フルメタル・アクションヒーローズ (オリーブドラブ)
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第一部 着鎧甲冑ヒルフェマン 第1話 物語の始まり

 緑色の鉄拳が、人間を貫く。

 

 背中から飛び出す握りこぶしが、その身体に大きな風穴を作り上げた。

 

 ――いや、それは人間ではない。人間に近しい存在として造られていながら、人とは掛け離れた歪なからくり。

 この、世に云う「ロボット」と呼ばれる物体こそが、「彼女」の拳に貫かれた正体だったのである。

 

「くッ……!」

 

 そのからくりの身体を打ち抜いた本人は、悔しげに唇を噛み締め、拳を引き抜いた。刹那、機械の身体が砕け散り、その部品が火花と共に宙を舞う。

 

 声色を聞けば、このロボットを砕いた人間が、十五歳程度の少女であることくらいは誰にでもわかることだろう。だが、その彼女が今、どのような顔をしているのかは本人にしかわからない。

 身体に隈なく張り付いた緑色のスーツに全身を包み、同色の仮面で顔を覆い隠している以上は。

 

「ハァッ、ハァッ……! こ、これで十三体目……まだ居るの……!?」

 

 仮面越しに少女が見ている世界は、薄暗く閉鎖的な一室であり、彼女の足元には同じようなロボットの残骸が幾つも転がっていた。

 

 ここは彼女とその家族が暮らす、人里から離れた小さな研究所。

 そこでささやかに、それでいて幸せに彼女達は暮らしていたはずだったのだ。このロボット達が、研究所を襲う瞬間までは。

 

「お、お父様ぁああーッ! お母様ぁああーッ! 返事して! 居るなら返事してよぉぉッ!」

 

 少女は家族の身を案じ、叫ぶ。しかし、狭い研究所の中で帰ってくるのは、自分の声だけ。その現実に肩を落としつつも、彼女は諦めまいと周辺を走る。

 

 厳しくも優しい両親。子供のように小柄だが、穏やかに自分を支えてくれる祖父。自分に良くしてくれた、父の助手達。

 ――そして数ヶ月前に姿を消した、父の一番弟子であり、兄のように慕い続けてきた一人の青年。

 

 少女が家族と、家族のように想う人々の姿が、浮かんでは消えて行く。みんな無事でいて欲しい、その一心だけを胸に、彼女は戦場と化した「自宅」を駆け抜けた。

 

 そして、今朝まで家族で団欒を囲んでいたはずのリビングにたどり着き――変わり果てた世界に、少女は戦慄を覚えた。

 割れたテーブルやテレビの傍に、何人もの人々が倒れている。全員、顔見知りの助手達なのだ。

 

「お、お嬢様……よ、よくぞ、ご無事で……!」

「みんなッ……! そんな、こんなの、こんなのって……ッ!」

「落ち着いて下さい、お嬢様……私達は、誰ひとり死んではおりません。あのロボット軍団、私達を殺すつもりはないようですが……」

 

 死者はいない。それが不幸中の幸いに感じられたのか、少女は思わず胸を撫で下ろしていた。だが、死人が出ていなければいいわけではない。

 まだ、見つかっていない人がいるのだから。

 

「うぅ……樋稟(ひりん)、どこじゃ……?」

「お、おじいちゃんッ!? わ、私はここよッ! 今助けるからねッ!」

 テーブルの下敷きにされていた祖父も助け出し、残るは両親だけ。唐突に姿を消した、兄同然の青年を案じつつも、少女は祖父を静かに寝かせ、立ち上がる。

 

 その時だった。

 

「樋稟ちゃん、さすがだね。僕のおもちゃをこうも弄ぶなんて、さ」

 

 艶の乗った美声が、少女の耳に届いたのは。

 

剣一(けんいち)……さん、なの? これは、どういう……!?」

 

 狼狽する彼女の視界に映る光景は、この戦いの実態を物語っているようだった。

 少女が纏うスーツとは似て非なる、黒鉄の鎧で身を固めた一人の青年。その両腕には、彼女の最愛の両親が抱かれていたのである。

 

「君のお父様に破門にされてから、ずっと考えてたんだ。着鎧甲冑(ちゃくがいかっちゅう)を廃らせないためには、僕は何をするべきなのか」

「剣一ッ! お主、本気なのかッ!」

「本気でなければ、ここまでする道理などありませんよ。稟吾郎丸(りんごろうまる)さん」

 

 祖父の怒号にも全く同じず、青年は涼しげな眼差しを仮面越しに少女へ送る。

 

「は、破門? そんな話聞いてないし……嘘よ……嘘よね、そんなの。剣一さん、違うんですよね? 何かの間違いなんですよね? だって、私達ずっと、兄妹みたいに……」

 

 一方、彼女は未だに状況の理解を拒もうとしていた。自分が案じ続けていた、兄のような青年。その彼が、自分の両親を連れ去ろうとしている。

 敵を打ち倒せる力はあっても、その現実に堪えられる強さを持てる程、この時の彼女はまだ大人ではなかったのだ。

 

「樋稟ちゃん。世の中にはね、正しいことのために間違ったことをしなくちゃならない、そんな矛盾だらけなことだってあるんだよ」

「わかりません……わかりません! 何を言ってるんですか剣一さん! それに、その姿は何なんですか!? 早くお父様とお母様を放してッ!」

「……なら、君の手で取り返して見せるんだ。それが出来なければ、君達は何も救うことは出来ないんだよ」

 

 少女の縋るような叫びも、仮面に隠れた涙も、青年の心を揺るがすには至らない。

 彼は捨て台詞のような一言を最後に踵を返すと、そのまま壁を蹴り砕き――外の世界へと飛び出してしまった。

 

「……何よ、何なのよそれッ! 嘘でしょッ!? 剣一さんッ! 剣一さぁぁぁんッ!」

 

 その影を追うように、少女は青年の後を追おうとする。が、彼を追って祖父達を残すわけにも行かず、結局は彼が開けた穴に向かって泣き叫ぶことしか出来なかった。

 

「『着鎧甲冑を廃らせないため』、か……。剣一の奴め、愚かなことを……!」

 

 そんな彼女の遥か後方で、自らの祖父が歯を食いしばっていることにも気づかないまま。

 

 ――それから半年後。

 少女とその祖父は、やがて青年を追う決意を固めると、住み慣れた故郷――アメリカを離れ、日本へと向かう。

 

「おじいちゃん……行くよ。お父様達と――剣一さんが、待ってる」

「……そうじゃな。あ奴も、それを望んでおろう」

 

 彼の思惑を止め、両親を救い出すために。

 

 そして、二〇二七年十二月。

 少女達は、日本のとある町にたどり着いたのだった。

 



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第2話 スーパーヒロイン「ヒルフェマン」

松霧町(まつぎりちょう)商店街で火災発生! 『救済の先駆者(ヒルフェマン)』出動じゃ!」

 

 湯煙に包まれた空間の中で、老人の叫び声が響き渡る。

 しかし、そこに声の主はいない。要するに、何らかの通信機越しに発せられた声なのだ。

 

 その発信源を取り付けたブレスレットを右腕に嵌めた、一人の美少女。ショートボブの茶髪と、薄く透き通るような色を湛える碧眼は、彼女の美貌をより一層引き出していた。

 彼女は老人の声を聞き取ると、凜とした瞳を鋭く細め、浸かっていた湯舟から身を乗り出す。一糸纏わぬその姿は、さながら人間に生まれ変わったばかりの天女のようだ。なめらかな曲線を描くその身体は、ある種の神秘ささえ感じさせる。

 

 すらりと伸びた細い脚、くびれた腰。それに相反し、ふくよかに揺れる双丘。異性を惹きつけるには、あまりにも過剰なフェロモンさえ放たれているのだ。

 だが、その目付きにだけは「天女」と呼べるような優雅な印象はない。あるのは、「いざ死地に赴かん」といわんばかりの決意の色だ。

 

「わかったわ、おじいちゃん……着鎧甲冑(ちゃくがいかっちゅう)ッ!」

 

 例の老人と機械を通じて言葉を交わすと、彼女は呪文を唱えるかのようにブレスレットに叫び、それを装着した右腕を勢いよく突き上げる。さながら、世に言う「変身ポーズ」のように。

 

 刹那、彼女のみずみずしい肢体は機械の腕輪から飛び出す光に絡み付かれてしまう。その輝きは少女の全身を覆うように広がって行き、やがて光はある形状に固形化していった。

 

 彼女の美しい身体のラインを完璧なまでに維持した、緑と基調としたボディスーツ……そして、黒いグローブとブーツ。さらに、きめ細かく整った目鼻立ちが特徴の麗しい顔を包み込む、シールド付きのジェットタイプヘルメットを思わせる形状のマスク。その口元を覆う部分には、唇をあしらったデザインが施されている。さらに蒼いバイザーからは、彼女の視界が広がっている。

 

 まるで昔の特撮ヒーローのような、シンプルなそのスーツを一瞬にして身につけた彼女は風呂場の窓を開けると、一切の迷いを感じさせない動きでそこから飛び出していった。

 

 ◇

 

 夜の町を暗黒にさせまいと光る、月光や電灯の輝き。それらの他にもう一つ、今宵の景色を明るくさせる光があった。

 商店街の一角にある、小さな中華料理店。そこで発生した火事の勢いが、この日の夜を騒然たる状態に叩き込んでいたのだ。

 

「あそこね……! おじいちゃん、被害に遭った人は!?」

『今のところは怪我人の類はいないみたいじゃの。――じゃが、火事が起きた店の上の階に逃げ遅れた子供がおるぞ!』

「わかったわ!」

 

 スーツを纏ってからもしっかり装着されているブレスレットを通して、老人が状況を説明する。彼の指示に従って動いている少女は、人間とは思えないような速度でアスファルトを駆け抜けていく。

 

 既に現場では消防隊が駆け付けていたが、火の勢いが思いの外激しく、老人の言っていた「逃げ遅れた子供」がいる階まで辿り着けない事態に陥っていた。梯子車で十分届く距離ではあるのだが、なにぶん煙や炎が強烈で、突入はおろか、近寄ることさえ難しい。放水は既に開始しているのだが、火災が止まる気配は見られなかった。

 

 そこへ颯爽と駆け付けたのが、例の少女――が扮する、謎のヒロインだ。

 

 彼女は自分の登場に驚く人々を尻目に、猛烈な火災に包まれた中華料理店に真っ向から突撃した。

 真っ赤な炎に蹂躙された建物を突き進み、灼熱をものともしない。今の彼女は、まさしく勇敢なヒロインそのものといった出で立ちであった。

 

「消防隊が鎮火を始めてるのに、勢いが全然止まらない……きっと、食用の油に引火してるのね」

 

 冷静に事態を分析しつつ、身を焦がさんと暴れ回る火炎をかい潜り、彼女は階段を駆け上がっていく。

 

 例え瓦礫が落ちてきてもパンチ一発で迎撃し、火に包まれても手刀一つで振り払い、足場が崩れても人間離れしたジャンプで危機を脱する。

 そんな彼女の快進撃を阻む障害は、ありえなかったらしい。

 

 やがて到達した目的の階層で、例の子供を見つけた時も……彼女は無傷であるばかりか、息一つ切らしていなかった。

 そして少女は無事に子供を救出し、固唾を飲んで見守っていた人々の拍手喝采を背に、夜の闇へと姿をくらました。

 

 全身を謎に包めた、無敵のヒロイン――その存在は、この活躍を通して人々の間に「より」浸透していくことになる。

 

 ◇

 

 そんな彼女が満足げに帰宅した頃には、既に時刻は夜の十時を回っていた。クリスマスが近いこの季節に、この時間帯はかなり冷え込む。

 自宅の一軒家を前にした少女は、周囲に目撃者がいないことを確認するべく、辺りを見渡す。そして誰もいないことを確かめると、素早く家に入れるようにと開けておいた窓から、速やかに帰宅する。

 

 窓で出入りするのはよろしくないことだと知っていたが、それでも正体がばれる可能性を最小限に抑える努力を怠るわけにはいかない――というのが彼女の言い分だ。

 馬鹿正直に玄関から行き来していたのでは、いつ通行人に見つかって自分の素性が露呈してもおかしくない。それを思えば、多少はしたないことではあっても、窓からコソコソ出入りした方がまだマシ、ということなのだ。

 

 そういう事情から、彼女は窓から忍び込む格好で二階の自室に入っていく。そして人目を憚るように窓とカーテンを閉め、慌ただしく辺りを見回す。

 この場に誰もいないのは当たり前で、同居している彼女の祖父――すなわちさっきまで彼女と話していた老人も、今は一階のリビングでニュースを見ている頃だ。

 

 それなのにここまで彼女が気を張っているのは――スーツの下が全裸だからだ。

 

 人命救助という自身の使命を果たした以上、これ以上このスーツを纏う意味はない。無駄にスーツの力を使わない、と決めているからには、帰宅すればすぐにそれを解除するのが筋だ。少なくとも、本人はそう捉えている。

 だが、今の彼女は風呂場から咄嗟にスーツを着用して飛び出してきたため、その下にはブラジャーやパンティーすらない。この摩訶不思議なスーツを使っての人命救助活動は、彼女と彼女の祖父がこの町に来た頃から続けてきたことであるが、下着も穿かずに出動したケースは今回が初めてなのだ。

 いつもなら下に普通の服を着ているから、すぐさまスーツを解除できているはずなのに、今回ばかりはそれがままならない。それもそのはず、彼女はまだ十五歳の思春期真っ盛りなのだから。

 

 ――それでも、彼女は自分の決めたことを曲げたくはなかった。そんな頑固なまでの真っ直ぐさは、彼女の取り柄でもあり、欠点であるとも言える。

 故に彼女はその場でスーツを解除し、自室のタオルで身体を巻いてから風呂場に戻ることに決めた。脱衣所には着替えを置いてあったので、取りに行かなければならないのである。

 

 しかし、その判断はこの時の彼女にとって、最大のミスを招く結果となる。同時に、この物語の起点にも繋がるのだ。

 

 

 まず、ブレスレットに「着鎧解除(ちゃくがいかいじょ)」と囁く。すると、それに呼応したかのように輝くスーツが、光の幕と化してブレスレットの中に収縮していった。

 

 その光が収まる頃には、彼女は風呂場にいた時と同じ、白い肌をさらけ出した美しい裸身となっていた。すぐさま頬を赤らめ、慌ててタオルを取ろうとタンスに手を伸ばす彼女。

 

 

 ――だが、その手は目的の物を掴む瞬間に、ピタリと止まって動かなくなってしまう。

 

 気配を、感じたからだ。

 そしてソレに連なるように、話し声が聞こえてくる。

 

「待て、待つんじゃ龍太(りゅうた)君! わしの話を聞いてくれぇ!」

「いーや! もうゴロマルさんの頼みといえど、これ以上看過は出来ぬ! 今日という今日は、その孫娘さんとやらに話をつけさせてもらうぞ!」

 

 程なくして、バァンとドアがこじ開けられた音が鳴り響く。

 

 その出所の方向を、恐る恐る振り向いた彼女。その視界に、非情(?)な現実が突き刺さる。

 

 ――彼女と同世代くらいの男の子が、呆然と立ち尽くしていたのだ。

 

 ……そう、彼女がスーツを収め、艶やかな肢体をさらしている、この光景を前にして。

 

 



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第3話 こんなボーイ・ミーツ・ガールは嫌だ

 少年の名は、一煉寺龍太(いちれんじりゅうた)

 

 高校受験本番を来年に控えた、中学三年生である。真っ黒なツーブロックの髪に、中肉中背の体格。

 そして、その荘厳な名前とは裏腹に、「ゴビ砂漠から砂金一粒を探し出す」より町の住民から見つけるのが難しいほどの「平凡」そのものな顔。

 そんな彼が、自宅の隣にある一軒家のリビングで正座させられているのには、それなりの事情というものがあった。

 

 二学期がもうすぐ終わる、という時期に隣に引っ越してきた救芽井家(きゅうめいけ)。その家から度々発せられる激しい光が眩しい余り、隣に住む彼は冬休みに入った今でも受験勉強に集中できない、という苦境に苛まれていたのだ。

 龍太や救芽井家が暮らしている、この松霧町(まつぎりちょう)には密集した住宅地が多い。それだけに、救芽井家の出す光を迷惑がっている住民は決して少なくはないのである。特に、隣に住んでいる上に受験が懸かっている龍太のストレスは大きいだろう。

 そんな彼が、苦情を訴えるべく救芽井家に足を運ぶことは不思議なことではないのかもしれない。

 

 救芽井家もそういった反響は覚悟していたらしく、一家の長だという六十三歳の老人・救芽井稟吾郎丸(きゅうめいりんごろうまる)は、何度も苦言を呈する龍太を懸命になだめていた。

 彼の温和な人柄が功を奏してか、龍太も「近所のこともたまには考えてくださいよ!」と言う程度であり深くは追及してこなかった。しかし、それにも限界がある。

 何度文句を言っても光の勢いは止まらず、そればかりか日を追うごとに光が出る回数が増えていく現状に、血気盛んな中学生はとうとう腹に据えかねたのだ。

 

 怒り心頭の龍太は稟吾郎丸の制止を振り切り、光の出所である部屋――すなわち、稟吾郎丸の孫娘・救芽井樋稟(きゅうめいひりん)の部屋に突撃したのだ。例の光を止めてほしいと、直訴するために。

 そこで見てしまったのが、松霧町で噂のスーパーヒロイン――だった、全裸の少女。思春期の男には刺激的過ぎる出会い方をしてしまった龍太は、顔を真っ赤にして悲鳴を上げる樋稟に蹴り倒されてしまったのだ。しなやかな脚から繰り出す回し蹴りを顔面に喰らい、本番を控えた受験生は努力の成果(記憶)が飛びかねないほどの衝撃を受けることとなった。

 

 事情はともあれ、人の家に押し入って少女の裸を見てしまったことは事実。その償いはあって然るべきという方針に従い、龍太は今、稟吾郎丸と樋稟の前で正座を強制されている……という次第であった。

 

 ◇

 

「そそ、そりゃあ受験なんだから大変だっていうのはわかるし、悪いとは思うけど……だからって手段は選ぶべきでしょ? 変態君!」

「ちょ、変態とはいくらなんでも失敬な! 俺には一煉寺龍太という名前がちゃんとあってだな! ――それに、俺だって予想外の展開だったんだぞ!」

「で、でも見たじゃない! エッチ! スケッチ! ワンダーランドっ!」

「なんだよその夢の国!? エッチなワンダーランドって――ちょっと行ってみたいんですけど!」

 

 微妙に話が脱線しようとしていた。

 

「まぁしかし、こんな形で外部の人間に知られてしまうとはのぅ」

 

 そんな二人の平行線(?)な会話を見兼ねてか、稟吾郎丸が口を挟む。ちなみに彼はその人柄と名前の長さから、龍太に「ゴロマルさん」の愛称で呼ばれている。

 

「そう、それ……。救芽井が変身してたあの姿。あれって、最近町で噂になってるスーパーヒロインだよな? まさか本物に出くわすことになるとは思わなかったよ」

「く、くうっ……。まさかよりによって、初対面で裸を覗くような変態君に正体を知られるなんてぇ……」

 

 勝手に付けられた不名誉なあだ名に、龍太は思わず眉毛を吊り上げた。

 

「だから、その呼び方勘弁してくれよ! 事故なんだってば!」

「なにがどう事故なのよぉー! 思いっ切り私の身体見てたじゃないっ! まだ十五なのに、お嫁に行けなくなったらどう責任取るっていうのっ!?」

 

 とうとう顔を両手で覆い、泣き崩れてしまう樋稟。女に泣かれてしまっては、龍太としては手も足もでない。

 

「うう……頼むよもう、堪忍してくれよ……」

 

 助けを求める彼は、樋稟の横にいる稟吾郎丸に縋るような視線を送る。

 しかし、龍太の腰程度の身長しかないほどの小柄で、サンタのようなボリュームたっぷりの白髭が特徴の老人は、無言で「お手上げ」を主張するだけだった。

 

「さっき話したとは思うが、わしらは着鎧甲冑の技術漏洩を防ぐためにこの町に来たのじゃ」

「あ、ああそう! それそれっ! あんた達が作ったメカを兵器にしようとする奴がいて、そいつがこの町にいるんだったっけ?」

 

 せめてもの助け舟として、稟吾郎丸は別の話題を振る。これ幸いと話に乗っかる龍太は、彼らから素性を聞かされていた。あらゆるトラブルや火事に颯爽と駆け付け、人々を救う噂のスーパーヒロイン――その正体を見られた以上、ごまかすことはできないからだ。

 

 ◇

 

 着鎧甲冑(ちゃくがいかっちゅう)――それは、科学者の家系である救芽井家が開発した、最新鋭レスキュースーツの別称である。

 かつて地震や火災に苦しめられた経験を持つ樋稟の両親が、「どんな危険な場所であっても、そこで助けを求める人々に手を伸ばせる存在を生み出したい」という願いを込めて、作り出したものなのだという。

 着用すれば超人的な身体能力を発揮し、炎も瓦礫も突破してしまう。さらに、エメラルドに輝くブレスレット型ツール「腕輪型着鎧装置(メイルド・アルムバント)」を介して、粒子化されて収納されている着鎧甲冑を瞬間的に装着することもできる。

 防火服の耐久力を超え、機動隊のシールドの硬度を凌ぐ。そして、あらゆる状況で迅速に装着できるこのボディスーツは、まさに人命救助という目的のために創出された存在だと言える。

 そして、その第一号は「救済の先駆者(ヒルフェマン)」の名を与えられたのだった。

 

「はぁ……じゃあやっぱり、武器とか必殺技とかないんだな」

「あるわけないでしょ!」

「速射破壊銃とか」

「何に使うの!?」

「ロケットパンチとか」

「私の腕が吹っ飛ぶわよ!?」

「おっぱいミサイルとか!」

「――死にたいの?」

「――サーセン」

 

 ……しかし、その技術を救助活動のみに使うことを許さない者がいた。着鎧甲冑のテクノロジーの兵器転用を狙う者が現れたのだ。

 

 その名は古我知剣一(こがちけんいち)。かつて樋稟の両親と共に着鎧甲冑の開発に携わっていた青年科学者である。

 彼は着鎧甲冑の技術を兵器として運用すれば、紛争が絶えない世界各地に救芽井家の技術力を知らしめることができると訴えた。

 

 無論、着鎧甲冑の本来のコンセプトから外れたその意見は許されず、ほどなくして彼はクビになってしまった。

 救芽井家の利益を視野に入れての発言であったにもかかわらず、開発計画から外されてしまった彼は「報復」を決意。

 

 樋稟の両親を誘拐して松霧町に逃亡し、自らが開発した自律機動兵器を使っての「着鎧甲冑の技術奪取」を目論んだのだ。彼自身を司令塔とした、その機動兵器の集団は「技術の解放を望む者達(リベレイション)」と樋稟達に呼ばれている。

 

 その上、古我知は開発計画に参加していた頃から密かに入手していた、着鎧甲冑の設計図を元手に「呪詛の伝導者(フルーフマン)」を開発していた。「着鎧甲冑」の事実上の第二号にして、初の兵器転用を実現させた「凶器」である。

 

 彼はそれを用いて、第一号の「救済の先駆者」を破壊して樋稟と稟吾郎丸を捕らえ、「『救芽井家』の生み出した『着鎧甲冑』の痕跡」を消し去り、自らが第一人者の座に取って代わるつもりなのだ。要するに、「『特許権』の奪取」である。

 

 両親を誘拐された樋稟は稟吾郎丸と共に古我知を追い、住み慣れた研究所を離れて松霧町に身を置いた。かけがえのない家族を救い、守るべき人命を傷つけんとする「呪詛の伝導者」を処分するために。

 

 ◇

 

「……そのために、人命救助に勤しみつつ古我知って人を探してるってわけか。苦労してんなぁ」

「お、驚かないの? ていうか、あっさりと信じるのね……」

「まぁ、あんなものを直に見せられたら納得するしかないだろ。――それにさっきのアレで、もうビックリするのが飽きるくらいビックリしたしな」

 

 敢えて目を逸らして、龍太はぽつりと呟く。その言葉の意味に感づいた樋稟はさらに顔を真っ赤に染めて、抱きしめるように両腕で発育のいい胸を隠した。

 

「や、や、やっぱり! 変態君はやっぱり変態君だったのね!」

「だーかーら! 事故だって言ってるだろう! 勘弁してちょーだいよ! ゴロマルさんからもなんとか言ってくんない!?」

「あいにくじゃが、専門外じゃ」

 

 素っ気ない返答に、龍太は頭を抱えてツーブロックの黒髪を掻きむしる。世間一般の目で見れば「中の下」と判断されるであろう彼の顔は、困惑と焦燥の色に染まりきっていた。

 しかし、焦っているのは樋稟も同じである。

 

 彼女の両親は着鎧甲冑を造り出した天才中の天才であるが、彼女自身もまた、十二歳で海外の大学を卒業する程の才女なのだ。

 故にその才能を評価されていた彼女は昨年から両親の助手を務め、着鎧甲冑の開発計画を手伝っていた。そんな人生だったからか、彼女には同世代の友人がいない。箱入り娘であったために、男の子など以っての外だった。

 そんな樋稟としては初めての「『同世代の男の子』との出会い」……だったのだが。いかんせん運が悪すぎた。

 面識のない赤の他人である少年にいきなり裸を見られた彼女は、ひどく動転してしまってすっかり彼を警戒してしまっている。

 龍太としても容姿故に女の子と絡んだ経験がほとんどないために、樋稟との出会い方やその後の展開には動揺するしかない……のだが、彼女の場合はそれを大きく凌いでいた。

 

「とにかく! 口外は絶対にしないこと! いいわね、変態君!」

「わかってるよ。あと、変態じゃないって!」

「いいえ、お父様は言ってたわ! 『心を通わせずに裸を見ようとする男共はみな変態だ』って!」

「じゃあ心を通わせるためにも俺の言い分を聞いてくれー!」

 

 いくら説得しても変態呼ばわりを止めない樋稟に、頭を悩ませる龍太。

 

 ――その時だった。

 

「まったく……ん?」

 

 ふと、彼はリビングのカーテンに不自然な人影がゆらめいていることに気づく。

 首や手足がぎこちなくうごめく、そのシルエットに龍太はえもいわれぬ不気味さを感じた。

 

「なんだ……? ゴロマルさんと救芽井の他に、誰かいるのか」

「なに言ってるの? この家には私とおじいちゃんしかいな――」

 

 そこまで言いかけた彼女が龍太の見ている方向に視線を移した時。

 

 絶世の美少女は、焦燥に顔を引き攣らせた。

 

 それはシルエットに気づいた稟吾郎丸も同じであり、状況が飲み込めない龍太だけが首を傾げていた。

 

「な、なんと……! まさか、こんなところまで挑発に来るとは!」

「くっ!」

 

 樋稟は驚愕の言葉を漏らす稟吾郎丸を一瞥すると、眉を潜めながらカーテンを開けてシルエットの正体を暴いてしまう。

 

「う、うおわあっ!?」

 

 その正体の異様な風貌に、何事かと正座から立ち上がろうとしていた龍太は腰を抜かしてひっくり返ってしまった。

 

 

 「ムンクの叫び」を思わせるような凄まじい形相――を象った鉄仮面に、黒い西洋甲冑で全身を固めたような格好の、人ならざる人。

 すなわち、例の古我知剣一が擁する自律機動兵器「解放の先導者(リベレイダー)」が現れたのだ。

 

「『技術の解放を望む者達』……! いくら夜中だからって……こんな住宅地まで茶々を入れに来るなんて、いい度胸じゃないっ!」

「待つんじゃ樋稟! 今、存在が世間に知れたら困るのは向こうも同じじゃ! どうせ奴らは襲っては来れん!」

「このまま放ってなんかおけない! 私達の都合で誰かを巻き込まないうちに、早く決着を付けないとっ!」

 

 そそくさと窓の向こうから立ち去っていく「解放の先導者」。樋稟はその機械人形を追って家を飛び出そうとするが、稟吾郎丸は必死に制止する。

 

 というのも、あの逃げた機械人形を追っていけば「呪詛の伝導者」と遭遇する事態は、避けられないはずだからだ。現時点において、救芽井家は兵器としての戦闘能力を持った「呪詛の伝導者」に対抗する術を持っていない。

 生身の人間に比べてパワーはあるものの、運動性で着鎧甲冑を使う人間に劣る「解放の先導者」はともかく、戦闘用に特化した「呪詛の伝導者」に接触すれば、たちまち「救済の先駆者」はスクラップにされてしまうだろう。

 

 しかし、それ以上に彼女は自分達が造り出したテクノロジーを巡る抗争に、他人を巻き込む事態を避けたいという気持ちが強かったのだ。

 樋稟は稟吾郎丸の小さな体を振り払い、ショートボブの茶髪を揺らしながら、自宅を飛び出していく。

 

 そして、感覚的に関しても物理的に関しても置いてけぼりを喰らってしまった龍太は――

 

「た、頼む龍太君! 樋稟を……あの娘を助けてやってくれい!」

「あー……やっぱそういう展開?」

 

 ――わけがわからないまま、樋稟を追うように言われてしまっていた。

 

「……ああもう、なんなんだよ今夜は! こうなったらあの娘を助けて、変態のレッテルだけでも剥がしてやるっ!」

 

 他所の難しい話は、知識を詰め込もうと必死な受験生にはよくわからない。

 それでも、変態扱いされたまま別れることは、仲が悪いまま終わらせることを嫌う彼の性分に反することだった。

 

 龍太は、カーテンが開けられた窓から樋稟が走って行った道を確認すると、愛用の赤いダウンジャケットと黒のフィンガーレスグローブを着用する。

 

「受験生に面倒事をあてがわないで欲しいね、まったくっ!」

 

 そして両手で頬をパン! と叩いて気合いを入れ、一人の少女を追って救芽井家を出発していく。

 

 ――彼の冬休みの稀少な一時が今、始まろうとしていた。

 

「『一煉寺』……か。こりゃあ、期待してもいいかもしれんのぅ」

 




 次回からは、龍太視点となります。


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第4話 ひとまず観戦

 ここからは龍太視点となります。


 さてさて……勢いよく飛び出して来ちゃいましたけども。

 

 ――目の前で起きてる状況に、俺はどうコメントすりゃいいんだ!?

 

 あの意味不明な機械人形(?)を追って家を飛び出した救芽井の後をつけて、俺は住宅街のはずれにある公園まで来ていた。それなりに雪が降り積もってくれているおかげで、足跡を辿るだけで追いつけたのはラッキーだったんだが――

 

「たあああッ!」

 

 ――眼前で繰り広げられてる乱闘が、とにかく普通じゃなかった。

 

 不気味な格好をした等身大のロボット集団を相手に、パンチやキックをお見舞いしている救芽井――が変身しているであろう、この町で噂のスーパーヒロイン。

 「救済の先駆者」なんて名前を持った彼女の立ち回りは、まさしく悪の組織に立ち向かう特撮ヒーローのようだった。事情を知らなければ、ロケにすら見えるだろう。

 

「やあああッ!」

 

 ……いや、そう例えるには気迫がマジ過ぎるか。公園を舞台に喧嘩だなんて、子供の教育によろしくないしなぁ。

 ただ、この町に関しては、あながちそうでもないのかもしれない。俺は大して覚えちゃいないが、十年前までは「ヤクザの詰所」だなんて言われるくらいに治安の悪い町だったらしいし、この程度は可愛いもんなのかもしれないな。今でもたまに強盗とかが出るくらいだし。

 

 しっかし、こうしてついつい余計なことに首を突っ込んじまう俺の性質(さが)はマジで何とかならないもんかね。こんな調子じゃ、すぐに巻き添え喰らってお陀仏だ。

 ……だけど、俺の不甲斐なさのせいで変に巻き込んじまった「あの娘」のことだってあるんだし、ああいうのは放っておいちゃいけないって気持ちもあるんだなぁ……うーん。

 

 ――にしても、スゴいなあの恰好。スーツが身体にピッチリと張り付いてるから、なめらかなボディラインが丸見えになってやがる。うん、いろいろとごちそう様。

 敵のロボットに組み付いたり、殴り倒したり。その都度、けしからん乳が揺れるもんだから、俺も目のやり場に困るっつーか……。

 

 救芽井に殴り飛ばされた機械人形は激しく宙を舞い、滑り台やブランコにたたき付けられる。当然、それらの遊具はもれなく木っ端みじんに……っておいおい、世間に知られちゃまずいとか言う割りには派手に暴れてんなぁ。

 彼女の戦い方はまさに攻撃的で、自分から積極的に掴みかかったりしている。うわぁ、頭を脇に挟んで殴りまくってるし……中身が女の子だとは思いたくない光景だなぁ……。

 

 ま、銃器の類をぶっ放されてないだけマシか。「機動兵器」にしちゃあ、武器とかを使ってる気配はないし……。

 

 「世間に知られたら困るのは向こうも同じ」。確かゴロマルさんはそう言っていたはずだ。

 ……そうか。なら、目撃者である俺が存在をアピールすれば、少なくとも乱闘を中断させることはできるかもしれない。「向こうも同じ」というからには、救芽井側も機械人形側も目撃者がいるとわかれば、引き上げざるを得ないんじゃないか?

 

「兵器転用だか情報漏洩だか知らないが! 人が暮らしてる町ですき放題やってんじゃ――」

 そう思った俺は声を張り上げようとして――吹っ飛ばされてきた機械人形の体を顔面にぶつけられた。

「ブファッ!?」

 

 そのまま後ろにひっくり返った俺は、倒れたまま動かない機械人形の下敷きにされてしまう。うげ、重たい……鉄なんだから当たり前か。

 俺に乗っかってる奴は体の端々に火花が飛び散っており、現在進行形で救芽井にボコられてる他の奴らと違って、動き出す気配がない。どうやら機能停止してるみたいだな。

 救芽井もロボット集団も俺の存在には気づいていないらしく、一般人の危機ほったらかしのままで戦闘に興じている。ロボット共はともかく、救芽井は人命救助が仕事なんだから助けてくれよ!? トホホ、まさかここまで嫌われていようとは……。

 いや、気づいてないだけってのは分かってるけどね? 初対面が初対面だから傷つくんだよ……。

 

 そんな俺の悲哀をガン無視するかのごとく、救芽井はますます積極的にロボット集団に攻め入っていた。殴られ、蹴られ、投げ飛ばされていくロボット達は、為す術もなくスクラップにされていく。下敷きにされてるせいで、詳しい戦況はなかなか見えづらいのだが。

 ……まあ、なんだか優勢みたいじゃないか。まだ例の「呪詛の伝導者」ってのは出てこないみたいだけど、これならひょっとして楽勝なんじゃないか?

 他人事ではあるけれど、やっぱりお隣りさんが勝ってくれる方が嬉しい。それに、この一件が解決すれば、救芽井が出す変身の発光に悩まされることもなくなるかも知れないんだから。

 うーん、それはそれで救芽井家の人と話す切っ掛けがなくなるわけだから、寂しくなりそうな気はしないでもない。おっかない救芽井はともかく、ゴロマルさんは割といい人だからなぁ。あの人、「受験頑張るのじゃぞ」ってお菓子とかいろいろ差し入れてくれるし。

 

 

「……ん?」

 すると、今まで引っ切り無しに響き続けていた乱闘の騒音がピタッと止んでしまった。救芽井が勝ったのか?

「止まった……のか? くそ、これじゃ何も見えんッ! ぐぐぐ……ぬ、おおおおおおおッ!」

 

 今すぐにでも確認したいところなのだが、この鉄の人形を退けないことには確かめようがない。しかし、コイツの重さというのはやはり洒落にならない……。

 俺は両腕はもとより、全身の筋力をフル稼働させ、この厄介な木偶の坊の自力撤去に掛かる。腕の筋肉が悲鳴を上げようが骨が折れようが、ここでコイツを退かさなきゃ、一生この場を出られないかも知れない。そんな覚悟を胸に、俺は鉄人の下敷きになりながらも、ただひたすら唸り続けていた。

 そして、やっとの思いで圧し掛かり続けていた機械人形を排除し、目の前の状況を確認する。

 

 「解放の先導者」とかいうロボットは全滅し、その屍の上には救芽井が立っている。そして、彼女の視線の先にはピッチリと黒いスーツを着こなした男の人が立っていた。肩まで掛かった焦げ茶色の髪が、なんだかホストみたいだ。

 

「おやおや、本当に頑張り屋なんだね。樋稟ちゃん」

「剣一さんッ……!」

 

 公園を舞台に、対峙する美男美女。剣一さん……ってことは、あのイケメンお兄さんが例の「古我知剣一」ってことなのか。てことは一連の事件の黒幕……ってことになるんだろうけど、あんまりそういう風には見えないなぁ。身長が百五十九センチしかない俺が言うのもなんだけど、見るからになよなよしてる感じだし。

 

 ――だけど、救芽井の面持ちはかなり深刻って感じがしてる。万引きがバレた悪戯っ子みたいだぞ。

 

「あーあー、僕のおもちゃを好き勝手に壊してくれちゃって。『解放の先導者』だってタダじゃないんだから、もう少しソフトに扱ってくれないかなぁ」

「ふざけないでください! ここで会ったが百年目、お父様とお母様を返して頂きます。それに、『解放の先導者』のプラントも必ず摘発します」

「おお、怖い怖い……。そんなこと言われると、抵抗したくなっちゃうなー。僕!」

 

 古我知さんの目付きが、降り積もる雪にも劣らぬ冷たさを見せる。おお……悪い顔してんなぁ。

 よく見てみると、あの人の右腕には、救芽井が嵌めてるブレスレットと同じようなものがある。色は黒いけど、形状は全く同じだ。「腕輪型着鎧装置」……だっけ?

 

 古我知さんは右腕をゆっくりと自分の胸の前に上げ、不敵に笑う。

 

「着鎧、甲冑」

 

 そして、何かを呟いたかと思えば――あっという間に、その姿が光を帯びて早変わりしてしまった。

 

 真っ黒のメカメカしい鎧で全身が覆われていて、見るからに「強そう」なイメージを与えるフォルム。加えて、よく見れば関節の部分は真っ赤に塗装されてる。『救済の先駆者』もそうだけど、こっちもなかなか特撮ヒーローみたいでカッコいいデザインではないか。唇を象った部分があるマスクなのは、どっちも同じみたいだけど。

 バイザーの色は「救済の先駆者」と違って、真っ赤。なんか禍々しい色遣いだなぁ。

 なんか腰に剣とかピストルとか差さってるし、確かに戦闘用って感じの出で立ちだよな……これが例の「呪詛の伝導者」って奴なのか?

 

 いやぁ、まさか本物の変身ヒーローを間近で見られるなんて思いもしませんでしたよ。悪者なのが惜しまれるが。

 

 ――つーか、本当はこんな呑気なこと言っていい状況じゃないんだろうな。俺一人が「蚊帳の外」なだけで。

 

「剣一さん。申し訳ありませんが、あなたの目論みはおしまいです……!」

「試作品のレスキュースーツで、戦闘用のパワードスーツに挑む――か。樋稟ちゃん、君のギャグセンスならM−1が狙えるよ」

 

 冷たい風が吹き渡り、睨み合う両者。

 片田舎の小さな町を舞台に、二人の決闘が始まろうとしていた……!

 

 ……えーと、俺って何しにここに来てたんだっけ?

 



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第5話 空気は読まないスタイル

 公園を舞台にした、無駄に壮大な決闘。

 最初に仕掛けたのは、救芽井の方だった。

 

「はああああッ!」

 

 地を蹴って駆け出す彼女は矢のように襲い掛かる――けど。

 

「おお、よく見える見える」

 

 感心するような声を上げる古我知さんに、あっさりと投げ飛ばされてしまった。

 

「あううっ!?」

 

 巴投げを喰らってブランコにぶつけられる「救済の先駆者」。あぁ、子供達の憩いの場が見るも無残な姿にぃ……。

 ――それにしても、「見える見える」って……古我知さんは何が見えたっていうんだ? 救芽井のぱんつか?

 確かにそれは、この季節にミニスカを履いていた彼女の自己責任だとは思うが、覗きなんて分別のないことをいい大人がするなんて――

 

「君の対『解放の先導者』用格闘術のデータは全て、この『呪詛の伝導者』にインプットされてるからね。君の動きは僅かなモーションだけでも完璧に見切れるのさ」

 

 ――あ、なんか違うっぽい。思ったより真面目なものを見ていたようで、なんだか申し訳ないなぁ。

 考えてみれば、そもそも今の救芽井は変身してるんだから、どんなに頑張ったアングルでもぱんつは見えないはずだ。うーん、知らない間に煩悩が渦巻いていたようだ。

 

 そうやって俺が一人で悶々としてる間に、救芽井が起き上がってきた。ブランコの鉄柱の部分にぶつかっていたから、さぞかし痛かっただろうに……。

 

「やりますね。でも、まだまだこれからです!」

 

 あら。なんだか平気でいらっしゃるみたい。着鎧甲冑ってずいぶん頑丈なんだな……。

 

「もう諦めたら? 大人しく『救済の先駆者』を捨ててくれれば、怪我させずに済むんだけどなぁ」

「ふざけないでッ! お父様達の願いを――そんなことのためにッ!」

「やれやれ……強情っ張りなのは親子そっくりだね」

 

 古我知さんはため息混じりに、腰からピストルを引き抜いた。おいおい、こんなところで発砲する気かよ!?

 

「させないッ!」

 

 ピストルを使わせまいと、救芽井は再び「呪詛の伝導者」に襲い掛かる。心なしか、「銃声を上げられては困る」と慌てているようにも見えた。

 

「だよね〜……僕も使いたくないなッ!」

 

 すると、古我知さんの方も――駆け出したッ!?

 

「――ッ!?」

 

 銃を撃つのかと思いきや、そのまま突進してきた相手に動揺したのか、救芽井はピタッと動きを止めてしまう。その一瞬の隙を突いて、古我知さんは持っていたピストルの銃身で彼女を殴りつけた。うわぁ痛い!

 

「あううッ!」

 

 救芽井は思わぬカウンターを喰らい、地べたにたたき付けられてしまう。ちょちょ、これってかなりマズイ状況なんじゃないか!?

 

「ようやく大人しくなってくれたね。さ、お父様とお母様のところに行こうか」

 

 倒れた彼女の頭を踏み付けている古我知さんが、挑発的に笑っているのがわかる。顔こそ見えないが、声が物凄く得意げになっていたからだ。「どや顔」ならぬ「どや声」か。

 

「くッ……! お父様達に怪我はさせていないでしょうね!?」

「もちろん。それに、記憶も消去していないねぇ。なにせ、まだ着鎧甲冑の全データを教えてもらってないから」

「私達は、あなたなんかに負けない……! 着鎧甲冑のテクノロジーを、兵器になんて使わせないッ!」

「わかってないねぇ、樋稟ちゃんは。この力を売り出せば、儲かるなんてものじゃない。世界の歴史に名を残すことだって出来るかもしれないんだよ? 世界中の機動隊やレスキュー隊に採用してもらって、配備してもらうだなんて味気ないとは思わないのかい?」

 

 古我知さんはグリグリと救芽井の頭を踏みにじりながら、なにやら難しいことを詰問している。おぉ……まるで意味がわからんぞ。

 

「ううっ――名を残す、なんて夢想家もいいところです! 兵器の歴史に残る名前なんて、私はイヤッ! お父様も、お母様も、おじいちゃんも、人を救うためにコレを造ったんだからッ!」

 

 悲痛な叫び声を上げる救芽井。く、なんだか放っておけない事態になってきてない? 俺の良心という名の緊急警報が作動中なんですけど……。

 

「家族思いだねぇ……感動しちゃったよ、僕。じゃあ、せめて家族全員の記憶を均等に消してあげるよ。君だけがかすかに覚えていて、周りが君を忘れてる、なんて嫌だろう?」

「イ、イヤァァァッ! そんなの、そんなのダメェェッ……!」

 

 記憶を消す、という脅し文句が効いたのか、救芽井はかなり怯えている様子だった。「家族全員」てのが痛いんだろうな……きっと。

 

 それにしても「記憶を消す」……ねぇ。こんな状況じゃなきゃ、冗談だと笑い飛ばせるんだけど……。

 

「大丈夫大丈夫。全てが終わった頃には、僕は世界的な兵器開発者として歴史に名を残し、君達一家は『盗作』を企てた連中として刑務所の牢屋行きさ」

 

 諭すような口調で話す古我知さんは、戦意を喪失したのかグッタリしている救芽井の頭を掴み上げ、彼女の顔を覗き込む。

 

「――じゃあ、行こうか。僕の、着鎧甲冑の成功のために」

 

 そして、その一言と共に彼は救芽井を抱えてその場から立ち去――

 

「あー、ちょっとちょっと!」

 

 ――るってところで、やってしまいましたよ。俺。

 

 明らかに場違いな空気で、俺は道を尋ねるかのようなノリで古我知さんに話し掛けていた。向こうは二人とも俺を前にして固まっている。

 

 たった今、ゴロマルさんを言い付けを思い出した俺も俺だけどさ……そんなにビックリしなくたっていいじゃないか。だってほら、ちょっと出遅れたらあのままゲームオーバーになってたような気がするし。

 

「……え? 変態……君?」

「だぁーくぁーるぁ! 俺は変態じゃないんだって! いい加減勘弁してもらえないかね!」

 

 あーもう、開口一番に変態呼ばわりとは血も涙もないな! 全く、ちょっとかわいそうだったから、助けてやろうって思ったらこれなんだから!

 ……って、今はそこじゃないっ!

 

「それからあんた! 古我知さんだっけ? さっきから黙って聞いてりゃあ、勝手なことばかり口走りやがって! 手柄の横取りなんてお兄さん許しませんよ! ――多分俺の方が年下だけども!」

 

 ビシィッ! と「呪詛の伝導者」の厳ついボディを指差し、俺は無謀にも啖呵を切る。マスクを付けてるせいで表情は見えないけど、多分両方とも「お前は何を言ってるんだ」みたいな顔してるんだろうなぁ……。

 しょうがないでしょ!? カッコイイ登場の仕方なんて「咄嗟」には考えつかないんだから!

 

「……君は、樋稟ちゃんの知り合いかい?」

 

 ドスの効いた低い声で、古我知さんが質問してくる。や、やべぇ、超こえぇ!

 

「お、おうとも! 早くその娘を放せ! じゃなきゃ……」

「――じゃなきゃ?」

「ひゃ、110番するぞ!?」

 

 うぎゃー! カッコ悪ッ!?

 ここまで威勢よく踏み込んでおきながら、肝心なところでお巡りさん召喚かよ!? 我ながら最低だ! 俺のバカ俺のバカ! 早くこの震えた手にあるケータイしまえっ!

 

「……ふーん。なるほど。樋稟ちゃん、運が良かったね」

 

 ちくしょー、俺のバカ! アホ! チキン野郎! こんな脅しで悪の親玉が言うこと聞くわけ――あれ?

 

「きゃっ!」

「警察呼ばれちゃ敵わないからね。焦らず次の機会を待つよ」

「えっ? ……え?」

 

 古我知さんは救芽井を俺の足元に投げ捨てると……。

 

 ……帰っちゃった。

 



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第6話 ついに俺もヒーローデビュー?

「警察を呼ばれたら困る!?」

 

 公園での乱闘の後、救芽井家に帰ってきた俺は意外な事実を知らされた。

 

 救芽井家と「技術の解放を望む者達」の抗争に、警察の介入はタブーなのだそうだ。

 

 人命救助が仕事の救芽井家が警察から隠れなきゃダメって、どういうことだよ。それに、立派な兵器を抱えた「技術の解放を望む者達」が「警察呼ばれたら困る」って……悪の組織としてそれってどうなのよ。

 

 今度はちゃんと椅子に座らせてもらい、俺は元の姿に戻った救芽井とゴロマルさんの話に応じる。

 

「剣一さんは『呪詛の伝導者』を最新鋭兵器として、世界の軍需企業に売り出したいだけなのよ。だから、その前に警察にマークされて身動きが取れなくなる事態を避けようとしてるの」

「だから俺が通報しようとしたら、あっさり逃げちまったのか……じゃあさ、なんでこっちから警察に相談しないんだ? 人質取られてるからなのか?」

 

 デリカシーのない質問かも知れないが、正直気になって仕方がない。この一件が片付かないうちは、おちおち受験勉強もしていられないだろう。

 

「それは違うぞい。剣一は着鎧甲冑のデータを元に『呪詛の伝導者』を造ったが、そのデータ自体も完全なものではないんじゃ。奴はより完璧な兵器を造るために、息子夫婦をさらった……じゃから、警察を呼ぼうが呼ぶまいが、奴が息子達からデータを聞き出すまでは余計な真似は出来ないんじゃよ」

「だったら……!」

「……でも、私達も警察には頼れない。もし警察にこの件が知れたら、どちらも不利になってしまうのよ」

 

 やるせない顔をして、救芽井は俯いてしまう。そうしたいのはやまやまだけど、って顔してるなぁ。

 

「どういうこった?」

「強引な手段だったとは言え、私達の造ったスーツが兵器に利用されようとしているのは事実よ。警察に助けを求めたら、『技術の解放を望む者達』は簡単に解体できるけど、私達のしてきたことまで危険視されるかも知れないのよ」

「そうなればマスコミにも知れて原因を追及されかねんし、結果としてレスキュースーツとしての採用が認められなくなる可能性があるのじゃ。兵器に使われるような危ない技術なんぞ使えるか、とな」

 

 ……なんとまぁ、せちがらい事情があったもんだ。それで、警察は当てに出来ないってことになるのか。

 

「でも……それじゃあこれからどうするんだ? さっきの戦いを見る限りだと、普通にやって勝てる相手だとは思えないんだけど。それに、戦える人が女の子だけってのもなぁ」

「それなんじゃが――話があるんじゃ。龍太君」

「……え?」

 

 ◇

 

 薄暗く、冷たい空間をスポットライトが照らす。その光の中に、俺は連れ込まれていた。

 ――「腕輪型着鎧装置」を付けて。

 

「なんだか、ますますややこしいことになってるなぁ……」

『ぶつくさ言わない! 早く着鎧しなさい!』

 

 ブレスレットに取り付けられている通信機から、救芽井の叱責が響いて来る。うぅ、耳が痛い……。

 それから、どうやら「救済の先駆者」含む「着鎧甲冑」に変身することは「着鎧」って言うらしいな。

 

 ゴロマルさんの頼みと言うから何かと思えば、いつの間にか救芽井家の地下室まで連行されてしまっていた。なんで一軒家にこんなもんがあるんだよ……まさか造ったのか?

 

『ちなみに、その秘密特訓部屋はわしが造ったのじゃ。どうじゃ、イカしておろう?』

 

 やっぱりか。でも特訓部屋にしちゃ何もなくて、なんだか寂れてるぞ……よっぽど使う機会がなかったんだろうな。

 それから、この場に二人の姿はない。リビングにあるコンピュータから、俺の状況をモニターしてるのだそうだ。

 

『よいか? これからお前さんには鹵獲(ろかく)した「解放の先導者」と一対一で戦ってもらう。先程話したとは思うが、これはお前さん自身のためでもあるのだからな』

「わかってるよ。さっさと始めてくれっ!」

 

 あーもう、なんでこんなことになっちゃったんだか。

 ……まぁ、これは俺が古我知さんに声を掛けちまったせいなんだし、致し方ないのかもな。

 

 どうやら、公園の一件のせいで俺までもが「技術の解放を望む者達」のターゲットに入れられちまったらしい。

 向こうは死人や行方不明者を出して、警察沙汰になるのは防ぎたいのだから、別に捕まっても命は取られない――とのことだが、代わりに自分達と関わった記憶の一切を消してしまうのだという。

 しかも、その余波でそれ以前の記憶まで持っていかれる危険性まであるとか。正直、それは俺にとっての死活問題になりかねん!

 この数ヶ月、なけなしの脳みそをフル回転させて励んだ受験勉強。その努力の結晶を、わけのわからんサイエンス集団に掻っ攫われるなんて御免だ!

 

 ――ということで、俺はいざ「技術の解放を望む者達」に狙われても自分の身を守れるようにと、救芽井も学んだという「対『解放の先導者』用格闘術」の訓練を受ける羽目になったわけだ。今回は、そのために「解放の先導者」の強さをまず知っておくことが目的らしいのだが。

 しかし、「格闘術」かぁ……。残念ながら、俺には、実戦(ケンカ)経験がない。せいぜい、少林寺拳法(しょうりんじけんぽう)を嗜んでる兄貴から「申し訳程度」に護身術を教わってるくらいだ。

 自分の身を守るため、それなりに修練を積んできたという自負はあるにはある。だが、実戦で活かしたことのない拳法にどの程度の効果があるというのだろう。……不安しかねぇ。

 

『何をボサッとしてるの、変態君! 「解放の先導者」が来るわよ!』

 

 自分の無力さに嘆息してる暇もなく、向かいの扉からおっかない顔をした機械人形が、フラフラと這い出して来る。うげぇ、人間じゃない分余計に気味が悪いなぁ〜。

 

「やるしかないな……よーし、着鎧甲冑ッ!」

 

 俺は「腕輪型着鎧装置」にあるマイクに、勢いよく音声を入力する。

 すると、目の前が真っ白な光に覆われ――気がつけば、俺は「救済の先駆者」の姿に成り果てていた。昨日まで、この姿をテレビや新聞で眺めてるだけだったのが嘘みたいだな……。できるだけ全身を見渡してみると、スーツが俺の体に合った形になってるのがわかる。

 これが現実であると確認するために、俺は機械の鎧に包まれた両手で、頬を叩いてみる。微妙に衝撃は感じるけど……全然痛くない。

 

 改めて着鎧甲冑の凄さに感心していると、『実戦でそんなことしてる暇なんてないわよ!』と救芽井に怒られてしまった。あぁそうだった、俺って今戦わなくちゃいけないんだっけ。

 

 実戦を演出するためなのか、「解放の先導者」との戦いはゴングもなしに始まった。姿を見せるなり、奴はいきなり襲い掛かって来たのだ。

 「解放の先導者」は両手を広げて、覆いかぶさるように迫って来る。それに対して、俺は両腕で頭を守るようにしながら、右足の膝を上げた。少林寺拳法で言うところの、「待ち(げり)」の体勢だ。

 相手が仕掛ける瞬間、こっちから蹴りを決めて距離を取る――言うなれば、「カウンター」の技だ。

 少林寺拳法には「守主攻従(しゅしゅこうじゅう)」という、守りを第一にした原則ってものがある。自分からガンガン仕掛けるやり方は、俺には合わないってことだ。

 

「はッ!」

 

 早すぎればかわされ、遅すぎれば攻撃を喰らう。そんな微妙なタイミングで、俺は短い気合いの声と共に、上げた膝を伸ばして蹴りを放った。

 金属同士が激しく接触する音が鳴り響き、奴の突進が止まる。や、やった! 決まったぞ!

 

『……ほほぉ』

 

 通信機越しに、ゴロマルさんの感嘆の声が聞こえて来る。どやっ! 兄貴仕込みの蹴りの味はっ!

 

 ……などと喜ぶ暇もなく、再び奴は俺に向かって来た。おいおい、一応みぞおちは狙ったはずだぞ!? もう少し痛みに悶えてもいいんじゃないか!?

 

「――くそッ、なら!」

 

 でも、今は焦ってる場合じゃない。

 俺は二、三歩距離を取り、今度は左足の膝を思い切り上げる。さらに、その向きを右斜めに曲げた。

 空手にもある、人間の顎にある急所「三日月(みかづき)」を狙い撃ちする「三日月蹴り」だ。顎の横を薙ぎ払うように蹴る技なのだが、これは急所を狙うというだけあって危険なものでもある。

 だけど、相手は人間じゃない。人間みたいに動くだけの、機動兵器に過ぎない! ならば、手加減は無用ッ!

 

「だああッ!」

 

 スパッと振り抜かれた俺の蹴りが、奴の顎を掠めていく。そして機械人形の鉄の首は、関節技でも決められたかのように、グキッとひん曲がってしまった。

 うーむ、後味は悪いが……これならダウンは必至だろう。初陣は白星で確定だ!

 

 と、思っていたのに。

 

「う、嘘ッ!?」

 

 奴は何事もなかったかのように、ガシャリと首を元に戻してしまった。そして、指先から鋭利な爪を出したり、胸から機銃のようなものをガチョンと出現させたりして来た!

 ちょっと待て、お前それでも人間か!?

 

 あ。

 

 ――人間じゃ、ありませんでしたね……。

 



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第7話 名誉挽回、したいなぁ

 結局、あの後は散々だった。

 

 爪で引っ掻かれるわ、機銃で蜂の巣にされるわ。しまいには気を失ってしまい、気がつけばリビングのソファーに寝そべっていたのだ。

 当然、救芽井さんはお怒り。両親が手塩に掛けて作り上げた「救済の先駆者」を傷物にされたんだから、当たり前か……。

 

「全く! いくら初めてだったからって、たった一体の『解放の先導者』に手も足も出ないなんて! それでも男!?」

「男だからって皆が皆強いわけでもないだろぅ……。だいたい、なんでわざわざ俺を鍛えなくちゃいけないんだよ。お前が古我知さんに勝てる作戦を立てれば済む話じゃないのか?」

 

 酷い言い草の救芽井に対し、俺はちょっとばかり拗ねた態度になる。

 

 考えてみれば、俺が狙われているからといって、必ずしも俺自身が着鎧して戦わなくちゃいけないことにはならないはず。むしろ、俺を巻き込んだ形になる救芽井側が責任を持って、護衛するのが筋じゃないのか?

 情けないかも知れないが、こっちの着鎧甲冑が救芽井の持つ「救済の先駆者」しかない以上、俺が生身の状態で「解放の先導者」に出くわしたって敵いっこないのは一緒なんだし。

 

 いちいち素人をしごいて戦えるようにするくらいなら、足手まといをほったらかして打開策を探す方が建設的な気がする。うぅ、自分で言ってて悲しくなってきたぞ……。

 

 俺が抗議の声を上げると、彼女はバツが悪そうに目を背けた。気のせいか、その頬はほんのりと赤みを帯びている……ように見える。

 

「そ……そんなの簡単に行かないわよ! それに、お、男の方が力が強いんだから、鍛えさえすれば効果的かも知れないじゃない!?」

 

 しどろもどろしつつも、俺の前で腕を組み、仁王立ちする彼女。おぉ、けしからん程のボインが寄せて上げられ、揺れておる……。

 

「ご両親の助手とかやってた天才少女にしちゃあ、ずいぶんと曖昧な返事だなぁ。結局のところ、俺をおちょくりたかっただけなんじゃないか?」

「違うわよ! そんなことのために、あなたに――あなたなんかに、『救済の先駆者』を貸すと思う!?」

 

 俺が皮肉っぽく尋ねると、今度はキッパリとした態度で否定された。その表情には、「先程の発言を許さない」という強い意思表示がなされている。

 自分の本気を否定されたような……そんな顔だ。

 

「そんな言い方は二度としないで! 私は、私は真面目にっ……!」

「真面目に?」

「も、もう、知らない! 変態君のバカッ!」

 

 ぐはぁ、「変態」と「バカ」の二重心理攻撃がぁ……。

 精神を撃ち抜かれ、ショックに襲われた俺はソファーから転落する。そんな俺を一瞥した救芽井は、顔をかすかに赤らめつつ「フンッ!」と鼻を鳴らして去ってしまった。

 

 数分の回復期間を経て、なんとか心理的ダメージから立ち直った俺は、パソコンに向かって黙々と何かの作業をしていたゴロマルさんを見つける。その傍らには、何かのチューブで繋がれた「腕輪型着鎧装置」が伺える。

 あのパソコンを使って、彼は事件や事故を迅速に救芽井に知らせて、出動を促したりしているらしい。今は俺が傷つけてしまった「救済の先駆者」を修理しているのだという。

 

「君も苦労しとるのぅ」

「……どーも」

 

 顔を合わせずキーボードを打ちながら、ゴロマルさんは呆れたような声で俺を労う。気に掛けてくれるのは嬉しいんだけど、巻き込んだのはあんた達ですからね?

 去年までの冬休みならいざ知らず、受験シーズンのタイミングで漫画みたいな世界観に連れ込まないで欲しかったなぁ。せめて春休みまで「技術の解放を望む者達」には大人しくしてもらいたかった……。

 

「はぁ〜……」

 

 思いっ切りうなだれながら、俺は窓の外から近所の様子を伺う。

 そこでは、小さな子供がお父さんやお母さんに囲まれ、にこやかにクリスマスツリーの飾り付けに励んでいる姿があった。それに、お熱いカップルが住宅街を闊歩している様子も伺える。

 そういえば、もうじきクリスマス……なんだっけ。

 

 ――何がクリスマスじゃあい! ちくしょおおおおお! 俺は恋人作ってデートどころか、初対面のお隣りさんに「変態」呼ばわりだよッ!

 

「……なにしとるんじゃ?」

 

 気がつけば、俺は窓にベットリと張り付いて啜り泣いていたらしい。ゴロマルさんの哀れむような視線が痛い……。

 

「樋稟にも困ったもんじゃ。お前さんを過剰なまでに意識してしまったばっかりにのぅ」

 

 顔を赤らめつつ、イライラした表情で床をトントンと蹴っている救芽井。そんな彼女の様子を、ゴロマルさんは心配そうに見つめている。

 しかし、イマイチわからない。俺を意識してるってだけで、こんな面倒事の渦中に人を叩き込むのかよ?

 

「それって、俺が裸見ちまったせいか?」

「じゃな」

 

 じゃなって……そんなストレートに肯定しなくたっていいじゃないかぁ。確かに悪いのは俺だろうけど、一応は事故なんだしぃ……。

 

「ああなった以上、救芽井はお前さんに望むしかなかったんじゃろうな」

「何を?」

 

 俺が尋ねてみると、ゴロマルさんは達者な髭を撫で回しながら、いたずらっぽく笑う。

 

「王子様じゃよ」

 

「――は?」

 

 ◇

 

 翌日。

 

 いろいろと衝撃的過ぎる夜を終え、朝日が真っ白な雪を輝かしく照らす頃。

 俺はお隣りさんの女の子――救芽井と一緒に、町を歩くことになっていた。

 

 夕べにゴロマルさんに言われたことが、全ての始まりだった。昨晩の悪夢のようなやり取りが、ついさっきのことのように思い出される……。

 

「樋稟は息子夫婦の夢のために、正義の味方となってこの町を守っておるが……あの娘自身としては、本当はそんな王子様のような存在に救われる、『お姫様』になりたかったのじゃよ」

「ちょっと待った、なんでそれで俺が王子様……もといヒーローにならなくちゃいけないんだ?」

「お前さんが樋稟にとっての、初めての『男』だったからじゃな。自分にとっての『王子様』がするようなことを、それまでに必要な過程をすっ飛ばして実行してしまったお前さんに、相応の責任を取ってほしかったのじゃろう」

「それで自分を守れるくらいには強くなれ――っていう理屈に発展したのか? 無茶苦茶だな……」

「夢見る女の子というのは、そういうものらしいからの」

 

 ――というわけで、俺はメルヘンチックな夢の道を絶賛爆進中の救芽井さんにお応えして、彼女を守るヒーローを目指すことを余儀なくされてしまったわけだ。

 朝の九時に待ち合わせていた俺は、十分前には既に救芽井家の前まで向かおうとしていた……のだが、彼女はそれよりも早く家を出て俺を待っていた。

 

「来たわね。いい!? 自分の身も守れない一般人のあなたを、みすみす『技術の解放を望む者達』の脅威に晒さないための護衛任務なんだからね!? 勝手に私から離れちゃダメよ!」

「……!」

 

 そこで俺は不覚にも、緑のトレンチコートにミニスカートという、救芽井の女の子らしい格好に思わず目を奪われてしまう。

 茶髪のショートと凛々しい目鼻立ちが合わさって、大人っぽさと愛らしさが共存しているかのような、そんなアンバランスな魅力が保持されていた。

 それが意識的なものなのかはわからないが、少なくとも俺と同い年のようには、到底思えない風格がある。

 

「へいへい」

 

 そんな心の(やましい)動揺を気づかれまいと、俺は目を背けてわざとめんどくさそうに返事する。すると、向こうはムッとなって眉を吊り上げる。

 

「あと念を押して言うけど――これはデートじゃないんだからねっ!?」

「わかってるよ……」

 

 ものすごく顔を真っ赤にして、救芽井は俺を威嚇するかのように、思い切り指差して来る。ここまで警戒されてるのかと思うと、心がえぐられるようだ……。

 

 やっぱり、俺って嫌われてるんだなぁ〜。彼女と対話する度に、いちいち思い知らされる。

 初対面がマズ過ぎたってのもあるんだろうけど、彼女が男をろくに知らなかったっていうのが何より痛かったんだと思う。そりゃあ、初めて見た同年代の男にいきなり裸を見られちゃあ、ビクビクもしちゃうだろう……。

 だけど、このままじゃいけないってのは確かだ。この娘の王子様になってあげる――なんてのは、俺みたいなジャガイモ男には似つかわしくなさ過ぎるけど……それでも、出来うる限りの責任は取らなくてはなるまい。

 そのためにも、そして俺自身の名誉のためにも、「変態」呼ばわりからは必ず脱却しなくては!

 

「な、なぁ救芽井? まずは仲直りから始めようぜ。とりあえず俺のことは、ちゃんと一煉寺って――」

「さぁ! まずは昨日火事が起きた商店街のパトロールね。行くわよ変態君!」

 

 俺の名誉挽回への第一歩をアッサリと踏みにじり、彼女は茫然としている俺の手を引きながら、ずんずんと進んでいく。

 あうぅ、前途多難ってレベルじゃねーぞ……。

 



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第8話 こんなデートは絶対おかしいよ

 夕べ、火災が起きていたという商店街。その現場には、警察やら野次馬やらがあちこちうろついていた。

 

 俺は若干黒焦げになってしまった建物を見上げつつ、真剣な眼差しでそれを眺める救芽井の様子を、チラチラと横目で伺う。

 ブスッとした表情で腕を組む彼女の手首には、一晩で修理を終えていた「腕輪型着鎧装置」がある。ホッ、どうやら簡単に直ったみたいで一安心だ。俺のせいで使い物にならなくなったりしたら、コトだもんな。

 

「くっ……『技術の解放を望む者達』……!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、彼女は建物から目を離さない。自分が解決させた後のことが気になって、ここに来たんだろうなぁ。

 

 昨日の夜中に起きた火災で、噂のスーパーヒロイン――つまり彼女が着鎧する「救済の先駆者」が活躍していたことは、今朝の朝刊にしっかり取り上げられていた。

 「巷で噂のスーパーヒロイン、またまた大活躍!」……という見出しはもう見慣れたつもりでいたのだが、今になって読んでみると、友達が新聞に載ったかのような感慨深さを感じてしまう。いや、別に彼女とは仲良くないんだけどね。それどころか――

 

「ちょ、なにジロジロ見てるのよ! こんなところで、いやらしいわよ変態君!」

 

 ――ご覧の有様だし。

 

 道行く人々の雑談に耳を傾けてみれば、皆口々に救芽井のことを噂してるのがわかる。まさか巷で噂のスーパーヒロインが、俺の隣でイラついてるアブない美少女だとは夢にも思うまい……。

 頭脳明晰、容姿端麗、身体能力抜群……なのは確かなんだし、その辺が完璧なのはわかるんだけど――ただ性格が、ちょっとね。

 救芽井は胸を両腕で隠しながら、キツい視線を送って来る。俺が胸をガン見してると思ってるらしい。おいおい、確かにけしからんおっぱいなのは認めるが、そこまでしなくたって見えるわけないだろうが……。

 しかし、コートの上からでもわかる程の大きさとは……思わず腕を上げ下げして「おっぱい! おっぱい!」と歓喜したくなりそうだ。

 

「全く……。もう、行くわよ! 迷子になっても知らないからっ!」

 

 俺に見られてることが堪えられないのか、彼女はいきなり速いペースで歩き出してしまった。ちょっと待て、自分から離れるなとか言っといて、それはないんじゃないの?

 救芽井は置いてけぼりな俺を放置して、ツカツカと先へ進んでいく。クリスマス前で賑わってる今の商店街は、人通りが多い。このままじゃあ彼女の言う通り、はぐれて迷子になっちまう!

 

「なにあの娘? めっちゃ可愛くね?」

「どっかのアイドルかしら?」

 

 一人で歩き回る絶世の美少女は、この小さな田舎町にはあまりにも場違いだ。当然ながら、周囲の目を惹きつけてしまう。あちこちからどよめきや囁き声が聞こえてくるのも、まあ仕方ないっちゃ仕方ない。

 ……あ、なんかチャラそうな男が絡んで来た――って思ったら裏拳一発でノックアウト。救芽井さん、マジパネェっす……。

 

「ちょ、待ってくれよぉ!」

 

 俺は火事の跡を一瞬見遣ってから、すぐさま好き放題闊歩する彼女を追い掛けた。

 

 ――追い掛けたのだが。

 

「見失っちゃいました……」

 

 はい、終了。

 

 ……って、人通りの多い時期に一人で飛び出すとか無情過ぎるだろッ! どうやって探すんだ? この状況……。

 

「お? 龍太君じゃないかい。お兄さんは元気でやっとるかえ?」

「魚屋のおばちゃん、緑のコート着た女の子見なかった?」

「うんにゃ、あたしゃ見とらんなぁ」

 

 商店街の顔見知りに聞いてみても、結果はサッパリ。ああもう、どんだけ人を面倒事に巻き込みゃ気が済むんだか!

 

「小さい町だから、いつもなら人通りなんてあってないようなものなのに。よりによってこの時期にとは……恐ろしい間の悪さだな」

 

 この場に彼女がいないのをいいことに、俺は思いっ切りため息をつく。商店街に来る途中、昨日の散々な扱いに辟易していて「朝から辛気臭い顔しないッ!」と平手打ちを貰ったことがあるからな。今ぐらい(精神的に)一息ついてもバチは当たるまい。

 ……そういえば、救芽井はどこに行こうとしてたんだ?

 ふと、それが気になって、彼女が向かっていた方向を見つめていると――

 

 ――ぬいぐるみ屋が目に入った。

 まさか、あそこに行きたかったとか? 町の平和を守る、正義の味方が?

 

 いやいや、ないない! だって、あの生真面目スパルタおっぱい星人だぞ!? それに、今日は商店街の「パトロール」だって本人も言ってたし!

 ……でも、もしかしたら、ついでに見て行きたかったのかも知れないな。それに、二学期の終わりにこっちに引っ越してきたんだから、この町をよく知らないはず。ひょっとしたら、パトロールを兼ねて、この辺りを散歩してみたかったんじゃあ……?

 正義の味方だろうとボインちゃんだろうと、俺と同じ年頃の女の子には違いないんだろうし。うーん、わからなくなってきたぞ。

 

 ――あれ? ちょっと待てよ……。

 

 あの娘って、この町に来て日が浅いはず。

 最近来たんだから、この時期は人通りがやたら多いってことも、多分知らない。

 地元の人間(ここでは俺)と離れて、単独行動。

 

 そして、なかなか帰ってこない。

 

 ……。

 

 もしかしたら……いや、多分そうだ。

 俺は迷わず、商店街の近くのとある場所へ向かった。救芽井がそこにいる、と確信して。

 

 ◇

 

 その確信は、やはり的中していた。

 商店街の傍にある、小さな交番。そこには、真っ赤な顔で俯くスーパーヒロインの姿があったのだ。

 

「お、おそ、遅いわよ変態君! 迷子になってたらどうしようって心配してたのよッ!?」

「あー……いや、どの口が言うんだ?」

 

 ろくにこの町を知らない奴が、知ってる奴のもとを離れて、人通りの多い時期にうろついてたら、そりゃ迷うわッ!

 当の迷子の子猫ちゃんは、さも自分は迷ってなんかいないと言わんばかりに、ふくよかな胸を張ってるし……おぉ、揺れてる揺れてる。

 ゴ、ゴホン。とりあえず、目の保養にはなったし、今回のところは大目に見てやるか。知らない町での暮らしで、不自由が多いのは仕方ないんだし。

 

「お、迎えの人かい? ……って、龍太君じゃないか! お兄さんは元気にしてるかい?」

「あ、どうも。ええ、今頃は就活でバタバタしてるでしょうね」

「ハッハッハ! 出来れば龍亮(りゅうすけ)君にも警察になってもらいたいなぁ! なにしろ、交番勤務は大変でねぇ。とにかく人手が欲しいんだよ」

「兄ですか? あいつはわりかしフリーダムですから、多分向いてないですよ」

 

 迷子になっていた救芽井を預かってくれていたのは、顔見知りの若いお巡りさんだった。松霧町自体が小さな町だから、俺はここの知り合いが結構多い。ゴロマルさんと知り合ったのも、彼ら一家がこの町に引っ越してきてすぐのことだった。救芽井と会ったのは昨日が初めてだが。

 

「そうかぁ……にしても、君も隅に置けなくなったねぇ! こんな超プリティな彼女捕まえるなんて!」

「ちょ、声が大きいですって! それに彼女じゃ――」

 

「断ッッッじて違いますッ! 誰がこんなドッ変態君ッ!」

 

 軽く冷やかすお巡りさんを止めようとした時。これ以上は生物学的に不可能というくらいに、顔を真っ赤にした救芽井の怒号が、俺達二人の鼓膜に突き刺さる! キーンと来る聴覚の痛みに、俺もお巡りさんも思わず尻餅をついた。

 ひぎぃ、ついに「ド変態」にランクアップかよぅ……。

 

「か、彼女じゃない? それじゃあ誰だい? こんな綺麗な娘、なかなかいないし……」

「ただのご近所さんですよぉ……!」

 

 耳を抑えながら、俺は消え入りそうな声で必死に弁明する。

 

 敢えて、「最近引っ越してきたお隣りさん」とは言わない。口にすれば、例の迷惑発光の元凶と知られ、彼女がクレームを受けてしまうからだ。夕べ、俺がそうしたように。

 そうなれば、「変態」からの脱却が不可能になってしまうだろう。彼女達の都合上、光を止めることは出来ないし、それならクレームの末に、町を追い出されることになりかねない。

 発光に悩まされることはなくなるが、嫌われたままで別れるのは後味が悪すぎる。そんなの、俺は絶対に嫌だ。

 だからこそ、俺は彼女に応えなきゃいけない。どうせ近所付き合いするんなら、仲良しな方がいいに決まってるんだから。

 

「そ、そうか……ちょっと残念だよ……」

「なにがですか、もうッ……!」

 

 聴覚をやられ、悶絶必至な俺達。その様子を、救芽井は拗ねた顔で見下ろしていた。

 

「し、信じられない! 何が彼女よ……もうッ! とにかく、さっさと行くわよ変態君ッ!」

 

 彼女は俺の腕を引っつかみ、ズルズルと引きずっていく。俺は強制連行されつつ、既にグロッキーだったお巡りさんに別れを告げた。

 

 それから商店街に戻ってきた救芽井は、またも同じ方向へ向かおうとしていた。彼女の目線を追っていると、やはりぬいぐるみ屋に注目しているのがわかる。

 やっぱり女の子だなぁ……。

 

「な、なによ?」

 

 いつの間にか、彼女の顔をまじまじと見ていたらしい。俺はそそくさと視線を正面に戻し、話題を出すことにした。

 

「何でも。それより、さっきの焼け跡以外にどこを『パトロール』するんだ?」

「う……!」

 

 俺が振った質問に、彼女は言葉を詰まらせた。ははーん、さては真面目な「パトロール」は、火事現場のことくらいだったんだな。「ついで」どころか、散歩の方もかなり重要だったらしい。

 

「……あ。そういえば、あんたってあんまりこの辺には来たことないのか?」

「しょ、しょうがないでしょ!? 出動時以外は、専ら地下室で訓練してるだけだったんだし……」

 

 ちょっとかわいそうな気がしたので、別の質問にしてみる。すると、今度は割とまともな答えが返ってきた。

 ――なるほど、あの薄暗い部屋にねぇ。道理で、お隣りさんなのに昨日まで一度も顔を会わさなかったわけだ。

 にしても、この反応……よっぽど、迷子になったことを気にしてるんだな。同じ失敗をしたくないのか、微妙に俺の袖を掴んでるのがわかる。

 でも、プライドに障るのかしっかりとは掴んでない。指先で、ちょいと摘んでる感じだ。

 表情も、「仕方なくよ、仕方なく!」といいたげ。見ていて、正直めちゃくちゃじれったい。

 

「だーもう、まどろっこしいなぁ」

 

 俺は間の抜けた声で、一瞬彼女の摘んでいる手を払い――その手をしっかりと掴んだ。

 

「き、きゃあっ!? なにするのよ変態君ッ!」

「――ぬいぐるみ屋!」

「……え?」

「行きたいんだろ? 一緒に見てやるから……離すな」

 

 怒られるのは覚悟してたけど、やっぱりハッキリと言ってしまった方が気分がいい。救芽井はボッと顔を赤くして抵抗していたものの、やがてシュルシュルと大人しくなり、俺の言葉に小さく頷くようになった。

 よ、よかったぁ〜……。これで「はぁ? なに勘違いしてんの?」とか言われたらトラウマもんだったわ。まぁ、それなりに確信はあったんだけどね。

 

 その後、ガラス張りの奥に陳列された、可愛らしいウサギやクマのぬいぐるみに夢中になる彼女の姿は、かなり意外だった。

 その様子は、無邪気にぬいぐるみと戯れたがる、小学生の女の子と大差ない。いつもの強張った顔とは全く違う、なんだか「自然」な感じの笑顔を見ることが出来た。

 

 ――そういえば、救芽井の笑顔なんて初めて見たな……。スッゴく可愛いし、綺麗だ。改めて、彼女がアイドル顔負けの美少女なんだって事実を思い知らされる。

 

「ねぇ、変態君」

 

 嬉々とした面持ちで、救芽井が話し掛けて来る。笑顔で変態呼ばわりは、なんか今まで以上に突き刺さる……。

 

「な、なんだよ?」

「ぬいぐるみ、どれがいいって思う?」

「はっ?」

 

 妙な質問に目を丸くする俺に対し、救芽井はフッと微笑んだ。なんだこの笑顔。天使か?

 

「今日買うぬいぐるみ。ご褒美に選ばせてあげるわ」

「なん……だと」

 

 マズい! 俺はぬいぐるみを選別するスキルなんてカケラも持ち合わせていないというのに!

 し、しかしここで失敗したら、「変態」呼ばわりの汚名返上が遠退いてしまうッ……!

 

「うーん、参ったな……俺、人形なんてちんぷんかんぷんだし」

「別に何でもいいわよ。あなたが可愛いって思うものを選んで」

「そ、そうか? だったら――」

 

 直感で、行くしかない。

 俺は腹を括り、一番それっぽいのを指差した。

 

「――この、緑のリボンのウサギ、かな」

 

 俺が選んだぬいぐるみ。

 それは、耳の辺りに大きな緑色のリボンを付けた、デカいウサギだった。二匹の同じようなウサギが、さながら兄弟のようにぴったりと寄り添っている。

 

「あ、ホントだ! これ可愛いっ!」

 

 救芽井は昨日までとは想像もつかないテンションで喜び、ガラスをバンバンと叩く。おい、可愛いのはわかったから落ち着きなさい!

 

「でも、どうしてこれがいいの?」

 

 彼女はようやく叩くのをやめたかと思うと、今度は真ん丸な瞳で俺を見上げて尋ねてきた。あの鋭い眼光はどこへ!?

 

「ん……このウサギの白がさ、なんかあんたの肌みたいで綺麗に映ったんだ。それに、リボンが緑なのも『救済の先駆者』っぽくていいだろう?」

 

 と、俺はつい思ったままの理由を述べてしまった。

 ――あああ、マズい! マズいぞ! リボンはともかく、「肌」はマズい! イケメンならまだしも、ブサメン予備軍の俺がそんなこと口走ったら犯罪にしかならない! 「ド変態」からのさらなるランクアップがきちゃうううう!

 

「〜〜っ!」

 

 救芽井は目をさらに丸くして、赤い顔のまま俯いてしまった。声にならない叫び声を上げて。

 

「あ……」

 

 そして、なにかを言おうと口を開いた!

 いやあああ! やめてえええ! 変態以上なのはわかったから、もう何も言わないでええええッ!

 

 そして、俺が耳を塞ごうとした時――

 

「……ありがと」

 

 ――信じがたい台詞を、彼女は言い放っていた。

 

 ◇

 

 その後、俺達は買ったぬいぐるみを抱えて昼間には帰路についていたのだが、その間一言も言葉を交わさなかった。

 行きの時は、昨日のボロ負けのことでガミガミ怒られながらも、いろいろなことを教えてくれていたのだが。

 

 ――彼女によれば、商店街の火災も「技術の解放を望む者達」の仕業らしい。俺は拝見する前に気絶してしまったのだが、「解放の先導者」には火炎放射器まで組み込まれているのだとか。恐ろし過ぎる……。

 救芽井は顔を赤くして目を合わせてくれないので、俺はこうして会話が出来ない代わりに、今朝の話題を思い起こして帰るまでの時間を潰すしかなかった。

 

 にしても、あの火事が「技術の解放を望む者達」の仕組んだことだったとはね……。死人も怪我人も出なかったから良かったものの、こりゃあ大変なことになってきたもんだ。

 救芽井が言うには、人殺しを目的としない「技術の解放を望む者達」が火事を起こしたのは、「救済の先駆者」をおびき寄せて、運動能力のデータを調べるのが目的だった……という可能性が高いらしい。向こうは、救芽井が死人を出さないようにすることも計算済みだったってことか。

 それに「偶然、火が油に引火した」と思わせるように火炎放射器を使えば、「解放の先導者」の存在を知らない人々は「放火」だとは思わない。だから、仮に死人が出たとしても「技術の解放を望む者達」が世間に取り沙汰されることもない。

 ――なんとも、セコいことをするもんだなぁ。さすが悪の秘密結社(ただし人間は一人だけ)。

 

 ところで、そういうハードな話を朝っぱらからする救芽井だったけど、蓋を開けてみれば結構女の子らしいところもあるじゃないか。

 ちゃんと彼女の事情に付き合ってあげれば、なんとかなるかも知れないな。

 

 そんな淡い期待を抱いていると、救芽井家が見えてきた。さぁて! ぬいぐるみを家に運んだら、俺はいい加減勉強しないと!「救済の先駆者」の訓練も大事だが、それにうつつを抜かして入試に落ちたくもないからな。

 

 ――って、あれ? 俺ん家の前に、誰かいる……。

 

 よく見てみると、救芽井家の隣にある俺の家に、人影が見えていた。兄貴か? でも、今は就職の説明会に行ってる頃だし……郵便にも見えないな。あのシルエット――女の子?

 

 ――あ、なんか見つかった。つーか、こっちに走ってきた。

 

「一煉寺!? あんた何しとん?」

 

 俺の姿を見つけるなり、息せき切らして走ってきた彼女は……俺の顔見知りだった。

 

「へ、変態君? この娘――誰?」

 

 いきなり登場してきた第三者に、救芽井はかなりテンパっている。彼女の口から飛び出してきた「変態」というワードに眉を潜めつつ、例の女の子は俺に詰め寄ってきた。

 

「い、一煉寺! あんた受験やのに、何をほっつき歩いとんや! あと、『変態』って何や!? この娘、誰やっ!?」

 

 あー……まさか、この期に及んで、この娘に見られるとはぁ。めんどくさいことになってきやがったなぁ……トホホ。

 

 ――この女の子の名前は、矢村賀織(やむらかおり)

 俺のクラスメートにして、唯一の「女友達」だ。

 



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第9話 受験と訓練を秤にかけて

 見掛けに不相応なほどに艶やかさを感じさせる、桜色の薄い唇。口から覗いている、愛嬌のある八重歯。

 肩まで流れるように掛かった黒髪のセミロングに、年の割にはやや幼い顔立ち。

 フォローのしようがないぺったんこではあるが、その一方で脚線美には定評がある。それにぺったんこといっても、それはいわばスレンダーとも呼べる肢体であり、一部の男子諸兄からは好評であるらしい。

 そして俺から見ても小柄であり、こっちから頭を撫でるのには丁度いい身長差。

 

 俺達二人の前に現れたクラスメートの容貌を簡単に説明するなら、まぁこんな感じだろう。ちなみに、彼女は四国出身だからか地元の方言が特徴的だ。

 矢村は俺と救芽井を交互に見遣ると、キッと俺を睨みつけてきた。ひぃ、こえぇ!

 

「今が大事な時やのに、ようこんなところで女と油売っとるのぉ! これで落ちとったら承知せんで!」

「いや、ちょっと待ってくれ矢村! これにはいろいろと事情が……!」

「なに? 変態君の知り合い? 用事なら早く済ませてね。この後すぐに特訓だから!」

「……あのね、救芽井さん。俺って一応、受験生なんですけど」

 

 俺達の行動をデートと誤解している矢村が、なにやらプンスカしている。その一方で、救芽井は人の都合を華麗にスルーして、勝手に俺のスケジュールを侵略しようとしていた。

 二人揃って、俺を何だと思ってやがる!

 

「――さっきから気になっとったんやけど、『変態君』ってどういうことや?」

「う……!」

 

 矢村は目を細めて、ジィーッと俺を睨みつづけている。しかし、難しい質問をしてきたもんだ。

 詳しくいきさつを話そうものなら、どうしても救芽井の素性に発展してしまう。俺一人ぐらいならまだしも、矢村をこのゴタゴタに引きずり込むのは忍びない。

 上手くはぐらかすには、俺の弁明ぐらいじゃ足りないだろう。ここは救芽井にも協力してもらおうと視線を送――

 

「この人が私の着替えを覗いてたのよ。だから変態君」

 

 ――る前に、しれっと何をぬかしとんじゃああああああッ!

 

「な、なんやって!? 一煉寺、あんたいつの間にそんなッ……!」

 

 誤解を解こうと口を開く間もなく、矢村は信じられないものを見るような目を向けて来る。お前もあっさりと信じるなあああああッ!

 遺憾だ! 誠に遺憾でござる! 俺は抗議しようと大口を開くが……。

 

「仕方ないでしょ、事実なんだから! それに、この娘まで巻き込む気!?」

 

 と、そっと耳打ちされてしまい、しゅんと引っ込んでしまう。くう、そんな言い方されたら俺が悪者になってしまうではないか!

 

「とにかく、私達は忙しいの。これで失礼するわね」

「だから、矢村が言うように俺だって受験勉強が……!」

「あなたの頭脳じゃ、どの道無理よ。それよりあなたには、身体で覚えなくちゃいけないことがたくさんあるのよ」

「ム、ムキー! そんな言い草ないだろう!」

 

 商店街で迷子になった時のように、救芽井は足速に歩き出していく。俺は自分が選んだぬいぐるみを抱いたまま、なんとか追いつこうと必死に歩いていった。

 そんな俺達にほったらかしにされた矢村は……。

 

「ちょ、ちょっと待ちぃやあぁぁ!」

 

 やや涙目になりながら追い掛けてきた。餌を取り上げられたペットみたいだぞ、お前。

 

「あー……いや、あのな矢村? 俺は今ちょっと、重大なトラブルに遭遇していてな」

「トラブルってなんよ!? 一煉寺って、今まで恋愛とか全然やったやん! 何で今頃、こんな、こんな可愛い娘とおるん!?」

「違う違う、この娘とは別にそういうわけじゃなくてだな……な、なぁ救芽井?」

 

 助けを請うように、もう一度救芽井に目を移す。また余計なこと言わないか、ちょっと心配……。

 

「……ふん! 決まってるでしょ。あなたみたいな変態君とお付き合いするわけないじゃない」

 

 ぐふぅ、これはこれでキツイ……!

 で、でも、これでなんとか容疑は晴れた、かな? 俺はチラリと矢村の様子を伺う。

 

「うーん。やけど、やっぱりなんかおかしい……。一煉寺って、アタシ以外の娘とあんま喋らんし、女子から話し掛けられたらテンパるくらいやのに。それなのに、いきなり『覗き』やなんて……。」

 

 あああぁ! ちくしょおおお! 誤解を解きたい! 解きたいけど溶けないぃぃぃ!

 

「そ、そんなにあの救芽井って娘が良かったんやろか? いかん、いかんで! そやからって、一煉寺は渡せん! よ、ようし、せやったらアタシやってもっと積極的にならないかんやろな、そやろな!」

 

 おや、何かブツブツ独り言を呟いていらっしゃる。つーか、なんかほっぺが桃色になってない? 顔も微妙にニヤけてるような……。

 

「い、いちれ――りゅ、龍太ッ!」

 

 心配になって顔を覗き込もうとしたら、今度はいきなり……名前で呼ばれた? はて、今まではずっと苗字で呼ばれてたはずだけど。

 

「お、おう。どうしたんだ?」

「つつ、付き合っとるわけやないんやったら、一緒に勉強せんか? わからんとこ多いやろ?」

「んー、それは助かるんだけど、今の状況だとちょっとなぁ……」

 

 急に名前で呼び始めた矢村の、突然の提案。それは、成績が常に地獄の底へ激突寸前な俺にとっては、願ってもないことだった。

 一見子供っぽいところがある矢村だが、彼女はこう見えても学年上位の成績保持者なのだ。うむ、友人として鼻がデカい。いや、高い。

 ……だが、今の状況はなかなか辛いものがある。受験勉強が大事なのは事実だが、下手をしたら「勉強した記憶を引っこ抜かれてしまいかねない」事件に巻き込まれてるのも、無視しがたいんだよなぁ……これが。

 

 というわけで、俺は恐る恐る救芽井の顔色を伺うことにする。あぁ、俺って情けないなぁ……。

 すると、彼女は何かに気づいている様子で、まじまじと矢村を見つめていた。なになに? 矢村の顔に何かついてんの?

 

 しかし俺がその意味を考えようとする前に、彼女は俺の視線に気づいてフイッと顔を背けてしまった。くうぅ、やっぱりこの鬼軍曹から、許可なんて取れるわけ――

 

「ふん! そんなに勉強が大事なら、今日一日くらい許してあげる。彼女と好きなだけいればいいじゃない!」

 

 ――おお!? あんなに格闘術の特訓を優先させようとしてたのに、どういう風の吹き回しだ? とにかくラッキー!

 

「あ、ありがと」

「勘違いしないでよねっ! その娘の気持ちを汲んであげてのことなんだからねっ!」

「わ、わかってるわかってる。ホント助かるよ」

 

 眉を吊り上げ、決して「俺の都合を気にかけてのことではない」と強調する救芽井。そんなこと言わなくても、俺のわがままなんて聞く余裕がないのはわかってますから……。

 ところが、俺がその旨を態度で表すと、彼女はさらに不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。あれま、なにがいけなかったんだ?

 

 まぁ、今はそんなこと考えたって仕方がない。救芽井家の事情を思えば、俺が自分の都合に時間を使えるチャンスは限られてるんだろうし。

 今はせっかくの受験勉強の機会を、大切にさせてもらいますか!

 

「よし。んじゃあ、ぬいぐるみを運んだら、勉強見てくれよな」

「うん、任せとき!」

 

 俺から了解の返事を貰った途端、矢村はパアッと明るい顔になった。おぉ、そんなに喜ばしいことなのか?

 

 俺のことを名前で呼ぶようになったことといい、なんかいつもと様子が違う。どういうわけか、俺に優しい……ような感じがするな。

 二学期が終わる前まで――いや、ここで救芽井と会った時までは、彼女ほどじゃないにしろ、かなりツンツンしてる娘だったのに。急にどうして――

 

 ――ハッ! まさか……俺が「変態」呼ばわりされてるのを哀れんで……!?

 くぅぅぅッ! なんていい娘なんだ矢村ァァァッ! 俺がもしイケメンだったなら、ここで交際を申し込んでもいいくらいだ!

 だけど、変態呼ばわりの誤解が解けないのは辛い……いや、それでも彼女は味方になってくれているんだ!

 そうだ、俺にはまだ……帰れる場所があるんだ! こんなに嬉しいことはない……!

 

「ど、どしたん龍太? なに泣いとん?」

「うぐ、ひっく……ありがとう、ありがとうな、矢村ぁ……!」

 

 心配そうに俺の泣き顔を覗き込む彼女。おおぉ……いつもならおっかない女友達でしかなかった彼女が、今は美と慈愛の女神に見えるッ……!

 

「――バカっ」

 

 それだけに、隣で救芽井がそっと口にした言葉は、興奮の余り聞き取ることができなかった。

 



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第10話 勉強会は不毛に終わる

 俺んとこの家は、兄貴と二人暮らし。親父とお袋は県外に転勤してる。

 月一で仕送りが来るんだけど、お金のやりくりは基本的に兄貴がやってるんだ。数学の最高点数十二点の俺が、お金の管理なんてやろうとしたら恐ろしいことになるだろうからな。

 

「ふぁ〜、ただいまー……つっても、誰もいないかー」

「お、おじゃ、お邪魔します!」

 

 昨日のドタバタのせいか若干眠気が残っているらしく、俺はあくびをしながらのんびりと帰宅。その後を、矢村がやけに緊張した様子でついてきた。

 あ、そういえば矢村を家に入れるのって初めてなんだっけ。彼女は玄関から廊下へ進み、居間に繋がる道と二階へ通じる階段を交互に見遣っていた。割と普通な一軒家のはずだが、彼女にとっては物珍しい……のだろうか?

 

「いいよ、固くなんなくて。今は兄貴、いないみたいだし」

「う、ううん! 人様の家なんやし、粗相のないようにせないかんけん!」

 

 いや、だから俺しかいないんだって。この妙に頑固なところが、彼女の唯一の欠点――かな?

 

「……って、え? じゃあ今、家におるんは――アタシと龍太だけ?」

「そだな。まぁ、この方が静かで勉強する分にはいいだろ?」

 

 もしかしたら、賑やかな方が良かったんだろうか? ふと気になったんで、ちょっと顔色を伺って――

 

「せやな! そらそうやわ! 二人っきり! の方が、集中できるやろうしっ!」

 

 おうっ!? やけに上機嫌じゃないか。なんか「二人っきり」ってのをやけに強調してるけど……ま、本人がいいって言うんだから、いいかな。

 俺は二階にある自室を指さし、そこへ向かうように彼女を誘導する。その背を追うように、俺も階段を上がっていった。

 

 ……玄関近くの壁に貼られた、「破邪の拳」と達筆で書かれている一枚の和紙。見慣れているつもりが、今でも度々違和感を覚えている「ソレ」を何となく見つめながら。

 

「こ、ここが龍太の、部屋なんかぁ〜!」

 

 矢村は俺の部屋に入ると、まるで遊園地に来た子供のようにウキウキとしていた。そりゃまあ、初めて来る場所だろうけど……そんなに嬉しいのか?

 

「別に大したもんじゃないだろ? 殺風景だし」

「ううん、そんなことないって!」

 

 特に何かのファンというわけでもないから、ポスターみたいな飾り物もない。漫画やラノベ、ゲームがちらほらあるくらいの狭っ苦しい部屋だ。女の子が喜びそうなものなんてないはずだけど……。

 

「……って、なにしてんの?」

 

 しばらく目を離していると、今度はなにやらベッドの下に潜り込み始めていた。そんなところには何もないぞ?

 

「えっ? あっ、いや! 龍太はどんなんが好きなんかなぁ〜ってな!」

「は?」

「な、なんでもないっ!」

 

 訝しげに見る俺の視線に耐え兼ねたのか、彼女は顔を赤くしてプイッとそっぽを向いてしまった。まさか、エロ本でも探してたってのか? おいおい、俺はパソコンで画像落として済ます派だぜ?

 

「とにかく、さっさと始めようぜ。まずは現国から頼むわ」

 

 これ以上詮索されては、俺の性的嗜好が暴露されかねん……というわけで、俺は早急に勉強会の開始を進言する。おぉ、自分から「勉強したい」とか言い出すなんて、俺も成長したなぁ……。去年まで、テスト期間中でも何食わぬ顔でゲーセンに繰り出してた頃が懐かしいわい。

 

「そ、そやな。始めよか……」

 

 矢村はやや名残惜しげに辺りを見渡すと、そそくさと可愛らしいバッグから教科書やらノートやらを出して来る。方言や八重歯、そして快活な性格からか「男っぽい(ボーイッシュ)」と言われがちな彼女だが、持ち物は結構ファンシーなものが多い。

 最初の頃はそういったものまで、男物のような無骨なものを持ち歩いていたらしいのだが……どういうわけか、今はピンク色が眩しい「少女趣味全・開!」なグッズを多数所持している。どうしてこうなった。

 

 さて、そんな彼女に勉強を見てもらうようになって小一時間。

 

「漢字問題ぐらい解けなあかんやろ〜! 文章題は難しいの多いんやけん、ここで点数取っとかな!」

「いや、なんか『これぐらい楽勝!』って思って書いてたら『間違いでした』っていうのがほとんどなんだよな」

「そーゆーのを、油断大敵って言うんやで! ほら、これはなんて読むん?」

「えーと、『ちぶさ』!」

「ち・ち・ぶ! やらしい覚え方しようとすらからや!」

 

 ……絶賛大苦戦中でございます。

 

「ああんもう、次! 熟語の問題や! 『強いものが弱いものを喰らう』っていう意味の短文やで!」

「よーし、かかってこい!」

「問題文は、『所詮この世は(□□□□)』!さぁ、これはなんや?」

「『所詮今夜も焼肉定食』!」

「『所詮この世は弱肉強食』やろッ! どんだけ腹減っとんねんッ!?」

「いや、よく考えたら昼飯まだだったな〜ってさ」

「しかも空欄以外のところも違っとるしッ! 腹減りすぎて頭回ってないんやないん!?」

 

 うーむ、思った以上に手厳しい。俺がバカなだけなんだろうか? 向こうは俺以上に頭抱えてるし……。

 

 その後は小説の文章問題にも挑んだが、やはり難航した。

 

「さぁ、この後太郎はどう考えたん?」

「次郎をぶっ飛ばしてやろうと思った」

「なんでや!? 捨て犬を雨の中から拾ってきた弟にすることか!?」

「だってこの兄弟、マンション暮らしなんだろ? 普通、集団住宅でペットは無理だって。よって飼っちゃダメ。元のところへ捨てて来なさい!」

「この物語のオトンみたいなこと言うなぁぁぁぁッ!」

 

 いや……だってそうでしょ? 「捨て犬が可哀相」って人情だけでご近所さんやお隣りさんは納得させられないだろう?

 現に救芽井家がそうだしなぁ……。あそこはむしろ、人を自分達の都合で振り回してる状態だし。どうせ俺だけだからいいけど。

 この文章題では、太郎は次郎と一緒に反対派の父親を説得しようとしてるけど……俺にここまでの気概はないなぁ。途中で諦めて返しちゃいそうだ。

 

 結局、昼間の時間を全部使っての「現国集中特訓」になってしまった。頭の中の予定じゃあ、もっと数学とか英語とかにも時間を割きたかったんだけど。

 日が沈みだし、辺りが暗くなろうとしている時間になってることに気がついたのは、ついさっきのことだった。

 

「もうこんな時間か……そろそろ切り上げるか?」

「そやな……まるで成長しとらんけど、今日のところはこれまでやな」

 

 ぐふっ、マジかよ。これでも長時間脳みそフル回転で頑張ったつもりだったんだけどなぁ。

 

「できれば、英語の勉強とかもしたかったんだけどなぁ」

「……龍太、月曜日は英語で何て言うん?」

「え? んーと、『モンダイ』」

「『マンデー』や。……ホント、『モンダイ』外やな、あんた」

 

 ムッ、そんなひどいこと言わなくなっていいじゃないか! なんだよ、その冷ややかな目はっ!

 

「なぁ、龍太。もしよかったらやけど……」

「ん?」

 

 勉強道具を纏めて、帰る準備している矢村が不意に話し掛けてきた。心なしか、声が震えてるような……気がする。

 

「家まで、送ってもらっても、ええかな? 勉強頑張ってくれたし、息抜きに、ちょっと寄り道しながら……とか」

 

 少しモジモジしつつ、今にも消え入りそうな声色で、そう提案してきた。まぁ、今日一日付き合わせちまったんだし、そのくらいお安い御用だよな。

 

「ああ、いいぜ。一緒に行こう!」

「い、一緒に……!? う、うんっ! ありがとうっ!」

 

 感極まった顔で、彼女は深く頷いた。うーむ、そんなに喜ばしいことなのかな?

 

 ――そうか、そんなに俺が「変態」呼ばわりされてることを哀れんで……!

 

「グスン、いいってことよ……さあ、行こうぜ」

 

 矢村の慈愛に、俺は再び涙した。暖かい、なんて暖かい娘なんだ! それに引き換え、俺の惨めさときたら……ううっ。

 

「ど、どしたん? 大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ……心配してくれて、ありがとう……!」

 

 せめてもの恩返しとして、自分が元気を貰っていることをアピールしようと、俺は爽やかにスマイルを見せる。すると、彼女はボンッと顔を赤くして俯いてしまった。あれ、なんかマズかったかな?

 

 何が恥ずかしいのか、赤面したまま喋らなくなってしまった彼女の手を引き、俺は玄関の前まで来た。さぁ、彼女を送ったらまた勉強だな……。

 いや、もしかしたら今日勉強に集中した分、救芽井にめちゃくちゃしごかれるかも……!?

 

 そんな不安要素を抱えつつ、ドアを開けた俺の前に立っていたのは――

 

「お? なんだ龍太、彼女連れて夜のデートか?」

「弟さんですか? 初めまして、古我知剣一です」

 

 就活帰りの兄と――あの、古我知さんだった。

 

 



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第11話 悪の親玉、イン・マイホーム

 ちょっと、待て待て待て……!

 え? 何この状況? 何で悪の親玉とこんなタイミングで鉢合わせしなきゃなんないの!?

 

「あぁ、こっちは就活説明会の時に、落とした財布を拾ってくれた人でさ。お礼にちょっと飯でもご馳走しようってとこだったんだ」

 

 古我知さんについての説明を入れて来てるのは、俺の兄貴・一煉寺龍亮(いちれんじりゅうすけ)。もうじき就職活動にのびのび取り組もうとしてる、大学三年生だ。

 こやつは俺の血縁者である癖に、頭も顔も運動神経もよく、道を歩けばいつの間にか女に囲まれてる。まぁ、つまるところ「月の果てまで爆発するべきリア充野郎」というわけだ。

 この憎たらしい兄貴のおかげで、俺がどれほど惨めな思いをしてきたのかを知るものはいまい……。二人で町を歩けば、兄は羨望の目で見られ、俺は哀れみの目で見られるッ! 同じ兄弟だというのに、なぜここまで違うッ!?

 俺は必ず兄貴を引き立てるためのピエロにされ、「お兄さんを見習いなさい」と言われる毎日だ! なぜだ!? ……坊やだからか?

 

 そんな俺だからか、いじめの対象にされることもあった。それを見兼ねて、兄貴は俺に護身術としての少林寺拳法を教えてくれた。……まぁ、そこは素直に感謝しとこう、かな。

 

 ――って、今はそれどころじゃねーッ!

 

 くせっ毛のある茶髪を掻きむしり、兄貴は少し困った様子で俺と古我知さんを交互に見ている。客人に妙に警戒してる弟を、どう紹介すべきか考えあぐねている……という感じだ。

 ――そういえば、古我知さんはずいぶん優しげな笑みで俺を見てるけど、何で何食わぬ顔で突っ立ってられるんだ? 自分が狙う獲物なら、もっと睨んできても良さそうなもんだが……。

 

「元気の良さそうな弟さんですね。なんというか、昔を思い出します」

「あぁ、まぁちょっとバカなところはありますけど、根は悪い奴じゃないんで。気にしないでくださいね」

 

 この人の正体を知らないであろう兄貴は、人の気も知らないで呑気なことを言っている。あのなぁ、自分の肉親を狙ってる敵にわざわざ紹介すんなっつーの! まぁ、知らないんだからしょうがないんだけどね……。

 

 ――古我知さんめ、余裕こいた顔しやがって……「お前なんかいつでも捕まえられる」って言いたいのか、こるぁー!

 と、気づかぬ内に顔に出ていたらしい。その場で兄貴に「お客さんにガンつけてんじゃねーよ」と、ゲンコツを貰ってしまった。いてて……。

 

 ――だけど、落ち着け。こんな時こそ、冷静になるんだ!

 ここで古我知さんの正体を訴えるのは簡単だけど……はぐらかされるかも知れないし、下手したらここで暴れられることも考えられる。そんなことになったら、兄貴も無事じゃ済まなくなるぞ……。

 だが、ここで何事もなかったかのように素通りしたら、兄貴と古我知さんは二人っきりになる。そうなったら……アッー!

 ――じゃなくて、商店街の火事みたいに危険な目に合わされるかも!

 ……いや、ないな。それだったら隣の救芽井家が黙ってないし、兄貴に危害が及んだら俺が警察に通報して終わりだ。

 「技術の解放を望む者達」だって警察沙汰が嫌なんだったら、余計に暴れるのは避けたいはずなんだから。

 ――つまり、彼が兄貴に手出しするメリットはナシってことか。ここは何も知らない振りをして、出て行った方が得策なんだな……。

 

「全く……いいから、お前はさっさと彼女とデートに行ってこいよ」

 すると、いきなり兄貴が変なことを言い出した。こんな時に――彼女?

「彼女って、矢村が?」

「ん? 違うのか?」

 

 あっけらかんとした俺の対応に、兄貴は目を丸くして矢村の方を見遣る。彼女は俺の後ろで顔を赤くしながらペコペコしていた。

 

「どう見てもただの友達には見えないんだがなぁ……」

「んー、そうかぁ?」

「ももも、もーえーやん! そんなことより、はよ行こうやっ!」

 

 俺と兄貴が兄弟揃って首を傾げていると、矢村はいたたまれなくなったのか大声で叫び出した。

 

「ええ、それがいいですね。お二方、もうじきクリスマスですから……素敵な聖夜を楽しんで来ては?」

 

 古我知さんも面白げに、彼女の背中を押すようなことを言う。なにが楽しいんだよ、あんたは!

 

 あーもう、調子狂うな全く! とにかく古我知さん! うちの兄貴にアッー! ……じゃなくて、妙な真似したら即通報だからな! 「おまわりさんこいつです」って訴えてやるからな! 覚悟しとけよっ!

 

 迂闊にアクションを起こして暴れられたら敵わないしな……向こうも警察呼ばれると困るんなら、大人しくしてるしかないだろうし。後ろ髪を引かれる気分ではあるけど、今はどうすることもできない。

 

「しょうがねぇ……行こうぜ、矢村」

「う、うん」

 

 俺は何事もなく「古我知さん」という名の嵐が通り過ぎることを祈り、矢村を連れて家を出ることにした。

 

 ……その時。俺は「破邪の拳」と書かれた玄関の紙を、再び訳もなく意識していた。兄貴が俺の視線から紙を隠すように立っているような気がしたが……俺の思い過ごし……なのだろうか。

 

 ◇

 

 クリスマスが近いというだけあって、外はなかなかイルミネーションが盛んだ。住宅街だけでも、そこかしこにクリスマスツリーの飾り付けがあったりする。

 ちょっとリッチな家庭では、サンタやトナカイのオブジェまで飾られていて、なかなか見栄えがいい。いいなー、俺ん家なんか、家にちっちゃいツリー型ろうそくがあるくらいだぞ。

 

「商店街の方とかだったら、もっと派手なのがあるかもな。朝行った時も、結構人通りが凄かったし」

 

 何気なくそう言ってみた。……言ってみただけだったのだが、何かがいけなかったらしい。

 

 それまでホクホク顔だった矢村が、急にムスッとした表情になってしまったのだ。解せぬ。

 

「……むぅ」

「あれ? なんか変なこと言ったか、俺?」

「それって、あの救芽井って女の子と行った時やろ……」

「そうですが、何か?」

「やっぱりや! もぉぉッ!」

 

 すると、矢村は何が不満なのか「ムキーッ!」と怒り出してしまった。くぅ、救芽井の態度といい、どうやら俺は「無意識のうちに女の子の機嫌を損ねてしまう」スキルの持ち主らしい。

 こないだ、兄貴がモテない俺のために恋愛ゲーム「ときめきダイアリー」とか「ラブプッシュ」とか買ってきてくれたけど、正直まともにクリアできる自信がないぞコレは……。

 

「だいたい、救芽井って言ったら最近引っ越してきた迷惑行為常習犯やんッ! 龍太やって被害者やのに、なんでそんなとこの娘と一緒におるん!?」

 

 あー……まずいぞ。またしても救芽井家の事情に関わりかねん質問が飛んで来やがった。

 

「アタシの方が付き合いも長いのに……あんたの面倒も見れるのに……なんで『救芽井』なん?」

 

 おや? 今度はなんだか急にトーンダウンしてしまったみたいだ。なんだか縋るような上目遣いで、俺の顔をジッと見つめている。

 ……「クリスマス」っていう「ムード補正」のおかげかも知れないが、めっちゃ可愛く見えてきた。大丈夫か? 俺……。

 桃色の唇に、雪みたいに白い肌。普段あんまり意識してない分、矢村のそういうところが目についちゃうと、なんかドギマギしちまって気まずいんだよなぁ。

 ――そういや、兄貴も古我知さんも、矢村を俺の彼女みたいに言ってたっけ。いかん、意識したらいかんぞ! 向こうからしたら、ただの男友達なんだから!

 

 ……と、俺が一人で勝手に脳内暴走しているうちに、いつしか俺達は昨夜の公園にたどり着いていた。

 

「――あちゃー」

 

 もちろん、あれだけ大暴れした後の損害が元通りになってるはずもなく、公園全体に警察が調査した跡があった。そこら中にビニールシートやら立入禁止の注意書きやらがいっぱい……あーあー、警察の介入は困るって話はどこに行っちまったんだ?

 こんな調子じゃあ、遅かれ早かれ救芽井家か「技術の解放を望む者達」が嗅ぎ付けられちゃうだろうに。近所迷惑、ここに極まれり。

 

「なんやコレ!? めちゃくちゃやん!」

 

 当然、何も知らない矢村はあわてふためくばかり。うわぁ……別に俺がやったわけじゃないんだけど、関わった者として凄く申し訳なくなってくる……。

 

「と、とにかく、早く行こう。家はこっちであってたかな?」

 

 これ以上ここにいたら、今度はこっちがいたたまれない! 俺は矢村の手を引いて、その場を離れることにした。

 

 ◇

 

 それからしばらく住宅街を歩いていたのだが……会話がない。まるで、商店街から帰る時の救芽井みたいだ。

 ――手を繋いでるせいだろうか? 俺は恐る恐る、手を放して彼女の表情を伺う。俺、最近人の顔色ばっかり気にしてるなぁ……。

 

「――ねぇ、龍太」

「な、なんだ?」

 

 俺が握っていた自分の手を見つめて、か弱い声で呟いている。あ、まさか手を握ったことを怒ってらっしゃる?

 いくら「変態」呼ばわりされてることで心配してくれてるって言っても、これはちとやり過ぎだったんだろうか……。あぁ、なんてこったい! せっかくの慈悲を、俺はぁぁッ!

 

「こうして、手を繋いでくれた時のこと……覚えとる?」

 

 ――と後悔していたら、彼女はそんなことを口にしていた。顔を、トマトみたいに赤くして。

 手を繋いだ時……ねぇ。それだったら、ずいぶん前になるなぁ。

 

 あれは――そう、中学一年の夏。

 

 俺と矢村が、初めて会った頃だっけ。

 



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第12話 転校生は方言少女

 二年前、夏休みになる少し前のこと。

 クーラーの効いた部屋から一歩出たが最後、脅威の灼熱地獄に身を焼き尽くされ――そうな季節のただ中に、俺達は初めて出くわした。

 

「もうすぐ一学期も終わりだが……その前に、今日は転校生を紹介しようと思う!」

 

 期末テストが終わってすぐ、若い担任の先生がそう切り出した途端。俺達はいきなりのニュースにざわめきまくっていた。

 ただでさえ生徒の雑談でやかましい教室が、いっそう騒然となってしまった。

 男か女か。可愛いかイケメンか。それぞれが思い思いの理想像を垂れ流し、話題に花を咲かせる。

 

「では、入りなさい」

 

 静かにしろ、というよりはそう言った方が、皆が静かになると判断したのだろう。先生は騒ぎ立てる俺達を放置して、廊下で待っている転校生を招いた。

 彼の思惑通り、「話題の張本人」である転校生がどんな奴なのかを一目見ようと、クラス一同はお喋りを忘れて静かになる。

 

 そして、ゆっくりと教室に入って来たのは――女の子。それも、黒くて長めの髪が綺麗な、相当の美少女だったのだ。

 

 もちろん、真っ先に歓声を上げるのは男子。女子もまた、余りの可愛さに羨望の眼差しを向けていた。

 転校生の女の子は、そんなクラスのテンションに怖じけづいたのか、カクカクと足が震えていた。教卓の前の席だったために、その様子がよく見えていた俺は、小声で「頑張れ」とエールを送っていた。

 別に、美少女の出現に歓喜してる他の男子程、彼女に関心があったわけじゃない。ただ、見ていて子供心に「かわいそう」だと思っただけだ。

 

 俺の言葉に、彼女は小さくコクンと頷く。そして、男子の喧騒に怯えながら黒板に自分の名前を書いていった。

 

「や、矢村賀織、です。よ、よろ、よろしくお願いします」

 

 緊張気味なのか、矢村という女の子は何度も噛みながら、懸命に自己紹介を試みていた。やがて、そんな彼女に救いの手を差し延べるように、先生が前に出る。

 

「彼女は四国から来た子だ。知らない町でやっていかなくちゃいけない分、苦労も多いと思う。みんなで、なんとか助けてやってくれ」

 

 実に真っ当な台詞で締めた先生に、同意の声が次々と上がっていく。これならきっと大丈夫だと、俺はホッとして矢村の綺麗な顔を眺めていた。

 その時、俺は彼女と目が合ったのだが、向こうは俺のことが気に食わなかったのか、フイッと顔を逸らしてしまっていた。

 

 一時はクラスでの質問責めに遭い、ビクビクしていた彼女ではあったが……次第にクラスに馴染んでいくうちに、本来の明朗快活な性格を見せるようになっていった。

 その上やたら体力があり、男子に混じってサッカーやテニスに参加し、互角以上に渡り合っていた。それどころか、腕っ節で勝ることすらある。

 転校してきた当初のイメージをぶち壊す、男よりも男らしい女の子だったわけだ。

 

 夏休み中も、二学期が始まってからも、彼女は男子以上に活発に動き回っていた。

 それは別にいいことだろうし、性格的にも悪い奴じゃないとは思う……のだが、困ったところが一つだけあった。

 

「一煉寺ィ〜! あんた男やろ、しゃんしゃんせんかい!」

「ちょ、や、矢村、タンマッ……!」

 

 ――やたら俺を連れ回す、という点である。大して運動が好きでも得意でもない、俺を、だ。

 なぜかはわからないが、彼女はサッカーやら野球やら柔道やら、俺が普段関わらないようなスポーツの世界に容赦なくぶち込んで来るのだ。

 当然、俺は耐え兼ねて音を上げた。そんな俺の尻を、彼女がひっぱたく。それはもはや「お約束」だった。

 まぁ、それはそれで運動不足の解消になったんだし、よしとしよう。

 

 そうして、矢村は男子よりも強い女子として、その地位を高めていた。このままそれが続いていたなら、彼女の中学時代は実に充実したものになっていたに違いない。

 

 しかしある日、俺は彼女をやっかいなトラブルに巻き込んでしまったのだ。

 

 運動も勉強も中途半端でありながら、成績優秀・スポーツ万能な矢村と一緒にいる俺は、異端だったんだろう。なんの脈絡もなく、俺は出来のいい兄と比較される形で、一部の連中からいじめに遭った。

 兄貴がその優秀さで有名なのは知っていたし、弟の俺がふがいないのも事実だった。だから、俺は抵抗することなく、いじめを「一般的な世間の評価」として受け入れることにしていた。

 

 ――だが、矢村はそれに反対した。

 

 彼女は俺をいじめていた連中に突っ掛かると、全員にビンタをお見舞いしたのだ。「一煉寺は一煉寺、兄貴とはなんの関係もないやろが!」と。

 まぁ、向こうはただ俺をいじめるための話題が欲しくて、兄貴を引き合いに出しただけらしいんだけどな。

 だが、そこで連中は逆上してしまった。元々、彼らは俺のように勉強や運動で矢村に劣る「落ちこぼれ」であり、男勝りで勝ち気な彼女を快く思わない存在だったのだ。

 俺をいじめようと思ったのも、彼女を狙うと支持層が黙ってないから。だから、代わりに「八つ当たり」をしようとしていたんだ。

 

 連中は持っていたモップや椅子を振り上げ、矢村に殴り掛かろうとした。いくら男より強い彼女でも、数人に凶器を持ち出されたらどうしようもない。

 俺は自分の撒いた種だからということで、彼らに飛び掛かって彼女を逃がすことに決めた。

 別に、俺が殴られるのは構わなかった。どうせケンカは弱いんだし。

 それに、俺の代わりに彼女が殴られたりなんかしたら、そっちの方がよっぽど「痛い」しな。

 だけど、俺が殴られて血まみれになった時の彼女は、まるで自分が殴られたかのように悲痛な顔をしていた。

 

 結局、その件は矢村が呼んだ先生によって解決された。俺をいじめていた連中は全員、停学もしくは転校を余儀なくされ、俺は一週間の病院送り。ケガは正直めちゃくちゃ痛かったけど、矢村が無事だったのでよしとした。

 

 ――その時にわかったのは、矢村が羨望や尊敬と同じくらい、妬みを買っていたということだった。文武両道で美人だけど、そんな彼女を嫌う奴もいる、ということだ。

 他にも、彼女を否定する人はいた。方言を陰でからかう女子や、盗撮を働こうとする男子。クラスのみならず、学年全体で見ても人気者だった彼女は、同時に敵も作ってしまっていたのだ。

 俺はそんな裏側を知ってから、矢村との付き合い方を変えた。連れ回されるんじゃなく、自分から彼女と一緒にいるようにしたんだ。

 どんな時でも、彼女を一人にしないように。陰で彼女をバカにしてる連中の、盾になるように。

 

 そうしていくうちに、いつしか「彼女の方が」俺について来るようになっていた。彼女を守ろうと、手を繋ぐようにもなったからだろうか。

 聞いた話によると、この頃から彼女の持ち物は「男らしいもの」から「可愛らしいもの」へと激変したらしい。やはり解せぬ……。

 

「もしかして、俺のことを好きになったんじゃ?」

 

 ――なんて、バカな妄想もしたことがあるが……我ながら、勘違いも甚だしい。いじめられっ子に惚れる女がいるか? しかも相手は男勝りと評判の矢村だぞ……ありえねぇ。

 ま、そんな恥ずかしい黒歴史はどうでもいいか。

 

 

 矢村は、自己紹介の時に励ましてやったことを今でも感謝してるらしく、それが俺をスポーツに誘っていた理由だと言っているのだが……はて、だからといって勉強まで見てくれる程の恩義を感じるもんなんだろうか?

 じゃあ、暴行されそうになったところを助けたからか――って、アレはそもそも俺がいじめられてたせいだもんなぁ。

 

 うーん、矢村っていつも俺の世話焼いてくれるけど……イマイチ動機が見えないところがあるんだよな。

 

 

 いつか、彼女の気持ちがちゃんとわかる時は――来るんだろうか? 来たら、いいなぁ。

 

 

 ――その方が、きっとスッキリ出来ると思うから。

 



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第13話 おまわりさんおれたちです

 ――さて、矢村と会った頃のことをおさらいすると、だいたいこんな感じだが……彼女は何が言いたかったんだろうか?

 

 その旨を尋ねてみても「ど、どうでもええやろ!」とはねつけられてしまうので、俺には結局知る由がない。

 まぁ、向こうは俺が昔のことを思い出してるのを、隣で嬉しそうに見てたし……本人の機嫌が直ったんなら、それでいいか。

 

「え、な、なんや?」

「いや――なんか嬉しそうだなってさ」

「そらそうやろ! だって……な、なんもないっ!」

「ないのかよ……」

 

 つくづく、言ってる意味がわからない。もしかしたら俺がそれを知らないだけなのか?

 そんなことを考えてるうちに、俺達の視界は夜とは思えない程に明るくなってきた。

 

 ――イルミネーションが眩しい、商店街の景色。

 

「わぁ、き、綺麗やな〜……。毎年こういうの見れるって、ええわぁ〜!」

「だな。まぁ、クリスマス当日の方が盛り上がってんだろうけど」

 

 商店街を包んでいる光の群れは、入口にある店の看板からその屋上までの全てを彩り、その鮮やかさは町全体にまで広まっていた。

 何色ものベルを飾り付けられたクリスマスツリーに、サンタやトナカイに紛して宣伝を行うおじさんやおばさん。雪だるま型の置物を真似て、それの隣に本物の雪だるまを作ろうとする子供達。

 町のみんなの笑顔も相まって、今日がクリスマス当日なのかとさえ思う程だ。

 

 惜しむらくは、そんなエキサイトしたくなる時期に受験勉強をしなければならない、という現実が待っていることだが。

 

「さて、明日は一体どうなるのやら……」

 

 無益と断じられた受験勉強に臨むか、救芽井の特訓に引っ張り出されるか……。いずれにせよ、明るい未来じゃないなぁ。

 ……だったら、せめて今夜は楽しく過ごしたいもんだ。

 

 よし、ここは一つ、商店街の繁盛ぶりを拝見しながら矢村を送るとしよう!

 俺は一先ず話題を作るため、近くにある屋台を指差した。雪とは違う純白にデコレーションされているそこは、他の店とは比にならない程の異彩を放っていたからだ。

 

「お、あそこにケーキ屋があるぞ。いつもは雑貨屋なのに……無茶しやがって」

「みんなクリスマスが楽しみやけんね! アタシも――すっごい、期待しとるけん!」

 

 おや、なんかテンション高いぞ。ケーキ好きなのか?

 

「んじゃ、何か買ってこうか? クリスマスにはまだ早いけど」

「そ、そんな! ええよ別に! アタシ、返せる程お金ないし……」

「いや、俺の奢りだから。今日一日、勉強見てくれたお礼ってことでさ」

 

 まぁ進歩はなかったらしいけどね。それでも気持ちはありがたいんだし、こういう小遣いの使い方したってバチは当たるまい。

 だが、当の矢村は気に召さないのか「お礼したいんはアタシやのに……」とかブーたれている。うーん、貸し借りを嫌う性分だったのかな?

 

「――あのさ、良かったらなんだけど。明日、また勉強見てくんないかな」

 

 ならば、新たにクエストを依頼するまでよ。報酬がケーキ一箱ってことで。

 

「え? え、えええ!? あ、明日も来てええん!?」

 

 ぬお、ものすごい食いつきだ……餌に引っ掛かった某水竜みたいだぞ。でもまぁ、少なくとも嫌がってる感じはしないし、これでよかったのかもな。

 

 まだクリスマス前だから、ということでショートケーキを一箱プレゼント。さすがにホールは財布が軽くなりすぎるからな……。

 食べ出したらすぐになくなる程度の量だが、それでも矢村は飛び跳ねて喜んでくれた。ぬいぐるみを買った時の救芽井といい、女の子って時々すっごい無邪気になるんだなぁ。

 

「えへへ、龍太がくれたケーキやぁっ!」

「そんなに嬉しいもんなのか? 味はともかく腹は膨れんだろうに」

「女の子は膨れん方がええのっ。それに、『龍太が買ってくれた』っていうのが大事なんやから」

 

 ふむ。どうやら女の子ってのは俺が考えてる以上に、カロリーというものを気にしているらしい。俺を特別扱いしてるようなことを言ってる気がするが、多分気のせいだろう。

 

 ――すると、矢村は突然何かを思いついたような顔をして、ズイッと俺に迫ってきた。

 

「りゅ、龍太! あーん、しよや!」

「……はい?」

 

 えーと、何だって? あーん?

 もしかしなくても、あの「あーん」じゃないだろうな? おいおい、リアルにギャルゲー要素を持ち込もうとしてんじゃねーよ。

 

「ほ、ほやから、『あーん』やって! アタシが食べさせたるけん!」

「待て待て待て、おかしい。何かがおかしい! お前、今朝からいつもと明らかに様子が変だぞ!? 俺のことは名前で呼び出すし、しまいには『あーん』って……冬休みになってからお前に何が起きたんだよ!?」

「何も変やない! アタシがそうしたいって気持ちは、本物なんやから!」

 

 なんだかこっ恥ずかしいこと言い出してるー!? これ以上喋らしたら何を口にするかわかったもんじゃないぞ、コレは!

 矢村様、ご乱心めされたか! 仮にもここは、公共の場でございますぞ!

 

「あ、ああもう、わかったわかった! とにかくどっか行こう! みんな見てるから! ニヤニヤしながら見てるからぁぁぁぁッ!」

 

 とにかく、場所を変えなければ。辺りの通行人は、どいつもこいつも俺達を好奇の目で見てやがるし。まるで、恋人同士がイチャついてるみたいじゃねーか!

 俺は矢村の手を引っ張り、速やかに商店街から退散する。彼女を送るどころか、あちこち振り回してる……気がするけど、考えないことにしよう。

 

 ある程度イルミネーションの輝きから離れた俺達は、寂れたベンチに腰掛ける。ふぅ、やっと落ち着けたかな?

 

「……ったく、滅多なことを人前で叫ばんでくれ。ただでさえ噂とか広まりやすいんだから」

 

 そう。顔見知りが多いと、すぐにあることないことが知れ渡ってしまうのが、規模の小さな町の困ったところなのだ。

 次に交番のお巡りさんに会ったら、必ず矢村について追及してくるに違いない。「龍太君、二股かい!?」とか言い出すビジョンが頭から離れん……!

 

「ごめんな? でも、アタシは大丈夫やで。――嘘なんか、ついてへんもん」

 

 隣にチョコンと座っている矢村は、妙に真剣なムードで話を進めている。くっ、なんかマジメな態度だから怒りづらいな。

 

「龍太は、嫌なん? あーん、とかするの。それとも、アタシやからあかんのん? 救芽井とやったらするん?」

「なんでそんなに必死になってんだよ……。ていうか、なぜに救芽井が出てくるんだ」

「だって、龍太は『変態』って言われるくらいのことを救芽井にしたんやろ? アタシには、普通の友達みたいなことくらいしかしようとしとらんのに……ずるいやん」

 

 拗ねたような口調で文句を垂れながら、矢村は上目遣いで俺を凝視する。おい、なんだその潤んだ瞳は! 可愛く見えちゃうからやめなさい!

 

「やっぱり、胸が大きいからなんか? アタシの胸が小さいけん、龍太は友達としかアタシを見んのん?」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「せ、せやったら、アタシのこともちょっとは見いよ! 救芽井より、ずっと大事にしちゃるけん!」

 

 何を大事にするのか知らんが……一体、矢村はどうしちまったんだ? 俺を勘違いさせるようなことばっかり口走りやがって。

 ――そんなに、変態扱いされてる俺が哀れなのか。

 

「いいよもぉ、無理しなくて……」

「何言うとん? アタシ、無理なんかしとらん!」

「もう慰めなくてもいい! 惨めになるから!」

「そんなことない! あんたは、惨めなんかやない!」

 

 くぉぉぉ、どこまで俺を見捨てまいとする気なんだ、お前はぁぁぁ!

 そんなに情けを掛けられちゃあ、俺の立つ瀬がないではないかぁぁぁッ!

 

 ――と、俺が頭の中で悶絶していたその時。

 

 足元に人影が映り込んでいたことに気がつき、俺はハッとして顔を上げた。「また人に見られてるゥー!?」と思ったので。

 

 だが、そこにいた人物……いや、「存在」は、予想の斜め上を行くものだった。

 

 そう。

 

 俺達の前には、アレが立っていたのだ。

 

 ――いや、こう表現するとなんか卑猥なんで、簡潔に言い切ってしまおう。

 

 「解放の先導者」が、現れたのだ。

 ……コマンド?

 



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第14話 やっぱり彼女はスーパーヒロインでした

「な、なななな、なんやコイツッ!?」

 

 悲鳴と共に、矢村がベンチから飛び跳ねる。いやね……ホント、どうしましょう。

 

 ・逃げる

 ・戦う

 ・110番

 ・救芽井に連絡

 

 普通に考えれば、選択肢はこの四つだろうが……まず、110番はナシだ。そんなことしたら、向こうもろともこっちもバッドエンドだ。

 なら、戦う? いやいや、「救済の先駆者」になっても、たった一体に勝てなかった俺に、如何様な戦力を期待しろと?

 んじゃ、救芽井に連絡? ……これが一番理想かも知れないけど、そんなことする暇をあっちが与えてくれるかどうか。ケータイ出す途中にブスリとかシャレにならないんですけど。

 

 ――というわけで、逃げるが勝ち!

 

 俺はガバッとベンチから立ち上がり、ダッシュ!

 

 ……するというところで、踏み止まる。

 

 ちょっと待て。矢村はどうなるんだ?

 

 もしここで、俺が一人で逃げ出したとして……矢村が捕まったら、残された彼女はどうなるんだよ? 救芽井が言ってたように、捕まって記憶を消されるのか?

 ――マズい、マズいだろ、それはッ! 俺はどうせ記憶を消されたって、元がバカだからダメージは浅いかも知れないよ!?

 だけど、矢村は違う。この娘は俺なんかより、きっと凄く勉強頑張ってたんだ。だから、成績がいい。

 そんな彼女の記憶なんか消されたら、本人の今までの努力はどうなる!? 勉強は教えてもらえなくなるかも知れないし!

 

 それを考えちまった以上、俺は矢村を置いて逃げることはできない……! 俺にとっても彼女にとっても、マイナスにしかならないぞ、コレは!

 「解放の先導者」は大した動きは見せず、ベンチの前で立ち尽くしている俺達二人をガン見するばかり。ウィーンウィーンって音を立てつつ、様子を伺うように首を捻っている。

 今はまだ何もしてこない感じだけど、それがずっと続くはずがない。多分、俺達が動き出した途端に襲って来るつもりだろう。

 何の事情も知らない矢村は、突如現れた得体の知れない輩に怯えているのか、俺に身を寄せて腕を抱きしめた。くぅっ、こんな時に彼女にもうちょっと胸があれば、柔らかさのお陰で少しは緊張がほぐれたかも知れなかったのに! 今はそれすら許されないとはッ……!

 

 あー、まぁ、それどころじゃないのはわかってんだけどね。これくらい余裕こいてないと、冷静に頭回んないと思うし。

 それに、「急がば回れ」って言うじゃん。こんな時こそ、減らず口が言えるくらいの度量がないとね。俺はただのKYなだけですけど。

 

「りゅ、龍太? なんなんかな、こいつ。なんか、普通の人やないって感じするんやけど……」

「ああ、まぁ確かにな」

 

 普通じゃないっつーか、そもそも人じゃないっつーか……。ま、人みたいに動くロボットだ! とはなかなか思わないだろうし、そういう見方が妥当だよな。

 矢村は俺を庇うように前に出ようとしているが、全身が小動物みたく震えている。腕も掴んだままだし、相当ビビってるのがわかる。

 けど、目の前にいる奴がどういう輩なのかも知らないんだし、不安がるのは仕方ないよな……。

 

 俺は「解放の先導者」から矢村を隠すように、ズイッと進み出た。

 

「龍太!?」

「えーと、なんていうか……。こういう時くらい、カッコつけさせてくんないかなーってさ」

 

 我ながら歯が浮くような台詞だけど、「俺の方がコイツに詳しいから」みたいなことをバカ正直に話したら、間違いなく後で追及されちまう。ここは、キザに振る舞ってごまかすしかない!

 ドン引きされるかな、と恐る恐る表情を伺ってみるが……顔を伏せられてしまい、敢え無く断念。なんか頭から湯気が噴き出してるような気がしたけど、幻覚だよな?

 

 さて、矢村の様子は一先ず置いといて……これからどうするべきか。

 やっぱり矢村を逃がすことが第一になるんだろうけど、それについては気掛かりがある。

 

 それは、俺達の前にいる「解放の先導者」の狙い。

 奴が狙ってるのが「この件の真相を知る関係者」なのか、「この件の目撃者」なのか。それが問題だ。

 

 前者なら、狙いは間違いなく俺一人。「呪詛の伝導者」を「古我知さん」と呼んでしまった以上、俺が「技術の解放を望む者達」のことを知っていることは、向こうにも筒抜けなはずだから。逆に、何も知らない矢村はただの目撃者。「ちょっと姿を見られて、不審に思われたくらい」で片付けて、ほったらかしで済まされる可能性もある。

 後者なら、矢村も狙われることになる。あっちが、姿を見た者は一人残らず(記憶を)消す! というスタンスなら、彼女も俺と同じ危険に晒されてしまう。俺が彼女にチクってると向こうが思ってるなら、まずこっちの判断が妥当だろう。

 

 矢村のためにどうするべきかは、この二つのどっちが正しいかに掛かってる。

 前者なら、俺が一人で逃げ出すべきだ。「解放の先導者」を引き付けて、彼女をこの件から隔離できるんだから。

 だが、後者なら二人で一緒に逃げるしかない。そうしないと、さっき俺がやらかしそうになった時みたいに、彼女を見捨てることになる。

 

 そこのところを具体的に判別したいところなんだが……うーん、どうしたもんかね。

 真正直にこの旨を伝えて、ちゃんと答えてくれるとも思えないし。つーか、口利けるの? こいつら。

 

「おいコラ! 誰だか知らんが、見世物じゃないんですよ! どっか行ってくんない!?」

 

 ちょっと気になったので、試しに声を掛けてみる。もちろん矢村の前なので、何も知らないフリをして。

 

 すると――

 

『君がどこかへ行った方がいいんじゃないかな? 一煉寺――龍太君』

 

 ――ご丁寧に、返して来やがった。

 

 しかも、この声……!

 

「……古我知さん」

 

 俺は矢村に聞かれないよう、そっと呟く。そう、これは間違いなく、古我知剣一の声だ。

 

『君のことは、お兄さんからよく聞かせてもらったよ。よく出来た弟さんらしいね』

 

 「解放の先導者」の頭部から、スピーカーのように発せられる彼の声。その内容に、俺は思わず眉をひそめた。

 

「兄貴を、どうした?」

 

 今、俺は自分でもわかるくらい、険しい顔をしている。

 ……もし兄貴に何かあったら、もう手段は選べない。俺が、プッツンしちゃうからだ。

 

『どうもしちゃいないさ。少しお話してから、帰路についたところだよ。この「解放の先導者」は、僕の端末から遠隔操作している特殊なものでね。君の様子を伺わせてもらっていた』

「のぞき見とは、いい趣味とは言えませんな」

『君に言わせれば「悪の親玉」だろうからね。そういう評価は見え透いてるよ』

「……ちっ」

 

 俺は舌打ちしつつ、横目で矢村の様子を見遣る。彼女は困惑した表情で、喋る「解放の先導者」と俺を交互に見ていた。

 ――どうやら、俺と向こうの関係を隠すことは難しくなってきたみたいだ。漫画とかなら、こういう秘密はだいたい最後辺りまで隠し通せるもんなんだけどなぁ……やれやれ。

 

『本当は君が一人になってから、ご挨拶に向かうつもりだったんだけどねぇ。彼女とのイチャラブタイムがなかなか終わらないので、つい魔が差しちゃってね』

「差しすぎだ! あと別にイチャラブとかじゃないからな!?」

 

 くそぅ、古我知さんが俺達を見送ってたのは、一人になった俺を狙うためだったのか! ていうか、背後から悪寒がするのはなぜだ!?

 

「なんで、なんでイチャラブやないねん……」

 

 後ろから呪いの声がするけど、幻聴だよね? 聞き間違いだよね? 頼むから話をややこしくしないでくれぇぇぇッ!

 

 ――いや、待てよ! いま、いいことを聞いた気がする。

 「俺が一人になるのを待っていた」……これはつまり、狙いは俺だけってことになるんじゃないか? 矢村も狙うとしたら、俺が彼女と別れるタイミングまで待つ意味なんてないんだから。

 それに、古我知さんが最初に言ってたじゃないか。「君がどこかへ行った方がいいんじゃないかな」ってさ。そう、「君達」じゃなく「君」と。

 ……ってことは、矢村は向こうの眼中にはないって話になるよな。あくまで狙われてんのは、俺だけなんだから。

 よかった……それなら、矢村を巻き込むリスクは避けられそうだ!

 

 でも――「そう思わせることが罠」って可能性も無くはないよな。考え出したらキリがなさそうだけど……相手は俺より賢い奴なんだし。

 ……よーし、だったら「どっちでも大丈夫」なやり方で行くしかない!

 

 

「矢村ッ! ここからすぐに逃げろ! 全力ダッシュで家まで帰れ!」

「え――えええッ!?」

 

 俺は両手を広げて矢村を庇い、避難するよう促す。もちろん、当の彼女は驚きの声を上げた。

 

 ――そう、逆に考えるんだ。俺じゃなく、彼女が逃げればいい。

 もし矢村も狙いのうちに入っているのだとしたら、「解放の先導者」は彼女を追おうとするだろう。その時は、俺が体を張ってでも奴を止めればいいんだ。

 それに、向こうの意図が本人の言う通りなんだとしたら、この時点で矢村を巻き込む可能性については即解決なはずだ。どっちに転んでも、彼女を危険に晒すリスクは削れる!

 

「ど、どういうことなん!? わけわからんのやけど! あいつ、龍太とどんな関係なん!?」

「今はそんなことどうでもいいだろ。いいから、早く帰るんだ! ご両親心配してるぞ?」

「お父ちゃんもお母ちゃんも、今は旅行に行っとるし!」

「え、マジで? あーもう、いいから早く帰りなさい! ご飯冷めちゃうよ?」

「一人暮らしなんやから自分で作るし!」

「あーご両親いないんだったらそうだよねー、あははー! ……はぁ」

 

 ……って、おいィ! なんでここまで帰りたがらないんだよー!? 意味不明な状況が怖くて、一刻も早く逃げ帰りたいってのが普通じゃないのかよ!?

 

「ねぇ、なんで龍太は逃げんの? 事情はようわからんけど、なんかヤバそうやん。一緒に、逃げよ?」

 

 上目遣いで「一緒に逃げるべき」と迫る彼女に、俺はますます困ってしまった。あのなぁ、狙いが俺一人なのに「一緒に」逃げたりなんかしたら、巻き込まれる展開しかないでしょーが!

 捕まっても命までは取られないから……とは言いにくいしなぁ。「なんでそんなことわかるん?」とか聞かれたらアウトだし。

 

「だーめーだ! 一人で逃げなさい!」

 

 だから彼女の身の安全のためにも、ここは鬼にならねばなるまい。俺は「一人で逃げるべき」の一点張りを通すことにする。

 確かに、こんな夜道に女の子を一人で帰らすのは忍びない。だが、この町に「技術の解放を望む者達」以上の脅威があるとも思えないだろう。よって、俺の判断が正しい! 以上!

 

「いーやーや! 龍太が残るんやったらアタシも残る! あんたを一人になんかできんもん!」

 

 そんな俺の強引な判決をものともせず、彼女はごり押しでこの場に残ろうとする。あーもー! いいから帰れよ! お前がここにいたら作戦が進まねーんだよ!

 

『君達、逃げる気がないなら……僕の都合で話を進ませてもらうけど、いいかな?』

 

 ――あ、やべ。

 

 どうやら、古我知さんは矢村が納得するまで待ってくれる程、お人よしでもなかったらしい。悪の親玉に良心を期待するのも変な話だが。

 彼が操っているのであろう「解放の先導者」は、あのヤバ気な爪を出してきた。ちょっと待て、殺す気満々!?

『大人しくしてくれれば、怪我はしないさ。次に意識が戻った時には、悪い夢も醒めている』

 なんか気味の悪いことを口にしながら、ジリジリ近寄ってきたし……やっべーな、これは。

 

「矢村。マジな話だ。ここから離れろ」

「でっ、でも……!」

「マジな話なんだって、言ってるだろ! お前のためなんだ!」

 

 なおも食い下がる矢村だったが、これ以上付き合ってたら彼女も本格的に危ない。ちょっと厳しいかも知れないが、これくらい言わないと、俺は彼女を守れる自信がない……。

 

 そう、今はふざけてる場合なんかじゃなかったんだ。

 これは、命懸け(・・・)なんだ。本物の。

 

 矢村は泣きそうな顔で、ゆっくりと俺の手を離した。彼女の温もりが去った腕に、ひんやりとした風が吹き抜ける。

 

「龍太、アタシのこと……嫌いになったん?」

 

 縋るように、こちらを見上げる彼女。その小さな頭を、俺はそっと撫でてやる。

 

「嫌いな娘のために、逃げろなんて言うわけないだろ。バカなこと言うな」

 

 さすがに、こればっかりはマジだ。

 異性がどうのこうのを無視しても、俺は矢村が大事だと思ってる。いじめられてた上、顔も頭も運動神経も悪い俺に、いつだって味方でいてくれた友達なんだから。

 

「……うん。わかった。わがまま言うて、ごめん」

「あぁ。俺も言い過ぎたかも知れん」

「ええよ。――やけど、約束してな。絶対、明日も会うって」

「わかったわかった。商店街で、そういう話してたもんな」

「約束やからね! ――じゃあ、龍太。お休みなさい……」

 

 やれやれ、ようやく納得してくれたみたいだ。彼女は心配そうな顔をしながらも、俺に背を向けて走り出していく。

 

「あ、そうだ。おぉーい! 今日のこと、警察に言ったらダメだぞー! それも約束だからなーッ!?」

 

 闇夜に消えかけていく彼女の背中に、俺は思い出したように叫ぶ。向こうは戸惑ったように一瞬立ち止まったが、すぐに了解の意を示すように親指を立てて、今度こそ視界から立ち去った。

 あ、あぶねー……。危うく、全てを水の泡にするところだった。事情を知らない彼女からすれば、まず警察に連絡するのが筋だったろうしな。

 

『いい心掛けですね。彼女を少しでも巻き込むまいと……感動的ですね』

 

 だが無意味だ。――とか続けそうな声色だな、オイ。

 ……でも、「解放の先導者」の様子を見る限り、矢村を追う気配はない。俺の心配事は杞憂に終わったわけだ。

 

「さぁ、狙いは俺だけなんだろ? さっさと捕まえてみたらどうなんだ!」

 

 俺はサッと身構え、逃げ出すための隙を伺う。――その時、古我知さんはとんでもないことを口にした。

 

『おや? 何を勘違いしてるのかな? 狙いは君一人ではないんだよ』

 

「……なにッ!?」

 

 古我知さんの台詞に、俺の背筋は一瞬にして凍りついた。

 ――待て、どういうことだ!? 彼は矢村を追ってないのに……って、まさか!?

 

『おやおや、今稼動している「解放の先導者」が、僕の操るこの一体だけだとでも思ってたのかい? 君も夕べに見たことがあるだろうけど……本領の自律機動型は、複数で動けるんだよ』

「マ……マジかよッ……!」

『確かに、僕からは逃れられたよ。だけど、夜道を一人で歩く彼女が、自律機動型から逃げ切れるのかな?』

 

 ――ち、ちくしょうッ! 完全に誤算だった……!

 考えてみれば、確かに「解放の先導者」ってのは自動で動き回るモノだった。今俺の前にいるような、人が動かすタイプが特殊ってだけで、別にそれ以外のタイプが動けないわけじゃない……! 余りにもイレギュラーなコイツに惑わされて、完全に見落としていた!

 ってことは、今頃矢村は自動型の連中に――くそォッ!

 

『おっと、どこに行こうと言うんだい? 』

 

 矢村のもとに向かおうとする俺を、「解放の先導者」が阻む。ちょっ……なんでこんなに速いんだ!? 救芽井ん家の地下訓練室で戦った時は、こんなスピードじゃ――

 

「ごっ……!?」

 

 ――などと考える暇もなく、俺は膝蹴りを決められて吹っ飛ばされていた。

 腹筋なんて何のガードにもならない。息が詰まり、呼吸が苦しくなり、目眩がする。一瞬にして、俺は全く身動きが取れなくなってしまった。

 

『人が動かすと、スペックが同じでもずいぶんと違うんですよ。まぁ、仮にこの場にいたのが自律機動型だったとしても、龍太君が逃げ切れたとは思えませんが』

 

 うずくまって動けずにいる俺に、「解放の先導者」の機銃が突き付けられる。……あぁ、そうかよ。それがある以上、逃げられないってわけかい。

 

「く……そっ……!」

『君は本当によく頑張ったよ。ここまで食い下がれるなんて、本当に大したものだ。僕と関わったことなんて忘れて、その知恵を活かした将来を掴むといい』

 

 そんな勝手なことを抜かしながら、古我知さんの操縦する「解放の先導者」は俺を連れ去ろうとする。身じろぎもできない俺をひょいと抱え上げる様は、昨日救芽井がさらわれかけた場面を連想させた。

 

 ――ちくしょう! 矢村を守りたくって、なけなしの脳みそ回転させたってのに、なんてザマだ!

 こんな時、こんな時こそ、あの娘が……!

 

「私が、付いている限り」

 

 そんな俺の願望が、もしかしたら――

 

「そんな結末は有り得ませんよ。剣一さん」

 

 彼女を――「救済の先駆者」を、救芽井樋稟を、呼んだのかも知れない。

 

 気がつけば、俺の眼前には「解放の先導者」……と思しき残骸が、無残な姿で転がっていた。

 



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第15話 厄介事にお一人様追加

 万事休すってところを救ってくれたのは、「救済の先駆者」に着鎧した救芽井だった。

 

 彼女は自宅のコンピュータで「解放の先導者」の出現を感知して、真っ先に駆け付けてくれたのだそうだ。矢村を狙おうとしていた他の連中も、ちゃちゃっと片付けてしまったらしい。さすが松霧町のスーパーヒロイン……。

 

 爆発寸前、古我知さんが『敵は「開放の先導者」だけじゃないんだよ』なんてブツブツ言ってたが、まぁ俺には意味わかんないし、今はどうだっていいだろう。

 その後、勝手に自爆して痕跡を消してしまった「解放の先導者」の末路を見届けて、俺達は一旦帰路についた。

 

 そして、あまりにもハードで緊迫感溢れる夜を過ごしたせいか、俺は自宅に帰った途端に死んだように爆睡してしまった。

 一方、救芽井は俺に「これに懲りたら、明日からちゃんと訓練すること!」とお説教した後、ササッと自分ちに引き上げてしまった。ゴロマルさんいわく、「好きな魔法少女アニメを見てる最中だった」らしい。

 

 ◇

 

 そんなこんなで一夜が明け、十二月二十四日――クリスマスイブがやってきた。

 

 俺は何事もなかったかのように(実際何事もなかったらしいが)就活に出掛けた兄貴を見送ると、玄関を出て朝日を浴びる。

 

「んーっ……今日はクリスマスイブかぁ。ま、俺には関係ないけどね」

 

 ――あぁそうだとも。クリスマスなんて俺には関係ない。意味不明なトラブルにぶち込まれた挙げ句、女の子にド変態扱いの俺には、クリスマスなんざ関係ねーんだよッ!

 あーもう、やめやめ! クリスマスのことなんて、もう考えねーぞ! クリスマスなんて存在しないんだ! 存在を認めたら負けなんだッ!

 

「……やれやれ。ただでさえ彼女もいないってぇのによ。今年は人生最凶のクリスマスになりそうだ」

 

「それは悪かったわね。変態君」

 

 ――おや。お隣りさんからのきっついお咎めだ……。

 いつの間にか俺と同じように、玄関から外に出ていた救芽井が、冷ややかな視線を送って来る。うわぁ、下手したら何かに目覚めちまいそう……。ま、緑のコート姿が可愛いからいいや。

 

「おう。夕べは助かったぜ、ありがとな」

「べ、別にあなたのためじゃないわよ。あの矢村って娘がピンチだったみたいだから、『ついで』で助けてあげただけよ。『ついで』で!」

 

 彼女は俺の言葉に頬を染めながら、ぷくーっと頬を膨らませる。照れ臭いのかな?

 ……にしても、「ついで」をそこまで強調しなくたっていいじゃない。「大事なことなので二回言いました」ってか?

 

「それにしたって、お前が助けてくれなかったら俺も矢村もおしまいだったさ。礼ぐらいは素直に言わせてくれよ」

 

 ちょっと苦笑い気味に、俺は感謝の念を伝える。照れさせちゃうんだろうけど、やっぱりお礼はちゃんと言わなきゃ俺の気が済まない。

 

「――ッ! だ、だからいいってば! そんなの……」

 

 彼女はますます顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。

 

 ……ん? 待てよ。俺、なんか忘れてるような……。

 えーと、夕べのことで確か矢村に――

 

 ――あ。

 

「龍太ぁぁぁぁ〜〜ッ!」

 

 噂をすればなんとやら。……いや、噂はしてないけど。

 

 ……そう、俺が忘れていたこと。それは、矢村に無事だという連絡をしておくことだった。

 夕べはあのドタバタでくたびれたせいで、それをしておく暇もなく眠ってしまったわけで。おかげで風呂にも入れてない……。

 

 あんなことがあったのに、連絡の一つも入れずに放置していた結果がこれだよ! 俺は涙を目に溜めた矢村の突進を受け、後頭部からアスファルトにダーイブ! ごふぁ!

 

「龍太、龍太! 怪我しとらん!? どっか痛ない!? 大丈夫なん!? 警察に電話しちゃいかんとか言い出すし、連絡も寄越さんし、ホント何かあったらどうしようって……!」

「いや……あの……矢村さん。今しがた死にそうでございまする……」

 アスファルトが雪に覆われていなければ……即死だったッ……!

「た、大変やぁぁーッ! 救急車、救急車! 110番やーッ!」

「それ警察……ぐふっ」

 

 俺の上に馬乗りになったまま、パジャマの上にジャンパーを羽織った格好の矢村が、一人でパニクっている。そんなナリでここまで来る辺り、よっぽど心配してくれてたみたいだな。ぐすっ、いい奴だホントに……。

 

「ちょっと、矢村さん! これから変態君には大事な訓練があるんだから、迂闊に怪我させるような真似しないで!」

「……! 出たな! 訓練だか何だか知らんけど、龍太は受験生なんよ! 勉強が大事に決まっとるやろ!」

 

 気がつけば、俺に「訓練」をさせようとする救芽井と、「勉強」をさせようとする矢村の対立構図が出来上がっている。どっちに転んでもしんどいのは一緒なんですけど……。

 

「だいたい、夕べのアレはなんなん!? 龍太、説明せんかい!」

「いや、それはその……」

「あなたには関係のないことよ! さぁ変態君、家に来なさい! 昨日の分までみっちりしごいてあげるから!」

 

 救芽井は問答無用といわんばかりに、矢村への返答に困っていた俺の腕をむんずと掴み上げ、強制連行しようとする。

 

「――関係ないことないやろ! ようわからんけど、龍太が危険な目に遭っとるんやとしたら、アタシにも関係あるッ!」

 

 ……その時、矢村は無理にでも我を通そうとする救芽井に釘を刺すように、声を張り上げた。俺はもちろん、救芽井も少なからずたじろいでいる。

 

「な、なによ……!」

「確かにアタシは、何の事情も知らんけど――やけど、龍太があんなに必死になっとるの、初めて見たし……見てて、辛そうやったし……放っとけんのやもんッ……!」

 

 ウルウルと涙目になりながら、彼女は必死に食い下がろうとしている。俺のことを心配して――くれてるのか?

 

「……救芽井。矢村が無関係じゃないってのは、本当だ。夕べの一件で、彼女が古我知さんの狙いに入れられたのは間違いないと思うから」

 

 そんな矢村が見ていられなかったからか、俺は気がつくと彼女を擁護していた。――そう、俺が一緒にいたせいで、矢村までもが「技術の解放を望む者達」にマークされちまったわけだ。本当に、面目ない……。

 

「……わかったわよ! こうなったら、二人まとめて面倒見るわ! その代わり、今日は訓練を重視するからね――って」

 

「龍太! 何があっても、あんたはアタシが守ってやるけんな!」

「ちょ、そんなにくっつくな! 昨日風呂入ってないし、汚いぞ!」

「そ、そうなんや……龍太の臭い……」

 

「……私の話、ちゃんと聞きなさぁぁぁいッ!」

 

 そして、しぶしぶ折れた(?)救芽井の怒号が、住宅街にビリビリと響き渡った。

 近所迷惑のオンパレードでござる……。

 



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第16話 午前は訓練、午後は勉強。……休みは?

 さて、朝っぱらから救芽井家の地下で戦闘訓練に引っ張り出された俺ですが。

 

「なにやってるの! 次、右が来るわよ! 左からも蹴りが来るからね!」

「ちょちょ、そんな一遍に……! あふん!」

 

 ……絶賛フルボッコです。

 つーか、「解放の先導者」って無人ロボットの癖して多機能過ぎんだろ。体中に武器仕込んでる上に、格闘までこなしおる。

 距離を取れば機銃で蜂の巣。間合いを詰めたら爪を出して殴り掛かって来る。これはね、うん、無理ゲーって言うもんなんだよ。

 

 「解放の先導者」の自律行動を管理しているという機械がある、ガラス張りの部屋からは救芽井の怒号が引っ切りなしに響いて来る。三十メートル四方の薄暗いアリーナにいる俺達を、安全地帯からガン見していらっしゃるわけだ。

 

 そんな彼女の隣では、黄色いトレンチコートに着替えてきた矢村が、非常識極まりない光景に目を回していた。

 

「まぁ、あれが当然の反応だよな――って、おわぁッ!?」

 

 よそ見してたら「解放の先導者」の爪が飛んできた! 怖ッ!

 

「ぐぁうっ!」

 

 爪を屈んでかわしたと思ったら、今度は顔面をサッカーボールのごとく蹴り飛ばされてしまう。もりさ――いちれんじくんふっとばされた!

 

 そのまま床にたたき付けられ、ゴロゴロと転がる俺の体。タイガーショットを決められた気分だぜ……。

 

「いってて……」

「――! いけない! 早く距離を詰めなさい!」

「な、なにィ!?」

 

 救芽井の指示に、俯せていた俺は慌てて跳ね起きる。

 

 すると――まぁ大変。体中から生えてるガトリングの筒が、全部俺に狙いをつけているじゃありませんか。

 すごく……多いです。アーッ!

 

 ◇

 

 ……あれから、どうしたんだろう。

 気がつけば俺は横向けに倒れていて、辺りには埃が舞っている。「解放の先導者」は既に機能が止まっていて、動き出す気配はない。

 それでいて、俺は着鎧が解かれている……ってことは、負けちまったんだな……俺。

 

 少しだけ首を持ち上げて、観戦していた救芽井と矢村の方に目を向ける。二人共、心配そうな顔で俺をみていた。

 ああ、やっぱり後で負けたこと、怒られるんだろうなぁ……。それだったら、せめてもう少し気絶した振りして休憩を――

 

「ヤムチャさーん!」

「誰がヤムチャだ! ――あ」

 

 し、しまった! 矢村の予想外のボケに思わずノリツッコミを……!

 

「ふぅん、まだそんな元気が残ってたのね。じゃあ、第二ラウンド行くわよ。早く着鎧しなさい」

 

 次いで、救芽井の非情な宣告……! や、やばい! すでに「解放の先導者」動き出してるしぃぃッ!

 

「さぁ、実戦には休みなんてないのよ! 第二ラウンド開始ッ!」

「――ぷぎゃああああああッ!」

 

 ◇

 

 結局、午前の間だけで五回戦まで訓練は続き、俺は一勝も出来ずに終わってしまった……。せいぜい避けるのがやっとで、攻撃を仕掛けられる所までには至らなかったわけだ。

 

 そんな数時間ぶっ続けの訓練で、心身共にボロ雑巾と成り果てた俺は、今度はどういうわけか、白くて丸い形の棺桶みたいな機械に放り込まれていた。

 

「棺桶じゃないわ。救芽井家が開発した、最新鋭のメディックシステムよ」

 

 俺の感想を見抜いた救芽井が、口を尖らせる。もうこいつ、エスパーって認識でいいんじゃないかな。

 しかし、地下室にはこんなものまであったのか……。妙な機械があったもんだ。

 この機械、傷や疲労もすぐに取り去ってしまうスグレモノらしい。五分くらい入っていただけで、擦り傷も疲れも消え失せてしまっていた。

 

「いつ『技術の解放を望む者達』との戦いで、樋稟が酷い傷を負うともわからんからの。備えあれば憂いなし、ということじゃ。電力消費量が洒落にならんのが難点じゃがの」

「洒落にならないって、どのくらい?」

「今使用した分は、海外の研究所からの送電じゃが……五十万ドル相当の電気代が飛んだのう」

「サ……サーセン……」

 

 何気にしれっとゴロマルさんまで地下室に来てるし……。おいどうすんだよ。いきなりミニマムサイズのじーさんが出て来て、矢村が固まってんぞ。

 

「あ、えーと」

「フムフム、龍太君の奥さんの賀織ちゃんで間違いなかったかの? わしは樋稟の祖父、救芽井稟吾郎丸じゃ。旦那様には、随分とお世話になってのぅ」

「ゴロマルさァァァんッ!?」

 

 なに捏造してんだじーさんコラボケッ! 救芽井も顔真っ赤にして何か不服そうな顔してるし! これ以上ややこしい状況作ってんじゃぬぇー!

 

「――い、いえ! こちらこそ、いつも夫がお世話になっとって……」

 

 お前も乗らなくていいから矢村ァァァッ!

 

「そ、そうや! アタシらまだ入籍しとらんかったし! 早く婚姻届出さなな〜!」

 

 いつまで引っ張んの!? ねぇ、このネタいつまで引っ張んの!?

 

「あなた達、いつまでふざけてるのよ!」

 

 おお! やっと救芽井がその名の通り、救いの手を――

 

「疲労回復したんだから、すぐに訓練再開するわよ! 今日は寝かさないんだから!」

 

 ――救いじゃねェェェッ! 完全に名前負けしてるよ救芽井さん! 俺を救うどころかとどめ刺しに行ってるよ!

 

「なにを言っとんや! 龍太は午前中ずっと訓練ばかりでクタクタなんやけん、午後は勉強に決まっとるやろ!」

「そのクタクタはたった今解決したでしょう!? あなたこそ無茶を言わないで! 今の状況は、訓練で地下室に行く途中で説明したでしょ!? 今は受験勉強なんかに時間を割いてるヒマはないの! あなたも変態君も、そんな場合じゃないっていうのがわからないの!?」

「確かにそうかもしれん! そうかもしれんけど――やからって、こんなん龍太が可哀相や! それに……こんなんばっかりになってしまったら、アタシらがアタシらじゃなくなっていくみたいで、怖いんや……」

 

 ……おお、なんか対立が深刻になってないか? なまじ両方とも正論だから、なんとも言いづらい。

 ――二人共、今後のことについて真剣に考えてくれてんだよな。ありがたいけど、俺にはもったいない気遣いだ。

 

「樋稟や。今日のところは賀織ちゃんの言い分を聞いてやればどうじゃ」

「お、おじいちゃん!?」

 

 そこへ口を挟んできたのは、なんとゴロマルさん。どうやら、矢村の気持ちを汲んであげてるみたいだ。

 

「メディックシステムは怪我や体の疲れは取り除けても、精神的な疲弊までは治療できん。メンタルヘルスの面で見ても、休息は立派な訓練の一つなんじゃよ」

「で、でもっ……」

「それに、今朝の訓練で彼は随分と腕を上げておったではないか。たった二日の訓練で、『解放の先導者』の猛攻をかわせるようになったんじゃから。お前がそれくらいのレベルまでこぎつけるには、一週間は要しただろう?」

「〜〜ッ!」

 

 ゴロマルさんの追及に、救芽井はぐぅの音も出ない、という表情になる。まぁ、男と女じゃ運動能力の差異ってのはあるのかもな。それでも今の時点じゃブッチギリで俺の完敗なんだけどね。

 

「どうじゃ? お姫様になりたいんじゃったら――もっと器量を持たなくてはのぅ?」

「も、もぉぉぉッ! わかったわよ! 今日はおじいちゃんに免じて、好きにさせてあげる! だけど、明日のしごきは今朝みたいに優しくしてあげないんだからねッ!」

「ホ、ホントなんっ!? やったぁぁぁ! ありがとぉ救芽井ッ! やった、やったで龍太っ!」

「か、勘違いしちゃダメよ! あくまで『休息』として、なんだからね! 調子に乗ってデートとかに連れ出したら承知しないわよ!」

「それでもええ! なんでもええ! 龍太のために時間取れるんやったら、なんでもええよ! きゃはーッ!」

 

 ようやく折れた救芽井の返答に、矢村は両手をブンブン振りながら大歓喜。俺の背中をバシバシ叩きながら、地上まで飛び出して行きそうな程のハイテンションになっている。

 俺の受験勉強の時間を確保できたってだけで、我が事のようにここまで喜ぶなんて……ちょっとビックリだ。

 

 ――こりゃあ、もっと勉強頑張らないと矢村に申し訳が立たないなぁ〜……。嬉しいやら、悲しいやら。

 



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第17話 船出から座礁

 午前中たっぷりと救芽井にしごかれたかと思えば、今度は受験勉強かぁ……。

 こんなゴタゴタさえなけりゃ、しんどいにしたって受験の方だけで済んだんだろうに、全く間が悪い時に巻き込んでくれたもんだ。

 

 そんな愚痴をこぼす暇もなく、俺は自宅に二人を招いて勉強会に興じることに。

 今回はどういうわけか救芽井もついてくるらしく、二人掛かりのフルボッコが容易に予想される。こいつら……俺を心身共に滅殺する気満々か!?

 そのわけを問いはしたが、「間違いを犯さないように見張るため」の一点張りで、それがどういう間違いなのかまでは教えてくれないままだった。解せぬ。

 

 さて……そういうわけで俺は自室にて、二人の美少女に「修羅場の受験勉強」を見てもらうという、「嬉しいようで冷静に鑑みるとそうでもない」シチュエーションに直面することになったわけだ。

 

「よぉし、んじゃあ勉強しやすいようにテーブル動かさんとな。ちょっと、テーブルかいてや」

「おう。救芽井、手伝ってくれ」

「え!? う、うん……」

 

 まず勉強しやすいように、壁に立て掛けられてるテーブルを運ぶ作業から入る。俺は矢村の指示通り、救芽井と二人でテーブルに向かう――のだが。

 

 ――ガリガリガリッ!

 

「ぐ、ぐわあああッ!?」

 

 突如、救芽井が何を血迷ったのか机を思い切り引っ掻き出した! 何考えてんだコイツ! み、耳が痛い! 鼓膜が、鼓膜が吹き飛ぶぅぅぅッ!

 

「え、ええ!? どうしたの!?」

「あんたがどうしたんだっつーの! 矢村の何を聞いてたんだよ!?」

「だから言う通りにしてるじゃない! ……そっか、まだ力が全然足りてないのね。よぉーし!」

 

 ――おい、ちょっと待て。なんか勘違いしてないかこの娘? 変にエスカレートする前に止めなきゃ――

 

 ――ギャリギャリギャリッ!

 

「ひぎゃあああッ!」

「だからなんなのよ、もうッ!」

「こっちが聞きたいわッ! なんで無心にテーブルをガリガリ引っ掻いてんだよ! 俺を勉強開始前から精神的に抹殺する気か!?」

「だ、だって矢村さんが『テーブルかいて』って……!」

 

 やっぱり勘違いしてるぅー! んなわけねーだろうがッ!

 

「あのな、矢村が言ってる『かいて』ってのは、『運んで』って意味なんだよ!」

「……え? なにそれ」

「そういう方言なの! 矢村の地元の!」

 

 俺の指摘にポカンとしていた救芽井は、やがて自分の勘違いに気づき、そして――

 

「さ、先に言ってよぉぉぉーッ!」

 

 ――恥ずかしさから真っ赤に染まった顔を隠すかのように、真横に拳を突き出し……テーブルを粉砕してしまった。

 勘違いで散々引っ掻き回された挙げ句、八つ当たりで破壊されてしまった悲劇の木造建築の破片が、音を建てて崩壊・離散していく……。

 

 ――船出から座礁ってレベルじゃねぇ。これはもはや、怪獣の域だぞ。こんなんでまともな受験勉強なんて出来るわけがない。

 ついでに言うと、俺の身が持つわけがない。

 

「……アンタら、さっきから何しとんの?」

 

 ――矢村のツッコミが、耳まで届くはずもない……。

 

 ◇

 

 結局、俺達は場所を移して居間で勉強会を開くことに。救芽井にテーブルを壊されたため、自室で三人揃って勉強するのは困難だからだ。

 つーか壊れたテーブル、どうしてくれんだよ全くもぅ……。正義の鉄拳で破壊するのは悪の野望で十分だろうがッ!

 

「コラッ! ボーッとしない! そんなんじゃいつまで経っても終わらないわよ!」

 

 そんな俺の苦悩をガン無視して、救芽井が叱咤してくる。いや、完全にあんたの所業に苦しめられてんですど。俺、今は百パーセント被害者のはずなんですけど。

 しかも、頭抱えてる俺の反応見て、二人そろって「もう、ダメなコねぇ」みたいな顔でクスクス笑いあってんですけど。学校でのイジメなんてメじゃないレヴェルなんですけどォーッ!?

 

「あーもう、それにしても変な回答ばっかり! あなた、本当に真面目にやってるの?」

「大真面目だっての! 矢村が、『わからないなりに考えて、とにかく空欄を埋めていくのが大事』って言うから、俺なりに必死に考えた結果がこれだよ!」

「……矢村さんにそれを言われる前は、空欄ってどれくらいだったのよ?」

「全体の七割くらい」

 

 それを聞いた途端、救芽井は思い切りため息をついた。黙ってその隣で勉強の推移を見守っている矢村までもが。それはもう、露骨なまでに。

 

「なんだよッ!?」

「あなた、よくそれで『受験』をやろうなんて言い出せたものね。世間に喧嘩売ってるのかしら?」

 

 なかなか手厳しいことを言う。今まで三割くらいまでしか回答できなかったようなテストが、矢村のアドバイス一つのおかげで、九割以上まで埋められるようになったってのに! 合ってるかどうかはこの際別にして!

 

「言い出したアタシが言うんも難やけど、これはこれで龍太が何をわかってないかがわかりづらくなってしまうかも知れんけん、ためにならんかもなぁ」

「な、なんとぉー!?」

「例えばこれ。『しかと』を使って単文を作りなさいって言う国語の問題やけど」

 

 おお、これは今時風な言葉で、実に簡単そうな問題だったじゃないか。採点したらなぜか間違いだったけど。

 

「『しかと承りました』とかっていうような意味で使うもんやのに『しかと決め込みました』って……あんたのことやから、これ絶対『無視する』ってニュアンスの『シカト』で解釈しとるやろ」

「え、違うの?」

「――合っとるって思っとるようなあんたの頭から、治していかないかんような気さえしてきたんやけど……」

 

 ちょ、なんで拳振り上げんの? なんで俺殴られそうな雰囲気なの? なんで救芽井は助けてくれないの!? なんでウンウンとか頷いてんの!? そしてなんで俺が殴られるのが当然、みたいな空気になってんのッ!?

 

 もうダメだ、おしまいだっ……! なんか知らないけど、殴られるっ……!

 そう覚悟することを強いられそうになっていた俺だが――この空気を変える、奇跡が起きた。

 

 ――俺のケータイに電話が掛かって来たのだ。就活に出掛けていた、兄貴から。

 



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第18話 俺がボコられるのは兄貴の仕業

「おっ……! 兄貴からだ」

 

 まさかの救世主! さすがにケータイに鳴り出されると矢村も手を出しづらいようで、しぶしぶ振り上げていた拳を下ろした。

 あ、あぶねぇー。もうちょっとで強烈な鉄拳が、俺の脳髄にスパーキングするところだった。

 俺がシバかれる流れを断ち切ってくれたことには、兄貴には感謝せざるを得まい。もう足を向けて寝られないな。

 

 さて、せっかく助け舟を出してくれたんだから、早く出てやらないとな。俺はピピピとうるさく鳴るケータイを開き、通話のボタンを押――

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 ――すってところで、救芽井がいきなり叫び出した!?

 

「おわぁい!?」

 

 思わずすっころび、後頭部を床にスパーキィング! お、俺のなけなしの脳細胞がァァァァッ!

 

「ってて……なんだってんだよ!?」

「変態君のお兄さんと言えば――夕べ、剣一さんと一緒にいたそうね」

「あ、ああ。別に何かされたわけじゃなさそうだったけど」

 

 救芽井は顎に手を当て、しばらく考え込むようなそぶりを見せる。

 

「そうね……だけど、あなたのお兄さんから彼の思惑に近づける可能性もあるわ。剣一さんのことについて、それとなく聞き出してくれないかしら?」

 

 ――また難しい注文をしてくれるなぁ。まぁ確かに、古我知さんと兄貴の間にどんなやり取りがあったかは気になるところだし……。

 

「それから、私にも話がわかるように、スピーカーホンにしておいて。私がここにいるっていうことも、向こうには伝わらないようにね」

「へいへい」

 

 どうやら、救芽井はこれを機に古我知さんの情報を本格的に仕入れるつもりらしい。目の色が完全に「救済の先駆者」としてのお仕事モードに入ってる。

 救芽井は矢村に目配せして、兄貴に存在を悟られないよう、静かにするよう促している。その気迫に圧倒されてか、矢村はやや怯んだ表情でコクコクと頷いていた。

 

 さて、それじゃ言われた通りにスピーカーホンに設定して……と。んじゃ、電話に出るとするか。

 

「ほい、もしもし?」

『おう、龍太かぁ!? 聞いてくれよぉ、今日の説明会でハキハキ質問してアピール大作戦が成功しちゃってさぁ! 企業の人とお知り合いになっちゃったんだぴょーん! こりゃあ就活も一歩リード確実って感じィ!? 今日は春が来ない兄弟同士、パーッと騒いじゃおぉぜぇ!』

 

 ……う、うぜぇ。つか、「春が来ない」は余計だコラ。兄貴は自分も「春が来ない」とか言ってるが、それは幻想だ。正しくは、本人がそれほどまでに恵まれてることに気づいてないだけだ。

 どうやら就活が好調だという旨の報告らしいけど、こんなアホなテンションの兄貴はなかなか見られないな。よほど今までの就活が散々だったと見える……。

 

「ぷっ、くくっ……!」

『んぉ? 誰かいるのか?』

 

 ま、まずい! 矢村が兄貴のテンションに噴き出してる! 救芽井が慌てて口を塞いでるけど、もう向こうに漏れちまったみたいだ!

 そんな中、救芽井は「なんとかごまかして!」といいたげな視線を送って来る。ごまかせったって……ああもぅ、この際なんでもいいっ!

 

「い、いやぁー、ついオナラがプッとね」

 

 ……我ながら最低のごまかし方キター! とっさのこととは言え、女の子の声をオナラ呼ばわりって!

 なんか矢村がシュンとしてるし、救芽井はジト目で睨んで来るし……や、やってもたー!

 

『おいおい、イモの食い過ぎかぁ? 頼むから俺が帰る前に、家ん中をメタンガス収容所にしないでくれよ』

「頑張ってもできるわけねーだろ! ……そーいえば、昨日古我知さんって人が来てたよなぁ〜」

 

 これ以上余計なアドリブを強いられる前に、話を進めなくては! 俺は古我知さんの話をさせるべく、彼の話題を振ることに。

 

『あぁ、実はあの人も就活してる最中らしくってなぁ。昨日はいろいろとコツを教えてもらってたんだ! いやぁ、おかげで今日は快勝だったぜ!』

「そ、そーなんだ……」

『なんでもあの人、最近はこの辺に短期滞在してるらしいぜ。確か、商店街のはずれにある廃工場の辺りに住んでるんだってよ』

「……廃工場? あんなヘンピなところにか?」

 

 兄貴の言う通り、商店街のはずれには錆び付いて使われなくなった工場がある。ちなみに実際に行ったことはないんだけど、そこから先には採石場があるらしい。

 

『あぁ。なんでも、人通りが少なくて静かな場所が好きなんだってよ。変わった人だったな〜』

「た、確かに変わってるなー、はははー……」

 

 ――まさか、いきなりこんな話が聞けるとはな。廃工場に住んでる悪の親玉……か。月並みだなぁ。

 

 兄貴と話を合わせつつ、チラリと救芽井の様子を伺う。有力な情報を得たと言わんばかりに、食い入るような表情でこっちをガン見していた。こ、こえぇ……。

 

『ところで、今は一人で勉強中だったか? 悪いなぁ、邪魔しちまってさ』

「い、いや、別にいいさ。気分転換にもなったし」

『そうか? ――へへ、そりゃあよかった。なにせ親父もオカンも遠出しちまってるしなぁ。俺が保護者ヅラできるよう、しっかりしなきゃならんからな』

「……心配いらねーよ。兄貴はちゃんと、俺の面倒見れてるから」

 

 全く、この兄貴にはいろいろと悩まされる。こういう無駄に弟思いなところが、コイツのリア充たる所以なんだろーなぁ。俺には真似できそうにないわぁ……。

 ――む、なんか矢村が救芽井に口塞がれたままウルウルしてる。変なやり取りをしたつもりはなかったんだけどな……。

 

『そうかー! いやぁ、よかったよかった! お前が小学校の時に好きな女の子に振られた時、慰めにとその娘の萌えイラストを描いてやっても、あんまり喜んでもらえなかったこととかあったし、その辺が心配だったんだよぉー』

「ブフッ!」

 

 噴いた。今度は救芽井が。

 そして、全俺が泣いた。こんなもん、プライバシーの侵害に他ならねェェェッ!

 

「ちょっ……やめろよこんな時にそんな話ッ!」

『んあ? 別にいーじゃん。お前一人しかいないんならさ』

「ぐ……!」

 

 た、確かにそうだ。今の俺は一人で勉強しているという「設定」がある。今は堪えるしか……!

 

『しかしさっきのオナラはでけぇな。お前朝メシに何個イモ食ったんだよ? 今なら台所で火ぃ付けた途端に引火して、一煉寺家が消し炭になりそうだな』

「なるわけねーだろ! 俺の調理実習じゃねーんだから!」

「ぷ、ぷははははッ! も、もう限界ッ……!」

 

 ――って、とうとう矢村が大笑いィ!?

 どうやら救芽井が噴き出したはずみで、口塞ぎから解放された彼女のリミッターが外れてしまったらしい。当初の制約をガン無視して、大声で笑い出してしまった。

 俺は去年、調理実習でボヤ騒ぎを起こしてしまって矢村からバカ笑いされたことがあるんだが……多分、それを思い出してのことだろう。

 ま、まずいぞ……さすがに今の笑い声はごまかしようがッ!

 

『――お、おい、龍太!?』

「あ、い、いや、これはだな……」

『お前……いつからケツで喋れるようになったんだ!?』

 

 ――はい?

 

「あ、兄貴? ご乱心めされたか?」

『だってそうだろう! 家にはお前一人しかおらず、プププとオナラが続く中で笑い声が出て来た! これをケツが喋り出したと考えずに何を考えろって言うんだッ!』

 

 ――他に誰かいるって考えろやァッ! なんだケツが喋り出すって! どんだけ弟の言うこと信じ切ってんだよ!

 

「……いい加減にしなさいよね変態君。女の子の美声をオナラだのケツの声だの……!」

 

 って、とうとう救芽井までもが普通に喋り出したァー!? あんたが「黙ってろ」なんて言うからこんなことになったんだろーがぃッ!?

 

『おい、なんかケツ声がキレてるぞ! お前一体どんな災いをもたらしたんだ!』

 

 ケツ声ってなんだケツ声って! つーか災いをもたらしてんのは天地神明に誓ってテメーだろうがッ!

 

「……いい加減にしなさいって……言ってるでしょおォォォがァァァァァッ!」

 

 ――つ、ついに救芽井の堪忍袋がプッチンプリンッ! プロレスの反則技の如く、椅子を持ち上げて襲い掛かってきたッ!

 

「さ、三十六計逃げるにしかずッ!」

 

 もちろん、黙って殴られる俺ではない。無双状態の救芽井から逃れるように居間を脱出し、自室へとエスケープ!

 バキャアと椅子が砕ける音を背に、俺は緊急回避に成功した!

 

『う、うわぁ! なんだ今の音!? ケツ神様の祟りじゃあ〜ッ!』

「だからなんだその卑猥な神様ッ! ――はッ!」

 

「――逃げられるとでも、思ってるのかしら」

 

 し、しまった……!

 兄貴へのツッコミに気を取られる余り、救芽井の接近を許し――!

 

「乙女の敵は、万死に値するわ――覚悟なさい」

 

 ……これってさぁ、結局俺が悪かったの? え? どうせ死ぬから意味ない?

 

 ですよねー。

 



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第19話 二股デート、最低の響きだね!

「な〜んだぁ……かわいい女の子がお邪魔してただけだったの。心配して損したぜ」

 

 あの後、大慌てで帰宅してきた兄貴が目にしたのは、ケツ神様の裁きを受けた異教徒の骸――ようするにボコられた俺だった。その上に仁王立ちしていた救芽井の姿を目の当たりにした時、ようやく諸悪の根源は状況を把握出来たのだと言う。

 半殺害現場に駆け付けた矢村の介抱によって、九死に一生を得た俺は救芽井に正座を強要されていた。その周囲を、彼女を含む三人に固められている。

 

「まさかあのケツ神様の正体が、こんな超絶美少女二人組だったとはねぇ。道理でおかしいと思った」

「……おかしいのはテメーの全てだからな?」

「悪かった悪かった。さっきは損したと言ったが、前言撤回。これほどのかわいこちゃんにお近づきになれたんだから、むしろ役得だよ。彼氏の兄として」

「かかか、彼氏って! ふざけないでくださいよ変態君のお兄さん!」

 

 顔を真っ赤にして兄貴に食ってかかる救芽井。そんなことしたって、火に油を注ごうとするだけだぞ、そいつは……。

 

「あーなるほど! 君ってアレか! 俗に言う『ツンデレ』ってヤツだろう! 素直になれなくて『勘違いしないでよねっ!』が口癖の!」

「な、な……!」

「はぁ!? 救芽井って『ツンデレ』なん!? ――つんでれって何や?」

 

 別にそのフレーズは口癖じゃないと思うけどな……まぁ、定番ではあるけど。そういや、前に救芽井がそれっぽい口調で話してたことがあったなぁ。

 ――そうか。もしかしたら……。

 

「なぁ救芽井。お前ってもしかしてツンデレ――」

「ち、違うわよ! あなたのことは、その、あの夜のアレのせいでつい意識しちゃうっていうか、やっぱ男の子なんだなっていうか……!」

 

「――が出るアニメとか見るの?」

 

 ……あるぇー? 素朴な疑問を出した途端に場の空気が凍り付いたよ?

 なんか救芽井と兄貴がシラけた顔になってるし。ツンデレの意味も理解してない矢村と俺は、しばらくキョトンとしていた。

 

「……なにそれ?」

「いや、だってお前魔法少女のアニメとか見るんだろう? ツンデレキャラの一人くらいは出てんじゃないの?」

「あんな理不尽な暴力振るってばっかのキャラが魔法少女のアニメにいるわけないじゃない! 女の子の夢を汚さないでくれる!?」

 

 理不尽な暴力って――完全にお前じゃねーか。お前は女の子の夢を見る前に女の子らしい振る舞いを心掛けろよ。

 ――などと口走れば飛んで来る物体が椅子じゃ済まなくなるので、おとなしく聞き手に回っておこう。戦場で生き延びることこそ最上の任務なのだから。

 

「まーまーケンカしない! 昨日のぺったん子もいることだし、三人で二股デートにでも行ってきたらどうだ?」

「サラっと最低なこと言い出しやがった! あんた弟をなんだと思ってやがる!?」

「え? うーん……凌辱ゲーの悪役キャラ?」

「予想の斜め下を行く評価だなオイッ!」

 

 この兄貴はマジで一発殴った方が、俺の将来のタメになるのかも知れない。っつーか、逆に殴らないと俺の人生が社会的な終末を迎えさせられる気がする。

 

「大丈夫だって。お前なら二人とも攻略して篭絡できるだろ」

「扱いが既に人間じゃねーんだけど!? エロゲーキャラ扱いなんですけど!」

「お前に真っ当な人間の血なんて流れてたのか?」

「テメーと同じ血だよッ!」

 

 ……い、いかん。これ以上この場に留まってたら、コイツのセクハラトークから抜け出せなくなる! 冷ややかな目でやり取りを傍観してる二人に、凌辱系悪役キャラのレッテルを貼られてしまうぅぅぅ!

 

「あーもー! こうなったらどっか出掛けるぞ! 気分転換だ気分転換ッ!」

 

 俺は家を出ることで、この流れを断ち切ることにする。――兄貴が言った通りの二股デートの図になってしまうかもだが、この際つべこべ言ってられない。

 

 ……それに、俺を気遣ってか、顔にこそ出さないけど、今回の事件絡みで矢村も相当不安なはずだ。

 俺だって、ぶっちゃけると死ぬほど今の状況が怖くて、勉強どころの騒ぎじゃないし。

 

 俺にできることなんてたかが知れてるけど……それでも、この胸糞悪い非日常の連続を、少しでも和らげられるなら。

 

「さっ……さんせーい! アタシもちょっと疲れてきたし、外の空気吸わないかんなぁ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! そんなことでいいの!? 勉強する時間を取ったからにはみっちりやらないと――」

 

 両者で全く違う反応を見せる二人。こうして見ると、救芽井がいかに真面目な娘か浮き彫りになるな……。

 

「悪いな、ワガママばっかりでさ。こんな調子だけど、それでも休み時間は欲しくなっちゃう性分なんだよ」

 

 救芽井にはわざわざ付き合ってもらってるんだから、本来はこういう風に振り回すべきではないことは百も承知だったのだが、さすがに家でジッとしていたら兄貴に何を言い出されるかわかったもんじゃない。

 

「――全くもう、しょうがないんだから」

 

 そんな呟きと共に、彼女は着ていた緑のコートから何か本のようなものを取り出したかと思うと、それをサッと居間のテーブルに置いて家の外へと飛び出してしまった。

 

「お、おい!?」

「出掛けるんでしょ? 早く支度しないと、承知しないわよ!」

 

 腰に手を当て、彼女は叱るような口調で――お出かけを承諾してくれた。おおぉ、お堅い割には結構話がわかる娘だったんだな……いやはや。

 

「救芽井も行くん? ――別にええけど、龍太は渡さんで?」

「は、はあ!? 何で私が変態君と手とか繋いだり腕とか絡めたり寒い冬の中で暖め合ったりしなきゃならないのよ!?」

「アタシそこまで言っとらんのやけど……」

「はうッ!?」

 

 ――それにしても、ホントに俺が絡んだら何かとあわてふためくんだよなぁ。こんな調子で大丈夫か?

 大丈夫だ、問題ない……よね?

 

「――問題ないだろ。お前は無駄に根性だけは、あるんだからさ」

 

 まるで心を読んだかのような兄貴のセリフが聞こえたかと思えば、俺は矢村に手を引かれて家を飛び出していた。

 



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第20話 変換ミスには気をつけよう

 ……さぁ〜て、勢いで自宅から飛び出してしまった俺達なわけですが。

 

「あそこの喫茶店、かなり綺麗ねぇ。それにお客もたくさん来てるみたいだし……最近建てられたのかしら?」

「そうよ。ここの商店街で一番新しいとこやけん、人も多いんや。田舎町の商店街にしちゃあ、なかなか洒落とるやろ?」

「そうねっ! じゃあ、あそこに行ってみましょうか」

 

 商店街にて……二人の美少女は、周囲からの好奇の視線をガン無視しつつ、楽しくアフタヌーンを満喫していて――って、なんでだァーッ!?

 

「どしたん龍太? ヤバい顔になっとるで?」

 

 俺の困惑はどうやら顔に出ていたらしく、矢村はギョッとした表情で訝しんで来る。

 

「どうしたもこうしたも、なんでこんな状況が出来上がってんだよ!」

 

 目の前の展開には違和感しかないというのに、救芽井と矢村の二人は喚き散らす俺を見て「お前は何を言っているんだ」とでも言いたげな視線を送って来る。

 

 あーそーですかい。おかしいのは俺だって言いたいんですかい。だったらねぇ、俺から見て何がおかしいかを洗いざらい白状しようじゃありませんかッ!

 

「さっきまで『訓練』だの『勉強』だの宣ってたのに、なんでこんなやんわりムードな二股デートに発展してんだよ!? いつも俺の都合に合わせてくれてる矢村は、百歩譲ってまだわかるとしても――救芽井までもが一緒になって出掛けるなんて、どーゆー風の吹き回しだよ! なんだぁ? お前のことだからコレも何かの訓練だったりすんのか? 何が飛び出して来るんだ? タライでも降って来るのか!」

 

 今まで二言目には訓練訓練とうるさかった救芽井が、こんなお気楽タイムに無条件で付き合うはずがない。これは罠だ! きっと空からタライでも降って来るに違いない! どうせ降って来るならギャルのパンティか女の子をお願いしたいところだけども。

 

 「さあこい! なにが来ても怖くなんかないぞ!」という意思を示すべくファイティングポーズを取る俺だったが――当の救芽井は「ああ、それね」とずいぶん軽い反応を見せた。こ、こいつの意図が読めん……!

 

「休息を兼ねての、敵情視察よ」

「し、刺殺ゥゥゥッ!?」

 

 俺は思わずのけ反ってしまう。こいつ、こんなかわいい顔して何をいきなり恐ろしいことを!?

 

「あなたとお兄さんのやり取りで、剣一さんのヒントを得ることが出来たわ。商店街のはずれにある廃工場……。そこに彼がいるのなら――もしくは彼にたどり着く手掛かりがあるなら、行く価値はあるわ」

 

 そ、そんなぁ……それで寝込みでも狙ってブスリと行くつもりなのか!? 俺はただ指示通りに従っただけだけど、それでもこんな、こんな犯罪の片棒を担ぐ結果になるなんて……!

 

「まぁ、かと言ってすぐさま乗り込んでも『呪詛の伝導者』の返り討ちに遭うのが関の山。あの戦闘兵器に対抗できる手段が見つかっていない以上、彼自身の動向から弱点を探るしか打開策はないわ。どんなに強い兵器を持っていても、どんなにたくさんの機械人形を従えていても、『古我知剣一』はただの『人間』なんだから」

「じゃあ、いわゆる『張り込み』みたいなことするん?」

「そうよ。この商店街をスタート地点に、少しずつ例の廃工場を目指すわ。私はこの町の地理は詳しくないから、二人の協力が必要になるわね」

 

 ぬえぇぇぇ!? 俺一人ならいざ知らず、矢村にまで殺人罪に巻き込もうと言うのか!?

 ダメダメ! そんなのお父さん――じゃなくても許しませんよ! 地獄には俺みたいな穀潰しがお似合いなんだからなッ!

 

「ちょっと待ったぁ! 廃工場までの案内なら俺一人でも出来る! だから矢村だけは巻き込まないでくれ!」

 

 俺は恥も外聞も捨てて、縋り付くような口調で救芽井に迫る。急に切迫した顔になった俺に動揺したのか、彼女の面持ちにも焦りの色が浮かんで来ていた。

 

「きゅ、急にどうして?」

「どぉぉしてもだッ! 俺は一昨日のことがあるし、一度深く関わっちまった以上は仕方のないことだと思うよ!? だけど、矢村は本当に、単なる『とばっちり』なんだ! これ以上危ない橋を渡る一般ピープルは俺だけでいい! 俺にはお前を止められるだけの力はないし、助けてくれた恩もある! だから、だから地獄には俺一人で堕ちるから、矢村だけは勘弁してやってくれぇぇぇ……!」

 

 矢村には、今まで勉強を見てもらったり、いろいろと気に掛けてくれていたことがある。そんな彼女に、殺人の共犯を強いることなど、できるはずがない! どうせタイーホされるなら、犠牲は一人でも多く減らさなきゃならない……!

 兄貴、親父、母さん、ごめん! 冷たい牢屋に入れられても、家族のみんなのことは、絶対に忘れないからなぁぁぁ!

 

「りゅ、龍太……! アタシのこと、そんなに心配して……!」

 

 矢村は目尻に涙を浮かべつつ頬を赤くして、両手で口を覆っている。どうやら、殺人罪に巻き込まれる恐怖から解放される喜びを、全身で噛み締めているようだ。

 そうだよな、こんなの怖くて当たり前だ。だから、もう泣かなくていい。全ての罰は、俺が背負うッ!

 

 しかし、その一方で救芽井は何かしら腑に落ちない表情を浮かべている。俺が何かおかしなことを言ったのだろうか?

 

「えーっ、と……矢村さんを巻き込みたくないっていうのはわかるんだけど……『私を止める』ってどういうこと?」

「な、なに言ってんだ!? お前が古我知さんを殺すだなんて言い出すから――!」

 

 

「――はい?」

 



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第21話 商店街の喫茶店が、こんなに修羅場なわけがない

「は〜……全くもう、なんで私が剣一さんを殺さなくちゃなんないのよ。あなたの頭の中はどこから修正すべきなのかしら」

 

 さっき二人が楽しげに見ていた喫茶店内にて、俺は救芽井にこってりと叱られていた。……ひでぇや、こっちは勘違いしただけで何も悪いことなんかしてないのに。

 矢村は俺の発言が誤解から来るものだったことに、どういうわけか残念がっている様子だったが――時々思いだし笑いで嬉々としていた。なにが嬉しいのか知らないが、救芽井みたいに怒ってるわけじゃないなら別にいいか……。

 つーか、公共の場で説教は勘弁して欲しい! みんな見てるから! しかも窓際の席だから、店の外にも見えてるからァァァ!

 

「敵情視察っていうのは、敵の状況を実際に見て確かめに行くことを言って――」

「だあああもぅ! 何回目だよそれ! もうわかってるよ! わかってるし悪かったから! もう勘弁してくれ!」

「ダメよ! あなたってば何度教えてもすぐ忘れるんだから! さっきの受験勉強だって、同じ問題を何回やり直したと思ってるの? こうなったら徹底的に骨の髄まで染み込ませないとね……あと五回はループするわよ!」

「ひぃぃぃ!」

 

 喫茶店でこんな苦い思いをしたのは初めてだ……! 去年、見栄張って飲んだ兄貴のブラックコーヒーよりよっぽど苦い! メンタル的な意味で!

 

 救芽井は俺の顔をガン見しつつ、同じ内容の説明を幾度となく繰り返してくる。よくもまぁ飽きもせずくどくどくどくど……。そんなに俺をいじめるのが楽しいのかー!

 

「――以上! ちゃんと覚えた?」

「へぃへぃ……敵情視察ってのは、敵の内情を直接見に行く『偵察』のこと、ね……」

「よろしい! じゃあ、一休みにデザートでも頼もうかしら」

 

 耳にたんこぶどころか爆弾が出来そうなくらい、延々と聞かされていた救芽井の特別補習がようやく終わった……みたいね……。

 力尽きた俺がテーブルに突っ伏すと、向かいの席に座る救芽井と矢村は何かデザートを注文していた。な、なんで俺ばっかこんな扱いなんだよ……!

 

「たく……なんでそんなに俺のことに突っ掛かるんだか。そこまでして俺を叱る意味あんのかよ」

 

 悔し紛れにそう愚痴ってやると、救芽井はなにかギクッとして顔を逸らしてしまった。表情は見えないが、顔はほんのりと赤い。

 

「……あなたと向き合って、喋っていたかったからに決まってるじゃ――う、ううん! 私はただ、別に『男の子が珍しい』ってだけで、変態君だからってわけじゃ……そんなわけじゃ……あぁんもぅ、全部この人のせいだわ!」

 

 ――おい。なんか救芽井が一人でブツブツ言ってんだけど。大丈夫なのかこのスーパーヒロイン。

 そんな俺の心配をよそに、矢村は子供のようにはしゃぎながらチョコレートパフェを受け取っていた。あんなごっついデザート注文してたのかこいつら……。

 

「はい龍太、あ〜ん」

 

 すると何を血迷ったのか、矢村はスプーンでパフェのてっぺんをすくい取ると、俺の口元まで運んできやがった。こんな公共の場で何をしようと!?

 

「ちょ、ちょっと矢村さん!? なに考えてるのよ! ここ人前よ!?」

 

 救芽井も矢村の暴挙に反発の声を上げる。そーだそーだ、嬉しいけど恥ずかし過ぎるぞ! ……つーか珍しく救芽井と意見が一致したな、今。

 

「人前やからこそ、意味があるんよ。ここでちょおいと、見せ付けとかんとなぁ?」

 

 矢村はなにやら挑発的な顔で救芽井を見ている。こいつのドヤ顔、なんか怖い……。

 

 ……おや? 救芽井の様子が……?

 

「ふ〜ん、そう! 面白そうじゃない」

 

 笑ってない! 目が笑ってないぞ救芽井! てかなんでお前まで「あ〜ん」の体勢に突入してんの!?

 顔「だけが」ニコニコと微笑みを浮かべていた彼女は、ブスリとスプーンをパフェに突き刺すと、最奥のチョコの部分をほじくり出してきた。

 すいませーん、表情と行動が一致してないでーす。こんなギャップは萌えませんから! 怖いだけですから!

 

「ムッ! さ、先に出したんはアタシなんやから、アタシが先やで龍太!」

「あら、変態君の分際で私を放って置くつもりなのかしら?」

 

 ちょっと待て〜! なんで二人の美少女から「あ〜ん」を強要される事態が発生してんの!? 数分前までこんな空気じゃなかっただろー!

 そしてなんで両方とも目がギラついてんの? 野獣か? 俺の目の前にいるのは野獣なのか?

 

 ……い、いや、ふざけてる場合じゃねぇ。どうすんだ!? 俺はどっちを取ればいい!?

 デリカシーを重視して考えるなら、最初にスプーンを持ってきた矢村だ。だが、救芽井には昨日の恩もあるし、何より蔑ろにするには立場が違いすぎる! あいつのあられもない姿を見てしまった重責を無視するには、この状況はキツすぎるゥゥゥッ!

 ――あぁ、あられもない姿といえば、恥じらうあいつの表情は可愛かったよなぁ〜……うへへ。あの時はこんなおっかない娘だとは思わなかったけども。

 

「ちょっと変態君! さっさと食べなさいよ! チョコが溶けるじゃない!」

「そーやで! 女の子二人に恥かかせる気なん!?」

 

 思考を巡らせている間にも(後半は脱線したけど)、彼女らは決断を迫って来る。ちくしょー! こんな端から見たら、うらやまけしからんとしか思えないような状況、一度たりとも遭遇したことないんだからしょーがねぇだろ!

 まさか俺がここまで優柔不断だったとは……! くっ、こうなったら常識的な観点を踏まえて矢村から――

 

 ガシャアアンッ!

 

「――ッ!?」

 

 な、なんだ!? 今、ガラスが割れる音が……!

 

「騒ぐな! おとなしく金を出せっ!」

「客も店員も手を挙げろ! じゃなきゃ血を見るぜ!」

「逆らったら、こうなっちまうかもなぁ!?」

 

 俺が音がした方を振り返る前に、二、三人の男達の怒声が店内まで響いてきた。ゆっくり振り向くと、そこには覆面をした数人の男。

 うち一人は――ピストルを持ってる!? 客が悲鳴を上げる中、一人の男が手にしていたソレが火を吹き、周囲を脅迫した。

 しかも、店員の一人がレジの傍に飾られていた水槽に頭をねじ込まれ、半殺しにされてる! みせしめってヤツか……!?

 

 ――よーするに、強盗!? おいおいマジかよ……!

 しかも銃器まで持ってやがる! 客は威嚇されて声が出なくなっちまったし、店員も文字通りお手上げみたいだ。

 矢村も、いきなり店に入って来た強盗に怯えきった様子だし……辛うじて、救芽井だけが平静を保ってる感じだ。

 俺は最近が最近だから、多少は落ち着いていられるが……しかし、マズいなこりゃあ。

 

 救芽井が「救済の先駆者」に着鎧すれば、あんな連中ちょちょいのちょいかも知れないけど……こんな人前で着鎧なんかしようもんなら、彼女が二度と商店街を歩けなくなる!

 昨日、あんなに楽しそうに歩き回ってたってのに! 今さっきだって……!

 かといって、警察なんて呼べる状況じゃないし……!

 

「おほっ? かわいー娘いるじゃん。金とセットでお持ち帰りしよーぜ」

 

 ――って、こっちくんなー! なんか救芽井と矢村に目ェ付けて来やがった!

 当の本人は怯えてたり悔しげに口を結んでたりだし……ああもう! どうすりゃいいんだ!?

 

 いい考えが浮かぶ暇もなく、ピストルを持っていた男が俺達のテーブルまでやって来た……!

 



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第22話 ついに俺もヒーローデビュー!

 やっべぇな……マジでどうすんだこの状況……!

 

「近くで見るとガチでたまんねーな。特にこっちのショートボブの子。中三くらいか?」

「な、なあ、やめた方がいいんじゃねーか? アイツ、確か生身の人間には手を出すなって……」

「バカヤロウ、あんなひょろいシャバ僧の戯言なんて聞いてられっかよ。こんな上玉が転がってんだぜ?」

 

 下から上までなめ回すように、男は救芽井の容姿を観察する。中学生相手にその目は犯罪だぞオッサン……いや今の時点で十分犯罪だけど。しかし……「アイツ」って誰のことだ? 生身の人間……?

 

 一方、救芽井はそんな視線くらいなんてことないのか、無反応で涼しい顔をしている。肩が一瞬震えていた気がしたが、気のせいだろう。

 彼女は何度も「技術の解放を望む者達」とやり合ってきた猛者なんだから、これくらいはたいしたことないんだろうな。

 

 ……でも、オッサンが救芽井に目を付けたのは痛い。悪い考えかも知れないが、こいつの興味が矢村の方に行っていれば、救芽井のことだから隙を見つけて対処していたかも知れない。

 

「あぁん? ガキィ、なんだそのツラは。クリスマスプレゼントに鉛玉が欲しいのか?」

 

 どうやら、俺は無意識のうちにオッサンにガン付けてたらしい。野郎に用はないといわんばかりに、ピストルを向けて来る。

 ……や、やべー! 俺まだ十五歳なんですけど!? 死ぬにはちょいと早過ぎると思うんですけど!

 救芽井さーん! なんとかしていただけません!? あんた二人まとめて面倒見るって言ったじゃ――

 

「ご、ごめんね? 時計借りちゃってて。あと、お腹痛いって言ってたよね? 早くトイレに行ってくれば?」

 

 ――うぃ?

 

 いや、ちょっと待て。なんだそりゃ?

 助けを求めに彼女の方を見た途端、意味のわからないことを言われつつ、「腕輪型着鎧装置」を渡されたんだけど。……え? なに? 俺にどうしろと?

 

「あぁ? なんだてめぇ、トイレか?」

 

 救芽井の突拍子もない発言を鵜呑みにして、オッサンがジロリと睨んで来る。俺は状況が飲み込めずに目を泳がせるしかなかったが――

 

「早くしないと、漏らしちゃうわよ」

 

 急かすように言う彼女の真剣な顔を見たら、何となくだが――彼女の意図が読めたような気がした。

 

「いやー……たはは、実はさっきから漏らしそうなんスよ。すいませんけど、トイレ行かしてもらっていいスか?」

「あァ?」

「い、いやホラ! ここで漏らして悪臭を撒き散らすのもオッサ――お兄さん方に迷惑じゃないかなって……!」

 

 少なくとも女の子の前でするような話じゃないが、今はそれどころじゃない。救芽井の振った話題に合わせようと、俺も必死だ。

 端から見れば、ぎこちなさが完全に露呈していて怪しさ全開だった俺達の掛け合いだが、当のオッサンはピストルを持った余裕からかどうせ嘘でもたいしたことないと判断したらしく――

 

「チッ、んじゃあさっさと行けや。文字通りのクソガキが」

 

 めんどくさそうに首でトイレを指し、自分は救芽井の隣にドカッと腰を降ろしてしまった。どうやら自分は早いところ救芽井に近づきたかったらしく、男の俺を排除するには都合のいい話だったのかも知れない。

 

「す、すんませーん……」

 

 俺は自分の時計……ということになってる「腕輪型着鎧装置」をそそくさと回収し、トイレに向かう。もちろん他の強盗仲間に見張られながらのことだが、特に警戒されてる様子はなかった。ただの中坊にしか見えないんだから当たり前か……。

 

 そんなオッサンの心遣い(?)と救芽井のアドリブのおかげで、なんとか俺はトイレにまでたどり着くことができた。

 わけなんだが……。

 

「……で、どうすりゃいいんだよもー……」

 

 と、頭を抱えるしかなかった。

 

 俺の勝手な憶測に過ぎないが――救芽井としては、俺に「救済の先駆者」に着鎧して連中を撃退して欲しいところなんだろう。そのためにトイレに行くように仕向けていたとするなら、説明がつく。

 ……が、この場でゆったりと着鎧してトイレから出て来ようものなら、噂のスーパーヒロイン――いやヒーローか――は、俺ということにされちゃうんじゃないか?

 確かに救芽井の素性が露呈される事態は避けられるが、俺が社会的に危うくなるぞ! あの娘、その辺のことちゃんと考えてんのか?

 ……実は向こうもテンパっててそこまで気が回らなかったってオチか? そういえばさっきのアドリブも焦り気味だった気がするし。

 ちょっともー! 頼むからこんな強盗のことなんかでテンパらないでくれよー! 商店街の平和と引き換えに、俺の社会的生命が危機に晒されてんですけど!?

 松霧町のスーパーヒロインなら、こんなことちょちょいのパーだろうに……ん?

 

「おっ、やっぱいい身体してんじゃん。歳いくつ? 胸は何センチあんだよ?」

 

 トイレのドアの向こうから、あのオッサンの声が聞こえて来る。公共の場で堂々とセクハラかよ……モノホンの犯罪者は違うなぁ。

 って、そうじゃねー! 今の救芽井達どんなことになってんだ!?

 ドアの上部に小さな窓があったんで、便座に登って様子を見てみることに。

 

 ――!?

 

「そんな怖がらないでいーじゃん。お嬢ちゃんくらいの歳なら、もう男とヤった経験くらいあんだろ? 今時のガキは進んでっからなァ」

 

 どうしたことか、あの凜とした眼差しがカッコよかった救芽井樋稟は――震え上がっていた。

 

 微かに涙目になりつつ、肩を抱き寄せているオッサンから必死に顔を逸らしている。とてもじゃないが、「技術の解放を望む者達」に敢然と立ち向かうスーパーヒロインと同一人物とは思えない姿だった。

 なんだよオイ……どうしたんだ? いつもの調子で怒鳴ったり反撃したりするもんだと思ってたのに。さすがに丸腰でピストルはキツかったってことか?

 彼女は普段からは想像も付かない程しおらしくなってしまい、腰に手を回されてもほとんど抵抗できずにいた。震え上がってピクリとも動けない矢村と、大して変わらない状態じゃないか?

 

「へへ、よく顔見せろよ」

 

 ついには顎を掴まれ、無理矢理に顔を合わせられてしまう。目に涙を浮かべつつ、それでいて反抗的な意思を感じさせる、険しい顔つきになっていた――が、それでもオッサンを威嚇するにはあまりにも弱々しい。

 

「ガキのくせして、ホンッとマブ顔してんなァ。いや、マジでたまんねー……後で一発ヤろうぜ。どうせさっきのしょっぱいクソガキ相手じゃつまんねーだろ?」

 

 しょっぱいクソガキって俺のことかい! いや、しょっぱいってのはわかるけどよ……つーか救芽井さん、マジで無抵抗じゃないすか!? どうしてあんたともあろう人が……。

 

「怖がんなくたっていーだろーが。極上の悦びってヤツを教えてやろうってんだぜ? どんな女もベッドに連れ込みゃ同じさ。中身はたいていフツーなんだから」

 

 ――フツー? 救芽井が、フツー?

 

 おいおいオッサン、彼女がフツーだなんて笑わせてくれるじゃ――いや、笑えねぇ。

 

 ……よくよく考えてみたら、全然笑えねぇな。笑えるとしたら、俺のバカさ加減か?

 まさかあのオッサンに教えられるとは、ちょっと意外だったな。んで、そんな自分には段々とムカッ腹が立ってきたわ。

 

 ――救芽井樋稟は、普通の女の子。いつからだ? そんなことを忘れていたのは。

 

 商店街でぬいぐるみを見てはしゃいでいた時。矢村と二人で喫茶店のことで盛り上がっていた時。

 あの娘は、「普通の女の子」だったじゃないか。少なくとも、俺が期待していたような「スーパーヒロイン」の顔じゃなかった。

 俺は、昨日助けてくれた事実や彼女の実力に依存して、その強さに全部を丸投げしてたんじゃないか? いや、そうだろ。事実、今の今まで、俺は「救芽井がなんとかしてくれる」とどこかで期待してる節があった。

 そう、勝手に期待して押し付けてたんだ。力があるだけの、普通の女の子に。

 

 彼女だって、普通の女の子なら……色欲の目で迫って来る男が怖くないはずがない。ましてや相手はピストルを持ってるし、頼みの綱と言うべき「腕輪型着鎧装置」は俺の手にある。

 彼女が着鎧すれば強盗なんてイチコロかも知れないが、その後に彼女がどうなるかなんてわかったもんじゃない。最悪、警察に知れてこれまでの苦労が水の泡になる可能性もあった。

 家族一同で人々のためにと作り出した着鎧甲冑を、こんなことでお釈迦にしたくはなかったんだろう。それに、「人命救助」のために用意された力で、強盗とは言え人間をボコることも出来れば避けたかったんだはずだ。

 それを考えると、着鎧する立場を一般ピープルの俺に託したのは、この上ない采配だったのかも知れない。

 

 俺の感性なら何の気無しに着鎧甲冑で戦えるし、「神出鬼没のスーパーヒロインかと思ったら、正体は地元の人間でしたー!」ということになれば、最悪噂が拡散しても「松霧町のご当地ヒーロー」という程度の話題で収まることも、まぁ有り得なくはない。

 

 そういう諸々のメリットやデメリットを踏まえた上で、彼女は俺に托そうとしてた……のかもな。それに、確かゴロマルさんが言ってたっけ。

 

 『――樋稟は息子夫婦の夢のために、正義の味方となってこの町を守っておるが……あの娘自身としては、本当はそんな王子様のような存在に救われる、『お姫様』になりたかったのじゃよ』

 

 ――お姫様に、王子様ねぇ。あの時はいろいろとてんてこ舞いで、考える暇なんてなかったから気づかなかったけど……かわいいとこ、あるじゃないか。

 そんなヒロイックな活躍を彼女が期待しているのかは別として、俺は任されたことをこなす義務があるんだろう。多分。

 こうなったからには、俺がやらなきゃダメなんだ。救芽井樋稟じゃなく、この一煉寺龍太が。

 

 意を決して、俺は「腕輪型着鎧装置」を右手首に巻き付ける。その瞬間――

 

「なんなら今ここで、俺の味を教えてやろうかァ?」

 

 オッサンの掌が、救芽井の豊満な胸に伸び――その膨らみをわしづかみにした。さらに、桜色の薄い唇を奪おうと、彼女の顔に迫っていく。

 そして、俺の目に映ったのは――溢れるように零れ出て、頬を伝う彼女の「悲しみ」だった。

 

「――着鎧甲冑ッ!」

 

 その時だろう。俺の何かがプッチンプリンしちゃったのは。

 炎でも吐きそうなくらいに叫び出した俺の感情が、「救済の先駆者」のパワーを通してトイレのドアを吹き飛ばす。

 その衝撃でドア以外の部分も破壊されたらしく、辺り一帯に土埃が舞う。

 

「な、なんだ!? ごッ……!」

 

 突然の衝撃音に狼狽する強盗の一人を、腹いせで殴り倒し――そいつを引きずりながら、俺は土埃の外へと顔を出す。「俺じゃない顔」の俺を。

 

「な、な、なんだテメェェッ!」

 

 例のオッサンは救芽井から手を離し、両手でピストルを向けながら叫び散らす。

 ――今すぐ殴り倒してやりたいのは山々だが、あんたには大切なことを教わった借りがある。それに免じて……「名乗り」ぐらいはサービスしてやろう。

 王子様……いや、「ヒーロー」の醍醐味だしな?

 

「正義の味方、『着鎧甲冑ヒルフェマン』参上――ってなァ」

 



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第23話 敵とのエンカウント率が異常

 人に頼ってばっかで、自分はなにもしてなくて……情けなくてしょうがないけど。

 そんな俺でも、何かをする資格があるなら。まだ、間に合うなら。

 

「あんたは一発、ぶっ飛ばさないとな」

 

 ピストルの銃口と共に、激しい敵意を向けて来るオッサン。その得物を握る手が震えていることに気がついたのは、彼と対面してすぐのことだった。

 ――そんな些細なもんが見えてるなんて、我ながらかなり冷静なんだな……ちょっと意外だった。ドアを吹っ飛ばした瞬間なんて、頭の中がオーバーヒートしてたってのに。

 俺ってわりかしクールなのかもな。それとも薄情なだけか?

 

 ――いや、違う。

 

 妙に静かなのは、頭ん中「だけ」だ。身体の芯から噴き出してる感情の渦は、カッとなった瞬間のまま、その熱気を維持している。

 そういえば、人は「怒り」が一定のラインを越えちまったら、かえってひどく落ち着いてしまうもんらしい。昔、兄貴が聞きかじった知識を披露してる中に、そんな話があった。

 案外、今の俺はそんな感じなのかもな。脳みそだけは冷めきっていて、心の奥は焼けるように熱い。不思議と、怒る時に感じる頭の熱は感じられず、四肢だけがみるみる熱を帯びていく。

 ――まるで、思考と感情が切り離されてしまったかのように。

 

「う、動くなよテメェ。そこから一歩でも近づいてみろ! 嬢ちゃん二人の頭が吹っ飛――!」

 

 「救済の先駆者」の異様な風貌にただならぬ雰囲気を覚えたのか、オッサンは直接俺を撃つより、救芽井と矢村を人質に取ろうと「していた」。

 

「――隙ありッ!」

「げッ!?」

 

 彼の注意が俺に集中していた間に、救芽井がいつものような凛々しい顔つきを取り戻し、オッサンの背後を取っていたのだ。

 そして勇気を振り絞り、銃を持った暴漢のピストルを一瞬で掠め取るその姿は――まさしく俺が知っているスーパーヒロインそのものだった。

 

「こ、こんのぉ!」

 

 しかも、怯えていた矢村までもが救芽井の反撃に鼓舞される形で、オッサンの足の甲を踏み付けるという逆襲に出た。

 

「ぎゃうッ!」

 

 踵で思い切り急所を踏み付けられ、痛みの余り飛び跳ねている。ハイヒールじゃなくてよかったねオッサン……。

 

 ――どうやら、俺が着鎧してオッサンの隙を作ることこそが救芽井の狙いだったらしい。そのために囮役を買って出る無茶ブリは、さすが松霧町のスーパーヒロインってとこだな。

 さて……それじゃ、彼女達に倣って俺もお仕置きと行こうかね。

 

「ぎぃ……このガキ共がッ!」

「きゃあっ!?」

 

 すると、俺が攻撃に出ようと構えるのとほぼ同時に、オッサンが救芽井を振り払って自分の懐に手を伸ばそうとしていた。力任せに弾かれた救芽井は、女の子の限界ゆえか思い切り尻餅をついてしまう。

 その瞬間、俺にしか聞こえない警告音が鳴り響き、「救済の先駆者」のマスク越しに見る視界が赤く点滅した。

 ――これは、銃器や刃物に反応する「武装センサー」によるものらしい。訓練の時は「自分自身の注意力を養うため」に敢えてオフにされている機能とのことだが、今回は実戦だけあって、危険な武装を感知して警告するシステムが遺憾無く発揮されている。

 ……要するに、今オッサンは懐から凶器を出そうとしてる、ってことだ。それがなにかはともかく――これ以上好きにさせるつもりはない。

 

 右足を前に出し、後ろにある左足で地面を蹴り、すり足の要領で前進する。普通なら十数センチ前に動くだけの移動方法だが――

 

「う、うおおっ!?」

 

 ――着鎧甲冑の運動能力に掛かれば、それすらも相当な距離とスピードを生み出してしまうらしい。

 数メートル離れた場所から、たった一回のすり足移動で目と鼻の先まで接近されたことに、オッサンは思わず驚きの声を上げていた。

 

 もちろん、その拍子に生じる隙を見逃すほど俺はバカでもないし、甘くもない。右肘を脇腹に当てて脇を締め、その腰の回転で打ち出すように右拳を放つ。

 

「ご……!」

「『正義は必ず勝つ』ってな。そーゆーわけだから、いい加減くたばりな!」

 

 その拳は我ながら見事に、顎の急所「三日月」を捉え、オッサンの意識を吹き飛ばした。

 彼は全身の骨を引っこ抜かれたかのようにノックダウンしてしまい、ピクリとも動かなくなった。まぁ、脈はあるみたいだから死んじゃいないけどな。

 そして、念のためにと懐をまさぐってみると――出てきたのは手榴弾!? ちょ、こんなもん使う気だったのかよ!?

 起き上がってきた救芽井も、俺の手にある兵器を前に戦慄していた。

 

「うそ……ただの強盗が、なんでこんなものを……!?」

「ま、まぁ、安全ピンは抜かれちゃいないし、平気だろ。これで全員片付いたな……いや、もう一人!」

 

 ――確かに二人は片付いたが、まだ仲間がいたはず。そう、みせしめに店員さんを水槽に突っ込んでいた奴だ!

 

「ひ、ひぃぃっ!」

 

 俺がそいつの方に目を向けると、あっという間に恐れをなして逃げ出してしまった。武器を二つも用意してる仲間がやられたんだから、不利だと思ったんだろうか?

 

「……って、冷静に分析してる場合じゃねぇ! 待ちやがれ!」

「待って!」

 

 逃げ出した残りの強盗を追おうってところで、救芽井に呼び止められてしまった。無視して取っ捕まえに行きたいのは山々だが、さっきまでオッサンに苦しめられていたこともあるし、彼女を放っておくのは忍びない。

 

「この強盗達の武器も気掛かりだけど、それよりも今はあの人を救わないと!」

「あの人……? ――あっ!」

 

 彼女の言葉にハッとして、俺は水槽の傍で倒れ伏している店員さんに目を向ける。やっべぇ、水ん中に頭突っ込まれた後に捨てられたまんまだ!

 

「ぐったりしたまま動いとらんのやけど……まずいんやないん!?」

「くそっ、オッサン達に気を取られすぎた!」

「まだ間に合うかもしれないわ。来て!」

 

 素早く店員さんのところへ駆け寄る救芽井に続き、俺と矢村は動かなくなっている彼の傍に向かう。

 

「ど……どうだ? 救芽井」

「呼吸が完全に止まってるわ。相当水を飲んだみたい」

「たた、助からんの?」

「『救済の先駆者』の機能を使えば、応急処置くらいなら出来るわ。でも……」

 

 解決策はあるようだが、そこで救芽井は言葉を濁してしまった。気まずそうに視線を泳がせている辺り、どうやら俺に「腕輪型着鎧装置」を託した時のように、周囲に正体がバレる事態を怖がってるらしい。

 

 辺りを見渡してみると、客は全員テーブルの下に隠れてブルブル震えていた。どうやら、俺がドアを吹っ飛ばしたことでみんなビビりまくってしまったらしい。もう敵はいないってのに、いつまで固まってんだよ……。

 まぁ、あれ以降も俺達と強盗が戦ってる音が響き続いてたんだし、強盗達がいなくなった今も「まだ何かあるんじゃないか」と勘繰って出て来ないのはしょうがないのかもな。

 それに、これなら俺が着鎧したこともうやむやに出来そうだ。それに、救芽井が着鎧してもバレずにやり過ごせるかも! プロフェッショナルの彼女に「救済の先駆者」を任せれば、応急処置なんてお茶の子さいさいだろうし。

 

 ……う〜ん、だけど今から救芽井に着鎧させるとして、その瞬間に客が安全を確認して出て来る可能性もないわけじゃないし……。

 ――あーもう! なんでノータリンな俺がこんなに頭使わなくちゃいかんのだー! これというのも、全部手榴弾とかピストルとか持ち込んで来るオッサン達のせいだぁー!

 

 ……ん? 手榴弾?

 

 ――それだッ!

 

「救芽井、要は着鎧する瞬間を見られないように『絶対に人に見られない時間』があればいいんだろ?」

「え? そ、それはそうだけど……」

「よぅし、俺に任せとけ」

 

 不安げな表情を浮かべる彼女を元気づけるように、俺はドンと胸を叩いて立ち上がる。

 そして、すぅーっと息を吸い込み――

 

「皆さんッ! 落ち着いて聞いてくださいッ!」

 

 ――思いっ切り叫んだ。この喫茶店の隅から隅まで届くように。

 

「ちょ、ちょっと変態く――」

「シッ!」

 

 いきなり何をするのかと目を丸くする救芽井を素早く鎮め、俺は言葉を繋げる。ここで話を中断させようものなら、「なんだなんだ」と人が出てきてしまうかも知れないからだ。

 

「強盗達は逃げ出しましたが、この喫茶店に手榴弾を置いて行きました! しかも安全ピンが外れていて、わずかでも衝撃が走れば爆発する危険があります!」

 

 ここが重要だ。客達の動きを封じてテーブルから出さないようにするには、「動いたらヤバイ」という理由を付けなくてはならない。

 安全ピンが取れているという話は嘘だが、手榴弾があるというのはマジだ。倒れたオッサンの懐から出てきたモノだから、テーブルの下から覗いて見ていた人だっているだろうし、信憑性はあるはず。

 

「しかし、ご安心下さい! ここには手榴弾解体のプロがいます! 彼に掛かれば数分で手榴弾を無力化できるでしょう! それまで、皆さんはお静かにお待ち下さい! 数分以内に、私達が必ず手榴弾を処分して見せます!」

 

 そして、「自分達がなんとかするから静かにしといてね」という旨を伝える。状況が全く見えていない中で、出来るだけ詳しい情報を与えて信用させる。客達の身動きが取れないようにするには、それくらいしか方法はないだろう。

 さらに、絶対に「救済の先駆者」が救芽井だとバレないように、プロフェッショナルを「彼」と形容する。少しでも、与える情報と実際の状況に「齟齬を生じさせる」ためだ。

 

「へ、変態君……!?」

「俺に出来るお膳立てはここまでだ。お前じゃないと、この人は救えない! 頼む!」

 

 「腕輪型着鎧装置」を外して本来の姿に戻ると、俺は預かっていたモノを持ち主に返す。ここからは、「救済の先駆者」の本領だ。

 

「……わかったわ、ありがとう。――着鎧甲冑ッ!」

 

 そんな俺の意図を知ってか知らずか、彼女は「腕輪型着鎧装置」を素早く手首に巻き付けると、慣れた動作で音声入力しつつ、装着している手を掲げた。そんな変身ポーズあったんだ……。

 

 そして瞬く間に「救済の先駆者」への着鎧を果たした救芽井は、迅速に店員さんの救護に当たる。

 バックルの部分から管に繋がれた小さいアイロンのようなものを取り出し、彼女は流れ作業のように迷うことなくそれを胸に押し当てた。

 「なんだそりゃ?」と質問しようと口を開く瞬間、「バチッ!」と電気が弾けるような音がして店員さんの身体が跳ね上がり、俺はたまげてひっくり返ってしまう。

 横からコソッと矢村が教えてくれたんだが、これはどうやら「AED」を携帯用に改造したものらしい。確かに「AED」と言えば電気ショックを使う救命用具だけどさ……先に言ってよ! こっちは精神的に電気ショック喰らっちまったよ!

 

「……つーかなんで矢村がそんなこと知ってんだよ?」

「今朝に龍太が訓練しとる間に、いろいろ教えてくれたんや」

「俺には訓練ばっかりなのに……ひでぇや。男女差別だ」

 

 ……おや。心なしか「救済の先駆者」の視線が痛い。サーセン。

 

 しばらく救芽井のマスク越しのジト目に耐えつつ見守っていると、少しずつだが店員さんの胸板が上下に動きはじめた。上手く行ったみたいだ!

 

「まだよ。次は呼吸を復活させないと!」

 

 俺の思考を読んだかのように、救芽井は険しい声色で次の処置に移る旨を口にする。もうコイツ、エスパーでいいだろ。

 

 そっと包み込むように顎を持ち、彼女は自分の唇……の部分に当たるマスクを店員さんのそれと重ね合わせる。いわゆる人口呼吸の図だ。

 ……って、「マスクのデザイン」の唇でそんなことして意味あんの?

 

「あの唇みたいなマスクの部分、バックルの中にあるちっこいタンクから、人口呼吸用の酸素を噴き出す仕組みなんやって。水を吸い出す機能も兼ねてるから、かなり効果があるらしいんよ」

 

 そんな俺の脳内疑問に、矢村先生が聞いてもいないのに答えてくれました。エスパー二号あらわる!

 っていうか、あのマスクの唇型ってそんな機能があったのか……。正直、設計者の趣味だと思ってました。ゴメンナサイ!

 

 ◇

 

 ――やがて「救済の先駆者」こと救芽井の処置が功を奏し、店員さんの心拍と呼吸は順調に回復した。

 ……と言っても「最低限の処置」を施したくらいで、本格的な治療は病院で行われるものらしい。それでも、一命を取り留められるのは間違いないと見ていいのだそうだ。

 また、強盗達は逃げた奴やピストルのオッサンを含め全員逮捕され、喫茶店の客達に怪我人は一人も出なかったらしい。

 そして、表沙汰になったのは「噂のスーパーヒロインに酷似したスーパーヒーローが現れた」という話題くらいで、救芽井や俺の素性が露呈する事態はなんとか避けられたようだ。

 

「いやぁ〜、無事で良かったよ龍太君。でもこれに懲りたら、二股は控えた方がいいよぉ?」

「だから違うって言ってんでしょ!」

「はっはっは! 元気がいいようで何より! では、本官はこれにて退却ぅ!」

 

 相変わらずませている、商店街の交番のお巡りさんによる事情聴取を終え、一件落着を果たした俺達は、さっきの喫茶店から大分離れたファミレスに落ち着いていた。

 

「――変態君。その……助けてくれて、ありがとう。あの時、かっこよかったよ」

 

 向かいの席で、ちょっと照れ臭そうに救芽井がお礼を言ってくる。普段の扱いが扱いだから、こうまともにそんなこと言われたら、こっちもこっぱすがしいんだよなぁ……。

 

「……いーよ、別に。役に立ったんなら、それでいい」

「ムッ! なにをいい雰囲気作っとんや!? アタシだって頑張ったやろ!?」

 

 俺にズイッと顔を寄せながら、矢村が食いついて来る。そうそう、コイツだって怖かったはずなのに、よく戦ったよなぁ。あそこに座ってたのが俺だったら、終始ビビって何もできなかったと思うわ。

 しかしあんなことの後だってのに、我ながらよく落ち着いてこんな場所に来れたもんだ。これでまた強盗が出て来たら笑うしかないよな。

 

「……変態君。さっきの強盗が持ってた武器だけど……やっぱりどう考えても普通じゃないわ。ピストルはともかく、手榴弾なんてそうそう手に入るものじゃない」

 

 一難去ってお気楽ムードかと思いきや、救芽井さんがいきなりクソ重い話をぶち込んできた。いや、気掛かりなのはわかるけどね、ファミレスでする話じゃないでしょ?

 ――などと言いたいところだが、今回ばかりは他人事じゃないから真面目に聞くとしよう。確かに、ただの強盗にしちゃあ手榴弾はやり過ぎな気がする……。

 

「私の見立てなんだけど、もしかしたらこれは――」

 

 その時だった。救芽井の言葉が終わる前に、彼女を含めた俺達三人が凍りついたのは。

 

「――僕の仕業、だったり?」

 

 ……おい。強盗より断然ヤバいのが来たんだけど。全然笑えねぇんだけど。

 

 ――古我知さんが、来てんだけど。

 

 ……ファミレスに。

 

 



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第24話 古我知さん現る

「おやおやまぁ、みんな固まっちゃって。そんなに僕がここにいるのが驚き?」

 

 にっくき悪の親玉――であるはずの古我知さんは何の悪びれもなく、窓際に座っていた俺の隣に腰掛けた。しれっと俺達の席に現れたこの男のふてぶてしい振る舞いに、この場の全員は絶句せざるを得なかった。

 

「あの強盗達に武器を与えたのは僕さ。樋稟ちゃんが龍太君を鍛えてるという情報を掴んで、どれほどのモノになってるのかが気になっちゃってね。『生身の人間は脅すだけ、手を出してはならない』っていう僕の言いつけを無視して、強盗達が変な気を起こした時はどうしてやろうかと思ったものだが……君の力は僕が思っていた以上だったようだね、龍太君」

 

 ――俺ん家に上がり込んでた時といい、なにを考えてんだコイツは!? 昨日言ってた「敵は『開放の先導者』だけじゃない」ってのは、こういうことだったのか……!

 

「こ、こ、この人ってアレやないん!? あのわるもんのおやだ――」

 

 ガタリと席から立ち上がり、大声で叫ぼうとする矢村。そこから何を言おうとしているのかを察した俺と救芽井は、二人掛かりで彼女の口を完全バリケード封鎖した。こんな公共の場で滅多なことは叫ばないで頂きたい! 人に聞かれるから! 全部が水の泡になるから!

 矢村は古我知さんとは初対面であるが、前もって救芽井から彼の助手時代の写真を見せてもらっていたため、人相を知っていた……のだそうだ。現にいきなりの親玉出現に、驚きと敵意を隠せずにいる。ヤムラボーブリッジ、封鎖出来ませんッ!

 「むがむが!」と暴れる彼女をなんとか抑えつつ、俺達二人はジロリと古我知さんにガンを飛ばす。明らかに俺達全員に敵視されているにもかかわらず、当の本人は涼しい顔でわざとらしく肩を竦めていた。

 

「ひどいなぁ。僕はただ君達が楽しそうだったから、ちょっと混ぜてもらいたかっただけなのに」

「ふざけないで下さい。何のつもりですか剣一さん!」

 

 未だに暴走を止めない矢村にチョークスリーパーを決めながら、救芽井が詰問する。おい、ちょっとは手加減してやれ。

 

「何のつもりって……お喋りしたくて来たに決まってるじゃないか。主に一煉寺君と」

「変態君に……!? 彼に何の用があるっていうんです?」

「う〜ん、樋稟ちゃんには口出しして欲しくないんだなぁ。これまで着鎧甲冑に関わって来なかった、『素人である龍太君と話す』ことに意味があるんだから」

 

 そこで一旦言葉を切ると、「ねっ?」といいたげな表情でこっちに目を向けて来る。んなこと俺が知るかっつうの……。

 

 救芽井は一瞬俺の方に視線を移すと、「こんな人に騙されちゃダメ!」と目で訴えてきた。こっちだって酷い目にあわされかけ――いや、既にあわされたことがあるんだから、いちいち言われなくたって言いなりにはならねーよ。

 

「さて、というわけでちょっと龍太君と二人で話がしたいんだ。悪いけど、お嬢さん二人には席を外してもらいたいんだ」

「いい加減にして下さい! あなたこそ、早く『呪詛の伝道者』を捨てて投降しなさい! 着鎧甲冑は、争いの火に油を注ぐために作られたわけではないんです!」

 

 矢村ほどではないものの、かなりの音量で救芽井が怒声を上げている。おい、矢村を無茶苦茶して黙らせといて、それはないんじゃないか?

 

「僕はそれについて、客観的な意見を聞きたいんだよ。あくまで一般人でしかない、龍太君からね」

「彼を説き伏せて仲間にでもするつもりですか? 外部の人間を無理矢理巻き込むような所業は許しません!」

 

 いいこと言ってる。いいこと言ってるけど……お前が言うな。お宅の都合で割を食ってる一人の受験生をお忘れか? まぁ俺のコトだけど。

 

 それからしばらく、互いに一歩も譲らないやり取りが続いていた。いつまで張り合う気なんだコイツら……。

 

「だから、僕は彼に聞いてるんだってば」

「そんなこと許せないって、何度言えばわかるんですか!」

「――あぁもう、ラチがあかねぇ! おい古我知さん、話だけなら聞いてやる。男子トイレに行くぞ、席を外すのは俺達だ」

「ちょ、ちょっと変態君!?」

「このまんまじゃ、いつまで経っても平行線だろう。それに、こう熱く語り合ってちゃ、周りに聞かれかねん」

「でもっ……!」

 

 俺に論破されつつ、なおも食い下がる救芽井。だぁぁぁもぅ! いっつもキツイ訓練のことばっか言うクセして、こんな時だけ心配性にシフトしてんじゃねーよ!

 

「寝返ったりしねーから安心しろよ。さっき教わった『敵情視察』ってヤツだ」

 

 もう「刺殺」とは間違えないぞ。うん。

 

「……う、うん。わかった」

「納得してくれたようで、僕としては嬉しい限りだよ。だけど、なんで僕達が動かなきゃならないんだい?」

 

 渋々ながらも了承した救芽井の反応を確認した古我知さんが、キョトンとした表情でこっちを覗き込んで来る。何もわかってない、っていう純粋過ぎる顔って、怒りづらい分相当ウザいな……。

 

「伸びてる奴を叩き起こして席を外せってのか? 鬼畜組織のボス殿は考えることが違うな」

 

 わざと嫌味っぽく毒づいて、俺はチョークスリーパーで落とされていた矢村をチラリと見遣る。彼女は頭上にヒヨコを走らせつつ、ぐーるぐーると視線をスピニングしていた。

 

「あ、あはははは……」

 

 やり過ぎちゃった、といわんばかりに救芽井は苦笑い。救芽井さん……冗談みたいに笑ってますけど、普通に殺人未遂ですからね? コレ。

 

「力加減が苦手で不器用なのは相変わらずだねぇ」

 

 ついでに古我知さんも苦笑。なんで誰ひとりとして矢村の身を案じないの!? 「こんなの絶対おかしいよ」って感じてる俺がおかしいの!?

 

 とにかく、今は矢村をそっと安静にしておきたい。俺は古我知さんの襟を引っつかみ、男子トイレまで強制連行した。

 

「やれやれ……腹を割って話すのに、これほどムードが湧かない場所ってないよね」

「グダグダとうるせぇな。いいからさっさと言いたいこと話せよ」

 

 青くて臭いタイルに包囲されながら、俺達は一対一で相対する。

 

 ――悪の親玉と、男子トイレで一対一。なんつーシュールな状況なんだコレは……!

 



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第25話 敵のボスには得てして事情があるもの

 男子トイレにて対決する、正義の味方(?)と敵のボス――という構図なんだろうか? コレは。

 

「そんなに睨むことはないだろう? 別に今ここで戦おうってわけじゃないんだ」

「どっちにしろ敵じゃねーか……いいから話始めろ!」

 

 飄々とした態度を崩さない古我知さんに、だんだん腹が立って来る。さんざん人を振り回しといて、なに涼しい顔してやがんだ!

 

「怖いねぇ。ま、君の気持ちももっともだな」

 

 すると、彼は個室トイレのドアにもたれ掛かり、俺に視線をぶつけてきた。睨み返す……というほど鋭い眼差しではないが、その目は俺の姿を捉えて離さなかった。

 

「知ってるだろうけど、僕は着鎧甲冑を兵器転用するために『解放の先導者』を造り、君達が言うところの『技術の解放を望む者達』を組織した」

「ああ。んで、救芽井の家族をさらって、着鎧甲冑の利権を奪おうってんだろ」

「そうさ。僕がわざわざこの町に来て、彼ら一家との攻防に興じているのは、『兵器転用された着鎧甲冑』が『本来の着鎧甲冑』と比べてどれほど有用か、というデータを取るため」

 

 おさらいをするように、淡々と彼は喋り続ける。人が必死にあれこれと手を尽くしてる間に、コイツはこんな調子で兵器がどうのこうのなんて抜かしてんのかよ……!

 

「そんなことのために、あんたはあの娘を苦しめて、追い詰めようってのか!? 助手だったんだろう!? あんたは!」

 

 気がつけば、拳をにぎりしめてそんなことを口走っていた。我ながら臭い台詞だとは思うが、こんな時こそ本音をぶつけなくちゃいけないだろう。

 

「――そんなこと、か。本当にそう思うかい?」

「な、なんだよ?」

「優れた技術とは、得てして兵器に使われるものだよ。そしてそれが戦場で活躍することで質が底上げされ……より良い暮らしに繋がっていく」

 

 まるで俺を諭すかのような口調で、彼はこちらを見据えている。くっ、なんだか俺が説教されてるみたいじゃないか。

 

「今、世界中に普及している『インターネット』だって、本来は軍用に作られた技術だった。それに車や船、飛行機のような乗り物もみんな、戦争に使うために兵器として改造され、勝つために改良が重ねられ、やがてその技術が一般社会の暮らしに応用された。『着鎧甲冑』も同じだとは思わないか?」

「う……そ、そんなこと!」

「確かに、救芽井家の発想や信念は素晴らしい。そのための研究を重ね、『粒子化された最新鋭レスキュースーツ』を実現してしまった功績は、本来ならば未来永劫語り継がれるべきだったろう。彼らと苦楽を分かち合ってきた僕には、その輝きは眩しいほどに伝わって来る」

 

 裏切り者とは言え、なんだかんだで救芽井家に敬意は払ってる……のかな? 悪い奴なりに、事情がある――ってか?

 

「……だがッ!」

「うお!?」

 

 と思ってたら、いきなりドアぶっ叩きやがった!? 思わずビビって腰が引けちまった。情けねぇ……。

 

「彼らは兵器転用の一切を許さず、あくまで人を救うためにのみ、着鎧甲冑の技術を運用すると決めてしまったのだ。僕の忠告を聞き入れないまま! なぜだ!? なぜわかってくれない!? 戦争に使われず、その能力を示す機会を失ったままでは、着鎧甲冑の素晴らしき技術は世に出ることがなくなってしまうというのに! それでは、救芽井家が築き上げてきたものが、水の泡になってしまうというのに!」

 

 お、おおぉ……なんか一人で勝手に熱くなってやがるな。意外におしゃべりなのか? コイツ。

 

「ま、待てよ。兵器にならなきゃ、着鎧甲冑の技術は進歩しねぇって言いたいのか?」

「……その通りだ。現に今の救芽井家では、試作機として『救済の先駆者』が一体作られているに過ぎない。新たな後継機を開発するには資金が足りないし、十分なデータも取れない。だから兵器転用して、積極的に世界中の紛争地帯に売り込めば、資金もデータも貯まって開発を進めることができるだろう。着鎧甲冑の技術はいずれ世界を変え、救芽井家の理想はより現実に近しいものとなる」

「難しいことはわかんねーけど、要するに金がないから稼ぐために兵器にしろよ、って話なんだな。だけど、やっぱりそれはダメだろうよ。理想だか現実だか知らねーが、人助けしたくて作ったスーツで人殺してたら本末転倒だ」

「……そうだね。だけど、そう言っていられる時間にも限界がある。僕は早いうちに、『技術力向上のため』に兵器として改修する案を幾度となく出したさ。このままでは着鎧甲冑の素晴らしさが、日の出を見ないまま朽ち果ててしまう。そんな結末だけは、僕が尊敬していた救芽井家のためにも避けたかったんだ。でも、彼らは一歩も譲らないまま、本来の使い道を尊重するやり方で開発を断行した。やがて、僕はクビになったよ。『君はここにいるべきじゃない』ってね」

 

 ……あれま、なんだかしんみりした話になってきたなぁ。古我知さんは古我知さんで、救芽井家を心配してたってことなのか。

 

「僕は、それが堪えきれなかった。僕が尊敬し、誰よりも讃えたい一家が、自分達の夢に溺れて実現を遠退けてしまうことが。だから、僕は彼らを排除してでも、彼らが生み出していったものを形にしたかった。歴史に名を残すような素晴らしい発明品に、したかったんだ」

「……それで、『技術の解放を望む者達』、か」

「そうさ。僕は確かに悪かもしれない。それでも、そう蔑まれてでも、成し遂げなければならないことがあるんだ」

 

「成し遂げなければ、ならない――ねぇ。バカじゃねぇか」

 

 思わず口をついて出た俺の台詞に、古我知さんが目を丸くする。事情を話せば、赤の他人に過ぎない俺を説得して、味方に付けられる――なんて考えてたのかもな。

 あいにく、俺はそこまで情に厚くはない。ついでに言うと、俺はもはや『赤の他人』じゃない。

 

「その家族のためだとかなんだとか言っといて、結局そいつらをまとめて泣かしてんじゃねーか。そんなはた迷惑な親切は、誰から見たって御免被りたいね」

 

 そう。救芽井は、さらわれた両親のためにこの町に来て、あんなに怒ったり泣いたり戦ったりしていた。『普通の女の子』の彼女がそんなことをしなきゃならないのは、古我知さんが余計なマネをしているからに他ならない。

 なら、俺がやらなくちゃならないことは一つ。

 

「そんなもん、ブッ壊してナンボだろ」

 

 そんな俺のキメ台詞が効いたのか、古我知さんは一瞬キョトンとした――と思ったら。

 

「あはは……そうかそうか。ブッ壊す――か」

 

 割と平然でした。

 ……いや、あのねー。こういう説教タイムって大抵、敵ってたじろぐもんなんだと思うんですよ。だからちょっとくらいうろたえてくれたっていいんじゃないかなー。

 

「夕べ、遠回しに君のお兄さんに同じ話題を振った時、同じことを言われたよ。『悪いのは、勝手なことしでかしてる奴の方だ!』ってね」

「……あ、兄貴が?」

「ああ。――いやぁ、やっぱり兄弟だねぇ。君自身、彼になにか素晴らしい輝きを貰ったことがあるんじゃないかい?」

 

 からかうような口調で、古我知さんはニヤニヤしながら俺の反応を伺う。その一方で、ボソボソと「『一煉寺道院』なんて場所を隣町で見たことがあるが……まさかね」とか呟いてるが。

 

「……素晴らしい輝き、ねぇ。そんなよく出来たエピソードなんてないなぁ。あいにく、ダサくて薄汚れたお話しか持ち合わせがねーんだ、これが」

 

 ――俺と兄貴の話。そこには、素晴らしい輝きなんてない。

 あるのは薄汚さ、ダサさ、そしてちょっとの眩しさだけだ。

 



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第26話 損な性格は兄貴譲り

 中学一年になったばかりの頃。

 俺は兄貴と比べられる形で、ちょっとしたイジメに遭っていた。

 

「一煉寺って、兄貴はカッコイイよな〜。兄貴は、さ」

「かわいそーに。兄貴にいい遺伝子全部持ってかれちゃったんじゃねーの?」

「言えてる言えてる! つか、ホントに兄弟なのか? 弟の方は絶対捨て子かなんかだろ!」

 

 冗談で言ってるのか、本気でそう考えてるのか。聞き耳を立てていただけの俺にはわからなかった。

 だが、連中の言うことがおおよそ当たりだというのは、間違いなかった。だから俺は特に抵抗する気は起きなかった。

 いじめっ子が悪い、というのも事実だろうが、俺が余りにも「イジメの標的」として適してしまっていたのも、また事実だった。

 

 俺は、兄貴に比べて明らかに劣っていた。

 

 頭も頭もよろしくないし、運動だって出来ない。喧嘩なんて以っての外。身長なんて、女の子の救芽井と大差ないくらいだ。

 対して、兄貴はイケメンで長身。それに加えて、いいとこの大学に入れて町内では有名人。なにもかもが完璧で、クラスの奴が言うように「親の遺伝子をいいとこだけ貰って生まれてきた」ような奴だった。

 敢えてダメなところを挙げるなら……何人も侍らしてる女を放ってでも、出来損ないの弟を優先するところだろうか。

 「彼女とホテルに泊まって来る」って連絡しときながら、「俺が風邪を引いた」と聞いた途端に、息せき切って帰ってくることもあった。それに、中学の入学祝いのために、彼女のプレゼントを断念してエロゲーを買ってくることもあった。

 そんなことを繰り返したばっかりに、今となってはモテ度が低迷してしまっているようだ。それでも俺から見れば十分リア充だが。

 

「おい龍太、どうしたんだ? 最近お兄ちゃんに冷たいなー」

「っせーなぁー! てめぇにゃ関係ねーだろ!」

 

 そんな兄貴が、俺は正直妬ましかった。だから、よく突っぱねていた。なんでお前だけがそんなにいいんだ。なんで俺だけこうなんだ、って。

 ……わかってる。そんなもん、俺が自己チューなだけだってことくらい。

 兄貴は兄貴で、大学で勉強したりバイトしたり少林寺拳法の修行に取り組んだりと、かなり忙しい日々を送っている。本当は俺に付き合う時間なんて、ないはずなのに。

 なのにアイツは、嫌な顔一つせずに、「俺の兄貴」であり続けた。「なんでわざわざ出来の悪い弟に付き合うのか」と問い質せば、決まって兄貴は困ったような顔をして――

 

「だって家族だろ? 子供には、大人の味方が付いてなきゃ」

 

 ――と、それが当たり前であるように答えていた。

 

 そして、俺がそういう話を振り続けていくうち、いつの間にか俺は兄貴に道場まで引っ張り出され、少林寺拳法の練習をするようになっていた。「一煉寺道院」なんて名前の道場だった気がするが……まさか、な。偶然名前が被っただけだろう。

 それはさて置き、今だからわかることだが――恐らく何度も自分を卑下するようなことを言う俺を見て、なんとなく俺がいじめられていることを察したんだろう。「俺を守るため」に、小さな頃から親父の元で少林寺拳法を始めたという兄貴からすれば、当然の判断だったのかも知れない。

 

 もちろん、最初は何度もフェイスガードや胴に、手痛い突き蹴りを叩き込まれた。痛い思い、怖い思いを重ねつづけていた。

 ――そして、兄貴はそんな痛みを乗り越えてきた上で、俺に手を差し延べていたんだと知った。手酷く殴られ、痣を作っても、兄貴は激しい稽古を続けていたんだ。いつも俺の隣で、俺を守るために。

 

 ――俺は、そんな兄貴になにか出来るだろうか?

 考えてみたことはあるが、なかなか思いつけそうにはない。

 あるとすれば、それは兄貴のように俺を守ることだ。俺の力で、俺を守ることだ。

 

 そしてそれは、俺の体じゃない。俺っていう人間を作ってる、中身。よーするに、「心」みたいなもんだ。

 自分が許せないことを見過ごしたら、俺は俺の「心」を守れない。見過ごさないようにして怪我をしたら、俺は俺の「体」を守れないことになる。

 兄貴は、出来ることならどちらも避けたかったはずなんだ。だから、俺はどっちも出来るようになる。それが、兄貴が願うことなんなら。

 

 ――まぁ、矢村の時は「体」の方は守れなかったけどな。それでも、結果としてイジメがなくなったことで、アイツは喜んでいた。

 俺が初めて、俺の「心」を守れたからだ。矢村を脅かす奴を放って置けない、そんな心境を「行動」に移せたことが、大きな進歩になっていたんだ。

 

 そう、矢村を助けようとして、俺は初めて前に進むことができた。

 それが出来たのは――そう、兄貴がいたからだ。

 

 兄貴がいなければ、それこそ俺は傍観者であり続けたし、それを不自然だとは思わなかっただろう。矢村を助けなくちゃいけない、ってことに気づきもしなかったはずだ。

 大人の味方が付いていたから、ガキの俺は前に進めた。

 

 ――根拠はないけど、それはきっと……救芽井にも言えるんだと思う。

 アイツは両親を奪われ、ゴロマルさんしか頼りがいない中で、必死に抗ってる。

 

 ……俺は大人じゃないから、兄貴みたいに助けてやることは出来ないけど。たかが一介の、男子中学生でしかないけど。

 

 それでも、支えてやることが出来るなら。そばについててやることに意味があるなら。

 

 彼女にとって「他所の世界」である松霧町に住む、「外部の人間」に味方がいることに、ほんのちょっとでも価値があるなら。いることと、いないこと――1と0に違いがあるなら。

 

 俺は、彼女の味方でいたい。せめて、俺の「心」を守るために。

 



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第27話 まさかのリストラ宣言

 ……とまぁ、俺と兄貴の話なんてこのくらいのもんだ。別にペラペラ喋るだけの価値があるようなもんでもない。

 

 けど、古我知さんは割りと真面目に俺の話を聞いていた。なにがそんなに興味深いんだか。

 

「いい話じゃないか。……僕には、家族なんていないからね」

「あぁ?」

「――僕が小学生の頃だ。戦場のジャーナリストだった両親は、紛争地帯での取材の時に……」

 

 そこで言葉を切り、彼は手洗い場の鏡に向けて顔を逸らす。そこに映った古我知さんの顔は、まるで憑かれたかのような「使命感」に包まれた色を湛えていた。

 

「……そんな僕を引き取り、育ててくれたのが救芽井家だった」

「――なんだよそれ。恩を仇で返そうってのか!?」

「違う。恩人だからこそ、彼らの夢や技術をふいにしたくないんだ。兵器転用したと言っても、永久にその役割しか果たさないわけじゃない。『軍用』だった『インターネット』が世界的に普及したように、いずれは救芽井家の願い通りに使われる日が必ず来る。僕の理念は、より確実に救芽井家の悲願を達成するための、『遠回り』に過ぎないんだよ」

「その『遠回り』を認めたら、人を救うための着鎧甲冑で何人もの人が殺されちまうんだろ。それが嫌だから、救芽井んとこの人達はみんな反対したんだろうが!」

 

 確かに、古我知さんの言うことはわからんでもない。自分の恩人達の悲願が、理想にこだわって潰れてしまったらやり切れないもんだろう。付き合いの浅い俺にだって、それくらいはなんとなく察しがつく。

 だが、それはあくまで彼の主観でしかない。最後に決めるのは、救芽井の家族達だろう。

 

 ――結局、古我知さんは自分の価値観で、人のやることにケチをつけてるだけだ。そんな独りよがりを許したら、救芽井の「願い」も俺の「心」も見殺しにされちまう!

 

「どうあっても、僕のやろうとしてることが許せないかい?」

「ああ、ダメなもんはダメだ。『部外者』の俺から見ても、あんたがしようとしてることは単なるわがままなんだよ!」

「……そうか。残念だ」

 

 彼は俺を哀れむような目で一瞥する。鏡という壁を通じて映し出された彼の表情は、いじめられっ子のような閉塞感を帯びていた。

 そんな憂いを背負ったような顔を俺の目に焼き付けて、古我知さんはトイレを後にしようとする。なんだかトボトボという擬音が聞こえてきそうな、哀愁のある背中だった。

 

 もちろん一人でポツンと留まるわけにも行かず、俺は彼に続くように男子トイレから脱出した。だって臭うんだもん!

 

「さて、いい加減戻らないと二人がうるさ――って、え?」

 

 とりあえず救芽井と矢村が待っているであろう席に向かおう……としていた俺の前には、二人を張り込みのように見張る古我知さんの姿があった。

 遠目に見る限りだと、矢村はどうやら意識を回復させて救芽井とお喋りに興じてるみたいだけど……。

 

「……なにしてんの? そんなところで」

「シッ、静かにした方がいい。君に大きく関わることらしいからね」

「関わる? 俺に?」

 

 彼は思わず聞き返す俺に強く頷くと、壁に張り付きながら、探偵よろしく二人の会話に聞き耳を立てていた。

 こうした状況から推測するに、なにやら救芽井と矢村が俺に関係する話をしているらしいな。俺が話題の主体だってんなら、さすがに気にならざるをえない。

 壁からソッと覗いている古我知さんの下に潜り込み、俺は二人のやり取りに耳を傾けてみることにした。

 

 ――すると。

 

「どうしてわかってくれんのっ!?」

 

 バァン! と矢村が思い切りテーブルを叩いた!?

 

「うわ――むぐっ!」

「静かに! 聞こえるよ?」

 

 思わず驚き声を上げそうになり、古我知さんに口を塞がれてしまう。くぅ、とうとう敵に助けられる始末か……。

 ……いやそれより、なんだよこの状況!? 見てるだけで鬱になりそうな険悪なムードなんですけど!?

 

「龍太はあんなに頑張ったのに、なんでまだ戦わんといかんの!? もうええやん! アタシらただの受験生なんやで!?」

「確かに、無関係の一般人をここまで巻き添えにしたことは、申し訳ないとは思うわ。……だけど、今はなりふり構ってられないの! 警察にも頼れないほど機密性に重点を置いていた上に、今はお父様やお母様もいない……。そんな時に素性を知られてしまったからには、変態君には外部の協力者として手を貸してもらうしかないのよ!」

「そんなん、あんたらの都合やん! あんたらは龍太を殺す気なん!?」

「そ、そんなつもりあるわけないじゃない! むしろ向こうもこっちも、死者をなるべく出さないように気を遣ってるくらいなんだから!」

 

 ……なんかどこかで見たことあるよーなやり取りかと思ったら、俺の処遇の問題かよ。まだ片付いてなかったのか……。ていうか、傍目に見ても相当やかましいぞあんたら。静かにしないと一般ピープルに丸聞こえなんですけどー!

 ――それに、別に俺なんぞのことでそこまで頭使うことないのに。仮にくたばったって、どうせ俺なんだから。

 

「そんなんに気ぃ遣うんやったら、初めからこの町に来んといてや! あの発光騒ぎやら『技術の解放を望む者達』の事件やらで、アタシも龍太も死ぬほど迷惑しとるんや!」

「……ッ!」

 

 ――なんだろう。俺がいなくなった途端、言い争いがものごっつい過激になったような気がする。こんなに切迫したようなやり取りしてたっけ?

 ていうか、矢村の言い草がかなりドギツいことになってるような……。迷惑してんのは間違っちゃいないんだけど、ああもハッキリ言っちゃうと却って救芽井が気の毒に見えて来ちゃうんだよなぁ。

 かと言って、このままだと受験が苦しいのも間違いないわけで。うーん、難しい……。

 

「……アタシは龍太が、こんなことで傷付いてええもんやとは思えん。着鎧甲冑やら何やら知らんけど、人を勝手に面倒事に巻き込んどいて、当然みたいな顔せんでくれん?」

「わ、私だって好きで巻き込んでるわけじゃ……!」

「好きでこうなっとるわけやないんやったら、何してもええん?」

「うっ……」

 

 ――む、なんだか俺が離れてる間にギスギスした空気になっちまってるみたいだ。

 なんか救芽井が困ってる顔になってるし……そろそろ俺がでしゃばらないと、収拾がつかなくなりそうだな。

 

「龍太とあんたに何があったかなんて知らんけどな。着鎧甲冑なんて、この町には何の関係もないんや! 早う帰ってくれん!?」

 

 ――ッ!

 おいおい、それはちょっと言い過ぎなんじゃないか!?

 つーか、さっきまでの間に何があったんだよ!? 喫茶店にいた時は、なんだかんだで仲良くやってたはずなのに!

 ああもう、こうなったら俺がやめさせるしか……!

 

「この際やから言うとくけどな、アタシは龍太が好きや! 大好きなんや!」

 

 ――はひ?

 

 ……な、なんだってー!?

 

 ちょ、お待ち! いくら俺が哀れだからって、それは身体を張りすぎてやしないかい!?

 

「な、な、な、なに言って……!」

「龍太は、転校してばっかで右も左もわからんかったアタシを励ましてくれた。それに、なにかあっても『弱いくせして』守ろうとするんや。アイツは、ちょっと情が移ったら何も考えずに無茶苦茶するような――そんな、頭の悪い奴なんやで!」

 

 ぐはッ! ちょっと褒められてんのかと思えば「弱いくせして」って……! そ、そんなとこ強調してんじゃねー!

 

「アタシは、そんなアイツを守りたい……! 危ない目なんて、遇わせたくないんや! あんたらは、そんなアイツを巻き込んで許されるほど偉いんか!?」

 

 ……矢村。あいつ、あんなこと言ってまで、俺を……?

 いやまぁ、哀れんでのことじゃないとしても、「友達として」の好意だってことくらいわかってますよ? 男の勘違いは見苦しいからねー……あははー……。

 

「――わ、私だって……出来ることなら! こんな、こんなお父様達の想いを踏みにじるような戦いなんてっ……!」

「だったら、あんたらだけでやったらええやん。龍太が巻き込まれてええ理由なんかない! あんたは龍太のなんなんや!? 御主人様にでもなったんか!?」

「そ、それはっ……!」

 

 なんかもう、完全に矢村がいじめっ子と化してるな……これじゃいくらなんでも、救芽井がかわいそうだ。それに、矢村もちょっと言い過ぎだし。

 こうなっちまった以上は手伝うしかないんだから、しょうがないってのによ……。

 

「どうやら、君のことで言い争いになってることは間違いないようだね。君はどうするんだい? これからも僕に抗うつもり?」

 

 一緒に隠れながら、古我知さんが囁くように問い掛けて来る。残念だが、俺はノンケだ。

 

「たりめーだろ。あんたみたいなおっかない奴、放っておけるか」

 

 ジロリと睨みつけ、俺はススッと彼から離れるように身を引いた。

 

「そうか……じゃあ、例の廃工場でじっくり待つとしようか。樋稟ちゃんにもよろしくね」

「へっ、そうかよ――って、なにッ!?」

 

 そこで俺は思わず、張り付いていた壁からはみ出そうになってしまう。

 ――コイツ、なんで俺達が廃工場に行こうとしてるのを知ってるんだ!?

 

「……まさか、兄貴にわざと吹き込んだってのか?」

「その通り。こないだの、公園でのド派手な戦闘の痕跡が残ったせいで、ここ最近は警察の動きが面倒なことになっててね。早急に決着を付けなきゃってことになったんだ。――お互いのためにね」

 

 そういうことかよ……! マズいな。警察に悟られたらヤバいのは同じなんだから、早く救芽井に知らせないと!

 

「……ごめんなさい」

「悪く思っても……ええよ。恨んでくれてもええ。これも全部、龍太のためなんやから」

 

 ――え?

 

 心の声でそう呟くより先に、救芽井はひどく悲しげな表情で、席を立っていた。

 彼女はそのまま矢村に背を向け、その場を去ろうとする。

 

「ちよ、待った救芽井!」

 

 頭で考えるより先に、俺は彼女に声を掛けていた。このまま行かせちゃいけない――と、直感が訴えていたから。

 

「変態――君? もしかして、さっきの話、聞いてた?」

「あ、いや、そのっ……!」

「……ごめんね。今まで迷惑掛けて。私、自分のことで必死過ぎて、どれだけあなたにとって疫病神だったか、気づけなかった……」

「……!?」

 

 なんだこの娘。ホントに、あの救芽井樋稟なのか? 強盗の時とは比べものにならないくらい、ひどくしょげてる……。

 

「矢村さんの、おかげかな? 矢村さんが言ってくれなかったら、きっと私、守るべき人を不幸にしてたんだと思う。ホント、馬鹿だよね? 私。何の関係もない人を、自分の都合で引きずり込んで……」

「あの、ちょっ……そんなこと別に俺は――!」

「いいの! ――もう、訓練なんてしなくていいから。受験勉強、頑張ってね?」

「お、おい!」

 

「警察が僕らに感づくのは時間の問題だ。今夜、全てを終わらせる――というのはどうだい? 僕は『解放の先導者』のプラントで、君を待とう」

 

 俺がなんでもいいから声を掛けようとしたところで、古我知さんがズイッとしゃしゃり出て来た。ちょっ……あんた邪魔!

 

「――廃工場、ですね」

「ご名答。しかし詳しい場所はわからないだろう? 龍太君かあの女の子にでも案内してもらうかい?」

「いいえ。自力であなたを見つけ出し……勝って見せます」

 

 有無を言わさぬ強い口調で、救芽井は古我知さんに宣戦布告。おいおい、勝ち目のある戦いじゃないんだろー!?

 

「……私は、松霧町のスーパーヒロインです。負けたりなんか、しませんから」

 

 自分に言い聞かせるように呟いたのを最後に、彼女は無言でファミレスから出ていってしまった。それに続き、古我知さんも不敵に笑いながらこの場を立ち去っていく。二人共、お勘定は……?

 ――いやいや、今はそこじゃねぇ。どうすんだよ!? いつの間にかクビ宣告されちまったよ!?

 自分でもわかるくらい露骨に焦りながら、俺は矢村の方を見る。

 

 ――そこには、独りで町を歩く救芽井を、ガラス越しに見つめる彼女の姿があった。いつもの気丈な顔色はなりを潜め、そこには堪え難い後悔の感情が伺えた……。

 



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第28話 彼女を探して

 あの後、俺は(ほとんど食べてないけど)支払いを済ませて、矢村を連れて救芽井を追った。

 しかし商店街に入った彼女の姿は、人混みに紛れていくうち、徐々にその行方をくらましてしまった。人通りの多いイブの日だってのが、ここまで「間が悪い」と感じるとは……。

 ところどころで、「すっごいイケメンを見た」とか「めっちゃ可愛い女の子がいた」とか噂してるのが聞こえたことから、そう遠くへ入ってないはずなんだがなぁ。救芽井にしても古我知さんにしても、こんな何もない田舎町には、あまりにも場違いなイケメン&美少女なんだから。

 

「くそっ、すっかり見失っちまったい!」

「もう家に帰ったんちゃうん?」

「いや……最後に見掛けた時は、救芽井ん家とは正反対の方向だった。もうちょいここを捜そう!」

 

 周りの見慣れた住民のみんなは、人の気も知らず和気藹々とイブを満喫してる。ちくしょー! リア充爆発しろっ!

 ……いやまぁ、実際のところは、こっちの事情が知られない方がマシなんですけどね。

 

 じゃあ、次は交番のお巡りさんにでも訪ねてみるか――と思い立ち、商店街のはずれに出ようとした……途端。

 

「ちょっ――ちょっと待ってや!」

「んお? どした?」

 

 不安げな表情を浮かべた矢村に、後ろから手を引かれてブレーキされてしまった。俺は横断歩道から飛び出す子供かー!

 

「な……なんでわざわざ追い掛けるん? もう関わらんでええって言うたやん、あの娘」

 

 お前が言わせたんだろうが……とは言いづらい。言葉がキツかったとは思うが、矢村は矢村で俺を心配してくれていたんだから。

 だけど、これは俺と救芽井の問題だから……心配して貰っといて難なんだけど、矢村には余り気にしないでほしかった、かな。

 

「確かに、アイツと関わる義理なんてないかも知れないけどさ。俺、未だに変態呼ばわりされたまんまなんだぜ? 仲悪いままおさらばなんて、後味が悪いだろ」

「やけどさぁ……!」

「んなこと言っちゃって、お前だって『悪いことしたかなー』って顔してたじゃん」

「うぅ……」

 

 そう。

 矢村はただ、俺を危険から遠ざけようとしてただけだ。救芽井そのものを毛嫌いしていたわけじゃない。……まー、ちょっと意味わかんないことで張り合いはしてたけど。

 ――事実、二人は喫茶店の前では仲良く喋ってる時もあった。「技術の解放を望む者達」が絡みさえしなければ、こんな仲たがいをしてしまうようなことにはならなかっただろうに。

 悪いのは、古我知さんだろう。救芽井を責め立てるのは筋違いのはずなんだ。それが薄々わかっていたから、矢村だってあんな顔をしていたんじゃないか?

 

 今さら追い掛けたところで、何かが好転するとは限らないし、却って救芽井の足を引っ張ることになるかも知れない。

 それでも俺は、言われるがままに彼女をほったらかすことはできない。

 ――あんな別れ方しといて、はいそうですかと受験に専念できるとでも思ってんのか! ナイーブな思春期の女々しさナメんなよ!

 

 ――とは言ったものの、時間が経つばかりで、一向に彼女の姿を見つけることは出来なかった。古我知さんもあれっきり見つからず、交番に行っても「フラれたのかい?」とおちょくられて終わりだった。うぜぇ……。

 

「ヒ、ヒィ、ヒィ……み、見つからねぇ……! もうかれこれ三時間は歩き回ってんぞ……!」

 

 これだけ探し回っても収穫なしとは、さすがにキツイ。

 息はどんどん白くなり、上着の下も汗ばんできた。

 おまけに足はガタガタだし、頭もなんかぼんやりしてきてる……。

 

「もっ……もう夕暮れやし、廃工場に行ってしまったんやない……?」

 

 さしもの矢村も、俺に付き合ったばっかりにクッタクタの様子。

 なにからなにまで申し訳なさすぎる……!

 

「……いいや。この時間帯は商店街周辺の警察が交代する頃だから、今のタイミングは一番警察の動きが不規則で活発になるんだ。どっちも警察の動向くらい掴んでてもおかしくないし、夜になって落ち着くまではどっちも出て来ないと思う」

 

 辺りを見渡してみると、あちこちで警官がぞろぞろと動きはじめている。何人かが廃工場の方へ向かっているのも見えた。

 さすがに、今の時間に動きがあるとは思えない。どっちも、警察に見つかりたくないのなら。

 

「それに、今となっては俺も矢村も『技術の解放を望む者達』のターゲットに入れられちまってる。救芽井がいない今の状況でホイホイと廃工場に行こうなんて、狼の群れに羊二匹を放り込むようなもんだ」

「……なぁ、それやったら……もし救芽井が負けたら、今度はアタシらの番ってことなんやろか……」

「古我知さんが着鎧甲冑を手に入れた段階で、それに満足して俺達をほっとく……ってことにならない限りは、そういうことになるだろうな」

 

 だからこそ、救芽井は意地でも古我知さんに勝つつもりなのかも知れない。ファンシーなお姫様願望抱えてるくせして、「私はスーパーヒロインなんだから」だなんて啖呵切るあたり、相当思い詰めてるぞアレは……。

 

 しかし、本当に見付からないな……まさか、マジで矢村が言ってた通りに家に帰っちまったのか?

 うわぁ……さっきあんなドヤ顔で「いや……」なんて言っちまった後だから余計に恥ずい! 穴があったら入りたい! いやもうここに穴を掘ろう!

 

 ――って、あれ?

 

「龍太? どしたん?」

「ああいや、ちょっとね」

 

 ふと、見覚えのある店に目を奪われた俺は、どことなく違和感を覚えてそこへと足を運んでいた。

 

 それは、救芽井と二人でこの商店街に来た時に立ち寄った、あのぬいぐるみ屋だった。ガラスのショーケースに飾られたぬいぐるみは、今もズラリと並べられている。

 

「あれ……やっぱ無くなってる」

 

 俺が感じていた違和感の正体は、そのショーケースの中にあった。

 以前、救芽井が買っていった奴の隣に飾られていたウサギのぬいぐるみが、忽然と姿を消していたのだ。二体ピッタリと寄り添っていた格好だったんだが、まさか両方共消失していようとは。

 

「そこにあった二匹のウサギさんねぇ。とっても可愛い女の子が買って行ったのよ」

 

 すると、店の中からニコニコと朗らかに笑うおばあちゃんが出て来た。店主さんかな?

 

「その女の子って、俺と同い年くらいでしたか?」

「えぇ。あなた、あの娘のお友達?」

「うーんと、まぁそんなところで」

「そうなの……。それじゃ、また会った時には励ましてあげてね。なんだかあの娘、寂しそうな顔してたから」

 

 おばあちゃんは、両手で抱えていたクマのぬいぐるみで可愛くジェスチャーしながら、優しく微笑んできた。……寂しそう、か。

 

 俺はその後、矢村と一緒に来た道を引き返し、救芽井家に向かった。商店街はくまなく捜したし、他に思い当たる場所もないし。

 ――それに、デカいぬいぐるみを抱えて他所へ行くとも思えない。彼女なりに、なにか思うところがあったのだろうか。

 

 俺ん家と隣接している救芽井家が見えてきた頃には、すっかり日も落ちて夜の帳が降りようとしていた。いよいよ、戦いの時が近づいて来たって感じなのかもな。

 

「イブって時やのに……神様もひどいことするもんやなぁ」

「ひでぇのは古我知さんさ。神様でも――ましてや救芽井でもない」

 

 確かに最悪のイブだけど……それは、俺達だけじゃないんだ。むしろ、もっと大変なもんを背負ってる女の子がいる。

 出来るもんなら、せめて応援の一言でも言ってやりたいもんだが――あ。

 

「あ」

 

 刹那。

 俺の心の声と、彼女の肉声が重なった。

 

 救芽井家のドアから出て来た彼女と目が合った瞬間、俺は――言葉を探すあまり、固まってしまった。

 



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第29話 いざとなると、言葉が出ないもの

「変態君……」

 

 ドアを開いたところで、出会い頭に視線がぶつかる俺達。いきなりの展開に、あっちもこっちも言葉が出せないでいた。

 

「あ……きゅ、救芽井! どこ行くんだよ!?」

 

 ――そんなこと、聞くまでもない。戦いに行くつもりだったに決まってる。

 それでも俺は、尋ねずにはいられなかった。勝ち目のない戦いに身を投げようとしているなんて、考えたくもなかったから。

 

「どこ……って、決まってるじゃない。廃工場よ」

 

 しかし、返って来た答えは残酷なほどに至極まっとうなものだった。既に辺りは暗くなり、「夜」と見て差し支えない景色になっている。

 こんな状況で、戦うことの他に用事があると考えるバカが、俺以外のどこにいるというのか。

 

 それよりも俺の心に突き刺さったのは、質問に答える彼女の顔だった。

 笑っていたのだ。満面の笑みではなく、どちらかと言えば「しょうがないなぁ」という苦笑に近い。

 頼る仲間がいない今、彼女は強盗の時のように泣くことすらできない。せめて心配させないよう、作り笑いをすることしかできない。

 今にも消え入りそうなほどに、儚い印象を受けるその笑顔からは、そんな彼女の「限界」がありありと浮き出ているようだった。

 

「廃工場――って、場所わかんないだろ!? それに、勝てる見込みは見つかってないって言ってたじゃんか!」

「そ、そうやって! べ、別に、今すぐ戦わんでもええやん!」

 

 無駄なことだと頭ではわかっていても、口は思考に反して動き出す。なんとか彼女を引き止める口実が欲しくて、俺は見苦しいくらいに彼女を説得しようとする。

 その上、非情な現実を前にして良心の呵責が激しくなったのか、あれほど救芽井を責め立てていた矢村までもが制止の言葉を投げ掛けていた。

 

 こんな争い、あっていいわけがない。

 勝ち目もなしに、ただ理不尽な力で蹂躙されて終わる……そんなの、無茶苦茶だろーが!

 

「ありがとう……心配してくれて。廃工場ならおじいちゃんが調べ出してくれたから、平気よ。矢村さんも、わざわざ見送りに来てくれて、本当に――」

「み、見送りなんて! アタシはただっ……!」

「わかってる。変態君にはあなたがお似合いだものね? 彼の恋人でもないくせして、変にでしゃばってごめんなさい」

「きゅ、救芽井……?」

 

 何の話かは知らないが、どうやら二人は本当に仲たがいしてしまったわけでもないようだ。彼女の寛容さには、頭が下がる。……俺には相変わらず変態呼ばわりだけども。

 

「――ねぇ、変態君。前にあなたが選んでくれたウサギさん、覚えてる?」

「ん? あ、あぁ。そりゃこないだのことなんだし」

 

 そういや、あのおばあちゃんの話によれば、救芽井はあそこでウサギのぬいぐるみをもう一個買ったらしいが……。

 

「あれ、お店のおばあちゃんが教えてくれたんだけどね……あそこに飾られてた二匹のウサギさん、つがいのイメージで置かれてたんだって」

「へぇ〜……つがいってことは、オスとメスに分かれてたってことか? てっきり兄弟みたいな意味合いかと……」

 

 つーか、ぬいぐるみにオスもメスもあんのか……? まぁ、人が作るもんには魂が宿る――みたいな話も聞いたことあるし、案外男の子と女の子の霊魂とか込められたりしてんのかもな。

 

「前に君が選んでくれたのって、女の子だったんだって。その片方だけじゃぬいぐるみさんも寂しいと思うから、男の子の方も――さっき買ってきちゃったんだ」

「そうなのか――って、なんでそんなことを?」

「……言わないと、わからない?」

 

 なにかシャクに障るようなことでも言ってしまったのか、救芽井は恥ずかしそうに顔を逸らす。暗がりでもわかるくらい、彼女の頬が赤い。

 

「もし女の子が、なにかあって思い出をなくしちゃっても――その男の子が隣にいてくれたら、きっと支えになってくれるって……そう思ったから」

「……え?」

「私は、なにもかもなくしちゃうかも知れない。それでも……せめてぬいぐるみさんには、好きな男の子の傍にいさせてあげたかったんだ」

「お、おい救芽井? どういうことだよそれ?」

 

 なんかものすごく大事な話をされてる気がする。彼女の周りに漂う雰囲気が、それを物語っている。

 なのに、そのニュアンスがイマイチ掴めない。ぬいぐるみと自分の話がごちゃまぜになっていて、彼女が何を言いたいのかが不鮮明だった。

 

「私の言ってること、わからない?」

 

 そんな俺の無理解が顔に出ていたのか、救芽井は俺の胸中をアッサリと見抜いてしまう。

 変に嘘をついてごまかせる空気じゃないのは確実なんで、俺は申し訳なさげに目を伏せることしかできなかった。

 

「そっか……前々から思ってたけど、君って本当に鈍いのね」

「ク、クラスの連中からもたまに言われる」

「矢村さんのことね。あなたったら、本当に罪なんだから」

 

 子供を叱るお母さんみたいな口調で、彼女はフッと笑いかけて来る。矢村のこと……? なんで彼女がそこで出てくるんだろう?

 

「だけど……」

 

 そこに気を取られている間に、彼女は俺の脇をすり抜けていた。

 表情こそ見逃したが――声はひどく、震えていた。

 

「私の気持ちだけは、わかってほしかったな。せめて、今夜だけでも」

 

 その意味を問う暇も、考える時間もなかった。

 彼女は俺と矢村を抜き去って道に出ると、勢いよく駆け出しながら、素早い動きで例の変身ポーズを決める。

 

「――着鎧甲冑ゥッ!」

 

 そしてその掛け声に応じ、彼女の全身は一瞬にして「救済の先駆者」のボディに包み込まれた。勇ましく叫ばれるはずのその名を呼ぶ彼女の声が、悲しげな涙声と化していたのは――気のせいじゃないだろう。

 

 俺達は救芽井を制止するどころか、応援の一言すら掛けられないまま……彼女を見送ってしまった。

 



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第30話 秘密ってなんだっけ

 救芽井は、戦いに行ってしまった。

 止めることはおろか、励ましの言葉さえ掛けられないまま。しかも、最後に彼女の声は震えてもいた。

 

 あまりと言えば、あまりにも最悪。

 こんなもん、余計に気を遣わせたようなもんじゃないか!

 

「くそっ! 追い掛けて――!」

「待ってや龍太! 行ってもアタシらじゃ何も……!」

 

 彼女の後を追おうとする俺に対し、矢村は両手を広げて立ち塞がる。声色は酷く張り詰めていて、表情は慈悲を乞うかのように切ない。

 

「だけど……!」

 

 なんとしても救芽井を追いたい。そのために反論しようと口を開きはした――が、その具体的な言葉が出て来ない。

 

 ――わかりきってるからだ。矢村の言うことが、紛れも無い正論であると。

 俺がしゃしゃり出たところで、役に立つことはないのは明白だ。訓練は逃げ回るだけの中途半端な結果に終わり、「救済の先駆者」のレスキュー機能の使い方もよくは知らない。

 代わりに戦おうにも「解放の先導者」一体にすら歯が立たず、彼女が傷ついても助けることすらできない。そんな俺が、救芽井に何をしてあげられるってんだ?

 

 ――なんだよ。なにも出来ねぇじゃねーか。何が「ヒーロー」だ!

 肝心な時になにも出来なくて、こんなっ……くそっ!

 

「なんで『俺』なんだよ……! なんで救芽井の味方になったのが『俺』だったんだ! もっとちゃんとした奴が一緒にいてくれりゃ、救芽井だって――!」

 

 そこで、俺は一人の人物を思い出した。――ゴロマルさんだ!

 彼なら、なんとか救芽井を助ける方法を捻り出してるかも知れない。

 都合のいい妄想に過ぎないというのはあるかもだが、今は彼を当てにするしかない。

 ――救芽井にとっての「大人の味方」は、彼しかいないはずだから。

 

「ゴロマルさんッ!」

 

 救芽井本人が慌てて飛び出したせいか、鍵が開けられていた救芽井家に入り込むと、俺はコンピュータをパチパチといじる音を頼りに彼のいる場所を目指す。矢村も俺に続き、「お、お邪魔しま〜す……」とたどたどしく入ってくる。

 

 もう聞き慣れてしまった、救芽井家仕様のコンピュータを使う音。それだけの情報を元手に俺は――居間でパソコンに向かい続けていた、人形のように小柄な老人を発見した。

 

「ゴロマルさんッ! 大変だッ! 救芽井と古我知さんが戦うつもりだって……!」

「……そうか、行ってしもうたか。できるものなら、避けるべきであったのじゃがな……」

 

 こっちに振り返ることもせず、ゴロマルさんはただ黙々とキーボードを打っていた。その声色からは、状況に見合うだけの焦燥感や悲壮感が感じられない。

 なんだよ……なんであんたはそんなに落ち着いてんだ!?

 

「避けるべきだった――って、そうに決まってるじゃないか! 今からでもなんとかならないのか!?」

「無駄じゃ、もはや選択肢はない。今戦えば樋稟に勝ち目はないが、今戦わなくてはいずれ警察に感づかれ、着鎧甲冑は世界から消える」

 

 そんな八方塞がりな状況のはずだってのに、目の前の小さな老人は「我関せず」というような態度のまま、コンピュータにだけ注意を注いでいた。

 

 ……なんでだよ!? あんたあの娘のじいちゃんなんだろ!? 孫娘がやられそうだってのに、なんでそんなに冷静なんだ!?

 

「――そんなアッサリと言わないでくれよ。あんたは、救芽井の味方なんだろ!? あいつはいくら凄くたって、俺みたいな一般人と大して変わらない『普通の女の子』なんだ! そんな子供には、大人の味方が――必要なんだよッ!」

 

 あいつだって、ゴロマルさんに助けを求めたかったはずだ。誰かに、寄り添っていたかったはずなんだ。それなのに!

 

「言ったであろう。もはや選択肢などない、とな」

「簡単に、言うなよ……!」

「それが現実じゃ。諦めるしかないじゃろう」

 

「――簡単に言うな、っつってんだろッ!」

 

 酷く冷静で、それを通り越して「冷酷さ」さえ感じられたゴロマルさんの応対に、俺はいつしか自分を抑えられなくなっていた。俺は我を忘れてずかずかと踏み込み、彼の両肩を掴んで無理矢理振り向かせる。

 

「龍太、アカン!」

 

 俺の行動に、状況を見守っていた矢村が制止を求める声を上げた。しかし、俺は手に込める力を緩めようとはしなかった。

 

 ゴロマルさんが余裕ぶっこいた顔で、言い放った一言を聞くまでは。

 

「――お前さんがいなければ、わしはそう割り切るしかなかった」

 

「お、俺が……?」

 

 こんな時に、ゴロマルさんは何を言い出すんだ? 俺がいなければ……って、俺に何ができるってんだ?

 

「龍太君。お前さんには、話しておかなければならんことがあってな。そっちから来てくれたのは都合が良かった」

「な、なんだよ。どういうことなんだ!」

「今にわかる。お前さんが剣一を倒し、『王子様』となる方法がな」

 

 彼は小柄な身体を活かして、肩を掴む俺の力からすり抜けると、トコトコと地下室に向かいはじめた。

 

「ちょ、ちょっと! どこ行こうってんだよ!?」

「お前さんに会わせておきたい人がおってのう。ついて来なさい」

 

 ゴロマルさんは詳しい話をすることなく、ただ悠長に階段を下っていく。……早く救芽井を助けたい俺には、じれったくてしょうがないわけで。

 

「ああもう、なんだってんだよ! とにかく、行くぞ矢村!」

「ええ!? あ、うん……」

 

 矢村の手を握り、俺はゴロマルさんのあとを付いていく。彼が救芽井のことを見捨てていないのなら、何か状況を変える方法があるのだと期待して。

 ……俺が古我知さんを倒す、みたいなことを言っていたけど――無茶苦茶にも程があるんじゃないか?

 

「連れて来たぞい」

 

 ゴロマルさんの言うことに理解が追い付く前に、俺達は彼が言っていた人物がいるのであろう、地下室にたどり着いてしまった。

 そして――

 

「おー。来たかい、龍太。なんだか、大変なことになっちまってるらしいなぁ」

「なっ……!」

 

 そこにいた人物は、見慣れた顔――どころか、俺の家族だった。一煉寺龍亮……俺の、兄。

 普通ならありえない場所にいて、普通ならありえないことを喋っている彼の調子は、いつもとなんら変わらないものだった。ちょっと待てよ、なんでウチの兄貴がここにいるんだ!?

 しかも、彼の傍らにはボロボロに砕けた「解放の先導者」の残骸が。ここで一体、何があったんだ!?

 

 状況が飲み込めないでいる俺と矢村の前に立ったゴロマルさんは、さっきまでとは打って変わって真剣な表情で俺を見上げる。

 ここでようやく本題に入る。彼の眼差しが、その意図を強く現しているようだった。俺と矢村は顔を見合わせて、彼の言い分に耳を傾ける。

 

「よく聞いておれよ龍太君。これは樋稟を救うための、君にしか出来ないことじゃ」

 

 そして、彼が第一に口にしたことは……俺が今、最も求めていた答えだった。

 

 ――俺にしか、できないこと……!?

 



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第31話 自分より速い女の子に、フラグが立つわけがない

「だーちくしょう! すっかり遅くなっちまった!」

 

 あれから約小一時間、俺はゴロマルさんや兄貴からの話を聞いた後、矢村と二人で廃工場に向かっていた。

 

 彼らから聞くことが出来たのは、俺が古我知さんを止め、救芽井を救える可能性があること。そして、彼女が今でも「王子様」が現れることを願っていることだった。

 

 救芽井がたった独りでもスーパーヒロインとして戦う決心がついたのは、「努力する少女の窮地に、ヒーローが駆け付ける物語」を父親から何度も聞かされていたから――らしい。

 

 諦めずに立ち向かえば、いつかきっと報われる。例えそれが不可能に近い確率だったとしても、がむしゃらに信じていなければたちまち心が崩れてしまう。

 それが、彼女なりの割り切り方なのだと、ゴロマルさんは言っていた。あれだけスーパーヒロインだと豪語していても、本音を言うならやっぱり「お姫様」が良かったんだな……。

 

 それに、さっき言ったように古我知さんに勝てる要素が俺にあるという話も聞くことが出来た。

 本当にそれで勝てるかはわからない。可能性はある、といっても、結局は「机上の空論」ってヤツでしかないのは確かだ。

 だけど、それでもやらなくちゃいけない。ほんのちょびっとでも勝ち目があるなら、俺自身を試す意味だってあるはずだ。

 

 俺みたいな品のない奴には、「ヒーロー」も「王子様」も務まらないかも知れない。古我知さんを止めるなんて大層なマネ、できっこないかも知れない。

 だとしても、やらないわけにはいかない。このクソ寒い冬の夜の中で、助けを求めてる「お姫様」がいるなら!

 

「龍太! あと五分くらいあったら着くで! ファイトっ!」

「ゲ、ゲホッ! ヒィヒィ……ちょ、ちょっと、ハァ、待ってくれよッ!」

 

 ――と、カッコよく現場に急行しようとしてたところなんだけどね。俺ん家の辺りから廃工場まで走ろうとしたら結構遠いんだ、コレが。

 兄貴の車に乗せてもらおうとも考えたが、雪が積もってスピードが出しにくい上に人通りが多い今の時期を考えると、余計な交通トラブルに出くわさないとも限らない。ゴロマルさんも車は持ってないみたいだったし(持ってたところでペダルに足が届かんだろうけど)、俺達は徒歩で廃工場まで急ぐことを強いられていた。

 俺ん家から商店街までは十数分掛かる。そこからさらに五分ほど走って、ようやく廃工場までたどり着くのだ。

 つまりどういうことかと言うと――非体育会系の中学生の足で走破するには、なかなか遠い。スポーツ万能の矢村がピンピンしてる隣で、俺は商店街内の自販機に寄り掛かって息を荒げていた。

 ――くそー、笑うなら笑えよっ! どうせ俺は運動オンチの非リア充ですよーだ!

 

「ヒィ、ヒィー……! ヒィーフゥー……!」

「そうそう、ゆっくり深呼吸してな! はい息吸って〜、吐いて〜」

 

 なんか、ものっそい矢村に面倒見てもらってる感じがする。男だよね? 俺って生物学上は男なんですよね?

 

 男のプライドを踏み砕くと同時に、俺の呼吸を安定させてくれた矢村。すごくいい娘なんだけどね……なんかいろいろと突き刺さる。

 

「どしたん? やっぱまだ疲れとる? もしかして、休憩挟んだから体冷ましてしもーたん?」

「いや、別にそういうわけじゃ――」

「いかんで! 龍太にはこれから大事なお仕事があるんやけん、しっかり体暖めとかな、怪我するで!」

 

 矢村はランニングの要領で腕を振り、こうして体を暖めろと促してくる。いや、そうしたいのは山々なんだけどね? そんなことしてると余計に体力消耗して、古我知さんとの対決まで持たな――

 

「しゃーないなぁ。アタシが抱きしめて暖めたるけん」

 

 ――いと、もっとすごいことになりそうな予感!? ファミレスのアレといい、一体どこまで俺の純情を振り回すつもりなんだッ!?

 

「ま、待て! ……よ、よーし、体力全快! いざ救芽井のもとへ!」

「おー! やったるでぇー!」

 

 これ以上男のプライドに障る前に、俺は元気が戻ったことをアピールしようと、両腕を上げてポーズを決める。頭は良くても単純なところがある矢村は、それがやせ我慢であることは全く気付かないまま、気合の入った声を轟かせ――

 

「――って、ちょっと待ていっ!」

「のわぁ! なんや!?」

 

 ふと気に掛かった重大な疑問に思い当たった途端、俺の叫びに矢村が思わず尻餅をついてしまった。

 スリップした拍子に、宙に眩しく白い脚が投げ出され――見えた! 柄は青と白のストライプ……じゃなーい!

 

「……なんで矢村までついてくるんだよ?」

 

 そうなのだ。ゴロマルさんから勝機をたまわった俺はともかくとして、別に戦うわけではない矢村がわざわざついて来るって、どういうことだ?

 

「気まっとるやろ、あんたと同じや!」

「え……俺と?」

「このまま終わってしもうたら、後味悪くて受験勉強なんて出来んし……それに、アタシはもう一回、救芽井に会いたいんや」

 

 これは意外な話を聞いてしまった。あれだけ対立していた救芽井に、今は会いたいと申すか。

 

「話しとるうちに、両親の夢に憧れて頑張ってる、いい子やってのがようわかったんや。ほやけん、ちょっと、妬いとったんかも知れん。あんなにピュア過ぎる娘やったから、ついあんな言い方しよったんかも知れんのや」

 

 そんな彼女の表情には、ファミレスの時と同じ「悔やみ」が現れていた。

 なるほど、ね。この娘も、俺と同じだったんだ。救芽井と、ちゃんと仲直りしたいんだろうな。

 

「役に立てんとは思うけど……アタシ、もう守られるだけなんて懲り懲りなんよ! 強盗ん時だって、アタシはてんでダメやったし……」

「矢村、お前……」

「だから、せめて傍にいたい! なんかあったら見捨てたってええから、お願いやから、あんたの傍にいさせてや!」

 

 ――おいおい。なんてこと言いやがる。

 コイツ、自分を何だと思ってんだ? この(世間一般の視点に立てば)平和なご時世からして、この娘だってちゃんと家族はいるだろうに。

 彼女になんかあったりしたら、家族がみんな悲しむだろうが。それに……俺なら、それよりもっと悲しむ自信がある。

 俺なんかのために、この娘を傷つけたりしてたまるかよ!

 

「バカ言うんじゃねーよ。どうまかり間違ったって、見捨てられるわけないだろ! 俺はそこまで、ドライにはなれそうにないんで」

「龍太……!」

 

 身を起こし、矢村はほんのりと頬を染めながら俺を見上げる。こう上目遣いされると、つい甘やかしたくなるんだなぁ……煩悩、退散ッ!

 

「そんなに言うんだったら、もう張っ倒してもついて来そうだし……俺からは何も言えねーな。言っとくけど、どうなっても知ら――」

 

 そこで「どうなっても知らんぞ」という言葉を飲み込み、俺は疲れだけのせいじゃない、心臓の強い脈動を全身で感じながら……精一杯の気を利かせた。

 

「……いや。どうなっても、お前を守ってやんなきゃな。さぁ、行くか!」

 

 俺はすっかり筋力を回復させた両足で、積もりに積もった雪道を駆けて廃工場を目指す。ズブリと爪先まで沈み込む純白を踏み越え、俺は「お姫様」が待つ戦場への道をひたすら走って行った。

 ふと、その最中にチラリと後ろを見てみると、そこには俺を熱い眼差しで見詰めつつ、いつになく元気に走る矢村の姿が伺えた。

 以前まで見た表情とは比にならないくらい、やる気に満ちた面持ち。その瞳がわずかに潤んでいたのは、果たして気のせいだったのだろうか。

 



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第32話 ヒーローは遅れてやってくるもの?

「あああっ!」

 

 商店街のはずれにあるという、廃工場。弱々しい光を放ちながら、僅かに役目を果たしている電灯だけが、その廃屋の光景を映し出していた。

 

 ――救芽井が「呪詛の伝導者」に蹂躙される、光景を。

 

「くそっ、やっぱもう始まってる!」

「どしたらええん!? 救芽井、もうやられとるやん……!」

 

 酷く悲しみに震えた声で、矢村は目の前の現実に目を覆う。俺達は戦いの衝撃音を頼りに現場に辿り着けたわけだが、着いた頃には既に救芽井は劣勢に追い込まれていた。その上、彼女の周りには数体の「解放の先導者」がうごめいている。

 そして忘れもしない、あの黒い鎧。以前見たときはカッコイイと思えた「呪詛の伝導者」の姿も、今となっては凶悪な怪人としか俺の目には映らない。

 一方、「救済の先駆者」に着鎧している救芽井は、お得意の「対『解放の先導者』用格闘術」で果敢に攻め入っていたが、すぐさま切り返され反撃を受けている。まるで、彼女の戦い方全てが読まれているかのように。

 

「はっ、はぁっ……!」

「そろそろお疲れみたいだね。早いところ降参しないと、綺麗な身体に傷が付くよ?」

 

 彼女が一旦距離を取って隙を伺ってる間、その肩が激しく上下している様子を見れば、離れたところから見ていても息が上がっていることがわかる。だが、古我知さんもかなり動き回ってるはずなのに、どういうわけか彼の方は、ピクリとも無駄な動きを見せない。

 あんなにモヤシっ子みたいなナリなのに、古我知さんの方が救芽井より体力があるのか……? 女の子とは言え、「解放の先導者」を相手に無双バリに立ち回る救芽井が、体力負けだなんて……。

 

 ――いや、有り得る。

 

 「救済の先駆者」は人命救助が目的のレスキュースーツであり、「呪詛の伝導者」は戦闘が目的の、いわばコンバットスーツ。立つ土俵が、そもそも違うんだ。

 それなら、着鎧した時に生じる身体能力向上の度合いが変わっていても不思議じゃない。フェザー級ボクサーが、力士を相手に相撲のルールで試合をするようなもんなんだから。

 

「『解放の先導者』、行きなさい!」

「くっ……こんな機械人形ッ!」

 

 たまに周りの「解放の先導者」が襲うこともあったが、それは簡単にいなしてしまう。ところが、「呪詛の伝導者」が仕掛けてきた途端に、攻撃の流れが止まってしまっていた。

 

「ふふ、僕が出て来たら逃げるしかないのかな?」

「うっ――バ、バカなこと言わないで!」

 

 接近戦では爪や剣を使われ、距離を取れば銃で撃たれる。飛び道具や武器の一切を持たない「救済の先駆者」としては、カテゴリーエラーとしか言いようのない状況だ。

 距離があれば銃で撃たれても両腕でガードしていられるようだが、近い位置から銃口を向けられると大慌てで退散している。どうやら至近距離で撃たれたら、「救済の先駆者」といえどただでは済まないようだ。

 

「りゅ、龍太? アタシら助けに行けんの……?」

 

 震える細い指で俺の袖を捕まえ、矢村は今にも泣き出しそうな顔をする。俺だって、こんな状況で見てるだけなんて胃が痛いさ! けど――

 

「……ダメだ。俺が役に立てるなら、それは救芽井の着鎧が解けてからだ。それまで俺達は、何をするにせよ足を引っ張ることになっちまう」

「そんなっ……!」

 

 ――そう。俺が救芽井を救うには、まず「救済の先駆者」にならなくちゃいけない。けど、あいつの性格や前の別れ方からして、真正面から説得して「腕輪型着鎧装置」をくれる確率はゼロに等しい。だから今は時期を待つしか――

 

「きゃあああっ!?」

 

 ……!? なんだ!?

 俺は轟く悲鳴に反応して、俯きかけていた顔を上げて眼前の光景に目を見張る。

 

 「呪詛の伝導者」から黒い帯のようなものが飛び出し――瞬く間に救芽井に巻き付いてしまった。まるで、磁力か何かで引き付けてしまったかのように。

 彼女は両腕を封じられてしまい、豊かな胸だけが縛りから逃れるように浮き出ていた。

 

「な、なんだアレ!」

「救芽井、縛られとる……!?」

 

 俺と矢村が驚いている間に、古我知さんが身体を縛られ動けずにいる救芽井に近づいていく。ど、どうするつもりだ!?

 

「ソレは着鎧甲冑の強度を繊維に応用したゴム製だからね……簡単には外れないよ。これでわかっただろう? 技術はより強く、需要に応じたものが勝ち残り、需要に反するものは廃れていく。そしてどんな世の中であっても、兵器という概念は最高の需要となる」

「くぅっ……!」

「君達はそれを許さず、僕を阻んだ。しかし、現にこうして倒されている。どれほど君達の方に道理があるのだとしても、それでは何の意味も成せない」

 

 ……どういうことだ? あの人、動けなくなったところでとどめを刺しに行くのかと思えば――説得してる?

 

「僕は、そんなことがあってはならないと思う。君達一家が積み上げた力は、無に帰してはならないはずだ」

 

 まさか、この期に及んで話し合いで決着を付けるつもりなのか? ――彼の声色からは、威圧が感じられない。むしろ、手を差し延べているかのような。

 

「だからこそ、僕はこの『呪詛の伝導者』を作り上げた。世界が望む形で、君達の力を知らしめるために。それが着鎧甲冑の素晴らしさを世界中に伝える、一番の近道なのだから」

 

「――ふざけないでッ!」

 

 そこで響いてきたのは、一際大きい救芽井の叫び声。彼女は自らの声帯を潰すほどの声量で、反論の声を上げた。

 

「あなたのやってることは、ただの恩知らずよ! 人の夢を踏みにじり、全てを奪い、私達を排除しようとしている!」

「別に永遠に、というわけではないさ。僕が着鎧甲冑を世界に広める間、君達一家には大人しくしてもらいたい……というだけだ。それに――恩を忘れた覚えはない。僕は君のご両親に救われたが故、彼らのためにできることは何でもするつもりだ」

 

「それが――あれだと言うの!?」

 

 救芽井は縛り上げられた状態のまま、首の動きである方向を指す。

 ただの壁を指してるように見えるんだが……どういうこった?

 

 ここからじゃ、それがなんなのかはよくわからないし、何を喋ってるのかも聞こえないのだが……表情を見る限り、かなり深刻そうだ。

 

「お父様やお母様にあんなことをしておいて、よくも……!」

「まるで僕が殺してしまったかのような言い草だね……ただの冷凍保存だよ。メディックシステムの医療機能を改修し、人体をコールドスリープさせるカプセルに改造したってだけさ。あそこにいるご両親も、全てが片付けばじきに目覚める。彼らにとっての全てを忘れた上で、ね」

「なぜ、記憶を消すなんてっ……!」

「自分達が何をしていたか覚えていれば、悔いが残るだろう? 君達のような、科学者の集まりは特にね。このために電力確保用の強靭な発電機を用意して、かつ食費を『一日一個のカップ麺』まで絞りつくした僕の苦労も考えてもらいたいよ」

 

 ……何を話してるのかは知らないが、雰囲気でフィニッシュが近いような感じはしてる。

 情けは掛けていても、記憶を消すことにはためらいがないようだし――このままじゃあ、俺が出る前に救芽井が……!

 

「だから、もういいんだ。君達はなにもしなくていい。全て僕の手で――着鎧甲冑を形にするッ!」

 

 俺が「救済の先駆者」に着鎧するタイミングを見出だせないまま、ついに古我知さんが動きを見せた。

 彼は救芽井を縛る黒い帯を掴み上げると、彼女ごと思い切り投げ飛ばしてしまった!

 

「ああああっ!」

 

 悲痛な叫びと共に宙に投げ出された彼女は、成す術もなく壁にたたき付けられてしまう。

 

「……うおおおおおッ!」

「りゅ、龍太っ!?」

 

 俺は、もう限界だった。

 理屈じゃない。感情が、今の状況を見過ごすことを許さなかった。

 矢村の制止を聞き入れることもなく、俺は足にエンジンでも積んだかのような勢いで駆け出していた。

 

 ――そして彼女の身が、俯せに地に着いた頃には。

 「救済の先駆者」は、松霧町のスーパーヒロインは、ただの少女……救芽井樋稟の姿になっていた。

 着鎧が解けた今でも縛られている、彼女の目と鼻の先には「腕輪型着鎧装置」が転がっている。古我知さんは悠然と、それを拾い上げようとしていた。

 

「うっ……ぐ、ひうっ……!」

「あんなに気丈な君の泣き声なんて、滅多に聞けないね。でも、大丈夫。もうすぐ、全てを忘れられるからね」

 

 どうしようもない現実に心を締め付けられた救芽井は、地面に顔を押し付けてむせび泣く。そんな彼女を一瞥すると、古我知さんは拾った「腕輪型着鎧装置」をポケットに入れ――

 

「させるかァァァーッ!」

 

 文字通りのヘッドスライディングで。俺は古我知さんの手中にある「腕輪型着鎧装置」にダイブした。

 さすがに彼も救芽井のことで夢中になるあまり、俺の接近には気が付かなかったらしい。突然の事態を前に、状況が飲み込めずにいるようだった。

 俺は古我知さんの脇をすり抜けると、ゴロゴロベチャリ……という情けない効果音と共に転倒。それでも、奪い取った「腕輪型着鎧装置」だけはしっかりと握り締めていた。

 

「なっ……へ、変態君ッ!?」

 

 これ以上ないというくらい、救芽井は驚愕の表情で固まってしまう。こんな時でも変態扱い――安定の救芽井さんである。

 

「龍太〜! 大丈夫なん!? どっか痛くない!?」

 

 感情剥き出しの暴挙に走った俺を追って、矢村もこの場に追い付いてきた。無我夢中になったら、俺って矢村より速く走れるんだな……。

 

「や、矢村さんまで!? 二人とも、どうしてこんなところに!?」

「え? え〜っとぉ、それはやなぁ……りゅ、龍太。なんとか言ってや」

「ちょ、ここで俺に振るの? なんか古我知さんポカンとしてんだけど……」

 

 この雰囲気ぶち壊し上等な俺達の登場に、さすがの古我知さんも理解が付いていけてない様子。まぁ、当然の反応だよな。

 

 よし! ここは救芽井にも古我知さんにも、俺達が来た用件が一発で分かるように、ガツンと言ってやるか!

 

「……まー、要するにあれだ! 助太刀に来たってことでッ!」

 

 「腕輪型着鎧装置」を腕に巻き付け、俺は高らかに宣言する。ヒーローは遅れてやって来る……みたいなノリで。

 



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第33話 呼んでませんよ、一煉寺さん

 ……あーやべぇ。ぶっちゃけると超こえぇ。

 

 実戦は一応経験済みではあるけど、アレはあくまで人間相手。古我知さんもれっきとした人間ではあるけど、取り巻きの「解放の先導者」込みで相手するとなると……事情が変わってくる。

 

 俺、結局アイツらとまともにやり合えるくらいまで、訓練が進まないままここに来ちゃったわけでして。ある程度逃げ回ることはできるけど、救芽井みたいにガンガン攻め入るのは無理そうだなぁ。

 

 ――と来れば、狙うはやはり古我知さん一択かな。勝てるかどうかは別として!

 

「ちょ、ちょっと変態君! なに考えてるの!? あなたの力量じゃ『解放の先導者』も倒せないのに――私ですら歯が立たなかった『呪詛の伝導者』に勝てるわけないじゃない!」

 

 古我知さんにやられた黒い帯でぐるぐる巻にされたまま、救芽井は身をよじらせて俺に食ってかかる。活きのいいお魚だこと……。

 

「縛られてる格好でよく言うよ……無理でもなんでもやらないと、お前ら一家が全部なくしちまうんだろ!」

「だからって……なんであなたがっ!」

「お前の言う通りにしたって、勉強できる気がしないからだよッ!」

 

 今は彼女に付き合ってる場合じゃない。そういう心境が少なからずあったからか、俺の声色はちょっとばかり荒ぶっていた。

 救芽井はそんな返答に驚きを隠せないようだった。目を見開き、「えっ」という顔をしている。

 

「そ、そんなことのために、こんなところまで……!?」

「おうとも。『そんなこと』に大マジになって来たんだよ、俺達は」

 

 確かに、両親と共に描き続けてきた夢を背負っている救芽井から見れば、さぞかしチャチな動機に聞こえたことだろう。受験に専念できないってだけで、下手すりゃ当分の記憶(勉強の成果含む)を消し飛ばしかねない戦いにしゃしゃり出るなんて、天然記念物レベルのバカがすることだろう。

 その辺はそんなバカの俺にも、そこそこ察しがつく。それでも――俺個人にとっては、精一杯考えて決めた動機なんだ。

 どれだけバカにされたって、俺はここからやすやすと帰るつもりはない。

 

 俺は不安げな表情でこっちを見つめる、救芽井と矢村を交互に見遣ると、思わず頬を綻ばせてしまった。

 

「おいおい、まるで特攻隊の見送りだなぁ。やられちまうオチが大前提なのか?」

「決まってるでしょう!? あなたが立ち向かうには、彼らは、彼は、あまりにも強すぎる! それに、あなたには命を懸けるような戦いはしてほしくないの!」

「アタシは龍太のやること、信じとるよ。信じとるけど……怖いんやったら、いつでも止めてええんやで?」

 

 二人とも、あんまり俺を戦わせたくはないらしい。ここまで制止されると、自分がいかに信頼されてないかが身に染みてくるようで、悲しくなる……グスン。

 

 だが、どう思われていようと、俺はやるしかあるまい。ここまで滑り込んで来てしまった以上は。

 

「救芽井も矢村も、そこまで心配してくれてありがとうな。でも大丈夫、俺がなんとかしてやっから」

 

 それだけ言い捨てると、俺は二人の反応を見ることもなく――彼女らとの対話をシャットダウンするように古我知さんの前に立つ。

 相変わらず華奢な外見だが、コイツのヤバさと強さはもう何度も目の当たりにしてる。こんな状況で、ビビるなってのが無理な話だろう。

 それでも、前に進まなきゃ。前に進んで、コイツに勝たなきゃ。どんだけ足が震えても、奥歯ガタガタ鳴らしてもいいから、コイツにだけは勝たなきゃいけないんだ。

 

「……君、本当に戦うつもりなんだね? 僕と」

「ああ。腹を括る時間もなかったが――ま、ここまで来て『やっぱやめます』みたいなこと言える空気でもないだろ?」

「違いなさそう……だね。例え君がそう言ったとしても、僕は軽蔑しないけど」

「そのお気遣いといい、命は取らないように心掛けてる点といい、つくづくあんたは悪役には向かないな。――だからこそ、腹が立つ!」

 

 ……そう。それだけの良心があって、こんな面倒事をしでかしてるんだから。

 

 古我知さんには古我知さんの考えってもんがあって、それがあっての今がある。それくらいは大体わかる。それが、一理あるってところも。

 ソレが結果として、こんなことになっちまったってのが、俺から見れば何よりやるせない。「戦う」って方法でしか、彼らの対立が止まらないっていう現実が。

 

「そこまで言って引き下がらないというなら……もはや言葉は意味を成さないようだね。いいだろう」

 

 向こうも、そういう空気を読んでくれたらしいな。黒い「腕輪型着鎧装置」を装着する彼の眼差しは、敵を狙う鷹の色をたたえている。

 情を抑え、あくまで目の前のガキを外敵と認識しようとしている――「人間」の顔。そこに、千載一遇の勝機はある。

 

「ゴロマルさん、兄貴……これでダメだったらごめんな!」

 

 あとは、俺次第だ。

 右手首に装着した翡翠色の「腕輪型着鎧装置」を翳し、俺は見様見真似の変身ポーズを決める。

 両親の夢を一身に背負い、たった独りで「技術の解放を望む者達」と戦い続け、この町を守り抜いてきたスーパーヒロイン――救芽井樋稟の願いを、継ぐために。

 

「着鎧――甲冑ッ!」

 

 刹那、俺と古我知さんは同時に全く同じ名を叫ぶ。この身が光と鎧に包まれていくのは、その直後であった。

 

 特別な資格も、力もなく。

 ただ偶然居合わせたってだけだけど。

 そんな俺しか、この場にいないなら。

 

 今、この場所にいる俺が、戦う。

 呼ばれざるヒーロー、一煉寺龍太として。

 

「『着鎧甲冑ヒルフェマン』――見参ッ!」

 



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第34話 やられたら、やり返す

 おーし、カッコよく名乗ったからにはやるしかないな!

 勝算はあるにはあるけど、それに実効性があるかはこれからに掛かって来る。まずは、試しにこっちから仕掛けてみるか……!

 

 俺は腰を落とし、中段構えの姿勢で「呪詛の伝導者」に狙いを付ける。拳の先を相手に向け、利き腕のある右半身を前面に出す。そうしておくことで、スムーズに攻撃に移れるようになるという、「少林寺拳法」におけるスタンダードな構えだ。

 昼間の強盗との戦いで、「救済の先駆者」になれば「普通の護身術程度の拳法」でも相当な威力を発揮できることがわかった。俺がこの力を戦いに応用するなら、「対『解放の先導者』用格闘術」より手慣れてる、こっちのやり方で立ち向かった方がマシだろう。

 

 俺はすり足で確実に距離を詰めるべく、構えを崩さないようにジリジリと近づいていく。

 

「……あの時の、構えだね。お兄さんに教わったのかな」

「ご名答! 兄貴までとは行かないが、簡単にはやられないぜ」

 

 やっぱり、強盗の一件での戦いは向こうに筒抜けだったらしい。俺のこの構え、既に周知のことだったか。

 

 なら違う構えで意表を突くか――と、中段構えを解いた瞬間。

 

「そうか。じゃあ、精一杯立ち向かって見せてくれ」

 

 何の躊躇もなしに――腰からピストルを抜いた。

 そして、その真っ黒な銃身を目の当たりにして固まる俺に向け、迷わず発砲!

 

「どわあああッ!?」

 

 思わず瞬時に横に飛び、積み上げられていたドラム缶の山に身を隠した。おいおいおい! 飛び道具なんてアリですか〜!?

 

「慌てなくても着鎧甲冑なら、この距離から一発当たったくらいで命に関わるようなケガはしないだろうに。全く、騒がしい子だ」

 

 ちっくしょう! 向こうは戦闘用、こっちは救命用。そんな用途の違いが、こんなのっけから出てくるなんて!

 確かに向こうはこっちと違い、バリバリの戦闘兵器。ピストルの一丁くらい持ち歩いてなきゃ、逆に不自然なくらいの相手なんだ。

 「救済の先駆者」が非戦闘用である以上、ああいう飛び道具の類は一切持てない。この身体能力だけが、唯一アイツに対抗できる「武器」なんだ。

 

「変態君、ダメよ! 逃げて!」

 

 矢村におぶられる形で、戦場から離されていた救芽井が悲痛に叫ぶ。あんのバカ、まだあんなコト言ってやがる。

 

「お前独りでどうにかなるわけじゃなかったんだろ!? こうなった以上、一人やられるも二人やられるも一緒さ!」

「でもっ――!」

「でももデーモンもないの! 矢村、救芽井のこと頼むぞ!」

「う、うんっ……!」

 

 とにかく、まずは救芽井と矢村を助けることを最優先にしないと。俺は脱兎の如く駆け出し、「呪詛の伝導者」や周りで様子を伺っている「解放の先導者」の注目を集中させる。

 

「そんなゴテゴテしたもんぶら下げてたら、動きづらくてしょうがないだろう! 速さならこっちが上だ、照準付けられるかやってみなー!」

 

 ちなみにコレは、ゴロマルさんの弁だ。「呪詛の伝導者」は「救済の先駆者」にない武装を持っているが、それ故に機動力がオリジナルよりも低下している……んだと。要は、武器引っ提げてるせいで動きが鈍くなってるんだそうだ。

 

 そういうことなら、全力で走ればこっちの方が速い。背後を取れれば、ピストルに怯える心配はなくなるはずだ!

 俺はしばらく「呪詛の伝導者」の周りをぐるぐる走り回り、彼の左半身の部分を狙うことに決めた。

 ピストルを握っているのは右手――つまり、得物を持っていない側から仕掛ければ、ソレを向けられる前に一撃を加えられる。そういう理由だ。

 

「――よし、もらったァッ!」

 

 遠心力に引っ張られていた身体をふん縛り、俺は地を思い切り蹴飛ばす。狙うは、古我知さんの左三日月!

 向こうもこっちに反応して来たが、ピストルの手は動いてない! コレは行けるッ!

 俺は左腰に左腕の肘を当て、反動のようにその腰を思い切り回転させる。そこから生まれる衝撃に打ち出さた拳が、古我知さんの急所を捉えた――

 

「残念。ピストルだけが飛び道具だと思った?」

 

 ――時だった。

 不可解な彼の発言と共に、視界が真っ赤な炎に覆われたのは。

 

「ぐわああああっ!?」

 

 熱い。体中が、焼けるように熱い! ――いや、本当に焼けてる?

 着鎧甲冑越しでも強烈に感じられる、肌はおろか肉や骨までも焼き尽くしてしまうような――激しい熱。

 俺は熱から生まれる痛みに呻き、せめてもの意地で「倒れはしまい」とその場にうずくまる。後ろの方からは、二人の少女による悲鳴が上がっていた。

 

 痛みはそれだけには留まらない。

 腰に忍ばせていた一振りの剣を引き抜き、「呪詛の伝導者」は俺目掛けて容赦なくそれを振るった。

 

「ぐ――あぐぁッ!」

 

 俺の痛みを象徴するかのように、「救済の先駆者」のボディから鮮血の如く火花が飛び散っているのがわかる。立ち上がろうとしていた俺は、その無情な連続攻撃にたまらず膝を着いてしまった。

 

「君がいけなかったんだよ――君がッ!」

 

 心なしか、僅かに震えたような声で……古我知さんは吠える。そして、俺を蹴り飛ばす。

 俺はサッカーボールのように少しばかり転がされ、その勢いが止んだ途端に身を起こした。完全に立ち上がるにはちと時間が掛かりそうだが、顔を上げるくらいなら……なんとか大丈夫そうだ。

 

「『救済の先駆者』における、酸素供給システム――その中枢を担うマスクの唇型だが、この『呪詛の伝導者』は少しばかりアレンジされていてね。酸素と言わず――炎を出すんだ」

「口から火炎放射かよ……! 寒い冬には、ありがたすぎるプレゼントだな……」

 

 人を救うために作られた機能から、こんなドギツい代物に仕立てあげられちまうとはな。こんなもん、人間に使ったら骨も残らねぇだろ!

 

「さて――君がどういう意図で僕に挑んだのかは知らないが……まずは、その勇敢な瞳を閉ざさせてもらおう」

「そ、そんなっ……! 変態君、逃げてぇっ!」

 

 少しずつ身を起こし始めていた俺に追い討ちを掛けようと、古我知さんがズンズンと迫って来る。開始三分でチェックメイトってか……!?

 

「……あ、アヅッ……!」

 

 とっさに頭を庇った腕を火傷したらしく、立ち上がろうと地面に押し付けた両手に鋭い痛みが走る。あーくそ、しょっぱなからキツいなコレは……。

 

 やっと両足の筋力を杖に立ち上がると、既に「呪詛の伝導者」の姿が眼前に迫っていた。端から見れば、絵に描いたような「絶体絶命」ってとこだろう。

 

「君の頑張り――短いものだったけど、覚えておくよ!」

 

 俺にとどめを刺さんと、古我知さんはさっき俺を散々痛め付けた剣を振りかざす。年貢の納め時――ってことになるのかな?

 

 だが、彼の動きには迷いが見えた。

 勢いで殺してしまうのではないか、という迷いが。

 

 兵器を作り出した者としての、その矛盾した感情が現れると共に、俺に反撃の機会が訪れたのだった。

 

「……ぉああああッ!」

 

 気力だけを頼りに、俺は慣れた姿勢からの蹴り上げを放つ。腰を落とし、軸足を踏み込み、蹴り足を水月(要するにみぞおち)に向けて振り上げる。

 振り子のように弧を描いて突き刺さった蹴りは、一瞬にして古我知さんの肺から空気を奪い去った。

 

「ぐっ……はッ!」

「え……うそ……!?」

 

 予期せぬ反撃に、思わず彼は膝をつく。救芽井も俺の攻撃が効果を発揮していることに、驚愕を隠せずにいた。

 

 「この瞬間」こそが、俺の勝機。

 ゴロマルさんと兄貴から教わり、信じると決めた俺だけの戦法。そして救芽井になく、俺にあるもので立ち向かう手段。

 それは相手の攻撃を誘い、「立派な急所」を持つ「生身の人間」である古我知さんの隙を突くというものだった。「守主攻従」の原則に従う、「少林寺拳法」をもってして。

 

 胸の辺りを抑えつつ、全く予期していなかった苦しみに喘ぐ古我知さんを、俺は一瞥する。

 そして、精一杯の虚勢を張った。彼を、俺の唯一無二の策に引きずり込むために。

 

「――どうせ短いんだ。せっかくなら、一秒でも長く焼き付けて貰わないとな?」

 



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第35話 一時間前の特訓

 ちょっとばかり遡ること、約一時間前。

 救芽井家の地下室にいた兄貴と出くわし、俺も矢村も開いた口が塞がらずにいた。

 

「な、な……っ!」

「どうしたよ? スゴイ顔になってんぞ。まぁ、ここのこと知った時の俺ほどじゃないけどさ」

「え、えええええッ!? なんで龍太のお兄さんがここにおるん!?」

 

 「解放の先導者」の残骸が火花をバチバチと散らし、その生涯(?)を閉じている――兄貴が壊した? まさかそんな……。

 

「これこそ、お前さんが剣一に勝てるただ一つの可能性。少林寺拳法のテクニックに託されることになるじゃろうな」

 

 ゴロマルさんの、いつになく真剣な声。……えーと、つまり俺が古我知さんに勝つには――少林寺拳法で戦うしかないってことなのか?

 

 ……な、ナンダッテー!

 

「む、無茶言うんじゃないよゴロマルさん! 少林寺拳法の技に則って急所打ちしても、『解放の先導者』にもてんで通用しなかったんだぞ!? ましてや、ボス格の『呪詛の伝導者』に勝てるわけ……!」

 

 あの機械人形共をバッタバッタと薙ぎ倒していた救芽井でさえ、古我知さんの着鎧する「呪詛の伝導者」には敵わなかった。

 そんなモンスターに対抗できる勝算が、既に「解放の先導者」に破られた俺の少林寺拳法――だなんて、無茶振りもいいとこじゃないか。

 ――え? なに? もしかしたらここの「解放の先導者」を壊したのは兄貴で、「兄貴が素手で勝つくらいなんだから、弟子同然のお前でも勝てるでしょ」みたいな発想か? そんな発想あってたまるか!

 

「お前さんの名前を聞いた後に、実際に戦うところを見たとき……『なにかある』とは思っておったんじゃよ。まさか道院長の弟君だとは予想外だったがの」

 

「――は?」

 

 ……なに、言ってんの? このじーさん。

 道院長の弟君? 俺が?

 

 てことは――兄貴が道院長ッ!?

 

「……ん〜、あんまりベラベラ喋ると周り面倒になって、お前に構っていられる時間が少なくなりそうだから嫌だったんだけどな。お前の一大事とあっちゃ、そんなことは言ってられないか」

「『周りが面倒』って……つーか、道院長ってどういうことなんだよ!?」

 

「お前さんが通っていたという道院――『一煉寺道院』とやらを創設したのが、お兄さん、ということらしいぞい。『一煉寺』といえば、かつて裏社会に潜む悪を震撼させた、鉄をも砕くと言われる少林寺拳法の一族。わしも聞きかじったその話を思い出したときは、ゾクッとしたもんじゃ」

「正確には、俺と親父が二人三脚で造ったんだけどな。親父がもうトシだってんで、俺が事実上の道院長ってわけ。……『破邪の拳』。それが、俺達の目指す拳法だったからな」

 

 ――まるでいたずらを白状する子供のような感覚で、このお二方はとんでもねーことをカミングアウトしやがる。矢村は驚きと羨望の眼差しを、俺と兄貴に交互に向けていた。あのね矢村さん、スゴイのは兄貴だからね? 俺関係ないからね?

 つーかなんだよ……なんでそんな重大な話、俺に隠してたんだ!? ――あ、俺に絡めなくなるからってさっき言ってたっけ。この鬱陶しいブラコンめ、貴様が姉だったら最高のシチュエーションだったのに……。

 

 ……いや、今大事なのはそこじゃない。最近いろいろと非常識なことが頻発してるせいで、感覚が麻痺してるとしか思えないが――今さら、兄貴の衝撃的正体にビビってなんかいられない。

 問題なのは、俺が兄貴から教わった少林寺拳法を使えば「呪詛の伝導者」に勝てるという、ゴロマルさんの根拠だ。

 

「お前さんのお兄さん――龍亮君の実力は、この現場が証明しておる。彼は人間の急所を持っていない『解放の先導者』を、着鎧甲冑すら使わずに『素手で』仕留めてしもうた。それだけの達人に手ほどきを受けたお前さんが、『救済の先駆者』となってその拳を振るうなら――なにかが起きるとは考えられんかね?」

「お、俺はそんなっ……!」

「古我知さんのことは俺もショックだったが……お前が自分や大事な友達を守りたいってんなら、俺が教えた拳法は役に立つだろう。その技で、彼を止めてくれるんなら――俺としても本望さ。お前はパワーこそ足りないが、急所を狙う突き蹴りの精度はピカイチだったし」

 

 兄貴もゴロマルも、無理難題を言ってくれる。兄貴がそんなに強かったからって、俺もそんなに強いとは限らない。事実、「解放の先導者」には手も足も出なかったんだ。

 

「お前さんの拳法が『解放の先導者』に通じなかったのは、連中のボディに人体の急所がなかったからじゃろう? それに対して『呪詛の伝導者』は、いかに強靭な着鎧甲冑といえども中身は生粋の『人間』。余計な武装を持たない分、運動性に秀でている『救済の先駆者』のスーツで、『人体の急所』を突く少林寺拳法を使えば――」

「俺のかわいい弟が、晴れて松霧町のスーパーヒーロー……ってワケだ。古我知さん、結構いい人だったからなぁ。なんとか悪いことする前に、止めてもらわないと」

「……そんな力が、俺にあるってのかよ? だって、俺はっ……!」

 

 ――俺は、ただのガキだ。

 兄貴みたいに強いわけがないし、古我知さんに敵うわけがない。

 

 ……そうだ、兄貴に行ってもらおう。「解放の先導者」を素手で叩き壊すような鉄人が「救済の先駆者」になれば、「呪詛の伝導者」なんてけちょんけちょんだろう。

 強盗の時は――たまたま俺しかいなかった、ってだけだ。代わりがきくなら、代わった方がいいに決まってる。それが兄貴なら、なおさらじゃないか!

 

「樋稟は、『お前さん』の助けを待っておる。言ったじゃろう? あの娘は本当は、『お姫様』になりたかったんじゃと」

 

 ――そんな俺の情けない逃げ道は、ゴロマルさんの核心を突いた一言に、あっさりと封じられてしまった。

 救芽井は、この町のスーパーヒロインと持て囃されていながら、実際は「王子様」に救われる「お姫様」になりたがっていた。それは、短い時間ながらも彼女と過ごした俺には、十分過ぎるほど伝わっている。

 「普通の女の子」としては、きっと当たり前の……「お姫様願望」。その気持ちが現れている顔は、「訓練や戦いがどうとか」みたいな「理屈」なんてなかった。

 そんな彼女が、俺に助けを求めている――か。どうやら、運命の神様はとことんシチュエーションというモノにこだわるらしい。

 

「樋稟ちゃんはさ。俺じゃなくてお前に助けてほしいんだよ、きっと。理屈じゃなくてさ」

「……理屈、か」

 

 俺の胸中を何となく察したのだろう。兄貴は、見透かしたような口調で俺の肩に手を置き、優しく諭すように語り掛けてくる。

 理論や効率なんて関係ない、彼女自身の気持ち――か。なんでまた、俺みたいな冴えないヤツに助けを乞うのかね……「お姫様」ってのは、とんでもない物好きらしい。

 

「りゅ、龍太っ!」

「ん?」

「龍太。アタシ、救芽井のことでずっと迷ってばっかりやったけど……救芽井ん家やお兄さんがこんなに頑張っとるんやったら、もうウジウジすんのは――やめたい。アタシ、龍太のやること、信じるけん!」

 

 矢村まで、俺の背中を押すようなことを言う。おいおい、お前みたいな娘にそんなこと言われちまったら――

 

「――血ヘド吐く気でやるしか、なくなっちまうだろーが……」

 

 目の前に突き出された「勝機」を前に、俺は両手の拳を握り締める。ゴロマルさんも、兄貴も、矢村も、救芽井のために俺を信じようとしている。

 ――俺も、救芽井を助けたい。出来るもんなら。

 

 そして、そのための手段があると言われたら……縋れずにいられるか?

 

「……頼む、兄貴。最後に少しの間でも、俺に稽古を付けてくれ!」

 

 俺は――無理だ。

 



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第36話 暗いのも怖いのも、大嫌い

 ……まーそんな感じで、俺は古我知さんに対抗するための特訓を、短時間で済ましていた。特訓と言っても、実戦で少林寺拳法を使えるようにしておくための「肩慣らし」のようなものだったんだけどな。

 

「こ、こんな戦法、データには――くそォッ!」

「――そこだァッ!」

 

 向こうは少林寺拳法のことは多少知っているようであったが、詳しい技の概要にはさして詳しくないらしい。自分がこさえた情報にない戦い方をされ、明らかに動きが動揺から鈍って来ている。

 周りの「解放の先導者」は、主人が焦っているにもかかわらず、加勢もせずにガン見しているだけ。こっちの隙を伺ってるみたいだな……。

 やがて古我知さんは、剣もピストルも火炎放射も使わない、純粋な脚力に任せた回し蹴りを放ってくる。しかしそれは、俺の目で見るならどうしようもなくド素人なキックだった。

 まぁ、当たり前だよな。彼は俺や救芽井のように、格闘技の心得があるわけじゃない。「呪詛の伝導者」のボディの下には、細くなよなよしい身体が隠されているってわけだ。

 

 古我知さんはなんとか流れを変えたいと思っているのか、右足で破れかぶれな回し蹴りを繰り出す。その瞬間、俺は振り子の如く曲線を描く彼の脚に、胸を向けるように身体を左に捻る。

 そして、右足を前にした構えで、すり足をしながら素早く前進し――古我知さんの蹴りが俺を打ち抜くより先に、彼の懐に入り込む。

 

「え!?」

 

 間髪入れずに、伸びきった彼の蹴り足を左腕で掬い上げるように挟み、同時に古我知さんの首筋に当たる部分に手刀を入れて牽制。

 

「はあァッ!」

 

 そして、蹴り足を持ち上げられた瞬間にチョップを入れられ、完全に体勢を崩されてしまった彼を――力の限り押し倒す。

 

 普通なら後ろに転ぶくらいで済むが、これは着鎧甲冑同士の戦い。

 

「うわああぁ〜ッ!」

 

 その程度で終わるはずもなく……少林寺拳法の技「すくい投げ」を受けた「呪詛の伝導者」は、大砲で打ち出されたかのように吹っ飛ばされてしまった。

 そして、錆びた張りぼての壁を突き破って奥のフロアへ転がって行く。吹っ飛びすぎだろ常識的に考えて……。

 

「す、すごい……やっぱ龍太はかっこええなぁ……!」

「へ、変態君……!? あなたは一体……」

 

 さすがにここまで抵抗するとは予想していなかったのか、矢村も救芽井もかなりたまげている様子だ。元々役立たずだったのは確かだけど、そこまで露骨に驚かれるとちょっと凹む……。

 

「前に言ったろ。『正義の味方』だってさ!」

 

 しかし、しょげてる場合ではない。少林寺拳法の「守主攻従」に基づいたカウンター戦法――と言っても、丸腰には変わりないのだ。

 さっさと距離を詰めて接近戦に持ち込まないと、蜂の巣にされかねない。

 俺は彼女達の方を見る時間さえ惜しみ、背中越しにちょっとカッコつけた台詞だけを残すと、そそくさと薄暗い奥へと前進していく。

 

 ……ひぃ〜怖い怖い! 俺、こういうホラー染みた暗い部屋大ッ嫌い! 早く終わらせて帰りてぇぇ!

 はっ! いやいや、今はビビってる暇なんてないぞ一煉寺龍太よ! 急いで古我知さんを探さないと――ん?

 

「なんか聞こえる……機械の音?」

 

 暗くてよくわからないが、ゴウンゴウンという何かの機械らしき作動音が響いている。ここって廃工場だよな?

 もしかして古我知さんが居座っていたことに関係があるのか……? 俺はひとまず古我知さん追撃を頭から離し、音の出所を追ってみることにした。どうせこんなに暗かったらそうそう見つかるわけないしね。

 

 作動音の出ている場所は、かなり近い場所にあるらしい。元々音だけはよく聞こえていた上に、それを辿っていくとみるみる音量がデカくなっているのがわかる。

 やがて、音の正体がうっすらと見えてきて――

 

「イテッ! ――って、何じゃこりゃあァァァ!?」

 

 ――俺が何かに躓いた瞬間、それはあらわになった。

 

 コンビニに置いてあるような印刷機……のようなフォルムを持つ、赤黒く塗られた奇妙な機械。しかも、大きさはソレの数倍はある。

 加えて、印刷機で言うところの「排紙部」に当たる部分は大きな穴があり、そこから短めのベルトコンベアーが伸びていた。

 

 何より問題なのは、そこから出てきているのが――

 

「『解放の先導者』……!?」

 

 動き出してこそいないが、それはそれで不気味で仕方がない。よくわからないが、これが救芽井が言っていた「『解放の先導者』の『プラント』」ってヤツなんだろう。

 これさえなんとかすれば、「解放の先導者」を止められるかも知れない! ……でも、どうやって?

 

 俺が考えあぐねていると――またコツン、と俺の足に何かが当たっている感触があった。

 ……そういえば、このプラントを見つけた時にも何かに躓いたよな。一体何に引っ掛かったんだ?

 ふと気になって、視線を落とした俺は――固まってしまった。

 

 メディックカプセルに酷似した、黄緑色の二つの棺桶。そこには、眠りについている二人の男女の姿があったからだ。

 

「だ、誰だこの人達……!?」

 

 町で見掛けるような人間には見えない。なんというか、どちらも気品の高そうな人に見える。

 男の方は、四十代くらいの渋くてカッコイイおじ様……みたいな感じだ。茶色の髪や髭、色白気味な肌から見るに……外国人? ガタイもよく、百八十センチくらいの身長はありそうだ。

 かたや女の人は――二十代だろうか? フワフワとしたウェーブの金髪で、肌は男の方よりさらに白い。均整の取れたプロポーションに、よく見ないと色が識別できないくらいに薄い、桜色の唇。この口元、どっかで見たような……?

 いやそれより、何なんだこの二人? こんなヘンテコなカプセルに入れられて、プリンターみたいなプラントの隣で眠らされて。

 しかも、二人とも白衣の格好と着た。医者でもやってたのかな? それとも科学者?

 

 ――ん? 科学者……って、まさかッ!?

 

 俺の脳みそがある仮定に達しようとした、その時。

 

「ぐうッ!?」

 

 上半身を締め付けられるような圧迫感を感じ、俺は肺の奥から息を吐き出さされた。な、何なんだよ次から次へとッ!

 慌てて胸の辺りを見遣ると……あら不思議。あの黒い帯が巻き付いていらっしゃる。しかも両腕も巻き付けられているせいで、うまく身動きが取れない!

 

 それだけでは終わらず、今度はベルトコンベアーで排出されたままだった「解放の先導者」が、不気味な機械音を立てて動き出してきた! 挙げ句の果てには、俺と古我知さんを取り囲んでいた連中までもがなだれ込んで来たし……こりゃあ、絶体絶命ってヤツなのかなぁ?

 

 俺が身をよじらせていると、黒い帯が巻き付いている部分から伸びた先に――人影が見えてきた。

 

「知ってしまったみたいだねぇ……いろいろと」

 言うまでもなく――それは古我知さんが纏う、「呪詛の伝導者」の姿だった。

 



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第37話 ヒーローにピンチは付き物

「くそっ! どういうことなんだよ、コレはッ!」

 

 俺は黒い帯で締め付けてくる古我知さんに向かい、精一杯の虚勢を張って怒鳴り付ける。そんなことをしても向こうは涼しい顔をしているだけで、のれんに腕押しに終わっているのだが。

 そうこうしているうちにも、俺は縛られた格好のまま「解放の先導者」達に取り囲まれていってしまう。そして彼らに連行されるように、俺は機械人形共の輪に放り込まれた。

 マズイな……こんな状態じゃ「待ち蹴」くらいしか出来そうにないぞ。そもそも、反撃出来るような状況にも見えないけどさ。

 

「察しの通り、それが『解放の先導者』を製造する『プラント』だ。この町に持ち込めるようにと小型化したせいで、量産能率の方は思わしくないんだけどね」

 

 古我知さんは「解放の先導者」に道を開けさせると、俺の前に進み出る。

 ……やっぱり、そういうことだったんだな。俺を「プラント」の場所から引き離したのも、大事な発生源を守るためだったのか。

 

「『呪詛の伝導者』や『解放の先導者』を作り、樋稟ちゃんのご両親をさらって日本に逃亡した後……。僕はやがて追ってくるであろう彼女を迅速に迎え撃つために、早急に最寄りの町へ根を下ろす必要があった」

「それが松霧町……か」

 

 一瞬「プラント」の辺りに見えた人影が気になったが、今はそれどころじゃない。俺はハラワタがにえくり返るような気持ちで、古我知さんにガンを飛ばす。

 

「ご名答。――特にこの廃工場は、施設として使われなくなったとは言っても……機能事態は生きてる部分が僅かにあったからね。小型化した『プラント』を生きてる工場機能につなぎ止め、『解放の先導者』を生産できる体制を作ったってわけ」

 

 手品の種を明かすように、得意げな口調で彼は語る。これが「技術の解放を望む者達」の全貌ってわけか……!

 

 そこで、俺は黒い帯に縛られる前に感じていた、一つの仮定を思い出す。

 

「救芽井の両親をさらって……じゃあやっぱり、ここで寝てる二人は!」

「よく気付いたね。君は勉強が出来ないとお兄さんから聞いていたが……なかなか頭自体は回るようじゃないか」

「やってくれたもんだな……! あのカプセルは何だ! 救芽井の親御さんに何をしたんだ!」

「メデックシステムのカプセルを冷凍保存用に改修したものさ。アレの設計図は救芽井家の研究所に置いてあったからね。自分で手心を加えることくらい、なんてことないさ」

 

 ……着鎧甲冑のためだろうが何だろうが、こんなの度が過ぎてる。救芽井の両親をこんなへんちくりんな棺桶にぶち込みやがって!

 

「別にこれといった危害は加えていないさ。ただ、あまりにも強情な上にやたらと暴れるものだから、少しの間だけ眠って頂いているだけだ」

「目は、ちゃんと覚めるんだろうな……!?」

「彼らを催眠から解放すると言うのなら、稟吾郎丸さんや樋稟ちゃんに頼むといい。もっとも――それを『僕ら』が見過ごすはずもないけどねッ!」

 

 どうやら、向こうは容赦を捨てる覚悟らしい。俺を完全包囲した上で、『呪詛の伝導者』を筆頭に全ての『解放の先導者』が銃口を向けてきた。

 こんなドーナツ状に囲んだ状態から発砲なんてしたら、相打ちくらい起こりそうなもんだが……連中にためらいの気配はない。機械なんだからためらう方が不思議だけど。

 「解放の先導者」だけがそうであるならまだしも、一応は中身が人間である「呪詛の伝導者」までもがピストルを向けている。自分は撃たれても平気だと踏んでるのか、それとも撃たれてでも俺を「討つ」つもりなのか……。

 いずれにしろ、俺がピンチなのには変わりない。とうとう年貢の納め時……かなぁ?

 

「君の――君達の健闘は、よく覚えておくよ。『呪詛の伝導者』の売り込み先に宣伝しておきたいくらいだ」

「そんなもんどーだっていいんで、助けてください……とか言っちゃダメか?」

「悪の組織と戦う正義の味方が、それを口にしたらおしまいだろう? 却下だ」

「……ま、そうだろな。マジで言う気もさらさらねーし」

 

 ヒーローというモノほど、実現するには程遠い仕事はないらしい。下手すりゃ、増えすぎた人口を宇宙に移民させる方が簡単なのかもな。

 漫画やラノベのような、カッコよくみんなを助けるヒーローになるってのは……俺にはキツかったのかね。変態呼ばわりの汚名くらい、返上したかったなぁ……。

 ――悪いな、兄貴。ちょっと、ゲームオーバーみたいだわ。

 

「よく言ったね。じゃあ――さよならだ! 撃てえぇーッ!」

 

 「呪詛の伝導者」の手中にあるピストルが火を噴き、俺の眉間に命中する。

 

「ぐぅぅッ……!」

 

 割と距離があったおかげで、脳は着鎧甲冑の装甲が守ってくれたが――強いショックを受けたせいか、体が思うように動かない。脳みそに弾丸撃ち込まれたんだ。衝撃の影響がないはずがない。

 それに加え、今度は「解放の先導者」の一斉砲火が来るわけか……さすがにコレには耐えられないんだろうなぁ。

 きっとこの後、俺はダメージを受けすぎたせいで着鎧を解除され、気がついた頃には全てを忘れているんだろう。恐らく、救芽井や矢村も。……ひょっとしたら、兄貴までも?

 

 ……あぁ、やっちまったなぁ。

 安易に深追いするんじゃ、なかった……。

 

 俺はこのあとに襲って来るであろう激痛と気絶に備え、ギュッと目を閉じた。

 



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第38話 死亡フラグを立てた覚えはない

 ――んん? これは……どうしたことだ?

 

 何も起こらないばかりか、銃声も聞こえない。もっと言うなら、気絶どころか痛みすらない。

 予想されていた展開としては、次の瞬間に俺は蜂の巣にされていたはずであって。こんな落ち葉が漂いそうな静寂が来るはずはない……と思っていたのだが。

 

「おい、どうした!? なぜ撃たない!? なぜ命令に従わないッ!?」

 

 聞こえてきたのは、これ以上ないくらい取り乱している古我知さんの声。言っている内容からして、一瞬止めてからの時間差射撃……ってわけでもなさそうだな。

 なんにせよ、まだ撃たれないということなら状況が気になる。俺は恐る恐る瞼を開き、眼前に広がる戦場を確認した。

 

 そして、俺は奇妙な光景に眉をひそめた。

 「解放の先導者」は相変わらず俺に機銃を向けたままだが――固まっている。ちょっとでも動き出したら響いて来る、あのやかましい機械音が不気味なくらいに出てこないのだ。

 関節の一つでも動かしているなら、何かしらの音は必ず出るはず。それがない、ということは――完全に停止してる? こんなに向こうにとっては美味しい状況なのに?

 不審に感じた俺は、うろたえている古我知さんを放置して「解放の先導者」のうち一体に歩み寄る。そして、足の裏で胸の辺りをグイッと押し込んでみた。

 

 ――案の定、ガシャンと音を立てて倒れてしまった。受け身も取らず、脳天からガツンと。

 しかも、起き上がって来る気配が感じられない。周りの機械人形共も同胞がやられたっていうのに、ピクリとも反応を示さなかった。

 ……油断を誘ってるわけじゃ、ない? こいつら、本当に機能が停止してるのか?

 だとしたら、一体どうして――

 

「やったぁ! 止まった、止まったで救芽井ッ!」

「シ、シッ! 矢村さん声が大きいってばぁ!」

 

 ――まさか!?

 

 全ての動きが沈黙した戦場の中で、ただ二人だけ動ける権利を与えられているらしい……俺と古我知さん。その俺達がさっきの声を聞き逃すはずがなく、両者一斉にその声がした方角へ首を向けた。

 

 そこでは、ほんの数秒前までは全く予測できなかった事態が起きているようだった。

 あの「プラント」の傍に立ち、何かいじりまくっている様子の矢村。そして、縛られたまま彼女に付き添っている救芽井。

 

「も、もうっ! 今の私たちが捕まったらどうしようもないっていうのに、何叫んでるの!」

「ご、ごめん! だって、救芽井やってオトンやオカンが捕まっとるん見て、めっちゃ叫びそうやったし……」

「そそ、それとコレとは別よっ!」

 

 な、なんで彼女達までこんなところに……!? もしかして、「解放の先導者」が止まったのって……!

 

「龍太! アンタの苦手な機械人形は全部止めてやったで! 思いっ切り反撃しいやっ!」

「も、もぅ矢村さんったら! どうせバレるからって騒ぎすぎっ!」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら出てきた二人の姿に、俺も古我知さんも目を丸くした。

 

「なっ、なんでお前らがここに……!?」

「ぐ……そ、そういうことだったのかッ!」

 

 「呪詛の伝導者」の黒い拳が、悔しげに震えている。え? なに? 状況が見えてないのって俺だけなの?

 

「話は矢村さんから聞いたわ。確かにあなたの拳法なら、『もしかして』ってこともあるかも知れない。だけど、『解放の先導者』には勝てないっていうウィークポイントは変わらないでしょう? だから私が案内して、矢村さんに『解放の先導者』を停止させて貰ったの!」

 

 すると、ただ一人理解が追いついていない俺を哀れんでか、救芽井が事情を説明してくれた。なるほど、確かに「解放の先導者」に敵わないのは事実だ。

 

「『プラント』は『解放の先導者』を生産する巣であると同時に、自律機能を安定させる補助装置でもあるの。そのシステムをこっちの操作で止めたから、『解放の先導者』達は『同士討ちを避けることを優先する』ような誤作動を起こして、自ら機能を停止させてしまったのよ」

「救芽井がそのやり方を教えてくれたんや。アタシ、どうしても龍太の役に立ちたかったけん……」

「……よくわからんが、要するに『解放の先導者』達の頭がおかしくなったってワケか? そんなことよくわかったなぁ」

「あなたと戦わせていた『解放の先導者』の鹵獲体があったでしょう? アレを解析していて、『解放の先導者』単体の人工知能だけで、あれ程の自律機能を維持するのは不可能だっていうことがわかったの。だとすると、考えられるのは補助装置の存在。そんなシステムを積んだ機械があるとするなら……」

「……逃亡中の古我知さんに、そんな大荷物を抱えていられる余裕はない。あるとするなら、それは『解放の先導者』を生産する『プラント』に機能として搭載するしかない――ってか?」

 

 思いつきで口にした俺の言葉に、救芽井は強く頷く。マジかよ、ほとんどあてずっぽうだったのに……。

 

 とにかく、これで後は問答無用で古我知さんをブッ潰せるわけだな。天敵だった「解放の先導者」はもう止まったことだし、これからガンガン反撃して――

 

 ――あ、俺縛られたままだっけ。

 

「くっ……まだだ! まだ『技術の解放を望む者達』には僕がいる! この『呪詛の伝導者』こと、古我知剣一がァァァッ!」

 

 黒い帯で緊縛プレイ中の俺に、古我知さんは容赦ゼロで切り掛かって来る! おいおい、ちょっとは子供に優しく――!

 

「うひょおっ!?」

 

 俺は地面の上を転がることで間一髪身をかわし、銀色に閃く剣をやり過ごす。かすった感じはしたが、どこにも痛みはない。

 あ、危ねぇ……! 足が縛られてなくってホントに助かったわ。「回避」と称した「逃亡」ばっかりだった訓練の賜物だな、こりゃあ。

 なんとか膝を立てて起き上がると、俺は中段構えの体勢で「呪詛の伝導者」と対峙する。

 

「今度は外さない! 次の一太刀で終わりだよ龍太君……!」

「野郎……! こうなったら蹴りだけでもやってや――る?」

 

 そこで俺は、ふと違和感を覚えた。

 

 ……なんで「中段構え」が出来るの? 俺、縛られてたはずじゃ……。

 

 気になって視線を下に落とすと――あの黒い帯が、ズッパリと切り落とされているではないか。

 

「さっきのアレで、切れた……?」

 

 考えられることと言えば、それしかない。あの斬撃を避けたはずみで、俺を縛っていた黒い帯だけが斬られたんだ。

 どうやら古我知さんは、俺を斬るどころか素敵なサポートをしてくれたらしい。

 

「へえ……二度も敵さんに助けられちゃったよ」

「くッ、しまった……だが、銃に弱いのは変わらないだろうッ!」

 

 古我知さんは左手に持った剣を構えたまま、ピストルを出そうと右腰に手を伸ばす。

 

「――そう何度も撃たれるかよッ!」

 

 もちろん、ターン制よろしく黙って見ている俺じゃない。すり足からの踏み込みで一気に距離を詰め、ピストルを使う暇を与えない!

 

「く、くそぉぉおぉっ!」

 

 瞬く間に迫る俺を前に、銃を構えるのは間に合わない……と感じたらしい。彼は両手で剣を持ち直し、俺を迎え撃つ。

 力一杯振り上げられた剣は、俺の脳天に狙いを定め――持ち主の意志に引かれるように、刀身を降ろそうとする。

 そこが、狙い目だ。

 

「――うぁたァッ!」

 

 腰を落として姿勢を安定させ、剣を握っている両手首を左手で受ける。あくまで軌道を逸らす程度の力で押さえ、力任せに攻撃全体を受け止めはしない。

 同時に、安定した姿勢から腰を回転させ、繰り出された突きを彼の水月に叩き込む。「ガハァッ!」という短い悲鳴と共に、俺の左手で受け流していた両手から、剣がガランと落下した。

 

 もちろん、それだけで終わらせるつもりはない。

 よろけた彼の右肘を、こっちの右手で引っ掛けるようにして引き込み、同時に左手で彼の右手首を抑える。

 すると、古我知さんの体勢は右肩が下がるように崩れ、今にも倒れそうになった。

 

「――はああァッ!」

 

 そして俺は、その状態のまま左足を軸にして、体全体を回転させる。無論、体勢を崩された古我知さんもろとも。

 

「うわああああッ!」

 

 姿勢の安定性を失ったまま、思いっ切りブン回された古我知さんは派手に全身を回転させながら吹き飛び、地面に激しく転倒する。

 少林寺拳法の投げ技「上受投」――ではあるんだが、普通ならここまでド派手な技にはならない。これ超人的パワーの賜物って奴か……。

 

「やったぁぁー! 龍太の勝ちやぁー!」

「ちょっと矢村さんっ! まだ終わりじゃないのよ!」

 

 俺の上受投が決まると、二人の美少女から歓声が上がる。俺としても両手放しでヒャッハー! ……と喜びたいところだが、どうやらソレはまだ早いらしい。

 彼が未だに、諦めずにいるからだ。

 

「くっ……くそっ……まだ、だ……! まだ、負けるわけにはァッ!」

「まだやるつもりか、古我知さん。これ以上わがままを通そうってんなら、次はその鼻っ柱を『文字通り』へし折るぜ?」

「例えどこをへし折られようとも……僕は……負けられないんだァァァッ!」

 

 投げはともかくとして、水月への突きはかなり効いたはずだったのだが――どうやら、戦意は未だ健在らしい。

 古我知さんはフラフラと身を起こすと、俺を睨みつけ――突進してきた!?

 

「……!? 何を考えてる!?」

 

 剣はさっき落としてしまったが、まだピストルが残っているはず。なのに、よりによって明らかに分が悪いはずの「接近戦」に持ち込む気なのか……!?

 「ゼロ距離射撃」を仕掛けて本気で殺すつもりなのか、それともただヤキが回っただけなのか……いずれにせよ、何をしでかすかわからない。なら、「何かをする前」に叩き潰す!

 俺は右膝を上げ、待ち蹴の体勢を作る。もう一度水月に蹴りの一発でもブチ込まれりゃあ、今度こそダウンするだろう。これで終わりだ!

 

 みるみるうちに迫って来る「呪詛の伝導者」。俺は彼の急所の一点に、一撃必殺の狙いを付けた。

 

「おおおおッ!」

「古我知さん……終わりだァッ!」

 

 そして、互いの距離が約二メートルを切った瞬間、俺は膝を曲げて蹴り足を振り上げ――

 

 ――空を切った。

 

「……なにッ!?」

 

 完全に、誤算だった。

 古我知さんは俺の蹴り足が上がる瞬間、進路方向を逸らして素通りしてしまったのだ。俺を抜き去った「呪詛の伝導者」は、なおも止まらず突進を続ける。

 

 なんだ……? ――まさか、狙いは俺じゃない!?

 

 後ろを振り返る前に聞こえる、矢村の悲鳴。それこそが、古我知さんの思考を象徴しているものだった。

 

「――救芽井と矢村が狙いかッ!」

 

 俺は素早く体を反転させ、「呪詛の伝導者」を追う。

 後付けされた武装がない分、身体能力はこっちの方が上。この「救済の先駆者」なら、追い付けるはずだ! 足がチギれても、絶対に捕まえてやる!

 

 俺が必死に追い掛けている間にも、徐々に「呪詛の伝導者」は救芽井と矢村に迫ろうとしていた。救芽井は生身のままでも毅然とした態度を維持しており、怯えている矢村を抱きしめて険しい表情を浮かべている。

 

 ――くそッ! 「解放の先導者」の脅威が取り除かれた時点で、強引にでも逃がしておけばこんなことにはッ!

 

 焦る気持ちが反映されるかのように、「呪詛の伝導者」との距離も縮まってきた。

 だが、そんな進捗状況に喜ぶ暇もなく、彼が救芽井達の眼前にたどり着いてしまった!

 

「――やめろぉぉぉーッ!」

 

 反射的に身体の芯から、言葉が噴き出して来る。強盗の一件で、救芽井が唇を奪われそうになった時に近い感覚だ。

 怯ませる結果にでもなったのか――その叫びが「呪詛の伝導者」の動きを一瞬だけ止めた。その僅かな時間で発生した硬直に乗じて、俺は完全に彼に追い付く。そしてピッタリと彼の身体にしがみつき、拘束を試みた。

 

 ――それが、罠だとも知らずに。

 

「……ッ!?」

「言ったはずだよ。僕は――負けられないんだってね!」

 

 脇腹に押し当てられた、冷たく硬い感触。それがピストルの銃口だと気づいた頃には――乾いた銃声がパン、と響いていた。

 

 ここまで密着した状態から撃たれたら、着鎧甲冑の防御効果なんてヘノカッパなんだろう。現に、弾丸に貫かれた部分はスーツが裂け、鮮血が噴き出している。

 

 ……あぁちくしょう。こりゃあ、やられたな。初めから、俺に大急ぎで追い掛けさせることが目的だったらしい。

 そうなったら、少林寺拳法を使う余裕なんてなくなる。そうして自分を救芽井達から引き離そうと、無我夢中になってるところへ、ゼロ距離射撃をパン――ってわけか。

 

 撃たれたせいで、頭に上ってた血が抜けたのか……命のやり取りしてるってのに、自分でもビックリするくらい冷静になってる。――俺、まんまと嵌められちまったらしい。

 

 視界がぐらり、と歪んだかと思えば……天井が見えてきた。あぁ、倒れたんだな、俺。

 震える手で脇腹を触り、それを眼前に出してみると――真っ赤な手形が、出来上がっている。その手が生身の手だったことから、着鎧が解けちまってるのがわかった。

 ……どうやら、俺の負け、みたいだなぁ。

 

 ――だが、勝利者であるはずの古我知さんは、なんだか浮かない顔をしている。それどころか、「や、やってもたー!」って感じの顔だ。

 

 ……あぁ、そっか。あんたも、ホントはこんなこと、したくなかったんだっけか。全く、お互い苦労するよなぁ、へへへ……。

 

「……あ、あぁあ……!」

「い、いやあああぁぁああーッ!」

 

 ――矢村は「どうしたらいいかわかんない」って顔して呻いてるし、救芽井はもうどうしようもないくらい、すんごい悲鳴上げてるし……なんでこんなことになっちまったかなぁ。

 俺はただ、変態呼ばわりを止めて欲しかったって、それだけだったはずなんだけど……なぁ。

 

 ……あら、なんか眠くなってきた。

 それに、身体全体の感覚もなんだか冷たい。これ、冬のせいだけじゃないよな……?

 おかしい、な……まだ、死にたくないんだけど……俺……。

 



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第39話 死に損ないのヒーローもどき

 ……あれ……?

 俺、生きてる……のかな……?

 

 天井を見上げた格好――つまり仰向けに倒れたまま、俺は意識を取り戻していた。どうやら、しばらく気を失っていたらしい。

 死んでないばかりか、記憶をなくしてもいないらしい。俺が撃たれる瞬間のことは、今でも鮮明に焼き付けられている。

 しまいには、「腕輪型着鎧装置」まで俺の手に残されたままだった。古我知さんも詰めが甘いな……いや、俺なんて取るに足らないってことなのか?

 

 こうして、朧げながらも目を覚ます前から、顔に何かコツコツ当たってるような感じがしていた。何かと思えば……戦いの衝撃による小さな破片が、パラパラと俺の顔に降って来ていたらしい。

 そんな一センチにも満たないような金属片に、俺はたたき起こされてしまったわけだ。ここまで情けないと、もはや笑うしかないな。

 首を上げて辺りを見渡すが、人っ子一人いない。いるとするなら、カプセルの中で眠らされている救芽井の両親くらいか。

 

「全く、もうちょっとで三途の川でも渡ろうかってとこだったのによ。ははは……あぐッ!」

 

 目を覚ませば、既に傷は癒されていて――なんて都合のいい話はないらしい。身を起こそうとした俺の感覚神経に、鋭い痛みが走る。

 さらに、喉の奥から込み上げて来るものを抑えられないまま、血まで吐き出してしまった。口元に赤い筋が伸びていくのがわかる。

 そして、痛みの発信源である左の脇腹からは、じんわりと血が滲み出ていた。赤いダウンジャケットを着ているせいで、傍からは見にくいが――撃たれた当事者である俺には、文字通り痛いほどよく見える。

 

 こんな痛い目に遭って、よく死なずにいられたもんだよなぁ。着鎧甲冑を着ていたとは言え、銃で撃たれた上に、寒い廃工場で意識不明になってたってのに。

 ――俺は、銃撃を受けたショックで気を失いはしたが、金属片が顔に当たった感覚のおかげで意識を取り戻せた。

 それがなければ、助けも来ないような薄暗い部屋の中で、出血と衰弱と冷気でくたばっていただろう。凍死する前に目を覚ましてくれた金属片の皆様に感謝だ。

 

 さて、意識が戻ったからには出血を抑えなくてはなるまい。もうほとんど止まっているようだったが、万一、これ以上噴き出されたら今度こそ死んじまう。

 俺はダウンジャケットを傷に障らないようそっと脱ぎ、銃創の部分に帯を締めるような気持ちで、袖同士を結び付けた。

 これで傷は完全に塞がれたが、代わりに俺の上半身は黒シャツ一枚になってしまった。敢えて言おう。死ぬほど寒いと!

 

 ……が、今は傷を応急処置しておくことが先決だ。俺はキツイくらいに袖をギュッと縛ると、ゆっくり立ち上がって辺りを見渡してみた。

 やはり、このフロア一帯は既にもぬけの殻。「解放の先導者」達も機能停止したままで、ピクリとも動けずにいた。

 ここに来たときには引っ切りなしに響いていた機械音が、今はまるで聞こえて来ない。これほど静かだと、かえって不気味だな。

 

 ……ちょっと待て。古我知さんはどこに行ったんだ? それに、救芽井や矢村は!?

 さっき人っ子一人いないとは言ったが、よくよく考えると、これはおかしい。ふとそれに気づいてあちこちに視線を移すが、彼ら三人の姿は――やはり見当たらない。

 ま、まさか救芽井が……! それに、矢村まで……!?

 

「……んッ!?」

 

 目が覚めて早々、ヒーローを気取ってまで守ろうとした二人を見失うとは。そんな自分の失態に焦りながらも、俺はあるものを見つける。

 今ここに存在し、俺が撃たれる前にはなかったはずのもの。それに気がついたのは、周囲の明るさに気がついた時だった。

 

 俺がここに来たときは、この部屋は薄暗く……十メートル先が見づらくなるような場所だった。しかし、今はフロア全体が明るめになっており、部屋の隅々――それこそ壊れた照明の数まで、ハッキリと見えるようになっている。

 なんだ……? 俺が寝てる間に一体何が――

 

「さぶっ!?」

 

 元々、あるのかどうかも怪しい知能を働かせようとした瞬間、俺の全身をクリスマスイブの冷気が貫いた。――心まで。

 ……まぁ、着鎧甲冑を着てるときは暖かかったからな。それに、今は黒シャツだけって状態だし。

 だけど、これはちょっと寒すぎじゃないかい? それに、かなり奥の部屋だってのに風まで吹き込んでるし……。俺は素肌を晒している両腕を摩りながら、その風の入口に視線を送る。

 

 ――どうやら、その入口ってのが、この明るさの正体だったらしい。

 俺が戦ってた時には、間違いなくなかったはずの、高さ二メートル程の大穴が開けられていたのだ。

 力任せにこじ開けられたのか、その辺りの壁や鉄骨が無残にひしゃげている。これはもしかして……いや、もしかしなくても……!

 

「うっ、ぐ……! はぁ、はぁっ……!」

 

 俺は寒さに凍え、傷の痛みに歯を食いしばりながら、自分の身体を引きずるように歩き出す。

 例の穴からは月明かりが差し込んでおり、それがこのフロアの全貌を鮮明にしていたらしい。つまり、この穴からは外に繋がってるってわけだ。

 

 この穴を潜った先にあるもの……それはきっと、廃工場と隣接した採石場だろう。地元に詳しくない古我知さんが、救芽井達を人気のない場所に連れていくとしたら――そこしか考えられない!

 

 ……しかしまぁ、辛いもんだよなぁ。

 銃で撃たれるのなんて、当たり前だけど初めてだし。すげー……痛いし。血も出てるし。

 おまけにイブの夜に黒シャツ一枚で死ぬほど寒くて……既に手先に感覚がない、ときた。

 普通なら、即救急車呼んで、早急に病院の暖かいベッドでスリープするものだろう。つーか、出来るもんならそうしたい。

 

 だけどね、その前にやっておきたいコトってのも、ちゃんとあるわけでして。

 「技術の解放を望む者達」をとっちめないことには、落ち着いて受験勉強にフィーバーすることもままならないんですよ。

 

 ……だから、これは俺のため。俺のために、救芽井と矢村を……着鎧甲冑の未来ってモンを、助けに行く。

 呼ばれちゃいない、頼まれてもいない、そんなお節介なヒーローだけど。

 

「それでもあの娘は『お姫様』で……俺は『ヒーロー』、つーことみたいだから、な……」

 



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第40話 願いの守り人

 月明かりに照らされた採石場に、粉雪がこんこんと降り積もる。こんな場所や状況でなければ、「クリスマスイブならではのムード」というものが作れていたのかも知れない。

 

 小さな血の足跡を残しつつ、その雪上を歩いていた俺は今――

 

「な、なんだい? なんで、なんで君がここにいるん、だい?」

 

 撃ち殺したはずのガキにビビる古我知さんと、彼に縛られた二人のヒロインの前に立っていた。

 

「へ、変態君……!? 嘘でしょ……なんで、どうして!?」

「――龍太ぁっ! バカバカバカぁ! なんでこんなとこ来とるんやぁ! ……傷、痛いんやろぉ……?」

 

 ……救芽井のみならず矢村まで、あの黒い帯に捕縛されてしまっている。しかも念を押したのか、今度は二人とも足まで縛られていた。

 「解放の先導者」を止められた時みたいに、妙なマネをされたくないのだろう。さすがに両方とも、その場からはどんなに身をよじらせても逃げられないようだった。

 

 矢村は何の関係もないのに、俺と一緒にいたというだけで捕らえられている。そんな事実が目の前にある以上、撃たれて痛いとか、血が出てるとかで騒いではいられない。

 是が非でも、二人を助け出す!

 

「……よぉ、古我知さん。銃弾一発じゃあ、俺を殺しきれなかったみたいだなぁ? 人殺しになるのが怖くて、急所が狙えなかったってとこか?」

 

 俺は口元を吊り上げ、挑発的な台詞を並べる。まだまだ元気、であることをアピールするためだ。

 古我知さんが本当に「殺し」を望んでいないのであれば、俺がまだ生きていることに安堵して、隙が生まれるはず。

 痛手を負った今の俺に勝ち目があるとするなら、その一点だけだ。

 

「なんで……なんで生きてるんだ!? 殺したのに……殺してしまったはずなのにッ!」

 

 恐らくは、この場へ救芽井と矢村をさらって、記憶を消してしまうつもりだったのだろう。そこへ殺したはずの俺が邪魔立てしに来たのだから、取り乱しようも半端じゃない。

 頭を掻きむしり、予定をことごとく狂わされた事実に苦悶している。しかし、落ち着きを取り戻すのは意外と早かった。

 

「……ふ、ふふ。存外にしぶといじゃないか。ここまで健闘すれば、もう十分だろう? 早く病院のベッドで眠りなさい。彼女達の記憶を消し去ってから、すぐに全て忘れさせてあげるから」

 

 その口ぶりから、あくまで身を引くように奨め、俺との戦いを避けようとしているのがわかる。偶然とはいえ、俺が生きていたことに安堵もしているのだろう。

 

 ――そうでなければ、自分を散々痛め付けた相手を前にして、表情を緩めることなんて出来やしまい。

 

 まぁ実際彼の言う通り、俺は正直まともに戦える身体だとは言いにくい。一応袖で縛って止血は万全にしてあるが、痛いことには違いない。脇腹を抑えなくては、一歩踏み出すのも一苦労なくらいなんだから。

 その上、今は黒シャツ一枚という格好なのだ。十二月の、雪が降る夜の中で。ぶっちゃけ、死にそう。

 

 こうやって軽口の一つでも叩いて、「まだ自分には余裕がある」と言い聞かせないことには、まともにやり合う前に勝手にノックダウンしてしまうことだろう。

 いや、そもそもこんな状態で「戦おう」なんて考え出す段階から、既に相当なイカレポンチなのだろう。俺は。

 でなければ、救芽井や矢村の驚き顔に説明がつかない。

 

「……って、龍太!? そんな格好でなにしよるん!? 風邪引くやろっ!」

「まさか、そんな状態で戦うつもり!? ダメ! ダメよそんなのッ!」

 

 口々に彼女達からブーイングが飛んで来る。いつもなら勢いに流されて降伏してしまうところだが、今回ばかりは彼女達の言い分に耳を貸してはいられない。

 古我知さんを止める、それが今の俺の全てなんだから。

 

 俺はしばらく無言のまま――いや、ベラベラと喋る元気もないまま、古我知さんに手の甲を向け、「腕輪型着鎧装置」を見せ付ける。

 俺はまだ、戦う。その意思表示のために。

 

「まさか――君、戦うつもりかい!? そんな身体で!」

 

 古我知さんから見れば甚だ非常識であるらしく、さっきよりもかなりテンパっている様子だ。一度殺しかけたけど、生きていて安心……というところで、わざわざ死にに行くようなマネをしだしたのだから、まぁ当然と言えば当然だろう。

 

「バカげている! 元々、君には関係のない話だったはずだろう、龍太君!」

「……うるせーな、ごちゃごちゃ騒ぐんじゃないよ。傷に響くから」

 

 それでも、ここまで来ておいて、今さら引き下がるような空気の読めない行動を取る気はない。加えて言えば、関係あるかどうかを決めるのは、俺だ。

 

「な、なんだというんだ、君はっ……!」

「俺に関係あろうがなかろうが、こんなドタバタに出くわした時点で『無関係』なんてありえねーんだよ。他の誰でもない、俺のためにこそ、『好き放題』させてもらうことにした」

 

 ――そう、せめて俺自身の「心」だけは守れるように。彼女達を見捨てて、それを痛めることがないように。

 

「だから……! 着鎧、甲冑……ッ!」

 

 音声による入力と同時に、この町のスーパーヒロインにあやかった変身ポーズを決める。傷に障るどころの騒ぎじゃなく、脇腹から捩切れるような激痛が走った。

 痛みのあまり溢れそうになる悲鳴をかみ砕き、しゃがれた声で「腕輪型着鎧装置」を起動させる。平行して行う変身ポーズで、身体に鞭打ってる分だけ痛みもひとしおだ。

 

 ……救芽井は、たった独りで「技術の解放を望む者達」と戦いながら、この町を守り抜いてきた。ゴロマルさんが傍にいただろうけど、それでも松霧町の人間に味方が一人もいない、というのは苦しいものだっただろう。

 だけど、彼女は弱音を吐かなかった。と言うよりは、見せないようにしていた。

 この町のスーパーヒロインであることを意識して、自分の夢だったらしい「お姫様願望」ってヤツを、半ば諦めているようだった。そんな一人我慢大会、俺には到底マネできそうにない。

 

 それほどのことをやってのけてきた、彼女の代役を――「こんな」俺が今、やろうとしている。こんな滑稽な話はないだろう。

 だが、俺自身はマジだ。大マジだ。

 彼女を、そして矢村を助けられる可能性がわずかでも俺にあり、そのチャンスが今あるのなら。それを実行できるだけの力が、まだ残っているとしたら。

 

 ――何を置いても、やってみるしかないだろう。

 

 だから俺は、彼女の変身ポーズを取る。

 「救済の先駆者」として戦う以上、せめてほんの少しでも、スーパーヒロインだった彼女の傍にいたいから。そして、彼女の願いを、ちょっとでも守ってやりたかったから。

 

 ――彼女達、「救芽井家」が作り出した「着鎧甲冑」で、誰かを救うという「願い」を。

 

「正義の味方、『着鎧甲冑ヒルフェマン』……これで最後の参上だ」

 

 そして俺は今「救済の先駆者」を纏い、名乗りを上げる。

 俺にできることを最後に一つ、やっておくために。

 

 「技術の解放を望む者達」を……「呪詛の伝導者」を、そして「古我知剣一」を、ぶっ飛ばすために。

 

 この町の、たった独りの「スーパーヒーロー」として。

 またあるいは、「お姫様」を救う「王子様」として。

 



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第41話 俺とあんたの最終決戦

「やるしかないのか――着鎧甲冑ッ!」

 

 脇腹を抑えながらも、両の足でしっかりと立ってガンを飛ばす俺を前に、古我知さんは腹を括って「呪詛の伝導者」に着鎧する。話し合いが通用しないということを、俺の目を見て判断したらしい。

 

 ――いよいよ、最終決戦ってワケだ。

 

 俺達は雪景色に彩られた採石場を舞台に、一対一で睨み合う。救芽井と矢村も、口出しできる状況じゃなくなったことを察したのか、不安げな表情を浮かべながらも無言になった。

 この場にいる四人全員が一言も喋らないせいで、今まで気にならなかったような風の音が、妙にうるさく聞こえてくる。俺はそれら全てを聞き流し、古我知さんに対して戦闘態勢を整える。

 

 水月程の高さに置いた右肘から、右腕を上に曲げて掌を張り、同時に左手を右腰の辺りに添える感覚で構える。

 れっきとした少林寺拳法の構えの一つ、「待機構え」だ。

 その名の通り、敢えて胸の辺りをがら空きにして攻撃を誘う、カウンター用のもの。自分からガンガン攻めていく、救芽井の「対『解放の先導者』用格闘術」とは正に対照的なスタンスであり、それを研究しつくしてる古我知さんには対応しづらい戦法であるはずだ。

 

 事実、「守主攻従」を原則とする少林寺拳法の技を前に、古我知さんは手も足も出ていなかった。廃工場での太刀合わせだけじゃ、俺の技は把握しきれてないはずだし、まだまだ通用するはず!

 

 俺は待機構えを維持したまま、打撃攻撃を誘うため、ジリジリとすり足で「呪詛の伝導者」に接近する。飛び道具を使われたら、さしもの少林寺拳法でも対応しきれないからだ。

 一歩、二歩と、こちらの意図を悟らせないように近づいていく。いよいよ距離が五メートルを切った辺りで、攻撃に備えて素早く動くために腰を落と――

 

「……『バックルバレット』ッ!」

 

 ――す瞬間、「呪詛の伝導者」の腰にあるベルトが激しく発光した。……あれは、ただの光じゃない!

 

「くうっ!?」

 

 とっさに待機構えを解き、側転でその場を飛びのく。そして、さっきまで俺が立っていた周辺に、弾丸の雨が降り注いだ。

 ……どうやらピストルだけじゃあきたらず、ベルトに「解放の先導者」のような機銃まで仕込んでいたらしいな。口からは炎まで吐きやがるし、どこまで武器を仕込めば気が済むんだよ、コイツはッ!

 

 俺は「バックルバレット」とかいう機銃掃射をかわすと、採石場の小さな岩山に身を隠す。向こうは銃を持ってるんだし、棒立ちでいるわけにはいかない。

 銃撃が止んだ後、俺は身を乗り出して「呪詛の伝導者」の姿を確認する。彼は得意げな様子で、腰のホルスターからピストルを引き抜いた。

 

「いつまでも同じ手は食わないよ。君の拳法の全てこそ網羅してはいないが――構えを見れば、カウンター重視の戦い方だということくらいわかる」

「……思いの外、アッサリと見破られちまったらしいな。その腰についたヘンテコ銃も、あんたが作った物なのか?」

「もちろん。ベルトに仕込んでる形だから、銃身がものすごく短くて精度が最悪なんだけど――威力だけは折り紙付きさ」

「火を吐いたり、ションベンみたいに銃弾ちびらしたり……忙しい野郎だな全く!」

 

 「呪詛の伝導者」のピストルが火を噴く瞬間、俺は隠れていた岩山から転がり出ると、彼目掛けて一直線に猛ダッシュする。

 

「く、口の減らない坊やだが……とうとうヤキが回ったようだねッ!」

 

 古我知さんは一瞬だけ躊躇する様子を見せたが、俺が一発ブチ込めるところまで行く前に、発砲を再開してしまう。俺はその展開を承知の上で、突進を続けた。

 黒い銃身から幾度となく打ち出される弾丸が、俺の身体に衝突して激しい火花を発生させる。その不吉な光に包まれながら、緑のヒーロースーツに守られている俺は、前進を続けていく。

 

 せめてもの防御ということで、両腕で顔を守りながら進撃を続けるが――やはり、痛いものは痛い。着鎧甲冑に守られているとは言え、何度も銃で撃たれて痛くない方が変な話ではあるのだが。

 ちなみにこれは兄貴の弁だが、人間の急所は頭や顔の部分が一番効果的であるという。それ自体は割と当たり前の話なのだが、言い換えるならそれは、頭の急所だけは絶対に守れということにもなる。

 つまり、銃弾そのものの脅威は着鎧甲冑の防御力に任せ、俺自身は急所への命中を避ける努力をしなければならない、ということだ。着鎧甲冑を……それを作った救芽井達を信じなきゃ、古我知さんには永久に勝てない!

 

 ――だが、戦闘用とレスキュー用との差は、やはり大きい。

 

「……うぐあッ!」

 

 古我知へ迫る途中、脇腹に槍で貫かれるような激痛がほとばしる。廃工場の時の銃創に、ダイレクトに被弾してしまったらしい。

 

「今だ……これで、終わりだッ!」

 

 思わず膝をついてしまい、その一瞬の隙を狙った古我知さんの銃弾が、間髪入れずに襲い掛かってきた!

 

「あ、がああッ!」

 

 ……痛みのあまり、頭のガードを解いてしまったのが運の尽きだった。俺は「撃たれる衝撃」に備える暇すら与えられないまま、銃弾の雨にさらされてしまった。

 

 「救済の先駆者」のボディから火花が幾度となく飛び散り、中にいる俺の身体に焼き尽くされるような熱気が篭る。

 

「あ、アヅッ……ああああッ!」

 

 頭のてっぺんから足のつま先までが、文字通り焼かれているかのように熱い。これじゃ、火あぶりの刑みたいだ。

 俺はその熱気と痛みに悶えながら、冷え切った地面の上でのたうちまわる。

 意識までが燃やされようとしているのか、視界がユラユラとぼやけ始めていた。手先がブルブルと震え、身体が思うように動かない。

 

 ……俺、死ぬ、のかな?

 

「りゅ、龍太ァァァッ!」

「やめてぇ! お願い、もうやめて! やめてったらぁ!」

 

 よっぽど、見ていられないような醜態だったらしい。俺がやられているザマを見て、救芽井や矢村が悲鳴を上げる。

 

 ……あれ、なんか違うなぁ。

 俺が望んだ展開は、こんなもんじゃなかったはずだ。

 

 別に俺は、ヒーローになりたくて、戦ってたわけじゃない。彼女達に心配されたくて、戦ってたわけでもない。

 ただ、変態呼ばわりをやめて欲しくて――仲直りがしたくて。そのための手段として、俺は戦うことになっていた。

 

 ――そうだ。俺、名誉挽回がまだじゃないか。まだ、彼女に認めてもらってないじゃないか。

 

 どうせなら、「ありがとう変態君! ……ううん、一煉寺君!」って、お礼を言われて終わりたい。あんな風に、泣かれて終わりなんて……あんまりじゃないか。

 俺にとっても。きっと、彼女にとっても。

 

 ……だから、俺は。

 

「まだ、死にたく、ねぇッ……!」

 

 もうガクガクだけど――まだ、足は動く。少し時間を置いたおかげなのか、身体もちょっとずつ、言うことを聞きはじめた。

 「救済の先駆者」のスーツが、着鎧してる俺に向かって「危険」の警告をしているが……それに構っていられるような、空気じゃない。どんだけ無茶振りであっても、このスーツには付き合ってもらわないとな。

 

「はぁ、うっ、ぐ……!」

 

 苦しみを孕んだ息を漏らし、俺は見苦しいくらいに喘ぎながら――立ち上がる。

 

「なっ……! 馬鹿な! とっくに着鎧甲冑からの警告信号は出ているはずだぞ! 何を考えてるんだ、君はッ!」

 

 俺がまだ戦おうとしていることに、古我知さんはとうとう驚くどころか、露骨にビビって後ずさりを始めてしまっていた。普通ならありえない行動なんだから、その反応は至って正常なんだろう。

 

「何も考えちゃ、いないさ。あるとすれば――あんたを、ぶっ倒す。ただそれだけだ!」

 

 脇腹を撃たれるまでに走り込んでいた場所は、「呪詛の伝導者」からそう離れた距離ではなかった。ここから前進を再開すれば、古我知さんまですぐに辿り着ける!

 

「くそっ……! 『バックルバレット』!」

 

 ピストルだけじゃ、倒しきれない。理屈を抜きにそう判断したのか、古我知さんはすぐさま得物を投げ捨てると、ベルトの中心部に両手を当てる。

 それと同時に機銃の流星群が飛び出して行き、俺の身体を容赦なく打ちのめす。

 

「が、あああああッ! ぐ、お、ああぁッ!」

 

 痛みに叫び、呻き……それでも、俺は前に進み続ける。

 どれだけゆっくりでも、構わない。止まりさえしなければ、いつか必ずたどり着く。

 そう信じなきゃ、俺は「呪詛の伝導者」に勝てない!

 

「なぜだ!? 撃ってるのに……撃ってるのに、なぜ止まらないんだァァァァッ!」

 

 俺も死に物狂いでやってるが、あっちもあっちで相当な半狂乱になってやがるな。「バックルバレット」がダメと判断し、今度はあの炎を噴き出してきた!

 

「あぐ、あああ……!」

 

 ここまで来ると、悲鳴を上げる元気すらなくなってくる。俺はかすれた呻き声を漏らし、炎に焼かれ――それでも、すり足で前進を続けた。

 

 「すり足」と言っても、少林寺拳法として行うようなものじゃない。体力を消耗する余り、歩くための膝が上がらなくなってるだけだ。

 

 折り紙付きの威力を誇る機銃と、身を焦がすような火炎放射を立て続けに食らい、俺も「救済の先駆者」も半死状態だった。ふと俯いてみると、スーツのあちこちから電気が飛び散り、身体中が黒ずんでいるのがわかる。

 よくこんな状態で機能するものだと、感心せずにはいられない。余りにも無茶苦茶な運用を重ねているせいで、自動的に着鎧が解けるシステムも停止してしまっているようだし。

 

 ――そして俺は、文字通りズタズタの格好で「呪詛の伝導者」の目前までたどり着いた。

 戦えるだけの体力が残ってる……とは、もちろんながら言い難い。正直、生きてるってだけで、お腹いっぱいなほど奇跡だろう。

 

「なんで……どうして、君は……戦うんだ……!? わからない、わからないんだよッ……!」

 

 やはり向こうも、精神的に追い詰められているらしい。目の前に立つ、自分の理解を超えたバカに向かって、低く唸るように訴え掛けてくる。

 そんな彼に対し、俺は喉の奥から搾り出すように発した声で、精一杯返答する。

 

「何度も、言わせん、なよ。あんたを、ぶっ飛ばさねぇと、受験……集中できな、いん、だよッ……!」

 

 ――そんなもん、結局は建前だけどな。

 全ては……救芽井に変態呼ばわりをやめてもらわなきゃ胸糞が悪くなる、ってだけの話だ。俺にとっちゃ、嫌われたまんまで終わるのが一番バッドエンドなんだよ。

 

 どうせ知り合いがいるなら、全員と仲良しでいる方がいいに決まってる。俺はあの日から、いじめられることはなくなったけど……いじめていた奴と仲直りしたわけじゃない。

 そいつらは俺や矢村を恨んだまま、俺達の前から姿を消した。――そんなの、後味が悪いじゃないか!

 そういう世の中の知り合い全てが、もしもいつかは離れ離れになる人達だとしたらなら――最後の瞬間だけでも、仲良しでいたいモンだろう。

 

 ……少なくとも、俺はそうさ。だからこそ、救芽井に嫌われたままで、終わりたくはないんだ!

 

 俺は最後の力を振り絞り、ヨロヨロの身体のまま、再び待機構えを取る。この近さなら、バックルバレットも火炎放射も間に合わない。接近戦しかないはずだ!

 

「き、君が……君が、どれほど強くても! 僕は――負けられないんだァァァーッ!」

 

 向こうも、万策尽きたと感じたらしい。「呪詛の伝導者」としては恐らく本邦初となる、完全な肉弾戦を仕掛けてきた。

 剣は廃工場で落としたし、ピストルはさっき捨ててしまった。バックルバレットも火炎放射も、この距離では発動が間に合わない。

 こうなっては、もはや頼れるものは自分の拳しかないのだ。

 

 ――だが、「呪詛の伝導者」が如何に優れた戦闘用着鎧甲冑だと言っても、着鎧してる人間に技量がなければ、意味はなさない。

 古我知さんの繰り出すパンチは、綿密に訓練された精度が感じられる、鋭いモノだった。が、俺の少林寺拳法と「救済の先駆者」の運動能力の前では、格好の餌食でしかない。

 それに、彼の攻撃は至って直線的であり、受け流すのはかなり容易だった。焦りの色が、露骨なまでに技に出ていたんだ。

 

 俺は縦に構えていた右腕で、漆黒の鉄拳を払いのけ――黒鉄の鎧に覆われた首筋に、一発の手刀を入れる。

 

「ぐっ!?」

 

 首に手刀を当てられたことで、彼の動きが一瞬固まってしまった。そこへ、右腰の辺りに添えていた左手から、腰全体を回転させた突きを「呪詛の伝導者」の水月に叩き込む。

 

「――ぐはァッ!」

 

 そうして、俺に劣らず痛手を負った古我知さんは、たまらず腹を抑えてフラフラと後ずさる。お互い、意識が飛ぶ一歩手前の満身創痍って状態だ。

 古我知さんは「まだ負けられない」と言わんばかりに、ヒィヒィと息を荒げながらも俺を睨みつけている。

 

 だが、その頃には既に、俺は最後の一発を決める体勢を作っていた。

 

 左半身を前に向け、どっしりと腰を落とし――右腕に、残る全ての力を込めて。

 

「うぐッ!?」

 

 今の俺に出来る、最後の構えだ。この体勢から繰り出す一撃が、俺の限界だろう。

 古我知さんも、俺が「そういうつもり」で攻撃を仕掛けようとしているのが雰囲気でわかったのだろう。「呪詛の伝導者」は明らかに動揺した動きを見せている。

 だが、水月への突きが相当効いたのか、危険が迫っているとわかっていながら、その場を動けずにいた。

 

「……前に言った通り――その鼻っ柱。『文字通り』、へし折らせてもらうぜ」

 

 ――そして、全力で回転させた腰から打ち出される、俺の最後の一撃。

 

 掌から、手首の関節に近い部分で衝撃を加える突き――「熊手」の一閃が、「呪詛の伝導者」の顔面を遺憾無くブチ抜き、岩山まで派手に吹き飛ばしてしまった。

 岩壁にたたき付けられた漆黒の鎧は、地面にズシャリと落下した瞬間に、スーッと消えて行き――本来の姿である古我知さんが出てきた。元の姿に戻っても、彼が動き出す気配はない。

 

 ……そして、俺の方も限界を迎えようとしていた。着鎧が自動解除されるシステムはイカれてるから、「救済の先駆者」の姿のままで俺は倒れ伏した。

 古我知さんに勝った。その安心感から来る反動――即ち疲労感が、俺の意識を瞬く間に闇に葬ろうとしていたのだ。抗うだけの気力も時間もないまま、俺の視界が暗く閉ざされていく。

 

 ――ダ、ダメだ……! まだ、救芽井と矢村を助けてないのに……!

 そんな俺の心境をガン無視するかの如く、とうとう視界が真っ暗になった。

 目の前から光が失われ、次いで意識自体も失われようとしていた――その時。

 

 なにかの音がした。

 

 いや……「誰か」の「足音」が聞こえたんだ。

 だが、それが誰のものなのかを考える前に、俺は意識さえも完全にシャットダウンされてしまった。

 



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第42話 目が覚めたら、親御さんにご挨拶

 ……目の前が、なにかの膜に包まれている。まるで、棺桶にでも閉じ込められているかのように。

 

 これが――あの世、なんだろうか? こんな窮屈な場所だとは思ってもみなかったが。

 ていうか、やっぱ俺……死んだのかなぁ。なんか膜の向こうから、お出迎えが見えてきてるし。

 

「むお! 意識が戻ったようじゃのう!」

 

 ――あれ? ゴロマルさん?

 

 ゴロマルさんも、とうとう歳で亡くなられたのか? でも、その割には頭にわっかは付いてないし……。

 膜が広い範囲まであるから、ちょっと身を起こせば、彼の足がちゃんと付いていることもわかる。ゴロマルさんは、まだ生きている……?

 

 じゃあ、何で死んだはずの俺が見えるんだ? ――ハッ! まさかこのミニマムじーさん、霊能者だったのか!

 

「ジッとしておれ。今出してやるからの」

 

 ゴロマルさんは妙に嬉しそうな表情で、俺から見えない場所から、なにかの操作を始めた。おい、何する気だよゴロマルさん!

 ――まさか、成仏させる気なのかよ!? ふ、ふざけんな! せっかく幽霊になったんだぞ、あの世に行く前にいろいろとやりたいことがあるんだっちゅーに!

 女風呂とか、女風呂とか、女風呂とかッ!

 

「女風呂とかァァァァッ!」

 

 俺は謎の膜が扉のように開かれた瞬間、焦りと憤りを帯びて立ち上がる!

 

「ぬおぉう!? お前さん何の夢を見とったんじゃあ!?」

 

 未練のあまり絶叫する俺に、ゴロマルさんは思わず、すっ転んでしまう。コロコロとボールみたいに転がっていく、齢六十代の老人。シュールだ……。

 ――いや待て。なんで俺は今、足が付いてるんだ? よくよく見てみると、ゴロマルさんのみならず、俺まで両の足が健在だったのだ。

 もしかして、足が付いてる代わりに天使のわっかが……! ……なかった。頭の辺りをまさぐって見たが、どこにもそれらしいドーナツ形は見当たらない。

 

 ……え? 何? どゆこと?

 天使のわっかはないし、足はちゃんと付いてるし――何より、いつの間にかメディックシステムのカプセルの上に立ってるし。

 

 あれ? もしかして俺……死んでない?

 

「全く……元気になったかと思えば、いきなりたまげさせるとはのぅ」

「ゴロマルさん、俺――生き、てんの?」

「心配いらん。足は付いとるじゃろう? ――よく、生き延びたな」

 

 俯いて、自分の両足の存在を確かめる。確かに、俺の足だ。

 ……俺は、結局助かったのか。辺りを見渡すと、ここが救芽井家の地下室だということがわかる。

 あのあと、ゴロマルさんがここまで連れ出してくれたんだろうな。それで、俺をこのメディックシステムに入れてくれた、と。

 俺を助けたんなら、きっと救芽井や矢村も保護してくれてるとは思うが……。

 

「なぁゴロマルさ――あぅっ!?」

 

 「自分が助かった」。その安堵感によるものだろう。急に腰がガクッと下がり、扉が開きっぱなしのメディックシステムの上にへたりこんでしまった。

 

「……はは、なんだよも〜。ヒーローらしく、カッコよく臨終したのかと思ってたわ」

「格好のよい臨終なんて、ありはせん。死ぬときは、みんな同じじゃよ」

 

 ゴロマルさんの言うことも尤もだな……。つーか、メディックシステムってホントに便利だな。医者いらずじゃないか。

 

「――お前さんを生かすために、辺り一帯が半日間停電になったのはナイショじゃぞ」

 

 ……って、相変わらず電気使い過ぎだろッ!? 道理でこんな便利な機械を普及しないわけだ……。

 一般家庭の皆様、割とマジでごめんなさい!

 

「――それより、古我知さんはどうなったんだ? それに、救芽井と矢村は?」

「剣一なら、すでに捕縛済みじゃよ。樋稟と賀織ちゃんは、暖かい部屋で休ませておる。二人とも真冬の採石場まで連れ去られて、体力を消耗しておったからのぅ」

 

 ゴロマルさんは俺に背を向けたまま、何かしらのコンピュータをいじり回している。近くに「救済の先駆者」の「腕輪型着鎧装置」があるところを見ると、どうやら修理中みたいだな。

 ……まぁ、あんな無茶苦茶な戦い方してた上に、自動で着鎧甲冑が外れる機能が止まってたんだ。きちんと修理しなきゃ危ないだろう。しかし、「呪詛の伝導者」の「腕輪型着鎧装置」まで一緒に修理されてるのはどういうことなんだ……?

 

 なんにせよ、救芽井と矢村も無事だったのか……よかったよかった。古我知さんはもう捕まってる、とのことだが――警察に引き渡すのはマズいんじゃないのか?

 

「それから、剣一はこちらで身柄を拘束し、アメリカにある救芽井研究所まで連行してから、処分を検討することになったわい。日本の警察に任せようものなら、着鎧甲冑そのものがオジャンになりかねんからのぅ。それと、『解放の先導者』のプラント等も接収の手筈を整えておる。クリスマスが終わる頃には、全て綺麗サッパリ、じゃよ」

 

 ……あ、そういうことね。ていうか、救芽井ん家ってアメリカにあったのか。

 確かに救芽井は海外の大学にいたって言うし、もうその頃には向こうに住んでたんだろうな。それで古我知さんを追い掛けて、日本まで来てた、と。つまるところ、帰国子女ってヤツだったわけか。

 

「ほう、目が覚めたのか。一煉寺龍太君」

「うぃ!?」

 

 ――その時、どこからともなく聞き慣れない声が聞こえてきて、思わず仰天してしまう。だ、だだ、誰だ!? なんで俺の名前を……!

 

 慌てて声の出所へ目を向けると――そこには、あの時、古我知さんのカプセルで眠らされていた夫婦……そう、救芽井の両親が立っていたのだ。

 

「あ……!」

「話は全て父上から伺ったが、こうして顔を合わせるのは初めてになるな。着鎧甲冑の開発者・救芽井甲侍郎(きゅうめいこうじろう)だ」

「あなたが、樋稟の王子様ですのね。私は彼の助手であり妻でもある、救芽井華稟(きゅうめいかりん)です。あなたには、娘がお世話になりましたわ」

 

 父は厳格に、母はにこやかに。二人揃って俺に自己紹介をしてきた。

 ……うへぇ、眠ってる時もさることながら、こうして意識がある状態で向き合うと、もうこれだけで「品位の違い」を見せ付けられてる感じがするなぁ……。

 

「……あー、ども。一煉寺龍太っす。えーと、こちらこそ、娘さんにはお世話になりました〜……」

 

 そんな劣等感をブチ込まれてる俺に、まともな礼儀で応えるなんて出来るはずもなく。いかにも庶民って感じの挨拶を返してしまった。

 ぐへぇ、なんか超恥ずかしい! 普通に受け答えしてるはずなのにっ!

 

「――君のことは、さっき言ったように全て聞いている。私達を、樋稟を、着鎧甲冑を救ってくれたことに……礼を言いたい。ありがとう」

 

 俺がうまく挨拶を返せなかったと勝手に身もだえている間に、救芽井のお父さん――甲侍郎さんが、いきなり頭を下げてきた。

 

「えぇえ!? ちょ、甲侍郎さん!?」

 

 当たり前だが、俺は年上のオッサンに頭を下げられたことなんてそうそうない。なので気の利いた台詞が思い浮かばず、狼狽してしまう。

 

「……私は、間違いを犯したつもりはなかった。着鎧甲冑は、人々を救うためにこそあり、兵器として運用されるようなことがあってはならない――そう断じてきた」

 

 頭を下げた状態のまま、甲侍郎さんは文字通り目を伏せた格好で話しはじめる。

 俺は「どうすりゃいいんですか?」と華稟さんに視線で助けを求める……が、彼女は「うふふ」とうやうやしく微笑むばかりで、俺の意図に気づく気配がまるでない。

 

「だが、それは所詮「私個人の独断」でしかなかったのだ。その結果として、着鎧甲冑の未来を憂いた剣一は暴走してしまった。そして樋稟が、父上が、そして君達のいるこの町が巻き込まれ――誰もが望まぬ戦いを、強いられていた……」

「こ、甲侍郎さん……」

 

「――下手をすれば、「着鎧甲冑」という存在そのものが、救うべき人々を脅かしていく時代が訪れていたやも知れん。君は……そんな危機に晒されたこの世界を、救ってくれた。星の数ほどの礼を並べても、足りはしないだろうな」

「世界って……いくらなんでも飛躍しすぎですよ。俺はんな大層なコト、しちゃいませんから」

 

 甲侍郎さんの過大評価に、思わず俺は苦笑い。人間一人を張っ倒したくらいで「世界を救った」だなんて、世界観広がりすぎでしょうに。

 

「飛躍などしておらん。予想されていた最悪の未来が、覆されたということなのだからな」

「本当に素晴らしいですわ。あの娘が夢中になるはずです。義理の母として、誇りに思いますよ」

 

 ――「義理の母」? 華稟さんは何を言ってるんだ?

 俺が首を傾げていると、甲侍郎さんがゴホン、と咳ばらいして俺に歩み寄って来た。あれ、なんかお礼言われてる空気だったはずなのに、急に雰囲気が変わったぞ。

 ……なんか、責められようとしてる感じが……。

 

「ところで一煉寺君。君は……娘の裸を見たそうだね」

「ブフッ!」

 

 尋問官みたいな形相で迫る、甲侍郎さんの第一声が、それだった。思わず俺は後ずさり、彼が娘のことですんごく怒ってると悟る。

 

「心が通じ合う前の段階……どころか、まさか出会い頭に樋稟の裸身を凝視するとはな……!」

「い、いやいや! だってアレは不可抗力――」

「その上あの娘を押し倒し、純潔まで奪い去ろうとしていたとか!」

「それは脚色だーッ!」

 

 なに吹き込んでんだゴロマルさんゴルァッ! 遠く離れた場所でコーヒー啜ってマイルド風味が香ばしいブレイクタイム満喫してんじゃねーッ!

 

「なんだと!? それでは君は、裸すら見ない状態から即座に純潔を狙ったというのか!? なんとマニアックな……!」

「脚色してんのは裸か否かなの!? 残念だったな、俺の性癖は至ってノーマルだよ!」

 

 何が残念かはこの際置いといて、捏造された事柄で責め立てられるのはごめんだ。なんとか事故だったことをわかってもらいたいもんだけど……。

 

「――確かに、最近の若者の性的価値観を鑑みれば、そういう話も珍しくはないかも知れん」

「脱がす前に犯そうとする若者なんて日本じゃごく少数だろ……」

「だがしかし!」

「駄菓子菓子!? うまい棒でも欲しいのか……?」

 

 お菓子を要求したり性的事故に憤慨したり、忙しい人だな……。

 

「私の娘だけは、そのような爛れた世界に踏み入れさせるわけにはいかぬ!」

 

 俺の前に仁王立ちして、彼は「娘は渡さん!」とでも言い出しそうなオーラを発現させた。やべぇ、完全にキレてるぞコレは……。

 

「普通なら、君を強制猥褻の疑いで警察に処分を依頼したいところなのだがな」

「だ、だから待ってくださいよ! こないだのアレは事故だったんです!」

「それも父上から聞き及んでいる。それに、君には先程話した分の大恩もある」

 

 怒りを噛み殺したような表情で、甲侍郎さんは俺を凝視する。例の功績と裸の件とでプラマイゼロ――になってくれれば助かるんだけど……?

 

「そこで、君に責任を取ってもらう形で、この件に決着を付けることにしたのだ」

「せ……責任?」

 

「その通り。一煉寺龍太君、君に命ずる。――樋稟と結婚し、我が救芽井家の婿養子となれ」

 

 有無を言わせぬその口調に、偽りやからかいの色はない。真正面から放たれた、真実の声色だった。

 

 ――って、ぬぁあぁああ!?

 

「聞くところによると、君は次男だそうだな。長男ではないなら、婿に取っても文句はあるまい」

「ちょちょちょ、ちょっと待ったァ!」

「む、なんだ? まさか華稟にも劣らぬ樋稟の美貌に、不満があるとでも抜かすつもりかね」

「あらあなたったら、お上手なんですから」

「のろけてないで俺の話も聞いてください!」

 

 俺はメディックシステムから降りて床に立つと、自分でもわかるくらい顔を赤くして反論する。

 

「見たモンは見ちゃったし、責任を取るってのはわかりますけども! そんな、いきなり結婚なんて……!」

「なら牢屋行きを望むかね? 君に残された選択肢は二つだ。樋稟と支え合う人生を選ぶか、冷たい牢屋の中で生涯を閉じるか!」

「強制猥褻で終身刑!?」

 

 この人一体、俺が救芽井にどんなヤバいことしたと思い込んでんだ!?

 

「おーいゴロマルさん! そろそろ龍太が起きる頃じゃ――って、おぉ! 龍太!」

 

 俺がある意味、人生最大級の選択を強いられていたその時、まさかの助っ人が現れた。……兄貴だ。

 

「あ、兄貴!」

 

 この地下室まで繋がっている階段を下って来ていた兄貴は、俺を見下ろした途端にテンションを爆発させる。

 

「くはーッ! おいおいもー、水臭いぜゴロマルさん! 龍太が起きたなら起きたって、キチンと連絡入れてくんないと!」

「すまんのぅ、なにせ甲侍郎と華稟が一番に挨拶したがっておったんでな。それに、龍太自身も目覚めたばかりで、いわば病み上がりなんじゃ」

 

 ――どうやら兄貴も含め、みんな無事に事件を乗り切れたみたいだな。……本当に、よかった。

 救芽井の両親二人もなんとか助かったし、一応「平和が戻った」って感じなんだろうな、コレは。

 

「へへへ、そうかそうか! なんにせよめでたいなぁ! お〜い、樋稟ちゃん賀織ちゃん! 龍太のバカが目ぇ覚ましたみたいだぜー!」

 

 兄貴は俺の回復を知らせようと、上の階にいるらしい救芽井と矢村を呼びに行ってしまう。ああいう俺絡みで忙しくなるところを見ると、いつも通りで安心するよ。

 

 そして――

 

「へ、変態君……ッ!」

「りゅ、龍太……龍太ァ……!」

 

 二人の姫君が、感極まった表情で舞い降りて来た。魔法が解ける前に、王子様のもとへと向かおうとするシンデレラのように。

 どちらも目に一杯涙を溜めて、今にも泣き出しそうな顔をしている。いつもは毅然だったり活発だったりする彼女達が、そんな顔をしているのは、ひとえに俺のせいなのだろう。

 

 だが悲しいことに、異性とのコミュニケーション経験に欠ける俺には、こういう時の気遣い方がわからない。王子様には、程遠いのだ。

 

 ――なので、ここは手探り感覚で返事をすることにしようと思う。これ以上心配を掛けないように、もう大丈夫だと伝わるように。

 

 だから。

 

「えーと、ゴホン。……おはようございまーす! 一煉寺龍太君、復活ですよーう!」

 

 精一杯、バカみたいに笑顔で。

 俺はシンプルに、そう応えていた。

 



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第43話 矢村さんがアップを始めました

「龍太ぁあああぁあ〜ッ!」

 

 地下を飛び抜け、ご近所一帯にご迷惑をお掛けしそうなくらいの声量。矢村の叫び声は、まさにそれくらいのボリュームを生み出していたのだ。

 

 彼女は階段を踏み砕きそうな程の音を立て、俺目掛けて急接近してくる。そのスピード、実に通常の三倍。

 涙ぐむ美少女が、俺に弾道ミサイル級タックルを敢行しようとしていた。

 

「むぐあ!」

 

 そんな弾丸ダッシュを受け止める体力が、寝起きの俺にあるはずもなく、そのまま突き倒されてしまった。

 倒される展開を察し、顎を引いて後頭部を打たないようにしていなければ、即死だった。俺の脳細胞が。

 

 しかし、当の矢村はそんな俺の都合などガン無視の様子。タックルを受けてもさして痛みがないところを見ると、どうやら脇腹の銃創はメディックシステムで治っているようだけど……。仮にもちょっと前まで怪我人だった俺に、いきなり体当たりをかますなんて、どんな神経してんだよ。

 

「龍太ぁ……龍太ぁ、うえっ、ふえっ、ひぐっ……!」

 

 ――まぁ、かわいいから許す。心配かけたみたいだしな。

 彼女は俺を押し倒した格好のまま、俺の胸倉に顔を埋めてむせび泣いている。こういう時って、どうすりゃ泣き止んでくれるんだろうか?

 

 ……いや、むしろ好きなだけ泣かせてやる方が良かったりするのかな? でも、周りが見てるし……うーん。

 

 ――もう、いいか。どうせ考えたって、俺のオツムじゃろくな答えは出まい。中途半端なことしたって、余計に気を遣わせるだけかも知れないし。

 俺は敢えて思考を止め、最善の判断を直感に委ねた。

 

「ふえっ……?」

 

 そうして取った、俺の行動。

 それは、彼女の小さな身体をギュッと抱きしめ、優しく頭を撫でることだった。掌に、震える肩と艶やかな髪の感触が伝わって来る。

 もちろん、こっぱずかしいことこの上ない。みんなが見てる前で、彼女でもない女の子に抱き着くなんて犯罪過ぎる。

 それでも、俺は彼女を離さなかった。理屈を抜きに、こうしてあげなくちゃいけない、そんな気がしていたから。

 向こうも、そんな気持ちらしい。表情こそ見えないが、俺の胸に当たっている彼女の顔から、熱がヒーターのように広がって来ているのがわかる。この娘も、恥ずかしいんだろうな。

 

「んっ……」

 

 だけど、彼女は抵抗しなかった。そればかりか、俺の背中に手を回し、絡み付くように自分から抱き着いて来たのだ。

 

 ……まぁ、怖かったんだろうな。死人が出そうになるってことが。

 俺だって、死ぬのは怖い。だけど、矢村達をほったらかすのも怖かった。どっちも嫌だったから、俺は戦ったのかもな。

 

「……ばかぁ」

「うん、そだな。バカだよな、俺」

「……バカでええよ。龍太は、バカのままが一番ええ……」

 

 顔は合わせず、しかし距離は近く。俺達は何気ない言葉を交わし、互いの無事を、温もりを通じて確かめ合った。

 

「……すぅ」

「ん? おい、矢村?」

 

 ふと、彼女の身体が急に重くなったことに驚いた俺は、その小さな肩を押して矢村の顔を確認する。

 

 ……眠っていた。

 

 まるで憑き物が取れたかのような、安らぎに満ちた寝顔。見ているだけで癒されるような、そんな幸せな顔をしていた。

 

「あの日からずっと、あなたを想って眠らなかったそうなの。そっと、しておいてあげて」

 

 聞き慣れた声に思わず顔を上げると、そこには彼女と同じように涙に濡れた、救芽井の姿。彼女は労るような眼差しを矢村に向け、その小さな身体を優しく抱き寄せる。

 

「私は体力の消耗が激しかったから、つい数時間前まで眠っていたんだけれど……矢村さんは、ずっとあなたを心配してたのよ。夜が明けても、日が暮れても」

「夜が明けて……? そういえば、あれからどれくらいの時間が経ったんだ?」

 

 眠りに落ちた矢村を抱き上げる救芽井に、俺は身を起こして問い掛ける。矢村がこんなに疲れるまで起きていたって、どういうことなんだよ?

 

「今は二十五日の午後九時じゃ。今頃は、クリスマスで町が賑わっておるじゃろう」

 

 ゴロマルさんが横から出した回答に、俺の思考回路が一瞬だけ停止する。

 え? 二十五日? 午後九時? ――てことは、俺は丸一日メディックシステムのカプセルで寝てたってことなのか!?

 う、嘘だろ……午前中みっちりしごかれて半殺しにされても、五分入ってるだけで全快出来たってのに!

 

「なんでそんなに寝てたんだ俺!?」

「脇腹を撃たれて重体だったことに加えて、あれだけの激しい戦闘の傷を負ったんじゃ。しかも、真冬の夜にその黒シャツ一枚という格好だったせいで、体力の消耗も一番酷かった。わしとしては、よく一日で回復したものじゃと驚いたくらいじゃよ」

 

 今の俺の格好を指差して、ゴロマルさんはため息混じりに言う。あれま、よく見れば俺って、未だにこの黒シャツ姿のままだったんだな。

 確かにこの格好でクリスマスイブの夜は死ねる……。ていうか――

 

「……俺はどうやって助かったんだ?」

 

 思えば、その辺がまだよく聞けてなかった気がする。ゴロマルさんが助けてくれたんだなーってのは薄々わかるんだけど、具体的にどうなってたのかが気掛かりだ。

 

「――わしは、この事件が起きた原因に繋がる者として、決着を見届ける必要があるのではと思っての。不躾ではあるが、龍亮君に留守を任せてお前さん達の様子を見に行ったんじゃよ」

「そうそう。寂しかったんだぜー? 行けるもんなら俺も助けに行きたかったよ」

「万が一という場合を考えれば、龍亮君の方が適任ではあったのは確かじゃ。じゃが、あの時の剣一は、龍亮君が『技術の解放を望む者達』を知っているとは思っておらんかったはずなんじゃ。故に、迂闊に悟られて被害対象が広がらぬよう、わしが行く必要があった」

 

 ……なるほどね。やっぱゴロマルさんも、この件で責任を感じてたってわけか。兄貴を遠ざけるため、年寄りが無理して冬の夜道に出てたってことなんだな。

 

「甲侍郎が着鎧甲冑を作ろうと言い出したのも、元はといえば、わしの女房が昔の災害で亡くなったからなんじゃ。母を亡くしたこやつの、無念からくる想いの強さが、この事件を呼び起こす結果を招いてしもうたのじゃよ」

 

 ――マジか!? そんな背景があったとは……あ、なんか甲侍郎さん、そっぽ向いてる。まぁ、自分の話を人前でされちゃあ気まずいとは思うが……案外、照れ屋?

 

「じゃからこそ、あんな状況で当事者に近しいわしが、手を拱いておるわけにはいかなかったんじゃ。戦力としては何も出来そうになくとも、せめて結末を見届けたかった。君のような無関係な少年まで、巻き込んでおったことじゃしな」

「で、来たときには丁度ケリが付いた時だったと?」

「――驚いたのぉ。あんな状態で、まだ意識が保てておったのか?」

 

 俺が記憶の糸を辿って出した言葉に、ゴロマルさんが目を丸くする。やっぱり、俺があの時見た人影は、ゴロマルさんだったんだな。

 

「そう、わしが来た頃には、既に戦いは終わっておったのじゃ。そのあと、状況を読んだわしは剣一から『呪詛の伝導者』の『腕輪型着鎧装置』を奪い、着鎧した」

「えっ!?」

「そして行く途中で拾った剣を使い、樋稟と賀織ちゃんを捕まえていた黒ロープを切断した。あれを切り裂くには、剣と『呪詛の伝導者』のパワーが必要じゃったからのぅ」

 

 お、驚いた。まさか「ゴロマルさん」が「着鎧」していたとは……! あのミニマムサイズで「呪詛の伝導者」になられても、威圧感なんてカケラもなかっただろうになぁ。

 もし意識が残ってたら、間違いなく噴いてただろう。だって今、ちょっと想像しただけでも腹筋がスパーキングしそうなんだし。

 

 ……つーか、それだけ敵の情報掴んでるなら全部教えてくれたって良かっただろ! おかげでこっちは死ぬ思いしたんですけど!?

 ――まぁ、そんな時間があったとも思えない、ってのが事実なんですけどね。

 

「それから、自由になった樋稟はお前さんから『救済の先駆者』の『腕輪型着鎧装置』を取り上げ、強引に着鎧を解いた。そして今度は自分が着鎧し、お前さんの傷を応急処置で塞いだのじゃ」

「『救済の先駆者』のバックルには、人工呼吸用の酸素や小型AED以外にも、ガーゼや包帯があるの。それで一時的にあなたの体力消耗を抑えられたわ」

 

 応急処置するためだけに、着鎧する意味とかあんの? ――と聞く前に、救芽井が先読みしたかのような速さで、補足を挟んで来る。

 「救済の先駆者」ってそんな機能ばっかなんだよな……。コレがあるべき姿なんだと思うと、「呪詛の伝導者」とのギャップがスゴイ。

 

「そして、樋稟はお前さんを連れて救芽井家まで向かい、わしは賀織ちゃんと二人掛かりで剣一を運んで、その後を追った――というわけじゃよ」

「そうだったのか……それで、後から甲侍郎さんや華稟さんを助けたってわけなのか?」

「うむ。もちろん、『解放の先導者』を量産しておった『プラント』も完全に破壊した。これで『技術の解放を望む者達』は完全壊滅、ということになるのぅ」

 

 ――なるほどね。俺がくたばりかけてる間に、いろいろあったんだなぁ……。

 とにかく、無事に事件が片付いて本当に良かった。もう何度コレ言ったのかわかんないけど、何回でも言いたいくらいホッとしてるのは確かだ。

 

 しかし、一連の事件が解決したとなると、救芽井家がここにいる理由はないはず。近いうちに、アメリカにでも帰っちまうんだろうか?

 

「さて……ここまで世話になっておいて難だが、私達は早急に研究所まで戻り、開発作業を再開せねばならない。今夜、日付が変わる頃には町を出る予定だ」

 

 ……はやあぁあーッ!? ちょっと甲侍郎さん、いくらなんでもそれは性急過ぎでは!? そんなに早く帰らんでも、研究所は逃げないでしょーに!

 

「申し訳ありません。できることなら、もっとゆっくりして行きたいところなのですけれど……。救芽井家全員が研究所を留守にしていては、そこに内包されている技術データが流出しかねないのですわ。第二の『技術の解放を望む者達』を出さないためにも、急いで引き返す必要があるのです。ご理解願えませんこと?」

 

 明らかに「えー!?」という驚愕の表情になっている俺と兄貴。そんな二人の兄弟に、麗しい聖母は困ったような笑みを返していた。

 

「ほ、ホントなのか? 救芽井」

「ええ……お父様とお母様の言う通りよ。剣一さんのこともあるし、早くアメリカに戻らなきゃいけないの。明日の朝には――もう、私達一家はここにはいない」

 

 ……なんてこった。「用が済んだなら、そのうち研究所とやらに帰るんだろうな〜」とは思っちゃいたが……まさか、こんなに早いとは。

 俺のせいで矢村はもう寝ちゃってるし、なんかよく見たら、家族揃って荷物まとめだしてるし……。

 

 ――だーちくしょー! こんな終わり方っていいの!? 祝勝会くらいしたっていいだろ!?

 なんなの!? 救芽井家の皆さんってなんなの!? 超が付く一子相伝のクソ真面目一族なの!?

 

「くは〜、やっと平和になったかと思えば、もうお別れかぁ〜。古我知さんのこともあるし、もうちょっとゆっくり話したかったモンだよなぁ、龍太」

「全くだ! ていうかご家族一同の辞書に『疲れ』という文字はないの!?」

「わしらは今夜出発する前提で、しっかり休息を取っておるからのぅ。むしろ、目覚めたばかりのお前さんや、眠らなかった賀織ちゃんの方が辛いじゃろうな」

 

 俺達兄弟が未練がましく垂れ流すクレームを、ゴロマルさんがアッサリと受け流してしまう。

 

 ……そういや、矢村は俺のために眠らずにいたんだよな。ふと気になって、救芽井の腕に抱えられて眠っている、彼女の寝顔を観察した。

 見てるこっちが眠気を貰いそうな程、ぐっすりと寝ている――が、よく見れば目元が赤く晴れているのがわかった。どう見ても、さっき泣いてたせいだけじゃない。

 

「――恋人でもないのに、無茶しやがって。人生、ドブに捨て過ぎなんだよ、お前は」

 

 俺なんかのために、心配したり傷付いたり。そんなの、この娘には似合わないはずなのに。

 なんだって彼女は、ここまで俺にこだわるんだろう。――まぁ目を覚ましたら、「ありがとう」くらいは言わなきゃな。

 

「一煉寺君。いいかね」

「は、はい?」

「短い間だが、君には本当に救われたな。改めて礼を言いたい――ところだが、それ以上にやって欲しいことがある」

 

 不意に甲侍郎さんに声を掛けられ、俺は思わず訝しんでしまう。この期に及んで、俺に何をやれと申される……?

 無意識のうちに身構えていた俺に対し、彼は凄むような口調で――

 

「樋稟と二人で、町に出掛けたまえ」

 

 ――妙な指令を下してきたのだった。

 えっと、それって……いわゆるデート?

 



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第44話 袋詰めの古我知さん

 甲侍郎さんの思考回路にはどうもついていけん。責任を取って娘と結婚しろだの、出掛けに行けだのと……!

 

 だいたい、救芽井ご本人の意志はガン無視かい? 明らかに「ブサメンとのデートを強いられてる」って感じの、後ろめたい顔してるんですけど。

 

「お、お父様! 彼のことは、もう話ししたはずよ! わ、私はっ……!」

「自分にはその資格がない、という話か? ――あの矢村という少女のように、一煉寺君を慕う資格がないなどと、誰が決めた。決めるのは彼であり、お前でもあの少女でもないはずだぞ」

「でもっ……」

 

 俺が寝てる間に、家族同士でなにか話し合いでもしていたのだろう。俺の知らない話題を持ち出され、すっかり蚊帳の外だ。

 

 ……つーか、「決めるのは俺」とは言ってるけど、あの時の視線は間違いなく強制してたよな? 強いられてるのは俺の方だったみたいだ。

 

「お前はさっき、彼女に気を遣って、駆け寄ることをしなかったではないか。その本人が眠っている今こそ、よい機会なのではないのか」

 

 甲侍郎さんは背中を押すような言葉を掛けると、キッと俺を睨みつける。ひぃ!

 

「娘を辱め、その上で我々一家を救った。それほどのことをしている君には、拒否権はないぞ。わかっておるな?」

「へ、へい……」

 

 獲物を捉える、肉食動物の眼光だ。デスクワークが基本な科学者の顔じゃねぇ……。

 そこまでして責任を取らせたいのは、やっぱり娘がかわいいし、着鎧甲冑のことも大事だからなんだろうな。プラマイゼロ……かどうかはともかくとして、どうやら俺は、救芽井家と無関係では到底いられない立場になっていたらしい。

 少々テンパりつつも頷く俺の態度に、甲侍郎さんは「うむ」と納得したような表情を見せる。そして、今度は物理的に娘の背中を押し、俺の眼前へと導いた。

 

 正面に立つのは、頬を染めて上目遣いで俺を見上げる、茶髪ショートの巨乳美少女。

 「自分にも彼女くらい作れる!」って言えるくらいの自信がある男なら、問答無用で口説きに掛かっている頃だろう。そのくらい、今の彼女は立派に「女の顔」をしていた。

 雪の如く白い頬に、見ているだけで温もりが伝わるような朱色が、内側から染み出るように現れている。

 薄い桜色の唇は、淫靡な程の色気を放ち、そこから放たれる息遣いが俺に「異性」を意識させた。

 パッチリと開いた碧眼は真っ直ぐにこちらを見つめ、その水晶玉のような美しい蒼さに、俺の姿が映り込む。水分を多く含んでいるのか、まるで水の中にいるかのように、その瞳はふるふると揺らめいていた。

 

「あっ……」

 

 ――なにかを言おうとして、喉がつっかえる。とっさに出かかった言葉を、理性で飲み込んだからだ。

 俺が「かわいい」とか「ドキドキする」とか、そんな思ったままのことを口にして、喜ぶ女がいるか? キモがられる結末に、ルートが確定してしまう。

 時には危険を承知で突っ込む度胸も必要ではあるが、バッドエンドが必至である選択を敢えて選ぶ意味はない。勇敢と、無謀は違うのだ。

 故に俺は、「異性」として意識しないように、注意しなくてはなるまい。ドギマギしまくってる事実が向こうにバレようものなら、変態呼ばわりじゃ済まなくなる!

 龍太……うまくやれよ……!

 

「……うん。頑張ってみるね、お父様……」

「きゅ、救芽井?」

「……行きましょ、変態君。早くしないと時間がなくなっちゃう」

 

 救芽井は兄貴に預けられた矢村を一瞥すると、俺の手を引いて階段を上がりはじめた。抵抗する理由も暇もなく、俺は彼女の歩みに身を委ねることになった。

 

「樋稟、あなたの荷物は私達がまとめておきますから、自由に楽しんできなさい」

「せいぜい頑張れよ〜い! お兄ちゃん応援してるからな〜!」

 

 華稟さんと兄貴のエール(?)を背に受け、俺達は地上へと昇っていく。俺にとっては、丸一日ぶりの大地なんだな……。

 

 階段を昇りきると、目の前に見覚えのある部屋が広がった。救芽井家のリビングだ。

 

「ふぃ〜、やっとこ地上に出たって感じだなぁ。んじゃ、さっそく町に行くとするか。時間が押してるんだろ?」

「う、うん……」

 

 感慨に浸ってる暇はない。顔を上げてアナログ時計に目を移すと、その針は九時半を指し示していた。

 彼ら一家の出発が零時。移動時間を考えると、さっさと動いた方が良さそうな気がするな。

 

 メディックシステムに掛けられていた赤ダウンを羽織り、外出の準備を整える。

 俺の血はちゃんと洗濯されてるみたいだし、銃創による穴もツギハギながら塞がれている。たぶん、兄貴がやってくれたんだろうな。

 外の寒さは夕べに痛感したし、上着はちゃんと着とかないと、ね……。

 

 そして、俺達は玄関に繋がる廊下の角を曲がった。その先にある光景を、考えることもなく。

 

「……やぁ。遅かったじゃないか、龍太君。お姫様に起こしてもらえたのかい?」

 

 瞬間、俺は自分の目を疑う。目をごしごしと擦ってから二度見したが、景色は変わらない。

 

 ――玄関前で、古我知さんが首から下を袋に入れられ、ダルマのようにされている光景を見れば、誰だってこうなるだろうけど、な。

 

「……なにをやってんだ、あんたは」

「なにって……ご覧の通りさ。袋の中は『呪詛の伝導者』のブラックロープでガッチリ縛られてるよ」

 

 ブラックロープ――あの黒い帯のことか。ゴロマルさんがやったんだろうなぁ……合理的だけど、えげつないことをしなさる。

 

「おじいちゃんが、『剣一を拘束するにはこれが一番いい』って……」

「あー、やっぱりね」

 

 救芽井のバツが悪そうに出てきた言葉に、俺は生返事。こんなマヌケな格好を見せられたら、「俺の戦いがなんだったのか」と考えさせられてしまいそうだ。

 古我知さんは「いやぁ〜参ったなぁ〜」といわんばかりの苦笑いを浮かべており、まるで「肩の荷が降りた」かのような表情になっている。

 自分のやり方に迷いがなかったら、こんな顔はできないはずなんだが……。

 

 彼はしばらく俺の顔を見て笑いつづけていたが、やがてそれを止めると、慈しむような目を俺に向けた。

 

「どうやら、僕は『悪の親玉』でいるには、どうにも甘すぎたみたいだね。生きた君とこうして会えることを、喜んでしまううちは」

「……確かに、そんな悪役はいらねーな。あんた、着鎧甲冑を兵器にしたかったわけじゃなかったのか?」

「もちろん、兵器転用に向けた意気込みは真剣だったさ。だけど、割り切ったつもりでも、迷いもあったんだね。家族同然に育ってきた人達を裏切り、関係のなかったはずの男の子にまで、ここまで立ち向かわれたから」

 

 ……彼は着鎧甲冑を兵器にするために、家族を裏切り、他人を巻き込んだ。

 結果として、自分は敗れて計画は頓挫したけど、家族も他人も含めて、誰ひとり死ぬことはなかった。

 そして今、本人は笑っている。

 きっと、本当は自分の目的よりも、家族の安否の方が優先順位が上になっていたんだろう。でなきゃ、負けたのにこんな顔はできない。

 

「君と君のお兄さんを見てるとね。度々考えるんだよ。僕は家族を傷つけ、裏切り、なにをしてるんだろう、ってね」

「――その兄貴も、あんたを心配してる。あんたがまだ兵器にするつもりでいるなら、兄貴に代わって俺がぶちのめすからな」

「ははは、それは心強いなぁ。君に見張られたままなら、もう樋稟ちゃん達を傷つけずに済みそうだ」

 

 古我知さんは俺から視線を外すと、今度はジッと俺達のやり取りを見守っていた救芽井の方を見る。

 

「君の『ヒーロー』、かっこよかったね。お父様が夢見た特撮ヒーローそのものだったんじゃないかな?」

 

 ……え、なにそれ? もしかして着鎧甲冑のディティールが妙にヒーローっぽいのって……?

 俺がその思案に暮れるより先に、救芽井が顔を赤くして声を荒げた。

 

「ちゃ、茶化さないでください! ……それより、心変わりはされていないんですか? 剣一さん」

「兵器転用しなければ、着鎧甲冑が発展の契機を失う――という考えは今でも同じさ。ただ君達に敗れ、その狙いが日の目を見ることはなくなった……というだけさ」

 

 ――あくまで、考え方を変えるつもりはないってことなのか? 強情な……。

 

「開発競争に敗れ、世界に進出する前に埋もれてしまった技術は、世の中に溢れている。僕もそんな中の一部だったってことさ。君達だって、こうならないとは限らないんだよ」

 

「……なら、どこかで見守っていて下さい。あなたの『思想』は、私達救芽井家の力をもってして、必ず打ち破って見せます」

 

 どうやら、古我知さんは今のままだと、救芽井達も同じ道をたどる、と言いたいらしい。

 それに対して救芽井は、古我知さんの「産物」に続いて「思想」まで破壊すると宣言した。絶対に負けられない、と険しい顔をして。

 古我知さんは、そんな彼女の姿勢を前に「フッ」と不敵に笑うと、ズルズルと身を引きずって俺達に道を空ける。

 

 ……なんだろう。すごくマジメな話をしていたはずなのに、彼の格好のせいでシュールなやり取りにしかなってない気がする。

 まぁ、そんなことを考えていたって、モチベーションが下がるだけだ。それよりも、時間が押してるんだから、早く出発しないと!

 俺が救芽井に視線を送ると、彼女は相槌をうって玄関の扉を開く。ひゅうっと冷たい風が吹き抜け、この場の気温が急激に奪い去られていく。

 

「最後の数時間、じっくり楽しんで来るんだよ」

「――はい。じゃあ、行ってきますね。剣一さん」

「ああ……行ってらっしゃい」

 

 そして、古我知さんとの挨拶を交わした救芽井は俺の手を引くと、弾かれたように救芽井家を飛び出していく。

 頬を染めていたその横顔からは、まるで遊園地に誘われた子供のような、朗らかな笑みが垣間見えていた。

 



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第45話 終わりよければ全てよし

「うっはー……最近噂になってるらしいけど、やっぱめちゃくちゃかわいいじゃん! なんでそんな奴と一緒にいるわけ?」

「知ってるか? こいつ昔は結構いじめられてるクチだったんだぜ? そんなダサい奴と並んで歩いくなんて、もったいなくね?」

「だからさぁ、俺達とどっか行こうよ。ぜってーそいつよりお得だからさ!」

 

 救芽井と二人で繰り出した商店街。そこで出くわしたのは、見覚えのある男子達だった。

 

 ――そう、俺をいじめていた連中だ。

 

 矢村絡みの一件以来、関わって来なくなったはずだったんだが……どうやら、町で噂の超絶美少女――もとい救芽井を引っ掛けたくて、ここまで来ていたらしい。

 

 ついこないだまで訓練にばかり時間と気力を注いでいた彼女が、俺と出くわしたことをきっかけに外出をするようになった。その影響は、やはり外部にも出ていたらしい。

 こんな町にはあまりにも不釣り合いな、色白の美少女。その存在は、とっくに商店街一帯の話題をさらっていたようだった。

 

 普段ここに来ないような連中が、彼女目当てにやって来るのも頷ける。

 人命を守るスーパーヒロインがいたり、アイドル級美少女がうろついてたりと、松霧町はここ最近ネタに事欠かないな。

 

「変態君、この人達は?」

「うちの中学の同級生。まぁ……最近は絡みがなかったはずだったんだけどな」

「なにぶつくさ喋ってんだよ! クソ煉寺の分際で!」

 

 俺と救芽井がひそひそと話している様が気に食わないらしい。三人のうちの一人が、こちらに食ってかかる。

 

「クソ煉寺……!? なんですか、その下賎な口ぶりは! 訂正しなさい!」

「まぁまぁ……。あの、悪いんだけどさ。この娘、明日には実家に帰るらしいんだ。それに門限だってあるし、あんまり時間が取れないんだよ。彼女にとっては今夜が最後なんだから、せめて今ぐらい道を空けてくれないか?」

 

 プンスカと怒る彼女を制し、俺は三人へ視線を送る。

 あんな戦いをして心配を掛けてしまったばかりなんだから、出来れば荒事は避けたい。俺は可能な限り穏便に事態を収めようと、やんわりと懐柔を試みた。

 

「ハハハ、なんだそりゃ? いーんだよ、うるさい親なんか無視してりゃ!」

 

 ――だが、あいにく向こうは聞く耳を持たないらしい。話をしているのは俺なのに、目も合わせずに救芽井のプロポーションを舐めるように眺めてばかりいる。

 

「……なん、ですって……?」

 

 その言葉に、救芽井はわずかに顔を赤くする。恥じらいではない。完全に「怒り」の色だ。

 

 ……当たり前か。救芽井は両親を助け出すために一人で戦い、苦しんで、やっと今日になって会えたんだ。

 それだけのことをした後に、「うるさい親なんか」などと肉親を蔑ろにするような台詞を吐かれたら、そりゃ怒る。

 

 救芽井は「解放の先導者」に対して一騎当千の強さを見せ付けるほどの、格闘センスがある。対して、向こうは俺一人にてこずってたようなドシロウト集団。

 しかも、連中はその力量差を知らないまま、彼女を挑発している。下手をすれば、ブチ切れた彼女が三人を病院送りにしかねん……!

 

 俺だったらケンカしたって「所詮一煉寺だから」で終わるけど、彼女はそれじゃ済まされない。ゆくゆくは「着鎧甲冑」という発明品にとって、なくてはならない存在になるはずなんだから、こんな厄介ごとの巻き添えを喰らってる場合じゃない。

 負けることはないにしても、万一のことを考えて、彼女を危険から遠ざける。それは別に、悪いことでもないはずだ。

 

「あーその、頼むから今回は見逃してくれよ。さっき言ったように、あんまり時間を無駄にしたくないんだ」

「ウゼェんだよクソが! さっさと家に帰ってシコってろ!」

「よくも彼にそんな口を……許せない!」

「なんだよこの女、まさか一煉寺がイイってのか? イカレてるぜ」

 

 ……彼女を庇うつもりが、余計に話をこじらせてしまったようだ。俺を罵倒する男子達に救芽井がさらに怒り、その彼女を連中が睨む、という構図になっている。

 つーか、家族のことならまだしも、俺のことでまで怒っててどうすんだよ……カルシウムが足りなくなるぞ。

 

「……ヤロー、さてはもう女にハメやがったな? いじめられてた分際で、処女を奪って童貞卒業なんて百年はえーんだよッ!」

 

 すると連中の一人が、とんでもないミスリードを起こして殴り掛かってきた!

 

「――っく!」

 

 だが、それはもう、俺をいじめる力にはなりえなかった。相手の拳よりも先に、とっさに飛び出ていた俺の熊手が、その顔面を打ち抜いていたからだ。

 鼻血が辺りに飛び散り、彼は尻餅をつく。その様は、到底去年まで俺をいじめていたような奴の姿には思えないものだった。

 

 ――ろくにケンカだってしたことがない。正しくは、ケンカらしいケンカをする前にやられていた。

 そんな俺が、兄貴の拳法を使った途端にコレだ。今までは失敗を恐れて使えなかった技だが、古我知さんを倒した後だからか……全く技の出に、迷いがなくなっていたのだ。

 

 ただ技が使えた、というだけじゃ、ここまで上手くは行かなかっただろう。素手で「解放の先導者」を破壊できる程の鉄人である兄貴の教えがあったから、いつの間にかここまで強くなっていたんだ。

 もちろん兄貴に比べりゃ、俺なんて白帯すらおこがましい程のペーペーだ。それでも――救芽井を守ることはできた。

 ……だが、それは彼らを傷つけた事実にも直結する。古我知さんと何も変わらない、ヒーローからは程遠い存在だ。そういう意味じゃ、俺と彼は紙一重だったのかもしれない。

 

「い、痛い! 痛いぃ!」

「お、お前、鼻血やべーぞ!」

「てめぇ、やや、やりやがったな!」

 

 今度はもう一人が掛かって来る。俺は条件反射で片膝を上げ、待ち蹴の体勢を作った。

 

「ひいっ!」

 

 それだけで、なにかしてくると思ったのか、そいつは戦意をなくしてしまっていた。蹴りのフォームに怯むと、すぐさま引っ込んでしまう。

 

「い、行こうぜ……わけわかんねーよ、もう……!」

「ひぅ、痛い、痛いよぉ……!」

 

 連中は鼻血が垂れ流しになっている仲間を引きずり、ズルズルと撤退していく。俺はいじめていた相手を退けたことで、少しの安堵と多くの悔いを噛み締めて、救芽井の方へと向き直る。

 

「……あんなのにいじめられてたの? 変態君が?」

「まぁ、そういう時代もあるってこったな」

 

 こんな暴力のために、俺は鍛えられていたわけじゃない。そのことを忘れたら、俺はどこまでも誰かを傷つけてしまうのだろう。そんな正義の味方はきっと、彼女の望むところじゃない。

 ……カッコつけたことばっかり考えてるみたいで、正直我ながらうすら寒いけど……これぐらいの気持ちがなきゃ、この娘と仲直りできる見込みなんてこれっぽちもないのだろう。

 

 ――損な役回りだよな、王子様ってさ。

 

 ◇

 

 そのあと、俺達は商店街の中へと進んでいく。クリスマスの夜というだけあって、辺りの賑わいは最高潮だった。

 職人業のイルミネーションが町並みを彩り、サンタの格好をした人々が風船やプレゼントを、子供達に笑顔で配っている。

 中央に立てられたクリスマスツリーは、噴水まで用意された豪華な仕上げになっていた。この町でこのクオリティは、相当な大盤振る舞いなのである。

 

「綺麗ね……」

「年に一回の一大イベントだしな。今夜が『クリスマス』の最後なんだから、なおさらだ」

 

 飾り付け以上にキラキラしている救芽井の手を引くと、俺は噴水の近くの石垣に腰掛けた。彼女もそれに続き、俺の傍に腰を降ろす。

 

「よくやってくれたよ、お前は」

「えっ?」

「お前がここに来てくれなかったら、絶対誰かは不幸になってた。この町を守ってくれて、ありがとな」

 

 彼女の顔を覗き込むような格好で、俺はニッと笑う。微笑んだってキモいだけだし、どうせなら思い切り顔を崩して笑った方がいいだろう。

 

「そ、そんな! お礼を言わなきゃいけないのは、私の方なのに……。さっきだって、私をあんなに守ってくれて……」

「そりゃあ、お前に何かあったらマズいんだから当然だろ? お前はここからが大事なんだからさ」

「もう、それはお互い様でしょ? あなたこそちゃんと受験勉強頑張らないと、矢村さんが泣いちゃうわよ? さっきみたいに」

「そ、それはそうだな、ハハ……」

 

 俺が冷や汗を流して頬を掻くと、救芽井は可笑しそうにコロコロと笑う。「楽しそう」というよりは「幸せそう」という表現が似合いそうな笑顔だが――まぁ、喜んでるならマシってことだろう。

 

 すると、このクリスマスツリーがある中央地点一帯に、穏やかな音楽が流れはじめた。

 下流の川を流れるような、優しい音色のバイオリン。肌を撫でる緩やかな風を思わせる、ピアノの演奏。

 町の人々を癒すはずのそのBGMは、俺の心にグサリと突き刺さるのだった。

 

 ――眼前のカップルや若い夫婦達が、音楽に乗って踊りはじめたからだ。

 周りに見せ付けるかのように派手に踊るカップルもいれば、初々しく恥じらいながら踊る若夫婦もいる。

 

「えっ……こ、これは?」

「ハァ、とうとう来やがったか……この時が」

 

 そう、この町で行われるクリスマスに、ここまで気合いが入っているのは――ひとえに、このイベントのためにあるのだ。

 

「……これは見ての通り、出来立てホヤホヤの恋人達をもてなす、ダンスパーティさ。この松霧町の、数少ない名物ってとこか?」

 

 救芽井に軽く説明した後、俺は思いっ切りため息をつく。これがいわゆる、「カップルお披露目」の祭典だからだ。

 言うまでもないが、このイベントはカップル限定である。孤高の野郎共にとって、この場所は噴水広場という名の、血の池地獄でしかないのだ。

 

 俺がここに救芽井を連れ込んだのは、彼女と踊るため――とはいかなくても、せめて「雰囲気くらいは味わえるかも」という淡い期待を胸に抱いていたからだ。

 ……だが、それすらも俺には程遠い。実際に来てみて再認識させられたが、全然そんなムードじゃねぇ! 救芽井とか、ぽけーっとダンスを眺めてるだけだし!

 「異性」を意識しないように気をつけているつもりだったにもかかわらず、こんなところに来てしまう辺りからして、どうも俺は煩悩に弱い人物だったらしいが……これはさすがに愚行過ぎた。

 あぁ……「俺と踊るかい? ハニー」とか言えるわけないし、かといって何のアクションも起こさないままだと、目の前のダンスに精神が蝕まれる一方だ!

 

 くそっ、もうこうなれば、この場から脱出するしかない! 総員退避! 退避ーッ!

 

「こ、ここにいたってしょうがないし、別のとこ行ってみるか!」

 

 俺は救芽井の手を取り、このカップリング亜空間から離脱するべく立ち上がる。

 すると――

 

「ふえっ!? お、踊るの?」

 

 彼女は小動物みたいに肩を震わせ、シモフリトマトみたいに真っ赤な顔で俺を見上げた。

 

 ――お前は何を聞いてたんだァーッ!?

 

 さっき「ここから移動しよう」という旨を口にしたばっかだぞ!? どんだけ上の空だったんだコイツ!

 ていうか今度は「一緒に踊る」ムードに早変わりしてるし! 諦めて場所を変えようとした途端にコレかいッ!?

 マ、マズい! これは計算外だった! どう答えればいい!? どんな選択が一番好感度の上がるコマンドになるんだ!?

 

「あ、あー……んじゃまぁ、せっかくだし――踊るか?」

 

 ――ドサクサに紛れて俺も何言ってんだァァァッ!?

 

 なに流されてんだ! しかもなんだその生返事! 仮にも擬似デートだぜ!? リアルギャルゲーなんだぜ!?

 あぁ救芽井が俯いてる! もっと顔真っ赤にしてる! 絶対笑ってる!

 待って! 今の取り消すから! 俺の気の迷いだったから! だから変態からの格下げだけはらめぇぇえぇえ――

 

「うん、いいよ……」

 

 ――えぇえ?

 

「い、いいのか?」

 

 俺がほうけた顔で確かめると、彼女は少し俯いたまま、こくりと小さく頷いた。

 え? なに? つまり――オッケーってこと?

 

「は、早くエスコートしてよ。時間が、ないんだから……」

 

 俺にゆっくりと手を差し出す彼女の顔は、茹蛸のように赤い。熱でも出してるんじゃないかってくらい、赤い。

 そして、瞳も潤んでいる。蒼く透き通った眼差しが、俺の姿を捉えて離さない。

 こんな顔をされて、今さら引き返せる男がいるんだろうか? 多分、いないんじゃないかな。

 

「お、おぅ……」

 

 俺は指先が震えないように無心を心掛け、そっと彼女の手を取ると――吸い込まれるかのように、今まで避けつづけていた世界へと、踏み込んで行った。

 

 ――俺が弱いわけじゃない。彼女の魅力が、ヤバ過ぎただけだ。

 そんな言い訳を心の中で並べながら、俺はカップル達に混じっていく。

 

「お、俺、実はこういうの初めてでさ……」

「う、うん。私も……」

 

 ……って、あれ? こういう社交ダンス、救芽井も初めてだったのか?

 てっきり、こういうのは慣れてるもんだと思ってたんだけどなぁ。それであわよくば、リードしてもらうつもりだったんだけど……。

 

「……お父様が厳しくて、今まで誘われたことなんてなかったから……」

「――じゃあ、見様見真似でやってみるか。お互い、素人だしな」

「……ふふ、そうね。お互い様、だもんね……」

 

 そういうことなら、仕方ない。成り行き上こうなったんだから、最後までやるしかないんだし。

 俺達は周りの動きに合わせて、ぎこちなく手を取り、足を動かし、視線を交わす。

 ちゃんと練習してきたカップルと比べれば、グダグダと言わざるを得ない出来だったはずだが――救芽井は終始、満面の笑みをたたえていた。

 何がそんなに嬉しいのかはよくわからないし、ド素人の俺には、深く意味を考える余裕もなかった。

 だけど、「彼女が喜んでる」。その事実がある限り、俺も笑顔を絶やさないように心掛けていた。

 

 ――せめて彼女が笑顔で、この町を去れるように。

 

 ◇

 

 俺の脳内予定の上では、もっと他にいろいろなところを回っていくつもりだったのだが、初めてのダンスパーティにハッスルし過ぎてしまっていたらしい。

 パーティが終わる頃には、時刻は既に十一時半を過ぎていたのだ。

 

 せっかくの最後の外出だったのに、ほとんどダンスだけで時間を潰してしまった。その事実に青ざめる俺だったが、救芽井はそのことで怒ることはなかった。

 

「ありがとう……すごく、楽しかった」

 

 それどころか、そんなお礼まで言ってくれたのだ。その時の切なげな表情を見れば、もっといろいろと見て回りたかった気持ちがあったことくらい、俺でもわかるのに。

 ここまで来て気を遣われるなんて、ほとほと俺も堕ちたもんだなぁ……。彼女はきっと大人だから、その辺もしっかりしてるんだろう。

 

 だが、落ち込んでいる暇はない。

 こうなれば、せめて見送る瞬間までは笑顔でいないとダメだ。変にテンションを下げて、これ以上気を遣わせたら男の尊厳にかかわる!

 

 ……つっても、とうとう変態のレッテルは剥がせなかったみたいだけどね。別に救芽井との結婚までは望まないから、せめて普通に呼ぶようになって欲しかったよ……グスン。

 

 大急ぎで救芽井家まで引き返した頃には、既に家族全員が出発準備を終えているようだった。

 大型トラックに荷物(と古我知さん)を全て積み込み、救芽井とゴロマルさんが暮らしていた家からは、「救芽井」の札が無くなっている。

 

「おぅ、二人とも! 随分と遅いお帰りじゃったのう」

「お帰りなさい。いい思い出は、出来た?」

 

 トラックから身を乗り出したゴロマルさんと華稟さんが、俺達を出迎える。救芽井は笑顔でピースサインを送ると、クルリと俺に向き直った。

 

「じゃあ、私達……帰らなくちゃ。ありがとう。本当に、ありがとう……」

 

 救芽井の、どこか悲しげな笑顔。それを見ていられなかった俺は、必死に言葉を探す。

 変態呼ばわりをやめて欲しいのも、見送る瞬間には笑顔でいて欲しいのも、全ては「終わりよければ全てよし」とするためだ。

 彼女がちゃんと笑ってくれなかったら、変態呼ばわりのまんまで終わる以上に後味が悪い!

 

「最後なんだぜ? もっと笑おうよ、ずっと変態扱いのままでもいいからさ!」

 

 結局口にしたのは、そんなストレートな主張でしかなかった。こんな時に気の利いた台詞が言えない、俺のボキャブラリーが恨めしい……!

 

「ふふ、あなたらしいわ。ずっとそのこと、気にしてたの?」

「あ、当たり前だろ!」

 

 一方で、向こうは俺の死活問題を相当軽く見ていたらしい。思わずじだんだを踏み、憤慨してしまう。

 

「樋稟、零時を回った。急ぎなさい」

 

 すると、彼女越しに甲侍郎さんの呼び声が聞こえて来る。どうやら、かなり時間が押して来ているらしい。

 しかし、当の呼ばれている本人は返事をしない。あれだけ家族を大切に想っていたのに、珍しいな。

 ……というよりは、返事に気が回らないのか? 胸倉の辺りをギュッと握りしめ、頬を僅かに染めている。

 

「――きゅ、救芽井?」

 

 その時、彼女を取り巻く空気の色が変わった。

 今まで以上に潤んだ瞳。恍惚とした表情。突然見せたその顔に、俺は我を忘れて釘付けになってしまう。

 

 そして――

 

「じゃあ、お詫びもかねて……クリスマスプレゼント、あげるね。――『龍太君』」

 

 彼女の顔が、視界から消えた。

 正しくは、目に見えない場所に動いたのだ。俺の、左頬へと。

 次いで、その肌に伝わって来る、柔らかい肌が触れる感触。そこから伝導される温もりに、思わず骨抜きにされそうになる。

 俺の頬に顔を寄せた彼女から、直に通じ合わされた肌と肌の繋がり。

 

 それが意味する現実に、俺の思考回路が追い付く頃には、彼女はもうトラックへと乗り込んでいた。

 

「――ねぇ、私、笑えてる?」

 

 俺を見つめ、車窓から顔を出す彼女は、頬を紅潮させながらも――笑っていた。

 もう、文句の付けようがないくらい……朗らかに。

 

「あ、うん……スッゴくいい笑顔、だよ」

 

「そうなんだ……ありがとう。私、あなたのおかげで、幸せです」

 

 抑えている恥じらいが滲み出ているが、それでもかわいらしい笑顔は健在だ。その笑みに見とれているうちに、トラックが発進しても、手を振ることを忘れてしまうくらいに。

 

「お~い! またなぁ~古我知さ~ん!」

 

 隣で兄貴が手を振っていても、俺はただ呆然と立ち尽くし。

 

「婿に取る心構えは、出来たか?」

「うん……ありがとう。お父様」

 

 そんなやり取りがあったことを、知る由もなく。

 ――こうして、俺のちょっと日常から外れた冬休みの一時は、雪と共に溶かされて行くのだった。

 




 次回からは三人称視点となります。


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第46話 一年半の月日

 冬が終わり、受験が終わり、春が来て。

 そしてまた一年が過ぎ、今は夏。

 高校二年生の夏休みを目前に控えた、一煉寺龍太の一日は――

 

「龍太ぁ、もぉいつまで寝とるん? はよ起きんと遅刻するやろー!」

 

 ――矢村賀織のモーニングコールに始まっていた。

 まばゆい日差しが差し掛かる朝。

 少年の住まいである一軒家の前で、白い半袖のTシャツと、青色のチェック柄ミニスカートで身を包んでいる彼女が、堂々と仁王立ちしている。その胸元で揺れる愛らしいリボンが、彼女の笑顔を更に眩しいものに彩っていた。

 

 その一方で、小さく愛らしい八重歯が僅かに覗いており、その頬は微かに紅い。

 

「……あのなぁ、俺の活動時間は昼からなんだよ? 今はまだバッテリーが――」

「ほんっと、二年に上がっても変わらんなぁ! あんたの充電とか待ちよったら、終業式終わってまうやろ!」

「んじゃ先に行きなさいな。俺はもうしばらく精神統一を――」

「また寝る気かいっ! はよ起きんと、い、家に、家に上がり込むよ!?」

 

 頬を染めながら、上目遣いで二階にいる自分を見つめている友人の顔を眺め、未だに顔が寝ぼけている少年は、あからさまにため息をつく。

 

「……へいへい、わかりましたわかりました、起きますよっと」

「も、もぉ! せっかく家に上がれそうだったのに――やなくて! ちょっとは毎朝起こしに来るアタシの気持ちも察してやっ!」

 

 少年は、自室に保管してあるパソコン内のとある画像が出っ放しになっていることに気が付くと、それを見られる事態を懸念して、敢え無く降参した。どうやら、夕べはパソコンを起動させたまま眠ってしまっていたらしい。

 

 こうして高校入学から現在にかけて、長期休暇のない平日は、彼女に起こされるのが龍太の日課になっているのだ。耳に突き刺さる世話焼きな女の子の声に、彼は文字通り頭を抱え込む。

 

「……お前がそんな調子なおかげで、俺はろくでもない青春を謳歌してるんだがな」

「なんか言ったー?」

「なーにーもっ!」

 

 ぶっきらぼうに返事をすると、彼は気だるげに身を起こし、渋々と夏服に着替えていく。

 

 一年半余りを遡る頃、龍太と賀織は、第一志望だった「私立松霧高校」に合格した。

 中学時代、常に学年で上位をキープしていた賀織の成績を考えれば、彼女の方は順当な結果と言えるだろう。しかし、龍太が合格した事態は異常そのものと言われており、当時は職員室が「騒然」を通り越して「狂乱」に包まれていた。

 彼がそうした結果を得られたのは、実は救芽井樋稟の助力があったからなのだが、その事実は、彼女に関わりを持った本人を含む三人のみである。

 

 彼女が龍太と賀織を連れて、二股デートに繰り出す直前に残して行った、一冊の本。それは、彼のために彼女が一晩かけて書き上げた、受験対策の即席参考書だったのだ。

 賀織を「解放の先導者」から救い、龍太を送り届けた後、樋稟は龍太が受験生であることを気にかけていた。このままでは、彼らの日常を壊してしまう。そんな葛藤が、少なからず彼女の胸中に存在していた。

 それゆえに、彼女はせめてものフォローとして、彼らが受験するであろう唯一の地元高・松霧高校の過去問や出題形式を調べ上げ、そのデータをノートへと書き起こし、本にしていたのだ。少しでも助けになればと、「彼らへの協力」と「自分への慰め」を込めて。

 

 彼女達一家が去った後に、そのノートを発見した龍太は兄と顔を見合わせ、それが何なのかを悟った。そして、その誠意に精一杯報いることに決めたのだ。

 知り合った人間にここまでされて、勉強する気が起きなくなる程、彼は甲斐性のない男ではない。残されたデータを自分なりに理解していき、やがて「合格」という形で応えることに成功したのだった。

 

 そうして樋稟の助けのおかげで合格できたことを、龍太は手放しで大喜びしていた。しかし一方で、その隣に立っていた賀織が悔しげに唇を噛んでいたことには、気づくことはなかった。

 彼女としても、想い人と再び青春を共にできることは至上の喜びであった。龍太と同じ学校に通える、それはあの冬休みに彼女が思い描いていた、理想の世界そのものであったのだから。

 

 しかし、そんな理想を実現させたのは自分ではなく、樋稟。ライバルだったはずの彼女の功績が、自分の夢を叶えてしまったのだ。

 龍太はノートを手に入れるまで、勉強を見てくれていた賀織にも、感謝の気持ちを伝えてはいたが、それでも彼女自身の内心には、敗北感が漂っていた。

 後から急に出てきて、自分の役目を奪われてしまった。賀織が感じたことは、まさにそれだったのだ。

 だが、樋稟のおかげで今の高校生活があるのも事実。そのことには深く感謝しているし、賀織自身も彼女の生き様を深く尊敬していたのも、確かなことであった。

 故に渦巻く、複雑な気持ち。スーパーヒロインとして、または女性として尊敬し、その一方で想い人を取り合う、ライバル関係。

 樋稟の態度から、彼女も龍太を好いているとすぐさま見抜いていた賀織は、彼女に感謝の気持ちを持っている龍太を見て、複雑な想いを抱かずにはいられなかった。

 

 そして、そんな心のもやもやを打ち破ろうと彼女が起こした行動が、「今まで以上のアプローチ」であった。

 もし樋稟が、いつか龍太を奪いに来たとしても、その前に既成事実を作っていれば手出しはできない。日本では、重婚が認められていないからだ。

 思い立ったら即行動、というのが基本パターンである彼女は、そうして高校に入学すると同時に「今の日課」を始めたのだ。

 朝は毎朝起こし、昼には弁当を渡し、学校が終われば必ず二人で帰る。世間一般の価値観で見て、高校生のカップルがやりそうなことを片っ端から実行しだした。

 恋愛に関しての不器用さは、樋稟に勝るとも劣らない彼女。恥じらいと断られる恐怖から、告白だけはしないままだが、それ以上に男心を掴めるようなアプローチをしようと、日々奮闘を重ねているのだ。

 自分の容姿に劣等感を抱く龍太には、それが恋心から来る行動であると気づく気配がないのだが、それでも彼女には一向にめげる気配がない。

 あのクリスマスイブの夜に見た勇姿は、矢村賀織という少女の心を、いたく釘付けにしていたのだ。

 

 だが、そんな彼女の「女子力」は、龍太の高校生活を窮地に追い込む結果を招いた。

 元々、地元の中学で頻繁に話題に上がっていた、アイドル的美少女である彼女は、高校でも大勢の男子達から人気をさらっていた。

 靴箱にラブレターやプレゼントは日常茶飯事。彼女の顔を一目見ようと、学年の違う生徒までが教室前の廊下に集まることすらあった。

 それほどの求愛を集めている彼女が、一人の男子にベタベタなアプローチをしている。しかも、その本人は恋愛的な好意であることに気付いていない。

 その上、その男子は美男子でもなく、勉強や運動が素晴らしく秀でているわけでもない。能力や容姿で言えば、端から見て賀織と釣り合う男には到底見えないのだ。

 にもかかわらず、当の彼女はその男子に一途な寵愛を注ぎ、甘く熱い視線を送り続けている。そんな光景を日常的に見せ付けられていた男子一同は、ある一点の感情に団結する。

 

 つまるところ、龍太への嫉妬である。

 賀織の靴箱に入れられたラブレターの数だけ、彼のそれには画鋲が仕込まれ、昼食後には必ず体育館裏に連行され袋だたき、という毎日なのだ。男子からは嫉妬され、女子からは仕打ちに同情され。いろいろと思春期には辛い青春であると言えよう。

 龍太からすれば、恋人でもない女の子からちょっと良くしてもらってるというくらいで、日常的に暴行を受けているとしか思えない状況であり、真っ当な青春を送れているという感覚は持てずにいた。

 そんな日々が続けば、当然ながら友人を作る機会など失われてしまう。中学時代には、それなりに気の合う友人もいたのだが、今となっては周りの男は嫉妬の鬼だらけ。

 地元の高校ゆえに知り合いもいたのだが、彼らも結局は賀織を優先し、龍太にやっかみを飛ばすようになっていた。

 

 中学時代の時点でも、賀織との絡みが多かったせいで男子から顰蹙を買うことはままあった。

 それが高校に入っても続き、それどころか明らかに激化しているのは、ひとえに賀織のアプローチがパワーアップした証と言えるだろう。

 結局、龍太は高校に入ってからの一年間、男友達すら作れない、ろくでもない灰色の青春(本人談)を送る羽目になっていたのだ。

 

 しかし、だからといって彼は賀織を責め立てるようなことはしなかった。

 例え友人作りが犠牲になるとしても、大して魅力もないのに自分にやたらと構う、彼女の好意を無下にはできない、という男のプライドが働いていたためだ。

 だが、そうして彼女を甘やかしているせいで、嫉妬の炎が消えずにいるのも事実であり、時々ため息をついたり愚痴をこぼしたりもする。彼が全てを背負えるスーパーヒーローになるには、精神面が今ひとつなようだった。

 

「さて、んじゃ行くか!」

「うん!」

 

 白シャツと黒ズボンという夏服の格好で、薄いカバンを持って玄関から出て来た龍太を、賀織は満面の笑みで出迎える。既に気分は恋人同士であるかのようだ。

 彼女は龍太の傍に身を寄せると、露出している彼の腕に視線を落とす。そして本人を意識させないようにゆっくりと、そこに自分の腕を絡めた。

 



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第47話 通学までの道のり

「ふ〜ん……やったら、お兄さんとは最近連絡取っとらんのん?」

「あ、ああ、まぁな。最近はアイツも仕事が忙しいらしいし」

「そういえば、お兄さんって結局どんな会社に入ったん? 聞かせてくれんけど……」

「お、俺も知らねーなぁ。でで、でも上手くやってると思う、ぜ?」

 

 学校に行く道中、賀織が振ってきた「兄・龍亮の進路」という話題に、龍太は夏の暑さによるものとは違う汗をかいていた。

 

 というのも、大学を卒業した龍亮が就職した先は、世に言う「エロゲー制作会社」であったからだ。

 

 龍太がパソコンを付けたまま「寝落ち」していた原因も、「デバッグ作業」と称して、兄から横流ししてもらったゲームをプレイしていたことにある。

 そんなことが卑猥な話題に人一倍厳しい賀織に知れたら、最悪パソコンを破壊されかねないのだ。(本人にとって)最高の娯楽を守るべく、少年は決死の嘘をつき続けていた。

 

 ――二人の家から松霧高校に繋がる通学路は、商店街を通るルートになっている。そこに向かうには、賀織の自宅を横切るのが近道なのだが――

 

「あっ……いかん! 出たらいけんっ!」

「ぐえっ!?」

 

 そこへの曲がり角にたどり着いた瞬間、賀織は突然血相を変え、龍太の襟元を掴んだ。無茶苦茶なやり方で歩行を止められ、首が締まった龍太の喉から空気が飛び出す。

 

「げっほ……な、なにすんだよ!?」

「シッ! お願いやから、静かにしといて!」

「お、おぉ……」

 

 歳不相応なほど艶やかな唇に、細い人差し指が触れる。沈黙を命じるそのサインに、龍太は訝しみながらも了解した。

 

 賀織はその返事に頷くと、険しい表情で、曲がり角の先にある我が家の方を凝視した。彼女が何をそこまで警戒しているのか……それが気にかかった龍太は、賀織の後ろに回って彼女と視界を重ねる。

 

 ――そこには、「矢村」という名札のある一軒家の門前に立つ、ガタイのいい壮年の男性がいた。角刈りの髪に、割れた顎、鋭い眼光。野生のサルでも本能的に逃げ出してしまいそうな程の巨漢が、住宅街に佇んでいる光景は、なかなかにシュールである。

 さながら不動明王のような風貌を持つ彼は、一歩もその場を動かずに、ジロジロと辺りを見渡している。巣を守るスズメバチのように、その眼差しは鋭い。

 

「お、おい、あのキレた仏様みたいなオッサンってまさか……」

「うん……アタシのお父ちゃん。武章(たけあき)って名前なんやけどな」

「やっぱり矢村の親父さんか……。なんであんなところで見張ってんの? ていうか、別に俺達悪いことしてるわけじゃないんだし、コソコソすることないじゃん。むしろ友達の親父さんなら、こっちから挨拶しとかないと」

 

 賀織の父――矢村武章(やむらたけあき)が、なぜあれほど自宅前を警戒しているのか。その経緯を知らない龍太は、不用意に前に出ようとする。

 

「ダ、ダメッ! いかん! 行ったらいかん、行ったら龍太、殴られてまう!」

 

 そんな彼の腕を懸命に引っ張り、賀織はなんとか引き止めようと奮闘する。なぜ彼女がそこまでして、自分と武章を合わせまいとしているのか、龍太は理解できずにいた。

 

「はぁ? なんでそんなことになるんだよ」

「そ、それは……」

 

 理由を問われ、思わず彼女は口ごもってしまう。それに正直に答えることは、告白するのに等しい行為であるからだ。

 

 大工の棟梁である武章は、娘の賀織をとにかく溺愛している。彼を尻に敷いている妻が、呆れてしまうほどに。

 それゆえに、彼女の傍に男が纏わり付くことを激しく嫌っているのだ。一家揃って松霧町に移り住んでから、数年の間に従えさせた弟子達に、賀織の護衛をさせたこともある。

 そんな彼が、こうして家の前で見張っているのは、龍太の存在を知ったからであることに他ならない。

 

 賀織は父の行動が災いして龍太に避けられる事態を恐れ、彼の前で想い人の話はしないように心掛けていた。

 その代わり、父と違って自分の恋を理解し、応援してくれる母には、いつも龍太のことを嬉々として語っていたのだ。娘が恋をしていることを喜び、応援したいと願っている母にとっても、龍太の話は楽しみの一つになっていた。

 しかし、家族に隠し事は通じないもの。

 妻と娘の会話を偶然耳にしてしまった武章は、当然ながら大激怒。松霧高校に乗り込み、龍太を引きずり出そうと言い出したのだ。

 なんとかその場は母の威圧で収めたのだが、それ以来何かと龍太のことで口出しをするようになった武章に、賀織はほとほと困り果ててしまった。

 

 今こうして待ち伏せているのは、賀織と一緒に登校してくるであろう一煉寺龍太を確保し、制裁を加えるためであることは火を見るよりも明らかだ。

 もちろんこのまま龍太を行かせて一悶着を起こせば、自分達の関係に亀裂が入りかねない。そんな不安を抱える彼女としては、是が非でも彼を進ませるわけにはいかなかった。

 かといって、事情を話してしまえば自分の気持ちまで知られてしまう。もしそれで距離を置かれたら……と考えてしまう賀織は、さらなる不安に苛まれた。

 

 とにかくこの状況を切り抜けるには、遠回りをするしかない。賀織は無理矢理龍太の手を引っ張ると、大回りをするルートを使い、商店街を目指すことを考えた。こうなる事態を想定し、自宅前を避ける道のりをあらかじめ発見していたのだ。

 

「とにかくこっち来ぃや! お父ちゃんがおったら学校まで行けんのやから!」

「おい、なんで行けないんだよ? 別に俺は殴られるようなことなんてしてないんだし。そもそも面識すらないってのに」

「え、えと、アタシのお父ちゃんって見境なく人を殴るから……」

「コエーな!? お前ん家の家庭事情どうなってんだよ!?」

 

 龍太をこの場から引き離す理由付けのためとは言え、変な汚名を着せてしまったことに心の中で謝りつつ、賀織は愛する少年の手を引いて逃避行へと繰り出していく。

 

「お父ちゃん……ゴメン!」

 

 ◇

 

 かくして、矢村武章という壁を乗り越えた二人は、松霧高校へと繋がる商店街までたどり着いた。

 ……のだが、そのために遠回りをしたせいで、かなり時間が押して来ていた。二人は真夏の日差しに照らされ汗を流し、商店街を駆け抜けていく。

 

「ハァ、ヒィ……ちょ、ちょっとタンマ! 矢村さん早すぎぃ……!」

「頑張れ龍太っ! ここを出たらすぐ学校やけんなっ!」

「んなこと、ハァ、言ったって……!」

 

 武章の待ち伏せさえなければ、今頃はとっくにクラスの席についていたはずの二人。汗水流して走る彼らを、年配の住民達は温かく見守っていた。

 

「お〜う、龍太君に賀織ちゃんや、相変わらずお熱いのぅ」

「おじいさん、それ洒落になっていませんよ」

「ふぁふぁふぁ! 爺さん、こいつぁ一本取られたのぉ!」

 

 穏やかに手を振る住民達に挨拶を返しながら、龍太達は懸命に足を動かす。夏の暑さと急激な運動で、汗がベッタリとシャツに張り付いていた。

 

 しかし今は、それに気持ち悪がっている暇すらない。ようやく商店街を抜け、学校が見えてきたというところで、今度は商店街周辺の交番に通り掛かった。

 そこに立っているのは、もちろん例の警察官である。

 

「おおっ! 龍太君に賀織ちゃん、おはようっ! 朝から頑張るねぇ、精が出るねぇ!」

「おはようお巡りさん! ……って言いたいとこだけど、俺達遅刻しそうなんだよ。またな!」

「はいよー! 龍亮君にもよろしくねぇー!」

 

 一瞬だけ立ち止まって軽く挨拶を交わし、龍太は急いで先を走る賀織を追っていく。そんな二人を微笑ましく見送るこの警察官は、巡査長への昇進を来年に控えていた……。

 

 ◇

 

 そして二人がついに、松霧高校の校門を突破した時、彼らを急かすように予鈴のチャイムが鳴りはじめていた。

 

「まっず!」

「はよ行かんと遅刻してまう! 走ろ走ろ! ていうかみんな見とるし!」

 

 グラウンドをたった二人で疾走する龍太と賀織に向けて、教室の男子達から視線の集中砲火が降り注ぐ。片方にはアイドルへの敬愛を。もう片方には、にっくき色情魔への憎悪を込めて。

 

 ――本人達にとっては、これも見慣れた日常の一幕であった。そしてそんな日々が当分は続くのだろうと、龍太も賀織も思っていたのだ。

 

 少なくとも、終業式が終わる頃までは。

 



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第48話 物語の終わりと、始まり【挿絵あり】

 松霧高校の一学期の終わりは、至って平和なものだった。

 

 教室に入った途端、龍太がクラスメートの男子達に、ロメロスペシャルをお見舞いされる事態があったりはした……ものの、それ以外は何事もなく、終業式自体は滞りなく行われた。あるとすれば、その男子達が式直前に賀織に制裁されたことくらいであろう。

 

 だが、恒例の校長先生による長話に疲れた生徒達が、次々と意識を睡魔に奪われていく。特にこの一学期の終業式においては、校長の夏休みの長い思い出話が加味されるため、その精神的攻撃力はさらに上昇するのだ。

 

 ゆえに「真夏の催眠術師」の異名を取る、その校長のスピーチに耐えられるのは、よほどの集中力や忍耐力を持った、一握りの者に限られてしまう。賀織もその一人であり、それが彼女がこの高校でも高い人気を得ている理由の一部でもある。

 

 そんな中、龍太は数ある脱落者の中でも、断トツの最下位を常にキープしていた。兄の会社から仕入れたエロゲーで、夜更かししているせいでもあるのだが。

 賀織はそんな彼を一度は厳しく叱るのだが、結局は恋心から甘やかしてしまう。それもいつもの光景であった。

 

 そして、一学期最大の関門である催眠術師の猛襲をかい潜れば、後はホームルームが終わる時を待つだけ。松霧高校の夏休みは、まさに間近に迫っていたのだ。

 そのホームルームまでには一定の休み時間がある。その間、教室の隅で机に突っ伏していた龍太に、聞き慣れた声が響いて来た。

 

「ほ〜ら龍太、しゃんしゃんせんと、出る元気も出んなるで?」

「……たくもー、俺しか話し相手がいないわけじゃねーんだし。他の友達にも構ってやんないと、かわいそうだぞ?」

 

 かいがいしく話し掛けて来る賀織に対し、龍太はバツが悪そうに顔を逸らした。彼がこうして、友人に恵まれずに隅に追いやられているのは、紛れも無く賀織の露骨な言動が原因なのだが、それを正直に口にして彼女を傷つけるということだけは、避けねばならないと本人は感じていた。

 

 そこで遠回しに自分から離れてもらおうと、他の友人達のことを引き合いに出したのだ。

 賀織は龍太とは違い、この学校でも多くの友人がいる。もっとも、(男女関係に)厳しい家庭のことや、周りの男子に因縁を付けられている龍太のことがあるため、そのほとんどは女子なのだが。

 

「ええけん、気にせんといてや! アタシんとこの友達もみんな、応援してくれとるしっ!」

「はい?」

「あ……ええと、そんなんより、昨日のニュース見た!? 『救芽井エレクトロニクス』の話題!」

 

 そんな友人達に背中を押されても、ここぞというところで尻込みしてしまうのは、彼女の難点と言わざるを得まい。彼女はあわてふためきながら、他のクラスメートが開いている雑誌に載っていた、二つの白いカラーリングの着鎧甲冑を指差す。

 

 その両方は「救済の先駆者」と全く同じフォルムであったが、ボディの基調が白という相違点があった。

 また、雑誌にある写真からは、片方は腰に「救済の先駆者」と同じ救護用バックルを装備し、もう片方にはそれがない代わりにメカニカルな警棒を腰に提げている、という差異が見受けられる。

 

 彼女は自分の恋心を悟られる展開を恥じらう余り、そんな別の話題を持ち出してしまった。

 

「ああ、見た見た。えーと、もうじき日本にも着鎧甲冑のシェアを広げるってヤツか?」

 

 しかし幸か不幸か、それは龍太にとっても関心のある話題であり、結果として賀織の話はうやむやになってしまう。

 彼は窓の外に広がる景色を眺め、遠い場所を見るような目になる。救芽井の名を聞くと、あの少女を思い出さずにはいられないからだ。

 

 ――あれからアメリカに帰還した救芽井家は、次世代レスキュースーツ「着鎧甲冑」を正式に発表し、それを取り扱う企業「救芽井エレクトロニクス」を創設した。

 それもはじめは小さな会社であり、世間的にはそれほど注目はされていなかった。しかし、救芽井樋稟が着鎧する「救済の先駆者」がマフィア退治や人命救助に奔走するうちに、徐々に知名度が上がり、今やアメリカ本社を中心に世界的な活躍を見せる、一大企業へと成長したのだ。

 その商品である、初の量産型着鎧甲冑「救済の龍勇者(ドラッヘマン)」の存在は、世界中に衝撃を与えた。一瞬で装着され、どんな危険も乗り越えて人命を救いに行く、ヒーロースーツの誕生。それは、テレビの中にしかいなかったヒーローの実現、とも言えただろう。

 しかし、着鎧甲冑を一台生産するのには莫大なコストを消費してしまうため、大企業となった今でも、救芽井エレクトロニクスの所有する「救済の龍勇者」は、二十五台しか存在していない。

 

 それは、救芽井家が持つ特許権により、着鎧甲冑の軍用禁止令が出されていることも起因していた。

 製品版である「救済の龍勇者」の発表当初から、軍需企業からの誘いは数多くあった。しかし、救芽井家は「強行手段で兵器転用を目論む者が出ていた」という背景を元手に、それらを全面的にシャットダウンしていた。

 誘拐の罪に問われ、アメリカの刑務所に拘置された古我知剣一の例を出されては、表立って軍用を主張することは難しい。軍需企業の面々は、身を引く決断を強いられていた。

 これにより、着鎧甲冑が発展していくための足掛かりを失うのではないか。古我知剣一が感じていた懸念が、まさにその事態なのだ。

 

 それでも軍事が発達しているアメリカ国内では、着鎧甲冑の兵器化を求める声は少なからず存在していた。社会契約論を基に、「アメリカの企業なのだからアメリカの国益に協力すべき」という意見が数多く出回り、レスキュー用以外への進出が求められていたのだ。

 そんな人々への回答として、救芽井家が提示したもの。それは、「救済の龍勇者」の「二分化」であった。

 

 「救済の先駆者」を開発していた当初から視野に入れられていた、「機動隊への適用」。それを「兵器」にならない程度に行うことで、可能な限りの譲歩をする、というものだったのだ。

 本分であるレスキュー用に特化した「R型(アールがた)」。警察用の特殊防護服として改修された「G型(ジーがた)」。「救済の龍勇者」のバリエーションは、その二種類の型式に分割されたのだ。爆発反応装甲により、着鎧する人間に与えるダメージを最小限に抑え込む、という新機能つきで。

 

 特許権を後ろ盾に、兵器化の声を強引に封殺してしまうのは容易である。しかし、そんなやり方は、武力にかまけて着鎧甲冑の兵器化を強行しようとした「技術の解放を望む者達」と何ら変わらない、無情な独裁に過ぎない。

 だからこそ、あくまで「兵器にはしない」スタンスを維持しつつ、最低限の自衛機能を備える「G型」を敢えて生み出すことで、「戦うこと」も「守ること」もできる着鎧甲冑を作り出したのだ。

 それが、「技術の解放を望む者達」を率いる古我知剣一をはじめとした、兵器化を望む人間達へ、救芽井甲侍郎が出した答えであった。

 

 大声を上げてモノを要求する人間に対して、ある程度それを譲歩すると、毒気を抜かれて「大声」を上げられなくなるもの。それ以降も喚いていれば、それが滑稽に映るからだ。

 「押して駄目なら引いてみる」という言葉があるように、「呪詛の伝導者」を参考に設計された「G型」の誕生は、多くの軍用派を萎縮させる結果を生んだ。非殺傷の電磁警棒を除いた装備や、改造・分解を禁じた「G型」は、FBIやインターポールによって積極的に運用されている。

 

 もしこの措置がなければ、今頃は第二の「技術の解放を望む者達」が現れ、救芽井家が再び窮地に陥っていたかも知れない。その可能性に気づき、対策を講じることが出来たのは、一煉寺龍太の活躍が大きい。少なくとも彼を知る救芽井家の面々は、そう感じていた。

 「救済の龍勇者」という名も、あのイブの夜に樋稟が見た、彼の勇気にあやかったものである。外国語を苦手とする本人は、それを理解してはいなかったが。

 

 こうして、救芽井エレクトロニクスは「救済の龍勇者」を代名詞的商品とし、数は少ないながらも、平和と人命を守る日々を送るようになっていた。レスキュー隊では「R型」が、警察組織では「G型」が。それぞれアメリカ国内で活躍を始めている。

 そして剣一が胸中で案じていた問題は、「兵器化に頼らず、人々を救い続ける」と決意した樋稟が紛する「救済の先駆者」の活躍により、少しずつ解消されようとしていたのだ。その姿は、甲侍郎が着鎧甲冑のモデルとしていた、古きよき昭和の特撮ヒーローを再現していたのかも知れない。

 最初は恥を忍んで変身ポーズを練習していた樋稟が、徐々にそのノリに馴染んでいったのと同じように、彼女達の活躍を目の当たりにしたアメリカの人々は、少しずつ「救芽井エレクトロニクス」を認めていくようになったのだ。

 一人でも多くの人命を救うためならば、火の中でも水の中でも、強盗現場にでも駆け付ける。そんな彼女の姿勢は自然と人々を惹き付け、着鎧甲冑のあるべき姿を知らしめていった。

 

 そんな折、「救済の龍勇者」を生み出した救芽井家の祖国である日本にも、着鎧甲冑のシェアを広げようという話が持ち上がっているのだ。甲侍郎も、この件のインタビューには好意的なコメントを残しており、既にアメリカ国内のニュースでは、決定事項であるかのように報道されている。

 日本でもこのことは大きく取り上げられ、「アメリカで話題の『ヒーロー製造会社』、日本上陸か!?」という見出しが、全国新聞の一面を独占する事態に発展していた。

 

 それに伴って世間の話題をさらっていたのが、「救芽井樋稟には婚約者がいる」というニュースだった。

 日本への「着鎧甲冑」の進出、ということもあってか、多くの日本人ジャーナリストがアメリカ本社へ詰め掛ける中、突然発覚した大事件である。

 実は日本進出の際、資金援助の話を持ち掛けていた資産家が、提携を断られる一幕があったのだ。資金援助の条件として、「その資産家の当主と、樋稟との結婚」が挙げられていたことが、その理由である。

 樋稟はその類い稀なる美貌とプロポーションから、救芽井エレクトロニクスのコマーシャルを務めており、アメリカ国内でもアイドル的に扱われている。そのためファンも数多く存在していた。その彼女が資金援助を理由に結婚を迫られた、というだけでも十分に大事件と言えよう。

 しかし、それだけでは終わらなかった。資産家側が断られた理由が、「樋稟には既に婚約者がいる」というものだったからだ。

 余りの美しさと気高さから、絶対不可侵の美少女と謳われていた彼女に、婚約者がいる。そのニュースにファン一同は困惑を隠せずにいるという。

 

 以上のようなニュースの数々が、今現在、世間を賑わせているのだ。

 そんな中で、賀織は一抹の不安を感じずにはいられなかった。救芽井エレクトロニクスの日本進出。そして、樋稟の婚約者。

 彼女が龍亮から聞き出した、龍太の事情を鑑みれば、これは本人への求婚のサインとも取れる。より早くシェアを広げるより、樋稟の幸せを優先する救芽井家の対応を見れば、彼らが本気で龍太を婿に取ろうとしている事実は明白であるからだ。

 

 だが問題なのは、それだけではなかった。

 

「……いかんいかんいか〜んっ! 龍太が、龍太が取られてまう〜っ!」

「あのなぁ、まだそのネタ引きずんの?」

 

 ――肝心の本人が、それを事実として認識していないことである。

 

「もー、またそんなこと言いよる! 甲侍郎さんが言いよったことなんやろ!?」

「だから、それは向こうが勝手に言ってるだけだってば。それに、大事なのは本人の意志だろ。アイツが俺なんて好きになるわけないし」

「いーや! 救芽井は絶対あんたのこと狙っとる! 女の六感が騒いどるんや!」

「いや、ねーって。だって、俺だぞ?」

 

 龍太自身にとって、救芽井家が持ち出していた樋稟との結婚という話は、余りに突飛だったのだ。初対面であるはずの大人から、いきなり「婿に来い」と言われて納得するのも難しくはあるのだが。

 一年半以上が過ぎた今、すっかりその話を信じることが出来なくなっていた龍太は、自分の性的魅力に自信が持てないこともあって、彼らの言動は「モテない自分を励ますためのドッキリ」だったと思い込むようにしていたのだ。

 

 ――救芽井エレクトロニクスが世界的に有名な企業になった今、自分なんかが婿に行ってどうなる? そもそも、住む世界が違いすぎる。あれは、都合のいい夢であり、ドッキリだったんだ。

 ……それが龍太の胸中そのものであり、今こうしてテンションが低くなっている要因でもある。

 

 だが、その一方で本人にも意識せざるを得ない点がある。

 樋稟との、最後のやり取りだ。

 

「あいつ、婚約者がいるくせに……あんなことして、よかったのかよ」

 

 彼の脳裏に蘇る、口づけの瞬間。そして、目に映る幸せな微笑み。それは到底、「ドッキリだった、演技だった」と割り切るには、苦しすぎる程にリアルな体験だったのだ。

 ――彼女ほどの人間が自分を好きになるはずはない。しかしそうでなくては、あの行動に説明がつかない。

 着鎧甲冑の兵器化を推し進めようとする一方で、救芽井家にも気を遣っていた剣一とは比べものにならないほど、目的や言動が矛盾してしまう。(龍太から見て)考えの読めない樋稟の振る舞いに、彼は頭を抱えるしかなかった。

 

 そんな彼の姿を見た賀織は、龍太が樋稟との結婚を決意しようとしている……そう勘違いして、ますます(勝手に)窮地に陥ろうとしていた。

 

「……こ、こうしちゃおれん! りゅ、龍太!」

「あん? どうしたよ、急に改まって」

 

 やつれた表情で、机に顎をついて見上げる龍太。告白されようとしている男子高校生とは思えない顔である。

 

「え、えと、その……こ、こんな場所でこんな時に、言うようなことやないかも知れんけど……ア、アタシ、ずっとあんたが――!」

「お〜いモブ生徒共、席に付けい。一学期最後のホームルーム始めっぞ」

 

 そして、今まさに想いを告げようとしていた少女もまた、運と土壇場の度胸が欠けていたようだった。乱暴にドアを開け、ずかずかと教壇に立つ担任。その適当な言葉遣いを耳にして、談笑していたクラスメート達は渋々と自分の席へと引き返していく。

 

「よ〜し、んじゃ早速始めっぞ。テメーら美人の女教師とかじゃなくて残念だったなオラァ」

 

 無精髭が似合い、今の龍太に匹敵する負のオーラを噴出している担任教師。四十代前後のその教師は、細く萎びた目線を龍太と賀織に向ける。

 

「オメーもさっさと席につけ、矢村ぁ。ヤるのは勝手だが、そん時はせめて屋上に行けよ。ここでは盛んな」

「だだ、誰がそんな破廉恥なことするんや!? 先生は関係ないけんッ!」

 

 スカートの裾を抑え、頬を赤らめた賀織が絶叫する。その仕草に、男子一同は興奮の余り、彼女に負けじと顔を紅潮させた。中には鼻血を噴き出し、椅子から転落する者もいる。

 

「矢村の赤面キター! たまんねぇよオイ!」

「一煉寺死ね〜! 今すぐ死ね、今死ね!」

「そんな奴に賀織ちゃんの純潔を渡してなるものか! 一煉寺に奪われるくらいなら、いっそのこと僕が――」

「テメーらの赤面なんて誰が得すんだよキメェな。いいから座れ、転校生が教室に入れねーだろーが」

 

 今がホームルームであることを完全に度外視して、各々で騒ぎ出すクラスメートの男子一同。そんな男性陣を冷ややかに見ている女性陣を代弁するかのように、担任がバッサリと言い斬った。

 

 痛い点を突かれ、それに耐えうるバイタリティも持たない彼らは、敢なくその言葉の前に沈没していく。「キメェ」と両断されてしまった男子達は、萎む風船のように各々の席に縮こまって行った。

 

 その過程で、クラスメートの一人が眉を吊り上げる。

 

「……転校生……だと……!?」

「ん? あぁ、まぁそうだ。一緒に勉強するのは二学期からになるが、その前に挨拶くらいは済ました方が、本人の為になるって思ってな。聞かれる前に答えとくが、一応女だぜ」

 

 刹那、呟いたその生徒が、何かに覚醒したかのような眼光を放つ。奇跡の存在を、今、確かめたかのように。

 

「――うおぉぉおおッ!」

 

 そして天さえ突き破りそうな程の、歓喜の叫び。彼をその筆頭として、数多の男子生徒達が狂喜のオーケストラを巻き起こした。

 

 転校生の女の子。ボーイ・ミーツ・ガールを信じる男子なら、一度は憧れるシチュエーションだろう。クラスメートの男性陣は今、自分達の楽園をこの教室に見出だそうとしていた。

 

「じゃーまー、取りあえず入れるぜ。テメーら仲良くしてやんねーと、社会的にヤバイぞ」

 

 忠告するような担任の口調に、龍太は眉をひそめる。

 

「社会的に……? 仲良しを求めるだけにしちゃあ、妙な脅し文句だな」

 

 そんな彼の疑念をよそに、男性陣は腕や腰を振って転校生の到来に喜び、テンションを限界まで高めようとしていた。

 担任はかなり「社会的に」という部分を強調して言っていたのだ、彼らはそんなことは気にならないらしい。「転校生の女の子」が来た……というその一点にしか、注目していないようだった。

 

「まぁ、もうどーでもいいか……んじゃ、入れ。救芽井」

 

 ――そして、担任が放った一言により、教室全体が静まり返る。

 

「え? 救芽井……?」

「なんかどっかで聞いたことあるような……」

「アレじゃね? 『着払いなんとか』ってヤツ作ってた会社」

「『着鎧甲冑』でしょ、常識的に考えて。ていうか、あんな珍しい名字が他にいたのね……」

 

 今度は男子だけではなく、女子も一緒に騒ぎはじめた。担任の口から出て来た「救芽井」という姓を聞けば、世界的な知名度を持っている、あの美少女を連想せずにはいられないからだ。

 

 そしてそれは、龍太と賀織も同じであった。二人は顔を見合わせ、同時に目を見開く。

 

「救芽井……そんな、うそやろ!?」

「日本に来るとは聞いてたけど、まさかそんな……!?」

 

 そうして彼らが狼狽している間に、ついにドアが開かれる。担任とは違い、なるべく音を立てないように、ゆっくりと。

 

 誰もが固唾を飲んで凝視する中、その転校生は川を流れるような静かな歩みで、教壇の傍まで足を運ぶ。次の瞬間、クラス全体が驚愕の余り固まってしまったのは言うまでもない。

 

 茶色のショートヘア、汚れのない湖のような碧眼。美の神の産物と呼ばれる目鼻立ち。そしてスレンダーな体型に反して、豊満に飛び出した胸。

 紛れも無い、今世間の話題をさらっている、あの美少女だったのだから。

 

 そんな彼らを前にして、その転校生――否、麗しく成長した救芽井樋稟は、担任と頷き合うと共に、チョークを取って黒板に自分の名を書き上げる。

 

「この度、アメリカよりこちらの学校に編入させて頂きました、救芽井樋稟といいます。皆様、まだここではわからないことばかりですが、私にできることは何でも尽くしていくつもりですので、何卒よろしくお願いいたしますね」

 

 続けて、自分の姿に固まっているクラスメート達に対し、悠然とした態度で自己紹介をした。その冥界から舞い降りる天使のような笑みは、男子生徒達の心を根こそぎ奪い去っていく。

 

 ――ある一人の男子を除いては。

 

「あー……知ってるヤツがほとんどだと思うが、彼女はアメリカからの帰国子女ってとこだ。何でも親御さんの意向で、こんなド田舎の町までやって来たらしい。つーわけだからテメーら、ちゃんと仲良くしてやんねぇと、この嬢ちゃんのバックにブッ潰されんぞ」

 

 そこで出て来た担任の言葉で、ようやく龍太は「社会的に」が強く言われていた理由を悟る。

 

 こんなド田舎の名もない町に、世界中にファンがいるスターが飛び込んできたのだ。そんな中で、彼女の身によからぬことでも起これば、責められるのは間違いなく松霧町全域。下手をすれば、住民全員が世間から白い目で見られることになる。

 

 仲良くしろ、というのはそういった事態を可能な限り避けていくためのものなのだ。他の男子達の心境としては、到底それどころではなかったのだが。

 

「おいおいウソだろ……なんで、なんであの世界的なスーパーアイドルが……!?」

「やべ、本物だよ……間違いねぇよ! 俺、もう死んでもいい……!」

「ああ、俺が生きてる意味が、今やっと見えてきた。母さん、産んでくれてありがとう……!」

 

 対面してものの数秒で、既に彼女の虜にされる男子達。そんな彼らを傍目に見て、龍太は思わず顔を伏せる。

 

「ちょっとちょっと待て待て待て……! なんでアイツがここに来るんだよ!? アメリカでの仕事はどーしたんだよ……!」

 

 ブツブツと眼前の状況に文句を垂れている彼の隣で、賀織は悔しげに口を結んでいた。

 

「く〜ッ……もう来よるなんて! いかん、どうしよ……このまんまやったら龍太が、龍太が……!」

 

 ライバルの思わぬタイミングでの台頭。そのショックは大きく、彼女の胸中にある警報機は、必死に今の状況が危険であると警告していた。

 

「それじゃー救芽井、どっか空いてるとこ座れ」

「はい」

 

 短い言葉を交わした後、彫像のように動かないままだった樋稟は、ようやくその華奢な脚を動かし始めた。夏服ということもあり、そのプロポーションが成せる色気たっぷりの歩みが、見事に現れていた。

 

 その姿に男子達はもちろん、女子達までもが魅了されていく。

 

「すごーい……なんだかモデルみたい」

「モデルよりもっと凄いわよ! どうしよう……話し掛けられたりしたら卒倒しちゃうかも」

 

 ――ある一人の女子を除いては。

 

「ぐぬぬ……!」

「ふふっ、お久しぶりね。矢村さん」

 

 樋稟が目指したのは、窓際にいる龍太の前にある席だった。その龍太の隣にいる賀織と目が合った途端、彼女は突然、勝ち誇るような笑みを浮かべる。

 一方、賀織はそんな彼女を睨み上げ、艶やかな唇を噛み締めた。さながら、得点のチャンスを土壇場で逃してしまったスポーツ選手のように。

 

「その様子だと、一年以上もチャンスを上げたのに、まるで進展がなかったみたいね。残念だけど、私の勝ちよ」

「だ、誰が負けたりするんや! フン、アタシは長いこと龍太と一緒におるんやで。あんたとは経験の差があるんやけんなっ!」

「ふふ、お好きなだけどうぞ。でも確かに、キャリアでは私の方が劣るのは事実よね。結局はあなたのその貧相なボディで、彼が喜べばの話ですけど?」

「うう、うるさーい! この乳牛っ! 龍太は、龍太は、小さい方が好きなんやからなっ!」

 

 今や人々を魅了するアイドルとなっている救芽井に対し、賀織は恐れることなく反発する。例え相手がどんな強敵でも、龍太だけは渡さない。その想いが、彼女を必死に奮い立たせていた。

 そんな二人のやり取りを聞いた他のクラスメート達は、揃ってどよめきの声を上げる。彼ら三人の三角関係を知らないのであれば、当然の反応だろう。

 

「え、なに? なんで救芽井さんと矢村さん、いきなりケンカしてるの!?」

「もしかして知り合い……!?」

「マジで!? 世界的アイドルと!?」

「しかも一煉寺の話が出て来たぞ! なんなの!? アイツってマジでなんなの!?」

 

 動揺を隠せないクラスメート達をよそに、樋稟は勝者の余裕を見せ付けながら、今度は龍太の方に向き直る。

 

「……どう?」

「どうって……なにがだよ」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女の顔を見ると、どうしてもキスのことを思い出してしまう。それを悟られまいと、龍太は顔を左に逸らしてしまった。

 しかし、彼の意図など樋稟にはお見通しである。彼女の恋心に全く気付く気配のない、龍太の方とは対照的なくらいに。

 

「お婿さんの話よ。鈍いあなたのことだから、質の悪い冗談だとでも誤解してそうだと思ってね。ちょっと一人でここまで来ちゃったの。シェア進出に先駆けてって意味合いもあるけど」

「……おい、それ以上からかうなよ。俺が変に勘違いしちまうぞ」

 

 赤面した顔を見られまいと、龍太はさらに首を捻る。そんな彼の姿や気持ちが嬉しくて、樋稟は彼の机に身を寄せた。

 

「どうしても、納得できない?」

「できるわけ、ねーだろ。だって……俺だぞ」

 

 高鳴る心拍に気付かれたくない一心で、龍太はそっぽを向き続ける。そんな彼の姿に、樋稟は小さくため息をつく。まるで、手の掛かる弟の面倒を見ている姉のような、困った笑顔を見せながら。

 

「じゃあ、もう一度……ううん、何度でも。夢でも悪戯でもないってこと、教えてあげちゃおうかな」

「は……?」

 

 その発言に首を傾げ、龍太が樋稟の方に向き直ろうとした瞬間。

 

「んっ……」

 

 少女の方へと向いていた彼の右頬に、薄い桃色の肌が押し当てられた。

 

「んなあぁあぁあぁああッ!?」

 

 刹那、賀織を筆頭にしたクラス一同が、阿鼻叫喚のコーラスを奏でる。その声量は教室一帯に響き渡り、余波を受けた担任は耳を塞いで状況を静観していた。事なかれ主義を貫き、深くは関わらないつもりでいるらしい。

 

 そして声には出さないまでも、龍太自身も驚きを隠せずにいた。

 そっぽを向いていれば、いずれは愛想を尽かすだろう。そう思っていたのに、まさか相手に向けていた頬にキスされるとは、思ってもみなかったのだ。

 あの日の口づけとは反対の頬に、愛情を注ぐ樋稟の顔は恍惚に染まっており、当時を上回る色香を放っていた。彼女自身、龍太へ捧げた唇の感触が忘れられず、この時を待ち望んでいたのだ。

 

 赤くなった顔を隠すことも忘れ、龍太は鼻先まで赤くして樋稟の方へと首を向ける。互いに頬を染め合った二人は、しばし沈黙に包まれ――

 

「……絶対、逃がさないんだから。私の、ヒーローは」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 幸せな微笑みを間近で見せ付ける、彼女の一声が――それを打ち破るのだった。



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第二部 着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー 第49話 ヒーローの終わり

 少女の目に映る世界が、町が、燃えている。

 焼け爛れた人々の苦悶の叫びだけが、この世界に轟いていた。

 

 夜の帳は降りているにもかかわらず、彼女を取り巻くこの周辺だけは、昼間のように明るい。まるで、この場だけが世界の理から外れてしまっているかのように。

 

「……」

 

 彼女は、何一つ喋らない。否、喋るだけの気力すらない。無言を貫き、もう一人の小柄な少女を抱いたまま、虚ろな瞳にこの世界を映していた。

 その抱かれている少女もまた、目を見開いたまま人形のように固まっている。だが、死を迎えたわけではない。ただ、「壊れて」いるだけなのだ。

 

 そんな彼女達を囲んでいるのは、瓦礫と死体。人間も建物も、全て一様に、粉々に砕かれていた。

 少女達の周辺に、家屋の残骸と共に転がっている肉片の数々は、全て黒い消し炭と化している。生前の肌の色など、判別出来ない程に。

 

 だが、少女達は知っている。この瓦礫の世界が、どのような街だったか。目の前に落ちた肉片が、どのような人々の成れの果てなのか。

 ――この国が、どのような力に。誰に滅ぼされたのか。

 

「……凱樹(がいき)

 

 今にも消え入りそうな声で、少女は誰にも届かない一言を呟く。もう一人の少女を抱く腕に、僅かな力を込めて。

 そして、彼女の死人のような眼は、紅蓮の炎の先に見える巨大な存在へと移された。

 

 そこに立っているのは――人を踏み潰し、焼き尽くし、拳を振るう異形の姿。

 形容するならば、「巨人」という言葉が相応しいであろうその異様な影は、自らを囲う炎の中で、踊るように全てを蹂躙している。誰にも止められぬ、絶対的な力を振るって。

 怒り、喜び、そうした感情の数々が渦巻き、その動きに現れているようであった。後ろめたさなど、微塵もない。

 

 そう。巨人は、自らの行為に何一つ疑問を抱いていない。彼にとっては、自分自身こそが揺るぎない「正義」なのだから。

 

「……鮎子(あゆこ)

 

 そんな巨人の在り様を目の当たりにして、少女はさらに掠れた言葉を零すと、静かに視線を落とした。その先には、自らの腕の中で目を開いたまま動かない、例の少女が居る。

 彼女は、その小柄な娘に掛けられていた眼鏡を撫でると、啜り泣くような声で囁く。

 

「……ごめんね? お姉ちゃん、何にも出来なくて。あなたのこと、助けてあげられなくて。ごめんね。ごめんね」

 

 謝罪の言葉は、そのまま呪文のように繰り返された。

 夜が明け、火が消え、人々の叫びが止まるまで。巨人が勝利を、確信するまで……。

 



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第50話 「正義の味方」の軌跡

 松霧町(まつぎりちょう)には、ヒーローがいた。

 

 弱きを助け、強気をくじく。

 その言葉通りの男になろうと、邁進する少年がいたのだ。

 

 年老いた女性がいるなら、行き先までおぶり。

 引ったくりを見つければ、何はさておき飛び出して行き。

 強盗が出たなら、危険を省みず立ち向かう。

 

 そんな、まるで漫画やアニメの中にしかいないようなヒーローが、何もない小さな町に実在していた。

 

 さらに、彼の傍には優秀な頭脳を持つ恋人がいた。

 

 彼女はヒーローとして正義を全うする少年に恋い焦がれ、ひたむきに彼に尽くしていた。

 より凶悪な敵に立ち向かうための装備を、自らの能力を持って生み出して行ったのだ。

 

 度重なる戦いに傷付けば、親身になって看病した。敵わないと知ってなお、困難に立ち向かおうとする恋人のため、機械の体まで作り出してしまうこともあった。

 

 そんな彼女の気持ちは、ヒーローを目指す少年の想いを惹き付け、二人はますます固い絆で結ばれていった。

 

 少女の作り出す機械の鎧を以って、悪を裁きつづける少年。

 やがて彼は、自分が戦うべき敵の存在が、「外の世界にいるのだ」と悟ってしまう。

 

 少年は恋人の制止を振り切り、世界中の戦場に旅立ったのだ。

 

 己の欲望のため、人々に戦争を強制し、私腹を肥やす政治家や、資産家。

 そういった種類の人間を、少年は次々に「退治」していった。

 それが正義なのだと、誰よりも確信して。

 

 血に染められた彼の拳に震える恋人を見ても、少年は止まらなかった。

 

 戦場の渦中に飛び込んでは、銃を持つ人間を一人残らず叩き潰し、同じ年頃の兵士さえ手に掛けていく。

 自分の行いに悲しむ恋人の涙さえ、この時の彼には「正義のヒーローへの感涙」としか映らなかった。

 

 やがて彼は、武器を持たない人間にさえ手を上げるようになっていた。

 

 自分を悪と罵る者。

 自分を正義と認めない者。

 

 その全ての存在を「悪」と断じる少年は、彼らを決して許さなかったのだ。

 汚れなき正義の証だった、純白の鎧。それはもう、彼自身の「正義」故に真紅へと染め上げられていた。

 

 多くの人々が彼の「正義」のために犠牲となり、数えきれないほどの血と涙が流された。

 

 親を殺された者。妻子や、周囲の友人達まで皆殺しにされた者。血の池ができるまで、罪なき人々さえ命を奪われたのだ。

 そして、残された者達は怒りと憎しみだけを背に少年に挑む。だが、その涙と怒りさえ、彼の「正義」は「悪」としか見なかった。

 結果、復讐さえ許されないほどに人々は蹂躙され、反撃を企てた者達は次々に鴉の餌にされた……。

 

 何を間違えたのか。どこから間違えたのか。

 いつしか変わり果てていた恋人の姿に、少女は泣き叫ぶことしかできずにいた。

 

 だが、少年は彼女の想いに気づくことなく、「正義」のために恐るべき提案をした。

 

 更なる「巨悪」を倒すため、自分と同じ力で、共闘する相棒を欲したのだ。

 

 しかも彼が指名したのは、少女にとっての唯一の肉親だった、彼女の妹。

 幼さゆえ、何も知らずに少年をヒーローだと信じ込んでいた妹は、姉の気持ちに気づかないまま、彼の誘いに乗ってしまった。

 

 もはや狂気の域に達していた、少年の「ヒーロー」への熱意は、恋人を恐怖により従わせる強制力と化していたのだ。

 そして彼に逆らうことができないまま、少女は最愛の妹に、恐るべき力を授けてしまう。

 

 その結果、何も恐れるものがなくなった少年は、恋人の妹を引き連れ、「粛正」を行ってしまった。

 

 彼が標的としていた軍人のみならず、罪なき人々までが、ヒーローだったはずの少年に焼き払われる姿。

 

 その光景を目の当たりにし、自分もそれと同じ存在だという現実を突き付けられた妹は――心を壊し、生きた人形となった。

 

 天真爛漫だった妹の変わり果てた姿に、ますます苦しめられる少女。そんな姉妹をよそに、少年は自らの正義を為せる力に酔いしれていた。

 

 ――だが、その時は長くは続かなかった。

 

 彼の行う「正義」を恐れた日本政府は、「凶悪なテロリスト」として、彼を排除せんと動きはじめたのだ。

 「正義」を行ってきた自分を祝福するべきだ、と思っていた政府に攻撃され、少年はさすがに戸惑いを隠せなかった。

 

 世界から見た少年の姿は、誰もが認める「悪鬼」だったのだ。

 

 この事実に怒り、認めようとしない彼は、自分が「正義」であり、政府こそ「悪」だと信じて疑わなかった。

 それゆえ、精神的に半死状態だった恋人の妹まで連れ出して、日本政府との全面戦争に打って出ようとしていた。

 

 しかし、もはや少年に勝ち目はなかった。

 

 機動隊の物量に押される上、戦意のない妹は、戦いに参加しようともしない。

 どれだけ強くても、たった一人で勝てる戦争などありえないのだ。

 

 敢え無く惨敗を喫した少年は、傷付いた体を引きずり、表舞台から姿を消してしまう。

 その恋人と妹も、彼に付き従う形で世間から姿を消した。今の彼に抗う力など、ないのだから。

 

 一方、日本政府としても、彼らが消えていったのは好都合だった。

 「世界中の紛争に介入し、殺戮を重ねていた日本人」の存在を認めれば、国際社会に深刻な支障をきたしかねないからだ。

 「正義」を行う少年らが姿を消すとともに、政府も彼らの存在は記録から抹消してしまった。今では、政府の要人ですら彼らのことは知られていない。

 

 ――そうして、松霧町から誕生した「ヒーロー志望」の少年が姿を消してから、十年の時が過ぎた。

 

 

 悲劇の再来が迫ろうとしていることに、誰ひとりとして気づかないまま……。

 



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第51話 部活作りはラノベの華

 ここからは龍太視点となります。


着鎧甲冑(ちゃくがいかっちゅう)の部活を作るわ!」

 

 昼下がりの寂れた教室で、彼女はいきなりそんなことを言い出した。

 俺こと一煉寺龍太(いちれんじりゅうた)と、もう一人の女子生徒は、その発言に思わず目を丸くする。

 

 ここは、日本の関東地方の外れにひっそりと存在している、小さな田舎町「松霧町(まつぎりちょう)」……の中にある唯一の高等学校、「松霧高校(まつぎりこうこう)」。さして特徴もないごく普通の高校であり、そこの生徒である俺達は今、ごく普通の夏休みを送っている最中……だったはず。

 

 なのになぜ、補習でもないのに、こうして学校に通ってるのか。

 

 それは簡潔に言うならば、部活の創設を宣言している、この少女に呼び出されたからに他ならない。

 

「……夏休み、それも日曜の朝に電話でたたき起こしといて、学校まで呼び出したと思ったら……」

 

 夏休みに常に付き纏う、「宿題」と呼ばれる忌まわしき呪縛を振り払い、兄貴から仕入れた新作エロゲーの全ルート攻略に明け暮れていた俺にとって、この呼び出しは肉体的に辛いものがあった。

 今にも完全にシャットダウンしそうな瞼を擦り、俺はいともたやすくえげつない睡眠妨害を働いた少女を睨む。

 

 だが、彼女――救芽井樋稟(きゅうめいひりん)には、まるで反省の色はない。それどころか、さも気前のいいことを考え付いた、とでも言いたげな表情すら浮かべているのだ。

 

 テレビでしかお目にかかれないようなアイドルが、そのまま飛び出してきたかのような目鼻立ち。

 淡い桃色を湛えた、薄い唇。

 この真夏には不似合いなほど、透き通るような白い肌。海のように澄み渡る碧眼に、艶やかな薄茶色のショートヘア。

 そして、九十センチ近くはあろうかという双丘を始めとした、圧倒的なプロポーション。

 

 そんな場違い過ぎる美少女が目の前にいるというのに、イマイチ心躍らないのは、きっと彼女を知りすぎてしまったからだろう。

 

 人命救助に特化した「ヒーロー」の誕生を目指して開発された、最新鋭パワードスーツ「着鎧甲冑」を製造している、「救芽井(きゅうめい)エレクトロニクス」。その令嬢である彼女が、こんな片田舎の小さな高校に通ってるのは――

 

「着鎧甲冑を広めていくためには必要なことよ。あなたも、す、少しは婚約者としての自覚を持ってもらわないと!」

 

 ――「婚約者」、ということになってる俺を迎えるためなんだとか。

 未だに信じがたい話なのだが、どうやら今の俺は、そういう立場になってるらしい。救芽井の真っ赤な顔こそ、その証拠なんだろう。たぶん。

 

 二年程前、中学三年の冬。

 俺は彼女と出会い、救芽井家が「着鎧甲冑」をレスキュースーツとして世界中に広めようとしてることを知った。

 そして、その着鎧甲冑の存在をより効率的に世間に知らしめるため、「兵器」へと作り替えてしまおうと企んでいた、元助手の古我知剣一(こがちけんいち)さんと戦ったんだ。

 

 「守主攻従(しゅしゅこうじゅう)」という、いわゆるカウンターの戦い方を主軸にした「少林寺拳法」の達人である兄貴・一煉寺龍亮(いちれんじりゅうすけ)の教えもあって、俺はなんとか古我知さんに勝てた。そして、救芽井家を救うことができた。

 着鎧甲冑は無事にレスキュースーツとして発表され、今では二種類の量産型が生産されているという。

 

 人命救助にのみ特化し、本来のコンセプトに沿って作られた「R型(アールがた)」と、警察組織での運用を想定し、最低限の戦闘力を持って生まれた「G型(ジーがた)」の二つだ。

 これら量産型は「救済の龍勇者(ドラッヘマン)」という名称で統一され、生産ラインも確立されつつある。

 

 そして現在、この二種類は少数ながら並行して生産が続けられているらしい。救芽井家の悲願である「ヒーロー量産」の野望は、少しずつ実現に近づいていると言えるだろう。

 

 だけど、その時点で俺はもう用済みになった……と思ってたんだが、コトはそう単純には終わらせてくれなかったらしい。

 出会い頭に救芽井の裸を見ちまってた俺は、責任を取るために彼女と婚約する羽目になったのだ。古我知さんを倒して、彼女を助けた恩もあってのことらしいが。

 

 ――そういうわけで、この町を離れる気配のない俺に業を煮やし、彼女自身が直々に転入してきた、ということなのだ。

 

 世界中にファンがいるアイドル的美少女の、婚約者。

 そんな夢にも思わないような状況に見舞われている俺には、なかなか実感というものが得られずにいた。要するに、今でも半信半疑なのだ。

 

「なんでまた、俺みたいな馬の骨を拾おうと思ったんだか……」

「呆れた。まだ自分がどんな大物なのかわからないの?」

 

 机に顎をついてため息をつく俺に、救芽井は困った表情で歩み寄って来る。白いTシャツに青色のチェック柄ミニスカート、という夏服のおかげか、どうしても彼女の脚に目線が行ってしまうな……。

 しかも、む、胸が揺れる揺れる。この俺ともあろう者が、三次元の色気に屈してしまうというのかッ……!? つーか、胸元に付いた紺色のリボンより揺れてて、ベージュのベストの上からでもそれがわかるって、どういうことなんだよッ!

 

 つーか、なんか迫り方がエロいぞ救芽井。思春期真っ只中の高二男子にそんな近付き方したら、狼さんになっちゃうぞ! むしろ誘ってるようにすら見えるし!

 

「スポンサーが見つからない以上、支社の設立は当分先になる。それまで、私達が直々に『着鎧甲冑』を宣伝して行かなくちゃいけないんだから、あなたにも協力して貰わないと……」

「そ、それでそのための部活を作ろうってハラなのか。ってか救芽井さん、その、近いんですど……?」

「い、いいじゃない。ずっと、もっと、近くにいても……」

 

 気が付けば、みずみずしい唇が目と鼻の先まで迫っていた。恍惚の表情で俺を見つめる救芽井。

 湖のような瞳を潤ませ、彼女の顔はさらに近付いて来る。吐息の音を聴覚が捉え、その温もりが肌に伝わって来る。

 まるでキスでもしそうなくらい、近い。ぶっちゃけ、頭がクラクラしてきた。

 

 ――こんなの、からかいで出来るようなレベルじゃない! 頬になら既にキスされたことはあるが、唇となると全然「重み」が違って来るぞ!?

 やっぱり、マジで俺は彼女の婚約者、なのか……!?

 

「ん……」

 

 唇がほんの僅かに突き出され、さながら「キス待ち」の表情を作る救芽井。おいおい、乱心めされたかお嬢様!?

 だけど、紛れもなくコレは「そういう」空気を放っている。やるのか!? やるしかないのか一煉寺龍太!?

 

「――ええかげんにせぇやぁッ!」

 

 うっかりそんな雰囲気に流されそうになった俺だが、その一言で現実に引き戻されてしまう。うぅ、ホッとしたような残念なような……。

 声がした方を振り返ると、そこには机の上にちょこんと座っていた少女が、膨れっ面で俺を睨む姿があった。

 

 川の下流のようなラインを描く、黒髪のセミロング。救芽井ほどではないにしろ、美少女と呼ぶにはあまりにも十分過ぎる顔立ち。

 小麦色に焼けた肌に、パッチリとした漆黒の瞳。歳の割には平らな胸部に、愛らしい口元から覗く八重歯。

 腰掛けていた机から飛び降りたところを見れば、その身長が中学生くらいの小柄なものだということがわかる。

 

 俺と同様、救芽井からの呼び出しを受けて夏休みの学校に来ていた、矢村賀織(やむらかおり)だ。

 

 彼女は四国からの転校生であり、俺とは中学以来の付き合い。救芽井家と古我知さんの抗争に俺が巻き込まれた時も、何かと気に掛けてくれていた。

 敢えて苦言を呈するなら、男より男らしい性格ゆえ、俺の立場が常にない、ということだろう。

 

 ちなみに、彼女と救芽井は校内で人気を二分しており、今では既にファンクラブが出来上がってるくらいだ。

 そんな二人と、いつもこうして一緒にいるせいで、俺が全校の男子生徒から総スカンを食らっているのは言うまでも……あるまい。

 

 彼女は机から飛び降りたかと思うと、猛スピードで俺と救芽井の間に割って入り、引き離すように俺達の胸元を押し出した。

 

「アタシの目の前で、よくも、そそ、そんな破廉恥なことできるなぁっ! 婚約者ゆうたって、まだ結婚したわけやないんやけんなっ! 龍太はあんたには渡さんけん!」

 

 俺の頭を思い切り抱き寄せ、矢村は八重歯をぎらつかせて救芽井を威嚇する。中学の時から思ってることなんだが、なんでこいつらこんなに仲が悪いんだ……?

 

「ふふ、矢村さん。残念だけど、私も絶対に彼だけは譲れないのよ。龍太君はもう、あなたみたいな一般人と釣り合う存在じゃないんだから!」

「なんやってぇ!? そ、そんなん、アタシらには関係ないけん! あんたこそ後から出てきて、龍太を誘惑しようなんて無駄やけんな! なにせアタシと龍太は、中学からの付き合いなんやから!」

「昔の過ごした時間なんて、何の意味も成さないわ! 過去にしがみつくことしかできないあなたにだけは、私は絶対に負けない!」

「なんやと!?」

「なによ!?」

 

 ……あー、ちょっと待てよお前ら。なんか夏の暑さに頭やられてないか?

 何の話でそんなに張り合ってんだよ……つーか、俺だけあからさまに蚊帳の外なんだけど。

 俺には用無しですかそうですか。グスン。

 

「ふん! あなたの彼と過ごしてきたキャリアは認めてあげるけど……結局、愛は早い者勝ちなのよ! さぁ龍太君、校長先生に創設許可を取りに行くわよ!」

「え? え? うおわぁぁあッ!?」

 

 救芽井はかつて格闘術で鍛えていた駿足を活かし、素早く俺の手を引く。その衝動で矢村のヘッドロックからすっぽ抜けた俺は、そのまま彼女に引っ張られていった。

 

「なっ……! 卑怯やで救芽井! 待ちぃやあああぁっ!」

 

 しかし、生来の負けず嫌いでも有名な矢村。何の勝負をしているのかはさておき、このままやられっぱなしで終わるわけがない。

 俺の手を引きながら廊下を疾走する救芽井目掛け、陸上部顔負けのダッシュで猛追してきた!

 

「やるわね……! さすが龍太君の元恋人!」

「待て救芽井ィィ!? お前は何か重大な勘違いをしているゥッ!」

「救芽井ぃぃっ! 龍太の貞操、返せぇぇぇっ!」

「矢村の方が遥かに深刻だったァーッ!?」

 

 ――こんな大騒ぎをしながら廊下を爆走しても、お咎めがないのは学校自体がガラガラなおかげだろう。どこの部活もまだ練習は始めていないようだから、聞きつけられることもない。

 俺は二人のえげつない勘違いに頭を抱えつつ、せめて今日だけは無事に一日を終えられることを切に願うのだった。

 

 ……既に無事じゃないかも知れんが。

 



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第52話 校長と言う名の壁

 部活の設立には、顧問の先生と最低五人の部員が必要。

 校長室まで来た俺達三人は、そう告げられてしまった。

 

「そんなっ……! 着鎧甲冑についての研究や、今後の展望についての議論をする部なんですよ!? それがどうして!」

「い、いやいや、それは十分わかっておるんだがね。部を作るのなら、せめて条件くらいは満たしてもらわないと。いくら君が救芽井エレクトロニクスのご令嬢だからと言っても、規則を無視されてはこの学校の示しがつかないだろう?」

 

 部屋の両脇にズラッと並ぶ本棚に囲まれた、一つの大きな机。

 そこを挟む二人の口論は、未だ平行線を辿っているようだった。

 

 白髪と黒髪が半々で、ちょっとシワだらけの顔が特徴の、五十代後半くらいの初老の男性。

 ……という出で立ちの校長先生は、救芽井の半ば無理矢理な交渉に困惑している様子だった。

 

 確かに、正式に部と認めてもらうには、数合わせで俺と矢村を入れても人数が足りない。

 部と認められなきゃ、学校から部費は降りないわけだが……。大企業の令嬢ならそんなの別にいらなさそうだし、特にこだわりがないなら、同好会で十分な気もするんだけど。

 

「な、なぁ救芽井。条件が揃わなくても、同好会として活動は出来るんだしさ。あんまり校長を困らせるのはどうかと――」

「なに言ってるの! いざ私達の活躍が知れ渡った時に、『同好会』なんて格好のつかないアピールをするつもり!?」

 

 着鎧甲冑についての議論や研究はどこ行った……。どうやらさっきの救芽井の話は、それとなく校長を納得させるための建前だったらしい。

 実際は、着鎧甲冑を実際に運用して、人助けでもするつもりだったんだろう。宣伝が目的なんだから、まぁ当たり前と言えば当たり前か。

 

「活躍を知らしめるって……。君達まだ学生なんだから、あんまり無茶をするような部活を作るのはお勧めできんな」

「とっ、とにかく! これはただの部活じゃないんです! 世界最先端テクノロジーを応用した人命救助システムを、より身近に浸透させるプロジェクトなんですよ!?」

 

 条件を出されても、ボロを突かれても、彼女は全く引き下がる気配がない。そんな無駄に高尚な話を持ち出されても、庶民のオッサンには呪文にしか聞こえないだろうに……。

 校長はやたらごり押ししてくる彼女を前に、めちゃくちゃ冷や汗をかいている。超有名な大企業の令嬢が言うことなんだから、無下にはできないという葛藤があるんだろう。

 

「なんか救芽井がこっちに来てから、いろいろと騒がしくなった気がするんやけど」

「気のせいじゃないだろ、それ。現に転入してきた頃なんて、日本中の報道陣が詰め掛けて来て石油危機みたいなことになってたし」

 

 机をバンバン叩いて荒ぶってる救芽井の後ろで、俺と矢村はヒソヒソと小さく言葉を交わす。

 

 救芽井エレクトロニクスの令嬢にして、世界的なアイドル。そんな彼女がこんな片田舎まで来た衝撃は、計り知れなかった。

 

 初めて顔を出した終業式の日から約一週間、全国のレポーターがヘリまで動かして、彼女を一目見ようとスクランブルする始末だったのだ。連日やってくる取材責めをひらりとかわす彼女のスルースキルは、特筆に値するだろう。

 小さな町に大勢の報道陣が詰め寄ったせいで、住民に多大な迷惑が掛かったことがあったためか、今ではソレも鎮静化している。

 救芽井いわく、彼女の父にして「救芽井エレクトロニクス」と「着鎧甲冑」の創始者である、救芽井甲侍郎(きゅうめいこうじろう)さんが報道局に圧力を掛けたことも原因の一つらしい。

 

「世間的には、婚約者に会うために来日してきた、ってことになってるが……」

「全部無理矢理決められたことなんやろ? 真に受けることなんかないけんな?」

「いや……でも、キスまでしてきたんだぞ」

「じゃあ、ア、アタシとちゅーしたら婚約解消よな?」

 

 なんでそうなる!? 俺は小さく愛らしい唇をんーっと突き出す矢村から、慌てて顔を遠ざけた。

 

「ひどい……龍太って、そんなにおっぱいが好きなん?」

「三度の飯より大好きなのは認めざるを得ない! だけど、それとこれとは激しく別問題だからな!?」

 

 あ、焦った。以前は男勝りが女の形を借りてるような奴だったのに、なんで急にこんな女フェロモンを噴出する危険人物になったんだよ!?

 危うく……危うく流されて間違いを起こすところだったジャマイカ!

 

 俺と矢村がそんな悶着を起こしている間も、救芽井は校長をやり込めようと迫っていた。とうとう机の上まで乗り上げていやがる……。

 

「だから! この学校の名声を高める結果にも繋がるのですから、一刻も早く正式に認めて下さい!」

「そ、そこまで言うなら今から募集を掛けてみてはどうかね? 君が一声掛ければ、いくらでも部員も顧問も集まると思うが……」

「ただの高校生や教師に興味はありません! 着鎧甲冑についての理解があり、かつ知識や技術、パイプ等を持った人材が必要なんです!」

 

 ……もはや部活じゃねぇ。中小企業もメじゃない注文レベルだ。

 挙げ句の果てには、某ラノベの人気キャラみたいな台詞まで言い出したし。このままじゃマジでラチがあかないな……。

 

「そんな人物はこの学校にはそうそういないだろう? 頼むから考え直して――」

「そうは行きませんッ! 龍太君との婚前の思い出には、『着鎧甲冑部』がどうしても必要なんですッ!」

 

 ――うおおおぃィッ! なんかとんでもねー発言が聞こえたんだけど!?

 つーか結局は私情バリバリかいッ!?

 

 俺がそうツッコむより先に、救芽井は思い切り机を殴り付けた。その衝撃の余波は本棚にまで及び、一冊の本がポロリと落っこちてしまう。

 

「あ、なんか落ちたで」

「俺が拾うよ。……ったく、救芽井のヤツなに考えてんだか……」

 

 「残念な美少女」を地で行く彼女にぶーたれながら、俺はカーペットの上に落下していた、古びた本を拾う。

 

 見たところ、少し昔の卒業文集らしい。表紙に書かれた年号を見るに、十年近く前のものみたいだ。

 校長室に入る機会なんてそうそうないし……せっかくなんで、ちょっとだけ読んでみようかな。

 

「山田花子、田中太郎……恐ろしくポピュラーな名前ばっかりだな。昔の卒業生」

「え、昔の卒業文集? アタシも見せてや」

 

 つま先立ちの姿勢で、なんとか中身を覗こうと頑張っている矢村。見せてあげないと俺が意地悪してるみたいだから、ちょっと本の位置を下げてやった。

 彼女はそれが妙に嬉しかったらしく、「ありがとぉっ」と愛らしく笑いながら本を覗き込む。

 

「ここの四郷鮎美(しごうあゆみ)って人、めっちゃ字が綺麗やね。『将来は凱樹(がいき)君のお嫁さんになりたいです』……って、きゃはー! なんなんコレ、めっちゃ惚気とるやんっ!」

 

 卒業後の夢を書く欄を見た矢村が、頬を赤らめてテンションを上げる。女の子って、やっぱこういう話題が大好きだったりすんのかな? 恋バナとかするくらいだし。

 そんなことを考えながら、俺は過去の卒業生達が語る夢の数々を目で追っていく。ここで夢を綴っていた人達は、今はどうしてるのかな……ん?

 

「『どこの国の、どんな人でも助けられるような、誰よりも強くてかっこいいヒーローになりたい』……瀧上凱樹(たきがみがいき)、か。もしかしてさっきの『凱樹君』って、この人じゃないか?」

「ホントや! なんやなんや、瀧上って人と四郷って人、付き合っとったんかな?」

「だろうな。……にしても卒業文集にこんなこと書くなんて、どんだけバカップルなんだ……」

 

 当時の顔写真まではなかったが、二人がどんな人だったか気になってしまう文集だなコレは。

 

「アタシも……龍太のこと、文集に書いちゃろーかなぁ……?」

「勘弁してください。割とマジで!」

 

 ……しかし、「ヒーローになりたい」、か。

 高三のくせして、随分と子供染みた夢をお持ちだったようだが――目指してなれるモンなのかねぇ、それは。

 

 ふと、自分の過去を思い返してみる。中三の冬、あの時の俺は……違うよな。

 昔も今も、俺は「ヒーロー」なんてご大層なものじゃなかった。よくよく考えてみれば、凄いのは着鎧甲冑や救芽井の尽力であって、俺じゃないんだから。

 

「き……君っ! 早くそれを戻したまえっ!」

 

 ――「ヒーロー」について、しばらく思案に暮れていた俺を現実に引き戻したのは、校長先生の叫び声だった。

 なんか俺が持ってる文集を指差して、めちゃくちゃ焦った顔をしている。救芽井も、彼の慌てぶりにたじろいでいた。

 

「あ、えーと……すいません。戻しときますね。元の場所どこでしたっけ?」

「下から三番目の棚だ! いいから早く片付けなさい!」

 

 元々この文集が置かれていたという、本棚の一部分に向けられた人差し指は、まるで悍ましい化け物を指しているかのように震えている。

 そんなにこの頃の卒業生ってヤバかったのか? きっと相当な不良ばかりだったんだな……。

 あんまり昔のヤな思い出を掘り起こすのも悪いし、俺は校長先生の言う通りに、ササッと本棚に文集を戻した。

 

「ゴ、ゴホン。それでは例の件に話を戻すが、条件だけは満たしてもらわなければ我が校に影響を与えかねない。すまないが、日を改めてもらえないかね」

「……?」

 

 俺が元通りに本を戻すと、途端に校長は調子を取り戻していた。さっきの慌てぶりが嘘のように。

 不審に思わずにはいられなかったが、それを問える空気でもなかった。

 

 完全に詰め寄るタイミングを外してしまった救芽井は、バツが悪そうに視線を外すと、「わかりました……失礼します」と言い残して校長室を後にする。

 俺と矢村も、校長の変貌を訝しみつつ、そそくさとこの場を立ち去った。

 

「瀧上凱樹……四郷鮎美……!」

 

 ――彼がその名前を呟いていたことには、気づかないまま。

 



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第53話 部室はちゃんと許可を取って使いましょう

 結局、救芽井の部活創設は一旦見送りという形になった。

 

 やけにあわてふためいていた校長先生に別れを告げ、校長室を後にした俺達。

 その全員の表情が、げんなりしたものになっている、ということは言うまでもないだろう。

 

 程なくして、この展開に一番納得できなかったであろう、ミス唯我独尊を地で行く救芽井殿が声を荒げた。十分くらい携帯電話でなにか話してたみたいだけど、一体なにがあったし。

 

「信じられない! 名声以上にデメリットになるものがあるとでもいうの!?」

「ま、まぁまぁ……校長先生が言ってた通り、人数さえ集まればオーケーなんだしさ。カッカすることないじゃん」

「甘い! 甘すぎるわ龍太君! 私が夕べのお風呂上がりに十箱食べたチョコアイスより甘いわよ!」

「お前はカロリー計算が甘すぎるわ!」

 

 彼女の健康状態を案じるツッコミだったが、当の本人はまるで聞く耳を持たない。オイ、割とマジで心配になるからマジメに聞きなさいよ。

 

「私の栄養摂取量はどうでもいいの。問題なのは、このままだと着鎧甲冑の市場進出が、出遅れることになりかねないってことよ!」

「どういうこった?」

 

 俺の忠告をガン無視しつつ、救芽井は現状の危うさを身振り手振りで必死に訴えて来る。駄々をこねる子供のように、L字に曲げた腕を上下に揺らしていた。

 ついでに、おっぱいも。

 

「我が救芽井エレクトロニクスは、最新鋭の発明のおかげで世界的に有名になってはいるけれど、その目玉商品たる着鎧甲冑はコスト問題がまだ解消されてないの。だから日本進出といっても、すぐに支社を立てるには、スポンサーの確保とは別に、相応の価値を証明する必要があるのよ」

「そら、そうやなぁ。お金掛かるモン作るんやったら、ちゃんと使いモンになってくれんと困るやろうし」

 

 救芽井のやたらゴチャゴチャした説明に、矢村がうんうんと相槌をうつ。あれ? もしかして、あんまり付いていけてないのって俺だけ?

 

「その証明には、救芽井家の人間である私が直々に指揮を取る、『着鎧甲冑部』が最適なのよ。私達のような若者の手でも、たくさんの命を救えるという性能が証明されれば、どれだけコストが伴うものだとしても、政府は着鎧甲冑を認めざるを得なくなるのよ」

「それであんなに息巻いてたのか? しかし、校長先生からはイマイチな返事しか来なかったぞ……」

「案外、前に同じようなことしようとして、しくじった部活があったりしたんかもなぁ」

 

 救芽井の隣で、冗談めかして笑う矢村。だが、彼女のジョークからは結構なリアリティが感じられた。

 確かに校長先生のアレは、悪い方向に進む展開を懸念してるような雰囲気があった。既に見切られたフォームでボールを投げてるピッチャーにダメ出ししてる、野球監督に近いものがあったんだ。

 

 ……だけど、こんなヒーローみたいなマネする生徒がウチにいたのか?

 

 ――ん? ヒーロー……?

 

「ちょっと龍太君! いつまでポケッとしてるのよ! 早く来なさい!」

 

 頭の中につっかえた何かがある。そんな気がしたのだが、深く考える暇もなく救芽井に怒られてしまった。

 気がつけば、彼女と矢村の二人は既に廊下を歩き出していたのだ。俺は一旦考えるのをやめ、彼女らの後を追う。

 

 ◇

 

 しばらく救芽井の後ろを歩く俺と矢村だったが、両方とも彼女が何処に行くつもりなのかは把握していない。

 

「なぁ、龍太。救芽井ってどこに行きよんやろか?」

「俺が知るかよ……。そういやお前、なんかすごいニュースがあるとか、さっき歩きながら言ってなかったか?」

「あ! そうそう大ニュースあるんやで! なんでも一昨日から、十年前の総理大臣だった伊葉和雅(いばかずまさ)さんが来日しとるんやってさ! なんか救芽井の話を聞いたけん、一目見たくて来たんやって!」

「伊葉和雅、か。……にしても救芽井目当てって、えらくミーハーな総理大臣がいたもんだな。つーか、なんで十年前の元総理大臣なんだ? ――いやそれより、なんで俺達、部室棟まで来てるんだよ……?」

 

 最初に集まっていたウチのクラスの教室に戻るのかと思えば、ツカツカと素通りしてしまったのだ。

 今、俺達が歩いているのは、もといた校舎から少し離れた、いわゆる部室棟と呼ばれる場所なのである。

 

 どこへ行こうと言うのかね。……と、その旨を問い質してみると、彼女は背を向けたまま淡々と答えた。

 

「さっき校長先生から、部室の空きが一つあるって聞いてね。さっそくお邪魔させて頂くことにしたわ」

「おいおい、まだ認められてもないのに、勝手に使っちゃマズいだろ? 見つかったらどうすんの」

「見つかる前に条件を揃えておけば済む話よ。……ここね」

 

 恐ろしい程ごり押しを続ける救芽井は、使われていない空き部屋にしては、妙に綺麗に掃除されたドアの前に立つ。

 

 なんか変な匂いがするけど……なんだ? ……ワックス?

 いや、ワックス掛けなら終業式前に終わったはずだし……。

 

 そこに掛けられていた名札を見た俺と矢村は、思わずジト目になってしまった。

 

「『芸術研究部』……か。去年、矢村が殴り込んで壊滅させた部活だよな」

「『写真とか絵とか書いたり、研究したりする部活』って触れ込みやったけど、裏じゃ女子の着替え盗撮したり、それをネタに脅したりしよるような連中ばっかやったからな。思わず、ブッ潰してもうたんやったなぁ……」

 

 矢村が言う通り、ここにいた部員は芸術をカサに着て、性犯罪レベルのオイタを繰り返していたらしい。

 それをクラスメートの女子から相談された矢村がブチ切れて、殴り込みを働いて全員検挙。……というちょっとした事件が、去年の今頃に起きていたわけだ。

 

 ちなみに俺は最初、「危ないから」と矢村の殴り込みを止めようとしていたはずだった。

 ……はずだったんだが。

 

 「芸術研究部」の連中が、彼女の着替えまで盗撮しようとしていたことを聞いた途端、気がつけば矢村以上に俺が暴れていたらしい。

 なんで止めるつもりだった俺までが、そんなことになっちまったのかは今でもわからない。

 ついでに言うと、なんでそのことを彼女に喜ばれたのかもわからなかった。普通、訳もなしに暴走する男とか気味悪がるもんだと思うんだが。

 

 まぁ、そんなこんなで芸術研究部は解散することになり、寂れた部室だけが残されたわけだ。

 だけど、目の前にある元芸術研究部の部室は、入り口の周りがかなり綺麗にされている。ほっとかれた部室って、得てして埃まみれになるはずなんだけどな。

 

「ここが、いずれ私達『着鎧甲冑部』の部室になる場所よ。さぁ、入って」

 

 そんな俺の疑問をよそに、救芽井は率先してドアノブに手を掛けた。

 

 ――そして開かれる、真っ白な世界。

 

「……はあっ!?」

「えぇえっ!?」

 

 異世界にでも紛れ込んでしまったのだろうか。俺と矢村は、大口を開けて素っ頓狂な声を上げる。

 

 壁の色や本棚、テーブルに至るまで、全て純白に塗装された別世界が、この部屋一帯に広がっていたのだ。

 

 設備こそ普通だが、清潔感がまるで違う。埃など一寸も見つからないし、まるで学校の施設じゃないみたいだ。

 約七畳半の小さな部室には違いないが、明らかに他の部活で使われる部屋とは別次元の領域である。

 

「随分と放置されていた部室だったらしいし、劣化が酷いだろうと思ってね。我が社の配下に命じて、掃除だけは先に済まして貰ったの」

「……まさか、校長室を出てから電話してたのって、それか!?」

「ええ。狭い部屋だし、私達がここに着く前に片付くと思って」

 

 お、恐ろしい……! 金の力、マジパネェっす……!

 部屋の奥にある窓から校舎の外を見てみると、「救芽井」というイニシャルが付いた作業着を着た数十人の男達が、一斉にこちらをガン見していた。

 救芽井は、その威圧感にガタガタしている俺の隣に立つと、にこやかに手を振って見せる。

 

「ご苦労様! 部室、なかなか悪くないわね!」

 

「樋稟お嬢様ッ! 我等一同、あなた様のお役に立てたことを、生涯の誇りに思いますッ!」

 

 彼女のお礼に対して、遠くにいる男達の先頭に立っていた中年男性が声を張り上げた。三十代後半くらいのガチムチマッチョマンである。

 そのリーダーらしき男性に続いて、数十人の男達全員が「光栄でありますッ!」と怒号のようなお礼を口にした。結構な距離があるはずなのに、ビリビリとこちらまで声が響いて来る。

 

 ……彼らの近くには、何台かのトラックが駐車している。部室一つを完璧に整備するためだけに、あんな大人数を呼び出したって言うのかよ……。

 つーか、近所迷惑ってレベルじゃねーし。

 

 何より恐ろしいのは、彼らの作業が、俺達が校長室からここに来るまでの間に終えられていた、ということだろう。

 なんでも救芽井によれば、白ペンキで隈なく塗装した後に、火炎放射機を改造して作った巨大ドライヤーで急速に乾かし、その上にワックスをかけ、もう一度巨大ドライヤーで……という流れ作業を数分でやってのけたのだとか。

 

 救芽井があの部下達に連絡してから、俺達がここに来るまでの時間は十分もなかったはずだと言うのに。救芽井エレクトロニクスの影響力は、常識さえ打ち破ってしまうようだ。

 これだけ人を動かせる経済力があるのに、未だに支社一つ立てられていないのは、それだけ着鎧甲冑にお金が掛かるからなんだろうな。

 

 ……そんな値段を聞くのも億劫になるような代物に、二年近く前から手を出してたってのか、俺は。

 

「お、おっかなー……。金持ちって、ホンマに凄いなぁ……」

「……さ、さて、あのオッサン達も帰ったことだし、どっか座るとこないかなー……と?」

 

 ガチムチマッチョマン共が立ち去るのを青い顔して見送った後、俺と矢村はどこかに座って気を休めようと椅子を探す。

 

 ――その時、俺の目にあるものが留まった。

 

 テーブルの上に設置された、一台のコンピュータである。

 

 そこから幾つもの細いケーブルに繋げられた、金属製の腕輪。

 ……俺がよく知っている形状だ。二年前の戦いで、随分とお世話になったからな。

 

「『腕輪型着鎧装置(メイルド・アルムバント)』……?」

 

 そう、着鎧甲冑のスーツを粒子に分解し収納している、収納ケースの役割を持つ特殊ブレスレット。

 連絡用の通信機まで搭載し、必要とあらば一瞬にして着鎧甲冑を纏うことができるのだ。まさしく、ヒーローものにありがちな変身アイテムそのもの、と言ったところだろう。

 

 中三の頃は、確か全ての着鎧甲冑の基盤(プロトタイプ)になっている「救済の先駆者(ヒルフェマン)」の行動を、コンピュータを介して管理・サポートしていたんだよな。じゃあ、ここにあるパソコンも……?

 

 ――既に救芽井は、ここで着鎧甲冑を運用するための準備を整えていたんだな。

 ここまで迅速かつ徹底的に、人命救助のために動いてたのかと思うと、ちょっと怖いくらいの意気込みを感じるよ。

 

 それにしても、この腕輪……こんな色使い、見たことがないな。

 

 救芽井によると、「腕輪型着鎧装置」のカラーリングは、そのまま着鎧後……つまり変身した後の体色に比例しているのだとか。

 

 「救済の先駆者」は緑、古我知さんが兵器として作っていた「呪詛の伝導者(フルーフマン)」は黒、そして現在量産されている「救済の龍勇者」は、救助用の「R型」も警察用の「G型」も、全て白色で統一されている。

 だが、今俺の目の前に置かれているブレスレットは、そのいずれにも該当しない色で塗装されていた。以前、矢村に着鎧甲冑のことを取り上げた雑誌を見せてもらったことがあるが、その時もこのカラーリングは存在していなかった。

 

 ――赤いんだ。

 

 今にも火が噴き出して来そうなくらいの、燃えるような真紅。

 それを見るだけで、この「腕輪型着鎧装置」に納められているであろう着鎧甲冑が、他のものとは明らかに異質なものなんだろうと考えさせられてしまう。

 気がついた時には、既に俺は正視しているだけで圧倒されてしまいそうな、その紅の腕輪に手を伸ばしていた。

 

 それを掴んだ片手に広がる、ズッシリとした鋼鉄ならではの重量感。その重みに、俺は思わず息を呑む。

 

 そんな俺を見た救芽井は、子供にご褒美をあげる母親のような、愛しげな微笑みを俺に向けた。

 

「あら、気になる? 今現在における、最高峰のポテンシャルを持った最新型着鎧甲冑、『救済の超機龍(ドラッヘンファイヤー)』なんだけど」

 

 ――この手に眠る着鎧甲冑の名を、彼女が自慢げに明かしたのは、その直後のことである。

 



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第54話 男の夢には酸素が詰まっていた

 俺の手にある「腕輪型着鎧装置」。

 そこに納められている着鎧甲冑の名は、聞き覚えのないものだった。

 

「『救済の超機龍』……? 聞いたことない名前だな。新製品か?」

 

 ――と言いながら、試しにちょっと右腕に巻いてみる。おぉ、なんかめちゃくちゃフィットしてるぞコレ。

 

「半分は正確だけど、半分はハズレね。新型には違いないけれど、売り物じゃないのよ」

「は? じゃあ非売品ってことか?」

 

 売り物じゃない、ということは結構な価値のあるものだったんだろうか。なんか安易に腕に付けちゃったけど、急に怖くなってきたぞ……。

 

 ウッカリ落としたりなんかして、傷物にしたらコトじゃないか。とりあえず早く外して、元に――

 

「そうね。正しくは――あなたの専用機ってところなんだけど」

 

 ――戻そうってところで、救芽井はそんなことを言い出しおった。

 

「は、はぁあ!?」

 

 専用機? ……俺の!?

 

「私が直々に設計した、初めての着鎧甲冑よ。……『R型』と『G型』の要素を兼ね備えた、『救済の龍勇者』シリーズにおける最高峰! それが『着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー』なのよっ!」

 

 自分が初めて設計を担当した――というだけあってか、やたら鼻高々に語る彼女。今までは、少し落ち着いてるくらいの佇まいだったのに、「救済の超機龍」とやらが絡みだした途端にこのテンションである。

 

 し、しかし専用機って……!

 俺にそんなもん寄越してどうしようってんだ!? つーか、どんだけ俺を買い被ったら気が済むんだ、救芽井エレクトロニクスッ!

 

「政府から、『着鎧甲冑の最高傑作を一台だけでも生産して欲しい』っていう依頼があってね。それなら、龍太君の専用機を作り上げようってことに決まったのよ。お父様もノリノリだったわ」

「あの人がノリノリとか、ヤな予感しかしないんですけど!?」

 

 娘の裸を偶然見てしまった男を、責任を取らせるためだけに、婚約者に仕立て上げてしまう程の豪胆さ……もとい無計画さを持った甲侍郎さんのテンションがマックスとか、どう考えてもロクな展開が浮かんで来ない!

 

「お父様、本当に嬉しそうだったわ。凄く泣いたり怒ったり、最後には笑ったり。龍太君のこと、なんだかんだで気に入ってるみたいだったし……」

「今度会ったら、泣きながら『殴らせろ』とか言ってきそうだな、それ……」

「ちょ、ちょっと待ちぃや! なんで政府が欲しがっとる最高傑作を龍太が持たないかんのんや!?」

「龍太君に、婚約者として相応しい威光を持ってもらうためよ! これで彼も、晴れて着鎧甲冑を所持できるエリートヒーローの仲間入り! 私の夫『救芽井龍太』として、これ以上の栄誉はないわ!」

「なんか俺の全然知らない世界で、とんでもねーことになってる気がするんですけど!?」

 

 なんだ「救芽井龍太」って! 早くも俺の将来設計が固定されようとしてねーか!?

 くっ、高校を卒業したら兄貴が務めてるエロゲー会社に入ろうと思ってたのに! ……大学? 俺の脳みそで入れるかこんちくしょー!

 

「さぁ、とにかく着鎧してみて。『腕輪型着鎧装置』のサイズも含めて、全てあなたの体に完璧にフィットするように作ってあるわ!」

「俺に合わせて作ってんのか? 道理でやたらしっくり腕に嵌まってるわけだ……」

 

 中三の時は「救済の先駆者」の腕輪を付けていたが……確かアレは、元が救芽井の使っていたモノっていうだけあって、ちょっと腕がキツかった覚えがある。

 その辺も、きっと配慮してくれてるんだろう。腕輪自体は結構重いはずなのに、ほとんど手首の血管等に掛かる負担はない。

 

 しかし、自分のための専用機が用意されてたっていうのに、俺ってばあんまり動じてないよな……。

 なんか驚きの感覚が麻痺してきてないか? 大丈夫かよ俺……。

 

「とにかく……やってみるしかないか! ――着鎧甲冑ッ!」

 

 もう少し頭の整理はしたかったが、いちいち感傷に浸って救芽井を待たせるのも悪い。

 俺は腕輪に付いているマイクに、久々にあの音声を入力した。

 

 そして、深紅の腕輪の中から、同色の発光体が噴水のように溢れ出て来る。

 俺がそれらを目で捉えるよりも先に、赤い光は帯のように俺の体に巻き付いていった。

 

 二年近く経験していなかった、俺の中における「非日常」の象徴。

 それが今、「日常」の象徴とも言うべき学校の中で行われている。

 

 ――なんとも、不思議な気分じゃないか。

 

 だが、悪い気はしない。

 

 着鎧を終えた時にいつも感じていた、力がみなぎる感覚を思い出してしまった、今となっては。

 

「ふぅ……」

 

 自分の手足が、赤いレスキュースーツに包まれているのをこの目で確認し、俺は一息ついた。どうやら、予想通り「救済の超機龍」ってのは、赤が基調らしい。

 手足の動作に支障がないかを確認するため、俺は軽く手首と足首を捻る。……うん、どこも変な感じはしないかな。

 

「――うん! やっぱり龍太君はそうでなくっちゃ! カッコいいよっ!」

 

 俺の着鎧した姿を前にして、救芽井は子供のようにはしゃぎながら、ズイッと顔を近づけて来る。まるでキスでもするんじゃないかってくらいの近寄り方だったからか、途中で矢村に羽交い締めにされてしまったけど。

 

 そういや、俺って今どういう格好なんだろう? 救芽井はカッコいいと言ってくれたが、常人とは微妙にズレている彼女にそう言われてもイマイチ腑に落ちない。

 なので、俺は部室に置かれていた鏡の前に立ち、自分のフォルムを確認してみることにした。

 

 唇型のマスクに、燃える様な赤一色のレスキュースーツ。

 着鎧甲冑ならではの、どことなく古臭いデザインを感じさせるソレは、間違いなく「昭和のヒーロー」を好む甲侍郎さんの趣味が出ているせいなのだろう。

 

 ふと、黒いベルトに装着されている、長さ四十センチ程の電磁警棒に目が行く。確か「G型」が許されている唯一の装備品だったよな。

 確かに彼女が言う通り、この「救済の超機龍」には、「G型」と「R型」の両方の機能が用いられてるらしい。

 

 ――ん? だけど、「R型」の特徴だったはずの救護用バックルが見当たらない……?

 腰に巻かれているベルトは「G型」に準拠したモノであり、「救済の先駆者」や「R型」に常備されていたはずの「救護用バックル」らしきものは見当たらなかった。

 後ろの腰に手を回してみると、応急処置セットらしき、小さなバックパックは付いていたのだが……人工呼吸システムに必要な、酸素タンクらしきものが見当たらない。

 そのため、俺の腰に付いていたバックパックは、「R型」のソレと比べるとすこぶる小さいモノだった。

 

 さすがにそこまでは手が回らなかったのかな……?

 

 もしかしたら心のどこかで、俺は随分な欲を張ってたのかも知れない。うげ、恥ずかしい……。

 自分の浅はかさを悔いつつ、俺は頭を掻こうとして――

 

「……?」

 

 ――手に触れた妙な感覚に、思わず眉を潜めた。

 なんだこれ? ぷにぷにしてて……柔らかいな。

 

 その柔らかいナニかを見ようと視線を上げた俺の目に……側頭部から伸びている、闘牛のような二本の角が映り込んだ。

 

 体のほとんどが赤色で統一されているのに対して、そこだけが真っ黒に塗装されていたのだ。

 長さ二十センチ程度の短い角だが――他の着鎧甲冑では考えられないようなその意匠に、俺はいつの間にか目を奪われていた。

 こんな尖んがってて危ないモノ、人命救助が任務の着鎧甲冑に付けてて大丈夫なのか?

 

 ……待てよ。まさか、さっきのぷにぷにの正体って……。

 

 俺は考えたくもないような仮定を敢えて立てると、その妙な角に手を伸ばしてみた。

 

 そして手の感触に伝わる、柔らか〜いぷにぷに感。

 ……この角、なんでこんなに良い子に優しい作りになってんの!? 下手なソフビ人形より子供に優しくないかコレ!?

 

「あ、どうかしら龍太君? その酸素タンク。お父様が『男の子はこういうのが大好き』って言ってたから、プレゼントだと思って付けてみたんだけど」

 

 ――これが酸素タンクかァァァッ!

 



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第55話 出動プロセスは割と小難しい

 ひとまず着鎧を済ませた俺は、ノートパソコンを抱えた救芽井に、部室棟の裏庭まで連れ出されてしまった。なんでも他の生徒や教員達には、まだ知られたくはないらしい。

 幾つかの大きな木陰に包まれているこの場所は、避暑地としてなかなか重宝されている。部活の時間であれば、大勢の汗だくの野郎共でごった返しているような場所だ。

 

「さて! それじゃあさっそく、あなたの新しい力を知らしめに行かなくちゃね!」

「龍太が絡んだ途端にこのテンションやな……」

「あら? それはあなたも同じじゃない」

 

 彼女に続いて裏庭まで来た矢村は、妙なところを指摘された瞬間に、顔を赤くして黙り込んでしまう。この二人の恥じらうツボがイマイチ見えて来ないんだよなぁ……。

 

「なぁ、急に裏庭に呼び出してどうしようってんだ? 高校生にありがちな『告白』でもしようってのか」

 

 話が終わるまで静観していようとも考えたが……矢村ばかりが弄られてるように見えて可哀相だったんで、話題の流れが変わるような冗談を飛ばしてみることにした。

 すると、救芽井はボッと茹蛸のような顔色に一瞬で変化してしまう。矢村より赤いな……。

 表情はだらしなく蕩け、「そ、それもいいかな……」といった独り言が垂れ流しになっていた。――冗談だってのは伝わってんだよな?

 

「――じゃ、じゃなくて! さっき言った通り、『救済の超機龍』の性能を人々に知らしめに行くのよ! 人をガンガン助けて、知名度を上げるの!」

「……てことは要するに、この着鎧甲冑のデビューってことになるのか。じゃあ、なんで学校の中でコソコソする必要があったんだ?」

「住民より先に学校側に存在を知られたら、『救芽井エレクトロニクス』より『松霧高校』の名が先に上がっちゃうのよ。世界最高峰の着鎧甲冑を世に送った学校、としてね。その後に、この着鎧甲冑の存在をこちらから発表しても、そのニュースが出た後だとインパクトに欠けちゃうの」

「つまり……話題性を学校側に取られないため、サプライズのために、敢えて学校には何も話さないってことか」

 

 俺の答えに満足げな笑みを浮かべた救芽井は、力強く頷く。

 

「でも、あんなに着鎧甲冑部の創設を推した後なんだから、学校側にはすぐに嗅ぎ付けられると思うんだけどな。そうじゃなくても、お前は着鎧甲冑そのものの開発に絡んでるんだし」

「『開発に絡んでる』のは、あなたも同じでしょ? まぁ、嗅ぎ付けはするでしょうね。でも、こちらが認めない限り『確証』までは得られないから、向こうは迂闊な情報公開は出来ないのよ。その間に、創設の条件を揃えれば私達の勝ちってこと」

「勝ちって……勝負事なのか? これは」

「――当たり前じゃない! 私達の行くべき道を阻む障害とは、なにがあっても断固戦うべきなのよ!」

 

 救芽井は俺の発言に目を見開くと、鋭い顔つきになりながら拳をギリギリと握り締める。……どうやら、学校側の対応がよっぽどシャクに障ったらしいな……。

 

「――というわけで! これから龍太君には『パトロール』に出向いて貰うわ。将来の着鎧甲冑部創設の時に向けての、『PR』も兼ねて、ね。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。人助けも見回りも結構なコトなんだが、具体的に何をすりゃいいんだ? ろくな説明もなしに町中に放り込まれても――」

「私が通信でサポートするわ。こっちに来て」

 

 救芽井は片膝を着くと、抱えていたノートパソコンを開いた。俺は訝しみつつ、同じ表情だった矢村と顔を見合わせると、その画面を覗き込んだ。

 

 ――真っ黒な背景に、緑のラインが幾つも交差している。どうやら、この町のマップになっているらしい。

 この学校を中心にした地図が、画面いっぱいに広がっていた。

 

 その中における、道路や家の中に当たる場所では、小さな青い点がゆっくりと動き回っていた。なんだ……こりゃあ?

 

「救芽井。これって――」

「見ての通り、松霧町全体を表した電子マップよ。ちょろちょろ動いてる青い点は、生命体に反応している部分なの。大体は人間の位置を表していると思っていいわ」

「人間の位置? 人がどこをほっつき歩いてるのかが丸わかりってことなのか?」

「そうよ。ノートパソコンだと処理落ちがままあるから、部室のパソコンでやった方が効率がいいんだけどね。今回だけは、あなたに説明するための『特別措置』」

 

 人差し指を俺の唇(に当たるマスクの部分)に当てると、救芽井は妖艶さを匂わせる笑みを見せてきた。「特別」っていう点をやたらと強調してた気がするけど……。

 

「はいはい! それがどうしたって言うんやっ!?」

 

 それの何かが気に食わなかったのか、矢村は怒気を孕んだ声を上げて、俺と救芽井の間で手を振って遮ろうとする。

 

「ムッ……まぁいいわ。この青い点は、ある条件に達すると――ハッ!」

 

 一瞬だけしかめっ面になった救芽井だが、次の瞬間には何かを見つけたような驚き顔に変わっていた。相変わらず、表情のバリエーションが凄まじいな……。

 彼女は何かに気づいたらしく、急に険しい顔になったかと思えば、カタカタと超高速でキーボードを叩きはじめた。その凄みに、俺と矢村は思わず息を呑む。

 

「来たわね……龍太君! 『救済の超機龍』の初陣よ!」

「ど、どうしたんだ!?」

「説明は移動しながらで教えてあげる。龍太君、松霧駅前の交差点に急行してッ!」

 

 キーボードを叩く作業が終わったかと思えば、救芽井はいきなり切羽詰まったような声を上げた。俺は彼女が口にした地点を耳にした直後、ノートパソコンの画面を注視する。

 

 ――松霧駅前の、交差点。

 

 そこに相当するものと思しき場所の辺りには、赤く点滅する光がうごめいていた。

 



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第56話 高飛車お嬢様と眼鏡ロリ

 着鎧甲冑の運動性は正に超人的であり、走るスピードやジャンプ力も、普通の人間の数倍になる。

 

 その中でも最高峰とされているだけあって、「救済の超機龍」の性能は、着鎧している俺自身が翻弄されかねない程だった。

 

 俺は今、家屋から家屋へと素早く飛び回り、目的地である「松霧駅前の交差点」へと向かっていた。

 こんな漫画でしかお目にかかれないような動きで、住み慣れた町中を飛び回ってるっていうのは、なかなか新鮮な気分だ。ウンザリするほど見慣れたはずの公園も、住宅街も、まるでよく似た別世界のように見えて来る。

 

 だが、この力を行使しているということは、そんな感傷に浸っている場合じゃない、ということも意味している。

 あの赤く点滅していた光。あれは救芽井によると、危機状態を感知している人間に反応した場所を指しているらしい。

 

『人間が恐怖を感じたり、興奮したりする時に分泌されるアドレナリン。それが日常生活では達し得ない数値にまで上昇した時、地球外から監察している我が社の通信衛星が異常を感知して、赤い点滅でサインを送るのよ』

 

 屋根から屋根へ跳ね回る俺の耳に、救芽井からの通信が入り込んで来る。

 つまり、人間のビビりパラメータに反応して、異常性を知らせてるわけなんだな。

 

「その反応は、今は一つだけなんだな?」

『ええ。交差点とは言っても歩道の傍をうろついてるみたいだから、車に撥ねられたりしたわけじゃなさそうなんだけど……』

「わからねーぞ。コンビニにトラックが突っ込むような事故だってありえなくはないんだ。交差点にイカれた車が特攻してても不思議じゃない」

 

 こっちからは、救芽井が見ているであろう電子マップは見えないが……現場にたどり着けば、事故がどこで起きたかは一目瞭然だろう。

 今の着鎧甲冑にできるのは、簡単な応急処置か、病院に駿足で抱えていくことぐらいだが……それでも助かる可能性が少しでもあるなら、試す価値はあるはずだ!

 

 ゆえに俺はわずかでも距離を縮めるため、公道をガン無視して建物から建物へと飛び移りながら移動していた。

 赤いスーツを纏った男が、屋根や石垣の上を駆け、跳び回る。その様はさながら、蜘蛛の力を手に入れたスーパーヒーローのように見えることだろう。

 道行く住民の皆が、俺を奇異の目で見ているのがわかる。着鎧甲冑の新型だとは知らないんだろうから、相当怪しまれてるに違いないな……。

 

 たまに写真を撮られてることが気にかかりながらも、俺はなんとか例の場所までたどり着くことができた。

 

 ――だが、そこまで来ても事故現場らしい状況は見つけられなかった。車は普通に行き交ってるし、特に人が騒いでる気配もない。

 俺は少しでも見渡しが良くなるようにと、近くの商社ビルの屋上までよじ登り、そこから交差点を一望した。

 

「救芽井、交差点についたぞ! 正確な場所は!?」

 

 着鎧する前と変わらず、俺の右手に巻かれている腕輪に話し掛けてみる。しかし、返ってきたのはやや困惑した声色だった。

 

『ちょっと待って! 微妙に赤点の場所が移動してるわ!』

「移動? ……じゃあ、別に車に撥ねられたりしてるわけじゃないのか」

 

 場所を移せるくらい動いてる、ということは、そのくらいは元気ってことなんだろう。そう思うと、不謹慎ではあれど少し安心してしまう。

 

 ――だが、そんな束の間の安堵も、次の瞬間には消し飛んでしまった。

 

『これは……路地裏!? 龍太君、あなたが今いるビルから、右に七軒進んだ先の路地裏よ!』

「――路地裏だって!?」

 

 そんな物騒なワードから推測される展開は、ただ一つ。

 俺は救芽井の指示に条件反射で服従し、目的地で起きていることを想像する時間も惜しんで、ビルからムササビのようにダイブした。

 

 片膝と両手をつく格好で着地すると、そこからクラウチングスタートの要領で駆け出していく。

 一軒、二軒、三軒……と、うっかり通り過ぎないように正確にビルの数を呟きながら、俺は先刻の路地裏を目指した。

 

 そして、いよいよ例の場所にたどり着く。

 俺は足が焦げそうなくらいの摩擦を起こしながら、そこの目前にブレーキを掛けた。

 

「この先で間違いないんだな!?」

『え、ええ。だけど――』

 

 今は救芽井の発言の先を聞く猶予もない。俺は彼女の言葉が終わるよりも先に、薄暗く狭い路地に飛び込んだ。

 

 ――そして、絶句してしまう。

 

「フォーッフォッフォッフォッ! ワタクシ達に狼藉を働こうなどとは、愚鈍の極みでざます! さすがは何もない田舎のグズ男共ですわねぇ!」

「ふぉーふぉっふぉっふぉ〜……」

 

 見るからにガラの悪い、ヤクザのような男達に襲われていた――と思われていた、二人の少女。

 彼女達の足元には、その厳つい男達が生ゴミのように転がっている姿があったのだ。

 

 まるで某宇宙忍者のような高笑いを上げているのは、茶色のロングヘアーの巨乳美少女。年頃の女の子にしては、少々口調がアレな気がするが。

 艶やかな唇に、救芽井に通じる高貴さを持つ色白の肌。翡翠色のつぶらな瞳に、彫像よりも整い尽くされているかのような目鼻立ち。

 やたら大仰な口調と、高価そうな日傘で倒れている男をバシバシ叩いている姿を見ると、あんまり想像しにくい――というかしたくないのだが、おそらくどこかの金持ちお嬢様なのだろう。

 だがそんなことより、あの巨峰はなんだ。エベレストか、チョモランマか。……いや、どっちも同じか。純白のブラウスと、淡い桃色のタイトスカートを履いているのだが、ブラウスがノースリーブなおかげで、いろいろとアレが強調されているようにも見えてしまう。

 下手をすれば、救芽井以上かも知れない。あの揺れを矢村が見たら、嫉妬を通り越して殺意が湧いてしまいかねないぞ。

 

 そんな危ない印象をのっけから与えているこの少女だが、その隣にいるもう一人の女の子も、相当な美少女のようだった。

 

 サファイアを思わせる水色を湛えた長髪を、滑らかなサイドテールに纏めて右側に垂らしている。その一方で、瞳の色は燃え滾る炎のように紅い。

 人生のほとんどを、屋内で過ごしてきたのかとさえ思うほどの、真っ白な肌。恐らく、今まで見てきた中で一番白いぞ、この娘。

 顔立ちは、すぐ傍でやたら荒ぶってるお嬢様(?)に負けないほど整ってはいるが、その表情のなさは、さながらアンドロイドのようだった。黒い丸渕眼鏡を掛けているのも手伝って、どことなく冷たい印象を受ける。

 身長は……矢村より少し小さいくらい、かな。胸は――仲間が増えるよ! やったね矢村ちゃん!

 ……それはさておき、黒のTシャツに青いミニスカートという些か地味な格好だ。隣にいるお嬢様星人とは、明らかにタイプが違うと思うが……なんで一緒にいるんだろうな。

 さっきは彼女に合わせて、無表情に加えて棒読みながらも、同じ笑い声を上げていた。もしかしたら、仲良しなのかも?

 

 ……って、いやいや、そこは今問題じゃないだろう! 彼女達の何にハッスルしてんだ俺は!

 

 ――この光景は、正直なところ信じがたい、が……まるで、この二人がのしてしまったかのような絵面だ。

 俺はまさかと思い、右手の腕輪のスイッチを押し込み、救芽井に通信を繋げる。

 

「なぁ、もしかして今の赤点……」

『……うん。青点に戻ってる……。そこにいる人が、やっつけたってことなのかしら』

 

 マジかそりゃあ。てことは結局、今回は俺いらなかったってことじゃねーか。

 

「フフフ。しかし鮎子(あゆこ)が路上で『力』を使おうとした時は、実に焦ったものざます。危うく、一般人に見られるところでしてよ」

「……(こずえ)に悪いことしようとしてたから、なんとかしなきゃって、思って……」

 

 フムフム、どうやらあのおっかなそうなお嬢様は「梢」というらしい。で、あの眼鏡ロリが「鮎子」、か。

 ……ん? お嬢様で「梢」って、まさか……!?

 

「あら? ちょっと、そこの庶民! お待ちなさいな」

 

 別に逃げる気なんてなかったのだが、背を向けて考え込んでいたから、逃げ出す気でいると思われていたらしい。

 梢という少女は俺にビシッと指差し、有無を言わさぬ眼光をぶつけてきた。その影には、鮎子と呼ばれた少女が小さく隠れている。

 

「その姿……見たことはありませんが、着鎧甲冑の一種でざましょ?」

「そ、そうだけど……よくわかったな」

 

 なんだかよくわからない人だが、「救済の超機龍」の実態に一目で気づいたところを見るに、着鎧甲冑のことに詳しい人……なのかもな?

 

「ちょうどいいざます。ワタクシ達、その着鎧甲冑を作った救芽井の者に用がございましてよ。『救芽井樋稟』に会わせていただけないかしら」

「え、えぇ!? きゅ、救芽井にか!?」

「なんです、その声は。まさか、この久水梢(ひさみずこずえ)の命令が聞けない、などと言うつまらない冗談を口にされるつもりざますか?」

 

 やたらと強気な口調で、久水梢とやらは救芽井に会わせろ、と迫ってきた。「久水梢」……やっぱり、あの娘だったのか。

 

 俺はとある懐かしさを胸に抱きつつ、腕輪にソッと話し掛けた。

 

「救芽井。通信は入れっぱなしだったと思うから、話は聞いてると思うが……」

『……ええ。まさか、久水家(ひさみずけ)の令嬢がそんなところにいたとはね。私がいれば話は通じると思うから、ひとまず彼女を学校まで連れて来て』

 

 ――やっぱり、救芽井と知り合いなのか、どっかの金持ちの娘だったらしい。救芽井といい久水梢といい、「お嬢様」とはどこまでも縁が深いみたいだな、俺は。

 

『――ねぇ、龍太君。一つ聞いていい?』

「どうした?」

『あなたの前には……女の子が「二人」いるの?』

「あ? あぁ、そうだな。さっき話してた久水梢と、鮎子っていう眼鏡掛けた女の子の二人だ。それがどうかしたのか?」

 

 ふと、そんなことを聞いてきた救芽井に、俺は首を傾げた。人数なんて聞いて、どうするんだ?

 

『……そう。おかしいわね』

「なにが?」

 

 俺が訝しげな声を出した、その時。

 

 

『そこに反応してる青い点は、一つだけなのよ』

 

 

 ――ありえないことを、彼女は口にしていた。

 



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第57話 決闘禁止の法律が逃げた【挿絵あり】

「け、決闘ぉ!?」

「ですってぇぇ!?」

 

 新装されたばかりの部室に、矢村と救芽井の素っ頓狂な声が響き渡る。

 

 そんな彼女の前に置かれた、真っ白な椅子に踏ん反り返る久水梢。そして、その隣にチョコンと座っている、四郷鮎子(しごうあゆこ)という眼鏡少女。

 

「その通りざます!」

「……梢、相変わらず強引……」

 

 俺は女性陣が椅子に腰掛けてテーブルを挟んでいる中、着鎧した状態のまま救芽井の傍に立たされていた。対外的な意味での見栄えをよくするためらしいのだが、これじゃまるで執事みたいじゃまいか……。

 

 ――あのあと、救芽井に合わせろと迫る久水と、彼女に付き従っている(?)四郷の二人を抱えて、ここまで大急ぎで戻ってきたわけなのだが。

 

 久水は着いた途端に俺を蹴り倒し、礼も言わずにズカズカと部室に乗り込んでいったのだ。四郷は無表情ながらも、ペコリと頭は下げてくれたんだけどな……。

 

 まぁ、どうせ俺だし、今はそのことは置いておいても構わないだろう。そんなことより百倍重要なことが、目の前で繰り広げられようとしているんだから。

 

「まとめると、つまりこういうこと?」

 

 眉をヒクヒクと震わせながら、救芽井は不機嫌そうな顔で事情のおさらいを始めた。

 

「以前私が振った資産家・久水家の当主である久水茂(ひさみずしげる)と、こちらで決められている婚約者とで、私を賭けて着鎧甲冑で決闘しろ、と」

「そういうことになるざます。ワタクシ達が負けた時は、無条件でスポンサーになって差し上げることになっておりますわ。ただし! お兄様が勝った時は、あなたは久水家の妻として迎え入れられることになりますのよ。フォフォフォ!」

 

 彼女の兄であり、久水家の当主であるという、久水茂。

 彼は以前ニュースになった、「婚約者の存在を理由に、救芽井への求婚を断られた資産家」の人なんだそうだ。

 そのあと、個人資産を注ぎ込んで「救済の龍勇者」の「G型」を購入し、護身用として運用しているのだとか。

 

 見るからにイライラしてる救芽井をさらに煽るかのように、久水は高らかに笑う。今に始まった疑問じゃないんだが、あのおかしな笑い方はなんなんだマジで……。

 

「……本当は『おーほっほっほ』って笑いたいらしいんだけど、滑舌が悪いからあんな笑い声になってるんだって……。コンプレックスみたいだから、言わないであげて……?」

 

 そんな俺の胸中を察してか、四郷がボソリと補足してくれた。そういや、資産家の娘とつるんでるなんて、この娘は一体……?

 

「なぁ、君は久水とどういう関係なんだ?」

「……ボク、梢の友達……。少なくとも、ボクはそのつもり……」

 

 小声でちょっとした質問を投げ掛けてみたら――まさかのボクっ娘発覚。ま、かわいいからいいか。

 ……にしても、妙に暗いよな、この娘。生体反応にも引っ掛からないなんて、どう考えても普通じゃなさそうなんだが。

 

 ――本来なら、救芽井としても彼女の実態について問い詰めたいところなんだろうけど、さすがに今はそれどころじゃない。もしかしたら、救芽井エレクトロニクスの日本支社にスポンサーがつくのと引き換えに、救芽井が久水の家に連れ込まれることになりかねない事態なんだから。

 

「もちろん、拒否権はあなたにあるざます。スポンサー探しに喘いで無駄な時間を費やすのも、我が家に嫁いで新たな道を切り開くのも、あなた次第ですわ」

「……なんで龍太が負けることが前提なんやっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 余裕の笑みを浮かべて脚を組んでいる久水に、矢村が般若のような形相で食ってかかる。椅子から立ち上がり、声を張り上げるその姿に、俺は思わず圧倒されそうになった。

 

「あら、龍太と言いますの? 救芽井家の婚約者というのは」

「グッ! ……み、認めたかないけど、今はそういうことにされとる……みたいやな」

「そういうことにされてるって何よ! まるで私達が無理矢理に龍太君をお婿さんにしてるみたいじゃない!」

「いや、正にその通りだろ!? 俺の人権ガン無視ですかー!?」

 

 自分のやってることに何の疑念も持っていない彼女に、俺は思わず突っ込んでしまう。

 いろんな意味で目が離せないよな、この娘。ほっといたら知らない間に印鑑押されてそうだし。……俺を婿にするって話がマジであれば、だが。

 

「では、そこの赤い殿方が? 随分と品のなさそうな男ざます。……龍太……龍太?」

 

 その時、久水は何かに感づいたように眉を潜めた。考え込むような表情で、なまめかしい唇に人差し指をそっと当てている。

 ……まさか、覚えてるんだろうか? 俺のこと。うわぁ、ヤベェぞコレは……。

 

「とにかく、そんなに自信満々なら受けて立つわ! 日時は一週間後だったわね!?」

「――そうざます。場所は町外れの裏山にある、私達の別荘ですわ!」

 

 清々しいほど挑発に乗ってしまった救芽井は、あっさりと決闘の話を承諾してしまった。久水は何かを思い出そうとしていたところに声を掛けられたためか、一瞬不機嫌そうな表情を浮かべたが、すぐに高飛車な態度を取り直してみせた。

 どうやら、当事者たる俺が全く入り込むことができないまま、決闘の話が固まってしまったらしい。基本的人権の尊重はどこに行ったんだ……。

 

「ふんっ! 龍太はな、恐くて悪いロボット軍団だってやっつけたんやで! ボンボンのオッサンになんて負けるわけないやろっ!」

「お兄様はまだ十九歳ざますよ!? 確かに老け顔には違いないざますが……」

「つーか、その『ロボット軍団』を片付けたのはお前だったろーが」

 

 俺はちょっと荒っぽく、わしわしと矢村の頭を撫でてやった。功績を褒められて嬉しかったらしく、彼女は「えへへー」と満面の笑みで俺を見上げている。

 しかし、久水の兄貴だっていう茂さん、十九歳で資産家の当主やってんのか……? 俺と二つしか違わないってのに、たいしたもんだ。

 

「私も珍しく矢村さんとは同意見ね! 龍太君の強さを見たら、きっとあなたも久水茂さんも腰を抜かすわ!」

 

 何が気に障ってるのか、救芽井はやたらと声を荒げて久水に抗議している。いや……なんか二人とも、俺のこと持ち上げ過ぎじゃない?

 だいたい、決闘の類は日本の法律で禁止されてるんじゃないのかよ? 金持ちの世界は、法の正義さえ捩曲げてしまうというのか!

 

 ……いや、それよりも。

 着鎧甲冑は、こんないさかいのためにあるようなものじゃないはずだ。人を助けて、命を繋いでいくために造られたものじゃないのか?

 俺は――やりたくないな、出来ることなら。

 

「いい度胸ざます! 一週間後が楽しみざますね! 鮎子、今日はこの辺でおいとましましょうか」

 

 そんな俺の胸中をよそに、久水は四郷を連れて部室を出ようとしていた。意気揚々とこの場を去ろうとする、彼女の後ろを歩いていた四郷は、一瞬俺の方を見ると、サッと久水に続いて部屋を立ち去ってしまった。

 俺の顔、なんか付いてるのか……?

 

「ふー……やれやれ、とんでもないことになっちまったなぁ」

 

 彼女達が帰っていったのを確認して、ようやく俺は着鎧を解除した。このクソ暑い炎天下で長時間の着鎧とか、マジで死ねる……。

 俺は胸元の服をパタパタと揺らして涼みながら、やっとこ椅子に腰掛けた。

 

「龍太君以外の男の人と結婚だなんて、考えられないわ! 後から図々しく出てきたって、あんな人のお嫁さんになんてなってあげないんだから!」

「よっぽどお前の好みに合わなかったんだな、その茂って人」

「当たり前よっ! だから龍太君、絶対に負けないでね! 今から特訓しましょう!」

「龍太のことバカにするなんて許せんけんなっ! アタシも賛成や! 鼻あかしたれっ!」

「なんでお前らだけそんなにやる気満々なんだよ……」

 

 昨日までは、一応は平凡な夏休みだったはず。……はずなのに、いつしか俺は救芽井を賭けて、会ったこともない人との決闘に臨むハメになっていた。

 こんな着鎧甲冑のコンセプトをガン無視するような決闘、どうあってもお断りする展開になるって思ってたんだけどなぁ……。着鎧甲冑の観念に背くくらいなら、俺なんかポイ捨てしちまった方がマシだったろうに。

 

 救芽井も矢村も、俺なんぞの何が良くてこんな事態を築き上げてるんだかな……。

 俺は夏の陽射しを窓から見上げ、これから起こるであろう一悶着にため息をつく。

 

「それに、まさかあの娘とこんな形で出くわすなんてなぁ……」

 

 ――久水梢。

 

 それは紛れもなく、俺の初恋相手の名前だったのだ。

 小学生の頃、俺を振った強気な女の子。

 

 あの歳不相応な気高さは、今も俺の記憶には焼き付いたままだったようだ。



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第58話 河川敷の出逢い

 ――俺が小学生の時に振られた、初恋の女の子。

 

 どこか面識があるようなそぶりだったらしく、本人がいない間に問い詰めてきた救芽井と矢村に対し、俺は端的にそう説明してやった。

 

 ……薄々予想はついていたが、やはり凄いリアクションを見せてくれたよ。

 頭を掻きむしって絶叫したり、わけのわからないことを喚きながら、椅子を窓の外に投げたり。用務員さんに当たると危ないから、ほどほどにしてもらいたいものなんだけどな……。

 

「龍太君ッ! 彼女のことは忘れるのよ! 一刻も早くッ!」

「そうやでぇっ! 向こうもそんなこと覚えてないやろうし、龍太の恋は『これから』始まるんやけんなっ!」

 

 などと凄まじい剣幕で迫る姿は、さながら風神と雷神のようであった。屏風よりおっかない顔してたぞあいつら……。

 

 そんなことがあったせいか、翌日からの特訓というのが、これまた悍ましいものになっていたわけだ。

 

 午前は十キロメートル走を始めとした体力トレーニングに、午後は部室で着鎧甲冑の知識を一から叩き込む集中講座。居眠りなどしようものなら、どこから持ってきたのかスタンガンを容赦なくぶっ放してくる。

 まるで中三の頃に経験した、受験と特訓の平行プログラムのような、俺の都合完全度外視の殺人メニューだったのだ。

 

 好きでもない相手と結婚させられそうな状況ゆえか、時折切なげな顔色を浮かべていた救芽井を見れば、まぁ多少は仕方ないとは思うよ? だからってね……スタンガンはねーだろ。

 矢村がしきりにマッサージしてくれたり、本来は関係ないはずの着鎧甲冑講座にまで付き合ってくれたりしなかったら、恐らく初日で心が折られていたに違いない。

 

 ――今はその二日目の日程が終わり、我が家への帰路についているところである。

 救芽井や矢村とは住む場所がやや離れているので、一人でいられる貴重な時間なのだ。

 

「ヒィ、ヒィヒィ……ま、全くもぅ……。拳立て二百回とか、ギャグの次元じゃねーかよぉ……」

 

 河川敷の土手道をズルズルと歩く俺の姿は、きっと干からびたゾンビのように見えることだろう。他の部活動生に、出来れば代わってもらいたいもんなんだけどなぁ……。

 救芽井曰く、「救済の超機龍」は俺の生体反応にしか呼応しない仕組みになっているのだとか。要するに、救芽井とかに代わりをやってもらうことは出来ない、ということだ。

 

「……ま、役得っちゃ、役得なのかもな」

 

 ――着鎧甲冑を纏い、アメリカで活躍するスーパーヒーロー。そんな彼女のことは遠い存在のように思う一方で、実はひそかに憧れていた。

 子供の頃に憧れたヒーローのような活躍を重ねる彼女は、多くの羨望や称賛を集めている。俺も、その中に一人なのだろう。

 

 そうでなければ、こんな不条理の極みなどに付き合うものか。ま、こっぱずかしいから本人の前じゃ断じて口には出さないけどね。

 

 ……だからといって、こんなフザけた喧嘩なんて御免こうむりたいんだけどな。ていうか、その前に特訓で死にそうだ……。

 

 ――せめて早く家に帰って、二次元エロという名のオアシスに浸りたい。明日もまた、想像を絶する煉獄が待っているというのなら。

 

「今日は久々に『ムラムラ☆パラダイス』全ルート網羅でも――ん?」

 

 そんな本日のエロゲーカリキュラムを勝手に打ち立てている最中、俺の目にとある人影が留まった。

 

 中学生なみに小さな体格に、川の水と見紛うような艶やかな髪。そして、その長髪を一束に纏められた、あのシルエットは……。

 

「……四郷?」

 

 気がつけば、俺はその名前を呼んでいた。

 河川敷に伸びている、水の流れを前に佇む、この眼鏡を掛けた少女の名前を。

 

「……あ……」

 

 一拍遅れて、向こうも反応を示して振り返ってきた。「普通とは違う何か」を思わせる赤い瞳は、どこか不安げな様子を伺わせている。一昨日とは違う、純白のワンピースを着ている今の姿とは、対照的な印象だ。

 だが、相変わらず表情らしい表情はない。後ろから俺に声を掛けられても、あんまり動じている感じでもなかった。

 

 一昨日会った時は着鎧した状態で喋ってたから、誰だかわからないかも……という心配もあったのだが、俺の声を聞いて納得したように頷く仕草を見る限り、俺のことには気づいたらしいな。

 

 それにしても、ちょっと暗い性格の娘なのかな……って最初は思ってたが、彼女から出ている冷たいオーラは、それどころのものじゃない、という雰囲気を放ってる感じだ。

 何というか、言葉を交わしたりする程度のコミュニケーションさえ、忌避しているような気がするくらいだし。

 

 だが、そんなことで怖じけづいてはいられない。生体反応に引っ掛からなかった、って話も気になるし、ちょっとその辺、聞いてみようかな……?

 

「よ、よう。あのさ――」

「……帰って」

 

 ――まだ何も言ってぬぇえーッ!

 

 取り付く島もなしですか! いやもう、話す資格すらなしですかッ!? 俺達ほとんど「知り合い」の段階ですらないはずだよねッ!?

 なんで用件言う前に「帰れ」なの!? そんなに俺がキモいの!? そうかキモいんだな!? じゃあキモいって言えよ! キモいって笑えよ! ちくしょおおーッ!

 

「……何で頭抱えて泣いてるの?」

「――思春期にはね! いろいろとあるんだよっ!」

「……いろいろとあるのは別にいいけど、ボクとしては早く帰ってほしいな」

「いいよもう! わかったよ! 産まれてきた俺が悪かったよ! お望み通りトンズラするよチキショー!」

 

 久々に女の子から冷徹な言葉を浴びせられたせいか、俺のガラス製ハートは痛恨の一撃に苛まれていた。

 こんな無表情な女の子に「帰れ」などと言われたら、大抵の思春期には深刻なダメージが残されるものなのだよ。少なくとも、俺には。

 

 救芽井からの「変態君」呼ばわりのおかげで、少しはそういうのにも耐性がついたのかと思ってたけど、別にそんなことはなかったぜ……。

 おそらく、久水に振られた経験がフラッシュバックしたせいでもあるのだろう。あれ……なんだか四郷の姿がぼやけて来たぞ……クスン。

 

 これ以上醜態を晒す前に、この場から脱出するしか俺の心を守る術はあるまい。俺は四郷に背を向けると、とぼとぼと退散――

 

「……んっ?」

 

 ――しようかな、というところで足が止まってしまった。

 彼女が佇んでいる、川の中心。そこから飛び出ている岩の上にある、白い帽子が見えたからだ。

 

 彼女が着てるワンピースと、全く同じ色使い。加えて、帽子のつばの付け根とワンピースの胸元には、蒼い花飾りがある。

 おそらく、あの帽子とワンピースとでセットなのだろう。彼女は……あれをずっと見ていた?

 

「帽子、あそこまで飛ばされちまったのか?」

「……帰るんじゃなかったの?」

「ふぐぁ! ――か、帰る前に質問に答えてくれ!」

「……飛ばされた。お姉ちゃんがくれた、ボクの宝物……」

 

 やっぱりな。つ、冷たく指摘されることを覚悟の上で聞いて正解だったぜ……。

 川の傍に立ってはいるが、「宝物」を取りに行けずにいるところを見るに――水が嫌なのかな?

 

 気になって表情を窺ってみると、案の定、険しそうに眉を潜めているのがわかった。「宝物」を取り返せないことに、歯痒い思いを感じてるってところか。

 川自体は緩やかな流れだし、浅いし……別に溺れるようなことはないと思うんだけどなぁ。

 ――濡れるのがそんなに嫌か?

 

「……あー、なるほどね。それで『帰れ』ってことか」

 

 水が苦手なばっかりに、自分の大切な「宝物」を取りに行けない。そんなカッコ悪いとこ、見られたくないもんなぁ。

 ましてや、俺とは知り合って間もないんだから。

 

 ――そこまでわかっちゃったら、することは一つだよな。

 

 俺は靴と靴下をその場で脱ぎ捨てて、ズボンの裾を膝の上まで捲り上げる。四郷はそんな俺を見て、何をしだすのかと目を見開いた。

 

「……なに、してるの?」

「用が終わったら帰るから、ちょっとそこで待ってろよ」

 

 これ以上冷たい目で見られたくないので、敢えて彼女からは視線を逸らす。そして、ボチャリと川に両足を沈めて、俺は前進を始めた。

 

 流れそのものは緩やか……とは言え、やはり水に足を取られると、かなり歩きにくい。時折ふらつきながら、俺は岩の上に引っ掛かっている帽子を目指す。

 

 ――これでうっかり転んだりしたら、帽子まで水浸しになるな……気をつけないと。

 

「よ、よーし、取れた! 取れたぞ四郷!」

 

 そうして約数分、水流との格闘を繰り広げた後、なんとか帽子を手にすることができた。

 俺は手にとった戦利品(?)を振り回し、目的のブツを手に入れたことをアピールする。

 

 当の四郷は、相変わらず無表情ではあったが、口が小さく開くくらいの反応は示していた。

 喜んでくれている――可能性が、微粒子レベルでも存在してくれてると助かるんだがな……。

 

 後は、そこから彼女の元へ持ち帰るだけだ。

 しかし……これがまた、なかなかしんどかったりする。一応、救芽井に死ぬほどしごかれた後だからな……。

 一歩、また一歩……と、焦らず慎重に進んでいく。四郷も、さすがにちょっと心配そうな顔で俺を見ていた。

 ――いや、心配なのは帽子であって、俺じゃないのはわかってるよ? わかってますとも……。

 

 そんなブルーな気持ちをひた隠し、俺はついに彼女の傍までたどり着いた。

 

「ほぅら! お待ちどーさま!」

「……あっ……」

 

 四郷は少し驚いたような顔で俺を見ると、嬉しそうな顔色――になる直前で、どこか悲しそうな顔をしながら帽子を受け取る。

 ――おいおい、なんでそんな表情なの!? 「宝物」だったんだろ、ソレ!

 

「どうしたんだ? 良かったじゃないか、『宝物』が無事返って――おわぁっ!?」

 

 だが、その辺を問い詰めようと足を進ませた瞬間、水の下にある小石に足を滑らせてしまった。

 ツルン、とアホみたいに半回転して、後頭部から水の中にバシャリとダイブ! ぼふぁ!

 

「ガボゴボゴボ……ぷはぁっ!?」

 

 こ、こんなカッコ悪い展開あるかー!

 ……と、なんとかびしょ濡れになりながらも身を起こした俺だが――

 

「ふぅっ、ふぅっ……あ、あれ? 四郷?」

 

 ――次の瞬間には、マヌケな顔で辺りを見渡していた。

 

 四郷が、いつの間にか姿を消していたのだから。

 

 あちこちに視線を移しても、彼女の姿は見当たらなかった。

 俺が水に沈んでいる間に、帰っちまったのか……?

 

「それにしちゃあ、速過ぎるよなぁ……俺がドボンしてたのって、ほんの数秒だろ……?」

 

 そんな短時間で、周囲を見渡しても全然見当たらないところまで走っていったのか? 酷い嫌われようだな、俺……。

 

「トホホ……ま、『宝物』は返したんだし、別にいいか」

 

 おおよそ、今日は一人で散歩にでも繰り出してたんだろうな。「お姉ちゃん」から貰った大事な帽子が返ってきたんだし、今頃は喜んで家に帰ってることだろう。

 

 めでたしめでたし、だ。

 ……俺は「帰れ」って言われた挙げ句、水浸しになってもお礼一つ言われなかったけどね。グズッ……。

 

「ハァ……仕方ない、俺も帰りますか……」

 

「君が、『一煉寺龍太』君かね」

 

「まぁ、そうですけど何か――って、え?」

 

 ん? なんか今、オッサンの声がしませんでした?

 何事か、と上を見上げてみると――

 

「……お初にお目にかかる。私は、伊葉和雅という者だ」

 

 ――六十代過ぎと思しき、白髪一色の男性が立っていた。

 当たり前だが、会った覚えのない顔だ。

 

 やたらガタイがよく、白い背広がよく似合う渋いオッサン、という印象。

 シワだらけの険しい顔つきからは、どこか深刻な状況を漂わせている。

 

 そんな彼は、ずぶ濡れで川の中にへたりこんでいる俺を見下ろし――

 

「一煉寺龍太君。君に……頼まなければならないことがある」

 

 ――突拍子もなく、そんなことを言い出したのだ。

 



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第59話 双生の大魔神

「ちょっと龍太君、聞いて! また面倒なことが――」

「あぁ聞いてるよ。コンペティション……だっけか?」

 

 快晴の朝八時に部室で集まるなり、突然プンスカしながら俺に突っ掛かってきた救芽井。彼女が出すつもりだったであろう話題を、俺は先回りして切り出した。

 そのことに彼女は一瞬驚きはしたが、すぐに気を取り直しておさらいに突入する。

 

「なんであなたがそれを知ってるの!? ――ま、まぁそういうことよ。先日、元総理大臣の伊葉和雅さんから直々に通達があったの。着鎧甲冑の日本での正式採用を賭けて、同じような研究をしてるっていう『四郷研究所(しごうけんきゅうじょ)』の製品との『技術競争(コンペティション)』に応じろ、ってね」

 

 昨日、川にドボンした俺の眼前に現れた、十年前の元総理大臣だという「伊葉和雅」さん。彼は俺に、さっき救芽井が話した「技術競争」とやらに参加して欲しい、という説明をしてきたのだ。

 なんでも、その競争に顔を出すには、最新型の「救済の超機龍」を使うことが条件なんだとか。それを使えるのが俺だけである以上、俺が行かなくちゃならないのは当然の流れなのかも知れない。

 だから俺にも説明したんだろう。一番最初には、救芽井を訪ねて話を持ち掛けたらしいが。

 

 「四郷研究所」というのは聞いたことのない名前だし、その場所も裏山の奥というヘンピなポイントなんだそうだ。どうでもいい話だが、近場には海すらある。

 伊葉さんから貰った地図によると――来週に行くことになる、久水家の別荘のさらに奥にあるらしい。

 そんな山奥に建てられた、無名のプロジェクトと技術競争なんかしなくちゃいけないことに、救芽井はとってもご立腹な様子。

 競争に行かないと支社の設立を認めない、というのが政府の要求らしいんだから、結局は受けて立つしかないわけなんだが。

 

「あぁもう! どうしてこうもうまくいかないのかしら! 部活は人数が足りないと言われるし、スポンサーを条件に結婚まで迫られるし、挙げ句の果てには得体の知れない研究所と技術競争しないと、シェア拡大を許可しないだなんてッ!」

 

 白いテーブルをバンバンと叩き、救芽井はこれみよがしなくらいに憤慨する。ここ最近、怒ってばっかだなコイツ……。

 しかし、いろいろと面倒事が連鎖しまくってるのは事実。こうなったら、一つずつ片付けていくしかないんだろうな。

 

 ちなみに、例の技術競争は本来、一週間後――つまり来週に行われる予定だったのだが、決闘の件があるので、数日だけズラして貰うことになっている。

 

「ま、まぁ落ち着けよ……。ところで、その四郷研究所って、どんなモン作ってるんだ?」

「……わからないの。昨夜、お父様やお祖父ちゃんに相談しても、自分で調べても、その研究所のことは何も出てこなかったわ……」

 

 調べても何も出なかった? 救芽井家の情報網でも?

 ……ま、そのうち実物に会うんだろうし、今考えることでもないかも知んないけど。

 

 ――しかし、変な話だ。

 世界的に有名になった救芽井エレクトロニクスと、何の名声もない四郷研究所とやらが、なんでいまさら技術競争なんてしなくちゃいけないんだ? 知名度を考えたら、素人目線で見ても、救芽井エレクトロニクスに任せた方が安心だと思うんだけど。

 

 それに、伊葉和雅って人。

 彼は十年も前の総理大臣だそうじゃないか。そんな昔の人がなんで、今回の話を持ち出してきたんだ?

 技術競争の際には、審判役として同伴するって聞いてるが……なんて元総理大臣がわざわざ出張って来てるんだろう?

 ま、そんなこと俺が考えたってしょうがないんだけどね。

 

 つーか正直、今の俺はそれどころじゃない状況のはずだろう。

 来週には救芽井を賭けて久水家の当主さんと闘い、そこから一週間も経たないうちに、未知のプロジェクトと対決することになるわけだ。

 ――こんなハードスケジュールを、一介の高校生に丸投げしようというのかね。大人達は。

 

「……そういや『四郷』って、こないだ来た久水の友達に名前が似てないか? 場所も近いし、もしかしたら何か関係あるかもよ?」

 

 俺はどうにか気分を一つ変えたくて、そんな話題を口にしていた。久水家の別荘と距離も近いんだし、なにか関連はあると見てもいいんじゃなかろうか?

 

「四郷……そうやな、確かに。ていうかあの娘のこと、反応がどーたらこーたらとか言いよらんかった?」

「あっ――そうよ! そうだったわ! いろいろ厄介事ばっかりだったから忘れてたけど……あの四郷って娘、全然こっちのコンピュータに反応しなかったのよ!」

 

 矢村の言葉に呼応するかのように、救芽井は声を上げる。驚いたり怒ったり、いつもホントにお疲れさん……。

 

「故障じゃねーの?」

「最近用意したばかりの最新型よ!? それに、特定の反応だけに異常を起こすなんて有り得ないわよ!」

「じゃ、じゃあ、あの娘なんなん……!? まさか、お化けとか言わんといてよ〜!?」

 

 矢村は青ざめた顔で俺を見上げると、震える腕を俺の腰に絡めてきた。ふるふるという小さな振動が、微かに伝わって来る。

 こうして見ると、まるで小動物みたいだよなぁ。あの男勝りな彼女は、どこへ行ったんだ……?

 

「……って、なにドサクサに紛れて人の婚約者を誘惑してるのよっ! 龍太君に抱き着いていいのは私だけなんだからねっ!」

 

 すると救芽井までもが、別に怖がってるわけでもないのに、空いてる俺の腕に絡み付いて来る。二人とも、微妙に顔が赤いんだけど……屋内で熱中症でも拗らせたのか?

 ――つーか、マズイッ! ダブルマウンテンがッ! 石鎚山がッ! 俺の、俺の腕にィィッ!?

 

「……あら? なにかしら、これ」

 

 ――彼女のフェロモンと腕に当たる柔らかさに対し、理性を賭けて闘っていた俺。

 そこに全神経を集中させていたせいか、その時、足元に「あるモノ」が落ちていたことに全く気づけずにいた。

 ソレを、救芽井が拾ってしまうまでは。

 

 彼女の手にあるのは、蒼い一枚の花びら。

 これは……間違いない。昨日の四郷が着ていたワンピースに付いていた、花飾りから取れたものだろう。

 

「あぁ、それね。昨日、四郷に偶然会ってさ。その時に偶然付いたんだと思う」

 

 別に隠すようなことでもないし、俺は正直に教えてやった。

 ――ただ、それだけだったのだが。

 

「……なんですって?」

「いや、だから四郷に会ったんだってば。飛ばされてたアイツの帽子を取ってやった時に、それに付いてた花飾りから取れたヤツが、たまたまくっ付いてたんじゃねーかな」

 

 そこまで丁寧に説明したところで、何が悪かったのか、訝しげにこっちを睨んで来る救芽井。ちょ、俺がなにをしたってんだ!?

 

「……ふーん。アタシらと別れて帰る途中で、こないだ会ったばっかの女の子に、そんなことしよったんやなぁ……。きっと、すんごぉく仲良くなったんやろなぁ〜……?」

 

 待て。待て待て待て。なんで反対にいる矢村まで、尋問官みたいな面構えになってんの!? 俺、ちょっと助けてあげたってだけだよね!? 悪いこと何もしてないよねッ!?

 二人とも、どす黒い目で俺を見上げながら、怪しく口元を吊り上げる。いや、だからなんでこんな空気に――

 

「……どうしてかしら? 今日はちょっと、いつもよりビシバシ鍛えてあげたい気分ねぇ」

「……奇遇やなぁ〜。アタシも今日は、いつもの三倍くらいはみっちり勉強させた方がいい気がするんや。もう特訓三日目やし、龍太もそろそろ慣れてきたやろうしなぁ〜……?」

 

 ――ま、待て。待てよお二人さん。

 

 俺は全然そんな気分じゃないですよ? 三日目だからって慣れてなんかないですよ? むしろ、伊葉さんの説明が長引いたせいでエロゲーすら出来ず、心身ともに参っちゃってるんですけど?

 つーか、慣れる方がおかしいから。この状況も、何かが果てしなくおかしいからァ!?

 

「じゃあ今日は……」

「いつもの――三倍で行くで?」

 

 二人はやがて満面の笑みを浮かべ、俺を挟むように両腕を抱きしめる。「表」情で言うなら、まさしく天使のような清々しさを放っている……と言えるのかも知れない。

 

 ――ただし、「目」は笑っていない。

 まるで、真実だけを残酷に映し出す鏡のように。

 

 ……ここ、重要ッ……!

 



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第60話 必要悪 〜アステマ〜

 ――どうやら、俺は三次元の異性からは好かれない性分らしい。二次元でも攻略率は微妙だけど。

 

 今朝の三十キロマラソンで数日分のエネルギーを使い果たした俺は、俯せに伏した格好のまま、午後の講義を受けていた。

 ……後ろから馬乗りになった矢村が、丹念にマッサージしていてくれなければ、おそらくその講義すら受けていられなかっただろう。

 ちょっと居眠りしただけでスタンガンなのに、寝そべった格好での勉強が許されているのは、救芽井の最後の良心――なんだと思いたい。

 

「はい、『R型』の救急装備は?」

「んぇえぇ〜とぉ……救急パックと酸素パック、それから……えぇーと……」

「――唇型酸素マスク、でしょ! ……全く、相変わらず男の子なのにだらし無いんだから! 私達二人が付き合って一緒に走ってあげてたのに、真っ先にへばったりしてどうするの!」

「いやあの、俺って一応普通の高校生だし、体力あるほうでもないし……」

 

 言い訳を並べても仕方ないのだが、これは正直どうしようもないと思う。基礎体力なんて、一朝一夕でつくもんじゃないだろうし……。ていうか、二人はただ自転車で俺を追い回してただけじゃないか……!

 

「しゃ、しゃーないやん。こんなことになるなんて、誰も思うとらんかったし」

「ダメなのよそれじゃ! このままじゃ、このままじゃ……!」

 

 矢村は俺の肩を揉みながら、擁護の言葉を投げかけてくれる。しかし救芽井は、現状を良しとしていないらしく、焦りの色を表情に滲ませていた。

 

 ――そんなに嫌ってことなのかな。例の、久水茂って人との結婚が。

 

 望まぬ結婚、というのがどんな苦しみなのかは、イマイチわからない。そもそも結婚できる人間でもない俺には、遠い世界のお話だと思ってたから。

 ……だけど、目の前であんな辛そうな顔を見せられたら、何かしなくちゃ、って気にはなる。

 それが何なのかもわからない俺だけど。それでも、出来そうなことは全部やってみなくちゃいけないんだろう。

 

 「人助け」が身上の、着鎧甲冑を任されたからには。

 

 ――薄々でもそんな気持ちがあったから、俺はここにいるのかも、な。

 

「……とは言ったものの、オツムも体力も、不安だらけだよなぁ……ん?」

 

 そんな理想と現実のギャップに辟易していた時、俺の視線がコンピュータの画面に留まった。

 

 ――黒い電子マップを映したディスプレイに、赤点が現れたからだ!

 

「救芽井、あれっ!」

「……ええ!」

 

 俺が声を上げるのとほぼ同時に、救芽井は強く頷いてコンピュータの前に立つ。

 状況を察した矢村が、どこか名残惜しげに俺から離れるのを見届けると、俺も身を起こしてコンピュータの傍に向かう。

 画面を覗いてみると、二本線に挟まれた位置で点滅している赤い点が、必死に自らの存在を訴えていた。……道路にしては、妙に線の幅が狭いぞ。

 まさか、これは……!

 

「商店街近くの踏切だわ! ここから近い……急いで、龍太君ッ!」

「……あいよっ!」

 

 ――どうやら、踏切に人が取り残されてる状況らしい。こいつはマズイ、一刻を争う!

 俺は窓の外へ身を乗り出すと同時に、真紅の「腕輪型着鎧装置」を口元に近づける。

 

「――着鎧甲冑ッ!」

 

 そして迅速に音声を入力し、赤い帯に全身を巻かれながら、屋外へと飛び出した。

 目の前が真っ赤に染まり、やがて機械的なカメラの視界が完成していく。そのメカニカルな世界を包んでいる、角付きマスクが頭にしっかり嵌まっているのを確認しながら、俺は学校の敷地から全力疾走で脱出した。

 

『反応の点滅が速くなってる……。アドレナリンの数値がより高まっているみたいよ!』

「つまりヤバいってことか!?」

『かなり、ね。パニックを起こして、正常な判断が出来なくなっていても不思議じゃないわ』

 

 救芽井は俺に通信で状況を伝えつつ、シビアなことを言ってくれる。ちょっとは気が楽になる話も欲しいんだけどな……。

 

「――ちっくしょう! ただでさえ三十キロ走で両足ガタガタだってのに! 今度からは最悪でもちゃんと十キロ以内に留めてくれよな!」

『これがうまくいったら、考えてあげる!』

「……上等ォッ!」

 

 俺は思うように動かない両脚にチョップを入れ、がむしゃらに町内を駆け抜ける。走りやすい道をとにかく進み、道がないなら屋根から屋根へと飛び移る。

 

 今までの常識全てをひっくり返すくらいのつもりで、俺は「素早く現場に到着する」ことだけを目指した。

 

 ……付き合いの長い人達が多い、この町の商店街。その少し手前に見える踏切にたどり着いたところで、確かに異常が窺えた。

 四十代くらいのおばちゃんが、踏切のど真ん中で立ち往生してやがる!

 

 しかも、俺が来た頃にはとっくに警報が鳴っていた。いつ電車が来てもおかしくないぞ!

 

「あっ――ぶ、ねぇえぇえぇッ!」

 

 俺は視界の隅に巨大な影が見えた瞬間、けたたましい叫びを上げて、踏切の中へと一心不乱に飛び込んでいた。

 

 ゴオオオッ! ……という何かが迫る音に総毛立ちながら、俺は焦げ茶色に錆びたレールの上に立つ。

 眼前には、俺以上に脚を震わせている、買い物かごを抱えたおばちゃん。どうやら、恐怖のあまり動けなくなってると見て、間違いなさそうだ。

 

「……う、お、おおおおおおッ!」

 

 ――俺は敢えて電車の方を見ずに、おばちゃんを迅速に担ぎ上げ、奥の踏切バーをハードル走のように飛び越える。

 

 次の瞬間、殺戮マシンになりかけた車両が、俺の背後を凄まじい勢いで通り抜けていくのがわかった。あの轟音が、俺の聴覚を支配しようとしていたから。

 

 もし電車の方を見ていたら、きっと俺も恐怖で脚が止まっていただろう。そして、二人ともミンチだった。

 自分の鼓動が、バクンバクンと大きく聞こえて来る。それを身体全体で感じることで、「生きている事実」を実感しているような気分になった。

 

「ぶっ……ふぅ〜……!」

 

 俺は電車が轟音と共に過ぎ去ったのを見届けた後、それまでずっと止めていた息を、思い切り吐き出した。そして、文字通り胸を撫で下ろす。

 それと同時に、今までの無理が振り返したのもあってか、酷く息が上がってしまった。三十キロ走の後にこの命懸け重労働は、さすがに堪えたらしい。

 

「ハァ、ハァ、ハァッ……! あ、あのっ、大丈夫、っすか……?」

 

 俺は両脚を引きずりながら、這うようにしておばちゃんに近づく。俺の背中から離れていたおばちゃんは、緊張から解放された反動ゆえか、やや放心状態のようだった。

 

『――アドレナリンの分泌量が、通常値に戻って来てる。生体反応も健在よ! やったわ龍太君っ!』

『やったあーっ! 龍太、すごいやん、龍太ぁっ!』

 

 ……いろいろギリギリだったが、なんとかミッションは成功らしい。通信機越しに、救芽井と矢村の歓声が聞こえて来る。

 ――やれやれ、もうこんなコンディションで仕事したくねぇなぁ……。

 

「……はっ! あ、ど、どーも、ありがとうございますっ! おかげさまで助かりました!」

 

 すると、ようやく正気を取り戻したのか、おばちゃんは深々と何度も俺に頭を下げてきた。……悪くないな、こういうの。

 

「いいですって、このくらい。それより、どうしてあんなところに? 踏切に閉じ込められてたみたいですけど……」

「そ、そうなんです! なんかいきなり白装束の変な人に絡まれて、ここまで投げ飛ばされたんです〜!」

 

 俺の両肩をガシッと掴んで思い切り揺さぶりながら、おばちゃんはヒステリックに妙なことを口走る。

 ……白装束の変な人?

 

「僕のことだね」

 

 ――ふと、後ろから聞き慣れない声が、背中に突き刺さってきた。背筋に伝わるゾクリとした感覚が、俺の第六感を刺激する。

 

「ひ、ひえぇえぇーっ!?」

 

 俺の後ろに立っている人物(?)の姿を俺越しに見たおばちゃん。彼女は、まるで連続殺人犯にでも出くわしたかのような悲鳴を上げて、スタコラと逃げ出してしまった。

 

「……誰だ!?」

 

 俺は敢えておばちゃんには目もくれず、後ろを振り返りながら身構える。俺のお得意、カウンター重視の護身術「少林寺拳法」の構えだ。

 

「そんなに身構えることはない。少なくとも、僕は敵じゃない」

「あんたは……!?」

 

 ――おばちゃんが話していた通り、確かに「変な人」だ。

 機動隊が着ているような出動服の上に、ふくらはぎまで届くほどのマントを纏っている。しかも、西洋騎士の兜みたいなマスクまで被っていた。

 何より怪しいのは、その全部が真っ白な塗装で統一されていることだろう。見るからに変態だな……。

 

 だが、さっきのおばちゃんの話を聞く限りでは、まともな奴じゃなさそうだぞ……!

 

「おばちゃんを踏切に放り込んだって奴……なのか? どうしてそんなこと!」

「君を試す必要があってね。大丈夫だよ、いざという時は僕が自分で助けるつもりだったからさ」

 

 白装束の野郎は、おびれることなくヒラヒラと手を振る。「そんなキレんなよ」とでもいいたげな口調だな。

 

 ……何が「大丈夫だよ」だ! こっちは危うく、それで試される前に死ぬところだったんだぞ!

 ――いや、それより、試すってどういうことなんだ!?

 

「あんた、一体何者なんだ!?」

「うーん……そうだねぇ。役割に基づいたあだ名を付けるなら、『必要悪(アステマ)』ってところかな?」

 

 なんだそりゃ。本名を名乗る気はゼロってか。まぁ、そんなナリで本名とか名乗られても、格好がつかないとは思うけど。

 ……それにしても、この喋り方、どっかで聞いた覚えがあるんだよなぁ。こんな声は初めて聞いたけど。

 

「『救済の超機龍』……。初めて見たけど、聞いた以上のポテンシャルだねぇ、『龍太君』。これなら、きっと『安心』だ」

「――!? あんた、なんでコレのことを!? しかも、俺の名前まで!」

「そのうち教えてあげるよ。『果報は寝て待て』って言うでしょ? それじゃ!」

 

 ――なぜか俺と「救済の超機龍」の名前を知っていた「必要悪」とやらは、普通の人間では考えられない跳躍力で、家屋の屋根に登ってしまった。

 

「ま、待てっ!」

「君はずいぶん疲れてるんだろう? 動きを見ればわかる。今日は早く帰って、ぐっすり寝た方がいい。またいずれ、会うだろうしね!」

 

 しばらく俺を見下ろしていた「必要悪」は、妙に親しげなことを言いながら、俺がやったように屋根から屋根へ飛び移りながら去っていく。

 

「待てって言ってんだ――あぐっ!?」

 

 奴が言っていた通り、バテバテになっていた俺はそれ以上追うこともできず、力尽きて膝をついてしまった。

 

「……願わくば、二度と会わないほうがいいんだけど、な……。そうだろ? 和雅さん」

 

 ――そんな「必要悪」の一言など、知るよしもなく。

 



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第61話 夏合宿と技術競争

「『必要悪』、ねぇ……」

「ああ。……俺と同じくらいの体格の男だった。何か知らないか?」

 

 部室に帰還した後、俺は救芽井にいきさつを説明した。

 無関係なおばちゃんを踏切に投げ込み、俺が助けに行くのを期待していたという、「必要悪」と名乗る白装束の男。

 奴が何者なのか、救芽井なら何が知っているんじゃ……?

 

「あいつ、俺の名前や『救済の超機龍』のことまで知ってるみたいだった。……そこまで理解してるってことは、救芽井エレクトロニクスの関係者なんじゃないか?」

 

 疑いたくはないが、「救済の超機龍」の存在は、まだ公には発表されていない。なのにあそこまで知っていたとなると、救芽井エレクトロニクス自体が一枚噛んでる可能性だってある。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ龍太君! 私達が性能テストのために、無関係な人を巻き込もうとしたって言いたいの!?」

 

 救芽井は酷く狼狽した表情で、俺の両腕をがっしり掴んで来る。不安げな視線をこちらに向け、顔色はやや青ざめていた。

 

「いやいや、そこまで言ってないから。ただ、救芽井エレクトロニクスのことをよく知ってる奴だってことは、有り得るんじゃないか?」

 

 まさかこんなに泣きそうな顔をされるとは思ってもみなかったので、俺は慌てて両手を振って、オブラートに包んだ言い方を選ぶ。

 

 救芽井はその反応に心底ホッとしたような表情を浮かべると、今度は手を顎に当てて、しかめっつらになった。

 

「うーん……おかしいわね。龍太君が『救済の超機龍』を所持していることを知ってるのは、救芽井エレクトロニクスの中じゃ、私の家族だけなのに……」

「でも、救芽井んとこの家族に、龍太くらいの体格の奴なんておらんかったよなぁ?」

「あ、あぁ、まぁそうだな……」

 

 矢村の言及に生返事で頷きながら、俺は目を逸らすように窓を見る。

 

 ――いたけどな。今のこの町にいるはずのない奴が、一人だけ。

 だが、喋り方は同じでも、声は全然違う人間のものだった。やっぱり違うのか……?

 

「……考えていても、今の私達にその答えが出せるとは思えないわ。こっちの方でも探りを入れてみるから、今は訓練に集中しましょう」

 

 救芽井は俺の表情を見て、何かを察したように俯くと、早々にこの話題を切り上げてしまった。不自然なくらいに。

 ――考えたくなくなった、ということだろう。俺の感じた可能性に、彼女も気づいたのだとしたら。

 

 ◇

 

 ……それから数日間、俺達は(本件の反省を活かして程々に)訓練を重ね、久水家との決闘に備えていった。

 

 非常時とあらば、何はさておき学校を飛び出し、傷病者に応急処置を施したり、または病院まで担いだり。

 そんなことが度々あったためか、「謎の赤いヒーロー」として、俺も町中に認知されるようになっていた。商店街のおばちゃん達が、俺の話をしているのを小耳に挟んだ時のこそばゆさといったら……。

 

 また、この町に、かの「救芽井エレクトロニクス」のお嬢様がいるということもあってか、ネット上では「同社の新製品」と噂されているらしい。売り物じゃなくてごめんね……。

 

 ◇

 

 ――とまぁ、そんな「充実している」と言うべきか「死ぬほどキツイ」と言うべきか悩ましい日々を送っていた俺も、ついに決闘当日を迎えてしまったわけで。

 緊張でもしてたのか、朝の五時に目を覚ましていたのだ。

 

「……あー、ダメだ。目が冴えてあんまり寝れなかった感じ……」

 

 気だるげにベッドから身を起こし、時計を見てため息をつく。

 集合予定は十時半。一時間前に家を出ても十分間に合うくらいなのに、こんな無駄に早起きしてどうするんだと。

 ……とは言え、目が醒めてしまった今となっては、二度寝する気にもならない。俺は嫌々ながらベッドから立ち上がると、思い切り背伸びした。

 

 その後、部屋を出て、近くにある階段を踏み外さないように手すりに掴まる。そして、二階の自室から一階の居間へと向かった。

 

 ――ちょっと前まで、家族四人で過ごした空間がそこにはあった。

 

 テーブルを全員で囲い、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合って。そんな当たり前の暮らしが、小学校の頃までは続いていたんだ。

 厳つい親父と、おっとりしていておっちょこちょいな母さん。そして、俺にベタベタに甘かった兄貴。

 世間一般の価値観に基づくならば、きっと「うっとうしい」くらい、「幸せな家庭」ってヤツだったんだろう。

 

 俺が中学に上がる頃には、親父と母さんは転勤で家を離れ、去年までは兄貴との二人暮らしが続いていたんだ。

 そして今年に入ってから、兄貴も就職して家を離れた。

 

「……へへ。一人暮らしってのも、いいもんだよな。四六時中フリーダムなんだから、さ」

 

 ――だから今、この家で暮らしてるのは、俺一人だ。

 

 聞けば、救芽井もアメリカにいる家族から離れて、一人でこの町に住み着いているらしい。俺に会うためだけに。

 ……見上げた根性だよな。俺なんぞに会いたいがために、「自分から」家族と離れることを選ぶなんて。

 それを認めちゃう救芽井家も大概な気はするが……。

 

 ――だが、それだけ俺がアテにされちまってるのも事実。まるっきり応えられなかったら、それはそれで男としてマズい節はあるだろう。

 だからせめて、この決闘騒ぎだけはなんとかしてやりたい、とは思う。

 ……そのための訓練で殺されかけはしたけど、ね。

 

「さて! いつまでもウジウジしてらんねぇ、メシだメシ! 腹が減ってはなんとやらだ!」

 

 ――そう、俺が気張らんことには、その救芽井が不幸になりかねないんだ。久水茂って人のことはよく知らないから、結果的にそうなのかまではわからないけど……。

 とにかく、今の時点でそう判断されてる以上、俺はなんとしてもその人に勝たなくちゃならない。

 

 そのためにも、まずは腹ごしらえだ。

 

 俺は冷蔵庫に向かい、タマゴ二個と玉ねぎ一個、そしてサラダ油を取り出す。……朝メシを自分で作らないといけない、ってのはなかなか辛いもんだな。

 それなのに一学期中、ずっと俺のために昼メシの弁当を作って来てくれてる矢村には、マジで頭が下がる思いだ。

 出来れば日頃の感謝を込めて、手料理でもプレゼントしたい――ところなんだが、あいにく俺は料理が得意じゃないんだなぁ。

 やたら「塩辛い」いりたまごと、「焦げ気味」の玉ねぎ炒めを寄越されて、喜ぶ女はまずいまい。少なくとも、唐揚げやロースカツまで作れる矢村に渡せるモンじゃない……。

 

 自分の不器用さに苦笑いを浮かべつつ、俺はタマゴを割ってボールに入れ、塩胡椒を混ぜ込んでいく。それに並行して、フライパンにサラダ油をひき、あらかじめ刻んでおいた玉ねぎをぶち込んだ。

 中火で玉ねぎをじっくりと炒め、タマゴをとき、色が変わるのを待つ。出来上がったら、さっさと皿に玉ねぎ炒めを移し、再び油を使ってタマゴを焼く。

 

 そんな(料理としては恐らく相当に)単純な作業を経て、ようやく俺の朝メシは日の目を見ることができる。今日は特に早起きだったから、わりかし落ち着いて作ることができた。

 普段は遅刻ギリギリまで引っ張るから、適当になりがちなんだよなぁ……。今日は大事な日なんだし、早起きできて良かったかもな。

 

「といっても、大して美味くもないんだけどね。トホホ……」

 

 ――と、下手くそな男料理の味に涙した瞬間。

 

 テーブルに置いていたケータイが、盛大に着うたを垂れ流して着信を訴えていた。ボインかつお尻の小さい変身ヒロインの定番テーマだ。

 

「もしもし?」

 

 通話ボタンを押し、着うたのメロディをぶった切る。しかし、そこから出てきた声は……。

 

『あ! りゅ、龍太!?』

「お、矢村か。どうしたんだ? こんな朝早くから」

 

 ……どうやら矢村からだったらしい。着うたのおかげで、「ボイン」なヒロインを妄想して気力を持ち直していたところだったのだが、なぜか矢村が出た途端に「ペッタンコ」が脳内を支配してしまっていた。恐るべき胸囲(脅威)だ……。

 

『あ、あんなぁ、龍太。今日、救芽井ん家に集まる予定やったろ?』

「ん? あぁ、そうだな。確か、駅前のマンションだったろ」

 

 矢村はやや上ずったような声で、今日の予定を確認してきた。

 

 ――そう、今日は救芽井の家で集合することになっている。

 近頃、学校側が俺達の無断活動に気付きはじめているから、というのがその理由だ。たぶん、「救済の超機龍」の噂が広まったせいだろう。

 そんな中で学校に集まったりなんかしたら、教師に絡まれて面倒なことになりかねない。

 ……ということで、今日は救芽井の家に集まってから、改めて裏山の久水家へ向かうことになってるわけだ。

 

「しかし救芽井のヤツ、駅前のマンションだとは話してたけど、具体的に何号室かまでは言ってないんだよなぁ……」

『けど、来ればわかる、って言いよったなぁ』

「まぁな。あいつのことだし、派手な目印でも立ててるのかもな。で、それがどうしたんだ?」

 

 そこで本題に入ろうとすると、矢村はさらにテンパったような口調になってしまった。

 

『あ! え、えーと……その……よかったらなんやけど、一回、アタシん家に来てくれん? 一緒に、行きたいんやけど……』

 

 家に来てほしい、と言い出した辺りから、彼女の話し声が次第に尻すぼみになっていくのがわかる。なんというか、自信がないって感じだ。

 ホント、男勝りだった頃からは考えられない有様だよなぁ。何がこの娘をこんなに変えちまったんだか。

 

「なんだ、そういうことか。りょーかいりょーかい、行きますよ」

『ほ、本当? アタシでええん?』

「いや、お前以外に誰と行くんだよ」

 

 今日行くのは俺と救芽井と矢村の三人なんだから、矢村と行くしかないだろうが。

 そんな真っ当な返事を出したつもりだったのだが、向こうは何が意外だったのか「はうっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げていた。

 何を考えてるのかは知らんが……まぁいいか。可愛いから許す。

 

「じゃあ、お前ん家に寄ってから救芽井ん家に行くってことでいいんだな。じゃあまた」

『――うんっ! 待っとるけんな!』

 

 ……朝っぱらから元気なことだ。彼女はハツラツとした声を聞かせたと思ったら、鼻歌混じりに通話を切ってしまった。

 

 ――やれやれ。どいつもこいつも活動的過ぎて、こっちがいくら気張ってても霞んじまいそうだよ。

 嬉しいやら、悲しいやら。そんな気持ちが胸につっかえたせいなのか、今日の朝メシはどうも味を感じなかった。

 

 それから、およそ二時間半。時刻は朝九時。

 俺は黒いカーゴパンツに赤いTシャツというラフな格好で、数日分の着替え等を詰めたリュックをしょい込む。

 ……なにせ、久水家との決闘が済んだら、ぶっ続けで四郷研究所との技術競争にも行かなくちゃならないのだ。これはちょっとした、「夏合宿」なのである。

 

「日時も場所も近しいし、まぁ立て続けのスケジュールになるのも、しょうがないんだろうけどさ……。もうちょい夏休みってモンを満喫させろってんだよなァ」

 

 軽くそんなことをぶーたれながら、俺は家を出る。朝日の眩しい日差しが視界に突き刺さり、思わず目を覆う。

 

「さァて、まずは矢村ん家からだな……そろそろ出ようか」

 

 ――残念ながら、いつまでも愚痴ってはいられない。待たせてる娘も、いることだしな。

 

「つーわけで――行ってきます」

 

 俺は誰もいなくなった自宅を見上げ、誰にも届かないはずの挨拶を、何となく済ませておく。

 そして気がつけば、荷物を背負ってる割には妙に軽い足取りで、矢村ん家へと走り出していた。

 



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第62話 矢村さん家にお邪魔します【挿絵あり】

「貴様かァァッ! 貴様が娘を、娘をたぶらかしたのかァァァッ!」

 

 鬼がいた。

 

 ――いや、正しくは鬼のようなオッサンが。

 

「賀織の電話に聞き耳を立てとった甲斐があったというもの……。ここで会ったが百年目じゃァッ!」

「……いや、初対面ですけど」

 

 矢村の家にたどり着いた途端、待ち伏せていたかのように玄関から飛び出してきたこのオッサンに、気がつけば俺は胸倉を掴み上げられていた。

 こっちはリュックをしょってるのに、踵が浮き上がるくらいにまで体が持ち上げられている。すんごい腕力だ……。

 

 肉食獣のような鋭い眼光を、一心不乱にこちらに向けて突き刺して来る、四十代程の筋肉質な人。終業式の日に見かけた、矢村のお父さんで間違いないだろう。

 ――確か、武章(たけあき)さんだったかな。

 

 いかにも「厳つい」って感じの角刈り頭と、いわゆるケツアゴ。実におっかない出で立ちではないか……。

 だが、よく見ると彼の格好は上下青一色のパジャマ姿。しかも、目元にはちょっと濃いめの隈がある。

 さっきの口ぶりからして――まさか俺を捕まえるために、健康に支障をきたしてまで待機してたのか? それは申し訳ないなぁ……。

 

「いやあの、俺の存在があなたの健康を害してしまったのは申し訳ないんですが、こっちはちょいと娘さんに用がございまして……」

「賀織なら今ごろ、母さんと二人で朝メシの片付けをしてるところやァ! なにやらご機嫌そうだったがなァァァ!?」

 

 武章さんはさらに俺を締め上げようと、両腕に力を込めて来る。うげ、さすがに苦しくなってきたぞ……。

 外見だけで十分チビりそうなくらい恐ろしい彼だけど、あの矢村のお父さんなんだから、話せばきっと分かってくれる――そう思ってた時期が俺にもありました。

 

 ――人は見た目による。なぜなら、人の顔はその人自身の性格が反映されるから。

 そんな一説を聞いた時は「まさか」と笑い飛ばしていたが、今ならその意味が痛いほどわかる。

 

「賀織に近づく害虫が、まさかノコノコと自分からやって来よるとは……まるでホイホイされたゴキブリやなァ!」

「ちょ、武章さん落ち着いて――ぐえ!」

「貴様に名前で呼ばれる筋合いなんかあるかァ! 娘を連れ去り、どっかの山奥で淫らな真似でもしようってとこやったんやろうが……そんなたわけた野望もここまでやァァァッ!」

 

 ……物分かりのよくて優しいオッサンが、こんな般若みたいな顔してるわけがぬぇぇぇッ!

 夏合宿の件をどう解釈したら、そんなエロゲーみたいなシチュエーションに発展するんだよ! こんなえげつない誤解って、そうそうないぞ!?

 

「――ち、違いますって! 俺達はただ、合宿に……うぐっ!?」

「そんなざれ言を聞きに出張って来たんやない! 娘に近づく男はこうなるんやと、思い知らせるために来たんやけんなァ!?」

 

 俺の話を聞くつもりは毛頭ないらしく、武章さんは俺の体をガクガクと揺らして、さらなる怒りに眼を燃やしていた。

 ――いやいや、その娘さんは自分から男の集団に突っ込んでたんですけど!? 男より男らしかった時期もあるくらいなんですけど!

 ……この親にして、あの娘あり、か。確かに、ここまで逞し過ぎる親父さんって、今の一般家庭じゃなかなかいないもんなぁ。

 し、しかしこのままじゃあ合宿どころじゃなくなっちまうぞ……! 相手が矢村のお父さんである以上、迂闊な抵抗はできないし……。

 

「おいお前らァ! このゴキブリ野郎に、娘をだまくらかした罪ってもんを教えてやれェ!」

 

 その時、武章さんが放ったその一言で――

 

「へぇい! 親方ァァァ!」

「思い知らせてやりますよォォォッ!」

「賀織ちゃんに近づくたァ、大した度胸だなガキャァァ!」

 

 ぞろぞろと。そう、本当にぞろぞろと。

 武章さんによく似た、厳ついお兄さん達が、次々に近隣住宅の塀から飛び出してきた! ゲリラかこの人達!?

 

「貴様がここに来ると聞いて、弟子達を呼び寄せておいた。覚悟は出来ただろうな……?」

 

 これまでと違い、低く唸るような声で、武章さんは俺を睨みつけて来る。……心の中でも、これだけは言いたい。

 ――出来るわけねーだろ!?

 

 以前、矢村ん家は大工の家系だと聞いたことはあるが……普通の大工さんは「無実の男子高校生を集団で囲んで脅す」なんて恐ろしいマネはしないだろう。

 ――ヤクザの事務所と間違えたのか? そんな言い方は矢村に失礼だと、わかってはいるが。

 

 泥棒でも捕まえたかのような、怒りと喜びを内包した笑みを浮かべる、大工さん一同。俺の事情などお構いなしなのは、間違いなさそうだ……。

 

 別に何か悪いことをした覚えはないんだが、矢村ん家相手じゃ抵抗するにも引け目がある。――これは、いわゆる「年貢の納め時」ってヤツなのか?

 

「さァお前ら! こいつの罪深さを教えてやれェェェッ!」

 

 そんな俺の疑問に答えるかのように、武章さんがけたたましい怒号で指示を出す。どうやら、俺の予測は悪い意味で大当たりしそうだ……!

 

 胸倉を掴まれて身動きが取れない俺に、大工さん達はジリジリと歩み寄って来る。別に何かしたわけでもないが、「もはやこれまでか」と、俺は強くまぶたを閉じた。

 

 ――次の瞬間。

 

「うるッさいんよあんた達ィィッ! ご近所様に迷惑やろうがァァァッ!」

 

 現時点で一番うるさい叫び声が、辺り一帯に響き渡る。その轟音の震源地に、俺を含めた全員の視線が集中した。

 

 そこに立っていたのは……恰幅のいい、おばちゃんだった。玄関の前で、威風堂々と仁王立ちしている。

 見た感じ、歳は四十代半ば。頭は真っ黒なパーマで、ピンクのパジャマの上に黄色いエプロンを着ている。

 まさしく、「肝っ玉母ちゃん」って印象の人だ。さっきの叫び声も……まぁ、納得できなくもない。

 

「か、かか、母さん……!?」

 

 すると、武章さんに異変が起きる。俺を掴む両手がブルブルと震え、顔色は明らかに青ざめていた。

 奥歯がガタガタと音を鳴らし、トラウマの如く染み付いた恐怖心を引きずり出されたような表情になっている。

 

 彼に「母さん」と呼ばれたおばちゃんは、掴まれてたままの俺を見て、目を見開くと同時に――

 

「お父さん……まさかとは思うけど……その子に、乱暴なこととか、しとらんやろぅなァァァッ!?」

 

 ――武章さん以上の威圧を全身から噴き出し、彼を圧倒してしまった。

 

「ヒ、ヒヒィィ〜ッ!」

 

 とうとう恐怖に敗れたのか、武章さんは俺から手を離すと同時に、腰が砕けたかのように尻餅をついてしまう。周りの大工さん達も同様だった。

 

「お、おお奥さん! こ、これには訳が……ヒィィ!?」

 

 一人の大工さんが、なんとか弁明しようと口を開く……が、その前に自分に向けられた眼光に、全てを封じられてしまった。

 彼は両足をバイブレーションさせながら、情けない格好で後退していく。この光景を一目見れば、おばちゃんがこの大工達からいかに恐れられているかは明白だろう。

 

「げほっ、ごほっ……!」

 

 なんとか武章さんからの拷問(?)から解放された俺も、両膝をついて詰まった息を吐き出しているところだ。この場に、両の足で立っていられる男は、一人もいないということだろう。

 

「ちょっと坊や、大丈夫かい!?」

 

 するとおばちゃんは、急に心配そうな顔色に表情をチェンジさせて、俺に駆け寄ってきた。……正直さっきの怒号の後だと、恐ろしくて敵わないわけなんだが、今となっては逃げる余裕すらない。

 そして、あっという間に目の前まで来た彼女は、俺の腕を抱き寄せて――助け起こしてくれた。

 

 ……ぶっちゃけると、死ぬほど安心したわ。母親の包容力って、すごいね……。

 

「ごめん! ホンマにごめんなぁ! ウチのバカ共のせいで、迷惑掛けて……!」

「……あー、いえいえ。全然平気ですから」

 

 心底申し訳なさそうに頭を下げるおばちゃんに対し、俺は優しく嘘をついた。

 ――これ以上、ややこしい事態にはさせたくないんでね。正直殺されるかと思ったけど、またおばちゃんの威圧を目にするのも嫌だから。

 

「それより、賀織さんはいらっしゃいますか? 今日、待ち合わせってことになってたんですけど……」

「ああそうやった! 賀織やったら、今は身支度しとるところやから! もうすぐ来るけん、ちょっと待っとってな!」

 

 俺はさっさと話を進めてしまおうと、矢村のお母さんらしきこのおばちゃんに、例の件を持ち出した。彼女はおおよその事情は聞き及んでいたらしく、足早に家の中へと引き返して行った。

 

「ちょっと賀織ィー! もう龍太君、下まで来とるけん、早う降りて来ぃやー!」

「えぇ!? もう来とん!? どないしよ、何着て行ったらええんやろ、えぇとえぇと……!」

「なにモタモタしとん! 彼氏待たせたらあかんやろ! あーもぉなんでもええけん、早う行きやって!」

「か、彼氏って! まだそんなんやないのにっ! あ、ちょ、お母ちゃん待ってやぁぁぁ!」

 

 なにを話してるのかは知らないが、とにかく、やたらあわてふためいてるってことだけはよくわかった。確かに武章さん達に絡まれたせいで結構タイムロスしてるし、急いでくれると俺としてもありがたい。

 

 そんな、我ながらせっかちなことを思いはじめた時。ようやく玄関から矢村が飛び出して来た。そして……思わず、目を見張る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 旅行に使うような黒塗りのキャリーバッグを引き、オレンジ色のフリル付きワンピースを着こなすその姿は……なんというか、従来の矢村自身にケンカ売ってるような格好だ。つばの広い麦わら帽子を被っている所が、男勝りな元気っ子だった頃の「名残」のように感じられてしまうくらいに。

 

「あ、あぅ……」

「うん、よう似合っとる! これなら行けるで賀織っ!」

 

 恥ずかしそうに俯く矢村の背を、お母さんは豪快にバシバシと叩いている。聞いてるだけで背中が痛くなるような音なのに、恥じらいながらびくともしない矢村って一体……。

 

「えっと、その……お、おはよう、龍太」

「お? おぉ、おはよう」

 

 はにかみながら挨拶してくる矢村。その普段とは全く違う印象に、俺としては戸惑いが隠せない。なんともマヌケな声で返事をしてしまったではないか。

 

「な、なぁ。似合っとる……? コレ」

「まぁ似合ってるには似合ってるが……。山に行くんだし、もうちょい動きやすい服装でもよかったんじゃない?」

 

 矢村のことだから、きっとジャージみたいな運動向けの服で来るだろうと思ってただけに、ワンピースは意外だった。

 

「で、でも龍太、こういうのが好きなんやないん? ほら、あの四郷って子も着とったんやろ?」

「別にアイツが着てたからって、お前も同じのを着なくちゃいけないことにはならんだろ……」

 

 俺は割と真っ当なことを言ったつもりだったんだが、向こうは何がショックだったのか、酷くしょんぼりした顔になってしまった。その隣で、お母さんはどうしたものかと頭を悩ませている。

 

「ま、似合ってるからいいんだけどさ」

 

 ――状況がよく見えないが、なんかフォローした方がよさ気な空気を感じたので、俺は思ったままの美点を口にする。

 すると、俯いていた矢村は急に顔を上げ、パアッと明るい表情に早変わりしてしまう。何と言うわかりやすさ……。

 

「に、似合っとる、似合っとるんかぁ〜……えへへ……って、あれ? お父ちゃん?」

 

 ここぞとばかりにテレテレしている彼女だったが、俺の傍で震えている武章さんを見た途端、顔色が変わった。

 

「か、賀織! いやあの、お父ちゃんはな、例のこの男がお前に相応しいかどうかを見極め――」

「なんでお父ちゃんがここにおるん!? りゅ、龍太に……龍太になにしたんっ!?」

 

 なるべく穏便に済まそうとしてる武章さん。そんな彼の態度を見てあらかたの事情を察したのか、矢村は血相を変えて父親につかみ掛かる。

 

「な、なぁ矢村。俺は別に大したことないから、準備できてるなら早く行こうぜ? だいぶ時間食っちまってるみたいだし」

 

 俺は締まっていた首の辺りをさすりながら、とにかくこの場を脱することを提案した。このままほったらかすと、ロクなことにならない予感しかしないからだ。

 だが、当の矢村は全く耳を貸す気配がなく、締め上げられて皺くちゃになった俺のTシャツを見た瞬間、顔面蒼白になってしまった。

 

「そ、そんな……! ――お父ちゃん、なんでや! なんでこんな酷いことしたんやっ!」

「す、すまん賀織! だ、だがこれもお前のためで――」

「バカ、バカバカバカァ! お父ちゃんのバカァッ!」

 

 まるで夫を殺された妻のように泣きわめく矢村。いや、別に俺、怪我すらしてないはずなんですけど……。

 

「賀織。龍太君、別に怒っとらんみたいやし、ちゃんと謝って許してもらい。ここはアタシがなんとかしちゃるけん、早うお行きや」

 

 勝手に荒ぶってる矢村に、俺も武章さんも困り果てていたその時、お母さんが助け船を出してくれた。

 暖かい微笑みを向けられた矢村は、気まずそうに武章さんから手を離すと、俺の方に不安げな視線を向ける。

 

「りゅ、龍太……その、お父ちゃんのこと、ホントにごめん……ごめんなさい」

「いいっていいって。付き合い長いんだし、そりゃこういうことも一度や二度はあるさ。俺も、なんとか仲良くなれるように足掻いてみるから、お前ももう泣くんじゃないぞ」

 

 ――正直言うと、仲良くなれる自信はあんまりないんだけどね。第一印象が恐すぎるから……。

 ただ、それでもこれくらいのことは言ってやらなきゃ、不安にさせちまうだろうし。デリカシーのなさに定評がある俺でも、それくらいのことはわかるよ。

 

「龍太……」

 

 そんな俺の気遣いが、まぁほんのちょっとは嬉しかったのかな。矢村は感極まったような表情で、上目遣いで俺を見詰める。

 そして――何を血迷ったのか、キャリーバッグを捨てて俺の胸に飛び込んできた!?

 

「おおおおおおッ!?」

 

 その展開に、大工さん達が一斉にどよめく。ていうかあんたら、さっさと自宅に帰りなさいよ。あからさまに近所迷惑だろ……。

 

「お、おい……矢村?」

「龍太の――そういうとこ、ホント好きやで。……うん。大好き……」

「え!? あ、ど、どうも……」

 

 胸に顔が埋まってるから、表情はわからないが……そのあたりが凄く熱い。季節が季節だから、熱中症じゃなきゃいいんだが。

 つーか、こうも真っ向から褒められると、なんかめちゃくちゃ照れるな……。なんか武章さんが「お父ちゃんを見捨てないでくれ!」とかむせび泣いてるけど、正直照れ臭くて、それどころじゃないや。

 

 ――そんな告白みたいなことを、男の前で言うから武章さんが誤解するんじゃないか。危うく……俺もその気になっちゃいそうだったしな。

 そこんとこ、わかってんのかねぇ……この娘は。

 

「じゃ、じゃあ行くか! 救芽井も待ってるはずだし!」

「う、うん。お母ちゃん、行ってきます!」

「はいよ。楽しんでおいで!」

 

 心の中で、矢村の無防備さにため息をつきつつ、俺は出発を促す。彼女も頬を染めながらも了解の意を示し、お母さんも朗らかに見送ってくれていた。

 ……初登場の威風からは想像もつかないスマイルだ。

 

 俺と矢村は、そんなお母さんに手を振ると、やや早歩きで救芽井が住んでいるという駅前のマンションへ向かった。

 武章さん達に絡まれたせいで随分遅れを取った。急がなきゃな!

 

「ま、待てや! 一煉寺龍太とやらッ! まだ話は終わっとら……ヒヒィッ!?」

「――お父さん、それにバカ弟子共。ほなウチで話し合いましょか。じぃっくりとねぇ〜……?」

 

 ――なんか後ろの方で大工全員の悲鳴が聞こえた気がするけど……気のせいだよね?



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第63話 朝っぱらから肝試し

 矢村ん家の騒動からなんとか逃げ延び、俺達は駅前マンションの前に到着していた。緑色に塗られた、およそ十二階建ての集団住宅だ。

 

 集合時間の十分前とあって、俺も矢村も急ぎ足になっている。

 

「な、なぁ龍太、マンションの何号室かわからんのに、どうやって探したらええんやろか?」

「全部の部屋にピンポンして回るわけにはいかないしな……。そういやなんでアイツ、高二のクセしてケータイも持ってねぇんだよ……」

 

 救芽井はどういうわけか、十七歳にもなって、ケータイを持たせてくれていないらしい。本人曰く、知識等は持っていたのに、家族が許可してくれなかったのだとか。

 迷惑メールとか詐欺の類とかが心配で持たせなかったんだろうけど、過保護過ぎだろ甲侍郎さん……。おかげでこっちは連絡が取れなくて四苦八苦してんのに!

 

「たくもー! ケータイさえ持ってくれてりゃ、こっちから電話して一発なのに――ん?」

「そ、そうや! 着鎧したら通信できるんやない!?」

 

 俺がなにか手があるのでは、と感じた瞬間、矢村がその答えを言い当ててしまった。なるほど、確かに「救済の超機龍」に着鎧すれば、救芽井とも会話が繋がるかも知れない!

 ……あいつの部屋にノーパソがあればの話だけど。

 

 俺は矢村の言葉に強く頷くと、身を隠せる場所を探し、辺りを見渡す。この辺は駅前というだけあって、人通りが割と多い。

 マンション内に入っても、誰かが常に往来しているくらいなのだ。……そのほとんどが、なぜか作業着を着たマッチョマンなんだけど。

 

 とにかく、こんなところで迂闊に着鎧したりなんかしたら、一般人にアッサリ見つかっちまう……。もしそうなったら、合宿帰りに相当な質問責めに遭うこと請け合いじゃないか。

 

「あーくそっ! 変に正体バレたら、余計ややこしいことになるってのにっ!」

「一煉寺龍太様、及び矢村賀織様ですね?」

「そーだよ! それがどうし――え?」

 

 ――ふと、背中に降り懸かってきたダンディな声に、俺は思わず振り向いた。矢村がこんなジャック・バウアーみたいな声を出すはずがない。

 

「――なっ!?」

「き、きゃあ!? なな、なんやこの人っ!?」

 

 そして、俺の目の前に現れていたのは――矢村の隣に立つ、グラサンを掛けた作業着姿のオッサンだった。

 やたらゴツい体格をしており、武章さんといい勝負と思われる。この人も、周りと同じ作業着を着ていた。

 ……ホント、今日はオッサン日和だなァ。しかしこの人が着てる作業着、どっかで見たことあるような……?

 

「樋稟お嬢様様がお呼びです。どうぞこちらへ」

 

 ――そんな俺の疑惑を氷解させるように、オッサンは礼儀正しく俺達に一礼した。

 

「……あぁ! 部室を改築した人達じゃないか!?」

「ホ、ホントや! あん時の人らやんっ!?」

 

 俺達二人は顔を見合わせ、目を丸くする。このマンション内にいる全員が、あの時、部室を改装していた連中の作業着を着ていたのだ!

 

「な、なんであんた達がこんなところに……! もしかして、救芽井の護衛かなんか?」

「いえ、ここは現在、私達使用人の詰め所として使われておりまして」

 

 ――素直に驚いてる暇さえ与えず、オッサンはさらにとんでもない爆弾発言を射出してくる。

 

 ……詰め所ォ!?

 

「ちょ、待て待て待て! 詰め所――って、まさか全員がここに住んでるの!?」

「無論です。樋稟お嬢様も最上階にお住まいですよ」

「ひ、ひえぇえぇ!」

 

 なな、何を考えてんだ救芽井はッ! マンション丸ごと買い占めて使用人の居住地にしやがったのか!? なんつーおっかないマンションなんだよここは!

 

「ま、前の住民は!? 元々ここに住んでた人達はどうしたんだよ!?」

「その方々については、樋稟お嬢様が直々に説得に出向いておられました。『より多くの人々を救うべく、救芽井エレクトロニクスの理念に、是非力を貸してほしい』、と」

 

 へ、へぇ〜……。なんかかなり宗教臭い話を持ち込んでたみたいだけど、一応ちゃんと了解は得てたんだな。

 

「加えて、住民の方々によりご理解して頂くために、札束を用いた洗礼をなされておりました」

 

 ――と思ったらほとんど金の力かいィッ!?

 

「ここにお住まいだった方々には、こちらの方で新たに高級住宅街を提供させて頂いております。皆様、とても喜んでおられましたよ」

 

 な、なんつーマネを……!

 住民一人一人に札束でビンタしまくってる救芽井の姿が、頭に浮かんで離れねぇ!

 つーかやってることがもう成金そのものじゃねーか! きっとここにいた人達、引っ越す時には目が「¥」になってたんだろうな……。

 

 ダ、ダメだ……! まるで理解が追い付かない! 俺達みたいな庶民には、到底馴染めそうにない事態が巻き起こってやがる……!

 

「りゅ、龍太? なんかアタシもう、頭痛くなってきとるんやけど……」

「……奇遇だな。俺もだよ」

 

 俺達にはあまりにも場違い過ぎる金持ちの世界。その圧倒的スケールの世界観に辟易していると――

 

「従業員各位に告ぐッ! お客様二名、樋稟お嬢様のもとへご案内しろォッ!」

 

 目の前でこちらの様子を伺っていたオッサンが、いきなり鬼軍曹みたいな声を張り上げた。別に怒られてるわけでもないのに、俺も矢村も思わずビクリと肩を震わせてしまう。

 

「はッ!」

 

 すると、周りで清掃作業に取り組んでいた大勢の従業員(?)が、一斉に動きはじめた。まるで軍隊である。

 

「お客様ッ! エレベータはこちらにッ!」

「荷物をお預かりしますッ!」

 

 十メートルほど先にあるエレベータへの道を作るように、彼らはピシッと並んで二本の行列を作ってしまった。しかも、いつの間にか後ろに来ていた従業員達に、リュックとキャリーバッグを掠め取られてしまう。

 ……いやあの、別に案内してもらわなくてもエレベータなら肉眼で見えるし。荷物持てとか言った覚えないし……。

 

 だが、そんなことを今さら言い出せる空気でもない。俺も矢村も荷物を取り上げられてしまった身だが、到底何かを言えるような状況じゃなくなっているために、黙りこくっている。

 

「では、樋稟お嬢様のお部屋までご案内します」

「あ、あはは……どーも……」

 

 もはや、お礼を言うことぐらいしか出来そうにない。逆らったら殺されそうだし。

 ……たくもー、使用人と暮らすんだったら、普通はメイド呼ぶだろ常識的に考えて!

 何が悲しくて、朝っぱらからオッサンに囲まれた謎のハーレム地獄に叩きこまれなきゃならんのだ!

 

「みんなすごい体しとるなぁ……。アタシん家の弟子より凄い奴もおるで!」

「頼むから、今だけはそんな話しないで……」

 

 矢村ん家では大工に囲まれ、救芽井ん家では従業員に囲まれ。これで久水ん家までオッサンで溢れかえってたりしたら、発狂する自信があるぞ。俺は。

 

 そうして見るからに世の中に絶望したかのようなオーラを噴出しつつ、俺達はグラサンのオッサンに導かれ、エレベータに乗り込んだ。

 小綺麗な割に狭いその箱庭には、荷物を持った二人を加えて、計五人が納まっている。

 ……まるで、ギャングのアジトにでも連行されてるみたいだな。普通のマンションにいるはずなのに。

 

 そして待つこと十数秒。

 

 ようやく最上階にたどり着いたかと思えば、グラサンのオッサンがエレベータの外までズイッと進み出て、こちらに一礼してくる。

 

「お待たせいたしました。樋稟お嬢様のお部屋は、こちらになります」

 

 もはや見慣れてしまいそうなほどに、整い尽くされた動きを見せ付けられ、俺も矢村も無言で頬を引き攣らせるしかなかった。

 

 ――そのあと、ようやく救芽井の個室に案内されることに。

 彼に案内された、その救芽井の部屋というのは、最上階の中央辺りの号室だった。なんでも、左右両方からの外敵から彼女を守るためらしい。

 ……そもそもこの町にどういう外敵がいるんだよ。

 

 そんな俺の心のツッコミが空を切ると同時に、オッサンは玄関を解錠してドアを開けてしまう。使用人に合い鍵持たせてんのか……。

 

「この部屋っすか?」

「ええ。私達はここで待機しておりますので、樋稟お嬢様にご挨拶していただくようお願いします」

 

 どうやら、俺達の荷物は預けたままになるらしい。まぁ救芽井の部下なんだから任せても大丈夫だろうし、俺達はさっさとご本人に会わないとな。

 約束の時間まで、三分を切ってることだし。

 

「お、お邪魔しま〜す……」

「救芽井〜? アタシら来たで〜……?」

 

 今までが今までなので、俺達は若干ビビりながら玄関の中へと突入する。電気を付けていないためか、まだ朝ではあっても微妙に薄暗い。

 

 だが、その先の廊下は埃のカケラもないくらい、完璧に手入れされていた。恐らく、一階にいた従業員達がやってたように、ここも清掃されてるんだろうな。

 

「き、綺麗やな〜。やっぱ金持ちは違うわぁ〜」

「だな。しかし、救芽井のヤツどこにいるんだか……」

 

 俺達は靴を脱いで廊下に上がると、何度か彼女の名前を呼ぶ。しかし、返事はない。ただのしかば――なわけあるかっ!?

 

「なぁ龍太、あそこの部屋だけ電気ついとることない?」

「お、ホントだ。リビングかな?」

 

 ふと、矢村が指差した先には、半開きになったドアから差し込む一条の光。こんな明るい内から電気が付いてるなんて不自然だし、あそこに救芽井がいる可能性は割と高そうな気がする。

 

「よーし、返事がないってことは、俺達に気づいてないのかもな。ここはいっちょ、おどかしてやろうぜ!」

「――賛成っ!」

 

 ようやくここまでたどり着いたという安堵感からか、俺は自分でもわかるくらい、すっかり調子に乗っていた。いつしか胸中に、ちょっとした悪戯心が芽生えていたのだ。

 そして、矢村もそれに同調していたのをいいことに、俺達はいきなりドアを開けて、救芽井をビックリさせてやろうと企んだ。

 

 息を殺し、足音を立てず、ゆっくりとドアに近寄っていく。そこから漏れている光は徐々に視界を埋め尽くしていき、やがては目と鼻の先にまでたどり着いていた。

 

「よーし、いくか矢村……!」

「準備オッケーやで龍太っ……!」

 

 夏休みといえば、「肝試し」だからな。ちょっとくらいおどかしたって、バチは当たるまい。いざっ――!

 

 バァン!

 

「来たぜ救芽井ィッ!」

「アタシもおる! ……で……?」

 

 勢いよく扉を開き、部屋に突入した俺達。

 

 ――その時、第一に侵入した俺に続き、部屋に入り込んできた矢村の声が、途中から萎みはじめてしまった。

 

 彼女がそうなってしまった理由。それは至って、単純明快なものである。

 なにせ、俺のオツムでも瞬時に悟ることができるほどに、シンプルな答えなんだから。

 

 ファンシーなぬいぐるみがあちこちに飾られた、可愛らしいピンク色の部屋。クローゼットの傍に置かれている、二体のクマのぬいぐるみ。

 

 そして――その二つに身を寄せながら着替えを漁っていた、下着姿のボインなお嬢様。

 

「え、えっ……ふえぇぇえっ!?」

 

 上下共に、薄い肌色のブラジャーとパンティー。遠目に見れば、全裸と見紛う程の危うさを感じさせられる姿だ。

 しかもブラのサイズがやや小さいのか、大事な場所をガードしてる部分の端から、微妙に柔肌が盛り上がっている。

 普段の学校生活でも十分目立つ巨乳だというのに、あれでも抑えてる方だったというのだろうか。

 

 そんな彼女はわけがわからないと言わんばかりに、驚愕と羞恥に翻弄された表情を浮かべ、あられもない姿を俺達の前に晒している。

 

 ……こんな時に、言うべきことは一つ。

 

「すいませんっしたァァァァッ!」

 

「龍太君のバカァァァッ!」

 

 ――刹那。

 俺の視界が一瞬にして、救芽井の鉄拳によりブラックアウトしてしまった。

 

 そして遠退く意識の中で、俺はひっそりと誓いを立てる。

 

 ……もう、イタズラはやめよう。

 



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第64話 出発前からストレスマッハ

 ――意識が回復した時、俺は正座していた。

 

 ……何を言ってるのか自分でもよくわからないんだが、とにかくそういうことになっていたのだ。

 

 救芽井に殴られ、暗転していた視界が元の光を取り戻した時、俺は彼女の前で正座させられていた。その隣で、矢村も同じように正座している。

 ――その矢村によると、殴られた後に無理矢理体を起こされて、気絶したまま正座させられていたらしい。ベッドか床に寝かすモンだろ、そこは普通……。

 

「しんっじられないっ! ノックもせずにドアを開けるなんて! 私の身体をなんだと思ってるのっ!?」

 

 俺がノビてる間に着替えは済んでいたらしく、緑の半袖チュニックに黒のミニスカという格好で、救芽井は俺を見下ろしていた。覗かれた怒りと恥じらいで、顔はシモフリトマトの如き赤色に染まっている。

 

「いやぁ……ハハハ、ある種のサプライズ的な感じにやってたんだけどさ。まさかお着替えの真っ只中でいらしたとは――ふひぃっ!?」

「そんなサプライズお断りよっ!」

 

 正座している膝の傍に、ドスンとじだんだを踏む救芽井。そこから発せられた振動が衝撃波となり、俺の芯に響き渡る。

 そしてその反動で僅かに翻る、彼女のきめ細かい白肌とは対照的な黒き布。おっ……白かッ!?

 

 一方で、俺の隣で同じように正座している矢村は、面白くなさそうな視線を救芽井に向けていた。――救芽井の、胸に。

 

「む、むぅ〜……! あんなにおっきいのに、まだ小さく見せとる方やったんか……!? ブラがキツキツになっとったし……」

「こ、これ以上のサイズが店に置いてなかったのよっ! 仕方ないじゃない! ……この仕事が終わったら、もっと大きいの作らせなきゃ……」

 

 着替えを見られて余裕をなくしているせいなのか、男の俺が傍にいるというのに、救芽井は随分とハレンチな返答をしている。市販のブラに収まらない胸って一体……。

 

「わ、悪かったって、勘弁してくれ! 同じマネはもうしないから!」

 

 ……ひとまず、この場をどうにか収めないことには、話が進展しない。俺は両手をひらひらと振り、なんとか宥めようと試みることに。

 安易な思いつきでやるもんじゃないな、サプライズってのは。

 

「――ふ、ふん。まぁ、今回だけは特別に許してあげる」

「ホ、ホントか?」

「……どうせ、結婚したら……好きなだけ……」

「結婚? 好きなだけ?」

「な、なんでもないっ」

 

 ――最後に何を言っているのかは要領を得なかったが、とりあえず許してくれたみたいで一安心だ。

 

 救芽井は「準備するから外で待ってて」と言うと、俺達をそそくさと追い出し、でかい肩掛けバッグになにやらいろいろと詰め込み始めていた。……まるで修学旅行だな。

 

「許してくれたんはええけど……救芽井、なにをあんなに持っていく気なんやろか?」

「さぁなぁ……。あいつのことだから、なんかややこしい機械でも持ち込むつもりなんじゃないか?」

 

 着鎧甲冑を整備したり、それを使った行動をモニタリングしたりするパソコンや、人体の傷や疲労を、膨大な電力と引き換えに取り払う医療カプセル。

 そんなビックリドッキリメカの数々を抱えてるような救芽井家の娘が、普通の荷物で来るわけがない。ましてや、今回は救芽井エレクトロニクスの命運を握りかねない、重大なイベントなんだから。

 

「一煉寺様、矢村様。リムジンの準備が整いました」

 

 救芽井の部屋から出るなり、グラサンのオッサンが暑苦しく出迎えてくれる。

 

「……もうこれくらいじゃ驚かなくなっちまったな」

「アタシら、絶対マヒしとるで……」

 

 俺達は肥やしてしまった(?)目を互いに交わすと、一斉にため息をつく。リムジンってアレだろ? 席が長〜い高級車のことだろ? なんで山に行くためだけにそんなモン使うんだよ……。

 

 どうやら、救芽井エレクトロニクスに「現地の交通機関を使う」という発想はないらしい。なにをするにも、自前のものじゃないと信用できないんだろうか。

 

「お二方、車の方はこちらに――」

「あ、あぁいやいや、救芽井がまだ来てないからさ、ここで待つよ」

「――かしこまりました」

 

 オッサンはまるで機械のように引き下がると、俺達が来る前の位置に戻っていった。……こんな居心地の悪い護衛達が、四六時中ピッタリくっついてんのか? 救芽井も大変だなぁ。

 

 ――そして、そんな救芽井エレクトロニクスの体制に、今後も付き合って行かなくちゃならないわけだ。少なくとも、婚約者って立ち位置にされてる俺は。

 

「……やれやれ。金持ちってのも、楽じゃないんだな」

「失礼ね! 私がいつも楽ばっかりしてるっていうのっ!?」

 

 先行きが果てしなく不明という事実。それに頭を抱えようとしたその時、準備を終えたらしい救芽井が、肩掛けバッグを持って出てきた。

 さっきの俺の独り言を悪い意味に取ったのか、不機嫌そうに頬を膨らませている。

 

「い、いやいや、そういう意味で言ったんじゃねぇよ。ただ、お前ん家の事情について、全然知らなかったんだなーってさ」

「むぅっ……ホント?」

「ホントにホントだよ。――それで? 準備の方は出来たのか?」

 

 あんまり彼女とこの話題を引っ張り続けてると、横にいる矢村が露骨にイラついた顔をするので、俺は早急に話題をすり替えた。

 向こうはそれで特に怒ったような反応は見せず、ちょっと恥ずかしそうに「うん、まぁ……」とだけ返してきた。なんかマズいこと聞いたかな?

 

「なんか怪しいなぁ……変なもん持っていく気やないの?」

「そ、そ、そんなの入ってないもんっ!」

 

 その僅かな反応から、矢村が訝しむような視線を彼女に向ける。それに対し、救芽井は矢村から隠すかのようにバッグを抱きしめ、必死に反論していた。

 その頬が羞恥の色に染まっているのは明白であり、矢村の言うことが「当たり」である可能性を伺わせている。……なんだってんだ? 「お気に入りの枕じゃなきゃ眠れない」とか言い出す気じゃないだろうな。

 

「あーもう、何持っていこうが本人の勝手だろうが。その辺にしとけって」

 

 これ以上無駄に喧嘩しても、疲れるだけだ。俺は中立的(?)な立場を取り、なんとか仲裁を――

 

「むぅ……何を持っていくんが知らんけど! それで龍太に、エ、エッチなこととかしたりししよったら許さんけんな!」

「は、はぁっ!? そそ、そんなハレンチな物なんて持ってるわけないじゃないっ! 酷い言い掛かりよっ!」

 

 ――いや、俺の制止など、どこ吹く風、である。つか、お前ら一体、何を想像して喧嘩してるんだ?

 

 ……結局、二人の口論はそのまま止まることなくエスカレートしていき、いつしか「どちらの方が俺のことをより理解してるのか」という話題に逸れていた。

 

「知っとる? 龍太はあんたと離れとる間に、背が十四センチも伸びたんや! あんたが思っとるより、ずうっと大人になっとんやで!」

「なによ、それくらい見ればわかるわよ! ……氏名、一煉寺龍太。生年月日、二〇十二年五月二十日。血液型はA型。家族構成は両親と兄一人の四人家族。身長百七十三センチ、体重六十八キロ。好物はフライドポテトとチキンナゲット。嫌いな物は英語と数学。……どう? 調べればもっと出てくるわよ!」

「――お前ら何の話してんだよッ!?」

 

 オッサンの案内により、エレベータで下に降りる最中でも、その論争はこうして熾烈を極めていた。

 仲裁を諦め、放っておこうとも一時は考えたものの、野放しにしていたら俺のプライバシーが破滅を迎えそうになるので、迅速に止めることにしたのだ。

 

 ――つーか救芽井ィッ! お前それどっから調べて来たァ! ソースはどこなんだァッ!

 

 ……そんな俺の胸中は、顔にまざまざと表出していたらしく、救芽井は俺の表情を見て、悪戯っぽく笑って見せた。

 

「婚約者のことは何でも知ってなきゃ、ねっ?」

「……頼むから、そういうことは俺に直接聞いてくれ」

 

 恐ろしい外見のオッサンに囲まれたり、プライバシーを暴かれたり……。救芽井が絡むと、俺の平穏(?)なる日常がバイオレンスアドベンチャーと化すんだよなぁ……。

 

 ――ま、こういう経験も案外アリだったりするのかも知れないし、ここは前向きに行った方がいいのかもな。

 

 と、いう具合に俺が気を持ち直した頃、俺達三人はマンションを出て、ようやく駐車場に到着していた。広々とした黒いアスファルトの中心に、黒塗りの長い四輪車が待ち受けている。

 

「こちらになります!」

「荷物をお預かりします!」

 

 相変わらずたじろぐ暇もなく、従業員達がササッと俺達の荷物を掻っ攫ってしまう。数秒後には、三人分の荷物がリムジンのトランクに詰め込まれていた。

 

 その作業の流れを、まるで当然のことのように眺めている救芽井。お前、マジでこの二年間でなにがあった……。それともコレが素なのか?

 

「それでは皆様、こちらの御席になります」

 

 グラサンのオッサンが運転席につくと、他の従業員さんがドアを開けてくれる。運転席と助手席の、すぐ後ろの列の席だな。

 

「あ、ど、どーも……」

 

 イマイチこのノリについていけず、俺はたどたどしい動きでリムジンの中に乗り込んだ。

 座席に敷かれた綺麗なマットが、腰を乗せた途端にふわりと揺れ、ゆったりとした乗り心地を感じさせられる。

 

「おおっ!」

 

 リムジンなんて初めて乗るから、この快適さが高級車ゆえなのか救芽井家用ゆえなのかはわからない。ただ、かつてないほどのリッチな世界に、直で触れていることだけは確かだった。

 

「す、すごいなぁ龍太!」

 

 反対側から乗り込んでいた矢村も、同様の気持ちらしい。普段以上に子供っぽくはしゃぐその姿に、いつもなら意識しないような愛らしさを思い知らされてしまう。

 

「あ、あぁ、そうだな……」

「ちょっと龍太君! なぁにテレテレしてるのよっ! 早くシートベルト締めなさいっ!」

 

 そんな俺の何がそんなに気に入らないのか、助手席に座っていた救芽井がジト目で叱り付けて来る。うひ、こえーこえー。

 

「ふっふーん。どや? これがキャリアの差ってもんなんやで?」

「キャ、キャリアなんて過去の産物に過ぎないわ! 大切なのは、これからの思い出――」

 

 そこで、何かを思い出したかのように、二人の表情が急激に凍り付いた。

 掘り返してはならない。思い出してはならない。そんな忌むべき記憶を、ふと蘇らせてしまったかのように。

 

「……そうやなぁ。キャリアなんてモンにこだわったらいけんよなぁ……!」

「そうそう……。未来を見据えることこそ、何より大事なことなのよ……!」

 

 すると何が起きたのか、あれだけ対立していた二人が、急に意見を合わせはじめた。その眼に、どす黒い炎を宿して。

 

「お、おい? どうした二人とも――」

 

「久水……!」

「梢ぇえぇ……!」

 

「ひぃぃい!?」

 

 一体どうしたのかと俺が訪ねるより先に、二人は窓から裏山の方角を般若のような形相で睨みつけた。今にも五寸釘を打ち出しそうだ……。

 そんな彼女達にビビる俺を尻目に、救芽井と矢村は、口々に久水へ恨み節を吐きつづけていた。その殺意の波動張りのオーラに震えるオッサンが、リムジンを発車する瞬間まで。

 

 俺達を乗せたリムジンの出発時には、ほぼ全ての従業員がズラリと並んで見送りに来ていたのに、当の車内は手を振って挨拶するどころの状況ではなくなっていたのだった。

 

 ――そう。前向きに行こうとした瞬間、出発直前で心を折られた俺は、窓に張り付いて怯えるしかなかったんだ……。

 



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第65話 ツルッツルの兄、ボインボインの妹

 松霧町の裏山は、実は隣町まで行っても、うっすらと見えてしまうくらい高い。おまけに道路を通っていても、通行の邪魔になるかならないかのギリギリまで森林が生い茂っている。

 山そのものが高いために道程自体が長い上、大自然に溢れすぎてウザいくらいの緑に視界を阻まれながら進むことになるのだ。

 ……当然、時間も掛かる。

 

 結局、鬱陶しいくらい水と空気がおいしそうな道を抜けるまで、実に三時間を要したのだった。

 時刻は午後二時。本来なら昼食を終えてもいい時間帯だろう。

 

「ちょ、ちょっとぉ〜……いつまで掛かるの……?」

「申し訳ありません、樋稟お嬢様。まさかこれほど自然環境に進行を阻害されてしまうとは、予定外でした」

 

 この山の厄介さのおかげで昼飯を食いっぱぐれてしまった俺達三人は、腹を空かせてため息をついていた。救芽井の追及にも、オッサンはしれっと謝るだけだ。

 

「アタシ……お弁当持ってきたらよかった……」

「激しく同意……。俺も途中でコンビニ寄って来るんだったわ」

 

 元々の予定だと、久水家に招かれてから昼食を取ることになっていたらしい。それがこんなことになった今、向こうに着いてもメシがあるかどうか……。

 

 ――ん?

 

「オッサン! あそこ!?」

 

 俺は森に包まれた道を越えた先に伺える、白い屋敷を見つけた。それに向かって指差すと、オッサンは無言のままコクリと頷く。

 ――まるで中世ヨーロッパを思わせるような、丸みを帯びた形状の家。真ん丸な屋根をこさえたその建物は、当然ながらこの山に似つかわしいものではなかった。

 その周囲は開けた草原となっており、静かな雰囲気を醸し出している。

 

「あれが久水家の別荘……随分と山奥に建てたものね」

「おいおい、まさかこんな水と空気のおいしい大自然で決闘しようってのか?」

「そんなことよりお〜ひ〜る〜!」

 

 ここに来た本分をガン無視して昼飯の催促をする矢村。そんな彼女を一瞥した俺の脳裏に、腹ぺこによるモチベーション低下の可能性が過ぎってきた。

 ――このまま昼飯抜きで決闘、なんてことになったら面倒だろうな……。

 

 草原に入ると、アスファルトの道路は途切れており、砂利道だけの通路になっていた。俺達を乗せたリムジンは、そこに突入してすぐのところで停止する。

 

「ありがとう。ここから先は自分で行くわ。少しは歩いて、体をほぐしておかないとね」

「かしこまりました」

 

 救芽井はチラリと俺を見ると、車を降りてトランクへ荷物を取りに行った。……決闘する俺のコンディションを、気にしてのことだったんだろうか?

 

 まぁ、仮にそうだったとしても、本人にそれを直接確かめるのは野暮だろう。俺だってそれくらいはわかる。

 俺は矢村と顔を見合わせると、彼女に続いてリムジンを降り、「ありがとうございました」とオッサンに一礼する。向こうも軽く会釈してくれた。

 

 そしてトランクから各々の荷物を回収すると、オッサンの操るリムジンは来た道を引き返して行った。また枝と葉っぱに邪魔されてるな……。

 

「さて、それじゃ行くわよ!」

 

 そんなちょっぴり不憫(?)なオッサンを見送った後、救芽井は声を張り上げて、ズンズンと砂利道を歩きはじめた。俺と矢村も、荷物を抱えて彼女に続いていく。

 

 やがて久水家の前にたどり着いた俺達は、見れば見るほど、田舎の裏山には場違いな屋敷を見上げる。

 山の中にこんなリッチな屋敷を建てるあたり、向こうも普通の価値観とは違う思考をお持ちのようだ。決闘しようがしまいが、一筋縄じゃいかない相手だってのは軽く予想がついちまうな……。

 

 今後の展開には、明るい未来は予想できそうにない。敵意モロ出しの表情で屋敷を見上げ二人に挟まれたまま、俺はひときわ大きなため息を――

 

「樋稟ぃぃんッ!」

 

 ――つくってところで、ド派手な音と共に奴(?)が現れた。

 

「……!? だだ、誰やッ!?」

「はぁ……とうとう出たわね」

 

 激しく玄関のドアを開き、勢いよくこちらに飛び出してきた男。黒いタキシードに身を包んだ、二十歳前後の容貌の青年だ。身長は――百八十くらいはある。

 

 歳は十九歳と聞いてたし……恐らくこの人が「久水茂」という当主さんで間違いないんだろう。

 

 ……だが、容姿についての前情報くらいは欲しかった。

 

 だって――彼、ツルッツルなんだもの。スキンヘッドなんだもの。

 

 眩しい太陽光という自然の恵みを受けて、神の輝きを放ってるんだもの……。

 

「心配したぞ樋稟っ! 昼の十二時を過ぎても一向に来ないのだから! てっきり熊にでも襲われたのかと……!」

「――茂さん、ごめんなさいね。思ったより時間が掛かっちゃったみたいで」

「そんなことは一向に構わん! ワガハイは君が無事であれば、それだけで十分だ!」

 

 しかも「ワガハイ」って……。妹の方も「ワタクシ」とか言っちゃってるし、ホント口調と容姿がそぐわない兄妹だな。

 両方とも顔立ちやスタイルは美形なのに、ところどころがあまりにも残念だし。

 救芽井は見飽きたように呆れた顔だし、矢村に至っては笑いを堪えるのが必死でプルプルと震えている。

 

 ……まぁ、スキンヘッドがタイプという女性もいるだろうけど、ちょっと人を選ぶと思うんだなー、俺も……。

 

「さてと……それじゃ早速で悪いんだけど、お昼の用意をしてもらえないかしら? 私達、まだ何も食べてなくって」

「ああもちろんだとも! 是非上がってくれたまえ!」

 

 ……おや。決闘を申し込むなんて言って来るぐらいだから、どんなおっかない奴なのかと思えば、意外にいい人じゃないか。

 救芽井はもとより、決闘には関わらないはずの矢村までお客として丁寧に屋敷に上げている。

 

「どうした? そんなに震えて。心配ならいらんぞ。ここは設備も充実している。何より、安全だ」

 

 憐れむように、優しく矢村に接している茂さん。……あの震えの意図だけは、教えないほうがいいだろう。

 

 じゃ、俺も早速お邪魔しま――

 

「なんだ貴様は」

 

 ――あ、俺はダメですかそうですか。

 

 明らかに他の二人とは違う扱いだ。槍で突き刺すような冷たい視線を俺に向け、ここは通さないとばかりに立ち塞がっている。

 

「いや、一応俺も客人らしいんですよ」

「客人だと? 男など呼んだ覚えは――ま、まさか貴様がッ!?」

 

 訝しむように俺を睨んでいた茂さんは、何かに気づいたように目を見開くと、いきなり臨戦体勢に突入した。……あちゃー、やっぱこうなる展開でしたかー。

 

「樋稟が自ら設計したという『救済の超機龍』……。それを使うべきワガハイを差し置いて、まさかこんな田舎者がッ……!?」

 

 右腕に巻かれた白い「腕輪型着鎧装置」を構え、茂さんは信じられない、という顔で俺を睨みつけている。おいおい、頼むからこんなところで着鎧しないでくれよー。

 

 ――ん? ちょっと待てよ。

 

 確か、「救済の超機龍」のことは救芽井家しか知らないんじゃなかったっけか?

 

 この人、どこでそれを……?

 

 俺がそのことで引っ掛かりを感じていた時、玄関の奥から話し声が聞こえてきた。なんか――言い争ってる?

 

「とうとうここに来たざますね! 逃げずに来たことは褒めてあげるざます!」

「ふん! 茂さんなんて、龍太君にこてんぱんにされちゃうに決まってるんだから!」

「あれ? 龍太、まだ来とらんのん?」

「フォーッフォッフォッフォッ! いいざましょ! ならその龍太とかいう、あなたの婚約者とやらの、お顔を拝見させて頂きますわ! さぞかしみずぼらしい男なんでしょーねぇ! ついてらっしゃい、鮎子っ!」

 

 ……うわ、やっぱ妹さんもいらっしゃる? なんかこっちに来る気配だし……。

 

「てゆーか、四郷までここにいるのか? 一体どうして……」

「ふん、彼女は妹の親友だ! 手出しはさせんぞ、薄汚い田舎者め! どうやって樋稟をたぶらかしたのかは知らないが、ワガハイがここにいる以上、貴様の好きにはさせんっ!」

 

 茂さんは着鎧こそしないものの、へんてこなファイティングポーズを見せ付けながら、こちらを睨みつづけている。なんかもう、すっかり俺が悪役みたいなことになってるな……。

 つーか、棒立ちの一般人に腕輪付けて身構えるのはやめようぜ。見てて泣けてくるから。

 

「ハァ……」

「き、貴様ァ! ため息をついたな!? 今、ワガハイを愚弄しただろう!?」

「……なわけないでしょ。お願いですから、決闘前くらい穏便に行きましょうよ」

 

 俺は両手をひらひらさせて、降参の意を示す。が、向こうはこっちが挑発してるものと思い込んでるらしく、さらに憎々しげな表情を浮かべた。

 ――髪の毛と一緒に、カルシウムでも持ってかれたのか? この人は。

 

 そんな聞く耳を持ちそうにない茂さんを見て、さてどうしたものか……と、俺が本格的に頭を抱えだした時。

 

「……いらっしゃい。この間は、ありがとう……」

「フォッフォッフォー! 来てあげたざますよ、下郎! このワタクシのご尊顔を直に拝める光栄、身に染みたざますか!?」

 

 ――来た。来やがった。仰々しい変な笑い声とともに、あの傍若無人唯我独尊、久水梢様が。救芽井を凌ぎかねない程の、ダブル・ダイナマイト・マウンテンの躍動と共に。

 なぜか四郷も一緒にいるけど……まぁ、それはひとまず置いておこう。つか、二人とも赤い薄地のドレスを着ていて、目のやり場に困るんですけど……。

 

「あらあらぁ、これは外見からして、予想以上の愚図男ざますねぇ。救芽井さんは、どうも殿方を見る目が皆無なようざますね!」

「……この人、ちょっとぐずだけど、わるいひとじゃないよ」

 

 久水はともかく、四郷にまで愚図呼ばわりとは……。なんだ? 俺は女に虐げられる星の元にでも生まれて来たのか?

 

「こんな中途半端な体格の男との決闘なんて、不戦勝も同然ざますね。……ん?」

 

 会って早々の罵詈雑言に堪えかね、目を逸らしていた俺に対し、久水は何かに気づいたかのように眉を潜める。

 

 そして、その表情は徐々に――

 

「その顔で、『龍太』……。……な、な、な……! ま、まさかあなたッ……!」

 

 ――衝撃の事実に直面したかのように、驚愕の色へと染まっていく。

 

 あーあ、どうやら向こうも思い出してしまったらしい。

 

 俺の、人生最大の黒歴史を。

 

「どうした梢!? さ、さては貴様、妹にまで毒牙をッ……!?」

 

 妹の異変を前に、勝手に勘違いして暴走しかけてる茂さんを完全放置し、俺は久水の方へ向き直る。

 

 そして――

 

「よう。久しぶり、『こずちゃん』」

 

 ――開き直った俺は、あの日のように、屈託なく笑う。

 そのクソキモい笑顔を見せられた彼女は、なんの見間違いなのか、感極まったかのように頬を紅潮させていた。

 



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第66話 叶わぬ恋は、真夏に溶けて

 ――小学校三年の夏休み。

 

 兄貴と一緒に、河川敷でキャッチボールに興じていた時のことだ。

 

「おーい龍太ぁ、行くぞー!」

「う、うんっ! ……あ、あれっ!?」

 

 当時中学二年だった兄貴の投げるボールは、キャッチボールをする感覚でも野球部のピッチングに匹敵していた。当然、一般ピープル程度の身体能力すら持たない小三の俺に、そんなもん取れるはずがない。

 しょっちゅうグローブを弾かれ、まるで昭和の特訓のような状態になっていたのだ。兄弟同士のキャッチボールで。

 

 ――今思えば、戦闘ロボットを素手で殴り壊せる兄貴とのキャッチボールなんて、自殺行為も甚だしい。我ながら、よく生きていたものだ。

 

「ふえぇ〜、またとれなかったよぉ……」

「仕方ないさ。練習したら、きっと出来るようになるよ」

 

 だが、当時の俺は他所のキャッチボールというものを見たことがなかったので、それが「やむを得ない」ことなんだとはわからなかった。

 ゆえに「キャッチボールとはこういうもの」、「俺はキャッチボールすらできない運動オンチ」という、間違いなのかそうでないのか、微妙な認識を植え付けられていたのだ。

 

 ……まぁ、そんなことはどうでもいい。このことから何か言うことがあるとするなら、それくらい当時の俺が「バカ」だったということくらいだ。

 

「うーん……ぼく、キャッチボールにむいてないのかなぁ」

「ま、向き不向きはあるよな。親父だって、道院長にもなって『固め技は得意じゃない』とかホザいてたし……」

「どーいんちょー? なにそれおいしいの?」

「あ、ああいやっ! お前が気にするようなことじゃないよっ!」

 

 この時はまだ、親父や母さんと四人一緒に暮らしていた。なのに父親や兄のことをよく知っていなかった俺は、多分かなりの親不孝者なんだろう。

 隣町に親父と兄貴の道院があったなら、両親がいる間に知る機会なんていくらでもあったはずだ。なのに、俺は何も知らなかった。

 それは親父達が隠していたからなのか、俺が無関心なだけだったのか。今さらと言えば今さら過ぎるせいで、今となっては、それを聞く気にもなれない。

 

 今になってその時を振り返れば、そんなことを考えさせられてしまう……という時期に、彼女は俺の前に現れた。

 

「あなた! わたくちのちもべになりなたい!」

 

 飛んで行ったボールを拾おうと、茂みに入り込んだ瞬間。

 

 そこで待ち構えていたかのように、小さな女の子が飛び出してきたのだ。いきなりのしもべ扱いと共に。

 

「わあ!」

 

 驚いて尻餅をつく俺を見下ろし、この頃から茶色のロングヘアだった彼女――久水梢は、ドヤ顔でこちらに迫って来る。

 

「ふっふん、びっくりちた?」

「……びっくりした」

「――やったぁ! びっくりちた、びっくりちた!」

 

 呆気に取られていた俺の反応を見て、キャッキャとはしゃぐ彼女。まるで、幼稚園児のようだった。

 一応、俺とは同い年であるはずなんだが、当時の久水は実年齢より、かなり子供っぽかったのを覚えている。背丈も、女の子ってことを差し引いても、割と小さい方だった。

 

「えっと、きみ、だれ?」

「わたくち? わたくちはこずえ! こずえさまってよびなたい!」

「こずえさま? ……おぼえにくいよ。こずちゃんじゃだめ?」

「だめ! こずえさまじゃなきゃだめ!」

 

 自分より小さい女の子だから、という理由で、子供ながらに「優しくしなきゃ」と思っていたんだろう。俺は草むらで待ち伏せしていたことを、特に追及することも怒ることもせず、彼女と友達になろうとしていた。

 

 ――ちなみに、この頃の俺は、今のようなボッチではなかった。男子ばかりではあるが、それなりに一緒に遊ぶ友達はたくさんいたのだ。

 そういう子達とは、「〜君」と呼んであげるだけで友達になれた。だから、いきなり湧いてきた彼女のことも「〜ちゃん」と呼んでやれば、簡単に友達になれるとでも思ってたんだろう。

 

 だが、「初めての女友達」としてマークしていた久水は、なかなか手強かった。

 俺の「こずちゃん」呼びを許さず、なんとか「こずえさま」と呼ばせてやろうと、やたら強情に俺を言いなりにしようとしていたのだ。

 

「おおぅ!? まさか龍太に初カノか!? 俺を差し置いての初カノか!? いいぞいいぞもっとやれ! 押し倒せっ!」

 

 俺が女子と絡むのが初めてというだけあってか、遠くで見ていた兄貴も妙なテンションで荒ぶっていた。……この日の夜、親父と母さんに嬉々として語っていたのは言うまでもあるまい。

 

「りゅーたん? あなたはりゅーたんっていうの?」

「りゅうた、だよ。りゅーたんじゃないよ」

「ようし、きょうからあなたはわたくちのちもべよ、りゅーたん!」

「だからちがうってば……」

 

 ――その日から、薮から棒に俺をしもべ扱いする、その女の子に連れ回される毎日が始まったわけだ。

 特にお互い約束を交わしたわけでもなく、ただ何となくという感覚で、俺達は決まった時間にいつも同じ河川敷に集まっていた。

 あの子と遊びたい。この時にここに来れば、あの子に会える。互いに、そう思い合っていたのかも知れない。

 

 ままごと、追いかけっこ、かくれんぼ。二人でも出来る遊びは、とことんやりつくした。そして町に出掛けては、商店街でおじいさん達に「小さなカップル」などと持て囃されたこともある。

 ……もっとも、その都度彼女は「ちがうもんっ!」と顔を赤らめて俺を蹴飛ばしていたのだが。

 

 ――意地っ張りでわがままで、自分の意見を曲げない頑固者。それが、今も昔も変わらない、彼女への印象だ。

 普通なら、めんどくさがって関わるのを嫌がるような子だったのだが、俺は彼女のことが気になって仕方がなかった。

 

 だから、どんな無茶な遊びや探検にも付き合った。兄貴も、「いい機会」だと言うだけで、特に干渉してくることはなかった。

 

 大きな飼い犬に喧嘩を売った彼女のとばっちりで、逆に二人で追い掛けられたり。町のガキ大将を、「女の子」であることを武器に川に突き落とす作戦に付き合わされたり。

 

 やってる最中はとにかく必死だったのだが、そのピンチを乗り切った後の快感は格別だった。いつも俺に甘かった兄貴や、他の男友達との遊びでは、到底味わえないスリルがそこにはあった。

 そうして俺達は、ふとしたことで顔を見合わせては、互いに笑い合う日々を送っていた。

 

 今までにない楽しみを提供してくれる。それが嬉しかったから、俺はいつも彼女に付き添っていたのだろう。

 

 ――彼女は見掛けない顔だったから、この町の住民ではないことは明白であった。しかし、彼女がどこから来た子なのかが気になることはなかった。

 そんなことを気にしていたら、楽しめるものも楽しめなくなる。子供ながらに薄々そう感じていたから、俺は彼女に出身を問うことはなかった。

 

 だから、俺は何も考えなかった。

 

 なぜ、彼女が「しもべ」としている俺との遊びにこだわっていたのか。

 なぜ、彼女は河川敷のあんなところにいたのか。

 なぜ、彼女と遊んでいると、こんなに楽しいのか。

 

 その理由を考えること自体を放棄して、俺は彼女との日々を好き放題に謳歌していた。それでいいと、信じて疑わなかった。

 

 ……だが、彼女の方は違っていた。

 

 ある日を境に少しずつ、表情に陰りが見えはじめていたのだ。

 

 最初は、夕暮れを迎えて別れる際に、少し寂しげな横顔が見えたくらいのことだった。

 しかし、そんな顔を見かける時間は次第に増えていき、最後は河川敷に集合した時から既に、曇りきった面持ちになっている程であった。

 

「こずちゃん、大丈夫?」

「うるたい! りゅーたん関係ないっ! それとっ、いつになったら『こずえさま』って呼ぶの!?」

 

 だが、理由を訪ねても、決して答えることはなかった。

 

 ――それでも、俺は彼女を諦めなかった。

 彼女が好きだったからだ。いろんな冒険をさせてくれる、俺を楽しませてくれる彼女が。

 いつしか、俺は「楽しいから」彼女に付き合っていたのに、気がつけば「彼女が好きだから」付き合うように変わっていたのだ。

 きっと、その頃からだろう。自分自身の、そんな気持ちに気がついたのは。

 

 気持ちが暗く、理由を訪ねても答えてくれない。なら、そんなものを吹き飛ばすくらい、明るく振る舞えばいい。

 直感的にそう判断した俺は、彼女を励まそうと、敢えて能天気に振る舞った。くよくよしてるのがバカらしくなるように、と。

 

 そんな俺を見ていた久水は、やがて水を得た魚のように、俺を弄りはじめる。そして、その時にようやく、彼女は以前のような笑顔を見せていたのだ。

 

「きゃはは、りゅーたん、ほんとにおバカ! なんでそんなにおバカなの?」

「こずちゃんがだいすきだからだよ」

「えっ……? だ、だめ! わたくちたち、まだこどもだもん! おとなにならないと、けっこんできないもん!」

 

 ……我ながら、結構とんでもないことを口走っていたもんだ。まぁ、向こうも子供ゆえか、割と単純に喜んでる節が垣間見えてたから、それは良しとするか。

 ちょっとわがままで活発で、意外に恥ずかしがり屋で。そんな彼女と一緒にいる時の俺は、堪らなく幸せだった。

 

 ――だが、そんな時間すらも長くは続かなかった。

 

 彼女の面持ちが微妙に暗くなりはじめた日から、二週間ほど経った頃。

 

 いつも来ていた河川敷には、彼女はもう……いなくなっていた。

 

「こずちゃん? どこ?」

 

 辺りを見渡し、名前を呼んでも返事はない。涙目になりながら、初めて出会った茂みを捜しても、姿はない。

 

 ――とうとう、自分と遊ぶことに飽きてしまったのか。

 そんな考えがふと過ぎり、気がつけば、俺は独りでむせび泣いていた。

 

 そして、そのままたった独りで夕暮れを迎えた後、俺はとぼとぼと帰路についていた。

 一日彼女に会えなかったというだけで、俺の胸にはぽっかりと穴が空いてしまったのだ。えもいわれぬ寂しさを肌で感じつつ、俺はぼんやりとした気持ちで町を歩いていた。

 

 ――その道中、近場のガソリンスタンドを通り掛かった時。

 

「……あっ!?」

 

 そこに停まっていた白塗りの長い車……即ち「リムジン」の窓に、あの姿を見たのだ。

 

「……!」

 

 何かを考える前に、俺は走り出していた。そして気がついた時には、俺は車窓の奥にいる彼女へ手を伸ばしていたのだ。

 

「こずちゃん!? こずちゃん!」

「えっ……りゅーたん?」

 

 向こうは驚いたように目を見開くと、慌てて窓を開いてこっちを覗き込んできた。湖のように澄んだ丸い瞳が、俺の視界に煌々と映り込んでいた光景は、今でも鮮明に焼き付いている。

 

「こずちゃん、どこいくの?」

「……とおく。うんと、とおく」

「とおく? もう、会えないの?」

 

 泣きそうな顔で訪ねる俺を見た彼女は、どうすればいいかわからない、という様子で俯いていた。

 

「梢、もう行きますよ。あら、お友達?」

 

 その時、彼女の母親らしき人が車の陰から顔を出して来る。その傍にいた初老の男性は、恐らく父親だったのだろう。

 

「茂も、片付けで疲れて眠っておるし、早く出発してホテルに行かねばならん。梢、早くさよならしなさい」

 

 諭すような口調で、男性は久水を説得しようとする。そのやり取りで、俺は子供心に「別れの時」が近いことを覚らされようとしていた。

 

 彼女がいなくなる。そう考えた途端、頭の中からサーッと体温が抜けていくような感覚に見舞われた。

 恐らく、「頭の中が真っ白」になるという現象だろう。

 

「いなくなるの?」

「うん……わたくち、かえらなきゃいけないから」

「そんなぁ……」

 

 瞬く間に目元に涙を浮かべた俺は、現実を突き付けられたショックから、彼女から目を逸らすように俯いてしまった。

 

 個人的には、引き留めたかったはずだ。彼女の後ろで苦笑いしている両親が見えなければ。

 

 ここでわがままを言っても、彼女達に迷惑が掛かる。何となくそう感じていた俺は、「本音を押し殺すこと」を学ばざるを得なかった。

 

 ――やだよ、いっしょにいたいよ! ぼく、こずちゃんが大好きなのにっ!

 

 ……そんな想いを、声を大にして言えたなら。今よりは、歯痒い思いはしなくて済んだのかもな。

 どうやら俺は、ガキの癖して利口過ぎたらしい。言えたかも知れない「わがまま」を言わなかったがために、彼女を引き留めようとすらしなかった。

 

「……ねぇ、こずちゃん。あ、じゃなかった、『こずえさま』」

「さいごくらい、こずちゃんでもいいよ」

「そ、そっか、えへへ」

 

 せめてわがままを言わない代わりに、何か気の利いたことを言ってやろうと考えた俺は、彼女が望んでいたはずの「こずえさま」呼びを実行してやった。……が、それは敢え無く空振りに終わる。

 

「こずちゃん、ぼく、やっぱりこずちゃんがすきだな。こずちゃんは、ぼくのことすき? きらい?」

「えっ! えーっと、えぇーっと、す、す、す……!」

 

 別れ際に、気持ちを確認しておきたかったのだろう。俺は向こうの両親が見ている前だというのに、なりふり構わず告白を敢行していた。

 もし好きになってもらうことが出来れば、いつかまた会える。そんな根拠のない夢を、胸中に詰め込んでいたからだ。

 

 向こうは顔を真っ赤にして、なんとか返事をしようと必死になっていた。「す」という最初の言葉から予想される展開に、俺は期待を溢れさせていたのだが――

 

「……ふ、え、えぇえぇえええぇんっ!」

 

 ――答えを聞く前に、彼女は大声で泣き出してしまった。

 

 何が起きたのかわからず、今度こそ完全に「頭の中が真っ白」になってしまう。彼女の両親はあわてふためきながら俺に一礼すると、使用人らしき男性にさっさと車のエンジンをかけさせ、ガソスタから走り去ってしまった。

 

 ……俺は、その後ろ姿を見送ることもせず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかったのだ。

 告白をして、返事を貰えるのかと思えば、酷く泣かせてしまった。何が原因かは今でもまるでわからないままだが、俺の何かに起因して起きたことだという点だけは、きっと紛れも無い事実なのだろう。

 

 ――そう。俺の初恋は、この時に散ったんだ。

 ふと知り合った、破天荒で時々かわいい女の子。久水梢にフラれる、という形で。

 

 ……それからしばらくして、近所や友達の噂話に耳を傾けていくうちに、俺は彼女のことを少しずつ知っていった。

 

 彼女ら久水家は、家族旅行の帰路につく途中、故障した車の修理のために松霧町に立ち寄っていたのだという。

 そこでの修理が難航していた上、娘の「こずちゃん」が自然溢れる町並みを気に入っていたため、彼らはしばらくここに滞在していたのだ。

 

 だが、資産家の娘、というのは友達作りが上手くはなかったらしい。

 決して悪い子ではないはずなのだが、高慢ちきな性格が災いしてか、この町の子供達からはつまはじきにされていたのだとか。

 いつもそのことでいじけては、河川敷の茂みに隠れていたのだそうだ。

 

 そして……彼女の行動に付き合っていた同年代の子供は、どうやら俺だけだったらしい。

 もしかしたら。もしかしたらだが、彼女がやたらと俺にこだわっていたのは、相手にしてくれる子供が俺しかいなかったから……なのかも知れない。

 

 その俺とも別れ、彼女は自分の居場所へ帰って行った。結構なことじゃないか。

 きっとそこなら、彼女を受け入れる世界があったはず。たまたま、ここの在り方に合わなかった、ってだけのことだろう。

 

 ……そう。だから俺はもう、「用済み」なんだ。

 彼女に付き合い、一緒に遊ぶ相手になってやった。俺が望めたのは、最初からそれだけだったんだ。

 いつまでも一緒にいたい、だなんて、身の程知らずも甚だしい。

 

 最初から叶わない恋だったんだと思い知らされた俺は、その頃からますます女子との関わりを避けるようになっていた。

 自信をなくしたから、というのが一番率直な動機だろう。

 俺なんかが恋なんて、出来るわけがなかったんだ。何を勘違いしていたんだ。……そんな風に、いつも俺は自分をケナして、自重していた。

 

 ……多分、矢村や救芽井に会うことがなければ、俺は女の子とほとんど口を利かないまま、大人になっていたのかも知れない。

 そんな灰色の人生から、もしかしたら脱出しつつあるのかも……なんて思い始めていた矢先に、まさか俺にとっての「失恋の象徴」がご降臨なさるとはな。

 

 ――今の彼女と、どう向き合うか。俺があの日の失恋を乗り越えられるとするなら、そのチャンスは今しかない。

 



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第67話 ムカムカしたら即決闘

 きらびやかなシャンデリアに照らされ、白いマットに包まれたテーブル。

 

 幅五メートルはありそうなその長方形を囲む形で、俺達は全員席についていた。その後ろには、数少ない久水家の部下達が突っ立っている。

 どうやら使用人はほんの数人しかいないらしく、いかにも「セバスチャン」って呼ばれてそうな白髪の男性を除けば、執事と思しき彼が従えているメイドが、わずかに控えているくらいだった。……まぁ、こんなご立派な屋敷でも「別荘」に過ぎないってんなら、こんなもんなのかも知れない。

 

 この久水邸、実は空輸で部品を運んで組み立てたものらしく、裏手にはヘリポートまで設けられていた。

 ……だから陸路があんな大自然状態だったんだな。グラサンのオッサン、大丈夫かな……。

 

 ――それから、この会食室も大概だが、ここまで道のりも、まるで中世ヨーロッパのお城みたいな景色が広がっていた。廊下を歩くだけで、異世界冒険譚にでも乗り出してしまったのかと錯覚するほどに。

 

 そして、そんな別世界に居座る中で、俺は昼食と平行して、自分と久水の関係性を白状させられていた。それも、本人含む全員の前で。

 向かいに座るご本人は頬を紅潮させたまま俯き、その右隣にいる茂さんは「妹に近寄る悪い虫」という目で俺を睨み、左隣の四郷は、真顔で俺の話に集中していた。

 ……そして、俺の両脇に当たる席に座っている救芽井と矢村は――

 

「『こずちゃん』って、『こずちゃん』って……!」

「ア、アタシら、名前で呼ばれたこともないのにぃ……!」

 

 ――なんだかご機嫌ナナメの様子。二人とも面白くなさそうな表情で、久水と俺を交互に睨んでいた。

 そりゃ確かに面白い話でもないけどさ……そんな怒んなくたっていいじゃないの。

 

「ふん、なんという浅ましい男だ。妹をたぶらかした上、樋稟まで……!」

 

 一方、茂さんも腹立たしげに俺を睨みつけている。片思いの相手を取られた(ということになってる)ことに加え、妹にまで手を出された、という二重苦に見舞われてることを考えれば、まぁこっちはわからなくもない。

 

 ……それでも、変に因縁を付けられるのは勘弁してもらいたいところなのだが。

 

 とまぁ、いろいろとめんどくさい事態に直面している俺なのだが。

 それ以上に一つ、大問題な部分があるわけだ。それは――

 

「……とは言え、これから戦う相手に不完全なコンディションで挑まれても、ワガハイとしては不服だ。ゆえに食事はきちんと提供しよう」

「これが、きちんと、か……!?」

 

 ――メシの量がシャレにならない、ということだ。

 

 因縁を付けられてメシを出されない、なんて恐ろしい展開にはならなかったものの、これはこれでえげつない。明らかに、隣にいる二人の分の数倍はある。

 やたら分厚いステーキに、炊飯器に詰め込んでも溢れて来そうなサラダ。丼のようなデカイ器に一杯になるまで注がれたコーンスープ。

 こんなもん全部食わされたら、間違いなく腹を壊す。じゃなくても、しばらくは動けなくなる。

 それを狙ってのことだったらしく、俺を見つめる茂さんは「してやったり」の表情。どうやら、すっかり嵌められてしまったらしい。

 ……あのですね。「きちんと」っていうのは、適度な量を出した時に言うもんだと思いますよ。ただ出せばいいってもんじゃないでしょうよ。

 

 しかし、出された以上は完食するしかない。「無料で」頂いてる身であるからには、残すに残せないからだ。

 救芽井と矢村に視線で助けを求めてもみたが、二人とも俺の分に手を出そうとはしてくれなかった。「太りたくない」とか、そういう理由なんだろうな……。

 

 もちろん最初は救芽井が、この明らかに決闘に差し支えかねない量について抗議してくれたのだが、「強い男ならこれくらい平らげるもの」という茂さんの言葉に、あっさり納得してしまっていた。ろくに男ってもんを知らないばっかりに、すっかり丸め込まれてしまったのである。

 また、一般的な感覚を持ってるはずの矢村でさえ、茂さんの発言を聞いてから「龍太は強いんから、これくらい朝飯前やっ!」などと口車に乗せられてしまっていた。……「売り言葉に買い言葉」って言葉は確かにあるけどね。お前が買ってどうするよ。

 

 久水は頭から湯気を噴き出したまま俯いてるだけだし、四郷はジッと静観してるだけで、助けてくれる気配がまるでない。

 

 かくして、完璧に孤立無援の状態に成り果ててしまった俺は、がむしゃらにメシにかぶりつくしかなかったのだ。「計画通り」とニヤつく茂さんをジト目で睨みながら……。

 

 ――それから数十分が過ぎ、ようやく完食した俺は、セバスチャンさんから貰った水を飲み干し、テーブルに突っ伏していた。勝手にセバスチャンなんてあだ名付けてごめんねセバスチャン。

 

「ぐふっ、ご、ごちそうさん……」

「お粗末様。ククク……まさか本当に全部食べてくれるとはな。ウチのシェフも喜んでいることだろう」

 

 野郎……完全にこの状況楽しんでやがる。すきっ腹で戦うのも十分リスキーだが、動けないほど満腹にされて戦わされるのも、これまた辛い。

 

 せめて一時間の猶予があれば、腹も落ち着いて――

 

「では決闘は二十分後としよう。準備は済ませておくように」

 

 ――って、たったの二十分かいッ!?

 

「ちょ、ちょっとお兄様。いくらなんでもそれは不条理ざます」

 

 やっとこ気持ちが落ち着いてきたのか、顔を上げた久水が制止にかかる。救芽井と矢村も、非常に今さらではあるものの我に返ったようで、抗議の視線を茂さんに向けていた。四郷だけは「我関せず」という具合だったが。

 

「……ふん。こんな男に手加減など無用だ。聞けばこの一煉寺龍太とやら、ただの中流家庭の人間のようではないか。そんなどこの馬の骨とも知れない男が、世界に、そしてワガハイに愛されるべき樋稟の隣に立つなど、言語道断!」

 

 ――だが、当の茂さんの返事はにべもない。ついに彼の本音が噴き出して来たようだった。

 言ってることは割と正しいとは思うが、なんかいけ好かない言い方なんだよなぁ……。この人、口ぶりのせいで微妙に人生損してる気がする。

 

「一煉寺龍太。貴様は何の地位も名誉も持たない凡人でありながら、誰よりも麗しく、気高い樋稟を汚した。ゆえに、今こそワガハイが断罪するのだ!」

 

 ビシィッ! とこちらを指差す彼は、さながら正義の味方のような口上で、俺の成敗を宣言する。そんな兄を見たせいか、久水はショックを受けたかのように、再び俯いてしまった。

 

 ……汚した? あぁ、裸を見たことか。あれは確かに悪いことしたかなぁ……。

 

「……さっきから黙って聞いてれば、ヌケヌケと言いたいことを言ってくれるじゃない! あなたが龍太君の何を知ってるっていうの!?」

「そうやそうや! あんたこそ、龍太を腹一杯にして動けんようにせんと、勝負しようともせん卑怯者やろがッ!」

 

 だが、罵倒されていたはずの当人をガン無視して、逆に褒めたたえられていたはずの救芽井が反論を始めた。それに続いて、矢村も席から立ち上がって声を荒げる。

 

「……なんだと?」

 

 その時、茂さんの眉が鋭く吊り上がる。

 しばらくは例にならって聞き流しているようだった彼だが、矢村の発言だけは看過しなかったらしい。異論は許さぬ、という強い眼差しを彼女に向け、重々しく口を開いた。

 

「君はまるでわかっていないのだな。樋稟は今や、世界的にその名を知られたアイドル。そして、『より多くの人命を救う』という崇高なる使命を帯びた、特別な女性なのだ。そこにいるような、薄汚れた庶民が触れていい人ではないのだよ」

「なっ……何が言いたいんや!」

「住む世界が違う、ということさ。君達のような小汚い田舎者が、彼女の隣にいるというだけで、ワガハイははらわたが煮え繰り返る思いなんだよ。だからこそ、その排除のためならば容赦はしない。樋稟には、より相応しい世界に生きてもらわなくてはならないからね。それが、彼女の幸せにもなる」

 

 高らかな口調で、茂さんは威圧するように矢村を説き伏せようとする。言い返せない部分もあったのか、彼女はそこから先は何も言えず、唇を噛み締めていた。

 

 ……幸せ、ねぇ。なんで救芽井にとっての幸せが、茂さんにわかるんだかな。

 

 ――いや。それよりもずっと、引っ掛かることがある。

 

「『君達』のような小汚い田舎者ってのは……どういう意味だ?」

 

 俺は腹をさすりながら、ゆっくりと席を立つ。ようやく当事者が口を開いたためか、全員の注目が俺に集まった。

 

「何をバカなことを。言葉通りの意味に決まっている」

「……じゃあ『君達』ってことは、俺一人を指したわけじゃないんだな?」

「ふん、日本語も通じないのか? もはや猿の領域だな」

 

「そっか。――よくわかった」

 

 茂さんの罵声を軽くスルーして、俺は矢村の方を見る。

 自分の思慮のなさを悔いている……という感じだろうか。やるせない表情で唇を噛み締めながら、申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見つめていた。

 

 俺は「気にすんなよ」という気持ちを、苦笑いと一緒に目線で伝えると、改めて茂さんと向き合った。

 

 俺一人が罵られたわけじゃない。俺と一緒にいたばっかりに、何の罪もない矢村までがバカにされてしまった。

 救芽井と関わった以上、俺が火の粉を被るのはやむを得まい。だが、矢村がそれに付き合う道理なんて、ないはずだ。

 ……これじゃ、あの時と何も変わらない。

 

 なら、どうする? これ以上、矢村を傷つけないためには。

 

 ――いや、答えなんて考えるまでもない。問題は、それを今の俺が為せるかどうか、だ。

 

「……ありがとな」

「なに?」

 

「あんたのおかげで……暴れる理由が出来そうだ」

 

 ――茂さんを倒すことで、矢村の言い分が間違いではないことを証明する。それ以外に、彼女の名誉を取り戻す方法はない。

 死ぬほど満腹の状態で戦うなんてしんどいし、着鎧甲冑の在り方に背く喧嘩なんて、やってられるかって心境だったが……おかげさまで、やる気が沸いてしまったらしい。

 

 ……ま、そんなのほとんど口実だけどね。本音を言うなら、単に矢村をバカにされた途端、ムカムカしてきたってだけの話だ。

 経緯はどうあれ、今の俺は救芽井エレクトロニクスの「救済の超機龍」であることには違いない。そうであるからには、相応の責任が生まれてしまう。

 すっかり、俺はそいつを失念していたらしい。それで傷つくのは俺だけでは済まないというのに。

 

「二十分もいらん、時間の無駄だ。今すぐにでも始めよう」

「ちょっと龍太君!? なに言い出すのよ、そんな状態でいきなり戦うなんて!」

「りゅ、龍太ぁ!?」

 

 隣の二人がやたらとあわてふためいているが、構っている暇はない。俺は決して目を離さないよう、茂さんの眼を見据えた。

 

「……いい心掛けだ。屋敷の裏手に、ヘリポートがあるのは知っているな? そこの手前にある広場を、決闘場とする。すぐに準備しろ」

「あぁ。待たせるつもりはない」

 

 俺達二人はそれだけのやり取りを交わすと、「腕輪型着鎧装置」をしっかりと手首に装着し、裏手へと向かう。この時、茂さんの身支度が仕事なのか、彼の周りをメイド達が囲っていた。く、ちょっと羨ましい……。

 後ろから、俺を気遣う二人の声が聞こえて来る。が、こればっかりは譲れそうもない。

 

「い、一煉寺……。あなた、本当にやる気ざます?」

 

 すると、今まで高飛車な言動ばかり繰り返してきた久水までもが、珍しく気にかけてきた。今日は雪が降りそうだな。

 

「あぁ。お前のお兄様には悪いが、一応勝たせてもらうつもりだ。こうしなきゃ、俺が一番納得出来そうにないんでね」

「そう……ざますか」

「心配すんなって。少なくとも、簡単に負けるつもりはないからさ」

「し、心配なんてしないざますっ! あなたなんか、無様に敗北を喫すればいいんざますっ!」

 

 久水は顔を真っ赤にして俺を怒鳴り付けると、兄の方へと駆けていく。なんかアイツ、俺のことを思い出してから、風当たりがハンパなく強いんだよなぁ……。ま、わかってくれたならいいか。

 

 ここから先は、男と男の真剣勝負ってヤツなのかも知れないからな。

 きっと、誰の介入も許せなくなるような大喧嘩になることだろう。だから――

 

「こんのハゲルッ! 救芽井さんが『誰よりも麗しく、気高い』ですってえぇ!? このワタクシを、お忘れざますかぁあぁああぁあッ!?」

「ひぎぃぃい! ワガハイのかわゆい梢よぉおぉお! 許しておくれえぇえぇえッ!」

 

 ――兄妹揃って、この空気をブチ壊さないでくださる?

 しかもハゲルて……久水、この数年間でお前に何があったんだよ……。

 



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第68話 紅白戦開幕

 屋敷の裏手には、庭園に包まれた広大なヘリポートがあり、その手前にはアスファルトの広場がある。

 五十メートル四方に広がったこのスペースは、元々ヘリで運んできた物質を置いておく「荷物置き場」としての役割があったらしい。俺をそこまで案内してくれた一人のメイドが、丁寧に教えてくれた。

 

「茂様と梢様のご両親は今、療養のため京都にご隠居されております。本家もそこにあるのですが、お二方はこの辺りに長期滞在したいと言って聞かないのです」

「妹の方はともかくとして……お兄様方の理由は簡単に察しがつくな」

 

 決闘場まで連れてってくれた後も、メイドはいろいろと久水家についての情報をくれた。……茂さんとしては、ただ救芽井に会いたかったから、この町に近付こうとしたってとこなんだろうなぁ……。

 メイドによると、この屋敷のデザインも茂さんの趣味によるものらしい。別荘とは言え、「趣味」の感覚で家を建てられる久水家の財力を前にしても、大して驚きがないのは、多分……いや、間違いなく救芽井のせいだろう。

 

 その救芽井といえば、今は俺の後ろで矢村と一緒についてきている。

 

「茂さん、私の前で龍太君に随分なこと言うじゃない……。後で覚えてなさいよ」

「龍太がアタシのために、あんなに……。ふらぐって言うんちゃう? これっ!」

 

 ――何やら物騒なコトを呟きながら。言ってることのヤバさなら、矢村様も負けてはおられぬようですが。

 

「ところで一煉寺。あなた勝算はありますの? お兄様は財力のみに依存せず、着鎧甲冑を使った格闘技術の強さを以って、『救済の龍勇者』の資格を勝ち取った猛者ですのよ」

「……救芽井さんや一煉寺さんを除けば、着鎧甲冑の所有者としては最年少……」

 

 ただ事ではないオーラを放っている、後ろの方をチラ見している間に、今度は前に立っている久水と四郷が声を掛けて来た。どうやら、茂さんも茂さんで、結構な実力派らしい?

 

「勝算なんてあるわけないだろ。ほとんど初対面なんだから、計算のしようがないって」

「あらあら、あんな啖呵を切った割には、随分と弱気ですこと」

「目測が立たないってだけだよ。簡単に負けるつもりはない」

「……そう、ざますか」

 

 ――そう。俺は茂さんがどれほどの強さなのかは知らない。こっちが非売品の特注モノで臨める分、俺の方が有利ではあるかも知れないが、それでも必ず勝てる保証にはならない。

 もし向こうが古我知さんを遥かに超える実力だったなら、恐らくただでは済まなくなるだろう。だからといって、怖じけづくわけにもいかない。

 事実、今しがた久水が言ったように、俺はおもいっきし啖呵を切ってしまった。ここまで来たからには、最後まで抵抗しまくる他あるまい。

 

「ついに来たな、一煉寺龍太。覚悟が出来たなら、ここへ来いッ!」

 

 しばらくは広場の中央で、俺達を待ち受けていた茂さんだったが、俺が女性陣と喋ってばっかなのが気に食わなかったのか、声を張り上げて挑発してきた。その叫びと共に、彼の脇を固めていた使用人達が、蜘蛛の子を散らすように離れて行く。

 俺は案内してくれたメイドを含む、全員に「それじゃ、行ってくる」と言い残すと、アスファルトで固められた戦場へと踏み込んでいく。

 

「龍太君、負けないで! もし負けたら、こ、子作りの刑だからね!」

「ホントやで! 負けたら既成事実の刑やからな!」

「な、な、な、なんざますか!? そのハレンチな刑はッ!」

 

 ……不穏なエールを背に受けて。

 

 茂さんは俺が近づいてくると、口元を吊り上げて「腕輪型着鎧装置」を構えた。俺もそれに続くように、赤い腕輪を巻いた手首を、唇に寄せる。

 

「ついにこの時が来たな! 貴様が不当に得てきたもの、全て奪い返してくれる!」

「……あんたから、何かを奪った覚えはない。悪いけど、『守らせて』もらうよ」

 

 そしてお互いの視線を交わし、同時に身構え――

 

「準備はよろしいですね? では、チャクガイカッチュウゥゥウッ、レディィィファイィッ!」

 

 ――セバスチャンの、見かけによらない超ハイテンションな掛け声と共に、いよいよ試合が始まった。

 

 開幕と同時に、茂さんは「着鎧甲冑ッ!」と叫びながらこちらに突進してくる。白い光の帯に包まれたツルツル王子が、あっという間に俺の視界を埋め尽くそうとしていた。

 

 ……ち、思ってたよりずっと速い!

 

「――着鎧甲冑!」

 

 俺は茂さんより一瞬遅れて、「腕輪型着鎧装置」に音声を入力する。程なくして、真紅の腕輪から同色の帯が飛び出し、俺の体に絡み付いて来る。

 だが、それを待っていたら先制攻撃を受けてしまう。既に茂さんは着鎧を終え、「G型」特有の非殺傷電磁警棒を構えていた。

 

 彼の得物を持つ右手が水平に振られた瞬間、俺は咄嗟に身を屈めるように腰を落とすと、電磁警棒の一閃を潜るように前方へ転がる。

 

 そこから受け身をとるように体勢を整えた頃には、既に俺は「救済の超機龍」に着鎧していた。お互い、これでようやく土俵に上がったようだな。

 赤いヒーローと白いヒーロー。まさしく紅白戦である。

 

「存外に素早いな。それも『救済の超機龍』の賜物か」

 

 背後に回られたと悟り、一瞬で体の向きを切り返す茂さん。どうやら、かなりスピードに長けた人らしい。

 彼が発した一言に、救芽井は「なんであなたがそれを!?」と驚きの声を上げていた。そのことについても、後でじっくり聞かせてもらわないとな。

 

「ふん、まぁそんなところ……うぷっ!」

 

 そして、避けたのが俺の実力だと認めようとしない茂さんに対し、「そんなところだ」と肯定しようとした時。俺のハラワタに詰まりきった食物が、悲鳴を上げた。

 

「……ふふん、強がってはいても、やはり体は正直だったようだな」

「――うえっぷ。そこだけ切り取ったら、なんかエロ同人みたいだな」

「ほざけハレンチ庶民がッ!」

 

 ある程度は予想されていた「胃もたれ」に思わず片膝をついた俺だが、相手のペースに飲まれないために敢えて軽口を叩く。

 そんな態度が気に食わなかったらしく、茂さんは声を荒げて襲い掛かってきた。やめて! 俺に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいにっ!

 

 ――などとふざけていられる分、俺にはまだ余裕があるらしい。俺は吐き気と戦いながら、電磁警棒を持つ手首を払って攻撃をいなし、間合いを取った。

 

「うえ、気持ちわりぃ……。やっぱ食後って運動するもんじゃねぇなぁ……」

「ならばさっさと降参するがいい!」

 

 戦う前から大量のメシを盛る、という姑息な手段について、救芽井や矢村からヤジを飛ばされているせいか、茂さんもかなりムカムカしてるらしい。逆恨みもいいとこだけど。

 弓のように引き絞られた肘から、真っ直ぐに突き出される電磁警棒の先端を水平にかわし、俺は再び距離をとった。今の状態で反撃なんかしたら、反動で戻しかねない……。しばらくは逃げ回って、消化を待つしかないだろう。

 

「貴様……なぜ電磁警棒を使わない? その腰にある武器は、何のためにある?」

「使う気がないからさ。『チャンバラごっこ』は俺の趣味じゃないからね」

「なんだと……!」

「それでも腰に提げてるのは、まぁ俗に言うハンデって奴だ。使いもしないアイテムをぶら下げて戦えば、多少はあんたにとって有利だろ? うぷっ」

 

 コンディションを崩して弱らせているはずなのに、攻撃が当たらないことに苛立ちを隠せずにいる茂さんに対し、俺はさらに煽るようなことを口にする。

 

 ――まぁ、言ってることは事実だ。あくまで「兵器」として扱わず、人を「守る」ためだけに作り出された着鎧甲冑の装備を、得意げに「武器」と言い切ってしまうような輩の前で、同じ手段を使う気にはなれない。そもそも、俺は彼ほど電磁警棒みたいなアイテムには慣れちゃいないしな。

 

 ……それでも茂さんがめちゃくちゃに強かったなら、使いもしない電磁警棒なんて捨てて、身軽になる作戦も検討できた。

 だが、さっきまでの動きを見ていればわかる。彼の攻撃は――読みやすい。それこそ、腹痛でろくに動けない俺でも、見切りさえすればかわせるくらいに。

 彼はスピード自体は相当なものだが、無駄なモーションが多過ぎる。カウンター専門の俺からすれば、避けてくださいと言っているようなものだ。

 

 そして、さっきの茂さんの言い草で、救芽井がどんな感情を抱いたかが気になった俺は、チラリと彼女の方を見遣った。

 

 ――案の定、悲しげな顔をしている。

 

 兵器ではないのに。あくまでも、人を守るためなのに。

 「技術の解放を望む者達」のような、完全な兵器化を回避するために、やっとの思いで生み出されたはずの「G型」なのに。

 それは今、「兵器」と見做されかけている。「G型」が誕生した経緯も、公表されているというのに。

 

 よりによって、自分に相応しいと豪語している人間にそんなことを言われてしまったのが、哀しくてしょうがない、という顔だったのだ。

 

 そんな彼女の表情を見た時。

 俺は懐かしいような、もどかしいような感覚を覚える。

 

 ――いや、「思い出す」という方が的確だな。

 

 「怒り」と形容するべき心の流動が、全て体の芯に納められ、頭の中だけがスーッと冷え切っている。脳みその中だけは静かなのに、体全体は焼けるように熱い。

 それと同時に、頭の中でぐるぐると回っていた考え事が、「胃の消化を待つ」ことから「茂さんをぶちのめす」ことへと、一瞬で切り替わってしまった。まるで、スイッチがオンになるように。

 

 これは……俺の知ってる感覚だ。

 

 あの冬休みの時、喫茶店に押し入った強盗が、救芽井の胸に触った時。俺は、冷めた頭と熱い体が同居している状態で、彼らと戦った。

 ……また、ああなろうとしてるんだな。厄介な性分だよ、全く。

 

 おかげで――

 

「貴様ァァ! ワガハイを嘗め――ガハァッ!?」

 

 ――気持ち悪くてしょうがないのに、一発ブチ込んじゃったじゃないか。うげー。

 

「……ったくよぉ。そんなに『怒らせる』のが上手いなら、資産家なんて辞めてマタドールにでもなったらどうだ?」

 

 本能に行動を任せた結果、俺は電磁警棒を振り上げて、突進してきた茂さんの水月に、腰の入った突きを入れていた。

 予想外の反撃を、よりによって急所に叩き込まれてしまった茂さんは、俺より吐きそうなうめき声を上げて、うずくまってしまう。

 

 その一瞬の反撃に、周囲からは驚きの声が上がる。久水やメイド達だけではなく、救芽井と矢村も随分たまげているようだった。

 ……四郷だけ、相変わらずの無反応だけど。

 

「えっ……!? 龍太君の突き、あんなに速かったかしら……!?」

「い、一煉寺!? あなた一体……!?」

 

 ――そこまで驚くか? 普通。

 

 ま、俺も救芽井がいなかった間の高校一年間、遊んでたわけじゃなかったからな。

 今思えば……この時のためにあったのかも知れない。去年の――兄貴との修練は。

 



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第69話 俺は青春が少ない

「どうした龍太ァッ!」

 

 ――夜の帳に包まれた、一煉寺道院。

 

 昨年の俺は、そこで地獄を見ていた。

 

 網目の如く張り巡らされた照明に照らされ、薄茶色のフローリングがまばゆい光沢を放つ。

 その光に背を覆われるかのように、俺は倒れ伏していた。

 

 別に、好き好んで道場で寝転んでいるわけではない。子供やオバサンが練習した後のフローリングに、顔を押し付けるような趣味はないし。

 

 ……ただ、体力的な意味でこうせざるを得ないだけだ。

 

「なにを寝てるんだ! 敵はお前が起きるまで待ってはくれないんだぞ!」

「あ、あぁ……」

 

 非人道的極まりない怒号に突き動かされた俺は、もはや棒にもならない足に力を込め、フラフラのまま立ち上がる。

 普通に考えれば、最悪でも小休憩くらいは挟んでいい状態だ。まさかこんな状態で続けるはずはないだろう。

 

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「――ぅあたァッ!」

「がッ――!?」

 

 ――背筋も伸ばせず、猫背のまま辛うじて立っていた俺の水月に、問答無用の蹴りが入り込む。

 俺は悲鳴を上げる暇すら与えられないまま、膝から崩れ落ちた。

 

「立ち上がる時という瞬間か、いかに無防備かを考えたことはあるのか? その上、お前は反撃の隙を探そうとする余り、肝心な防御自体が疎かになる悪癖がある。そうであるばかりに、今日も全敗に終わってしまったようだしな」

「あ……がっ……!」

「自分の隙を見失っているようでは、相手の隙など突けるはずがない。よく肝に命じておけ」

 

 文句や愚痴も言えないほどの激痛に苛まれ、俺は相手の顔も見れずに、ただうずくまるばかりだった。

 そして、それから数分が過ぎ、ようやく痛みが引いてきた……という頃には、既に道場には俺しかいなかった。

 

「ふぅ……イ、イテテ……」

 

 散々に痛め付けられた体中をさすり、俺は身を引きずるような格好で、道場を後にする。

 

 ……こんなことが、丸一年は続いていたわけだ。高校一年の春から、ずっと。

 

 その頃から、俺は兄貴……一煉寺龍亮に、こうして地獄のような修練を強いられていたのだ。

 

 ――中学を卒業するまでは、なんだかんだで俺には甘かったはずの兄貴。

 そんな彼が、高校入学後に豹変したのは、確か五月半ばの頃だった。

 

「龍太、特訓しよう」

 

「――はい?」

 

 野郎は突拍子もなく、いきなりそんなことを言い出したのだ。気がつけば、俺は夜中の一煉寺道院に連行され、白帯を締めた胴衣を着せられていた。

 その時間帯には、いつも道院に習いに来ていた一般の人達はいなくなっており、完全に俺達兄弟だけの空間に成り果てていた。

 

「――さ、本気でやらなきゃ怪我するぞ!」

「ちょちょちょちょいッ!? 防具も付けずにいきなり――がふッ!」

 

 多分、その時が初めてだっただろう。

 兄貴の蹴りをモロに食らい、一発でのされてしまったのは。

 それで今まで受けていたのが全て、「俺のために手加減したもの」だったという事実を、改めて突き付けられてしまったようだった。

 

 ……まぁ、戦闘ロボットを素手で叩き壊せる超人に、本気で蹴られたりなんかしたら、一瞬でスクラップなんですけどね。

 

 それ以降、俺はわけがわからないまま、毎晩「特訓」に付き合わされるハメになっていた。

 白帯と黒帯が、防具すら付けないままでガチンコ勝負。結果なんて見えている。

 

 そうして豹変したわけも特訓をする意味も、まるで理解できず、を尋ねてみても「今は修練に専念しろ」の一点張り。私生活上でも、口を開けば特訓の話ばかりだった。

 

 ……まぁ、今までが今までだから、何か考えがあってのことなのかも知れない。

 が、それでも「どうしてこうなった」と思わないわけではなかった。

 

 なぜ今になって、こんなドギツイ「特訓」とやらに身を投じなければならないのか。その意味を考えようとしても、自力で答えが出ることはない。

 ……もしかしたら「技術の解放を望む者達」の一件に関係したことなんだろうか? まぁ、そう聞いても答えが返って来るとは思えないが。

 

 そして、夜の道場にて相対している中、兄貴が持ち出してきた持論はこうだ。

 

「お前は体力はないが、技の精度には優れている。むやみに短所を補おうとして中途半端になるよりは、より長所を伸ばして一芸に秀でた拳士になる方がいい」

「それで、この特訓、か……!?」

「そうだ。お前が一度でも俺を投げるか、一発突き蹴りを入れられれば、特訓は即終了。出来なければ、俺が大学を卒業するまで延々と続くことになる」

 

 ……そう。その特訓が、丸々一年続いたわけだ。後はわかるな?

 

 いくら技術があったとしても、所詮体力は一般ピープル。技は達人、パワーは人外レベルの鉄人に、どう勝てと。

 

 どんな角度や間合いから突き蹴りを放っても、受け流され反撃を食らい、どんな素早さで投げ技を仕掛けても、実にアッサリと切り返されてしまう。

 打撃戦に持ち込めば十秒も経たないうちに沈められ、投げ技や固め技に出た時は、いつの間にか俺が宙を舞っていた。

 

 結局、俺は高校一年という青春の一ページを、兄貴との修練だけでほとんど使い潰してしまった。

 体中のアザを学校で矢村に見られた時は、「自転車で転んだだけ」とごまかすのに必死だったしな……。彼女に相談して、励ましてもらおうって考えもなくはなかったが、兄弟間の話に女の子を巻き込むのも、ねぇ?

 夏休みや冬休みも、兄貴との修練に掛かりっきりで、彼女の相手もそれほど出来なかったし……あぁ、道理で友達できないわけだ、俺。

 

 そんな俺を「どう鍛えるつもりなのか」は、上述のように何度も当の兄貴に聞かされてきた。だが、「なぜ鍛えなければならないか」は、全く教えてはくれなかった。

 

 ――そして、その答えに自力でたどり着いた頃には、既に高校二年への進級が目前に迫っていた。

 

 春休みが終われば、俺は高二に進級し、兄貴は大学を卒業してエロゲー会社へ入るために、家を離れることになる。

 

 その時が来る数日前の夜、俺は自室のベッドの上で、ふと目を覚ました。

 

「ん……」

 

 身体に取り付いていた睡魔が剥がれ落ち、瞼が自然と持ち上がっていく。

 別に嫌な夢を見たわけでも、トイレに行きたくなったわけでもないのに、いつの間にか俺の目は冴えていた。

 

「なんだ……まだ五時かよ」

 

 ベッドに置かれていた目覚まし時計の針が目に入った途端、鏡を見なくてもわかるくらい、げんなりした表情になってしまう。

 こんな中途半端な時間に、たいした訳もなく目を覚ましてしまった。明日……というより日が昇れば、また地獄の修練がお待ちかねだというのに。

 二度寝するにも微妙だし、起きたら夜がしんどいし。どっちに転んでもろくな展開が予想できない。

 

「ハァ……俺が成長してない罰ってとこかぁ? 全く神様も手厳しい――ん?」

 

 そんな「睡眠」という生存機能にまで悩まされてる自分の脆さに辟易し、ため息をついた時。

 

 下から――何かが聞こえた。

 

「……?」

 

 身体の動きを止めて物音を消し、自分の鼓動を除く、ほとんどの音を静止させた。そして聞き耳を立てると――「何か」の実態が、少しだけ掴めた。

 

 ……話し声? こんな、太陽もさほど自己主張してないような早朝に?

 

 そう。音の正体は、紛れもなく会話を交わしている「声」だった。

 天然の物音にしては、音の律動が不自然過ぎる。それによく聞いてみれば、あれは兄貴の声だ。

 

 ――兄貴が誰かと話している?

 

 話し声は兄貴のものしか聞き取れない。だが、もう一つを聞き逃しかねないほどの難聴でもない。多分、電話で話してるからなんだろうな。

 盗み聞きなんて良くないし、もう二度寝しちまおう……という考えもあるにはあったが、個人的には会話の内容は気になって仕方がなかった。

 ――ま、まぁ、家族間で電話してるところを、見られたり聞かれたりなんて当たり前だし、別にいいでしょ! と、勝手な解釈を済ませると、俺はそろりと部屋から出る。

 

 そこからすぐのところにある階段からは、よりハッキリと話し声が聞こえてきた。「何の話をしてるのか」まではわかりかねるが、声色からしてマジメな話をしてることは間違いないらしい。

 ……会社の人とエロゲー制作について話してんのかな? 確かに奴なら、その手の話題にマジになりかねな――

 

「俺は大マジだぞ、親父」

 

 ――いぃっ!?

 

 まさかの通話相手に、思わず階段から転げ落ちそうになってしまう。お、お、親父だとォ!?

 確かに、あの「昭和臭いオッサン」という表現のよく似合う親父が話相手となれば、イヤでもマジにならざるを得ない。俺が思ってた以上に、深刻な話をしてる……のかな?

 しかし、親父と一体何の話を……?

 

 俺は階段のすぐ下で電話を続けている兄貴の通話内容に、耳を傾けた。スピーカーホンじゃないんだから、兄貴側の声しか聞こえないけども。

 

『龍太に、一煉寺家の技を全て教える……。本当にそのつもりなのだな』

「ああ。随分と厳しくしちまったが、これであいつもかなりマシになったはずだ」

『マシ……か。本来ならば、あの子には拳法そのものを教えないつもりだったのにな』

 

 ――んん? もしかして俺の話してんのか?

 

「……まぁ、な。本当なら、俺一人で一煉寺家の拳法を全て吸収して、龍太には武道自体に一切関わらせないはずだった。少なくとも、四年前までは」

『かつては、裏社会の悪を裁いてきた少林寺拳法の一族だった俺達も、今や普通の道院を持って普通に暮らしている。それも全ては、龍太に平穏な生活をさせるためであったな』

「そうだな……。力の強弱がモノを言う世界で、龍太を苦しめるわけにはいかない。俺だけが強くあればいいんだ……って、ずっと思ってたよ」

 

 やっぱ、俺の話みたいだな……。元々、拳法を教えるつもりがなかったから、俺には何も知らされてなかったってワケか。

 しかし、四年前って……。まさか、俺が矢村を助けようとしてボコられた時のこと言ってんのか?

 

「――けど、四年前、あいつが同級生の女子のために、喧嘩して病院送りにされた時、思ったんだ。俺だけが強くても、あいつを守れるわけじゃない。あいつが自分で自分を守れる強さ――護身術を持たないと、俺はあいつを守ったことにはならないんだ……って」

『それで二年間、あの子を道院で鍛えて来たのだろう? お前としても満足のいく拳士になったと聞いていたが?』

「確かに、あの時はな。当たり前だけど、あいつの周りに命に関わるような敵なんていなかったし、最低限、身を守れるだけの技術を教えたから、もう十分だと思ってた」

『去年の正月に一度見せてもらったが、確かにアレは最低限、だったな。突き蹴り、投げ技の精度こそ一煉寺家の拳士に恥じぬ完成度ではあったが、いかんせん基礎体力が伴わなさ過ぎる。よくあれで「技術の解放を望む者達」とやらに勝てたものだ』

「……まぁ、それは着鎧甲冑ってヤツのおかげだったんだろうさ。しかし、母さんには黙っといて正解だったな。もしあの人に龍太のコトが知れたら、俺がただじゃ済まなかったよ。一切拳法を教えず、平和な暮らしをさせてやるはずだった次男に、最低限の拳法で、命に関わる戦いに送り込んでたんだから」

『お前としては、今の龍太が自分の手を離れても大丈夫かどうかを見極める、又とない機会だったのだろうがな』

 

 完全に会話の内容は把握できないけど……どういう話をしてるのかはおおよそ察しがつくな。

 もしかしたら、この一年間の特訓の意味に繋がってるのかも……?

 

「……撃たれたあいつが、医療カプセルにぶち込まれて運ばれてきた時、確信したんだ。今のままじゃ、龍太を一人にさせるわけにはいかない。このままじゃ、いつか龍太が死んじまう……ってさ」

『――お前の話を最初に聞いた時は、まさかと思ったが……あの子の傷痕を見てからは、全て信じざるを得なかった。まさかあの龍太が、これほどの傷を負うような戦いをするようになってしまったとはな』

「ああ。その戦いの原因に繋がってる人達と関わった以上、今後一切、あの時のようなことが起こらないとは言い切れない。あいつのことだから、もし助けてと言われたら、どんなに無茶苦茶してでも突っ込んで行くだろうしな」

『それがあの子の良いところではあるが……危険な面でもある。自分の安全を計算に入れない、余りにも愚直な節があるからな。――だからお前は、決めたのだろう? 龍太に、一煉寺家の技を全て叩き込む、と』

「……そうだ。俺ももうすぐいなくなるし、道院も当分は閉鎖することにした。今の俺に兄貴として出来るのは、自分が知ってる技の全てを叩き込むだけだ。厳しくしなくちゃいけないし、龍太にとっても辛いことだと思うけど……。それでも、俺は――俺達は、本当の意味であの子を守るために、伝えるべき力を伝えなきゃいけないんだよ」

 

 ……なるほど、ね。そういうことでしたか。

 そりゃあ、あんな無茶苦茶してたら心配だって掛けるわな。もうあんな事件が起きても、撃たれるなんてヘマをしないための特訓だったわけか。

 

 ――全部、俺のためだったんだな。

 

『お前の言うことは、よくわかった。悔いだけは残さぬよう、気が済むまで「身を守り、生き延びる」ための拳法を教えてやれ。それが、今の俺に言える全てだ』

 

「ああ……ありがとう、親父」

 

 最後にしっとりと落ち着いた声でお礼を言い、兄貴は通話を切った。ガチャリと受話器を置く音が聞こえたから、多分その解釈で間違いない。

 俺は兄貴に立ち聞きしていたことを気取られないよう、そっと自室に引き返し……胴衣をクローゼットから取り出した。

 

 ――何を話してたかは知らないが、何となく俺が「守られてる」って感じの状態だということはわかった。

 クソ強い兄貴が近くにいるんだから、まぁ仕方のないことなのかも知れないが……それでも、俺は男だ。

 もうじき高二になる、って歳にもなって、ベタベタと兄貴にくっついてないと生きられないような奴にはなりたくない。

 

 ……いいじゃない。そんなに俺が頼りないってんなら、とことん付き合わせて貰おうじゃないの!

 

 俺は寝巻きを脱ぎ捨て、胴衣を纏い、白帯をギュッと締める。

 全ては、今日の特訓のために。そして、(多分)俺をナメてる親父と兄貴を見返すために……。

 

 ――仮に、今の俺が昔より随分と強くなっているのだとすれば、それはこんなベリーハード極まりない日々を過ごしていたからに他ならない。結局あれからも、俺は終始兄貴にボコられっ放しだったし。

 

 そんな俺でも、今は――戦えてる。

 矢村のために、救芽井のために。ついでに多分、俺自身のために。

 

 それだけのことが出来るようになったってトコは……まぁ、素直に感謝しとこうかな。

 



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第70話 安寧なんて、なかった

 ――そして、兄貴との鍛練を経た今の俺は、簡単には負けられない拳士になっていたようだ。

 

 拳と得物が行き違い、一つの鈍い音と共に互いの体が離れていく。

 それがカウンターを受けた反動によるものだと、手痛い一撃を受けた茂さんが認識した頃には、既に俺は彼の懐に入り込んでいた。

 

「がふっ……う!?」

「――あたァッ!」

 

 「刺す」ような勢いで突き出した拳が、白い仮面に一瞬だけ減り込んでしまう。そして、そこから弾かれるようにG型は上を向くと、ヨタヨタと後ずさった。

 

 こんな展開は誰も予想していなかったらしく、周りを見渡せば、(四郷以外の)全員が狐につままれたような顔をしていた。

 ……おいおい、久水あたりはともかくとして、救芽井と矢村はこっちを応援してたんだから、ちょっとは喜んでくれたっていいんじゃないの?

 

「……信じられない。あの時とは、技のキレがまるで違うわ。私がいない間に、一体何が……?」

「す、すごぉい……。龍太、いつの間にあんなに強くなっとん?」

 

 ――そっちかよ。ホントにそんなに変わったのか? 俺は。

 

「はがぁ、ひぎっ……! こ、こんなバカな!」

「うえっぷ、まだ続ける? つーか、早く終わってくれないと、いい加減こっちもしんどいんだけど」

「な、なんだと? ふ、ふふふ、ならば逃げ回って長期戦に――いぃっ!?」

 

 何度も急所に反撃を食らいつづけて、ようやく真っ向勝負が危険だとわかったらしい。俺が満腹でろくに動けないのをいいことに、ダッシュで距離を取ろうとしだした。

 ――だが、ちょっとキツイからといって好きにさせてやるほど、俺はフレンドリーでもない。

 背を向け、逃げる茂さんの右手を俺の左手で捻り、そこへさらに右腕を絡ませていく。まるで、うねる龍のように。

 

「少林寺拳法、龍華拳の(りゅうかけん)一つ……龍投(りゅうなげ)

 

 刹那、茂さんの右肘が天に向かって突き上がり、彼の体がマトリックスもビックリなのけ反りを披露した。

 

「んぎゃあッ!?」

「人間の体って、不思議なモンだよな。腕を固められたぐらいで、ろくすっぽ動けなくなることがあるんだから……よっ!」

 

 後ろから腕を固められ、仰向けに倒れそうになっていた茂さん。辛そうだったんで、そのまま勢いよく地面にたたき付けてあげました。

 

「ごはぁッ……!」

「――着鎧甲冑のおかげで怪我せずに済んで、よかったじゃない。生身で勝負してたら、脳震盪でポックリだったかもな」

 

 ……もちろん、これはハッタリだ。少林寺拳法は護身術であり、殺人拳じゃない。着鎧甲冑を使わないルールだったなら、そうなる前に手加減していた。

 ――けどまぁ、ここまで脅し付ければ、さすがに降参するだろう。一発も攻撃を当てられずにここまでされちゃあ、戦意もクソもあったもんじゃないはずだ。

 

「ぐ、ぐうっ……くそ、くそ、くそぉっ! なぜだ!? どうしてこんなっ……」

「さぁな。汚いマネしたバチが当たったんじゃないか?」

「ひ、卑怯だぞ! そんな超高性能な着鎧甲冑を使うなんて! それ程のモノを使えれば、誰だって……!」

「実に今さらな台詞が出てきやがった……。つか、あんたの攻撃の読み易さに関しちゃ、性能以前の話だと思うがな」

 

「ふざけるな! 全てその『救済の超機龍』のおかげだろう! そうでなければ、このワガハイが、この久水茂が、こんな無様なままで終わるはずがァァァァッ!」

 

 俺の足元に、仰向けで倒れていた茂さんは、息を吹き返すように起き上がりながら奇襲を仕掛けて来る。懐から伸びてきた電磁警棒が、予想を遥かに上回るスピードで襲い掛かってきた!

 

 ――って、まだ抵抗する気満々かい! このままじゃラチがあかないぞ……。

 

「うおっ……と! ――その速さだけはめっけもんだよ、あんた」

「ふ、ふふ、ふ。そうだ、今のうちに負けを認めて、『救済の超機龍』と樋稟をワガハイに渡すがいい。さもないと、今度こそ貴様の最期が来るぞ……!」

「悪いがそうはいかない。こっちは四郷研究所とのコンペも仕えてんだ、さっさとおしまいにさせてもらう」

 

 そろそろ、程よい運動のおかげで、胃の調子もよろしくなってきたことだしな。……もうここらが、潮時だろう。

 

「――バカにするのも、大概にしろォォーッ!」

 

 俺の挑発に、「面白い程」を通り越して「可哀相な程」引っ掛かって来る茂さんに対し、スッと身構える。向こうは怒る余り、俺が構えていることも気に留めず、さながら槍のように電磁警棒を突き出してきた。

 

「……ハアアッ!」

 

 そして、腹の奥から吐き出した息と共に放たれた待ち蹴が、再び彼の水月に突き刺さった。そこで彼の進撃は止まり、反動でG型のボディが一瞬浮き上がる。

 

「ごはっ!?」

「――得物を使うのは結構だが、相手が少々よろしくなかったな」

 

 衝撃と痛みのあまり、茂さんの体がくの字に曲がる。その隙を見計らい、俺は手刀で彼の電磁警棒を払い落とした。

 

「あっ、ぐ……くく、くそぉっ!」

「おっと、この状況で拾えるつもりか?」

 

 四肢の自由を奪われたかのようにもたつきながら、茂さんは震える手を得物へ伸ばそうとする。俺はその手の四本の指を、容赦なく掴んだ。

 そして、そこから捩上げるように、指から彼の腕を捻っていく。

 

「ん、ぎぃい!?」

「――龍華拳、木葉返(このはがえし)

 

 自分の四本の指を捩られ、たまらず茂さんの体は、それに釣られるように回転してしまう。まるで、バレリーナのように。

 ……そして、回転が終わった時には、彼は俺の手前で膝をついていた。俺に手を捻られたまま。

 

「あんたは動きが素早いし、戦闘にも慣れてる感じはあった。けど、その手段を電磁警棒に頼りすぎてる。敵を視界から外して、得物を拾うことだけを考えるからこうなるんじゃないか?」

「……き、貴様……どこでこんな戦術を……ッ!」

「俺の兄貴から、だな。攻めることを重点に置かない、あくまでも自衛を優先する護身術だよ」

「――そんな受け身な戦い方に、このワガハイが屈したと言うのか!?」

 

 ……受け身、か。まぁ、実際その通りだよなぁ。

 そんな手段でなきゃ、基礎体力が一般的な俺で、古我知さんや茂さんに敵うはずがないんだし。

 

 けど――

 

「――別にいいんじゃない? 『受け身』で」

「なっ……!?」

「受け身だろうが卑怯だろうが、自分の手で自分を『守れる』なら、それで十分だと思うな。俺達は『戦う』ためにコレを着てるんじゃない。着鎧甲冑って、そういうモンでしょ?」

 

 ……ってのが、俺のいわゆる「独りよがり」ってヤツ。

 

 ――「技術の解放を望む者達」や「呪詛の伝導者(フルーフマン)」を見てれば、嫌でもわかるさ。能動的に相手を攻める「兵器」が、どんなに恐ろしいモンか。俺自身、どてっ腹に一発ブチ込まれたわけだし。

 

 俺が思うに、あんなことがあっても、着鎧甲冑のバリエーションに「G型」が存在出来たのは、最低限の自衛ができる程度の戦力は必要だったからだろう。「救済の先駆者」が、そうだったように。

 「正義なき力は暴力であり、力なき正義は無力」。兄貴の受け売りだが、そんな言葉もある。無力でいないためには、嫌でも力は持たなくちゃいけなかったんだ。

 

 だけど、その理屈にあぐらをかいて「戦う力」を求めてしまったら、結局は「呪詛の伝導者」と何も変わらなくなってしまう。それはきっと、今の茂さんがいい例なんだろう。

 甲侍郎さん達が一生懸命考えて、捻り出した「答え」でそんなマネをされちゃあ、そりゃ救芽井だって悲しいさ。

 

 だから俺は、「必要最低限」の「受け身」な戦い方で、着鎧甲冑の理念を守りたい。だって、着鎧甲冑は兵器じゃないんだから。

 ――何より、俺なんぞをわざわざ信じてくれた、救芽井を泣かせないために、ね。

 

 ……そして今は、俺のせいで巻き込まれてなお、俺を応援してくれる矢村のためにもな。

 

「着鎧甲冑は兵器じゃない。喧嘩の道具でもない。守るためのモンだ。自分や、ほかの誰かを、な」

「ぐ、ぬっ……!」

 

「……つーわけだから、今回ぐらいは華を持たせてもらうよ? ――茂さんッ!」

「ひっ、ぎゃああああああッ! ま、ま、参った、ァァ……ァァァ……!」

 

 未だに諦めず睨みつけて来る茂さんに対し、俺は捩る力を強めた。骨が軋む音に並行するかのように、彼の悲鳴がアリーナ中に響き渡る。

 

 ――そして、ようやく茂さんは音を上げてくれた。

 

 この決闘のピリオドを、自ら打つかのように。

 

「……え? 『参った』?」

「と、いうことは……」

 

 その叫びを耳にして、相変わらず呆気に取られていた救芽井と矢村は、更に目を丸くして互いに顔を見合わせる。そして――

 

「――や、やったああぁ! 龍太君が勝ったあああぁあっ!」

「う、うぇえぇえんっ! 龍太ぁぁぁ! やったぁぁぁっ!」

 

 ――呆然状態のギャラリーを完全放置して、ハイテンションな歓声を上げた。矢村に至っては、泣き出してやがる……。

 しばらくの間は、歓喜する二人にも反応を示さずにいた久水家の方々だったが、やがてセバスチャンさんがハッとして「ティィィケェェオォォォォッ!」という雄叫びを上げた途端、(これまた四郷以外の)全員が我に返ったようにどよめきの声を上げた。

 

「そんな、まさか!」

「あの最年少で着鎧甲冑を保有した茂様が、あんな少年に!?」

「すごいですわ! あれが救芽井エレクトロニクスの次期社長の実力……!?」

 

 ……オイ。なんかとんでもないデマが広まってんぞ。なんだ次期社長って……。

 いや、それよりも。妹の梢様の反応が気掛かりだ。お兄様がやられたせいでブチ切れてるんじゃ……。

 

「――ふん。あなたにしては、まぁ、多少はよく頑張った方ざますね」

 

 ……あるぇ? 意外に……喜んでる?

 口調は相変わらず高飛車ではあるが、口元は明らかに緩んでいた。暑いせいか頬もほんのりと赤く、何かにうっとりしてるような表情を浮かべている。

 

 ――ああ、なるほど。「救済の超機龍」が、きっと気に入ったんだろうな。

 うん、確かにうっとりするのもわかる。この世に二つとない特注品なんだし。

 

「そ、そんなぁ……梢、お前はワガハイの味方じゃないのかぃ……?」

「……一煉寺さん、多分ひどい勘違いしてる」

 

 ――って、なんか四郷さんが養豚場の豚を見るような目で睨んで来るんですけど。茂さんも、着鎧が解けた状態で涙目になりながら、妹に縋り付いてんですけど。

 

「黙りなさいこのツルッパゲール! いい恥さらしですわ、覚悟なさい!」

「ひ、ひぎぃやぁぁぁあッ!」

 

 ――どこから持ってきたのか、鉄バットで兄貴のケツをシバき始めてんですけどぉぉ!?

 マジで何なんだこの兄妹! 茂さんがハゲた理由って、まさかこの折檻じゃあ……。

 

「な、なぁおい、もうその辺で……」

「おぉーっと、忘れるところだったざます。このワタクシを差し置いて、救芽井さんや矢村さんを侍らせていたコト……償ってくださいましィィィ!」

「……って、なんで俺までぇぇぇっ!?」

 

 ま、マズい! なんだか知らないけど、いつの間にか俺もシバかれる空気になってる!

 茂さんと違ってまだ着鎧してる状態だから、鉄バットでシバかれても効かないはずなんだけど、何故か本能が「逃げろ!」って叫んでる!

 

 ――捕まったら死ぬ。本能が、そう警告していらっしゃるぅぅぅッ!

 

「龍太くぅぅんっ!」

「龍太ぁぁ〜っ!」

「さ、さ、三十六計逃げるに如かずぅぅッ!」

「待ァァァつざまァァァすッ!」

 

 目に涙を貯め、駆け寄って来る救芽井と矢村を華麗にスルーして、俺は一目散に久水邸への逃亡を図る。そして、そんな俺を追う久水の鉄バットが、陽射しを浴びて妖しい光沢を放った。

 

 ――あっれー? おかしいなー。なんで決闘が終わっても安寧が訪れないのー?

 バカなの? 死ぬの? ……俺が。

 

 そんな不条理極まりない現実に泣き笑いを浮かべ、俺は日が沈むまで久水から逃げ回っていたとさ……めでたしめでたし。

 

 ……何がめでたいって? 決闘が終われば良しと思ってた俺の頭だろ、アハハ……。

 



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第71話 ぷるるんおっぱいが俺を呼ぶ

 決闘をなんとか無事(?)に終え、この日の日程を完了した俺達は、一晩久水邸にお泊りすることになった。

 

 負けた上に妹に散々シバかれたせいか、茂さんも夕食は普通に振る舞ってくれた。負け惜しみに嫌がらせをしないところを見ると、素直に認めてくれたという――

 

「言っておくが! 自分の力で勝ったのではないぞ! その着鎧甲冑の性能のおかげだということを、忘れるな!」

 

 ――わけではなかったようだ。負けたこと自体は認めてくれたみたいだけど、未だにちょくちょく突っ掛かって来るんだよなぁ……。

 

 食事中でもクドクドと説教を垂れて来る茂さんには、ほとほと困ったもんである。彼の隣で黙々と紅茶を嗜んでいた妹さんに助けを求めても、ブスッとした顔でシカトされてしまった。

 ……高慢ちきな態度は、学校の部室で再会した時でも相変わらずだったのだが、俺のことを思い出してからは、それに加えて不機嫌な振る舞いも目立たせていた。恨みを買った覚えはないんですけど……。

 しまいには四郷までもが俺をジト目で睨みだし、「つみつくり」などと罵倒していた。いや、知らんがな。

 

 救芽井や矢村がホクホク顔である一方、久水家の面々がそんな調子だったので、俺としてはなんとも居心地が悪かった。セバスチャンさん達使用人一同も、そんな兄妹の様子が心配そうだったし。

 結局、夕食の間はずっとそんなムードが続き、美味しいご飯を頂いたはずなのに、胃が痛い思いをする羽目になってしまった。……昼食の時とは、違う意味で。

 

 ◇

 

 ――やがて夕食後、「お風呂の用意をしますので、しばらく休憩していてください」とメイドさんに言い渡された俺は、自分に宛てがわれた部屋で待つことになった。救芽井達も、別の部屋を提供されてるらしい。

 

 紅いカーペットに、金色に輝くシャンデリア。隅々まで磨かれたテーブルや椅子に、カーテン付きベッド。

 いかにもという感じの豪勢な個室だが、俺一人のためにこんな場所を提供するなんて、久水家ってのも相当な太っ腹らしい?

 

「よぉーし、そんなら早速、ベッドのふかふか具合から吟味させていただこうかな――っと!」

 

 ……まぁ、空腹に悩まされたり、満腹の状態で戦わされたりと、今日は散々だったからな。たまには、くつろいだってバチはあたるまい。

 俺は自分の荷物が置かれている方を見遣りながら、思いっ切り白いベッドに飛び込んだ。俺の体から発生した衝撃が波打つかのように、柔らかなシーツがふわりと揺れる。

 

 ……や、やんわらけぇ〜。いいなぁ、いつもこんなフカフカなベッド使ってんのか? 俺ん家とはやっぱり全然違うなぁ……。

 ――それに、なんだか凄くいい香りがする。けどこれ、どっかで嗅いだ覚えのあるような……? ま、それはいいか。

 

「つーか、なんで俺の個室って話なのに枕が二つもあるんだか……ん?」

 

 ――しばらくベッドの上で寝そべっていた俺。下手したら、そのまま寝ちゃいそうな程に心地好くなりつつあったのだが、突然掛かってきた電話のおかげで、なんとか寝落ちは免れた。

 眠りかけていた脳みそに「電話に出ろ」と命令され、俺はやや気だるげに身を起こす。そして、着うたのコーラスが終わる寸前でケータイを開いた。

 

「通話は……知らない人から? なんだよこんな時に……」

 

 ケータイの着信画面に人名は出ておらず、電話番号だけが表示されていた。少なくとも、今まで連絡を取ったことのない人だというのは間違いない。

 このタイミングでこんな電話が来るなんて、一体……? とにかく、出てみるしかあるまい。

 

「もしもし?」

『一煉寺君、聞こえるかね