渋谷さんと友達になりたくて。 (バナハロ)
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プロローグ
出会いは犬の牙と共に。


 ある日、バイトに俺は向かっていた。バイト先は駅の中でよくある、パックの中に寿司を入れて売るテイクアウト型寿司屋。つまり、俺は駅に向かっていた。

 勤務開始時間の15分前には着かなければならないため、正直時間ギリギリだ。そのため、いつもの道を早歩きで移動していた。

 高校に入学して一年が経過し、一人暮らしにも慣れて来たが、まだ少し大変だ。料理も洗濯も掃除も洗い物も全部自分でしなくてはならないから。

 それに、金銭面もしっかり考えなくちゃいけなくて、趣味や娯楽に回す金がない。まぁ、ゲームくらいしかやらないが。

 ゲームの事を考えてると、つい財布の中を見てしまうのが俺の悪い癖だ。今も、ふと財布を覗いてしまった。

 

「………今月は課金に回すのは厳しいか」

 

 クッソー、スタレ引きたいのになー。でも、金がないなら我慢するしかないか。

 小さくため息をついて財布をポケットにしまった時だ。通り掛かったスーパーの入り口でガタンッと音がするのが見えた。そっちを見ると、女性の方がスーパーのカートを段差に躓かせて倒してしまっていた。辺りにはスーパーの袋が散らばっていて、付近には駐輪場がある。

 どうやら、カートで駐輪場まで荷物を運ぼうとしていたらしい。

 

「……………」

 

 こういう時、他に手伝っている人がいれば素通り出来るのだが、一人で拾ってる所を見るとつい助けたくなってしまう。

 俺はその辺に散らばっている袋を持ち上げた。

 

「あの、これ」

「………あら、すみませんっ」

「いえ」

 

 中身も散らばっていたので、拾い上げた。俺の持つ袋の中には飲み物系が多かったため、恐らく飲み物は飲み物でまとめているのだろう。

 なら、それに合わせてペットボトルや缶を拾って袋の中に入れた。

 ようやく全部拾い終えて、カートを立たせた。

 

「すみません、ありがとうございます」

「あーいえいえ。良かったら、チャリん所まで持っていきますよ」

「………なんで自転車だと?」

「え?いや、カート持ってたし駐輪場に行くのかなって思って。駐車場はあそこのスーパー二階にしかないし」

「あ、ああ。そうですか」

 

 ………ストーカーだと思われたのかな。何それ死にたい。

 

「いえ、でも駐輪場ではないんです。ただ、少しでも楽したくてカート使ってただけでして」

「あ、そ、そうなんですか……」

 

 うわあ、外した……恥ずかしい。じゃあ、これさっさと返した方が良いかな。

 

「あ、じゃあ少しだけ待っててもらえますか?」

 

 女の人はそう言うと、少し離れた場所に向かった。いや、こっちは暇じゃねぇんだけどな………。まぁ、そうは思っても断れないんだが。

 女の人はその場から離れて、ベンチに向かった。

 ふとスマホの時間を見ると16時45分、もうバイト先に着いてなきゃいけない時間だ。

 

「………これ終わったら走ろう」

 

 そう決めた時、女の人が戻って来た。犬を連れて。

 

「お待たせしました」

「…………えっ」

 

 え、ちょっ……なんでいんの?嘘でしょ?嘘だよね?

 内心焦ってる間に、犬は俺を見るなり唸り声を上げる。

 

「グルルッ………‼︎」

「? ハナコ?」

 

 ハナコっていうのか……いや、そういうんじゃなくて!やばいやばいやばい、いやでも逃げたらひったくりみたいになるし……!

 

「ワンワンッ‼︎ヴーワンッ‼︎」

「ハナコっ?どうしたの⁉︎」

「ワンッ‼︎」

 

 犬は女の人の手から離れて飛び出し、俺に襲い掛かった。

 

「うおっ……ちょっ、待っ」

「ワンッ‼︎」

「いったァッ⁉︎」

 

 思いっきり腕を噛まれ、俺は袋を落としてしまった。

 

「こ、コラハナコ!やめなさい‼︎」

 

 女の人がリードを引いてなんとか収まるが、唸り声をやめない。俺を見て威嚇し続けている。

 

「ま、待て待て待てタンマ!分かった、謝るから待って!」

「グルルルッ………‼︎」

「ご、ごめんなさい!………どうしたのよ、いつもは吠えるような子じゃないのに………」

「あーいえ、気にしないでください。………俺が犬に嫌われやすいだけなんで」

 

 昔からこうだ。なんか吠えられて噛まれて………お陰で犬が怖くなってしまった。

 

「大丈夫ですか?腕から血が出ていますが……」

「あ、いえ……」

「申し訳ありません……。すぐ近くにうちに着きますから、そこで手当てさせてくれませんか?」

「へっ?あーいやそんな気にしなくて良いですよ全然。………慣れてるんで」

「いえ、血が出てますし……」

「うわっ、本当だ。活きの良い犬ですね」

「と、とにかく、手当てさせて下さい」

 

 いやでもバイトが………時間が無いんだが………や、でも腕噛まれて血が出てる状態でバイトは出来ないよな………。

 

「………すみません、お願いします」

「はい。本当にすぐそこですので」

 

 バイト先には遅れると連絡しておこう。

 

 ×××

 

 家は、何と花屋だった。

 俺は女の人に連れて来られるがまま花屋まできた。その間、犬に威嚇されっぱなしだったが。

 

「少々、お待ち下さい」

 

 女の人はそう言うと、店の中に犬を連れて消えて行った。

 しばらく待たされ、何となくスマホを見た。時刻は16時50分、ま、まぁ最悪10分で着くし……大丈夫だろう。

 すると、女の人が出て来た。

 

「どうぞ上がって下さい」

「……す、すみません。わざわざ」

「いえ、うちの犬の責任ですから……」

 

 店の中に入り、家の中に上がった。店内にはちらほらとお客さんがいた。割と繁盛してるのかな?ていうか、花屋って繁盛とかあるのか?

 店の奥に進むと、レジには随分と若くて可愛い子が立っていた。バイトだろうか、俺とあんま歳変わらないんじゃないか?ていうか、マジで可愛いなこの子。

 

「いらっしゃいませ」

「へ?あ、いや……ど、どうも」

 

 そういうんじゃないんだが……まぁ、お客さんと見られてもおかしくないか。

 すると、お客さんから「すみませーん」と声が掛かった。

 

「あーごめん、凛。ちょっとこの子の腕見てあげてくれる?」

「? どうかしたの?お母さん」

「ハナコが噛みついちゃって。お願い」

「ハナコが?分かった」

 

 すると、女の人はお客さんの方へ行き、俺は若い方の女の子に連れられて店から家になっている所に足を運んだ。

 

「こっち」

 

 靴を脱いで、二階に上がる。おそらく居間と思われる所に来た。

 

「座ってて」

 

 おっと、何でいきなりタメ口になった?客じゃないからか?まぁ、俺はあんま気にしないけど。

 ていうか今更だけど、人の家上がり込んで良いの?バイトでしょ?

 

「腕、見せて」

「あ、ああ。はい」

 

 噛まれた左腕を差し出すと、女の人はキュッと目を細めた。

 

「………なんだ、かすり傷じゃん」

 

 バッカお前犬に噛まれんの超痛ぇんだぞ。てか、なんでそんな態度なの。この店の犬が仕出かしたことだぞオイ。

 すると、女の子は消毒液を取り出して俺の腕に垂らした。

 

「ってぇ……」

「沁みるの?」

「そりゃな……」

「我慢して」

 

 クッ……そ、そうだな。我慢しよう、その態度は。

 その後、絆創膏じゃ傷口が収まらないので、なんかよくわからない包帯っぽい奴を腕に巻いてくれた。

 

「どう?」

「あ、うん。ありがとう」

「ごめんね、うちの犬が」

 

 ………あれ、ぶっきらぼうだった割に申し訳なさそうに見えるな。もしかして、あんま素直な子じゃないのか?

 

「じゃ、俺バイトだから」

「あ、そうなんだ」

 

 立ち上がって出て行こうとした。すると、部屋にさっきの女性が入って来た。

 

「腕は大丈夫ですか?」

「え?あ、はい。一応」

「ごめんなさいね。これ、お詫びに」

 

 女性の方は小さな花束を差し出して来た。申し訳ないが、一人暮らしにとっては死ぬほどいらない。

 

「え、いや大丈夫ですって。これからバイトですし」

「でも、荷物まで拾ってくれたのに………」

「あー………」

 

 ヤベェよ、遅れると言っといたとはいえ、時間がないってのに。……あ、じゃあこうしよう。

 俺は財布の中からうちのバイト先の優待割引券を束で取り出した。

 

「これ持って後でうちのバイト先来て下さい」

「へっ?」

「何も買わなくて良いんで。バイトの遅刻の理由の証人になって下さい」

「そ、そんなので良いんですか……?」

「はい。お願いします。………店長に怒られるんでマジで」

 

 俺、店長からの信用ないからなぁ。

 

「わ、わかりました。どこですか?」

「駅の中のテイクアウトの寿司屋です」

「あ、はい。では、後ほど伺わせていただきます」

「じゃ、俺はこれで」

「はい。本当にありがとうございます。それから、すみませんでした」

「いえ」

 

 挨拶を済ませると、俺はダッシュでバイト先に向かった。

 

 ×××

 

 バイト先に到着し「嘘だったら殺す」と言われ、俺はビクビクしながら働いていた。俺がいなかった空白の10分間はかなり忙しかったようで、それを一人で捌いていた同じバイトの人は一言も口を利いてくれなかった。

 しばらくボーッと品出ししてると、後ろから「あのっ……」と声が掛かった。ふと後ろを見ると、さっきのバイトの子が立っていた。

 

「いらっしゃ……あ、さっきの」

「うん。お母さんに言われてここに来たんだけど……」

「お母さん?」

「あれ?さっき、うちの犬に噛まれた人だよね?」

 

 嫌な覚えられ方だな……。

 ていうか、お母さんってもしかして……。

 

「……親子だったの?」

「何だと思ったの?」

「………ば、バイト」

「バイトの人を家にあげて怪我人任せたりはしないでしょ」

 

 グッ……た、確かにっ……!

 

「で、私はどうすれば良いの?」

「あ、ああ、ちょっと待ってて」

 

 とりあえず助かった。殺されずに済む。

 店の中に入って、店長に声を掛けた。

 

「店長、来たよ!俺が助けた人の娘さん!」

「そうか、ご苦労」

「え?か、確認は?」

「いや、別にその腕の包帯見れば分かってたから、後は誰か来れば信用しようと思ってた」

「ああそうすか……」

 

 この野郎……!まぁ、なんかもう良いや。怒る気力もない。

 俺は店の奥から出て来て、娘さんに声を掛けた。

 

「ごめん、もう大丈夫」

「あ、そう?じゃあ、せっかくだから何か買って行くね」

「え?いや良いよ。ここ高いし」

「何でお店の人がそういう事言うかな……」

「だって高いもん……」

「いいよ、流石に顔出すだけは悪いから」

 

 あ、そう。まぁ買って行ってくれるならありがたいけど。

 娘さんは商品を見ると、しばらく悩んだ後にテキトーに商品を二つとった。うちの中の江戸前寿司にしては、比較的安い奴だ。まぁ、そうなるよね。

 

「これで」

「どうも」

 

 優待割引券をもらった。20%引きである。

 

「お会計1174円でございます」

「……1504円で」

「330円のお返しです」

 

 お釣りを渡すと、娘さんは財布にしまって袋を手に持った。去り際に俺の方を向いて言った。

 

「あの、えっと……水原さん?だよね」

「ああ、うん」

 

 何で知ってんの?と思ったが、名札を見たんだろうな。

 

「今日はありがとう、お母さんを助けてくれて」

「っ」

 

 そう言いながら微笑んだ表情は、とても可愛らしい笑みだった。何処かでアイドルでもやってるんですか?と思う程の笑顔。それに見惚れて「助けたって程の事じゃないから」と言いそびれてしまった。

 

「………じゃ、またね」

「え?あ、うん」

 

 娘さんは出て行った。

 ………確か、お母さんの方はあの子の事を「凛」と呼んでたよな。

 

「……………」

 

 今度、あのお店行ってみようかな。犬に気を付けて。

 

 



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誰かに似ている。

 翌日、俺は学校に向かっていた。いつもとは違う通学路で。何となくだが、もしかしたら昨日の凛さんと会えるかなーと思って、花屋の前を通った。いや、ストーカーじゃないけどね?でも、こう……何というか、顔だけでも見れたなー?みたいな?

 そんな事を思いながら花屋の前を通過すると、「あっ……」と声が聞こえた。ふとそっちを見ると、昨日の凛さんが見ていた。え、マジか。まさか、会えるとは……。内心ビビりながらも声を掛けた。

 

「あ、おはよう。えっと……凛さん、だよね?」

 

 なんかリン酸みたいだな。

 挨拶すると、凛さんが怪訝そうな顔で聞いてきた。

 

「………なんで名前を?」

「昨日、そう呼ばれてる所を聞いたから。苗字はなんていうの?」

「……渋谷。あなたは?」

「え?俺の名前昨日呼んでなかった?水原だけど」

「下の名前」

「ああ。俺は水原鳴海」

 

 そういや、自己紹介もしてなかったな。

 だが、自己紹介よりも大事な事を見過ごしていた。渋谷さんのその制服、見間違いではなければ、うちの高校の女子制服だ。

 

「………あの、その制服」

「もしかして、○○高校?」

「うん。渋谷さんも?」

「……うん」

「あ、じゃあもし良かったら一緒に行く?」

 

 正直、すごい勇気振り絞った。だって、俺彼女とか出来たことないもん。変なナンパとかみたいに思われたら嫌だし。

 だけど、その、何?せっかく会えたのに、さっさと一人で行くのも感じ悪いし………みたいな?いや、でも自分からこの家の前通った癖に……あれ、つーか俺何でここに来たんだっけ?顔観れれば良かったんじゃ……。

 などと色々とゲシュタルト崩壊を起こす勢いで頭の中がグルグルと回り始めた時、返事が来た。

 

「………別に良いけど」

「っ!じ、じゃあ行くか!」

 

 ………なんで一緒に登校するくらいで喜んでんだよ、俺。

 二人で並んで歩き始めた。しかし、少し気まずいな……。誘った以上は何か話しかけた方が良いよな。

 

「渋谷さんはさ、何年生?」

 

 一応、聞いてみた。いや、だって俺は普通にタメ語使ってるけど、向こう年上だったら恐れ多いじゃん。女子のいじめは怖いって聞くし。俺の目標は高校三年間で彼女を作る、というものなのだが、女子の敵になりたくない。

 

「一年だけど?」

 

 予想の一個上だった。年齢は一個下だけど。

 

「へ、へぇ……そうだったんだ………。大人っぽいから、二年生くらいだと思ってたよ」

「水原くんは?」

「お、俺?」

「うん」

 

 どうしよう……二年生と言えば、多分向こうは気にするよなぁ。今まで普通にタメ口だったし………。いや、でも変な嘘はいらないか。

 

「二年生だよ」

「そっか。正直、制服姿を見るまで歳下だと思ってた」

 

 失礼な………。ていうか引き続きタメ口?まぁ良いけど。

 すると、渋谷さんの方から聞いて来た。

 

「部活とか入ってないの?」

「俺?入ってないよ」

「ふーん、なんで?」

「一人暮らしだからなぁ。部活入ると金かかるし、バイトしなきゃいけないし」

「大変だね」

「本当だよ。そういや昨日さぁ、渋谷さんが帰った後にバイト先に変な客が来てさ、もう最悪だよあいつ」

「どうしたの?」

「うちの店、閉店間際は20%引きとかやるんだけど、巻物はそれ対象外なんだよね。それ、会計の前に軽く説明するんだけど、それ全部聞き流した奴が会計終わってから文句言って来てさ。マジで八つ裂きにしてやろうかと思った」

「や、八つ裂き………?」

「いや、冗談だけど」

「ふーん、バイトってそんな人も来るんだ……」

「花屋は来ないの?」

「来ない」

「まぁ、花買う人は大体、目的とかあるだろうしなぁ……。誕生日とか贈り物とか……そういうことする人がイカレポンチだとは思えないし」

「そうだね。でも、こっちも大変だよ。お客さんに花を勧める時は花言葉とか把握しておかないといけないし……」

「あーそっか、花言葉とかあるんだっけ。俺も少し知ってるよ、花言葉」

「? 何の?」

「今夜は花言葉のお勉強。まずシクラメン、花言葉は『疑惑』。ソメイヨシノ、花言葉は『美しい人』。シダレグワ、花言葉は『智恵』。そしてミヤコワスレ。花言葉は『しばしの別れ』。古畑○三郎でした」

「ドラマじゃない……。てかよく完コピできるね」

「俺は将来、古畑○三郎みたいな刑事になるのが夢だからな」

「………夢とかあるんだ」

「え?渋谷さんはないの?」

「………私は、ないことはない、かな」

「へー。何?」

「………教えない」

「え、なんで」

「言っても伝わらないだろうし」

「なんで⁉︎」

「だってテレビ見ないんでしょ?」

「何、もしかしてアイドルになることとか?」

「…………違う」

「じゃあ女優?」

「そういう問題じゃないから。刑事になりたいなら、もう少しテレビとか見た方が良いよ」

「見てるって。刑事ドラマとか」

「そういうんじゃなくて……」

 

 あれ、なんか話が通じてない………?というか噛み合ってない?すごい呆れられてるし……もう少しテレビ見ようかなぁ。

 

「水原くんってアレだね。割と馬鹿なんだね」

「いきなりなんだよビックリした」

「成績悪いでしょ」

「いや、そこそこ良いよ。数学なら98点が最高」

「じゃあ、頭の良い馬鹿だ」

「そこまで俺を馬鹿にしたいの⁉︎」

 

 そうツッコミを入れた時、渋谷さんは少し微笑んだ。とても可愛らしい笑みではあったが、なんか嫌な予感がした。

 え、何その笑み、と言おうと思ったが、学校に到着したので後にする事にした。

 

「じゃ、俺はあっちだから」

「うん、またね」

 

 軽く手を振って別れた。

 

 ×××

 

 二年の教室で、俺はボンヤリと空を見上げていた。する事ねー。暇だ。そういう時は、グラウンドで体育をしている人達を見て、何部かを推理しよう。

 ソフトボールかな?女子がやってる。一番、バッターは……ああ、両手逆に持ってるし、多分アレだ。文化部。微妙に目の下にクマが出来てるし……いやそれは誰だって夜更かしすりゃクマくらい出来るし関係ないか。

 その女子は三振し、次の女子。今度の女子は構える手は普通だった。黒髪でロング、体型も割と………ていうか、アレ渋谷さんじゃん。

 渋谷さんはバットを構えると、キッとピッチャーを睨んだ。

 ピッチャーは胸前でグローブにボールを握った手を入れて構えると、腕を振ってボールを投げた。

 割と早い球が飛び、ストライクゾーンに向かう。渋谷さんはバットを振り下ろした。空振りした。意外にも、タイミングは合ってるが、球とバットの間に差がある。

 

「…………」

 

 二球目はボールで見逃した。選球眼はあるようだ。で、三球目。バットを振り、ボールに当たった。良い感じに当たり、セカンドとファーストの間を抜けた。

 

「………おー」

 

 スゲェ、打ったよ。まぁ、タイミング合ってたし打てそうだなーとは思ってたけど。

 一塁で止まって、少し嬉しそうな表情で、騒いでるベンチに手を振った。………渋谷さんも、あんな表情するんだな。控えめに言って可愛いわ。

 さて、一死一塁。俺なら打順にもよるけど、次が三番だとして、俺が監督なら送りバントで二死二塁にして、四番にヒットエンドランさせて帰らせて先制して、相手にプレッシャーをかけるかな。

 そんな事をぼんやり考えてると、ふと一塁の渋谷さんが校舎を見た。何故か俺と目があった。直後、なんで見てんの?みたいな視線を向けて来た。

 俺は慌てて目を逸らした。ヤバい、ストーカーみたいに思われるかも………。

 

「…………」

 

 様子見するようにもう一度見た。……まだこっち見てるよ………。

 すると、カキーンと音がした。その後によってハッとなった渋谷さんは走り出した。あ、バカ。ちゃんと打球見ないと。フライで開幕スタートしたら最悪ゲッツー……。

 案の定、フライで一塁に投げられ、ゲッツーになった。渋谷さんは恨みがましそうな目で俺を睨みながら、自分のベンチに戻った。うん、帰りは一緒にならないようにしよう。

 

「おい、水原」

「?」

 

 後ろから声が掛かった。ふと振り向くと、先生が鬼のような形相で俺を睨んでいた。

 

「女子の体育を覗いてる暇があるなら授業に集中しろ」

 

 気が付けば、ほかのクラスメートは俺をゴミを見る目で見ていた。

 

 まぁ、その、なんだ。死のう。

 

 ×××

 

 放課後、さっさと帰ろうと思って、教室を出た。今日はバイトないから、本屋で涼んでヨ○バシカメラでテレビを見てから帰るんだ。

 そんなことを思いながら下駄箱から出ると渋谷さんが前を歩いてるのが見えた。

 

「渋谷さん、今帰り?」

「? ……あ、水原くん」

 

 相変わらずタメ口だ、別に良いけど。

 

「女子の体育覗いてたでしょ」

「………あっ」

 

 そういえばそうだった。いや、覗いてたわけではないが。

 でも何部か当てようとしていた、とかは結局ジロジロ見ていた事になるし言わないでおこう。

 

「別に覗いてたわけじゃないから。ただソフトボールやってんなーって思って」

「水原くんの所為でアウトになった」

「いや、あれはゲーム中にボーッとしてた渋谷さんの所為じゃ……」

「そもそも覗いてたのが悪い」

 

 えぇ……何それ……。いや、まぁ俺も悪いかもしれないけど………。

 

「女子っていうのは視線に敏感なの。特にストーカーとかセクハラの視線には」

「ち、違うから!ストーカーでもセクハラでもないから!」

「ふーん?どうだか」

 

 いやいやいやいや、ストーカーでもセクハラでもないからマジで。ていうか、その手の話題はマジでダメ。仮に君が冗談のつもりだったとしても、通りがかる人が勘違いするから。

 周りにクラスメートがいないか確認してると、俺の焦ってる表情を読み取ったのか、渋谷さんがまた意地悪な笑みを浮かべて言った。

 

「実はさ、今朝話してて思ったんだけど、水原くんって私の歳上の友達に似てるんだよね」

 

 え、いきなり何の話?

 

「それ女子?」

「あ、いや、顔じゃなくて性格。女子だけど」

「お、おう………」

 

 性格が女々しいって言いたいのか?いや、俺そんな女々しいか?

 

「だから、こう………いじりたくなるんだよね」

「いきなり何を言い出すお前この野郎」

 

 何のつもりだよ本当に。もしかして今朝の笑みはそれですか?

 

「だからさ、マ○クでハンバーガー奢って」

「えぇ………。てか、だからの意味がわからないんだけど」

「良いじゃん、行こ」

 

 一人暮らしで金がないってのに………。まぁいっか、1日くらい。

 二人で学校を出て、マ○クに入った。渋谷さんの分のハンバーガーと二人で摘めるようにポテトのLサイズと飲み物を二人分購入した。クーポン使ったとはいえ、これで約500円なんだからすごいわ。

 

「お待たせ。ポテトも摘んで良いよ」

「んっ、ありがと」

 

 渋谷さんの待つ机の上にトレーを置いた。

 

「ありがとね、わざわざ」

「いや奢らせたのそっちだから……」

「や、正直奢りの話は冗談だったんだけどね。なんか本当に奢ってくれそうだったから黙ってた」

「……………」

 

 この子、ドSなの?いや、俺がその歳上の友達に似てるらしいからだな。もっとしっかりしないと。

 すると、ハンバーガーにかぶり付きながら渋谷さんは言った。

 

「あむっ……んっ。でも、ありがたいのは本当だよ。レッスンまでのいい暇潰しになったし」

「? レッスン?」

「あーうん、ダンスやってて」

「へぇ………意外」

「そう?」

「うん、かなり」

 

 ダンス、か………。渋谷さんっててっきり何事にも冷めてるけど、家のお店のお手伝いしてるから根は良い子ってタイプだと思ってた。

 

「ねぇ、その俺に似てるって子はどんな子なの?」

「んー、神谷奈緒って言うんだけど、まあ一言で言えばツンデレ」

「俺ってツンデレか?」

「ううん、似てるのはそこじゃない。反応が面白いって事」

「は、反応………?」

「そう。昔からよくいじられたりしてたでしょ」

「あー……まぁね」

 

 中学の時とかはそうだったな。だけど、あんまりいじられるのは好きじゃない。いや、いじられること自体は気にしてないんだけど、中学の時、俺と友達だと思ってた奴らが俺をいじる事を踏み台にして、クラスの女子に「俺面白いアピール」して彼女作ってる事が判明したからなぁ。

 しかも、付き合ってからも影で俺の名前を使っていじってたみたいで、なんかそういうのが嫌になって来た。

 

「……どうかした?」

「いや、何でもない」

 

 しまった、顔に出てたか。あまり昔の事で同情されるのも嫌だ。

 俺はポテトを摘みながら聞いた。

 

「で、他にその子と俺が似てると思う節は?」

「んー、そんだけかな」

「え、そ、それだけ?」

「うん。そんなもんでしょ、人と人が似てる所なんて」

 

 まぁ、そりゃそうか。………しかし、その神谷さんとやらも可哀想になぁ。俺はまだ男女の差があるけど、神谷さんは同性で歳上なのにいじられてるんだもんなぁ。まぁ、友好関係を切ってない所を見ると、別にそれが嫌というわけでもないんだろう。

 ………疑うわけではないが、一応聞いてみよう。

 

「………渋谷さんって、彼氏いんの?」

「何それ、ナンパ?それともセクハラ?」

「ち、ちがうから!どっちにしても人聞きが悪過ぎるからやめろ!」

「じゃあ何?」

「いや、何となくだよ。本当に」

「いないよ。いたことも」

「ふーん……」

 

 良かった。少なくとも、その神谷さんをいじってるのは男子にモテるためではない。まぁ、そもそも男子の中の女性像筆頭はまず優しさが入るから、いじってもおいしい事はない。少し羨ましいや。

 すると、渋谷さんがスマホを取り出した。

 

「あ、もうこんな時間。行かなきゃ」

「あ、そう。駅まで送ろうか?」

「いや、平気。また明日」

 

 そう言って渋谷さんはマ○クから出ようとした。が、足を止めて取り出したスマホを操作しながら言った。

 

「L○NE交換しよっか」

「へ?あ、うん」

「QR出して」

「りょ」

 

 言われて、俺はスマホを取り出した。画面にQRコードを出して、渋谷さんに見せた。それを読み取り、友達追加すると、渋谷さんは「OK」と呟いた。

 

「じゃ、また明日」

 

 言い直して、渋谷さんは出て行った。

 取り残された。とりあえず、ポテト食い終わったら帰るか。そういや、ジュースも二人分余っちゃったな。これは家持って帰ろう。

 さて、とりあえずヨ○バシカメラでニュースでも見るか。そう決めた時、スマホがヴヴッと震えた。

 

『渋谷凛がスタンプを送信しました。』

 

 L○NEの画面を開くと、なんかよく分からないキャラクターが「よろしくっ」と言っていた。

 

 



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弱点は隠さずに晒して、弱点と思わせるな。

 一人暮らしは基本的に金がない。家が金持ちならまだしも、俺の家はそうでもないので、相当無理して一人暮らししている。よって、バイト代もほとんど生活費に回すしかなくなっているのだ。

 それに、俺は友達付き合いも大事にしたいタイプなので、もし遊びに誘われたらいつでも行けるように、毎月少しずつバイト代を貯めてある。まぁ誘われたことはないが。

 だからこそ、今のバイト先は神だ。廃棄を持ち帰って家で食えるから、食費が浮く。これほど良いバイト先はない。

 今日も俺は余った寿司を持って家に帰宅していた。今日は売れなかったからなー。これで3日は保つぞ。消費期限?知るか。食えりゃ良いんだよ。

 そんな事を考えながら歩いてると、後ろから「わっ」と声が聞こえた。ビクッとして慌てて振り向くと、渋谷さんが立っていた。

 

「驚いた?」

「驚いたよビックリした……」

「今バイト終わり?」

「そう」

「そっちは……」

 

 こんな時間に何してたんだ?と思ったが、多分アイドル関係だろうな。前に「テレビ見た方が良いよ」と言われて、ヨ○バシでテレビ見たら渋谷さんが普通に映ってたし。ビビり過ぎて腰抜かすかと思ったわ。

 こういう事はあまり言わない方が良いのかもしれないけど……まぁ、テレビ見たら?と言ってきたのは向こうなので大丈夫だろうな。

 

「もしかして、アイドル関係の仕事終わり?」

「………テレビ見たの?」

「うん」

 

 すると、渋谷さんは少し迷ったような表情を浮かべたが、すぐに言った。

 

「ま、いいや。一緒に帰ろう?」

「りょ」

 

 二人で帰宅し始めた。アイドルの話をしようと思ったが、渋谷さんは俺の手元の袋を見て先に言った。

 

「………何それ?」

 

 まぁ、アイドルのことは後で良いやと思い、その話になった。

 

「ああ、廃棄の寿司。捨てるのもったいないからうちで食べんの」

「………ふーん、バイトしてるとそういうのあるんだ」

「まぁ、場所によると思うけどね。なんかいる?」

「え、良いの?」

「誰にも言わなきゃ良いよ別に」

 

 本当は絶対ダメだが。まぁ、渋谷さんはあげた優待券使って、たまに買い物してってくれてるし、大丈夫だろ。

 袋の中からえんがわ三貫入ってる小さいパックを渡した。

 

「ありがと。明日学校で自慢しよ」

「言われたそばから何言ってんの⁉︎ダメだってば!」

「分かってるって」

 

 クスクスと微笑みながら、えんがわを鞄にしまう渋谷さん。畜生……本当、人をいじる時は活き活きしてやがんなぁ。

 

「にしても、たくさん持って帰ってるね」

「まぁ、一人暮らしだからね。常に金欠状態だから。電気代とかも少しでも浮かすために、パソコンは学校の、テレビはヨ○バシカメラで、家に帰ったら飯と風呂と歯磨きだけ終えてすぐ電気消して寝るようにしてるよ」

「いや、流石にやり過ぎだと思うけど………」

 

 ま、お金はこれで徐々に貯まりつつあるんだけど。でも、高校上がってから友達あまりいないんだよなぁ。やっぱ、部活に入ってないと友達作りは厳しいか………。

 ………あれ?ていうか、渋谷さんって俺の友達だよな……?遊びに行っても良いんじゃないの?

 

「………あのさ、渋谷さん」

「何?」

「今度の日曜とか暇?」

「へっ?」

 

 思い付きで聞いてみると、渋谷さんがキョトンとした。

 ………あれ?俺今何をしようとした?これ、見方によってはデートに誘おうとしてるんじゃ………。

 

「な、なんでっ?」

「いや、何でもない………」

 

 あ、あっぶなかった〜……。ついうっかりチャラ男になる所だったぜ………。女の子を気軽に遊びに誘うなんてどうかしてるわ。

 

「それよりさ、えんがわで良かったの?他に食べたいのあったら……」

「………あのさ」

「えっ?」

「実は、日曜日に映画観に行く予定があったんだけど、急に友達に仕事が入っちゃったから、誰と行こうか悩んでたんだよね」

「…………えっ?」

 

 そ、それって………?

 

「………さ、誘ってくれてるの……?」

「いや、他に誰か良い人いないかなーって相談してるだけ」

 

 ニヤニヤしながらそんな事を言われた。クソッ……!俺と渋谷さん共通の知り合いなんていない。俺が誘うのを待ってやがるな……!

 

「………良いの?」

「何が?」

「………そのっ、俺なんかと……一緒で……」

「や、だから他に一緒に行く人を相談してるだけだってば」

「………………」

 

 くっ、意地悪い奴め………!

 

「だったら、神谷さんとかと行けば良いだろ」

「奈緒仕事」

「じゃあ、もう一人の北条さんだっけ?」

「加蓮も仕事」

「嘘つけ!」

「ホントだって」

 

 ダメだ。嘘かホントかの水掛け論は無意味だ。ていうか、思いつくアイドルの誰を出しても「仕事」の一点張りだろう。

 ………まあ、渋谷さんと映画に行くのは、決して悪いシチュエーションではないし、むしろ最高だと思う。お願いしよう。

 

「………じ、じゃあ……その、俺と一緒に、行く……?」

「うん、良いよ」

 

 良いよ、じゃねぇよ。アレだけ誘うように仕向けておきながら……!いや、でもこの際我慢だ。それより、女の子と二人で出掛けられるんだ。こんなに良い事はないだろう。

 俺は照れを誤魔化すように渋谷さんに確認した。

 

「………じゃあ、日曜日で良いの?」

「うん、良いよ。日曜日の朝10時に駅前で」

 

 よし、日曜日の朝10時だな?楽しみになって来やがったぜ………!

 そんな話をしてる間に、渋谷さんの家の花屋に到着した。

 

「じゃあ、また」

「うん。またね」

 

 手を振って別れた。さて、家帰ったら私服全部引っ張り出さないとな。

 

 ×××

 

 時早くして、日曜日。駅前に到着した。10分ほど早く着いてしまったが、まぁ楽しみだったので仕方ない。

 辺りを見回しても渋谷さんの姿はないため、多分俺が先に着いてしまったんだろう。まぁ、渋谷さんは本来、友達と観に行く予定だったんだし、楽しみにしてたとしても早く来る理由なんてないからなぁ。

 

「………今のうちに飲み物買っとくか」

 

 近くにコンビニがあったので飲み物を買いに行った。映画館高いし。買う物は無論、天然水。高くても100円だし。

 フ○ミマに入ると、ちょうど渋谷さんが出て来た。

 

「あっ」

「っ?」

 

 手元には飲み物が入ってる袋がある。

 

「どうも。俺と同じ事考えてる」

「何、飲み物買いに?」

「うん」

「じゃ、私外で待ってるね?」

「え?う、うん」

 

 せっかく会えたんだし、一緒に来てくれりゃ良いのに………。

 俺は飲み物コーナーで予定通りに天然水を買った。レジの前の列に並びながら、ふと思った。そういえば、渋谷さんがここにいるって事は、少なくとも渋谷さんって俺より先にここに着いてたって事だよな?…………もしかして、渋谷さん………。

 

「飲み物だけじゃなくて、なんかコンビニでやらなきゃいけないことあったのかな………?」

 

 例えば、アイドル関係で出掛ける予定があって、そのチケット取ってたとか?それなら、今、渋谷さんの財布にはお金がたくさん入ってることになるよな。カツアゲには気をつけるようにしないと。

 そう誓いながら飲み物を買い、コンビニを出た。

 

「お待たせ」

「あ、うん。じゃ、行こっか」

 

 二人で電車に乗った。隣の駅にデパートというか大型のショッピングモールがある。その中に映画館があるのだ。

 

「そういえば、ようつべで動画見たよ。アイドルの」

「見たの?」

「うん。渋谷さん、まぁアイドルだから当たり前かもしれないけど可愛かったよ」

「あー………」

 

 バレたか、みたいな顔をする渋谷さん。いや、違うな。若干照れてるんだあの人。

 

「………どのユニット?」

「なんだっけな……と、ト……トワイライトアクシズ?」

「トライアドプリムスね」

「そうそれ。知り合いだからかもしれないけど、渋谷さんが、その……一番可愛く見えたよ」

「や、やめてよ……」

 

 あれ、照れてる?アイドルなら、可愛いとか言われ慣れてるもんだと思ってたけど。

 何か話そうと思ったが、一駅なのですぐに電車から降りてしまったため、会話が途切れてしまった。

 駅の目の前に大型ショッピングモールがあるので、すぐにお店に入った。エスカレーターで上がる間、今やってる映画のポスターがあったため、聞いてみた。

 

「えーっと……何見るの?」

「んー………これっ」

 

 渋谷さんが指差したのは、まさかのホラー映画だった。苦手なわけではないが、別段好きでもない。

 

「ホラーかぁ、まぁ良いけど」

「怖いの?」

「いや、見たことない。まぁ、でも小学生の時とか怖い話の本とか読んでたから大丈夫だとは思うけど」

「なーんだ」

「え、なーんだってどういう意味?」

「てっきり、そういうの苦手なんだと思ってたから」

 

 いや、それでなんで残念そうなんだよ………。

 エスカレーターから降りて、二人で映画まで向かった。チケットを購入し、トイレだけ済ませて映画館に入った。

 椅子に座り、しばらくスクリーンを眺めた。

 

「………ちなみに、渋谷さんは平気なの?ホラー」

「私?私は平気だよ」

「ふーん……」

「奈緒はダメなんだけどね」

「奈緒って、神谷奈緒?」

「うん。だから、本来なら奈緒と来る予定だったの」

「酷い事するな………」

 

 でもなんか、アイドルもなんだかんだ言って普通の女子学生なんだなって思うわ。

 

「ま、俺はホラーとか多分効かないから」

「でも見た事無いんでしょ?」

「まぁね。何とかチビらないようにするよ」

「………チビったら他人のフリするから」

「……………」

 

 割と辛辣だな、この人。すると、映画が始まった。

 

 ×××

 

 怖かった。超怖かった。何これ、今のホラーってこんなにクオリティ高いの?いや、昔のホラーも見たことないけど。これ作った奴絶対サイコパスだわ。

 けど、その……なんだ?それより怖い事があった。隣の渋谷さんだ。

 

「ーっ、ーっ……!」

 

 超怖かったみたいで、俺の腕に超しがみついてる。上映中なんか、ビクッと震えたり涙目で「あわわわ……」とか呟いたり、可愛いなんてもんじゃねぇ。流石、アイドルだ。

 じゃあ、何が怖かったかって?渋谷さんの握力だよ。俺の手を握ってる時、驚く度にミシッて手から音が鳴ってた。冗談抜きで死ぬかと思った。

 で、未だに渋谷さんは涙目で俺の手から離れない。胸が当たってて柔らかいのだが、そんなのに気を回す余裕はないくらいに体全体で腕が圧迫され、へし折れそう。

 

「あ、あの……渋谷さん?」

「………っ!」

 

 声を掛けると、正気に戻ったのか手から離れた。でも手は握っていた。

 で、何を思ったのか、しばらく下を向いてると、精一杯無理したニヤついた笑顔を作って俺を見上げた。

 

「………ど、どう?怖かった?」

 

 そんな状態でからかおうとするなよ……。もしかしてこの人、本当はいじられ属性もあるんじゃないの?

 

「………ああ、怖かったよ」

 

 とりあえず、当たり障りのない返事をしておいた。すると、なんか安心したのか、渋谷さんは少し明るくなって続けた。

 

「こ、怖かったんだ?」

「………渋谷さんは?」

「………うん、まぁ、怖かったと言えば怖かったかな?」

 

 いや、ガッツリ怖がってんじゃん。とも思ったが、「全然怖くないよ?」と見栄を張らない辺りはまだ素直と捉えよう。

 

「とりあえず、昼飯にするか」

「う、うん……。そうだね」

「何食べたい?」

「任せる………」

 

 ………なんかあんま食欲なさそうだな………。相当ビビってるし。これは、フードコートで好きな物食べさせた方が良さそうだ。

 

「フードコート行こう」

「わ、分かった………!」

「えっと……手は繋いでた方が良い?」

「………お願い」

 

 顔を赤くしてボソッと呟いた。死ぬ程可愛いが、握力が可愛くない。帰ったら湿布貼ろう。

 そう決めて、とりあえず手を繋いだままエスカレーターを降りた。

 

 



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誤魔化す時は無理の無い程度に。

 フードコート。俺はガッツリとラーメンにしたが、渋谷さんはマ○クで控えめなハンバーガーとポテトとジュース。

 

「えっと……落ち着いた?」

「………うん、平気」

 

 良かった。このままじゃ気まずい事になるとこだった。

 俺はラーメンを啜ると、渋谷さんに聞いた。

 

「でも、アレだな。意外とホラーとか苦手だったんだな」

「誰が?」

「いや、渋谷さんが」

「………はい?別に苦手じゃないけど?」

「はっ?」

「んっ?」

 

 え、何言ってんのこの人?

 

「全然、余裕だった。大したことなかったよね」

「…………」

 

 えっ、この人まさか、誤魔化す気?アレだけ人の腕を万力の如く締め上げといて?それは無理あるでしょ。

 

「………いや、さっきアレだけ……」

「は?全然腕にしがみついてなんかないけど?」

「いや、そこまで言ってないんだが………」

 

 食い気味に答えちゃダメだろ………。

 

「それよりさー、水原くんさっき怖かったって言ってたよね。あの程度のホラー映画を」

「あ、その話は覚えてるんだ」

「ぷふふ、映画の時も肩とか超震わせてたし……」

 

 …………少しカチンと来た。人がせっかく慰めてやってたのに……。

 いや、でも怒るなよ俺。渋谷さんなんか楽しそうだし、多分だけどさっきまでの醜態が相当恥ずかしかったんだろ。だから、自分の中でなかった事にしようとしてる、そう考えればイラっとしない。むしろそれはそれで可愛い。

 そんな考えが顔に出てたのか、渋谷さんは俺を見てムッとしたのか、俺の額にチョップした。

 

「………何、ニヤニヤしてんの?気持ち悪い」

「き、キモいって言うな!女子からのキモいはコタえるから!」

「ならその顔やめてムカつく」

「はい」

 

 そんな顔してたか……気を付けないとな………。

 とにかく、映画の話題は避けた方が良いかもしれないな。何せ、渋谷さんをあそこまでビビらせた映画だ。あまり本人も蒸し返したくないんだろう。

 あーなら、アイドルの話でもするか。気になってたし。

 

「そういえばさ、渋谷さんって実際にあの二人と仲良いの?」

「? あの二人って?」

「えーっと……神谷奈緒さんと北条加蓮さん」

「ああー……まぁ、仲良いよね。よく遊びに行くし」

「へぇー、やっぱりか」

「あー……あのさ」

 

 話題を変えるように渋谷さんが言った。アイドルの話題は嫌だったのか?と思ったら、顔を赤らめて若干照れてるような感じの表情を浮かべていたので、違うかもしれない。

 

「………トライアドプリムスの中で、誰が一番好み?」

「はっ?」

「水原くんの中で、で良いから。知り合いだから、とかじゃなくて外見の好みで」

 

 ………あー、やっぱそういうの気になるのか。アイドルって言ってもやっぱり学生だなぁ。

 外見の好み、だとすると……んー………。

 

「………渋谷さんかな」

「っ、わ、私?」

「うん」

「なんで?」

「あー俺さ。あんま髪染めてる人好きじゃないんだよね。まぁ、神谷奈緒さんとか北条加蓮さんが地毛だってなら変わるけど、染めてるんなら渋谷さんかな」

「………ふーん」

 

 あ、少し嬉しそう。まぁ、そりゃそうか。アイドルの中でグループってのはライバルって事だ。その中で、たった一人とはいえ自分が好きだと言ってくれたんだから、誰に言われたって嬉しいだろう。

 

「………じゃあ、あの二人が地毛だとしたら?」

「神谷奈緒さん」

「………即答?」

「俺、ポニテ好きなんだよね。神谷奈緒さんが一番ポニテっぽい」

「へぇー、なんでポニテ好きなの?」

「うなじがもうヤバイよね。まぁ、神谷奈緒さんのは多分うなじ見えないけど」

「…………へぇー」

 

 渋谷さんはテキトーに相槌を打つとポテトを齧りながら「そうだっ」と呟いた。

 

「やってみよっか?ポニテ」

「へっ?」

「ちょうどヘアゴムもあるし」

「え、ちょっ、待っ」

 

 止める間も無く、渋谷さんは手首のヘアゴムを指にかけると、長い髪を纏め上げた。

 直後、俺の目に綺麗な肌のうなじが入って来た。元々、大人っぽい雰囲気の渋谷さんがポニーテールになる事によって、大人っぽさが倍増し、それと共に色っぽさも演出されていく。

 え、何これ。何だこれ。………えっ?何だこれ?やだ、鼻血出そう………。マズい、頭の中が真っ白になっていく。これは最早、兵器だ。あらゆる戦場にこの渋谷さんの写真が支給されたら、絶対全員その場で武器を放り投げて日本に集まる。そのレベルだ。

 ぼんやり見つめてる俺に気付かずに、渋谷さんはポニーテールを完成させた。

 

「………どう?」

「……………」

「あ、あれっ?へ、変?」

「……………」

「………水原くん?」

「…………グホッ」

「水原くん⁉︎」

 

 俺はその場で前のめりに倒れ、ラーメンの器に顔面を突っ込んだ。

 

「水原くん⁉︎何してんの⁉︎」

 

 慌てた様子の渋谷さんが俺の身体を起こし、ポケットからティッシュを取り出して顔を拭いてくれた。そこでようやく正気に戻った。

 

「大丈夫⁉︎何してんの⁉︎」

「………ご、ごめん。ついテンパった……」

「いや、テンパったっていうか、むしろ気絶したように見えたけど………」

 

 顔ベトベトする……。洗って来よう。

 

「ごめん、ちょっとトイレ行って来る……」

「う、うん……」

 

 トイレの水は汚いが、まぁこの際仕方ない。

 しかし、あの破壊力は脅威だ。渋谷さんをポニーテールにしてはいけない。人類が死滅する。

 そう思いながら、トイレで顔を洗って戻って来た。渋谷さんはポニーテールを解いていた。

 

「………大丈夫?」

「あ、ああ……なんとか」

「………そんなに酷かった?私のポニテ……」

「い、いやいや!そんな事ない!むしろ素晴らしくて!マジでこの素晴らしい世界に祝福をっ!って感じだった!」

「そ、そっか………」

 

 照れたように渋谷さんは顔を赤らめると、最後のポテトを食べ終えた。

 

「さっ、そろそろ良いよね?何処か行こう」

「何処かって?」

「せっかく遊びに来たんだから、もう少しどこか寄って行こうよ」

「あ、ああ……」

 

 そんなわけで、とりあえずショッピングモールの中を回る事にした。

 

 ×××

 

 やって来たのはゲーセン。渋谷さんと二人でテキトーに中を回った。まぁ、ショッピングモールの中にあるゲーセンなだけあって、どーせ大したものは………いや、割と本格的だな。最近、こういうとこ来ないから知らなかった。

 

「で、何する?」

「んー……水原くんはこういう所は良く来るの?」

「いや、最近は来てない」

 

 ………中学の頃はストレスでよく格ゲーで無双したり、クレーンゲームで乱獲したりしてたが。

 

「じゃあ、前は来てたって事?」

「まぁ、そうだね」

「なら、エスコートよろしく」

「えっ、いや俺来てたの二年くらい前の話だよ?」

「それでも平気」

「あ、そう………」

 

 しかし、エスコートって言われてもなぁ。

 

「渋谷さんはゲームとかやるの?」

「んー、あんまり。事務所の子に誘われてアプリとかやるくらい」

「ふーん……」

 

 となると、経験がものを言う奴はダメか……。エアホッケーとか?うん、良いね。エアホッケーだ。

 

「じゃあ、エアホッケーとか?」

「良いね」

 

 よしっ、当たりを引いた。二人でエアホッケー台に向かった。

 お金を入れて、あの、ラケット?を持った。台には二つ付いてるが、タイマンなので一つずつしか使わない。

 

「ね、水原くん」

「何?」

「何か賭けない?」

「何かって?」

「んー、例えば………飲み物とか?」

「まだ映画の時に飲んでた飲み物残ってるけど」

「んーじゃあ、晩御飯の時の飲み物とか?」

「え、一緒に食べるの?」

「え、食べないの?」

 

 マジか、そこまで一緒にいられんのか。少し嬉しい。

 

「良いよ」

「よっしゃ」

 

 パックが出て来て、それが渋谷さんの方に落ちた。キッとゴールを狙う渋谷さん。あー、可愛いなぁ。狙いがモロばれてるのが可愛い。視線で丸わかり。

 

「ほっ」

 

 ほら、少しゴールの右端狙って来た。それを横にガードし、左の壁にパックを当ててバウンドさせて、とりあえず自分側にキープすると、パックを取った。

 で、パックを強く2時の方向の壁に当てた。バウンドして、ゴールに向かい、スコンと入った。え、防げよ。

 

「…………強くない?」

「いや、軽く打ったつもりなんだが……」

 

 いや本当に。再び渋谷さんからのサーブ。バシュッと打ってきたが、それを防いで、左の壁に当ててバウンドさせた。

 が、パックは当然、バウンドするほど勢いは弱まる。渋谷さんの手元に来た頃には随分と遅くなっていた。

 渋谷さんは手前にトラップする事なく右手のストレートに打ってきた。それをこっちもそれをトラップなしで右側の端のゴールに入れた。右手で強く打てば、右側のゴールに隙が出来るのは当然だ。

 

「…………水原くんって、運動神経良いの?」

「いや、中学の時にクラスメートが好きな女を落とすための道具に使われてたからなぁ、なんというか……負け役?をやり過ぎて、いつの間にか最強になってた」

「………むー、ずるい」

「え、いや何が?」

「簡単に勝てると思ってた」

「ずるいのはどっちだよ………」

「でも、そういう事なら良いよね」

 

 渋谷さんは二つ目の打つ奴を取り出した。だからずるいのはどっちだよ………。

 

「まぁいいけど……」

「よーっし、やろうっ」

 

 まぁ、そういう時は大抵、利き手じゃない方の手は使わないんだけどな。

 案の定、何本かやったが左手はゴール前に置くだけで使わなくなり、右手だけでやっていた。まぁ、それだけでゴールに入るルートを塞がられるから厄介なんだが。厄介なはずなのに点差が15対3てどういう事………。

 結局、俺が勝った。終わって、渋谷さんは不満そうに俺を睨んだ。

 

「むー、やっぱこういうとこ奈緒と違うなー」

「神谷奈緒さん弱いの?」

「かなりね。ていうか、女の子相手なんだから少しは手加減してよ」

「え、手加減されて勝って喜ぶタイプには見えなかったから」

「………まぁ、確かにそうだけど」

 

 まぁ、もう少し手を抜いても良かったかもしれないな。接待プレイの練習しておこう。

 

「で、次はどうする?」

「今度は私がゲーム決めて良い?」

「へ?別に良いけど」

 

 あ、なんか企んでる顔だ。俺の予想は正しかった。渋谷さんが選んだのは音ゲーだった。

 

「これで勝った方が晩御飯で1品奢るの」

「…………さっき負けたの、悔しかったのか?」

「全然?ちなみに拒否権ないから」

 

 悔しかったんじゃねぇか………。多分、アイドルやってる自分で勝てるゲームといったら音ゲー、みたいな思考回路だったんだろうな。

 

「良いよ、やろう」

「やったね」

 

 渋谷さんと太鼓○達人に向かった。完封した。

 

 



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事務所では(1)

 鳴海とのお出掛けをした翌日、神谷奈緒と北条加蓮が二人で事務所で話していた。

 椅子に座って、足をブラブラとぶら下げながら奈緒が得意げに言った。

 

「でさぁ、カラオケでアニソン歌ったらクラスの子もノってくれてさぁ」

「奈緒ってどんなアニメ見てたっけ?」

「へ?プリキュアとかしゅごキャラとかだけど?あとはロボットものも好きだなー」

「………そういう曲ばかり歌ってるの?」

「ああ、この前はそうだな」

「………私、奈緒とは絶対カラオケ行かない」

「な、なんでだよ!」

「上手くノれる自信ないもん」

「あたしだって一緒に行く相手と歌う曲くらい選んでるよ!」

 

 そんなカラオケトークで盛り上がってると、スマホをいじりながら凛が入って来るのが見えた。

「おっ」と声を漏らした奈緒は早速、声を掛けようとした。

 

「あ、おーい。りぶっ⁉︎」

「待った」

 

 それを加蓮が奈緒の口を勢いよく手で押さえて阻止した。

 

「………おい、強く口押さえすぎだろ。鼻血出ちゃったじゃんか………」

「ご、ごめん……。ティッシュいる?」

「いる……」

 

 加蓮から受け取ったティッシュを詰めながら、奈緒は聞いた。

 

「どうしたんだよ」

「………凛の様子を見て」

 

 加蓮の指差す先では、凛が椅子に座ってスマホをいじっていた。

 

「………あれがなんだよ」

「………あれ、ゲームやってない?」

「…………?」

 

 そう言う通り、両手の親指を使ってスマホの画面を滑らせたりタッチしたりしている。

 

「凛って、ゲームとかやる子だったっけ?」

「あー確かに……珍しいな」

 

 納得する奈緒に、引き続き加蓮は呟いた。

 

「それにさ、最近なんか楽しそうじゃない?何というか……ご機嫌というか……」

「あー確かに。遠足が終わった後の小学生みたいだよな」

「うん、楽しい事があった後みたい」

「………最近、その……あたしをいじる事も減って来たし………」

 

 その奈緒の発言に、加蓮は引き気味に聞いた。

 

「えっ、何それ。もしかして、いじられたいの?そういう趣味?」

「そ、そんなわけないだろ!」

「え、だって残念そうに言うから……」

「そ、そんな残念そうになんて言ってない!」

「まぁ、奈緒の性癖は置いておくとして、ちょっと気になるよねー。最近の凛」

「待て!あたしは別にドMってわけじゃないぞ!」

「………ちょっと後ろから覗き込んでみようか」

「お、おい加蓮!」

 

 奈緒の反論を徹底的に無視した加蓮は楽しそうに凛の背後に忍び寄った。奈緒はそれを止めるように後ろをついて行った。

 背後に立つと、加蓮は胸前で両手を構えて一気に凛の肩に両手を置いた。

 

「わっ!」

「ひゃうっ⁉︎」

 

 突然、声を掛けられて凛の肩は震え上がった。お陰で凛は音ゲーのフルコン失敗した。お陰で恨みがましそうな目で睨まれてしまった。

 その事をあまり把握できてない加蓮は、何食わぬ顔でしゃあしゃあと聞いた。

 

「何してんのー?」

「……………」

「あれ?怒ってる?」

 

 凛は黙ってスマホをポケットにしまうと、加蓮の方を振り返った。

 そして、中腰になり、若干前かがみになって肘を腰に当て、両手を半開きにして前に構えた。いかにも「突撃します」といった構えだ。

 

「……え、なにその構え………」

 

 加蓮はビビって一歩後ずさったが、奈緒がいつの間にか自分の背中に隠れていて動けない。

 目を離した一瞬の隙を突いて凛は床を蹴って突貫した。直後、加蓮は横に身を翻して避けた。

 

「ちょっ⁉︎」

 

 後ろにいた奈緒がとばっちりに合い、脇腹に凛の指が突き刺さり、細かく動いた。早い話が、くすぐられたのである。

 

「り、りんっ!やめっ……あははははっ!あ、あたっ、あたしだから!あたしだか……あはははははっ!」

 

 すると、加蓮が奈緒の後ろに回り込み、後ろから脇の下に手を差し込んだ。

 

「っ!な、なんでお前までやってんだああああはははははは!」

 

 前後からくすぐられ、奈緒は全力で体をよじるが、2対1なのでかなわない。

 

「お、おまっ……!せめて凛は違うだろおおおお!」

 

 奈緒がそう言った直後、凛の腕は奈緒の腕と身体の間を通り抜けて加蓮の脇腹を掴んだ。

 

「あははははははっ!り、凛やめてええええはははははっ!」

「お前がやめろおおおおおはははははっ!」

 

 このくすぐり合戦はしばらく平行線を辿り、疲れ果てて三人で近くの椅子に座り込んだ。

 ハァ、ハァ、と三人揃って肩で息をしてると、とりあえず、と言った感じで凛が奈緒に聞いた。

 

「………なんで鼻にティッシュ詰めてんの?」

「……さっき、加蓮に口押さえられた時に、親指の関節が鼻の頭に直撃したんだよ」

「ご、ごめんね、わざとじゃなかったんだけど……」

「いや、別に怒ってないが」

「似合ってるよ」

「嬉しくないわ!」

 

 そこを指摘してから、奈緒は「で?」と仕切りなおすように聞いた。

 

「何やってたんだ?さっきスマホいじりながらここに来てただろ。それが気になって加蓮はあんなことしたんだから」

「ああ、あれ?」

 

 聞かれて、「えーっと……」と呟きながら凛はスマホの画面を二人に見せた。

 

「へぇー、jub○at?」

「そう。これに今ハマっててさ。見ててみ」

 

 そう言うと、1曲プレイし始めた。見事にフルコンし、ドヤ顔を見せると、見事に奈緒は目を輝かせた。

 

「へぇー、面白そうだな!」

 

 早速といった感じでアプリをインストールし始める奈緒を放っておいて、その隣の加蓮は凛に聞いた。

 

「………なんで凛はこのゲームを始めたの?」

「へっ?」

「だって凛ってゲームとかやるタイプには見えないもの。それにほら、最近は奈緒の事あまりいじらないじゃない?」

「……ああ、うん。ちょっとね」

「ちょっと?」

「最近、学校に友達が出来て。その人とこの前出掛けたんだけど、太達、jub○at、洗濯機、グルコスとか音ゲーやって全部完封負けして……それで練習してるんだ」

「へぇー。どんな子なの?」

「んー、男子なんだけどね」

「男⁉︎」

「そう、一個上」

「ど、どうやって知り合ったの⁉︎」

 

 男だと分かった時点で俄然食い付き始める加蓮に、半ば呆れながらも凛は説明した。

 

「ハナコって分かるでしょ?」

「うん、凛の家の犬だよね」

「そう。それがその人に噛み付いちゃってさ。そこから知り合ったんだ」

「へぇ〜。イケメンなの?」

「んー、そこそこ?イケメンといえばイケメンだけど、ジ○ニーズに入る程じゃないみたいな。身長も私より少し低いくらい……160くらいだから小柄な方」

 

 へぇ〜っと、加蓮は相槌を打ちながら重要な事を聞いた。

 

「中身は?どんな人?」

「奈緒っぽい子」

「へっ?」

 

 その一言過ぎる紹介に反応したのは奈緒だった。名前を急に呼ばれたからか、ハッと顔を上げた。

 それを見て、若干意地の悪そうに微笑みながら凛は続けた。

 

「なんかいじり甲斐があるって言うか、一々反応が面白いっていうか……可愛い人だよ」

「と、歳上をいじってるのか凛は……」

「まぁ、スペックは奈緒よりも高いから、奈緒よりもからかいにくい所もあるんだけどね」

「あ、あたしを比較対象にするのはやめろ!」

 

 奈緒が反論すると、加蓮が思いついたように別の質問をした。

 

「あ、だから最近、奈緒をいじらなくなったの?」

「んー、あんま意識したこと無いから分からないけど、そうなのかも」

「むっ……」

 

 その質問に平気な顔で凛が答えると、何故か面白くなさそうな顔をする奈緒だった。

 

「どうかしたの?奈緒」

「別にー?」

 

 凛に聞かれてもぷいっと頬を膨らませてそっぽを向く奈緒。それを見て、加蓮がニヤリと微笑んだ。

 

「何々、ヤキモチ?」

「は、はぁ⁉︎違う!別にそういうんじゃ……!」

「奈緒ってば、本当はいじられるの大好きだったんだ」

「ち、違う!おいやめろお前ら!手をワキワキさせながらこっちに来るな!」

「掛かれー!」

「ちょっ、お前らっ……やめっ、あはははは!」

 

 再度、くすぐりが始まった。

 

 ×××

 

 レッスンが終わり、帰宅中に加蓮がふと思い出したように凛に聞いた。

 

「………そういえばさ、凛」

「? 何?」

「その奈緒っぽい男の人と出掛けたって言ってたよね」

「うん、そうだよ」

「………二人で出掛けたの?」

「うん」

 

 それを聞くなり、奈緒と加蓮は顔を見合わせた。「何?」と凛が首をかしげると、奈緒が言いづらそうに言った。

 

「………なぁ、それってデートか?」

「え、違うけど」

「………いや、でも異性と二人きりで出掛けたんだろ?」

「そうだよ?でもほら、だからってデートとは限らないじゃん」

 

 そう言われ、加蓮は思わず「その人、可哀想……」と呟いた。

 

「そんなことないよ。誘って来たのは向こうだもん」

「へぇ、凛ってモテるの?」

「いや、そういうんじゃないから。彼にはその気はないと思うよ」

「え?でも、向こうから誘ってきたんでしょ?」

「そうだけどさ、なんか特に何も考えずに誘ったら『よく考えたらこれデートじゃない?』って途中で気付いて、誘うのやめようとしてたし」

「あー……なるほどなー」

「ちなみに、もし告白されたら凛はどうするの?」

「ないない。優しい人だけど、私は男らしい人の方が良いから」

「ふーん……つまんないのー」

「そんなこと言ってるけど、凛ってツンデレって奴なんじゃないのかー?」

「346事務所ツンデレ部門最優秀賞の奈緒に言われたくない」

「な、なんだよ、そのコンクールは!そんな賞取ってないし、あたしはツンデレじゃない!」

 

 顔を真っ赤にして奈緒が食いかかると、加蓮がマ○クにぶら下がってるポスターを指差して言った。

 

「ねぇ、今日ポテト150円だって!寄って行っても良い?」

「良いね、行こうか」

「お、おい凛!………ったく、お前ら……」

 

 三人はマ○クに入った。

 

 



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何事も言ってみなくちゃ分からない。

 ゲーム、というのは俺が思うに、ほんの息抜きのために作られたものだと思う。仕事や学校、そういったもののしがらみから少しでも解放されるためのものだ。

 それが、いつの間にかハイスコアを目指すだの、アイテムコンプリートするだのとレベルが上がり、それと共にゲームの目的もラスボスクリア以外にも目的が増えた。だから、やり込む人も増え、いつの間にかゲームをやる人にとっては「やらなければならないもの」となってしまった。

 別に、それは良いと思う。だって面白いもん。俺だってその「やらなければならないもの」をやってる人だし。

 だが、あくまで楽しむためにあるという事を忘れてはならない。そう、俺の目の前の人のように。

 

「………………」

 

 イライラを隠そうともせずに渋谷さんは鬼のようにjub○atをやりまくっていた。どうやら、フルコン出来ないらしい。

 ………どうしよう、ここで出会ったのは偶然なんだけど、アレ声かけた方が良いのかな。でも、なんか気まずいし………。悩んでると、渋谷さんの方がこっちを見てしまった。

 

「…………あっ」

「よ、よう……」

 

 ………あ、顔が赤くなった。何、そのゲームハマったの?いや、でもだとしたらもう少し楽しそうにやるよな………。あ、もしかしてこの前負けたのがそんなに悔しかったのか………?

 

「…………なんでここにいるの?」

「いえ、その……暇潰しに遊びに来まして………」

 

 何故か敬語になってしまったよ………。俺別に悪くないのになんでビビってんだ………?

 

「………ふーん」

 

 その冷ややかな視線はやめてくれませんかっ?怖いんです、いやまじで。

 

「………じゃあ、一緒に遊ぶ?」

「え、俺と?」

「うん。………水原くんのプレイとか見たいし」

 

 …………人の技術を奪う気満々ですねー。いや別に良いんですけどね。こっちも技術と言えるものは特に無いし。

 しかし、この人は一人でゲーセン来てるのか?いや、俺はよく一人でくるが、渋谷さんみたいな女子が一人でゲーセン来てるのなんてあんま見ないんだけどな。アイドルだからまとまってると周りにバレるかもってのも分かるけど、バレた時はむしろ一人の方が危険な気もするんだが………。

 ま、そういう意味でも俺と一緒にいた方が良さそうだな。

 

「まぁ良いけど。えっと……対戦?」

「は?ソロに決まってんじゃん」

 

 むしろソロの方が不自然だと思うのは僕だけでしょうか………。いや、まぁ別に良いけどよ。

 100円玉を入れて、jub○atをプレイした。とりあえず、うまるのopをテキトーにやってると、渋谷さんは俺の手元や画面を集中して見ている。………そんなに見られるとやりづらいんですが。

 フルコンでクリアして、二曲目を選び始めた。とりあえず有名な曲が良いと思って、血界戦線EDにした。

 

「……………」

 

 またもフルコンクリア。渋谷さんが何故か不機嫌そうな顔で俺を見てるのに気付いた。

 

「…………何?」

「別に」

 

 気になるんだけど………。最後はけいおん!の曲。いつも通りフルコンしようとしてる時だ。後ろからわき腹に指が突き刺さった。

 

「わひゃっ⁉︎しっ、渋谷さん⁉︎なんの真似っひゃはははははは⁉︎」

「………むかつく。簡単にフルコンしてるのが更に」

「そんな理不尽なあああはははははははは‼︎」

 

 振りほどこうと体をよじるが、指は的確に俺のウィークポイントを攻め続ける。こっ、この女ッ……!いじり慣れてやがる……!まだ会ったこともない神谷奈緒に心底同情しながら、くすぐられ続けた。

 ゲームが終わり、ようやく手を離してくれた。リザルト?聞かないで下さい。

 

「………な、何しやがんだお前……!」

「………簡単にフルコン出来ててなんか腹立った。反省はしてない」

「しろよ!」

 

 畜生………!誰のためにやってたと………!

 

「さて、じゃあ対戦しようか」

 

 この女鬼か⁉︎さてはこのために人を満身創痍にしやがったな……⁉︎

 

「ほら、何へばってんの?やろうよ」

 

 ニヤニヤしながら言われて心底腹立たしかったが、我慢して対戦開始した。完封勝利した。

 

「……………」

「……………」

 

 どうしよう、気まずいな………。でも、勝っちゃったもんは仕方ないような………。

 

「………水原くんさ」

「な、何?」

「少しは手加減とかしないの?」

「え、手加減されて満足するタイプなの?」

「全然?」

 

 じゃあ、今の何の問いなんだよ………。うーん……あまり年上だからって偉そうなことは言いたくないけど、このままじゃ渋谷さんが廃人になりかねないし、一応言うか。

 

「あの、渋谷さん?」

「何?」

「ゲームはほら、もちろん誰かと競うのも良いんだけど、基本的に楽しむものだからさ………。その、あんまり殺気立つと一緒にプレイする人も引いちゃうかもよ………?」

「……………」

 

 うっ、ちょっと言い過ぎたかな……。まぁ、渋谷さんが他に誰かとゲームしてるところは想像できないけど。いや、友達がいなさそう的な意味ではなく、ゲームやるような知り合いがいるようには見えない。

 

「せ、せっかくお金払ってゲームしてるんだから、楽しもうよ」

 

 なんとかフォローしつつそう言うと、渋谷さんは俺の顔色を伺うように上目遣いで聞いて来た。

 

「………水原くんは、そういう人は引く?」

「俺?俺は気にしないけど………」

 

 気にしないけど、他の人はどうだか分からない。………にしても、差し出がましかったかな。不愉快にさせてたら謝らないと。

 

「ご、ごめんねなんか。偉そうなこと言って」

「ううん。私もごめんね。なんか、気を使わせてたみたいで」

「いやいや、俺はマジで気にしないから。お金払ってるのは渋谷さんだし、渋谷さんの楽しみ方があるかもしれないし」

「………なんかさっきと言ってること違くない?」

「そ、それよりまだやる?他のゲームも見てみる?」

「……じゃあ、せっかくだし他の見るよ」

 

 正直、ホッとしたとは言えない。

 渋谷さんは俺の手を取って、ゲーセン内を見回り始めた。………女の子と手を繋ぐのなんて初めてなんだが。この子、その辺意識してるのかな。正直、渋谷さんだし意図してるようにも、してないようにも感じる。

 

「今、ドキッとしたでしょ」

 

 思いっきりされてた。

 

「し、してないから!」

「ふーん?ま、どっちでも良いけど」

 

 クッ……と、歳下の癖に………!いや、俺が情けないのが原因だが。ま、それもいじられキャラの宿命だ。

 そんな事を考えてると、俺の手を引いて歩いてる渋谷さんがふと立ち止まった。おかげで、俺はゴヌっと渋谷さんの後頭部に鼻をぶつけた。

 

「ブッ!」

「痛っ……ちょっと何してんの?」

「誰が急に立ち止まったと………」

 

 いや、反論しても無駄だし、ボンヤリしてた俺が悪い。

 

「なんかあったのか?」

 

 なので、話を逸らした。渋谷さんの視線の先にはメダルゲームがある。

 

「あれやりたいん?」

「いや、よくアレにお金かける人がいるなーって」

 

 こいつ、人前で………。

 

「何でそう思うの?」

「だって景品が出るわけでもないし、ICカードでデータを記録できるわけでもない。出てくるメダルは使い道なくて、むしろ消費し切るまで帰れなくなるし。意味分からない」

「いやいや、あれはあれで楽しいもんだよ。難しいけど」

「メダルを落とすだけでしょ?難しそうには見えないけど」

「なら、やってみる?俺がメダル買うから。半分あげるよ」

「良いの?」

「その代わり、面白いと感じたら後で飯奢って」

「良いよ、そう思うことはないから」

「よし、決まり」

 

 と、いうわけで、メダル両替機にとりあえず千円入れた。

 

 〜5分後〜

 

「来た!来た来たジャックポット!」

 

 興奮してる渋谷さんは、俺の身体をゆさゆさと揺さぶる。分かったから揺らさないで、たまに胸が肩に当たってるから。

 

「乗って来たね、ここは攻め時だよ。メダルたくさん入れよう」

「それは良いけど、ちゃんとタイミング狙えよ。さっきから結構、山作ってるから」

「大丈夫、もう掴んだ」

 

 そう言う通り、渋谷さんは10枚連続で山を作らないように左右に振って投入した。

 しかし、この人ツいてんなー。スロットの始まる穴に一発目で入れ、穴に入ったメダルが4枚までスロットを揃え、何度も当たりを連発し、開始5分後にはジャックポットか………。

 お陰で、周りのメダルゲーマーから羨ましそうな目線を感じる。さっき大きな声でメダルゲームをdisってた人と一緒にいることもあり、正直少しいづらいです。

 

「ちょっと、水原くん。何ぼさっとしてるの?仕事して」

「あ、ご、ごめん………」

「ほら、今メダル入れなきゃ!」

「あ、うん」

 

 言われてメダルを入れた。まぁ、その、何?超楽しんでるじゃん。そんな事言うと無粋な気がするし言わないけど。

 そのままジャラジャラと滝のようにメダルが出て来た。おい、これどうすんだよ………。今日中に消費できるんだろうな。

 

「………俺、別の台行ってくるわ」

「なんで?ジャックポットだよ?」

「この量のメダルはあと1時間は消えないよこれ」

「ふーん、増やして帰ってこないと許さないから」

「いや俺の金だし遠回しに減らしに行くって言ったつもりなんだが………」

 

 この人、人の話聞けないの?まぁ良いや、とりあえずさっさと発散しよう。メダルを大体、三分の一だけもらって別の台に向かった。

 

 〜10分後〜

 

 ………減らねぇ。天性のメダルゲーマーだったのか俺は……。スマホゲームしながらメダル入れたりと色々したけど、目を離せば離すほどスロットをスナイプする。なんだこれ。

 

「……………」

 

 自分は機械だと言い聞かせてメダルを入れ続けた。………もう増える一方だしやめようかな。

 そう思った時だ。隣に誰か来たみたいで振り向くと、渋谷さんが立っていた。

 

「………メダルは?」

「なくなった」

 

 はえーな。アレだけの量を………。ていうか、あの量まで増やしてたのって俺だったんじゃ………。

 冷や汗かいてると、渋谷さんが俺の手元をジッと見てるのに気付いた。うん、望んでるものが1発でわかったわ。

 

「………メダルいるか?」

「…………もらう」

 

 無くなるまでメダルゲームした。

 

 ×××

 

 ようやくメダルが無くなり、ゲーセンを出た。アレから1時間ほどメダルゲームをしていたが、終わってみれば虚無感しか生まれない。俺達は今まで何をしていたんだ、的な。

 今更になって疲労感がドッと出て来て、少し疲れた顔になってるかもしれない。………結局、千円投げて得たものは何もないのだから、渋谷さんの言ってた事はある意味では当たってるかもしれない。まぁ、ゲームってのは息抜きのためにやるもんだし!仕方ないネ!息抜きは出来たよネ!

 

「ね、水原くん」

「…………何?」

 

 カラ元気を無理矢理捻り出した俺とは違って、ご機嫌な渋谷さんは俺に声をかけて来た。

 

「この後、時間ある?」

「あるけど………どうかしたの?」

「ご飯食べに行こうよ」

「はっ?」

「ほら、楽しんだら奢るって約束したじゃん」

「あー……」

 

 そういや、そんな約束してたな。

 

「楽しかったから、ご飯奢るよ」

「いや、いいよ別に。歳下の女の子に奢らせるのは気が引けるし。アレは半分冗談のつもりだったし」

「約束は約束でしょ。私、そういうのはキッチリしたい方なの」

「まぁ、そうなんだが………」

「それに、一人暮らしの貧乏高校生より、アイドルの方がお金持ってるんだから、遠慮することないよ」

 

 まぁ、そう言われりゃそうかな。

 

「分かった。何処にする?」

「水原くんが決めて良いよ」

「いや、俺に決めさせるとサイゼかマックか丸○製麺としか言わないよ」

 

 安いからな。あの辺はマジで一人暮らしには神飲食店。まぁ、学食には劣るが。

 

「………遠慮することないってば」

 

 案の定、ジト目で睨まれた。うん、まぁそうなるよね。でも他の店は高校入ってからは行ったことないんだ。

 …………しかし、そうなると困ったな。別に食いたいものなんて無いし………。あ、一つあるわ。

 

「あ、じゃあこんなのは?」

「何?」

「渋谷さんの手料理」

「…………はっ?」

「…………あっ」

 

 やっべ、つい思った事を口にしてしまった。これ、セクハラじゃね?セクハラじゃないよね?

 とにかく、さっさと回避しよう。訂正しないとドン引きされて「アイドルの手料理食べたいとか身の程わきまえろよ」みたいに思われるかもしれない。

 

「な、なんて冗談だよ。サイゼにしよう。俺、あそこの辛味チキン好きなんだよね」

「良いよ」

「よし、じゃあサイゼだな」

「うちでも良い?」

「えっ?なんで?」

「手料理でしょ?」

「…………えっ?」

 

 …………マジで?

 

 



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人はモンハンで一般人かゲーマーに判別される。

 まさか、女子高生の手料理を食べれる日が来ることになろうとは……自分から言っといてアレだけど信じられない。マジか、こんな事あんのか。

 店の中に入ると、渋谷さんは中をキョロキョロと見回した。何を探してるか、或いは確認してるのか知らないが、何もなかったようで安心した顔で俺に言った。

 

「入って」

「お、お邪魔します………」

 

 遠慮気味に挨拶して家に上がった。

 

「私の部屋分かるよね?そこで待ってて」

「了解」

 

 言われて、渋谷さんの部屋に向かった。なんか若干扉開いてんだけど………。しっかり閉めた方が良いんじゃ?

 とりあえず、待っててと言われたので扉を開けると、中で犬が俺を睨んで唸り声を上げていた。

 

「…………」

「グルルルッ………」

 

 ▽ はなこ の せんせいこうげき!

 

「グルァッ‼︎」

「しっ、しぶっ、渋谷さぁああああああん‼︎」

 

 ▽ なるみ に 2580 の ダメージ!なるみ は たおれた!

 

 ×××

 

「ご、ごめんね………」

 

 現在、渋谷さんに足に包帯を巻いてもらい終えて、俺の家に向かっている。犬に俺を差し出すのはライオンの群れに生肉のネックレスを装備した力士を放り投げるに等しい行為だ。

 よって、俺の部屋で手作り料理を作ってもらうことになった。

 

「いや、別に渋谷さんは悪くないから」

「でも、うちの犬がしたことだし………」

「ほんと気にしないで。強いて言うなら犬に嫌われやすい俺の体質の問題だから」

「…………」

 

 割とかなり凹んでるのか、渋谷さんは申し訳なさそうな顔をして俯いている。いや、本当に渋谷さんは悪くないから気にして欲しくないんだけどな………。

 

「それより渋谷さん、何作ってくれるの?」

「………何が食べたい?」

「んー、肉!」

「意外と肉食なんだ。人間性は草食なのに」

「そ、草食じゃないから!好きな女の子出来たらガンガン行くから!」

 

 出来たことないから分からないけど!

 

「ふーん……じゃあ、晩御飯は肉野菜炒めで良い?」

「良いよ」

 

 少しは元気出たかな?基本的にクールな感じだからイマイチ表情読み取れないんだよなぁ。

 …………あれ?待てよ。なんかナチュラルにうちに来て飯を作ってもらうことになってるけど………それって俺の部屋で女の子と二人きりになるって事?

 ………あ、ヤバイ。なんかすごい嫌な汗が……。てか、心臓の動悸が………。ちょっ、どうしよう。いや、大丈夫。俺から手を出すつもりなんかないし。そうだ、俺から何かしなきゃ問題はないはずだ。

 

「? 水原くん?」

「ふぁひゅっ⁉︎……なっ、何?」

「………なんか、顔色が面白いけど」

「顔色が面白いって何⁉︎」

「青くなったと思ったら、急に赤くなってたから」

 

 しまった、顔に出ていたか………。

 

「………もしかして、女の子と一つ屋根の下に入る事になってるのに今更気づいたの?」

「っ!」

「………ちょっと、顔赤くしないでよ。こっちも恥ずかしくなってくるじゃん。意識しないようにしてたのに」

「ごめん。………えっ?それって意識してたってこひゅっ⁉︎」

 

 脇腹を突かれ、変な声が漏れた。

 

「それ以上言ったら帰るから」

「だ、だからって脇腹を突くなよ!ビックリするだろ!」

「………ふんっ」

 

 不機嫌そうに鼻息を漏らす渋谷さん。もしかしたら、向こうは怖いのかもしれない。知り合って1、2週間ほどの男と二人きりになるのだから、ある意味当然だ。

 ………そんな無理してもらってまでうちで飯を作ってくれなくても良いんだが。

 

「………あの、渋谷さん。今からでもサイゼにしてくれて良いよ?」

「……………」

「考えてみれば、渋谷さんアイドルだし……渋谷さんのお宅にお邪魔するならお店のお客さんで通るけど、俺の部屋だとマズい気もするしさ……。そんな無理しなくても……」

「でも、水原くんは私の手料理が食べたいんでしょ?」

 

 それは正直、冗談のつもりだったんだけどな………。まぁ、食べたいには食べたいし、むしろ食べたくないわけがないが。

 

「大丈夫。私、水原くんの事は信頼してるから」

「……………そっか」

 

 そうまで言われたら、これ以上断るのは失礼な気がする。まぁ、後は周りに渋谷凛がうちに来たことがバレないようにすれば良いだけだ。

 そうこうしてるうちに、自宅に到着した。アパートの一室の鍵を開けて中に入る。

 

「………お邪魔します」

 

 ボソッと呟くように渋谷さんは挨拶して部屋に入った。

 渋谷さんを案内するように、まずは洗面所に移動して手を洗った。渋谷さんも手を洗い、俺の後に続いて居間に来た。座布団の上にちょこんと座り、緊張してるのかそのまま動かない。

 ………こういう時、俺はどうすれば良いのだろうか。早速、飯を作ってもらい、さっさと帰してあげた方が良いのか、それとも少しゆっくりした方が良いのか……。

 とりあえず、もてなしておいた方が良いのかな。お茶でも淹れようと思って立ち上がると、渋谷さんはビクッと体を震わせた。どこまで緊張してんの。

 

「お、お茶でも飲む?」

「………う、うん。いただきます」

 

 冷蔵庫の中の冷麦茶をコップに入れて、渋谷さんの前に置いた。

 渋谷さんが飲んでるのを見ながら、俺も自分のお茶を飲みながらテレビをつけた。実家からもって来たゲーム機を起動した。普段は電気代かかるからやらないけど、友達が家に来た時用に持ってきたものである。ちなみに、一人暮らしを始めてからは初めて使う。

 

「えっと……なんかやる?」

「……なんかって?」

「あ、いや……さ、さっさと帰りたいなら早く飯作ってくれても良いけど………」

「いや、そうじゃなくて。なんかって、ゲームでしょ?何があるのかなって」

「あ、う、うん。えーっと……あるのは、割と古い奴だけど。W○iとか、プレ2とか………」

「んー……じゃあW○iで」

「モンハントライはどう?闘技場なら二人で協力出来るし」

「………私、モンハンやったことないけど」

「大丈夫。俺が上手いから」

「じゃあやる。………足引っ張ったらごめん」

「大丈夫だよ」

 

 そんなわけで、モンハンを始めた。久々だなー、このゲームやんの。友達が家に来ることなかった……というか友達がいなかったから、卒業までやらないかと思ってた。

 電源を入れて、闘技場に向かう。二人でプレイを押して渋谷さんにコントローラを渡した。操作方法を説明し、とりあえず誰を狩るかを決める。

 

「ボルボにしようか」

「………何それ?」

「泥とか身体中に塗りたくるモンスター。そんな強くないよ」

「まぁ、それで良いなら」

 

 せっかくだし、こっちも縛りプレイでやろう。遠距離縛りで。

 ボルボを選択すると、使える武器が出て来た。片手剣、大剣、ハンマー、ライトボウガンの4種類。

 

「どれが良いの?」

「大剣かな。一撃が重たいし、ガードも出来るから初心者にオススメ。ただ、動きが遅いから気をつけて」

「う、うん」

 

 説明しながら、俺はライトボウガンを選択する。

 ロード画面の間に、とりあえず説明した。

 

「相手の攻撃は大体、特定の攻撃しようとするモーションがそれぞれあるから、それさえ覚えておけば全然勝てるよ」

「………わ、分かった」

 

 クエストが開始され、闘技場に入った。………ライトボウガン使うの初めてなんだけど。弾何使えば良いかわかんねーや。とりあえず通常弾で良いか。

 

「どうすれば良い?」

「とりあえず、斬りかかりな。モンハンは攻撃を喰らって学習するものだから。ピンチになったら俺がタゲ取るからその間に回復して」

「わ、分かった」

 

 渋谷さんが斬りかかる間に、俺はリロードしてボルボに狙いを定めた。

 

 ×××

 

 ゲームを始めて、約1時間半くらい経過した。ようやく、ようやく画面の中のボルボが倒れた。

 そのシーンを見て、俺と渋谷さんは後ろに倒れた。

 

「「終わっっったーーーーー!」」

 

 いやー、苦労した!渋谷さんは中々モーション覚えられないし、俺は俺でどんな弾使えば良いかイマイチ分かってないからスゲェ時間かかった!おかげで、お互いにロクなダメージを与えられないから、泥を剥がすのだけでもかなり時間がかかった。

 まぁ、途中で渋谷さんが片手剣に変えてからは比較的にスムーズに進んだけど。

 

「疲れたぁ……モンハンって疲れるね………」

「ほんとな……。俺もこんなに苦労したの初めてだわ。闘技場ってアイテムも武器も限定されてるから割と難しいのな」

「もうクタクタ………いや、本当に。今のはボスなの?」

「ボスといえばボスだけど、数あるボスの中では弱い方」

「本当に………?そんなのクリアできる人っているの………?」

「まぁ、俺も一応ラスボスまでは行ったけど」

「ふーん……。そいつ、相当ヤバそうだね」

「そんな疲れたなら、途中でやめても良かったのに」

「負けたままは終われないでしょ」

 

 負けず嫌いか、この子は。

 まぁ、でも楽しんでたみたいだし良かった。ただ、その……なんだ?これから晩飯作ってもらうんだけど………満身創痍だよなぁ、どう見ても。

 仕方ない、俺が作るか。ゴロゴロしてる渋谷さんの邪魔にならないように立ち上がって台所に向かった。

 

「………あっ、水原くん。私作るよ」

「えっ、でも疲れてるでしょ?」

「ううん、平気」

「なら任せるけど……あ、言うまでもないかもだけど、渋谷さんの分も作って良いからね。一緒に食べよう」

「あ、うん。わかった」

 

 わざわざ起き上がって、渋谷さんは台所に立った。俺の冷蔵庫を漁って、食材を取り出す。

 俺は居間でちゃぶ台を出した。スマホをいじりながらしばらく待機してると、完成したのか、料理を持って来た。

 

「………あれ、肉野菜炒めじゃなかったっけ?」

 

 目の前にあるのはコロッケ定食だった。わざわざ味噌汁まで添えて。

 渋谷さんを見上げると、いつものクールな表情よりも若干、得意げな顔で言った。

 

「少し気合い入れた」

「そっか……。まぁ、それはそれで嬉しいけど」

「じゃ、食べよっか」

 

 いただきます、と二人で手を合わせて食事にした。早速、コロッケを一口いただいた。

 

「うまっ」

「ありがと」

 

 やっべ、今反射的に声出たな。てか、この人料理も出来るのか……。完璧超人かよ。

 

「よくこんなサクッとした感じでコロッケ作れるなぁ。俺、コロッケとか作るの苦手なんだよね」

「ふーん、一人暮らししてるのに?」

「悪かったな………。つい、楽なもの作っちゃうんだよ、一人暮らししてると。そういう意味だと、渋谷さんにコロッケ作ってもらえたのは本当にありがたいよ」

「………そ、そう」

 

 あ、今照れたな。本当に可愛い人だな。こんな人が俺の彼女だったら本当に最高なのに………。まぁ、アイドルと俺なんかが釣り合うわけがないけどね。

 食事を終えて、食器を片付けた。すると、渋谷さんは再びコントローラを持った。

 

「よし、次は誰を狩る?」

「え、まだやるの?」

「やるよ。当たり前じゃん」

「いや、でももう夜遅いよ?10時回ってるし………」

「大丈夫だよ」

「いやいやダメだって。うちに来ればいつでも貸してあげるから、今日は帰りなよ。送るから」

「…………むー」

「むー、じゃないから」

「………わかった」

 

 ふぅ、このままゲームやってたら朝までゲームコースだった。

 

 ____________しかし、この時の俺は知らなかった。まさか、今日の出来事が俺と渋谷さんの関係を大きく変えることになるなんて。

 

 



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事務所では(2)

 事務所。奈緒と加蓮は二人でコーヒー(砂糖入り)を飲みながらお話ししていた。

 

「でも、やっぱあたしは思うんだよ。なんだかんだ言ってプリキュアは初代が最高だなって」

「もう分かったよ………。お願いだからもう少しJKっぽい話しよう」

「な、なんでだよ。クラスの男子はウルトラマンの話とかしてるぞ!」

「いや、男子は女子より精神年齢が2歳下って聞くし………。ていうかそれ、ネタとして話してるんじゃないの?」

「うぐっ………」

 

 確かに、なんか「3分しか保たねえとか戦えんのかそれwww」とか言ってたのを思い出した。

 

「な、なんだよ!加蓮はプリキュアとか見なかったのかよ!」

「んー、私はセーラームーンとかのが好きだったからなぁ」

「古っ。加蓮って歳いくつ?」

「………奈緒より歳下だよ」

「いっ、いふぁふぁふぁ!頬を引っふぁるふぁ!」

 

 なんてやってると、凛が入ってくるのが見えた。イヤホンの繋がったスマホを見ながら。

 すぐに奈緒は声をかけようとした。

 

「あ、おーい。り……」

「奈緒、待った!」

「いふぁふぁふぁ!頬から手を離ふぇ!」

 

 その奈緒の頬を引っ張って加蓮は止めた。手を離すと、奈緒は涙目で赤くなった頬を押さえながら加蓮を睨んだ。

 

「………い、いふぁい……」

「ちょっと凛の様子おかしくない?」

「いやまず謝れよ!」

「あの子、あんなにスマホ使うような子だったっけ?」

 

 一切、無視されて奈緒は仕方なくため息をつき、話題にのることにした。

 

「別に音楽くらい聞くだろ。自分達のライブ見てるんじゃないか?」

「でもさ、最近はライブがあったわけでもないし、そんな歩きながら見るほどのなんてある?」

「………気になるなら声かければ良いだろ」

「うん、そうする」

 

 加蓮は楽しそうに凛の後ろに近付いた。凛は椅子に座り、そのままスマホを見つめている。そーっと加蓮はその画面を覗き込むと、モンスターをハンターが討伐していた。クリア動画というものだ。

 

「えっ」

 

 思わず声を漏らし、加蓮は気付かれないように退散した。

 

「どうだった?」

 

 奈緒に聞かれ、加蓮は気まずそうに答えた。

 

「………いや、その、なに。よく分からない」

「は?」

「………ゲーム実況動画見てた」

「………ハ?」

 

 奈緒も思わず眉をひそめる。「ゲーム実況?あの凛が?」みたいな顔だ。

 

「え、何のゲーム?」

「なんか、モンスターを人と猫が討伐しようとしてる奴。どこかで見た気がするんだよなぁ」

「………モンハン?」

「あーそれそれ!それのゲーム実況見てた!」

「………凛が?」

 

 奈緒に疑わしそうな目で見られ、加蓮は珍しく慌てた様子で言った。

 

「本当だって!奈緒も見てきなよ」

「………嘘だったら?」

「ジュース一本。ほんとだったら奢ってもらうからね」

「よし、のった」

 

 言われて、奈緒は凛の背後に歩いた。スマホを覗き込んだ。自販機に向かった。

 

「コーラで良いからねー!」

 

 注文すると、加蓮は凛の隣に座った。最近の凛はゲームにハマっているようで、それは間違いなく最近知り合ったという男の先輩の影響だ。その話を聞き出そうと思った次第である。

 

「凛」

「? あ、加蓮。いたんだ」

「何見てるの?」

「ん?モンハンの実況動画」

「またあの先輩の影響?」

「まぁね。面白かったから買ってみたんだけど、やっぱ難しくて」

「えっ、か、買ったの?」

「買ったよ?ほら」

 

 鞄から3○Sを取り出した。

 

「わ、わざわざ買ったんだ………」

「まぁね。で、実況動画見ようと思ってさ」

「そこまで本気で………」

「だって面白いんだもの」

 

 そのセリフに加蓮は若干、引きながら苦笑いを浮かべた。すると、奈緒が飲み物を持って帰ってきた。

 

「おーい、加蓮。買って来たぞ」

「はい、どーも」

 

 奈緒は飲み物を加蓮に渡すと凛の隣に座った。

 

「凛、モンハンやってるのか………?」

「一応ね。まだまだ下手だけど」

「お、おう………。なんていうか……凛って、意外とハマりやすいタイプだったんだな……」

「奈緒はやってるの?」

「やってないよ………」

「加蓮は?」

「やってない」

「二人共やんないの?人生の半分損してるよ?」

「凛、待って落ち着いて」

 

 あんまりな言い様に、流石に加蓮が口を挟んだ。

 

「凛、そんなにゲーム好きだったの?」

「うん、私もびっくりしてる。だってゲームなんて全然興味なかったもん。あったんだね、私にもゲーマー心って奴が」

「うん、その言い草がもう呆れるを通り越して面白いんだけど……」

 

 困り顔で加蓮は奈緒を見ると、奈緒も「そうだな」と相槌を打った。

 

「凛、待て。お前はゲームにハマるとダメなタイプだ。なんというか、ハマり過ぎて自己を壊滅させそうな気がする」

「どういう事?」

「具体的に言うとだな、1週間やり込んだ後に急に冷めて『私はこの1週間何をしてたんだろう………』って絶望するタイプだ」

「…………はい?」

「奈緒、何言ってるか分からないけど、私もその絵が何となく想像出来る」

 

 加蓮にまで賛同され、凛は何となく不愉快そうに眉を吊り上げた。

 

「………別に、その時はその時だし」

「ま、まぁ、凛がそれが楽しいって言うなら別に良いけどよ………」

「なら良いよ。二人もやれば良いのに」

「「やらない」」

 

 声を揃えられても、凛は特に反応しなかった。

 その凛に加蓮はため息をつきながら言った。

 

「しかし、よくその男の人のためにわざわざゲーム機まで買ったね」

「別に水原くんのためじゃないよ。ただ、私が楽しかっただけ」

「ふーん………?ちなみにきっかけは?」

「まぁ、色々あったんだよ。一緒にゲームしたりして」

「へ?ゲームを?」

「うん。この前、ゲーセンで会ったから、色々あって水原くんの家でモンハンを………」

 

 そこまで言って、凛は「しまった」といった顔になった。それと共に、ニヤリと微笑む加蓮と奈緒。

 

「水原くんの部屋で⁉︎」

「どういう事だ凛⁉︎男と二人で部屋にいたのか⁉︎」

「色々の部分を詳しく!」

「なぁ、凛っ?本当に友達同士なんだろうな?」

 

 流れるような二人からの質問攻め。凛はそれを真顔で受け止めた後、俯いてため息をついた。

 やがて二人を見下ろして、ニコッと微笑んだ。直後、椅子から下りて逃げ出した。

 

「あっ、逃げた!」

「待てええええ!」

「無理無理無理無理。面倒臭いわもう」

 

 小声でぼやきながら逃げ出す凛。だが、突き当たりに出たところで歩いてた卯月とぶつかった。お互いに後ろに尻餅をつき、凛は恐る恐る前を見た。

 

「きゃっ!」

「っ!ご、ごめん卯月!」

「い、いえ………凛ちゃん?何かあったのですか?走ってるなんて珍しいですね………?」

「ちょうど良かった!助けて!」

「は、はい………?」

 

 キョトンと首を捻る卯月だったが、尋常じゃない凛の様子に何かを察し、凛の手を握った。

 

「付いてきてください」

 

 すると、後ろから奈緒と加蓮が追い付き、それに気づいて卯月と凛は走り出した。

 

「待て、凛!何があったか教えろ!」

「絶対嫌だ」

「卯月!凛は男の子と一緒に一つ屋根の下でゲームした過去を隠蔽しようとしている!」

 

 直後、卯月は驚く程、ピタッッッ‼︎と足を止めた。お陰で手を握られていた凛は卯月の後頭部に鼻をぶつけた。

 

「凛ちゃん、どういう事か詳しく!」

「加蓮!それはいくら何でも卑怯でしょ!」

「知らない、関係ない」

 

 凛はとりあえず個室に連行された。

 

 ×××

 

 観念した凛が大体のことを話すと、三人は「おおーっ」と声を漏らした。

 

「………付き合ってないのそれ?」

「ないよ」

 

 加蓮に聞かれ、ノータイムで答えた。実際、付き合ってないしお互いにその気はない。

 

「まぁ、確かに私も少し距離近いかな、とは思うけど。でもお互いにそういう対象じゃないから」

「確かに、凛はそういうのドライそうだもんな」

「………二次元に恋してる奈緒に言われたくない」

「なっ、何をうっ⁉︎」

 

 その二人のやりとりを聞いた直後、卯月は少し引いたような苦笑いを浮かべた。

 

「えっ………奈緒ちゃんって、そういう人なのですか………?」

「ま、待て待て!違うぞ卯月!あたしはちゃんと三次元の男の人が好きだ!」

「プロデューサーみたいな?」

「そうそう、ああいう気遣いのできる大人の………って、かっ、加蓮!」

 

 顔を真っ赤にしてうがーっと食い掛かる奈緒を片手で制しながら、加蓮は凛を見た。

 

「なーんだ、つまんないのー。付き合ってるとかだったら面白いのに」

「残念だったね」

「でも、最近凛ちゃん楽しそうですよ?」

 

 卯月が口を挟むと、凛の耳が微妙に動いた。

 

「未央ちゃんも言ってましたけど、スマホでその人と連絡とってる時とか、とても楽しそうな表情をしてますよ?」

「………ほほう?」

「なっ、何バカ言ってんの卯月。そんなの、ありえないから」

 

 少し頬を赤らめてぷいっと目線を逸らすが、そこで加蓮が反応した。

 

「へー?そうなんだ?私達の前だとあんま表に出さないのに」

「っ………そ、それは……」

「卯月の前だと、あまり恋愛ごとに興味無さそうだから油断しちゃうんでしょ?でも、そういうのに未央は鋭そうだからなー」

「っ、ち、違うってば!」

 

 訂正するも、加蓮はニヤニヤを止めない。その時だ。凛のスマホから着信音が鳴った。画面には「水原鳴海」の文字。無視することにした。

 

「凛ちゃん、誰からですか?」

 

 卯月が逃がしてくれなかった。

 

「家」

「水原さんからですか」

 

 逃げでも無駄だった。まぁ、バレた以上は仕方ないので、応対する事にした。

 

「もしもし?」

『ああ、渋谷さん。実はさ』

「今忙しいから後でね」

『え?ちょっ』

 

 即行で切った。

 

「え、もう切ったのか?」

 

 奈緒に引き気味に言われたが、凛は無視してスマホをしまった。

 

「ま、とにかくそういう事だから。残念ながら、三人の期待してるようなことはないよ」

「でも、そうなのかな。その男の子の方は案外、凛のこと気に入ってるかもよ?」

「ないってば」

「ふーん、まぁ会ったことないから私にはなんとも言えないけどさー。もう少し何かこう、面白い事があっても良いのに………」

「でも、凛ちゃんがゲームにハマるのはなんだか意外ですね」

「それみんなに言われるよ………。そんなに意外?」

「そりゃそうだろ。実況動画まで見て勉強してるんだもんなー」

「でも、この実況動画の人の動き、すご過ぎてあんまよく分からないんだよね」

「そうなの?」

「うん。だから、やりづらいというか参考にならないというか……」

「あ、そういえばあたし、メチャクチャ面白いゲームプレイ実況の人達知ってるぞ」

「kwsk」

「なんだっけな、名前は確か………」

 

 凛はこの後、帰ってからそのプレイ動画を見た。モンハンのプレイ実況は残念ながらやっていなかったが、とりあえず凛はそれを見ながら心の中で呟いた。

 

(………ゲーム実況、か……)

 

 



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生放送を始めた。
気が付いたら人気が出てた。


 モンハンをやり始めてから一ヶ月が経過した。

 人にはそれぞれ得意不得意があり、別に渋谷さんがモンハン下手くそなのは悪い事ではない。まぁ、自分のハマったものなら上手くなりたいという気持ちは理解出来るが。

 しかし、それは何も無理にやる事ではない。ゲームなら尚更だ。上手くなりたいなら地道な努力が大事だ。特に近道のために荒療治なんてするものではない。

 だから、本番に強いタイプ(自称)だからって生放送で全員に見られながらモンハンをやったって上手くなるわけがない。

 そう、今の俺達のように。

 

「ちょっ、待ってよ!なんで私ばっかブレス吐いてくんの⁉︎」

「渋谷さんなんでそっち逃げんの!そっち行ったら逃げ場ないって」

「上野さん投げて投げて閃光玉投げて投げて閃k………死ぬって!あああああああ‼︎」

 

【 渋谷 が力尽きました】

 

「ちょっ、マジあり得ないんだけど……。なんで私ばっか……」

「ぷふっwww」

「あんた何笑ってんのぶつよ?」

 

 あれ以来、モンハンにハマった渋谷さんは、Swi○chを買ってうちに持って来て、二人でモンハンを買った。俺は自分の3○Sな。

 で、二人でやってるうちになんか面白いゲーム実況者を見つけたのか、突然「生放送で自分を追い込みたい」とか言い出して、現在に至る。

 名前は本名は出せないので、渋谷さんの「渋谷」に合わせて正反対の「上野」を俺は名乗っている。コンセプトは、山手線で正反対の駅の渋谷と上野は余り交流がないので、仲良くしようということになり、上野がゲームを持ってきて一緒にプレイをすることにしている。まったく意味分からない。

 で、これがまた無駄に好評で、特に渋谷さんのリアクション芸と低過ぎるプレイヤースキルが上手くマッチしていて、控えめに言ってメチャクチャ人気だ。

 

「てか渋谷さん、次死んだら終わりなんですけど分かってます?」

「うるさいって。次はあいつ倒すから」

「いやもう大人しくしててもらっても良いんですけどね……」

「……………」

「痛いから!死ぬからぶたないで」

 

 言いながら、俺は銀レウスの突進をエリアルで躱しながら踏み台にし、上から斬りつけて乗りを成功させ、ダウンを取ってから尻尾を切断した。

 俺も渋谷さんとやってるうちに少し上手くなり、銀レウスくらいの攻撃は何とか見切って躱せる。銀レウスが飛んだ直後にまた閃光玉投げてハメ、何度もエリアルで飛びながら舞い上がり斬りまくった。

 

「上野さん待った!まだ私何もしてないから!」

「いやいや、来たら負けますから早めに殺しとくね」

「ちょっと、ほんと待ってって待ってくれないとマジあれだから!」

「アレってなんだよ」

 

 すると、レウスが足を引きずり始めた。それでも俺は容赦なく後ろから緊急回避で飛び上がり、レウスの上に乗った。

 

「ほほっ、ついてる」

「待て殺さないでって!」

「分かりましたから早く来なさいよ」

「ちょっと待って……よし、来た!」

「あ、ダウン取れた。早く殴ってね」

 

 言いながら太刀で袋叩きにし、渋谷さんは片手剣で斬りまくった。レウスのダウンが終わり、立ち上がって足を引きずり始めた。

 

「いや逃がさないって」

 

 言いながら閃光玉を投げて怯ませた。そのまま鬼神斬りを繰り返す事数秒、討伐完了した。

 

「ハー……終わった……」

「あのさ、渋谷さんもう少し頑張ってくれないと毎回危ないんですけど」

「うるさいって。勝てば良いんだよ勝てば」

「いや、まぁそう言われりゃそうですけど」

 

 ていうか、プレイヤースキル上げるためにやってるんじゃないのかよ………。全部俺がやっちゃってんじゃん。

 

「まぁ、そういうわけで今回の放送はここまでということで、皆さん長い時間、ご視聴ありがとうございました」

「いや何も語らずに終わるんですか!」

「まぁ、今回も私の独壇場だったと言うことで」

「何言ってんのこの人」

「では、皆さんまた今度!山手線でした!」

 

 そこで放送を終えた。カメラとマイクを切って、俺と渋谷さんはそのまま後ろに寝転んだ。

 

「ふぅ、疲れたぁ………」

「お疲れ様、疲れたね」

「いや、銀レウスに普通、2時間もかかんないからね」

 

 この人死に過ぎなんだよ………。俺がどんなに頑張ってもこの人すぐ死ぬからなぁ………。

 

「………片手剣も合わないんじゃねぇの?」

「そう、かな………」

「太刀はどう?」

「武器は別々の方が楽しいじゃん」

「なら、俺が別の武器にするからさ」

「………えっ、良いの?」

「良いよ。下手な方に合わせるのは当たり前だから」

「水原く………あれ?今、下手って言ったでしょ」

「…………あっ」

 

 直後、俺の頬を抓る渋谷さん。

 

「いっ、いふぁふぁふぁふぁ!引っふぁるのはふぁふぇろ!」

「………まぁ良いよ、下手なのはほんとだし」

 

 渋谷さんは手を離した。ヒリヒリした頬を押さえながら、ボソッと呟いた。

 

「下手なのは認めるんだな」

「認めないと、次に進めないから」

「………ホラーにビビっていたのは認めない癖に」

「なんか言った?」

「あふぁふぁふぁふぁ!分かったから脇に指を差し込むなっはっはっはっはっ!」

 

 謝ると渋谷さんは手を抜いた。どーでも良いけど、そこで反撃して来るのはあの時ビビってたことをバラすのと同じ事だけど大丈夫?

 

「しかし、モンハンってほんと難しいね。私、未だにジンオウガ倒すのがギリギリだもん」

「あー、まぁ分かるわ。確かに難しいよな」

「うん。………うん、じゃあ、太刀試してみるよ」

「じゃあ……俺は片手剣でも試すか」

「よし、じゃあもっかいレウス行こうか」

「………え、今日まだやるの?」

「明日休みだし良いじゃん。今日は寝ないでやるよ」

「お、おう………」

 

 あれ以来、たまに渋谷さんうちに泊まるようになった。始まりはお互いに寝落ちしたことから始まり、案外「別に泊まっても問題なくね?」みたいにお互いに流れるように泊まるようになった。

 向こうの親も俺が助けて以来、全面的に信頼を寄せてくれてるようで、最初の泊まりの時も特に何も言われることはなかった。むしろ、「娘をよろしくお願いします」とか言われた。なんだったんだろうな。

 まぁ、そんなわけでも今日も慣れた様子で泊まりになった。渋谷さんは鞄の中からパジャマを取り出し、俺の背中に立って着替え始めた。あの、窓から反射して丸見えなんですけど………。前々からこういうことは何度かあったが、最近は罪悪感を覚えるようになって来た。

 

「渋谷さん、着替えるならバスルームでしなよ」

 

 なので、今日は一言忠告しておくことにした。

 

「見たの?すけべ」

「ホントのすけべだったら黙って見てるよ」

「最初の頃みたいに?」

「ブフォッ!き、気付いてたの⁉︎」

 

 マジかこの女!ヤバイ、かっこつけないでやっぱ前みたいに見て見ぬ振りをするべきだったか………‼︎

 

「呆れた、本当に見てたんだ」

 

 …………カマ掛けられてるだけだった。

 

「まぁ、別に水原くんになら見られたって良いし」

「えっ?い、良いの?」

「気にならないってだけ。良くも悪くもね」

 

 それは、信頼はしてるけど男としては見てないということだろうか。まぁ、確かに襲う勇気なんか俺にはありませんけどね。パジャマに着替え終えた渋谷さんは、再び俺の横に寝転がった。

 

「よし、再開しようか」

「着替えてから言って悪いんだけどさ、先に風呂入っとく?」

「あー、どうしよっか。そういえば少し小腹も空いたよね」

「じゃあ、先に風呂入ってて。俺、コンビニでお菓子買って来るから」

「あ、ならせっかくだし一緒に行こうよ」

「わざわざ?」

「行ってもらうのは申し訳ないし」

「なら、ゲームの電源切ろうか」

「………そういうところはしっかりしてるんだ」

「使ってない電気ほど勿体無いものはないじゃん」

「まぁ、分かるけど」

 

 と、いうわけで、一度テレビやゲーム機の電源を切った。ここから長期戦になるなら今のうちに3○Sを充電しておいた方が良いと思い、コンセントに挿すと二人で出かけた。

 渋谷さんに変装用の帽子を念のために被せて出掛けた。なんかもう当然のように渋谷さんと二人で夜に出掛けているよなぁ。まぁ、友達同士でこういう事するのは初めてだからとても楽しいんだけどね。

 こういう事してると、ほんとに良い事はするものだと思う。あの時、渋谷さんのお母さんを助けた俺はマジで良くやったと思う。

 

「水原くん」

「? 何?」

「ありがとね、あの時お母さんを助けてくれて」

「…………はっ?」

「私、こういうの友達とするの初めてだから、すごく楽しい」

「…………」

 

 俺と同じこと考えていたようだ。その事が面白くて「くすっ」と微笑むと、渋谷さんはムッとした表情を俺に向けた。

 

「今、笑うとこあった?」

「いや、何でもないよ。同じ事考えてたから」

「………ふーん」

「おふっ!ちょっ、なんで脇腹突くの!」

「何となく。コンビニ着いたよ」

 

 鼻歌を歌いながら、渋谷さんはコンビニに入って行った。

 …………なんか楽しそうだなー、渋谷さん。渋谷さんなら友達多そうだし、ゲームじゃなくても友達とお泊まり会くらいしてそうなのに。

 しかし、ああやって楽しそうにしてる渋谷さんは、あれはあれで可愛らしい。アイドルだからそりゃそうだけど、テレビの中とは違ってナチュラルというか……こう、素の笑顔だから尚更可愛く見える。

 そう思うと、そんな笑顔を毎日見れる俺はある意味幸せ者なのかもしれないな。そんな、少しおっさん臭いことを考えながら、俺もコンビニに入って渋谷さんとお菓子を選んだ。

 

「何にしよっかー」

「んー、あんま太らない奴の方が良いでしょ?」

「そういう事女の子に………いや、まぁ良いや。この時間からなら何食べても一緒だよ」

「じゃあ安いのにしとくか。ポテチとか」

「うん。飲み物は?」

「なんでも良いよ」

「じゃあお茶」

 

 好きなものを手に取ってレジに並んでると、店内の壁にモンハンのポスターが貼ってあるのに気付いた。よく見れば、USJの広告だった。

 

「へー、モンハンUSJに来るんだ………」

 

 渋谷さんがボソッと呟いた。目が「行きたい」と語っていた。いや、でも6月25日までって書いてあるし無理だろ………。

 

「まぁ、毎年来てるし、行くなら来年だよね………」

 

 控えめにそう提案すると、渋谷さんは開催期間を見て小さくため息をついた。

 

「…………ほんとだ。もう終わるじゃん」

「来年行く?」

「うーん……来年までモンハンハマってるかわからないし………」

「大丈夫、来年はプレ4でモンハンの新作出るから」

「えっ、そ、そうなの?」

「う、うん………」

 

 すごい目が輝き始めた………。まるで少年の目をしている………。

 

「発売したら、一緒にやってくれる?」

「いやーどうだろう。プレ4買う金があるかどうか………」

「あー……うん、だよね」

「っ…………」

 

 そ、そんなにショボンとするなよ………。仕方ないな。

 

「ま、まぁ、今から金貯めればなんとか買えると思うから………」

「! ………うん。楽しみにしてる」

 

 そう約束して、とりあえず商品を買ってコンビニを出た。

 

 ×××

 

 コンビニから帰って来て、ゲームを再開し1時間ほど経過した。渋谷さんのアバターがキャンプから動かなくなり、ふと横を見ると完全に寝息を立てていた。

 その寝顔にドキッとしながらも、俺は小さく深呼吸して気を落ち着かせると、エリア移動してモンスターのいないエリアに逃げると、お菓子や飲み物を片付けて布団を敷き、渋谷さんを寝かせてあげた。

 

「………おやすみ」

 

 小さくそう言って頭を撫でると、とりあえずクエストだけクリアして俺と渋谷さんのアバターに剥ぎ取りをさせ報酬を受け取ってセーブして電源を切ると、床の上に寝転がって電気を消して寝ることにした。

 

 



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友達といっても異性の場合は限度がある事を僕達はまだ知らない。

 翌朝、目を覚ましてとりあえず起き上がった。布団の中では渋谷さんが寝息を立てている。相変わらず可愛い顔している。あれだけ夜遅くまでゲームやってたら、いびきの一つくらいかいてても良さそうなのに、驚く程静かに寝ていた。

 …………これって勝手に写真とか撮ったら犯罪なんですかね。いや、一緒に生放送やるような仲である俺と渋谷さんの関係なら、別にいつでも寝顔くらい見れるし、なんなら今までも結構見て来たけど、今日は何となく写真に納めたくなった。

 ま、平気だよね、バレなきゃ。そう思って、スマホを取り出して渋谷さんの顔にスマホを合わせた。カシャっとシャッター音が鳴り、保存された。

 よし、任務完了。そう思ってスマホをポケットにしまいながら朝飯を作ろうと思った時だ。ティッシュ箱の角を踏ん付けて足首を捻った。

 

「っ⁉︎」

 

 身体は大きく傾き、踏んづけた左足で右足を蹴って大きくすっ転んだ。倒れた先には、渋谷さんの布団がある。

 あ、これヤバい、と自覚した時にはもう遅い。俺の顔は掛け布団の上に落ちた。布団の上で寝転がってると、渋谷さんがのそっと起き上がるのを感じた。チラッと見上げると、不機嫌そうな渋谷さんが俺を見下ろしていたので、俺は慌てて目を閉じて死んだふりをした。

 

「…………何してんの?」

「……………」

「………ねぇ、シカト?」

「………ぐほっ」

「………いや、ぐほっじゃなくて」

「………………」

 

 ………バレテル。どうしよう、写真撮ろうとしたらティッシュの角を踏んづけて足首捻ってすっ転んだとは言えない。

 どうする、言い訳を考えろ。いや言い訳なんて考えようがないよね。渋谷さんが上半身だけ起き上がれてるところを見ると、おそらく膝の上に俺は顔を埋めてるんだもん。どんな偶然があったらこんな事になるのかねって話ですよね。

 ………いや待て。逆転の発想だ。襲ったことにしちまえば良いんだ。いや、性的な「襲う」ではなく、枕投げ的な「襲う」だ。俺と渋谷さんが友達同士であることを利用すれば良い。

 そう決めると俺の行動は早かった。布団を掴んで勢いよく振り上げ、渋谷さんに襲い掛かった。

 

「ガォー!」

「はっ?な、何をっ………きゃあっ⁉︎」

 

 渋谷さんを掛け布団で包み込み、そのまま敷布団の上に押し倒した。えっと、どうすれば良いんだこれから?まぁ良いや、勢いで誤魔化せ!

 

「渋谷凛は落とし穴に掛かった!このまま捕獲用麻酔玉を……」

 

 モンハンのアイテムを使った癖に存在しないモノローグを入れながら自分でもわけわからずわしゃわしゃしてる時だ。

 

「ふんっ」

「あふんっ⁉︎」

 

 驚く程鋭い蹴りが俺の鳩尾を的確にブチ抜き、俺はその場で腹を抑えて蹲った。………ていうか、今の一撃で頭冷えたわ。完全にセクハラじゃん。いや布団一枚間にあるからセーフな気もするけど……。

 後悔してると、俺にゆらりと立ち上がる影が掛かった。ヤバい、怒り浸透殺意沸騰か………?なんて思いながら見上げると、思いの外好戦的な渋谷さんが布団を持って立ち上がっていた。

 

「………なんのつもりか知らないけど、普段の仕返しのつもりならこっちも容赦しないからね」

「へっ?あっ、いやっ………」

「水原鳴海は落とし穴に掛かった!」

「ボフッ!」

 

 布団に包まれた。渋谷さんはかなり手馴れていて、あっさりと俺を布団の中に巻き付けると、その上に馬乗りになった。多分、神谷奈緒さんがよくやられてたんだろうなぁ、可哀想に。

 そんな他人の同情をしてるのも束の間、渋谷さんは跨るように布団包みされてる俺の上に寝転がると、俺の両足を掴んだ。

 

「っ?な、何する気………?」

「寝てる女の子を襲った事を後悔させてあげる」

「……………へっ?」

 

 直後、足の裏をくすぐられた。

 

「あっひゃひゃっふぁふぁっ!やっ、やめっ…やめろぉおおおお‼︎」

「絶対嫌」

「ふぁひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 こ、こいつ………!なんでこんなにイキイキしてやがるんだ⁉︎

 体をよじらせようにも文字通り手も足も出ないしどうしようもない。………待てよ?俺の上に渋谷さんは寝転がり、俺の足の裏をくすぐってるって事は、今俺の顔の方に向いてるのは………。

 恐る恐る下を見ると、パジャマ越しとはいえ目の前で俺の上から何とか落ちないようにしようとしてる渋谷さんのお尻が超揺れていた。

 

「おおおおっふぁっふぁっふぁ⁉︎」

「どうする?謝る?」

「あっ、あやっ……謝ります!謝りますから退いてっはははは!」

「ごめんなさいは?」

「ごめんなふぁっはははははは‼︎」

「ちゃんと言えるまでやめないからねー」

 

 バカやろっそれどころじゃねぇんだよ‼︎すごい、目の前がすごいフリフリしてる!無自覚って怖い!

 

「ごめんなひゃい!ごめんなひゃい!ごめんなしゃ……はははは!」

「うん、良し。これに懲りたら下克上なんて考えないこと」

「はぁ、ひぃ……」

 

 息を切らしながら、俺は布団から脱出した。朝からすごいもの見てしまった………。実は前から考えてた下克上はやめておこう………。俺年上なんだけどな………。

 そんな俺の気も知らずに、渋谷さんはマイペースに言った。

 

「じゃ、着替えるから。向こう向いてて」

「………ごめん、渋谷さん。今日は洗面所で着替えてくれる?」

「? なんで?」

「………いや、ちょっと色々と事情が……」

「まぁ、良いけど………」

 

 渋谷さんは洗面所に向かった。今、下着になられて何かの間違いで見てしまったら色々危ないかもしれないからな。

 そう思いつつ、俺も着替え始めた。

 

 ×××

 

 朝からハードな体験をしてしまったが、まぁそれは良い。料理をして心を落ち着けたから。

 二人で朝食を終えて渋谷さんに聞いた。

 

「今日はどうする?」

「んー、モンハンはー……夜でも出来るし………」

「え、夜やるの?明日、仕事って言ってなかったか?」

「あー………そっか。そうだったね。じゃあ、今日はモンハンやる?」

「休日の昼間っからゲームってそれで良いのか、JK」

「んー、じゃあ出掛ける?と言ってもお金ないでしょ?」

 

 確かに、モンハン買ったし金ねーわ。じゃあ、今日はモンハンしかないかな。

 お金をかけないで遊ぶ方法………。小学生の頃はよくカードゲームとか鬼ごっことかしてたっけな………。いつからお金を使わないと遊べなくなったんだろう。

 

「んー、じゃあハナコの散歩は?」

「端的な死刑宣告?」

「だよね………」

 

 それなら金使ってでも出掛けた方がマシだ。むしろ、金払うから勘弁して欲しいまである。

 

「じゃ、今日は私の買い物に付き合ってもらおうかな」

「は?」

「私、夏物の服が欲しいから。それの荷物持ちとかどう?」

「まぁ、それなら良いけど」

「よし、決まり」

 

 服屋かー。荷物持ちにされる未来しか見えないが、そもそも俺に金がないのが悪いんだし仕方ないよね。

 歯磨きをして、一応財布を持って出掛けた。しかし、デパートとかあんま行かないんだよな。駅に行けばあるにはあるけど、中は入った事ない。正直、服とかあんま興味ないけど、せっかく行くなら少し見ておこうかな。

 

「夏物ってどんな服着るの?」

「んー、私は割と大人しい奴が好みかな。ピンクとか黄色とかそういうのはあんま着ないから」

「あー確かに渋谷さんは青とか合いそうだよね」

「うん。青とか紺とか……まぁ、組み合わせによって服の色とか変わるんだけどね」

「そういうものなのか………」

「やっぱり。思ったけど水原くんってあんまオシャレとか気にしたこと無いでしょ」

「うっ………し、仕方ないだろ。一人暮らしだと服とか最低限のものしか買えないし………」

「まぁね。でも、少しは気を使った方が良いよ。じゃないとモテないし」

「…………別に、彼女は欲しいけど作るのは半分諦めてるから良い」

「意外。彼女とか欲しいんだ」

 

 そりゃ少しは欲しいとか思うよ。でも、俺は身長も低いし友達も渋谷さんしかいないし、何より友達を作ろうとすればいじられるキャラが定着してしまっている。いじられキャラは基本的に合コンの幹事とか司会と一緒でモテないそんな役回りになることが多い。

 だから、少なくとも高校出るまで彼女作るのは諦めているし、諦めるべきだと思っている。

 

「まぁ、諦めてるけどね。そういうのは大学で頑張るよ」

「なんで?高校に良い子いないの?」

「いないよ。高校生活が始まって一年と三ヶ月過ぎたけど、一番話すのは渋谷さんだけだよ」

「えっ……わ、私?」

「うん。何なら男女含めて話すのは渋谷さんが一番多いかも」

「………これからはもっと遊ぼうね。いつでも呼んでね」

「………同情はいらないから」

 

 他の友達とか一切いないわ。いじられキャラを認めれば友達作れるだろうけど、もう彼女作るための捨て駒になるのはゴメンだ。

 そんな話をしてると、駅のデパートに到着した。店の中に入り、渋谷さんは慣れた様子で服屋に向かった。俺はその後ろをついて行く。………レディース服ばかりだな。俺、ここにいて良いんかな。

 ビビってると渋谷さんが前から俺の手を握った。

 

「離れてると変質者扱いされるよ」

 

 うっ、た、確かに。ここレディース服だし。でも急に手を握られると少しドキッとするのでやめていただきたい。いや、今更恥ずかしがること無いかもしれないが。

 渋谷さんは無理矢理俺の手を引っ張って自分の隣に立たせると、ようやく手を離してくれた。

 

「隣にいないとストーカー扱いだからね」

「は、はいっ」

「前にプロデューサーが私と奈緒と加蓮の後ろからついて来てたら知らない間にお店の人に注意されて軽く警察沙汰になってたから」

 

 服屋って電車の中以上に冤罪が生まれるんじゃないだろうか………。まぁ、とにかくそういうことなら従おう。渋谷さんの隣を歩いた。今更だけど、渋谷さんとほとんど同じ身長って高二男子として少し情けない。今日は牛乳飲もう。

 しかし、改めてこうして歩いてると、周りの人から見たら俺と渋谷さんはどう見えてるのだろうか。渋谷さんって表情はクールだし帽子を被ってるとはいえ、髪は長いのでどう見ても女性だ。仮にも同じ歳くらいの男女が歩いていたら、少なからずカップルに見えたりするものだろうか。

 別にどう見られようが、ここですれ違った人達と二度と会うことはないのだし、俺と渋谷さんは友達同士であることには変わらないから良いんだけど、気になるには気になる。どこまで小心者なんだ俺は。

 すると、渋谷さんは良さそうな服を見つけたのか足を止めた。グレーのカーディガンだ。

 

「…………」

 

 黙って手にとってその場で着始めた。ちょっ、勝手に着てしまって良いのか?店員さんとかにバレたら怒られるんじゃ………!

 

「大丈夫だよ、別に試着くらい」

「心を読むなよ………」

「表情を読んだんだよ。どう?」

 

 言いながら、渋谷さんはカーディガン姿を俺に見せてくれた。とても似合っているけど長袖じゃんそれ。

 

「…………夏なのに長袖着るの?」

「そういう見方しか出来ないわけ?」

「いや、だって夏に長袖って………」

「良いの。女の子は実用性よりもオシャレだから」

 

 そういえば、モンハンも最初は外見重視にしてやがったな………。最近はようやくガッチガチのガチ装備してくれてるけど。

 

「それに、このカーディガンは生地薄いし平気だよ」

「まぁ、そこまで言うなら………」

「それよりどう?似合う?」

 

 ふむ、似合う?か………。まぁ、似合うには似合っているけど……。

 

「素人意見で良ければ」

「ん?良いよ」

「グレーより白のが良さそう」

「………白?私が?」

「あ、いや素人どころかオシャレの『お』の字も知らない俺だからそう思うだけで、俺なんてセンスのかけらもないと思うし!」

「んー………まぁ、着てみても良いけど………」

 

 そういうわけで、渋谷さんはグレーのカーディガンを脱いだ。それを俺は預かり、ハンガーに掛けてる間に白のカーディガンを着始めた。

 普段、明るい色は着ないからか、さっきとは違って少し恥ずかしそうに聞いて来た。

 

「…………どう?」

「あ、ダメだ。グレーの方が良いや。全然似合ってない」

「………結構はっきり言うね」

「いや、俺が着させたわけだし、そこはハッキリ言わないと」

 

 渋谷さんから白のカーディガンを預かり、元の位置に戻した。しかし、頭の中でイメージしてる事と実際は大分変わるんだな。オシャレってやっぱ難しい。

 ふむ、と顎に手を当てて渋谷さんと他の服を見比べてると、渋谷さんからボソッと声が聞こえた。

 

「んー、まぁ気を使われるよりマシかな」

「へっ?」

「いや、プロデューサーとか、よく気を使って何でも似合う似合う言うから」

「ふーん………」

 

 俺、そのプロデューサーって人知らねえんだけどな。まぁ、比較対象に出すという事は男の人なのだろう。

 

「それに、割と真面目に選んでくれるんだね」

「それは、まぁ………せっかく一緒に来てるんだし、何か言わないと意味無いかなって………」

「まぁ、そうだけどさ」

「あ、でもセンスないから黙ってた方が良いかな」

「そんな気を使わなくて良いよ。何か言ってくれた方が私も楽しいし。足を引っ張られても」

「お、おう………」

 

 それ結局どっちなんですかね………。まぁでも、そういう事なら何か言おうかな。そう思って、とりあえずバレないようにスマホでオシャレについて調べ始めた。

 

 



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ハメを外す時は後で後悔しない程度にしましょう。

 渋谷さんの服選びが終わった。なんか俺の選んだ白と水色のワンピースを一枚買ってたけど、あれは良かったのかな。まぁ、本人が気に入って買ったんだろうし、別に良いんだけど。

 で、昼飯を食べ終えて、その場で二人でグラブルをやってると、渋谷さんが唐突に言い出した。

 

「よし、せっかくだし水原くんの洋服も見に行こうか」

「えっ、俺のも?」

「うん。だって私服とかあんま気を使わないんでしょ?」

「まぁ、そうだけど………」

「これから一緒に出かけるなら、最低限の服は着て欲しいし」

 

 ま、まぁ渋谷さんのためなら仕方ないか。確かに、今改めて俺と渋谷さんの服装を見比べてみても、友達同士というよりは姉弟に見えるかもしれない。いや、服装で見ただけだから。中身は俺の方が大人だから。

 飯屋を出て別の服の店に向かった。しかし、渋谷さんはどんな店に入るのもサクサク行くなぁ。ていうか、男がレディース服の店に入ったら変質者なのに、女がメンズ服の店に入っても何も思われないのはどうなんだろうか。これは男の方が変態が多いことを示しているのか?

 なんてくだらない事を考えながら歩いてると、渋谷さんがいつの間にか俺をじっと見てるのに気付いた。

 

「………何?」

「早く、どんな服が欲しいのか選んでよ」

「どんなって言われても………何でも良い」

「あるでしょ?何か一つくらいこの服」

「んー……あ、キャプテンア○リカのTシャツとか………」

「好みの服とか色で良いから。柄とか聞いてないから」

「お、おう………」

 

 まぁ、着たい色ならあるけどね。

 

「黒が良い」

「OK、黒ね。上?それともズボン?」

「全身」

「は?ぜ、全身………?」

「古畑○三郎みたいな服が良いよね。かぁっこ良いもの」

「……………」

 

 ん?何?その目。可哀想な人を見る目で………。

 

「あのさ、はっきり言って似合わないと思うよ、水原くんには」

「えっ」

 

 言葉の槍に心の臓を貫かれた。

 

「だって、あの服はああいう………その、何?オトナっぽい人が着るのが似合うのであって………身長低くて童顔な水原くんには万に一つも似合わないと思うけど………」

 

 …………確かに身長低くて童顔なのは否めないか………。そうか、俺は古畑さんにはなれないのか………。

 ………ま、まぁ別にコスプレしたいわけじゃないし………別に良いけど……。

 

「どこまでがっかりしてるの。どちらにせよ今日は服買うわけじゃないんだから、別に良いでしょ」

「つまり、これから先俺に黒い古畑さんみたいな服が似合う事は無いって事だよね………」

「どんだけ古畑さん好きなの………」

 

 そりゃそうでしょ。拳銃のいらない刑事はカッコよすぎるし、ロマンですらある。………まぁ、もうその刑事にはなれないけど。

 しかし、この店はメンズ以外にもレディースも売ってるんだな。メンズの店だと思ってたわ。

 

「何か着たい服とか無いの?」

「黒じゃないならなんでも良い」

「ああそう………。じゃあ、私勝手に選ぶから試着室で待ってて」

「はーい」

 

 その方がありがたいので、素直に返事をして試着室に向かった試着室はいくつか並んでいるパターンだったので、その近くで待機していた。てか、いつ来るかなあの人。

 暇なのでグラブルやりながら待機していた。しばらく待つ事数分、渋谷さんが服を持って来た。

 

「はい、これ着てみて」

「どうも」

 

 おお、少し明るい色が多いな。まぁ、童顔とか言われたし、もしかしたらこういう色のが似合うのかもしれない。

 とりあえず、試着室に入って着替えてみた。

 

 〜2分後〜

 

 着替え終えた俺は、試着室のカーテンを開けるなり渋谷さんに怒鳴った。

 

「おい!なんだよこの服!女性用じゃねぇか‼︎」

「ぷふっ……い、意外と可愛い………」

「可愛い、じゃないから!」

 

 なんだよこいつ!公衆の面前で何を着させてくれてんの⁉︎天性のドSか!

 

「どういうつもりだよホントに⁉︎」

「いや、似合うかなーと思って。可愛いよ」

「嬉しく無いから‼︎」

「大体、何でも良いって言ったの水原くんじゃん」

「発想が柔軟過ぎるだろ!限度を考えろ‼︎」

「…………ふふっ」

「笑いながら写メを撮るな!」

 

 着替える!と怒鳴ってカーテンを閉めた。ったく、あの人は本当に………!俺がこの先、どんなにオシャレに目覚めたとしてもこの店にはもう来れないわ。

 着替え終わって、服を元あった場所に戻しに行った。渋谷さんのお陰でものすごく恥をかいた気がする………。

 

「うー……スカートなんて初めて履いた……。あれ風が直に足に入って来るんだな………」

「っ……っ……」

「いつまで笑ってんだよ!ていうかあの写真消してよ⁉︎」

「っ………あ、あれ、奈緒と加蓮に見せて良い?」

「ふざけんなよ⁉︎」

「良いじゃん。どうせ会うことないんだし」

 

 そ、そう言われたらそうだけど………。

 

「大体、見せたく無いのになんでカーテン開けたの?女装だって分かった時点で着替えるの止めればよかったのに」

「……………」

 

 その発想はなかった。バカは俺だった。そういうところに気付かないと、いじられポジ脱出は難しそうだ。

 

「大丈夫、加蓮と奈緒と……あと卯月にしか見せないから。他の人には言わない」

「誰にも見せるなよ!」

「あ、じゃああの三人に見せても良い写真撮らせてよ」

「はぁ?なんでよ」

「あの三人、私と水原くんが仲良くしてるのをなんか勘違いしてるんだよね。だから、いっそオープンになって逆に全然そんな気ない事を伝えてやりたいから」

「勘違いって?」

「………そ、そのっ……付き合うとか、そういう」

 

 あー、そういうノリか。いや、そんな顔を赤くして呟くから、そう言う勘ぐりが発生するんだと思うんだけど………。

 まぁ、そう言う話は後にするとして、その時のために俺と撮った写真が欲しいというわけか。いや、別に欲しいとは言ってない。撮らなきゃあの写真を見せるだけだ。

 

「よし、撮ろうか」

「うん。………ていっても、どこで撮る?」

「その辺で良くない?」

「いや、服屋で写真撮って何してんのって感じするでしょ」

「じゃあ、うちで」

「んー、それも良いけど………。せっかくだしゲーセン行かない?」

「え、いや俺金ないんだけど。てかゲーセンで写真撮ってもおかしくね?」

「プリクラに決まってんじゃん。お金は私が出すから」

「あー……いや、でも全部まるっきり出してもらうのは………」

「お金ないのにカッコつけなくて良いから。それに、私の都合で付き合ってもらうんだし」

「まぁ、そう言うなら………」

「よし、行こうか。あ、さっきの服着て撮る?」

「撮らない!」

 

 何処まで女装させてぇんだよこいつは‼︎

 

 ×××

 

 そんなわけで、デパートのゲーセンに来た。パチモン臭いクレーンゲームが多かったり、太鼓○達人のプレイ回数が1回少なかったりと俺は他の人に誘われない限り絶対来ないが、今日はそれらが目的では無い。

 プリクラの機械に金を入れて、中に入った。プリクラ、か……久しぶりだな。中学以来だ。顔にウンコの落書きとかされたっけなー。け、嫌なこと思い出した。

 渋谷さんは慣れた手つきでプリクラを操作すると、俺の手を掴んで自分に引き寄せた。

 

「ちょっ、渋谷さん………⁉︎」

「さ、なんかポーズ取って」

「お、おお」

 

 中途半端にモンハンの双剣を構えてる時のポーズをすると、渋谷さんは俺の腕に抱きついた。小さい胸が当たっている。あ、割と柔らかいし。ていうか近い近い顔が近いって。

 一人で狼狽えてる間に、カシャっとシャッター音が鳴り響いた。

 

『もう一回行くよ〜』

 

 間の抜けた機械音声が聞こえ、双剣のポーズはやめた。ていうか、今更だけど今までプリクラとか後ろの男子に締められてたり関節技決められてたりって写真ばかりでまともな写真を撮った覚えないわ。

 過去のデータ不足と渋谷さんの柔らかい感触によって、もはや思考回路が麻痺した俺は、開き直る事にした。

 渋谷さんの肩を自分の方に抱き寄せてピースした。

 

「っ!」

 

 一瞬、渋谷さんは顔を赤くしたが、すぐにいつもの若干口元の緩んだ笑みに戻って、同じようにピースした。

 その後はなんか楽しくなっちゃったんだろうな。二人揃ってノリノリになって、腕を組んで背中をくっつけたり、渋谷さんは太刀で俺は弓のポーズをしたり、脇腹をくすぐられたり、頬をくっ付けたりとやりたい放題やった。

 ようやく撮影が終わり、「んーっ」と伸びをしながら落書きコーナーへ。

 

「あー、疲れた」

「それな」

「プリクラ撮るの初めてじゃないんだ?割と慣れてたね」

「まぁ、それはあんま関係ないんだけどね。渋谷さんが楽しんでたから、こっちも開き直ろうと思っただけで」

 

 なんだかんだアイドルとツーショット写真を撮ってしまったけど、楽しかったから良しとしようか。ていうか、今もテンションフォルテッシモだし。

 落書きを終えて、俺と渋谷さんはプリクラ機から離れた。

 

「さて、どうする?」

「せっかくだし、なんかゲームやる?」

「そうだな」

 

 そんなわけで、二人でマリカー、エアホッケー、バイオ○ザード、洗濯機、クレーンゲーム、マキブ等と、まぁ遊び倒した。気が付けば3時間もゲーセンで遊び倒していて、ようやくゲーセンを後にした。

 駅のデパートから出た時には、空はすっかり暗くなっていた。クレーンゲームで取ってあげたクレしんのシロのぬいぐるみを片手で抱えてる渋谷さんが満足したように伸びをした。

 

「んーっ、久々に遊んだー」

「割と取れるものだな。デパートのパチモン臭いクレーンゲームでも」

「ああ、これ?ありがとね」

「あ、いや欲しそうにしてたから………。それより、この後どうする?うちでモンハンやる?」

「あー……ううん。今日はもう十分遊んだし楽しかったしハメ外したし、大丈夫」

「じゃあ、家まで送るよ」

「ほんと?悪いね」

「いやいや」

 

 当然だろむしろ。もう6月で日が沈むのは遅くなって来てるのに、日が沈むまで遊んでたんだから。

 しかし、友達と遊ぶのってこんなに楽しかったんだな。こんな舞い上がってるの初めてだ。今まで遊んできた奴らとこんな感覚になったことはなかった。もう、帰ってしまうのがとても名残惜しい気がする。

 

「モンハン以外にも面白いゲームたくさんあるんだね」

「まぁな」

「なんだっけ?ガンダムの奴」

「マキブ?」

「そうそれ。あの辺も面白かった」

「ガンダムの奴はハマりすぎない方が良いぞ。ガチ勢は半端じゃ無いから」

「そうなの?」

「ああ。それに、あの辺は一回一回に金かかるし、極めようと思ったら金銭に問題が発生する」

「なるほど………。まぁ、大丈夫。ゲームは水原くんとしかやらないから」

「っ………そ、そうか」

「あ、今照れた?」

「照れてない」

「いや照れてたでしょ」

「………バイオでビビりまくってた癖に」

「別にビビってないし」

「人の腕にしがみ付きながら銃口を明後日の方向に向けて『ちょちょちょっ、撃ってるのに何で死なないの⁉︎来ないで来ないで来ないできゃああああ!』って喚いてたのは………」

「ふんっ」

「ふぁひゅっ⁉︎だから突然、脇腹を突くな!」

 

 あの時の渋谷さん涙目でマジ可愛かったです。まさか俺の人生に「大丈夫、安心して」って女の子を落ち着かせる経験があるとは思わなかったわ。

 そんな事を思い出してると、むすっとした表情の渋谷さんが俺の表情を読み取ったのか、仕返しとでも言わんばかりに唐突に聞いてきた。

 

「そう言えば水原くん」

「? 何?」

「お金ないって言ってた癖にゲーセンで随分と使ってたけど良いの?」

「……………へっ?」

 

 ピシッと世界が凍り付いた。慌てて俺は財布を取り出して中身を数えた。出て来たのはコロッと転がってきた158円。

 

「………………」

 

 自分の顔が真っ青になるの、鏡を見なくても分かった。これは、ヤバイ。笑えない。いやスマイルマンの真似じゃなくて。マジな方で笑えない。給料日まであと二週間と一日ある。

 銀行の金は………俺はその辺の石を拾って道路に這いつくばった。

 

「ちょっ、水原くん⁉︎」

 

 渋谷さんの反応を無視して、現在俺の銀行に入ってる金と158円を足し、そこから家賃や光熱費や食費などのその他諸々生活費を差し引いていった。

 計算が終わり、人差し指中指親指を立てて顔に当てた。

 

「………一食分足りない」

「ガ○レオの真似した割にダッサイこと言ったね………」

 

 いやいや、こんな計算ただの算数だから。古畑さんの次に尊敬する湯川先生の足元にも及ばない。

 

「ていうか、一食足りないって?」

「毎日朝昼晩食べるとして、どうしてもどれか一つ抜かないとお金が足りないって事。まぁ、二週間くらい朝飯抜いても平気だと思うから多分、問題ないよ」

「………朝ご飯は食べた方が良いと思うけど」

「へっ?」

 

 なんだ?渋谷さんからまともな意見が飛んで来たぞ。

 

「前に、私寝坊して撮影あるのに朝ご飯を抜いたんだけど、結構お昼まで保たないよ。途中でお腹鳴っちゃうし、朝は抜かない方が良いよ」

「………や、でも足りないものは……」

 

 物理的に金がないんだから仕方ない。家で電気やガスを使うのは風呂と飯の時だけとしても難しい。

 

「だからさ、私が作ってきてあげる」

「はっ?」

 

 何を?

 

「お昼、お弁当を作ってきてあげるの」

「………えっ、マジ?」

「マジ。そうすれば足りるでしょ?」

 

 足りるには足りる。昼飯と違って、朝飯は最悪パン一枚でいけるから、確実に昼よりかかる費用は減る。

 

「土日や撮影ある日は無理だけど、学校がある日なら何とかするよ」

「いや、でも迷惑じゃ………」

「ううん。二人で生放送とかしてたしさ、そのくらい協力させてよ。あ、それと来週予定してる生放送はうちでやって良いから」

「えっ、い、犬が………」

「ハナコっ」

「お、おう………」

 

 そんな固有名詞を言わなかったからって、キッと音がしそうなほど睨まなくても………。どんだけあの犬……ハナコ好きなんだよ………。

 

「ハナコはお母さんに見てて貰うから平気」

「そのお母さんに生放送してる事バレるのは良いの?」

「? なんで?」

 

 なるほど………ゲーマーも隠さなきゃ引かれない、か………。

 いや、でも流石に弁当作って貰うのは悪い気がするんだけど……。あれ、朝早く起きるの大変だし、学校でも異性にわざわざお弁当なんて作って来たら勘違いされるんじゃないか?

 

「………水原くんがいらないって言うなら、別に良いけど……」

 

 っ………。そういう言い方は卑怯でしょだから………。そういう風に言われたら、意地でも作って欲しくなる。

 

「………じゃあ、その……何。頼むわ」

「うん」

 

 そう約束して、そのまま二人で帰宅した。

 

 ×××

 

 渋谷さんを家に送り、自分のアパートに帰宅した俺は、カップルにしか見えないプリクラを見て全力で恥ずかしくなって悶えた。

 

 



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事務所では(3)

 翌日。事務所で奈緒は加蓮、卯月と話をしていた。手元にあるのは新作映画が載ってる雑誌。事務所のラウンジ的な場所の雑誌コーナーに置かれている物だ。

 如何にも女子高生らしい華やかな感じのする絵だったが、開かれているページにはポケ○トモンスター〜君に決めた!〜のページだった。

 

「あたし絶対これ面白いと思うんだよ!」

「あ、うん。そうね、オモシロソウ。ね、卯月は何か見たい映画ある?」

「うーん……私はメアリとかカ○ズでしょうか」

「ポケモン、ポケモンは⁉︎」

「小学生は黙ってて」

「誰が小学生だよ!加蓮より年上だぞあたしは⁉︎」

「うん、ありがとー。確かにメアリとか面白そうだよね。でも、私スパイダーマンとかも見に行きたいんだよね」

「スパイダーマン、ですか?」

「むぐぐっ……。なんだよチクショー」

 

 話を聞いてもらえなくて奈緒が一人で不貞腐れてると、事務所の入り口から凛が本を読みながら入って来るのが見えた。

 

「あ、おーい凛………」

「待った奈緒」

「グヘッ」

 

 襟を引っ張られ、喉が締まった奈緒から変な声が漏れた。

 

「何すんだよ!」

「てか3回目なんだけど。学んだら?」

「3回もやるなよ!」

「加蓮ちゃん、どうかした?」

「……卯月もまるで興味ないな………」

 

 卯月に聞かれて、加蓮は凛を指差した。奈緒と卯月は釣られて凛を見た。三人は凛が手に持っている本に注目した。本屋のカバーが掛けられているその本は、サイズはジャンプと同じくらい大きい。

 その本を、凛は珍しく難しい顔をして唸りながら読んでいた。三人とも1発で異質な事に気付いた。

 

「………音ゲー、プレイ動画の次はー……攻略本?」

「いやいや、スマホで調べりゃどんな攻略情報でも出て来るこの時代に?」

「案外、別の本かもしれませんよ?」

「いやいや、最近の凛はもはやゲームでしか悩まないだろ。なぁ?加蓮」

「そうだね。卯月、知ってる?山手線っていうゲーム実況者」

「? 知りませんけど………」

 

 加蓮の問いに首を振る卯月。そんな卯月に、加蓮はしれっと告げた。

 

「あれ多分、凛とそのお友達だよ」

「ええっ⁉︎」

 

 大きく反応する卯月に、さらに追い討ちをかけるように奈緒が言った。

 

「ああ、多分な。第一回が放送される一週間くらい前にマイクとかの機材の相談されたし、渋谷の方は少し変えてるけど凛の声に似てるし、ていうか焦ってる時と笑い声はまんま凛の声だし、そもそも放送始まる少し前からモンハンハマってるし」

「あー、あと最近『山手線って実況動画見た?私気になってるんだけど………良かったら感想聞かせてくれない?』ってそわそわしながら聞いて来るしね」

「………り、凛ちゃん……。い、良いのかな、それ?」

「さぁ………?バレなきゃ良いんじゃん?」

 

 引き気味に呟く卯月の問いに、楽観的に加蓮が答えた。

 

「でも実際面白いよな」

「うん。上野さんにおんぶに抱っこ感がすごいよね。凛がダメダメなのって割と珍しいから」

「うー……ちょっと気になる」

「アカウントすぐに作れるから見てみれば?」

「………家帰ったらやってみます」

 

 卯月はそう返しながら、再び凛の方を見た。椅子に座って、相変わらず険しい顔で本を読んでいる。

 

「まぁ、前々から結構相談受けてるし、凛も隠す気ないなら声かけても平気じゃないか?」

「そうだね。行こうか」

 

 そういうわけで、三人は凛の方へ向かった。

 

「りーん、何読んでるんだー?」

 

 背後に奈緒が立って声を掛けた直後、凛はビクッと肩を震わせて本を勢い良く閉じた。それにビックリして奈緒も一緒にビクッとしていたが、それに構わず凛は恐る恐る後ろを振り向いて三人の姿を確認するなり、本を背中に隠した。

 

「っ、な、奈緒……?加蓮と卯月も……いつからそこに………?」

「え?いや、今だけど………」

「あ、そ、そっか………。どうしたの?」

「いや、それより凛ちゃん。何で本を隠したの?」

「あ、いや……」

 

 何故か焦ってる様子の凛に、加蓮は微笑みながらフォローするように言った。

 

「大丈夫だよ、凛。あれでしょ?攻略本でしょ?もう私達分かってるから」

「へっ………?あ、ああ。うん。そう、攻略本」

 

 キョトンとした顔の後に、ぎこちない笑みによる答え……間違いなく攻略本では無いと三人は悟った。さらに、隠さなきゃならないような本なら尚更だ。

 一瞬で三人はアイコンタクトを取ると、卯月が凛の隣に座った。

 

「凛ちゃん、それよりお友達とはどんな感じなの?」

「へ?あ、あー、水原くんのこと?」

「そう」

「あ、それあたしも聞きたい」

「それは良いけど、何で二人して私と腕を組むの?」

 

 さらに奈緒が卯月と反対側の凛の隣に座った。二人で凛の腕を組んで退路を塞ぐと、最後は加蓮の番。凛に近付き、凛に抱き着くように背中に手を回して本を奪った。

 

「っ!ち、ちょっと加蓮!」

「さてさて、何の本を読んでるのかなー」

 

 暴れる凛を二人が抑えてる間に、加蓮は本を開いた。出て来たのは意外や意外、料理の本だった。これには、加蓮も困惑した表情を浮かべた。

 

「………あれ、凛って料理とかするの?」

「そりゃ、それなりにはするよ!ていうか返してってば!2人とも離して!」

「ごめんなさい、凛ちゃん」

「うぐっ………!な、奈緒!離さないとそのポニーテール面白くなるまでモフるよ!」

「なんであたしには最初から脅しなんだよ!絶対に離さないからな!」

 

 ぐぬぬっ、と若干頬を染めてる凛の前に加蓮は立つと、本を見せて凛に聞いた。

 

「ねぇ、凛。これ、なんでこんなの読んでるの?」

「………………」

 

 聞かれて、凛はどう答えるか悩んだ。誤魔化しようはいくらでもある。だが、その誤魔化しのどれが有効なのか分からないし、多分誤魔化せば本当の事を言うまで両サイドの二人にくすぐられ続ける可能性すらある。

 そういえば、古畑○三郎のモノマネをする時に「嘘が下手な人は全て嘘では丸め込もうとするが、嘘が上手い奴は肝心な所だけ嘘をつき、なるべく本当のことを言う」と。

 そもそも、友達に弁当を作ってあげるくらい普通の事だ。向こうに事情があれば尚更だ。なら、隠さなくても良いと思い、諦めたように言った。

 

「お弁当を作ってあげるんだよ。水原くんに」

「「「お弁当⁉︎」」」

 

 三人が目を輝かせて大きく食い付いた。それを実に面倒臭そうに受け止めながら、凛は続けた。

 

「昨日、彼と遊んでたんだけど、お金使い過ぎてこれから給料日までの二週間、一食分だけお金が足りないって泣きそうになってたから、平日の学校ある日だけ作ってあげることになったの」

「………ふーん」

「凛ちゃん、優しいなぁ」

 

 嘘は言ってない、三人の反応を見て何となく上手く言えたなと凛が自画自賛してると、加蓮が別の所に興味を持った。

 

「へぇ、昨日遊んでたんだ?」

「うん。一昨日の夜から泊まりがけ………」

 

 口が滑った。三人の目の色が面白い事を聞いた色になった。

 

「「「泊まり⁉︎」」」

「…………何でもないっ」

「何でも無いわけないっ」

「そういえば加蓮、今日の仕事なんだっけ?」

「いやいや無理だって。何急に話逸らしてんの?」

「………………」

 

 全力で額に手を当てて後悔してる間にも、三人はユサユサと凛の体を揺さぶった。

 

「ねぇ、凛!どういうことなの?泊まりって」

「ま、まさかっ…お前ら友達ってセッ、セッ……!」

「奈緒ちゃん落ち着いて!」

 

 そこまで話してしまったものは仕方ない。どうせこの三人と鳴海が関わることになる可能性は低い、話してしまっても良いだろうと思って語り始めた。

 

「実はさ、結構私水原くんの家に泊まってるんだよね。ゲームやってたらついうっかり夜中まで、みたいなことあってさ。それで、気付いたら寝落ちしてて泊まってたり、みたいな」

「だ、大丈夫なのか?凛それ……寝てるうちに、その………悪戯とかされてたり………」

「? ないと思うけど………そんな子供みたいなことするような人じゃないし」

「いっ、いやっ………そういうっ、悪戯じゃなくて……。その……ぱ、パンツを脱がされ、たり………」

「…………加蓮、この子何言ってるの?」

「奈緒はムッツリなんだよ」

「は、はぁ⁉︎別にムッツリじゃねぇし!全然、興味ねぇし!」

「はいはい、奈緒ちゃんは黙っててねー」

 

 年下に黙らされる奈緒を無視して、凛は話を再開した。

 

「まぁ、水原くんは良くも悪くもチキンだからそういう事はしないから。ずっと泊まってたけど、むしろ床で寝落ちしたのに布団の中に運んでくれたりするからとても優しい人だよ」

「へぇー、良い人ですね!」

 

 まぁね、と凛は心の中で呟いた。実際、良い人だしよくよく考えたら泊まりの日は凛の分のご飯も出してくれるしで友達の出来ない理由が分からない。

 で、さらに気になるところを加蓮が聞いた。

 

「で、泊まりの後何してたの?」

「その後はー……服買いに行ってご飯食べてゲーセン行ったくらいだよ」

「またゲーム………。凛、そんなペースでお金使ってたら無くなっちゃうよ?」

「分かってる。ゲーセンに行くのは水原くんと一緒の時って決めてるから。水原くんにも同じようなこと言われたし」

「………ふーん、本当に良い人ね」

「いや本当に。水原くんしかもいじり甲斐もあるからさ」

 

 その言葉に、奈緒がピクッと反応した。

 

「反応良いし怒っても怖くないし何より少し可愛いしで面白いよ、あの子」

「へぇー、本当に奈緒じゃん」

「あと純情だからさ、少しくっ付くだけですぐ顔赤くするんだよね」

「確かにそれは可愛いね」

 

 と、三人が盛り上がってる中、奈緒は少しずつ頬を膨らませて言った。最近、加蓮はともかく凛からのいじりがさらに減って来ている。別に、いじられたいわけでは無いが何となく気に食わない。別に自分じゃなくても良かったのか、と思ってしまう程にはヤキモチを妬いていた。

 

「…………写真」

「えっ?」

 

 気が付けば、ボソリと口から言葉が漏れた。

 

「写真見せて!その水原とか言うヤツの!」

「良いけど………なんで?」

「良いだろ別に!」

 

 奈緒の勢いに負けて、凛はスマホの中の写真を探し始めた。昨日撮ったプリクラを見つけたのだが、そこで指が止まった。まるっきり恋人同士のプリクラである事に今更気が付いたからである。1枚くらいキスプリがあっても不自然じゃ無いくらいに。友達のつもりで撮っていたプリクラが異性と撮るとまるで別の関係に見えていた。

 流石にこの写真は見せられない。だが、プリクラ以外に写真はない。どうしたものか悩んでると一枚、試着室での写真を見つけた。

 

「………………」

 

 どうしたものか。どっちにするべきか。自分の羞恥心か彼の風評被害か。正直、彼の女装を見せたところで風評被害は三人までに収まる。プリクラを見せた方がデメリットはデカかった。

 でも、万が一にもバレて彼に嫌われたら………。いや、そうじゃなくても彼に隠し事は嫌だった。

 

「…………はい、これ」

 

 プリクラを見せた。直後、三人ともポカンとした表情になった。やがて、加蓮がボソッと呟いた。

 

「………え、付き合ってんの?」

「無いよ」

「…………いや、どう見てもバカップルでしょ」

「違うから………。ただの友達だから」

「いやいや凛ちゃん。これ、恋人にしか見えないよ」

「………そう言われるとは思ってたけど……。ていうか、今さっき見返してそう思ったけど」

 

 卯月にまで言われて、凛は小さくため息をついた。奈緒に至っては顔を真っ赤にして俯いていた。この純情さがまた、水原くんと似てるなぁ、なんて思いながら凛はなんか恥ずかしくなり、スマホをさっさとポケットにしまった。

 

「彼も私のこと友達としか思ってないみたいだし、恋人なんてあり得ないよ」

「ふーんそうなんだー」

「信じて無いでしょ、加蓮」

「加蓮ちゃんだけじゃないよ、私も信じてないよ」

「……………」

 

 まさかの卯月も全否定だった。

 

「本当だって……。大体、私と水原くんが付き合うなんてあり得ないでしょ」

「これ見る限りじゃ付き合ってない方がありえないけどね」

「というか、凛ちゃんは水原さんと恋人になるのは嫌なんですか?」

「私?」

 

 考えた事もなかった。鳴海と恋人になるなんて。確かに優しいし、言いたい事はハッキリ言ってくれるし、(ゲームとはいえ)頼り甲斐もあるし、炊事洗濯家事全般なんでも出来るし、いじり甲斐があるし、割と良い人だ。ていうか、割とどころか優良物件な気さえして来た。

 

「…………まぁ、無くは無いかもね。でもほら、今だって彼と友達同士だから楽しいって所もあるでしょ?」

「あー、まぁね。そういうのもわかるよ」

 

 加蓮が頷きながら賛同した。

 

「だから、彼と恋人になるのは無いと思うよ」

「…………ま、凛がそう言うならそうなのかもね」

 

 話が切れそうかな?と凛は思ったので話を逸らした。これ以上この話は何を突っ込まれるかわからないので回避したかった。

 

「それより、仕事まだなの?」

「ああ、そういえばそうだね」

「あと数分くらいじゃない?それより凛、今の映画ってどれ観たい?」

「ん?何やってんの?」

 

 と、卯月と加蓮と凛は映画雑誌を見始めた。未だにプリクラを見て照れてる奈緒を捨て置いて。

 

 



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どんな球技でも、まずはボールから目を離すな。

 月曜日。それは学校が始まる憂鬱な日でもあり、それと共にジャンプの発売日である。まぁ、今月はジャンプは立ち読みで済ませるしか無いが。

 金もないしそんな日の学校の始まりで正直、面倒でしか無いが、今日は楽しみが一つある。それは、渋谷さんのお弁当だ。俺が渋谷さんの家の前まで取りに行くことになっている。いや、まさか金欠からこんな展開になると思わなかった。

 有難いが、二度とこんなことがないように金銭管理はしっかりしないとな、と少し反省しながら準備を終えて玄関を出ると、渋谷さんがちょうど部屋の前に立っていた。

 

「あっ」

「っ」

 

 ………あれ、何で家の前にいんの?渋谷さんの家の前で待ち合わせじゃなかったっけ?

 そんな考えが表情に出てたのか、渋谷さんは困ったような感じでため息をつきながら言った。

 

「………その、家の前だとお母さん達がうるさくて」

 

 なるほど、把握。まぁ、俺と渋谷さんは友達同士だが、普通は異性のために弁当なんて作ったら勘違いされるもんな。

 

「………はい、これ」

「おお、ありがと」

「味は保証しないから」

「いやいや、渋谷さんの飯美味しいし」

 

 実際、美味いからな。昼が楽しみだ。

 

「ねぇ」

「? 何?」

「今日の昼休み、どこでご飯食べる?」

「教室」

「誰かと一緒?」

「…………察して」

「じゃあさ、屋上で一緒に食べない?」

「え、マジ?」

「うん。せっかくだし」

「いや、それは構わないけど………」

「よし、決まり。じゃあ行こうか」

 

 なんかヤケに楽しそうだな。何か良いことでもあったのか?いや、まぁ渋谷さんが機嫌良いと俺も不思議と機嫌良くなって来るから良いんだけどさ。

 

「渋谷さん、元気だね。何か良い事でもあった?」

「別に?」

「あ、無いんだ」

「いつも通りだけど?」

 

 いや、その割に声にハリがありますけど。ま、理由なんていっか。とりあえず、今日の昼飯が楽しみだ。

 気が付けば、二人揃って鼻歌を歌いながら歩いていた。

 

 ×××

 

 3時間目。体育でバスケの授業だ。うちのクラスは女子はバレー、男子はバスケで体育館を使っている。

 いつも通り、体育委員に従って準備体操をしていると、いつもとは違う光景が目に入った。一年生が体育館に入って来た。そういえば、2時間目の途中から雨降って来てたな。表で体育の予定だった子達だろうな。

 そのクラスの生徒達は二階に向かっていた。多分、卓球だろう。その様子をぼんやりと眺めてると、渋谷さんが混ざってるのが見えた。しかも、ガッツリ目が合った。

 

「……………」

「……………」

 

 微笑みながら手を振って来たので、俺も小さく会釈した。しかし、すごい偶然だな。たまたま同じ時間に雨が降って体育館で学年が違う友達と一緒になるなんて。

 ………なんか、渋谷さんと授業受けてるみたいで新鮮だな。そんな事を思ってる間に準備体操が終わった。

 続いて、バウンズパスのような素人でも出来るバスケテクニックを先生から教わっている。実際に生徒達がやってみる番になり、俺はたまたま余った奴と組んで無言でパスを放っていた。

 …………なんだ、この感じ。ついつい、渋谷さんを見てしまう。なんていうのかな、普段一緒に授業受けてない知り合いと同じ空間にいるからか、渋谷さんが気になる。

 その所為か、さっきから渋谷さんを何度もチラ見してしまっている。渋谷さんはそんなことはまるで無いようで、卓球を続けていた。

 

「………………」

 

 ………楽しそうだなー、渋谷さん。運動とか好きなのかな。今度、バッティングセンターとかに誘っても面白いかもしれない。もちろん、俺の金が復帰してからになるけどね。

 そんな事を考えてながらまたチラ見すると、ふとこっちを見た渋谷さんと目が合った。なんだ。渋谷さんも案外、俺と同じで知り合いがいる空間が気になってるのかも………そんなこと思ってる時だ。

 

「水原危ない!」

「はっ?………ブァッ⁉︎」

 

 顔面にバスケボールが直撃した。思わず後ろに倒れ、投げた生徒が慌てた様子で駆け寄って来た。

 

「大丈夫かよ………。パスしてんのにボーってしてるからだぞ」

 

 ………いや、にしてもバウンズパスで顔面に飛んで来るのはおかしくね………?

 

「だ、大丈夫………」

 

 一応、そう返事をしながら起き上がり、渋谷さんの方を見ると、必死で笑いを堪えていた。あの野郎、後で覚えとけよ………。

 

「保健室行くか?」

 

 おっと、これはラッキーですね。サボれるぞこれ。

 

「…………行く。でも、一人で平気だから」

「お、おう。そうか?じゃあ、先生に言っといてやるよ」

「どうも」

 

 よし、サボり確定。まぁ、怪しまれないように途中から戻って来るけどね。

 体育館を出て、顔に手を当てながら保健室に向かう。渡り廊下を歩いて校舎に入り、そのまま進んで保健室に入った。中に先生の姿はない。

 仕方ないので一人で部屋の中を散策した。いやでもどうしような。保健室に来たところで何か腫れてるわけでもないし。鼻に湿布とかつけた方が良いのかな。

 ま、少しのんびりするか。そう思って椅子に座って手を離した。手には真っ赤な液体が付いていた。………え、あれこれちょ……これ、鼻血?

 うわうわうわうわっ、やっべーじゃん!血塗れじゃん!鼻血塗れじゃん!ちょっ、ティッシュティッシュ!

 慌ててティッシュを手に取って千切って鼻に詰めた。が、鼻血は止まらない。鏡で見ると、一瞬でティッシュは赤く染まった。赤いティッシュを抜いてゴミ箱に捨てた。

 えーっと、どうしよう。どうすれば良いんだろう。こんな規模の鼻血は初めてなんですけど。一人で悩んでると、後ろから鼻を摘まれた。

 

「下を向いて」

「っ⁉︎」

 

 こ、この声………渋谷さん⁉︎

 

「渋谷さん⁉︎」

「いいから下向いて。そのまま動かないで」

 

 そ、そんな事言われたって………渋谷さんの手にも血ぃ付いてんじゃん………。

 ていうか、座ってる状態で立ってる女の人に後ろから鼻摘まれるって少し変に気恥ずかしくなって来るな………。そのまま3分くらい止まった後、渋谷さんは手を離した。続いて、ティッシュを千切って丸めると、俺の鼻に詰めた。

 

「これで良し……だと思う」

「あっ……ありがと………」

「別に良いよ」

 

 控えめにお礼を言うと、手をプラプラ振って背中を向けた。……か、カッケェ〜………。俺が女だったら惚れてる。

 

「あの………手、平気?血とか………」

「平気。洗えばすぐだから」

 

 背中を向けたのかと思ったら、保健室内の水道で手を洗っていた。

 

「すごいね、鼻血の止め方………」

「たまたま知ってただけだよ」

「俺、上を向くのと首の後ろを叩くのしか知らないから助かったよ」

「それ、両方とも嘘だからね」

「へっ………?」

 

 マジか。てか物知りだな渋谷さん。いや、それ以前に待った。何でここにいんの?授業中だろ。

 

「渋谷さん?なんでいんの?授業は?」

「トイレ行くって言って抜け出した」

 

 え、何それ。つまり、俺の事を心配してくれたってことか?渋谷さんってかなり良い人だな。弁当作ってくれるし神様かよ。

 

「っ………さっ、さっきの顔面キャッチがっ、面白くて………!ぷふっ………」

「……………」

 

 つまり、笑いに来たわけですね。お前ホントこの野郎………。

 

「人の事をジロジロ見てるからそうなるんだよ」

「っ………!」

 

 しかも、見てたことバレてるし………。なんか恥ずかしくて死にそうなんだけど………。顔を赤くして俯いてると、渋谷さんが未だに手を洗ってるのが目に入った。血を落とすのはそれなりに時間が掛かるのは知ってるけど、石鹸使えば一発だしかかり過ぎじゃね?

 そう思って、立ち上がって渋谷さんの手を取った。

 

「っ!ち、ちょっと………!」

「…………やっぱり」

 

 指に青タンが出来ていた。若干腫れ上がっている。卓球台にぶつけたのか、或いは他の生徒が振り上げたラケットにぶつけたのか……まぁ、何にせよ本当はこれを冷やしに来たんだろうな。おそらく、予定では俺を先に帰して一人で湿布を貼る予定だったんだろう。

 

「湿布探して来る」

「………なんで分かったの?」

「手を洗う時間が長かったから、もしかしたらって思っただけ。確信があったわけじゃないよ」

「…………あそう」

 

 小さい引き出しとかを片っ端から開けると、湿布を見つけた。これを指に貼れば良いのかな。

 

「指出して」

 

 言うと、隠そうとしてた割に素直に指を差し出した。湿布を切って、ちょうど良いサイズにすると渋谷さんの指に貼っ付けると、今度はテーピングを細く切って巻いた。

 

「これで良し」

「………手慣れてるね」

「昔から誰かが怪我したら俺が保健室に連れて行ってたから」

 

 面倒ごとは毎回、俺に回って来たし。いじられキャラで雑用をこなしていた俺に死角などない。さっきの鼻血?自分の応急処置は出来ないんです。

 

「よし、じゃあ体育館戻ろうか」

「そうだね」

 

 二人で体育館に戻った。

 

 ×××

 

 昼休み。屋上で渋谷さんにもらった弁当を持って座って待機していた。そういえば、高校入って初めてかもな、誰かと飯を食うの。ていうか、中学の給食以来か。………いや、まぁ気にしませんけどね別に。そんなこと思い出す暇があるなら、シュヴァ剣落ちるよう祈れや、俺。

 すると、ガチャッと扉の開く音が聞こえた。渋谷さんが現れた。

 

「ごめん、遅れた」

「いや、俺も今来たとこだよ」

 

 嘘である。着替え終わり次第、さっさと教室を出たから10分くらい待ってた。まぁ、女子は着替える時間長いし、俺と違って友達もいるだろうから長くなったんだろう。

 

「そう。じゃ、食べよっか」

 

 ………あれ、なんか渋谷さん妙にソワソワしてるな……。もしかして自分の作った弁当を目の前で食べられるからか?何それ可愛い。

 

「いただきます」

「召し上がれ」

 

 おお………美味そうだな。ウィンナーとかきんぴらごぼうとか少量ずつ盛られている。とりあえず、メインのウィンナーを一口食べてみた。おお、美味いわ普通に。

 ………渋谷さんがじっと見て来て食べ心地は悪いけど。

 

「美味いなこれ」

「っ、そ、そう………」

 

 一応、そう言うと渋谷さんは嬉しそうになる表情を何とか嚙み殺しながら相槌を返して、自分も弁当を食べた。ほんと可愛いなこの人。

 

「塩加減も焼き加減もちょうど良いわ」

「あ、ありがと」

 

 なんか褒めると照れて会話弾まねえな。別の話題を提供してみるか。

 

「さっきはマジでありがとね」

「いいって。あれくらい」

「いや、あの規模の鼻血は初めてだったからさ、マジで助かったよ」

「………いや、それならそもそもあんなアホな怪我をしないでよ。私が指怪我したの、顔面に被弾した水原くんを見て爆笑してたら後ろの子の振り上げたラケットが指に当たったからなんだから」

「…………申し訳ない」

 

 そうだったのか………。いや、それ因果応報な気もするけど。

 

「渋谷さんってさ、そういうとこ可愛いよね」

「………はっ?」

「なんていうのかな………。フラグ建築と回収が早いとこ。生放送でもそうじゃん」

「………うるさい。私、フラグとかそう言うの信じてないし」

 

 信じてない奴ほど、回収も建築も早いんだよなぁ。普段は割としっかりしてるのに。

 

「…………水原くんも早そうだよね」

「? 何が?」

「女の子にフラグ立てるの早そうだなって」

「いやいや、それはないから」

「そうなの?」

「いや本当に。いじられキャラってのはモテないからね」

「………ふーん。でも、気がきくし半端にイケメンだしモテそうな感じはするけど」

「モテたことなんてないよ」

 

 モテさせたことならあるけど。それも一切意図せずに。そうやって言うと少しカッコ良いわ。天性のキューピッドみたいだ。

 

「じゃあ彼女とかいたことないの?」

「ない。未だにファーストキスもしてないから」

「…………ふーん」

 

 ………なんだよ、自分で聞いといて興味なさそうだな。逆に渋谷さんとかはモテたんだろうなぁ?けっ、リア充が。

 

「渋谷さんはモテたでしょ」

「………まぁね。中学の時はそれなりに」

「………少しは否定しろよ」

「事実だもん。まぁ、私も付き合った事とかは無いけど」

「そうなん?意外」

 

 でもないか、割と断りそうだし。むしろ、渋谷さんは初恋もまだそうだよね。

 

「私、無愛想だから。付き合っても相手を不快にさせちゃうかなって思って」

「…………えっ、無愛想なの?」

「そうじゃん。結構、ツンツンしてるって言われるし」

「ごめん、全然わからん。あんなノリノリで生放送してるし、割と負けず嫌いだし、ライブ中だって楽しそうにしてるじゃん」

「それは……まぁ、そうだけど」

「俺から見える渋谷さんは、割と喜怒哀楽してるように見えるけどね」

「……………」

 

 …………ちょっと臭い事言ったかな。いや、でも俺の友達に自分を卑下するような事を言って欲しくなかった。

 でもなんか言ってから恥ずかしくなって来たような………。ちらっと渋谷さんを見ると、何故か渋谷さんが顔を赤くして俯いていた。で、俺をキッと睨むと、脇腹を突かれた。

 

「おふっ!な、何しやがんだお前⁉︎」

「るっさい。それより、つぎの生放送どうする?」

「………渋谷さんの好きなモンスターで良いよ。なるべく、銀レウスより強いので」

「よし、じゃあ………」

 

 なんて、結局いつものゲームトークで昼休みは終わった。

 

 



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友達の友達を友達だと思わない事が友達を失わないコツ。

 放課後。渋谷さんに一緒に帰るのを誘われ、俺は一人で校門の前で待機していた。もう6月の後半なだけあって暑い事には暑いが、去年と比べて涼しい方なのでまだ耐えられる。

 それに、グラブルをしていれば1日3回ずつしかないマグナ討伐でSSRの落ちない焦りから涼しくなって来るはずだ。けど何故だろう、イライラして体温が上がって来てる気しかしない。相変わらずシュヴァリエとセレストはケチだな。

 

「おい」

 

 何処かから声を掛けられた。渋谷さんの声では無い。この学校に俺に声をかけてくる奴が渋谷さん以外にいるか?いないね。つまり、俺に声をかけたわけではない。よって、グラブルを再開した。

 

「おい、おーい」

 

 なんだよ、しつこいな。本当に俺に声をかけてる?………あ、もしかして渋谷さん以外に俺と友達になってくれるって人かな。何それ嬉しい。

 ふと顔を上げてみると、別の高校の制服を着た女の子が立っていた。ていうか、神谷奈緒だった。

 

「………あっ、神谷奈緒さん」

「あ、あたしのこと知ってるのか?」

 

 そりゃ、普段渋谷さんからアイドルの友達の話を聞くときに毎回出て来るからな。たまに写真も見せてくれるし。

 …………あれ?でもそれだけだよね。

 

「………あれ、俺って神谷奈緒さんと面識ありましたっけ?」

「ないぞ」

 

 思わず質問すると、神谷奈緒さんは首を振った。じゃあ何の用だよ。完全に俺に声かけてたよな。

 

「お前、凛の友達の水原鳴海だろ?」

「そうですけど………」

 

 何で知ってるんだ?いや、名前くらい知っててもおかしく無い。渋谷さんから友達の話を俺が聞くことがあると言うことは、その逆もあり得るからな。

 …………だが、問題はここからだ。俺の顔を知ってると言うことは、俺の写真を見たと言うことだ。渋谷さんの持ってる写真は、この前出かけた時のプリクラと女装写真しかない。女装の写真もマズイが、それ以上にプリクラがマズイ。

 あのプリクラはどっからどう見てもバカップルそのものだ。346事務所が恋愛禁止なのか知らないが、禁止だとしたら渋谷さんが怒られるかもしれないし、カップルでないと理解してくれても、パンピーとあんな距離近く写真を撮ってるのだ。怒られるのは免れない。

 

「…………あの写真見たんですか?」

 

 渋谷さんが知らない間に俺の写真を撮っていた可能性に賭けるのと、どっちの写真を見たのかを知るつもりで聞いてみた。

 

「ああ、見たよ。お前ら仲良すぎ。バカップルかと思ったぞ」

 

 そっちかよ、よりにもよって。どうしよう、もし下手に向こうのプロデューサーさんとかの耳に入ったら最悪だ。

 

「………誰かに言ったりは?」

「してない。まぁ、加蓮と卯月が一緒に見てたくらいだ」

 

 よし、ならとりあえず本当のことを言っておくか。

 

「あの、俺と渋谷さんは別に付き合ってなんていないので………。それだけ、そのお二人に伝えてもらってもよろしいですか?」

「そんなこと分かってる。ていうかそんな話をしに来たんじゃ無い!」

「えっ、なんですか」

 

 そうだよ、そもそも何しに来たんだよこの人。ていうか何で俺が怒られたんだよ。

 若干、心の中で文句が湧き上がってると、神谷奈緒さんは俺をジト目で睨んで言った。

 

「お前、凛によくいじられてるみたいじゃないか」

 

 あの人は一体、どんな事を友達に話してくれやがってるのか。マジで女装の話はしてないんだろうな。俺だってしたくてしたわけじゃねぇぞあれ。

 

「いや、まぁそれはそうですけど………」

 

 てか、仮にそうだとしても何が言いたい。君に関係ないじゃん。まさか「そのポジションはあたしのだからな!調子に乗るなよ!」とでも言いに来たのか?

 

「そのポジションはあたしのだからな!調子に乗るなよ!」

 

 まさかの完コピである。テキトーに想像したのに口調まで揃えて来てまぁ。なんだこの人。

 

「ていうか、神谷奈緒さんは渋谷さんにいじられたいんですか?」

「なっ………⁉︎そ、そんなわけないだろ⁉︎それじゃ、まるっきりマゾじゃないか!」

「違うんだ。てっきり、そんな感じのこと言ってるのかと思ってました」

「ちっ、違う!い、いじりたいならいじられてやっても構わないがっ………!お、お前にじゃないぞ、凛にだぞ!」

 

 おい、どんなツンデレだ。それは告白か何かなの?

 しかし、なんというか………何?この人がいじられる理由はよく分かった。確かに、いじりたくなるというか、むしろいじられる星の下に生まれてるまである。

 

「だ、大体っ、お前にそんなこと言われたく無い!男の癖に歳下の女の子にいじられてる癖に!」

「は、はぁ。確かに自分でも情けないとは思いますが」

「お、おう………。も、もしかして気にしてたのか?わ、悪い……」

 

 え、なんか今度は突然謝られたぞ?この子、もしかして良い子なのか?いや、悪い子だとは思っていないが。

 

「あ、いや全然気にしてませんよ。それに、渋谷さんが楽しそうにしてるので、俺も別に良いかなって思ってますし」

 

 今までの奴は俺をいじる事によって別の目的を得ていたが、渋谷さんは違う。俺をいじる事を楽しんでいる。それなら別に構わない。元々、いじられやすいというのは俺が情けないのが原因だし。まぁ、俺も別にいじられたいわけではないが。

 すると、神谷奈緒さんは、今度は意外なものを見る目で見て来た。

 

「……………」

「な、なんですか」

「いや、何でも無い。凛は良い男を見つけたな、と思っただけだ」

「は?俺と渋谷さんは付き合ってませんけど?」

「そういう意味じゃない。………とも言い切れないが、まぁ良いか」

 

 なんなんだ一体。

 

「でも、凛の中のそのポジションを譲るつもりはないからな!」

 

 ほんと、なんなんだ一体。

 

「あたしはな、お前も凛が知り合う遥か前から凛のいじられキャラとして定着してるんだ!それを取られたくない!」

「やっぱいじられたいんじゃないですか」

「ちっ、違う!そういうんじゃないってば!」

 

 誰かー、通訳呼んでくれー。

 

「何言いたいのかイマイチ分かりかねますけど、それなら渋谷さんに直接言って下さいよ。俺関係ないじゃないですか」

「そっ、そんなのなんて言えば良いんだよ!」

 

 ふむ、確かに。言ったとしても「りっ、凛!あたしをもっといじられてやっても良いんだぞ⁉︎」と日本語が破綻させながらよう分からん事を言う未来しか見えない。

 

「じゃあ、神谷奈緒さんは俺に何をして欲しいんですか?」

「………おい、まずはその『神谷奈緒さん』って呼び方を何とかしてくれ。なんでフルネームなんだよ。奈緒で良い。それと、同い年だから敬語も良い」

「えっ………」

 

 敬語はともかく、女の子を下の名前で呼ぶのか………?少し照れるんだけど……。でも、本人の指示なら仕方ないか……。

 

「じ、じゃあっ………な、奈緒………」

「………何照れてるんだ?」

「いやっ、別に………」

…………なるほど、こういうとこか。凛がからかう理由は

「それで、何して欲しいんですか?」

 

 なんか小声で呟いてた気がしたが、さっさと話を切り上げたいので再度問い掛けると、奈緒は急に黙り込んで俯いた。言いにくいことなのか、或いは何も考えてないのか。どちらにせよ嫌な予感しかしないぜ。

 やがて、ようやく奈緒が口を開こうとした時だ。ドスッと後ろから俺の脇腹に指が10本差し込まれた。

 

「お待たせっ」

「っぴゃんっ⁉︎」

「うえっ⁉︎」

 

 思わず酒匂な声を上げて飛び上がってしまった。お陰で奈緒にも悲鳴が伝染した。後ろを見ると、渋谷さんが立っていた。

 

「しっ、渋谷さん!何するんだよいきなり!」

「ごめんね、日直だったから遅れた」

「遅れた方の理由は聞いてないからね⁉︎」

「それより、誰と話して………あれ?奈緒?」

「ねぇ、聞いてる?人の話聞いてる?」

 

 鮮やかに無視して俺の後ろの奈緒に目を向ける渋谷さん。

 

「何でここにいるの?」

「…………」

 

 聞かれるが、奈緒はむしろ俺を気に入らないものを見る目で見ていた。どんだけいじられたいんだよ、この人。

 

「奈緒?聞いてる?」

「っ、な、なんだ?凛」

「いや、なんでここにいるの?って」

「お、おう………。えっと、その、なんだ?」

 

 ………何だよ、この事態は想定してなかったのか?普通、一番に想定するところだろ。

 正直に話せよ、と一瞬だけ思ったが、今回のこれは正直に話せない内容ではある。ここは助け舟を出してやるべきだろうな。

 

「あー、渋谷さん。実は俺と奈緒は………」

「『奈緒』………?」

 

 少し前にゲーセンで知り合ったんだよ、と続けようとしたのに目からビームを撃ちそうな勢いで睨まれたので萎縮してしまった。待って、今なんで怒ったの?どういう事?

 チラッと奈緒を見ると、奈緒は俺の背中に隠れたまま涙目になっている。こいつ、何処までも勝手だなオイ。

 

「………奈緒と、何?」

「……………」

 

 ダメだ、俺も声が出せないや情けない。歳下の女の子に、歳上2人が揃ってビビりまくっていた。

 

「…………なんでも無いです」

「何?」

「………先程知り合っただけの仲です……。奈緒と呼べ、と言われたのでそう呼ばせていただいています……」

「ふーん………。まぁ、どうでも良いけど。それじゃ、帰ろうか。鳴海」

「ふえっ⁉︎いっ、いきなり何⁉︎」

「? 何が?ほら、行こうよ鳴海」

 

 な、何でいきなり名前呼び………。わ、分からない………。女の人って本当に………。

 

「じ、じゃあ、奈緒……。俺達もう行くから」

 

 とにかく、奈緒がここにいるともうダメだと思ったので切り離し作業に入ろうとした。

 

「え、あ、あたしも行くよ!」

 

 お前空気読めよ!何も分かってないのかお前は⁉︎

 渋谷さんは今日はオフらしいから、この後は渋谷さんの家でゲームだと思うんだけど………。

 そんなわけで、三人で帰宅し始めた。男1:女2、それも女の方はアイドルという誰もが羨ましがるシチュエーションなのに、全然嬉しく無い。だって会話が一切無いんだもん。渋谷さんは不機嫌で、奈緒は怯えている。まるで喧嘩中の二人の間に挟まれてる気分だ。

 

「き、今日はこの後どうする?」

 

 何とか会話をしようと話題を提示してみた。

 

「お金ないんでしょ?」

「無い」

「じゃ、私の部屋でゲームしよう」

「っ⁉︎りっ、凛の部屋に行くのか⁉︎」

「ああ、うん。俺、金無くて」

「これからしばらく電気代の節約のために私の部屋でゲームする事になったってだけ」

「だ、だけって………」

 

 ………あー、まぁ奈緒が顔を赤くするのも分かる。俺と渋谷さんは友達だけど、普通はあまり異性がお互いの部屋に入ったりするものじゃないからなぁ。

 

「あ、奈緒。モンハン持ってる?もしアレなら一緒にやろうぜ」

 

 我ながら良い事言った。ゲームはすべての諍いを解決できる。知り合い同士なら尚更な。

 

「良いね、奈緒も一緒にやろうよ」

 

 さっきまで不機嫌だった癖に、渋谷さんも突然ノリノリになった。まぁ、ゲームは大勢でやる方が楽しいしな。

 

「3○Sならあるけど、モンハンは………」

「じゃ、今から買いに行こうか」

「まぁ、それくらい良いけど………。あたしも一緒に行って良いのか?」

「良いよ。………良いよね?鳴海」

「う、うん………?」

 

 あの、名前呼び少し慣れないんだけど………。てか、何で今少し睨んだの。

 そんなわけで、近くの古本屋にきた。ここなら古本屋なのにゲームだろうと何だろうと何でも置いてある。奈緒が中古のモンハンを手にとってレジに並んでる間、二人きりになれたので渋谷さんに不機嫌の理由を聞こうと声を掛けた。

 

「ね、渋谷さん」

「……………」

 

 あれ、返事がない。なんでだ?ていうか、なんでむすっとしてんの?

 

「………渋谷さん?」

「……………」

「あの、怒ってる………?」

「……………」

 

 …………いや、怒ってるよなこれ、聞くまでもなかったわ。なんでだろ。俺、何かしたかな。内心、焦って原因を探ってると、若干ぷくっと膨らんだ顔のまま口を開いた。

 

「………私の方が、奈緒よりも友達歴長いよね」

 

 うおっ、いきなり何の話だ?ていうか友達歴って何?俺が知らないだけかその単語。おそらく、友達としての歴史の事だと思うが……。

 

「そ、そうだね。奈緒とは友達ですら無いし」

 

 さっき会ったばかりだからな。

 

「………それなのにさ、なんで私は苗字にさん付けなの。奈緒は下の名前で呼び捨てなのに」

「…………えっ?」

「………なんか、負けた気がする」

「えっ、あの……もしかして、突然俺のこと下の名前で呼び始めたのって………」

「…………」

「おふっ⁉︎」

 

 突然、脇腹を突かれたが、文句は出てこなかった。なんか、今の話を聞いた後だと、初めて渋谷さんが年下って感じがしたような気がした。てか、余りにも可愛すぎた。その後の脇腹への照れ隠しがまた余計に可愛い。

 その事がおかしくて可愛くて思わずニマニマしてると、顔を若干赤らめた渋谷さんが俺の肩を殴った。

 

「………その顔ムカつく」

「ムカつかれても良いや」

「〜〜〜ッ!」

「あっはっはっはっ、痛いから何発も殴るのやめて泣きそう」

「っ!っ!っ!」

「痛いってば。謝るから殴るのやめて」

 

 何でこんな肩パン上手いんだよ……。これ今日は腕上がらねーよ。

 まぁ、つまり渋谷さんの事も「凛」と下の名前で呼べということなんだろう。少し照れるけど、まぁ人の名前を呼ぶのは慣れだ。

 すると、奈緒がレジから戻って来たので、早速声をかけてみた。

 

「よし、じゃあ行こうか、凛」

「………うん、鳴海。照れてるのバレてるからね」

「……………」

 

 ………やっぱ呼ぶのも呼ばれるのも恥ずかしいです、はい。

 

 ×××

 

 この時、俺はまた同じ過ちを繰り返したことに気付いていなかった。

 

 



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山手線(1)

 金曜日の夜。加蓮はパソコンをカチカチと見ていた。山手線の二人の動画が始まるまで残り5分程。それまでの間、手を止めてぼんやりと画面を眺めていた。

 しばらく眺めてると、パッと画面が映った。バルファルクと山手線が競争してるコラ画像だ。先週の放送ではなかったはずだ。まぁ、凛にそんなスキルがあるとは思えないので、おそらく水原鳴海とやらがやったんだろうと容易に想像出来た。

 

 上野『あっ、あー。聞こえる?聞こえてます?みなさん』

 

 鳴海改め上野の声が聞こえて来た。予定の時間より、まだ4分早い。

 

 上野『すみませんね、もうあと4分あるので、それまで少々お待ちくださいませ』

 

 初めてここで画像を出したからわざわざ一言置いたのだろう、とすぐに加蓮は察した。

 しばらくそのまま待機してると、コンコンとノックの音が聞こえた。パジャマ姿の卯月と城ヶ崎美嘉が入って来た。

 

「あ、加蓮ちゃん。始まっちゃった?」

「ううん、まだだよ」

「何なの?面白いものって」

「良いから座って座って」

 

 美嘉にこれから何を見せるかは伝えていない。とにかく面白いことがあるから泊まりに来い、との事で誘ってある。二人は加蓮の隣に座ってパソコンの画面を見た。

 

「………え、何これ。どういうこと?」

 

 美嘉がキョトンとした顔で聞くが、二人とも説明を加えようとしない。加蓮はニコニコ微笑みながら言った。

 

「まぁまぁ、とにかく見ててよ」

「にしても、凛ちゃんの生放送かぁ。少し楽しみだけど、少し怖いね………」

「生放送?」

「あー、美嘉は気にしないで」

 

 そう言いながら、確かに加蓮にも不安はあった。毎回毎回延長している。と、いうのも、凛……渋谷が死にまくるからそうなるのだが。

 

「そういえば、結局奈緒ちゃんは来ないの?」

「うん、一応誘ったんだけどね………。なんかどうしても外せない予定があるとか何とか」

「そうですか………」

「ま、予定があるんじゃ仕方ないよ」

「あ、お菓子と飲み物用意しといたから食べて良いよ」

「あ、ありがとうございますっ」

 

 そんな話をしてると、放送が始まった。画面は変わっていないが、声が聞こえて来た。

 

 渋谷『えー、皆さんこんばんは。山手線渋谷駅です』

 上野『上野駅です』

 渋谷『今晩もね、上野さんが私の所に遊びに来たと言うことでしてね』

 

 んんっ?と美嘉は眉をひそめた。明らかに聞き覚えのある声だ。上野の方はともかく、渋谷の方はほぼほぼ間違いなかった。

 

「………え?凛ちゃん?」

「当たり!」

「何してんのあの子⁉︎」

「ゲーム実況ですよ?」

「ブハッ!」

 

 今度は吹き出した。さらにあり得ない言葉が卯月から何食わぬ顔で飛んで来て、笑いと驚きが混ざり合っていた。

 

「げ、ゲーム実況⁉︎凛ちゃんが⁉︎加蓮は知ってた⁉︎」

「うん」

「卯月も⁉︎」

「私は見るの初めてですよ?知ってはいましたが」

「まぁ、とりあえず見ようよ」

 

 加蓮に言われて、画面を見た。

 

 上野『そこでですね、渋谷さん。実は今晩、ゲストがございまして』

 

 その言葉に、加蓮と卯月は「んっ?」と声を漏らした。ゲストとは珍しい。まぁ、まだ5回目の生放送なのだが。

 

 渋谷『ほう!それは一体どちら様です?』

 

「プハッ!凛が『ほう!』って…………!」

「美嘉、抑えて」

 

 上野『池袋駅!入って来て下さい!』

 池袋『ぷっ、プァアアァア〜ン……間もなく渋谷、渋谷。お出口は』

 

 聞き覚えのある声に、今度は三人が噴き出した。

 

 上野『いやもう着いてるから。本当に間ぁ無いから』

 渋谷『プッはっはっはっはっはっ!』

 上野『いやいや笑ってないで続けて下さいよw』

 渋谷『っふふっ……こ、これはこれは池袋駅!初めましてどうも!』

 池袋『お、おうっ。うっ、上野駅にっ……突然、呼ばれてな……!』

 

 若干、照れた声で途切れ途切れにそう言う池袋の声は、どう聞いても奈緒の声だった。それに、加蓮も卯月も美嘉もお腹を抱えて笑い始めた。

 

「なっはっはっはっ!なっ、奈緒っ……!な、何してんの………!」

「奈緒ちゃん……っ!ふふっ、ぷふふっ………!何で池袋……!」

「いやいやいや!凛ちゃんの下手な演技もっ、ぷはっはひ………!」

 

 三人揃って悶えてる間にも放送は続いた。

 

 上野『と、いうわけでですね。今回はこの三人で、クエストの方を進めて行こうと思っていますので、皆さんどうぞよろしくお願い致します』

 渋谷『ちなみに、アレですか?池袋さんはこれからずっとれぎゅらーですか?』

 上野『いやいや、それは今日の活躍によっては採用してやっても構わないということで………』

 池袋『無理矢理連れて来ておいてなんで上からなんだよ!』

 渋谷『上野だけに?』

 池袋『プフッ』

 上野『いやそんなゴミみたいなダジャレいいから始めましょうよwww』

 渋谷『〜〜〜っ!(爆笑中)』

 池袋『〜〜〜ッ!(伝染)』

 上野『いつまで笑ってんねんお前ら………!話進まねえからはよしろやッ………!』

 

 と、まぁ三人の笑いが重なること10秒、ようやく笑いの引いた渋谷が電源を入れた。

 基本的に、画面は渋谷の画面が映り、上野と池袋はその画面の後ろをチョロチョロと動く、という事になる。つまり、渋谷が落ちると誰も画面に映らないということになってしまうのだ。それでも何度も落ちてるのが渋谷なのだが。

 

 渋谷『では……今回の討伐目標を発表しましょう』

 池袋『まぁ、今回はね。あたしが初めてということですのでね』

 渋谷『バルファルクのG級を、狩ろうと思っています』

 上野『前回とあまりレベル落ちてないんだけどwww』

 渋谷『それで池袋さんはモンハン歴はどれくらいで?』

 池袋『5日』

 渋谷『いwつwかwww』

 上野『安心してください、渋谷さん。俺がこの5日間、ほとんど毎日鍛えていたので、まぁ少しは役に立つと思いますよ』

 

 まぁ、実際はほとんど毎日三人でプレイしていたのだが。

 放送の様子を笑い終えた美嘉はぼんやり見ながら、キョトンとした様子で加蓮に聞いた。

 

「この上野って人は誰なの?」

「その人は凛の友達。水原鳴海って言うんだって」

「………ふぅーん?後で詳しく」

 

 凛への加害者が一人増えた瞬間だった。

 生放送は続き、ようやく集会所に全員が集まった。

 

 渋谷『実はですね、わたくし前回の敗戦を機に、とうとう私の天職というものを発見しました。その名も、太刀です』

 上野『それ職じゃなくて武器でしょ』

 渋谷『いやほんとに。太刀にしてからもうバルファルクなんてランポスと変わらないから』

 上野『いや変わるでしょ間違いなくwww』

 渋谷『いやほんとに。ていうか、上野さんも武器変わってません?』

 上野『ああ、俺も変えたよ。双剣に』

 渋谷『池袋さんは何使うんですか?』

 池袋『あたし?あたしはハンマーだけど』

 渋谷『誰も盾も遠距離も持ってないんですけどwww』

 上野『じゃあ、とりあえずバルファルク行きましょうか』

 

 三人で遺群嶺に向かう様子を、加蓮と卯月と美嘉は爆笑しながら眺めた。

 

 ×××

 

 1時間が経過した。バルファルクの突きが渋谷を貫通し、力尽きた。これによってクエスト失敗5回目である。

 

 渋谷『ちょっ、待ってよ!それは無理でしょ』

 上野『頼むから学習してくれwその突きエリアルで跳ぶのは無理だからwww』

 池袋『何してんのほんとにさぁwww』

 渋谷『いや池袋に笑われたくないんだけど。空中からの急降下全然避けれてないし』

 池袋『いやいや!あたしはまだ始めて5日だから!』

 上野『俺から言わせりゃどっちもどっちなんだけどな………(小声)』

 池袋『…………』

 渋谷『…………』

 上野『痛い痛い!無言で叩かないで!』

 渋谷『とにかく、もう一回行くから』

 

 リスナーによって草まみれになっている画面を見ながら、美嘉はボソッと呟いた。

 

「なんか、あれだね。上野って人良い人だね」

「? そうなの?」

「私達は会ったことないので分かりませんけど……そうなんですか?」

「いや、何となくそう思っただけ。このゲームの難易度がどれくらいなのかわからないけど、凛ちゃんと奈緒ちゃんが下手なのはよく分かる。その二人に文句一つ言わずにここまで付き合ってあげてるんだから偉いなーって」

「そりゃまぁ、生放送だからね」

「あーでも確かに。そう言われるとそうかもしれませんね」

「あとちょくちょく後ろに映ってるのしか見えないけど上手いよね。たまにモンスターに乗ったりしてるし、攻撃ほとんど受けてないし、自分がHP全快なのに二人のHP減ったら全体回復アイテムみたいなの使ってるし」

「それは普段、凛から聞いてるよ」

「ていうか、他2人がそんなに上手くないからなんじゃ………」

 

 そんな話をしてる間にリトライし始めた。渋谷はキャンプに飛ばされ、移動し始めた。

 

「でも、確かに上野と知り合ってから凛って少し明るくなったよね」

「あー確かにそうですね。事務所に来る時はたまに目の下にクマがクッキリと出てますけど」

「でしょ?これはラブコメの波動を感じるよね」

「うん。てか、もう話すわ。凛と上野……ていうか水原さんで良いや。水原さんってさ、ほとんど付き合ってるんだよね」

「………へっ?どういうこと?」

「んー、なんていうか……友達だって言い張る割りに距離感がおかしくてさ」

「確かにそうですね………。凛ちゃんと水原さん、すごい仲良いですもんね」

「そうなの?……いや、でも男女間の仲良いって言っても……」

「泊まりまでしてるからね」

「………はっ?と、泊まり……?」

「しかもゲームやっててそのまま寝落ちっていう泊まりの仕方」

「あとあれですね。プリクラとか撮ってますね」

「それくらい普通じゃないの?」

「異性で肩を組んだり頬をくっ付けたりしてても?」

「…………付き合ってないの?それ」

 

 美嘉の確認に、卯月と加蓮は自信なさげに頷いた。

 

「じゃあ、奈緒ちゃんは?」

「それは知らない」

「はい。何で二人の間に入ってるのかすらイマイチ分かってませんから」

「分かってないんだ………」

 

 そんな話をしてると目の前でバルファルクがダウンした。そこに渋谷が大タル爆弾を置き、それに気付かなかった池袋がハンマーで爆弾をぶん殴って二人揃って爆破して力尽きた。

 

「……ぷふっ」

「何してんのあの二人本当に………!」

 

 二人でキャンプに戻され、アイルーの荷車に運ばれてその辺に転がされた。

 

 池袋『痛い痛い!ぺちぺち叩くな!』

 渋谷『ちょっとさ、お願いだから池袋周り見てくれない?』

 池袋『こんな序盤から爆弾使うなよ!』

 渋谷『いや、そうじゃなくても味方をハンマーでぶん殴り過ぎだから』

 

 笑いながら二人がそんなやりとりをしてる時だ。画面に【上野が力尽きました】の文字が出た。

 それによって、もはや声にも出ない笑い声をあげる二人と加蓮達三人。

 

 渋谷『っ………っ……なっ、何してんの上野しゃん……!』

 上野『二人がアホ過ぎて笑ってボタン動かせないんだよ!』

 

 報酬が0になり、また最初からである。そんな段々とアホ一色になって来た生放送を見ながら、美嘉はボソッと呟いた。

 

「………あたしもやってみようかな」

「「っ⁉︎」」

 

 その言葉に、卯月と加蓮が大きく反応した。

 

「な、何言ってんの⁉︎やめなよ美嘉!」

「そ、そうです!二人はたまたま人が集まったからかもしれませんが、普通生放送ってこんな簡単に人来ないらしいですから!」

「いやいや、生放送じゃなくて。モンハンを」

「え、み、美嘉がゲーム………?」

「うん。面白そうじゃない?」

「面白いんだろうけど………」

「良いですね!実は私もやりたかったんです!美嘉ちゃん、一緒にやりませんか⁉︎」

「卯月⁉︎」

「良いね、じゃあ早速明日にでも買いに行こうか」

「はい!」

「っ、わ、私も買うからね!」

 

 ゲーマーが三人増えた瞬間だった。

 

 ×××

 

 さらに一時間半が経過した。バルファルクに上野が乗ってダウンを取った。倒れてる所に、乱舞でフルボッコにした。

 渋谷も鬼神斬り、池袋もハンマーをぶん回しながら回転し始めた。ダウンが終わり、立ち上がったバルファルクは翼を360°に振り回したが、それをも上野は回避すると乱舞を繰り返す。狂走薬グレートによってスタミナが減らないため、鬼神化は途切れなかった。

 しばらく攻撃を回避したまま至近距離で斬り続けていると、ようやくバルファルクが足を引きずり始めた。

 

 渋谷『来た!イケる!』

 池袋『どうする?捕獲する?』

 上野『いや罠効かないから。このまま殺しましょう』

 

 さらに上野はちょうど良いところに段差があったため、そこから飛び降りて狩技を使って尻尾を切断し、怯んだところを渋谷と池袋がまた叩き始めた。

 

 上野『どうぞ、あと少しで死ぬと思うんでやっちゃってください』

 渋谷『よっしゃ!オラァッ‼︎』

 池袋『ボッコボコにしてやる!』

 上野『倍返しだァアアアアッ‼︎って?』

 

 そんなトークをしながらバルファルクを叩いてると、池袋のハンマーが後ろから渋谷を思いっきり殴り上げた。

 

 池袋『あ、ごめん』

 渋谷『あんたほんと良い加減にしてくんない?本当に』

 池袋『な、なんだよ!わざとじゃないんだから仕方ないだろ!』

 上野『いやいいから戦って下さいよw』

 

 バルファルクがまた立ち上がって足を引きずり始めた。それを見るなり、上野は閃光玉を投げた。

 

 上野『とりあえず押さえときますね』

 池袋『よしきた!今だー!やれー、やれー!』

 渋谷『次、誤打したらほんとに叩くから』

 池袋『あっ』

 渋谷『………』

 池袋『叩くなって!脇腹を突くのもやめろ!』

 上野『もう俺がやっちゃいますよ?』

 池袋『それはダメ待って!』

 

 大慌てで池袋はハンマーを振り被った。直後、混乱してるバルファルクの尻尾が直撃した。池袋は力尽きた。

 

 池袋『あー!待て待て待てお前ら殺すなよほんとに………!』

 渋谷『桜華鬼神斬‼︎』

 上野『おほー、上手い』

 

 目的を達成しました、の文字が画面に出た。それに「おお!」と加蓮、卯月、美嘉の三人は声を漏らした。

 

「やっと終わった………」

「すごかったですね………。奈緒ちゃんと凛ちゃんの足の引っ張り合いがもう………」

「これ、過去の奴もあんの?」

「あるよ。長過ぎるから分割して置いてある」

「………見よう。でも、私としては上野のプレイをもう少し見たいかも」

「上野は3○Sしか持ってないらしいから、仕方ないね」

 

 そんな話をしながら、加蓮は「888888」とだけコメント入れてパソコンを閉じた。

 

 



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夏休みではしゃぎたければ、とりあえず水のある所に行け。
定期試験と模擬試験は全く別物。


 7月、それは期末考査のある時期だ。夏休み前最後の関門であり、従ってどんな学生達でも必ずと言って良い程に忙しくなる。

 それは、俺達「山手線」の二人も例外ではない。あ、池袋さんはゲストなんで月一で参加すれば良い方という事に決まりました。

 そんなわけで、図書館で二人で勉強していた。だが、俺は勉強が苦手だ。出来ないわけではなく、集中力が保たない。だから、こうして勉強しててもすぐに暇に感じてしまう。

 だるーんと机に伏せて、ちらっと凛の顔を見上げた。アイドルをやってて忙しくて勉強の時間が取れないからか、こういう時に真面目に勉強しているその表情は、名前の通り凛としていてとても綺麗だ。この人を見るたびに、俺は今、とても幸せなんだなと思うわ。

 だって、アイドルやってるこんな可愛いJKとほぼ毎日一緒にいるんだぜ?これはもう俺の人生の中で間違いなく快挙だわ。

 そんな事を思いながらボーッと凛の顔を見てると、ジッと見られてることに気付いたのか俺を見下ろした。

 

「…………何?」

「いや、この時期のアイドルは忙しそうだなーって」

「そう思うなら邪魔しないでくれない?」

「見てるだけじゃん」

「それが鬱陶しいの」

 

 そう言われたらやめるしかない。

 

「大体、勉強しないの?」

「んー、俺は勉強出来るから」

 

 刑事になるために日々、勉強してるからな。定期テスト前だからと言って特別、勉強する必要はない。

 しかし、こう言うこと言うと凛は怒るかな。再び凛を見上げると、少し照れ臭そうな顔でボソッと呟くように聞いてきた。

 

「………じゃあ、さ」

「? 何?」

「教えてよ」

「何を?」

「勉強」

「え?良いけど………分からないの?」

「そういうわけじゃない。分からないところがあったらって事」

 

 ああ、そういう。しかし、凛からそういうことをお願いしてくるとは少し意外だな。負けず嫌いだし、特に俺なんかの力は借りたがらないと思ってた。

 

「全然良いよ。いつでも言いたまえ」

「………言い方ムカつく」

「いっ……⁉︎す、脛を蹴るな!」

「図書館だから。静かにして」

「うがっ………!」

 

 こ、この野郎………!いや、口では凛には敵わない。やめよう。

 席を立って本を探しに行くことにした。今更だけど、勉強する気無さ過ぎるわ。

 しかし、学校の勉強はやる気が出ないが、別の勉強には常にやる気満々だ。本棚から手に取ったのはかの有名なシャーロックホームズだ。ちなみに、読むのは初めてです。凛の前の席に戻って来て読み始めた。

 

「……………」

 

 ダメだ、飽きたな。大体、こんな短い時間でこんなの読み切れるかっての。本を閉じて、生物図鑑でも眺めようと思って立ち上がろうとすると、俺の手首を向かいの凛が掴んだ。

 氷点下まで下がったような錯覚に陥るほど冷たい視線を俺に向けると、静かな口調で言った。

 

「………鬱陶しいからジッとしてて」

「…………すみませんでした」

 

 ………なんか、大学受験で勉強中の姉に怒られた気分だ。俺の方が年上なのに。

 仕方ないので、一人で俺はその場でジッと待機することにした。しばらくグラブルをやったり勉強したりグラブルやったり勉強したりと、相変わらずの集中力の無さを披露してると「ねぇ」と向かいから声がかかった。

 

「な、何?」

 

 もしかして、また鬱陶しかったかな。少しビビりながら返事をすると、渋谷さんは俺に教科書を向けてきた。

 

「………ここなんだけど」

 

 ……ああ、わからないとこか。良いだろう、教えてやろう。教科書を受け取り、渋谷さんの指差したところに目を向けた。

 

「ああ、不定詞か」

「うん………。イマイチよく分からなくて………」

「おk。英語なら何とか教えられる」

「………他は?」

「数学物理化学生物なら何とか」

「一年生は物理と生物しかないよ」

「あ、そっか。まぁ、とにかく英語ね」

 

 2年に上がってから、化学が入ってきて生物か物理の選択で物理を捨てた。

 まずは不定詞の三つの用法について教える事にした。名詞、形容詞、副詞の順番で教える。要はこれ、動詞でもtoをつければ別の品詞になるって事だ。

 それを教え終えると、凛は小さく「ありがと」と言って勉強に戻った。………おっ、今ちょっと年上っぽい事出来たんじゃないの?

 

「ほ、他に分かんない所は?」

「? 特に無いけど」

「そ、そっか………」

 

 ま、まぁ、凛は勉強出来そうだし、そんな簡単に分かんない所なんてないよね………。

 

「わ、わかんないとこアレばいつでも言えよ?」

「………分かったから黙ってて」

「………ごめんなさい」

 

 だよね、集中したいだろうし。俺は仕方なく黙るしかなかった。

 

 ×××

 

 今日の勉強が終わり、凛と二人で帰り始めた。凛にとってはそれなりにタメになるというか、充実して勉強出来たんじゃないだろうか。俺は全然勉強しなかったが。

 大体、学校の試験勉強なんて教科書を読み込めば大抵のものはクリア出来るんだ、真面目にやる必要がない。英語(R)なんてリード問題集とかいう教科書のまとめ問題から出るって分かっちゃってるからね。

 うちの学校は別にメチャクチャ頭の良い学校でもその逆でもない。従って、学力をつけると共に自主勉強をさせるのが学校の仕事であり、それさえしてくれればテストなど勉強すれば解ける簡単な問題でも何でも良いのだろう。

 それはそれで生徒としても助かる。普段から少しずつ勉強してる俺にとっては尚更だ。まぁ、友達いないから、10分の休み時間に少し復習してるってだけなんですけどね。学んでからすぐに復習すると頭にすんなり入るわ、不思議。

 

「ナル」

「? 何?」

 

 ナル、というのは俺のあだ名だ。過去にあだ名なんて付けられたことないので……いや、あるにはあるけど「カモ」「マゾ」「チビ」とかだったので普通に嬉しい。

 

「今さ、ナルが金欠で私がお弁当作ってるでしょ?」

「あ、ああ。本当助かってます」

「その事、お母さんに話したら、晩御飯ご馳走するって言うんだけど………」

「はっ?」

 

 ま、マジ………?

 

「え、いやそんな悪いって……」

「お母さん、かなりナルの事を気に入ってるみたいだし、遠慮しないでよ」

「いや、する。むしろ遠慮しかしない」

 

 毎日、飯を作ってるから分かる。大変でしょ、俺なんかが行ったら。それに、君の家にはワンコが………?

 

「ハナコは大丈夫だから。来ない?」

「………迷惑じゃない?」

「迷惑じゃないよ。むしろ、こっちからお願いしてるんだから」

 

 ………どうしようかな。まぁ、正直助かるし……。行っても良いのかな。

 

「………あ、じゃあいただきます」

「よし、行こうか」

 

 いつも生放送前の夜遅い時間にお邪魔してたし、迷惑かどうかなんて今更な気もするし。

 渋谷家まで歩き始めた。………あれ?ていうか、渋谷さんのお宅でご飯をいただくのは初めてじゃない?凛のお母さんの作る飯だし、たぶん美味いんだろうなぁ。だって凛の飯がまず美味いし。

 

「あ、ナル」

「? 何?」

 

 やっべ、また表情から読まれたか?いや、別に悪い事考えるわけじゃないけど。ていうか表情を読むって何?今更だけど凛って俺について詳し過ぎない?博士?

 

「食べられないものとかある?今のうちにお母さんに連絡しておかないと」

「あ、ああ。えっと……マヨネーズとケチャップ」

「………それ、どうやってサラダとか食べてるの?」

「基本的に何もかけないけど」

「うさぎみたいな人だね………。好みも中身も」

 

 おい、中身ってどういう意味だ。草食系男子って言いたいわけ?

 

「分かった。お母さんに連絡しておくね」

「うん、サンキュー」

 

 そういえば、今まで凛の嫌いな食べ物とか一切聞かずに飯とか作ってたけど大丈夫かな。凛って好き嫌いありそうだしなー。ほら、現にトラプリとかニュージェネの中で一番胸小さいし。それも目視で分かるほど。

 そういうのって普段食べてるものが影響するんだろうなぁ、俺も小学生の時は好き嫌い多かったし。そんな事を考えながら、心の中で凛に失礼な同情をしていると、耳をグイッと引っ張られた。

 

「いだだだ⁉︎なっ、何すんだよ⁉︎」

「今、失礼な事考えてたでしょ?」

「っ⁉︎」

 

 え、エスパー⁉︎いや落ち着け。顔に出すな。この人は俺の表情を読むプロと言っても過言ではないお方だ。今だってカマをかけてるに過ぎない。

 

「か、考えてないよ!次の生放送の討伐は誰にしようか考えてただけだよ!」

「……………」

 

 どうだ………?ていうか、まず耳から手を離せ。若干、爪伸びてて耳たぶに刺さってる。

 すると、凛は小さくため息をつくと、耳から手を離した。よし、バレなかったみたいだ。俺もホッと息をつくと、隣の凛から声が聞こえた。

 

「………正直に謝れば許してあげようと思ってたけど、嘘つきは許せないかな」

「げっ⁉︎」

「はい、嘘確定」

「………あっ」

「私を誤魔化したいなら、もう少し表情とかに気をつける事だ、ね」

「へぶっ⁉︎」

 

 首の後ろに腕を回され、脇の下と右腕と体で首を締め上げられた。苦しい以上に胸が顔面に直撃してすごい。そして、さらにそれ以上に周りの目線が痛い。

 

「言いなさい、何を考えてた?」

「いだだだだ!ひっ、ふぃん!」

「ふぃんって誰?白状するまではなさないから」

「ふぉっ、ふぉうふぁなくふぇ!ふぁふぁりふぁふぁり!」

「何言ってるか分からないよ」

 

 こっ、このやろっ……!いや、腹を立てる前にこんな街中で不純異性交遊っぽい事はマズい。何とかして気付かせないと………ていうか何でそんな怒ってんの?

 とりあえず、腕の隙間から口を何とか脱出させてから叫んだ。

 

「言う言う言う言う!言うから周り見ろ周り!」

「はっ?………あっ」

 

 今更、自分の(無い)胸に男の顔面を押し当ててる現状に気付いたのか、周りの目線を感じ取ってようやく手を離した。頬を赤らめたまま、自分の胸を抱きつつキッと俺を睨んだ。それが怖くて、目を逸らしてしまった。相変わらず、歳上の男の行為ではない。

 気まずい空気がしばらく支配しそうだと思ったが、凛はすぐに口を開いた。

 

「………帰ろう」

「お、おう……」

 

 どうすんだよこの空気………。これから、凛の前では下手な事を考えるのやめよう。

 

 ×××

 

 渋谷家に到着し、ハナコに噛まれ、左足首に包帯を巻いて、晩飯の時間になった。

 凛のお袋が作った飯を食卓に並べ、手を合わせた。

 

「ほんとすみません、俺の分まで」

「いいのよ。いつも凛がお世話になってるみたいだし」

「いえ、お風呂貸したり晩飯作ったり布団貸したりしてるだけですから」

「それ、随分とお世話になってるわね」

「そうですね、俺お世話してました」

 

 すると、凛の母親はクスッと微笑んだ。ふむ、歳上の人にはこういうのがウケるのか。

 

「凛ってばね?あなたの家に泊まってから帰ってきた時、毎回楽しそうにあなたの話をするのよ?」

「ちょっ、お母さ」

「俺の話、ですか?」

 

 あんまり、聞きたくねーな。いじられまくってる俺の話なんて。どんな話をされてるのか聞くのも怖いわ。でも、親としては付き合ってもいない男と娘の関係は知りたがっているだろうし、ここは話を広げるべきだろう。

 

「どんな事を?」

「ん?ゲームの話とか、あなたの作ったご飯の事とか」

 

 ああ、それくらいなら………。料理に関しては美味い美味い言ってくれてるしゲームも俺助けてあげてるし文句言われるようなことはないはずだ。

 凛もホッとしてるようで「それくらいなら」と呟いていた。

 

「それに、寝てる間に布団に入れてくれるとか、下着がチラッと見えたら目を逸らしてくれるとか、どうしてもモンスター倒せなくて八つ当たりしても全然怒らないとか………」

「わーわーわー!ち、ちょっとお母さん!そういうの言わなくて良いから!」

 

 おい待て。がっつり見えたときはハッキリ言ってたけど、チラ見の件まで気付かれてたのか。ヤバい……なんか恥ずかしくなってきた。

 

「まぁ、私もホッとしてるのよ。凛が日付変わっても帰らなかった時は心配だったんだから。水原くんが電話してくれてホッとしたわ」

 

 あの時は殺されるの覚悟してた。寝てる凛の指紋認証を勝手に使ってスマホのロック解除して連絡したからな。でも、親御さんに連絡なしで泊まりは心配するだろうし、仕方ないっちゃ仕方ないよね。

 

「心配してると思ったんで。まぁ、泊まらせるって言った時は何言われるかドギマギしてたんですけどね」

「そうよねぇ。凛?これからは本当にこういうことないようにね?」

「………わかってるよ」

 

 凛は少し不機嫌そうに且つ、恥ずかしそうにご飯を食べ続けていた。こういった凛の反応は珍しくて、俺がついニヤニヤしてると隣から脇腹を突かれた。

 凛の母さんはそんな俺達の様子を見て、楽しそうに話を逸らした。

 

「あ、そういえば水原くん」

「? 何ですか?」

「ずっと気になってたんだけど、二人はいつから付き合ってるの?」

「「ぶふっ⁉︎」」

 

 二人揃って思わず口の中のものを吹き出しそうになった。

 

「あら、息もピッタリ」

「じゃないよ!何言ってんのお母さん⁉︎」

 

 ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる凛。

 

「付き合ってないから!別に!」

「あら、そうなの?泊まりまでしてるのに?」

「そ、それは友達同士だから………」

「いや、友達同士でも異性同士なら普通は泊まりはダメだからね?言っておくけど、水原くんじゃなかったら許してなかったから」

「うぐっ………」

 

 おおう……どこまで俺信頼されてんだ。嬉しいけど、俺は家族単位で男と見られていないようだ。

 すると、今度は質問を変えてきた。

 

「じゃあ二人はいつ付き合うの?」

「「ぶふっ⁉︎」」

 

 また二人揃って吹き出してしまった。今度は俺が立ち上がって質問した。

 

「い、いやいや!何で付き合う予定みたいになってるんですか⁉︎」

「あら、付き合わないの?」

「大体、お互い別に好きってわけじゃないですし。いや、そりゃ好きですけど友達として、ですから!」

「ふーん?」

 

 凛のお母さんは意味深にそう呟くと、隣の凛を見た。凛はなんか複雑な表情を浮かべていた。え、何その顔。お前も反論しろよ。

 そんな事を話してる間に食べ終えてしまった。いやー、美味かった。たまには他人の作った飯を食うのも悪くない。

 さて、そろそろお暇しよう。食器を重ねて手を合わせた。

 

「ごちそうさまでした。食器は流しで良いですか?」

「へっ?ああ、良いのよ。やるわ」

「いや、ご馳走になりましたから、これくらいさせてください」

「そう?じゃあ、流しで良いわ」

 

 言われて、食器を流しに戻した。さて、じゃあ帰るか。そう思って鞄を背負った。

 そんな俺を見て、キョトンとした顔で凛の母さんは聞いてきた。

 

「あら、泊まっていかないの?」

「………はっ?」

 

 俺にもキョトンが伝染した。

 

「いえいえ、流石にそこまでは………。着替えもありませんし」

「ジャージで良ければ凛の貸すわよ?」

「えっ⁉︎ちょっ、お母さ」

「身長も同じくらいでしょ?」

 

 ぐっ………そこまで言われたら流石に断りづらい。別に泊まりたくないわけじゃないからな。

 

「………では、お世話になります」

「嘘っ………⁉︎」

「はい。じゃあ凛の部屋で待っててね。今、ジャージ出してくるから」

「あ、は、はい」

 

 言われて、俺は凛の部屋に向かった。もうこの部屋に入るのも慣れたなーなんて思いながら、部屋の扉を開けるとハナコが待っていた。

 

 ×××

 

 お風呂と包帯をいただいた後、部屋で凛と俺はちゃぶ台に向かっていた。凛は今も勉強していて、俺はその左隣で現代文の教科書を読んでいる。分からない所があったら教えられると思って隣に座っている。

 もちろん、服装は凛はパジャマで俺は凛のジャージ。サイズがぴったりなのが少し情けないですね………。

 しかし、何だろう。凛がなんかよそよそしいような気がする。俺、なんかしたっけかな。図書館の時と違って全然集中出来ていない。

 

「………あの、凛?」

「っ、な、何っ?」

「なんか怒ってる?」

「別に、怒ってない」

「………?」

 

 ふむ、今回のは本当に怒ってるわけではないようだ。となると、この余所余所しさは一体………?

 

「………あ、トイレ行きたいとか?」

 

 思わず思った事をそのまま口に出すと、眉間にシャーペンが飛んできた。お前あと少し逸れたら目に入ってたぞオイ………。仕方ないので、俺は黙ってる事にした。

 凛は黙々と勉強し、俺は教科書を読み終え、ただボンヤリとしていた。すると、小さな欠伸が俺の口から漏れた。時刻はとっくに日付が変わり、1時を差していた。眠くなって来たな………。

 今日は午前中、凛は仕事で午後から二人で勉強していたわけだが、その午前中の間に俺はアパートの草むしりを朝からしてたからな……。今月の家賃少しだけ負けてくれるって言うから。疲れと眠気が同時に…………。

 

「んっ………」

「っ?な、ナル………?」

 

 気が付けば、俺の身体は右に倒れ、意識は深淵の奥底に沈んでいった。かっこよく言ったけど、要は寝落ちしました。

 

 ×××

 

「んっ………」

 

 夜中、なんか寝苦しくて目を覚ますと、目の前にちゃぶ台が出してあった。そして、頭がなんか重かった。

 え、何これ。つーかなんで俺床で……あ、そっか。凛と勉強してて寝落ちしたのか。ていうか、頭の上のは何だこれ。なんかスッゲー撫でられてるんだけど。頭に手を乗せてみると、誰かの手が置いてあった。

 一瞬、ホラーかと思ったが、そもそも顔の下が異常に柔らかい。身体の下は硬いのに。ふと上を見ると、凛の顔があった。

 …………つまり、膝枕で頭を撫でられていた。

 

「っ⁉︎」

 

 まっ、マジでか⁉︎何で膝枕なんかされてっ……!ていうか、凛。寝ながら俺の頭撫でてんの⁉︎器用ですね!やばいやばいやばい、この状況は恥ずかしい………!何これ、何でこんなことになってるんだ……?いや俺が寝落ちしたからですよね。いや、でも歳下の女の子に頭を撫でられるって………。恥ずかしいというかなんというか………。

 いやまぁ、正直、心地良いので昼間だったらこのまま過ごしてても良いが、今は夜だ。夏とはいえ風邪を引くかもしれない。

 

「凛、ごめんっ………」

 

 手をどかして起き上がると、凛を抱え上げた。お姫様抱っこという奴だ。まぁ、もううちで泊まる時に何度もこれで抱っこしてるので何も感じない。強いて言うなら、女の子の体柔らかい。

 ベッドまで運んで降ろそうとした。さて、俺は床で寝るかと思った時だ。前屈みになった所で寝ぼけてるのか、凛が俺の襟を掴んだ。

 

「っ⁉︎」

 

 俺の体は前のめりに倒れ、まるで凛に襲いかかってるような絵になってしまった。

 りっ、凛の顔が近い……!あと3mm前進したらキスしそうだ。しかも、ギュッと首の後ろに手を回されて抱き締められているので逃げられない。

 ………って、凛っ?おいおいおい、何で徐々に近づいてきてんだよ凛!このままじゃっ、口と口がっ………!

 顔を逸らそうとした直後、凛の顔は急降下し、俺の胸に押し付けてきた。

 

「…………ハナコ……」

 

 ボソッとそんな寝言が聞こえてきた。どうやら、俺をずっと犬だと思っていたようだ。

 なんかバカらしくなって俺も寝る事にした。

 

 ×××

 

 翌日、男と同じベッドで寝てた照れ隠しによる凛の鋭い一撃がボディに炸裂し、心地良い目覚めを迎えられた。

 

 



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夏休みの計画は90%予定通りに行かない。

日刊1位ビビりました。ありがとうございます。


 夏休みに入った。うちの高校は夏休みは7月25日から。21日に試験が終わり、24日にテスト返却のため、教員は土日潰して試験を採点していたのだろう。そう思うと同情の念すら湧いてくるが、まぁ仕事だし仕方ないだろう。

 そんなわけで、夏休みは基本的に古本屋にいる。給料日を迎え、何とか金欠の窮地を乗り切ったとは言っても、金に余裕があるわけではない。なので昼間は電気代を少しでも浮かすために、古本屋で暇を潰してるわけだ。

 そんな俺なのだが、今は俺の部屋にいる。そして向かいでは凛が座っていた。

 

「と、いうわけで、夏休みの計画を決める会議を始めよう」

「お、おう。何も言ってないけどな」

 

 本人は知ってるか知らないが、ゲンドウポーズでそう言う凛はとても可愛らしかったです。

 最初は、そもそも計画なんて必要か?とも思ったが、よくよく考えたら目の前の人アイドルなんだよな。むしろ、計画がないと遊ぶのは無理かもしれない。

 

「よし、じゃあとりあえず空いてる日をハッキリさせよう」

 

 そう言ってスマホのカレンダーを表示した。今日は25日なので、26日からお互いに空いてる日に○印を付けることにした。

 俺の場合は7月の間は基本的に空いてるが、8月は6〜10日の間だけ実家に帰る。実家って言っても都内ですけどね。あとはちょくちょくバイトが入ってるくらい。書き終えてから凛をチラッと見た。アイドルなだけあって、予定はびっしり詰まっているんだろう。

 

「よし、出来たよ」

 

 凛はそう言うと紙を手渡してきた。受け取って俺の予定と見比べながら、カレンダーに予定を埋めて行った。

 

「………一日中遊べそうな日は一週間分くらいか……」

 

 8月の上旬なら凛も忙しいと思って、その日に実家に帰ろうと思ってたんだが、4日とも空いてるとはなぁ………。

 まぁ、それは仕方ないよね。午前中だけとか午後だけとかなら遊べる日はそこそこ多いので、その日と空いてる日で予定を切り詰めるしかない。ちなみに、金曜の夜は生放送の日で、お互い絶対空いてるので何も書いていない。

 

「よし、じゃあまず行きたいところでも決めようか」

「うん」

「どこ行きたい?」

「うーん……海とか?」

「良いね。泊まり?日帰り?」

「日帰りで」

 

 よし、海は日帰り、と。

 

「あとは?」

「んー……あとはアレだ。お祭りとか行けたら良いよね」

「なるほど。その辺はいつやるか調べないとなぁ」

「? 毎年やってるよ。この辺りで」

「マジか。じゃあそれだな」

 

 祭り。これで2日埋まった。あと行きたいところ……まぁ、俺に金がないからあんま遠いとこは無理だけど。

 

「どうしようか」

「うーん……あとはもう良いんじゃない?」

「えっ、い、良いの?」

「あとは普通に地元で遊べば良いんじゃない?モンハンとかカラオケとかボーリングとか………」

「全部いつでも出来るような事なんですけど………」

「夏休みなんてそんなものじゃない?」

 

 ………確かに、言われてみればそうかもしれない。長期休暇のため、普段行けない場所にも行ける日があるってだけで、毎日いろんな所に行けるわけじゃない。

 

「じゃあ、海と祭りの日だけ決めるか」

「うん」

 

 と、いうわけで、カレンダーに予定を書き始めた。

 

 ×××

 

 予定決めが終わり、俺と凛はその場で寝転んでいた。うつ伏せになってる俺の腰を凛は枕にしてSw○tchを弄っている。

 そんな渋谷さんはカチカチといじりながらボソッと呟いた。

 

「………なんかさー」

「どしたの?」

「モンハン飽きた」

「早くね⁉︎」

 

 まだ始めて一ヶ月なんですが⁉︎早くね?

 

「ていうか、今まで何してたんだろ………。なんていうか、こう……なんでゲームに何時間も費やして………」

「お、おう………」

「大体、モンハン面倒臭過ぎ。素材とか手に入れなきゃいけないし、宝玉とか落ちないし敵強いし。ホロロホルルとかストレスしか感じなかったし」

 

 ボロクソに言い出したよ………。いや、気持ちはわかるが。でも防具なんて攻撃当たらなきゃ必要ないし、武器はあんま宝玉使わないから、敵倒すだけならあんま面倒じゃないんだけどな。

 

「実はさ、奈緒も同じ事言ってたんだよね。たまに奈緒と二人でやってたりしたんだけどさ。『もうこれ無理、ふざけんな!ナルガとか無理ゲーだろカッコイイけど!』って言ってた」

 

 いや、ナルガくらい倒せよ………。え?ていうか二人掛かりで倒せなかったのか?

 

「まぁ、その……何?それならやめる?」

「んー……そうだね。次の生放送でやめようか」

「じゃ、最後はカマキリだな」

「りょかい」

 

 ふむ、しかしそしたら凛がうちに来ることも無くなるかもなー。まぁ、それならそれで仕方ないか。友達じゃなくなるわけじゃないし。

 すると、凛は何か思いついたように聞いて来た。

 

「他のゲームないの?」

「あ、ゲームには飽きてないんだ………」

 

 こいつ、懲りないタイプか………。ま、平気か。行きすぎたら俺が口を挟めば良い。

 すると、ズシッと全身に体重が掛かるのを感じた。その直後に、俺の右肩に顎を乗せる凛。俺の上に寝転がるのは結構だが、少しボディタッチが過ぎませんかな。

 

「ね、何やる?」

「んー、たまにはうちにあるゲームやる?」

「うちにあるって?」

「古い奴。プレ2とかW○iとかゲーム○ューブとか」

「ソフトは何があるの?」

 

 言われて、俺は立ち上がった。上に乗っていた凛は「わー」と棒読みの悲鳴を上げながら転がって上から退いた。かわいい。

 テレビの下の引き出しを引っ張り出して凛の前に置いた。

 

「うわ、たくさんある………」

「中学の時に買ったんだよ」

 

 みんなで遊べるパーティー用のゲームをな………!接待プレイを覚えるのが大変だったぜ………。なにせ、俺が勝つと何故か変な空気になるからな。

 スマブラ、マ○オパーティー、マ○オカート、プレ2だと桃鉄とかとにかく色々。それらを見ながら凛はスマブラを手に取った。

 

「よし、これにしよう」

 

 よりにもよってそれか………。俺もそれなりにやってたから、自分的には強いと思ってるけど大丈夫かな………。

 

「良いけど………負けても泣かないでね」

「泣かないよ。むしろ、私が負けて叩いても泣かないでね」

「いや叩くなよ⁉︎ていうか負ける前提になっちゃってるし!」

「いや、負けないからほんとに。操作方法教えて」

 

 どこからその自信が来るのか………。まぁ、良いけどね。

 W○iの電源を入れて、ディスクを入れた。スマブラとか懐かしいなー。本気でやれば中学の時の同級生よりは強かったのは間違いない。

 凛に操作方法を教えて、いざ対戦開始。

 

「何使う?」

「俺?俺は……マ○オでいいかな」

「じゃあ私ピ○チュウ」

「いや別に先に決めても後に決めても大した変化はないでしょ……」

 

 ステージは終点。さて、小手調べと行こうかな。

 マ○オとピカ○ュウが終点に降り立ち、カウントダウンが鳴り始めた。

 

「ちょっと操作確認させてくれる?」

「ん?ああ、いいよ」

「終わったら言うから、グラブルでもやってて」

 

 言われて、俺はスマホを取り出した。そんな長丁場になることをする気なのか?いや、まぁ何でも良いけど。

 しばらくティアマトマグナをやってると、ドオォォンッとスマブラ特有の死亡エフェクトが聞こえた。顔を上げると、マ○オの機数が一つ減っていた。

 

「………凛?」

「何?」

「どういう事かな?」

「何が?」

 

 こいつ………!上等ですよこの野郎。

 

「よし、やろうか」

「良いよ」

 

 そんなわけで、ハンデ付きで勝負開始。降りるなりファイアーボールを連呼した。ピカ○ュウに直撃し、怯ませながら接近する。

 ピカ○ュウは何とかジャンプで回避すると、電撃を放って来たので、前方への緊急回避で避けながら降りて来た所を上スマッシュでぶっ飛ばし、ジャンプして横に蹴り飛ばし、離れた所にさらにファイアーボールを連投した。

 

「むーっ」

 

 いやまだ唸るほどの攻撃はしてないんどけどな。

 何とかでんこうせっかで復帰したピカ○ュウの胸ぐらを掴み、逆方向に投げるとジャンプして追撃した。

 

「うぐっ」

 

 空中で横に蹴り飛ばし、一度着地してから復帰しようとするピカ○ュウの元へもう一度ジャンプし、メテオで落とした。

 

「はい落ちろー」

「うあっ……!ずるいよ!」

「どっちが………」

 

 これで、お互いに残り二機。ピカ○ュウが空から降って来ながらかみなりをしてきたので、緊急回避で躱しながら距離を置くと、ファイアーボールを連投した。

 

「っ、ほっ、当たらないよっ」

 

 なんとかタイミング合わせながらジャンプして避けると電撃を放った。それをマントで返し、ピカ○ュウに直撃させた。

 

「はっ?ちょっ、何それ………!」

 

 怯んだ隙を見て走りながらスライディングキックを放ち、浮いた所で空中に殴り飛ばし、ジャンプしてトルネードしようとしたが、空中回避で躱された。

 

「おっ」

 

 着地してから、かみなりを連発。一発当たったが、距離を置いてポンプで押し出した。

 

「ちょーっ!何それ何それ何それっ!」

「ポンプだよ」

「ズルいって!」

「だからズルかないでしょ」

 

 落ちそうになり、ギリギリ崖に掴まってる状態になるピカ○ュウに追撃しようとしたが、起き上がりからのキックで軽くブッ飛ばされた。

 さらに軽くジャンプして、電撃をまといながらの空中攻撃を放って来た。

 

「お、学習した」

 

 さらに後ろに飛ぶマ○オだが、すぐに起き上がって後ろに緊急回避し、ファイアーボールを放った。

 ジャンプで回避してマ○オの真上に来てかみなりを放ったので、緊急回避し、着地した瞬間を狙って横スマッシュでぶっ飛ばした。

 

「ねぇ、それズルくない?」

「どれだよ」

「その転がる奴。当たらないんだけど」

「緊急回避だよ。ガードと横で出来る」

「………さっき教えてくれなかった」

「ごめん忘れてた」

「………ずるい」

「いや忘れてたんだってマジ、で!」

「あっ………」

 

 メテオでまた落とした。切なそうな声を上げる凛に、俺は笑いながら言った。

 

「戦闘中にお喋りはだめっしょ」

 

 直後、ポコポコと隣で俺の肩を叩き始める凛。その様子は如何にも可愛らしかったが、君案外力強いんだから痛いですごめんなさい。

 最後の一機となったピカ○ュウが現れ、再度戦闘開始。まぁ、その、何?結論から言うと勝ちました。ぷくーっと悔しそうに頬を膨らませる凛に、俺はさらに笑いながら言った。

 

「無駄だから。見てない間に殺しとくとかしても。お願いだから笑わせないでくれる?」

「〜ッ!」

「痛い痛い、叩かないでってば」

「ムカつくムカつくムカつく!」

「ごめんごめん!謝るからほんと痛いから!」

 

 なんとかそう言っても、流石に煽り過ぎたのかやめてくれない。俺の事を押し倒すと、キャラ選択に戻った。

 しかし、凛はスマブラは割と上手いな。たった一戦でこっちの攻撃をいくつか学習してた。もしかしたら、対人戦のゲームの方が合うのかもしれない。

 

「あー、凛。どうせやるなら少し練習しよう」

「煽り魔は黙ってて」

「……………」

 

 煽り魔って………。通り魔みたいに言うなよ。ていうか、普段はそっちの方がたくさん煽って来る癖に………。

 

「やろう、もう一回」

「まぁ良いけど………」

 

 仕方ない、やるしかないか。これ、勝っても良いのかな。いや、でも手を抜かれるの好きそうじゃないし………。

 

「早く」

「は、はいっ」

 

 歳下の女の子に命令されて、良い返事をしてしまった。でも、今俺とやり合った所で一方的に袋にしちまいそうでなぁ………。

 

「あー……凛。ハンデいる?」

「…………バカにしてるの?」

「いや、そんなつもりはなくてさ………。その、何?アイテムとか色々あるし。どうせやるなら勝ちたいでしょ?やってる年季が違うんだから勝てないのは仕方ないって」

「………………」

 

 言うと、少し顎に手を当てて考え込む凛。

 

「………でも、ハンデあって勝っても嬉しくないし」

「なら、勝てたらハンデを徐々に緩くしていけば良いよ。そんな焦らなくても良いじゃん」

「………………」

 

 すると、凛は俯いたままボソッと呟くように言った。

 

「………じゃあ、ナルはアイテム使用禁止ね」

「了解」

 

 そんなわけで対戦を再開し、夜中まで続いた。

 

 ×××

 

 夜中。明日は凛は午前中は休みで午後から仕事だから、泊まりでも平気。ていうか、凛も泊まる気満々だったようで着替え持って来ていたし。

 しかし、今日の寝方は問題だな。何故なら、思いっきり俺の方に傾いて寝ているからだ。膝の上に頭を乗せて寝ている。しかも何故か、俺の体の方に顔を向けて。どうしてそうなるんですかね。

 とりあえずリモコンでテレビとW○iの電源を切った。

 

「………………」

 

 可愛い寝顔で、凛は俺の膝の上で寝息を立てている。何となくその姿に犬っぽさを感じた。

 ………何だろ、凛って周りの人は猫っぽく見えるかもしれないけど、俺から見たらすごい犬っぽい。雰囲気とは違って人懐っこいような気がする。じゃなきゃ、異性の膝の上で簡単に寝息は立てないよね。

 

「……すぅ、すぅ………」

 

 ………なんで人って寝息を立てる時って、なんか、こう……少し唇尖らせるんだろうか………。なんかキスを待ってるような顔に……。

 って、いかんいかんいかん!バカなこと考えるな!とりあえず、頭を撫でてあげよう。犬だし。犬が苦手な俺でも、凛みたいな大人しい犬なら平気な気がする。

 そう頭の中で言い聞かせて、頭を撫でた。………あれ?なんか凛の耳が徐々に赤くなってる気が……温泉に入ってる夢でも見てるのかな?

 

「…………………」

 

 ………いや、凛が犬だとしても犬は怖ぇわ。俺は頭を撫でる手を止めて、布団の中に入れてあげることにした。

 退かそうと思って凛の身体を起こそうと上半身に手をかけた。だが、凛はそれに合わせて俺の膝に体重をかけた。まるで退かされるのに対抗するかのように。

 

「…………………」

 

 どうやら、本当に温泉に入ってる夢のようだ。多分、俺が退かそうとした所で何か夢の中で温泉から追い出されそうになってるんだろう。

 …………でも俺もこのままだと眠れないんだけどな………。仕方ない。俺は凛の頭は退かさずに膝を抜いて、代わりに頭の下に腕を置いた。膝枕から腕枕に移行した。

 今日は布団は良いか、このまま寝ちゃおう。そう思って、凛の真横で横になった。なんか顔近くて恥ずかしいけど、凛が温泉に入ってる夢をキープするには仕方ない。

 

「…………おやすみ、凛」

 

 そう言って凛の頭を反対側の手で撫でると、そのまま目を閉じた。直後、凛の顔面が俺のおデコに突撃して来た。

 

「ゴフッ⁉︎」

 

 予想外の攻撃に俺が怯んでる間に、顔を赤くした凛は反対側に寝返りを打った。な、何の夢を見てたんだ……?温泉じゃないのか……?

 何もかも分からなくなったまま、とりあえず俺も眠る事にした。

 

 



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水原くんと恋人になりたくて(1)

 翌日、私が目を覚ますと、良い香りが鼻を刺激した。寝惚けた表情で辺りを見回し、とりあえず伸びをしながら起き上がった。うー眠い……。もう少し寝てようかな………。

 ヨタヨタと歩きながら洗面所に向かうと、台所に誰か立っているのが見えた。

 

「おはよう、凛」

「おはよー、お母さん………」

「おか……?え、ええ。おはよう凛、朝ご飯出来てるわよ?(裏声)」

「うん………顔洗ってくる……」

 

 ヨタヨタした足は洗面所に向かった。ドアを開けて、お風呂と一緒になってる洗面所に入った。顔を洗ってようやく正気に戻った。

 しかし、今更だけど今日のお母さんの声、変だったな。カラオケでも行ったのかな………。いや、その前に待ったタンマ。私の家ってこんなに洗面所狭かった?いや、それ以前に洗面所に行くのに階段も降りてなかったんだけど………?

 ていうかここ、私の家じゃない………?ていうかここ、ナルの家じゃ…………。

 冷静に昨日の事を思い出した。そういえば、昨日………何となく寂しくなって、ナルの膝で……!子供みたいに甘えて………!

 

「〜〜〜ッ!」

 

 鏡に映った自分の顔は真っ赤に染まっていた。すると、廊下から変な裏声が聞こえて来た。

 

「凛〜?牛乳は飲む〜?(裏声)」

 

 この声ッ………!わ、私がお母さんって間違えて呼んだのをいい事にあいつ………!

 羞恥に加えて怒りによる赤みが顔に出て、顔を拭いていたタオルを手に握っていたまま廊下に出た。普段は付けないエプロンをして私の方を見ていた。本人は気付いていないようだけど、すごいニヤニヤしている。腹立つ程。裏声まで使って私を辱めて………!

 キッと睨むと一発でビビったのか、顔が青くなった。

 

「………何か言う事は?」

「………お母さんよ?(裏声)」

 

 反射的に私は丸めたタオルを投げ付けた。

 

 ×××

 

 朝食を終えた私は、恥ずかしくてさっさと家を出てしまった。友達を母親と間違えた事もそうだが、何より昨日の夜の事を思い出してしまったからだ。寝たふりをして、ナルの膝から離れようとしなかった。夏休みの予定を見て、明日明後日は一緒にいられるが、それ以降は一緒に遊べない。6日から空けておいたのだが、その間はナルの方が実家に帰ってしまう。その事が何となく寂しくて、ついくっついてしまっていた。

 

「子供か私は………」

 

 顔に手を当てて歩いていた。いや、ほんと子供かって感じ。小学生レベルなまである。

 ………そういえば、少し早く出て来ちゃったなぁ……。どうしよう、事務所に行って誰かと駄弁ってようかなぁ。ていうか、それくらいしかする事ないや。お金はナルと遊ぶ時のために取っておかないといけないし。

 少し、というかかなり早いが事務所に到着した。今日の仕事は卯月と未央と一緒。まぁ、当たり前だけどその二人は来てない。まぁ、のんびりとラウンジでグラブルをやりながら待機してよう。

 そう思ってスマホを取り出して画面をつけた時だ。後ろから肩を叩かれた。

 

「凛」

「ッ⁉︎かっ、加蓮………⁉︎」

 

 加蓮が小さく手を振っていて、慌ててスマホをポケットにしまった。だ、大丈夫だよね………?見られてないよね………?

 ドギマギしてると、加蓮はニヤニヤしながら私の隣に座った。

 

「何してるの?早くない?」

「あー……ちょっとね……。か、加蓮は?」

「私?私は普通に暇つぶしで来た」

 

 なんか、大丈夫そうかな………?

 冷や汗を流してると、加蓮はニヤニヤしながら言った。

 

「何、彼氏と喧嘩でもした?」

「っ、なっ、ナルは別に彼氏じゃないから!」

「誰も水原って人なんて言ってないんだけどなー」

「うぐっ………!」

 

 開幕でカマに掛かった。なんか面倒臭くなりそうだったので、さっさと白状する事にした。

 

「………別に、大したことはないよ。ナルの家から来たんだけど、間違えてナルの事お母さんって呼んじゃってさ。恥ずかしくなって早く家出ちゃっただけ」

 

 嘘は言ってない。加蓮も隠したとこには気づかなかったみたいで愉快そうに微笑んだ。

 

「プフッ………凛も可愛いとこあるじゃん………!」

「うるさいよ………」

 

 ほんとうるさい。勘違いなんて誰にでもある事でしょ………。

 

「で?その子とはどんな感じなの」

「どんな感じって、いつも通りだよ。ゲームやって泊まってまたゲームやってってだけ」

「ふーん………」

 

 嘘は言ってない。………のだが、加蓮はニヤニヤをやめない。

 

「ね、凛」

「何?」

「今は二人きりなんだし、たまには詳しく聞かせてよ」

「は?何を?」

「その水原クンとどんな感じなのかとか」

「えぇ………」

 

 なんでよ。嫌だよ。

 

「良いじゃん、別に」

「何でよ」

「だって、気になるんだもん。普通、友達同士で泊まりなんてしないし、待ち受けを男の子の寝顔にしてるくらいだし」

「っ⁉︎なっ、何で知ってるの⁉︎」

「さっき見えた」

「っ!か、加蓮〜‼︎」

「照れるなら待ち受けにしなきゃ良いのに」

 

 ぐっ、そ、そう言われたらそうなんだけど………!仕方ないじゃん。可愛いんだもん寝顔が。

 

「とにかく言わないからね」

「言わないとついうっかり待ち受けの件言っちゃうかも」

「分かった、言う」

 

 観念した。ため息をついて語り始めた。特に卯月と奈緒と未央にバラされるのだけは勘弁して欲しいです。

 

「と言っても、本当にいつも言ってることだよ。ゲームして泊まってご飯食べて………あ、ゲームなんだけどさ、最近新しいゲーム始めたんだよね、二人で」

「へー、そうなの?あれだけモンハンにハマってたのに?」

「うん、まぁモンハンも面白かったんだけどさ、ちょっと難しいし、何よりナルに手伝ってもらうの、少し悪く思えて来ちゃって………」

 

 最近では私以外にもう一人お荷物が増えたし。

 

「ふーん?そんなの気にすることないと思うけど………。生放送の様子とか見てても彼、付き合い良いように見えたし」

「………待って、生放送のこと知ってるの?」

「え?うん。他は卯月も美嘉も知ってるけど………」

「…………………」

「え、バレてないと思ってたの?」

「………ま、まぁ、それでモンハンはやめたんだよ」

 

 無かったことにしよう。

 

「ふーん……」

「いやでも、モンハンの途中でも彼良い人でさ。私がピンチになったら自分はHPマックスでも粉塵……あ、全体回復アイテム使ってくれるし、ピンチの時は敵を引きつけてくれるし、他にも採掘には火山が良いとか、その火山でも青いとこならレアアイテムが採掘できるとか、色々と手取り足取り教えてくれて………あ、あと初めてティガに挑んだ時とか私が死にそうになったら横から殴り飛ばして自分が食らって助けてくれたり、あと1乙したら失敗の時に『大丈夫、まだ勝てるよ』って優しく言ってくれたり、ちょっかい出してもそんなに怒らないし………あ、ちょっかいって言ったら、ゲームやってる最中とか何となく近付いて肩に頭乗せたりしてみたりしたら、すごいキョドッてそれがまた可愛いの。少し顔を赤くしながらも意識しないように表情を無理に引き締めてる顔が好きで………。でも、そういうことしすぎると嫌われるかもしれないからたまにしかしないんだけどね。照れてる時も得意げな顔も怒った顔も寝顔も……こう、なんていうか………もう全体的に『何この可愛い生き物?』って感じで………」

 

 そこまで言って私は正気に戻った。喋り過ぎた。そして、加蓮が盛大に引いてた。

 恥ずかしさで自殺したくなる気持ちを何とか押さえ付けて表情を引き締めて、一応言ってみた。

 

「何でもないから」

「いや無理無理無理無理。あんた水原クンのこと大好きじゃん」

「っ!べ、別に大好きではないから⁉︎」

「いやだから無理だって………。それだけ惚気話を一切噛むことなく続けた時点でもう無理だから………」

「の、惚気じゃ無いし!」

「いや、惚気」

 

 うぐっ………!そんなつもりはないのに………!

 

「別に良いじゃん、好きなんでしょ?その人の事」

「すっ、好きなんかじゃないし………!」

「なんでそんなに頑なに否定するの。別に人間、それもJKなんだし好きな人の一人くらいいたって恥ずかしい事じゃないと思うけど……」

「…………」

 

 そう言われればそうなんだけど………。でも、何度も「あり得ない」とか何とか言ってきたし………。

 それに、あまり彼のことを好きになったという自覚はない。別に一緒にいてドキドキしたりするわけでもない。ただ、たまに少し動悸が早くなるのを感じた事はあるけど。最近になってそれは増えつつあるけど。

 

「ちなみに、彼の方はどんな感じなの?」

「普通だよ、別に。私の隣で落ちついた様子でゲームしてるだけ。ちょっかい出すと可愛い反応するくらいかな」

「………ふーん。悪い意味で慣れちゃったのかもね」

「どういう事?」

「だって、凛たまにその子にくっ付いたりしてるんでしょ?なら、凛の……こう、何?感触?に慣れて来てるのかも………」

 

 そう言えば………。最近、私が後ろで着替えてても完全に真顔でゲーム機から目を離さないこともあるような………。

 

「それに、そんな優良物件の人なら他の人に好かれてもおかしくないし」

「それはないよ。だってナル、友達私しかいないもん」

「でもさ、水原さんがもし仮に夏休みの間、クラスの女の子と出会ったとしたら?」

「えっ?」

「たまたま助けた人がたまたまアイドルのお母さんだったような人だよ?」

 

 …………確かに。そう言われると、確かに………。そう考えると、確かにナルって出会いさえ良ければモテるんじゃ………。

 

「い、いやいや、でも大丈夫だって。ナルなんて基本的には童顔で身長の低いゲーマーだよ?私と出会ったのだってお母さん経由だし、そうそう女の子と出会うような事は………」

 

 すると、「おーい」と聞き覚えのある声が聞こえた。奈緒が私の方に歩いて来てるのが見えて、手元にはお弁当を入れる巾着袋がある。

 

「さっき鳴海とたまたま会ってさ、凛が午前中に出て行ったからってお弁当届けて欲しいってさ」

「「………………」」

 

 私と加蓮は真顔で固まった。出会い率は低くなかった。お弁当を受け取ると、私はなんとか声を絞り出した。

 

「ま、まぁ別に私はナルの事好きってわけじゃないし?」

「………なんの話だ?」

「まぁ、凛がそう言い張るなら良いけど、後悔しないようにね?」

 

 加蓮はそう言うと、奈緒と何か話し始めた。

 しかし、私はナルのことが好きなのかな。最近は確かにナルといると心が弾むことは多いし、ナルの部屋に行くのに少しだけ緊張する事もある。ていうか、ナルとくっ付いていたい。

 だけど、ナルと付き合うというのは想像しにくい。友達同士で今までやって来て、友達同士の関係をずっと続けていきたい気持ちもある。むしろ、仮に………いやあくまで仮にだからね?仮に、仮にナルの事を私が好きだとして?それで告白するにしても、もしそれで振られたら、そのまま友達同士の付き合いをするのは難しくなると思う。

 

「……………」

 

 まぁ、これからどうするかは、とりあえず自分の気持ちをハッキリさせてからにしよう。

 そのためには、とりあえずナルと一緒にいよう。それが一番だ。そのために、とりあえず少し前から考えてた計画を実行することに決めた。

 ふと視線を感じて横を見ると、奈緒がニヤニヤしていた。

 

「…………何?」

「………青春してるんだな」

 

 脇腹を突いた。

 

 



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いじられキャラは基本的に鈍感。

 金曜日の夜、モンハン最後の生放送が終わり、俺はその場で寝転んだ。来週からはスマブラ回である。

 まぁ、別にモンハンはそれでも良いし、元々やりたいと言い出したのは凛の方なので、別にそれは良いんだけどね。リスナーの皆さんもモンハンばかりじゃ飽きるだろうし。

 いや、まぁ凛のゲームでのフラグメイカーっぷりはもはや職人芸の域に達しつつあるが、凛自身がヘタなプレイを晒すのは嫌らしい。

 

「と、いうわけで、練習したいと思うんだけど」

「お、おう。まぁオレは構わないけど」

 

 明日は凛も俺も休みだ。ちなみに、今日は凛は夕方まで仕事だったらしい。その足でそのまま生放送参加とは本当お疲れ様です、渋谷さん。

 そんな話はともかく、スマブラである。生放送で使った機材を片付けてからW○iの電源を入れた。

 ゲーム○ューブコントローラを繋ぎ、片方を凛に手渡した。

 

「はい」

「ありがと」

 

 そういえば、今日は凛は寝転がらないな。ゲーム終わったら毎回寝転がるのに。

 ま、そんなのは気分によるし個人の自由か。あまり気にせずにゲームを開始した。今日も二人で対戦である。俺はとりあえず色んなキャラを選択し、凛はメタ○イト固定。というのも、なるべく一人のキャラに絞って上手くなった方が良いと考えたからだ。

 で、凛はメタ○イトを選んだ。まぁ、最強クラスなので良い選択をしたと思う。最強クラスっつーか最強ですよね。

 

「よし、じゃあやろうか」

「待った」

 

 何かね今度は。顔を上げると、凛は俺の膝の上に座って来た。

 

「っ!ち、ちょっと凛………⁉︎」

「これでハンデね」

 

 た、確かに画面が見にくいし操作もしづらいけど………。いや、凛は真顔だし、これくらい友達同士なら普通の事なのか?そういえば、クラスの女子が女子の膝の上に座ってるのを見たことあるような気がしないでもないけど………。

 普通の事なら、俺もあまり意識しない方が良いだろう。お尻の感覚が服越しとはいえ、ダイレクトに足に伝わってくる。いかんいかんいかん!落ち着け俺!凛を性的な目で見るな!燃えろオオオオ!俺の何かアアアア‼︎

 

「ナル、貧乏揺すりうるさい。ジッとしてて」

 

 誰のせいだと思ってんだよお前!この猫っぽい犬が!

 凛の表情は後ろからでは見えないが、耳が赤くなってる所を見ると、おそらく笑いを堪えているのだろう。これもからかいの一環なんだろうし。年上、それも男として情けない………。

 そんな凛は予定通りメタ○イトを選んだ。俺は俺でランダムを選び、ステージは終点にした。

 メタ○イトとネ○が舞台に降り立ち、戦闘開始。ネ○の電撃技みたいな奴で反撃の隙を与えずにダメージを与えながら声を掛けた。

 

「そういえばさ、凛」

「危ないって!ちょ待って何それ当たんないんだけ……何?」

「凛はさ、他に友達いるわけじゃん?奈緒とか北条加蓮さんとか」

「ねぇ、吸収はずるいでしょ!」

「空いてる日とか俺と遊ぶことにしちゃったけど、他の人達と遊ぶ予定は良かったの?」

「え?何?」

「…………いや、なんでもない」

 

 少し気になったから聞いてみたけど、それどころじゃないみたいだ。仕方ないので、隣で凛のソロ曲を鼻歌で歌った。いや、この曲さ、友達としての贔屓目抜きで好きなんだよ。歌詞とリズムが良いよね。

 しかし、ホント上手いなスマブラ。俺のやってたメテオとかガンガン真似して来るし。結構、空振りするけど。

 

「………ねぇ、ナル」

「? 何?」

「その………その歌はやめて……」

「なんで?」

「なんか、自分の曲を目の前で歌われるのは………は、恥ずかしい……」

「……………」

 

 何その可愛い理由。思わず頭を撫でてしまった。

 

「ち、ちょっと……撫でないでよ」

「あ、ごめん」

 

 手を引っ込めた。ヤバイヤバイ、流石に女の子の頭を撫でるのは良くないよな………。でも、手が離れない………!しぶりんの髪の毛はブラックホールか⁉︎

 撫でるな、と言われたのにしつこく頭を撫でてると、凛は不機嫌そうに言った。

 

「ていうか、余裕だね。ゲーム中に頭を撫でるなんて。片手で私に勝つ気?」

「え?あ、いや別にそれでも良いけど」

「なら、ハンデその2。片手で戦う事」

「はぁ⁉︎大体、撫でるなって言ったのは凛の方で」

「良いから」

 

 まぁ、そこまで言うなら少し頑張ってみようかな………。とりあえず、コントローラーを床に置いて、キーボードを打つ感覚で動かし始めた。これで何とか動かせそうだ。

 

「って、無理無理無理流石に無理だってこれは!」

 

 スマッシュも投げ技もメテオも出来ない!PKサンダー体当たりとかまず無理!

 割とボコられてる俺に、凛は冷ややかに言った。

 

「良いって言ったのナルじゃん」

「いやそうなんですけどね……!思ったよりキツっ………!」

「手、止まってるよ」

「うぐっ………!」

 

 こ、こいつ………!大体、異性の膝の上に座って頭撫でられてるのに、何平然とゲームやってんだ!前に座ってるから顔は見えないけど、少しは焦ろよ!そんなに俺って異性に見えないのか?

 結局、ネ○を上手く動かせなくて負けた。

 

「よし、勝った」

「………嬉しいの?この勝ち方……」

「正直、イマイチ」

 

 やはりな。凛はそう言うの厳しそうだし。

 

「ねぇ、撫でるのやめて良いか?正直、勝てる気しないんだけど」

「いや、勝手に撫で始めたのはナルの方だし」

「やめるなって言ったのは凛でしょ………」

 

 まぁ良いか。手を離し、続いて凛の背中を軽く押した。

 

「はい、降りて」

「? それは断るけど」

「はぁ?なんで」

「頭撫でなくて良いとは言ったけど、降りるなんて一言も言ってないし」

 

 っ、た、確かに………!いや、まぁ別に良いけどさ。それくらいならハンデのうちに入らない。そう思って、後ろから手を回して凛のお腹の前でコントローラを握った。

 ネ○はやめてまたランダム。メタ○イトとロボットで戦闘開始した。

 

 ×××

 

 0時半までゲームをした所で、凛がコントローラを置いた。勝率は大体8:2で俺が勝っていた所だ。

 

「もう嫌、今日は寝る」

「もう良いの?」

「うん、だって全然勝てないんだもん」

「いやいや、上手くなってるって本当に」

 

 少なくとも中学の時の奴よりは全然マシ。俺が二番目に使いやすいと思ってるウ○フで一機落とされたのは初めてだ。

 

「もしかしてさ、ナルの持ちキャラってゲーム○ウォッチかウ○フ?」

「よくわかったね」

「いや、その二人だけ明らかに動き違ったし。あとゼロスーツサ○スも強かった」

「ゼロスーツに関しては練習したからなぁ。正直得意じゃなかったんだけどね」

「…………そうなの?」

「ああ、だって美人じゃん」

「…………ふーん?」

 

 あれ、声が少し低くなったような………。

 

「いや、俺はスマブラは前作も前々作もやってたんだけど、サ○スはずっとアーマー脱いでなかったんだよね。それを脱いだらあんな人が出て来たからさ………その、こう……何?ギャップ?がすごかったんだよね。それにポニテだし」

「…………髪は染めてない人が好きなんでしょ?」

「いやいや、明らかにこの人外国の方でしょ。もしかしたら地毛かもしんないじゃん」

「………あっそ。もう寝よう」

「えっ……ちょっ、怒ってる?」

「怒ってない。明日からゼロスーツサ○ス以外禁止だから」

「え、なんで⁉︎てか良いの?」

「…………絶対倒せるようになってやるからね」

 

 お、おう………。すごい殺気だなオイ………。

 仕方ないので、W○iとテレビの電源を切って凛に声を掛けた。

 

「凛、布団敷くから退いて」

「あ、うん」

 

 そういえば、凛が寝落ちしないで寝るのは初めてかもしれない。

 そんな事を考えながら、とりあえずコントローラをしまおうと立ち上がろうとした。だが、足が動かない。

 

「…………あれっ?」

「? ナル?どしたの?」

 

 ………なんか、足を動かそうとすると、くすぐったいような感じの何かがふくらはぎと足の裏に走って………。

 

「…………足が痺れて立てない」

「………………」

 

 凛は小さくため息をつくと、押入れを開けた。

 

「布団はここだっけ?」

「そうだけど………」

「たまには私が敷いてあげる」

「えっ?いやお客さんにそんな………」

「いや、お世話になってる身だから」

「そ、そう………?」

「ここに敷けば良い?」

「うん」

 

 押し入れから布団を引っ張り出して布団を敷いた。それと、薄い夏用の布団を一枚取り出し、布団の上に置いた。あとはコントローラもしまいたいんだけど……そこまでお願いするのは申し訳ないかな。

 脚は痺れてるので、ほふく前進で布団まで進むと、凛は俺の上半身に手を挟んで抱き上げた。

 

「いいよ、運んであげる」

「…………何から何まですみません」

「ううん、私が乗ってた所為だもん。コントローラは棚で良いの?」

「………え、なんで分かるの?」

「ナルの事なら何でもわかるよ」

 

 俺の事を布団まで運ぶと、コントローラを棚にしまった。ホント申し訳ない。そういうのは俺の仕事だからなぁ。

 凛は電気を消すと、俺の隣に寝転がった。

 

「じゃ、寝よっか」

「…………え、同じ布団で?」

「? そうだけど?」

「い、いいよ。俺床で寝るから。いつもそうしてるし」

「今日くらい良いでしょ。もう、布団の上に運んじゃったし」

 

 そう言って、凛は薄い掛け布団を手に取って俺と凛を包み込むように掛けた。

 …………あれ、何この感じ?なんか恥ずかしいぞ?今まで何度も一緒に寝てたのに。寝落ちじゃなくて改めて一緒に寝るとなるとこんなに恥ずかしいものだったのか………?

 自分でも顔が赤くなってるのを感じる程に頬が熱い。電気は消えてて多分、凛には見えてないはずだが、何となく俯いて顔を隠した。

 

「………何、今更照れてるの?」

「…………電気消えてるのになんで分かるんだよ……」

「言ったじゃん。ナルの事なら何でもわかるって」

 

 それ、告白みたいだからやめろよ…………。凛は小さく「なんてね」と呟いて微笑んだ。その表情が可愛らしくて、照れくさくて、また同じように俯くと、凛はニヤリと微笑みながら続けた。

 

「まぁ、実際は下を向いて顔を隠そうとしてるから分かっただけなんだけどね」

「………………」

 

 俺が勝手に自爆してるだけだった。俺ってバカなんだなぁ………。刑事を目指す身としては、もう少し考えてることが表に出るようなことは避けるようにしないと………。

 

「り、凛」

「? 何?」

 

 そういえば、さっき気になったことを聞いてみることにした。

 

「奈緒とか北条加蓮さんとか、凛にはそういう女友達もいるのにさ、休日はほとんど俺と遊ぶ約束しちゃってたけど………良かったの?」

「……………」

「………も、もし、そっちを優先したいなら……そっちに行っても、良いんだよ………?」

 

 聞くと、凛は一瞬だけ複雑な表情を浮かべた後、ムッとした表情になって俺の頬を抓った。

 

「ふぁ、ふぁひ?」

「………ナル、怒るよ」

「ふぁっ、ふぁんふぇ⁉︎ふぇか、ふぇをふぁふぁふぇ!」

「嫌」

 

 アレ………?少し怒ってる………?それ以前に、手を離せって言ったの通じてる?

 

「良いの、別にナルはそんな事気にしなくて。加蓮とか奈緒とかは事務所でいつでも会えるし」

 

 それに………と、凛は手を離して、恥ずかしそうに若干目を逸らしつつボソッと呟くように続けた。

 

「……………私がナルと一緒にいたいからいるの」

「…………」

 

 …………なるほど。確かに暗くて顔色が見えなくても、相手がどんな顔をしてるかはよく分かるわ。多分、凛は今、顔を真っ赤にしている事だろう。

 何より、多分俺も顔赤いし。だってそれ告白みたいじゃん。どういう意味なのよ?俺と一緒にいたいって………ああ、そういう事か。

 

「まぁ、うちじゃないとスマブラ出来ないもんな」

「………………」

 

 ………あれ?真夏なのに、なんか気温が氷点下まで下がったような……。

 直後、目の前の凛から突きが飛び出して来て、俺の腹を見事に捉えた。

 

「ぐほっ⁉︎なっ、何すんだよ⁉︎」

「うるさいバカアホドジマヌケ」

「小学生か⁉︎」

「うるさいバカ。寝る。あんたも寝たら?もう夜遅いし、永眠はしっかり取った方が良いよ」

「永眠⁉︎なんで突然死の宣告を………!」

「おやすみ」

「おい!寝にくいよ!おーい!」

「うるさい」

 

 …………な、なんだよ………。急に怒って……。俺、今悪い事言ったのかな………。今度、奈緒にでも相談してみるか。

 

 



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家族に友達を教える時は、せめて職業くらいは事前に伝えておこう。

 結局、土曜日は凛と一日スマブラで潰し、日曜日以降は凛が仕事のため会うことはなかった。

 で、今は6日。実家に帰る日だ。うちの実家は青梅とかあの辺。つまり、東京の田舎の方だ。まずは山手線に乗って行かなければならない。

 スマブラの練習用にW○iは凛に貸しておいたし、思い残す事はない。戸締りもしたし、電気とかガスも全部切った。

 小さく欠伸をしながら出発した。家を出て呑気に歩きながら駅に向かう。そういえば、家族に何か買って行った方が良いかな。地元の連中が行きそうな高校には行きたくないっていうワガママを聞いてくれたんだし。そう思って、駅でテキトーにお菓子を買った。

 改札を通り、ホームで電車が来るまで待機した。しばらく待って山手線が来たため、電車に乗り、空いてる席を見つけたので座ろうとしたが、別の乗り口から乗ってきた人と目が合った。多分、同じ席を座ろうとしたのだろう。

 よって、席を譲ることにした。目を逸らして立ったままスマホをいじり始めると、向こうは小さく会釈して座った。なんか「どうぞ」って言うの照れ臭いんだもん。

 吊革に掴まったままスマホをポケットにしまうと、隣の凛が声をかけて来た。

 

「優しいとこあるじゃん」

「いやいや、人として当たり前の………」

 

 …………はっ?なんで隣に凛がいるの………?

 

「…………えっ、なんでいんの?」

「ん?私もお出かけ」

「………なんでスーツケース持ってんの?」

「泊まり掛けなの」

「うん、もうストレートに聞くわ。どこ行くの?」

「青梅の方」

 

 この野郎ッ………!ついて来る気か⁉︎

 

「えっ、ついて来る気?」

「え?うん」

 

 うん、じゃねぇよ。バカなの?

 

「いや、来ても良いけどうちで何すんだよ………」

「特に何かしたいとかじゃないよ。ただ、ナルと一緒にいたかっただけ」

 

 いや、だけ、じゃなくて………。いや、もうなんでも良いか。むしろ友達がいないのは親も知ってるし、友達ができたと言えば安心もする。実家にまでついて来る友達と言えば尚更だ。去年なんて夏休みの間はずっと実家の家にいて心配されたし。

 

「………まぁ来るのは良いけど、気を付けてね」

「? 何が?」

「うちの連中、色々とアレだから」

「えっ………?」

 

 まぁ友達の一点張りをすれば何とか………無理だよね。あいつら他人の恋愛とか大好きだし。

 その辺はなんとか俺がするしかない。

 

「………でも、W○i無いよ?俺の部屋にあるゲーム、全部実家から持って来た奴だし」

「大丈夫、持って来た」

 

 この人は………。半ば呆れ気味にため息をついた。ま、良いか。どうせ家から出るつもりないし。中学の同級生と会いたくない。

 何より、アイドルを連れて行けば母さん達からお小遣いもらえるかもしれない。そう思うと少し楽しみになって来た。

 

「凛」

「何?」

「数字やるか」

「何それ?」

「お互いに1から連続した数字を三つまで数えて、30って最初に言った方の負け」

「良いね、やろう」

 

 よし、じゃあやろうか。

 

 ×××

 

 乗り換えるに乗り換え、青梅線を降りた。

 

「待って。もう一回、もう一回だけ」

「いやもういいでしょ………」

 

 中々、勝てなくて諦めてくれなかった。これは完全先手有利なのに、それを中々理解してくれない。いや、先手有利っつーか先手必勝。それも先手を譲ってるのに。どうやら25を取れば勝てる、というのは理解してるらしいんだけど、何故25を取れると勝てるのか理解してないから全然勝てない。

 その結果、1時間半以上かかる道のりの間、ずっとこの小学生レベルの遊びで潰してしまった。

 

「もう一回だけ。お願い」

「………先手どうぞ」

「1、2、3!」

 

 はい、俺の勝ち。

 

「4、5」

「6、7、8」

「9」

「10、11、12!」

「13」

「14、15」

「16、17」

「18」

「19、20、21」

「……………」

「……………」

「………もう一回」

「それ何回目なんですかね………」

 

 数字を言い過ぎてゲシュタルト崩壊起こしそうなまであるんだが。

 

「もう良いだろ………。ほら、それよりうちに行くんでしょ」

「もう一回。今回は必勝法が分かったの。21を言えば勝てるんでしょ?」

 

 それあと何日かかれば先手必勝なのが分かるんだよ………。教えてやればいいって?じゃあ試してやろう。

 

「必勝法教えようか?」

「や」

 

 一言で断られました。ていうか断り方が子供っぽ過ぎるんだよなぁ。可愛いが。

 しかし、懐かしいなぁ。地元が。まぁ、春休みぶりなんだが。今回は5日しかそっちにいないって言ったら驚いていたが、凛を見れば納得してくれるだろう。………あまりベタベタくっ付かないように自重する必要はあるけど。

 

「ねぇ、もう一回」

「いや、もういいでしょ………。ほら、今俺に負けとけば、後でスマブラ勝てるかもよ」

 

 我ながらわけのわからない理論を言ったと思う。子供の考える運の理論だよね。こんなので凛が納得するとは思えないが………。

 

「………確かに」

 

 しちゃうんだ。この人、バカなのかまともなのか分からないんだけど。まぁでも納得してくれたにはしてくれたんだし、余計な事は言わないようにしよう。

 実家まで歩き始め、10秒くらい経過したあたりで、凛がボソッと呟くように聞いて来た。

 

「………それどういう理論?」

「…………さ、早く家に着いてスマブラやろう」

「ねぇ、誤魔化さないで。ねぇ?ていうか、私の事バカだと思ってない?ねぇ?」

「いやー、お袋とか驚くだろうなぁ、俺が女の子連れて来た時は」

「ねぇ?聞いてる?脇腹突きするよ?ねぇ?」

 

 このあと、めちゃくちゃ脇腹突かれた。

 

 ×××

 

 実家に到着した。うちの実家は磯野家の様な家で二階建てとかそういうんじゃなく、一階がかなり広くて和室しかない。別に家族が多いわけでもないのに。

 玄関を開けると、トタトタと歩いて来る足音が聞こえた。

 

「おー、ベルとアル。久し振り」

 

 そう呼んだのは二匹の猫だ。名前の由来は言うまでもない、ベルファイアとアルファードだ。

 

「え、猫………?」

「おう、俺が拾って来た猫。可愛いでしょ」

「まぁ、可愛いけど………」

 

 二匹の猫は俺の足元に来るなり、頭をスリスリと擦り寄せて来た。まぁ、そうだよね。俺が拾ったんだから当たり前だよね。

 

「ベルちゃんとアルくんっていうの?」

「いや両方『くん』だけど………」

「へぇ、ベルの方も男の子なんだ?」

「いや、本名はベルファイアとアルファードだから。分かるでしょ?」

「………何それ?」

「えっ」

「えっ?」

 

 ………普通知らないものなのか……?まぁなんでも良いか。

 しかし、久々に息子が帰って来たのに誰も来ないのか。ま、兄貴も親父もお袋も仕事だろうし仕方ないか。

 

「上がって、凛」

「………お邪魔します」

「あ、お袋達みんな仕事でいないから」

「そうなの?」

 

 まぁ、俺に一人暮らしさせてくれてるからなぁ。もしかしたら、夏休みも取れてないのかもしれない。そう考えると少し申し訳ない。せめて、晩飯くらい作っておいてあげよう。

 さて、とりあえず俺の部屋まで行くか。とりあえず、凛の寝泊まりする部屋は客間を使ってもらおう。

 

「凛、こっち来て」

「う、うん」

 

 廊下を進んで客間に入った。部屋は割と片付けられていて綺麗だ。

 

「布団はあそこの押し入れに入ってるから」

「うん。じゃあナルの部屋に行こうかな」

「なんでだよ………」

「いや、荷物は置かせてもらうけど、とりあえずナルの部屋に行かせてもらうってだけ」

「それは良いけど………ゲームは明日な?」

「? どうして?」

「今、16時過ぎでしょ?あと30分くらいでみんな帰って来ると思うから、それまでに晩飯作っとくんだよ」

「みんな帰って来るの早いんだ?」

「いや、春休みも冬休みも去年の夏休みも俺が帰って来る日は大体、16時半から17時までの間に帰って来るんだよ。みんな」

「ふーん………。あ、じゃあ手伝うよ」

「いいよ別に」

「いいの。これからお世話になるわけだし」

「………ああそう」

 

 まぁ良いか。冷蔵庫に何入ってるのか知らんが、それなりに豪華なもの作る予定だから。

 冷蔵庫を開けて食材を見た。………うん、それなりに材料は揃ってるな。よし、とりあえず唐揚げ定食的な奴でも作るか。

 

「ナル、何作るの?」

「唐揚げ定食的なの。凛は味噌汁と……あと5人分の味噌汁とサラダをお願い。冷蔵庫の中のものなら何使っても良いから」

「分かった」

 

 そういうわけで調理を始めた。凛は隣で髪をまとめ上げてポニーテールにしてから調理開始。なんだか、こうして実家で二人で料理を作ってると変な感じするな………。特に、凛にそんな仕草をされると……こう、まるで花嫁修行してるような………。

 って、アホか俺は!俺と凛がお付き合い、ましてや結婚なんて出来るわけねぇだろ!身の程を知れバーカ!俺と凛は友達同士、それを履き違えるな。

 

「………ナル?どうかした?」

「…………いや、相変わらずポニテ似合うと思って」

 

 …………あっ、動揺して本音が出た。何を女の子に言ってんだ俺は。ナンパ野郎か。こんな事、凛に言ったら脇腹突かれるに決まってんだろ。

 

「っ、い、いきなり何言ってんのっ!」

「ふぁひゅっ⁉︎」

 

 やっぱ突かれた。いや、にしてもそんな顔を真っ赤にして怒らんでも良いじゃない………。

 何とか気を落ち着かせて、なるべく凛を見ないようにしてテキパキと調理を進めた。だってポニテ可愛いんだもん。集中出来ないわ。

 すると、「痛ッ……」と凛の方から声が聞こえた。ふとそっちを見ると、凛が左手の人差し指を咥えていた。

 

「………凛?どうかした?」

「い、いやっ、なんでもない」

 

 声を掛けると慌てて左手を隠す凛。………指でも切ったのか?凛が珍しいな………。

 

「………指切ったでしょ」

「…………切ってない」

「…………なんで誤魔化すかな。少し待ってて」

「うっ……ご、ごめん」

 

 まだ油使う前で良かった。使ってたら絆創膏取りに行けなかったからな。

 うちの母親は俺が小6になるまで中々料理出来るようにならなくて、今だに指とか切ったりしてたから台所に救急箱が置いてある。確か、そこの棚を開ければ………ほらあった。

 出して中から絆創膏と消毒液とティッシュを出した。凛を手招きで呼ぶと左手首を握った。

 

「じ、自分で出来るから………」

「人差し指に絆創膏自分で巻けないでしょ」

「っ…………」

 

 消毒液を指に垂らして、出来るだけ優しくティッシュでチョンチョンと拭きつつ声を掛けた。

 

「ていうか、凛が指切るなんて珍しいな」

「そ、そう?」

「凛が俺に飯作ってくれる時とかはあんま切らないじゃん」

 

 言うと、凛は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながらボソッと呟くように言った。

 

「………その、ナルのご家族の人に食べてもらうと思うと……少し、緊張しちゃって…………」

「…………」

 

 えっ、それはつまり俺に飯を出してくれた時は然程、緊張してなかったってことか?やはり、俺は男としては見られていないようだ。

 

「そんな緊張しなくて良いから。うちの家族は基本的に頭の良いアホだし」

「…………そういう問題じゃないんだけど」

「えっ?………ああ、親父も別に怖くないよ。昔はお袋によくいじられてたらしいし」

「…………もういい、どうせ通じないし」

「えっ………?」

 

 絆創膏を貼り終えると、凛は小さく不機嫌そうに「ありがと」とだけ言って料理に戻った。何だろ、最近凛と会話が噛み合わないことが多い気がする。少し釈然としないながらも俺も唐揚げの調理に戻った。

 再開して数分経過した辺りで、凛がまたまた声をかけて来た。

 

「こっちは終わったよ」

「………う、うん。ありがと」

「……………」

 

 ………なんか怒ってる?俺なんか悪いことしたかな。少しドギマギしてると、怒ってるというよりは少し恥ずかしそうに頬を染めてボソッと聞いて来た。

 

「………それより、お手洗い教えてくれる?」

「あ、お、おう……。トイレはあそこの扉から廊下に出て右に歩いて最初の扉」

「分かった」

 

 凛は少し早足でトイレに行ってしまった。なるほど、女性にとってお手洗いに行く事を申告するのは恥ずかしい事なのか?いや、でもうちで泊まってる時は「ごめんトイレ」とか普通に言ってた気がするんだけどな。

 どういうわけなのか少し悩んでると、ガラッと家の扉が開く音がした。それと共に「ただいまー」と声が聞こえた。お袋の声だ。

 買い物でもして来たのか、ビニール袋の擦れる音とともに台所に入って来た。

 

「おかえり」

「あら、鳴海。帰ってたの?」

「晩飯、もう直ぐ出来るから」

「帰って来たばかりなのに悪いね」

「良いって」

「それと、知らない人の靴が玄関にあったんだけど、お友達でも連れて来た………わけないわよね?あなた友達いないものね?」

「いや、友達だよ………。ていうか、帰って来た息子との会話がそれかあんた」

「また前みたいに変ないじめっ子みたいな子達じゃないでしょうね」

「違うから安心して」

「なら良いけど」

 

 テキトーに相槌を打ちながらお袋は食材をしまい始めた。

 

「で、どんな子なの?」

「後で来るから待ってりゃ良いだろ」

「だって気になるじゃない。去年なんてGWも夏休みも冬休みも春休みもずっとうちで引き篭もってたのに」

 

 それもそうか………。でも、言っても信じないだろうしなぁ。まぁ、嘘は言わなきゃそれで良いか。

 そう思って、大人しいクールな子だよ、と言おうとした時だ。

 

「ナル、なんか声したけど誰か………あっ」

「あっ」

「あら、お友達?いらっしゃ………あら?」

 

 凛が戻って来た。そして、それと共に「信じられない」と言った表情に変わっていった。

 それを見るなり、凛は少し緊張気味に礼儀正しく頭を下げた。

 

「初めまして。鳴海くんのお友達の渋谷凛です」

「渋谷………凛…………?」

 

 お袋はパタリとぶっ倒れた。

 

 



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人の家に泊まる時は嫌でもテンションが上がる。

「と、いうわけで、友達の渋谷凛です」

「………は、初めまして。渋谷です」

 

 晩飯の席、家族全員揃った食卓で凛を紹介すると、三人とも固まった。今更だが、凛ってアイドルだもんなぁ。そりゃ驚くわ。お袋がぶっ倒れたのも分かるわ。

 やがて、親父の方が口を開いた。

 

「………えっと、渋谷凛さん?」

「は、はいっ」

「息子に何か弱みでも握られてるのかな?」

「おい、何言い出すコノヤロー」

 

 自分の息子がそんな奴に見えるのかこいつは………。大体、弱みを握られる事はあっても握る事はないっつの。

 

「おい、父親にコノヤローは無いだろ」

「自分の息子の目の前で弱みとか言い出しちゃうクソ親父に言われたくねえ」

「ちょっと、お客さんの前でやめてくれる?あんたらブッ飛ばすわよ」

 

 お袋に怒られ、俺も親父も黙った。いや、でも今のは親父が悪いだろ。

 そんな事をしてる間に、いつの間にか兄貴が凛の隣に来ていた。

 

「サインお願いします」

「へ?は、はぁ、良いですけど………」

 

 ちゃっかりしてんなオイ………。まぁ良いや。とりあえず会話が必要だ。他人の家に上がったとき、間違いなくお客さんの方は気まずいだろうし。

 

「言っとくけど、今日のこの晩飯を作ったの凛だからな。本当、俺に感謝しろよ?」

「あら、そうなの?道理で美味しいと思ったわ」

「ああ、特にこの唐揚げな」

「いやそれは俺が作ったんだけど」

「………紛らわしいんだよクソ息子」

「勝手に自爆しただけだろクソ親父」

「あんたらいい加減にしなさいよ。キャメルクラッチの刑にするわよ」

 

 怒られたので黙った(2回目)。

 

「じゃあ、何を作ったの?」

「お味噌汁とサラダを作らせていただきました」

 

 礼儀正しく言う凛だったが、表情はとてもソワソワしている。多分、感想を聞きたいんだろう。まぁ、俺が誘導なんてしなくてもお袋も親父も兄貴も空気は読める。

 

「美味しいわ。味付けもちょうど良いし」

「ああ………アイドルの料理を食べている………」

「ああ………この歳でJKの料理を食べれるなんて………」

 

 空気は読めても、まともな感想が言えるのはお袋だけだった。まぁ、男二人の感想も分からなくはないけどね。特に親父なんて45歳だし。ただ、凛が少し引いてるので、そういうのは事実でも言わないで欲しかったです。

 その点、お袋みたいな人は本当に助かる。家族の中で権力的にも実力的にも最強なのを除けば普通の母親なので、凛の前でヘタなことは言わないだろう。

 

「凛ちゃんは良いお嫁さんになるわね」

「いえ。まだそんな歳ではないので」

「何言ってるの、16歳は既に結婚出来る歳じゃない。早いうちに結婚は考えた方が良いわよ。………本当に」

 

 ああ、そういえば年齢的にも我が家最強だったな。最強っつーか最年長だけど。

 

「でも、私は一応、アイドルですから」

「それもそうね。何より、凛ちゃんみたいな子は鳴海には勿体無いわ」

「………はい?」

「んっ?」

「えっ?」

 

 今なんつった?うちのババァ。

 

「付き合ってるんでしょ?それと」

「ぶふっ⁉︎」

「………おうふ」

 

 息子を「それ」呼ばわりする母親だった。それと共に味噌汁を噴き出す凛。おい親父、味噌汁かけられて嬉しそうな顔するな。後でお袋にチョークスリーパーされるぞ。

 

「っ⁉︎つ、付き合ってませんから!」

「あら、そうなの?」

「………えっ、付き合ってないのにうちに連れて来たの?」

 

 兄貴がボソッと声を漏らした。そういえば、友達と一緒に実家に帰るって世の中の一人暮らし高校生交友関係の中であり得るのか?友達がいないとそういう経験ないから分からないわ。

 まぁ、その辺のことも含めて凛に聞いた方が良いだろう。

 

「いや、連れてきたわけじゃないから。勝手について来たんだよ」

「あら、家に来る予定だったんじゃないの?」

「いやいや、今朝気が付いたら電車で隣に立ってたんだよ。大体、予定を立てようにも先週の土曜以来会ってなかったし………。あれ?そういえば凛ってほんとなんでついて来たの?」

「…………」

 

 聞くと、凛は頬を赤らめて俯いた。やがて、キッと俺を睨むと脇腹に突きを入れて来た。

 

「ふぁひゅっ⁉︎ちょっ、何だよ!どういう意図の返事だそれは⁉︎」

「うるさい、バカ」

 

 言いながら白米を口かっ込む凛。何なんだ一体………?

 だが、うちの家族はみんな何かを察したようで、俺をゴミを見る目で見ていた。やがて、親父がのそっと立ち上がり、俺の前に歩いて来た。

 

「このクソリア充がッ‼︎」

「ふぉぐっ⁉︎」

 

 突然、顔面に張り手が飛んで来て、後ろに盛大にぶっ飛んだ。

 

「テメェクソ親父!何しやがんだオイ!」

「うるせぇ!死ねこのクソ息子がァッ‼︎」

「やんのかコラクソ親父が‼︎」

 

 襲い掛かってくる親父に応戦しようとした直後、俺と親父の間にお袋が入って来て、俺と親父の喉仏に箸の先端を当てた。それに合わせて俺も親父も動きを止めた。

 

「………いい加減にしなさいよバカ親子」

「「………すみませんでした」」

 

 ………ほんと怖ぇな、うちのお袋。今でも思い出すぜ、兄貴が反抗期に親父と殴り合いの喧嘩した時の一人ジェットストリームアタック。マジで3人いるように見えたわ。ていうか、我が家の家族喧嘩の9割はうちの親父の精神年齢の低さが全ての元凶なんだよな。

 俺と親父は席に座り、飯を再開した。赤く腫れ上がった頬を気にしながら飯を食べてると、お袋が何かを察したように言った。

 

「あ、そうだ。凛ちゃん」

「な、なんですか……?」

 

 あ、凛少し怯えてる。大丈夫、自分の家族以外には基本的に優しいからその人。

 

「鳴海の頬、ちょっと手当てしてあげてくれる?」

「へっ………?」

「ほら、腫れちゃってて食べにくそうだし」

「いや、いいよ別に。もう食べ終わったし、今手当てしてもらったってすぐに腫れが引くわけじゃ………」

「あんたは黙ってなさい」

「お、おう………」

 

 なんでだよ………。怪我してる当事者なんですけど。あまりに怖くて素直に返事をしちまったじゃねぇか………。

 

「分かりました。………行くよ、ナル」

「へ?引き受けんの?」

「黙ってついて来て」

「お、おう………」

 

 あれ、気の所為かな。今、凛の後ろにお袋の影が………。

 台所に向かって救急箱を取って湿布を取り出した。上手い具合にちょうど良いサイズに切り取って、俺の頬に近付けた。

 

「動かないでね」

「お、おう………」

 

 ………近いな。ていうか、両頬に手を添える意味は?……なんかキスされそうになってるみたいで少しドキドキするんだが………。

 

「………すごいね、ナルの家族」

「まぁな。奇人の集まりである事は自覚してるよ。………一人は鬼神だけど」

「また怒られるよ」

「勘弁してくれ………」

 

 まぁ、基本的には良い人なんだけどな。みんな俺の一人暮らしに賛成してくれたし。そういう面では感謝もしてる。

 

「でも、良い人そうで良かった」

「まぁな」

「みんなは明日とかいるの?」

「分からん。仕事かもしれないし家にいるかもしれない。みんな仕事だったら、家でゲームしてよう」

「みんな仕事じゃなかったら?」

「街に出る」

「なんでよ………」

「家にいて質問攻めに合うのは凛の方だぞ」

「………よろしく」

「東京だけど、田舎だから川とか綺麗だよ」

 

 そんな話をしてると、お袋が食器を持って来た。

 

「ご馳走様、二人とも。何、明日川行くの?」

「いや、予定だけね」

「そう。なら、水鉄砲とかは玄関の近くの押入れに入ってるからね」

「おお、サンキュー」

「凛ちゃんは水着あるの?」

「いえ、持って来てはないです。入るなら、足だけ浸かるくらいにしておこうと思ってます」

「そう。私のサンダルで良ければ貸してあげられるけど………」

「ありがとうございます」

「一応、玄関に置いておくわね」

「はい、すみません」

「良いのよ」

 

 それだけ言うと、流しに食器を置いておいた。

 

「鳴海、悪いけど洗い物しておいてくれる?私、お風呂沸かして来るから」

「良いよ」

 

 お袋はお風呂を沸かしに行ったのか、台所から出て行った。

 

「手伝うよ、ナル」

「いや、凛まだ食べ終わってないでしょ?」

「でも………」

「なら、さっさと食べ終わって食器持って来てくれる?」

「………わかった」

 

 そう言うと、凛は食卓に戻った。台所から食卓が見えるんだけど、兄貴と親父の姿も無かった。もう食べ終わったのかあの二人。

 洗い物してると、食べ終えた凛が食器を運んで来た。

 

「ご馳走様」

「サンキュ。俺が洗った奴を拭いてそこ重ねといてくれ」

「分かった」

 

 多分、凛もお手伝いとかするんだろうな。だから、二人で手際良く洗い物を終わらせた。

 

「………ふぅ、良し。今日はどうする?」

「とりあえず、ナルの部屋に行こうか」

「りょかい」

 

 てわけで、俺の部屋に向かった。しかし、なんでいきなり食卓から消えたんだ?お袋が代わりに二人分の食器を下げてまで。何か企んでる気がするんだが………。

 凛はそんな企みに気付くことなく、少し機嫌良さそうに俺の後ろを歩いていた。

 

「ここ、俺の部屋」

「んっ」

 

 懐かしいな。まぁ3ヶ月ぶりくらいだけど。部屋の扉を開けると、俺は固まった。何故か枕がダブルの布団が敷いてあり、枕が二つ分置いてあったからだ。

 

「? どうしたの?ナル」

「あ、バカ見るな………!」

「は?……あっ」

 

 凛も部屋の中を覗き込むと固まった。しかも、部屋の隅には凛のスーツケースが置いてあった。

 

「……………」

 

 気まずげに凛をチラ見した。凛は一瞬、目を逸らしたけどすぐに真顔になった。

 

「………とにかく、ゲームやろっか」

「……………」

 

 流石に冷静だなー。羨ましい反面、男と見られてないと思うと少し心に来るわ。まぁ、友達同士だし異性を意識する方がおかしいのか。何より、いつも俺のアパートと大して状況変わらないし。なら、俺も意識しない方が良いだろう。

 

「分かったよ。どうする?スマブラで良いの?」

「うん」

「いつもと一緒だな」

「まぁ、今日は仕方ないよ。その代わり、明日はちゃんとエスコートしてよね」

「エスコートっつーか、案内だけだな」

「……………」

「え、何その不満そうな顔」

「今日はボコす」

 

 ………なんか殺気が出てきたんですけど。

 

 ×××

 

 途中でお風呂休憩を挟みつつゲームを続け、気が付けば夜中になっていた。ゼロサムを使わせてる凛は俺に1勝もすることはできず、ぐぬぬっと唸っていた。

 

「ふわあ……俺のゼロサムに勝つのは無理だって………」

「嫌。絶対負けない」

 

 だって俺、超練習したんだもん。何より、ゼロサムを死なせたくなかったからな。

 

「むー……でも、負けたくない」

「なんでそんなゼロサムに対抗心燃やしてんの?」

「………そっ、それは……」

「それは?」

「っ……………」

「……………?」

「〜〜〜ッ!ふんっ」

「ぐぇっ」

 

 突然、後ろから俺の首に手を回して布団の上に引っ張り倒した。

 

「ちょっ、りっ、凛ざん……!ぐるじい、ぐるじいよ………!」

「うるさいっ」

「いやっ、ぞんな………こ、このっ………!」

 

 首に回されてる腕の手首を掴み、何とか首から手を離させた。いくら体格は同じくらいでも、やはり男女なだけあって力の差はある。

 すると、凛は素早く俺の下から退いて布団を持ち上げて振り被った。

 

「ちょっ、お、おまっ………!」

「がおー」

 

 俺を布団で包んだ後、枕をものっそい叩きつけて来た。ちょっ、このやろっ……!枕投げなら上等だぞこの野郎!

 なんとか布団から這い出ると、投げられた枕をキャッチして投げ返そうとした。だが、凛はニヤリと微笑んで言った。

 

「女の子に枕投げるの?」

「うぐっ………!」

 

 こ、こいつ………!こんな時だけ女の子の特権を………!なら、女の子が怪我しないように考慮すれば良いのだ。幸い、ここは布団の上だ。

 枕で盾を使いながら凛の腰に飛びついた。

 

「ちょっ、ナル⁉︎」

 

 そのまま腰を低くして凛の体を持ち上げると、ボフッと布団の上に押し倒した。

 

「キャッ………⁉︎」

 

 その上に馬乗りになり、手をワキワキさせながら見下ろした。

 …………そこで冷静になった。俺、なんで凛のこと押し倒して馬乗りになって手をワキワキさせてんだ………?凛は凛で、何故か顔を赤らめて息を乱している。

 ………ねぇ、なんでそんな表情してるんですか……?なんか、こう……エロい表情を………。どうしよう、なんか罪悪感が………。

 ………よし、枕投げはやめよう。それより、電気代勿体無いしW○iを片付けよう。

 

「さて、夜遅いし寝ようか」

「…………はっ?」

 

 そう言って、W○iを片付けてテレビを消した。うん、明日は出掛けるんだし寝た方が良い。

 そう思って布団に入った。………何と無く気になって凛を見上げると、枕を振り被ってまっすぐ俺の顔を睨んでいた。

 

「…………えっ、り、凛……?嘘だよね?そんな事しないよね……?」

「……………」

「へ、返事がないのは不安なんだけど………。り、凛さん……?」

「……………」

「り、凛さんってなんかリン酸みた……いや冗談ですやめて下さいちょっとやめて止めてやめて止めてやめっ………⁉︎」

 

 顔面に枕をダンクされた。

 

 



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田舎の遊び。

 翌朝、目を覚ますと目の前で凛が寝ていた。昨日の寝る前の記憶がイマイチ朧気だけど、どうせお袋達の陰謀で一緒の部屋で寝る事になったのだろう。

 ま、別にそれくらいは慣れてるので良いさ。だけど、その……なんだろ。なんかパジャマがはだけてるんですよね。乳首がギリギリ見えるか見えないかの所まで割とガッツリ。

 

「……………」

 

 おいバカ俺。見るなよ。覗きだぞこれじゃ。ていうか、何で今更見てるんだよ俺。実家でダブルの布団の中で寝てるから変な気分になってんのか?何にしても、下手なことはしない方が良い。

 …………凛のほっぺ柔らかそうだなぁ(意志の弱さ)。

 触ったら怒られるかな。いや、でも寝てるし………。バレなきゃ怒られない?男子はともかく、女子はたまに友達同士で頬を突いたりしてるの見たことあるし………。

 

「……………」

 

 あ、柔らかい。ぷにぷにしてる………。中学の時の職場体験で行った保育園の子供より柔らかいかも………。

 そういえば、頬が柔らかい人ってエロいって話を聞いた事あるけどマジなのかな。いやいや、凛がエロいって言いたいわけじゃなくて。

 

「………まぁいいや」

 

 とりあえず、頬をツンツンしてよう。そう思ってふにふにの頬を人差し指で突いてる時だ。その俺の手首が掴まれ、引っ張られた。

 

「ぬをっ⁉︎」

 

 凛の胸元まで引き込まれてひっくり返され、後頭部を胸に埋めるように抱き締められた。

 

「り、凛っ………⁉︎」

 

 な、なんだ?寝惚けてんのか⁉︎半分パニックになってる間に凛の左腕は俺をアスナロ抱きするように首の前に回って来た。

 

「ナル…………」

 

 ………えっ、俺の名前………?アスナロ抱きしながら俺の名前ってどういう事だ………?ま、まさか凛って……俺の事を………。

 その直後、後ろから俺を抱いていた両腕が急に引き上げられ、顎の下に左腕がセットされ、万力の如き力でギリギリと締め上げられた。

 

「おごっ⁉︎」

「少し、くらい……!反応、してよ………‼︎」

「かっ、かふッ………⁉︎」

「このっ、ポニテバカ………‼︎」

「あががががっ…………‼︎」

 

 のっ、喉がっ、絞まッ………‼︎こ、コイツ何の夢見てやがんだ……⁉︎いや、そんなのどうでも良い!慌てて凛の絞めてる方の腕を叩いた。

 

「ぎっ、ギアギヴギヴ………!凛、ギヴだがら手を離じでお願いじまず………‼︎」

「ナルの分からず屋あぁああ‼︎」

「ぞんなバナージみだいな………!」

 

 締め上げられながら、とりあえずもう変な気は絶対に起こさない、そう心の中で誓った。

 

 ×××

 

 朝飯を食べ終え、俺と凛は家を出た。とりあえず地元を歩き回る事になった。

 なんか朝飯終わってからお袋と二人で話して戻って来たらポニテになって戻って来たから、少し目に悪い。未だにポニテの凛は照れて直視出来ないんだよね。

 まぁ、何故か伊達眼鏡もしてたから多分変装用なんだろう。変装には帽子の方が良い気もするけど、そこは俺が口挟むところじゃないし良いか別に。

 で、今は道路を二人で歩いている。ちなみに、俺も帽子を被っています。地元の奴らに会いたくないからバレたくない。

 

「で、まずは何処連れてってくれるの?」

「んー……そう言っても別に面白い所があるわけじゃないし………」

 

 何処だ?東京に無い所とか連れてけば良いかな。そうなると、やっぱ川しかないんだが………。あと山とか雑木林だけど、この季節だと虫とかたくさんいるし。

 川なら水に足を浸かったりして涼めるし。凛はお袋から借りたサンダルを装備してるし、大丈夫なはずだ。

 

「じゃ、川行くか」

 

 幸い、うちの中学に通ってた奴らはカラオケとかボウリングとかそういう学生が好きそうな所が好きな連中ばかりだ。川にはいないだろう。

 川に到着し、岸まで降りた。川を見るなり、凛は小さく「わぁ……」と声を漏らした。

 

「綺麗………」

「まぁ、田舎だしな。魚もいるよ」

「あ、ほんとだ」

 

 一応、押入れから遊び道具とかは持って来たけど、凛こういうの使いそうにないし、持って来ても仕方なかったかもしれない。とりあえず、鞄はその辺に置いておこう。

 

「入ってみれば?足だけでも」

「うん………」

 

 ソーっと川に足をつけ、着水した瞬間に「ひゃっ」と控えめな悲鳴をあげた。。ほんと可愛い声してんな、あの人。

 

「冷たい?」

「うん。でも、気持ち良いよ。ナルは入らないの?」

「俺はいいよ。濡れたくないし」

「………ふーん?」

 

 …………あ、凛がニヤリと微笑んだ。嫌な予感する。

 その予想は的中した。足を引いて思いっきり水をかけて来た。

 

「それっ」

「ちょっ、おまっふざっ………!」

 

 避けようとしたがモロに掛かった。

 

「やめろっ!やめろって………!」

「あーあ、濡れちゃったね。これじゃあもう入った方が良いんじゃない?」

 

 こいつ………!上等だよこの野郎。よろしいならば戦争だ、ってか?悪いけど、手加減とか出来ないからね?

 俺も川に足を着け、両手を合わせて水を掬って掛けた。

 

「オラッ!」

「ひゃっ!………このっ!」

 

 向こうも手を使って来た。それを俺は体を左に大きく傾けて回避しつつ、左手を水に浸けて振り上げた。それが凛に直撃する。回避した時には攻撃準備に入ってるから、向こうの攻撃が終わった直後の隙を突け入れるのだ。

 それを披露すると、凛は少し不機嫌そうな視線を向けて来た。

 

「………水かけっこでも上手いんだ」

「常に脳が動くんだよ。効率的な勝ち方というのを………ぶっ⁉︎」

「………隙あり」

 

 こいつ………!俺とは別の方法で隙を狙って来やがったか………!上等だよ畜生め。

 

「そら!」

 

 右手を水につけて掛けようとした。すると凛はビクッと反応して避けようとする。直後、その隙を突いて左手で、凛の避けた方に水を掛けた。

 

「このっ………!狡いよ!」

 

 文句を言いながら反撃して来る凛。だが甘いぞ凛よ。貴様の動きは完全に見切った、俺が負ける要素がない。

 水面ギリギリに身体を捻るようにして避けながら両手を水に漬けた。全開に力を入れ、ファインプレーでキャッチした野球ボールをそのままの勢いで投げる時の如く両腕を振り上げた。大量の水が凛に襲い掛かる。

 

「私だって………!」

 

 ボソッと呟きながら避けようとする凛。その直後、グラッと凛の身体が後ろに大きく傾いた。転ぶ、と一瞬で把握した俺は凛に手を伸ばした。

 

「きゃっ………!」

「凛!」

 

 何とか凛の人差し指と中指を握る事に成功し、自分の方に思いっきり引っ張った。が、割と強く引っ張りすぎだ。今度は俺がひっくり返った。

 ケツから水の中に落ち、ドッボーン☆と高校生二人分の体重による水飛沫が舞い上がる。

 凛を下から抱える形で尻餅をついた俺と、俺の上に抱きつくように倒れ込んだ凛は顔を見合わせた。結局、二人揃ってズブ濡れになった事が少しおかしくて、二人揃って「プッ」と吹き出した。

 

「ふふっ、ふははっ……!あはははは!」

「あはははははは!」

「あはははははは!」

 

 なんかアニメの1シーンのように二人揃って声を上げて大笑いした。何が面白いのか分からないが、とにかく面白かった。

 笑い疲れ、とりあえず二人で川から上がる事にした。風は吹いていなくて、真夏の日差しが川岸に降り注ぐ。普段なら暑くて鬱陶しい太陽光だが、ずぶ濡れの俺達には心地良かった。

 

「はー……疲れた………!」

「ほんとだよ………。良い歳した高校生二人が何やってんだ」

「良いじゃん、楽しかったんだもん。東京の汚い川じゃ出来ないよ」

「ここも東京だから、一応」

「そっか」

 

 そこでまた、お互いに微笑み合った。何処かで寝転がったら心地良いかもしれないが、川岸は石だらけでゴツゴツしている。

 ………いや、もう少し上流に行った辺りに確か良いのがあるな。

 

「凛、少し歩かない?」

「? 何処に?」

「上流。良い感じに寝転がれる所あるよ」

「行く」

 

 凛も同じく寝転がりたかったようで即答した。二人で上流に向かって歩き始めた。

 歩き始める事数分が経過、やはりというかなんというか、寝転がれるのがあった。馬鹿みたいにデカイ岩だ。人間二人くらいなら余裕で寝れる。

 

「よし、これだ」

「………岩?」

「岩の輻射熱が良い感じでまた気持ち良いんだよ。昔はよく兄貴と寝てた」

「自然の岩盤浴だ」

「そ、そうなのかな?」

 

 岩盤浴行った事ないから知らないけど。先に俺が登ってから、凛に手を差し出した。それを受け取り、一気に乗っかった。

 

「確かにあったかいかも………」

「でしょ?」

 

 相槌を返しながら寝転がり、両手を広げた。ああ、相変わらず気持ち良いんじゃ〜………。

 同じように凛も寝転がり、俺の広げた腕の上に頭を置いた。なんかもう自然と腕枕だな。別に良いけど。

 

「確かに気持ち良いかも………」

「だろ?」

「やっぱ現地の人いると便利だなー。こういうの知ってるのは地元に住んでる人だけだもんね」

「いや、この岩は多分俺と兄貴しか知らないぞ」

「そうなの?」

 

 俺が小学生の時はすでにカードゲームやら携帯ゲーム機やらが流行ってる時代だったからなぁ。兄貴が子供の時はまだ体を動かして遊ぶのが流行ってたから、よく連れてってもらったりしてた。

 

「………じゃあ、ここって大切な場所なんじゃない?」

「まぁね。凛になら教えても良いと思ってさ」

「っ、そ、そう………」

「東京で初めて出来た友達だから」

「……………」

 

 なんなら人生初めてなまである………。いや、兄貴の友達の女の人も結構、良くしてくれたから友達と見ても良いのかな……?微妙なとこか。もう向こうは俺のことなんて覚えてもないだろうし。

 

「あ、何なら俺と兄貴の秘蔵スポット78箇所くらいあるけど全部回る?」

「……………」

「凛?」

「いや、なんでもない。ナルにそういうの期待する方がダメだよね」

 

 あれ、なんか呆れられたような気がするぞ。

 

「行く」

「お、おう?」

「でも、その前に何か食べたいな。お腹空いてきた」

「りょかい。………食べに行くならその前に風呂だが」

「じゃあ、一度帰ろっか」

「そだね」

 

 てなわけで、家に帰る事にした。風呂は沸いていないが、夏だしそこは平気だろう。歩き始めた所で、周りの視線に気がついてふと凛の方を見た。服が透けて下着が露わになっている。

 

「っ⁉︎」

 

 俺は慌てて鞄からタオルを取り出した。

 

「り、凛!これ巻いて!」

「へ?どうしたの?」

「良いから早く!」

「嫌だよ、暑いし」

「いや周りの人達も暑くなってるから!特に男性陣!俺は見慣れてるから良いけど…………!」

「はぁ?………っ!」

 

 言われて自覚したのか、慌ててタオルを奪って自分の体に巻いた。そして、真っ赤になった顔で何故か俺をキッと睨みつけて来た。

 

「なっ、なんだよっ。俺の所為じゃねーよ!」

「…………えっち」

「なんでだよ⁉︎普段は俺の後ろで平気で………!」

「わ、わー!わー!外でそんなこと言わないで!」

「はぐっ⁉︎」

 

 慌てた様子で口を塞がれた。こ、この女………!なんだよ、今更恥ずかしがらなくても良いだろ………!

 

「………と、とにかく、早く帰るよ。良いね?」

「っ、っ」

 

 驚く程、迫力たっぷりな顔で凄まれ、俺は無言で頷くしかなかった。

 

 



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水原くんと恋人になりたくて(2)

 夕方の7時頃、ナルの田舎での生活も三日目が終わろうとしていた。今日も私はナルの部屋の布団で寝転がっている。昨日は川に行ったり、山に行ったりとナルのお兄さんとの思い出の場所を巡り、今日はナルの行きつけだった食事屋や駄菓子屋、本屋などに言ったりと、普段の生活からは考えられない遊びをした。

 数日とはいえ、田舎で生活する事になるとは思ってもみなかったので、私の知らない世界が目の前に広がってるような気がして、とても新鮮な気分だった。

 しかし、そんなとても楽しいはずなのに私の心臓はずっとうるさかった。ナルと二人で遊んでるだけで鼓動が早くなる。やはり、私はナルの事が好きなのだろうか。

 

「……………」

 

 ダメだ、分からない。自分の気持ちなのに自分で分からない、というのも変な話だが、本当に分からないんだから仕方ない。まるで、アイドルの話を持ちかけられた時のようだ。

 とにかく、考えても分からない事を考えても仕方ない。とりあえず、今はナルの実家での生活を楽しもう。なんだかんだであと2日で東京に帰るんだ。

 

「………にしても、ナル何してるんだろ」

 

 すぐに部屋に来るって言ってたのに………。

 気になって探しに行こうと思った時、部屋の扉が開かれた。

 

「凛ちゃんいる?」

「あっ、お、おばさん……」

「お義母さんで良いのよ?」

「い、いえ………」

「それと、おばさんじゃないから。まだ40代だから。家族で一番年上だけどギリギリセーフだから」

「は、はぁ………」

 

 何を焦っているんだろう………。若い私にはまだ分からないことなのかな………。

 

「今日はこの後、鳴海と予定でもあるの?」

「無いですよ」

 

 強いて言うならゲームくらい。すると、おばさんは「じゃあ」と言って浴衣を私に差し出して来た。

 

「はい、これ」

「へっ………?」

「近くでお祭りやるのよ。ナルと行ってきたら?ってお父さんが」

「えっ………あのおじさんが………?」

 

 何か企んでるんじゃ………。

 

「ああ、大丈夫よ。お父さん、ああ見えて精神年齢低い割りに教育者だから。あ、でもあの人をお義父さんなんて呼ぶ必要ないからね?私の事だけお義母さんと呼んでちょうだい」

 

 ………家族仲が良いのか悪いのか分からないんだけど。

 

「ナルにはお父さんから話してあるから。じゃ、着替えちゃってね」

「あ、でも………私、浴衣の着方なんて………」

 

 お祭りは行ったことあるけど、浴衣を着たことなんてない。ていうか、うちに浴衣なんてあるのかな?

 

「じゃあ、私が手伝ってあげる」

「すみません、わざわざ………」

「良いのよ。………息子の彼女のためだもの」

「っ、ま、まだ、彼女じゃないですし………」

「まだ、ね?」

「っ………!」

 

 とてもナルのお母さんとは思えないくらい、上手くカマをかけて来る。絶対、ナルはお父さん似だ。

 私が服を脱ぐと、おばさんは浴衣を私に着せ始めた。

 

「あら、肌綺麗ね。何か特別な事でもしてるの?」

「い、いえ………。特には何も………」

「何もしてなくてこれなの?羨ましい限りだわ。………私ももっと若ければ」

 

 自分で自分の地雷を踏み抜くのはお願いだからやめて欲しい。なんか気まずいし。

 

「で、凛ちゃんは鳴海の何処を気に入ったの?」

「ぶふっ⁉︎」

 

 こ、この家に来てから私、吹き出し過ぎな気がするんだけど………。

 

「にゃっ、何の話ですか」

「もういいわよ、隠さなくて。別に本人に言いやしないから」

 

 そう言われてもな………。私もナルが好きであるって確信があるわけではない。だってほら、もしかしたら心不全かもしれないし。

 

「で、何処が良いの?」

「………私がナルを気に入ったのは、優しい所です」

「ふーん?」

「最初、見た時は私より身長の低くて童顔な私の理想からはかなりかけ離れた男子高校生でしたが、なんかお母さん………私の母を助けてくれたみたいで」

「あら、あの子が?」

 

 意外、みたいな反応したけど表情は驚いていない。流石、親だ。息子の事はよく分かってるんだろう。

 

「はい。まぁ、大したことではなかったのですが………まぁ、それから色々あって、二人でゲームしたり遊んだりする仲になって……その時とかに色々良くしてもらって………」

「ふーん……?ベタ惚れじゃない」

「っ!ほ、惚れてなんかないです」

「まぁ、あなたがそう言うならそれでも良いけど。でも、自分に素直になった方が良いわよ」

「そ、そんなこと………!」

「…………婚期が遅れるから」

「……………」

「………私が好きだった人は次々に結婚して……大学の仲良かった同級生の中でいつの間にか結婚してなかったのは私だけで………」

「あの、もうその辺で結構ですので………」

 

 ていうか、憎しみが乗ってるのか、ちょっと帯締め過ぎなんですけど………。

 

「と、とにかくっ、私の経験から言わせてもらうと、恋愛に関しては変なプライドは捨てた方が良いわよ。私も、お父さんがいなかったらどうなってたか分からないんだから」

「…………」

 

 そうなのかな。しかし、今の話を聞いた感じだと、本当にナルはお父さん似なんだろう。

 

「………覚えておきます」

「よし、完成っと。ナルは居間にいると思うから、行っておいで」

「はい、ありがとうございます」

 

 それだけ話して、私はナルの部屋を出た。思ったより浴衣って歩きにくいな……。足の可動範囲が狭い。

 少し手間取りながらもなんとか歩き、居間に入った。

 

「親父!テメェ、俺の抹茶プリン食いやがったな⁉︎」

「お前だって俺のミルクプリン食っただろ‼︎」

 

 また下らない事で………。私は小さくため息をつくと、殴り掛かろうとするナルの襟を掴んで引っ張り、後頭部を胸で受け止めると、右腕を首に回して締め上げた。

 

「おごっ⁉︎」

「小さいことで喧嘩しない。おじさんも」

「ずっ、ずびばぜ……カハッ」

「………あれ?おかしいな……今、母ちゃんの影が………」

「返事」

「「はい」」

 

 素直な返事が返って来て、私は手を離した。ゲホッゲホッと咳き込みながら、ナルは私の方を見た。

 

「それより遅かっ………」

 

 直後、何故か唖然とした。その後に、頬を赤らめて照れたように目を逸らした。照れたように、というか照れてるんだろう。自分の浴衣姿を見られて照れられ、私も少し気恥ずかしくなり、頬を染めて目を逸らした。

 

「………ど、どう?」

 

 感想は聞くまでもない。照れるほど似合ってるんだろう。だけど、本人の口から聞きたくて聞いてみた。

 するとナルも、頬を赤らめながら目を逸らしてボソッと答えた。

 

「あ、ああ………。とてもよくお似合い、ですよ………」

「そ、そう………」

 

 自分で聞いておいて、恥ずかしくなって敬語である理由を聞き損ねた。嬉しさと羞恥心が入り混じり、顔が真っ赤に染まるのが分かった。

 お互いに頬を染めたままモジモジしてると、おじさんが私達を見てボソッと呟いた。

 

「………良いなぁ、若さ故の恥じらい……。歳を取ると、あの頃の母ちゃんはもう見れないと………」

 

 直後、おじさんは後ろに倒れた。何が当たったかは分からない。気が付けば倒れていた。

 

「さ、二人とも。いってらっしゃい?」

 

 私の後ろからおばさんが声をかけて来た。………え、そこからおじさんに攻撃したの………?おばさん、何者………?

 

「い、行こうか、凛」

「う、うん」

 

 若干、引き気味に私とナルは家を出た。

 

 ×××

 

 おばさんに用意してもらったゲタを履いて、お祭り会場の神社に来た。歩きにくそうにしてると、ナルが腕を貸してくれたので、ありがたく腕を組ませてもらっている。

 変装しなければならないと言うことで、相変わらずポニテに伊達眼鏡だけど、ナルはそれでも気にした様子なく歩いている。

 ………いや、気にした様子なくというか、さっきから会話がない。ナルは多分照れてるんだろうけど、私は違う。未だにさっき褒めてもらったのが嬉しくて、内心舞い上がってると共に、もっと褒められてしまいたくなっている。

 

「………ねぇ、ナル」

「? 何?」

「い、今更だけどさ、この眼鏡、似合う?」

 

 気が付けば質問してしまっていた。

 

「お、おう。なんか賢く見える」

「………それは普段は賢く見えないって事?」

「あ、いや違うから。いつにも増してって事だよ」

「ふふ、分かってるよ」

 

 こんな何気ない会話ですら、何となく楽しくて、嬉しく感じてしまう。

 テンションが上がって来て、ナルの手を引いて先を歩いた。

 

「さ、お祭りだよ。何かしようよ」

「そ、そうだな。何する?」

「とりあえず何か食べよう。私、わたあめ食べたい」

「あ、ああ。兄貴からお金もらったから、俺が出すよ」

「へ?い、良いの………?」

「ああ。こういう時くらい男見せろってさ……」

「いくらもらったの?」

「二千円。それ以上は自分で払えだって」

「そんなに………」

 

 そんな話はともかく、二人でわたあめの屋台に並んで購入した。続いて型抜き、あんず飴、型抜き、射的、型抜き、金魚掬い、型抜き、さらには型抜きの屋台を巡った。ていうか型抜きの屋台多過ぎるし。しかもこの人、型抜きも射的も金魚掬いも上手過ぎ。特に型抜きなんて最高難易度の5千円を片っ端からクリアして、2万5千円巻き上げてるし。軍資金は増える一方だ。

 

「………す、すごいね」

 

 厚くなった財布と、射的で入手したプレ4の箱を持ってナルは上機嫌に歩いていた。

 

「まぁな。さ、次は何やる?」

「うーん………何やってもナルが上手すぎてお店に申し訳ないんだけど………」

 

 なんでこんな上手いの。もはや祭り荒らしでしょ。もしかしたら、ゲームなら何でも上手いのかもしれない。

 

「東京戻ったらプレ4のゲーム買うか」

「そうだね。何か面白いのある?」

「さぁ?あるんじゃね?」

「テキトーすぎるし………」

 

 まぁ、そもそもプレ4持ってないんだし当然といえば当然か。でも、新しいゲームを手に入れたのは少し嬉しいので、東京に戻ってからも楽しみが出来たような気がした。

 すると、ナルがスマホの時計を見て「あっ」と声を漏らした。

 

「? どうかした?」

「もうすぐだ。凛、祭りでやり残したことは?」

「へ?な、無い、と思うよ」

「なら、ついて来て」

 

 腕を組んでいたのを外し、ナルの方から手を繋いでくれた。そんな事だけでもドキッとしてしまう。お泊まりとかしてるのに今更。私は何なんだろうか。

 

「ど、何処行くの………?」

「良いから、ほら」

 

 ナルが連れて来てくれた場所はこの前の川だった。二日ぶりに来ただけなのに随分と懐かしく感じた。

 川に掛かっている橋に到着すると、ナルは橋の手摺に寄り掛かったので、私も一緒に寄りかかった。

 

「ねぇ、ここがなんなの?」

「あと3分待って」

 

 言われて、渋々待機する事にした。しばらく待ってると、ヒュ〜ッというお馴染みの音が聞こえた。ふと顔を上げると同時に、ドォンッと胸に響く音が街中を包んだ。

 言うまでもない、花火だ。赤、青、緑、黄色の火薬の花が夜空に咲き、散って行った。

 

「…………わぁ」

 

 感嘆の声が口から漏れた。綺麗だ。東京と違って、雲どころかマンションも何もない空に、大きく花火が上がっているからだろうか。いつもより大きく華々しく見えた。

 

「すごいっしょ」

 

 ニヒッと悪戯に成功したような笑みを浮かべて、ナルは私に言った。

 

「………うん、驚いた。すごいね」

「だろ?前に兄貴とここから花火を見てたんだ」

「……………」

 

 またお兄さんとの場所か。そういう思い出の場所を教えてくれるのは嬉しいけど、少し……こう、羨ましい。私も、私とナルだけの場所みたいなのが欲しい。

 でも、それにはこの田舎では無理だ。東京に来るまでの15年間、ナルはお兄さんとここで暮らしている。そんな場所で私だけの場所が探せるとは思えない。

 それに、ナルとの場所を作るのは私と出会った東京が良い。

 

「ね、ナル」

「? 何?」

「東京に戻ったらさ、私とナルだけの場所を探してみない?」

「…………どういうこと?」

 

 この野郎、察しが悪いな。

 

「だ、だから………その、ナルとお兄さんの場所みたいな」

「ああ、そういう事?」

「…………うん」

「良いよ」

 

 頷いてくれた。まぁ、都会でそんな所を見つけるのは難しいかもしれないけど。

 でも、探せばあると思う。私はナルの手を取って小指を結んだ。

 

「約束だからね」

「…………んっ」

 

 指切りした手をナチュラルに繋ぎ直して、花火を見続けた。

 

 



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簡単に異性の部屋に泊まるとか言わないように。

 夏休みというのは一ヶ月半以上もある長期休暇であり、学生達にとっては至福の時間と言えるだろう。俺も今までの夏休みはクソだったが、今年は凛と実家に帰って夏を満喫できたので、それなりに楽しかった。

 しかし、まだまだ夏休みは続く。今年は凛と遊べるため、早めに実家から帰って来たわけだが、凛が仕事の日はとても退屈だ。型抜きによる大儲けと、アイドルを連れてきたことによる家族からのお小遣いによって(特に兄貴から)少しリッチになった俺だが、相変わらずの貧乏性で電気代節約の為に家から出て図書館なり古本屋なりと出掛けるしかない。

 今日は実家から帰ってきた翌日、つまり生放送の日だ。早速、凛が仕事に行ってしまっているので、一人で古本屋に来ていた。今日は何の漫画を読もうかな。ていうか、通い過ぎて二次元についてとても詳しくなってしまいそうだ。ちなみに、今読んでるのはデスノート。だって読めば俺の理想の刑事に近づけるようになる気がして。

 呑気に鼻歌を歌いながらページをめくると、ヴヴッとスマホが震えた。

 

「………またか」

 

 凛からL○NEだ。内容は「昨日、何の日だったか分かる?」といったような内容だ。いや知らねーよ。強いて言うなら帰宅した日でしょ。

 ていうか、昨日の朝からずっとソワソワしてるし、何かあったのか?

 まぁ、考えてもわからないし、とりあえず「子日だよ!」と返信すると、「あっ」と声を漏らす声が聞こえた。

 

「?………あっ」

 

 振り向くと、奈緒が立っていた。手元にはライトノベルが数冊重ねてある。………なんだこれ。気まずい。奈緒ってもしかしてオタ……いや、憶測でものを言うのは良くないな。

 とりあえず、自然に話しかけよう。本には気付いてないように。

 

「おう、奈緒。読書の秋だな」

「今は夏だ!なんだよ、何が言いたいんだよ!」

 

 ちょっと声の掛け方間違えた。

 

「いや、何が言いたいってわけでもないから………」

「そうだよ!あたしはオタクだよ!悪かったな!」

「いや、全然何も言ってないけど」

 

 そんな顔を真っ赤にして怒らんでも………。

 

「何、今日は休み?」

「ああ。そっちは?」

「俺はもうずっと休みだよ」

「ふーん………なぁ、色々聞きたい話あるし、ちょっとどっか寄らないか?」

「は?別に良いけど」

「よっしゃ。じゃあ本戻して来るから待ってて」

「買えばいいじゃん」

「は、はぁ⁉︎あたし、別にこんな本に興味なんかねぇし!」

「いや、会話が成り立ってすらないんだけど………」

 

 何なんだよこいつ。言い訳下手過ぎて墓穴をマントルまで掘り進めるのが趣味なのかな。

 まぁでも、買わないならそれで良いさ。俺には関係ないし。俺もデスノートを本棚に戻した。

 

「お待たせ」

「おお、何処行くの?」

「何処が良い?」

「財布に優しい所」

「………マックで良いか」

 

 すみませんね、一人暮らし辛いもので。

 二人で古本屋を出て近くのマックに入った。ちょうどポテトが150円で助かったわ。

 ポテト以外にもコーラを購入して、二人で席に座った。奈緒はポテトとナゲットとシェイクを買って来ている。

 

「………結構ガッツリ行くね」

「ナゲット2個くらい摘んで良いぞ」

「えっ、マジ?」

「ああ、その代わりちゃんと質問に答えろよ」

 

 おお、奈緒って良い奴だったのか。未だに凛に俺がいじられるとたまに睨んでくるのに。

 

「で、話って?」

「凛を実家の家族に紹介したんだろ?」

「あー、耳が早いね」

「まぁな。どうだった?」

 

 ニヤニヤしながら奈緒がポテトを齧りながら聞いてきた。いやそんな面白い話はないんだけどな。

 

「どうって………別に特別な事はないよ。川に行ったり山に行ったり………あ、強いて言うなら祭りに行った感じかな」

「ふーん………祭り?」

「ああ。型抜きで2万5千円儲かった」

「2万⁉︎」

「ああ、スゲーだろ」

「何、どうやったんだ⁉︎」

「型抜き」

「いやそうじゃなくてだな………!ってそんな事より!」

 

 なんだよ、突然声を荒げて。

 

「凛とはどんな感じだったんだ?」

「は?」

「二人きりで遊んでたんだろ?何かあるだろ、こう………いっ、一緒にいて……たっ、楽しかった、とか………」

 

 なんで照れてんだよこいつ。

 

「そりゃ楽しいよ。凛といて楽しくなかったことなんてないし」

「! お、おお!そうか」

「てか、奈緒だって凛といて楽しいでしょ」

「ああ、そういう………」

 

 あれ、今度は落胆されたぞ。怒って照れて落胆して忙しいなオイ。そりゃ凛にいじられるわけだ。

 

「でも、無いのか?こう………り、凛といてドキドキする、とか……そういうのは無いのか?」

 

 また照れたよ。ていうか、さっきから何を言ってるんだ?もしかして、俺と凛が恋仲になって欲しいみたいな考えを持ってるのか?

 

「まぁ、それはあるよ」

「! マジか!」

「凛はアイドルだし………その、何。顔可愛いじゃん?だから、なんか、こう………よくドキッとする事はあるよ」

「おお、やっぱか!凛、可愛いよな⁉︎」

「でも、だからって俺と凛が恋人になる事なんてあり得ないから。俺が例えその気だとしても、向こうは俺の事をいじり甲斐のある友達、くらいにしか思ってないだろうし」

「…………凛……」

 

 あれ?今度は同情?てか誰に対しての同情だよそれ?

 すると、ポケットに入ってるスマホが震え始めた。

 

「あ、凛から電話だ。出て良い?」

「ああ、良いよ」

 

 一応、許可を得てから応答した。

 

「もしもし、凛?」

『あ、ナル?今、平気?』

「平気。どしたの?」

『その、今日なんだけどさ。仕事が入っちゃって、生放送間に合わないかもしれないんだよね』

「あー、マジかー……」

『間に合ったら良いんだけど……』

「いやいや、無理しなくて良いから」

『ごめんね……』

「いや、仕方ないよ」

 

 まぁ、芸能人だしな。むしろ、今までそういう事が無かったのが不思議なくらいだ。

 …………あ、でもそれなら今日は特別版に出来るかもしれない。

 

「そうだ、奈緒。今日暇?」

「えっ」

『え?ちょっ、奈緒といるの?』

「ごめん、ちょっと待ってて。奈緒、暇?」

「えっ、ま、まぁ、暇だけど………」

「ならさ、夜中にうちで生放送やらない?なんか凛が来れないらしくてさ」

『いや、来れないかもってだけで………』

「あ、あたしは良いけど………」

「よし、じゃあ今回の生放送は特別版だな!」

 

 ヤバい、少し楽しみになってきた。まぁ練習時間は今日しかないけど、奈緒は凛よりはモンハン上手かったしスマブラも上手いだろう。

 っと、安心する前に凛の罪悪感を消さないと。たとえ不可抗力であっても、約束が破棄になれば誰だって罪悪感は抱くものだ。

 

「ああ、凛?今、代役見つかったから。だから気にしないで」

『……………』

「凛?」

 

 あれ、聞こえてないのかな。

 すると、目の前の奈緒がジト目で俺を睨みながら言った。

 

「あーあ、知らねえぞあたし」

「へっ?」

 

 その直後だった。

 

 『馬鹿ーーーーーーーーーーーーーッ‼︎』

 

 キーン、と。キーンと来た。耳に。脳まで声が響いた気がする。凛とは思えないその声にスタンされてる間に、通話はブツッと切られた。

 クラクラする頭を何とか抑えて、かろうじて、という感じで奈緒に聞いた。

 

「…………なんで?」

「知るかっ。自分で考えろっ」

「…………なんで」

 

 とりあえず、ポテトを食べ続けた。

 

 ×××

 

 アパートの一室、そこで俺は奈緒とやるゲームの準備を進めていた。やるゲームはスマブラ。Sw○tchは無いのでモンハンは何にせよ無理だった。前に凛が実家に持って来てから使ってなかったので、コンセントから準備をしなければならない。

 その為、さっさと準備をしてると、なんか奈緒が顔を赤らめてソワソワしてるのが見えた。

 

「どうかした?トイレか?」

「ち、違う!ていうか、女の子にそういう事を聞くな!」

「じゃあ何?」

「あっ、あのなぁ!男と二人きりでアパートの一室にいて落ち着ける女の子がいるかよ!」

「え、でも凛は平気な顔してたけど………」

「………それは凛が鳴海を男として見てなかったからだろ」

「あ、じゃあ奈緒は俺を男として見てるんだ?」

「っ⁉︎はっ、はぁ⁉︎そんなわけないだろ!誰が男なんだよバーカバーカ!」

「お、俺だよ………」

 

 初めて女の子から男扱いされると思ったのに………。ていうか、そこまで否定しなくても良いんじゃないですかね………。

 

「奈緒、とりあえずスマブラやろう」

「お、おう………」

「大丈夫、凛に嫌われたくないから絶対に奈緒に変な真似はしないよ」

「………いや、わかってるんだけどな……」

「そんなに不安ならもう一人友達呼べよ」

 

 まぁ、奈緒と俺はそんなに関係が深いわけじゃないしな。………関係が深くないのになんで一緒に生放送とかしてるんだ……?いや、考えない方が良いか。

 

「いや、大丈夫。凛から惚気を聞かされてるし、鳴海がそんな奴じゃないのはあたしも知ってるからな」

「お、おう………。そう?」

「それより早くスマブラやろう」

「わかった」

 

 二人でゲームを始めた。

 

「奈緒はスマブラやった事あんの?」

「あるぞ。うちにある」

「へー、じゃあ凛より強そうだな」

「あたしのルカ○オに勝てる奴はいないな」

 

 ………なんだろう。奈緒がそう言うと「お前を殺す」以上の生存フラグな気がする……。

 

 〜7時間後〜

 

「もっかい!もっかいだけ!」

 

 奈緒のルカ○オをゲーム○ウォッチで袋にした。練習と生放送を合わせて、もう7時間ぶっ通しである。

 しかし、予想外にも少し強かったな。ゲーム○ウォッチ、ウ○フ、ゼロサムなら完封で勝てるけど、他のキャラだと際どい。ギリギリ勝てるレベルだ。

 

「いや、もう良いよ。疲れたし」

「勝ち逃げする気か⁉︎」

「いや、そういうんじゃなくて。もう夜だしさ……あ、泊まっていくならもう少しやって行っても良いけど………」

「泊まる!」

「お、おう………」

 

 そんなに熱くなるなよ………。まぁ、泊まるなら泊まるで良いけど。一応、凛のサイズのジャージはあるし問題は無いが。

 

「なら、先にお風呂入って来てよ。凛のサイズのジャージで良ければ洗面所に置いてあるから」

「分かった」

「それと、親御さんにはちゃんと連絡しろよ」

 

 言うと、奈緒は先に連絡する事を選んだようで、スマホを取り出して操作した後に耳に当てた。

 しかし、なんでどいつもこいつも簡単に人の部屋に泊まるのか………。それも異性の部屋だぞ。そんなに居心地が良いのか、或いは俺にゲームで負けるのがそんなに悔しいのか………。

 何にしても、とりあえず晩飯でも作るか。そう思って台所に向かった。今日は簡単にカレーにでもしようかな。冷蔵庫から野菜を取り出してると、奈緒から声が聞こえた。何故か涙目だ。

 

「………泊まるって言ったらマ……母さんにダメって怒られた……。ていうか、こんな時間まで何してるんだって………」

 

 うん、普通はそうなるわ。凛の場合は前に手を貸したこともあって信頼されてただけだし。

 

「じゃ、駅まで送って行くよ」

「………明日、リベンジするからな」

「ああ、いつでもかかって来いよ。それと、そんな事で泣くな」

「な、泣いてない!」

「はい、ハンカチ」

「…………ありがと」

 

 ハンカチを渡すと、奈緒は涙を拭きながら玄関から出たので、俺も鍵とスマホと財布を持って家を出て、奈緒を駅まで送った。

 

 ×××

 

 駅に到着し、奈緒は改札を通ろうとした。その時に、ふと思い出したように「あっ」と声を漏らした。

 

「? どした?忘れ物?」

「いや、違くて。そういえばナル、お前凛に誕生日プレゼント渡したのか?」

「……………は?」

「あれ、知らないのか?凛の誕生日は8月10日だぞ」

 

 …………えっ?ま、マジで………?………あっ、まさか、昨日からずっとソワソワしてたのって………。

 

「あげてないなら、今からでも遅くないから渡してやれよ。じゃあな」

 

 帰ろうとする奈緒の肩に、俺は手を置いた。

 

「………っ、な、なんだよ⁉︎」

「明日、助けて下さい」

「…………はぁ?」

 

 



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追加ダメージ。

 翌日、駅前。俺は一人で奈緒を待っていた。凛の誕生日プレゼントを買うためだ。ていうか、まさか誕生日だったとは。マズイな、友達の誕生日を知らないなんて。道理で凛がソワソワしていたわけだ。あの子、わりと子供っぽいし。

 しかし、どんなものを渡せば良いか全然分からん。そのために奈緒と出掛けることになった。奈緒ならJKだしどんなものが喜ばれるか分かるはず………。

 

「お、お待たせっ」

 

 聞き覚えのある声が聞こえて振り向くと、奈緒が立っていた。

 

「おお、よし行こうか」

「ああ。しかしお前、友達の誕生日くらい覚えててやれよ」

「いや、それは本当にその通りです……」

 

 いや、覚えてないっつーか知らなかったんだけどな。まぁ、それならそれで仕方ない。来年からはちゃんと当日に祝うとするさ。

 

「それよりどうする?何買ったら良いの?」

「鳴海のあげたいもので良いんじゃないか?」

「………W○iUとか考えてたけど」

「………ま、まぁ、それも悪くはないが……」

 

 アレならスマブラ最新作あるしな。でも、なんか違う気がする。

 

「それよりも、こう……もう少し女子っぽいものをだな」

「だよなぁ。次に考えたのは女子っぽく衣服なんだが、スリーサイズを知らなくてペケ。次は衣服から手袋やマフラーを考えたんだけど、季節が違うからこれもダメ。髪結ぶゴムも考えたんだが、そもそも髪結ばないからゴム使わないし」

 

 それに、なんかポニテにして欲しいみたいな意図があると思われたくないし。

 そこまで言うと、奈緒は今更気付いたように呟いた。

 

「………あれ?男子から女子へのプレゼントって選ぶの難しい?」

「ああ。昨日の夜はずっと悩んでた」

 

 せめて秋ならまだマフラーや手袋はいけるんだけどな………。

 

「………まぁ、そのためにあたしを呼んだんだろ?なんとか考えてみるよ」

「助かる」

 

 流石、オタクでもJKだ。心強い事この上ない。

 

「とりあえず、駅に行くぞ。この辺の駅は広いからなんでも置いてある」

「よし来た」

 

 とりあえず、二人で駅の中に入った。ここの駅デカいからなー。何でも売ってるだろうし。

 

「実際、奈緒だったらどんなのが欲しい?」

「あたし?あたしはアニメのフィギュ………いや、アレだ。ハンカチとか?」

 

 いや隠さなくて良いだろ………。もうバレてるんだから。

 

「いやハンカチはダメだ。意味によっては別れや手切れって意味になるらしいから」

「そうなのか?ならー……なんだろうな………」

「夏に必須なものとかないの?」

「そう言われてもな………。別に、夏に拘らなくても良いだろ。鳴海なら、凛につけて欲しいアクセサリーとかでも良いと思うぞ」

「アクセサリー?」

「ああ。カチューシャとかでも良いんじゃないか?」

「いや俺は別にカチューシャ大好きってわけじゃないし」

「例えだよ。要は、そういうアクセサリーとかでも良いんじゃない?って事だ」

「なるほどな………」

 

 アクセサリーか………。ふむ、となるとポニテ厨の俺としてはやはりヘアゴムか………。でもあまり金かからないよなそれだと。

 アクセサリー……そういえば、モンハンの装備で確かそんなのが……いや護石じゃなくて。何だっけな、なんとかシリーズ………。

 顎に手を当てて思い出そうとしてると、奈緒がクスッと微笑んだ。

 

「? 何?」

「いや、アホの鳴海でも割と悩むことあるんだなと思ってな」

「誰がアホだ」

「いや、アホだろ。鈍感だし」

「いやいや、俺敏感だから。特に悪意には」

「そっちも鈍感だろ。だから毎回凛にいじられるんだろ」

「うぐっ………た、確かに………。いや、でも他のは鈍感じゃないから別に」

「………じゃあ、もし自分に好意を寄せてる女の子が近くにいたら気付く?」

「そりゃ気付くよ。俺だって一応、彼女欲しいし。まぁ、いじられキャラは合コンの幹事みたいなものだから、誰かに好かれることはないんだがな」

「………一応聞くが、好意を寄せてる女の子は近くに?」

「いない」

「はい鈍感」

「なんでだよ⁉︎」

 

 別にそこまでじゃないでしょ!少なくとも鈍くはないだろ。大体、そんな言い方したら誰かが俺に好意を寄せてるみたいで………あ、もしかして。

 

「………奈緒って俺の事好きなの?」

「ブッファ!」

 

 うおっ、凛の時も思ったけどアイドルって結構簡単に吹き出すんだな。まぁアイドルだって人間だし当たり前っちゃ当たり前だが。

 

「なっ、何言い出すんだよ急に⁉︎」

「いや、自分が好意持ってるからそういう風に言うのかと………ごめんな、気付いてやれなくて」

「ちっがう‼︎謝るな!全然、お前の事なんか好きでもなんでもねぇからな⁉︎むしろ、あたしのポジションを奪った奴で少し恨んでるくらいで………!」

「あ、やっぱいじられたいんだ」

「いじられたくない‼︎」

 

 じゃあ何なんだよ一体。いや付き合ってもらってる側だし、もうこれくらいにしておこう。周りの注目集めちゃってるし。それより、何を買うかだ。

 何かアクセサリー、アクセサリー………。ああ、そうだ。モンハンでそんな防具があったって所で………。思い出した、三眼シリーズだ。あれ確かピアス、首飾り、腕輪、腰飾り、足輪だったよな。………上三つはともかく、腰飾りと足輪ってなんだ?

 

「なぁ、奈緒」

「分かったか⁉︎あたしいじられたくもないし鳴海の事を好きなんかでもない!」

 

 えっ、こいつ今までずっとその弁解してたの?

 

「分かった分かった。で、凛へのプレゼントなんだけど……」

「………何、決まったのか?」

「ピアスと首飾りと腕輪、どれが良いかな」

「お、おう………。何処からその意見は出てきたんだ?別に良いと思うが」

「モンハン」

「………ああ、三眼シリーズか」

 

 あ、分かっちゃうんだ。この人も大分毒されて来たな。

 

「その三つならなんでも良いと思うぞ」

「いや全部買おうと思って」

「はっ?全部⁉︎」

「二万もあれば足りるかな」

「足りないよ!百均じゃなきゃ無理だ!」

「いや流石に百均のものはあげられないけど………」

「せめて二つに絞れ。さすがに三つは無理だ」

 

 ふむ、そう言うなら………。どうしようかな。ま、その辺は商品を見ながら決めるとしようか。

 

「よし、とりあえず見て回ろう」

「三つにするのか?」

「いや、二つにするよ。どれにするかは見て決める」

「分かった」

 

 と、いうわけで、いろんな店を回り始めた。

 

 ×××

 

 二時間後、ピアスと首飾りを買って駅ナカを出て改札口にきた。まさか、良い感じに二つセットのものが売ってるとはなぁ。しかも、凛に似合いそうな青色、いや水色かな。澄んだ薄い青。これなら喜んでくれるだろう。

 

「よーし、良いもの買えた。あとは凛と会うだけだ」

「ああ、いつ会うんだ?」

「今日」

「はぁ?凛って今日仕事だろ?」

「午前中だけな。午後は15時から空いてるから」

「く、詳しいな………」

 

 そりゃ夏休みの予定は一緒に立てたからな。

 ふと時計を見ると、既に13時半を回っている。そろそろお昼にちょうど良い時間だな。

 

「飯にしようぜ」

「うん。何処で食う?」

「うちで。俺が作るよ」

「ええっ?いや、そんな悪いって………!」

「いや、プレゼントが思いの外、高くて外食の余裕ない」

「………でも、お母さんに……」

「怒られたのは泊まりでしょ?飯食うくらい大丈夫でしょ」

「まぁ、そうけど……」

「てか、頼むから来てくれって。お願い」

「分かったよ………」

 

 よし、決まり。さて、帰ろう。

 

「………言っておくけど、飯食っても誕生日パーティーの準備は手伝わないからな」

「何故バレたし⁉︎」

「………鳴海の考えてる事なんてすぐにわかるから」

「………な、奈緒にまで……」

「いや、分かりやすいんだよお前………。あたしはもうプレゼント渡したし。大体、誕生日過ぎてからパーティーって………」

「……………」

「今年はプレゼント渡してお祝いの言葉だけあげれば良いんじゃないか?」

「………そうだな。じゃあ、とりあえず凛の仕事終わるまで待つか」

「飯はどうすんだ?」

「食べ行こうぜ」

「飯代は良いのか………」

 

 いや、パーティーしなくなっちゃったし良いかなって。

 

「とりあえず、飯食ってからゲーセンでも行くか」

「えっ、ゲーセン?」

「うん。あ、なんか予定あった?」

「…………」

 

 すると、奈緒は顎に手を当てて悩んでるような表情を浮かべた。むむむっと唸りながらボソボソと呟いてたので、とりあえずこっちから提案してみた。

 

 「………凛に見つかったら厄介だしな……」

「もし予定あるなら無理しなくても良いよ」

「…………」

 

 そう言ってから10秒ほど経過。ようやく奈緒は口を開いた。

 

「………すまん、凛に悪いし今日はやめておくよ」

「りょ。じゃ、帰るか」

 

 凛に悪い、というのは正直よく分からないが、まぁこちらから突っ込む所ではないだろう。

 ちょうど場所は駅の改札だし、ここでお別れかな。あ、その前に渡しておかないと。

 

「奈緒」

「? 何?」

「えーっと、どこだっけ……あ、あった。はいこれ」

 

 袋から小さい箱を取り出した。中身はヘアゴムだ。ていうか、お金なくてそんなんしか買えなかった。まぁ、奈緒はいつも髪をまとめてるし、大丈夫だとは思うけど。

 

「………なにこれ?」

「今日、付き合ってくれたお礼。ホント、助かったわ」

「……………」

 

 すると奈緒は一瞬、キョトンとした後に、嬉しさを噛み殺したような複雑な表情になった。あれ、もしかしてヘアゴムいらなかったかな。いや、でもまだ箱開けてないから中身分からないはずなんだけど。

 

「………なるほど、これは凛は大変だな………」

「? 何が?」

「いや、何でもない。ありがとな」

「いやいや、こっちの台詞だから」

「じゃ、また今度。また生放送やろうな」

「おお」

 

 それだけ挨拶して、奈緒は改札に入ろうとした。その時だった。

 

「…………何してるの?」

 

 驚く程、冷気のこもった声が聞こえた。俺も奈緒もビクッと肩を震わせてそっちに目を向けた。凛が氷のオーラを醸し出して立っていた。

 

「あ、りぃっ、凛………」

 

 え、なんで怒ってんの………?目からハイライトが消えて闇に囚われてるサスケみたいな目に………。思わず噛んじゃったよ……。

 そんな凛は俺と奈緒の怯えを知ってから知らずが、ジロリと目を向けると、冷たい口調で言った。

 

「………ふーん。二人共、随分と仲良くなったんだね。プレゼントをあげてもらうような仲になるなんて」

 

 え、えぇ〜……?な、何この空気。なんでこんな浮気がバレた修羅場みたいな空気になってんの………?

 奈緒に説明を求めようとしたが、奈緒は俺の背中で震えているだけだ。おい、こんな状況前にもあったよな。

 

「あ、ああ………。まぁね」

「うん、この前も二人きりで生放送してたみたいだしね」

「いや、あれは………」

「うん。私が急に仕事入っちゃったからだよね。ごめんね」

 

 め、目が謝ってないんだけど………。いや、凛なら仕方なかった事は理解してると思う。ただ、理解はしても納得はしてないって顔だ。

 

「いや、そんなの気にしてないから………」

「で、今日は二人で何してたの?」

 

 話切り替わるの早ぇーなオイ………。まぁ、ある意味ではちょうど良いかもしれない。奈緒と別れてから、うちでプレゼント渡せば良いよな。

 そう思って、とりあえず奈緒と別れようと声をかけようとした時、先に奈緒から耳元に声をかけて来た。

 

「………プレゼント渡せ」

「は?」

「早く」

「今?」

「今!」

「いや、でも家で渡した方が………」

「いいから!」

「随分仲良さそうだね?もう私がいなくても二人で生放送したら?」

 

 ヒソヒソ話してると、気温がさらに下がったような声がした。夏なのに鳥肌が立って来たんだけど。

 

「わ、分かったよ………」

 

 奈緒にそう言うと、コホンと咳払いして袋を凛に差し出した。凛の頭上には「?」が浮かんでいる。

 

「はいこれ」

「? 何?」

「誕生日プレゼント。奈緒から聞いたけど、10日だったんだって?」

「っ………」

「今日は奈緒に手伝ってもらってこれ買ってたんだ。多分、気に入って貰えると思うんだけど………」

「……………」

 

 差し出すと、凛は俯いた。それと共に、氷点下まで下がったように感じていた空気が一気に蒸し暑い夏の気温に戻った気がした。

 凛は俯いて口に手を当てたままフルフルと震えて動かない。奈緒を見ると、奈緒は少しニヤニヤと微笑んでいた。え、何?立場逆転?都落ちでもしたの?もしくは下克上。

 ………あれ、もしかして凛って具合悪いのか?もしそうだったら危ないので、俺は肩に手を置いた。

 

「り、凛?大丈夫?」

「うるさい、触らないでっ」

「おひゅっ?」

 

 正面からお腹を突かれ、変な声が漏れた。いや触らないでって酷くね………?少しショックを受けてると、ニヤニヤしてる奈緒が凛に声を掛けた。

 

「凛、そんな言い方したらダメだろー。ちゃんとお礼言わないと」

「な、奈緒………!」

「ほら、鳴海の顔を見て」

「ちょっ、奈緒っ。今は本当にダメったら………!」

 

 抵抗は虚しく、奈緒は凛の両腕を封じ込めて、凛の顎をつまんでこっちを向かせた。その凛の顔は、嬉しくて嬉しくて仕方なくて、勝手に頬が緩んでしまう、そんな顔をしていた。

 いや、あの………そんなに喜ばれるとこっちまで照れてくるんだけど………。

 

「いだっ⁉︎」

 

 すると、凛の踵が奈緒の脛を的確に捉えた。奈緒が脛を押さえて蹲ってる間に、すぐに自分の顔を両手で覆う凛。

 そのまましばらくフリーズ。俺もどうしたら良いか分からず、ボンヤリしてしまった。

 やがて、ようやく落ち着いたのか、凛が顔を上げた。あっ、そういえばまだおめでとうって言ってなかったな。

 

「………な、ナル……?ありが」

「誕生日おめでとう、凛」

「ーっ!このっ……!」

「ふぁひゅっ⁉︎」

 

 直後、またお腹を突かれた。しかも今回はくすぐりではなく貫通する勢いで。

 見事に鳩尾に入り、お腹を押さえて蹲ってる間に、凛は顔を隠しながら奈緒の手を引いてプレゼントの袋を持って改札に向かった。

 

「行くよ、奈緒!」

「えっ?ど、どこに⁉︎」

「奈緒ん家!」

「なんでだよ⁉︎」

「今日泊まる!」

「急に⁉︎」

 

 二人は俺を捨て置いて改札に歩いて行ってしまった。何だよ……そんなに俺、悪いことしちまったのか………?グフッ。

 

 



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水原くんの恋人になりたくて(3)

 奈緒の家で、私は唐突に泊まることになった。と言うか、強引に上がりこんでしまった。それでも奈緒のお母さんは快く引き受けてくれたので、少し嬉しかった。

 で、何故か加蓮も一緒に泊まっている。いや何故かではない。奈緒が電車に乗る前にスマホをいじってたと思ったら、着替えの入ったリュックを背負ってる加蓮とたまたま遭遇し、一緒に泊まることになった。すごいぐうぜんだー(棒読み)。

 まぁ、そんな話はともかく、ご飯やお風呂をいただいて、今は奈緒の部屋に揃っている。

 

「と、いうわけで、凛誕生日おめでと〜」

「おめでと〜」

「ありがとう」

 

 とりあえず、誕生日会を開いてくれた。まぁ、唐突に決まったものだからほとんどパジャマでお菓子パーティーだけど。それでも嬉しい。

 サイダーで乾杯し、飲むとコップを置いて3人で息をついた。オヤジ臭い仕草かもしれないけど、それを3人揃ってやったあたり、アイドルとしてどうなんだろ。

 

「で、水原さんとはどうなの?」

 

 早速、加蓮が聞いてきた。やっぱり聞かれると思ったよ。

 

「泊まりがけで実家に行って来たんでしょ?」

「………まぁ、別にどうということはないよ。いつも通り」

「付き合ったの?」

「ーっ!つ、付き合ってない!」

「まだ付き合ってないの?」

 

 当たり前じゃん。別にお互いに好きでもなんでもないし。

 

「そうだぞ、凛。早く付き合えよ」

 

 奈緒まで………。

 

「だーかーらー、別に本当に付き合ってないしお互いに好きなわけじゃないんだって。ただ、最近は彼となるべく離れたくないとか、一緒にいると動悸が早いとか、くっ付いてると何となく安心するとか、そういうのはあるけど………」

「え、今の自白?」

「でも、多分その辺は心不全だし、あり得ないから」

「いや、心不全のがありえないと思うんだが………」

 

 ………確かに自分で言ってて少しアレだったけど……。でも、本当に好きではないと思うんだけどなぁ………。

 

「ま、そんなの良いからさ。とりあえず、五日間の話をしてよ」

 

 言われて、私は仕方無く話す事にした。なんというか、最近は彼との出来事を他人に話すのが楽しく思えて来た。この前も、お母さんに五日間の話をした。まぁ、ブラックコーヒーが飲みたいとかで急に出掛けてしまったから、仕方なくハナコに話したけど。

 

「1日目は特にないかな。ご飯食べたってくらい」

「そうなの?」

「まぁ、向こうに着いた時間にもよるしね」

「あ、でもナルと一緒に夜ご飯作ったんだ。私は味噌汁とサラダだったんだけどね」

「へぇ、実家でお味噌汁作るなんてまるで花嫁修行だね」

「そ、そんなんじゃないから!」

 

 もう、なんで加蓮はそっちに持っていくのかな!

 

「それで、おばさんとかみんな美味しいって言ってくれて……お兄さんにはサイン求められたし、みんな良い人だったよ。………お父さんは少しアレな人だったけど」

「そ、そうなのか?」

「あとお母さんが強かった」

「つ、強………?」

「それで、途中でなんかお父さんとナルが喧嘩になったんだけどね、その治療を私がしてあげたの。その時にさ、両頬に手を当てただけで彼、顔を赤くしちゃって……それが可愛くて」

「そりゃ誰だって赤くすると思うが………」

「その後はいつも通りだったよ。ナルの部屋でゲームやってた」

 

 ゲームの中の女の子に嫉妬した事と、その後の枕投げは黙っておこう。特に、枕投げなんて押し倒されて少し覚悟決めたなんて言えないし。

 

「ふーん………?まぁ、なんでも良いけど。そのあとは?」

「1日目はそれで寝たよ。次の日はナルと川に行った」

「川?」

「うん。綺麗な川が流れててさ。東京と違って魚がいるくらい綺麗だった」

「へぇー。ちなみにどこ行ってきたの?」

「東京」

「は?」

「アレだよ、青梅の方」

「あー、なるほど………」

 

 川遊びがまさかあんなに楽しいと思わなかった。良い歳して服とか気にしないでビショビショになるまで遊んじゃったし。

 

「川で年甲斐もなく水掛っこしてたよ」

「へぇ………凛ってそういうことするんだ。少し意外」

「あまりにも川が綺麗だったからね。その後、二人で日が良く当たる岩の上で寝転がってさ。のんびりした後にお腹すいたから、ナルの家帰ってご飯食べた」

「岩の上………?」

「そう。岩の熱と太陽光でまた気持ち良いんだよ。お兄さんと小学生の時とか一緒に寝てたんだって」

「ふーん」

 

 少しお兄さんに嫉妬したことも黙っておこう。なんで同性の家族に嫉妬してるんだろう………。いや、そもそも嫉妬って何?ていうか嫉妬ではないわ。うん、少し悔しかっただけ。

 

「後は……向こうのお祭りとかも行ったかな」

「お祭り?」

「うん。彼すごいんだよ。型抜きで2万円くらい儲けてんの」

「えっ……に、2万………?」

「ああ、それあたしも聞いた。少し引いたぞ正直。そのお金で凛の誕プレ買ってたみたいだしなぁ」

 

 今の奈緒の台詞で思い出した。そういえば、奈緒って何かプレゼントもらってたよね。

 

「奈緒、駅で何をもらってたの?」

「…………えっ?」

「ほら、私と合流する前」

「あっ、あー……そういえば開けてなかったな……」

「………なんか婚約指輪を入れるケースと同じくらいの大きさの箱渡されてたよね」

「いや飛躍し過ぎだろ!」

「何、奈緒も何かもらったの?」

「そうなの。私を差し置いて」

「へぇー、なんで?」

「いや、大した事じゃないんだよ。凛の誕生日のことを教えて、プレゼント買うの付き合ってやっただけなんだって。あいつ、割とマメだから」

「奈緒、ありがと。愛してる」

「い、いいいいきなりなんだよ凛⁉︎」

 

 なるほど、奈緒のお陰だったか。それは感謝しないと。でも何をもらったかは別問題だから。指輪だったら許さない。

 そんな私の考えが顔に出ていたのか、奈緒はもらった箱の紙包みを外した。中から出て来たのはヘアゴムだった。

 

「………ヘアゴムか」

「へぇ〜、かわいいじゃん」

「あ、ああ………センス良いなあいつ………。W○iUとか言ってたくせに………」

「…………むー」

 

 ………かわいい。でも、奈緒にならこれが似合いそう、とナルが悩みながら買っていたとしたら、何故か少し腹が立つ。私もまだもらったプレゼントは開けてないけど、もしかして私にもヘアゴムなのかな。奈緒に気付かれずに買ってたみたいだし、そう捉えるのが一番自然な気がする。

 ………でも、なんだろ。奈緒はお礼、私は誕生日なのに、同じ物をもらったらなんか嫌だ。もらえるだけありがたい事なのに。私って案外わがままなのかもしれない。

 

「で、凛は何もらったの?」

「えっ?」

「凛も貰ったんでしょ?」

 

 加蓮に言われて、私は近くにあった袋を手に取った。………なんだろう、なんか緊張して来た。

 

「奈緒は中身知ってるんでしょ?」

「まぁな」

「何?」

「教えて良いのか?」

「ダメ」

「じゃあ聞くなよ………」

 

 袋の中の箱を取り出した。綺麗にラッピングされた箱のリボンをほどき、紙包みを取ると濃い青で布生地でそれなりに大きい箱が出て来た。え、これ割と高い奴なんじゃないの………?

 

「………奈緒、これいくらしたの?」

「………祭りの報酬が消し飛んだって言ってた」

「……………」

 

 嬉しいけど大丈夫なの………?友達にそんな良いプレゼントなんて買っちゃって………。

 いや、もう買ってしまったものは仕方ないし、ありがたくいただこう。蓋をあけると、中から出て来たのは青い首飾りとピアスだった。

 

「………わぁ」

「すごい、綺麗………」

 

 私も加蓮も声を漏らした。すごい、綺麗だし可愛い。それと同時に、一つの疑問が生まれた。

 

「………なんで二つあるの?」

「本人曰く『誕生日遅れたから』だそうだ」

「…………ほんとマメな人だね」

 

 そんな気にしなくても良いのに………。

 

「でも綺麗じゃん。凛、付けてみたら?」

「え、えぇ……。いま?」

「今。せっかく貰ったんだしさ」

 

 ………まぁ、別に良いけど。とりあえず、首飾りからいこうかな。

 首飾りに手を伸ばし、装備してみた。鎖骨の間で、光の反射によって冷たく光る宝石が肌に当たり、普段つけるアクセサリーとは違って、いつまでも存在感を放っていた。

 彼からのプレゼントと思うだけで、心臓の鼓動が激しくなる。それを何とか深呼吸で押さえつけて、二人に尋ねた。

 

「………ど、どう、かな………」

 

 すると、二人は「おおーっ」と声を漏らした。

 

「似合ってるんじゃないか?」

「うんうん。ていうか、頬を赤らめてると少し色っぽさすら感じる」

「そ、そっか………」

 

 良かった………。それなら彼に見せられるかも。………まぁ、はしゃぎ過ぎとか思われたくないし、なんでか分からないけど少し恥ずかしいからしばらく見せないけど。

 何となく嬉しくて、首元の青い宝石をただ弄ってると、加蓮がキョトンとした顔で聞いてきた。

 

「………ピアスは付けないの?」

「今、付けるよ」

 

 続いてピアスを装着した。青く輝く小さな球体のピアスを耳に付けた。両耳に付け終わり、二人に振り向いた。

 

「どう?」

「ああ、良いな。首飾りとも合うし、更に良いと思う」

「センス良いね、水原さんって」

 

 ………なんだろう。ナルが褒められると何故か私まで嬉しくなってくる。ハナコを可愛いねって近所のおばさんに褒められた時の感覚だ。

 でも、他人の事で喜ぶのは少し変だし、知られたら恥ずかしいので、何とか表に出さないようにしてると、パシャっと音が聞こえた。加蓮が写メった音だ。

 

「なっ、何撮ってんの⁉︎」

「いや、嬉しそうなのを隠してる感じが可愛かったから」

「エスパー⁉︎」

 

 って、バレてるなら尚更まずい!消させないと!

 慌てて私はスマホをいじってる加蓮に襲い掛かった。

 

「消して!」

「やーだよー」

 

 ひょいっと躱す加蓮。だが、いつも布団の上でナルとじゃれ合ってる私に取っ組み合いは10年早い。加蓮を押し倒した。

 

「遅いっ」

「きゃっ!」

 

 小さく悲鳴をあげる加蓮の手からスマホを取り上げた。画面を見ると、L○NEのトーク画面が表示されていて、さっきの写真が送信されていた。送り先は「神谷奈緒」。

 私がギョロンと奈緒を見ると、スマホをいじりながら肩をビクッと震わせた。

 

「奈緒!消して!」

「うおっ……!」

 

 今度は奈緒に襲い掛かった。揉み合って奈緒を押し倒してスマホを取り上げると、またまたさっきの写真が送信されていた。送り先は「水原鳴海」。

 

「〜〜〜ッ!な、奈緒〜!」

「い、良いだろ!初めて付けたんだから見せてやっても!」

「許さない、絶対に許さないんだから!」

「いふぁふぁふぁふぁ!頬を引っふぁるふぁ!」

 

 奈緒の上に馬乗りになって頬を引っ張ってると、ナルから返信が来たのかスマホが震えた。

 

 水原鳴海『付けてくれたんだ。超似合ってる』

 水原鳴海『可愛いなやっぱ』

 水原鳴海『あげて良かった』

 

 奈緒に送ってるからか、すごくストレートなお褒めの言葉を見てしまった私は、あまりの照れによって奈緒の上でうずくまった。

 

 



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親友と書いて人生のパートナーと読む。

 夏休みも残り2週間。長かったようで短い夏ももう終わりだ。俺なんかはそれなりに楽しめたし、のんびりだらだらと生活出来たが、アイドルの凛や奈緒はそうもいかなかったんだろう。夏は仕事も忙しくなっていただろうから。

 それでも凛はうちにわざわざ来て泊まったり、金曜の夜は一緒にゲームしたりとそれなりに息抜き出来る時間を過ごして来たと思う。

 しかし、一つだけ問題があってだな………。凛がかなり近い気がする。距離的に。

 今、こうして二人で出掛けている間も、凛は俺と腕を組んでいる。前と違って浴衣ではないから、こうしている理由なんてないのに。

 

「………あの、凛?なんで腕組んでるの?」

「嫌?」

「嫌では、ないが………」

 

 少し照れ臭い。特に慎ましやかでありながらも確かな柔らかさを持つ胸がとても気になる。もしかして、友達同士なら異性でもやはり気にしないということか?だとしたら、俺も気にするのはおかしいか。

 

「嫌じゃないなら黙ってて」

「……………」

 

 それと、なんか最近は凛の機嫌が悪い気がする。会う度に何か言って欲しいのか、訴えるような視線を送ってくる。その癖、しっかりと腕は組んでくる。俺、なんかしたかな。

 とにかく、とりあえず心を落ち着けて隣を歩く事にした。そういえば、今日はこれからどこに行くのかまだ聞いていない。それを聞こうと声をかけようとした時だ。耳についてるピアスと胸元の首飾りが目についた。

 ………今日もしてるのかそれ。俺が前にプレゼントしたものだ。何だか自分で渡したものを褒めるのは照れ臭くて何も言えてないけど、あげて以来、俺と会う日は毎日つけて来ている。そして、その日以来何故か機嫌が悪い。まぁ、ゲームすればすぐに機嫌は治るんだけどな。

 しかし、今は表に出ていてゲームはない。何とか会話で機嫌を直さなければならない。とりあえず声をかけてみよう。

 

「凛、これからどこに行くんだ?」

「黙ってついて来て」

「……………」

 

 あれ、今の話題もダメだったのかな………。

 なんかもう何話したら良いかわからなくなって来たまま、とにかく凛の後を続いた。しばらく歩いて数十分、到着したのはAE○Nだった。

 なんでここに来たの?と聞きたかったが、まだ不機嫌なのでやめておいて、黙って凛の後を続いた。

 店内を歩き回ると、凛はスポーツ用品の店に入った。なんでここ?と思ったら水着コーナーに来た。それも男用の。

 

「………えっ、あの、凛?」

「何」

「なんでここ?」

「今度、プール行くでしょ?」

 

 ああ、そういえばそうだな。海に行く予定だったんだけど、川行ったしプールでも良っか、みたいなよく分からない流れになったんだっけ。

 

「ナルの家に水着なかったから買おうと思って」

「あー……わざわざ?」

「スクール水着で来られたらこっちが恥ずいし」

「…………」

 

 何故ばれたし。

 

「まぁ、男子の水着なんてよっぽどダサいのじゃない限りなんでも良さそうだけどね」

 

 言いながら、凛は水着を選び始めた。俺もその隣で水着を見回る。………何が違うのかサッパリ分からねぇ。どれも柄が違うだけで同じに見えるのは俺の目がおかしいのか?こんなもん、一番安い奴で良いと思うんだけど。でも、凛はそれじゃ許さなさそうだし………。

 どうしようか悩んでると、近くにゴルフのパット用のクラブが置いてあるコーナーを見かけた。その近くには試し打ちの場所もある。

 

「なぁ、凛」

「話し掛けないで」

 

 相当真剣に選んでるのか、思いのほか辛辣な返事が返って来た。選び終わるまで暇だし、あそこにいよう。

 テキトーなクラブを選んで、ボールを一つとって試し打ち用の台に乗った。パターの時は余計な力は使わず、ボールをホールの距離とクラブの振り幅を合わせて球を打つ。

 なので、一番遠い時はそれなりにクラブの振り幅を大きくしなければならない。と、いうわけで、一番遠いとこを目掛けてクラブを引いた。

 

「ね、ナル。これど………あれ?」

 

 コツンと球を打って転がした。試し打ちの台の上なので、山もなければ風もない。コロコロと転がって穴に入った。

 

「っしゃオラ!」

「じゃないよ」

「あふんっ⁉︎」

 

 突然、脇腹を突かれて横を見ると、凛がジト目で俺を睨んでいた。

 

「………子供じゃないんだからフラフラいなくならないでよ」

「いや、一応声かけたんだけど………」

「言い訳しない」

「はい」

 

 黙らせたのはあなたなんですけどね………なんて言ったらまた怒られるから黙っておこう。でも、脇腹を突くのはいい加減やめて欲しい。毎回変な声あげて周りの人に見られてるんだから。

 

「で、何?どうしたの?」

「海パン。選んだから」

「あ、ああ。悪いね、わざわざ」

「ううん。とりあえずこっち来て」

 

 言われて、クラブを元の場所に戻してついて行った。凛はその場で俺の前で膝をつき、海パンを俺の腰に当てた。

 

「んー……良し。……これで良い?ナルに好みがあるならそれでも良いけど」

「これで良いよ」

「………自分で選んだりはしないの?」

「どれでも一緒だからな。凛が選んでくれた奴なら別だけど」

「っ、そ、そっか………」

「凛が選んだってことは一番似合うって事でしょ?自分で選ぶより正確そうだし」

「…………」

 

 あれ、なんかまた不機嫌そうな顔に………。

 

「早く、お会計済ましちゃおう」

「あの、凛?怒ってる?」

「怒ってない」

 

 ………怒ってるだろ。すごい顔で睨んでんじゃん。

 俺の事を一瞥した後に、すぐに凛はレジに向かってしまった。俺もその後に続き、海パンを買った。

 凛の元に戻ってくると、またわざわざ俺と腕を組んで来る凛に聞いた。

 

「で、この後どうする?」

「私の服見に行く」

「りょかい」

 

 ………やっぱなんか不機嫌だなぁ。まぁ、今日は下手な事は何も言わない事だ。

 まずは一件目。なんか全体的に青い店。青というかアレだ。デニムって奴か。いや、ガンダムに殺された二人目のザクのパイロットじゃなくて。コクピットだけを、狙えるのか………?

 しかしアレだ。デニムってズボンだけだと思ってたけど、上着もあるんだな。ただ、この時期には暑そうだ。

 しばらく見回ったあと、気に入った服を見つけたのか、凛は一着それを手に取って着てみた。

 

「どう?」

 

 どう?と、聞かれてもな………。ものすごい良く似合ってる、としか。それも、俺のあげた青のピアスと首飾りととても良くマッチしていて、凛にピッタリのクールな印象を出している。

 けど、そんな事は凛自身も分かってて着てるのかもしれないし、俺がわざわざ言うまでもないか。

 

「似合ってるんじゃないの?なんかカッコ良いし」

「……………」

 

 ………あれ?また何か失言だったかな。不機嫌そうな顔をしたぞ。

 

「ありがと」

 

 お礼は言われたものの、凛の不機嫌そうな顔は戻らない。………あ、もしかして前みたいにまた意見とか欲しいのか?

 

「あ、ならさ、あっちの黒の上着でも良いんじゃ」

「は?青だから」

「はい、すみません」

 

 違ったみたいだ。どうしよう、どうするのが正解なんだろう。

 続いて凛は別の店に向かった。その後ろをついて行き、いろんな店を回り、気が付けば夕方になっていた。

 結局、凛は色んな服を試着したものの、一着も買う事はなかった。ていうか、試着する度に不機嫌になっていったのがほんとわからない。今度、奈緒に聞こうと思ってたけど少し自分で考えてみようかしら。

 俺が店を回るごとに凛にとった行動を振り返ってみよう。1軒目は意見してみて、2軒目では黙ってて、3軒目では褒めてみて……ダメだ、一貫性がない。何をしてもしなくてもダメっぽい感じ。他に何か共通したことは………。

 …………あっ、そういえば試着してた服、どれもピアスと首飾りとよく合う服だったなぁ。ていうか、今日以外に着てきた服も、どれもアクセサリーと合うような服ばかりだった。

 ………試してみるか。

 

「り、凛」

「? 何?」

 

 うっ、相変わらず不機嫌そうだ。これ違ったらすごく怒られるんじゃないだろうか………。いや、でももう怒られてるんだし失うものなんかない。

 

「その………ピアスと首飾り似合ってりゅね」

「……………」

 

 ………噛んだ。ヤバイ、恥ずかしい。ていうか服の事触れるの忘れた。ヤバい、なんかテンパってたようで言いたい事全部言えなかった。

 何とか服の事も触れようと思って頭の中で文を作ってると、凛が真っ赤な顔でキッと俺を睨み付け、俺を押して正面に立った。歯を食いしばって、恥ずかしさを我慢してるような表情で、何かボソッと声を漏らした。

 

「……………う事は……」

「えっ?」

「…………いう事は………!」

「な、なんでしょう………?」

 

 直後、ツカツカと俺の方に歩み寄って、胸ぐらを掴まれた。

 

「そういう事は‼︎最初につけてきた時に言ってよ‼︎なんで今更言うの?どれだけ私がその言葉待ってたと思うの?このアクセに合う服を毎日選ぶのにどれだけ時間かけたと思ってるの⁉︎今日だってどの店でも何とか合うように試着して気付かせようとしてたのに!」

「ご、ごめんなさい⁉︎」

 

 なっ、なんだよ急にまくし立てて来て⁉︎迫力に押されて謝っちまったじゃねぇか‼︎

 

「い、いやっ、そのっ………気付いてはいたんですよ………?だけど、別に言う程の事ではないかなって………」

「そんなわけがないじゃん!言わなきゃこっちには分からないから!」

「や、でもさ、奈緒に聞いたけど前に褒めたL○NE見たんでしょ?なら別に………」

「そういうのは本人から直接言うべきでしょ⁉︎大体、私があれ見ちゃったのだって偶然だし、私に言ったわけじゃないじゃん」

 

 そ、そういうものなのか………?女心ってのはよく分からん。

 

「わ、悪かったよ………」

 

 とりあえず謝ると凛は満足したのか、胸ぐらから手を離したと思ったら、今度は手を引いて走り出した。

 

「さ、帰ろ」

「へっ?」

「帰ってゲームしよう」

「あ、ああ」

「〜♪」

 

 今度は鼻歌か………。ホント、女心ってのはよく分からないわ。

 

 ×××

 

 明日は凛は午前中から仕事だから、今日はうちで泊まりはない。よって、もうお帰りだ。

 家まで送って、俺は一人で家で寝転がった。しかし、今日は凛に申し訳ない事をしたかもしれない。女の子にとって、そういう細かい変化は気付いて欲しい所みたいだ。誕生日から凛とはほとんど毎日会っていたから、それまでずっと頑張ってアクセサリーに合う服をチョイスしていたのなら、それは大変だったろうに………。

 ………にしても、アレだ。自惚れるつもりはないが、凛があのピアスと首飾りをしてるのを見ると、なんか、こう……少し動悸が早くなる。それくらいに似合っている。まぁ、凛が服装を整えてるからだと思うけど、それでも我ながら素晴らしいチョイスをした気がする。

 

「…………」

 

 何となく、スマホを開いた。待ち受けには、奈緒から送られて来た凛の写真が写っている。パジャマ姿でピアスと首飾りを装備し、嬉しそう且つ気恥ずかしそうにしてる凛だ。この写真を見ると、特に動悸が早くなってる気がした。服装はパジャマで全然合ってないはずなのに。

 俺は、俺は凛のことをどう思ってるのだろうか。友達だとは思っている。だけど、それ以上の関係になりたいとも思っているかもしれない。友達以上の関係って一体なんだ?

 俺の望む凛との関係………友達以上の関係、か………。そんなの、答えは一つしかない。

 

 俺は、凛と一番の親友になろう。

 

 そうだ、友達の進化系は親友だ。これからは、俺の人生もっとも親しい友達を目指せば良いんだ。

 凛の細かい変化も見逃さず、なるべく近い距離で、常に一緒に仲良く、時には頼り、時には頼られる、そんな人生のパートナー的存在になろう。

 

「…………その為には、この待ち受けは見られるわけにはいかないな」

 

 親友の写真を待ち受けにする奴なんかいない。しばらくスマホの扱いを気をつける事にして、スマホを充電器に挿した。

 

 



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胸への視線だけ、女性はみんなニュータイプ。

 プールに行く日。俺はこの前、凛と買いに行った海パンを鞄に入れて家を出た。

 待ち合わせ場所である駅までグラブルをやりながら歩いた。そういや、前の映画の時も駅で待ち合わせだったなぁ。懐かしい。あの時は凛がびびって大変だったなぁ。

 なんて年寄り臭く過去の思い出を振り返ってると、駅に到着した。凛は既に待機していた。あれ、俺遅れたかな。いや、でも待ち合わせ時刻五分前には到着してるんだけど………。

 

「お、お待たせ」

「………あ、やっと来た」

 

 やっと?もしかして結構待ってたのか?

 

「待ち合わせって30分だよね?」

「そうだよ?」

「俺遅れたっけ?」

「ううん。私が早く来過ぎただけ」

「なんかごめんね、待たせちゃったみたいで」

「いいよ、別に」

「じゃ、行こうか」

 

 さっさと歩いて行こうとしたところで、襟をグイッと掴まれた。お陰で「グェッ」と鳥類の鳴き声みたいな声が漏れた。

 

「な、何すんだよ凛!」

「待って。その前に言うことは?」

「はぁ?」

 

 俺の前で腰に手を当てて胸を張る凛。そんなに張っても君の胸は触らないと柔らかさは感じないよ?

 

「………ぶつよ?」

「えっ、なんでっ」

「今ムカつく事考えてた」

 

 だからエスパーかっつの。しかし、言うことって言われても………ああ、そう言うことか。

 

「似合ってるよ、ピアスと首飾り」

「………んっ、ありがと」

 

 いやそちらから誘導した癖にそっちが照れるのはおかしくないですかね。

 

「………なぁ、これ毎回やらなきゃダメか?」

「私が飽きるまではやるから」

「ああそう………」

 

 そんなに嬉しかったのかな、そのプレゼント。店にあった中じゃ安い方だったんだけど。ていうか、なんでアクセサリーってあんな高いのかな。あそこだけバブルなのか?

 すると、凛は俺の手を取って、心底楽しそうに微笑んで言った。

 

「さ、早く行こう」

「りょかい」

 

 二人で駅を歩いた。改札を通って、そのまま電車に乗った。世間は平日なだけあって、車内は混んでいる。とりあえず次の駅で降りるので、ドアの隅の方に移動した。凛はドアの隅に移動し、その正面に俺は立った。

 

「ふぐっ………⁉︎」

 

 ま、まだ乗って来るのか⁉︎俺は慌てて両手を凛の後ろの扉に着いた。ビクッとする凛だが、これ以上前に行ったら俺と凛の口はくっ付く。正直、今日ほど自分の身長が低いことを恨んだことはない。

 

「っ………」

 

 あ、あの、渋谷さん?なんでそんな顔を赤くしてるんですかね……。暑いから?と、思って改めて自分の状況を見たら、完全に凛に壁ドンしてる人だった。それも両手で。あ、これはマズい。なんかすごく凛に迫ってるみたいじゃん。

 

「………だ、大丈夫……?」

 

 凛が震えた声で聞いて来た。安心しろ、友達は絶対に守り抜いてみせるから。

 

「大丈夫、のはず………」

 

 あと1駅なら何とか持つはずだ。いや、持たせてみせよう、ホトトギス。とにかく力を入れろ、踏ん張れ、男を見せろ、俺。

 そんな事を考えてる時だ。誰かの鞄が俺の膝の後ろに当たった。つまり、膝カックンである。

 

「へあっ?」

「へっ?」

 

 生物学的に弱点を突かれて体勢を崩した俺は、顔面から凛の胸に突っ込んだ。

 

「ーっ⁉︎」

「っ⁉︎」

 

 うわうわうわっ、ヤバいセクハラじゃ済まない電車の中で痴漢してるヤバい良い匂い!これは凛にぶたれるかもっ………!そう思って、キュッと目を瞑った。

 直後、凛の両手は俺の脇の下に伸びた。ただし、くすぐったくない。「よっ」と小声を漏らして俺の体を持ち上げて体勢を直してくれた。まぁ、さっきみたいに両腕を伸ばせるわけではないから、凛の肩に顎を乗せてる形になるわけだが。端的に言えば、抱き合ってるように見える状態だ。

 

「………全然大丈夫じゃないじゃん」

「うぐ………!」

 

 ていうか、それ以上に現状が恥ずかしいです。ていうか、なんで俺と凛抱き合ってんの?ていうか、離れないとダメでしょ。

 離れようとした直後、いつの間にか腰の後ろに回されていた両手に力が入る。

 

「りっ、凛………?」

「………どうせ、次の駅で降りるんだし……このままで良いよ」

「いっ、いやでもっ………!」

「良いから動かないで」

 

 っ、そ、そうだな。助けてもらってる立場だし、ここは言うことを聞いておこう。俺は凛の方にもたれかかったまま、ホッと息をついた。さっきから心臓がドキドキうるさい。身体なんてほとんど全身がゼロ距離でくっ付いているので、多分俺の心音は向こうに伝わってるかもしれない。

 …………にしても、俺の心音流石に速すぎじゃね?ドドドドドドッて工事現場みたいに連続してるんだけど。心無しか、左胸だけじゃなくて右胸からも心音を感じてるし。

 はっ、いかんいかんいかん。とにかく考えるな。これから装備は機動性は最高レベルでも防御性能は最悪レベルの水着に着替えるんだ。今から緊張してたら、凛の水着姿なんて見れやしない。

 何とか頭の中の煩悩を打ち払おうとしてると、電車が止まった。それと共に扉が開き、俺と凛は倒れそうになりながらも電車から降りた。

 そこからプールに到着するまで、しばらく目を合わせることが出来なかった。

 

 ×××

 

 プールに到着し、凛と別れて更衣室に入った。………しかし、さっきのハプニングには流石に焦った。あんなジャンプの頭の悪いエロ漫画みたいな事になるとは………いや、ジャンプのエロ漫画はあの程度は序の口だから、それは気の所為か。

 まぁ良い、とにかくプールに着いたんだし、これからは楽しもう。凛に選んでもらった海パンに履き替え、プールに出た。

 とりあえず、更衣室を出た階段の下で待ち合わせなので、俺は待機した。しかし、流石は夏のプールだ。カップルが大勢いる。どいつもこいつも水着とかいう下着でキャーキャーとはしゃいでいる。あの辺のカップルが、俺みたくいじられキャラをいじるにいじって成立したカップルだと思うと反吐が出る。

 

「…………はぁ」

 

 うちの同級生のアホどものカップルは別れたんだろうか。つーか別れろ。

 そんな事を思ってる時だ。後ろから両脇腹を突かれた。お陰で「ひゃいんっ」とか変な声が漏れて背筋が伸びた。

 

「相変わらず変な声出すね」

「だっ、誰の所為ッ………!」

 

 だよこの野郎、と続こうとした俺の口は止まった。上は黒のビキニ、下は白のショートパンツの水着姿が余りにも似合っていたからだ。俺のあげたピアスと首飾りがあればさらに魅力的であったろうが、水につけるわけにはいかないので無い。いや、無くても十分綺麗だなこれ………。

 ボンヤリと見つめてると、凛が少し恥ずかしそうに自分の体を両手で隠した。

 

「………ちょっと。ジロジロ見過ぎだから」

「あ、ああ……悪い………」

 

 そんな事をしてる時だ。凛の後ろから声が聞こえて来た。

 

「おー?意外と良い感じじゃん」

「だろ?これでこの二人くっ付いてないんだぜ?」

 

 その声の主は奈緒、そして北条加蓮さんだった。良い加減、アイドルが出て来ても驚かなくなったな。

 

「よっ、鳴海」

「奈緒、なんでここにいんの?」

「加蓮と遊びに来てたんだよ、タマタマ」

 

 そう言う奈緒は北条さんの肩を叩いた。北条さんは礼儀正しく頭を下げた。

 

「初めまして。北条加蓮です」

「ああ、どうも」

「水原鳴海くん、だよね?」

 

 …………なんで知ってんの?と思ったが、まぁ想像つくわ、目の前の二人だろう。まぁ、別に口止めしてたわけじゃないし良いけど。

 

「そうですよ。北条さん、ですよね?」

「あ、敬語もさん付けもいらないよ。私、歳下だから」

「えっ、そうなん?」

 

 凛(16)→俺よりデカい(最近追いついて来たけど)

 北条(16)→俺より低い

 奈緒(17)→北条より少し低い

 

「…………奈緒」

「な、なんだよ」

「ドンマイ」

「うるさいな!どうせあたしが一番小さいよ!」

 

 しかし、身長の事を抜きにしても北条さんが歳下には見えない。だってほら、身長は3人の真ん中だし、見た感じの胸囲は凛より………。

 

「いだだだ⁉︎」

「どこ見てんの」

 

 隣からジト目の凛に耳を引っ張られた。なんで視線の先が読めるんだよ。ニュータイプか。

 

「女の子はそういう視線には敏感なんだよ」

「だから心を読むな!お前俺について詳し過ぎるだろ⁉︎」

「っ!そ、そりゃっ、まぁ……!………と、友達だし………」

 

 ふむ、友達だとそれくらい詳しいものなのか?なら俺ももう少し凛について学ぶべきか。

 

「…………このヘタレ」

「…………うるさい」

 

 北条さんと凛が何か話した気がしたが、まぁ気にしなくて良いさ。

 すると、北条さんはニヤリと微笑んで凛を一瞬だけ見ると、俺に微笑みながら声をかけて来た。

 

「ねぇ、水原さん」

「? 何?」

「私だけ苗字で呼ばれるのもなんかアレだし、下の名前で呼んでくれない?私も名前で呼ぶから」

「は?」

 

 いや、まぁそれくらい構わないけど………。すると、隣の凛が「ち、ちょっと」と口を挟んで来た。

 

「ダメだからね。加蓮は」

「え、なんでよ、凛」

「………加蓮は何となくダメだから」

「むー。鳴海くん」

 

 え、なんでそこで俺を見る。てかいきなり名前呼びか。

 

「別に名前で呼ぶくらい良いよね?」

「だめでしょ、ナル」

 

 北条さんのからかってるような目と、凛の威圧的な目が俺に向けられる。そんな事で争われても困るんだが………。

 いや、でも別に構わないだろ。流石に今回の凛の言い分はおかしいし。

 

「ま、まぁ呼び方くらいなんでも良いよ」

「ほらぁ」

「………むー、まぁナルがそう言うなら」

 

 ふぅ、なんとか納得してくれて良かった。

 それより、奈緒と北条さんは一緒に遊ぶのか?

 

「二人は一緒に遊ぶ?」

「いや、凛の邪魔しちゃ悪いし、やめておくよ」

「え?別に邪魔なんかじゃないよ。なぁ、凛?」

「…………まぁ、邪魔ではないけど」

「いや、いいから。てかお前らは二人で遊べ。じゃあな」

 

 それだけ言って、奈緒は北条さん………加蓮の手を引いて立ち去った。偶然、ね。まぁ別に何でも良いさ。凛と遊べるならな。

 

「さて、じゃあ泳ぐか」

「うん」

 

 二人で目の前の流れるプールに入った。水に流されながら、水の中を歩いた。その俺の前を凛も泳ぎ始めた。二人で水の中をただ泳ぎ始めた。

 しかし、プールとは不思議なものだ。こうしてただ二人で泳いでるだけなのに、なんとなく楽しい気分になってくるんだから。しかも、現状は凛と一緒にいるからか、尚更楽しい。

 凛は凛でいつも通り、真顔に見えて楽しそうな表情で泳いでいた。顔にはほとんど出ないけど、やっぱり楽しそうな表情はよくわかる。

 そんな凛の様子が何となく微笑ましくて、何となくボンヤリ眺めてると、それに気付いた凛がムッとした表情になると潜った。なんだ?海パン脱がしか?いや、男子じゃないしあり得ないよね。

 まぁ、何をされても対応できるように身構えてると、ドンッと後ろから泳いで来た人と肩がぶつかった。

 

「チッ、ってぇな」

「あ、すいません」

 

 舌打ちされて、思わずこっちが謝ってしまった。すると男は泳ぎ去って行った。なんだ今の男、ヤンキーか?学生くらいに見えたが。完全にお前からぶつかって来ただろうが。

 まぁ、あの程度の頭の軽そうなハゲに怒ったって体力の無駄だから、別に気にしないが。

 その一瞬だけ生まれた隙を突いて、後ろから凛は俺の腰に抱きついた。

 

「隙あり」

「えっ………」

 

 持ち上がる俺の体。え、ちょっ、思ったより力強っ………。

 直後、凛は自分ごと後ろに倒れ込んだ。当然、持ち上げられてる俺も後ろに倒れた。

 ザッパァァァァンッと水飛沫が上がり、俺と凛はプールの中に沈んだ。ガバッ、ゴボッと泡を立てながらなんとか水面に顔を出した。同時に凛も顔を出し、顔の水を払うと、ニヤリと俺を見て微笑んだ。

 

「………宣戦布告か?」

「かもね」

 

 直後、俺は凛に襲い掛かった。しばらくそのまま水中プロレスをしてると、ピーっと笛の音が聞こえた。監視員さんが俺と凛を見ていた。

 

「………プール内での危険行為はやめて下さい」

「「はい」」

 

 謝った。

 その後は、凛にくすぐられたり水の中に落とされたりモンハントライごっこしたりと、まぁ遊び倒した。

 で、今はとりあえずガノトトスを二人で探し回ってる所だ。ていうか、凛の奴全然モンハン飽きてないじゃん。今度誘ってみようかしら。

 

「なぁ、凛……」

 

 声を掛けながら後ろを見ると、凛はいなくなっていた。

 …………あれ?もしかして、逸れた………?嫌な汗がドッと顔に浮かんだ。おいおい、スマホはロッカーにあるのにこんな場所で逸れたらヤバいんじゃないのこれ。

 

「……………」

 

 とにかく、探さないと。そう思ってプールから上がって中を歩き回った時だ。後ろから肩をツンツンと突かれた。

 

「?」

「どーも、鳴海くん」

「あ、ああ。北条さ………加蓮」

 

なんでここにいんの?てか奈緒は?いや、まぁ良いか。とにかく、今現れてくれたのはありがたい。

 

「ちょうど良かった。凛知らない?」

「私も奈緒とはぐれちゃったの。一緒に探してくれない?」

「なるほど。了解」

 

 と、いうわけで二人で探し始めた。

 

 



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人を見た目で判断してはいけない。

 とりあえず、加蓮と二人揃ってプールの中を歩き回った。辺りを見回してると、加蓮が楽しそうに声をかけて来た。

 

「ねぇ、鳴海くん。凛とは普段、どんな感じなの?」

「加蓮もそれか………」

「ね、どうなの?」

「どう、とか聞かれてもな……」

 

 大体の様子は凛とか奈緒から聞いてんだろ?俺が話すことなんてないと思うんだけどな。

 そんな俺の心を見透かしてか、加蓮は質問を変えて来た。

 

「じゃあ、凛の事はどう思ってる?」

「どうって、友達だよ」

「ふーん………本当に?」

「嘘ついてどうすんの」

「でもさ、もう長い事一緒にいるんだから、異性としてそれなりに何か感じたりしないの?」

「何か、とか言われてもな………」

 

 正直に言って、笑顔を見せられるだけでたまにドキッとさせられる良い女の子だとは思う。しかし、そうは言ってもあくまで友達同士だ。

 

「まぁ、良い子だとは思うよ。こんな子が彼女なら、と思うこともある」

「へぇ〜。ま、凛もかなり鳴海くんのことは気に入ってるみたいだしね。案外お似合いなんじゃない?」

「それはないよ」

「またキッパリと否定したね」

 

 そりゃそうだろ。小、中と9年間学校で暮らして来て、図らずともキューピッドをやって来て、それなりに恋愛については分かってるつもりだ。

 

「いじられる奴ってのは周りから好かれてもモテる事はないんだよ」

「と、言うと?」

「女子にモテる男の三要素を知ってるか?」

「そんなの、女の子によって違うんじゃないの?」

「大体は決まってるんだよ。面白い奴、運動神経が良い奴、そして頼り甲斐のある奴だ。良くも悪くも」

「………え、その三つに悪い意味なんてあるの?」

「あるよ。うちの中学の奴らとか全員そうだったから」

 

 そして、その三要素を満たすために俺をいじってきた。いじって俺に面白い反応をさせて笑いを取り、体育や球技大会で俺を狙って躱したりし、それと共にプレイの巧さをアピールして頼り甲斐をアピールする。ホント、思い出しただけでムカつく。3年に上がった時なんて、余りに周りから狙われ過ぎて逆に俺上手くなってたからね。

 

「まぁとにかく、その三要素の中の一つも持ってないのがいじられキャラであり、それが嫌でも定着しつつある俺は女子にモテる可能性はゼロなわけだ」

 

 そう言い切ると、加蓮は俺をジト目で睨んだ。えっ、何その目?「こいつバカじゃん?」みたいな目。思わずたじろぐと、加蓮は小さくため息をついてボソッと呟いた。

 

「………これは凛、大変そうだなぁ…………」

「えっ、何?」

「何でもない」

 

 うおっ、凛と同じレベルで冷たい声………。それ以上追求すれば殺す、とでも言わんばかりの声だ。

 

「でもさ、鳴海くん。今、言ってた三つの要素以外にもう一つ、重要な事があるよ」

 

 案の定、話を逸らされた。まぁ良いか、少し気になるし。

 

「何?」

「女の子の立場から言わせてもらうと、優しい男の子とかにドキッとすると思うけどなぁ」

 

 ふむ、優しさか………。よく聞く話ではあるが。

 

「優しさか………」

「そ。で、それは鳴海くんにはあるものだと思うよ」

「いや、初対面じゃん」

「凛から色々聞いてるから」

 

 え、俺渋谷さんの前で優しいと思われるような事したか?この前なんて枕投げとかしてたぞ。女の子を相手に。

 

「それに、いじられキャラだってモテる男の子もいるよ」

「そんな奴がいるなら、是非お手本にしたいね」

「………あ、モテたいとは思ってるんだ」

「そりゃね。むしろ、彼女も欲しいとすら思ってるよ」

 

 まぁ、諦めてるんだけどな。そんな簡単に彼女が出来たらこの世にオタクもゲーマーも存在しない。

 すると、加蓮が少し真面目な表情で俺を睨みながら、忠告するように言った。

 

「なら、もう少し周りを見てみることだね」

「はぁ?」

「ううん。それより、凛いた?」

「いや、見当たらないけど………」

 

 なんなんだ一体。俺のこと好きな奴が周りにいる、みたいな言い方しやがって。大体、いるなら俺気付いてるっての。

 いや、それ以前にさ、今ので分かったわ。

 

「もしかしてさ、加蓮って俺と凛のことずっと見てた?」

「………えっ?」

「いや、何となくそうかなって。俺と凛が離れた時に声かけて来たタイミングが良かったし。会った時に『奈緒を見なかった?』っていう質問も無かった。探し始めた時も、まるで探してる事を忘れて呑気に関係ない話を振って来たし、今だって『凛いた?』って凛のことしか気にした様子がなかった。多分、奈緒の方は今、凛と一緒にいて偶然を装って俺達と会わせようって考えでしょ?探すふりをしながら奈緒との待ち合わせ場所に向かって」

「……………」

 

 唖然とする加蓮。あれ、ハズレ?ハズレだったらかなり恥ずかしいんだけど………。

 何となく恥ずかしくなって来てると、加蓮の口からボソッと声が漏れた。

 

「………驚いた。頭も良いんだ」

「お、当たり?俺すごくね?」

「うん、正直すごいとは思った」

「ま、まぁね。日々、刑事になるために刑事ドラマ見まくってるからね」

 

 実家とか電化製品の店でな。うちでは見ない。

 

「そんなんで推理力ってつくのかな………」

「憧れてるのは古畑さんと湯川先生と……」

「湯川先生は刑事じゃないでしょ」

「良いの。で、凛は何処?」

「いや分からないよ。奈緒が早ければ、もう凛と待ち合わせ場所にいると思うし。見てたけど、流石に逸れさせたわけじゃないから。たまたま逸れてたから、お助けしようかなって思って」

「それはありがたいけど………そもそもなんで覗いてたんだ?遊びたいなら一緒に遊べば良かったのに………」

「………まぁ、ちょっとね」

 

 ちょっと、なんだよ。あ、もしかして俺が邪魔だったのか?

 

「凛と遊びたいなら俺、帰ろうか?」

「いやいや、それだけは絶対ありえないから」

「絶対⁉︎」

 

 いや、まぁそう言うなら良いけど………。しかし、本当にわからない。わざわざプールの入園料まで払ってこの二人、俺と凛をずっと見てたって事でしょ?暇だったんじゃないかな。

 

「とにかく、鳴海くんの言う通り奈緒と待ち合わせの場所があるから、そこ行こう」

「了解」

 

 まぁ、本人達が楽しんでるならそれで良いけど。

 加蓮の後に続いて、俺は凛と奈緒の元へ向かった。流れるプールのプールサイドを歩きながら、辺りを見回した。そういえば、さっきぶつかって来たガラの悪い奴らはどこに行ったかな。どう見ても頭悪そうなリア充だったから、あまり関わりたくないんだけど………。

 まぁ、バカは高いとこが好きらしいから、あのバカデカいウォータースライダーで待ち合わせしてない限りは大丈夫だろ。

 

「そういえば鳴海くん」

「? 何?」

「山手線見たよ」

「ブハッ⁉︎」

 

 な、なんだよ藪からスティックに⁉︎てかバレテル⁉︎

 

「な?なんのこと、かなー?山手線?そんなんこの辺の駅ならどこででも………」

「いやいや、無理あるから。あと凛とたまに奈緒とも一緒にやってるで」

「わ、わーわーわー!分かったから大きな声で言うなこんなとこで!」

「ああ、確かに凛の気持ち分かるわ。これは奈緒と同じでいじりたくなる」

「な、何をいきなり言ってんだよ⁉︎」

 

 初対面だよね?違ったっけ?

 一瞬、割とマジで浮かんだ俺の質問など知る由もなく、加蓮は楽しそうに語り始めた。

 

「いやぁ、面白いよね山手線。この前、スマブラやってたでしょ?奈緒とか凛の事、ボコボコにしてたから見てるこっちまで爽快になってたよ」

「なんで友達がボコられて爽快になってんだよ………」

「特にゲーム○ウォッチがすごいよね。未だにダメージもらってないでしょ」

「まぁね。凛は初心者だから」

「でも、羨ましいなー。聞いてる分にはすごい仲良さそうに聞こえるからさ。私も……ゲーム実況したいわけじゃないけど、少し羨ましいよ」

「なら今度うちでやる?」

「考えとく。やるからには負けたくないし」

 

 それは練習しておくって事ですかね………。まぁ、練習は重要だと思うけど。

 

「もしやるなら着替えとか持って来いよ。大抵、その後は泊まりになるから」

「えっ………と、泊まるの?」

「ああ。奈緒も凛も泊まって行ったよ。奈緒の方は流石に俺と二人きりでは泊まらなかったけど」

「あ、そ、そっか。二人もいるもんね………。でも、うん。考えておく」

 

 そんな話をしながら呑気に歩いてると、加蓮が「あっ」と声を漏らした。

 

「もうすぐだよ、待ち合わせ場所」

「ふーん………ていうか、待ち合わせ場所ってど……」

 

 ………こだよ、と聞こうとした俺の口は止まった。辺りを見回せば待ち合わせ出来そうな目印になる場所は一つしかない。そして、それは大きなウォータースライダーだった。

 

「……………」

「あそこだよ………って、どうしたの?顔色悪いけど………」

 

 加蓮の指差す先にはウォータースライダーの階段がある。

 …………嫌な予感がするんですが。そんな俺の気も知らずに、加蓮は俺の手を引いて歩き始めた。

 そして、俺の嫌な予感は的中した。

 

「なぁ、遊ぼうぜって。良いだろ?どうせ暇だろ?」

「そうだよ。こう見えて俺達金あるから。何でも買ってやるよ」

 

 ………二人は、俺がさっきぶつかった連中に絡まれていた。奈緒は完全にビビってて凛の背中に隠れてるし、凛は凛で強がって睨んで断ってるものの、若干震えてるのがよく分かる。

 ていうか、あいつらあの二人がアイドルだって分かってないのか?まぁ、確かに髪とか濡れてていつもと違う髪型になってるからわからなくても不思議ではないが。

 

「………ねぇ、鳴海くん……」

 

 加蓮も気付いたのか、俺の後ろに隠れて腕を握った。まぁ、そうなるよな。ここは俺しかないか………。

 

「加蓮、悪いけどここで待ってて。解決して来るから」

「えっ、だ、大丈夫なの………?鳴海くん、超喧嘩とか弱そうじゃん………」

「大丈夫。俺、こう見えて喧嘩は強いから。伊達に親父と喧嘩してなかったから」

「えっ?お、親父さんと……?」

 

 それだけ言うと、凛と奈緒を助けに行った。まぁ、実際は喧嘩なんてしないけどね。アイドルの知り合いが暴力事件なんてダメでしょ。それに、実際は親父以外と喧嘩した事ないから強さも分からないです。

 これから取る行動は、完全に他人のふりをしてウォータースライダーの階段を上がり、監視員を呼びに行く事だ。ウォータースライダーに乗りたがる奴なんて何人もいるから男達は俺が呼んだと断定出来ないはずだし、プールの係員を呼ばれたら、奴らもナンパを中断せざるを得ないだろう。

 ふっ、我ながら完璧な作戦過ぎるぜ。若干、微笑みながらウォータースライダーの階段に向かった。歩いてると、凛がこっちに気付いた。俺はなるべく男達の印象に残らないようにする為、耳を小指でほじくりながら歩いた。あとで石鹸で手を洗おう。

 四人の横をすれ違おうとした直後、

 

「! ナル!」

「! な、鳴海!」

 

 声を揃えたアイドル二人は、俺の元に駆け寄って来た。おい待て。お前らがここで来ちゃったら俺の作戦は成立しないんだよ。

 心の中で嘆いたが、心の中の嘆きが二人に通じるはずがない。二人は俺の背中に隠れて、凛が男に言い放った。

 

「わっ、私達この人の彼女なので行かないから!」

「えっ」

 

 おい、今なんつった?いや、彼氏設定はそっちの助かるための口実として100歩譲ろう。けど何?私「達」?

 

「…………ああ?」

 

 男から心底不愉快そうな声が聞こえた。いや、待って。ていうかお前らどんな設定のつもりでそれ言ってんだよ。いや待て、でも一回なら言い間違いで済ませられる。

 すると今度は奈緒も続けて勢いで叫んだ。

 

「そ、そうだそうだ!あたし達はダーリンの彼女だからお前らには付いて行かないからな!」

 

 はい、見事なまである隙を生じぬ二段構え。戦いとは、いつも二手三先を読むものだ、ってか?ていうか、ダーリンって言い方。

 

「つまり、そいつは二人の女を彼女にしてるってことか?」

「なんだそりゃオイ。ナンパする立場じゃなくてもムカつくぞオイ」

「ちょっと顔貸せコラおい」

 

 おいおいおいおい、ヤバいってこれ。仕方ない、これはやるしかないかもしれない。けど、暴力は凛達に迷惑かかりそうだし………。

 仕方ない、サンドバッグにされよう。

 

「凛、奈緒。向こうに加れ……もう一人いるから、そこで待ってて」

「えっ?で、でもナルは………!」

「大丈夫だから早く行って」

 

 そう言うと、二人は渋々加蓮の方に向かった。さて、殴られるとしようか。まぁ、多分だけど監視員なり呼んできてくれるでしょう。

 とにかく、俺は目の前の二人に声を掛けた。

 

「で、何の用ですか?」

 

 一応、話し合いをしてみたが、どうせすぐに手を出してくる。いつでも対応出来るようにしておくか。

 すると、右側の男が声をかけて来た。

 

「お前さ、二股はダメだろ」

「いやいや、同意の上なんで」

 

 一応、二股設定を活かしてみた。

 

「そういう問題じゃねぇよ。お前の前では同意してたとしても、二人の内心はどうなのか分かんねえぞ?どちらかはお前にバレないようにどちらかを排除しようとしてるのかもしれないし、そうでなくても良い気はしないだろ。彼氏なら、惚れた女に気を使わせるような事してんじゃねぇよ」

「………す、すみません……」

 

 あれ、なんかまともなこと言われてるんじゃないだろうか。いや、それ以前に二股どころか付き合ってすらないんだけどね。

 

「とにかく、お前は今からあの二人のどちらかを振れ」

「え、今って」

「今すぐだ」

 

 マジかよ………。そもそも付き合ってすらねぇんだけど………。

 でも、まぁ平和的に解決できることに越したことはない。こいつら、二人がアイドルであることに気付いてない様子だし、このままいけばなんとかなる。

 

「………わかったよ」

「よし、二人を呼んで来い」

 

 まぁ、事情を説明すれば分かってくれるだろう。二人の方へ向かうと、監視員を呼びに行ったわけではなく加蓮と不安そうに俺を見ていた。

 

「奈緒、凛、ちょっと良いか?」

「何だ?」

「だ、大丈夫なの⁉︎」

 

 凛が彼の両手を掴んで来た。とても心配していたようだが、まぁその件は後で説明しよう。それより、二人をあの二人の前に出さないと。

 

「ああ。それより、奈緒と凛。こっちに来てくれないか?」

「な、なんで………?」

「簡単に説明すると、俺が奈緒と凛のどちらかを選ばなくちゃいけなくなったから。良いから来て」

「「…………はっ?」」

 

 二人からキョトンとしたような声が漏れた。

 

 



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開き直る事になった。

 10分後くらい。俺は凛とプールの医務室で二人きりになっていた。ただし、普段の和気藹々とした空気ではなく、ものっそい気まずい。それと共に鼓動がすごい。

 そもそもなんでこんなことになったのか、それはさっきのヤンキーに絡まれた時に遡る。とりあえず、恋人じゃないとバレた時点でヤンキー二人は凛と奈緒を狙い始める。なので、そこでは恋人で通す必要があった。

 だから、俺は付き合いの長い凛を選んだ。奈緒に演技で「ごめん、奈緒。やっぱり二股なんてダメだからお前とは別れて凛と付き合う」と言った。すると、奈緒は巻き込んだのを分かっていたから「あ、ああ、全然平気だから。気にするな」とあっけらかんと認めた。

 その直後、ヤンキー達は奈緒に声をかけ始めた。振られた方の女を狙うつもりだったのか、と今更になって俺は焦った。男が奈緒の手首を掴んだ直後だ。顔を真っ赤にした凛がその場で膝をついて倒れた。

 なんか「なっ、ナルと、付き合うぅ……」なんて呟いたまま、悶え始め、ヤンキー達は「お、おい。なんかヤバくね?」と言って奈緒をおいて逃げ始めた。まぁ、やましい事をしようとしていたし、誰かが倒れればプールの係員が飛んで来るのは分かり切ってるから逃げ出すのは当然だろう。

 だが、俺と奈緒まで逃げ出すわけにはいかない。とりあえず、奈緒と加蓮にウォータースライダーの上の役員を呼んできてもらい、一応医務室に連れて来たわけだ。体からはなんの異常も出てないことから、まぁ大丈夫だとは思うんだけど………。あ、ちなみに加蓮と奈緒はプールで遊んでる。

 で、ここからが大事。医務室から運んで来た時に、一応説明しようと思って口を開きかけた時、先に凛が聞いて来た。

 

『一応、聞くけど……本当に恋人ってわけじゃ……ないよね……?』

 

 その問いに、思わず反射的に答えた。

 

『え、そうだけど?』

『………だよね』

 

 そう残念そうに呟く凛の姿が嫌に頭に残った。なんでそんな残念そうにするのかが分からなかった。それと共に何故か罪悪感も胸の中で響いている。

 凛は、どう答えて欲しかったのか、凛は何故、残念そうにしたのか。

 とにかく、あの凛からの問いによって、少なくとも俺にとっては気まずい時間が続いている。

 でも、奈緒と加蓮からは「その場にいろ」と言われたから出て行くわけにもいかない。いや、出て行くという選択肢は何にしてもない。それは、この空気から逃避するだけだ。

 とにかく、あの時の最善の返答を考えてると、凛の方から声が聞こえた。

 

「………よしっ、決めた」

「?」

 

 何を?ていうかいきなりなんだ?

 キョトンとしてると、凛はベッドから降りた。

 

「お、おい。もう大丈夫なのか?」

「平気。ていうか、体調崩したわけじゃないから」

 

 すると、凛は俺の隣に歩いて来て俺の腕にしがみ付いた。

 

「ちょっ、凛………?」

「さ、行こう。ナル」

「い、いやもう少し休んでからの方が良いんじゃ………!」

「良いから。せっかくナルと二人きりで遊べるのに時間がもったいないじゃん」

「………えっ?それって、どういう………」

 

 ………なんか俺と二人きりでいたい、みたいに聞こえたんだが……。

 だが、俺の問いに答えるつもりなんてないのか、一切無視して楽しそうな表情で俺の腕を引っ張った。

 

「ほら、行くよ」

 

 その笑顔は、「これから覚悟しといてよ?」とでも言ってるかのような、いたずらっ子のような笑みだった。

 

 ×××

 

 プールを出て、加蓮と奈緒と別れて、俺は更衣室付近の自販機の群れで待機していた。まぁ、女子は髪乾かしたりと色々手間があるんだろう。

 その点、男は楽で良い。髪なんてタオルで拭けば良いかなってスタンスだし、そんな髪長くないし。

 とりあえず、一人でM○Xコーヒーを買って飲んでると、後ろから首元に息を掛けられた。

 

「ふぅ〜」

「わひゃあぁあ⁉︎」

 

 変な声を上げながら後ろを見ると、凛が実に楽しそうに微笑みながら立っていた。

 

「お待たせ」

「お待たせ、じゃないから!変な声出ただろ!」

「そんなのいつもの事じゃん」

「い、いやいや!首元に息なんてやられたの初めてだから!初めて出た声だから!」

「可愛かったよ?」

「っ………!」

 

 な、なんだいきなり………!何となく普段と様子が違う気がしてたじろいでると、凛は一切気にした様子なく隣に座った。

 

「ね、何飲んでるの?」

「ん?コーヒー」

「………超甘い奴じゃん」

「良いだろ、ブラックは飲めないんだよ」

「一口ちょうだい」

「えっ………」

 

 直後、凛は俺の手から勝手にM○Xコーヒーを取り、口を付けて飲んだ。おい、それ間接………い、いや、でも高校生の友達同士なら普通、なのか?いや、でも………。

 

「うえっ……やっぱ甘過ぎ………もういらない」

「お、おう………」

 

 あげる、とすら言ってないんだけどな………。ど、どうしよう……。これ飲んで良いのかな。でも、少なくとも凛の前で飲むのは少し恥ずかしいんですけど………。

 

「そ、そうだ。凛、アイス食べる?」

「え?良いの?」

「ああ、たまには買ってやるよ」

 

 たまには、というのは正直よく分からないが、とにかく買ってあげることにした。

 

「何が良い?」

「じゃあー……これっ」

 

 チョコを二本買って、片方を凛に手渡した。

 

「二本もくれるの?」

「いや一本は俺のだから」

「冗談」

 

 で、二人で食べ始めた。………何故か、凛は俺の方にもたれかかって来たが。こ、これも友達では当然の距離なのか……?それとも………い、いやいや。自惚れるなって。相手はアイドルだぞ。

 

「ね、ナル。今日はこの後どうしよっか?」

「えっ?そ、そうだな………。凛は明日は?」

「午前中だけ休み」

「じゃあ、ゲームかー……」

「えー、せっかく隣の駅まで出掛けてるのにもう帰るの?」

 

 あれ?珍しいな。普段なら帰って即行スマブラ大会なのに。何処か行きたい場所でもあるのか?

 

「どっか行きたい場所あんの?」

「いやいや、そういうんじゃなくてさ。せっかくなんだからもう少し外で遊びたいなーって」

「………じゃあ、ゲーセン?」

「ゲームから離れて」

 

 ゲーセン以外でこの辺で今から遊びに行ける場所か……。もう夕方だし、カラオケとから高くつくよなぁ………。

 

「ちょっと待って。ググるから」

「そんな真面目に探さなくても良いよ」

「えっ、そ、そうなの?」

「ナルって本当に友達と遊び慣れてないんだね」

 

 悪かったな、友達いなくて。

 

「別にわざわざ探さなくても、この辺の駅周辺ならテキトーに思い浮かぶもの言えば大抵はあるよ?」

「川とか?」

「それはないかな」

「じゃあ山」

「地元にあるものから離れて」

 

 ゲーセンからも地元からも離れるのか………。他に何か高校生が遊びそうなもの………。

 

「………あっ、遊園地!」

「夕方からは無理でしょ」

 

 あ、ですよね。となると他に遊べる場所か………。

 

「別に何かする場所じゃなくても、スタバとかでも良いんだよ?それならそれでお茶飲みながらお話ししたり出来るし」

「………最近の高校生ってすごいなぁ」

「一年経ってる人が何言ってんの?」

 

 悪かったな畜生。

 でも、別に飯屋で良いならそれで良いか。お金あんまりかからないし、晩飯を作る手間もなくなる。

 

「じゃ、マック行くか」

「本当にとことんダメダメだね」

「えっ、な、なんでっ」

「そこはマックはダメでしょ。長くいられないし、騒がしいし」

「じゃあロッテ?」

「その手の店から離れて。素直にスタバって言えば良いじゃん」

 

 少しでもオリジナリティを出した方が良いと思ったんだが………。まぁ、でも凛がそれで良いなら良いか。

 

「じゃあ、スタバで」

「うん。その前に、アイス溶けかけてるよ」

「へっ?う、うわっ!」

 

 垂れそうになったのをギリギリ口でキャッチした。

 ………ていうか、隣の駅に来たのにって言ってたけど、スタバなんて何処にでもあるよな。

 

 ×××

 

 予定通りに二人でスタバでまったりした後、ようやく帰宅し始めた。しかしあれな、スタバって高いな。なんであんな高いの?ちょっとティーブレイクするだけで千円くらい飛ぶんだけど。まぁ、食費とかは大丈夫だとは思うけど………。

 そんな事を考えてると、俺の家の前に到着した。さて、これからはゲーム大会かな。今日はどのキャラを使おうかなー、スネ○クとか使いこなせるとカッコ良いかなーなんて迷ってると、凛がふと声をかけて来た。

 

「ね、ナル」

「? 何?」

「前に、私は初恋もまだって言ったでしょ?」

「え?あ、あー、そう言えばそうだっけ?」

 

 そんな話もしたっけ。よくそんな細かい会話まで覚えてるなー、と、感心したけど俺も割と覚えてるわ。だって普段、凛としか会話しないもん。

 

「それで?」

「私………その、今、初恋の真っ最中なん、だよね………」

「…………はっ?」

 

 ま、マジ………?

 

「ま、マジ…………?」

 

 俺の疑問は、声となって表に出た。その問いとも言えないような問いに、凛は頬を赤らめながらも頷き返した。

 …………あれ、なんだろう、この感じ。今、胸の奥がズキンっと痛くなったような気が………。

 

「え、誰?誰なの?」

「言わないよ。言っても信じないだろうし」

 

 信じない、ということは俺の知ってる人ということか?他にも聞きたいことは山ほどあったが、頭が上手く機能しない。色々とテンパってる俺に、凛は続けて言った。

 

「だから、今日は私帰るから」

「えっ………?」

 

 か、帰っちゃうの………?なんだろう、なんだこの感じ。今、一瞬だけ寂しかったような気がするんだけど………。

 そんな俺の気を知ってか知らずか、凛は俺の様子を伺うようにしたから覗き込んだ。

 

「だから、さ……。その、応援、しててくれる?」

「えっ?」

「応援。ほら、男の子の好みとか、知りたいしさ」

「………あ、ああ、良いけど……」

「じゃ、また今度、一緒に出掛けようね」

 

 凛は微笑みながら言うと、「またね」と挨拶して自分の家に帰宅し始めた。ポツンと取り残された俺は、とりあえず自分の部屋に入った。

 ………そっか。凛にも、好きな人が出来たのか………。なんだろう、この感じ。悔しいというか、なんというか………。こんなの初めてだ。

 いや、凛だって女子高生だし、恋愛の一つや二つくらいあるだろうに。なんでこんな複雑な心境になってんだよ。

 とにかく、凛には幸せになってもらいたい。その為に、とりあえず最近の男子高校生の好みでも調べておくか。そう決めて、スマホで調べ物を始めた。

 

 



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水原くんと恋人になりたくて(4)

 翌日、私は奈緒と加蓮と卯月と事務所で合流し、ラウンジでコーヒーを飲みながら宣言をした。

 

「………と、いうわけで、ナルの事が好きだと認める事にしました」

「……………」

「……………」

「……………」

 

 あれっ、何その無反応?もう少し、こう………何かからかわれるかと思ってたのに………。その時のための言い訳も考えて来たのに、なんか拍子抜けだなぁ。

 すると、加蓮が眉をひそめてボソッと呟いた。

 

「………今更?」

「えっ?」

「いや、もう随分前から大好きだったでしょ。ねぇ、奈緒?」

「そうだな。じゃなきゃ、あたしとナルが初めて会った時、あんな風に怒らないし。なぁ、卯月?」

「そうですね。それに、わざわざお弁当なんて作ってあげないでしょうし。ねぇ、加蓮ちゃん?」

「ね、わざわざ実家にまで行ってね。普通、寂しいからって実家までは行かないよ。ねぇ、奈緒?」

「ああ。誕生日プレゼントもらってあれだけ大はしゃぎしてたのにな。あたし達があげた時より嬉しそうにして………。なぁ、卯月?」

「そうですねぇ。それに……」

「も、もう良いから!なんで三人で上手くループしてるの⁉︎」

 

 う、うるさいな………!なんでそんな息ピッタリなの?打ち合わせでもしてたの?

 

「まぁ、良いや。で、なんでその結論に至ったか教えてくれる?」

 

 加蓮がとりあえず、とでも言うように聞いてきたので答えることにした。どうせ逃げようとしても逃げられないし。

 

「まぁ、昨日のプールでさ、変なのに絡まれたでしょ?」

「うん」

「ええっ⁉︎だ、大丈夫だったの⁉︎」

「あ、うん。心配しないで卯月。それで、まぁ………その、奈緒と選べみたいな事言われたでしょ?」

「そうだね」

「それで………その、そもそも付き合ってもないのに、何となく私が選ばれなかった時のことを想像したら……その、怖くなっちゃって……」

「あーそういえば確かにあの時、凛ってば鳴海の事殺しそうな目で睨んでたよな」

 

 え?そ、そう?それは無意識だった。

 

「だけど、その……ナルってアホほど鈍感だから、絶対に私の気持ちに気付きそうにないなって思って………。それなら、まずは自分から開き直らないとダメかなって思ったの」

「まぁ、確かに鳴海はアホほど鈍感だからな………」

 

 そう、ナルは鈍感だ。アレほど面倒臭い男はそうはいない。だが、他の女の人に取られるのは嫌だ。それだけではない、一緒にいるだけで楽しさや嬉しさを覚えるし、なんなら幸せすら感じてる。

 

「でも、少し悔しかったからナルには『初恋した』とだけ言って逃げて来た」

「悔しかったのか………」

 

 そりゃ悔しいでしょ。まぁ、ナルに限って大きくショックを受けたとかそういうのはないだろうし、正直あまり意味なかったかもしれないけどね。

 

「で、具体的にはどうすんの?」

 

 加蓮に聞かれた。勿論、考えてある。

 

「まず、次会った時は大人しくするよ」

「へっ?お、大人しく………?」

「そう。まずはナルの好みを把握するために、潜伏する事にした」

 

 昨日だって、ホントはナルと泊まる予定だったのに我慢したんだから。お陰で夜は寂しくてハナコに構ってもらったし。

 だが、これだけでは3人には伝わらなかったようで、卯月がキョトンと首をひねって聞いて来た。

 

「と、言うと?」

「さっき、ナルに『初恋した』って言ったって言ったでしょ?」

「う、うん。ややこしいね………」

「その時に、彼に『応援してくれる?』って言ったの。だから、最近の男子高校生の好みを聞くフリしてナルの好みを聞こうと思って」

 

 そう言うと、3人とも「なるほど………」みたいな顔をして呟いた。この作戦はナルと医務室でずっと黙ってる時に思い付いたものだ。実行するのに会話を挟んでスタバを挟んで帰路を挟んだけど。

 まぁ、情報を入手するだけでは甘い。あの鈍感はそんな事じゃ気付きもしない。

 

「で、好みを知り次第でとりあえずガンガンに攻める」

「でも、鳴海はガンガンに攻めたところで気付かないんじゃないか?」

「分かってるよ。それに、別にナルが気付く必要なんてない」

「…………?どういうことだ?」

「どうせ気付かないなら、もういっそ……その、私に………ほっ、惚れさせた方が早いかな、って………」

 

 ………なんかすごい恥ずかしいこと言った気がする。でも、実際その作戦しか思いつかなかったんだから仕方ない。

 すると三人は目を丸くして私を見た後に、加蓮、卯月、奈緒の順番でボソッと呟いた。

 

「………すごいね、凛」

「……よく言えましたね。そんな恥ずかしいセリフ」

「少女漫画でも読んだのか?」

「う、うるさいよ!」

 

 ていうか、あのニブチンを落とすにはこれしかないでしょ!それこそ撃墜するくらいの勢いでやらないとお付き合いなんて無理だから!

 

「まぁ、でも確かにあいつと付き合うにはそれくらいしないとダメだよな」

 

 奈緒が同意するように腕を組んでウンウンと頷いた。

 

「何せ、あいつの中では『からかい甲斐のある友達』程度にしか思われてないと思ってるみたいだからな」

「あー分かる。昨日、鳴海くんと少し話したんだけどさ、あの子自分の事を随分と下に見るよね」

「そうなんですか?」

「うん。中学の時に相当いじられてたんだろうなぁって思う程」

 

 そ、そうなんだ………。まあ、確かにいじられキャラはモテないだの何だのと良く抜かしてるけど。それは周りの女の子達の見る目がなかっただけだから。

 

「わたしはその鳴海さんに会ったことないからなんとも言えないのですが………。そんなに鈍い方なの?」

「「「鈍い」」」

「こ、声を揃えるほどなんだ………」

 

 卯月が引き気味に呟いた。いや、本当に笑えないレベル。卯月がナルのこと好きだったとしても怒るんじゃないかなって感じ。

 大体、実家に押し掛けた時点でわかって欲しいよね。普通の友達同士で同性でもわざわざ実家になんて行かないから。

 腕を組んで少しイライラしてると、奈緒と加蓮がジト目で私を睨んでるのに気付いた。

 

「………いや、凛の言えた事じゃないと思うんだけど」

「本当だよね。凛がそこまで言うのはちょっと………」

「えっ、な、なんでよ」

 

 向こうから私のこと好き、みたいな兆しあった?一切感じなかったけど………。

 

「いや、そういうんじゃなくてだな。凛だって好きになる前は割と距離近かったと思うぞ」

「えっ」

「そうだよ。普通、いくら友達同士でも好きでもない男の子の部屋に二人きりで泊まったりしないから」

「そ、それは………」

「しかも、鳴海の後ろで着替えてたりしてたんだろ?何回か見られても焦る事もしなかったとか」

「夜中はたまに布団の上でじゃれあったりしてたんでしょ?男女がそれやってると文章見ただけじゃやらしい意味になるからね」

「逆に距離近過ぎてどのアピールも『友達だからセーフ』くらいにしか思われてなかったんじゃないのか?」

「ね。正直私も少しそれあると思う」

「………………」

 

 言われて、私の顔に大量の汗が浮かんで来た。………えっ、じゃあ今、私が苦労してるのって………過去の私が「どうせ男女の関係になることなんてない」なんてタカをくくってたのが原因………?

 そう思うと、なんか当時のセリフとか行動とかがすごく恥ずかしく思えて来た。頬が熱くなる、多分真っ赤になってるなこれ。

 二人の視線とセリフに耐えられず、卯月に助けを求めたが、卯月は苦笑いで目を逸らした後に、両手で握り拳を作った。

 

「だ、大丈夫だよ、凛ちゃん!これからだよ!」

「でもさ、ナルの好みにもよるんだろ?行動が。もし、ボディタッチの多い人が好き、とかだったら終わりだぜ」

「あー確かに。それか距離の近い人、とかね。もう凛とはそれくらいの距離慣れちゃってるかもしれないし」

「………あ、あははっ」

 

 …………なんか不安になって来た。あれ?大丈夫だよね?私の作戦うまく行くよね?

 

「………でもまぁ、何かあったら私達も協力するしさ、そんなに落ち込まないで、凛」

 

 加蓮が私の肩に手を置いたが、落ち込ませた人のセリフではない。

 

「はぁ………大丈夫かな」

 

 不安げなため息が漏れた。だよね、攻略対象はナルだもんね………。亜空の使者より面倒臭い人だもんね………。

 難しいこと考えてるのが顔に出ていたのか、卯月が話題を変えて来た。

 

「ちなみに、いつ告白するの?」

「まだ考えてないけど………」

「そういうのは決めた方が良いんじゃないかな?あまりに引きづり過ぎて、気付けば一年経ってました、なんて事にならないようにしないと」

 

 うーん………いや、でもそんなことにはならないと思うんだけど………。私、やる時はやる人だし。

 

「いや、凛は大事な所でチキりそうだよな」

「あー分かる。簡単に言うと『明日から頑張る』パターンの人だよね」

「うっ、うるさいな………」

 

 てかどう言う意味なのそれ。

 でも、確かにそういうのは決めないとダラダラと続きそうっていうのもあるし………。

 

「じゃあ、文化祭の日に告白するよ。それまでに、何とかナルの事を振り向かせてみせる」

「「「おお〜!」」」

 

 その宣言に、三人は嬉しそうに声援と拍手を送って来た。うん、やっぱり女は度胸だよね。頑張ろう。

 気合いを入れてると、加蓮がキョトンとした顔で聞いて来た。

 

「ちなみに文化祭っていつなの?」

「10月の中旬、だったかな……?」

「なんだ、まだまだじゃん………」

「いや、そうでもないよ、加蓮ちゃん。恋する乙女にとって、時間の経過は早く感じるものだよ」

「………見てる側としてはさっさとゴールして欲しいんだけどね……」

 

 とにかく決めた。その日までに、何とかナルを………せめて私を意識させる女の子、くらいに思わせてやる。

 

「じゃ、とりあえず四人のグループL○NE作ろう」

「良いね。なにかあったらいつでも相談して来いよ」

「うん、頑張ってね、凛ちゃん」

「………ありがと、加蓮、奈緒、卯月」

 

 私達の絆が強くなった気がした。

 

 



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行先不安この上ない。

 夏休みも気が付けば残りわずかとなりました。今年は去年と違って色んなことがあった。それは、やはり凛の存在が大きいだろう。一緒にゲーム実況したり、家に泊まったり、実家に帰ったり、祭りに行ったりプールに行ったりと色々なことがあった。

 そんな思い出がたっぷり詰まっているはずなのに、今の俺はそれらが一切頭に入らずにボンヤリしていた。凛が、初恋をした。それが頭から離れない。気になる。誰だ相手は。いや、それ以前にそいつの何処が良かったのか、そしてそいつと付き合えば、凛は俺と一緒にゲームは出来なくなる。しかも、それの応援までする事にしてしまった。応援なんて出来ないししたくもないのに。

 お陰で食欲も睡眠欲もゲーム欲も湧いてこない。なんだこの感じ。別に凛がどこの誰と付き合ったって構わんだろ。そもそも、俺が気にする事ではないはずだ。

 

「………はぁ」

 

 最近は随分とため息も増えた。ていうか、アレ以来、凛とも会ってない。まぁ、向こうが仕事だし、仕方ないんだけどね。予め予定を決めていたのであの出来事が無くてもこうなっていたのは分かっていたことだ。

 でも、なんか、こう………好きな人が出来たから距離置かれてる、と思ってしまうのは何でだろう。そう言うわけではないのはわかってるのに。俺って割とワガママな奴だったんだな。

 とにかく、このままでいるのは辛い。何とかして、この胸の痛みを何とかしたい。だけど、凛には相談出来ないしなぁ………。

 

「………二人しかいないか」

 

 とりあえず、二人のうちの一人に救援を求める事にした。

 電話をかけて一時間後、リンゴーンと呼び鈴の鳴る音が聞こえた。玄関の扉を開けると、さっき呼び出した奈緒が出て来た。

 

「奈緒。やっと来た………」

「やっとってお前な!こっちは鳴海と違って暇じゃないんだぞ⁉︎急に呼ばれて一時間で来れた事に………って、どうした?か、顔色悪いぞ………?」

「いや、少しね……。とにかく、上がって……」

「お、おう。お邪魔します………?」

 

 のそっと部屋の奥まで案内し、先に座っててもらって冷蔵庫を開けた。

 

「サイダーとミルクティーと麦茶とカフェオレ、どれが良い?」

「な、なんでそんなにたくさんあるんだ………?」

「普段、凛がうちに来た時に注文されるから」

「り、凛………」

 

 くっ、凛の名前を聞くだけで頭痛が………!

 サイダー、との返事をいただいたので、サイダーを二人分淹れて机の上に置いた。来客してるのでクーラーのスイッチを入れて、サイダーを一口飲んだ。

 

「で、何の用だよ?いきなり人を呼び出しておいて」

「………助けてくれる?」

「お、おう………。ほんとにどうした?何があったんだよ」

 

 最初は不機嫌そうにしていたのだが、なんか途中で割と本気で心配そうな顔になったな。

 

「なんか、顔色悪いし目が死んでるぞ。大丈夫か?」

「………大丈夫では、ないかも……」

「とにかく話してみろって。あたしも加蓮も卯月も、多分美嘉も協力するぞ?」

「………卯月と美嘉って……なんで?」

「何でもない、口が滑っただけだ」

 

 なるほど、その二人にも俺と渋谷さんの関係は筒抜けなのか。いや、まぁどうでも良いが。

 とりあえず、呼んだのに何も話さないのは失礼だ。悩んでいた事を打ち明けた。すると、奈緒は額に手を当てて盛大にため息をついた。

 

「………そっちだったかー」

「あ?」

「いや、何でもない。あたしにも頭痛が響いてるだけだ」

「………大丈夫?」

「大丈夫」

「ロキ○ニンあるけど」

「大丈夫」

 

 大丈夫なら良いけど。続きを話そう。

 

「お陰で最近は食欲も睡眠欲もゲーム欲も無くて………。ただ家で風呂と歯磨きとトイレだけして後はダラけてることが多くて………」

「…………はっ?」

「飲み物はたまに飲むんだけど……」

「何も食べてない?いつから?」

「最後に凛と会った日から」

 

 すると、グ〜っと情けない音がお腹から鳴った。直後、奈緒はキッと俺を睨んで机を叩きながら立ち上がった。

 

「このっ……バカ‼︎今、何か作ってやるから待ってろ!」

「いや、だから食欲が………」

「良いから食え!食わなきゃゲンコツするからな‼︎」

 

 すると、奈緒は立ち上がって冷蔵庫を開けた。台所から「うわっ、何にもない……!あ、ネギと天カスはあるけど……!って、米も無いじゃんか!」と慌てるような声が聞こえて来た。

 しばらくして、奈緒はお椀を持って戻って来た。

 

「………はい。うどんがあったからとりあえず作ったけど」

「………かたじけない」

「いつの人だよ」

 

 まぁ、せっかく作ってくれたものだ。食欲はないが、食べなきゃ勿体無いし申し訳ない。

 箸でうどんを摘み、啜った。うおお、美味い………。奈緒って料理出来るんだ。意外だ………。

 

「今、失礼な事を考えてただろ」

「えっ?そ、そんな事ないよ?」

 

 そんなに俺の表情って読まれやすいのかな………。凛にもよく読まれるし………。

 

「………何日ぶりの飯だろうか……」

「ったく、飯くらいちゃんと食えよ」

「うどんにしてくれて助かったよ。他のなら多分吐いてた」

「お前………」

 

 シンプルなたぬきうどんを食べ終え、ようやく一息ついた。

 で、とりあえず相談の答えを聞くことにした。

 

「………で、どうすれば良いんだろ。俺は死ぬのかな……」

「いや、死にはしないと思うぞ。ていうか、答えはもう出てるようなものだろ」

「出てるの?教えて」

「………本来、こういうのは鳴海自身が気付くことなんだろうけど……まぁ、お前はダメそうだから言うわ」

 

 おっと、急にダメの烙印を押されましたよ?どういう事なんですかね?

 

「鳴海は、凛の事が好きなんだよ」

「………はっ?」

 

 ………はっ?

 

「えっ、ええええっ⁉︎な、何を根拠に⁉︎」

「さっきの話が根拠だ。ていうか、なんで自覚が無いんだよ」

「い、いやいや!だって、あんなの俺の身勝手な独占欲をぶちまけただけだから!い、いや、そりゃその独占欲が、俺の胸を締め付けてるわけだが………!」

「無自覚か………。一周回って尊いな」

 

 な、なんだよその生暖かい目は………!

 

「極論だけどな、異性個人に対する独占欲=恋心、だからな?」

「極論過ぎるだろ!大体、俺が凛の事を好きになるわけないんだよ!」

「なんで」

「今までずっと、友達だって思うようにして来たんだから。なんか腕組んで来たり、プリクラを超至近距離で撮ったり、終いには家に泊まって生放送までしたりして、変に距離近いとも思ったけど、それは全部友達同士なら当たり前のことだと思うようにしてて………」

「いや、分かれよ。そんな友達いないだろ。いても同性同士だろ。異性なら恋人だろそれ」

「………友達も恋人もいた経験がないもので」

「…………なるほど」

 

 そ、そうか………。俺、凛の事が好きだったのか………。あれ、なんかそう考えるとすごく照れ臭いんだけど………。

 カァッと頬が熱くなるのを感じてその場で俯くと、奈緒が真顔で聞いて来た。

 

「………今更照れるなよ」

「………い、いや……照れて、ない、から……」

「だいぶ無理あるだろそれは」

 

 いや、でも……俺、ええ………。年下の女の子に?いや、アイドルだけど、年下の女の子に俺は恋心なんて抱いていたのか?凛は確かに可愛いし、ああ見えてノリも良くて負けず嫌いで、すぐに影響される子供っぽいところもある子だ。男が惚れない要素がない。

 ………でも、まさか俺もその一人になるなんてなぁ………。いや、待て。そういえば、凛って好きな人いるんだよな………?

 

「………失恋確定じゃん」

 

 尚更暗くなった。マジかよ、俺の初恋告白前に玉砕してるんですが。浮世はクソゲーか?

 目に見えて肩を落としていたのか、奈緒が焦った様子でフォローするように言った。

 

「いやいや、そうと決まったわけじゃないだろ」

「無理だって………。凛にはもう好きな人がいるんだから……」

「その好きな人がナルかもしれないだろ?」

「は?何言うてんの?ありえへんやろ。イジラレキャラってのはモテない宿命の上に成り立ってるんだから」

「お前なぁ………」

「だって奈緒はどう思う?クラスで毎日のように笑いのネタにされてる男。情けないしダサいし嫌でしょ」

「………まぁ、そうかもな。でも、鳴海はそれ以上に良い所たくさんあるだろ」

「っ、そ、そう………?」

 

 正面から女の子に褒められるのに今だに慣れてないので、思わず顔を赤くしてしまった。

 そんな俺の様子を見て、奈緒まで顔を赤くし始めた。

 

「………て、照れるなよ。あたしまで恥ずかしくなってくるだろ」

「ご、ごめん………」

 

 なんで謝ったのか自分でも分からなかった。なんか変な空気になって来たぞ………。

 奈緒もそれを悟ってか「と、とにかく!」と声を荒げつつ続けた。

 

「鳴海はいじられキャラ、なんていうマイナスがあったとしても、それを超えるプラス面がたくさんあるんだよ!だから、そこまで悲観するな!」

「………あれ、これ俺口説かれてる?」

「なっ………!な、ん、で!そうなるんだよ〜‼︎」

「いだだだだ!ごめんなさい冗談ですごめんなさい!」

 

 正面からこめかみをグリグリと攻められ、悲鳴を上げながら謝った。痛い……ていうか、それ食らったの中学以来だわ………。

 

「………ったく、凛にもそれくらいプラス思考になれっての」

「あ?何?」

「何でもない。とにかくだな、凛の初恋の相手はもしかしたら鳴海かもしれないんだから、今はそんなに気にするな」

「わ、分かったよ………」

「それに、もし初恋の相手が鳴海じゃなかったとしても、男なら自分に振り向かせるくらいの気でいろ」

「いや、それは悪いでしょ。凛自身にとってもその相手は初恋なんだから。それに、俺は凛の初恋に協力することになっちゃってるし……」

 

 ………恋敵と凛が付き合えるように協力するってどうなってんの?人生ついにバグったか?

 

「そんなの気にするな」

「えっ」

「鳴海にとっても初恋なんだろ?それに、凛がその初恋相手と付き合った時点で、もう鳴海と凛がゲームする事は無くなるんだ。それなら、失うものなんて何もない。たまには傲慢にもなれよ」

「っ………」

「ようは、凛に協力しつつも自分の事もアピールしろってことだ」

 

 な、なんか凄い事言われてる気がするんだけど………。協力しつつアピールって、ピーチ姫奪ったのに道中にパワーアップアイテム置いて行くクッパみたいな………。

 

「で、でも………」

「でももヘチマもない!あたしが鳴海に協力してやる、それならどうだ?」

 

 うぐっ、こ、こいつ………汚い手を。他人に協力なんてしてもらったら、こっちも本気を出すしかない。協力してもらってるのに手を抜くのは失礼だからな。

 

「わ、分かったよ………。頑張って凛を口説いてみれば良いんだろ?」

「そうだ」

 

 凛に協力するフリして邪魔してる気分で正直気が乗らないが、こっちも奈緒に協力してもらうんだ。手を抜くのは失礼だろう。こうなればどっちもやってやる。

 

「じゃあ、よろしく。奈緒」

「おう!…………どうしよう」

「え、今どうしようって言った?」

「………言ってない」

「いや、ハッキリ聞こえたよ。もしかしてノープラン?」

「…………」

 

 大丈夫なんだろうな………。幸先不安どころじゃないわ。

 

 



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基本的に不意打ちに弱い。

 とりあえず相談だけしてもらって、明日からなんとかしようということになった。

 で、何となく話したらスッキリした俺は完全に食欲が復活し、外に食べに行くことになった。料理する体力がないです。とりあえず、安く済むようにマ○クに来た。どうせ長居するつもりはないし。

 ハンバーガーとナゲットとポテトのLサイズとスプライト………と、とにかく頼みまくった。腹ペコだったし。

 とにかく全力でパクパクと食いまくってる時だ。後ろから首元を触られた。

 

「ひゃわっ⁉︎」

「ナール、何してるの?」

 

 慌てて振り返ると、凛がにやけた顔で立っていた。

 

「り、凛⁉︎」

 

 凛だと認識した直後、思わず驚いて椅子から転げ落ちてしまった。そんな俺を見るなり、凛は小さくため息をついた。

 

「………何してるの?」

「ご、ごめん……!」

「ほら、立って」

 

 凛が手を差し出してくれた。その直後、何故か顔が真っ赤になるのを感じた。

 

「ーっ!」

「………何照れてるの?」

「てっ、照りぇてない!」

「いや、照れてるじゃん」

 

 グッ……!な、なんでだ?今更、なんでこんな………!まさか、自覚したから照れてるってのか?今更?

 

「ナル?」

「っ、ご、ごめん。でも平気だから………!」

 

 なんとか立ち上がって、椅子に座り直した。すると、何故か凛も向かいの席に座った。

 

「…………何?」

「一緒に食べようと思って」

「いや、そもそもなんでいるの?」

「ん、私もたまたまここに来ただけ」

 

 しまった、仕事終わりに小腹が空いた時間と被ったか。いや、しまったってなんだ?好きな女の子とたまたま会えるなんて喜ばしい事じゃないか。

 

「………で、ナル」

「? 何?」

「良い機会だし、教えてよ」

「………ああ、男子の好みね」

 

 ………なんか思ったよりきついな。目の前の凛は、俺ではなく好きな人がいるんだ。いや、勿論奈緒の言う通り俺である可能性もゼロではない。だが、ゼロじゃないってだけだ。高くはない。

 

「………ナル?」

「あ、ああ、なんでもない」

 

 心配そうに声をかけて来たので、とりあえず首を横に振った。

 しかし、男の好み、か………。俺、普通の男子高校生と価値観が違うから役に立てるか分からないんだけどな………。

 

「………そう言われても、何についての好みだよ」

「んー……例えば、デートで行きたい場所とか?」

 

 ああ、そういうね。まぁ、それくらいなら良いけど。

 

「でも、俺は男友達いないし、男子高校生の好みはわからないよ」

「ナルの好みで良いんだよ」

 

 えっ、お、俺の好みで良いの?それ意味なくない?

 

「いや、俺の好みなんか教えても……」

「良いから。だってほら、ナルだって一応は男子高校生でしょ?ナルの好み=男子高校生になるじゃん」

「いや、まぁそう言われりゃそうなんだが………」

 

 まぁ、仕方ないか。

 

「俺がデートで行きたい場所………ああ、俺なら」

「俺なら?」

「…………」

 

 ………あれ、言葉が出て来ない。俺なら割と動物が好きだから動物園とか水族館とかって言おうとしたんだけど、何?こう………好きな女の子に好みを知られるのが恥ずかしい。え、何これ。ウブか俺は。

 

「な、ナル………?」

「っ⁉︎えっ、な、何?」

「大丈夫?なんかボーッとしてたけど………」

「へ、平気だよ」

 

 くっ、情けない……!しっかりしろ、俺。

 

「お、俺だったら……あ、アレかな………。ゆ、遊園地とか……?」

 

 結局、一般論を言ってしまった。どうしよう、俺ジェットコースター無理なのに。

 

「ふーん、遊園地か」

「あ、ああ。ほ、ほら、男なんて自分が楽しむより女の子に良いところ見せるので必死だから」

「なるほどね……。じゃ、行こっか」

「…………はい?」

「遊園地」

「………ああ、その好きな人と?」

「そう、ナルと」

 

 おい「そう」ってなんだよ。全然「そう」じゃないじゃん。それともマイティの方のこと?

 

「来週の日曜は空いてたよね?その日に行こう」

「………俺とで良いの?」

「良いの」

 

 ………あれ?これデートという奴か?いや、前から散々二人きりで遊びに行ったりしてるのに、何を今更恥ずかしがってるんだ俺。何を今更舞い上がってるんだ俺。

 とりあえず、照れを誤魔化すためにポテトを一本摘んで口に運んだ。その途中、何のつもりか、凛はそのポテトを咥えた。

 

「あっ」

 

 とっさの行動に驚いたのか、はたまた何となく照れてしまったのか、反射的に声を漏らした俺に、凛は若干照れてるのか、頬を染めながら目を逸らしてポテトをカリカリと口の中に吸い込んだ。

 

「………美味し」

「ーっ」

 

 な、なんだよこいつ。何この可愛い生き物?もうそういう行動するのはやめろよ。好きになって行く分、なんか胸が痛くなるじゃんか。

 ダメだ、多分顔真っ赤。心臓の動悸も自動小銃の如くマッハで動いている。こんなの凛に見られたらからかわれる。

 

「………あむっ」

 

 それらを誤魔化すようにハンバーガーを貪った。

 普段の倍速でハンバーガーを食べる。当然、そんなもん喉が受け付けるわけがない。

 

「うっ」

 

 喉に詰まった。やばっ、息がっ……出来っ………!

 

「ッ………!」

「な、ナル⁉︎ちょっ、大丈夫⁉︎」

「えほっ、えほっ………!みっ、水ッ………!」

「スプライトならあるけど!」

 

 もうそれで良いです。スプライトを受け取り、無理矢理流し込んでなんとか息を整えた。肩で息をしてると、凛が申し訳なさそうな顔で下から覗き込んで来た。

 

「………大丈夫?」

「っ………。へ、平気………」

「ご、ごめんね……?」

 

 いや、なんで君が謝るんですか。あなたはポテトを差し出して来ただけで、僕は勝手にむせただけですけど。

 

「………」

「………」

 

 ………何この気まずい空気。どうしよう、とても耐えられる気がしない。吐きそうで泣きそう。

 

「あ、凛!」

「な、何?」

 

 なんとかしようと思って声を掛けたけど、何を言えば良いのかわからない。あー、その、なんだ。えっと、良し。アレだ。

 

「ら、来週遊園地な!楽しみにしてるから!それじゃ!」

「あっ、ち、ちょっと………!」

 

 結局、言い逃げだけして逃げてしまった。まだナゲットもポテトも残ってたんだけど………。なんにしても、味なんて分からなさそうだし別に良いや。

 さて、とりあえず早速助けを呼ぶとしようかな。そう思って奈緒に電話しようとした時だ。

 

「な、ナル!待って………!」

「えっ」

 

 凛が追いかけて来ていた。手元にはマ○クの袋が握られている。

 

「り、凛⁉︎」

「ど、どうしたの急にっ………?わ、私、そんなに悪い事……しちゃった………?」

 

 俺の機嫌を伺うような感じで上目遣いで声をかけてくる凛。その様子に思わずドキッとしてしまった。

 ………ていうか、そこはマ○クに残ってくれれば良いのになんで追いかけて来ちゃうのかな。

 

「い、いやっ……そういうわけ、じゃあ………」

「なら、良いけど………」

 

 クッ、照れてるんだよ。察しろ。だって凛可愛いんだもん。なんかもうこっちはいっぱいいっぱいなんだよ。

 なんか恥ずかしくて凛に目が合わせられないでいると、グイッと紙袋を差し出して来た。

 

「はい、これ」

「? 何?これ」

「ナルの商品。店員さんにお願いして袋入れてもらったんだからね」

「………えっ?」

「ナル、食費とかキツイでしょ?来週、遊園地も行くんだし………」

「…………」

 

 わざわざ、俺の為にそこまでしてくれたってのか?あれ、なんだろうこの感じ?これまでに無いほどに嬉しいんだが。いや、こんな事で一々喜ぶな、と思うかもしれないが、好きな女の子の自分に対する善意はどんな事でも嬉しいものだ。

 

「ぁっ……ありがと………」

 

 小声でお礼を言いながら紙袋を受け取った。凛はそんな俺の反応に満足したのか、若干顔を赤くして微笑んだ。

 

「………ね、ナル」

「? 何?」

「私も、来週楽しみにしてるからね」

「………あ、ああ」

「じゃ、帰ろっか」

「………おお」

 

 二人で帰ることにしたけど、その後も俺はまともな受け答えができなかった。

 

 ×××

 

「………と、いうわけで、遊園地に着て行く服を助けて下さい」

 

 凛を自宅まで送り、今は奈緒に通話してお願いしていた。ていうか、とにかくお願いした。電話越しなのに頭を下げて。

 電話の向こうからは呆れたような小さなため息が聞こえて来た。

 

『………なるほど、そういう感じな』

「何?」

『いやなんでもない』

 

 しばらく間が空いた。おそらく、どうするか考えてるんだろう。

 やがて、声が聞こえて来た。

 

『………分かった、協力するよ』

 

 よし来た!

 

「助かる、ありがと」

『良いって。協力するって言ったし。いつにする?』

「来週の日曜までに行きたいから、その日までに奈緒が空いてる日があればそれで良いよ」

『分かった。じゃあスケジュール確認するから待ってて』

「おk」

 

 ふむ、やはりアイドルは大変だな。俺ならスケジュール確認する必要なんかないし、何ならスケジュール自体が無いまである。

 しかし、俺今更だけどこんなことして良いのかな。好きな女の子がいるのに別の女の子と出掛けようとするなんて。いや、でも好きな女の子を落とすためなんだからダメってことはないんだろうけど………。

 しばらく待機してると、スマホから声が聞こえて来た。

 

『もしもし?』

「ああ、どう?」

『悪い、ちょっと凛から着信入ってたから、後で確認したらL○NEする』

 

 ああ、確かに凛相手なら業務連絡かもしれないからな。

 

「分かった。じゃあまたね」

『おう』

 

 そこで電話は切れた。さて、お金使うわけだから、少し銀行から下ろすか。今回ばかりはどんな高い服でもそれなりに金掛けないとな。

 とりあえず、精神的に落ち着くためにスマブラをつけた。さて、やろうか、ゼロサム。

 

 ×××

 

 土曜日。結局、前日になってしまったがこの際仕方ない。奈緒と待ち合わせをした場所である改札口前でスマホをいじっていた。最近はFGOとかいうゲームも面白いらしく、それの夏イベを全力で周回している。なんか最初に頼光とかいう人が出た。なんでこの人こんなおっぱいデカいの。

 こんなキャラを使ってるところは絶対に凛には見せられないなぁ、なんて思いながら、頼光、マシュ、ロビンフッドの三人で暴れ回ってると、後ろから声が聞こえた。

 

「おーい、鳴海」

「?」

 

 振り返ると、奈緒が手を振ってこっちに歩いて来ていた。………両隣に凛と加蓮を連れて。

 

「………あの、なんで?」

 

 シンプルな疑問がボソッと漏れた。

 

 



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水原くんと恋人になりたくて(5)

 ナルと買い物デートに行く約束をした直後、私は全力で奈緒に電話をかけた。何故って?遊園地に行く洋服を決めないといけないから。

 その時の奈緒のセリフをよく覚えてる。

 

『ああもう、面倒くさいバカップルだなこいつら………』

 

 あれはどういう意味なんだろうか。私がナルと付き合ってると思ってるのかな。いや、そんなはずはないか。まだナルは私のことなんてカケラも意識してないはずだし、それは奈緒も気付いてるはずだ。

 まぁ、とにかく今日は奈緒と加蓮と洋服を買いに行く。これで、少しでもあの鈍感バカを意識させる。効果は薄いと思うけど。

 そんな事を考えながら奈緒と加蓮と合流して、駅に向かった。何故か、奈緒が一度駅前に行きたいとかで改札口を出た。すると、見覚えのある男の子が一人でスマホを横にしていじってるのが見えた。

 

「おーい、鳴海!」

 

 奈緒が平気で手を挙げて声をかけたので、私は慌てて奈緒の襟首を掴んで自分の元に引き寄せた。

 

「なんで?どういうこと?」

「あははー、凛に怒った顔は似合わないぞー?」

「あんたぶっ飛ばすよ」

「………いえ、その……鳴海にも同じ相談をされまして……空いてる日が今日しかなかったので………それで………」

「………そういうことなら、まぁ良いケド」

 

 ………それなら私に相談してくれれば良いのに。いや、本人には相談しづらいことなのかな。

 

「で、流石に二人の面倒は見切れないから、奈緒が私に連絡して来たってわけ」

「………なるほど」

 

 それで加蓮か。

 

「ていうか凛、なんで私じゃなくて奈緒に相談したの?」

「へっ?」

 

 そりゃあ、加蓮は茶化して来そうで買い物進まなさそうだし。そんな事、本人には言えないけどね。

 

「トークルームの一番上にあったのが奈緒だったんだよ」

「ふーん……なんか腑に落ちないけど、まぁ良いか。とりあえず鳴海くんと合流しようよ」

「そうだな」

「えっ、ちょっ……心の準備が」

「「後にして」」

 

 いや後じゃ意味ないでしょ。

 私の心の中のツッコミも無視して、奈緒は呑気に手を挙げた。

 

「よっ、鳴海」

「おい待てこの野郎」

 

 ナルが早速、奈緒の腕を掴んで引っ張り、肩を組んで何か話し始めた。多分、私と同じ文句を言ってるんだろうけど……ちょっと距離近くない?異性でしょあんた達。なんで肩組んでんの?

 少しもやもやして来て、つま先でタンタンと貧乏揺すりをしてると、隣の加蓮が肩を叩いて来た。

 

「凛、イライラしないで」

「………別にイライラしてないし」

「してるよ。普段から凛はアレより距離近いんだから、そう思えばイライラしないでしょ?」

 

 ………確かに。別にイライラして無いけど、普段の私はナルの膝の上でゲームしてると思えば、心の中が、こう……スッと晴れた。

 すると、奈緒がナルを連れて戻って来た。

 

「さ、行くか……って、凛?何勝ち誇った顔してんだ?」

「べっつにー?」

「………わかりやすい」

 

 加蓮が何か呟いた気がしたが、無視してナルに声を掛けた。

 

「こんにちは、ナル」

「おっ、おうっ」

「………なんで緊張してんの?」

「しっ、してねぇから。ちょっとドキドキしてるだけだから」

「してるじゃんそれ。変なナル」

 

 ホント、最近のナルはおかしい。なんか変に緊張してる気がする。いや、ナルに限って緊張することは無いか。どうせナルだし。

 

「ていうか、凛も服で悩んだりするんだな」

「そりゃね。ナルとのデートだし」

「えっ……それどういう………」

「聞いた?奈緒、なんかこの辺暑くない?」

「夏だからじゃないか?」

 

 そこ、茶化さないで。

 

 ×××

 

 ナルと私がいると買い物が進まない、との事で私は加蓮と買い物に行くことにした。ナルは奈緒と二人で買いに行った。まぁ、奈緒なら大丈夫だと思うし、加蓮と二人にさせるよりマシだ。

 ナルと奈緒の背中を見送りながら、加蓮と二人でレディース服を見に行った。

 

「さて、私達も行こっか」

「そうだね。じゃ、まずは鳴海くんの好みなんだけど……何か無い?」

「ポニテ大好きだからそれに合わせた感じかな」

「じゃあ、活動的な服にしよっか」

「うん、そこまでは私でも決められたんだけど………」

「? 何か問題が?」

 

 まぁ、問題と言える程じゃないんだけど………。

 

「………なんか、こう……不安になっちゃって。普段から私そういう服着てるからさ、たまには変化球でお淑やかな服でも良いかなって」

「お淑やかって?」

「………ロングスカートとか」

「ついに⁉︎あの中々スカートを履かない凛が⁉︎」

「ちょっと……声大きいよ………」

 

 そんな大袈裟な……。まぁ、確かに衣装か制服でしかスカート履かないけど、私だって一応、女の子だしスカートくらい履くよ。好きな男の子ためなら尚更。

 

「まぁ、正直ロングスカートって好きじゃないんだけどね。動きにくそうだし」

「んー……なら、やめた方が良いと思うけど」

「? なんで?」

「ほら、鳴海くんは自分の事より他人を優先するタイプなんでしょ?」

「そうだね」

「そんな子なら『自分のために凛が好きじゃない服にお金使うくらいなら、好きな服を着て欲しい』ってなると思うよ」

「むっ……確かに」

「それに、遊園地に行くなら動きやすい格好の方が良いと思うしね」

 

 ………すごいな、加蓮は。そんな事よく分かるな。ナルを意識させる事ばかり考えてて、ナルの思考を考えてなかった私とは大違いだ。

 

「………じゃあ、いつもの動きやすい奴に……」

「でも、確かに変化球も必要だよねぇ。と、いうわけで………」

「えっ?」

「ちょっと凛、こっち来て」

「ち、ちょっと?」

 

 加蓮に手を引かれて、試着室に連れて行かれた。

 黙ってこれを履いて、と手渡されて試着室に放り込まれ、言われるがまま試着した。

 ………えっ、これを履くの?

 

「履いたー?」

 

 外から声が聞こえてきたので、とりあえずカーテンを開けた。私は裾を抑えながら、おそらく赤くなってる顔で加蓮を睨んだ。

 

「………こ、これを履くの……?」

 

 ミニスカートの裾を抑えながら。

 

「うんうん、これなら変化球にもなるしお淑やかさも出て活発にも見えるよね」

「そ、そうかな………」

「可愛いよ、凛」

「………うるさい」

 

 そんな人をからかう時の笑顔を浮かべて何を言い出すのか。

 

「でも、制服とかミニスカートだし………」

「男子にとって制服のスカートと私服のスカートは全然違うらしいよ」

「ふ、ふーん………」

「さて、ここからさらに改造しようか」

 

 嬉々として加蓮はそう言うと、服を選びに店内に戻ったので、私も履き替えて加蓮の後を追った。

 

 ×××

 

 案外、あっさりと私服は選び終わり、私と加蓮はのんびりと店内を歩いた。良いものが買えたね。正直、ミニスカートは恥ずかしいけどナルを落とすためだ。

 大体、ナルが鈍感じゃなければ私もこんな面倒な思いはしなくて済んだんだ。全部ナルが悪い。

 

「で、凛」

「? 何?」

「明日、どうするの?」

「何が?」

「告白」

「ブフッ!」

 

 な、何をいきなり言い出すのか⁉︎そんなの、出来るわけないじゃん!

 

「い、いきなり何言ってんの⁉︎」

「いや、何となく気になったから。文化祭まで待つとか言ってたけど、もう今いっても全然良さそうだなーって思えて」

「あり得ないから!大体、ナルは私の事なんて意識もしてないから」

「………そう?」

「そうだよ」

 

 大体、ナルが鈍感じゃなかったらとっくにお付き合いしているし、何なら既にキスまで済ませてそうな気さえする。

 しかし、そんな私の考えとは裏腹に、加蓮は冷たい目で私に言った。

 

「………凛も割と鈍感だよね。さっきの鳴海くんの反応を見ただけの私でも察したのに」

「はあ?何が?」

「別に、何でも。まぁ、私は明日告白しても面白そう、とだけ言っておくよ」

 

 振られるの分かってて告白して面白いも何もないと思うんだけど……。ていうか、振られるのが面白いって言ってるの?何それひどい。

 

「しかし、凛もすっかり恋する乙女だよね。好きな男の子のために着て行く服選びを手伝ってなんて」

「うるさいな………。仕方ないじゃん、こんなの初めてなんだもん………」

 

 本当にこんな気持ちは初めてだ。何だろう、この感じ。高鳴る胸の鼓動が痛くもあり気持ち良くもある感じ。落ち着かないのに落ち着く、みたいな。いや、逆かな。落ち着くのに落ち着かない。

 とにかく、こんな感情は初めてだった。それも、絶対ありえないとまで断言したナルを相手にだった。

 

「ちなみに、もし付き合えたらどうするの?」

「えっ、ど、どうするって………?」

「簡単に言うとー……カップルが一人暮らししてる方の部屋に泊まるっていうのは、そういうことでしょ?」

「ーっ⁉︎いっ、いきなり何を………⁉︎」

「いや本当に。そういう事したいなーとか、そういうのはあるの?」

「………そ、それは……!」

 

 無いとは言い切れない。でも、まだ高校生だし、そういうのは早い気もする。何より、一応私はアイドルだし、そういう事して良いのかなっていうのもある。

 

「………どうだろう」

「他にもさ、山手線とかそういうのでは言うの?私達、お付き合い始めましたって」

「いやそれはやめとく。リア充爆発しろってコメントで埋まりそうだし」

「あー……確かに想像付くかも」

 

 でも、お付き合いしてからの事なんて考えてなかったな。確かに、色々と問題は多いかもしれない。

 けど、それはあくまでも付き合ってから、の問題だ。

 

「………正直、これからの事は何も考えてないかな。今は、ナルとお付き合いする事だけを考えてるから」

「そっか。まぁ、その方が良いかもね」

 

 そう、何せ相手はナルだからね。手強いなんてものじゃない。

 ………しかし、ナルと付き合って、もしそんな雰囲気になったらどうなるんだろう。そもそも、あのナルとそんな雰囲気になるのかな。大体、いつもゲームやってるうちに寝落ちするってパターンばかりだからな………。

 大体、ナルとそういう雰囲気になるのが考えられない。ナルも、男の子だし私の身体に興味あったりするのかな………。いや、でもそんなナルはやっぱり想像出来ないかな。

 いざとなったら私の方からリードしてあげれば………って、何考えてんの私⁉︎しかも加蓮の前で!私の方からリードって……まるで私の方がシたいみたいじゃん!ダメダメダメ、エッチな女の子をナルが好きなわけないし、もうこういうこと考えるのはダメ!

 顔を赤くしながら、勝手に頭を振ってると、何かを察したのかニヤついた加蓮が聞いてきた。

 

「どうかしたの?凛」

「なっ、なんでもないから!」

「ふーん?避妊はしっかりね?」

「ーっ!お、怒るよ!」

「冗談だから」

 

 まあこれ以上考えるのはやめよう。本当に私の方がエッチみたいだ。

 

 



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人からのお願いは変にアレンジせず、素直に受け止めて応じよう。

 今更言うことでもないが、季節は真夏。太陽系のネームシップ、太陽さんがフルパワーを持って地球を熱し続ける季節であり、従って太陽系惑星三番艦に住んでいる我々にとってはゼットンが地球に滞在しているような気分になる季節でもある。

 まぁ、一言で言えばクソ暑い季節なわけだが、去年までの俺は、そんな季節に外で待ち合わせしているリア充を見るたびに「こいつらバカじゃん?」と思っていた。だってこのクソ暑い中表で待ち合わせなんて砂漠で待ち合わせするようなもんでしょ?修行僧なの?ましてや楽しみ過ぎて早く来てしまう、とかゲームの発売が楽しみで夜中から並ぶオタクと同レベルである。お前らよくそれでオタクをバカにできるなオイ、とまで思う。

 しかし、現実とは奇妙なもので、いざ自分がデート(というより女の子との外出)となると、とりあえず楽しみ過ぎて早く来てしまうわこれ。夜中からなかなか眠れず、知らない間に朝の4時には待ち合わせ場所に来ていた。ちなみに集合時間は9時半である。

 まぁ、夜中の間は割と涼しかったのだが、日が昇るにつれて暑さも倍増、修行僧だったが心の中は楽しみ過ぎてソワソワしている。

 昨日、奈緒に選んでもらった服なので、ファッションについては問題ない。それと、汗かいた時のためのスプレーとかも選んでもらったので、これなら何とかなりそうだ。

 現在、時刻は7時半。待ち始めてから約3時間半、駅を通る人の姿もちらほら見えて来て、なんか俺の事ジロジロ見られてる気がする。ま、今のウハウハな俺にその程度の視線の圧力は効かないがな!

 そんな事を考えながら小声で歌を口ずさんでると、後ろから声をかけられた。

 

「あのー……」

「はい?」

 

 あれ、お巡りさん?なんだろ、事件かな?でも俺何も関わってないし怪しい人も見てないよ?

 

「あなた、朝の4時からここにいますよね?」

「? はい。何せ女の子とデートなもので。あっ、どう?汗臭くない?」

「ちょっと臭いよ。……じゃなくて」

「マジか、じゃあスプレー使おうかな」

「いや、警官が職質かけてんだから少しは緊張感持てよ。ちょっと不審だよね、君。ちょっと署の方で話聞かせてくれる?」

「………えっ?」

 

 怪しい人を見てないどころか怪しい人になってた。

 

「い、いやいやマジでデートなんだってこれから!いや、デートっつーか女の子の用事に付き合うだけなんだけど………!」

 

 まぁ、凛にとっては好きな男とのデートの参考にする為のお出掛けだからな。デート、というのは俺が勝手に言ってるだけだ。

 しかし、目の前の警官は別の意味で捉えたようだ。

 

「………それ、ストーキングって事か?」

「はっ?いやいやいや!本人同意の上だから!」

「いや、ストーカーはみんなそう言うんだよ。とにかく、ちょっと署の方へ………」

 

 おいおいおいおいマジかよ。女の子、それもアイドルとデートしようとして補導なんて笑えんぞ。それどころか凛に迷惑が掛かるまである。

 どうしよう、逃げるか?いや、正直持久戦は負ける気しないが車や自転車、バイクを使われたら勝てる気しない。何より、ここで逃げたらストーカーを認めるようなものだ。

 だが、凛を呼べばアイドルと二人で出掛ける事をバラすようなもんだし………。やっべ、詰んでないこれ?

 

「何してんの?」

 

 冷や汗をかいてると、後ろから声を掛けられた。俺も警官も振り返ると、凛がキョトンとした顔で立っていた。服装は、まさかのポニテにミニスカートだった。俺の心のライフにダイレクトアタックされ、ポーっと凛を眺めてると、俺の頬をグイーッと抓られた。

 

「ねぇ、聞いてる?」

「ふぇっ?……って、いふぁふぁふぁ!な、何すんだよいきなり⁉︎」

「いや、何してんの?何したの?」

「あ、ああ……えっと、なんだ?」

 

 どうしよう、なんて説明したものか。朝の4時から待ってたなんて言えないし、職質かけられていたなんてもっと言えない。

 すると、警官の方が説明し始めた。

 

「いえ、こちらの方が今朝の4時から駅前でこの辺りをウロウロしていたもので、不審者かと思って声を掛けさせていただいたのですが」

「よ、4時………?」

 

 あ、凛が少し引いた。

 

「しかし、お連れ様がいるのは本当でしたか、失礼致しました」

「あ、いえ。俺も早く来すぎたなとは思ってたので。すみません、紛らわしい行動を」

「いえ。では」

「あ、はい。すみませんでした」

「その前にサインをいただけますか?」

「はっ?」

 

 凛からサインをもらって、警官は引き返して行った。その警官の背中を見つめながら、凛は小首を傾げた。

 

「何なの一体?」

「何でもないよ。さ、行………」

 

 行こう、と声をかけようとしたが、凛の服装は昨日、加蓮に選んでもらったものであることを思い出した。つまり、代理とはいえ俺のために選んでくれた服だ。

 ゴクッと緊張気味に唾を飲み込んでから、何とか照れと恥ずかしさを押し殺して、目を逸らしながらボソッと呟いた。

 

「………その、とても似合って、ますよ……。そ、その…服………」

「はっ?………あ、ああ、そういうコト」

 

 何故か敬語で褒めると、渋谷さんも褒められた事を察したのか、頬を赤らめて目を逸らした。赤くなった頬は徐々に濃さを増していき、それと共に凛の頭から湯気が出てきた気がする。

 ………えー、何この空気。やっぱ言わない方が良かったのかな。ナンパ男みたいに思われた?いや、それはないか。あ、もしかして好きな男に言われた時のことを想像したのか?俺も凛に同じ事言われたら照れるだろうからなぁ。

 なんて事を考えながらウンウンと頷いてると、ズボッと脇腹に突きが入った。

 

「ひょわっ⁉︎なっ、だから何すんだよ!」

「ううううるさい!ナルの癖に!いいから行くよ!」

 

 赤くなった顔を俯いて隠しながら、俺の腕を引っ張って歩き始める凛。なんなんだ一体。

 ………そういえば、まだ時間7時半くらいだよな。凛も来るの早かったけど何か他に用事があったのかな。

 

 ×××

 

 電車に乗って30分ちょっと経過。遊園地に到着した。凛は俺の左腕にしがみついて、腕を組むようにして歩いている。お願いだから男の理性について考えて欲しいが、多分考えた上でからかってる、或いはデートの予行演習のつもりでやってるだろうし、我慢しておくことにした。

 チケットを購入し、遊園地の中へ入った。なんかヤケに楽しそうな凛がウキウキした様子で聞いてきた。

 

「ね、何乗る?」

「好きなのにして良いよ」

「ナルが決めてくれなきゃ意味ないじゃん、ナルの好みを知るために来てるんだから」

「俺のじゃなくて男の、だろ」

「どっちも一緒なの。ほら、早く」

 

 まぁ、それがお望みならそれでも良いが………。そもそも俺は遊園地自体好きではない。この絶叫系アトラクションが存在価値の9割を占めてる施設を、絶叫系アトラクションが苦手な男が楽しめるわけがない。

 しかし、普通の男子高校生の好みのために遊園地と言ったのは俺だ。ここは普通の男子高校生になり切って答えるべきだろう。

 

「………じゃあ、とりあえずジェットコースターで」

 

 つまり、自爆に近い運命を辿らなければならない。まぁ、これも凛のためだ、我慢しよう。

 

「やっぱりナルもああいうの好きなんだ」

「ま、まぁな。男だからな」

「関係あるのそれ?ま、いっか。乗ろう」

 

 との事で、ジェットコースターの列に並んだ。さて、今のうちに精神統一でもしておくか。

 

「あ、一応聞くけどさ、凛ってジェットコースター乗れんの?」

「私?当たり前じゃん」

「………なるほど」

 

 嫌な予感がしてきたぜ。いや、今は考えないことにしよう。

 それよりも、ジェットコースターが苦手である事を悟られないようにしないと。

 並ぶ列が進む事が、まるで絞首刑台に向かって行くような気分だった。

 

「ナル?」

「ふぁい⁉︎」

「………なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫大丈夫」

 

 クッ、顔に出すなよ俺。凛を不安にさせるつもりかバカたれ。

 大きく深呼吸すると、列が前に進んだため、俺はまた一歩踏み出した。

 で、とうとう俺達の番になった。よりにもよって、座席は先頭。隣の凛は大喜びだけど、俺は顔色が真っ青になって行くのが鏡を見なくても分かった。

 

「よし、やっとだね」

「お、おう」

 

 ウキウキしながら凛は席に座り、俺も覚悟を決めて隣に座った。

 ガタンっと座席が揺れ、ライドがゆっくりと動き始めた。このゆっくりなペースで坂道を登るのがもうほんとに悪趣味………。

 

「来たね、ナル………ナル?」

「…………」

「………もしかしてさ、ナル」

「…………」

「………ジェットコースター苦手なの?」

「…………」

 

 直後、最高到達点に達したライドは、一気に急降下した。

 

「ッーーーーーーーー‼︎」

 

 声にならない叫び声が俺の口から漏れた。

 

 〜5分後くらい〜

 

 ベンチに座らされて、俺は凛に説教を受けていた。

 

「言ったよね、私はナルの好みが知りたいって」

「………はい」

「ナルが無理するようじゃ意味ないの。それじゃ楽しめないし、私の知りたいことも知れないの」

「………はい」

「本当はアレでしょ、遊園地もそれほど好きじゃないんでしょ。男子高校生なら好きそうとか、そんなので選んだんでしょ」

「………はい」

「バカ」

「………はい」

 

 全部看破されました。

 

「で、でも、凛が知りたいのは初恋の男の事で………」

「でもも何もないから。ナルはそんなの気にしなくて良いの。私が知りたいのはナルの事なんだから」

「………はい、すみません」

 

 イマイチ、俺のことを知りたいというのはよく分からないが、とにかくもう少し言葉を素直に受け止めるべきだった。

 何はともあれ、もう少し休みたい………。そう思った時だ。凛は俺の腕を掴んで引っ張った。

 

「あの………凛さん?」

「ほら、次の乗るよ」

「えっ、いやあの……少しキツイのですが……休ませてくれると……」

「嘘つきのお願い聞いてあげるほど、私優しくないから。ナルが遊園地に来たいって言ったんだし、無理矢理にでも乗り物乗せるからね」

「えっ、ちょっ……いや嘘つきっていうのはまた違う気が………」

「良いから、行くよ」

 

 この後、メチャクチャ引っ張り回された。

 

 ×××

 

 いよいよ、最後の乗り物に向かった。乗るのは観覧車。けど俺の体力は限界だった。特にあの、なんだっけ?フリーフォール?あれ考えた奴マジふざけんなよ。いつか殺してやるからな。

 二人で個室に入り、ガタンと揺れて動き始めた。ようやく落ち着ける、そう思って一息付いてると、凛が少し申し訳なさそうな顔で声をかけてきた。

 

「ナル」

「? 何?」

「………ごめんね」

「え、なにが?」

 

 何急に?

 

「………その、無理矢理連れ回しちゃって」

「あ、いや大丈夫だよ、別に。元々は俺が悪いんだし」

「……そう、だけど」

「凛が気にすることじゃないよ」

 

 そう言ったけど、凛は少し気にしてるみたいで俯いたまま顔を上げない。本当に気にしてないんだけどな、自業自得だし、

 まぁ、最後の最後でこの雰囲気は嫌なので、少し元気を出してもらうことにした。

 

「それに、お化け屋敷に入った時の屁っ放り腰の凛が見れて楽しかっわひゃあ⁉︎」

「余計な事は思い出さなくて良いの」

 

 脇腹を突かれた。ていうか、今更だけどなんで俺と凛は観覧車で隣に座ってんだ?普通お向かいに座るもんじゃないの?………それに、なんか距離近いし。いや、こっちとしては良いんだけど……その、なんだ?好きな人いるのに良いの?みたいな。

 

「わぁ………」

 

 隣の凛から声が漏れた。釣られて顔を上げると、いつのまにかてっぺん近くまで来ていたようで、また全体が見渡せる位置に来ていた。もっと奥には夕日が見える。

 もっとちゃんと見ようと思って、凛と一緒に窓際に並んで立った。スゲェな、東京でもこんな景色が観れるのか。

 

「………綺麗」

 

 そう呟く凛の横顔を見ると、思わず見惚れてしまった。夕日に照らされて、綺麗な風景を眺め感動してる凛の表情は、普段の倍近くに綺麗に見えた。

 

「………ほんと、綺麗だな」

 

 凛の横顔をボンヤリと見たまま、俺の口からぽろっとそんな言葉が漏れた。

 すると、ふと凛がこっちを見た。ガッツリ目が合い、お互いに頬を赤く染めて慌てて窓の外の風景に目を逸らした。

 ………やばい、今の、凛に綺麗と言ったと思われたか……?じゃなきゃ凛が顔を赤くする理由なんかない。ていうか、実際凛が綺麗だって言ったんだが、まさかそれを察されるとは………!

 二人の間に、気まずい沈黙が続く。そもそも、凛には好きな男がいる。なのに、俺なんかが凛に「綺麗だ」だなんて言ったら困惑するのは当然だ。

 頼むから凛に別の理解をしてもらいたかったが、おそらく無理だろう。だって今の反応を見ればそうだもん。

 その直後だった。ガタンっと観覧車が揺れた。唐突な事で俺も凛も体勢を崩し、俺は椅子に座り込み、その俺の上に凛は倒れ込んで来た。

 あと数ミリで口と口がくっ付きそうな距離だ。俺も凛も顔が真っ赤に染まる。夕陽の所為だと言い訳したいが多分無理だろう。

 

『乗車中のお客様にお知らせ申し上げます。ただいま、機器のトラブルにより、一時アトラクションを停止させていただいております。誠に申し訳ございません』

 

 そんなアナウンスが流れてきたが、頭に入らずに二人揃ってその場で固まった。

 離れるべきなんだろうけど、離れるのは名残惜しい気がする。いやまぁ、その、何?そもそも俺は乗られてる側だし、離れられるのは凛だけだから。

 ………ていうか、なんで凛は退かないんだ?そして、なんだよその赤く染まった顔は。まるで好きな人とトラブルで近距離に接近してきたようなその顔は何?………もしかして、凛の好きな人って……。

 そう思った直後、凛が若干離れた。で、俺の膝の上に座ったまま、緊張気味にゆっくりと唇を開いた。

 

「………ねぇ、ナル」

「なっ……なんでしょうかっ……」

「…………」

 

 声をかけて来た割に何も言わない。言うべきか言うまいか迷っているんだろう。まるで告白する直前のようだ。

 やがて言う決心をしたのか、顔を赤く染めたまま呟くように且つ、ハッキリ俺の耳にまで聞こえる音量で言った。

 

「………実は、さ……。その、私………」

 

 ………えっ?ちょっ、えっ………?これ、マジ………?

 

「私、その……ま、前から………」

 

 あ、やばい………。なんか、緊張感が俺にまで移ってきた。ていうか、俺はそれで良いのか?普通、こういうのって男から行くものなんじゃ………!

 

「私………な、ナルと……!」

 

 やばいやばいやばい俺の返事は決まってるけどこういうのは男から行くべきだろでも凛もせっかく決心してるんだしここは最後まで聞いてやるべきなんじゃいや、でも、しかし………!

 

「……………」

「……………」

 

 緊張感と胸の高鳴りが最高潮にまで達し、俺も凛も顔を真っ赤にしたまま固まった。沈黙が長い。

 だが、やがて、凛が目を逸らしながら苦笑いを浮かべてボソッと呟いた。

 

「………か、帰ったら、ゲームがしたい、です………」

「………………」

 

 告白だと勝手に思い込んでいた自分の短絡的思考、甚だ恥じたい。

 過去最大級に恥ずかしくなり、俺は両手で顔を覆って情けない震え声で返事をした。

 

「………好きにしてください……」

「…………畜生」

 

 お互いに向かい側の席に座って顔を覆い、それからは別の意味でお互いに一切話すことは無かった。

 

 



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水原くんと恋人になりたくて(6)

 遊園地に来た私は、早速ご立腹だった。だって、アレだけナルの好みが知りたくて、でも言っても分からないだろうから「とにかくナルの好みを教えて」って言ったのに、結局私に気を使って大して好きでもない場所に連れて来られた。

 気を使ってくれるのは良いけど、もう少し素直に言葉を受け止めて欲しい。ていうか、一瞬でも良いから私がナルの事を好きな可能性も考慮して欲しいまである。

 お説教した後は私の好きなようにする事にした。ナルを連れ回して、遊園地ならどんなアトラクションが好きなのか把握するために、とりあえず全部乗ることにした。

 で、一つ目はアレ。バイキング。

 

「よし、まずはアレに乗ろうか」

「………えっ、なんで?」

 

 サァーッとナルの顔色が青くなった。ああ、やっぱこういうのもダメなんだ。まぁ乗せるけどね。

 

「面白そうじゃん」

「待て待て、冷静になってみよう。このアトラクションはどう見ても不毛な前後運動だろ。座席付きの船に乗せられて180度グワングワンと前後に揺らされるだけだ。こんなのの何が楽しい?これなら公園のブランコと変わらないだろ」

「いや変わるから。ブランコの可動範囲180度もないでしょ」

 

 そんなことしたら大怪我するよ。絶対やめてね。

 

「ていうか無理!ジェットコースターの後にこれはしんどい!」

「ダメ。今なら空いてるし行くよ」

「待って待ってお願いだからマジで待って!」

 

 引きずった。

 大体5分後くらい、アトラクション二つ目にして満身創痍のナルの手を引いて、私は前を歩いた。

 

「いやー、すごかったね!」

「うっ……あの浮遊感、気持ち悪っ………」

「ちょっと吐かないでよ。介抱するの大変なんだから」

 

 流石に途中で捨てたりはしない。それに、弱ってるナルもこれはこれで可愛い気がする。普段は私が先に寝落ちしてお世話してもらってるから、たまにはこちらがお世話するのも悪くない。

 

「何か飲む?」

「………今何か口に入れたら吐く」

「じゃ、次のアトラクション行こうか」

「待て待て少しは休憩ってもんをだな!」

「せっかくナルと遊んでるのにそんな勿体無い時間はないから」

「いやいや!適度な休憩も必要だから……!」

「あ、次はアレにしようか」

 

 私の指差す先にあるのは空中ブランコだった。

 

「待て待て待て!流石に三連コンボは無いだろ!」

「いつも私にスマブラで三連どころじゃないコンボ決めてる癖に」

「いやそれとこれとは話が」

「いいから。嘘つきに拒否権はないの」

「そ、それを言われると確かにそうなんだが………!」

 

 じゃ、決まりだね。私はナルと空中ブランコに向かった。

 

 ×××

 

 空中ブランコの後もいろんな絶叫系アトラクションに乗りまくり、午前中は最後のアトラクションにする事にした。

 ………これから乗るヤバいアトラクションにしたらナル死んじゃいそうだな。流石に可哀想なので、お昼前くらいは優しいのにしてあげよう。

 

「最後は何に乗ろうか?」

「………どうせ俺の意見聞く気ないでしょ……」

「いや、お昼前だし流石にね」

「……スローテンポのならなんでも良いわ」

「うーん……じゃあ……」

 

 どうしようかな。近くにある奴で良いや。そう思って地図を見ると、一番近くにメリーゴーランドがあった。

 ………良いかもしれない。こう、あれなら二人で距離も近くで乗れるしスローペースだし。いや、別に下心はないけど。ないと思うけど。

 

「じゃ、メリーゴーランドで良い?」

「ああ、助かる………」

「よし決まり」

 

 ナルを支えるために、さりげなく腕を組んで歩き始めた。それだけでも私の内心はドキドキ言ってるのだが、ナルは満身創痍でそれどころじゃないようでフラフラ歩いてる。

 少しはこっちを意識して欲しいと思ったのだが、そもそも満身創痍にしたのは私なので我慢した。

 メリーゴーランドに到着し、並ぶ事なく乗ることができた。周りが小さい子ばかりで少し恥ずかしいけど、ナルのために我慢した。決して自分のためではない。

 

「さ、乗ろう」

「了解……」

 

 馬に乗った。二人で一匹の。せっかくなので私が前に乗り、後ろからナルが抱える形で乗ってもらった。

 ………なんか、お姫様になった気分だな。馬に乗って好きな男の子に抱えてもらって動いている。女の子的には憧れのシチュエーションで、とても心地良い。

 なんかとても恥ずかしいことを考えてる気がするけど、別に今日くらい良いよね。ゆっくりと後ろのナルの胸に寄りかかった。

 

「………り、凛……?」

「………いいじゃん、メリーゴーランドにせっかく二人で乗ってるんだし」

「いやそういうんじゃなくて……今、体重かけられると、その……支えきれる自信無いんだが………」

「…………」

 

 台無しどころの騒ぎじゃない。まぁ、私が引っ張り回したからなんだけどね。

 でもなんか、変に緊張するのがバカバカしくなって来た。ナルに体重かけるのをやめて、終了時間までのんびりと待つ事にした。

 すると、なんか後ろのナルからやけに呼吸してる音が聞こえた。スーハースーハーというより、クンクンという感じで。

 

「? 何?」

 

 気になって聞くと、ビクッとしたのが前に座ってても分かった。

 

「………何?」

「な、何でもない」

「何っ?」

 

 濁したということはやましい事という事だ。流石に後ろの席に座ってセクハラは嫌なんだけど………。いや、ナルにだったら別に……。

 そんな私の思考はナルの説明で遮られた。

 

「………その、凛の後ろにいると……何?シャンプーの香りがすごくて……」

「っ⁉︎なっ、何いきなり言ってんの⁉︎」

「それで、その……なるべく嗅がないようにしてたんだけど………」

「………バーカ、ヘンタイ」

「…………」

 

 よし、とりあえず決めた。家帰ったら、今使ってるシャンプー一箱買おう。

 メリーゴーランドが終わり、私とナルはアトラクションから離れてお昼にする事にした。

 

 ×××

 

 お昼が終わってからナルは完全復活し、その後はあまり絶叫系は避けてアトラクションを選んだ。コーヒーカップでは死にかけてたけど。

 さて、次は何に乗ろうかな、と、思ったとこでナルが地図をジッと見てるのに気づいた。

 

「どうかした?」

「いや、なんでもないよ」

 

 聞いてみると、ナルは地図をたたんで返事を濁した。行きたいところでもあったのかな。たまにはナルの行きたいところでも良いかな。元々、ナルの好みを知るために来てるわけだし。

 

「何か行きたい場所あるから行くよ?」

「いや、いいよ」

 

 断られた。どうやら、さっきの説教はまるで聞いてなかったようだ。

 

「あのさ、だから私はナルの好みを知りたいの。ナルが乗りたいものがあるなら遠慮なく言って」

「………本当に良いの?」

「良いよ」

「じゃあ、これ」

 

 ナルが指差したのはお化け屋敷だった。乗り物じゃなくて自分で歩くタイプの。

 

「………は?」

 

 思わずガチトーンで返すと、ナルはビクッと肩を震わせた。何、ナルってこういうの好きだったっけ?

 ナルの顔を見上げると、何か企んでる顔をしていた。いや、企んでる癖に申し訳なさそうな顔だ。多分、私がビビってる姿が見たいんだろう。

 ここは退かずに挑んで、その上で乗り越えるべきだろう。

 

「良いよ、行こう」

「へっ?だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫だから。良いから行こう」

 

 大体、私別にお化けとか効かないし。怖いって何?ほわっつ?誰か教えてくれない?私に怖いっていう感情を。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 歩き始めるナルの腕を私は掴んだ。

 

「待って、歩くの早いから」

「いや歩き出しで早いも何もないでしょ………」

「いいから」

 

 深呼吸してから、ナルと腕を組んで歩き始めた。

 ここのお化け屋敷は割と怖いと有名らしく、加蓮と奈緒の情報によれば、奈緒を100万回泣かしたらしい。絶対盛ってる。

 まぁ、こんなこともあろうかと遊園地について下調べはしてあるし、どのタイミングで出て来るお化けが怖いかとかは抑えてあるから、少なくともおねしょをするようなことにはならないはずだ。ていうか、そんなことになったら自殺する。

 とにかく、深呼吸しよう。大丈夫、お化けは私を殺すどころか怪我でも起きたら遊園地の責任になるんだから、そんな危ないことはしないはずだ。だから落ち着いてって言ってるのに心臓の貧乏ゆすりが治らない。

 

「………あの、凛?心臓の鼓動が腕まで伝って来てるけど……やめる?」

「やめない!」

「そ、そう?」

 

 そんな話をしてる間に、お化け屋敷に到着した。並んでる人はムカつくくらい少ない。ジェットコースターとかの時はバカみたいに並んでた癖に………!

 私達の番になり、スタッフさんの「いってらっしゃーい」と共に中に入った。

 

「………暗いなぁ」

「へっ、へー?今更怖気ついたの?」

「いやいや、雰囲気あるなって思って。それより、凛は本当大丈夫?腰が怖気付いてるけど」

「大丈夫だから」

 

 とりあえず、無言で全力でナルの右腕にしがみつきながら歩いた。ナルもそこまで余裕があるわけではないのか、少しいつもより歩くペースが遅かった。

 歩き始めて30秒ほど経過したあたりだろうか。ガタンっと音が聞こえた。それに合わせて、私もナルも肩を震わせた。

 

「っ………な、何?」

「……最初の幽霊じゃない?」

「幽霊って言わないで、お化けって言って」

「えっ、なんで」

「お化けの方がなんか可愛いから」

 

 もうその辺から気をつけてほしい。いや別にビビってるわけじゃないけど。

 その直後だった。ガタンっという音はやがてガタガタという連続性のある音に変わった。それが私達の左斜め前の窓から鳴り響いている。反射的に私はナルの後ろに回り込んで隠れた。

 

「………なんで俺を盾にしてんだよ」

「隠れてあげてるんだから我慢して」

「お前今すごいこと言ったな」

 

 そう言ってる間に、窓の震えは大きくなって行く。そして、窓から盛大にお化けみたいなのが飛び出て来た。

 

「ーーーーーーッ⁉︎」

「うおっ⁉︎おおっ⁉︎」

 

 声にもならない悲鳴をあげながらナルの腰にしがみついて走った。当然、ナルも押される形で走る。周りから見たらすごい絵だったかもしれないけど、私にそんな余裕はなかった。

 全力疾走する私に押されながら、ナルが聞いてきた。

 

「ちょっ、凛待て待て待て待って!腰が死ぬ!腰が死ぬから落ち着け!」

「無理無理無理無理!落ち着くとかそんなの無理だから!」

「凛お姉ちゃんパンツ丸見え‼︎」

「うえっ⁉︎」

 

 唐突にそんなことを言われ、思わず足を止めて下半身を確認した。そういえば、今日ミニスカートだった。走るだけでパンツ見えることあんの⁉︎

 と思って下半身を確認したが、丸見えなわけがなかった。恨みがましい目でナルを睨むと、ナルは目を逸らしながら頬を掻いた。

 

「ご、ごめんごめん………。腰があまりにも痛くてあのまま走ってたら死んでたから………」

「………あとで絶叫系乗るから」

「………すみませんでした」

 

 とりあえず、そのままゴールした。

 

 ×××

 

 いよいよ、最後の乗り物に乗った。観覧車である。二人で個室に入り、ガタンと揺れて動き始めた。

 結局、あの後にフリーフォールに乗って、ナルのライフを再びゼロにしてしまった。考えてみれば、ナルにとってはとんでもない日にしてしまったかもしれない。小さい事で理不尽に腹を立てて、ナルをボロボロになるまでに連れ回してしまった。

 

「ナル」

「? 何?」

「………ごめんね」

「え、なにが?」

 

 申し訳なくて謝ると、ナルからは惚けた返事が返って着た。

 

「………その、無理矢理連れ回しちゃって」

「あ、いや大丈夫だよ、別に。元々は俺が悪いんだし」

「……そう、だけど」

「凛が気にすることじゃないよ」

 

 そう言うも、やはり気にしてしまう。ナルは今日、楽しかったのだろうか。私は楽しかったけど、やはりデートはお互いに楽しめないとダメだ。

 少しやり過ぎた、と思ってショボンとしてると、ナルがわざとおちゃらけたような口調で言った。

 

「それに、お化け屋敷に入った時の屁っ放り腰の凛が見れて楽しかっわひゃあ⁉︎」

「余計な事は思い出さなくて良いの」

 

 反射的に脇腹を突いた。その時のことは蒸し返して欲しくない。いや、別にあれくらい全然怖くなかったけどね。

 ………ていうか、今のって慰められたのかな。こういう、ナルのさりげない気遣いが、私は本当に好きだ。まぁ、こんな事本人には絶対に言えないけど。

 でも、それに近いことは本人にはいつか言わなければならない。そう思うと、何となく照れ臭くなって、赤くなったであろう顔を隠すように窓の外を見た。

 

「わぁ………」

 

 直後、感嘆の息が漏れた。いつのまにか街全体が見渡せる高さにまで上がっていたようだ。街全体を夕日が照らし出していて、幻想的とも言える風景が広がっていた。

 

「………綺麗」

「………ほんと、綺麗だな」

 

 ふと呟くと、隣のナルからそんな言葉が漏れた。「ナルもそう思う?」と聞こうと思って横を見ると、ナルは私の顔を見ていた。ガッツリ目が合い、お互いに頬を赤く染めて慌てて窓の外の風景に目を逸らした。

 ………えっ?今のって……私に言ってたの………?嘘、ナルが……私に?えっ、ヤバい。だとしたら嬉しい以上に恥ずかしくて嬉しい。あれなんかうまく言葉にできない。とにかく、こう……心臓がやばい。

 自分で言ったくせに、ナルはナルで赤くなった顔を隠すように私から目をそらしている。からかってやりたいが、私も顔が真っ赤なので何も言えない。

 その直後だった。ガタンっと観覧車が揺れた。突然の出来事に、私とナルは体勢を崩し、明日に座り込んだナルの上に私は倒れ込んだ。

 残り距離はミリ単位、それ程の距離間にある私とナルの口だった。当然、二人揃って顔が真っ赤に染まる。このままキスしようかと迷ったほどだ。

 

『乗車中のお客様にお知らせ申し上げます。ただいま、機器のトラブルにより、一時アトラクションを停止させていただいております。誠に申し訳ございません』

 

 そんなアナウンスが流れてきた。なんというタイミングで故障するのか。何となく離れるのが名残惜しく、そのままの距離を保って、ただナルと見つめ合った。

 ………これは、もはや告白するチャンスなのでは?確か、加蓮にそんなことを言われた気がする。もしかして、ナルって私の事を……?

 そう思った直後、私はナルからゆっくり離れた。予定とは違うけど、このチャンスは逃せない。小さく深呼吸してからナルに声をかけた。

 

「………ねぇ、ナル」

「なっ……なんでしょうかっ……」

「…………」

 

 なぜか敬語だったが、気にしなかった。それより、告白する。

 告白すると決めたのに、頭は勝手に別のことを考え始めていた。

 

「………実は、さ……。その、私………」

 

 今ここで勢いで告白して振られたらどうなる?

 

「私、その……ま、前から………」

 

 振られたら、多分もう一緒にゲームはできない。いや、それどころか話すこともなくなるだろう。

 

「私………な、ナルと……!」

 

 今まで楽しかったナルとの思い出、それらが嫌な思い出になってしまうかもしれない。

 

「……………」

「……………」

 

 そんな事に、そんな事になるくらいなら、告白なんて………。

 そう思った時には、私にあった勢いは全て消滅していた。

 

「………か、帰ったら、ゲームがしたい、です………」

「………………」

 

 自分でもわけがわからない文を言った気がした。

 

「好きにして下さい」

「………畜生」

 

 なんだかんだ言い訳を並べたけど、結局ヘタレて告白出来なかっただけだ、と今になってドッと自覚した。

 余りにも自分が情けなくなり、その後はずっと発声することすら出来なかった。

 

 




夏休み終わりです。次から二学期


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文化祭をクラス全員で作り上げたと思ってるのは周りを見ることの出来ないリア充だけ。
もはや通い妻。


 夏休みも終わり、二学期に突入した。一人暮らしさせてもらってる身の俺は、夏休みボケなどすることも無く、ちゃんと朝に目を覚ました。

 一人でボケーっとしながら着替えて朝飯を作って食べ始めた。最近、凛と会ってない。まぁ、凛が仕事だからなんだけどね。ていうか、こう……最近は凛の事を考えると、この前の遊園地での出来事が浮かぶ。あの告白の直前みたいな凛。アレは俺をからかう為の行動だったのだろうか。

 それにしては凛もかなり動揺してるように見えたし………。もしかして、本当に告白をしようとしてヘタれたのか?いや、そんなはずないのは俺が一番わかってる。あの凛が俺に告白するわけないし、万が一するとしても、凛がヘタれるような事はないだろう。

 そんな事を考えながら、もっさもっさと咀嚼してるとリンゴーンと呼び鈴の音がした。何だ、誰だ?こんな朝早くに。朝飯の途中なんだが、まぁお客さん優先だよな。宗教か新聞ならさっさと追い返そう。

 玄関を開くと、凛が微笑みながら手を振っていた。

 

「おはよ、ナル……ナル⁉︎何で閉めるの⁉︎」

 

 反射的にドアを閉めてしまった。え、何?何してんのこの人?てか何でここにいんの?

 

「ナル、開けないとビンタするよ」

 

 怖い声が聞こえてきたので、とりあえず開けることにした。

 

「………何、どうしたの?」

「ん、一緒に学校行こうと思って」

「……凛の家から学校と俺の家って正反対だよね。わざわざ来たの?」

「………迷惑だった?」

「い、いやそういうんじゃなくて!た、たっ……ただちょっとびっくりしただけで………!」

「そう?じゃ、行こうよ」

「いや、俺まだ朝飯食ってて………」

「じゃ、中で待ってるから」

 

 そう言うと、凛はサクサクとうちに上がった。仕方なく俺も玄関を閉めて引き返した。

 畜生、なんだこれ。精神的にキツイんだけど。心臓の動悸が治まらない。余裕を持って起きてるから時間は問題ないんだけど、俺自身の余裕が………あれ?俺でさえ余裕を持ってるのに、凛はその俺の家にわざわざ来てるんだよな?てことは、間違いなく俺より早く起きてるわけだ。………まさか、俺に会うためにわざわざ早く起きて来たのか?

 そう思った直後、ぐぅっと可愛らしい音が聞こえた。俺の腹からではない。となると、この部屋には俺以外に一人しかいない。

 ふと凛を見ると、顔を赤くして俯いていた。

 

「………凛、朝飯抜いて来たの?」

「…………うっさい」

 

 そこまでしてうちまで来ることないのに。

 

「前に俺に朝飯はちゃんと食えって言ったの凛だろ」

「………覚えてるの?そんな話」

「忘れるわけないじゃん」

 

 凛との会話だし。まぁ、流石に今から新たに飯を作る時間はない。昼飯にする予定だったおかずを皿に盛り付けた。

 その皿と味噌汁、箸、それとお茶を淹れて机に運んだ。

 

「はい、凛」

「………へっ?」

「食べて良いよ」

「えっ、でも………」

「いいから。朝飯多く作り過ぎちゃったし、ちょうど良かったよ」

「………ありがと」

 

 控えめにお礼を言って、凛は朝飯を食べ始めた。なんかこうして二人で朝飯食うのは久々な気がする。最近は生放送終わった後は凛帰っちゃうし。

 とりあえず、黙々と飯を食った。まぁ、飯と言ってもウィンナーとキャベツとじゃがいもテキトーに炒めた奴と味噌汁と白米だけだが。

 

「美味しい……」

 

 それでも、凛はとても幸せそうな表情で俺の作った飯を食べていた。うーん、そんなに力入れて作ったもんじゃないんだけどな。そこまで美味しそうに食べられると流石に照れる。

 

「それで、どうしたの?凛」

「何が?」

「いや、何でわざわざうちに来たのかなって」

 

 何か用事があったのかな。それにしてはのんびりしてるが。

 俺の問いに対して、凛はキョトンとした表情で小首を傾げた。

 

「一緒に学校行きたかっただけだけど?」

「えっ、でも道真逆でしょ?わざわざうちまで?」

「うん」

 

 何食わぬ顔でウィンナーを箸で摘んで口に運びながら頷いた。たまに凛ってよくわかんないな………。

 

「迷惑じゃなければ、これから毎日一緒が良いんだけど………」

「ま、毎日………?」

「迷惑だったら、やめるよ」

 

 頬を赤らめながら、俺の顔色を伺うような上目遣いで言ってきた。いや、こっちが迷惑ってことはないけど………。

 でも、毎日来てもらうのは申し訳ないな。

 

「迷惑って事はないけど申し訳ないから。明日からは俺が凛の家まで行くよ」

「………ほんとに?」

「ほんとに」

 

 まぁ、俺も凛と1秒でも長くいたい、というのもあるし。まぁ、そんな事は口が裂けても言えないけど。

 

「じゃあ、明日からはうちに来てね」

「ああ。大体、8時前くらいに行ってL○NEするから」

「分かった」

 

 そんな話をしながら、飯を食い終わった。凛も同じタイミングで食べ終わったようで、小さく「ご馳走様」と挨拶した。

 凛と自分の食器を流しに出した。で、二人で歯磨きをして家を出た。色々と戸惑ったがポジティブに考えよう。朝から好きな女の子と登校してるんだ。良い朝だ。

 

 ×××

 

「……ル、ナル!おきて!」

「んあっ………?」

 

 身体を揺さぶられて顔を上げると、黒い髪の女の子が立っていた。あれ、俺寝てたか………?確か、始業式の後に文化祭の実行委員と出し物だけ決めてて………。それで寝ちまったのか。

 ………教室に誰もいないんだけど。これみんな帰ったってこと?誰も起こしてくれなかったってこと?何それ死ねる。いや、でも俺のことを起こしてくれた子がいるじゃないか。

 そう思って、とりあえず体を起こして伸びをした。

 

「んーっ………ありがと、起こしてくれて……」

 

 お礼を言いながら隣を見ると、凛が少し不機嫌そうな顔で立っていた。

 

「………あれ……りん………?」

「起きなよ、もうみんないないよ」

 

 なんで凛がいんの?

 そんな疑問が顔に出てたのか、凛は不機嫌そうな顔のまま答えた。

 

「一緒に帰ろうと思って待ってたの。いつまでも昇降口で待ってても来ないから探しに来たら寝てるんだもん」

 

 それは悪い事したな。いや、約束してたわけじゃないんだけどな。

 

「悪かったよ」

「大体、寝てて良いの?文化祭の奴決めてたんじゃないの?」

「俺、クラスに友達いないから関係ないし」

「………これからはもっと遊びに行こうね」

「哀れむなよ」

 

 別に俺にはもう凛がいるから良いし。

 

「じゃ、帰るか」

「うん」

 

 そう言って、ふと黒板を見た。未だに黒板に文化祭の予定の文字が書かれていた。

 文化祭実行委員は結局決まってないらしく空白だが、出し物は決まっていた。

 

 出し物:ダンス

 

 ふーん、ダンスか。アイドルの真似事をしたがる女子の所為かな?なんにせよ、俺に出番はなさそうだ。

 

「へぇー、ナルのクラスはダンスやるんだ」

 

 凛も黒板の文字に気付いたのか、呟くように言った。

 

「それな。まぁ、どうせ俺には無縁の行事になるだろうし何でも良いけど」

「どうするの?そんなこと言ってて女装とかさせられたら」

「クラスの連中は俺に興味なんてないからなぁ。今日だってみんな俺を置いて帰るくらいだし」

「じゃ、文化祭の日は私と一緒に回れる?」

「凛はそれで良いのか?奈緒とか加蓮も来るんだろ?」

「ナルとが良いの」

 

 うっ、だからそれはどういう意味なんだよ………。毎度毎度、人をドキドキさせること言いやがって。

 ………たまにはこっちからそういうこと言ってみようかな。少し頬を赤く染めながら、ボソッと言い返してみた。

 

「俺だって、凛と一緒が良いし………」

「………照れながら言っても意味ないからね?」

「………うるせ」

 

 凛は額に手を当てて呆れたように言い返した。当然の返しである。やっぱそういうのはキャラじゃない。

 自分の言動が恥ずかしくなり、両手で顔を抑えながら凛を見上げると、額から手を離していない。ていうかこれ、顔を隠してる?

 何となく気になって、立ち上がって凛の髪をかきあげて耳を見ると、真っ赤になっていた。

 

「凛、耳が赤くなってるけど」

「ーっ!」

「ひゃうっ⁉︎」

 

 突然、正面から腹に突きを入れられた。相変わらず変な悲鳴だな俺………。

 

「な、何しやがんだよ!」

「うっさい!それより、早く帰ろう!」

「お、おう………?」

 

 怒られたので帰り始めた。

 二人で昇降口を出て、のんびりと帰路を歩く。しかし、ダンスか。まぁ、定番なのはアイドルとかだろうなぁ。俺はあまりそういうのは得意ではないから、正直何でも良いけど。流石にコスプレはしないよね。

 

「あ、そういえば凛のクラスは何やんの?文化祭」

 

 聞くと、凛は黙り込んだ。え、そんなに言いたくないことなの?

 

「………聞きたい?」

「うん。俺行くから」

「まぁ良いけど。私のクラスはメイド喫茶」

 

 おい、マジかおい。てことは何?俺、凛のメイド姿見れるって事?何それ最高かよ。

 

「絶対行くわ」

「………スケベ」

「いやいや、もちろん凛のメイド服姿を見に行くの」

 

 直後、凛から冷たいオーラが醸し出された気がした。それと共に、自分の失言を自覚した。あ、これは凛に殺されるかもしれない、そう軽く覚悟を決めた時だ。

 凛の口からボソッと何か聞こえて来た。

 

「…………なの」

「えっ?」

 

 聞き返すと、凛は真っ赤な顔をして怒った顔で俺の胸ぐらを掴んでガクガクと振ってきた。

 

「私は執事なの!アイドルの私をメイドにしたら私への指名が100%になるとかで、席にはつかないで客を案内する執事役をやる事になったの!」

「ちょっ、死っ、やめっ」

「だったら裏方で良いじゃん!なんでわざわざ私を無理矢理使おうとするかな!ああもうっ、腹立つ!」

 

 最後の「腹立つ!」で凛は俺から手を離した。ケホッケホッと咳してると、凛は今度は恥ずかしがってるように頬を染めた。忙しい奴だな、怒ったり照れたり。

 

「………せっかく、メイド服着てナルに褒めてもらえると思ったのに」

「えっ………お、俺に褒めて欲しかったの?」

「………他の奴に褒めてもらったって意味ないし」

 

 だからそれはどういう意味なんだっつーの………。頼むから意味深なこと言うのはやめてくれ。

 若干、涙目にすらなってる凛は、それはそれで可愛らしかったが、俺にドS趣味はない。慰めることにした。

 

「ま、まぁ、執事は執事で良いんじゃないの?」

「………なんでよ」

「男装女子ってのは、それはそれで魅力があるものだよ」

「……………」

 

 すると、凛は突然黙り込んだ。で、俺の顔を下から覗き込むような上目遣いで、ボソッと呟いたような口調で聞いて来た。

 

「………それは、ナルの意見?」

「まぁね。特に男装ってポニテと合いそうだし、凛なら尚更似合うんじゃないかな」

「……………」

 

 すると、凛は突然俯いた。多分、顔を赤くしてる。耳赤くなってるし。

 しばらくそのまま停止したので、俺もとりあえずそのまま待つ事にした。やがて、突然何か思い付いたのか、顔を上げて聞いて来た。

 

「………財布持って来てる?」

「あるけど」

「お昼ご飯食べに行こう」

「へ?お、おう?」

 

 突然、上機嫌になった凛は、鼻歌を歌いながら俺の手を取って走り出した。まったく、女心ってもんは分からないわ。

 

 



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楽しく感じられるのは最初だけ。

言い忘れましたが、多分最終章です。


 学校が始まり、早一週間が経過した。それに連れて何の曲を歌うかとか誰が踊るのかとか決まっていった。

 とりあえず、踊るのはクラス全員を三つに分ける事になりました。つまり、三曲踊るという事だ。まぁ、講堂を三日間ある文化祭のうちの一日の10分間だけ使えるという事なので、アニメのオープニングよろしく曲は短縮されている。

 で、ここからが大事。うちのクラスの連中は何の曲を踊るのか。二言で言えば、トライアドプリムスの曲だった。

 いや、うちのクラスの連中、本気で頭膿んでるだろ。うちの学校に本職の方がいらっしゃるのに何をもってしてその曲をチョイスしたのか。本職っていうか本人だよね。

 唯一の救いは、俺は実行委員に選出されている事だった。簡単に言えば、参加してる暇ありません。なんか男子は女装するらしいし、凛に醜態を晒さずに済んだ。

 今日はその実行委員の一日目だ。とりあえず今日は顔合わせだけらしいので、話は要点だけ押さえて聞き流した。

 文化祭は10月7〜9日の三日間。三日間とも休日なので、その後に振り休が三日入る。うちの学校の教員バカだろ絶対。

 で、役割は受付。ご来場されてる方達にテントの下で座ってパンフを配るだけ。しかも昼を過ぎれば最早することはない。途中で休憩も挟めるしな。どうやら文化祭でも、俺は暇人を極め尽くしてるらしい。

 それだけ決めて、第一回はお開きになった。こういう真面目な場は緊張するな………。年寄り臭く肩を揉みながら教室を出ると、凛が待ってた。

 

「先に帰ってて良かったのに」

「ううん、せっかく仕事オフなのに一人で帰っても楽しくないじゃん」

 

 いや、にしても今の話し合い1時間くらいあったぞ。最近、なんかいつも凛と一緒にいる気がする。

 いや、前もそうだったんだけど、最近のは、こう……なんか、なんか違う気がする。

 

「ナル、ゲーセン寄って行かない?」

「あ、ああ。良いよ、またマリカーで完封してやるよ」

「いや、今日は負けないから」

 

 まぁ、最近は少しは凛も上手くなって来たからな。負けることはなさそうだけど。

 二人でゲーセンで入った。

 

 ×××

 

 次の実行委員会から、文化祭の準備は加速した。まぁー忙しいよね。考えてみりゃ、受付役だからって受付しかしないわけがない。

 受付までに俺がやる事は基本的な雑務だった。下働き、といえば聞こえは良いかもしれない。とにかく、雑用をこなしていた。帰宅時間はいつも遅くなるが、まぁ家で使う電気代が減ると思えば腹も立たないし、なんならラッキーなまである。

 それに、文化祭が楽しいという奴の気持ちがわかる程度には、俺も少し楽しさが分かって来ていた。こうして夜遅くまで残って作業する、というのは残業の勉強みたいで楽しい。友達がいればもっと楽しかったんだろうなぁ。その点、凛が実行委員ではないのは少し悔やまれる。

 そんな絶好調な俺なわけだが、一つだけ悩みがある。

 

「ナル」

 

 今、仕事中の俺に声をかけて来た凛だ。最近、驚く程俺と一緒にいる気がする。昼休みの時まで昼飯に誘ってくるし。

 別に全然良いんだけど、なんかこう………どうしたの?って感じ。これはまるで俺を見て男子高校生の好みを知りたがってる、というより俺の好みを知りたがってるみたいだ。

 

「はいこれ、クラスの出し物まとめた奴」

 

 書類を一枚差し出して来た。これには出し物の内容の詳細と使う物などが書かれてる。

 

「サンキュ、あとで渡しとくわ」

 

 本来なら、これで凛はここに用はないはずなのだ。だが、何故か凛は俺の隣の空いてる椅子に座った。

 

「忙しそうだね、手伝おうか?」

「いや、いいよ。俺の仕事だし」

「ふーん、じゃあここにいてあげる」

 

 最初からいるつもりだった癖になぁ………。いや、まぁ別に良いんだけどね。

 

「今は何してるの?」

 

 それも分からずに手伝うとか言ってたのか。

 

「門を作る費用の計算」

 

 まぁ、大体学校にあるもので作れるからあんま金は掛からないんだけどな。さっきから電卓をカチカチと叩いている。

 

「ていうか、凛はクラスの方は良いのか?」

「私の衣装は真っ先に測ってもらったから。私が仕事しようとしても男子が『私がやるよ』って言って代わってくれちゃうんだもん」

 

 なるほど、色んな男から凛は狙われてるわけか。………凛に触れようものなら八つ裂きにしてやる。

 

「特に、最近は『よく一緒にいる先輩は彼氏なん?』ってしつこくて……」

 

 ちぇっ、俺の所為か。

 

「すまん……」

「ホントだよ。これは責任取ってもらうしかないかもね」

「っ、せ、責任……?」

「なんてね、冗談だよ」

 

 ………だからそういう心臓に悪い冗談はやめてくれ。思わずどう告白しようか考えちゃうだろうが。

 と、まぁこんな感じで凛は最近、甲斐甲斐しく、と表現したくなるほどに凛は俺の周りに寄ってくる。好きな女の子に寄って来てもらえてるので、正直言って嬉しいなんてものではないが、それでも少し違和感がある。

 凛は、何を思って俺の近くに寄って来るのか。それがどうにもわからない。いや、結論は一応は出ているが、その結論に自信はない。

 

「………はぁ」

「? ナル、どうかした?なんか疲れてるみたいだけど………」

 

 お前の所為で悩まされてんだよ。何より、俺の予測が外れていたら、やはり凛は俺を好きな男子の代わりに見立てているって事だ。

 凛に協力すると言ったとはいえ、やっぱり結構精神的にキツいものがある。

 

「私で良ければ話聞くよ」

「いや、大丈夫。慣れない残業で疲れて来てるだけだから」

「じゃあ、帰ったらマッサージしてあげよっか?」

「いいよ。精神的な疲れだし、凛がいてくれればそれで良いよ」

 

 まぁ、凛といると心臓が落ち着かないが。

 すると、隣から俺の脇腹をドスッと突いてきた。お陰で手元の電卓のCボタンを押してしまった。

 

「ふぁひゃっああああ⁉︎お、おまっ、何してくれてんだよオイ⁉︎」

「ひ、人の気も知らずにそういうこと言うの禁止!」

 

 ………確かに、なんか今の告白っぽいな。今更恥ずかしいこと言ったと思って、俺は顔を真っ赤にして俯いた。

 

「………そうだよね、凛好きな人いるんだもんな」

「………そういう事じゃないんだけど」

「えっ?」

「何でもない」

 

 なんだよ、どういう事なんだよ。濁したってことは言いたくない事なんだろうけど気になるわ。

 あーあ、それはそうとやり直しだよ。えっと上から順番にやらなきゃ………。途中からやり直してると、凛が机に伏せて俺の顔を見上げてるのが見えた。

 

「…………」

「…………」

 

 気が散る。いや、でも集中してやらないとダメだ。最終下校時刻までには帰りたい。

 そのまま、何とか凛の視線を気にせずに仕事を進めた。10分かけてようやく計算が終わり、凛の持って来た紙と一緒に委員長に提出した。

 

「終わりました。それと1年○組の出し物です」

「ありがと、み、みず……水谷くん。次はこれお願い」

 

 言われて渡されたのはザッと20枚くらいある紙の束だった。今度は各クラスの出し物の集計だ。それを前にして、名前を訂正する気も起きなかった。

 

「………分かりました」

 

 仕事を終わらせてもまた仕事か………。悪くない、とか思っちゃってる俺は社畜の才能があるのかもしれない。

 書類を持って席に戻ると、凛がフリフリと手を振っていた。

 

「まだ仕事あるの?」

「そりゃな。集計係の人達が遅れてるみたいだから、俺達雑用が手伝ってるんだよ」

「ナルって当日は何してるの?」

「受付」

「え、それ一緒に回れるの………?」

「三日間仕事ってわけじゃないから」

「そっか、なら良かった」

 

 そんなに一緒に回りたかったのか?それとも、これも好きな男攻略のためか………。

 いや、今そんなこと考えても仕方ないか。とりあえず、仕事を終わらせよう。せっせと電卓を叩き始める俺を見ながら、隣の凛は腕を枕にして机に伏せて、相変わらず俺の事を観察していた。

 早速一枚目の書類を終わらせた頃、凛が聞いてきた。

 

「真面目だね、意外と」

「なんで?」

「いや、サボろうとしないんだなって」

「しないよ。しても仕方ないし、周りに迷惑がかかるだけだからね」

「………でも、勝手に委員会に入れさせられてたんでしょ?」

「それとこれとは話が別でしょ」

「……ふーん」

 

 それにちょっと楽しんでるし。

 

「ナル、まだここにいる?」

「この書類が終わるまではいるよ」

「了解」

 

 軍隊のような返事をすると、凛は教室を出て行った。

 よし、今のうちに仕事を終わらせるか。耳にイヤホンを装着した。俺が音楽を聴きながら作業をする時というのは、心のスイッチを切って無心に作業を終わらせるという事だ。

 全力でペンと電卓を走らせ、さっきまでの倍速で仕事を進めた。バリバリと仕事を進めて、合計24枚あった書類の内、8枚目を終わらせた時、トンッと缶コーヒーが置かれた。

 

「?」

「はい、どうぞ」

 

 凛が買って来てくれたのか?イヤホンを外して一応聞いてみた。

 

「え、俺に?」

「他に誰がいるの?」

「ご、ごめん。ありがと。いくらだった?」

「別にお金は取らないよ」

「えっ、いやそういうわけには………!」

「いいから。私が勝手に買って来ただけだし、ナルが頑張ってたから買って来ただけだから」

 

 まぁ、年下の女の子にものを奢られるなんて……いや、割と普段から飲み物賭けてゲームしたりしてるわ。

 

「じゃあ、もらうわ」

「うん、頑張って」

 

 早速一口もらって仕事を再開し、凛はまた腕を枕にして机に伏せた。

 

 ×××

 

 一時間後くらい。24枚全部終わって大きく伸びをした。あー、疲れた。さて、また仕事かな?そう思って、とりあえず書類を提出しようと思って立ち上がろうと椅子を引こうとした所で、いつのまにか隣の凛が寝息を立ててることに気づいた。

 

「…………」

 

 秋とはいえ、まだ夏を抜けたばかりだ。クーラーも効いてる部屋で半袖で寝ると風邪引くんじゃないか?

 そういえば、体育用に持って来たジャージが鞄に入ってたな。ロッカーに置いて来るの忘れて、鞄の中に眠ってるけど。

 椅子の下に置いてある鞄からジャージの上着を出して、凛の肩に掛けて、寝顔を写メに収めて書類を提出しに行った。新しい書類をもらってしまったので、また仕事を再開した。

 また仕事を始めて一時間後、また終わらせた。気が付けば時刻は18時過ぎ、あと一時間後くらいで最終下校時刻だ。流石に今から仕事は振られないだろう、と少しビクビクしながらもペンを置いた。

 すると、凛が目を覚ましたようで「んっ……」と隣から吐息が漏れた。

 眠そうに目を擦りながら、ゆるゆると体を起こし、ぼんやりした目で俺を見た。

 

「………終わった?」

 

 どうやら、寝惚けてないようだ。

 

「終わったよ。多分、もう仕事はないから」

「………そう、じゃあ帰ろう」

「おお。書類出してくるから」

「………うん」

 

 立ち上がって、委員長に書類を渡した。

 

「終わりました」

「……リア充が」

「えっ?」

「何でもない。今日はもう大丈夫だから」

「そうですか。じゃあお先に失礼します」

「うん、お疲れ様」

「お疲れ様です」

 

 なんか毒を吐かれた気がするが、とりあえず気にしないで自分の席に戻った。

 

「凛、仕事ないって。帰………」

 

 声を掛けた俺のセリフは途中で止まった。凛は何故か俺のジャージを抱き締めていた。

 が、俺の姿にはガッツリ気付いていたようで、顔を真っ赤にして俺の方を見ている。しばらく目を合わせてお互いに固まる事数秒、突然立ち上がって俺の胸ぐらを掴んで来た。

 

「忘れて」

「えっ、いや無」

「忘れて」

「………努力します」

 

 超怖かった。

 

 



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水原くんと恋人になりたくて(7)

 日は進み、私は仕事がある日以外、毎日のようにナルの所に顔を出しに行っていた。ナルみたいな鈍感バカがそれで私の気持ちに気付くとは思わないけど、少しでも意識してもらえれば良いと思って行動して来た。

 だが、それも今日で最後だ。明日からはいよいよ文化祭、私が告白する日だ。そのために、今日というこの日も気を抜かずにナルにアタックを続ける。

 今日もナルと一緒に登校して来た所だ。ナルの中で私はどんな風に映っているのか分からないけど、泣いても笑っても明日告白なので、その辺はあまり考えない事にする。うー、なんか今から緊張して来た。

 しかし、一つだけ不安な事がある。最近、ナルと一緒にいると、たまにナルが少し難しい表情を浮かべることが多い。アレはなんでなんだろう。私といるとつまらない、とか?

 

「………はぁ」

 

 だとしたらショックだ。なるべく、ナルも楽しめるような会話をして来たはずなのに。………思いつかないときはちょっかい出しちゃうんだけど。

 もしくは、体調が悪いとか?ナル、ここ最近実行委員の仕事頑張ってたし、疲れが溜まってることもあり得そうではあるけど………。

 とにかく、少しナルの様子がおかしいことが気になる。告白の前に、そういう不安要素は潰しておきたいというのもあるけど、逆に明日の告白をヘタれるような内容だと怖いので、聞きたくないのもある。

 でも、どちらにせよ告白の前に不安なことがあるのには変わらないんだよね。それなら、聞いておいた方が良い気もするけど………。でも怖い。

 普段のライブよりも、告白前の方がよっぽど緊張する。今更になって、心臓がバクバクとうるさい。でも、前の遊園地でヘタれたように、ここでヘタれるとここから先ずっと告白出来なさそうだ。

 自分でやると決めた以上、ここで告白しなければダメだからね。そんな事を考えながら、ただ何と無く授業をぼんやりと聞いていた。

 

 ×××

 

 放課後になった。私はいつものようにナルが仕事中と思われる、文化祭実行委員の教室に向かった。最初は色々と遊びに来た理由とかを考えてたんだけど、最近は普通にもう事情とか言わずに隣に座ってしまっている。

 今日も特に手伝うつもりは無いけど、とりあえずナルの隣にいようかなって。だってナル手伝わせてくれないんだもん。途中で居心地が悪くなって、他の人の手伝いしようとしたら、何故かナル不機嫌になるし。

 結局、ナルの隣で何もしないでボンヤリと会話してるだけになるんだけど、まぁそれでも私は楽しいし、ナルも満更でもなさそうだったから良いんだけどね。

 そんな事を考えながら、いつものように教室に入った。一応、ノックをしてから入り、ナルがいつも座ってる席を見ると、そこにナルの姿は無かった。

 

「あ、渋谷さん」

 

 確か……委員長さんだっけ?

 

「あの、ナル………水原くんは?」

「あなたの彼氏さんなら、門の設営に行ったよ」

「ーっ、か、彼氏じゃないですから………」

「ああそう、どうでも良いわ。リア充」

 

 あれ、なんか怒ってる?

 まぁ、ナルがいないならここにいても仕方ないかな。門の設営って言ってたよね、遊びに行こっと。

 そう決めて、靴を履いてナルの元へ遊びに行った。校門付近に到着すると、門はすでに完成していた。だが、肝心のナルの姿はいない。

 ………あれ、いないのかな。………なんかナルがいないなら私も教室に戻ろうかな。そう決めて下駄箱に引き返そうとした時、校門に向かってるナルと目があった。

 

「あ、ナル。ここにいたんだ」

「り、凛………」

 

 ………あれ、何か怪しい。なんで狼狽えたの今?

 

「どうしたの?」

「ナルの所に遊びに来たんだけど……なんで狼狽えたの?」

「い、いや狼狽えてないよ………」

「………ああそう」

 

 問い詰めたかったけど、嫌われるのは嫌だったので我慢した。告白前に下手なリスクは負わない。

 すると、ナルの方から声をかけて来た。

 

「あー、凛」

「? 何?」

「今日、この後は暇?」

「暇だけど?」

「じゃあ、その………一緒に、帰ろう」

 

 今更なんで約束を取り付けてくるの?という感想が即座に出て来ない程、嬉しかった。いつもは私から誘ってたけど、まさかナルの方から誘ってくれるなんて。

 

「い、良いよもちろん!」

「お、おう。いつも一緒に帰ってるのに嬉しそうだな」

「えっ?べ、別に普通だから!い、いやまぁ嬉しいは嬉しいんだけど………!」

 

 なんだか茶化された気がして反射的にそう返すと、ナルは「そっか……」とぼんやりした目で返した。やっぱり、なんか考え事してるみたいだ。

 

「今日終わるの何時になるか分からないけど、それでも良いの?」

「うん、ナルと一緒に帰れるならいつまでも待つよ」

 

 その言葉に、ナルは若干顔を赤らめて目を逸らした。こういう所、少しは照れてくれてる辺り、私のことを全く意識してないわけじゃないんだろう。

 まぁ、何にせよ少しでも早く帰れるように、今日は自分のクラスにいよう。

 

「じゃあナル、仕事頑張ってね」

「うん、あとでな」

「うん」

 

 と、いうわけで、私はウキウキしながら教室に戻った。

 

 ×××

 

 クラスの準備が終わり、暇になって図書室で待機してると、ナルから連絡がきた。

 

 水原鳴海『終わった、どこいる?』

 

 やっとだ!

 

 渋谷凛『図書室にいるよ』

 水原鳴海『りょかい』

 

 もうすぐ来るので、私は読んでた本を棚に戻した。しばらく待機してると、図書室の扉が開いた。

 

「凛、帰ろう」

「うん」

 

 返事をして鞄を持ってナルと合流した。

 図書室から昇降口に向かい、靴を履き替えて校門を出た。何か話しかけようと思ったのだが、ナルが未だに難しい表情を浮かべていたので、中々に声を掛けにくい。自分から誘って来たくせにどうしたんだろ。

 

「…………」

「…………」

 

 何も話す事も無く、私の家に近づいて行く。

 すると、ナルが「あのっ………」と控えめに声をかけて来た。

 

「凛、少し寄り道しても良いか?」

「え?い、良いよ?」

 

 寄り道?なんだろ、どこに連れて行ってくれるんだろ?

 と、思ってたら、ナルが連れて来てくれたのは公園だった。もう日も沈みかけていて、街灯と自販機の灯だけが輝いてる公園。

 そこで「待ってて」とナルは私をベンチに座らせると、自販機で缶コーヒーを買って来てくれた。

 

「はい」

「えっ?あ、ありがと」

 

 私に手渡すと、隣に腰を掛けるナル。二人でコーヒーを一口飲み、10秒くらい無言が続いた。

 何か話しがあるんだろう。でも、ナルにこうして呼び出されて話される内容に心当たりがない。

 とりあえず、この空気は何と無くキツかったので声をかけてみた。

 

「そ、そういえば、こうして公園に来るのって初めてじゃない?」

「え?あ、ああ。そうだな。夏休みではうちの地元の公園行ったけど」

 

 そうだっけ?と思ったけど、確かお兄さんとの思い出の場所とかいって連れて行かれたのを覚えてる。

 都会暮らし16年の私が、まさかあんな遊びをする事になるなんて思いもしなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 会話が止まっちゃった。な、何か他に話題を………。いや、でもなんかナルがずっと難しい顔してるし。

 どうしたものか私まで悩んでると、ナルから声をかけて来た。

 

「あー……あの、さ。こういうのって、どう聞けば良いのか、分からないんだけど………」

「? 何?」

「凛の初恋の相手って………俺、だったりする、のかな………」

「…………はっ?」

 

 こいついきなり何を抜かす?

 一発で、ボンッと音を立てて顔から煙を出しそうになる程に顔を赤くしてる私を他所に、ナルは語り始めた。

 

「違ってたら恥ずかしいんだけど………。その、ほら、何?なんか最近、ヤケに俺の所に来たりしてたし……最初は男の好みを知るためとか思ってたんだけど、考えてみたら凛は一回も俺の事じゃないとは言ってないし、むしろ『ナルの好みが知りたい』の一点張りだったし………」

 

 セリフが続くにつれて、ナルの口調は早口になって行った。そして、私の顔は赤く染まって行った。

 

「ここ最近、ずっとその事ばかり考えててさ………。ま、まぁ、もしそうだった時のために、俺は俺なりに答えを見つけてたわけで……。違うなら違うで良いんだけどね。そしたら、うん。一週間ほど実家に帰って不登校になるだけだから」

 

 その言い草に、私は少しカチンとした。ナルがどんな答えを用意してるのかは知らないけど、もしおーけーとナルが答える気だとしたら、自分から告白しないで私から告白させようとしてるって事でしょ?

 ………いや、怒ってるのはそんな事じゃない。もっと単純な理由だ。そう理解した直後、私の身体は勝手に動き出していた。立ち上がり、ナルの胸ぐらを掴んで振り回した。

 

「何それ。ねぇ、何それ?」

「えっ………?」

「そんなのズルいでしょ。ナルの答えが何だか知らないけど、何様なのそれ?」

「な、なんで怒ってんの………?」

「そりゃ怒るよ!私は1ヶ月以上も前から告白の決心をして、加蓮や奈緒に協力してもらって………!これまでも一生懸命、ナルを少しでも振り向かせようと思って、恥ずかしかったり照れたりするのを必死に抑えてアタックして………それなのに気持ちに気付いたから告白してくれって何様⁉︎」

「い、いやそんなつもりはなくて……」

「そんなの、そんなのズルいから!私が今までどれだけ………!」

 

 羞恥と怒りで顔が真っ赤になる。そんな私に、ナルは目を逸らしながら答えた。

 

「あーいや……ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど………」

「じゃあどういうつもりなの⁉︎」

 

 問い詰めると、ナルはボソッと呟くように答えた。

 

「あー……その、何?観覧車でさ、俺に告白しようとしてた、でしょ………?」

「っ!き、気付いてたの⁉︎」

 

 一気に羞恥が私を支配した。

 

「いや、気付いたのは最近だけど………」

 

 うわあ………ていうことは、ヘタれたのもバレてるんだ………。なんか恥ずかしさでなんかもう本当にもう………。

 胸ぐらを掴む力が弱くなっていく私の手を、ナルは優しく握った。

 

「………それで、その……前の告白でヘタれたのに、俺から告白されるのは嫌かな、って思って……」

「………えっ?そ、それって……」

 

 それって、ナルも私の事を………?そう自覚した直後、カアァッと顔が熱くなるのを感じた。

 

「そ、そもそも、凛が『初恋した』なんて遠回しな事を言わなければもっと早くコクってたと思うし」

 

 その一言がまた私をカチンと来させた。

 

「は、はぁ⁉︎何それ!私の所為だっていうの⁉︎私がそう言わなかったら、どうせナルの事だから自分が私の事好きな事に気付きもしなかったでしょ⁉︎」

「なっ………!そ、それはあるかもしれないけど……!でも、そんな事言ったらあんな表現したら、まず間違いなく俺以外の奴に恋してるって思うだろ!」

「そんなの知らないから!」

「な、なら俺だって知らないよ!」

 

 ぐぬぬっ、と私とナルは睨み合った。が、やがて不毛に感じたのか、ナルがふぅ、とため息をついた。

 

「………もう良いよ、そんな事。それより、もう俺から告白して良い?」

「ダメ!私からするから!」

「ああ、そう………」

 

 小さくため息をつかれた。私も小さく深呼吸してから、告白する事にした。

 

「………ナル」

「はい」

「私と、付き合って下さい」

「はい」

 

 ………なんか、緊張感もへったくれもないな………。

 せめて緊張感を出そうと思って、私はナルの胸に頭を埋めるように抱き着いた。

 

「………最悪の記念日だよ、まったく……」

「悪かったよ………」

「予定では、明日告白するつもりだったのに………」

「………いや、本当に悪かった」

 

 素直に謝られた。なんか、ムカつく。せっかくの初恋で初彼氏なのに、こう……ロマンチックな事なんか一つもない。

 せめて、せめて一つくらいロマンチックにしたかった。そんなわけで、私はナルに声を掛けた。

 

「ナル」

「? 何………んっ⁉︎」

 

 突然、ナルの口に私の口を押し付けた。ノーモーションで、何の予告もなく。顔を真っ赤にしたナルから手を離す事もせずに、口の中に舌を絡め込む。

 ………ディープキスっていつやめれば良いか分からないな。まぁ、良いか。適当で。プハッ、と息を吐いて離れると、私とナルの口を結ぶように涎が伝っていた。

 

「…………」

「っ、ぃ……りっ、凛………?い、いきなり、何を………?」

「………なんか、もう。色んなことの仕返し……。もう一回やる?」

「………あの、色々保たないので勘弁して下さい……」

 

 と、いうわけで、付き合う事になった。

 明日からは、いよいよ文化祭だ。

 

 




本編はあと1〜3話ほどで終わります。


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予告は大体外れる。

 翌日、文化祭の日になった。文化祭実行委員ということで、俺は普通の生徒よりも早く学校に行かなければならない。

 しかし、そんなことは俺の頭から抜け落ちていた。何故なら、凛が彼女になったからだ。いやもう嬉しさと恥ずかしさで頭の中がいっぱいなんですわ。

 で、そんな俺の気も知らずに、うちの彼女は今日も俺と学校に向かっている。ただし、今までとは違い、俺の腕にがっつりしがみ付いている。胸が当たろうと御構い無しだ。ていうか、凛は実行委員じゃないんだから早く行く必要ないのに。

 

「………あの、凛さん?」

「何?」

「ち、近くないですか………?」

「嫌なの?」

「い、いえ、嫌ではありませんが歩きにくいなぁと………」

「なら我慢して」

 

 との事で、それはもうベッタリくっついてくれている。嬉しいには嬉しいんだけど………。その、何?凛は猫っぽいと思ってたら犬っぽくなったから、そのギャップ差がすごくてもう………。

 

「ね、ナル」

「な、なんでせう」

「前から思ってたけど、ナルって良い匂いするよね。癖になっちゃうような」

 

 どうやら、嗅覚も犬になろうとしてるようだ。

 

「そ、そうなの?」

「うん。いつまでも嗅いでいられるな」

「う、うん………。でもお願いだから周りの視線を考えてね」

「………周りの目線とか関係あるの?」

 

 お前アイドルだろがぃ!ていうか、お前そんなキャラじゃないだろ!もっとクールな子だったろ⁉︎どうしちゃったの本当に⁉︎

 

「ふふ、ナルの匂い………」

「そ、それより、今日はどうする?」

「んー、キスする」

「そうじゃねぇよ………。文化祭、俺仕事あるから」

「んー……じゃあ私も仕事する」

「は?」

 

 何言ってんこの人。

 

「ナルの仕事ってパンフレットを配るんでしょ?私もやるよ」

「いやいや、俺以外にも一緒にやる人いるから。3年5組の女の人と」

「………は?」

 

 え、なにその眼光。デスノート拾ってしばらく経った夜神月さん?

 

「私も手伝うから。異論は認めない」

「えっ、な、なんで?」

「………分かってよ、それくらい」

「いや、分かるけどお前自分のクラスはどうすんの」

「んー、サボる」

「アホか、看板の凛がサボるのはスマブラに任○堂キャラが出ないようなもんだぞ」

「むー……私と一緒にいたくないの?」

「それとこれとは話が別だ」

 

 この子はダメだ。恋人、というか自分の望むものが手に入ったら自分の事が疎かになるタイプだ。それはなんか俺の所為でダメにしてしまった気がして嫌だ。

 

「凛……帰ったら好きなだけ構ってやるから、やらなきゃいけないことはしっかりやりなさい」

「………ほんとに構ってくれんの?」

「え?お、おう」

「好きなだけ?」

「うん」

「じゃあ分かった」

 

 ………あれ、なんか墓穴掘った気がする。

 そんな話をしながらも、凛はさらに腕を強く握って来た。

 

「でも、学校に着くまではこのままね」

「………好きにしろよ……」

 

 本当にこのまま二人で学校まで来た。

 

 ×××

 

 文化祭が始まり、早速受付の席に座った。一般の方々にパンフを配るだけの簡単なお仕事。超楽なんだけど。

 もちろん、退屈ではあるため、パンフの束の陰にスマホを隠してゲームをしている。こう言う時、ポチポチゲーは便利である。

 

「ご来場ありがとうございます、こちらパンフレットでございます」

 

 最近はマグナをタイマンで倒せるようになって来たなー。やっぱり水属性キャラが一番可愛いよなー。シルヴァ姉さんとユエルが特にね。

 

「ご来場ありがとうございます、こちらパンフレットでございます」

 

 あ、コロ刀落ちた。どうせなら杖落とせや。刀はバカみたいにあるから。

 

「ご来場ありがとうございます、こちらパンフレットでございます」

 

 シルヴァ姉さん、ホント胸でかいなぁ。巨乳はある意味では男の憧れだよなぁ。

 

「ご来場ありがとうございます、こちらパンフレットでございます」

「いや、棒読みにも程があるでしょ」

 

 聞き覚えのある声が突然割り込んで来た。ふと顔を上げると、加蓮と奈緒ともう一人の女の子、島村卯月が三人揃って立っていた。

 

「あ、みんな来たんだ。………それと、隣のは……」

「そう、島村卯月だよ」

「島村卯月です。あなたが噂の水原鳴海さんですか⁉︎」

 

 え、俺噂になってるの?それもアイドルの中で?どんな噂?

 

「まぁ、そうですけど。え、俺の事知ってるんですか?」

「はい!凛ちゃんの恋人さ」

「「わ、わーわーわー!」」

 

 言いかけた所で、奈緒と加蓮が慌てて口を塞いだ。

 

「ま、まだ二人は恋人じゃないから!ていうか、そういう事こういう公共の場で言っちゃダメ!」

「ま、まぁ付き合ってなんかないけどな!むしろ、二人ともただの友達だからな!」

 

 言いながら二人は「お前もなんか言え」みたいな感じで俺を睨んで来た。が、俺はそれどころじゃない。恋人、と他人から言われると、なんか、こう………恥ずかしい。嬉し恥ずかしい。

 おそらく赤くなってる顔を両手で煽ってると、さっきまで騒がしかったアイドル三人がシンッと静かになっていた。

 何事かと思って顔を上げると、三人はニヤリと微笑んでいた。え、まさか今の反応だけで察されたのか………?

 

「水原くん、良かったら私達と回らない?」

「いやいや、仕事仕事」

「ダメ」

 

 ダメってなんだよ………。まぁ、確かにここの役割って二人もいらないんだけどな………。

 そう思って隣をふと見ると、3年生の女子生徒は「え?アイドルと知り合いなの?私あなたの仕事手伝ってあげたよね?紹介してくれない?してくれなかったら後で委員会全員で問い詰めるからね?」って目で俺を見ていた。

 

「………すんません、俺ちょっとトイレ」

「は?サボる気?」

 

 や、やっぱり年上の女学生怖ぇ〜………。てかどう転んでも罰ゲームしか待ってないんだが………。

 

「………あと30分で休憩入るから、その時に話すよ。だからお前ら散れ」

 

 とりあえず、仕事を全うすることにした。それを聞くなり、三人はゾロゾロと歩いて文化祭を見回りに行った。

 隣の先輩がウキウキしながら俺を見てるのが、顔を見なくても分かった。

 

「………俺とあの人達の関係黙ってるって約束してくれたらサイン頼んどいてあげ」

「神に誓おう」

 

 どいつもこいつも人間ってほんと面白いな。

 

 ×××

 

 凛と一緒に店を回るのは、俺の2回目の休憩である午後の3時から。よって、現在11時半からの休憩では、加蓮と奈緒と島村さんと3人で回ることになっている。

 待ち合わせした場所は講堂の前の看板。この看板には文化祭の間の、講堂のスケジュールが書かれていて、一番下には何故かけいおん!のキャラが描かれている。これ著作権とか大丈夫なんですかね。

 しばらく待機してると、講堂の中から人が出て来た。ちょうど、何処かのクラスの出し物が終わったのだろう。何処のクラスかと気になって看板を見ると、うちのクラスだった。

 そして、これまた良いタイミングで扉から出て来たのは奈緒、加蓮、島村さんの3人だった。

 

「あっ、お、お待たせ鳴海………」

「いや、あんま待ってない」

 

 軽く謝る奈緒に、小さく手を振って返した。5分くらいしか待ってなかったし。

 ていうか、なんで奈緒と加蓮揃って少し顔赤らめてんの?

 

「な、鳴海………。お前らのクラス………」

「なんだよ」

「な、鳴海くんもああいう踊りするんだね………。凛には見せられないかな………」

「あ、あはは………。まぁ、鳴海さんが何処で踊ってるからは見当たらなかったんですけどね………」

 

 おい待て、こいつらなんの話を………ああ、理解した。そういや、うちのクラスのダンスはトラプリだったな。

 

「いや、俺は出てないから。実行委員の仕事の休憩もらって今来たとこだし」

「あ、そ、そうだったんですか?だそうだよ、二人とも!」

「………いや、にしても自分達の曲を文化祭でやられるのは……」

「………結構恥ずかしいね……」

 

 悪かったな、うちのクラス無神経で。

 

「ま、まぁとりあえず行こうぜ。俺まだ昼も食えてないから腹減ったわ」

「そうですね。何処で食べます?」

「「「凛の店」」」

 

 島村さんの問いに3人で声を揃えて答えた。

 講堂を離れて、校舎に入った。俺は上履きだが、二人にはそれがない。近くからスリッパを持って3人の前に並べた。

 

「どうぞ」

「ありがとうございまーす」

「なるほど、こういうところね。鳴海くんのスケコマシは」

「そういうことだ」

 

 何を失礼なこと言ってんだトラプリ二人。島村さんみたくお礼を言うことは出来ねーのか。

 

「で、凛は何処なの?」

「パンフ配っただろ」

「あまりパンフレットとか見ないんだよね」

「おい、見ろよ。そのパンフ作るのにかかる費用を計算したの俺だぞ」

「作ってはないんですね………」

 

 そっちは俺の担当じゃなかったからな。そもそも、受付以外に俺の担当はない。

 凛のメイド喫茶は教室でやってるから、確か一年は3階だよな。四人で階段を上がった。しかし、まぁなんつーか……裏方に回っていたからか、他のクラスの面子が何をしてるのか知ってるため、あーあの報告書でこんな感じになってんだーみたいな感想が頭に浮かぶ。

 そんな事を考えながらボンヤリと歩いてると、ツンツンと後ろから島村さんに肩を叩かれた。

 

「?」

「あのぅ、奈緒ちゃんと加蓮ちゃんが………」

 

 あれ、二人の姿がないや。

 

「え、何処行ったんですかあの人達」

「その……加蓮ちゃんが『お化け屋敷やってる!』って奈緒ちゃんを引き摺って行ってしまって………」

 

 ………俺の休み一時間しかねぇんだけど。

 

「………後を追いましょうか」

「はい」

 

 肩を落として、お化け屋敷をやってる教室に並んでる奈緒と加蓮に声を掛けた。

 

「勝手に行くなバカコンビ」

「あ、鳴海くんも来たんだ」

「嫌だってば!あたしは絶対入らないからな!」

「大体、凛の店はどうすんだよ」

「あとで行くって。せっかくだし楽しもうよ」

 

 楽しもうとか言われてもな………。いや、まぁ良いか。俺は運営する側だが、向こうは客なんだ。俺とは立場が違うし、楽しもうとするのは当然だ。

 

「分かったよ」

「やったね」

 

 と、いうわけで、お化け屋敷以外も3人で見回った。例えば、2-6のミニ映画だの漫画部の「ブックオン」だのPTAのフリーマーケットだのと、とにかく回り回った。

 で、俺の休憩が終わるまで残り20分ほど。ようやく凛のクラスの前に来た。

 

「へぇー、凛のクラスってメイド喫茶なんだ」

「知らなかったのか?」

「うん。なんかあんま知られたくなかったとかで」

 

 あー、そういや凛の奴、執事役やるとか言って嘆いてたっけか。凛の長い髪なら、執事やったら絶対にポニテだし。

 

「凛の執事姿かー。楽しみだなー」

「そうですね、凛ちゃんの事だから絶対カッコ良いですもんね」

 

 実際、俺も少し楽しみにしてる。凛は可愛い子だが、それと共にカッコ良い女の子だとも思っているからなぁ。まぁ、割と照れ屋な奴だから、俺が褒めたらすぐに頬を赤らめて可愛くなると思うんだけど。

 そう思うと、少し頬がにやける。

 

「鳴海くん、顔がすこぶる気持ち悪いよ」

「ヨダレを拭け」

「はっ、イッケネ!」

 

 加蓮と奈緒に怒られ、慌ててティッシュで口元を拭った。

 そんな話をしてるうちに、いざ入店した。店の中に入った直後、メイド服姿の女の子達が出迎えてくれた。ていうか、真ん中のメイドさんは凛だった。

 

「「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」」

「おかえ」

 

 スラスラとお決まりの挨拶をする二人のメイドと、途中で声が止まる凛。

 

「「……………えっ?」」

 

 俺と凛から間抜けな声が漏れた。

 

 



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意思を伝える時は出来るだけ具体的に。

明けましておめでとう御座います。今年もよろしくお願いします。
ほんとは大晦日にしぶりんとふみふみを1話ずつ投稿するつもりでしたが、風邪を引いてしまったので投稿は断念しました。申し訳ありません。


 何故か凛がメイド服姿で出迎えてくれた。そういうの、ほんと大概にして欲しいよね。こっちにもさ、色々と心の準備とかあるんだよね。それを何?お前、執事って言ってたじゃん。

 もうほんとに不意打ちでダイレクトアタックとか卑怯でしょ。

 

「……………」

「……………」

 

 そんな俺と凛は唖然としたまま、顔を赤くしてお互いに向かい合っていた。が、やがて凛の方が再起動し、教室の中に引っ込んだ。

 

「ちょっ、凛⁉︎」

 

 加蓮が声を漏らした直後、再び教室の扉が開いた。さっきまでのフリーズ状態の時の表情はまるで正反対の真顔で立っていて、俺に向かって頭を下げた。

 

「おかえりなさいませ、旦那様」

「グホッ」

「な、鳴海ーーーーー!」

 

 吐血したように俺は後ろに倒れ、奈緒が仲間を失ったアニメキャラのように絶叫した。だからダイレクトアタックは卑怯だろっつの……。

 

 ×××

 

 そんな茶番はともかく、一席に案内された。島村さん、加蓮、奈緒と共に席に座って料理を注文して、のんびりとお冷やを飲んだ。いや、のんびりしてるのは奈緒、加蓮、島村さんだけで、俺自身は「凛ショック」とも言える心臓への鋭い一撃の後遺症によって、未だに心臓が鳴っている。

 

「あー……まさか、まさかあんなのが不意打ちで飛び込んで来るなんてなぁ………」

「だからって一々倒れるのはやめてくれよ………」

 

 呆れながら奈緒は水を飲んだ。いや、君にはわからないよ。特にあの旦那様の破壊力は尋常じゃなかったね。

 

「にしても、まさか凛があそこまでデレるとはねー」

「そうですね。凛ちゃんにあんな一面があるなんて………」

 

 加蓮と島村さんがニヤニヤしながら俺を見た。

 

「な、なんだよ」

「いや、愛されてるなーって」

「そうですねー。ほっこりしちゃいますね」

「う、うるせーから」

 

 まぁ、確かに凛すごいけど。俺と付き合うと決まった一昨日からずっと俺にくっ付いてたし。

 

「凛も凛だよ。あんなにベタベタして来て、周りに関係を隠す気なんかさらさら無いんだから」

「何、嫌なの?くっ付かれるの」

「………嫌じゃないから困ってるんだよなぁ」

 

 いや、ほんとに。俺もどちらかというと凛とくっ付いていたいし。でも、その、何?照れと恥ずかしさの方が強くなっちゃって勇気が出ない。

 

「それで、どうやって凛と付き合ったんだ?」

 

 本編開始、と言わんばかりに奈緒が俺に向かって言った。ムカつくほどニヤついた顔である。お前、いじられキャラなんじゃないんか。

 

「えー、言わなきゃダメか?」

「「「ダメ」」」

「なんで3人揃ってんだよ………」

 

 息ぴったりにもほどがあるだろ………。仲良しかお前ら。

 

「大体、そんな言うような事はないからな?面白いような事も無かったし」

 

 むしろ、あまり言いたくないんだよなぁ。すっごいグダグダな告白だったし、何なら告白じゃないまである。

 何より、色々と事情はあったものの、男である俺じゃなく、凛の方から告らせたんだ。3人ともドン引きするに違いない。

 

「まぁ、その、何?色々あったんだよ」

「ふーん?そうやって誤魔化すんだ?」

 

 加蓮がニヤリと微笑んだ。え、何その考えがあるみたいな微笑み。俺ってなんか加蓮に弱味握られてたっけ?

 

「鳴海くんがそうやって誤魔化すなら、これから先で凛との恋愛を手助けしてあげないから」

「はぁ?良いよ別に」

 

 もう付き合ってるし。ていうか、何よりお前は俺に何もしてくれてないだろ。奈緒からはよくアドバイスもらってたけど。

 

「もちろん、あたしも何も言わないからな」

「ああそう」

「ところで鳴海くん、凛とは随分と色々あったよね?」

 

 なんだよいきなり改まって。

 

「あ、ああ、そうだな」

「遊園地では特に色々あったみたいじゃん。気を回し過ぎて凛を怒らせちゃったんだって?」

「あ、あーうん。まぁね」

 

 今にして思えば、凛の初恋の相手は俺だったんだよなぁ。あんな回りくどい事しなくても良かったのに。凛も可愛い所あるなぁ。

 

「鳴海、頭の中で惚気るな。顔がすこぶる気持ち悪いぞ」

「あっ、悪いっ」

 

 奈緒に怒られてハッとした。

 

「で、何が言いたいんだよ」

「これから先も変に気を遣い過ぎて凛を怒らせる事とか増えちゃうんじゃないの?」

「…………」

 

 悔しい事に否定出来なかった。大量に顔に汗を浮かばせる中、加蓮は得意げな顔で続けた。

 

「それで喧嘩したとしても助けてあげないけど、それでも良いの?」

「……………」

 

 助けを求めるように奈緒をチラ見した。

 

「あたしも助けないからな」

「…………」

 

 続いて島村さんをチラ見した。ニコニコ微笑んだまま首を横に振った。うん、否定スタンスですよね。ていうか、あなたは初対面でしたね、すみません。

 そうなると、俺の回答は一つに絞られる。

 

「………は、話すので今後ともよろしくお願い致します……」

 

 あまりの情けなさに涙が出そうになった。正直、かなり恥ずかしいんだけど、まぁこの際仕方ないか。

 若干、照れながらも当時の様子を飛ばし飛ばしで語った。まぁ、飛ばし飛ばしで語った辺りは全部看破されたわけだが。すると3人はジト目になって俺を睨んだ。

 

「………ヘタレ」

「………ダッサ」

「………ぐ、グダグダですね……」

 

 まさか、初対面の島村さんにまでそう言われるとは………。いや、まぁいじられキャラに初対面も何も関係ないんだけどな。

 

「うるせぇ。俺は凛の気持ちを汲んでやっただけだよ」

「本当はチキっただけの癖に」

「うるせえぞ、奈緒。本当に凛の気持ちを汲んだんだってば。チキったってのは10%くらいだっつの」

「チキってんじゃん」

 

 まぁ、そう言われるとそうなんですけどね。

 若干、肩を落としてると、島村さんがフォローするように作り笑顔で言った。

 

「で、でも、そういうのはお二人らしくて素敵だと思いますよ!」

「………グダグダな告白は俺と凛らしいって事ですか」

「えっ⁉︎い、いやそういうわけではなくてですね……⁉︎」

「まぁ、実際二人らしいけどね」

 

 島村さん、冗談だから焦らなくて良いですよ。それと加蓮黙れ。

 すると、奈緒が感心したように言った。

 

「でも、鳴海の方から気付くとはなぁ。そこは少し意外だったわ」

「そりゃアレだけサイン出てたら気付くだろ。鈍感系主人公じゃあるまいし」

「…………」

「…………」

「…………」

「えっ、三人揃って何その目」

 

 まるで俺が鈍感だと言わんばかりの………。いや、確かに鈍いかもしれないが、鈍感ってほどじゃないだろ。

 

「まぁ、鳴海だしな」

「そうですね」

「うん、だから凛は苦労したんだもんね」

 

 な、なんだよう、3人揃って………。

 3人の冷たい視線に耐えながらお話をしてると、俺達の前に注文した料理が置かれた。学園祭のメニューなのでカレー、オムライス、チャーハンと簡単ですぐに作れるメニューばかりだ。

 加蓮がチャーハン、島村さんがオムライス、俺と奈緒はカレーを選んだわけだが、その……なんでだろう。奈緒のカレーと比べて随分と俺のカレー赤いんだけど………。

 

「お待たせしました。お嬢様、旦那様」

 

 そう言うのは凛だった。………あれ、なんか機嫌悪そうなんだけど。なんで怒ってんの?

 

「………あの、凛?なんか俺のカレー赤くない?」

「そうですか?私には違いがよく分かりませんわ?奈緒、そこ邪魔だから退いて」

「酷くね⁉︎」

 

 言いながら、奈緒と俺の間に座り込んだ。座り込んだ割に、不機嫌そうに腕を組んで黙り込んでいる。

 

「り、凛ちゃん?なんでメイド服なんですか?」

「メイド役の子が風邪引いてメイドが一人減っちゃったから。明日、学校に来れば執事に戻るよ」

「そ、そうですか………」

 

 島村さんが空気を整えるように明るく聞いてみたが、淡々と冷たく答える凛。

 俺も奈緒も怖くて身震いさせてると、加蓮がニヤニヤしながら凛に言った。

 

「おっ、何々?凛、ヤキモチ?」

「は?全然違うし。別にこの女誑しがどこで何しようと知らないし」

 

 ………ああ、そういうこと。それで怒って俺のカレーを赤くなるまで辛くしたって事か。こいつは鬼かよ。

 

「………お、怒るなよ、凛」

「別に怒ってないしヤキモチ焼いたと思ってんの自惚れないでくれる」

 

 ………早口過ぎて聞き取れなかったんですけど。うーん……どうしよう、早速助けて欲しい場面に遭遇してしまった。

 チラッと加蓮を見ると、小声で耳打ちして来た。

 

「ーっ」

「………え、それを言えと?」

「………ほら、早く」

「…………」

 

 まぁ、ここは加蓮を信用するしかないか。不機嫌そうにしてる凛の肩を抱き寄せた。

 

「ちょっ……な、ナル………⁉︎」

 

 凛が声を上げた直後、耳元で囁いた。

 

「………夜、いくらでも相手してやるから」

「ーっ⁉︎」

 

 あーあ、言っちまったか。でもいくらでも相手してやるって言うと、ホント凛は朝までゲームやらせようとして来るからな。ていうか、勝つまで相手しようとして来る。

 ………ただ、不可解なのは凛が何故か顔を真っ赤にしてることだ。いや、凛だけじゃなく奈緒も加蓮も島村さんも顔を真っ赤にしてる。加蓮に至っては「ほ、本当に言ったよ……」とか呟いてた。お前が言えって言ったんだろ。

 すると、顔を真っ赤にした凛は、俺の鳩尾に肘鉄を入れて来た。

 

「はぐっ⁉︎な、何をしやがんだテメェ⁉︎」

「う、ううううるさい!うるさいうるさいうるさい!時と場所を弁えてそういう事言ってよ!」

「えっ、お、俺変なこと言った………?」

「〜〜〜ッ!もう知らない!」

 

 な、なんか尚更怒らせちまってるじゃねぇか………。恨みがましい目で加蓮を睨むと、教室の奥に去ろうとしてる凛が立ち止まり、顔を赤らめて言った。

 

「…………で、でも、今日は泊まっていくから」

「じ、準備しとくから………」

「ーっ!う、うん………!」

 

 最近はスマブラやってなかったからな………。W○iリモコンの調子とか電池とか確かめておかないと。

 凛が立ち去り、俺が一人でお腹を抑えて悶えてると、奈緒と島村さんが顔を赤らめて言った。

 

「………な、鳴海って……」

「だ、大胆な方なんですね………」

 

 ………え、スマブラの約束がそんなに爆弾発言だったのか……?

 

 



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ナルと恋人になりました(最終)

 放課後、教室の掃除とゴミ出しを終えて、私はナルの迎えに行った。ぶっちゃけ言うと、お昼にうちのクラスにナルが来て「今夜、俺とS○Xしようぜ(脳内補完済み)」とか言ってきて以来、頭の中はそれでいっぱいだった。

 まず、気になってるのは下着の色。黒とかは持ってないし、見られても恥ずかしくないものしか持っていないはず。だが、こう……ナルの好みとかあるから、そこが気になる。

 ………今日の下着は何色だったかな。いや、まぁそれ以前にすごく勇気がいる。付き合って1日でエッチって………。正直、ナルからそういうこと言ってくれるのは嬉しいし、私としても悪い気はしない。むしろ、鈍感過ぎるから何度かこいつ襲ってやろうかと思った事があるくらいだ。

 けど、その、何?少し、怖い………?男の人の前で裸になって脚を開くのは、どう考えても恥ずかしいし、無防備だ。いや、一緒に寝たりしてた人のセリフじゃ無いけど。

 とにかく、すごく緊張してる。でも、少し楽しみでもあって………あーなんだろうこの感じ。なんでこんな複雑な気分になってるんだろ。

 と、とにかく、なんにしてもナルに表情を読まれるわけにはいかない。楽しみにしてたら、なんかエッチなことをしたがってるみたいでイヤらしいみたいに思われるかもだし、だからと言って嫌そうにしていたら、それはそれで向こうも遠慮してしまうかもしれない。ナルのアホは気を回し過ぎる人だし。

 だから、やはり無表情を貫き通すべきだろう。そう決めて、表情筋を固めながら実行委員会の教室に入った。

 

「ナルー、帰……あれ?」

 

 誰もいない。おかしいな、ブリーフィングみたいなのやるって聞いてたんだけど………。まぁ、荷物置いてあるしここで待ってれば大丈夫だよね。

 そんなわけで、椅子に座ってスマホをいじり始めた。最近習ったグラブルだけど。

 しばらく、スマホをポチポチいじってると、気が付けば陽は落ちていた。廊下の電気も消えていて、この教室だけ電気が付いている。何人か教室に戻って来て、荷物だけ持って帰っていったが、ナルは今だに教室に現れなかった。

 

「…………」

 

 何してるんだろ、ナル。ていうか、他の実行委員もみんな。帰る時間はまばらだし。

 そんな事を思ってる間に、さらに何人か帰宅して行き、気が付けばナルの鞄だけが教室に残されていた。

 

「………遅いなぁ」

 

 そんな呟きが漏れた。何してんの本当に。今日はナルの家に行く約束したんだから、私と一緒に帰る事になるのは分かってるはずなのに。

 ほんの少しだけイラっとして、ふと廊下を見た。気が付けば真っ暗になっていて、非常口の光だけが闇を照らしている。

 

「……………」

 

 あれ、何この雰囲気。なんか、こう……白い人型な何かが出て来そうな………。

 い、いやいやいや、お化けなんていないから。アレは人が作ったってだけで、いるわけないから。大体、お化けなんていたらとっくにこの世の人は全滅してるから。

 だから大丈………。

 

「あれっ?凛」

「きゃあああああああああああ⁉︎」

「えっ、何っ」

 

 後ろから肩を叩かれて悲鳴をあげながら振り向くと、ナルが立っていた。

 思わず、ホッとため息をついてから、学校の暗闇が怖くてビビってるところを、ナルに声を掛けられて悲鳴を上げ、正体がわかったからホッとした事を自覚した。

 コホンと下を向いて咳払いし、なんとか落ち着いてからナルに声を掛けた。

 

「ナル、帰ろっか」

「あの、今の悲鳴何?」

「は?悲鳴?何の話?」

「えっ、いやさっきすごい………」

「…………」

「………いえ、なんでもないです……」

 

 それ以上言えば殺す、と視線で言うと、ナルは黙って鞄を持った。

 

「か、帰るか」

「うん、帰ろ」

 

 私も椅子から立ち上がって、ナルの隣を歩いた。

 さぁ、いよいよ、いよいよだ。ナルの家で………。はっ、ダメダメダメ!そんな事考えてたらイヤらしい顔になっちゃうから!あくまでナルの家にはこれから遊びに行くだけだから!…………ナニをして遊ぶんだけど。

 って、だからそういうのはやめなさいってば!ナニじゃなくて、普通に………そう、スマブラ!大乱闘しに行くだけだから!…………ベッドの上で夜の大乱闘を。

 って、だーかーらーあのね⁉︎

 

「り、凛?」

「ひゃうっ⁉︎」

「ど、どうした?さっきから二十面相してるけど………」

「なっ、なんでもないから!」

「いやでも、顔色までサーモグラフィーみたいに変わって」

「なん、でも、ないっ‼︎」

「はい」

 

 まったく、しつこいったら無い!

 大体、なんでナルはこんなに平常心でいられるわけ⁉︎わけわからないんだけど!あーもう、少しくらい緊張してくれたって………!

 

「あ、凛」

「なっ、何⁉︎」

「うちさ、最近買い物行く暇なくて晩飯ないから、今から買いに行っても良いか?」

「あ、うん。良いよ」

 

 買い物、か。晩飯って、これから私のこと食べる癖に………って、ほんと私いい加減にしなさい。

 

「あ、せっかくだから凛の食べたいもん作ってやるよ。何が良い?」

「ナル」

「はっ?」

「なんでもない」

 

 口が滑った。でも、食べたいもの、か………。流石にウィンナーとか言う勇気はないかな。同じ理由でバナナも無理。

 ていうか、そんなの良いからまじめに考えないと。ナル困ってんじゃん。

 

「なんでも良いよ。ナルの作ったものなら何でも好きだから」

「っ、お、おう………」

 

 あ、照れた。やっぱ、ナル可愛いなぁ。家庭的だし、すぐに照れるしいじり甲斐があるし………。女の子だったとしても男子にモテそうだし、多分、私は新たな道を開いてる。

 

「じゃあ、インスタントラーメンでも?」

「ぶつよ?」

「………ごめんなさい」

 

 少し頼りないところもあるけど。こんな脅迫ですぐに謝るんだもんなぁ。まぁ、そんな所も可愛いんだけどね。

 

「でも、何でも良いってのが一番困るんだよなぁ。手間をかけて美味いもんにするか、楽な奴をたくさん作るか………」

 

 まじめに何を食べるか考える気になったのか、話を逸らした。

 

「2人だけなんだし、あまり多くても困るんじゃない?」

「それは手間をかけろってことですかね………」

「ダメ?」

「凛がそれを望むならそれで良いよ」

 

 そんな話をしてる間に、スーパーに到着した。何を作るのか決まったのか、ナルはサクサクと食材をカゴに入れて行く。

 

「何作るの?」

「ん?チーズハンバーグステーキ」

「………はっ?」

 

 い、今なんて?

 

「ち、チーズハンバーグステーキ?」

「そう。凝ってるでしょ?」

「………凝りすぎでしょ」

 

 本気出しすぎなんじゃ………いや、別にナルの料理美味しいし良いんだけどさ。

 他にも、これから先に使う食材とか必要なものをカゴに入れて行く。なんか、買い物慣れしてるなぁ、ナル。お母さんと買い物してた小学生時代を思い出す。いや、ナルはお母さんどころか女性ですら無いけど。

 ………ちょっと試してみようかな。お菓子とかカゴの中に入れたらどんな反応するかな。ソッとチョコをカゴに入れた。

 

「んっ?」

 

 音で気付いたのか、ふとカゴの中を見た。なるべくカゴの下の方に入れたはずなのに、一発でチョコの箱に気づくと、私を見た。

 

「………食べたいの?」

「うん」

「いいよ」

「えっ、い、良いの?」

「良いよ。今日だけだからな」

 

 ………なんか、仮に将来結婚したとして、娘とか出来たらすごく甘やかしそうだなぁ、ナル。今のうちに矯正しておこう。娘はこれから作………だからダメだってば、そういう妄想は。

 

「ナル、ダメだよ」

「え、何が?」

「そういうところで甘やかしちゃ。将来、娘とか出来た時に言うこと聞かなくなるよ」

「いや、俺は凛が欲しいって言うから………。大体、娘って………」

「とにかく、おねだりされたからってなんでも応えてちゃダメ。良い?」

「わ、分かったよ………。じゃあチョコいらんのね?」

「いる」

「えぇ〜………」

 

 そんな話をしながら、買い物を続けた。

 数十分後、買い物を終えてスーパーを出た。なんだかんだで袋二つ分まとめて右手に持っている。左手にも待たせれば良いのに。

 

「帰ろっか」

「………んっ」

 

 ナルの家に向かった。さて、いよいよだ。なんかさっきも同じ事思った気がするな。

 とにかく、帰ってご飯食べてお風呂はいったらいよいよだ。ナルも緊張してるのか、顔を赤らめて私の方をチラチラと見ている。………あ、やばい。なんか改めて緊張して来た。

 

「り、凛」

「? 何?」

「………い、いや、なんでもない……」

 

 いや、気持ちは分かるよ。緊張してるからだよね。………と、思ったけど、なんか違うな。ソワソワしてるし、フリーの左手をヤケに遊ばせてる。

 

「あー……凛」

「? 何?」

「そ、その、何……左手、空いてるけど」

「は?」

 

 何言ってんのいきなり?と思ったけど、すぐに合点が行った。

 

「………腕を組みたいの?」

「い、いやっ……その……朝は組んでたから、帰りは組まないのかなって思った、だけで………。決して俺が組みたいわけでは……」

 

 ………かわいい。ほんとは組みたい癖にそう言う風に誤魔化しちゃうのほんと好き。

 まぁ、でもそういう上から目線は許さないけどね。

 

「ナルが組みたくないなら別に良いよ」

「えっ……あっ……」

 

 切なそうな声を漏らした。まぁ言われてみれば片方に荷物を持ったりと、ナルはサインを出していた。それに気付かなかった私にも非はあるし、私も腕を組みたくなって来たのでチャンスをあげることにした。

 

「素直に組みたいって言えば組んであげる」

「っ………。そ、その……組みたい、です………」

 

 これで素直になっちゃうなんてホントにナル可愛いなぁ。鼻歌を歌いながら、後ろからナルの腕を取った。

 

 ×××

 

 家に到着し、食事を終えてお風呂を終えた。現在、ナルがお風呂に入ってるが、ピーっとお風呂の電源を切る音が聞こえたので、多分もうすぐ出て来るだろう。

 なので、私も布団を敷き始めた。一つの布団に枕を二つセットし、いつこんな事になっても良いようにコンビニで買っておいたゴムを用意しておいた。

 今はパジャマの下に下着もつけていないし、準備万端だ。ちょっとスースーするけど、どうせ後で脱がされるんだし、気にしない方が良い。

 

「ふぅー」

 

 息をつくと共に、ナルがお風呂場から出て来た。軽く伸びをしながら堂々と言った。

 

「さて、やるか!」

「ーっ!」

 

 な、何をいきなり………!

 

「も、もっとムードとか考えなさいよ!何をいきなり宣言してるの⁉︎」

「えっ、やらないの?」

「や、ヤる、けど………!」

 

 準備しておいたし………。でも、いきなり「ヤるか!」なんて下品にもほどが………。一人でもじもじしてると、ナルは私の後ろのテレビの前に座り込んで何かをいじり始めた。

 何をしてるのか知らないけど、私も準備を始めよう。布団の上に移動し、上半身のパジャマのボタンを外し始めた。

 

「凛、はい」

「へっ?」

 

 何かを放って来た。慌ててキャッチしたものはコントローラだった。

 

「………えっ、なんで?」

「え、だってやるんでしょ?朝までスマブラ」

「………はぁ?」

「えっ?」

 

 噛み合ってないことに気付いたのか、ようやくこっちを見るナル。すると、パジャマのボタンを全部外してる私に気付いて、今更顔を真っ赤にし始めた。

 

「っ⁉︎り、凛⁉︎なんで脱いでんの⁉︎」

「………やるって、そういうこと?」

「他になんの意味があるんだよ!良いから胸を隠せって!」

 

 ………この野郎、かなりイラっとしたよ今の。なんであんな紛らわしい言い方するのかな。「夜、いくらでも相手してやるから」じゃないよ。本当に。

 羞恥心やら怒りやら何やらがもうグチャグチャに混ざり合って、完全に怒りで我を忘れた。立ち上がって、胸を隠すこともしないでナルの前に歩くと押し倒して馬乗りになった。するとナルは慌てて顔を両手で隠した。

 

「ちょっ、り、凛⁉︎む、胸隠せって!」

「うるさい、手邪魔」

 

 力づくでその手を退かすと、目をギュッと瞑っていた。

 

「目ぇ開けて」

「む、無理だって!何してんだよお前⁉︎」

「開けないと怒るよ」

「なっ、なんっ………⁉︎」

「早く!」

 

 怒鳴ると、ナルは恐る恐る目を開けた。私を見るなり、顔を真っ赤にしたが、気にせずに言った。

 

「ナルさぁ」

「はっ、はひっ………」

「もう少し、人に物事を伝える時は簡潔に伝えてくれない?」

「と、言いますと………?」

「『夜、いくらでも相手してやるから』なんてあの場面でキザに言われたら誰だってそう言う意味だって思うでしょう」

「そ、そういう………?」

「セ○クス」

「直球⁉︎」

「分かるでしょ、はぐらかさないで。私、怒ってるんだからね」

「…………」

 

 そう言う私の下のナルは、私の顔と胸を交互に見ていた。人に怒られてる時に怒ってる人の胸を見てる時点でぶん殴りたかったが、私はそんなの気にすることもない程に怒っていた。

 

「それで、ナル。どうするの?」

「…………」

「エッチするの?言っとくけど、私はナルに言われた時からムラムラが収まってないんだからね」

「……………」

「だけど、初エッチが逆レイプみたいになるのは嫌だから。一応、ナルの合意の上でやりたいの。だから、答えて」

「………………」

「どうするの?ナル、私とエッチ………ナル?」

「…………………」

 

 気が付けば、ナルは鼻血を垂らして気絶していた。

 それを見て、なんかもう色々と馬鹿馬鹿しくなった私は、今更自分の行動が恥ずかしくなり、パジャマのボタンをとりあえず止めて、ナルを放置して眠る事にした。

 

 




本編はこれで終わります。次から番外編になります。


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番外編という名の2人のイチャイチャ話。
日常(1)


作品が増えてきて、今更ながらふみふみの世界だけ繋がってないのは寂しいなと思い、全部繋げることにしました。
時系列合わねーよ、とか全員ゲーマーじゃねーのかよ、とか色々あるかもしれませんが、そもそも細かい事は考えずに始めた小説なので目を瞑って下さい。


 三日間の文化祭が終わり、振替休日。受付だけだった俺の仕事は、凛と仲良くしていたのが非リア達の逆鱗に触れたようで、1日過ぎる毎に仕事が増し、結局ずっと走り回る羽目になっていた。

 1日目が終わったとしても校内の掃除で居残り、最終日に至っては後片付けもあったので、ヘロヘロの体を癒すのに振替休日は最高の休日になりそうだ。

 だが、そうはならなかった。

 

「ふふっ、ナルの匂い………♪」

 

 布団で寝て目を覚ますと、凛が何故か俺と同じ布団の中で俺の腕と体の間に収まり、抱きついてきていた。えっと……何してんのこの子?なんで人の脇腹に頬擦りしてんの?ていうか、ナルの匂いってなんだ?

 なんか文化祭2日目の朝から凛の様子がおかしい。どうにも、まるでリミッターが解除されたかの如く甘えて来る。何かあったとしたら1日目の夜なのだが、その時の記憶がないんだよな………。本当に何があったのかを知りたい。

 で、文化祭が抜けた翌日にこれだ。本当に何かあったのか?可愛すぎて心臓に悪いから勘弁して欲しいんだけど。

 そんな事を考えた直後、凛の目つきが変わり、俺の顔を見上げた。

 

「ナル、起きてるでしょ」

「っ」

 

 な、なんでわかんの⁉︎

 

「心臓の動悸が早くなった」

 

 怖っ⁉︎な、なんでそんなの分かんの⁉︎いや、そんなにくっついてきてたら分かるかもしれないけど………!

 と、とにかく返事をしないと殺されるかも………!

 

「お、おう………。てか、何してんの?人の布団の中で」

 

 昨日は確か俺が先に寝ちゃったんだよな。疲れてて。

 

「ん?ダメ?一緒に寝ちゃ」

「いや、ダメではないが………。その、恥ずかしいし……」

「なら良いじゃん」

 

 こ、こいつ………!いや、可愛いし文句は言えないが………。嫌なわけじゃないが、心臓に悪いからやめて欲しいんだけど………。

 

「あー……あの、凛?」

「何?」

「その……なんか、こう……心臓に悪いから、その……」

「………ナル」

 

 え、何急に改まった感じで。

 

「私はね、ぶっちゃけると夏休みの頭辺りにはすでにナルのこと好きだったの」

「えっ、そ、そんな前から?」

「だからね、ナルの寝顔とか見ると、その……ドキドキしたり、甘えたくなったりしてたの。嫌われたくなかったからしなかったけど」

「だ、だから?」

「つまり、それを解放された今、とても甘えても罪じゃないよね」

「どんな理屈⁉︎いや、罪ではないが……!」

「ナール♪」

「ああああああ‼︎」

 

 そ、それなりに(あくまでそれなりに)ある胸が、パジャマ越しに当たっ………!落ち着け、俺たちはまだ高校生だ。そういう行為はダメだ。理性を保て。燃えろおおおおお!俺の何かああああああ‼︎

 とりあえず、何とか凛には離れてもらわないと。

 

「………凛」

「? 何?」

「その、何?好きだよ」

「…………」

 

 言うと、しばらく黙り込む凛。やがて、顔を真っ赤にしたようで、俺に抱きつく力が強くなった。うーん、恥ずかしさで離れてくれる予定だったんだけど、まさか締め上げてくるとは………。超苦しい。

 

「りっ、凛……!苦しっ……!ちょっ、死ぬ………!」

「う、うるさいバカ。私だって、好きだし………!」

 

 ああ、可愛い………。でもそろそろ呼吸できなくなって来てる。

 すると、恥ずかしさが更に増したのか、凛はようやく手を離して起き上がった。

 

「ナル、朝ご飯作って」

 

 自分で好きと言って照れるなんて、本当に可愛い彼女だ。ただ、彼女なら俺の代わりに飯くらい作ってくれよ………。

 仕方なく起き上がり、手と顔を洗って朝飯を作り始めた。まぁ、朝飯のメニューなんてなんでも良いだろう。キノコとウィンナーとキャベツを刻んで炒めた。

 

「はい、朝飯」

 

 大皿に盛り付けた炒め物と箸を机の上に置くと「おおー」と凛は感嘆の息を漏らした。

 白米を取りに台所に戻り、お茶碗に盛り付けてからちゃぶ台に戻ると、凛がもぐもぐと咀嚼してるのが見えた。

 

「………お前摘み食いしたろ」

「………してない」

「いや、別に良いけどよ………」

「…………」

 

 別に一口くらい良いよ。さて、飯にするか。いただきます、と挨拶して一口目を食べた。もう少し塩が効いてたほうが美味かったかも。

 

「んっ、美味し」

「あ、マジ?良かった」

「相変わらずナルって料理上手いね。女として腹立たしくなる程に」

「えっ、は、腹立たしいの?」

「………だって、彼女より料理の上手い彼氏って何?」

 

 いや、俺に原因があるみたいな言い方してるけど凛が頑張れば良いんじゃ………。それに、食戟のソーマの第一席はほとんど男らしいし、別に気にする事はないから。

 

「まぁ、俺は一人暮らしだからなぁ。料理せざるを得ないというか……凛もそういう環境になれば上手くなるよ」

「うー………」

 

 言いながら、キノコを摘んで口に運んだ。あ、キノコは美味い。でもやっぱエリンギはバター炒めがベストだな。

 

「じゃあ、さ。これから三日間。私がナルのご飯作るね」

「は、はい?」

 

 何をいきなり抜かすんだこいつは?

 

「流石に毎日泊まりってわけにはいかないから、朝は無理だけど………でも、晩ご飯なら作ってあげられるから」

「い、いやいや、いいよ別に。凛の手料理は好きだけど、仕事もあるんだし大変でしょ?」

「嘘だね」

「えっ、何が?」

「だって、ナルが作った方が美味しいもん。贔屓目抜きで」

 

 え、そ、そうなのかな………?

 

「彼女になった今、もうナルより私の方が料理上手くないと嫌だ」

「いやそんな『嫌だ』とか言われてもな………」

「とにかく、私に晩御飯作らせて!」

「ま、まぁ良いけどよ………」

 

 はぁ………。なんか疲れそうだ。それなら、後で晩飯の食材買いに行かないとなぁ。

 

「じゃ、今から買い出しに行くか」

「えー、今はいいよ。それより、ゲームやらない?」

 

 おい、やる気ないだろお前。

 さっさと食べ終わり、食器を洗って歯磨きした。とりあえず、1日パジャマでいるのは嫌なので、私服に着替えた。当然、凛は洗面所で着替えている。

 その間に、テレビをつけてゲームの準備を始めた。

 

「スマブラで良いの?」

「着替え中に話し掛けないで。良いよ」

 

 はぇー、着替え中に話しかけちゃいけないのか。そういう女性のマナーとか今度調べておこう。

 

「じゃ、やろっか」

「うん」

 

 スマブラ大会スタートしようとしたその時だった。凛が困惑したような声を上げた。

 

「あれ?」

「どうした?」

「なんか、つかないよこれ?」

「はっ?そんなはずは………」

 

 この前電池入れ替えたばっかなんだけどな………。もう電池切れか?そういや、昨日はアホみたいにゲームやってたっけか。

 

「電池入ってないんじゃないの?」

「じゃ、買いに行ってくるわ。俺の方は動くからやってて良いよ」

「……………」

 

 あれ、なんか不機嫌そうな顔に………。なんで怒るんだよそこで。

 

「え、何」

 

 何となく怖くなって聞いてみると、俺を睨んだまま答えた。

 

「何で一緒に行くって発想がないの」

「えっ?」

「私達、付き合ってるんだから、そういう買い物も一緒に行こうよ」

「………ま、まぁ、そう言われりゃそうかもしれないけど……。でも、面倒でしょ?それに、ゲームやってた方が俺に勝ちやすいだろうし………」

「………ハッ?」

「ひうっ」

 

 なんて威圧………!こっちの行動ターンが4ターン増えそうだ。

 不機嫌さを隠そうともしない凛は立ち上がると、俺の前までツカツカと歩いて胸ぐらを掴んだ。

 

「あのさ、私がナルと出掛けるのが面倒なわけないじゃん。本当にそういうの察してくれない?」

「っ……そ、そっか。ごめんなさい………」

「………わかれば、良いけど」

 

 言ってから照れたようで、顔を赤らめて目を逸らした。ホント、怖いけど可愛いなこの子。怖可愛いな。

 

「じ、じゃあ、その……一緒に行こうか」

「うん、合格」

 

 あ、合否判定あるんだ。

 そんなわけで、2人して家を出た。この辺だと、ヨド○シが一番近いかな。

 

「ヨド○シで良い?」

「ナルとならどこでも良いよ」

「……あ、そう」

「あ、今照れたでしょ?」

「うるさいよ」

 

 そんなことを言うと、凛は突然俺の腕に飛びついてきた。

 

「カップルなんだから、腕組みくらい良いよね?」

「………良い、ですよ」

「何で敬語?」

 

 照れてんだよ。察しろ。

 2人で歩いて、駅の方のヨド○シに向かう。しかし、寒くなったなぁ。前までは暑くて大変だったのに。そろそろ、暖房の掃除とか始めないとなぁ。

 

「そういえばナル」

「何?」

 

 凛が何かを思い出したように声を掛けてきた。

 

「ナルって誕生日いつなの?」

「ん?5月」

「5⁉︎」

 

 うおっ、な、なんだよ。ビックリした。

 

「そっか、もう終わってたんだ………」

「あ、もしかして誕生日プレゼントくれるつもりだったん?別に良いよ」

「良くないよ。私はもらってるわけだし………」

 

 そんな気を使わなくても良いのに。

 

「あ、誕プレだったら食材とか洗剤が良いな。一人暮らしって結構、普通の生活するだけでもキツイんだよね」

「………ナルってさ、そういうところホント殺したくなるよね」

「えっ、こ、殺したくなるの………?」

「なる」

 

 怖いなぁ………。でも、誕生日はあまり良い思い出ないんだよなぁ。中学の時は誕生日に給食で出て来た顔面シュークリーム……クッ、あいつら絶対許さん。

 

「まぁ、でも私の方が先に誕プレもらっちゃってるし、来年の誕生日は楽しみにしててね。奈緒や加蓮も呼んであげるから」

「誕生日にトライアドプリムス勢揃いか………。なんかハーレムアニメの主人公みた」

「浮気宣言?いい度胸してるね」

「いやそんなんじゃないから………。大体、加蓮とか奈緒だって人の彼氏を取ったりしないでしょ………」

「いや、ナルだからなぁ」

「彼女の一人もできたことない男に何を言ってんだ」

「それは周りの人達の見る目がなかっただけだよ」

 

 まぁ、考えてみりゃいじられキャラだったからなぁ。いじられてる間の姿しか見せたことなかったし、女子達もそれが俺の全てだと思っていたから、まぁ仕方ないよね。

 けど、凛が俺に好意を寄せていた以上、俺もそれなりに女子と仲良くなれば好かれる人間だって事は自覚した方が良いのかもしれない。

 そんな事を話してるうちに、ヨド○シに到着した。さっさと電池を買って帰ろう。

 

「あ、ナル」

「何?」

「せっかくだし、プレ4のゲームも見て行かない?お祭りで景品で取ってたよね?」

「ああ、良いね」

 

 ついでだしな。せっかくあるし、使わないと勿体無いだろう。

 そんなわけで、ゲームソフトコーナーに来たわけだが。まぁ、一言で言えば、どのゲームが良いのかまるでわからない。どれも過去作とか見たことない奴が多いんだよな。

 そもそも、俺がやってたゲームはほとんどW○iとか古いのばかりだし、最近のゲームはほとんど知らない。

 

「…………」

 

 俺よりゲーム歴の少ない凛も全然分からないようだ。

 これはググった方が良いかもなぁ。そう思った時だ。店内のポスターがふと目に入った。

 

『モン○ターハンターワールド 1.26 ON SALE‼︎』

 

「り、凛!」

 

 慌ててポスターを指差した。すると、凛も「はわぁ」と声を漏らした。いや、どんなリアクションだよそれ。

 

「新作出るんだ!」

「しかもプレ4だよこれ」

「おお〜……でも、モンハン難しいんだよなぁ」

 

 そういえば、凛モンハン苦手だったっけ……。いや、モンハンっつーか他のゲームも苦手………。

 

「っ」

「ひゃうっ⁉︎」

 

 突然、隣から脇腹を突かれた。

 

「な、何すんだよ⁉︎」

「今、失礼なこと考えてた」

 

 す、鋭い………。相変わらず、人の表情を読むのが上手い彼女だ。

 

「そ、そんな事ないから………」

「まぁ、別にどうでも良いけど。後でぶつから」

「それどうでも良くなくね⁉︎」

 

 しかし、真面目な話どうしようかな。ちょっとモンハン欲しいな……。でも、凛と一緒にやりたいし、凛が買わないなら俺も買う必要ないかなぁ………。

 お金も無いし、諦めようかなぁ。そう思った時だ。

 

「ナル、やりたいなら一緒に買ってやろうよ」

「えっ、い、良いの?」

「別に良いよ」

「でも、凛下手く……苦手だし」

 

 ビシッ、と脳天に手刀が直撃した。割と痛い。

 

「………ごめんなさい」

「続けて」

「……苦手だし、高いもんだから無理矢理買わせるのは………」

「そんな事ないよ。彼女っていうのはね、彼氏が好きなものはなるべく好きになりたい生き物なんだよ」

「っ」

 

 ヤバい、今のはどきっとした。こんな良い彼女が出来て、俺はかなり幸せ者なのかもしれない。16年間、いじられキャラをしてた甲斐があったかもしれないな。

 

「………じゃあ、プレ4のソフトは1月まで待つか」

「あ、じゃあ代わりにさ、オンラインゲームやってみない?最近、私の事務所で流行ってるゲームがあるんだけど………」

 

 そんなわけで、帰ってpso2を始めた。

 

 



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喧嘩(1)

 もうすぐ修学旅行が迫ってくる中、俺は一人で出掛ける準備をしていた。修学旅行の準備である。修学旅行先は京都・奈良。控えめに言って楽しみだ。

 必要なのはシャンプーやらタオルやらと生活用品。まぁ、別に今じゃなくてもいいんだけど、後に後に回してギリギリになったり面倒になったりするのも嫌だし。

 靴を履いて玄関を出ると、ゴスッと何かが扉に当たった。

 

「?」

 

 何だろ、中学の時の奴らが俺の家の前に石でも起きに来たのか?恐る恐る、と言った感じで玄関の前を見ると、凛がおでこを抑えて蹲っていた。

 

「あっ、り、凛……」

 

 ヤバっ……お、怒られるかも……。

 俺の恐れは的中し、涙目の凛は下から俺の顔を睨みつけていた。

 

「ご、ごめんね……?わざとじゃ……」

「………」

「ち、ちょっ……りっ、ごめんって……!」

 

 襲い掛かられた。

 

 ×××

 

 鎖骨の辺りに付けられたキスマークを摩りながら、顔を赤くしてる俺は俯いた。うぅ……キスってあんな風に吸われるものだったなんて……。骨、抜き取られるかと思った……。

 今だにドキドキ言ってる心臓をなんとか抑えながら、自分でも恥ずかしくなってる凛に聞いた。

 

「そ、それで、凛?」

「何?」

「その……今日はどうしたのかなーって……」

「んっ、遊びに来たの。それと、ちょっとお願い」

「お願い?」

「うん。ハナコの散歩、一緒に行きたいなって」

 

 ピシッと俺の心がヒビ割れる音がした。

 

「ごめんなさい……」

「えっ、なんで謝るの」

「凛に嫌われるような事したなら謝るから……だから嫌わないで下さい……」

「べ、別に嫌ってないから!そういうことじゃないから!」

「お願い!俺の事好きじゃなくなったのなら身を引くけど、それでも友達でいて!」

「ナル、それ以上言うと怒るよ。私がナルの事、好きじゃなくなるわけないじゃん」

 

 突然、冷たい声がシンッと響いて来た。

 

「だって!俺に犬と出掛けてさせるなんていうのはXXハンターの前にラスボスカマキリを置くようなものでだな……!」

「そ、そんな事はどうでも良いの!冗談でも例えでも比喩でも私がナルの事嫌うとか別れるとか、そんな話しないで!」

「っ……」

 

 そ、そっか……。それは悪かったな……。

 

「ご、ごめん……」

「別にいいよ……。ハナコと散歩さえしてくれれば」

 

 こいつ、そのために……!

 

「それは嫌、怖い」

「このヘタレ!」

「うるせぇ!怖いもんは怖いんだよ!」

「いいじゃん、なんで嫌なの⁉︎」

「怖いから!」

「仮にも私の彼氏が怖いを連呼しないでよ!」

 

 だって怖いんだもん。みんな死に物狂いで襲いかかって来るから。完全に殺しに掛かってるからな。何なんだろう本当に。

 

「ていうか、なんでそんな暴論を……」

「っ、そ、それは……!」

 

 言いにくいことなのか、若干顔を赤らめながら目を逸らした。

 

「……好きなものは、やっぱり共有したいじゃん………」

「………」

 

 そう言われりゃそうかもしれない。俺だって凛と付き合ってからは、色んなゲーム勧めてるし、凛もそれをやってくれている。

 なら、逆に凛の趣味も俺に勧めて来たら応えるのがベストだろう。

 

「でも嫌」

 

 それでも無理です。だって犬に噛まれるの怖いもん。

 

「お願い!犬可愛いから!」

「外見だけな。いや、外見だけ可愛いからその分さらに手に負えない」

「私が守ってあげるから!」

「あー……いや、ダメ」

「なんで⁉︎」

「うーん……だってなぁ……」

 

 大体、散歩行くとしてその後の絵が目に浮かぶし……。

 そんな事を考えながら目を逸らしてると、俺の表情に思うところがあるのかジト目で睨んで来た。

 

「何」

「え、こっちのセリフ……」

「なんか失礼なこと考えてる」

「いや、その……」

 

 やはりそういうところ鋭いなぁ。まぁ、ここで嘘ついて怒られるのはもう学習済みだ。

 なので、正直に答えることにした。

 

「……だ、だって……凛、結局は助けてくれそうだけど、 それまでに俺の事いじるでしょ。最近だって膝の上に座って顔赤くしてる俺を見てニヤニヤして来るし……付き合う前だっていじって来てたし……」

 

 最近のいじりには、こう……過剰なボディタッチがあるから尚更心臓に悪い。この前なんて下半身は下着のままお風呂場から出て来たし。シャツ長いから見えないでしょ?じゃないんだよ。その方がかえってエロいんだよ。誘われてるんじゃないかって思うくらいだ。

 だが、今のセリフは凛の逆鱗に触れてしまったようで、ギロッと睨んできた。

 

「バカ!そんな事しないよ!」

「いや、そう言ってモンハンで俺の剥ぎ取り邪魔したの何回?」

「っ……!もういい、ナルみたいなチキンにお願いしに来たのがバカだった!」

 

 ガタッと立ち上がり、のっしのっしと玄関に向かった。

 

「あ、おい。ゲームして行かないの?」

「しないよ!もうここには来ないから」

「……あれ、もしかして本気で怒ってる?」

「何、今更言ってんの?しばらく私に話しかけないで」

「えっ、ちょっ……り、凛……!」

「……ふんっ」

 

 帰られてしまった。その背中をぼんやりと眺めながら、ゾワゾワと徐々に脳裏を嫌な予感が埋め尽くした。

 ……あれ、これもしかして……凛と、喧嘩した……?いや、それどころかこれ……凛に、振られた?

 

「ま、待って、凛!」

 

 慌てて追い掛けたが、凛は既に家の前からいなくなっていた。や、やばいやばいやばい!振られたくない!死にたくない!

 アパートから飛び出して、凛を追おうとしたが近くに姿はない。そうだ、スマホ!電話すれば……!

 

『お掛けになった電話番号は、電源が入っていないか……』

 

 ……ヤバイ、泣きそう。いや、まだ諦めるのは早いだろ。こうなったら最終手段だ。奈緒か加蓮に電話しよう。

 とりあえず奈緒からだ。なんだかんだ、あいつ良い奴だから相談に乗ってくれそうだし……!

 

『もしもし?』

「あ、奈緒か?俺だけど……!」

『どうした?なんか泣きそうな声してるけど……』

「凛とっ……!凛と喧嘩した……!」

『…………でっ?』

「助けて!」

『……だってよ、加蓮』

 

 え、加蓮と一緒にいるの?

 

『うーん、協力してあげたいけど……。これから私達仕事だし……』

『えっ?今日は別に……』

『仕事じゃん。……凛から泣き付かれて慰めるっていう

『あ、あー……なるほど』

 

 げっ、マジか。俺の命もここまでか……!

 

『あら、二人とも何の話してるの?』

 

 ん、なんだ?別の声が聞こえて来たぞ。

 

『あ、奏』

『実は、凛の彼氏の話で……』

『ああ、あの噂のヘタレゲーマー?鷹宮くんと同レベルの?』

『そうそれ』

 

 おい、どんな噂の広がり方してんだ。てか鷹宮って誰だ。

 

『うーん……あっ、じゃあちょっと代わってくれる?』

『へっ?良いけど、知り合い?』

『ううん。ちょっとお話ししてみたいの』

 

 おい待て。なんでそうなんの。知り合いじゃないのになんで……!

 

『もしもし?えーっと……水原くん、だったかしら?』

「あ、は、はい。えーっと、お姉さんは?」

『速水奏よ。それと、あなたと同い年だから』

 

 あ、そうなのか。てか、お姉さんって……。テンパっててロクな思考回路が成り立ってないな……。

 

「それで、その……俺に何か?」

『聞いたわよ。凛と喧嘩したんだって?』

「あ、はい。なんか怒らせちゃったみたいでして……」

『敬語じゃなくて良いわよ。同い年なんだし』

「そ、そうですか……。じゃなくてそっか、ごめん」

 

 意外とフランクな人なのか?確か、速水奏ってアイドルの人だよな。

 

『あなたの相談に乗ってくれそうな人がいるわよ』

「えっ?」

『その人には私から言っておくから、今から言う場所に行って来なさい』

 

 との事で、とりあえず自殺は延期になった。

 

 ×××

 

 案内された場所は本屋だった。なんでここ?もしかして、知り合いでもいるのか?

 まぁ、あの2人は仕事なら致し方ないし、凛と仲直りするためにも初対面だなんだなんて言ってる場合ではない。速水奏さん曰く、話しておいてくれてるみたいだし……。

 よし、行くか!ドアに手を掛けて入店した。背の高い本棚がズラッと並び、なんだか見た事ない本がたくさん入っていた。

 

「うわっ、スッゲ……」

 

 こういう、難しいタイプの本屋もあるんだ……あ、いやあの辺漫画だ。あっちにはラノベあるし。

 いや、今はそんな場合じゃない。ここにいる俺の協力者って人を探さないと……。

 

「……あのっ」

「ッホワイッ⁉︎」

「ひゃうっ?」

 

 背後から幽霊みたいな声をかけられ、変な声が反射的に漏れてしまった。

 

「………?」

「……あの、水原鳴海さんですか……?」

「あ、は、はい。えっと……鷺沢文香、さん?でしたっけ?」

「……はい、初めまして」

 

 おお、この人が……。……えっ、この人が?この人が恋人同士の喧嘩の話を聞いてくれんの……?だって、こう……綺麗だけど、速水奏さんの知り合いにしては暗めだし、とても恋愛相談をして答えてくれそうな人には……いや、人を見た目で判断するのは良くないか。凛だって見た目の割に甘えん坊だし。

 ………もう甘えてもらえないかもしれないんだけどね。

 

「……はぁ………」

「……どっ、どうしたんですかっ?」

「いえ、その……」

 

 直後、近くの本棚の後ろからガタッと音が聞こえた。ふとそっちを見ると、本棚の本と本の間からすんごい形相で睨んで来てる男がいた。え、何あれ、怖くね?ストーカー?

 

「………」

「……あ、そ、そっちには誰もいませんよ。それより、こちらにどうぞ」

「あ、はい。すみません」

 

 あれ、この人があの人を庇うのかよ。どういう関係なんだ?

 何もわからないまま店の奥に連れて行かれ、レジの向こうに行った。後ろからさっきの男はついて来て、レジに座った。なんだあの人、バイトだったのか?

 ちゃぶ台の前に座らされ、鷺沢文香さんにお茶を淹れてもらった。

 

「……どうぞ」

「……あ、すみません」

 

 俺の前に湯呑みを置く文香さんの親指の腹にタコが出来ていた。そこに出来るタコってゲームしてるとしか思えないんだが……この人、意外とゲーマーなのか?

 

「……それで、どうしたのですか?」

「あ、は、はい。実は、彼女と喧嘩してしまって……」

「……彼女?」

 

 えっ、この人事情聞いてたんじゃないの?

 

「……あっ、もしかして、凛さんの彼氏さんですか?」

 

 直後、後ろのレジで座ってる人から「ブフォッ」と吹き出す音が聞こえた。なんだあいつ、今の話聞いてたのか?てか誰なの?

 

「そ、そうですけど……」

「……わぁ、初めて見ました……。あなたが、そうなんですね。凛さんからお話は聞いてますよ。とても優しくてヘタレな方のようで」

「ヘタレじゃないです、積極的じゃないだけです」

「……同じですよ。私のっ……こ、恋人と……似たような事おっしゃるのですね………」

「はっ?こ、恋人……?」

「……はい。私も、その、お付き合いさせてもらってる方がいまして……」

「………」

 

 こ、この人リア充かよ……。どんな人が彼氏なんだ……?

 しかし、そういう事か。恋人がいるから、この人が俺の相談を受けてくれると。

 

「……それで、何故喧嘩してしまったのですか?」

「あ、はい。それなんですけど……」

 

 経緯を説明した。とりあえず俺のスキルである「犬避け」から始まり、以前噛まれた事、それから今回の事件を全部。

 すると、鷺沢さんは「ふむ……」と顎に手を当てて唸った。

 

「……一概にどちらが悪いとも言えませんね。少し、凛さんが強引だった気がしますが、彼女である立場が同じの私にも気持ちは分かります」

「と、言いますと?」

「……自分が好きなものは、好きな人と共有したいものなんですよ」

 

 ……まぁ、それはそうかもしれないが。

 

「……凛さんは、おそらく犬であなたをからかうつもりはなかったと思いますよ」

「へっ?そ、そうですか?結構、あいつ俺の事いじって来るんですよ?この前なんて、ソロでpso2のSHクロームドラゴンと戦ってたら、いきなり執拗なほど脇腹突いて来て殺されたんですから。レアドロ期待してたのに……」

「……凛さん………。今度、少しお話しした方が良いかもしれませんね」

「そうです、話してやって下さい。彼女としてのお淑やかな振る舞いを……」

「……あなたもあなたですよ。男の子なら、少しくらい怖くても彼女の趣味のために頑張る事を知りなさい」

「……すみません」

 

 うぅ、いやそうかもしれないが……。

 

「でも、少しじゃないんですよ……。もうどの犬もみんな揃って、ハンターを見つけたモンスターの如く襲いかかって来て……」

「……ですが、凛さんはそれも承知のはずでしょう?その上であなたを誘い、守るとまで仰られたのですから、信用しても良いと思いますよ」

「いや、他の事ならともかく、俺をからかう時のあいつの目の輝き方はもう異常で……」

「……いえ、凛さんはあなたがどれだけ犬に対して恐怖心を抱いてるかを知っているのですから、いくら今までからかわれて来たとしても、犬でからかうような事はないと思いますよ。少なくとも私はからかいません」

「………」

「……逆に、多分凛さんは勇気を振り絞って水原さんをお誘いしたと思いますよ。普通、相手の嫌いなものに誘うなんて、相手が好きであればあるほどできることではありませんから……」

 

 そう言われて、少し考えた。確かに、そう言われればそうかもしれない。鷺沢さんの言った通りだとすると、俺はその凛の勇気や心遣いを踏みにじった事になるのか……。

 なんだか、男として情けなく感じて来た。そんな俺の頭を、向かいの鷺沢さんは撫でてくれた。

 

「……大丈夫ですよ。凛さんにも非があるにはありますし、お互いちゃんと話せば、あなた達は仲直り出来るはずです」

「……鷺沢さん……」

「……必要ならば、私もご一緒に謝りますが…どうしますか?」

「………いえ、一人で大丈夫です!」

「……はい。では、頑張って下さいね」

 

 鷺沢さん、優しくて良い人だなぁ。こんな母性の塊のような人、そういないだろ。これは彼氏出来るわ。ただ、彼氏いるのに他の頭を撫でたりする無防備さもあるが……。なんにしても、この人の彼氏はさぞ幸せに間違いない。

 そんな事を思ってるときだ。後ろからゾッとする程の殺気を感じた。後ろを見ると、レジの男の人が俺を睨んでいた。えっ、何?なんで怒ってんの?喧嘩売ってんなら買うぞコラ。

 いつ襲いかかってきても良いように身構えてると、それ以上の殺気が俺の目の前から放たれた。いてつくはどう、と言っても過言ではない。それが後ろの男の人の殺気を一瞬で黙らせた。

 誰かと思って慌てて前を見たが、当たり前だが鷺沢さんしかいない。だが、振り返った頃には鷺沢さんはニコニコ笑顔に戻って俺に優しく言った。

 

「……さ、早く凛さんと連絡を取って、仲直りして来てください」

「………は、はい」

 

 どうやら、この世の「彼女」という生き物はみんな怖いようだ。

 

 ×××

 

 この後、俺と凛は何とか仲直りする事が出来た。

 

 



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マーキング(1)

深夜テンションでやり過ぎた。自重します。


 最近、新しい日課が出来た。別に毎日、グラブルのマグナと島ハードを回るとか、そういうのじゃない。

 毎朝のジョギングである。というのも、凛という恋人が出来た今、俺が最も注意しなくてはならないのは、幸せ太りというものである。毎日イチャイチャしながらゴロゴロダラダラとゲームをしているようでは、いつか太ってしまう。

 それの対策として、毎朝走り込みをしているのだ。凛には勿論、内緒である。や、内緒っつーか言う必要がないだけだけど。

 そんなわけで、今日も今日とて、その走り込みの真っ最中だ。一人、人気の無い早朝にたったかたったかと足を動かす。特に決まったコースがあるわけでは無く、何となく走ってる。月曜と時々土曜はコンビニを通るが。

 そんな時だ。後ろから女の子が俺を抜いて行った。あの子も走り込みだろうか。身長は俺より少し低いくらい。髪は灰色でショートヘアの女の子が、俺の前をサクサクと進んで行った。

 

「………」

 

 ……まぁ、その、何?……気に入らない。

 加速して、その女の子を追い抜いた。前を走り、そのままたったかたったか走ってると、その女の子はさらに俺を追い抜いた。

 

「………」

 

 俺は女の子を追い抜いた。

 女の子は俺を追い抜いた。

 俺は女の子を追い抜いた。

 女の子は俺を追い抜いた。

 俺は女の子を追い抜いた。

 女の子は俺を追い抜いた。

 

「ッ…ッ…ッ…!」

「ッーッーッー!」

 

 気が付けば、二人揃って全力疾走していた。

 ヘトヘトになるまで走り抜き、気が付けば公園で二人して倒れ込んでいた。

 

「……お、おまっ……中々っ…はぁっ……やるなっ……!」

「はぁっ、はっ……お、お兄さんっ……こそっ……!」

 

 何をやってんだ俺は……。いや、この子もだけど……。

 とにかく、少し水分が欲しい……。ヘトヘトになった身体を無理矢理起こして、自販機に向かった。

 スポドリを二本買って、片方を女の子に手渡した。

 

「どうぞ」

「……あ、ありがとうございます……」

 

 二人でスポドリを一口飲み、こくっこくっと喉を鳴らし「プハア!」と一息ついた。

 

「……ふぅ、お兄さん足速いですねっ!」

「え?あ、あーまぁね。君も速いじゃん」

「私は陸上部ですからっ」

「あ、そうなんだ。道理で。でも、中学生くらいでしょ?俺、高校生だから、やっぱ君は速いよ」

「えっ……」

 

 女の子の瞳に警戒色が見えた。え、何か悪い事言ったかな……。

 

「……あの、なんで私が中学生だと……」

「え?ああ、推理したんだよ。女性は男性より精神年齢が二つ歳上って言うでしょ?今、俺17歳だから精神年齢は通常なら15歳、だけど俺ってガキっぽいからさらに一つ減らして14歳。その俺と同レベルになって、さっき争ってたから14歳くらいかなって」

「その推理ガバガバな気がしますが、大体当たってるのがすごいです……」

「あ、マジで14?」

「いえ、13です」

 

 ああ、そうなんだ。まぁどっちでも良いけど。

 

「けど、安心しましたっ。ストーカーさんなのかと思ってすみません……」

「いやいや、それはないから」

 

 ていうか、そんなことしたら凛に自分をストーカーさせるまで調教されるわ。あいつの愛は重いからな。や、割とマジでメタルマン並みの重さ。

 

「俺、水原鳴海」

「あ、私は乙倉悠貴ですっ」

「そろそろ続きする?」

「そうですね。どこまで競争しますかっ?」

「いや競争じゃ無くて……。普通に走ろうよ」

「あ、そ、そうですね……。じゃあ、行きましょうかっ」

 

 スポドリを手に持って二人で走り始めた。

 とりあえず、乙倉さんに合わせて走る。公園を抜けて住宅街を抜けると、土手に出た。近くには川が流れている。

 せっかくなので川沿いを走る事にしたのか、乙倉さんは土手を走り始めた。二人で川沿いを走ってると、乙倉さんが声をかけてきた。

 

「水原さんは、毎日走ってるんですか?」

「あー、まぁ。最近始めた。乙倉さんも?」

「はいっ。部活が陸上部なのもありますけど、他にも体力を使うことをしてるので」

「へー。何してんの?」

「え?えーっと……言って良いのかな……」

「あ、無理には聞かないけど。言いたくない、或いは言えないならいいよ別に」

 

 凛が彼女なだけあって、人に簡単には言えない何かをしてるのはよく分かる。まぁ、凛がアイドルなのはみんな知ってるだろうけどね。

 

「すみません。一応、プロ……じゃない、上司?の人に聞かないと分からなくて……」

「いいよ別に。気にしないで」

 

 ……なんか、いつもの俺とは違う気がすんな。何というか、運動してる時に人と話してるからか、普段より爽やかになってる気がする。俺にこんな一面があったのか……。

 

「でも、大変だな。中学生のうちからそういうのは」

「はい。でも、とてもやり甲斐のあるお仕事なので、とても楽しいですよっ」

「それは何より」

 

 ……待てよ?中学生だよな?仕事って……どう考えても新聞配達か芸能界なんだが……アイドルとか?

 いや、まさかね。多分、親が自経営してる店とかのお手伝いだろう。そんなポンポンとアイドルと知り合いになれてたまるか。

 

「水原さんは高校生ですよねっ。アルバイトとかしてないんですか?」

「してるよ。駅のテイクアウトの寿司屋。来てくれるなら優待券あげるけど。20%オフの」

「わー!ほんとですかっ?欲しいですっ」

「じゃ、今度また会ったらあげるよ」

「ありがとうございますっ」

「あ、でもわさび食える?サビ抜きはネタある時じゃないと作れないから、なるべく昼から18時くらいまでに来ないと作れないよ」

「大丈夫ですよっ。食べられますから」

「へ、へぇー……大人だな……」

「……わさび食べられないんですかっ?」

「………」

 

 ……食べれるもん。うちの寿司はわさびほとんど乗ってないし……。ネギトロ巻きと鉄火巻きにはたっぷり入ってるから食えないけど……我慢すれば何とか……。

 

「ま、まぁ、人の好みと年齢は関係ありませんからっ!」

「乙倉さんは良い人だなぁ……」

「そ、そんなことないですよっ」

 

 俺の周りのトラプリどもなら間違いなくからかってくる。そんな悪女に囲まれてる俺の唯一の天使がこの子だ。

 

「そ、そうだっ。良かったら、私の作ったミックスジュース飲みますかっ?スポドリ奢っていただいたお礼に、今度作って来ますよっ」

「え、いやそんな手間掛かることは良いのに……」

「いえ、趣味みたいなものですからっ。今度、会う時にどうですか?」

「……そう?悪いな」

「いえいえっ」

 

 ミックスジュースか……。うちの凛に作らせたらどうなる事だろうか……。絶対、嫌がらせで唐辛子大量にぶち込まれる。

 そんなことを話してる時だ。ワンワンワン!と鳴き声が聞こえてきた。俺の一番苦手な鳴き声だ。

 冷や汗をかくのと同時だった。声の聞こえてきた方を見ると、犬が牙をむき出しにして襲い掛かってきていた。

 

「っ⁉︎」

「きゃっ」

 

 うろたえた俺の身体が横の乙倉さんにぶつかり、俺と一緒に土手から転がり落ちた。

 転がりながら、何とか乙倉さんに怪我をさせないように、腕を引っ張って土手をゴロンゴロンと転がり落ちた。途中、頭とか腰とかを強打したものの、乙倉さんだけはなんとか怪我をさせないように抱きかかえてると、ザブンっと水の中にダイブした。

 

「ガボッ……⁉︎」

「っぷはっ……!ぺっ、ぺっ……!」

「っ、はぁ!はぁ……ご、ごめん、大丈夫か?」

「は、はいぃ……」

 

 二人揃ってビショビショになりながら川から顔を出した。ふと顔を上げると、目の前に乙倉さんの顔がある。あと1cmほどでキスしてしまいそうな距離だ。

 ボンッ、と俺の上に乗っている乙倉さんは顔を真っ赤にしたが、俺は凛である程度慣れていたので、落ち着いて声を掛けた。

 

「ごっ、ごごっ、ごめん!ち、ちちち近いよな!」

「いっ、いいいえ!こちらこそ……!お、重いですよね!今退きますねっ」

 

 全然落ち着いてなかったが、乙倉さんも落ち着いていないのでイーブンだ。

 慌てて俺から離れる乙倉さん。で、二人して水の中で顔を赤らめる。ど、どうしよう……。初対面の女の子とこんな……。しかも中学生の子を相手に……。

 そんな事を考えてる時だ。再び「ワンワンワン!」の鳴き声。俺に襲い掛かってきた犬が猛然とこっちに駆けつけていた。慌てて逃げようとしたが、足を滑らせて再び水の中へ。

 その隙に距離を詰めた犬は、俺にワイルドに襲い掛かり、足に噛み付いた。

 

「ガルルァッ!」

「ぎゃー!いだだだだ!てめっ、離せ離して離れて下さいお願いします!」

「きゃっ⁉︎み、水原さんっ、大丈夫ですかっ?」

「大丈夫だよ、それそういうの慣れてるから」

「えっ?」

 

 突然、氷のように冷たい声が割り込んできた。犬なんかよりよっぽど恐ろしい声。その一言でキ○タマ鷲掴みされてる気分で命の危険を感じている。

 当然、乙倉さんもその声の方を見た。そこには、俺の彼女である渋谷凛様が立っていた。

 

「り、凛さん⁉︎」

「おはよう、悠貴」

「どうしてここに……?」

「ん、犬の散歩してたら偶然。……ほら、ハナコ。美味しいのは分かるけど離れなさい」

「いだだだだ!足もげる、足もげるっつーの!お前らにはほんと俺がどんな風に見えてんだよ⁉︎」

 

 凛が犬のリードを引っ張ると、犬は俺に唸りながらも、ほぼ無理矢理といった形で離れた。

 そんな事よりもまずい。まるで浮気がバレた気分だ。全然、そんな気無いのに……。

 

「で、ナル。どういうこと?」

「へっ?な、ナル……?」

「ど、どういうことって何がでしょうか……」

「私、煩わしいの嫌いなの。今ので察せなかったのなら、ハナコのリード手放すけど」

「……朝のジョギング中に、そちらの乙倉悠貴さんと偶然出会まして、色々あって一緒に走っていた次第でございます」

「色々って何?」

「ちょっと、説明しにくいんです!でも誓って浮気とかではないので信じてください!」

「は?う、浮気……?へくちっ!」

 

 一人、取り残されてる乙倉さんがくしゃみをした事により、凛は小さくため息をついた。

 

「……ま、話は後で聞くよ。とりあえず、ナルの家に行こうか。悠貴はシャワー浴びないと風邪引いちゃうしね」

「はっ、はいっ」

「……なんで俺だけ区切られたのでしょうか……」

 

 俺の疑問は答えられる事なく、自宅に向かった。

 

 ×××

 

 乙倉さんがシャワーを浴びている間、凛の尋問が始まった。ちなみに、ハナコは渋谷家に帰された。

 事情をつまびらかに全て話すと、凛は小さくため息をついた。

 

「……ったく、本当に彼女をイラつかせるの上手いんだから」

「えっ……?」

「まぁ、ホントの話みたいだし、別に今回は不問にしてあげる」

「あ、ありがとうございます……」

 

 助かった、のか……?ていうか、俺も早くシャワー浴びたいんだが……。タオルで体は拭いたものの、このままじゃ風邪引くわ。

 と、思っていたら、凛は俺の前に座り込んだ。

 

「で、ナル?」

「は、はいっ」

「過程はどうあれ、さっき悠貴を抱き抱えてたよね?」

「えっ?いやあれは不可抗力……」

「抱き抱えてたよね?」

「は、はい……」

 

 その直後だった。凛は俺に向かって抱きついてきた。ギュウッと抱きついた直後、俺の耳元で小声で囁いた。

 

「……悠貴の匂いが私に変わるまで、このまま耳を攻め続けるから」

「えっ……?せ、攻めって……」

 

 直後、俺の耳の中に凛の舌が侵入して来た。ビクンッと俺の背中は跳ね上がったが、凛にガッチリと身体をロックされているため動けない。

 

「らーれ、りがはらいかられ♪(訳:だーめ、逃がさないからね♪)」

「っ、ひゃわっ……!り、凛……!どこをっ、舐めて……!」

 

 な、何この高度な変態プレイ……!あ、ダメだ。脳が蕩ける……。頭が、真っ白になって……。

 でも、情けない話で凛の方が俺より力は強い。ゲームは弱いが。ここから抜け出す事は出来ない。

 なんとか乙倉さんの匂いが取れるまで待たなきゃいけないが、乙倉さんの匂いが取れるまでっていつまでだよ。お前ほんとに犬か。

 あ、ダメだ。そもそも、凛の身体が密着してる時点で興奮はやばい。俺の陰部は徐々に肥大化していった。

 密着してる凛が、それに気付かないはずがない。

 

「れろっ、ちゅぱ……。……ふぅん?興奮してるんだ?」

「ーっ!」

「……この変態。……れろっ」

 

 た、だめだ……!これ以上はっ、死ぬ……!

 そう思った時だ。洗面所の扉が開いた。

 

「シャワーいただきまし……あっ」

 

 乙倉さんが出てきた。俺は即座にヤバいと思ったが、凛は気付いてるくせにやめようとしない。

 そんな俺達を見て、乙倉さんは「……し、失礼しました……」と洗面所に戻った。

 とにかく、俺はどんなことがあっても女の子とのああいったトラブルは絶対に避けようと心に誓った。

 

 



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しばしの別れ(1)

 修学旅行の2日前になった。本来ならそんな日の夜はバタバタしてるはずなんだが……。

 

「……と、いうわけで、本日の討伐はこれにてという事で」

「山手線の上野と渋谷でした」

 

 うちではちょうど、生放送を終了した。今日も随分と足を引っ張られたが、もはやそういう芸と化してるので仕方ない気もする。凛は真面目にやってるんだけどな。

 

「あー、つっかれたぁー」

 

 凛が後ろに寝転がった。ま、そりゃそうだ。君、7回ほど3乙かましてるからね……。

 まぁ、一生懸命やってりゃ上手くても下手でも疲れるものだ。お疲れ気味の凛の頭を撫でながら言った。

 

「片付けはやっとくから、凛は先にお風呂入って来な」

「いいの?」

「ああ。もう夜遅いし、早く入らないと近所に迷惑だから」

「分かった。……でも、もう少し撫でて」

「はいはい……」

 

 お、今日の凛は甘えん坊だ。多分、甘えたい気分なんだろう。

 俺の膝の上に頭を置いて目を閉じる凛の頭を優しく撫でた。凛の髪しか触った事ないから何とも言えないが、やっぱ綺麗な髪をしている。サラサラだしなんか良い香りするし。

 

「……んっ、ナルってさ」

「? 何?」

「妹とかお姉さんいたら絶対、ブラコンにさせそうだよね」

「なんでだよ……。どういう意味それ」

「甘やかすのうまいって事。女の子限定で」

「いやいや、女の子限定って……」

 

 ……あるな。男と知り合いになってないしあんま。バイト先の店長くらいか。

 

「にしても、そんなモテないでしょ俺」

「どの口が言ってんの?アイドル一人惚れさせておいて」

「いや、まぁ……そう言われりゃそうなんだけど……」

 

 そういや、一応凛と付き合ってるんだよなぁ。そう自覚すると、何だか恥ずかしくなって来るあたり、俺はまだ慣れていないようだ。

 すると、その赤くなった俺の顔に下から手が伸びて来た。凛が俺の頬に手を当て、そのまま身体を起こした。膝枕の状態で身体を起こした、という事は俺の顔に凛の顔がくっつくという事で……。

 

「んっ……⁉︎」

 

 手を当てられた反対側の頬にキスをされた。耳みたいに舐められることはなく、すぐに離れられたが恥ずかしい事は恥ずかしい。

 頬を赤くして、キスされた頬を抑えてると、凛が悪戯に成功した子供のような表情で言った。

 

「自覚した?」

「……心を読むな」

「ナルは何考えてるか分かりやす過ぎるんだよ。じゃ、お風呂もらうね」

「……んっ」

 

 凛は洗面所に向かい、俺は顔を赤くしたまま片付けを始めた。

 しかし、最近の凛は大胆だ。なんていうか、人の前だろうと何だろうと平気で手を繋いだり腕を組んだりキスを迫ってくる。

 

「……はぁ」

 

 それに、ここの所、自宅にいるときはボディタッチというか…そういうのが激しい。この前の乙倉さんの時みたいに耳を舐めて来たり、無防備にジャージのチャックを胸の谷間が見えるくらいまで開けて寝てたりと、とにかく俺には刺激の強い格好をする事が多い。

 どういうつもりなのか、いや多分居心地が良くて自宅にいる気分なんだろうけど、少し男と一緒にいるってことを考えてほしい。

 こう、別に他の女のそういう所を見ようが、ちょっとドキッとして心臓の高鳴りがしばらく止まなくなるだけで済むが、凛の場合はムラムラまでしてくるんだから勘弁して欲しい。

 そんな事を考えながら片付けを済ませて寝る準備を完了した。流石に私服で布団の上で寝転がりは出来ないので、その横でスマホをいじり始めた。

 

「……うわ、まただよ……」

 

 最近、Twitterを始めたんだけど、なんか知らんが「どすけべJD○○」とか「Hな女子高生××」みたいな奴からフォローとDMが来る。この人達は本当に何なんだろうか。自分の顔だけ隠して裸の写真とかを載せてるけど何考えてんの?そんなことして両親泣くよ?

 いつも通りブロックしようと思った時だ。洗面所の扉が開いた。スマホをいじりながら風呂に入ろうと立ち上がると、下着姿の凛が目に入った。

 

「ぶふぉっ⁉︎」

 

 思わず昔のコントみたいに噴き出してしまった。カァッと顔が熱くなる俺に、凛はしゃあしゃあと言った。

 

「あ、ナル。お風呂空いたよ」

「空いたよ、じゃねぇよ!何で下着なんだよ!」

「ん、いやパジャマそっちに忘れちゃって」

 

 そういう通り、さっきまでゲームやっていた所に、青のパジャマが落ちている。

 

「な、ならせめて隠したりしろよ!」

「ん、ナルに見られるなら良いかなって。ていうか、前にも着替えてるとこ見てるんだし良いじゃん」

「良くないわ!」

 

 ていうか、耳だけ赤くなってんの見えてるからな!な、なんで恥ずかしい思いしてまでそういう事するのかな!

 いや、理由は分かってるけど。早い話が俺の事をからかいたいんだろう。

 

「ふ、風呂行ってくる……!」

 

 とりあえず、その場から逃げ出すように俺は洗面所に入った。

 大体、30分後くらい。風呂から出て寝室に戻ると、凛が布団の上でゴロゴロしてるのが見えた。パジャマが多少はだけてるのも御構い無しで、楽しそうにスマホゲームをしている。

 

「もう寝るぞ」

「……んっ」

 

 素直に従い、充電器にスマホを挿す凛。で、二人で布団の中に入った。

 今日は疲れた。やっぱゲーム実況って大変だわ。目を閉じて、今日のプレイを頭の中で反省会してると、そっと布団の中で手を繋がれた。

 

「?」

「……おやすみ」

「ん、ああ。おやすみ」

 

 そう言って寝返りを打とうとした直後、後ろからギュッと抱き締められた。凛の身体が完全に密着するように抱き締められている。凛特有の柔らかさ、香り、感触に包み込まれてる気分だ。

 

「……り、凛……?」

「んー……ナルの感触……」

 

 ……これは、からかってるのか甘えて来てるのか……。ほんと、最近の凛の行動は男の性欲を上手く刺激させてくる。俺じゃなかったら襲ってるんじゃないかな。

 ぎゅーっと俺に抱きつき、なんか首の辺りに顔がくっついた。

 

「………」

 

 何のつもりなんだ……?なんか、こう……抱きしめ方がえっちぃんだけど……。もしかして、本当に誘われてんのかな……。

 

「……Twitterでさ、変な人達のアカウント見てたでしょ」

「⁉︎ な、何故それを……⁉︎」

「……さっきスマホ落としてったから充電しておいてあげようとしたら見えちゃった」

「ま、待て!別に毎日見てるわけじゃ……!」

「分かってるよ。『ブロックしますか?』の画面で止まってたから。ただ、ナルのエロさと可愛さは画面の向こう側でも、女の子なら本能的に分かっちゃうんだなって思って」

「……は、はい?」

 

 こいつ何言ってんだ……?いや、この流れはまさか……。

 

「もし、アレならさ……。ナル、私とエッ」

「ね、寝るぞ!早く!」

 

 そう言って凛に背中を向けて布団を被った。これ以上はマズイ。勃起を抑えるにも限度がある。

 

 ×××

 

「と、いうわけなんだけど……」

 

 近所のカフェで加蓮に相談した。本当は奈緒が良かったんだけど、今日は仕事らしい。

 で、加蓮は飲み物を飲みながら全力で迷惑そうな顔で聞いてきた。

 

「……で?惚気は終わり?帰って良い?」

「なんでだよ!それ奢ってやったんだからなんか無いの⁉︎」

「無いよ。どっからどう聞いても惚気じゃん」

「違うんだって!」

 

 なんだよその塩対応!しょっぱ過ぎるぞ!関西風に言うとから過ぎる!

 

「せめて何を相談したいのか言ってくれない?」

「あ、ああ、そうだったな……。だから、その……何?あいつなんかすごいくっついて来るんだよ。エロいこと誘ってんじゃないかってレベルで」

「……あー、なるほど」

 

 加蓮は俺の質問の意図を察してくれたのか視線を逸らした。

 

「どうにかならんかね……。しかも嫉妬深くてよ……」

「それは良いんじゃないの?」

「いや、嬉しい限りだよ正直。ただ、今回加蓮に相談があるってだけでもなんとかお願いして許可してもらえたくらいだったから」

 

 あの時の凛の顔、すごい怖かったなぁ……。「は?加蓮と?何で?確かに加蓮私より胸大きいもんね」とかすごい言われた。乙倉さんとの一件があって以来、尚更だ。

 

「まぁ、嫉妬の件については私から言っておくよ」

「マジ?助かる」

「……まぁ、正直誘われてるかどうかなんてのはどうしようもないんだけど……」

「あー……だよね」

「私から言っても良いけど……そんなこと相談したなんてバレたら消されちゃうでしょ」

「うん、存在をこの世から抹消される」

 

 ……もう少し態度を柔らかくして欲しいものです。いや、凛は夏休み前から俺の事を想ってくれていたらしいし、その上で俺の部屋で泊まったりしてたわけだからそうなるのも分かるが。

 

「ちなみにさ。……凛にえっちしよって聞かれたらどうすんの?」

 

 最後の部分は小声で聞いて来た。そんな質問、答えは決まってる。

 

「しないよ、そういうことは」

「あら、意外。どうして?」

「正直、したいっちゃしたいんだけだね。でも、まだ未成年だし、俺はゴム買ってないし、やっぱりそういう事をするの早いと思うんだよね」

「……なるほど?」

 

 けどほら、経験しておきたいってのもあるし……。だって女の子の体内に男の1番恥ずかしい部分ねじ込むんだよ?頭イかれてるでしょ。何を思って最初に実行した人はそれをしたのか。

 しかし、そんな事をすれば凛の方が終わりだ。だって仮にもアイドルだし。

 

「……まぁ、正直凛の方にお願いされたら断れる気はしないけどな」

「なるほどね……。とりあえず、嫉妬の方は私からも言っておいてあげる」

「助かる」

「誘われてるかーなんて方は……うーん、正直なんとも言えないからなぁ……。勘違いってこともあるし」

「そうなんだよね」

「まぁ、一応言ってみるよ」

「なんて?」

「最近、溜まってるらしいよって」

「やめろよ!浮気しようとしてたって言われるよりえぐいぞそれ!」

 

 そんなことしたら「加蓮にそういうこと相談してナニしてもらうつもりだったの?」とかなりそうで怖いし。

 

「さりげなく注意してくれるにしても、こう……何つーの?さりげなく言ってくれ」

「最近、水原くんとの距離が物理的に近いみたいだけど何かあったの?みたいな?」

「そうそれ。それで頼むわ」

「はいはい……」

 

 とりあえず相談は出来たな。いつ言ってくれるか分からないが、とりあえず明日から修学旅行だし、それまでには言っておいてくれるだろう。

 

「じゃ、そろそろ帰るか」

「ん、もう良いの?」

「ああ。それに明日から修学旅行だし、凛成分補充しないと途中で帰って来ちゃうかもしんないし」

「……あなたも色々と大概だよね」

 

 あれれ?なんか呆れられた気がするぞ?

 

「でも、少し感心した」

「? 何が?」

「いや、えっちなことシたくても凛の事を考えて我慢するんだなって。避妊すれば問題ないのに」

「当然でしょ」

「そっか……。ま、そうかもね」

 

 そんな話をしながら喫茶店を出た。

 

 




修学旅行そのものはやりません。長くなりそうだし面倒臭そうなので。


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しばしの別れ(2)

 ナルの修学旅行最終日となった。私は東京駅の新幹線改札口前で待機していた。

 確かナルの部屋に忍び込んで勝手に閲覧したしおりには、終わったら東京駅で解散と書いてあったはずだ。

 いい加減、禁断症状が出そうになって来たので、とりあえずいち早く出迎えて抱きつこうというわけだ。

 しかし、キツかったなぁ……この五日間。部屋に残ったナルの残り香やナルの寝顔写真でなんとか乗り越えられたけど、やっぱり夜は寂しくて泣いちゃったし。

 ……そういえば、ハナコが慰めてくれたなぁ。くぅーん、くぅーんって。うちのペットほんとに優しくてかわいい。願わくば、私の彼氏にも優しくしてあげて欲しい所だ。

 そんな事を考えながら、ナルの帰還を待った。一応、サプライズのつもりのため、本人に迎えに来てることは伝えていない。

 ……まぁ、私の誘惑を「ホモなの?」ってレベルで堪えてるナルだし、案外けろっとしてるような気もするけどね……。

 なんて考えながらしばらく待機してると、大阪方面から東京に来る新幹線が来た。

 今度こそナル達の新幹線かな?とワクワクしてると、正解のようでゾロゾロと学生服の生徒達が出て来た。

 先生に集合され、何か話すと解散してみんな帰宅し始めた。

 

「……」

 

 ……ナルの姿が見えない。何してるんだろう。

 他の生徒達がゾロゾロと帰宅していく中、私は何とか姿を見られないように顔を隠しつつ、ナルの姿を探した。

 私の目はナルを見つける事に関しては千里眼を超えてるので、見逃すはずはない。

 ……何してるんだろ、ナル。そう思ってるうちに、ほとんどの生徒が改札から出て行ってしまった。

 まさか、対水原鳴海用特殊千里眼の精度が落ちてる……?そう思った直後、一番後ろから亀みたいな速度で歩いてくる男子生徒が見えた。

 そっちに目を向けると、ナルがヨロヨロと歩いて来ていた。え、何してんのあの子。なんであんな腰曲がってんの?杖にしてるのは……木刀?

 疲れた、のかな。それともイジメられた?だとしたらその人のこと暗殺しなきゃいけないんだけどな……。

 色々と困惑してると、ナルが私を視界に入れた。直後、脱兎の如く走って来た。地面を蹴ってスーツケースと木刀を持ったまま猛然と。

 新幹線の切符を入れ、改札口にスーツケースを手放して通し、本人は側方倒立回転を改札の上で華麗に舞ってから通り過ぎ、スーツケースの上に着地してそのまま私の方に向かってくる。

 え、ちょっ……何?何してんの?すごくない?WAR F○AME?と狼狽えたのも束の間。スーツケースの上から跳んで私に飛びついて来た。

 

「りぃーーーんーーーッ‼︎」

「ええええっ⁉︎」

 

 なんで跳ぶのなんで跳ぶのなんで跳ぶの⁉︎

 とりあえず受け止めようと思い、私も手を広げてナルの体を掴むと、勢いを逃すように左に回転し、何度か回ってからようやく落ち着いた。

 

「な、ナル……?どうしたの?」

「……さみしかった」

「グッ……!」

 

 な、何これ……誰?ギャップ差による可愛さの破壊力がヤバ過ぎてダメージが……!

 

「ど、どうしたの?そんな、寂しいなんて……」

「……修学旅行の間、まさか彼女に会えないのがこんな苦しいものだとは……最初の3日は平気だったんだけど……その後から凛の幻覚を見始めて……」

「私も見たよ、ナルの幻覚」

「ヤバイと思ってスマホに入ってる凛の写真見たんだけど、もう時すでに遅しって感じで……」

 

 ……そっか。それならナルに写真以外も……例えば、そうだな。パン……いやブラでも渡しておけば良かったかも。

 

「……まぁ、話は帰ったら聞くから、とりあえず戻ろう?」

「ところでなんで凛はここにいるの?」

「迎えに来てあげたの」

「ーっ……」

 

 ……迎えに来てあげただけで照れるってどこまでピュアなの、私の彼氏。

 

 ×××

 

 で、ナルの部屋。荷物を整理することもなく、ナルは私にずっとくっついていた。普段とは全く逆である。

 私の膝の上に頭を置いて、ぎゅーっとしがみついてるナルを見て、私の思う感情は一つだけだった。

 

「……尊い……」

 

 何この子、ほんとに何?なんだろう、可愛い彼氏って。え、ほんとに何?この人。

 

「……あの、ナル?」

「……ごめん、もう少し待って」

「う、うん……」

 

 そのまましばらく抱き枕にされた後、満足したナルがようやく離れた。

 

「ふぅ……もう大丈夫。悪いな、凛」

「いや、それは良いんだけど……。何、そんなに私がいないとダメだったの?」

「うん」

「えっ?」

 

 思いの外、即答で返して来た。え、私がいないとダメなの……?依存されてると思えば嬉しいけど……。

 

「もうほんとに。凛がいなくなって初めて分かった。彼女と一緒にいられない時間があんなにキツイとは……」

「……ま、まぁ、そうだね。私もキツかったし……」

「だから、その……もうしばらく凛と離れたくない」

「〜〜〜っ……」

 

 ……まずいな、なんと言えば良いのか……。まぁ、一言で言えば死にそう。まさか、そっちからガンガン来る時が来るとは……。

 でも、いつもからかってる立場でこの真っ赤になった顔を見せるわけにはいかない。

 

「あれ?凛、顔赤……」

「ーっ!」

 

 慌ててナルを抱き締めて誤魔化した。危ない危ない、バレるとこだった。

 と、思ったら、ナルは抱きしめ返して来た。で、グイっとこっちの方に体重をかけ、私を押し倒して顔の横に手をついた。

 

「……やっぱり、真っ赤だ」

「……な、ナル?どうしたの……?」

 

 なんか、前より積極的な気が……。というか、私が力でナルに負けるなんて……。

 

「……まぁ、修学旅行で色々あったんだよ」

「色々、って……?」

「まぁ、その……何?修学旅行で一人で歩いてたからかな、小早川さんとかいう人が塩見さんって人と逸れて迷子になったらしくて」

 

 ……聞き覚えがあるなぁ。というか、彼女といるのに他の女の子の話?

 

「塩見さんを探すまでの間ずっと一緒に居たんだけど、なんか相談乗ってくれてさ。クラスに友達いないとか、彼女になめられまくってるとか」

「で?」

「男ならもっと男らしくしろ、みたいなアドバイスもらって。だから、その……何?凛の前だけでも、男らしくいようと思って」

 

 今回は許す、紗枝には今度着物のコスチュームが買えるまでメセタ回収手伝ってあげよう。

 男らしく押し倒される、という事は……つまり、その……アレだよね。エッチなこと、だよね……。

 それも、ナルの方から来てくれる。告白やキスは全部私からだったけど、エッチだけはナルの方から……!

 フッと目を閉じて、気持ち唇を尖らせてキス待ち顔という奴になった。さぁ、いつでも良いよ……!

 

「……」

「……」

 

 ……あれ?中々来ないな……。もしかして焦らしてる?まったく、相手にリードを任せるのも中々不安になるなぁ……。まぁ、私はナルの攻めならどんなのでも受け入れるけど。

 

「……」

「……ふぅ」

 

 ……あれ?一息つく声が聞こえたような……。ていうか、幾ら何でも遅過ぎじゃない?

 恐る恐る目を開けると、ナルはいつのまにか私の上から退いて何故か筋トレをしていた。

 

「……え、ナル?何してんの?」

「……まずは、男らしくっ……筋肉から……!」

「……」

 

 こいつ、本当に……!流石にカチンと来た。や、本当に。

 せっせと腕立てをするナルの背後に忍び寄り、腰の辺りに馬乗りになった。

 突然、44kgの体重をかけられたナルはズコッとその場で崩れ落ちた。

 

「っ⁉︎ な、なんぞ⁉︎」

「はいこのまま腕立て100回」

「り、凛!無理だから!これは無理!」

「男らしくなりたいんでしょ?」

「いや別にゴリラになりたいわけじゃねーから!」

「女の子一人乗ったくらいで腕立て出来ないんじゃ男と言えないから」

「……り、凛。なんか怒ってない……?」

「別に。ほら早く」

 

 潰したまま動かなかった。

 

 ×××

 

 夜中。ゲームをしてご飯を食べ終えて、今はお風呂。ナルは先にお風呂に入って、今は布団を敷いている。

 ……しかし、ナルには本当に不満しか出ない。なんだろうね、あの子。ムカつくというかなんというか……超ヘタレ鈍感というか……。

 私のムラムラはどこで発散すれば良いのか全然分からない。ナルの部屋でマスタ○ベーションなんてしたくないし……。

 私だってそれなりに勇気を振り絞ってるんだから、断るにしてもちゃんと応えて欲しい。

 

「……はぁ」

 

 もしかして、ナルって性欲とか無い病気なのかな……。

 どうせ相談するなら、私に誘われてる事も相談してくれれば良いのに……。

 ……奏さん辺りに相談してみようかな。あの経験豊富そうな人なら何でも答えてくれそう。男の上手な誘い方とか。

 そんなことをぼんやり考えながらシャワーを終えて湯船に浸かった。

 

「ふー……」

 

 ……気持ち良い。最初はナルの残り湯に浸かるだけでも興奮したけど、かなり慣れたな……。

 小さく息を吐きながら下を向くと、控えめな胸が目に入った。私のユニット組んでる人って、基本的に胸大きい人が多いよね……。

 卯月も未央も奈緒も加蓮も普通に83以上ある。「3しか変わらないじゃん」という人は視力を思い出して欲しい。小数点の世界なのにかなり見え方が違う、それと同じだ。数字が大きい人には小さい人の気持ちが分からないというのも。

 ……もしかして、ナルは大きい人じゃないと欲情しないのかな……。

 

「……奏さんにもう一つ相談してみよう」

 

 そんな呟きを漏らしながらもしばらくボンヤリした。

 10分後くらい、ボンヤリし過ぎてたのか逆上せてきたのでお風呂から上がった。

 体を拭いてパンツを履いて、パジャマに着替えた。ドライヤーで髪を乾かし、洗面所を出ると布団が敷いてあった。

 

「お待たせ、寝よっか」

「……」

 

 声をかけるも、ナルから返事はない。ただ布団の上で座っていた。

 

「ナル?」

 

 背後に近づいて、あすなろ抱きしながら声を掛けた直後だ。

 突然、振り向いたナルは私の唇に唇を重ねて来た。ググッと押し付けられること数秒、後ろに押し倒され、そのまま固まった。

 ようやく離れ、プハッと二人して息を吐いた。思わず口を手の甲で拭いながら聞いてしまった。

 

「……な、何……?」

「……」

 

 顔を真っ赤にしてる癖に、少しでも男らしくあろうという決心だろうか、顔を隠さずに私の顔の横に両手をついたナルは、震え声で言った。

 

「……小早川さんに相談した時、『346アイドルについて語るスレ』みたいなのを見つけたんだ」

「……で?」

「……それで、その……中には『渋谷凛ちゃん、あの子を犯したい』みたいなコメントがあって……」

 

 あの人なんてもの見てるの……。いや、案外見て笑ってそう。周子さん辺りと一緒に。

 

「それで……その、本当はお互いに18歳まで待とうと思ってたんだけど……万が一、変なストーカーに襲われるなんて事になったら嫌だから。……だから……」

「……」

 

 ……まぁ、言い分は分かった。

 

「……でも、なんで……そんな、急に……。ナルなら、私に許可とか、求めてると……」

「……凛が誘って来てるのは分かってたし、それに……」

 

 そこで言葉を切って、少し目を逸らした後に再び私と目を合わせて言った。

 

「……凛は、こういう方が好きだと、思って……」

「……」

 

 その通りだよ本当に。

 

「で、でも……ゴムとか……」

 

 そう聞くと、ナルは自分のズボンのポケットから箱ごと取り出した。

 

「京都産」

 

 ゴムに京都産も何もないでしょ……。あ、ようじ屋のゴムとか?そんなのあんの?

 でも、ここまでされたら私も断れないかな。受け入れようと思った時、ナルが突然顔色を悪くして聞いて来た。

 

「……あの、ほんとに良い?」

「……」

 

 やっぱり、ナルはナルだったか……。多分、さっきの流れもチキッただけなんだろうな。

 とにかく、その問いにはこちらからのディープキスで応えた。

 そこから先は何をしたのか深く言えないが、とりあえず奏さんに相談する内容がなくなったとだけ言っておく。

 

 ×××

 

 翌朝、目を覚ますとナルの姿はなかった。

 私は初夜を迎えた事を思い出し、その辺に散らばってる寝間着と下着をつけた。

 居間に入ると、ナルは朝ご飯を作っていた。

 

「おはよう、凛」

「……あ、うん。おはよう」

 

 ……顔を見ると昨日のことを思い出して顔が真っ赤になってしまう。うう……ナルの奴、エッチになるとあんなサドになるんだから……。

 頬を赤らめてる私とは対照的に、ナルは平気な顔でフライパンを振っていた。

 ……なんか、ムカつく。私だけ意識してバカみたいじゃん。

 脇腹を突いてやろうと思い、台所に移動してナルを見ると、何故か裸エプロンだった。

 

「……え、ナル?どうしたのその格好」

「? 何が?」

「いや……え、そういう趣味?」

 

 それは正直引くんだけど……。

 と、思ってると、ナルが張ってるフライパンの上には菜箸とスプーンが乗っていた。

 

「って、ナル⁉︎何してんの⁉︎」

「何って、朝飯作ってんだよ。もう少し待っててな」

「何を食べさせる気⁉︎」

 

 え、何?どうしたのこの子⁉︎

 色々とワタワタしてしまったが、とりあえずガスは消さないと危ない。

 慌てて火を止めると、ポタッと何か垂れる音がした。赤い水滴がナルの指から垂れた。

 

「って、何その大量の切り傷⁉︎」

「裂傷ダメージ入った」

「な、何言ってんの⁉︎ちょっ、ナル落ち着いて!」

「落ち着いてるよー、俺はー。あははははー」

 

 そんなわけで、ナルと初夜を迎えて、ナルが壊れた。ヘタレが頑張って勇気を振り絞って性行為をすると、バグが発生することがわかった。

 ナルのバグは一週間続いた。

 

 



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しばしの別れ(3)

 ある日、私はいつものようにナルの部屋に遊びに来た。呼び鈴を押すと、数秒してからナルが玄関から顔を出した。

 

「ん……凛、どうしたの?」

「遊びに来たの。ゲームやらない?」

「了解。入って」

「お邪魔しまーす」

 

 部屋に上がり、靴を脱いで部屋の奥に進むと、背後からカチャリと鍵を閉める音が聞こえた。その音がいつもより静かに冷たく私の耳に響いた。

 閉めたのはもちろん、ナルしかいない。いつもと様子の違うナルに気になったので聞いた。

 

「……ナル?」

「何?」

「ど、どうしたの……? 鍵なんて、閉めて……」

 

 気になって聞いてみたものの、ナルは薄く冷たい笑みを浮かべたままこっちに歩いて来た。私は思わず後退りしたが、すぐに壁際に追い詰められてしまった。

 その私の顎に、ナルは親指と人差し指を添えて、くいっといつの間にか私より高い位置にある自分の顔の方に向けた。

 

「……凛、かわいいよ」

「うえっ⁉︎ なっ、何⁉︎ いきなり……!」

「そうやって、普段はそっちからグイグイ来るのに、珍しく怯えてる凛はとても可愛いな」

「ーっ⁉︎」

「……いじめたくなるくらいに」

 

 直後、私の陰部に電気が走ったような快楽が走った。ズボン越しに、ナルの中指と人差し指が私の秘部に当てられていた。

 

「ーっ、なっ……ナル……⁉︎ いっ、いきなり…何を……!」

「……凛はさ、同意を得られるよりもこうして無理矢理不意打ちで犯される方が好きなんだろ?」

「そっ…そんなこと……!」

「その割にはよく濡れてるじゃん」

「〜〜〜っ!」

 

 恥ずかしさと驚きと小さな歓喜で涙が浮かべられてる目でナルを睨むが、ナルは全く平気そうな顔で私を見下ろしていた。

 

「凛……可愛いよ。その食べられる直前のウサギみたいな顔……」

「っ……っ……」

「……どうして欲しい? 正直に答えてごらん?」

「……」

 

 私は唇を震わせながらも、抵抗する事さえ敵わず、むしろ懇願するように答えた。

 

「……私を、後ろからメチャクチャにっ、して下さい……!」

「おーい。起きろ凛ー」

「わひゃあっ⁉︎」

 

 直後、目を覚ますと共に目の前に奈緒の顔があってビックリし、思わず顔面に枕を叩きつけながら上半身を起こした。

 

「わっぷ⁉︎ なっ、何すんだよ凛⁉︎」

「ーっ、ーっ……!」

 

 ゆ、夢、か……! 私ってば……なんて夢を……!

 いまだにバクバク言ってる心臓を片手で抑えながら、荒れてる呼吸を整えた。

 

「……どうかされましたか? 凛さん……」

 

 文香も同じように声を掛けて来た。加蓮も心配そうな……いや、あれは心配してないな。むしろニヤニヤしながらこっちを見ていた。

 冷静に現状を把握することにした。現在、トライアドプリムスの沖縄での撮影会。それに彼氏の修学旅行が重なったとのことで追いかけて来た文香との四人部屋。

 今日はその最終日だ。ナルと全然会えなくなり、出発日前日にディープキスをして成分を補充したものの、やはりその反動で変な夢を見てしまったようだ。

 

「……大丈夫ですか?」

「……う、うん……平気」

「おい、あたしに枕投げたの謝れよ」

「もう朝?」

「……はい。おはようございます」

「おい、凛? あたしだって怒る事は怒るんだぞ?」

「じゃあ、もう準備した方が良いかな」

「……そうですね。あと20分で朝食のお時間ですから」

「凛、おーい! 泣くぞあたし!」

 

 言われて、私はとりあえず下半身にだけ掛かってる布団をどかそうと思って手をかけた時、下半身に違和感を感じた。

 周りのメンバーに見られないように布団の中でズボンの中に手を突っ込んでパンツに手を当てると、真夏の寝汗よりもじっとり濡れていた。

 

「〜〜〜っ⁉︎ わ、私シャワー浴びる!」

 

 慌てて洗面所に入った。

 

「どうしたんだ? 凛の奴」

「……? 何かあったのでしょうか?」

「文香さんなら分かりそうな生理現象だよ」

 

 そんな声が扉の向こうから聞こえて来た。加蓮には後で口止め料を払わないとね……。

 

 ×××

 

 シャワーを浴び終えてからスマホを見ると、ナルからL○NEが来ていた。

 

 上野ナル『今日帰って来るんでしょ?』

 

 上野ナルって……もう別人の名前だよねそれ……。

 半ば呆れながら返信した。

 

 渋谷凛『うん』

 上野ナル『じゃ、改札にいるから』

 渋谷凛『了解。お土産買って行くね』

 

 それだけ言ってスマホの画面を落とした。……名前、上野ナルで良かったかもしれない。水原鳴海とかだと朝の夢を思い出しちゃうかもしれない。

 

「……はぁ」

 

 ……だめだ、なんて変な夢を見ちゃったんだろう……。忘れないと。

 とりあえず、着替えとドライヤーと歯磨きを済ませて洗面所を出た。下着とか櫛とかを鞄にしまい、いつでも帰れる準備を済ませると、加蓮や奈緒、文香が待っていた。

 

「お待たせ」

「じゃ、行こうか」

 

 加蓮の合図で四人で部屋を出て廊下歩いた。朝食はビュッフェ。四人でお皿に並んでる食材を取って席に座った。

 

「……加蓮、ポテト取りすぎじゃないか?」

「良いじゃん、好きなんだもん」

「残しても食べてあげないからな」

「なんでよー。良いじゃんー」

「……ま、まぁまぁ、もし食べられなかったら私がお手伝いしますから」

「おおー、さすが文香さん! 彼氏持ちは違うね!」

「……そ、それは関係ないと思うのですが……」

 

 なんてみんながお話ししてる中、私も呆れたように口を挟んだ。

 

「文香、あまり加蓮を甘やかさないようにね。その子、すぐに調子に乗るから」

「……そうですか?」

「ちょっとー、人を子供みたいに言わないでよー。大体、凛だって彼氏に甘やかされてるじゃん」

「わ、私の場合は良いの。恋人なんだし」

「うわー……奈緒、今の聞いた?」

「ああ。バカップルまんまだな。甘やかされてる感がすごい」

「うるさいよ」

 

 まったく、この二人はすぐにそういう話を……。

 

「大体、文香だって今はお姉さんしてる分、彼氏には甘えてるんでしょ?」

「っ……そ、そうですね……。私は、恥ずかしながら甘えてしまっています……」

 

 うっ……文香は素直だな……。そういうところが大人というかお姉さんっぽいと言うか……。

 まぁ、かくいう私もナルに甘えてる自覚はある。私より女子力高いし。とりあえず、みんな満足したのかとりあえず席に座った。

 いただきます、と手を合わせて食べ始めた。

 

「ん、美味しい」

「それなー」

「でも、唐揚げはナルの作った奴の方が美味しい」

「……そうですね。この卵焼きは千秋くんの作った奴の方が美味しいです」

「あ、このほうれん草のバター炒めはナルのが美味しい」

「……こちらのウィンナーは千秋くんの方が美味しいです」

「……」

「……」

 

 私と文香はジロリと睨み合った。

 

「ナルの方が料理うまいからね? そっちの彼氏がどうなのか知らないけど」

「……いえ、千秋くんの方が美味しいです。誕生日に作ってくれたケーキは絶品でしたから」

「ナルは元々家のお手伝いとかしてたんだろうね。だから料理上手なんだよ。所詮、一人暮らしを始めるために……ようは自分のために料理ができるようになった人とは出来が違うから」

「……千秋くんが料理をするのは私のためですから。恋人のためへの料理が一番美味しいと思いますよ?」

「それ所詮、精神論だよね。私は『誰かのための料理』を作ってきた期間の話をしてるから」

「……期間が長ければ技術が上なわけではありませんから。凛さん、私よりゲーム歴長いですけど私より上手くないですよね?」

「……私は下手でも良いもん。ナルと組めば大体の敵は倒せるし」

「……千秋くんの方が上手ですけどね」

「……」

「……」

 

 え、何? まさかあのヘタレキングよりナルの方がダメだって言いたいの?

 私と文香の間でバチバチと火花を散らしてると、横から加蓮が口を挟んで来た。

 

「二人とも、惚気合戦は場所を選んで」

「……」

「……」

 

 顔を赤くして二人して黙った。

 

 ×××

 

 長い時間をかけて最寄駅に到着した。改札を通ると、ナルが待っていた。

 

「おかえり」

「ただいま。今回は大丈夫?」

「ああ。奈緒から凛の水着写真送られて来たし」

「……そっか」

 

 その件に関しては奈緒を怒る必要があるな……。

 すると、ナルが私のスーツケースとリュックを持ってくれた。

 

「俺が持つよ」

「……良いの? ありがと」

「じゃ、帰るか。家まで送るよ」

「うん」

 

 二人で駅から出た。駅の駐輪場にはナルの自転車が止まってた。

 

「良いよ、乗って」

「え?」

「凛疲れてると思ったから自転車で来たんだ」

「わざわざありがとね」

 

 やっぱり、ナルは優しい。そこらにいる男の優しさではないよね。

 ありがたく自転車に乗って、二人で帰宅し始めた。

 

「ね、ナル。うちに泊まっていかない?」

「え、でも疲れてるでしょ?」

「ナルがいれば疲れなんて感じないの」

「着替えは……」

「私のがあるじゃん」

「えぇ……なんか今更ながら女装してる気分で嫌なんだけど……」

「可愛いから大丈夫だよ」

「嬉しくないからな。……はぁ、彼女に可愛いって言われる俺は何なんだよ……」

 

 可愛いものは仕方ないじゃん。

 そんな話をしてるうちに、私の家に到着した。それと共にナルは私の背中に隠れた。

 

「……何?」

「ハナコ」

「了解」

 

 ほら可愛い。仕方ないのでハナコに挨拶してからリビングに行っててもらうと、二人で家の中に入った。

 

「ただいま」

「あら、おかえりなさ……あ、鳴海くん。いらっしゃい」

「お邪魔します。……あの、凛が泊まっていけって言うんですけど……ご迷惑じゃないですか?」

「平気よ。避妊はしっかりね?」

「なっ、何もしませんよ!」

 

 ……え? しないの? あ、いやまぁその辺は後で聞けば良いかな。

 っと、お母さんにもお土産渡さないと。ナルに持ってもらってる鞄から大きな袋を取り出した。

 

「あ、お母さん。お土産」

「あら、わざわざごめんね」

「ちんすこうとサーターアンダギーの冷食」

「ありがとう」

「他にも色々入ってるから。お父さんと食べてね」

「うん」

 

 それだけ言って二人で私の部屋に上がった。あー、疲れたけど楽しかった。プロデューサーも普通に観光としても色んな場所連れて行ってくれたし。

 そんな事を考えてると、ガチャリという嫌に静かな音が耳に響いた。ふと後ろを見ると、ナルが私の部屋の扉を閉めていた。

 

「……えっ、なんで閉めるの?」

 

 聞いたものの、返事はない。ナルはキョトンとした様子のまま私の方に歩いて来た。

 ……え、ちょっ、嘘でしょ……? まさか、夢と、同じ……?

 思わず私も同じように後退りしてしまったが、ナルは歩みを止めない。私の方にまっすぐ歩いて来て、私の方に手を伸ばした。正直、満更でもなかった私は覚悟を決めるようにキュッと目を瞑った。

 何をされるのか、ディープキスか耳を舐められるのか無理矢理目を開けさせられるのか……と、思ったらナルは私を思いっきり抱きしめて来た。

 

「ああああ……やっと、やっと凛に触れる……」

「……」

 

 ……ああ、だよね。ナルだもんね……。でも、こっちの方がナルらしいし、別に良いかな。私もナルを抱き締め返した。

 

「んー……何日か振りのナルの匂い……」

「……今日は風呂以外こうしてくっついてような……」

「うん……」

 

 しばらく抱き合ったけど、抱かれる(意味深)ようなことは無かった。

 

 



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冬休みの予定。

 冬休みまでもう少し。逆に言えば期末試験真っ盛りな季節。俺はスタバで勉強していた。

 もう少しで仕事が終わった凛がやって来るはずだ。俺の勉強はそれなりに問題ないので、仕事で忙しい凛の勉強を見る約束をしている。

 元々、俺に集中力はないので、速攻で飽きた。よって、最近の凛のステージ衣装の写真を見ていた。

 そう、白のブラウスに非常に短い短パンにハイヒールである。

 

「……」

 

 可愛いなぁ、この凛。大人っぽい服装も似合うんだな。特にこの太ももがヤバい。ムッチリしていて、それでいて細い。なんというか……ああ、生足ってこんな感じなんだなって思う。

 あと、ブラウスの隙間から見える谷間がエロさに拍車をかけている気がする。

 奈緒や他のメンバーも同じような格好をしているのだが、やはり彼女だからか凛が一番可愛く見えた。

 

「……出来るなら凛にこんな感じの服装してもらいてぇなぁ」

 

 そうは思ったが、今の季節は冬だ。こんな格好させれば風邪を引くのは目に見えている。

 写真で我慢しようと思い、とりあえずその写真を眺めていた。

 

「何見てるの?」

「ガンダムヴァサーゴチェストブレイク‼︎」

 

 唐突に声をかけられ、大慌てで奇声をあげながら写真をポケットにしまった。

 バクバクいってる心臓を片手で抑えながら恐る恐る後ろを見ると、凛が怪訝そうな顔でこっちを見ていた。

 

「……ガンダム、何? どうしたの?」

「や、何でもない……」

 

 っぶねぇ……見られてないよな……?

 

「お疲れ。なんか飲むなら奢るよ」

「ん、じゃあコーヒー」

「了解」

 

 よし、この話はこれで終わりだ。あまり話したくないし。

 さっさと立ち上がってコーヒーを買いに行こうとした時だ。その俺の肩に凛が手を置いた。

 

「待って」

「え、何」

「その前にさっき何か隠したよね? 何隠したの?」

「っ……」

 

 や、カマをかけてるだけかもしれない。ここは冷静になろう。

 

「……別に隠してませんが?」

「嘘。隠してた」

「隠してないって。本当に」

「知ってる? ナルが嘘つく時って視線が斜め上に行くんだよ?」

「……」

 

 ……本当に俺について詳しいな、こいつ……。水原鳴海辞典とか作られそうで心配だ。

 だが、彼女の仕事中の写真を眺めてたなんて言えるかよ。しかも太ももと胸の谷間に目線がいってたとか絶対に言えない。ていうか、凛に胸の谷間とかあったのか。

 しばらく頑固にも堪えてると、凛は俺のポケットに目を向けた。で、手を伸ばして来たので俺はその手を掴んだ。

 

「なっ、何かな⁉︎」

「何かな? じゃないから。ポケットにあるんでしょ」

「なっ、ななっ……何もない、何もないから!」

「見せてっ!」

「ちょっ、凛……!」

 

 わーぎゃーと騒がしくなる俺と凛。が、まぁ俺が凛に勝てるわけない。ポケットから写真を取られてしまった。

 

「まったく、エッチな写真とかならただじゃおかな……」

 

 言いながら写真を見るなり硬直する凛。俺自身も恥ずかしくてそのまま硬直してしまった。

 

「……えっ、な、何これ?」

「……だから嫌だって言ったのに……」

 

 凛自身も頬を赤く染めた。俺は逃げるようにコーヒーを購入しに行った。

 あーあ……どんな顔して席に戻れば良いんだよ……。彼女の写真見てたとか、どうすりゃ良いんだか……。

 だが、戻らないと今度は凛の方から迎えに来てしまう。それはそれで困る。

 

「……お、お待たせ」

「う、うん……」

 

 凛も少し恥ずかしかったのか、今だに頬を赤らめている。

 

「……」

「……」

 

 ……あ、なんだかこのふわふわした空気は身に覚えがある。まだ付き合いたて、或いは付き合う直前によくあった空気だ。

 が、いつまでもこうしてはいられない。凛は試験勉強しなくちゃいけないんだから。

 そう思って声をかけようとすると、同じことを思ったのか凛の方から声をかけてきた。

 

「……ナルは、こういう衣装……好きなの?」

 

 ……全然同じこと思ってなかった。テストよりも俺の性癖かよ……。

 

「こ、こういうって……?」

「だから、その……足の露出が多い、衣装……」

「あー……」

 

 正直、好きです。俺だって男だからな……。特に好きな女の子の生足なら尚更だ。

 しかし、その問いに答えるのは少し難しいかもしれない。

 

「……いや、まぁ……なんだ。でも……」

「好きなんだ」

「や、凛が着てるから好きなだけで……」

「……?」

 

 それでも勇気を振り絞って言うと、最初はキョトンと首を捻られたが、徐々に言葉の意味を理解したのか、頬を染め始めて俯いてしまった。

 

「……そ、そっか……」

「っ、そ、それより、勉強するぞ」

「……う、うん……」

 

 勉強を始めた。

 しばらく頑張り、分からない所は俺が教えてやったりする事、約一時間半。

 疲れた様子の凛は背もたれに寄りかかって伸びをした。

 

「ん〜……つっかれたぁ……」

「休憩にする?」

「うん」

 

 いい返事だな……。俺から提案したから言いにくいけど、お前最初の20分くらい全然集中出来てなかったからな。

 

「ね、冬休みどうする?」

「あー……どうするか。出掛けたいよな」

「うん。泊まりで」

「泊まり、ねぇ……」

 

 冬、かぁ……。

 

「凛は行きたい所あるか?」

「私は……ナルとならどこでも良いよ」

「それ困るんだけどな……。嬉しいけどよ」

 

 ふーむ……しかし、行きたい場所か……。

 

「まずは空いてる日教えて。ぶっちゃけ、クリスマスとか空いてないでしょ」

「あー……うん。御察しの通り」

 

 やはり、クリスマスとかアイドルの季節だもんな。クリスマスライブとかやってるんだろうし。

 

「26以降なら空いてるけど……」

「じゃ、少し遅めのクリスマス会だな」

 

 25日は俺一人でクリスマス放送でもやるか。なんか憐れまれそうだな……。

 

「あとはー……お正月とかなら空いてるよ」

「なら、泊まりで行くか。31〜1にかけて」

「と、泊まり……?」

「そう。一緒に初日の出とか見たくない?」

「見たい!」

「じゃ、とりあえず26にクリスマス会で、31〜1日に……何処か初日の出が見える場所で一泊だな」

 

 言いながら、ノートにそれを書き記した。だが、凛は少し不満げな顔で俺を見ている。

 

「……それだけ?」

「は?」

「もっと遊ぼうよ。初詣とか」

「それは1日で良くね?」

「そうじゃなくてもっとこう……」

「あ、新年ゲーム実況とかやる?」

「……そういうんじゃなくて。2日とか3日も初詣行こうよ」

「え、1日も行くのに? 毎日行ったら初詣じゃなくね?」

「……そっか、分かった。私の振袖姿見たくないんだね」

「ごめん嘘! 毎日初詣行こう!」

「毎日行ったらそれ初詣じゃないんでしょ」

 

 あ、やばい。少し不貞腐れてる。や、今回は凛の意図を読み取れなかった俺が悪いんだが……!

 

「わ、悪かったって! 行こう、お願いだから!」

「……」

 

 ジト目で睨まれてしまった。で、小さくため息をつくと俺の頬をむにっと抓った。

 

「っ⁉︎ な、何……?」

「ナルさぁ、彼女の意図はちゃんと読まないとダメだよ? 振袖、とまでは読めなくてもいいけど、せめて何かしたい事があるんだろうな、くらいは分かってくれないと……」

「……悪い」

「じゃ、とりあえずいつがいい?」

「じゃあ、2日で」

「うん。決まりね」

 

 そっか……。これからもう少し頑張ろう。

 

「じゃ、勉強再開ね」

「了解」

 

 そう言って勉強を再開した。

 

 ×××

 

 一週間後、試験が完全に終わり、俺と凛は一緒に……帰るかと思ったらそんなことは無かった。

 明日から凛は色々と忙しくなるのだが、今日は暇らしいので俺の部屋に来る約束をしたのに、何故か一旦家に帰る、とのことで先に帰って来た。

 とりあえず、マ○オオデッセイの準備をして、ついでに昼飯も作って食べ、ふと時計を見た。凛の奴、遅いな……。もしかして、何かあったのか?

 誘拐されたのかと思うとゾッとするので、迎えに行こうかと立ち上がった時だ。呼び鈴の音が鳴った。

 

「あーい」

 

 答えると、凛が部屋の中に入った。とても短い短パンを履いた凛が。上半身は白のブラウスである。

 

「っ……り、凛……?」

「ど、どう、かな……」

 

 ……や、ウルトラ超似合ってるが……。あ、ダメだ。直視出来ない……。

 思わず目を逸らすと、凛が嬉しそうな声で言った。

 

「あ、今照れた?」

「……るせーよ」

「ふふ、ありがと。その反応をしてくれただけで、私、この格好した価値があったと思うな」

 

 ……だから、そういう事を……!

 さらに赤くなった顔を隠すように俺は俯いた。その俺に、凛は畳み掛けるように続けた。

 

「この前、勉強見てくれたお礼に、今日はこの格好でナルのお願いなら何でも聞いてあげるよ」

「っ……」

 

 ……まじかよ。じゃあ一つだけ……や、でもこんなお願いしたら嫌われるよなぁ……。少なくとも俺ならドン引きすると……。

 ……や、待てよ? でも、それで以前、怒られたよな。相手にどう思われるかを勝手に想像しないで、こっちがしたい事を言ってくれ、みたいな。

 それに、今はなんでも言うこと聞いてくれるっていうのがあるし……。

 

「……じ、じゃあ……一つだけ、良いか?」

「! な、何?」

 

 お前も緊張してんのかよ。ていうか、お前から言い出したんだろうが。

 まぁ良い。とりあえず、一つだけ聞いてほしい願いを言うか。

 大きく深呼吸をしてから、目を逸らして呟くように言った。

 

「……その、膝枕……して欲しいんだけど……」

「……えっ⁉︎」

 

 驚いたのか、すごい声を上げる凛。ぼんっ、と音を立てて煙が出そうな勢いで顔を真っ赤にする凛。

 

「えっ……ぁ、あのっ……なんでもって……そういう……?」

「……ダメ、なら……良いけど……」

「……」

 

 頬を赤らめて俯く凛。

 ……だめだ、どういうつもりだったのか知らないが、そういうつもりだったんじゃないならやめておいた方が良さそうだ。

 

「あ、あのっ…やっぱり……」

「良いよ」

「へっ?」

「良いよって言ったの。ほら、早く」

 

 え、い、いいの……?

 ポカンとしてる間に、凛は正座をして準備を整えている。

 

「ほら、早く」

「……え、いいの?」

「何、しないの?」

「……ぃ、ぃゃ……」

 

 ……マジかよ。いや、自分で言っといてここで引くのは情けない。お言葉と膝に甘えよう!

 大きく深呼吸をしてから、凛の隣に座り、慎重に膝の上に頭を置いた。

 

「冷たっ……?」

「それは勘弁して。外寒かったから」

「……っ、そ、そっか。大丈夫? 冷たくない?」

「平気。ここ暖房ついてるし……な、ナルの顔……あったかいし……」

「っ、そ、そっか……」

 

 俺なんかのために季節無視して短パンで来てくれて……なんだか申し訳ないな……。

 

「……ど、どう、かな……。私の、膝……」

「っ……や、柔らかくて……気持ち良い、です……」

「っ、そ、そっか……。じゃあ、頭撫でてあげる」

「……ど、どうも……」

 

 何が「どうも」なのか自分でも分からないが、とりあえずお礼を言ってしまった。

 ふと凛の顔を見上げると、素敵な笑みを浮かべて、まるで甘えん坊な彼氏を見る顔で俺の頭を撫でていた。

 とても恥ずかしいはずなのに、それ以上に凛のその笑顔がとても可愛らしくて、気が付いたら行動に出ていた。

 

「……凛」

「何? ……んっ⁉︎」

 

 凛の首の後ろに手を回し、上半身を起こしながら凛の唇に唇を重ねた。舌は入れなかったが、唾液を交換できるレベルでの深い方のキスをした。

 口を離し、俺は膝の上に頭を戻した。頬を赤らめた凛が照れを隠すように聞いてきた。

 

「……急にどうしたの?」

「……なんか、キスしたくなったから……」

「……そっか」

 

 そのまましばらく膝の上でゴロゴロして、ふわふわムードが散った頃に二人して恥ずかしくなり、しばらく沈黙が続いた。

 

 



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クリスマス

しぶりん誕生日おめでとう、間に合わなかったけど(※内容は全く関係ありません)。


 冬休み、凛が忙しそうにしてるため、俺は暇をもてあますことになっていた。

 だが、年末は一緒にいる約束をしてしまってるし、実家に帰るわけにもいかない。一人でゲームとかやってたが、どれも一人でやっても楽しくない。やはり、凛と一緒じゃなければ嫌だ。

 ……はぁ、今日はせっかくのクリスマスなのに、顔も合わせられないカップルなんて俺達くらいじゃねぇのか。

 なんだか憂鬱だが、まぁ仕方ないね。その分、バイトはたくさん入れたし、来月の俺の財布は分厚くなる事だろう。この金で凛に何か買ってやるか。

 でも、凛に会えないのは寂しいわ、やっぱり。多分、人一倍カマちょのあいつもだろうけど、何か会えるキッカケは無いかなーなんて思ってしまうのは悪いことだろうか。

 ……悪いよな。凛の邪魔する事を願ってるようなもんだし。もう少し我慢出来るようにならないと。

 

「……なんか漫画読もう」

 

 ゲームやると凛のこと思い出しちゃうからな。

 駅前の古本屋に歩いて漫画を読み始めた。ソードアート・オンラインの漫画の方。

 ……アスナとキリトが目の前でイチャイチャしてやがる……。こいつらはいつでも会えて良いなぁ。

 

「……って、いかんいかんいかん」

 

 恋愛要素の絡むもんは読んではダメだ。目の前でイチャつかれて腹立つことこの上ない。

 別の、もっとこう……ゴリゴリのバトル漫画を読みたい。そう思って、ナルトを手に取った。最後のナルトvsサスケが見たい。

 そう、この最後に吹っ飛んだ腕が血で繋がってんのはマジでズルいわ。サスケも死ななくて良かった。ぶっちゃけ絶対死ぬと思ってたから。

 そう思って読み進めてると、ナルトとヒナタが結婚し、子供に恵まれてるページを開いて漫画本を閉じた。

 ……どいつもこいつも畜生め。だめだ、ドラゴンボールもワンピースもBLEACHも多少の恋愛要素が必ず絡む。なんだよ、強けりゃリア充かよ。

 あー、なんで彼女いるのにこんな思いしなきゃいけないんだか。

 

「……誰かに構ってもらおう」

 

 古本屋を出てスマホを取り出した。L○NEの友だちの所を眺める。乙倉悠貴、神谷奈緒、河村優衣、島村卯月、北条加蓮の五人。あとは家族とバイト先しか入ってないので除外。

 ……誰を選んでも凛に狩られる未来しか見えない……。いや、許可取れば平気なんだろうけど、それでも理屈ではなく本能で殺される。

 

「はぁ……我慢するしかないか……」

 

 まぁ、幸いスマホにこういう時のために撮っておいた渋谷凛画像集がある。そこ、むしろストーカー臭がするとか言わない。

 俺と凛が二人で大学に行って同棲が始まるまではずっと一緒に居られるわけじゃないんだから、このくらいは当たり前だろう。

 

「よし、帰ろう」

 

 とりあえず、何してても凛と繋がる事はわかった。なら、何もせずに寝てれば良い。

 ……はぁ、嫌な冬休みだな……。凛にバレたら怒られるかも……。でも、会いたい思うと辛くなるだけだ。それなら、むしろ凛に怒られたいわ。あれ、なんか自分で自分が何考えてるのか分からなくなってきた。

 ダメだ、あまりの悲しさに脳が働いてない。しっかりしろ、俺。俺は彼女いるんだ、悲しいクリスマスでもリア充なんだ。

 

「……あっ」

 

 い、今目の前でカップルがキスをした……。

 ぜ、全然……! 全然悔しくなんかねーからなー!

 心の中で捨て台詞を吐きながら、走って自分のアパートに帰った。さっさと寝る! もうこんな日は寝るに限る!

 そう決めてアパートに到着すると、どっかで見たことある犬が俺のアパートの前で座っていた。

 

「……あ、凛の犬」

「ガルルルッ……!」

 

 な、なんで、ここに……ちゃんと家で繋いでないのかよ……あ、リードが切れてる……。

 や、ヤバイ……狩られる……! 凛に狩られる前に……。

 その場で動けなくなってると、俺に牙を剥いていた犬はその怒りを鎮めると、俺の前に歩いて来た。

 な、なんだ……? まさか、サイレントキラーの如く気配を消して暗殺するつもりか⁉︎ で、でもダメだ……! 怖くて、動けない……!

 一人情けなく犬の接近を許してると、犬は俺の足の臭いを嗅ぐと、俺の顔を見て逆の方向に体を向けた。まるで「ついてこい」と言われてる気分だ。

 

「え、ついて行けば良いのか? 凛の犬」

「ガルルルッ!」

「違ったハナコ様!」

 

 言葉わかんの⁉︎ 嘘でしょ⁉︎

 と、とにかく逆らったら殺されそうだし、付いて行くしかないか……。

 切れたリードの先端を握って歩き始めた。……ていうか、凛のご両親の許可はちゃんと得てるんだろうなこの犬。

 

「……一応、連絡しておくか」

 

 と言っても、俺が連絡すると怪我の心配とかされそうだしな……。

 ……あれ? そういえばそもそも、こいつは俺と散歩するためにここに来たのか? わざわざ見かけたら噛みに来る癖に?

 

「……もしかして、寂しいのか?」

「わん」

 

 あ、寂しいんだ……。多分、家族は仕事で忙しかったりするんだろう。普段なら凛が構ってくれるが、その凛も仕事でいないからうちに来たんだろう。

 いや、それでもなんでうちに来るんだよ。いつも俺のこと噛んでくる癖に、自分が退屈になったら甘えてきやがって。

 

「……けっ、調子の良い野郎だ」

「グルルルッ……‼︎」

「う、嘘です……すみませんでした……」

 

 違った、この犬にとって俺は奴隷と変わらないようだ。

 正直、生きた心地がしないが、殺されるよりはましだ。千切れたリードを手に取って散歩を始めた。

 目の前の犬改めハナコ様が歩き、俺がその後をついて行く。俺が散歩させられている気分だった。

 しかし、俺を先導してると言うことは、この犬にも行きたい場所があるのか? 或いは、散歩コースが決まってるのか。いずれにしても、良い暇潰しにはなりそうだな。

 一人と一匹で冬の街を歩く。雪は降っていないが、明日の夜辺りには来そうな天気だ。

 俺はともかく、ハナコ様は寒くないのかな。だってそれ全裸でしょ? ……あ、そうだ。

 

「ハナコ様」

 

 声を掛けると足を止めた。ポケットからホッカイロを出すと、ハナコ様の首輪に手を伸ばした。

 

「これ、使うか?」

「ガウッ!」

「余計なお世話でしたねすみません!」

 

 だ、だよね……。うちの実家の猫にも同じことして怒られたし……。

 とりあえず、黙ってハナコ様の後を続いた。

 しかし、こうして東京で散歩するのは初めてかもしれない。高校入学してからはなるべく外に出ないようにしていたし、凛とは出掛けずにゲームしてることの方が多かったから。

 東京なんてビルばかりだと思っていたが、そうでもないみたいだ。民家の間を歩いてる限りは割と田舎と変わらないかもしれない。いや、うちの方の田んぼと山と川しかないど田舎とは流石に違うけど。

 寒いのを除けば、こうしてるのも悪くないなんて思いながらのんびり歩いてると、ハナコ様が横の公園に入った。

 

「ここ?」

「わん」

 

 ふむ、いつもここに通ってんのか。確かに凛の家から見ても、散歩の休憩場所として使えそうな距離にある。

 こりゃ俺も休憩しようかな、自販機あるしとか思いながらベンチに座ると、ハナコ様が公園の隅の草の中で脱糞してた。

 

「……」

 

 ……あの、スコップとか袋とか無いんですけど。どうしてくれんだよこの駄犬……。

 えーっと、こういう場合はどうすりゃ良いんだ……? 放置もするわけにいかねーし……どうにかしてその辺に埋めれば良いのか?

 しかし、都合よくスコップなんてないだろ……あ、あったわ。子供の忘れ物っぽいのが砂場に。

 それを手に取り、糞の横を穴掘って、木の枝で摘んで穴に入れると、塞いだ。

 

「ふぅ、良い仕事した」

 

 お前一つ貸しだからな、とか思いながら自販機でコンポタを買ってベンチに座って一息ついた。

 

「ふぅ……」

 

 時刻は19時過ぎ。そろそろ帰ったほうが良い気もするが……まぁハナコ様に俺は抗えない。

 生類憐みの令然り、お犬様が満足するまで俺はお付き合いさせてもらうとしよう。

 そんなわけで、散歩を再開した。それからハナコ様に続いていつもの散歩コースを歩いた。

 最初は犬について歩くのなんて、キラが出現した後の犯罪者の心地だったが、中々楽しくなってきた。

 特に、凛がいつも見ている風景を眺められて、なんだか少し嬉しい気がする。彼女のことは胸のホクロの数まで知りたい派だからな。まぁ、実際に凛の胸なんて見たら気絶しそうなものだが。いい加減、このヘタレ根性をなんとかしたいぜ。

 そんなこんなで、さらに散歩を続けた。というか、散歩長くない? さすがに疲れて来たんだけど……。

 かれこれもう三時間くらい歩いてるぞ。凛っていつもこんなに長く歩いてんのか? いや、そんなわけないよね。

 

「ハナコ様、まだ散歩する?」

「ガウ」

「そ、そうですよね……すみません……」

 

 まぁ、ハナコ様も寂しいんだろう。たまには一人、何もかも忘れて歩き回りたくなるよな。

 仕方ない、ここは男を見せるところだろう。ハナコ様の寂しさが消えるまで付き合うとするさ。

 そんな時だった。ハナコ様の鼻がピクッと動き、何処かに顔を向けた。で、慌てて走り出したため、俺も引っ張られる形で走り出した。

 

「っ、は、ハナコ様⁉︎」

 

 な、なんで急に走るの⁉︎ なんかあった⁉︎

 スイスイと街を抜けて、走った先は駅だった。って、駅⁉︎ この駅は割と大きくてイルミネーションすごいんだから、クリスマスにここに来るとカップルがたくさん……!

 そう思った頃には遅かった。カップルだらけのキラキラしたイルミネーションの中、俺は犬の散歩をしていた。

 どこを向いてもイチャイチャしてるカップルだらけ。明らかに俺だけ浮いていた。

 だが、無邪気にもハナコ様はハッハッハッと息を切らして駅の方を黙って眺めて動こうとしない。

 

「あ、あの……ハナコ様、帰りません?」

「グルルルッ……!」

「っ、す、すみませんでした……」

 

 ……な、なんだよぅ……。というか、犬にここまで怯える俺ってなんだよ……。

 そんな風にクリスマスにショックを受けてる時だった。わんっ、とハナコ様が吠えた。

 何事かと思って辺りを見回した時だ。

 

「……ハナコと、ナル……?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。ふとそっちを見ると、凛が驚いた表情で立っていた。

 え、なんで凛がいんの……? と、思ったのもつかの間。ハナコ様がキャンキャン騒ぎながら俺の足元を飛び跳ねた後、凛の方に走って胸に飛び込んだ。

 

「きゃっ、は、ハナコ……! ていうか、どんな組み合わせ……?」

「あ、ああ……えっと……」

 

 ど、どうしよう……なんて言えば良いのかな……。犬に連れ回されてましたなんて言えねーよな……。

 でも、他になんて伝えれば……いや、とりあえず何か言わないと……。

 

「……き、来ちゃった……」

 

 言ってから後悔した。俺は彼女かよ……。

 案の定、凛の方からプフッと吹き出すような声が漏れた。

 わ、笑われた……。頬を赤らめて、俯きながら凛の顔を見上げると、目尻に若干、涙を浮かべて微笑んでいた。

 

「もうっ……何それ」

 

 微笑んだ凛は、ハナコ様を左手で抱っこしたまま俺の方に近寄り、右腕を俺の後ろに回して抱きしめてきた。

 

「っ、り、凛……⁉︎」

「会いたかった、ナル……」

「な、泣くほど……?」

「……クリスマスだからね」

「関係あんのそれ……?」

 

 そう言いながらも、気が付けば俺も凛を抱きしめていた。ああ、久し振りの凛の声、凛の匂い、凛の温もりだ……。ずっとこのままでいたいと思ってしまうほどだ。

 しかし、いつまでもこうしてると目立ってしまう。大胆にハグしてる奴らなんて俺らくらいだ。

 

「凛、移動しよう」

「……離れちゃうの?」

「凛の部屋でくっ付けば良いさ」

「……そうだね」

 

 そう言うと、凛は俺から離れてハナコ様を地面に置いた。

 俺と凛はハナコ様を眺めた。おそらくだが、多分この子が俺と凛を引き合わせてくれたんだろう。定春くらい頭の良い犬だ。

 

「……ありがと、ハナコ」

 

 同じ事を思った凛がハナコ様の頭を撫でて、二人でハナコ様のリードを持って凛の部屋に帰宅した。

 

 



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山手線(2)

 今年も残り数日、そんな中、俺、上野駅は待機場所で渋谷駅と並んで待機していた。

 お互い、無課金コスチュームなのでアバターはランダム。同じ服を着た男女が並んでいて、偶然にも上野が女、渋谷が男と見事に真逆になっていた。俺と凛の実際の性質的なものを反映してるんじゃないだろうな。

 ゲームモードはデュオで固定。スクワッドだと他の人に迷惑掛けてしまうだろうし。

 時間になったため、渋谷が実況を開始した。

 

「皆さん、こんばんは。山手線です」

「どうも、渋谷です」

「いやあなた上野でしょ?」

「あ、そっか。上野です」

「ちょっとー、出鼻から頼むよホント」

「いやいや、もう何十回もやってれば一回くらい間違えるでしょ」

「いやだから、そこ間違えちゃいけないんだって」

「分かったから始めましょうよ」

 

 細かいことはグチグチ言うな、割とリスナーの皆さん的にはそこどうでも良いと思うし。

 

「まぁ、そんなわけでね。今日のゲームは『フォ○トナイト』ということでね」

「簡単にゲームの説明お願いします」

「それさぁ、毎回思うんだけどなんで私がしなきゃいけないの? たまには上野さんやってよ」

「いやそこどっちでも良いでしょ」

「どっちでも良いならやってくれたって良いでしょ。なんで私に振るの、役目を」

「どうしたの今日。すごい突っかかって来るけど」

 

 キレてんの? 機嫌悪いの? や、ほとんど意味同じか。何にしてもやけに突っ込んで来るのは何なの?

 

「いや別に何もないけど……それより早く、ゲーム紹介」

「ああ、そうですね」

 

 まぁ良い、今は生放送中だ。

 

「あー今回のゲームはTPSのフォ○トナイトというゲームで」

「島に降り立った100人のプレイヤーが残り一人を目指して銃と建築を駆使して撃ち合うゲームですね」

「いやあんたがすんのか結局!」

「……ふんっ」

「え、ほんと怒ってる?」

「怒ってない」

 

 おい、今の素だぞ完全に。畜生、なんかしたかな俺。

 

「とりあえず、この『shibuya-station』が私、渋谷」

「隣の『Ueno-station』が私、上野です」

「モードはデュオで、今夜はドン勝するまで帰れま10ってことで」

「またハードルあげちゃったよ……」

「え、なんで? ヤなの?」

「いや、別に嫌ではないけど……」

「なら良いじゃん」

 

 ……ほんとにどうしたんだろう。

 少し不安になってる間にゲームスタート。ロード画面になり、待機場へ。これからバスに乗って島に降り立つのだ。

 

「はい、というわけでね。上野さん、どこ降りますか?」

「あー、どうしますかね。まだ始めたばっかなんでどこが良いとかイマイチ分かんないですけど」

「マップに名前が載ってる場所に降りてみます?」

「そうですね」

「じゃあ、このトマトタウンで」

 

 と、いうわけでトマトタウンに降りることになった。

 ……しかし、ホントに凛の機嫌悪いな。俺、何かしたっけかな……。あとで聞いてみるか。……まぁ、そのためにはドン勝つしなきゃいけないわけだが。かなり難しいぞこれ。

 で、バスが出発し、あとはパラシュートを開いて降りなければならない。

 島を見下ろしながら、とりあえず世間話のつもりで声をかけた。

 

「やっぱあれですね。こうして見るとこの島、広いですね」

「そうですね。この中で徐々に嵐に追われて範囲が狭くなっていく感じですね」

「どうします? アイテム取ったら早めにアンチ行きます?」

「アンチに早く行きすぎると強い人と当たるかもしんないから、ギリギリを目安にしようよ」

「逃げ腰なんだけど」

「や、戦略的逃げ腰でしょ」

「逃げ腰じゃん」

「うるさいからほんと」

 

 まぁ、逃げ腰なのは悪くない。本気で勝つつもりなら。ただ、絵的につまらないだけだ。

 どうせ、多くて100戦くらいやることになるだろうし、最初の一回くらい、そんなのがあっても良いだろう。

 トマトタウンに近付き、とりあえず降りた。バスの通り道的に見て、ちょうど真上を通るので早めに降りるのは当たり前だ。

 

「え、降りるの早くない?」

 

 ……しかし、この子には何度言ってもわからない。

 

「いや、だからどうせ上通るなら真上から降りた方が早くない?」

「じゃあ試す? 真上から降りて良いよ。遅かった方があとで飲み物奢りで」

「良いよ」

 

 はい、飲み物一本。

 上手く角度を調整しながら、トマトタウンのシンボルとも言えるトマトの人形に向かう。

 

「あー見えましたね。トマトタウン」

「これさ、トマトのお店があるだけでトマトタウンじゃないよね」

「それは言うなよ」

「もっと言うと、トマトのお店って何? これ何屋?」

「トマトを使ったハンバーガー屋的な?」

「あ、ファストフード店ね」

 

 一応、近くに家が二ついるし、コンビニっぽいのとガソリンスタンドっぽいのがあってタウンに見えなくもない。にしても街にしては小さいけどね。

 まぁ、一々、どの街も大きくしてたらキリがないし俺は気にしないけどね。ポケモンのタウンなんて民家しかないとこあるし。

 トマトに降り立ち、空を見上げた。途中で強制的にパラシュートを開かれ、ふわりふわりとのんびり降りて来る渋谷の姿が見えた。

 

「はい、あとで奢りな」

「……ずるいから」

「いや、ズルくはないでしょ」

 

 そんなこと話しながら、とりあえず俺は金箱を開けに行った。中には武器やアイテムが入っている。

 入っていたのは自分のシールドを上げるミニシールドポーション、白サイレンサーマシンガンとその弾と木材だった。

 

「サブマシンガン来ましたね。これ序盤では頭に当てれば中々……」

「ちょっと待って」

「なんですか」

「遅れて来たチームに武器を渡すのが勝つための秘訣では?」

 

 ……またすごいこと言ってきたな……。まぁ、そう言うなら仕方ない。ミニシとか元々、あげる予定だったし。

 

「分かりましたよ。早く降りてきてください」

「今、最強のガンマンがトマトタウンの地に降り立ちます」

 

 なんて抜かしてる時だ。近くから足音が聞こえてきた。どうやら、別のプレイヤーが同じ建物内にいるらしい。

 

「渋谷さん、まだこっち来ないで」

「は? なんで」

「近くに敵いるから。片付けるんで離れてて」

「そう言われてももう来ちゃったよ」

「はっ?」

 

 その直後だ。ショットガンの銃声の後に、ピローピロッと味方が死んだ時の電子音が鳴った。

 よし、敵の位置が割れた。走って現場に急行し、渋谷にとどめを刺そうとしてる敵の頭を撃ち抜いた。

 

「よしよしよし、ナイス囮」

「いや囮じゃないんだけど!」

「はい。ミニシとサイレンサーマシンガン」

「あー、私マシンガン使いにくいんだけど」

「じゃあ今倒した人のショットガン持って下さいよ」

「ショットガンもっとダメ」

「じゃあ何が欲しいの?」

 

 ワガママさんめ……。ていうか、ショットガンも当てられない人ってどの武器持ってもダメだと思うんだけど……。

 

「アサルト! アサルト欲しい!」

「はいはい……とりあえず、マシンガン持っててよ。護身用。当てなくても足止めてくれれば良いから」

「え、なんでそんな上から目線なの? 何そのスタンス?」

「いやまぁ、それはー……ねぇ?」

「ねぇ? じゃなくて」

「さぁ、アイテム取りに行きましょう」

「いやいや、無視しないで。ねぇ?」

 

 無視して武器探しを始めた。

 店内の机や椅子を壊しながら資材を収集しつつ、アイテムを漁った。近くの家の金箱も開けて、渋谷はアイテムは緑アサルト、白サブマシンガン、包帯2個で、シールド50、HP75になり、俺は緑ポンプショットガン、白バーストアサルト、グレネードでシールド25、HP100だ。

 

「よし、行こうか」

「うん」

 

 ドン勝つを目指して勝負を始めた。

 

 ×××

 

 しかし、やはり渋谷と一緒にドン勝つはかなり疲れる。アイテムにはガメついわ、アイテムとっても相手を殺せないわ、敵のど真ん中で回復するわ、そのくせキル厨を気取って勝手に突っ込むわ、もう散々だ。

 ただ、全く使えないわけでもない。例えば建築。三段の櫓を立てるのは速くて、ピンチになったらすぐに建てる。

 あとは敵に弾は当てられないが、敵の壁を削るのは率先してくれる。まぁ、結局は俺が一人で敵二人倒さなきゃいけないわけだが。適材適所、と言えば聞こえは良いんだけどなぁ……。

 現在、二時間で58回目のトライ。一応、かつてない順調さでラスト8人まで残っている。まぁ、敵と一回しか遭遇してないだけだが。

 ただ、その一回の敵が強かった。完全に奇襲が綺麗に決まったから倒せた。ハンティングライフルでヘッドショットし、二対一で圧倒できた。まぁ、渋谷は一回死んだが、漁ったアイテムですぐ回復できた。

 で、残り4組。アンチに向かっている。

 

「いや、いけるよこれ! いけるって!」

「いやフラグ建てないでお願いだから」

 

 ……まぁ、確かにそんな気になるのは分かるが。順調は確かにかつてない。

 そんな時だ。俺の足元に煙が出た。狙撃されている。とりあえず建築して壁を張った。が、アサルトによって壁が剥がされていく。

 

「渋谷さん、壁張って。俺、相手殺すから」

「はいはい」

 

 渋谷が壁貼ってる間、俺はその壁に穴を開けてハンティングライフルを構えた。

 撃ってきてるのは……あーいたいた。あ、ダメだ。壁張られた。アサルトライフルに切り替えて、壁を剥がし始めた。

 ……あれ、おかしいな。こっちに撃たないで渋谷さんしか狙われてない。というか、そもそもこっちに撃ってきてるのが一人だ。

 ふと怪しいと思った直後だ。足音が近づいて来るのが聞こえた。

 

「……あ、ヤバイな。渋谷さん、一人来てるかも……」

「わっ! 何この人⁉︎ ヤバイヤバイヤバイ殺される殺され……!」

 

 泣きそうな凛の声が響いた。

 ……この野郎、俺の彼女を何度も殺しやがって。

 武器を切り替えて、ショットガンを持ち、階段を建てて上がった。壁を貼って他所からの狙撃を防ぎながら敵の方に向かう。

 

「ちょーっ! な……上野さんヤバイって死ぬって死ぬ死ぬ死ぬ!」

 

 そう言う通り、左上のゲージは青は完全に消滅し、緑も半分を切った。

 

「大丈夫、もう追いつく」

 

 もう見つけたし。坂道を作って上を取ってジャンプしながら渋谷にとどめを刺そうとしてる奴にショットガンを向けた。

 が、壁を張られて塞がれる。階段を使って壁の向こう側に走りながら指示を出した。

 

「渋谷さん、下降りて隠れて回復して。こいつらは俺が仕留めるから」

「っ……その頼もしさがいつもあればなぁ」

「? 何?」

「なんでもない」

 

 よく聞こえなかった。今の俺の神経は全て画面に向いている。階段作って壁貼って床作って頭取ったら狙って撃って外されたら壁張って避けつつ階段使って壁って床作って場合によっては天井作って頭が見えたら撃って……の繰り返し。

 HPはお互いにマックス、これは長期戦になるな……。どちらが先にダメージを与えるかで勝敗が決まりそうだ。

 

「よし、回復した。今行こうか?」

「いや、いい、いらん。周りの奴が建物壊して落下ダメ入れてこないように見張りだけしといて」

「いや放送画面に映してるの私の画面だからさ、このままだとかなりつまんないと思うんだよね」

「……あ、そっか。今、放送中だったか」

「いや没頭しすぎでしょ!」

 

 そんなこと言われても……さっさと片付けないと他のチームに見つかって終わった後に漁夫られる。

 

「んにゃろうめ……!」

 

 そう、毒づきながら相手の頭をとってショットガンを構えた時だ。目の前にやはり壁を張られる。

 が、その壁が何処から飛んで来た銃弾によって壊された。お陰で建築中の無防備な対戦相手が出てきて、ポンプショットのヘッドショットで沈めた。

 

「よーし、オーケーオーケー。今、逃げるわ」

 

 ラッキー、漁夫りにきたスナイパーに助けられた。

 慌てて建築物に穴空けて降りながら渋谷さんに合流した。SR持ちがいる以上、足を止めるのは死活問題だ。

 狙撃を警戒してジャンプしながら逃げつつ、渋谷さんに聞いた。

 

「もう一人は?」

「……」

「渋谷さん?」

「あのさ、これデュオだからね?」

「へ? う、うん」

「協力しようよ」

「え、してるじゃん」

「……」

 

 ……どうしたんだろ。なんか怒ってる?

 

「……まぁいいよ、とりあえず続けよう」

「お、おう……?」

 

 その後、久々に良い勝負をして絶好調の俺は何とかドン勝つ出来た。

 

 ×××

 

 放送が終わり、俺はその場で寝転がった。あー、疲れた。

 

「いやー、勝てて良かったな、凛」

「……そうだね」

「絶対無理だと思ってたもん。次回に持ち越しパターンだとばかり」

「そうだね」

「……」

「……」

 

 ……あれ? お、怒ってる……?

 

「り、凛……? どうかした?」

「……ナルさぁ、バカなの?」

「へっ?」

「どこが協力? あのショットガン合戦の間、ずっと一人で暴れてただけじゃん」

「あ、あー……」

「私の話に耳も貸してくれなかったし……」

 

 ……しまったな。確かにあまり構ってあげられなかったかもしれない。凛ってこう見えてかまってちゃんだからなぁ……。

 

「この前のクリスマスの時だってさ、アレ以来ハナコと仲良くなって、私よりまずハナコに挨拶するようになったし……」

「あ、あー……そ、それは」

「ふんっ、私よりゲームとか犬が好きなら一生それで孤独に慄けば良いじゃん」

 

 ……完全に拗ねちゃってるよ。確かに夢中になり過ぎたな……。

 どうしたものか……こういう時は「凛のゲームの練習付き合う」とかはダメだ。結局、ゲームだし。

 

「……あー、凛」

「何? クソゲーマー」

「悪かったよ。しばらくゲームしないから、だからむくれるな」

「……足りない」

「は?」

「それだけじゃ足りない。今から、私の椅子になって」

「えっ……?」

「嫌なら知らない」

「わ、分かったよ……」

 

 すると、凛は俺の膝の上に座った。

 

「……抱きしめて」

「はいはい……」

 

 後ろから両手を回して、ギュッと力を入れる。

 

「……しばらく、このままだから」

「了解……」

 

 今日はこのまま横に倒れ、二人で眠ってしまった。

 

 



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エレベーター

 今年も残り二日、そんな日に俺と凛は秋葉原でゲームを購入した。今年最後の生放送を無事に終え、次の生放送はレトロゲームでも、というわけでゲームを買いに来ていた。

 とりあえず、次にやるゲームは決まったので、購入した所だ。この前の放送は凛に足引っ張られっぱなしだったからなぁ。今回はもう少し頑張ってもらいたいものだ。

 そんな事を考えながら歩いてると、凛が「あっ」と声を漏らした。

 

「ね、ナル」

「何?」

「ちょっとヨ○バシ寄っても良い?」

「良いよ。なんか買うん?」

「ん、いや卯月に一緒にプラモ作ろって言われて、どんなのがあるのか見ておきたいの」

 

 ……あの人、ビルダーになったんだっけか。まぁ、うん。頑張って下さい。

 

「しかし、ガンプラねぇ……」

「ナルも作る?」

「いや、凛と二人でなら作るけど……」

「もちろん、そのつもりだよ」

「なら良いよ」

 

 そんな話をしながら、二人でヨ○バシに入った。プラモが売ってるのは6階。普通ならもっと客で賑わっていても良い場所だが、閉店間際の時間だからか、あまり人はいない。

 

「これはさっさとプラモ見て回らないとな」

「? なんで?」

「閉店時間が近いからだよ。お店の迷惑だろ」

「別に気にしなくて良くない? 私達、お客さんなんだし」

「出たよ、バイトしたことない奴のセリフ。バイトしてる身としては、閉店間際まで居られると迷惑なんだよ」

 

 夏休み前にバイトに入ってきた河村くんも言ってた。締め作業が遅くなるし、店長とか早く帰りたい族だから機嫌悪くするし。

 しかし、忘れていたが凛は個人経営の花屋の娘だ。「こいつ何言ってんの?」みたいな顔で聞き返してきた。

 

「むしろ年末にもお客様に立ち寄ってもらえるなんてありがたいことでしょ。数多くあるお店の中、どんな理由であれ自分達のお店を選んで立ち寄ってくれるんだから」

「……」

 

 ……うん、負けたわ。これは凛が正しい。

 

「……その通りだわ」

「でしょ?」

「流石、花屋の娘だね。説得力が違ったよ」

「むしろ当然な考えだと思うけど……」

 

 もうその辺の意識が一流と三流の差だな。

 

「すごいな、やっぱり凛はカッコ良い」

「……カッコ良い?」

「え? うん」

「……か、可愛い……じゃなくて?」

「……」

 

 訂正、超絶可愛い。

 なんかもう色々とキュンキュンしてしまった俺は、エスカレーターで凛の肩を自分の方に抱き寄せた。

 

「うん、やっぱり……その、可愛いわ……」

「照れながら言ってちゃ意味ないよ」

 

 俺の方に体重をかけ、肩に頭を置いて俯いた。その凛の頭に手を置いて撫でてあげた。

 

「いつのまにか、追い越したぞ。身長」

「……うん。たくましくなったね」

「へぇ、凛が俺を褒めるなんて、明日は槍でも降ひゅっ⁉︎」

 

 突如、脇腹に爪先が入り、変な声が漏れた。

 

「おまっ、何すんだよ⁉︎」

「もう少し、中身もたくましくなればね……」

「どういう意味だよ⁉︎」

「彼女にいじられるようじゃ、まだまだだよね」

 

 ふふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らし、俺とは反対側を向く凛。

 ……少し、イラっとしたので後ろから抱き締めてやった。後頭部に顔を近づけ、揉み上げを掻き上げて赤く染まっている耳を出してやった。いや、赤くなってるのは耳だけじゃない。

 

「……顔を真っ赤にしておいて、よく言うよ」

「……うるさい」

「やっぱ可愛いよ、凛」

「……ほんとにうるさい」

 

 最近はようやく主導権を握れるようになってきた。別に支配したいわけではないが、いじられた分だけ仕返ししてやりたいと思うのは俺だけではないはずだ。

 まぁ、やり過ぎればうちの地元のカスどもと同じなのでこの辺でやめておくが。

 目的地の階に到着し、エスカレーターを降りた。天井からぶら下がっている案内板を見てプラモコーナーに向かったのだが……俺も凛も言葉を失った。

 

「うお、すごっ……」

「これ、プラモ……?」

 

 プラモデルなのか、それともロ○ット魂なのか知らないが、ショウケースにガンダムとかマジンガーとかゲッターが並んでいた。

 

「すごいね……。完成度あげればここまでになるんだ……」

「なんか、少しやる気になるかもな」

「ていうか、こういうのって他のヨ○バシには無いよね……」

「まぁ、秋葉のだからだと思うしかないよね」

 

 少なくとも、俺が過去に行ったヨ○バシには無かった。池袋の電気屋にはこんな感じのあった気がするが……忘れちゃった。

 

「って、時間無いんだ。閉店時間には出なきゃいけないのは変わらないし」

「あ、そ、そうだね。今度ここに来たときはもっと早く来ようね」

「だな」

 

 とりあえず、切り替えてプラモを見学した。

 お互いにお目当てのプラモを見繕い、割と値段が安かったので購入してプラモコーナーを出た。

 閉店まで時間がないようで、店内にメロディとアナウンスが流れる。

 

「いやー、つい長居しちゃったね」

「30分だけどな」

「店側からしたら長居されてる方だよ」

「まぁね。でも、良いの買えたし良いじゃん」

「うん」

 

 しかし、買っちまったなあ……。その場のノリにしても、ゲームも買ってるのに金使い過ぎた気もする。

 しばらくは金使えないかな……なんて反省しつつも、やっばり凛と一緒にプラモを作るのが楽しみだったりする。

 ちなみに、買ったのは俺がサザビーで凛がνガンダム。どんなロボット……じゃない、モビルスーツだっけ? なのか知らないけど、カッコ良いのが買えたから良かった。

 

「あ、ナル。エレベーター7階で止まってるからすぐ来るよ」

「マジか、ラッキー」

 

 そう言ってボタンを押した。すぐにエレベーターが降りてきて、二人で乗り込んだ。

 店内に他にお客さんは少ないので、乗ってるのも俺達二人。1階のボタンを押して、扉を閉じた。

 

「いやー、買っちゃったね」

「それな。次からはもう少し我慢しないとな……」

「うん……。将来、子供とかできたときに甘やかしそうで今から怖い……」

 

 まぁ、その辺はまだ先の話だ。

 凛も同じ事を思ったのか、天井を見てホッと一息ついてから呟いた。

 

「もうすぐ年越しだなー」

「そうだね。今年も色んなことあったね」

「ああ。まさか、彼女が出来るなんて思ってもなかったから」

「それはナルが自分のことを正しく評価してないからだよ」

「そうなん?」

「そうだよ。奈緒と加蓮と卯月も言ってたよ。普通に良い人なのに、自分に対してだけ良い所を見ようとしないって」

 

 ふむ……まぁ、実際、良いとこあると思ってなかったからな。今はもちろん、そんな事はない。何処かは知らないけど、何処かしら良い所があるんだろう。じゃないと、凛が俺と付き合ってくれているはずがない。

 

「まぁ……今はそんなことないから」

「だと良いけどね」

「最近はほら、クラスに友達でき始めたし」

「え、そ、そうなの?」

「みんな凛が目的だったんだけどな。彼女、とは言わないまでもアイドルと知り合いになりたい、みたいな」

「へぇ」

「最近じゃ、休み時間に次の授業の確認とか一緒にトイレ行ったりしてるよ」

「……遊びに行ったりは?」

「……誘われたことないです」

「……ごめん」

 

 ……ま、実際は凛がいるからだと思うけどね。みんな気を使ってるんだろう。俺に、というよりも凛に。

 

「凛は友達と遊んだりしないのか?」

「私はあんまり。たまにご飯行くくらいかな」

「いじられてない? 大丈夫?」

「ナルとは違うから」

 

 あーそう。悪かったね、今もクラスメートからいじられる事が多々あって。

 

「……ま、その俺に最近、可愛い可愛い凛ちゃんはいじられてるんだけどな」

「も、もう……! 怒るよ」

「ジョーダンだよ」

「むー……最近、なんか主従逆転してる気がする……」

 

 ……主従って、俺は飼われてるのかよ。

 少し呆れ気味にため息をつくと、不満そうな顔をしていた凛は急に優しい笑みを浮かべた。

 

「……ま、でもさ、ナル」

「何?」

「私、今年が今まで生きてて一番楽しかった。やっぱり、ナルと一緒になれたのが一番大きいから」

「……」

 

 ……ダメだな、やっぱこいつには勝てない。俺は顔に手を当てて熱くなった顔を隠した。

 

「何々? ナル、照れてるの?」

「……るせーよ」

「ふふ、やっぱナルも可愛いね」

 

 ……ホントうるせーから。

 凛のいたずらっ子のような笑みから逃れるように、ふと扉の上を眺めると、エレベーターの明かりは未だに5階を指していた。

 ……あれ? おかしいな。割と話し込んでた気がするんだけど……。なんだ? 表示の故障か?

 

「ナル? どうしたの?」

「……や、なんか様子がおかしくて……」

「ナルはいつもおかしいじゃん。簡単に顔赤くして」

「いやそういうんじゃなくて……5階の表示のままなんだよ」

「へ? あ、ホントだ。ていうか、エレベーターならそろそろ一階に着いても良い頃だよね」

「ああ。……あれ? てかこれ、エレベーター止まってね?」

「……」

 

 ……凛の表情に冷たい汗が浮かぶ。というか俺もだ。

 

「い、いやいやいやいや落ち着け」

 

 馬鹿野郎、これまで取り乱してどうする。こういう時の対処法はあるだろ。例えばほら、エレベーター内のボタン押すとか。

 幸い、救助ボタンは付いている。

 

「落ち着いて、凛。ほら、これで助けを呼ぼう」

「あ、そ、そっか」

「大丈夫、こういう時こそ冷静に……」

 

 ……あれ、通じない。け、どういうこと? 故障?

 

「な、ナル……? どうしたの?」

「い、いやいや! どうもしない! ちょっとボタンの押し方間違えただけで……!」

「通じないの?」

「……」

「……」

 

 ……気まずい空気がその場を支配した。俺も凛も何も話さない。というか話せない。

 どう声をかけたらよいのか分からないでいると、凛が小さくため息をついた。

 

「……はぁ……サイアク」

「……だ、大丈夫だって。俺がいるから。いつか助けも来るから」

「大丈夫、そこまでうろたえてないから」

 

 ……それなら良かった。まぁ、今晩はもう飯済ませてるし、最悪のケースの明日の朝までは保ちそうだな。

 

「へくちっ」

 

 うう、寒っ……。エレベーター内はクーラーとか効いてないんだよな。まぁ、このくらいなら問題ないか。田舎っぺは簡単には風邪ひかない。

 しかし、一緒にいる凛はそうもいかないようだ。壁にもたれかかってる俺の隣にスススッとすり寄ってきた。

 

「? どうしたの?」

「寒いんでしょ? くっ付いてようよ」

「……どうも」

 

 凛の肩に手を回し、さらに自分の方に抱き寄せる。凛は俺の肩に頭を乗せた。

 

「ふふ、やっぱりどんな状況でもさ、ナルと一緒なら楽しいね」

「……俺もだよ。凛と一緒なら怖くない」

 

 両腕を絡ませ、ずっと立ってるのは疲れるのでそのまま座り込んだ。

 

 ×××

 

 一時間半が経過した。助けが来ない。

 ずっとこの状況だから恐怖はないが、それ以上に退屈の一言に尽きる。

 俺も凛も、座ったまま二人のコートをお互いにシェアして布団のようにかけたままボンヤリしていた。

 

「ラバーストラップ」

「プーギィ」

「イカロス」

「諏佐佳典」

「リビングデッドの呼び声」

「エリクシール」

「ルカリオ」

「オーバーロード」

「ドバシキカメラ」

 

 訂正、ボンヤリとしりとりをしていた。

 が、まぁこうしてるのも限界はある。凛の方が飽きてしまったようで、その場でため息をついた。

 

「はぁ……もう無理……飽きた」

「だよな。俺も疲れてきたとこ」

「正直、1、2時間もすれば助けは来ると思ってた」

 

 まだ1時間半だけどな、なんてツッコミも出ない。なんと言うか、精神的に参ってきた。正方形の何もない空間でこうしてるのは中々に辛いものがある。

 しかし、1時間半ってことは閉店してからそれなりに時間は経過してるはずなんだが……。

 もしかして、年末だからやっぱトラブルがあったりしてんのか? うちのバイト先でも、年末は変な客増えるからな。警備員の見回りがここまで行き届いてないのかもしれない。

 監視カメラを見れば一発のはずだけど、それでも来ないってことは監視カメラも止まってるってことか?

 

「……はぁ、故障は直しとけよ。なぁ、凛?」

「……」

「凛? どうした?」

 

 いつの間にか、俺と凛の間は半人分のスペースが空いていた。あれ、なんだろ。もしかして俺、加齢臭とかしてる? いやそんな歳なはずないんだけど……。

 と思ったら、なんかお尻を浮かせて、足の裏をスリスリと地面に擦り付けている。

 ……あ、もしかして……。

 

「……トイレか?」

「ーっ!」

「おふっ⁉︎」

 

 ノーモーションからの裏拳が見事に俺の目前で静止した。冷や汗が俺の頬を伝る中、凛は輪廻眼より恐ろしい眼力で俺を睨んだ。

 

「……詮索するな」

「ご、ごめんなさい……」

 

 や、でもこればっかりは詮索するでしょ。明日の朝まで保つものじゃないし、漏らさせるわけにもいかない。

 

「だ、大丈夫か?」

「……ま、まだ、平気……」

「そ、そう……」

 

 辛くなったら言えよ、なんて言えなかった。言ってもらっても俺に出来ることは、さっき購入したフ○ンタのペットボトルを差し出すくらいだ。

 

「それならくっ付いてたら? 体冷やさない方が良いでしょ」

「む、無理無理無理! おしっ……尿意を我慢しながら、ナルにくっ付いてるなんて……」

 

 あ、小さい方か。不幸中の幸いという奴かな。

 まぁ、確かにそれは恥ずかしいかもしれない。俺だっておしっこ我慢するために人肌を求めて凛にくっ付くのは無……。

 

「……」

「……」

 

 え、なんでこの子、くっ付いてくるの?

 

「……凛?」

「……その、ある種……興奮、しそうで……」

「……」

 

 あれ? この子、いつからこんな変態に? つーか、さっきトイレについて詮索するなって言ってたのは何処の誰だっけ?

 ……なんか、変な空気になってきたな。さっきとは別の意味で重苦しくなってきた気がする……。

 俺も凛も黙り込んだまま、しばらく頬を赤くしてると、凛が小さくくしゃみし、身体をブルリと震わせた。

 ……これ、割と限界じゃない?

 

「……あ、あの、凛?」

「……な、何?」

「これはあくまで最終手段で、俺の口からはやれとは言えないし、決して変な趣味ではないことを前置きしておくけど……」

「だから何?」

「……その、最悪……ペットボトル、あるから……それで……」

「ーっ、ば、バカ! 本気で言ってんの⁉︎」

「だ、だって! 漏らすよりはマシでしょ!」

「い、いや……! それは、まぁ……」

「この時間じゃ、多分下着売ってる店は閉まってるし、何より太もも痒くなるし!」

「わ、分かるけど……うう……」

「あくまで最終手段だから! もちろん、俺は耳塞いで背中向けてるから!」

 

 今日の凛はスカートだから、あとはパンツさえ脱げばしゃがむだけで用を足せるし、監視カメラが作動していたとしても、何をしてるのか見えないはずだ。

 ……まぁ、もちろん問題はあるけどね。俺だって外で凛にそんなことさせたくない。

 

「……ま、まぁ……最終手段だから(3回目)。別に考えなくても……」

「……トル」

「へ?」

「……ボトル、取って」

「え、ええっ⁉︎ 今ですか⁉︎」

 

 思わず敬語になっちゃったよ!

 

「そ、そういうのは早い方が良いに決まってんじゃん!」

「や、早計じゃないかい⁉︎」

「じゃない! ほら、早く!」

 

 くっ、本人がそういうなら仕方ない……!

 ペットボトルを差し出すと、代わりに脱いだパンツを手渡してきた。

 

「……持ってて」

「お、おお……」

「……む、向こう……向いてて……」

「っ、わ、悪い!」

 

 慌てて背中を向けた。

 ……え、マジで? マジでするの? 嘘だよね? 凛ちゃん?

 チラッと後ろを見ると、壁に向かってしゃがみ込んでいた。おいおいおい、なんか俺にまで罪悪感が……!

 その時だった。エレベーターの扉からガクンと音が聞こえた。

 

「凛、待て!」

「ふえっ⁉︎」

 

 直後、ガガガガッとこじ開けられる音が響く。エレベーターの扉が開いた。

 

「お待たせしてすみません、救助に来ました」

「! すみません、俺より凛を!」

「へ?」

「トイレだよ‼︎」

「あ、そ、そうですか」

 

 5階よりも若干、低い位置で止まっていたので、救助の人に引き上げてもらわなければならない。

 凛の脇に手を突っ込み、上の人に差し出した。向こうも凛の身体を引き上げてくれる。

 これで何とか一件落着……そう思った時だ。自分のポケットの中にパンツが入ってるのに気付き、反射的に上を向いてしまった。

 当然、スカートの下からは凛の何も履いていないお尻が丸見え……。

 

「ーっ⁉︎」

 

 意識した直後、俺の鼻からは血が垂れて後ろに気絶するように倒れ込んだ。

 後日、どうやってエレベーターから助かったのか、記憶から消えていた。

 

 



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年越し(1)

 31日。俺と凛は結局、旅行とか行かないで凛の家に泊まることになった。ハナコ様は相変わらず狂犬で、家に上がろうとすると襲い掛かってきたが、なんとか凌ぐことが出来た。

 で、今は風呂と夕食を終えた所。飯中はご両親(特に父親)から小機関銃のような尋問とも言える質問攻めに遭い、正直言ってかなり気を使った。

 まぁ、大事な娘さんと少なからずお付き合いさせていただいてるわけだし、そこは仕方ないと認めざるを得ない。

 そんな事を思いながら、鞄を持って凛の部屋に入った。直後、二人揃ってニヤリと微笑む。

 

「「さー、二次会だぁー!」」

 

 そう言って、まずは部屋のベッドにダイブ。凛は折り畳みの机を出し、俺は鞄の中からオヤツとジュースをサモン。

 そして何より、必要なのはゲーム。今日のゲームは、マリオオ○ッセイ。ついに買ってしまいました。2人でお金を半額出しあったので、そこまで響かない。

 すると、準備を完了した凛が俺の膝の上に座った。

 

「んー……ナルの匂い……」

「お前は犬か」

「犬で良いよ……。ナルの犬なら」

「……犯罪っぽい発言は止めような」

「さ、始めよっか。二次会」

「そうな」

 

 そう言って、二人でジュースをコップに注いで乾杯した。

 

「いやー、はしゃごうね、今日は」

「ああ。何やる?」

「まずはゲームでしょ!」

「良いね。あ、ティッシュ用意しとこう。ベタベタになった手でコントローラ触りたくないでしょ?」

「それもそうか」

 

 凛がティッシュを取りに行ってる間、俺はマリオを起動する。おお……ワクワクする音楽だな、なんか。

 膝の上の凛が、俺の胸に頭を置きながら呟いた。

 

「私、マリオって初めてなんだよね」

「え、そうなの?」

「うん。ほら、ゲームに興味出たのが今年からだったから」

 

 あーなるほど。なら、言うべきだ。

 

「マリオって思ってるより難しいから」

「え、そ、そうなの? 小学生向きなのかと……」

「いやいや。全クリはさほど難しくなくても、それなりだから」

「そうなんだ……」

 

 まぁ、昔のマリオは全クリすら難しかったからなぁ。それか比べれば随分と最近のは楽になった。その分、やり込み要素がえげつないけど。

 ゲームを開始すると、まずはムービー。船の上から、いきなりクッパとマリオの戦闘シーンだ。

 

「うわあ……ちゃんと見るのは初めてなんだけど、クッパって思いの外、カッコ良いんだね」

 

 凛がそんな事を漏らした。流石にマリオシリーズをやったことのない子でも、クッパって名前は知っていたようだ。

 

「まぁ、ゲームのレベルが上がるにつれて、キャラデザも徐々に変わっていくからな」

 

 ファミコンのマリオしかやったことない人が今のマリオ見たら、それはもう驚くだろう。

 そうこうしてるうちに、ムービーではマリオがぶっ飛ばされ、帽子が細切れになった。

 

「……え、負けたの?」

「まぁ、最初はマリオ負けるからな。負けないとピーチ連れて行かれないし」

「あ、なるほど……」

「で、ここから冒険の旅でしょ」

「え、でも帽子は?」

「それが今回のマリオのキーだって」

 

 絶対面白いね。ファイヤーとアイス以外の遠距離攻撃なんて初めてだし。

 で、今回のゲームのオリジナルキャラクター「キャッピー」に帽子を拾われ、二人は初めてのご対面を果たす。

 が、キャッピーが逃げてしまい、そこでようやくマリオが動かせるようになった。

 

「あ、マリオどっちやる?」

「私」

「はいはい……」

 

 凛が張り切ってコントローラのボタンを押した。3D操作はなかなかに難しいが、モンハンで慣れてるため、とりあえずは大丈夫そうだ。

 

「ふーん……ジャンプとか段階があるんだ」

「そうだね。今のうちに基本操作覚えておいた方が良いかも」

「やっぱりマリオだから踏むだけ?」

「踏めない敵も出て来るらしいよ。その辺はキャッピー投げれば良いと思うから」

「なるほどね」

 

 ポテチを摘み、ティッシュで拭くと、再びコントローラに戻して動かす凛を眺めながら、俺もポッキーを摘んで齧った。

 すると、再びキャッピーと合流した。なんかお話しして、とりあえず一緒に旅することになった。

 

「あ、これもう二人でできるんじゃない?」

「そっか。どうやるんだ……?」

「オプションからじゃない? あ、ほらあった」

「おお、さんきゅ……って、うおっ。もう分離出来んじゃん」

 

 マリオの帽子が縦横無尽に駆け巡り、あたりのコインを獲得する。

 

「わ、帽子でコインも取れるんだ」

「敵も倒せるらしいんだよね」

「なんか、あれだよね。ずっと昔からある帽子とようやく戦えるって感じだよね」

「まぁ、感じっつーかそうなんだけどな」

 

 そんな話をしながらゲームを進める。が、マリオ慣れしてない凛はさっさと進めてしまう。

 

「あ、凛。その辺でコインとか探索しない?」

「いいよ、ここはチュートリアルでしょ?」

「そりゃ、まぁそうなんだけど……」

 

 まぁ良いか。サクサク進めていると、カエルを見掛けた。

 

「あ、CMで見た……」

「そうそれ」

「やりたい」

「任せろ」

 

 帽子だけ出発し、カエルに乗り移った。初めてだからか、口に吸い込まれるムービーが入った。

 

「おぉ〜……すごい」

「それな。どんなカラクリなんだろうな」

「細胞が……適合した、的な?」

「いや真面目に答えなくて良いから」

「なんか、マリオって便利だよね」

「一家に一台欲しいみたいに言ってやるなよ」

 

 笑いながらそんなふうな会話をし、ゲームを進める。扉の中に入り、塔の上にいる船を討伐しに行かなければならない。

 

「あれボス? いきなり?」

「チュートリアルなんてそんなもんだよ」

「へぇー。勝てるの?」

「勝てないわけないでしょ。凛次第だけど」

「任せて。瞬殺するから」

「フラグにしか聞こえねえ」

「うるさいよ」

 

 まあ、マリオは基本、ジャンプで全ての敵を倒せるからな。深呼吸して戦闘を開始した。

 

 ×××

 

 一時間後、ようやくボス倒した。最初の。や、まさか冒険に出るのに一時間かかるとは……。

 俺が殺そうとすると「私がやる」の一点張りで押し倒してくるし……。そういうのどきっとするからやめて。未だにくっつくと少し心臓がうるさくなるんだから。

 で、一方の凛は項垂れていた。膝の上で。子供用のゲームで手こずったのが恥ずかしいんだろう。まぁ、よく勘違いされるけど、マリオって子供用ゲームじゃないんだけどな。

 たまにいるんだよねー、モンハンからゲーマーデビューしてる奴とか特に。マリオカービィドラクエとかの有名どころを見下す奴。

 まぁ、とにかくそれで凛はショックなんだろう。

 

「……私、マリオのセンスないのかな……」

「マリオっつーか、ゲームの……」

「……何?」

「いだだだだ! 抓るな! 抓るなって!」

 

 結構、力強いんだから!

 

「はぁ……なんかもう疲れた」

「や、チュートリアルなんだけど」

「少し休憩」

 

 自由気ままにそんなことを言うと、俺の胸を背もたれのように使って体重をかけて来た。

 

「んー、ナル暖かい……♪」

「はいはい……」

 

 凛の事を抱き抱え、後ろに倒れた。寝転がりながら、凛のことを抱きかかえて、肩をポンポンと叩く。

 

「凛さぁ」

「何?」

「ポニテにして」

「なんで」

「ん、好きだから。今なら全力で愛でられる気がする」

「……」

 

 言われて、凛は無言で髪を束ね始めた。愛でられたいんだぁ、可愛いなぁ。

 ポニテにした凛は、再び俺の胸に頭を置き、その頭を撫でてあげた。

 

「んー、甘く見てたマリオのチュートリアルクリアに1時間かかった凛ー、良い子良い子」

「……そういうこと言う子にはお仕置きかな?」

「いだだだ冗談ですすみません!」

 

 やっぱり勝てなかった。ちょっと調子に乗ってました。

 

「大体、あんないきなりボス戦とかおかしいでしょ。勝てるわけないじゃん。しかもファンネル装備とか……普通に考えて無理だって」

 

 俺がそのファンネルみたいに動く帽子を迎撃したんだけどな……。

 

「大体、3Dゲームで攻撃が踏むだけっておかしいよね。xyz軸全部合わせなきゃいけないのに」

 

 そのために俺が崩すんだけどな。

 

「で、結局はつまらなかった?」

「超面白かった。今日は寝ないからね」

「……あそう」

「でも、今は休憩」

 

 うん、まぁ素直でよろしい。実際、操作が簡単なだけあって慣れればスイスイ進むから、なんとかなるだろう。

 そんな事を思いながら不貞腐れ気味の凛の頭を撫でてあげてると、何か良いこと思いついたようで、ニヤリと微笑んだ。

 

「ね、ナル」

「何?」

「ポッキーゲームしない?」

「突然⁉︎」

「うん。ね、良いでしょ?」

 

 言いながら、机の上のポッキーを手にとって咥えた。チョコの方を咥えやがった。別にどっちでも良いけど。

 

「んっ」

「……どうしても?」

「んっ」

「……」

 

 たまにそういうことしたがるんだよなぁ、この子。いや、今はいいようにいじられて悔しかっただけか?

 そんなわけで、渋々反対側から咥えた。チョコの付いてない部分をカジカジと齧る。

 前を見ると凛の顔が近いので、つい目をそらしてしまう。可愛いのがまた困るんだよなぁ……。

 

「……んっ」

 

 両頬に手を当てられた。目を逸らすな、ということだろうな。無理言うな。

 一人、焦ってる間に凛はどんどん接近して来る。

 キスしたくないわけではないが……でも、何? 恥ずかしいじゃんやっぱり。

 ……うん、折ろう。ポッキー。じゃないと死んじゃう。

 そう決意した時だ。凛がスマホに文字を打ち込んで画面を見せて来た。

 

『負けた方は罰ゲームだから』

 

 考えを読まれた上に封じられました。歳下に考え読まれる彼氏って本当なんだろう……。

 不思議に思ってる間に、凛との距離は鼻と鼻がくっ付く距離に来てしまった。

 

「……ふふっ♪」

「っ……!」

 

 まずいな……主導権を……! こ、こうなったら……!

 奥歯を噛みしめ……ることは出来ないので、悔しげに凛を睨み付けると、覚悟を決めて凛の後頭部に手を当てた。

 そして、鼻と鼻が触れ合う距離感から一気にゼロ距離に押し込んだ。

 

「んっ⁉︎」

「んっ……!」

 

 これならイーブンだろ……しかも、俺がされた側ではなく、した側だからダメージもそれなりに少ない。

 ーーー何より、凛は受けに回るとめっぽう弱い。

 

「んっ……んん……」

 

 顔を真っ赤にしてショートし始めたので、口を離した。

 

「……俺の勝ちで良いな……?」

「……は、はひ……」

「……まぁ、うん。なんかごめん……」

「別に……まぁ、目的は果たせたし……良い」

「……マリオ、進めようか」

「う、うん……」

 

 そのまま照れを誤魔化すように徹ゲーして、知らない間に年は開けてた。

 

 



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新入り(1)

キャラがまだ微妙に分からないので、セリフと趣味から想像してみました。


 新年の仕事が始まり、二週間弱が経過した。さすが、みんなアイドルと言うべきか、仕事始めのスイッチオンの切り替えが早く、みんなレッスンも仕事も上手くこなしていた。

 それは当然、私も例外じゃない。毎日、バラエティだったり朝のニュース番組だったりCMだったりライブだったりと色んな仕事が回ってきているのを何とかこなしていた。

 そして、今日もまた大事な仕事の一つだ。何せ、四千人が見てくれているし、中には接続をスムーズにするために放送局に対してお金を払っている方々もいる。

 何より、この仕事は私の唯一無二の恋人と一緒に出来る仕事だ。絶対に失敗なんかしたくない。

 

「ちょっ、死ぬ! 死ぬって! 逃げ切れないって! 誰オープンワールドにした奴!」

「渋谷さん、死なないでくださいよ! 俺も今、行きますから」

「ミツムシ! 死ね! 回復寄越せよ!」

「プフッ、酷い言い様だな……!」

「あんた何笑ってんの? 早く来ないとリアルで討伐するよ?」

「怖いわ。って前前前前! ドスジャグラス来とるがな!」

「き、来とるがな⁉︎ それどこ弁……あっ」

 

 ち、力尽きた……。報酬がゼロに……。

 今日の仕事は生放送、モンハンワールドの実況だ。今更だが、仕事じゃなくて趣味だ。

 

「渋谷さん、頼みますよ。もうアンジャナフ5回目じゃないですか」

「うるさいっ。大体、オープンワールドでキレたら無限に追い掛けてくるとか理不尽でしょ」

「や、それ逃げるためにスリンガーとかあるわけでね?」

「あんなの欠陥商品だから。当たらないでしょ」

「そりゃ的の部分がオレンジ色になってない時に撃っても当たりませんよ」

「え、オレンジって何?」

「ガイドの説明スキップするから分からないんでしょそれ!」

 

 茶化すように笑いながらそんな事言ってきた。相変わらず笑い声が腹立たしいなぁ……。

 

「とにかくもっかいだから。上野さん、ちゃんと援護してね」

「これ以上にないくらいはしてるつもりなんですけどね……」

「さっき助けてくれなかったじゃん」

「いやすぐピンチになるから、はじけクルミがいくつあっても足らないんだよ!」

「だったら、自分で斬り込んでよ」

「え、さっき『私の緊急の時は私メインでやるから剣使わないで』って言ってなかった?」

「言った。引っ込んでて」

「どうすりゃ良いんだよ!」

 

 なんて会話をしながら、アンジャナフに挑み続けた。

 しばらくしてようやくアンジャナフを討伐し、今日の放送は終わりになった。

 

「あー……疲れたぁ……」

 

 放送マイクを外し、後ろに寝転がる。今日はナルの家で放送していた。

 

「凛さぁ、もう少し頑張ってよ……」

「や、頑張ってるでしょ。強過ぎるんだって」

「凛が猪突猛進すぎるんだよ。攻撃モーション入ってる相手に斬りかかるなよ……」

「むー……でも、ナルは攻撃モーションに入ってても攻撃一発当ててから避けられるじゃん」

「ワールドではまだ動き慣れてないからやってないよそれ。まだ慣れてないうちは、確実に当てられる時だけ当てた方が良いって」

 

 なるほど、それはそうかも……。でも、それじゃあナルばっか目立っちゃうからなぁ……。

 どうしたものか悩んでると、私の頭にナルの手が置かれ、優しく撫でてくれた。

 

「まぁ、放送は明日もやるんだし、モンハンワールド自体、やるのは初めてなんだし、のんびり慣れていけば良いよ」

「うー……そうやって、ナルが甘やかすから……」

「何?」

「何でもない」

「なら、もう寝よう。明日、俺は休みだけど凛は仕事でしょ?」

「うん……」

 

 ……私も美嘉の彼氏とやらに弟子入りしようかなぁ……。

 そんな事を考えながら、ナルの布団に入って二人で寝転がった。

 

 ×××

 

 翌日、事務所に到着した。この前の新潟での仕事で、新しいアイドルが入ったので、今日はその子に事務所の案内をしなければならない。

 多分、プロデューサーの机にいると思うのでそこに向かうと、やっぱりいた。

 

「おはよう、プロデューサー」

「ん、ああ、凛。おはよう」

「おはようございまーす」

「あきらもおはよう」

 

 砂塚あきら、新しいアイドルの子だ。白いマスクに黒髪のツインテール、クールな雰囲気で尚且つ何処か童顔っぽさも残した子だ。ちなみに、私と同い年である。

 ……だから、仲良くしたいんだけどー……こう、前に初めて会った時からすごい見てくるんだよね……。ジトーッと。

 

「じゃ、凛。あと頼むよ。それから、今日のレッスンも二人一緒だから」

「あ、うん。分かった。よろしくね、あきら……で良いかな?」

「よろしくデス。それで」

 

 スマホをポチポチいじりながら、チラ見しつつそう返事してきた。なんだろ、コミュ障って奴なのかな? 別に私は気にしないけど、プロデューサーの前ではやめた方が良い気もするけど……まぁ、そういうのは少しずつ教えてあげれば良いかな。

 

「あー、えっと。私の事も『凛』で良いからね。それから、同い年だしタメ口で全然平気だから」

「分かった」

 

 ……気難しい子だなぁ。まぁ、乃々とか輝子でも今はみんなと仲良くやってるし、大丈夫でしょ。

 

「じゃ、行こっか」

「うん」

 

 部屋を出て、二人で事務所内を歩いた。

 

「えーっと、今の場所がプロデューサーとかちひろさんが働いてる部屋ね」

「うん」

「で、多分、一番多く使われるレッスンルームまで案内するから……」

「うん」

 

 ……もう少し反応してくれないかなぁ。ロボットと話してるんじゃないんだからさ……。

 廊下を歩いてレッスンルームに到着した。

 

「ここがレッスンルームだよ」

「……ねぇ」

「っ、な、何? 質問?」

 

 聞くと、控えめに頷いた。なんだろ、使い方かな? 中は鏡と手摺しかないし、そんな悩む事ないんだけど……。

 まぁ、聞きたい事があったらなんでも言わせてあげた方が向こうも安心すると思う。

 あきらはマスクを人差し指で顎までズラし、キラキラした瞳で私の両手を握り込んできた。

 

「凛さんって、もしかして……山手線の渋谷さん、なのでは⁉︎」

「ブフー!」

 

 と、唐突の身バレだと⁉︎ な、なんで⁉︎ ドユコト⁉︎ 何処からバレた⁉︎

 

「実は、自分……や、山手線の大ファンで!」

「ええええっ⁉︎」

「以前、一度お見かけした時から思ってたけど……同じ声デスね⁉︎」

 

 し、しまったああああああ! ここに来て、バレたか……⁉︎ 前までは声とか少し高くしたりしてたけど、最近は全然そんな必要ないと思って地声に戻してたらこれだよ。

 

「……ち、違うヨ?」

「実は自分もようつべでFPSの動画配信とかしてて! 山手線さんはニ○ニコで、活動場は違うけど……でも、大ファンで……! 昨日の生放送も見てて……!」

 

 ……や、ヤバい……。こんなにピンチなのに、嬉しい……。よく動画のコメントで「ファンです」とか流れてきて、それはそれで嬉しいものがあるけど……でも、やはり生の声も超絶嬉しい……あ、やばっ、ニヤける……。

 落ち着いて、私……。ニヤけたら、身バレ確定で正体を認めるようなものだ。……よし、落ち着いた。

 

「あっ、こ、これっ……私のイ○スタの垢デス。も、もしご迷惑でなければ……!」

「お、落ち着いて、あきら」

「っ、ご、ごめん……取り乱した……」

「声、よく似てるって言われるけど、別人だから。ね?」

「え、そ、そう、なの……?」

「うん」

 

 私は別に……いや、私もアイドルがゲーム実況してるなんてバレたらマズい気もするけど、もっとマズイのはナルの方だ。一般人の高校生が顔バレなんて、一生オモチャにされるのがオチだ。

 ファンの子に心苦しいけど、ここは嘘をつくしか無い。

 

「そ、そっか……ごめん、取り乱して……」

「ううん、私もあの二人組好きだから」

「あ、そ、そうなんだ……。アイドルも、ゲーム実況とか見るんだ……」

 

 ……あー、来たばかりのこの子には新鮮に感じるかもね……。何処かの誰かの所為で、事務所の子の半分以上がpso2やってるなんて知ったらどうなっちゃうんだろうか……。

 まぁ、そっちの方はどうせいつかバレることだし、今言っても良いかもしれない。

 

「まぁ、結構ゲームやってる子も多いからね。あきらは、ゲームが好きなの?」

「あ、うん。FPSが、特に」

「ああ、銃撃つ奴ね。そういうゲームやってる子もいるからさ、もしかしたら仲良くなれるんじゃない?」

「……そっか。良かった。実は、少し不安だったんだ。友達が出来るか……でも、ゲームやる子が多いなら……私でも、友達出来る、よね?」

「うぐっ……!」

 

 流石、プロデューサーが目をつけたアイドルだ。やっぱり可愛い……!

 

「イ○スタ、フォローしとく」

「うん、ありがとう」

 

 そのうち、実は本人ですって教えてあげよう。

 

「ちなみに、凛サンは山手線の二人はどっちのファン?」

「え? わ、私……?」

 

 ファンどころか本人で彼女なんだけど……まぁ、どちらのファンって言うなら……。

 

「……う、上野、かなぁ……」

「そ、そう? 実は、自分も上野サンの大ファンで!」

 

 ……は?

 

「どんなゲームをやってもハイレベルなプレイをこなし、ゲーマーから見たら少しイラっとするほどヘタクソな渋谷をフォローし、最終的にはクリアさせることのできるあの技量……かなり憧れちゃうよね!」

「……そうだね」

 

 前言撤回、絶対に会わせられない。そう思った時だ。

 卯月とすれ違った。私の顔を見た直後、パアッと顔を明るくして、小走りに駆け寄ってきた。

 

「凛ちゃーん!」

「あ、卯月。おはよう」

「おはようございます! 昨日の実きょ」

「卯月ぃいいいい⁉︎ ちょーーーっと来ようか!」

「んぐっ⁉︎」

 

 口を塞いで、卯月を少し離れた場所に連行した。

 

「卯月、ごめんね? 今、新人さん連れてるからね? 山手線の話はまた今度ね?」

「んっ、んっ」

 

 コクコクと頷く卯月。それにホッとため息をついて、手を離すと、キョトンとした顔で聞いてきた。

 

「……でも、なんで言わないの?」

「そ、そりゃほら……私はともかく、ナルの方が、ね?」

「あ、なるほど……」

「……何より、あの子ナルのファンらしいから。絶対に会わせない」

「ふふ、妬いちゃうもんね? 凛ちゃん可愛い」

「私の友達、卯月の彼氏が働いてるコンビニの店員さんカッコ良いって言ってたよ」

「……コンビニのバイトもやめさせなきゃダメかな……」

 

 え、今「も」って言った? 卯月、彼氏の話になると怖いから……。

 まぁ、とにかく約束はした。大丈夫なはず……。あきらの待つポイントに戻ると、ジト目で私を睨んでいた。

 

「……今の、島村卯月サン?」

「そうだよ」

「島村卯月です、よろしくね?」

「どーもデス。砂塚あきらデス」

 

 ところで、とあきらは私を見てジト目のまま聞いてきた。

 

「……今『昨日の実況』って言いかけなかった?」

「い、言ってないよ! ね、卯月?」

「は、はい!」

「じゃあ、なんて?」

「え、えっと……じ、実行したって……」

「何を?」

「う、卯月の授乳教室だよ!」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

 

 な、何言ってんのこの子……?

 

「……え、えっと……」

 

 あきらもどうしたら良いのかわかってないじゃん……。てかなんでそんなパワーワードが……。

 

「まさか、卯月昨日……」

「……」

「え、アイドルって恋愛良いの?」

「……まぁ、うちの事務所は、平気だけど……」

「……」

 

 卯月は顔を真っ赤にして逃げ出した。

 二人でその背中を眺めた後、私はあきらの肩に手を置いた。

 

「……他言無用で」

「……はい」

 

 さて、気を取り直して案内に戻さないと。レッスンルームの扉を開けた。

 中では、トレーナーの青木明さんが文香、奏、美波のレッスンをしていた。なんで彼氏持ちばかりいるの……。

 

「お邪魔します」

「わ……思ったより何も無い」

「で、あそこの人が青木明さん。レッスントレーナーで、あの人に私達はダンスとか教わってるんだ」

「なるほど……」

「凛さん、新入りの子ですか?」

 

 明さんが声を掛けてきた。他の三人はW○i fitトレーナーみたいなポーズをしたまま動かない。

 

「うん」

「あ、砂塚あきらデス……」

「プロデューサーさんから聞いてますよ。今日のレッスンは私じゃなくて妹だけど、よろしくね」

「あ、は、はい」

 

 少し緊張してるようで、小さくお辞儀をした。

 すると、明さんは笛を吹いた。それによって、四人とも脱力してその場で座り込んだ。

 

「よし、休憩」

 

 ちょうど良いタイミングかな……いや、みんな死にそうだし、紹介だけにしておこう。

 

「えっと……みんな疲れてるから私が紹介するね。あそこの一番の巨乳が速水奏、17歳」

「凛? 巨乳って何?」

「で、あそこのエッチなタレ目が新田美波、今年でハタチ」

「だからエッチなタレ目って何?」

「その隣のヘアバンドが鷺沢文香、そっちも今年でハタチ」

「ーっ……ーっ……!」

 

 文香の方は本当に死にかけてるようで、肩で息をしてる。が、チラッとこっちに顔を向けると、笑顔を作って挨拶してきた。

 

「……あ、凛、さん……。昨日の、実きょむぎゅっ」

 

 直後、奏と美波が文香の口をペットボトルで塞いだ。流石、大人と外見大人。全てを察してくれた。

 

「もう、文香ったら。喉乾いたからってそんながぶ飲みする事ないのよ?」

「そうよ、文香ちゃん。落ち着いて」

「ごぼっ、ごぼぼっ……」

 

 ……すごい、拷問されてるみたいになってる。

 とりあえず、間を持たせてる間に、私はあきらの手を引いた。

 

「で、あきら。あそこの扉が更衣室ね。更衣室の中にシャワールームもあるから」

「あ、うん」

「使い方はレッスンの時に教えてあげる。じゃあ、お邪魔しました」

 

 さっさと切り上げてレッスンルームを出た。

 

「……あの、やっぱり山手せ」

「違うから」

 

 スパッと切り捨てたものの、ジト目のままだ。……うーん、苦しい。でも、声が似てるというだけで本人である証拠は、上野……すなわちナルが現れない限りは存在しない。このまま押し通すしか無い。

 続いて衣装室やら常務の部屋やらと、とにかく色んな場所を案内して回った。

 で、最後に来たのはラウンジ。色んなアイドル達が飲み物とかここで買ってのんびりする場所だ。仕事前の待ち合わせ場所にも使われる。

 

「ここがラウンジだよ。休憩とかみんなここでしてる」

「……なるほど」

「あ、リン!」

 

 明るい声が聞こえた。振り返ると、アーニャと美嘉が飲み物を手に持って走ってきた。

 本当に彼氏持ちばかり……!

 

「アーニャ、美嘉」

「おはよー★ お、誰その子?」

「ん、新しい子。はい、挨拶して」

「砂塚あきらデス。……って、城ヶ崎美嘉サン?」

「何、あたしのこと知ってるの?」

「は、はい! ファッション誌で何度か見たので……! あ、そ、そうだ……!」

 

 スマホをいじり始めるあきら。で、自分のイ○スタの垢を開いた。

 

「じ、自分のファッションを見て欲しいデス……!」

「ん、どれどれ……おお〜、可愛いじゃん」

「み、美嘉サンにお褒めの言葉をいただけるなんて……!」

「あ、あたしのも見る?」

「は、はい……!」

 

 と、割と仲良くお話しし始めた。

 ……ふぅ、この二人ならなんとかなりそうかな……。良かった、美嘉で。

 そう思って、ほっと胸をなでおろしたときだ。私は忘れていた、もう片方は空気を読む達人かつカリスマギャルだが、もう一人は空気を壊す達人でピュアっピュア中身ロリ少女であることを。

 

「そういえば、リン。昨日の実況見ましたよ!」

「えっ」

「むっ」

「とってもヘタクソで面白かったです」

 

 いらんこと言うな、と、負け惜しみしか出なかった。

 核爆弾の投下によって、美嘉と仲良く話してたあきらがギギギッとこっちを向く。

 

「……やっぱり、実況を?」

「違うよ?」

「昨日、生放送でモンハンワールドを?」

「ハイ♪」

 

 アーニャ、余計なことを……! ……あ、ダメだ。笑顔が純粋過ぎて怒れない……!

 

「やっぱり、山手線の……!」

 

 くっ、背に腹は変えられない、ここは……!

 

「ところであきら」

「何?」

「その城ヶ崎美嘉、ファッションだけでなく彼氏とゲームもやってて、P○BGでもフ○ートナイトも何度も二人でスクワッドに殴り込みしてドン勝つやビクロイを取っています」

「ちょっ、凛……!」

 

 人差し指を立てて真面目な顔でそう言うと、あきらの視線は美嘉の方に向いた。

 その間、私はアーニャの肩に手を回し、耳元で囁いた。

 

「リン? どうしました?」

「……私の実況の事は言わないで」

「どうしてですか?」

「アーニャの彼氏に女の子のファンがいたらどう思う?」

「……分かりました」

 

 彼氏持ちで良かった、説得が容易い。……しかし、慣れるまでは大変そうだなぁ、これ。

 

 ×××

 

 レッスン後、あきらは寮暮らしなので、別れて帰宅し始めた。

 ……あー、神経使った。あの後もすごくあきらに追求されたし、その度に同じレッスンだった奈緒と加蓮にフォローしてもらってしまった。今度、晩御飯奢らないとなぁ……。

 まぁ、そんな話はともかく、今日もモンハンワールドだ。それを思うと少し楽しみになってくる。

 そうだよ、ゲームだよ……。ゲームで心を癒そう……疲れを全部。

 そんなことを思いながら電車を降りて、改札口を出た。駅の階段を降りると、ナルがハナコを連れて立っているのが見えた。

 

「あ、ナルとハナコ?」

「凛、迎えに来たよ。……ハナコ様に威嚇されながら」

 

 微笑みながら手を振ってくれた。そういえば、昨日は帰ってないしハナコにほとんど構ってあげられなかったんだよなぁ。

 そういう気遣いはとてもありがたいけど……でも、なんだろ。その微笑みが少しむかつく。そもそも、ナルの所為ですごく神経使ったのに……!

 

「……むー」

「いだだだだ! なんで、抓んの!」

「ムカついたから」

「理不尽!」

 

 うるさい。

 ナルの頬を抓りながら、ハナコのリードを手に取って、抓った手をナルの腕に絡めた。

 

「少し散歩して帰ろ」

「うー……なんなんだよ」

「返事」

「あ、はい」

 

 少し遠回りして帰宅した。

 

 



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新入り(2)

「アバダッケッダーブラァァァァッッ‼︎」

 

 およそアイドルとは思えない咆哮が真横から聞こえ、俺は思わず笑いを堪えた。相変わらず、ゲームをやるとキャラが変わる奴だ。まぁ、その方が放送向きではあるのだが。

 ちなみに、やっているゲームは相変わらずモンハンである。一々、声に出して必ず殺す魔法を叫んでいるのは「弓が強い」という噂を聞きつけて即弓に転職し、最初の出撃で「アバダケダブラ」と何となく唱えながら弓を射ってレイアの尻尾を叩き斬ってから、ここぞという時は全て呪文を唱えるようになった。ちなみに、初回以外でうまくいった試しはない。

 

「渋谷さんさぁ……もうその、何? ジンクス辞めたら?」

「ジンクスじゃないから! これ、私の魔法だから!」

「まだ使えるレベルまで達してないって。あれ力のある魔法使いじゃなきゃ効果無いからね?」

「私より腕相撲弱いくせに!」

「いやそういう力じゃなくて‥……てか、渋谷さんって何となくスリザリンっぽいよね」

「……どういう意味? ねぇ、どういう意味?」

「あ、いや……く、クールでセブルスっぽいと……」

「ねちっこいって意味? それとも根暗って意味? それとも物事の良し悪しの判断がつかないって意味?」

 

 ……あ、ヤバい。地雷踏んだなこれ。ホント、凛の地雷って何処に潜んでるか分からないわ。目に見える地雷は避けられるけど、それ以上に見えない地雷を踏んだ時が厄介だ。

 

「じ、冗談だから怒らないで……それより目の前の敵に集中しましょうよ」

「後でじっくりお話だから」

 

 ‥……俺、明日には死んでるかもしれないな……。

 しかし、真面目な話、あまり叫ばない方が良い気もする。渋谷凛と渋谷駅の時では全然、声もキャラも違うけど、何度も放送してるとファンにならバレる気もするんだよな……。実際、事務所じゃ後輩の女の子にバレかけたらしいし。

 一応、後で怒られるついでに言っておくか。まぁ、アイドルオタクとゲームオタクは相入れない所もあるし大丈夫だとは思うが。

 

「って、渋谷さん前前前!」

「僕を探し始めたよ?」

「違うから! 乱入来……!」

 

 力尽きた。

 

 ×××

 

「眠い……」

「自業自得だから」

 

 昨日の夜、夜中まで怒られた事により、全然寝かせてもらえなくてゲロ眠い。怒ってたのに一緒に登校するために朝まで押しかけてきた辺り、やっぱアイドルは相当な神経の持ち主だなと思いました。

 

「凛……その、悪かったから登下校中に腕を組むのやめない? すれ違う男子達の嫉妬ビームが普通じゃないんだけど……」

「知らないどうでも良い関係ない」

「おい、最後のは無くないよね。それ、交通事故の運転手が『俺は関係ない』って言ってるのと同じなんだけど……」

「ごちゃごちゃうるさい。迷惑なわけ?」

「……めいわくじゃないです……」

 

 弱過ぎだろ俺……。実際、迷惑なわけではないとはいえ。ただ周りが怖いだけで。

 

「ナル、今日の放課後は暇?」

「暇だけど……」

「じゃ、遊びに行こ。たまにはゲーセンとか」

 

 ひえーい、周りの人にしっかりと聞こえる声で……。おかげで背筋にブフーラされたのかと思ったわ。

 

「返事は?」

「は、はいっす。クイーン!」

「よし」

 

 ボケが通じなかった。まぁ、実際、クイーンみたいな貫禄だし気付かないのも無理はないが。

 そうこうしているうちに学校に到着した。昇降口が別のため、校門の所でさよならバイバイ。ようやく周りからの嫉妬ビームから解放される……。

 半ばホッと胸を撫で下ろしていると、頬に柔らかい感触が触れた。何事かと横を見ると、凛が頬にキスしていた。

 

「はえ?」

「じゃ、放課後にね?」

 

 楽しげに俺に手を振り、凛は立ち去った。ブフーラじゃなかったわ、ブフダインだった。それも、氷結ブースターされてる。

 周りからの視線に耐えながらも教室に向かい、自分の席に着く。まぁ良いさ。こんな視線に晒されるのももう慣れたもんだ。人間は理不尽から逃げるのではなく立ち向かう事で前に進めるのだ。良いゲームだった、P5。

 そんな事を考えていると、後ろの席から何か会話しているのが聞こえた。

 

「な、昨日の見た?」

「見たよ。生放送だろ? 山手線の」

 

 ……うお、とうとううちのクラスにまで……? なんか目の前で自分の放送の話されるのは少しくすぐったいな……。凛とかアイドルだし、これが日常なのだろう。図太いわけだ。

 

「相変わらず、渋谷へたくそだったな」

「なんで尻尾振り回してる飛竜種に突撃出来るんだろうな」

 

 まったくだよ。少しは敵の動きを読んで欲しいものだ。

 

「って、そんなこと言いたいんじゃなくて」

「何?」

「その渋谷の声なんだけどさ、渋谷凛に似てね?」

「ーっ……!」

 

 吹き出しそうになったのを慌てて堪えた。え? 今なんて? 

 

「そう?」

「そうだろ。や、キャラは全然違うし、そもそも渋谷凛は『アバダッケッダブラァァァァッッ‼︎』なんて叫ばないけど、でもなんか声は似てない? ほらこことか」

 

 そう言って、後ろの席の男はスマホで動画を再生する。比較的、落ち着いている時の凛の声が聞こえ、もう一人の男も同意するように呟いた。

 

「あ、確かに似てるかも」

「だべ?」

 

 まずいな……まずいまずいまずい。人の意見なんてゴ○ブリと一緒だ。同じ意見を持つ奴は、ネット上には一人いたら三十人はいると思った方が良い。いや、三十人じゃきかないかも。

 とりあえず、凛には少し注意しておこう。‥‥とはいえ、今、あいつが俺の言うことを聞くとは思えない。さりげなく遠回しに言うしかないか……。

 

「はぁ……」

 

 ‥……今から気が重いな……。

 

 ×××

 

 さて、早くも放課後になったわけだが。何一つ、案が思いついていない。どうしようなこれ……。

 だって、俺が遠回しに伝えようとした時に限って、凛はこっちの真意に気付くんだもの。しかも触りの部分で大体、把握するからタチが悪い。

 

「……はぁ」

 

 彼女とデートなのに憂鬱に感じるのは贅沢な悩みなのだろうか……。いや、贅沢なんだろうな。でも憂鬱だ……。

 ため息をつきながら教室を出ると、横からドスっと頭を叩かれた。

 

「何、憂鬱そうな顔してんの?」

「あ……凛」

「あなたに沈んだ顔されると、私まで鬱になるからやめて」

「……」

 

 ……なにそれ、ちょっと嬉しい。悩みなんか一気に吹っ飛んじゃうレベルで。

 まぁ、俺一人で悩んでたって仕方ないよな。とりあえずこの後のゲーセンデートは楽しむとして、その途中か後に折を見て相談しよう。

 

「何やる?」

「まずはー……あれやろ。ゾンビの奴」

 

 ウ○ーキングデッドだ。ゾンビを撃ったり射たり殴ったり爆破したりしてハイスコアを目指すゲームだ。ノーコンでクリアしたい所だが、まぁ凛がいる時点で無理だろうし、楽しめれば良いか。

 ゲーセンに到着し、約束した通りのウ○ーキングデッドに入った。外観は車のような筐体で、その中にクロスボウの形をしたコントローラが入っている。

 

「見てなよ。今度こそ、ノーコンで1ステージ目までクリアするから」

「最初にやってた時と随分、目標が下がったなぁ。前はノーコンクリアだったのに」

「うるさいから。今回こそ余裕だから」

「余裕って……いつもヒィヒィ言いながら……」

「アバダケダブラ」

「ふぁぐっ」

 

 横から脇腹を突かれ、俺は横に腰をのけ反った。お陰で反対側の壁に腰をぶつけてクリティカルダメージが入る。

 

「てめぇ……」

「自業自得だから」

 

 クソッ……今更だが、やっぱり年上としての威厳がないなぁ、俺は……。まぁ、別になんかもうここまで来るとこういうやり取りが楽しくすら思えてくるようになってるんだけどね。

 せっかくだし、楽しまないと。凛の分と合わせて200円投入し、ゲームを始めた。

 

 〜5分後〜

 

「アバダッケッダーブラァァァァッッ‼︎」

 

 隣から咆哮が響き渡る。凛がいつもの山手線のノリでゲームにのめり込んでいるからだ。ちなみに、相変わらずの全力ノーコンガンナーである。

 や、この際、凛がどんなにコンティニューしようと良いわ。ただ……その、何? あまりその声は……特に昨日の放送の直後だし、お願いだから身バレは勘弁願いたいものだ。

 

「凛、凛。少し声抑えて……」

「うぎゃっ! ちょっ、死ぬって! なんで当たんないの! 頭狙ってんじゃん! お前マジふざっ……ナル! 助けて!」

「あーはいはい……」

 

 まぁ、序盤はまだ余裕あるし、助けてあげよう。少しでも凛に落ち着いてもらうために。

 このゲームはヘッドショットしないとゾンビが死なない。だから、他のゲームよりも正確さが求められるのだが、凛の射撃は頭どころか身体にも当たらない。一生懸命、威嚇射撃をしているようにしか見えないのだ。

 一生懸命、威嚇射撃している、という絵を凛に当てはめるのはそれはそれで可愛いのだが、生憎、後が怖いのでほっこりしている場合ではない。手早く片付け、撃つと爆発する近くのガス缶などを利用して先に進んでいった。

 ……まぁ、実際のゲーセンでこんな大声で叫んでいる男女がいたら、誰も怖がるなり気持ち悪がるなりして近寄って来ないだろうし、多分大丈夫かな。

 そう思うことにして、俺もいつもの山手線のノリとオフレコのノリの中間くらいで遊ぶ事にした。

 

 〜10分後〜

 

 結局、凛はアレから18コンしたが、何とかクリアした。こういうときの負けず嫌いな凛の性質はゲーセン側からしたカモでしかない。クリアするまで100円玉を投げるから。

 流石に、俺もコンティニュー分まで出してあげてると破産するので、出してあげられない。

 

「なんで当たらないのかな……」

「そりゃパニクってるもの……。もう少し落ち着こうよ……」

「落ち着いてるから」

 

 ‥‥自分を客観視できないっていうのも中々、大変そうだなぁ……。本当はビデオとかで撮って物証として提出したい所だけど、流石に録画しながらゲームはクリアできない。懐事情的にも、俺はなるべくならノーコンクリアしたい所だし。

 そんな事を話しながら筐体から出ると、目の前でマスクをつけた女の子と目があった。思わず身バレしたのかとドキリと心臓が跳ね上がる。

 

「あ、あの……」

「あれ? あきら?」

 

 え、知り合い? まぁ、身バレじゃなくて良かった……いや、良くないわ。今の声が聞かれていたら、凛の音量的な意味でフルボイスが聞かれてることになる。俺と二人の時だけあの大声を出す凛としては、なるべく聴かれたくない所だっただろうに……。

 

「ど、ドウモ……凛サン」

「うん。どうしたの? こんな所で」

 

 うわあ、無かったことにしてる。何事もなかったかのように話を進めてる。ホント、こういうとこすごいなこいつ……と、思ってると、どうやらあきらさんとやらが話があるのは俺の方のようだ。ジッと顔を見られている。

 

「あの……違っていたらとても恥ずかしいんデスが……」

「はい?」

「……もしかして、その……山手線の上野サンでは⁉︎」

「……えぇへ?」

 

 今なんて? 

 

「さっきのプレイ中の渋谷サンに対する冷静におちょくるようなツッコミと、その上で展開される的確なプレイ……そうデスよね⁉︎」

「え、あ、いや……」

「じ、実は私……上野さんの大ファンで! ま、まさかこんな所でお目にかかれるなんて……! よ、良かったら私ともプレイしませんか⁉︎」

 

 どうやら、自分を客観視できていないのは俺ものようだ。何はともあれ……。

 

「……だってよ? 返事してあげたら?」

「……」

 

 凛の機嫌が昨日の夜より悪くなってるのは、これから先に起こり得る波乱の火蓋にも思えた。

 

 



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