不死人が異世界から来るそうですよ? (ふしひとさん)
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不死人

○月▲日

 俺の右手の甲には、暗い闇の底のような環が浮かび上がっている。

 この環はダークリングと呼ばれている。ダークリングが浮かび上がった者は、死ぬことができなくなる。

 死ぬことができなくなった者は不死人と呼ばれ、やがて思考能力が磨耗し、本能のままに人を襲うことしかできなくなる亡者となる。

 今となっては思い出せない、もうずっと昔になってしまった日。

 王国に仕える騎士として働いていた。愛する国と民のために、幾つもの死線を乗り越えてきた。ただ、最後の戦場で俺は敵兵に殺され── 生き返ってしまった。右手の甲にはダークリングが浮かび上がっていた。

 そして、北の不死院に収容された。それこそ世界が終わるまで、ここから出られることはない。

 これまで国の為に心身を捧げてきたのに、その結果がこれなのか。不死院に収容された直後はそう思ったりもした。ただ、骨と皮だけの痩せ細った化物のようになった自分の腕を見ると、こうして隔離されるのも仕方ないと思えた。

 それからはもう、地獄のような生活だった。

 不死人は死ぬことができない。一昔前の権力者なら羨ましがるだろうが、死ねないというのはただの呪いだ。ただひたすら、牢の中で餓死と病死を繰り返した。

 亡者にはなりたくない。俺はその一心で、足下の石ころで壁に日記を書いた。だからこそ、亡者にならず正気を保てている。もしかしたら関係ないかもしれないが。

 ただ、今となってはゼンマイ仕掛けのように書き連ねているだけだ。いっそ亡者になった方が幸せかもしれないが、どうでも良かった。

 最近になって、餓死の苦しみも慣れてきた。それが良いことなのかはわからない。

 

………

……

 

×月◾️日

 不死院に新入りがやって来た。そいつは年端もいかない少女だった。

 少女の両親は娘を捕らえようとする国に反抗した結果、殺されてしまったらしい。

 可哀想だと思っても、俺にはどうすることもできなかった。

 最初は耳を裂くような泣き声が毎日響いていた。ただ、ある日を境に泣き声がぴたりと止んだ。多分、腹が空き過ぎで泣き叫ぶ体力がなくなったのだろう。

 餓死したとき、生き返った少女の肉体は健常のそれになって、再び泣き叫ぶことになった。

 泣き叫び、餓死し、泣き叫び、餓死し。それを繰り返して、やがて何も聞こえなくなった。

 この世界はもう、終わっている。

 

………

……

 

♫月!日

 これからは机の上に置いてあった手帳に日記を書いていこうと思う。

 この日は何の前触れもなく、突然訪れた。

 天井から亡者が落ちてきたのだ。

 空が見えるようになった天井からは、鎧に身を包んだ騎士がいた。俺のことを一瞥すると、そのまま何処かへ去ってしまった。

 亡者が持っていた鍵を使い、牢の扉を開けた。まさかあの狭い世界から出られるなんて、夢にも思わなかった。

 行くあてもない。これからどうすればいいのかも分からない。

 ただ一つ、気がかりがあった。ずっと前に不死院に監禁された少女はどうなっているのだろうか。もし無事なら、助け出したい。

 ある牢を覗くと、女性の服を着た亡者が狂ったように部屋を徘徊していた。

 手遅れだった。ただ、心のどこかでこうなると分かっていたのか、心は思ったほど揺れ動かなかった。

 

………

……

 

★月@日

 俺を助けてくれた騎士が死にかけていた。正確に言うと、亡者になりかけていた。

 彼も不死人で、国に伝わる不死人の使命を果たすためにこんな場所まで来たらしい。

 彼はその不死人の使命を、俺に託そうとした。

 やりたいことも、目的もなかった。俺はどうしようもなく空っぽだ。だからこそ、俺はこの人の頼みを受け入れた。

 そうすることで、俺は化物以外の何者かになれる気がした。

 その人は、安心したように笑ってくれた。

 亡者になって襲いたくないと言っていたので、俺は彼を置いて先に進んだ。亡者になってしまえば、元に戻す方法などない。俺にはどうすることもできなかった。

 この恩人に報いるには、不死人の使命を果たすしかない。鐘を鳴らすため、俺は使命の地ロードランを駆け巡ることになった。

 

………

……

 

〆月∪日

 外の世界には、亡者以外にも人がいた。

 いつも愚痴っている心の折れた騎士。この人は本当に愚痴ばかり言ってるが、それと同時に有用な情報を提供してくれる。多分、悪い人ではないのだろう。

 次に、玉ねぎみたいな兜を被ったジークマイヤーさん。どこでも寝れるのが特技で、この掃き溜めのような世界でも珍しく陽気な性格だ。この人の明るい性格には、絶望に満ちたこの世界で何度も救われた。一緒に戦わなければ、センの古城を攻略することはできなかっただろう。

 次に、太陽の戦士のソラールさん。自分だけの太陽を探すために、このロードランに訪れたらしい。この人もジークマイヤーさんに負けず劣らず明るい性格だ。彼とも色々な場所で一緒に戦い、死線を潜り抜けてきた。

 協力して敵を打ち倒す。ずっと忘れていたこの感覚を思い出し、少しだけ幸せな気分になれた。

 

………

……

 

♪月$日

 心が折れそうだ。死ぬことはまだいい。そんなもの、二桁越えれば慣れる。だけど、戦友を何度も殺すことになるなんて、夢にも思わなかった。それだけは、いつまでたっても慣れそうにない。

 

………

……

 

∽月+日

 慣れた。やっと分かった。地獄こそこの世界だ。

 

………

……

 

 地に臥した薪の王グウィンを見下ろしながら、俺はこれまでの戦いを振り返っていた。怨嗟と絶望しかない戦いだった。良い記憶は一つもない。

 だが、やっと終わった。やっと、終わりを始めることができる。

 俺はもう決めていた。この身を捧げて、始まりの火を復活させる。

 死ねないのは呪いだ。死ねるからこそ、人は人になりえる。

 その呪いを解くことができるなら、俺は喜んで薪になろう。この地獄が終わってくれるなら、それでいい。たとえ、この魂ごと燃やし尽くされようとも。

 篝火の前で腰を下ろす。後は、これに手をかざせば終わりだ。

 ふと、まだ封を開けていない手紙があったのを思い出す。いつの間にか懐に忍び込んでいた手紙だ。

 これまでは精神的余裕がなく、封を開けることすらしなかったが、今なら読んでやってもいいだろう。そんな軽い気持ちで、封を開けた。開けてしまった。

 手紙に書いてあるのは、この世界を捨てて箱庭に来いというものだった。

 次の瞬間、俺は空に放り出された。風を切りながら、重力に引っ張られていく。

 眼下には大きな湖が広がっている。

 ただ、こんな突拍子のない事態は慣れっこだ。過去の世界や絵の世界に引きずり込まれたこともある。墜落死だって何千回もしてきた。落下先にマグマがあったこともある。慌てるようなことでもない。

 俺の他にも、3人の少年少女が落下している。彼らが墜落死することはなさそうだと、とりあえず安心する。

 ただ俺は、鎧を着てるから泳ぐことなんてできない。墜落死は免れても、溺死は確定だ。そういえば最近溺死はしてなかった。

 まあこんな日もあるかと、俺は為すがままに水面に叩きつけられた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 4つの大きな水飛沫が舞い上がってからしばらく、1人の少年と2人の少女が湖から上がった。

 少年と少女はあからさまに不機嫌な顔をし、もう1人の少女は何事もなかったように猫の体を拭いている。

 とはいえ、彼らも手紙を読んだ後、何の前触れもなく大空に投げ出され、湖に落下させられたのだ。これで不機嫌にならない方がおかしな話だ。

 

「信じられない…… いきなり人を呼んで、空に放り出すなんて! 下に湖がなければ、そのまま地面に叩きつけられて即死よ!」

「全くだ。どこの誰だか知らねえが、ふざけたことをしてくれやがる。場合によっちゃ速攻ゲームオーバーだぜ。一応確認しとくが、お前らもあの手紙を読んだのか?」

「まずそのお前という呼び方をどうにかしてくれないかしら。私の名前は久遠飛鳥よ。以後気をつけて」

 

 プライドの高さが伺える言葉に、少年はやれやれと肩をすくめる。

 飛鳥もこの少年を野蛮な男だと評価をして、もう1人の猫を抱きかかえている少女に目を向けた。

 

「猫を抱きかかえているあなたは?」

「春日部耀。以下同文」

 

 ごく短く、簡潔に答えた。湖に落とされたことに何も言わない辺り、マイペースな性格なのだろう。

 

「そう、よろしくね春日部さん。それで、見るからに野蛮で凶暴そうなあなたは?」

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

「……説明書を用意してくれたら考えるわ」

「マジかよ、なら今度作っとくから覚悟しとけ」

 

 両者の間に火花が飛び散る。その傍ら、耀は自分たちの落ちた湖に目を向けていた。

 

「……あの」

 

 これまで沈黙していた耀が声をあげた。自然と2人の注意が向く。

 

「どうしたの春日部さん」

「お前も説明書が欲しくなったのか?」

「……違う。落下する途中、騎士みたいな人を見たんだけど」

「「あっ」」

 

 主に十六夜の尽力があって、湖の底に沈んでいた騎士は救出された。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 全身を甲冑で包んだ男が水辺で腰を下ろす。つい先ほどまで湖の底に沈んでいたとは思えない落ち着きぶりだ。十六夜が湖の底から彼を助ける最中も、溺死しかけているとは思えないほど身じろぎしなかった。

 甲冑の男はすくりと立ち上がる。

 その佇まいは堂に入っており、物語から騎士が飛び出してきたような錯覚を覚える。

 その鎧をよくよく見てみれば、丁寧に手入れはされているものの、数多くの傷が刻まれている。そんな歴戦の鎧も水に濡れて台無しだが。

 彼の横では、再び服を濡らしてしまい、不機嫌そうに顔をしかめる十六夜がいる。

 

「クソッタレ、また服を濡らしちまった。それにしてもあんた、ギリギリだったぞ。俺がもう少し遅かったら死んでたぜ」

「すまない少年、恩に切る。俺も可能ならば死にたくないのでな」

 

 体を震わせるような低い声だった。歳月の積み重ねを感じさせる渋みがある。

 フルフェイスの兜で顔は伺えないが、おそらく年上だろう。

 

「それで、君たちは? あまり見かけない恰好をしてるが」

「私は久遠飛鳥よ」

「春日部耀」

「逆廻十六夜だ。お前の命を救った恩人の名だぜ。キチンと心に刻みこんどけよ。それで、あんたは?」

 

 名前を聞かれると、騎士の男は黙り込んだ。

 名前を明かせない事情でもあるのだろうか。

 

「名亡きでいい」

「名亡き? そりゃあ、名前がないって意味か?」

「ああ、そうだな」

 

 あっさりと偽名を認めた。

 本名を言わず、その場で作ったであろう適当な名前を名乗ったことに対して、飛鳥は眉をひそめた。

 

「私たちはちゃんと本名を名乗ったのよ。あなたも礼儀として、真面目に名乗るのが筋じゃないかしら」

「いや、ふざけてる訳じゃないんだ。俺も随分と死にすぎてな。自分の名前もわからなくなるほど記憶が磨耗してしまったんだ」

「……死にすぎて? 何を言ってるの?」

「……?」

 

 会話が噛み合わず、互いに頭を捻る。

 そんな彼らの様子を、茂みの中から窺っている存在がいた。

 

(……や、やってしまいました。だってまさか、全身に甲冑を着ているだなんて思わないじゃないですか!? ど、どうしましょう、特にあの甲冑の方── 名亡きさんの心証は最悪ですよねぇ!)

 

 外見は普通の少女だが、頭の上にウサギの耳がピンと生えている。ウサギのような耳だけあって、彼女の耳は名亡きたちの会話をしっかりと拾っていた。

 彼女こそが名亡きと十六夜たちを呼んだ張本人、黒ウサギである。

 ただ、呼び出して早々こんなハプニングが起こるなんて思いもしなかった。もう少しで殺人者の汚名を着るところだった。

 

「色々と気になることはあるけどよ、そこに隠れてるやつに話を聞いてみようぜ」

 

 ビクリと心臓が跳ね上がった。十六夜は明らかにこっちに顔を向けている。

 

「あら、あなたも気づいてたの」

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ。そっちの2人も気づいてるだろ」

「風上に立たれれば嫌でもわかる」

「……ああ、まあな」

 

 十六夜どころか全員に気づかれている。

 このまま隠れていても意味がないと判断した黒ウサギは、大人しく茂みから出てきた。

 最初こそおどけた風に自己紹介する予定だったが、事故とはいえ名亡きを殺しかけてしまっている。

 誠心誠意、真面目な対応を取らなくては4人の不信感を拭えないだろう。

 

「ご、強引な方法でお呼びしてしまい申し訳ありません。甲冑の方の命を危険に晒してしまったのも、完全に私の不手際です。ですが、どうかここは黒ウサギの話に耳を傾けてくれませんでしょうか!」

「断る」

「却下ね」

「お断りします」

「手短に頼む」

 

 三者三様で断る中、意外にも名亡きが協力的な返事をした。黒ウサギは感動で泣きそうになる。

 問題児ばかりと思っていたが、どうにか精神的大人がいてくれた。

 

「いいの、名亡きさん? 死にかけたんだし、少しくらいのイジワルならしてもいいと思うのだけど?」

「確かに死にかけたが、別に俺は気にしていない。それに、俺は元の場所に戻らないといけないしな。そのためにも早く状況の説明をしてほしい」

「えっ」

 

 予想外の出来事に、黒ウサギは動揺を隠しきれなかった。

 まさか、話を切り出す前に帰りたいと言われるとは。あの手紙を読んだのはつまり、名亡きにも特殊な恩恵があるということだ。しかも、彼の装備から察するに戦闘系の恩恵だろう。

 事実、彼は言葉で言い表せないような風格を纏っている。

 貴重な人材だ。必ずや目的達成の大きな力になる。だからこそ、彼をここで帰らせるわけにはいかない。

 いかないのだが、帰らなければならないという強い意志を感じてしまった。

 というかそもそも、元の世界に送り返す術も持っていない。

 

「そうか、帰れないのか」

 

 言葉を聞かずとも、名亡きは黒ウサギの心中を察した。

 

「……も、申し訳ありません! ですが、この世界にはビックリ仰天するような楽しいことが沢山ございます。きっと貴方もお気に召して──」

「いや、謝ることはない。気は進まないが、帰る方法なら知っている」

 

 名亡きがそう喋り切った瞬間、いつの間にか彼の手には短刀が握られていた。十六夜や耀、黒ウサギの動体視力を以ってしても、ほんの少しも捉えることができなかった。

 名亡きが武器を取り出したことにより、この場が緊張で張り詰める。

 黒ウサギに力づくで何かするものだと、黒ウサギを含んだ全員がそう思っていた。

 しかし、それは全くの見当外れで。

 誰かが「あっ」と言葉を発した。

 名亡きは微塵の躊躇もなく、首筋を甲冑の隙間から短刀で斬り裂こうとした。

 

「!」

 

 首筋に当たる寸前で刃が止まる。

 いち早く反応できた十六夜が名亡きの腕を掴んでいた。

 

「おい、今何しようとした……!?」

「首に剣を突き立てようとしただけだが」

 

 あっけからんにそう答える。

 彼のどこまでも平坦な声色からは、恐怖といった感情が微塵も感じられない。まるで呼吸をするような気軽さで、彼は自殺しようとしていた。

 

「な、何を言ってるの!? そんなことをしたら死んでしまうじゃない!!」

「ああ、そうだな」

「そうだな、って……!?」

 

 得体が知れない。ヒトの形をしてるはずなのに、目の前の男の得体が知れない。

 

「まあ、なんだ」

「!!?」

 

 名亡きは流れるような動作で、十六夜の手を振り払った。まさか振り払われると思わなかったのか、十六夜は驚きで目を見開いている。

 

「そんなに慌てることもないだろう」

 

 名亡きは己の首に短刀を突き刺した。

 



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終わらせたい人

 名亡きの首に短刀が突き刺さった。

 周囲から溢れる悲鳴を無視して、名亡きは短刀を更に奥へとねじり込む。

 首の後ろに刃が飛び出て、赤い花弁が盛大に狂い咲いた。

 血を撒き散らしながら、名亡きは糸の切れた人形のように地面に倒れる。

 大量の血が地面に流れる。そのまま名亡きを沈めてしまいそうなほど、大きな血溜まりが広がった。

 飛鳥と耀は顔を青くしながら名亡きを見る。あまりの凄惨さに、逆に目が離せなかった。こんなに間近で死に行く人を見るのは── 自分から命を絶つ人を見るのは初めてだった。

 普通なら痛みでもがき苦しむだろう。だが、名亡きは身じろぎ一つしない。痛みも、死も、まるで愛する我が子のように受け入れてるとすら感じられた。

 やがて、心臓が止まった。遥か先の物音まで拾える黒ウサギだからこそ、わかってしまった。

 自分のせいで── いやしかし、こんなにあっさり命を捨てるなんて誰が予想できるだろうか。心の中でそう言い訳しながらも、自分のせいだという自責の念からは解放されなかった。今にも泣き出しそうな表情で、黒ウサギはその場にへたりこむ。

 ただ十六夜だけが、今起こっている異常を察していた。

 

「……何だよ、これは」

 

 名亡きの体が粒子となって消えていく。

 最初からそこに何もなかったように、名亡きの体は消え去ってしまった。

 

「篝火には帰れんか。まったく、厄介な場所に呼んでくれたものだ」

 

 ついさっき凄惨な死に方をしたはずの男が、まるで幽霊のように徐々に実体を保って現れた。

 全員が状況について行けず、思考が停止する。

 最初こそ呆けた表情をしていたが、次第に驚愕のそれに変わっていく。

 

「ど、どういうことですかぁぁぁぁ!!??」

「あなた、さっき死んだはずじゃ!?」

「……ゆ、幽霊!!!」

「何をそんなに騒いでいるんだ? 少し死んだだけだろう」

「ど、どうして名亡き様が何言ってんだこいつらみたいな口調なんですか!?」

 

 てんやわんやの大騒ぎだ。だが、無理もない。

 この箱庭だろうと、死んだらそれっきりだ。普通は生き返れない。それを為すには神の如き能力が必要だ。

 

「……」

 

 比較的冷静な十六夜は、歴史の教科書に載っているとある人物を連想した。遥か昔、ゴルゴダの丘で十字架にかけられ、ロンギヌスの槍で貫かれた男のことを。

 後世では、その男も3日後に蘇り、天に旅立ったと伝えられている。死の淵から蘇った男を、人々は何と呼んだだろうか。

 神を屠ってきた名亡きをそう呼ぶのは、皮肉が効きすぎた話だが。

 

「それじゃあ、名亡きさんは死んでいない…… というか、生き返ったということね」

 

 女性陣が落ち着いた所で、名亡きへの追求が始まった。

 誰も彼も、警戒した目で名亡きを見る。しかし、当人の様子は特に変わらない。

 

「ああ、そうなるな」

「ま、まさか蘇生系の恩恵だなんて…… 人の身でありながらなんて強力な恩恵を……」

「恩恵…… 不死人の俺に対する嫌味か?」

「えっ!? いえ、そんなつもりは毛頭もございませんヨ!?」

 

 黒ウサギは慌てて弁解する。

 口調こそ相変わらず平坦だが、場の空気が少しだけ重くなった。

 己の不死性を恩恵と呼んだことに、名亡きは不快感を示した。彼にとって不死は良いものではないと、黒ウサギは脳内にインプットした。

 黒ウサギの予想通り、名亡きは不死を呪いとしか考えていない。不死というものは人の心を腐らせて、化物と成り果てさせる毒だ。

 

「ヤハハ、面白えなお前。不死人っつーことは何をしても死なねえのか?」

「俺のどこが面白い。不死人はその辺に掃いて捨てるほどいるだろ」

「はぁ?」

「ん?」

 

 再び両者の認識にズレが生じた。

 十六夜たちの認識では不死の人間がその辺に掃いて捨てるほどいるはずがない。いてたまるか。

 逆に、名亡きの認識では不死人を知らないなんて有り得ない。誰もがいつ自分にダークリングが現れるかと怯え、荒みきっているのだ。不死人を知らないなんて、それこそ世界の果てに住む世捨て人だとしてもあり得ない。

 ただ、名亡きも十六夜たちも、お互いに相手が意味不明な嘘を吐くとも思えなかった。

 

「こいつは少し会話をする必要がありそうだな」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「そう、か。ここはそういう世界か」

 

 箱庭世界。十六夜たちのいた世界とも、名亡きのいた世界とも違う、様々な種族や修羅神仏が集う異世界だ。

 これまで絵の世界や過去の世界に飛ばされた経験のある名亡きだが、世界観がまるで違う場所に飛ばされたのは初めての経験だ。ちなみに、絵の世界と過去の世界はキッチリと絶望と苦痛に満ち溢れていた。

 名亡きのいた世界にも様々な種族、そして神と崇められた存在がいた。名亡きが殺し尽くしてきたのだが。

 ただ、似てる点はそこだけだ。名亡きのいた世界と、箱庭世界はまるで違う。

 箱庭世界では、ギフトゲームというルールに則った遊戯で競い合う。そこが決定的に違う。名亡きのいた世界では殺し合いが全てだ。本能のままに襲ってくるのだから、そこに意味なんてない。

 そして、この世界では神や精霊、悪魔から授けられた力── 恩恵が存在する。只者ではないと思っていたが、十六夜たちにも何らかの恩恵を所有しているようだ。

 だから黒ウサギは、右手の甲に浮かんでいるであろうダークリングを恩恵と言ったのか。

 誰かが自分にこの力を授けたなんて、考えもしなかった。もしそんな存在がいたとすれば、どうせロクデモナイ奴だろう。いつか八つ裂きにしてやりたい。

 

「名亡きさん、あなたの世界は……」

 

 飛鳥は言葉を若干濁しながら聞く。

 名亡きの異常な行動から、精神性から、彼のいた世界がどんな場所なのか想像できてしまった。

 しかし、名亡きのいた世界の悲惨さは、飛鳥の想像の遥かに上だ。

 

「……正気を失い、人を襲うようになった不死身の人間が跋扈する世界だ。すまないが、あまり詳しくは語りたくない」

 

 幸せな記憶があったのかもしれない。ただ、それらは既に忘却の彼方に消え去った。

 血と苦痛、掛け値無しの絶望の連続だった。元の世界には辛い記憶しかない。そして、そんな記憶を誰かに話すつもりはない。

 しかし、名亡きの空虚な言葉から、どれだけ悲惨な世界かが十六夜たちに伝わった。

 

「……そんな世界に、帰りたいの?」

「ああ。そんな世界だからこそ、帰らなければいけない。俺にしかできないことがあるんだ」

 

 耀の言葉に即答する。

 彼らには名亡きの目的── 自分を終わらせる(火継)ということはわからないが、絶対に成し遂げるという確固たる意志は感じた。

 

「おい、黒ウサギだったか?」

「は、はい!」

「お前が俺たちに隠してること、全部話した方がいいんじゃねえの?」

「っ!? な、何故それを……」

「強いて言うなら勘だ。だがその反応、やっぱり訳ありのようだな。名亡きみてーに元の世界に大した未練はないけどよ、それでも俺たちは生まれ育った世界を捨てて来たんだ。そっちも腹を割って話すくらいの覚悟は見せやがれ」

 

 十六夜は鋭い眼光で黒ウサギを睨む。

 名亡きの覚悟に絆された訳ではない。だが、それだけの覚悟を持ってここにいる彼を尊重したいという気持ちがあった。

 そして、それは黒ウサギも同じだった。

 同意も得ず、この世界に呼んでしまった。ならばせめて、嘘偽りなく全てを説明するのが義務だ。

 

「……わかりました、全て話します。ただ、ここでは何ですし、場所を変えてしっかりとお話ししましょう」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 落ち着いた場所ということで、名亡きたちは最寄りの都市に向かうことになった。

 その都市に黒ウサギのコミュニティの仲間がいるらしい。

 先導する黒ウサギの足取りはどこか重いものだった。それほど重大な秘密を隠しているのだろう。

 しばらく街道を進むと、大きな城壁が見えてきた。その門の前には緑色の髪をした少年がいた。

 

「黒ウサギ!」

「ジン坊ちゃん!」

 

 ジンと呼ばれた少年が名亡きたちに気づくと、安堵の顔を見せた。

 どうやら彼がコミュニティの仲間のようだ。

 名亡きはこの少年の目を知っている。絶望の中に救いを見出した目だ。

 おそらく、黒ウサギが隠していた秘密に関係があるのだろう。

 

「もしかしてその方たちが……」

「YES、この方たちが──」

 

 振り返った黒ウサギがビシリと固まる。

 そこにいたのは名亡き、飛鳥、耀の3人。十六夜の姿がない。

 

「い、十六夜さんはどこです!?」

「ちょっと世界の果てを見てくるって」

「ええっ!?」

 

 ぶっちゃけ黒ウサギの話より、世界の果ての方が面白そうだ。

 十六夜はそう言って、黒ウサギにバレないように走り去った。まるで風のようだった。その速さも、十六夜の性格も。

 

「う、嘘ですよね!? さっきまであんな真面目なこと言っていたのに、いざとなったらドタキャンなんて!? 結構シリアスな空気でしたよね!?」

「残念だけどこれが現実」

「後で個人的に聞かせてくれって言ってたわよ」

「と、止めてくれても良かったんじゃないですかお三方!?」

「止めてくれるなと言ってたから」

「同じく」

「面倒だっただけですよねぇ!?」

 

 黒ウサギは真っ白になり、その場でうなだれた。

 名亡きは別に面倒だと思ったわけではないが、十六夜が人の言葉を素直に聞くとは思えなかった。それなら、さっさと気の済むまでやらせる方がいい。

 

「止めなければまずかったのか?」

 

 ただ、黒ウサギが少し焦っているようにも感じた。名亡きの疑問に黒ウサギが勢い良く首を縦に振る。

 

「世界の果ての付近には、強力なギフトを持った幻獣がいて危険なんです! 十六夜さんが幻獣と出くわしたら、どんな事態になってしまうのか……」

「ああ、そういえば彼は不死でないのか。堅苦しいな、この世界は」

 

 不死人の間では、ダンジョンやモンスターの攻撃パターンは死んで覚えるのがセオリーだ。

 そう考えると、センの古城や結晶洞窟は本当に酷かった。今でも思い出しただけでウンザリする。何度墜落死したのか数えれたものじゃない。軽く3桁は超えるはずだ。

 死んでも大丈夫という精神だからこそ、トライアンドエラーで踏破できた。死んだら終わりの常人なら、それこそ100年懸けても攻略できないのではないだろうか。

 

「ふ、不死……?」

 

 不死という言葉に、ジンが不思議そうに首をかしげる。だが、彼がこの言葉の意味を理解するのはもう少し先のことだ。

 

「ジン坊ちゃん、このお三方を頼みます。黒ウサギは少し、舐めてかかっている超問題児を連れ戻してきます」

 

 十六夜の単独行動がよっぽどトサカにきたのか、ワナワナと震える黒ウサギ。彼女の激情に応じるように髪が青色から緋色に変わる。

 

「黒ウサギをコケにしたこと、後悔させてやるのですよー!!」

 

 そう言い残し、猛スピードで来た道を引き返した。

 名亡きはその速さに感心しながら黒ウサギを見送った。これならいずれ十六夜にも追いつけるだろう。

 装備を全て外し、スタミナを瞬時に回復させる緑花草を食べれば、あるいは自分も彼女に並走できるだろうか。

 

「行っちゃったわね」

「うん」

 

 もにょった空気を、ジンが咳払いをして仕切り直す。

 

「申し遅れました。僕はコミュニティのリーダーを務めさせてもらっているジン=ラッセルです。齢11の若輩者ですが、どうかよろしくお願いします」

 

 ジンが深々と頭を下げる。

 名亡きはジンを見ながら、普通の子供と出会ったのは久しぶりだと心の中で呟いた。

 亡者と化した子供ならロードランにウヨウヨいたし、北の不死院にも少なくない数が収容されていた。

 ただ、普通の子供となると本当に珍しい。ただでさえ弱肉強食というより、強きも弱きも平等に絶望を振りまくような世界だ。そんな世界で子供が亡者とならずに不死人として渡り歩くのは不可能に近い。

 

「私は久遠飛鳥よ。こっちの猫を抱いているのが」

「春日部耀」

「そして甲冑の彼が」

「名亡きだ」

「飛鳥さんに、耀さんに、名亡きさんですね。では黒ウサギに代わりまして、僕が箱庭をご案内いたします」

 

 名亡きたちは門を潜り、箱庭の都市へと足を踏み入れる。

 このとき、黒ウサギは一つのミスを犯した。

 十六夜たちを問題児とするならば、名亡きからは優等生だろうか。物静かなのもあるだろうが、騎士然とした振る舞いがそう感じさせる。

 事実、名亡きは騎士と称するに相応しい人格の持ち主だ。不死となった身でも、終ぞ誰かを思いやる心は忘れなかった。

 しかし、それでも彼は不死人だ。苦痛と絶望に満ちた世界で這い蹲ってきたのだ。その精神はマトモとは言えない。監視をするなら、断然十六夜よりも名亡きの方だ。

 黒ウサギがそう痛感するのは、もう少し後の話である。

 

 




(いつかどちらかが亡者となり、殺し合う定めにある)友情!
(死にたくない一心で、いかに敵を効率的に殺すかを突き詰めた)努力!
(何度も死の苦痛を味わい、ようやく掴み取れたのはさらなる絶望の始まりと虚しさしかない)勝利!

 ダークソウルは少年ジャンプってはっきりわかんだね。


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狂人

「……」

 

 道行く人からジロジロと見られている。本来なら自分たちが周りの景色や人に目を向ける側のはずだ。

 周りからの視線の煩わしさに、飛鳥は小さく息をついた。耀は周りの視線を気にする様子はなく、ジンはそもそも視線に気づいていない。自分たちをエスコートするのに必死なのだろう。

 目立つのが嫌いなわけではないが、悪目立ちするのが平気なわけではない。

 原因はわかっている。今もガシャガシャと足音を響かせている名亡きだ。この世界でも、街中で甲冑を着けている男は珍しいらしい。

 

「名亡きさん、ずっと気になってたんだけどせめて兜は脱いだらどう?」

 

 堪えきれず、とうとう名亡きに兜を脱ぐよう指摘した。

 湖から救出されたときも、頑なとして兜を脱ごうとはしなかった。

 名亡きは兜を脱ぐわけにはいかない。目は窪み落ち、肌はミイラのように枯れ果てている。元の世界ならまだしも、この世界で素顔を晒して歩けば、最悪討伐隊が編成される。

 

「……事情があって脱ぐことはできないんだ。目立つのが恥ずかしいなら、少し離れて歩こう。すまない、俺の配慮が足りなかったな」

 

 どこまでも大人な対応に、逆に自分が子供染みた我儘を言ってるように感じた。

 離れて歩かせるなんて、そんな意地の悪いことはしたくない。

 

「いえ、大丈夫よ」

「……ありがとう」

 

 名亡きは一言だけ礼を述べた。こうして気遣われるのを久しく経験しておらず、それが嬉しく思えたからだ。

 お互いに気恥ずかしくなり、それっきり言葉を交わすことなく歩き続ける。

 飛鳥は恥ずかしさを誤魔化すように天幕についてジンに説明を求め、思いがけず露見した吸血鬼の存在に呆気に取られたのも可愛い話である。

 

「あそこで休憩しましょうか」

 

 ジンが指差したのはオープンカフェだった。

 複数のパラソルが並び、その下には椅子とテーブルが設置されている。

 4人は適当な席に座る。

 

「私は紅茶を注文するけど、あなたたちはどうする?」

「……私はオレンジジュース」

「僕は緑茶で」

「……」

「名亡きさん、あなたは?」

「俺はいい」

「あらそう」

 

 飛鳥が手を挙げると、猫耳を生やしたウェイトレスがやって来た。その表情は何故か硬い。

 

「い、いらっしゃいませ、ご注文はいかがなさいますか?」

「紅茶と緑茶、オレンジジュースを1つ。それと──」

「にゃにゃにゃ(すまんなぁねえちゃん、ツレの甲冑男が怖がらせてしまって。ねえちゃんには手ぇ出させないから安心しとき。あっ、それと猫まんま1つ)」

「い、いえ、そんな!」

 

 ウェイトレスは緊張が少し和らいだ笑みを浮かべた。

 

「紅茶と緑茶、オレンジジュース、猫まんまを1つずつですね。ただいまお持ちします」

 

 そう言って、早足で去っていった。名亡きの放つ異様な存在感から逃げるように。

 耀は少し驚いた表情で、ウェイトレスを見送った。

 

「あの人も三毛猫の言葉をわかってた」

 

 耀の発言に、飛鳥が目を輝かせる。

 

「『も』ってことは、春日部さんも猫の言葉がわかるの!?」

「うん」

 

 名亡きにとって、動物と会話できるのは驚くようなことではない。

 名亡きは猫を見て、黒い森の庭に住む白猫アルヴィナを思い出した。彼女は深淵歩きの騎士アルトリウスの数少ない友人だったらしい。

 アルヴィナは大狼シフと共に、アルトリウスの墓を見守っていた。

 名亡きは過去の世界でアルトリウスと死闘を繰り広げた。彼は深淵に呑まれており、助け出すことなど不可能だった。名亡きにできることは、いつだって殺ししかない。

 左腕は潰れ、本来装備してるはずだった盾もなかった。彼が本来の力を発揮できていれば、自分はどれだけ死の淵に叩き込まれただろうか。

 後に知ったことだが、アルトリウスはまだ子供だったシフを人間性から守るため、盾を授けたらしい。

 だからこそ、シフは命を賭してまでアルトリウスの墓を守ろうとしたのだろう。

 名亡きは過去の世界でシフと共にウーラシールを滅ぼした張本人── 深淵の主マヌスと戦った。それから元の時代に戻り、アルトリウスの紋章を得るために彼の墓へと訪れた。そこで、戦士として立派に成長したシフを殺した。

 シフは名亡きのことを覚えていた。それでも、己に課した誓約を貫いたのだ。アルトリウスを静かに眠らせるために。

 アルヴィナも、シフも、人間なんかよりずっと人間らしかった。

 自分にも獣と話せる力があれば、シフを殺さないで済んだかもしれない。今となってはもう、全てが遅すぎるが。

 

「その猫は喋らないのか?」

「喋らないよ」

「俺の世界では、猫は勿論キノコも人の言葉を話すことができた。訓練すればその猫もいけるんじゃないか?」

「……考えたこともなかった」

「にゃっ!?(いやちょっと勘弁してくれへんかお嬢!? 無理やから、普通無理やから!!)」

「無理かどうかはわからない」

「そうだな、諦めないことは大切だ」

「えっ、普通に流してるけどちょっと待って。キノコって、えっ……?」

 

 飛鳥は引き攣った表情で説明を求める。

 名亡きはウーラシールに拉致された日のことを思い出す。

 そう、彼女はキノコだった。キノコとしか言いようがない。本人もキノコと言っていた。

 

「名前はエリザベス。優しい女性だった。下手な不死人より意思疎通できた」

「キ、キノコ…… 女性…… エリザベス……!?」

 

 説明を受けたはずなのに、もっと意味不明になった。

 

「少しよろしいですか?」

 

 タキシードを着た色黒の男が現れた。

 そういえばと、名亡きはずっと誰かに見られていたことを思い出す。殺意がないので放っておいたが、こちらの様子を窺っていたのはこの男かもしれない。

 

「ガルド=ガスパー……!」

 

 それからというもの、ガスパーは無駄に良い声で黒ウサギたちが所属するコミュニティ── ノーネームの現状を説明した。

 魔王と呼ばれる存在がコミュニティの名、旗、そして中核を成す仲間たちを奪い去ってしまった。残されたのは10歳以下の子供と、ジン、黒ウサギだけ。

 ただ、名亡きの世界ではその手の話などよくあるものだった。子供を実験材料や皆殺しにしなかっただけ温情のある魔王だ。

 

「お三方、黒ウサギのコミュニティよりも俺のコミュニティ、フォレス・ガロに入りませんか?」

 

 要するに、ガルドがしたかったのはヘッドハンティングだ。

 ガルドの話の中にも、ノーネームを自分のコミュニティと比較して乏しめることが多くあった。

 だが、3人はどのコミュニティにするか既に決めていた。

 

「結構よ、ジン君のコミュニティで間に合ってるわ」

「私は友達を作りに来ただけだから。別にこの子のコミュニティが弱くても構わない」

「……俺も遠慮させてもらう。この世界に俺を呼んだのは彼らだから」

 

 ガルドの顔の端がピクピクと震える。

 言葉遣いこそ表面は取り繕っていたが、その端から粗野な性格が滲み出ていた。今の状態などが分かりやすい例だ。

 

「お、面白い冗談です。どうやら、俺の話をきちんと聞いていなかった──」

「黙りなさい」

 

 飛鳥がそう言った瞬間、ガルドは歯を剥き出しにして口を閉じた。

 ガルドの表情は何が起きたかわからず、目に見えて動揺していた。必死に抗おうとしているが、体がわずかに震えるだけ。顔には大きな汗が浮かんでいた。

 

「これ以上、あなたの話に付き合うつもりはないの。あなたはただ、私の質問に正直に答えなさい」

 

 ガルドはこくりと頷いた。彼女の言葉を聞いた者は、それに従う。そういう類の恩恵のようだ。

 飛鳥はどうしてガルドが他のコミュニティを吸収できたのか疑問を抱いていた。それを解明すべく、ガルドにポツポツとガルド自身の所業を語らせる。

 相手のコミュニティの子供を人質にとって、旗本を懸けたゲームを受けざるを得ない状況まで追い込んだ。そして、いざ傘下に入っても反乱できないように子供を人質にし続けていたらしい。

 

「人質はどうしたの?」

「……もう、殺した」

 

 飛鳥と耀、ジンの3人が険しい表情になる。

 しかし、ガルドの口はまだ止まらない。

 

「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭に来て思わず殺した。それ以降は連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。だが、身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が喰」

「黙りなさい!」

 

 飛鳥の言葉に従い、ガルドは再び口を閉じた。

 

「素晴らしいわね。ここまで絵に描いたような外道はそうそういないわ」

「はい、箱庭にも彼のような外道はそうそういません」

 

 名亡きは知っている。この男なんて足元に及ばないであろう、本物の外道たちを。

 ただ、それを口にする意味はない。黙って事の成り行きを見守ることとしよう。

 彼が外道と呼ばれるほど、この世界は温かく── だからこそ、自分が尚更あってはならない異物のように感じた。

 

「もういいわよ、似非紳士さん」

 

 飛鳥が指を鳴らすと、ガルドの行動を縛っていた見えない鎖が外れた。

 暴露された。もう、フォレス・ガロは終わりだ。全てを台無しにされ、ガルドの表情が怒りに染まる。

 

「こ、この小娘がぁぁぁぁ!!」

 

 虎のデーモンのような姿になり、ガルドが飛鳥に飛びかかる。この瞬間、彼の運命は決まった。死神に己の魂を差し出した。

 

 

 

 ──ずちゅん!!!

 

 

 

 肉が弾けるような音がした。

 ガルドの巨体が吹き飛ぶ。地面を擦り、ようやく勢いが弱まる。

 何が起きたのか、ガルドには全く理解できなかった。ふと、両足に違和感を覚えて視線を移す。

 

「ぁあ、ギャアアアァァァアアア!!??」

 

 尋常でない痛みが、遅れてやってくる。

 ガルドの悲痛な叫び声が木霊した。

 騒ぎを聞きつけた住民たちが集まり、ハッと息を飲む。

 ガルドの両足は原型を留めていなかった。骨が剥き出しになり、肉片が皮で繋がっているだけの状態となっている。

 ガルドが吹き飛んだ地点には名亡きがいた。

 名亡きは巨大な何かを肩に担いでいた。

 それを武器と呼ぶには、あまりにも大きく、重厚で、無骨だ。普通の人間ではマトモに持つことすらできないだろう。

 持ち主の名亡きだけが、この武器が何なのかを知っている。

 この武器は大竜牙と呼ばれている。古竜の牙をそのまま利用した大槌だ。岩より硬く、決して折れることはない。伝説の英雄ハベルの得物として伝わっている。

 大竜牙の先端には赤い血がこびりついていた。名亡きがガルドを吹き飛ばしたことに、疑いを挟む余地はなかった。

 

「名、名亡きさん……!?」

 

 ジンが震えた声で名亡きを呼ぶ。

 飛鳥を庇った行動なのはわかる。そう、それは理解できる。

 ただ、さも当然のようにガルドの両足を潰した名亡きが、血も涙もない悪魔のように思えた。ああやって無感動に、人を傷つけられるものなのか。

 名亡きは一歩一歩、虫のように地べたに這い蹲るガルドに歩み寄る。両者の距離が縮まるに連れて、ガルドの表情が恐怖に染まっていく。

 名亡きはとうとう大竜牙の間合いで足を止めた。

 

「た、助けて…… 命だけは助けてください!!」

 

 同情を引くためか、ガルドは人の姿に戻った。

 ガルドは涙を流し、額を地面に擦り付けながら命乞いをする。名亡きの一撃はガルドの心を容易く折った。

 哀れには思えど、無様だと思う者は1人もいなかった。自分がガルドの立場だったとして、果たして命乞いせずにいられるだろうか。

 見ていられず、耀が仲裁に入る。

 

「名亡き、気持ちはわかるけど──」

 

 名亡きは微塵の躊躇もなく、ガルドの頭部に大竜牙を振り下ろした。

 猛々しい轟音が響いた。

 地面と大竜牙に挟まれたガルドの頭部は地面の赤いシミと化した。頭部と泣き別れた体がびくりと跳ねる。

 誰も言葉を発することができなかった。指先一つ動かすことすらできなかった。

 しかし、名亡きの暴走はまだ止まらない。

 名亡きはガルドの亡骸に大竜牙を何度も振り下ろす。今度こそ、観衆から声にならない悲鳴が溢れた。あまりの酷さに失神する者もいる。

 名亡きが手を止めたとき、ガルドの亡骸は誰だったかわからないくらい損傷していた。

 どうしてこんなことをしたのか。名亡きにそう聞けば「頭部がなくても襲ってくる可能性があったから」と答えるだろう。

 名亡きは3人に向き合う。いつの間にか彼の手から大竜牙は消え、その代わりに無難なロングソードが握られていた。

 

「名、名亡きさ──」

「構えろ、3人とも。この男は周囲に助けを求めていた。まだ近くに仲間が潜んでいる」

 

 ジンの言葉を遮って、名亡きは周囲に殺気を向ける。遠巻きに見ていた観衆が一気に騒めく。

 彼はガルドが自分に向けて助けを求めていたことに気づいていない。名亡きは冗談などではなく、本気で言っている。

 

「名亡きさん。ガルドはあなたに向かって、助けてくれって言ったのではないかしら……」

「……俺に、命乞いを? 馬鹿な、どうして俺が奴の命を助けなければいけない。俺たちはさっきまで殺し合っていたんだぞ」

 

 自分たちまで巻き込まれたら堪ったものじゃないと、観衆たちは蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 残ったのは、名亡きたち4人だけだった。

 

「どうやら、本当にそのようだな……」

 

 名亡きの手からロングソードが消えた。

 

「……どうして、ガルドを殺したの? あんな傷じゃ、もう戦えないのはわかったはず」

 

 両足は潰れ、完全に戦意が喪失していた。

 おそらく、ガルドは今後立ち向かう心すら折れていたはずだ。

 耀の目には名亡きを非難する色がある。

 

「どちらかが殺意を持って攻撃したときが殺し合いの始まりで、どちらかが死んだときが殺し合いの終わりだ。たとえ敵が戦闘不能になろうとも、殺し合いが終わったことにはならない。それに、あの男は久遠飛鳥を殺そうとしたんだぞ。大事をとって殺しておいた方がいい」

「で、ですが箱庭で殺人を行えば……!!」

「……やけに慌てているが、何かまずかったのか?」

 

 名亡きは本当に不思議そうに言った。

 ガルドを殺したことに疑問を持っていない。当然のことだと思っている。

 まるで、命を紙切れのように──!

 凪のように静かな人だと、ジンは名亡きにそんな印象を懐いていた。しかし、それは大きな間違いだった。荒れ狂う嵐のような名亡きの異常性に触れ、体の底から凍りつくような感覚が走った。

 

「名亡きさんの言い分は間違っていないです。ガルドは子供を人質にして殺した上、激情に任せて飛鳥さんを襲おうとしました。擁護できる点は一つもありません」

 

 恐怖に塗れながらも、ジンの目は真っ直ぐに名亡きを見据えていた。

 

「それでも、箱庭には箱庭の法があるんです。戦う意思がなくなった者を、問答無用で殺すのはやりすぎです……!」

 

 名亡きは沈黙を貫く。ジンの言葉をどう思っているのか、窺い知ることはできない。

 

「すまない、俺の行動が浅はかすぎた。ここはもう、ロードランではないのにな」

 

 名亡きは自嘲するようにそう答えた。

 今まで短い時間ながらも行動を共にした飛鳥たちは、今この瞬間彼が初めて言葉に感情を込めた気がした。

 




やめて!白夜叉に決闘を挑んだら、名亡きの命がなくなっちゃう!
お願い、死なないで名亡き!あんたが今ここで倒れたら、始まりの火はどうなっちゃうの? エスト瓶はまだ残ってる。ここを耐えれば、白夜叉に勝てるんだから!
次回、「名亡き死す」。デュエルスタンバイ!


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立ち向かう人

次回予告詐欺になってしまいました。猛省。


 その日、平和な箱庭で珍しい事件が起きた。

 殺人事件だ。それも、殺されたのはガルド=ガスパーである。良い噂を聞かないとはいえ、それなりに地位のある人物だ。

 彼ら憲兵が普段取り締まるのは、酔っ払いや物盗りなど、小物の犯罪者である。2度と訪れないであろう大きな事件に、彼らは不安に思いつつ、この地域を守るのは自分たちだと奮起していた。

 

「なん、だ…… これは……!?」

 

 憲兵たちは目の前の光景に絶句した。胸に抱いていた様々な思いは、あっさりと霧散した。残ったのはただ1つ、純然たる恐怖。

 地べたに打ち捨てられた肉の塊。周囲には血が散乱している。これが数時間前まで人だったと、誰が信じられるだろうか。

 

「俺がやった」

 

 全身を鎧で包んだ男がそう言った。彼の口調は呼吸をするように淡々としていて、本当に人を殺したのか疑いそうになる。だが、自白してるなら彼が犯人なのだろう。

 

「き、貴様がやったのか……!」

 

 憲兵たちは一斉に剣を抜く。しかし、その手元は情けないくらい震えていた。自分があの無残な肉塊にならない保証はどこにもない。

 

「ま、待ってください!」

 

 名亡きと憲兵たちの間にジンが割り込む。

 

「誰だ、この子供は……?」

「ジン=ラッセルだよ、ノーネームの……!」

 

 ジンは大きく息を吐く。

 名亡きがガルドを殺したことは事実だ。だが、ことに至るまでの状況を考えれば、情状酌量の余地は十分にあるはずだ。

 ノーネームのためにも、名亡きのためにも、ただの殺人者として引き渡すわけにはいかない。名亡きが箱庭にいれるかどうか、今はジンの小さな肩にかかっている。

 

「名亡きさんがガルド=ガスパーを殺害したのは理由があるんです。彼を拘束する前に、どうか話を聞いてくれませんか?」

「ふ、ふざけるな! この状況で子供の話なんて聞いてられるか!!」

 

 しかし、誰も剣を納めない。

 ノーネームにもっと信用があれば、結果は違ったのだろう。己の非力さに拳を強く握り締める。

 どうすれば話を聞いてくれるのか、ジンは必死に頭を働かせる。そのとき、彼の隣にいる飛鳥が口を開いた。

 

「確かにこんな緊迫した状況で、そう思うのも無理はないわ。ただ、少し落ち着いて私の話を聞いてくださらない?」

 

 飛鳥の言葉を聞いて、憲兵たちの緊張した表情が幾らか和らいだ。

 彼女の恩恵にはこんな使い方もあるのかと、ジンは感服する。

 

「……どういうことだ、手短に話せ」

 

 憲兵の1人が剣を下ろした。それに呼応するように、他の憲兵たちが次々と剣を下ろす。

 

「後はお願いね、ジン君」

「はい、任せてください……!」

 

 飛鳥の恩恵により、ガルドは他のコミュニティから子供を人質として連れ去り、しかも既に殺してしまったのを暴いたこと。

 飛鳥を逆上して襲いかかってきたガルドから守るため、名亡きはガルドに攻撃したこと。

 これらの点を強調して、名亡きがガルドを殺すに至った経緯を説明する。

 憲兵たちの表情からは、ガルドのあまりに人の道から外れた行いに対する驚愕が現れていた。

 

「本当なのか、その話は……!?」

「しかし、確証がどこにも……」

 

 ジンの話が嘘か真か、いずれわかることだろう。しかし、この場で判断を下すにはあまりに情報が足りなすぎる。

 憲兵たちも名亡きをただの罪人として捕縛していいのか、決めあぐねている。

 

「……間に合った?」

 

 そんな状況を打ち破るように、耀と黒ウサギ、十六夜がやって来た。足の速い耀に、黒ウサギたちを早急に連れてくるよう頼んでいたのだ。

 

「よ、耀さん! それに黒ウサギ!」

「く、黒ウサギさん……!?」

 

 憲兵たちからも安堵の息が漏れる。ノーネームはともかくとして、箱庭の貴族でありサウザンドアイズの専属審判である黒ウサギ個人に対しては絶大な信頼がある。

 

「こ、これは……!」

 

 黒ウサギは顔を青くしながらガルドだった肉塊を見た。

 耀から話は聞いていたが、それでも今の今まで信じられなかった。まさか名亡きがこんなことをするなんて。

 

「……名亡きさん、本当にあなたがガルドを殺したのですか?」

「ああ、そうだ」

 

 短く肯定して、それっきり口を噤んだ。

 言い訳すらしないその姿は、いっそ清々しくすらある。

 

「……YES、わかりました」

 

 黒ウサギは憲兵たちに向き直った。

 

「憲兵の皆様、名亡き様の身柄を黒ウサギに任せてくれませんか? 箱庭の貴族の名に懸けて、彼の処遇は白夜叉様に断じてもらいます」

「白夜叉様に!?」

 

 白夜叉。サウザンドアイズというコミュニティに属する幹部の1人である。

 その力は絶大で、箱庭の東の地区には敵なしとも言われている階層支配者だ。彼女の裁定なら、ほとんどの箱庭の住民が納得できるだろう。

 それに、黒ウサギは白夜叉と親しい関係を築いている。罰を下されるにせよ、どうにかその重さを減らすことができるはずだ。

 

「……わかりました。あの方の審判なら私たちも従いましょう」

「ありがとうございます!」

 

 こうして、名亡きたちはサウザンドアイズへ足を運ぶことになった。

 

「……」

 

 これまでのやり取りの中、十六夜だけがガルドだった肉塊に一切目を向けず、その場に佇む名亡きを見ていた。まるで、彼の正体を見極めようとするように。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 サウザンドアイズ支店にいるという白夜叉に会いに、名亡きたちは桜並木を歩いていた。

 桜の美しさに、飛鳥を始めたとして女性陣は感嘆の声をあげる。

 舞い散るピンクの花弁を見ながら、この木は人の血を養分にしてるのだろうか、と名亡きは1人物騒なことを考えていた。

 名亡きの世界に桜はなかった。自分が這い蹲っていた世界との違いを、改めて感じさせる。

 

「すまない、迷惑をかける」

 

 名亡きがポツリと呟いた。ガルドを殺すことが、こんなにも迷惑をかけるなんて思いもしなかった。

 それに対して、黒ウサギは困ったように笑いかける。

 

「いえ、気にしないでください。名亡き様のいた世界と箱庭の世界の常識が違うのは当たり前です。しっかりと箱庭の常識を伝えていなかった黒ウサギたちに非がありますから」

 

 名亡きは首を横に振り、黒ウサギの言葉を否定した。

 

「……きっと、お前たちに落ち度はない。他の世界では、こうも簡単に人の命を奪いはしないのだろう?」

「……そ、それは」

 

 言葉に詰まる黒ウサギ。それは名亡きの言葉を肯定するのと同義だった。

 自分の世界がどれだけ悲惨で狂いきっているのかは、十六夜たちの自分が死んだときの反応で理解した。

 元より自分の世界が素晴らしいものだと思っていない。寧ろ掃き溜めよりもタチが悪いと思っている。だが、ここまで命の重さに違いがあるとは思わなかった。

 現に、ガルドの命を奪った行為自体には何ら疑問を抱いていない。それが許される場であるなら、それこそ呼吸をするように殺すだろう。

 誰が悪くてこんな事態が起こってしまったのか。いや、きっと誰も悪くないのだろう。黒ウサギたちも、名亡きも、誰も悪くない。

 それをわかっているからこそ、2人の会話は終わってしまった。

 

「そんなに謝らないでちょうだい、名亡きさん。やり方がどうであれ、私を守ってくれたことに違いはないんだから」

 

 2人に助け舟を出すように、飛鳥が会話に入ってきた。

 

「そういえば、ドタバタしててちゃんとお礼を言えてなかったわね。ありがとう、名亡きさん。おかげで助かったわ」

「ああ」

 

 そんな彼らのやりとりを聞き、ジンは名亡きがどんな世界からやって来たのか気になった。

 

「あの、名亡きさんのいた世界はどんな場所なんですか?」

 

 何となく名亡きには聞きづらくて、隣にいた十六夜に聞いてみる。

 

「不死の化け物がわんさか彷徨ってる世界だとよ。そして、あいつ自身も不死の1人だ。実際、俺たちの目の前で一度死んだ」

「ふ、不死!?」

 

 あまりにも規格外な名亡きの恩恵と、そんな者たちが多数存在するという世界に、ジンは驚きの声をあげる。

 神仏級ならまだしも、人の身でありながらそんな恩恵を持つなんて、箱庭全体を通してもそうそういないだろう。

 

「そんな世界だからこそ、あいつはああして狂っちまったんだろうな。詳しいことは知らねえから、気になるんなら直接名亡きに聞いてみな。教えてくれるかは知らねえが」

 

 ふと、洋風な民家の中で一際異彩を放つ和風の建物が見えてきた。事前に話に聞いていたが、あれがサウザンドアイズの支店だろう。

 

「見えてきました、あそこがサウザンドアイズの──」

「いやっほぉぉぉぉぉぉ!!!! 久しぶりじゃの黒ウサギぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 和服を着た少女が店から飛び出し、勢いそのまま黒ウサギに抱きついた。黒ウサギもろとも、近くに流れていた水路まで吹き飛ぶ。

 黒ウサギの膨よかな胸に飛び込み、頬ずりをする少女。事情をよく知らない問題児たちは呆れた目を向ける── ただ1人、名亡きを除いて。

 名亡きはただ、戦慄していた。

 何だ、アレは。

 魂がざわめく。まるで悲鳴をあげるように。

 この感覚は覚えがある。薪の王グウィンと対峙したときと似ている。グウィンは薪となり疲弊していたとはいえ、この少女からはそれ以上の何かを感じる。

 見た目はただの少女だ。勿論、見かけだけで敵を判断してはいけないのはわかっている。だが、これはあまりにも──!

 今の自分で殺せるだろうか。そんな疑問が自然と心に浮かび上がる。

 名亡きは今まで、神だろうが竜だろうが英雄だろうが闇の眷属だろうが、立ち塞がる者は斃してきた。斃すまで挑み続けた。

 だが、目の前の少女に勝てるヴィジョンがほとんど見えない。力の差が歴然すぎる。久しくなって味わう絶望感だった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 サウザンドアイズのとある一室。

 そこは白夜叉の私室だ。

 障子や畳、壁掛けなどがある和室である。

 十六夜は姿勢を崩しながら座り、ジンと女性陣は正座をしている。そして、名亡きは膝をつきながらこうべを垂れていた。

 部屋の主である白夜叉は、肘掛けに肘をかけながら名亡きを見ていた。

 

「なるほど。それでおんしがフォレス・ガロのリーダー、ガルド=ガスパーを殺したと」

「……はい、いかなる処罰も受け入れる所存です」

「そう堅苦しくするでない。元より、私がいずれガルドの悪行を暴き、相応の罰を下す予定じゃった。私の管理する東区画で、随分と好き放題してくれたみたいじゃからのぉ」

 

 そう言いながら、白夜叉は扇子をいじる。

 普段のおちゃらけた様子からは窺えない、支配者に相応しい鋭い目を見せる。

 

「フォレス・ガロが傘下として加入していた666の獣とは既に話をつけておる。ちょちょいと口裏を合わせればどうとでも報告できるじゃろ。それに、向こうはガルドなんぞどうでもいいといった様子だったがの。まあ、黒ウサギの顔を立てるのもあるが、理由も理由じゃ。おんしを悪いようにはせぬよ」

「ありがたきご温情、恐縮の至りです」

 

 名亡きは一層深く頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます白夜叉様!」

「その代わりと言ったら何じゃが、黒ウサギの胸を小一時間ほど好きに──」

「それとこれとは話が別でございます!!」

 

 白夜叉の頭をハリセンで叩く黒ウサギ。ハリセンで叩かれているのに幸せそうな表情をする白夜叉。そんな状況でも気にせず、深々と頭を下げる全身を鎧で包んだ名亡き。

 控えめに言ってカオスだった。

 

「改めて凄い絵面ね」

「うん、チグハグ」

「そもそも、どうして名亡きさんはあんなに畏まってるのかしら」

 

 名亡きは口調だけでなく、その立ち振る舞いも非常に畏まっている。

 ただの少女とは思わないが、どうして名亡きがそこまでするかがわからない。

 

「そっちの話は終わったみたいだな」

 

 それまで黙っていた十六夜が口を開く。まるで新しいオモチャで遊ぶのを我慢してるような表情だった。

 

「よお、サウザンドアイズの白夜叉さんよ。あんた、東の区画じゃ最強なんだって?」

「ふむ、相違ないぞ」

 

 十六夜は口元を凶悪に吊り上げ、すくりと立ち上がる。

 それに合わせて、飛鳥と耀も立ち上がる。

 彼らの闘争心を剥き出しにした表情からして、考えていることは同じらしい。

 名亡きだけはただ、石像のように膝をついたまま動かない。

 

「丁度良い。お前をぶっ倒せば、ノーネームの地位は一気に駆け上がるじゃねえか」

「そうね、私も是非ともお相手したいわ」

「うん、手っ取り早い」

「なっ、御三方!?」

 

 黒ウサギは慌てた声をあげる。

 これだけは断言できる。どれだけ十六夜たちが規格外の力を持っていても、白夜叉に勝てることはないと。

 

「血気盛んなようで結構。では、おんしらに一度問おう」

 

 白夜叉は薄っすらと笑い、袖の中から白いカードを取り出した。

 

「望むのは挑戦か、それとも決闘か?」

 

 




 ───オレの名前は名亡き。心に傷を負った不死人。キモガリで不幸体質の憎まれボーイ♪
オレがつるんでる友達は玉ねぎを被っているジークマイヤー。太陽になりたいっていつも言っているソラール。訳あって心が折れている青ニート。
 友達がいてもやっぱりロードランはジゴク。今日も不死人とちょっとしたことで落ちて死んだ。不死人同士だとこんなこともあるからストレスが溜まるよね☆そんな時オレは一人で黒い森の庭を歩くことにしている。
がんばった自分へのご褒美ってやつ?自分らしさの演出とも言うかな!
 「あームカツク」・・。そんなことをつぶやきながら小さいキノコを軽くあしらう。 どいつもこいつも同じようなソウルしか落とさない。
 小さいキノコはカワイイけどなんかしつこくてキライだ。折角森林セラピーをしに来たのに、もっとオレを休ませてほしい。
 「・・。」・・・またか、とやつれたなオレは思った。シカトするつもりだったけど、 チラっとキノコの顔を見た。
「・・!!」
 ・・・チガウ・・・今までのキノコとはなにかが決定的に違う。 スピリチュアルな感覚がオレのカラダを駆け巡った・・。
「・・(デカイ・・!!・・これって運命・・?)」
 エリンギ親分だった。右ストレートでガード貫通された。「キャーやめて!」エスト版も飲めなかった。
「ガッシボカッ!」オレは死んだ。スイーツ(笑)



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神を殺した人

「望むのは挑戦か、それとも決闘か?」

 

 目の前に広がるのは、白夜の世界。

 夜明けのように空は白澄み、地平の先には険しい山々が聳え並んでいる。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は白き夜の魔王── 太陽と白夜の星霊、白夜叉。おんしらが望むのは、試練への挑戦か? それとも対等な決闘か?」

 

 目の前の少女がこの光景を作り出したことに、最早疑いの余地はなく。

 こんな相手と対等に戦おうなどと、驕りが過ぎる。

 誰もが圧倒されて動けない中、十六夜は降参するように手を挙げた。

 

「参った。こんなもん見せられちゃ、決闘しようだなんて思えねえ。今回は試されてやるよ」

「くくっ、賢明な判断じゃ。残りのおんしらはどうする?」

「私も同じよ。今は試されてあげるわ」

「同じく」

「そうかそうか。……名亡き、おんしはそうでもなさそうだな」

 

 名亡きは立ち上がり、白夜叉の前まで足を進めた。そこに気圧された様子は少しもない。

 最初からそうするのをわかっていたように、白夜叉は愉悦の笑みを浮かべた。

 

「白夜の王よ、その宙さえ統べる絶大な力には感服するばかりです。だからこそ、俺はあなたに挑みたい。どうか手合わせ願えますか?」

「それは決闘を申し込む、ということじゃな」

「はっ。……恐れながら、その前に一つお聞きしたい。その力で俺を元の世界に戻すことは可能でしょうか?」

「……まあ、不可能でないの。色々と面倒じゃが」

「では、万が一俺が勝利した暁には、褒美として元の世界に戻る権利を頂きたい」

「な、名亡きさん!?」

 

 黒ウサギが慌てた声をあげる。今は少しでも戦える者が必要なのだ。今はまだ、名亡きに帰られるわけにはいかない。

 

「あくまで帰る権利だ。今すぐというわけではない」

 

 今すぐではない。だが逆に、この世界に長く留まるつもりもない。ノーネームの復興を果たしたら、すぐにでも薪になるつもりだ。帰る手段は確保できた方がいい。

 歴然とした力の差がある。勝ちを拾うのは絶望的だ。だが、そんな経験はロードランで幾度となく味わってきた。

 習性を見極め、動きの癖を把握し、武器を強化し、ソウルを集め、そうして殺せる状況を作り出してきた。

 だからこそ挑まなければならない。不死人にとって死とは終わりではない。勝利に繋がる礎なのだ。死ななければ何も始まらない。負けるのは、心が折れたときだ。

 

「勝利の報酬はそれでよい。だが、おんしが敗北したときはどうするのじゃ?」

「そのときは己の首を切り落としましょう」

 

 一息も間を置かず、名亡きは己の命を賭けた。

 あまりにも無謀な行為に、白夜叉は大きな笑い声をあげる。

 

「かっかっか! 面白い、私の力を目の当たりにしてそんな言葉が吐けるとは! 物静かな武人と思っていたが、とんだ命知らずよの!」

「か、考え直してください名亡き様! 白夜叉様なら対価さえ払えば望みを聞いてくれますし、最悪黒ウサギが何でもして頼み込みます! 決闘なんてする必要ありません! いくら名亡き様が──」

「黒ウサギ」

 

 名亡きの不死性を口にようとした瞬間、黒ウサギはハッと口を塞ぐ。

 余計な口出しはするな。短い言葉から、そんな意思が伝わってきた。

 

「では、直々に遊んでやろう。ただ、流石にルール無用で死合うのはおんしにあまりにも勝ち目がない。そこでじゃ、私に一太刀でも入れればおんしの勝ちとしんぜよう。安心せい。その気骨に免じて、おんしが負けても首はいらんよ。おんしの敗北条件は心が折れたとき── 気の済むまでかかってくるがよい」

 

 十六夜たちのいる場所に半円状の結界が張られる。

 どんな武器でいくか── 数瞬の思考の後、名亡きはダークソードを選んだ。外見はなんら特徴のない、普通の重厚な剣だ。

 昔、ロードランには小ロンドという小国が存在した。4人の公王が小国を治め、偉大な功績として讃えられた。

 しかし、彼らはやがて闇に魅入られ、アノールロンドに災厄を撒き散らす化物と成り果てた。彼らに仕えていた騎士も、闇の魔物であるダークレイスと化した。

 このダークソードは、そんなダークレイスたちが装備している剣だ。

 右手にダークソードを握る。選んだことに明確な理由はないが、本能がこの武器にしろと囁いた。

 

「さて、始めようか」

 

 白夜叉の言葉が終わると同時に、名亡きは地面を蹴った。

 その脚力は地面を砕き、尋常ならざる速さを生み出す。

 白夜叉は扇子の先を名亡きに向ける。

 戦場から隔絶されているはずの十六夜たちですら、莫大なエネルギーが集うのを感じた。

 瞬時に扇子の先に炎の球が形成された。

 バスケットボールほどの大きさだろうか。それでも、まるでこの白夜の世界を照らす太陽のような存在感がある── いや、あれはほとんど太陽だ。かつての友がこれを見れば、涙を流しながら喜ぶだろう。

 

「そら、小手調べじゃ。防ぐという考えは捨てた方がいい。その小さな太陽はことごとくを焼き尽くすぞ?」

 

 圧縮されたはずの意識の中で、名亡きはそんな言葉を確かに聞いた。

 白夜叉が軽く扇子を振ると、小さな太陽が弾かれるように宙を駆けた。

 空気を灼きながら名亡きに迫る。立ち塞がる障害物など瞬時に灰に帰すだろう。今の名亡きに無傷で受け止める術はない。

 

「!?」

 

 だからこそ、名亡きは愚直にも足を前に進めた。ここで足を止めれば、白夜叉に近づく機会はない。彼の予想の斜め上の行動に、白夜叉も大きく目を見開く。

 名亡きは上級騎士の鎧に代わって黒騎士の鎧を、左手に黒騎士の盾を装備し、小さな太陽に向かって黒騎士の盾を突き出す。

 黒騎士。グウィンの薪の王となる旅に最後まで付き従った、アノールロンドの兵士たちの成れの果て。始まりの火に炙られて、彼らの銀色に輝いていたはずの装備は黒く変質した。

 そんな経緯からか、黒騎士の装備は炎耐性がズバ抜けている。左腕諸共溶けるのを覚悟すれば、きっと受け止めきれる…… かもしれない。

 小さな太陽が黒騎士の盾に衝突する。

 その瞬間、唸るような轟音を発し、眩いばかりの炎が奔流する。名亡きの姿を一瞬で呑み込んでしまった。

 

「バカな、何故避けんかった……!?」

 

 己の力を見せつけるための攻撃だった。名亡きの背後…… といっても、遥か後方だが。そこの山でも消し飛ばしてやろうと、そのつもりで小さな太陽を放った。本物の太陽には及ばないものの、それをできるだけのエネルギーは秘めていた。

 受けてはいけない攻撃だと本能が叫んだはずだ。だが、結果として名亡きは躱さず、小さな太陽をその一身で受け止めた。生存は絶望的。最悪、消し炭すら残らない。

 

「!」

 

 しかし、炎の中から感じる気配が白夜叉のその考えを切り捨てた。

 炎から飛び出す一つの影。名亡きだ。瞬く間に白夜叉との距離を詰める。同時に、ダークソードを白夜叉へと振るう。

 この太刀筋、殺す気で──!

 振り下ろされるダークソードを、白夜叉は手に持っていた扇子で受け止める。

 轟音が響き、大気が震えた。

 

「ひっ……!?」

 

 ジンは顔を青くし、小さく悲鳴を漏らす。

 十六夜たちもあまりの痛々しい名亡きの姿に顔をしかめている。

 

「おんし、腕を……!?」

 

 名亡きは生きていた。左手から肩の付け根までがグズグズに溶けた状態で。

 彼の走った後には溶けた肉片と鎧の残骸が地面にこびりついている。

 泣き叫んでもおかしくない痛みが襲っているはずだ。それなのに、名亡きから感じる殺意は微塵も衰えない。

 

「っ、そこまでするか……!?」

 

 白夜叉の問いかけに名亡きは何も答えない。

 いっそ独りでに動く鎧と戦っていると言われた方が、まだ納得できる。

 ただ、左腕の付け根から見える黒焦げた肉と、肉の焼けた匂いが、目の前の相手は生きた人間だと証明している。

 

「恨むなよっ……!」

 

 白夜叉の蹴りが名亡きの右足に叩き込まれる。

 脚甲と骨が砕ける音が響いた。名亡きの体が衝撃で吹き飛ぶ。

 水面を跳ねる水切り石のように、名亡きは地面の上を跳ねた。

 目まぐるしく回転する世界を見据えながら、名亡きは思う。

 ああ、やはり彼女はこの温かき世界の神だ。こっちは殺す気でやってるのに、此の期に及んでも俺の命を気遣っている。

 確かに白夜叉は強い。強いが、これならそこらで彷徨っていた亡者の方がよっぽど怖い。

 勢いが弱まり、全身で地面を擦ってようやく止まる。

 右足の状態を確認する。鎧は砕け、血まみれになった足は曲がってはならない方向に曲がっている。亡者の足だが、そうとわからないくらい無残な有様だ。

 この足で戦闘を続けるのはともかく、白夜叉を相手となると少々厳しい。

 

 

 ──……使うか。

 

 

 名亡きの右手に黒い靄が浮かぶ。

 太陽がいくつも光り輝くこの世界で、掌に収まるサイズでしかない暗闇は異様な存在感を放っていた。

 

「これ、は……」

 

 白夜叉は険しい顔を浮かべる。

 神性を持つからこそ、白夜叉は気づいた。世界の果てを表すかのような、絶望的な黒。小さいながらも、あの靄には光を呑み込んでしまいそうな凶兆が渦巻いている。

 この黒い靄を、名亡きの世界では── 人間性という。

 名亡きの手が人間性を握り潰す。人間性はあっさりと霧散し、名亡きの体内に吸収される。

 名亡きの右足が怪しく蠢いたかと思うと、白夜叉の蹴りをくらう前の足に戻った。ただし、亡者の状態でだ。露わになった右足を隠すように、新しい黒騎士の脚甲を装備した。

 様子を窺っているのか、白夜叉は距離を保ったまま近づこうとしない。その隙に名亡きはのそりと立ち上がる。

 剣を構え、先ほどよりも軽くなった体で白夜叉との距離を剣の間合いまで詰める。予想外の速さに、白夜叉は目を見開く。

 

「チッ!」

 

 虚をついたが、白夜叉は圧倒的格上。あっさりと反応し、扇子を振るう。

 名亡きはわかっていた。自分では、どう足掻いても白夜叉を翻弄するような速さで動けない。力だって敵わない。

 

 

 ──それでも、やりようはある。

 

 

 名亡きはただ一つのことを考えた。

 

 

 ──何故なら、彼女は慈悲深き神だ。

 

 

 それは白夜叉に刃を届かせるということ。

 

 

 ──俺を殺す気がないのなら、存分にそれを利用させてもらう。

 

 

 たとえ己の安い命と引き換えにしても。

 白夜叉の扇子が名亡きの胸の下を横一閃に斬り裂いた。

 

「──ガッ」

 

 胸の奥から熱い血が迫り上がる。兜の隙間から吐血した血が溢れ出る。

 名亡きの体はあっさりと二つに分けられた。夥しい量の血を地面に撒き散らす。

 名亡きの胸から下は崩れ落ち、胸から上は重力に引っ張られる。

 やはり、白夜叉は驚愕で目を見開いている。この慈悲深き神ならば、自分を殺した瞬間に僅かでも動揺してくれると思った。動揺は思考を鈍らせ、動きを奪う。その瞬間を狙えば、やれる。

 名亡きはダークソードを強く握った。

 

「ぉれの、かぢでず」

 

 薄れゆく意識の中、白夜叉に向かって刃を突き出した。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 名亡きの上半身がどさりと地面に落ちた。

 あまりにも惨い有様だった。左腕は溶け落ち、胸から下は少し離れた地面に崩れ落ちている。

 当然ながら、名亡きはもう死んでいた。最後の一撃は生きることより、刃を届かせることを優先していた。

 白夜叉は険しい目でモノのように打ち捨てられている名亡きを見つめる。

 その細い首に、一筋の赤い線が浮き出ていた。

 名亡きの命を賭した一撃は、白夜叉の薄皮一枚を薄く裂くだけで終わった。

 そう、薄皮を裂いたのだ。普通なら傷一つつけられないだろう。

 

「神格を持つ私に傷を── いや、神格を持っていたが故か?」

 

 白夜叉が切傷に手を当てる。手を離したとき、首にあったはずの傷は消え失せた。

 心当たりがあるとすれば、あの黒い靄。あれは神に対する猛毒だ。

 

「!」

 

 名亡きの体が光の粒子となって消えた。白夜叉はそれだけで、何が起きているか把握した。

 名亡きの上半身があった場所に、五体満足の名亡きが現れた。霊体などではない。確かな実体を保ってここにいる。

 

「蘇生の恩恵…… いや、違う……」

 

 蘇生などという前向きなものではない。もっと後ろ向きで、呪いめいた何かだ。

 

「俺の勝ちでよろしいですか?」

 

 第一声がそれだ。呆れればいいのか、感心すればいいのかわからない。

 

「確かに私に一太刀入れたのは紛れもない事実。今回はおんしの勝ちとしてやろう」

 

 名亡きは膝を地面に着き、頭を下げた。堂の入った所作。だが、今となっては白々しい。

 

「最初からこうするつもりであったか。とんだ食わせ者じゃ」

 

 全てが生き返ることを勘定に入れた上での行動だったのだ。

 ただ、名亡きは何も答えない。

 

「あの黒い靄は何じゃ?」

「俺たちの世界では人間性と呼んでました。申し訳ありませんが、詳しいことはわかりません。ただ、体力の回復など様々な効果があるとしか」

「……そう、か。一つ忠告じゃ。いつまでもそんな破滅的な戦い方をしていれば、心が保たんぞ」

「しかと肝に銘じておきます」

 

 その忠告はまったくの無意味だろう。

 名亡きの心は、既に手遅れなのだから。

 




「う~~ソウルソウル」

今ソウルを求めて全力疾走している僕は最初の火の炉にいるごく一般的な兵士。
強いて違うところをあげるとすればグウィン王に仕えたことがあるってことかナー。
名前は黒騎士。
そんなわけで出入り口辺りを彷徨いてみた。
ふと見ると一人の若い男がやって来た。
ウホッ!いいソウル……。
そう思っていると突然その男は僕の見ている目の前で剣を握りはじめたのだ……!

「殺らないか?」

バックスタブで尻を掘られまくりました。クソミソな経験でした。



〜作者の言い訳コーナー〜
名亡き「俺の身体能力高すぎね?」
ふしひとさん「神とかのソウル溜めまくってるワンチャン! こう、ナッパと天津飯が戦えてた感じで……」
名亡き「人間性に身体能力上げる効果なんてねえよ」
ふしひとさん「耐久が上がってるからワンチャン!!」


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月夜の二人

 

「黒ウサギ」

 

 サウザンドアイズ支店の玄関前。名亡きたちがコミュニティに帰ろうとしたとき、黒ウサギだけが白夜叉に呼び止められた。

 またセクハラされるのではと身構える黒ウサギだったが、白夜叉の表情は普段と違って真剣そのものだった。

 名亡きたちも何事かと足を止める。

 

「ジン坊ちゃん、十六夜さんたちを連れて先にコミュニティに向かっててください」

「うん、わかったよ」

 

 白夜叉の表情から諸々を察した黒ウサギは、名亡きたちをジンに任せ、コミュニティに向かわせた。

 名亡きたち── 正確に言えば名亡きの姿がなくなったのを確認してから、白夜叉は口を開いた。

 

「呼び止めた理由はわかっとると思うが、一応口に出しておこう。あの男── 名亡きは何者じゃ?」

 

 黒ウサギの予想通りの質問だった。

 人の身でありながら規格外の恩恵『不死』をその身に有し、擦り傷とはいえ白夜叉に傷を負わせた。これで警戒しない方が不自然だ。

 この質問に答えないのは、白夜叉に対する信頼を裏切るのと同義だ。観念した黒ウサギは、名亡きについて知ってる情報を全て話すことにした。

 

「……名亡き様は今、死ぬことができない呪いにかかっています。あの方の世界では、他にも多くの人々が不死の呪いにかかっています。理性をなくし、見境なく襲いかかってくるそうです。名亡き様はそんな世界で戦ってきた、と」

「死ねぬ呪い、か。その呪いを解く方法を探すために、この箱庭にやって来たのかもしれんの。して、他に何か聞いてないのか?」

「すみません、名亡き様が喋りたがらないのでそれ以外は……」

 

 頭を下げる黒ウサギに、気にするでないと白夜叉は返す。

 

「じゃがな、黒ウサギ。一つだけ言っておく」

 

 白夜叉と名亡きの戦いの後、十六夜たちも無事に試練を突破した。その褒美として、各々にギフトカードが渡された。

 ギフトカードを使えば、恩恵の名がカードの表面に現れる。さらに、これまで手に入れた恩恵の収容も可能という貴重品だ。

 そして、そのカードは名亡きにも渡された。

 

「あやつから目を離すな。おんしが呼んでしまった以上、責任を持って手綱を握れ」

 

 名亡きのギフトカードは世界の深淵のような黒さだった。

 

「あれは正しく、神殺しになれる器じゃ」

 

 彼のギフトカードには、こう書かれていた。ギフトネーム『闇の魂(ダークソウル)』と。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 空には満天の星空が広がっている。

 月明かりは平等に降り注ぎ、ノーネームのコミュニティも照らしていた。

 かつての規模の大きさを表すように、ノーネームには広大な館がある。そして、その館を囲むようにして木々が立ち並んでいる。

 誰もが眠る中、名亡きだけが館の外に出ていた。館の壁に寄りかかり、芸術のような美しさの満天の星空には目もくれない。

 ドアの開く音がした。名亡きは玄関の方に目を向ける。

 

「ここにいたのね、名亡きさん」

「久遠飛鳥」

 

 現れたのは飛鳥だった。白いブラウスではなく、赤を基調としたドレスを着ている。

 

「その服は?」

「黒ウサギの余りを貸してもらったの。どう、似合ってるかしら?」

 

 飛鳥はその場で軽く一回りし、赤いドレスをなびかせる。

 月明かりに照らされる一輪の薔薇のようだ。綺麗だと、素直にそう思った。

 ふと、度重なる死に埋もれてたはずの遠い記憶が刺激された。ずっと昔に、こんなことがあった気がする。不死人になる前── 騎士として国に仕えていた頃かもしれない。

 

「ああ、似合ってるよ」

「あら、随分と素っ気ない感想ね」

「……すまない。ただ、似合ってると思ったのは本当だ」

「わかってるわ、冗談よ。あなた、口下手そうだものね」

 

 白夜叉と死闘を繰り広げた名亡きが、15の少女にからかわれている。

 それが可笑しくて、飛鳥は年相応の悪戯な笑みを浮かべた。

 

「こんな時間にどうしたんだ?」

「……そうね、外の空気を吸いたくなったのよ。あなたこそ何をしてたの?」

「君と似たようなものだ」

 

 静寂が訪れる。不思議と気まずさはない。

 飛鳥は空を見上げ、名亡きは森の向こう側を見ていた。

 

「子供たちに見事に怖がられていたわね」

 

 ふと、飛鳥はそう呟いた。

 ノーネームのコミュニティに着いたとき、たくさんの子供たちが出迎えてくれた。子供たちは異世界人である十六夜たちに興味津々で、彼らに群がっていた。

 しかし、遠くから甲冑姿を興味深そうに眺めていても、誰も名亡きに話しかけようとしなかった。全身甲冑だけでなく、名亡きの異様な雰囲気が恐怖を与えているのだろう。

 

「やっぱり、その兜は脱いだ方がいいんじゃないかしら。顔まで甲冑を着けてたら、どんな相手でも圧迫感を感じてしまうわ。これから同じコミュニティで暮らすんですもの、みんなと顔合わせするべきよ。顔に大きな傷があるとか、そんな理由なら私たちは気にしないから」

「……」

 

 名亡きは少し考え込んだ後、壁にもたれるのをやめて、飛鳥の方を向いた。

 

「君にだけは、話しておこう」

 

 そう言って、ゆっくりと兜を脱いだ。

 

「っ……!!??」

 

 名亡きの顔を見て、大きく目を見開く。悲鳴だけはどうにか抑え込めた。

 大きな傷なんてものじゃない。顔の皮膚はミイラのように枯れかけ、目は暗闇のように落ち窪んでいる。

 化物だと、そう思ってしまった。

 しばらくして、名亡きは兜をかぶり直した。

 

「これが理由だ。骨と皮だけの醜い顔だろう。何度も死を味わった不死人は、人ではなくなる。こんな顔で箱庭は出歩けない。子供たちにも尚更見せられない」

 

 かける言葉が見つからなかった。そんなことないと、無責任に否定することができなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

 事情を知らなかったとはいえ、兜を脱がせようとしてしまったことか。それとも、一瞬でも化物だと思ってしまったことか。

 何に対して謝ってるのかわからなかった。

 名亡きは何も言わず、首を横に振った。気にするなということだろう。

 自分なら堪えられるだろうか。死ぬこともできず、名亡きのような姿になってまで戦うことに。

 どうして名亡きは、そんな世界に戻りたいのだろうか。

 

「名亡きさん、あなたには元の世界でやり残したことがあるのよね。箱庭にはどれくらい留まるつもりなの? 」

「少なくとも、ノーネームが復興するまで。呼ばれたからには、多少なりとも力を貸してやるつもりだ」

「……ねえ、名亡きさん。あなたが元の世界に帰る理由って──」

 

 飛鳥の言葉を遮るように、空を切る音がした。

 名亡きが飛鳥の前に庇うようにして立つ。

 少し離れた地面に矢が突き刺さった。どうやらそこまでの使い手ではないらしい。

 

「来たか」

 

 苛烈さなんて微塵もない、どこまでも静かな殺意が辺りを支配する。

 名亡きの手には剣が握られていた。

 彼をこのまま放っておけば、迷いなく襲撃者を屠殺するだろう。

 

「大丈夫よ、名亡きさん。それと庇ってくれてありがとう」

 

 だからこそ飛鳥は腕を伸ばし、名亡きの行く手を遮った。

 

「十六夜君の言った通りね」

 

 できるだけ遠くまで声が聞こえるよう、飛鳥は大きく息を吸った。

 

「姿を現しなさい!」

 

 飛鳥の凜とした言葉が響き渡る。

 しばらくして、木々の合間から数人の獣人たちが現れた。

 獣人の襲撃者たちは横一列に並んだ。意思に反して体を動かされているせいか、彼らの表情には恐怖の色が浮かんでいた。

 狼の獣人だけが弓を担いでいる。彼が弓を放ったのだろう。

 

「そこのあなた、矢を放った理由を聞かせてくれるかしら?」

「俺たちは、ガルドの部下だ……!」

 

 腹心の部下に子供の遺体を食わせていたと、ガルドは自白した。おそらく、彼らがその腹心の部下なのだろう。

 飛鳥は絶対零度の目で彼らを見る。

 

「今までフォレス=ガロで甘い汁を吸えてたのに、ガルドが殺されて全て台無しだ! 俺たちの居場所は一気になくなった! 箱庭の外に逃げる前に、ガルドを殺した張本人に復讐してやろうと思ったのさ!」

 

 抑えていたものを吐き出すように、狼の獣人は唾を飛ばしながらまくし立てた。

 しかし、飛鳥の見下した表情は変わらない。ガルドに媚びへつらい、寄生していただけの連中だ。ガルドよりも尚更浅ましい。

 

「呆れた。ガルドは外道だったけど、あなたたちはそれ以下ね。もういいわ、口を閉じてなさい」

 

 狼の獣人の口が勢い良く閉じられる。そして、直立不動の姿勢で動かなくなった。

 

「君もわかっていたのか?」

「ええ、十六夜君が言ってたわ。早ければ今晩にでも、ガルドの部下が名亡きさんを襲いに来るかもしれないって。十六夜君は箱庭の外に逃げようとしてるガルドの部下を捕まえているでしょうね。こんな場所にいるってことは、あなたもわかってたんでしょう?」

「……ああ。ここで禍根を絶つつもりだった」

「ひっ!?」

 

 獣人たちが短く悲鳴を漏らす。今更になって、名亡きがどう足掻いても勝てる存在ではないと認識した。

 

「こいつらをどうするつもりだ?」

「正当な罰を受けさせるため、フォレス=ガロ傘下のコミュニティに引き渡すわ。十六夜君が悪い顔をしてたから、他にも狙いがあるんでしょうけど」

「なら、彼らの処遇は任せよう」

 

 それだけ言うと、名亡きは剣を消し、館の壁に寄りかかった。

 

「彼らは俺が見張る。君は安心して眠るといい」

「大丈夫よ。私の拘束はそんな簡単に解けはしないわ」

「万が一もある。それに、もう少しだけ夜風に当たりたい」

「……そう、そこまで言うなら任せるわ」

 

 飛鳥が館のドアに手をかけたとき、名亡きはあることに思い当たった。

 

「そういえば、どうして最初にガルドの部下を迎え撃ちに来たと言わなかったんだ?」

 

 飛鳥はそのまま立ち止まり、柔らかな笑顔で振り返った。

 

「名亡きさんと少し話したかったから、かしら?」

 

 扉の閉まる音が静かに響く。

 こうして、箱庭の最初の夜は過ぎていった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ノーネームの館のとある一室。

 テーブルを挟み、十六夜と名亡きが向かい合ってソファに座っていた。

 今後の方針はどうするのか。それを確認するために、2人はここにいた。

 

「対魔王専用コミュニティ?」

「ああ、そうだ。これからはおチビをリーダーにして、打倒魔王を掲げたコミュニティとして売り込んでいく。箱庭を駆け上がるならこいつが一番手っ取り早くて、何より面白ぇ」

 

 ガルドの部下がノーネームに襲撃した翌日、ガルドの部下をフォレス=ガロの傘下だったコミュニティに引き渡した。

 その際、十六夜は打倒魔王を掲げたコミュニティとして生まれ変わると宣言した。この話は既に箱庭中に広まっているだろう。ちなみに、名亡きがガルドを殺した件は大分脚色して説明── というより、英雄譚の一節のように語ったらしい。

 これこそが十六夜の狙いであり、人質を1人残らず捕まえた理由だ。

 

「魔王を殺すのか。それならわかりやすい」

 

 殺し殺されなら、名亡きの得意分野だ。

 なんなら、今すぐコミュニティを離れて魔王を殺し回ってもいいくらいだ。

 

「相変わらずバイオレンスな思考回路だな。一つ言っとくが、お前にばかり良い思いはさせねえぞ。魔王討伐なんだ、男なら誰しも一度は夢見るもんだろ?」

 

 ふと、単眼の黒竜を思い出した。

 その竜の名はカラミット。アノールロンドの竜狩り隊ですら手を出せなかったという、恐るべき力を秘めた竜だ。

 カラミットと戦うとき、グウィンに仕えていた四騎士の1人── 鷹の目のゴーの力を借りた。彼は言っていた。竜狩りとは、騎士の誉れだと。

 名亡きとしては、カラミットは敵でありそれ以上でもそれ以下でもなかったが。

 ただ、十六夜の言葉もそれと同じなのだろう。

 

「……そうだな。魔王とは違うが、竜を討伐するのは騎士の誉れだ」

「話がわかるじゃねえか。箱庭でも竜をぶちのめしたが、お前の世界にも竜はいたのか?」

「いたな。もう殺したが」

 

 殺しはしたが、本当に手強い相手だった。何しろ、討伐すればその功績をグウィン直々に讃えられるほどだ。当然、名亡きが讃えられることなどなかったが。

 黒い炎で焼き尽くされ、眼力の魔力で呪い殺され、その鋭い牙と爪で切り裂かれた。

 鷹の目のゴーが弓で撃ち落としてくれなければ、いつまでも空から嬲られて手も足も出なかっただろう。

 名亡きの竜殺しを聞き、十六夜は本当に嬉しそうに笑った。その目は絶好の獲物を見つけた獣のように爛々と輝いていた。

 

「やっぱ面白えわ。俺としては、いつかお前とも戦ってみてえ」

「……手加減は苦手だ。殺したらすまない」

「ヤハハ、上等じゃねえか」

 

 何気なく語り合う2人とは対照的に、部屋の空気が張り詰める。

 黒ウサギがこの場にいれば胃を痛めていたことだろう。

 

「話を戻すが、手始めにノーネームの元お仲間を取り戻すことになった。ギフトゲームの賞品として出品されてんだとよ」

「お前がやるのか」

「そのとーり。対魔王専用コミュニティにする代わりに仲間を取り戻してくれって、おチビと約束したからな」

「そうか」

 

 2人は突然ソファから立ち上がり、窓の方へと体を向ける。十六夜は拳を構え、名亡きはその手に剣を握る。

 誰かに見られているのは2人とも気づいていた。突然窓の裏まで近づいてきたからこそ、臨戦態勢に移った。

 

「武器を納めろ、甲冑の男。争いに来たわけではない」

 

 窓が開く。そこにいたのは金髪の少女だった。

 





名亡き「はじめてーのー?」

人喰い鼠「チュウ」

名亡き「君と?」

人喰い鼠「チュウ」

名亡き「ウフフ」

人喰い鼠「I will kill you all my have.」

名亡き「!?」


 後の展開を考えるとカカオ100%である。愉悦ゥ!
 感想や評価を注ぎ火してくれると嬉しいです。


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鉄の人

 

「武器を納めろ、甲冑の男。争いに来たわけではない」

 

 窓の外にいるのは、赤い衣装を着た金髪の美少女だった。肩から生えた黒い翼で空を飛んでいる。

 少女は部屋の中に入ると、軽やかに着地した。

 只者でないことは確かだが、会話はできる。敵意も感じない。名亡きは手に持つブロードソードを消した。

 十六夜も彼女に敵意がないことに気づいたのか、拳を下げる。ただ、その表情はどこか不服そうだった。

 

「おいおい、素手だから俺は眼中にないってか? だとしたらあんた、可愛いが相当の節穴だぜ」

「わかるさ、君の力が強大なことくらい。ただ、甲冑の彼から刃物のように鋭い殺意が飛んできたからな」

 

 そう言われてみると、仮にこの少女が攻撃を仕掛けてきたら、自分も問答無用で殺しにかかったかもしれない。

 名亡きは胸中で密かに反省する。ここはロードランではないのだ。殺しは自重しなければ。

 ふと、ドアが開く音がした。黒ウサギが盆に載せた2つの湯呑みを持ち、談話室に入ってきた。

 

「お二人とも、お茶をお入れしましたよってレティシア様ぁ!!??」

 

 黒ウサギは金髪の少女を見た瞬間、湯呑みを載せた盆が地面に落ちる。

 カーペットにお茶がぶち撒けられるが、黒ウサギはそれを気にした様子もなく少女に駆け寄る。

 

「久しぶりだな黒ウサギ、元気にしてたか?」

「YES、会えて嬉しいですレティシア様!」

 

 ギフトゲームに参加する身として、十六夜は景品にされた仲間の名前を事前に知らされていた。その仲間の名前はレティシアといった。

 目の前の少女こそ、かつての黒ウサギたちの仲間であるレティシアなのだろう。

 ただ、何も前情報がない名亡きは状況がわからなかった。

 

「知り合いか?」

「知り合いも何も、レティシア様は魔王に襲われる前のコミュニティにいた先輩なのですよ!! 右も左も分からない黒ウサギをあれこれ面倒見てくれて……」

「様はよせ。私はもう他所に所有される身だ」

「……レティシア様」

 

 レティシアがコミュニティから抜けてしまった事実を改めて突き付けられて、黒ウサギの耳がシュンと垂れ下がる。

 

「騒がしいわよ、黒ウサギ」

「……近所迷惑」

 

 黒ウサギの声を聞きつけた飛鳥、耀、ジンが部屋の中に入る。

 

「久しぶりだな、ジン」

「レ、レティシアさん……!」

 

 ジンと顔を合わせた瞬間、レティシアが僅かにだが、申し訳なさそうに目を伏せた。

 まだ11歳の少年に、コミュニティのリーダーという重責を背負わせてしまっているのだ。レティシアたち主力陣が魔王に負けなければ、こんなことにはならなかっただろう。

 自分たちの力が足りないせいで、コミュニティは今の状況に陥ってしまったのだ。ジンに対して消えない負い目を感じていた。

 

「私の名前はレティシア。箱庭の貴族と称される純正の吸血鬼だ。かつてここのコミュニティに所属していた」

 

 吸血鬼という言葉を聞き、十六夜たちは創作の中だけど思っていた存在に会えて軽く感動を覚える。

 

「あなたが吸血鬼…… もっと悍ましい姿をイメージしていたわ」

「褒め言葉として受け取っておこう」

「それで、その吸血鬼が何の用でここに来たんだ? まさか偶然近くに来て、ふらっと立ち寄ってみたってことはないだろ。暇な部活のOBじゃあるまいし」

 

 十六夜の言葉にレティシアは小さく頷く。

 

「君たち異世界人に用があり、ここに来た。ノーネーム復興は茨の道だ。生半可な力と覚悟では、行く末にあるのは破滅しかない。だが、ノーネームの名前が広まってしまった今、解散させることも叶わなくなった。君たちに今後を任せるに足る実力があるか、測りたい」

「い、十六夜さんたちの力なら黒ウサギが保証しますよ! それに、今回のゲームでレティシア様が戻ってくれれば──」

「すまない、それはもう不可能なんだ……」

 

 レティシアの持ち主であり、ゲームの主催であるペルセウスというコミュニティが彼女を巨額の値で売り払ってしまったのだ。

 それによって、レティシアが景品のギフトゲームは無期限の延期となってしまった。事実上、ギフトゲームの中止である。

 ノーネームにそれ以上の大金を用意できるはずもない。ギフトゲームでなければ、レティシアは取り返せない。ペルセウスはサウザンドアイズの傘下のコミュニティだが、管轄の違う白夜叉にはどうすることもできない。

 ゲームが中止になったことが余程気に食わなかったのか、十六夜は詰まらなそうに舌打ちした。

 

「私にはあまり時間がない。だからこそ、自分の目で君たちの力を見極めたいんだ」

「……いいね。それじゃあ、試されてやるか」

 

 その後、槍の投げ合いのゲームで、十六夜が見事に己の力を示した。

 ──しかし、ペルセウスの団員たちによってレティシアは石にされ、そのまま連れ去られてしまうことになる。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 サウザンドアイズ支店の応接室。

 そこには店の主である白夜叉とノーネームの面々、そしてペルセウスのリーダーであるルイオスがいた。

 彼らがここに来たのは、レティシアの処遇について話し合うためだ。

 

「へえ、こいつが月の兎か。東側に来てるって噂だったけど、実物は初めて見るな。つーかミニスカにガーダーソックスってエロくね? 君、ウチのコミュニティに来いよ。あ、僕はペルセウスのリーダーのルイオスって言うんだけど。君が良ければ三食首輪付きで飼ってやるぜ」

 

 ルイオスの言葉を皮切りにして、黒ウサギの美脚談義が始まった。

 それを聞きながら、名亡きはふと思う。そんなに肌を露出した女性を見たいなら、人食いミルドレッドをこの場に連れてきてあげたかった。

 ミルドレッドはずた袋を被り、下着同然の服を着ている。当然、肌の露出も半端ではない。きっと十六夜たちも喜ぶだろう。

 肉断ち包丁を片手に問答無用で殺しにかかってくるが、そこは各自で対処してほしい。

 

「ところで、何その鎧の人。ははっ、もしかしてウケ狙い? ネタとしてはそこそこだけど、ここは話し合いの場だぜ。兜ぐらい脱ぎなよ」

「すまないが、諸事情で兜を脱ぐことができない。そちらの言い分ももっともだが、どうか容認してくれ」

「あっはっは! 別にいいけど諸事情って何さ! 顔に名誉の負傷でもしたとか!? あっ、もしかして人様に顔を見せられないくらいブ男なの!?」

 

 まさかの正解だ。名亡きは胸中で拍手を送る。亡者化した顔は人様に見せていいものではない。

 唯一その諸事情を知る飛鳥は、本気で不愉快そうにルイオスを睨みつける。

 

「初対面の人に向かってなんて無礼な口の利き方かしら。ガルドもそうだったけど、器の小ささが計り知れるわね」

「……おい、さっきから口の利き方に気をつけなよ。僕はペルセウスのリーダー、ルイオスだぞ」

「さっきから肩書きしか言うことがないのかしら。だとしたら貧相なご自慢ね」

 

 一触即発の空気を塗り替えるように、黒ウサギがペルセウスの団員たちの狼藉を説明する。

 一先ず矛を収めたルイオスは、太々しい笑みを浮かべながら黒ウサギの話を聞いていた。

 

「以上がペルセウスの狼藉です。この屈辱は両コミュニティによる決闘をもって──」

「嫌だ」

 

 ルイオスは黒ウサギの言葉を斬り捨てた。

 

「そっちの狙いはわかるよ。いちゃもんつけてギフトゲームに持ち込もうとしてるんだろ? 所有物の過去くらいちゃんと洗ってるよ。あんた、あれの元お仲間なんだろ?」

 

 僕たちを相手にギフトゲームで勝てると思ってるなんて、それはそれで不愉快だけどね。ルイオスはそう付け加えながらも、言葉を続ける。

 

「そもそも、あれは僕たちの正式な所有物なんだ。逃げ出したら捕まえるのが当然さ。今回は偶然そっちの領地にいたって話さ。というか、僕たちが手際良く捕まえたおかげでそっちに何も被害がなかったんじゃないの? よしんばあれが暴れたのが事実だとして、経緯を詳しく調べたら困るのが他にいそうだけど」

 

 ルイオスが白夜叉に目を向ける。すると、白夜叉は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 レティシアがペルセウスのコミュニティから脱出するとき、白夜叉の手引きをしてもらった。それが暴露されれば、白夜叉のコミュニティの立場も多少ながら影響するだろう。

 

「さて、あの吸血鬼を売り払う準備でもするかな。知ってる? 吸血鬼の買い手は箱庭の外のコミュニティなんだ。吸血鬼は不可視の天蓋で覆われた箱庭を除いて、日の光を浴びられない。アイツは日光という檻の中に閉じ込められて、永遠に玩具にされるんだ」

「あ、あなたはどこまで……!」

 

 怒りに呼応するように、黒ウサギの髪の色が緋色に変わる。

 しかし、ルイオスは笑顔を崩さない。

 

「カワイソーな話だよねえ。魔王に己の魂でもあるギフトを譲渡してまで、元お仲間のコミュニティに駆けつけたのにさ」

 

 魔王にギフトを譲渡して── その言葉から、黒ウサギはある可能性に行き当たる。黒ウサギの髪の色が青に戻る。

 十六夜を試すゲームで、レティシアは全盛期とは比べ物にならないくらい衰えていた。ギフトの格が落ちていたのだ。

 己の魂であるギフトを譲り渡すという屈辱的な行為。それも全て、こうして自分たちのコミュニティに駆けつけるために。

 ルイオスは黒ウサギの前まで足を進めると、そのまま彼女の顔を覗き込んだ。それはまるで、弱った心につけ込む悪魔のように。

 

「ねえ、取引しない黒ウサギさん? 吸血鬼はノーネームに返してやる。その代わり、君は僕に一生隷属してもらう。箱庭の騎士と箱庭の貴族、価値としては釣り合いは取れてるだろ?」

 

 ルイオスの提案に、飛鳥が立ち上がる。

 

「もうたくさん! 行きましょう黒ウサギ、そんな提案なんて聞く必要──」

 

 しかし、黒ウサギは顔を俯けたまま、その場から動こうとしない。その表情は、自分の身を捧げることを覚悟したものだった。

 

「ほらほら、君は月の兎なんだろ? 帝釈天に自己犠牲の精神を買われて箱庭に招かれたんだよね。元お仲間の為に、僕にその身体を差し出し──」

「黙りなさい!!」

 

 飛鳥の威光が発動し、ルイオスの口が強制的に閉じられる。

 

「不愉快だわ! 地に頭を伏せてなさい!」

 

 今にも地に頭を伏せようとするギリギリの瞬間、ルイオスは飛鳥の威光を跳ね除けて立ち上がった。まさか跳ね除けられると思わなかったのか、飛鳥は驚愕の表情を浮かべる。

 

「こ、の、アマァ!! それが通じるのは雑魚だけなんだよ!!」

 

 ルイオスはギフトカードからショーテルを取り出す。

 自分の頭を地に着けさせようとした不届き者に天誅を下さんと、斬りかかろうとしたそのとき。甲冑の男── 名亡きがルイオスの前に立ち塞がった。

 

「──は?」

 

 名亡きはショーテルの太刀筋に合わせ、右腕を振るった。

 名亡きの絶技── パリィによってショーテルを弾かれ、ルイオスは胴を無防備にも曝け出す。体勢を崩され、次の行動に移れない。

 次の瞬間、氷柱を突き刺されたような悪寒がルイオスの背中を駆け巡った。あたかも絶対的捕食者を目の前にした獲物のように、狂おしいほど死を身近に感じてしまった。

 腹部に違和感を覚えた。目線を下に向ければ、自分の腹部に突き刺さっている鋼の剣が見える。刀身には、赤い液体が滴っていて──

 

「ぁぎっ!?」

 

 貫かれた。剣で、体を。

 燃えるような痛みを知覚した瞬間、名亡きの蹴りが腹部に叩き込まれる。

 その衝撃で後ろに倒れ、突き刺さっていた剣が強引に抜けた。

 受け身も取れず、背中から床に衝突する。傷口から血が溢れる。湧き水のように止まらない。呼吸が浅くなる。意識は急速に遠のき、生命が零れ落ちる恐怖が胸に満たされる。

 そんなルイオスの様子を、名亡きは兜越しに見つめていた。

 

「……またやってしまった」

 

 名亡きはそう呟くと、どこからか液体の入った瓶を取り出した。

 栓を開け、ルイオスの腹部の傷口に液体をかける。するとどうだろうか。傷は塞がり、ルイオスの顔にも血の気が戻っていく。

 この液体を女神の祝福という。傷や状態異常を癒す聖水だ。

 篝火がない今はそれなりに貴重だが、今回は高い授業料だと思って諦めよう。

 ルイオスの傷が完全に回復したのを確認し、名亡きは自分の座っていた場所に戻る。

 

「……すまない。ついいつもの癖が出た」

 

 憎悪と恐怖が混ざり合ったルイオスの目に気づき、名亡きは軽く頭を下げる。

 そして、何事もなかったように座布団に座る。

 誰も何も言わない、奇妙な沈黙が訪れる。

 それでこの話は終わりだと言わんばかりに、名亡きは一切言葉を続けようとしなかった。彼が話すのを待っていれば、それこそ夜が明けてしまうだろう。人を殺しかけたとは思えない、あまりにもあっさりした対応だ。

 

「……おい、まさかそれだけで済ませるつもりなのか!? お前はペルセウスのリーダーであるこの僕を殺しかけたんだぞ!! ふっざ、ふざけんなよ!!」

 

 沈黙に我慢しきれなかったルイオスが、名亡きに食ってかかる。殺されかけた当事者とすれば当然の反応だ。

 

「しかもお前、癖って!! 何だよその意味不明な言い訳は!! お前は癖で人を殺そうとするのか!!??」

「……ああ、そうみたいだ」

 

 名亡きは潔くルイオスの言葉を肯定した。まさかの対応にルイオスは唖然とする。

 名亡きは無意識のうちに── それこそ息をするように、ルイオスの腹部を剣で貫いてしまった。

 パリィが成功したのに致命を取らない不死人は滅多にいない。いるとすれば、獲物を嬲り殺すことしか考えていない偏屈者くらいだろう。

 名亡きはそんな偏屈者ではなく、パリィが成功すれば速やかに致命を取っている。幾度なく繰り返してきたその動きは、もはや習性と言ってもいい。

 だが、何度も繰り返すがそれは名亡きの世界での話だ。箱庭では違う。

 

「だが、殺すつもりはなかったのは本当だ。だから治した。それで手打ちにしてくれないか?」

 

 さも当然のように、そこまで悪びれる様子もなく言っている。

 本気で言っている。こいつ、頭おかしい。イかれてる。ルイオスは脳裏にそんな言葉が浮かんだと同時に、沸々と湧いてくる怒りが恐怖を上回った。

 倒れていたルイオスは勢い良く立ち上がる。

 

「……こ、こいつ──!!」

「やめんか」

 

 白夜叉の一喝にルイオスが動きを止める。

 

「これ以上部屋を汚されたら敵わん。見よ、畳がルイオスの血で台無しじゃ。これ以上騒ぎを起こすようなら店の外に叩き出すぞ」

「……申し訳ありません」

 

 畳が血で濡れたことに対して、名亡きは深々と頭を下げた。少なくともルイオスのときよりも真剣に謝っているように見える。

 名亡きのその態度はルイオスの神経をこれ以上なく逆撫でした。

 

「ちょっ、さっきのやり取りを見てなかったんですか!? 僕は殺されかけたんですよ、どう考えても悪いのはこいつでしょう!! あんたの目は節穴か!?」

「見ていたとも、おんしが飛鳥に危害を加えようとした故の結果をの。先に手を出したのは飛鳥じゃが、おんしの報復は明らかに度が過ぎておった。信じ難いが、名亡きのこれまでの言葉に嘘はないみたいじゃしの」

 

 白夜叉が扇子をパッと開く。

 表情──といっても、名亡きの顔はフルフェイスの兜で隠れているが──心拍数、声色など、その気になればあらゆる情報から嘘かどうかくらいは判断できる。勿論、それが通じるかは相手によるが。

 名亡きは自然体な様子で、嘘を吐いている様子は一切なかった。

 

「私から言わせればどっちもどっち。喧嘩両成敗じゃ。これ以上この件に関して言葉を重ねるのは不毛。さっさと本題に戻られよ」

 

 白夜叉の威圧に屈し、ルイオスは乱暴に座布団に座る。ただ、その目には憎悪の炎が揺らいでいた。

 

「わかったよ、ゲームを受けてやる」

 

 ポツリと、ルイオスは呟くように言った。激情を抑えるように努めているが、言葉の節々からそれが滲み出ていた。

 

「その代わり、今すぐそいつを殺せ! 月の兎なんてもうどうでもいい!!」

「なっ!?」

 

 鬼気迫る表情でルイオスが吠える。

 驚く黒ウサギたちの傍ら、十六夜は呆れた目でルイオスを見ていた。

 威勢良く吠えているが、ルイオスの滑稽さはサーカスで見る道化師と良い勝負だ。

 

「条件を確認するぜ。名亡きが死ねば、ギフトゲームを受けてくれるんだよな?」

「ああそうだとも、ペルセウスの名に懸けて誓ってやるよ!! まあ、そんなことできるとは思えないけどねえ!!」

「ヤハハ、だとよ名亡き」

「ああ」

 

 名亡きは躊躇なく、手にした剣を兜の覗き穴に突き刺した。

 ぐずりという音が部屋に響く。

 名亡きの肩が一度震えたと思うと、糸が切れた人形のように畳の上に倒れた。

 

「…………はっ? へっ、はぁ!!??」

 

 唯一名亡きの不死性を知らないルイオスは、突然の事態に酷く狼狽していた。

 ただ、それも仕方ないことだろう。事情を知る黒ウサギたちですら、顔を背けずにはいられない惨状なのだから。

 

「ば、馬鹿かこいつ!!?? 自殺しやがった!!??」

 

 ルイオスの言葉に喜びの色はない。ただただ、名亡きの行動が理解不能だった。

 名亡きの姿が粒子になって消える。最初からその場に何もなかったように、名亡きの遺体は消え失せた。ルイオスがそれに驚く暇もなく、死んだはずの名亡きが幽霊のようにその場に現れた。

 今度こそルイオスは、言葉を出せないほど驚愕した。魚のように口をパクパクと開ける。

 

「条件達成だ。ギフトゲームを受けてもらおう」

 

 こうして、ペルセウスとのギフトゲームが約束された。

 

 




名亡きの認識

アルトリウス:つおい。やみのま!
ゴー:デカイ。いい人。
オーンスタイン:槍マン。二人がかりとか死ね。
スモウ:デブ。二人がかりとか死ね。
キアラン:グウィン王に仕えていた四騎士の一人であり紅一点。深淵狩り、竜狩り、鷹の目と呼ばれる中、彼女だけが『王の』刃という二つ名を授かっている。グウィンから勅命を受け、敵となった者を暗殺していたのだろう。彼女の得物は二振りの短刀である。右手に携えた武器の名は暗銀の残滅。その刃には凄まじい猛毒が塗り込まれており、かすり傷一つで致命傷になるという。左手に携えた武器は黄金の残光。暗闇で不吉に輝く刃から繰り出される剣技は、いっそ舞踏のように美しく見えたという。黄金の残光で標的の目を引き、暗銀の残滅で冷徹に、合理的に標的の命を奪った。グウィンから与えられた指輪には蜂のレリーフが刻まれているが、僅かな金の残光を残して闇に紛れる戦方は、まさに蜂を髣髴とさせるものだったのだろう。キアランは騎士叙勲で授かった白磁の仮面を被っているため、彼女の顔を伺うことはできない。でも絶対に美人だ。キアランは深淵狩りアルトリウスの数少ない友人の一人でもある。しかし、彼女はアルトリウスに対して友人以上の感情を抱いていたのではないだろうか。深淵に呑まれてしまった彼の魂を静かに眠らせるため、名前も知らない不死人に己と共にあった得物を躊躇なく渡した。アルトリウスの魂を渡した後、瓦礫で作ったアルトリウスの墓の前に座り、彼女はしばらく動かなかった。名亡きの時代のアルトリウスの墓の背後にも、彼女らしき死体が静かに寄り添っている。最期に眠るときくらいは、彼の側にいたいと思ったのだろう。アルキアキテル…。




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狩人

ちゃん耀が前話で一言しか喋ってない……。
というわけで重要な役を担わせました。


 ペルセウスとのギフトゲームの約束を取り付けてから数日が経った。

 すっかりと日は沈み、夜空には星が瞬いてる。

 ノーネームの館の窓辺で、物憂れた表情でそんな夜空を見つめている飛鳥がいた。

 

「どうしました、飛鳥さん?」

「黒ウサギ」

 

 黒ウサギが飛鳥の横に立ち、一緒になって夜空を見上げる。

 

「……名亡き様のことですか?」

 

 飛鳥は少し困ったように頷いた。

 そう、彼女が思い悩んでいるのは名亡きのことだった。

 

「名亡きさんが一度死んだおかげで、ペルセウスとギフトゲームに持ち込むことができた。だけど、不死だからって簡単に命を投げ捨てていいことにはならないわ」

「飛鳥さん、それは……」

「わかってるわ、彼と私たちが生きてた世界が違いすぎることくらい。だけど、せめてこの世界にいる間だけでも、自分の命を大切にしてほしいの」

 

 黒ウサギの自分を犠牲にするやり方については、本人が改めると約束してくれた。

 しかし、名亡きは違う。自己犠牲という形式だけは同じだが、本質は全く違う。

 名亡きはさも当然のように自分の命を捨てることができる。誰かのためにも。自分のためにも。

 彼は今までそうやって生きてきたのだろう。

 

「少し…… いえ、かなり危ない面もあるけれど、名亡きさんは優しい人だもの。そんな人が自分を削るような生き方をするなんて、悲しすぎるわ」

「YES、黒ウサギもそう思います」

 

 名亡きは何も言わず、ノーネームの復興のために力を貸してくれた。元の世界にやり残したことがあって、今すぐにでも元の世界に帰れるのにだ。

 十六夜たちにもそうだが、名亡きには感謝してもしきれない。

 

「だけど、私はそんなこと言える立場じゃない。名亡きさんが庇ってくれなかったら、どうなっていたことか。それに、私じゃペルセウスとギフトゲームに持ち込むなんてできそうにない。私が油断なんてしなければ…… ううん、油断してなくても結果は変わらなかったでしょうね」

 

 ルイオスに威光を破られたのを、今でも鮮明に覚えている。

 飛鳥の威光が通じるのは格下だけ。ルイオスが威光を破ったのはつまり、あの外道が自分よりも格上ということだ。それが堪らなく悔しかった。

 

「元の世界では誰も彼も私の言葉に従った。そんな毎日が退屈だった。だけど、箱庭ではそんなもの通用しない。こんな無力感は生まれて初めてよ」

 

 落ち込む飛鳥に対して、黒ウサギは優しく笑いかけた。

 

「NO! 飛鳥さんは無力なんかじゃありませんよ!」

「黒ウサギ……?」

「恩恵には様々な使い道があります。それがうまくハマって、何倍もの威力を発揮するなんて話は珍しくありません! 飛鳥さんの威光にはもっと凄い力が秘められてるハズですヨ! だって、この黒ウサギがお呼びしたのですから!」

 

 黒ウサギの励ましに、飛鳥も自然と笑顔を浮かべる。黒ウサギのおかげで、ほんの少しだけ自分の恩恵が好きになれた。

 

「……ありがとう、黒ウサギ」

 

 今よりもずっと強くなろう。

 誰にも負けないように。そして、いつか名亡きを守れるように。

 その翌日。とうとうペルセウスとのギフトゲームが開催されることになる。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 緑の草原に、巨大な白い宮殿がどっしりと構えている。白亜の宮殿といい、ペルセウスの本拠地である。宮殿の周りは高い城壁で囲まれている。

 巨人も通れそうな巨大な門の横には、一枚の羊皮紙が貼られていた。

 契約書類には『FAIRYTALE in PERSEUS』というギフトゲーム名が書かれていた。

 ゲームの内容を簡単に纏めれば、誰にも見つかることなくルイオスのいる最奥の部屋に行くというものだ。姿を見られたら即失格。ゲームに参加できるものの、ルイオスに挑戦する資格は剥奪されてしまう。

 

「このゲームの肝はいかに姿を見られず、ルイオスの野郎がいる場所まで辿り着けるかだ。全員が達成できるほど甘くはねえ。失格覚悟で囮兼露払いをする役がいる」

 

 十六夜の作戦を聞き、飛鳥はわずかに目を伏せた。

 ゲームマスターのジンは囮役にすることはできない。

 十六夜と名亡きは言わずもがな、戦闘能力の高い彼らはルイオスを倒すのに必要だ。

 耀は卓越した五感で、見えない敵だろうと索敵できる。

 囮役に適任なのは…… このゲームで必要ないのは、自分しかいない。

 

「……それなら、私が──」

「待て、囮役を作るのは反対だ。戦力は一人でも多い方がいい」

 

 飛鳥の言葉を遮り、名亡きが十六夜の作戦に異議を唱えた。

 

「で、ですが名亡き様。黒ウサギたちに姿を消す術がない以上──」

「……言ってなかったか? 俺にしか効果はないが、姿を消す方法はある」

「おいおい、マジかよ」

「そ、そんなことまでできるんですか!?」

 

 名亡きはある指輪を装備した。次の瞬間、名亡きの存在感が急に虚ろになる。

 霧の指輪。装備した者の存在感を薄める効果がある。白猫のアルヴィナがくれた指輪だ。

 だが、完全に姿を消してるわけではない。虚ろになっただけで、まだ姿は確認できる。

 

「……す、凄い。一気に気配が薄くなった」

「だけど、目を凝らせば姿が見えてしまうわね」

「姿を消す魔術と重ねがけして、音も消す。制限時間はあるが、俺ならその間に敵を無力化できる」

 

 見えない体をかければ、霧の指輪との相乗効果で姿を完全に消せる。加えて音無しをかければ、足音や武器を振る音も消せる。奇襲にはもってこいだ。これらの魔術は、魔術大国であるウーラシールで伝わっていたものだ。

 佇む竜印の指輪を装備すれば、見えない体と音無しの効果時間が伸びる。

 見えない体と霧の指輪では武器を消すことはできないが、要所で出し入れすれば問題ないだろう。

 

「剣士で不死、しかも魔法まで使えるときた。色々と属性を詰め込みすぎだぜ」

「伊達に長く生きていない」

 

 剣士と名乗った覚えはないし、その気になれば弓や槍も使えるが、敢えて話す必要はないだろう。

 これらの武術や魔法は、時には死ぬほど死ぬ気で覚えた結果だ。ましてや、不死人には寿命がないのだから、費やせる時間は無限にある。

 

「名亡きさん、その……」

 

 黒ウサギが心配そうな顔をしている。その原因を名亡きは思い当たった。

 

「心配するな、誰も殺しはしない」

「い、いえ! ペルセウスは強大なコミュニティです。だから、決して無理はしないで下さい…… って言おうとしたんですけど、すみません。その心配も少ししちゃいました」

「……正直だな」

 

 名亡きはほんの少しだけ柔らかな声色で、そう答えた。

 名亡きは一つ息を吐き、気を引き締める。

 姿を見られてはいけないという条件はとても厳しいものだ。殺しはなしとはいえ、本気でやらなければ足下をすくわれるだろう。

 

「制圧が終わったらここに戻る。では、行ってくる」

 

 名亡きはローガンの杖を装備し、見えない体と音無しの魔術を使用した。この杖はかつて名亡きに魔術を教えてくれた大魔導士ローガンが使っていたものだ。

 何故名亡きが持っているかというと、結晶の狂気で気が触れてしまったローガンが公爵の書庫で襲いかかってきたからだ。無心になって返り討ちにして、装備を拝借した。ロードランではいつもの日常だ。

 名亡きの姿が完全に消え、いつも歩く度に鳴っている鎧の音も聞こえなくなった。

 白亜の宮殿の門扉が開く。十六夜たちには独りでに開いてるように見えるが、名亡きが開けてるのだろう。

 こうして、ギフトゲーム『FAIRYTALE in PERSEUS』が幕を開けた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 白亜の宮殿の外周の背面。ある若いペルセウスの騎士が見張りをしている。しかし、その表情に緊張感はない。

 参加人数はたったの5人。しかも、ほとんどが女子供だ。

 見つかれば即失格という難易度が高いギフトゲームだ。ノーネームにこれを攻略できるなど、到底思えない。

 

「っぇ゛!!?」

 

 突然、喉元に激痛が走る。悲鳴をあげようにも、的確に喉を潰されて声が出ない。

 何が起きたのか。考えようにも、激痛で思考が正常に働かない。

 すぐ近くで何かが切れた音がした。

 夜が訪れたように視界が黒で染まる。

 

「ァァ、ギぁッ……!!??」

 

 そして、あまりに堪え難い激痛。立っていられず、地面をのたうち回る。泣き叫びたい。しかし、潰された喉がそれを許さない。

 ぬるりとした感触の液体が双眸から溢れる。それは涙などではなく、赤々とした──。

 夜になったのではない。目を斬り裂かれ、物理的に視力を奪われたのだ。

 白亜の宮殿の周りでは、同じような傷を負った兵士が何十人と転がっていた。全員が容赦なく目と喉を潰されているが、一応死人はいない。

 しかし、宮殿の中にいる兵士たちはこの異常事態に気づかない。音もなく、気配もなく、まるで病魔のような存在に、ペルセウスは蝕まれていく。

 異変を感じた頃にはもう、手遅れだ。

 ペルセウスの指揮官は配下の騎士を引き連れ、白亜の宮殿の廊下を歩いていた。その表情は険しく、辺りが緊張感で張り詰める。

 騎士たちを複数の隊で分け、宮殿内を巡回させている。しかし、どの隊も定時連絡を寄越さない。何か異常があったと考えるべきだ。そこで、指令室の外に足を運んでみたのだが……。

 

「何だ、これは……!?」

 

 地獄のような光景だった。配下の騎士たちが恐怖に染まった悲鳴をあげる。

 血の涙を流した兵士たちが掠れた声をあげ、壁を伝って歩いている。目は横一閃に切られ、喉は硬い何かで殴り潰されている。

 見られてはいけないなら、目を潰せばいい。悲鳴で周りに気づかれないようにするなら、喉を潰せばいい。実にシンプルで、悪魔じみた対処法だ。

 

「ぐげぇ!!??」

「ぎゃあ!!?」

 

 部下の悲鳴が聞こえ、咄嗟に振り返る。

 全員が目を切られ、その場に蹲っている。

 攻撃された。いる。確実に近くにいる。だが、どこだ。気配も音も、何も感じなかった。

 自分たちがいる場所は中庭の中心だ。遮蔽物は近くにない。

 考えられるとすれば、相手も不可視の恩恵を──

 

「っ!!??」

 

 本能に従い、上体を後ろに反らす。

 わずかな風圧を目の周りの皮膚が感じる。今、間違いなく眼球があった空間を何かが通り過ぎた。

 全力でその場から跳び退き、手に持っていたハデスの兜を被る。

 己の体が透明になり、辺りと同化する。レプリカとは違い、姿だけでなく音と匂いも消せる。これで敵も姿を見失ったはずだ。

 

「っ!?」

 

 この場から離れようとしたとき、どこからともなく赤い血が舞い散った。

 恐らく、敵の血──。

 避けることも叶わず、血飛沫が体に付着する。付着した血ぐらいなら、ハデスの兜で消える。問題なのは、その血が宙で消えたように写ってしまうことだ。

 気づかれた── そう思った瞬間、地面に押し倒された。

 仰向けに倒され、青い空が目に映る。

 起き上がろうと両腕を動かすも、途轍もない力で押さえられている。

 当然ながら、ハデスの兜を脱がされる。

 

「ばけものめ……!!」

 

 誰にも気づかれることなく、ペルセウスの騎士全員の目を切り裂いた。それを可能にする戦闘能力と恩恵もそうだが、真に恐るべきなのはその精神性だ。

 ある確信があった。こんな悍ましい行為にノーネームの子供たちは関わっていない。この悪魔の策略を考え、実行したのは鎧の男── 名亡きだろう。

 レティシアを連れ去る際、遠目にだが名亡きの姿を見た。そして、直感した。あれは間違いなく『闇側の住民』だ。先代のペルセウスのリーダーの元で戦い続けてきた指揮官の男だからこそ、それに気づけた。

 透き通るような青空。それが指揮官の見た、最後の景色だった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 白亜の宮殿のとある一室。

 窓も扉も全て閉められていて、部屋は夜のような暗さだ。そんな暗闇の中、若い騎士が部屋の隅で膝を抱えながら震えていた。

 悪夢だった。そうとしか言いようがない。何の前触れもなく周りの人間が血の涙を流し、喉を潰された。こうして無事逃げられたのは、一切戦おうとせず逃走を選んだからだろう。

 ただただ怖かった。目を切られた同僚たちは苦しそうな呻き声をあげながら、地面をのたうち回っていた。彼らはどれほどの痛みを味わっているのだろう。想像するだけで身の毛がよだつ。

 若い騎士の心は折れていた。ギフトゲームが終わるまで、ずっとここに隠れるつもりだ。敵前逃亡した卑怯者と罵られようと、もう構わなかった。

 敵も不可視の恩恵を持っている。部屋の扉が開けば、その敵が部屋に入ってきた合図であり、自分の運命が決まった瞬間である。

 開くな、開くなと祈りながら、瞬きせずに扉を直視する。

 

 

 

 

 ──しかし、その祈りは届かない。

 

 

 

 ゆっくりと部屋の扉が開いた。

 部屋の中に光が差し込む。地面には影すら映らない。

 若い騎士は口を手で塞ぎ、必死に悲鳴を押し殺していた。まだ気づいてないかもしれない。自分の存在に気づかず、部屋から立ち去ってくれるかもしれない。

 音もしない。気配もしない。部屋から出て行ったかどうかもわからない。気の狂いそうな時間が流れていく。

 若い騎士は名亡きが既に目の前に立っているのも気づかず、ひたすら祈っていた。

 




名亡き:デスルーラしてよろしいですか?
ふしひとさん:どうぞ。ところで一日に何回くらいお死にに?
名亡き:二桁くらいですね。
ふしひとさん:亡者歴はどれくらいですか?
名亡き:30年くらいですね。
ふしひとさん:なるほど。あそこに大量のソウルが宿っている血痕がありますね。
名亡き:ありますね。
ふしひとさん:もしあなたが死んでソウルロストしなければ、
耀:ちくわ大明神。
ふしひとさん:あれくらいソウルを貯めれたんですよ。
名亡き:あれは私の血痕ですけど。
ふしひとさん:誰だ今の。


感想欄でバレちゃったので白状しますけど、実は私あるほーすという名で執筆してました。
興味のある方は『ダンジョンに白い死神がいるのは間違ってるだろうか』で検索検索ぅ!


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愚人

「これ、は……!!?」

 

 白亜の宮殿に着いたとき、耀たちは愕然とした。十六夜ですら眉を顰めている。ペルセウスの騎士たちが何かに怯えるようにその場で蹲っている。

 掠れた声が静かに響き渡り、辺りには濃厚な血の匂いが漂う。まるで地獄を巡っているようだ。

 

「名亡き、この人たちに何をしたの……!?」

 

 普段の無表情からは考えられないほど、耀は張り詰めた表情で問う。

 

「目と喉を潰した」

 

 対照的に、名亡きはあっけからんに答える。

 

「何で、そこまで……! 気絶させるだけでも良かったはず!」

「彼らが意識を取り戻し、姿を見られたらどうする。そんなリスクを負うべきではないし、この世界にも治癒魔法くらいはあるのだろう? あの程度の傷なら問題なく治せるはずだ」

 

 名亡きの言葉はどこまでも正論だった。人としての情を抜きにするのなら。

 視力を奪われ、助けを求める声すらあげられないペルセウスの騎士たちに耀は目を向ける。

 

「……みんな、ごめん。私はこの人たちを置いていけない」

 

 耀は元の世界で不治の病に罹っていた。父のおかげでこうして生きているが、入院していた頃は死を意識しなかった日はなかった。

 死に近かったからこそ、耀は命の重さをわかっているつもりだ。

 だからこそ、放っておけなかった。こうして倒れているペルセウスの騎士たちに、かつての死に怯えていた自分に重ねてしまっているのだろう。

 

「耀さん、ですが……」

「ああ、別にいいぜ。全員で潰しに行くほどあのドラ息子は大した相手じゃねえよ」

「……ありがとう、十六夜。ルイオスは任せて大丈夫?」

「ああ、任せろ」

 

 耀は立ち止まり、そんな彼女を置いて十六夜たちは歩き出す。

 

「俺はまた、間違えたのか」

 

 道中、名亡きはそう呟いた。

 いつものように感情の色がまるで見えない口調だったが、どこか悲しそうに聞こえた。

 

「お前は間違っていないし、春日部も間違っていないと思うぜ。まあ、当人の価値観の違いだ」

「……ああ」

 

 不死人に身を堕とす前は、自分も彼らと同じだったのだろうか。ふと、名亡きはそう思った。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 白亜の宮殿の最上階。そこはコロセウムを模した円状闘技場になっている。

 観客席の最上部ではルイオスが玉座に座り、そんな彼の横には石像と化したレティシアがいる。

 闘技場の中心で、黒ウサギは心配そうに扉の方に目を向けている。今回のギフトゲームは非常に難易度が高いものだ。十六夜たちが無事辿り着けるか不安に思うのも仕方ない。

 そんな黒ウサギの不安を晴らすかのように、扉がゆっくりと開いた。

 

「み、皆さん!」

 

 扉の向こうには十六夜たちの姿があった。ただ、耀だけの姿がない。

 

「まさか、耀さんは……」

「おいおい、早とちりすんなよ。俺たちは誰1人失格になってねえぜ」

「ならどうしてここに来てないのですか?」

「春日部なら下の階でペルセウスの騎士たちの介抱をしてる。黒ウサギ、お前も手伝いに行った方が良いんじゃねえか?」

「い、いえ。黒ウサギは最後までゲームを見届けなければいけないので…… というか、怪我人ってどういうことです?」

「ペルセウスの騎士全員の目を斬った」

「えっ」

 

 名亡きのしでかした詳細を聞き、黒ウサギはやってしまったという表情を浮かべる。

 確かに殺してはいないが、あまりにも鬼畜な所業だ。ただ、それは黒ウサギの価値観であり、名亡きにとってはそうではない。

 自分がしっかりと名亡きの手綱を握れなかったから起きてしまった結果だ。ペルセウスの騎士たちにも申し訳ない。

 

「1人も失格にできないなんて情けない奴ら。まあでも、名亡きをこの場に連れてきたことだけは褒めてやってもいいかな」

 

 ルイオスは怨嗟の念を込めた目で名亡きを見下ろす。それに気づいた名亡きたちはルイオスに視線を向ける。

 

「名亡き…… お前だけは、この僕自らが絶望を与えてやらないと気が済まない。あの場で僕を殺しかけた罪が清算されたと思ったら大間違いだ!」

 

 名亡きが地獄の苦しみを味わい、その仲間であるノーネームを徹底的に乏しめて、初めて名亡きの罪は清算される。

 今この瞬間が、名亡きを断罪する絶好の機会である。

 ルイオスは玉座から立ち上がり、大袈裟に両腕を広げる。

 

「遠路はるばるようこそ、ノーネーム。ここが君たちにとっての、絶望という名の終着点だ。目覚めろ、アルゴール!」

 

 ルイオスは首に巻いたチョーカーを外し、空高く掲げた。

 ルイオスの言葉に応じるように、チョーカーから不吉な光が放たれる。

 光が収まると、紫色の髪をした女がそこに立っていた。拘束用らしき革のベルトを全身に巻きつけている。

 紅に染まった眼を名亡きたちに向ける。まるで鎖に繋がれた狂犬のように、その表情は狂気に染まっていた。

 

「■■■■■■!!!!」

 

 耳を塞ぎたくなる咆哮。

 纏う空気で名亡きは直感した。こいつは強い。

 

「下がってな、名亡き。今度は俺の番だ」

 

 十六夜が指の関節を鳴らしながら前へと歩み出る。アルゴールの威圧に怯むどころか、新しいオモチャを買ってもらった子供のように目を輝かせていた。

 

「手助けは?」

「必要ないね」

「わかった」

 

 それだけのやり取りで、名亡きは十六夜にアルゴールを任せた。

 何だ、こいつらは。魔王を前にしてるのに、どうしてそんなに余裕でいられる。泣き叫び、赦しを乞うのが普通なはずだ。

 

「ハッ、身の程知らずの金髪のガキが! お前もその生意気な態度が気に食わなかったんだ! そいつから捻り潰せ、アルゴール!」

 

 メッキのような余裕、今すぐ剥がしてやる。

 ルイオスの指示を受け、アルゴールは十六夜に向かって襲いかかる。

 十六夜は不敵な笑顔を浮かべたままその場から動こうとせず、真正面からアルゴールの攻撃を受け止める。

 ただの人間が、腕力で魔王と拮抗している。その事実にルイオスの顔から笑みが消える。

 

「は?」

 

 アルゴールの腕を掴んで強引に振り回し、勢いそのまま床に叩きつける。

 

「……はぁ?」

 

 拳で殴りつけただけで、ことごとくを石化させるはずの光線が相殺される。

 

「…………はあああぁぁぁ!?」

「こんなもんかよ、元魔王様」

 

 元魔王を相手に、ただの人間のはずの十六夜は傷一つ負っていない。

 意味がわからない。どうして石化が効かない。どうして元魔王が人間に力負けする。

 慢心とも言える余裕は消え失せ、滑稽なほど冷静さを欠いている。

 

「き、宮殿の悪魔化を許可する! 奴を殺せ!」

 

 ルイオスの言葉に応じて、アルゴールの不気味な金切り声が響く。

 白亜の宮殿の壁や床が黒く染まり、無数の蛇が這い出してくる。アルゴールは星霊種であり、恩恵を与える側の存在である。宮殿に怪物化の恩恵を与えたのだ。

 その蛇は十六夜だけでなく、名亡きたちも狙っている。ジンと飛鳥を守ろうと、名亡きはブロードソードを手に握る。

 

「こういうときこそ、私の出番よね」

 

 名亡きの隣にいた飛鳥が一歩前に出る。

 

「止まりなさい」

 

 飛鳥の言葉に従い、壁や床から生まれた蛇がピタリと止まる。

 

「あなたやアルゴールには通用しなくても、壁や床から生まれた蛇にまで格が劣っているつもりはないわ」

「やるじゃねえか、お嬢様」

 

 十六夜は間髪入れずにアルゴールを殴り抜き、力任せに吹き飛ばす。

 宮殿の壁に激突して、ようやく止まる。陥没した壁の中、アルゴールは力なく崩壊した瓦礫に身を委ねる。

 誰がどう見ても戦闘不能と判断するくらいズタボロだった。もう、起き上がることはないだろう。

 

「ああ、あああぁぁぁ……!?」

 

 声が震え、額には脂汗が浮かぶ。

 ルイオスが見ているのは、十六夜ではない。その先にいる名亡きの姿だ。

 忌まわしき記憶── 腹部を剣で貫かれた痛みがフラッシュバックする。

 殺し殺され地獄の世界で這い蹲ってきた不死人の殺意は、ルイオスの心を静かに、されど着実に蝕んでいた。

 勝つか負けるかなんてどうでもいい。あるのはただ、このままでは名亡きに殺されるという恐怖だけだった。

 

「く、来るなああぁぁあああぁぁ!!!??」

 

 名亡きがやって来る。死がやって来る。

 そうだ、この恐怖から逃れるためならなんだってしよう──。

 ルイオスの叫び声と共に、彼の首に巻いてあったチョーカーが割れた。

 空から不吉な光が降り注ぎ、アルゴールの姿を呑み込んだ。

 

「!」

 

 反射的に名亡きは動いた。

 懐かしい気配がした── ずっとずっと昔から共に過ごしてきた旧友のような。

 忘れもしない。そう、これは死の気配だ。

 石の大楯を装備して、ジンと飛鳥の前に立つ。

 強烈な衝撃が両腕に走る。やはり攻撃が来た。しかもこの力強さ、かつて戦った英雄や神を想起させる。

 攻撃は少しも緩まない。逸らすこともできず、その場で踏ん張ることしかできない。

 防御が、崩される──!

 凄まじい重量を誇り、護を司る古い魔力を帯びているはずの大楯が弾かれる。

 極限まで圧縮した意識の中、名亡きが見たのは己の腹部に向かって伸びる一匹の蛇だった。腕くらいの細さだというのに、どこにそんな力があるというのか。

 

「ごふっ」

 

 躱す術はない。腹部に牙を突き立てれる。鋭い牙は鎧すら貫通し、確実に肉に抉り込まれる。

 蛇の勢いは少しも衰えず、名亡きに喰らいついたまま天に向かって登っていく。

 ある高さでピタリと止まったかと思うと、名亡きを下にしてそのまま急降下する。

 轟音。石畳が砕け散り、土埃が舞い上がる。

 地面に叩きつけられた名亡きの両手両足は、関節を無視した方向に曲がっていた。それでも死んでいないのは、数多のソウルをその身に宿してきた頑丈さ故か。

 蛇の根元を伝っていくと、その先には絹のような紫の髪を靡かせる女がいた。肘から先が蛇に変わり、名亡きに向かって伸びている。

 両目が蝋のような何かで固められているが、それでも絶世の美女だとわかる── そのはずなのに、心臓を締め付けられるような恐怖が止まらない。

 理性を失い、手綱を握られていた怪物はそこにいない。彼女こそが魔王アルゴール。その真の姿である。

 

「フフッ」

 

 女が妖艶に嗤う。

 次の瞬間、その毛髪が無数の蛇と化し、一斉に名亡きに襲いかかった。

 

「名亡きさん!!!??」

 

 飛鳥の叫び声も虚しく、名亡きは無数の蛇によって喰い散らされた。

 誰もが呆然と見ることしかできなかった。あんなに強かった名亡きが、手も足も出ずに殺された。

 

「魔王、アルゴール……!!」

 

 恐怖に染まった声で、黒ウサギは目の前の天災の名を呼んだ。

 アルゴールは蝋に塗られた目を黒ウサギに向ける。次の瞬間、彼女の額の前に高密度のエネルギーが集約する。

 光が弾ける。全てを石にする禍々しい光線が放たれた。

 

「ちぃ!」

 

 十六夜はいち早く反応し、手近にいた飛鳥とジンを腕で抱えて光線から逃げる。

 これまでの光線とは比べるのも烏滸がましい。回避の一択、粉砕は無理だ。手近にいた飛鳥とジンを助けるので精一杯だった。

 光線が止んだのを確認して、飛鳥とジンを地面に下ろす。

 

「おい、無事か!?」

「ええ、どうにか……」

「っ…… ぼ、僕も大丈夫です! だけど黒ウサギが……!」

 

 ジンの視線の先には、石化してしまっている黒ウサギがいた。このゲームにおいて黒ウサギの審判権限に頼れない。

 

「……はっ、はは」

 

 圧倒的な力。あれほど恐ろしかった名亡きも虫ケラのように殺した。

 今のアルゴールはルイオスの制御から離れてしまっているが、この力を取り戻せば──。

 アルゴールが肩越しに振り返り、ルイオスに目を向ける。彼女の顔には酷薄な笑みが浮かんでいた。今まで隷属させられた屈辱を晴らす好機に笑っているのか。それとも、かつて自分の首を刎ねたペルセウスの姿と重ねているのか。

 アルゴールを再び制御するという甘い考えはあっさりと霧散する。

 

「ひっ!?」

 

 地にへたり込んだままのルイオスは、情けない悲鳴をあげる。

 もうダメだ、僕の命はここで終わる。

 死を覚悟した、そのとき。

 

「──シッ!!」

 

 アルゴールの姿が消える。代わりにそこにいたのは、身の丈以上ある十字槍を構えた名亡きだった。

 彼の構える槍の名は竜狩り槍。アノールロンドの四騎士の1人、竜狩りオーンスタインが愛用した槍だ。繰り出される突きは竜の岩のような鱗を貫き、刃に迸った雷の魔力が肉を灼き焦がす。その一撃は人くらいなら容易く吹き飛ばせる。名亡きも身を以てその威力を味わってきた。

 その威力は箱庭でも恐れられる魔王ですら例外ではなく。名亡きの刺突がアルゴールを吹き飛ばしたのだ。

 アルゴールは空中で体勢を立て直し、足から地面に着地する。直前で防がれたのか、ダメージを負った様子はない。酷薄の笑みはそのままに、しかしどこか嬉しそうな表情で笑う。

 神話の如き戦いが今、火蓋を切ろうとしていた。

 

 




灰の人「俺のかぼたんに比べたらダクソ無印の女ってブサイクだよなw」
名亡き「いやいやキアランやアナスタシア、レアだって普通に可愛いし、ジークリンネちゃんは天然系、暗月の女騎士はくっ殺系、混沌の娘だってアラクネ系で愛くるしいルックスしてる。ていうか、プリシラの豚鼻やウーラシールの宵闇のガニ股だって実際に見たら愛嬌があって可愛いよ。クラーナ先生とクラーグなんか大人の色気ムンムンだし、人喰いミルドレッドも肉断ち包丁が強い」

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英雄人

説明を忘れてましたが、名亡きは武器や装備を自由に出し入れできる設定です。武器をソウル化とか、まあそんな感じで収納しています。今まで死体や敵から奪ってきた装備が全部詰まってます。どえらい数です。


 絹のようなアルゴールの毛髪。その一本一本が意思を持つように怪しく蠢き、変容する。

 無数の蛇と化したアルゴールの毛髪が一斉に名亡きへと襲いかかる。しかし、竜狩りの槍の一振りにより容赦無く灼き焦がされる。

 それら一連の動作はあまりにも速すぎて、ルイオスには知覚すらできなかった。

 

「ぅひ、わっ……!?」

 

 いつの間にか背後に来ていた十六夜に足首を掴まれる。

 十六夜はその状態で走り出した。足首を掴まれたルイオスは、必然的に引き摺られる形になって連れてかれる。地面や瓦礫に体のあちこちをぶつける。コブや切り傷ができるが、痛みで叫ぶ余裕すらない。

 気がつけば、観客席の奥に建っている柱の陰に連れてこられていた。そこにはジンと飛鳥、そして石化した黒ウサギもいる。

 

「答えなさい、何をしたの!?」

 

 飛鳥が険しい表情でルイオスを問い詰める。

 明らかにギフトゲームの範疇を超えた事態が起きている。アルゴールが唐突に強くなり、ノーネームだけでなく主人であるルイオスまで危害を加えようとした。

 

「アルゴールを、暴走させた……!」

 

 逆らう気力はとうになく、ルイオスは弱々しい表情でそう答える。

 ルイオス自身、アルゴールの力を十全に扱い切れていないのはわかっていた。名亡きへの恐怖に屈して、アルゴールを暴走させるという選択肢を選んでしまったのだ。

 

「そんなっ…… アルゴールは白夜叉様と同じ星霊種の魔王なんですよ!? 僕たちどころか、箱庭にどんな被害が出るか……!」

「やれやれ、道化も過ぎると笑えねえってやつだな」

 

 十六夜の目には闘志の炎が揺らいでいた。勝ち筋を見出そうと、自分たちが置かれている状況を冷静に把握する。

 アルゴール。別名メデューサ。隷属。ペルセウスの逸話。首を刎ねた。ペルセウスの末裔。

 様々な単語が十六夜の思考の海に浮かんでは消える。そして、ある神話の一節に行き着いた。刎ね飛ばしたゴーゴンの首を掴み、天に向かって掲げているペルセウスの姿が。

 

「……おい、アルゴールの目をよく思い出してみな」

 

 十六夜に言われるがままに、飛鳥たちはアルゴールの目がどうなっていたかを頭に浮かべる。

 

「蝋みたいな何かで覆われていた……?」

「ああ、その通り。本来の伝承通りなら、アルゴールに見られただけで俺たちは石に変えられてるはずだ。だが、そうはならなかった。アルゴールの目は今も塞がれているからだ。考えられるとすれば、このドラ息子の隷属がまだ効いてるってことだ」

 

 作戦──と呼ぶには不確定要素が多いが──のキーマンとなるルイオスに、十六夜は目を向ける。

 

「勿論俺たちも殺す気でいく。それでも致命打にならねえとき、ドラ息子がアルゴールの首を刎ねろ。ペルセウスの伝説に倣えば、アルゴールを無力化できるかもしれねえ」

「そ、そんなの無理だ! できるわけない!!」

 

 速攻で弱音を吐くルイオスの胸倉を掴み、自分の顔の前まで持ち上げる。

 

「できるかできないかじゃねえ、やるんだよ。手前のしでかしたことくらい責任取りやがれ」

 

 ルイオスの胸倉から乱暴に手を離す。

 ルイオスは俯いてるだけで、十六夜に何も言い返さなかった。

 

「お嬢様に御チビ、黒ウサギは任せたぞ」

 

 それだけ言い残し、十六夜は戦場へ戻った。普段の飄々とした態度は鳴りを潜めているが、それでもどこか楽しそうに笑っていた。

 場所は変わり、闘技場の中心。名亡きとアルゴールの戦いは苛烈を極めていた。

 アルゴールは無造作に腕を振り回す。技術も何もない幼稚な攻撃。しかし、拳が地面に当たればクレーターのように陥没し、壁に当たれば粉々に砕ける。その細腕からは想像もつかない破壊力だ。

 名亡きはそれらの攻撃を紙一重で躱しつつ、隙だらけの急所に穂先を疾らせる。

 竜狩りの槍を振り切った瞬間、アルゴールの姿はそこになかった。出鱈目な脚力に任せ、その場から飛び退いたのだ。

 いっそ笑えてしまう身体能力の差。諦めろと言わんばかりに、アルゴールは笑みを深める。しかし、名亡きはただ静かに槍を構え直す。

 

「っらあ!!」

 

 猛スピードでやって来た十六夜がドロップキックをアルゴールの顔面にお見舞いする。

 勢いそのままアルゴールは吹き飛び、壁に激突した。激突した壁は崩壊し、瓦礫がアルゴールの姿を覆い隠してしまう。

 

「逆廻十六夜」

「よう、名亡き。手伝いに来たぜ」

 

 十六夜は不敵に笑う。

 名亡きはどこか安心にも似た感情を覚える。アルゴールを相手に、彼の助力は本当に心強い。

 

「作戦ってほど大したもんじゃないが、伝えておくぜ。俺とお前でアルゴールの動きを止める。んで、その隙にドラ息子が首を刎ね飛ばす。神話をなぞらえるのが、あの化物を殺せる可能性が一番高い算段だ。不安なのはわかるが──」

「是非もない。お前たちがそう決めたのなら、従うだけだ」

「へっ、そうかい」

 

 竜狩りの槍を構え直す。

 無茶無謀は不死人の常だ。勝つ糸口を掴むため、命を投げ捨てて戦うのも珍しくない。勝てる算段があるのなら上々だ。

 名亡きと十六夜はアルゴールが埋まっている瓦礫の山に目を向ける。

 次の瞬間、衝撃波で瓦礫が吹き飛び、アルゴールが起き上がる。唇を切ったのか、口元には一筋の血が伝っている。

 アルゴールの表情から笑みが消えた。彼女から感じる圧が格段に強まる。2人が揃って初めて、己を脅かす存在と認識した。舌舐めずりをして、口元に伝った血を舐める。

 

「いくぞ」

「ああ」

 

 アルゴールにとって、今までの戦いは遊戯にも等しい。ここからが本当の戦いだ。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 悪夢としか言いようがなかった。

 山をも砕く威力を秘めた四肢。蛇となって襲いかかってくる毛髪。光線のような石化の恩恵は隙が大きいので使ってこないが、本来は見られただけで石化してしまうのだ。かの英雄はこんな化物を相手にしたのか。

 ぞわりと、十六夜の背中に嫌な感覚が走る。アルゴールの目は塞がれているのに、標的として見られた気がした。

 アルゴールの拳が迫る。それに対して十六夜は、己の拳をぶつけることによって相殺する。両者の腕が後ろに弾ける。そこから始まるのは、常人の目では捉えられない拳と拳の応酬だった。

 両者の拳が重なり合う度に、空気が悲鳴をあげる。

 

「っ……!」

 

 ずきりと、骨が軋むような鈍痛が十六夜の拳に芽生える。それに意識を割かれた瞬間、アルゴールの蹴りが十六夜の横っ腹に叩き込まれる。体をくの字に曲げ、十六夜は吹き飛んだ。激突した壁が崩れ、瓦礫の山に埋もれる。

 十六夜に代わって、名亡きがアルゴールの前に出る。

 名亡きは足を前に進めながらも、首を横に傾ける。次の瞬間、頭部のあった空間をアルゴールの拳が通り過ぎる。

 もし直撃すれば、熟れたトマトのようにあっさりと潰れてしまうだろう。名亡きにとっては、だからどうしたという話だが。

 カウンターの要領で繰り出された刺突は、名亡きの狙い通り心臓のある位置へと吸い込まれる。

 穂先がアルゴールの肉体に食い込む寸前、名亡きの腕が止まる。アルゴールの毛先から伸びる数匹の蛇が槍の柄に巻きつき、槍を止めたのだ。

 蛇たちが槍をへし折ろうとした瞬間、電撃が疾る。電撃は蛇たちの拘束を弾き、放たれた弓のように竜狩りの槍は進む。

 

「ぎッ!!??」

 

 竜狩りの槍はアルゴールの心臓を貫いた。

 この戦場で最も身体能力が劣っているのは名亡きだ。それなのに、こうしてアルゴールとの戦いに食らいついている。

 身体能力の差をセンスと経験で強引に塞いでいるのだ。血に濡れた殺し合いしかない世界だからこそ、名亡きはそれらを身に付けた。

 だが、心臓を潰しても殺せないのが星霊であり、魔王だ。アルゴールの腕は蛇と化し、名亡きの顔に向かって伸びる。

 

「づぁ──」

 

 名亡きの顔半分が吹き飛んだ。兜の破片と血肉が砕け散る。

 名亡きの膝が崩れ落ちる── ことなく、力強く槍を捻り込む。そして、不死の古竜すら焼き焦がす雷が槍に帯びる。

 顔が半分になろうとも、心が折れる理由にはならない。名亡きの動きに精彩さが欠くことはない。

 

「キャアアッ!!???」

 

 雷がアルゴールの肉体を焼き焦がす。不死の古竜を屠った雷は、星霊にも確かに通用した。

 耳をつんざく悲鳴が闘技場に木霊する。

 載せる感情は怒りか、恐怖か。アルゴールは蛇と化した腕を強引に振る。

 ──ああ、死ぬ。数えるのも馬鹿らしいほど味わってきた感覚だ。

 鞭のようにしなる蛇の一撃は、名亡きの感覚通り体をバラバラに砕いた。

 血と臓物が地面に散らばる。ついさっきまでヒトの形をしていたと誰がわかるだろうか。

 不死人ならすぐに蘇る。しかし、今回ばかりは少し違った。いつもなら肉体と一緒に装備も消える。しかし、アルゴールの胸に突き刺さった竜狩りの槍は消えなかった。

 

「おおおおぉぉぉ!!!」

 

 十六夜は竜狩りの槍を掴み、アルゴールを押して直線上にあった壁に磔にする。

 

「やれ、ドラ息子!!!」

 

 もう訪れないであろう、千載一遇の勝機。

 全力でアルゴールを抑えつける。ルイオスはまだ現れない。

 アルゴールの手が竜狩りの槍を掴む。抑えつけるのも限界が近い。しかし、ルイオスはまだ現れない。

 

「英雄の末裔ってんなら男見せやがれ、ルイオス!!!」

 

 十六夜の叫びに焦りの色はない。何故なら、ルイオスなら来ると確信していた。あんなのでもペルセウスの子孫── 英雄の末裔なのだから。

 

 

 

 

「──やるじゃない」

 

 

 

 出来の悪い子供を褒めるかのような優しい声で、アルゴールはそう呟いた。果たしてそれは、誰に向けられた言葉なのか。

 ぼとりと、アルゴールの首が落ちた。

 アルゴールの頭と、泣き別れた胴体が眩ゆい光となって消えていく。

 残ったのは、壁に刺さっている竜狩りの槍だけだった。

 どうにか勝てたと、十六夜は地面に座り込む。気道から溢れた血を地面に吐き捨てる。この痛み、アバラの一本や二本が折れているかもしれない。それほど強烈な蹴りだった。

 だけど、面白かった。心の底からそう言える。命が懸かっているからこそ、この緊張感と達成感を味わえたのだろう。

 

「……うるさいな、聞こえてるんだよ」

 

 突然ルイオスが現れた。その手にはハルペーが握られて、もう片方の腕にはハデスの兜が抱えられていた。

 

「おい、その兜……」

「春日部とかいう女が持ってきたんだよ」

 

 あれだけ派手な破壊音が響いていたのだ。何かあったのだと、耀が駆けつけてくれたのだろう。

 ハデスの兜があったからこそ、ルイオスはアルゴールの首を容易く切り落とせた。それを持ってきた耀の功績は誰よりも大きい。

 

「だからお前みたいなヘタレが……。マジで春日部に感謝だな」

「な、何だと!?」

 

 冗談交じりの十六夜の言葉に、ルイオスが声を荒げる。張り詰めていた空気がどこか和んだ気がした。

 だが、改めて恐ろしい恩恵だ。高速で空を飛ぶサンダルというよりブーツ、気配を完全に遮断するハデスの兜、そして星霊だろうが致命傷を与えるハルペー。

 ペルセウスがメデューサを倒せたというのも納得だ。

 

「こうなったのは僕のせいなんだけど、それでもアルゴールを倒した一番の立役者はこの僕── うべぃ」

 

 ルイオスが白目を剥いて地面に倒れた。後頭部には大きなコブができている。

 ルイオスの後ろには名亡きがいた。いつもの厳つい鎧と違い、玉ねぎのようなコミカルな鎧を着けている。それでも顔は完璧に隠しているが。

 ちなみに、この鎧はカタリナという国で造られたものだ。カタリナの騎士に面と向かって玉ねぎみたいと言えば、彼らの憤慨を買うのは免れないだろう。

 名亡きの手には粗末な棍棒が握られている。彼の世界ではこの棍棒をクラブと呼ぶ。特記することもないただの木の棍棒であるが、ルイオスの意識を奪うには十分すぎた。

 妙ちきりんな格好をしてルイオスの意識を奪った名亡きを、十六夜はポカンとした表情で見ていた。

 

「VICTORY ACHIEVED」

 

 それだけ呟くと、クラブが手から消える。

 そういえば、今はギフトゲームの真っ最中だ。ルイオスを倒さなければ、ノーネームに勝利はない。さっきまでのルイオスは確かに隙だらけだった。

 こんな状況でも勝利条件を忘れないのは名亡きらしい。

 

「あれだけの強敵にたった2回しか死ななかった。お前のおかげだ、逆廻十六夜」

「ヤハハ、笑わせてくれるじゃねえか」

 

 名亡きは壁に刺さっている竜狩りの槍を引き抜く。すると、竜狩りの槍も名亡きの手の中に吸い込まれるように消えた。

 武器の扱いに関しては素人の十六夜でも、名亡きの槍術が卓越してるのは感じ取れた。

 そういえば、名亡きのことを剣士と呼んだとき、何か言いたそうにしていた。剣以外にも使いこなせると言いたかったのだろう。

 本当に多才な男だと、十六夜は感心する。

 こうして、ギフトゲーム『FAIRYTALE in PERSEUS』はノーネームの勝利で幕を降ろした。

 

 




168 名前:名亡きさん
やっとグウィンを倒しました!

すっごく疲れたので、今は家に帰ってゴロゴロしてます(笑)

いよいよ明日、薪になります!

むっちゃドキドキしてきた…。

不死人の皆さん、今日くらいは殺し合いは休んで明日に備えますよね?



169 名前:灰の人
>>168
   . . .... ..: : :: :: ::: :::::: :::::::::::: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
        Λ_Λ . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::
       /:彡ミ゛ヽ;)ー、 . . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::
      / :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
      / :::/;;:   ヽ ヽ ::l . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::
 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄

すぐに薪にならなきゃダメだよ
始まりの火、消えちゃってるよ
無印からこんなことになるなんて


173 名前:名亡きさん
薪の王要綱を見た。
どうやら薪の王を倒したらすぐ、薪にならないといけないらしい。

アナスタシアに話したら泣かれた。怒られた。殴られた。
フラムトにも話したら怒鳴られた。今すぐに始まりの火の炉に来いって言われた。

今から始まりの火の炉に行ってきます……もうだめぽですか?




黒ウサギが箱庭に呼ばなかったらというIF。嘘です。感想・評価を注ぎ火してくれると嬉しいです。作品が燃え上がります(意味深)



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巡礼人

 

 ペルセウスとのギフトゲームにも勝利し、レティシアは無事ノーネームに所属した。ただし、十六夜たちのメイドとして。十六夜と飛鳥、耀の3人で所有権を等分するらしい。

 当初は名亡きにも所有権があったが、名亡きが「いずれいなくなるから必要ない」と言って、その場の空気を死なせたのはどうでもいい話だ。

 早いもので、それから1ヶ月の月日が経った。

 ノーネームの館の裏にある農園。見渡す限り広大な土地が広がっているが、魔王の襲来により農園としては死んでしまっている。

 再び作物を収穫できると信じて、青空の下で子供たちが農作業に勤しむ。そんな中、明らかに異質な全身甲冑の男が四又鋤で畑を耕していた。

 名亡きである。今の彼の姿からは、アルゴールと死闘を繰り広げた戦士の1人とは思えない。

 一心不乱に四又鋤を振り、凄まじい勢いで畑が拡張していく。その仕事ぶりに、子供たちは尊敬を込めた眼差しを向ける。

 

「……」

 

 名亡きがやってることといえば、農作業と簡単なギフトゲームくらいだ。しかもここ最近、ギフトゲームの参加対象に「名亡きは除く」と書かれることが多い。そのせいで、農作業の比率が圧倒的に高くなっている。何故そうなったのか、理由は皆目見当がつかない。

 除外されてるのは名亡きだけで、十六夜たちは数々のギフトゲームに参加し、踏破している。

 ノーネームは着実に復興へと進んでいる。だからこそ、ある考えが心をよぎった。

 ──もう、ロードランに還っていいのではないか?

 十六夜たちの力は、名亡きの想像よりもずっと強力なものだった。これから先、自分の助力は必要ないと思ってしまうほどに。

 

「名亡き様ー!!」

 

 黒ウサギが慌てた表情で走ってくる。

 四又鋤を振る手を止める。どうやら何かあったみたいだ。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 箱庭の北側で火竜誕生祭という、新たな階層支配者のお披露目を兼ねた祭典がある。

 絶対にトラブルの種になると、黒ウサギはその祭典があることを意図的に隠していた。しかし、サウザンドアイズから飛鳥宛に祭典の招待状が送られたことで、結局3人にバレてしまった。

 十六夜たちは置き手紙だけ残し、黒ウサギに黙って火竜誕生祭に向かってしまった。

 その置き手紙には、今日中に3人を捕まえなければコミュニティを脱退するという旨が書かれていた。祭典を隠していた意趣返しらしい。ちなみに、黒ウサギだけでなく名亡きとレティシアも連れて来るようにとも書かれていた。

 ということで、名亡きたちは箱庭の北側にやって来た。

 

「……」

「……」

 

 名亡きとレティシアは無言で街道を歩く。2人とも寡黙な性格なので、こうなるのは必然だった。名亡きは特に何とも思っていないが、レティシアは違った。何か話した方がいいのだろうかと、気難しい顔をして考えている。

 黒ウサギはどうしたかというと、北側にあるサウザンドアイズ支店の近くへと跳んでった。

 98万キロメートルも離れた場所で火竜誕生祭が開催されるのだ。十六夜たちでもその距離を自力で移動するのは不可能だ。となると、白夜叉に頼る可能性が高い。

 名亡きとレティシアが街を歩いているのは、黒ウサギを振り切って街に逃げた十六夜たちを待ち伏せするためだ。

 夕日で辺りが橙色に照らされている。煉瓦造の建物も相まって、名亡きはかつて神族たちが繁栄していた都市アノールロンドを思い出した。

 見上げれば優しい光を放つランプが無数に吊るされているのと、楽しそうな笑顔を浮かべた人々が行き交っているので、アノールロンドのような寂寥さは微塵もないが。

 ふと、向こうから人が来るのに気づく。

 使い古したであろう灰色のローブに身を包み、顔は見えない。枝のように細く、乾涸らびた腕から相当な高齢だと推察できる。

 大きな亀の甲羅のようなものを背負い、鎖で巻きつけている。老体には荷が重すぎるのだろう。杖をつき、その足取りは重い。

 名亡きは少し横にずれ、レティシアとの間に空間を作る。老人は軽く一礼して、その空間を通り過ぎる。

 

「名亡き、北の街はどうだ? 東側とは様式が変わっているだろう」

 

 沈黙に堪えかねて、レティシアが話題を振る。

 どうだも何も、レティシアが言った通り東側とは様式が違うという感想しかない。

 とりあえず当たり障りのない言葉で褒めておこうと思った、そのとき──

 

 

 

 

「あんた、薪の王かい?」

 

 

 

 

 背後から老婆のような掠れた声が聞こえた。

 耳を疑った。だって、この世界では決して聞くことがないと思っていた単語を、確かに聞いたのだから。

 衝動に任せて振り返るも、そこにあるのは人混みだけだった。名亡きはしばらく立ち止まり、呆然とそれを見つめる。

 薪の王。始まりの火に己の身を焚べ、世界に光を齎らす者を指す。それを知るのは、名亡きと同じ世界の住人しかいない。

 あの老婆が、そうなのだろうか。

 名亡きと同じく、この箱庭に召喚された者がいたとしても不思議ではない。正確には薪の王になる直前だが、一目見ただけで薪の王と判別できるのは不可解だ。

 

「……名亡き?」

 

 レティシアが心配そうな表情を浮かべる。アルゴールの前ですら平静を保っていた名亡きが、初めて動揺を見せたのだ。彼女が不安に思うのも無理はない。

 

「……いいや、何でもない」

 

 空耳、だったのだろうか。

 名亡きは進む方向へと向き直り、歩き始めた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 結局、飛鳥はレティシアが捕まえたが、十六夜にはまんまと逃げられてしまった。

 十六夜は黒ウサギに任せて、名亡きたちは小休憩をしていた。

 

「飛鳥、名亡き、待たせたな」

「これは……?」

 

 何か買ってくると言ってその場から離れていたレティシアが、クレープを持って帰ってきた。

 レティシアの持ってるクレープを見て、名亡きと飛鳥は首をかしげる。そもそも食に娯楽を求める余裕なんてない名亡きは勿論、戦後の日本からやって来た飛鳥もクレープを知らない。

 

「クレープだ。なんだ、知らないのか?」

「くれーぷ……」

「美味しいから一口食べてみろ。何事も経験だぞ」

 

 飛鳥にクレープを渡す。

 ちなみに事前に食べ物は必要ないと言っていたので、名亡きの分はない。

 どうやって食べるのか分からない様子の飛鳥だったが、やがて意を決したようにクレープにかぶりついた。

 そして、顔を綻ばせる。

 

「美味しい……! 甘くて口の中がとろけそうだわ!」

「うん、気に入ってくれたようで良かった」

 

 レティシアは満足気に頷く。ふと、何も言わずに佇んでいる名亡きに目を向けた。

 

「なあ、一度でいいから顔を見せてくれないか。恩人の顔を知らないというのは、どうにもきまりが悪いんだ」

「……すまない、どうしても顔を見せるわけにはいかない」

 

 この兜だけは絶対に脱ぐわけにはいかない。亡者と何も変わらない顔を見せれば、厄介ごとのタネになるのは明らかだ。

 

「謝らないでくれ。こちらこそ無理を言ってすまなかった」

 

 レティシアは残念そうに顔を俯かせる。

 事情を知る飛鳥は気まずそうな顔をしている。

 

「あら、何かしら?」

 

 カップなどの小物に紛れて、とんがり帽子を被った小人がいる。

 

「妖精じゃないか。あのサイズが1人でいるのは珍しいな。はぐれか?」

「はぐれ?」

「あの手の小精霊は群体でいることが多いんだ」

 

 飛鳥は精霊に近づき、まじまじと見つめる。

 

「……」

 

 名亡きはさり気なくダガーを手に握る。

 精霊から悪意は感じないが、警戒するに越したことはないだろう。

 精霊は「ひゃっ!」と可愛らしい声をあげると、そのままどこかへ飛んでってしまった。

 

「残りはあげるわ!」

 

 飛鳥は食べかけのクレープをレティシアに渡し、精霊の後を追った。

 

「俺が追う」

 

 早歩きで飛鳥の後を追う。

 辺りを見回しながら歩いていると、程なくして飛鳥を見つけた。

 飛鳥の肩にはさっきの精霊が乗っている。どうやら懐かせるのに成功したようだ。

 

「あっ、名亡きさん」

「そいつは?」

「私もよくわからないんだけど…… ラッテンフェンガーと言ってたわ」

「そうか」

 

 精霊が不安そうな顔で名亡きを見てる。やはり全身甲冑が恐怖感を与えてしまうのだろうか。

 

「あすかー、だれー?」

「この人は名亡きっていうのよ」

「……ななき?」

「ああ」

 

 精霊は少しだけ警戒を解いてくれた。その様子に飛鳥も安心したように微笑む。

 

「折角だし、もう少し街を探索してみましょう!」

 

 名亡きたちは街を歩き回り、やがて洞窟で開催されている展示会に足を運んだ。

 ガラス細工の展示品が並び、飛鳥は目を輝かせながらそれを見ている。

 名亡きは何も言わず、飛鳥の後ろを歩く。

 

「大きい……!」

「でっか〜」

 

 洞窟の最奥には広いスペースがあり、鋼鉄の赤い巨人が佇んでいた。

 

「製作、ラッテンフェンガー…… 作名、ディーン…… もしかしてこれ、あなたのコミュニティが造ったの!?」

「らってんふぇんがー!」

「凄いのね、あなたのコミュニティは」

「えへへ〜」

 

 精霊は誇らしそうに胸を張る。

 ディーンを見て、名亡きはセンの古城の屋上にいたアイアンゴーレムを思い出した。

 アイアンゴーレムも強いことには強かったが、その決着には唖然とした。よろめいてる隙に攻撃したら、そのまま転倒し、屋上から真っ逆さまに落ちた。

 

「ねえ、名亡きさん。ハロウィンって知ってる?」

「ハロウィン?」

「名亡きさんも知らないのね。って、私たち3人とは世界が違うんだし当然よね」

 

 十六夜君から教えてもらったんだけど、と前置きしてるが、その表情はどこか得意げだった。

 

「ハロウィンは私たちの世界にある行事でね、子供たちが仮装をしてお菓子を貰うのだけど、元々は収穫祭だったの。名亡きさんもよく手伝ってるけど、ノーネームの裏手に農園跡地があるでしょ? 農園を復活させて、私たちのハロウィンパーティーをやろうと思うの!」

「……いいな、それは」

「ええ、名亡きさんも一緒に楽しみましょう!」

 

 兜の下にある名亡きの表情が、確かに歪んだ。

 この火竜誕生祭が終われば、名亡きはロードランに帰ることを検討するつもりだ。

 飛鳥が楽しそうに思い描いている未来には、名亡きの姿がある。飛鳥の言葉にどう答えればいいのかわからなかった。

 

「……俺、は──」

 

 名亡きの言葉を遮るように、洞窟の中にある灯りが消えた。辺りは一気に暗くなり、観客たちの困惑した声が響く。

 

「……見つけたぞ、ラッテンフェンガーの名を騙る不埒者!」

 

 女の声が洞窟の中で反響する。その声には剥き出しの敵意が含まれていた。

 綺麗であると同時に、どこか不気味な印象を与える笛の音色が響く。

 闇の中で何かが蠢く気配を感じた。

 誰かの悲鳴が響く。その気配の正体は、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの大量の鼠だった。

 

「鼠っ!?」

 

 大勢で押し寄せる鼠たちは、まるで灰色の波のようだ。狙いは明らかに名亡きたち。普通の鼠とは違い、統率の取れた動きをしている。

 ふと、苦い思い出が胸に去来する。

 どこかの下水道。人喰い鼠に集団で嬲られて、命からがら切り抜けたと思ったら、毒に蝕まれて死んだ。それも一度や二度ではない。

 ここはロードランではないし、鼠の種類もまるで違うのはわかっている。それでも、心情的に皆殺しにしないわけにはいかなかった。

 さっさと逃げてくれたのか、目視できる範囲に人はいない。これなら巻き込む心配はない。

 

「久遠飛鳥、俺から離れるなよ」

「!!?」

 

 名亡きは飛鳥を抱き寄せる。

 普通なら赤面するシチュエーションだろう。しかし、飛鳥の顔からは血の気が引いていた。

 名亡きの本気の殺意が降りかかる。あまりの重苦しさに、空間が軋んでるようにさえ思えた。名亡きとしては、周りで蠢く鼠の大群を一刻も早く殺すべき敵と判断しただけだが。

 大群を前にして、近接武器でチマチマと潰すのは億劫だ。呪術で一気に仕留めよう。

 呪術。混沌の魔女イザリスが生み出した炎を操る業である。イザリスの炎は石のように頑強な古竜の鱗すら焼き尽くしたという。名亡き自身、その炎の強力さを身を以て体感した。

 呪術の発動に必要な触媒── 呪術の火をその手に宿す。師によって潜在能力を限界まで引き出された名亡きの呪術の火は、通常のそれと比べて突出した力を秘めている。少なくとも、ここら一帯を塵にできるくらいは。

 

「炎の嵐」

 

 火を纏った手を地面に着ける。

 そして、嵐が来た。

 名亡きと飛鳥がいる場所を中心に、地面から無数の火柱が立ち昇る。火柱は洞窟内を暴力的に照らし、地獄のような光景を飛鳥たちにまざまざと見せつける。鼠たちに逃げ場などなく、瞬く間に焼き焦がされる。痛みもなく灰となったのはせめてもの救いか。

 火柱が収まる。残ったのは火でグズグズに溶かされた岩肌と、嵐の後のような静けさだった。

 

「名亡きさん、火も操れたのね……」

「ああ」

 

 名亡きにできないことはないのではと、後に飛鳥は語ったという。

 

 





ぼくのかんがえたかっこいいてききゃら「ふはははは。名もなき亡者よ、貴様では我に勝てんよ」
名亡き「くっ……!」

パッチ「俺もいるぜぇ」
名亡き「パッチ」
ロートレク「お前だけにいいカッコさせんよ、クックック……」
名亡き「ロートレク……」
灰の人「大丈夫、わかってるから! 絶対に裏切るなって言われてるから! 絶対にやるなって言われてるから大丈夫! 」
仮面巨人先輩「┐(´д`)┌ヤレヤレ」
名亡き「みんな……」

悪魔超人「こ、これが友情パワーか」



 ──YOU DIED



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甘人

 名亡きは今、メインストリートから外れた裏道を進んでいる。日の光は建物で遮られ、辺りはゴミが散乱している。観光客どころか、現地の人すら寄り付かないだろう。いるとすれば、社会の爪弾き者や不適合者くらいだろう。何人かが息を殺し、名亡きに険しい目を送っている。

 飛鳥をサウザンドアイズの支店に送った後、名亡きは街へ戻った。名亡きのことを薪の王と呼んだあの老婆を探すためだ。

 飛鳥に「人探しをするから今日は帰らない」と伝えているから、きっと黒ウサギたちに上手く説明してくれるだろう。

 思ったよりも街は広大で、丸一日かけて探しているが、老婆はまだ見つかっていない。幸いと言うべきか、老婆の恰好は箱庭でも特徴的だ。目撃情報はそれなりにある。

 この裏道こそ、老婆の最後の目撃情報があった場所なのだ。この近辺に潜んでいる可能性が高い、

 それに、同じ世界の住人だからこそわかる。箱庭の表の世界はあまりにも眩しすぎる。人が多くて息が詰まってしまいそうだ。だからこそ、こんな裏道が落ち着く。あの老婆も同じことを考えているに違いない。

 入り組んだ道を進み、十字路を右に曲がる。

 

「……!」

 

 見つけた。灰色のフードを被り、亀の甲羅のようなものを背負っている。あの特徴的な恰好は間違いない。

 名亡きは早歩きで老婆との距離を詰める。

 気配に気づいたのか、老婆は足を止めて振り返る。

 

「おや、また会ったねえ。いや、見つかったが正確な表現かね?」

「……聞きたいことがある」

「ああ、答えてあげるよ。この婆で答えられることならねえ」

 

 ソウルを要求される可能性も考えていたが、素直に答えてくれるようで安心する。

 

「……まず、お前は俺と同じ世界の人間か?」

「同じだろうねえ。私も不死人だし、あんたも不死人だ。こんな呪われた体が違う世界にあってたまるかい」

「……同感だ」

 

 この老婆も不死人というなら、名亡きと同じ世界の出身なのは間違いない。

 だが、この質問はただの確認にすぎない。重要なのは次の質問だ。

 

「お前は何者だ。どうして俺の名を── いや、どうして俺が薪の王だと知っている?」

 

 無意識のうちに、名亡きの言葉に力が入る。

 

「……それは」

「!」

 

 老婆が何か答えようとした瞬間、空から黒い契約書がヒラヒラと舞い落ちてきた。それも1枚や2枚だけではない、街全体に数え切れない数の契約書が降り注いでいる。

 目の前で舞い落ちる契約書を手に取り、内容に目を通す。

 この黒い契約書は魔王の襲来を意味する。それを知らない名亡きは、契約書を読んで状況を把握する。

 十六夜たちの身に危険が迫っている。今すぐ助けに行くのが筋なのだろうが、この老婆をもう一度見つけられる保証はどこにもない。

 名亡きの葛藤を見抜いたのか、老婆は掠れた声で笑った。

 

「行きたいのなら行けばいいよ。心配しなくとも、あんたが私に用があるというのなら、ここから離れるつもりはないよ」

「……恩にきる」

 

 その言葉を信じ、名亡きは走った。十六夜たちは火竜生誕祭の開催場所である闘技場にいるはずだ。

 1人残された老婆は何も言わず、その場で佇んでいた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 1人の女が笛を吹き、愉しそうな目で闘技場を見下ろしている。

 彼女の名はラッテン。グリムグリモワール・ハーメルンの一員であり、笛の音色で鼠と人心を操る能力がある。

 闘技場ではラッテンに操られたサラマンドラの兵士たちが、無意味な争いを続けている。その滑稽な様子を見てると、思わず演奏を止め、微笑んでしまう。

 白夜叉の封印にも成功した。ノーネームの団員たちも逃してしまったが、気にすることもないだろう。全て計画通り進んでいる。

 演奏を続けようと、吹き口に口をつけたとき。

 

「……?」

 

 ふと、肩に違和感を感じた。

 その違和感は間を置かずして激痛に変わる。

 

「〜〜〜〜ッ!!??」

 

 歯を食いしばり、悲鳴を押し殺す。

 肩に矢が突き刺さり、しかも貫通している。射抜かれるまで、攻撃に気づけなかった。

 矢が刺さっている方向からして、弓兵は遮蔽物のない高所に潜んでいるはずだ。

 その方向に目を向けて── 愕然とした。それらしき高い建物は、北と東を分ける壁しかない。まさか、まさかあの距離から狙ったというのか!?

 

「……」

 

 ラッテンの予測通り、彼女を狙撃した者は壁の上にいた。

 身の丈を優に超える大弓を携えた名亡きである。名亡きが使用した弓はゴーの大弓といい、四騎士の1人である鷹の目ゴーが愛用していた。この弓で遥か上空にいる古竜を撃ち落としたという。

 ゴーは巨人であり、当然ながら弓のサイズと必要とされる筋力も彼に合わせている。人が使える代物ではない。しかし、数多のソウルを吸収し、人という枠組みからとっくに逸脱した名亡きだからこそ、ゴーの大弓も問題なく扱えた。

 敵らしき人物を他にも2人確認できた。その中でもラッテンを狙ったのは、戦場で油断丸出しな上、笛を吹いて遊んでいたからである。名亡きからすれば、どうぞ殺してくださいと言ってるようなものだ。

 名亡きは双眼鏡で闘技場を覗く。ラッテンの肩に矢が突き刺さっていたが、名亡きはその結果に眉をひそめた。本当は後頭部を狙っていたのだが、矢の行方はご覧の通りだ。久し振りの弓に、腕がすっかり鈍っている。

 だが、次は外さない。名亡きは二の矢をつがえ、弓の弦を引く。

 

「そこまでです!」

 

 黒ウサギの声と共に、雷の轟音が響く。

 名亡き個人ではなく、この場にいる全員に向けての言葉のようだ。

 

「ジャッジマスターの発動が受理されました! これよりギフトゲーム『The PIED PIPER of HAMELN』は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します──」

 

 箱庭のギフトゲームにおいて、ジャッジマスターの命令は絶対だ。逆らうことはできない。

 仕留めるチャンスだったが仕方ないと、名亡きは一先ず弓を下ろした。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「皆さん、名亡きさんをお連れしました!」

 

 謁見の間の扉が勢いよく開かれる。

 黒ウサギが先に謁見の間に入室し、続いて名亡きが入室する。

 

「この方が4人目の異世界人……」

 

 サンドラが名亡きを見て呟く。

 全身甲冑という理由もあるが、名亡きの雰囲気は十六夜たちと比べても独特のものだった。虚ろなのに、どこか殺伐としている。

 

「兜を脱げ、鎧の男。フロアマスターの前で無礼だぞ」

 

 厳つい表情の男が名亡きを睨む。彼の名はマンドラ。フロアマスターの補佐であり、実の兄でもある。

 他人にも己にも厳しい性格であるが、今はその言葉に覇気はない。ただ、状況が状況なので仕方ない。

 

「すまない、事情があって死んでも兜を外すことはできない。無礼なのは重々承知だが、どうか許してもらいたい」

 

 死んでも、という言葉にノーネームの面々は苦笑いを浮かべる。

 予想外に丁寧な態度に、マンドラは言葉を言い淀む。

 

「大丈夫よ、兄さん。初めまして、名亡きさん。私は北のフロアマスター、サンドラです。事情がおありなら、兜の着用を認めましょう」

「ありがとう」

 

 話には聞いていたが、名亡きは改めてその幼さに驚く。ただ、その力は11歳のものとは思えない。目の前の少女も白夜叉と同じフロアマスターである器の持ち主ということなのだろう。

 

「……久遠飛鳥と春日部耀は?」

 

 飛鳥と耀の姿がないのに気づく。ノーネームの面々は揃っているのに、この2人だけいないのは不自然だ。

 

「耀さんは敵の攻撃で体調を崩して、別の部屋で休息しています。飛鳥さんは、その…… 行方不明なんです。白い女の人から僕たちを逃がしてくれて、それっきり……」

 

 名亡きの問いかけに対して、ジンが申し訳なさそうに答える。

 

「……」

 

 本当に久しぶりだ。いつ以来だろう。こんなに心が揺れ動いたのは。

 行方不明なだけで死んでないかもしれない、なんて甘い希望を抱けるような世界で名亡きは生きていない。飛鳥は死んでしまったと思うのも、必然だった。

 共に暮らしていくうちに飛鳥は── ノーネームの面々は、いつの間にか名亡きにとって大切な人になっていたらしい。

 だが、また失くしてしまった。この世界でも、失くしていくしかないのか。心に穴が空いたような喪失感が襲いかかる。

 

「っ!?」

 

 この場にいる全員が凍りついた。十六夜だけが表情を険しくし、名亡きを見る。

 名亡きの心の隙間を埋めたのは怒りだった。誰に対して怒りを向けているわけでもない。強いて言えば、世界に向けた怒りだろうか。

 外見は何も変わりない。だが、纏う雰囲気が明らかに違っていた。静かに、苛烈に、地の底を流れるマグマのような怒りを撒き散らしている。

 

「黒ウサギ、彼女らと交渉の余地などあるのか? 今すぐにでも殺すべきだと思うのだが」

「……ぁ、それは………!」

 

 審議決議をする以上、相互不可侵が原則だ。相手を傷つけることは認められない。

 しかし、それを告げようにも、名亡きの怒りにあてられて声が出ない。

 そんな黒ウサギを助けるように、十六夜が名亡きの肩に手を置いた。

 

「落ち着けよ名亡き。まだお嬢様が死んだと決まったわけじゃねえ。それに、俺たちのギフトゲームの勝利条件も不明のまま。攻略方法を探る時間も必要だ」

「……」

 

 室内に満たされていた怒りが霧散していく。残ったのは、いっそ不気味なほどの静けさだった。

 

「これからグリムグリモワール・ハーメルンとの交渉に移ります。名亡きさんは……」

「俺は、いい」

 

 それだけ言った後、名亡きは沈黙を貫いた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 審判決議の結果、ゲームの再開は1週間後となった。十六夜とジンはギフトゲームの勝利条件を探り、耀は怪我人の手当てに勤しんでいた。

 しかし、それから数日経ったとき。耀は高熱で倒れてしまった。黒死病に罹ったのだ。

 耀は誰もいない別室で寝かされていた。

 高熱に侵され、頭が割れるように痛い。耀にできるのは痛みに耐え、目を瞑って眠りに落ちるのを待つだけだった。

 だけど、何より辛いのは独りでいることだ。

 意識が混濁する。瞳に映るのは暗闇だけ。起きているのかもしれないし、夢を見てるだけなのかもしれない。

 ふと、暗闇だけの世界に光が射した。言いようのない心地良さに全身が包まれる。割れるような痛みも和らいでいる。

 

「名亡き……?」

 

 目を開けると、そこには名亡きがいた。布のようなタリスマンを持ち、片膝を突いている。その姿は何かに祈ってるようにも見えた。

 

「春日部耀」

 

 耀の意識が戻ったのに気づき、名亡きはすくりと立ち上がる。

 

「……光が、見えたの。とても綺麗だった。もしかして名亡きが?」

「ああ。太陽の光の癒しという奇跡…… 魔法を使った。術者とその周囲にいる者を回復させる効果がある。病を治せるかは知らないが、体力は回復したはずだ」

 

 タリスマンを媒介として神の御業を再現するのを、名亡きの世界では奇跡と呼ぶ。

 奇跡を再現するには一定の信仰が必要だ。しかし、今の名亡きは神を信じていない。神を屠ってきたのだから当然だ。

 不死人になる前── 本当の名前がまだあったとき、それなりに信仰深い性格だったのだろう。

 

「楽になったか?」

「うん、とっても」

「そうか」

 

 耀の容態が回復したのを確認し、名亡きは部屋から去ろうとする。耀だけでなく、他の者も見て回らないといけない。

 ゲームが中断してから今日まで、容態が悪い者に片っ端から太陽の光の癒しをかけている。

 

「待って」

 

 名亡きは足を止め、振り返る。

 

「来てくれてありがとう、名亡き」

 

 耀は笑いながらお礼を言う。体調を良くしてくれたのは勿論のこと、こうしてお見舞いに来てくれたことが、何よりも嬉しかった。

 

「……ああ」

 

 名亡きは短く返事をすると、部屋から出ていった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 暗い夜の街。魔王が襲来してから、すっかり活気を失ってしまっている。

 名亡きは建物の屋上に立ちながら、時計台を眺めていた。時計の針が12時で重なれば、ゲームが開始される。

 今回のゲームが終わったとき、あの老婆から話を聞こうと決めた。名亡きなりの、飛鳥たちの危機に駆けつけられなかったケジメだ。

 だから、速攻で終わらせよう。

 名亡きはある剣を装備する。その剣の銘はクラーグの魔剣。混沌の炎に呑まれたイザリスの魔女のソウルから造られた剣だ。刀身には混沌の炎を帯びており、使用者の人間性によって威力を増す。

 炎の威力を高めるため、かなりの数の人間性を解放する。

 混沌の炎がより赫く燃え上がる。クラーグの魔剣を軽く振ると、炎が奔った。

 12時を告げる時計の音が鳴り響く。ギフトゲーム『The PIED PIPER of HAMELN』の幕が上がった。

 




るーるる るるる るーるる るるる るーるーるーるー るるっるー

「さぁ今日のゲストです! なんと名亡きさん。来て下さいました~!」

るーるる るるる るーるる ららら らー らーらーらー

黒柳◯子「すばらしいご活躍で」
名亡き「あ、はい……」
黒◯徹子「内臓攻撃って言うの? ちょっと見せてくださる?」
名亡き「あ、いえ、俺は致命の一撃の方なので……」
黒柳徹◯「あら、致命の一撃って言うのね、ごめんなさいね」
名亡き「いえ……」
◯柳徹子「内臓攻撃は、なさらないのね」
名亡き「……」
黒◯徹子「ところであなた、顔色悪いわね。痩せ過ぎじゃないかしら」


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罹人

 レティシアとサンドラはペストを相手に、街の上空では熾烈な空中戦を繰り広げていた。

 この2人は空を飛べるからこそ、同じく空を飛べるペストの相手を任されていた。

 しかし、レティシアとサンドラの2人がかりであっても、ペストの猛攻を凌ぐので精一杯だった。それ対し、ペストの表情にはまだ余裕がある。

 

「このっ……!」

 

 振り下ろされたレティシアの槍は黒風の障壁によって防がれる。しかし、レティシアは強引に槍を振り抜ける。

 ペストは地面に向かって急降下し、そのまま激突する。

 土埃が舞い上がる。ペストの姿は見えない。

 レティシアとサンドラはむしろ表情を引き締める。これで倒せたなんて考えていない。負傷してくれたら儲け物だ。

 やがて土埃が晴れる。そこには、興の醒めた表情で佇むペストがいた。服に付いた土埃を払う。その体にはやはり傷一つない。

 

「手緩い攻撃ね。私を倒す気がないのか?」

「ああ、その通りだ」

 

 ペストは眉をひそめる。この極限の状況でイかれてしまったのだろうか。

 

「私たちの役割は、お前を地面に引きずり落とすことだからな」

 

 レティシアはペストの疑惑を否定するように言葉を続ける。

 今回のギフトゲームにはそれぞれに役割が与えられている。この場においてなら、制空権を確保する者と、ペストを抹殺する者といった風に。

 

「っ……!?」

 

 死角から火球が飛んでくる。

 生半可な防御では突破される。そう感じさせるほどの熱量。

 最大出力の黒風で炎を受け止める。黒風に阻まれた炎は音もなく消えた。

 サンドラの炎とは威力が明らかに違う。全てを蝕み、燃やし尽くすという破壊の意志しか感じられない。

 

「……」

 

 炎が襲ってきた方向には甲冑の男が── 名亡きがいた。

 名亡きの持つ剣は甲虫の脚を彷彿させる形姿をしている。ペストから見ても悍ましいと称せざるを得ない。

 だが、最も悍ましく、そして恐ろしいのは、その刃に纏う炎だ。いや、果たしてあれを炎と呼んでいいのか。

 炎は神が人類に齎した叡智だ。火は使い方を誤れば大いなる破壊を巻き起こすが、それ以上に人類の発展に貢献してきた。暗闇を照らしてくれるし、寒さから守ってくれる。

 しかし、名亡きが操る炎は違う。外見だけは普通の炎と変わらないが、決定的に違う。

 炎がずっと叫んでいる。壊せ、燃やせ、そして混沌を齎せと。炎というよりも呪いに近い。それなのに、この男はどうして平然と使役できるのか。どう考えてもマトモではない。

 

「あなた、何者なの……!」

 

 敵の問いかけに応じる義理も必要もない。名亡きはクラーグの魔剣を構え、地を蹴った。

 

「!」

 

 名亡きの踏み込みは、彼を容易く剣の間合いまで運んだ。

 ペストが知覚できたのは、今まさに刃が振り下ろされようとする瞬間だった。

 いよいよ炎の魔剣が振り下ろされる。黒風を纏わせた右腕で受け止めようとした瞬間、ペストの生存本能が警鐘を鳴らす。

 躱せ。受け止めるな。この炎は、さっきのそれとは格が違う──!

 

「くううぅぅっ!!?」

 

 その場から強引に跳び退き、名亡きの凶刃から逃れる。あと一瞬でも判断が遅ければ、確実に命を刈り取られていた。

 しかし、その代償は大きかった。完全には避けきれず、右腕の肘から先を斬り落とされた。

 傷口から血は流れていない。刃に纏った炎が断面を焼き焦がしたからだ。

 肉を斬り焦がされる苦痛は想像を絶するものだ。ペストは苦悶の表情を浮かべながら名亡きを睨む。憎悪を剥き出しにしたその目には、確かに恐怖の色が滲んでいた。

 

「……」

 

 魔王の憎悪を向けられても、名亡きの心は微塵も揺るがない。

 それどころか地面に転がるペストの右腕にクラーグの魔剣を突き刺し、刃から迸る混沌の炎で包み込む。ペストの右腕を薪にして、炎はより大きく燃え上がる。

 名亡きはクラーグの魔剣を引き抜く。ペストの右腕は塵一つ残っておらず、最初から存在しなかったかのように消失した。

 

「っ、挑発のつもりかしら……!?」

 

 挑発なんてとんでもない。全力で警戒している。右腕だけが動いたり、毒を撒き散らす可能性があったので排除したまでだ。ペストの態度から察するに取り越し苦労のようだが。

 ただ、そんな無意味な問答に付き合うつもりはない。名亡きは緩慢な足取りでペストとの間合いを詰める。

 しかし、ペストは動けなかった。少しでも隙を晒せば、名亡きは即座に距離を詰め、刃を振るうだろう。

 呪いのような炎を従え、生命を刈り取るだけの存在。このような存在を、箱庭では魔王と呼ぶのだろう。魔王である自分がそう思ってしまったのだから笑うに笑えない。

 

「……そうね、やっとわかったわ。あなたは私の側にいちゃいけない人」

 

 だからこそ、名亡きはここで殺す。ここで確実にだ。確かに名亡きは強い。だが、それ以上に危険すぎる。こんな男をコミュニティに抱え込むなど、導火線に火が付いた爆弾を抱えて眠るようなものだ。

 本気の黒風を放つ。触れただけで生命を落とす、まさに死を運ぶ風。この化物でも躱すしかないはずだ。

 

「……」

 

 名亡きはクラーグの魔剣を振るう。爆炎が壁のように巻き起こり、黒風が呑み込まれる。

 役目が終えたのを理解したように炎が収まる。

 ペストが見たのは、炎の残滓の上を歩く名亡きの姿だった。

 

「ばけものめ……」

 

 その光景はまさに悪夢のようだった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 飛鳥は今までハーメルンの犠牲者である130人の子供たちが転生した群体精霊── もう1つのラッテンフェンガーに匿われていた。彼らとのギフトゲームで赤い鋼鉄の巨人ディーンを託された今、満を持してギフトゲームに戻ってきたのだ。

 飛鳥の使役するディーンはあっという間に3体の白い巨人シュトロムを撃破した。

 ディーンの巨腕でラッテンを捕え、飛鳥の勝利は決まったも同然だった。

 しかし、このまま一方的な勝利を収めるのを良しとしない飛鳥はラッテンにあるギフトゲームを提案した。飛鳥の使役するディーンを操ってみろ、というゲームだ。ラッテンはそのゲームを引き受けた。

 夜のハーメルンの街に蠱惑的な笛の音が鳴り響く。この笛の音を聴けば、誰もが虜になるだろう。飛鳥も目を瞑り、演奏をじっと聴き入る。

 

「っ」

 

 名亡きに射抜かれた肩の傷が疼いた。

 指の動きが鈍り、甘美な音色の中に凡庸な音が混じる。決してミスではない。だが、真っさらなキャンパスの中央に黒い点が描かれたように、どうしても目立ってしまう。

 それでも一瞬で持ち直し、その後にも完璧な演奏を成し遂げた。並々ならぬ技術と、己の演奏に対する誇りがあるからだろう。

 観客としてここに立つ以上、飛鳥はそれらに拍手を送らずにはいられなかった。

 

「とても良い演奏だったわ。思わず聴き入ってしまうくらい」

 

 箱庭に来る前の自分なら── 独りぼっちだったあのときなら、きっと彼女の演奏の虜になっていただろう。

 しかし、演奏者であるラッテンは首を横に振った。

 

「お世辞は要らないわ。まったく、あんな凡ミスをしたなんて初めてよ」

「お世辞なんかじゃないわ。だけど、そうね。万全のあなたの演奏を聴きたかった」

「ふふん、ちゃんと演奏できたら── いいえ、肩の傷がなくても、赤ネズミちゃんの勝利は変わらなかったかもね」

 

 ラッテンは足の先から光の粒子となって消えていく。ディーンの一撃は致命傷だった。

 

「そうだ。同じ女として、お姉さんが一つアドバイスしちゃう」

「?」

 

 まさか、今回のギフトゲームに関するアドバイスなのでは。

 飛鳥は真剣な面持ちでラッテンの言葉に耳を傾ける。

 

「──男はちゃんと選びなさい」

 

 一瞬、何を言われたかわからなかった。

 頭の中で言葉を反芻する。男は、ちゃんと、選びなさい……?

 名亡きの姿が浮かんだ瞬間、飛鳥の顔は茹で上がったように赤くなる。

 

「な、何を……!?」

 

 ラッテンは飛鳥の狼狽を見てイタズラが成功したように笑うが、その目は真剣そのものだった。飛鳥もそれを感じ取ったのか、ラッテンが言葉を続けるのを待つ。

 

「あなたの怖〜いナイト様── 名亡きだっけ? あれは多分、私たちよりもずうっと闇に近い存在よ。離れるなら今の内だと思うわ」

 

 名亡きと言葉を交わしたことはない。遠目で姿を見ただけだ。それでも、確信に至るには十分だった。名亡きからは闇側の気配がする。

 

「あなたに、名亡きさんの何が……!」

 

 飛鳥は強い口調でラッテンの言葉を否定する。

 名亡きについて知らないことは多い。ラッテンの言葉だって嘘だと言い切れない。

 だけど、名亡きはどれだけ苛酷な運命に翻弄されても、人としての優しさは失わなかった。優しい人なのだと、強い人なのだと、飛鳥たちは知っている。

 

「そうね、私は彼の一面しか見ていない。だから別に聞き流しても構わないわ」

 

 言いたいことを言い尽くしたのか、消える速度が速まった。

 首から上しか残っていないが、ラッテンの表情は満足気だった。

 

「それじゃあね、可愛いお嬢さん。最後まで演奏を聴いてくれてありがとう。マスターにもよろしくね」

 

 ラッテンが完全に消えた。

 彼女がここに確かに存在していたのを示すように、笛がディーンの掌に落ちる。

 飛鳥はそれを複雑な表情で眺めていた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 ペストは黒風を撒き散らしながら距離を取り、名亡きはクラーグの魔剣で黒風を焼き斬りながら進む。

 身体能力そのものならペストが何枚も上手だ。しかし、名亡きはその差を戦闘経験とセンスで強引に埋める。

 ペストは魔王になってから日が浅い。戦闘経験が希薄とも言い換えられる。だからこそ、こうして名亡きの立ち回りに翻弄されている。

 

「強いとは知っていたが、ここまでとは……!」

 

 上空にいるレティシアとサンドラは、ただ呆然と眺めるしかなかった。この2人が介在できる余地など何処にもない。

 この2人の役割はペストを地面に引きずり落とし、空に逃げさせないことだ。いくら名亡きでも空は飛べない。隠し札を切っていないだけで飛べるかもしれないが。

 

「……」

 

 名亡きは新たに吹き荒れる黒風をクラーグの魔剣で焼き斬る。黒風に触れたらその時点でアウトだ。そう考えると、ペストの逃げの一手は当然だろう。

 このままではラチがあかない。だから、範囲攻撃で強引に隙をこじ開ける。

 クラーグの魔剣を右手に、空いている左手が呪術の火で赤々と燃え上がる。

 

「混沌の嵐」

 

 名亡きが地面に手を着くと同時に、名亡きのいる地点を中心として地面が赤く燃え上がる。当然、ペストはその範囲内にいる。

 混沌がやって来る──。

 地面から幾つもの火柱が上がる。闇に包まれた中世の街を赤々と照らす。まるで地獄から炎が溢れ出したようだ。

 名亡きはペストの立っていた地点を見る。殺せはしなくとも、無傷とはいかないはず。

 

「!」

 

 黒風を纏ったペストが、混沌の炎を突き破って名亡きの前に現れた。

 名亡きがクラーグの魔剣を振るうよりも速く、ペストは名亡きの胸に左腕を突き刺した。

 

「……カッ…………!?」

「名亡きさん!?」

 

 サンドラの悲鳴が響く。

 ペストは左腕を引き抜く。その手には心臓が握られていた。

 名亡きは膝から地面に崩れ落ちる。その胸には握り拳大の穴が空いていた。穴からは湧き水のように大量の血が流れる。

 名亡きの心臓を握り潰す。これで当面の脅威は消え去ったと、安堵の感情で満たされる。

 

「あなたの敗因は私を侮ったこと。全力の風の障壁なら、あの炎の中でも少しは耐えられるわ。もう死んでいるから、聞いてないでしょうけど」

 

 ペストは上空にいるレティシアとサンドラに視線を移す。

 名亡きが殺されると思っていなかったのだろう。レティシアとサンドラは愕然とした表情を浮かべている。

 

「次はあなたたちよ。安心して、有用だから生かしてあげる」

 

 黒風が吹き荒れようとした、そのとき。

 

「はっ?」

 

 胸から炎を纏った刃が突き出る。体の内側から灼かれる苦痛に悲鳴をあげそうになる。

 

「馬鹿、なッ……! 確かに殺したはずッ!」

 

 肩越しに振り返れば、そこには殺したはずの名亡きがいた。胸の穴もいつの間にか塞がっている。

 

「まさか、蘇生…… いや、不死の恩恵!?」

「……」

 

 名亡きはペストの背中に蹴りを叩き込む。ペストは前に倒れると同時に、炎の刃が強引に引き抜かれる。

 うつ伏せになって倒れるペストに歩み寄り、名亡きはクラーグの魔剣を振り上げる。狙うは、その首だ。

 

「なめるなぁ!!」

 

 ペストは振り返ると同時に、黒風を放つ。

 名亡きはペストの黒風に呑み込まれる。

 糸の切れた人形のように背中から地面に倒れこむ。名亡きも例外ではなく、黒風に命を刈り取られた。

 名亡きの死体が光の粒子となって消える。

 しかし、その場にはまだ死を運ぶ黒風が渦巻いていた。名亡きの姿は黒風に隠されて見えない。それが意味するのは、名亡きは蘇っては殺されるを繰り返しているということだ。

 

「その場で蘇るタイプのようね。それなら好都合だわ。そこで永遠に蘇っては死んでを繰り返してなさい……!」

 

 ペストは冷笑を浮かべる。

 死んでは生き返るなんて、想像を絶する苦しみを名亡きは味わってるに違いない。

 

「な、名亡きさん! 今助け──」

「お待ちください、サンドラ様。私たちではあの黒い風を打ち破れません。弱った魔王に早急にトドメを刺すの最善です」

「ですがっ!!」

 

 そのまま放置するなんて、そんなのあまりに惨すぎる。

 そう言葉を続けようとしたとき、サンドラはハッと気づいた。レティシアは血が滲むほど強く拳を握っている。

 十六夜たちと同じく、名亡きもペルセウスから解放してくれた恩人だ。今、一番名亡きを助けたいのは彼女のはずだ。

 

「よう、取り込み中か?」

「十六夜!」

 

 屋根の上にはペストの配下の1人、ヴェーザーを倒した十六夜がいた。

 

「そういうことか」

 

 死を運ぶ黒風が渦巻いてるのを見て、十六夜は何が起きてるかを察する。あの中に名亡きが閉じ込められているのだろう。

 黒風の側に降り立ち、拳を握り締める。

 

「らぁ!!」

 

 黒風の渦を殴りつけ、そのまま吹き飛ばしてしまった。渦があった中心には、力なく横たわる名亡きがいる。

 

「馬鹿な、ただの拳圧で……!!?」

 

 ペストの心境は絡み合った糸のようにぐちゃぐちゃだった。

 意味がわからない。超常の存在ならまだしも、ただの人間がどうして黒風に触れて無事でいられる!?

 鎧の男もそうだ。あの悍ましい炎を操るだけでなく、不死の恩恵まで持っている。あまりにも規格外すぎる!

 

「無事か」

「…………………ぁぁ」

 

 ペストの戦慄など何処吹く風と、十六夜は名亡きに話しかける。返事はあるが、虫のように小さな声だった。

 

「だいぶ参ってるな。まあでも、かなり追い詰めたみてーじゃねえか。美味しいところを掻っ攫うようで悪いが、後は俺たちに任せときな」

 

 薄れ行く意識の中、名亡きは確かに十六夜の言葉を聞いた。

 十六夜たちならば、きっとペストにトドメを刺してくれる。彼らに全てを任せて、少し休むことにした。生き返っては死ぬ精神的負担は、名亡きが思うよりもずっと重いものだった。

 思考を手放す。今の名亡きには何かを見て感じるとことも、考えることもない。川で流れる木の葉のように、あるがままに状況を受け入れる。

 ふと、眩い光が差し込んだ。希薄になっている意識の中、名亡きは飛鳥の姿を見た。考える能力が著しく低下してる中、確かに安堵を覚えた。

 

 

 




犬にもまけず
鼠にもまけず
車輪骸骨の回転にもまけぬ
丈夫なからだをもち
生きたいという欲はなく
理不尽な起き攻めにも決して怒らず
いつもしずかにわらっている
一日にエスト瓶四杯と
少しの苔玉をたべ
あらゆることを
じぶんの生死をかんじょうに入れずに
敵のパターンをよくみききしわかり
そしてわすれず
野原の松の林の蔭の
小さな篝火のそばにいて
東に病気のこどもあれば
行って毒紫の苔玉を食わせ
西につかれた母あれば
行って太陽の光の癒しを使い
南に死にそうな不死人あれば
行ってダウン致命を取り、糞団子を投げつけてやり
北に世界の侵入があれば
つまらないから皆殺しにし
だれかのかなしみになみだをながし
暗い世界にほのおを灯し
みんなに薪の王とよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういう不死人に
わたしはなりたい



※誤解のないように言っておきますが、ふしひとさんは宮沢賢治を尊敬しています。勿論黒柳徹子さんも尊敬しています。あんなん現代に舞い降りた聖女やで。



感想、評価を注ぎ火してくれると嬉しいです。


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闇の王

 飛鳥の活躍により『The PIED PIPER of HAMELN』はノーネームの勝利で幕を下ろした。数日後には中断されていた火竜生誕祭も再開し、魔王を撃退したセレモニーも兼ねて大いに盛り上がった。

 祭には名亡きたちノーネームの姿もあった。フロアマスター専用の特別席で住民の喝采を一身に浴びている。

 祭はつつがなく進み、名亡きたちは魔王撃破の立役者として表彰された。なるほど、ノーネームの名を売るには打ってつけだ。名亡きたちは住民からの喝采を一身に浴びた。

 名亡きとしては一刻も早く不死人の老婆の話を聞きたいが、己への戒めとして最後まで付き合うと決めていた。

 表彰が終わった後、十六夜たちはサウザンドアイズ旧支店に向かった。ちょっとした観光のはずが、もう1週間以上もコミュニティを空けてしまっている。そろそろ帰らないと、子供たちも不安に思っているだろう。

 そんな中、名亡きだけは別行動をとり、北の街を彷徨っていた。目的はただ一つ、不死人の老婆に会うためだ。

 黒ウサギには先に帰ってるように伝えている。白夜叉にとっては手間だが、彼女は快く了承してくれた。今回のギフトゲームでの貸しを考えると当然であるが。

 熱狂に沸く街の中、名亡きは住民から隠れるように裏路地を進む。この薄暗い裏の世界だけは普段と何ら変わりない。

 表通りを歩いていると、まるで英雄のように扱われる。不快なわけではないが、何となく居心地が悪かった。火竜生誕祭のときも同じように感じた。

 十字路に行き着く。ここを右に曲がれば、あの老婆がいた裏路地だ。あの老婆は待っていると言ったが、その保証はどこにもない。いてくれればいいのだが……。

 

 ──名亡きさん。

 

 ──久遠飛鳥。

 

 ──ハロウィンの準備をして待ってるわ。早く帰ってきてね。

 

 ──ああ。

 

 ふと、飛鳥との会話を思い出した。どうして今になって思い出したのだろう。疑問に思いながらも右に進むと、老婆の後ろ姿が見えた。

 

「……おや、やっと来たかい」

 

 老婆も名亡きの気配に気づいたのか、ゆっくりと振り返った。

 一週間以上も待たせていたと思うと申し訳ない。

 

「すまない、待たせた」

「いいさ別に。こんな明るい世界に、私のやることなんてないんだからさ」

「……ああ、違いない」

 

 老婆の言葉に共感する。この世界は温かいが、自分にはどこか場違いだと感じてしまう。名亡きも黒ウサギに呼ばれずに箱庭に来たとしたら、裏の世界でひっそりと暮らしているだろう。

 

「それじゃあ、話すとするかね。私が何者で、どうしてあんたを薪の王と分かったのかだっけ?」

「……ああ」

「私は巡礼者と呼ばれている。あんたと同じ不死人で、名前はもう忘れちまった。ロスリックの吹き溜まりって場所にいたんだが、気づいたらこの世界に飛ばされていたのさ。不思議なこともあるもんだね」

 

 巡礼者の言葉を信じるなら、誰に召喚されたわけでもなく箱庭に来てしまったらしい。神隠しのようなものだろうか。

 だとすれば、この老婆はどれだけ幸運だろうか。あの絶望しかない世界から逃げることができたのだから。

 それにしても、ロスリックという国は聞いたことがない。よっぽどロードランから遠く離れた国なのだろう。

 

「あんたが薪の王だとわかったのは、名前を聞いたからさ。あの金髪の幼女が名亡きって呼んでただろう」

「……情報屋にでも聞いたのか?」

 

 あの不屈の男から情報を買ったのだろうか。薪の王に最も近い不死人は名亡きであり、多少なりとも面識のある者ならそれを知っている。

 しかし、老婆は首を横に振った。

 

「あんたの名前は未来の世界じゃ有名だよ。偉大なる太陽の王グウィンの跡を継ぎ、誰よりも長く最初の火を燃え上がらせた伝説の不死人なんだからね」

「……は?」

 

 老婆の言葉が、名亡きの心にヒビを入れる。

 しかし、もう後戻りはできない。聞いて、理解してしまった。未来の世界に、不死人がいる。その意味がわからないほど、名亡きは馬鹿ではない。

 

「お前は、未来から来たのか……!?」

 

 一縷の希望を頼りに、名亡きは問う。

 否定してくれ、間違いであってくれ。信じてもいない神に、そう祈りながら。

 

「ああそうさ。どうしたんだい、特別驚くことでもないだろうさね。世の理が歪んでる私たちの世界と比べりゃねえ」

 

 だが、老婆はそんな淡い希望を跡形もなく打ち砕いた。

 崩れていく。壊れていく。これまで築いてきたものが、信じていたものが、哭き叫びたくなるほどあっさりと。

 

「馬鹿、な…… そんなはずがあるか! 全ての王のソウルを器に捧げた! 最初の火はもう消えることはない! 不死人は現れないはずだ!!」

 

 激情に任せて、声を荒げる。

 かつてグウィンは薪の王となったが、再び火が消えかけた。それは最初の火から見出したソウルが不足していたからだ。

 グウィンが分け与えた王のソウル。その4つを全て回収し、器に捧げた。名亡きが薪となれば、今後火が消えることはない。そのはずだった。そう思っていた。

 

「何を言ってるのかね。薪はいつか灰になり、火は消える。当然の摂理さ。あんたまさか、何も知らずに薪の王となったのかい?」

 

 目の前の老婆は、名亡きの都合の良い解釈を否定する。

 

「………本当に、本当に始まりの火は消えてしまったのか……?」

「信じられないのかい?」

 

 名亡きは小さく頷く。

 確証がないからこそ、心はまだ壊れていない。嘘だと断じて、この場から去るのが正解なのだろう。

 しかし、名亡きは動けない。巡礼者の話に耳を傾けてしまっている。

 

「……ああ、そうだ。ちょうど良いのがあったね」

 

 巡礼者は枯れ木のような腕を前に出すと、掌に小さな炎が燈った。

 

「それ、は……?」

「残り火さ。触れてみな」

 

 名亡きは残り火に触れた。

 残り火とは、始まりの火の残滓。薪の王たちの想いが、ソウルが流れ込んでくる。

 巡礼者の言葉が全て真実だと、心で理解させられた。

 

「薪の王とはね、次の薪の王が現れるまでの火の延命措置さ。あんたの後に何人も薪の王が現れたが、誰も彼も短い間しか火を保たせることができなかった。全員の時間を合わせても、あんたが火を続けさせた時間の足元にも及びやしなかった」

 

 老婆の言葉もう、名亡きに届いていなかった。

 北の不死院を出てからの記憶が、名亡きの頭の中で何度も繰り返される。

 誰かに託され、何かを成し遂げ、立ち塞がる敵に殺され、殺し返し、友に出会い、友を殺し── 思い出したくない記憶だろうと、容赦なく掘り返される。

 

「……そうか。命を懸けてまで俺がすることは、だれかのソウルを糧にしてまでやってきたことは、その場凌ぎに過ぎないのか」

 

 そして、至った。

 これまで名亡きのしてきたことは、何も意味がないものだと。あの騎士に託された使命は、名亡きのこれまでの戦いは、なんの価値もないゴミクズのようなものなのだと。

 足がもつれ、近くの壁に背中からもたれかかる。

 

「くくっ……」

 

 堪え切れず、笑い声が溢れた。声をあげて笑ったのは何百年振りだろうか。

 悲しみ、絶望、怒り、失望。ずっと前から忘れていた感情が、堰を切ったように溢れ出る。

 名亡きはその衝動を抑えるのをやめ、大きく口を開けた。

 

「ははは、ハハッ、はは── ははははは。ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははぁはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはっはっはっはっは!!!!」

 

 その高笑いはどこまでも哀しく、聞くに耐えないものだった。しかし、その高笑いは祭の熱狂に呑み込まれる。

 ただ1人だけ名亡きの笑い声を聞く巡礼者は何も言わず、ただ名亡きを見つめる。

 

「ハッハッハッハ!! 傑作だ!!俺が薪になろうと世界は何も救われない!! 世界蛇に唆されるまま戦い続けて、死に続けて、殺し続けて、待っていたのはそんな答えか!! はははははははははははははははははははは!! はははハッハッハッハははあはははっはは、ははっはっはははっは──……」

 

 電池の切れたブリキ人形のように、名亡きの高笑いはピタリと止まった。

 

「聞きたいことは聞けた。感謝する」

 

 それだけ言うと、名亡きは巡礼者に背を向けて歩き始めた。

 

「行くのかい?」

「ああ、やるべきことがわかった」

「始まりの火を消すために?」

 

 名亡きの足が止まる。

 

「俺を止めるか?」

 

 名亡きの手にはブロードソードが握られていた。その一言にどれだけの殺意が込められているのだろうか。返答次第で、名亡きは容赦なく巡礼者を殺すだろう。

 巡礼者は首を横に振った。しかし、名亡きの殺意を恐れたからではない。

 

「まさか。あんたが何をしようとも、私には止める権利はないよ。好きにするといい」

 

 巡礼者に敵意はないのを感じ取り、名亡きはまた歩き始める。

 

「どうか、後悔のない選択を」

 

 最後に、名亡きの耳にそんな言葉が届いた。

 後悔のない選択? あの世界に、絶望と後悔以外の何があるというのか。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 サウザンドアイズ旧支店の一室。その部屋には白夜叉と名亡きがいた。

 白夜叉の表情には驚愕が色濃く現れている。それもそのはず、名亡きは帰ってくるなり元の世界に帰すよう要求してきたのだから。

 

「いつか帰るとは知っておったが、いくら何でも唐突過ぎるじゃろ。黒ウサギたちノーネームにはきちんと説明したのか?」

「いいえ。しかし、十六夜たちだけでも必ずやノーネームの復興を遂げられるでしょう。俺の力は必要ない」

 

 確かに十六夜たちならノーネームの復興を遂げられるだろう。そこは同意する。

 しかし、だからといって名亡きの存在が不要となるわけではない。あのコミュニティには、名亡きの帰りを待つ人たちがいるのだ。別れの挨拶すらなく離別するなんて、あまりにも救われない。

 

「考え直せ、名亡き……! せめて黒ウサギたちとの別れを済ませてから──」

「くどいぞ、白夜叉」

 

 名亡きの声には苛立ちが含まれていた。

 

「お前がどれだけ言葉を重ねても、俺の心が動くことはない。もう一度言う、今すぐにだ」

「……あいわかった」

 

 名亡きの言葉通り、この男はどれだけ言葉を重ねても意思を曲げないだろう。

 それに、不義理を働くわけにはいかない。この男には元の世界に帰る権利も、恩もある。

 

「まず、おんしが呼ばれた場所を特定する。そこでじゃ、おんしの世界の物を何か一つを貸してくれんか? できれば太陽と関わりの深いものなら良いのじゃが……」

「これならどうでしょうか」

 名亡きの手に浮かび上がったのは、橙色に揺らぐソウルだった。その魂の輝きを見て、白夜叉は目を見開く。

 

「これ、は…… 太陽の神の魂……!?」

 

 薪の王グウィン。またの名を太陽の光の王グウィン。彼は火の時代を創り上げ、最初に薪の王となった。

 

「名亡き、何故こんなものを!」

「その神は俺が殺しました」

 

 最初の火の炉に辿り着いたとき、グウィンは朽ちかけた肉体で襲いかかってきた。

 薪の王に相応しいか試したのか、それとも火を絶やされることを恐れたのか。あれは何を意味したのか、それを知るのはグウィンだけである。

 

「……これほどの代物があれば十分じゃ。色々と聞きたい心境じゃが、詮索はよそう」

 

 白夜叉はグウィンのソウルに触れると、目を瞑って動かなくなった。その手の動きは、どこか彼の魂を労っているようにも感じた。

 やがて、グウィンのソウルから白夜叉の手が離れる。世界の特定が終わったらしい。

 

「次は時間の指定じゃ。どの時間に送る? 一応言っておくが、おんしが2人存在してしまうような時間には送れんぞ」

「俺が箱庭に呼ばれた直後に」

「承知した。……では、送り返すぞ」

 

 名亡きの足下に魔法陣が浮かび上がる。

 

「名亡き、ノーネームに何か伝えることは?」

「何も」

 

 名亡きの冷徹な言葉に、白夜叉は辛そうな顔を浮かべる。

 魔法陣から光が溢れ、名亡きの姿を呑み込む。光がおさまったとき、そこに名亡きの姿はなかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 ──私たちは名亡きさんの帰りを待ち続けた。

 

 

 

 ──ハロウィンの準備は万全。だけど、どれだけ時間が過ぎても名亡きさんは現れない。

 

 

 

 ──名亡きさんが帰ってくることは、なかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 最初の火の炉に帰ってきた。

 暗く、陰鬱で、絶望に満ちた世界。箱庭での暮らしは間違いなく幸せだった。それでもやはり、この世界の方が落ち着く。

 辺りは灰にまみれていて、中心には小さな炎が揺らいでいる。

 俺はもう、薪の王になる気はない。終わる世界を騙し騙し続けて、なんの意味がある。不死の定めに苛まれる人を増やして、なんの意味がある。それなら俺が終わらせてやる。

 始まりの火に向かう。なんて弱々しい火なのだろう。これが世界を照らしていた最初の火だなんて、誰が信じるだろうか。

 俺は最初の火を踏み躙った。足の裏に火が消える感覚が伝わる。足を上げると、そこに火は残っていなかった。

 ……今、火の時代が終わった。

 とある胡散臭い蛇の話を思い返す。火を終わらせた不死人を何と呼んだだろうか。

 最初の火の炉の扉を潜ると、何匹もの巨大な蛇が道の横に並んでいた。まるで俺の帰還を待っていたように。

 どいつも似たような容姿だが、先頭にいる蛇だけは見分けが付いた。こいつらはそう、カアスとフラムトだ。

 火を継ぎ、薪の王となる道を王の探求者フラムトは示した。逆に、火を絶やし、闇の時代を始める道を闇撫でのカアスは示した。どちらの話も聞いたが、胡散臭いことこの上ない。

 

「驚きました。まさか貴方が始まりの火を終わらせるとは」

 

 カアスが話しかけてきた。

 こいつからすれば、俺が火を絶やすのを選んだのは降って湧いた話だろう。その表情は心なしか喜んでるように見える。

 

「……俺では不満か?」

「とんでもない。貴方のような強きお方なら、世界に真の闇を齎せるでしょう」

 

 闇に魅せられたつもりはない。ウーラシールや小ロンドの末路を見てきた。闇はロクでもないとわかっている。

 だからこそ、この世界に引導を渡す手段としてなら丁度いい。

 

「その口調は何のつもりだ」

 

 カアスの俺に対する口調はもっと尊大だった。敬語を使われるのは違和感しかない。

 

「貴方は我らが王となりました。これまでの無礼な物言いを、どうかお許しください」

 

 王と呼ばれて、ふと思い出す。始まりの火を絶やす不死人が何と呼ばれるのか。

 

「王よ、我らは貴方を何とお呼びすれば?」

「名などない。好きに呼べ」

「畏まりました」

 

 カアスが頭を垂れると、他の世界蛇たちも一斉にそうした。

 その世界蛇たちを通り過ぎながら、俺は目の前にある道をただ進む。

 

 

 

 

 

「では行きましょう、名も亡き闇の王よ」

 

 

 

 

 




ソードマスター名亡き

最終話 希望を胸に


──すべてを終わらせるとき…!


名亡き「チクショオオオオ! くらえ4人の公王! 新必殺音速致命斬!」
公王「さあ来い名亡きイイ! 実は俺はボッチで普通に1人しかいないぞオオ!」

グアアアア!?> ─公─←名
         ザン!

公王「王のソウルを分け与えられた四天王の我が… こんな不死人に…」

バ、バカなアアアアア!> ─公─←名 三三
               ドドドド!

公王「グアアアア!」

白竜シース「公王がやられたようだな」
混沌の魔女イザリス「フフフ、奴は四天王の中でも最弱」
墓王ニト「不死人ごときに負けるとは四天王の面汚しよ」

名亡き「くらえええええ!」バン!

グアアアア!?> ─墓混白公─←名
         ザクザクゥ!

名亡き「やった… ついに四天王を倒したぞ…。これでグウィンのいる最初の火の炉の扉が開かれる!」

扉<ギイイィィィ

名亡き「!!」
グウィン「よく来たなソードマスター名亡き… 待っていたぞ…」
名亡き(こ…ここが最初の火の炉だったのか…! 感じる…グウィンの魔力を…)

グウィン「名亡きよ… 戦う前に一つ言っておく。お前は最初の火を継ぐために戦ってるようだが… ここにあるのは寒いから私が普通に焚いただけの火だ」
名亡き「な、何だって!? じゃあ俺たち人間が不死なのは…」
グウィン「貴様らが特別丈夫なだけだ」
名亡き「じゃ、じゃあこのガリガリの体は…」
グウィン「ただの不養生だ。肉を食え、肉を」

名亡き「フ… 上等だ… 俺も一つ言っておくことがある。異世界で仲間と一緒に魔王と戦うような気がしたが、別にそんなことなかったぜ!」
グウィン「そうか」

名亡き「ウオオオいくぞオオオ!」
グウィン「さあ来い名亡き!」


──名亡きの勇気が世界を救うと信じて…!




 はい、というわけで『不死人が異世界から来るそうですよ?』は完結となります。名亡きが帰っちゃったからね、仕方ないね。名亡きをキチガイのつもりで書いてたのに、感想欄で聖人認定されるのは草生えました。今までご愛読ありがとうございました! 不死人さんの次回作にご期待ください!















ダークソウル風に言えば、
『Nameless, Lord of Dark』編が始まる予定です。
感想・評価を捧げよ。



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世捨人

白夜叉は召喚術使えないだろこのハゲ?
見逃してくださいお願いします!!


 箱庭の東側に立地するサウザンドアイズ支店。その一室には店の主である白夜叉、客人の黒ウサギと問題児3人組が揃っていた。

 白夜叉の表情は真剣そのものであり、普段の飄々とした様子は微塵もない。それもそのはず、ノーネームの面々に何も言わず、名亡きを元の世界に送還してしまったからだ。

 

「おんしらをここに呼んだのは、先に手紙に述べていた通りじゃ」

 

 ノーネームの面々は白夜叉からの手紙を通して事情を知っていた。だからこそ、彼らの表情も真剣そのものだ。

 

「まず、改めて謝罪を。おんしらに何も知らせず、名亡きを元の世界に帰してしまった。本当にすまなかった。如何なる叱責も受け入れよう」

 

 白夜叉は深々と頭を下げた。

 あの日の名亡きからは、何をしてでも元の世界に帰るという執念を感じた。それこそ、帰るためなら箱庭の住民を皆殺しにするのも厭わないという執念が。

 名亡きには帰る権利もあるし、恩もある。しかし、それ以上に彼の言葉に従わないのは危険と感じたからこそ、名亡きを元の世界に送還した。

 しかし、ノーネームに恩を仇で返すような行為をしたのは変わらない。

 

「そんな、頭を上げてください! 白夜叉様が悪いわけではありませんよ!」

 

 東側どころか箱庭でも指折りの実力者である白夜叉が頭を下げるなんて、尋常ではない。それに、帰る権利はあくまで名亡きに帰属していたのだ。白夜叉がどうこう言える立場ではない。

 黒ウサギは慌てて頭を上げるように促すが、白夜叉は頭を下げるのをやめない。

 困り果てた黒ウサギの傍ら、十六夜は面倒そうに鼻を鳴らした。

 

「おい、わかってんだろ? 俺たちは謝罪の言葉を貰いに来たんじゃねえ。名亡きを追うためにここに来たんだ」

 

 十六夜の言葉を聞き、白夜叉は頭を上げた。

 十六夜の目には強い覚悟があった。他の3人も同様だ。

 

「白夜叉、お前が俺たちを名亡きの世界に送還してくれるんだろ?」

「うむ、可能だ。おんしらを名亡きの世界に送還することも、箱庭に召喚することもできる」

 

 白夜叉はグウィンの魂に触れた際、名亡きの世界の大まかな座標は記憶した。グウィンの魂がない今は精度こそ劣るものの、世界を繋げるには十分だ。

 

「おんしらにできるせめてもの償いじゃ。私は箱庭から離れるわけにはいかんが、サウザンドアイズの名に懸けておんしらを全力でサポートしよう」

 

 世界を越えて名亡きを追う覚悟があるのなら、彼のいる世界に召喚する。白夜叉は手紙でそう伝えていた。

 ここに来た時点で、彼ら4人の気持ちは一緒だったのだろう。

 

「すまんの、黒ウサギ。コミュニティ復興の大事な時期に厄介ごとを持ち込んでしまって」

「謝らないでください、白夜叉様。こうして便宜を図ってくれただけで十分ですよ。もし白夜叉様の話がなかったら、問題児様方は勝手に名亡き様を探しに行きそうですし……」

「おう、わかってるじゃねえか黒ウサギ」

「それはもう、あれだけ毎日振り回されたら……」

 

 白夜叉のサポートがなければ、名亡きだけでなく問題児3人組もコミュニティから飛び出していただろう。

 だからこそ白夜叉の手紙を読んだとき、黒ウサギは衝撃と安心のダブルパンチで膝から崩れ落ちた。その様子を見たレティシアは苦労サギと呟いたが、それはどうでもいい話だ。

 

「名亡きとは一度本気で闘ってみたかったんだよ。決着が付かないまま終わらせてたまるか」

 

 十六夜は手のひらに拳を当てる。

 前々から名亡きと戦ってみたいとは思っていた。その不死性と卓越した戦闘力から、全力で闘える相手ではないかと期待した。

 名亡きは無意識のうちにその期待に応えた。名亡きと肩を並べてアルゴールと戦ったときに、胸に燻るその想いはより一層と強くなった。

 

「私は名亡きにもう一度会いたい。さよならも言えずにお別れなんて、そんなの悲しすぎるよ」

「YES、名亡き様に会いたいのは黒ウサギも同じです。ノーネームを何度も救ってくれたご恩があるのに、それを返せないまま終わりなんて月の兎の名が泣きますよ!」

 

 黒ウサギの言葉を聞いたとき、十六夜は格好の獲物を見つけたようにニヤリと笑った。

 

「とか言いつつ、本当はコミュニティに帰ってくるよう説得する気満々なんじゃねえの?」

「ふぇっ!? いえいえ、滅相もありませんことヨ!?」

 

 大袈裟に手を横に振って否定するも、そのつもりは大いにあった。

 勿論、黒ウサギの言葉に嘘はない。しかし悲しきかな、同時に損得勘定もしてしまうのがコミュニティを背負う者としての性分である。

 

「黒ウサギ……」

「耀さん、そんな目で見ないでください!」

 

 ドタバタと騒ぐ3人を、飛鳥は軽く微笑みながら眺めている。いつもと変わらないノーネームの様子に、どこか安心して肩の力が抜けた。

 

「飛鳥、おんしも名亡きに会いたいか?」

「私だってみんなと同じ気持ちよ。それに、名亡きさんは私たちに黙って元の世界に帰るような人じゃないもの。何かあったに決まってるわ。もし名亡きさんが苦しんでいるのなら、今度は私たちが助けてあげたい」

 

 飛鳥の言葉を聞き、十六夜と耀は黒ウサギを弄るのをやめる。

 

「……まっ、そうだな。後腐れなく戦うためにも、多少は手を貸してやるか」

「十六夜、素直じゃない」

「ヤハハ、大目に見てくれ。我ながら一級品の捻くれ者だと自覚はしてんだ。そう考えると、お嬢様は名亡きに対して随分と素直だな」

「……な、何よ。いつまでたっても話が進まないでしょ。黒ウサギと一緒に遊んでないで、静かにしなさい」

「!!??」

 

 白夜叉は驚愕する黒ウサギに憐憫の目を向けた後、小さく咳払いをする。

 

「召喚術の類は専門ではないのでな、上限は4人までじゃ。座標もちいっと狂うかもしれんし、時間帯も名亡きを送った少し先になるかもしれん」

 

 太陽の光の王の魂とまではいかずとも、せめて名亡きの世界の物があれば正確に召喚できるのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 

「その代わり、おんしらに太陽の光を授けよう」

 

 足元から暖かな光が立ち昇り、十六夜たちを包み込む。このまま身を委ねて眠ってしまいたくなる心地良さだ。

 光が十六夜たちの体に吸い込まれていく。彼らの内側に太陽の光が宿ったのだ。

 

「その光が闇から守ってくれるじゃろう。しかし、過信は禁物じゃぞ。常に細心の注意を払え。名亡きの世界には闇が溢れている。強い闇はときに光すらも呑み込む。それと、これを渡しておこう」

 

 白夜叉は黒ウサギに紅い宝石が嵌め込められた指輪を渡した。

 

「黒ウサギ、帰還のタイミングはおんしに任せるぞ。この指輪に強く念じながら太陽に向けよ。さすれば召喚術が発動し、箱庭に帰ることができるじゃろ。問題児どもが無茶をしないよう、しっかりと手綱を握れ」

「YES、お任せください」

「では、やるぞ」

 

 白夜叉が無造作に扇子の先を向ける。すると、十六夜たちの足元に巨大な魔法陣が現れた。

 十六夜たちはその場から立ち上がり、召喚される瞬間を身構える。正気を失った不死身の人間がごまんといる世界に出向くのだ。その表情は緊張が色濃く現れている。

 そして、魔法陣からより一層強い光が溢れた。

 

「おんしらにどうか太陽の加護があらんことを」

 

 十六夜たちの視界が白い光で包まれる中、白夜叉の言葉を聞いた。

 

「えっ」

 

 光が収まったとき、妙な浮遊感を感じた。

 気づけば、遥か上空で落下していた。眼下には鬱蒼とした森が広がっている。

 

「ま、またこんな展開なの!!??」

 

 全身で風を受け止めながら、悲鳴に近い声を上げる飛鳥。

 そう、黒ウサギに箱庭に召喚されたときと同じ展開だ。あのときと違う点を挙げるとすれば、落下地点に湖がないことか。

 地面が刻一刻と近づいてくる。

 身体能力が人並みの飛鳥は、このまま墜落すれば即死は免れない。

 

「春日部、お嬢様を頼む!」

「うん」

 

 一番近くにいた耀が飛鳥の手を掴む。そのまま体を近づかせ、腕で抱えた。

 耀の身体能力でも墜落すれば危険だが、グリフォンとの特性である風を操る力がある。

 風を操り、階段のように宙を跳ねながら地面に降りる。

 一方、十六夜と黒ウサギは普通に地面に着地した。落下の衝撃で轟音と共に地面が割れる。

 

「あ、ありがとう春日部さん……」

「どういたしまして」

 

 耀は抱えている飛鳥を地面に降ろす。

 他の3人はともかく、初っ端から命の危険に晒され、飛鳥の心に沸々と怒りが湧いてくる。

 

「なんでまた上空に放り出されるのよ!」

「座標の指定を少し誤ったのかと…… でも、仕方ありませんよ。砂漠の中から一粒の砂を見つけるような作業なんですから」

「……それよりお前ら、気づいたか?」

 

 十六夜の表情は今まで見たことがないくらい険しいものだった。

 

「多分、この世界の大半は闇で呑まれてる」

「ど、どういうことです!?」

「まだ憶測の域は出ないけどな。最初は視界が悪いだけだと思ったんだが、断絶されたみてえに途中から何も見えなくなる。闇で溢れてるとはよく言ったもんだ。絶海ならぬ闇の孤島になってやがる」

 

 十六夜の並外れた視力は、遥か先にある闇との境目を捉えた。

 徐々に見えなくなるならまだしも、境目を少しでも越えると完全に何も見えなくなる。まるでそこから先の世界が抜け落ちたように。

 

「それじゃあ、この世界の人たちは……」

「……」

 

 耀の問いかけに十六夜は何も答えられなかった。闇に呑まれた人がどうなるのか、博識な十六夜でも知る由はない。だが、おそらくは──。

 十六夜の沈黙の意味を理解し、耀は悲しそうに顔を歪ませる。

 

「名亡きはこの現象を止めるために元の世界に戻ったのかもな。それか── いや、何でもねえ」

 

 それか、名亡きが世界をこうしたのか。

 だが、あくまで可能性の話だ。確証はどこにもない。余計な動揺を与える必要はないと、十六夜は言葉を飲んだ。

 名亡きを探すために、4人は鬱蒼とした森を彷徨い歩く。あまりに静かな森だ。動物や虫がいる気配はない。風もなく、木々のざわめきすら聞こえない。

 ふと、耀が視界の先に何かを捉えた。

 

「何、あの黒い靄……」

 

 耀が指差した先には黒い靄がいた。手と足のない幽霊のような姿で、どこか不気味だ。

 

「動物、か……?」

 

 最初は動物かと思ったが、この黒い靄から生きている気配を感じない。霊体的な存在なのだろうか。

 黒い靄も十六夜たちの存在に気づき、両者の目が合った。

 

「ッ──!!??」

 

 黒い靄の目の奥底にあるのは、人に対する羨望と愛情。それなのに、こうも身の毛がよだつのは何故なのだろうか。

 生存本能が警告している。絶対にあれには触れるなと。

 気づけば、十六夜たちの周囲には無数の黒い靄が現れていた。全てが十六夜たちに目を向け、ゆっくりとだが近づいている。

 

「いつの間にこんな……!?」

「囲まれたら終いだ、突破するぞ!」

 

 黒い靄たちの間を縫い、十六夜たちは走る。

 幸い、黒い靄たちの動きは鈍い。飛鳥の足でも逃げ切れるほどだ。

 

「振り切れたみたいね……」

 

 しばらく走ると、黒い靄はいなくなっていた。

 十六夜たちは足を止め、少し休憩する。

 たいした距離を走ってないのに、十六夜を除いた3人の額には汗が浮かんでいた。

 

「あの黒い靄、名亡きが使っていた人間性に似ている。何か関係があるのか……?」

 

 十六夜だけは走りながらも、黒い靄の正体を考察していた。

 あの黒い靄は人間性という。名亡きが白夜叉戦で使った人間性とほぼ同質だ。十六夜の考察は的を得ていると言えよう。

 人間性。それはこの世界の人だけが持つ。しかし、人に人間性を注ぎ過ぎればウーラシールの民のような異形と化し、最終的には人間性そのものと化す。

 つまり、ここに多数の人間性が彷徨っているのはそういうことだ。現時点の情報では十六夜たちに知る由もないが。

 

「うっ!?」

「どうした、春日部?」

 

 耀は口に手を当て、顔を青くしている。

 

「な、何でもない…… ただ、変な臭いが……」

「変な臭い?」

 

 黒ウサギの耳がピクリと動いた。

 

「な、何か来ます!」

 

 巨大な何かが近づいてくる。この音はまるで、蛇の這いずりのような。

 それと同時に、鼻を突き刺すような異臭が漂った。思わず眉間に皺を寄せるが、五感が鋭い耀は心配なくらい顔を白くしている。

 

「懐かしい太陽の光の気配がすると思ったら、お主らか?」

 

 現れたのは巨大な蛇だった。

 目は赤々として、人間のような歯を剥き出しにしている。人間と蛇を足して二で割ったような不気味な姿だ。

 

「何だてめえは?」

「儂の名は王の探求者フラムト。大王グウィンの親友じゃ。神族には見えぬが…… 不死人でもないな。お主らは何者だ?」

 

 フラムトが口を開くと、強烈な臭いが襲ってきた。どうらやこの異臭の原因はフラムトの口臭らしい。

 耀に目を向けると、涙目になりながら必死に何かを堪えていた。

 

「な、名亡きさんを知ってるかしら。この世界にいるはずなんだけど。私たちは彼の仲間なの」

 

 名亡きの名前を出すと、フラムトは少しだけ目を細めた。

 

「……そうか、闇の王の」

「闇の、王……?」

「そうさな…… 儂は名亡きの居場所を知っておる。もしお主らが会うのを望むなら、そこに連れてってやろう」

 

 フラムトの予想外の提案に、十六夜は訝しげな目を向ける。フラムトの正体がわからない上、あまりにも都合が良い提案だ。

 しかし、彼の提案に乗る以外にない。他の手がかりがないのだから仕方がない。

 

「信じていいんだな? もし裏切ったら、容赦なくその長え首を捩じ切るぜ」

「心配せんでよろしい。儂にお主らをどうにかできる力はない。ただ、火の時代を末長く見守りたいだけじゃ」

 

 胡散臭い口調には変わりないが、どこか昔を懐かしんでいるようにも感じた。

 

「では、行くぞ」

 

 フラムトは大きく口を開け、十六夜たちを咥えようとした。

 迫る大口。あまりに突然かつ衝撃的な事態に飛鳥と黒ウサギは動けない。耀は臭いに耐え切れず地面に倒れた。

 このままでは乙女として大事な何かが粉々に打ち砕かれる。

 

「オラァ!!」

「ごはぁ!!??」

 

 一早く反応した十六夜がフラムトの顎にアッパーカットを打ち込んだ。

 

「普通に案内しろ、普通に」

「ウ、ウム……」

 

 この日、十六夜は耀を始めとした女性陣に死ぬほど感謝されたという。




名亡きの部屋

名亡き「かぼえも〜ん!!」
アナスタシア「どうしたんですか名亡きくん?」
名亡き「また今日も仮面巨人先輩にいじめられたよ〜! 何か仕返しできるひみつ道具を出してよ〜!」
アナスタシア「今日もですか。仕方ないですねぇ名亡きくんは」

アナスタシア「アノヨヘオクール〜」タッタラタッタ ター タターン

アナスタシア「はい、どうぞ」つ肉断ち包丁
名亡き「えっ…… か、かぼえもん……?」
アナスタシア「……ぶっ殺したいんだろ? これで格の違いを教えてやれよ」

名亡き「わぁ〜! ありがとうかぼえもん! これで仮面巨人先輩に仕返しできるよ!」
アナスタシア「くれぐれも悪用しないでくださいね〜」






──YOU DIED





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咎人

 城壁を越えた先には、広大かつ壮健な城郭都市が広がっている。

 ここは神々に棄てられた都市アノール・ロンド。かつては火の時代の象徴として栄華を極めていた。しかし、大王グウィンが薪となるため旅立ったのを契機に、凋落の一途を辿った。

 黄昏に染まっていたアノール・ロンドも、今では薄暗い闇で包み込まれている。都市の支配者が入れ替わったのを暗示するように。

 十六夜たちはフラムトに案内され、アノール・ロンドの廻廊を歩く。薄暗く、静けさも相まって不気味な雰囲気が漂っている。

 行き着いたのは巨大な扉。十六夜たちが扉の前に立ったとき、彼らを迎え入れるように独りでに扉が開く。

 扉の先には、玉座に座る名亡きの姿があった。

 十六夜たちは玉座まで繋がる赤いカーペットの上を歩く。

 

「……何故この世界に来た」

 

 名亡きの言葉には明らかな拒絶の意思が含まれていた。

 

「おいおい、遥々世界を越えてやって来たのにその言い草かよ。もう少し歓迎してくれても良いんじゃねえの?」

 

 軽口を叩きながらも、十六夜の目は険しい。

 いつものように全身を鎧で覆い、外見は普段と特に変わりない。しかし、以前の名亡きではないと断言できる。確実に何かが変わってしまっていると肌で感じる。

 

「……フラムト、貴様がここに連れてきたのか」

 

 十六夜たちの背後に控えているフラムトに目を向ける。その声色は十六夜たちに向けたものと比べ、ゾッとするような冷たさを帯びていた。

 しかし、フラムトは表情を変えない。

 

「この方たちは王のご友人だそうで。遠路遥々お越しくださったのに、無碍に追い返すのはあまりに忍びなく、お通ししました」

 

 フラムトはそう言いながら頭を下げる。

 しかし、名亡きは知っている。この蛇はまだ火の時代を諦めていない。十六夜たちをここに招き入れたのも、そんな意図があってのことだろう。

 

「名亡きさん、フラムトさんから全部聞いたわ。この世界の現状も、そしてあなたがやろうとしてることも。自分を犠牲にして世界を救おうとしてるなんて、思いもしなかった」

 

 道中、飛鳥たちはフラムトからこの世界の成り立ちと、名亡きの使命を聞かされた。

 1人の男が運命に翻弄された末に名亡きとなり、恩人の使命を受け継ぎ、己が犠牲になることを承知の上で、殺し殺されを繰り返してきた。

 それを聞いたとき、言葉が出なかった。飛鳥たちが想像していたよりも、名亡きのこれまではずっとずっと悲惨だった。

 

「……少しだけ違うな。俺が薪になっても世界は救われない。いつか必ず火は消える。問題を先延ばしにするだけだ。箱庭で未来の不死人と出会った。そのとき、未来でもはじまりの火は消えかけていることを教えてもらった」

 

 だからこそ、これまでの全てが無意味だと知った名亡きの心境は如何なるものなのか。飛鳥たちが窺い知れるものではない。

 

「なあ、フラムト。俺が火を継いでもいつかは消えると知っていたんだろ? お前の話は確かに胡散臭かったが、俺は本気で世界を救えると思って戦ってきた。お前の目に、俺の姿はさぞ滑稽に映っただろうな」

 

 その紅い目で名亡きを見つめるだけで、フラムトは何も言わない。

 

「不死に苛まれる人々をこれ以上増やすくらいなら、俺が終止符を打つと決めた。世界を深淵に堕とし、全てを無に還す。無論、この俺自身もな」

 

 自身も含め、世界の全てを終わらせる。それが名亡きの── 闇の王の目的。

 あまりにどうしようもなく、身勝手で、そして哀しい決意だ。

 

「名亡きの気持ちも、わかるけど…… 何も知らずに深淵に呑まれた人はどうなっちゃうの……!?」

「生きとし生けるものが深淵に呑まれれば、闇と同化して深淵そのものになる。そこには安寧も苦痛もない」

 

 アルトリウスの指輪を付けずに深淵に飛び込んだとき、名亡きは死んだ。いや、死んだというよりも闇に溶けていった。

 完全なる闇── 深淵に堕ちたとき、何も感じなかった。不快さも、快さも、そこには何もない。

 当時、名亡きは不完全な不死だったからこそ篝火に逃げることができた。はじまりの火が消えた今、人は完全な不死となり、闇の中に溶け続けるしかない。

 

「俺を悪だと思うか? だが、これだけは言える。苦痛しかない世界に比べれば遥かにマシだ。今もなお深淵の侵食は続いている。もう誰にも止められない。お前らにできることはないし、俺もここから動くつもりもない。理解できたら箱庭に早く帰れ。ここが深淵に呑まれるのも時間の問題だ」

 

 飛鳥は思い出す。長くはなかったけれど、名亡きと共に過ごしたノーネームでの日々を。

 名亡きは箱庭の世界に馴染むように四苦八苦していたけれど、その力を振るうのはいつだって誰かのためだった。そして、誰かのために傷つき、死んでいた。

 飛鳥たちは誰よりも近くでその姿を見てきた。その姿が嘘なはずがない。

 

「私は…… 帰らない。だって、名亡きさんがこんなに苦しんでるのに、放っておけるわけないじゃない!」

「俺が苦しんでるように見えるか」

「ええ、見えるわ! 名亡きさんだって本当はこんなことを望んでいないでしょう!? 箱庭に帰りましょう! あそこならきっと世界を救う方法があるはずよ! そうでしょ、黒ウサギ!」

「それ、は……」

 

 飛鳥は祈るような表情で黒ウサギを見る。

 黒ウサギは口を閉ざしたままだ。こんな闇に覆われた世界を救う方法が、本当に箱庭にあるのだろうか。

 否定はしない。もしかしたら、そんな方法も探せばあるのかもしれない。しかし、その場しのぎのように無責任な肯定はできない。

 飛鳥は悲痛な表情を浮かべた。黒ウサギの沈黙が全てを物語っている。白夜叉のような規格外の修羅神仏がいる世界でも、この世界は救えないのか。

 

「俺はもう、後戻りできない。ここから離れるつもりはないし、今更別の解決手段を探すつもりもない」

 

 名亡きも夢を見ていた。自分一人が犠牲になって世界が救われるという、御都合主義な夢を。

 しかし、世界はいつだって残酷だ。夢のような解法はいつまでたっても現れない。この世界を救う方法が都合良く箱庭に転がっているとも思っていない。

 それに、ロードラン以外の地を深淵に堕としている。歯向かう者たちも、そうでない者たちも、分け隔てなく終わらせた。今更違う手段を取れるわけがない。

 

「世界を無に還す、か。俺たちが会ってきたどの魔王よりも魔王らしい発言だぜ、名亡き。対魔王専用コミュニティ『ノーネーム』の一員として、こんな大物の魔王様を見逃すわけにはいかねえな」

 

 今まで静観を決めていた十六夜がとうとう動き出した。不敵な笑みは消え失せ、その代わり敵意が剥き出しの目をしていた。

 

「お前と闘うのは楽しみだったけどな、今はそれ以上にムカついてんだ。俺たちに黙って元の世界に帰ったのはまだいい。そっちの都合もあるからな。けれど、はなっから全部諦めて世界をぶっ壊そうとしてんのが気に食わねえ!」

 

 黒ウサギたちは息を飲む。十六夜がここまで怒りを露わにしたことが、今まであっただろうか。

 

「……逆廻十六夜。お前を潰せば、久遠飛鳥たちも諦めるか?」

 

 名亡きは玉座から立ち上がる。その手には無骨な剣が握られている。

 無銘の剣。かつての銘や担い手を忘れてしまった哀れな剣だ。名亡きが不死院を出てから最初に出会った武器でもある。

 名亡きも己の素性も忘れてしまってるからか、この剣に妙なシンパシーを感じた。性能の良い武器たちに出番を奪われてからも、捨てることができずにいた。

 最期を迎えるまでは、この剣で戦おう。

 無銘の剣の刀身に闇を纏わせる。闇の王となった名亡きは闇を自在に操る力を手に入れた。かつての深淵の主マヌスのように異形化しないのはソウルの強靭さ故か。

 

「名亡きからのご指名だ。お前ら、手ぇ出すなよ。こいつは俺の喧嘩だ」

「十六夜様だけ戦わせるわけにはいきません! 黒ウサギも加勢します!」

「そうだよ、私たちだって……!」

「何遍も言わせんな、すっこんでろ! お前らじゃ足手纏いだ」

 

 自分勝手かつ乱暴な口調で怒鳴るが、それは十六夜なりの優しさだった。

 これはギフトゲームではない。血で血を洗うような壮絶かつ悲惨な殺し合いだ。そんな戦いに巻き込むわけにはいかない。

 何より、飛鳥たちでは名亡きに太刀打ちできないだろう。そう感じさせるだけの力が、今の名亡きにはある。

 

「……YES、わかりました。十六夜様、ご武運を」

「おう、わかったからさっさと離れろ」

 

 黒ウサギたちは部屋の端に移動する。

 十六夜は一瞬だけ申し訳なさそうな目を黒ウサギたちに向ける。そして、すぐに名亡きへと向かい直る。

 

「待たせたな、名亡き」

「……」

 

 両者の間にはまだ距離があるが、その身体能力を考えればあってないようなものだろう。

 極限まで研ぎ澄まされた闘気が渦巻き、悲鳴をあげるように空気が震える。

 

「──行くぜ」

 

 最初に動いたのは十六夜だった。強烈な踏み込みにより、音を置き去りにして名亡きの目の前まで迫る。

 轟音が遅れて耳に届く。名亡きが辛うじて知覚できたのは、目の前で拳を振るうモーションに入った十六夜の姿だった。

 だが、今の名亡きには攻撃を防ぐ必要も、躱す意味もない。相討ち上等と言わんばかりに無銘の剣を振るう。

 刃が十六夜の脇腹に触れた。闇に溶かされる悍ましい感覚を味わいながら、名亡きを思いっきり殴り抜く。

 名亡きは地面に足を着きながらも、殴られた衝撃で大きく後退する。

 十六夜の頬に冷や汗が伝う。もし一瞬でも名亡きの攻撃が速ければ、果たしてどうなっていたか。

 いや、それよりも問題なのは攻撃の手応えのなさだ。それを裏付けるように、今の名亡きからはダメージを負った様子が微塵も感じられない。

 まさか、傷すら負わない完全な不死身だとでもいうのか──!?

 

「追え」

 

 仮初めの意志が与えられた闇── 人間性が、名亡きの空いている手から放たれる。

 火に魅入られた蛾のように、人間性は十六夜に向かって宙を走る。

 速さはない。おそらく牽制だろう。しかし、この攻撃も触れてはならないと本能が警告している。

 十六夜は逆に前に進むことによって人間性の間を縫い、どうにか触れることなくやり過ごす。

 

「!」

 

 その先に待っていたのは、無銘の剣を振り上げた名亡きだった。強引に体勢を変え、振り下ろされた刃を紙一重で躱す。

 十六夜なら躱すと読んでいたのだろう。名亡きは瞬時に十六夜の腕を掴み、そのまま地面に叩きつける。

 背に地面を着けた十六夜が見たのは、今まさに無銘の剣を突き立てようとする名亡きだった。

 躱せない。そう判断した十六夜は刀身に掌を当てることによって、鋒の行方を逸らす。その結果、鋒は心臓ではなく肩を貫いた。

 白夜叉に授けられた太陽の光の加護が、あっけなく闇に掻き消される。

 体の中に無数の虫が蠢き、内側から食い荒らされるような感覚。食い込んだ鋒から闇が侵入する── と同時に、体の内側から何かが湧き上がってくる。

 

「!?」

 

 十六夜の体から暴発したように光が溢れ出し、名亡きを無銘の剣ごと吹き飛ばす。

 名亡きは空中で体勢を立て直し、地面に着地する。名亡きが目にしたのは、地面に横たわる十六夜の姿だった。

 あの光は十六夜の仕業だろう。今まで見たことのない力の密度だった。

 力の底がまるで知れない。味方なら頼もしいが、敵に回すとなんと恐ろしいことか。

 そう戦慄しながらも、名亡きは無銘の剣を下ろした。十六夜は起き上がれないと確信したから。

 

「十六夜様!」

 

 黒ウサギたちは倒れる十六夜に駆け寄る。

 

「十六夜様、ご無事ですか!?」

「十六夜! 起きて、十六夜!」

 

 息はしているが、意識はない。どれだけ名前を呼びかけても、肩を揺さぶっても、十六夜は眠ったままだ。

 

「箱庭に戻れ。ここはお前たちがいていい場所ではない」

 

 名亡きはそれだけ言うと、部屋の端にいたままのフラムトに目を向けた。

 

「それと、フラムト」

「はっ」

 

 一瞬にして膨れ上がる殺意。仮に十六夜の意識があれば、結果は違っていただろう。

 名亡きは目にも留まらぬ速さで距離を詰め、フラムトの首を斬り落とした。

 

「ガッ──!?」

「フラムトさん!」

 

 頭部が地面に転がると同時に、フラムトの巨体が後を追うように地面に倒れる。

 

「これ以上彼らに余計なことを言われたら困るからな。死ね」

 

 名亡きは地面に転がるフラムトの首を冷徹に見下ろす。

 

「──、───」

「……!」

 

 黒ウサギの耳がピクリと動く。

 とうとう力尽きたのか、フラムトは光の粒子となって消えた。

 フラムトが死んだのを確認すると、名亡きは無銘の剣を消し、玉座へと戻った。

 黒ウサギは何かを決意した表情を浮かべ、倒れる十六夜を腕に抱えて持ち上げた。

 

「行きましょう、皆さん。十六夜さんが敗れた今、黒ウサギたちにできることはありません」

「待って、黒ウサギ! もう少しだけ名亡きさんと話させて!」

「聞き分けてください、飛鳥さん!」

 

 黒ウサギの厳しい口調に飛鳥は押し黙る。黒ウサギの言葉がどこまでも正しいと分かっているから。

 

「名亡き様、失礼しました」

「……」

 

 名亡きは玉座に座ったまま何も言わず、黒ウサギたちの背中を見送った。

 誰もが暗い表情でアノールロンドの廻廊を歩く中、黒ウサギは口を開いた。

 

「飛鳥さん、黒ウサギもこのまま帰るそのつもりはありません。フラムトさんが今際の際に教えてくれました。黒ウサギたちにもまだやれることがあります」

 

 おそらく、フラムトは耳のいい黒ウサギに向けて言葉を遺したのだろう。

 

「イザリスの魔女を探しましょう」

 




もしもダクソ全シリーズの主人公が一気に来たら


灰の人「うはw何度でも死ねるwおもしれw」ユーダイドユーダイドユーダイド
仮面巨人先輩「なあソウルだろ!? ソウル置いてけ! ソウル置いてって死ね!」
名亡き「……」→帰還の骨片
黒ウサギ「」


名亡き「お初にお目にかかります、白夜の王よ」
仮面巨人先輩「死ねえぇぇぇぇソウルよこせぇぇぇ!!!」ユーダイド
灰の人「乗るしかないwこのビッグウェーブにw!!」ユーダイド
名亡き「いや俺は関係な」ユーダイド
黒ウサギ「」


仮面巨人先輩「起き攻めだ、起き攻めを狙え!!」ドシャ!
灰の人「呪死うっぜえんだよ死ね! 二度とその面見せんな蛇女!」グシャ!
名亡き「……」メメタァ!
黒ウサギ「」


仮面巨人先輩「ソウルだ! 殺していい魔王のソウルだ! ソウルよこせ!!」
灰の人「審判決議中は攻撃するな? 分かってる分かってるw大丈夫w! 絶対やらないw絶対やらないからw!」ドゥゥゥゥン
名亡き「……」E:クラーグの魔剣
黒ウサギ「」


仮面巨人先輩「よこせ! お前らのソウルもよこせ!!」
灰の人「お前がw死ねw」
名亡き「……」残光ブンブン
黒ウサギ「」


結論:黒ウサギの胃が死ぬ


感想・評価を注ぎ火してくれると嬉しいです。


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救世人

 王の探求者フラムトの遺言に従い、飛鳥たちは混沌の廃都イザリスに来ていた。

 混沌の廃都イザリス。千年以上前に混沌の魔女イザリスが興した都市だ。かつては火の魔術の国として栄えていたが、今となってはあちこちにマグマが流れ、強力なデーモンたちの巣窟になっている。マグマの明かりで周囲が見渡せるが、それでもどこか陰鬱な空間であるには変わりない。

 ここにイザリスの魔女がいるらしいが、到底信じられない。それでも、今はフラムトの遺言を信じて進むしかない。

 飛鳥たちの命を狙いに、デーモンたちが群がる。黒ウサギと耀が応戦し、飛鳥は未だに眠っている十六夜を守っている。

 黒ウサギの雷で焼き焦がされようと、耀の一撃で内臓を潰されそうとも、デーモンたちは止まらない。死を恐れていない── というよりも、相手を殺すことしか考えていない。死を意識していないのだ。恐怖を抱かずにはいられない。

 

「■■■■■■■■■!!!!」

 

 耳を覆いたくなる咆哮をあげる山羊頭のデーモン。動物の声が聞ける耀には、それが何を意味するのか分かってしまった。

 

『熱い熱い熱いコワセ痛いコロセコロセコロセ助けてフミニジレ誰かコロセ殺してコロセ殺してコロセコロセスベテニフクシュウヲ!!!』

「ッ!!!!」

 

 炎に灼かれる苦痛を叫ぶ山羊。そして、生きとし生けるものに対する憎悪を叫ぶデーモンの意志。

 あまりにも悲惨な叫び。まるでこの世界の歪さを象徴するようだ。

 耀はずっとそれを聞きながら、デーモンたちと戦っていた。彼女の精神は確実に蝕まれていた。

 振り下ろされる包丁を躱し、山羊頭のデーモンの頭部に蹴りを入れる。それが致命傷となったのか、山羊頭のデーモンは地に臥した。

 

『オノ、レ…… オノレオノレオあノレオノレオノレりオノレオノがレオノレオノレエエとエエェェェェ!!!!』

「  ぅ ぁ   」

 

 殺すしかなかった罪悪感、そして身を焦がされるような強烈な憎悪が一気に襲いかかる。

 疲労とストレスで限界が近かった。断末魔の中に混じる感謝の言葉がとどめとなり、耀の精神を繋ぎとめていた糸が切れた。

 耀は意識を失い、そのまま膝から崩れ落ちる。

 

「耀さん!?」

 

 黒ウサギは耀のフォローに向かおうとするが、デーモンたちが行く手を遮る。デーモンたちに邪魔をするつもりはなく、ただ近くにいる標的を殺そうとしているだけだが。

 別個体の山羊頭のデーモンが、包丁の鋒を地面に引きずりながら意識を失っている耀に近づく。

 

「止まりなさいっ!!」

 

 耀が倒れた時点で、物陰に隠れていた飛鳥は駆け出していた。

 飛鳥と山羊頭のデーモンの間に割って入り、威光を発動する。白夜叉の召喚術ではディーンをこの世界に連れてくることができなかった。飛鳥に残ってる武器は威光だけだ。

 しかし、山羊頭のデーモンは止まらない。その手に持つ包丁をゆっくりと振り上げる。

 飛鳥は耀に覆い被さり、来るであろう痛みに恐怖し目を瞑る。

 

「大火球」

 

 巨大な火球が山羊頭のデーモンを呑み込んだ。瞬く間に山羊頭のデーモンは消し炭となる。

 

「馬鹿弟子以来か、マトモな人と出会うのは」

 

 そこには黒いローブで身を包んだ女性がいた。その手には赤い炎が灯っている。

 

「薙ぎ払う炎」

 

 蛇のように宙を駆ける炎は飛鳥たちを的確に躱し、デーモンたちを呑み込んでいく。

 名亡きのような荒々しい炎ではなく、見惚れてしまうような美しい炎だ。それでも凄まじい熱気だ。名亡きに匹敵するか、もしかしたらそれ以上だろう。これほどの炎の使い手は箱庭でも滅多にいないだろう。

 残ったのは、飛鳥たちと黒いローブの女性だけだった。

 

「貴女はもしかして…… イザリスの魔女様ですか?」

「……まさか、またその名で呼ばれる日が来るとはな」

 

 黒いローブの女性は顔を隠しているフードを外した。同性の飛鳥たちも思わず息を飲んでしまうような、人間離れした美しい顔立ちだ。

 

「いかにも、私がイザリスの魔女クラーナだ。ここでは落ち着いて話もできないだろう。付いて来い」

 

 クラーナの後を追い、飛鳥たちは遺跡のような場所を歩く。

 黒ウサギが十六夜を背負い、飛鳥が耀を背負っている。黒ウサギはともかく、飛鳥の身体能力は常人の域を出ない。額には汗が浮かんでいる。その足取りはお世辞にも軽いと言えない。

 そんな事情を知ってか知らずか、クラーナは比較的平坦な歩きやすいルートを進む。

 

「ここは…… 洞窟?」

 

 一本道が続く洞窟に行き着いた。マグマの明かりが届かず、視界はかなり悪い。しかも、壁面には卵のようなものがへばり付いている。

 

「こっちだ」

 

 クラーナは躊躇なく洞窟へと進む。飛鳥たちも少し迷ったが、クラーナを追う以外に選択肢はない。

 奥へ進むごとに、卵の数が多くなっていく。

 やがて、広間のような場所に着いた。明らかに人間の手が加わっている。クラーナがある壁を軽く叩くと、その壁は幻影のように消えた。

 どうにか人が通れるくらいの細い小道だ。しかも、今度は壁一面にみっちりと卵が張り付いてる。

 クラーナたちは小道を進む。

 

「クラーナ姉さん?」

「ああ、ただいま」

 

 クラーナが優しい笑みを浮かべる。

 小道を進んだ先にあるのはひらけた場所だった。中心では篝火が燃えている。

 そこにはたった1人の少女がいた。色素が抜け切った白い皮膚に髪。そして、下半身が蜘蛛のような異形と化している。

 

「っ!?」

「……っ」

「驚かせてしまったな。この子は私の妹だ」

 

 黒ウサギはどうにか悲鳴を飲み込んだ。名亡きの素顔を見たことがある飛鳥は、この少女も世界に運命を歪められた被害者なのだと思い当たり、悲痛な表情を浮かべた。

 黒ウサギと飛鳥は十六夜と耀を篝火の側に寝かせ、改めてクラーナと対面する。

 

「先ほどは危ないところをありがとうございました」

「ええ、本当に助かったわ。どうもありがとう」

「大したことはしていない。人間性を集めるついでだ。ところで君たちの名は?」

「久遠飛鳥よ」

「黒ウサギです。あちらで寝ている男性が逆廻十六夜様で、女性の方が春日部耀さんです」

「そうか、変わった名だな。それよりも、その少年はずっと意識がないのか? 少し診せてみろ」

「は、はい」

 

 クラーナは横たわっている十六夜の隣に座る。肩の刺し傷を少し見ると、何かを理解したように頷いた。

 

「……なるほどな」

「な、何かわかったんですか!?」

「体内に残っている人間性の残滓を消し去ろうとして、強大な力が暴走しているのが原因だろう。これならすぐ治せる」

「……厚かましいのを承知でお願いします。どうか、どうか十六夜様を救ってくれませんか! 大したお礼はできませんが、黒ウサギができることなら何でもします!」

 

 頭を下げる黒ウサギの傍ら、クラーナは炎の灯った指を十六夜の刺し傷に抉り入れた。ギョッとする黒ウサギと飛鳥。十六夜は苦痛の表情を浮かべるも、クラーナが指を引き抜くと顔色が幾分か良くなった。

 

「傷口に残っていた人間性を焼き尽くした。意識が戻るのも時間の問題だろう。とまあ、片手間で済ませたくらいだ。大層な礼など必要ない」

「あ、ありがとうございますクラーナ様!」

「本当にありがとう、クラーナさん!」

 

 黒ウサギと飛鳥は何度も何度もお礼を言い、クラーナに割と厳し目の口調で拒否されるまで続いた。

 やっと落ち着き、3人は篝火の側で座る。

 

「妹様は、何故そのようなお姿に……?」

 

 黒ウサギはずっと気になっていたことを投げかけた。

 確かに、箱庭でも人が異形に化ける例はある。だが、どれだけ悪意があったとしてもこうはならないだろう。

 黒ウサギの質問に対して、クラーナは哀しそうに目を細めた。

 

「昔、この近くにある村では病が蔓延っていた──」

 

 クラーナたちは混沌の炎に呑まれた母と姉妹たちを故郷に残し、行く当てもなく彷徨い続けた。

 その道中に立ち寄ったのが、病み村だ。

 クラーナの妹は混沌の火による病に侵された不死人のために涙を流し、彼らを救えるならばと病の根源である膿を飲み込んだ。その結果が今の姿だ。

 

「本当に優しい子だよ…… 私とは大違いだ」

「治す方法は、ないの……?」

「ない。できるのは、この子の痛みを和らげるくらいだ」

「そんな……」

 

 暗くなった場の雰囲気を察したのか、クラーナの妹は暗い表情で俯いた。

 

「姉さん、ごめん、なさい。私のせいで、悲しませて……」

「悲しんでなんかいないよ。客人にな、お前がとても良くできた妹だと自慢していたんだ」

「そっか。ありがとう、姉さん……」

 

 黒ウサギと飛鳥は何も言えなかった。慰めの言葉や、励ましの言葉なんてかけられるわけがない。あまりにも救いがなさすぎる。

 

「それで、私に何の用だ?」

「フラムトさんに言われて、貴女を探していました。闇に呑まれるこの世界を救いたいんです」

「この世界を、救う?」

 

 クラーナはキョトンとした顔で黒ウサギの言葉を繰り返した。

 やがて、愉快そうに口元を歪める。救う。救うというのか、この世界を。

 

「……フハッ、酔狂なことを言う。深淵を鎮めてもこの世界は救えない。絶望と苦痛を遠い未来で繰り返すだけだ。それに、世界を救ったとしても、きっとこの子は救われないだろう。いっそもう全てを終わらせた方が良いんじゃないかと、私は思うんだが」

 

 その言葉にはどれだけの含蓄があるのか。黒ウサギと飛鳥には想像もつかないような不幸を味わってきたのだろう。軽々しく否定の言葉なんて吐けるわけがない。

 

「お前たちは、この世界の者ではないのだろう? この世界で生きてきたには、あまりにも純真すぎる」

「……はい、別の世界から来ました。驚かないのですか?」

「特段には、な。この世界で生きていれば、そうもなろう」

 

 興味がないのか、クラーナはそれ以上異世界について質問をすることはなかった。

 外の世界から来たお前たちに何がわかると、クラーナは暗にそう言ってるのだろう。そして、その言葉はどこまでも正しい。

 それでも、飛鳥は諦めたくなかった。生半可な決意でこの世界に来ていない。

 

「私たちみたいな部外者にとやかく言う筋合いがないのは、わかってる…… それでも、苦しんでいる名亡きさんを止めたいの!」

「名亡き?」

 

 名亡きという言葉にクラーナは反応した。その名だけは絶対に聞き逃せない。

 

「……そうか、まさか馬鹿弟子の知人とはな」

「名亡き様を知ってるのですか!?」

「ああ、呪術…… 炎の魔術を手ほどきしてやった。それに、馬鹿弟子は── 名亡きは私の大切な家族を救ってくれた恩人でもある。あいつは苦しんでいたのか?」

「……少なくとも、私にはそう見えたわ。名亡きさんはいつも誰かのために戦っていたんだもの。そんな人が世界を滅ぼそうとするなんて、無理をしてるに決まってるわ」

 

 飛鳥の言葉に、クラーナはふと思い出す。

 家族を救いたいというクラーナの悲願を、名亡きは何も言わずに受け継いでくれた。勇気も力もない、家族を見捨て続けた臆病者の自分なんかのために。

 何度も傷つき、死んだだろう。何度も心を殺してきただろう。その末に、名亡きは混沌の苗床── 母たちに引導を渡した。

 涙を流し、何度も感謝を述べた。母たちを救ってくれてありがとうと言い続けた。その時だ。名亡きは「良かった」と呟いた。いつもの感情のない平坦な声ではなく、とても優しく、嬉しそうに言った。

 名亡きは本当に人を終わらせることを望んでいるのか── その答えは、とっくの昔にわかっていたことだ。

 

「……そうか、そうだな。あいつと共に静かに終わることが私にできることであり、救いだと思っていた。だが、また大切な人と向き合うことから逃げていたようだ。気づかせてくれてありがとう、飛鳥」

 

 クラーナは覚悟を決めた。世界を救う覚悟ではない。今だって、こんな苦痛と絶望だらけの世界など滅びてしまえと思っている。決めたのは、名亡きを救う覚悟だ。

 

「あの変わり者の世界蛇がどうして私の元へ来させたか聞いているか?」

「い、いえ、そこまでは……」

「いや、分かっているんだ。私にはじまりの火を作れということだろう。私も根っからの愚か者でな。何故失敗したのか、頭の片隅でずっと考えていた」

 

 はじまりの火は完全に消えた。残された手段は、ゼロからはじまりの火を作ることだ。グウィンの親友である世界蛇もその可能性に賭けたに違いない。

 

「私の母と妹たちは、はじまりの火ではなく混沌の炎を生み出してしまった。その結果、この世界にデーモンが溢れ、母と妹たちは異形と化してしまった。名亡きはそんな母たちを眠らせてくれたんだ。私も名亡きのために、何かしないとな。今こそ恩を返すときだ」

 

 混沌の炎に呑まれかけた恐怖は忘れていない。それでも、今だけはその恐怖に打ち勝たなくてはいけない。大切な人のために、対決するのだ。

 




不死人が異世界から来るそうですよ?
──Nameless, Lord of Dark──


次で最終話です。問題児たちよ、そして読者たちよ。絶望を焚べよ。


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名も亡き薪の王

 

 クラーナの住処の一際開けた場所に、クラーナと十六夜たちの姿があった。

 中心には石の筺が置かれており、クラーナはその石の筺の前で呪文を唱える。十六夜たちは邪魔にならない場所で事の成り行きを見守っていた。

 しばらくすると、クラーナがおもむろに立ち上がった。

 

「できた、種火だ」

 

 石の筺の中には小さな火が揺らいでいた。吹けば飛んでしまいそうな弱々しい火だ。

 クラーナが作ったのは純粋無垢な種火だ。注ぎ込む力によって、どんな種火にでもなれる。

 鍛治師たちはこの種火を用いて、特殊な武器を作るらしい。

 クラーナはこの種火を利用して、はじまりの火を再現しようとしていた。

 

「大王グウィンは雷の力を見出し、この世界の人の祖は闇の力を見出した。長年の研究により、はじまりの火を構成するのは雷の力と人間性だとつきとめた」

「雷の力……」

 

 黒ウサギがぽつりと呟く。御誂え向きに、黒ウサギは雷を操る恩恵を持っていた。

 

「ああ、そうだ。黒ウサギ、お前がいれば雷の力は事足りる。ふっ、まるで運命にはじまりの火を作るのを見透かされていた気分だ。いいか、私が指示するまで雷の力を注げ」

「い、YES! お任せください……!」

 

 予期せぬ大役だったのか、黒ウサギの声色に若干の緊張が見られる。

 

「頑張って、黒ウサギ」

「あなただけが頼りよ、黒ウサギ」

「しくるなよ、黒ウサギ」

「プ、プレッシャーが凄まじいのですが……!?」

 

 三叉の金剛杵の刃先を種火に向ける。クラーナのかけ声と共に蒼雷を奔らせる。

 雷鳴が鳴り響く。今のところ、火種に大きな変化はない。しかし、時間が経つに連れて明るく光るように感じた。

 

「よし、いいぞ」

 

 クラーナの制止が聞こえ、黒ウサギは金剛杵に纏っていた雷を鎮める。

 雷の力を注がれた種火は静かに揺れていた。心なしか、普通の種火よりも明るくなってるように思える。

 

「一先ず成功だ」

「よ、良かった……!」

 

 黒ウサギはほっと胸をなで下ろす。しかし、安心するのはまだ早いとクラーナは首を横に振った。

 

「ここからが問題なんだ。この火種に人間性を注いだ結果、生まれたのが混沌の炎だ。結局、はじまりの火を生み出すには何かが足りなかった」

「何が足りないかわかってるのか?」

「……私は灰の時代から生きてきた。そこは光も闇もない、石と霧だけの世界だった。ただ純粋に、暖かな光がほしいと願った。その願いに応えるように、はじまりの火が生まれたんだ。そんな祈りがなかったから、混沌の炎が生まれてしまったのかもしれない」

「祈り……」

「成功する保証はどこにもない。お前たちはここから離れろ」

 

 そう、結局のところクラーナの推測でしかないのだ。それを裏付ける根拠は何もない。

 クラーナの手は震えていた。失敗すれば、母たちのように混沌の苗床となるだろう。混沌の炎に灼かれる痛みもそうだが、それ以上に妹を1人にして置いてくことが恐ろしかった。

 

「……一つ、頼みがある。もし私が混沌の炎に呑まれてしまったら、私のソウルを妹の元に──」

 

 十六夜たちはクラーナの言葉を遮り、離れるどころか隣に並んだ。

 

「最後まで付き合ってやるぜ。魔王の石化光線や死の風もぶち破れる特別製の体だ。炎避けくらいはやってやるよ」

「私も残らせてもらうわ。祈りを届けるなら1人でも多い方が良いんじゃないかしら?」

「うん、私も精一杯祈るよ」

「こうなってしまったら問題児様方は意地でも離れませんからね。本当に危なったら黒ウサギが4人を抱えてお逃げします」

 

 気づけばクラーナは笑っていた。手の震えだって止まっていた。

 付き合う必要はないというのに一緒に命を賭けてくれるなんて、お人好しにもほどがある。

 

「まったく、名亡きと同じで変わった奴らだよ」

 

 だけど、本当に心強い。そんな部分まで名亡きとそっくりだ。

 

「いくぞ……」

 

 クラーナは用意していた人間性を種火に注ぎ込む。種火が石の筺の中で大きくうねりを上げ、燃え上がる。その音は種火が悲鳴をあげてるようにも聞こえた。

 暴れ狂う炎を前にして、クラーナは両手を組み合わせてひたすら祈った。どうか世界に新しい光を、そして名亡きに救いを。

 飛鳥たちもクラーナのように祈り続け、十六夜はそんな彼女たちを庇うようにして前に出る。

 

「っ!?」

 

 結論から言えば、クラーナの推測は間違っていなかった。はじまりの火に必要なのは祈る心だ。

 しかし、荒れ狂う火を鎮めるには祈りを捧げる頭数が足りなかった。一旦は鎮静化したものの、再び暴れだす。

 十六夜が迫り来る火を拳圧で吹き飛ばす。しかし、飢えた獣のように何度も襲いかかってくる。

 やはり、駄目なのか。はじまりの火を作るなんて不可能なのか。

 諦めかけたそのとき、黒ウサギ、耀、飛鳥の体から目映い光が溢れ出した。まるで引き合うように光が火へと吸い込まれていく。

 

「光が…… これは、太陽の光……」

 

 白夜の王、白夜叉の力。太陽の神として神格を有する彼女には、幾千幾万もの人々の信仰が備わっている。

 荒れ狂う火に祈りを届けるには十分だった。

 徐々に火が鎮まる。石の筺の中には小さな火が残っていた。

 

「できた、はじまりの火種だ……」

 

 極度の緊張と安堵からクラーナの体が揺れ、地面に倒れる寸前に耀がそっと受け止める。

 

「大丈夫、クラーナ?」

「ああ、すまない。正直、信じられないな…… 母でも成し遂げられなかったことを、私が……」

 

 今更になって成功した実感が湧いた。

 クラーナの雷と人間性の配分が完璧だったのもあるが、成功したのは幾人もの祈りが込められた太陽の光のおかげだろう。

 次は確実に失敗する。こんな奇跡、もう二度と起こらないだろう。

 とはいえ、母たちのような混沌の苗床にならずに済んだ。まだ妹の側にいれる。名亡きのためとはいえ、我ながら随分と危ない橋を渡ったものだ。

 

「……そうだな、そいつはお嬢様が持ちな」

 

 はじまりの種火を持つのは誰でも構わない。しかし、十六夜はその役目は飛鳥が相応しい気がした。

 

「……ええ、わかったわ」

 

 飛鳥は地面に置かれた石の筺を持ち上げた。

 小さくて弱々しいが、飛鳥の手の中にあるのはこの世界を救う火だ。石の筺ではない重さを確かに感じた。

 

「……えっ? こ、この音は!?」

 

 黒ウサギの耳がある音を拾った。

 この音には聞き覚えがある。フラムトが這いずるときの音と酷似している。

 地面を這いずる音が段々大きくなっていく。

 やがて、巨大な蛇が問題児たちの前に現れた。

 

「貴公らが闇の王の盟友か?」

「フ、フラムト……!?」

 

 耀が驚愕の声を漏らす。その蛇の顔はフラムトそのものだった。しかし、彼は名亡きによって首を切り落とされたはずだ。

 フラムトによく似た世界蛇は少し心外そうに目を細めた。

 

「あの世界蛇と一緒くたにするでない。我の名は闇撫でのカアス。闇の王の命により、貴公らを最初の火の炉へ案内する。急げ、あまりゆるりとしてる暇はないぞ」

 

 フラムトより口調が堅いし、比較的口臭はキツくない。少なくとも耀がグロッキーにならないくらいはマシだ。

 双子のように似ているが、どうやら本当に別個体のようだ。

 ふと、カアスがクラーナに目を向けた。

 

「イザリスの魔女…… そうか、やはりはじまりの火を灯したかのは貴公か。望むなら闇の王の謁見を許すが、どうする?」

「いや、遠慮しておこう。それより、早く彼らを名亡きの元へ送ってやれ」

「クラーナさん、あなたたちは大丈夫なの?」

「……ああ、私もすぐに妹を連れて逃げるさ。お前たちは気にせずに行け」

 

 十六夜たちに心配をかけさせないようにと、クラーナは気丈に笑いかけた。

 十六夜だけは何かを言いかけたが、結局言葉には出さなかった。

 

「……わかった。行くぞ、お前ら」

 

 十六夜はクラーナに背を向ける。歩き始めようとしたとき、ふと何かを思い出したように肩越しに振り返った。

 

「ありがとな、クラーナ。お前のおかげで名亡きを止められる」

「……そうだな、イザリスの魔女である私がここまでしたんだ。絶対に名亡きを救えよ」

「ああ、任せろ」

 

 十六夜たちを背に乗せ、カアスは最初の火の炉へ向かう。十六夜を除いた面々は姿が見えなくなるまで、ずっとありがとうと言い続けていた。

 賑やかだった空気が静まり返った。

 妹の待つ洞窟へ戻る。卵だらけの細道を抜けると、いつもと変わらず妹が出迎えてくれた。クラーナが戻ったと気づいたのか、妹の表情が優しく綻ぶ。それを見たクラーナも、気の抜けたように笑いかけた。

 クラーナは一息つくと、妹の隣に座り込んだ。

 十六夜たちに告げた言葉は嘘だ。本当は妹を連れて逃げる手段なんてない。膿を飲み込んだ妹は、その場から動くことができないのだ。

 妹を独りぼっちで死なせはしない。それに、妹を見捨てて生き延びたとしても、家族の隣で死ねる以上の幸せがあるとは思えない。

 そのまま残れば間違いなく死ぬだろう。しかし、その事実を伝えて飛鳥たちに動揺を与える必要はどこにもない。

 ただ1人、十六夜だけは薄っすらとだが勘づいていたのかもしれない。それでも何も言わなかったのは彼なりの優しさだろう。

 

「姉さん、どうしたの?」

 

 また帰ってこれたという安堵。そして、十六夜たちに嘘をついてしまった罪悪感。それらが混ざり合った複雑な心境を察したのか、妹は心配そうに声をかける。

 クラーナの口から笑みが溢れる。そして、妹の白い手をそっと握った。

 

「……嬉しいんだ、またお前と会うことができて」

「うん、私も嬉しいよ」

 

 今でも鮮明に思い出せる。混沌の廃都イザリスから帰ってきた名亡きが、妹のいる場所まで連れてってくれた。

 名亡きは王のソウルを巡る旅で、誰よりも混沌の廃都イザリスの周辺を探索していた。妹のいる隠し通路に気づくのも必然だろう。

 クラーナは名亡きが救われるのを願うと、軽く笑った。十六夜たちなら、きっと名亡きを救うことができるだろう。今回も願いを託すしかなかったが、少しでも彼らの力になれたのではないだろうか。

 いよいよ世界が暗闇で閉ざされる。神族の2人では深淵による侵食に耐えきれないだろう。恐怖はあるが、それ以上に優しい気持ちで溢れていた。

 

「最後までずっと一緒だ、妹よ」

「ありがとう、クラーナ姉さん」

 

 もう二度と離さない。闇に命を溶かされるそのときまで、クラーナは妹の手を固く握った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 十六夜たちは最初の火の炉に足を踏み入れた。石の扉を越え、岩ばかりの殺風景な道を進むとひらけた場所に出た。

 そこは灰色の世界であり、その中心で名亡きは佇んでいた。

 

「名亡き……」

「はじまりの火が生まれるのを感じた。お前たちがやったのか?」

「……いいえ、黒ウサギたちはほんの少し手伝っただけです。ほとんどクラーナ様のおかげで、はじまりの火を生み出せました」

「……そうか、やはり師匠か」

 

 黙祷を捧げるように、名亡きは少しの間だけ押し黙る。

 

「……世界がどれだけ深い闇に包まれようと、いつかこうやって新たな火が芽吹くのだろうな。この世界を終わらせることなど、最初から無理だったのかもしれない」

 

 その手には無銘の剣が握られている。その剣に纏う漆黒の闇は、この灰色の世界ではいっそ美しいと思うほどに映えていた。

 

「それでも俺は止まらない。だからお前たちをここに呼んだ。来い、最後に俺を倒してみせろ」

 

 名亡きは無銘の剣の鋒を十六夜に向けた。最後に戦うべき敵であり、世界を救う英雄として、十六夜を選んだのだ。

 

「最後まで戦うのが意地なんだろ、名亡き。いいぜ、最後まで付き合ってやる。完膚なきまでにぶっ倒してやるよ」

 

 ここから先は名亡きと十六夜だけの世界だ。飛鳥たちはできるだけ遠くに離れる。

 空気が張り詰める。

 そして、灰が舞い上がった。

 尽くを粉砕する拳、そして闇を纏いし無銘の剣が空を切る。

 音すらも置き去りにする十六夜の動きに、名亡きは卓越した技術と経験で食らいつく。針の先のように細い糸を渡るようなものだ。

 しかし、名亡きの身体は少しずつだが消耗していた。はじまりの火が灯った今、名亡き── いや、不死人の不死性は再び不完全なものとなった。

 最初からわかっていたことだ。マトモに殺し合えば名亡きに勝ち目はない。しかし、名亡きはそんな戦いを何度も経験してきた。そして、どんな手を使おうとも勝ち筋を作ってきた。

 名亡きはこの戦いの中で手に掴んだ灰を、十六夜の目に向かって投げつける。

 灰の目潰し。幼稚な手ではあるが、効果は十分だった。

 視界を塞がれ、十六夜の動きは一瞬だけだが硬直する。名亡きは冷徹にその隙を突き、無銘の剣を振り下ろす。

 

「ッ!!」

 

 剣が振り下ろされるであろう場所を感じ取り、十六夜は両腕を交差させて無銘の剣を受け止める。

 限界まで緊張させた筋肉は、無銘の剣の刃を受け止めた。しかし、十六夜の腕に確かに食い込み、闇が体内へと侵入する。

 体の奥底に眠る力がドクリと跳ねた。常人ならとっくに発狂してるであろう、意識を手放したくなる痛みが襲う。

 

「っ、おおおおおおお!!!!」

 

 しかし、十六夜は倒れない。その強靭な精神力で、暴走しかけている力の手綱を握る。

 制御された光は、人間性を跡形も残さずに消し去った。そして、無銘の剣を根元からへし折った。

 驚愕する名亡き。その隙をつき、十六夜は名亡きの横っ腹に蹴りを叩き込む。名亡きは水切り石が水面を走るように吹き飛ばされる。

 名亡きの身体が止まったとき、頭の真横に十六夜の足が振り下ろされた。轟音が響き、地面が粉砕される。

 十六夜がその気なら、そのまま名亡きの頭を踏み潰すことができた。しかし、そうしなかった。当然だ。仲間の頭を潰す必要がどこにある。

 

「俺の勝ちだ」

「……ああ、そうだな。何度やっても、きっと結果は変わらない。俺の負けだ」

 

 殺し合いはどちらかが死ぬまで続く。それを信条にしてる名亡きだが、仲間の心情を汲めないほど壊れてはいない。

 名亡きはゆっくりと立ち上がり、飛鳥に向かって歩き始めた。

 十六夜は動かない。名亡きならもう大丈夫だと信じているのだろう。そして、それは飛鳥たちも同じだった。

 

「久遠飛鳥、火を渡してくれ」

 

 飛鳥は頷き、名亡きにはじまりの火種を差し出した。名亡きははじまりの火種を、まるで脆いガラス細工のようにゆっくりと受け取る。

 

「俺は、薪になる」

 

 薪の王とはつまり、世界のために己の全てを火に捧げることだ。

 飛鳥たちにとってその言葉は、名亡きの口から最も聞きたくないものだった。

 

「俺は、間違えてしまった。薪の王になろうとも、闇の王になろうとも、人のために最後まで足掻くべきだったんだ。箱庭に戻り、世界を救う道を探す生き方もあるのだろう。だが、進み続けるには少し疲れてしまった。人として生きるには、あまりにも長過ぎた。人を導く役目は、後世の誰かに任せたい」

「……名亡き」

「俺を止めるか?」

 

 飛鳥は哀しそうに微笑みながら、首を横に振った。彼らはもう決めていた。名亡きが何を選ぼうが、それを受け入れると。

 

「ううん、止めないわ。だって、名亡きさんがずっと望んでいたことなんでしょう?」

「そうだな、俺がずっと望んできたことだ。そのために今まで戦ってきた」

 

 本当は止めてあげたい。世界のために犠牲になることなんてないと言ってあげたい。一緒に箱庭へ帰りたい。この場にいる全員、その想いは同じだ。

 しかし、飛鳥たちは名亡きの世界をほんの短い時間だが過ごしてきた。この世界が理不尽で、救いも何もないのは嫌なほど味わった。

 名亡きはたった1人で、記憶が摩耗するほどの永い時間、この世界で戦ってきたのだ。これ以上頑張れとは、とてもじゃないが言えなかった。

 誰も何も言わず、岩の道を進む。一歩一歩進むごとに、共に過ごし、戦った日々を思い出していた。

 やがて、飛鳥たちは巨大な石の扉を越える。振り返れば、名亡きだけが門の内側で立ち止まっている。

 

「ここで、お別れだ」

 

 名亡きの想いに呼応するように、石の扉がゆっくりと動く。

 扉の向こうで切ない表情を浮かべる飛鳥たち。この素晴らしき友人たちにどんな言葉を遺すかを、名亡きはずっと考えていた。

 

「黒ウサギ、箱庭に呼んでくれてありがとう。ずっと考えていた。どうして箱庭に召喚されたのか。きっと俺は、薪になる前に幸せな記憶を作りたかったんだと思う。勝手にコミュニティを抜けた俺が言える義理ではないかもしれないが、あそこで暮らした日々は幸せだった」

「名亡き、様…… お礼を言うのは、黒ウサギの方こそです。ノーネームを助けていただき、本当にありがとうございました」

「春日部耀、お前は誰かのために苦痛に耐えることができる、強い忍耐力を持っている。だからこそ、己を磨り減らすようなことはするな。周りに頼らず、自分だけで抱えこめば、俺のような末路を辿ることになる。もっと周りに頼れ。そうすれば、お前はもっと強くなれるし、たくさんの人を救うことができる」

「…………うん、約束するよ」

「逆廻十六夜、お前は強い力と心を持っている。俺と違って、本当の意味で世界を救える男だ。それに、お前には心強い仲間たちがいる。何も恐れることはない。存分にその力を振るい、世界を救えよ」

「……言われるまでもねえよ。それに、お前だって今まで出会ってきた奴の中で一番強かったぜ。あんなにヒリヒリした戦いは初めてだ」

「最後に、久遠飛鳥。君の優しさに、俺はきっと救われたんだと思う。これから君は広い世界に羽ばたき、様々なことを見聞きするのだろう。中には目を覆いたくなったり、耳を塞いでしまいたくなる真実があるのかもしれない。それでも、自分を信じて突き進んでくれ。最後まで俺が好きだった久遠飛鳥でいてほしい」

「っ、名亡きさん!!」

 

 名亡きの姿が扉で塗り潰されていく。残された時間はあと僅かだ。

 

「……ありがとう」

 

 扉が閉まる寸前、名亡きの声が聞こえた。母と言葉を交わす幼子の声のような、そんな安らかさに満ち溢れていた。兜で表情は窺えないはずなのに、名亡きの笑っている顔が見えた。

 扉の閉まる重々しい音が余韻を掻き消す。

 飛鳥はその場に崩れ落ちた。もう立っていられなかった。

 名亡きは「救われた」と言っていた。それは本心から出た言葉であり、名亡きにとっては確かに救われたのだろう。それでも、飛鳥は溢れる涙を止めることはできなかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 無骨な岩だらけの道を進む。その足取りは、今までにないくらい軽く感じた。

 やがて、薪の王グウィンと戦った場所に行き着いた。灰だらけの粛然とした場所だ。

 その場所の中心まで足を進め、灰の上に腰を下ろす。

 ふと、ぱちぱちと火の焚ける音がした。か弱いはじまりの火が、俺という薪を燃やす。

 まもなく、俺の全身が火に包まれる。

 全身に焼ける痛みが疾るが、少しも辛いとは思わなかった。こんな痛み、今まで味わってきたものと比べたら何でもない。むしろ、俺の心は幸福感で満ちていた。強がりなんかじゃない、本当に幸せだ。

 全身を炎で包まれる感覚を覚えながら、箱庭で暮らした日々を思い返す。

 記憶に残る人生の中の、ほんの一瞬。それでも一番幸せな時間だったと断言できる。帰る場所があった。そして、俺にはもったいないくらいの素晴らしき仲間ができた。

 彼らは俺が薪となることに涙を流し、悼んでくれた。俺という存在は、きっと彼らの記憶の中に留まり続ける。

 それだけで十分だ。誰かに悼まれ、そして幸せな想いを抱きながら死んでいける。この救いのない世界で、どれだけ崇高で、これ以上ない幸福な最期だろうか。苦難に満ちた旅が、ようやく報われた。

 最初の火の炉が火で満たされていく。

 火の時代が、またやって来る。闇が晴れ、世界に光が戻るだろう。深淵に呑まれていた人々も解放され、不死人はいなくなる。

 だけどいずれ、火は消えかける。俺のような薪の王が生まれるか、人を導く闇の王が生まれるのだろう。どちらにせよ、俺のような愚かな行為に手を染めないのを願うばかりだ。

 俺という薪はどれだけ保つのだろうか。できるだけ永く燃え続け、火の時代が続いてほしい。仮初めの平和。そこにはきっと意味がなくても、価値はあると信じて。

 ……ああ、考えるのも少し、疲れてきた。火で焼き尽くされていく意識の中、俺は祈った。せめてこの想いが、彼らに届くようにと。

 

 

 

 

 

「──どうか、彼らの行く末に火の加護があらんことを」

 

 

 

 

 

 

 

DARK SOULS

 

 

 

 

 












【注意】ここからは後書きです。読み飛ばしてもらって構いません。





 くぅつか! 後書きまで読んでくれてありがとうございます!
 この小説は某元素騎士に影響を受けたのと、某Yなまさんのダクソ実況でダクソ熱が湧き上がったのをキッカケに書き始めました。書きだめとか一切なしの無計画さでしたが、どうにか最終話まで持っていけました。やはり白い死神で完結させる快感を味わったのが大きかったですね。実はこの話も最終話を最初から考えていました。やはり書きたい最終話を考えるのがエタらない秘訣でしょうか。
 今回の反省点として、やはり問題児側の設定の把握不足ですね。アニメを見てここを舞台にして書きたいと思ったのですが、Wikiを見たとき愕然としました。あまりの設定の綿密さと膨大さに啓蒙が高まりました。本当に竜ノ湖さんは偉大なお方やで……。ダクソの設定だけは完璧と言いたいところですが、やっぱりちょくちょくミスがありました。次に新作を書くときは世界観の把握を第一にしたいです。でも、両作品への愛は忘れないようにしていました。ダクソも問題児も最高や! これから問題児の原作を読みに書店へダッシュしてきます。とりま緑花草食べときます。
 それとあれですね、十六夜がチート過ぎるのが苦労しました。ぶっちゃけ原作準拠なら名亡きとかワンパンですよ。ワンパンマンですよ。指一本で殺されるんじゃないですかね。アニメから入ったのでまさかこんなチートとは思ってませんでした。箱庭は懐が広いですが魔境ですね、間違いない。
 あと、白い死神も読んでくださった方なら知ってると思いますが、誤字の多さも反省ですね。もう誤字りたくないとは何だったのか。竜のカネキ君状態です。頼む、だれかどうにかしてくれぇ!! 誤字報告してくれた方々、本当にありがとうございました。
 この小説を投稿して思ったのですが、名亡きが聖人扱いされてるのが草でした。感想欄では「なんだこのキチガイ……」「頭のお薬はよ」って感想が溢れかえってるはずだったんですけどね。まあでも、私としてもマジキチの面と騎士のように誠実な面のある二面性の人物になるよう意識して書いてました。聖人、原作主人公負かす、ぼくがかんがえたと三拍子揃ったオリ主でしたが、名亡きが読者の皆様に愛されていたようで安心しました。本当に良かった……。
 どの話も書いてて楽しかったですが、やっぱり一番は後書きですかね! 個人的にはダクソのジャンプ三箇条が一番いい出来だったかなと思います。みなさんはどの後書きが好きなんでしょうか? どれか一つでもクスリとしてくれたら嬉しいです。
 ここまで書き切ることができたのも最終話から考えていたおかげとかほざいてましたが、やはり一番の要因はみなさんが感想とかくれて、次の話を心待ちしてくれたおかげだと思います。啓蒙と人間性が高い読者の皆様で私も楽しめました。運営さん、あんまりガツガツ感想を運対するのはどうかと思いますぞ!! こう、Badをしこたま食らった感想だけ消すとかですね、もうちょっと温情のある措置を……。
 次の作品を書くかはまだ未定です。ですが、書くとしたら今度はナチュラルキチガイを書きたいと思います。アリマさんは自ら狂うことを選んだ狂人。名亡きは世界に狂わされてしまった狂人。となると次は生まれながらにしてナチュラル狂人を書くしかねえ! 狂人キャラは動かしやすくて本当に面白いです。
 最後に、後書きまで読んでくれて本当にありがとうございました。皆さんが感想という注ぎ火をしてくれたおかげでここまで書けました。もう一度言います、本当にありがとうございました!



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IF:魔王、或いは狩人

「──そうか。火は、いずれ絶えるか」

「そうさね、それが自然の摂理だ」

 

 名亡きは残り火の記憶(ソウル)を辿り、はじまりの火はいずれ絶えるという真実を理解した。

 名前も、元の姿も忘却するほど、名亡きは己を犠牲にしながら進み続けてきた。その行動が、そこに込められた想いが、全て無為になる。あまりにも残酷すぎる仕打ちだ。

 だからこそ、名亡きは巡礼者の言葉にあれだけ動揺していた。しかし、今の名亡きは嘆き悲しむでもなく、その場で静かに佇んでいる。

 

「感謝する、巡礼者の不死人。これで俺がすべきことがわかった」

 

 感情を感じせない平坦な声色でそう告げると、巡礼者に背を向けた。

 

「待ちな。感謝の念があるなら、何をするつもりなのか聞かせな」

 

 名亡きは何かをしようとしてる。それはわかる。だが、はじまりの火を消すほど絶望してるようには見えなかった。

 巡礼者の言葉に名亡きは足を止め、振り返る。鎧で隠れて見えないはずの目が、ずっと先を見据えているように感じた。

 

「箱庭は広い。太陽の光の王以上のソウルを持つ者が山ほどいる。では、彼らのソウルを薪として焚べれば、火はどれだけ続くのだろうな。このままでははじまりの火が絶えるというなら、絶やさないようにするだけのこと。それが俺の── 薪の王の役目だ」

 

 名亡きは── 薪の王は、箱庭の上位者を狩り尽くすつもりだ。本気で言っているとしたら、恐ろしほどの覚悟だ。

 

「……いいのかい、それは地獄の道だよ?」

 

 思わず問いかける。この世界は確かにまともではあるが、それでも名亡き以上の強さの化物が山ほどいるのだ。巡礼者も箱庭を巡り、圧倒的な強者というものを何度も見てきた。そんな存在に打ち勝つために、どれだけ屍を積み重ねればいいのか想像もつかない。

 

「構うものか。今まで立ち塞がった敵は俺より強い者ばかりだった。俺は戦う以外の道を知らない」

 

 そう、名亡きの戦いに楽なものなど一つもなかった。立ち塞がる敵は誰も彼も強大で、幾多もの屍を重ねて勝利したのだ。つまり、やることはいつもと変わらない。死んで勝つ。それだけだ。

 

「もういいか?」

「ああ、十分さ」

 

 名亡きは再び巡礼者に背を向け、歩き出した。

 名亡きはもう、ノーネームには帰らない。帰れない。今この瞬間、名亡き()は終わり、薪の王として生まれ変わったのだから。

 迷いなく進むその足取りは、鉛を引きずるように重くも見えた。

 巡礼者は名亡きの背中に、いつか見た灰の不死人を重ねた。

 

「名亡き、あんたの道に火の導きがあらんことを」

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 箱庭の外。そこには幻獣を始めとする、強力なギフトを携えた者が数多く存在する。弱肉強食の世界であり、箱庭の法が及ばない無法地帯である。そのせいか、彼らの横の繋がりは非常に薄い。

 しかし、そんな世界でもある噂が流行していた。強者の魂を求めて、鎧を纏いし魔王が彷徨うと。

 あまりの荒唐無稽さに、大半はこの噂を眉唾物だと断じた。面白半分にその噂を信じた者は、その魔王を打ち倒すか仲間にしようとすら考えている。

 箱庭の外の、とある集団。その集団のリーダーも、鎧の男は単なる噂話だと思っていた。しかし、彼は今まさにその噂が事実であることと、その恐ろしさを身を以て味わっていた。

 何の前触れもなく現れた鎧の男。その男が有無を言わせず門番を斬り捨て、戦いの火蓋が落とされた。

 鎧の男はたった一人だった。たった一人で、絶望的なはずの戦力差に挑んだのだ。

 その戦いぶりはあまりに悍ましいものだった。獣のように闘争本能の赴くまま殺し、しかしその技巧は百戦錬磨の冴えを見せ。鎧の男と対峙する者にとって悪魔のようなものだ。

 戦いが始まってからどれだけの時間が過ぎただろうか。気づけば、手下の半数が血の海に沈められていた。

 しかし、そのおかげで鎧の男に致命傷を与え、今も確かに血が流れている。動きは若干精彩さを欠いている。その苛烈な殺意は微塵も衰えていないが。自分の傷も、あまつさえ命も、まるで勘定に入っていない動きだった。

 鎧の男が一人の部下を斬り殺した直後の隙をつき、リーダーは鎧の男の背後を取る。

 

「っ死ね!!!」

 

 リーダーがその手に携えるのは鉄板のように無骨な大剣だった。尋常ではない膂力で横薙ぎに振られる鉄の塊は、鎧の男の上半身を易々と吹き飛ばした。

 鎧の残骸と共に肉片が飛び散る。残った下半身は、糸が切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。

 鎧の男の下半身が光の粒子となって消える。それを見て、この場にいる全員がほっと胸をなでおろす。何はともあれ、鎧の男という脅威を退けたのだ。

 勝った。確かに勝ったが、鎧の男の正体は謎のままだった。

 強者とは得てして、長く生き残った者である。死なないように備え、鍛錬を重ねるからこそ、強者として君臨できるのだ。

 鎧の男は確かに強かった。その身体能力もさることながら、やはり一番の脅威は戦闘経験の豊富さだろうか。どれだけの修羅場を潜り抜ければ、あの域に達するというのか。命知らずの狂人であるには、あまりに異質な強さだ。それとも、狂ったからこそこんな真似をしたのか。

 

「は?」

 

 臓器の潰れる音と共に、リーダーの胸に紅い血の花弁が咲いた。

 リーダーが崩れ落ちる。彼の背後にいたのは、死んだはずの鎧の男だった。

 部下たちは見ていた。幻影が徐々に実体を持つかのように、鎧の男が地獄の底から舞い戻ってくるのを。

 不死身。悪魔。魔王。そんな言葉が、この場にいる全員に浮かんだ。あの噂は残酷なほどに真実だった。

 部下たちは声にならない悲鳴をあげる。本能で察したのだ。一人残らず狩り尽くされるまで、この悪夢は醒めることがないと。

 

「もっと、ソウルを……!」

 

 今はまだ力を蓄えるときだ。強敵と戦う前にソウルを集め、その身を強化する。まずは箱庭の外にいる強者を。その次は、箱庭にいる上位者たちを。

 鎧の男は魂を、強さを、次の獲物を求めて、あてのない道を進む。全てははじまりの火のため。より佳く、より永遠に近く燃え続けるため。

 鎧の男── 名亡きが箱庭でも魔王と呼ばれるのは、そう遠くない未来の話である。

 




 長連載ルートならこうなる予定でした。こっちの方が名亡きらしい気がします。箱庭の上位者の方々に不死なんて知ったこっちゃねえってぶっ殺されるか、某狩人様のように俺自身が上位者になることだってなると思います。
 実は新作の宣伝というか、一応やってることをご報告するために短編を投稿しました。
 煉獄さんの前科がありますが、今回はきちんと書いています。投稿もしています。『R博士の愛した異層次元戦闘機たち』というタイトルです。興味がある方は是非。


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