真剣で私に恋しなさい!~優しい夜の兎~ (ヒコイチ)
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Sの夜明け前に
第1訓 愛するための別れ。


マジ恋に銀魂の夜兎みたいな滅茶苦茶な戦い方の奴が入ったら面白うそうという妄想からできた物語。まぁ、戦闘狂いな暴走はこの話だけかと思います。
続いたらいいなぁ~


武の頂点。そのたった1つの椅子をめぐりかつて争った最強3人がいた。のちに1人は後世に自身が学んだ武を繋げるために武の院を作った川神鉄心、もう1人は大財閥の従者に属したヒューム・ヘルシング。そして2人に最後の戦いで勝ち頂点にたった真の最強・赤星神晃はひっそりと余生をただ思うままに過ごし、この世を去った。

 

 

最後の戦いを終えてそれぞれの道を進んだ3人が一線を引いた後も武の頂点を争う戦いは続いたわけだが3人を超えるような存在は現れず、真の最強の座は空席となってしまう。

 

それから歳月は流れ21世紀、最大の覇権争いから数十年が過ぎ本当の意味で新時代の幕開けが始まる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

川神院、武の総本山と名高い鍛錬場にはいつものように修行僧たちが鍛錬に励んでいた。その様子をいつもの特等席である五重塔につながる階段に腰かけて見る総代・川神鉄心は修行僧たちの動きの1つ1つに気を配っていた。

 

修行僧の数も一時期衰退したころから再び盛り返して全盛期並みを受け持つ大所帯になった川神院は活気にあふれていた。

 

「総代、いつも通りに進めますネ」

 

一時期衰退したころの直前に師範代になりいろいろと大変な時期を経験したルー・イーも総代である鉄心の右腕として逞しくなり、しっかりと支えていた。

 

「早く、100人組手~」

 

鉄心の孫である川神百代もこの4月から川神院の総代だけでなく学長も務める鉄心の学園、川神学園に通うことになっていた。今ではかつて鉄心が背負っていた武神を背負えるほどの強さを手に入れていた。でも、まだ精神的な面に難があり、今も基礎鍛錬はこなすも好きな戦いができる実践の組み手に移りたい様子に、どう戦闘欲を押さえるかで頭を悩ませていた。

 

「は――い! 次のメニューに移るヨ~」

 

師範代のルーは、そんな百代を他所に基礎に続くような鍛錬を課したのだった。

 

鉄心はルーも師範代として修行僧たちや百代をコントロールできるだけの経験値を積んでくれて助かっていた。5年前の内輪揉めから起こった惨状があったにも関わらずこうして今では活気ある院として活動ができていることを考えると。

 

(あれから、早いものじゃのぅ……)

 

鉄心は神経が通ってなく細かい感覚を失ってしまいただのお飾りとなってしまった左腕に右手を当てて、物思いにふけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いの世界から一線を引いて川神院を武の総本山として名を上げていた鉄心も孫娘が誕生するほど年を食っていた。

 

「モモちゃ~ん。鉄心おじいちゃんだよ~」

 

可愛い孫娘・もう2歳になりそうな百代に溺愛する鉄心は、仕事以外の時間のほとんどを孫娘との時間に充てていた。

 

「総代! すみませン!!」

「なんじゃ? 今、大事な――」

「すみませんガ、お伝えしたことがありまして――」

 

鉄心は高い高いと持ち上げていた百代を下ろして、当時師範代候補として有力者だったルーに呼び出され、向かった場所は院の治療室だった。

 

「むぅ?」

 

治療室の扉に手を当てる前からだった。鉄心は体の奥底から熱い何が滾っていた。それは、かつて若き頃にある人物との戦いで感じた感覚に似ていた。鉄心はなぜに今更一線を引いたワシが。と、思いつつ扉を開けると真っ先に目に入ったのは元気な男の赤ちゃんだった。

 

「この子、どうしたんじゃ?」

「実は――」

 

説明するルー曰く、川神院の正門に大きな番傘が置いてあったことからルーは今日の荒れくれた天気で飛んできたのかと思い拾い上げると赤ん坊がバスケットのかごでスヤスヤと眠っていたことを話す。

 

「――そういうことデス」

「……」

 

鉄心はルーの話を聞きつつ赤ん坊をジッと見つめる。透き通るような白い肌に赤ん坊の横に置かれた番傘を見て大体察しが付いていた。

 

「それに正門近くでウロウロする女性を見たという者もいましタ。これは――」

「引き取りなさい」

「そ、総代!? 今ナラ――」

「いいから、引き取りなさい」

 

ルーの言い分に有無も言わさずに鉄心はそう言って赤ん坊を手に取った。

 

神月(かづき)……。いい名前じゃのぅ」

 

鉄心は優しく引き取ることになった赤ん坊・神月を優しく抱き寄せたのだった。

 

川神院に引き取られた神月は、1つ年上にあたる百代同様にたくさんの愛情を持って育てられた。良いことをしたら褒めもらい、悪いことをしたら孫娘である百代同様に叱られてすくすくと育った。中でも、神月は鉄心から初めてもらった手首に付けるブレスレットを肌身離さずつけて大事にした。

 

そして互いに小学生に入学する年になったら川神院の子供として武道に励むことになった。百代は鉄心の孫娘とあり始めた当初から才能の塊だった。一方神月は、優秀な類に入るも百代ほどの才を有してはいなかった。

 

それに神月は腐ることなく自分なりに頑張って武道を続けて、百代と共に汗を流す日々を送った。それは神月にとって何よりの楽しみだった。そんな日々を過ごすこと百代が5年生に、神月が4年生へ進級する前の3月下旬。桜の蕾がまだ固く、まだ寒さが残る日に川神院が出来て以来最大の事件が起こった。

 

いつもの活気あふれる鍛錬場の石畳にのさばる様に平伏して山積みにされた修行僧30人、鍛錬の組み手で倒れたわけでなかった。一方的な殲滅によって石畳には多くの血痕が付いていた。

 

「これは一体……」

 

現場を見た修行僧の1人からの電話に呼ばれるままに総代の鉄心が駆けつけると、山積みにされた修行僧たちの上に座って血まみれの手を舌先で舐めて物足りなさそうにする獣のような神月が……、いた。

 

「そ、総代……」

「ルー!?」

 

鉄心は意識朦朧で平伏しながらも何かを言おうとするルーを介抱する。ルーは完全に重症の域に達してた。

 

「は、早く……、神月……を、助け――」

 

師範代になり愛弟子として育てた神月が暴走し手を付けられなくなって酷くやられたルーだったが、自分の状態よりも愛弟子を心配して鉄心に助けを求めて、気を失った。

 

「うむ、覚悟を決めぬとのぅ」

 

鉄心は上着を脱ぎすてて上半身裸になる。

 

「うぉぉおおおお!!」

 

華奢体が見る見るうちに筋肉粒々な体格になり、獣のように狂ってしまった神月を迎え撃つ準備を整える。ほとばしる闘気に気付いた神月は新たな獲物を見つけたように目が血走って地で塗られた石畳に降り立った。

 

「お前ぇ――、強そう」

「お前、じゃありません。鉄心お爺ちゃん――じゃ!!!」

 

2人の距離が一気に縮まり拳が交わった瞬間、大きな竜巻が起こった。それだけなく拳のぶつかった圧で曇り空が2つに割れるほどすさまじい戦いが切って落とされた――――

 

闘いは2分続いて終わった。地に平伏し頭から血を流して動けなくなった神月の前に立つ鉄心は現役を退いても肩で息をすることもなく悠然と立っていた。が、神月の暴走を止めるために左腕を犠牲にした。

 

「じじぃ……、もう! もうやめてくれ!!」

 

もう手を下すわけでないが、帰ってきて2人の戦いを見ていた百代は弟として可愛がった神月をもう痛めつけないでほしいと鉄心の右腕にしがみついて戦闘を止めた。鉄心もこれ以上応戦する必要もなかったが、剣のように鋭い闘気を鞘に納められなかった。

 

「モモ、すまぬのぅ。自分の部屋に戻ってなさい。もう、何もせぬ」

 

それを聞いた百代は、流していた涙を拭って荒れた鍛錬場から走り去っていた。百代がいなくなったのを見て鉄心は、すぐに負傷した修行僧はじめ神月を医務室へ運ぶように指示を飛ばした。

 

「早く! 早くするんじゃ!!」

 

幸い死人は出ないまでも重傷者が多数発生したこの事件は、川神院創立して最大の事件として残るのだった。

 

事件が収束してから経緯を調べるように指示を出した鉄心に伝えられた内容は、あまり悲しいものだった。百代と同様に大人顔負けの力をつけてきた神月に若い修行僧たちが気に食わなかったことから集団で大人数をものに1人の神月に無茶な稽古をつけたからだった。

いくら力をつけた神月でも軽く40人の大人を相手にするのは厳しく、痛めつけられた。

 

『っ!』

『おい、立てよ。1人じゃ何にも出来ないのか?』

『やめ、やめてください』

『無理だな』

 

腹部を思いっきり蹴られて飛ばされる神月に、若い修行達の頭を張っていた男は近づくと左腕を踏みつける。

 

『お前は、総代の孫でもなんでもねぇよ』

 

左腕を押さえつけられた後だった。若い衆の頭に鉄心からもらって大事にしていた左手首に付けたブレスレットを切られてしまってからだった。若い衆の頭の男が神月の左腕を折ろうとした時だった。男は何が起こったか分からないままに体が逆さになり、地面に叩き付けられた。

 

そこから鍛錬場は惨状へと変わった。川神院にいたルーは騒がしいことから持ち場を離れて向かうとすでに30人近くが血まみれで倒れていた。そして、学園にいた鉄心が戻ってきたときには止めに入ったルーも巻き添えに――。

 

「すみませン……、総代」

「いや、ワシもお前に助けられたからのぅ。もし、お前が神月を助けてほしいと言わなかったら……」

 

鉄心は長い座卓で挟んだルーに礼を言う。もし、ルーが神月のことを思って言ってくれなかったらと思うと一生後悔することになってただろうと鉄心は自身の愚かさに嫌になる。

 

「それデ、神月ハ?」

「うむ、もう1週間じゃからのぅ。精神を押さえつける拘束具もしっかりと馴染んでいるから大丈夫じゃ。今日も話に行くつもりじゃ」

 

神月は別室で治療を受けていた。超人的な回復もあり2,3日で治ったがまた暴走したら元も子もないので腕と足に拘束されて1週間を過ごしていた。

 

鉄心ももう十分に体も心も落ち着いたのを分かっていたので今日には拘束を解くつもりだとルーに伝えた。それを聞いたルーは、ホッとした様子で部屋を後にした。

 

「すまぬのぅ、ルー」

 

去っていたルーがいなくなって、鉄心はそう零す。そして、そのまま腰を上げて神月が隔離されている部屋へ向かった。

 

暗い廊下の先にある部屋。必要最低限の生活ができるものが置いた部屋に隔離された神月は、薄暗い電灯の下で正座を崩さずに座っていた。

 

「神月、入るぞぃ」

 

ノックして扉にある小さな窓から見て鉄心はそう声をかけると部屋に入る。部屋にはこの1週間神月以外の誰も入ることを許されなかったし、部屋に近づくことも禁じていた。

 

「……」

「うむ。何から話せばいいかのぅ」

 

正座する神月は黙ったままで鉄心も何から話せばいいかと頭を悩ませた。

 

「ごめんなさい」

 

そんな時、神月が謝った。何に謝ったかというと痛めつけてしまったことに。それに鉄心は自分も悪かったと思っていた。

 

「ワシも拘束具なるものをつけて押さえつけていたからのぅ。プレゼント、などとこじつけて……」

 

神月が付けていた手首のブレスレットをプレゼントしたのは精神的な狂いを押さえる目的だった。

 

「鉄爺、この前に話したことは……どうなりました?」

「……」

 

実は扉越しに何度かこの数日間話していた鉄心と神月。その時に神月はあるお願いをした。鉄心は少し言うのを躊躇ってしまう。が、宣告した。

 

「うむ。赤星神月――――」

 

――――川神院を破門とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことじゃ、すまぬが頼むぞぃ。鍋島」

「まぁ、師匠の頼みとあっちゃしょうがねぇけど。それに酒までもらってしまうとな」

 

神月が川神院の破門を言い渡されたその日の夜に、鉄心は弟子でもある西にいる鍋島を呼び寄せていた。頼みとは、神月を西のどこか穏やかな場所で引き取ってほしいという無理な願いだった。

 

鍋島も師匠と慕う鉄心のお願いとあってもちろん受けるつもりだったが、鉄心から少し離れて横に立つこれから小学4年生に神月を見て、こんな小僧が師匠の左腕を奪ったのかと思うと不思議に思ってしまう。

 

「分かった。おい、小僧。お前は先に車に入ってろ」

「はい」

 

神月は鍋島の言う通りに送迎の車に乗り込んだ。それを見て鍋島は胸ポケットから取り出した葉巻を加えて火をつける。

 

「それにしても師匠。大変なことになっちまったな」

「そうじゃのぅ。恥ずかしいものじゃ、院の内輪揉めでここまで発展させてしまったからのぅ」

「それもガキ1匹にな。そんなガキを受け持つ俺の身も考えてほしいもんだよ」

 

鍋島は困ったものだとお手上げ状態と手を広げる。

 

「まぁ、確かにこの川神にあの小僧を置いても居場所はないだろうな。()は」

 

そう言って鍋島は神月の面倒はしっかりと受け持つと言って送迎の車へ向かった。

 

「たく、最後まで見送ってやればいいものを。いや、気遣ってか」

 

鍋島はもう正門から院の中へ戻っていた鉄心の複雑な心境を思いやってそのまま見送りなしで車に乗り込んだ。

 

「じゃあ、行ってくれ」

 

運転手に鍋島はそう告げて車は走り出した。車窓から見える川神の景色、もしかしたらこれが最後になるかもしれないのに見向きもしない神月に鍋島は見ないのかと言うが、首を横に振った。

 

「もう一度、いつか戻ってくるつもりだから」

「……破門の身、でもか?」

「はい。また会おうと約束してくれる奴がいるから」

 

神月は手の中にあるお守りをギュッと握ったまま――川神を去っていた。




第1訓は終わりです。最初だから張り切って5000字超えました。次回も頑張ろうかと思います。では、また!


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第2訓 神月と百代、あれから7年。

第2話。さっそくお気に入りに感想ありがとうございます。
では、どうぞ!


あの川神院創立以来最悪の騒動から7年目を迎えた5月下旬。つまり赤星神月が院を破門されてから7年の歳月が経った。神月を弟、そして1人の男の子として意識し始めた小学5年生の川神百代も早いもので高校3年生となっていた。

神月が破門されて川神を去ってからは1人でいることが多くなった百代は数か月後に仲良しグループである風間ファミリーの一員になっていた。

そこで彼女は大切な仲間を得て充実した時間を今まで過ごすことができた。

 

 

 

 

5月も下旬に入ったころ、いつものように風間ファミリーの面々は金曜集会で使っている廃ビルの1室に集まっていた。この廃ビルは地主の子である島津岳人の母から使われてないので見回るのを条件に1室を使っていた。

この金曜集会、基本土日祝や大型休みで何をするかなどを掛けあう場でありそれ以外は各々好きなように過ごす場でもあった。

 

「ふぅ――」

 

今も自分たちの椅子やソファーなどに座ってくつろぐ風間ファミリー8人のメンバーたちの中に1人スマートフォンの画面と睨めっこするファミリーのただ1人の年長者・川神百代が息を大きく吸って吐いて深呼吸をしていた。

この光景は、この廃ビルで金曜集会を始めて1年が経って百代が携帯を買った時からよく見られる光景となった。この様子に、最初の頃は欲しがっていた携帯電話をもらって興味深く画面と睨めっこしているものだとメンバーは思っていた。だが、それが今日まで続いているだけにメンバーたちの中では当たり前の光景になったが、気になるは確かだった。

 

「姉さん、一度スマホ離したら?」

 

今もスマホを左手に持ち黒い画面を眺めてはスイッチを入れてメールがないかを確認する百代に、舎弟関係である直江大和、あだ名・大和はきりがないのを見て百代が好きな冷えたピーチジュースを渡した。舎弟として姉の世話はよく出来る男だった。

 

「え? 私いつからやっていた?」

「それ、癖になっているよ。モモ先輩」

 

百代の癖ともとれる行動に苦笑いでそう話すのは師岡卓也、あだ名は苗字の師岡からとってモロで百代はモロロ。大和の役割が軍師ならモロは機械関係に強いのはいいが、その関係の話になると語りがマシンガンのように止まらないのが偶に傷。

 

「私も大和のメール気になってやることあるよ」

 

百代の行動にある程度理解を示したのは椎名京。ファミリーからは京と呼ばれている。

過去に色々あったが、ファミリー……特に大和を中心に助けられた女の子。天下五弓の1人に数えられる武士娘。ファミリーのみんなを大切に思い、そして大和を一途に思う子でもあった。

 

「メールの相手って、確か……」

 

メールの相手を知っているように話すのは百代の義妹にあたる川神一子。健気な姿からワン子と呼ばれている。ファミリーでは元気印でマスコットキャラクターとしてみんなに可愛がられている。そんなワン子も百代の影響を受けて武を始め薙刀を武器にする武士娘だ。

 

「そうだな、ジジィから聞いたなら破門されたことを聞いたんだな。でも、大丈夫だぞ」

 

かつての事件の後に養子として迎えられた一子も衰退しかけたころに川神家に加わったので、ある程度は掻い摘んで知っていた。

 

「まぁ、確かにあいつは修行僧たちやルー師範代、それにジジィに傷を負わした。でも、根は凄くいい奴なんだよ。きっと、ワン子が思っているような奴じゃないぞ」

 

「ホント?」

 

「あぁ」

 

「でも、破門されたことに間違いないんだろ。だったら、ここの土地を踏めるのか?」

 

百代が優しくワン子を撫でているときにそう話すのは島津岳人。みんなからは岳人と呼ばれ、自慢の二頭筋を怠ることなく鍛え上げるパワータイプでよくジムに通っている。今、ごもっともな意見を言った岳人に大和は珍しい物言いに驚く。基本、バカなことばかり言うからでもあったから。

 

「さぁ。()は。って、ところかな」

 

「では、いずれ戻ってくるつもりなのか?」

 

破門の身であることは確かであることを話す百代に、ドイツからの留学生であるクリスティアーネ・フリードリヒ、クリスはそう問いかける。このクリスもレイピアを扱う武士娘である。

 

「帰ってくる。そう約束したからな。あいつは私との約束を破ったことがないからな」

 

「へぇ~!! めっちゃかっけぇじゃん! 俺も会ってみてぇな!!」

 

百代の話を聞いて風間ファミリーのリーダーでカリスマ的で永遠の少年である風間翔一ことキャップの頭では超絶かっこいい人と解釈し、会いたい気持ちでいっぱいになった。

 

「すごくいい話だ。一度、私もあってみたいものだ。なぁ、まゆっち」

 

「え!!? わ、私も!!」

 

「まゆっち~。今すぐじゃないんだからYO」

 

クリスから話を振られた黛由紀江はどもりながら、そして険しい顔で答える。自分では笑っているつもりだが、いかんせん表情と感情がうまく繋がらないことで苦労する1年生である。

そんな彼女も武士娘、それも伝説と謳われる黛十一段の黛大成の娘で国から帯刀を許される数少ない剣士でもあった。それと友達100人を作るのが夢であるが、4月は好成績だったが、5月は苦戦中。それと付喪神という設定の松風と言う馬の携帯ストラップがいる。

 

「あれからもう7年か」

 

それからも百代の話は続き、赤星神月という人物について語る。

武神・百代が認める人物とあり、ファミリーの武士娘たちはドリンク片手に興味深く聞いていた。それ以外のメンバーの男子たちキャップ以外のほとんどがつまらないのか片耳に流す程度に聞いてたが百代の舎弟である大和はあまり聞きたくない話であった。

 

姉貴分で魅力のある百代に好意を抱く大和からしたら他所の男の話を嬉しそうに話されたら、それはつまらないだろう。この構図ならだれでもそうだと思う。

 

「――――まぁ、そういうことだ。赤星神月、私が対等にいたいと思う……そのライバル的な奴だな」

 

普段見せない百代の表情豊かな笑顔するだけの人物であることに薄々メンバーたちは気が付くのだった。

 

「あっ。そうだった神月の奴、久しぶりに土産を寄越してきたんだった」

 

百代は思い出しように持ってきていた袋をテーブルに置く。

 

「え? これ何語?」

「これはフィンランド語だな」

「さすが、クリス。なんかお菓子を送ってきてくれたんだ。いっぱい貰ったからもらってくれ」

 

海外のお菓子とあり冒険好きなキャップと食べることが好きなワン子、それに岳人たちは嬉しそうにお菓子を取る。

 

「ん? 飴か。どんな味なんだろうな!」

 

 飴と聞いて大和はフィンランドと飴ということで気づき、食べるように止める。同じようにクリスも。だが、時すでに遅くキャップとワン子と岳人は飴玉を下で転がして舐めていた。

 

「「「!!?」」」

 

 3人はどんな味だろうと楽しみに舐めていたわけだが、顔が見る見る渋くなっていき吐き出した。

 

「クッキー! 何か飲み物をくれ!」

「ぎゃぁぁあああ! 口が!!」

「ぉぉおおおぇぇえええ!!」

 

「なんだなんだ!!?」

「姉さんがもらったお菓子、飴玉はフィンランド名物のサルミアッキ。世界一まずい飴って言われているものだよ」

「私も口にしたことがあるからキャップや犬に岳人の吐き出したくなる気持ちも分からなくもない」

 

大和とクリスは分かっていたのでそう説明した。

 

「ん?」

 

それを聞いた百代は袋から落ちた小さな紙を拾ってなるほどと思った。

 

PS.ドッキリ好きなモモにはいいアイテムだと思って送った。

 

この金曜集会でのサルミアッキ事件から週明けの川神学園では、キャップが同じ寮で暮らす親しい源忠勝にサルミアッキを悪戯であげてから面白いように一部の間で広がるのだった。

 

「しょうもない」

 

その様子を窓際の席で京は遠目で見つめつついつもの日常を過ごす。今日も川神は退屈という言葉が似合わないほど賑やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

天神館学園。

東の川神学園、西の天神館学園の2校はよく似たユニークな校風を持つ学校として日本では対をなす高等学校として一部の間ではよく知られた存在だった。

そして、ともに武士の末裔たちが多く所属する学校として前にも出したユニークな校風・決闘システムや闘いごとを好む生徒が多かった。

 

 

そこに、東の川神から西へやってきて5年が経つ15歳の赤星神月は天神館学園へ進学していた。

 

「あれ、鍋マンどこにいるんだ? しょうがないしい待っているか」

 

季節はもうすぐ夏に差し掛かり始めた頃、神月は久しぶりに天神館に登校していた。最近まで学長の鍋島に勧めで3月から海外留学に行っていた。色々あったので予定より伸びたが、無事に帰ってきたことを報告しにわざわざ学長室に出向いた神月だったが、目的の人物がいなくソファーでくつろいでいた。

 

「おいおい~。ここは学長室だぞ」

「おっ、鍋マン。どこにいたんだ?」

「鍋マンじゃない、学長だ。ったく、海外留学で苛めに苛め抜かれて腑抜けになってちょっとはまともになったかと思ったが、な」

 

あまりに一生徒のこと思わない学長、いや7年目の付き合いのある2人には当たりまえのやり取りに見えた。

 

「まぁ、腑抜けになることはなかった。まぁ、苛めに苛め抜かれたのは確かだけど」

「ん? お前がそう言うとは。で、文面だけじゃ分からんからいろいろ教えてくれや」

「そうだな。とりあえず鍋マンに紹介された軍事学校に行ったことは行った。鍋マンの知り合いとあっていい人そうだったんだけど、そうじゃなかったんだよな」

「あ? 別に俺の知り合いじゃないけどな」

「そうか。それはいい。そんで軍の訓練やなんやら付き合いつつ初めての休日に、ムーミソを探しに行ったんだよ」

 

神月は思い出すように語った。

 

「山奥にいるという妖精・ムーミソを探しに行った俺だったが、事件に巻き込まれたんだ」

「ほぅ、どんな?」

「軍の反乱分子だった奴を見つけてな。それが、困ったことに軍の訓練で世話になった人だったんだよな」

「それで、お前は倒したのか」

「いや、捕縛された」

 

笑ってそう話す神月に、よくそんな笑顔で話せるものだと鍋島は思いつつ話を振る。

 

「で、それで?」

「うん。俺はただわざと捕縛されたんだ」

「いや、お前ならそんなの修羅場でも何でもねぇだろ」

「そうでもなかったんだよな~。色々訳があったのを知ってしまい俺は内部潜入したってわけ。そして、反乱分子どものクーデターなるものを押さえたんだよ」

「おいおい、そんな情報まったく……。いや、何もなかったことにしたのか」

「そうそう、さすがにそんな情報が流れた国としてマズいからね」

 

鍋島は神月の行動がいつも斜め上を行くことは知っていたが、まさか国絡みなことになっているとは思わず、頭を抱えた。

神月は何事もなく帰ってこれて良かったとテーブルの上に土産を置く。

 

「それで、そのことを知るごく一部の間で俺を軍にいれようとしたんだ。肌も白いし胡麻化しきれるみたいなね。だから、帰るに帰れなかった」

「そ、そうか」

 

まだ17の神月がこんな数奇な人生を歩むのも無理はないかと鍋島はそう思いつつお茶をすする。

 

「で、話はここからだ」

「何だよ、まだ話があるのか?」

「あぁ、また留学できそうなところはないか。次は、そうだな。北と西以外で頼む。それじゃ」

「お、おい――って、もう帰りやがった」

 

鍋島は報告するだけして学長室から消えてしまった神月に、相変わらず自分の思うままにいることをうれしく思うのだった。

 

「さて、もうすぐ川神に殴り込み。楽しみになってきたじゃねぇか」

 

テーブルに置かれたある資料を手に鍋島は葉巻を咥え、火をつけて煙を吹かすのだった。その資料に書かれてあったのは、“東西交流戦”だった。

 

 

 

 

学長室を後にした神月は、もう用は済ませたので帰ろうと校庭から正門へ向かっていた時だった。

 

「待つんだ、赤星」

「ん?」

 

番傘をさしている神月に声を掛けたのは、刀を腰に下げる同じぐらいの身長の男子学生だった。

 

「よくのこのこと帰ってきて来れたものよ、赤星!」

「……え、と」

「俺のあまりの成長した強さに恐れをなしたか」

「あぁ、その逆のほう」

 

声を荒げてなんだと! と話すのは石田三郎。神月と同じ2年生で天神館のキセキの世代と呼ばれる西方十勇士の総大将にして最強の男だ。石田鉄鋼の御曹司で出世街道を歩むべく英才教育を受けてきたが、エリート街道を歩むがゆえに驕っているところは多々あった。

 

「それで。キセキ的に弱い連中がこぞってどうしたんだ? また懲りずに決闘か?」

「おんのれぇ! 今日こそ貴様を斬って――」

「御大将! 今日はただ話をするだけですぞぃ!」

 

石田の間に入ったのは西方十勇士の副将を務める島右近。石田の右腕で冷静にして実践経験豊富な皆のまとめ役に買って出る実年齢から+10歳足したぐらいのふけた顔だった。なので、何かと生徒でなく先生に間違えられる。

 

「おい、島!  こいつはまた俺を愚弄し腐って――」

「御大将! 一度落ち着きなされ」

 

石田とは昔からの馴染みで唯一気を許されている島が、変わりに本題に入った。

 

「すまぬ、赤星。実は話があってだな」

「手短に頼むよ~」

「うむ、今週末の行事に参加してほしくて頼みに来たところだ」

「行事? そんなことで?」

「そう。川神学園との決闘がある」

 

行事については1年生の時からただ適当に参加するだけで協調性のかけらもなかった神月だったが、目の色が変わる。川神学園との決闘、と聞いて。

 

「それで、内容は?」

「うむ。3学年それぞれの学年ごとに九鬼の廃工場を舞台に武を競い合う決闘だ。それで――」

「あぁ、分かった。もういいよ。じゃあな」

「赤星っ! まだ話が――って、姿をくらませたか」

 

島の最初の部分だけで説明十分だったのか神月は、その場から消え去ったように去ってしまった。

 

「赤星の奴は来るのだろうか?」

「奴のことだからその日の気分次第だろうな。だははぁぁああ!」

 

西方十勇士の特攻隊長・大友焔は頭を傾げ、最大最強の攻撃力を持つ長宗我部もその日次第だろう投げやりに笑い飛ばす。

 

「まぁ、あいつが登場したところで一番美しいのは私なのだから」

「まぁ、いたらいたらで暴れてくれるだろう」

 

天下五弓でナルシストな毛利元親はいつも通りでスピードが一の尼子晴は、いることで貢献にはなるだろうと話す。

 

「それがしもそう思う。が、読めぬが故に期待はできぬ」

「まぁ、あいつがいてもウチのやることはかわらへんけどな」

 

便利屋で実直な忍び・蜂屋壱助も戦力と見込まないほうが良いだろうと助言し、宇喜多秀美は関係なくやるだけど粋がる。

 

「来たら楽ができるが、ごほ、ごほ!」

「まぁ、俺はやりたいようにやるさ」

 

病弱キャラでサイバー担当の大村ヨシツグと広告塔でイケメンの龍造寺は好きにすればいいといった感じだった。

 

「ふんっ、まぁ来ようが来ないが西方十勇士がいる限り勝利しかない。この石田三郎の出世街道はまっしぐらなのだからな!」

 

キセキの世代・西方十勇士たち、東西交流戦で西の強さを見せつけるために気合十分といったところだった。




次から東西交流戦へ。
また、お願いします!


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第3訓 再開の挨拶は拳で

第3訓です。今回から東西交流戦です。
それでは、どうぞ!


川神市工場地帯の九鬼が所有する廃工場で武闘派の東西の学園、川神学園と天神館学園が合いまみえることとなった。名付けて東西交流戦。

互いの学長が師弟関係。弟子である天神館の鍋島が、師匠で川神学園の学長の川神鉄心に勝負を吹っ掛けたことから実現した大掛かりな決闘が組まれたのだ。そんな決闘とあって武家の家系を持つ血の気盛んな者たちが多い両学園の生徒にとっては気合の入るイベントだった。

 

(天神館……か。なら、あいつが)

 

水曜日の朝礼で発表されたイベント、それを聞いた武神・川神百代は天神館というワードからある人物の名と顔が浮かぶ。

 

(7年ぶり……ワクワクしてきたな♪)

 

幼いころから一緒に過ごしていた1つ年下に当たる男の子がどう成長して、この地に再び舞い降りるかを楽しみにする百代だったが、まさか、あんな登場をするとは予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

3日間で行われる東西交流戦の開幕カードは1年生の部からだった。

1年生とあって伸びしろがあって未知数な戦いで盛り上がったこの部だったが、最後はあっけなかった。なぜか敵陣に攻めあがってきた川神学園の総大将が天神館の集団戦法に追い込まれてやられてしまったのだ。一体、川神学園の総大将は何をしたいのかもわからずに初日の1年生の部は天神館の勝利で幕開けた。

 

天神館が先手を取って迎えた2日目、3年生の部。

川神学園最強、いや世界最強と謳われる武神・川神百代がスキップで待ち構えていた。多くの逸話を持つ百代に対し、天神館の3年生たちも負けないとばかりに立ちはだかろうとしていた。

 

「相手は武神! 倒した相手をラーメンのように平らげてしまう逸話を持つ凶戦士だ! 不退転の覚悟で挑め!」

 

噂の伝わり方があまりに逸脱していただけに、それを聞いた川神学園の3-Sに属するクールな京極彦一も思わず笑ってしまう。

実際問題、普通の学生が武神の百代を相手にするのは厳しく多くの助っ人を連れてきていた。百代は倒せる相手が増えたことから快諾済みだった。

 

「文字通り、一丸となって立ち向かう。天・神・合・体!」

 

3年生全員が1つになって巨大な生物のようになって待ち構える天神館3年生サイド、その前に立つ百代は笑みを向ける。

 

「すごいな天神館。それ妙技だぞ。練習は大変だったろう」

 

あまりの妙技にワクワクする百代、昔と変わらず闘い好きな女の子であった。天神館サイドは物の大きさで百代を覆いつぶそうと考える。対して百代も気がみるみる跳ね上がって待ち構えた。

 

「くらぇー!」

 

天神館の妙技が覆いつぶそうとする前だった。百代が右手に気を練り始め――

 

「川神流、星殺し!!」

 

そして溜めた気を一気に開放するようにビームを手から発した。そして威力のあまりに天神館の妙技は貫通しバラバラに崩されて落ちていくのだった。

 

「あースッキリした。ユミ、残党討伐よろしく!」

「な、なんという桁外れの力、これが――武神か……」

 

地面に伏す天神館の生徒がそう語るときにはすでに百代は勝負ありと思い背を向けていた。

 

「相手が悪すぎたで候。あれは、サメでなく天災で候」

「くぅ……。あ、赤星……あいつめ」

「ん? たとえ腕が立つものがいても、武神の前で無力で候」

 

百代に残党制圧を任された矢場弓子は残りほんのわずかな残党と総大将を討つために敵本陣へ向かおうとした、次の瞬間だった。隕石か何かが地面に落ちてきたような勢いで空から降ってきた。

 

「な、なんで候!?」

 

あまりの落下した勢いから一点から風圧が波のように押し寄せた。百代が天神合体を始末し残党を始末しようと敵本陣へ進もうとした討伐部隊だったが、その風圧でなぎ飛ばされてしまった。幸い、後方で部隊の指揮を取っていた弓子は何とか無事だった。

風圧で起きた砂煙がやむとそこに――、夜の工場にもかかわらず番傘を広げてさす人物がいた。透き通るような白い肌、それと何に対してなのか笑みを浮かべる表情が弓子には不気味に感じられた。

 

「あらら、傘広げたら飛べると思ったんだけど。やっぱ無理だった」

 

あれほどの勢いで空から落下してきたにもかかわらず無傷どころか平然とその場にいる人物に弓子は警戒する。が、

 

「お壌さん、ちょっと尋ねてもいい?」

「!?」

 

遠くから眺めていたところをいつの間にか間合いを詰められていた弓子は驚きながらも、構えを取る。

 

「天神館の生徒で候。なら、何もいうことはないで候」

「ん~。じゃあ、とりあえず強そうなやつ見つけるか。いや――こっちから呼ぶか」

 

その瞬間だった。ザワっと空気が変わる。風の動きもそうだが、なんといっても重苦しい雰囲気がその場にいた弓子には辛かった。

 

「空から美少女登場!」

 

それを感じ取って現れたのは武神・川神百代だった。もう用済みだと思っていた彼女だったが、闘気を感じ取ってきてみたら敵本陣に向かっていた討伐部隊が解隊されていたのを見てどんな猛者だろうかとワクワク闘気のなる方へ見た。

 

「あっ……」

 

百代は言葉を失う。昔、見慣れた白い肌に番傘。笑顔が絶えない飄々とした表情、それだけで十分だった。

 

「神月!」

「ん……、モモか。変わってないな」

 

その人物はかつて川神院で一緒に過ごして弟として、そしていつの間にか1人の男の子としてとらえるようになった赤星神月だった。

どこかで会えると思ってはいた百代だったが、心の準備ができていなかったのでどこかぎこちなかった。

百代はチラッと顔を伺ってみると、まだあどけなさが残っていた7年前とは違いすっかりと男の子らしくなっていた神月に思わず目を奪われていた。

 

「どうしたの? すみません、お嬢さん。少し外してもらってもいいかな」

 

その場で腰を抜かしていた弓子にそう言うも、動けなさそうだったので弓子を抱えて消えてしまう。

 

「おまたせ、モモ。ほら、来なよ」

 

そして、場所が整ったところでクイクイっと挑発するような人差し指で誘うが、神月自身そういうつもりでなく7年ぶりの手合わせをしたかっただけだった。純粋にどれだけ腕を上げたかを――――

それを見て、百代は口元で笑うと地面を蹴った。

 

「神月――――!!」

 

ここから始まるたった1分間も満たない戦いで最強は川神百代だと思い込んでいる川神学園の生徒たちは知る。匹敵するだけの力を持つものが西にいた――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

川神市工場地帯で廃工場とされている場所で行われている3年生の部の決闘を風間ファミリーのメンバー、大和とモロと京は明日の決闘に向けて最終視察もかねて来ていたがどうせすぐに終わるだろうとモニターから映し出される決闘を別会場で眺めていた。

 

「あの大きなやつ。確かにすごかったけどモモ先輩の前じゃ無意味だったね」

「姉さんもある程度楽しめたみたいだし良かったよ」

 

多くの天神館の生徒で作った天神合体は武神・百代の一撃で粉々になってやられた。残党がいても残り30人を切っているし、川神学園サイドはまだ200人はいるから勝負あったと思い明日に備えて早く帰ろうとモニター会場から後にしよう帰り支度を始めた3人たちだった。

 

「さて、帰るか」

 

大和たちが帰ろうとした時だった。モニター会場がざわつき始める。なんだろうと振り返るとカメラ視点が切り替わっていた。そこには百代と番傘がよく目立つ後姿の男が向かい合って立っていた。

 

「あぁ……なんて運のない人なんだろうね。わざわざ出て向かっていくなんて―――」

 

モロはこの後に起こることを何となく分かっていた。が、武士娘の京は違うと話す。

 

「あの人、やり合うつもりだよ」

「でも、姉さん相手に無理だと思う」

「うん、私もそう思うけど――――」

 

そう京と大和が話していた時だった。百代が何かを叫んで向かっていた。

 

(神月……あいつが?)

 

大和は時折百代の話からよく聞いたある名前が耳に入っていた。

いつものように開始一発目から百代の右拳から繰り出すストレートパンチ、ただそれは一撃で仕留める技までに昇華した――

 

《川神流、無双正拳突き!》

 

必殺技を出し惜しみすることなく百代は攻撃した。誰もが終わったと思った。完全に左の頬に入っているのがモニター越しでもよく分かっていたから。そこからはるか遠くへ地面にバウンドするいつもの光景が映る……はずだった。

 

《ふむふむ、久しぶりだからどう来るかと思ったらやっぱり……そうかそうか》

 

百代の必殺技でもある正拳突きを手で抵抗することなく左の頬に受けた神月は、飄々した表情で拳を頬で受け止めていた。あまりのことにモニター会場では静寂の後ざわついた。

 

《分かりやすい挨拶。それに武神なだけあって元・弟としてうれしい限りだ》

 

でも、と付け加えたうえで左の頬で受け止めていた百代の右拳をスッと人差し指で上に持ち上げてすぐだった。百代の手首を持つとそのまま持ち上げて背中から地面に叩き付けたのだ。

 

「え……」

「ウソ、だろ……」

 

その映像を見た仲間でもあるモロや大和はただ驚いて見ることしかできなかった。京も映像越し見ていたが、まさかここまでのことをするとは思ってなかった。

 

《ごめ~ん。ちょっとやりすぎたかな。久しぶりの川神でワクワク気分だったからさ――》

 

そう神月が話している間だったに背中から叩き落された百代は受け身から仰向きから反転して体勢を整えなおし足元を払うように低い姿勢から蹴りを入れた。

それを飛んで避けた神月に、百代は飛んで足場もない一瞬を狙った。無理やり右腕掴むとそのまま左手からエネルギー砲をゼロ距離からぶつけた。

爆音がモニター会場まで聞こえるほど響くと一気に映像は爆風に耐え切れず途切れてしまったのだった。

 

 

 

 

映像が途切れてしまったころ、その場は爆風で視界が遮られていた。百代の星砕きは神月にゼロ距離で放ったこともあったが、放った本人は緊張を解いてなかった。なぜなら、これだけでくたばるような玉じゃないことを知っていたから。

 

「ふっ、そうだよな」

 

百代が笑う。そこには最初から変わらない飄々とした笑顔を向ける神月が立っていたから。

 

「ははっ、やっぱりモモはモモのままだな」

「そういうお前も、な。それと、私のことを敬え」

「敬っているよ。昔と変わらず手加減せずにやりあってくれるところはさ。なんて言っても、姉弟のタイマンに手加減なしだからね」

「そうだな。まぁ、本当に銃口を見せるとは思わなかったけどな」

 

二人は向かい合ったまま笑い、次の一手に出ようとした。が、

 

「顕現の弐・持国天!」

 

巨大な腕が現れると2人は巻き込まれて吹き飛ばされてしまう。技を出したのは――――、川神学園・学長の川神鉄心だった。後ろには天神館の学長・鍋島の姿も。

 

「これ、モモ!」

「おい、神月。ここまでだ」

 

百代には鉄心が、神月には鍋島が止めに入っていた。さすがにこれ以上応戦するのはマズいと思った2人は構えを解いた。

 

「おいジジィ! 今からいいところだったのに」

「もう決闘は終わりじゃ、天神館の総大将が討ちとられたからのぅ」

「そういうことだ、百代ちゃん。それとお前もな」

「はいはい。誤魔化して押し通せるかと思ったけど」

 

百代は終わったことを知ってなかったが、神月は分かっていたうえで2人の戦いを通し切ろうしたわけだが、止められたこともあり冷めた様子でポケットの中で鳴るバイブレーションのスマホを取り出した。

 

「今すぐ、帰って来なさい……か。じゃあ」

 

メールの文面を見てその場を去ろうとする神月を百代は呼び止めたが、その前に消え去ってしまった。

 

「悪いな、師匠。手を煩わせてしまって」

「何々、いつものことじゃからの。孫娘は」

「それならアイツもだろ」

 

鍋島は、百代だけじゃなく神月も。と苦笑いで言うが、鉄心はそんなことは知らないと去ってしまった。

 

「んだよ、ジジィ。7年ぶりの再会を」

「まぁそう責めないでやってくれ百代ちゃん、師匠も態度だけでも示して説かねぇといけねぇからな」

 

百代は久しぶりの神月との再会に見向きもせずに去っていた鉄心に冷たいジジィと思いつつも鉄心の弟子の鍋島はフォローを入れておいた。それと悪いようにはしないと意味深なことを言って。

 

「一体どういうことなんだ?」

 

こうして東西交流戦2日目は川神学園勝利でイーブンに戻し最終日を迎えることになった。

百代は久しぶりに会ったのでもう少し拳だけでなく話も交えたかった。面と向かって――――




第3話でした。
お気に入り数が100に迫りそうな勢いだったのでうれしいかぎりです。また、よろしくお願いします。さ~て、頑張るぞ!


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第4訓 天神館の端くれとしての最後

第4話です。お気に入り登録に評価、それに感想もろもろありがとうございます。
では、どうぞ!


武神・川神百代相手に立ちまわった西のスーパールーキーの存在は、川神学園の間ですぐさま広まった。百代のパンチを微動だにせず受け止めて地面に叩き付けた映像は、川神学園の掲示板で多いに騒がれた。

 

「で、こいつが例の優男か。ケっ! 気に喰わねぇ」

 

東西交流戦最終日、2年生の部の開始30分前を切った頃。ぞろぞろとやってきた両学園の生徒たちは最後の打ち合わせをしていた。

風間ファミリーの筋肉担当・島津岳人は画面に映し出された神月に“優男”といってイライラする。

 

「まぁ、強いのもそうだけど結構うちの生徒、女子たちの目に留まったみたいだからね」

「一々説明しなくていい、モロ!」

「しょうもない」

 

いら立つ理由を細かく説明するモロに岳人はそんなじゃないと強がり、そんな岳人を1言で片付けるクールな京は弓使いとして弓と矢をチェックする。

 

「でもよ! そんな奴がいるならマジやばくね! ヤバいよな!?」

「まぁ、キャップの言う通りだ。姉さんと同じぐらいの破壊力を持つ奴を立ち回らないといけないんだからな」

 

風間ファミリーのリーダーでキャップこと風間翔一は、まさかの強敵出現に胸の高鳴りが収まらない様子でいつに増してハイテンション。ファミリーの軍師で、今回は学年の指揮の役を担う大和もまさかの登場に頭を抱えた。

 

「でも、まさか昨日は助っ人枠で出てきて今日は生徒枠で。か」

「お姉さまが認める人と戦えるなんてそうそうない機会だわ!」

 

4月から川神学園の留学生でやってきて風間ファミリーに入ったクリスはわざわざ2日連続で出てきてくれて有り難い様子、そして百代の義妹である一子も話をよく聞いてただけに楽しみな様子だった。

 

「まぁ、とにかく最後の確認通り姉さんとやり合うだけの相手だ。話で聞いていた通り気分屋だからいつ現れるか分からないし大変だと思う。けど、足止めに徹することで対応するように」

『おう(うん)!』

 

武士娘たちや戦闘に出る岳人とキャップに確認をして各々持ち場へ送り出した大和も指揮官としての持ち場へ救護班のモロ途中まで一緒に向かった。

一方天神館は――――

 

「なに!? 赤星の奴、愚弄しくさりおって!」

 

天神館サイドも西方十勇士を将に据えて準備万端だったが、副将の島右近は総大将の石田三郎に自身のスマートフォンの画面の文面を見せたわけだが、地面に叩き付けようとしたところをなんとか宥めて抑えた。

 

差出人:赤星神月

件名:東西交流戦

 

阿呆の石田くん。俺がいなくても勝てないようじゃ出世街道は厳しいと思うよ。まぁ、厳しくなりそうだったら駆けつけるよ。多分、用事を済ませたら行くつもり。3割ぐらいで。

 

 

「赤星の奴、この俺が負けるだと? 東の軟弱阿呆どもに、馬鹿なことを」

「御大将! 赤星なりのエールです!」

「フンっ。いつものように煽っているんだな。まぁ、いいだろう」

 

島は総大将が落ち着いたところでもう少しで始まると伝えた。

 

「いいだろう。ある程度盛り上げるだけ盛り上げて、最後は俺たち西方十勇士の蹂躙劇終わるだろう。まぁ、俺が手を下すまでいかないだろうがな」

 

総大将・石田三郎は敵本陣の椅子に腰かけて始まりを待つのだった。

両学園の生徒たちは始まりの合図をそれぞれの部隊の将を中心に据えて待つ。どの生徒も目をぎらつかせて今か今かと気持ちを高め――

 

――――ドン、ドン、ドン!!

 

始まりの太鼓の音が夜空の廃工場に響き渡り東西交流戦2年生の部が始まった。

 

『うぉぉぉおおおお!!!』

『行くぞぉぉおお!!!』

 

敵陣へ一気に特攻部隊が駆け出して火ぶたは切られた。

 

 

 

 

東西交流戦が始まり闘い真っ只中、川神市工場地帯から離れた川神院街中の一軒家に赤星神月の姿はあった。キッチンに立ち食事で使ったお皿を洗って片付けていた。

 

「ねぇ、神月クン。さっきからスマホが鳴ってたよ」

 

リビングでくつろぐ女の子はテーブルに置いてあったスマートフォンを持ってキッチンに入ってくる。そして、画面には2件の着信が入っていた。

 

「誰から?」

「島右近クン」

「あぁ、やっぱりな」

 

神月は着信履歴があったのを見て何となく察しがつき、洗い終えた皿を洗浄機にいれてから出かける準備をした。

 

「燕、ついでアイス買って帰る」

「うん、いってらっしゃい♪」

 

そのまま神月は玄関に置かれた番傘を持って家を出て行った。

 

「ふむふむ、行かないって言ってたのに行く気になったのはこれのためかな」

 

居候の身の神月が出て行った理由を、なんとなく流しを片付けるのがめんどくさかったんだと気づく同居人で西の武士娘・松永燕だった。

 

「まぁ、彼らとはもう別れるからね」

 

やれやれと思いつつ燕は天神館の生徒としての最後になるだろう行事に送り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

東西交流戦はクライマックスにさしかかろうとしていた。戦況は川神学園が最初は押されていたが、天神館の西方十勇士たちを各個撃破した。これに、まさかと残された総大将・石田と副将の島の2人は立ち向かうのではなく工場の死角に身を隠して時間切れに持ち込もうとした。が、川神学園の生徒に見つかってしまう。指揮官に任されていた直江大和が自陣から飛び出して。

それから犬笛と呼ばれるもので一子を呼んで、駆けつけた一子は槍使いの島右近に薙刀を振りかざす。大和も総大将・石田に向かうが、腕っぷしで勝負するタイプでない大和に石田の相手は厳しい。石田も大和の戦う構えを見て素人と舐めてかかったが、油断したところを遠方の弓兵・京にきつい一撃を受けてしまう。

 

「参ったって言っちゃいなよ。楽になるぞ」

 

革靴の先をひるんでいる石田の左ひざにけりこみつつそう語る大和に、石田は総大将として負けるわけにもいかないので、断りつつ距離を取ってレプリカの刀を手に取る。

 

「西方十勇士の怒りを見よ! うぉぉぉおおおお!!!」

「なんだ、こいつ!?」

「奥義・光龍覚醒!! 斬新だろう、東の!!」

 

石田の技、光龍覚醒は髪が金髪に逆立ってパワーアップする奥義。使用すると寿命が縮むと本人は言いつつもこれまでポンポンと使っていた。

いきなり金髪になった石田に驚かされる大和に、石田が刀を振りかざそうとした時に遠方から京の矢が、うなりを上げて飛んできた。死角からだったが石田は同じ方向から来たのもあり簡単に薙ぎ払った。

その動きを見る限り奥義を使った石田の技はただの見せものではないことが分かった。

 

「西では、女より男が強い! ハハハハハ! 貴様等、軟弱な東の男どもと俺は違うのよ。この光龍覚醒した俺に勝てる奴など川神百代ぐらいだ!!」

 

石田は大きく刀を振り上げた。一連の動きを見て大和は避けられるかと思った時だった。工場の垂直に近い壁を、駆け下りる人物がいた。石田も気づいて振り返ったが遅く、そこには刀を抜いて急所に斬りかかる川神学園の制服を着た女子生徒がいた。

 

「源義経、推参!! はぁぁああ――!!」

「くっ!?」

 

完全に太刀筋が石田に入りそうだった。やられたと思い石田は思った。が、違う方向から何かに押されるように石田は吹き飛ばされた。

 

「何!?」

 

斬りかかった人物・源義経と名乗る武士娘は、手ごたえがなかったことと飛んできた風圧のほうを見ると、番傘を閉じて先端を見せるアホ毛がぴょんっと伸びた赤髪に白い肌、その場にいた大和や、間合いを取っていた一子と島、それに遠方から見ていた京にも緊張が走る。

 

「あらら、石田くん。君はいつも油断しているからやられるんだよ」

 

笑顔が絶えない飄々とした優男だが、それがかえって周りの緊張の度合いを上げた。赤星神月の登場によって。

 

(だれか分からないけど、後ちょっとのところで――出てきた)

 

大和は義経と名乗る武士娘が仕留められと思っていたが、まさかあのタイミングで横やりが入るとは思わなかった。それよりもいつからこの場に来たのかと思うほど突然の登場だった。

 

「ヘリから降りての登場。かっこよかったから見入てしまってタイミングが遅れちゃったよ」

 

義経は構えを解かずに神月を見やる。

 

「そんでいきなり気弾を撃ち込むのも悪い気がしたから石田が気を失わない程度に吹き飛ばした。おーい、石田~。大丈夫か~」

「ぐぬぬぬ! 赤星! 貴様、今度という今度は許さないぞ!」

「いつものように穏便に済ましてくれ。こうして助けに来てやったんだからよ」

 

そう言った瞬間だった。神月は消える。本当に消えた錯覚を覚えた大和は辺りを見回し気づいた時には石田を起こす神月の姿があった。

 

「ほら、まだ戦えるだろ? 俺の風圧程度の攻撃に何度も食らったお前がくたばる玉か」

「ぬかせぇ、お前の攻撃などかゆい程度だ」

「うんうん。戦えないって言ったら拳骨くらわすつもりだったから」

 

石田の背中に回る神月、互いに背を任せて戦う形を取った。

 

「まさかと思ったが、貴様に背を任す時が来るとはな」

「そうだね。一応天神館の端くれ、最後ぐらい阿呆総大将に花を持たせようか」

 

いつでもかかって来いと構えを取る2人を挟むように義経と大和がいたわけだが、ここまで臨戦態勢が整うとさすがの大和も戦うという選択肢は取れなかった。まして、石田は義経と。大和は神月と向かい合っていたから。

 

「石田、好きにやりなよ」

「俺に命令するな!」

 

石田は義経に向かっていき、その間に神月は大和のほうへ近づく。マズいと思う大和はこの場から離れるのが1番と思ったが足が動かなかった。

 

「ん? どうしたの、逃げないの?」

(この、どうして――)

「まさかと思ったけど、この場にいる――」

 

――――覚悟はあったのかな?

 

表情をまったく崩さずに笑顔を向ける神月は、大和に今なら10秒だけなら見逃すと話した時だった。京の矢が神月の首元を襲っていたが、分かっていたように寸分のところで首を傾けて矢を掴んだ。

 

「これは、提案でも交渉でもない。命令(・・)だ」

 

棘のある闘気を向けられた大和は、潔くこの場を去ることを決めて踵を返した。

 

「うんうん、潔く退散した。変にプライドやなんやら居座り続ける鬱陶しい雑魚とは違ったようだ。弓兵の援護もあって何とか逃げられると思ったのかは別として、いい判断だ」

 

去っていた大和を見送った神月は、後ろで戦う石田と義経を見た。

 

「ぐっ!」

 

大和が去った後、義経は余計な心配が拭えたように迷いのない攻撃を石田にぶつける。寸分のところで避けた石田だったが、義経の切れのある太刀筋にジリ貧だった。

 

「大丈夫か~」

「横やりを入れるな!」

「うん、そうみたいだね」

 

何が、というと神月の背後から距離を詰めて意識を刈りとるような蹴りが入っていた。

 

「いい蹴りだ。迷いがなくていい」

 

でも、そう簡単に神月も入れさせるわけもなく腕で蹴りを押さえていた。ドッとぶつかった後、蹴った人物は後ろへ跳躍して間合いを取った。

 

「よく気づきましたね。完全に入ったものだと思いました。が、私の蹴りを受け止めたんです。自分を褒めるがいい」

 

上から目線で話す川神学園の制服でない軍人服で左目に眼帯した赤髪の女。3年の部は助っ人枠や外部枠を設けていたが、2年生の部は限定された闘いならこの眼帯の女も生徒だろうと神月は考える。

 

「だから――何?」

「ぐっ!?」

 

闘いが好きそうな目をしていたこともあり神月は、そういう生徒何だろうと思いつつ品定めするように1発蹴りを入れこんだ。軍人服のマルギッテ・エーベルバッハはなんとか腹部への練りこむような蹴りを入れられそうになったが、左腕で受け止めた。しかし吹き飛ばされてしまう。

 

(一体、いつの間に間合いを詰めた……)

「別に褒められるようなことをした覚えもないけどさ、自分より弱い人にそんなこと言われてもなんにも響かないよ」

「私が貴様より? 何を――!?」

 

マルギッテが反論している途中だった。自分のあごに白い肌をした拳があった。神月の拳はギリギリのところで寸止めされて顎に触れるか触れないかのところで置いてあった。

 

「く、情けですか」

「入れるつもりだったよ。でも、終わったから」

 

神月が向けていた拳を下げてある方向へ指さす。そこには地面に倒れてやられた格好の天神館の総大将・石田が義経と名乗る武士娘に、そして副将の島も一子に仕留められていた。

すぐに川神学園の2年生たちは勝鬨を高らかにあげて勝利の喜びをかみしめていた。

 

「あらら、終わっちゃったか。もう少し粘ってほしかったな~」

「貴様、名は?」

「赤星神月」

「私はマルギッテ・エーベルバッハだ。覚えておきなさい」

「うん、覚えておくよ」

 

川神学園の生徒たちが喜ぶ中、神月はとりあえず気を失っている石田や島といった天神館の仲間たちの許へ行って肩を担いでその場を去っていた。

 

「ったく。さしでやりあって負けたら言い訳できないな」

「おのれ、あの義経と名乗る女……。剣筋に惚れ惚れしてしまった」

「そういうことか。だから、わざと攻撃を受けまくったんだ。本当に阿呆の総大将なだけあるね」

「うるさい……ぞ。次は負けん」

 

神月はそのセリフを聞いて石田は変わらずにやっていくだろうと思った。とりあえず石田と島を救護班に預けた神月はもう用がなかったので帰ろうと川神市工場地帯を抜けようとした。

 

「よぉ、育ての親に何か言うことはないのか?」

 

工場地帯から出てすぐしてさっきまで天神館の生徒たちの様子を見ていた鍋島が工場の入り口にもたれかかって待っていた。

 

「育ての親? どっかの家庭の放り込んだ人のことを言うのかな? 留学先にどっかの軍の陰謀へ送り込むような――」

「まぁ、それはいいとして……。神月、体には気を付けろよ」

「何、最後はいい人らしく話して。元々、頑丈な上にお節介な奴までいるから大丈夫だよ」

 

――――色々と、ありがとう。

 

神月は鍋島の横を通り過ぎるとき、短くそう感謝の気持ちを伝えたのだった。

 

「明日の天気は、雷の槍でも降りそうだな」

 

鍋島は葉巻に火を入れて工場のほうへ戻っていった。とりあえず、再び神月が川神に戻れることが出来てお役御免と思って、夜空を眺めつつ煙を吹いて。




第4話でした。次回から川神学園に入る予定です。
では、また!


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第5訓 川神学園、初登校

第5話です。
たくさんのお気に入り登録に感想、それに誤字報告までありがとうございます。
では、どうぞ!


3日間に掛けて行われた東西交流戦は川神学園の2勝、天神館の1勝で学園ぐるみの戦いは川神学園の勝利で終わった。だが、助っ人枠と生徒枠で出場した天神館の2年生・赤星神月の存在はこの戦いにおいて大きかった。

中でも武神である百代とやり合ったことは、東の川神学園の生徒たちからしたら驚きでしかなかった。

そして、最終日に登場した源義経と名乗る武士娘。本人も言っていたが、血を受け継ぐものでなく、そのもの。現代によみがえった言わばクローンと呼ばれるものだった。世界最大の財閥・九鬼は翌日の未明に、源義経など3人の過去の英雄たちを現世に転生させていたことを発表し、各メディアでは大きく報道し騒ぎになっていた。

 

「源義経に武蔵坊弁慶、それに那須与一か~。すごいことになったね」

 

食卓に座って朝食を取る西の武士娘だった松永燕は、向かいに座って大丼ぶりを持つ居候の神月に話しかけるも気にするそぶりもなくご飯をかけ込む。

 

「こらぁ、しっかりと噛んで食べなさい」

「ん」

 

持っていた大きな茶碗を置いて頷く神月は味噌汁に手を伸ばしてすする。

 

「武士道プランの影響か強い人が入ってきているみたいだね。昨日とはまた違って闘気が満ちてピリピリしている。だから、いつも以上に嬉しそうなんだよね、神月クン」

「おかわり!」

「とほほ、やっぱり話を聞いてなかったよん」

 

燕はお味噌汁のおかわりを入れて神月に渡した。神月は美味しくいただく食事の場に闘い事を持ち入れるようなことはしないのと、食事に集中して話はほとんど聞いていないことが多かった。

 

「やっぱりあんまり変わってなくてよかったよん」

「あぁ、美味しい」

 

肌身にしみるように味噌汁のすする神月に、作った燕からしたら嬉しかった。それとこうしてまた一緒に食卓を囲むことができることも。

 

「ご馳走様でした」

「はい、お粗末様でした」

 

きれいに平らげた神月は今日から川神学園に編入することになっており真新しい川神学園の白を基調にした制服に着替え、学園に向かおうとした。

 

「私は用事で家を空けるから帰ってきたときは誰もいないから。はい、鍵」

「うん、分かった。じゃあ行ってくる」

 

燕の見送りを受けて神月は良く晴れた外へ番傘をさして出て行った。

 

「さて、私も行きますか」

 

神月を見送った燕も家の用事のために準備するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

武士道プランの受け皿となる川神学園のある街はいつも通り平常運転といった感じだった。騒がしい街にとっては、楽しいプランとして受け入れられていた。

そんな中、武神・川神百代は義経をはじめとする猛者たちがこの川神にやってきたことがうれしく気持ちがハイになっていた。それと、もう1つの知らせもあって。

 

(神月と同じ学校……)

 

昨日そそくさと神月が帰ってしまい声を掛けられなかった百代は、天神館の学長の鍋島から神月が川神学園に編入することを内緒で聞かされていた。それを聞いた時はまさかと思ったが、鍋島が嘘をついてなかったことを知り本当なんだと嬉しかった。

 

(多分、朝は忙しいから昼に押しかけよう。それまでにクラスを知らないと)

 

百代はさっそく学園で声をかけようと思いつつ前を歩く風間ファミリーの面々に合流した。

 

「姉さん、おはよう」

「おはよう! あぁ~、今日はいい天気だな」

「格好のバトル相手が来てテンション高いね」

 

百代のテンションの高さに気付くモロにもちろんと言った百代に、京は東西交流の時に遠目で見ていたが、相当な使いであること教えた。

 

「さすが日本が誇る英雄! ぜひともお相手願いたい」

 

百代はさっそく武士道プランの申し子たちと合いまみえた様子で学園へ歩を進めた。そして学園につながる多馬川橋へ向かう時だった。

 

「がはは、待っていたぞ、川神百代! 俺は西方十勇士――」

「てめぇ、南長万部!」

 

現れたのは南長万部もとい、天神館の長宗我部だった。

 

「違うわ! 長宗我部だ! チョーさんとでも、呼べ。交流戦で不本意な負け方をして名を提げちまったからな」

 

長宗我部はそれもあって名誉挽回の意味で川神百代に挑戦しに来たようだ。朝のHRまで時間がないことを心配するモロだったが、その挑戦を応じるのが百代なので考えるだけ無駄だと思った。

 

「さぁ、俺のオイルレスリングでヌルヌルにしてやろう」

 

橋下に降りた長宗我部はオイルをかぶって百代と向かい合う。百代の学園のカリスマとして崇められるオイルまみれなったら間違いなく学園掲示板の炎上ものだろう。もちろん、女の子としてオイルまみれになるのも嫌なので、百代は気をぶつける指弾を撃ち込んだ。

 

「おふぅっ!?」

 

パチンとなった百代の手から指弾が放たれあとに長宗我部は倒れてしまった。百代が一礼したところで決闘は終わり、周りから歓声が沸き起こった。

無敵っぷりと漫画にあった技をしたこともあって盛り上がる中、百代は橋上にいる九鬼のメイドに目をやっていると、九鬼の執事が声をかけてきたが、また改めて正式なご挨拶をすると去ってしまった。

武士道プランを機に新顔が増えることを歓迎するキャップと嫌な予感しかない大和だった。そして、また――――

 

「皆、おはよう。今日は臨時の全校集会があるが、その前に伝えたいことがある。編入生だ」

 

年長者の百代と年下の黛由紀恵以外の風間ファミリーの2年生のメンバーたちが所属する2‐Fの教室では担任の小島梅子が臨時の全校集会の前に編入生の紹介をしようとしていた。

 

「え? 武士道プランの?」

「違う。天神館からの編入生だ」

 

まさかのタイミングに驚くFのメンバーたち、どんな生徒かで盛り上がるところを小島が静かに制した。

 

「では、入ってきてくれ」

 

前の扉が横に引かれると入ってきたのは、川神学園の男子の制服を身にまとっていたわけだが、みんなと違い夏服の半袖ではなく長袖のシャツをまくっていた。そして、腕に巻かれた白の包帯が異様に目立っていた。まっすぐと前を見据えたまま教壇の上に立った男子生徒は笑みを崩さずに紹介を始めた。

 

「天神館から来ました、赤星神月です。強いやつしか興味がないのでよろしく」

 

笑顔を絶やさずそう話したのは……、神月だった。

あまりの強気な発言にクラスは静まり返った。昨日の東西交流戦で戦った、それも武神の百代とやり合った猛者が平然と立っているのだから。

 

(強気でかっこいいかも)

(委員長として、そしてお姉さんとして迎えないと)

(来たよ来たよ、オラオラ系!)

 

クラスの女子、人気のある小笠原千花と委員長・甘粕真与、それに羽黒は教壇に立つ神月を歓迎するように見る。一方で――

 

(あの野郎、調子に乗りやがって)

 

島津岳人を中心に女子のハートをしっかりとつかんでしまったことを妬む男子たちは面白くない様子だった。でも、歓迎する男子もいたことはいた。

 

(あはははっ、決闘したいな!)

(映像を見てそうだしあれだけ言うんだ。一戦交えたい)

 

一子とクリスと言った武士娘からしたら決闘を申し出たいところだった。京は別に気にするそぶりもなく窓の外の景色を眺めていたが。

 

「すまないが、赤星の自己紹介はここで終わる。みんなよろしく頼む。では、グラウンドへ」

 

小島はFの生徒たちにグラウンドでの臨時の全校集会へ向かわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

武士道プランにともなっての臨時の全校集会。各クラス列で適当に並ぶ中で前の方に浮かぶ紫色の番傘もつ神月に注目が集まっていた。傍から見たらなんで晴れているのに傘をさしいているのか、日傘のつもりかなどと冷やかしのように見ていた。

 

「赤星、傘は必要ないだろ」

 

視線を集まる中で近くにいた大和が声を掛ける。が、神月は自分にとって太陽は体に毒だからと閉じることはなかった。そして、学長にも伝わっていると。

 

「あいつ何様?」

「京の言う通りだ、もしかしたら嘘かもしれない」

「クリス。教職員の誰もが注意しないのを考えると嘘じゃないのは確かだ」

 

注意した大和に対して、聞く耳を持たなかった神月に京は苛立ちクリスも注意をし直したほうがいいと思うが、大和の言う通りだった。周りの教員たちが全く注意らしいことをしてなかったから。

それを見る限り本当に太陽を嫌っているのだと大和は前方にいる神月の後姿を見て思う。それと――

 

(それと、さっきの姉さんの態度……)

 

全校集会の前、生徒たちがぞろぞろとグラウンドに集まっていた時のこと。1人番傘をさしてグラウンドにやってきた神月は、まだ2-Fだけしか紹介されてなかったので見慣れない顔であったが、先日の東西交流戦で注目を浴びていたこともあってなんでこの場にいるのだろうと周りは不思議そうに見ていた。

笑顔を絶やさず飄々と委員長の甘粕を先頭に作る列へ向かおうとした神月だったが、途中で百代と鉢合わせた。学校でこうして会うのは初めてだった2人は何か小言で話していた。その後の百代の笑顔が大和や2人の会話を見ていた生徒たちからしたら印象的だっただけに何を話したのかが気になるところだった。

 

(一体、何を……)

 

その頃、3-Fに並んでいた百代は上の空といった感じでボーっと前を眺めていた。

 

「川神さんが……」

「これから武士道プランの発表なのに黙っているなんて……、何かが降ってくるかも」

「なんだよ、チミ?」

「ひぃぃいい!!?」

 

いつの間にか3-Fの男子生徒たちが会話しているのを聞いていた百代がチミとあだ名で呼ぶ男子生徒を呼んでいた。結構こそこそと話していたにもかかわらず。

 

「百代、一体何があったで候?」

「ま、まぁ……色々と」

「ほう、武神でもそういった顔をするものなんだな」

 

百代の様子がいつもと違うことは友人である矢場弓子に後からやってきたSの京極彦一も感づいていた。

 

「んだよ。悪いかよ」

「いいや、これもまたいい発見だったよ」

 

持ち合わせた扇子を広げて笑みを浮かべる京極彦一、言霊部に所属し興味深い人間を観察していることが多い変わった生徒だが、川神学園が誇るイケメン四天王の1人でもあった。

 

「それで彼とはどこで知り合ったんだ?」

「川神院で物心つく前からだ」

「そんな昔で候?」

「そして、7年ぶりにこの前会ったってところだ。もういいだろ。それよりも早く始まらないかな。ワクワク!」

 

百代はそれよりも早く朝礼が始まらないかと話をすり替えてしまった。これ以上話して墓穴を掘るような真似はしたくなかったから。

それからしばらくして学長の川神鉄心がグラウンドに表れて朝礼台の上に立った。

 

「今朝の騒ぎで知っているじゃろう、武士道プラン」

 

挨拶を済ませた鉄心は全生徒の前で武士道プランのことで受け持つことになった転入生の話を始めた。

 

「この川神学園に、転入生が6人はいることになったぞぃ」

 

新聞やテレビの報道では武士道プランでよみがえった英雄は3人と報道されてたので、人数の食い違いが生じたが、鉄心は武士道プランのことは各々で調べ、重要なのは学友が増えることと仲良くすること、そして競い相手として最高級だと伝えた。

最高級の競い相手と言われては、武士の血を引く者たちが多いこの土地の生徒たちは燃えないはずがなかった。

 

「武士道プランの申し子たちは全部で4人。残り2人は関係者。まず3年生、3-Sに1人入るぞぃ。それでは、葉桜清楚。挨拶せい」

 

鉄心の声とともに、1人の女の子がしゃなりと前に出てくる。そのままゆっくりと壇上に上がり素顔やしぐさを見た男子生徒たちはほーっと言うためいい気が漏れていた。

 

「こんにちは、はじめまして。葉桜清楚です。みなさんとお会いするのを楽しみにしていました。これから、よろしくお願いします」

 

ふわりとした挨拶をした後、男子たちから歓声が巻き起こった。一部、女子からの歓声もあった。騒がしくなったところで体育教師を務めるルー・イーが静かにするように注意した時だった。1人の生徒が挙手をする。2-Fの福本育郎だった。

 

「が、学長! 質問がありまーす!!」

「前項の前で大胆な奴じゃのぅ。言うてみぃ」

 

誰もが葉桜清楚は誰の偉人か、という流れに行くと思われた。が、

 

「是非、3サイズと、彼氏の有無を――」

「全校の前でこの俗物が! 皆、私の教え子がすまん」

 

福本のセクハラと取れる発言にすぐさま担任の小島が鞭で始末した。

 

「アホかい! まぁ、確かに3サイズは、気になるが」

「……えぇっ」

 

乗っかる鉄心に壇上の清楚は顔を赤くして驚く中、一度間をあけて再び清楚は話を続けた。

 

「皆さんのご想像にお任せします」

 

律儀に恥ずかしいながらも答える清楚に、多くの男子に1部の女子たちも盛り上がる。話が外れかかったところでルーが鉄心に注意し、本題に入った。

 

「葉桜清楚、という英雄の名を聞いたことがなかろう皆」

「これについては、私から説明をします。実は私は、ほかの3人と違いまして、誰のクローンだか自分自身ですら教えてもらってないです。葉桜清楚というのはイメージでつけた名前です。25歳ぐらいになったら教えてもらえるそうです。それまでは、学問に打ち込みなさいと言われています」

 

そう事情を話した清楚は、趣味が読書であることから清少納言あたりのクローンならいいと自分の思いを言った。

 

「うむ、では葉桜清楚。ありがとのぅ」

 

ここで次の紹介に移るために清楚は壇上で一礼し顔を上げた時だった。振り向いたときの一瞬だった。少し動きを止めてある方を見つめてしまう。

 

「ん? まだ言い残したことがあったかのぅ?」

「い、いえ。すみません」

 

清楚は進行を妨げたと思い慌てつつ壇上を降りていくのだった。

 

「な、なぁ! 最後こっちを見たよな!!」

「見てたぜ!」

 

清楚が見つめた先にいた2‐Fの岳人と育郎といった男子たちが盛り上がり気になるのではと、勘違いを起こしていたが周りは面倒なのか何も言わずに前を見ていた。

 

(ウソ……ただ、似ていただけだよね)

 

清楚は壇上を降りた後も、チラチラと周りに気付かないように見ていたが見えたのは紫の番傘だけだった。




第5話でした。次回も転入生紹介から始めます。
では、また!


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第6訓 ファーストコンタクトは大事。

第6話です。
たくさんのお気に入り登録に、評価と誤字報告に感想までありがとうございます。
嬉しかったです。
では、どうぞ!


3-Sの転入生・葉桜清楚の紹介がされて、次は2年に入る3人が紹介されることに。全員が2‐Sに入る学長の鉄心が紹介すると2‐Sの生徒たちはライバルたちに目を向けた。特進クラスは定員が決まっており成績が悪ければ落とされるので無理もないし、向上心の高い生徒が多いのもあった。

 

「まずは、源義経。武蔵坊弁慶。共に女性じゃ。では両者、登場」

 

2人の女性が壇上へすたすたと歩いてくる。1人は新聞の1面にもなっていた源義経。そして、

 

「こんにちは一。一応、弁慶らしいです、よろしく」

 

弁慶の色気から男子たちは声を上げた。結婚してくれや、愛してました!! と叫ぶ者もいるぐらいに。

 

「源義経だ。性別は気にしないでくれ。義経、武士道プランにかかわる人間として恥じない振る舞いをしていこうと思う。よろしく頼む!」

 

清々しいほどの挨拶に、さらに男子たちの怒号が大地を揺らした。

 

「女子諸君。次は武士道プラン、唯一の男子じゃぞ。2‐S、那須与一! でませい!」

 

皆が固唾を飲んで、登場を待った。が、那須与一は結局現れず義経がみんなの前で深々と頭を下げて謝った。これで終わりかと思ったが――

 

「はー、美味しい」

「おお――い! ひょうたんが気になってたが後ろで弁慶が酒飲んでるぞ――!!」

 

後ろですでに酔ったように顔を赤くして杯で飲む弁慶の姿に、クリスは黙っていられなかった。

 

「弁慶、我慢できなかったのか?」

「申し訳も」

「こ、これは、皆も知っている川神水で酒ではない」

 

川神水、ノンアルコールの水だが場で酔えるものだが学校で飲むものではないことは確かだった。弁慶は時々飲まないと体が震えると話し事情説明、だが、あまりの特別待遇に不満の生徒もいた。

 

「その代わり、弁慶は成績が学年で4位以下なら即退学で構わんと念書をもらっておる。じゃから、テストで4位とかだったら、サヨナラじゃ」

 

それを聞いた特進クラスの2‐Sの生徒からしたら舐められたようなものでライバル視し始めた。

最後に義経が深々と、清楚もたおやかに頭を下げて弁慶はしゅたっと手を上げる程度で紹介は終わった。

 

「あとは武士道プランの関係者じゃな。2人とも1-S! さぁ、入ってくるがよい」

 

いきなり現れた人物たちは、いきなり演奏を始めだした。そして、ふと後ろのほうからどよめきが起こる。皆の視線が集中先にいたのは――

 

「我、顕現である」

 

彼女は悠々と壇上に上がったのは2‐Sの世界最大の大財閥の息子。九鬼英雄の妹、

 

「われの名前は九鬼紋白。紋様と呼ぶがいい!」

 

紋白だった。幼さが残る紋白は飛び級で川神学園を進学先に経緯を語った。

 

「最後に我は退屈を良しとせぬ。1度きりの人生、互いに楽しくやろうではないか。フハハハハハ――――ッッッ!!」

 

強烈な個性を持つ人物の登場にどよめきが起こる中、もう1人の転入生はどこだと百代は祖父で学長の鉄心に問う。

 

「さっきから紋ちゃんの横におるじゃろう」

「……おいおい、やっぱりそんなオチなのか」

 

百代がやはりかと思う中、その生徒の自己紹介が始まる。

 

「新しく1年S組に入ることになりました。ヒューム・ヘルシングです。みなさんよろしく」

 

もう1人の生徒はどう見ても老執事だった。

 

「そんなふけた学生はいない!」

「ヒュームは特別枠。紋ちゃんの護衛じゃ」

 

そう説明する鉄心。

 

「今の爺さんがヒューム・ヘルシングとは」

「強いで候?」

「強いなんてもんじゃないぞ、九鬼家従者部隊の零番だ。だが想像しているより強くは……お年かな」

 

――――ふん、打撃屋としての筋肉が足りないぞ? 川神百代。

 

いつの間にか百代の後ろにさっきまで自己紹介をしていたヒュームがいた。まさか後ろを取られるとは思ってなかっただけに百代は驚く。

 

「大体わかった。お前もまだ赤子よ」

 

それだけ伝えてヒュームは消え去った。あまりの突然のことに近くにいた矢場弓子は一体何があったのか理解するのに時間がかかった。

 

「ふん、お前が赤星神月か」

「……」

「ふん」

 

ヒュームが踵を返して壇上に戻ろうと消え去った時だった。神月の姿はその場からいなくなる。

 

「えぇ!!? 赤星がいなくなったぞ!!」

 

2-Fの生徒たちはヒュームがその場にいたことに気付いてなく、突然神月が消えたことに辺りを見回した。

 

「一体どこに?」

「さぼったとか?」

 

2‐Fで騒がしくなり始めてしばらくしてからだった。神月が戻ってくる、砂埃をまったく出さずに。

 

「くぅぁああ~。誰だよ。俺を打ち上げた奴は。気持ちよく寝てたのに」

『!!?』

 

さっきまで空に打ち上げれていたと信じられない話をしだす神月は、打ち上げたヒュームに見やり、何かをつぶやいた。

 

「ふっ、赤子からは卒業……か」

 

ヒュームは右の袖口にできた人差し指で突き刺したような穴を見て思わず笑みを向けた。デコピンで打ち上げたときに神月に付けられた傷だった。

2人の邂逅は互いに軽いジャブで応戦して終わったのだった。

最後にヒュームと同じように老執事のクラウディオ・ネエロが紋白の護衛と武士道プラン成功のために川神学園に来ることを話して、一通りの紹介は終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

武士道プランのために人員整理が行われた川神学園。1-Cでは新しく担任になった全米チャンプのカラカル・ゲイルが教壇に立っていた。つい先日、負けた噂が立っていたゲイルは初心に戻るために武士娘の多い川神学園の先生の誘いを受けていた。

1-Sでは九鬼紋白が1日だけで特進クラスをすべての決闘に勝利、それも幅広いジャンルで勝利したハイスペックと剛瑛の圧力的武力によりクラスの上に立つものとして掌握したのだった。

――3-Sでは喝さいが起きていた。受験シーズンでピリピリしていた特進クラスにやってきた清楚の登場で、空気が和やかになっていた。

3-Fの百代クラスではゲイルの弟・ゲイツが新たな担任として教壇に立つことが決まった。

3人の転入生を迎えた2-Sはさっそくマルギッテが弁慶に勝負を吹っ掛けた。弁慶の攻撃にマルギッテが防御で耐えられたら勝利、耐えられなかったら負けという形での余興が始まった。軽い力比べは弁慶がマルギッテを廊下まで吹き飛ばして弁慶勝利で終わった。

 

「一撃で、ろ、廊下まで押し出すとは。トンファーが無ければ危なかった……ということですか」

 

マルギッテを軽くといえど吹き飛ばしたパワーにSの教室は一気にザワついた。さっそく弁慶は威厳を示したので、その流れで義経が教壇に一枚のパネルを取り出した。内容は多馬川の野鳥の数の推移をまとめたものだった。

さっきまでざわついた教室は一気に冷めあがってしまう。義経は発表したかったが、担任の宇佐美巨人にHRの時間もあるからまた今度と流されるのだった。

 

2-F。

 

「それにしても転入生が多く入ったね」

「熊飼! HR中に柿ピー食うな!」

 

授業が終わり2-FのHRが行われることになった。大食漢の熊飼満は柿ピーを食べていたところを担任の小島にみつかり鞭で打たれる。それを見ていた大串スグルは何かぼそっとつぶやくと小島の鞭を向けられていた。

 

「では、朝礼もあって赤星のちゃんとした自己紹介ができなかった。赤星、もう少し話してくれ」

 

小島はまだ伝えておかないといけないことをと思い神月を教壇に立たせた。

 

「えー、朝礼の時も注意してくれた人がいたけど俺は日光が苦手で肌をさらしたらきついので傘をさしてました。最初は包帯グルグルで行こうとしたところを先生に止められたから、傘をさしていた。説明不足でごめんね」

「苦手? それだったら努力して克服すべきではないか?」

 

神月の説明にそう答えたのはクリス。苦手で許したら何でも許されるではないかと思ったクリスの発言に、周りのねたむ男子たちも声を上げる。

 

「じゃあ、これを見て克服しろともう一度いうなら考えるよ」

「お、おい。赤星」

 

担任の小島が止めに入るのを制して神月は教室のカーテンを纏めて窓を開けて包帯で巻かれた腕を地肌にさらして日光に当てた。

 

「えっ!!?」

「ちょ!? お、おい!」

 

白い地肌は見る見るうちに赤く腫れあがる。あまりの痛々しさにクラスメイト達は目を向けられない者までいたが、最後は言い出したクリスがカーテンで日光を遮った。

 

「これでも克服したほうがいいかな?」

「す、すまない」

「うん、いいよ。説明不足だった俺も悪いしね」

 

日光をほんの短時間浴びただけで痛々しいほど赤く腫れあがったのを見て、それでも克服しろと酷なことを言えるはずもなかった。神月は分かってもらってなによりと包帯を巻きなおして教壇に戻ったが、それからの質問タイムは誰も質問せずに終わった。

 

「じゃあ、またね」

 

HRが終わり真っ先に神月は教室を出て帰っていた。さっきの出来事に沈黙が続いたFのクラスメイト達はやっと口を開けた。

 

「あわわわ……、絶対痛かったよね」

 

ワン子はさっきの痛々しさに涙目になりながら震え上がり、モロもまさかこんな理由があるとは驚いていた。

 

「それもあるけど、内定は下がることも認めてやっているんだ。ちゃんと通しているし、いいじゃねぇかアイツ。なら大丈夫だな」

 

進学や就職で使われる学園の生活態度などを示す内定を下げてもいいことを神月が認めたうえでやっていることに、それならいいじゃないかとキャップは頷きそう話す。

 

「凄く悪いことをしてしまったな」

「クリスは悪くない。あいつも自分の説明不足だと非を認めたんだから」

「私も大和と同意見」

 

クリスをかばう大和と京、それでも私が悪かったと責めるクリスに次からは気を付けたらいいとファミリーの面々は声をかけた。

 

「で、さっきから岳人は黙ってどうしたんだ?」

「いや、キャップ。思ったんだよな。あいつって結構かわいそうな奴だったんだなって」

「えらい掌返しだね」

「考えてみろ。良く晴れた太陽の許で傘をさしてデートでもしてみろ。速攻フラれるだろ」

 

まったくもってくだらないことに、ファミリーの面々は岳人の言い分を無視して予定通り放課後に武士道プラン組との接触に向かったのだった。

 

 

 

 

「あぁ、演技でも痛かった」

 

放課後の廊下を歩く神月は、1人別棟にある保健室に向かっていた。さっきの赤く腫らした左腕はちょっとした演技も交じっていたが、痛かったのは確かでさっさと直すためにと氷が必要なことから保健室を選んだ。

 

「失礼しまーす」

 

――――……

 

「誰もいないか」

 

誰もいない保健室に運が良かったと思いつつ管理記録に自分の名前などを書いて、冷蔵庫から氷を取り出してポリ袋に入れていた時だった。視線を感じた神月は振り返ると扉のかすかな隙間から覗く生徒と視線があった。

 

「ん?」

「あ、あの! 保健室に入って誰もいなかったから1人で大丈夫かと思って、その……」

 

気付かれて保健室に入ってきた挙動不審に話す女子生徒に、神月は頭を傾げる。

 

(どこかで見たような……)

(あぁっ! どうしよう!? ここは――)

 

女子生徒は冷蔵庫の前にいる神月に近づき、左腕を取った。

 

「私が、手当てしてあげるから!」

「あ、やっぱり。朝の人」

 

神月はやっと気づく。その女子生徒が今日転入してきた葉桜清楚だということを。

 

 

 

 

「冷やすことも大事だけど、ちゃんと水分補給してクリームを塗るんだよ」

 

あの後、神月は清楚に適切な処置を受けていた。2人は決して面識があったわけではなかったが、清楚は傷を負っていたことに気付いてほっとけなかったのかこうして処置に当たっていた。

 

「でも、こんなに真っ赤に腫らしてどうしたの?」

「いや、直射日光に凄く弱いのでこうなっただけ」

 

それを聞いた清楚は特に驚くことなかった。

 

(男の子だから言えないことがあるんだろうね)

(まさか、俺がわざと腕を炙ったことを……)

 

平然と適切な対応をする清楚に、まさか炙り方で分かっているのかと少し警戒心を持つも、決して笑顔を絶やさない。

 

「それにしても大変だね。ここまで弱いと」

「うん、まぁそうだね」

 

互いに笑う2人だが、腹を探っているのは神月だけで清楚はいたって良心からだった。

 

「はい。とりあえずクリームを塗ってこれでいいかな」

「ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして、ポリ袋でじかに氷を当てるのもあれだからこのタオルも巻いて当ててね」

 

最後まで適切な対応をしてくれた清楚に礼を言った神月は帰ろうとした。

 

「あ、あの。途中まで、昇降口まで一緒に行ってもいいかな」

 

神月は、清楚の様子を見て感じ取った。善意でただ処置をしてくれたことを。

 

「うん、いいよ」

 

特に断る理由もなく神月が保健室の管理記録に使った時間と氷とクリームを記して2人は後にした。

 

「お風呂は痛いと思うから気を付けてね。それとクリームを塗っておくこと」

「分かった」

 

清楚にそう言われるも、神月からしたらお風呂に入るころには治っているだろうと思っていた。

 

「あ、そう言えばいつから俺の後を着けてたの?」

「ふぇ!?」

 

神月は気付いていた。保健室に向かう途中から自分が誰かに付けられていたのを。最後は人気の少ない廊下だったので、清楚だと気づいていた。清楚はバレてないと思っただけに驚くも正直に、告白した。

 

「じ、実は……」

「B棟からでしょ」

「え。う、うん」

「やっぱり、そんな前からか。さすがに、そこからは気づいてなかった。別棟に移るときに気付いたけど」

「うぅ……」

 

後をつけるような真似をしたら嫌われると思った清楚だったが、意外な返答が帰ってきた。

 

「それにしても、上手く後に付けたな。完全に分からなかった」

「え?」

「まぁ、悪意があったらどうにかしてたけど♪」

「あ、あははは……」

 

清楚は悪意があったといえないが、本当はB棟の出口からつけたのではなく2-Fのある階からだった。

 

(絶対に言えないよ。腕を抱えて気になったから後をつけていったこと)

「それにしても、この学校は賑やかだな」

「そうだね。クラスのみんなも温かく迎えてくれたからいい人ばかりだよ」

 

他愛もない話をしつつ別棟の廊下を歩くのは2人だけで会話だけが廊下が響く。と言っても、清楚が一方的に話してそれに神月が頷くだけだが。

 

「それで――! ご、ごめんね。私ばっかりが話してしまって」

「別にいいけど――」

 

別棟を出てグラウンドが出たときに状況に気付いた清楚は謝るが、べつに謝ることじゃないと神月は言いつつも1つ付け加えた。

 

「でも、次からは後ろからうかがうのではなく普通に声をかけること。あと、2-Fからつけていた(・・・・・・・・・・)ことは知っていたから」

「ご、ごめんなさーい!!」

 

清楚は謝って足早、いやその場からダッシュで走り去ってしまった。

 

「ちょっと、言い過ぎたかな?」

「“ちょっと、言い過ぎたかな?”じゃないぞ~!!」

 

清楚が去っていくのを見送った神月に後ろから声をかけたのは百代だった。当たり前のように現れた百代だったが、神月は陰から百代がいたことに気付いていた。

 

「なんで、出てこなかったんだ?」

「おまっ! やっぱり分かっていたんだな。タチが悪い」

「別に普通に保健室に入ってきたらよかったじゃない。窓外からじゃなくてさ」

 

さっきの保健室の処置を百代は外窓から覗いていたのだ。

 

「いいな~。清楚ちゃんにけがの処置をやらせるなんて~。ぶぅーぶぅー!」

「やらせてない。そして葉桜さんから処置してくれたんだ」

 

それを聞いて背中をたたく百代。もちろん、本気でなく撫でるぐらいに(武神範囲で)

 

「あぁ~何か甘いものが食べたいな」

「唐突だな」

「鍋島さんが、神月の財布を凄く潤っているって聞いたから」

「奢ること前提かよ」

「奢ってくれ~、奢ってくれ~。奢ってくれるまで離れないぞ――。この前の交流戦で背中から叩き付けたこと、それに――」

 

がっちりホールドされた神月は、こうなったら百代はどうにもならないことを知っていた。なので、あっさり諦めた。

 

「行くぞ~」

「やった!」

 

2人は甘味なものを食べに学園を出て行くのだった。




第6話でした。
今日も17時に投稿出来てよかったです。
また、よろしくお願いします。


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第7訓 思い出の数々

第7話です。さっき気付いたのですが章の管理をするのを忘れてました。また作っておきます。
いつもお気に入り登録に評価、感想ありがとうございます。今回は誤字報告がなかったのですが、ちょっと気になりましたが……今回も直すところがなかったらと思っています。ですが、おかしかったら教えてください。よろしくお願いします。
では、どうぞ!



川神学園を出た神月と百代が向かった先は、仲見世通りの終点で川神院の前にあるくず餅の老舗店“仲吉”だった。

 

「いらっしゃい。あら、百代ちゃん。それに……! もしかして神月ちゃん!」

 

この“仲吉”を切り盛りするおばちゃんは、よく来る百代の隣にいた男の子を神月と分かって手を取る。小さいころから2人はこの店でお世話になっていたこともあり、仲吉のおばちゃんは2人で来てくれたことに嬉しそうだった。

 

「どうしたのよ、神月ちゃん! まったく、本当に……」

「おばちゃん……」

「ごめんね、最近涙もろくて。はい、いらっしゃい。奥の席へどうぞ」

「ありがと」

 

仲吉のおばちゃんに迎えられ、久しぶりに2人で奥の席へ座る。神月は窓際の席に百代は対面に座ってメニューを見る。その前に神月はテーブルにある置物をどけて何故か懐かしむ。

 

「俺の歯形まだ残っているよ」

 

神月が4歳の時に鉄心に百代と一緒に連れられて来たときに、期間限定のメニュー・くず餅パフェを頼んだのだが、最初は嬉しそうに平らげていた神月だったが食べ終わったが大変だった。

 

『もっと食べる!!』

 

よっぽど気に入ったのと、期間限定のメニューでしばらく食べられないと鉄心に説明したのをもう食べられないと解釈してその場に居座ったのだ。

 

『これぃ! 帰るぞぃ!!』

『んぅぅうう!!』

 

最終的に腕を取って店を出ようとした鉄心に、必死の抵抗で机の角に噛り付いたのだった。

 

「おばちゃん。このテーブルも変えたほうがいいよ」

 

2人のテーブル以外はきれいに変わっていた。それを見て気付いた神月に仲吉のおばちゃんは、笑って答えた。

 

「フフっ、あんたが必死に噛みついてくれたおかげでこのテーブルでくず餅パフェを食べたから願掛けになっているのよ。必死に噛みついて逃がさなかったからね」

「なんの?」

「それは――」

「あっ、おばちゃん! くず餅パフェ2つ」

「! はいよ!」

 

仲吉のおばちゃんに何の願掛けか聞こうとした神月を遮って、百代はくず餅パフェを頼んだ。神月は期間限定のメニューなのに、どうしてだろうと思うとちょうどその期間だった。

 

「そう言えば、こんな時期だったか」

「そうだ、有り難く思えよ。私が誘ったおかげなんだからな」

「あぁ、だから他の店はまったく見ずにここに来たのか。それと、有り難く思うのは奢ってもらうお前だ」

 

置いてあったお手拭きを手に取る神月はそう言うも、本当は百代に合わして歩いていたが自分も仲吉に行こうと思っていたのは内緒だった。

 

「それで、どうして保健室で清楚ちゃんと2人だったんだ?」

「実は――――」

 

今日の帰りのHRでの出来事を話した神月に、百代は無茶なことをしたなと思いながら外を眺める。昔から何かと無茶な真似をする神月だったがあんまり変わってないなと百代はジッと見て思う。

 

「それで、一応保健室に向かったら葉桜さんが後ろから付いてきた」

「それでお前は、清楚ちゃんが後を付けていることを知ってそのまま保健室まで行ったのか……。それって、清楚ちゃんは声を掛けるつもりだったんじゃないか」

「いや、俺の腕を見てどうこう言っていたから。まぁ、とりあえず話せたからいいんじゃない」

 

適当に女の相手をした神月に百代は男の風上に置けないやつ、とそっぽを向いた。

 

「まぁ、そう言われても仕方ないな」

「あっさり認めたな」

「あぁ。でも、また明日葉桜さんに会わないといけないし謝っておくよ」

 

神月はそう言ってタオルを見せるとタオルの端にS・Hのイニシャル、ひなげしの刺繍を百代に見せた。

 

「それよりも、本題はあの金髪老執事だろ」

 

百代が呼び出した理由を大体把握していた神月は、本題と言って話を変えた。金髪老執事、かつて最強の前に君臨したヒューム・ヘルシングのことだった。

 

「確かに、あの爺さんのキレは半端なかったかもね。現に一発もらったし」

「それでも神月も1発入れただろ」

 

百代もあの一連の流れは見ていた。ヒュームに対して気づかれないほどの攻撃もしたことも知っていただけに、百代は神月に聞いた。

 

「もし今、神月が戦えば……勝てるか?」

 

百代が聞きたかったのはそれだった。神月が真剣(マジ)で戦えばどうなるか、百代からしたらかなり興味のあるものだった。神月はそれを聞いて腕を組んで自分の考えを示す。

 

「普通に戦って勝てる相手じゃないのは確かだろうな」

「今までの戦い方では無理だと?」

「いや、普通に戦えないだろう。俺の根っからの戦闘本能が疼いてしまう。どんなに押さえつけても結局血は争うことも抗うこともできない」

 

百代はそれを聞きかつての光景が浮かんだ。7年前の獣のように狂ってしまった神月のことを。

 

「だから、俺が戦うとしたらかなりの覚悟を決めないといけないだろうね。もしかしたら疼く前に終わっちゃうかも」

 

さっきまで精悍な顔つきで話していた神月だったが、いつものように笑顔が戻っていた。

 

「さて、話はこの辺にしておこう。目当てのものが来たからさ」

「……そうだな」

「はい! くず餅パフェ2つ!」

 

テーブルにきたくず餅パフェを見て、とりあえず食べようと神月は促した。百代もまたその話はいつでも出来るし今はこの時間を楽しむかと思いくず餅パフェをつついた。

 

「それにしても、やっぱりこの時期に食べるくず餅パフェは美味しいな」

「そうだね。これからは普通に食べられそうだ」

 

互いにくず餅パフェをつつくというよりも、神月に関してはがつがつ食べていた。

 

「おばちゃん、もう1杯」

「はいよ」

「本当に2杯目にいったよ」

「当たりまえだろ。このテーブルの願掛けが続くように2杯目を食べるんだよ」

「本当は、ただ食べたいだけだろ」

 

バレてた? と舌を出して茶目っ気を見せる神月の前にすぐにくず餅パフェが置かれた。仲吉のおばちゃんは注文が来ることを分かっていたようにテーブルに運んだ。

 

「神月ちゃんの胃袋はどうなっていることやら」

「ははっ、ブラックホールかもね」

 

神月の冗談に仲吉のおばちゃんは笑いつつテーブルから離れると、すぐに神月はガツガツと2杯目のパフェを食べ始めた。

 

「それで、学園は上手くいきそうか?」

「うん。退屈しなさそう」

 

それから百代は、しばらく神月が川神を離れた後どういう風に過ごしていたのかを聞いた。中学時代はあっという間に過ぎたけど、天神館の学長である鍋島の無茶な鍛錬内容やお世話になった松永家の奥さんに気の扱いを教わったことなどの武の成長。

そして、天神館1年生の時の出来事に北欧への留学などの学校の思い出など。メールでは聞いていたこともあったが濃い時間を過ごしたことを知った百代からしたら嬉しいのと同時に、ちょっと残念な気持ちもあった。その時間の中に自分がいなかったことが。

 

「――そういうことがあった」

「そうか」

「まぁ、向こうでも結構慌ただしい毎日で退屈しなかった。でも、やっぱりこっちのことは気になったな

「え?」

「俺が離れる前のモモは同年代で遊んでいたのは俺だけで正直大丈夫かと思ったけど、すぐに友達ができたって聞いて嬉しかったしホッとしたよ。俺の予想ではモモはボッチな子になるんじゃないかと思ってたぐらいだからさ」

「私が? まぁ、確かにそうだったかもな」

「そんな心配している方が……、ボッチだったからな」

 

 

 

 

~7年前~

 

「そう言うことだ。松永の旦那」

「いやいや、突然すぎますよ!? 鍋島さん!」

 

7年前の5月ごろ、川神院を破門され出払った神月を引き取った鍋島はしばらくしてから京都のある知り合いの松永家に上がっていた。

 

「はい、鍋島さん。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとな。ミサゴちゃん」

 

テーブルに座る鍋島の前に湯飲みを運んだこの家の妻であるミサゴは、夫・久信の隣に座り事情を聞いた。

 

「川神院で厄介払いされた子を俺が押し付けられてしまってな。学園もそうだがあちこち飛ぶ身として面倒見きれねぇ。それで困っていたところ思いついたんだよ。松永家に――――」

「ちょ、ちょっと待てくださいよ! 何を勝手に」

「久信くん、とりあえず最後まで話を聞こうよ」

 

妻のミサゴにそう言われ、久信は聞く構えを取ったので鍋島は話を続けた。

 

「まぁ、いきなり引き取ってほしいといったのは悪かった。こっちにも訳があって頼んでいるんだ」

「訳?」

「あぁ。実はその子は川神院で――」

 

鍋島は事細かに総代で師匠の鉄心から聞いた川神院での出来事を松永夫妻に話した。川神院に赤ん坊の時に引き取られ、院の孫娘と同様に可愛がられながら育ったこと。そして、1か月前に起きた川神院の内輪揉めで暴れたことも。

松永夫妻も新聞で武の総本山と言われる世界の川神院で騒ぎがあったことは記事の内容だけで知っていたが、本当の全容を知って驚いた。

 

「そんで、若い修行僧たちが神月を1人の時を狙って絞めようとした。でも、エスカレートして左腕に着いたブレスレット、神月の暴走を未然に防ぐための拘束具を壊したことから若い修行僧や駆けつけた修行僧、それに師範代を重症。最後は川神鉄心がその暴走を止めるために左腕をやられて止めた。そこまでが師匠の話だ」

「そ、そんな話が……」

「……」

「まぁ、そのあと1週間は隔離された部屋で拘束して落ち着いたところで俺は引き取った。それからしばらくは俺の家で預かって女房や世話人に任せたんだが……」

 

鍋島は頭をぐしゃぐしゃと掴んで悩んでいることを話した。

 

「元々、根は凄くいい子なんだがまったく心を開かねぇ。それと、家から出ないもんだから学校をどうするかも困っているところだ。今は家で勉強させてはいるがな」

 

確かに川神院にいた頃のように過ごすことは無理なのは分かっていたが、預かるのが決まった時に聞いた神月とはあまりに違ったことから困っていた。

 

「特によく食べる子と聞いたが、ウチの飯が合わねぇのかたったごはんを1杯しか食べない。本当なら少なくともどんぶり5杯以上は食べるらしいが」

「いや、1杯でとどめるのが普通ですよ」

 

久信は鍋島の悩みにツッコミを入れるも何故にどうしてうちに預けることを考えたのかを聞くと、松永家の一人娘の燕の存在だった。

 

「川神院の孫娘・百代ちゃんの存在が大きくて。別れ際は割り切っていたが、離れてみたら思いのほかそうでもなかったんだ。まぁ、ほとんどの時間を一緒にいたもんだからよ」

「そこで燕が?」

「あぁ。同じとは言えないが面倒見が良くて姉気質な燕ちゃんなら上手くやってくれるだろうと思ってな。もちろん、そこは燕ちゃんの意思も確認した上だと言うことは分かっている」

 

それを聞いた久信は隣に座るミサゴと顔を合わせる。どうしようかと考えているとリビングに1人の女の子が入ってくる。燕だった。

 

「おとん、おかん。私、その子に会ってみたい」

 

隣の部屋で話を聞いていた燕は、神月に会ってみたいと久信とミサゴに言う。そう可愛いい娘に言われたら首を縦に振るが、鍋島に確認を取った。

 

「大丈夫。今、暴れるようなことはしねぇ。逆、何にもしないぐらいだからな」

「そうですか……」

 

あまり乗り気でない久信の袖を引っ張る燕。

 

「どうしたの、燕ちゃん?」

「私、できるか分からないけど……。手助けしたいな、神月クンが自分らしくいられるキッカケになるだけでも力になりたい」

 

そこまで言われた父親の久信も腹をくくった。

 

「鍋島さん、その話。前向きに受ける方でお願いします。いいよね、ミサゴ」

「うん、久信くんがそう言うなら。私もそのつもりだったから」

 

了承を得たところで鍋島は頭を下げて感謝の意を示し、家の前に待たせている車へ向かい中で待っていた神月を降ろして松永家に紹介させた。

 

「初めまして、赤星神月です。よろしくお願いします」

 

さっき川神院で暴れまわったと聞いたのが嘘みたいに普通の子だったことに驚く松永夫妻を他所に、燕は神月の前に立っていた。

 

「私は松永燕。私のことはお姉さんのように思ってくれたいいからね。じゃあ、家で遊ぼうか」

 

燕は神月の手を取ってそのまま家へと案内した。

 

「我が娘ながら、なんて良い娘すぎるんだ」

「私たちの娘だからね」

 

目を潤ませる久信に、ミサゴはハンカチを渡し2人の後ろ姿を見守るのだった。

 

(いきなり遊ぶことになったな)

 

いきなり遊ぶことになった小学4年生・神月は1つ年上のお姉さんに手を引かれて家の中へ入った。

 

(ふふっ、どうせ私と一緒に遊べばこの子もコロッと変わるだろうな)

 

燕は誰とでも仲良くできることを自分自身分かっていただけに、自ら近づけば神月とて

仲良くなるも時間の問題で、すぐに姉として慕うだろうと思っていた。だが、そう簡単にいかなかった。それから弟・神月に構いまくる姉・松永燕となるのはしばらくしてすぐのことだった。




第7話でした。

お気に入り1000件も間地かで評価の色がオレンジ。と、時期としては申し分ない。そろそろ、この作品も――過去編に突入するべきじゃないか?!

とよく分からない幻聴が聞こえたのでちょっとした過去に飛びます。と言っても、何話もかけてやるつもりはないのでよろしくお願いします。

では、次回に。それと、感想で書いていたオリ主情報を出せなくてすみません。しばしお待ちください。


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第8訓 些細なことが人を変える

2日空いてごめんなさい。それでは、どうぞ!


松永家の世話になることに決まった神月は、あれからすぐに荷物を纏めて京都で暮らしていた。京都で暮らすための事務的な手続きも終わっていたって普通の日常に溶け込もうとしていた。

 

――コン、コン。

 

朝、松永家の1人娘・燕は今まで使われてなかったが一緒に住むことになった男の子・神月の部屋の前に立ちノックをし、様子を伺っていた。

 

(朝から姉に起こされる弟。さすがに何も思わないはずがないよね)

 

――シーン……

 

何の反応もないことに燕はどうしようかと思いつつ考える。

 

(まさか、朝は弱いのかな? だったら私が起こしてあげよう。ふふっ、どういう反応するかな)

 

ちょっと悪戯な笑みを浮かべつつ神月の部屋の扉を開ける燕だったが、目当ての人物・神月の姿はなかった。

 

「あれ?」

 

布団は片付けられていたあり、神月の姿はなかった。燕は部屋の中に入りちょっとしたお世話をしようと思っていた自分が恥ずかしくなる。

 

「あら、燕。おはよう」

「おかん。神月クン今日も?」

 

遅れて燕の母もやってくると、朝早くからランニングをしに行ったのではと聞かされた燕はまたしてやられと思うも開き直り気遣って押し入れにある布団を干しておこうと思ったが、

 

「自分で干してたわよ。神月クン」

「……そう」

 

燕は押し入れを閉めて、ミサゴの朝ごはんの準備を手伝うために部屋を出て行った。

松永家の朝食のテーブルは和食で統一されていた。小学校に通う神月と燕、それに研究所で働く父・久信の3人は通学・通勤が同じ時間で早いので、母・ミサゴは早起きするのが当たり前で燕も遅れて手伝っていた。

 

「おはようございます」

「ふぁ~、おはよう……」

 

遅れてリビングにシャキッと朝の運動を終えた神月とまだ寝ぼけている久信の2人が入ってくる。久信はテーブルに置かれた新聞を手に取り、神月は手伝うことがないかとミサゴに聞いていた。

 

「大丈夫よ。席に座って待っていてね」

「ありがとうございます」

 

まだ少し距離感のある松永家の3人と神月だったが、こればかりは一緒に過ごす中で解消するしかないだろうと慌てることはなかった。

 

「神月クン、今日も朝一番に体を動かしてたんだね。僕も見習って運動しないと」

 

久信は自分のお腹周りを気にしてかそう話しかける。神月は基本普通に話すが、自分から話しかけることはなかった。

 

「はい。じゃあ食べましょうか」

「「「「いただきます」」」」

 

4人でテーブルを囲み朝食を取り始める。神月のほうをチラッと見る3人、川神院で教育が行き届いていたこともあり綺麗にお箸を使えていた。が、3人が見ているのはそれではなく食欲のほうだった。

 

――――最低5杯は食べるらしいが。

 

鍋島が神月の食欲旺盛ですごいことは話していたが、まったくそんな素振りも見せずおかずを口に運ぶ。

 

「神月クン、今日の朝食はどうかな?」

「美味しいですよ」

 

神月は基本嘘をつかないので、美味しいことは確かだとミサゴや久信に燕が思うもどうして茶碗1杯で済ませるのかが不思議だった。

 

「あっ、神月クン。私がご飯よそってあげるね」

「お腹いっぱいなのでいいです」

「あ、そう。遠慮しないで食べてね」

 

今日もタイミングを見計らっておかわりをしようかというも、やはり1杯でとどめた。

 

「ご馳走様でした」

 

最後はいつものようにきれいに平らげて洗面所へと最後の身支度を済まして神月は、玄関に置かれたランドセルを持って小学校へ向かった。

 

「おかん、行って来ます」

「いってらっしゃい」

 

そして、すぐ神月の後を追うように燕も出て行く。残されたミサゴはちょっと心配したように手を顎に当てた。

 

「まだ、気を遣っているかもね。神月クン」

「そうよね、まだ心を開いてない気がするわ」

「とりあえず今は焦らずに接していこうよ」

 

とりあえずこのままで様子を見ていくことで松永夫妻は決めたのだった。

その頃、学校への通学路通りに歩く神月に追いついた燕は他愛もない話をしつつ一緒に並んで歩いていた。と、言っても燕が話題を振って神月が頷くだけだったが。

 

「それでね。最近おかんに稽古つけてもらっているんだ」

「そうなんだ」

「むぅ~、ちゃんと聞いている?」

 

大きな番傘をよく晴れた日にさしいている神月だったので、覗き込むように見る燕は頬を膨らませて怒っているよ。と見せたが、神月はまったく気にしてなかった。

 

「おい! また傘さしているぜ!」

「日傘なんて男のくせにダセぇ~」

 

通学路はほかの児童もいて神月と同じクラスの男子が後ろからちょっかいを出してきたが、神月が相手をするはずもなく無視した。

 

「なんか言えよ。ビビッて何も言えねぇか」

「腰抜け~」

 

神月の本当の怖さを知ったら粉々にされてしまうことを分かっていた燕だったが、燕は何もしなかった。

 

――弱いものいじめはダメだから。

 

(さすがに、神月クンのお姉ちゃんとしてここはビシッと――)

「ねぇ」

 

燕はさすがにここ数日同じやり取りをしていたことを見たりうわさで聞いていたので止めようとしたが、その前に神月が声をかけていた。堪忍袋の緒が切れたのかと思い燕は宥めようと考えが真っ先に上がったが無駄だった。

 

「ごめん、今日は日直の日だから相手にできない」

 

怒るわけでもなくただ事情を話してそそくさと神月は学校へ向かった。

 

「ねぇ、どうしてなんにも言い返さないの?」

 

燕からしたら何か1つ言い返すなり脅してやれば黙る連中に合わせることが馬鹿らしかった。それも、何度同じように揶揄われてちょっかいを出されたらなおさらだった。それでもやり返さない神月に、姉として燕は突っぱねた方がいいと言った。でも、神月は首を横に振る。

 

「どうして? 嫌でしょ、こんなこと続いたら」

「ダメだから。例え1対8でも1人に多数が囲んできても弱い者いじめは良くない。俺の場合、象1頭がアリ8匹の構図になるからと教わったから。俺は象らしい」

 

どんなものの例えだと燕は思ったが、想像するだけで確かにそうなるかとクスッと笑った。

 

「そうだね。確かにその通りかもね」

「笑ってくれた」

「え? いつも笑っているけど?」

「いや、俺の話で自然と笑ってくれたから」

 

燕は何となくわかった気がした。こっちから話しかけてきてばかりだったから自分から会話を切り出す機会を失っていたことを。それだったらと燕は、聞いた。

 

「それで、象の神月クンはどうしたの?」

「! それで――――」

 

ただ燕たちから話をしてそれに頷くだけの神月の一方的な会話が、互いに自分の話を持ち掛けて一緒に笑い合えるときができた瞬間だった。

 

「もう学校に着いちゃった。じゃあ、またね」

 

話に夢中だった2人。燕は後ろにいた女友達に呼ばれて手を振って輪に加わった。神月も日直のために足早に自分のクラスへと向かうのだった。

 

「おはよう、赤星くん」

 

まだ静かな廊下を通り教室に入るとすでに、今日の日直であるクラスの女子児童が待っていた。

 

「じゃあ、さっそく日直の仕事を教えるね」

「うん」

 

 

 

 

燕は、先日の通学中から神月と少し打ち解けたことをうれしく思っていた。

 

(面白い男の子だな~神月クンは)

「燕ちゃん。何か良いことあったの?」

「う、うん。まぁね」

 

素直に話す燕に、燕の友達がどんなことか聞いていた時だった。職員室の前にいた神月に気付き声をかけようとした。けど、その前に神月に声を掛ける女の子がスッと近づいた。

 

「あれ? あの子、燕の家で世話になっている子だよね」

「そうだよ」

「隣の女の子、可愛いからって同学年だけでなく私たちの学年の男子たちにも人気ある子」

「へぇ~」

「へえ~、じゃないでしょ。あれだけ好きそうな顔見せられたら男の子にしたらたまらないでしょ」

 

そう言われた燕だったが、神月は間違いなくあの子にはなびかないだろうと。それは、先日の会話を聞く限り神月は生まれ育った川神の地に思い入れが強いと燕は分かっていたから何の焦りもなかった。でも、

 

(この胸につかえる気持ちは何だろう)

 

なんとも表現し難い気持ちが燕の心に突き刺さっていた。なんでだろうと考えた燕だったが、廊下から曲がって姿を消した神月を見送ったことで気づいてしまった。

 

――いつか、きっと……。神月クンはこの土地を離れて川神に戻るつもり……だからかな。

 

そうなれば私は居候でお世話になった先の家の女の子と記憶の片隅に片付けられてしまうのでは、燕は複雑な心境に陥ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

「あれ? 今日は帰りが早かったのね」

「おかん、仕事は?」

 

あれから1週間がたって学校から家に帰ってきた燕を待っていたのは、いつもならまだ仕事に出ていて家にいないことが多い燕の母・ミサゴだった。

 

「今日は家にいるって話したよ」

「そうだっけ。私、部屋でちょっと勉強してくる」

「燕、ちょっとこっちにおいで」

 

ミサゴはテーブルの椅子に座って娘・燕を手招きして隣に座らせると優しく頭を撫でた。

 

「ど、どうしたの。おかん?」

「いや、こうして撫でたくなっただけよ。何に悩んでいるかはこっちからは聞かないけど、話したくなったら言っておいで」

「何よ……、そんなのズルいよ」

「そうかもね。ズルいおかんでごめんね」

 

燕はミサゴの胸に顔を押し付けて不満や不安を口にした。それを聞いたミサゴは何も言わずにただ優しく頭を撫でて娘の思いにすがる様に聞いてあげたのだった。

 

「こんなこと考えるなんて……ぐす。私は嫌だよ。自分自身が嫌だ」

「……そうだね。私も燕の立場だったら嫌だよ」

「うっ、こんな気持ちじゃ神月クンに、面と向かって話せないし、一緒暮らせない」

「大丈夫、神月クンはそんなことで燕のことを嫌ったり避けるようなことをしない子だって分かるでしょ」

「うん」

「大丈夫。この数週間で神月クン、心を打ち明けようと自ら出てくれているよ。それは、間違いなく燕のおかげなんだから自信を持ちなさい」

 

ミサゴは娘の気が済むまで相手になった。燕も一緒に話を聞いてもらったことで少し気が紛れてすっきりした。

 

「もう、大丈夫?」

「う、うん。ありがと、おかん」

「どういたしまして、これでも燕のおかんだから。はい、私は夕ご飯作るから。それにしても神月クン5時間授業の日なのに遅いわね」

「おかん、私ちょっと見てくるよ」

 

神月の帰りが思ったより遅かったことを心配したミサゴに、燕はちょっと近くまで見に行くと外に出て行った。

 

「燕、もう弟としてではなく男の子として見始めたかな?」

 

ミサゴは娘の成長は早いものだと母親の視線からそう思いつつキッチンに入って夕食の準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

家を出た燕は通学路で帰ってくるだろう神月に合わして家の近くの場所で待ち構えていた。まだかまだかと待つ燕だったが、待ち切れずに少し近くを見回り始めた。

 

「あっ、神月ク――」

 

見回り始めてすぐ公園にいる神月に気付いて声をかけようとした燕だったが、その前に1人の女の子が声をかけていた。前から神月に気があるのか何かと関わる子だった。燕は、どうしようかと思っていた時だった。その女の子は意を決して――、告白した。

 

――――私、神月くんのことが好きです。

 

燕はいつかこうなることを直感していた。そして、この次も。

 

「ごめん。俺にそんなつもりはないから」

 

はっきりとNOを突きつける神月のことも。あっさりとフラれた女の子は、何がどういけないのか、どうしたらいいのかを必死に聞くも神月クンは分からないと言いつつも答えた。

 

「まだ多くの人に心を開いてないから」

「……なに、それ」

 

女の子にしたら自分はその対象じゃないと言い換えればそう意味していた。

 

「じゃあ、一緒に暮らしている女の子は?」

 

そう聞いた女の子に、物陰に隠れていた燕は驚いた。これ以上聞くのはマズいと思った。が、

 

「大切な人だよ。こっちの土地に来た時、まだ右も左も知らない俺を快く迎えてくれた人だから」

「ただ親の都合に合わせただけでも?」

「それはない。じゃなかったらあんな目をして俺に接するはずがないから」

 

(最初から……、私のことをそう言う風に見てたなんて。うぅ……、この1週間の私が恥ずかしい。返してほしい)

 

燕は冷たい手を頬に当ててクールダウンした。この1週間悩んでいた自分があまりに愚かで恥ずかしかったようだった。

 

「これからはもう少し周りに心を開くように接しようと思っているから。また、学校で。それじゃあ」

 

神月はしっかりと伝えることは伝えて公園を後にした。

 

「あれ? 燕ちゃんどうしたの?」

 

公園の曲がり角を過ぎると待ち構えていた燕に気付いた神月は近寄った。

 

「お帰り。おかんが遅いからって心配だから迎えに来たよ」

「じゃあ、どうして公園にいたときに声を掛けてくれなかったの?」

「い、いや。お取込み中みたいだったからさ」

 

燕は言葉を濁しつつ心境を悟られないように顔を作る。それを見た神月は何かマズイことがあったのだろうと思い話題を変えた。

 

「今日の夜ご飯は?」

「カレーだよ。おかん特性!」

「カレーライス……」

 

その日の夜ごはん、神月は本来の食欲を示すかのように軽くカレー大盛り5杯を平らげたのだった。一緒に食卓を囲んだ松永家は驚きつつもまた心を開いてくれていることをうれしく思うのだった。

それから1年、神月は穏やかな日々を過ごす中で京都での生活にも慣れて来たころにはもうすっかりと松永家の子として当たり前のように毎日を楽しく過ごせるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ただいま~……)」

 

夜の10時が過ぎた頃、燕は仕事の用事を済ませて本来明日の帰りを早めて帰ってきていた。家の明かりはすでに消されてあり神月が寝るには早いだろうと思いつつ玄関から居間、そして神月の部屋を覗くとすでに布団で寝ている神月の姿があった。

 

「あらら、もう寝ちゃったんだ」

 

帰ってきたことにも気づかず寝息を立てる神月に、燕は少しちょっかいをしたい気持ちがあったが押さえつつ気持ちよく寝ている邪魔をしてはいけないと居間へ戻った。

 

「ん?」

 

座卓の上にメモが書かれてあったのに気づいた燕はメモの内容を見て冷蔵庫を開けると、そこには神月が今日放課後に行った仲吉のくず餅がお土産があった。

 

「『お仕事お疲れ様。また、明日一緒に食べよう』……か。神月クン1人で行くわけない。でも、そのことは寛大に許してあげようか。神月クンのお姉さんだからね」

 

燕は微笑みながら許すのだった。そして、“いずれ”と意味深な言葉も加えて。

 




第8話でした。
2日空いてごめんなさい。野暮用があったせいで。
また、空くことがあると思いますが投稿していこうと思います。
では、また!


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