが赤松さんの元へ走り寄っていく。

 茶柱さんは、前までの影を背負ったような雰囲気がなくなっていた。

 ああ、赤松さんの演奏のおかげだ。彼女のおかげで、茶柱さんはひととき、今このときだけは夢野さんのことを悔やみ続けることから解放されている。

 ぼくにはできなかったことだ。

 ぼくは許されなかったことだった。

 

 ズキリと、勝手な感情だと思っているのに胸が痛んだ。

 

 

「すごい、ね」

「ええ、見事な演奏だったっす」

「はあー、聞き惚れるってこういうことを言うんだね……アニソンをリピートするような感じじゃなくて、一回限りの生ライブっていうか……ううん、そんな言葉じゃ言い表せないくらいすごかったよ」

 

 白銀さんはほう、と余韻に浸るように頬に手を当て、壇上でファンサービスをしている赤松さんを見つめる。

 長い長い演奏会だったはずなのに、あっという間に過ぎ去っていくようだった。

 

「赤松、あんたすごいね」

 

 壇上に立ったまま、みんなの言葉にひとつひとつ答えていく赤松さんに、春川さんが近づいて言った。

 今までの春川さんは、そこまで大胆に赤松さんへと好意を示していなかったから、それに何人かが驚いたようにする。

 ぼくも、その一人だった。

 

「そうかな? 嬉しいな、春川さんにそう言ってもらえるの。どうかな? これなら春川さんのいた孤児院で演奏してもいい?」

「ダメなんて、一言も言ってないでしょ」

「お? 赤松が出張で演奏しにいく約束でもしたか? いいなそれ! それならオレもハルマキのボスとして参加しないとな!」

 

 更にそこへ百田くんまで加わっていったので、一層賑やかになる。

 赤松さんや百田くんによる、春川さんの心を開かせようという努力は上手くいっているのがそれでよく分かった。

 

「なにそれ、バカみたい。あとあんたがボスとか、私が助手だとかそういうの、別に認めたわけじゃないし」

「いいからいいから!」

「なにがいいのかさっぱりなんだけど」

「もちろん、終一も一緒だ! そうだろ?」

「え、え? そ、そうだと私も嬉しいけど……!」

 

 赤松さんは分かりやすいなあ。

 そんなやりとりをしながら和やかに演奏会は終幕していった。

 

「それでは、放送機能も切りますね」

「あ、キーボくんありがとう!」

 

 赤松さんのお礼を背景にキーボくんが放送の電源を切る、ブツリという音がした。

 

「さーて、赤松ちゃんのステキな演奏が耳に残ってるうちに帰るかー。入間ちゃんとかキー坊とかの雑音聴いてると耳が悪くなりそうだし」

「ざ、雑音扱い……? おい王馬! オレ様最近は大人しくしてるだろうがよ!」

「えー、それでも入間ちゃんうるさいんだよね。顔が」

「こんな超絶完璧な美少女捕まえてなに言いやがるんだっ、この狼野郎!」

 

 狼少年的な意味で、かな? 

 いつも思うけどすごい自信だなあ、入間さん。

 確かに文句なしの美少女なんだけどさ。それは口を開かなければの話なんだよね。

 

「ほらほら、ゴン太も帰ろう」

「う、うん。赤松さん! 虫さんの合唱も素敵だけど、赤松さんの演奏もすごく素敵だったよ!」

「あ、うん、ありがとう。ゴン太くんにとってはそれが一番の褒め言葉だよね」

 

 ちょっと困ったように赤松さんが眉を下げる。

 ゴン太くんにとっての最大の賛辞なのは理解できるけど、やっぱり虫と比べられるのは不本意なのかな? 

 そこはゴン太くんの紳士力が成長することを祈るしかないところだね。

 

「俺たちも帰るっすか」

「そうだね。すっかり深夜だし」

「ぼくも、眠気は覚めてるけど……明日のこともあるからね」

 

 なんとなく全員が流れで帰ろうとして、ぞろぞろと校舎内を移動する。

 一階に降りてどこかに視線をとられる白銀さんの裾を引っ張って寄宿舎に誘導する。

 

「どうしたの?」

「ううん、トイレに行こうかと思ったんだけど」

「もう帰るだけだし、ここで行かなくてもいいと思うけど」

「うん、わたしもそう思って。でも、今誰かが向かって行ってた気がして」

「気が急いちゃったんじゃないっすか?」

「そ、そうだよね」

 

 ぼくの質問に言葉を零した白銀さんは、首を傾げる。

 それから白銀さんの言葉にぼくと天海くんが答えて、結局普通に寄宿舎に帰る流れに乗ることにしたのだった。

 

「あ、私最原くんに挨拶してから寝るね!」

 

 寄宿舎に着くと、赤松さんがドレスのまま最原くんの部屋に向かって行く。

 そうか、演奏の感想くらい聞きたいよね。最原くんも聴いていたわけだし。

 

「あつっ……え?」

 

 短い悲鳴。

 それに、部屋に戻っていなかった全員が振り向いた。

 

「どーしたの? 赤松ちゃん」

「……えっと」

 

 赤松さんは驚いたように自分の手を見てから、それからドアノブにもう一度触って、また悲鳴をあげた。

 

「熱い……! ね、ねえ、ドアノブがすごく熱くて……どうしたのこれ!」

「ドアノブが熱い……っすか?」

 

 その異変に、その違和感に、その不安にみんなが最原くんの部屋の前に集まる。

 

「ど、どういうことですか? ドアノブが熱いって……」

「こういうの探偵漫画で見たことあるよ。確か、ドアノブが熱いときって中が火事になってたり……あ」

 

 ぼくは、その言葉に真っ青になった。

 

「換気はしてって言ったのに!」

「どーしたー、泪? 心当たりでもあるのかー?」

 

 あるといえば、ある。

 でも30度になるほど部屋を暖めることになるなんて普通はならないはず。

 どうして火事になんてなるんだよ! 

 しかも、火事になっているなんて側から見ても分かりはしない。つまり、中は……空気が。

 

「蹴破ればいいんでしょ」

 

 春川さんがドアの前に立って、言った。

 

「それなら転子も手伝いますよ!」

 

 まずい。

 

「待てハルマキ!」

「だめだよ茶柱さん!」

 

 けど、静止は遅く。

 二人は最原くんの部屋の扉を力を合わせて蹴破ってしまった。

 

「ていやーっ!」

「ふっ」

 

 シン、と静まり返る。

 

「あれ、火がない……?」

 

 茶柱さんが呟いたそのとき、風もないのに春川さんの髪が靡いた。

 それから、小さな光が、最原くんの部屋の中で瞬く。

 

「ハルマキ!」

「茶柱さん!」

 

 百田くんと一緒にぼくが駆け出したのは、同時だった。

 百田くんは春川さんを、ぼくは茶柱さんを全力で抱きつきながら突き飛ばしてその扉の前から避難させる。

 

 次の瞬間……視界が白く塗り替えられる。

 音が置き去りにされる。

 足先を、爆発的な熱さが焼いて過ぎ去っていった。

 

 ゴウゴウと、床に伏せたぼくらの背後を炎が舐める音がする。

 遅れて、次々と悲鳴が上がった。

 

 最原くんの部屋はもはや炎で中が見えない。

 なにが起こったのか。

 なにがあったのか。

 それは分からない。

 けど、中で寝込んでいたはずの最原くんの生存は絶望的だった。

 

 どうしてだ? 

 全員、ピアニストの研究教室にいたはずだ。

 全員、校舎内にいたはずなんだ。

 なのにどうしてこんなことが起きている? 

 ぼくの差し入れた精油のせい? 

 けど、何度考えても最原くんが30度近くまで室温を上げた意味が分からなかった。

 だって、あの精油は30度以上じゃないと発火しない。

 夏場で、偶然窓辺にあったとかなら発火してもおかしくないけど、ここは気温の安定した才囚学園で、部屋の中だったんだ。

 偶然発火したとはとても思えない。

 作為的ななにかがあったとしか思えない。

 

 いったい、なにが。

 

「さ、さ、さっきのは!?」

「春川ちゃん、茶柱ちゃん、命拾いしたね。2人に感謝しないと」

 

 王馬くんが真剣な顔で言う。

 

「な、なんだったんですか? 転子、なにが起きたのかさっぱりで……あ、香月さん。ありがとうございました」

「ううん、茶柱さんが無事で良かった」

 

 本当に、助けられて良かった。

 

 あれは……さっきのあれは。

 

 ――バックドラフト現象、だ。

 

 

 

 




昨日は王馬くんの誕生日でしたね。おめでとう!


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スプランクラーの雨が降る

「嘘……」

 

 誰かが呟いた。

 ぼくもその気持ちは痛いほどに分かっている。嘘だったらどんなに良かっただろう? さっきのバックドラフトも、焦げ臭い香りも、目の前の現実も、全て嘘に変えてしまえたら良かったのに。

 

「……っ最原くん!」

 

 赤松さんが部屋へと入っていく。

 せめて、最原くんがあの中にいなければいいのにと願った。

 けれど、彼は風邪で寝込んでいたから、その望みも薄い。分かっている。分かっているよ。またぼくは失敗した。ぼくが持ち込んだ精油が原因かもしれないのだから、またぼくのせいかもしれないんだ。

 たとえ誰かに体良く利用されたのだとしても、ぼくが原因であることには変わらない。

 

 ……変わらないんだ。

 

「無事か、ハルマキ」

「……ありがと」

「よし、終一を探すぞ」

 

 百田くんと春川さんは短いやりとりの後に部屋に入っていく。これも赤松さんと変わらず。素早く彼らは最原くんがいるかいないかを確認しに行った。

 まだチラチラと燃え上がる火に怖気付いて、ぼくはそれができない。

 

 やがて、部屋の中にスプランクラーの水が降り始めた。

 

 

 

 

 

ー!! 

 

 

 

 

 

「た、大変なことになっちゃったわねー! うう、グロいわ。オロロロロ」

「まだなんも見てへんやん!」

「スプランクラー、作動サセタ。安心シテ中ニ入ッテ」

「グッチャグチャでドロッドロの死体はまだかぁ!?」

「オイラたちなにしに来たんだっけ」

 

 それと同時に迷惑な5匹もやってきた。

 これはもう、アナウンスこそ鳴っていないけど最原くんの末路を表しているとしか思えない。

 確認をしない限りシュレディンガーの最原くんだけど……短い悲鳴。赤松さんの声だった。

 箱が開けられて、結果が確定してしまったみたい。それは絶望を表す悲鳴。彼の……最原くんがどうなったかを明確に表す音だった。

 それを聞いて、外にいたみんなも本当に〝それ〟が起きたのだと確信していく。

 

「あ、あの……香月さん。ありがとうございます」

「ううん、茶柱さんが無事で良かった」

 

 彼女を押し倒した状態で難を逃れたので、まだぼくらは床に伏せたままだった。起き上がった茶柱さんからお礼を言われて、ぼくは嬉しいやら複雑な気持ちやら……優しく微笑みたいのに、苦笑いになっちゃったかも。

 起き上がって、ぼくは白銀さんたちの隣に。茶柱さんはアンジーさんの隣へとそれぞれグループに戻った。まあ、そんなもんだよね。少し気まずい。

 茶柱さんもぼくも、なんとなく距離を縮められなくてそのままになってしまっている。お互い、悪いわけじゃないのにね。人間関係って複雑だ。

 

 そうしていると、赤松さん、百田くん、春川さんが入っていった部屋から声があがり、同時に学園全体のモニターからお知らせを意味する音が響き渡った。

 

「死体が発見されました! 一定の捜査時間のあと、学級裁判を開きます! いつものようにちゃっちゃと捜査してくださーい!」

 

 放送が入り、ぼくは顔を覆う。

 既に泣きそうになりながらも、立ち上がり、部屋へフラフラと向かっていった。

 捜査、しなくちゃいけない。捜査して、犯人を捕まえて、それでまたおしおきがあって、また明日が来るんだ。

 しっかりしろ、ぼく。挫けるな、ぼく。ちゃんとやらないと。探偵の最原くんがいなくなった以上、みんなとの話し合いが重要になる。だから、ちゃんと捜査しないといけない。

 今までちゃんと捜査していなかったわけではないけど、今回は余計にだ。

 失敗は絶対に許されない。

 

 探偵は殺されない。

 今まで築かれてきた、そんなダンガンロンパのお約束がぶち壊された。

 

 だからこそ黒幕の予想がつかない。

 きっと黒幕は今までにない展開とやらをやってみたかったとか、そんな思惑で動いているんじゃないか? 

 一番最初の星くんのときもそうだけど、この才囚学園の事件は不可解な点があまりにも多すぎる。黒幕が自ら動いて暗躍しているとしか思えないんだ。

 

「……大丈夫っすか?」

「うん、行こう。捜査しなくちゃ」

「スプランクラーも止まったみたい……火は消えたみたいだね」

 

 声をかけてきた天海くんと、部屋を覗き込んだ白銀さんと一緒に部屋へと入る。

 果たして、そこには信じたくなかった。見たくはなかった。そんな光景が広がっていた。

 

 ベッド下の床にうつ伏せに倒れた体。靴も靴下も履いておらず、頭のほうは火の手が酷かったのか、誰だか分からないくらいにまで焼かれてしまっている。

 背格好から辛うじて最原くんかな? というのが分かる程度だ。

 

 そして彼の頭の付近に割れた花瓶の破片。あの、赤松さんの研究教室にあったという大きな花瓶が割れて彼の下に散らばっていた。

 いくつか集まったモノクマの置物は棚に残っているものと、落ちているものがあるがどれも炎に舐められたのか半分溶けていたり酷い有様になっている。

 

「はーい、オマエラお待ちかねー! モノクマファイルー! 電子生徒手帳をアップデートしたからしっかり見るクマ!」

 

 わちゃわちゃしているモノクマーズをかき分け、モノクマが姿を表してそう言った。

 傍で電子生徒手帳が機械的な電子音をあげたので、ぼくらはそっと手帳を起動させる。

 

 

 

【モノクマファイル3】

 

 現場は最原終一の部屋。

 死亡推定時刻は午後10時半頃。

 死体発見時刻は午後11時15分頃。

 

 最原終一の部屋にて、床にうつ伏せに倒れた状態。全身に火傷を負っており、特に頭部、背部が焼けただれ、人物の識別も満足できない状態である。

 残り人数から消えた人物がいないことから、被害者は最原終一と思われる。

 

《コトダマ モノクマファイル3》

 

 

 

 こういう人物の識別も危ういとき、まず疑うべきは被害者の入れ替わり……なんだと思うけど、別に最原くんにそっくりな双子とかもいないし、みんなもずっと赤松さんの演奏を聴いていたから彼を殺しにくるタイミングなんてなかったはずなんだよね。

 いったいどういうことなんだろう……やっぱり、疑うべきはなにかの行動による自動的殺人あたり……かな。

 

「捜査しようか」

「ええ、やるっすか」

「みんなそれぞれ解散しちゃったけど……裁判は朝じゃなくてこのあとだよね。わたしはともかく、2人は眠くない? 大丈夫?」

「大丈夫、ぼくはお昼寝したし」

「俺も平気っすよ」

「そっか……なら始めちゃおう」

 

 そうして、探偵不在の捜査が始まった。

 

 

 

 

 




短くてごめんなさい!思いっきり寝落ちしてました!(言い訳)


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「Who Killed Cock Robin①」

 

 

 

「えっと、失礼します……」

 

 怖い。

 伸ばした手が震えた。

 

 星竜馬くん、夢野秘密子さん。ぼくらは二回もクラスメイトの遺体を調べて、捜査してきた。冷たくなった。あるいは血塗れの、その体を。

 それだって抵抗があったというのに、今度の遺体は焼死体だ。

 顔は誰だか分からないほどに焼け、背中だって波打つようにケロイド状に焼かれている。真っ黒焦げな遺体。

 辛うじて人の形をしていて、そこにあるからという理由だけでやっと最原くんだと分かる程度の酷い状態だ。

 

 肉が焼け焦げたような、ゴムが焼けたような酷い臭いが辺りを充満し、炎独特の残り香がぼくの鼻を掠めていく。

 

 それでも、やらなければならい。

 どれだけ泣こうが、喚こうが、捜査を放棄しようが、時間は過ぎ去っていってしまう。そして、その時間内に行動に移さなければ、ぼくたちは学級裁判でなす術もなくクロの一人勝ちによって殺されてしまうんだ。

 

「ごめんなさいっ」

 

 だから躊躇いながらも、気持ち悪くなりながらもしゃがんで遺体を覗き込む。

 勇気を出して、これ以上みんなの中から犠牲を出さないためにも。ぼくは捜査をして真実を暴かなければならない。

 

 それがぼくにできる――唯一のやり方だからだ。

 

 

 

 

 

― 捜査 開始 ―

 

 

 

 

 

「やっぱり顔の判別は無理」

「身長は最原くんぐらいっすけどね」

「うん、でもモノクマファイルだとこれが最原くんだって断定されているわけじゃないんだよね。地味にそこは誤魔化されてるから、モノクマがなにか隠したいことがあるのかも。これ、ここの記述のことだよ」

 

 

【モノクマファイル3】

 

 現場は最原終一の部屋。

 死亡推定時刻は午後22時半頃。

 死体発見時刻は午前23時15分頃。

 

 最原終一の部屋にて、床にうつ伏せに倒れた状態。全身に火傷を負っており、特に頭部、背部が焼けただれ、人物の識別も満足できない状態である。

残り人数から消えた人物がいないことから、被害者は最原終一と思われる。

 

 

 

「こういうのって最初は入れ替わりトリックを頭に入れたほうがいいんだけど、わたしたちの場合、クローズドサークルで最大人数も決まっちゃってるから……それは考えにくいんだよね」

 

 そう、今回に関しては事件が起きていただろう時間には全員、校舎ニ階の「超高校級のピアニストの研究教室」にいたんだ。全員にアリバイがある以上、真実候補は自動化された事件や、もしくは事故くらいしかなくなる。

 

 事故だった場合、クロがどうなるかなんて考えたくもない。

 正直、自分がクロ候補になるんじゃないかと怯えているくらいなんだ。

 

「オレはここにのこる。あと一人、誰か残って見張りを手伝ってくれ」

「そ、それならゴン太がやるよ! あんまり頭も良くないし、役に立つならそっちのほうがいいと思うんだ」

 

 百田くんとゴン太くんが部屋の入り口に立つ。他のみんなはそれぞれ調べに行ったり、いったん自室へ帰ったりするみたいだった。

 

「とにかく、遺体で分かることはごくわずかっすね」

 

 黒焦げ死体のそばにしゃがんでいた天海くんが立ち上がる。

 ぼくもそれは同意見だった。

 

「ここに飾ってあった、元々赤松さんの研究教室にあった花瓶が割れてるっすね。近くにおいてあったはずっすけど、見事に遺体の下敷きっす。それから、遺体付近の床に残った液体が少しヒリヒリするような……」

「え、本当? スプリンクラーが作動したから、なにかあったんだとしても薄まっちゃってるだろうね」

 

 〈コトダマ 床に溜まった液体〉

 

 それから、ぼくたちは遺体以外も調べ始めた。

 

「換気扇は止まってるよ」

「あれだけつけておいたほうがいいって言ったのに……」

「この個室って、ほぼ密室だからあんまり換気扇をつけっぱなしにしていても気圧が低くなってきちゃって快適とは言えないんだよね……地味に」

 

 ベッドで寝ていたのならなおさらか。

 寝てしまっていては適度な換気というのもできなくなってしまうからね。その辺、この個室はほぼ密室みたいなものだから余計にそうだろう。

 

「それからこっちにある溶けた瓶とか、あとは割れた花瓶の破片が気になるっす」

「あ、多分その溶けてる瓶は、ぼくが最原くんにあげたアロマだと思う……」

 

 そして、火事の原因のひとつかもしれないわけだ。

 罪悪感を抱きつつもいったんはそれを隠す。いつものことだけど、ぼくは隠し事ばかりだな。

 

 そうして、まだまだ捜査は続いていくのだった。




相変わらず短くて申し訳ない限り!!


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「Who Killed Cock Robin②」

 ぼくは、ほんの少しだけ……ほんの少しだけ疑っている事柄があった。

 天海くんと白銀さんが次々とみんなに聞き込みをしたり、証拠を探しているうちにグルグルと頭の中で〝ある可能性〟が膨らんでいくのを感じている。

 

「大丈夫? 香月さん」

「う、うん大丈夫……」

 

 焼け落ちた死体は正直、直視すれば吐き気を催す程の酷いものだ。

 そんな感想を抱くのも酷いことだって分かっている。けれど、人間生理的に受け付けないものは存在するもので……顔色を青くしてでも必死に証拠を探すしかない。

 

 うつ伏せのその姿。最原くんと同じくらいの身長。

 そこにあるのは最原くんの死体のはず……だ。でもどうしてだろう。どうしようもなくぼくは不安に苛まれている。これは本当に最原くんなのか? 

 

 例えばそう、無印のダンガンロンパでは双子の姉を利用して入れ替わり、江ノ島盾子が身を隠していた。

 5章の身元不明の死体だって、戦場むくろの死体を再利用した罠だった。

 だから、ぼくは不安で仕方がなかった。

 

 ――この死体が、どうして最原くん自身だと言えるのか? 

 

 そんな保証はどこにもなく、そしてこの死体が最原くん位外である可能性も否定しきれない。

 でも、その推測はつまり……最原くんが、探偵様が黒幕側であることを示唆することになってしまうんだ。それを信じたくないから、ぼくはその可能性を必死に頭から追い出そうとしている。

 けれど、どうしても脳裏にチラつく不安が心にもたれかかり、最悪な展開を予測してしまう。

 

「これ……本当に最原くんなのかな」

 

 ポツリと呟いた言葉に、天海くんが目を丸くしていた。

 

「……」

 

 追求はない。

 視線を交差させ、不安に揺れているだろうぼくに天海くんが笑いかけてくれる。それだけで、ぼくもへにゃりと情けない笑顔を浮かべることができた。

 

 ああ、ぼくはやっぱり役立たずだ。

 でも、そうだよな。最原くんとピッタリ同じ身長の人なんていないし……と、そこまで考えて、ぼくは遥か昔に感じる彼女のことを思い出した。

 

 

 ――「はい、私に用かしら」

 

 彼女が、東条さんがまだ生きていたとき。

 ぼくがみんなとクッキーを作って、迷惑と思いつつも夜中に渡しに行ったときのこと。

 

 

インターホンを押すとすぐに東条さんが出てくる。

…… けれど、どこか違和感があった。

首を傾げて上から下を見て気づく。当たり前のことだが、彼女は今ヒールの高い靴を履いていない。なんとなくいつもと違う気がしたのはそのせいだろう。素の身長は恐らくぼくや、最原くんと同じくらいだ。

 

 

 ――そう、確かあのときそう思ったんだ。

 

 

「こんばんは、えっと、こんな時間にごめん……」

「いいえ、まだ起きていたから大丈夫よ」

「あの、これ…… 食べてほしいんだ」

 

 口が回らない。緊張して目が回りそうだ。

 

「これは…… 昼間のお菓子かしら。日頃のお礼、というのなら受け取れないわよ」

「ううん、ぼくが食べてほしいんだ」

 

 

 思い出が蘇る。

 

 

「昼間…… 東条さんはあんまり食べてないでしょ? みんなで作った力作なんだから、一緒に作ったきみにも食べてほしい。それに、ぼくは山ほど食べた」

「…… ありがとう香月さん」

「同じものをみんなで食べたほうが美味しい…… はずだよ」

「そうね、でもこんな時間に食べたら体調管理としてはよくないわよ」

「ぼ、ぼくは食べてないよ? よかったら明日食べてねってことで……」

「食堂はもう閉まっているものね。お腹が空いていても食べられないわ」

「…… うん」

 

 

 次々と湧いてくる東条さんとの話が、会話が、ぼくをその場で立ち止まらせた。心配する二人の声が遠い。

 

 

「ねえ、香月さん。この場で開けてもいいかしら」

「え? う、うん」

「東条…… さん?」

「みんなと一緒に食べた方が美味しいって言ったのは貴女よ」

 

 ぼくがあげたものなのに、こちらにクッキーを差し出す手袋越しの綺麗な指先。いつもの丁寧でお上品な感じとは違って悪戯気に笑う超高校級のメイド。

 

「手で取って食べると思っていたわ。からかってごめんなさい」

「あ……」

 

 そうだ、あのときは口をぽかんと開けてあーんしてもらおうとしちゃったんだだっけ。

 

「ありがとう、香月さん」

「ううんぼくも、改めてこんな時間にごめんね」

 

 手を振って室内に戻る東条さんの姿で、思い出は途切れた。

 けれど、ぼくは大事なことを思い出したんだ。

 

 きっと、ぼくがそれを知ったのは偶然だった。

 ぼくだけが知っている事実。

 

 ――東条さんの身長は、ヒール付きの靴を抜いて最原くんと同じくらい。

 

 焼け爛れた死体を前に、ぼくは涙を零す。

 知りたくなかった。辿り着きたくなかった。そんな推測に、ただ静かに泣いた。

 

 まだ確信じゃない。

 まだ確定したわけじゃない。

 

 でも、確認する価値のあること。

 

 勇気を出すんだ。

 確かめるんだ。

 

 もしこの推測が当たっているのなら、この状況は彼女の死をこれ以上ないくらいに侮辱するものだから。

 ぼくを庇って死んでいった彼女の死を、汚す行いだから。

 

 許すわけにはいかない。そう、許すわけにはいかないから。

 

「香月さん?」

 

 ボロボロとみっともなく涙を流しながら、そっと死体に触れる。

 想像もつかないほどの感触。込み上げてくるものを飲み下して、脇の下に腕を差し入れる。炭化していなければ崩れることはない……はず。

 

 そして確認する。

 そう、この死体が最原くんではないという証拠を、確認する。

 

「……」

 

 嗚咽が漏れる。

 確認した。してしまった。そして確信した。

 

「モノクマ……」

 

 掠れた声を漏らす。

 

「尻尾を、掴んだぞ」

 

 そして泣いたままに無理矢理笑う。

 

「この死体は……最原くんじゃない」

 

 気づいてしまったことを。

 そうして、黒幕が誰だったのかを知って、ぼくは泣いたまま笑っていた。

 

 ――最原くんが、超高校級の探偵が敵だという事実を手にして。

 




誰も原作そのままとは言っておりませんとも。
うぷぷ、うぷぷぷぷ。


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「Who Killed Cock Robin③」

 

 どうしよう、ぼくはこれをはっきりと言うべきなのか? 

 ぐるぐると頭の中で考えては、けれど結論を出せずにいる。

 

「香月さん?」

 

 心配そうにぼくの顔を覗き込んできた白銀さんにびっくりしたぼくは、少しだけ後退した。

 

「えっと、さっきこれが最原くんじゃないって……」

 

 小声で尋ねてくる彼女に、そういえば口に出してしまっていたなと今更後悔した。上目で天海くんに視線を移すと、こちらもやっぱりぼくを見つめてきている。明らかにさっきの発言を聞かれていた。

 しまったな。本当にしくじった。どこにモノクマの監視カメラがあるか分からないのに、黒幕についてを憶測とはいえ口に出しちゃうとは。

 これを彼……最原くんに聞かれていたらまずいなあ。どうしようか……さっきの真意を天海くんと白銀さんに言うべきか……いや、あんな言葉を聞かれたんじゃ、誤魔化しきれる気がしない。

 証拠だけ見せて、どこか静かな場所で話すことにしよう。

 

「……これを、見てほしいんだ」

 

 見張りの百田くんとゴン太くんは入り口からこちらを見張っている。

 彼らからは位置的にも、ぼくらが死体を囲ってしまえば真実を見られることはないと思う。だからぼくはもう一度死体の上半身を反らせるように、少しだけ持ち上げた。

 

「え」

「うそ……」

 

 天海くんはすぐに目を逸らした。ああ、そうだよね。ごめん、ほとんど火傷で見えないとはいえ、彼に直接見てもらうなんて、天海くんにも東条さんにも大概失礼なことをしちゃったな。

 白銀さんも呟いて、ぼくを見つめてくる。答えは分かっているのに、信じたくないといった表情だった。

 

 ぼくは再び電子生徒手帳を起動して、モノクマファイルを開く。

 

 

【モノクマファイル3】

 

 現場は最原終一の部屋。

 死亡推定時刻は午後22時半頃。

 死体発見時刻は午前23時15分頃。

 

 最原終一の部屋にて、床にうつ伏せに倒れた状態。全身に火傷を負っており、特に頭部、背部が焼けただれ、人物の識別も満足できない状態である。

残り人数から消えた人物がいないことから、被害者は最原終一と思われる。

 

 

「さっき、言ってたよね。モノクマファイルの記述は、被害者を最原くんだと断定する内容じゃない。生存しているぼくらの中から消えたのが最原くんだから、最原くんだと仮定しているだけなんだ。そう、だって最原くん以外にのクラスメイトはみんな、赤松さんの演奏会を聴いて、生きてここに来たんだからね。だから最原くん以外にありえなかったんだよ……以前の被害者やおしおきされたみんなを除いて」

 

 ぼくの言葉に白銀さんは「そんな」と口にして、天海くんはなにかを考えるように顎に手を置いて「その可能性は、除外してたっすね」と言った。

 

 当たり前だ。そんな可能性、普通なら思い至らない。ミステリー小説ならいざ知らず、これは、ここは現実なんだ。ぼくらの目の前に映る景色も、死体も、東条さんや星くん、夢野さんや真宮寺くんが殺された事実も、そのときの悲しみも、悔しさも、絶望も、全部全部ぼくらが感じた〝本物〟で、〝現実〟なんだ。

 

 けど、こうして現実に殺人事件と向き合わされている以上は、真実から目を逸らしてはいけない。ぼくらが放り込まれたのは本物の人を使っている点だけが異色の〝ゲーム〟なんだから。

 

 なら、ここで起こることもミステリー小説のように複雑怪奇だったり、人の死を冒涜するような所業も平気でしてくるのだと気付いていないわけではなかった。あのモノクマだもん。

 

 そして敵が最原くんだと言うならば、探偵に憧れ、探偵としてこの場にいた彼の紡ぎ出すシナリオは、彼を主役として動いている。そう、星くんと東条さんのときもあった違和感。

 彼は間違いなく、暗躍し続けている。でも、その暗躍の仕方は少し詰めが甘いと思うんだよね。

 一番最初の事件のときもぼくは黒幕が暗躍しているだろうことに気づけていた。そして、今この場にある死体はうつ伏せになっていたからか、肝心の証拠が消しきれていない。やるなら徹底的に削り取るなり焼き上げるなりするべきだったんだ。

 それをしなかったのは、ひとえに犯人が〝トリック〟による死体損壊にこだわったからなんじゃないかな? 

 彼はあくまで探偵にこだわっているのだと思う。もしかしたら、本格推理小説みたいな物語を描いて楽しんでいたのかもしれない。

 

 疑惑がぼくの中で確信となってしまっているので、どんどん最原くんへの印象が最悪に塗り替えられていく。

 

「天海くん、白銀さん、この事実は学級裁判で言おう。それと、彼が本当に黒幕なのか……このコロシアイの首謀者なのか、トリックを解くのも大事だけど、そっちも調べないと」

「香月さん、まずは順番が大切っすよ。きっとトリックが解けないと、彼を追い詰めることはできないと思うっす」

「ちょっと混乱しちゃった。ごめんね。えっとね、うん。天海くんが言う通り、先にトリックについて調べるべきだと思うよ。ショートカットルートが設定されてる推理ゲームって……ほら、なかなかないよね。小説も漫画も、やっぱり犯人よりも先にトリックだよ。真実はいつもひとつ! って」

 

 ものすごく上手な声真似を披露して白銀さんが困った笑みを作る。

 えっと、その漫画は犯人を指定してからトリックを暴くほうが多いんじゃないかな……

 

「でも、そうだね。追い詰めるのにも証拠を集めないと」

「一応、別の可能性も追っておいたほうがいいっすよ。万が一彼が首謀者じゃなかったら、大変っすから」

 

 もうその線はないと思うけど……心に留めておこう。

 

「……ごめんね、失礼します」

 

 念のため死体の写真を撮って保存する。

 もちろん、失礼のないように布で軽く覆ってだ。大勢に見せる写真なんだから、彼女を侮辱するような行為にならないようにしないと。

 

「それじゃあ、次は聞き込みっすかね」

「今夜なにが起きたのか……みんなの共通認識を確認しておいたほうがいいよね。地味に食い違って覚えていたら、困るから」

「うん、それじゃあそうしようか」

 

 こうして、ぼくらは次は聞き込みに向かうのだった。

 

 



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証拠確認と聞き取り開始

 外に出る前にもう一度部屋で見つけた証拠を確認する。

 部屋の棚で溶けていたビンはぼくが最原くんにあげた精油のビンだ。

 

 

 ――〈コトダマ 溶けた精油の小瓶〉

 

 

 ……間違いないはず。だからこれが直接的な火事の原因になっていると思うんだよね。ぼく自身がやったことが原因ってことになるから、あんまり肯定したくない事実なんだけど……ぼくのせいじゃないかもなんて、そんな希望的観測(したごころ)は捨てたほうがいい。

 

 また責められるだろうけど、事件を解決できないことのほうがよっぽどまずいから甘んじて受けるしかないな。追求してくるとしたら……王馬くんか、入間さんか、その辺かな。あんなにぼくに疑いを持っていた夢野さんとは和解したしなにより……もう彼女はいない。

 

 唇を噛むようにして首を振る。

 

 それから、ヒリヒリするらしい床の水溜り。これはなんだろう……思い出すのは東条さんと一緒に受けることになった「おしおき」の内容なんだけど……

 

「香月さん、大丈夫っすか?」

「う、うん。ごめんね。ちょっと色々思い出しちゃっただけだから」

 

 顔色が悪くなっていたらしい。迷惑をかけるわけにはいかないのに、どうしても顔に出てしまう。隠したい気持ちに対して体が正直すぎて情けなくなってくるよ。そりゃ、あの「おしおき」はトラウマでしかないけど、いつまで経っても引きずって一歩も動けないんじゃ東条さんに申し訳ない。

 

「水溜りに、花瓶」

 

 死体の下や上に散乱した花瓶の破片で分かるのは、この花瓶が割れてから死体がここに置かれたということだ。花瓶が直接的な死因になっていないことの証明だと思う。

 

 

 ――〈コトダマ 割れた花瓶の破片〉

 

 

「それから換気扇もだね。元々はつけてたんだよね?」

「そのはずだよ」

 

 白銀さんの言葉に頷く。

 気圧も低くなっていたようだし、炎が鎮火するのもその分早かったのかもしれない。だからこそ、バックドラフトなんてものが起きたわけだし。

 

「あとこの部屋で起きていたことと言えば……一応、演奏会の音がスピーカーで届けられていたことも入るっすね」

「あ、そっか」

 

 天海くんの言葉に白銀さんがポンと手を打って声をあげた。

 そういえば、それもあったね。

 

「この部屋には最原くんが寝込んでいたはずで、そしてぼくらが演奏会に行っている間、ここで寝ながら赤松さんの演奏を聴いていたはずなんだよね」

 

 ぼくが話を整理して答える。

 

「もし本当に死体が最原くんじゃないのなら、いつから最原くんがいなくなったのかが重要だよね。それと、地味に風邪をひいてるのが嘘か、嘘じゃないかってことも」

「誰も見ていないところで、最原くんがこの部屋にいつまでいたかの証明なんてできるわけ……」

「シュレディンガーの最原君っすね」

「……」

 

 なに真面目な顔で変なことを言ってるんだ、この人は。

 

「ちょっとしたジョークっす」

 

 恥ずかしそうにはにかんで頬をかく天海くんに、自然と笑みがこぼれた。緊張しているぼくらを和ませようとでもしてくれたのかもしれない。ちょっと不謹慎かもしれないが、確かに和んだ。

 

「とにかく、そういうことも調べるためにはみんなの共通認識を把握しておかないと」

「じゃ、まずはそこにいる百田君達っすね」

「おう、なんか色々聴こえてきてたが……まあ助手のことについては裁判で聴く。今はオレが冷静になってやんねーとな。そのために行動するんじゃなくて、こうして見張りになってるわけだからよ」

 

 百田くんが答えた。どうやら聞こえていたらしい。まあ、部屋の入り口と部屋の中だもんね。距離もそれほどないし、小声でもなかったから聞こえて当然か。

 

 でも、案外冷静なんだなあ。最原くんとも仲が良かったから、てっきり擁護して反論してくる筆頭が百田くんだと思っていた。それに関しては赤松さんも懸念しているけど、彼女は人の話は聴くタイプだし……百田くんはなにか言われても突っ走りそうな感じがして、春川さんあたりから強制的にストップがかからないと止まらなそうなイメージが漠然とあるんだよね。

 

 おかしいな、超高校級の宇宙飛行士の称号を持っているのだから、それなりのコミュニケーション能力や管理能力、それにまとめ役としての才能はかなりのもののはずなんだけど……なぜだか普段の言動のせいで猪突猛進なイメージが……。

 性根は良い人だし熱血な感じだから、同じ人をまとめる才能を待っていながら、嘘と言いくるめで人を転がす王馬くんと仲が悪いのも頷ける。

 

「えっと、ゴン太くんにも訊くね。今日の夜の出来事を覚えている限りに教えてほしいんだ……といっても、私とゴン太くんは一緒に研究教室まで行ったから、あんまり言うことがないかもしれないけど」

 

 頬に手を当てて白銀さんが言った。

 ああ、確かゴン太くんに「女性のエスコートを練習したいから付き合ってほしい」って言われて、一緒に研究教室まで行ったって言っていたっけ……。

 

 ということは、ゴン太くんと白銀さんは道中一緒にいて、更に研究教室に行ってからはみんなの目があったからアリバイが成立していると言っていい。

 一応ぼくも、起き抜けに天海くんと一緒に研究教室に向かったからアリバイがあると言ってもいいかな。

 

「百田くんはどうっすか?」

「オレか? オレは赤松に演奏会の話を聴いたあと、ハルマキと一緒に終一の見舞いに行ったな。まだそのときは夜時間じゃなかったけどな……そのあとは赤松を手伝ったり、リハに付き合ったりしてたぜ」

 

 リハ? リハーサルがあったのか。

 

「リハーサルしたんすか?」

 

 ぼくと同じことを考えたらしい天海くんが尋ねる。

 

「ああ、そりゃそうだろ。いくら赤松でもな、直前にもピアノの調子を見ておくくらいするだろ。気合いも入ってたし、失敗できないって思ってたんだろうな」

「……そっか、赤松さんらしいね」

 

 白銀さんが答えて、次いでぼくは質問した。

 

「そのとき、スピーカーはついてた?」

「スピーカー?」

 

 しまった、主語がなかった。

 

「ほら、本番のときは最原くんの部屋にも聞こえるように、スピーカーのスイッチがオンになってたでしょ。そういうの、どこかオンになったりしてたのかなって」

「いや、そのときは特にスピーカー周りは弄ってなかったはずだがな……いや、一回だけ流してたな。確か、誰もいない場所ってことで夢野の研究教室だったか。赤松はレクイエムって意味でもやってたみたいだが」

「……そっか」

 

 次に行く場所が決まったようだ。

 

「ありがとう。えっと、演奏会のときって誰も出て行ったりはしてないよね?」

 

 ぼくは赤松さんの演奏に夢中になっていて周りを見ていなかったし、一応確認のために訊く。

 

「ああ、誰も出て行ってないぜ」

 

 百田くんの言葉に頷いて、ますます自分の中で最原くんへの疑いが深まっていくのを感じた。

 

「それじゃあ、聞き取りの協力ありがとう」

「おう、捜査頑張ってくれよな」

「ゴン太も応援してるよ!」

「ゴン太君もありがとっす」

 

 ぼく達はそうして最原くんの部屋を出た。

 次は一応、さっき話に出た夢野さんの研究教室に行ってみようと思う。

 

 ……なにか手がかりがあるのか、それとも空振りか。行ってみないと、分からないよね。

 



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超高校級のマジシャンの研究教室へ

「ここに来るのも久しぶりかな」

「そうっすね」

「夢野さんがいなくなって、なんとなく来づらくなっちゃったし……用でもないとなかなか来ないよね」

 

 三人で会話しつつ体育館へと向かう道の、その途中にある夢野さんの研究教室へと向かう。

 赤松さん達がリハーサルとして音楽を流したというし、最原くんの部屋と似た状況になったのならなにか事件の解決に繋がるヒントでもないかと思って、手がかりを探しに来たんだ。

 

「香月さん、白銀さん、眠気のほうは大丈夫っすか?」

 

 学園の中に入ってから、唐突に天海くんがそう言った。

 

「うん、一応ぼくは仮眠とったし」

 

 答えて、彼の横側を見る、別に視線が合ったりなんてしなかったけど、ぼくが見ていることに気がついたのか、「どうしたっすか?」と尋ねてくる。どうもしないよ。ちょっと気になっただけで。

 

「わたしも大丈夫かな……体力的には地味にきついけど、寝ないで作業することもしょっちゅうだし、オールするのは慣れてるよ」

 

 オール……徹夜に慣れてるってすごいなあ。

 白銀さんの才能はコスプレイヤーだし、衣装作りにそれだけかけたりするんだろうか。夜なべしてお裁縫。ぼくなら途中で寝てしまいそうだ。

 

「ま、無理は禁物っすよ。これから学級裁判もありますし、多分そう簡単には終わらないっすから」

 

 ぼくたちの想定が正しければ、今回の裁判で黒幕を暴くことになるはずだ。そうなってくると学級裁判は長引いてしまうし、もしかしたら夜明けまでかかるかもしれない。

 あとはそうだな……二回の事件が起きて、今回で三回目。心配するべくはダンガンロンパにおいてお約束となっている「三章で二人犠牲者が出る」という部分だな。このタイミングは毎回連続殺人が起きるから、警戒するべきだろうな。そう思って、こうしてグループ行動をしながら……そして他のみんなにも一人にならないように推奨しているわけだ。今までも一応そうしているわけだし、ちゃんと今回も一人になる人がいないといいなあ。

 ……王馬くんとかは無理なんだろうなあ。

 

「着いたっすけど、これは……」

「え、どうしたの天海くん……うわあ」

「あー、地味に大変なやつだね、これ」

 

 超高校級のマジシャンの研究教室。

 そこに着いたのは良かったのだけど、目の前に広がっている光景にぼくは頭が痛くなってきた。

 別に死体が転がっているわけではない。そんなことになっていたら、もっと慌てるし。もっと悲観している。

 

「ガラスが散ってるっすね。歩きづらいんで、ちょっと片付けますか」

「やっぱりそうなるよね……」

 

 そう、研究教室はただ荒れているだけだった。それもほんの少しだけだけども。とにかく、床にガラスが散っていて、踏むと危ないだろうことが確認できる。

 

「これは、なんだろう?」

「うーん、水槽じゃないっすかね。ピラニアが入ってるほうとは別に、他にも空の水槽があったような気がしますし」

「テーブルから落ちて割れちゃったんだね……」

 

 二人の言葉を聞きながら、ガラスを手を切らないように慎重に手に取る。

 なんとなくこの状況、見覚えがあるな。そう、たとえばついさっき見たばかりのような……? 

 

「このガラス片、最原くんの部屋で割れていた花瓶と厚さとか、ちょっと似てるかも」

「言われてみると……そうかもね」

 

 ふと思い立って、ぼくはガラスを集めていく。

 そして、組み立てなくても分かる範囲で想像を働かせてみれば、このガラスの水槽が元はどれくらいの大きさだったのかがなんとなく分かった。

 これも、最原くんの部屋で割れていた花瓶と大きさはそう変わらない。

 誰も立ち入っていないはずのこの研究教室で、現場と同じような状況になっているガラス片。

 

 リハーサルで曲を流したのは赤松さんたちの独断だったはずだし、そこに最原くんの意思は入りようがない。もしかして、この夢野さんの研究教室の状況は、犯人にも予想外の出来事ってことになるんじゃないか? 

 

 他の人に会ったときに、ここに来たかどうか聞いてみよう。

 もし、全員が事件以前にここへ来ていないのなら、水槽はひとりでに割れたという結論になる。

 

 水槽がひとりでに割れる状況といえば、どんなものがあるだろうか。

 事前に最原くんが仕込みをしていた可能性も否めないけど、まさかリハーサルで曲を流すことになるとは思ってなかっただろうし、この部屋ピンポイントでこの状況になるようにしてあったわけがない。

 

「いてっ」

「大丈夫っすか?」

「ごめん、気をつけてたんだけど切っちゃった……」

「わっ、大丈夫? わたし絆創膏持ってるよ」

「ごめん、ありがとう白銀さん」

 

 慌てた白銀さんがぼくの手をとって絆創膏を巻いてくれる。

 なんだかこういう出来事も久しぶりな気がするなあ。

 

「はい、できたよ」

「ありがとう」

 

 彼女が絆創膏を持っていたのは、普段裁縫をするからなのかな。

 人に怪我の手当てをされるとなんとなく恥ずかしいけど、ちょっとだけ嬉しい。

 

「もう触っちゃダメっすよ。香月さんはまた切っちゃいそうですし」

「うん、ごめんなさい」

 

 過保護な気がするけど……それだけぼくは色々とやらかしているし、仕方ないか。

 

「この水槽以外は特に変わった部分はなさそうっすね。次はピアニストの研究教室に行ってみるっすか」

「なにかあるとしたらそこだよね。赤松さんたちもきっとそっちにいるだろうし、聞き込みのためにも行っておかないと」

 

 ぼくが返事をして、マジシャンの部屋を後にする。

 なんとなく後ろ髪を引かれるのは、まだ夢野さんがいなくなってしまったという実感が湧いていなかったからだろうか。

 

 ぼくらはそうして、次の場所に向かうのだった。

 

 



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レクイエムを捧ぐ

 廊下を三人で歩いていく。

 時間が時間だからと、そして事件があってそんなに和気藹々とできる雰囲気じゃないからと、口数は少なくなっていき自然と無言になってしまう。

 ぼくは気まずいから無言になっているだけだけど、多分天海くんは真剣に考えているし、白銀さんは事件の捜査をちゃんとしようと真剣に向き合っているはずだ。ぼくだけが、ほんの少し浮いている。

 

 ……いや、そんなの多分被害妄想だ。やめよう、ネガティブはやめるって決めたんだから。

 

「あれ、三人揃ってデート?」

「……王馬くん」

 

 こんなときにまで茶化してくるとか、この人の考えは一体どうなってるんだ。

 

「嘘だよ嘘、捜査だよねー。この方向は……赤松ちゃんの研究教室かな? 今はちょっとやめてあげたほうがいいかもしれないけど、まあ止めはしないからね」

 

 笑顔のままに王馬くんが言う。

 

「それ、どういうことっすか?」

 

 天海くんが突っ込んで訊いているけど、多分その意味は「なんで行っちゃダメなのか」じゃなくて「王馬くんが止める意図はなにか?」ってことだと思う。

 彼は滅多に人に肩入れしたりしないから、わざわざ「やめてあげたほうがいい」なんて言い方をするのは少し気になった。

 ……多分、王馬くんも赤松さんに対しては思うところがあるんだろうけど。

 

「いつも明るい赤松ちゃんでも、さすがに最原ちゃんのことは堪えてるってことだよ。それよりさ、キミ達なにか隠してるでしょ。秘密の匂いがするんだよねー」

 

 真顔で答えてから、今度はニヤニヤと笑いながらぼくたちについてを詮索してくる王馬くん。いつものことながら切り替えがすごいな。

 

「……その話は学級裁判でするっす。今は下手にカードを開きたくないんすよ。それは王馬君が相手でも変わらないっす」

「あらら、隠し事をしてるのは否定しないんだね」

 

 まあそうだよね。王馬くん相手だと嘘をついてもバレそうだから、なにか言うよりも口を噤んだほうがいい。

 

「ねえ、このまま研究教室に行く……のかな?」

「あんまり邪魔はしたくないっすけどね……」

「……行こう」

 

 ぼくが言うと、王馬くんは意外そうな顔で「香月ちゃんって随分と野暮なことをするんだね!」なんて返してくる。若干その言葉に挫けそうになりつつも、ぼくは首を振って言葉を続けた。

 

「捜査時間は限られてるんだ。探偵の最原くんがいなくなっちゃったのは残念だし、ぼくだってすごく悲しい。でも、ちゃんと捜査をしないとぼくら全員が死ぬことになるんだ。なら、少し空気読めないことをしてでも調べに行かないと。特に研究教室はぼくらが全員集まっていた場所だ。なにか手がかりがあるかもしれない」

 

 そう、調べる時間は限られているんだ。

 モノクマの気まぐれで捜査時間にムラがあるんだから、早めに調べるに越したことはない。

 

「ふうん、そっか。それじゃあ、行ってくればいいんじゃない? オレはちょっと行くところがあるから。それじゃあね!」

 

 そう言って、王馬くんは立ち去っていった。

 いったいどこに行ったんだろう? 方向的には階下に行ったようだし、一階か、地下か、もしくは外か。案外選択肢が多くて分からないな。

 

「あ……そういえば、演奏会が始まる前はどこにいたのか訊くの忘れたな」

「ああ、確か王馬くんは一番最後に来たんだっけ……地味に忘れてたよ」

「それも裁判で訊けば大丈夫っすよ」

「そ、そうだよね」

 

 一番最後、滑り込みセーフで赤松さんの演奏会に参加していたんだ。それまでどこにいたのかは誰も知らない。ゴン太くんだって今回は白銀さんと一緒に来ていたから、王馬くんがどこでなにをしていたのかは知らないんだ。

 

 最原くんともわりと仲がいいというか、ライバル? いや、なんか違うな。一方的に絡みに行っていた感じになるんだろうか。ともかく、絡みは多かった気がするので、要注意だ。

 その最原くん自体が黒幕だったわけだから、交友を深めていて更に怪しい人物と言うと王馬くんが筆頭だ。

 

 赤松さんや百田くんは……そういう裏のことをやるのはものすごく苦手そうなイメージがあるからどうしても違うかなあ、という気持ちが強い。

 

「それじゃあ、開けるよ」

 

 白銀さんが研究教室の扉に手をかける。

 特に物音は聞こえないけど、確かこの部屋はしっかりとした防音仕様だったはずなので、当たり前だろう。ぼくらは少しばかりの緊張と一緒にその扉を開いた。

 

「……演奏、してる」

 

 扉を開けた途端に溢れ出したのは、美しい旋律。

 その旋律は演奏会のときと同じく、月の光だ。

 

 柔らかく、美しく、静かな夜を感じさせる旋律。

 その旋律はとても綺麗だけど……でも、どこか寂しさや切なさ、悲しみが音に乗せられているようだった。

 ぼくらの心にダイレクトに届く悲しみの旋律。彼女が……赤松さんが超高校級のピアニストだからこそ、彼女自身の気持ちがぎゅっと演奏に詰め込まれているみたいだ。

 同じ曲だからこそ分かる。演奏会のときの、静かで染み渡るようなピアノの演奏と、今の悲しみの旋律は同じ曲のはずなのに、全く別の物のように感じられた。

 

 それは多分、レクイエム。

 彼女なりの、気持ちの切り替えなんだろう。

 

 静かで染み渡っていくような演奏のはずなのに、どこか強く力強く鍵盤が叩かれているように感じる。

 心なしか、その音圧を受けて教室の窓もカタカタと震えているようだ。

 

「……ふう」

 

 赤松さんが演奏を終えて、額の汗を拭う。

 いったい、いつから演奏を続けていたんだろう。それくらい、彼女は憔悴しているように見えた。

 

「レクイエムっすか」

 

 天海くんの言葉に、ハッとした赤松さんがこちらを見る。

 それから、暗くしていた表情をパッと明るくして「来てたんだ! 声くらいかけても良かったんだよ?」と笑顔になる。

 でもどこか、その笑顔が無理をしているようで、ぼくは痛ましい気持ちになった。

 

 ……こんな健気な赤松さんを騙しているんだぞ、最原くん。どこかで見ているのなら、彼女の疲れ切った様子を見て、なにか思うことはないのか? 

 

 恐らく、黒幕なら絶望信者なんだろう。

 だからきっと、ぼくのこの気持ちも無駄だ。

 

 それでも、そう思わざるを得なかった。

 

「私ができることって、ピアノくらいだからさ。ピアノ馬鹿だから……これくらいしか思いつかなくて」

「……うん、素敵な演奏だった。きっと届くよ」

 

 白銀さんも、分かっていてそう口にしている。

 だからこそ、ぼくらは複雑な顔をしつつも……彼女の演奏に拍手で応えた。

 

鎮魂歌(レクイエム)として、届くといいなあ」

 

 そう呟く赤松さんに心の中で返事をする。

 届くといいね、彼の心に。生きた、彼の心に。

 

 そうして改心してくれたら、どんなに良いことだろうか。

 ぼくらはそんな思いを全て飲み込んで、捜査を続けるのであった。

 

 



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赤松楓の証言

「あ、そうだ。三人はこんなところまでわざわざ来たってことは捜査?」

 

 赤松さんはピアノから離れてぼくらのほうへとやってきた。

 どことなく頬が赤く、彼女はパタパタと手で自分の顔を仰いでいる。恐らく長時間ピアノを弾いていたことによる疲労と、熱中していたことによる運動効果で体が熱くなっているんだと思う。

 指揮者も長時間やってると汗をかいてくると言うし、ピアノ演奏もずっと続けていれば運動したときのように熱くなるし汗もかくだろう。

 

「うん、そうなんだけど……赤松さん、大丈夫?」

「うん? うん、大丈夫だよ! ちゃんとお水も持ってるし」

 

 言いながら彼女は近くの丸い石柱っぽいものに置いていた、ペットボトルの水を取る。そして「ちょっとごめんね」と言いながらごくごくと一気に半分ほど飲み干すと、ぷはっと声を出して蓋を閉める。

 むしろ半分で大丈夫なのかとちょっと心配になったが、赤松さん自身が大丈夫ならまあいいんだろう。

 

「あとで差し入れ持ってくるっすよ。俺たちは一応、ここであったこととかを確認しに来たんすけど、いいっすか?」

「いいよ、えっと椅子は……隅に重ねて片付けてあるから、それ使おうか。明日全部片付けようと思ってたんだけどね」

 

 苦笑して赤松さんが動いたので、ぼくらは自分で重なっている椅子を1つずつ取り出した。

 

「わたしが訊きたいのは、できれば演奏会が始まる前からかなあ」

「あ、そうだよね。もしかしたら演奏会を開く前の出来事とかもヒントになるかもしれないし」

「あとは……えっと、最後に赤松さんが最原くんを見たときのこと、かな」

「……うん、そうだね」

 

 白銀さんの言葉にはしっかりと笑顔で答えていた彼女が、最原くんの名前を出した途端に落ち込んだように声を落とした。

 

「私が事前になにか気づければ、こんなことにはならなかったのかな」

 

 ポツリと赤松さんが言う。

 後悔。なにかできていたら? そうなることを予測できたら? そんな後悔が彼女の中に渦巻いて苦しめているんだと思う。それはぼくが星くんと東条さんのときに感じていた思いと、きっと似ているものなのだと思う。

 似ているけれど、しかし決して同じではない。なぜなら事件の引き金となったぼくとは違って、今回のことは彼女のせいなどではないのだから。

 

「それじゃあ、演奏会の前のことからお願いするっす」

「うん、えっとね……確かみんなに演奏会のことを伝えて回って、何人かが準備のお手伝いをしてくれたんだよね。百田くんと春川さんがその筆頭かな。他にもアンジーさんと茶柱さんも手伝ってくれたよ。この部屋の飾り付けもしてくれたし、本当に感謝してる。実は準備してるときにみんなで和やかにクッキー食べたりしてたんだけど……うん、多分それは関係ないかな?」

 

 関係ないことではあるんだけど、ちゃんと話は聴きたいしその辺のことも聴いて損があるわけじゃない。順に思い出していくのも大事だし。意外とそういうところに大事な情報が転がっていることもあるんだ。

 

「あとはそうだね、リハーサルで一曲弾いて……そのときに放送のスイッチも入れたよ。確か夢野さんの研究教室と夢野さんの個室にだったかな? 茶柱さんとアンジーさんが、夢野さんにも聞かせてあげたかったって言っていたから、それで研究教室と個室に流したんだよね」

「あ、個室のほうにも流したんだね」

「うん、幽霊がどっちにいるとか……そういうのはあんまり信じてないけど、やっぱり彼女に聴かせてあげるなら両方の場所じゃないと届かない気がして」

 

 そこでクスリと赤松さんが笑う。

 

「幽霊を信じない百田くんと、幽霊でも聴かせてあげたいって主張する茶柱さんとアンジーさんの言い争いが結構あったんだよね。百田くんも、気持ちを尊重していたみたいだけど、頑なに幽霊は認めないって……それをアンジーさんが『神様もいるって言ってるんだよー、どうして認めないかー?』って怖い顔で言っててさ。ちょっと百田くんが可哀想だったよ」

 

 ああ、場面が想像できるね。百田くんって意外と怖がりなんだなあ。

 

「それから演奏のリハをして、椅子とか運んで飾り付けて、最原くんにいったん会いに行ったんだ。それで何時から始めるかを伝えて、すぐに寝るように言ったんだよ。だから、最後はあんまり話せてないんだ」

 

 眉を寄せて、赤松さんは悲しそうに言う。

 

「もっと話しておけば良かったなあ」

 

 それから、実感が湧いてきてしまったのかその瞳が潤んだ。

 

「落ち着いてからで大丈夫だよ」

「うん、ごめんね」

 

 声が揺れている。赤松さんが泣いている……最原くんのことを思って。

 白銀さんは赤松さんのところに行って背中をぽんぽんと優しくさすってあげている。

 赤松さんを泣かせている最原くんへ、ふつふつと沸いてくる小さな怒りを抑え込んでぼくはこっそりと辺りを見回した。

 

 先程赤松さんがペットボトルを置いていた石柱は、その前は確か最原くんの部屋で割れていた花瓶が置かれていたのだったか。そして、花瓶は恐らくこの研究教室に置かれていた凶器であると推測している。だからこそ最原くんはこの教室から離れさせようと部屋に置いていた……らしいが、今の状況を思うと単純に前からこの事件を起こすつもりだったことが分かる。つまり、今回の犯行は計画的なものだ。

 赤松さんがみんなへの好意で演奏する、その行動そのものを利用した最悪な計画的犯行。

 

 ぼくの頭の中では最原くんが犯人であり、黒幕であるという概念が固定されてきている。しかし、多分これは学級裁判で明らかになるだろう真実だと信じている。そうでなければ、今回の犯行に説明ができないからだ。

 

 我ながら頭が固いなと思うけど、ぼくはもうこの路線で決め打つしかない。

 あとは……。

 

「うん、もう大丈夫。白銀さん、ありがとう」

「ううん、どういたしまして。赤松さんはすごく頑張ってるよ」

 

 二人のやりとりを見て、赤松さんが泣き止んだことを知った。

 そこで、様子を眺めていた天海くんがふとした疑問を漏らすように赤松さんに尋ねる。

 

「そうだ、赤松さん。さっき演奏をしているときに窓がカタカタ揺れてたみたいっすけど、あれは音圧で起きてるんすか?」

「あ、それなら多分共振……かなあ」

「共振?」

「うん、音に反応して揺れたり、周波数が同じだと共鳴して一緒に音が鳴ったりとか、そういう現象だと思うよ。ここ、音楽室のわりにはちょっとそういう部分が杜撰(ずさん)だよね。前も演奏してるときに花瓶が移動しちゃって、危うく割りそうになっちゃったし……」

「……それだ」

 

 茫然と、ぼくは呟いた。

 赤松さんは首を傾げていたけど、ぼくらは気づいてしまった。

 どうして、現場があんな状況になっていたのかを。

 

 それは、決定的な話だった。

 赤松さんに話を聞きにきたのは、間違いではなかった。

 

 

《コトダマ 共振反応》

 

 



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マッチポンプ

 ……と、そこでいよいよモニターからチャイムが鳴り響いた。

 

「はいはい、捜査はそこまでだよー!」

 

 元気よくモノタロウが手を上げる。

 今回はどうやらモノクマじゃなくてモノクマーズからの放送らしい。モノクマは一体なにをやっているんだろう? 

 

「いよいよ始まるのね……!」

「もう三回目やんなあ」

「っしゃオラー! このまま六回目くらいまでぶっちぎろうぜぇぇぇ!」

「仲間デ殺シ合ウ……ダメダヨ」

 

 相変わらずまったく統率の取れていないモノクマーズに苦笑いが漏れる。

 こんなことで笑うのもちょっと違う気もするけど、これからぼくらにとっては最終決戦みたいなものだ。どこまでやれば黒幕を引きずり出せるか……分からないけど、なんとか今までの情報を使ってやるしかないんだ! 

 

「あ、もう行かないと行けないんだね」

「うん、早めに行かないと」

 

 赤松さんに返事をして、三人で向き直る。

 

「あれ、三人はまだ行かないの? 早めに行かないとモノクマが叱りに来ると思うんだけど」

「もう少ししたら行くんで、赤松さんは先に行っててほしいっす。あ、もちろんピアノには触らないんで安心してください」

「心配してるのはそこじゃないんだけど……うん、分かったよ。先に行くね」

 

 ちょっと不審そうに見られたけど、さすがにあの話を赤松さんの目の前でするわけにはいかない。先に行ってもらうしかないんだよね。

 

 そして扉が閉まり、ぼくら三人だけになった。

 そういえば入間さんとかには会わなかったっけ? どこにいたんだろう。

 

「香月さん、白銀さん、準備はいいっすか?」

「……うん」

「だって、やるしかないもんね」

 

 静かになったところで天海くんが口を開き、問いかけてきた。

 なにせ、今回のことで黒幕を察しているのはぼくたちだけだ。

 最原くんが生きているかもしれないというのも、彼が黒幕かもしれないというのも、全部憶測にしかすぎない。確信とまではいかない。それでもぼくらはその可能性に賭けている。

 

 でないと……でないとこの事件でまたおしおきが執行されてしまう。

 しかも、今回の事件でおしおきされるべきクロとなるのは、恐らく赤松さんだ。

 

 最原くんは色々な要因が重なった末の不幸な事故死。

 その決定的な最後の引き金を引いたのは赤松さん。最愛の人を自らの演奏が殺したと知った赤松さんは絶望して、最期には悲惨なおしおきで死んだ彼の元へ……そんな心のしんどくなるような、ダンガンロンパらしいといえばらしい筋書き(ストーリー)

 

 このまま黒幕を放っておいて、流れのままに学級裁判を行えばまず間違いなくそういうことになってしまう。それだけはなんとしてでも避けなければならない。

 

 もちろん赤松さんのことが好きだからというのもあるが、一番はやはり黒幕のシナリオ通りに踊らされるのが嫌だから……という理由になる。

 これはきっと黒幕のシナリオ通り。今までのこともきっとそうだ。黒幕はぼくらを操りながら「しんどくて辛いけれど希望に進んでいく最高のダンガンロンパ」を演じさせようとしているに違いない。

 そのわりには不幸な事故死が多かったり、黒幕自らが工作していたり、しかも黒幕そのものが探偵役をこなしたりとマッチポンプもいいところだ。

 

 黒幕ならもっと慎重にやってもらわないと。

 操り手がずけずけとストーリーに乱入してくるのはどうかと思う。仕掛け人自らマッチポンプを繰り返すだけでは質の良いストーリーになんてなるはずがないのに。だからどうしても気にくわない。

 

 ぼくならもっと……。

 

「これ以上犠牲が出る前に終わらせるっす」

「うん、もうあんな思いしたくないもんね」

 

 そこまで考えてから首を振った。

 

 ぼくはなにを思っていた? 「ぼくならもっと上手くシナリオを組める」? そんなの最低な考えじゃないか。確かに黒幕がいちいち介入する物語なんて二流もいいところだとかなんとか思ってしまったが、そんなのフィクションでの話。リアルであるここでは、そもそもデスゲームなんて起こらない方がいいに決まっているのに。

 

「どうしたの?」

「自己嫌悪中……かなあ」

「え、本当にどうしたの?」

 

 不思議そうな白銀さんに、軽蔑されてしまわないか少し不安になりつつも口を開く。

 

「ううんと、ミステリーの黒幕ならちょっと誘導するくらいで、がっつり関わらないでほしいよなあって。ぼくならそんなストーリーの小説があったら、そんなことをしないと満足に事件も起こせられないのかーなんて思っちゃうしって。不謹慎なのは分かってるんだけど、今回特にそう思うんだよね」

「ああ、確かにそこは地味に管理能力が試されるところかも……」

「前々から思ってはいたっすけど、こうして学級裁判や派手なおしおきをやるということは、見世物にさせられている可能性もあるんすよね……そうなると、確かに黒幕が深いところまで関わるのってよくないと思います。完全にシナリオ通りにするなら、ただのドラマ撮影でいいわけっすから」

 

 天海くんがキョロキョロと辺りを見回しながらそう言った。

 多分、カメラを探しているんだと思うけど、やっぱりカメラは見つからない。この学園にあるのはモニターだけだ。そのわりにはモノクマやモノクマーズがぼくたちの位置を把握していたり、ちょうどいいタイミングで現れたりするので、絶対になにかぼくらの動向を確認するための物があると思うんだけどね……。それが把握できない。

 

 と、そこで「ぼよーん」といつものように間抜けな音をたててモノクマが現れた。

 

「クマー! オマエラ、早く植物園のところにまで来なさーい! エグイサルの塗料にするぞ!」

 

 錆じゃないんだ……。

 いや、もしかしてあの赤いエグイサルのことかな? どちらにせよ死刑宣告みたいなものだけど。

 

「今から行くよ」

「そうっす。行きましょう」

「うん」

 

 頷き合うと、モノクマは満足したようにまた物陰に隠れてそこから消えていった。隠し穴がそこら中にあるんだろうなあ。

 

「向かうときに俺はちょっと、もう一度最原くんの部屋に行ってきます」

「え、でも間に合わないんじゃ」

「さっと行ってくるだけっすよ。あのモノクマのことっすから、無闇な理由で参加者を殺すのはできないはずっす。最終手段で手を出してくる可能性はありますけど、基本的にはコロシアイを重視してますからね」

「でも、危ないと思うよ?」

 

 白銀さんも引き止める。

 けど、天海くんは意外と頑固なのか首を振った。

 

「こうしている間にも時間は刻一刻と迫ってるっす。行きましょう」

「わ、分かったよ」

「早めに合流してね」

 

 そうして急ぎ足でぼくと白銀さんは植物園へと向かい、天海くんは一旦最原くんの部屋へと戻っていったのだった。

 

 




先週はごめんなさい!思い切り曜日を間違えておりました。これからもちゃんと更新は続けるのでよろしくお願いいたします!


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臆病者はそっと嘘をつく

 結局ぼくができることなんてものすごく限られてくるんだ。

 臆病で、自分の保身にばかり走るぼくではとても勇気が足りない。

 

 ぼくには苗木くんみたいな、ほんの少しだけの前向きさだってないし。

 ぼくには日向くんのように、未来は創ってしまうものだと言い切れない。

 歴代の彼らのように、なにかとくべつなひとつを持っているわけでもない。

 

 臆病で、前に進むことすら誰かに背中を押されないとできなくて、みんなの足ばっかり引っ張って、それでも手を取って隣を歩いてくれた人達がいた。

 

 ぼくは自分のためになにかを成し遂げるわけじゃない。

 ぼくは、ここまで手を引っ張って、見捨てないでくれた天海くんと白銀さんのために動く。まさか自分が全員を救えるはずだなんて無謀なことは思っていない。ぼくにできるのは、手が伸ばせる範囲の人と手を繋いで一緒に歩くことだけ。

 

 なにがあっても、その手を離したりしてはいけない。

 そうやって心に決めるけど、どうしても不安に囚われる。

 

「ねえ、白銀さん……大丈夫だよね?」

「うん、不安だよね。確か、学級裁判で今回のトリックを全部見破ってから、黒幕の話をするんだったよね。そこまで持って行くのに地味に苦労しそうだよ。みんな自由だし……上手く行くといいんだけど」

「ぼくだと話に流されちゃいそう……」

 

 容易に想像できてしまう。ぼくだけじゃ多分黒幕を追い詰めるなんて無理だ。

 

「あれ、王馬くんに……入間さん?」

「ひっ、な、なんだテメーらかよ」

「あ、香月ちゃんに白銀ちゃんだ。今から行くところ?」

 

 植物園の前で入間さんと、彼女と一緒に歩いている王馬くんと出会った。

 入間さんはなにやらさっと後ろに腕を回しているように見えたんだけど……なにかあるのかな? 

 捜査中見かけなかったことといい、もしかしたら研究教室にいたのかもしれない。だからといってなにをしていたのかは分からないけど。

 

「あれ、天海ちゃんは?」

「後から来るって」

「ふうん、遅れたら殺されちゃうかもしれないのによくやるよね」

「テメーがそれを言うんじゃねぇよ!」

「え?」

「んんんん、そんな蔑むような目で見ないでぇ……!」

 

 なにやってるんだこの二人。

 ちょっと心労を感じつつ植物園の中を歩き、中央の鳥籠のような場所へ入る。

 そこには天海くんとぼくら以外の全員が揃っていた。

 

「もうオマエラさあ。少しは急がないの? ほらほら駆け足!」

 

 呆れたようにモノクマが言うけど、別に従う必要は特にないわけで。

 

「ムキー! 走れったら走れっての!」

 

 怒るモノクマを無視して皆と合流する。

 

「すげー、お父ちゃんのことガン無視だ!」

「お父ちゃん、落ち込まないで! アタイたちがいるわ!」

「ワイらが慰めたところで火に油や」

「オウッ、どんどん注ぎ込めェ!」

「ダメダヨ、怒ラセチャ」

 

 ……こちらもモノクマーズ全員揃っているようで。

 少しだけ視線を向けて、それから皆の輪に入った。天海くんはまだ来ない。

 

「もう、オマエラ注意すら聞けないの? 先生はとても悲しいです。生徒が不良ばっかりで学級崩壊寸前ですよ」

「だー! さっきからうるせぇな! なにが言いてえんだ!」

 

 焦れた百田くんが叫ぶと、モノクマはやれやれと首を振って彼を見つめた。黒豆みたいなあのぬいぐるみの瞳が向けられるところを想像して、ちょっとゾッとした。百田くんはよくあんなのに立ち向かえるなあ。

 

 ……これからぼくらも立ち向かうことになるとはいえ、やっぱり少し怖いや。

 

 モノクマはその場で「シャキン」と爪を出してシャドーボクシングをし始める。なにがしたいのかと思ったら、その状態で「イライラしています!」と全力でアピールをし始めた。あ、うん。そっか。

 

「ボクはイライラしています。具体的には天海クンが遅すぎてイライラしています。野生を解放してクマらしく襲ってやろうかなとちょっと検討中です」

「男死のことを庇うつもりはないですが、それをされると白銀さんと香月さんが悲しむでしょうから、やるなら止めますよ。この、転子が」

「それならゴン太だって! もう誰かいなくなるのは嫌だよ!」

「アー、ハイハイ。これだから希望って奴は嫌なんだよ。運営の大変さを少しは労ってほしいよね」

 

 いやそんなこと言われても。そもそもこんなデスゲーム開かなきゃいいだけだし。ぼくらとしては飽きたならさっさと放り出して去ってほしいくらいだよ。

 

「……っと、すみません。遅れたっす」

「謝罪で済むなら学級裁判はいらないんだよー!」

「モノクマはなにをイライラしてんすか」

「オマエのせいだオマエの!」

 

 飄々とした様子で言葉を流す天海くん。

 うん、彼ならモノクマとも言論できるし、黒幕を突き止めるためにも彼の協力は必須だ。ぼくのこの考えを彼と白銀さんに伝えておいてよかった。

 きっとぼくだけでは流されて、罪悪感を抱いたままこのコロシアイ新学期を続行させられていただろう。

 

 今回で、終わらせるんだ。

 そうなるように、頑張るんだ。

 

 心を奮い立たせるように言い聞かせる。

 

「それで、モノクマ。はじめるんだよね」

「はいはい、それじゃあオマエラ。学級裁判場で待ってるよ!」

 

 モノクマと、ついでに口々に捨て台詞を吐きながらモノクマーズ達がその場から消える。そして中央の噴水にあるムキムキなモノクマの像が動き、赤い扉が現れた。

 

 これを見るのはこれで三回目。さすがに慣れた。

 けれど、これ以上慣れてたまるもんか。

 

 ぼくらはそうして、最初の頃よりも随分と減った人数でエレベーターに乗り込む。それから沈黙のまま裁判場へ。

 

 一言も喋ることなく、鋭い視線で裁判場を睨む赤松さんは怒りに燃えていた。

 他にも喋らずに静観していたり、別のところで話している子達はいるけど、皆表情は硬い。

 

 そしてそれぞれが慣れたように席につく。

 立ちっぱなしでこれから何時間も話し合いをすることとなる。正直疲労が半端ないだろうし、今回で黒幕を晒しあげないといけない分、さらに長時間立ちっぱなしになるだろうな。それでも、やるしかないんだ。

 

「えー、ではでは! 最初に学級裁判の簡単な説明をしておきましょう」

 

 モノクマはいつも通りに。と言ってもこれもやはり三回目の説明をはじめた。

 

「学級裁判では〝 誰が犯人か? 〟を議論し、その結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおきですが、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は…… クロ以外の全員がおしおきされ、生き残ったクロだけが才囚学園から卒業できます! ちなみに、誰かに必ず投票してくださいね。投票しない人には…… 死が与えられちゃうんだからね…… というわけで、クレイジーマックスな学級裁判の開幕でーす!」

 

 カンッ、カンッと開始の合図のように木槌が鳴らされる。

 これでぼくらにとってはラストの学級裁判のはずだ。いや、必ずこれでラストにしなくちゃいけないんだ。

 

 やってやる。大丈夫、ぼくは強い子だから。

 怯える心に、ひとつ嘘をついて勇気を絞り出す。

 

 さあ、全部終わりにしよう。

 

 

 

― 学級裁判 開廷 ―

 

 

 

 



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学級裁判―序曲―

「さて、まずはなにから話し合うっすかね」

 

 席について三回目ともなればもう慣れたものだと思う。

 本当は慣れちゃいけないんだろうけど、みんな積極的だ。

 

「どうしよう、やっぱり凶器について?」

「いや、状況の整理からだろ。みんなよく分かってないんじゃないか?」

「ゴン太は、なんで火事になったのか知りたいんだけど……」

被害者については話さないの」

 

 赤松さん、百田くん、ゴン太くん、春川さんからの意見が出てぼくは考える。

 いきなり最原くん黒幕説なんかを出しても信じてもらえるわけがない。そもそもみんなはあの死体を最原くんだと確実に思っているわけだし、下手に切り出し方を間違えればぼくが裁判を混乱させたということで犯人候補にされかねない。ダンガンロンパでは失敗するたびに発言力が減っていって、最後にはどれだけ優勢でも失敗し続ければ探偵側が負けるとかいう理不尽が待っている。

 リアルでそんなことが起きるかどうかは分からないけど、一応その前提で駒を進めて行かないと怖い。

 

 ぼくだって必死なんだ。ここまできたらやるしかない。でも疑われておしおきまで行ったらそれこそ嫌だし、できれば避けたい。

 保身に走るのは臆病者のサガだけど……誰だって死にたいと思うわけがないじゃないか。ぼくだってこれに巻き込まれなかったらこんなに頭を使って頑張ることはなかったわけだし。

 

 だからぼくは、ひとまず百田くんに同意する。

 

「ぼくは百田くんに同意するよ。まずはなにがあったのかを整理してからじゃないと、この事件は紐解けないと思うんだ」

 

 時系列順に行かないとよく分かんないよねって。

 

「えっと、それならピアノの演奏会からだよね」

「うん、お願い赤松さん」

「げぇ、そこからかよ。そんなところから説明しねーと分かんねーなんてお前らバカばっかか?」

「ビッチちゃんはちょっと黙っててくれない? 順序の大切さも分からないなんて可哀想だよねー」

「び、ビッチ……!?」

 

 ああ、うん。入間さんと王馬くんのやりとりはおいておいて、やっぱり大事なのは順番だよね。みんな唐突な事件発生で驚いていたし、そこから整理するのほ大切だと思うんだよ。

 

「私の演奏会からだよね。えっと、私は準備の前に最原くんの部屋で挨拶をして、そこで演奏会の曲が部屋に流れるようにしてほしいって頼まれたよ。だから演奏会のときはキーボくんに、最原くんの部屋への放送スイッチを入れてもらったんだ。それから、準備には……」

 

 赤松さんの視線が移動する。

 その言葉に反応したのは数人。手伝ったと思われる人達だ。その中にはもちろん、白銀さんの姿もある。

 

「わたしとゴン太君は一緒に研究教室まで行ったよ。ゴン太君には、エスコートの練習を手伝ってほしいって言われて……地味に嬉しかったから、はりきって早めに行っちゃったんだよね。だから二人で赤松さんのお手伝いもしたよ」

「ゴン太が無理を言っちゃったから……」

「ううん、むしろすっごく嬉しかったからいいんだよ。推しからのお誘いに答えない人はいないって」

「おし……?」

「あ、なんでもない。ゴン太君のお誘いがすごく嬉しかったってことだよ」

 

 純粋な彼に対して困ったような笑顔で対応する白銀さん。

 まあ、うん。その概念を知られちゃうのは嫌だよね。ただでさえゴン太くんは純粋なんだし、余計なことは教えたくないんだろう。

 白銀さんは黒髪赤目が好きって言ってたからなあ……。多分春川さんと百田くんの関係も応援しているだろう。

 

「あとオレらも準備の手伝いをしてたぜ! なあハルマキ!」

「あんたが手伝うぞってうるさいからでしょ……せっかく寝てたのに」

「ハルマキ、あんな真っ昼間から寝てたのか?」

「……夜のことがあったからね」

 

 赤松さんの演奏会を充分楽しむために昼寝をしたのは、どうやらぼくだけじゃなかったらしい。こうやって言っているということは、多分百田くんに誘われなかったら夜まで寝ていたんだろうけど。暗殺者というくらいだし寝なくても別に平気だろうとは思うが、気持ちの問題なのかな? 

 赤松さんの演奏をちゃんと聴きたかったんだろうなという意志が透けていて、なんだかちょっと微笑ましい。友達だもんね。

 

「そうそう、オレらは準備の前には終一に会ってるぜ。見舞いに行ってから準備を手伝いに行ったんだ」

「あのときは普通にしてたね。妙に部屋が暑かったけど」

 

 部屋が暑かったのは共通……かあ。確か事件後も、火事があったことを加味しても暑かったはずだし。

 

「準備に来てくれたのは、あとキーボくんもだよ」

「放送のことを聞いたのも一応そのときですよ!」

 

 なるほど、事前に聞いていたんだね。

 

「転子はアンジーさんと時間になる五分前にはついていました。アンジーさんは黒板を装飾し始めてしまったので手持ち無沙汰になってしまいましたが……転子も準備を手伝えば良かったです……」

「転子はそのままでいいと思うんだー? そわそわしてるの可愛かったもんねー?」

「か、可愛い!? そ、そんなことありませんよぉ……」

 

 こんなときではあるけど、照れる茶柱さんに癒される。つい先日まで落ち込んだままだったから、こうやって回復している姿を見ると複雑ではあるが、安心するからだ。ぼくが元気付けられたら良かったんだけどなあ……でもそんなのただの傲慢でしかないから、思うだけに留めておかないとね。

 

「入間さんは?」

「お、オレ様はぁ……ちょっとやることがあって研究教室にいた。没頭してっと忘れそうだから必要なモンだけ持ってバカ松の研究教室まで行ったんだよ。それからはテメーらも知ってんだろ」

「ば、バカ松……」

 

 入間さんの口の悪さはいつも通りだから置いといて。

 

「で、俺と香月さんが来て、時間ギリギリに王馬君が滑り込んで来たんすよね」

「そうそう、オレったら演奏会のこと忘れかけててさー。いやー、焦った焦った! 間に合って良かったよ」

 

 嘘くさい……けど、なにをしていたのかは本人しか知らないからなあ。

 

「えっと、これで全員が演奏会に来るまでの経緯は大丈夫かな?」

「うん、これで出揃っているはずだよ」

 

 白銀さんの言葉に赤松さんが返し、そして再び議論が動く。

 ここからは全員が知っている通りだ。しかし、その流れもおさらいすることになるだろう。

 

 アロマ のことで確実に一度はぼくに疑いの目がむくと思う。そのときまでに心のじゅんびをしておかないとね。じゃないと心が押し潰されてしまいそうだ。

 

「……」

 

 大きく息を吸う。

 そんなぼくの様子を、じっとモノクマが見つめていた。気づいてはいた。気づいてはいたが……それを無視して話を進める。

 

 それこそ、本当に気持ちが暗くなってしまいそうだったから。

 まだまだ学級裁判の本番はこれからだ。

 



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