神の異世界探訪 (三枚目の切り札)
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第一話 I'm a 男性オペレーター

(さすがに、私でも緊張を感じざるを得ないか)

 

日本本土から少し離れ、モノレールのみによって交通の繋がった巨大な施設、IS学園。その職員室前に座る男性は動揺を感じていた。そして、気を落ち着かせるためにも、今後自分に深く関わるだろうこの世界の力について考えていた。

IS(インフィニット・ストラトス)。宇宙空間での活動のために、ある日本人によって発明されたマルチフォーム・スーツである。

 

(とは言っても、現在のISは当初の理想とは大きくかけ離れてしまっている)

 

ISは、その既存の戦闘兵器を大きく凌駕する性能がゆえに、世界のパワーバランスを崩壊させた。開発者が日本人ということを利用して、技術を占有した日本に対して、危機感を抱いた諸外国はIS運用協定―アラスカ条約―を規定し、ISの軍事利用の禁止や情報の共有などを義務化した。

 

(まったく、愚かな者たちのせいで崇高な理念や素晴らしき才能がないがしろにされるなど許しがたいことだ。)

 

そして、各国の思惑が交錯した結果、今のところISは一つのスポーツとして認識されている。そんなISの操縦者の育成及び、管理のために建てられたのがIS学園である。

 

そんな学園の教室に彼は座っていた。周りの生徒たちは彼をチラチラ見ながらも、誰一人として話しかけようとしないため教室には妙に居心地の悪い空気が漂っていた。

 

(ま、無理もないことだがな)

 

ISには使用するにあたって大きな制限がある。

それは女性しかISを動かせないということである。理由は不明だがISは男性には動かせないのだ。つまり本来ならこの学園内に男性は存在しないはずである。しかし、この教室には正真正銘の男性がいる。

なぜ男性がこの教室にいるのか。それは彼が世界で初めてISを動かした男性だからだ。

本来、彼―織斑一夏―は自宅に近い藍越学園の入学試験を受けるはずが、試験会場を間違え、うっかりISを起動させてしまったために、この学園に入学することになったのだ。

自分以外のすべてが女性という状況に、彼は当惑していた。

 

(こんなところに入学することになるとは、彼もかわいそうにな。私には関係のない話だが。)

 

男は、そんな彼を少し離れたところ…というか窓の外に張り付いた小型の偵察機を使って観察していた。そして、針の筵状態の彼に対して、同じ男性として同情していた。

そうしていると、職員室の扉が開き、

 

「遅れて申し訳ありません。会議が長引いていしまって。」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。おかげで自分も気を落ち着かせることができましたから。」

 

「そうですか。では、教室の方に向かいましょう。」

 

そういって、職員室から出てきた女性、織斑千冬は廊下を歩いていく。そして、先ほどの男性はその後ろをついていく。

 

 

この男性の名は  檀《だん》 黎斗《くろと》。

世界で二番目の男性操縦者であり、神である。

 



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Episode ZERO Reaper再起動!

前日譚になります。「いや、最初に投稿しろよ」と思うでしょうが、1話をあの引きで終わらせたかったんだ…。
注意!トゥルーエンディング及び、エグゼイド本編のネタバレを含みます。


数年前

 

「あぁぁ!」

 

あるのどかな昼下がり。一人の男の叫び声が、聖都大学附属病院電脳救命センター、通称CRの室内に響き渡った。

 

「うるせぇな!神なら神らしく、もっと威厳ある態度でいたらどうなんだ」

 

アロハシャツに白衣をひっかけた男、九条貴利矢は不機嫌そうに声を上げた。

しかし、現在この部屋にいるのは彼一人である。ならば、叫び声はいったいが上げたのか。

CRの片隅、部屋の内装に似つかわしくない眩い光を出すゲーム機がある。

しかし、明るいイメージとは裏腹に、画面には暗いコンクリートに囲まれた部屋が映っていて、手前には檻のように、光の柱が数本並んでいる。

一見、牢獄のような印象を受けるその部屋に一人の男が立っていた。先ほどの叫び声は彼の出したものだ。

 

「黙れ!一体いつまで私をここに閉じ込めておくつもりだ!神の才能を持つ私を閉じ込めておくなど、決して許されない!」

 

彼の名は檀黎斗。6年前に発生したバグスターウイルスという人に感染するコンピュータウイルスに対抗するために、仮面ライダーに変身するためのゲーマドライバーとガシャットを開発した男だ。

 

「なに言ってんだ。あんたのせいで、どんだけの人間が消滅したと思ってんだよ。そうやって無事にいられるだけで、ありがたいと思えっての」

 

しかし、黎斗は自らの野望のためにバグスターウイルスを使って、バイオテロを起こした張本人でもあり、そのせいで多くの人々が消滅することになってしまった。

 

「何を言う。私は人々に最高のゲームを提供しようとしただけだ。」

 

黎斗の目的は、バグスターウイルスが人間の体を媒体として現実世界に出現する怪物、バグスターと、それに対抗する力を持った仮面ライダーの実働データを収集すること。そして、そのデータを元に人々がライダーとなって現実世界で戦うゲーム『仮面ライダークロニクル』を作ることだった。

 

「まっ、その最高のゲームもあんたの父親に奪われちまったんだけどな。」

 

しかし、仮面ライダークロニクルは人類の命の管理しようとした黎斗の父親、檀正宗によって奪われてしまったのだった。

 

「奴の話はするな。奴は私のゲームを汚したクズだ。第一、消滅者のデータは安全に保存されているんだ。何の問題もないだろう。」

 

ただし、消滅した人間はデータとして残っており、完全に消えたわけでは無い。プロトガシャットという小型の機械の中に保存されている。貴利矢も、黎斗自身もプロトガシャットに保存されたデータを元に、バグスターとして蘇った存在である。

 

「つっても、消滅者を人として元に戻す方法がまだ見つかってないだろうが。そこから早く出たいなら、さっさと治療法を見つけるんだな。そうすれば、ちっとは自由になるかもな。」

 

とはいえ、彼がバイオテロを起こした事実は変わらないため、今も衛生省の監視されているのである。

 

「分かっているさ。消滅者を元に戻す方法については考えている。しかし何事にも気分転換は必要だ。普段とは違う環境が、思わぬひらめきを…。」

 

「はいは~い。今日はここまで~。」

 

ブツン

 

と、ゲーム機の電源が切られ画面が暗くなる。

 

「おのれ、九条貴利矢。」

 

話を途中で切られた黎斗は、自分が軽く扱われたことに悔しさを感じるが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、

 

「ふっふっふ。まぁ良い。たとえ牢獄の中であろうと、私にはこの神の才能があるのだからな。」

 

パソコンの画面を見ながら、自らの力を確かめるように彼はそっとつぶやいた。

 

それは偶然だった。仮面ライダークロニクルを巡るバグスターウイルス事件から約6か月後、

ゲーム会社『マキナビジョン』の社長、ジョニー・マキシマがバグスター用の変身ドライバー、バグヴァイザーを盗み悪用、強大な力を持つゲムデウスマキナとなって世界滅亡を目論んだ。

 

「私が発明したガシャット、バグヴァイザー、さらにはゲムデウスまで勝手に利用するとは、思い出すだけで腹立たしい。」

 

仮面ライダーたちの力によって事件は無事終結した。

 

「しかし、得るものも大きかった。」

 

この事件は大きな余波を生んだ。

マキナビジョンの社員、南雲影成が病弱な娘が元気に暮らせる世界を作るために開発した、VR(仮想現実)の中に人を閉じ込めることができる『ハリケーンニンジャガシャット』に発想を得た黎斗は、新しいガシャットの構想を得た。

 

「何より、これらを回収できた。監視の目があるここでは二度と手に入らないと思っていたが。」

 

さらに戦いのどさくさに紛れて、影成の持っていたバグヴァイザーを回収。さらに、ゲムデウスマキナの力を抑制するために彼と融合した際に、そのウイルスを密かに採取していた。

 

「やはり、私の才能は恐ろしい。」

 

異なる世界へ転移するという発想と全能の力を持つゲムデウスマキナのウイルス、そして、彼の才能が組み合わさった結果、新たなガシャットが誕生した。

その名も

 

『スーパーマイティ・ワールド』

 

主人公のマイティがお菓子の妖精を救うため、違う世界を舞台に戦うアクションゲームである。これを元に黎斗は異世界へ渡るガシャットを生み出した。

そもそも、黎斗がバグスターウイルスを知ったのは偶然である。彼の才能をもってしても、バグスターウイルスの存在を知らなければ、ガシャットを開発することはできなかっただろう。だからこそ彼は求めた、異世界のまだ自分の知らない技術を。

 

「では、いざ出発。」

 

そして、黎斗は回収したヴァイザーを使いガシャットを起動、彼の精神のみが肉体から離れ、床に出現した土管に入っていき、異世界に転移した。

偶然発見したバグスターウイルスが自分に新たな力をくれたように、才能ある人が自分の才能を刺激してくれたように、異世界での出会いが自らの大きな躍進を生むことを願って。

 



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第二話 男性二人はno thank you?

教室に向かうために黎斗と千冬が廊下を歩いていると、

 

「もう既に説明を受けたとは思いますが、実際にご覧になってみてご不明な点はあるでしょうか。檀さん。」

 

「いえ、事前にパンフレットを見たとき施設の充実さに感服しましたが、実際に校内を歩いてみると清掃が行き届いていて実に素晴らしい学園です。この学園に通える生徒たちはとても恵まれていますね。」

 

「恐縮です。」

 

「ただ、その敬語を止めていただけないでしょうか。私はあなたと同い年ですので、畏まる必要はありません。」

 

「しかし、」

 

「私の立場のことでしたら、気にする必要はありません。私は一生徒としてこの学園に入学しました。ですから、織斑先生も教師として接してください。」

 

そう言うと、千冬は立ち止まり少しだけ考えてから、

 

「では、そうさせてもらおう。檀。」

 

そう答えた。

 

「よろしくおねがいします。織斑先生。」

 

そうして、また廊下を歩き始め、教室に近づくと

 

「ごめんね。でもね、自己紹介、今、織斑君の番なんだよね。だから、自己紹介してくれるかな?ダメかな?」

 

と、やけにオロオロしている声が聞こえてきた。ドア越しに教室内を見ると、小さな背丈に明らかにサイズの大きな服を着た、いうなれば『子供が無理に大人の服を着た』といった女性が何故か男子に何度も謝っていた。

 

「はぁ、彼女は山田真耶先生。私の担当し、お前が入ることになる一年一組の副担任だ。そして、あそこにいるのが…」

 

と千冬が紹介を続けようとすると、

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします。」

 

ちょうど、一夏がクラスメイトに対して挨拶し頭を下げた。しかし、周りの女子たちは『もっと聞きたい』という雰囲気を醸し出していて、自己紹介を終わるに終わらせず、一夏は戸惑った末に口を開いた。

 

「以上です。」

 

がたたっと生徒たちが崩れ落ちる音が教室のそとにまで聞こえた。そんな様子を見て、千冬はため息をつくと、

 

「聞いたとおり、あれが私の愚弟だ。お前は少しここで待っていてくれ。」

 

と言って、教室の中に入っていった。黎斗は姉なりに緊張する弟に思うところがあるのだろうと思ったが、

 

パアンッ!

 

出席簿でいきなり一夏の頭を叩いた。あまり予想外のことに、黎斗は面を食らい、一夏は急所への不意打ちの痛みに呻いていると

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たちを一年で一人前の操縦者にするのが私の仕事だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな。」

 

教師とは思えない暴言が飛び出した。実姉の発言に呆れる一夏だが、ほかの生徒たちはそうは思わなかったようで、

 

「キャーーー!本物の千冬様よ!」「ずっとファンでした。」「お姉さまに憧れて学園に来たんです。」

 

大きな黄色い歓声が上がった。そんな学生たちに呆れている千冬と、それによって更にヒートアップする生徒たちを脇目に、黎斗は一夏のことを観察していた。

 

 

織斑一夏 17歳。 IS世界大会のモンド・グロッソ初代優勝者、織斑千冬の弟。幼いころに両親が行方不明になり、現在彼の家族は彼女一人のみ。機密事項として、四年前に誘拐されたが姉によって救出。しかし、犯人の正体や目的など詳細は不明。

これが私の調べ上げた彼の情報だ。調べた限り、彼がISを動かせる特別な理由は見つからなかった。ごく普通の男子高校生だ。しかし、彼がこの世界で唯一ISを動かせる男性であるのは紛れもない事実だ。

彼がISを動かしてから、世界中で男性に対してのISの適正検査が行われた。しかし結果は全員空振り。誰一人としてISを動かせるものはいなかった。

 

私を除いてだがな!

 

とはいっても、私の場合はある方法で、無理やりISを動かしているのに過ぎない。神である私からしてみれば造作もないことだ

 

(しかし、四年前とは奇遇だな)

 

 

~四年前、一夏が何者かに誘拐される数日前

 

日本のとある町の路地裏に閃光が走った。その直後、一つの影が地上に落ちる。すると、そのまま地面にうずくまってしまった。

 

(くっ、転移にここまでの負荷がかかるとは、改良の余地があるな。)

 

影の正体は他ならぬ檀黎斗である。地上に落下した衝撃以上に、転移による肉体へのダメージが大きく、更には強い頭痛さえある。

痛みがある程度引き、やっと立てるようになると、彼は雄叫びを上げた。

 

「ふっふっふ、だーはっはっは。やった、やったぞ。成功した。私の才能は完璧だああ!」

 

しばらく喜びに浸った後、落ち着きを取り戻すと、黎斗はある異変に気付いた。

 

(無い!バグヴァイザーとガシャットが無い!)

 

転移するまで、黎斗が腰に巻いていたはずのバグヴァイザーと挿してあったスーパーマイティワールドのガシャットが消えていたのだ。

 

「マイティワールドは使用者の精神のみを転移させる。肉体自体は元のデータを元にこちらの分子を再構成するはずだったが、どうやらバグヴァイザーは認識されなかったようだな。…!まさか」

 

ハッとして、黎斗は全身に意識を集中すると、次の瞬間に彼の体は微粒子状に分裂し、しばらく空中を漂った後、元の肉体に戻った。

 

「ふう、バグスターとしての力は無くなっていないようだ。ならば、どうとでもなる。」

 

ニヤリと黎笑みを浮かべる黎斗。

 

「せっかく別世界に来たんだ、少しこの世界を探索するか。」

 

路地裏を出て大通りに出ると、

 

キャー!

 

遠くから大きな歓声が聞こえた。何事かとそちらに歩いていくと大きなディスプレイに群がる人々を見つけた。

 

「何をやっているんですか?」

 

まずは情報収集と、近くにいた女性に話しかけると、

 

「あぁん?男風情がうるさいわね。話しかけるんじゃないわよ。」

 

と怒鳴られてしまった。女性のあまりに横暴な態度に苛立ちを覚える黎斗だが、辺りを見回して不自然なことに気付いた。これだけの人が集まっていながら、ここには女性しかいない。しかも自分に気付いた女性たちは、こちらを見るやいなや怪訝な顔している。

 

(まずいな。長居するのは危険だ。)

 

そう考えて、集団から離れる。

 

(どうやら、私のいた世界とはかなり事情が異なっているらしい。とにかく、情報を集めるべきか。)

 

そして微粒子状になった黎斗はそのままディスプレイの中に入っていった。その中で、彼はこの世界に存在する大きな力を知った。

 

「インフィニット・ストラトス。宇宙活動用のマルチフォーム・スーツか。身体能力の上昇自体はライダーシステムと同じだが、操縦者への保護機能や航空力学を無視した飛行能力、それにどうやって物質を瞬時に量子上に変換してる。いや、そもそもエネルギーはどうやって…」

 

自分の想像の及ばないISの能力に強く引かれた、そして同時に開発者に強く嫉妬した。

欲しい。

そう強く願う。普通の人間ならば、願うだけ。しかし、彼は止まることなど無い。欲しいのなら手に入れれば良い。幸か不幸か、彼にはその力がある。

その日のうちに黎斗はバグスターの力を使って、日本政府が管理しているISのシステムに直接侵入、解析を試みた。

 

「だめだ。どうしてもこれ以上先に進めない。」

 

搭載武器やこれまでの戦闘記録、IS自体の制御システムなどの大部分のデータを計画通り入手した黎斗であったが、思わぬ障害が立ちふさがった。

ISのシステム内部の最深部に謎の黒い扉があるのだ。扉には鍵穴があり、上部には「UCHIGANE」と書いてある。

 

「打鉄。このISの名前か。今まで手に入れた情報から推測するに、この向こうにあるのはISコアのデータだろう。確かコアについては全くの解析不能だったな。」

 

ISコアとはISの心臓部であり、ISの稼働に必要不可欠なものだ。

 

「私の知らないことがあるというのは、どうにも癪だ。このまま破壊してしまおう。」

 

ドンっ。黎斗は目一杯の力で扉に体当たりをするが、びくともせず、むしろ黎斗の方が弾き飛ばされてしまった。その後もあらゆる手段を講じたが、扉が開く気配すら感じられなかった。

 

「ふっふっふ、なかなかやるじゃないか。この私の侵入をここまで阻むなど。」

 

これ以上は無駄だろうと手を止める。だが諦めたわけでは無い。ムキになって無意味な行動を続ける醜いプレイをするつもりは無い。効果的な手がないなら、別の手を考えるまでだ。

 

「とは言え、今大きく動きすぎるのはまずい。面倒だが正攻法で攻めてみるか。」

 

そして、彼はその場を去った。

 

その一年後、IS産業を揺るがす事態が起きる。日本にあるISの開発室の一つである倉持技研のある優秀な研究員が独立し新たなISの産業会社ができたのだ。

この企業の特量は他にはない先鋭的なアイデアとそれを実現する技術力、そして最も特異な点はその社員である。

この会社では才能があるものならば男女問わず平等に採用した。女尊男卑の風潮がある世の中において、この体制は男性たちのモチベーションを爆発的に上げ、トップクラスの企業へと発展した。

その会社の名は「幻夢コーポ―レーション」。社長はもちろん檀黎斗である。黎斗はISを研究するため、自分に関する経歴をでっち上げ倉持技研に入室、そこで獲得した人脈を使い、更には世に不満を持った研究員たちを引き抜き、新たな会社を作ったのだ。

 

(しかしそこまでしてもISコアについては、未だに不明なままだ。彼がISの謎を解く鍵になればよいが。)

 

男性操縦者の存在が報道された時、彼は好機と考え社内にてIS適正調査を行い、ウイルスを使うことで、あたかも自分に適性があるように偽装し、男性操縦者に接触するためIS学園に入学したのだ。

 

「ちょうど良い。今からお前らに紹介しておく者がいる。檀、入ってこい。」

 

千冬に呼ばれ、教室の中に入る檀黎斗。その瞬間、教室内がざわめく。

 

「誰、あの人。めっちゃカッコいんだけど。」「織斑君はキリっとしてイケメンって感じだけど。」「あの人は落ち着いてて、大人の男って感じだよね。」

 

「静かにしろ。檀、自己紹介を。」

 

すると、黎斗は教壇の横に立ち、

 

「私は檀黎斗。彼に続いて二人目の男性操縦者となった。君たちと年は離れているが、操縦技術を一から学ぶため、学園に入学することになった。気を使わず、同級生として接してくれると嬉しい。一年間、よろしくお願いします。」

 

とにこやかに自己紹介をし、最後に丁寧にお辞儀すると、さらなる歓声が教室内に響き渡った。

 

(耳が、耳がー!)

 

教室内に響き渡った声のあまりのやかましさに一夏は思わず耳を抑える。一方、黎斗はなんてことないといった風に歓声を聞いていた。

 

「はいはーい!」

 

一人の女子が手を上げる。そして、キラキラと期待のこもった目で質問する。

 

「檀黎斗さんって、もしかしてあの幻夢コーポレーションの社長の檀黎斗さんですか。」

 

(幻夢コーポレーション?てか、社長!?)

 

聞きなれない単語に一夏は首をかしげながらも、社長という言葉に大きく驚く。

 

「ああ、その通りだ。」

 

黎斗が質問に肯定すると、より大きな が上がった。

 

「カッコよくて男性操縦者、しかも社長だなんて。」「完璧だわ!」

 

(社長ってマジかよ。でも、こんなにうるさくしてると、)

 

バンッ!

 

と机をたたく音が鳴り、教室が水を打ったように静かになる。

 

「静かにしろ。ほかの教室に迷惑だ。檀、お前の席はあそこの空いてる所だ。」

 

「分かりました。」

 

そして、黎斗は教室の一番後ろの窓際の席まで移動し着席した。

 

(そりゃ、千冬姉の前で、あんだけうるさくすれば、怒られるだろうな。)

 

なんて一夏が呆れていると、突然冷たい視線を感じる。そちらを見てみれば、彼の幼馴染の箒がそれとなくこっちを見ていた。一見怒っているような態度を不思議に思っていると、チャイムが鳴った。

 

「さて、SHRは終わりだ。諸君にはISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その実習では、基本動作は半月で体に染み込ませろ。良くても良くなくても、私の言葉には返事をしろ。」

 

(さすが千冬姉、なんていう鬼教官ぶり。ていうか、ここで教師やってたのか。俺に言っておいてくれても良いのに。)

 

少し不貞腐れた一夏が突っ立ったままでいると、再び千冬に怒られた。

 

SHRが終わると、そのまま一時間目のIS基礎理論の授業に突入する。IS学園では授業量の関係で入学式当日から授業がある。

そして授業が終わり休み時間に入ると、一夏は再び気まずさを味わうことになった。

なんせ彼以外の学園にいるほぼ全員が女性である。さらに彼がISを動かした時、その情報は大々的にニュースで取り上げられたため、彼の名前は学園内に知れ渡っている。

今も教室の外には世界初の男性操縦者を見ようと、一年だけでなく二年、三年の生徒まで押しかけている。

教室内は教室内で誰が最初に話しかけるか女子同士で牽制している状態であり、非常に微妙な空気になってりる。

 

「やあ、織斑一夏君、だったね。少し構わないかな。」

 

誰か助けてくれと彼が願っていると、自らを呼びかける声が聞こえた。幸いと声の方を向くと、もう一人の男性操縦者である檀黎斗がにこやかな笑みを浮かべ立っていた。

 

「あっ、えーと、檀さんですよね。はい!大丈夫…です。」

 

あまりに驚いて、返事がしどろもどろになってしまった一夏。

 

(この人、間違いなく俺より年上だろうし、みんなの反応からして相当有名な会社の社長みたいだし。)

 

ただし、彼が緊張している理由はそれだけでは無い。

 

(それに、俺はこの人に相当迷惑かけてるんだろうしな。社長の仕事っているのが、どんなものか俺には分からないけど、絶対面倒ごとしか増やしてないだろうし。)

 

一夏がISを動かした後、世界中でISの適正調査があった。そのとき、黎斗にもISの適性があることが分かり、学園に入学することになった。一夏か自分のせいで、黎斗に迷惑かけてしまっているであろうことを気にしているのだ。

そんなのはただの杞憂であり、むしろ黎斗はかなり乗り気で入学してきた訳だが。

すると黎斗はふふっと笑い、

 

「黎斗で構わないよ。せっかく同じクラスになったんだ。男性操縦者同士としても仲良くしようじゃないか。」

 

と言いながら手を差し出した。そんな様子に一夏は、

 

(なんて優しい人なんだ。こんなところにいきなり放り込まれたのに、元凶である俺にこんなに優しくしてくれるなんて。)

 

と思いっきり勘違いを起こし、尊敬の念さえ感じていた。結果的にそれが一夏の緊張をほぐす要因となった。

 

(きっとこういうのを、社長の器っていうんだろうな。せっかく黎斗さんの方から来てくれたんだ。それに応えなくてどうする。)

 

「はい、よろしくおねがいします。黎斗さん。」

 

笑顔で黎斗さんの手を握り、握手を交わした。すると、そんな二人の近くに一人の女子が近づき、呼びかける。

 

「ちょっと、いいか。」

 

自分たちを呼びかける声に反応し、二人が声の方を向く。

肩の下まである長い髪を白いリボンでまとめたポニーテール、凛とした立ち姿と顔つきに一夏は見覚えがあった。

 

「お前、箒か。」

 

しかしその女子は少し表情を変えただけで、黙っているままである。

 

「では、私は失礼するよ。一夏君、また後で。」

 

二人の関係性をなんとなく察した黎斗は、席を離れる。

それと同じく、一夏も箒の話しにくい雰囲気を感じて、場所を廊下に移す。それでも箒が一向に話始めようとしないので、俺の方から話を切り出した。

 

「そういえば、剣道の全国大会、優勝したらしいな。おめでとう。」

 

昔、新聞で見かけた記事について一夏が話すと、箒は顔を赤らめた。

 

(えっ、褒めたのになんで怒ってんだろ。)

 

「なんで、そんなこと知っているんだ。」

 

「新聞で見たんだよ。」

 

「なんで新聞なんて見てるんだっ。」

 

(えー)

 

その後もいまいち話がかみ合わず、一夏が幼馴染のことなんか忘れないだろうと言って、箒に睨まれたところでチャイムが鳴り、二人は席に戻った。

 

二時間目の授業の終わるを告げるチャイムが鳴り、一夏は机にうなだれた。

理由は簡単で、先ほどの授業にまるでついて行けなかったのだ。教科書に書いてあることや先生の言っていることが、一夏はまったく理解できなかった。

ただし、そもそもIS学園に入学するような生徒は、事前にある程度ISの知識を学習している。授業ももちろんそれを前提としているので、今までISに関わりの無かった一夏に理解しろという方が酷である。

しかし、事前に彼にも配られた参考書を電話帳と勘違いして捨てた彼の自業自得でもあるのは間違いない

 

(それにしたって、なんで黎斗さんまで普通に授業受けられてるんだろ?あの人だって、今までISの授業なんて受けたことないはずなのに。それに、)

 

教室の後方にて普通に女子と話している黎斗を見て、一夏はため息をつく。

 

(なんで黎斗さんは、あんなに早く女子と馴染めてるんだろ。これが人生経験の差ってやつなのか。)

 

そんな風に落ち込んでいると、

 

「ちょっと、よろしくて。」

 

「へ?」

 

いきなり呼びかけられ、素っ頓狂な声を上げてしまう。一夏が呼ばれた方を見ると、わずかにロールのかかった鮮やかな金髪に、青みがかった瞳の女子が、腰に手を当て一夏を見ていた。

 

「聞いてます?お返事は?」

 

「あ、ああ、聞いてるけど、用件は何かな?」

 

すると、金髪の女子はわざとらしく声を上げた。

 

「まあ、なんですの。その返事は!このわたくしに声をかけられただけでも光栄だというのに。」

 

彼女の高圧的な態度に、一夏は心の中でげんなりする。一夏は、彼女のようなIS操縦者としての権力を振りかざす人を、苦手としており嫌ってもいた。

 

「悪いな。俺、君が誰か知らないし。」

 

「知らない?!イギリスの代表候補生にして入試主席のこのセシリア・オルコットを知らないですって?」

 

「代表候補生って、何?」

 

がたたっと周りで聞き耳を立てていた生徒たちまでずっこける。

 

「本気で、おっしゃってますの?」

 

セシリアは、信じられないという様子で聞き返す。

 

「ああ。で、その代表候補生って?」

 

「国家代表IS操縦者の候補生として選出された人たちのことだよ、一夏君。」

 

黎斗が会話に割り込み、一夏に説明する。

 

「黎斗さん。なるほど。つまり、オルコットさんはイギリス代表操縦者の候補生ってことか。」

 

「そう、エリートなのですわ。」

 

ふふんと、得意げな顔で宣言する。

 

「ですから、このわたくしに泣いて頼むというのなら、ISについて教えて差し上げてもよくってよ。何せ入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから。」

 

「入試って、あれか?ISを動かして倒すやつ。それなら俺も倒したぞ。」

 

ピシッと場の空気が一瞬凍り付く。

 

「非常に言いにくいが、私も倒したぞ。」

 

黎斗がその空気に、さらに追い打ちをかける。

 

「わたくしだけと聞きましたが?」

 

顔をこわばらせながら、そう聞くセシリアに、

 

「女子の中ではって、オチじゃないか?」

 

一夏が容赦なくとどめを刺した。そしてちょうど、三時間目開始のチャイムが鳴った。

 

「っ!また来ますわ。逃げないことね、よくって!?」

 

それだけ言うと、さっさと席に戻ってしまうセシリア。それに続き黎斗も自分の席に戻っていく。

 

「授業の前にクラス対抗戦の代表者を決めなくてはいけないな。」

 

三時間目の授業。教壇に立った千冬は思い出したたように呟く。クラス代表者というのは、対抗戦でほかのクラスの代表者と戦うだけでなく、生徒会や委員会の会議に出席する、いわばクラス長のようなものである。

 

「はい。織斑君を推薦します。」

 

「私は黎斗さんが良いと思います。」

 

女子たちが次々に彼らを推薦する。すると、一夏は慌てて立ち上がり拒否しようとする。

 

「ちょっと待った。俺はそんなのやらな…。」

 

「納得いきませんわ。」

 

パンと机を叩いて、セシリアが立ち上がる。

 

「男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ。このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間、味わえとおっしゃるのですか。実力から考えれば、わたくしがクラス代表になるのが必然。それを珍しさで極東の猿をされては困ります。わたくしはサーカスをしにこの極東の島国に来たのではありませんわ。」

 

(いや、イギリスだって島国だろ。)

 

セシリアの発言にイラつく一夏だが、そんな様子には気付かずセシリアはさらに続ける。

 

「大体、文化的にも後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとって耐えがたい苦痛だというのに、」

 

さすがに頭に来た一夏が言い返そうとすると、

 

パチンッ

 

両手を叩き、黎斗が立ち上がる。

 

「そこまでにしときたまえ。セシリアさん言いすぎだ。」

 

「なんですの。さっきから、私の話に割ってきて…」

 

セシリアが今度は怒りの矛先を黎斗に変えるが、

 

「そこまでだ。」

 

パンッと千冬がセシリアの頭を叩く。あまりの痛みにセシリアがおとなしくなると、黎斗がそれと、と話を切り出す。

 

「織斑先生、クラス代表ですが私は辞退させてもらいます。私は会社の方の仕事もありますので、クラス代表を務めることはできません。」

 

(確かに、会社の経営にISの勉強までするんなら、クラス代表なんて、やってる暇ないよな。あれ、てことは俺かオルコットが代表者?)

 

「それと、候補者が二人になったことですし、決闘で代表者を決めるのはどうでしょう。」

 

「なるほど。確かに代表者は対抗戦に出場することになるし、強いものがなるのに越したことはないな。」

 

(あれ、なんか勝手に話が進んでぞ?冗談じゃないぞ決闘なんて)

 

「いや、ちょっと待っ…」

 

「おーほっほっほ!何を言うかと思えば決闘ですって。代表候補性であるこのわたくしと、彼とでは天と地以上の差がありましてよ。」

 

ブチッ。この時、一夏の中で何かが切れた。

 

「いいじゃねぇか。四の五の言うより分かりやすい。」

 

さっきまでの考えはどこへやら、完全に乗り気になった。

 

「あら、よろしいのかしら。あなたの負けなんて、目に見えていると思いますけど。」

 

「そうだよ、織斑君。やめときなって。」「相手は代表候補生だよ。」

 

クラスメイトの制止の声を聞きながらも、どうやら一夏は言葉を撤回するつもりは無いと黙り込んでいた。

 

「よし、話はまとまったな。勝負は一週間後の月曜。第三アリーナで行う。二人とも準備しておくように。では、授業を始める。」

 

 

生徒たちが授業の準備にうつる中、檀黎斗は一人、黒い笑みを浮かべた。

 



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第三話 BANした機体がやってくる

副題ですが、先のことはまったく考えてません。違和感を感じたら、「こいつ諦めやがった」と思ってください。



「はあぁ。」

 

初日の授業がすべて終了し、放課後になると、一夏は机にうなだれた。原因は三時間目の授業のことである。女子にクラス代表を推薦された一夏は嫌がっていたが、セシリアの不遜な態度が頭にきてしまい、そのまま黎斗の提案に乗る形でセシリアと決闘することになってしまった。

 

(代表者になんてなりたくなかったのに、勝っても負けても良いことないだろ。それに)

 

机の上にある教科書をペラペラとめくり、再びため息を吐く。

 

(そもそもISのこと、さっぱり分からないんだよな。)

 

先のことに半ば絶望していると、黎斗が話しかけてきた。

 

「昼間は散々だったね。」

 

他人事な言葉に、一夏は少し不貞腐れたように口を尖らせる。

 

「なんですか。黎斗さんが決闘って言いだしたんですよ。」

 

「それについてはすまない。あの場を収めるには仕方なくてね。」

 

あまりに素直に謝られたので、逆に一夏は慌ててしまう。

 

「いや、結局やるって言ったのは俺なんで。黎斗さんが謝ることじゃないです。」

 

苦笑を浮かべながら、一夏は体を起こす。すると黎斗は机の周りを回り、机越しに一夏の前に立った。

 

「とは言え、提案した私にもそれなりの責任はある。困ったことがあればいつでも言ってくれ。君の勝利にために協力の手を惜しむつもりは…ってどうかしたかい?」

 

気付けば、一夏が目を丸くして黎斗の方を向いていた。

 

「俺が勝てるって思ってるんですか?」

 

心底驚いたような声に、黎斗は真面目な表情をして語り掛ける。

 

「当り前じゃないか。確かに彼女は代表候補生だ。しかし、君の力は未知数、詳しい情報も知らないで、勝敗を予測するのは愚かなことだ。」

 

「黎斗さん…」

 

「それに、私は君に勝ってほしいと考えている。今の風潮を壊すためにもね。」

 

風潮という言葉に一夏はハッとする。

 

「それって、女尊男卑のことですよね。反対なんですか?」

 

「もちろんさ。才能のあるものが、そんなくだらない理由で埋もれてしまうのは、実に惜しい。私はそんな世の中を変えて、みんなの笑顔を取り戻したいんだ。」

 

真剣な顔でそう話す黎斗を見て、一夏は衝撃を受ける。

この時代、ISの登場によって男性の立場はかなり弱い。そして世の男たちの大半が、そんな現状を諦めてしまっている。

その中で立ち向かおうとする黎斗の姿勢に驚き、そして感銘を受けた。

一夏は椅子を後ろに飛ばす勢いで立ち上がると、真っすぐ黎斗を見つめて

 

「分かりました。黎斗さん、俺、絶対に勝ってみせます。」

 

そう宣言した。夕日の差し込む教室内で繰り広げられる熱血ドラマのような光景に、周りが見とれていると、

 

「織斑くん、まだ教室にいたんですね。よかったです。」

 

真耶が書類を片手に教室に入ってくる。名前を呼ばれた一夏は、ふと我に返り山田先生の方に向き直る。

 

「織斑くんの寮の部屋が決まりました。」

 

そう言われて、一夏は部屋番号の書かれた紙とキーを渡される。

IS学園には将来有望な操縦者たちが集まるので、外部者から保護するためにも寮生活が義務付けれている。

しかし、あれ?と一夏は首をかしげる。

 

「俺の部屋ってまだ決まってないんじゃなかったですか?一週間ぐらい自宅通いって聞きましたけど。」

 

「そうなんですけど、一時的に部屋割りを変更したんです。一か月くらいで個室を用意できると思いますので、しばらくは相部屋で我慢してください。」

 

「分かりました。でも、一度家に荷物を取りに行かないといけないので、今日はもう帰っていいですか?」

 

「あっ、荷物なら…」

 

「荷物なら私が手配しておいた。ありがたく思え。」

 

真耶の言葉を遮り、千冬が教室内に入ってくる。その後、夕食の時間や男性の大浴場の使用禁止の旨を一夏と黎斗に伝えられる。

 

「えっ、大浴場使っちゃダメなんですか。」

 

お風呂好きの一夏は大浴場の使用禁止にショックを受け、先生に聞きなおすが、千冬に一蹴される。

 

「馬鹿者。お前は女子と一緒にお風呂に入りたいのか?」

そう指摘されて思い出したように納得する一夏だが、真耶に『女子と一緒にお風呂に入りたがっている』と勘違いされてしまう。一夏は慌てて否定するが、今度は『女の子に興味がない』と思われてしまう。しかも真耶の言葉が廊下にいる女子たちに伝わってしまいあらぬ誤解を生んでしまう。

 

「織斑くん、男にしか興味ないのかな?」「それはそれで…」「ISただ二人動かせる、男子高校生と年上男性と禁断の恋…悪くないわね。」

 

(おいおい、勘弁してくれ)

 

そんな風に一夏が呆れていると、千冬と真耶は職員会議のために教室を出ていく。

 

「はぁ、それにしても千冬姉は相変わらず大雑把だな。」

 

二人が出ていくのを見届けると、一夏はため息を吐きながらそう呟いた。なんせ彼女が一夏のために用意した荷物とは、着替えと携帯電話の充電器。さすがにもう少し考えてほしいものだ。すると、そんな彼を黎斗がたしなめる。

 

「こら、お姉さんにそんなこと言うものじゃないよ。私はこの後、少し学園内を回るつもりだけど、一夏君はどうする?」

 

「あー、すいません。俺はちょっと、もう早く休みたいっていうか…」

 

一夏が言いづらそうにしてると、それを黎斗が手で遮る。

 

「いや、気にすることは無い。確かに一日中注目されていては、気が休まらないだろう。私は一人で学園を回ることにするよ。」

 

「そうですか。すいません!じゃあ、俺は先に部屋に戻ってます。」

 

一夏はそう言って頭を下げると、教室を出ていった。黎斗は一夏が教室から出ていくのを、見届けてから自分の荷物を片付け始めた。

 

(やはり、まだところどころに緊張が見られるな。私の年を考えれば当然か)

 

ふと、黎斗が作業の手を止める。

 

(そういえば、彼は先に『部屋に』戻っていると言っていたが、何か勘違いしていないだろうか。まあ、私には関係ないが。)

 

そして、また片づけを再開する。

黎斗の部屋は、一夏と同じ『1025号室』…ではなく、完全個室である。これは彼が社長としての仕事を続けている関係で、経営に関する重要な情報を取り扱う可能性を考えて特別に割り当ててもらったのだ。

そのことを後日知ることになる一夏は、部屋でくつろいでいたところに、先にシャワーを浴びていてバスタオル一枚の姿で洗面所から出てきたルームメイトの箒と出くわしてしまい、冗談抜きに木刀で殺されかけることになる。

その後も同じ部屋に男女二人きりという気まずさに、彼のデリカシーの無さも手伝い、二人の仲はギクシャクすることになる。

 

 

「織斑、お前のISだが準備に時間がかかる」

 

翌日の二時間目、織斑先生は授業の開始と共に一夏君にそう伝える。なんでも予備がないので、学園の方で新しく用意するらしい。なんて言っても世界初の男性操縦者だ、何でも良いからデータが欲しいのだろう。あるいは、恩でも売っておいて交渉の材料にでもする算段だろうか。

 

(無駄なことだ。この私でさえ三年の月日をかけても、ほとんどISの根幹については不明のままだというのに。いくら彼が特例だといえ、凡人が調べたところで何も分かるわけがない。)

 

ちなみに私も専用機を持っている。昨日は面倒ごとに巻き込まれるのが御免で、話さなかったがな。

もちろん、私の専用機はわが社製だ。ISコア自体は未だ複製不能故に仕方ないが、他のパーツは他社に作ったものなど信用できない。

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者でしょうか?」

 

一人の女子が織斑先生に質問する。篠ノ之というのは昨日の放課後、一夏君に話しかけてきた彼女だ。まあ珍しい苗字だしな、そう思うのも当然だろう。

 

「ああ、篠ノ之はあいつの妹だ。」

 

織斑先生の返答に教室内の女子が色めき立つ。実に若者らしい反応だ

ちなみに、篠ノ之博士とはIS開発者の篠ノ之束のことである。現在は行方不明で世界中で指名手配されている。

(しかし、『あいつ』か。彼女たちにIS発表以前から接点があったことは知っているが、それだけにしてはやけに親し気だな。もっと詳しく調べる必要があるか。

 

「あの人は関係ない!」

 

いきなり箒君が大声を出す。どうやら彼女にとって姉に関する話題はタブーらしい。覚えておこう。

 

 

そんな騒動も一息つき、授業が再開する。そして授業が終わって休み時間。早々にセシリアが一夏のもとにやってきて声高らかに話始める。

 

「安心しましたわ。勝敗は見えているとはいえ、訓練機と勝負するのではさすがにフェアじゃありませんもの。」

 

「なんでだ?」

 

「わたくしはすでに専用機を持っておりますもの。」

 

「へー」

 

得意げに話すセシリアとは対照的に、一夏はひどく冷めた様子で相槌を打つ。今までISと関わりの無かった一夏にとって、セシリアの言うことの凄さがいまいちピンとこない。

 

「一夏君、この年で専用機持ちというのは、とてもすごいことなんだよ。なにせISのコアは世界中にたった467個しかないんだ。」

 

と聞いても、あまり驚いた様子を見せない一夏に飽きたのか、セシリアは黎斗に話しかける。

 

「あら、誰かと思えば、競技用の最新ISをほとんど作らず、癖の強い欠陥機や旧式の救助型や運搬補佐型のISばかり作っている、幻夢の社長さんじゃありませんか。」

 

あまりの物言いにイラっとする一夏が、文句を言おうとするが、それよりも早く黎斗が口を開く。

 

「えぇ、確かにその通りですよ。私、いやわが社は宇宙開発のためにISを開発した篠ノ之束博士を心から尊敬しています。その夢に敬意を払い、彼女の願いに届かないまでも、人々をためになるようなIS開発を目指していますから。」

 

これについては紛れもない彼の本心である。彼はISを戦争やスポーツの道具としか見ていない世の中を嫌い、そういった受注は断っている。

実際、彼の会社が作るISは救助に非常に特化しているものが多く、世界における災害時の救命率は幻夢コーポレーションができてから、飛躍的に上がっている。

また、専用機を作る際は、操縦者をしっかり見定めてから作っている。ゆえに機体は個人専用、つまりはかなり癖の強い機体に仕上がることになる。

ぶっちゃけこんな態度では、いつ国からISの製造権利を取り上げられるか分からないものだが、彼らの活動が救助活動に大いに貢献していることから、政府も容易に口を出せないのだ。

さて、そんなことを言われたセシリアと言えば、何も言い返せないのかフンっと鼻を鳴らすと、自分の席に戻っていった。

教室内の女子たちも、思うところがあるのか、少しばつの悪そうな顔をしている。そんな中で皆とは違う反応をする者が一人。箒である。

 

(姉さんのことをそう思う人がいるなんてな…)

 

今まで彼女を利用しようとした大人は数多くいたが、そんな風に尊敬するなどという言葉を聞いたのは初めてだった。姉に対する認識を揺るがされた箒はどうしていいのか分からず、ひとまず考えるのを放棄した。

 

 

時は進んで、放課後。一人の女子生徒が学生寮への道を歩いていた。その足取りは重く、そこから想像できる通り、表情もすこぶる暗かった。

 

(はあ、噂の男性操縦者、っていうか男子と近づけるチャンスだったのになぁ。)

 

原因は今日の昼休みにある。彼女は一夏が代表候補生と模擬戦いをするという噂と聞くと、一夏にISの指導を持ち掛けた。

IS操縦者を目指す生徒の多くは中学から女子校に通うので、基本的に男子との関わりは少ない。だから、男性、しかもあの織斑千冬の弟となれば近づこうとするのも当然だろう。

 

「まさか、篠ノ之博士の妹だなんて、勝ち目全く無しだよ~」

 

しかしその狙いは、一夏を独占したい箒によってあえなく外れることになった。

ちなみに、黎斗にも言い寄ってくる女子はいる。しかしそこは檀黎斗、数々の死線を潜り抜けて…きては無いが、経験豊富な彼にしてみれば、女子生徒を軽くあしらうなど軽いことである。

まあ、そんなこんなで目論見が失敗した憤りと悲しみを紛らわすため、アリーナでトレーニングをしていたらすっかり夜も遅くなってしまった。

そうして彼女が寮に向かっていると、向こうから誰かがやってくるのが見えた。

 

(こんな遅くに誰だろ?)

 

しかし両者の距離が近づき相手の全体が見えてきた途端、彼女はすぐに警戒態勢に入る。それもそのはず、いま彼女の目の前にいるのは、人とするにはあまりにかけ離れた姿をしている。

全身のシルエットこそ人に近いが、頭部と脚部がやけにギザギザしており、肩に先端のとがった巨大な十字が乗せている。また目に当たる部分は紫色の点が二つ光っていた。

IS。彼女は自分の目の前にいる存在をそう認識した。しかも珍しいフルスキンタイプだ。ほかの専用機持ちや学園の持つ機体の中でこのような機体は見たことが無かった。

それが一層、彼女の警戒心を高める。

 

「見たことない機体だけど、どなたかしら?ISの私的展開は認められていないわよ。」

 

たとえ専用機であっても、その戦闘力の高さ故にISの個人的な使用は禁止されている。

それを聞いても、正体不明のISは気にする素振りするさえ見せず、ゆっくりと彼女を見据えると、次の瞬間に飛び掛かってきた。

 

「っ!」

 

ISのいきなりの突撃を、自らのISを展開して弾く。あまりに突然の攻撃だったため、腕がジーンとしびれてしまう。

 

(IS展開しちゃったけど、どうみても非常事態だし問題ないよね。)

 

少し不安を感じながらも、先ほど弾き飛ばしたISの方に向き直り、構える。その弾かれた方はというと、空中でくるりと回転するときれいに着地した。その場所はちょうど街灯の真下であり、街灯の光に照らされ、その姿がはっきりと露わになる。

 

「なに、これ?」

 

黒い。それが彼女の真っ先の感想だった。人のフォルムに限りなく近いながらも、ISであることを認識させる機械じみた装甲は、肩や手先足先など部分的には紫色だが、ほぼ全身が真っ黒である。また、頭部からは複数のコードのようなもの人間の髪のように伸びていて、それがこのISに不気味な人間味を帯びさせていた。

『黒夢-KOKUMU-』。彼女のディスプレイにそう表示される。

 

(こくむ?それになぜ他の情報が表示されないのかしら)「あなた、名前と所属組織を言いなさい。」

 

しかし黒夢はその言葉に反応せず、右腕についてある小箱状の機械に触れると、光の刃を展開し再度向かってきた。

 

(話す気はないってことね。良いわ!専用機持ちの実力を見せてあげる!)

 

近接ブレードを右腕に展開し黒夢の攻撃を受けようとする。が、ブレードがかち合う瞬間。黒夢が視界から消える。

 

(どこに行ったの?)

 

ISの能力によって、ほぼ360度まで広げられた視界を見渡す。そして彼女のすぐ後ろで刃を振りかぶる黒夢の姿を捉える。

 

(一瞬で背後に!?この距離は刀じゃ間に合わない。)

 

そう判断し、右腕に取り付けられた物理シールドで黒夢の攻撃を受け止める。しかし、

 

ウィィィン

 

光の刃の周囲から無数のとげが出てくると、チェーンソーのようにとげが回転し始めシールドを切り裂き、その勢いのまま彼女の機体にダメージを与える。

 

「きゃあああ!」

 

ISの絶対防御を超え彼女に激痛が走る。距離を取ろうにも、黒夢の髪に抱きしめられるように拘束され逃げることができず、攻撃を受け続ける。

エネルギーが残りわずかというところで、彼女は開放されるが、心身ともにダメージの大きく、その場にへたり込んでしまう。

それを見た黒夢は、刃を引っ込めるとその小型の機械を90度回転させる。回転した機械の先には二つの小さな突起物があり、それを彼女の機体に押し当てる。

 

『警告。詳細不明の攻撃を受けています。』

 

ディスプレイに映る警告に危機感を感じ逃げようとするが、上から踏みつけられ再び地面に伏してしまう。少しすると、黒夢は立ち上がり、何も言わず闇の中に消えていった。

 

 

その数日後。

 

「織斑、オルコット、それに檀。少しついてこい。」

 

千冬が授業終了後、三人に呼び掛ける。

 

「ついてこいって、どうしたんだ、千冬姉?俺、この後用事あるんだけど。」

 

「彼と同じというのは気に入りませんが、わたくしも代表候補生ゆえ忙しい身。あまり暇はありませんのですが。」

 

「黙れ。いいからさっさとついてこい。あと織斑、織斑先生だ。」

 

断ろうとする二人を睨み一つで黙らせる。その有無を言わせない迫力に、両名とも思わず背筋を伸びてしまう。

 

「どうやら、急を要することのようですね。」

 

「あぁ、その通りだ。お前は物分かりが良くて助かる。」

 

黎斗が尋ねると、千冬は頷き廊下へ歩き出した。「ついてこい」と無言の圧力を放つその後ろ姿を、三人が慌ててついていく。

 

 

「ISによる専用機持ちの襲撃!?、それってマジかよ千冬ねっ…」

 

スパンッ!

 

「織斑先生だと言っているだろう。もちろん事実だ。最初は入学式の翌日の夜。そして次の日に二件。いずれも夜遅くに下校していたところを襲われている。」

 

会議室まで連れてこられ、千冬がISの襲撃事件を伝えると、驚いた一夏が千冬に詰め寄るが、またも頭を叩かれてしまう。

叩かれた頭を押さえ、うずくまる一夏をしり目に千冬が続ける。すると、さっき睨まれたのが余程応えたのか、おずおずとセシリアが質問する。

 

「犯人はどのようなISを使っているのでしょうか。」

 

「現在のところ、分かっているのは全体的に黒いフルスキンタイプであること、『黒夢』という名前、そしてチェーンソー型のブレードを使うことのみ。それ以外は不明だ。」

 

毅然とした態度で答える千冬に、今度は黎斗が質問する。

 

「不明とはどういうことでしょうか?この学園にはいたるところに監視カメラがありますし、なによりIS自体に戦闘データが残っているはずでは?」

 

「監視カメラだが、何者かにハッキングされたようで襲撃の際の映像は無い。ISのデータだが、こちらも何故かデータにノイズがかかって解析不能だ。」

 

千冬の言葉に三人は大きく驚く。

 

「まさか、ISのデータに干渉できるなんて。」

 

「襲撃者は技術的にも相当な腕を持っていると考えてよさそうですね。」

 

現時点において最強の兵器であるISに関する情報はトップシークレットであり、機体自体、ましてや専用機には強力なプロテクトがかかっている。

それに干渉できるとなると、相当な技術を持っていることが予測できた。

 

「ただ、うちの技術班も優秀だ。データを解析し続けたところ、不明ISについてあることが分かった。」

 

ここまで言うと、千冬はより厳しい顔になり

 

「さきほど言った通り、こいつは専用機持ちを狙っている。すなわちお前らは、奴のターゲットになる可能性が高く、この情報を知る権利がある。しかしこれは機密情報だ。それなりの覚悟がいるぞ。」

 

と続けた。真っ先にセシリアが反応する。

 

「あ、あなた、専用機持ちでしたの!?今までそんなこと一言も。」

 

「あぁ、そういえば言ってなかったね。確かに私も専用機持ちだ。」

 

ガーンという音が聞こえてきそうなほど、落胆するセシリアだが、咳払いをして気を取り直すと、堂々たる態度で言い切る。

 

「構いませんわ。このセシリア・オルコット、代表候補生として必ずやその襲撃者を倒して見せましょう。そのために敵の情報を知るのは当然のことですわ。」

 

「倒すにしろ、退けるにしろ情報は多いに越したことはありません。私もぜひ教えていただきたい。」

 

「あら、ずいぶんと弱気な発言ですこと。」

 

「現状を冷静に分析した結果だよ。専用機持ちの三年生ですら、太刀打ちできなかったんだ。そう考えるのが妥当さ。」

 

黎斗に発言にむすっとするセシリア。千冬はそんな二人から黙り込む一夏へ視線を移す。

 

「お前はどうする?一夏。」

 

「もちろん聞くにきまってるだろ。俺を狙ってくるってんなら相手のことを知っておくに越したことは無い。」

 

その答えに満足したのか、千冬はフッと笑うと、先に会議室で何やら準備していた真耶の方を向きうなずく。真耶がデバイスを操作すると、壁に複数の映像が映し出された。

 

「これが襲撃者の使うISの映像だ。そして解析の結果、こいつに使われているコアが判明した。」

 

ISの心臓ともいえるコアにはそれぞれ番号が振ってあり、それらを所持している国や団体はすべて記録され、いつでも分かるようになっている。

 

「コアナンバー002。世界で二番目に作られたISコアであり、生体接続型IS『蕾』に使われていたものだ。」

 

生体接続型IS?聞きなれない言葉に三人が怪訝な顔をする。

 

「ちょうど良い。今日、授業で習っただろ、ISは操縦者と心を通わせることができる人格のようなものがあると。これはそれを証明するために作られた機体だ。『千手システム』。機体と操縦者をコードでつなぎ、相互のつながりを強くすることで、ISの進化を促し人格の存在を証明しようとした。」

 

「なんか、すごい話だな。」

 

あまりにも壮大な計画に一夏が素直に感心する。

 

「だが、計画はすぐに失敗。ISが完成した後に何名かがテストパイロットに選ばれたが、その全員が乗ってすぐに再起不能に陥ってしまったんだ。」

 

「再起不能とはどういうことどういうことでしょうか?」

 

「蕾と接続すれば、機体が感知したあらゆる情報がコードを通して、操縦者に直接送られることになる。そして蕾に乗った誰もが蕾から送られる膨大な情報量に耐えることができなかった。

計画はすぐに凍結され、蕾に関するあらゆるデータは抹消、蕾自身も厳重に保管されることになった。」

 

「保管?普通は分解されるのではなくって?」

 

本来、古くなったISは分解されることになる。これはISのコアが有限であるため、使い捨て出来ないためだ。

 

「それが、できなかったらしい。原因は未だに分かってないが、蕾からはコアはおろか、あらゆる武装を取り外すことさえ不可能だったと聞いている。」

 

「つまり、このISがその蕾ということですか。」

 

黎斗が確認の意を含め尋ねると、千冬は首を横に振る。

 

「いや、当時の開発者曰く、これは蕾とは似ても似つかないそうだ。色も違えば形もまるで違うとな。」

 

その回答に全員が不思議そうな顔をする。蕾は分解できないから保存されたはずだ。なのになぜ改造が施されているのか。

 

「なんにせよ、世界で二番目に作られたコアというなら、その所持国は日本ということですわよね。いったいどう責任を取るのでしょう?」

 

セシリアが勝ち誇ったように話す。

IS発表当初、日本はその技術を占有した。そのため、コアの中でも若い番号を振られているのは日本国が所持しているものである。

しかし千冬はそれを否定する。

 

「話はそう簡単ではない。蕾はその能力の特異性ゆえに国連管理のもと、厳重に保管されていた。しかし、先ほど確認を取ったところ、半年ほど前に何者かに盗まれたらしい。つまり、これは国連、引いてはそれに関わった先進国全ての失態だ。」

 

一気にセシリアの顔が青ざめる。

 

「分かったなら、下手な言動は慎むんだな。安易な侮辱はお前の祖国への侮辱にもつながる。」

 

コクコクと機械的にうなずくセシリアに呆れながら、千冬は三人を見る。

 

「ちなみにこのことは各担任を通じて、専用機持ちにのみ伝えられている。そして、こいつの特徴だが、とにかく動きが変則的だ。機体と直接つながっているため、三次元的にかなり複雑な動きができる。さらに反応速度も速い。これも機体と操縦者間に余計なプロセスを踏まず操縦できるからだ。」

 

「言ってみれば、鎧を着てるみたいなことか。」

 

一夏が一人納得するように呟くと、千冬がそれにうなずく。そのとき、一夏はあることに気付く。

 

「そういえば、決闘はどうなるんだ?こんな状態じゃ中止ってことに…」

 

「安心しろ。それは予定通り行う。」

 

「なんでだよ!俺もオルコットさんも専用機持ちだろ。絶対狙ってくるだろ。」

 

「あぁ、だからそれを逆手に取る。」

 

一夏の反論に千冬が即答する。

 

「奴がこの決闘を狙ってくる可能性は高い。だからこそ、そこでやつを叩く。」

 

千冬の力強い言葉に、黎斗が異議を唱える。

 

「しかし、相手はかなり強力です。さすがに二人だけでは、危険ではないでしょうか。」

 

「それについては心配いらないわよっ。」

 

突如、若い女性の声が聞こえてきたかと思うと、会議室内に一人の女子生徒が入ってくる。赤い瞳に水色の髪、口元にはふふっと余裕のある笑みを浮かべている。

 

「ほかの生徒たちはどうだ。更識。」

 

「ええ。特にこれといった問題もなく、専用機持ち全員に話はいきました。」

 

突然入ってきた女子に三人は混乱する。

 

「あの、その人は?」

 

一夏が手を上げ質問する。

 

「ふふっ。私は更識楯無。この学校の生徒会長よ。よろしくね。」

 

パッと扇子を開くと、そこには『学園最強』と書かれている。

 

「襲撃者が決闘中に乱入したら、私が即襲撃してボコボコにしちゃうから、安心してね。」

 

そしてニコッと笑うが、一夏たちはいまいち納得しないようで、

 

「でも、一人で大丈夫なんですか。相手は…」

 

「心配ないわよ。こう見えて私、国家代表なのよ。なんだったら戦ってみる?」

 

表情は相変わらず笑顔だが、その奥に恐ろし気なものを感じ一夏はブンブンと顔を横に振る。

 

「では、そういうことだ。三名とも十分、襲撃者には気を付けるようにしろ。とくにお前らは決闘前にやられるなんてことのないように。」

 

最期の忠告に三人が了承すると、そのまま解散となった。三人が出ていくと、千冬は楯無の方を向く。

 

「奴をどう思う?更識。」

 

「檀黎斗、のことですよね。事前に言われましたが私は何も感じませんでしたよ。」

 

「そうか。」

 

そう言うと、楯無も部屋から出ていく。すると真耶が不思議そうな顔で千冬に聞く。

 

「檀さんがどうかなされたんですか。あっ、もしかして織斑先生にもついに春ががが…」

 

話の途中で容赦ないアイアンクローを受ける真耶。

 

「何をふざけたことを言っている。私はあいつに妙な不信感を感じるだけだ。」

 

「不信感ですか。うーん、私は特にそんな感じはしませんけど、考えすぎじゃないですか?」

 

「だと良いのだが…」

 

檀黎斗という男に初めて会った時から、千冬は彼に妙な感覚を感じていた。その笑顔の裏になにか大きな闇を感じるのだ。

 

(杞憂だと良いのだが)

 

そう思いながらもどうも胸騒ぎを抑えることができない千冬であった。

 

 

IS学園の学生寮、自室であう9610号室にいた黎斗は自分のデバイスに向かっていた。

そこには、なぜか今までに襲撃を受けたISと操縦者たちのデータが映っていた。

 

「念のため、他社のISのデータを取ってみたが、やはり大した違いは無いな。となると、」

 

そう言って、画面に違う情報を表示させる

 

『第三世代ISデータ

アメリカ ファング・クエイク  イーリス・コーリング(三年)

イギリス ブルーティアーズ   セシリア・オルコット(一年)

イタリア テンペスタⅡ     トライアル段階

ドイツ  シュワルツ・レーゲン トライアル段階

中国   甲龍         鳳凰鈴音(転入予定)

ロシア  ミステリアス・レイディ 更識楯無(二年)』

 

「ふっふっふ。」(こちらのデータを収集する必要があるな。)

 

黎斗は抑えきれないといった様子で、笑いながら画面を見ている。

 

『楽しそうね、クロト』

 

「ああ、とても楽しいさ、HIKA。ここまでずっと研究だったし、その研究もほとんど進展がなかったからね。」

 

どこからともなく聞こえてきた声に、当然のように黎斗は答える。

そして、さらに二つのデータを映し出す。

画面に映るデータのうち一つにはISの設計図が映っており、左上には『黒夢』と書かれている。そしてもう一つには、

 

(もとは暇つぶしがてら、構想だけで終わらせるつもりだったが、どうやらこちらの方が先に完成してしまいそうだな。)

 

―『クロニクル・カラーズ』と書かれていた。

 




黎斗の性格ですが、俺の解釈はこんな感じです。ちょっと違和感あるかもしれません。
ていうか、勢いで楯無を出してしまいましたが、この時点で生徒会長なんでしょうか?
私はアニメは一期まで、原作もまだ三巻途中なので、大まかなストーリーと福音以降はハーメルン知識しかありませんので、間違っていたら訂正お願いします。


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第四話 DASH!クラス代表決定戦

ちょっと、最期の方を変更しました。


「遅かったではないか。いったい何をしていて…あなたは」

 

道場に入ってきた一夏に、箒は怒鳴りつける。道着を着て、すでにうっすらと汗をかいていることから、かなり待たされていたらしい。さらに問い詰めようとするが、もう一人の訪問者に声を詰まらせる。

 

「やあ、こんにちは。」

 

黎斗がにっこり微笑みかけると、箒は戸惑うように一夏を見る。

 

「ちょっといろいろあってな。しばらく一緒に特訓することになったんだよ。」

 

一夏が苦笑しながら答える。放課後の千冬の忠告を聞いて、せっかく二人しかいない男子ということで、一緒に行動しようと話していた。。

ただし、専用機持ちが襲撃され敗北したとなれば、企業や国のメンツに関わるとのことで口止めされている。そこで詳しいところは濁して話すが、その話を聞いた途端に箒は焦りだす。

 

「なっ!特訓だと?!私とのはどうするつもりだ!」

 

実はセシリアとの決闘が決まった翌日、一夏は箒にISについて教えてほしいと頼んでいた。自分がISのことをさっぱり理解できていないことに、さすがに危機感を覚え幼馴染の彼女を頼ったのだ。

しかしその後、一夏は中学時代に家計を支えるために帰宅部だったせいで、剣の腕は大きく落ちていたことを箒に指摘される。

昔から一夏の強さにあこがれを抱いていた箒はそのことに憤慨し、彼への好意もあって放課後一緒に特訓することになった。

しかし一夏の方は、剣道の練習ばかりで内心ちょっと不安になっていたりするので

 

「もちろん、箒との特訓もやるけどさ。ほら、やっぱりISの練習も必要だろ。黎斗さんはISの開発にも携わっていたっていうしさ。」

 

一夏は、事前に二人で決めておいた理由を話す。しかし箒は納得できないらしく、余計に不機嫌な顔になり一夏に詰め寄る。

 

「な、なにを言っている。そもそもお前はIS以前の問題だろう。そんな弱さではISに乗ったところで、無様な姿をさらすだけだ。」

 

ムキになって反論する内に話の主題がずれているが、本人は構わず続けていく。

 

「だ、だいたい、ISはどうするんだ。お前のはまだ来てないはずだろ!」

 

「それについては問題ない。さきほど学園に確認したら、訓練機はまだ残っているようだ。私はすでに専用機を持っているから、申請は一機分で済んだしね。」

 

箒の剣幕に慌ててしまっている一夏の代わりに、黎斗が事情を説明する。

 

「確かに、実戦経験が必要なのは認める。昔剣道をやっていたというなら、その感覚は間違いなく大きな武器になるだろう。しかし、まったくISと触れていないというのは問題だ。ある程度ならしておくのは必要だろう。」

 

それに、と黎斗は箒のみに聞こえるような小さな声で続ける。

 

「君たちの時間を邪魔するつもりは無いよ。」

 

すると箒は顔を真っ赤にして慌てだす。

 

「なっ、なっ、何を言ってるんですか、一体!?決してそんな不埒などは…」

 

(ん?黎斗さんは何を言ったんだ?)

 

箒の変わりぶりを一夏が疑問に思い首をかしげていると、一夏の死線に気付いたのか、箒が咳払いをして襟を正す。

 

「そういうことなら、構いません。では着替えてくるので少し待っていてください。」

 

「いや、いまは剣道の練習しようぜ。箒もせっかく着替えて…」

 

「ええい、うるさいぞ。とにかく今はISの訓練が先だ。」

 

一夏の言葉を無理やり遮ると、箒はスタスタと更衣室の方へ向かってしまう。残された一夏は、得心いかないような顔つきを黎斗に向ける。

それに対して黎斗は、肩をすくめて受け流す。

 

 

更衣室の扉が閉まり、中に誰もいないのを確認すると胸に手を当てて気を静める。

 

(こうも簡単に気持ちを見透かされてしまうとは。)

 

一夏への自分の気持ちを当てられたとき、私は自分自身を恥じた。あの人は私と一夏の関係をほとんど知らないはずだ。

いや、もしかしたら一夏が話したのかもしれない。

 

(一夏ときたら、最近は私の前だというのに、あの人のことばかり話しおって。)

 

ふと、楽しそうに黎斗のことを話す一夏を思い出して、怒りが湧いてくるが頭を振り、考えを戻す。

問題はそこではない。たとえ一夏が、あの人に何を話していたとしても関係ない。そもそも、一夏は私の想いに気付いてないのだから。

それでも私の心を言い当てられた。つまり私の行動はそれだけ分かりやすかったということだ。

 

(もう少し気を付けなければ)

 

箒は舞い上がっていた自分を戒めるように、ほほを叩く。

遅くなってはますます面目が立たないと着替えを足早に済ませる。そして道場の外で二人と合流すると、アリーナの方へ向かった。

 

 

「美しい」

 

黎斗は、誰に聞かせるでもなく感嘆の声を上げる。IS学園は四方を海に囲まれ、学園自体が島のような形状をしている。日本本土との距離もそれなりにあるので、空高くに浮いている彼の視界を妨げる建造物は、ほとんどないと言って良い。

さらに、空気が澄んでいるためか、空はどこまでも広がっていて海との境界線が、実際よりはるか遠くに感じられる。

自分がまるで青空の中に立っているような、いやいっそ空の一部になったような感動を黎斗は感じていた。

 

「一夏君、調子はどうだい?」

 

通信を通して一夏に質問する。それに一夏は問題ないと答えるが、どうも動きがぎこちない。

アリーナに到着したあと、一夏はIS初操縦ということで、確認のため軽く基本動作を行ってみたが、あまりうまくいかなかった。

 

(好きに動いてみてって言われたけど、意外と難しいな)

 

ISの動かし方については、ISに乗れば自動的に操縦者には分かるようになっている。しかし動かし方が分かっていても、今まで地面と接して生きていた人間にとって、浮いたまま動くというのは意外と難しい。

初めは黎斗が一夏に指導しようとしたのだが、先に箒が話し始めたので、黎斗はそのまま彼女に任せることにした。

ということで、彼はアリーナ上空からの眺めを楽しんでいた。

 

(何度見てもこの光景は素晴らしいものだ。)

 

そして、黎斗は頭上を見上げる。雲一つない空では、青一色の世界が広がっている。

 

(このさらに先に行けば、やがて宇宙へとたどり着く。)

 

しかし、今のISにはそれは不可能である。エネルギーが有限のISではたとえ宇宙に出ても長時間活動することはできない。それが今のISの現状であった。

 

(最も、そんなことを気にしているのは例の彼女ぐらいなものだろうがな。)

 

「黎斗さん、準備できました。」

 

まだ所在すら不明な天才のことを考えていると、通信越しに呼ばれる。

 

「分かった。今行くよ。」

 

黎斗が地表付近まで来ると、一夏が訓練機『打鉄』を纏い、宙を滑るかのように走っていた。

 

「それが黎斗さんのISですか。」

 

「あぁ、『水仙』と言う。よろしく。」

 

水仙。それが黎斗の専用機。ぱっと見は、打鉄そのものだが、水墨画のようなに明暗が入り混じった配色が、機体の機械的なフォルムとは対照的な優雅さを醸し出している。他に違う点と言えば、打鉄の場合は1mほどのシールドが浮いている両肩付近には、薄墨色と黒色一対の大きな車輪が浮いているとことだろう。

 

「では一度、模擬戦でもしてみようか。」

 

「えっ、いきなりですか?」

 

黎斗のいきなりの提案に、一夏が慌てる。

 

「とりあえず、さ。実際に動かしてみて何か分からないところがあれば、修正していこう。」

 

そう言って黎斗は両手に腕の長さほどの鎌を展開し、構える。

ISは普段武装を、拡張領域に収納していて必要に応じて呼び出すことができる。

一夏もそれに応えるように近接ブレードを右腕に展開して構える。すると水仙が打鉄に突撃をしかけ、右の鎌で切りかかる。

 

「くっ!」

 

「甘いよ!」

 

その攻撃を打鉄がブレードで受けると、水仙は互いの武器の接触面を軸に、切りかかった勢いのまま、打鉄の頭上を回転するようにして、背後に回る。そして振り向きざまに左の鎌で横一線に切りつける。

 

「ぐわっ」

 

攻撃した場所が、ちょうど一夏の背中だったため、打鉄の絶対防御が発動し、エネルギーが大幅に削られる。

水仙は右の鎌でさらに攻撃を仕掛けるが、それを察知した打鉄が前方へ加速し攻撃をなんとか避ける。

 

「危なかった。」

 

「まだだ。」

 

水仙は右肩にある薄墨色の車輪に鎌をひっかけると、打鉄めがけて投げた。車輪に気付き、体をのけぞらせる打鉄だが、わずかに車輪がかすりエネルギーをまたしても削られてしまう。

 

「何をやってる、一夏!」

 

箒の怒声を受けながら、一夏は内心焦っていた。

 

(やばいな、このままじゃ何もできずに負けそうだ。せっかく箒に特訓に付き合ってもらったっていうのに。)

 

打鉄はブレードを強く握りしめ、前にいる水仙に集中するが、打鉄が後方からの攻撃を警告する。ハイパーセンサーを使って、後ろを確認するとさっき避けた車輪が向かってきていた。

 

「まじかよ!」

 

それを一夏が紙一重でかわすと、車輪はそのまま水仙の方へ戻っていく。

 

「驚いたかい。これは車軸を軸にして常に回転しているんだ。だから、ブーメランのように使うことができるんだよ。」

 

そう言って、水仙は先ほどと同じように構えなおす。

 

(このままじゃ、黎斗さんにやられっぱなしだ。状況を変えないと!)

 

打鉄はブレードを左手に持ち帰ると、右手にアサルトライフルを展開し、水仙に向かって撃ちまくる。弾丸の雨が降り注ぐが、水仙は難なくそれをかわしていく。

 

「それじゃだめだ、一夏君。狙いがバラバラすぎて意味がない。」

 

黎斗に指摘されるまでもなく、一夏もこれ以上は無駄と思いライフルを収納、ブレードを両手に持ち水仙に向かっていく。

 

「はぁぁぁ!」

 

打鉄が左腰からブレードを斜めに振り上げる。もちろん水仙は右の鎌で受け止めると、下方へ流そうとするが、

 

「なに!?」

 

打鉄はブレードを自ら引っ込め、水仙に頭突きを食らわせる。奇襲攻撃に黎斗が驚いている間に、打鉄は猛攻をかける。

 

ガギンッガギンッガギンッ!

 

両方の鎌を使って、打鉄の斬撃を防いでいくが、ついに打鉄の攻撃が水仙のガードを破る。

 

ガチャーンと水仙が後方へ吹き飛ばされる。

 

「くっ、なかなかやるじゃないか。一夏君。」

 

「いえ、黎斗さんこそ。」

 

何とか一撃を加えたことに安堵する一夏だが、それでも彼が不利なことに変わりはなかった。打鉄の残りエネルギーは水仙に比べ、大幅に少ないにかかわらず、一夏はさっきのラッシュに体力を使いすぎて息も絶え絶えである。

 

「それではだめだ。ISは操縦者の動きをある程度、サポートしてくれる。今の君は無駄な動きが多すぎて、余分な体力を使ってしまっている。」

 

水仙は両方の鎌を使って、二つの車輪を自身の左右に、それぞれ投げる。あらぬ方向に投げられた車輪に、一夏が困惑していると水仙が一気に加速して、打鉄に迫る。慌てて下がるが、その瞬間に両側から衝撃を受ける。

 

「なんだ?」

 

左右を見れば、先ほどの車輪が機体に当たったところだった。

 

(さっきのはこのために。)

 

一夏が黎斗の真意に気付くが、時すでに遅し。水仙が目前にまで迫っていた。

 

「もらったよ!」

 

水仙が鎌をクロスさせ打鉄を切りつける。

 

「こうなりゃ!」

 

一か八か、打鉄もブレードを正面に叩き込む。

 

ピピーッ

 

そして、打鉄のエネルギーが0になると、水仙は攻撃の手を止めて、鎌を収納する。黎斗は少し息が荒いながらも、悠々たる様子で一夏に微笑みかける。

 

「素晴らしい腕だね、一夏君。 驚いたよ。」

 

それに対して、一夏は息を切らせながら言う。

 

「よく言いますよ。俺より全然、余裕ありそうじゃ、ないですか。」

 

二人は地面へ降りISを解除する。このとき、水仙は指輪の形になり、黎斗の右手人差し指に収まる。

これはISの待機状態であり、専用機持ち達はこうして、文字通り機体を持ち歩いている。

 

「いやいや、こちらは専用機なんだ。訓練機の一夏君に、ここまでやられるとは思っていなかったよ。それにISを実際に動かすのは初めてなんだろう?本当に驚きさ。」

(まさか、ここまでやるとは。専用機が完成すれば、少し厄介だな。)

 

黒夢よりスペックが劣るとはいえ、彼の公式の専用機である水仙と互角の戦いを行う一夏に、黎斗は素直に驚いていた。

一夏は黎斗の言葉をうれしく思い、照れくさそうな顔をする。

 

「そうですかね、だとしたら箒のおかげですね。こいつのおかげで昔の勘を取り戻せましたから。」

 

そう言って、二人の方に歩いてきた箒に満面の笑みで

 

「ありがとうな、箒。お前のおかげで助かったぞ。」

 

なんて言うものだから、さっきの決意はどこへやら、箒は顔を真っ赤にして狼狽える。

 

「そ、そうか。まあ私はお前の幼馴染だからな。これくらい当然だ。」

 

そんなやりとりを見ながら黎斗は内心、一夏に呆れながらも感心していた。

 

(なんの下心もなく、そんなことを言えるとは。罪な男だな。)

 

「一夏君、君の戦い方だがやはり接近戦が向いているね。」

 

呼びかけられて、黎斗の方を振り向く一夏に、彼は解説を続けていく。

 

「やはり、剣道をやっていたというは大きい。普通なら刀を正しく振れるようになるだけでも時間がかかるものだが、君の場合はそういった基礎がしっかりしているからね。その辺の心配が必要ない。箒君との特訓は、君にとって有益なようだ。」

 

その言葉に箒が満足げにうなずく。

 

「それに言いづらいことだが、逆に射撃の腕は未熟だ。決闘まで時間がないからね、剣の腕を磨いた方が良いだろう。」

 

一夏はさっきの戦いを思い出して苦い顔をする。一夏が撃った弾丸は当たるどころか、かすりもしなかった。残りの短期間で会得しようとするのは無理がある。

 

「分かりました。今回はありがとうございました。おかげで、なんとなくですけど感覚がつかめたと思います。」

 

「いや、良いんだよ。前にも言ったが私は君の勝利を願っているからね。それでは打鉄を片付けようか。」

 

それから打鉄を学園に返し、道場に戻ると一夏は箒との練習を再開させた。今までと違った相手と戦ったからか、その動きは格段に良くなっていた。

 

 

そんなこんなで、決闘の日。一夏、箒、黎斗の三人は第三アリーナのAピットにいた。三人とも、一言も話さず黙り込んでいるため、場の空気は重々しい。このあとの決闘を考え、緊張して…いるわけでなく、むしろ焦っていた。理由は簡単で、まだ一夏のISが到着していないのだ。

 

「いくらなんでも遅すぎる。試合が始まってしまうぞ。」

 

しびれを切らした箒が叫ぶが、現状が変わるわけでなく声はただ空しくピット内にこだまする。そんな時、ピット内に慌てた様子で真耶が、その後ろから普段通りの落ち着いた足取りで千冬が入ってくる。

 

「来ましたよ。織斑くんのISが。」

 

やっとかと三人はひとまず安堵する。このままでは不戦敗もあり得るのではと心配していたので、三人の口から同時にため息が漏れた。

ピットの搬入口が開くと、中のISが姿を現す。

白。三人ともISを見たときに真っ先にそう感じた。それほどまでにそれは白く輝いていた。

 

「これが、」

 

「はい。織斑君の専用機『白式』です。」

 

「時間がない、すぐに装着しろ。フォーマットとフィッティングは実戦でやれ。いいな。」

 

急かされ、一夏が白式に乗り込む。すると空気の抜けるような音がして、白式が一夏の体に合わせるように変形し、彼の体と一体化する。

 

 

「調子はどうだ、一夏。」

 

織斑先生は事務的な口調で、一夏君に問いかける。しかし冷静なのはあくまで表向き、自分の立場を考慮してのことだろう。

 

(呼び方が変わっていますよ、織斑先生。)

 

専用機は訓練機と違い、操縦者に強く干渉する。IS自身が操縦者を理解しようとするからだ。特に精神面でのリンクは強く、それに応じて操縦者の負担も大きい。内心は不安でたまらないのだろう。それに相手は代表候補生だ。

ブルーティアーズ。会社のつてを使い調べたところ、それがあの女の専用機らしい。巨大なライフルを使った完全な遠距離特化型で、とくに遠隔で操れるレーザービットはかなり厄介だ。

 

(一夏君とは相性が悪いな。しかし勝機がないわけでは無い。)

 

彼の動きと勝負勘には目を見張るものがある。訓練機であの動きができるのなら、今回はもっと動けるだろう。レーザーを潜り抜けて刀の間合いに入ってしまえば、ビットもライフルも無用の長物だ。

それにああいうタイプは、自分の得意な遠距離戦しかまともにはやってないだろう。近づけば、勝つ可能性は十分にある。

 

「箒、行ってくる。」

 

「あ…あぁ、勝ってこい。」

 

どうやら出撃準備が整ったようだ。箒君と一言交わすと、今度は私の方を向き純粋な目で、自らを鼓舞するように決意の言葉を話す。

 

「必ず勝ってきます。」

 

「あぁ、君なら勝てると信じている。」

 

本当に純粋な目だ。彼と同じように。

 

(本当に勝てるかもしれないな。この目でゆっくり見れないのが残念だ。)

 

そうして、白式はゲートに立つとアリーナへ向かって飛び立った。

 

 

白式が飛び立つと、その様子がピット内のリアルタイムモニターに映る。

先にアリーナにて待っていたセシリアは、一夏に降伏を勧めるが即答で断られる。その直後、ブルーティアーズのライフルのビームが白式を貫く。

 

「踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

それが開戦の合図となり、ブルーティアーズの猛攻が白式に降り注ぐ。

 

「一夏君、即答でしたね。」

 

真耶が少し驚いたように言うと、千冬は少しだけ笑みを浮かべる

 

「当り前だ。あいつはそんなやわな奴じゃない。それに、もしそんなことをすれば、私がしっかり灸をすえなくてはいけなくなるしな。」

 

いつの間にか邪悪な笑みをうかべる千冬に、びくつきながら試合を見続ける真耶。

状況は白式の防戦一方で、ブルーティアーズのピットから放たれるレーザーを避けるのに、手いっぱいである。当然、すべてを避けきれるわけなく、じりじりとエネルギーを削られていく。

心配そうな顔でモニターを見る中、千冬はいつの間にか黎斗がいなくなっていることに気付く。

 

「山田先生、檀は?」

 

「あれ?!そういえばどこに行ったんでしょう?トイレとかでしょうか?」

 

妙な胸騒ぎを覚える千冬。例の襲撃者をおびき寄せるために、今回は敢えて警備に自然な穴を作っている。

しかし、襲撃者は通常のIS学園の警備を潜り抜けて、専用機持ちを襲撃している。そのことからも、内部犯の可能性も考えられている。

このタイミングで姿を消した黎斗に、不信感を募らせる。

 

(偶然と言えば、それまでだが…)

 

千冬はどうすべき少し悩んだ後、モニターを眺めると、踵を返し出口に向かう。

 

「少し出る。」

 

真耶と箒の戸惑うのをほっておき、千冬はピットを出ていく。

そして、アリーナの廊下を歩いていくと、備品室の中に入る。扉が閉まる瞬間、光の粒子が隙間から出ていった。

 

 

(?!ここはどこだ!)

 

私は気が付くと見知らぬ部屋にいた。壁には工具類の入った箱が並べられた棚、そして部屋の真ん中には机がある。

 

(どうやら、備品室のようだが、私はさっきまでAピットにいたはずだ。それがどうして…)

 

しかしここまでの経緯を思い出そうにも、どうもはっきりしない。まるでそこだけすっぽり抜け落ちたようだ。

 

「とにかく、ここから出よう。」

 

こんな時に、襲撃があったはたまらんと部屋を出るために扉のセンサーに触れるが、一向に扉が開く気配がない。

 

「くっ私としたことが!」

 

どうやら、まんまと罠にはまり、閉じ込められたらしい。

しばらくの間、扉を叩くなり、センサーを触るなりしてみたが、反応はまるでない。

ドアを開けるのを諦め、扉にもたれかかる。

 

(あいつらは大丈夫だろうか。)

 

ふと弟の顔がよぎった。

 

 

第三アリーナ。アリーナ上空ではセシリアと一夏が戦っている。

状況は相変わらず、一夏が不利な状態なままである。ブルーティアーズのレーザーの嵐を、なんとか避けていくが、いくつかは被弾しておりエネルギーはわずかになっていた。

それをAピットのモニターで不安そうに見る箒と真耶。

また、Cピットでは襲撃者に備え、楯無が彼女の専用機『ミステリアス・レイディ』を装着した状態で待機していた。

 

(そろそろ限界か。)

 

そして、本来ならば誰もいないはずのDピットに立つ男が一人。そう、檀黎斗である。彼はドアにかかったロックを解除し、誰にも気づかれることなく侵入していた。

彼は一夏の戦いぶりに失望していた。

これ以上待っても何も得るものは無い。そう思いポケットに手を入れると、

 

ガキンッ!

 

大きな金属音が響く、試合の方を見ればブルーティアーズが大きく体勢を崩していた。どうやら白式が体当たりを仕掛けたらしい。

ブルーティアーズは慌てて距離を取って、ピットで攻撃するが、白式は攻撃を見事に避けビットを一基撃破した。

その後も白式は、次々とビットを撃破していく。しかし、四基目を撃破し勢いに乗った白式が、ブルーティアーズ本体に迫った瞬間、ブルーティアーズの腰の部分から新たに二基のビットが動いてミサイルを放つ。

完全に不意打ちを食らった白式は回避が間に合わず、ミサイルをもろに食らってしまう。

 

(惜しかったが、経験の差か。)

 

黎斗を含めた会場の誰もが、白式の敗北を確信したとき、眩い閃光が走る。その光が収まったとき、そこにいたのは新たな姿になった白式だった。

一次移行(ファースト・シフト)』。ISが操縦者に合わせて、最適な機体へと自身を変形させた状態。鮮やかな白と青のボディは美しく滑らかなラインを描き、一対の大きな翼のような非固定浮遊部位が両肩に浮いている。

その姿を見て、黎斗は凶悪かつ狂気に満ちた笑みを浮かべる。

 

「ふっふっふ。はっはっはっは!素晴らしいぞ、織斑一夏ァ!圧倒的劣勢からの逆転!このタイミングでの一次移行ォ!実に素晴らしい演出だ。それでこそ、」

 

黎斗はポケットから取り出した小型の機械、この世界には存在しないそれを顔の横に掲げそのスイッチを押す。

 

『ナイトメア・コール』

 

ガチャーンと歯車がかみ合うような機械音と同時に、黎斗の周りに闇が霧状に広がる。その霧が晴れると、そこにはいたのはIS。しかし水仙ではない。黒の全身装甲にとげとげしいフォルム。まごうことなき黒夢が立っていた

 

「データの取りがいがある。」

 

漆黒の戦士はアリーナ上空にて、対峙する二人めがけて飛び出した。

 

『正体不明IS 接近中』

 

ディスプレイに表示された警告に二人は動きを止め、互いに見合う。

 

ギュイィィン

 

その直後、二人に黒夢が光の刃を展開し切りかかる。それをなんとか回避した二人は距離を取る。

会場に警告音が鳴り客席のシャッターが下り、避難指示が放送される。

 

「こいつ!」

 

「ついに来ましたわね。わたくしがその正体暴いてみせますわ。」

 

威勢の良い言葉とともにブルーティアーズが残ったビットとともに攻撃を仕掛ける。しかし、黒夢はなんなく攻撃を避けながら、ブルーティアーズに接近する。

 

「速い!」

 

とセシリアは感じるが、実際には黒夢は、そこまで早くはない。さっきまで戦っていた白式の方が出力は圧倒的に上である。

しかし、黒夢は千手システムにより、自分に向かうすべての攻撃の軌道を把握すると同時に、ブルーティアーズへの最短ルートを割り出している。それを寸分のずれもなく、常に最高速度近くの速さで動くことができる。

結果として、セシリアの体感速度は恐ろしいものとなる。

 

「あっ!」

 

シュルルルと黒夢頭部のコードがライフルに巻き付くと、そのままライフルを放り投げる。動揺した隙をついて、黒夢が刃で切り裂こうとすると、

 

ガキン

 

「大切な生徒にこれ以上、手を出さないでもらえるかしら。」

 

槍を構えた(ミステリアス・レイディ)がそれを防いだ。

 



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第五話 最強の操縦者、激突Crash!

更新が遅れてすいません


「貴様は、」

 

とどめの一撃を止められ、黒夢は驚きの声を上げる。加工処理されているのかその声は機械じみたものである。

 

「私は更識楯無。って知ってたかしら?」

 

楯無はおどけるように微笑む。それに黒夢は反応せず、右腕の光の刃をチェーンソー形態に変え、先ほどの攻撃を防いだ槍をそのまま切り裂こうとする。

 

「なに?」

 

「あらぁ、乙女の問いかけに無視なんてひどいわね。」

 

しかし槍は切断されるどころか、傷一つ付かない。チッと黒夢は舌打ちをすると、頭部コードをミステリアス・レイディに向かって放つ。

ミステリアス・レイディは槍の根元を中心に、水のシールドをらせん状に回転させながら展開。回転の勢いによって、コードを弾く。

 

「甘いわよ。」

 

次の瞬間、両機体間に爆発が起きる。爆破の衝撃で黒夢は吹き飛ばされが、ミステリアス・レイディの方は爆破のダメージを受けていないようで、余裕そうにその場に佇んでいた。

 

「くっ」

 

予想以上のダメージに、黒夢はいったん距離を置こうと離れるが、楯無はより愉快そうに笑う。

 

「それじゃ、私からは逃げられないわよ。」

 

ミステリアス・レイディが指を鳴らすと、直後に黒夢の左右で爆発が起こる。

 

「おのれ。」

 

爆発を一早く察知した黒夢は、一気に真上へ加速することで直撃を避ける。そのままミステリアス・レイディと大きく距離を取ると、体勢を立て直す。

 

「逃がさないわよ。」

 

すると、驚くことに今度は黒夢の内部で爆発が起きる。

 

「今のは警告。次は容赦しないから、おとなしく投降した方が賢明じゃないかしら。」

 

ミステリアス・レイディの最大の特徴は、ナノマシンによって水を操れるところである。これによって、防御壁を展開することも、攻撃に使うこともできる。

クリア・パッション。ISエネルギーを熱に変換することで、ナノマシンが操る水を蒸発させ、水蒸気爆発を起こす。水をISの中に潜り込ませれば、先ほどのように機体内部から爆発を起こすことも可能だ。

黒夢がまんまと術中にはまったことで、得意げに笑う楯無だが、対する黒夢は特に驚いた様子を見せない。そのことを楯無が不審に思っていると、

 

ブォン

 

黒夢の両肩で正面を向いていた十字型のユニットが紫色に発光する。敵の攻撃に備えた楯無はある異変に気付く。

 

(内部のナノマシンがコントロールできない?!どうして?)

 

黒夢内部に仕込んだナノマシンが突如、コントロール不能に陥ったのだ。

 

(ほかのナノマシンは動かせるし、故障ではないようね。だとすれば、あれが原因かしら。)

 

黒夢の肩にて怪しげに光る十字を見て、楯無はそう推測する。

 

「でも、関係ないわ。内部から爆破できないなら、」

 

ドカーン!

 

黒夢の周囲で爆発が起きる。

 

「他から潰せば良いものね。悪いけど、学園の生徒に手を出した罪は重いわよ。」

 

一瞬ニヤリと笑うと、槍を正面に構え黒夢を睨みつける。

 

 

ドカーン!ドドドカーン!

 

アリーナ内に爆音が響き渡る。あたり一面に爆発による圧力波とミステリアス・レイディの槍に装備されたガトリングから放たれる銃弾が、黒夢に絶え間なく襲い掛かるが、黒夢は通常ISでは信じられないような動きでそのすべてを避けていた。

 

「もうっ!ちょこまかとうざったいわね。」

 

いくら攻撃をしても、よけ続ける黒夢の動きに楯無はイライラを募らせる。

楯無が黒夢の内部からの爆発を諦め、外部からの攻撃による撃退を試みて、三分。しかし、自分の強さにそれなりの自信を持っている彼女にとって、攻撃をことごとく避けられるというのは、屈辱以外の何物でもない。

それに楯無がイラついているのは、それだけが原因ではない。

 

(さっきから避けるだけで、一切攻撃のそぶりを見せないし、どういうつもりかしら。)

 

不明な部分が多いISだが、楯無はこれまでの戦闘から黒夢は遠距離武器を所持していないと考えている。

 

(でも、それなら接近戦を仕掛けてきてもいいはずだし、その分の隙は見せているんだけど。)

 

楯無は黒夢の機動力をもってすれば、ミステリアス・レイディに近づけるほどの隙をわざと作り、攻撃を誘っているが黒夢がその隙を狙うことは無かった。

それどころか、こちらから近づこうとすれば逆に逃げられてしまう始末である。

 

(でも、戦うつもりが無いのならとっくに逃げているはずよね。)

 

フルスキンゆえに表情の読めない黒夢に、楯無は言い知れぬ不気味さを感じた。

 

(ふむ。やはり国家代表の力は伊達ではないな。)

 

襲い掛かる爆発を躱しながら、黎斗は相手の力量に焦っていた。

 

(まともに戦えば、苦戦はまぬがれないだろう。後のことを考えると、ここでエネルギーを使いすぎるわけにはいかない。)

 

最初の方こそ予測不能の爆発に翻弄され、少なからずダメージを受けていた黒夢だが、攻撃を受けるごとに順応し、完全に回避を続けていた。

ISの操縦者はハイパーセンサーによって360度の視界と高い動体視力を持っている。加えて黒夢(旧、蕾)には千手システムがある。自機周辺の大気のわずかな変動を視認できるために、爆破の前兆を察知し回避に生かしていた。

しかし、本来なら前方しか視界を持たない人間では、その情報を脳内で処理しきることはできない。事実、開発当初の蕾のテストパイロットたちは、脳がクラッシュしてしまった。

では、なぜ黎斗は動かせるのか。それは彼が狂人だからである。彼の狂った人格は機体からの膨大な情報を受け止め、完全に親和した。

 

(しかし、このままでは埒が明かないな。)

 

だが、今の黒夢はミステリアス・レイディの攻撃を避けることしかできない。たとえ接近戦を仕掛けたとしても、返り討ちにされるのが目に見えているからである。

 

「黎斗、準備完了したわよ。」

 

黒夢に通信が入る。直後に黎斗はニヤリとおぞましい笑みを浮かべる。

 

「ようやくか、HIKA。さっそく行動に移すぞ。」

 

「了解。」

 

通信を終えると、一気にミステリアス・レイディへ向かって加速する。突然動き出した黒夢に、楯無は驚くがすぐに気を取り直す。

 

「何を考えているか知らないけど、そんな程度じゃ私は倒せないわよ。」

 

楯無は黒夢の軌道を冷静に見極め、確実に黒夢に当たるタイミングで爆発を起こそうとする。

 

「えっ、なんで。」

 

しかし、爆発が起こらない。何度も試みるが結果は同じでアクアパッションが起こることは無かった。

 

「悪いが、もはや遠隔操作は不可能だ。」

 

(これも、あのISの能力?じゃ、さっきまで攻撃を避けてたのはなんで?)

 

楯無が機体の状態を確認してみると、通信機能もダウンしている。

 

「危ない、楯無先輩。」

 

自分を呼びかける声にハッとするが、すでに黒夢が目の前まで来ていた。

 

ズギャン

 

「があっ」

 

ミステリアス・レイディは回避も防御もする暇なく、黒夢の攻撃をもろに受ける。さすがは国家代表というべきか、すぐに体制を戻したミステリアス・レイディは追撃に備え槍を構えるが、

 

「?!」

 

すでに黒夢は消えていた。背後に気配を感じ、直感にまかせて槍を振ると、黒い残像が視界の上に消える。

 

「くっ、はっ、やぁ。」

 

黒夢は止まることなく、さまざまな方向から攻撃を仕掛ける。ハイパーセンサーを持ってでも生まれる視覚の弱点から迫る黒夢の動きに、楯無はほぼ感覚のみで食らいつく。

だがその動きを先読みすれば、さらに上を行く黒夢を捉えることはできず、ミステリアス・レイディは翻弄されていた。

 

(なにこれ、速すぎる。さっきよりもよっぽど。)

 

しかも、攻撃を防ぐほどに黒夢とミステリアス・レイディの動きの差は大きくなり、ついには両手を、黒夢の頭部コードにつかまれてしまう。そして、ミステリアス・レイディの前に、姿を現した黒夢がチェーンソー状の刃を振り下ろす。

 

ギュオオオオン

 

「きゃあああ!」

 

通常のISより装甲の薄いミステリアス・レイディはぐんぐんエネルギーを削られる。ミステリアス・レイディの残りエネルギーがわずかになると、黒夢は楯無に呼び掛ける。

 

「君の使う周波数を探るのに手間取ったが、上手くいって良かったよ。」

 

(くっ。さっきまで避けてたのはそのためだったのね。)

 

そして黒夢はふっと笑うと、ミステリアス・レイディを地面に向かって投げおろす。

 

ドガーン

 

轟音とともに地面に激突したミステリアス・レイディは、さらにエネルギーを削られ、ついに残り一桁となった。

まさに虫の息のミステリアス・レイディのまえに黒夢が降りてくる。

 

「ミステリアス・レイディ、か。霧が晴れ、神秘のベールが剥ぎ取られた裸婦の秘密を、いただこうとしようか。」

 

「なんです、って。」

 

睨みつける楯無を無視し、黒夢は右腕の機械を回転させ、ミステリアス・レイディに手を伸ばす。

 

(やはり、それを使うのが目的。なら、これが最後のチャンス。)

 

楯無は、防御用にミステリアス・レイディに纏わせているナノマシンを、わずかに動かせるのを確認すると、逆転の一撃に賭けようとする。

ミストルテインの槍。ミステリアス・レイディの防御用のナノマシンさえ攻撃に集中させる最大の大技にして、奥の手でもある。

 

(遠隔操作できなくても、機体を通してのマニュアルでなら操れる。奴が油断して近づいた時が好機。)

 

もちろん、残りエネルギーの少ないこの状態では黒夢のエネルギーを削り取ることはできないだろう。それどころか、防御を捨ててしまうこの技は、楯無本人にさえ大きな危険が伴う。

 

(大きなダメージさえ与えられれば、こいつも引き上げざるを得ない。データさえ守れればこちらの勝ちよ。)

 

生徒会長としての誇りか、彼女は自らの命を危険にさらしてまで、使命を果たそうとしていた。

そして、黒夢の右腕の機械がミステリアス・レイディに触れる寸前、彼女は行動に出る。

 

「かかった、わね。」

 

全ナノマシンを攻撃に転用した、楯無渾身の一撃が黒夢の左胸に当たる。

 

「え……なん、で。」

 

確かに攻撃は当たった。

 

「言っただろう。君を包むベールは剥ぎ取られたと。」

 

それだけ。ミステリアス・レイディの槍は、黒夢に間違いなく当たっているにも関わらず、黒夢は微動だにしない。

目の前に広がる状況に、楯無が理解できず呆然としていると、ぽつぽつと彼女の顔に何かが降ったくる。

 

「えっ。」

 

ミステリアス・レイディのハイパーセンサーが、それが何なのか拡大して映し出す。

それは、残骸。時に火花を上げながら、何十という数でまとまり、わずかに水を纏ったそれは、

 

「私の…」

 

ミステリアス・レイディのナノマシンであった。

 

「君は最初から勘違いをしている。」

 

黒夢が右腕の機械を、ミステリアス・レイディに押し付ける。それと同時に機体全体に電流が走り、先ほどの技によって装甲の多くを外していた、楯無にも電撃が通る。

 

「あああああ!」

 

楯無の悲鳴を意に介さず、黒夢はしゃべり続ける。

 

「最初から、君のナノマシンは全て、私の支配下にあった。それを段階的にコントロール不能にすることで、君の選択肢を狭めたんだ。」

 

少しして、黒夢がミステリアス・レイディから離れる。ダメージによりぐったりしている楯無にかすかに意識があるのを確認すると、アリーナの端に退避していたブルーティアーズを見る。

 

「邪魔が入ったが、次はお前だ。」

 

 

紫色の瞳に見つめられた時、身の危険を感じました。

 

(逃げなければ。)

 

しかし、わたくしは恐怖で少しも動けません。

あのISが試合の途中で乱入したとき、わたくしは代表候補生として奴を捉えようとしました。

しかしあっという間に武器を奪われ、やられそうになったところを、楯無さんに救ってもらったとき、正直ほっとしました。

その後、眼前で繰り広げられる戦いを見て、わたくしはいかに自身が思い上がった存在だったか思い知ったのです。

今のわたくしでは、勝てない。警鐘を鳴らす頭に対して、体は一向にわたくしの言うことを聞いてくれません。

そして、わたくしは今までのことを走馬灯のように思い出しました。

 

わたくしの家はそれなりの名家でした。優秀でいくつもの会社を経営し、わたくしの憧れでもあった母とは逆に、父はそんな母の顔をいつも伺うような人で、わたくしのそんな父を嫌悪していました。

交通事故でわたくしの両親が死んだとき、わたくしの元に残った莫大な遺産を狙って、さまざまの人が近づいてきました。

わたくしはそんな金の亡者どもから大事なものを守るため、努力を重ね、ついに代表候補生にまでなることができたのです。

 

(ここまで、きましたのに…)

 

もうだめだと、絶望したその時、

 

「このやろおぉぉぉ!」

 

一筋の閃光が、ISの吹きとばしました。

 

 

ガガガガガ

 

「一夏!一夏、落ち着け。」

 

通信越しに箒の声がするが、そんなこと気にしてられるか。

 

こいつは、こいつはっ!

 

楯無さんが黒い奴に負けて、地面にたたき落されるのを見て、俺は怒りでどうにかなりそうだった。そして何より圧倒的力の差に何もできない自分が悔しかった。

できるなら、今にも飛び出していきたかったが、残りエネルギーの少ない初心者に何ができるのか、という箒の言葉に俺は黙るしかなかった。

でも、あいつが何の抵抗もできない楯無さんに電撃を浴びせたとき、もう我慢できなくなった。たとえ、邪魔にしかならなくてもそれでも助けに行こうと思った時。

 

―そんなに、たたかいたいの?

 

どこからか声が聞こえた。戸惑う俺を無視して声は続ける。

 

―どうしてそんなに、たたかいたいの?あなたも、せかい?をしはいしたいの?

 

(なんだ、なんなんだ?)

 

そうしていると、黒夢が立ち上がるのが見えた。楯無さんはぐったりした様子で、あの人が受けたダメージがどれだけ大きいか、想像させられた。

 

―ねぇ、どうして?

 

何が起きてるか理解できないまま、しかしなぜか俺はその声にこたえる。

 

「ちげぇよ。俺は大切なものを守るために戦うんだ!男の俺が逃げ出すわけにいかない!それに戦えない人間に攻撃を加えるなんて許せるかよ!」

 

俺の言葉に、謎の声は驚いたように話す。

 

―へぇ、そんなりゆうもあるんだね。ならちからをあげるよ

 

次の瞬間を白式が黄金色に輝き、エネルギーがすべて回復する。

 

(なっ、どうなってるんだ)

 

突然の白式の変化に、驚く。

 

(でも、これならもう一度戦える!)

 

ーこんてにゅー、すたーと

 

直後に俺は黒い奴に体当たりをかました。

 

 

「なに、どういことだ。」

 

ミステリアス・レイディのデータを採取したのち、次の目的のためブルーティアーズに向かおうとした黒夢は、白式の突撃により、そのままアリーナの壁まで押され、激突する。

 

「ぐはっ」

 

とっさに腕を交差しガードしたが、壁と激突した衝撃でエネルギーがさらに削られる。

 

「バカな。貴様の残りエネルギーはわずかなはず。こんな力をだせるはずが。」

 

動揺する黎斗は、白式と向き合い驚く。

 

「お前は、俺が倒す。」

 

黄金色に輝く白式が、構えるのを見ると、黎斗は上空に飛び上がる。白式も当然それを追いかける。

二人は並走すると、互いの武器を交えながら、飛行を続ける。お互い致命的な攻撃は受けていないものの、じわじわとエネルギーが削られていく。ともすれば先に限界が来るのはもちろん黒夢である。

残りエネルギーがわずかになった黒夢は、白式から離れ体勢を立て直す。

 

「ずいぶんと強くなったな。やはりお前相手ではこちらも本気を出さざるを得ないか。」

 

「は?何を言って、!」

 

黒夢は右手を左の腰にあて、そこから伸びる光の刃に左手を添える。

それを見た一夏は怒りの形相になり吠える。

 

「どういうつもりだ。てめえぇぇ!」

 

そのまま突っ込み、白式が振り下ろした刀を、黒夢は刃を一閃してはじく。そのまま上段に構えた刃を、白式に振り下ろそうとした瞬間。

 

ボフー!

 

黒夢が機体中から煙を上げ、そのまま真下の客席に向かって落ちていく。そして黒夢の襲撃によって閉じられた隔壁どころか、客席の床まで突き破り、下の部屋に落下する。

すでに観客が避難した客席で、落下の衝撃でまい上がった煙が充満する。

煙が晴れ始めると、そこに人影がたつ。

 

(まさか、黒い奴の操縦者か?)

 

「くっ、こんなことが起こるとは。」

 

黎斗は衝撃により逃がしきれなかった痛みに悶えながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「大丈夫なの?黎斗。」

 

彼を心配するような優しい女性の声が、通信機も兼ねた彼の指輪を通して聞こえてくる。

 

「あぁ、問題ない。すべて狙い通りにはいかなかったが、計画に支障はない。それに、」

 

充満していた煙が完全に晴れ、そこに立つ人間の顔が見える。その顔に一夏は衝撃を受ける。

 

(嘘、だろ。)

 

「最低限の課題はクリアしたからな。」

 

煙が晴れたところにいたのは、

 

「千冬姉…」

 

織斑千冬。まぎれもない彼の姉である。

 



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