夏の日の出会い (流離う旅人)
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出会いは唐突で

久し振りの投稿。
シンフォギアは調とクリスが好きです。


「おばあちゃーん!準備できたよ」

「そうかい。じゃあ、開店しようか」

「店のシャッター開けてくるよ」

「いつも悪いなねぇ」

 

「大丈夫だよ」と言ってから、店のシャッターを開けた。

僕はおばあちゃんと一緒に小さな花屋、『花咲』を営んでいる。

ーーーと言っても、僕はまだ学生のためおばあちゃんが店長を務めている。なので、平日はあまり手伝えておらず、今日のような休日はおばあちゃんに楽をしてもらうために、精一杯働いている。

 

シャッターを開けて外に出ると、じめじめとした空気が広がっていた。

若干の気持ち悪さを肌で感じながら、店の中にしまっておいた花を外に並べていく。

こうして見るとウチは花の種類が多いと改めて思う。少し多すぎると思い、一度だけ「花を減らしてみてわ?」と提案したことがある。

良いなと思った花を増やしていたらこんなに増えてしまった、とおばあちゃんが言っていた。

そのお陰で色とりどりの花が揃い、以前よりも売り上げが伸びているのであまり強くは言えない。

売り上げが伸びるのはいい事なのだが、毎度何も言わずに花を増やしていくのはやめて欲しいと常々思う。

売る側として花の種類を覚えておかないと紹介が出来ないので、覚えるのが大変なのだ。

なのに、おばあちゃんはスラスラと紹介している。解せぬ。

 

今日は晴天が広がっていて、良好な天気だ。

花たちに燦々とした光が当たり、風に揺られるその姿は嬉しそうに踊っているようだった。

サインボードを【OPEN】に変えたところで、ちょうど、今日一人目のお客さんがやってきた。

だから、僕はいつものように笑顔を浮かべて元気に、

 

「いらっしゃいませ!今日は何をお探しでしょうか」

 

 

 

こうして僕ーーー皐月 千佳の一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ……あっづい」

 

おばあちゃんは買い物に行ったので、今は一人で店番をしている。

時計を確認すると、ちょうど正午を少し過ぎた辺りを指していた。

今がまさに一番暑い時間帯だ。出来ることなら店から一歩も出たくない。かと言って店の中も暑い。それでも外に出るよりはマシだが。

腹の虫が空腹を訴えてくる。

おばあちゃんが帰ってくるまで、とても我慢できそうになかった。

けれど、店を離れる訳にはいかない。

なんというジレンマだッ!

 

ーーーと内心盛り上がっていると、外から何かが落ちる音と小さな悲鳴が聞こえた。

急いで外に出ると、買い物袋が投げ出され、その近くに黒髪ツインテールの少女が転んでいた。

 

「大丈夫ですか⁉︎」

「あ、大丈夫です。ッ痛……」

「全然大丈夫じゃないから!ほら、膝擦りむいて血が出てる。手当てしますから、そこの店まで来てください」

「でも、それは悪いから……」

「怪我されたままで居られる方が悪いです。ほら、立てますか?」

「うん。あっ……」

「っと!あ〜これは足も捻っちゃったかな」

 

少女が立ち上がろうとした時、顔を歪めて倒れ込んだので慌てて体を引き止める。

掴んだ体はとても細くて、少し力を入れたら折れてしまいそうだ。

足首を確認すると、肌が青く変色していた。これではしばらくはまともに歩けないだろう。

「待ってて」と短く告げて、散らかった荷物を買い物袋に突っ込んで店に運んだ。

そして、彼女の元へと戻ると一言断りを入れて、

 

「ちょっと失礼」

「きゃっ!」

 

彼女の背中と膝裏に手を回し、抱き上げる。所謂お姫様抱っこというやつだ。

突然のことで彼女は驚きの声をあげて、頬を赤くしていた。

それはきっとこの暑さ以外の、つまりは僕の行動が原因な訳で。

仕方ないんだ!こうでもしないと、彼女に負担をかけてしまうので止むを得ない処置なんだ!

 

もっともな理論武装(言い訳)をして、彼女を店へと運ぶ。

手と腕に感じる柔らかさ。見て分かる通りの白い肌と彼女の黒髪が対照的でよく映えている。

ーーーっていかんいかん!これじゃあ、僕が変態みたいじゃないか‼︎おい、理性!仕事しろよ!

彼女が不思議そうに首を傾げる。僕は彼女に謝罪する。

 

ごめんなさい。決してやましいことを考えていた訳じゃないんです!ただちょっと自分の理性とお話ししてただけなんです‼︎

 

なんてことを言えるわけもなく、僕は苦笑を浮かべた。

彼女の怪我に響かないようにゆっくりと椅子に降ろす。

店と家は繋がっているので、僕は一度家の方に戻って救急セットと氷をありったけ入れた氷のうを持った。

急いで店まで戻り、救急セットから消毒液とガーゼを取り出した。

 

「ちょっと染みるけど我慢してくださいね」

「うん」

 

消毒液を染み込ませたガーゼで、膝の擦り傷を優しく拭いていく。

上から苦悶の悲鳴が漏れるが、必要悪ということで我慢してもらうしかない。

拭き終えた後は大きめの絆創膏を取り出して、貼りつける。

あとは氷のうを足首に固定して、完了。

 

「これで大丈夫。えっと、この状態で一人で帰るのは無理だと思うんですけど、家に誰か人はいますか?」

「ううん。今は家に誰もいないはず。みんな出払ってるから」

「そうですか。う〜ん、どうしたものか?」

 

頭を悩ませていると後ろから「何してんだい?」と聞き慣れた声が飛んできた。

振り返ると、そこには買い物から帰宅したおばあちゃんが大きな袋を三つも持って立っていた。

僕はおばあちゃんから荷物を受け取ると、あまりの重さに荷物を落としそうになったが、寸前でなんとか踏ん張り事なきを得た。

普段、水をたっぷり入れたバケツよりも重かったのだが、一体おばあちゃんのどこにそんな力があるというのか?

おばあちゃんの腕力に驚愕しながらも、ここまでの経緯顛末を説明した。

僕の話を聞いたおばあちゃんは彼女の前まで歩いていくと、

 

「お嬢ちゃん。今は家に誰も居ないんだってね。どれぐらいで帰ってくるか分かるかい?」

「……みんな、夕方になるまでには帰ってくると思います」

「そうかい。なら、お嬢ちゃんも一緒にお昼食べていきなさい。それから家まで送ってあげるからね」

「え、そんな、悪いです」

「大丈夫大丈夫。じゃあ、あとは任せたよ千佳」

「分かったよ」

 

おばあちゃんは彼女の言葉を最後まで聞く事なく、さっさと荷物を持って奥へと消えていった。

戸惑いの色を隠せない彼女は困ったように僕を見る。僕もそれには苦笑を返すことしかできなかった。

 

「えっと、ごめんね?僕は皐月千佳っていいます」

「……私は月読調。……あの、今からでも断った方がいいんじゃ」

「あー、多分もう無理かな?おばあちゃん結構強引なところがあるから。今から言っても月読さんの分のご飯も作ってると思う。まあ、その足じゃ荷物を持って帰るのも無理そうだし、ここはおばあちゃんの言葉に甘えちゃった方がいいと思うよ」

「……分かった。ここはあの人のこういに甘えさせてもらうことにする」

 

月読さんは少し考える素振りを見せて、首肯した。

いったん、サインボードを変えに行こうとして、立ち止まって月読さんの方を向く。

怪訝そうに僕を見る月読さんに僕は頭を下げた。

 

「さっきはごめんなさい!いくら運ぶためとはいえ、不快な思いをさせたとおもうから。本当にごめんなさい!」

「え、あ、その、ああでもしないと私は動けなかったし、しょうがなかった。……別に不快な思いなんてしてないし」

「それなら、良いんだけど……」

 

気を取り直して、サインボードを変えた僕は、いざ家に行こうとしたところで再び立ち止まった。

 

あれ?どうやって月読さんを運べばいいんだ?

 

その疑問が思い浮かぶのは、至極当然のことだった。

いま話していた通り、月読さんは歩けない。ウチには車椅子などはない。そもそも店と家の境には段差があるので、あっても全く意味をなさない。

 

では、どうするか?

分かっている。こんな風に考えること自体が無駄だということを。

でも、仕方ないじゃないか。

僕は男だ。それも思春期真っ只中。

女の子と喋ったことはあっても、女の子の体に触れるという行為はさっきが初めてだった。

つまりは、あれだ。途轍もなく恥ずかしいのだ!

傍から見れば役得なのだろう。だが、当事者にしてみれば拷問だ。

考えてもみてほしい。女の子の体に触れて、何かを考えるなという方が難しいのだ。

実際に僕と同じ体験をして、何も考えない奴はただの馬鹿か、不能のどちらかだ。

 

他に何か、お姫様抱っこ以外の方法があるはずだッ!

 

僕は決して良くも悪くもない頭を急回転させる。

・抱っこ

根本的に変わってない。むしろ対面になってしまうので却下。

・おんぶ

お姫様抱っこよりも接触が増えている。支えるために太ももに触れてしまうので却下。

・おばあちゃんに運んでもらう

さっきの荷物の件から考えるに、おばあちゃんなら人ひとり運ぶことはできると思う。しかし、「千佳がやりな」の一言で片付けられてしまうので無理。

 

……結局、お姫様抱っこ以外の運び方が思い浮かばなかった。

うがぁああ!と頭を抱えて葛藤している様子を見ていた月読さんは、僕が何に葛藤しているのか察したのか。

申し訳ない顔をして、口を開いた。

 

「あの、少しぐらいなら自分で歩けるけど……」

「いや!そういう訳にはいかないから!えっと、その、また僕が抱えることになるんだけど。大丈夫、かな?」

「う、うん。私は大丈夫。むしろ、迷惑をかけちゃってこっちが申し訳ない」

「そんなことないよ!月読さんみたいな可愛い女の子を抱えられるんだから。そんな迷惑なん、て……」

「……ぁ」

 

あぁああああああ!何言ってんの⁉︎ねぇ何言ってんの僕!勢いでなんてこと口走ってんのさぁああ!

ほら、月読さん顔真っ赤にして俯いちゃったよ。

その姿もとても可愛らしいです!ーーーーーじゃなくてぇえ‼︎

 

僕は動揺のせいか言い訳と本音の狭間で悶える。

月読さんは依然俯いたままだった。本当にごめんなさい。

 

「ごめんなさい。今のは忘れてください」

「……可愛いんだ、私」

「ごめんなさい。本当にもう忘れてください!このままだと死人が出ちゃうから!」

 

死人?そんなの僕に決まっているだろう。

月読さんは慌てる僕を見て、クスリと微笑んだ。

その笑顔に、僕は見惚れていた。そう、自覚すると何だかはず気恥ずかしくなってしまい、バッと顔を逸らした。

 

「えっと、取り敢えずまたさっきみたいに運ぶことになるんだけど、いいかな?」

「……うん。よろしくお願いします」

「「……ぷっ」」

 

ぺこりと頭を下げる月読さん。

次の瞬間にはお互い吹き出して、笑っていた。

そこにはさっきまでの馬鹿らしいーーー主に僕のーーー雰囲気はなく、和やかな空気さえ感じられた。

 

「それじゃ、行こっか」

「うん」

 

こうして、僕は月読さんを抱え上げると家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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昼食を食べ終えた僕たちは、おばあちゃんの車に乗って月読さんの家に向かっていた。

その際、おばあちゃんにお姫様抱っこをしているところを見られて、二人して顔を真っ赤にしたのは内緒だ。

 

荷物は後日取りに来るということにして、最低限のものだけを持ってきている。

何故そうなのかは考えれば分かると思うが、月読さんを抱えるのに邪魔にならないからだ。

 

車を走らせること十分ほどすると、真新しいマンションが見えてきた。月読さんに確認を取る。どうやらあそこに月読さんの家があるらしい。

おばあちゃんは駐車場で待っているということなので、僕は月読さんを抱え上げる。今日三度目のお姫様抱っこである。

流石にこの状態でマンションに入るのは恥ずかしかったので、理性が削られる覚悟でおんぶを提案。

しかし、やんわりと断られてしまった。

 

え、お姫様抱っこが気に入った?

そんな思わせぶりな言葉はやめてください。変な期待しちゃいますから。

 

額に嫌な汗をながしながら、マンションへと入る。

幸いにも誰一人として住民に出くわすことなく、エレベーターへと乗り込んだ。

月読さんの指示で五階のボタンを押す。動き出すエレベーター。

このエレベーターの浮遊感は何度体験してもなれない。

月読さんに聞くが、彼女はそうでもないらしい。

 

五階に到着して、エレベーターから降りる。

降りて右に進み、四つめの部屋が月読さんの家だ。

指示通りに進み、家の前までやってきたので、いったん月読さんを下ろす。ごそごそと取り出された鍵で家の戸が開けられた。

すると、奥からドタドタと誰かが駆けてきた。

 

「遅かったデスね調。帰るのが遅いから心配してたデスよ」

「あ、切ちゃん。まだ帰らないと思ってたけど、早かったんだね」

「デスデス。ーーーって、調が男を連れて帰ってきたデスと⁉︎」

「……あー、個性的な口調の家族だね」

「切ちゃんからデス口調を取ったら何も残らない。だから、ここは目を瞑ってあげて」

 

月読さんの言葉に一人納得する。

切りちゃんと呼ばれた少女は「調⁉︎」と驚愕しているが、放っておこう。部外者の自分が言えることは何もない。

何はともあれ家族がいるのならあとは任せて、家族の団欒を邪魔しないようにお暇することにしよう。

 

「それじゃあ、もう大丈夫そうだから、ここら辺で帰るね」

「そっか。おばあさんも待たせてるもんね。また今度荷物を取りに行くね、皐月」

「うん、また今度。お大事に、月読さん」

 

軽く手を振ってから、やや小走り気味に廊下を駆けていった。

後ろから何やら騒ぐ声が聞こえたのは、僕が去ってから少ししてからだった。

 

 





こんなことって、現実じゃありえないですよね。
まあ、作者の願望です。こんな機会絶対に訪れませんけどね!



ーーーーーーーーーー


千佳が去った後の出来事


切歌「あの男は誰デスか調!まさか、調に春が⁉︎こ、こうしちゃいられないデス!マリア、マリアに連絡を!」

調「しなくていいから。ーーー春が来たのは、あながち間違いじゃないかも」

切歌「何か言ったデスか?」

調「ううん。何でもないよ切ちゃん」




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一日限定の店員さん


先ほど間違えて、執筆中のものを投稿してしまい削除しました。
こっちが本当の二話目です。
では、どうぞ。


 

 

 

「……いらっしゃいませ」

「あの、月読さん。もう少し明るくできないかな?」

「これが精一杯」

「あ、はい」

 

僕は、今日一日店員として働くことになった月読さんに軽い指導をしていた。

月読さんは接客に問題がある訳ではないのだが、いささか明るさに欠けている。

なので、せめて挨拶だけは元気にしてもらおうと頑張ってはみるものの、一向に明るくなることはなかった。

本人もどうにかしようと頑張っているので、僕は応援している。

僕も最初は人見知りを発動させて、苦労したことがあるので妙な親近感があった。

経験を積んで克服してきたので、月読さんも経験を積めば変われるだろう。

 

 

何故、月読さんが店員として働くことになったかというと。それは、まだ開店の準備をしていた二時間前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

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月読さんと出会って、一週間があったある日のこと。

おばあちゃんが友人と街に行く予定のため、僕一人で『花咲』を営業することになっている。

おばあちゃんは心配なのか、しきりにこちらを見ていた。

 

「おばあちゃん。僕なら大丈夫だから。そんなに心配しないでよ」

「千佳のことは心配じゃないんだよ。ただ一人に店を任せるってのが心配なのさ」

「あれ?いま僕のことを信頼してくれてると思ったら、そんなことなかったや」

 

うん、分かってたよ?おばあちゃんがこういう人だってことはさ。

上げて落とされた僕はガクリと肩を落とした。瞳には若干煌めく何かが溜まっている。

大きなため息を吐くと、花たちに水をやるためにジョウロとバケツを持って外に出た。

 

水をあげすぎないように加減をしながら、一つひとつ、優しく丁寧に水をあげていく。

葉が水を弾き、大きく揺れた。みるみるうちに水は根に吸収されていく。それに何処と無く花たちの力強さを感じさせられる。今日も花たちの調子は良さそうだ。

満足気に頷いていると後ろから、

 

「皐月」

 

つい一週間前に知り合った少女ーーー月読さんの声が僕を呼んだ。

振り返ると、黒髪のツインテールを左右で揺らして、ピンクのワンピースとニーソックスという軽装に身を包んだ月読さんがいた。

オシャレなのか、見たことがないペンダントを首から下げている。

 

……可愛い。

 

十人が見れば十人が振り返るぐらい、と言えば皆さんにもお分かり頂けるだろう。

だから、こうして僕がいま月読さんに見惚れてしまうのも仕方のないことだ。

 

「皐月?」

「え、あ、ごめん。月読さんが可愛くて、つい見惚れてたや」

 

ーーーはい、アウトォォォオオオ!何だ?僕は馬鹿なのか?死にたいのか?何で自分から死地へと赴くようなことを口走るんだ!いったいこの口は僕に何の恨みがあるっていうんだ‼︎

 

瞬時に顔を赤に染め上げて、頭を抱えて天に叫んだ。

月読さんも恥ずかしいのか、薄っすらと顔を赤くしてツインテールを弄っている。

くっ!その仕草すごく可愛いです‼︎

そうだよ。暴走気味なこの口も悪いが、いちいち暴走を誘発させる月読さんが可愛いのがいけないんだ。

おい、理性。お前がちゃんと仕事をしていないせいで、頭のおかしなことを言っているんだが。

 

「あ、今の違うんだ!いや、違くないけど。その、あれがあれでああなって、それからーーー」

「……慌てすぎ。そんな態度取られると傷つく」

「その、ごめんなさい……」

「ふふっ、ちゃんと謝ってくれたから許してあげる」

「ありがとうございます」

 

クスリと笑う月読さん。

きっと、慌てる僕がおかしかったんだろうなぁ。そう思うと、だんだん恥ずかしくなってきた。

 

「今日はどうしたの、月読さん。何か用事でもあるの?」

「特にない。今日はたまたま早く起きたから散歩してて、近くに来たから寄ってみた」

「そっか。じゃあ、暁さんはまだ寝てるんだね」

「うん。朝食は作り置きしてあるから、いつ起きても大丈夫なようにしてあるから。心配ない」

「そっか」

 

いま話しに出たのは月読さんの家族である暁切歌さん。

僕が月読さんを家に運んだ際に出会った少女だ。

 

「お嬢ちゃんいいところに来たね!」

「え?どうしたんですか」

「これからあたしは出かけるんだが、千佳だけだと心配でね。お嬢ちゃんに一日店員として、働いてほしいんだ。じゃあ頼んだよ!」

「あ、待ってよおばあちゃん!」

 

おばあちゃんは言いたいことだけ言うと、すぐに車に乗り込み出かけてしまった。

僕たちは車が見えなくなるまで、その場に呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

しばらくして、我に返った僕は月読さんに謝罪した。

折角の休日を潰して欲しくなかったので、このまま帰っていいと言った。

しかし、「特にすることがない」と返されてしまい、店を手伝ってもらうことになった。

本当にごめんなさい。全く、おばあちゃんは脱帽するほどの強引さだよ。

 

彼女に普段おばあちゃんが使っているエプロンを渡して、それを着てもらった。

月読さんにはやや大きいサイズだが、問題はない。

そして、ここで冒頭に戻る。

 

「ま、まあいきなり明るくしろって言うのは無理な話。最初は僕も月読さんと同じだったし。そのうち慣れるさ」

「ごめんね。手伝うって言ったのに役に立たなくて」

「いやいや、まだ何もしてないからね?大丈夫。どうしても駄目だったら接客以外にも仕事はあるから。そんなに気を落とさないで」

「……うん。頑張るね」

 

落ち込んでいる月読さんを励ます。

わずかだがさっきよりは顔が明るくなった。

もしかしたら彼女は、させようとしていたからできないだけで、自然体でならある程度良い線いくのではなかろうか?

その旨を伝えて、あまり気張らないようにしてもらおう。

 

そろそろ開店時間が迫ってきたところで、僕たちは花を並べていく。様々な花がよりどりみどりといった感じなので、月読さんは驚いているようだった。

曰く、「こんなにたくさん種類があるなんて知らなかった」とは、月読さんの言葉だ。

まあ、花は綺麗だと思う人はたくさんいるけど、その中で花について詳しく調べたりする人は少ない。だから、知らないのも無理はない。

僕?前も少し話したと思うが、徹夜で必死に覚えたよ。そうでもしないとお客さんの相手ができないから。

それで次の日学校に遅刻してしまうのは言わずもがな。

 

「この花っはなんて名前なの?」

「ああ、それはアベリアって言うんだ」

 

月読さんが興味を引いたのは、鐘型の小さな花がたくさん咲いたアベリアだった。

アベリアの花言葉は『強運』。他にも『謙虚』とか『謙譲』の意味を持っている。

僕の説明を聞いた月読さんが感嘆の声を出す。

その反応をしてくれるだけでも、僕の苦労が報われます。

他の花にも興味を示した月読さんに、僕が花の説明をしていく。

花の説明はお客さんがやってくるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

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「お疲れ様です。はい、これどうぞ。月読さん」

「ありがとう。皐月もお疲れ様」

 

店の営業は滞りなく進み、今は昼休みの時間だ。

月読さんにお疲れの意味も込めて、缶ジュースを渡した。

蓋を開けると、プシュッと軽快な音が鳴る。

キンキンに冷えたジュースを一気に呷り、飲み干していく。

 

「っぷはぁ!うんうん。これのために頑張ってたと言っても過言じゃない」

「うん。普段よりも美味しく感じる」

 

コクコクとゆっくり飲む月読さんの姿は可愛らしい。

こう、なんて言えば良いのだろうか。守ってあげたいって思う。

あれだ。女性で言う母性本能がくすぐられるというやつだ。

そんなことよりも昼休みの間にご飯を食べてしまわないといけない。

 

「月読さん。これからご飯食べに行くんだけど、一緒に行こう。ごちそうするよ」

「……流石にそれは悪い」

「そんなことないって。わざわざ手伝ってもらってるし、まだ午後からも仕事が残ってる。お腹が空いてたんじゃ、何も出来ないよ。それにこれは今日のお礼だからさ。受け取ってもらわないとこっちが悪い気がして耐えられないんだ」

「……そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらう」

「なら良かった。じゃあ、ちょっと外に出よっか。近くにファミレスがあるからそこで食べよう」

 

 

 

 

 

 

戸締りをしてから、少し歩いたところのファミレスに入った。

スタッフの方に案内された席について、メニュー表を開く。

そこには何とも美味しそうな料理が並んでいて、空腹を刺激する。

ふと前を向くと、月読さんが難しい顔でメニュー表を睨んでいた。

気になった僕は直接聞いてみることにした。

 

「月読さんどうかしたの?」

「ここのお店にはごちそうがない」

「え、そうかな?」

 

メニュー表には値がはる料理もちらほらとあるので、ごちそうがないということはなかった。少なくとも僕から見たら。

これはここの店ではなく、もっと高いところに連れて行けということを暗に伝えているのか?

いや、しかし月読さんはそんなこと言うような人じゃない。

なので、僕は恐る恐る月読さんの言うごちそうについて聞いてみると、

 

「私たちにとってごちそうとは298円の食べ物のことを言う」

 

298円。えっと、それだとスーパーで買うようなものが限界では?

 

「なかでも、夕方のスーパーはいい。見切り品で50円のお刺身に半額の唐揚げ。遅くても早くても駄目。ベストなタイミングを見計らって集めるお惣菜が私たちの真のごちそう!」

 

普段の寡黙さはどこへ行ったのか、ごちそうについて力説する月読さんが叫ぶ。

僕だけでなく、月読さんの叫びを聞いたファミレス内のスタッフ、お客全員が涙していた。

 

私たち(、、、)だよ?私だけじゃなくて。

いったい今までどんなひもじい思いをしてきたのだろうか?それを勝手に想像してして、涙の勢いが増した。

僕は食べられることが当たり前になっていた。

だから、月読さんの叫びを聞いて、どんなに恵まれているのかを今しっかりと理解した。

それと同時に罪悪感も湧いてきて、このまま土下座に移りたい気分だ。

 

「え、あの皐月?なんで泣いてるの?スタッフさんとか他のお客さんも」

「何でもない、何でもないから。ほ、ほら、今日はお腹いっぱい食べよう?僕の奢りだからさ。ごちそうとか抜きにして美味しいもの食べよう」

「う、うん」

 

僕の言葉に同意するように他の皆さんも首を縦に振っていた。

僕の食費を削ってでも月読さんには美味しいものを食べてもらおう。

 

料理を注文して、早速やってきたのはハンバーグセット。月読さんが頼んだものだ。

気を利かせてくれたのか、他のお客さんよりも早くやってきた。

美味しそうに頬張る月読さんを尻目に、さりげなくパフェを置いていったスタッフさんに目を向ける。

僕が口を開くよりも早くスタッフさんは「サービスです」とだけ言って、去っていった。

僕がスタッフさんに向けて感謝すると、スタッフさんは振り返ることなく、手を挙げる。

その後ろ姿はとてもカッコよかった。僕もあんな風になりたいものだ。

取り敢えず、今は美味しそうに食べている月読さんを見て癒されることにしよう。

 

 

 

 

 

昼食を食べ終えた僕たちは『花咲』に戻るため帰路に着いた。

会計を済ませる際に、スタッフさんに「是非また来てください」と言われた。切実に。

また今度予定が合えば、月読さんをご飯に誘うのも良いかもしれない。

 

「お昼はごちそうさまでした。今度は私が皐月に何か作ってあげる」

「え、そんな迷惑かけちゃうからいいよ」

「迷惑なんかじゃない。私が怪我をした時に助けてくれたから、そのお礼」

「……そういうことなら」

「よろしい」

 

なんとご飯に誘うつもりが、誘われてしまっていた。

普通に嬉しい。だって、女子の手料理が食べられるんだ。こんなにも嬉しいことはいつ以来だろう。

僕は月読さんの手料理を楽しみにして、午後も頑張ろうと意気込んだ時だった。

 

 

……ドガァアアン!

 

 

街の方から耳をつんざくような爆発音が上がった。

爆発により発生した突風が僕たちに襲いかかる。

月読さんが吹き飛ぶ寸前だったため、手を引いて胸の中に引き込み、包むように庇った。

突風自体はすぐにおさまったが、街の方からは今も小さな爆発が続いている。

電話のコール音が響く。

 

「はい、月読です」

『調くん、至急街へと向かってくれ!アルカノイズが出現し、住民を襲っている。いま響くんたちが現場で交戦中だ』

「分かりました。このまま街に向かいます」

『頼んだぞ』

 

電話から野太い男性の声が聞こえる。

耳を澄ませると、街にノイズが出たと言うじゃないか。

月読さんは携帯を切ると、こちらを向いて、

 

「皐月はこのまま近くにあるシェルターに避難して。あとは私たちがなんとかするから」

「それって、どういうーーー」

「ごめん。これ以上はみんなを待たせられない。早く皐月はシェルターに避難して!」

「あ、月読さん!」

 

僕の制止を振り切り、月読さんは街の方に駆ける。

半ば呆然と後ろ姿を眺めながら、僕は固まっていた。

僕には月読さんの言葉があまり聞こえていなかった。

 

ーーーいま、街にはおばあちゃんがいる。

ーーーノイズがおばあちゃんを貫き、炭へと朽ち果てる。

 

そんな光景を想像した。してしまった。

途端に僕は怖くなり、おばあちゃんの安否が気になって仕方がなかった。

おばあちゃんがいなくなったら、僕はーーーーー。

次の瞬間には、僕は街へと走り出していた。

 

 

そこで僕は月読さんの秘密を知ることになるのだが、その時の僕には知る由もなかった。

 

 

 






一応この作品は短編の予定です。


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彼女の秘密

 

 

司令の連絡を聞いた私は皐月にシェルターに避難するように言ってから街へと走った。後ろを確認し、皐月が見えなくなったのを確認。

ペンダントを握り、胸から溢れる“聖詠”を歌う。

 

Various shul shagana tron(純心は突き立つ牙となり)」 

 

一瞬、私の体は光に包まれ、光が晴れると白とピンクを基調としたシンフォギア。ーーー《シュルシャガナ》を纏っていた。 

これこそがノイズに対抗する手段。その力は軍事武器をも凌ぐ。 

脚部に車輪のように丸鋸を展開。急回転させて現場へと急ぐ。道路が傷ついてしまうが、今は緊急事態。それにすでに響先輩たちが盛大にビルやら車やらを壊しているのだから、それに比べれば可愛いものだ。 

 

現場に到着すると、より一層爆発音が強まった。他にも鉄の削れる嫌な音や破砕音が木霊している。 

手始めに私は響先輩が打ち漏らしたノイズを丸鋸で切り裂いた。

 

「みんな遅れてごめんなさい」

「問題なーい! 大丈夫だよ調ちゃん!」

「遅れた分はノイズを殲滅することで取り返せ!」

「はい!」 

 

風鳴先輩の一喝。私はすぐに切ちゃんと合流した。

 

「調! やっと来たデスか」

「遅れてごめんね切ちゃん」

「大丈夫デス! マリアやクリス先輩もいたデスからね」

「うん。それじゃあ、行こう切ちゃん!」

「やってやるデス!」

 

【切呪リeッTお】

【β式巨円断】 

 

切ちゃんはアームドギアである巨大な鎌を力強く振り抜いた。すると、鎌の刃がブーメランのように放たれて、旋回しながらノイズを切り倒していく。

負けじと私もヨーヨーを取り出した。

 

……別に遊んでいる訳じゃない。これが私のアームドギア。 

 

ヨーヨーから刃が飛び出し、巨大化していく。その大きさは車一台を容易に超えている。

 

「やぁあああ!」 

 

ヨーヨーを振り下ろし、大量のノイズを圧殺する。 

すぐさまヨーヨー縮小させ、私を基点に回転させながら糸を伸ばしその範囲を広げていく。 

ノイズは綺麗に真っ二つになって、炭に還っていく。

ふうっと息を吐くと、 

 

ズガガガガガガッ! 

 

私の横を銃弾なまりの雨が通りすぎた。クリス先輩のガトリングだ。 銃弾の雨はノイズに襲いかかり、圧倒的な物量で蹂躙していく。

 

「おい調! まだ終わってねぇんだ。一息つくにはまだ早いぞ」

「ごめんなさい。クリス先輩」

 

「分かりゃいいんだよ」と照れ隠しにノイズの団体にガトリングを連射するクリス先輩。照れ隠しに倒されるノイズに少し同情してしまった。 

その時、私たちに通信が入る。その情報に私は耳を疑った。

 

『本部より各装者へ通達! 現場に逃げ遅れた民間人がいます。手の空いている装者は急行してください』

「朔也さん、その民間人の特徴は分かりますデスか?」

『特徴というよりは状況なんだけど、小さな子供を背負っている少年の二人だよ切歌ちゃん』

「分かりましたデス! すぐに向かーーーって調⁉︎どうしたデスか!」 

 

私は藤尭さんが民間人の状況を聞くと同時に動き出していた。何故だかそれが私のことを助けてくれた少年ーーー皐月の気がしてならなかったから。

いや、と頭を振ってその考えを否定する。今頃皐月はシェルターに避難しているのだ。ここにいるのが皐月のはずがない。 

けれど、私の考えとは裏腹に嫌な予感が消えることはなかった。 

 

 

そして、私の嫌な予感は的中してしまった。 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

僕は当てもなく街の中を走っていた。 

こんなことになるなら、おばあちゃんに何処に行くのか確認しておくんだった。 

街の中央に近付くほど爆発音が大きくなっていき、今になってそれが恐怖心を助長する。 

しかし、こんなところで立ち止まること自体が危険なので、ひたすらに走る。  

ポケットに突っ込んであった携帯が震えた。 

取り出して、画面を確認することなくボタンを押して耳にあてがった。

 

『千佳! 今何処にいるんだい⁉︎』

「おばあちゃん⁉︎そっちこそ何処にいるんだよ!」

『あたしなら今シェルターに避難してるよ』

「なら良かった! 説明なら後で幾らでもするから切るよ!」

 

クソッ!完全な無駄足じゃないか!

 

何の確認もなしにここまで来たのは自業自得。舌打ちを漏らし、数分前の自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。 

幸いノイズにはまだ一度も出くわしていない。このままUターンしてシェルターまでの道のりを突っ切る!

 

「うぇええん! パパ、ママ何処にいるの!」 

 

偶然、視界に親を探す子供の姿が映った。 

そして、その姿には見覚えがあった。

 

『お父さん、お母さん何処? 早く出てきてよ二人とも!』 

 

あの子供と面識がある訳じゃない。

ただ、あの少年と十年前の自分が重なった。 

このまま子供を見捨てる訳にもいかない。なにより僕があの子をーーー

 

「ほっとけないっ!」

 

シェルターに向けていた進路を急遽変えて、子供へと走る。

 

「少年! ここは危ないから逃げるぞ!」

「でも、パパとママがッ」

「きっと二人は無事だ。だから今は逃げるんだ!」

「う、うん!」 

 

少年を背におぶる。僕は少年に一つ嘘を吐いた。

残念だが、少年の両親はもうこの世に存在していないだろう。他の犠牲者同様にノイズに襲われ、炭として朽ちているはずだ。そう考えると、少年が今も生きているのが不思議なぐらいだ。 

 

今度こそシェルターへと走ろうと足を上げた時だった。先ほどまでいなかったはずのノイズ(、、、)が進路を塞いでいた。 

それも一体や二体じゃきかない。集団が待機している。

 

「クッソ!」

 

少年をしっかりと支えて、唯一残された退路。街の中央へと走り出した。こちらしか残ってなかったというのもあるが、爆発音が聞こえるということはノイズと戦闘をしているはずだ。 

その人たちと合流してノイズを倒してもらうか、もしくは助けてもらうのが狙いだ。

そんな人たちが本当にいる確証もないが、一縷の望みに賭けて走る速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ。もう、無理、走れない」 

 

大きく息を切らし、壁に背を預ける僕を心配そうに子供は見ていた。僕は非力な高校生。人ひとり背負ってここまで来れたのが奇跡だ。 中央までまだ五キロほどある。

今はビルに隠れて何とかノイズをやり過ごしたが、いつ何処から来るか分からないので、常に気を張っているせいか休んでいる気がしない。 

 

……最悪、少年だけは守ってみせよう。

 

「お兄ちゃんはどうしてここにいたの?」

「少年と同じさ。僕もたった一人の家族を探してたんだ」

「一人しかいないの?」

「ーーーああ、ずっと昔にいなくなっちゃってね。僕の家族はもうおばあちゃん一人だけなんだ」

 

十年前、両親はノイズから僕を庇って死んでしまった。

その現実から目を背けるように両親を探し続けたことを覚えている。

両親を探す僕と少年が重なって見えたのはそのせい。

 

「寂しくないの?」

「寂しかったよ。でも、今はそこまで寂しくないかな」

 

おばあちゃんがいてくれたから、今の僕がある。

でも、心の何処かで今も思うことがあった。

 

ーーー僕とおばあちゃんは家族になりきれていない。

 

僕とおばあちゃんに血の繋がりはない。他に身寄りがなく、僕が孤児院に入れられる時に、ご近所付き合いのあったおばあちゃんが引き取ってくれた。

おばあちゃんのことを信用しているし信頼もしている。一緒にいて楽しいとも思う。僕との間に壁があることを知りながらも、向こうから歩み寄ってくれている。

けれど、ご近所のおばあちゃんという刷り込みと僕の本当の家族は両親だけだという葛藤があった。

たった一歩。それだけ踏み出せば、本当の家族になれる場所に僕はいる。

 

それなのに、僕は弱くて臆病だから。一歩を踏み出せずにいた。

こんな僕の本性を知ったら、月読さんはどう思うだろうか?

 

……あれ?なんでそこで月読さんが出てくるんだ?

 

突然、思考の中に出てきたのは月読さん。

何故月読さんが出てきたのか分からずに、僕は首を傾げる。

再び思考の中に戻ろうとしたところで、

 

「お兄ちゃん!」

 

少年の切羽詰まるような声が反響する。

瞬間、弾かれたように飛び上がると少年をさっきのように背負って、ビルを飛び出した。

飛び出す瞬間、視界の端で捉えたのはノイズだった。

ノイズが蔓延るこの場所で長考した僕自身に苛立ちを覚える。僕はともかく少年まで巻き込むところだった。

 

「絶対に、君だけは僕が守るから」

 

僕は自分に言い聞かせるように呟いた時、

 

「皐月ッ!」

「え、あ、月読さん⁉︎」

 

何かを纏った月読さんが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「つ、月読さん、その姿は……」

「それは後!今は生き残ることだけを考えて」

「う、うん」

 

月読さんは怒っていた。

その怒りをぶつけるように、僕たちを追ってきていたノイズたちを蹴散らしていく。

ノイズに触れているにも関わらず、 炭化することなくノイズだけを倒していた。今の月読さんの姿に関係があるのは明らかだった。

 

当然、月読さんが怒っているのは僕が原因だ。

月読さんからしたら、僕は避難指示を無視し、この場所に死にに来たようなものだ。

この場で何の力も持たない僕に居場所はない。

それでも、家族と呼べるおばあちゃんを失ったら、僕は独りぼっち。

それが、堪らなく怖かった。だから僕は、ここにいる。

 

「藤尭さん、民間人確保。避難経路の指示をお願いします」

『分かったよ。ーーーと言いたいところだけど、もうじきノイズの殲滅が完了するから。調ちゃんはそのまま民間人の保護を』

「分かりました」

 

通信を切った月読さんは、僕を睨みつける。

その瞳は「何でここにいるの?」と訴えかけていた。

僕は何も言えず、俯くことで月読さんから顔を逸らす。

 

ーーーいつの間にか、けたたましく鳴り響いていた爆発音は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はぼうっとしながら、破壊された街を眺めている。

その惨状は酷いもので、普段の街と比べると痛々しさが浮き彫りになっていた。

現在、僕はぞろぞろとやってきた黒服の屈強な男性たちが建てた仮設テントに身を置いていた。少年は疲れてしまったのか僕の横で眠っている。

 

「あったかいものどうぞ!」

「あ、どうも……」

 

この場には似つかわしくない明るい声で、茶髪の女性が紙コップを手渡してくれた。

僕はそれを受け取って、口に含む。

紙コップの中身はホットココアだった。口内に甘味が広がり、少しだけ僕の心を落ち着かせてくれた。

僕の心境を見計らったのか茶髪の女性が口を開いた。

 

「私は立花響。君の名前は?」

「あ、僕は皐月千佳っていいます」

「ああっ!君が調ちゃんのこと助けてくれたんだね。ありがとう!」

「いえ、別に。僕は当然のことをしただけと言いますか。あの場に僕以外がいても助けたと思いますよ?」

「それでも調ちゃんを助けてくれたのは君だから。だから、ありがとう!」

 

女性ーーー立花さんはまるで自分のことのように、感謝を述べた。

きっとこの人は優しい人なんだろうな、と思う。

立花さんの笑顔を見て、僕もまた頬が緩んだ。

 

「皐月」

「うぉわあ⁉︎月読さん⁉︎い、いつの間に目の前に来たの?」

「……響先輩があったかいものを持ってきた辺りから」

「それって最初からだよね⁉︎」

 

忽然と姿を現した月読さんに驚き、おかしな悲鳴を上げてしまった。

しかも、立花さんが来た時にはいたと言っているが、全く気が付かなかった。恐るべし月読さん。

私、怒ってますオーラをたちのぼらせる月読さんは、頬を膨らませて僕を睨んでいた。

……全く怖くない。むしろ可愛いと思った。

 

「何で、シェルターに避難しなかったの?」

「いや、その……おばあちゃんが心配で」

「でも私は皐月にシェルターに避難してって言ったはず」

「呆然としてて、聞こえてなかったと言いますか」

 

僕は誰に言われた訳もなく、自然と正座を取っていた。月読さんの言い知れぬ迫力が僕にそうさせたのだ。

……彼女の後ろに般若が見えたのは気のせいだと思いたい。

立花さんが仲裁に入ってくれたお陰で、何とか事なきを得る。

ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、

 

「貴方が皐月千佳さんですか?」

 

今度は一人の男性がやってきた。

先ほどの黒服たちとは違い、ほっそりとしていて穏やかな印象を受ける。

男性の言葉に首肯すると、

 

「私は緒川慎次といいます。失礼ですが、両腕を出してもらえませんか?」

「は、はあ?」

 

言われるがままに両腕を出すと、ガチャリという音を立てた手錠が両腕を拘束した。ズッシリとした重みが本物の手錠だと実感させる。

 

……ん?手錠?実際に見て、付けられてみるなんて経験初めてだなぁ…………何じゃこの状況はぁああ!

 

「え、何ですかコレ⁉︎」

「すみません。申し訳ないのですが、このまま貴方を拘束させてもらいます。安心してください。決して悪いようにはしないので、私たちについてきてください」

手錠(コレ)のせいで全ッ然安心できないんですけど⁉︎別についていくだけなら手錠なんて要りませんよね⁉︎」

「まあ、念のためというやつです」

 

朗らかな笑みを浮かべる緒川さん。

駄目だッ、この人じゃ話が通じない!

僕は振り返って、後ろにいる二人に助けを求める!

立花さんは僕を見て「うわぁ、なんかデジャヴ」と呟き、月読さんは顔すら合わせてくれなかった。

 

今の僕に味方なんていなかったや……。

 

ガックリと肩を落とした僕に、緒川さんは苦笑を浮かべていた。

 

 






展開が早いのはご了承ください。
やっぱり戦闘描写は難しい……。
ジト目の調に睨まれてみたいというのは誰しも思うことだと思う。


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S.O.N.G.

日間ルーキーで48位にランクインしてました。これからも投稿頑張っていきます。


連れられてやってきたのは、なんと潜水艦だった。

緒川さんが気を利かせてくれたのか、手錠を隠すために自分のスーツを貸してくれた。

 

……連行される人たちの気持ちがほんの少し分かったような気がした。

 

後ろから複数人の堪えたような笑い声なんて聞こえない。聞こえないったら聞こえないのだ。特に立花さんと暁さんの笑い声が目立つが、僕には何も聞こえてない。というより、何故暁さんもここにいるのだろうか?この現状で心が大分磨り減ったせいで、疑問には思うがあまり深く考えることはしなかった。

 

これから僕はどうなるのだろうか?

緒川さんは悪いようにはしないと言っていたが、そう簡単に信用することはできない。いざ考えてしまうと悪い方へと思考が傾いていってしまう。生きてまた陽の光を浴びられるように祈ることしか、僕にはできなかった。

 

「ここですよ」

 

緒川さんが足を止めた先には、鉄で拵えられた扉が鎮座している。

「ここに入るんですか?」と目で訴えるとニコリと笑顔で返された。

ゴクリと生唾を呑み込む。その音が嫌にハッキリと聞こえた。冷や汗が背中を流れ落ちていく。鬼が出るか蛇が出るか、入ってみなければ分からない。

 

「よしッ」と覚悟を決めて、鉄の扉へと一歩を踏み出す。扉は自動だったようで、左右に消えていった。

何が待ち受けているのかと身構えた僕を襲ったのは、

 

「「「ようこそ、S.O.N.G.へ!皐月千佳くん、私達は君を歓迎する!」」」

 

ーーー大量のクラッカーだった。

僕はポカンとして口を開けたまま固まっていた。開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。もっと恐ろしいモノがあると思っていたため、拍子抜けした感を否めない。

 

あ、でも赤いカッターシャツの筋骨隆々な男性には素直に驚きました。漫画みたいにデタラメな筋肉をしているので、歓迎してくれている他の人たちよりも一際目につく。どうやったらこんな筋肉になるんだろうなぁ、と半ば現実逃避に浸るのも仕方ないことだろう。

 

「えっと、これは?」

「貴方の歓迎会ですよ、皐月さん」

「いや、何でだよ」

 

思わずタメ口で返してしまうぐらいには、頭が混乱しているようだ。

緒川さんに料理が並べられたテーブルへと案内され、いつの間にか料理が盛り付けられた紙皿を手渡される。

 

今この人僕と一緒に来たよね?どんだけ早業だよ。その素早さもっと他のところに活かしてください。

 

僕は深いため息を吐いて、チラリと紙皿の上にある料理を見た。貶している訳ではないのだが、お昼に食べたファミレスの料理よりも美味しそうだった。

 

…………ゴクリ。

 

ま、まあ?散々街の中を走り回って小腹が空いていたし、折角なのでありがたくことにしよう。うん、そうしよう!

 

手始めに唐揚げを口に運び、分厚い肉を噛むと肉汁が溢れ出す。あれだ。これは白米と一緒に食べたら唐揚げ一つでお茶碗三杯はいける。

すでに僕は先ほどまでの混乱が嘘のように、料理に舌鼓を打っていた。

そのまま次の料理に箸を伸ばそうとした時、右から貫くような視線を感じたので、目を向ける。

 

「じっーーーーー」

「うぉお!?って月読さんか。全然気が付かなかったや。今度はいつからいたの?まさかまた最初からだったりして」

「うん、そうだよ。美味しそうに食べてるから、いつ声をかけようか伺ってたら皐月が私に気付いた」

「あ、やっぱり最初からなんだ……」

 

僕は冗談のつもりだったんだが、本当だったらしい。料理を食べる前なら気付けたはずなのに……。侮りがたし月読さん。

月読さんはまだ不機嫌のようで僕を睨んでいる。若干だが、先ほどよりは鋭さがなくなったような気がした。

僕は、ずっと気になっていた街でのあの姿について聞こうか迷っていると僕たちの間に割って入る暁さんがやってきた。

 

「二人だけで話してないで、調と千佳もこっちで一緒に食べるデスよ!朔也さーん!二人を連れてきたデス!」

「おかえり切歌ちゃん。料理も一通り持ってきてあるから、わざわざ取りに行かなくても大丈夫だよ」

 

「ありがとうデース!」と朔也と呼ばれている男性に、暁さんは嬉しそうに抱きついていた。今のやりとりから察するに二人はそういう関係なのだろう。念のため、隣にいる月読さんに確認を取ると案の定だった。

 

「初めまして。ここのオペレーターを務めている藤尭朔也っていいます」

「は、初めまして!皐月千佳です」

「そう緊張しないでくれ、皐月くん。まだ不安だったり、知りたいことがあるとおもうけど。この歓迎会が終わった後に必ず説明するから、それまで楽しまなかったら損だよ」

「そういうものですか?」

「そういうものなんだよ。あとーーー」

 

藤尭さんはポンッと僕の手を肩に乗せる。

正面にはイイ笑顔を浮かべた藤尭さんが立っていた。イイ笑顔を浮かべた藤尭さんが立っていた!大事なことだから二回言ったよ!

 

「切歌ちゃんは俺の彼女なんだ。かわいいかわいい自慢の彼女なんだよ。初対面で何言ってんだって思うだろう。でも、これだけは言わせてくれ。ーーーもし切歌ちゃんに手を出したらどうなるか、分かるよね?」

「イエス、サー!」

 

あまりの剣幕に僕は震えあがった。もし本当に手を出したら、いったい何をされるというのだろうか。考えるのはやめておこう。ロクでもないことは明らかだ。しかし、人間は好奇心には弱く、気になってしまうのは仕方ないことだと思う。

 

 

「あ、あの?参考までに聞くんですけど。もし、暁さんに手を出したらどうなるんですか?」

「…………」ニコリ。

「ねえ何するの⁉︎いったい何するの⁉︎」

 

藤尭さんは僕の問いに、ニコリと笑うことで返答した。

明確な答えを得られなかった僕は激しく狼狽してしまう。やはり聞くべきではなかった、と後悔しても遅かった。

 

「ていうか朔也さん今おいくつなんですか?」

「二十四だけど、それがどうかしたかい?」

「二十四歳で八歳年下の暁さんに手を出したんですね!」

「グハッ!」

 

たった一言だったが、藤尭さんにとっては右ストレート並みの口撃が炸裂した。心に大打撃を受けた藤尭さんはその場に膝をつく。これぐらいの意趣返しをしてもバチは当たらないだろう。

まあ、人の恋路の邪魔をするほど僕も野暮ではないので、今のネタはあまり使わないでおこう。え?何でそこであまりなのかって?ーーー今みたいな状況になった時に使うからに決まっているじゃないか。

 

「皐月。いくら藤尭さんが切ちゃんに手を出したロリコンだったとしてもそれは言い過ぎ。二人は相思相愛だから年齢なんて関係ない」

「うん、そうだね。でも前半部分は要らなかったと思うんだ。ほら、そこで藤尭さんが屍になってるから」

 

月読さんの容赦のない口撃に、藤尭さんはとうとう倒れ伏してしまった。僅かに痙攣していて、陸に打ち上げられた魚を連想させる。

暁さんが「朔也⁉︎」と叫び、慌てて駆け寄っていく。さん付けがなくなっていることから、きっと二人の時は呼び捨てているんだろうと思われる。

 

僕と月読さんは何事もなかったように、平然と料理を食べ進めていく。溜飲が下がったのか月読さんはいつもの無表情に戻っていた。機嫌を直すことに貢献してくれた藤尭さんの犠牲を僕は今日一日は忘れないだろう。

 

「この唐揚げ美味しいね、月読さん」

「こっちのパスタも美味しい。食べてみる?」

「食べる食べる。この皿に乗せてもらえるかな?」

「うん。……はい、どうぞ」

「ありがとう。あ、ほんとだ。このパスタ美味しいね」

「二人は何平然と料理を食べてるデスか⁉︎」

 

暁さんの悲鳴にも似た叫びが聞こえた気がするが、気にすることなく僕たちは談笑しながら料理に舌鼓を打っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

歓迎会?が終わり、あらかた片付けが終わった途端に、この場の雰囲気が張り詰められるのを感じ、思わず身構える。

その発生源は僕の目の前にいる筋骨隆々な男性ーーー風鳴弦十郎からだった。その姿は圧巻の一言に尽きる。

 

多大な貫禄を感じさせられるその姿に、僕は内心憧れた。自分もあの人のように堂々とありたいと思った。あの人のようになれななら、今の中途半端な立ち位置から一刻も早く抜け出せる。そんな気がした。

「それじゃあ、改めて自己紹介をしよう。俺は風鳴弦十郎。ここ、S.O.N.G.の司令官をしている。あそこにいる二人がオペレーターの藤尭と友里くんだ」

 

藤尭さんは彼女である暁さんのお陰で、まだ若干顔が青いが何とか一命を取り留めたようだ。そして、その隣にいるのが友里さん。先ほど少し話してみたが、とてもいい人だった。周りの気配りができていて、頼りになる大人だ。

 

「それでは皐月くん。君の気になっていることを言ってくれ。その疑問には俺たちが答えよう」

「えっと、じゃあ。先ずはS.O.N.G.とは何ですか?」

「我々S.O.N.G.は超常災害対策を主とした機動部隊だ。例えば、今日皐月くんが遭遇したーーー」

「……ノイズ」

 

どうやら僕は本当にとんでもない場所にいるらしい、ということは漠然と理解した。引っ込んだはずの汗が再び流れ出す。

 

「次は、あの時月読さんが纏っていたもの何ですか?」

「それについてはボクが説明します」

 

何処からか、まだ幼い感じを残した少女の声が響いた。周囲に目をやるが、その主を発見することができない。

「こっちですよ」とは再び声が聞こえた。よく見ると弦十郎さんの後ろに一人の少女が立っていた。月読さんよりも小さく、白衣を羽織ったその少女はゆっくりとした足取りで前に出てきた。

何故こんなに小さな少女がこんなところに?

至極当然の疑問が浮かんだが、ここにいる時点でただの少女ではないと悟り、乾いた笑いを浮かべた。

 

「初めまして。ボクはエルフナインといいます」

「ぼ、僕は皐月千佳です」

 

礼儀正しく頭を下げる少女ーーーエルフナインに倣い、僕も頭を下げる。

 

「それでは皐月さん。調さんが纏っていたものをボクたちは《シンフォギア》と呼んでいます」

「シンフォギア?」

「はい。詳しい説明は省きますが、シンフォギアとは聖遺物の欠片から創り出され、ノイズに対抗する手段となり得ます。皐月さんは聖遺物と聞かれたら何を思い浮かべますか?この場合は伝説上の武器などで構いません」

 

エルフナインの問いかけに僕は頭を捻る。伝説上の武器といったら何だろうか?あまりそういった類の本を読んだことがないので、思い浮かばない。

何かないかと記憶の中を探していると、ふと学校の図書館で見かけた『円卓の騎士』について思い出した。その物語に登場するアーサー王の持つ剣がそれに当たるはずだ。

 

「えっと、エクスカリバーとか?」

「そうです。現在S.O.N.G.が所有している聖遺物は六つ。それをシンフォギアとして起動できるのは女性のみで、シンフォギアと適合した人を装者と言います。いま後ろにいる人たちがそうですね」

 

振り返ると、月読さんと暁さん、立花さんと他三名が立っていた。月読さんが街にいた理由もこれで納得だ。

しかし、この話は一般人に話しても大丈夫なのだろうか?

僕の心配を察知した弦十郎さんが、

 

「ああ、安心してくれ。別に何もしない。君にはS.O.N.G.の協力者になってもらいたい」

「僕が?いったい何故ですか?はっきり言って、僕がここにいるのは場違いだ。ノイズと戦える訳でもなく、何もできやしない僕を協力者にするメリットもない」

「あまり自分を卑下するなよ。では、君には聞こう。何故君はシェルターに避難せずにあの街へとやってきた?」

「おばあちゃんが心配だったからです」

 

特に嘘を吐く必要もないので即答する。

 

「シェルターに避難しているとは思わなかったのか?」

「いま考えれば、そうかも知れません。あの時の僕はそんなこと頭になくて、気付いたら走り出してました」

「では、何故少年を助けた?助けずに逃げ出せば良かっただろう。何故わざわざ助けるという危険なことをした?」

 

確かにそうだ。弦十郎さんが言っていることは正しい。

確実に自分だけが助かることを考えれば、それが最善だ。けれど、僕にはそんな選択肢。ハナから存在していなかった。

 

「ーーーほっとけなかったからです」

「それはどういう意味だ?」

「目の前で誰かが炭になって消える辛さを、僕は知っています。だからそんなところを見たくなかった。それにあそこで助けなかったら、きっと僕は後悔したはずだから」

「その気持ちは痛いほど分かるが、君の行動は危うく、生身の体では無茶だったはずだ」

「そうですね。でも、僕は僕にできる無茶をした。……結果論ですけど、そのお陰で僕は今ここにいます」

「もし、また同じ状況に陥った時。君は今日と同じ行動を取るか?」

「はい。必ず」

 

ジッと僕を値踏みするように観察する弦十郎さん。僕はその瞳から目を逸らさずに見返した。やがて、弦十郎さんは強張っていた顔を緩めるとフッと微笑んだ。

 

「君の真意を確かめたかった。責めるようなことを言ってすまなかった」

「そ、そんな!いま言われたことは全部本当のことですし。だから、頭を上げてください!」

 

突然、頭を下げた弦十郎さんに、僕は狼狽してしまう。

 

「そんな君だから俺は君に協力者になってほしい。それにこれは君を守るためでもあるんだぞ?」

「へ?それってどういう意味ですか?」

「君は調くんと交友を持っている。そして調くんはシンフォギア装者だ。君なら自分より強い敵を倒すならどうする?」

「ーーーつまり、僕が人質に取られたりすると?」

「まあ、そういう意味で君を保護したいということもある」

 

成る程。確かに一般人である僕を盾にすれば、そういった行動も取れる訳だ。聞けば、もう一人協力者がいて、その人はほぼシンフォギア装者の近くにいて安心らしい。

反対に僕には何もない。その後ろ盾になる意味でも、協力者という立ち位置はお互いに意味のあるものになる。そういうことならと、僕がその提案を呑んだ。

弦十郎さんは満足したように頷いて、

 

「よし、そうと決まればこれから一週間俺とともに山に籠るぞ」

「いや、その結論はおかしい。何ですかその「これから遊びにいくぞ」みたいな軽さは⁉︎」

「む?俺たちも人間で、万全ではない。そのために君の基礎体力などを一から鍛え直そうと思ってな」

 

拙いッ!言っていることは正しいが、このままでは本当に山籠りする羽目になってしまう。何か、山籠りを回避する理論武装(言い訳)はないかと探し出す。

 

「あ、明日は学校がありますし……」

「街の復旧に一週間はかかる。当然、君の通っている学校もだ」

「お、おばあちゃんの手伝いもしないといけないですし……」

「慎次」

「皐月さん。これをどうぞ」

 

忽然と隣に姿を現した緒川さんに驚愕しつつ受け取ったのは、僕の携帯だった。画面はちょうど着信中で、相手はおばあちゃんだった。

 

『千佳かい?』

「そうだけど、どうしたの?」

『あんたに一週間暇をやるから帰ってこなくていいよ』

「ちょっとその話詳しく」

『あんたがいなくても、店は私一人でなんとかなるからね。話を聞かせてもらったらあんた。結構な無茶やらかしたそうじゃないか。そのお仕置きも兼ねてるからあんたに拒否権はないよ。それじゃあね』

「あ、ちょ、おばあちゃん!」

 

通話を切られ、僕には逃げ場がなくなった。

 

「安心しろ、死にはしない。それに映画鑑賞もあるから楽しいぞ」

「ダウトォ!死にはしないけどそれ以外はあり得るってことですよね⁉︎それに映画観賞のする意味は⁉︎」

「映画見て、飯食って寝る!それだけでも人は強くなれる」

「ダウトォォォォォ!あり得ません!そんなんで強くなれたら苦労しませんよ。それに本当にそれの効果があるなら、実際にそれを試して強くなった人を目の前に連れてきてくださいよ!もちろん、弦十郎さん以外ですからね!」

 

フッフッフッ!どうだ、言い返せまい!そんなんで強くなれたら今頃世界中猛者で溢れてるはずだ。ここからなんとか回避していこうという考えは儚く崩れ去ることになる。

 

「あ、私それで強くなったよ?」

「本当にいた⁉︎お願いです立花さん嘘だと言って!」

「うわぁ⁉︎そう言われても事実だし……」

 

立花さんの手を取って、僕は懇願した。けれど、彼女は申し訳なさそうに顔を晒してしまった。

 

「な、なら緒川さん!緒川さんにチェンジしてください」

「すみません、皐月くん。表ではアイドルのマネージャーをしてまして、とても皐月くんに構っている暇はないんです」

「なん、だと⁉︎……でも、それなら仕方ないですよね」

「あれ?嫌に素直に引くんだね」

「いや、流石に人に迷惑をかけたくないといいますか」

 

そのアイドルの人にも仕事があるし、それを支えたいる緒川さんに迷惑はかけられない。今度そのアイドルに会えないか緒川さんに頼んでおこう。

そんな風に考えていると、突如わき腹に鋭い痛みが走った。

 

「痛い⁉︎誰が…………月読さんなんで僕のわき腹をつねってるの?」

「うるさい。皐月はさっさと司令と山に籠るべき。それと、いつまで響先輩の手を握ってるつもり?」

「あ、すみません」

 

すぐに手を離すと同時に、僕は正座に移行した。

 

「あの、月読さん?怒ってません?」

「別に怒ってない。それとも、皐月は私が怒るようなことをしたの?」

 

そんなはずはないと思い返してみるが、心当たりはない。困惑している僕を見つめる月読さんの瞳は冷たく、光が宿っていないような錯覚を覚えた。

 

「やっぱり怒ってるよ」

「別に怒ってない。皐月が自意識過剰なだけ」

「そこでムキになるってことは怒ってるよ。僕、月読さんを怒らせるようなことしたかな?」

「……司令。このまま皐月と山に籠ってきていいですよ」

「分かった。任せておけ。山を降りる頃には今とは比べ物にならないほど強くしてやる」

「ちょ、待っーーーー!」

 

僕は弦十郎さんに首を掴まれ、ひょいっと簡単に持ち上げられた。うわぁ、人って片手で持ち上げられるんだなぁ……。

軽く現実逃避をしている僕の視界に藤尭さんが映ったので、助けを懇願する。

 

「助けて藤尭さん!」

「皐月くん。僕はまだ死ねないんだ。何故ならもっと切歌ちゃんとイチャイチャしていたいから!」

「あんた開き直りすぎだろ⁉︎この状況で惚気とかどんな嫌味だよ!盛大に爆発しろ!」

 

それを最後に、僕は持ち上げられたまま部屋から出て山へと連行された。最後まで助けを求めたが、全員苦笑いを浮かべるだけだった。その中で一人だけ。月読さんは拗ねるように頬を膨らませていたけれど、それは何でだろう?今の僕にそれを確かめる術はなかった。

僕は憂鬱な気分で、嬉しそうに笑う弦十郎さんに見えないようにため息を吐いた。

 

 

 

 

 




調:拗ねてるところ可愛い
千佳:山に拉致られる
藤尭:爆発しろ!


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二人の関係

展開が早いですが、ご了承ください。
では、どうぞ。


街の復興作業が終わり、学校が再開され僕は自分の机に突っ伏していた。身体中が筋肉痛で今も鈍い痛みが襲う。原因は言わずもがな弦十郎さんとの一週間の山籠りだ。ここから初日の冒頭シーンをお送りしよう。

 

『先ずこれからは俺のことを師匠と呼ぶように!』

『はい!師匠質問です!』

『何だ?』

『どうして僕は重りをつけているのでしょうか?』

『その状態で山を駆け上がるからだが?』

『何ですか?その「当たり前だろ?」という反応は?え?これ僕がおかしいのか?』

『ええい!細かいことは後回しだ!今は走れ!』

『うわ!絶対めんどくさくて放棄したやつだ!』

 

分かるかな?これが初日なんだぜ?師匠の神経を疑ったね。

そこから重りをつけた状態で山を駆け上がる。それを最初の一日は延々と繰り返した。正直、初日だけで死ぬかと思ったが、師匠は人の体を知り尽くしていてマッサージをしてもらうと嘘のように疲れや痛みが消えていた。

 

これなら何とかなるのでは?と調子に乗って、山の登り下りを繰り返し、師匠の言われるがまま筋トレを行なった。今までの人生で濃い一週間をおくったのは言うまでもない。まさか、一週間分の疲れが一気に還ってくると知っていたら調子に乗らなかったというのに。今となっては後の祭りだ。後日聞いてみると、疲れと痛みを一瞬で消すなんていう都合のいいものはないらしい。逆に疲れや痛みが後から還ってくる技がどうしてあるのか問いただしたい。

 

痛みの方は大分慣れてきたが、疲れの方はそうもいかない。このままゆっくりと眠ってしまいたいと思うが、なかなか思い通りにいかないのが人生だ。ほら、すぐそこに僕の安寧の時間を害する奴が近付いてきている。

 

「おい、どうしたんだよ千佳?そんな山籠りしてきたみたいな顔して」

「なんでそんなにピンポイトに言えるのか疑問に思うのは僕だけか?で、何の用だよ剛史」

「なんだよーせっかく親友が心配してきてやったんだからそんな冷たい反応するなよなー」

 

こいつは長谷川剛史。僕の小学校からの腐れ縁であり、親友だ。いつも軽い態度でチャラいと言われているが、真面目な部分もありそのギャップから女子たちの人気が高い。

「そういえばさ。お前にもついに春が来たんだな。親友として俺は嬉しく思うぞ」

「春が来た?今は夏だぞ。とうとうボケたか?」

「いやいや、そういう意味じゃないからな。彼女ができたっていう意味だよ」

「誰に?」

「お前にだよ」

 

いったいこいつは何を言いだすのだろうか?僕に彼女はいない。これは事実だ。あれか?自分がモテてるから自慢がしたいのか?そうなのか?そうなんだな?よし、表に出やがれ。その喧嘩安く買うぞ。

 

「いや、だってさ。お前の家の店ってバイトの子雇ってないだろ?でも、一週間前にふらっと通り過ぎたらお前と一緒に女の子がいたからそういうことなのかなって思ったんだが。違うのか?」

「違う違う。あの子はそれより前に怪我してるのを助けて知り合ったんだよ。それであの日偶々通りかかっておばあちゃんが強引に一日だけ店の手伝いをしてもらっただけさ」

「じゃあ、どういう関係なんだ?」

「よくて友人ってところ。出会って一週間なんだからそんなもんだろ」

 

「何だよ、つまねーなぁ」と剛史がボヤくが、そんなことを言われてもお前を楽しませるために話している訳ではないのでこっちが困る。楽しみたいのなら女子のところにでも行って談笑することを勧めるよ。

 

「そういや聞いたか千佳。今日一限から体育だとさ」

「なん、だと……」

「おーい?大丈夫かー。すげー死にそうな顔してるぞ」

 

今日は臨時休校明けの金曜日。一応先週の時間割りをカバンに突っ込んできたが、その時間割りに体育が追加されたらしい。この体で体育は辛いものがある。何か上手い理由を取ってつけて何とか見学を勝ち取らなければならない。剛史が話しかけていたが、言い訳を考えるのに忙しく僕には聞こえていなかった。

 

考えつかず先生がやってきて朝のHRが始まってしまった。結局僕は体育に参加することになり、痛む身体に鞭打って乗り越える羽目になった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

ーーー所変わってリディアン。

ここでも友人に迫られる一人の少女がいた。少し違うのはそれが一人ではなく複数人だということ。

 

「ねぇねぇ!あの花屋の男の子とはどんな関係なの?」

「あの男の子結構カッコよかったよねー!」

「もしかして付き合ってたりするの?」

「……みんな近い。暑苦しいから離れて」

 

友人に取り囲まれた私は離れるように言うが、一向に離れる気配はない。切ちゃんの姿はこの輪にはなく、少し離れたところで苦笑いを浮かべていた。助けてくれない切ちゃんに若干の苛立ちを覚える。

 

どういうつもりか切ちゃんの言い分を聞くと、

以前、切ちゃんが藤尭さんとめでたく付き合うことになった時、今の私のように恋愛に目がない女子たちに迫られていた。その時、私は今のように暑苦しいのが嫌だったので切ちゃんを犠牲()った。今回はその報いということらしい。

 

「それでそれで?あの男の子とはどういう関係なの?」

「別に、怪我をしたから助けてもらっただけ」

「えぇ〜、もっとこういう暁さんみたいな話じゃないの?」

「全然。そういう話を聞きたいなら私より切ちゃんが適任」

「なんデスと⁉︎」

 

「それもそうだねっ!」と切ちゃんに雪崩れていく女子たち。

切ちゃんはまだまだ詰めが甘い。私にやり返したかったらもっと先を読まないと。まあ、やり返されても倍に返すけどね。

 

「バカばっかり……」

 

騒がしい女子たちから視線を逸らし、頬杖をついて空を見上げた。雲ひとつない青空が広がり、陽射しが燦々と降り注いでいる。今晩は大量に買い込んだソーメンにしようと献立を決めた。

 

そして、私は皐月のことを考える。

私が怪我をしているところを助けてくれた優しい人。仕方ない措置だったとはいえ、お姫様抱っこをされた時は恥ずかしくて堪らなかった。皐月も恥ずかしかったみたいで、顔を赤くしていた。それが何だかおかしかったことを思い出して、クスリと笑いが溢れる。

 

同年代の男の人と話して、触れ合ったのは皐月が初めてだった。周りには大人の人ばかり。学校も女子校なので、同年代の男の人は私に取って新鮮だった。私と皐月の関係は助け助けられた仲で、最近はS.O.N.G.の協力者となって仲間になった。この一週間で一気に距離が縮まったのは言うまでもない。

 

……私は皐月に惹かれている、と思う。

切っ掛けは皐月に助けられた時。怪我の治療をしてくれて優しくされて、たったそれだけで、だ。私がこんなに惚れっぽい質とは思わなかったけれど、意識してしまったのだから仕方ない。

 

この間、皐月が響先輩に詰め寄って手を握っているのを見て、胸がチクリと痛んだし、別に皐月が悪い訳ではないのに冷たい態度を取ってしまった。何故?と今も考えているが、その答えを私は出すことができなかった。

 

 

 

 

女子に囲まれながら、切歌は調を見ていた。

本人は少し意識していると言っていたが、切歌や他の人から見るととてもそうは思えなかった。

 

(ちょっとどころか、ベタ惚れデス……)

 

親友の切なそうな表情を見て、苦笑してしまう。切歌には朔也という彼氏がいる。大好きな人も一緒になれるというのはとても幸せなことだ。S.O.N.G.女性陣の中で一番の経験を有する切歌が言うのだからそれは間違いない。

親友である調には幸せになってほしいと思っている。そのためなら協力を惜しまないし、応援もする。

 

(頑張るデスよ調)

 

切歌は調の幸せを願い、優しく微笑んだ。

 

余談だが、切歌の微笑みを見ていた周囲の女子が母性を感じたと騒ぎ出し、それがリディアンにいる装者からS.O.N.G.に知れ渡り、勘違いした友里とマリアに説教されている藤尭が目撃されたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

体育は体力テストを行うことになった。一週間師匠との山籠りを生き延びた僕の身体能力は果たしてどれほど向上したのだろうか。

 

 

 

 

 

「6.42秒!どうしたんだ皐月?以前よりも断然速いぞ」

「いえ、何もなかったですよ?」

 

先生の最もな疑問に僕は引きつった笑顔を浮かべる。

以前の僕なら50メートル走は8.07秒とやや遅い。けれど、たった一週間で三秒も縮めてしまうとは山籠り、というよりその成果を叩きださせた師匠の腕に呆れてしまった。

 

「何だよ皐月。お前メッチャ足速くなってんじゃん」

「まあ、いろいろあったからな」

「俺にも足が速くなる秘訣教えてくれよ〜。何だ?コーチでもできたのか?なら俺と変わってくれよ。俺も足速くなりてえし」

「本当か⁉︎なら変わろう!」

「うおぉ⁉︎いや、冗談だけど……」

「何だよ!冗談ならそんなこと口にするなよ!この鬼畜め!」

「なんか、すみませんでした」

 

剛史の言葉に僕は飛び跳ねるように反応した。けれど、たじろいだ剛史は僕の大袈裟な反応に引いていた。

僕は冗談だと分かると瞳に涙をためて憤慨し、剛史を糾弾する。申し訳なく思った剛史は意味も分からずに頭を下げていた。

 

冗談でもそんなこと言うなよ!お前も一度師匠の修行を受ければいいんだ!そうすれば僕の苦しみが分かるだろう。ーーーいや、でもほんとマジでよく生き残ったな。もう二度と山籠りはしたくない、と僕は心に誓った。

 

 

 

_____________________________

 

 

「司令、何書いてるんですか?」

「ああ。千佳を短期間で強くするための訓練をな。ついつい俺基準で考えてしまうもんだから、千佳が耐えられるか心配でな」

「えっ、とそれは加減すればいいのでは?」

「それじゃあ強くなれないだろ?」

「いや、それだと強くなる前に死にますよ⁉︎」

「安心しろ。人が死ぬギリギリのラインを知っているからな。死にはしない」

「皐月くん逃げて!超逃げて‼︎」

 

_____________________________

 

 

 

 

ブルッ……。

突然、背筋に冷たいモノが走った気がした。慌てて周囲を確認するが、脅かすようなモノは何もなかった。

 

「どうしたんだよ?」

「……何だか僕の殺人計画が立てられているような気がして」

「何でそうなった。心配しなくても誰もお前のことを殺しゃあしねぇよ」

「そ、そうだよな!」

「ほら、さっさと戻らねぇと次の授業に遅れるぜ」

 

剛史にはああ言ったが、僕には心当たりが一つだけあった。言わずもがな師匠である。ーーーいや、いくらあの人でも人殺しはしないだろう。うん、きっと。……たぶん。

だんだんと自信を失っていき、僕は考えることを放棄した。

……この時感じた悪寒が正しかったと後悔するのが、これからすぐだと言うことを知らずに僕は剛史の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。僕は一人で先生に頼まれた書類を職員室に運んでいた。いつもならあまりの多さに嫌気が指すのだが、誰もいないということで仕方なくやっている。運び終えた僕は先生に挨拶して、小走りで教室へと戻る。カバンを回収すると、ゆっくりと昇降口へと向かい歩き出す。

ふと、今朝剛史に言われたことが頭を過ぎった

 

『じゃあ、どういう関係なんだよ?』

 

そんなことを言われても、僕にもよく分かっていない。友人なのか、同じS.O.N.G.の仲間なのか、ハッキリしない。ーーーというより、僕はいったい月読さんとどんな関係になりたいんだろう?

浮かびあがった疑問に足を止めて、考える。けれど、僕にはその答えを見つけ出すことはできなかった。まあ、まだ出会って一週間なのだ。この先気長に考えようと、止めた足を動かす。

上靴から外靴に履き替えて、僕は家への帰路に着こうと校門を出た。

 

空を見上げると、すでに茜色に染まっていた。その光景が綺麗で目を離すことができずに歩いていると、何か硬いものにぶつかった。何だろうと視線を前に向けるとそこにはーーー

 

「前を見て歩かないと怪我をするぞ、千佳。俺だったから良かったものの気をつけるんだぞ」

「師匠⁉︎なんでここに……」

「ああ、今日は金曜だろう?このまま土日はまた俺とともに山に籠るぞ」

 

瞬間、僕は踵を返して走り出した。

嫌だ!僕は死にたくないんだ!是が非でも逃げ延びて僕は安息の休日を手に入れる!

しかし、師匠から逃げられるはずもなく回り込まれてしまった。緒川さんといい、この人たちはどうやって瞬時に移動しているのだろう?

「逃げるんじゃない!これは君のためにやっていることなんだ。今回は少し厳しくするが、死にはしないから安心しろ」

「ダウトォォ!厳しくする?あれより?そんなの絶対に死んでしまいます!」

「ええい!男なら腹を括れ!では行くぞ!」

「せめて普通に連れて行ってくだーーーぎゃあああああ!」

 

師匠は前と同様に僕を掴み上げると、家の屋根から屋根へと飛び移りながら山へと向かう。将来的には僕にもやってもらうと言っていたらしいが、あまりの揺れで吐き気に襲われていた僕には聞こえていなかった。

こうして僕の安息の休日は消え去った。

 




師匠:鬼!悪魔!人でなし!
藤尭:逃げて!超逃げて!
千佳:弦十郎の手により魔改造開始


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OTONA





 

 

 

 

土日の修行を、なんとか生き抜くことができた。

修行を終えた僕は生きていることを喜び、涙した。それはもう盛大に。滝のように涙を流し、鼻水を垂らして人目も気にせずに泣いた。それだけ辛かったと言えば納得するだろう。

 

今回もひたすら基礎体力の向上と筋トレ。二日しかないたいうことで、前回の一週間をギュッと凝縮したメニューだった。メニューに目を通して二度目の逃走を図ったが、すぐに捕まってしまった。何故か逃げることで逆に師匠がやる気を出してしまい、余計過酷になってしまったのは完全に僕の自業自得だ。

 

お陰で修行の成果と言うべきか、体の基礎が出来始めた。体力はもちろんのこと、筋力も増えている。死ぬ思いをして、ひたすら山を駆け回り、筋トレをこれでもかと繰り返したのだ。成果が出ないとやっていられない。

しかし、あの人はいったい僕をどこまで鍛えあげるつもりなのだろう。確か当初は護身ができる程度の予定だったと思うのだが、僕の気のせいではないはずだ。

 

学校が始まることで最低でも五日は何もしないで済むと思った矢先。師匠から学校にいる時にも筋トレする方法を教えられ、それを実践するように命じられた僕は断崖に突き落とされたような錯覚に陥った。やらなければ修行量を更に増やすと脅されて、泣く泣く僕は実践することを誓った。

大人が脅迫なんていいのかよっ!と言いかけて、その言葉を呑み込んだ。だって、これ以上修行の量を増やされたら困るし。あの人、偶々遭遇した熊を生身で倒すんだぜ?怒らせたら何されるか分かったもんじゃない。

 

 

 

 

 

 

五日間の学校が終わり、僕はS.O.N.G.の潜水艦に訪れていた。今日はS.O.N.G.についての説明があるらしい。修行ではないことに胸を撫で下ろしながら、僕は司令室へと足を踏み入れた。中にはすでに装者のみんなが集まっていて、どうやら僕が最後のようだ。

 

「すみません。遅れましたか?」

「いや、時間通りだ。それよりも千佳」

「何ですか、師匠?」

「今よりも強くなりたいか?」

「え?ま、まあ、強くはなりたいですけど……」

 

唐突な師匠の質問に若干どもりながら、答えた。この時、僕の額には冷や汗が流れ始めていた。

ま、まさか、このパターンは……。

 

「うむ。ならば、今日から更に修行を濃くするとしよう。慎次も一緒についてくれ」

「分かりました」

 

師匠と緒川さんが会話している。その内容の意味を咀嚼し、理解した瞬間。僕は走り出そうとしたが、その場から一歩も動くことができなかった。困惑しながら足元を確認すると、一本のナイフが僕の影を繋ぎ止めるように突き刺さっていた。

 

「な、何で体が⁉︎」

「それは影縫いといって、相手の動きを止める際に用いる忍術です」

「へーそうなんですか……じゃなくて⁉︎何でこんなことするんですか⁉︎」

「こうでもしないと逃げるでしょう?」

「ごもっともな意見ですね!お願いします緒川さんここは見逃してください!」

 

体が動かせないが、土下座をする勢いで懇願する。……でも、無理だよなぁ。だって、師匠と同じでとんでもなき技を使うぐらいだもん。僕の意見を聞き入れてくれるとはとても思えなーーー。

 

「いいですよ」

「なんデスと⁉︎」

 

おっといけない。思わず暁さんの口調が出てきてしまった。僕が驚愕していると、緒川さんは言葉通りナイフを抜き取ってくれた。今の僕には緒川さんが後光に照らされる神のように見えた。

体の自由が戻り、いざ駆け出そうと足に力を込めた時、

 

「私は見逃します。しかしーーー」

「俺が見逃すと思うか?」

 

緒川さんの後ろに控えている師匠があやしく笑った。

 

「絶ッ対ないですね。…………ちくしょぉおおおおお!」

「少しうるさいぞ、千佳」

「うるさくもなりますよ⁉︎今までよりも濃い修行なんてされたら僕は死んでしまいます!っていうか、今日はS.O.N.G.の説明って聞いてたんですけど?僕を嵌めたんですか?」

「修行をすると言ったら、お前は素直に来たか?」

「来ませんでしたね。………あっ」

「そういうことだ」

 

ガタガタガタガタッ。

 

これから始まるであろう、文字通り地獄の修行を想像して僕の体は壊れたおもちゃのように震えだす。へ、へへ、震えが止まらねぇや。

 

「うわ、すっごい震えてるよ。ちょっと大袈裟じゃない、皐月くん?」

「……立花さん。貴方は今まで一般人だった人間が、いきなり十キロ相当の重りを両手両足に付けて山を駆け上がれると思いますか?師匠の阿保のように高いスペックについていけると思いますか?思うんですか?ねえ、なんとか言ってくださいよ。黙ってたら分からないじゃないですか。もしそう思うなら、頷いてくださいよ。その瞬間、貴女にも僕と同じ修行をやってもらいますからね?楽しみだなぁ。立花さんは何処まで耐えられるんだろう。あ、もちろん、シンフォギアを使わずに生身でですからね?女の子だからなんて言い訳はしないでくださいよ。師匠の前では男も女も関係ない。みんな平等ですから。安心してください。やり始めたら辛いとか痛いとか考えられなくなりますから」

「恐い⁉︎ご、ごめん!謝るからその何も映してないドス黒い目はやめてぇ〜!」

 

立花さんにまくし立てると、ズザァッと風鳴さんの後ろに隠れてしまった。……僕の話はまだ終わってないのに、これじゃあ話せないじゃないか。

 

「さ、皐月よ。その光を灯していない瞳で見られると幾ら防人の刀である私でも恐いのだが」

「安心してくださいよ、風鳴さん。僕は貴女の後ろにいる立花さんに用があるだけなんです。今すぐ立花さんを差し出してくれれば済む話ですよ?」

「すまん、立花。不甲斐ない私を許してくれ」

「ちょ、翼さん!押さないでくださいよ!」

 

風鳴さんは即座に立花さんを差し出してくれた。話の分かる人は大好きですよ、僕。

 

「ま、まあ、皐月くん。響ちゃんも悪気があって言った訳じゃ……」

「黙っててくださいロリコン。貴方はお呼びじゃないです。部屋の隅にでも移動して、暁さんとイチャついてればいいじゃないですか。カデンツァヴナさんでも可です」

「辛辣⁉︎なんか俺への当たり強くないかな!」

「ハッ!……僕は忘れてませんよ。助けを求めたのに貴方は僕を見捨てましたよね?だから、これは当然の対応というものです」

「いや、俺はオペレーターだし。修行する必要ないし……」

「でも、見捨てたことに変わりないですよね?」

「すみませんでした!」

 

藤尭さんが抗議の声をあげるが、僕は聞く耳を持たなかった。僕は一生忘れないだろう。あのドヤ顔で惚気た朔也さんのことを。もし師匠の修行で命を落としたら、絶対に枕元に立ってやる。

 

「お、おい、おっさん。アンタあいつにどんな修行させてたんだよ?」

「いま千佳が言っていたものに加えて、滝行と座禅。俺の拳を避ける訓練に映画鑑賞による戦闘技術の習得。おお、そうだった。偶々遭遇した熊と戦わせたな」

「じ、冗談だよな?」

「ああ、流石にまだ熊の相手は早かったからな。熊の恐怖を体に叩き込んだ後に俺が倒した」

「そういう意味じゃねぇ⁉︎」

 

師匠の言葉を聞いた全員から同情の視線が向けられる。

いやー、ほんと熊を目の前にした時は死んだと思ったね。師匠の拳速に目が慣れていなかったら、今ごろ鋭爪の餌食になってたや。師匠の拳を避けられたのかですって?藤尭さん。ーーーーー僕が避けられたと思いますか?

 

藤尭さんが泣きながら土下座してきた。ははは、もういいですよ。僕はもう諦めがつきましたからね。………あれ、何だかあったかいものが目から流れ出てきたや。僕はいつの間にか地面に膝をつけて泣いていた。

 

「……皐月」

「月読さん、どうしたの?」

「……簡単に修行を受けるべきなんて言って、ごめんね。よく頑張ったね」

 

月読さんは慈愛に満ちた表情で、僕の頭を撫でてくれた。そう思ってもらえるだけで、十分過ぎます。月読さんは撫でるのが上手く、悄気くれていた僕の心を癒してくれた。

 

「……良いところ悪いが、皐月。修行に行くぞ」

「うん。貴方はそういう人だって、出会った初日から分かってましたよ僕は」

 

良いところを盛大にぶっ壊した師匠は本当に申し訳なさそうにしていた。そう思っているなら僕の修行をもっと軽くして欲しいんですが。……まあ、聞くだけで実際に軽くはならないのは目に見えているが。

僕は大きく長いため息を吐いて、ガクリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

一度潜水艦から出て、僕たちが案内されたのは街外れのシェルターのような建物だった。中に入ると、大きく殺風景な空間がぽつんと広がっていた。いつの間にか師匠は赤いジャージへと着替えていて、その姿は妙に様になっていた。

 

「エルフナインくん、頼む」

『分かりました』

 

放送機器から、ここにはいないエルフナインちゃんの声が聞こえた。同時に眩い光が発生し、咄嗟に腕で目を覆う。光が晴れ、僕はそこに広がる光景を見て目を見開いた。

そこは先ほどまでの殺風景な空間ではなく、ビル群に囲まれた街へと姿を変えていた。

 

「これはS.O.N.G.の技術力で造られた特別なトレーニングルームだ。いま見ているこの街はホログラムを投影している訳ではない。……ハッ!」

 

ズガァアアン!

 

咆哮、街が激震に襲われる。

踏み抜かれたコンクリートはヒビ割れ、その下の地面が剥き出しになっていた。……ホント師匠は人間やめてるなぁ。としみじみ思った。

 

「と、このように実際の街と何ら変わらない。しかも、いくら壊してもトレーニングルームが壊れることはないから壊し放題だぞ!」

「あの、師匠。別に普通に説明すれば良かったのではないでしょうか?」

「実際に見せた方が手っ取り早く理解するだろう?」

「駄目だ。この人には何を言っても通じない」

 

「何言ってるんだコイツ?」といった表情で返され、僕はこの人に何を言っても無駄だと悟った。

 

 

 

 

 

装者たちも訓練するということで、僕と師匠、緒川さんは装者たちから離れた場所へと移動する。遠くの方では、すでに爆発音が響いていた。向こうはもう始めているらしい。

 

「よし、これだけ離れれば良いだろう。そうだな、先ずは慎次から始めよう」

「分かりました。では、皐月くん。一緒に頑張りましょう」

「えっと、緒川さんからは忍術を教わるんですか?例えば、さっきの影縫いとか」

「それは難度が高いのでおいおい。そうですね。最初は水走りでもやりましょうか」

「あ、それ知ってます。水蜘蛛っていうのを使うんですよね」

 

何がくるのかとビクビクしていたが、師匠よりも常識的なものがきたことに安堵の息を吐いた。ーーーのも束の間、

 

「いえ、道具を使わず生身でやります」

 

緒川さんも師匠の同類でした。……僕の安心を返してください!

 

「人は水の上を走れません」

「大丈夫です。人である私ができるんですから皐月くんもできます」

 

いえ、あなたたちは人ではなくOTONAという種族だと思います。どう足掻いても僕がその領域に行くことはないのではないだろうか?行きたいとも思わないが。

 

「足が沈む前に次の足を出せば良いんです。ほら、簡単でしょう」

「それは緒川さんの基準です。僕には真似できません」

「まあまあ、司令の修行に比べればかわいいものでしょう?」

「そう言われたら、そうですね」

「別に、すぐできるとは私も思ってはいません。先ずはとにかくやってみましょう」

「そう、ですね。僕頑張ります!」

 

緒川さんの言葉は正しく、僕の心に火をつけた。緒川さんの口車に乗せられたことに気付かずに、僕は一人やる気を燃やしていた。口車と言うほどのものではないのだが、それだけ普段の修行が厳しいということだろう。

この後、やはり水面を走ることが出来ず、びしょ濡れになったのは言うまでもないことだろう。

 

 

 

 

 

服を一度着替えて、今度は師匠の組手に移行する。

 

 

「ハッ!」

 

気合いとともに師匠の拳が唸りを上げて、真っ直ぐ振り抜かれた。それを、なんとか寸前で横に飛ぶことで回避する。けれども、拳が止まることはなく拳撃の弾幕が形成されていく。その拳を僕は危なげに避けていく。拳を捉えることができるのは、師匠が加減しているのもあるが、一重に今日まで行ってきた過酷な修行のお陰だ。

 

「クッ……」

 

しかし、避けることだけで精一杯で攻め手に欠けていた。隙などあるはずもなく、この拳撃の弾幕を抜けることは不可能。仮に抜けることが出来て、返り討ちにあうだろう。

 

「どうした!守ってばかりでは敵を倒せはしないぞ!」

「分かって、ますよ!少しぐらい、手を抜いてくれても、良いと思うんですけど」

「これ以上どう手を抜けと言うんだ!それでは修行の意味がないだろうがッ!」

「言うと、思った!」

 

師匠は僕と受け答えしながらも拳撃を緩めることはなかった。少しでも隙ができればめっけもん程度に思っていたが、効果はない。このままではこちらの体力が尽きるのが先。ならば、せめて一撃入れてやる!

 

 

僕はわざとよろけて見せ、隙を作る。致命的な隙に繋がるが、これに賭けるしか僕に手はない。作り出した隙を師匠が見流すはずがなく、トドメの一撃を繰り出すために大きく腕を引いた。一瞬、拳撃が途絶える。そして、師匠が大振りの一撃を繰り出した。同時に僕は力強く一歩前に踏み出す。引くのではなく前へ。十分に加速をしていない今の拳なら完璧に避けられる!

 

「はぁあああ‼︎」

 

身をかがめる。拳が僕の頭上を通り過ぎていった。裂帛の気合いとともに渾身の一撃を鳩尾に叩き込んだ。

 

(当たるッ!)

 

ーーーしかし、僕の拳は師匠の鳩尾に決まることはなく、もう片方の手によって受け止められていた。

 

「なっ⁉︎」

「なんとかしようというその姿勢。臆することなく前に出てきたその気概。どれも良かったんだが、まだ甘い。甘過ぎる。だが、その頑張りに敬意を評しよう」

「え、あの、なんで拳を引いてるんですか?」

「歯を食いしばれ!」

「グハッ!」

 

僕の話を聞き入れることなく、師匠の拳が顔面を打ち抜いた。僕の体は地面をゴムボールのように跳ねながら数十メートル後ろに吹っ飛ばされてしまう。

 

敬意を評して、どうして殴られねばならないのか?

鈍痛を訴える頬のせいで意識を失わず、僕は体を抱きつくように蹲り、痛みに耐える。いっそのこと意識を失った方が楽だったかもしれない。なんとか立ち上がった僕は肩で息をして、膝に手をついた。荒い息が漏れる。

 

「きゃっ!」

 

か細い悲鳴が聞こえ、振り返ると僕と同じように吹っ飛ばされたらしい月読さんが近くに倒れていた。いつの間にか僕たちは装者たちの領域まで近付いていたらしい。

「月読さん!大丈夫?」

「な、なんとか。でも、また足を捻ったみたい」

 

足を押さえて、月読さんは痛みに耐えているようだった。

 

「お前ら避けろ!」

 

突如、雪音さんの声が響いた。ふいに空を見上げる。視界に映ったのは青空ではなく、飛来するミサイルだった。

体の痛みなど忘れて、僕は初めて出会った時のように彼女を抱えあげる。月読さん足を負傷して動けない。このままでは僕はおろか、月読さんもただでは済まない。突然の危機に、僕は極限状態に立たされた。僕がどうにかしなければと、そのことだけが頭を占める。

 

 

ーーーその時、僕の中で何かが開く感覚を覚えた。

 

 

瞬間、僕以外の全ての動きがゆっくりとしたものに変わった。あまりの自体に戸惑いを隠せない。しかし、これなら行けると僕は後ろへと全力で駆けた。ゆっくりと、確実に迫るミサイル。月読さんが何か言っているが、音が聞こえず、ゆっくりとした口の動きだったので何を言っているのか分からなかった。

 

前へ、ひたすら前へと駆け抜けていく。周りがゆっくりとした動きに変わったからといって、僕自身ミサイルから逃げ切れるとは思っていない。だが、師匠(、、)ならミサイルを防ぐとは可能だ。前から師匠が走ってきている。僕は更に加速して、師匠の横を駆け抜けた。

響く轟音。師匠が震脚で地面を抉り、壁とすることでミサイルを防いだ音だ。

 

安心した僕は月読さんを抱えたまま、尻餅をついて荒い息を吐く。先ほどの周囲がゆっくりになる現象はすでに解けていた。あれはいったい何だったのだろう?

何はともあれ、月読さんも僕も無事助かったので良しとしておこう。雪音さんは師匠からキツく説教されてるみたいだし、僕たちから何かを言う必要はないだろう。

 

「また、助けてくれた」

「いや、これは人として当然というか」

「それでも、助けてくれた。すごく感謝してる。でも、自分から危険の中に飛び込んだことは許さない」

「ご、ごめんなさい」

 

ジト目で睨まれた僕は萎縮してしまう。また月読さんを怒らせてしまったようだ。どうにか機嫌を直してもらおうとしたいると、心配したみんなが駆けつけてきた。みんなも怒ったような顔をしている。どうやら全員からの説教は避けられないらしい。

 

僕は最後に疲れたようにため息を吐いて、ガクリと肩を落としたのだった。

 






師匠&緒川:OTONA
クリス:弦十郎から拳骨を食らう
調:狙ったかのような足の負傷
千佳:ちょっとだけOTONAへの一歩を踏み出す


また展開が早くなってしまった……。戦闘描写も難しい。
いろいろと拙い文ですが、読了ありがとうございました!




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家へのご招待

 

 

 

たっぷりと説教された後、僕はエルフナインちゃんに先ほどの現象が何なのか聞いてみることにした。見た目は小さいな少女。だからといって侮ることなかれ。彼女はすごく頭がいいのだ。モニタールームで僕たちの様子を記録していた彼女に先ほどの現象について聞くと、彼女は顎に手を添えて、少し考える素振りを見せる。だが、すぐに僕へと向き直り、口を開く。

 

「皐月さんの話と状況を鑑みるに、おそらく皐月さんは“ゾーン”に入ったのではないでしょうか」

「ゾーン?それってスポーツ選手とかアスリートがなるっていう」

 

『周りの人間がゆっくりとした動きに見える』『止まって見える』のがゾーン。まさに僕が体験したものだった。ゾーンはフロー状態と呼ばれる、物事に没頭、集中している状態になっている必要がある。そこから更に上の極限の集中状態、ゾーンに入ることができる。

僕の場合は、巻き込まれるまで師匠の拳を避けることに集中していたので、すでにフロー状態にはなっていたらしい。そこで、月読さんを助けなければという想いと窮地に立たされたことから。より集中することになり、ゾーンに入ったらしい。

 

スポーツ選手やアスリートは意図的にゾーンに入ることができるらしく、当分はそれを目標に鍛えていくと師匠に言われた。まぐれではあるものの、ちょっと内心で歓喜しているところ。すぐこれだ。もう少し余韻に浸っていたかったのだが、

 

「調子に乗ることは自分の身を危険に晒すことに直結する」

 

なんて言われてしまった。確かにその通りだ。慢心して危険な目にあうのはごめんである。修行は嫌だが、少しでも使いこなせるように頑張っていこう。もう師匠の修行が辛いことは分かりきっているので、もう抵抗することを諦めてしまった僕は何も悪くない。

 

余談だが、月読さんのお見舞いに医務室に立ち寄ったところ。大きなたんこぶをつけた雪音さんが泣きながら頭を下げにきた。その姿は見るに忍びなかったとだけ言っておこう。やはり師匠は女性だろうと容赦ない。ーーーしかし、ここで一つ疑問が浮かぶ。雪音さんはあの時シンフォギアを纏っていたはずなのだが、どうして生身の人間の拳骨でたんこぶができたのだろうか?…………考えるのはやめておこう。OTONAのやることなんて、きっと僕たちには理解できないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

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僕は身だしなみを整えて、おばあちゃんに一声かけてから家を出た。今日は珍しく修行が休みになった。何でも今日から明日にかけて天気が荒れるらしい。てっきり室内でやるものだと思っていたが、休むことも大事な修行だと師匠が言っていた。

今日は月読さんの家に招待されている。以前に約束していた彼女の手料理を振舞ってもらうのだ。女の子の家には初めてお邪魔するので、失礼なないようにしなけらばならない。

まあ、今回は二人っきりということはなく、藤尭さんと暁さんのカップルもいる。一応藤尭さんがいるし、緊張したりとかはないだろう。あれでも藤尭さんは大人だから。藤尭さんは大人だから!何で二回言ったのかは察してほしい。

 

「藤尭さん。待たせちゃいましたか?」

「いや、俺もさっき来たばかりだからそんなに待ってないよ。それじゃあ、切歌ちゃんたちが待ってるから行こうか」

「そうですね」

 

藤尭さんはいつものS.O.N.G.の制服ではなく、青いシャツとジーンズといった私服だった。S.O.N.G.の制服が見慣れていたので、何だか新鮮だ。

 

「藤尭さんはいつも休日は何してるんですか?」

「んー、オペレーターの仕事や書類整理に追われてるから。休日は基本寝てるかな。最近は切歌ちゃんとデートに行く頻度の方が多いけど。いや、本当に切歌ちゃんがかわいくてさ。この間なんかーーー」

「あーはいはい。惚気るな。何ですか?嫌味ですか?休日なにしてる?って聞いただけなのに何で僕は惚気話を聞いてるんですか。あとそのドヤ顔もすぐにやめないと殴りますよ」

「それは勘弁。普段、司令たちの修行を受けてる君に殴られたらタダじゃ済まないから」

 

「降参」と藤尭さんは両手を挙げて首を振った。降参するぐらいなら最初から惚気ないでくださいよ、全く。

 

「惚気るわけじゃないけど、皐月くんは彼女ほしいとか思ったりしないの?男子高校生ならそういうこと考えてそうだけど」

「僕ですか?………考えたことは、ないですね」

「本当に?一回もないの?」

「本当にないですって。店の手伝いとか勉強とかでそれどころじゃないので」

「ふーん……」

 

意味深にニヤニヤと笑う藤尭さん。僕の言葉を信じてはいないのは明らかだった。ーーー確かに、考えたことがないわけではない。けれど、考えるだけで実際に付き合うことはないだろう。そう、断言できる。

ーーーだって、僕は臆病だから。両親のように、またいなくなってしまうのではないかと、ついつい考えてしまうのだ。だから僕は、失って悲しい思いをするぐらいなら誰とも付き合ったりしない。おばあちゃんを家族と思わない、思えないのもそのせいだ。 それが分かっているのに、臆病な僕は一歩を踏み出せない。失うことが、独りぼっちになってしまうのが恐いから。

 

 

 

「……きく……皐月くん!」

「え、あ、はい。何ですか?」

「いや、何かぼうっとしてたから危ないと思って、声をかけたんだけど。大丈夫かい?どこか具合が悪いとか?」

「あー、大丈夫かです。ちょっと考え事してただけなんで。それより、ほら、マンション見えてしましたよ。じゃあ、今から月読さんたちの部屋まで競争しましょうか。よーいドン!」

「あ、待て!僕が君に勝てるわけないだろ!」

「負けたら罰ゲームですからね!」

「はあ⁉︎ちょ、待てよ!」

 

藤尭さんの制止を振り切り、僕は走った。体を動かさなければ、また考えてしまうから。走っている間だけは何も考えずに済む。競争とは言ったが、あれはただの口実。あの場から一刻も早く走り出すための。

あ、でも藤尭さんへの罰ゲームは本当だったりする。少し暗くなってしまった気分を藤尭さんを弄ることで解消しよう。うん、そうしよう。こうして藤尭さんの罰ゲームは確定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、月読さん」

「うん。いらっしゃい。お茶を出すから部屋にあがってて」

「お邪魔します」

 

出迎えてくれた月読さんの指示に従い、部屋に上がる。月読さんの後をついて行くと、リビングに出た。掃除もしっかりと行き届いているようで埃一つない。心なしかいい匂いがする。……いかんいかん!これでは僕が変態みたいじゃないか。

 

「いまお茶を持ってくるから、座って待ってて」

「お構いなく」

「しらべー、二人はもう来たデスか?ーーーって、もう来てたデスか。あれ?朔也さんはどうしたですか?」

「藤尭さんならいま酸素不足で玄関に倒れてるよ」

「笑顔で何を言ってやがるデスか⁉︎」

 

暁さんは青褪めた顔をして、ドタドタと玄関の方に駆けていった。数秒後。暁さんの悲鳴が木霊した。別に死んでいるわけではないので、すぐに蘇生させて戻ってくるだろう。僕と月読さんは敢えて藤尭さんのことをスルーした。酷い扱いではあるけれど、彼女との触れ合いが増えるのだ。藤尭さんも泣いて喜ぶだろう。

 

「はい、皐月。麦茶だけどいい?」

「うん、ありがとう。頂くね」

 

カップを受け取り、麦茶を啜る。月読さんは僕の横に座ると、同じように麦茶を啜った。別に、嫌というわけではないのだが、女の子が隣に座ると妙に緊張してしまう。チラッと横目で様子を伺うと、月読さんの頬がほんのりと赤くなっている気がした。

 

「どうして二人は呑気に麦茶を啜ってるんデスか⁉︎朔也に気付いてるなら放置しないで助けてくれても良かったんじゃないデスかね!」

「いや、だって。ね?」

「うん」

「「その方が面白いし」」

「ここに悪魔がいやがるデス⁉︎」

 

僕たちはれっきとした人間です。ただちょっと人を弄ったりするのが楽しみな、ね。藤尭さんに肩を貸して戻ってきた暁さん。藤尭さんは蘇生に成功したようだが、まだ肩で息をしていた。当然だ。オペレーターである藤尭さんは運動不足の傾向があるので、全力で走ればこうなるのは当たり前。藤尭さんが完全に復活するまでに、更に数分を要したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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月読さんが「おさんどんしてくるね」と言って、台所へと消えていった。普段から料理は彼女一人で作っているとのこと。暁さんは以前から彼女に任せっきりだったらしい。朔也(彼氏)ができてから料理の勉強を始めていると嬉しそうに語っていた。その笑顔は輝く太陽のように眩しかったのが印象的だ。それだけ愛されているんだな、と思う。その彼氏さんはいま嬉しそうにニヤケていた。うん、殴りたいその笑顔。

 

「そういえば」

「どうしたの暁さん?」

「それデス。千佳は年上の人たちはともかく全員に敬語デスよね。名前も呼ぶ時も苗字ばかりデスし。もう少し柔らかくしてもいいと思うデスよ」

「え?そんなこと言われても、これが僕のデフォルトといいますか。癖みたいなものだから」

 

唐突に指摘してきされたことに、僕は困ったように笑う。基本僕は敬語で話すし、相手のことを苗字で読んでいる。ずっと続けてきたものだから癖となってしまった。小さい頃からの付き合いの剛史は唯一の例外だが。

 

「じゃあ、この際ですから矯正していきましょう!いつまでも敬語と苗字呼びだと壁を感じるのデスよ」

「まあ、確かに。これから気をつけていくよ」

「まだ固いデスが、いきなり変えろと言うのも無理があるデスね」

「これから少しずつ変えていくさ」

「じゃあさ、俺のこと藤尭じゃなくて朔也でいいよ。俺たちは友人みたいなもんだしさ」

「そうさせてもらいます、朔也さん」

 

僕も常々まわりの友人に指摘されてはいたので、これを切っ掛けに少しずつ矯正していくことを決めた。

 

「私のことも名前で呼ぶデスよ」

「分かったよ、き、切歌、ちゃん。なんか、女の子の名前を呼ぶのって恥ずかしいや。………あの、朔也さん?本人の許可をもらっているので、あまり睨まないでください。いまにも呪い殺されそうなんですけど」

「たとえ切歌ちゃんが許しても僕が許すと思うなよッ……!」

 

呪詛を呟き出した朔也さんから若干距離を開ける。本人の許可をもらっているのだから睨むのはやめてほしい。別に嫉妬するなとは言わないが、もう少し自嘲してほしい。拙いッ。だんだんと子供たちには見せられない顔に!

 

「もちろん、調のことも名前で呼ぶデスよ?」

「う、うん。分かってるよ」

「じゃあ、調がくるまで練習デス!ほらほら、呼んでみてください!」

「えっ、と。…… しらべ

「声が小さいデス!もっと大きく!」

「調!」

「呼んだ?」

「うひぃいい⁉︎つ、月読さん⁉︎いつの間に……!」

「……呼ぶ声が聞こえたから」

 

切歌ちゃんに促されるまま、僕は月読さんの名前を叫ぶ。そして、気付いたら彼女が背後に立っていた。突然かけられた言葉に素っ頓狂な声が漏れる。僕は聞かれてしまっていたことに羞恥で顔を真っ赤に染め上げた。心なしか、彼女の頬も赤くなっているような気がした。そうだよね。いきなり自分の名前を大声で叫ばれたら恥ずかしくもなるよね!何で叫んだんださっきの僕⁉︎もし過去に戻ららのなら数秒前の自分を猛烈に殴り飛ばしたい衝動に駆られた。

おい、そこでニヤニヤとしてる金髪。君のせいでこうなったんだぞ。叫んだのは僕だが、その原因は明らかに君にあるんだぞ!ーーーお願いです。いや、お願いします!この気まずい状況をなんとかしてください!

この後、切歌ちゃんと朔也さんのお陰で、僕はなんとか事なきを得らことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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月読さんお手製の料理はどれも美味しくて、箸が止まらなかった。それはもう毎日食べたいと思うほど美味しかった。…………実は料理できるのか少し疑っていたのは内緒だが。ファミレスでの一件からまともに食べることができていないと思っていたため。料理することもあまりないのでは?と一人不安を抱いていたが、杞憂だったらしい。

料理を食べ終えた後、僕は月読さんとの食器洗いを買って出た。流石にご馳走してもらうだけなのは悪いので、せめてこれぐらいはと思ったからだ。

 

食器洗いを終えた僕は、朔也さんと一緒に帰る用意を進めていたのだが、

 

「うわぁ、メチャクチャ雨降ってるよ」

「天気予報で知ってましたけど、こんなに酷いとは思ってなかったですよ」

「今テレビでも、暴風雨警報が出てて外出は控えるように言われてるデス。これはもうウチに泊まっていく他ないデスね!」

「いや、でも、流石に男女が一つ屋根の下にいるのは如何なものかと……」

「大丈夫。藤尭さんは切ちゃんがいるし、皐月は変なことしないって分かってるから」

 

信用してくれるのは素直に嬉しい。……しかし月読さん。それは遠回しに僕がヘタレということなのでしょうか?勝手に想像して、僕の心には深々した傷が残った。

 

「まあ、仕方ないか。流石にこの雨の中外に出るのは危険だしね。それに俺たちは絶対に間違いを起こさないから大丈夫さ」

「その自信はいったいどこから来てるんですか?」

「もし手を出したら俺たちには司令の鉄拳制裁が待っている」

「………それは、嫌ですね」

 

キメ顔で言った朔也さんに同意して、深々と頷く。………師匠からの鉄拳制裁、か。きっと、ただじゃ済まないんだろうなぁ。少なくとも生きていることを後悔するぐらいには。最悪の未来を想像して、僕たちは背筋を冷やしてしまった。こうして、僕たちが泊まることが決定したわけだが、どうか何も起こらないことを願うばかりだ。

朔也さんが「それフラグだからね?」と言っているが、旗がどうかしたのだろうか?そんなものは何処にも見当たらないのだが。あとでどういう意味なのか聞いてみることにしよう。

 

 

 

 




千佳:名前呼びを聞かれて悶える
調:名前を呼ばれて嬉しい
切歌&朔也:二人を見てニヤニヤ(゚∀゚)


今回も急展開ですみません………。
読了ありがとうございました!


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嵐の夜に語り合う





 

 

 

「あ、おばあちゃん。豪風雨で外に出られなくて、友達の家に泊まることになったんだ」

『友達って、お嬢ちゃんのことかい?』

「まあ、そうだけど」

『そうかい。まあ、アンタも年頃の男なんだ。ヤるにしても程々にするさね。ああ、みなまで言わなくていいよ。あとは帰って来てから根掘り葉掘り聞くさ』

「うん。僕はおばあちゃんが何を言ってるのか一つも理解できないや」

 

いったいこの人は何を宣っているのだろう。保護者としてあるまじき発言なのは間違いない。

 

『それだけかい?なら、もう切るよ。おやすみ』

「おやすみなさい」

 

電話を切り、携帯をポケットにしまう。いつものおばあちゃんの対応に思わず、ため息が漏れた。揶揄っているのか、本気で言っているのかいまいちよく分からない。

廊下からリビングに戻ると月読さんたちの姿がなかった。そこには、ポツンとソファーに座ってテレビを見ている朔也さんだけだった。

 

「二人は?」

「先にお風呂に入ってるよ。……分かってると思うけど覗きは犯罪だ」

「言われなくてもそんなことしませんよ。それぐらいのモラルは弁えてますから」

 

僕の答えに満足そうに頷くと、視線を再びテレビへと戻していた。ちょうど今放送されていたのは某歌番組。毎回の視聴率が高く、僕が生まれる前から放送されている。特にすることがなかった僕ら朔也さんの隣に腰を下ろして、テレビに視線を向けた。ぼっーとしてテレビを見ていること数分。朔也さんがおもむろにぼそりと囁いた。

 

「……切歌ちゃん、いまはお風呂にいるんだよな。いや、しかし調ちゃんもいるわけだし」

「あんたはいきなり何を口走ってる。おい、数分前の自分の言動を思い出しやがれ」

「冗談だよ冗談。暇すぎてつい」

「暇だからって……。言って良いことと悪いことがありますからね。それでなくても朔也さんは世間から見たら犯罪者予備軍なんですから」

「ぐっ……⁉︎いや、しかし。お互い愛し合ってるし、健全なお付き合いをしてる。今じゃ年の差カップルだっているんだ。だから、大丈夫……な、はず」

「それ、ちゃんとこっち見て言ってくれません?」

 

だんだんと自信を無くしていく朔也さんの語気は弱い。とうとう目すら背けてしまう始末。一応、罪悪感を感じているのなら、この人が間違いを起こすことはないと思う。多分。

 

「ま、別に貴方のことを悪く思う人はいませんよ。少なくとS.O.N.G.のみんなはね」

「それが唯一の救いだよ……。でも、好きになっちゃったんだからしょうがない」

「最後で惚気なければ、ちょっと良い話で終われたのに。最後に台無しにしやがったよこの人」

「二人ともー!お風呂空いたデスよ」

 

朔也さんに呆れていると、切歌ちゃんがお風呂から上がってきた。まだしっかりと拭けていない髪には雫がついている。何でも朔也さんに髪を拭いてもらうらしい。しかし、お風呂を頂くのはいいのだが、僕は着替えを持っていないのだが……。

 

「それならこの家に置いてある僕のを使いなよ。サイズは合うはずだから安心して」

「そうなんですか?ありがとうございます。サイズが合うのはいいんですけど。僕からしたら、この家に朔也さんの私物があることに不安を覚えます」

「いや、偶に泊まったりすることがあったからさ。わざわざ持っていくのも何だし、切歌ちゃんの提案で置いておくことになったんだよ。逆に俺の家にも切歌ちゃんの私物あるし」

「もういいです。これ以上は耳が痛いので」

 

これ以上は耳が痛いし、殴り飛ばしたくなりそうなので早々に話を切り上げる。朔也さんから着替えを受け取り、脱衣所へと向かった。あのカップルと同じ空間にいると疲れるので、お風呂に入って癒されることにしよう。

そして、僕は脱衣所の扉を開けた。開けて、しまった……。

 

「えっ……」

「あ、月読さん……」

 

扉を開けた先には一糸纏わぬ肌を露わにした月読さんが立っていた。普段ツインテールにしている髪は下ろされていて、濡れたことでより黒く輝き、艶やかな雰囲気を思わせる。対照的に肌は白く透き通っていて、黒と白の絶妙なコントラストを演出していた。バスタオルで体を隠しているのだが、それが逆に隠しきれていない艶かしく濡れた肌を強調させている。このまま、ずっと見ていたい。そう思った。

ゴクリと生唾を飲む音が嫌にはっきり聞こえる。だんだんと月読さんの頬に朱がさしていくのが分かった。そこで、ようやく僕の正気が戻り、体温が急上昇していく。

 

「ご、ごめんなさい!すぐに出ます!」

 

それだけ言って、僕は脱衣所の扉を勢いよく閉めた。ダッシュでリビングへと戻ると、二人がキョトンとした顔で僕を見つめてくる。

 

「どうしたデスか?」

「いや、その、何と申しましょうか……。あれどうしたの二人とも?そんな青褪めた顔をして。後ろに何かある、の……」

 

僕の後ろを見て、何かを恐がるように抱き合っている二人。おそるおそる振り返ると、そこには着替えを済ませた月読さんが立っていた。いつも無表情なのだが、今回は更に刺すような冷気を醸し出していてとても恐い。その雰囲気は師匠との修行の次に恐かった。

 

「……正座」

「はい」

「何で、確認もせずに入ってきたの?」

「いや、切歌ちゃんが空いたっていうから。もういないものだと思って……」

「それでもノックぐらいはするべき。……それと、私の裸を食い入るように見てた」

「あの、それは全面的に僕が悪いといいますか。僕も男なので、その、月読さんみたいに綺麗な人の裸を見てしまったら目が奪われるのも仕方ないわけで」

「……それでも見ていい理由にはならない」

「おっしゃる通りでございます」

 

僕の額と背筋から留めなく冷や汗が流れる。さっきから頭の中では警鐘が鳴り響き続けていてうるさい。月読さんはジッーと視線を突き刺してきていて、真っ直ぐ彼女を直視することができなかった。

 

「ま、まあ調。千佳も反省しているみたいですし、そのぐらいに……」

「元はと言えば切ちゃんがちゃんと伝えなかったのが原因。こっちに来て。切ちゃんも正座、あと藤尭さんも」

「あ、はいデス」

「え、僕は全く関係ないはずじゃ……何でもないです」

 

こうして、切歌ちゃんと朔也さんも仲間に加わり、僕だけに向けられていたプレッシャーが幾らかマシになった。朔也さんは完全にとばっちりなのだが、月読さんの無言の圧力に黙殺される。月読さんの機嫌が戻り、僕たちが解放されたのはそれから一時間後のとだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちゃぷん。

 

お風呂に浸かることで、先ほどまで正座をしていた疲れが溶けて消えていくようだ。こうやって体を伸ばして入れる浴槽はやっぱり最高だ。ウチの浴槽は少し小さく、足を伸ばすことができない。偶に行く銭湯だけが伸び伸びと浸かれる場所だった。

 

(月読さん、怒ってたなぁ……)

 

いきなり裸を見られたのだから、当然の反応だ。なのに、何故僕はこんなにもショックを受けているのだろう。僕自身のことなのに、僕はいま、自分のことがよく分からなくなっていた。

どうしてなのか考えていると、思い浮かんだのは先ほどの一糸纏わぬ月読さんの姿。綺麗だったなぁ……って、いかんいかん!削除しろ!早急に記憶から消し去るんだ!……そういえば、月読さんもここに浸かってたんだよな。

瞬間、僕は自分で頬を殴り飛ばしていた。完全に今のはアウトだよ。それ以上は朔也さん以上に駄目だよ。立ち去れ煩悩!煩悩退散煩悩退散!

お風呂から出る頃には、僕の顔は打撲だらけになっていたのは言うまでもない。結局、答えを出すこともできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「千佳には調と寝てもらうデス」

「君は何を言っているんだ」

 

唐突に切歌ちゃんが言い出した言葉に突っ込んだ。人が良い気分でいたらすぐこれだ。思わずため息が漏れる。

 

「何でそうなるのさ」

「今日は私、リビングで朔也さんと一緒に寝るんデスよ。だから、千佳の寝る場所が私たちの部屋しかないのデス」

「だったら、僕は廊下で寝るから毛布だけ貸してよ」

「客人にそんな真似させられないデス!」

「男と女を一緒に寝させようとしてる時点で、今更君が真面なことを言っても何の説得力もないのだけれど……」

 

これで常識人を自称しているのだから困ったものだ。僕が毛布を貸して欲しい旨を伝えると、またも忽然と現れた月読さんに手を握られていた。

 

「そろそろ月読さんが突然現れても驚かなくなってきた僕がいるよ。……あの、僕の手なんか取っていったいどうしたのでしょうか?」

「……部屋に行く」

「まさかの切歌ちゃん側だと⁉︎年頃の男女が同じ部屋で寝るのは問題があると思うんだ!」

「その理屈なら、切ちゃんたちはどうなの?」

「……まあ、アレだ。朔也さんはあれでも大人だからね。一応」

 

 

________________________________

 

「えっきし!……きっと、千佳あたりが俺ことを馬鹿にしたな。あとで説教してやる」

 

お風呂に浸かっていた藤尭の直感は正しかった。

説教しようとして千佳に説教され返したのは、また別の話。

 

________________________________

 

 

「いいから、行くよ」

「うぁ、ちょっと待って‼︎」

 

僕の煮え切らない態度に気を揉んだ月読さんは怒ったように歩を進めた。後ろから「ごゆっくりー♪」と嬉しそうな声が飛ぶ。怒鳴り返したい気分だったが、月読さんがどんどん歩いて行くのでそんな暇はなかく。何よりそんな余裕、今の僕には一ミリもなかった。

 

 

部屋に連れてこられた僕は手持ち無沙汰で立ち尽くしていた。月読さんはベッドの横に布団を敷いてくれている。普段は二人でベッドを使っているらしい。

え?これ本当にここで寝るのか?絶対に眠れない自信あるんだけど。

 

「はい。ここを使って」

「えっと、ありがとう月読さん」

「…………」

「月読さん?」

 

僕が声をかけても月読さんは反応してくれない。それどころか頬を膨らませて唸っている。どうやらまた馬鹿な僕がやらかしたようだった。

 

「………………たのに」

「え?」

「さっきは、名前で呼んでくれたのに」

「え、いや、その、あれは……」

「切ちゃんと藤尭さんのことは名前で呼ぶのに、私だけ呼んでくれないの?」

 

先ほどとは打って変わって、月読さんは瞳に涙をためて上目遣いで聞いてきた。……それは反則だと思う。

 

「そんなことないよ」

「じゃあ、名前を呼んで」

「調………ちゃん」

「ちゃんは要らないから」

「調……」

「もっと大きく」

「調!」

「うん。私は、調だよ。千佳」

「あれ、今僕の名前を」

「千佳に名前を呼んでって言ってるのに、私だけ苗字呼びは違うから」

 

「そっか」と苦笑する。彼女は優しく微笑んだ。切歌ちゃんが太陽なら、調の笑顔は夜空に輝く月のようだった。頬が熱くなっていくのを感じる。調()の魅力に当てられてしまったらしい。

早く寝てしまおうと、敷かれた布団に寝転ぶ。すると、調が隣に添い寝してきた。体を抱え込むような仕草は猫を思わせ、無性に抱き締めたくなる愛らしさがあった。

 

「……ベッドはそっちですよ、調さん」

「少しだけ話そう?あとでちゃんとベッドに行くから」

「まあ、そういうことなら……」

 

渋々と納得し、調の方に体を向け直す。直接顔を合わせる形になり、若干の恥ずかしさが残るが、話すならこれが一番だろう。

 

「じゃあ、千佳の誕生日は?」

「八月七日。花の日って覚えるんだ。つく、調は?」

「二月十六日。千佳のだいぶ後になる」

「好きな食べ物は?僕はカレーなんだけど」

「強いて言うなら、ハンバーグ。初めて食べた時からずっと好き。今度は逆に、嫌いな食べ物は?ちなみに私は特にない」

「うーん、納豆かな?あの臭いとネバネバが苦手でさ」

 

僕たちは語り合った。誕生日、好きなものや嫌いなもの、とにかく何でも話した。いつの間にか、この部屋に来た時に感じていた不安は消えていた。それはきっと、調と話すことが安心して落ち着くから。

 

何で街でノイズに襲われた時、彼女がどう思うのか考えたのか。何で調の名前を呼ぶ時、切歌ちゃんに比べて気恥ずかしかったのか。今、ようやく分かった。

ーーー僕は、調のことが好きなのだ。異性の女の子として彼女を意識している。誰かを失うことが、恐くて恐くて堪らない癖に。独りで良いと言いながら、本当は誰かとの繋がりを心の底では求めていて。そんな臆病で弱虫な僕だけど。それでも、僕は調のことが好きだ。どうしようもなく、好きになってしまったのだ。

調への恋心を自覚し、安心してしまったのか。僕の意識はだんだんと眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千佳?」

 

私が声をかけても返事はなく、規則正しい寝息が聞こえる。どうやら眠ってしまったようだった。今日はいろいろとーーー主に調の説教ーーーあったから疲れてしまったのだろう。

そこで、ふと先ほどの脱衣所での出来事が頭を過ぎった。見られた。それはもうバッチリと。食い入るように。(ねぶ)るように。(注:あくまでも調視点です)

思い出してしまった私の頬は熱を帯びていく。そっと、両手で触れる。頬とは違い、手は冷たくてとても気持ちいい。私がこんな風に恥ずかしいのも全部ーーー。

 

「千佳のせいだ……」

 

彼に私の手料理を褒められて嬉しかった。彼と一緒に過ごす時間が楽しかった。彼に名前を呼ばれて、すごく嬉しかった。出会った当初は気になる人だった。惹かれている程度にしか思っていなかったけれど。本当は私ーーー。

 

「ーーー千佳のこと、大好きなんだ」

 

いつの間にか好きになっていた。気付いたらマムやセレナ、マリア、切ちゃん。そして、S.O.N.G.のみんなよりも大好きになっていた。

 

千佳も寝てしまい、私も寝ようと立ち上がる。いや、今日ぐらいは千佳と一緒に寝たい。大好きだって分かったら、少しでも長く彼の側にいたいと思った。千佳には、私も寝落ちしてしまったと言えば納得してくれるはずだ。だから今は、今だけは、このまま。千佳の胸に縋るように抱きつく。彼から私と同じシャンプーの香りがして、何故かそれが堪らなく嬉しい。切ちゃんが藤尭さんとのペアルックを自慢してきたことがあったけど、こんな気持ちだったのかな?

思い出して、クスリと微笑んだ。そして、私は千佳の温もりを感じながら意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでやねん」

 

今朝、目が覚めて僕が最初に放ったのは突っ込みだった。目が覚めたら調の顔が目の前にあって、気持ち良さそうに眠っているものだから気が動転してしまった。

抱きつく調からシャンプーのいい香りがする。それがどうしようもなく僕の理性を刺激した。僕の中の悪魔が囁きかける。

 

『別に襲っちまえばいいじゃねぇか?目の前で無防備にしてる調が悪いのさ』

(い、いやしかし)

『駄目だよ!そんなことしてしまったら調を傷つけるだけだ』

 

天使も登場。そこから天使と悪魔の言い争いが始まったが、それは調が朝食の準備のために起きるまで続けられた。その間、僕は悶々として時が過ぎるのを待つことが余儀なくされたのだった。

 

余談だが、朝食を作る調の手伝いをしていると妙にツヤツヤとした切歌ちゃん。げっそりと搾り取られたような朔也さんが腰を押さえながらリビングへとやってきた。昨晩、何があったのか察した僕たちは朔也さんを白い目で見つめていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな日々が、ずっと続けばいいと思っていた。けれど、現実は残酷でそう上手く事が運ぶことはない。知らぬ間に日常を脅かす脅威がゆっくり、着々と近付いていて来ていて。ーーーすでに、平和な日常に亀裂が入り始めていた。






千佳:調への恋心を自覚
調:千佳が大好きだと気付く
朔也&切歌:……昨晩はお楽しみでしたね


お気に入りと評価お願いします!読了ありがとうございました!


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二人で出かける=デート


すみません!リアルが忙しくて投稿が遅れました!相変わらず展開とか早かったりしますが、読んでいただけると幸いです。では、どうぞ!


 

 

 

「あの、どうして俺の朝食が豆腐だけなんですか?」

「え、それ聞いちゃいます?聞かなきゃ分からないんですか?」

「しょうがない、藤尭さんだもん。いつかこうなるとは思ってた」

「いや、ですね。……切歌ちゃんからも何か言ってよ。俺ひとりじゃこの二人に勝てない!」

「気持ちよフゴッ⁉︎」

「ねえ、何口走ろうとしてるの⁉︎それは本当にアウトだから!俺が社会的、物理的に死んじゃうやつだから!」

 

バカップル(二人)のせいで頭が痛い。隣では調も頭を抱えてため息を吐いていた。別にするなとは言いませんよ?でも、時と場所ぐらい選んで欲しいものだ。ため息が増えるのも仕方ない。

 

「この味噌汁美味しいよ、調」

「本当?なら、良かった」

「うんうん。この分だと調はいいお嫁さんになれるね」

「お、お嫁さん……」

 

調は両手で顔を挟むと、うわ言のように何かを呟いていた。どうしたのだろう?調は顔を赤くしているのだが、朔也さんを見ていた僕は気が付かなかった。

このバカップル早く結婚しちまえよ。年齢的にはできるんだし。まあ、世間からの視線は痛いだろう。もちろんS.O.N.G.のみんな、特に友里さんとカデンツァヴナさん。

ここだけの話。カデンツァヴナさんは朔也さんのことが好きだと気付いてしまい、アタックしているとのこと。どうやら朔也さんはプレイボーイだったようだ。立花さんが嬉々として話してくれたのだが、嬉しそうに語る内容ではないと思う。しかし、アイドルが恋愛沙汰になるのは如何なものかと思ったが、スキャルダルにならないのは緒川さんのお陰らしい。どうやってしょ、ッンン、対処しているのかは恐くて聞けなかった。

 

「あの、せめて味噌汁だけでも慈悲を!」

「「変態に食わさるご飯はない」」

「デスヨネ!」

 

流石に豆腐だけというのは嘘だ。切歌ちゃんが料理を作って朔也さんに食べてもらいたい、という願いを叶えるために豆腐だけを出している。……昨晩、そういうことさえしていなければいい話だったと思うのは僕だけではないだろう。なので、今は何も与えないのが正解。決して僕らの私情は挟んでいない。決して。

 

「千佳、今日の予定はあるの?」

「特にはないかな。この土日は修行なしだし、店の方もおばあちゃんが臨時休業にするって言ってたから」

「……なら、一緒に街に出よう。その、見たい映画があるの」

「あ、いいね。了解。朔也さんたちはどうしますか?」

「ちゃっと遠慮しとくよ。……マジで腰が痛くてさ」

「聞いておいてなんですけど、これだけは言いたい。昨日、『健全な付き合いをしている』と宣っていたのはいったいどこの誰だったのか」

 

「ゲファ⁉︎」と吐血して机に突っ伏したどこの誰かさん。もはや、この人に対して敬語は必要ないような気がしてならない。切歌ちゃんが介抱しているのを見て、僕と調はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

倒れた朔也さんのことは切歌ちゃんに任せて、僕と調は街に出た。暴風雨は昨日だけで、今日は天候も回復して晴れている。僕らは無言で最初の目的地である映画館に向かっていた。以前、二人で行ったファミレスの時よりも、お互いの距離が縮まっているのは気のせいではない。少し手を動かしたら触れる距離に彼女はいた。不思議と、緊張や羞恥はなく、一緒にいて安心できる。そんな感じ。

それからしばらくして、映画館へとやってきた僕らは何を見るのか調に聞くと、

 

「【禁じられた関係〜君への劣情を抑えられない!〜】っていうタイトル」

「うん、アウト!それ絶対十八禁だから!ていうか、何でこの映画を選んだの⁉︎」

「安心して、これは十五禁。私たちなら見れる。これを選んだのは響先輩に勧められたから」

「オッケー把握。お陰で元凶がハッキリしたよ」

 

調から少し距離を取って、すぐさま立花さんへコールする。今回の元凶はすぐに電話に出てくれた。

 

『もしもーし。どうしたの千佳くん?』

「貴女の罪は重い。次の修行に立花さんも連れて行きますので」

『え、いきなり⁉︎私が何したっていうのさー!』

「ほう?心当たりがないと。まあ、別に思い出さなくてもいいですよ。今更弁解も何も聞くつもりないので。良かったですね。また一歩強くなれます」

『いや、流石の私もアレは修行じゃなくて。ヤバイ肉体改造だと思うんだ』

 

それについては同意します。普通の修行よりも圧倒的に速い成長を遂げているけれど。それと同時に人間の枠を外れているような感覚があるのだ。OTONAが指導しているのだから当然と言えば当然なのだが。

 

『とにかく謝るから勘弁してよぉ〜!あとで埋め合わせするから!』

「……まあ、いいでしょう。ただし!次はありませんからね」

『ありがとー!取り敢えず、早く調ちゃんのところに行ってあげなよ。調ちゃん待ちくたびれちゃうよ』

「そうですね。そうしまーーーおい、待て。何で僕が調といることを知っているのか聞こうじゃないか」

『あ、ヤバ……』

 

取り敢えず、今回は見逃そうとした矢先。立花さんからありえない言葉が飛び出たのだ。今日、僕らが映画館に来ていることを知っているのは朔也さんと切歌ちゃんだけ。当の二人は言いふらしたりするような人ではない。つまり、今どこかで僕らを見ているということ。

 

「おい、アンタ。どこから見ていやがる」

『な、何のことだか分からないなぁ〜』

「そうですか。そんなに師匠の修行を受けたかったんですね。自ら進んでくるその姿勢に、僕は脱帽ものですよ」

『それだけは勘弁してください!』

「あ、そうそう。おそらくその場にい(、、、、、、、、、)るであろう(、、、、)、他の装者の皆さんにも参加してもらうので。悪しからず」

 

耳元で立花さん以外が騒ぎ立つ音が聞こえたが、無視して通話を終了した。あとで師匠に装者の皆さんも修行に追加の旨を伝えておこう。やると言ったらやるぞ、僕は。師匠の下で学んだことは、何も戦うことだけではない。ーーー全てのものは平等に。その概念の下では男も女も関係ない。師匠の下で、僕は真の男女平等主義者となったのだ。(注:弦十郎はそういう意味で教えたわけではありません)

場内に視線を巡らせる。気配を探してみるが、ここら辺一帯に気配を感じなかった。

 

「千佳。どうかしたの?」

「あ、いや、何でもないよ」

 

これ以上は折角誘ってくれた調に悪いので、どうやって見ているのか後日追求することにした。今日はとことん調と楽しむことにしよう。……あれ?これって、もしかしなくてもデートと言うやつなのでは?

デートだと自覚した途端に意識してしまい、僕の心がざわつき出す。

 

「千佳が電話している間にチケット買ってきたから。早く行こう?」

「なんだとぉお⁉︎今からでも遅くはない!チケットを戻して別の映画にするんだ!」

「観たいものはこれしかない。……大丈夫。恥ずかしいのは私も一緒。でも、二人でなら大丈夫だよ」

「……恥ずかしいなら観なければいいのではないでしょうか?」

「くどいよ、千佳。早く行こう。……たとえ、千佳がエクスドライブしても問題ないから」

「おい、何だそのエクスドライブって。あとそれ教えたのはどこのどいつだ」

「切ちゃん」

「よし、あのバカップル共もとっちめよう」

 

あはれ、藤尭は切歌に巻き込まれてしまった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……これ十五禁、なんだよな?)

 

調に連れられて席に着いたはいいが、僕は不安で堪らなかった。しかし、いざ始まると普通の恋愛映画だった。幼馴染と主人公が惹かれあい、めでたく付き合うことになったところまでは良かった。けれど、今はどうだ。

 

『お兄ちゃん……』

『やめるんだ鏡花!僕たちは兄弟なんだぞ!』

『愛さえあれば、そんなの関係ないんだよ?お兄ちゃんは、私のモノなの。摩耶さんのモノなんかじゃない!』

『やめろ鏡花!ベルトに手をかけるな!』

『ふふふ、今から私とイイコトしよ?お兄ちゃん……』

 

絶賛現在進行形で濡れ場へと突入している。全然普通じゃなかった。タイトル通りヤバイ映画だったよ。何なんだよ、この映画。十五禁なのに演出が過激すぎるだろ!

羞恥が心を支配していく。目を逸らしても音声は聞こえてくるので意味がない。チラリと隣を見る。調は顔を羞恥で赤く染めながら、食い入るようにスクリーンを観ていた。いや、うん。興味が出てくる年頃だから仕方ない。けど、そこまで食い入るように観なくても……。僕も興味がないわけではないが、調よりがっついてはいない。

 

『私とイイコトしよ?千佳……』

 

ふと、妄想が頭を過る。瞬間、僕の拳が頬を打ち抜いた。頬に響く鈍痛のお陰で妄想を振り払うことに成功。よりによって、映画の人物と僕たちを置き換えてしまうなんて!

もう一度、チラリと横を見ると、同じくこちらを見ていた調と目が合った。先ほどの妄想がまたも頭を過った。同時に僕らは顔を逸らした。駄目だ。調の顔を直視できない。この後、僕はいったいどんな顔で調と話せっていうんだ⁉︎

映画が終わるまで、僕は頭を抱えて悶えたのだった。

 

 

 

 

 

 

今日、私たちは映画を観にきている。だが、相手は切ちゃんや他の装者のみんなではなくて、千佳だった。元々千佳と二人で映画を観に行くことを画策していた。千佳の予定が空いていることが分かり、今日決行した。映画は響先輩がチョイスしたものの中から、切ちゃんが選んだ。流石にタイトルからして如何なものかと思ったのだが、

 

「男はこれぐらい攻めなきゃ落とせないのデス!」

 

実際に彼氏がいる切ちゃんが言っていたことなので、私はすんなりと信じてしまった。しかし、信じてしまったことを後悔することになろうとは、その時の私に知る由はなかった。

最初辺りまでは良かったのだ。けれど、どんどんタイトル通りな展開になってしまい、羞恥が込み上げてくる。まあ、しっかりと映画は見ているのだが。ちょうど、今は兄妹の濡れ場がスクリーンに映し出されていた。もし、私がこんな風に迫ったら千佳はどうするんだろう?横にいる千佳を一瞥して考えていると、彼と目が合った。思わず、反射的に逸らしてしまった。今は恥ずかしくて無理だけれど、こんな日が来てもいいかもしれない。そう、思った……。

 

 

 

 

 

 

 

僕らは映画が終わり、外に出た。頭が冷えたお陰で、幾分か落ち着きを取り戻した僕は盛大にため息を吐いた。今度もし、映画を観る機会があったら、絶対に立花さんにだけは関わらせないようにしようと心に誓った。

 

「この後の予定は?」

「次は最近できたクレープ店の絶品クレープを食べに行く。響先輩のお墨付きがあるから、ぜったいに美味しい」

「確かにすごい説得力だ」

 

僕が暗に立花さんは食い意地を張っていると、揶揄するのは仕方のないことだと思う。むしろ当然と言っても過言ではない。だって、あの人フラワーのお好み焼き五枚はペロリと平らげ、食べきったあとに物足りなさがな目をするまである。調や他の装者の皆さんは食べても二枚だというのに。あの人のお腹はブラックホールか何かなのだろうか?

 

「っと、どうしたの調?」

「……何でもない。早く行こ」

「う、うん」

 

調に手を引かれながら、さっきまで彼女が見ていた先を見やる。そこにはアクセサリーショップがあった。おそらく外に並べられたアクセサリーを見ていたのだろう。装者とはいえ一人の少女。興味があってもおかしくはない。しかし、何故ぼくが声をかけた時、足早に歩き出したのだろう?

 

歩くこと数分。僕らは目的地であるクレープ店に到着した。ざっとメニューに目を通すと、ずらりと豊富なバリエーションがあった。飽きがくることなく、毎回違った味を楽しめる訳だ。これが人気の秘訣なんだろうと、一人で頷く。

 

「千佳は何にする?」

「う〜ん。シンプルにチョコバナナにしようかな?」

「私はストロベリーホイップにする」

「ちょっとトイレに行ってくるから。代わりに受け取ってもらってもいいかな?」

「別にかまわない」

「ありがとう、それじゃ!」

 

後ろ手で調に声をかけながら、僕はいま来た道を走り出した。

 

 

 

 

 

 

千佳が走って行ってからもう十分ほど経つが、まだ戻ってくる気配がない。早く戻ってきてほしいと思いながら、私は握った二つのクレープに目を落とした。

千佳はトイレに行っただけ。きっと、人が並んでいて遅くなっているだけ。そう考える。でも、本当はあのまま帰ってしまったんじゃないか?少し千佳が戻ってこないだけで、悪い考えが浮かんでくる。好きな人の戻りが遅いのだから、不安になるのも仕方ない。

 

(……本当に、帰っちゃったのかな?)

 

もしかしたら、私と一緒にいることが、途中で帰ってしまう程度にはつまらなかったのかもしれない。そう思うと、チクリと胸が痛んだ。大丈夫だ。千佳は、そんな人じゃない。きっと、すぐに戻ってくる。

私が自分に言い聞かせながら待っていると、

 

「ねぇねぇ、そこの彼女。暇なら俺たちと遊ぼうぜ?」

 

落としていた視線をあげると、五人の男性がニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべて、私を囲むようにして立っていた。こんなに近くまで接近されたことに気付かないとは、どれだけ千佳のことを考えていたのだろうか。男性たちの印象を一言で言うなら、チャラいが一番しっくりきた。髪は金や赤、青と染めていて、ピアスやリングとかなり遊んでいるのが見てとれた。嫌な人たちに絡まれてしまった。

 

「結構です。待ってる人がいるので」

「君のこと待たせてる男なんてほっといてさ、俺たちと遊ぼうぜ?きっと楽しいからさぁ」

 

なるほど。この人たちは私と千佳がいるところを見ていたのか。千佳が戻ってこないのを確認して、私に声をかけてきた訳だ。普通に怖いし気持ち悪い。先頭の金髪の男が前に出てきて、腕を掴んできた。ゾワリと寒気がして、「キャッ!」と小さな悲鳴が漏れた。今すぐにでも振り払いたいが、クレープを持っているし私の力では振り払えない。まさか、一般人相手にシンフォギアを使うわけにもいかない。周りの人々は巻き込まれたくない一心で、見ているだけで何もしてくれなかった。男が私を連れて行こうと腕を強く引いた。その拍子にクレープを手放してしまい、地面へと落ちてしまった。

 

「あ……」

「あ〜あ、もったいねぇ。ま、そんなことよりも早く行こうぜ。クレープなんかすぐに気にならなくなるからさ!」

 

男たちの哄笑が周囲に響く。連れていかれまいと対抗するけれど、シンフォギアを纏っていない今の私の力ではビクともしない。このままでは本当に連れていかれてしまう。そうなってしまったらどうなるかぐらい、今の男たちを見れば明らかだった。

 

「いや!離して!」

「いいから!黙ってついて来いよ。そうすりゃ悪いようにはしないからよぉ」

 

嫌だ!こんな奴らについて行くなんて絶対に嫌だ!助けて。助けてよ!千佳!私は心の中で想い人の名前を叫んだ。瞬間、

 

「おい、嫌がってるだろうが。汚らしい手で彼女に触ってくれるなよ」

「ああっ?」

「千佳!」

 

男の動きが止まる。私の腕を掴んでいた男の腕を掴み上げる手があった。千佳だ。私の叫びが届いたのか、千佳が駆けつけてくれたのだ。千佳を見て安心したのか、不思議と先ほどまでの嫌悪感は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「いや!離して!」

 

僕が調から離れて十分ほどが経ち、急いで戻っていると調の悲鳴が聞こえた。速度が上がる。角を曲がると、先ほどのクレープ店の近くで待っていた調を連れて行こうとするチンピラ共がいた。これはもう有罪(ギルティ)だ。

この間、緒川さんに教わった縮地法で瞬間的にあいつらとの距離を詰める。そして、調の腕を掴んだ手を強引に取り払う。男は一瞬ギョッと目を見開いたが、すぐに敵意を向けてきた。一方、調は安心したように僕を見ていた。きっと、恐かったんだ。僕が少し離れたばっかりに、危うく危険な目に合わせてしまうところだった。罪悪感が芽生えるが、今はこいつらだ。

 

「おい、嫌がってるだろうが。汚らしい手で彼女に触ってくれるなよ」

 

自分でも驚くほど低く冷たい声が出た。男は負けじと睨み返してくるが、全く恐くなかった。これも普段の師匠との修行の賜物だ。修行は今の状況とは比べものにならないほど恐い。……修行は師匠と緒川さんが嬉々として殺りにくるからなぁ。

 

「おいおい、何だよにいちゃん?正義の味方のつもりかよ。この子は今から俺たちと遊ぶからお前はお呼びじゃないの。おわかり?」

「悪いね。彼女は今日一日()の貸切りでね。遊びたいならあんたらだけで遊んでくれよ。ほら、後ろで可愛らしい頭のお仲間たちがいるんだからさ?」

「……そうかい。せっかく穏便に済ませてやろうと思ったんだけど、なあ!」

 

振り抜かれる拳。男の厭らしい顔が見える。俺はそれをジッと見ていた。ただジッと。拳だけを見つめる。急速に深まっていく集中力。深まるにつれ、自分の中の扉が開かれていく。そして、完全に開いた。世界が変わる。目の前まで迫った男の拳がスローになり、簡単に受け止めることができた。拳を掴み、足をかけて膝をつかせると、後ろに回してやり、力を込めて拘束する。一瞬の出来事に訳も分からないといった様子で、男は呆けていた。

 

「な!いつの間に⁉︎」

「さて、いつでしょう?」

 

やっと現状を理解した男は驚愕している。俺は戯けるように言って笑いかける。

 

「な、ケンちゃんを離しやがれ!」

「どうぞどうぞっと」

 

ケンちゃんと呼ばれた金髪を離し、殴りかかってきた男の腕を流れに逆らわずにそっと掴む。瞬時に相手の懐へと潜り込み、背負い投げを放つ。ドガッと背中から叩きつけられたことで、肺の中の空気が盛大に漏れ出し、白い目をして男は気を失った。今のは綺麗に決まったな。

二人の男が挟むように迫るが、今度はその拳を受けることなく、しゃがむことで回避した。すると、案の定俺の顔面を狙っていたお互いの拳が顔面にめり込み、地面をのたうち回る男二人の出来上がり。

 

「かっちん!やっちゃん!テメェ、殺してやる!」

 

叫んだ男が小型のナイフを取り出す。ざわめき出す野次馬。しかし、ナイフを出されても、今の俺の心境は穏やかだった。ふっ、今更ナイフ程度で驚くものかよ!こちとらモノホンの銃と弾丸以上の拳を食らってんだぞ。たかだか薄皮一枚切られることと数センチぐらい刺されても問題はない。ーーーあれ?そもそもこんな考えがある事態駄目なのでは?いけない、OTONAに毒され始めていることに戦慄した。

 

「死ねぇ!」

「そんな持ち方じゃ、こうなるぜ!」

「なぁ⁉︎」

 

ただ突き出しただけのナイフの柄を、寸分違わず正確に蹴り上げる。宙を舞うナイフ。驚愕し、男の視線がナイフに映った。その隙に顎に掌底一発。男は呆気なくバタリと倒れ伏した。これで終わり、そう思った時、

 

「いや!離して!」

「うるせぇ!おい、テメェ。彼女傷つけられたくなかったら動くんじゃねぇぞ」

 

そう、最初の金髪の男がナイフを持って、調を拘束していた。もう勝った気でいるのか酷く厭らしい笑みを浮かべている。俺でも身震いしてしまうほどなのだから、調はもっと酷いだろう。しかも、ナイフを蹴り上げたのは俺で、明らかにこちらの過失だ。助かるはずが、逆に追い込んでしまうとは皮肉が効いている。後悔や反省は後回し。今は調を助けることだけを考える。ゾーンに入っているので、金髪の動きは止まって見えていて、この距離を一瞬で詰める技もある。あとはタイミングのみ。

 

「よくも俺のダチを殺ってくれやがったなぁ。今から俺がテメェを血祭りに上げてやるぜ!」

「いやいや、字がおかしいからな?殺してないからな?それについてはお前たちから手を出してきたんだから、正当防衛だからな?」

「うるせぇ!へへ、殺してやる。その後にテメェの彼女を美味しく頂いてやるよぉ〜!ハッハッハッ‼︎」

「ほう……」

 

こっちが隙を伺っていれば、いい気になりやがって。内心、激情に燃えるがなんとか平静を保つ。落ち着け、クールになれ。激情に身を任せれば、更に調を危険な目にあわせるだけだ。その時、調と目が合った。

 

ーーー私が、隙を作る

 

調の瞳がそう語っていた。小さく頷く。調を信じて、その隙を待つ。

 

「へへへっ、テメェだけは絶対に痛い目にあわせぎゃあああ‼︎」

 

調が足を持ち上げる。そして、金髪の足へ踵を踏み落とした。強烈な痛みに悲鳴が上がった。それが合図。一足で距離を詰めると、ナイフを奪い捨てる。咄嗟に金髪が殴ろうとするが、その拳を逸らしてガラ空きとなった顔面に一撃叩き込む。小気味いい音を響かせて、金髪は吹っ飛んで動かなくなった。ふう、と一息。これで終わりだ。

 

「調!無事?怪我はない?本当にごめん!僕が少し離れたばっかりに」

「大丈夫だよ。千佳が助けてくれたから」

「よかったぁ……」

 

野次馬のざわめきは未だ収まっていない。調を助け出したので、早々にこの場から去る。こちらは悪くないとはいえ、警察のお世話になるのは面倒だから。僕は調の手を取り、走り出した。

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね。せっかくの休日なのに最後で台無しにしちゃった」

「そんなことないよ。楽しかった。最後のは僕ちも落ち度がある訳だし仕方ないよ。だから、さっきのことはもうチャラにして忘れよう。はい、もう僕は忘れた」

「……うん、そうする」

 

調はニコリと微笑む。つられて僕も笑顔になる。

 

「そうだ。はい、これ」

「これは?」

 

僕は包みを取り出して、調に渡す。くっ、キョトンとして首を傾げる調が可愛すぎる。

 

「開けてみて」

「……あ、これ。さっきの」

「うん。トイレは嘘で、本当はそれを買いに行ったんだ」

 

包みから出てきたのは先ほど、調が見ていたアクセサリーショップにあったお揃いのブレスレット。さっき、調が足早に去ったのはお揃いのブレスレットが欲しいけど、恥ずかしかったからだろうと勝手に考える。

 

「今日のお礼ってことでプレゼントしようと思って。それを買いに行ってたら遅れちゃってさ。ごめんね?」

「ううん、すごく嬉しい。……はい、こっちは千佳の」

 

ブレスレットを受け取る。調が嬉しそうにしてくれているので、買った甲斐があるというものだ。調は笑っている方が似合う。この先、僕らの関係はどうなるのか分からないけれど、今だけはこのまま。調の笑顔を側で見ていたい。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談になるのだが、立花さんにどこで見ていたのか問いただすと、緒川さんが生中継していて、それをモニターで見ていたらしい。……何してるんですか緒川さん。

 

「あの、何でそんなことしたんですか?」

「みなさんの願いを断る訳にはいきませんでしたので、仕方なく」

「いや、仕方なくじゃないですよ!プライバシー!プライバシーの侵害でしょう!」

「まあまあ、今度の修行は少し優しくするように指令にも伝えておきますから」

「あ、それならいいです」

 

この時、伝えるだけで実際に優しくするとは言っていなかったことに気付き、膝をついて悔しがったのは別の話。

 

 






千佳:順調にOTONAへの階段を進んでいる
調:千佳とデートできて嬉しい


これならも少し更新遅れたりしますが、なんとか完結には持っていきたい。
次回、千佳の武器を出したい思ってます。武器でそれはどうなの?となるかもしれませんが、そこはエルフナインちゃんの技術力のお陰ということで!
読了ありがとうございました!


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特殊武装

何とか投稿できた……。でも、次回の更新は遅れるかもしれませんが必ず投稿はしますので。では、どうぞ!


 

 

調との楽しいデートが終わり、その余韻を残していた次の日のこと。普通に学校に登校して、授業を受けて、剛史とくだらない談笑をして、放課後。さあ、帰ろうと思っていたらーーー

 

「今から修行に行くぞ」

 

また校門で師匠が待ち構えていた。今日こそはおばあちゃんの手伝いをしようと思っていたのだが……それは、許してもらえそうにない。師匠からも、おばあちゃんからも。もう逃げるのは諦めていたはずなのに、体は正直なようで、すでに逃走を図っていた。

 

ダッ!(千佳が逃げ出す音)

シュン!(隠れていた緒川さんに回り込まれる音)

ガシッ‼︎(師匠に首元を掴まれた音)

 

修行でどれだけ強くなっても、一生この人たちには勝てないんだろうなぁ……。虚ろな瞳で乾いた笑みを浮かべた僕は、そう思った。それからというもの放課後は拉致られ、修行の時間になってしまったのだった。

ここからは日記に綴ったものを見てもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

○月*日

 

……やっと、解放された。放課後拉致られて、帰ってきたのが夜の十時ごろ。かれこれ六時間近く修行をした計算になる。調とのデートの余韻をもう少し楽しませてもらってもいいじゃないか……。今日の修行はまた一段と苛烈を極めた。

 

この間のトレーニングルームでの修行だったのだが、前のような街の中ではなく、設定を変更したジャングルの中だった。鬱蒼と茂る森の中、気温も高く、酸素も薄い。(そう設定したらしい)

そんな中での修行は無理があると言ったが、聞き入れてもらえなかった。もう本当に必死で頑張った。いきなり酸素が薄い状況で修行と言われても、ついていけるはずがなく。数分もしないうちに気を失ってしまった。あとはそれを無限ループ。

 

これから放課後は今日のような修行をするらしい。断固拒否しようとしたが、すでにおばあちゃんが許可を出しているとのこと。……最近、おばあちゃんの僕の扱いが酷い気がするのは気のせいじゃない。絶対に。果たして、僕は生き残ることができるのだろうか?今から不安でしょうがない。

 

 

 

 

 

 

○月♪日

 

今日も拉致された皐月千佳です。逃げ出したりしないから、首根っこ掴んで連行するのだけはやめてほしい。周りの視線が痛いほど突き刺さるのだ。まあ、保険ということで師匠に一蹴されたけど。

 

今日も昨日と同じでトレーニングルームの中はジャングルだった。呼吸するだけなら慣れてきたのだが、動き回るとそう上手くいかない。この高温低酸素の中、息が乱れていない師匠と緒川さんは異常だと思う。あれ?それだと、必死ではあるものの、ついていってる僕も異常なのでは?……こうして、僕は人間の枠組みから外れていくんだろうなぁ。

 

前半は師匠との組手でこの環境への適応訓練。後半は緒川さんによる技術講座だった。前半は本当に地獄だった。今もこうして日記を書けているのが奇跡と言っても過言ではない。師匠の拳が顔面にヒットした時は死を覚悟したね。それが何度もあるのだから救えない。

 

後半の緒川さんには前回の水蜘蛛と縮地法のおさらい。新たに壁走りと武器の仕組みについて教わった。人間って不思議だなぁ、数日前までできなかった生身水蜘蛛が十歩ほどできるようになった。着々と人間の枠組みから外れているなぁ……。そして、壁走り。これは最初にしては上出来だと褒められた。僕が数メートルしか登れていないのに対して、緒川さんはその何倍も登っていらっしゃるので、複雑な気分だ。将来的には歩いて登ったり、天井に張り付いたりするらしい。

 

……師匠も師匠だが、緒川さんも大概だと改めて実感した。

 

 

 

 

 

○月△日

 

この修行を始めてから一週間が経った。時間が飛んでいるのは、単純に書く気力が残っていなかったから。いや、本当にペンを持つ力も残ってなかったよ。学校はなんとか頑張って登校してたし、ノートなどは剛史に協力してもらった。剛史マジ感謝。

 

さて、日記を書けなかった数日間で僕は成長した。成長することがこんなにも嫌だと思うのは初めてのことだ。先ず、低酸素でも問題なく動けるぐらいに環境への適応に成功。これに関しては死活問題に直結するので、脳のリミッターが外れたのではと推測する。人間の脳は普段10%しか使われておらず、本来の力を発揮していない。何度も死にかけることで、本来使われずにいた脳のリミッターが生存本能により解き放たれた、と僕は思う。人の脳は第六感とかがあるので、そういった不思議な力があってもおかしくはない。実際いくらか身体能力が上がっているし脳の処理速度も速くなっていた、とはエルフナインちゃんの言だ。僕に伝える時に顔が引き攣ってたのは気のせいだと思いたい。

 

その他も師匠との修行が中心で、映画を見て格闘技術の向上を図ったりもした。なんで映画を見ただけで強くなれるのかは分からないが、武術の動きを理解するのにはうってつけだと思う。見て分からないところがあったので師匠に聞いたところ。「実際に受ければその仕組みも解る!」と豪語して、技を叩き込まれた。そのお陰で発勁なるものの習得に成功。解せぬ。まだ体に鈍痛が走っていて、字が上手く書けない。今度からは分からないことがあっても、絶対に師匠にだけは聞かないと強く誓った。

 

 

 

 

 

○月#日

 

昨日が師匠との修行中心だったのに対して、今回は緒川さんが中心とした修行だった。生身水蜘蛛から始まり、壁走りや変わり身、分身の術、影縫いの基礎、変装技術、現代武器の仕組みなどとオンパレード。武器の仕組みを知ってどうするのか、疑問に思い聞いたところ、仕組みが解れば自ずと対処の仕方も解るとのこと。確かにそれには一理ある。今日は比較的楽に終われる。そう思ってしまったのがいけなかったのか、緒川さんとの鬼ごっこが始まった。

当然、鬼は緒川さん。すでに逃げられる気がしなかったね。だって、あの人が本気を出したら気配察知は効かないし、いつの間にか縛られているので、ぶっちゃけワンサイドゲームなのだ。逆に僕が鬼をやっても結果は変わらない。捕まえること、いや、視認することすらできない。……書いていて思ったのだが、僕はいったい何処を目指しているのだろう?最初は護身程度だったはずなのに。

 

いつの間にか、護身からOTONAへと目標がすり替わってる件について数時間をほど語りたい。

 

 

 

 

 

○月※日

 

苛烈で決死覚悟の修行の結果。脳のリミッターのオンオフ、出力調整が出来るようになった。出来るようになってしまった……。

 

いや、これが出来るようになって良かったと思う反面、どんどんOTONAに染め上げられてきてるなぁという悲観がすごい。エルフナインちゃんにすごく心配された。彼女が心配してくれたことに全僕が泣いた。

 

ま、まあ?少しでも強くなれたのだから良しとしよう。御察しの通り師匠たちには勝てなかったけどな!HAHAHAHAHA……。

明日から土日なので、二日間丸々修行漬けにするそうだ。

 

いったいどんな地獄が待ち受けているというのか?短くなるが、明日に備えて今日はもう寝よう。

 

 

 

 

○月%日

 

ボク、イキテル

 

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

S.O.N.Gの司令室。そこは現在重苦しい雰囲気に包まれていた。その雰囲気はOTONAである弦十郎と緒川ですら、冷や汗を流してしまうほどのものだった。

 

 

「……おい、おっさん」

「な、何だ?クリスくん」

「あれはどういうことだ?」

 

クリスの指差す方向。そこには膝を抱え座り込んだ千佳がいた。その目は虚ろで、今もブツブツと「……イキテル、ボクイキテル」と呟いていた。

 

「緒川さん。貴方もついていたというのに、どうにかすることはできなかったのですか?流石に、皐月が居た堪れないのですが」

「ははは……。こちらが厳しくしても必死についてきてくれるので、ついついやり過ぎてしまったようです」

「いや、本当にやり過ぎですよ。師匠はもう少し自重を覚えた方がいいと思うんです」

「……すまん。今は流石に少し(、、)やり過ぎたと思っている」

「少し⁉︎あいつの日記少し読んだけど、アレで少しなのかよ⁉︎」

 

目の前の弦十郎の言葉に驚愕を隠せないクリス。響と翼はアレ以上のことを考えて、少し引いた。

 

「ち、千佳?大丈夫ではないのは見れば分かるけど、大丈夫か?」

「あ、朔也さん。僕、頑張りましたよ?頑張ったんです。……いきなり二日間サバイバル生活だって、塩と水を持たされたと思ったら山に放り込まれて。食べるものは果物とかキノコがあったんですけど、間違えて毒キノコ食べた時は、本当に死ぬと思ったなぁ……。お陰で耐毒性が手に入りましたよ。一番苦労したのは睡眠が取れなかったことですね。昼夜問わず野生動物たちが遅いかかってくるものだから、全然寝れなくって。しかも、野生動物たちだけじゃなくて偶に師匠と緒川さんも紛れてるんです。野生動物たちだけで手一杯なのに、師匠たちが加わったらもうどうしようもないじゃないですか……。あとはーーー」

「もう良いから!それ以上話さなくていいから!すっごい勢いで目が死んでいってるんだけど!」

 

藤尭が声をかけると、千佳は二日間の体験を話し出した。それを聞いた藤尭は耐えられずに、涙を流して制止を呼びかけた。この中で一人話についていけない人物が若干困惑していた。

 

「えっと、マリアさん。これはどんな状況ですか?あと、あの子はいったい?」

「あの子は小日向と同じ協力者。この間のノイズ殲滅の際に保護した民間人よ。最低限の自衛のために指令たちが修行をつけていたのだけど、毎回度が過ぎていてね……」

「ああ、納得しました……」

 

装者とその場にいたS.O.N.Gスタッフたちは同情の目を千佳へと向けた。

 

「ヤバイデスよ調。千佳が今にも消え入りそうになってるデスよ」

「……うん。今までもすごかったけど、今回は流石にちょっとやり過ぎ」

「そこでデスよ調!今から慰めに行って千佳のハートをゲットするのデス!」

「いや、それはちょっと。流石に弱っているところにつけ込むのは何か違うというか。まあ、ハートをゲットするかはともかく慰めには行くよ」

 

切歌とのやり取りを抜けて、調は千佳の下へと歩み寄っていく。それに気付いた藤尭は場所を譲り、自分は切歌の下へと戻った。いつの間にか待機していたマリアを交えて、騒がしくなっていて、全員が呆れていた。気にせず、千佳の隣に腰を下ろした調は優しく語りかける。

 

「お疲れ様、千佳。今回も頑張ったんだね」

「調……。うん、僕必死で頑張ったんだ。何度死を覚悟したことか」

「うん。千佳が頑張ってるのはみんな知ってるよ。だから、少しだけお休みしよう?」

 

優しく撫でて、千佳を自分の膝へと持っていく。所謂膝枕という奴だ。疲れが溜まっていた千佳は、太ももの柔らかい感触と調から香る花の匂いに包まれ、すぐに眠ってしまった。目を覚まして時に一騒ぎあるのだが、今の千佳に知る由はない。

千佳が眠たことを確認して、彼を撫でる調の顔には優しい微笑みがあった。十人が見れば十人が魅了されるほどに、その微笑みは美しかった。一言で表すのなら、“月の女神”がしっくりくる。

それを見ている一行はというとーーー

 

「やっぱり調ちゃんって千佳くんのこと好きだと思うんです」

「まあ、あれを見てりゃそうだろうな」

「そっとしておいてやれ。皐月も今は疲れていることだしな」

「皐月くん、気持ちよさそうに寝てるなぁ。……今度、響にしてあげようかな」

「朔也には私が膝枕するのよ!」

「それは彼女である私の仕事なのデス!マリアはお呼びじゃねーデスよ!」

「痛い⁉︎二人とも腕を引っ張らないで!あれ?でも、柔らかいものが腕に当たっていて腕が千切れるように痛い⁉︎ごめんなさい!やましいこと考えないので解放してください!」

 

前半の四人はともかく、後半の三人はすでに調と千佳のことは頭になく、どちらが膝枕をするかと藤尭を取り合っていた。時と場所を考えてほしいものだ。

 

「むぅ……毎度、調くんに癒してもらえばやれると思うのだが。どう思う慎次?」

「まあ、ほどほどにしていきましょう司令」

 

こんな状況でもOTONAである弦十郎はブレないのであったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

調の介抱のお陰で、なんとか現実に復帰することに成功した。でも、気付いたら膝枕されていて、思い出すだけで顔が熱くなる。しばらく調の顔は直視できそうにない。

今日は修行が休みになっていたのだが、師匠にに呼び出された。まさか、また修行をするとか言い出すのでは?と、僕は内心でビクビクしながら指定されたトレーニングルームへとやってきた。

 

「失礼します……」

「そんなに辛そうな「失礼します」は初めて聞きましたよ。安心してください。今回は修行ではないので」

「良かった……。本当に良かった……!」

「ああ、それだけ恐い思いでここに来たんですね……。まあ、気持ちは痛いほど分かりますが」

 

僕を出迎えたのはエルフナインちゃん。

修行ではないことが分かり、僕は涙を流しながら感激していた。そんな僕をエルフナインちゃんは可哀想な人を見る目で見ていた。やめて!そんな目で僕を見ないで!

 

「えっと、じゃあ今回は何で呼び出されたの?」

「はい、実は以前から開発を進めていた特殊武装(スペリオルズ)が完成したので、その性能テストをしてもらいたくお呼びした次第です」

特殊武装(スペリオルズ)?」

 

僕の疑問の言葉にエルフナインちゃんがコクリと頷いてみせる。そして、一度書類や機材が放り出されたままの机に戻っていくと、何かを手に取り戻ってきた。その手に握られるものには見覚えがあった。装者たちが身につけている赤い結晶のペンダントがその手には握られていた。

 

「これって、シンフォギア?でも、シンフォギアは男には反応しないはずじゃなかったけ?」

「これはシンフォギアであり、シンフォギアではありません。故に特殊武装(スペリオルズ)と名付けました。これは聖遺物の欠片の欠片を寄せ集めて造ったものなんです。本来ならシンフォギアにすることができなかったものたちが、装者の歌に反応を示し、微小の力を宿したんです。その微小の力を結集させることで、完成させることができました」

「つまり、これにはシンフォギアの機能があってノイズを倒せる?」

「そうなります。しかし、ノイズを倒せる利点があるのに対し、当然欠点も存在します。シンフォギアは歌うことで力を発揮しますが、これは寄せ集めたもの。幾多もの欠片に歌が存在しているので、歌うことが困難。力を発揮することができません」

 

それでは無用の長物ではないか。僕の考えを読んだらしいエルフナインちゃんは「しかし」と言葉を紡ぐ。

 

「歌うことでの力の発現は無理ですが、あらかじめ用意したフォニックゲインをチャージすることで、本来歌うことで得るフォニックゲインによる幾多の欠片のせめぎ合いを起こすことなく、均等にエネルギーを与えるので聖遺物を励起状態にすることができ、シンフォギア同様に戦うことができます。チャージするフォニックゲインにも限りがあるので制限時間がありますけど」

「いや、それでも十分過ぎる。すごいよ、エルフナインちゃん!」

 

「ありがとうございます」と照れたように笑って、頬をかくその姿は少女のそれで普段の研究者としてのエルフナインちゃんのイメージが強い僕にはギャップが生まれ、少しドキっとした。これがギャップ萌えという奴か。

 

「あれ?でも、それなら師匠とか緒川さんに渡した方がいいんじゃ?」

「緒川さんは、『自分は諜報と隠密が主ですので』別の人に渡してほしいと言われました。司令は、その、『男なら生身一つあれば十分だ!』と豪語して受け取ってもらえませんでした」

「ウチの師匠が本ッ当にすみません」

 

緒川さんはともかくとして、師匠は何を考えているのだろう。確かにあの人なら生身でノイズも倒しそうで恐い。そういった紆余曲折があり、僕のところに回ってきたらしい。何となくだが、師匠のことだ。子供たちに戦わせることが歯がゆい、といつか言っているのを聞いたことがある。その想いを曲げてまで戦う力を僕に回すようにしたのは子供()の安全を確保するためではないだろうか?絶対そうだと思う。全く難儀な性格をしてるよ、師匠はさ。

師匠の心中を察した僕はクスリと笑った。

 

「という訳で、今回は特殊武装(スペリオルズ)の性能テストをしてほしくお呼びしました。大丈夫ですか?」

「喜んでお引き受けします」

 

 

 

 

 

トレーニングルームの設定は最初の時に設定した街だった。

 

『それでは、先ず特殊武装(スペリオルズ)を纏ってください。すでにフォニックゲインはチャージしてあるので、『起動(アウェイクン)』の音声認証で展開されます』

「分かったよ。それじゃあ、起動(アウェイクン)!」

 

瞬間、首に下げたペンダントが眩い白い光を発した。数瞬後、光が止み目を開ける。すると、姿が私服から機械じみたものへと変わっていた。シンフォギアを参考にしただけあって、シンフォギアと酷似した装いだ。濃藍を基調としていて、黒とも見て取れる。両腕部には立花さんのガングニールに酷似した機構で、歯車のようなもの、銃のリボルバーのような存在があり細部が異なる。両脚部には挟むように車輪が存在していた。

特殊武装(スペリオルズ)を纏ったことで、思わず僕は感嘆の声が漏れた。

 

「おおっ……!すごい!すごいよエルフナインちゃん!」

『ありがとうございます。驚いてくれたのなら造った甲斐があるというものです。千佳さんは響さんと同じ近接格闘型なので武装は響さんのガングニールを参考にしたリボルバーナックル。高速移動を目的としたリボルバーフースが主な武装です。その他にも機構があるので、動作チェックのあとに説明しますね』

「了解」

『今の千佳さん身体強化とバリアコーティング機能、調律も可能です。どれほど動けるのかを確認したいので、模擬戦をしてもらっても良いですか?』

「それは構わないけど、いったい誰と?まさか、師匠だなんて言うんじゃ……」ガクガクブルブル

 

たとえ特殊武装(スペリオルズ)を纏ったところで、師匠に手も足も出ないのは明白。何より、しばらくは師匠との組手はしたくない。

 

『安心してください。今回は戦闘スタイルの似ている響さんと模擬戦をしてもらうので』

「なら良かった。本当に師匠だったら洒落にならなかったよ」

『それでは響さん、お願いしますね』

「はいはーい!任せてよエルフナインちゃん。それじゃあ、行くよ千佳くん!」

「よろしくお願いします!」

Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)ーーー」

 

立花さんが聖詠を歌い、シンフォギア《ガングニール》を纏い、構えた。それに倣い、俺も構える。

 

「お手柔らかに」

「うん!流石に本気ではやらないよぉー」

今回はどれほど動けるのかを確認するだけの模擬戦なので、そこまで本気でやらなくても大丈夫だろう。すると、放送が流れる。

 

『二人とも、聞こえているな?』

「この声って」

「師匠?」

『二人とも手を抜かず、本気で戦うように。手を抜く、もしくは負けた方は俺とのマンツーマンの修行を予定しているからそのつもりで』

 

ブツンと切れる放送。俺と立花さんの間に沈黙が流れる。

 

「前言撤回!」

「本気も本気!全力で行くよ!」

 

かくして、模擬戦が始まった。

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

「おい、おっさん」

「何だクリスくん」

 

いつの間にかモニタールームに集まったいた装者たちと弦十郎含む少数のS.O.N.Gスタッフ。弦十郎はモニターから目を離すことなく、クリスに反応を返す。

 

「さっき二人に言ったことは本気か?」

「当たり前だろう?」

「だよな。聞いてみただけだ」

 

モニターに映る二人は本気でぶつかり合っている。どれだけ弦十郎の修行が嫌なのか一目で分かる。他の全員も同じ心境なのか苦笑を浮かべてモニターを見ていた。

 

(まあ、あたしたちには関係ないしな)

 

無情にもクリスは、二人がどうなろうとしったことかと切り捨てて、モニターへと視線を向けるのだった。

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

「はあぁ!」

 

突き出される拳。苦もなくひらりと躱してみせる。体が軽い。まるで羽が生えたような錯覚を覚える。なおも続く拳撃。回避するだけではこの状況は変わらない。次の拳が飛んでくる前に踏み込み、伸びきった腕を捌きながら懐に侵入。踏み込んだ際に練り上げた勁を乗せた肘打ちが唸りを上げて腹部へとめり込んだ。衝撃に怯んだ隙を突き、回転。遠心力を乗せた肘打ちで更に追撃する。

 

しかし、それは受け止められてしまい腕を掴まれ動きを拘束。お返しとばかりに強烈な一撃が腹部に叩き込まれた。ハンマーで殴られたように浮かぶ体。更に数打の拳が俺の体を捉えて、後方に吹き飛ばされた。

 

「グハッ!クッ、やりますね」

「千佳くんこそ。この前まで一般人だったとは思えないよ」

「それは一重にOTONAのお陰ですよ!」

 

縮地。一瞬で距離を詰め、頭部めがけて左後ろ回し蹴りを放つ。若干後ろに押しただけで簡単に受け止められてしまったが、それは予想済み。脚部へと意識を向けて、取り付けられた車輪を急回転させる。

 

回転した車輪は受け止めていた手を弾き返し、立花さんの上体が僅かに後ろに逸れた。態勢を整える前に右脚部の車輪を回転させ、彼女を思い切り蹴り飛ばす。小さな悲鳴を漏らし、吹き飛んだ体はビルの壁を幾つか突き破って止まった。

 

残心。気を緩めることなく構え、いつ来てもいいように準備する。静まり返る中、火を噴く音が聞こえた。瞬間、右腕部が変形、ブースターとなり、そこから火を噴かした立花さんがロケットさながらの勢いで突っ込んできた。

 

「ヤバ⁉︎」

 

今から躱すことは不可能。ならば、正面から迎撃する!

 

脳のリミッター解除。出力は10%引き出し、身体能力を強化。そして、瞬時にゾーンに移行。世界が止まったような感覚。立花さんの動きは人が歩いている速度まで落ちていた。

 

受け止めるのではなく、逸らす。今の身体能力とゾーンだからこそできることだ。生身でできるのは師匠ぐらいだろう。呼吸を整え、歯を食いしばった。

 

斜めに一歩。強く踏み込んだ。腕を逸らす。しかし、簡単にはいかない。まるで大岩を押しているような感覚。少しずつ進路を変えていく。前ではなく下へと。

 

「うぉおおおおおお!」

 

裂帛の気合い。進路を完全に変え、地面へと突っ込ませた。轟音とともに大きな揺れが体に襲いかかるが数秒後には揺れは止まった。

 

立花さんは上半身が地面に埋まり、下半身をさらけ出した状態で動きを止めていた。とても、目のやり場に困る状況だ。その時、二つの殺気が俺を射抜くのを感じた。一瞬で背筋が冷え、咄嗟に振り返る。そこには誰もいなかった。

しかし、気のせいでないのなら。確かこの先にモニタールームがあったような気が……。

 

『そこまで!今回の(、、、)模擬戦は終了だ』

『十分なデータが取れました。ありがとうございます千佳さん。あとでその他の機構について説明しますね』

「わかったよ。さてと……」

 

立花さんを地面から助け出すと、まだ目を回していた。

あれだけの衝撃で目を回すだけとはシンフォギアの防御力はとても高いようだ。特殊武装(スペリオルズ)の防御力もシンフォギア負けず劣らずの高性能らしい。僕たちの変身が解けて、ペンダントへと戻っていく。

 

「立花さん、大丈夫ですか?」

「な、なんとかねぇ。うう、まだ目が回ってるよぉ」

「すみません。取り敢えず僕から言えるのは、師匠との修行頑張ってくださいね!」

「うう、映画鑑賞だけにしてくれないか、あとで直談判しなきゃ」

 

立花さんの手を取り、肩を貸す。すると、また殺気を感じた。いったいさっきから何だと言うのだろうか?

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

 

その頃のモニタールーム

 

「…………」ニコニコ

「…………」ジッーーー

「切歌ちゃんあの二人めっちゃ恐いんだけど」

「私もデスよ。千佳が戻ってきたら血を見ることになりそうデス」

 

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

ブルリッ。

背筋を走る冷気に首を傾げる。このあとモニタールームに入った際。背後に般若と龍を浮かべた調と小日向さんがいることに、今の僕が知る由はなかった。

 

「どうしたの?」

「……何だかこのまま部屋に入ったら、死ぬような気がして」

「そんなことないって。どうしたのいきなり?」

「僕もよく分からないといいますか。ただ言い知れぬ恐怖を感じます」

 

あながち間違いでもないことを言い当てていた僕だったが、立花さんの言う通りそんなことがあるはずもない。気にせず部屋への道のりを歩き出した。

 




千佳:順調に人の枠組を外れる&特殊武装を得る
響:目のやり場に困ることに……
調&未来:殺気が迸っている


武装に関してはリリなの要素が強いです。腕部ユニットはマッハキャリバー。脚部ユニットは仮面ライダードライブの脚をイメージしてます。突っ込みどころはおおいですが、気にするな!
読了ありがとうございました!


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閑話:ちょっとした話

息抜きに書いてみました。


 

・こんな大人にはならないように

 

 

 

食堂に僕と朔也さんは特に意味もなく居座り、コーヒーを啜っていた時のことだった。

 

 

「やっぱり僕の彼女はかわいいと思うんだ」

「いきなり何言いやがりますか。とうとうボケましたか?それとも頭でも打っておかしくなーーー失礼。すでにおかしかったですね」

「おい、どういう了見でそんなことを言うのか詳しく聞こうじゃないか」

 

迫ってくる朔也さんを押し返しながら、ため息を吐く。正直言ってうざい。彼女自慢がしたいのなら他所でやってほしいものだ。

 

「見てくれよ、この間二人でプールに行ってさ。その時の水着姿の切歌ちゃんがもうかわいくてさ!」

「いや、自分の彼女の水着姿を他の男に見せていいですか?」

「自慢する分には問題ない!」

「よーし、歯を食いしばれ」

「それだけは勘弁してください!」

 

即座に正座に移行。再びため息が漏れる。取り敢えず朔也さんの携帯を覗き込んでみると画面には切歌ちゃんではなく別人の水着姿が映っていた。無言で切歌ちゃんにいま見たことを、通信アプリを使って送信した。さてーーー

 

「おいおい朔也さん。あんたいつから切歌ちゃんから世界の歌姫に鞍替えしたんだ」

「何言ってんの⁉︎そんなことありえない、から……」

 

眼前に携帯画面を突きつける。そこにはやけにキメ顔のマリアさんが水着姿で映っている。現実を認められないのか、朔也さんは目を逸らし頭を抱えていた。

 

「おかしい。俺はマリアさんとプールに行った記憶はない。となるとあとから入れられたのか?いつどこで?……まさか、この間珍しく家にいて俺と切歌ちゃんたちにご馳走を振舞ってくれた時か!」

「どうやら、ようやく気付いたようね」

「その声はマリアさん!」

「いったい、いつからスタンバッてたんですかカデンツァヴナさん」

「貴方たちか食堂に来たあたりからよ。千佳、言いづらいだろうから私のことはマリアでいいわよ」

 

食堂の入口に腕を組んだカデンツァヴナさんが背を預けて、キメ顔で立っていた。世界の歌姫は暇だったらしい。ずっと見てたんなら最初からこっちに来ればよかったのに。マリアさんはこちらにやってくると、流れるように朔也さんの腕に絡みつく。マリアさんの豊かな胸部装甲に腕を挟まれ、満更でもなさ気な様子の朔也さん。その様子を白い目で見ている僕。パシャリと写真を撮り、切歌ちゃんに送信。もうそろそろ彼女がここにやってくるだろう。ここら辺で僕はお暇させてもらうことにした。

 

「おい千佳!今の写真どこに送った⁉︎」

「…………」ニコリ

「やめて⁉︎笑うだけとかマジで恐いから!え、待って本当にどこに送ったの!」

「あら?こんな美人のお姉さんを放っておくつもりかしら」

「あんたが原因なんだけど!お願いだからそれ以上胸を押しつけないでぇ⁉︎」

 

スタスタと食堂を出て行くと、ちょうど切歌ちゃんに会った。額には青筋が何本も浮き出ており、かなり怒っているのが窺える。

 

「千佳。朔也はどこデスか」

「食堂にいるよ」

「情報提供感謝するデス」

 

僕の返答を聞くや否や、切歌ちゃんは食堂へと駆け出していった。これから起こるであろう惨劇を想像して、黙祷しておこう。取り敢えず朔也さんのように、女性問題を抱えている大人にだけはならないようにしようと、固く胸に誓った。

この日、食堂から断末魔が響き渡ったのは言うまでもないことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

・習得祝い

 

 

「……………空が青いなぁ」

「千佳くん、そろそろ起き上がって練習を再開するよ」

「…………はい」

 

緒川さんとの修行の真っ最中。俺は仰向けに地面に倒れ、青い空を虚ろな瞳で眺めていた。俺はさっきまで水蜘蛛と壁走りをやっていた。……初めて師匠と山に登った際に付けられた重りを装着した状態で。少しずつ慣れてきたなぁ、なんて思っていたのがいけなかったのだろう。緒川さんの前では何も考えないようにした方がいいかもしれない。きっと、あの人は読心の能力持ちだよ。じゃなかったら、こんな仕打ちはできないね。

 

「次は影縫いの練習ですが、今日中には習得してもらうのでそのつもりで」

「あれれぇ?すみません緒川さん。俺さっきの修行で耳を打ってたみたいで、聞き漏らしてしまいました。もう一回言ってもらってもいいですか?」

「今日中に影縫いを習得してもらいます」

「聞き間違えじゃなかったかー!」

 

本当に突拍子もないことを言ってくれるよ、この人たちは。いったい俺を何だと思っているんだ。

 

「風鳴さんは三年かかったっていうじゃないですか。それだけ難しいものなのに、一ヶ月にも満たない俺が今日中になんて無理です!」

「大丈夫ですよ。千佳はセンスがありますからね。一割ほどはすでにできていますから。それに、人間死ぬ気になれば何でもできるものです。現に千佳くんも心当たりがあるでしょう?」

「ま、まあ、ないこともないですけど……」

「だから、私は千佳くんが失敗するたびに影縫いを使い、その有用性について説きます。実体験をともなって、ね」

 

サァーっと背筋が冷えていく。冷や汗が滝のように流れ落ちる。きっと、俺の顔は引き攣っているのとだろう。

 

「そ、そこまで急ぐ必要はないんじゃないでしょうか?」

「翼さんはアイドルやノイズの掃討で忙しい身でしたので、時間がかかるのも必然。やってやれないことはありませんよ。何より、千佳くんは多少の恐怖を与えておいた方が習得が早くて助かるんですよ。私にはマネージャーとしての仕事もありますから」

「絶対最後の奴が本音だよこの人⁉︎この鬼!悪魔!」

「それでは始めますよ。対象は僕ですからね」

「スルーしないで⁉︎」

 

 

 

 

 

 

ーーー数時間後。

 

 

 

 

 

 

「……で、できた」

「お疲れ様です。ほら、やっぱりできたじゃないですか」

 

それもこれも、失敗するたびに影縫いで拘束して、その場合どうするかをみっちり体に叩き込まれたから。体が動かないというのは恐怖でしかない。しかも相手が緒川さんだからなおさら恐い。せっかく影縫いを習得できても素直に喜べないのが現状だった。

 

「それでは、習得祝いとしてこの短刀を進呈しますね」

「え?そんな受け取れませんよ!」

「受け取ってください。この短刀自体に銘はありませんが、業物の一つなので切れ味は保証しますよ。これを使って鍛えれば斬鉄も夢ではありません」

「いや、目指しませんからね?……ありがたく受け取らせて頂きます」

「これからも一緒に頑張っていきましょうね」

「は、はは。お手柔らかに……」

 

修行は辛かったが、認めてもらえたことがちょっぴり嬉しかったりする。絶対に言わないけど。

後日、影縫いを習得したこと知った風鳴さんがやってきて、『いったいどんな修行をすればそんなにも早く習得できる⁉︎』と聞かれたので、修行内容を伝えた。途端に同情の目を向けられ、労ってくれた。おかしいな、目から汗が止まらないや……。

 

 

 

 

 

・命名

 

 

 

「痛てて、まだ脇腹が痛いよ」

「大丈夫ですか?」

 

響さんをモニタールームへ運んだ後、小日向さんと調が笑顔を浮かべて佇んでいた。あまりの気迫に僕は自然と正座をしていた。何故か二人から説教を食らい、調に脇腹を思い切り抓られた。解せぬ。

 

特殊武装(スペリオルズ)のペンダントをエルフナインちゃんに預け、細やかな調整を施していた。完全に僕専用にするために必要なことらしい。「そういえば」と、気になったことを忙しなくキーボードを叩くエルフナインちゃんに問いかけた。

 

「その特殊武装(スペリオルズ)っていうのが名前なの?」

「いえ、違います。特殊武装(スペリオルズ)は仮称です。なので、千佳さんがこの子に名前をつけてあげてください」

「え、僕なんかがつけていいのかな?」

「はい!これから一緒に戦う訳ですから、千佳さんが適任です」

 

名前。名前、かぁ。つけてと言われてもなかなか良い案がない。何か身近なものに関連付けようと思った時、ふと思いついた。

 

「……フューゲル、っていうのはどうかな?」

「聞いたことない言葉ですね?」

「造語なんだけど、未来(フューチャー)(フリューゲル)を合わせて明日を掴むための翼(フューゲル)。この間聞いた『逆光のフリューゲル』を思い出して、浮かんだんだ」

「明日を掴むための翼、ですか……。すごく良いと思います。きっと、この子も喜んでます」

 

臆病で、弱い僕が明日を踏み出すために。そんな願いも込められた名前。願わくば、僕が一歩踏み出すための翼になってくれることを祈っている。

 

「調整も終わったので、これから残りの機能説明をしますね」

「分かったよ、エルフナインちゃん」





影縫いの件は本当に申し訳ない。急すぎるけど、どうしても使わせたくてやってしまった。名前についても作者の妄想が入ってるんであまり突っ込まないでください。普通に恥ずかしいので……


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初陣

 

 

 

 

「おおりゃあ!」

「まだ甘い!殴るとはこういうことだ!」

 

師匠の拳が風を切る。風切り音が若干の恐怖を煽ってくるが、それぐらいの恐怖。歯を食いしばって耐えるだけ!

 

ゾーン状態のいま、拳の動きは緩やかだ。師匠の拳を両腕をクロスし、無理矢理跳ね上がる。がら空きの胴体。右腕部の歯車状の機構(ナックルスピナー)が急速に回転。螺旋加速する拳は風を裂いて進む。

 

「アクセルスマッシュ!」

 

さらに加速。一閃。拳が直撃した。

しかし、凄まじい威力を有した拳を持ってしても、師匠を数メートル後方に引きずるだけだった。

 

この人の身体はいったい何で出来てるんだよ⁉︎機械って言われても信じるレベルでおかしいんだけども!

 

思考を止めることなく、悪態をつきながらこちらも後方に飛び、距離を取る。

 

「うむ、今のは良い一撃だったぞ。よくぞ短期間の修行でここまでの力に磨きあげたものだ」

「死ぬかもしれないですから、無理矢理にでも強くなりますよ。師匠の体こそいったい何食べればそんな頑丈になるんです?」

「食ってるもんなんかお前と大差ない。日々修行を積んでいらば自ずと肉体は完成する」

「そうですか。あんまりムキムキになるのはあれなんで、ほどほどにしときます」

 

話しながら隙を伺うが、そんなものあるはずもなく。攻めあぐねているのが現状。師匠に気付かれないように腰に仕込んでおいた短刀を後ろ手で持つ。両脚部の車輪(アクセルスピナー)を回転させ、高速移動を始める。同時に分身の術で四人に増えた俺が師匠を撹乱する。

 

分身一人ひとりが気配を宿しているので、早々気付かれはしないはずだ。ところどころで縮地を混ぜ、師匠の目で捉えられないことを意識する。分身三体が正面から誘導。俺が背後から強襲する。このまま首に一撃入れて意識を刈り取ることが目的だ。

 

しかし、師匠は正面の三人に目もくれず、背後から迫る俺の一撃を受け止めた。

 

「分身の精度はまだ拙いが、気配を宿すところまでは完璧だ」

「あ、あの。参考までに聞くんですけど、何で後ろから来るって分かったんですか?」

「勘だ!」

「全然参考にならな、グホッ⁉︎」

 

ボディブローが決まり、宙空に体が吹っ飛ばされた。トドメの一撃を準備しようとする師匠の動きがピタリと止まった。師匠が視線だけで足下を見ると、影に突き刺さる短刀があった。

 

緒川さん直伝《影縫い》。

 

少しでも動きが止まれば十分。再びナックルスピナーを回転させた。狙うは顎。人間である以上、そこを打ち抜かれれば脳が振動し、無力化できる。今度こそ決める!

 

「ギャッ⁉︎」

 

顎に決まる重い一撃。脳震盪を起こし、地面に倒れ伏したのは俺だった。影縫いの拘束を振り払うとかどんだけ強いんだよ……。

 

「俺を拘束したいのなら慎次を超えてみせろ!」

「それ、なんて無理ゲー……ガクッ……」

 

師匠との模擬戦は俺の気絶で幕を引いた。緒川さんを超えるなんて到底無理な話なのだが……。

あとで朔也さんにこの時のことを話すと「自分で負けフラグ建てるからだよ」と返された。前にも言われたがフラグが何だというのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「ああーーー、酷い目にあった」

「お疲れさま。あの修行続けられる千佳って、実は被虐趣味の持ち主?」

「それは絶対ないからな」

 

食堂で談笑しているのは僕と調。目の前に置かれた唐揚げ定食をつっつきながら、会話に華を咲かせていた。対面にはバカップルが座っている。

 

「なぁ、千佳。いまお前に揶揄されたような気がするんだが」

「いやだなー、ロリ也さんのことを揶揄ったりする訳ないじゃないですかー」

「そうか、ならいいんーーーおい待て、いまお前なんて言った?」

「揶揄ったりする訳ないじゃないですかー」

「そのもう少し前」

「朔也さんのことを」

「明らかに事実を改変した⁉︎絶対ロリ也って言ったよこいつ!」

「違うんですか?」

「あながち否定できないから、余計に腹が立つんだよ!」

 

目の前のロリコンは置いておいて、食事を再開する。ふと横に目をやると、調がジッーと僕の方を見ていた。

 

「どうしたの?」

「あのね?その、唐揚げ定食美味しい?」

「ああ、美味しいよ。僕が今まで食べてきた中で一番美味いかもしれない」

「そっか。……よかった」

 

調が最後に何か言った気がするが、囁くような声だったので概要までは分からなかった。何故か嬉しそうにしている調に僕が首を傾げていると、

 

「何で調が嬉しそうなのか。それはその唐揚げ定食を調がムゴゴゴ⁉︎」

「はいはい。切歌ちゃんそれ以上は言っちゃいけないよ」

 

何か言おうとした切歌ちゃんの口を朔也さんが塞ぐ。調が親指を突き上げ、サムズアップを向けていた。唐揚げが食べたいってことなのかな?

 

「調も食べてみる?美味しいよ、この唐揚げ」

「え?……じゃあ、一個だけ。……あーん」

「おいおい、それは僕にあーんしろと?」

 

調は小さな口を開けて待っている。その表情には赤がさしていた。恥ずかしいならやらなきゃいいのに、と思う訳で。その姿が餌を求める小動物のようで情動が大きく揺さぶられる。最近理性との戦いが増えてきた気がするのは気のせいだろうか。いや、気のせいではない。意を決し、箸で唐揚げを摘まみ上げる。そして、ゆっくりと調に差し出した。

 

「あ、あーん」

「あーん、んっ、ふぁ。……美味しい」

「そ、そっか」

 

調が唐揚げをついばみ、咀嚼していく。口が離れる時、箸の先端から銀糸がうっすらと伸びる。僕は思わずゴクリ、と生唾を呑み込んでいた。このまま直視していたら、理性の扉を煩悩という名の鉄球で破壊されてしまう。慌てて視線を前に戻した。朔也さんがニヤニヤと僕を見ている。よし、コロソウ☆

 

親指で首をかっ切り、勢いよく下に突き下ろす。

たった二つの動作だけで朔也さんの顔が青くなり始めているが、もう遅い。取り敢えず短刀を持って延々と追いかけ回そう。いつも僕が受けている修行に比べればかわいいものだし、かなり譲歩している。朔也さんも泣いて喜ぶだろう。

 

後日、短刀を持った千佳に追いかけられ、血相を変えて逃げ回る朔也の姿をS.O.N.G.スタッフ一同が目撃したそうな。

 

 

 

残りの定食を食べてしまおうと箸を伸ばして、止まった。視線は箸の先端に固定される。ひょっとしなくてもこれは、か、間接キスになるのでは⁉︎

 

僕は衝撃の事実の発覚に戦慄した。

いや、別に嫌という訳ではない。目の前には朔也さんと切歌ちゃんがいる。余計に恥ずかしさを覚えてしまう訳で。しかも、何故か隣にいる調の刺すような視線を強く感じる。どういう意味の視線なのか問いただしたい。

 

『装者各員、及びスタッフは至急司令室に来てくれ!』

「っしゃあ!ーーーあ、何でもないです」

 

葛藤している最中、放送から師匠の声が響く。思わず、ガッツポーズで叫んでしまった。集まる視線。一気に冷静に戻った。だから、調さん。僕に穴が開いてしまうほど睨みつけるのはやめてください。別に調のことが嫌じゃないんです。むしろす……ゴホン。要するに恥ずかしいだけなのだ。調たちが離れたのを確認して、残りの料理を口の中にかっ込む。そして、僕は大急ぎで調たちの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「先ほど、アルカノイズが観測された。現在、街に進行中。避難が始まっているがこのままでは間に合わない。そこで装者に出動してもらう」

 

モニターには進行するアルカノイズの集団。このままではあの時のように街が襲われ、人が死ぬ。誰一人として犠牲者を出してはならない。もう、あの時の少年のような存在を作ってはいけない。決意するように拳を強く握った。

師匠と目が合う。

 

「千佳。お前はーーー」

「行きます。僕も、戦います」

「そのつもりだ。しかし、いいのか?本来、協力者の立場にあるお前が戦う必要はない。それでも行くのか?」

「愚問ですよ、師匠。確かにこの間まで僕は一般人だった。でも、S.O.N.G.(ここ)に来て師匠たちと出会って少しは強くなった。何よりいま戦う力があるのに、ここで指くわえて見てるだけなんて()は納得できない。俺の立場だったら師匠だってそうするはずだ」

「……分かった。だが、しっかり全員で生きて帰ってこい。お前には制限時間がある。しっかりとそれを考慮して動け」

「はい!」

 

師匠の許可をもらい、待機していた装者のみんなと合流する。

みんなから「やっぱり来たか」という視線が注がれた。どうやら俺の魂胆はお見通しだったらしい。

「一緒に頑張ろう」と、立花さんと切歌ちゃん。「死ぬんじゃねぇぞ」と、雪音さん。「任せたぞ」と、風鳴さんとマリアさん。それぞれ声をかけてくれる中、一人だけ何も言わずにただ不安そうに俺を見る調。

 

「大丈夫、無茶はしない。ちゃんと考えて動くから。そんなに心配しなくていい」

「……千佳は絶対に無茶をする」

「いや、だからしないって」

「千佳には前科がある」

「ぐっ、痛いところを突いてくる」

「そんな千佳だから、きっと無茶をする。……しょうがないから、もしもの時は私が助けてあげる」

「ありがとう。じゃあ、俺ももしもの時は調を助けるよ」

「……うん。……ありがとう」

 

俺と調のやり取りを複数の生温かい視線が見ている。若干の気恥ずかしさが残るが、それは後。今は現場に急ぐ。一刻も早くノイズを倒さなければいけない。それはみんなも同じこと。

ピリッと空気が変わる。先ほどまでの温かな雰囲気はすでになく、全員からプレッシャーを感じた。俺の顔も強張る。気を引き締め、手配されたヘリに乗り込み、俺たちは現場へと急行した。

 

 

 

 

 

 

上空から下を見下ろす。依然として普及作業が施された街にはノイズが侵入し始めていた。見える範囲でも飛行型ノイズが確認できる。これ以上の接近はパイロットを危険に晒してしまう。

 

「じゃあ、飛び降りましょうか」

「あれ?思ったより動揺してないね」

「ハッ、これぐらいの恐怖。師匠との修行に比べれば大したことないですよ」

「良い意味でも悪い意味でも染まってきてるね、着々と」

 

言わないでください。自覚はありますから。

戸を開け放ち、一斉に飛び降りると同時に六つの聖詠が響き渡った。 変身を完了した装者に続き、俺も首に下げられた相棒を握る。

 

「行こう、フューゲル。これが俺たちの初陣だ!起動(アウェイクン)!」

 

ペンダントが弾けるように光った。シンフォギアに酷似した外装を纏い、眼下の敵を捉える。頭部を守るヘッドギアからエルフナインちゃんの声が、耳朶を打つ。

 

『千佳さん、全力戦闘は持って十分ですからね!それ以上は危険ですので、時間が迫ったら即座に離脱してくださいよ!』

「分かってるよ、エルフナインちゃん」

 

十分で全部終わらせる!拳を握り締める。

だんだんと地面が迫る。風切り音が止むことなく、なり続けていた。それが恐怖を煽るはずなのだが、俺は何も感じない。前までの俺なら絶叫していたのだろうが、生憎と高所からの飛び降りは師匠のお陰(せい)で経験済みだ。……あれは嫌な経験だった。

 

アクセルスピナーを変形させ、車輪を下に向ける。地面に接触する数瞬前に急速に回転させることで、風の渦が発生。落下速度を少しだけ緩め、着地に成功した。

そのまま、元に戻したアクセルスピナーでノイズの大群へと突っ込でいく。突っ込んだ時、他のみんなもこちらに向かってきていた。何人か叫んでいるような気がしたが無視する。

 

俺に気付いた一体のノイズを皮切りに、その周辺のノイズも標的を俺に絞るのが分かった。ノイズに知性などありはしないだろうが、俺が男だと分かったのか一体のノイズが飛来する。一体だけで十分、そう言われたようで、ふつふつと腹の底から込み上げてくるものがあった。だから、その怒りを拳に乗せて、

 

「おおぉ!」

 

一閃。拳が直撃したノイズは炭となり散った。呆気なく砕けたノイズに少し拍子抜けしてしまう。拳を開閉し、特殊武装(フューゲル)が問題なく機能していることに思わず笑みがこぼれる。

 

「よしっ!」

「っじゃねぇ!このアホが!」

「グベッ⁉︎何するですか雪音さん!」

「それはこっちのセリフだ!何一人で突っ込んでいやがる!お前はそこのバカと同類なのか⁉︎」

「心外です、雪音さん。ただ俺の方が速かったから突っ込んだだけです。突っ込むことしか能のない立花さんと一緒にしないでください」

「あれ?何で私が責められてるんだろ」

 

呟く立花さんを無視して、俺たちは臨戦態勢を取った。雪音さんがアームドギアを形成し、弾幕射撃を放つ。それが合図となり、各々がノイズへと突貫する。

 

先ほどの倍の数のノイズが襲いかかる。焦ることなく、ゾーンに突入。ゆっくりになった世界で、いくら多くのノイズが来たとしても恐くはない。ナックルスピナーを回転させ、螺旋加速させた拳が飛来したノイズを打ち砕き、各個撃破する。

 

砕けたノイズは炭へと朽ち果て、煤が舞っていた。その光景が一瞬、両親が死ぬ瞬間と被ったが、すぐに頭を振って振り払う。今はそんなことを考えている場合じゃない。そう、言い聞かせる。

迫りくるノイズを打ち砕くことで、この場だけでも考えないように徹する。

 

縮地で戦場を駆け回る。時間制限があるので悠長にしていられない。ノイズを打ち砕き、後ろから迫るノイズを蹴り砕くよりも早く、立花さんが現れ、ノイズを打ち砕いた。

 

「大丈夫?千佳くん」

「お陰様で。だいぶ片付いてきましたね」

「うん。これもみんながいるからだよ!」

 

雪音さんは辺りを埋め尽くす弾幕を放ち、一度に大量のノイズを殲滅していく。風鳴さんは速度を活かした戦法でバッサバッサとノイズを斬り倒していた。マリアさんも剣を伸ばし、周囲のノイズを一度に斬り倒している。あれが蛇腹剣という奴か。調と切歌ちゃんも二人のコンビネーションを活かした攻撃で、瞬く間にノイズを倒していた。

 

やはり、強い。俺よりずっと前から戦っていたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。俺も負けていられない。

 

「来るよ!」

「はい!」

 

大きく踏み出す。練り上げた発勁を余すことなく乗せた拳が迫り来ていたノイズを黒い粉塵へと変える。俺の背を飛び越えた立花さんが右腕部を以前のブースターに変えて、周辺のノイズごと吹き飛ばす。

 

負けじとチャージされたフォニックゲインの一部を、小さな球状にして放ち中空に浮かぶノイズを貫く。『アクセルシューター』と名付けることにしよう。

 

アクセルシューターは消えることなくノイズを貫いていく。おまけとばかりに更に三つほどシューターを放った。ある程度操作できるのだが、それは四つが限界。それも簡単な指示だけ。しかし、ノイズが相手ならばこれだけで十分だ。

 

……ズズゥン!

 

突然の振動に体が大きく揺れる。振り返ると、ビルほどの大きさがある巨大ノイズが此方に進行していた。俺と立花さんの目が合う。

そして、同時に頷き、走り出す。

 

「エルフナインちゃん!一発だけなら使ってもいい⁉︎」

『致し方ありません。けど、一発だけですからね!それ以上は千佳さんの体が危険なんですからね』

「ありがとう!ーーーカートリッジ・ロード!」

 

右腕部のナックルスピナーが回転。そして、バシャッという音とともに薬莢が排出された。高まるエネルギーが右腕を包んでいき、放たれるプレッシャーに身震いしてしまう。

立花さんが右腕部のブースターを点火。置いていかれそうになるがアクセルスピナーを急回転させ隣に並び、猛スピードで大型ノイズへと肉薄する!

裂帛の気合いを放つ。そして、跳躍。

 

「「うぉおおおおおおおおお‼︎」」

 

大型ノイズへと拳を振り抜く!

俺たちの拳を受けた部分が炭化し始める。ーーーが、まだ足りない。ナックルスピナーを急回転させ、もう一度薬莢が排出された。力が上乗せされ、瞬間的に威力が跳ね上がる。立花さんもブースターを吹かし、推進力を上げていく。

徐々に減り込んでいく拳。そこを起点として大型ノイズに亀裂が走った。もう一押し!

 

「「行っけぇええええええええええ‼︎」」

 

俺たちの拳がノイズの体を穿ち貫いた‼︎

亀裂が全身に広がり、崩壊する大型ノイズ。黒煙じみた煤が辺りを包み、舞っていた。

 

「やったね、千佳くん!」

「はい。何とかなりましたね」

『何とかなりましたね、じゃないですよ‼︎』

「ぉおお……」

 

エルフナインちゃんの怒声が鼓膜を貫いた。突然のことに耳を押さえてしゃがみ込んでしまう。

 

『一発だけって言ったのに何で二発も使ってるんですか⁉︎あれほど、あれほど!ボクは注意しておいたはずなんですけど!帰ってきたらすぐにメディカルチェックしますからね!』

「り、了解です」

 

あのままでは倒せなかったと言っても、許してはくれないだろうな。肩を落としてため息を吐く俺を、立花さんが苦笑して見ていた。まあ、エルフナインちゃんが怒るのも仕方ないことは解ってる。

 

『カートリッジシステム』

 

圧縮されたフォニックゲインを薬莢に封入して、ロードすることで瞬時に爆発的なフォニックゲインを得ることができる。その恩恵はさっき実証した通り、攻撃力の強化などがある。他にも使いどころを考えればなかなか汎用性があるシステムだ。

けれど、メリットだけではなくデメリットも存在する。瞬時に爆発的なフォニックゲインを得ることでフューゲル及び、肉体に過度な負担をかけてしまうことだ。体感ではあるが、二発使っただけで思ったよりも体力を消耗している。フューゲルの負担も相当なものだろう。

まだまだ調整が必要なシステムであるが、絶対に使わなければならない場面が出てくる。その時はきっと躊躇なく使うだろう、と独白する。

 

ノイズの殲滅が終了し、他のみんなと合流しようと足を動かそうとした時だった。ゾクリと、背筋に冷たいものが走った。本能に従い、響さんを抱き抱えて横に大きく跳んだ。

数瞬後、俺たちが立っていた場所を燃え盛る炎が埋め尽くしていた。肌を突く熱量がその威力を物語っている。あと少し跳ぶのが遅れていたら、怪我どころの話ではない。

 

炎が飛んできた方に目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。雪音さんの銀髪とは違う真っ白な髪と肌。容貌は整っていて、真紅の双眸が此方を射抜いていた。そして、瞳と同じ真紅の鎧を纏っている。恐らく、あれはシンフォギアだ。確証はなかったが、そう直感した。

抱えた立花さんを降ろし警戒を怠ることなく、何か少しでも情報を引き摺り出そうと口火を切る。

 

「おいおい、いきなり何しやがる?挨拶にしては物騒過ぎるぜ」

「……シンフォギア装者の能力を調べていたら、貴方のような異物者(イレギュラー)が出てきたものだから。こうして出向いたまでのこと」

「そいつはご丁寧にどうも。あんたの口振りから考えるに、前のノイズの出現もあんたの仕業か?」

「そうよ?敵対する相手の能力を調べるのは当たり前でしょう」

「つまり、そんなことのために街を襲撃したと?」

「そうなるわね」

「……街の人たちを巻き込む必要があったのか?」

私たち悲願(、、、、、)は世界から争いを無くすこと。そのために障害となるモノを排除しなけらばならない。そのためなら多少の犠牲(、、、、、)は致し方ないことだわ」

 

多少の犠牲。致し方ないこと。そんな理由で街を襲った?

人が死んでるんだぞ(、、、、、、、、、)……ッ!そんな言葉で済ませていいはずがないだろう。争いを無くすために力を使っていては、新たな火種を産み、余計に争いが増えるだけ。そんな簡単なことが分からないとでも言うのか!

 

「貴方の力もだいたい解ったし、引かせてもらうわ」

「逃すとでも?」

「無理よ。私は強いから」

 

瞬間、縮地で距離を詰める。初見なら驚くぐらいはするものだが、特に気にした様子はない。気にせず俺は拳を振り抜こうとして、突如現れた炎に呑み込まれて吹き飛んでしまった。

 

「だから言ったでしょ?私は強いって」

「そうだな。確かにアレを正面から食らったらひとたまりもないだろうなっ!」

「ッ⁉︎」

 

言葉とともに振り抜く拳。

しかし、直前で滑り込んできた手に拳を止められてしまった。

 

「どういうことかしら?確かに燃やしたはずなのだけど」

「ハッ、ただ単にお前の狙いが甘かっただけだろ」

「言ってくれるじゃない……」

 

俺の悪態に、彼女の睥睨している瞳の鋭さが増した。

さっきこいつが燃やしたのは変わり身として残した分身。俺はその影に隠れて、気配を消して接近した。こいつの炎は任意で発動できるようだ。それもこいつの視界に映る範囲か、こいつの周囲何メートルかの範囲か、そのどちらかかもしれないし、両方かもしれない。十分に注意を払わなければならない。

 

「それで、このまま一緒についてくるつもりはないんだろ」

「当たり前でしょ。どこに敵の本拠地に赴くバカがいるというの?」

「ま、そうだよな」

「ええ」

 

ピリッとしたものを肌で感じ、後ろに跳躍。案の定紅蓮の炎が猛威を振るう。複数個のアクセルシューターを放つ。シューターが彼女を取り巻くように肉薄するが、当たることはなく形成された剣に斬り裂かれてしまった。

 

「シンフォギアだけではなく、貴方も十分脅威になり得るわね。認識を改めておくわ」

「待て!」

 

紅蓮の炎が壁となり、歩みが止まる。炎が消え去った時には、すでに彼女の姿はなくなっていた。逃げられたことに舌打ちが漏れる。

 

『千佳、撤収だ。現れた少女の行方は此方が受け持つ』

「分かりました……」

 

師匠から通信が入り、渋々と頷く。

ノイズを殲滅することはできたが、ここにきて新たな敵の出現。一抹の不安が脳裏を過ぎった。頭を振って追い出そうするが、何故か不安を払拭することができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「痛てててて⁉︎痛い!痛いんだけどエルフナインちゃん!」

「知りません!千佳さんの自業自得です!言いつけを破って、まだ調整が済んでいないカートリッジシステムを二発も使うわ、その後すぐに未確認の装者との戦闘ですよ。体に負荷が溜まってるな決まってます!だからその痛みは甘んじて受けてください!」

「いや、違うから⁉︎体よりもエルフナインちゃんの抓りが痛い!メディカルチェックしながら抓るなんて器用なことやめてぇ!」

 

帰ってきて早々、僕はエルフナインちゃんに医務室へと連行された。何故か調も一緒に来ている。フューゲルもチェックするとのことで取り上げられた。無理したのは僕なので、とても頭が上がらない。

 

「メディカルチェックをした限り、特に異常はなく疲労しているだけなので明日はゆっくりと体を休めてくださいね?」

「分かったよ。それで、あの装者について何か進展は?」

「まだ何も解っていないのが現状です。朔也さんたちが照会をかけていますが、未だに当たりはつけられていません。解り次第連絡しますね」

 

コクリと頷く。あの装者について調べることに僕ができることは何もない。朔也さんたちに任せるしかなさそうだ。服を整えて医務室を出て行こうとしたのだが、服の裾を引かれて振り返る。すると、私怒ってます、という表情をした調が佇んでいた。

 

「また、無茶した」

「うっ、ごめんなさい……」

「響先輩のこと抱っこして鼻の下伸ばしてた」

「あ、それは絶対ない。べ、別にあの人のことを女性として認識していない訳ではなくて。ただあの状況では鼻の下伸ばしてる暇はなかったです、はい」

「ふーん」

 

どうやらまだ疑っているらしい。無茶して怒られるのは分かるのだが、何故鼻の下を伸ばすことも怒るのだろうか?断じて鼻の下を伸ばしてはいないのだが、少し気になった。

 

「取り敢えず、これからは無茶しないように」

「善処します……」

「それじゃあ、帰ろ?今日はもう私たちがすることはないから」

「そうだね、帰ろっか」

 

自然に僕の手を取る調。手を取られたことに一瞬惚けてしまうが、すぐに我に返って苦笑した。繋ぐ手は女の子特有の柔らかさがあり、少し力を入れてしまったら折れてしまいそうだった。調から伝わる人肌の温かさに、いつの間にか苦笑は微笑みに変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………ピシリ。

 

何処かで亀裂が広がる音が響いた。

しかし、その音を聞いた者は誰もおらず。徐々に徐々に亀裂は広がっていく。ゆっくりと、確実に………。

 

 

 





『カートリッジシステム』

右腕部のナックルスピナー、右脚部のアクセルスピナーに搭載。フォニックゲインを増大させるカートリッジ弾倉が込められていて、装弾数は各部六発。ただし使えば使うほど各部、体に大きな負担をかけることになる。使いどころを選ぶじゃじゃ馬。



なんとか投稿。ようやく敵出せた……。
あれ?でもおかしいな?最初はほのぼのを予定してたのにいつの間にか戦闘寄りになってきている。これも全てOTONAの仕業に違いない。


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