亡霊ヒーローの悪者退治 (悪魔さん)
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悪者退治の前に
プロローグ


ヒロアカ初挑戦ですね。
亀更新かもしれませんが、よろしくお願いします。


 〝個性〟…それは、先天性の超常能力――

 

 総人口のうち約8割が何らかの「特異体質」を持つ超人社会となっている現代では、「誰もが持つ身体的特徴の一つ」でしかないが実に多様性に富んでいる。

 

 自身の意思で能力を発動させる「発動型」、通常の人間の体から自身の意思で肉体を変化させる「変形型」、生まれた時から常時〝個性〟が発現している「異形型」、上述の3系統の特徴を2つ以上併せ持つ「複合型」と分けられ、ぶっちゃけほぼ何でもありと言っていい特殊能力者がわんさかいる。

 

 しかし、そこで以下の2つについて考えたことはあるだろうか?

 

「もしも死ぬまで使えるどころか発動もできない〝個性〟が存在したら?」と。

「もしも〝個性〟が死んでから覚醒したら?」と。

 

 

           *

 

 

 纏わりつくような霧が漂う、枯れ木だらけの森。地面は雪が数㎝程度積もり、空は日の光が射し込むのを拒絶しているかのように黒い雲で覆われている。

 この日、緑谷出久は人生最大のピンチに立たされていた。

 いつも通りに帰宅していたのに、運が悪い事に(ヴィラン)と遭遇してしまい誘拐されたのだ。

「ヒヒ…ここなら見つからねェだろうよ、何せあいつが作り出した異空間なんだからな」

 (ヴィラン)はゲスイ笑みを浮かべる。

 どうやら彼の味方が異空間を作り出す個性の持ち主のようで、その力に よって誰にも見つけられないであろう空間へと拉致されたらしい。

 現状を理解した出久は、自分の命が(ヴィラン)に握られている事に気がつき、震え上がる。

「そう怯えんなよ坊主、むしろ喜べ。お前もこれから〝先生〟と一緒に俺らの仲間になるんだから、よ!」

 (ヴィラン)は出久の腹を思いっきり殴る。

 あまりの衝撃に、出久は血を吐く。

「まァ、〝無個性〟とはいえ抵抗されるのも面倒だ…半殺しでアジトへ送るとするぜ」

 出久は存在そのものが敵発生を抑止する「平和の象徴」であるNo.1ヒーローのオールマイトに憧れていた。しかし自分を攫った敵は、オールマイトとは真逆の存在である悪意の親玉の部下へとさせようとしている。

 〝個性〟を有していない……いわゆる〝無個性〟の出久にとっては絶望的な状況だ。

「誰か……助けて……!」

 (ヴィラン)にすら聞こえるかどうかわからないほどのか細い声で助けを求めた。

 その時――

 

 ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……

 

 出久の声に呼応するかのように、前方から黒い影がゆっくりと近づいて来た。

 影の正体は、深緑の癖毛をなびかせ、刃こぼれが生じて刀身がボロボロになった刀をステッキのように突きながら、うつむき加減に大股の歩調で歩く不気味な少年だった。

 傷んだブレザーとズボンを着用し、所々破けているネクタイを結び、裾や袖がボロボロになったコートをマントのように羽織るその姿は、得体の知れない雰囲気を醸し出している。

 何より目を引くのは、大きな火傷の痕とひび割れでも起こしたような無数の切り傷が刻まれている、死人のように血の気の無いその顔だ。しかしその目はとても強い意志が宿っており、目付きも鋭い。

「な、何だお前は!?」

「……」

 得体の知れない不気味な少年を前に、恐怖する(ヴィラン)

 しかし少年は一切口を開かず、そのまま大股で近づいていく。

「ちっ!」

 (ヴィラン)は〝個性〟を発動した。

 その〝個性〟は「刃」……手にした色んなモノを刃にできる個性である。

 (ヴィラン)は自身の髪の毛を3本抜き、それを投げつけた。髪の毛は投げた瞬間に鋭い針となり、少年に襲い掛かった。針はそれぞれ心臓・眉間・喉へと向かい、モロに食らえば死んでしまうだろう。

 (ヴィラン)はすぐに片が付くと判断していた。しかし、それはある現象で一気に窮地に立たされる事となる。

 それは――

 

 ヒュッヒュッ……!

 

「な…そ、そんな馬鹿な!!!」

 (ヴィラン)は思わず叫んだ。何故なら、針と化した髪の毛が少年の体をすり抜けたからだ。

 普通なら即死レベル……どんなにタフでも数分で失血死するはずの技が、まさか血を一滴も流さずにすり抜けたとは思わなかった(ヴィラン)は戦慄した。

 彼にとって、刀を手にして大股でゆっくりと前進する少年は、まるで鎌を隠し持ち獲物に微笑みかけるような死神だった。

「ひっ!! く、来るな化物っ!!」

 (ヴィラン)は少年が不死身同然と察し、勝ち目が無いと思い逃げる。しかし彼は敵よりも速く移動し、先回りして敵の胸を刀で突き刺した。

 胸から血が滴り、敵は吐血する。しかしそれでも、最期の力を振り絞って少年の手を握り潰そうとした。

 しかし、敵は再び驚く事となる。

(冷てェ……脈が、ねェ……!?)

 そう、少年は死んでいた(・・・・・)のだ。つまり、自分に致命傷を与えた目の前の少年は文字通り〝亡霊〟だったのだ。

 亡霊というあり得ない存在(モノ)が実在するのか…そんな疑問を抱きながら、(ヴィラン)は言葉を紡いだ。

「てめ……何、なん……だ……!?」

「……俺は〝正義〟だ」

 地獄の底から響くような声と共に少年は冷酷な笑みを浮かべ、刀を引き抜いた。

 血が噴水のように噴き出て、(ヴィラン)は息を引き取った。

 

 

 刀に突いた血を払い、ステッキのように持ち替える少年――剣崎刀真は、大股でゆっくりと出久に近づく。

「……」

「あ……ああ……」

 涙を流して震え、腰を抜かしてしまう出久。

 殺される――そう思い、思わず目を閉じる出久。しかし痛みは来ない。

 恐る恐る目を開けると、刀は鞘に納められており、剣崎は先程までとは打って変わって穏やかな表情を浮かべて口を開いた。

「大丈夫――もう安心だ、俺の信念に賭けて君に危害を加えないことを誓う。だから泣かないでくれ」

 低くて虚ろだが、透き通るような声で出久の頭を優しく撫でる剣崎。

 見た目は(ヴィラン)顔負けであるが、根は心優しい性格らしく、それを知った出久は安堵する。

「俺は剣崎という……君は?」

 出久に名を尋ねる剣崎。

 この場には風など一切吹いてないのに、深緑の癖毛やネクタイ、ブレザー、コートがゆらゆらと揺れている。

 出久はどうにか声を絞り出し、自身の名前を口にした。

「……み、緑谷出久…」

「緑谷出久……出久君、か。いい名前だ、憶えておく」

 亡霊である少年――剣崎は微笑む。

 そんな彼の反応に、出久は思わず嬉し涙を流しそうになった。幼い頃からいじめられっ子であった出久は、周囲――特に幼馴染から「デク」と蔑まれてきた。その名前を赤の他人から「いい名前」と言われるのは初めてかもしれないのだ。

 名前を褒められる事は、自分の存在価値を認められるのも同然なのだ。

(で、でも……この人は一体……?)

 おぞましい見た目と戦意喪失した(ヴィラン)を躊躇せず殺した無情さを見せながら、自身のことを「正義」と口にして人助けをする…そんな剣崎に出久は戸惑う。

 命の恩人とはいえ、異質の(ヴィラン)なのか、それとも名の知れぬヒーローなのか、それともどちらでもない「第3の勢力」なのか…正体不明の人間を前にしているのだから無理もないだろう。

「ここは(ヴィラン)のクズが創り出された異空間だ。そして俺はある一件で死に、13年前からここに閉じ込められている…」

「13年も――!!?」

「だから俺は13年前に死んだ人間なんだ……だがまだ諦めていない!! 俺の正義は必ずや実を結び、血によって報いられるはずだ……!! この世の全ての(ヴィラン)を滅ぼすまでは、俺はいかなる障壁にも屈しない!! それが俺の信念だ!!!

 そう意気込む剣崎。

 死してなお確固たる信念を貫くその姿に気圧される出久。

 すると剣崎は、出久にこう告げた。

「出久君、オールマイトは知っているか?」

「――も、もちろん!」

「それは朗報だ……いつかオールマイトに出会えたなら、彼に俺からの伝言を伝えてほしい。「空人間(そらとはざま)という(ヴィラン)を倒してほしい、そうすれば死が正義(ヒーロー)の味方となるだろう」とな…」

 その言葉に、出久は自分で伝えればいいのではないかと思った。しかしそれを見抜いたかのように剣崎は更に口を開いた。

「出久君……本当なら俺が直々に言いたいが、生憎俺は〝訳あり〟の身でね…代わりに頼むよ」

 その直後、出久は急に眠気に襲われそのまま意識を失った――

 

 

           *

 

 

 ……久……出………出久……!!

 

「……ん……?」

 声が聞こえ、目を覚ます出久。

 目を開けると、そこには涙目の母・インコが。

「…お、母さん……?」

「出久~~~~~~!!!」

 力一杯に母に抱き締められる出久。

 どうやらここは病院のようだ。

「誘拐されて心配したわ……一時はどうなるかと……!!」

「誘拐……」

 その直後、はっと出久は思いだした。

 自分は(ヴィラン)に誘拐され、そして亡霊のようなおぞましい見た目をした〝剣崎〟という少年に救われたことを。

「そうだ!! 母さん僕……うっ!!」

「出久、まだ動いちゃダメよ!! お医者さんからはあと4日は安静してって言われてるんだから!!」

 (ヴィラン)から受けたケガが思った以上に響いたのか、出久はどうやら4日ほど入院するようだ。

 しかし命を救ってくれたのは紛れもなくあの亡霊(けんざき)であるのは変わらず、出久は彼の事がどうしても忘れられなかった。

(剣崎さん……)

「そういえば出久、この手紙は何なの? 血文字みたいて気味が悪いわ……」

「え……?」

 母の言葉に驚く出久。

 手紙を渡された憶えの無い出久は、ベッドの隣にある机に置かれた手紙に手を伸ばした。

 そしてそれを広げると……。

「……これって……!!」

 手紙には、一言こう書かれていた――「再び会った時は、一緒に悪者退治をしよう」と。



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主人公設定

〝個性〟の部分を一部修正・追加しました。
必殺技は随時更新します。Wi○i風です。

※剣崎の個性を修正しました。


【剣崎刀真】

名だたる数々のヒーロー達を輩出してきた雄英高校の元生徒(元1年A組10番)であり、(ヴィラン)を心から憎み嫌う非情のヒーローにして伝説的なヴィジランテ。訳あって無個性の状態で生まれたが、〝個性〟を持つ者達と引けを取らぬ実力で74人の敵を粛清しており、〝ヴィランハンター〟の異名で数多くの(ヴィラン)達を脅かしてきた。しかしある日に敵達によって嵌められて瀕死の重傷を負い異空間へと放り込まれて死に追いやられた。しかし死亡したと同時に今まで眠っていた〝個性〟が覚醒し、生前よりも更に力を増して亡霊となって蘇り、再び全(ヴィラン)滅亡の為に動き出す。

モデルは某海賊映画のサ〇ザールと『ONE PIECE』のゼット。

誕生日は1月3日。年齢は15歳(本来なら31歳)。身長は181cm。血液型はB型。瞳の色は瞳は真っ黒で、ハイライトが無い。髪の毛は深緑の癖毛で、コートや着ている制服と共に常に揺らめいている。異名兼ヒーロー名:ヴィランハンター東京都出身で、出身校は聡明中学校。好きなものは和食、修行。イメージCVは子安武人。

正義感が非常に強く、どんな時でも自分の信念を曲げることは決して無い。この世の全ての(ヴィラン)を自らの手で全滅させることを誓っており、その目的を果たす為ならば自らを犠牲にすることも厭わない。

過去に愛する父親、母親、祖母が(ヴィラン)達によって殺害されたという過去があるため、(ヴィラン)に対しては老若男女問わず冷酷無比。たとえ降伏し慈悲を求めている者や無抵抗の者であっても「悪者に慈悲など無用」として容赦なく殺害する。

(ヴィラン)へ向けるその憎しみと怒りは凄まじく強く、黒霧ですら戦慄して恐怖を抱いた程であるが、その一方で自らの恐ろしさを伝えるべく生存者一名を〝代弁者〟として生かすこともある。

仲間に対しては「同志」として寛容に接し、特に死ぬまで無個性だと思って生きてきたせいか、今まで〝無個性〟だった出久には誰よりも甘やかしている。また、「自分が勝手に始めた戦いに巻き込ませたくない」という思いから同期と距離を置くなど、不器用ながらもそれなりの優しさも持ち合わせている。

服装は傷んだブレザーとズボン、所々破けているネクタイ、裾や袖がボロボロになったコート。実は生前の彼のヒーローコスチュームでもある。当然、生前は傷んでも破れてもいない。腰には刃こぼれが生じて刀身がボロボロになった日本刀を指しており、基本的には常に抜いてステッキのように突いている。コートの内ポケットには同じく刃こぼれが生じて刀身がボロボロになった短刀を隠し持っている。顔は死人のように血の気が無く、大きな火傷の痕と無数の切り傷が刻まれている。体格はそこまでガタイがいいというわけではないが鍛え上げられており、腹筋も割れている。当然いくつかの傷が刻まれている。

ミッドナイトとは同期。かつては「剣香(けんこう)コンビ」としてミッドナイトと悪者退治をしており、二人の関係を知る者達からは「修羅の剣崎、天使の香山」と恐れられた。剣崎はミッドナイトに対し恋心は無かったが、同期の中では最も信頼していた。ミッドナイトは剣崎に対し特別な想いを抱いており、彼の死については誰よりも悲しんだ。その想いは今でも変わっていない。第10話にて、16年ぶりに再会。

〝個性〟は「亡霊」。異形型であるが、事実上の不死身の身体を得ている脅威の超自然的能力であり、オール・フォー・ワンですら詳細を知らない「未知の〝個性〟」。建物や壁などをすり抜けて移動し、物理攻撃及び〝個性〟による攻撃を受けてもアンデッドなので戦闘続行でき、攻撃を受けても一滴も血は流れないためトガヒミコとステインにとっては天敵そのものと言える。また、某幽霊族の少年のように刀をラジコンのように自在に操ったりする事も可能で、肉体が死体であるゆえに体温は無いので赤外線センサーでも探知されない。亡霊らしく誰かに憑依でき、さらに過度の衝撃や攻撃で肉体が欠損しても再生するというチートに近い能力を得ている。

ただし無敵というわけではなく、亡霊であるがゆえに「魔除け効果」が通用するという弱点がある。魔除け効果の場合だと物理攻撃によるダメージが通じ、モノや手段によっては再生を遅らせたり血を流させたりして弱体化させることも可能になる。ただしこれらの弱点を知らないと、戦闘中に気づかない限りは不死身の剣崎を相手取る事になる上、剣崎を確実に倒す手段は現時点では不明。

父から習った剣術一筋で強豪・大物(ヴィラン)と互角以上に渡り合っており、その腕前は折り紙つき。しかし16年前に死んでからは異空間に囚われ続けたがゆえに戦闘の機会は指で数える程度しかなかったので、生前より腕は落ちているらしい。それでも一瞬で3人の敵を斬り捨てる技量なので、十分脅威である。また、ヒーローであった母から伝授された技もいくつかあり、格闘戦ではそちらを利用。当然格闘でも恐ろしい強さを発揮する。

純粋な身体能力も桁外れであり、手を抜いた状態でも切島と上鳴を瞬殺し爆豪を圧倒。極悪強豪(ヴィラン)として名高い熱導冷子を疲労困憊の状態でも互角に斬り結ぶ程の常識外れのタフネスさとスタミナも併せ持つので、出久は「単騎での戦闘力はプロヒーロー並みかそれ以上」、轟は「正攻法で勝てるような相手じゃねェ」と評している。更に相手がどう攻めてくるかを事前に予想して行動するなど洞察力も優れており、勘も非常に鋭い。経験値も圧倒的であり、相手がオールマイトクラスのチート性能でない限りは比類なき強さでフルボッコにするなど、戦闘における総合能力は作中屈指。

『技一覧』

雷轟(らいごう)…第21話で登場。右手で相手の胸倉を掴み、左手で強烈な鉄槌打ちを相手の顔面に食らわせて一気に地面へ叩きつける技。地面にひびを入れる程の衝撃であり、死柄木を一撃で沈めた。当たり所によっては本当に死にかける色んな意味での必殺技である。元々は剣崎の母の必殺技で、彼女の場合は一撃で車をペシャンコに出来る。

◦雷轟・剣砕(つるぎくだき)…〝雷轟〟の応用で、地面に刀を突きさして雷轟の衝撃を周囲に伝導させる遠当て技。

◦〝雷槍(らいそう)〟…剣崎の技の中でも非常識なまでの破壊力を有する、我流剣術とは到底思えない文字通りの〝必殺技〟。間合いの無い零距離の状態から全身のバネを使って全力で繰り出す「刺突」であり、直撃すれば脳無でも一撃で殺せる程。



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剣崎の同志 設定

やっと完成しました。火永達の設定です。


弾東(だんとう)()(えい)

〝蒼い弾丸〟の異名を持つ雄英高校の卒業生で、先の時代に恐れられた〝ヴィランハンター〟剣崎刀真のクラスメイト。剣崎亡き後(実際は異空間に幽閉)に圧倒的な力で次々に(ヴィラン)を討伐した現役屈指のヒーローで、同期の中では唯一剣崎と互角の実力を誇る百戦錬磨の猛者。ヒーロー業界及び(ヴィラン)業界において広く知られている。ヒーロー事務所に所属しておらず、浦村警視監直属の部下である。

誕生日は10月10日。年齢は31歳。身長は181cm。血液型はО型。瞳の色は黒。髪の毛は黒の短髪。東京都足立区出身で、出身校は猿架舞中学校。好きなものは喫煙、競馬、ビール。イメージCVは関智一。キャラのモデルは「おそ松さん」の松野おそ松、「魔人探偵脳噛ネウロ」の葛西善二郎、「べるぜバブ」の東条英虎など複数。

基本的には冷静だが、自分の思ったこと・感じたことを空気も読まずその場で語る、良くも悪くもバカ正直な男。「自分の身が可愛いヒーローはヒーローとは呼べねェ」と語る事から、自己犠牲の精神がヒーローの本質であると考えている。立場や地位などに興味を持たない点や相手がどんな強敵であろうと己の信念と正義を曲げずに貫く点など、剣崎と共通している所が多々ある。また、自らの実力には絶対的な自信があり、「その気になれば自分が事件解決数史上最多になれる」と豪語する程。しかし自分の力を過信せず、未知の相手には例え自分より経験が浅く実力も劣っているとしても油断しない一面を持つ。

剣崎とは実力と信念を認め合う戦友の間柄で、互いに意識している。

父親を(ヴィラン)に殺された過去があるため、(ヴィラン)に対しては冷酷かつ無慈悲。警察やヒーロー達から止められても「情けをかけるから復讐されるんだよ」と一蹴して問答無用に殺害する。

服装は青いレザージャケットと黒いズボンを着用しており、ベースボールキャップを被っている。額と右頬には火傷の痕が生々しく残っており、服の下も複数の銃痕や刀傷が刻まれている。

〝個性〟は「弾丸化」。触れたものはどんなものでも弾丸にすることができる。コントロール・威力も優れており、半径150m圏内ならばどんな人間でも撃ち抜ける。何でも銃弾となる為、日常生活においていつ襲われても問題は全くと言っていい程に無いが、銃弾となるものの重さや形は影響するので、火永本人は空気抵抗を考えて「先が尖ったもの」を好む。ヒーロー業界でも抜群の戦闘能力を有し、同期の中では唯一剣崎と互角に渡り合える。素手で武装した(ヴィラン)組織を一人で壊滅させ、拳骨一発で自分よりも大きい相手を吹き飛ばすなど、とにかく桁外れ。更に出久の〝個性〟を用いた打撃を喰らってもドヤ顔で耐える規格外のタフネスの持ち主であり、スタミナもかなり高い。その常軌を逸した強さは伝説的で、現役屈指の強豪(ヴィラン)である熱導冷子ですら「下手に争えば私達ファミリーも無事では済まない」と評し、現役トップクラスのヒーローであるエンデヴァーをもってして「末恐ろしい小僧」と言わしめている。

 

 

炎炉熱美(えんろねつみ)

《概要》

雄英高校の卒業生で、先の時代に恐れられた〝ヴィランハンター〟剣崎刀真のクラスメイト。ヒーロー名は〝プロミネシア〟で女性ヒーローの中でも屈指の実力・知名度を持っており、エンデヴァーも一目置く程。火永とは幼馴染の間柄で、出身地も出身校も同じである。

誕生日は2月8日。年齢は31歳。身長は175cm。血液型はО型。瞳の色は黒。髪の毛は赤の長髪。東京都足立区出身で、出身校は猿架舞中学校。好きなものは和菓子。イメージCVは豊崎愛生。キャラのモデルは「ONE PIECE」のシャーロット・オーブンと「名探偵コナン」の女性陣。

一言で言うと姉御肌。言葉遣いも丁寧で面倒見も良いので周囲から信頼されやすい。また、気に入った人物はセクハラ行為もスキンシップとして受け入れるくらいに寛大である。その一方で好物の和菓子に目が無く、和菓子の為に動くこともしばしば。しかも一度キレるとかなり怖く、女性とは思えぬとんでもない暴言もかなり多くなる。

剣崎の正義感と信念の強さに惚れ込んでおり、羨望の念を抱いているが、剣崎の(ヴィラン)に対する怒りと憎しみの強さを恐れてもいる。(ヴィラン)に対しては無慈悲という訳ではなく、あくまでも殺さず法で裁くべきと考えている。

服装は濃紺色のワンピースの上にマントを羽織っており、スニーカーを履いている。「ONE PIECE」のビッグ・マムの衣装をイメージすればわかりやすい。

セクハラ行為に対する抵抗は無いのは「恥じる暇があるなら戦うべき」と考えている為であり、ぶっちゃけ剣崎の思想にかなり染まっている。

火永と同様にヒーロー事務所に所属しておらず、浦村警視監直属の部下である。

〝個性〟は「熱操作」。周囲20mのものに熱を発生させることができ、最大2000度の熱を発生できる。熱した状態で相手に不用意に触れさせないようにしたり、腕に熱を集中させて炎をまとうなど、応用も利く。ただし個性のせいで暑がりになっている。女性ヒーローの中ではずば抜けた「女子力(物理)」の持ち主でもあり、見かけとは裏腹にかなりの剛力の持ち主。蹴りでナイフの刃を圧し折ったり掌底打ちで電柱にひびを入れる程。その強さは剣崎から「昔の母さんを思い出す」と感心される一方で、同期からは「ただの災害」や「通った後は血と瓦礫しか残らない」と散々な言われようである。

 

 

戸隠御船(とがくしみふね)

雄英高校の卒業生で、先の時代に恐れられた〝ヴィランハンター〟剣崎刀真のクラスメイト。中性的な顔立ちである現役ヒーローにして〝黒の処刑人〟と恐れられる凄腕の剣士であるが、自身の〝個性〟の事情により政府要人の護衛や全国規模の行事の警備などを務めることが多い。

誕生日は10月10日。年齢は31歳。身長は177cm。血液型はB型。瞳の色は黒。髪の毛は黒髪。神奈川県横浜市神野区出身で、出身校は笠木山中学校。好きなものはそば。イメージCVは鈴村健一。キャラのモデルは「ソウルイーター」のミフネや「刀剣乱舞」のへし切長谷部などの剣士系キャラ。

普段は落ち着いた雰囲気の優しい性格で、火永や剣崎から〝ロリコン侍〟と呼ばれているくらいドがつく程の子供好き。人当たりも良く、かなり好印象を持たれる。しかし実際は満身創痍でも不敵な笑みを浮かべながら戦いダメージを受けてなお挑発するといった、ドがつく程の戦闘狂。戦闘時の荒々しさは周囲から「小動物の皮を被った猛獣」と言わしめる程で、剣崎の同期の中では一番好戦的。

剣崎と同様、(ヴィラン)に対しては基本的に無慈悲。その一方で軽犯罪程度の(ヴィラン)は脅迫程度で見逃す事が多い。また、本来は非合法のヒーローであるヴィジランテと結託して(ヴィラン)を嵌めたり自身と仲が良い政治家や官僚を動かすなど、柔軟な思考の持ち主でもある。

服装は学ランの上に黒い羽織を肩に羽織っており、革靴を履いている。

〝黒の処刑人〟と呼ばれる理由は、黒一色の衣装で(ヴィラン)を斬り伏せることから。

〝個性〟は「心眼」。眼を閉じて集中する事で〝見えない結界〟を展開し、一定圏内の人や物の数と位置・相手の動きや気配・その場の地形などを正確に把握することができる。また、剣術に秀でており、(ヴィラン)を得物ごと斬ったりコンクリートの柱を刺突で粉砕するなど、剣崎に匹敵する剣の才を誇る。特に居合に長けており、射程範囲に入った対象は確実に斬り伏せる事が出来る。その上個性を発動した状態では、どこから攻撃されても的確に受け止めたり避けたりして返り討ちにするという離れ業を披露するので、一対一(サシ)でも一対多数でも優勢を保つ事が出来る。一方で剣崎や火永のような高いスタミナは持ち合わせていないという弱点がある。とは言っても2時間程度は休みなしで戦えるが。



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その他関係者

その他剣崎の関係人物です。


『警察編』

()藤《とう》(だん)(ぞう)

現役のベテラン警察官で、位階は警部。オールマイトとその師である志村菜奈、剣崎とは旧知の仲であり、「ワン・フォー・オール」の秘密や剣崎の過去を知る数少ない人物の一人。多くの(ヴィラン)事件の解決に尽力した、警察内で最も名の知れた警察官の一人でもある。最近は限界を感じるようになってきたらしく、前線から退くことを考えている。

誕生日は10月3日。年齢は46歳。身長は188cm。血液型:О型。瞳の色:黒。髪の毛は無し(剃髪)。東京都足立区出身で、出身校は猿架舞中学校。好きなものはようかん。イメージCVは石塚運昇。

感情や個人の利益ではなく「警察官としての誇り」を重んじる、強い信念と正義感の持ち主。自らの出世や手柄には全く興味を示さず、事件の真実を明らかにすることを信条としている為、利益や保身の為の隠蔽や工作を嫌う。

かつては「犯した罪を法で裁くのが全て」と考えており、剣崎が〝ヴィランハンター〟となって活動を始めた当初は否定的だった。しかし剣崎に感謝する者が増えてきた事により「法律では〝落とし前〟を付けることはできない」と痛感し、以降はヴィジランテの活動を黙認するようになった。

警察関係者及びヒーロー業界からの信頼は絶大的で、火永からは「おっちゃん」として親しみを込めて呼ばれており、剣崎からは長い付き合いからか信頼関係もある。

〝無個性〟であるが警察官として優れた才能を有しており、特に長年の経験により培ってきた洞察力や記憶力は警察の中でもトップクラスである。また、空手の心得もあり、素手で(ヴィラン)と互角に渡り合える。何だかんだ言って多くの修羅場を越えてきたため、常人以上の精神力とタフさも兼ね備えている。

 

 

浦村文太郎(うらむらぶんたろう)

塚内や加藤の上司にあたる人物。位階は警視監。加藤と同様、オールマイトとその師である志村菜奈、剣崎とは旧知の仲であり、「ワン・フォー・オール」の秘密や剣崎の過去を知る数少ない人物の一人である。ちなみに剣崎の父は、浦村の部下である。(みず)(しま)()(ろう)という位階が警部補の部下もいる。

誕生日は2月6日。年齢は58歳。身長は180cm。血液型はB型。瞳の色は黒。髪の毛は黒髪と白髪が混じっている。東京都保須市出身で、出身校は聡明中学校。好きなものはうな重。イメージCVは柴田秀勝。

基本的には温厚かつ気さくで、爆豪のことを「ヘドロ君」と呼んだりするお茶目な人物。だが実際は警察内部だけでなく政界にもパイプを持つ実力者かつ権力者で、謀略にも長けた策士。

事件解決のためならば時間も労力も惜しまない性格で、ヴィジランテの自警行為が犯罪であることを承知しつつも「ヒーローに出来ないことをやってくれるからありがたい」と評価して利用するなど、あらゆる手段で犯罪者を追い詰める。いざという時は自らが現場に出向いて前線に立つこともあり、周囲からの信頼は厚い。

〝無個性〟であるが剣道八段の受有者であり、体力や身体機能の衰えこそあるものの剣の才に恵まれた御船に匹敵する技量を有している。また、現役ヒーローや(ヴィラン)すらも出し抜く程に勘も鋭く、警察の中でもかなりの傑物である。

 

 

 

 

『剣崎の家族』

【剣崎の母】

本名は剣崎優。享年38歳。

ヒーロー業界ではその名を知らぬ者はいない程の女性ヒーローで、剣崎に〝雷轟〟をはじめとした格闘術――護身とは名ばかりの実戦向け――を叩き込んだ人物。オールマイトの師匠・志村菜奈とは戦友の間柄で、シックス・ゼロ率いる「無間軍」とは宿敵関係でもあった。

とんでもなく強かったらしく、当時の(ヴィラン)達からは怪物のように恐れられた程。

お人好しかつ豪胆、正義感が非常に強い性格で、どのような悪党が相手であっても決して命までは奪わない情け深い人柄でもあった。しかしその情け深さが後の悲劇の引き金となってしまい、愛する剣崎(むすこ)を修羅に変える原因にもなった。

 

 

【剣崎の父】

本名は剣崎剣太郎。享年40歳。元警視庁警部で、生前は巡査部長。

剣道七段・居合道六段の錬士である警官で、剣崎に剣術――護身とは名ばかりの実戦向け――を叩き込んだ人物。〝無個性〟であるが警棒で(ヴィラン)と互角に渡り合う程の実力を有している猛者。ただし銃の扱いは普通。戦闘スタイルは剣術をモチーフにしている。

 性格は厳格だが息子には甘い。また、自分の意思や信念を決して曲げることは無く、人々を守るためならば自らを犠牲にすることも厭わない。

 母や祖母と同様、剣崎家で起きた(ヴィラン)襲撃事件により死亡した。実は〝ある人物〟を追っていた。

 

 

【剣崎の祖母】

本名は剣崎巴。享年74歳。

かつてはヒーローとして活動していたが、老齢により引退した。性格は温厚で明るい。

剣崎家で起きた(ヴィラン)襲撃事件により死亡した。



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今解き放たれし、正義の亡霊
№1:3年後


先に設定を、そして第1話を投稿しました。
感想と評価をお願いします。


 時は流れて3年後、雄英高校。

 15歳となった緑谷出久は、ついに悲願であった雄英高校の入学を成し遂げた。その上で、出久はある約束を果たさんとオールマイトの捜索をしていた。

 出久は今、今から3年前に(ヴィラン)に攫われた自分を助けてくれた剣崎から預かった伝言をオールマイトに伝えようと学園の敷地内を歩いている。

 出久がインターネットで調べてきた限りだと、剣崎の本名は「剣崎刀真」といい、〝無個性〟で雄英高校のヒーロー科に()()()()()進学した異例の生徒らしい。しかもヒーロー科に入る前は自警活動を行っており、(ヴィラン)を無慈悲に殺害して(ヴィラン)達を恐怖に陥れてきた。警察の公式記録では、74人の(ヴィラン)を粛清したという。

 その強力さと無慈悲さから、人々は剣崎を〝ヴィランハンター〟と呼び、数多くの(ヴィラン)達を脅かしてきた。しかしある日の(ヴィラン)との戦闘で突然行方不明になっており、大量の血が辺りに散らばっていたため死亡扱いされたらしい。

 

 ――この世の全ての(ヴィラン)を滅ぼすまでは、俺はいかなる障壁にも屈しない!! それが俺の信念だ!!!

 

 オールマイトにも引けを取らない強い正義感を持っていて、何事にも揺るがぬ信念の持ち主で……〝無個性〟である出久を救けた。

 あれから3年。出久は早く剣崎を救いたいと思っている。出久はオールマイトから〝ワン・フォー・オール〟を受け継いだ。

 ――今はまだコントロールすら出来ていないけど、いつかはこの力で剣崎さんを救ってみせる。

 出久はその為に、日々特訓をしている。おかげで指とか腕とか足とか包帯まみれになったりするが。

「あ!! オールマイト!!」

 出久はオールマイトの元へ駆ける。

 オールマイトはかつての母校――雄英高校で教師をやっている。恩師でもある根津校長の勧めもあって教鞭を振るっている日々を過ごしている。

 若き力を育てる教師という仕事は、オールマイト自身としても実に魅力的だと思っている。だが教師経験ゼロである彼はカンペや参考書が欠かせないのが現状。教師という仕事は辛いモノだと、常に実感している。

「オールマイト!!」

「おお、緑谷少年!!」

 いつも通りの笑顔で、出久に手を振り挨拶をする。

 相変わらずアメコミ画風の彼に、出久は剣崎からの伝言を伝えた。

「実は、オールマイトへの伝言を預かってるんです」

「私に伝言? それは誰からだ? 緑谷少年」

「剣崎さんからです」

「っ!?」

 出久が口にした名に、オールマイトは表情を変えた。

 オールマイトが剣崎という名を聞くのは、16年ぶりだ。しかし……剣崎は16年前に死んだはずだった。厳密に言えば、16年前のあの日、(ヴィラン)達と戦っていた彼は夥しい血痕を遺して忽然と姿()()()()()のだ。

 今なお消息不明であるが、致死量の血液が散らばっていたことから、人々は戦死したとされた。

 剣崎の死は、オールマイトにとってもショックだった。〝無個性〟でありながら不屈の精神で雄英高校に入学し、刀一本で(ヴィラン)達を倒すその姿は、超常能力が発現しない〝無個性〟の人々を勇気づけてきた。

(だが、緑谷少年は彼から伝言を預かっていると言っている。緑谷少年はヒーローオタクだ、彼がすでに死んでいるのは知っているはずだと思うが……)

 いずれにしろ、オールマイトは出久に事実を伝えた。

「……君の口から剣崎少年のことが出るとはな……だが緑谷少年、彼はもう死んだんだ」

「でも彼は生きてたんです、亡霊として。3年前……僕は(ヴィラン)に攫われたところを剣崎さんに助けて貰って伝言を頼まれたから…」

 出久の言葉に、オールマイトは驚く。

 剣崎は、()()()()()生きていたというのだ。

(緑谷少年は、私の前でわざわざ嘘をつくとは思えない。という事は、緑谷少年は衝撃の事実を口にしている事となる。しかし、緑谷少年の言葉はどこかおかしい。亡霊という事は、一度死んでいる事を意味する…どうして蘇ったのだ? ――いや、そんな事は後で考えよう。まずは緑谷少年が言っていた伝言を聞かねば)

 オールマイトは、出久に訊いた。

「伝言の内容は……?」

「「空人間(そらとはざま)という(ヴィラン)を倒してほしい。そうすれば死が正義(ヒーロー)の味方となるだろう」です。多分、剣崎さんはその(ヴィラン)によって異空間に囚われてるんじゃないかなって…」

 その言葉を耳にし、オールマイトはどこか納得した。

 異空間に囚われてるのならば、遺体が見つからず血痕だけが遺されていたという状況になる。

 それに空人間といえば、巷を騒がす(ヴィラン)の事だ。彼が剣崎を殺し異空間に閉じ込めた元凶なのだろう。ならば、事の真実を確かめる必要はあるかもしれない。

「……緑谷少年、君の言うことは私としても確かめたい」

「はい…」

「もし彼が生きているのならば、これから何を成す気なのかを知らねばならない。敵になるも味方になるもわからないからね…その(ヴィラン)は士傑高校付近で目撃されたという情報も先程入っている。ならば応えねばなるまい。彼がまだ、()()()()()()ならば」

 オールマイトは出久の伝言を――剣崎少年の頼みを受け入れ、この件の重要人物である空人間(ヴィラン)への接触という名の退治をする事にした。

 

 

           *

 

 

 異空間にて。

「1201、1202、1203……!」

 この異空間の中で今も幽閉されている剣崎は、修業をしていた。

 彼は自分がこうして苦しんでいる原因となった(ヴィラン)を一心に恨みながら、暗闇の中で毎日を怒りと憎しみと共に過ごしている。

 全ては、自分から全てを奪った憎き(ヴィラン)共を滅ぼすために。

 だが、彼は一度死んでからは今まで眠っていたと思われる〝個性〟の覚醒で亡霊として蘇ったものの、その後に彼の身にある問題が発生した。それは……。

 

 ――暇だ……本当に修業をする以外何もできない……。

 

 ある意味で一番残酷な現実ともいえる、「退屈」である。

 何せ周りは枯れ木や雪、厚い雲ばかりで、太陽の光など一条も射し込まない殺風景だ。もしこれが晴れていたら夜空に輝く星を見て多少は無聊(ぶりょう)を慰めることも出来ただろうが、残念ながら天気は変わらない。青い空や白い雲を見てきた彼にとっては精神的にくる。

 一時は雪だるまでも作って暇つぶしにでもしようかと思ったが、雪は何と全く雪だるまに適していない粉雪。水分が無いため固まらない。

 更に追い打ちをかけるかのように苦しめたのは、食事が全く摂れないことだ。生前の彼にとって食事は数少ない娯楽であり、特に好物である和食を食べられないのはこの上なく辛い。ただでさえこの異空間は墓場みたいな扱いで、あの憎き(ヴィラン)共が殺した人々の魂を鎮めるためにお供え物をするとは到底思えない。

 ――というわけで、完全に詰みである。

「1220……ハァ……」

 1220回目の素振りを終え、剣崎は仰向けになって雪の上に倒れる。

 彼の目の先は、太陽と青い空ではなく、黒い雲だけだ。

「ああ…早く太陽見たい、星空が見たい、海が見たい、とりあえずこの風景じゃなかったら何でも良いから別のモノ見たい……!!」

 短いながらも悪者退治に人生の全てを捧げた剣崎にとって、退屈は立派な拷問として機能した。

「……出久君、忘れてなければいいが……」

 出久(かれ)と出会い、もう3年近く経っている。

 今になって、剣崎は不安になるのだった。



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№2:時は再び動き出す

 出久がオールマイトに剣崎の伝言を伝えた次の日。

 ものすごい速度で走りながら、オールマイトはスーツ姿で通勤していた。

(私なりに調べたが…空人間はどうやら「(ヴィラン)連合」という組織のメンバーのようだな)

 (ヴィラン)連合…それは、犯罪者・過激な思想家・現代社会に反感と恨みを持つ者で構成された、オールマイトの抹殺を企む犯罪組織。

 敵連合は多くの(ヴィラン)で構成されているが、その実力は未知数である。少なくともオールマイトを脅かす程では無いだろうが、侮れる相手ではないだろう。

(空人間の〝個性〟は、相手を異空間へ閉じ込める〝個性〟…ならば緑谷少年はどうやって脱出できた?)

 オールマイトの唯一の疑問は、出久がどうやって異空間から脱出できたかだ。

 空人間が何らかの形で出久が〝無個性〟であるのを知り、「捨て駒にすらならない」と判断して殺す気も失せて異空間から強制的に放り出した…それがオールマイトの推測である。

(もっとも、(ヴィラン)がこういう判断をしたおかげで緑谷少年は生きていられたのだろう…)

 後々聞いてみた話だと、どうやら出久を攫ったのは空人間の仲間らしく、その後に出久は剣崎と遭遇した。

 いずれにしろ、出久は(ヴィラン)の判断で命拾いしたのだ。

(何はともあれ、早く着かねばな!!)

 そう思い、更に加速しようとした時だった。

 突如悲鳴と共に発砲音と爆発音が響き渡り、オールマイトは思わず振り返った。

 振り返った先には、パニックになって逃げる市民がいて、その先には銃火器を手にした(ヴィラン)達がプロヒーローを追い詰め暴れていた。

「いかん!」

 人々のピンチに、オールマイトは(ヴィラン)達の元へ突っ込んでいった。

 

 

「俺達だってバカじゃねェよ。〝個性〟だけで勝てるとは思ってねェ…だから銃火器(こういうの)を持ってきたんだよ!!」

 暴れ回る(ヴィラン)達の筆頭…空人間はマシンガンを乱射して絶賛テロ活動中だ。

 他の(ヴィラン)達も彼に続いて大暴れだ。

「クソ、銃火器は卑怯だぞ……!!」

「質が悪いわ……」

 シンリンカムイこと西屋森児とMt.(マウント)レディこと岳山優は、個性でははるかに上回っていたが、ヴィランの卑怯な手口に苦戦していた。

 現にシンリンカムイは腕を撃たれ、Mt.(マウント)レディは足を撃たれている。

「よし、止めだ!」

 空人間は仲間達に告げ、二人に銃口を向けた。

 その時だった。

 

「〝TEXAS SMASH(テキサス スマッシュ)〟!!」

 

 その声と共に、強烈な風圧が敵達に襲い掛かった。

 不意打ち同然だったため、避ける事すら出来ず吹き飛んでしまうが、そこは敵…何とか立ち上がる。

「な、何だ!?」

「何が起こった……!?」

 そう戸惑う敵達の視線の先には、〝彼〟がいた。

「もう大丈夫! 何故って? 私が来た!!」

 そう、オールマイトだ。

 いつも通りの決め台詞と共に馳せ参じたオールマイトに、市民は歓喜しシンリンカムイとMt.(マウント)レディは安堵する。

 圧倒的な実力と絶大な人気を誇る〝平和の象徴〟の登場に、(ヴィラン)達は怯む。

「オールマイト……!!」

「空人間だな? 私は確かめたいこともあって来た」

 名指しで呼ばれた空人間は、オールマイトの言葉に反応する。

「オールマイト……何の用だ? お前に何を話せと?」

「16年前……雄英高校の生徒であった()()()()が死んだ。 だが少年は生きているという可能性がある事が判明した…その少年は私ほどではないが(ヴィラン)達から恐れられていた。――ここまで言えばわかるはずだ」

 オールマイトは遠回しに剣崎のことについて問うが……。

「――誰のことなんだか知らねェな……そんな奴がいたことすらわからねェ」

 その答えに、オールマイトは内心残念に思った。

 剣崎の件の真相がわからないままなのだから。

「どの道てめェは邪魔だ。〝先生〟のためにも死んでもらうぜ!!」

「むっ!! ならば、やってみろ!!」

 オールマイトは特攻し、(ヴィラン)達は返り討ちにしようと銃火器を手にして襲い掛かった。

 

 

 

 結果から言おう……勝ったのは当然オールマイト。

 活動時間は十分残っており、〝ワン・フォー・オール〟の圧倒的なパワーの前では銃火器も無力化され、成す術もなく(ヴィラン)達は惨敗した。

 全てが終わると、(ヴィラン)達は全員倒れていた。

「彼の事はわからなかったな……」

 オールマイトがそう呟いた直後に、それは起こった。

 倒れて気絶した空人間が、ビクビクと痙攣し始めたのだ。それを見ていた市民やシンリンカムイとMt.(マウント)レディは、思わずのけぞった。

 それと共にどこからか地鳴りのような轟音が響き渡り、段々大きくなっていく。地震は起きていないが、市民の恐怖を煽るのには十分だ。

 ふとオールマイトは、何かを感じた。それは不吉な予感というより、何かが自由になったような……いずれにしろ、言葉では言い表せないような何かを感じた。

 10秒ぐらい経つと、空人間の痙攣はおさまり地鳴りのような轟音もピタリと止まった。

「……申し訳ない、ついついやり過ぎてしまったようだ。だがもう大丈夫!! この(ヴィラン)達が暴れることはもう無い!!!」

 オールマイトは咄嗟に、相変わらずのフランクさで市民に対し(ヴィラン)達の撃滅完了を宣言する。

 それを知った市民は再び歓喜し、オールマイトの名を叫び彼を称賛した。

「ねェ、オールマイト……」

「先程の現象は一体……?」

「――それは私にもわからないが……何かが起きたのは明白だ」

 オールマイトは、シンリンカムイとMt.レディと共に目を白くして仰向けで倒れる空人間(ヴィラン)を見据えるのだった。

 

 

           *

 

 

 剣崎は異空間の中で、無数に生えた枯れ木を日本刀で斬り倒していた。

 一切の緑もなく死んだも同然の林と黒い雲がどこまでも続くこの異空間は、どこへ移動しようとも同じ場所を巡る。景色は一切代わり映えしない。

 長い年月の間、何一つ変わらない。それでなお剣崎はこうして何らかの行動を起こすのは、気が狂うのを防ぐためでもあるが、それ以上に敵に対する怒りと憎しみの気持ちを滾らせ続けるためだった。

 全ては、全(ヴィラン)滅亡のために。その気持ちを込めて、剣崎は刀で枯れ木を斬り倒す。

 その時、地鳴りのような轟音が響き渡り、剣崎は枯れ木を斬り倒すのを中断した。

「何が起こって……っ!?」

 ふと、剣崎は足元の黒い何か――自分の影があるのに気が付いた。

 驚いて空を見上げると、16年の間、一度も目にしなかったモノがあった。

 太陽だ。

「……日の光……!? そうか、ついにこの時が……!!」

 剣崎は感極まったような顔をして黒い雲が段々晴れていく空を見つめた。

 変化が生じたのは空だけではなかった。地面に積もっていた雪はみるみるうちに解け、枯れ木だらけの森は瞬く間に朽ちていき、塵のように散った。たった十数秒で、あの忌まわしき殺風景が消えたのだ。

 剣崎はゆっくりと辺りを見回した。

 見慣れた山や森、更には町が見える。そう、空人間の〝個性〟が解け、それにより元の世界と異空間の境界線も破れたのだ。

 それはつまり、彼を異空間へ閉じ込め苦しませた空人間が、オールマイトまたはヒーロー達によって倒されたという事である。

 すなわち、生ける亡霊として蘇った剣崎の悪者退治が――〝ヴィランハンター〟の復活による「全(ヴィラン)滅亡」のシナリオが再び始まったことを意味する。

「よくやった出久君…これで俺は自由だ!!!」

 出久に対する感謝の言葉を上げ、暖かさと光を感じた剣崎は目を閉じて腕を広げた。

 16年ぶりの太陽。

 16年ぶりの青い空。

 16年ぶりの風。

 それら全てが、剣崎にとって何よりも愛おしく感じた。だがそんな穏やかな一時はすぐに終わりを迎えた。

 

「さあ、出掛けるぞ……悪者退治だ!!」

 

 16年前に止まった時計が動き出し、剣崎が往時のように(ヴィラン)達から〝ヴィランハンター〟と恐れられる日々が再び始まるのだった。




感想・評価、お待ちしてます。


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№3:撲滅活動の再開

時間があったので投稿しました。


 その夜、(ヴィラン)は、我が目を疑った。

 自分はオールマイト抹殺計画を立てていて、オールマイトを恨む同胞達と共に明日実行に移そうとしていた。準備は万全だった。しかし、最後の作戦会議を終えてそれは起こった。

 突如として刀をステッキのように突く少年が襲撃し、同胞三人が斬り殺されそのまま屋内戦になった。

 一体どこから現れたのか。しかも、自分が選んだ精鋭の同胞達が、たった一人の少年によって赤子のように簡単に殺害(ころ)されていく。

 新手の(ヴィラン)組織の刺客か、それとも名の知れぬヒーローか…いずれにしろ、(ヴィラン)達は絶体絶命のピンチに追い込まれていた。

「あ……ああ……! た……頼む、命ばかりは……!!」

「……ヒーローたる者、悪者に慈悲など無用」

「ひいっ!!」

 少年は氷のような冷たい声で無慈悲に宣告し、それに恐れをなした(ヴィラン)は一目散に逃げ出そうとする。

 しかし、その直後に胸に衝撃と痛みが走った。

 恐る恐る見ると、胸には刃こぼれが生じた短刀が深く突き刺さっていた。何の前触れもなく一瞬で凶刃に襲われ、(ヴィラン)はパニックになる。

「な……何故こん、なモノ……が……俺の胸、を……!?」

「正義の名の下に、お前に死を宣告する」

 

 ザシュッ!!

 

「ぎゃあああああっ!!」

 

 彼は成す術もなく一閃され、大量の血を噴き出して床へ転がった。

(ヴィラン)達を皆殺しにした少年…剣崎は、短刀を回収しつつ敵達の屍を踏み越えていく。

「出会った(ヴィラン)は一人残らず殺してやるぞ、俺の怒りと憎しみを思い知れ……!!」

 剣崎はそう呟きながら、(ヴィラン)達の屍を踏み越えていった。

 

 

 3時間後。

 パトカーが集まり、バリケードテープが張られた建物。多数の警官が集まっており、その中には(ヴィラン)連合絡みの事件全般を担当している塚内直正警部がいた。

 彼はあのオールマイトと旧知の仲であり、その秘密を知る数少ない人物の一人でオールマイトから全幅の信頼を寄せている。そんな彼は今、部下である玉川三茶を連れて現場検証に来ていた。

「塚内警部……」

「これは酷いな……」

 そんな彼が訪れていた現場は、凄惨を極めていた。

 夥しい量の血と、数十人の(ヴィラン)の斬殺死体…まさに地獄絵図だ。何者かによる襲撃か、それとも敵同士の内部抗争か。いずれにしろ、目を覆いたくなるような惨劇が起こっていたのは明白だ。

「通報によりますと、この建物から悲鳴が聞こえたとのことで……それが今から約3時間前でした。到着時は鍵が掛かっていたので、事実上の密室殺人です」

「つまり、施錠された状況で被害者は皆殺しというわけか」

「被害者は全員、警察(われわれ)がマークしていた敵ばかりです」

(……ということは、思想犯か?)

 現場には武器だけでなく多数の金品があったが、それらの強奪は一切無い。つまり、利益ではなく自らの信念を下に犯行に及ぶ思想犯である可能性が高い。

 そこで塚内が真っ先に頭に浮かんだのは、〝ヒーロー殺し〟の異名を持つ凶悪犯・ステインだった。各地でヒーローを襲撃し、これまでに17人を殺害して23人を再起不能に追い込んでいる彼は、時には(ヴィラン)をも粛清対象としている。彼の犯行である可能性は十分にある。

「〝ヒーロー殺し(ステイン)〟が犯人か……?」

「……そうかもしれませんね――」

「いや、それは無いな」

 二人が犯人をステインと見なして捜査しようとした時に、剃髪で顔に複数の刀傷が刻まれた壮年の男性がバリケードテープを越えて現れ待ったをかけた。

 彼は、加藤旦蔵警部。塚内と同じ警部だが、その圧倒的な経験値で多くの(ヴィラン)事件の解決に尽力した、警察内で最も名の知れた警察官の一人である塚内の大先輩だ。

「この現場、不自然だとは思わないか?」

「何がです?」

犯人(ホシ)がどうやってこの建物に侵入したと思う?」

「「っ!!」」

 その言葉に、塚内と玉川は気付いた。

 よくよく考えてみれば、今までこの現場では血痕や被害者の傷痕、犯人の足跡が証拠として出てきたが、この建物に侵入した証拠(・・・・・・・・・・・)はどこにも無いのだ。

 一体どうやって侵入したのか…出入り口は一つしかないので、何らかの個性でも用いて侵入したと二人は思うが…。

「ステインだけじゃねェが、普通なら窓を割るかドアを開けて正面から殺しにかかるだろう。そもそもここは郊外だ、多少なり乱暴な入り方をしてもバレないからな……」

「じゃあ、ステインじゃないとしたら一体誰が……?」

「――これは俺の長年の勘が正しければだが……こいつらを皆殺しにしたのは剣崎刀真だ。こんなマネするのはあいつ以外考えられん」

「!?」

 剣崎刀真。

 その名を聞くのは、塚内と玉川は久しぶりだった。〝ヴィランハンター〟の異名を持つ彼が12歳から15歳の間の3年間に行われた悪者退治は警察内でも有名で、その無慈悲な撲滅活動により年間犯罪発生率が一時的にだが例年の三分の一以下に低下しているデータも残されている。

「で…ですが加藤警部、彼は死んだはずです……それも16年も前にですよ?」

「言ったろ、長年の勘だとよ……だがこういう時に限って勘は当たるモンだ。俺は昔、あいつの家族が(ヴィラン)達によって皆殺しにされたっつー事件に関わってな……そん時にあいつと知り合った。俺はあいつの顔を一度たりとも忘れた事がねェ。死んでも許さねェっつー、怒りと憎悪に狂った顔がな」

「「……」」

「塚内、玉川……剣崎が本当に生きているなら、絶対に敵に回すな。あいつは16年前(むかし)の続きを……全(ヴィラン)滅亡の為の悪者退治をしているはずだ。今にも(ヴィラン)共は血祭りに上げられるぞ」

 加藤がそう言った直後、一人の警察官が現れた。

「ハァ、ハァ……大変です! ここから5㎞離れた廃墟で、20人の遺体が発見されました!! どれも刃物で斬られた痕があり……殺人事件かと……!!」

「なっ……!!」

 何と、すでに別の大量殺人事件が発生していた。

 それが、もしも加藤の勘の通り、あの剣崎の仕業だとしたら……。

「加藤警部……!!」

「……すぐ上層部(うえ)に伝えろ、「剣崎の悪者退治が再開した」とな」

 加藤は剣崎の復活を確信して、同時に戦慄した。

 

 

           *

 

 

 ここは、雄英高校周辺にある小さな墓地。

 雄英高校の教師の一人である、ミッドナイトこと香山睡は、ある墓の前に立っていた。その墓には、「剣崎家之墓」と刻まれていた。

「――久しぶり。最後に来たのは2年前ね……」

 そう墓に声を掛けるミッドナイト。

 実はミッドナイトは剣崎と同期であり、ほんの数ヶ月だけだが彼女は「剣香(けんこう)コンビ」として剣崎と共に悪者退治をしていたのだ。この時が剣崎の悪者退治の最盛期とされ、二人の関係を知る者達は「修羅の剣崎、天使の香山」と畏怖していたという。

「今日さ……どういう訳か何か嬉しい気がするの。2年ぶりにここへ来たからかしら?」

 墓に声を掛けても、返事はこない。

 死人に口なし……かつての相棒は戻ってこないのだ。それはミッドナイトもわかっている。

 だが今日だけは……どこか違う感じがしたのだ。

「私は大丈夫よ、ちゃんとヒーローとして戦ってる」

 ミッドナイトは、剣崎と共に過ごした高校生活(かこ)を懐かしむ。

 ヒーローコスチュームについてよく口喧嘩となり、戦闘では抜群のコンビネーションを発揮し、共に夢を馳せ未来図を語り、時には互いの正義感がぶつかり合うも、何だかんだ上手くいっていた。

 不器用な男だと、何度心の中で笑ったことか。

「あなたは私によく言ってたわね、「ヒーローにとって、死は敗北ではない……逃げた時が敗北だ」って」

 ゆえに、どんな時でも逃げずに(ヴィラン)を狩りまくった剣崎は「負け犬」や「弱者」だなどと蔑まれなかった。

 だから、ミッドナイトも彼に倣って逃げずに立ち向かう。それがヒーローであり、亡き彼への誓いだから。

「そろそろ行くわ……また来るから」

 ミッドナイトは微笑み、その場から立ち去った。

 

 しかしミッドナイトは思いもしなかっただろう……後にその剣崎と16年ぶりの再会を果たすとは。




この作品でミッドナイトはヒロインには…なるのかな?
まァ、話を更新次第色々と変えていきやす。
感想と評価、ぜひお願いします。


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閑話:〝ヴィランハンター〟を想う者達

いろいろな事情で遅れました、申し訳ありません。
更新再開です。


 あれは今から16年ぐらい前だった。

 俺は街中に現れて暴れまくっていた(ヴィラン)達と戦っていた。この時、たまたまプロヒーローも来ていたため戦況は有利な方だった。だが…。

「動くな!! 動いたらこのガキを殺す!!」

「なっ……!」

「クソが……!!」

 迂闊だった。少女を人質にとるとは、どこまでも卑怯な奴らだ。銃を使えれば早撃ちで(ヴィラン)のみ狙撃できたろうが、生憎俺は拳で語る男…残念ながら奴らの要求に応えざるを得なかった。

 その時だった。何かが、凄まじい風切り音をあげて高速で接近してきた。

 それは駆けつけていた警察(サツ)の間を抜け、俺とプロヒーローの横を通り過ぎ、勢いを殺さず(ヴィラン)と少女の元に突っ込んでいった。

 

 シュバッ!

 

「ぐっ!?」

 俺はそれの正体を捉えた。ガキだ。しかも中坊だ。

 その小僧は短刀で敵の腕を一閃し、人質だった少女を抱き上げて高速で俺の隣に飛び退った。

 一瞬の出来事だった。俺やプロヒーロー、警察だけじゃなく、(ヴィラン)すら困惑してしまうほどの、一瞬の出来事だ。

「……大丈夫か?」

 深緑の癖毛をなびかせて、少女に微笑んだ小僧。

 少女の無事を確認すると、先程とは打って変わって殺気を放ちながら敵共を睨んだ。

「――明日の正義を背負う若き力に手を掛けようとするとは、敵ってのは全員救いようがないな。もっとも、悪者に慈悲など無用だがな……」

 その漆黒の瞳に宿るのは、憎悪だった。

 俺は今までに、(ヴィラン)を憎んでいる奴を数え切れないくらい見てきた。だが、この小僧だけは別格だった。あの小僧は、全ての(ヴィラン)を滅ぼすまで決して戦いを止めない復讐と執念の鬼だ。

さあ、悪者退治だ

 

 そう言うや否や、奴は(ヴィラン)共に目掛けて特攻した。

 それから先は、奴の独壇場だった。日本刀で次々に敵共を斬り捨て、蹴るわ殴るわの大暴れ。それでいて周囲への被害は最小限。被害とすれば、せいぜい返り血で道路や建物の壁、標識が汚れるぐらいか。

 個性は恐らく使ってない。いや、そもそも使うことすら出来ないのだろう。だったら日本刀で攻撃なんかしねェ。つまり、奴は純粋な戦闘力の高さで(ヴィラン)共を圧倒しているのだ。戦闘のセンスは、並大抵の(ヴィラン)やヒーロー以上……いや、もしかしたら俺以上なのかもしれない。

 それにただのガキの割には、あまりにも戦闘慣れしすぎている。どう考えても、あの小僧は死と隣り合わせの戦いを知っている。しかも敵とはいえ、殺すという行為に一切の躊躇がない。

 あの小僧が現れて3分で、敵共は皆殺しにされた。その強さは、俺の想像を遥かに超えていた。

「……全員殺したが、文句は言わせねェぞ。こういうゴミクズ共に情けをかけるとどうなるかわからないわけでもあるまいし」

 そして俺は始めて知った。アイツが巷を騒がす少年ヒーローだと。全ての(ヴィラン)を憎み、全ての(ヴィラン)を滅ぼさんとする〝ヴィランハンター〟剣崎刀真だと。

 あの小僧に遅れを取るわけにはいかない。俺もヒーローだ、ヒーローとして(ヴィラン)共と戦わねばならない。

 そう思うと同時に、俺はあの小僧に対して問いたかった。

 何故、そこまで生き急ぐのだと。これからお前は何十年も生きるというのに、何故その若さでその命を捨てるように生きるのだと。若き力よ、お前を暴走させたのは何だと。

 しかし、それを問う前に小僧は壮絶な死を遂げた。

 奴の悲願は成就されなかった。敵共はあの小僧が死んでから、再びその勢いを取り戻しつつある。それほど小僧は恐れられていたのだ。ならば、俺が奴の代わりにこの拳で敵共を打ち砕いてやろう。

 あいつのように、揺るがぬ信念を掲げて正義の敵を全て滅ぼしてやろう。このナックルダスターは、決して奴ら(ヴィラン)に屈さない。

 俺はそう決意し、この拳を振るうのだ。

 

 

           *

 

 

 時々、俺はあの少年……剣崎刀真を目指していたのではないかと考えることがある。

 利益を得るためでもなければ、地位や名声を得る為でもない。ただひたすらに己の信念と正義を貫く、自分が思い描く英雄(ヒーロー)のような名の知らぬ少年。奴は世間からは〝ヴィランハンター〟と呼ばれ、贋物のヒーロー達や警察から一目置かれているにもかかわらず、何の見返りも求めず、ひたすらに眼前の(ヴィラン)共を次々に狩りまくっていた。

 収益や地位、名声を得るための手段として人を救う贋物ではない。彼にとって「人を救う」という行為は、己の信念と正義を貫くための「義務的行為」なのだと俺は解釈した。

 ヒーローは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。贋作が蔓延る世界の粛清の為に動いている俺から見れば、あいつはヒーローと認めるに足る存在だ。いや…むしろこの俺が心から認める程の輩か、俺がずっと追い求めてきたヒーローだったのかもしれない。

 だが、あいつはもういない。16年前に(ヴィラン)達の罠に嵌まり、この世に遺体の欠片すら残さず死んだのだ。あいつと邂逅せぬまま、〝ヴィランハンター〟はこの世から去ったのだ。

 世界は、あいつを忘れた。収益や地位、名声を得るためではなく、己の信念と正義を貫くためだけに生身で敵達と戦ってきた少年ヒーローを。だから贋作が蔓延る世界になったのだ。

 口では自分を殺していいのはオールマイトだけだと言ったが、あいつでも構わないと俺は思っている。ただ、一度だけでいい。あいつを…〝ヴィランハンター〟を知りたい(・・・・)。あいつの正義を、信念を知りたい。贋物か、それとも本物か…あいつをこの目で確かめたい。

きっとあいつは、俺の言葉と信念に同調する筈だ…俺の掲げる「英雄回帰」に。

 だから俺は…赤黒血染は、ステインの名を以って贋物共を排除するのだ。全ては、正しき社会の為に。

 

 

           *

 

 

 16年前だった。私が彼と最後に出会ったのは、とある墓地だった。

 先代の継承者……お師匠から「剣崎を呼んでほしい」と頼まれた私は、彼が必ず行くであろう場所をくまなく捜索した。

 そして、最後に立ち寄ったのが、彼の家族が眠る墓地だ。

「ここにいたか、剣崎少年」

「……」

「亡き家族への弔いか?」

「――じゃなかったら、ここに来たりしねェさ」

 剣崎少年は家族の墓の前に立つと、キキョウの花束を献花した。

 キキョウの花言葉は、確か「永遠の愛」だった筈。剣崎少年は亡き家族を愛し続けているようだ。

「君の母と私は、顔馴染みだった。君の事はそれなりに理解しているつもりだよ」

「生き急ぐ若造に、今更説教かよ? 悪いが……止まらねェぞ、俺は」

 ぶっきらぼうに答える、剣崎少年。

 私はどうしても、彼のことが心配だった。何故、死出の旅路を選ぶような生き方をするのか。何故、我が身を滅ぼしても構わないと思うのか。何故、まだ先の長い命を擲つのか。自己犠牲の果てに、剣崎少年が望むモノがあるのか。

 彼の返事が分かっていても、私はそう問いたくなった。

「君は、死ぬつもりなのか……?」

「そうなっても仕方ねェな……全ては(ヴィラン)という悪を滅亡させるためだ。今のヒーロー達や国、警察のやり方では「真の正義」を遂行出来ない!!」

 憎悪を孕んだ目で、私を見据える剣崎少年。

 私は自分に言い聞かせているかのような剣崎少年の言葉を静かに受け止め、彼の心の奥をくみとろうとした。

「――オールマイト……あんたは、(ヴィラン)共に慈悲など無用とは思わないのか?」

「……」

「重要な情報を持っている? 命までとるのは非情? 情けは人の為ならず? そんな戯言をいつまで言っているつもりだ? その一言でどれほどの犠牲を生んだか!! どれほどの憎しみと悲しみを生んだか!! それを「ヒーローとしての筋」だとまだ語り、(ヴィラン)共に情けをかけるというのなら…俺は決して奴らに生き場所を与えず皆殺しにする!! (ヴィラン)共はこの剣崎刀真の手により、この世から一人残らず消え、滅亡する…(ヴィラン)共が蔓延るこの世界は、この〝ヴィランハンター〟が叩き潰すっ!!!」

 全ての(ヴィラン)共は――この世の悪は、〝ヴィランハンター〟の掲げる正義に打ち砕かれ、揺るがぬ憎悪を前に平伏すだろう。

 剣崎少年の怒りと憎しみの強さは、私想像を絶する程であった。

「――オールマイト。俺は「答え」を見つけたよ……」

 剣崎少年はその時、今まで見たことの無い、私が初めて見る笑顔を作った。子供のような純粋さと無邪気さを孕んだ微笑みだ。

 それはまるで、己が辿る末路を……早過ぎる最期を受け入れているような表情だった。

「じゃあ、俺は行く……(ヴィラン)のゴミクズ共と決着(ケリ)をつけてくる。全てが終わったら、築地の寿司でも奢ってくれよ。菜奈さんにはよろしく言っといてくれ」

 そう言って、剣崎少年は去っていった。

 それが、私と彼の最後の会話だった。

 

 

 あれから16年が経った。悪の支配者として君臨したオール・フォー・ワンは、5年前の壮絶な死闘により私の手で倒され、それにより(ヴィラン)の事件も減り続けていき、平和な時代になった。しかし志半ばで散った剣崎少年は、今の時代をどう思うかはこの私でもわからない。

 だからこそ、彼が貫こうとした正義を語り継がねばならない。彼の生き様を、少年少女達に伝えなければならない。それが私の……平和の象徴(オールマイト)の義務でもあるからだ。




今更ですけど、ステインとミッドナイトは同じ31歳なんですよね。そしてこの小説の主人公・剣崎も生きていたら31歳。
わォ…。


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№4:母校訪問

本編?ですね。更新します。
次回あたりで再会かな?


 翌日。

 雄英高校1年A組――出久が属するクラスでは、ここ数日立て続けに発生した未曽有の大量殺人事件の話題で持ちきりだ。

 殺された者の全員が刃物で斬られた痕が残っていることから、犯人は同一人物であり単独犯でもあるとして警察は捜査をしている。

 この連続大量殺人事件での犠牲者の数は60人を超えており、エンデヴァーやベストジーニストをはじめとしたプロヒーロー達にも知れ渡るようになった。各テレビ局のニュース番組やワイドショーもこれを報じており、社会的な影響の大きさも伺える。

「犯人不明、動機不明、行方不明……迷宮入り事件の三拍子が揃ってやがる」

 金髪の男子――上鳴電気は若干顔を引きつらせる。

 今回の事件は、被害者全員が(ヴィラン)であるのが最大の特徴だ。つまり、敵を狙った犯行である。

 だがもし自分が犯人に(ヴィラン)と勘違いされたら、惨たらしく殺されるかもしれない……と上鳴は思い、ゾッとしているのだ。

「何が目的なんだろうな……でも(ヴィラン)ばっか狙ってんだから、何か恨みでもあるんじゃね?」

 赤い髪色のスパイキーヘアと尖った歯が特徴の男子――切島鋭児郎はそう言う。

 事件の犯人は、(ヴィラン)に対してとてつもない恨みを持っている。そうじゃなかったらこんなマネはしない……と推測しているのだ。

「いずれにしても、犯人は相当な手練れだろう……只者ではない。これまで殺された(ヴィラン)の数を考えると尚更だ」

 鳥のような顔立ちの男子――常闇踏陰の言葉に、話し合っていた男子達は同意する。

 (ヴィラン)はヒーローと同様、〝個性〟を操れる。〝個性〟次第では、ヒーローすら凌駕するモノもある。だがそれすらも蹴散らして斬り殺す犯人は、自分達では敵わないほど強大な力の持ち主である可能性が高いのだ。

 (ヴィラン)達を無慈悲に殺害する今回の事件の犯人は、プロヒーロー達に匹敵する歴戦の強者に違いない……それが彼らの見解だ。

「……」

(ヴィラン)狙いか……」

そんな彼らの話に耳を傾ける、二人の男子。

 一人は、逆立った金髪に赤目の三白眼が特徴の男子――爆豪勝己。出久の幼馴染であり、このクラスではトップクラスの実力者だ。

 そしてもう一人は、右半分が白で左半分が赤の髪の毛をした、左目周辺に火傷の痕がある男子――轟焦凍。かの有名なエンデヴァーの息子である。

 二人も事件のことは耳にしており、色々と警戒しながら情報収集をしているようだ。

「どうしよう、ウチ外出できないよ!」

「いや、白昼堂々殺戮なんかしないよ……」

「でも、万が一の可能性もあるわ」

 クラスの女子達も、それぞれ心配そうな顔で話し合う。

 一番の問題は、日中に遭遇してしまう事だ。さすがに白昼堂々殺人をするとは思えないが、相手が未知の存在である以上は油断出来ないというのは事実だ。

 そんな中、その事件の犯人を唯一(・・)知る出久は考えていた。

(剣崎さんが異空間から解放されたんだ…でもこれからどうする気なんだろう?)

 剣崎が異空間から解き放たれ、(ヴィラン)達を狩りまくっている…出久はそう確信した。

 自分が生まれるよりも前に、〝個性〟を扱えない者とは思えぬ比類なき力で敵達に災いをもたらした往年の伝説的人物…そんな彼が死から蘇り、全敵滅亡の為に悪者退治を再開したのだろう。

(剣崎さん、雄英高校に来たりするのかな……?)

 剣崎がこれからどうするのか……そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。

 そして…。

 

「私がーーーーーー!!! 普通に教室に入って来たーーーーーー!!!」

 

 ガラッと扉を開け、オールマイトが登場。

 皆が憧れるNo.1ヒーローの登場に、生徒達は盛り上がる。

 オールマイトはスーツ姿でウキウキしながら教卓へ向かう。その後に、ぼさぼさの長髪に無精ひげという小汚い恰好をした男性…1-Aの担任である相澤消太が続く。

「今日は生徒達への講話……で合っているかな?相澤君」

「……内容はお任せですがね」

 オールマイトの言葉に、相澤は返答する。

「てめェら、今から講話やるから耳の穴かっぽじってよく聞いてろよ。後で感想文書かせるから」

「感想文?」

「内容がクソだったら、反省文書かせるから」

(理不尽だ!!!)

 感想文がダメだったら反省文を書かせるという、相澤の理不尽な課題に衝撃を受ける生徒達。

 しかし、誰も反論しなかった。相澤(たんにん)はこういう時に限っては本気だからだ。

「ゴホン…では始めよう」

 オールマイトは、いつものあの笑顔のまま…真剣な眼差しで語り始めた。

「私はかつて、ある少年と出会った事がある。その少年は、君達と同じ1-Aの生徒だった。少年の名は剣崎刀真――君達と変わらぬ年頃で74人の(ヴィラン)を討伐した、強く勇敢な若き少年だ」

 

 

           *

 

 

 雄英高校の正面入り口。

 ここに、一人の少年が立っていた。

「懐かしき、我が学び舎……」

 深緑の癖毛とマントのように羽織ったボロボロのコートを揺らし、校舎を仰ぎ見る少年。

 そう…オールマイトが講話をし始めた同時刻に、あの剣崎がついに母校――雄英高校に訪れていたのである。

 そんな剣崎の前に立ちはだかるのは、雄英バリア。雄英高校の関係者以外の人間が敷地に入れないようにする為のセキュリティだ。

「……何か昔以上にセキュリティが強化されてるな……」

 (ヴィラン)達の侵入を防ぐ為のセキュリティは16年前にもあったが、ここまで徹底的に強化されてはなかった。

 16年前も時が経てば、さすがに情勢も違うようだ。

「下手に問題起こすと厄介だよな……ほぼ不死身とはいえ、オールマイトを相手取る展開だけは避けなきゃならないな。どうせならないだろうけど」

 剣崎はゆらゆらと揺れる髪の毛をモリモリと掻きながら、頑丈に閉められた扉へ向かって悠然と歩を進め、そのまま雄英バリアをすり抜けて敷地内に難なく侵入した。

 彼の〝個性〟は「亡霊」……壁や建物を透明人間のようにすり抜ける事が出来るのだ。それは彼が手にしている刀や羽織っているコートも同様だ。

「……不法侵入になるかも知れねェが、止むを得ないな」

 強固な雄英バリアをいとも容易くすり抜け、刀をステッキのように突きながら大股で校舎へと歩き始める剣崎。

 16年ぶりの学び舎に、剣崎は思いを馳せる。

 相棒のミッドナイトと悪者退治をしたり、体育祭では同級生をフルボッコにして出禁処分になったり……。わずか数ヶ月ながら、とても楽しい日々ではあった。

「フッ……もし出久君が入学していれば、礼くらい言わないとな」

 生ける亡霊と化しておぞましい姿で蘇った〝ヴィランハンター〟剣崎刀真と、そんな彼に救われた少年――緑谷出久。

 3年ぶりの運命の再会を、果たそうとしていた。



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№5:3年ぶりの再会

ついにこの時が来ました。


 剣崎刀真。その名前に、出久は目を見開いた。

 オールマイトの口から、自らの恩人の名を聞くとは思ってなかったようだ。

「剣崎少年は個性を扱えない生徒…いわゆる無個性の少年だった。しかし彼は個性を持つ生徒達ですら圧倒する比類なき力で(ヴィラン)達を狩りまくっていったのだ」

「む、無個性……!?」

「無個性で(ヴィラン)と戦ったのかよ……!!」

 無個性は、社会的な面でハンデを背負うケースが多い。個性を持つことが常識となったこのヒーロー社会において、個性を持たない者は差別されたり見下される事もある。そして(ヴィラン)と戦うことすら出来ず、ヒーローにもなれない場合もあるのだ。

 しかし剣崎はその逆…無個性で(ヴィラン)達と戦えたのだ。それも無個性とは思えぬ戦闘力で(ヴィラン)達に勝利している。

 耳を疑うような内容に、生徒達は驚愕の表情を隠せないでいる。

(ヴィラン)達は彼を恐れ、〝ヴィランハンター〟と呼んだ。現に彼が行った悪者退治は、たった数年で(ヴィラン)達を壊滅寸前に追い詰めたのだ」

 ふとその時、八百万百が手を上げた。

 どうやら質問があるようだ。

「どうした? 八百万少女」

「何故、(ヴィラン)を退治していたのですか?プロヒーローに任せた方が身も安全のはず…無個性ならば尚更ですわ」

「――確かにその通りだ、八百万少女…だが、彼にはどうしても戦わねばならない理由があったのだ」

「理由……?」

「……ある悲劇に遭ってね……」

 オールマイトは、剣崎の身に起きた悲劇を語り始めた。

彼の身に起きた悲劇…それは、(ヴィラン)によって自分以外の家族が全員殺されてしまうという事件だったのだ。

 最愛の存在であり、かけがえのない居場所であった家族を失った剣崎は、その日から(ヴィラン)への憎しみと怒りの気持ちを滾らせ、家族の仇を討つ為に生きる修羅の道を自ら選んだのだという。

「だから彼が掲げた目標は、〝全(ヴィラン)滅亡〟。全ての(ヴィラン)を自らの手で滅ぼし、次代の者達が(ヴィラン)にならない平和な世界を実現する事だった。そこから、剣崎少年の悪者退治は始まったのだ」

 剣崎は父の形見である日本刀と短刀を武器に、(ヴィラン)達を狩りまくっていった。

 街で(ヴィラン)絡みの事件があれば、何の迷いもなく飛び込んで、ヒーロー達や警察の制止も振り切り(ヴィラン)達に襲い掛かる。憎き(ヴィラン)達を刀を振るって斬り裂き、突き刺し、薙ぎ払う……その非情で無慈悲な粛清は、多くの(ヴィラン)達だけでなくプロヒーロー達ですら戦慄させたという。

 彼の悪者退治には、様々な評価がある。ある者は大いに支持し、ある者は恐怖すら覚えて非難し、ある者はその勇姿に羨望する。良くも悪くも、彼は当時のヒーロー社会に多大な影響を与えたのだ。

「だが当然、彼を恐れる(ヴィラン)がいれば恨む(ヴィラン)もいる。(ヴィラン)達は、この私ではなく剣崎少年を標的にするようになった」

『……』

 (ヴィラン)達にとっての最大の脅威は、〝平和の象徴〟オールマイトだ。それは今も変わらない。

 だが剣崎は、そんなオールマイトに匹敵するくらいに(ヴィラン)達から恐れられていた。個性を扱えない人間とは思えぬ戦闘力と、正義を掲げるヒーローとは思えぬその無慈悲さから。

「それ以来、(ヴィラン)達は剣崎少年を執拗に狙った。剣崎少年は幾度となく返り討ちにしてきたが、ついには(ヴィラン)達の狡猾な罠にハメられ、死に追いやられた」

「ってことは……その剣崎って言う俺らの先輩は、(ヴィラン)によって殺されたのですか……?」

「そうだ。享年15歳――君達と同じ年頃で、剣崎少年は志半ばにその命を散らしたのだ」

 オールマイトは呟いた。

 あれほど正義感の強い少年はいなかったと。あれほど自分を傷つけ、(ヴィラン)に痛めつけられても、己の課した使命のために戦い抜こうとした少年はいなかったと。

 そんな中、麗日お茶子はオールマイトに質問した。

「剣崎さんは、生きていたらどうしてたんでしょうか……?」

「それは難しい質問だな、麗日少女……「死人に口なし」だ、彼は死んだのだから何も語らないのだ」

 しかし少なくとも、剣崎はこれからも必要とされていただろう。

 明日の正義を背負う後進(こうはい)達に。(ヴィラン)に大切なモノを奪われた人々に。(ヴィラン)達と戦うヒーロー達や警察に。

「以上が…己の信念と正義を貫いた剣崎少年の物語だ」

 オールマイトの話を聞き、生徒達は複雑な表情を浮かべる。

 皆、自分自身に問うているのだ。彼のように、自らが課した使命を果たすために(ヴィラン)と戦えるのかと。彼のように、命を擲って自分の信念と正義を貫けるのかと。

 

「……しかし、剣崎(その)少年の物語には続きがあった」

 

 突如、地獄の底から響くような声が響き渡った。

 全身に鳥肌が立ち、思わずドアの方へ振り向く一同。

「少年は、人知れず蘇っていたのだ。それは、志半ばで散った彼の無念によってか……それとも今まで眠っていた〝個性〟が覚醒し、宿主の死に反応して再び生を与えたか――いずれにしろ、彼は生ける亡霊として蘇った」

 声と足音、そして床を何かで突くような音が、ゆっくりと確実に教室へ近づいていく。

 今まで感じたことの無い、得体の知れない不気味さを感じた生徒達は、喉仏を上下に動かした。しかしそんな中、出久だけは違った。

(この声って……!!)

 出久は知っているのだ、この声の主を。その声の主とは、3年前に会っているからだ。

 今でもはっきりと覚えている。おぞましい姿でありながら、(ヴィラン)の魔の手から自分を救ってくれたあの人を。

「16年の時を経て……少年は生前よりも遥かに強大な力を得て復活し、生ける亡霊として世に解き放たれた。そう、(ヴィラン)達から〝ヴィランハンター〟と恐れられる日々が再び始まるのだ――そして明日の正義を背負いし少年少女達は気付く…この教室に入ろうとするおぞましい姿の少年こそ、比類なき力で(ヴィラン)共を無慈悲に退治(ころ)した剣崎刀真(あのおとこ)であると」

 そして教室の扉の前に異形の少年が現れ、刀身がボロボロになった刀をステッキのように突きながら、大股でゆっくりと歩いて教室に入った。

 顔は傷だらけで、死人のように血の気が無い。風もないのに深緑の癖毛が揺らめき、マントのように羽織ったコートがなびく。

 それを見たオールマイトと出久は、驚愕して叫んだ。

「まさか!!」

「剣崎さん――!?」

「3年ぶりだな、出久君……随分と成長したじゃないか」

 剣崎刀真、雄英高校に降臨する。




感想と評価、是非お願いします。


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№6:挨拶という名の取引

ここで発表ですが、剣崎のキャラのモデルは2人います。
一人は、もう察している方も多いでしょうが…某海賊映画のサ〇ザール。もう一人は「ONE PIECE」のゼットです。


 1年A組の教室に突如現れた、生ける亡霊〝ヴィランハンター〟剣崎刀真。

 しかしその姿は、あまりにも痛々しくおぞましい。死人のように血色の無い顔は火傷と切り傷まみれで、手にした日本刀や着用している雄英の制服、羽織っているコートもボロボロ。深緑の癖毛は風もないのに揺れており、コートとブレザーの裾や所々破れたネクタイも同様にゆらゆらと動いている。生前の勇ましさは消え、死者としての不気味さが醸し出されている。

 不気味な姿をしたヴィランや珍妙な姿のヒーローは多いが、それらを遥かに上回るインパクトの剣崎に、一同は喉仏を上下させ冷や汗を流す。

「会いたかったぞ、出久君……」

 地獄の底から響くような声で、出久の名を呼ぶ剣崎。

 生徒達だけでなく現役プロヒーローとして活躍する相澤ですら縮み上がるその声に、出久は不思議と懐かしさと嬉しさを感じていた。

 ふと、剣崎は日本刀の切っ先をゆっくりと上げて出久がいる席へ向け、生徒達に当たらないよう小さく振った。その仕草の意味を理解した出久は、席を立って剣崎の元へ向かう。

「お、おい緑谷……!!」

「さすがにあいつは危険だっての!! マジで!!」

「……大丈夫だよ、僕はあの人と3年前に出会ってるから」

『ハァ!?』

 男子生徒達の制止を振り切り、剣崎の元へ向かう出久。

 3年ぶりの再会……先に口を開いたのは、剣崎だった。

「出久君……君のおかげで、死から蘇り亡霊と化した俺は憎き(ヴィラン)共から解放された。そして俺の使命ともいえる全(ヴィラン)滅亡の為の悪者退治も16年ぶりに再開することができた。この〝ヴィランハンター〟、心から礼を言う」

「それは僕もです、剣崎さん……あの時助けてくれて、本当にありがとうございました」

「俺は明日の正義を背負う若き力に手を差し伸べたまでだぞ、出久君。礼を言われるほどの事などやってない」

 傷だらけの顔に無邪気な笑みを浮かべさせながら、剣崎はそう言う。

すると剣崎は周囲を見渡し、怯えた表情を見せる生徒達に対し気さくに声を掛けた。

「おっと……恐れることは無いぞ、お前達は俺の「同志」だ。共に正義を掲げ、平和と秩序の為に(ヴィラン)のクズ共と戦いし者達……俺は同志に刃を向ける事は決して無い。裏切らなければな」

 剣崎はそう簡単に信じてはもらえないことを承知の上で告げる。

 剣崎は(ヴィラン)に対しては冷酷無比だが、仲間であるヒーローには基本的には寛容に接する。(ヴィラン)に情けをかけるヒーローは気に食わないが、彼にとって同志は生死を共にする頼もしい存在なのだ。

 すると、剣崎はオールマイトの元へ近づき口を開いた。

「ようオールマイト、あんたとは16年ぶりだな……」

「剣崎少年……」

「あんたには色々と聞きてェことがあるが……それは後でもいいだろう。そういやあ校舎の外に何か分厚い壁があったが、アレは?」

「! 剣崎少年、まさか……!!」

「すり抜けて通ったが、何だアレは? セキュリティにしては脆く感じたぞ」

 剣崎はどうやら、雄英まで徒歩で移動し頑強な雄英バリアをまるで幽霊のようにすり抜けたらしい。彼は明らかに自分達の常識を超えた異形の存在になっているようだ。

「ダメじゃないか、オールマイト。この俺だったから良かったものを…これからはセキュリティを更に強化した方がいいぞ? どんなに小さくても穴は穴…強引に突破すれば巨大な風穴になっちまうからな。そうだな…せめて赤外線センサーと顔認証システム、指紋認証システム、レーザーセンサーは必要だな…」

 ムスっとした顔で何故かオールマイトに危機管理のダメ出しをする侵入者(けんざき)

 本来なら茶目っ気があるだろうが……剣崎の顔が顔なのでむしろ余計不気味だ。

「まァ、それは後でいい……それよりもオールマイト。あんたに頼みがある」

「私に、頼み?」

「俺は今一度、この雄英高校の生徒に再びなる事を宣言する。悪者退治の新たな出発点としてな……だから、手続きをして欲しい」

『!!?』

 その言葉に、耳を疑う一同。

 何と剣崎は、雄英高校の生徒として復学したいのだ。

 死者の復学の申し出……それは雄英高校の歴史上、いや、ヒーローの歴史上前代未聞であった。

「お前が生徒だと……!?」

「言い分はあるぞ? 俺はちゃんと雄英(ここ)を卒業してねェんだ。先に学校卒業するより人間やめて人生卒業したんだ、ケジメくらいつけねェとな…そうそう、クラスは1年A組で頼むよ、俺は元々1年A組(このクラス)の生徒だ」

 剣崎は淡々とそう告げる。

 ふと剣崎は、何かを思い出したかのような表情を浮かべ、深緑の癖毛を揺らして出久に目を向けた。

「そうだ……出久君、オールマイトとは何年前に会った?」

「えっ?」

「君は随分とオールマイトと親しく見えるが……今更だが、俺の伝言をもっと早く伝えられたんじゃないのか?」

 剣崎は出久に対し、ゾッとするような笑みを浮かべる。

 出久は一瞬で顔面蒼白になる。そう…実は出久はオールマイトと大分前に出会っていたのだが、自分のことに夢中になって忘れていたのだ。

 ちなみに彼のことを思い出したのは、雄英高校に入学する時である。

「……まァ、俺は過ぎた事を一々掘り返す男じゃあない。ヒーローらしくないからな」

剣崎はそう言い、刀をステッキのように突きながら今度は相澤の元へ向かった。

「お前がこのクラスの担任だな?」

「っ……ああ、相澤消太だ」

「相澤消太か……随分と乾ききった眼だな、ちゃんと眼を休めているか? ヒーローたる者、体調管理くらい出来ないと(ヴィラン)共に足元掬われるぞ。奴らは暴れることしか能が無い割には頭が切れるからな」

 相澤のドライアイをストレートに指摘する剣崎。

 相澤の〝個性〟は「抹消」――視た者の〝個性〟を一時的に消し去る事が出来る凄い能力であるが、その影響で彼自身はドライアイである。相澤の事情を知らない剣崎は、ただの体調不良にしか見えないのだ。

「……生徒の手本である先生が倒れては世話が無いぞ、体調管理には気をつけた方がいい」

 相澤に労いの言葉を投げかけると、剣崎はオールマイトに目を向け大股で近づく。

「それにしてもだ、オールマイト…俺が死んでから随分と(ヴィラン)共が増えてないか? ここに来るまでに62人は始末したぞ」

 オールマイトを見据える剣崎。

 16年前に剣崎(じぶん)が死んだことで、確かに(ヴィラン)共は調子に乗っただろう……邪魔者が消えたと。だがいくら何でも増え過ぎている。

 剣崎は、オールマイトに疑いの目を向けているのだ。

「俺が死んだことで調子に乗る(ヴィラン)共はいただろうが、ここまで増えるものか? まさか(ヴィラン)共に慈悲をかけたって訳じゃないよな?」

 剣崎は静かに怒る。

 過去の一件以来(ヴィラン)を憎み続けた剣崎は、(ヴィラン)に対する慈悲など併せ持っていない。いや、持たないのだ。

 人々を恐怖に陥れて平和を脅かす悪者に慈悲をかけるからこそ、厄介な復讐を生み、その度に罪の無い人々が犠牲になり、また新たな憎しみと悲しみを生んでいく。その負の連鎖を断ち切るには、(ヴィラン)を皆殺しにして滅ぼすしかない。その極論が剣崎の心の柱であり、信念でもあるのだ。

「……」

「……まァ、その答えなどどうだっていい……どの道奴らは終わりだ。この俺が16年ぶりにヒーローとして表舞台に出るのだからな」

 剣崎はそう言うと、背を向けた。

「明日、再びここへ来る。その時にお前達雄英の返事を聞く。もっとも、どっちに転ぼうが俺は(ヴィラン)共を狩りまくるがな…君達との学園生活を楽しみにしている」

 そう告げて、剣崎は黒板をすり抜けて行った。

 風のように過ぎ去った剣崎。死してなおその正義感と信念は、健在だったようだ。

(――とんでもねェのがやって来たな…)

 死者が自分のクラスに入ることを想像し、相澤は心のどこかで恐怖を覚えるのだった。




次回辺りに、剣崎の裏話についてちょこっとだけ触れます。
あと、もし剣崎のイラスト書いてくれるよって人がいたら、設定を元に書いてくれると嬉しいです。


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№7:剣崎の正体

平均評価7.00以上のキープを目指してますが…難しいですね。(笑)
一生懸命頑張ります。


 ここは警視庁。

 塚内と加藤は、雄英高校卒業生にして警視庁幹部である浦村文太郎警視監と面会し、彼に一連の(ヴィラン)のみが殺された連続大量殺人事件の資料を渡していた。

「……君達の捜査資料を見たが、こんなマネをするのは間違いなく剣崎だ」

「「!!」」

 ペラペラとページをめくり、一通り読み終えた浦村は、一連の連続大量殺人事件を剣崎の悪者退治だと断言した。

「16年の時を経て蘇ったか……忘れた頃にやってくるとは、この事かもしれんなァ」

 実を言うと……浦村は加藤と同様、剣崎の悪者退治に深く関わっている。何故なら、生前の剣崎が行った悪者退治は全て浦村が後始末を担当していたからだ。

 「全(ヴィラン)滅亡」の信念を掲げ、(ヴィラン)だと知れば問答無用で刀を振るい根絶やしにする剣崎…その比類なき力は凄まじいの一言に尽きた。ヴィランが暴れればどこからともなく現れ、次々と白刃で粛清していく……まさしく、(ヴィラン)という獣を狩る狩人(ハンター)であった。

「まさか少年がヴィジランテとして活動するとは思わなかったな……」

「だが浦村さんよ……今更だが、あいつの悪者退治はいくらなんでも犯罪行為じゃあないのか?」

 加藤の言う事は、正論だった。

 少年法があるとしても、剣崎の悪者退治は事実上の犯罪行為だった。ヒーロー公認制度の確立した現代社会では、私的な自警行為そのものが犯罪である。剣崎の場合はいくら無個性で(ヴィラン)のみが対象とはいえ、彼の悪者退治は日本犯罪史上類を見ない大量殺人である。

本来なら逮捕されて、極刑を受けても決しておかしくない。

 「……そうだな、君の言う通り確かに犯罪行為だ。当時の警視庁上層部も剣崎の自警活動を問題視し、彼の逮捕を考えていた。しかし、彼を逮捕することはできなかった」

「……!? なぜです……!?」

「その時には、既に彼自身が完全に(ヴィラン)の抑止力となってしまったからだ」

 (ヴィラン)の抑止力とは、ざっくり言うと今のオールマイトのような立場である。

 しかし剣崎はオールマイトとは違う。オールマイトが「人々からの絶大な人気」と「圧倒的な正義の力」で(ヴィラン)を抑えたとすれば、剣崎の場合は「恐怖すら覚える〝鉄の意志〟」と「悪者退治による慈悲なき恐怖支配」で(ヴィラン)達を抑えたのだ。

「剣崎はその無慈悲さ・憎悪の強さ・執念深さから、(ヴィラン)からオールマイト以上に恐れられた。本来ならば銃刀法違反に加え殺人罪……厳罰は当然だったろう。しかし彼を逮捕すれば、今まで彼を恐れていた(ヴィラン)達が活動を活発化させるのではないかという懸念が生まれたのだ」

 剣崎の悪者退治は、良くも悪くも治安維持に大きく貢献していた。

 事実、彼が悪者退治を始めてたった数年で日本全国の(・・・・・)犯罪発生率は例年よりも遥かに低下し、世間からは〝ヴィランハンター〟と呼ばれ、一部の人間からは「伝説のヴィジランテ」と称され讃えられ始めた。挙句の果てには彼を恐れて日本から亡命しようとした(ヴィラン)を逮捕したという珍事も起きた。剣崎は良くも悪くも社会的影響を与えていたのだ。

 法律に従って逮捕すれば、彼を恐れていた(ヴィラン)達が活動を活発化させるかもしれない。しかし彼を野放しにするのは警察やヒーローの威信に関わる。剣崎の件は、当時の警視庁上層部を大いに悩ませたのだ。

(それ程までに、人々は剣崎君を必要としていたのか……)

「剣崎が支持を集めた理由は、その比類なき力で(ヴィラン)達を狩りまくって人々を守ったことだが、それに加えて見返りを求めなかったことに影響している」

 (ヴィラン)達を無慈悲に狩りまくった剣崎は、誰からも報酬やお礼を受け取らず、誰からも報酬やお礼を求めなかったという。

 その理由は一切不明だが、最も有力な説として、剣崎は(ヴィラン)達を全滅することが目標であり、その目標を達成して(ヴィラン)がのさばらない日を到来させることが自分自身への唯一の褒美だと考えていたのではないかと言われている。

(ヴィラン)が人々にどれだけの恐怖と被害を与えているか…剣崎はそんな(ヴィラン)を我々警察やヒーローよりも…誰よりも許さず、憎んでいたんだろう」

「「……」」

 法律など、どうでもいい。ただ、(ヴィラン)さえこの世界から一人残らず消え失せればそれで十分――剣崎はそう考えていたのかもしれない。

 早すぎる最期を承知の上で、一度きりの人生を全て擲って、(ヴィラン)共を滅ぼそうとしたのだろう。

「当然野放しにすることはできず、だが彼を消す訳にもいかない……そこで国は止むを得ず、ある条件付きで銃刀法違反及び殺人罪を超法的措置で免除した」

「ある条件……?」

「雄英高校での保護監察処分だ」

 国の苦渋の決断で、剣崎は雄英高校で保護観察されることとなった。

 それは、剣崎が(ヴィラン)にならないように雄英高校の監視下に置くことに加え、(ヴィラン)を狩る事しか今までやらなかった剣崎に救助活動などのヒーローに必要な知識を与えて「正式なヒーロー」として社会貢献できるように更生するという〝超苦肉の策〟を講じたという訳だ。

「そして剣崎は常に誰かに監視される事になった。剣崎を監視する役目を担ったのが……当時の彼のクラスメイトであった香山睡君だ」

「「ミッドナイト……!!」」

 現役ヒーローとして活躍する、ミッドナイトこと香山睡は「眠り香」という〝個性〟を操る。

 剣崎が(ヴィラン)に対する憎しみで暴走しそうになった時は、眠り香で眠らせるという算段だったのだ。

 眠気は本能だ。例え(ヴィラン)達を無慈悲に狩りまくる怪物でも、本能を刺激する彼女の個性には抗いきれなかったというわけだ。

「しかし……生徒間の争いとか無かったんですかね?」

「うむ……彼の行動については雄英高校側が逐一報告してたようだが、むしろ生徒と仲良くしていたそうだ。剣崎は冷酷無比な印象が強いが、元来の性格はむしろ真逆なのだから、当然と言えば当然だな」

 コーヒーを飲みながら、そう語る浦村。

「彼が死んだと聞いた時は驚いたよ……まさかあの〝ヴィランハンター〟が、憎み続けた(ヴィラン)にハメられて死ぬとは思いもしなかったからなァ。その影響か、(ヴィラン)達は勢いを取り戻して、剣崎の時の鬱憤を晴らすかのように過激な行動を増やした。もし彼が死ななかったら、本当に(ヴィラン)は滅亡していたのかもしれんな……」

 剣崎の死後、(ヴィラン)の犯行はより過激かつ凶悪化したという。

 剣崎という怨敵の死で歓喜した(ヴィラン)達は、次々と大事件を起こしたのだ。最終的にはその全てがオールマイトやエンデヴァーの尽力で抑えることはできたのだが。

 だが……16年経った現在(いま)、その剣崎が復活して悪者退治を始めた可能性が浮上した。そしてそれが真実なら、浦村は自らの脳裏に「最悪のシナリオ」が浮かび上がったという。

「私だけじゃない…我々警察とヒーローが恐れているのは、16年前(むかし)の続きをやっている彼の思想に感化される者が現れる事だ」

 もう一度言うが、ヒーロー公認制度の確立した今は、私的な自警行為そのものが犯罪である。しかし剣崎はそんな事など問答無用で悪者退治を行っている。

 かつて剣崎は、自らの人生と命を擲って(ヴィラン)と戦って死んだ。自己犠牲の精神が薄いヒーローが多い今、剣崎が現役ヒーローよりも(ヴィラン)を狩りまくっていたら〝ヒーロー殺し(ステイン)〟を始めとした懐疑的な考えを持つ者……いわゆる思想犯が彼に支持するかもしれない。

 そして一番最悪なのは、「〝ヴィランハンター〟と〝ヒーロー殺し〟の同盟」だ。これだけは絶対に避けねばならないのだ。

「警視監……剣崎君は、一体何者なんですか?」

 塚内の問いに、押し黙る浦村。

 法に縛られず、何者にも屈さず、己が信じた正義を掲げ、己が課した信念の為に悪と戦った少年――剣崎刀真。

 〝ヒーロー殺し〟のステインをも超える力を持っているかもしれない彼は、果たして何者なのか。

「剣崎の正体か…(ヴィラン)界の異端児か、はたまたダークヒーローか、ただの思想犯か…そんな事、さすがの私でもわからんさ。だが、これだけは言える」

 ――剣崎刀真は……〝ヴィランハンター〟は、ヒーロー(せいぎ)(あく)の争いが生み、この世に解き放たれた殺戮悪鬼(バケモノ)だ。

 浦村はそう断言し、塚内と加藤は戦慄した。




ざっくりまとめると、こんな感じです。

剣崎、過去の一件以来(ヴィラン)を憎み続けて暴走。悪者退治を行う。

次々と(ヴィラン)を狩りまくり、その無慈悲さ・憎悪の強さ・執念深さが(ヴィラン)にもヒーローにも知れ渡る。

警察は問題視し逮捕を考えたが、逮捕した場合(ヴィラン)が余計暴れる可能性が浮上。むしろ彼を徹底的に監視して利用した方がいいのではと考えるようになる。

止むを得ず、雄英での保護観察処分に。監査者の中には香山睡(ミッドナイト)が。これが剣崎とミッドナイトの縁の始まり。

そして剣崎が死亡、剣崎への仕返しと言わんばかりに(ヴィラン)の犯行はより過激かつ凶悪化。オールマイトやエンデヴァーの尽力で何とかした。

16年ぶりに剣崎が亡霊として復活(警察は完全には把握していない)、悪者退治再開。

ステインのような思想犯の犯行が目立つ中で、ヴィランハンターの復活はマジでヤバイんじゃね?

ってことです。
因みに彼は中学中退です。学業より悪者退治優先しましたから…。


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№8:家族への愛情

 「(ヴィラン)連合」のアジトでは、リーダー格の死柄木弔が酷く苛立っていた。

 全ての原因は、ここ最近発生している連続大量殺人事件にある。

 実は一連の大量殺人事件の被害者である(ヴィラン)は、死柄木がリーダーを務める犯罪者集団「(ヴィラン)連合」に配属していた者が多かった。(ヴィラン)連合に属していない(ヴィラン)は多いので、それをどうにか傘下に収め勢力拡大をしようと動いてた矢先にこれだ。

 オールマイト抹殺を目論む中でこれほどの甚大な被害が出るのは、(ヴィラン)連合としてはかなりの打撃である。

「クソが、クソが!! どうなってんだ、一方的に()られるなんてよ……!!」

 自分の作戦が、どこの馬の骨ともしれぬ輩に大打撃を与えられる。それは死柄木にとって、耐え難い屈辱であった。

「落ち着んだ、死柄木……とはいえ、その気持ちはわかるよ」

 黒い霧が服を着たような風貌が特徴の(ヴィラン)連合幹部兼参謀――黒霧は、死柄木を諫めながらも同調する。

 勢力拡大を提案したのは、元はといえば黒霧にある。自分の計画が自らの誤算や仲間のミスならばいざ知らず、赤の他人に横槍を入れられるのは不快であった。

(犯人は刃物で敵のみを(・・・・)斬殺している…これは思想犯の仕業か?)

 黒霧は今まで自身が集めた情報をもとに、事件の犯人を割り当てようとする。

 最有力候補なのは、ステインだ。彼は日本刀やナイフを得物としているので可能性はある。

 だが今回の事件は彼が起こした事件とは言い難い。ステインは独自の倫理観を基に粛清活動をしている。(ヴィラン)だって、自分が同調できる思想や信念の持ち主ならば命くらいは助けるだろうし場合によっては加担してくれる可能性もある。しかし今回の一連の事件は、一切の慈悲もなく問答無用で皆殺し――となると、犯人は(ヴィラン)に対し強烈な憎悪を向けている、非常に強い私怨に駆られた者による犯行となる。

(この時代にそんな輩がいるのだろうか……?)

 (ヴィン)に対し強烈な憎悪を持っている輩……黒霧が知る限りでは、一人だけ心当たりがある。

 それは、16年前に雄英高校に属していた――厳密に言えばヴィジランテだが――最凶無情の少年ヒーロー……〝ヴィランハンター〟剣崎刀真だ。

 かつて(ヴィラン)に家族を殺害された事から全ての(ヴィラン)を皆殺しにするという誓いを立てた彼は、悪者退治として(ヴィラン)を狩りまくり74人の(ヴィラン)を殺害した。当時の(ヴィラン)達はその無慈悲さ・憎悪の強さ・執念深さからオールマイト以上の脅威と認知しており、剣崎の悪者退治から運よく生き延びた者は今でも死神のように恐れている。

 しかし、だ……彼は16年前に死んだのだ。空人間を始めとした当時の若き(ヴィラン)達が彼を嵌め、悪者退治による剣崎の恐怖支配に終止符を打ったのだ。

(どの道、注意した方がいいね)

 その時だった。

「リ、リーダー……!!」

 

 ドサッ……

 

 (ヴィラン)連合のアジトに、全身血塗れの男が現れ倒れた。

 死柄木と黒霧以外の(ヴィラン)達は、慌てて駆け寄る。

「お…おい、何だこの血は…!!?」

「酷ェ出血だ…!!」

 血塗れの男は、(ヴィラン)連合の中でも新入りの方だ。まだ未熟な面があるとはいえ、それなりに戦える。それなのに腹から大量の血を流し、息も絶え絶えで瀕死だ。

 黒霧の脳裏に、ある可能性がよぎる。

「早く手当てを。〝ドクター〟には私が言っておく」

 黒霧は(ヴィラン)達に指示し、応急処置を始める。

「つ、強すぎる……うっ……!!」

 体から血を流して苦しむ(ヴィラン)

 死柄木と黒霧はそんな彼に近づき、問いただす。

「大体事情は把握出来るが、一応訊く……何があった?」

「て、敵襲です…た、たった一人のガキが殴り込んで…俺以外は、もう……ぐっ……!!」

 (ヴィラン)の口から出た、衝撃の言葉。

 個性を持つ(ヴィラン)が、たった一人のガキに襲われて彼以外が全滅状態になった…その言葉に、思わず死柄木と黒霧は戸惑う。

「……どんな奴だ?」

 死柄木がそう問うと、彼は震えながら答えた。

 自分達を襲った者は、深緑の癖毛をなびかせ、大きな火傷の痕とひびが入ったかのような無数の傷が刻まれていて、死人のように血の気が無い顔の不気味な少年の姿だったという。

 それは突然壁をすり抜けて現れ、刃こぼれが生じた日本刀で自分の仲間を赤子のように殺していったという。彼自身も重傷を負ったが、たまたま所持していた煙幕を用いて何とか生き延びたらしい。

「ア、アレは……ヒーローでも何でもない……ほ、本物の化物(・・・・・)です……!!」

 しかし出血は止まらず、(ヴィラン)は最期にそう言い息絶えた。

 そして(ヴィラン)連合は、思い知る事となる。

 16年前に死んだはずの殺戮悪鬼が、生きた亡霊として蘇り再びヴィランを滅ぼしに来る事を。

 

 

           *

 

 

「全く、どうなっているんだ……」

 鼻息を荒くして、刀をステッキのように突きながら歩く剣崎。

 彼は今、かなり苛立っている。その理由は、先程の戦闘にあった。

雄英からの返事を待つまで悪者退治をする事にした剣崎は、自分の直感を頼りに(ヴィラン)のアジトっぽい場所を手当たり次第徒歩で(・・・)捜索した。

 捜索して2時間で、(ヴィラン)達が集っている場所に乗り込む事に成功し強襲。瞬く間に制圧した。

「こんなに増えてるのは想定外だ、プロヒーロー達は何をやってるんだ……」

 今回の悪者退治では、瀕死の重傷を負った(ヴィラン)が一人逃げてしまった。

 しかし彼にとってはどうってことない。袈裟斬りに加え人体急所の肝臓を刺したのだ、仮に逃げ切ったとしても出血多量で野垂れ死ぬだろう。

問題なのは、(ヴィラン)が増えていることの方だ。生前は74人も狩っていたが、死者として再び始めてから1週間足らずで70人を超えそうだ。

 剣崎にとっては明らかに異常である。いくら自分が死んだことで勢いを取り戻したとはいえ、こうも増えているモノなのか。

「やっぱり慈悲かけやがったな、下らねェ……」

 苛立つどころか、殺気立つ剣崎。

 彼にとって(ヴィラン)は、諸悪の根源であり生き場所どころか生きる価値すらないゴミクズである。そして、そんなゴミクズがのさばる事を享受する世界は狂っていると考えている。

 だからこそ、このヴィランハンターがそんな世界を破壊しなければならない。(ヴィラン)に脅かされない、真の平和の為に。人々が悪に惹かれない世界を創るために。

「……お、やっと着いた……」

 剣崎が訪れたのは、墓だった。

 そう、16年ぶりの家族の弔いだ。

「キキョウの花束買えなかったな……」

 こんな見た目じゃ花屋はキツイか、と自嘲気味に笑う剣崎。

 大股でゆっくりと歩き、愛する家族が眠りし墓へと向かう。

(16年経った上に、こんなみっともねェ面で会いに行くとはな……)

 無数の切り傷と火傷の痕が刻まれた顔を触る。

 切り傷はまるで顔にひびが入ったかのようで、火傷の痕は16年の時を経ても痛々しい。手にも首元にも顔と同様ひびが入ったかのような切り傷があり、こんなにも化け物じみた出で立ちで墓参りする事に、剣崎は少し情けなく感じた。

「父さん、母さん、おばあちゃん……久しぶり」

 剣崎家之墓と刻まれた墓石の前で、口を開く。

 16年ぶりの再会。すでにこの世にいないが、剣崎にとっては久しぶりに会えて嬉しく思える。

「!」

 ふと、剣崎は気づいた。

 墓の花立に、キキョウとリンドウの花が供えられているのだ。

 キキョウは花言葉で「永遠の愛」を意味し、剣崎が家族にいつも供えている花だ。そしてリンドウは「正義と共に」を意味し、剣崎が最も好きな花だった。

 つまり、この花を献花した者は剣崎のことをよく知っている人物なのだ。

「フッ、物好きな奴だ。16年も前に死んだ俺を弔ってくれるなんざ…もっとも、俺に対する献花は必要ないがな」

 剣崎は死者になってから久しぶりに穏やかな笑みを浮かべたのだった。



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№9:警察との出会い

 その夜。

 浦村警視監との面会を終え、通常の業務を終えて帰宅していた加藤は、警部補である部下の水島史郎とたまたま合流し剣崎のことを話していた。

「加藤さん…ステインと剣崎君の違いって何なんですか?」

「……何気にいい質問だな、水島」

 煙草の紫煙を燻らせる加藤は、水島の質問に感心する。

 〝ヒーロー殺し〟として数多くのヒーローを死傷させ恐れられながらも、社会現象を引き起こす程のカルト的人気を集めた凶悪犯罪者――ステイン。

 「全(ヴィラン)滅亡」を掲げ、(ヴィラン)だけでなくヒーローですら戦慄を覚える正義感で(ヴィラン)達を無慈悲に狩りまくった〝ヴィランハンター〟剣崎刀真。

 この二人…実は比べてみると共通点があるのだ。

「考えてみると、妙に似ているんだよな…」

 そう呟く加藤。彼の言う通り、確かに似ている部分が多い。

 まずステインと剣崎は、独自の倫理観・思想に基づいている。

 ステインは「英雄回帰」という思想に基づいて活動している。ざっくり言えば「ヒーローをあるべき姿に、社会をあるべき形に」というわけで、真に人々を守り救う事のみを目的とするのがヒーローだと考えている。

 剣崎の場合は「全(ヴィラン)滅亡」で、人々が苦しみ社会が歪むのは全て(ヴィラン)によって引き起こされると考えており、人々が望む平和な日常を取り戻し社会をあるべき形にするには(ヴィラン)を皆殺しにする以外に無いと考えている。

 共通点はまだある。殺人という手段で解決している点、ヒーローを志していた点、社会的に大きな影響があった点、自身の信条を優先する点、そして揺るぎない信念の持ち主である点。二人を調べると、こんなにも共通点があるのだ。

「唯一の違いが……〝個性〟の有無だったんですね」

「唯一じゃねぇな、正しくは〝2つの決定的な違い〟だ」

「え?」

「ステインとの違いは〝個性〟の有無もそうだが…最大の違いは「人を惹きつけるか、恐怖を与えるか」だ」

 ステインはこれまでに17人を殺害して23人を再起不能に追い込んでいるが、彼の思想と行動は一部の(ヴィラン)にも少なからず影響を及ぼしている。警察が逮捕した(ヴィラン)には「ステインの意思を継ぎたい」と供述している輩も多い。

 だが剣崎は、(ヴィラン)であれば老若男女問わず無慈悲に殺す。剣崎は自首を宣言した(ヴィラン)に対し不快感を示しながら心臓を貫いたり、慈悲を求める(ヴィラン)の首を刎ねたりなどの凶行を警察やヒーロー達の前でやらかしている。

「ステインを「悪のカリスマ」と例えれば、剣崎は「善人悪人問わず恐れる死神」と言えばいいか」

 人を惹きつけるか、恐怖を与えるか。

どんなに共通点はあれど、掲げる想いで他者の心への影響は全く違う。

「〝正義に飢えた悪〟と〝暴走した正義〟……それがステインと剣崎の差だ」

 その時だった。

 人の気配を察知したのか、加藤が拳銃を手にし真後ろを向いた。

「俺達を尾行してるのは誰だ!? 顔を出せ!!」

 その直後だった。

 キンッ、キンッと金属音が響き、少年が姿を現した。

 深緑の癖毛とコートを揺らし、傷でズタズタになった顔で笑みを浮かべており、まるで地獄の使者のようであった。

「反応がいい……さすがだ、旦那」

 地獄の底から響くような声。

 しかしその声は、加藤にとっては懐かしさすら感じる声だった。

「随分と老いたもんですね、旦那…16年経てばそうなるか」

「まさか……剣崎、なのか……!?」

 少年の正体は、〝ヴィランハンター〟剣崎刀真だった。死んだ筈の剣崎と再会し、瞠目する加藤。

 しかし今の剣崎は、誰がどう見ても恐怖を感じるであろう姿だった。

 刃こぼれが生じた日本刀をステッキのように突きながら歩く彼の姿は、非常に痛々しい。大きな火傷の痕と無数の切り傷が刻まれた血の気が無い顔、首元や手にも刻まれたひびのような傷は、長い年月が経っても生々しさをも感じる。

「……そうか、やはりお前が(ヴィラン)達を……」

「……俺が悪者退治を再開したのわかったんですか」

 ゆらゆらと髪の毛とコートを揺らして近づく剣崎に、水島は思わず拳銃を抜いて発砲しようとするが加藤が無言でそれを制止した。

 加藤はわかっているのだ……今の剣崎がこの世の者でないことに。そして銃弾では倒すことはおろか血を一滴流すこともできないであろうと。

「警察もヒーローも随分とサボリ気味のようですね…俺が死んで16年経ったら、(ヴィラン)が増えているじゃないですか」

「っ……!」

「……何でですか?」

 剣崎の光の無い漆黒の瞳には、失望と怒りが宿っていた。

 彼にとってヒーローは絶対的正義であり、警察もまた彼にとって絶対的正義だった。16年前のあの日を境に、一つの時代に区切りがついた。

 死者として再び生を持って異空間に囚われ、(ヴィラン)への怒りと憎悪を滾らせつつも、いずれ(ヴィラン)を代わりに殲滅してくれるだろうと信じていたのだ。

 それなのに……(ヴィラン)は減ってなかった。むしろ増えていた。

「俺がいねェと、正義は廃れるんですか?」

 殺気を放つ剣崎。

 加藤はその肌に突き刺さるような殺気を浴び、冷や汗を掻き始める。水島に至っては金縛りにあったかのように動けなくなり顔を青褪めている。

「……まァ、あなた方に怒っても仕方がない。(ヴィラン)共が増えたなら、俺が狩ればいいだけの話だ……」

 溜め息を吐いて、殺気を放つのをやめる剣崎。

 剣崎は加藤には色々と世話になった。いくら自分が(ヴィラン)共を狩りまくる殺戮悪鬼であっても、自分の恩人である警官に直接危害を加えようとは思ってない。それは自らの信念に対する背信行為だからだ。

 ただし、恩人でも(ヴィラン)に加担したら話は別だが。

「……水島、大丈夫か?」

「ええ……意識を失うかと思いましたが……」

 加藤がそう言うと、水島はげっそりとした顔で返事をする。

「そういえば旦那、オール・フォー・ワンはどうなったんですか?」

「「!?」」

 剣崎は加藤にそう問いかけた。

「俺は今まで悪者退治してきたが、ふと気付いた。枝を切っても根っこを切らなきゃあダメだと。だから(ヴィラン)共の親玉ともいえるオール・フォー・ワンを殺さなきゃあいけない。あれから16年経ってるが…奴はどうなったんで?」

「それは……」

 加藤は、それに答えることは出来なかった。

 一応5年前に、オールマイトとの戦いで多大な犠牲を払って倒れたのだが……彼の遺体は回収されておらず、生存している可能性が高いのだ。

「……俺の戦いはまだ終わってねェんだな…」

 剣崎は二人に背を向け、刀をステッキのように突きながら歩いていく。

「剣崎…!?」

「やはり時代はこの俺を……ヴィランハンターを必要とするようになったようだ。悪者に慈悲など無用、奴らに目にものを見せてやるとしますわ」

 剣崎はそう告げ、闇の中へと姿を消したのだった。




次回、運命の日ですww


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№10:答え

 翌日――

 生徒達が登校を終え、一時間目の授業開始のチャイムが鳴る。

そんな中、〝セメントス〟こと石山堅と〝プレゼント・マイク〟こと山田ひざしの二人がある少年を待っていた。

「いやァ……相澤から話聞いた時はびっくりしたわ」

「……〝ヴィランハンター〟剣崎刀真かい?」

「あいつが蘇って悪者退治してたとはな……」

 二人の話題は、言わずと知れた剣崎のこと。

 雄英高校に侵入者が現れ、しかも今なお恐れる者も多い〝ヴィランハンター〟が生ける亡霊として蘇っていた…それはマスコミに知られればヤバイのだ。剣崎の方ではなく、未だかつて不審者の侵入を許さなかった雄英バリアを突破されたことの方である。

「剣崎刀真っていやァ、(ヴィラン)共を狩りに狩りまくって恐れられた殺戮マシンだろ? 雄英(ウチ)で手に負えるような相手じゃねェだろ」

「……そこは同感だね」

(しっかし……あん時のミッドナイト、妙に動揺してたよな……)

 剣崎の一件は職員会議を通じて雄英高校の全教師に知られているが、その中でも明らかに様子がおかしかったのはミッドナイトだけだった。

 彼女は剣崎が16年の時を経て生ける亡霊として蘇ったという事を聞いた途端、目を泳がせ激しく動揺したのだ。思わず声を掛けて心配したほどである。

「ま、まさか酷い目にでもあったのかな……?」

「……俺は逆だと思うけどな……」

「え?」

 その時、二人の目の前にあの少年が…剣崎が現れた。

 ボロボロの雄英の制服を着てコートを羽織り、刀をステッキのように突きながら大股で歩いて二人へ近づく。整った顔は切り傷と火傷の痕でズタズタであり、風もないのに深緑の癖毛が揺らめいている。この世の者ではないことは知っていたが、その不気味さにマイクとセメントスは喉仏を上下させた。

「……見ない顔だな、お前達もヒーローか?」

 剣崎は地獄の底から響くような声で尋ねる。

 二人はその一言で鳥肌が立ち、冷や汗を一筋流す。

「っ……俺はプレゼント・マイクだ、こっちはセメントス…あんたの件は聞いている」

「…なら話が早い。俺をどうする気なのかを聞かせてもらおうか」

「あ、ああ……案内する」

 二人は剣崎を連れ、校舎へ案内する。

「さてと、どんな返事が待ってるか……実に楽しみだ」

 ニヤリと冷酷な笑みを浮かべる剣崎。

 マイクとセメントスは、そんな彼の笑みにゾッとするのだった。

 

 

           *

 

 

 剣崎が案内されたのは、校長室。

 そこには、オールマイトをはじめとした現役のプロヒーローと雄英高校校長の根津がいた。

(根津校長とオールマイト、睡以外は知らねェ顔だな)

 雄英の教師陣ではオールマイトと根津校長以外知らない剣崎は、生気を感じない漆黒の瞳で見渡してから口を開いた。

「さて、答えを聞こう。俺をどうするつもりだ?」

 そう尋ねつつ、剣崎は冷酷な笑みを浮かべる。

 いかに法治国家とはいえ、法律や規則では(ヴィラン)を抑えきることは出来ない。法律や規則は、本来は人の命を守るためのモノ……(ヴィラン)を倒す手段ではない。

 だからこそ(ヴィラン)共の相手はヒーローと警察に任せるのだが、ヒーローも警察も完璧ではないし、(ヴィラン)殲滅の思想の持ち主など指で数える程度しかいないだろう。そもそも自分の信念を貫くために、人生の全てを擲ってまで正義のために戦う輩が生き残っているのかどうかすら怪しい時代だ。

 ゆえに、この時代はヴィランハンター(じぶん)を必要とするだろう……剣崎はそう確信していたのだ。

 だが、根津の返答は真逆だった。

「我々としては、君を受けいられないよ剣崎君」

 根津はそう告げた。

「何……!?」

「16年前とは情勢が違う……もはや君は不要なんだよ」

「根津校長もお年を召されたか?」

 剣崎は静かに怒りを露にして、根津を睨みつけた。

 剣崎の怒気が充満して緊張状態になり、その場にいた教師陣が冷や汗を流す中、オールマイトと根津は平静を保っている。

「それはつまり……俺のライフワークである悪者退治の必要はもう無くなった、と解釈していいんだな?」

「……そうだよ」

「……話にならないな。根津校長…俺が社会から求められなくなったときは、この世から全ての(ヴィラン)が消えたときだ」

 剣崎は、今のヒーロー達が(ヴィラン)共に慈悲をかけたのではないかと疑い始める。

(ヴィラン)を殺し損ねたら追撃して息の根を止めて楽にしてやるのがヒーローだろ? 半端な情けは厄介な復讐を生み、新たな悲劇と憎悪の元になる」

 剣崎の悪者退治は、「ヒーロー顔負けの(ヴィラン)狩り」として評価されれば「あまりにも残虐で一方的な私刑」とも非難される。危険性のある能力者は取り締まりを受け、社会の規則に従う倫理が必要な世の中…剣崎はその点ではステインと同じだと揶揄されていることも多い。

 剣崎自身、別に蔑まれてもあまり気にしない。それが一度しかない人生を擲ってまで「全(ヴィラン)滅亡」の為に生きると決めた自分の宿命や業だと受け入れているからだ。

 だが、自分の犠牲を無駄にすることだけは許さない。それは、自分が(ヴィラン)と戦う意味を失うことと同じだからだ。

「ま、待ちたまえ剣崎少年! まだ話は途中だ……最後まで聞いて欲しい」

「……」

 剣崎はオールマイトの言葉を聞き、オールマイトを睨む。

「ゴホン……剣崎少年、君が雄英から出て行った後、即座に会議を行ったのだ」

「……それで?」

「それがだな…」

 とりあえず、今回の議題で持ち上がった意見を客観的に見ると以下のようになる。

 まず、お望み通り雄英の生徒にした場合。ほぼ不死身の殺戮悪鬼と化した元生徒の復学は世間体というものがあるので、厳しい立場に置かれるのではないかという懸念が生まれてしまう。

 次に、法律に基づいて逮捕し極刑に処す場合。これが法治国家として取るべき対応だろうが、今の剣崎は不死身同然なので無意味だろう。

 そして重犯罪者が収容される特殊刑務所「タルタロス」に収監する場合。これもまた法治国家として取るべき対応だが、先日剣崎は雄英バリアをすり抜けて雄英高校の敷地内に侵入したため、壁とかすり抜けて悪者退治に行くかもしれないという懸念が生まれてしまう。

 ――というわけで、完全に詰んでいるのである。

 剣崎を敵に回さず、かつ法的に問題の無い手段が全く無い。生前(ぜんかい)は苦肉の策として雄英での保護観察処分だったが、今回はもっと厄介な展開になっているのだ。

 16年の時が経った今、死者の剣崎はもはや〝時代の残党〟だ。今はオールマイトを筆頭としたプロヒーロー達が(ヴィラン)と戦う時代。剣崎のような強力なヴィジランテの手を借りる必要は無くなった。

 だが剣崎は生ける亡霊として蘇り16年前の続きをしている。剣崎本人は何ともないだろうが、これは社会的には大問題であり、かつて(ヴィラン)達から死神のごとく恐れられた〝ヴィランハンター〟を野放しにすれば、(ヴィラン)以上の脅威につながり社会をより混乱させかねない。

「そこで君には、この雄英高校で働いて(・・・)もらいたい!!」

「何……?」

「悪者退治を終えて新たなライフワークで生きる…第二の人生として相応しく思わないか?」

 オールマイトの言葉に、剣崎は目を細める。

 確かにオールマイトの言葉は魅力的であるが、実際は自分をプロヒーロー達の管理下に置いて悪者退治を制限しようとしているのだろう。世間体やマスコミに配慮し、国が定めた法律を守るために。

(……俺は母さんからそう教わった覚えはねェぞ……)

 剣崎は、ヒーローであった母のことを思い出す。

 剣崎の母は自分の信念を貫く〝強き女性〟であり、「命の尊さ」をどのヒーローよりも……いや、誰よりも理解していた。

 母は常に「人がルールを守るのではなく、ルールが人を守らなくてはいけない」や「人命と規則を天秤にかけたら、人命を優先しろ」と自分に教えた。それが正しいと、今まで信じてきた。

 だが目の前の連中は、母の教えに反している事を言っている…剣崎はそう思うと怒りを露にし始める。

「君がこれ以上の悪さをしないためにも、社会貢献と更生の一環としてこの雄英高校で奉仕して――」

「黙れ!!」

「っ!?」

 剣崎は刀身がボロボロになった刀の切っ先を、オールマイトの胸に突きつけた。

 一触即発になり、マイク達は一斉に構える。

「オールマイト、お前も俺を(ヴィラン)呼ばわりか? あのゴミクズ共と一緒にするな!!」

 剣崎の逆鱗に触れてしまった。

 そう感じて焦り始めたオールマイトは、「最後の切り札」を発動した。

「本来ならば剣崎少年は〝(ヴィラン)の変種〟だ。私的な自警行為そのものが犯罪であるのは百も承知だろう? それでもなお君が〝ヴィランハンター〟としてヒーローの立場に立てたのは、当時の君が一種の抑止力だったからだ。だが16年の時が経ち、ヒーローの数は劇的に増えた……今の君はヒーローの立場ではいられない」

 オールマイトは剣崎に対し、辛辣な声を掛ける。

 しかし剣崎は、そんなオールマイトを嘲笑った。

「その程度の脅しで俺が屈するとでも思っているのか? オールマイト……平和とは常に誰かの犠牲で成り立ち保ち続けるんだ。誰かが自らの全てを犠牲にして(ヴィラン)と戦わねば、世の中は平和じゃいられない」

「私は君の好き勝手な自警行為(・・・・・・・・・)をやめてくれと言っているのだ、心配せずとも有事の際には率先して(ヴィラン)達と戦ってもらう。これで文句は無いだろう? もしこれでも妥協しないなら、気の毒だが……君を(ヴィラン)と判断する」

「っ…俺に殺人欲があるみてェな言い方しやがって……」

 オールマイトの言葉に剣崎は青筋を立てて怒っているのか、ひび割れたような顔からパキパキと小さく音を鳴らした。一度死んだ身とはいえ、(ヴィラン)扱いされるのは地獄に落ちても御免であるのだ。

 確かに(ヴィラン)は全員斬殺する剣崎だが、彼に殺人欲は無いし血に飢えているわけでもない。自分の信念を貫いているだけである。だが今回ばかりは……信念を貫くためには妥協せざるを得なかった。

「……どうかな? 剣崎少年」

「……わかった……余計な敵を作るのは面倒だからな」

 剣崎は観念したかのような、複雑な表情で折れた。

 そこまで言われたら仕方がない。元々復学を目論んでいた剣崎にとって、働くという選択肢を強要されるのは心外だが止むを得ない。

「……で、俺はこれからどうすればいい?」

「それについては、彼女に任せようと思う」

「何?」

「入ってきたまえ」

 根津がそう言った時だった。

 校長室のドアを開けて、ある女性が現れた。

白いタイツに長髪、SMマスクを付けている美女。しかし剣崎はその姿を見た瞬間に思い出した。

 かつて自分の隣に立って居続けた、彼が最も信頼した女性――〝ミッドナイト〟こと香山睡だ。

「刀真……」

「睡、なのか……!?」

 剣崎は目を見開き、ステッキのように持っていた刀を落としてしまった。

 16年の時を経ての再会だった。




次回、剣香コンビの回です。
感想・評価、お待ちしてます。


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№11:感動の再会

 剣崎とミッドナイト……二人の再会は、何とも言い難かった。

 ミッドナイトの前にいる剣崎は、彼女の知る剣崎である。だが、その姿はおぞましく第一印象なら(ヴィラン)顔負けの不気味さに満ちていた。

「刀真……」

「っ……」

 剣崎は気まずそうな顔をして視線を逸らす。

 剣崎は死してから16年もの長い年月の間、(ヴィラン)を一心に憎み続けていたが、それと同時にかつての相棒を心配していた。

 自分との突然の別れに、彼女は壊れてないかと。剣崎刀真の死亡という現実に、心を打ち砕かれてないかと。剣崎はミッドナイトに恋心は無いが、数ヶ月という短い期間とはいえ生死を共にした間柄がゆえに彼女の身を案じていたのだ。

 そして、16年ぶりに二人は再会した。剣崎は、眠っていた個性の覚醒により蘇り、往時のように全(ヴィラン)滅亡の為に(ヴィラン)を狩りまくる亡霊ヒーローとして。ミッドナイトは、明日の正義を背負う後進の育成のためにも(ヴィラン)達と戦う現役プロヒーロー兼教師として。

「睡……16年間、本当に悪かった。(ヴィラン)のゴミクズ共の下らない罠にハメられてな……次は気をつけ――」

 

 バチィン!!

 

『!?』

「!?」

 剣崎は謝罪の言葉を口にした瞬間、ミッドナイトに引っ叩かれた。

 だが剣崎は死者だ。肉体は朽ち果て、痛覚が死に絶えている。彼女の一発は剣崎にはビクともしない。

 だが……彼女の顔に流れる涙には心にきていた(・・・・・・)

「何で……!? 何であの時私に言わなかったのっ!?」

「……俺はあの戦いで全てに決着(ケリ)をつける気だったんだ、そう易々と他人を巻き込むわけにはいかない。それだけだ」

 彼女の問いかけに対し冷淡に言う剣崎だが、ミッドナイトは彼の心の内を理解した。

 ミッドナイトは剣崎が家族以外で最も信頼した人間の一人だ。彼女を失うのは剣崎の信念に反するだけではなく、一端の男として(・・・・・・・)許せなかったのだ。

「……不器用なんだから、昔から……!」

 涙を拭うミッドナイト。

 昔から剣崎はこうだった。自分一人で何でも背負い、他人を巻き込まぬ為に常に一人で戦っていた。そんな不器用な優しさが、ミッドナイトには懐かしく感じたのだ。

(それにしても、随分と相棒も女らしくなったな…)

 剣崎の脳裏に、ミッドナイトとの思い出が浮かぶ。

 初めて出会った時、彼女はここまで女らしくなかった。気が強くてアクティブで、どっちかっていうと男を尻に敷くような人間だったはずだ。

 それにここまでアダルティな女性だったのだろうか。見た目は完全にSM嬢、新宿の歌舞伎町にで働いた経験でもあるかのような見た目ではないか。

(16年もあれば、人間こうなるか……時の流れは残酷だな……)

 そう思いながらも、剣崎はミッドナイトを見据える。

「睡…察しているだろうが、俺はまたお前に世話になるみたいだ。生憎俺は死者…生ける亡霊なんだが、よろしく頼む」

「それは私もよ、刀真。今度こそあなたの力になりたい」

「おいおい、俺は色恋沙汰は興味ねェぞ」

 剣崎は口角を上げ穏やかな笑みを浮かべる。

 ミッドナイトは16年前と変わらぬぶっきらぼうな態度の剣崎に、思わず微笑む。

「んで……睡をわざわざ呼んだってこたァ、俺を睡のペットにさせる気か?」

「いやいやいや、そんなプレイは誰一人求めてないぞ!!?現役ヒーローをネクロマンサーにするとでも思っていたのか、剣崎少年!!?」

「ゴホン……まァ、剣崎君の件は君に任せるよミッドナイト。君の方が彼とは上手くいくだろう」

「はい」

根津はミッドナイトにそう告げ、剣崎に目を向ける。

「剣崎君……改めて言うが、16年前とは情勢が違うことを忘れるな。君がもし平和を脅かす存在になったら、我々も容赦しない」

「当たり前だ、ヒーローごと殺る程バカじゃねぇよ俺は」

 

 

           *

 

 

 とあるビル。

 建物内では、顔や首に生命維持の様なチューブが何本も繋がれている男性がイスに座っていた。

 彼はオール・フォー・ワン……かつて〝悪の支配者〟として日本に君臨した人物で、現在活動している(ヴィラン)連合の黒幕ともいえる大物(ヴィラン)だ。

 そんな彼は、手下の(ヴィラン)達からある報告を聞いていた。

「以上が、その……ここ最近の活動報告です……」

 活動内容は、悲惨なモノだった。

 ここ最近の何者かによる(ヴィラン)襲撃が相次ぎ、多くの(ヴィラン)達が狩りまくられていた。(ヴィラン)連合にとっては大損だ、せっかくの努力がどこの馬の骨ともしれぬ輩によって無駄になっていくのだ。

 その報告を聞いていたオール・フォー・ワンは、口を開いた。

「成程……どうやら剣崎刀真の仕業のようだね」

『!!?』

 オール・フォー・ワンの言葉に驚愕する(ヴィラン)達。

「そ、そんなバカな……!! あいつは16年も前に死んだはず……!!」

「報告を聞く限りでは、僕は彼以外に考えられないね。ステインとは明らかに違う……(ヴィラン)だけを狙っているなら尚更さ」

 数多くのヴィラン達を脅かしてきた剣崎刀真が、死の淵から蘇って暴れだした……そう断言するオール・フォー・ワン。

 それはオール・フォー・ワンにとって、驚く程のことではない。彼自身、5年前に「平和の象徴」として絶大な人気と実力を誇るオールマイトとの戦いで顔面の上半分が挫滅し、肉体的な損傷や後遺症も数多くある状態でも生き永らえている。理由や現在の状態は不明だが、何らかの形で蘇ったとしてもそれ自体は大したことではない。

 問題なのは、剣崎が生前の頃の続き……悪者退治をしていることの方だ。16年の時を経て、数多くの(ヴィラン)達を恐怖の底に陥れた〝ヴィランハンター〟が復活し、悪者退治を再開した……それはつまり、(ヴィラン)連合をはじめとした全ての(ヴィラン)が剣崎という脅威に再び晒されることを意味する。

 オール・フォー・ワンにとって、それはマズイ事である。全(ヴィラン)滅亡を掲げる剣崎が復活して悪者退治を再開したのは、想定外であると同時に不都合だ。仮に自分が(ヴィラン)連合と共にオールマイトを抹殺して「平和の象徴の死」を達成できたとしても、その次に待ち受けているのは「〝ヴィランハンター〟の再来」だ。(ヴィラン)という獲物を次々に狩りまくる、それこそ百戦錬磨の狩人のようなあの殺戮悪鬼(バケモノ)を相手取るのは、いくら(ヴィラン)連合でも手に余るだろう。

(面倒事になりそうだ……)

 オール・フォー・ワン自身、剣崎は強いと考えている。

 何せ彼も、剣崎が生きていた頃は少なからず警戒はしていた。剣崎の本当の恐ろしさは、〝無個性〟とは思えぬ戦闘力もそうだが、何よりも(ヴィラン)の息の根を止めるまで慈悲なく追撃する執念深さと自らの信念を貫くために命を捨てるような危険な行動を躊躇せず実行する「覚悟」にある。

 例え少年であっても、迷いの無い相手はいつの時代も手強いのだ。

「彼の始末も、検討しなければね」

 オール・フォー・ワンは、溜め息でも吐くかのようにそう呟いた。



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№12:質問攻め

ついに迫った第48回衆議院議員総選挙。
皆さん、選挙に行きましょう。


 翌日、1-Aにて――

「そういう訳で、俺ァ雄英(ここ)の人間になった。以後よろしく」

 傷でズタズタになった顔で大きな欠伸をしつつ、剣崎はそう告げる。

 剣崎は昨日以降雄英高校に属して奉仕する立場になったのだが、基本的には雄英で自由気ままに生活している。

 そもそも剣崎という男は約束や規則を破る気は無いが守る気も無い。いつも時と状況に合わせて行動する。最低限の事は守り、他は自分の判断で行動するのだ。

 もっとも、根津とオールマイトは必ずこうなると予測していたため、雄英高校の敷地内での自由行動はある程度許可はしたが。

「しかし、こうして考えると世代を感じるな……俺達の世代はそんなに「華」が無かったからな」

「アハハ、16年も経ってますから……」

「それもそうだな」

 出久と話し合う剣崎。

 その中の良さは、まるでご近所の挨拶みたいである。

「ねェ緑谷ちゃん、一昨日の会話でもかなり仲良しのようだけど……どういう関係かしら? 私達、3年前に出会ってるって情報以外知らないの」

 そんな二人に食いついたのは、カエルっぽい面立ちの女子・蛙吹梅雨。

 おぞましい死者である剣崎と一体どういう関係なのかに鋭く切り込んだのだ。

 そして彼女の言葉が引き金となり、出久と剣崎の関係に興味を持っていた面々が同意する。

「え~っと、何ていうか……僕の命の恩人なんだ。3年前に(ヴィラン)に攫われた時に救けてくれてさ……」

「そうだったのか……」

「死者に助けられるなんて、貴重な体験ね」

「蛙吹さん、それはそうかもしれないけど…」

 梅雨の言い方に、思わず顔を引きつらせる出久。

「じゃあ、今度は僕からいいかな」

 次に声を上げたのは、飯田天哉。著名なターボヒーローである〝インゲニウム〟こと飯田天晴の弟だ。

「あなたは何故(ヴィラン)を殺すんだ? ヒーローは規律を重んじるべきだと思うが」

 それは、飯田らしい質問だった。

 剣崎ほどの猛者ならば、法律に従えばトップクラスのヒーローになれたのでは――そう思っての質問だろう。

 剣崎は目を細めて、口を開く。

「――ルールや規則ってのは、時と場合によっては大きな枷となることがある。破らないと打破出来ない状況があるようにな。非常事態には非常の対応をしなければならねェだろ?」

「では何故、(ヴィラン)を殺し続けるのですか?」

「…それは話すと長くなるからこの場では一旦控える。ただ…俺は(ヴィラン)共を皆殺しにするまで戦い続けると誓っている。俺が社会からお役御免になる時は、(ヴィラン)共がこの世から消えたときだと思え」

「……」

「まァ、そーゆーシケた話(・・・・)はここで言う気もねェ…次の質問に移ろうか」

「じゃあ、俺がいく」

 痩せ気味で黒髪の男子生徒・瀬呂範太が挙手する。

「ぶっちゃけさ…何で逮捕されなかったんすか?」

 瀬呂のある意味で核心に迫るような質問に剣崎はきょとんとした表情をし、その後かぶりを振った。

「それは俺もわからない……俺は逮捕しなかった理由を聞くよりも、一人でも多く(ヴィラン)を狩る事を優先しちまったからな。警察や法務省に聞けばいいんじゃないか? 何かしらの返答くらい寄越すだろう……雄英からの問い合わせとなれば尚更な。他には?」

 すると今度は、前髪の両端が長い茶髪のショートボブが特徴の女子・麗日お茶子が手を挙げた。その質問内容は…。

「剣崎さんって、〝サイドキック〟の人っていました?」

「〝サイドキック〟? 何だそれは?」

「相棒だよ、剣崎さん」

 サイドキックとは、自身と連携戦闘を行える仲間として雇えるヒーローだ。 有名なサイドキックは、オールマイトのかつての相棒だったサー・ナイトアイだろう。

 剣崎の場合、サイドキックではないが監査者という形のパートナーはいた。

「それは……睡のことなのか? 今は〝ミッドナイト〟と名乗ってると言えばわかるか」

『ええっ!?』

 剣崎の言葉に驚愕する一同。

 ミッドナイトは雄英高校の教師の一人であるプロヒーロー…政府が「コスチュームの露出における規定法案」を制定するきっかけとなった別の意味で伝説の人である。

 そんな彼女と剣崎はコンビだったとのこと。

「世代っつーか、年齢も同じだったからな。あん時死ななきゃあ今頃あいつと同じ年……31歳だな。しっかし驚いたよ、何か16年経ったらSM嬢になってたからな……」

 どこか遠い目の剣崎。

「今思うと、あいつにはずいぶんと世話になった。まさかまた世話になるとは思いもしなかったが」

「ずりィぞ〝ヴィランハンター〟ァァァ!!! オイラと代わってくれよォォォォォォ!!!」

「何だ、問題でもあんのか?」

 事の経緯を全て出久達に語った剣崎は、どういう訳か出久のクラスメイトである峰田実に突然胸ぐらを掴まれた。

 目を血走らせて涙を流す峰田に何があったのか。

「出久君、何だこいつは」

 引き剥がして峰田の頭を片手で鷲掴み、ブラブラと揺らす剣崎は出久に問う。

「ん~と…その、峰田君は妬いているんじゃないかな? だって剣崎さんは、ミッドナイトと一緒だったから」

「それが何だってんだ? 俺とは昔コンビを組んでた間柄だ、親しくて当然だろう」

「それが気に入らねェんだよォォォォォォォォッ!!!」

 峰田、発狂する。

 剣崎は目を細めつつ首をかしげる。

「お前死んでるクセに何でミッドナイトと一緒なんだよォ!? 膝枕して貰ってイチャついてることぐらいわかるぞオイラは!! あのたわわな胸とピッチピチの太ももとか触ってんだろォ!? 先輩なんだろ、オイラと代わってくれよォォォォォォォ!!!」

 欲望剥き出しの峰田。

 ストイックな剣崎とは真逆のそれに、周囲はドン引きする。

 剣崎は深緑の癖毛を揺らし、出久達に顔を向ける。

「……こんな性欲の権化みてェなのと3年間付き合うのかお前ら? 死人の俺より相手にするの面倒だろ?」

『超思う』

「えェェェェェェェェェェ!? 何でだよ、相手はアンデッドだぞ、ア・ン・デッ・ド!!!」

 死者よりもスケベの方が面倒だと即答するクラスメイトに涙する峰田。

「いや…アンデッドっつっても、緑谷と知り合いなんだろ?」

「見た目はアレだけど、何か結構イイ人っぽいぜ?」

「ストイックな先輩とスケベでサイテーなクラスメイトを比べると、どっちが頼りがいがあるかは一目瞭然ですわ」

 上から切島、上鳴、八百万の順に回答。

 辛辣な言葉の雨に、プルプルと震えながら血涙を流す峰田。

「……まァ、俺も何だかんだ言って睡と喧嘩した事あるがな」

「え!? 喧嘩!?」

 剣崎とミッドナイトの喧嘩。

 あのミッドナイトがキレるというのは、余程の事だ。相当凄まじい内容なのだろう。

「正義感のぶつかり合いもあったが、記憶に残ってるのはどっちかって言うとコスチュームの件だな。露出ゼロと露出アリで揉めてな…今思うとすげェくだらねェ内容だったよ」

(思った以上にふざけた内容だ!!)

 どうやらヒーローコスチュームの件で口喧嘩したそうだ。

 ある意味でミッドナイトらしい喧嘩の原因である。

 そしてチャイムが鳴り響き、出久達は席に着き始める。

「じゃ、俺ァ行くわ…死人がいるのは迷惑だろう」

 コートと髪の毛を揺らしながら教室を出ようとした、その時!

「私が銀時代(シルバーエイジ)の姿で来たっ!!!」

「……」

 オールマイトが登場。

 出久達は驚き、歓声と拍手で迎えるが剣崎だけ無表情。それどころか可哀そうな人を見る目でオールマイトを見つめている。

「け、剣崎少年……?」

「いや……俺死んでるし。心臓も動いてねェからドキッとしねェな~って…」

 しれっととんでもない発言をする剣崎。

「ウソだと思うなら触っていいけど。あ、服脱ぐね」

 剣崎はそう言い、羽織っていたコートやブレザーを脱ぎ始めて上半身裸になる。

 そして、剣崎の上半身を見た一同は唖然とする。

 程よく引き締まった体に、目で見えるくらいはっきりと割れている腹筋。そして何より一同を驚かせたのは、夥しい数の傷痕だ。きっと全て、生前の傷…(ヴィラン)を狩りまくったがゆえに負ったのだろう。

「剣崎少年……」

「胸触ってみん、多分動いてねェよ」

 オールマイトは迫力ある見た目とは程遠い、割れ物を触るかのように慎重に胸に手を当てる。

「……本当だね……」

「所詮俺は死者…生者に戻れやしない」

 剣崎は自嘲気味に笑い、服を着る。

 傷んだシャツを着てネクタイを巻き、ブレザーに袖を通してコートを羽織ると、オールマイトを見ながら口を開く。

「んで、授業妨害になんなら出ていくが」

(思いの外気配りが出来てる!!!)

 後輩に対する気配りに、思わず感嘆とする出久達。

 世に言う「人は見かけによらない」とは、このことか。

「いや、今回は君にも参加してもらいたいのだ!!」

「……何?」

「今回は模擬戦闘訓練だ!! 数多くの修羅場をくぐり抜けた剣崎少年も、授業に参加してもらうぞ!!」

「……俺が、授業に……!?」

 剣崎、16年ぶりに授業を受ける……!?




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№13:作戦会議

第48回衆議院議員総選挙は、自民公明の圧勝でしたね。(笑)
野党が勝手に滅んだので、選挙結果を見た時爆笑しましたwwww
今後はメディアに騙されない生活を送りましょう。


 演習場。

 市街地を模した演習場に集った1-Aと剣崎、そしてオールマイト。

 生徒達は被服控除の制度により、それぞれのヒーローコスチュームに着替えて整列しているのだが……。

「剣崎さん、その格好で戦ってたんですね……」

「一番着慣れた服装の方が戦いやすいだけだ」

 剣崎は相変わらずの制服とコートである。

 不死身同然の体質であるからかもしれないが、コスチュームでないのが信じられないのか生徒達は動揺している。

「ってことは、いつもその格好で過ごしてたの?」

「コートの中には色々と仕込んである……いつでも対応できるように羽織ってるだけだ」

 剣崎はいつでも戦えるように常にヒーローコスチューム――雄英の制服にコートを羽織っているだけ――であるとのこと。

 そんな中、オールマイトが声を掛ける。

「さァ、これから諸君には訓練をしてもらうぞ!!」

 そしてオールマイトは、今回の訓練についての設定を語る。

「この前は核兵器の回収であったが、今回は「人質の奪還後」の訓練をする!!」

 オールマイトの言う訓練の設定は、こうだ。

 人質の奪還が出来たところで、(ヴィラン)は諦める程潔くない。必ずや追跡し、ヒーローをギッタンギッタンにして連れ戻しに来るだろう。そこで今回の演習では、「人質役を1名・ヒーローを3名・(ヴィラン)役を3名」の模擬戦闘訓練を含めた演習を行うという。

 この演習では制限時間を設けてあり、人質を制限時間終了まで守り切ったらヒーロー側の勝ち、ヒーロー側から人質を連れ戻せたら(ヴィラン)側の勝ちというルールで行う。チームワークだけでなく、咄嗟の判断能力も問われるわけだ。

「そして見本として、剣崎少年が行うというわけだ」

「成程……面子は?」

「人質役は峰田少年、ヒーローチームは緑谷・剣崎・麗日グループ、(ヴィラン)チームは爆豪・切島・上鳴グループだ」

 剣崎は鞘に納めたままの刀で肩を叩きながら一瞥する。

(向こうのチーム、爆弾抱えてるな……)

 剣崎の視線の先には、爆豪がいた。

 彼は出久の名を聞いた瞬間、目付きが変わった。それと共に仲間となる二人が若干顔を引きつらせ、出久も額から汗を流している。

 どうやら因縁があるようだ。

(まァ、少しは先輩らしく扱かないといけないか)

 剣崎は若干イラついている爆豪を見据える。

(あまりやり過ぎないでくれよ、剣崎少年……)

 そんな剣崎を、オールマイトはどこか心配そうに見つめるのだった…。

 

 

           *

 

 

 演習開始5分前。

 スタート地点であるビルの中で、剣崎はお茶子と出久を呼び作戦会議をしていた。

「こういうケースは、相手の考えを読むことが重要だ」

 剣崎は、爆豪達(あいて)が立てるであろう大まかな作戦は3つだという。

 まず1つ目は、逃げられない場所に追い込んで全員で実力行使。これが一番簡単(シンプル)で多くの(ヴィラン)がやるであろうが、個性の事を考えると敵味方問わず被害を与えかねない。ましてや市街地戦となると二次災害の危険もある。

 2つ目は、相手を適度に追跡して体力を消耗させて奪取。この場合は人質を傷つけず、なおかつある程度の被害は抑えられる。だがこの場合鬼ごっこ同然なので、自分達のスタミナが切れたら逃げられる可能性が高い。

 そして3つ目は、バラバラに行動する事。戦力を分散させ、相手を戦闘不能にしたら他のチームメイトの手助けに行き、一人一人確実に倒して人質を奪取する。

 剣崎は、爆豪達はこの内のどれかで来るはずだと断言する。

「「成程……」」

「あと、君ら二人の〝個性〟を知りたい。どういった能力か、口答で頼む」

「僕は……オールマイトみたいな感じかな。あんまり使うと結構骨折れるけど……」

「私は「無重力(ゼログラビティ)」! 触れたものの引力を無効化出来るよ」

 剣崎は考え込む。

 出久の個性は正直色々気になるが、何より反動はかなりの負担のようだ。

 まさしく「諸刃の剣」……下手に使用すれば周囲への被害も拡大し、何より出久自身のケガが増える。人質奪還後の設定上、守る側が満身創痍なのは危険だ。

「そうか…となれば、俺が基本的に奴らを全員相手取る方が動きやすいな。出久君、向こうのメンバーの個性とか癖とかわかるか?」

「う~ん……かっちゃんならわかるけど、他の人達はまだ……」

「いや、それ以前に相手チーム全員一人で相手取る気なのっ!?」

 そんな会話を、地下のモニタールームにてモニター越しで見るオールマイト達。

 今回は全員にも会話が伝わる設定だ。

「……さすがヴィランハンター(せんぱい)……」

「うむ、考えが違うな……」

「……これも彼女――ミッドナイト君のおかげだよ」

『え?』

 オールマイトの言葉に、首をかしげる一同。

(昔の剣崎少年は、捨て身の攻撃や決死の攻撃……良く言えば自己犠牲、悪く言えば玉砕覚悟が非常に多かった。(ヴィラン)への怒りと憎悪に狂った自分の孤独な戦い……それに他人を巻き込まないために)

 剣崎のそんな戦い方を変えさせたのが、彼のサイドキックだったミッドナイトだった。

 ある意味では、ミッドナイトは剣崎に大きな影響を与えた重要人物といえよう。

「さて……そろそろ時間だ」

 オールマイトはマイクを通じて音声を流す。

《ではこれより、訓練を始める!!》

 オールマイトの声が響き渡る。

 それを聞いた両チームは、互いに準備をする。

「デクもゾンビも潰す!!」

「いや、せめてゴーストじゃね?」

「先輩に対して酷いぞ、おい…」

 早速暴走寸前の爆豪に、溜め息を吐く切島と上鳴。

「剣崎さん、麗日さん!行くよ!」

「うん!」

「おい人質役、最悪お前も戦えよ」

「オイラ人質ですけどォ!!?」

 意気込む出久とお茶子の反面、何気に衝撃の発言をする剣崎とそれに絶叫する人質役(みねた)

《人質奪還後訓練、開始(スタート)!!!》

 オールマイトの声が響き、剣崎にとっては16年ぶりの模擬戦闘訓練(じゅぎょう)が始まった。



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№14:ゾンビ野郎

 ついに始まった人質奪還後訓練。

 爆豪ら(ヴィラン)チームは、ヒーローチームの追跡を行っていた。

「なァ爆豪、相手はどう来ると思うよ?」

「あのゾンビ野郎は壁をすり抜ける……デクはゾンビ野郎を利用して俺達の妨害をするだろうな」

「利用するって……」

 ぶっちゃけた話、剣崎は未知の存在だ。

〝個性〟は勿論、戦闘力や身体能力も把握できてない。しかし、少なくとも(ヴィラン)を74人も殺したその実力は想像を絶するモノであるとはわかる。

「あの先輩に構ってる暇はねェ、早く見つけようぜ!」

「おう!」

 切島と上鳴がそう意気込んだ時だった。

 突如剣崎がビルの壁をすり抜けて上鳴の前に現れたのだ。

「ぎゃあああああ!!!」

 思わず悲鳴を上げる上鳴。

 しかし剣崎は――さすがに納刀状態であるが――問答無用で刀を振るった。

「危ねっ!!」

 切島は〝個性〟である「硬化」を用いて両腕を硬化させて、上鳴の前に立ち剣崎の一撃を防ぐ。

 

 ガォン!!

 

 衝撃が切島を襲う。

 剣崎の一撃は、重圧と例えるに相応しい程の重さだった。74人ものヴィランを葬ってきた伝説の男の、刃の無い一太刀。抜き身でないのに、切島は斬られる恐怖を感じた。

(ふざけやがって……刃物も圧し折る硬度があるってのに、全身をズタズタに斬られる気分じゃねェか!! これが〝ヴィランハンター〟か…!!)

 歯を食いしばって耐える切島。

 それを見た剣崎は、笑みを浮かべた。

「俺の一撃を真っ向から受け止めるか。ちょっと本気で行ったんだがな……中々できるじゃねェか」

「爆豪っ!!」

 切島が叫ぶと、爆豪が剣崎を思いっきり蹴飛ばす。

 しかし剣崎は空中で体勢を立て直し、そのまま着地する。

「良い一撃だ、不意打ちも中々良かった」

「嘘つきやがって……!!」

 どこからどう見てもノーダメージな剣崎の様子に、苛立つ爆豪。

 化け物レベルの運動神経の持ち主であり「爆破」という強力な〝個性〟を有している彼は、とてつもなく自尊心が強い。剣崎の評価は、爆豪にとっては侮辱されているように思えるのだ。

「俺を越えねば君達の負けは確定……どう出る?」

「てめェをぶっ殺すに決まってんだろ!!!」

 爆豪は剣崎と真っ向勝負に出て、殴りにかかる。

 しかし剣崎は、それを躱して切島と上鳴の懐に潜り込んで刀を振るい、脇腹を殴った。納刀状態であるため斬られることはないが、打撃による衝撃は強烈であり一発で二人は倒れた。

(速い……!!)

「次はお前だ」

「っ……死ねやゾンビ野郎!!!」

 爆豪の右ストレートを、剣崎は納刀状態の愛刀で弾く。すかさず爆豪は蹴りを繰り出し脇腹を狙うが、剣崎に左腕で受け止められてしまい納刀状態の刀で殴り飛ばされる。

 爆豪の攻撃はどれも強力だが、剣崎に読まれているかのように受け止められ弾かれてしまう。

そんな様子をモニターで見ていた生徒達は、驚きを隠せないでいた。

「爆豪の攻撃を全部捌いていやがる……!」

「相当な手練れね」

「どうやって見抜いてんだ!?」

そんな中、八百万が口を開いた。

「……視線ですわ」

『視線?』

 八百万曰く、剣崎が爆豪の攻撃を見抜いてるのは爆豪の自分に対する視線だという。

 爆豪が自分の体のどの部分を見て攻撃しているのか…その一瞬向ける視線を探って攻撃の出所を予測して戦っているという訳だ。

「身体能力、経験値、基礎戦闘力……戦闘における総合能力は爆豪さんの遥か上ってことですわ」

「……あの二人が瞬殺である点も含めれば、爆豪君でも足止めになるかわからない程のレベルって訳なの?」

 梅雨の質問に、無言で頷く八百万。

 それに続き、轟も口を開く。

「それにあの様子だと明らかに手を抜いている……爆豪達の技量を量る為だろうが、正攻法で勝てるような相手じゃねェのは明白だな」

『……!!』

 剣崎の力は、底が知れない。

 手を抜いた状態で爆豪らを圧倒している彼にどう勝とうというのか。

 

 

 一方の出久達は、人質(みねた)を連れてお茶子と共に行動していた。

「よし、行こう!」

「うんっ!」

「……オイラの出番が……」

 剣崎と別行動している出久達。

 かれこれ3分経過しているが、未だに(ヴィラン)チームは来ない。これも剣崎のおかげだろう。

「おい緑谷、建物の中にわざわざ入る理由はあるのか?」

 峰田のそんな質問に、緑谷は答えた。

「剣崎さんはルール上、〝人質役を無事に奪還する〟のが(ヴィラン)チームの目的であって人質役を巻き込むようなマネはできないって言ってた。その理屈が通るなら、屋内で行動した方が僕らの優勢を保てるはず…」

 屋内での大規模な攻撃は、建物の倒壊を招き人質も仲間も無差別に巻き込んでしまう。

 剣崎はそれを利用し、(ヴィラン)チームの人質奪還の手段に制限を掛けているのだ。特に爆豪の個性はかなりの破壊力であるので、屋内での使用はかなりの危険を伴う。

「剣崎さんは〝個性〟を持つ(ヴィラン)を74人も倒した程の技量……単騎での戦闘力はプロヒーロー並みかそれ以上だと思う……!!」

「「……!!」」

 

 

           *

 

 

 そして、爆豪達は……。

「ハァ……ハァ……」

「随分息が荒いな。大丈夫か?」

 余裕な笑みを浮かべる剣崎を前に、膝を突く爆豪。

 地力の差で追い込まれた(ヴィラン)チームは、苦戦を強いられているのだ。

「どうする? そろそろ俺を突破しないと時間切れになって負けるぞ?」

 爆豪は周囲を見渡す。

 切島と上鳴は剣崎の一撃で倒れたまま…頼れる仲間は戦闘不能状態だ。復活まではもう少し時間がかかりそうだ。現時点では(ヴィラン)チームは圧倒的不利の立場にある。

(だったら…これでどうだゾンビ野郎!)

爆豪は手榴弾をモチーフにした籠手のピンを外し、爆発を起こした。

(煙幕の代わりか、考えるじゃねェか)

 爆風と共に視界が狭まる。

 煙が漂い、剣崎は視覚を封じられる。その隙に爆豪は切島と上鳴の元へ向かう。

「おいクソ髪、アホ面!! とっとと起きろ!!」

「っ……悪ィ、ちょっと痛くて立てなかったわ……」

「〝個性〟を使う前にやられたなんてな……」

 ようやく切島と上鳴は立ち上がり、爆豪と移動を始める。

 だが、剣崎はこの程度では終わらなかった。

「見つけたぞ!」

「わあああああ!! 来たァ!!!」

 三人の前に再び現れる剣崎。

 しかし爆豪は笑みを浮かべ、籠手を剣崎の顔面に向けた。

「死なねェからいいよなァ!?」

「っ!!」

 爆豪は至近距離でピンを外し、剣崎を文字通り爆破した。

 剣崎は爆炎を纏ったまま吹き飛び、頭から地面に落ちた。

「っしゃあ、今の内だ!!」

「「いやいやいやいや!!」」

 笑みを浮かべてヒーローチームの追跡を始める爆豪と、ドン引きする切島と上鳴。

「おいおいおい!! 今のアリかよ!?」

「エグ過ぎるぞ!!」

「うるせェ、とっととデクを潰すぞ!!」

「爆豪、それ目的違うぞ!!」

 何とか体勢を立て直した(ヴィラン)チームは、出久達を負う。

 しかしこの時、三人は気づくべきだった。剣崎を抑える必要があったことを。

「ったく、やってくれるな……」

 むくりと起き上がる剣崎。

 その姿は先程よりも遥かに悍ましかった。左半分の頭部は爆発の影響で吹き飛んでおり、足や腕は未だに炎に包まれているが、肉体の修復が始まっているのかパキパキと音を立てながらゆっくりと顔が元通りになっていく。

「まァ、初めてにしては上出来だ。ちったァ本気で行くか……!」

 満足げな笑みを浮かべ、剣崎は立ち上がる。

 その笑みは、死神が獲物に対して見せる恐怖すら感じる微笑みのようであった。



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№15:ブーメラン

 さて、演習が始まって終了まで残り3分となった。

 剣崎と別行動をしていた出久達は、演習場でも広い通りに移動していた。

「よし……これで後は構えるだけ……!」

「大丈夫かな……」

 背中合わせになって構える出久とお茶子。

 なお、峰田は出久に背負われている。

「お……おい、逃げないのかよ!? さっきまで建物の中逃げてたからそれでいいだろ!?」

 異議を唱える峰田。

 それもそのはず、今ヒーローチームが陣取っている場所は相手から非常に見つかれやすい。人質を守るにはあまりにも不向きだ。

 それをモニター越しで見ているオールマイト達も不審に思う。

「……アレ、さすがにマズイんじゃねぇか?」

「アレで人質を守りきれはしないぞ」

「それとも何か考えでもあるの……?」

 戸惑う生徒達。

 オールマイトも、出久とお茶子がとった行動を不審に思う。

 人質を守る作戦にしては、危険を伴う行動だ。剣崎と離れ離れである以上は2対3の戦闘に持ち込まれかねず、最悪負けてしまう。

 オールマイトは放送を通じて二人の行動は愚策であると告げようとしたが、あるモニターを見て驚いた。

(屋上からの不意打ちか!!)

 3階建ての小さなビルの屋上に深緑の髪の毛をゆらゆら揺らす、ボロボロのコートを羽織った人物――剣崎が隠れていた。

 つまり、剣崎は出久達が相手に見つかった瞬間動いて人質を奪還しようとするところをまとめて仕留めようというのだ。

 さらに言うと、剣崎は恐らく爆豪の性格を先程の戦闘で把握している。あえて出久達を見つけやすくすることで、自分が隠れて機を窺っている事を覚られないようにしているのだ。もっとも、剣崎が(ヴィラン)チームの全滅を前提に行動していると考えれば当然とると思われるが。

(相変わらずレベルの高いというか、一見デンジャラスな作戦を思いつくな……)

 そして、その時は来た。

「おい、爆豪達が緑谷達を見つけたぞ!!」

「むっ!」

 

 

 ついに対峙したヒーローチームと(ヴィラン)チーム。

 今まで出久達を見つけられなかったのが相当腹が立ってるのか、爆豪は若干キレ気味だ。

「おいクソナード……今までよくもあのゾンビ野郎を利用してコケにしたなァ……!!」

「か、かっちゃん……」

 かなりお怒り気味の爆豪。

 チームメイトも引きつった顔である。

 今の爆豪は、まさに悪鬼羅刹。

「あのゾンビ野郎がいねェからには、思いっ切りてめェを捻じ伏せることができる……!」

 爆豪が攻撃を仕掛ける。

 そう予感した出久は、お茶子に峰田を任せて拳を構える。

(剣崎さんが不在の今、僕が食い止めなきゃ……!)

「やっとやる気か……じゃあ、こっちから行くぞ!!」

 爆豪は興奮状態で、出久を攻撃しようと迫る。

 それと共に、バサバサと何かが棚引く音が聞こえる。

「爆豪!! 戻れ!!」

 上鳴が叫んだ時には、すでに彼が爆豪のすぐ後ろにいた。

「剣崎さんっ!!」

 そう、剣崎が舞い戻って来たのだ。

 剣崎は爆豪に狙いを定めて納刀状態の刀を振るうが、爆豪は咄嗟に籠手でガードする。

「さァ、どうする? 籠手を封じられたが」

「っ……クソが……!!」

 剣崎は片手での攻撃だが、爆豪はそれを両腕で受け止めている。

 剣崎の一撃は、それ程までに重いのだ。両手持ちならば、それこそ動けなくなっただろう。だが剣崎も、爆豪で手一杯。ある意味チャンスではある。そう考えた上鳴と切島は、爆豪が剣崎の相手をしている隙に出久とお茶子を掻い潜って峰田を狙う。

 だが、次の瞬間!

 

 ヒュッ! ガンッ!!

 

「ひでぶっ!?」

「上鳴!?」

 上鳴の頭に何かが激突した。

 それは、剣崎がコートに隠していた短刀だった。

 当たり所が悪かったのか、上鳴は大きなたんこぶが出来た頭のまま崩れるように倒れた。

「なっ……!」

 ここへ来てアホ面(かみなり)、二度目の脱落。

 剣崎のファインプレーか、はたまた上鳴の不運か……ともかく、(ヴィラン)チームは不利な立場に追い込まれた。

 しかも…。

「あーーーっ!! 逃げやがった!!!」

 いつの間にか出久とお茶子は峰田を連れて逃走。

 上鳴のアクシデントに気を取られた隙に逃げ出していた。

 何とか追いつこうと切島は走り始めたが…。

 

 ビーッ!!

 

 演習はそこで終了してしまった。

《そこまで!! ヒーローチーム、WIN!!》

 ヒーローチームの勝利。

 しかし、爆豪達(ヴィラン)チームにとってはヒーローチームに負けたのではなく「剣崎に全て阻まれてしまった」という形であった。

 

 

           *

 

 

 地下のモニター室に剣崎達は向かい、オールマイトから講評を受ける事となったのだが……。

「剣崎少年……もう少し加減してもよかったんじゃないか?」

 オールマイトの第一声は、それだった。

 何故かというと、(ヴィラン)チームがお通夜状態だったからだ。 爆豪は出久に負けたと思い込み酷く落ち込んでおり、上鳴はたんこぶを抑えて涙目に、切島は「俺が気を取られたからだ……」とブツブツ言っている。

 対するヒーローチームも、「何もしなかったなァ……」と互いに呟き遠い目をしている。

 講評しようにも、何か言いにくいのだ。そしてその状況を作ったのも、剣崎のせいとも言える。

「…実戦じゃねェから手は抜いたぞ。あいつらが俺と比べりゃあまだまだ弱いって事だろ」

 剣崎はそう言いながら、(ヴィラン)チームを一瞥する。

「お前らは実際に戦った事がねェから無理もねェだろうが…(ヴィラン)共との戦闘はこんなもんじゃねェぞ、自分の命守るのが精一杯になる。(ヴィラン)共は甘くねェぞ。まァ日々精進するこった、死中に活ありだ」

 その言葉に、何も言えなくなる一同。

「俺にとっちゃあ、今のお前らなんざ5分もあれば返り討ちに出来る程度の強さ。自分の力に――」

 

 バシィンッ!!

 

「……あ?」

 剣崎の頭を引っ叩く何か。

 それは、何とキャットオブナインテイルの鞭だった。それの持ち主は、この雄英高校ではただ一人。

『ミッドナイト!?』

 そう、誰もが知る18禁ヒーローのミッドナイトだ。

「……睡か」

「そうやって心を削ぐようなマネ、みっともないわよ? 刀真」

「事実だろうが。つーかみっともないって言葉、そのまんまブーメランで返すぞ」

「ブーメラン?」

「お前いつからそんな女になった? 俺の知る睡じゃねェんだよ」

「16年もあれば人間変わるわよ? それくらいわかるでしょ」

「変わり過ぎるのもよくねェんだよ、目に毒だ」

「何ですって? 誰に対して言ってんの?」

「お前に対して目に毒だっつってんだよ。俺は精神年齢31歳のつもり(・・・)だから問題ねェが、普通の高校生なら欲情してんぞ」

 いつの間にか言い争い始める二人。

 しかし二人共どこか楽しんでいるようであり、どういう訳か微笑ましく感じる。

「刀真、ちょっと大事な用があるから一緒に来なさい」

 ミッドナイトはそう言うと、剣崎のコートを掴んで引っ張る。

「おい、睡!! その手を放せ!! コートが千切れる!!」

「何を今更言ってんの、別に買えばいいじゃない」

「物には愛着ってモンがあんだよ!!」

 ミッドナイトに引っ張られながら移動を余儀なくされる剣崎。

 そんな様子を見た生徒達は……。

『ミッドナイト、パネェ……』

 18禁ヒーロー(ミッドナイト)の意外な一面に、感心するばかりだった。




次回以降、オリキャラネタぶっこむぜよwwww
感想・評価、お願いします。


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閑話その2:蘇る因縁

すいません、大分遅れました。
やっと更新ですね。
今回からオリキャラ登場です。肘神さまさんとyonkou さんの案を採用しました。


 全ては、16年前のあの日の出会いだった。

 歴戦の(ヴィラン)ですら本能的に怯むであろう強烈な殺気、思わず身震いする程の凄まじい怒りを宿した目、生者でありながら死神のような無慈悲さ……全身から憎悪が立ち昇っているような男が、刀一本で蹂躙し同志達を次々と葬っているその姿に、私は思わず見惚れた。

 私はヒーロー共を何人も亡き者にしてきたが、目の前の男は私以上に殺している。だが、あれほど血を浴びているというのに私と同じ臭い(・・・・・・)がしない。それが余計私を惚れさせた。

「残すはお前だけだな…女とはいえ、(ヴィラン)である以上は死に値する」

 怒気を孕んだ冷たい一言。

「……見事だ……! その絶対的な力、揺るがぬ信念……お前はヒーローにはもったいない逸材だ…!!」

 この男は、〝無個性〟でありながら私と違った力を得て私と同等の強さを得ている。歓喜して称賛しないわけにはいかない。

 それに……この男を敵に回すというより、この男を手に入れたい。この男はいずれあのオールマイトやエンデヴァーに届く強さを秘めているのだ、この男がいれば私の野望を叶えてくれるだろう。

 この男は、私の所有物(モノ)にせねば。

「お前の物語はここで終わる……大人しく殺されるのなら、一思いに心臓を突いてやる」

 男は私に刀を向ける。

 ふと、ここで思った。私はこの男を知らないではないかと。彼を私の所有物にするのは確定だが、そう易々と私にその魂を売るとは思えない。

 ならば、この男の名を聞きださねば。いくら無慈悲でも所詮は人の子……言葉巧みに持っていけば、その名を聞き出せるのかもしれない。

「……私を殺すのならば、せめて名を名乗れ。それから殺すのもいいのではないか?」

「――仲間を呼ぶための時間稼ぎのつもりか? バカが……ヒーローたる者、悪者に慈悲など無用。俺がお前を殺すと決めた以上、お前の死は絶対だ。そしてお前の望みを叶える義理も無い」

「確かにな……だがお前も知っての通り、世の中には〝冥土の土産〟という言葉があるだろう? 私はヒーローに殺される事を甘んじて受け入れる……だが、何の手土産もなく地獄へ行くのは納得できん」

 思いの外強情だった。

 私は心のどこかで自分の言葉を理解してくれるよう祈った。

「……剣崎刀真。それが俺の名だ」

「剣崎刀真……憶えたぞ。この熱導冷子(ねつどうれいこ)、必ずやお前を手に入れて見せる!!」

「図に乗るな、(ヴィラン)風情がっ!!!」

 私はレイピアで、剣崎は刀で斬りかかる。

 

 ガギィィン!!

 

 互いの刃が、火花を散らして激突した。

 それから放たれる、斬撃のぶつかり合い。しかし互角であり、私は一度離れて体勢を立て直す。

 だが、剣崎は一瞬と間を置かずに懐に突っ込んだ。

(速い!!)

 剣崎の平刺突を避ける。

 その直後放たれる横薙ぎや唐竹割りも躱し、私はレイピアでの鋭い刺突を連撃で繰り出す。

 しかし、やはりこの男は強かった。剣崎はそれに反応出来ており、全ての攻撃を受け流している。

「いいぞ、もっと楽しませろ!!」

 やはりこの男は、強い。

 今まで私が殺してきたヒーローよりも遥かに強く、そして〝イイ目〟をしている。殺し合いはこうでなくては!!

 私は遠慮は無用と判断し、個性を用いた。

 私の〝個性〟は「温度」……自分や周りのものの温度を支配する力だ。剣崎は殺し甲斐のある男だが、私の所有物(モノ)にするのだから殺すわけにもいかない。寒さで動きを鈍らせ、急所を外して無力化する…それが一番と思い、行動に移した。

「これでどうだ!!」

 私は〝個性〟を用いて周囲の気温を一気に低下させた。

 使い手である私には無効だが、剣崎には効果的だろう。ましてや〝無個性〟は常人と同じだ、戦い辛くなるだろう。

「行くぞ!!」

 私は突きの連撃を放つ。

 剣崎は平然と私の攻撃を受け流し、反撃に機会を窺っている。だが、そうはいかない。

「はっ!!」

 

 ドスッ……!

 

「っ!」

 私のレイピアが、剣崎の右肩を貫く。

 周囲の気温を氷点下以下にしたのだ。個性の影響による温度の急低下で皮膚が緊張して硬くなり、筋肉が動きづらくなるに決まっている。動きが鈍くなる分、私も攻撃を当てやすい。

 剣崎は刀を落とした。勝負ありだな。

「安心しろ、お前は私の所有物になるのだ…命までは取らん」

 私は満面の笑みで剣崎を見据える。

 だが、その直後黒く長いモノが私の腹を突いていた。

「ガハッ……!?」

 突如全身に走る激痛。

 私は倒れ、レイピアを落とし、血を吐いた。この男、一体何を…!?

「鞘も立派な武器だ。俺が刀だけで(・・・・)戦うと思っていたようだが、それは間違いだ。一人でも多くの(ヴィラン)を討ち取らんと様々な戦法を用いる俺を知らないお前の無知が、我が身の破滅を招いたというわけだ」

 剣崎はゆっくりと私に近づき、地面に落ちていた刀を拾う。

 そしてコートから短刀を取り出し、私の腕を貫いて押さえつけた。

「ぁっ……!!」

(ヴィラン)は存在自体が罪……地獄で悟れ」

 鬼か悪魔の如く憎悪に狂った顔の剣崎を前に、私は死を覚悟した。

 その時だった。

「冷子様を放せ、怪物!!」

「!?」

 

 ドゴッ!!

 

 何者かの拳が剣崎の顔を捉え、殴り飛ばした。

 アレは…私の部下の執刀壊(しっとうかい)……!?

「か、壊……!?」

「大丈夫ですか……!?」

「ああ……腕を貫かれて内臓がちょっとヤバイくらいだ……」

 私は壊に助けられた。短刀を抜かれ、応急手当を受ける。

 だが、剣崎はあの一撃で倒れるような軟な輩ではなかった。

「ちっ、連れか……お前もわざわざ殺されに来たとは、俺もずいぶん人気者になったな」

 壊の不意打ちを食らっているのに平然と立ち、刀の切っ先を私達に向ける剣崎。

 タフな奴め、あれほど戦って手負いの身でまだ……。

「刀真!!」

「睡か、ちょうどいいところに来た」

 剣崎の方も助太刀が来たようだ。

 くっ……さすがに分が悪いか……!

「……剣崎、勝負はまた今度だ。次は必ず一対一で決着を付ける」

「逃がすか!!」

「待ちなさい、刀真!!」

 剣崎の味方であろう女も、制止した。

 「あなたもかなりの傷よ!! それにさっきまで一度も休まず戦ってたのよ!? これ以上戦えば、さすがに身体が持たないわ!!」

 なっ……剣崎は私と戦うまで一度も休んでないのか!?

 もし万全の体制だったら私をも殺せたというのか……。

「プロヒーロー達も丁度駆けつけてきているわ、あとはオールマイト達に任せましょう」

「……ちっ…」

 剣崎は不満そうに舌打ちしながら納刀する。

「……今回は私達も引くわ……だけど、次に会ったら私も刀真と共にあなた達を倒す。覚悟しなさい〝ヒートアイス〟」

「…いいだろう、剣崎を私の所有物にできるのが遅くなるだけだ。勢いで倒せるような弱輩ではないという事がよくわかったからな」

 それが、私と剣崎の最初で最後の戦いだった。

 

 

           *

 

 

 あの日以来、私は剣崎と再会していない。もう死んだのだ。

 奴はどうしても手に入れたかったのに、自分から離れていった。

 なぜだ、なぜ私から離れた。なぜ先に逝ったのだ。肉片一つ残さず何故逝ったのだ、剣崎。

「……」

 あれから早16年。私は34を過ぎ、プロヒーローを何人も亡き者にしてきた超極悪強豪(ヴィラン)として裏社会に君臨しているが、どうにも娑婆で暴れる気がしない。剣崎がいないからだ。

 奴との戦いに備え、私は修行をして対剣崎用必殺技を習得した。しかし、もうそれを生かす機会は無い。死者は戻ってこないのだ。

 オール・フォー・ワンから何度も(ヴィラン)連合という名の組織の勧誘があったが、全て蹴ってきた。私は剣崎と再び戦い、血を流し殺し合い、屈服させたいのだ。

「16年も過ぎた……そろそろ足を洗うか……」

 その時だった。

「冷子様!! 大変です、ここ最近(ヴィラン)が次々と殺される例の事件についてですが…!!」

「……私は感傷に浸っているのだ、邪魔をしないでくれないか」

「ですが、これを……!!」

 壊が見せつけたのは、写真だった。

 しかし夜に撮ったのか、全体的に暗い。

「この人物です、一連の殺人事件の首謀者が……!!」

「!? こ、これは……!!」

 私は心の底から驚いた。

 その写真に写る幽鬼の如く不気味な出で立ちの男に見覚えがあったのだ。

 ボロボロのコートを羽織り、制服を身にまとって日本刀を杖のように持っている謎の輩。

 その人物は、私にはわかった。

「け、剣崎……!?」

 そう、あの剣崎が生きていたのだ。

 私が一生を懸けて手に入れたかった、真の強者。

「壊、今すぐにでもこの写真に写る輩の情報を……剣崎の情報を集めよ!!」

「承知しました!」

 私は、16年ぶりに心の底から歓喜した。

 もう二度と巡ってこないであろう戦いの機会が、まだ残っていた事に。

 今度こそ、今度こそ奴を奪い取り自分の所有物にする。どんな手段を使ってでも剣崎を手に入れてやる!!

「待っていろ剣崎……今度こそお前を手に入れてみせる!!」

 私はいずれ来るであろう再会の時を想像し、笑みを零した。



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№16:熱導冷子

深夜投稿です。
感想・評価お願いします。
あともうちょっとで原作ルートに行くと思います。


 さて、ミッドナイトに引っ張られた剣崎は職員室にいた。

「んで、俺をこんな所へわざわざ連れ込んだ理由は?」

「この書類を見て頂戴。」

 ミッドナイトの机の傍に座らせられた剣崎は、彼女から書類を受け取った。

熱導冷子(ねつどうれいこ)って、憶えてるでしょ?」

「……あの女か」

 熱導冷子は〝ヒートアイス〟の異名を持つ女性の(ヴィラン)で、ヒーローを何人も亡き者にしてきた超極悪強豪(ヴィラン)でもある。その脅威的な実力に加えて凶悪かつ残忍な性格から(ヴィラン)達にすら恐れられている。

 剣崎が16年前に一度死んで以来は大人しくなったらしく、一時は死亡説も流れたのだが…ここ最近彼女の仕業と思われる事件が起こったという。

「……つい先程、彼女の犯行と思われる事件が起きたの。幸い死者はいなかったけど」

「ハァ……やっぱあの時、俺が追撃して殺しておけば良かったんじゃねェか。こうなる未来は予測出来たろうが」

 かつて剣崎は、熱導と剣を交えたことがある。

 その時は剣崎が多少なり疲弊していたこともあって止むを得ずミッドナイトの説得に応じ、プロヒーロー達に後を任せ追撃を断念したのだ。しかしプロヒーロー達は取り逃したようだ。

「でも、もしあの時刀真が死んだら!!」

「死んだらその程度の男ってこった。それに……俺はもう後戻りしねェし出来もしねェって事ぐらい、いい加減わかってるだろ」

 剣崎の言葉に、押し黙るミッドナイト。

 彼はすでに決めているのだ。自らの手でこの世から全ての(ヴィラン)を滅ぼす事が人生の全てであり、最優先事項であると。大切なパートナーの手を振り払ってでも、彼は戦うのだ。

 例え、我が身を滅ぼしても。

「まァ、あの女が何を企んでるかはどうでもいい……俺が始末すればいい話だ。問題なのはあの女を丸め込もうと思ってる奴がいるかどうかだ」

「え?」

「そう簡単に性根を捻じ曲げるたァ到底思えねェが…利害が一致して同盟を組むようになったら面倒だ」

 剣崎が警戒しているのは、誰かに屈するような人格とは思えない熱導が他勢力と手を結ぶことだ。

 ぶっちゃけた話、剣崎は16年前の人間だ。情勢自体は16年前(むかし)とは全く異なってるのはわかっているが、具体的にどうなっているかはわからないのだ。それに16年も時が経てば、考えや性格も変わることだってあり得る。

「ん? いや、むしろ徒党を組んでくれた方が一度にまとめて潰せるか……!?」

 ニヤニヤし始める剣崎に、ミッドナイトは呆れる。

「相変わらず物騒ね…まァ、それが刀真らしいけど」

「やかましい」

 そう言った剣崎は立ち上がり、コートと癖毛を揺らしながら職員室から立ち去ろうとする。

「刀真、どこに行くの?」

「散歩だよ……どうせ悪者退治に行かせたくねェんだろ?」

 どこか不満げに言いながら、剣崎は職員室を後にした。

 

 

           *

 

 

 マンモス校である雄英高校の敷地内は、かなり広い。

 演習場や巨大ドームといった施設を設備してる分、移動も大変だ。

 剣崎は在学当時から敷地内を歩いて気分転換をしたりしていたので、16年も殺風景の中に閉じ込められていた分、新鮮味もあった。

「……すげェ狩りてェ」

 ベンチに座り、青空を仰ぐ剣崎は呟く。

 剣崎としては一刻も早く前線に立って16年前の続きをしたい所だが、それをオールマイト達が許すとは思い難い。立場があるからだ。

 今の自分は、正直(ヴィラン)顔負けの容姿。マスゴミ…ではなくマスコミが「(ヴィラン)を利用している」としてあらぬ誤解を招くわけにいかないだろう。とは言っても、こうしている間にも(ヴィラン)に苦しめられてる人々がいる。

 こっそり抜け出して狩りに行くのもいいが、せっかく再会できた相棒(ミッドナイト)に迷惑が掛かる。

 思わず溜め息を吐く。

 すると…。

「あ、剣崎さん!!」

「! 出久君か」

 授業を終えたばかりの出久が、剣崎の前に現れた。

 どうやら休憩中のようだ。

「隣、良いですか…?」

「おう」

 剣崎の隣に座る出久。

 緑の癖毛同士の男二人…しかも片方は生ける亡霊。第三者から見ればシュールを通り越して異様である。

「あの……剣崎さん」

「ん?」

「やっぱり、強いですね……かっちゃん達を圧倒するなんて」

 先程の演習で剣崎の実力を垣間見た出久。

 爆豪は出久が知る限り、同世代では驚異的な能力を有する才能の塊…天才の中でもトップクラスの存在だった。

 しかし剣崎は、そんな彼をいとも容易く退けたのだ。それこそ赤子のように。

「あれくらい造作もねェよ……俺が本気で潰しに掛かればあの3人は40秒もあれば全滅させることはできた」

「アハハ……随分と手厳しい……」

「そんなもんだ……お前らは実際の戦闘を知らないんだろ? 未知の相手…自分の知らぬ個性を持つであろう(ヴィラン)を前に立ち向かうという事を。死と隣り合わせになるってのがどういうことかを」

 剣崎の言葉に、押し黙る出久。

 剣崎は多くの(ヴィラン)と戦い、何度も傷だらけになり何度も血塗れになった。そして何度も自分の振るう刀で命を落とした愚かな(ヴィラン)達の屍を踏み越えた。

 本来は無縁である筈の「死」がいつもすぐそばにあり、力を振るう度に何の兆候(しらせ)もなく突然やってくる。その感覚を知らない彼らなど、剣崎から見れば未熟そのものだ。

「正直言うと俺は、今の雄英に危機感も覚えてる。この学校の生徒連中は、(ヴィラン)との戦いを知らねェだろう……(ヴィラン)がどれだけ腐った連中か、どれだけ救いようがない連中かすらもな」

「剣崎さん…」

「……いいか出久君、世の中には死ななきゃ治らねェバカって奴もいるんだ。俺はそういうの(・・・・・)をごまんと見てきた。だから同じ心臓一つの人間だからって情に流されるな……(ヴィラン)は人の情けすら蔑ろにする」

 剣崎は出久を見据えて忠告する。

 それは、幾度となく(ヴィラン)と衝突したからこそわかる「悪の本質」。

 (ヴィラン)という害悪と常に戦った剣崎にとって、彼らに対し情けをかけることは自殺行為に等しいのだ。

「……肝に銘じておきます……」

 剣崎の気迫に押された出久は、そう答えざるを得なかった。

 しかし剣崎は、子供のように無邪気な笑みを浮かべた。

「……まァ、俺の価値観を押し付ける気はねェさ。てめェで掲げた正義を死ぬまで貫いてヒーローはナンボだ」

 剣崎はそう言い、立ち上がる。

(早く俺のいるステージに上がって来い、緑谷出久君)

 幼き日のヴィランハンター(じぶん)と影を重ねた若き力に、剣崎は微笑んだ。



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USJ襲撃事件~慈悲無き正義と、途方無き悪意~
№17:動き出す悪意


今年もあと1ヶ月ちょっとですね。早いなァ~…。


「刀真…お前だけでも…!!」

「いい加減くたばりやがれ!」

 

 ドォン!!

 

「父、さん……?」

「……逃げて……と、うま……」

「は……早く……!」

「ちっ、まだ息があったか」

 

 ドスッ……

 

「母、さん……? おばあ、ちゃん…?」

「おい、このガキはどうする?」

「一応殺すか……見られちまったしな」

「う……うあ……うわあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

 

 父さんが死んだ

 

 母さんが死んだ

 

 おばあちゃんが死んだ

 

 家族を奪われた

 

 幸せを奪われた

 

 全て奪われた

 

 (ヴィラン)が笑ってる

 

 社会のクズの癖に

 

 ユルサナイ

 

 ユルスモノカ

 

 コロシテヤル

 

 ホロボシテヤル

 

 ホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤルホロボシテヤル!!!!

 

 ヒトリノコラズ、ミナゴロシダ

 

 (ヴィラン)トイウ「悪」ヲユルスナ

 

 

           *

 

 

「……夢か……」

 ゆっくりと瞼を開ける剣崎。

 何十年経った今なお消えない、忌まわしき惨劇。ごく普通の純粋無垢な少年が、殺戮悪鬼と化す原因となった事件。

 一夜にして父と母、祖母を奪われた、ヴィランハンター誕生の瞬間。

 人の道を踏み外し、修羅の道を歩むきっかけになった、全ての始まり。

「……もう朝か。昨日出久君と会話して、その後は……宿直室借りて……それで寝たんだったな」

 剣崎は今、宿直室を借りて寝泊まりしている。

 昨日校長の根津から「あまり外を出歩くと面倒事になる」と言われ、渋々妥協したのだ。

「起きるか…」

 布団代わりにしていたコートを羽織り、傍に置いていた刀を腰に差す。

 そして扉をすり抜け、廊下へ出る。

「この時間帯は……朝だから全員勉強か。花の学校生活、青春真っただ中かい。さて今日はどうするか……」

 すると、剣崎は外の方が騒がしい事に気が付いた。

 外を見ると、何と校門の前でマスコミがたむろしているではないか。

「……俺の噂でも嗅ぎつけたか?」

「――どうやらオールマイトが教師を始めたことを耳にしたようね」

「! 睡、いつの間に…」

 いつの間にか、剣崎の隣にミッドナイトがいた。

 しかしミッドナイトは少々困惑気味だ。それもそのはず…オールマイトが雄英高校で教師をやっているという話はできる限り伏せていたのだ。それを嗅ぎつけるマスコミには恐れ入るが、これが面倒事の引き金にならないか心配なのだ。

「……睡、こうは考えないのか?」

「え?」

「マスコミがああやってたむろってる隙に、別の入り口から(ヴィラン)が侵入してこないか……ってよ」

「っ!?」

 剣崎の言葉に、目を見開くミッドナイト。

 それと共に彼女は思い出した。剣崎の勘は、高確率で的中するのを。

「……仮に俺がこの学校を攻め落としに行くなら、そうするがな」

「刀真……あなた……!」

「教師陣にこう伝えろ。今日一日中は警戒を解くなってよ」

 

 

 同時刻、東京都池袋――

 山の手3大副都心の一つであり大規模な歓楽街と繁華街が広がるこの街のあるビルでは、ある悪の組織が集会を開いていた。

 組織の名は「無間軍」……強豪(ヴィラン)で結成されており、あの(ヴィラン)連合をも凌ぐ力を誇っている。

「今日集まったのは他でもない…かつてこの私に決して消えない傷をつけた忌まわしい小僧の件だ」

 黒のスーツに顔に仮面を付けコートを羽織った男が、そう言う。

 男の名はシックス・ゼロ。悪のカリスマ的な存在で(ヴィラン)達から慕われている危険人物で、無間軍の首領だ。

「小僧というのは、やはり剣崎刀真の件ですかな?」

 刀を手に携えた隻眼の男性の言葉に、シックスは頷く。

 隻眼の男性の名は、札付礼二(ふだつきれいじ)。かつて剣崎と戦い敗北した剣士の(ヴィラン)だ。

「うむ。あの小僧は16年前に表舞台から消えたのだが……つい最近、その奴が蘇り同志達を無慈悲に斬殺したという。すでに70人も奴の凶刃の犠牲となった。このままでは、悪がこの世の支配者となる時代を目指す私の野望が阻まれる。我々(ヴィラン)の脅威はオールマイトだけではない……殺戮悪鬼と化している剣崎も、だ」

 シックスはかつて、一度だけだが剣崎と死闘を繰り広げた。

 しかしシックスは、当時15歳の少年である剣崎を未熟者だと甘く見て痛い目に遭ったのだ。剣崎の一瞬の迷いのない戦いぶりとヒーローを名乗っているとは思えぬ無慈悲さに戦慄すら覚えたのは、16年以上たった今も記憶に残っている。

「厄介さでいえば明らかに剣崎だ……奴は殺すと決めたら地の果てまで追いかけてくるような性格だからな……」

 顔を覆う三角巾と腕に着けた小さいマンホール、銀色のマントが特徴の筋肉質の男が怒気を孕んだ声で言う。

 男は〝ホールマント〟と呼ばれる(ヴィラン)。剣崎と戦い惨敗したが何とか生き延びた数少ない生存者である。

「うむ、その通り…剣崎はどれ程の傷を負っても戦う事を止めない」

 シックス曰く、剣崎は「人の姿をした(ヒグマ)」だという。

 羆は自分の獲物への執着心が異常に強いという習性を持つ。これを剣崎に当てはめると「一度殺すと決めたヴィランは、何が何でも殺す」という意識が非常に強いということに他ならない。

「奴の情報が流れ始め、早速〝ヒートアイス〟が動き出した。これに呼応したのかどうかは知らんが…(ヴィラン)連合も本格的に活動を始めている」

「剣崎は16年経った今も(ヴィラン)達の憎悪の対象…無個性でよくぞまあ…」

「感心している場合ではないぞ、礼二。近い内に必ず奴は我々の同志達を皆殺しにし、今度こそ私の首を…いや、私だけではない。オール・フォー・ワンの首も狙いに来るだろう……それだけは絶対に避けねばならん」

 すると、一味の中で最も若い(ヴィラン)……ピエロの格好をした少年・道化師郎(どうけしろう)が興味本位で尋ねる。

「その剣崎って人、そんなに強いの?」

「…強い。お前じゃあ勝ち目はないぞ」

「アハ♪ 逆に殺したくなってきた♪」

「おいおい、あいつは勢いだけで倒せるような相手じゃないぞ?それに復活した今は未知の実力……侮ったら死ぬぞ」

 ケラケラ笑う師郎に忠告する礼二。

 礼二は剣崎の恐ろしさを知る数少ない人物。ゆえに、剣崎に関する彼の言葉には重みがあるのだ。

 しかし師郎は礼二の心中とは裏腹に好奇心が増していく。

「いずれにしろ、今の剣崎はどういう状態か知らねばならん。今回は先に(ヴィラン)連合が動いた……まずは奴らの活躍を様子見といくが、異論はあるかね?」

 シックスの言葉に、周囲は無言で頷く。

 それを確認したシックスは、会議を終わらせる事を宣言する。

(今度こそ、あの小僧の息の根を止めねばな…今度は16年前よりも甘くないぞ)

 シックスは、いずれ再び相見えるであろう因縁の敵(ヴィランハンター)を排除すべく、決意を新たにしたのだった。




yonkouさんと肘神さまさん、覇王龍さんのオリキャラを採用しました。
ありがとうございます。
無間軍についての詳細設定はまた後日。


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№18:剣崎VS(ヴィラン)連合~襲来ノ時~

12月最初の投稿。
今年も残り1ヶ月…頑張りやしょう。


 剣崎は、ある扉の前に立っていた。

 そこは、雄英バリアと呼ばれるこの学校のセキュリティだ。しかし先日、それが何者かによって破壊されたそうだ。

「……」

「だから言ったんだ、一日中は警戒を解くなと。それなのにお前の同僚と上司はそんな頑固者なのか?」

 剣崎の叱責に、ぐうの音も出ないミッドナイト。

 彼は教師陣に警戒を解くなとミッドナイトを通じて忠告した。しかし雄英バリアは今まで一度も破られたことがないので、それに慢心した者が多かったという。あの根津校長でさえ、ミッドナイト――実際は剣崎――の言葉に対し「杞憂だ」と言い捨ててしまったのだから驚きだ。

「俺がいくら先の時代の残党だったとしても、人の話はちゃんと聞くのが筋だろうが――」

 その時だった。

「面白いな~、君が剣崎って人?」

 幼さが残っているような声に、剣崎とミッドナイトは身構えた。

 二人の視線の先には、ピエロの格好をした少年がいた。

「あなたは――道化師郎!?」

「……? 睡、知っているのか」

「シックス・ゼロが率いる「無間軍」の戦闘員の一人よ……!」

「……あいつの手先だと?」

 剣崎は杖のように突いていた刀を握り直し、切っ先を彼に向ける。

 無間軍は先の時代の「悪の代名詞」の一つであった勢力。首領のシックス・ゼロはあのオール・フォー・ワンと並ぶ大物(ヴィラン)であり、彼の元には多くの強豪ヴィランが集っている。そして無間軍に属する多くの(ヴィラン)が、剣崎との戦闘経験がある強者達だ。

 そして二人の前に立つ道化師郎は、〝マッド・ピエロ〟と呼ばれている残忍な(ヴィラン)である。

「僕とは初めましてかな? だって会うのは初めてだもん」

「……これはお前らの仕業か?」

「んーん、僕らじゃないよ。むしろこんな回りくどいマネ、首領はしないもん」

「……まァ、確かにな」

 剣崎は師郎の言葉に納得せざるを得なかった。

 シックスは(ヴィラン)でありながら、犯行声明をしたり卑怯な手段を嫌ったりと、どこかおかしな輩だったからだ。

 そんな性格だからこそ、今回の件は彼が黒幕だと断定は出来ないのだ。

「お前は何しに来た、小僧」

「ん~…見学かな? 僕はさ、色んな人を攫って個性で精神的に壊れる瞬間を見て楽しんだ後に殺してさ、その殺した人にそっくりな人形を作るのが大好きなんだ♪」

「それで……16年の時を経て、生ける亡霊として復活した俺を一番に壊したいとでも言いてェんだろう?」

「正解♪ よくわかったね」

「わかるさ、何となくな。だが俺と事を構える気は無いのか?」

「そうだな~、下手に戦ってプロヒーロー達を呼ぶのは嫌なんだ。だから戦う気もないや」

「そうか――だが俺はお前をこの場で始末するという用事がある!」

 剣崎はそう言うや否や、刀による強烈な突きを放った。

 さすがの師郎も避けれないと察したのか、腰に差したサーベルを抜いて受け止めた。

 次の瞬間!

 

 バキャァッ!

 

「うわっ!?」

 サーベルの刃がへし折られる。

 刃こぼれが生じているとはいえ、剣崎の刀はかなりの業物…純粋な切れ味と頑強さは並の真剣以上だ。ましてや剣崎自身がかなり高い戦闘力を誇るので、相手の得物を砕くことくらい造作もない。

「あっちゃ~……礼二さんの言った通り、侮ってると僕もヤバイかな……」

 分が悪いと判断したのか、師郎は剣崎から瞬時に離れる。

「じゃあ、僕はこれでおさらばするよ。今度会ったら、その時こそ君を殺してあ・げ・る♪」

「殺せるものなら殺してみろ…お前ごときに俺の正義を砕くことはできない」

「正義ね…下らないなァ、君は平和の象徴(オールマイト)が掲げるふざけた「正義の奴隷」なの?」

「違う……「誰よりも正義を信じている男」だ」

「……それは残念、雰囲気的にはこっちの人間だと思ったのにな。じゃあね、僕が君を殺すまで死なないでよ?」

 師郎は狂気を孕んだ笑みを浮かべると、その場から姿を消した。

「刀真……」

「追うな。物事には順位というモノがある……不本意だが、奴を斬るのは後回しだ」

 剣崎は苦虫を嚙み潰したような表情で、その場を後にした。

 ミッドナイトはそんな彼の背中を、ただ見つめるだけだった……。

 

 

 その日の夜。

 雄英高校敷地内にある、先日も座ったベンチ。

 剣崎はそこで目を閉じて、考えていた。

(皮肉なものだ……俺と16年前の続きをしようとしているクズ共がまだいるとは)

 ミッドナイトから得た情報。

 それは……自分はまだ未熟であったという事実と、(ヴィラン)共と戦い続けるのがヒーローの宿命であるという現実。

 仕留め切れなかった、先の時代の巨悪。16年の時を経て蘇る因縁。

 それはある意味では、修羅の道を歩む剣崎に対する業とも言えた。

(睡の情報が正しければ、奴らは必ず俺を狙う。16年前の復讐の為に……それに出久君達を巻き込むわけには……)

 自分が勝手に始めた戦いなのに、いつの間にか自分の身を案じる者が現れ、自分の背中から何かを感じ取る者が増えた。

 しかし剣崎にとっては、ありがたいと同時に消え失せてほしいとも願っていた。自分の意思で血に染まった修羅の道を歩む事を決意した剣崎にとって、守るべき存在はいずれ己の枷となり、そして(ヴィラン)共の標的となる。そして何より……迷いが生じ弱みを見せてしまう。

 殺戮悪鬼となってまで悪者退治に執念を燃やした理由が、信念が鈍る。

(今の俺に、彼らを護りきれるのか……?)

 生ける亡霊として蘇った剣崎。

 しかし自分だけで明日の正義を担う少年少女達を全員護りきれる保証は無い。

(いや、まだだ……まだ負けたわけじゃない。俺はまだ戦える)

 ひびのような傷が刻まれた拳を握り締め、強い意志を宿した目を開ける。

 確かに一度死んだが、完全に負けたわけではない。いや、負けるわけにはいかないのだ。

 剣を握り、血を浴び、己の信念と正義を掲げ、悪しき存在に立ち向かうのだ。全ては、正義の為に…かつて夢見た、悪意無き未来の為に。

(今度こそ、奴らを一人残らず殺す。俺が奴らを倒さなきゃいけねェ)

 ベンチから立ち上がり、刀を腰に差す。

 悪意は、すぐ傍にいる。

 剣崎の新たな戦いが、始まろうとしていた。

 

 

           *

 

 

 翌日――

「すっげーー! USJかよ!?」

 誰かが興奮して叫ぶのに、皆が内心頷いた。

 今回の授業は、人命救助訓練。それに使うという訓練場は、崩壊したビル群や土砂崩れに巻き込まれた家屋、遠目から見ても煙が立ち昇っているのがわかるエリアなど、某テーマパークのような大きさと豊富な災害の種類を。

「水難事故、土砂災害、火事……あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……ウソの災害や事故ルーム(USJ)!!」

 世界一版権に厳しいであろう某ネズミが君臨する某会社って程ではないだろうが……大丈夫だろうか、色んな意味で。

「スペースヒーロー〝13号〟だ!! 災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!!」

「わー! 私好きなの13号!!」

 出久の解説に、お茶子が少し興奮して声を上げた。

 13号は、誰もが知っている有名なヒーロー。災害救助における目覚ましい活躍ぶりはよくメディアに取り上げられている。

「えー始める前に、お小言を一つ、二つ、三つ、四つ……」

 何故か増えていく彼の指を見て、生徒の顔が引きつる。

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は〝ブラックホール〟……どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます。しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう〝個性〟がいるでしょう?」

 現在の超人社会は〝個性〟の使用を資格制にし、一見成立しているようには見えている。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる「行き過ぎた〝個性〟」を個々が持っている事実は変わらない。勿論例外もいるが……そこは触れないでおこう。

 そんな13号の言葉に皆が息を飲む。しかし彼は一つ間を置くと打って変わって明るい声を出した。

「この授業では……心機一転! 人命の為に個性をどう活用していくかを学んでいきましょう。君達の力は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと、心得て帰ってくださいな。以上! ご静聴ありがとうございました」

 ぺこりとお辞儀をする13号に、出久達は拍手や歓声を送る。

 そして一旦静かになると、相澤が口を開く。

「そんじゃあ、まずは……?」

 相澤が背後の長い階段の方を振り返った時だった。

 階段の先にある広場に黒い霧のようなモノが発生し、広がりながらその中心部から人の手が出てきたのだ。

 手は霧に実体でもあるかのように隙間を広げ、やがて顔に手のようなものをつけた不気味な見た目の青年が現れた。

「全員、一かたまりになって動くな!! (ヴィラン)だ!!」

 ゴーグルを装着する相澤の一喝が響き、全員の顔が強張る。

 想定外の事態に、出久だけでなく爆豪すら冷や汗を流す。

「13号にイレイザーヘッドですか……先日頂いた(・・・・・)教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが……」

「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れて来たのにさ……オールマイト……平和の象徴、いないなんて……」

 全身に人の手を付けた青年がブツブツ呟く。狙いはオールマイトのようだ。

 彼はゆらりと猫背を反らすと、顔についた手の指の隙間から愉悦と狂気を孕んだ目で睨み付けた。

「子供を殺せば来るのかな?」

 途方もない悪意との戦いが、始まろうとしていた。

 しかし、この時点ですでに彼らの敗北は決まっていた。

 なぜなら……16年の時を経て復活した生ける亡霊が、すぐそこにまで迫っていたからだ。




無間軍の設定をいつか投稿しようと思います。
この物語の重要組織なので、お楽しみに。


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№19:剣崎VS(ヴィラン)連合~混乱ノ時~

 突然の(ヴィラン)襲来に、周囲は混乱状態になる。

 それもそのはず……この雄英高校には侵入者用センサーが設置されており、(ヴィラン)であろうとマスコミであろうと必ず反応するのだ。しかしセンサーは反応していないらしく、(ヴィラン)側にセンサーを故障させるような〝個性〟を持っている輩がいるか、雄英高校のセンサーの仕組みを熟知しているかのどちらかだ。

 その上、校舎と離れた隔離空間(くんれんじょう)で少人数が入る時間割を知っている。つまり、彼らは雄英のカリキュラムを手に入れているということに他ならない。

 何にせよ、用意周到に画策された奇襲である。

「13号、避難開始! 学校に連絡(でんわ)試せ! センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の〝個性〟が妨害している可能性もある。上鳴、お前も〝個性〟で連絡試せ」

「先生は!? 一人で戦うんですか!?」

 出久が声を上げる。

 相澤はプロヒーローであるが、大人数の(ヴィラン)を単騎で相手取るのは無茶がある。そんな芸当を普通にこなせるのは、オールマイトやエンデヴァーのようなヒーローの中でもトップクラスの実力者、あるいはヴィランハンター(けんざき)ぐらいだ。

 しかし相澤は、緑谷の言葉を一蹴する。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 13号に声を掛け、相澤は(ヴィラン)と戦う。

 それと同時に出久達は避難を始めるが、(ヴィラン)連合の黒霧に先回りされてしまう。

「初めまして、我々は「(ヴィラン)連合」。僭越ながら……この度、雄英高校に入らせて頂いたのは……〝平和の象徴〟オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして。それと〝ある事実〟の確認ですね」

 その言葉に、茫然となる。

 あのオールマイトを殺そうというのだ。その凶悪な野望に息を呑む一同。しかしそれと同時に、ある疑問が浮かんだ。

 〝ある事実〟の確認……まるで雄英高校が何かを隠しているかのようにも聞こえるのだ。

「……とりあえず、私の役目はこれですね」

 そう言うや否や、黒霧の輪郭(きり)が揺らぎ始め範囲を広げていった。

 13号はマズイと判断し助けようとするが、黒霧は一瞬で霧状の体を広げて出久達を包み込んだ。

(生徒とはいえヒーローの卵……散らして、嬲り殺さねば)

 しかし、この時黒霧は気づかなかった。

 すでに「死」が、この訓練場に忍び込んでいたことに。

 

 

           *

 

 

 水難エリアまで飛ばされた緑谷、峰田、梅雨の三人は船に乗って作戦会議をしていた。

「カリキュラムが割れてた……轟君が言ったように、虎視眈々と準備を進めていたんだ……」

「でもよでもよ! オールマイトを殺すなんて出来っこねェさ! あんな奴らケチョンケチョンだぜ!」

「倒せる算段が整ってるから、連中こんな無茶してるんじゃないの?」

「……」

 出久は考える。

 梅雨の指摘の通り、(ヴィラン)達にはオールマイトを倒す算段がある。それは何かは知らないが、確かめる必要もありそうだ。

 一番気になるのは、黒い霧の(ヴィラン)が口にした「〝ある事実〟の確認」だ。話の素振りから、雄英が何か隠しことをしているかのようにも感じた。その上で考えられる内容は二つ。一つは、オールマイトの弱体化の件……もう一つは、剣崎の件。

 オールマイトは一日の活動時間に制限(かぎり)があり、吐血を繰り返すことも多い程の虚弱体質となっている。これがもし知られたら、致命的な弱点になる。

 剣崎の場合は、(ヴィラン)の動きに大きな影響を及ぼすだろう。16年前に死んだはずの男が今まで発現しなかった〝個性〟で不死身と化してオールマイトの味方になっていると知ったら、あらゆる手段で剣崎の抹殺を図るのかもしれない。

「オールマイトもいなければ、剣崎さんもいないこの状況…戦力として考えると明らかに不利だ。だけど……奴らにオールマイトを倒す術があるんなら……僕らが今すべき事は、奴らと戦って阻止すること!!」

 その言葉に、梅雨と峰田も同意し、意を決した。

 

 

 一方、土砂エリアに飛ばされた轟はその目を疑った。

あの黒い霧のような(ヴィラン)は、恐らくワープゲートのような個性を持っていて、自分達を散り散りにして仲間に嬲り殺させるのだろうと考えていた。

 しかし、轟の前には血の海が広がっていた。(ヴィラン)達が、何者かの手で斬り殺されていたのだ。

「こいつは……まさか……!?」

 轟には、心当たりがあった。

 こんな芸当を成せる輩は、雄英高校にたった一人だけいた。16年の時を経て蘇った、出久の知人にして自分達の先輩である男が。

「な、何だこいつは!?」

「は、早く殺せ!! 脳無は何で来ないんだ!?」

 (ヴィラン)達の叫び声に、轟は振り返る。

視線の先には、うつむき加減に大股の歩調で歩く不気味な少年が刀を振るって虐殺していたのだ。そう、剣崎が(ヴィラン)と戦っていたのだ。

 血塗れの刀が疾駆する。

 途端に正面の(ヴィラン)は逆袈裟に斬られ、返す刀で左の(ヴィラン)が、わずかに遅れて横薙ぎに三人目も斬られる。

 たった一瞬で、三人の(ヴィラン)が倒された。その圧倒的な強さに、轟は絶句する。

「ひ、ひえっ!!」

 オールマイトを殺しに来た気でいた(ヴィラン)は、恐怖で青ざめる。

 こんな奴が雄英にいたとは聞いてない。何だこの化物は。そんな気持ちが渦巻き、更に恐怖心を煽った。

「ク、クソッタレがーーっ!!!」

 半狂乱で(ヴィラン)は殴りにかかるが、剣崎は全く動じず横薙ぎに一閃。

 肉を裂き、肋骨を切断する強烈な斬撃。あまりの速さに避けることすらできなかった(ヴィラン)は、血飛沫と共にうつ伏せに倒れた。

 無表情で剣崎は(ヴィラン)達の屍を踏みながら、非情な刃を振るい続ける。刀が振るわれる度に、鮮血が吹き上がり(ヴィラン)が生者から死者へと変わる。

「あ、ああ……!!」

 気づけば、轟を囲んでいた(ヴィラン)達は残り一人となった。

 経ったままガタガタと震える(ヴィラン)に、剣崎は大股でゆっくりと近づく。

 (ヴィラン)はあまりの恐怖で固まり、指一本動かせなかった。ついには轟を嬲り殺そうという先程の威勢は消え失せ、命乞いを始めた。しかし(ヴィラン)に対する怒りと憎悪の権化ともいえる彼を止められる者はここにはいない。

「がっ!?」

 剣崎が(ヴィラン)の数歩手前まで近づくと、左腕を伸ばして(ヴィラン)の首を掴んだ。

 驚いたことに、(ヴィラン)はそのままゆっくりと宙に差し上げられてしまった。

 窒息しそうになりながらも、必死に足掻く(ヴィラン)だが…。

「……堕ちろ、ゴミが」

 無情な死刑宣告と共に、剣崎は刀で(ヴィラン)の腹を貫いた。

 刃こぼれが生じた刀は氷のように冷たいにもかかわらず、(ヴィラン)に燃えるような熱さと苦痛を与え、死をもたらした。

 剣崎は刀を(ヴィラン)の腹から引き抜き、死体を投げ捨てる。そしてゆっくりと後ろを振り返り、轟に近づく。

「轟君、無事か?」

「っ………ああ、あんたのおかげでな」

「そうか、ならいい。しかしどういう事だ…なぜ(ヴィラン)共が侵入している?」

「俺もよく知らねェけどな……少なくとも連中はアホだがバカじゃねェと思ってる」

 轟の言葉に、剣崎は眉間にしわを寄せる。

「それよりも、あんたこそなぜここに……?」

「――数日前に、何者かによってセキュリティが破られた。もしやと思って、ここ1週間以内に(ヴィラン)共が奇襲しそうな時間帯と場所を推測して手当たり次第に見回りをしてたのさ……雄英の敷地内なら、俺はどこへ行っても許される立場なんでな」

 (ヴィラン)の動きを先読みしていたかのような剣崎の洞察力に、轟は驚愕する。

「どうやら大事になっているようだな……俺は主犯格(てっぺん)を潰しに行くから、轟君は仲間の救助に当たってくれ」

 コートと髪の毛を揺らし、剣崎はその場を去った。

「……あっちは……心配いらねェか」

 剣崎が来たからには、奇襲しに来た(ヴィラン)達は無力化(しょけい)されるだろう。

 そう思いながら、轟も動くのだった。



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№20:剣崎VS(ヴィラン)連合~邂逅ノ時~

ついに顔合わせです。
次回は本格的に戦います。


 黒霧のワープで移動させられ、水難ゾーンに飛ばされた出久達。

 しかし出久の作戦により、辛くも危機を乗り切った。

「あれで全員だったのは運が良かった……すごい博打をしてしまっていた……! 普通は念の為に何人かは水中に伏せておくべきだもの。冷静に努めようとしていけど、冷静じゃなかった……危ないぞ、もっと慎重に……!」

「緑谷ちゃん。やめて、怖いわ」

 ブツブツ呟く出久を梅雨が止める。

 出久は〝個性〟を使った反動で指を負傷したため、肘に付けていたサポーターで覆っている。現在は梅雨と峰田と共に水辺に沿って出口に向かっている。

 その時だった。

「ぐあっ!!」

 骨を折るような音と相澤の苦しむ声が響く。

 まさかと思ってみると、相澤は脳味噌剥き出しの大男に押さえつけられ骨を折られていた。

「対「平和の象徴」……改人〝脳無〟。〝個性〟を消せる……素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前では、つまりただの無個性だもの」

 脳無は相澤の頭を無造作に掴み、コンクリートの地面に叩きつける。

「死柄木弔」

「黒霧、13号はやったのか?」

「13号は行動不能にできましたが、散らし損ねた生徒がいて……一名逃してしまいました」

「……はあーーーー……黒霧、お前……お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……今回はゲームオーバーだね。帰ろっか」

 この一言で水辺に隠れている出久達は安心するが、なぜかあっさりと引き下がる彼らに気味が悪く感じた。

 目的のオールマイト抹殺も果たせずに帰ってしまったら雄英の危機意識が上がるだけだ。さらには、この件であの剣崎刀真(ヴィランハンター)が黙っているはずがない。剣崎の件は知らないようだが、かつて(ヴィラン)達を恐怖のどん底に陥れた程の男が本格的に活動すれば一溜りもないだろう。

 出久には彼らが何を考えているのか、わからなかった。

「ま……その前に〝平和の象徴〟としての矜持を少しでも、へし折って帰ろう!」

 死柄木は梅雨の前まで近づいて掌で頭に触れようとしたが……。

「………本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド」

 相澤の「抹消」で〝個性〟を消したため、死柄木の〝個性〟は発動しなかった。

 最後の力を振り絞って生徒を守る相澤だが、それさえも圧倒的な力の前では無意味だった。

「やれ、脳無」

 死柄木は脳無に相澤の息の根を止めるよう命じた。

 その時だった。

「剣崎さん!!」

 出久の歓喜の声が響いた。

 それと共に死柄木と黒霧、脳無は気配を感じて振り向いた。

 いつの間にか、ボロボロに傷んだ制服を着てコートを羽織って刃こぼれが生じた日本刀をステッキのように突く少年が背後に立っていたのだ。

 ゆっくりと上げた顔はひびのような傷が無数に刻まれており、風もないのに深緑の癖毛が揺らめいている。何よりもその瞳は、凄まじい怒りに満ちていた。その(ヴィラン)顔負けの不気味さに、思わず喉仏を上下させた。

 彼らだけではない。その場に居合わせた全ての(ヴィラン)が、彼の登場にざわめいた。

「…………じろじろ見るのは無礼だぞ。癒えない傷を見たことが無いのか?」

 剣崎の地獄の底から響くような声に、(ヴィラン)達は縮み上がる。

 今まで色んな悪行を重ねてきたが、これ程までに「得体の知れない恐怖」を感じたのは初めてだった。

「お前……何だ?」

「――〝ヴィランハンター〟……人は俺をそう呼ぶ」

 死柄木の言葉に、そう答える剣崎。

 剣崎の一言に、周囲の(ヴィラン)達は一斉に顔を引きつらせた。

 ヴィランハンターは、(ヴィラン)連合が発足するずっと昔に死神の如く恐れられた若者の異名だ。今でも全ての(ヴィラン)の怨敵とされ、彼の悪者退治には多くの(ヴィラン)が犠牲となった。

 全ての(ヴィラン)の怨敵……その当の本人は16年前に死んだはずだった。しかし現に彼はおぞましい姿で死柄木達の目の前に立っている。

 俄に信じがたいが、本物のヴィランハンターならば今ここで敵に回すのはマズイ――そう感じ取った黒霧は、剣崎との会話を試みた。

「っ……お初にお目にかかります。私は(ヴィラン)連合の参謀である黒霧…我々はあなたとは(・・・・・)戦闘をする意思はありません、むしろ友好的な意図をもって接しています」

「……友好的な意図だと?」

 剣崎は黒霧を見据え、怪訝そうな表情をする。

 話がわかるような雰囲気を感じ、黒霧は安堵しながら頷いた。

「――ならばその友好的な意図とやらを、俺も見せてやる」

 そう言って、剣崎は微笑みを浮かべながらコートの内ポケットから短刀を取り出し、宙へと放り投げた。

「俺がこの刀先で地面を叩く度に、お前ら(ヴィラン)共の誰かが一人死ぬ。俺に用があり、それでいて仲間を救いたいのなら早く話せ」

 死柄木達が口を開く間もなく、剣崎は刀で地面を叩いた。すると、宙に放り投げられた短刀が鞘から飛び出て、まるでブーメランのように回転しながら(ヴィラン)の喉を斬り裂いたではないか。

 その(ヴィラン)は叫び声すら上げず、屍として崩れるように倒れた。血飛沫と共に命が消える瞬間を目の当たりにした峰田は悲鳴を上げ、梅雨は顔を青ざめる。出久はそんな二人を慌てながらも落ち着かせようとする。

 一方の剣崎は嘲るように、絶句する死柄木達の顔を見た。

「もっと急いだ方がいいぞ。それからクズ共が一々悲鳴を上げさせないように言ってくれないか? 頭が痛くなる」

 剣崎はすぐに地面を二度叩いた。

 短刀はそれに応じるかのように再び(ヴィラン)達の首元に向かい、二人分の喉を斬り裂いた。

「さァ吐け! お前達の目的を!」

「っ……雄英高校に入らせて頂いたのは、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ったがゆえです――」

「オールマイトを殺すだと? 話にならねェな………お前達がどう足掻こうと破滅の道を歩むのに変わりない!! お前達(ヴィラン)の掲げる穢れきった理想は、この〝ヴィランハンター〟が全て破壊してやるっ!!!」

 憤怒の表情と共に、魂から発せられたかのような剣崎の凄まじい怒声が訓練場に響く。

 黒霧は戦慄し、恐怖を抱いた。彼の隣にいる死柄木は、オールマイトすらもゴミ扱いする程ヒーローを強く憎しんでいる。しかし剣崎の憎しみは、そんな死柄木とは比べ物にならないレベルだった。

 自分の全てを奪った(ヴィラン)を、悪をのさばらせることを許した時代ごと殺す――黒霧は剣崎に対しそんな印象を抱いたと同時に、その危険性を瞬時に認識した。

「黒霧……やめだ、こいつを殺そう」

 死柄木はそう吐き捨てた。

 彼は剣崎との対話は成り立たないと判断した。(ヴィラン)への憎悪に狂い、ヒーローにはあるまじき破壊主義的な思考の持ち主である男に声など届かないと。そしてこの男を野放しにすれば、いずれオールマイト以上の脅威となると。

 だから、殺さねばならない。自分達の願望の成就の為に。

「戯言を……!! お前達(ヴィラン)ごときに、この俺の正義を砕くことはできない!!」

「ちっ、先に中ボスか……」

 〝ヴィランハンター(せいぎ)〟VS「敵連合(あく)」の、生死を賭けた戦いが始まろうとしていた。



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№21:剣崎VS(ヴィラン)連合~共闘ノ時~

「殺せ、脳無」

 死柄木の声と共に、筋骨隆々の肉体と黒い体表を持つ(ヴィラン)――脳無が襲い掛かる。

 無言で迫ってくるが、剣崎はそれを一瞥してから無造作に刀を振るった。

 肉を斬り裂く音と共に、丸太の如く太い脳無の右腕が飛ぶ。

「……!!」

 その速さは、死柄木ですら視認できなかった。

 脳無の右腕がゴトリと音を立てて地面に落ちる。すると、突如として脳無の斬り落とされたはずの右腕の切断面に異変が起こった。

 筋肉のようなモノが盛り上がり始め、それは腕の形となり、ついには元通りとなったのだ。

 さすがの剣崎もこれには度肝を抜かれたが、あるモノを見て脳無の特徴を察した。あるモノの正体は、先程斬り落とされた右腕である。

(成程……再生するが、それに伴う分裂(・・)まではできないようだな)

 剣崎は思考に浸る。

 自分の前に立つ脳味噌剥き出しの脳無という(ヴィラン)は、破壊された側から肉体を再生させる能力を有しているようだ。しかし斬り飛ばした腕はピクリとも動かず、変化も無い。つまり再生対象はあくまでも本体にあり、何らかの形で本体から千切れた部位はプラナリアのように別個体の(ヴィラン)として復活する訳ではないようだ。

 それに肉体再生を優先しているのかどうかは知らないが、自己再生中は攻撃してこないようである。その間に残りの(ヴィラン)共の喉を裂いていけばいい。

「脳無」

 死柄木がそう言うと、脳無は剣崎に殴りかかった。

 剣崎は刀でその剛腕を受け止める。

「脳無の攻撃を……!?」

 これを見た黒霧は、さすがに驚いた。

 オールマイトやエンデヴァーのようなガタイのいい輩はともかく、華奢な体格の剣崎に受け止められるのは想定外だった。

 だが…。

 

 ミシミシ……バキィ……!

 

 剣崎の体から、嫌な音が鳴る。

 脳無の一撃で、服で隠れて見えないが剣崎の肉体の一部に亀裂が生じたのだ。

 ダメージが無いとはいえ、不死身の剣崎の体に傷を負わせた。対平和の象徴は伊達ではないようだ。

 しかし不死身の剣崎はこの程度では倒れないどころかケガにすらならない。

(斬撃は効くか……なら打撃はどうだ?)

 剣崎は左腕で人体急所の一つである肝臓を思いっきり殴った。

 常人ならば一発で倒せるが…脳無には効かなかった。

 すかさず離れ、間合いをとる。

(人体急所をやったが……効かないか。打撃による衝撃を吸収するのか?)

 肝臓は打たれると激痛をもたらし、刺されると大量出血する。どれほどの肉体を持っていても、人体急所がある以上は相応の効果があるモノだ。

 剣崎は的確に殴ったのだが、脳無は痛がる様子では無かったので打撃は無効のようだ。

 そうなると、再生能力を有する以上は動きを封じるためには常にダメージを与え続ける必要がある。さらに打撃より斬撃の方が効果的であることが証明された。

(殺せるか殺せないかは不明だが……行けるな)

 憎悪と怒りに満ちた漆黒の瞳で、再び脳無を捉え刀を構える。

 その時だった。

 

 バァン!!

 

 轟音が、入り口の大扉から響いた。

 土煙の中から現れたのは、オールマイトだった。

 

「もう大丈夫、私が来た!!」

 

『オールマイト!!!』

 彼の姿を見た生徒全員が、歓喜の声を上げる。

 復活した〝ヴィランハンター(けんざき)〟と、駆けつけた〝平和の象徴(オールマイト)〟……そんな二人を相手取ることを想像し、(ヴィラン)達は動揺を隠せないでいた。

 次の瞬間、オールマイトが相澤が倒しきれなかった(ヴィラン)達を叩き伏せて剣崎の目の前に立った。そのスピードに皆が呆気にとられる。

「……随分と遅れて来たな、渋滞にでも巻き込まれたか?」

「剣崎少年、迷惑を掛けた。君がいなければ生徒達も危なかった……」

「たられば言うのは後にしろ、あいつらを血祭りに上げるのが先だ。出久君、いるんなら来てくれ」

 剣崎と目が合った出久は、梅雨と峰田にも声を掛けて三人の元へ駆け付く。

 オールマイトは相澤を優しく地面に下ろしながら、飯田から全て聞いた事を話す。

「皆、相澤君を頼んだ。入り口に向かってくれ、すぐに応援の先生方が来られるはずだ。相澤君は意識が無い、早く」

「そう心配そうな顔するな、出久君。俺だって一時期は抑止力とされたんだ……あんなゴミクズ共は一太刀でシメーだ」

 オールマイトと剣崎は背を向け、死柄木達を見据える。

 二人の前には、脳無が立ちはだかる。

「オールマイト、あの脳味噌剥き出し野郎には気をつけろ」

「むっ?」

「あいつは破壊された側から肉体を再生させる能力を有しているようだ……動きを封じるには常に強烈なダメージを与え続ける必要があるかもしれない。それに打撃より斬撃の方が効果的だ、人体急所の肝臓を殴ってもビクともしねェからな……あの肉体はサンドバッグと思った方がいい」

「そうか――情報提供、感謝する」

「俺はあの小僧共をやるから、そっちは任せた」

 冷酷な笑みを浮かべ、剣崎は二人に視線を向ける。

 すると、ここで死柄木が動いた。

「……俺がやる、来いよ〝ヴィランハンター〟」

「俺と真っ向勝負か? その威勢だけは褒めてやる」

 対峙する死柄木と剣崎。

 先に動いたのは、剣崎だった。剣崎は刀で地面を叩き、短刀を操って死柄木の喉を貫こうとした。しかし死柄木はそれに臆することなく、むしろ向かってくる短刀を掴んで斬りかかったのだ。

 剣刃が何度も交わり、慈悲なき正義と途方なき悪意が、互いに殺意と憎悪をぶつけ合う。

 しかし地力の差は歴然だった。いくら強力な個性を持つ死柄木でも、剣の達人である剣崎には剣戟で敵うはずもない。剣崎が刀を振るう度に、死柄木は刀傷を負っていく。

「クソッ!! クソクソクソ……チートがっ……!!」

「――初見でありながら俺の剣によく対応しているな…。普通なら一太刀で終わりだが…俺の〝太刀筋〟を誰かから知ったか?」

 剣崎の太刀筋を知るのは、ごく僅かだ。

 それは剣崎と戦って生き延びた者か、ミッドナイトのように剣崎の素性をよく知る者のどちらかだ。

 死柄木の場合は、きっと前者であろう。しかし今の剣崎にそんなことは関係ない。(ヴィラン)は見つけ次第、殺せばいいのだから。

(とはいえ……太刀筋を知られたとなれば、その分攻撃も当たりにくくなる。知られた以上は素手の戦闘で行くしかないな。隙を窺って一撃で潰すのがベストか)

 刀を振るいながら剣崎がそう考えた時だった。

 

 ドガァン!!

 

「!?」

「! お、決着ついたか」

 轟音と共に、何かが吹き飛んだ。脳無だ。

 脳無が吹き飛んだ……それはつまり、オールマイトの勝利だ。

「っ……よくも俺の脳無を……!!」

「余所見すんな、クソガキ!」

 突如剣崎は刀を地面に深く突き刺し、右手で彼の胸倉を掴んだ。

 しかし死柄木は、狂気を孕んだ笑みを浮かべた。

「……バカだなァ、自ら体を壊されたいの?」

 死柄木は剣崎の右頬に触れ、さらに短刀を彼の胸に深く突き刺した。

 すると死柄木の個性により、剣崎の右半分の顔がボロボロと崩れ始めた。

 だが…。

「バカが……壊されても平気だから(・・・・・・・・・・)、俺はゼロ距離攻撃を仕掛けに行ったんだよ」

「なっ……!?」

特別授業(とっておき)だ……「世界」ってのがどういうモノかを教えてやる!」

 剣崎は顔を右半分失っても平然としていた。むしろ失った部分が再生をしようとパキパキと音を鳴らしている。

 胸に突き刺した短刀も、傷口からは血が一滴も流れていない。

 瞠目して顔から冷や汗を流し始めた死柄木に対し、剣崎は冷酷な笑みを浮かべて左手を掲げ、その手を握り締めた。

 

「〝(らい)〟!! 〝(ごう)〟!!」

 

 ズドォン!!

 

 剣崎は左手を思いっきり振り下ろし、強烈な鉄槌打ちを掌を模したマスクごと死柄木の顔面に食らわせ、その勢いで一気に地面へ叩きつけた。

 地面にひびを入れる程の衝撃で死柄木は吐血し、マスクも全て外れて吹き飛んだ。

 それはまさしく、正義の鉄槌。悪行を重ねる(ヴィラン)達に対する裁きのごとく。

『……は?』

 その場にいた人間全てが、茫然自失となる。

 プロヒーローの肘鉄を素手で受け、数十メートルの距離を一瞬で移動する高い身体能力。対戦中に相手の弱点を的確に分析する洞察力。用意周到な奇策を用いて目的達成を狙う高い知性。掌で触れた物を粉々に崩す強力な〝個性〟。これだけ並べれば、常人どころか個性持ちすらも脅威を感じるだろう。

 しかしそれらの力を有する強者(しがらき)が、鉄槌打ち一発で文字通り秒殺された。

 ここで一同は思い知った。ヴィランハンターが何故、全ての敵(ヴィラン)の怨敵として憎まれ、死神のごとく恐れられたかを。

「――フッ……まだ母さんには及ばないか」

 自らの胸を貫いた短刀を抜き、剣崎は死柄木を嘲るように見下した。




やっと必殺技が登場…ふぅ…。
剣崎が死柄木に対して放った技〝雷轟(らいごう)〟は、元々は剣崎の母の技です。彼女の場合は車を一撃でペシャンコにする威力です。


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№22:剣崎VS(ヴィラン)連合~退却ノ時~

 その光景に、出久達は絶句した。

 たった一撃……鉄槌打ち一発で、相澤を追い詰めた(ヴィラン)が文字通り秒殺された。

 歓声は上げられず、拍手も出来ない。只々、言葉を失うばかり。

 それと共に、剣崎のかつての言葉を思い出した。

 

 ――この学校の生徒連中は、(ヴィラン)との戦いを知らねェだろう

 

「これが、ヒーローと(ヴィラン)の戦い……!!」

 そう呟く出久。

 一方の剣崎は、短刀をコートの内ポケットに仕舞いながら死柄木を一瞥する。

「まだ生きてるのか……どこまでも憎い……!」

 怒りと憎悪に満ちた漆黒の瞳に、血塗れの死柄木が映る。

 死柄木は何とか生きているが、先程のダメージが響いたのか息はしているが意識は無いようだ。

「悪者に慈悲など無用。今楽にしてやる」

 剣崎は地面に深く差した刀を抜き、死柄木の喉に切っ先を向けて突きを放った。

 しかし刃が首に届く寸前に黒い霧が現れ、死柄木の姿が一瞬で消えた。

「……」

 死柄木はいつの間にか、黒霧に抱えられていた。

 剣崎はそんな二人を睨む。

「死柄木、しっかりしてください!!」

 黒霧は必死に声を掛ける。

 しかし死柄木の返事はない…意識を完全に失っているようだ。あの一撃をゼロ距離で食らっても顔が潰れてないのは、掌のようなマスクが彼の顔面を守ったおかげだろう。

 とはいえ、死柄木が危険な状態であるのは変わりない。

「無駄だ……〝雷轟(らいごう)〟を食らってまだ息があるのは大したもんだが、そいつは終わりだ。次に目が覚める頃は、お前達を絶望の淵に立たせるだろうよ」

 冷酷な笑みを浮かべる剣崎。

 その意味を察した黒霧は、剣崎に対する怒りと恐怖で震えた。

「っ……今回は我々の負けとして引きますが、次こそはオールマイトに息絶えて頂きますからね。そしてあなたもです〝ヴィランハンター〟」

「ハッ……お前らのその程度の腕っ節じゃあ、俺とオールマイトは殺せねェよ。それ以前に……」

 剣崎は膨大な殺気を放った。

 全身を食い荒らされる様な殺気に、黒霧だけでなく出久や梅雨、峰田すら息苦しく感じた。

 

「他人の可愛い弟分に手ェ出した上に――何で俺から逃げられるって夢を見てんだ、身の程知らずがァっ!!!」

 

 そう言った瞬間、剣崎は一気に間合いを詰めて黒霧達に斬りかかった。

 しかし彼が斬りかかるよりも早く黒霧のワープゲートは展開され、死柄木と黒霧の二人はその場から姿を消した。

「……ちっ、逃したか……!」

 剣崎は悔しそうな表情を浮かべ、怒りをぶつけるように刀で地面を何度も叩く。

 憎き(ヴィラン)共を追い詰めておきながら、肝心のリーダー格と参謀を逃した。雑兵をどれだけ狩っても、それらをまとめ上げる大将と副将の首を刎ねなければ意味が無いのだ。

「今度こそは……一人残らず皆殺しだ……!!」

 その時だった。

「1−Aクラス委員長、飯田天哉!! ただいま戻りました!!!」

 飯田の声が響いた。

 それと共に、校長の根津を含めた雄英教師がズラリとゲートから現れた。

だが、訓練場に広がる光景を見て騒然となる。

「こ、これは……!?」

 そこに広がるのは、死屍累々。

 (ヴィラン)達の屍が転がっているのだ。その多くが刃物で斬られた痕があり、下手人が誰か一目でわかるモノだった。

「……来るの遅すぎだろ」

 剣崎が声を上げ、コートと髪の毛を揺らしながら階段を上る。

 そんな剣崎に、ミッドナイトは慌てて駆け付ける。

「刀真、大丈夫?」

「俺を誰だと思ってる……天下のヴィランハンターを甘く見んな。ただ……主犯格二人を逃がした」

 剣崎は苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 その気持ちをくみとったミッドナイトは、何も言わなかった。いや、言えなかった。

 彼女は知っているのだ。剣崎が(ヴィラン)共を滅ぼすことに、どれ程渇望しているかを。

 〝ヴィランハンター〟と呼ばれ恐れられるより、千の事件や万の犯罪を解決するより、それらの根源たる(ヴィラン)を一人残らず皆殺しにする事を何よりも欲していると。

「睡、出久君達を頼む。奴らがまだどこかに潜んでるかもしれない」

 刀をステッキのように突きながら、剣崎はその場を後にした。

 

 今回発生した「USJ襲撃事件」。

 (ヴィラン)側は逃走した主犯格二名と身柄を拘束された脳無を除いた全員が剣崎によって粛清。

 雄英側は、相澤と13号が重傷、生徒は出久の指の骨折さえ除けば全員無事である事が確認された。

 しかしこれは、後に始まる長い戦いの始まりに過ぎなかった。

 

 

           *

 

 

 とあるビルにて。

 黒霧はオール・フォー・ワンと〝ドクター〟と呼ばれる男と話していた。

 三人の前には、ベッドで安静にしている死柄木がいた。

「死柄木の容体はどうなのですか?」

「危なかったわい……運が悪けりゃあ死んどったかもしれんぞ?」

 ドクター曰く、剣崎の放った〝雷轟〟による一撃が本当に顔面に直撃していたら本当に命が危なかったという。しかも仮に生きていられたとしても脳損傷による影響で記憶や人格の障害、部分的または完全な麻痺といった後遺症で一生苦しむかもしれなかったらしい。

 あの掌を模したマスクで命拾いしたのだ。

「やはり、剣崎刀真の復活は本当だったようだね。ここへ来て一番の厄介者が立ちはだかるとは……」

 オール・フォー・ワンは、機嫌が悪かった。

 かつての怨敵……忘れられつつあった恐怖の〝ヴィランハンター〟が復活したとなれば、多くの(ヴィラン)達は彼を恐れて悪事を働こうとは思わなくなる。

 しかも黒霧の報告によれば、死柄木の個性は通用するどころかむしろ再生してゼロ距離攻撃を食らったというのだから、今の剣崎はほぼ不死身状態だ。その上16年のブランクがありながら死柄木を一撃で沈めた実力。言い過ぎかもしれないが、自分以外に倒せる輩はほぼいないも同然である。

(彼らの報告も含めて考えると……剣崎は恐らく、何らかの不死性を有した〝個性〟だろう。しかし奪えるモノか怪しいな……)

 オール・フォー・ワンの〝個性〟は、他者から〝個性〟を奪って自分のモノにし、更にそれを他者に与えることができる。

 だが剣崎は生前「〝無個性〟状態」であり、剣術一筋で強豪ヴィラン達と互角以上に渡り合っていた。しかもどういうわけか、彼は不死身で蘇った。

 宿主が死する事で蘇る〝個性〟ではないかと容易に想定出来るが、オール・フォー・ワンは今までそんな〝個性〟を奪った憶えも分け与えた憶えもない。つまり、「未知の〝個性〟」なのだ。

 強力な個性であるが、そうである以上は何らかの弱点や短所はあるはずだ。しかしそれすらわからない状態では相性的には現時点で戦うべき相手ではない。しばらく泳がせ、決定的な弱点を見つけるのが先だ。

「やはり刀真は生きていたのか?」

「! ……あァ、君か〝ヒートアイス〟」

 その声に、オール・フォー・ワンは打って変わって笑みを零す。

 何を隠そう、今まで勧誘を蹴ってきたヒートアイスが部下共々(ヴィラン)連合と同盟を結びに来たのだ。

 彼女が率いる「ヒートアイスファミリー」は、(ヴィラン)連合に匹敵する規模の武力を有している。傘下にはならずとも、同盟を組むだけでも貴重な戦力増強に繋がり、それについては彼自身も嬉しく思っている。

「君達「ヒートアイスファミリー」は、僕の為にも働いてもらいたいんだが……いいかな?」

「構わんさ、ただしオールマイトはお前に譲るが剣崎は私の獲物だ。奴の全てを私が頂く……もし剣崎を殺す気なら、私もお前を殺しに行くぞ」

「随分と気に入っているんだね…恋かな?」

「怨敵に恋心など無い……だが、奴の心を私の色に染めたいのだ」

「ハハハ、君らしいじゃないか」

 

 オール・フォー・ワンとヒートアイス、二人の巨悪が結託した。

 標的は、オールマイトと剣崎刀真。



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№23:戦い終わって

 保健室では、負傷した出久とオールマイトが横になっていた。

 看護教諭の〝リカバリーガール〟こと修善寺治与が看病しているのだが……一人だけ明らかに異質なのがいる。

「〝個性〟を使う度に……毎回ケガしてんのか? 出久君」

「ハハ……そうなんです……」

 出久と、お見舞いに来た剣崎。

 剣崎は短刀で器用にリンゴの皮を剥いている。他人の世話は得意なのだろうか…。

「――食うか?」

「……果物ナイフで剥けば良かったんじゃ……?」

「こっちの方が手馴れてる」

 そう言いながら出久にリンゴを渡す剣崎。

 亡霊が生者の為に果物の皮を剥くという珍妙な光景。クラスメイトなら爆笑を誘うだろう。

「しっかし……あんたも衰えたな、オールマイト。何だその生ミイラみたいな面は?」

 剣崎の視線の先には、ベッドで横になるオールマイトがいた。

 しかしその姿はまるで別人…ボディービルダーのようなマッチョボディではなく、信じられないくらいに痩せ細った風貌である。ナチュラル・ボーン・ヒーローどころかナチュラル・ボーン・マミーである。

「……生ける亡霊の君にだけは言われたくないセリフだな」

「そりゃあ正論だな」

 吐血しながらも笑うオールマイトに、剣崎もまた笑う。

「リカバリーのオババは昔と変わらず愛嬌があるな。見た目は…ちょっと時の流れを感じる」

「お前こそ相変わらずのようだね、剣崎…それはそれで安心したがね」

 リカバリーガールとも話す剣崎。

 そんな中、出久は剣崎に質問を投げかけた。

「剣崎さん……こんなことを今更聞くのは変だと思いますけど……剣崎さんはなぜ蘇れたんですか? 詳しく教えてくれませんか?」

「……そっか、それは(・・・)話してなかったな……いいだろう。だがその為には、在りし日の俺も語る必要がありそうだ」

 剣崎は懐かしさと痛み、そして怒りの入り交じった表情を浮かべ、生前の自分の話をし始めた。

 

 

           *

 

 

 16年前――出久達が生まれる前、(ヴィラン)達は悪に対する怒りと憎悪を具現化したような彼を目にすると戦慄した。

 全(ヴィラン)滅亡に執念を燃やす剣崎刀真は、〝ヴィランハンター〟として恐れられた。雄英高校の制服、風が吹く度に揺れる深緑の癖毛とマントのように羽織ったコート、数多の悪者共に裁きを下した刀……ヒーローというより戦士の言葉が相応しい剣崎は、己が信念と正義を貫きながら(ヴィラン)を狩りまくっていた。

 剣崎が悪者退治を始めてからたった数年で、人々を恐怖させ平和を脅かしてきたヴィラン達は悉く彼に処刑(ころ)されてしまい、その数を一気に減らされた。当時のワン・フォー・オール継承者の志村菜奈とその弟子だった頃のオールマイト、若き日のエンデヴァーの活躍で大打撃を受けている(ヴィラン)勢にとって、剣崎の悪者退治は殺戮も同然。かの大物(ヴィラン)……シックス・ゼロも先の戦いで行方不明となりその部下も次々に倒され、それこそ全(ヴィラン)滅亡寸前だった。

 そんな(ヴィラン)達は、剣崎を殺すべく徒党を組んで総攻撃をする事にした。剣崎は相棒であるミッドナイトとは別行動であったので窮地に陥ると思われたが、実際は彼がそうなるように(・・・・・・・)謀っていたため、万全の態勢で持ちうる力を全て使って奮戦し、逆に(ヴィラン)達を全滅寸前に追い詰めたのだ。

「た、頼む……助けてくれ……!!」

「ま、参った、降参だ……!!」

「命だけは……!!」

 刀を納めぬ剣崎に対し、慈悲を求める(ヴィラン)達。

 それを見た剣崎は、怒りを露にした。

(お前達はそうやって、罪も無い人々を殺してきたのだろう?)

 剣崎は、家族のことを思い浮かべていた。

 彼の父親は警察官兼剣道家、母は現役ヒーローとして活躍していた。残念ながら剣崎は〝個性〟を用いる事は出来なかったが、正義感の強い父からは護身として剣術を習い、母からは様々なトレーニングを受け技も授かった。日々切磋琢磨していた剣崎に対し、元ヒーローの祖母は自分の将来を期待してくれた。それが剣崎にとって最高の幸せだった。

 幼い剣崎は「無個性でもヒーローになって皆を守れることを知らしめる」という夢があった。だからこそ父や母、祖母は自分に対し全てを教えてくれた。剣崎はそんな三人の家族として生まれてきたことに何よりも感謝していた。

 しかしその幸せを……剣崎の全てを奪ったのは、他でもない(ヴィラン)達だった。しかもその(ヴィラン)達は、自分の母に命乞いをし、罪を償って必ず更生すると誓った(ヴィラン)達だった。

 (ヴィラン)達は剣崎の自宅に乗り込み、彼を人質にとって家族を惨殺した。剣崎の目の前で。

 家族を殺された悲しみと(ヴィラン)に対する怒りで剣崎はその場で発狂し、台所に置いてあった包丁で(ヴィラン)達を刺し殺した。数十分後に警察やプロヒーローが駆け付けた頃には、床は血の海と化し剣崎は気絶していた。

 そして、剣崎は誓いを立てた。(ヴィラン)共を皆殺しにしてやると。

 家族への弔い合戦でもあり、己の野望を成就できる唯一の手段…悪者退治に全てを捧げる少年に、悪者に対する慈悲など無い。剣崎は殺意のこもった目で彼らを見つめ、絶望を口にした。

「ヒーローたる者、悪者に慈悲など無用」

 剣崎はそう宣告し、(ヴィラン)達に止めを刺した。

 剣崎は鮮血で真っ赤に染まった周囲を見やり、満足気な笑みを浮かべた。

 もう少しで、愛する家族を殺した憎き(ヴィラン)共を滅ぼせる。もう少しで、愛する家族の仇を討ち終える。完全勝利まで、あと一息だ。

 その時だった。

「随分とやってくれたな」

「……お前達で最後か?」

「いかにも…俺は空人間(そらとはざま)。お前が殺した同胞達のリーダーと言えばいいだろう」

 空人間という(ヴィラン)は、剣崎を見下ろしながらそう言った。

疲労困憊とはいえ圧倒的有利な立場にある剣崎を嘲笑うかのような目に、剣崎は不快感を露にした。

 見た感じ、自分と同じ年齢だ。奴らを殺せば、自分の戦いは終わり真の平和が訪れ、〝ワン・フォー・オール〟による平和な新時代が幕を開けるのだ。同志達の為にもこの残りカスを見逃すわけにはいかない。剣崎は最後の力を振り絞り、猛攻を仕掛けた。

 薄汚い悪者達に正義の裁きを与えた刀が疾駆する。剣崎が放つ斬撃を紙一重で躱すのが、彼らには精一杯だった。

 すると彼らは、突然逃げ始めたではないか。それを見た剣崎は呆れた笑みを浮かべた。

 (ヴィラン)(ヴィラン)でも、小物だったようだ。しかし小物であっても、悪者である以上は逃がす訳にはいかない。奴らの首を刀で貫き、全てを終わらせてやる。二度と(ヴィラン)という悪の分子が生まれないよう、正義の力を思い知らせてくれる。

 そう思いながら、剣崎は二人の追撃を始めた。

 しばらく追うと、彼らが小屋へ逃げていくのを肉眼で捉えた。

 あの小屋が、(ヴィラン)共の秘密基地の一つなのだろう。屋内戦をするか籠城をしようと企んでいるだろうが、そんな甘い考えは通用しない。無駄な足掻きで終わる。

 自身の完全な勝利を確信して笑みを浮かべた剣崎は、彼らと同様に小屋の中へと入った。

 しかし小屋へ入った途端、剣崎はある異変(・・・・)に気付いた。小屋の中が、やけに涼しいのだ。涼しい所か、真冬の寒さなのだ。

 まるで別の世界へ迷い込んだ感覚に陥り、剣崎は困惑した。するとここで、剣崎はある臭いを感じ取った。

 硝煙だ。

(まさか……!)

 剣崎は小屋の中を見回す。よく見ると、ダイナマイトなどの爆薬が置かれているではないか。

「勘づいたか……だがもう遅い」

 どこからともなく、声が聞こえた。自分が追いかけていた(ヴィラン)――空人間の声だ。

「俺の〝個性〟は異空間を造ること。お前は俺が造った異空間に迷い込んだのさ…この空間は既に隔離されている。お前の死は絶対だ」

 剣崎は全てを察した。(ヴィラン)共は正攻法や勢いで勝てる相手でないと悟り、俺を小屋ごと爆破して殺すために誘い込んだのだと。危険を察知し小屋から脱出しようとしたが、その時にはもう爆発に巻き込まれていた。

 爆発音と共に、剣崎は小屋ごと吹き飛んだ。爆発によって起こった爆風と小屋の破片で顔をずたずたに切られて火傷を負い、更に爆発による衝撃の影響で古傷が開き、そこから熱風が入って剣崎の肉体内部を焼いた。手にした日本刀と短刀は刀身がボロボロになり、着用していた制服と羽織っていたコートも一瞬で酷く傷んだ。

 小屋ごと爆破され宙を舞った剣崎は、ドサリと雪原に落ちた。剣崎はもう絶命していた。

「お前は二度と元の世界に戻ることは無い。もっとも、お前はすでに死んでいるがな」

 勝ち誇った笑みを浮かべ、空人間ら(ヴィラン)達は剣崎の死体を一瞥してその場から消えた。

 だが、その直後に剣崎の全身が赤く妖しい光を放った。剣崎の中で今まで眠っていた〝個性〟が、宿主の死に反応して覚醒したのだ。

 光が消えた時には、剣崎は目を覚まし、生ける亡霊として再びこの世に生を受けていた。



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№24:裏切りはご法度

やっと更新です。
すいません、某夢の国で遊び惚けてました。
少しずつですが、話を進めます。


 過去を語った剣崎。

 語り終えた後に残ったのは、重苦しい静寂だった。

(ヴィラン)共は俺から全てを奪った……家族も、夢も、愛も、未来も。肉体は朽ち果て、涙と血は枯れ、痛覚は死に絶えた……そんな俺に残ったのは、怒りと憎しみ、何とか失わずに済んだ信念だけだ」

 全てを奪われてなお、再び生を受けて世に解き放たれた剣崎は誓った。

 今度こそ、(ヴィラン)共をこの世から全て消し去ってやると。例えどんなに奴らが恭順を示しても、慈悲を求めても、誰一人逃がさずこの手で殺してやると。正義のヒーロー達を殺して歓喜し酔いしれる、(ヴィラン)という名の正義の面汚し共がのさばる世界をこの手で破壊し、次代を担う全ての者達が誰一人(ヴィラン)にならない世界を造ってやると。

「俺はあの日を通して二つ学んだ。一つは、(ヴィラン)共を決して許してはいけないこと……もう一つは俺自身(てめェ)があまりにも無力だったことだ」

「……剣崎少年……」

「俺はケジメをつけなきゃならねェ。オール・フォー・ワンもシックス・ゼロも、一人残らず殲滅させる……あいつらも所詮は心臓一つの人間一人。今度こそ息の根を止めてやる」

 敬愛した家族、己が描いた夢と未来、一生続くと思っていた愛情…それら全てを失った少年は無力感と悲しみに襲われ、怒りと憎悪に身を焦がした。

 慈悲が家族を殺し、力不足が悲劇を生んだ。力が無ければ救えるモノも救えない。

 全てを奪われても抗い、大切なモノを護るためには、自分が変わらなければならない。例え、人間を止めて修羅となってでも。

「……すまん、話がズレたな……本題に戻ろう」

 剣崎は先程と打って変わって、子供のような無邪気な笑みを浮かべて自らの個性について述べた。

 彼曰く、現時点で確認が出来たのは「建物や壁などをすり抜けて移動できる」、「過度の衝撃や攻撃で肉体が欠損しても再生する」、「刀をラジコンのように自在に操れる」「物理攻撃及び個性による攻撃を受けても戦闘が可能」の4つ。それに加え、かつて囚われていた時は「亡霊らしく誰かに憑依する」ことが出来たとのこと。個性である以上は弱点も存在すると考えているらしいが、肝心のそれすらまともに把握しきれていないのが現状とのこと。

「まァ……色々と試すさ。個性も鍛えりゃあ無限の戦闘力を生む」

 その時だった。

「失礼する」

 保健室に、二人の刑事が入ってきた。

 その二人は、オールマイトがよく知る人物だった。

「塚内君!! それに加藤警部!!」

 非常に高い分析力とプロファイリング能力の持ち主である塚内直正と、警察内で最も名の知れた塚内の大先輩である加藤旦蔵だ。

 両者共に、オールマイトとは旧知の中である。

「……またお会いしましたね、旦那」

「やはりお前が全員殺したのか?」

「事情聴取なんざ通用しねェって…あいつらが口を割ると思いますか?」

 鋭い眼差しで剣崎を見据える加藤は、溜め息を吐く。

 警察は証拠集めも重要な仕事……剣崎が皆殺しにしたせいで供述証拠が取れないのだ。

 しかし剣崎と付き合いが長い加藤にとっては日常茶飯事……おかげで推理力は鍛え上げられたのは秘密だ。

それに奴らの裏にいる黒幕の正体も大体の目星はついているし、今後の動きも予想できる

『!!?』

 剣崎の言葉に、目を見開く一同。

 何と彼は、今回雄英高校に侵入して暴れ回った(ヴィラン)連合の黒幕と今後の動きを分析したという。

「詳しく聞かせてくれないか? 剣崎君」

「……俺の経験上、シックスはこんなマネはしねェはずだ。奴は正面から真っ向勝負挑むような性格(タチ)だからな。そう考えると、黒幕の正体はオール・フォー・ワンだと考える方が妥当だ。今後の動きとしちゃあ、色んな意味で(・・・・・・)社会的に影響のある実力者を仲間に引き入れるだろうな。威勢だけは一人前のチンピラじゃあ勝てねェと今回の襲撃でわかったろうし」

 剣崎の言葉を詳しくまとめると、こうだ。

 死柄木弔を筆頭する「(ヴィラン)連合」という組織は、かつて相手にした無間軍と違って思想信条がデタラメなまとまりのない寄せ集めであって、彼らを集めるには何者かの支援が必要である。そしてその支援者は他者を操って悪行を重ねるのが得意な輩である。シックスは誰かを操るというやり方は好まない特異な性格のため、オール・フォー・ワンである可能性が高い。

 そして今回の襲撃で先生だけでなく生徒達も強者が多い事が明らかとなり、今後は色んな意味で(・・・・・・)社会的に影響のある実力者を仲間に引き入れ悪さをするだろう。

「……相変わらずの推理力だ、16年前(むかし)と変わってないな。それにしても社会的に影響のある実力者か……良い情報だ、何人か心当たりはいる」

「そうだ、旦那……あの死柄木って奴を調べてくんねェか? 俺の太刀筋を知っていた」

「!! お前の剣をか?」

「悪い予感がする……もしかしたら死柄木って奴の所に〝あの頃の(ヴィラン)〟が接触している可能性がある」

「……いいだろう、俺も死柄木弔について調べたい事があったしな」

 剣崎は一言礼を言うと立ち上がり、扉をすり抜けてその場を去った。

「さて…じゃあ僕達は君らと話すとしようか、緑谷出久君」

 

 

           *

 

 

 夕方――

 いつも座るベンチで、剣崎とミッドナイトは話し合っていた。

 一見はリア充のデートだが、話し合っている内容は今後の対策であり断じてふざけていない。

「……っつーことだ」

「そう…じゃあやっぱりヒートアイスが絡んでいるかもしれないわね」

「俺と戦って生き延びてる奴はそうそういないからな………んで、雄英の方針はどうなんだ?」

「まだ決めてはいないけど…セキュリティの強化だけでは物足りないはずよ」

「だろうな……それ以前に内通者がいるかどうかぐらい調べた方がいい」

「え!?」

 剣崎の爆弾発言に、ミッドナイトは驚愕する。

 雄英高校に、内通者がいる…つまり(ヴィラン)側のスパイがいるのではないかと剣崎は疑っているのだ。

「考えてみろ……敵共(むこう)雄英高校(このがっこう)のカリキュラムを知ってたんだぞ? ハッキングかなんかをして盗み取った可能性も否定はしねェが……そうじゃなけりゃあ内通者が渡した以外に考えられねェよ。何かの偶然で知っただけであって欲しいがな」

 

 ――そうじゃなけりゃあ、俺は内通者を殺す必要がある。

 

 平然とそう言った剣崎に、ミッドナイトはゾッとした。

 無慈悲で強硬的な姿勢の剣崎は、反感を買われる事や対立する事は何とも思わないが、裏切られる事を極端に嫌う。事実、とある一件でプロヒーローに裏切られた剣崎は鬼の形相で怒り狂い、そのプロヒーローとサイドキックを殺しかけた程だ。

「私も、偶然であって欲しいわ…………」

 刀真がこれ以上、自分を苦しめるところを見たくない。

 そう呟くミッドナイトに、剣崎は彼女の肩を叩いた。

「まァ……どの道しばらくは悪事を働かねェさ。戦力を削っちまったしな」

 剣崎の粛清により、死柄木達は戦力増強をせざるを得なくなり、暫くは力を蓄えることに専念するだろう。

それまでに対策を打たねばならない。

「俺も俺なりに手を打つ……奴らの一歩先ではなく、三歩先に行くぞ」

 剣崎はそう言い、死柄木を筆頭とした(ヴィラン)連合との全面対決を決心した。



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雄英体育祭~集う同志と蠢く闇~
№25:出禁発覚


新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
という事で、新年初投稿は雄英体育祭です。多少オリジナル展開を混ぜていきます。
しょっぱなから剣崎伝説ですwwww


 さて……(ヴィラン)襲撃による臨時休校が終わり、やっと生徒達の日常が戻った翌日。

 剣崎は暇潰しに出久達のクラスへ訪れていた。

「雄英体育祭……そっか、この時期だったか」

 雄英体育祭。

 それは、かつてのスポーツの祭典・オリンピックに代わる日本のビッグイベントの一つ。

 年に一回…計三回だけのチャンスであり、ヒーローを志すなら絶対に外せない大イベントでもある。

「先輩ならば、体育祭の内容はわかっているのでは?」

 飯田の言葉に、剣崎はゆらゆら揺れる髪の毛をいじくりながら答える。

「16年も前だから一々憶えてねェっての……それに俺は体育祭でヤンチャして出禁食らった身なんだ」

 剣崎の衝撃の一言に、ざわめく一同。

 出禁になったということは、雄英側の許しが無い限り雄英体育祭に出場できないという意味……余程の事件を起こしたようだ。

「何をしたの……?」

「今もかはともかく……最後にトーナメントあるんだけどよ。それで対戦相手全員再起不能にさせちまったんだわ……今後の人生棒に振るうレベルのケガ負わせちまって」

「そ、そんなに惨たらしいマネしたってことっスか?」

「いや…当てた攻撃は手抜きの〝雷轟〟一撃だけだぞ? 本気出したら相手死んじゃうし」

 生前の剣崎の強さを知り、顔を引きつらせる出久達。

 剣崎の〝雷轟〟の威力は、(ヴィラン)襲撃の一件で知っている。しかしあの時は16年のブランクが影響していた。そして彼の言うことが正しければ、生前の剣崎の実力は今以上であるのだ。ただでさえ現時点で化物じみた強さなのに、生前はそれ以上の可能性がある。剣崎の底知れぬ潜在能力は、常軌を逸しているのだ。

 そういう訳で、体育祭の一件と命乞いをしたり恭順を示す(ヴィラン)にも一切の情けなく粛清する無慈悲さが祟り、プロヒーローの事務所からのスカウトはどこからも来なかったという。

「充実じゃない生活だったんですね……」

「そうでもないさ、雄英高校(ここ)を拠点とした悪者退治(ライフワーク)は気楽だったからな」

 そう言うと剣崎は突如立ち上がり、刀をステッキのように突きながら壁へと向かった。

「……外から大勢の気配を感じた。俺はいない方がいいだろう」

 そう言い、剣崎は壁をすり抜けようとしたが……。

「あ、あの!」

 去ろうとした剣崎に声をかけたのは、お茶子だった。

「こ、この後……時間ありますか?」

「? まァ、あるっちゃあるが…」

「少し、相談が……」

 お茶子の相談。それについて、剣崎は思考に浸る。

 いくら後輩と言えど、女子がわざわざ自分に恋バナをするとは到底思えない。そもそも恋バナや学生生活と無縁の自分に何故頼むのか。

 それを前提に考えると、タイミング的にも恐らく〝アレ〟だろう。

「……外で待ってる、後で来い」

 剣崎はそう言い残し、壁をすり抜けて行った。

「ケロ……どうしたの?」

「まさか……恋?」

「違うよっ!!」

 

 

           *

 

 

 放課後。

 いつも愛用ならぬ〝愛座〟しているベンチで、剣崎は寝ていた。

 別に眠い訳ではない。ただ、時間を潰すだけが目的だ。

 剣崎は16年経った今も死神の様に恐れられている。世間体も考えると、易々と動くわけにはいかないのだ。

 すると、剣崎は人の気配を察知し目を開けた。

「お茶子ちゃんに……出久君もか」

 剣崎の前には、お茶子に加えて出久もいた。

「実は……強くなりたいんです!! 私に(ヴィラン)との戦い方を教えて下さい!!」

「ぼ、僕もお願いします!!」

 それは、お茶子と出久の決意でもあった。

 先日の一件で、出久達は「世界の壁」を知った。ヒーローと(ヴィラン)の戦いの過酷さ、自身の無力さを痛感し、このままではいられないというわけだ。

 しかし、だ。今回の一件で剣崎は雄英に失望しているのではないかとも感じていた。あまりにも自分達が無力であったゆえに、自分達を見限っているのではないかと。しかし……。

「ああ、別にいいぞ」

「「へ?」」

 あっさり了解。

 剣崎は自分の戦いに他人を巻き込ませたくないという不器用な優しさがあるため、断られると思われたが……まさかのOK。

「お前らの無力さは先日思い知らされたよ。だったら俺が介入して全員めちゃんこ強くさせるしかねェさ」

 今回の一件で、少なくとも(ヴィラン)共は今の雄英の生徒を凌ぐ力を有している者もいる事が発覚した。ヒーローの勝利は……正義の勝利は、絶対的なものでなくてはならない。(ヴィラン)共に、正義の力を恐れと共に刻み込まなければならない。その為には、若き力を短期間で強化しなければならない。

 剣崎はそう考えていたのだ。

「じゃあ、早速始めるとしようか。まずは即興カリキュラムの紹介……第一段階は、人体急所を覚えることだ」

(もう始まった!?)

 人体急所は、護身術で身を守る際や戦闘技術として相手を効率よく仕留める為の重点となる。

例えば、鳩尾(みぞおち)水月(すいげつ)とも呼ばれ、強い衝撃を受けると横隔膜の動きが一瞬止まり呼吸困難に陥る。こめかみは強い衝撃を受けると平衡感覚が麻痺してしまう。顎は強い衝撃を受けると脳震とうを起こす。

 剣崎は人体急所を全て把握しており、それに加えて剣術と母からかつて教わった護身術――とは名ばかりの必殺技クラスの戦闘法――を掛け合わせることで比類なき力を発揮していたのだ。

「人体急所を理解すれば、戦闘において常に優勢を保てる。そこを狙って攻撃すれば最小限の労力で最大限のダメージを与えられるからな」

「あ、あの……剣崎さん。これって明らかに……」

「ああ、文字通りの必殺だが?」

 やっぱり、と呟いて項垂れる出久。

 それもそうだろう、目の前にいるのは(ヴィラン)を一人残らず殺そうという過激な思想を持つ者だから。

「基本的には〝個性〟を持つ奴はヒトの形として存在するから通用するが……中にはヘドロのような流動系の実体を持つ者もいる。そういう奴は弱点を突く必要がある」

 力業で捻り潰すのは、それなりのリスクを伴う。

 ならば、戦闘中に弱点を知るか急所を執拗に攻撃した方がよっぽどいい。

「第二段階は基礎戦闘力の向上。俺との手合わせも含め、どんな戦いでも有利に動けるようにする」

 基礎戦闘力には身体能力や精神力、スタミナ、スピードなど様々であ る。これらを全体的に高めることでいかなる戦況でも勝利を掴めるようにするのだ。

 それに付け加えるかのように、「個性をあまり頼らず、純粋な格闘で相手を倒せるようになるのが理想」と剣崎は述べる。

「そして最終段階として……出久君とお茶子ちゃんには、俺の〝雷轟〟を伝授させる!!」

「「!?」」

 〝雷轟〟は剣崎の必殺技の一つであり、あの死柄木弔を一撃で沈めた強烈な鉄槌打ちだ。一撃放てば地面にひびを入れる程の衝撃で敵を瞬殺出来る。

 剣崎はそれを二人に伝授させるつもりなのだ。

「〝あの頃(むかし)の日本〟を知る者による特別授業だ。授業料は無料、内容は過酷……受けるか?」

 二人は考えた。

 剣崎の修行は、間違いなく実戦向け。もしかしたら、雄英の授業よりも過酷かもしれない。

 しかし、強くなればその分可能性が広がる。目の前に立つ、歴戦の(ヴィラン)と互角以上に渡り合える剣崎のようになれる。オールマイトのような一流のヒーローにも近づける。

 それならば、迷うことなどない。

「「……はいっ!!」」

「よく言った、なら俺の全てをお前ら二人に叩き込んでやる。地べた這いつくばって付いて来い」

 剣崎は不敵な笑みを浮かべ、二人の若き力を見据えた。



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№26:〝復讐の呪縛〟

今回は後半がちょっぴりシリアスです。
そんなに感じなかったら…スイマセン!


 翌日。

雄英体育祭への備えという言い分も含めて始まった、出久とお茶子にのみ対応した剣崎の特別授業。

(ヴィラン)が目的の無制限訓練だが、13日後に控えた雄英体育祭に合わせ短期強化プログラムに変更になった。

「っつー訳で、昨日言ったことを全部無かったことにして基礎戦闘力の向上に重点を置く」

 剣崎は刀の切っ先で、まるで授業開始のチャイムの様に床を何度も突く。

 それと共にジャージ姿の出久とお茶子は一礼する。

「基礎戦闘力っつーのは、かなり個人的な偏見を含めると(・・・・・・・・・・・・・・)広く分けられる。身体能力、スタミナ、精神力、スピード…強いヒーローを支える戦闘力は、どの点においても常人の遥か上をいく」

 確かに〝個性〟は強力だが、個性が使えない状況下で戦うとなれば話は変わる。

 いかに強力な〝個性〟でも、基礎戦闘力が低ければ負けてしまう事がある。逆に弱い〝個性〟であっても、基礎戦闘力が高ければ勝機もある。

基礎戦闘力は、それぞれが有する〝個性〟以上に重要になってくるのだ。

(つまりかっちゃんを目指すってことなんだ…)

 爆豪は〝個性〟の強さのみならず、剣崎には及ばなかったが素の身体能力が非常に高い。剣崎は彼を目標に強くさせようというのだ。

「話す時間も惜しいな……いきなりだが俺と〝個性(・・)抜きで(・・・)手合わせしてもらうぞ。これは出久君とお茶子ちゃんの技量を知るのが目的だ…存分に腕を振るうがいい」

 剣崎は刀を地面に深々と突き刺す。

 そして袖をまくり、刀傷や火傷の痕がはっきりと残っている腕を見せつける。

「二人まとめて来い、相手取ってやる」

 その声と共に、出久とお茶子は目を合わせて頷き、剣崎に迫った。

 最初の攻撃は、出久の左ストレート。しかし剣崎はそれを難なく躱し、それに続いたお茶子の拳は、右腕で防ぐ。

「まだまだだな…その程度じゃあ通用しない」

 剣崎はそう言うとお茶子を投げ飛ばした。

 出久が慌てて受け止める。

「だ、大丈夫デク君!?」

「僕は平気だよ……無事でよかった」

 出久はお茶子に声をかけつつ、剣崎を見る。

「やっぱり剣崎さんは僕の目を見ながら行動した……つまり視線で動きを読まれちゃってるんだ……!!」

 相手の視線を見ながら戦う剣崎の戦法。

 爆豪と手合わせした際、剣崎は常に爆豪の視線を探って攻撃の出所を予測して戦っていた。それにより爆豪らを圧倒し続けていた。

 つまり剣崎に一矢報いるには、相手の視線から攻撃の出所を先読みする彼の〝動き〟を先読みせねばならないのだ。

(剣崎さんの視線から攻撃の出所を探るしか……いや、たとえ出来たとしてもキャリアが違い過ぎて形勢逆転されちゃう! 剣崎さんの裏をかくには……)

 出久がそう考えている頃には、剣崎は二人のすぐ目の前に迫っていた。

「え……」

 

 ビュッ!

 

 出久の眼前に、剣崎の刀の鞘が。

「考える時間は確かに必要だが……相手は親切に待ってるとは限らないぞ?」

 剣崎はそう一言告げると、二人の頭をポンポンと軽く叩いた。

「筋は悪くない……だが、時間を掛け過ぎている。スピーディーにやらないと自分の寿命を縮めかねないぞ」

 様々な物事において、スピードというモノはかなり重要だ。

 特に戦闘ともなれば、腕っ節もそうだが〝速さ〟もモノを言う。速さを追求すれば、一度に大勢の(ヴィラン)を仕留める事も十分可能であり、攻撃の回避率も高くなる。また、速さは無駄な動作を減らす事で更に増し、最小限の動作で最大限の効果を発揮することもできるのだ。

「さァ、修業は始まったばかりだぞ。早く掛かって来い、時間は無いぞ」

「……特別授業じゃないんですか?」

「どっちでも同じようなもんだ」

 出久の一言を一蹴した剣崎は、笑みを浮かべた。

 それは全ての(ヴィラン)に向ける冷酷な笑みでなければ、普段見せる無邪気な笑みでもなく、自らが思い描く未来図を実現出来た時に見せるであろう「安堵の笑み」だった。

 

 

 同時刻、雄英高校のとある一室。

 ここでは、オールマイトが塚内と缶コーヒーを飲んでいた。

「ふう……」

「……何か悩みでもあるのかい」

「いや……もしも剣崎少年が〝ヴィランハンター〟とならなかったらどうなったのだろうか、と思ってね」

「?」

 オールマイトの言葉に、首を傾げる塚内。

「あの時代……剣崎少年は、一つの抑止力だった。でも私は、彼を止めるべきだった……怒りと憎しみで身も心も支配されたままの人生なんて、惨すぎるじゃないか……!」

 〝ヴィランハンター〟の誕生と無慈悲な悪者退治、そして早すぎる最期。

 それは剣崎自身が望んだとはいえ、一人の若者の手を血で汚させてその因果を背負わせた挙句に死に追いやった、あまりにも残酷で悲しい出来事であるのに変わりない。

「……剣崎少年には、お師匠の声も届かなかった」

「!!」

 オールマイトが敬愛する師…志村菜奈は、剣崎も憧れていた程の女性(ヒーロー)だった。実は剣崎の両親は菜奈と顔馴染みであり、オールマイトとも面識もあった。ゆえに、剣崎はオールマイトよりも菜奈の方に羨望と尊敬の意を抱いていた。

 剣崎の身に起きた悲劇で誰よりも悲しんだのが菜奈であり、彼女は剣崎を亡くなった顔馴染み(りょうしん)の代わりに立派なヒーローに育てようとした。

「君の師匠と縁があったとはね……」

「だが現実は非情だった。怒りと憎しみで心を支配された剣崎少年は、お師匠の手を払い自ら修羅の道を選んだ」

 

 ――菜奈さん、俺はあなたのようになる資格はねェ……なっちゃいけねェんだ

 

 剣崎は菜奈を尊敬していたからこそ、彼女の手を振り払った。全てを擲った自分が勝手に始めた戦いに巻き込ませないように。菜奈の正義(えがお)を、自分の正義(ぞうお)で穢さない為に。

 愛した家族の仇を討つ為に凶刃を振るい続けた少年は、憤怒と憎悪で身も心も焼き続けたまま消えた。

菜奈は、彼を〝復讐の呪縛〟から解放することができなかった。

 

 ――正義の味方が聞いて呆れるよな、俊典……これ程の力を持ちながら、私はあの子を救えてないじゃないかっ……!

 

 オールマイトの脳裏に、志村菜奈(ししょう)の言葉と顔がよぎる。あそこまで自虐的な哀しい笑みを浮かべた師の表情(かお)は、今でも忘れられない。

怒りは、人一倍優しくて純粋な少年を冷酷で無慈悲な修羅(おに)に変えてしまった。

憎しみは、全てを失い絶望した少年を支配して暴走させてしまった。

慈悲の精神(こころ)は、消せない傷を少年の心に深く刻み込んでしまった。

「私は悔しいよ、塚内君……あんな小さな背中に全ての業を背負わせてしまった……」

「……自分を責める必要は無いよ、オールマイト……彼は一度死を迎えても、君やお師匠さんを怨んでないじゃないか――」

「だが、一人の若者の人生を翻弄してその自由を奪ったのは私達じゃないか……悲願を成就しても、彼は救われないままだ……」

 少年は16年もの長い時の間、(ヴィラン)への怒りと憎しみを募り続けた。そして再び超人社会へと解き放たれ、その凶刃を(ヴィラン)達に向けた。

 一度迎えた死を経て〝亡霊〟と化した剣崎は、もはや怒りと憎しみを原動力に動く殺戮悪鬼(バケモノ)……何人(なんびと)にも止められない状態に達していた。せめてもの救いは、緑谷出久をはじめとした「若き力」を守らんとする意思と揺るがぬ信念が残っていた事だろう。

「……私達は、剣崎少年のことを悪く言えないな。結果的に剣崎少年をまた苦しめている」

「わかっているさ、オールマイト……同じ悲劇を繰り返す訳にはいかない」

「だから今度は、私達が……」

 ――恩師である先代の為にも……剣崎少年を、〝復讐の呪縛〟から解放してみせる。

 そう宣言し、オールマイトは拳を強く握り締めた。

 

 自分が思い描く未来を真実にするため……人々が(ヴィラン)に憧れない世界の為に、終わりの無い道を歩むヴィランハンター。

 己の信念を貫き通し悲願を成就するまで、彼はいくらでも血を浴び続ける。血の臭いの染み込んだ衣を纏いながら、その小さな背中に全ての因果を背負い、憤怒と憎悪の業火で身を焦がし続けるだろう。

 そんな〝復讐の呪縛〟にとらわれる彼を心から救うことができるのかは、平和の象徴(オールマイト)の力量次第だ。




ここでちょっとした裏設定を紹介します。

剣崎が憧れたヒーローは志村菜奈とオールマイト、そして実の母なんです。
尊敬と羨望の度合いとしては、志村菜奈=実の母>オールマイトです。
なお、剣崎は志村菜奈がオール・フォー・ワンに殺された事を知ってません。当然、死柄木が彼女の孫である事も。


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№27:亡霊の意外な弱点

 出久とお茶子が剣崎の特別授業を受けて、1週間が経過した。

 剣崎との手合わせは日に日に苛烈になり、ついには〝個性〟を使わないだけの乱闘になっていた。

 雄英高校の戦闘訓練と違い、〝個性〟抜きの時間無制限での模擬戦。出久は反動で体を壊す事は無く、お茶子は一応吐かずに済むが、その分疲労が一気に溜まる。

 ましてや相手が〝ヴィランハンター〟ともなれば、レベルが違う。

「「ハァ……ハァ……」」

 出久とお茶子は肩で息をしており、今にも腰から崩れ落ちそうだ。

 対する剣崎は依然堂々と立っており、格の違いを見せつけている。

 桁違いの実力。圧倒的なキャリアの差。出久とお茶子に立ちはだかる壁は、あまりにも大きい。しかし、それでもなお二人は諦めずに剣崎を見据えている。

「いい目になってきたじゃねェか、二人共……それでいいんだ」

 剣崎は、出久とお茶子がヒーローらしくなってきた(・・・・・・・・・・・・)様子に満足気な笑みを浮かべた。

 呻き、叫び、傷つき、血を流し、みっともなく反吐をぶちまけて、痛みに涙を滲ませてでも、立ち上がる。気を失いかけても、身体が限界を越えても、根性で拳を握り締める。

 重ねてきた経験も、磨き上げてきた技も、自らを奮い立たさねば意味が無い。力の差が歴然でも、絶望的な状況でも、満身創痍で自身の敗北が決定的でも、自分自身を裏切ってはならない。

 それが、ヒーローだ。ヒーローは何度でも立ち上がるのだ。その手で悪を倒し、平和を守るために。

「「おおおおおお!!」」

 出久とお茶子は、疲弊しきった身体に鞭を打ち、己を奮い立たせて剣崎に立ち向かった。

 剣崎もまた、それに応えて拳を振るった。

 拳は、出久の顔を直撃する。しかし出久は歯を食いしばり、決して下がらずに剣崎の顔面を自らの拳で抉った。

 出久の拳を食らった剣崎の顔面は、一気にひびが入り右顔の一部を砕いた。それと同時にお茶子が渾身の蹴りを見舞い、剣崎の体を蹴り飛ばした。

 宙を舞い、倒れる剣崎。それと同時にうつ伏せに倒れる二人。

 剣崎はすぐさま立ち上がり、倒れた二人の元へ向かう。

「……よく頑張った、二人共」

 労いの言葉を投げかける剣崎。

 顔面は見る見るうちに修復し、十数秒で元通りになった。

「全く……無茶させてるわね」

 そこへ現れたのは、ミッドナイトだった。

「睡……丁度いいところに来たな」

「何が丁度いいなの……明らかに保健室運ばないとマズイじゃない」

「ダメージよりも疲労だ、寝りゃあ治る」

そう言いながら、剣崎は出久を担ぐ。

ミッドナイトも、倒れているお茶子を背負う。

「今の雄英は弱い……強くしなきゃあいけねェ。 生徒ん中で素で強いのは一握りだ」

「まあ、ビッグ(スリー)のように強いのはそうそういないわね」

「〝ビッグ(スリー)〟? 何だそりゃ」

「! そっか……刀真は知らなかったわね」

 〝ビッグ(スリー)〟とは、雄英高校の生徒達の中でもトップクラスの実力を誇る3人の事だ。

 No.1ヒーローに最も近い存在と呼ばれている通形ミリオ、そのミリオとは古い付き合いである天喰環(あまじきたまき)、〝ビッグ(スリー)〟唯一の女子生徒の波動ねじれ…いずれもプロヒーローも唸らせる猛者だ。

「……そんなに強いのか?」

「強いわ……特にミリオは昔の刀真に匹敵する実力だと思う」

「……会えるのか?」

「――え゛?」

 ミッドナイトは、血の気が引いていくのを感じた。

 剣崎は間違いなく、ミリオと会おうと考えている。

「上等じゃねェか、そいつが本当に俺に匹敵するのか見極めなきゃな。 仮にも先輩だしな」

 ミッドナイトは激しく後悔した。

 言わなきゃよかったと。

 

 

           *

 

 

 さて、ここはオール・フォー・ワンのアジト。

 〝ヒートアイス〟こと熱導冷子と手を組み戦力を強化したオール・フォー・ワンは、二人きりの時間を過ごしていた。

「あの子の容体は?」

「さすがに動けるようにはなったよ…暫く戦闘は無理だろうね」

 二人は、死柄木弔について話し合っていた。

 先日の雄英襲撃において剣崎に秒殺され重傷を負った死柄木は、ようやくベッドから起き上がり動けるようになった。しかし剣崎の一撃の後遺症か、暫くの間は松葉杖で生活するハメになったのだ。

「まァ……暫くの間は不自由な分、一時的に自由を奪った剣崎を酷く怨んでいる。歪みを生まれ持った彼にとっていい糧になるよ」

 ニヤリと笑みを深めるオール・フォー・ワン。

「それに……死柄木弔と剣崎刀真は戦う運命だ」

「何?」

「剣崎刀真は、志村菜奈を慕っている。そして死柄木弔の本名は志村転弧…志村菜奈の孫だよ」

「!!」

 その事実に、目を見開く熱導。

 先代ワン・フォー・オール継承者である志村菜奈の孫が死柄木であり、そして剣崎は志村菜奈を慕っていた。

 さすがの熱導もこの事実を知らなかったのか、驚きを隠せないでいた。

「人間の心は脆い……彼の心をへし折るには十分だろう。慕い続けていた女の孫を殺そうとしたことをね――」

「そう上手く行くとは思えんな。常識が通じる相手とも思えん」

 剣崎は、世間一般とは「対の立場」である。

 例えば、(ヴィラン)の定義。

 (ヴィラン)とは「〝個性〟を悪用した犯罪者」であって、放火魔や殺人鬼、テロリストの呼称ではない。〝個性〟を使わず強盗したものは(ヴィラン)ではないが、逆に言えば〝個性〟で万引きをすれば(ヴィラン)なのが一般的な認識。壁に無許可でイタズラ描きをしたり、ストリートパフォーマンスをするのも、〝個性〟を使えば(ヴィラン)と見なされる。「〝個性〟の使用の有無」で、単なる犯罪者か(ヴィラン)なのかが決まるのが世間だ。

 しかし剣崎は違う。「相手が粛清(ころ)しておかねばならない存在か否か」で基本的に決める。調べあげた情報と戦いの中で感じ取った危険性、今後の影響を判断材料に、〝個性(・・)の有無を問わず(・・・・・・・)相手に死を与えるのだ。粛清対象とみなせば、無慈悲に殺すまで。一方で殺す必要は無いと判断した輩は〝代弁者〟として解放して警察またはプロヒーローに身柄を預ける。

 また、剣崎は恐れというものを知らない。恐れや痛みは信念を鈍らせるとして、どれだけ強大な相手であろうと捨て身で立ち向かうのだ。迷いの無い人間程、手強い者は無いのだ。

 そんな中考えた熱導の推測は、その事実を知ったら心がへし折れるどころか、むしろ強烈な怒りと憎しみを膨張させるだけではないかという事だ。ただでさえ厄介さでいえばオールマイト以上とされる剣崎が、尊敬し憧れた女性の死の原因がオール・フォー・ワンであると知ったら、それこそ手に負えない。

「心配しなくてもいいさ、ヒートアイス。 常識は通用しないだろうけど、剣崎も所詮は人の子……心が無いわけじゃない」

 たとえ生きた亡霊であっても、死神の様に恐れられたとしても、剣崎も元は人間……「〝悪〟の支配者」として君臨し、計画的に人を動かし、思うままに悪行を積んでいったオール・フォー・ワンにとって精神崩壊など造作でもないのだ。

「まァ、剣崎に壊れる心があればの話だが……それよりも今回の襲撃、上手く行かなかったようじゃないか」

「いやァ、そうでもないさ。むしろ重要な情報を得られた」

 熱導が雄英襲撃の件について尋ねると、甚大な損害を被ったのにもかかわらずオール・フォー・ワンは笑みを浮かべていた。

死柄木弔と黒霧の証言から、剣崎の〝個性〟がようやくわかったんだ

「!? 本当か!?」

「今の彼は〝亡霊〟だ……僕が未だ手に入れてない〝個性〟だよ。だが昔、弱点を聞いたことがある」

 他者から〝個性〟を奪い己がものとしてきたオール・フォー・ワンが、一度も手に入れたことの無い〝個性〟。それが剣崎の〝個性〟であり、剣崎を蘇らせた原因。

 一度も手に入れてないため、具体的な能力は不明だがその個性の弱点は聞いたことがあるらしい。

「〝亡霊〟というだけあって、塩や日本酒、柊といったものに弱いらしい」

「何だそれは!? まるで魔除けではないか!!」

「――その通り。魔除け効果でないと通じないんだよ……具体的な効果は不明だけどね」

 にわかに信じがたい個性に、熱導は動揺する。

 弱点がわかってるのに具体的な効果は不明など、逆に危険だ。何が起こるかわからない。

「まァ、その辺も踏まえて彼に依頼することに決めたんだよ」

「彼?」

「どんな結果であれ、必ず僕らの利益になる存在……〝ヒーロー殺し〟にね」

 オール・フォー・ワンは、悪意に満ちた笑みを浮かべた。

 これが後の、日本の犯罪史上最も有名な(ヴィラン)事件となる「保須事件」のきっかけであった。



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№28:集まるは、かつての同志

火永の異名を修正しました。
ご了承ください。


 雄英体育祭があと3日に迫った頃。

 出久とお茶子は、クラスメイトに絡まれていた。

「緑谷ちゃん……何か変わった?」

「え?」

「確かに、何となく…見た目は変わんねェけど」

「お茶子ちゃんもだよ、何か変わってる気がする」

「何ていうか…う~ん、何だろう?」

 クラスメイトの指摘に、二人はふと思い出した。

 そう言えば、剣崎の特別授業において彼は言っていたではないか。

 

 ――いい目になってきたじゃねぇか、二人共…それでいいんだ

 

 目は口程に物を言う。

 恐らく、彼との手合わせで目付きが若干変わりつつあり、剣崎のような「強者の目」に少しずつ近づいているのだろう。

 普段意識してなくても、周囲が何らかの変化に気づく……自分達が一歩ずつ成長しているあかしだ。

(デクと丸顔の奴……何か隠してるな)

 爆豪は、出久とお茶子の変化に気づいていた。

目付きの変化……いつの間にか気迫がこもるようになりつつある二人に、苛立ちを隠せなくなる。

 出久が雄英高校への入学を果たして以来、彼は急成長している。更に言うと、剣崎が出久と関わり始めてから一気に強くなってきているようにも感じる。

「……ふざけやがって……」

 そう呟いていると、チャイムと共に相澤が入ってくる。

「席につけお前ら、今日の訓練について説明する」

 相澤曰く、今回の訓練は外部の講師が来るという。

 いつもは雄英の教師が訓練を担当するのだが、先日の襲撃の件――それと剣崎の苦情――から、より実戦に近い訓練が必要という方針になった。

 そこで、ミッドナイトがコネを使って自らの同期であるプロヒーローを呼んだのだ。

「先生、その講師ってもう来てるんですか?」

 出久の質問に、相澤は眉間にしわを寄せながら首を左右に振った。

「まだ来ていないな。連絡も来てない」

 その直後、廊下からドタバタと騒がしい足音と叫び声が聞こえた。

「ったく!! 何で寝坊すんだよ!? わざわざ皆揃って泊まっといてよ!!」

「いやァ、布団が「離れないで、寂しいわっ!!」っつって離してくれなくてな」

「付喪神か!!」

「しかし何で今更雄英に……いくら睡からの頼みっつったって……」

「そんな事言わない!! 私達の母校なんだから」

 どんどん大きくなる声と足音がとうとうドアの前までやってきた

 

 スパンッ!!!!

 

「すいません、遅れましっぎゃっ!!」

 1人目が入ってきたと思った瞬間、雪崩のように後ろから押され前に倒れた。

 下敷きにされたのは、よりにもよって女性だった。

「重い!! 何で突っ込んできたの!?」

「いやァ、足挫いてな」

「段差も無いのに!?」

「そろそろ介護保険だな……」

「んだと!? ぼてくりこかすぞゴラ!!」

「早くどかんかい!!!」

 ギャーギャーと騒いでいる3人に、出久達は呆然とする。

 そこに相澤の咳払いが響き、一瞬で静まり皆が目線を向けた。

 そしてドスの利いた声で、一言。

「……とりあえず落ち着け」

 

 

           *

 

 

 ようやく落ち着きを取り戻した3人。

 具体的な面々は、2人の男性と1人の女性だ。

 男性陣の内、一人は学ランの上に黒い羽織を肩に羽織った黒髪の男性。腰に日本刀を指しており、剣崎と同様に腕の立つ剣士である事が窺える。

もう一人は青いレザージャケットと黒いズボンを着用してベースボールキャップを被った黒の短髪男性で、喫煙者なのか煙草の臭いがしている。額と右頬には火傷の痕が生々しく残っており、3人の中では一番大柄でガタイがいい。

 そして女性の方は、濃紺色のワンピースの上にマントを羽織った、赤いロングヘアーが特徴の細身な美女。右目の上に大きな傷があり、足の方にも刀傷が刻まれている。

 少なくとも多くの修羅場を潜り抜けた実力者であるのは目に見えていた。

 

「まずは俺から……戸隠御船(とがくしみふね)。 人呼んで〝黒の処刑人〟……よろしく」

「〝黒の処刑人〟って……中二病だよな、何か」

「うるさい、斬るよ火永(ひえい)

「喧嘩しないの! 「同志は常に仲良く」って言ってたでしょ? 初めまして、私は炎炉熱美(えんろねんみ)……ヒーロー名は〝プロミネシア〟よ。じゃあ最後に……」

「ちっ、俺がトリかよ……俺は弾東火永(だんとうひえい)。〝蒼い弾丸〟っつーヒーロー名で通ってる」

 それぞれが自己紹介をする。

 男性陣がまさかの中二病臭い異名であることに苦笑いしつつ、一同は礼をする。

「んで、俺があそこのみみっちいガキとそのクラスメイトに「世の中の厳しさ」を教えりゃあいいんだな? 相澤」

「あ゛!?」

 火永の挑発的な物言いに、爆豪は完全にスイッチが入った。

 知っての通り、爆豪はヘドロ(ヴィラン)に捕まりプチ有名人となってしまったという黒歴史を抱えている。火永は寄りにもよってそこをイジったのだ。

「おっと、こいつァ失言か? 悪いな、31歳にもなりゃあ性格の矯正はできねェから勘弁してくれ」

(スゴイ……早速かっちゃんをイジるなんて……!!)

 出久のとんだ勘違いが発生する中、火永は爆豪に近づく。

「ビリビリの坊ちゃんに聞いたぜ、クソを下水で煮込んだような性格らしいじゃねェか」

「アホ面、てめェ!!!」

「いやァ、でも事実じゃん……」

「かっかっか!! 昔の俺を思い出すぜ、あん時はよく刀真と喧嘩したなァ」

 その言葉に、一同はざわつく。

 あの〝ヴィランハンター〟剣崎刀真と、喧嘩した。それはつまり、彼らは剣崎の元クラスメイトである事を意味する。

「やっぱり……剣崎さんの同期なんですか?」

 出久はそう尋ねると、火永は驚いた顔で出久を見た。

 それも当然…剣崎は出久達が生まれる前に悪者退治で名を馳せた伝説の男。彼を知っている者は早々いない。自分達の後輩すら剣崎を知らない者が多かったのだから余計に驚いているのだ。

「坊主……知ってんのか? あいつを……」

「僕はあの人に救われましたから」

 出久の言葉に、火永は動揺を隠せないでいた。

 剣崎は16年前に死んだのに、出久はつい最近出会ったような言い草だ。

それと共に、ふと先月の(ヴィラン)連続殺害事件を思い出した。日本刀で斬り殺された手口で一人残らず全滅…ステインじゃなければ、何者なのかと3人で話し合ったのは記憶に新しい。

 もしやと思うが、頭を振る。あいつは死んだんだと…「〝ヴィランハンター〟の時代」は終わったんだということを、自分に言い聞かせる。

「……火永さん?」

「……何でもない。気にするな……」

 帽子を被り直し、御船と熱美の許へ戻る火永。

 対する御船と熱美も、出久の言葉に驚いている様子だ。

「……まさか、本当に……!?」

「そうじゃねェなら、わざわざ俺らに嘘をつく理由がねェだろ……」

「この件は睡に聞いた方がいい……彼女が一番長く刀真の傍にいたから」

 御船の言葉に、火永と熱美は頷く。

「……相澤先生、早速ですが訓練といきましょう。時間も限られているでしょうし」

「やっとそれに気づいたか……」

 マイペースな彼らがようやく気づいたことに呆れる相澤。

「そういう訳だ、今回は訓練場じゃなく校庭で行うから遅れずにさっさと来い」

(結構グダグダだ!!)

 ※グダグダなのは火永達の責任です。

「あ、そうそう…一つ言い忘れてたわ」

 火永が何かを思い出したのか、声を上げた。

 次の瞬間、火永は凄まじいプレッシャーを放って告げた。

「俺達はここの教師と違ってそんなに手加減できねェんでな……ケガすんなよ?」

 

 

 一方、剣崎はミッドナイトからある(ヴィラン)の話を聞いていた。

「ステイン? 木材や繊維の着色剤じゃないのか?」

「それは〝オイルステイン〟よ……何でわざわざボケるの?」

「……冗談が過ぎたな、続けてくれ」

「ステインは別名〝ヒーロー殺し〟……本名は赤黒血染(あかぐろちぞめ)という思想犯で、これまでに40人のヒーローを死傷させた凶悪犯よ。個性は〝凝血〟……相手の血液を摂取する事で、相手の身体の自由を最大で8分間奪えるわ。でも言い方を変えれば「相手の血液を摂取しなければならない」ということ……そう考えれば、個性だけ見れば特別強力ってわけじゃないの」

「だが40人もやられてるってことは、基礎戦闘力が高い奴なんだな?」

「その通り……素の実力が高い上に相手の個性と戦いぶりを少し見ただけで、その強さと癖をすぐさま見抜ける優れた分析力もあるわ」

「成程ね……」

 剣崎はステインのデータが記載された書類を手に取る。

目元を包帯で隠し、赤のマフラーとバンダナ、プロテクターを着用したその姿はまるで忍者だ。

 剣崎はステインの顔写真をまじまじと見つめる。

「……刀真、どうしたの?」

「……俺はこいつに宿命的な何かを感じる」

「え……?」

「いずれ対峙するであろう存在(てき)……こいつは、恐らく信念がある。確実に息の根を止める必要がある」

 剣崎は、そう呟く。

 数多の(ヴィラン)を相手にしてきた剣崎は、信念を持つ(ヴィラン)は確実に殺さねばならない存在と決めている。

 信念は、人を惹きつける。そこに正義と悪の境界線は無い。

 悪にも悪なりの信念がある。だからこそ、潰さねばならない。意思を継ごうとする輩を生まない為に。

「いずれこいつと俺は、己が信念を掲げぶつかる。〝ヒーロー殺し〟は、この俺が直々に引導を渡してやる」

 剣崎は立ち上がり、刀をステッキのように突いて職員室から去ろうとした。

 しかし……。

「刀真、今日は火永達が来ているのよ? 挨拶ぐらいしたら?」

「何……?」

 剣崎は目を見開く。

 詳しい理由は不明だが、かつての同志……クラスメイトが雄英に来ているという。

「せっかく復活したのに、私以外の同志には会いたくないの?」

「――俺には仕事がある……ステインという正義の面汚しの首を取るのが先だ。それに俺は悪者退治を優先し続けた。未来を優先して同志を切り捨てたようなもんだろう」

「刀真、会わなきゃわからないじゃない。私は火永達が刀真を見限ったとは思えない……ましてや、同じ境遇の火永なら尚更よ」

「奴は俺と違う。全て失っていないだろう」

「……本っ当に、変に頑固ね」

 溜め息を吐くミッドナイト。

「奴らは、俺を許すだろうか……」

「その為にも、会わなきゃならないって言っているじゃない」

「……」

 剣崎は少し考えたのち、「ケジメをつける」と告げてその場を去った。




今回登場したオリキャラは、肘神さまさんと炬燵猫鍋氏さんのアイデアを参考にしました。
ありがとうございます。


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№29:再会と暗躍

今月最後かな?
テスト期間に入るので、2月の頭は投稿しないかもしれません。
書き溜めてるのを時間見つけて少しずつ進めて投稿しようと思います。


 グラウンドには、煙草を咥えた火永がポケットに手を突っ込んで立っていた。

 その先には、出久や爆豪、お茶子をはじめとした1年A組の生徒全員が対峙していた。

「強くなるには実戦あるのみ……戦いまくって戦闘慣れするのが大事だ」

 ニヤリと笑みを深める火永。

「上等じゃねェか……あの煙草帽子、俺がぶっ殺してやる!!!」

「おい爆豪、冷静になれよ…」

「俺はすこぶる冷静だァ…!!!」

 興奮状態の爆豪に、呆れる切島。

 先程の口だけの舐めプをまだ引きずっているようだ。

「なァ緑谷、お前はあいつ知ってるのか?」

 瀬呂の言葉に、出久は頷きながら語り始める。

「〝蒼い弾丸〟弾東火永……雄英高校の卒業生で、剣崎さんの同級生。 ヒーロー業界及び(ヴィラン)業界においては「絶対に敵に回してはいけない人物」の内の一人とされている人だよ」

「そ、そんなに強いのか……?」

「うん……現に剣崎さんと互角の実力者って言われていているようだよ」

 この世の全ての(ヴィラン)を滅ぼさんとした〝ヴィランハンター〟剣崎刀真と互角。

 それを聞いただけでも、怯んでしまう瀬呂。

 剣崎の強さは、先日の襲撃事件で目に焼き付けている。そんな彼に匹敵するとなれば、手合わせといえど覚悟がいる。

「うし、〝個性〟使って来いよ。お兄ちゃん、いっちょ張りきるからよ」

 首の骨をゴキゴキと鳴らす火永は、ニヤニヤしながら挑発する。

 しかし、誰一人火永に立ち向かおうとしない。あの爆豪でさえもだ。

「……どうした? この距離じゃあ自分達(てめェら)の〝個性〟の射程範囲外ってか? なら寄ってやるよ」

 煙草の煙を口から吐きながら、ゆっくりと出久達に近づく火永。

 ポケットに手を突っ込み、何の構えも取らずに近づいているのだから完全に舐められているのだが……。

(何てプレッシャーだ……気迫の時点で桁違いだ……!!)

 絶対的強者の、強烈な圧。

 先日襲ってきた(ヴィラン)連合のリーダー格であったあの青年の悪意をも捻じ伏せるであろう凄まじいプレッシャーに、生徒達は動けないでいた。

 ふと後ろを見れば、何人か腰を抜かして戦意を喪失している。あの爆豪や轟ですら動いてない。

 ――これでは手合わせ以前の問題だ。臆したら負けだ。

 そう考えた時には、出久は火永に特攻していた。

「緑谷!!?」

「デク君!!?」

 いきなりの特攻に、衝撃を受ける一同。

 しかし、それは火永も同じだった。

(いきなり捨て身か!!)

「〝SMASH(スマッシュ)〟!!」

 

 ドォン!!

 

〝ワン・フォー・オール〟による強烈なパンチを炸裂させる出久。

出久の拳は、火永の脇腹に直撃する。

 しかし……。

「……中々いい一発だ、ド素人だと思ってたぜ」

 にやりと獰猛な笑みを浮かべて、右手で受け止めていた。

 信じられない光景に、出久は目を見開いた。

「と…止められた…!?」

「お返しだ、弾になってこい!!」

 火永は左手で出久の顔面を掴むと、飯田達に目掛けて思いっきり投げた。

 その瞬間!

 

 ゴゥッ!!

 

「ぅぁああ!?」

 

 ズドォォン!!

 

『おわあァァァ!?』

 出久が突然、猛スピードで飯田達に突っ込んで盛大な土煙を挙げた。

 それを見た相澤は絶句し、御船と熱美は顔を引きつらせた。対する火永は、爆笑している。

「ハハハハハ!! どうだ坊主、弾丸になった気分は?」

 火永の〝個性〟は「弾丸化」。触れたものはどんなものでも弾丸にする事が可能で、半径150m圏内ならばどんな人間でも撃ち抜くことができる。

 一握りの砂つぶては弾幕となり、その辺の石ころでもショットガン以上の威力と貫通力を有し、人間を投げれば周囲を薙ぎ倒しながら巻き込む。 モノさえその場にあれば、すぐに弾丸として放つことができる…それが火永の長所だ。

「っつ……皆、大丈夫……?」

「ああ……何とかな」

「スゴイ威力……」

 そんな中、轟が口を開く。

「シャレにならねェ〝個性〟だが、もっと厄介なのは精密さの方だ。向こうから寄ったとはいえ、緑谷を投げて正確に俺らにぶつけやがった……」

 火永の真の脅威は、タフさや個性ではなく、目標に対し確実に当てる射撃能力だと語る轟。

「ほんじゃまァ……ちょっとからかってみるか」

 火永はそう言うと、グラウンドに転がっていた石ころを手にして投げた。

 するとその石ころは凄まじい速さで出久達へ向かい……。

 

 ガッ!!

 

「…危なかった」

 石ころは、轟が咄嗟に造りだした氷壁に減り込んだ。

 衝撃は相当強かったのか、厚さ30㎝の氷壁に大きな亀裂が生じている。

 もしもあれが人体に当たっていたらと思うと、ぞっとする。

 すると、火永は氷壁目掛けて突進し……。

「油断大敵だぞ? 坊主」

 

 ドゴッ! バリィン!!

 

「んなっ……!?」

 火永は回し蹴り一発で、轟が造りだした氷の壁を粉砕した。

 まさかの事態に、轟は言葉を失う。

 そこから先は、火永の一方的な蹂躙。蹴りだけで構えていた生徒達を薙ぎ払っていき、何と数十秒で半数以上の生徒を倒してしまった。

 そしてすぐさま、轟の首を掴んで持ち上げる。

「動きは悪くねェが、ちと〝個性〟に頼り過ぎだな。純粋な腕っ節が最後はモノを言うんだぜ?」

「……いや、そうでもねェよ」

「!」

 ふと、火永の右手目掛けて何かが飛んできて巻き付いた。

 瀬呂がテープを射出し、火永の右腕を拘束したのだ。

「……」

「っしゃあ! 動き封じたぜ!」

 しかし、切り離そうとした瞬間!

「詰めが甘ェ、ぞっ!」

「うおっ!?」

 左腕で巻き付いたテープを掴み、切り離される前に引っ張り上げた。

 そして瀬呂は吸い込まれるように火永の目の前に接近し…。

「歯ァ食いしばれ!」

 

 ドンッ!

 

 火永の掌底打ちが瀬呂の顎に直撃。

 錐揉み回転しながら地面に倒れ伏した。

「「あ~……ドンマイ……」」

 白目で気絶する瀬呂。

 脳を揺らされたのかもしれないので、暫くは起きないだろう。

「いい策だったが、そんなんじゃ俺には通用しねェよ……ドンマイ」

「よそ見してんじゃねェ!!!」

「!」

 一瞬の隙を突いて、爆豪が飛びかかった。

 爆豪は渾身の飛び蹴りを見舞った。

 

 ドォン!!!

 

 爆豪の強烈な蹴りが、爆ぜる。

 至近距離の爆破に巻き込まれた火永は、黒煙に包まれる。

「けっ、強ェだけの雑魚じゃねェのか!?」

 余裕に満ちた笑みを浮かべる爆豪。

 しかし煙が晴れた瞬間、爆豪は言葉を失った。火永は倒れておらず、むしろ拳を握り締めて構えていたのだ。

「ふーっ……面構えはともかく、いい味出してるじゃねェか」

 火永の体を見て、一同は唖然とした。

 鍛え上げられた肉体に、はっきりと割れた腹筋。そして上半身を覆う程の夥しい数の刀傷と火傷、複数の銃創。中には致命傷になりかねない傷痕もあり、(ヴィラン)との戦いがどれ程凄まじかったのかが容易に分かる。

「礼を言うぜ……お前のおかげで、少し本気を出せそうだ」

「っ……!!」

 

 ドゴッ!!

 

 火永は本気の拳を振るって爆豪の顔面を抉り、文字通り殴り飛ばした。

 爆豪は火永が全力で繰り出した拳を、避ける事も出来ず、防ぐ事も出来なかった。

「かっちゃん!!!!」

 出久の悲鳴が、木霊した。

 すると、猛烈な速さで吹き飛ぶ爆豪を、一人の男が片手で受け止めた。

「火永の拳は重いからな、ただ防御するだけじゃあ完全に相殺はできねェ」

「て、てめ……」

「ったく……あいつに一矢報えねェ程度の腕っ節じゃあ、先が思いやられるな」

 その声を聴いた途端、火永は放心状態になった。その声の主は、既にこの世から去っていたはずだったのだから。

 勿論、その声を聞いた熱美も御船も、絶句していた。

 その声の主は、刃こぼれが生じた刀をステッキのように突いて、コートや髪の毛、ブレザーとネクタイをゆらゆらと揺らしている。

そう、剣崎だ。

「っ……!?」

「え……?」

「生きてた、のか……!?」

「一回死んだよ。生ける亡霊として蘇っただけにすぎん」

 16年ぶりに見る剣崎は、痛々しい程に変わっている。

 血の気の無い肌、顔面から指先まで全身の至る所に走るひび割れたような傷痕、刃こぼれした刀とボロボロの衣服……かつて見たあの勇姿はかけらも残っておらず、落ち武者のような不気味さを醸し出している。

 しかしその意志の強い目は間違いなく剣崎であり、死して姿を変えても昔と全く変わってないという事実(こと)がわかる。

「まあ色々言いてェことがあるだろうが……それは後だ。そして改めて言おう……」

 剣崎は、口角を最大限に上げて喜んだ。

「元気そうだな、我が同志よ」




今更ですが、剣崎の刀について紹介します。
剣崎は打刀と短刀を一振りずつ所持していますので、少し詳しく。

【打刀】
剣崎が悪者退治に普段使う刀で、今は亡き父親の形見。
無銘でありながら刃こぼれしても鉄をも斬り裂く切れ味と頑丈さを誇る。刃渡りは75㎝と長めで、剣崎の技量と腕力を上乗せすると一撃一撃がかなりの威力を有する。鞘は漆黒で鉄拵え。

【短刀】
乱戦や打刀を奪われた際などの打刀だけでは手に負えない状況や相手勢力に見せしめをする時に使用する短刀で、同じく今は亡き父親の形見。
無銘かつ切れ味は打刀よりも劣るが、コンクリートを貫通する威力を有している。
刃渡りは28㎝。鞘は打ち刀と同様、漆黒で鉄拵え。


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№30:限界を感じはじめる警部

 剣崎刀真。〝ヴィランハンター〟として恐れられた、非情のヒーローにして伝説的なヴィジランテ。

 火永が初めてその存在を知ったのは、中学校2年生の時。当時は現在よりも(ヴィラン)の犯罪行為は多く、名だたる大物・強豪(ヴィラン)の全盛期でもあったため、ヒーローと警察はヴィジランテの手を借りざるを得ないような荒れた状況だった。

 そんな中、彼は彗星の如く現れて無慈悲な「悪者退治」を行った。彼は何年にも渡って超人社会に君臨し(ヴィラン)達を恐怖に陥れたが、やがて忽然と姿を消し、(ヴィラン)との戦闘により死亡と認識され恐怖支配は終焉を迎えた。

 

 火永は、そんな彼と雄英高校でクラスメイトとなった。化物じみた強さと揺るがぬ信念、掲げた正義……それら全てを圧倒した剣崎に、火永は羨望や嫉妬してライバル視した。時に競い、時に手を組み……火永は剣崎と戦友として関わった。

 彼の訃報を知った時は、同期に涙こそ見せなかったが自らの非力さと現実の非情さを知った。だから火永は剣崎に代わり、我武者羅に(ヴィラン)達を狩りまくっていった。志半ばに散った戦友(とも)を弔う為に。戦友(とも)が描いた未来図を、現実にするために。

 

 しかし、それは昨日までだった。

 今日目の前には、変わり果てたかつての戦友(とも)が笑みを浮かべていた。風も無いのに揺れる髪と衣服、死人のように白い肌、ひび割れたような傷で覆われた顔……かつての勇姿とは程遠い痛々しい姿だ。

「こ……こいつァ、夢なのか……!?」

 思わずそう呟く火永。

 すると剣崎は刀をステッキのように突きながら火永に近づき…。

 

 ゴンッ!

 

「いっ!?」

剣崎は刀を逆手に持ち替え、柄頭で火永の顎を思いっきり叩いた。

柄頭で殴られ、痛みに悶える火永に剣崎は一言告げた。

「まだ夢が覚めねェなら、次は峰打ちで起こしてやるが?」

「やめろ! わかった、お前が戻って来たって認識すっから!!」

 さすがに峰打ちでは無事では済まされないと察したのか、火永は剣崎の申し出を断った。

「っ……信じられねェ……生きてたのか……!?」

「いや、死んだよ。 だが俺は死者として蘇った………どうやら眠っていた〝個性〟が覚醒したようだ」

「〝個性〟の覚醒で、だと……!? いや、だがあり得るな……」

 先天性の超常能力である〝個性〟は、全人口の約8割が何らかの〝個性〟を発現していることと世代があることなどといった事実が判明しているが、未だ解明されていない点も多い。

 一定の条件を満たさないと発現しない〝個性〟があったとしても、不思議ではない。

「刀真……」

「熱美……御船……」

 剣崎と火永に駆け寄る、熱美と御船。

「……お前らも変わったな。ああ、俺が変わってねェだけか」

「いや、お前も十分変わってるっての……見た目は」

 亡霊となった剣崎と、卒業して現役ヒーローとなった火永達。

 16年の時を経た結果である。

「……何で雄英に来てるのかは知らんが、話は後だ。授業中だからな、やるべき事をやってからだ」

 素っ気なく背を向けてその場を離れる剣崎。

 熱美と御船は、剣崎についていく。

「……お前らまで来る必要あるか?」

「「暇人なので」」

「あいつらの相手しろよ」

「「火永で十分」」

 剣崎の言葉に、ハモりながら返答する熱美と御船。

 火永の圧倒的な力ならば、別に彼一人でもいいという事だろう。

「じゃあ…職員室でまた会おうや。睡も待っている」

 そう言いながら剣崎は校舎の壁の方へと向かい……。

 

 スッ……

 

 壁をすり抜けて行った。

「いやいやいやいや!! え!? 刀真ってこんなマネできるの!?」

 刀や衣服ごとすり抜けたことに驚愕する熱美。

 彼女は似たような〝個性〟の持ち主であるとして、通形ミリオを知っている。ミリオは現雄英高校のトップである実力者で、あらゆるものをすり抜ける事が出来る「透過」の能力を有している。しかし彼の場合は、透過が出来るのは自身の体だけ(・・・・・・)なので、コスチュームは自身の髪の毛から作られている。

 対する剣崎は、何と体どころか実体を持っている筈の衣服や武器すら透過したではないか。

「本当に幽霊みたい……」

「……壁、邪魔だから斬る?」

「ダメだって、器物破損どころじゃないよ!!」

 鯉口を切る御船を制する熱美。

 御船は剣の達人……本当に校舎の壁くらい突きや袈裟斬りで破壊しかねない。

「じゃ、じゃあ火永。残り頑張ってね~」

「ハァ!? おい、俺だってあいつと……」

「隙ありだァ!!」

 

 ドゴッ!!

 

「ブッ!!」

 

 爆豪に蹴られる火永。

 さすがに今のは完全に油断していた火永が悪いだろう…。

「勝負はこれからだぜ…煙草帽子!!」

「……フッ……油断した相手に一発かました程度で悦に浸るなよ?」

 火永VS1年A組、第二ラウンドを開始する。

 

 

           *

 

 

 さて、ここは東京都保須市にある総合病院。

 そのとある病室に、加藤警部が入院していた。彼の周りには、水島をはじめとした警察関係者が見舞いに来ていた。

「加藤さん、よくぞご無事で……!!」

「フッ……地獄の閻魔様に「顔を洗って出直してこい」って言われただけだ」

 水島は涙目で加藤の無事を喜ぶ。

 実は加藤は、あのステインと遭遇して戦闘を繰り広げ重傷を負ったのだ。幸いにもタフガイである彼は、患部が運よく急所を外れていた為どうにか命拾いできた。

「しかし……暫くの間は現場復帰は無理そうだな」

 医者からは全治1ヶ月の入院を告げられた。

 自分のようなベテランが一月も現場復帰できないのは、警察としても痛手だろう。

 塚内は、加藤に対し今後の動向について話す。

「ステインの捜査は、我々にお任せください。必ずや捕まえてみせます」

「いや……お前では手に負えんぞ塚内」

「え?」

「ステインのバックにいる大物……俺はその内の一人と同じ場所で遭遇した」

 その言葉に、塚内らはざわめく。

 どうやらステインは、何らかの(ヴィラン)勢力と手を組んでいるらしい。正体は不明だが、少なからず強大な存在であることは間違いない。

「水島……塚内……恐らくこれは剣崎にも任せた方がいい案件かもしれん」

「「なっ……」」

「雄英体育祭が近いんだ、多くのプロヒーローが将来のサイドキック候補を探す為に観戦しに来る…その間は警戒しなきゃあならない」

 つまり、雄英体育祭は一番警戒すべき時期だというわけだ。

 ただでさえ雄英襲撃の件で例年以上に厳しい警備になるのだから、雄英体育祭を実施している間は(ヴィラン)達を抑える存在が必要である。

「剣崎ならば、必ず受け入れるはずだ。あいつならば、ステインに勝つことも容易だろう」

「……では、そう報告しておきます」

「頼んだぞ」

 塚内と水島は、加藤に一礼して病室から出ていった。

(俺も年だな……一太刀受けただけでこの様だ。引退も考えるべきか……)

 病室のベッドで、加藤は自らの限界を感じはじめるのだった。



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№31:ステイン=出張れば済む話

そろそろステインと戦えるかな?
来月末までにはステインとの戦いを投稿しますので、よろしくお願いいたします。


「はあ、やっと終わったぜ……」

 顔や手に絆創膏を張った火永は、廊下を歩いていた。

 授業中の手合わせで、生徒達が腹を括ってチームワークで勝負してきた為、さすがの火永も無傷では済まなかったようだ。それでも絆創膏を張る程度の傷で圧倒したのはさすがと言えるが。

「少し本気出しちまったな…あいつら大丈夫だよな……?」

 火永と今のA組生徒では、力の差は雲泥の差。チームワークで攻めても、それすら上回る力で捻じ伏せたのだ。

「まァ、この程度でくたばりゃしねェだろうからいいか……」

そう呟きながら、職員室の戸を開ける。

「刀真、待たせたな」

「……ああ」

「……何だよ、随分と重々しいな……」

 火永の視線の先には、剣崎達がいる。

 しかし腕を組んでいる剣崎を除いて、ミッドナイト達は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。

「…素直に喜んでいる時間がねェってこった」

「は?」

「火永……旦蔵さんが、やられた」

「な……加藤のおっちゃんが!? やられたって、襲撃か!?」

 御船のその言葉に、目を見開き冷や汗を流す火永。

 加藤は剣崎が生前の頃からの付き合いで、火永達のフォローもしていた警察の中でも屈指の実力者。そんな彼が(ヴィラン)の手によって倒れたため、動揺したのだ。

「あの旦那がやられるなんざ……誰にやられたんだ!?」

「〝ヒーロー殺し〟との戦闘で重傷を負ったの……今は入院中らしいわ……」

「マジか…ステインの野郎、はしゃいでくれるじゃねェか……」

 頭を抱える火永。

 そんな中、剣崎は口を開いた。

「……襲撃場所はわかってんだよな、睡」

「ええ…保須市って情報がきてるわ」

「なら話が早ェな……警察の上層部に「暫くの間、ヒーローを一人たりとも動かすな」って伝えろ」

「えっ……!?」

「なっ……」

 剣崎の言葉に絶句するミッドナイト達。

 ステインを見逃せとでも言っているかのような発言に、熱美はあること(・・・・)を想像して顔を引きつらせた。

「刀真……まさか……」

「俺が出張れば済む話だろ、辻斬り野郎の一件は」

(やっぱりだー!!)

 予想通り、剣崎が暴れたがっていた。

「辻斬り野郎の情報は睡から聞いている。相手の血液を摂取すると、その相手の体の自由を奪えるらしいじゃねェか。血も涙も枯れた状態の肉体である俺なら、相性上は何の問題も無い……奴と一対一(サシ)で十分だ」

 剣崎は生きた亡霊である。

 その肉体は攻撃を受けても一滴も血は流れず、さらに過度の衝撃や攻撃で肉体が欠損しても再生する。相手の血液を摂取しなければ効果が発動しないステインにとっては天敵ともいえるのだ。

「お前らも十分承知の上だろう。たかだか(ヴィラン)のクズ一人とて、下手に警備を薄くすれば思わぬ数の命を失うことになる」

 剣崎は、獰猛な笑みを浮かべてミッドナイト達に告げた。

今は(・・)特にいけねェ……お前ら、その辻斬り野郎が雄英の都合を考えて暴れてくれる(・・・・・・・・・・・・・・・)と思ってんのか?」

「「「「っ!!!」」」」

 

 

 同時刻、オールマイトはある大物(ヴィラン)と戦闘を繰り広げていた。

「ムゥ……やはり手強いな……!!」

 左腕から血を流しながらも、決して笑みを崩さない。

 手負いの彼の前には、頭から血を流しつつも刀を構える着流し姿の隻眼の(ヴィラン)が。

 実はオールマイトと戦っている(ヴィラン)は、かつて剣崎と戦った歴戦の強豪(ヴィラン)――札付礼二だった。オール・フォー・ワンやシックス・ゼロ程ではないが、その実力は凄まじく多くのヒーローが彼の凶刃に倒れている。

 現にオールマイトも、彼の一太刀を受けて苦戦している。

「くっ……! さすがに一対一(サシ)はキツイな……剣崎との斬り合いを思い出す…」

「しかし……何故姿を現した!? 貴様の組織は滅んだはず……!!」

「一度は滅びこそしたが、また新たな力を集めてお前らと決戦を挑むつもりだよ」

(やはり……あの男は生きていたのか!)

 礼二の言葉の意味を知り、歯を食いしばるオールマイト。

 かつては剣崎や自分、そして師である志村菜奈によって滅んだ組織が人知れず復活していたのだ。

「オールマイト……隠しても無駄だぜ?」

「!? 何のことだ……!?」

「剣崎だよ。俺達「無間軍」の復活を知っちまったら、あいつが止まるか? 志村菜奈の亡き今、あの死神の暴走を止められる人間はどこにもいない」

 礼二の言葉に、絶句するオールマイト。

 何と剣崎の復活を、いつの間にか知っていたようだ。

「俺達だって情弱じゃねェ……死柄木のガキが率いる組織があいつ一人の手でほぼ全滅したって事はすでに知られている。しっかし…つくづく剣崎はすげェと思うぜ。あれから16年経った今も、トラウマになってる連中がまだいるからな」

「……!」

「さてと、そろそろ頃合いだな……オールマイト。暫くの間は俺達は大人しくしといてやるよ……良い収穫もあったしな」

「何だと……?」

「ああ……〝平和の象徴〟の時代の終焉が始まっているってことと、〝ヴィランハンター〟の時代が近づいてるってことがな」

 礼二はそう言うと一枚の札を取り出し、咥えていた煙草で火をつけた。

 すると次の瞬間、札は爆発して凄まじい量の煙を発生させた。

「……逃げたか……!」

 出血している傷口を押さえて呟くオールマイト。

 その時、ようやく警察が到着して塚内らが駆けつけた。

「オールマイト!!」

「塚内君……」

「どうやら……「無間軍」が復活したようだね」

「そのようだ……早く手を打たねば、私達だけでは対処しきれない……!! やはり剣崎少年を動かすしか……」

 オールマイトは、自らの力の弱体化を隠し続けてきた。しかし出久に「ワン・フォー・オール」の力を譲って以来、弱体化が著しく進んでいる。彼の中に残った「ワン・フォー・オール」の残り火は少しずつ小さくなり、近い将来に潰えてしまうだろう。

 それは「〝平和の象徴〟の死」を意味し、剣崎が活動していた頃のような激動の時代が再び到来することに他ならない。「16年前(あのころ)(ヴィラン)」に対抗するには、あれらと互角に渡り合った実力者が必要なのだ。

 オールマイトの脳裏には、そんな大役を任せられるのはエンデヴァーや剣崎ぐらいしかなかった。

「……彼のことを公表してもいいのかい?」

 塚内は、剣崎の件を公表することに対し心配している。

かつて(ヴィラン)に恐れられた男が復活したと公表すれば、色んな所で波及する。世間的だけでなく、法的にも社会的にも大きな影響を与えるだろう。それは良い方向に行くか悪い方向に行くかは誰もわからない。

「塚内君……時代というものはいつか終わるものだ。〝平和の象徴〟も、いつまでもあるわけじゃない」

「オールマイト……」

 オールマイトは、自嘲気味に笑った。

 塚内はそんな彼を、ただ見つめるのだった。



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№32:雄英体育祭前夜

実は剣崎の誕生日を変えました。
今までは誕生日を4月2日(4と2=死に)としましたが、年齢と経歴に矛盾が生じたので1月3日(タロットにおける死神のカード番号が「13」)にしました。
ご了承ください。
小説内に何か剣崎の設定と矛盾が生じている点があったら感想等で知らせてくれると嬉しいです。


 さて……ついに雄英体育祭が明日に迫った。

 それぞれが明日に備えて準備する中、出久とお茶子は剣崎との手合わせをグラウンドでしていた。

「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……ゼェ……」

「だいぶ付いて来れるようになったな、偉いぞ」

 剣崎は二人の基礎戦闘力を上げるためにそれなりに厳しく扱いたが、ここまで成長が早いのは感心したと同時に想定外でもあった。つまり、出久とお茶子は剣崎と手合わせをし続けることによって潜在能力を開花させつつあるのだ。

 爆豪のような才能の塊や轟のような規格外の〝個性〟を越えるにはまだ遠いが、少なくとも剣崎が指南し続ければ相当の実力者になれるだろう。

(菜奈さん……こいつらは俺と違った強さを持ってるよ)

 剣崎は満足気な笑みを浮かべると、二人に急接近し攻撃を仕掛けた。

 逆袈裟、刺突、唐竹…あらゆる斬撃を放つが、出久とお茶子は辛うじて避けている。

「俺の太刀筋を少しは読めるようになったか。だが……!」

 剣崎は左手で掌底を放ち、お茶子を吹き飛ばそうとした。

 しかしここでお茶子は〝個性〟である「無重力(ゼログラビティ)」を発動させて自身を浮かせて回避した。

(考えたな、そう来たか)

 華麗に着地するお茶子だが……。

「うっ! うええ……」

 突如顔色が悪くなったお茶子は、その場で吐き始めた。

(負担でもかかるのか? その隙を突かれたら致命的だな……)

 一瞬の隙や油断が、実戦では命取りとなる。

 ヒーローと(ヴィラン)の戦いは、常に死と隣り合わせ。少しでも相手に隙を見せたら、それが死につながるのだ。

(いずれにしろ、改善する必要があるな)

 そんなことを考えながら、出久に攻撃をする剣崎。

 そんな中、出久は勝負に出た。

(剣崎さんの太刀筋はデタラメ…勘や先読みで避けるしかない。でも……一つだけ弱点を見つけた!)

 剣崎は大きく踏み込んで刺突を放つ。

 すると出久は剣崎に目掛けてスライディングし、それを避けた。

(剣崎さんの弱点は、刀! 剣崎さんの刀は刃渡りが長め……長ければリーチも伸びるけど、返り(・・)が遅くなる!)

 出久はそのまま剣崎の股をくぐって、背後に回る。

 そして剣崎の背中を狙ってケリを放ったが……。

「甘い!」

 

 ゴッ!

 

「っ!?」

 剣崎は鞘を用いて背後の出久を攻撃。

 見事に出久の腹に直撃した。

「ぅっ……!!」

 鞘による強烈な打撃に、思わず倒れる出久。

 すると剣崎は左手を大きく上げて鉄槌打ちの構えを取り、出久の腹に目掛けて一気に振り下ろした。

 出久は咄嗟に躱し、剣崎から離れた。

 その瞬間!

 

 ドンッ!!

 

 剣崎が左手で地面を思いっきり叩いた瞬間、周囲の地面が数㎝陥没した。

 それを見た出久は、絶句した。

(〝雷轟〟……!! 何て威力だ……!! あんなのを食らったら……!!)

 〝雷轟〟は、少し前に雄英高校を襲撃した(ヴィラン)連合の主犯格――死柄木弔を一撃で戦闘不能にさせた必殺技だ。

 もしあれが自分の腹に直撃したら……。

(今のを避けたか……出久君は成長が早いな)

 出久の成長ぶりに、内心驚く剣崎。

 ここまで動けるようになれば、とりあえず合格(いい)だろう……そう察した剣崎は手合わせの終わりを告げた。

「……ここまで動ければ何とかなるだろう。とりあえずはここで終わりだ、万全の態勢を整える為にも家に帰るこった」

 剣崎は明日に備えるように促す。

 二人は剣崎に一礼し、そのまま帰ろうとしたが……。

「あ、タンマ。出久君、ちょっといいか?」

「はい?」

 出久を呼び止める剣崎。

 不思議に思いながらも、出久は剣崎の元へ駆けつける。

「出久君、君の〝個性〟について俺なりに考えたが……肉体への負担が尋常じゃないぞ。少なくともパンチ主体の戦法は変えるべきだ、下手すれば高校時代で二度と戦闘で腕が使えなくなるぞ」

「っ!!」

 剣崎曰く、全身に〝個性〟をかけて身体能力を継続的に強化するのが理想的だという。剣崎自身は出久の〝個性〟は「シンプルな増強型」であると考えており、応用を利かせれば十分可能であるという。

「もっとも、俺が言うのも何だがな……明日頑張れよ、何事も為せば成るもんだ」

「……はい!」

 出久は剣崎に一礼して、帰途に着いていった。

 それと共に剣崎はコートを翻し、刀をステッキのように突きながらグラウンドを離れていった。

 だがその時、突如オールマイトが剣崎の前に立ちはだかった。

「剣崎少年、少しいいかな?」

「……?」

 

 

           *

 

 

 校舎の裏で、二人は話し合っていた。

「それで……生ミイラ面で何の用だよ」

「出久君の〝個性〟について知ってほしくてね……」

 オールマイトは、出久の〝個性〟について語り始めた。

 彼の〝個性〟は「ワン・フォー・オール」という、オールマイトと志村菜奈も有していた超強力な能力であること。「ワン・フォー・オール」は任意の相手に譲渡することで力を育てていくということ。その力の継承は、次代の継承者が何らかの形で遺伝子を取り込むということ。

 そう……オールマイトは「ワン・フォー・オール」にまつわる話を、剣崎に明かしたのだ。

「菜奈さんと同じ〝個性〟か……」

「いや、そこは「オールマイト(わたし)と同じ〝個性〟」って言ってほしいのだが――」

「俺はあんたよりも菜奈さんに憧れてたんでな」

 剣崎は口角を上げてオールマイトを見据える。

「そういやあ、菜奈さんは元気なのか?」

「っ!!」

 剣崎の一言に、オールマイトは凍りついた。

 実は剣崎は、彼女が既に亡くなっているという事実を知らないのだ。

「……あの人には迷惑をかけたからな…ちゃんと面と向かって謝りてェんだよ…今はどこにいるんだ?」

 剣崎は菜奈を尊敬し、憧れていた。

 だからこそ、剣崎は彼女に謝りたかったのだ。菜奈の為とはいえ、彼女が差し伸べた手を払ってしまったことを。

「……」

 押し黙り俯くオールマイトに、剣崎は不審に思う。

 何か言わねばマズイ……そう判断したオールマイトは、咄嗟に思い付いたウソ(・・)を言った。

「お、お師匠はもうヒーローを辞めている…〝個性〟を完全に譲渡してしまったからね」

「……そっか……まあ16年経っちまったからな。現役引退も当然と言えば当然か……今どこに住んでんだ?」

「そ、それは私でも言えんよ!! 「ワン・フォー・オール(このちから)」の正体については私自身の衰えよりも重い秘密なんだぞ、それを知っているお師匠の身元がバレたら……!!」

「……成程……下手に周囲に情報が洩れたら狙われる恐れがあり、顔見知りであっても言えないってことか。それは残念だ……じゃあ菜奈さんによろしく言っておいてほしい。「あなたの意志は俺が守る」ってな」

 どこか上機嫌な剣崎は、そのまま校舎の方へ向かって戻っていった。

「……お師匠……」

 オールマイトは、真実を言えなかった。

 彼女が5年前に亡くなっていることを。ましてや彼が憎み続けてきた(ヴィラン)の頂点ともいえるオール・フォー・ワンに殺されたなどと言える訳がない。

 オールマイトは、剣崎が菜奈に対してどんな想いを抱いていたのかを理解している。だからこそ言えなかったのだ。

 真実を語れば、その先の展開こそ剣崎次第だが……下手をすれば剣崎は怒りと憎しみに支配された心に何とか残っている「生来の〝人間性〟」を完全に失ってしまい、(ヴィラン)だけでなく菜奈を救えなかった全ての存在を破壊しようとするかもしれないのだ。

(彼の怒りと憎しみが、(ヴィラン)どころかヒーロー(われわれ)にまで向けられたら……その時は……私が彼を倒すのか? 一人の若者をまた(・・)死に追いやり、同じ悲劇を繰り返せというのか……!?)

 

 16年――言葉にすればたった三文字だが、それはあまりにも残酷なものであった。



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№33:本番とその裏で

やっと更新だ…!


 雄英体育祭当日。

 出久達は1-Aの控室で各々の準備をしていた。

 ある者は柔軟をし、ある者は静かに精神を研ぎ澄まし、ある者は緊張を紛らわすために談笑する。

 そんな中、轟は出久に話しかけた。

「緑谷」

「轟君……何?」

「客観的に見ても、実力は俺のほうが上だと思ってるが……お前、〝ヴィランハンター〟だけじゃなくオールマイトに目ェかけられてるよな?」

「!!」

「別にそこを詮索するつもりはねェが……お前には勝つぞ」

 体育祭が始まる前に、いきなりの勝利宣言をした轟にクラスはざわめいた。

 いきなりの喧嘩腰に、切島は仲裁に入ろうとするが……。

「それでいいじゃねェか。信じられるのは己のみ……誰に喧嘩売ろうとそいつァ自由だ」

 その声に、一斉に振り向く出久達。

 視線の先には、いつの間にか控え室に入った剣崎が壁にもたれかかっていた。

「剣崎さん!!」

「あんた…どうやって控え室(ここ)に……」

「壁すり抜けてきた」

「……そういえばそんな〝個性〟だったね……」

 剣崎は壁から離れ、出久の元へ向かう。

「出久君……残念ながら、俺は用があって本番は観に来れない。日頃の成果、悔いの無いように存分に腕を振るうこったな」

「用って、何かあったんですか?」

「知り合いに「警視庁に来い」って言われてな」

『警視庁!!?』

 警視庁に呼び出されたという剣崎。

 嫌な予感がしてきたのか、ほぼ全員が顔を引きつらせている。

「別にそういうことじゃねェと思う。一応知り合いに警察の幹部がいるからな、頼み事か何かだろ」

 剣崎の人間関係が少しずつ明らかになる。

 一時代の抑止力と位置づけられた男は、やはり普通じゃないようだ。

「しかし……ヒーローが〝受け継いだモノ〟を否定して生きようとするなんざ、時代も変わったな……そうだろう? 轟君よ」

『!?』

その言葉に、皆が轟の方へ目を向ける。

「……」

「お前さ、エンデヴァーの火事場親父のせがれだろ? 轟っつー名字で思い出してな」

 剣崎がそう言った瞬間、轟の雰囲気が豹変した。

 いつもの冷静沈着で大人びた雰囲気が、怒気を孕んだどこか感情的になったように感じたのだ。しかも(ヴィラン)に対して見せる剣崎と同じ、憎悪を孕んだ目をしていた。

 しかし、それは一瞬のこと……すぐに冷静さを取り戻す。イラついてはいるようだが。

「……親父(あいつ)と、何か関係があるのか」

「いや……昔、ちょっとした原因で小競り合いをしたんだ」

「! ……奴と戦ったのか?」

「まァな。今になると懐かしい思い出の一つだが」

 サラッととんでもない事を暴露する剣崎。

 事件解決数史上最多の記録を有するエンデヴァーもとい轟炎司は、オールマイトに次ぐ実力者だ。彼の〝個性〟である「ヘルフレイム」は炎系統で地上最強と言われ、数多くの(ヴィラン)を薙ぎ倒してきた。剣崎はそんな彼と、原因は不明だが小競り合いを起こしたのだ。

(剣崎さん、何がどうなれば№2ヒーローと小競り合いを……!?)

 もはや剣崎自身が「騒動を引き起こす〝個性〟」でも有しているのではないかと思わず錯覚する出久。

 すると剣崎はゆっくりと轟に近づき、耳元で囁いた。

 それと共に、轟は目を大きく見開いていく。

「剣崎……」

「まァ、色々背負ってるのは結構だが押しつぶされねェよう頑張れってこった」

剣崎は轟にそう告げ、コートを翻す。

「お前達の武運を祈る」

剣崎は微笑みながら、壁をすり抜けて行った。

 

 

           *

 

 

 キンッ、キンッ、キンッ、キンッ……

 

 刀をステッキのように突きながら廊下を歩く剣崎。

 すると剣崎の前に、屈強な体格で威圧感に満ちた男が現れた。

 エンデヴァーだ。

「噂は聞いていたが……生きていたのか、剣崎刀真」

「いや、一度死んだよ……ヒトとしての人生は終わってらァ、今は亡霊として生きている」

「フンッ……往生際の悪さだけは昔から一丁前だな」

「ハハハハ!! それが取り柄なんで」

 爆笑する剣崎に、呆れかえるエンデヴァー。

「小競り合いの続きは御免ですぜ。やってもいいけど、ここ一帯を消し飛ばすわけにゃいかんので」

「あの時は水に流そうと言っていただろう」

「からかってみただけだ、悪かった」

 実は小競り合いの原因は、エンデヴァーが剣崎を(ヴィラン)と勘違いしたことが原因である。

 剣崎がまだ〝ヴィランハンター〟として世間に知られて間もない頃…悪者退治に勤しんでいた血塗れの剣崎をエンデヴァーが(ヴィラン)と思い込んでしまい、戦闘に発展したのだ。剣崎は当然自衛の為に戦ったのだが…互いに熱くなりすぎて剣崎は肋骨を折ってしまい、エンデヴァーも右腕の骨にひびを入れられ肩と左足を斬られるケガを負ってしまったのだ。

 最終的にはオールマイトらによってどうにか止められたのだが……一歩間違ったら取り返しのつかない状況になっていたところである。

 剣崎にとってはいい思い出のようだが。

「んで、わざわざ俺に何の用で? 昔の思い出でも語りに来たんですかい?」

「貴様……焦凍に何を吹き込んだ」

「?」

「俺の〝最高傑作〟に、何を言ったと訊いている」

 エンデヴァーの目に怒りが宿り、剣崎に向けられる。

 だが、剣崎はきょとんとした顔でエンデヴァーを見つめ、揺らめく頭をモリモリと掻いた。

「――何を言ったって言われてもねェ…アドバイスしただけだぜ? ほら、一応俺先輩だし。アドバイスのアの字くらい言うのは当然だろ?」

「……フンッ、その程度なら(・・・・・・)良しとしよう……。だがな、焦凍はオールマイトを超える義務がある。それを阻むのならば、容赦はせんぞ」

「それ、俺のセリフじゃねェか? 可愛い後輩の悩みの解決を手伝うのも、先輩の義務だ。」

「……」

「それに……〝あの子の人生はあの子のもんだ、その行く末を見届けるのが親の責務だろ〟?」

「!!」

 その言葉に、エンデヴァーは目を見開いた。

 かつて自分を嫉妬させた、あの女性と姿を重ねたからだ。

 

 ――刀真の人生は刀真のものだ、その行く末を見届けるのが親である私の責務だろう? 炎司、お前もいつか一端の親になればわかるさ。不器用でも不作法でも、自分らしく背筋まっすぐ歩いていく我が子の成長ってのがどれだけ喜ばしいことか

 

「剣崎、貴様……」

「あの子もまた、自分なりにケジメをつけようとは思っているはずだ……それだけは言っておくぜ、火事場親父」

剣崎は刀をステッキのように突いて、その場を後にした。

 

 

《雄英体育祭!! ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! どうせてめーアレだろ、こいつらだろ!!? (ヴィラン)の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!》

 プレゼント・マイクの陽気な声が、会場に響き渡る。

 それと共に観客は生徒達が登場する入り口に視線を集中させる。

《ヒーロー科!! 1年!!! A組だろォォ!!?》

 観客の盛り上がりは最高潮になり、爆発的な歓声が会場に響く。

 それと共に生徒達は次々に会場入りしていくが、そんな中でも轟は剣崎のあの言葉が忘れられなかった。

 

 ――自分の原点が何だったのか……思い返してみな。一度吹っ切れりゃあ、見える景色も少しは変わるぜ?

 

「……俺の原点、か……」

 轟は、誰にも聞こえない声でそう呟いた。

 

 

           *

 

 

 一方、とあるビルの屋上に彼は佇んでいた。

「ハハァ……伝説のヴィジランテの正義と信念……それが本物か、確かめてやる……!!」

 彼は獣のような声で叫ぶ。

 雄英体育祭開催の裏で、〝ヒーロー殺し〟は動き始めていた。



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№34:体育祭開催と、その裏

もう3月か…時間が経つってのは早いもんですな


 さて……ついに始まった雄英体育祭。

 「俺が一位になる」という爆豪の我の強過ぎる選手宣誓で一斉ブーイングが起こった直後なので、多くの生徒が腹が立っている中、第一種目が発表される。

 第一種目はいわゆる予選…競技は「障害物競走」。計11クラスでの総当たりレースで、会場であるスタジアムの外周約4kmの長距離走だ。

「我が校は自由さが売り文句! ウフフ……コースさえ守れば、何をしたって(・・・・・・)構わないわ! さあさあ位置につきまくりなさい…」

 1学年の主審を担うミッドナイトが、鞭を振るいながら生徒達を鼓舞する。

 生徒達は次々とやけに狭いスタートゲートの前に並んでいく。

 そんな中、ミッドナイトは16年前の体育祭を思い出していた。

(そういえば、あの頃も障害物競走だったわね……)

当時の剣崎はまだ〝無個性〟だった。

雄英高校での保護観察処分を受ける前から自警行為をしていたゆえ、基礎戦闘力や素の身体能力は抜群だったが、やはり〝個性〟の有無によって他の生徒と大きな差が生じてしまう。ましてや、〝無個性〟は何かと敬遠されがちなので現実的にも圧倒的に不利な立場だった。

そんな彼が、障害物競走においてとった策は……。

 

 ――おい、有精卵共!! 〝無個性〟をナメるなよ!!

 

 ――うわ、バカ来るな刀真!! 何で地雷掘り起こして持ってきた!?

 

 ――まさか、玉砕する気!?

 

 ――ちょ、刀真!! 冗談抜きでやめなさいよ!!

 

 ――僕達に何の恨みが!?

 

 ――《唯一〝無個性〟の剣崎刀真、何と掘り起こした地雷を抱えて前方集団に特攻!!! まさかの自爆狙いかーーっ!? っつーか、許されていいのこれ!? 確かにコースさえ守れば何をしたって構わないルールだけど!!!》

 

 剣崎が地雷を掘り起こしてそれを抱えて前方集団に特攻したのだ。

 これにはさすがに全員がドン引きして離れていき、剣崎はビリから数えた方が近い順位だったのにもかかわらず3位にまで上り詰めたのだ。なお、剣崎曰く「人の心理を利用した、咄嗟に思いついた起死回生の奇策」との事だったが、あまりにも危険な行為だったので厳重注意を受けたのは言うまでもない。

 あれから16年……さすがに今回の障害物競走はそういう事態は無いだろうが、地雷原の攻略が予選通過の鍵だろう。

(地雷原の攻略が楽しみね)

 そう思いながら、ミッドナイトは声高に告げた。

《第一種目・障害物競走、スターーーーート!!!》

 

 

           *

 

 

 数十分後、警視庁――

「浦村警視監! 剣崎刀真を連れてきました」

「うむ……水島君、ご苦労」

 水島が敬礼と共に報告すると、浦村は労いの言葉を投げかける。

 その直後、剣崎が入室する。

 刀をステッキのように突いていないのは、恐らく警官達の注意のせいだろう。

「おお、刀真! 16年ぶりだな」

「……文さん……」

 浦村は歓喜の声を上げ、剣崎との久しぶりの邂逅を果たす。

 二人は旧知の中でもあり、剣崎としては加藤以上に世話になっている人物でもある。現在は警視監という立場がゆえ現場に出ることはとても少ない浦村も、16年前は最前線で多くの事件を解決してきた歴戦の実力者である。

「刀真よ、随分痛々しい姿になったな……優君が怒鳴り散らす程だぞ?」

 その名を聞き、複雑な表情を浮かべる剣崎。

 優とは、剣崎の母の事だ。本名は剣崎優…志村菜奈やオールマイト、グラントリノの盟友であり、若き日のエンデヴァーとも顔馴染みでもあった女傑(ヒーロー)だ。

 浦村もまた、在りし日の彼女とかつての剣崎を知る数少ない人物なのだ。

「……すまん、失言だったか?」

「いや……確かに母さんがいたら拳骨ぐらい浴びせるでしょうね。そういう文さんも、随分と立派なひげを生やしたもんですね」

「ハハハ……私も警視監という立場ゆえ、威厳というものを見せなければいかんのでな」

 昔話をして若き日を思い出したのか、互いに微笑む。

「先月から、突然警察やヒーローが追っていた(ヴィラン)組織が次々に壊滅する事件が相次いだのでな…後始末は大変だったのだぞ? 君らしいがな」

「……悪者に慈悲など無用。俺は自分の信念と正義の為に動いただけです」

「懐かしいフレーズだな。昔も今も――君と我々はやり方と考えこそ違えど、より良い時代の為ということか」

「そういうわけだな。それで……俺に何の用で?」

 浦村の人柄を考えればやりかねないが、ただ旧交を温めにわざわざ警視庁まで呼び出すわけが無いだろう。

 すると浦村は、ある提案を持ちかけた。

「加藤君が、〝ヒーロー殺し〟ステインに襲撃されたのは知っているだろう? それを受け、我々警察も本腰を入れてステイン逮捕に取り組む事になったのだが……そこでだ。これはまだ反対意見が出ているが、君の力を借りたい」

 剣崎は浦村の言葉を聞き、その真意を察した。

 雄英体育祭の影響で、多くのヒーローがスカウト目的で観に来るが、言い換えれば多くのヒーロー達が現場からいなくなりやすいという事でもある。そうとなればここぞとばかりに(ヴィラン)が暴れやすくなる。 その地域のヴィジランテがいれば何とか抑えられるだろうが、いない地域では抑える事が難しい。ただでさえ(ヴィラン)業界屈指の実力者であるステインの凶行が増えている中、オールマイトやエンデヴァーといったヒーロー業界でも頂点に君臨する者達も今回の雄英体育祭で現場から不在になる可能性もある事を考えると、警察だけでは手に負えないのだ。

「君が発現した〝個性〟は、既に承知している。ステインの〝個性〟を考えると、相性上は君がステインを倒せる確率が一番高いのだよ」

「……火永や熱美は?」

「火永君と熱美君は、私の直属の部下(ヒーロー)だ。正直な話、〝ヒーロー殺し〟よりも重大な案件を抱えているのだよ。それに御船君は剣の腕と〝個性〟を買われ、政府要人の護衛や全国的に有名なイベントの警備を主に務めている…その点を踏まえると、頼れるのは君だけなのだ」

 過去の話とはいえ、剣崎は(ヴィラン)に恐れられる程の知名度と実力で良くも悪くも治安維持及び改善に影響を与えた程の存在。法や制度である程度の制限があるもヒーローと違い、非合法(イリーガル)の立場でありながら十分な抑止力として機能できるのだ。

 ステインは、自身が出没した町の犯罪発生率を低下させたことがあるが、剣崎の場合は日本全国の犯罪発生率が低下するレベルなのだ。オールマイトの弱体化も考えると、「万が一の場合」に備えるためにも剣崎を動かさねばならない。

 それが浦村の考えだった。剣崎を知り、信用しているからこそである。

「ステインとやらの件はわかった…だが俺を動かすってことは……まさかとは思うが、相当ヤバイんじゃねェのか?」

「……ハァ……全く、相も変わらず気味が悪いレベルの勘の鋭さだな」

「違いねェ」

 溜め息を吐く浦村に、微笑む剣崎。

「これはまだ推測の域だが……(ヴィラン)連合とヒートアイスファミリーが手を組んでいる可能性があると考えている」

「!」

 浦村の言葉に、剣崎は目を見開く。

 ヒートアイスファミリーは、かつて剣崎と互角に渡り合った〝ヒートアイス〟こと熱導冷子が率いる犯罪組織だ。

「あいつは誰かと手を組むような奴とは思えねェが……」

「私もそう考えた。彼女の残虐性を知る者なら、接触すら避けたがるだろう……だが、彼女を丸め込める〝条件〟ならある。それが君だ」

 熱導は過去に一度対決して以来、剣崎に固執している。

 彼を屈し自らの僕にしようと目論んでいるのだから、その為にはどんな手段も使うだろう。

(っ……あのストーカーめ……)

「先日の雄英襲撃において、主犯格以外の(ヴィラン)は君の手により粛清された。その後にて、加藤君や塚内君が生徒から情報収集をしたのだが……その際に気になる情報を得た。(ヴィラン)連合の主犯格の一人が、「ある事を確かめに来た」と言ったそうだ」

 浦村は、それが剣崎の復活と現状ではないかと推測している。

 死人は決して蘇らない。なのに剣崎が生きているという事は、何らかの〝個性〟の影響であるということは明白だ。その情報を掴んだ熱導は敵連合(かれら)を支援することと引き換えに剣崎の件について依頼したのではないか……と考えたのだ。

「……まァ、そう考えるのが妥当か」

「残念ながら、得られたのは生徒達の証言だけだ。それを裏付ける確固たる証拠は掴めていない。だが、これが事実だとすれば……近いうちに奴らはこの超人社会全体を巻き込むような惨事を引き起こしてしまうだろう。それだけは何としても避けなければならない」

 (ヴィラン)連合は、雄英襲撃において剣崎によって主犯格以外を全滅されるという大失態を演じた。しかし、そこに――恐らく熱導自身の個人的な目的で――ヒートアイスファミリーが接触し手を組んだとなれば、襲撃時以上の戦力で甚大な被害をもたらす事件を起こすだろう。

「……狙いは俺か……上等じゃねェか、そいつら全員の落とし前、俺が全部つけてやるよ」

 剣崎はそう言い、コートを翻す。

「話はそんぐれェだろう? 用が思ったより早く済んだからな、可愛い後輩の活躍を観に戻るわ」

「そう固い事を言わないでくれ……せっかく会えたんだ、少しは思い出話に付き合ってほしい。一緒に体育祭でも観ながらね」

「……少しだけだぞ」

「すまないな」

 剣崎は呆れながらも妥協し、浦村は満足した笑みでテレビのスイッチを入れた。

《さァさァ、序盤の展開から誰が想像できた!? 今一番にスタジアムへ還ってきたその男……緑谷出久の存在を!!》

「む? あの子は去年の……」

「! やるじゃねェか、俺が見込んだだけある」

 第一種目の障害物競走の一位は、何と出久だった。

 浦村は出久の姿を見て何かを思い出し、剣崎は口角を上げた。

「? 君の弟子か?」

「まァ、似たようなモンだ。そっちこそ、出久君を知ってるのか?」

「去年、ちょっとした事件でね。彼の勇気には感服したよ」

 どうやら浦村も、出久に一目置いているようだ。

「君が鍛えたというのなら……ベスト10までは行けそうだな。期待出来そうだ」

(ここでどれ程戦えるか……腹括って行けよ、出久君)

 その時、浦村の机の上に置いてあった電話が鳴った。

 画面には「塚内直正」と記されてあった。

「私だ、どうした?」

《警視監、〝ヒーロー殺し〟の新しい情報です! 〝ヒーロー殺し〟は今後、神奈川県に拠点を移すそうです!!》

「神奈川だと!?」

「?」

 〝ヴィランハンター〟と〝ヒーロー殺し〟の因縁の邂逅は、刻一刻と迫っていた。




せっかくなので、剣崎のコートについて説明します。
いつも羽織ってるあれにも、設定があるんです。

まずあのコートは、小説内ではまだ書かれてませんが、剣崎の母のモノなんです。父の形見は得物で、母の形見はコートって事です。
ポケットには短刀を隠していると何度か記しましたが、一応他にもいっぱい入ってます。靴紐、手帳、筆…色々ありますね。


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№35:人知れず迫る危機

いきなりここで急展開?です。


 さて……浦村と剣崎の元に入った情報。

 塚内によると、彼はつい先程ステインの信奉者3名を逮捕したらしく、そんな彼らを取り調べたところ、ステインが今後の活動拠点を移す事を全員が自白したのだ。

 警察やプロヒーローにとって、これは大手柄といえるが……。

「ちょっと待て。それは本当に正しい情報なのか?」

「何……?」

 剣崎が待ったをかけた。

「俺も一応、睡から奴の情報を得たが……ステインは保須を拠点にしてるんだろ? その情報が仮に本当だとしても、奴は「偽物の粛清を全部済ませていない」としてしばらく保須に残るはずだ……それに単独犯にとって移動先の拠点がバレるってのは致命的なミスだぞ」

 情報の漏洩は予測不能の危機を呼ぶ。ゆえに、ヒーローだろうと(ヴィラン)だろうと、強豪・大物達はそういった細かいところに敏感である。剣崎自身、(ヴィラン)勢力の拠点奇襲を何度も行ってきたため、こういった手口を見抜くのが得意なのだ。

 つまり、剣崎はステインの信奉者達が自白した情報はガセであると判断したのだ。

「塚内君が得た情報……信奉者が自白した内容はデマだと?」

「〝ヒーローは信じるのが仕事、警察は疑うのが仕事〟……両親からそう習ってきたんで」

「……!」

 剣崎の言葉に、目を見開く浦村。

 そして数秒考えてから、塚内に告げた。

「塚内君、その情報は我々の意識を逸らす為の罠の可能性もある。あまり信用しない方がいい……とりあえず、その情報は私が神奈川県警に伝えるから、君達は保須市周辺をくまなく捜査しなさい」

《! 了解》

「うむ、ご苦労」

 浦村は労いの言葉を伝え、塚内との電話を終える。

「……話はもういいよな」

「……ああ。もういいぞ」

 浦村の許可の言葉を耳にした剣崎は、コートを翻して立ち去ろうとする。

 しかし、その時剣崎が何かを思い出したのか立ち止まった。

「文さん……一つだけ言っておく。平和ってのは常に誰かが犠牲になり続けて成り立つんだ。警察のあんたに言うのもなんだが、「今時のヒーロー」に、その犠牲の役を務められるのか考えてほしい」

「……!」

「それじゃあ、俺は行く」

 剣崎はそう言い残し、部屋から出て行った。

 

 

           *

 

 

 ここは、甲府市のあるビル。

 そこでは、一人の老人が電話をしていた。

 老人の名はグラントリノ……オールマイトの師匠であり、志村菜奈と剣崎優の盟友でもあった男だ。ヒーローとしての知名度は無名だが、その実力は確かなものである。

 そんな彼は、弟子であるオールマイトと電話で話し合っていた。

「確かに奴は世間に敬遠され恐れられる程に(ヴィラン)を斬った。だが私利私欲の為にではなく、全ては己が犠牲の果てにある未来の為。事実、俺も奴に救われた」

《……ええ、彼は自分自身を引き換えに未来を切り開こうとしていますからね。その点では優さん譲りです》

「……あいつは、あいつなりになろうとしてたんだがな……」

 剣崎は、優や菜奈(ヒーロー)になりたかった。無個性でも、自分の力で平和な新時代を築きたかった。

 しかしあの惨劇により、剣崎は豹変した。人一倍優しかった少年は、修羅の道を歩むようになり、常に死と血に染まった衣を纏うようになった。

 彼の母・優と盟友だった縁もあり、グラントリノもまた、剣崎の件には責任を感じている。

「剣崎の件についてだが……いつまでも隠し通すわけにはいかねェぞ。良くも悪くも、社会的に大きな影響を与えたんだ…あの時代を生き残った連中は未だに奴を怨んでる、いつまでも庇い続けるのは奴自身も望まんはずだ」

《はい……》

「それとお前が先日戦った札付礼二の件……あいつは手強いぞ、〝ヒーロー殺し〟を上回る力の持ち主だ。お前の弱体化を察してしまった以上、本格的に奴らも動くだろう」

《シックス・ゼロが……ですか》

「まァ、今はまだ様子見だろう…すぐには仕掛けちゃ来ねェはずだ。それに思想上(ヴィラン)連合と手を組むことはねェだろうしな。だからっつっても気ィ抜くなよ、お前や剣崎とは浅からぬ因縁があるからな」

 悪の一大勢力「無間軍」の首領たるシックス・ゼロは、あのオール・フォー・ワンと同格とされている程の大物。今はまだ大人しいとはいえ、今後の動向には細心の注意を払うべきだろう。

「あとはもういいな……俊典、まずはやるべきことをやれ。どんな継承者か、楽しみにもしてるぞ」

《? ……まさか!?》

 オールマイトの驚愕の声の直後、すぐさま電話を切るグラントリノ。

 異論は認めないようだ……。

「さて……どう動く気だ? 剣崎……」

 

 

 一方、スタジアムの外では――

「例年以上の警備……ですが、何事も起きないようですね」

 剣崎の同志・御船はたこ焼きを頬張りながら呑気に見回る。

 先日(ヴィラン)に襲撃されたばかりだが、危機管理体制が盤石である事を示す為にあえて強行した今回の雄英体育祭。

 当然、例年以上の警備に加え著名的なヒーロー達を警備に参加させる事で更に強化したので、現時点ではこれといった問題はない。ゆえに、警備する側も多少なり息抜きはできた。

「相変わらずたこ焼き美味しいな……それにしても、第一種目の一位が刀真のお気に入りとは」

 御船自身、剣崎からある程度の話は聞いている。

 剣崎は今の雄英の生徒で、特に緑谷出久なる少年を大層可愛がっており時間を見つけては指導しているらしい。

「刀真の指導を受けてれば、予選ぐらい一位通過しても当然か……」

 かくいう御船も、剣崎から剣術を多少なり指導された立場。

 出久に対してはある種のシンパシーを感じているのだ。

「さすがの大物達も紛れ込みはしないか――」

「そうでもないようだが……?」

「っ!?」

 すかさず腰に差した得物の刀を抜こうとする御船。

 しかし得物の柄を握って抜刀しようとした瞬間、まるで金縛りにあったかのように全身が動かなくなる。

「フム……さすがは〝黒の処刑人〟、動くのが速いな。だが……あの小僧よりは遅い」

 御船の動きを止めたのは、大きな刀傷が刻まれた顔面が特徴の中年の男だった。

 雰囲気は至って温和そうであるが、御船は瞬時に理解した。

 この男の正体と、その強さを。

「何をしに来た……!!」

「フフ……そう興奮せずともいい。私は何も騒ぎを起こしにわざわざこんな所に来たわけではない」

(ヴィラン)は信用できない……ましてや「無間軍」の総帥となれば!!」

 何と男の正体は、かつて剣崎とオールマイトに敗れたはずの超大物(ヴィラン)……シックス・ゼロだった。



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№36:大物襲来と、無重力の戦い

 シックス・ゼロ。かつて剣崎に深手を負わされ、死亡したとされた大物(ヴィラン)

 そんな彼が雄英体育祭に堂々と入ってきた。

御船は何とかして斬ろうとするが、体が動かず抵抗できないでいた。

「何をしに来た……宣戦布告か……?」

「宣戦布告、か……それは答えかねるが、もう一度言う。私は騒ぎを起こしに来たわけではないと」

 御船は必死に抵抗して体を動かすが…。

「おっと、下手に動こうとすると体が千切れてしまうかもしれないぞ?」

「……糸か……!」

 シックスの〝個性〟は、「糸」だ。

 ただし、ただの糸ではなく鉄に匹敵する固さと刃物のような切れ味を有するピアノ線に近い強靭な糸だ。戦闘面に関しての応用の幅は非常に広く、切断や貫通、叩き付けなど攻撃も多彩だ。何より脅威的なのは、相手に向けて見えない糸を伸ばしてマリオネットのように強制的に操る事で、一度捕まれば抵抗は困難だ。

「…なぜ来た……どうしてバレない……!?」

「私はいつも仮面で顔を覆って生活してるのでね……素顔を知るのはごく一部の人間だけなのだよ。君は剣崎から素顔を知ったのだろう?」

「……」

 余裕に満ちたシックスに殺気を放つ御船。

 しかし動きを封じられた彼は、どうすることもできないでいた。

「さて……いきなりだが質問だ。答えてもらおうか」

「……!?」

「剣崎はどこだ?」

 その言葉に、目を見開く御船。

 いつの間にか、剣崎復活の情報が流れている。それは世間にすら公表されていないトップシークレットともいえる情報が漏洩しているようなものであり、予測不能の危機を呼びかねない。

 御船は数秒ほど考えてから答えた。

「……刀真が復活したのは本当さ」

「ほう――」

「だけど、今どこで何をしているかは知らない。同期の僕ですら知らないんだ、あまり当てにしない方がいい……仮に知っていても、僕が易々と口を割るとでも?」

「……成程、その可能性もあるとは思っていた。あの小僧は中々ボロを出さないからな」

 ふと、後ろから煙草の煙の臭いが漂ってきた。

 どうやら、何者かが救けに来たようだ。

 御船は自らの〝個性〟である「心眼」を発動する。御船の「心眼」は、眼を閉じて集中することで〝見えない結界〟を展開し、一定圏内の人や物の数と位置・相手の動きや気配・その場の地形などを正確に把握することができるのだ。

「この気配は……火永っ……!」

「おや……これは珍客だ、勝負でもしに来たのかね? 弾東火永君」

 二人のすぐ後ろに、煙草を咥えた火永がいた。

彼からは強烈な殺気と怒気が放たれており、肌がピリピリするような感覚を二人は覚えた。

 しかし、シックスは笑みを浮かべていた。かつて相見えた在りし日の〝ヴィランハンター〟を思い出したのだ。

「その禍々しい殺気……成程。我が宿敵――剣崎と互角に渡り合ったと謳われるだけはある」

「ぐちぐち言ってねェでとっとと放せ。てめェ、戦争でもしに来たのか?」

「……彼にも言ったが、私は騒ぎを起こしに来たわけではない。ただ純粋に祭りを楽しみたいのだ」

「祭りね…血祭りの間違いじゃねェのか?」

「それも悪くないが、生憎そんな気分ではないのだよ」

 その時、ブツッという音と共に御船がバランスを崩して倒れそうになる。

 シックスの支配……糸の拘束から解放されたのだ。

「そう焦らずとも、いずれは戦う運命(さだめ)。それまで勝負はお預けだ……あの小僧によろしく言っといてくれ」

 そう言って、シックス・ゼロは堂々とした態度でその場から去っていった。

「お前……ケガは?」

「大丈夫……何もされてない」

「……あの野郎、今更あいつに復讐でもしに来たのか…?」

 火永は煙草の煙を吐きながら、苛立ちを隠せない表情を浮かべるのだった。

 

 

           *

 

 

 一方、剣崎は――

「んで……いつになりゃ着くんだ」

「もう少し。あと10分あれば着く筈」

 警視庁での要件を終えた剣崎は、熱美の車に乗って雄英体育祭の会場へと向かっていた。

「それにしても凄いわね、緑谷君って子」

「まァ、俺が手塩に掛けて戦闘の基礎を叩き込んだしな。2週間だけだが」

そう言って笑みを浮かべる剣崎。

出久とお茶子の為に指導した成果が出ている事に満足しているようである。

「第二の種目…騎馬戦がもう終わったから、今頃はトーナメントのはずよ」

「トーナメント、か……」

 剣崎の脳裏に、生前の記憶がよぎる。

 当時の剣崎は個性の無い状況に加え得物を没収されていたので、普通ならまず一回戦突破すら叶わない厳しい状況だった。しかしそれはあくまで普通の場合(・・・・・)……多くの修羅場をくぐり抜けてきた剣崎は奮戦した。

 ただし、相手の人生を大きく左右させるほどのケガを負わせてしまったが。

 

 ――お前さ、いくら何でもやり過ぎだろ……!

 ――さすがに……そこまでやる必要は……!

 ――相手が弱者だろうと強者だろうと、俺は加減はしても徹底的に戦う主義だ。

 

(今思えば、よくぞまァ素手で決勝まで行けたもんだ)

 決勝は火永とのバトルだったが、火永は銃弾の代わりになるものがフィールドに無かったので、拳の語り合いとなってしまった。最終的には、不良漫画でありがちの痛み分けで決着がついたが。

「……くくっ――」

「刀真……?」

「いや……何でもない」

 思い出し笑いをする剣崎に首を傾げる熱美。

(さて……こっからが正念場だ、勝っても負けても(・・・・・・・・)俺の期待は裏切らねェよな?)

 剣崎の脳裏に、二人の弟子の姿がよぎる。

 限りある時間でどれだけ成長したのか……そう思いニヤニヤし始める剣崎だった。

 

 

 同時刻――

 雄英体育祭の最終種目、トーナメント戦。

 一回戦最終となる八戦目では、ある意味もっとも不穏な組み合わせとも言える対決が始まろうとしていた。

「お前、浮かす奴だな丸顔。退くなら今退けよ、「痛え」じゃ済まねェぞ」

 現時点の雄英高校1年A組においてトップクラスの実力者・爆豪と、丸顔と呼ばれたお茶子の対決だ。

 爆豪に睨まれ気圧されるお茶子は、先日の剣崎との手合わせを思い出していた。

 

 ――許容重量(キャパ)か…思ったよりも厳しい条件なんだな

 ――超えると吐いちゃうので……

 ――ってなると……俺が教えられるのは、一つしかねェってこったな

 ――……?

 

 お茶子は深呼吸をして落ち着かせ、爆豪を見据えた。

「……!」

 爆豪は、お茶子の変化に気づく。

 いつもとは違うその眼差しに、爆豪は察したのだ。

 実力差が歴然でも……本気で勝ちに行く気だと。

「爆豪君、言っておくけど……」

「あ?」

「私に退くなんて選択肢、無いからねっ!!」

 お茶子はそう言い、爆豪に攻撃を仕掛けた。

 近接戦闘はほとんど隙無しで、動けば動くほど強力になっていく「爆破」か。それとも、圧倒的に不利な状況下の「無重力」か。

 〝ヴィランハンター〟に師事した有精卵・麗日お茶子の戦いが始まった。




次回は爆豪VSお茶子です。


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№37:爆破VS無重力

やっとこの回を投稿できた…!!


 お茶子と爆豪の一騎打ちが始まる。

 先に攻めたのは、お茶子だ。

(相手の目線で大方の攻撃の出所を予測する……デク君は、爆豪君は右をよく使う癖があるって言ってたから……!)

 近接戦闘はほとんど隙無しで、動けば動くほど強力になっていくのが爆豪である。だが一方で、お茶子は爆豪に触れさえすれば主導権を握ることも可能だ。

 当然爆豪はそれを承知しており、接触を避けたいがために必ず迎撃するだろう。

「じゃあ死ね」

 爆豪は右を大きく振って殴りかかった。

 しかし……お茶子は剣崎によって鍛え上げられている。そう易々とやられはしなかった。

(ここだ!)

 お茶子は地面を強く踏みつけ、爆豪の攻撃が当たらないギリギリのところで後ろへ退避した。

「!」

 その瞬間、爆豪の右手から強烈な爆破の一撃が炸裂する。

 観客席から悲痛の声が上げる中、お茶子の動きを目にしていた爆豪はより一層警戒心を強めた。

(今の動き……)

 爆豪自身、右をよく使う癖を自覚している。恐らく、自分の癖については出久から聞いたのだろう。だが、瞬時に後ろへ退くことができたのには驚いた。

 ふと思えば、お茶子は〝(ヴィラン)〟の襲撃以来どこか雰囲気が変わっていた。もしかしたら、お茶子はあの日を通じて自らの弱さを痛感し、自身を強化しているかもしれない。

(面白ェ、ミリ単位でも骨太になったってか)

 内心笑みを浮かべつつも、視界が悪い煙の中からお茶子を探す。

 すると、その中で黒い影が動いているのが見えた。

「ナメんじゃ……」

 爆豪はその影を爆撃しようとしたが、その影の正体を見て動きを止めた。

 影の正体は、ただの上着だったのだ。

 爆豪が影の正体を確認した時には、お茶子は爆豪の真後ろに回り込んでいた。

 爆豪の「爆破(こせい)」は大きな爆煙も伴うゆえに、一時的に視界が悪くなる。お茶子はそれを利用し、煙に紛らわせて上着を脱いで誤認させ、背後から接触を狙ったのだ。

(ここで浮かしちゃえば……)

 しかし……。

「オラァァ!!」

 爆豪は後ろに振り向くと同時に、爆破の威力を高めた攻撃を放った。

 その衝撃で、お茶子は弾き飛ばされてしまう。

(あかん……間に合ってる……!!)

 煙幕からの突進だろうが、見てから動いての迎撃が間に合ってしまう。

 百戦錬磨の剣崎と比べるとさすがに劣るが、爆豪は才能の塊のような輩……やはり反応速度が違う。

「どうすれば……」

 そう呟いた時、ふとお茶子の脳裏に剣崎との会話がよぎった。

 

 ――お茶子ちゃん、君は技で勝負を仕掛けるべきだ

 ――技、ですか…?

 ――そう…力で劣る点を技で補うことで、絶対的な力の差を少しでも埋めるって訳だ。あらゆる技に自分流の一手間を加えればそれで十分……うまく組み合わせれば、強大な力をも捻じ伏せる。例えば……「浮かしたものの落とす時間をズラす」とかな

 

「力で劣る点を技で補う……」

「あ?」

「何でもないよ……おらあああああ!!!」

 お茶子は間髪入れず再突進し、がむしゃらに攻め始めた。

 爆豪はそれに応じるかのように強烈な爆破を浴びせる。

 彼女の戦いぶりをクラスメイトが見守っているが、その多くが引きつった表情をしており、中には顔を覆ったり泣きそうな顔をしている者も。

 何度も爆豪に突進しては激しい迎撃を食らう…それが延々と続く泥臭い試合展開となっている。

「あの変わり身が通じなくて、ヤケ起こしてるな……」

「審判も……止めなくて良いのかよ? 大分クソだぞ……」

 観てるだけで痛々しい印象しか伝わってこない試合に、プロヒーローも不満な声を上げ始める。

「ハァ……ハァ……!!」

「……」

 傷だらけの身体に鞭を打って、弱々しい目で睨むお茶子。

 爆豪もまた、お茶子の休むことない突撃への迎撃に疲れてきたのか、腕で汗を拭っている。

 そんな中、一人のヒーローが席に立ち上がった。

「おい!! それでもヒーロー志望か! そんだけ実力差があるなら早く場外にでも放り出せよ!!」

 一方的に爆豪がお茶子を嬲っているように映るのか、ついにブーイングの声が。

 それは瞬く間に会場全体を包み込み、多くの観客が親指を下に向けてブーイングし始めた。

 実況のプレゼント・マイクも同意をしかけるが……。

《今遊んでるっつったのプロか? 何年目だ? シラフで言ってんならもう観る意味ねェから帰れ》

「相澤先生……?」

 相澤の低く静かな怒声が響き渡り、会場に響き渡っていたブーイングの嵐は一瞬で止んだ。

《ここまで上がってきた相手の力を認めているから警戒してんだろうが。本気で勝とうとしているからこそ、手加減も油断もできねェんだろ。そんなこともわからねェか》

 爆豪は鋭い目つきでお茶子を睨みつける。

(まだだ……まだこいつ……)

 お茶子の目は、死んでなかった。

 誰がどう見ても敗色濃厚であるが、まだ諦めていなかった。燃え尽きていなかったのだ。

「――そろそろかな……ありがとう爆豪君……油断してくれなくて……!!」

「あ……!?」

 ふと気付けば、空には爆豪が爆破攻撃の際に飛び散った瓦礫が浮いていた。

 お茶子は両手を合わせ、〝個性〟で瓦礫にかかっていた無重力の効果を解除した。

《瓦礫の流星群!? いつの間に!?》 

「気づけよ」

 低姿勢での突進で爆豪の打点を下に集中させ続けることで、瓦礫(ぶき)を蓄える。そして絶え間ない突進と爆煙で視野を狭めて、爆豪に策を悟らせないようにしていた。お茶子は、爆豪の隙を作るために爆破攻撃をその身に受け続けていたのだ。

 直接触れなければ発動しない「無重力(こせい)」に加え、浮かすものが何も無い平坦(フラット)なフィールドで爆豪と一騎討ちで戦うのは圧倒的に不利だ。ならば、浮かすものを爆豪に作らせてもらえばいい(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

(この策なら、爆豪君は必ず迎撃する!! そこからが(・・・・・)勝負!!)

 流星群攻撃に対し、爆豪は……。

 

 ボガァァァァァァァン!!

 

 爆豪は瓦礫の流星群を一掃する、会心の爆撃を放った。

「危ねェな……デクとあのゾンビ野郎と仲良いから何か企んでるとは思ってたけどよ……」

《爆豪勝己、会心の一撃!! 麗日の秘策を堂々と……正面突破~~!!!》

 お茶子の流星群を跡形もなく消し飛ばした。

 だが、それもお茶子の想定内であった。

「っ!?」

『!?』

《な、何ィ!? が、瓦礫はまだ残ってるーーー!?》

 煙が晴れると、何と空中からまた瓦礫が降ってきた。

 これを見た観客や出久達、プレゼント・マイクは絶句。

 しかし相澤だけは冷静に、かつ内心驚きながらもお茶子の「真の秘策」を察した。

(時間差攻撃が狙いか……!!)

 お茶子の真の狙いは、時間差攻撃。彼女は自分の技が爆豪に看破されて〝個性〟で突破されることを先読みしていたのだ。

 浮かしたものを一気に落とすのではなく、ストックを残しておく。それが、剣崎との修行で得た新たな技だった。

「ちっ!!」

 さすがの爆豪も、止むを得ず残された瓦礫を先程と同様に爆破で一掃する。

 その直後、お茶子はその巨大な爆煙の中に飛び込み突っ込んだ。

(下手に避けるよりも、一気に懐に潜り込む……麗日、お前……!)

 相澤はお茶子の急成長ぶりに、内心驚いていた。たった二週間で、彼女はクラスでもトップの実力者・爆豪とギリギリで戦えているほどに成長しているのだ。

 独学では二週間でここまでの成長は成し遂げられない。そう考えると、彼女の成長を促した人物はただ一人。

(剣崎……お前は大した奴だよ)

 彼女を鍛え上げたのは、〝ヴィランハンター〟剣崎刀真……彼以外いないだろう。

 恐らく、少ない時間でお茶子に戦闘の術を叩き込み、圧倒的な壁に対してどう立ち向かえばいいのかを人知れず指導したのだろう。

「勝ァァァァつ!!!」

 一撃で倒す為、先端を強打されると脳震盪を起こす顎に狙いを定めるお茶子。

 お茶子は左拳を握り締め、爆豪の顎に目掛けて拳を振るった。

(左アッパー!?)

 接触と思っていた爆豪は、まさか殴りかかるとは思わなかったのか目を見開く。

 しかし一気に距離を詰められて、爆破攻撃は間に合わない。

「くっ!」

 爆豪は咄嗟に後ろに避けた。

 たった一歩の、紙一重の回避。だが、それが勝負の決め手となった。

「あっ……」

 お茶子は左拳を空振りし、そのまま前のめりに倒れた。

 燃える気力は残っている。だが、すでに許容重量をとっくに超えており限界を迎えていたのだ。

「……体が……言うこと……聞かん……!」 

「……」 

 ミッドナイトはお茶子の安否を確認する。

 お茶子は全身ボロボロになっても、掠れた目で爆豪を睨みつけている。圧倒的な力の差を見せつけられて倒れてもなお闘志を燃やしている彼女に、爆豪は眉をひそめる。

「父ちゃん………剣……崎、さん……」

 ボロボロな傷を負ったお茶子はそのまま気絶し、ミッドナイトは手を挙げる。

「……麗日さん、行動不能。よって二回戦進出者は、爆豪君」

 静まる会場に響いたのは、ミッドナイトの声のみだ。

(……刀真。お茶子ちゃんはよく頑張ったわ……あの爆豪君を相手にここまで戦えたもの)

 

 麗日お茶子、一回戦敗退。




次回、ついに待望の対決が実現!

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№38:〝ヴィランハンター〟VS〝ヒーロー殺し〟第一戦

一番面白くなるところにやっと来た!!
長かったな~……。

剣崎の弱点がやっと発覚です。


 さて……本来ならすでに会場に着いているはずの剣崎らは、未だ道路を走っていた。

 当然と言えば当然だが、渋滞が起こっていたので迂回ルートで会場につくハメになったのだ。

「ごめんなさい……渋滞ぐらい起こるってことを忘れてたわ……」

「そんなもん言う程の大事じゃあるめェし……気にしねェよ。しかしまさか保須まで回されるとはな」

 車の窓から、天を仰ぐ剣崎。

 その時、剣崎は何かを察知した。

(殺気!)

「? 刀真……?」

「熱美、非常事態だ。俺は一旦降りる!」

「え、ちょ!?」

 剣崎は刀を手にして、車のドアをすり抜けてそのままビル街へと向かった。

「ちょっと、マズいんじゃないかな……?」

 熱美の心配は、剣崎である。

 彼の存在は、世間には公表されていない。正直な話、バレるのも時間の問題ではあるが今は雄英襲撃の件も含めて情勢が不安定なため、剣崎は警察としてもヒーロー側としてもしばらくの間は身を隠すようにと口利きされている立場なのだ。

 そんな剣崎がいきなりシャバへ出ては、大変な事になるのは目に見えている。

 だが、その当事者はすでに車のドアをすり抜けてどこかへ行ってしまっている……。

「……仕方ない、とりあえず警察呼ぶか!!」

 

 

           *

 

 

 とある路地裏。

 東京の事務所に65人もの相棒を雇っている大人気ヒーロー――インゲニウムこと飯田天晴は、人生最大の危機を迎えていた。

 保須市でヒーローとしての活動をしている際に、ステインに襲撃されたのだ。

 当然彼は応戦したのだが、闇討ちであった事に加えて傷を負わされ〝個性〟で動きを封じられてしまったのだ。

(天哉……すまない……!!)

「俺はお前に恨みは無いが……お前のような贋物が蔓延る社会を正すためだ、ここで死んでもらう。全ては、正しき社会の為だ」

 ステインは一言告げ、動けないインゲニウムに止めを刺そうとした。

 その時!

 

 ギィン!!

 

『!!?』

 インゲニウムとステインの間に、刃こぼれが生じた日本刀を手にしてコートを羽織った異様な少年が現れ、片手持ちの状態でステインの一太刀を受け止めていた。

 そう、剣崎だ。

「フンッ!」

 剣崎は左手による裏拳をステインの左脇腹に減り込ませ、そのまま壁に叩きつけた。

 突然の乱入とはいえ、あのステインを圧倒した少年の登場に目を見開き愕然としてしまうインゲニウム。

「この辺りの地形はあまり変わってねェからな、早く見つけられたな」

「あ、あなたは……?」

 大きな火傷の痕。

 無数の切り傷によって、ひび割れたように見える顔面。

 風も無いのに揺らめく、深緑の癖毛と傷んだ衣服。

 それは、生まれてから一度も見たことの無い、得体の知れない雰囲気の異形の少年だった。しかし悪意は感じられず、現に自分を庇ったことから少なくともステインの仲間ではないようだ。

(彼は一体……!?)

 その直後、突如ナイフが剣崎の顔面に迫った。

 しかし――

 

 ビシッ!!

 

 何と剣崎は、ナイフを素手で受け止めた。

「こんなおもちゃで俺を殺せるとは思ってないだろうが……ちと甘く見すぎじゃねェか? 〝ヒーロー殺し〟よ」

「……っ!? バカな、あれ程の衝撃を食らっても……!!」

 剣崎とインゲニウムの視線の先には、血を流しつつも堂々と立つステインの姿が。

 ステインは肌を突き刺すような殺気を放つが、剣崎はむしろそれすらも上回る殺気で跳ね返している。

「40人の同志が世話んなったようだな、その分の落とし前をつけてもらう――が、その前に……」

 剣崎はそう言いつつ、今度はインゲニウムに目を向ける。

「どこかで見たような顔だが……それはどうでもいい。住民の避難誘導、もし負傷者がいるなら応急手当と救急車の手配を頼む。こいつは俺が始末する」

「!? そんな無茶な……相手は〝ヒーロー殺し〟だ、ヒーローでない君では到底――」

「余計なお世話はヒーローの本質……命懸けで助太刀に来た者にそんなことを言う余裕があるのなら、今の自分ができることをやれ」

 剣崎はそう言いながら、ステインと睨み合う。

 瞬きをした瞬間に殺し合いが始まりそうな一触即発の空気が漂う中、ステインは笑った。

しかしそれは、嘲笑ではなく、歓喜の笑みだった。

「その出で立ち……その強さ……その顔………そうか、お前が伝説の………!!」

 ステインは笑みを浮かべたまま、地面を蹴って剣崎に斬りかかった。

 それと同時に、剣崎も刀を構えて動いた。

 

 ガギィン!

 

 二人の刃が交わり、火花が散る。

 そこから先は、一太刀浴びれば命すら危ういほどの鍛えぬいた殺人剣同士の衝突だ。

 互いに連撃を繰り出し、強烈な斬撃がぶつかり合う。

 しかし、互いに斬撃を繰り出す度にステインの腕や肩に切り傷が生じる。傷は浅いが、純粋な斬り合いでは剣崎が勝っている証だ。

「太刀筋は悪くないな。だがその程度じゃ俺には通用しねェ……〝斬乱(さみだれ)〟!!」

 剣崎は刀を構え、無数の斬撃を高速でステインに浴びせた。

 ステインはそれを刀で受け止めるが、剣崎が放った斬撃全てを防ぐ事は出来ず、体中から血を噴出した。

「かっ……!!」

「……んだよ、この程度の奴に今時のヒーローは手こずってんのか? 俺が生きてた頃はてめェ程度はゴロゴロいたぞ?」

 剣崎は膝を突くステインを見つめ、呆れた表情を浮かべる。

「しかし……文字通り血も涙もないこの朽ちた肉体では、やはり体が思うように動いてくれないな。生前(むかし)なら〝斬乱〟一発で倒せたんだが……」

 肉体が朽ちたということは、血や涙だけでなく筋肉すらも朽ちているわけでもある。

 囚われていた16年間の間に戦闘の機会が少なくなったゆえに腕が落ちたことも影響しているが、やはり「死んだ肉体」は思うようには動いてくれないようだ。

「まァ、急所を突けばどうってことねェか……」

 剣崎は大股でゆっくり近づき、止めを刺すべく血が滴る刀を構える。

「ちっ……!」

 ステインは剣崎を近づかせないよう、そばに置いてあった酒瓶を手にしてそれを剣崎目掛けて投げつけた。

 剣崎は無造作に刀を振るい、投げつけられた酒瓶を斬り裂く。

 そして、中身の日本酒が剣崎の肌にかかった瞬間、それは起こった。

「ぐっ……ぐあァァァ!! うっ……ぐぅっ……!!」

 剣崎が突然呻き声を上げて膝を突いた。

 日本酒がかかった部分からは煙のようなモノが立ち昇り、肉を焼くような音も聞こえる。

 すると、信じられない現象が起こった。

 

 ポタッ……ポタポタ……

 

「……!?」

(熱い……!! 何が起こってる……!?)

 何と、剣崎のひび割れた顔から血が流れたのだ。普通の血とは違ってどす黒いが、出血は出血である。

「……これは……」

 神道において、日本酒は「神の気が宿っている」とされており、神饌(しんせん)――日本の神社や神棚に供える供物――には欠かせないものとされている。その強い除霊効果は、封を開けて置くとその場所を自然浄化してくれると言われている程である。

 生ける亡霊と化した剣崎は、この日本酒が攻撃として通じるのだ。

「ぐう……クソッタレ……!!」

 今までにない状態に苦しみ、戸惑う剣崎。それを見たステインは、一気に距離を詰めて剣崎の頬を舐めて血を摂取した。

 しかし、今度はステインが驚くべき現象にあった。

(……!? これは……!?)

 ステインが驚いた理由は……〝個性〟を発動しているにもかかわらず、剣崎がまだ動いていることだ。

 ステインの〝個性〟である「凝血」は、相手の血液を摂取することでその相手の体の自由を最大8分間奪える。剣崎の血液型がB型であるので、それを踏まえると本来なら一番長く動きを封じられるはずだ。

 だが、剣崎はそれを無視して動いているという事は、ステインが剣崎に投げつけた日本酒では効果は完全には伝わらない(・・・・・・・・・・・・)…つまり、「ただの日本酒」では剣崎を怯ませ隙を生ませる程度にしかならないということに他ならない。

 それでも、ステインにとっては重要な情報だ。今の剣崎は不死身だが、特定の弱点を突けば倒せる可能性があるという事が証明されたのだから。

「ハァ………見たところ、日本酒に弱いようだな……意外な弱点があったものだ――」

「っ……!! 自惚れるな!!!」

 憤怒に満ちた顔で起き上がり、ステインを殺意を孕んだ目で睨む剣崎。

 日本酒で濡れた部分が渇きつつあるのか、剣崎のどす黒い血は止まっている。

「弱点が相手に知られた程度で(・・・)正義の味方(ヒーロー)は屈しない……!! 俺の正義は砕けないっ!!!」

 殺気を放ちながら怒声を上げ、ステインを睨む剣崎。

 その言葉に、ステインは更に口角を上げる。

 弱点が知られても、本物のヒーローならば勝てるのだ。敗けたヒーローは贋物だ。

「卑怯だとは言わねェさ、弱点を知らなかった俺もいけねェ……だが、お前が俺の能力(ちから)を奪う術を知ったとしても、この俺を殺せなければ意味は無い!」

 剣崎は刀を構え、斬りかかる。

 ステインもまた、落ちていた刀を拾いあげて斬りかかる。

 振り出しに戻ったが、状況はステインの劣勢……剣刃をぶつける度にステインは息を荒くしていく。

「死ね!」

 ステインは刀を真上に振り上げ、渾身の一太刀を放った。

すると剣崎は刀を逆手に持ち替え、柄頭でステインの刃を受けてそのまま跳ね返した。

 体勢を崩され、無防備になるステイン。その隙に剣崎は納刀し、右足で踏み込むと同時に鞘に納めた刀を前に突き出し柄頭でステインの鳩尾を突いて吹き飛ばした。

 居合道における〝柄当て〟という技だ。

(つ、強い……彼は戦闘の達人なのか……!?)

 見た目は、恐らく15歳くらい。雄英に通う自分の弟とほぼ同い年と思われる。

 しかし少年というにはあまりにも戦闘慣れしすぎている。まるで幼い頃から戦場で生きてきた少年兵のようだ。その上、刀一本であのステインと互角以上に渡り合っている。エンデヴァーのようなプロヒーローの中でもトップクラスの猛者とも張り合えるだろう。

 しかもよく見れば、傷んでいるとはいえ身に着けている衣装は雄英高校の制服ではないか。つまり、少なくとも雄英の関係者であるのだ。だがそんな話は聞いた事も無い。

ますます理解に苦しむインゲニウム。

「……俺の〝柄当て〟食らっても、息をしてるか。思った以上にタフだな…」

 剣崎がそう言うと、ステインが体中から血を流しつつも立ち上がった。

(ハァ……今日はここまでだな……)

 剣崎自身に16年のブランクがあっても、ステインにとっては地力の差があまりにも大きい。剣崎の弱点を把握しきれてない以上、これ以上戦うのは不利だろう。

 しかしそれでも、ステインは喜んでいた。

 贋物(インゲニウム)を庇ったとはいえ、強い信念を持つ本物(おとこ)に……一度は会いたかった少年にようやく出会えたのだから。

「贋物の蔓延る腐った世を生きた甲斐があった……いいだろう、標的をお前一人に変更だ〝ヴィランハンター〟……!!」

「!」

(〝ヴィランハンター〟…!?)

 ステインは刀を鞘に納め、血まみれの顔面で恍惚の表情を浮かべ、剣崎に指を差した。

「近い内に再びお前の前に現れよう……それまで勝負はお預けだ。命拾いしたな、贋物」

 ステインはそう言い残し、逃走した。

(……追撃したいが、今は後回しだな)

 今回の戦いは、剣崎にとっても大きな収穫があった。

 それは、日本酒を浴びると浴びた部分が一時的に生身になるという己の弱点を知った事だ。自分の弱点を知られれば、大抵はピンチである。しかし裏を返せば、相手は弱点を狙うようになるのでそれに対する対策が打てる。

「さてと、帰るとすっか……」

 剣崎はコートを翻し、その場を去ろうとしたが、インゲニウムが待ったをかけた。

「ま、待ちたまえ!! これでは君が狙われるハメに――」

「それでいい、その方が好都合だ。もっとも、欲を言えばこの場で粛清(ころ)したかったがな……それよりも、住民の避難誘導とかはやったろうな?」

「いや、ステインに会う前に(ヴィラン)が暴れていた。すでに住民は避難していたよ」

「成程、後始末中に襲われたって訳か……そのケガは大丈夫か?」

「ああ、何とかね……助かったよ、申し訳ない」

「礼はいらねェさ。人を救けるのがヒーローの本職だ」

 

 しかし、この件を機に社会が大きく動くことになるなど、剣崎自身も知る由も無かった。




剣崎の放った剣技〝斬乱(さみだれ)〟は、「るろうに剣心」の〝飛天御剣流・龍巣閃〟がモデルです。

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№39:勧誘

4月最初の投稿です。
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 ここは保須市の大きな病院。

 その病室に、ベッドで横になるインゲニウムと短刀でリンゴの皮剥きをする剣崎がいた。

「あなたには何と礼を言えばいいか……」

「つまらねェこたァ言わなくてもいい」

 剣崎は笑みを浮かべ、怒りと憎悪に心を支配されているとは思えない穏やかな目をインゲニウムに向けている。

 インゲニウムは大ケガを負ったが、幸いにも退院こそ時間は掛かるものの完治すればヒーローとして再び職場復帰が出来るという。

 あの場に剣崎が現れていなければ、ヒーローとしての命はおろか己自身の人生も終わっていただろう。

「それにしても、君は一体……」

「お前の思ってる通り…俺は時代の残党さ。お前がヒーローとなるずっと昔……16年前の抑止力だった男だ」

「すると、やはり君が伝説のヴィジランテ〝ヴィランハンター〟か…!? だが……」

 〝ヴィランハンター〟の逸話は、インゲニウムも知っている。

 悪者退治の活動で74人もの(ヴィラン)を殺害したと言われているが、実際はもっと殺害していたのではないか話。老若男女問わず無慈悲に殺害した話。当時の強豪達と互角以上に渡り合った話。あまりにも強大なゆえ、ヒーローや警察すらも恐れたという話。

 伝説級の男に関する逸話は、むしろ悪名に近い。

「伝わる話と違うってか? そりゃあ仕方ねェことだ……16年も経っちまえば、伝わる話の内容も当時とは食い違う」

 悪名だろうが美名だろうが、剣崎にとってはどうでもいい話だ。

 後世に伝わる話など、ちゃんと裏取りして念入りに調べればいつでも訂正できる。今時のヒーローは不明だが……剣崎にとっては己の評判よりも、まずは(ヴィラン)を一人でも多く狩り取るのが大事なのだ。

「インゲニウム……この案件は全部俺が引き取る。〝個性〟の相性上、俺の方が都合がいいしな」

「しかし――」

「相手を殺してでも自分の信念を貫ける覚悟がねェと、数を増やしても奴には勝てねェよ。相手は殺す気で来てんだ、てめェ自身も殺す気でかからねェと命ァねェぞ」

 剣崎の地獄の底から響くような低い声に、気圧されるインゲニウム。

 その時、病室に困惑した表情を浮かべた熱美が現れた。

「刀真……早速出回っちゃったんだけど……」

 熱美はスマホの画面を剣崎の前に出す。

 そこには……。

「……早速流れたか」

 ネットニュースの最新ニュースとして、「速報! 保須に現れた謎の影」というタイトルの記事が上がっていた。

 掲載されていた写真には、ボロボロのコートと日本刀らしき物が写っており、新手の(ヴィラン)か名の知れぬヴィジランテである可能性が高いと書かれている。だが記事の後半が問題だった。

 記事の後半には、「ヒーロー業界に詳しい専門家は、この影はかつて(ヴィラン)達にとっての強大な恐怖であり怨敵であった〝ヴィランハンター〟剣崎刀真と酷似していると指摘しており、16年の時を経て忘れつつあった恐怖が再来したと唱える者までいる」という文面が載っていた。

 明らかにバレかけている。

「これ、全国版で報じていいのかしら……」

「素性の発覚はどうだっていい。俺は何より、あの男との戦いに備えなきゃならねェんだよ」

 その直後、今度は浦村警視監が病室に入ってきた。

「仕方のない事だが……やはり手を出してしまったか」

「悪いのか」

「いや、君が駆けつけなければ彼は死んでいた。その件に関しては礼を言おう」

 そう言いつつも、いつもの温和な雰囲気はどこへやら、鋭い視線で剣崎達を見据えている。

「〝インゲニウム〟飯田天晴君、〝プロミネシア〟炎炉熱美君。君ら二人は我々警察が信用に足る人物であることを承知の上で忠告する」

「浦村さん……?」

「〝ヒーロー殺し〟の標的が刀真一人に定まった以上、今後はステインの件に関しては刀真一人に一任させる!!!」

 その言葉に、愕然とする二人。

 雄英高校と一部ヒーローは知っているが……警察上層部が剣崎を快く思ってない人物が多いため、現時点で復活した〝ヴィランハンター〟は存在自体が世間に伏せられている立場だ。

 しかし、ステインが標的を一つに絞ったのは絶好のチャンスである。〝個性〟の相性や戦闘力の高さも考えると、剣崎一人にステイン討伐をさせた方が被害が少なく済むのだ。

「これは私の必死の説得に応じた警察上層部の意向だ、君達は保須周辺の警備を怠らぬように。刀真の件に水を差すと、ステインの悪意は君らに向くぞ」

「……いいのか? 上層部に干されるんじゃねェか?」

「――覚悟の上だ。私にとっては、自分の立場や地位よりも、一刻も早くステインを倒して平穏を取り戻すことの方が大事だ」

 浦村の信念ある言葉が、病室に響き渡った。

 

 

           *

 

 

 とある高層ビルの屋上。

 街を一望できるその場に、ステインはいた。

 彼の体には血の滲んだ包帯が巻かれており、先程の剣崎との戦いで負った傷が癒えてないことが窺える。

「……ハハァ……!!」

 ステインは、悪意に満ちた笑みを浮かべる。

 〝ヴィランハンター〟の話を聞くだけで鳥肌が立つような強さと苛烈な思想は、16年という長い年月が経った今でも死神のように恐れられており、一部の界隈からは畏敬の念を込めて伝説として語られている。そんな大物と戦い、形勢不利と判断して撤退したステインは、悔しがるどころかむしろ歓喜していた。

 通常、弱点を見破られた人間の多くは狼狽する。だが剣崎は違い、むしろ相手(じぶん)を威圧し立ち向かい撤退させた。

 弱者が淘汰されるのは、いつの時代でも自然な流れである。それはヒーローも同様で、敗け続けるヒーローは人々から必要とされない。しかし本物のヒーローは、たとえ実力の差が歴然でも立ち向かい、その自然の流れに抗い打ち勝つのだ。

 剣崎刀真は――〝ヴィランハンター〟は、それを自分の目の前で体現したのだ。

「贋物を粛清しきれないのは心外だが……あの男とは語らねば…」

 ようやく自分の望む語り合い(・・・・)が出来る。贋物が蔓延る腐った世を生きた甲斐があった。

 ステインはそう考えていた。

 しかし内心では、ステインは剣崎に対して〝恐れ〟を抱いていた。

 剣崎の闇堕ちでもしたかのような虚ろでどす黒い瞳は、「光」が見えなかった。ヒーローとして恥じぬ強い信念を持つ「本物」の登場に対する歓喜以上に、己の全てを奪った「悪」に対して一切の感情移入を許さない彼への恐怖が強かったのだ。

(あの男なら……理解してくれるはずだ)

 ステインにとってのヒーローは、端的に言うと「人を救うことを目的とした、自己犠牲の精神の持ち主」だ。

 今でこそ生ける亡霊である剣崎も、かつては〝本物のヒーロー〟の背中を見てきた筈だ。ならば、自らの思想「英雄回帰」を理解し、同調してくれるのではないか。収益や地位、名声を得るために生きる贋物が蔓延るこの時代を憂いているのではないのか。

 生きた時代、くぐり抜けてきた修羅場の数、踏み越えてきた屍の数は違えど、ヒーローのあるべき姿を忘れつつある現在に対しての怒りは、立場は違えど共有しているのではないかと。

(信念のある者は、立場は違えど理解し合えるはずだ)

 その時だった。

「失礼」

「!」

 背後の声に気づき、背中に背負った日本刀を抜く。

 ステインの前に立つのは、二人の男…死柄木弔と黒霧だった。

「初めまして〝ヒーロー殺し〟……我々は「(ヴィラン)連合」。あなたと話がしたくて来ました」

「……俺は今、ある男を見極めるのに忙しい。お前らの戯言に付き合ってる暇は無い――」

「〝ヴィランハンター〟ですね?」

「!」

 黒霧の言葉にピクリと反応するステイン。

「我々もあの男によって甚大な被害を被りましてね……あなたとは利害が一致します――」

「それはお前達に信念が無いからだ。俺は奴と戦い、語り合わねばならない…だがお前らは、己の弱さを奴に押し付け恨みを晴らそうとしている。目的が違う」

 いつの世も、迷いの無い者や信念のある者は手強い存在だ。

 ましてや16年経った今も恐れられるほどの男を相手取れば、無傷では済まないことなどすぐにでもわかるだろう。それを理解せず返り討ちに遭ったのは、剣崎が恐ろしく強かったのは理解できるが、それは自分が弱かったからだ。

「……何を目指す」

「そうだなァ……オールマイトをブッ殺して、気に入らないものは全部壊したいな」

 不敵な笑みを浮かべ、ようやく口を開いた死柄木。

 しかし、ステインは……。

「ふざけるな……信念なき子供の癇癪に付き合う義理は無い……!!」

 剣崎と出会ったばかりのステインにとって、死柄木は子供の我儘みたいな主張だった。

 立場を問わず信念の強さを重んじるステインは、怒りを露にする。

 一触即発の緊張感が漂う中、黒霧はどうにかステインを戦力として迎えるべく口を開いた。

「〝ヒーロー殺し〟……我々とあなたは「現在(いま)を壊す」という点では共通しているのではないでしょうか」

「!」

 黒霧の言葉を聞き、ステインはわずかに刀の切っ先を下ろした。

 それを見た黒霧は良い兆候だと判断し、更に口を開いた。

「何かを成し遂げるには強い信念が必要…我々がどう芽吹いていくのかを見たいとは思わないのですか?」

 その言葉に、ステインは少し考える。

 確かに、「現在(いま)を壊す」という点だけは共通しており内心では同意もしている。異質ではあるが、信念が宿っている気もしなくはない。その信念がどんな形であり、どういう風に芽吹いていくのか。

 ステインは考え抜いたのち、刀を納めて口を開いた。

「……いいだろう。だが俺にはまだ成すべきことが残っている……それを優先にする」

「ええ……承知の上です」

 

 剣崎との決戦を最優先することを条件に、ステインは(ヴィラン)連合に加担することにした。



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№40:轟焦凍VS緑谷出久~前半~

轟君と出久君は、前半と後半に分けます。
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 さて、雄英体育祭では出久と轟の対戦が始まろうとしていた。

(緑谷を超えれば……奴を……)

 轟にとっては、緑谷出久という存在は氷の力だけで(・・・・・・)超えなければならない。出久は最強のヒーローである〝平和の象徴〟オールマイトだけではない。ある意味で父親(エンデヴァー)と縁がある、今もなお恐れられている伝説の〝ヴィランハンター〟剣崎刀真とも繋がりがある。

 オールマイトと剣崎……二人の傑物と繋がる出久を氷の力だけで勝てたら、自分の人生を狂わせたエンデヴァー(あいつ)を完全否定することが出来る。

それが轟の目標であり、ヒーローを目指す理由である。ゆえに、この勝負は絶対に敗けられないのだ。

「来たな」

「……」

 フィールドの上で、轟と出久は互いを見据える。

 

《今回の体育祭 両者トップクラスの成績!! まさしく両雄並び立つ!! 轟VS緑谷、START!!》

 

 大きな歓声に包まれる中、轟VS出久が、ついに開始した。

 出久は構え、先に攻めるであろう轟の氷結攻撃に備える。

 しかし轟は右腕に冷気を纏わせ迎撃態勢になるも、すぐには仕掛けようとしなかった。

「轟……!?」

「どうしたんだ、あんなチート性能持ってるってのに……」

「デク君……」

 轟はまるで様子を見るかのように出久を見据えている。

 瀬呂のときのような秒殺展開ではない事に、クラスメイトも少しざわつき始める。

「どうした、焦凍……?」

 エンデヴァーもまた、今までにない息子の姿に違和感を覚える。

 確かに焦凍(むすこ)の対戦相手である出久の〝個性〟の強力さは、エンデヴァー自身も認めてはいる。迂闊に手を出せないのも頷ける。

「……すぐに攻めると思ったんだけどな……」

「3日ぐらい前の放課後に剣崎とやり合ってるお前と麗日を見たからな…」

 轟自身、剣崎の化物じみた戦闘力はその目に焼き付けている。

 ゆえに、彼が一番気に入っている出久に対しては最大限の警戒もしていた。そして、剣崎が出久に対して何かしらの指導も施していた事にも警戒していた。

「……そっちからじゃねェなら……こっちから行くぞ」

 轟がそう言った瞬間、猛烈な勢いで氷が出久を襲った。

 しかし出久は、それを紙一重で避けた。

「!」

(何て速さだ……!!)

 先程まで自分がいた場所はあっという間に氷漬けになっており、冷や汗を流す。

「……使わねェのか?」

「使うけど……こっちも、色々考えて動いてるからね」

 轟は恐らく、氷結攻撃を何度も繰り出して出久の「自損覚悟の打ち消し」を利用した消耗戦を狙う。つまり、出久が両腕を使えなくなった瞬間ゲームオーバーという訳だ。

 そして轟の厄介な点は、情報の少なさ。彼の戦いは一瞬で勝負が付いてしまうゆえ、出久にとっては爆豪と戦うよりも厳しい状況だ。戦いながら轟の弱点や隙を見つけなければならない。

(持久戦や消耗戦は愚策……となると……)

 出久は、剣崎との修行での会話を思い出す。

 

 ――轟君のような射程範囲が広い〝個性〟の持ち主となると、勢いじゃ倒せねェ。それなりの技を仕掛けなきゃいけねェ。

 ――技、ですか……。

 ――はっきり言って……轟君の〝個性〟は、強力な応用技を作りやすいタイプだ。菜奈さんのを受け継いでいるとはいえ…今の出久君の〝個性〟はオールマイトと同様の「規格外なだけのシンプルな増強型」だ。轟君との相性を考えると、相当キツイぞ?

 ――はい……わかってます。

 

(攻めるなら……!)

 出久は指一本を犠牲にして、フィールドに目掛けて「ワン・フォー・オール」の衝撃をぶつけた。

 轟音と共に土煙が昇り瓦礫が舞う。

「くっ……!」

 一時的に、轟の視界が遮られる。視界が遮られた状態での〝個性〟の使用は、相手に当たりづらくなるため、迂闊には出れなくなる轟。

 幸いにも、出久の放つ衝撃波で吹っ飛ばされないために氷壁を背後に用意しておいたので、少なからず後ろからの攻撃は無いだろう。

(どこから攻める……!? 右か……!? 左か……!?)

 轟はどうにかして出久の攻撃の出所を見極めようとする。

 出久にとっては過酷な消耗戦になる。ゆえに、確実に轟を倒すには至近距離で攻撃を浴びせ、一撃で場外まで吹き飛ばさねばならない。両腕と両手の指が使えなくなった時が勝負の分け目…それまでは気を抜いてはいけない。

 そう考えている内に、段々煙が晴れてきて……。

「! 正面か!!」

 煙の中を突っ切って、出久が飛び込んだ。

 しかし、轟は一切動じず氷結攻撃を放つ。

 

 ドオォォォン!!

 

 至近距離の衝撃。

 ある程度離れた距離から放たれたそれよりも威力は高く、衝撃を殺しきれず背後の氷壁に叩きつけられる轟。しかしその反動で、出久もまた後方へ吹き飛ばされてフィールドを転がる。

 それを見逃さなかった轟は、先程よりも威力を高めた氷結攻撃を仕掛ける。

(マズイ!! このままじゃ……)

 出久は何とか立ち上がり体勢を立て直すが、すぐそこまで氷は迫っている。しかも氷は先程以上の大きさと速さで迫っている。指一本では到底敵わない。

 止むを得ず、出久は――

 

 ズドオォォォン!!

 

 丸々一本左腕を犠牲にして、迫りくる氷を粉々に砕いた。

《うおおおおお!!! あのバカデケェ氷を一発で破ったァァァァァァ!!!》

 盛り上がる観客と実況のプレゼント・マイクだが、出久は絶体絶命のピンチに陥っていた。

 左腕はほぼ使えない状態であり、右手指の残弾はまだ残ってるが、先程のような高威力の氷結攻撃では対処しきれない。

 一方の轟は冷静に高威力の攻撃を受け止めている。〝個性〟が強力であることはもちろん、判断力・応用力・機動力…全ての能力が強い轟に驚愕せざるを得ない。

「悪かったな、ありがとう緑谷。おかげで……奴の顔が曇った。その両手じゃもう戦いにならねえだろ? 終わりにしよう」

 

 轟の言葉を聞き、出久は剣崎の言葉を思い出した。

 

 ――それにしても、あの子は勿体ねェ生き方をしてるな。

 ――え……?

 ――どういう訳なのかは詮索する気はねェが、せっかく生まれ持ったてめェの〝個性〟を使わねェなんざ……ああいうの(・・・・・)は放ってはおけねェな。

 

「……どこ見てるんだ……!」

「!?」

 

 ドォォンッ!!

 

 出久は右手の指先を2本使い、渾身の一撃を見舞った。

 さすがにもう攻撃は無いと見て背後の氷壁を解除していた轟は、不意に喰らった衝撃波で吹き飛ばされ、何とか場外に落ちる前に背後に氷壁を生成して踏み止まる。

「何でそこまで――」

「〝個性〟だって身体機能の一つだ、君自身冷気に耐えられる限度がある……それって左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか……?」

 出久の言葉に、轟は目を見開く。

 冷気と熱気を操る轟は、片方を多用すると体に影響が出る。つまり、冷気に耐えられなくなるときがいずれ来る。これは熱気を使えば解決できるのだ。

「皆本気でやってるんだ……勝って目標に近づくために……っ一番になるために! 半分の力で勝つ!? まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!」

 出久は、轟に対して叫ぶ。

「全力でかかって来い!!」

「何のつもりだ……!」

 怒りを露わにする轟。

 その一方で、それを見ていたエンデヴァーも驚いていた。

「あの小僧……」

 

 轟VS出久は、佳境を迎える。



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№41:轟焦凍VS緑谷出久~後半~

 ――全力でかかって来い。

 そう啖呵を切った出久。

 しかし「ワン・フォー・オール」による衝撃波を放ち続けたことで右手の指はほぼ全壊、左に至っては腕全体が壊れてしまっている。

 本来ならドクター・ストップものだろう。

「全力だと……? クソ親父に金か弱みでも握らされたか……? イラつくな……………!」

 出久の衝撃波に対抗すべく、再び間合いを詰める轟。

 しかし氷結攻撃を連発していた轟の動きは鈍くなっており、スピードがわずかに遅くなっている。

 出久はそれを見逃さず、一気に間合い詰めて懐に飛び込み、本来からはかなりの低出力ながらも「ワン・フォー・オール」を発動させて一撃を見舞う。

 身体の状態自体は出久の方がボロボロであるが、一発入れて更には轟の氷結攻撃の勢いも目に見えて弱まっている。出久の勝ちの目も見えて来たと思われたが……。

「止めますか? ミッドナイト」

「!」

「緑谷くんは「どうせ治してもらえる」からか……無茶苦茶してる。しかしあの負傷だと恐らく一度の回復で全快は……たとえ彼が勝っても次の試合はムリかもしれませんよ!?」

「……」

 そこで懸念されていた「試合を止められる」という審判も検討され始めた。

 確かに仮に轟に勝っても、次戦の参加は難しいだろう。

 しかしミッドナイトは、試合を止めるタイミングは今ではない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)と判断し続行させる。

「轟君! そんなんじゃ……僕に勝てないぞ!!」

 轟を煽りながら、ボロボロの体に鞭を打って攻め続ける出久。

 剣崎との手合わせで鍛えた格闘で、少しずつ轟を追い込んでいく。

「ゲホッ……お前、何でそこまで――」

「僕はオールマイトの様に強くていつも笑顔じゃないし、剣崎さんの様に迷いや恐れを断ち切ったりすることは出来ない…でも……カッコいい(ヒーロー)に、なりたいんだ!」

 〝平和の象徴〟と〝ヴィランハンター〟。

 二人の男の背中を見て、ついてきたからこそ言える言葉だった。

「だから全力で! やってんだ! 皆! 君の境遇も君の決心も、僕なんかに計り知れるもんじゃない………でも……全力も出さないで一番になって、完全否定なんて、フザけるなって今は思ってる! 剣崎さんなら「そんなバカげた信念を掲げて戦うな」って言ってるはずだ!!」

「っ――」

 出久の心からの叫びに、轟は表情を変える。

 忌むべき生い立ち。虐待に近いスパルタ教育…実の父親であるNO.2ヒーローを憎む轟でも、純粋にヒーローに憧れ、ヒーローにはなりたかった。

「うるせェ………………………!」

「だから、僕が勝つ! 君を超えてっ!!」

「親父を──」

「違うよ轟君! 君の力じゃないか!!!」

「!!」

 

 ――本当に大事なのはその繋がりではなく……自分の血肉……自分であると認識すること! そういう意味もあって私はこう言うのさ! 「私が来た!」ってね。

 

 ――いいのよ。お前は血に囚われることなんかない。なりたい自分になっていいんだよ。

 

 テレビモニター越しの、オールマイトの言葉。

 いつの間にか忘れてしまっていた、母親の言葉。

 自分が何故ヒーローの道を目指し始めたのか――その全てを思い出した轟は泣きそうな顔をし……!

 

 ゴゥッ!!

 

『!!』

 轟の体から、炎が上がった。

 まるで呪縛から解き放たれたかのように燃え盛る赤色。その赤色は父への憎しみを忘れているかのように澄んでいた。

「あつつ!!」

「これは――」

「轟君…!」

「……!!」

 観客席から見ていたクラスメイトも、驚愕する。

「左側を使わせた……! 緑谷少年…まさか轟少年を……救おうと……!?」

 オールマイトは出久の行動の真意を読み取った。

「勝ちてえクセに…………畜生…敵に塩送るなんて、どっちがフザけてるって話だ……俺だって……ヒーローに……!」

「轟君……!!」

 プロヒーローに近いと思われていた轟は、自ら科していた枷からようやく解き放たれたことに歓喜しているのか、涙を流して笑みを浮かべていた。

 

 

「焦凍ォォォォォ!!!」

 エンデヴァーは〝反抗期〟の息子が決して使わなかった炎を見て、唐突に観戦席から立ち上がった。

 エンデヴァーのハイテンションに観客はドン引きするが、彼は歓喜に満ちた表情で言葉を紡ぐ。

「やっと己を受け入れたか!! そうだ!! 良いぞ!! ここからがお前の始まりだ!! 俺の血をもって俺を超えて行き……俺の野望をお前が果たせ!!」

 それは、息子(しょうと)に憎まれる父親(エンデヴァー)なりの激励だった。

 その言葉には、ようやく真の力を解放した息子は必ずやオールマイトを超えてくれるだろうという期待と、かつて剣崎優が言っていた我が子の成長の嬉しさに対する共感を感じ取れた。

 親バカなのかと突っ込まれているが、そんなことなどそっちのけでエンデヴァーは興奮している。

「……スゴイね」

「何笑ってんだよ……ハハ……お前はイカれてるよ……こんな状況で、ケガも大分酷いのに笑ってるなんてさ……」

 轟は腕で涙を拭い、笑顔を見せる緑谷にそう言う。

「もうどうなっても知らねえぞ」

 封印していた左半身を解禁する全力の轟と、すでにボロボロの体からなお全力の一撃を放とうとする出久。

 審判であるセメントスとミッドナイトの二人がこれ以上は危険だと判断し、互いに〝個性〟を発動する。

 

「緑谷……ありがとな」

 

 ドガアアアアアアン!!

 

 互いに渾身の一撃を打ち込んだ瞬間、会場を巻き込むほどの爆発が起こる。

 立ち上る水蒸気と弾け飛んでいく瓦礫が、その凄まじさを物語る。

「何十層もの硬いコンクリを固めたのにああも簡単に壊れて……どれだけ威力が高いんだか……」

 セメントスは冷や汗を流して呟く。

 視界を覆っていた水蒸気が晴れると、フィールドの外で気を失っている出久と左半身がはだけた状態で立っている轟の姿が。

 出久は場外へと吹き飛ばされた。ミッドナイトはそれを確認すると、高らかに声を上げた。

「緑谷君、場外! よって轟君、決勝進出!!」

 

 轟焦凍、緑谷出久に勝利。



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№42:体育祭終了

やっと体育再編が終了です。
次回からステインとの戦いです。


「随分遅れちまったな。もう終わってるか」

「そうね……何か、ごめんね」

「止むを得ないことなんざ腐る程ある。気に病むなよそんぐれェで」

 ようやく病院から去って会場へ着いた剣崎。しかし肝心の弟子達の試合はすでに終わっており、剣崎が来た頃には表彰式が終わろうとしていた。

「まあ、あいつらもそれなりに頑張ったろうし。労っておくとするか」

 剣崎はゆっくりとした足取りで会場に入ろうとしたが…。

「刀真!!」

「!」

 そこへ御船が駆けつけた。

「やっと来た……遅いよ……」

「色々あってな。で、どうした?」

「奴が……シックスが動いた!!」

「!」

「え!?」

 御船の言葉に、目を見開く剣崎と熱美。かのシックス・ゼロがついに動き出したのだ。

「刀真を探していた。多分、連中は刀真の復活を……」

(勘付いたか。まァ奴のことだからいつかはこうなると思ったが、こうも早いとなると……)

 今はまだこれといった騒ぎを起こす気はないだろうが、剣崎としては計算外だった。

 つまり、シックスはいつ剣崎と事を構えてもいいように準備をするということだ。シックスの強大さを忘れつつある現代においては、目には見えずともかなりの危機である。

「……参ったな、俺ァこれから忙しくなるんだが……」

「忙しくなる?」

「熱美から聞け」

 剣崎は左手をヒラヒラと振りながら、会場内へと向かった。

「……熱美、刀真に一体何が……?」

「実は……」

 

 

 さて、体育祭も終了し観客が帰り始めたころ。

 剣崎は控え室にて出久とお茶子と話していた。

「「負けてしまいました……」」

「それ、謝ることなのか?」

 申し訳なさそうに口を開く出久とお茶子を、剣崎は一蹴する。

「睡が審判やったっつってるから話ァ聞いたが、頑張ったと思うぜ。あと1ヶ月……いや、あと2週間あればよかったがなァ……」

 髪の毛やコートを穏やかに揺らしたり作り笑いをして、怒ってないアピールをする剣崎。

 ここ最近で、剣崎は自分の感情に合わせて髪の毛や衣服の揺れが変わるのではないかと気づいたようだ。

「あの、作り笑いしても……顔が顔なんですけど」

 ※剣崎は表情によっては顔のひびがピキピキと鳴ります。

「まあ…俺も人のこと言えねェしな」

「「?」」

「今日の昼間だったか……巷を騒がすチンピラ(ヴィラン)を逃がしちまってな」

「剣崎さんが…!?」

 剣崎の言葉に目を見開く出久。

 どんな(ヴィラン)も逃がさず追い詰め斬り伏せる剣崎がミスを犯したのだから、驚くのも当然だろう。

「まァ、あいつも準備(・・)がいるだろう。すぐには仕掛けちゃこねェはずだろうが……」

「一体、誰なんですか……?」

「君なら案外わかるんじゃないのか? この世の中を騒がすクズ共の中で、俺と戦って逃げ延びれる可能性のある奴――そいつが正体だ」

 ケラケラと笑う剣崎。

「まァ、そんなことはどうでもいい。ケガ治ったら放課後の授業は再開すっからな」

 そう言いながら、剣崎は轟の元へ向かった。

「……少しは気が晴れたか?」

「……」

「確執ってのは、時間をかけて埋めるモンだからな。ゆっくりと進めりゃいい――」

「剣崎刀真……」

「?」

「――俺はあいつと戦って少しわかった気がしたよ……あんたが何故、緑谷に期待しているのか」

 轟の言葉に、目を見開く剣崎。

 その言葉の意味を察した剣崎は、口角を上げてコートを翻した。

「……一丁前に理解できるようになったじゃねェの」

 刀を杖のように突きながら、剣崎はどこか納得したような笑みを浮かべた。

「おい、ゾンビ野郎」

「誰がゾンビだ、生ける亡霊と言えせめて」

 剣崎を睨みつける爆豪。

 剣崎もまた、闇のようにどす黒い瞳を爆豪に向ける。

 一触即発の空気に、固唾を飲む一同。

「てめェがデクと丸顔を鍛えたんだろ」

「へェ……勘づいてたか。いかにもそうだが……鍛えちゃ悪ィか?」

「何で俺も入れねェ」

(そっちかよ!!)

 爆豪の意外な一言に、因縁を吹っ掛けると思っていたのか、コケかける一同。

「任意加入だからな。出久君とお茶子ちゃんも申請していた」

「俺も入れろや、ゾンビ野郎――」

「やだ」

「んだと!?」

「口の悪さはともかく、上から目線だし誠意も感じねェんだよ――身の程知らずは出直してこい」

「んなっ……」

 爆豪の痛いところを突いて、剣崎は壁をすり抜けて行った。

「……爆豪、ドンマイ」

「ドーンマイ! ドーンマイ!」

「アホ面、ぶっ殺すぞ!!! つーかてめェにだけは言われたくねェよ、しょうゆ顔!!!」

 

 

           *

 

 

 その日の夜――

 体育祭の後始末を終えたミッドナイトは、自宅へ戻ろうとしていた。

 いつものヒーローコスチュームではなく、私服を着ているため誰だかわからないのは秘密だ。

「今日は相澤君達と飲むのも悪くないかもね~……っ! 刀真……?」

 ふと、ミッドナイトは刀を杖のように突いて歩く剣崎を見た。

 しかしそれは、いつもの彼ではなかった。

 いつになく覇気の無い黄昏た雰囲気を醸し出しており、髪の毛や衣服の揺れはゆらゆらと宙を漂っている感じだが、どこか寂しげに感じる。

(――そうよね。刀真だって、当然辛いこともあるわよね……)

 かつて(ヴィラン)達を震え上がらせた〝ヴィランハンター〟は、生きているとも死んでいるとも言い切れない。そんな彼の抱える悩みは、自分達の想像を遥かに超えるだろう。

 百戦錬磨の彼でも太刀打ちできない障害…その正体は不明だが、ミッドナイトは彼の悩みを聞いてあげようと勇気を振り絞って声をかけようとした――のだが…。

「……母さんの味噌汁……菜奈さんの塩むすび…」

「!?」

 剣崎はある意味で想像以上の重症だった。

 何と彼の障害は、〝個性〟そのものだったのだ。

 剣崎は眠っていた今まで発現しなかった〝個性〟によって生ける亡霊として蘇った。亡霊と化したことにより超自然的な力を得られるようになったが、一度死を迎えたがゆえか、「人間の欲」を十分に満たせないでいた。

 特に食欲は、一番心に来た。悪者退治に執念を燃やし人生を捧げた彼にとって、食事は数少ない娯楽。それを封じられるのは、やはりキツイようだ。

 毎日を憎悪と共に過ごしていた彼は〝ヴィランハンター〟の矜持と己の信念ゆえに、弱音を吐いたり弱気な姿を見せないよう努力しているが、所詮は人の子――我慢にも限度はある。しかもそれが16年も続けば、とんでもない形で表に出てしまうのも必然だ。

(――ごめんなさい……それはどうしようもならないわ、刀真……)

 今ではほぼ無敵ともいえる強大な怪物――剣崎の厳しい現実を垣間見た気がしたミッドナイトであった……。



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保須市襲撃事件~時代崩壊の序曲~
№43:憑依


5月最初の投稿です。


 雄英体育祭が終わり、いつも通りの日常が再開する。

「刀真! ちょっといいかしら」

 剣崎が雄英側から借りている部屋に入るのは、ミッドナイト。

 実は今回の授業でヒーロー名を考案することになっており、せっかくなので剣崎にも後輩のヒーロー名を考えてもらおうと思いついて来たのだ。

 しかしたまたま不在なのか、剣崎は部屋にいなかった。

「……しょうがないわ、私だけで――」

 ふとその時、ミッドナイトは机の上に置いてあったメモ帳に気がついた。

 そのメモ帳は、剣崎が昔使っていたものだ。16年の時が経ったゆえか、使えるようだがかなり傷んでいる。

「……他人のメモの中身を見る気は無いけど、気になっちゃうからいいわよね…?」

 誰もいないことを確認し、ミッドナイトは恐る恐るメモ帳を開いた。

 中身は、在籍していた生前(ころ)の日々の日記のような内容だったが…暫く捲っていると、あるページに目が留まった。

「これって……刀真、あなたまさか……!!」

 その内容を見たミッドナイトは、目を見開いた。

 そこに書かれていたのは、何と内通者についての剣崎なりの考察だった。

 確かに剣崎は襲撃事件以来、雄英高校に内通者がいるのではないかと疑ってはいるが……。

「……情報共有は必要よね……」

 ミッドナイトは、剣崎の考察に目を通す。

 剣崎は犯人を絞るため、「授業カリキュラムを手に入れられる人物であること」と「先日の襲撃事件で1-Aメンバー全員の〝個性〟を把握していない、またはできない人物であること」の2つのポイントを重点に調べているようだ。その上で剣崎は、そのポイントに当てはまる者――内通者候補についてメモ帳に書いている。

「葉隠透、青山優雅、塚内直正……いつの間にこんなに調べて……」

 剣崎のメモ帳には、以下のように書かれていた。

〈葉隠透。透明人間であるという〝個性〟の性質上、行動を追うことが今のところできず詳細も不明なため考察の余地が少ないが、他の生徒と比べて格段にアリバイが少ないのでシロだと断定することはできない。〉

〈青山優雅。かつて俺が経験した〝ある事件〟を基に検証している。可能性は低いが、本性もよくわからないのも事実だ。〉

〈塚内直正。これは雄英というよりも警察なのだが、オールマイトと親しい上に刑事の権力を使ってカリキュラムを入手したとも予想できる。手のマスクのガキ絡みの事件全般を担当しているらしく、それを踏まえると一番怪しい。〉

〈勿論、これは確固たる証拠も無いし、仮にいたとしても自分の予想を裏切る人物である可能性もある。内通者は最初から存在せず、勝手に疑心暗鬼にさせて内側から崩そうという敵の策略である可能性もあり得る。いずれにしろ、引き続いて裏切り者がいないか調査するべきだろう。〉

 これらの記述から、剣崎は雄英側の内通者を是が非でもあぶり出そうと考えているようだ。

(刀真……)

 ミッドナイトは複雑な表情を浮かべてメモ帳を置き、その場を後にした。

 

 

           *

 

 

 その日の放課後。

 珍しく出久は轟と二人きりになってグラウンドへ向かっていた。

「轟君も一緒にやるの?」

「……まあな」

 実を言うと轟は、剣崎の授業に参加する意思を固めたのだ。

 轟曰く、雄英体育祭のお茶子と出久の活躍が剣崎の修行の影響と知り、更なる高みを目指したいという。

「轟君で3人目……修行内容は変わるかもしれないな」

「今まではどうだったんだ?」

「全部実戦だよ」

「大変だったな」

 引きつった顔の出久に、轟は微笑む。

「あ、剣崎さんだ」

「……何をやってるんだ……?」

 剣崎を発見した二人。

 剣崎はグラウンドにて胡坐を掻いており、彼の周囲にはいくつもの石が置かれている。

「フンッ!」

 

 ドッ! ドパァン!!

 

「えっ!?」

「なっ……!!」

 剣崎が思いっきり地面に短刀を突き刺した瞬間、周囲に置かれた石が突然砕け散った。

 短刀を地面に突き刺しただけで手にも触れず石を破壊した剣崎に、出久と轟は絶句する。

「……ボチボチ、だな」

 短刀をコートの内ポケットに仕舞う剣崎。

「剣崎さん、さっきの……」

「お、出久君に轟君か……さっきのか? 〝雷轟・剣砕(つるぎくだき)〟という遠当て技だ」

「「遠当て技?」」

「刀剣を使って地面に〝雷轟〟を伝導させて間合いの離れた相手に衝撃を与える――刀が苦手とする遠距離の攻撃を克服した応用技だな」

 近距離の斬撃と〝雷轟〟、間合いの外からの攻撃を繰り出す遠距離攻撃の〝雷轟・剣砕〟――これを編み出したことによって剣崎は、どんな間合いでも優勢に戦える力を得たのだ。

「技ってのァ、編み出してからが(・・・・・・・・)問題だ。応用させてバリエーションをいかに増やすかが重要なんだよ。出久君の能力も、応用次第じゃあ轟君のように間接攻撃も可能だろ?」

「……!」

「まァそれはともかく、何の用だ?」

「あんたの授業に参加したい」

「!」

 轟の申し入れに、剣崎はきょとんとした。

「……それはエンデヴァーの火事場親父の方がいいんじゃないのか? 〝個性〟の都合上、氷はともかく炎の方は火事場親父に頼む方が効率的だろ」

 轟は今まで氷結攻撃がメインだったので、炎による燃焼攻撃の制御はかなり雑であると剣崎は判断し、その上で提言するが……。

親父(あいつ)よりもアンタの方がいい」

「あ~……そういうことね……」

 轟家の家庭事情を何となく察する剣崎。

「でも俺は〝個性〟っつーよりも基礎戦闘力の向上がメインだぞ? それでもいいのか?」

「構わねェ、炎は自力で何とかする」

「あっそ…優等生はいいモンだ。わかった、じゃあ明日から参加しな」

 剣崎は轟の参加を承諾する。

「よかったね、轟君」

「まあ、こういう返事だろうとは想定してたけどな」

「そういう訳で剣崎さん、明日からお願いします」

 出久と轟は剣崎にそう告げて帰ろうとしたが……。

「そうだ――丁度いい、俺に協力してくれないか? 出久君」

 剣崎が待ったをかけた。

「え? 何を――」

君の服を着る(・・・・・・)――大丈夫だ、痛くはねェよ」

 剣崎の言葉の意味が解らず、首を傾げる二人。

 すると、剣崎に異変が生じた。

 彼の朽ちた肉体やボロボロになった衣服、刃こぼれが生じた日本刀が、少しずつ黒い粒子に変わっていくではないか。しかもそれは出久の体に付着し染み込んでいく。

 出久と轟は背筋が凍った。剣崎は出久に憑依するつもりなのだ。

「剣崎っ!!」

 怒りのあまり〝個性〟を発動し攻撃しそうになる轟だが、剣崎は何気ない顔で諫める。

「そうカッカすんな轟君。今の姿でシャバに出ると後々面倒なだけなんだ、用が済んだら解放するさ」

 徐々に薄れゆく意識の中、出久は死者に憑依された自分の身を案じた。

 

 

 暫くすると、その場にいた3人は2人となって剣崎は姿を消した。

 その代わり、出久は豹変していた。

 顔や手にはひびのような切り傷と火傷が刻まれ、緑がかった癖毛は風も無いのに揺らぎ、瞳もどす黒く染まっている。

「……こういうのはあまり慣れてないんだが、案ずるな」

「……!」

 出久の顔で地獄の底から響くような声を出す剣崎。

「……何が目的だ」

「ちょっと用事があるんだ――そんなに心配なら、着いてくればいいよ轟君」

(緑谷の声!?)

「こっちの方が付き合いが楽だろう?」

 剣崎の声が、突然出久の声になる。それと共に傷はいつの間にか消え、瞳も髪の毛も元の出久の状態になる。

 思わず混乱しそうになる轟だが、すぐさま落ち着きを取り戻して鋭い眼差しで出久に憑りついた〝彼〟を見る。

「……緑谷に危害加えたら、容赦しねェ」

「弟子に手ェかける師匠がいるかよ……着いて来な」

 出久に憑りついた剣崎は、獰猛な笑みを浮かべた。



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№44:勝つために

感想・評価、お願いします。
そろそろステイン戦に入れると思います。


 出久に憑りついた剣崎は、轟と共に商店街を歩いていた。

「……アンタはこんな所に何の用がある」

「〝緑谷〟とは呼ばないのかい?」

「見た目が緑谷でも、中身が亡霊だからな」

 いつになく鋭い眼差しで出久に憑りついた剣崎を睨む轟。

「今日中には返す……だから心配しなくていいよ」

 見た目と声は出久でも、その体から放たれる雰囲気は間違いなく剣崎。

 一応は出久のように振る舞っているつもりのようだが、生ける亡霊に憑依された〝彼〟から醸し出される雰囲気が殺気に近いからか、たまに目に付くヤンチャをしていそうな少年達やガラの悪そうな大人達ですら目を反らしている。

 ――爆豪に〝遭う〟のはごめんだな。

 轟は心の中で呟いた。

「……付き添いとはいえ、自分のプライベートを晒すのは久しぶりだな」

「今までは秘密だったのか?」

「ごく一部は知っているよ……」

 そんな会話をしていると、「目的地」に着いた。

 それは――何と、花屋だった。

(花屋……?)

 どう考えても花とは無縁な剣崎が、花屋に用がある。

 轟にとっては、にわかに信じがたかった。

「すいません、店員さん……キキョウの花ってあります?」

「キキョウの花? あるわよ。もしかしてプロポーズ?」

「いえ……そんな大層なモノじゃありませんよ」

(……!)

 轟は一瞬だけ見た。

 出久に憑りついた剣崎が、煮え滾る憎悪や憤怒とは違った、別の「負の感情」を孕んだ表情になったのを。

「店員さんありがとう、じゃあ代金は――」

「俺が払う」

「!」

「緑谷の金を勝手に使う訳にもいかねェだろ」

 

 

 花屋での買い物を終えた一行は、雄英高校周辺にある小さな墓地に着いた。

(墓……?)

「さてと……」

 ふと轟は、空気が一変するのを感じた。

 すると、出久の体から一回り大きな黒い影――剣崎が抜け出た。それと共に出久は約束通り解放され、力なく倒れそうになったところを轟に支えられる。

「緑谷、大丈夫か」

「……とど、ろき君……?」

「な? 約束通り解放したろ」

 剣崎はキキョウの花束を携え、あるお墓へと向かう。

 出久と轟は彼の後を追うと、「剣崎家之墓」と書かれた墓石に辿り着いた。

「これは……」

「――俺の家族の墓だ」

「「!!」」

 剣崎の目的を察し、目を見開く二人。

 そう…剣崎は墓参りの為に出久に憑依し乗り移ったのだ。

「一応この前も来たが、ちゃんとした形では来なかったから〝お返し〟をしたかった。すまないな、私用に巻き込んで」

「剣崎さん……」

「母さんは慈悲深かったがゆえに、殺された。俺は無力なガキだったゆえに、家族を救えなかった。護るべきモノを失った俺にできるのは、悲しみと憎しみの生みの親たる(ヴィラン)共を一人でも多く狩り取ることだ」

「……アンタ……」

「俺は敵共(あいつら)に勝つために、人間やめたのさ」

 剣崎は静かに、そして怒りを孕んだ声色で告げた。

「お前達は、泣けるからいいよな。生ける亡霊と化した俺は、悲しみを表現できないからな…」

 剣崎の寂しげな一言に、出久と轟は複雑な表情で彼の顔を見るのだった。

 

 

           *

 

 

 時同じくして、(ヴィラン)連合のアジトにて。

 死柄木はテレビである番組を観ていた。

《かつて無類の強さと非情さで恐れられた〝ヴィランハンター〟剣崎刀真。姿を消してから16年の時を経た今、まことしやかに復活したのではという説がネット上で囁かれていますが、いかがでしょうか?》

《あの時代は今以上に強力な(ヴィラン)が蔓延ってましたからね、ヴィジランテの力を借らざるを得ない状況でした。そのヴィジランテの中でも一番強力かつ協力的、それでいて苛烈だったのが〝ヴィランハンター〟な訳ですね》

《法律や制度を踏まえると、やはり厄介者というか…手に余る輩であるのは事実でしたね。でも堅気には一切手を出さず、被害も最小限に抑えるよう努めていた一面もあったようで、評価はどう転んでも割れるんですよね》

 死柄木が観ている番組は、民放でやっていた「〝ヴィランハンター〟特集」である。

 先日の一件で剣崎に返り討ちにされた死柄木は、彼に対する憎悪を募らせた。作戦を大きく狂わせ、並大抵の(ヴィラン)から見れば絶望的なまでの力の差を見せつけられた死柄木は、今ではオールマイト以上に剣崎を憎んでいる。

 しかし今の死柄木では、また戦えば返り討ちにされて終わってしまう――そう考えた(ヴィラン)連合のブレーン兼支援者であるオール・フォー・ワンは、剣崎の情報収集が最優先と考え、たまたま民放でやっていた番組を観るよう薦めたのだ。

《なぜ少年は修羅(おに)になったのか? 番組の独占取材で得た情報を基に、16年経った今なお恐れられている〝時代が生んだ怪物〟――その誕生の秘密に迫ります》

「……死柄木、これは?」

「先生が観るように薦めてきたんだよ」

 黒霧の問いに答える死柄木。

 番組は(ヴィラン)関連の犯罪学の教授や当時の剣崎を追っていた新聞記者、弁護士、ジャーナリストなどをコメンテーターに、様々な視点から剣崎刀真という男を分析しながら進行している。

 人気や評価はどうなのか。社会的な影響はどうだったのか。彼に影響を受けた人物または影響を与えた人物は誰か。文字通りの徹底解剖だ。

《今回番組では、〝ヴィランハンター〟と戦って生き延びた元(ヴィラン)の切田氏とのインタビューに成功し、剣崎刀真という人物についての証言を得ました。では、VTRをどうぞ》

 すると場面は変わり、ある男性が映った。

 テロップには、元(ヴィラン)・切田俊邦と出ていた。

《俺は今でもはっきり覚えている……奴を》

 VTRで登場した男――切田は、重々しく口を開いた。

《鮮血で周囲は真っ赤に染まり、その場にいた(ヴィラン)達は次々に屍と化した。その中を…黒い影がゆっくりと近づいていく……》

「……」

《鬼か悪魔か……奴の顔は憎悪に狂っているように見えた。あまりの恐怖で指一本動けなかった俺に、奴は声をかけた》

 

 ――(ヴィラン)とはあっけないものだ。たった一人の〝無個性〟のヴィジランテごときに、手も足も出ないとは。唯一生き残っているお前は〝代弁者〟だ、ブタ箱の連中にこう伝えろ。「徒党を組んで俺に挑み無残な最期を遂げるか、ブタ箱から出ても大人しく俺の正義を語るかを選べ」とな。

 

 切田は剣崎の姿を思い出したのか、血の気が引いた顔で震えながら語り続けた。

《得体の知れない何かに心臓を握られたように感じた俺は、涙を流し何度も繰り返し首を縦に振った!! ……気がつけば奴は姿を消し、その場には警察(サツ)とヒーロー、血塗れになった俺と屍がいた》

 その後、切田は逮捕されて刑務所に入所した。

 釈放されるまでの間、剣崎の訃報が知られてもなお剣崎の恐ろしさを周囲に教え続けたという。

《俺は一日たりとも忘れたことは無い。奴の怒りと憎しみの強さと、その恐ろしさを……》

 そしてVTRは終わり、コメンテーター達が語り合う。

「……」

「死柄木、やはりあの男は勢いでは勝てません。あの男は今までの連中とは別次元の存在です。それなりの計画性が――」

「わかってるよ、同じ轍は踏まねェ。それよりも〝ヒーロー殺し〟はどうしたんだよ」

「準備がいると、暫く連絡を取ってません。ですがあの男を殺しに行くことは確実なので、我々は今の内に別の動きを……」

「……ハァ~~……面倒だなァ。あいつは俺が一番ブチ殺したいってのに」

 死柄木は面倒臭そうに頭を掻き、剣崎に対する憎しみを募らせるのだった。



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№45:(ヴィラン)から(ヴィラン)へ忠告

大事なお知らせをします。
近い内にまた新たな小説を始めることにしましたが、やっぱり無しにしました。
お騒がせしてすみません。


 翌日――

「剣崎君!! 君はもう少し自重したまえ!!」

 雄英高校の校長室に、根津校長の怒鳴り声が響く。

 怒りの矛先は、剣崎であった。

「〝ヒーロー殺し〟の件も然り、昨日の墓参りの件も然り…!! 立場を考えてくれないか……!!」

 思わず頭を抱える根津校長。

 剣崎が雄英体育祭中にいつの間にかステインとの決戦を控えている件に加え、昨日の「雄英高校(おたく)の生徒が人を殺しそうな程の殺気を放って下校している」という謎の苦情が来たせいで根津校長は胃が痛いのだ。

「……立場なんざどうだっていいんだよ、正直。俺は(ヴィラン)共と戦うのが本業――その為に中坊辺りで人間やめたってのに、そりゃあねェだろ」

「君のことが周囲に万が一にも知れ渡ったら、多くの混乱を招くのだよ……!!」

「だ~か~ら~……そんなのどうだっていいっつってるだろ。むしろ知れ渡った方が俺としては有益だと思うのだが?」

 剣崎曰く、〝ヴィランハンター〟の復活が世間に知られれば多くの(ヴィラン)に対する抑止力として十分機能するとのこと。たとえその名を知らぬものでも、雄英襲撃事件のことを伝えればその強さと恐ろしさが伝わるとも考えている。

 とはいえ、剣崎の行動は今のご時世だと大問題である。ぶっちゃけた話――超自然的な能力を有する生ける亡霊と化した剣崎を敵に回せば、(ヴィラン)側は勿論のことヒーロー・警察側も甚大な被害を被りかねないという訳で彼を手元に置いているのだ。

「そもそも、あんたらはオールマイト一人に甘え過ぎじゃねェか? 時代っつーのは始まりもありゃ終わりもある…奴がいつまでも戦えるって訳じゃねェんだ。いずれ限界が来る」

「――何が言いたいんだい?」

「俺はオールマイト以上に恐れられた……だったらここいらでいい加減、俺の名が知れ渡った方がいいだろってこった。不幸中の幸い、俺は奴と違って弱ってないからな」

 剣崎はそう言うと立ち上がり、刀を杖のように突きながらコートを翻した。

「け、剣崎君! まだ話は途中だぞ!!」

「アンタがそうでも俺は終わった。俺は奴との戦いに備えなきゃいかねェんでな」

 校長室の壁をすり抜け、剣崎はその場から去っていった。

 

 

 さて、校長室を後にした剣崎はオールマイトと出久と鉢合わせした。

「職場体験? ああ、もうそんな時期か……」

 体育祭の後には、プロのヒーローの事務所にお世話になって1週間の現場実習を行う職場体験がある。当時の剣崎は保護観察処分の身であったので実際に体験はしなかったが、多くの生徒は大会での活躍も踏まえて数多くの事務所からのオファーが殺到する。

 そして今回――出久達の代は、やはり轟と爆豪にはオファーが殺到し、意外にもお茶子も多くの事務所が受け入れたいとオファーしていたという。

「お茶子ちゃんは上手にいったようだな。出久君は?」

「それが…オールマイトの担任だった方で……」

「! グラントリノか…あのジジイ、生きてたんだ」

(ジジイ呼ばわり!!?)

 あのオールマイトがガチ震いする程の人物をジジイ呼ばわりする剣崎に、顔を引きつらせる出久。やはり天下の〝ヴィランハンター〟は肝が据わってるようだ。

「……俺も一緒にいいか? 確認してェこともある」

「な、君もか!?」

「菜奈さんの件でちょっと…」

 するとオールマイトは剣崎の耳元まで顔を近づけ、出久に聞こえない程度の声で口を開いた。

「おい、生ミイラの面で近づくなよ……」

「剣崎少年…菜奈さんの件――お師匠の件はグラントリノも言わないようにしている!! 君も「ワン・フォー・オール」の内容を大方は知っているだろう? それを考えてみればわかるはずだ……!」

「……!」

 「ワン・フォー・オール」は、任意の相手に譲渡することで強化される〝個性〟。下手に知られれば脅迫などの強引な手段で狙われる恐れがあるため、この「ワン・フォー・オール」の正体についてはオールマイトの衰弱よりも重い秘密として扱われているのだ。

 今はごく一部の人間しか知られてないが、「ワン・フォー・オール」の正体に関する情報を(ヴィラン)が手に入れた場合、当然それを知る者達は命を狙われることになる訳だ。

「……ちっ、菜奈さんには何とか会いたいんだが……」

「そこをどうにか……」

「わかったよ、仕方ねェ……」

 渋々妥協する剣崎に、オールマイトは安堵する。

 万が一にも彼女の死を剣崎が知った場合、取り返しのつかない事になりかねない。

「だが、もし外でやんなら気をつけた方がいいぞ」

「「?」」

「俺は近い内に〝ヒーロー殺し〟と戦う――巻き込まれねェようにするんだな」

 

 

           *

 

 

 一方、(ヴィラン)連合のアジトには思わぬ客が訪れていた。

「お前が死柄木弔だな?」

「……誰だよアンタ」

「札付礼二……名前ぐらいは知ってるだろ」

「!」

 死柄木は目を見開き、礼二を見据える。(ヴィラン)業界においてトップクラスの実力者である男の来訪には、さすがの死柄木も想定外だったようだ。

「これはこれは……(ヴィラン)業界随一の剣客が何をしに来たのですかな?」

「俺らを殺しに来たなら、やるけど?」

 声を上げる黒霧と立ち上がって殺気を放つ死柄木だが、礼二は気にも留めず口を開く。

「バーロー、一流の無法者は殺しにかかる奴だけ(・・・・・・・・・)を相手取るモンだ。たとえ自分に殺意を向けようが、ヒーローだろうと(ヴィラン)だろうとなりふり構わず手は出さねェよ。まァもっとも、てめェら全員俺の得物の射程範囲だからすぐにでも殺せるけどな」

 その時だった。

 礼二の背後に、筋骨隆々で脳みそ剥き出しの巨体を有する(ヴィラン)が背後に立っていた。襲撃事件において剣崎とも戦った脳無である。

「――てめェらのペットか?」

「……」

「黙秘か……だが俺の「敵意」に気づくたァ躾が行き届いてるじゃねェか。だが悪いが、俺は三十路過ぎてからキレがちょっと悪くなり始めてなァ……とっくに得物収めたってのにダダ漏れなんだ。こんな風にな……」

 

 ゴトッ ドバァァッ!!

 

「「!?」」

 次の瞬間、礼二の背後に立っていた脳無の巨大な腕が床に落ち、切断された面から血を噴き出した。抜き身も見せず脳無の腕を斬り落としたのだ。

「アイツ、先生がくれた脳無を……!!」

「っ! 死柄木、ここは冷静に――」

《やあ、こんなところで会うとはね》

『!!』

「オール・フォー・ワン……」

 テレビ画面から、オール・フォー・ワンの声が響く。

《懐かしいね……君ともあろう者が僕達に何か用かな?》

「ああ……早速本題に入るとしよう。――お前らじゃあ剣崎(あいつ)は殺せねェ、今すぐにでも手を引け」

《!?》

「何……!?」

「剣崎は刀一本で正面から「あの時代」の強豪達と渡り合ってきた、ガキの姿を借りた化け物だ。お前らじゃあ役不足にも程がある」

 礼二の言葉に耳を傾ける二人。

 彼は淡々と言葉を紡ぎ、剣崎について語る。

「これでも俺は日本中の強者共を何度も退けてきた……そしてあいつと正面からやり合って、片目を失った。油断なんざしちゃいなかった――それでも俺はこの様だ」

 礼二はかつて剣崎と剣を交わせ死闘を繰り広げた。互いに命を捨てて戦ったが、結果は剣崎の勝利……片目を失ってどうにか逃げ切り、礼二は今日まで生き延びてきたのだ。

「もうじき奴は完全に復活し、怒りと憎しみを撒き散らしながら昔の続きをやる。てめェ程度の腕っ節じゃあ、あいつに殺されるだけだ――それでもあいつと一戦交えるってんなら止めはしねェがな」

「……それは激励と受け取りましょう」

 黒霧はそう告げる。

「俺はてめェら「(ヴィラン)連合」があいつと事を構えるのにはそこまで口出ししねェが……忠告はしたぞ。あいつはお前程度じゃあ話にならねェぞ」

《……礼二君、勘違いは止してほしいね……〝ヴィランハンター〟と殺し合うかどうかは、弔達が決めることだよ》

「フッ……どうだか。あいつがどういう人間か理解できてねェから言えるセリフだな。お前らがあいつをどこまで追い込めるか……見物だな」

 そう言い残し、礼二は(ヴィラン)連合のアジトを去るのだった。

「――先生……俺達じゃあ、剣崎を殺せないのか?」

《それは無いね。――だが弱点が曖昧だ、心当たりはあるが効くのかどうかを試さないと……ぶっつけ本番で倒すのは、今の弔には荷が重い。ハハハ……だからこそ、〝ヒーロー殺し〟には十分な結果をもたらしてほしいのさ。彼を確実に殺す手段を得るためにね……》

 オール・フォー・ワンは、テレビ越しで悪意を孕んだ笑い声を響かせるのだった……。



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№46:神酒を探して

 東京、某神社――

 そこでは、いつもではあり得ない事件が起こっていた。

「〝ヒーロー殺し〟はどこだ!?」

「見つかりません!!」

「クソ、間違いなくこの近くのはずだがなぜ見つからないんだ!!」

 何と〝ヒーロー殺し〟ステインが神社の境内に突如出没し、大騒動に発展したのだ。この時間帯は非常に賑わって人が混んでいる頃――凶悪犯(ヴィラン)一人で大混乱だ。幸いにも死者はおろかケガ人も出ていないため、ひとまず一息つけるが未だ逃走中なため油断はできない。

「ハァ……さて、目的の代物はどこだ……?」

 プロヒーロー達や警察の監視の目を掻い潜り、捜索するステイン。潜入してから早30分だが、相当の人数なのか動きにくい。

 すると、本殿の付近まで近づいてそれは見つかった。

「これか……」

 ステインの目的は、神社に納められている神前に供える酒――神酒だった。実はステインは、先日の剣崎との戦いで無敵と思われた剣崎が日本酒で怯んだことを知った。

 生ける亡霊である彼には、市販の日本酒では無力化こそ無理だったが少なからず影響を与えた。ならば、神酒は絶大な威力を発揮するのではないか――そう考えたがゆえの行動なのである。

「アレを手に入れれば、ここは用済みだな」

 その時だった。

「お、お前は!!」

「……ハァ……この神社の神主か」

 神主に見つかるステインは、すかさずナイフを投げる。それは見事に神主の肩に突き刺さり、地面に倒れ伏した。

「……それ以上喚こうものなら、息の根を止めるぞ」

 殺気を放ちながら神主を恫喝するステインは、神酒を手にして立ち去ろうとする。そんな彼に神主は叫ぶ。

「何が目的だ…なぜ…なぜ、神酒を狙うっ!?」

「ハァ……あの男を問うのに必要なだけだ……」

「あの男……だと……!?」

「お前達には関係ない……」

 ステインはナイフを回収せず、神酒が入った樽を抱えて風のように去っていった。

 

 

           *

 

 

 さて、ここは雄英高校の屋上。

 剣崎とミッドナイト、そして火永が三人で会話をしていた。

「つまり……俺のことが色々漏れ始めたって訳じゃなさそうだが、水面下で動きがあるってことな」

「ええ……情報を得たというより、勘づいたか察したかぐらいのレベルでしょう。でも大物から見ればそれもまた貴重な情報ね」

「一応それなりのコネも使って調べてるが…どうやら戦力を整えてるらしい」

「成程な、近い内に「オールマイトの時代」を終わらせようって魂胆か」

 剣崎のような強力なヴィジランテが不要となりつつある今、(ヴィラン)にとっての最大にして唯一の天敵はオールマイトのみ(・・・・・・・・)だ。時代の流れにはさすがの剣崎も抗いようがないが、彼自身はオールマイトに頼り過ぎではないかと思っている。

 それは自分に頼れという訳ではない。平和になった時代だからこそ、オールマイトから脱却する時期が近付いているのだ。一人の人間がいつまでも柱になって社会を支えることなどできないし、時代は繰り返すことはあれど必ず〝終わり〟が来るのだ。それはある意味で一時代を築いた剣崎がよく知っている。

「……俺も考えれば、時代の残党だ。もしかしたら俺も近い内に潮時かもな」

「「刀真……」」

「まァ、そん時はデケェ仕事ぐらい引き受けて奴らとケジメつけておかなきゃな」

「お前らしい」

 そう言いながら、持ってきたラジオの電源を入れる。

 すると、意外なニュースが報道された。

《〝ヒーロー殺し〟ステインは保須市付近の神社を襲撃し、その神社に納められている日本酒――神酒を盗みました。窃盗というこれまでにない動きに警察関係者及びプロヒーロー達は困惑しており、何かしらの思惑があって奪ったのではないかと推察されています》

「窃盗、ですって……!?」

「どういうこった……?」

 これまで40人近く死傷させてきたあのステインが、神社で窃盗。ヒーロー稼業を生業とする火永達にとっては耳を疑うようなニュースだ。

(神社のお酒……)

 しかし剣崎だけは違った。

 神酒を奪ったステインは、剣崎が日本酒を浴びて苦しそうに喚いた光景を目に焼き付けている。そうすれば、ステインがなぜ神酒を奪ったのかは必然的に結論を見いだせる。

 そう――剣崎への対抗手段だ。

「これで決まりだな、奴は本気でこの俺を殺しに来る気だ。後は向こうからの動向次第って訳だ」

 死者である剣崎の表情が、生き生きと好戦的に変わる。

 剣崎はわかっていた。ステインが自分を待っているのだと。

 〝ヒーロー殺し(ステイン)〟を(ヴィラン)業界に対する見せしめとして討伐すれば、忘れつつあった〝ヴィランハンター〟の恐怖を、剣崎の正義を悪党共は思い出すだろう。滅びたはずのあの恐怖は…悪夢は、まだ終わっていなかったのだと。怒りと憎悪の闇に全てを委ねた忌まわしき死神は蘇り、再びヒーロー社会へと解き放たれたのだと。

「この決闘は俺が全部引き受ける手筈だ。手出しは無用だぜ」

「「……」」

 血も涙も枯れた、他者に生気を感じさせない修羅は、亡霊人生でも屈指の大仕事を取り組もうとしていた。

 これから自身は、たった一人の(クズ)を狩る。だが、それは長年の悲願である「全(ヴィラン)滅亡」の成就には、非常に重要な意味を持っているのだ。

「〝ヒーロー殺し(あいつ)〟の掲げた理想と信念、この俺の正義で砕いてやろうじゃねェか」

 決戦は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

「そうか……ということは、時は来たという訳か」

《ああ、恐らく今週中……いや、早ければ明日かもしれねェぞ》

「うむ、わかった。後は私に任せたまえ」

 ここは無間軍の根城……シックスは部下から剣崎に関する様々な情報を手に入れていた。

 そして現時点で、ステインが先程起こした窃盗事件から、剣崎はステインと近い内に剣刃を交わせると推察したのだ。

「殺し合いの場が判明次第、幹部であるホールマントを送ろう」

《いいのか? 不死身の剣崎にマンホールで勝てるのか?》

「最悪の場合は私も出張る」

《……不安要素しかねェな……わかった、くれぐれも気をつけろよ? 時期的には雄英の連中の職場体験だ。プロヒーローも出張ってるし、警察内部にもあいつと面識のある奴もいる。ただでさえ敵連合(やつら)は勢いだけで突っ走ろうとしてるから、ちょっとしたことで面倒事になるぞ》

「私を誰だと思ってる? 心配性だな礼二」

《心配性で悪かったな。早く切るぞ、盗聴されたら一溜りもねェ》

 

 ――プツッ

 

「……ようやく会えそうだな、剣崎よ」

 シックスは、悪意に満ちた笑みでそう呟いた。



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№47:起き始める異変

やっと更新です。


 翌日――

 剣崎はミッドナイトに連れられ、警視庁のある会議室に向かっていた。

「……睡、どういう風の吹き回しだ? 証人喚問や参考人招致でもやる気か?」

「いえ…今回のステイン討伐の作戦会議みたいなモノよ」

「作戦会議、ねェ……」

 剣崎は目を細める。

 今回のステインの件は剣崎一人に一任する予定だったはずだが、自分を呼んで作戦会議ということは、事情が変わったのだろう――剣崎はそう考えた。

「会議はもう始まってるの」

「それはどうだっていい。なぜ俺を呼ぶ必要があったのかが謎だ」

「浦村さんがどうしても呼びたかったらしいわよ?」

「文さんか……」

 そう言いながら、ミッドナイトは会議室のドアを開ける。

 会議室には、オールマイトやエンデヴァーをはじめとしたプロヒーロー達と警察関係者が揃っていた。

「おお、刀真! すまなんだ、君をいきなり呼んで」

「別にいいがよ……ちったあ訳ぐれェ説明してくれや」

 剣崎の問いに、浦村は一息ついてから答えた。

 今回の作戦が剣崎一人に一任させるという情報は、ヒーロー業界で共有された。ヒーローとは法的には警察の下部組織または嘱託を受ける民間協力者という位置づけであり、警察の要請を受けて実務を行う。警察の方がヒーローより立場は上であり、ゆえに剣崎とステインの間にヒーローは介入しないのだ。

「ここまではいいな?」

「ああ……で、問題は?」

(ヴィラン)連合の方だよ」

 今回の作戦で、多くのヒーローが(ヴィラン)連合の動向に警戒しているという。ステインが動いたとなれば、これ見よがしに(ヴィラン)連合も動き始めるだろうが、何を狙うかが皆目見当つかないという。

 そこで作戦の当事者でもある剣崎を呼び、その意見を聞こうという浦村の独断で彼は呼ばれたのである。

「文さん、もうちょっとヒーロー使った方がいいんじゃね?」

「だって頭固いんだもん」

「ハァ……あのドサンピン共の狙いはオールマイトの抹殺だろうが、現代社会の破壊も視野に入れてる気がする。巷を騒がす辻斬り野郎の活動は、俺の予想では雄英の職場体験に重なると読んでいる」

「――それで?」

「俺はステインと一対一(サシ)でやるとすりゃあ、大方の動きは読める。かつての襲撃で使った筋肉ダルマを送り込んで、リンチを狙うのが普通だが……そうはいかねェだろう」

 剣崎は自身が想像する(ヴィラン)連合の動きを淡々と伝えるが、それを否定する。

 先日の襲撃事件において、剣崎は圧倒的な力を見せつけて(ヴィラン)達を粛清し、途中でオールマイトに譲ったが脳無とも渡り合った。その反省を踏まえ、(ヴィラン)連合は剣崎VSステインをあえて放置(スルー)するのではと読んだのだ。

「ヒーロー絶対主義の社会だ、ヒーローの権威の失墜も視野に入れるとなりゃあ、奴らの狙いは俺じゃなく職場体験中の後輩達になる。ヒーローの卵を護れねェヒーローなんざ、信用できねェからな」

「うむ……成程……」

 浦村は唸る。

 (ヴィラン)連合は、先日の襲撃において主犯格以外が全員粛清された上に貴重な戦力だった脳無も蹴散らされ、侵入こそ成功したが絶望的な痛手を食らった。そう考えると、主犯格はいきなり剣崎に手を出すことは無いだろう。仮に彼が日本酒で思わぬダメージを食らったとしても、その戦闘力を封じることはできないからだ。

「……そうなると、やはり今回の件は君に一任した方がリスクは少ないな」

「そういうこったな……」

 剣崎は浦村を見据え、暫く黙ってから再び口を開いた。

「……ヒーローの掲げる正義は絶対的なものとして社会の頂点に君臨しなきゃならねェ。その為には正義の力を恐れと共に(ヴィラン)共の魂に刻み込まなきゃ意味がねェ。その為にステインも奴の取り巻きも……一人残らず殺す」

「なっ……何を!?」

「そんなマネが許されると!?」

「……?」

 声を荒げるマニュアルとベストジーニストに、怪訝な表情を浮かべる剣崎。

「……何か問題でも?」

「あるに決まっている!! ヒーローの信頼と威厳の問題だ、法律を無視した行為が許される訳など無い!!」

「下らない……話にならねェ。法だの制度だの、そんな文言並べれば命を救えるってのか? これァ〝ジェネレーションギャップ〟ってモンか? オールマイト……」

 剣崎はオールマイトを一瞥しながら告げた。

「未来を変える権利は皆平等にある……だからこそ俺は(ヴィラン)共の描く未来を破壊し、悪を一人残らず根絶やしにする。お前らと違って、俺の正義に迷いは無い――真の平和の為にも粛清は止めない」

『っ……!!』

 剣崎の言葉に、絶句するプロヒーロー達。

 善人であれ悪人であれ、ヒーローであれ(ヴィラン)であれ、生きている者には未来を変えることはできる。だが剣崎はオールマイトの弱体化や彼に依存している現代社会、(ヴィラン)連合の台頭によって、その未来が悪の手に堕ちる確率が少しずつ高まることを憂いている。それを阻止するために剣崎は正義の名の下に(ヴィラン)を狩り続けるというのだ。

 剣崎は「剣崎の基準」で善悪を判断して剣を振るう。彼に法は通じない――だからこそ、エンデヴァー以上の苛烈な思想にプロヒーロー達は内心戦慄してもいた。

「……一理あるな」

『エンデヴァー!?』

 エンデヴァーのまさかの賛同に、動揺を隠せない一同。オールマイトですら、顔を強張らせて驚きを隠せないでいる。

「勘違いするな。俺はあの死に損ない……いや、成仏し損ないを庇う気などこれっぽちも無い――だが……〝一瞬の気の迷いゆえに逃がした凶悪犯から未来を護れると思うな〟という点で共感しただけだ」

『っ!!』

 エンデヴァーの言葉に剣崎はきょとんとした表情を浮かべ、その後笑みを深める。

「時代が何度変わろうと……(ヴィラン)(ヴィラン)、ヒーローはヒーロー。そして――〝ヴィランハンター(おれ)〟は〝ヴィランハンター(おれ)〟だ。ただ……それだけだ」

 剣崎はどこか満足気な表情で口を開き、コートを翻して議場を去った。

 

 

 警視庁の屋上で、剣崎は景色を眺めていた。

 16年前の頃とは景色は全く違っており、改めて時代が変わったという現実を感じるが、剣崎は憎悪に満ちた目でそれを見下ろしていた。

(オールマイトが……〝平和の象徴〟が君臨するこの時代が、再び16年前(むかし)に戻るかのように大きくうねり始めている。もはや、(やつら)を抑えつけ秩序を維持するには従来(かつて)のやり方は通用しなくなる。今のヒーロー達に残された道は、俺のように(ヴィラン)を殺してでも正義を貫くか、それとも敗北(しぬ)か――二つに一つだ)

 その時だった。

 

 ゾクッ!

 

「!」

 剣崎の背後から、強烈な殺気が漂う。

 剣崎は目にも止まらぬ速さで刀を振るい、背後にいる何者かを斬り捨てようとしたが、それは金属音と共に防がれてしまう。

「……てめェは……!!」

「久しぶりだな……剣崎」

 剣崎は、背後の人物を目にして驚愕した。無間軍の札付礼二が現れたのだ。

「……随分とオカルトチックな見た目だな」

「懲りねェ奴だな…また戦争でもしに来たか」

「生憎だが、時代の節目を感じ始めたから足を洗いたいと考えてんだ。大事を起こすのも面倒になってきちまったよ」

 そう言いながら刀を鞘に納める礼二の食えない態度に、剣崎はひび割れた顔をパキパキと鳴らしながら眉をひそめる。

「……(ヴィラン)が足を洗うなど、俺は許さん。逃げ道など与えずに地獄に堕とすまでだ」

「てめェの母ちゃんなら俺の言葉を少しは信用しただろうな……」

「……殺されたいのか?」

 剣崎は憤怒と憎悪を孕んだ目で礼二を睨んだ。

 それと共に剣崎の朽ちた体のひび割れたような傷から黒い霧のようなモノが放たれ、どす黒い液体のようなモノが滴り始めた。

「……てめェの母ちゃんをバカにしてるって訳じゃねェ、むしろ尊敬に値する。だが――あの人の胎から何でてめェのような怪物が生まれたのか理解できねェのも事実だ」

「……」

 剣崎はそれ以上は言わず、ただ礼二を見据えた。

(おいおい……奴の中の無限に湧き上がってくる怒りと憎しみに、朽ちた肉体が悲鳴を上げてるじゃねェか……)

 剣崎は無意識だろうが、他の者から見れば先程の異変は洒落にならない程に危険な状態。礼二が昔耳にしたことのある穢れの類を朽ちた肉体から出したのだ。今はまだわずかだが…このまま放置すれば、いずれは外界に影響を与えて生きとし生ける全ての存在に死をもたらすだろう。

 剣崎は生ける亡霊では無くなりつつあるのだ。怒りと憎悪が怨念に変わり、手を打たねば最悪の事態となるかもしれない。あまりにもバカげた話だろうが、剣崎の怒りと憎しみはそれを実現してもおかしくない程に強大なのだ。

「……剣崎。お前、それ以上粛清を続けると取り返しがつかなくなるかもしれねェぞ。ヒーローも(ヴィラン)も手に負えない最悪の存在…厄災になるぞ」

「そうなっても構わねェよ。(ヴィラン)を滅ぼすためなら…真の平和の為なら安いモンだ」

「……聞く耳持たねェってか」

 剣崎の揺るがぬ信念と正義感に、思わず呆れる礼二。

「……保須にある唯一の廃墟で、奴はいるらしい」

「!!」

「そこへ向かいな。ただ……奴は若造共やオール・フォー・ワンとグルっぽいから、思い通りに行くと思わねェこったな」

 そう言い残し、礼二は屋上から飛び降りた。

「野郎!」

 剣崎が見下ろす頃には、礼二は巨大な札で飛び去っていった。

「……あいつ、何を企んでやがる」

 苛立ちを隠せないまま、剣崎は地獄の底から響くような声で呟くのだった。




この辺りから、剣崎に異変が起こり始めます。最終的にどうなるかは…今のところは言えません。
最終回は今、オールマイトVSオール・フォー・ワンの辺りを想定していますが、良い感じに終わるよう頑張ります。


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№48:〝ヴィランハンター〟VS〝ヒーロー殺し〟・その1

やっと来た!!
ついにこの小説の折り返し地点です。


 3日後――

 ついに雄英の職場体験が始まった。この職場体験において、出久は「ワン・フォー・オール」の秘密を知る数少ない人物であるオールマイトの師匠でもあるグラントリノの下で修業することとなった。

 そして出久とグラントリノは、現在渋谷へ向かって移動中だ。

「……警察が多いな……」

「ここ最近、ステインに加えて無間軍の動きが活発になり始めたからな。神経尖らせるのも無理もない」

 溜め息を吐くグラントリノ。

「え? グラントリノ……「無間軍」って何ですか?」

「何だ小僧、剣崎に随分可愛がられとるのに知らんのか」

「えっ――」

 剣崎との関係性を指摘され、目を泳がす出久。しかしそんな彼に対しグラントリノは笑いながら語る。

「あいつの母と昔、面識があってな。昔の奴はおめェのようなぺーぺーだったわ」

 そんなことを喋りながらも、グラントリノは出久に説明した。

 無間軍は、かつて悪の支配者として裏社会に君臨し続けたオール・フォー・ワンに匹敵するとされた程の大物(ヴィラン)シックス・ゼロが率いる反社会勢力である。構成員も強者揃いで、若き日のオールマイトや生前の剣崎と互角に渡り合う程の実力だったという。しかし剣崎との死闘と彼の同期、オールマイトの助太刀により一時は完全崩壊したらしい。

「そんな人達と……剣崎さんは……」

「だが今となって蘇った……恐らく奴への復讐心で煮え滾ってるだろう。だが剣崎もまた怒りと憎悪を更に強くして蘇った。――あの頃の戦いを知らん者が多い今のご時世で殺し合えば、どれ程の被害と犠牲を被るか……」

 あの激動の時代を知るグラントリノだからこそ、今後の展開を憂いている。

 剣崎が滅ぶのか、それとも無間軍が滅ぶのか――ヒーロー社会の未来を賭けた巨大な戦いをグラントリノは恐れてもいるのだ。

「正直な話、奴はもうヒーロー社会に関わらん方がいいと思っとる。あいつが暴れてた頃とは訳が違う。俺のような先の時代の残党は、御役御免が一番似合っとる」

「グラントリノ……」

 

 

「ここか……」

 同時刻。剣崎は保須市にある唯一の廃墟を特定してそこへ潜入していた。

 そこは、今回の標的のアジトであり次代へ引き継がれるモノを決める決戦の地でもある。

「――決着(ケリ)つけてやらァ」

 そんな剣崎の様子を、遠くで眺める女性が一人。

「剣崎……やはり朽ち果てても変わらぬか。それでいい……」

その女性は、そう呟いて姿を消した。

 

 

           *

 

 

 数時間後――

(ちっ……贋作共が……!)

 この日、ステインは酷く苛立っていた。ここ最近――特に保須周辺の贋物(ヒーロー)達と警察による警備が強化されて包囲網に近い状態となり、粛清活動が儘ならないからだ。

 こうしている間にも贋物は続々と増え、このままではいつまで経っても真の英雄(ヒーロー)は来ないし贋作共が蔓延る世界を正しい形に変わる日も遠くなる。

 暫く息を潜めるかアジトを変えるかを考えていたその時だった。

「……よう、正義の面汚し」

「……!!」

 その声に目を見開くステイン。

 視線の先には、生きとし生ける全ての存在を射殺さんばかりに鋭い目を向ける剣崎の姿が。彼に一歩近づく度に、常人なら息を殺されそうな程の強い殺気をその肌で感じるステイン。深緑の癖毛と羽織ったコート、身に着けている制服は、まるで剣崎の意思と殺意の強さを表しているかのようにいつもよりも少し激しく揺れているように見える。心なしか、16年前の一度目の死の時に刻まれた無数の傷が、つい昨日負ったばかりのような生々しさも感じる。

「ハハァ……まさかそちらから来るとはな……」

「来ちゃ悪ィか」

「いや、むしろ好都合だ……!!」

 二度目の因縁の邂逅。

 全身を切り刻むような殺気が渦巻く中、会話が始まる。

「ハァ……ヴィランハンター……今のヒーローをどう思う?」

「今の……だと?」

「この社会には贋者が蔓延っている……英雄気取りの拝金主義者共がアリのようにいる……!! 貴様はそれを許容するのか……!?」

 ステインは両手を広げ、演説するかのように語った。

 オールマイトに感銘を受けヒーローを目指したが、そこでヒーロー観の根本的腐敗に失望したことを。ヒーローとは見返りを求めず、自己犠牲をもって得られる称号でなくてはならないと。今のプロヒーローは人を助けることが純粋な「目的」ではなく、地位や名誉、収入を得るための「手段」になっていることを。

「どうなんだ、ヴィランハンター……!! 先の時代のヒーローを知る者は、今のプロヒーローは腐ってると思わないか……!?」

 そう問い質すステインに、剣崎は答えた。

「……私欲と己が利益の為に動く不届き者がいるのは、この俺も認めよう。16年前(むかし)のように己が信念と正義を貫くために――新時代の為に人生を捧げた人間は少なくなった」

 剣崎の知るヒーローのほとんどは、ステインの言うように自分を犠牲に他者(ひと)を救けていた。それは最愛の両親も然り。心から敬慕し憧れた志村菜奈(ヒーロー)も然り。

 だが今の時代、他者(ひと)を救うことで得られる収益や名声を目的としてプロヒーローとして活動する人間は少なくない。むしろ増えている。しかし時代は常に変わるモノ…その度にヒーローの在り方が変化していくのは当然であり、ある意味で仕方のないことだろう。良くも悪くも社会に大きな影響を与えた剣崎でも、全てのヒーロー達の頂点に君臨するオールマイトでも、〝時代のうねり〟には勝てないのだ。

「自己犠牲の精神が失われつつある今…先の時代の残党である俺もそれを憂いているのは紛うことなき事実だ」

「ハハァ……ならば――」

「だが……この超人社会の正義は何一つ変わっちゃいない」

「!!」

 人を救けたいから、ヒーローは人を救ける。(ヴィラン)をはじめとした悪者達から人々と平和を護りたいから、ヒーローは戦い悪者を退治する。時代が変わっても、社会が変わっても、これが揺らぐことは無い。

 剣崎はそう語る。

「俺の悪者退治は、俺の信念と正義の為でもあり、この世の全ての(ヴィラン)を滅ぼし人々が二度と(ヴィラン)に憧れない世界を創るためでもある。「全(ヴィラン)滅亡」……その悲願を成就させるには、蔑まれようとも憎まれようとも構わない。剣崎刀真という犠牲の果てに、平和な世を脅かす(ヴィラン)共がいなくなればそれでいい」

 平和というものは常に誰かが犠牲になっており、その犠牲の役を担うのがヒーローである――剣崎の言葉には、そういう意思が込められている。だが、その犠牲の役を担う者は今の時代にいるのかと言われると、それはオールマイトだけだろう。

「ハハァ……さすが〝ヴィランハンター〟、やはりお前は本物のようだ……! 俺の信念に同意してくれないのが実に残念だが……!」

(ヴィラン)に褒められるとは、実に腹立たしい」

 剣崎は刀を構え、殺気を放ってステインを見据えた。

 対するステインも、右手に刀、左手にナイフを手にして構える。

 それと同時に両者の膨大な殺意が渦巻き、それに反応するかのように木々が震え、周囲を飛んでいた鳥の群れが慌てるように一斉に飛び立っていく。

「俺とお前……ぶつかり合えば当然、弱い方が淘汰される」

「そうだ。そして信念を持つ者同士の戦いは、どちらが正義かを決める戦い――敗けた者は信念も残らず朽ち果てて終わる」

 〝平和の象徴(オールマイト)〟に心酔する、正義に飢えた悪。

 正義と悪の争いの間に生まれ、惨劇で覚醒し世に解き放たれた死神。

 両者の信念がどんなカタチであれ、何を犠牲にしようと、まずはこの殺し合いで勝たねばならない。己の未来を、真実とするために。もっとも納得がいく、唯一の事実(れきし)とするために。

「お前の死をもって、この世界は新たな夜明けを迎えるだろう……!! これが最後だ……どっちの信念(こたえ)がこの世界の〝正義〟として次の世代を導くのか、決着(ケリ)をつけようじゃねェか!! 〝ヒーロー殺し〟!!!」

「ハハァ……!! 望むところだ〝ヴィランハンター〟……!!!」

 

 己が信念を懸け、二人は刀を振るった。



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№49:〝ヴィランハンター〟VS〝ヒーロー殺し〟・その2

剣崎とステインがようやく戦ってくれた(笑)
最終回のビジョンもある程度いい感じだし…気長にやろうかな。

感想・評価、お願いします。


「ハァァッ!!」

「ぬんっ!」

 

 ガギィィン!!

 

 刀同士を叩きつける音が辺りを包み込む。

 刃こぼれが生じた互いの刃が重なって火花を散らすと、ステインはナイフを取り出し剣崎の顔面にナイフを突き刺した。常人なら即死だが、相手は生ける亡霊――その程度の攻撃は無意味だ。

「小癪なっ……!!」

 お返しとばかりに、剣崎の痛烈な左ストレートがステインの顔を抉る。

 ステインはモロに食らい、大きく吹っ飛ぶ。いくら数十人のヒーローを死傷させてきた実力者(ステイン)でも、数々の大物・強豪(ヴィラン)と渡り合ってきた剣崎には敵わない。

 しかし、顔に突き刺さったナイフを抜く剣崎の表情は未だに鋭い。

「さすがに強い……伝説とされるのも納得がいく」

 常人なら気絶してもおかしくない一撃なのだが、ステインは何事も無かったように立ち上がった。

 すると次の瞬間、ステインは剣崎の真上まで一気に跳び上がって刀を振り下ろした。が、止められてしまう。

「甘ェ」

「ちっ」

 純粋な戦闘の経験値では、剣崎とステインでは桁レベルの差がある。そもそも相手は無個性状態の上に剣一本のみで大物達と渡り合った〝元人間〟――その圧倒的な力の差は、いくら剣刃を一度交えてその太刀筋を覚えているとはいえ到底すぐに埋められるようなものではない。

「ぬん!」

 剣崎が一閃、横薙ぎに刀を振るった。

 胴辺りを狙ったそれを受け止めるのは困難と悟ったのか、ステインは飛んで避ける。それを見た剣崎はすかさず上から真っ直ぐに打ち下ろすが、再度ステインは素早く避け、逆手に持ち替えて刀を横薙ぎに振るう。が、剣崎は鞘を用いてそれを受け止める。

 両腕を事実上封じられたステインは、剣崎の顔面を蹴る。しかし剣崎は蹴りを食らいながら、その反動を利用して人体急所の肝臓を突いた。

「ぐっ……!?」

 顔をしかめ、脇腹を押さえるステイン。

 人体急所の一つである肝臓は、打たれると激痛をもたらし刺されると大量出血する。立っている相手を叩いたくらいでは内臓破裂まではいかないが、それでも十分なダメージを与えられる。素の実力が規格外であるステインも、これはキツイ。

「ハァ……ハァ……!!」

「まだだ」

 

 ドォォン!!

 

 剣崎は刀を利用して衝撃を伝導させる遠当て技〝雷轟・剣砕(つるぎくだき)〟を発動するが、ステインは脇腹の痛みに耐えながら紙一重で躱す。

 剣崎の呼吸すらも許さない猛攻を前に、疲弊し息切れをするステイン。その隙に剣崎は一気に間合いを詰め、彼の首を掴んで壁に強く叩きつけた。

「がァッ……!!」

「――(ヴィラン)風情とはいえ、英雄(ヒーロー)を取り戻そうなどとデカい口を叩くだけはある…あくまで〝今の時代〟の話だがな」

 声色に孕む嘲り、眼光に孕む殺意、醸し出される憤怒と憎悪……ひび割れたような顔面の口から零れる、地獄の底から響くような低い声が嫌という程に耳に入り、ステインは嫌悪感を露骨に示す。

「あの時代…俺が暴れてた頃ァてめェ程度はアリのようにいた。そんな激動の時代を生き抜いた俺に、お前のような辻斬り小僧が勝てっこねェだろう」

 剣崎は止めを刺そうと刀を構えるが……。

 

 ビシビシビシ…

 

 周囲の柱に大きな亀裂が生じ始め、轟音が響き始める。

「……!?」

「――マズイな、力加減を間違えたか……?」

 そう、先程剣崎が放った衝撃が老朽化した柱に致命的な損傷を与えてしまい、廃墟が崩れ始めているのだ。

 そして止めを刺すのを一旦諦めてその場から退避しようとした瞬間、天井が崩落し――

 

 

           *

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 

 

「アレは……!!」

 塚内らと共に保須で警備をしていたオールマイトは、轟音と共に崩れる廃墟を目撃する。

 この日にビルの爆破解体などしないし、そもそも爆破解体は都会ではしない。ふと思い出してみれば、どういう訳か剣崎は雄英にはおらず、それどころか朝っぱらから行方知らずだった。そこから導き出される結論(こたえ)は――剣崎が何者かと戦っているということだった。

(剣崎少年……もしや……!!)

 嫌な予感がしたオールマイトは、塚内らを置いて目にも止まらぬ速さで現場へ向かった。

(剣崎少年、まさか〝ヒーロー殺し〟と……!?)

 

 

 そして、動いたのはオールマイトだけではなかった。

「小僧、急げ! 一刻を争う事態だぞ!」

「は、はい!!」

 移動中に廃墟の崩壊を目撃したグラントリノと出久もまた、現場へ向かおうとしていた。

「――この職場体験の前に、ヒーロー達がステイン討伐の会議をしてな……そこで奴と出会った」

「!」

「ステインと剣崎の一戦は一切介入しないのが方針だが……民間人への被害なら別! ケガ人が出て多くの市民が巻き込まれとるかもしれんぞ! 早く急げ!」

 その時だった。

「いかん、避けろ!」

「!?」

 グラントリノの声を聞き、咄嗟に右へ動く出久。その直後、いつの間にか一人の女性がレイピアを突き出していた。あのままいたら、レイピアの刃が自分の体を貫通していたことだろう。

 少しでも遅れていたら――そう思い、顔を青ざめる出久。

「……今のを避けるとは、あの男に鍛え上げられただけはある」

「っ――一体何の用だ、〝ヒートアイス〟!!」

 グラントリノは、女の名を叫ぶ。

 そう…出久を狙ったのは、かつて剣崎と死闘を繰り広げた超極悪(ヴィラン)として裏社会に君臨している〝ヒートアイス〟こと熱導冷子だった。

「攫いに来たのさ、そこの少年を」

「え…?」

 冷子はレイピアの切っ先を出久に向け、自らの狙いは出久であると明言する。それを聞いたグラントリノは眉間にしわを寄せ、当の本人である出久は動揺する。

「剣崎を怒らせ、その怒りをヒーローへ向ける気か……!?」

 グラントリノは、愛弟子を人質に取られたヒーロー達に怒りを向けさせて同士討ちを狙うのかと問う。だが冷子の狙いはグラントリノの推測の真逆だった。

「少年…お前を人質にすれば剣崎は怒る。怒りはあいつを強くさせる…同志を責めぬ剣崎は私に怒りを向け、殺しにかかるだろう。私はそんな剣崎を倒し、奴を私の玩具として手に入れたいのさ」

 悪魔のような笑みで自身の目的を語る冷子。

 そんな彼女に、出久は声をかける。

「……あなたは剣崎さんの強さを知らない。あの人がどれだけの実力者だと――」

「知らないのはそっちだろう? 〝ヴィランハンター〟剣崎刀真の話を聞くだけで鳥肌が立ち震えが止まらない程の強さと無慈悲さを。そんな大物(おとこ)を玩具にできるのは素晴らしいことだろう?」

 冷子の言葉に、嘲りも過信も、虚言も妄想も無かった。ただ、凶悪なまでの独占欲だけが存在していた。

「さて…この私に嬲られたいのなら来るがよい、グラントリノ……!!」

「っ……小僧、下がってろよ!」

 冷子とグラントリノが、命懸けの戦いを繰り広げようとしていた。



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№50:〝ヴィランハンター〟VS〝ヒーロー殺し〟・その3

すいません、投稿する場所をシャンブルズしてしまいました。
申し訳ありません。ご指摘ありがとうございます。以後気を付けます。


「……ハァ……化け物め、俺のアジトを……!」

 崩壊した廃墟から何とか脱出したステインは、剣崎の力に悪態をつく。

 しかし、完全に崩れた廃墟からはすぐには出れないだろう――そう考えたステインは、神酒を探し始めた。神酒は剣崎を倒せる可能性が高い唯一の切り札……ここで無くしたとなれば勝ち目はほぼ無い。

「! 見つけた……」

 瓦礫に埋もれた神酒の入ったボトルを見つけるステイン。不幸中の幸いか、瓦礫の隙間にハマっただけであり一応無事ではあるようだ。

(ボトルに入れ替えたのは正解だったか……)

 元々は樽に納まっていた神酒を、携帯用にステインは入れ替えていた。どうやらそれが功を奏したようだ。だがそれを手にした途端…。

 

 ビキキキ……ボゴォン!!

 

「!」

「ちっ……仕切り直しだな」

 瓦礫を砕き割り、剣崎が現れる。

「さて…どうする。大人しく斬られるようなタマじゃねェだろうが、悪運も尽きたな」

 剣崎は刀を構えると、力一杯踏み込んでステインに迫った。

「一思いにその首、刎ねてやらァ」

「それは貴様の方だ!」

 ステインは手にしていたボトルの蓋を開け、神酒を剣崎の顔面目掛けて浴びせた。

 神酒は剣崎の顔を濡らし、腕や胴体、足も濡らす。そのときだった。

 

「あ゛っ……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 人間が出せる声とは思えないような声色で発狂する剣崎。肉を焼くような音と共に全身から黒い霧のようなモノが立ち昇り、言語に絶する程の激痛なのか刀を落として両手で顔を覆う。それと共に剣崎から強烈な圧が放たれ、至近距離にいたステインは細かい瓦礫と共に吹き飛んでいく。

「ぐあっ!?」

 吹き飛ばされて地面に叩きつけられるステインだが、ふと彼は気付いた。剣崎の肉体の一部が、ぞっとするほど白かった肌が人間らしい血色が戻っていることに。それによく見ればひび割れたような傷からは赤い血が(・・・・)滴り落ちているではないか。

(まさか……!)

 剣崎は神酒を浴びたことで超自然的能力の効果を失い始めており、放たれた圧はその超自然的能力の根源――エネルギーのようなモノだと解釈したステインは、笑みを浮かべた。いずれにしろ、物理攻撃が通じるような状態に陥ったのだ。

「……ハハァ……!!」

 ステインは悪意に満ちた笑みを浮かべ、剣崎に一気に詰め寄り斬りかかる。

 

 ドスッ!

 

 人の肉に刺さった感触が、ステインに伝わる。

 剣崎は、ほぼ完全に無力化している。急所ではないが、今の彼は物理攻撃が完全に通じる状態に陥ったことは証明された。

「ハァ……!!」

 歓喜の笑みを浮かべ、ステインはナイフを取り出したが…。

 

 ズドンッ!

 

「!?」

 ステインの脇腹に剣崎の拳が減り込む。その衝撃は凄まじく、規格外のタフネスを誇るステインでも汗だくで片膝を突いてしまう程だった。

 彼の身体を動かしているのは、計り知れない憤怒と憎悪の念だった。死してなお燃え続ける怒りと憎しみの業火は、もはや人ではなくなった彼を燃やし続けるのだ。

「ハァ……ハァ……ふざけやがって……!! 一遍死んでみるかこのクソガキがァ……!!!」

「っ――」

 

 

           *

 

 

 同時刻――

「ハァ……ハァ……!」

「フフフ……老いたなグラントリノ。あの頃よりも動きも鈍い、寄る年波は超えられないか?」

 片膝を突いて右肩と左腕から血を流すグラントリノに対し、ほぼ無傷の状態で嘲りの笑みを浮かべる冷子。

 グラントリノVS熱導冷子の戦いは、冷子が優勢でありグラントリノは窮地に立たされていた。

 元々グラントリノは、現在隠居の身。指導力や技術も衰えていないとはいえ、老いには抗いきれない。一方の冷子は表立って事は起こさなくなったが現役バリバリの強豪。〝個性〟の相性も踏まえると、グラントリノが追い込まれるのはある意味では当然とも言えた。

(どうしよう……グラントリノが追い込まれてる!! 僕は何をしてるんだ……!?)

 何もできずに立つ出久。目の前で苦戦しているグラントリノヒーローを助けたくても、冷子の力と気迫に押されて動けない。

(くっ……周囲の気温をコントロールして身体能力を制限させられたか……!!)

「止めだ、グラントリノ!!」

 冷子はレイピアを構え、グラントリノの眉間を狙って突きを放った。

 その時だった。

 

 ガッ!

 

「!?」

「あなたは……剣崎さんの……!!」

「貴様は……〝プロミネシア〟!!」

 助太刀に来たのは、〝プロミネシア〟こと炎炉熱美だった。

 熱美は冷子の突きを白刃取りで止める。白刃取りをした熱美の掌からは血が流れ出ている。

「熱美、お前……」

「何とか間に合ったようね……〝完全燃掌(かんぜんねんしょう)〟!!」

 

 ジュワッ!!

 

「っ!?」

「刀身が溶けた!? 何て高熱なんだ!!」

 何と一瞬で冷子のレイピアの刀身がドロドロに溶けてしまった。熱美の発する高熱が刀身に伝導して、あまりの温度の高さに溶けてしまったのだ。

 得物を使えなくなった冷子は舌打ちし、それを目撃した出久は驚愕する。

「くっ……相変わらず面倒な女だ!」

「お互い様でしょ」

 冷子の〝個性〟である「温度」は気温を操ることができ、上げるよりも下げる方が相手の運動神経を鈍らせることができるのでよく使う。しかし熱美の場合は最大2000度の熱を発生できるので、冷子にとって熱美は相性最悪な相手なのだ。

「くっ……仕方ない、今回はここで引き上げるとしよう。次は覚悟しろ〝プロミネシア〟」

 捨て台詞を吐いて、冷子はその場から逃走した。

「大丈夫? グラントリノ」

「ああ、助かった……」

「熱美さん……ありがとうございます」

「いいや、礼を言うべき相手は刀真の方。刀真が睡を通じて私達に知らせてくれたの」

「剣崎さんが?」

 出久は目を見開く。

 剣崎の同期は名だたるヒーローであり、ミッドナイトを通じて連絡を取り合うことも簡単だろうが、先程襲撃に来た冷子の動きまでは予測できないはずだ。

 しかし熱美曰く、剣崎は職場体験中にステインと戦う可能性が高いと読んで職場体験が終わるまで緊張を解かず警備を強化するよう口利きしたとのこと。それは御船や火永にも行き届いており、彼らもまた動いてるという。

「刀真の読みは大体合ってる……出久君、君もいざという時は戦いなさい。非常事態には非常事態に合った対応をするのもヒーローの務めよ」

 その言葉に、出久は額に汗を浮かべる。

 本来ならば職場体験中に〝個性〟を無断使用すれば処分が下されるが、そんなことなどどうでもいい状況……いや、そんなことを考える状況じゃなくなっているのだ。

「気を引き締めて。ここ数日はいつでも自分の背後に死神が立っていると思いなさい」

 いつになく真剣な表情で、熱美は忠告したのだった。



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№51:〝ヴィランハンター〟VS〝ヒーロー殺し〟・その4

 〝ヒートアイス〟熱導冷子を一旦退け、改めて廃墟へと向かう出久達一行。

「刀真はもうステインと戦ってるはず……でもどうやら流れは変わったらしいわ」

「どういうことだ?」

 グラントリノの問いに、彼女は答える。

 曰く、(ヴィラン)連合の脳無があちこちで出没しており、ヒーロー達はその対処に手一杯の状況らしい。当初は雄英が職場体験中であるので学生を襲撃し、あわよくばプロヒーローも潰そうとしていたのではないかと考えていたが、プロヒーロー達が剣崎の援護に来ない為でもある可能性が浮上したという。

「もしかしたら、刀真の元にかなりの数の脳無が……!!」

「あり得ない話では無いな――」

 

 ドズンッ!

 

『!!』

 三人の前に、突如薄緑色の肌を持つ四ツ目の脳無が現れた。長身痩躯かつ手足が異様に長いその異形さは人間とは思えない気味悪さを醸し出している。

「グラントリノ!」

「わかっている!」

 熱美は両腕から高熱を放ち、グラントリノも構えを取って脳無の前に立つ。

 脳無は二人の戦意を感じ取ったのか、素早い動きで襲いかかった。

「ハァッ!!」

 熱美は正面から殴りかかり、脳無と拳をぶつける。

 高熱のパンチは脳無の拳を焼き始めるが、痛みを感じてないのか無反応だ。すると今度は熱美は何度も殴りつけ、脳無の肉体に大火傷を負わせる。

「これでも効かないってなると、面倒だ……」

 その言葉通り、脳無はビクともしない。しかし火傷のダメージは響いているのか、動きは先程と違って鈍くなっている。

「それだけ鈍くなりゃあ十分だ、熱美!!」

 グラントリノは自らの〝個性〟の「ジェット」で急加速し、首を蹴りつけた。

 それがとどめの一撃となったのか――脳無はそれを受けて数秒後に力なく倒れた。

「……思った以上に強くは無かったな」

「まァ、相手が悪かったってことで――」

 その時だった。

「っ!? いかん!」

「出久君!! 避けて!!」

「!?」

 突如として空中から翼の脳無が襲来し、出久に襲いかかった。

 翼を生やした脳無は出久を攫おうとするが……。

 

 ドンッ!!

 

『!!?』

 脳無の眉間が何者かによって撃ち抜かれた。

 一瞬で絶命した翼の脳無は、大きな音を立てて前のめりに倒れ血の海を作る。

「――油断するなよ熱美。あとジジイ」

「火永!!」

「そいつは改人……一方通行のコミュニケーションしか取れないが戦闘力はプロヒーローと互角以上だ。もっとも、相性にもよるがな」

 そう言いながら出久達の元へ向かう火永は、小石を手にしていた。〝個性〟を用いて小石を銃弾にして脳無を撃ち抜いたのだ。

「火永さん……何でここに脳無が……」

「大方、剣崎を潰すことが目的だったんだろう。ステインが敗北した場合の保険みてェな奴だろ。御船も今出張ってエンデヴァーとそのせがれの元で交戦中よ」

 脳無の亡骸に近づく火永。彼は顎に手を当て、目を細め見つめ続ける。

 その様子を見た熱美は、首を傾げ尋ねる。

「火永、どうしたの?」

「いや……何年か前に似たような〝個性〟をもったガキと出会ったの思い出してな。何か似てるなってよ……」

「子供?」

 そして、火永は衝撃の一言を告げた。

 

「あァ――確か、ツバサ医院の院長の息子(ガキ)だったような……」

 

 その言葉を耳にし、出久達は絶句し顔を青褪めた。

 そう、火永の言葉によって「最悪のビジョン」が頭の中に浮かび上がったのだ。

「っ……!!」

「……まさか……!?」

「ひ…火永さん……嘘、だよね……? 冗談が過ぎるよ……?」

「――冗談だといいがなァ……」

 火永は煙草の煙を吐きながら、小さく呟くのだった。

 

 

           *

 

 

 剣崎とステインの死闘は、苛烈を極めていた。

「ハァ……ハァ……!!」

「無駄だ……!! お前に俺の正義を砕くことはできない!!!」

 満身創痍のステインに、非情な現実を突きつける剣崎。

 殺意に満ちた眼差しで全身傷だらけのステインを見据えるその姿はまさしく修羅そのもの――まるで憎悪が全身から立ち昇っているようにも思えた。

「ぐっ……がっは……!!」

 立ち上がるのが精一杯のステイン。

 しかしそれでも、刀を構えて斬りかかる。剣崎もまた、それに応えて刀を振るう。

 互いの剣刃はぶつかり、火花を散らして弾かれ、再び激突する。人生を懸けて導き出した信念は激しく衝突し、捨て身のぶつかり合いはより一層凄まじいものになる。

「これで全てを終わらせる」

 ステインはそう呟き、日本刀を真上に投げた。

 戦意の放棄を意味するような行動を突然とったステインに、さすがの剣崎も度肝を抜かれ一瞬だけ動きを止めた。

 その動きを見たステインは、まだ残っていたナイフを取り出し剣崎の両足の甲に深々と突き刺した。

「ぐおァァ!?」

 突然の激痛に、剣崎は叫ぶ。

 そのナイフは、神酒で濡れていた。神酒を浴びると剣崎は一時的に弱体化し、浴びた個所は物理攻撃が通じるようになる。その弱点を利用し、剣崎の動きを封じたのだ。

「これで終わりだ、〝ヴィランハンター〟!!!」

 ステインは跳び、投げた刀に残された神酒を振りかけ、そのまま斬り降ろした。

 これが決まれば、さすがの剣崎も致命傷を負いうまく追い込めば殺すことができる――そう考えたステインは満面の笑みを浮かべた。

 しかし、そんなステインの狙いは見事に打ち砕かれた。

 

 ドォン!!

 

「!?」

 

 ビキビキ、メキィッ!!

 

「なっ……!?」

 剣崎の右腕から放たれた〝雷轟〟が裏拳の形で炸裂し、ステインの脇腹を抉った。

 それと共に複数の骨が圧し折れるような音が響き、ステインは大量の血を吐いて倒れ伏した。

(しまった……肝臓を……!!)

 剣崎は〝雷轟〟の衝撃を、人体急所の肝臓に叩き込んだ。その衝撃は内臓を破裂させ背骨にも伝わり、あまりの勢いの強さに肋骨も折れて肺に刺さった。

 ヒーロー達の脅威の一つであった悪のカリスマ〝ヒーロー殺し〟は、〝ヴィランハンター〟の機転を利かせた渾身の一撃の前に崩れた。

「――楽しい辻斬り稼業もここまでだ、最期の相手が俺でよかったな。冥途の土産に正義の引導をくれてやる」

 剣崎は両足の甲を貫いたナイフを抜き捨て、刀を手にする。

 〝ヴィランハンター〟と〝ヒーロー殺し〟。「全(ヴィラン)滅亡」と「英雄回帰」。人生を賭さねば得られぬ答えを導き出した者達の信念のぶつかり合い――その勝者は、皮肉なことに先の時代の残党だった。

「俺ァ他人を嬲るような悪趣味じゃねェ…介錯ぐれェは一思いに務めてやるよ。死人に口無し…最後に何か言いてェなら端的に言え」

「ハァ……ハァ………ハハァ……!! そうだな……未練も遺言も別に無いが……時代の残党であるお前がいつまで信念を貫けるか見物だな……!!」

「死んでも貫くのが信念だろうが。二本足と意地で立つのが男のようにな」

「ハァ……ハハ……! さすがだ――」

 剣崎は刀を振り上げ、どこか落胆したような表情で告げた。

 

「……お前とは、別の形で会いたかったな」

 

 ドッ――

 

 振り抜かれた無慈悲な刃がステインの首を飛ばす。鮮血と共に首は転がり、辺りを血の海に変えた。

 それを隠れながら監視する男が一人いる。

「嘘だろ……相手は〝ヒーロー殺し〟だぞ……!?」

 その場にいたのは、かつて剣崎と戦い惨敗した「無間軍」の(ヴィラン)――ホールマントだった。一連の剣崎とステインの死闘を隠れてみており、その結末を見届けたのだ。

「今の野郎の前じゃあ、ステインですら無力なのか……!?」

 その直後、轟音と共にある人物がその場に着陸(・・)した。

 その正体は……。

 

「私が来た!!」

 

「――もう事後なんだが」

 今更登場、オールマイトだった。不幸中の幸いか、ホールマントはオールマイトのおかげで剣崎に気づいていないようだ。

「これは……!! 剣崎少年――決着はついたのか」

「いい見せしめにはなるな……これで少しは(ヴィラン)共も大人しくなる。あと、この刀は戦利品としてもらう――死体を利用できないからな」

 ステインの刀を回収し、剣崎はオールマイトとすれ違う。

 その後、剣崎はオールマイトの方へ振り向いて口を開いた。

「――いい加減ウチらから動くべきだ。これで(ヴィラン)業界は少し荒れるが、好機でもある。無駄にすんなよ」

 

 

 その翌日、朝刊に「〝ヒーロー殺し〟死亡」のニュースが報じられ、剣崎の言葉通り日本の超人社会が荒れる事態になった。

 この事件は「保須事件」と命名され、後に〝平和の象徴〟の時代を終わらせた〝ある極めて大きな事件〟の「引き鉄」として語られることになる。



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№52:伝染

「そうか……〝ヒーロー殺し〟は死んだんだね」

 盛大な溜め息を吐くオール・フォー・ワン。

 単独犯という括りでは(ヴィラン)業界において多大な影響力を与えたステイン(おとこ)は、生ける亡霊と化して本物の死神のようになった〝ヴィランハンター〟剣崎刀真との壮絶な死闘の末に首を刎ねられ死亡した。

 そしてステイン死亡のニュースは瞬く間に広まり、(ヴィラン)業界を震撼させた。

 

 ――剣崎の野郎が復活した!! 〝ヴィランハンター〟が蘇りやがった!!

 ――死んじゃいなかったのか!?

 ――しかもあのステインもぶっ殺したらしい!!

 ――オールマイトと手を組んだら終わりだ……!!

 

 剣崎の恐怖はあっという間に〝伝染〟した。死柄木弔は自分達の邪魔をし続ける剣崎に対する怒りを露にしたが、往時の彼を知る者達は皆縮み上がり、ついには足を洗う者も現れ始めた。

 それはまずいことだ。「〝悪〟の支配者」――オール・フォー・ワン――と「(ヴィラン)連合」が人々から魔王とその軍隊のごとく恐れられなければならない。(ヴィラン)達が〝ヴィランハンター〟を恐れてはならないのだ。

 かつて手を掛けた志村菜奈(おんな)の影を一度死を迎えてなお追い続け、怒りと憎しみを撒き続けるあの忌々しい小僧をこの手で殺さなくては気が済まない――オール・フォー・ワンは、血管がくっきり浮き出る程に拳を握り締める。

「それとも……これもお前の「保険」だったのかい? 志村菜奈……」

 志村菜奈は万が一を見越して、剣崎を無情かつ恐るべき処刑人にさせたのではないのか――オール・フォー・ワンはそう思ってならなかった。

 傍から見れば何の根拠も無い戯言に聞こえるが、剣崎は志村菜奈の背中も見てたのも事実だ。現にあの〝平和の象徴〟オールマイトよりも憧れていたのだから、その可能性は完全には否定できない。

「……まァいい。ステインの死は大きな損失だが、その分いい収穫(・・・・)もあった」

 今回のステインの死によって剣崎復活による恐怖が蔓延したが、それと同時に剣崎に対する怒りと憎しみを露にする者も現れ始めた。〝ヒーロー殺し〟の意思を継ごうとする、ステイン信奉者である。

「不幸中の幸い、マスコミがステインの思想を広めてくれたからね…そこは良しとしようかな」

 ステインの思想「英雄回帰」は、ヒーローとは見返りを求めず自己犠牲の果てに得うる称号でなければならないという主張である。救うことで得られる収益や名声を目的としてプロヒーローとして活動する人間は少なくないのは事実であるため、ヒーローの在り方に疑念を抱く者は(ヴィラン)にはいる。

 その思想に感化された者達が、この(ヴィラン)連合に目を付け始めている。(ヴィラン)連合の戦力増強という意味では、ある意味で結果オーライかもしれない。

(問題なのは、これも全て剣崎の思惑である場合だね……)

 そう、この一連の流れが全て剣崎の思惑であるとなれば面倒だ。

 あえてマスコミを通じてステインの思想を広め、それに感化された者達を(ヴィラン)連合ごと潰す――いわば炙り出しのためにわざと広めたのではないか。一々探し出すのではなく、情報を流して誘導させて集ったところを全力で叩き潰した方が手っ取り早いのだ。

「さてと……そうなると僕も本格的に動かなきゃいけないね」

 そんなオール・フォー・ワンの予想は、見事的中するということに彼自身は知らない。

 

 

           *

 

 

 同時刻、雄英高校では剣崎がミッドナイトと話し合ってた。

「……睡、一応奴は始末した。出久君達への被害は少しは減るだろうが、気は抜かないこった」

「ええ……一応火永達と連携して回してはいるけど、今回の一件で(ヴィラン)の動きも変わっているって情報も手に入れているわ」

「上々だな……」

 ステインの死。それは、この現代社会を震撼させた。

 警察発表では、ステインの活動を快く思わない何かしらの勢力によって殺されたとされているが、剣崎にとってはどうでもいい。(ヴィラン)連合をはじめ、全ての(ヴィラン)達への見せしめとして示すことができたので良しとしているのだ。

「――あとは「敵連合(むこう)」の出方次第。それでこの世界の〝夜明け〟は変わる。その出方が俺の予想通りに行くかは保証できねェが、ステインを失った以上すぐには行動を起こせねェはずだ」

「刀真……」

 連日のテレビの報道に満足気な剣崎。そう、剣崎は効率の良い「狩り」の為にマスコミを利用したのだ。

 剣崎は腕っ節と経験値、直感で悪者退治を行ってきたが〝今時の(ヴィラン)〟が単純な連中でないと知り、罠を仕掛けたのだ。

 ステインの思想を広めて彼に感化された愚か者達を一ヶ所に集中させるのもそうだが、それに加えて剣崎憎しを心に秘めた「仕留め損ない達」をも集結させて少しの手間で「16年の空白」を埋めようと画策しているのだ。

「「全(ヴィラン)滅亡」を成就するには、(ヴィラン)を一人一人始末するには追い付かない……効率よく動かなきゃな」

「刀真…」

「――睡。今年の夏、俺は勝負を仕掛けるぜ。答えを導き出せたからな」

 ――せいぜい足掻くがいいさ、オール・フォー・ワン…菜奈さんが戦えない状況下だからって図に乗るなよ。

 そう呟き、狂気をも孕んだようなあくどい笑みを浮かべる剣崎。

 しかし、ミッドナイトは複雑な表情をしていた。

 

 ――本当に、これでいいのかしら……?

 

 剣崎は自分と違って、愛と夢と居場所を目の前で奪われ、辿り着きたかった未来を歪められた。(ヴィラン)に全てを奪われ、人生を滅茶苦茶にされたのだ。

 慈悲など無用、余計な禍根は根こそぎ断つ――怒りと憎しみに信念もかつての人格も支配され、一度目の死によって〝個性〟の発現と共に強大化した「負の感情」。その負の感情は、マグマのごとく煮え滾る憤怒と憎悪の源として剣崎を動かしている。

 剣崎は、時代を殺し世界を破壊しようとしている。それを実現するに十分な信念と〝個性〟が、彼にはある。

 全ての悪を――(ヴィラン)を滅亡させ、次代を担う者達が(ヴィラン)に憧れない世界を築こうとしている。その為に、ステインのように影響力のある(ヴィラン)を全て葬って恐怖と絶望を与え非情な現実を見せつける。

 恐怖は何よりも重い枷になる。……でも。

 

 ――本当に、刀真は望んでいるのかしら……?

 

 今の剣崎は破壊主義的思想だが、全てを奪われる前の剣崎ならばどう考えていたのだろうか。

 亡き彼の家族は、どう思っているのか。

 

 ――本当に、これで刀真もご家族も報われるのかしら……?

 

 ミッドナイトは、すぐ傍にいるのに剣崎が自分達から――ヒーローから段々遠ざかっているような気がした。

 悪に転ずるわけではない。でも、剣崎はこのまま暴走したら取り返しのつかない事になりそうな気がする。そう思ってならなかった。




次回から最終章になります。
最後までお付き合いください。


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№53:教師としての矜持

7月最初の投稿です。


 〝ヒーロー殺し〟ステインとの死闘から早一週間――職場体験も終え、生ける亡霊が棲みついた雄英高校では、再びいつも通りの日常が始まる。

 そんな中、剣崎は根津校長に呼び出され校長室で彼と面談をしていた。

「――この林間合宿とやらに、俺も行けと?」

「万が一にも(ヴィラン)の襲撃に遭ったとしても、〝個性〟の相性・素の実力・経験値・その他もろもろを踏まえると、君ならば問題無いと判断してね」

「ボディーガード役ってことか……」

 根津の言葉に、剣崎は思考を張り巡らせる。

 一度目の死を迎えたことにより〝個性〟が発現し、生ける亡霊と化した剣崎。彼が異空間から16年ぶりに解き放たれてから、雄英は過去に例を見ない波乱万丈な一学期だった。

 「(ヴィラン)連合」なる悪の組織の襲撃、シックス・ゼロの暗躍、〝ヒーロー殺し〟ステインとの死闘の裏で起こった脳無による破壊活動……それら全てが、雄英にとっては大きな危機感を煽るのには十分すぎた。そんな渦中に飛び込んで大暴れをした剣崎は、その危機に何度も立ち向かい最悪の事態を起こさぬように尽力した。

 そんな中での、林間合宿の敢行。今は期末テストが近いため教師側もそちらの方に専念しているが、実施した以上は(ヴィラン)連合の襲撃も想定される。特にそのリーダー格である死柄木弔は現役のプロヒーローと互角に渡り合う実力。相澤達が目を離した場合を想定すると、奇襲されたら生徒達も無事では済まないだろう。

 その一方で、不死身の肉体と超自然的力を有する剣崎は、襲撃事件の際は主犯格以外の(ヴィラン)を全滅させた上に死柄木を秒殺し、最近ではあのステインをも葬った。剣崎ならば、たとえ彼に関する情報が洩れようが洩れまいが関係ない。下手に相手取れば(ヴィラン)側は思わぬ数の兵力を失うことになるからだ。

 それらを踏まえると、安全に合宿を終えるには剣崎の力が必要であるという結論に根津は至ったのだ。

「俺は別に構わないが……万が一の場合は、俺の独断で彼ら彼女らを護ることが条件だ」

 教育というものは、何かとマニュアル通りに行かねばならないと考えてしまう。しかし剣崎は「非常事態には非常対応」を信条としており、万が一の際はやり過ぎたとしても止むを得ないと考えている。

 ゆえに、根津に条件を突きつけたのだ。

「――わかった。引率の先生方には話を通してはおくよ」

「……で、話はそれだけか」

「いや、あとは質問だけさ」

「質問?」

 根津は一呼吸置いてから口を開いた。

 

「単刀直入に訊く――剣崎君、君はどこまで雄英を信じている?」

 

「――……!」

 その言葉に、目を見開く剣崎。

「君は本当は、疑っているんじゃないか? 内通者が紛れていると」

「――どうやってそれを知った……」

「長いこと教育者をやってると、色んなことがわかるのさ」

 根津は飄々とした態度で剣崎を見据える。

「……俺は――」

 

 

 その日の放課後、剣崎は校庭で、ステインから奪った刀を手にして二刀流の練習に励んでいた。

 彼は元々一刀流の使い手であり、二刀流は慣れていない。より効率的に、より多く(ヴィラン)を狩るために何度も振るい続けているのだ。

 そんな中、剣崎は背後から漂う人気に気づいた。

「――何か用か、相澤」

「……まァな」

 剣崎に会いに来たのは、相澤だった。

 彼から漂う剣呑な雰囲気に、剣崎は自分に対し何か物を申したい様子であることを察する。

「皮肉だな……ステインの凶行を、ヴィランハンターの〝凶行〟で止めたんだからな。――そう言いてェんだろ、担任さん」

「……」

 剣崎と相澤は、互いの心の奥をくみとろうとする。

「剣崎…これ以上俺の生徒と関わるな」

「――クク……何だよ、藪から棒に。生きた亡霊には基本的人権は保障されねェってか?」

「お前の身に起こった出来事には同情する……だがどんな理由であれ、お前はヒーローの道どころか人の道、いや、世の理すらも外れてる。そんな奴がいつまでも生徒と関わってたら、今後の教育に支障をきたす」

 相澤は合理主義ゆえにヒーローの見込みの無さそうな生徒はすぐに切り捨て、除籍処分も厭わないが、冷酷そうな彼にも生徒に対する情はあるし教師としての矜持もある。

 たとえ先の時代の秩序として超人社会に貢献した少年であっても、何度も出久達を――雄英の生徒を危機から救ったとしても、オールマイトのようなヒーロー達や警察上層部と面識があっても、相澤にとってはいつその凶刃をヒーローに向けるかわからない凶暴かつ強大な〝脅威〟だ。その少年と関わったがゆえに受け持った生徒を危険な目に遭わせるなど、死んでも御免なのだ。

「……まァ、その通りだな」

「剣崎……」

「俺は(ヴィラン)業界だけじゃなく、ヒーロー業界にも敵視されることも多々ある存在だ。16年前(むかし)も今も…(ヴィラン)以上に恐れられるのは変わらねェ。正義を共有しても、自己犠牲のヒーローやヴィジランテは長く続かねェのさ……」

 剣崎は拳を強く握り締め、震えだした。

 

「――だが、俺ァひたすら(ヴィラン)を殺し続けるしかねェんだよ……「他の方法」じゃあ、どんなに正しくても「目の前の命」を救えねェってわかっちまったんだ……!! 相手が殺しにかかってるってんなら、こっちも殺しに行くしかねェんだよ……何かを代償として支払わなきゃ、護れるモンも護れねェんだよ……!!」

 

 重く響く声で……全ての感情を押さえ込んだような声で、剣崎は苦しげに語った。

 それは無慈悲に悪を裁き続けながらも、死してなお命を奪い続けることを嘆き苦しんでいるかのようでもあった。

「剣崎……」

 相澤の心に、その言葉は深く突き刺さった。

 他の方法――プロヒーローや警察の助けを乞うたり、一時的に(ヴィラン)に従い被害を最小限に抑えようとしても、その間に誰が殺されてもおかしくないのは事実である。誰一人殺されずに済むには、(ヴィラン)を殺すしかないのだ。倒すのでは、時間が経てば復活してまた暴れてしまうからだ。

 最悪な事態になる前に全てを護れる保証など無いのだ。その最悪な事態を防ぐには、「最後の手段」を使わざるを得ないのだ。剣崎はその「最後の手段」を躊躇なく使って生きてきたのだ。

 

「どうしようもねェ事なんざ世の中には腐る程あるんだよ……理想論じゃあ人は救えねェんだ!!! この超人社会(せかい)の現実を知れば知る程――大切なモンを失えば失う程、そんな生温い言葉は言えなくなるんだよ、相澤!!!」

 

 相澤の主張を嘲笑うような発言をする剣崎。しかしその声は震えており、怒りや憎しみではなく、哀しみを孕んでいるかのようであった。

「……そうかねェ」

 剣崎の言葉に、問いかける相澤。

 (ヴィラン)はどうしても殺さなければいけないのか。法や倫理を蔑ろにして……無視してまで、己の正義を貫かねばならないのか。

 相澤にとって、剣崎の根幹ともいえる彼の信念には疑念を持たざるを得ないのだ。

「心配せずとも――あいつらは……出久君達は、必ず一本筋を通す。お前の期待に応えられる奴らに育つはずだ、俺が保障する」

「――死人に保障されると、逆に信用性に欠けるがな」

「そうかもな……さァ行け。用は済んだろう」

「……」

 相澤は剣崎の寂しそうな後ろ姿を暫く見続け、その場から去っていった。

 

 

           *

 

 

 同時刻、とあるビルにてオール・フォー・ワンと(ヴィラン)連合はある人物と待ち合わせをしていた。

「やあ、久しぶりだね」

「私に何の用だ、オール・フォー・ワン」

 口角を上げるオール・フォー・ワンの前に現れたのは、無間軍総帥のシックス・ゼロ。

 互いが放つ気迫に、(ヴィラン)連合の面々は戦々恐々となる。

「ステインの件は知っているね?」

「ああ、連日の報道でね」

「――剣崎が彼を殺したんだよ」

「!!? 本当か……?」

「今の時代で彼を殺せる〝個性(ちから)〟がある者はいるが、彼を殺すことを躊躇しない者(・・・・・・)は少ない。エンデヴァーならば可能だろうけど、彼は生憎その場にいなかった」

 オール・フォー・ワンの口から語られる事実に、瞠目するシックス。

 かつての宿敵が、活動を活発化させている。その宿敵の恐怖は瞬く間に伝染しているところから、彼の狡猾さも窺える。

「もしや、我々と手を組もうと?」

「察しがいいね……僕も君も、彼のせいで随分と手痛い目に遭ったじゃないか。その縁だ、ここは一時休戦として剣崎を――〝ヴィランハンター〟を潰そうじゃないか」

 オール・フォー・ワンとシックス・ゼロは、強大な支配者として君臨しているという共通点はあるが、その思想信条は全くの正反対――手段を選ばぬオール・フォーワンと、正攻法を望むシックス・ゼロとでは昔から馬が合わないことは(ヴィラン)業界でも有名な逸話だ。

「本当ならそんなに慌てる必要も無いと思っていたんだけどね……事情が変わった。今は君と対立している場合じゃないと踏んでいる」

「……?」

「あの忌々しい小僧は、本格的に動く。今年中――早ければ来月までに勝負を仕掛けてくるだろう…その前にオールマイトごと葬らねばならない。だが今の僕を見れば大体察するだろう? チャンスを確実なモノにしたいんだ」

「……」

 シックス・ゼロは暫く押し黙ると、口を開いた。

「……確かに、今はぶつかる時ではないな……わかった。だがあくまでも剣崎を葬るのだ、剣崎を始末したその瞬間に協定は終わりだ」

「それはよかった……これで決まりだね」

 オール・フォー・ワンは、悪意に満ちた笑みを浮かべるのだった。




根津校長と剣崎の会話のやり取りは、ご想像にお任せします。
一応、剣崎の話を聞いて根津校長は呆然とした……という設定です。


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林間合宿~死者はただ、敵を滅する~
№54:骸骨カラス騒動


 雄英高校は、広大な敷地面積を有している。剣崎は特別な事情を除いては、その広大な敷地面積内のみは自由に行動することを許可されている。

 当然その中では出会いがある。顔を知る人物から教職員、果ては動物まで…多種多様である。

 そんな中で、この日剣崎はこんな出会いがあった。

「……こいつは……」

 剣崎の前には、カラス達が立っている。しかしそのカラスは、あまりにもおぞましい姿をしていた。

 カラスは肉がほとんどついてない、羽と骨格だけのほぼ骸骨に近い姿だった。とても生きていられる状態ではないのに、首を動かして剣崎を凝視している。片足の関節が存在せずつけ根と足先が切り離れているカラスもいれば、胴体が大きく欠損しており頚椎が何本か存在していないカラス、挙句の果てには上腕骨が抉れていて普通なら絶対飛べない程に無残な姿のカラスがいる。にもかかわらず、そのカラス達は生きているかのように滑らかに動き飛んでいる。

「……」

 試しに手を伸ばしてみると、その手にカラスが飛び乗り、ギャアギャアと鳴き始めた。その直後に他のカラス達が嫉妬でもしたように剣崎に目掛けて飛び、彼の傍へと止まったり肩に乗ったりする。

 どうやら剣崎に懐いているらしく、表情筋どころか肉がほとんどついてない状態ではあるが何となく嬉しそうな仕草をしている。

「類は友を呼ぶ……か?」

 事の始まりは、20分前に遡る。

 いつも通り敷地内にある森で剣崎は肉体を鍛えていた。朽ちた肉体ゆえに筋力強化などできないが、戦闘センス――いわゆる直感力や技量などは低下するだろう。ただでさえステインから奪った刀の扱いにも慣れねばならないので、通常以上に厳しい修行を重ねた。

 そんな中、剣崎は地面に例のカラス達の死骸を発見したのだ。しかし奇妙なことにその死骸は肉だけがキレイに削がれており、羽と骨格がこれまたキレイに残っていたのだ。

 悪しき心を持った輩――(ヴィラン)の玩具となって捨てられたのだろうと、剣崎は考えた。その時に彼は、マッド・ピエロと呼ばれる道化師郎なる(ヴィラン)を思い出した。

 師郎は非常に無邪気であるが、その分残酷なことを平然としでかすろくでもない小僧だったな――剣崎はそう思い返す。師郎の残虐性は相当質が悪いということもミッドナイトから聞いている。

 かつて出会った際に、どさくさに紛れて捨てていった可能性も否定できない。雄英のセキュリティの低さに再び呆れると共に、そのカラス達を剣崎は憐れんだ。

 たった一つの命を、どこの馬の骨とも知れぬ小僧に弄ばれて無駄死ににさせられたのは、何と残酷なことか。人ではないが、己と同じ末路を辿っているように見えて、剣崎は言葉にしがたい複雑な感情を抱いた。

 せめて魂だけでも安らかに眠ることを祈り、目を閉じた……のだが、異変はその直後に起こった。

 剣崎は無意識に、その朽ちた肉体からどす黒いモノを放出した。それはカラス達の死骸へと降り注ぎ、数秒経って剣崎が目を開けた頃にはカラス達がゾンビとして――骸骨カラスとして蘇ったのだ。

 剣崎自身は知らないが、彼から放出したものは「穢れ」だ。死と憤怒と怨恨に満ちた穢れが、カラス達を自らと同じ存在にさせて蘇ったのだ。剣崎の〝個性〟は、未だ未知の領域が存在する。これもまた、亡霊の能力の一種なのだろう。

 そうとは知らず、剣崎は目の前で起こった現象に戸惑うばかりで、どうしようかと反応に困り、現在に至るのだ。

「……お前達も憎いか? (ヴィラン)が」

 その言葉に、骸骨カラス達はギャアギャアと鳴く。

 まるで自分の言葉を――人語を理解しているかのような反応に、剣崎は戸惑う。

「……短い付き合いだろうが、よろしくな」

 穏やかにそう言うと、骸骨カラス達は一斉に飛び立った。

 ――騒動にならなければいいが……。

 嫌な予感がし、剣崎は眉をひそめたまま骸骨カラス達を見届けた。

 

 

           *

 

 

「あ~、疲れた……」

 疲労困憊の出久は、水道へ向かう。

 先程の演習試験にて、彼は幼馴染の爆豪と共にオールマイトと戦った。その圧倒的なパワーを前に絶望的な状況に陥るが、何とかコンビネーションでオールマイトの裏をかいて試験に合格した。

 とはいえ、相手は〝平和の象徴〟――最強のヒーローなのだ。たとえ剣崎に鍛えられたとしても相手が相手……心身共にボロボロになるに決まっている。しかしそんなことも言ってられないので、とりあえず顔を洗ってスッキリしたいところだった。

 そして水道へ辿り着き蛇口を捻ようとした、その時だった。

 ギャアギャアと、傍で鳥の鳴き声がしたのだ。どんな鳥なのか、鳴き声がした方へ顔を向けると……。

「――は……?」

 出久は絶句した。羽と骨格だけのほぼ骸骨に近い化け物鳥が目の前に立っているのだ。

 さっきまで演習試験で爆豪と共にオールマイトと戦ったことに加え真夏日であったため、暑さで頭がおかしくなったのか――そう思った出久は、水道の蛇口を捻って水を出しバシャバシャと顔を洗い目を擦ってもう一度見る。

 何もいなかった。あの化け物鳥は気のせいだったのだと、安堵する出久。しかし一方で、嫌な予感も残っていた。

 彼が関わった剣崎は、16年の時を経て世に解き放たれた先の時代が生んだ怪物で、生ける亡霊である。あの化け物鳥も、剣崎と何かしらの関係があるのではないか。

 ふと、出久は妙に右肩が重く感じたのに気づいた。そこまで重いわけではないが、まるで鳥か何かが乗っているようである。

 恐る恐る見てみると――いつの間にか、あの化け物鳥が肩に乗っていた。

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 思わず絶叫する出久。

 その声を聞いて、クラスメイトが駆けつけた。

「緑谷君! どうし――」

「何があったん――」

「緑谷! 何があ――」

 お茶子や轟達が駆けつけると、それを見た一同は絶句した。どう考えても生きてるはずがない姿の化け物鳥がギャアギャアと鳴いている、その光景に。

 そんな目を疑うような光景に、女子は顔を青ざめ震え、男子は開いた口が塞がらない。

「な、何だよコレェェェェェ!? 怖ェよォォォォ!!!」

 ごもっともな叫び声を上げる峰田。

 その間にも化け物鳥――骸骨カラス達が集い始め、ついには包囲されてしまった。

「ちょ、これ……」

「ど、どうしよう……」

「た、救けを呼ぼう!! 相澤先生達に!!」

「できるか!! ただでさえ全員携帯持ってねェのに、あの化け物の群れん中突っ切れってか!? しかもどう見てもゾンビ系統だ!! 〝個性〟通じるのかよ!!」

「いや、でも早くしないとSAN値チェックが…!!」

 出久が指差す先には、骸骨カラス達に凝視され絶望と諦観の表情で震える女子勢が。

 この現状を打破すべく、男子勢は思考を張り巡らせる。すると…。

「オラァ!!」

 爆音と共に、爆豪登場。

 〝個性〟を発現しながら骸骨カラス達に特攻し、一気に退ける。

「かっちゃん!」

「ナイスタイミング、爆豪!!」

「クソを下水で煮込んだ性格の爆豪が天使に……!!」

「何やってんだクソ共…つーか誰だ天使とか言った奴!! 殺すぞ!!」

 いつも通りの横暴さが目立つ爆豪に、涙目で表情を明るくする一同。

 するとその直後だった。

 あの骸骨カラス達が爆豪の攻撃に怒ったのか、一斉に爆豪に襲いかかり嘴で攻撃したのだ。

「うおっ!?」

「か、かっちゃん!!」

 骸骨カラス達の猛攻。爆豪の爆破をものともせず集中攻撃を仕掛けるその光景を前に、出久は耐えきれず特攻しようとするが……。

「静まれ」

 地を這うような声が響き渡ると、どこからか剣崎が現れた。

「お前達、こいつらは俺の可愛い後輩だ。手を出すな」

 耳など無いはずの骸骨カラス達は、剣崎の声に反応して爆豪への攻撃を中止した。

 カラスは知能の高い生物。それは死んでゾンビのような状態になっても変わらないようだ。

「大丈夫か? つーか何してんだこんなところで。次の授業あるんだろ?」

 すると、出久がゆらゆらと歩きながら剣崎に近づき始めた。

 彼から放たれる若干の怒気を感じ、怪訝な顔をする剣崎。

「出久君……?」

「剣崎さん……かっちゃんに手を出さないでくださいっ!!!」

 

 数分後、騒ぎを聞きつけ駆けつけたミッドナイト達は、骸骨カラスの群れと口から上がごっそり吹き飛んだ剣崎に驚愕した。




ちなみに、この回に出てきた骸骨カラス達はこの話以降も登場します。

感想・評価、お願いします。


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№55:林間合宿前

そろそろ最終章に入ろうと思いましたが、林間合宿があったのを思い出したので、最終章は林間合宿後になります。
ご了承ください。


 骸骨カラス騒動から3日が経過した雄英高校。

 出久が属する1年A組の教室は、重々しい雰囲気が漂っていた。

「お前ら、今日は重大な発表がある」

 出久達が全員揃ったところで、相澤は口を開いた。

 実は昨日、出久はあの(ヴィラン)連合の死柄木弔と遭遇したのだ。出久が遭遇した際の死柄木はいつもの手形のマスクをはめておらず、パーカー姿のその辺でうろついてそうな雰囲気だったが、その顔は雄英高校襲撃事件での剣崎との死闘で負った生々しい大きな傷が刻まれていたという。

 幸いにも、その場にお茶子が現れて警察に通報したことで事無きを得たが、いずれにしろヒーロー側にとっては看過することのできない問題だ。

「この件を重く受け止めた俺達教師陣は、例年使わせて頂いてる合宿先を急遽キャンセル……行き先は当日まで明かさない運びとなった」

『えーーーっ!?』

 相澤の説明に驚く一同。しかし、これは英断とも言えよう。

 (ヴィラン)連合の死柄木(おやだま)が姿を現した以上、いつどこで何をしでかすかは皆目見当がつかない。剣崎という雄英高校の――(ヴィラン)側にとっては最凶最悪の――切り札を手中に収めているため、迂闊に手を出すわけにはいかないだろうが、林間合宿でも危険が付きまとう可能性は十分にある。教師陣は情報漏洩を阻止し、警備体制を強化するために準備を整えているという。

「それと…今回の緑谷の件を踏まえ、苦肉の策として(・・・・・・・)剣崎の参加も認められた」

「苦肉の策って…あの人は随分と信頼されてないんだな……」

「それだけ大きな存在なんだろうね」

 相澤の言葉に、生徒達は様々な声を上げる。

 確かに剣崎は強力だ。出久達だけじゃなく教師陣とも比べると、戦闘能力もくぐり抜けた修羅場の数も違う。味方である以上は非常に心強い存在だ。しかし力とは強大であればある程コントロールが難しいもの――裏を返せば、剣崎の動きによっては雄英側は教師陣も生徒達も予測不能の事態に陥る可能性もある。

 それらを踏まえての「苦肉の策」なのだ。

「剣崎は〝ヒーロー殺し〟を討伐したばかりだ……ステイン信奉者から憎悪という熱烈な視線を浴びている。その矛先が俺達雄英にも向いている可能性もある」

『……!!』

「……そういう訳だ、お前ら――当日までに色んな覚悟(・・・・・)を決めておけよ」

 

 

 同時刻、剣崎が住んでる部屋にて――

「こらストク。俺の髪の毛で遊ぶな……睡と大事な話があんだから。あとで構ってやるから大人しく……な?」

 ゆらゆらと揺れ続けている髪の毛を咥えて遊ぶ骸骨カラス――片足の関節が存在せず足先と切り離れているカラス――のストクを、剣崎は諫める。

 彼は今、ミッドナイトから今回の林間合宿についての説明を受けていた。

「――まァ、妥当な判断だな。そろそろ平和ボケから目を覚ますべき時期だ、神話や伝説は必ずしも永久とは限らない……」

 剣崎は資料に目を通し、林間合宿の合宿先を確認する。

「ねェ刀真……(ヴィラン)の襲撃って、林間合宿でもあるかしら?」

「十分あり得る。ただでさえ雄英バリアとやらを破って襲撃できたんだ、その気になれば雄英の追跡もできるだろうよ……だから俺ァお前らに目ェ配ってんだ」

「――え……?」

 剣崎の言葉に目を見開くミッドナイト。

 そう、剣崎は雄英側に内通者がいるのではないかと考えているのだ。彼は随分と前から内通者の存在を疑い、それが何者なのかを監視しているが……。

「睡……今回の林間合宿で、全てわかるぜ。もしこれで奴らが来たら、疑惑は確信に変わる」

 USJ襲撃をはじめとする一連の事件を重く見た雄英高校は、林間合宿の行き先を当初のものから変更した。それを知っているのは、現時点では雄英高校の教師陣と剣崎のみ。これでまた(ヴィラン)の襲撃に遭えば、それ以外の者――内通者による情報漏洩があったということになるのだ。

「生者達の目はごまかせても、死者(おれ)の目はごまかせねェよ……睡、もし林間合宿で襲撃に遭ったら火永達や文さんを動かすぞ。雄英高校始まって以来のドデケェ山になるはずだ」

 ミッドナイトにそう告げると、剣崎はコートの中からボロボロになった生徒手帳を取り出した。そして部屋に置かれたペンに手を伸ばすと手帳に書き込み始め、それを千切ってミッドナイトに渡した。

「これは……?」

「相澤に渡しといてくれ。この林間合宿で全てが決まるはずだ…どんな結果であれ、だ」

 すると剣崎は、胴体が大きく欠損した骸骨カラス・タイラと頭蓋骨が存在しない骸骨カラス・サワラに声をかけた。

「タイラ、サワラ。お前達は先に様子見をしろ……いわゆる視察ってやつだ」

 剣崎の言葉を理解したのは、二羽の骸骨カラス――タイラとサワラは飛び立っていった。

「さてと……次はどう動くか……」

 

 

           *

 

 

 警視庁では、病院から退院した加藤が水島からステインの件について聴いていた。

「――そうか、ステインは剣崎が……」

「はい……凄惨な現場でした」

 多くのヒーロー達を脅かした〝ヒーロー殺し〟ステインは、かつて(ヴィラン)達を脅かした〝ヴィランハンター〟剣崎によって討伐された。

 世間ではステインが剣崎に殺されたという事実は伏せられているが、多くの(ヴィラン)が剣崎の復活を感づいているらしく、ステイン信奉者が(ヴィラン)連合に集結しつつあるという。

「もはや剣崎のことはいつまでも隠し切れんな……」

「ええ……いつかは公表せねばならないのでしょうか?」

「さァな……」

 剣崎の活動によって、(ヴィラン)側の動きは抑えられつつある。それは剣崎がステインを討伐した実績が大きいだろうが、勢いだけでは倒すことはおろか傷一つ付けることすらできないと判断したからだろう。

(だが……妙な胸騒ぎがするな……)

 剣崎はステインを殺した。その事実は、ステイン信奉者を煽るには十分過ぎた。

 加藤は公安の同僚がいるのだが、その同僚から聞いた話によると、ステインが死んで以来信奉者達が彼を神格化しているという不穏な動きがあるという。その信奉者達が、もしも(ヴィラン)連合に接触したら――結果は言うまでもないだろう。

 では、次に(ヴィラン)連合が打つ手は…――

「嫌な予感がする……」

「え……?」

 加藤は、小さな声でそう呟いた。

 彼の脳裏をよぎったのは、最悪のシナリオ――(ヴィラン)連合によるヒーロー失墜と、剣崎とオールマイトの抹殺を目的とした最終戦争だった。




一応剣崎が飼い馴らす骸骨カラスを紹介します。

【ストク】
片足の関節が存在せず、つけ根と足先と切り離れている骸骨カラス。
名前の由来は崇徳院。

【タイラ】
胴体が大きく欠損しており頚椎が何本か存在していない骸骨カラス。
名前の由来は平将門。

【サワラ】
頭蓋骨が存在しない骸骨カラス。
名前の由来は早良親王。

【テンジン】
上腕骨が抉れていて普通なら絶対飛べない程に無残な姿の骸骨カラス。
名前の由来は天満大自在天神(菅原道真)。

【オサベ】
背骨がほとんど欠如している骸骨カラス。
名前の由来は他戸親王。

【タチバナ】
後頭部と胸部が大きく抉れた骸骨カラス。
名前の由来は橘逸勢。

【イヨ】
踵が完全に欠損している骸骨カラス。
名前の由来は伊予親王。


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№56:林間合宿一日目・前編

 林間合宿、当日。

 バスで移動中、楽しい林間合宿であるからかガヤガヤと騒ぐ生徒達。そんな彼らをよそに、剣崎と相澤は互いに質問をしていた。

「何で俺もバスなんだ、相澤。徒歩でいいんだが」

「お前、徒歩だと絶対悪者退治(よりみち)するだろ。事後処理が面倒になるんだ……お前をバスに乗せた方が合理的だ」

「ちっ……」

 相澤と相席になる剣崎は、窓から外を見やる。

 バスの中はエアコンを入れて生徒達も半袖だが、剣崎は相変わらず長袖のボロボロの制服の上にコートを羽織っており、〝個性〟の影響か常に揺らめいている。暑苦しく見えるので、相澤の額に青筋が浮かんでいるのは秘密だ。

「――んで、あの化け物鳥が追尾してくるのはどういうことだ剣崎」

 鋭い目付きで剣崎を睨む相澤。それに対し剣崎は口角を上げて口を開く。

「何事も用心に越したことはない。万が一を想定した上での判断だ、襲撃が起きなければいいだけの話だろ? 心配せずとも食費は掛からないし俺の命令に忠実な上に不死身だ、お前達の力にはなる」

「……」

 先日の一件のせいであまり良い印象を持てない相澤。

 しかし爆豪の攻撃を以てしても一羽も倒せないどころか、カラスならではの高い知能は持ち合わせていることを考えると利用する方が賢明と言えよう。

「あまり騒ぎ起こすなよ」

「よく言う……一番のトラブルメーカーの爆豪君を抱えてるじゃねェか」

 後ろの席の爆豪をディスる剣崎だが、相澤はこれに限っては反論できないのであった。

 

 

 一時間後、バスは緑豊かな山や森を一望できる高台に停車した。長らく座った状態だったため、体を伸ばす生徒がちらほらと出てくる。

 剣崎もまた、ゆっくりとした足取りでバスから降りる。

(……妙だな)

 剣崎はパーキングエリアでも何でもない殺風景な所に降ろされたことに疑念を抱く。

 すると、突然女性の声が響いた。

「やっと着いたか、イレイザー!!」

「ご無沙汰しています……」

 その場に現れた三人に相澤は頭を下げる。その相手は、コスチュームを身に纏った二人の女性ヒーローと帽子を被った目つきの悪い小さい少年だ。

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 決めポーズを決める二人の女性ヒーローとそれを睨むように見る少年。

 剣崎は今時のヒーローをよく知らないため、怪訝そうな表情をしている。

「――ってことで、今回お世話になるプロヒーロー「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」の皆さんだ」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」!! 連名事務所を構える四名一チームのヒーロー集団で、山岳救助等を得意とするベテランチームだ!! キャリアは今年でもう12年になる――」

「心は18!」

「へぶ」

 うっかり触れちゃいけないところに触れたのか、マンダレイの隣にいた女性ヒーローの土川流子(つちかわりゅうこ)――ピクシーボブに口元を押さえられ声を遮られる出久。

 そんな出久に、剣崎は顔を近づけた。それに気づいた出久は目を見開き、ピクシーボブは剣崎のおぞましい出で立ちにたじろいだ。

「け、剣崎さん?」

「出久君……覚えておけ。女性に対して絶対に言っちゃいけないネタは年齢と体重だ、言ったらどうなるかわからねェぞ」

 低く虚ろな声で出久の耳元で囁く剣崎。

 そんな剣崎を目にし、マンダレイも相澤に耳打ちする。

「イレイザー、どこから引っ張ってきたのこの子?」

「……話は通ってないんですか」

「! まさか、あの子がステインを討った伝説の……!? 本物は初めて見たわ……」

 目を見開くマンダレイ。

 剣崎は半ば伝説と化している存在であるだけでなく、実際にその姿を拝んだものは同世代でも少ないのでああいう(・・・・)反応をするのは当然と言えるのだ。

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ、か……聞かない名だな。睡からは同世代とは言われたが…今時のヒーローはこうなのか? 出久君」

「剣崎さんの頃とは情勢も社会的な問題も違いますからね…」

「そうだな……時代も変わればヒーローの在り方も変わるわな――ところでだ」

 ピクシーボブとマンダレイに視線を向け、剣崎は質問した。

「二人しかいないが、残りは?」

「あー、〝ラグドール〟と〝虎〟はいないよ。明日は来るけど」

「ならば本来の目的地はどこだ?」

「ここら一帯は私らの所有地なんだけど、答えはあの山の麓よ。今は午前9時半ね…」

 マンダレイが指を差す先にある山は、何と10Km以上は離れている。

 出久達は絶句すると共に、危機感を覚え始めた。

「バスに戻れ!! 早く!」

 マンダレイ達はとんでもない無茶振りをする――そう確信した切島はクラスメイト達に向かって叫んだ。

 そしてバスに乗り込もうと走り出した瞬間だった。

 

 ドスッ!!

 

「ヒィッ!?」

 切島の前に、刃こぼれした合口拵えの日本刀が突き刺さった。

 地面に深く刺さっており、もしも人体に当たっていたら貫通は間違いなくしていただろう。

「察しろよそれぐらい……バスにまた乗るのを許される展開じゃねェだろ」

 刀を投げたのは、剣崎だった。

 剣崎が口を開いた直後、突如地面が一気に盛り上がってバスと相澤達、剣崎と少年以外はた土砂に巻き込まれ崖の下へと追いやられた。

「悪いな諸君、合宿はもう始まってるんだ――」

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね!」

「私有地につき個性の使用は自由だよ! 今から三時間、自分の足で施設までおいでませ! この……「魔獣の森」を抜けて!」

 生徒達の断末魔が木霊する中、こうして林間合宿は波乱のスタートを切った。

 

 

           *

 

 

 森の奥から「魔獣だー」という叫び声や「クソがァァァ」という罵倒が響く中、剣崎は相澤に訊いた。

「――それで、俺はいいのか相澤」

「お前が出張ると訓練に成らん……ただでさえお前はあいつらとはレベルが違うんだ」

 相澤は溜め息を吐きながら頭を抱える。

 愛する家族を失い、(ヴィラン)のいる世界の破滅を願い修羅となった男の力では試練が試練にならなくなる――相澤はそう判断したのだ。

「さて……近づくだけで肌がピリピリするような殺気を放ってる剣崎君。改めて自己紹介といきましょう。私は送崎信乃……〝マンダレイ〟で通ってるわ」

「――〝ヴィランハンター〟剣崎刀真……見た目は享年16歳、本来なら31歳の生ける亡霊だ」

「きょ、享年……」

 顔を引きつらせるマンダレイ。

 一応礼儀として彼女は剣崎と握手したが…。

「っ!? 冷たっ……!!」

「体は生きちゃいないからな」

 剣崎の体の冷たさに驚くマンダレイ。血の枯れた屍の肉体なのだから、冷たいのは当然だろう。

 すると剣崎の肩に、後頭部と胸部が大きく抉れた骸骨カラス――タチバナが乗った。突然の化け物鳥の登場に、マンダレイは驚きピクシーボブは顔を青くするが……。

「恐れることはない、俺の従順で優秀な部下だ。見た目はアレだがな」

「そ、そう……」

「ならいいけど……」

 剣崎の命令は絶対的であるため、骸骨カラス達はマンダレイと達に危害を加えないことを告げる剣崎。しかしマンダレイとピクシーボブはやはり心配そうだ。

「ちなみにちゃんと名前はある。こいつはタチバナ……タイラとサワラはすでにここに来ているぞ」

「「何匹いるの!?」」

 骸骨カラスは一羽だけでないということを知り、絶望したような表情をするマンダレイとピクシーボブ。

「そんな茶番やってないで、早く目的地へ向かいましょう……俺達も暇じゃない」

「そうね……ほら、行くよ洸汰」

 相澤とピクシーボブはバスに乗り、それに続いてマンダレイも洸汰という少年の手をつなぎ、バスに乗り込む。

 だが、バスに乗る前に彼は――

「何がヒーローだ……何が正義だ……」

「……」

 少年・洸汰の小さな呟きを剣崎は聞き逃さず、目を細めて洸太の背中を見据えた。

 まるで、かつての幼き日の剣崎(じぶん)自身を思い出したかのように。



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№57:林間合宿一日目・後編

 夕暮れ。

 A組の生徒達は満身創痍の状態になりながらも、何とか合宿施設「マタタビ荘」に辿り着くことが出来た。

 しかし昼抜きのままピクシーボブが造り出した魔獣を相手にしながら森を抜けたせいか、全身が土と汗の匂いが混ざっていて、ストレスと疲労感で文字通りの虫の息だ。

「さ、さすがに疲れた……」

「きつかったよね、緑谷君…」

「ウソつけそこ……!! 何で俺らよりも顔色が良いんだよ……!!!」

 出久とお茶子の呟きに、切島は息も絶え絶えな状態でツッコミを炸裂させる。

 二人は剣崎に扱かれまくってきたのだから、周囲よりも多少顔色が良いのは仕方ない。なお、二人の事情を知る轟は何も言っていない。

「ごめんね、アレ私達だったら(・・・・・・)って意味だったのよ。でも意外……本当はもう少し時間が掛かると思ってたし」

「ねこねこねこ! 本当それね! 私の土魔獣、本当なら結構強いんだけど簡単に攻略された時はビックリしたもん!」

 マンダレイとピクシーボブは出久達を褒めるが、その直後にカラスの鳴き声が響き始めた。

「――何言ってやがる、そのぐれェでバテるんじゃあダメだろ。俺らのステージに上がるにはまだ長いな」

 刀をステッキのように突きながら、骸骨カラス達を従え現れる剣崎。

 真夜中に見たらホラーな光景に、一同は顔を引きつらせる。

「これは俺が扱いた方がいいかもな……何なら俺が明日お前ら全員相手取るか? 何か勝てそうだけど」

「はァ!? てめェ舐めてんのか!? 遺体が喋んな!!!」

「やるかドサンピン」

 剣崎の言葉にブチキレた爆豪は掌を爆破して殴りかかろうとするが、「相手が悪すぎる」だの「やったらほぼ負ける」だの「取り巻きのカラスにも苦戦しただろ」だのと散々に言われながら切島達に止められる。

 すると出久が、マンダレイとピクシーボブの後ろに立つ少年に気づいた。

「そう言えばずっと気になってたんですけど……その子、どなたかのお子さんですか?」

「この子は私の従甥の洸汰だよ。洸汰! 挨拶しなよ、一週間一緒に過ごすんだから」

 マンダレイに言われ、洸汰は渋々出久の近くによる。

「あ、えと……僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 手を伸ばし握手を求める出久だが、非情にも洸太の手は拳となって股間へと向かった。

 子供の力とはいえ、急所の拳は大ダメージであるのは変わらない。強烈な激痛が走り、出久は白目を向いたまま崩れるように撃沈(ダウン)した。

「緑谷君!? おのれ従甥! なぜ緑谷君の陰嚢を!」

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねェ」

「つるむ!? 君は一体いくつなんだ!?」

 洸汰はそう言い捨てたまま、宿泊施設のマタタビ荘に入っていき姿を消す。

「……洸汰って、お前に似てるな」

「あァ!?」

 轟のある意味率直な感想で、新たな火種が。

 何の悪そびれた態度も出すことなく言った轟にキレた爆豪は、轟に殴りかかろうとするが…その爆豪の頭に、剣崎の拳が炸裂した。

「いっ!?」

「若さに任せて噛みつきまわるな、見苦しい……」

 呆れた表情を浮かべる剣崎に、援護射撃とばかりに相澤が口を開く。

「――さっさとバスから荷物下ろせ、部屋に荷物運んだら食堂にて夕食だ。その後は入浴で就寝。本格的なスタートは明日からだ、今日は早めに体休めとけよ」

 

 

           *

 

 

 夕食時。

 食事の挨拶を軽く終わらせると、生徒達は次々と食事に食いつく。料理は豚汁や刺身、唐揚げ、コロッケ、ポテトサラダといった家庭的なものだが美味しいことに変わりは無い。

 そんな光景を剣崎は眺めていると…。

「剣崎さん、どうぞ」

「!」

 出久が箸と豚汁を剣崎に差し出した。

 弟子の厚意を拒否するのもいかがなものかと思ったのか、剣崎は無言で出久から豚汁を貰い一口。

「全く味を感じない」

「……ですよね……」

 死んだ体では味覚も感じないようだ。しかし出久の厚意を迎える形で剣崎は豚汁を頬張る。

 16年以上も食事を摂らず、渇き朽ちた肉体で生ける亡霊として生きてきた剣崎。味は感じないが〝有難味〟は感じているのか笑みを零している。

「食べ終えたらどうしますか?」

 ふと、出久は素っ気ない質問をした。

 それに対し、剣崎は……。

 

「ん? 切腹して中身掻き出すに決まってるだろ」

 

『――っ!!?』

 剣崎の衝撃の回答が、その場の空気を一瞬で凍らせた。

 彼としては当然のことである。肉体は死んでいる以上、身体機能も機能していないからだ。死んだ肉体では口にした食物は胃に溜まるだけなので、放置すれば腐って異臭を放ちかねない。臭いは戦闘において相手に位置を知られてしまうので、腐る前に腹を裂いて出さねばならないのだ。

 だが腹を裂いてそこに手を突っ込み中身を掻き出すという内容は、いくら血の枯れた肉体でもさすがにグロテスクすぎるし食事中に言う言葉ではない。

 案の定その光景を想像してしまったのか、一部の生徒達は箸や食器を落として顔を青くしている。出久も顔を引きつらせており、若干後悔している。

「んなもん一々想像するなよ……」

 剣崎の呆れた声が響き渡るのだった。

 

 

           *

 

 

 楽しく賑やかな夕食の次に待つのは、入浴だ。

 風呂場では非常事態が起こっていた。

「み、峰田! 今ならまだ間に合う…やめろ、それだけはやめるんだっ!!」

「上鳴……それでもお前…男か? あァ!?」

「いや男だけど……確かに女子は可愛いし好きだし、気になる気持ちはわかるけどよ……お前もヒーロー科だろ!?」

「ハッ!! これだから甘ちゃんは……ヒーローという言葉を使って直ぐに正当化させようとする!! 良いか? 男はな、ロマンを求める生き物なんだ……そうやって出来てるんだよォ……!!」

 壁に張り付いた状態で嘲笑うかのように出久達を見下す峰田。

 そう、峰田は今から女風呂という天国を覗こうとしていたのだ。しかもこの時を待ち焦がれていたのか、口から涎を垂らし目がイッている。もしステインがいたら贋物認定・血の粛清不可避である。

「峰田君、さすがにそれは人として間違ってるよ!!」

「緑谷君の言う通りだ、峰田君!! ヒーローを志す君が、犯罪者……いいや、それこそ(ヴィラン)となりうる存在に変わってしまってどうするんだ!?」

「何言ってんだ、壁とは越えるためにあるものだろう!?」

「教訓を穢すんじゃない!!」

 出久と飯田の声も届かない。周囲の男子達も諦めているのか、一斉に知らんぷりである。

 誰か峰田を止めてくれ――そう願った者がいたかどうかは知らないが、別の意味で絶体絶命なこの風呂場に救世主が現れた。

 

 ピシ……パキッ……ビシッ……

 

 ひびが走るような音が響き始め、一斉に振り向く男子一同。

 一同の視線の先には、髪の毛がゆらゆらと揺らぐ人影が。

 

 ガラガラッ

 

「風呂か……これもまた16年ぶりだ」

 何とまさかの剣崎登場。

 青白い肉体は一切の生気を感じさせないが、その体つきは程よく引き締まっておりくっきりと腹筋も割れている。

 そして何より一同を驚かせたのは、生々しい傷痕と亀裂のような線だった。上半身を中心に夥しい数の傷痕が刻まれており、亀裂のような線はひびのように全身に走っている。

 それはまるで、壊れる一歩手前の割れ物のようであった。

「――何をしてるんだ?」

 鶴の一声どころか地獄の底から響くような声で、剣崎は口を開く。

 暑かった風呂場の気温が一気に氷点下にまで低くなったように感じ、縮み上がる男子一同。爆豪は相変わらず鋭い目付きだが、出久達は何一つ言わずに風呂に浸かった。先程まで女湯を覗いて性欲を満たそうと興奮していた峰田すら、壁から降りて大人しく湯船に浸かっている。

「――まァどうでもいいが……ヤンチャは程々にしろよ?」

 剣崎はひびが走るような足音を立てて鏡の前に座り、髪を洗い始めた。

 光景としては非常にシュールであるが、相手が相手だから笑えない光景でもある。

「ちょ……髪……」

 自身の〝個性〟の影響か、常に揺れる髪の毛に苦戦する剣崎。

 峰田はその隙に女湯を覗こうとするが、得体の知れない何かの視線を感じているのかモジモジしている。

 その間にも剣崎は髪を洗い終え、泡を全て洗い流すと露天風呂へ向かいゆっくりと腰を下ろして肩まで浸かる。

「フゥ……熱は感じないが、何となく気分が晴れるぞ……」

 久しぶりの入浴にご満悦の剣崎だが、多くの男子は気が気でなかった。

 体格的には障子や口田より少し小さいが、放つ気迫はプロヒーローや(ヴィラン)顔負けだからか――怒られてもいないのに男子一同は一言も喋らなくなってしまった。まるで入れ墨をしたヤクザがサウナに入ってきたような雰囲気であり、瀬呂や尾白に至っては震えている始末だ。

 それもそうだろう、刀を持ってなくても地力がプロヒーロー以上の相手の前で変態行為で口論するなんてマネをできるわけが無い。ただでさえ疲労が残っているのに、あの地獄の底から響くような声で畳み掛けるように問い詰められたら精神的にやられてしまう。

 しかし出久は勇敢にも、剣崎に声を掛けた。

「剣崎さん……あの、刀は置いてきたんですか……?」

「風呂を血で穢すのはさすがにな。それに一張羅でも俺は負ける気はねェよ」

 汗腺が機能していないのか、一滴も汗を流さない剣崎。しかし湿気は帯びているのか、髪の毛は濡れているようだ。

「――どうした? 妙に顔色が悪そうに見えるが……」

 剣崎の悪気の無い一言。

 その場にいた全ての者が「あんたのせいだよ」と言いたかったが、そこまでの勇気は無かったのでその言葉を呑んだ。

「さて……これからどうしようかねェ……」

「というと?」

「いやァな、出久君……何か嫌な予感がしてな。連れやオールマイトに連絡した方がいいかなって」

 その言葉に、緊張が走る。

 剣崎の同志やオールマイトに連絡をした方がいい――それはつまり、この林間合宿においても(ヴィラン)の襲撃があり得るという意味でもあるのだ。

「こう見えて勘は当たりやすいんだ、お前らも用心するこった……特に爆豪、お前が一番狙われんぞ」

「あ?」

『!?』

 剣崎の言葉に、目を見開く一同。

 出久に至ってはやけに心配そうな目で爆豪を見ている。傍から見れば保護者のようである。

「あっち界隈から見れば、お前は勧誘されやすい質だ。襲撃に遭ったら間違いなく狙われんぞ……一応俺も警戒はしておくが、連中のバカさ加減を考えると襲撃の可能性は高いとみている。俺への逆恨みも含めてな」

「逆恨み……?」

「さて……俺はここで失礼する。一秒たりとも気を抜くなよ」

 剣崎はそう告げ、露天風呂から出て一足早く戻っていった。

 なお、峰田は剣崎が出て以降も凶行に走らなかったので一同は安心して就寝できたとか。



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№58:林間合宿二日目・前編

 翌日、早朝。

「まずお前から血祭りに上げてやる」

 

 ブチブチブチブチ

 

「ウギャアアアアアアアアア!!!」

 早朝から響く、地獄の底から響くような声と断末魔の叫び。

 出久達の目の前では、頭のもぎもぎをもぎ取るというより引き千切りまくり、言葉通りに峰田を血祭りに上げる剣崎が。

「じ、慈悲を!! 慈悲をォォォォォォォォ!!!」

「慈悲など無用」

 さて、どうしてこうなったのか。それは今から数分前に遡る。

 この林間合宿の目的は、「〝個性〟の強化」の為だ。雄英では様々な訓練で生徒の身体能力や技術などを向上させてるが、それは〝個性〟そのものが伸びたというわけでは無い。よって〝個性〟そのものを成長・強化するために林間合宿を行い、生徒のスキルを大幅に伸ばす。早朝から生徒達を呼び出し訓練を行うのは、それの一環でもあるのだ。

 そこで相澤は、素で強い剣崎に「〝個性〟そのものが伸びたことを確認する」という名目で出久達の相手をするよう頼んだ。ただし相澤は刃傷沙汰は教育上よろしくないとして剣崎は納刀状態で応戦するという条件を提示したが。

 そして模擬戦開始の合図をした数秒で、峰田の血祭りに至るわけである。

「ギャアアアアアア!!! 鬼ィィィィィィィ!!!」

 頭から血を流し、顔を真っ赤に血で染めている峰田は、女子陣に目を向ける。それに対し女子達は…。

「峰田ちゃんサイテーだったし……」

「昨日のやり取り筒抜けだし」

「そのまま死ねばいいのに」

「剣崎先輩、もっと痛めつけて下さい!!」

「お前らも鬼かァァァァァ!!!」

 芦戸、葉隠、梅雨、八百万がそれぞれ無情に告げる。完全に女子からは見捨てられてるそうだ。しかし男子陣も誰一人助けようとしない。ゆえに剣崎の無慈悲な凶行は続行。

「お前が悔い改める意思を見せても、俺はお前を千切り続けるだけだ!」

「それただの暴力じゃねェかァァァァァ!!!」

 その声を最後に峰田は力尽きてしてしまい、剣崎にポイっとゴミのように捨てられる。

「皆、行くぞ!!」

『おうっ!!』

「……お、お前ら……」

 飯田の掛け声と共に、一斉に剣崎に立ち向かう一同。

 峰田は憐れだが、先日の所業のせいで相澤からも同情されてないので放置される。

「ハァッ!」

 トップバッターは、尾白だ。しなやかで太い尻尾が、剣崎を狙う。自身の体を持ち上げ安定させることが出来るくらいに強靱であるので、得物を持たない剣崎を牽制するには有効だろう。

 それと同時に、障子は殴りかかる。障子は身体測定時に手を複製し、握力540kgを記録したというとんでもないことをしでかしている。握力540kgの剛腕で殴られるのは不死身の剣崎も厄介に思っているようだ。

 しかし相手は〝ヴィランハンター〟。剣崎はここで勝負を仕掛けた。何と尾白の尻尾を掴んで、ハンマー投げのように振り回し始めたのだ。

「自分の〝個性〟は弱点にもなる……〝禍撃(かげき)〟っ!!」

 剣崎はそのまま跳び上がり、切島・上鳴・瀬呂に目掛けて尾白を放り投げた。意表を突かれた攻撃を避けきることはできず、三人は尾白諸共吹き飛んだ。

 だが剣崎が着地した瞬間、すかさず飯田が特攻してタックルをかました。剣崎の体の右半分が、飯田のタックルによって抉られる。

「チームプレイってか? 味なマネを……」

 抉られた体の右半分をパキパキと乾いた音と共に再生させる剣崎は、思わず笑みを零した。剣崎刀真という強大な実力者を前に、後輩達が勢いや〝個性〟に頼り切らなくなりつつあることに感心しているのだ。

「勝負ですわ、剣崎先輩!!」

「――っ! 剣の勝負か……上等!」

 次に攻めてきた八百万を見て、剣崎の表情が生き生きと好戦的に変わった。彼女は自らの〝個性〟で剣を生み出し向かってきたのだ。

「やああああ!!」

「フンッ!」

 

 ガキィン!

 

 八百万の剣と剣崎の納刀状態の刀が激突し、火花を散らす。

 剣崎は八百万の剣をへし折ろうと力を込める。

「くっ……!!」

「今の一太刀はよかったぜ。だが……!」

 剣崎は踏み込んで強引に刀を振るって弾き、八百万の体勢を崩した。

 その隙を突いて剣崎は打とうとするが、そこへ出久が飛び込み八百万を避けて彼を殴りにかかった。

「〝DETROIT SMASH(デトロイト スマッシュ)〟!!!」

「――それでいいぜ出久君、そう来なくちゃ……と言いたいが」

 剣崎は優しく添えるように出久の腕を左腕で真横から押して受け流した。それにより出久の攻撃は不発し、代わりに出久の腹に剣崎の刀による打撃が炸裂した。

「ぐぅ!!」

 体を貫通するような衝撃に、八百万ごと飛ばされる出久。

(――間違いない。出久君もこいつらも……かなりのペースで成長している)

 剣崎は出久達の成長の早さに、内心驚いていた。先の襲撃事件で「初めての実戦」をしたからか、戦闘のセンスが飛躍的に伸びているのだ。

 それと共に先輩としての意地なのか、剣崎の心の中に敗けたくないという思いが芽生えた。(ヴィラン)を滅ぼすために人間をやめたはずだったのに、いつの間にか人間らしい感情が蘇りつつあることに自嘲気味に笑う剣崎。

「まだ日は高いぜ。迷いを捨てて掛かって来い」

 剣崎は肌を突き刺すような気迫を帯びて、出久達を見据えた。

 対する出久達も、冷や汗を流しながらも剣崎に立ち向かった。

 

 

 地獄の訓練は終了し、夕食の時間になる。

 剣崎の鬼のような模擬戦を終えた出久達は、昨日以上の疲労感に襲われて満身創痍の状態だ。化け物じみた運動神経とスタミナを有している爆豪ですら汗だくで息を荒くしているので、剣崎との模擬戦がいかに過酷だったのかが容易に窺える。

「情けねェな、そんなんでバテるなんざ」

「ふざけんなボケ!! 一々再生しやがって!! どんだけ往生際が悪ィんだクソが!!!」

「……それは誉め言葉と受け取ろう。エンデヴァーの火事場親父にも同じこと言われたしな」

「あとデクだけ何でそんなに甘ェんだてめェは!! 殺されてェか!!?」

「出久君は俺の弟子なんだ、荷ごと弟子を背負うのが師匠ってモンだ」

 爆豪を軽くあしらいながら出久を背負う剣崎。あからさまな贔屓に切島や上鳴も不満気に頷く。しかし出久(でし)を背負う剣崎の姿は、死神のごとく恐れられたとは思えない人間味のある光景であり、何人かは物珍しそうに見ている。

 ちなみに峰田はグルグル巻きにされて骸骨カラス達に引きずられている。地面をごりごりと擦っているので痛そうだが、自業自得である。

「ホレ、着いたぞ愛弟子」

「すいません……本当にすいません……」

「弟子の世話を焼くのが師である俺の責務だ、気にするな」

 申し訳なさそうに謝る出久に、剣崎は低く虚ろな声で穏やかに微笑む。

 遊び疲れた弟を兄が背負って帰宅する――そんな妄想を一部の女子が抱いてしまうが、思わず言わないよう気を遣ったのは秘密だ。

 すると背後から、バサバサと音を立てて二羽の骸骨カラスが剣崎の前に降り立った。視察に行っていたタイラとサワラだ。

「あっ!!」

「あの時の……」

「苦い記憶だな」

「んだとゴラ!?」

 轟の天然とも言える悪気の無い一言が再び爆豪を刺激。

 一触即発になるも、切島と瀬呂が何とか宥める。

「タイラ、サワラ…よく戻って来た。いきなりだが今から質問をする。「はい」なら首を一回、「いいえ」なら二回首を縦に振れ。いいな?」

 背負っていた出久を降ろし、視察から帰ってきた二羽に声をかける剣崎。

「さて…お前達が視察している間に何か妙な連中は来てなかったか?」

 タイラとサワラは、その問いに対して二回首を縦に振った。どうやらいなかったようだ。

 しかし、どこかに息を潜めている可能性は拭えない。剣崎はもう一つの質問をした。

「じゃあ、何か会ったことの無い……妙な気配は感じたか?」

 するとタイラとサワラは、その問いに対して首を一回縦に振った。やはり何者かが来ているようだ。

(成程…やはり薄汚ェネズミ共が潜り込んでいたか)

 剣崎の勘は当たっていた。

 具体的な人数などは不明だが、やはり(ヴィラン)あるいは不審者がこの林間合宿に潜り込んだようだ。

「――急用ができた、俺ァ一旦失礼する。夕食作り頑張りな」

「剣崎さん、どこか行くんですか?」

「挨拶だよ、あ・い・さ・つ」

 お茶子の質問にそう答えると、剣崎は骸骨カラス達を引き連れて出久達の元から離れていった。

 

 

           *

 

 

 一方、こちらは1年B組。

 こちらもまた、カレー作りに勤しんでいた。

「我々B組は料理でも負けられんぞ! A組以上……いや、世界一最高に美味いカレーを作ろうじゃないか!!」

 そう言って熱く鼓舞する担任のブラドキングに、B組の生徒達は声を上げる。

 入学直後に(ヴィラン)との実戦を経験したこと――死柄木と黒霧以外は剣崎に粛清されてるが――で世間的に花形的扱いとなったA組だが、B組もかなり個性的で体育祭においてもA組の生徒を出し抜く者も多い。

 A組に対するライバル意識が共有されてるからかチームワークも良く、協調性という点ではA組以上と言っても過言ではない。世間から注目されてるA組だが、B組もまた素質のある者達でいっぱいである。

「――ん?」

 ふと、金髪碧眼でタレ目ののさわやかなルックスを持つ少年・物間寧人は何かを目にして呆然とした。テーブルに、後頭部と胸部が大きく抉れた骸骨の鳥が乗っているのだ。しかもどう考えても生きていられる状態ではないのに、首を動かしてこちらを見ている。

「……!?」

『――!!?』

 さすがにこの異変には気づいたのか、B組の生徒達は目を見開いて後ずさる。

 しかし担任のブラドキングは、冷静に生徒達に告げる。

「慌てるな。害は加えん」

 ブラドキングの言葉に、動揺する生徒達。それもそうだろう、初対面であるはずなのに目の前の化け物鳥が自分達に害を咥えないことをなぜ知っているのかわからないのだから。

「ハァ……相澤から聞いてはいたが、生徒を脅かすようなマネはやめてくれないか剣崎」

「そう言うな、その子達もお前んとこの生徒に興味があるんだ。大目に見てやってくれ」

 地獄の底から響くような声が響くと、ブラドキングの背後から剣崎が現れた。

 傷んだ制服にコート、ステッキのように刀を突いて大股で近づく不気味な少年に、物間達はもわず喉を上下させた。

「何をしに来た」

「挨拶ぐれェいいだろう、俺を知らねェんじゃあるめェし」

「――本当のことを訊こうか」

 眼を鋭くさせて剣崎を睨むブラドキング。

 剣崎は底知れない闇があるかのように真っ黒な瞳で彼を暫く見据えると、口を開いた。

「警告をしに来た」

「警告……?」

「俺の優秀にして従順なカラス達が、異変に気づいた。あのように変わり果てた姿でも、動物としての本能は宿っているからな。さて…俺が何を言いたいかわかるかな?」

 剣崎の言葉を耳にしたブラドキングは首を傾げたが、数秒程で彼の言葉の意味を理解して顔を青ざめた。

「――まさか!?」

「……俺の言葉を聞き、どう動くかはお前の自由だ」

 剣崎の意味深な言葉が、低く虚ろな声と共に響いたのだった。




次回辺りで荼毘達が出ます。


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№59:林間合宿二日目・中編

 裏山。

 誰も気づかないこの場所は、洸汰の秘密基地。身内であるマンダレイですら知らないこの場所は、一人でいることが好きな彼にとっては最高の場所だ。

「………あいつ、何だろ……」

 洸汰はあまり人と関わりを持ちたくないが、どうしても気掛かりな輩がいた。剣崎である。

 不気味な姿でヒーロー達と行動を共にしているよくわからない奴――そう認識していたが、洸汰は自分の似たような何かを彼から感じ取っていた。ヒーローという存在を嫌いになり始めた頃の自分と影を重ねたのだ。

「……バッカじゃねェの……ヒーローなんかと仲良くしてるなんて」

「――そのヒーローなんかと仲良くしてる〝あいつ〟と話でもどうだ? 少年」

「っ!!?」

 低く虚ろな声が、真後ろから聞こえた。いつの間にか、剣崎が洸汰の秘密基地を見つけ彼の元へと辿り着いていたのだ。

「な、何で……」

「夜中に一人歩きしてるお前を探してたんだ。その時にカラス達を放っていてな…すぐ見つけられた」

 刀をステッキのように突きながら、剣崎は大股でゆっくりと洸太に近づく。

 ボロボロに傷んだ衣服、ひび割れたような傷と大きな火傷が無数に刻まれた死人のように白い顔、地獄の底から響くような声…ヒーローというよりも(ヴィラン)のような出で立ちの剣崎に、本能的な恐怖を感じたのか洸太は思わず後退る。

「その目に宿るモノ……俺と似ているな」

「は……?」

 剣崎はゾッとするような笑みを浮かべ、洸太に二歩近づく。

「今の俺のように、煮え滾るような憎しみを孕んでいる。(ヴィラン)によって家族を亡くし、この世界に蔓延る全ての(ヴィラン)をこの手で滅ぼすと誓ったばかりの俺のようだ」

 剣崎が喋る度に顔からパキパキというひびが入るような音が鳴る。そして「あの日」を思い出したのか、自然と顔が憎悪でこわばり声に怒気が孕んだ。

 すでに顔と顔とが20cmにまで近づき、洸太に剣崎の息が聴こえる。しかし息をしている音は聴こえても吐息を感じることはなく、剣崎はこの世の者ではないことが嫌という程に理解できた。そのあまりのおぞましさに、洸太は身を震わせるが……。

「あ、あんたも……?」

「……! そうか、お前も失った身なのか……」

 剣崎の言葉から、境遇が似ていると洸太は察した。

 洸太は両親がヒーローであったが、今から約2年前――剣崎と出久が邂逅した後――に(ヴィラン)から市民を守って殉職した。それ以来彼は〝個性〟を振るって暴れた(ヴィラン)を、〝個性〟を持つがゆえに危険からの矢面に立つヒーローという職を、〝個性〟そのものを憎み始めるようになったのだ。

「少し……昔話に付き合ってもらおう」

 剣崎は洸太の横で腰を下ろし、刀を置いた。

 そしてどこか儚く哀しげな表情を浮かべ、剣崎は己の過去を語り始めた。

「俺はかつて、ヒーローに憧れるその辺のガキと同じだった。無個性…正確に言えば〝個性〟は有していたが発現しなかったわけなんだが、どっちみち無個性と同じ扱いだった」

「何だよそれ……」

 剣崎は〝個性〟を有して生まれていた。現に彼は足の指の関節が一つ無い。

 だが肝心の〝個性〟の発現が前兆すらも無いので、同級生からは「足の関節がたまたま一つ無いだけの〝無個性〟」と揶揄されたのだ。

「……まァガキの頃から喧嘩は異様に強かったから、いじめや嫌がらせはなかったがな」

「〝個性〟を持ってる奴に勝てたのかよ…」

 幼少期から常識外れの腕っ節だったらしい剣崎に、最早呆れてしまう洸太。

「だが――それでも俺はヒーローになりたかった。ヒーローとして生き、ヒーローとして死にたかった」

「!!」

 そして剣崎は、哀しげな表情を一変させて憤怒の表情を浮かべた。

 母が情けをかけて見逃した(ヴィラン)共が逆恨みし、自分以外の家族を殺されたこと。(ヴィラン)に対する憎悪と己の無力感に怒り絶望したこと。修羅となって我武者羅に(ヴィラン)を狩り続けたこと。そして――一度死を迎えて致命傷だらけの身体で蘇り、生きているとも死んでいるとも言えない状態で再び世に解き放たれたこと。文字通り全てを語った。

「家族も、夢も、愛も、未来も――俺は(ヴィラン)共に滅茶苦茶にされた。今になってはこの空っぽの器と成り果てた体でこの世に留まっている。残ってるのは怒りと憎しみの感情と自らが課した信念だけだ」

「……」

 洸汰は思わず息を呑む。

 死してなおこの世に縛られ、朽ちた肉体で(ヴィラン)を殺し続ける――それがどれだけ残酷で虚しいことなのか。悲しみの涙を一滴も流せないまま怒りと憎しみに囚われることが、どんなに人として辛いのか。

 剣崎の壮絶な過去と非情な現実に、洸汰の顔は歪んだ。

「お前は大切な両親(そんざい)を失ったがゆえに辛い思いをしているだろう……だがまだ残っているはずだ。全てを失った俺と違い、お前は一人じゃない。どんな形であれ〝繋がり〟は大切にするんだ」

「でも……」

 剣崎と洸汰は、互いに大切な家族(そんざい)(ヴィラン)によって奪われた。だがその憎しみの矛先は違う。

 剣崎は、(ヴィラン)を――悪そのもの(・・・・・)を自らの破滅も顧みない程に憎み、それを許す世界と社会を破壊しようとしている。洸汰はヒーローと〝個性〟を憎み、社会を嫌悪している。

 悲劇により怒りと憎しみに心を支配された少年と、悲劇により性格が捻くれてしまった少年の会話は、なおも続く。

「でも…その〝個性〟のせいで!! 力のせいであんたは今生きてんのか死んでんのかわからない状態で苦しんでるんじゃないのかよ!?」

「全然……俺ァこの姿でいるのは苦じゃねェし、それなりの利点もある。それ以前に……」

 

 ――〝個性〟があろうが無かろうが、家族失って人生滅茶苦茶にされた時点で俺は死んだも同然だ。

 

 剣崎の一言に、言葉を失う洸汰。

 そんな洸汰の肩に手を添えながら、剣崎は口を開く。

「……まァ、力が無ければ争う必要も傷つくこともねェっつーてめェの主張はわかる。だが力がねェと頑張ったって救えねェモンもあるんだ。それを覚え――っ!!」

 

 ジャキンッ!

 

 剣崎は何かを感じ取ったのか、傍に置いていた愛刀を持って立ち上がり、さらに左腰に差したステインの形見である合口拵えの刀を抜刀する。

「な、何だよいきなり……」

「俺から絶対離れるな! 何かいる!」 

 剣崎はピリピリと肌を刺激するような殺気を放ちながら、ある方向を向いた。

 そこには、複数の人影が見えた。薄暗い上にかなり離れているのでその正体ははっきりとは見えないが、夜という時間帯を考えるとかなり怪しい。

 ゆえに剣崎は、こう判断した――(ヴィラン)だと。

(やっぱり来やがったか……今度は一人残らず息の根止めてやらァ……)

 

 

           *

 

 

 マタタビ荘から離れた、ある崖の上。

 その崖の上では、只者ではない雰囲気を醸し出している複数の男女がマタタビ荘を見下ろしていた。

 彼らは「(ヴィラン)連合開闢(かいびゃく)行動隊」。死柄木弔が率いる(ヴィラン)連合がある目的(・・・・)を果たすために組織された少数精鋭の襲撃部隊である。

 その襲撃部隊の指揮を担当する、焼け焦げたように変色した皮膚と無造作な黒髪が特徴の青年・荼毘は顔をしかめていた。

「――参ったな、野郎に気づかれた」

『!!?』

「あそこを見ろ」

 荼毘が指を差す場所には、剣崎がいた。何かを察知したのか、あるいはすでに自分達の動きを看破したのか――抜刀して辺りを見回している。

「……この場での長居は無理だな。あいつはボスを一撃で戦闘不能にした本物の化物だ、先を読まれたらかなりヤバイぞ」

「じゃあ、俺がぶっ殺してやるよ荼毘!! あいつは骨があり――」

「バカか、ボスから言われたの憶えてねェのか? 剣崎との戦闘は避けろっつってたろ」

 この場にいる(ヴィラン)連合のメンバーは、実力を持つ曲者ばかりであるが剣崎の恐ろしさを知らない世代でもある。だが襲撃を決行する前日に黒霧から前回の襲撃事件の惨状を伝えられ、そこらのプロヒーローをも上回る実力者であると知った。ゆえに今回は剣崎とは接触すら避けるようにしろと念を押されてたのだ。

 しかし決行しようと意気込んだ矢先に勘付かれた。これはかなりマズイことだ。

「じゃあ、どうする気なのかしら?」

 サングラスを掛けた赤い長髪の大男・マグネ――本名・引石健磁――はオネエ言葉で荼毘に問いかける。

 一番厄介な存在である剣崎が勘付いた時点で、目的を早く果たさないと甚大な被害を被る。快楽殺人犯なマスキュラーはやる気満々だが、「崩壊」という強力な〝個性(ちから)〟を持っていながら鉄槌一発で沈められた死柄木(ボス)の二の舞は誰だって御免だ。

 その一方で、ステイン信奉者としてだと荼毘はどうしても剣崎を葬りたいと考えている。ステインを討ち取った剣崎は、信奉者にとっては始祖を斬殺した怨敵である。現に同じステイン信奉者であるスピナーも剣崎を親の仇同然に見ており、マスキュラー以上に殺気立っている。

「俺達の目的は爆豪っつーガキを攫うこと……だが奴が勘付いた以上は長居は無理だ。少数の奇襲は迅速(はや)さで決まるからな」

「短期決戦ってことね。でも奴の足止めは必要じゃないかしら?」

「問題はそれを誰に――」

「私が行こう。お前達は目的を果たせ」

『!!』

 そう言ったのは、膝よりも長い水色の髪を揺らすレイピアを抜いた女の(ヴィラン)――あの〝ヒートアイス〟熱導冷子だった。彼女はある協定(・・・・)の下、オール・フォー・ワンと手を組んでいるのだ。

「――大先輩が足止め役でウチらが主役ってか?」

「不満なら、一緒に剣崎を狙ってもいいぞ?」

「ぜひそうさせてもらうぜ!! 俺もあいつと戦いたくてウズウズしてんだ!!」

「決まりだな……じゃあ作戦開始だ。「てめェらの平穏は俺達の掌の上で転がされてる」ってことを見せつけるぞ」

 荼毘は悪意に満ちた笑みを浮かべると、開闢行動隊は一斉に動き出した。

 それに続き冷子も動き出し、口角を上げて崖から降りた。

(16年前の決着を付けるぞ、剣崎……!)

 先の時代を生き延びた「大きな悪意」が、〝ヒーロー殺し(ステイン)〟の思想に感化された者達と共に迫ろうとしていた。

 そしてこの時――雄英側も(ヴィラン)連合側も、誰も予想しなかった。ヴィランハンターに最期の時が近づき始めていたことも。




実は昨日、ゲゲゲの鬼太郎の20話を観たんですが……感動しました。
あの時代を忘れないこと。それが現代人の義務なんだと痛感しましたね。

次回は久しぶりのヒートアイス参戦に加え、剣崎に襲いかかる不測の事態のお話ですのでお楽しみに。


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№60:林間合宿二日目・後編その1

 洸太の秘密基地では、剣崎は警戒心をMAXにさせて気配を探ろうと試みていた。

 どういうルートで居場所がわかったのかはともかくとして、不審者が襲撃を仕掛けようものならば容赦はしない――剣崎はそう考えながら辺りを見渡す。

(あの少年のことを考えれば、相手は人質を取る可能性もある。俺があいつの前にいるということを考えれば……来るのは……真後ろ!!)

 剣崎は後ろを振り向き、容赦なく一太刀を浴びせた。

 

 ガキィィン!!

 

 響いたのは肉を裂く音ではなく、金属音。剣崎の刃を、何かで防いだことは明白だ。

 しかしよく見てみると……。

「っぶな……!」

「!! 御船、か?」

 現れたのは、剣崎の同志である戸隠御船だった。

「――ったく、驚かせんな。今ピリピリしてんだからよ」

「ごめん……驚かせちゃって。あと遅れちゃって」

 溜め息を吐く剣崎に謝る御船。

「……お前が来たってことは、火永も来てんのか?」

「火永と熱美は別の用件で来ていないよ。来たのは僕一人……いや、後でオールマイトが来るかもね。刀真の勘はかなりの確率で当たるのは知っているから」

「勘もある種の〝個性〟だからな」

 素っ気無い会話をする剣崎と御船。

 実を言うと剣崎は、前回のUSJでの(ヴィラン)連合襲撃事件以来から雄英の危機察知能力が低すぎると判断し、ミッドナイトを通して彼女以外の雄英関係者に知らせず(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)独断で同志達に声を掛けていた。雄英側に知らせなかったのは内通者疑惑が払拭できていないため、万が一を考えた上での判断である。

 ミッドナイトを通じて事情を聴いた剣崎の同志達は、連絡を取り合って時期的に一番時間がある御船を向かわせたのである。

「――それにしても、雄英に内通者がいるってのは本当かい?」

「あくまでも可能性だ。だから、この林間合宿で襲撃を受けたらほぼ確定になる」

「「……!」」

 今回の合宿は、(ヴィラン)が今後絡んでくる危険性があると察知した教師陣の方針によって本来の予定よりも大幅に変更されている。前回の反省を踏まえ、雄英なりに万全を期して敢行したのだ。

 しかし万全を期しても襲撃されたとしたら、雄英内部に内通者がいる可能性が高くなる。剣崎も雄英の敷地内を移動しながら〝個性〟の特性を利用して監視しており、何人か内通者疑惑がある人物を絞ることができた。これで万が一の事が起きたら尋問する気でもある。

 ただ、剣崎は内通者がいない可能性も視野に入れている。ハッキングして情報を抜き取ったという「ハッカーが(ヴィラン)の活動に加担している」という可能性もあるのだ。

 いずれにしろ、この林間合宿で(ヴィラン)連合が襲撃すれば「(ヴィラン)連合には雄英の機密情報を盗むことができる術を有している」ということが証明されるのである。

(さて……どうするべきか……)

「――そういえば刀真、そこの子は?」

「……確か……出水洸汰、だったか」

「出水……もしかして〝ウォーターホース〟の?」

「っ!」

 御船の口から出た言葉に、洸汰は固まった。

 剣崎はその様子を見て怪訝な表情を浮かべながらも、御船に訊いた。

「〝ウォーターホース〟……聞かねェ単語だが」

「少し前に活躍したプロヒーローの夫妻さ。今は故人だけど」

 御船曰く、ウォーターホースは〝血狂い〟の通り名で有名な(ヴィラン)・マスキュラーとの戦闘で市民を護るために殉職したという。

「その時の戦闘によって左目を失ったようだけど、彼は今も逃走していて指名手配されている。快楽殺人犯だから、またどこかで殺人事件を起こしてるだろうね」

「そうか……俺の母さんよりはマシな死に方だったか」

「――っ!!」

 剣崎のその言葉に洸太は頭に血が上ったのか、彼の頬を思いっきり殴った。不死身の剣崎には微動だにしないが、洸太は殴れずにいられなかった。

 大好きな両親を侮蔑するように聞こえ、許せなかった。また憎んでいる〝個性(ちから)〟を受け入れろとも聞こえ、聞き捨てならなかった。

「取り消せよ……黙れよ!! 化け物に何がわかるんだよ!?」

 激昂する洸太に対し、剣崎は顔色を何一つ変えず口を開く。

「人の命と生活を守る職に就いた以上、その職の業務において命を落とすのは当然のことだ。俺の母さんは(ゴミ)に情けを掛けたが、その(ゴミ)によって父さんとばあちゃんと一緒に息子(おれ)の目の前で殺された。俺は生き地獄を味わされたのさ。だがお前の両親はヒーローとして護るべき存在を未来へつなげたじゃねェか」

「っ!?」

「ヒーローだろうと警官だろうと…護るべき存在を未来へつなげるって、生易しいことじゃねェぞ。その為にどれ程の犠牲を払うのか、どれ程の憎しみと哀しみを生むのか、今のお前にわかるか? 英雄は弱くても立ち向かわなきゃならねェん――」

 

 ボガアァァン!!

 

「「「!?」」」

 剣崎の言葉を遮るように響く爆音。その方向へ顔を向けると、炎が上がり異様な煙が上がっていた。

 剣崎は出久達の〝個性〟をある程度把握している。自分の記憶の中ではあのような〝個性〟を使う者はいなかった。そう考えれば…何が起こったのかは明白だ。

「……来やがったか、(ゴミ)共」

「刀真、向こうは任せて。その子を守って」

「わーってるよ、子守ぐれェは」

 御船は羽織った羽織を大きくなびかせてその場を去り、救援へと向かった。彼の姿が見えなくなってから、剣崎は思考に浸った。

 あの光景から、恐らく森には毒ガスが撒かれているだろう。プロヒーローであるワイルド・ワイルド・プッシーキャッツや雄英教師陣がその程度でやられるとは思えないが、最悪の事態を想定した方がいいだろう。(ヴィラン)の実力も数も未知数…少なくとも前回の反省は踏まえているだろう。

(こっちには戦えない少年(ガキ)が一人……守り切れるか……)

 剣崎としては洸太も戦闘に参加して自分の援護をしてほしいが、さすがにそれはできないだろう。敵を潰す戦は得意だが、敵から守る戦はあまり経験が無いので不安要素は残るが、そうも言ってられない。

 その時だった。

「よォ、ここは見晴らしが良いな」

「「!!」」

 突如響く、第三者(おとこ)の声。その声に反応した洸太は震え、剣崎は臨戦態勢に入る。

 そこに現れたのは、身長181cmの剣崎ですら見上げる程の身長があるフードを見に纏う大男だった。顔はマスクを付けてるので表情は読み取れないが、殺気が漏れており殺す気満々であるのが嫌でもわかる。

「てめェ殺気漏れてんぞ。ブランクがある俺よりもキレが悪ィってのに、よくあからさまなウソを言えるモンだな」

「……んだよ、バレちまってんのか! コートのお前、かなり出来るだろ?」

「てめェの想像を絶する程にな」

 すると大男はマスクを外してフードを脱ぎ捨て、タンクトップ一丁となって笑みを浮かべた。それと共に腕の皮膚から筋肉繊維が飛び出し始める。

 剣崎は冷静に見据えたままだが、洸太はそれを見て目に涙を溜めた。そう、二人の前に現れた大男こそが、ウォーターホースを葬った〝血狂い〟マスキュラーだったのだ。

「景気づけに一発やらせろよ!!」

「っ!」

 

 ドォォン!!

 

 轟音と共に地面がクレーターのように凹む。

 マスキュラーの悪意と殺意に満ちた剛腕。剣崎はそれを刀で受け止める。人を一撃で殺せるであろう絶大な破壊力を、正面から受け止めた相手にマスキュラーは目を見開いて驚いたが、すぐさま笑みを浮かべた。

「スゲェな……俺の一撃を受け止めるなんてよ! 生きてた頃は刀一本で俺らみてェなのと渡り合ってたんだろ? 天下の剣崎さんよォォ!!」

「俺を知ってんのか三下……てめェはそっちの世代(・・・・・・)じゃねェだ、ろっ!」

 剣崎は力を込めてマスキュラーを強引に弾く。

 弾かれてバランスを崩したマスキュラーは、剣崎の間合いに入らないよう距離を取ってから拳を構える。

「てめェ以外にも来てるだろうが……とりあえず俺のことをどこで知った? インターネットだけじゃねェだろ」

「ああ……もっと具体的で正確さ、あんたをよく知る女から聞いたんだよ。なァ先輩?」

「何……!?」

 マスキュラーは後ろを指差す。

 彼の背後から現れた女を目にした剣崎は目を見開き、そして苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべ目に憎悪と怒りを孕ませた。

 そう、女の正体は16年前に刃を交わせたあの〝ヒートアイス〟熱導冷子だったのだ。

「てめェ……まだ生きてたのか? ――ハッ、そうか。一対一(サシ)じゃあ俺に勝てないと踏んで三下共と手ェ組んだってわけか」

 剣崎は冷子を嘲笑う。

 ヒーロー達は(ヴィラン)共を相手に命懸けで戦う。覚悟ある者・信念のある者ならば「卑怯者」などの女々しい言葉はあまり口にしない。ただ、剣崎は「所詮は(ヴィラン)か」と呆れたのだ――どこの馬の骨とも知れないぽっと出のチンピラと手を組んだことに。

「お前を手に入れるまで私は死なんさ……私だってあんな小童共と手を組むのは嫌なんだが、お前を手に入れるためならばプライドも捨てるさ」

「我欲の為に誇りを捨てたか……死に損ないのアバズレめが、まだ正義に歯向かうか、そんなに俺に殺されたいか」

「……」

「まァいい、今度こそ息の根を止めてやらァ」

 一瞬にして放った肌を刺すような冷たい殺気が、剣崎から放たれる。

 並大抵の者ならば戦闘の意思をも削ぎ落とされてしまい恐怖で呼吸すらままならないだろうが、マスキュラーと冷子はむしろ歓喜していた。

 これを待っていたのだ。互いに全力で戦う殺し合いを。

「少年。俺は全く関係はねェが……事のついでだ。どの道こいつらは皆殺しの予定だから、お前の両親の敵討ちしてやるよ」

「っ!!」

「嫉妬してしまうではないか……死人に振り向き私を無視するのか?」

「てめェに振り向くぐれェなら死んだ方がマシだ」

 

 それぞれの因縁に終止符を打つべく、剣崎は刀を構えるのだった。



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№61:林間合宿二日目・後編その2

 剣崎VSマスキュラー&冷子……一対二の戦いは、剣崎の攻撃から始まった。

「んんっ!!」

「おおっ!」

 剣崎の刺突をマスキュラーは真剣白刃取りで食い止める。剣崎はすかさず腰に差していたステインの刀を逆手で抜き、腹を裂く。

 しかしマスキュラーの隆起した筋肉繊維が想像以上に厚かったのか、内臓までは届かず大したダメージを負わせられなかった。むしろ筋肉繊維に受け止められてしまう。

「ぐっ……!! ハハ……最高だぜ、あんたは守る戦いより殺し合いに向いてるじゃねェか!! そういう奴を待ってたぜェ!!!」

「一々喚くな、ガキが……うらァッ!!」

 左足でマスキュラーの腹を蹴る。

 裂かれた場所をピンポイントで思いっきり蹴ったため、マスキュラーは痛みに顔を歪ませ、剣崎はその隙に刀を回収して距離を取る。

「――ってェな……!!」

「そりゃあ殺す気で来てんだ……その程度で音を上げるなら、お前の力などたかが知れる」

(パパとママを殺した奴を……!!)

 両親を殺したマスキュラー相手に戦う剣崎に、驚きを隠せない洸太。

 一方、マスキュラーにダメージを与えた剣崎を見ていた冷子は、剣崎の戦いぶりを分析していた。

(ほんの少しだけだが無駄な動きがあるな……これもブランクの影響だろうが、あの不死身の肉体は厄介だな)

 16年という長い時間が、剣崎の動きのキレを悪くした。今時の(ヴィラン)ならば一太刀で終いだろうが、冷子のように数多くの修羅場をくぐり抜けてきた強者ならば彼の攻撃を躱すどころか昔との違いを見抜くこともできる。

 彼女の指摘通り、剣崎は16年前よりは多少動きにムラがある。だがそれを補うように〝個性〟が効力を発揮している。キレが悪くなった動きと引き換えに不死身の肉体を手に入れたと言っても過言ではないそれに、思わず舌を打つ。

 (ヴィラン)連合とオール・フォー・ワンからの情報で酒や魔除けの物が通じるとは聞いていたが、この襲撃の本来の目的が剣崎ではない(・・・・・・・・・・・・)ため彼を倒すための物は持参していない。

(隙を見て、あの小童を始末するか……)

 冷子がレイピアの柄を握った、その時だった。

「ガッ……ゴホ、ゴボッ!!」

「「!?」」

 剣崎に、突如異変が起こった。

 口やひびのような亀裂が生じた皮膚から大量のどす黒い液体を吐き出し、もがき苦しみ始めたのだ。ボタボタと滴るそれは血生臭く、誰がどう見ても触れてはならないモノであるのがわかる。

「こりゃあ、一体……!?」

「気をつけろ、アレに触れるな!!」

 マスキュラーと冷子も、剣崎の異変に動揺したのか攻撃を止めて距離を取る。

「お、おい……! どうしたんだよ……!?」

「来るな……!!」

 数秒前まで殺気と気迫で満ちていたのに、片膝を付いて苦しむ剣崎。

 それを見ていた冷子は、その苦しむ様に違和感を覚えていた。

(弱体化か……!? いや、どちらかというとこれは……)

 ――まるで〝個性〟が、制御不能の状態となり暴走を始めている。

 冷子はそういう風に見えたのだ。

「……クソがっ……これァ、〝穢れ〟か何かか……!?」

「〝穢れ〟だと……まさか……!?」

 無慈悲に(ヴィラン)粛清(ころ)し続けた結果、剣崎の肉体では抑え込むことができない程の穢れが周囲に悪影響を及ぼすモノとして漏れ始めたのだ。

 穢れとは穢れの対象は死・疫病・月経などであり、それにはケガや蠱物(まじもの)――いわゆる呪いも含まれる。剣崎は穢れと隣り合わせどころか、無意識とはいえ穢れをも取り込んで生ける亡霊としてこの世に留まっている。

 今はまだ漏れている程度で済んでいるが、このまま放置して粛清(ころ)し続けるとすれば――

(剣崎の身体と魂が……穢れを撒き散らして消滅するとでも言うのか……!?)

 そう、剣崎は生ける亡霊でありながら、不死身の肉体をも蝕むようになった穢れをいつ撒き散らすかわからない〝時限爆弾〟になりつつあったのだ。その穢れが周囲に及ぼす影響は、剣崎本人ですら想定不可能の領域――それを阻止するには、〝個性〟を失うか何者かに奪われるかという究極の選択肢から選ぶしかないのだ。

 剣崎を手に入れたかった彼女にとっては、最悪の事態である。たとえ彼を手に入れたとしても、時間が経てばあのどす黒い液体(けがれ)を撒き散らしながら自滅してしまうのだ。

「厄介な事に……!!」

「逃、ゲロ……! ここはオレ、ガッ……ゴホッゴホッ!!」

 剣崎の言葉を耳にしてはっとなった洸太は、踵を返して走った。

「おっと、逃がしゃしねェぞガキ!!」

 洸太を殺そうと、マスキュラーは剣崎を跳び越えて剛腕を振るおうとしたが――

「〝SMASH〟!!」

 

 ドンッ!!

 

「ぐっ!?」

 真横からの、突然の衝撃。

 いくら強靭な筋肉繊維で身体を強化しても、不意打ちには反応できずそのまま吹き飛ばされる。だがそこはマスキュラー――受け身をとって上手く着地する。

「何だてめェ……?」

「……?」

「お前……!!」

「出久君か……!」

「洸太君、もう大丈夫!! 僕が来たから!!!」

 その場に現れたのは、出久だった。

「随分と都合のいいタイミングで来るじゃねェか……どうやって来た」

「ヒーローは遅れて来ますから。あと、ここへは御船さんが教えてくれたんです」

 満面の笑みで応える出久。どうやら彼は偶然御船と遭遇して大ごとが起きていることを知り、剣崎の居場所も知ったようだ。

 そんな出久に対し、剣崎は鋭い目付きで見据えている。

「……ヒーローどころか人間が出る幕じゃねェぞ。俺の相手が誰だかわかってんのか? 今の出久君(おまえ)じゃあ命はねェぞ」

「はい。ヒーローは命懸けで人を救け、綺麗事を実践する職業です……僕はその端くれですから」

「……とんだバカ弟子だ」

 笑みを深め、刀の切っ先を冷子とマスキュラーに向ける剣崎。

 対する冷子は腰に差したレイピアを抜き、マスキュラーは悪意に満ちた笑みで拳を構える。

「お前アレだろ? 緑谷だろ? ちょうどいい、率先して殺せって死柄木から言われてんだよ」

「フッ……人気者だな、出久君」

「不本意です」

「まァいい……たっぷりじっくり痛ぶってやるよ――あ、イケねェ、聞きてェことあったの思い出したわ」

「「……?」」

「教えてくれ……爆豪ってガキはどこにいる?」

 唐突なマスキュラーの質問に、出久の頭は真っ白になる。オールマイトの抹殺が敵連合(やつら)の目的のはずなのに、今回の襲撃の標的は何と親友(かっちゃん)だと言うのだ。

 何の為に? その先の目的は? 真意は? そんな疑問が、出久の頭の中で渦巻いていた。

 一方の剣崎は、マスキュラーに対し嘲りの笑みを浮かべた。

「単細胞か、てめェの脳ミソは? たとえ居場所を知っていたとしても、じゃあいいですよって教えると思うか?」

「……だよなァ……!!」

「馬鹿者が……捕えてから死なぬ程度に八つ裂きにして訊けばよかろうに……」

 何気に残酷なことを口にする冷子に、身震いする洸太。

 すると剣崎は困ったような表情を浮かべてから、刀を逆手に持ち替えた。

「だったら二人を危険に晒すわけにはいかねェな……そうだな、ステージを変えよう(・・・・・・・・・)

 

 ――ドォンッ!!

 

『!?』

 剣崎は突然〝雷轟・剣砕〟を放ち、刀を通常よりも深く突き刺して地面に衝撃を与えた。衝撃は地面を伝導し、二人を襲った。

 冷子は咄嗟に跳んでやり過ごしたが、マスキュラーは運悪く近くにいたので間に合わずその衝撃をモロに浴びてしまう。だが彼の筋肉繊維の強靭さが功を奏したのか、ダメージは少ない。

 その数秒後に、それは起こった。

 

 ビキビキビキ……

 

「何だ!?」

「この音は……!」

 ふと、地面にひびが生じ、土煙が舞い始めた。

 その時、冷子は全てを察した。剣崎の狙いは――

「剣崎、貴様正気かっ!?」

 

 バガッ!!

 

「んなっ!?」

「あっ!?」

 崩れていく地面。

 離れていた出久と洸太を残し、マスキュラーと冷子と共に崖から落ちていく剣崎。

 そう、剣崎は出久と洸太を逃がすために足場を自ら破壊してマスキュラーと冷子を道連れにしたのだ。

「野郎!!!」

「くっ……!!」

「剣崎さんっ!!」

「守らなきゃいけねェモンはちゃんと守らねェとな……出久君、その子を頼むぜ」

 剣崎は自らに向かって叫ぶ出久に対し、微笑みながら森へと落ちていった。



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№62:林間合宿二日目・後編その3

9月最初の投稿です。
今年中にこの小説は終わるかな……?


 剣崎が出久と洸太を守るべく、冷子とマスキュラーを道連れに崖を崩して落ちた……はずだった。

「くっ!!」

 冷子はレイピアを抜くと、すかさずそれを崖に深く突き刺して偶然そこにあった出っ張りを強く掴んだ。

「!」

「お、落ちて……!!」

「何て奴だ、まさかこんな手段に出るとは……」

 冷子は恐怖にも似た感情を覚えながら、落ちていく剣崎とマスキュラーを見下ろす。

 一方の二人は……。

「あの女……!!」

「どこを見ている、決着つけるぞ」

 剣崎は崖から落ちながらマスキュラー目掛けて愛刀を投げた。

 まるでブーメランのように回転するそれは、彼の首を狙って襲いかかる。それと共に剣崎はステインの刀を強く握って彼に迫った。だが……。

「らァっ!」

 

 ガッ

 

「っ!?」

 何とマスキュラーは剣崎の刀を受け止めるどころか、うまい具合に柄を握った。

 さすがの剣崎もこれは想定外だったのか、呆気に取られた。

 そしてマスキュラーは何の躊躇も無く剣崎の刀の切っ先を、彼の眉間に突き刺した。

「!?」

「ハハハハハ!! 勝負ありだな!!」

 思わず高笑いするマスキュラーだが……。

「詰めが甘ェんだよ、お前ら社会のゴミは」

 剣崎は狂気を孕んだような笑みを浮かべ、マスキュラーに馬乗りになった。

 そして刀を隆起した筋肉繊維に突き刺し、彼の喉元を掴んで力を込めた。

「あがっ……!?」

「――ここまで来たら、刀は必要ねェな」

「何だと……!?」

 マスキュラーは真下を見てみると、そこに岩があるのが視認できた。

 このままでは間違いなく頭を岩に強打し、最悪の場合は即死に至るだろう。

「少年がつけたかった落とし前は、これでチャラだ。本当なら二回は殺したいが、仕方ねェ」

「てめェェェェェ!!!」

 

 ドゴォン!

 

 

           *

 

 

「くっ、何という事態だ……!」

 どうにか命拾いした冷子だが、一連の剣崎とマスキュラーの戦闘を見て苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 運が悪いことに、マスキュラーはあのまま剣崎と共に落ちて岩に頭を強打した。彼の〝個性〟がどこまで保護(カバー)できるかは不明だが、たとえ間に合ったとしてもこの高さだと無事では済まないだろう。

 その上自分の置かれた状況は酷く、崖をよじ登るしかない。

「16年経った今も、剣崎が上だと言うのか……? いや、これは剣崎の運が良かっただけなのか……」

 冷子はふと、上にいる二人――出久と洸太に視線を向けた。

 自分と戦うのは分が悪すぎると判断したのか……二人は必死に逃げており、少しでも離れようと焦っているのがよくわかる。

「……」

 冷子は彼らを追わないことにした。

 本来の目的は爆豪勝己という少年を(ヴィラン)連合側に勧誘し引き込むのが本来の目的であり、それを邪魔する者――特に怒れる剣崎を牽制して無用な殺生は控えるように言われている。

 なりふり構わず殺すのは二流以下……一流は目的を果たすことに精力を傾け、それを邪魔する者のみを徹底的に排除する。それが彼女の――〝ヒートアイス〟の矜持だった。

「とりあえず、剣崎をどうにかせねばな……」

 

 

           *

 

 

 一方、森では(ヴィラン)連合と雄英の生徒達及びプロヒーローが対峙していた。

 奇襲だったのか、ピクシーボブは血を流して倒れており、

「ねェ、この子の頭どうしちゃう? 潰しちゃおうかしら?」

「まァまァ待て待て、早まるなよマグ姉! 生殺与奪は全て〝ヒーロー殺し〟の出張に沿うか否かじゃ――」

 

 ヒュオ――

 

「「!」」

 ふと、森の方から風切り音が聞こえてきた。

 かなりの速度で〝それ〟は接近しており、スピナーとマグネは反射的に構えた。

 

 ザザッ

 

『!!』

「間に合っ……てなかったね。一人ダウンか」

 森を抜けて両勢力の間に割り込むように現れたのは、学ランの上に黒い羽織を肩に羽織り、革靴を履いて日本刀を携えた青年。〝黒の処刑人〟と呼ばれるプロヒーロー――戸隠御船だった。

 その姿を確認したマンダレイや虎、雄英の生徒達は思わず涙が出そうになった。ヒーロー業界でもかなりの実力者として知られる御船が救けに来たのは、想定外であると同時に絶望の中から希望の光が差し込んだも同然だからだ。

 とはいえ、相手は前回の襲撃とは別格の(ヴィラン)……油断は禁物である。それでも、この状況下で一人だけとはいえ救援が来たのは嬉しいものだ。

「マンダレイ、虎さん。ご無事で何よりです」

「ありがとう……でも、何でここに……!?」

「刀真の要請ですよ。念の為来るように言われたので」

 すると御船の言葉に反応したのか、スピナーは怒気を孕んだ声を上げた。

「貴様は……〝ヒーロー殺し〟を無残に葬った憎き剣崎の同志――戸隠御船か!? 生で会うのは初めてだなァ!!」

「いかにも。かく言うそちらは、一体どこのどなたで?」

「申し遅れた。俺の名はスピナー……(ヴィラン)連合開闢行動隊の一員であり、彼の夢を紡ぐ者だ!!」

 背中に背負う大剣を覆ってる布に手を取るスピナー。布に隠されてたその大剣は無数の刃物が何重にも束になっており、相当の重量であるにもかかわらず彼はそれを軽々と持ち上げている。

 その大剣を御船に向け、スピナーは嫌らしく笑う。それに対し御船は、呆れたような笑みを浮かべて口を開いた。

「……フッ――あの敗北者(・・・)の信奉者ですか。崇める対象を間違えた哀れな人だ」

「何……!? 敗北者だと!? 取り消せ、その言葉を!!!」

 御船の挑発的な物言いが癪に障ったのか、声を荒げるスピナー。しかし御船は取り消すつもりなど毛頭無いのか、意にも介さず言葉を紡ぐ。

「事実でしょう? あなたが崇める男は、刀真との信念を賭けた決闘に負けて死んだ。敗けた者は信念も残らず朽ち果てて終わるのが摂理……負け犬の思想は淘汰されて終わるモノ――」

「黙れ!! 貴様に「英雄回帰」の何がわかる!?」

 嘲るように言葉を並べる御船に激昂するスピナー。

 しかしそれ以上に激昂している者がいた。血を流して倒れるピクシーボブの同僚である虎だった。

「何でも良いがな貴様ら……!! お前らが傷付け、血を流し倒れてる女……ピクシーボブはな、最近婚期を気にし始めててなァ、女の幸せを掴もうって…良い歳して頑張ってたんだよ……それを!! そんな女の顔を傷物にし、汚して、何が夢を紡ぐだ!? 笑わせるな愚か者!! 男が一丁前にヘラヘラ語ってんじゃないよ!!」

 虎の一喝が入る。

 それに乗じ御船もまた、口を開いた。

「虎さん、その気持ちは十分わかります――ですが戦いは常に生き残りを賭けているんです。卑怯者なんて女々しい言葉が通じる程、甘い業界じゃないんです」

「ああ、我もわかっている」

 目の前のスピナー(てき)ピクシーボブ(なかま)の顔を傷付け、腹を踏んづけながら罵倒した。虎はそれに対しては烈火のごとく怒るのは当然だが、「この業界」の過酷さも知っているため喝は入れても女々しい言葉は口にしない。

 命を捨てる覚悟……自らを犠牲にして他者を救ける覚悟を求められるのがヒーロー業界。覚悟ある者ならば、先程御船が言ったように(ヴィラン)相手でも女々しい言葉を口にしない。そんな言葉が通じたら、命を懸ける必要性が無くなってしまうからだ。

「さて、三下の諸君。遺書は書いておいたかな? 僕は刀真と違って慈悲深い……退くなら今の内、斬られたいのも今の内だ」

 刀を構える御船。

 それに対し、スピナーは嘲笑して大剣を構えた。

「愚か者は貴様らだ、ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!!」

 御船は相手が殺す気で掛かると判断し、抜いていた刀を鞘に納めて居合の構えを取る。

 そしてその構えのまま、マンダレイ達に指示をした。

「マンダレイ、虎さん! この二人は僕に任せて生徒の安否確認と迎撃を! まだ他にも刺客はいるはずです! 生徒達には〝個性〟使用の許可をして施設に戻るように指示を! 会ったら腹を括って迎撃するように!」

「な……生徒達を戦わせる気!?」

「どうせ相手は殺しにかかる気なんだ、会っても交戦するななんて守れないでしょ」

「っ――わかった!!」

 マンダレイは〝個性〟である「テレパス」を用いて雄英側の者達に手短に伝える。

(オールマイト……早く来てくれ……!! 襲ってきた(ヴィラン)は腕っ節的には僕一人でもどうにかなるけど、生徒達が危ないんだ……!!)

 一応来るとは返事した〝平和の象徴〟が救援に駆けつけてくることを祈りながら、御船はスピナーとマグネに斬りかかった。

 

 今はただ、最善を尽くすのみ。血を流してでも生徒達を守る。

 それが御船の、この場で果たすべき使命であった。



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№63:林間合宿二日目・後編その4

 一方、崖の下では――

「っ……クソが、やってくれたな……!」

 ムクリと起き上がるマスキュラー。

 剣崎と共に落ちて岩に激突したのだが、咄嗟に〝個性〟である「筋肉増強」で筋繊維を頭部や背部に纏い衝撃を和らげたのだ。しかし全ての衝撃を相殺できたという訳ではなく、全身を強く打って動きづらくなり所々血を流している。

「ちっ、野郎はどこだ……?」

 激突の寸前まで目の前にいたはずの剣崎が、どこにもいないことに気づくマスキュラー。この期に及んで撤退するとは考えにくく、森に潜んでいると見て捜索を始めようとした。

 その時――

「……!? アレは……」

 ふと、目の前に無造作に置かれた人間の腕を彼は見つけた。その腕はズタズタというくらいに傷だらけであり、ひびのような亀裂も生じている。しかも腕は少しずつ端から砂のように粒子化し、無に還っていくではないか。

 その腕は、明らかに剣崎の腕だった。どうやら着地に失敗したらしく、衝撃をモロに食らって五体が弾け飛んだようだ。

 それを見たマスキュラーは、高笑いした。

「ハハ……ハハハ……ハッハハハハハ!! 間抜けが、自爆しやがった!! ハハハハ――」

 

 ドスッ

 

「――は?」

 突然胸の真ん中から、何かが飛び出た。それと共に身が焼けるような感覚が彼を襲う。

 マスキュラーの胸から生えてきたのは、一振りの日本刀の刃。彼を襲った感覚は、肉を裂き身を断つ痛みだ。

 ゆっくりと振り返ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。

「残念だったな。俺は「死」を奪われし存在……お前には俺を殺せねェのさ」

「な……!!」

 マスキュラーの背後にいたのは、左腕を失った剣崎だった。衝撃の影響か、顔や胴体、足の一部が大きく欠損した状態で立っている。

 よく見るとパキパキと音を立てながら左腕が再生し始めているではないか。しかも欠損している箇所も、その上にあった衣服も、左腕同様にパキパキと音を立て再生し始めている。

「て、てめ――」

 マスキュラーが言葉を紡ぎ始めたと同時に剣崎は突き刺した刀を強引に横薙ぎに振るい、彼の左胸を裂きその勢いで左腕をも斬り落とした。

「一瞬の隙が命取りだぞ。最後まで油断すんなよ……いや、もう手遅れか?」

 止めの一撃を放った剣崎は、大量の鮮血と共にうつ伏せに倒れるマスキュラーを嘲るように見下した。

 マスキュラーは自らの筋繊維を増幅したり体の内外に纏うことで筋力を増強することができるが、剣崎はそれだけでなく内臓器官も強化できるのではないかと判断していた。初めて彼の〝個性〟を目の当たりにした際、内臓器官にも内臓筋という筋肉要素があるので、臓器を再生できる可能性があると考えていたからだ。

 よって、筋繊維を操る彼を撃破するには急所を突いて絶命させるか限界を越えた攻撃を繰り出して止めを刺すかのどちらかに限られる。剣崎は出久のような「増強型の〝個性〟」ではないので、前者を選択せざるを得なかったのだ。

 そしてマスキュラーは、本人も気づかない程に微々たるも致命的なミスを犯していた。それは剣崎の自己再生能力……剣崎が不死身であるのはある程度把握していたが、彼は体がバラバラになっても粉々になっても元通りに再生するということを知らなかったのだ。

 そもそも剣崎の〝個性〟は、他者から〝個性〟を奪い続けて思うままに悪行を積んだオール・フォー・ワンですら未知である力。その上「今の彼」と戦って生き延びた者は指で数える程度なので情報も不正確な部分があった。

 「剣崎の戦闘力の高さ」と「マスキュラーの油断と無知」が重なって、勝負はあっけなく決してしまったのだ。しかし剣崎の凶刃は、これで鞘に納まらない。襲撃してきた不届き者を一人残らず斬り捨て終えなければならないのだ。次代を守るために――雄英を守るために、だ。

「さて……残りはあと何人――」

 

 ヒュッ!

 

「!」

 

 ギィン!!

 

 剣崎を襲う、細身の刃。

 その刃は、何かの液体で濡れていた。

「こいつァ……」

 その液体が剣崎の靴にかかった瞬間、肉を焼くような音と共に煙が立ち彼に激痛が襲った。

「ぐっ!!」

 すかさず距離を取って、刀を構え直す。

 細身の刃の持ち主は、冷子であった。

「てめェ……」

「決着を付けよう、剣崎!!」

 16年の時を経て、ついに両者の決着が付こうとしていた。

 

 

           *

 

 

 一方、御船はマンダレイと虎に生徒達を任せて一人で開闢行動隊と互角に渡り合っていた。

 彼の相手をするのは、様々な刃物を束にした巨大な剣を武器とするスピナーと巨大な鉄の棒を得物とするマグネだ。

「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……ゼェ……」

「その程度でよくぞまァ襲撃できたものですね」

 得物を構えながらも息切れする二人に対し、未だ余裕の御船。ここまでの差が生じるのは、それなりの理由がある。

 スピナーとマグネは巨大な得物であり、当然威力も高い。しかし得物は大きければ大きい程、長ければ長い程、射程範囲は広いが〝返り〟が遅いもの――それ相当の隙が生じるのだ。

 それだけではない。そもそも開闢行動隊は精鋭揃いだが、精鋭ということは広く名の知れた実力者であるという意味でもある。特にマグネは強盗・殺人・殺人未遂など多くの犯罪に手を染めているがゆえにその能力や性格も情報としてヒーロー業界に知られているため、遭遇しても対策が打てるのだ。

 さらに御船自身がプロヒーローの中でもトップクラスの実力を有しており、業界一の剣術の使い手として知られている。(ヴィラン)を得物ごと斬ったりコンクリートの柱を刺突で粉砕するなど、剣崎に匹敵する剣の才を誇る彼はスピナーとマグネにとっては相性の悪い強敵なのである。

(とはいえ、トカゲはともかくあちらの磁石は面倒だ)

 マグネの〝個性〟は、磁力を操る。自分の半径4.5m以内の人物に――男性ならS極、女性ならN極の――磁力を付加することができ、間合いに入った磁力を付加された人物を反発させたり引き寄せたりすることが可能だ。言い換えれば、近接攻撃を仕掛けると弾かれてしまい、間合いに入ると引き寄せられて一撃を食らってしまうということだ。

 御船は刀で戦うゆえに、遠距離攻撃は不可能だ。剣崎のように衝撃を地面に伝導させて相手にダメージを与えるような芸当ができればいいが、その術は持ち合わせていない。

(一人ずつ撃破しようか……)

 御船は刀を鞘に収め、深く腰を沈めた。自らが最も得意とする技……居合で勝負を付けようと決めたのだ。

 そして彼は眼を閉じた。眼を閉じて集中することで〝見えない結界〟を展開し、一定圏内の人や物の数と位置・相手の動きや気配・その場の地形などを正確に把握することができる「心眼」を発動したのである。

「何のマネかしら?」

「ご想像にお任せします」

「いいだろう――贋物の一太刀をへし折って、粛清してやる!」

 刃物を束ねた大剣を構え、スピナーは駆けた。

 居合は一撃必殺。仕損じれば己が死に至る諸刃の剣。

 御船がスピナーを斬り捨てるのが先か、スピナーが御船の居合を躱して殺すのが先か。

(死ね!! 御船ェェェ!!)

 

 ガギィン!! バキャァッ!!

 

 金属音と何かが崩れたような音が響いた。

 御船が抜刀し、文字通り一太刀でスピナーの剣を粉砕したのだ。

「な――んなァァァァァァ!?」

 スピナーの素っ頓狂な声と共に、砕け散る剣。

 そのまま丸腰になった彼に対し、御船は鞘を振るい肝臓を狙ったが……。

 

 グンッ!

 

「!?」

 突然、正面から圧力が発生し弾かれる御船。

 すかさず受け身を取って着地する。

「……」

「大丈夫?」

「すまねェ、マグ姉!」

 どうやらマグネが自分から近づいて御船を磁力で弾いたようだ。

 その時――

 

 ――皆! 聞いて!!

 

(この声は……!!)

 突然、頭の中から急に声が聞こえる。

 声の主はマンダレイ……〝個性〟の「テレパス」で頭の中に直接言葉を送信してきたのだ。

 

 ――相澤先生からの伝言よ! 「全生徒は〝個性〟による戦闘を許可する!」……皆、必ず無事でいて!!

 

(よかった……)

 マンダレイは相澤を言いくるめて戦闘の許可を得たようだ。

 これで少なからず、反撃に出て生存率を上げられる。

「これで少しは気楽に戦える……掛かって来なよ三下諸君。贋物と罵る連中の力を思い知りな」

 ニヤリと笑みを浮かべ、改めて宣戦布告する御船だった。



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№64:林間合宿二日目・後編その5

感想において「仮面ライダー剣の主人公をモデルにしているのでは」という指摘がありました。
申し訳ありませんが、実際は別のキャラです。後々指摘された件について調べて偶然同じだったので、ビックリしてます。こればっかりは譲れませんので、あらためてご了承ください。


 剣崎と冷子の戦闘は、壮絶を極めていた。

 刃こぼれが生じながらも絶大な切れ味を誇る剣崎の日本刀。生ける亡霊と化した彼の唯一の対抗手段である「浄化」の作用を持つ日本酒で濡れた冷子のレイピア。互いの刃は明らかに急所を狙っており、一太刀でも浴びた瞬間に死が訪れそうである。

 剣崎は一刻も早く相手(れいこ)を粛清しようと刀を振るう。冷子は一秒でも長く相手(けんざき)を牽制し、あわよくば彼を屈服させようとする。凶気と凶気のぶつかり合い……いや、信念と欲の衝突は、他者の介入を許さぬ命のやり取りでもあった。

「おおおおお!」

「剣崎ィィィ!!」

 レイピアで鋭い突きを放つ冷子。

 通常の武器であれば生ける亡霊と化している剣崎には無効だが、彼女は無敵状態と言って過言ではない彼にもダメージを与えられる術――日本酒で刀身を濡らしているため、不死身の剣崎もこれは躱さざるを得ないのだ。それでも彼女の攻撃を躱しきれているところはさすがと言えよう。

 しかし躱したら今度は剣崎が刀を振るう。刀自体が刃こぼれの影響で多少なりとも切れ味が落ちているとはいえ、その強烈な一太刀はモロに浴びれば命取りである。その上彼の腕力は相当なものなので、下手をすれば胴体を真っ二つにしかねない。

「死ね」

 剣崎は刀を両手で持ち、力任せに縦に一閃。

 冷子はそれを紙一重で躱し、剣崎の刀の刃が地面に食い込んだ瞬間にその刀身を踏みつけて押さえた。

「っ!」

「はっ!」

 冷子の渾身の突きが、剣崎の左肩を貫いた。

 通常の剣崎ならば、この手の攻撃など食らったところで何の害も無い。だが、レイピアの刀身は日本酒で濡れており、剣崎の〝個性〟の性質上絶大な効果を発揮するのでダメージを与えられるのだ。

「ぐっ……!!」

 肉を貫かれる感覚に、顔を歪める剣崎。

 貫かれた箇所は日本酒の影響か、その部分だけ肌色になっており赤い血も流れている。それだけではなく、剣崎は強烈な脱力感に襲われており、刀を握るだけで精一杯な程に弱体しつつあった。左手で抜こうとしても、日本酒で濡れているため触れても肉を焼く音と共に激痛が襲う。

「勝負ありだな」

「っ……!!」

「16年――長い年月だった……!!!」

 恍惚の笑みを浮かべ、冷子は念を押すようにレイピアに力を入れ、そのまま彼の背後にある木の幹まで叩きつけた。

 刀身は剣崎の肩にどんどん沈んでいき、木の幹に深く刺さっていく。

「お前は私のモノだ……あとでじっくりと調教して、無敵の玩具にしてやる」

 とはいえ、剣崎が不死身なだけと侮ったはいけない。その信念の強さから、強靭な精神力の持ち主であることは明白――拷問は逆に無意味だと考えた方がいい。だが言葉巧みに持っていけば、彼の心を支配することはできなくとも変化を与えられる可能性はあるだろう。それに剣崎は志村菜奈の死を知らない。彼女のネタをフル活用すれば、迷いさえ生じさせれば勝機ありだ。

 姑息で卑怯な手段は、(ヴィラン)にとっては最大の得意分野。相手が修羅そのものと言える剣崎でも、元は人の子だ。困難ではあろうが絶対に通用しないというわけではない。そう考えた冷子は、憎悪を孕んだ虚ろな目で睨む剣崎に顔を近づけて口を開いた。

「剣崎……あの女(・・・)と会いたくないか?」

「……!?」

 

 

           *

 

 

「ハァ……ハァ……」

 一方の御船は、劣勢に立たされていた。

 地力では御船の方が上と判断したスピナーとマグネが作戦を変更し、応援を要請したのだ。

「肉……肉面……」

「くっ、よりにもよってムーンフィッシュか……」

 応援に駆け付けたのは、脱獄した死刑囚というあまりにも危険な犯罪者・ムーンフィッシュだった。実は御船とムーンフィッシュは逮捕した側と逮捕された側という因縁があり、御船が命を懸けてようやく捕まえた(ヴィラン)だったのだ。ムーンフィッシュは爆豪と轟を相手にしていたが、すぐ近くにいたため駆けつけて御船に襲いかかったのだ。

 それだけではない。毒ガスを操るマスタードや「二倍」というシンプルながら厄介な〝個性〟を持つトゥワイス――本名・分倍河原仁――も駆けつけてしまい、四対一の厳しい戦いを強いられたのだ。

 毒ガスと因縁の敵、新手の(ヴィラン)に加えて戦闘で蓄積された疲労によって御船は徐々に追い込まれた。

「あの男……肉にする……」

 ムーンフィッシュは御船に近づき、自らの歯を鋭い刃物のように伸ばして攻撃した。

 すると――

 

 バァン!!

 

『!?』

 ムーンフィッシュの歯に何かが直撃し、砕けた。

 それはまるで銃弾のようにも見えたが、正体は違った。

「これは……小石……!?」

 彼の歯を砕いたのは、物凄い速さで飛んできた小石だった。

 こんな芸当をできるのは、あの男しかいないだろう。

「まさか……」

「悪ィな、因縁の敵は自分でケジメつけたかったろうが」

『火永!!!』

 そう、今日の仕事を終え急いで――いいところに――駆けつけた火永だった。

「助かった……来てくれてありがとう」

「ああ、いいってこった。そういう間柄だったろ、刀真とも」

 不敵な笑みを浮かべる火永は、すかさず小石をトゥワイス達に投げた。

 弾丸のように放たれた小石は、木を貫通する。人体に当たれば、急所に当たらなかったとしても無事では済まないだろう。

「お前は休んでろ、奴らは俺が相手をする」

 構えを取る火永に、怯むトゥワイス達。

 火永はプロヒーローの中でもかなり上位に位置する実力者。高校時代で剣崎と同格扱いされたのだから、心して掛かる必要がある。

「なら、先手必勝ね!」

「おうっ!」

 マグネとスピナーは火永が攻撃を仕掛ける前に襲いかかるが……。

「うらァ!」

 

 ドゴッ!

 

「ブッ!?」

 スピナーの顔に拳が減り込み、そのまま吹き飛ばされてしまう。

「誰なのっ!?」

「私よ」

 マグネ達の前に現れたのは、熱美だった。

 ヒーロー業界屈指の実力者が二人も駆けつけたことにより雄英側は安堵し、マンダレイは感極まって涙を流す。

「火永! 援護するわ!」

 すると熱美の全身が真っ赤に光り、付近の木々が燃え始めた。彼女の〝個性〟の影響で、全身から発された高熱により自然発火したのだ。

 しかし、これはこれでマズイ事態である。なぜなら――

「バカ熱美!! 山火事になったら誰も助からねェぞ!! 援護どころか一番迷惑かけてるじゃねェか!!」

「あっ…………ゴメン」

(何やってんだァァァァァァ!!!)

 そう、森で〝個性〟を使うとあまりの高熱で確実に山火事になるのだ。しかも彼女が〝個性〟を使い終えても消火活動をしない限り燃え続けるため、被害は彼女自身でも止められない。

「イイ女だな!! 頭大丈夫か!?」

「おいおい、火を消すガスは持ってないぞ……!!」

「――マズイ」

 トゥワイスやマスタード、そして会話は成り立たないはずのムーンフィッシュですらこの事態に頭を抱える始末。これでは目的達成はできないどころか山火事で双方が(・・・)被害を拡大しかねない。

 (ヴィラン)連合にとっては、爆豪誘拐失敗の原因がプロヒーローがうっかり引き起こした山火事で撤収となれば、死柄木に何と言い訳をすればいいのか。かくいう雄英側も、熱美のせいで生徒達が山火事に巻き込まれてしまったとなればどう責任を取ればいいのか。

「ったく、何考えてんだか……」

 あまりにも間抜けな同期に、溜め息を吐く御船。

 こんな女性とよく15年以上も付き合っていられたものである。

「ちっ、しょうがねェ……誰か水を操る奴はいるか!? 氷でもいい!!」

「任せろ」

『!!』

 その声と共に、火が燃え移っていた木々が一斉に凍った。

 轟が〝個性〟を使って消火したのだ。

『轟君!!』

「でかした、坊主!」

「爆豪や俺の〝個性〟じゃあ、上手く戦えねェ。アンタらを援護する」

「んだと半分野郎!?」

 何気ないディスりに激昂する爆豪だが、そうも言ってられない。

 森では可燃性の〝個性〟は使いにくい。轟はどうにかなるが、強力な爆豪と熱美は厳しい戦いを強いられるだろう。だが救援が来た分まだマシだ、剣崎は一人でこういう状況を何度もくぐり抜けたことを考えればどうってことない。

「うっし……役者は揃ったみてェだな。ボランティアの時間だ」

 

 林間合宿は、ついに佳境を迎える。



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№65:林間合宿二日目・後編その6

次回から最終章です。


 冷子に追い詰められつつある剣崎は、鋭い目付きで彼女を睨む。

あの女(・・・)、だと……!?」

「志村菜奈……お前はあいつの背中を追い続けていたんだろう? 母親のように」

 剣崎が追い込まれている中、冷子は淡々と語る。

 彼女はオール・フォー・ワンから剣崎と志村菜奈の関係を知って、それを用いて剣崎の誘惑を始めたのだ。

「話は聞いているぞ? 何でも行方不明らしいじゃないか」

「っ……何が言いたい……!」

「私が探してあげようか? こちらにもそれなりの力があるのでな、人探しなど造作も無い」

「てめェに何がわかる……菜奈さんをどうするつもりだ……!?」

 いつも以上に憎しみに満ちた眼で冷子を睨む剣崎。

 追い込まれてなお凶悪なまでの闘志を示す彼に、冷子は鳥肌が立った。

(素晴らしい……!! あの女に少し触れただけでここまでとは……!! 志村菜奈の死はまだ言わない方が面白そうだ)

 剣崎は志村菜奈の死を知らない。ゆえに、未だに彼女と会いたがっている。

 だからこそ、冷子にとっては今が千載一遇の好機なのだ。志村菜奈に関する話こそが、剣崎を唯一絆すことができると考えているからだ。

「なぜお前は確かめようとしない? オールマイトも人の子だ、お前にウソぐらいつくだろう」

「……生憎だが、あの〝腑抜け〟はそこまで器用な男じゃねェよ……隠し事はするだろうがウソは吐かねェ奴だっ……!」

「――剣崎、お前のそういうところ(・・・・・・・)が奴らにとって都合がいいんだぞ? 正義を妄信するがゆえに仲間を疑いはするも信じてしまう、その愚直さが!」

 剣崎は一度死を迎えてなお、ヒーローが掲げる正義が正しいと信じている。その執着ぶりは狂気の領域に達しており、どんな言葉を並べても聞く耳を持たない。

 ヒーローが掲げる正義は絶対的なモノであり、それが世の理であると考える剣崎は「生ける亡霊」だけではなく「正義の傀儡」と化してもいた。その姿はあまりにも愚かであり、滑稽でもあり、哀れであった。

「剣崎、お前は騙されている。プロヒーロー共はお前を我々以上の脅威と見なし、(ヴィラン)とお前の同士討ちを狙っておるのだ。多くの同志はお前が思うような身綺麗じゃない、むしろお前を排除したいと思っているのだ」

「っ…………!」

「いい加減夢から目を覚ますべきだ。ヒーローも所詮は人間、汚い部分があるんだ。お前が思うような聖人(ヒーロー)など、この世にはもういない。自己犠牲の精神は、今の奴らにとっては時代遅れの無価値な信念なのだ」

 悪意に満ちた笑みで、剣崎を言葉で追い込む冷子。

 ヒーローとは、資格を取得し個々の〝個性〟を最大限活かして様々な場面で活躍する者である。しかし名誉ある華々しい職業であるがゆえか、義勇・奉仕活動という本来のヒーロー活動を忘れたり意識が薄かったりする者が大多数を占めるようになり、剣崎が憧れたヒーロー像は時代のうねりと共に変わり消えかけているのだ。

 剣崎の知るヒーローは、時代のうねりによって消えたのだ。ヒーローは人々の平和と安寧の為に自らを捧げた勇敢なる者の称号ではなく、収益・地位・名声などを得るための職業と化したのだ。

 冷子はそんな現実を、容赦なく剣崎に突きつけたのだ。

「――ところでだ、剣崎。我々を一刻も早く粛清すると誓っている割に、学校で仲間作ってるらしいじゃないか………何を考えている? 狩るなら狩りまくればいいだろうに。お前にとっては仲間などむしろ足手纏いだろう?」

「っ……何が言いてェんだっ……!?」

「天下の〝ヴィランハンター〟が次世代を育てなきゃいけない程に無力なわけではあるまいということだ。お前自身もわかってるはずじゃないのか? それとも……その姿が辛いのか?」

「…………!!」

 剣崎を嘲笑う冷子。

 生きているとも死んでいるとも言えない、剣崎の変わり果てた姿。それこそ悪鬼羅刹や死神の類のような出で立ちに、生気や人間らしさは感じられない。

「……剣崎、お前は人間に戻りたがっているのか?」

「っ!!」

 その瞬間、憎悪を孕んだ表情を浮かべていた剣崎が呆然となった。

 それをいい兆候と察したのか、冷子は笑みを深めた。

「そうか、やはりか……!! 生を感じぬ朽ちた肉体でこの世にいるのが辛いのだな……!! いいだろう剣崎、私が協力しよう……お前の生を取り戻してやろうではないか。相棒ですらどうしようもできないなら、この私が叶えよう」

 目を見開いて反応を変えた剣崎を追い詰めていく冷子。

 剣崎は確かに悪鬼羅刹のように冷酷無比であり、本人も(ヴィラン)に勝つために人間をやめたが人の心は失っていない。それこそが冷子の勝機であった。

 何十年も生者と死者の中間のような存在としてこの世に留まり続けていれば、朽ちた肉体でただただ時を過ごす自分に嫌気が差し始めたとしてもおかしくはない。何より一切の欲を満たせないまま生涯を閉じることなど、前任であろうと悪人であろうとできるはずもない。

 己の欲望のままに生きる彼女だからこそ、剣崎が見て見ぬふりをしていた現実を見抜いて彼に突きつけたのだ。

「安心しろ……私がお前に口では言い表せないような拷問を続けたゆえに止むを得ず屈したということにすれば、お前の同志も相棒も諦めがつく。何もかも私に擦り付ければいいさ」

「…………」

「どうだ剣崎………悪くはあるまい。答えを聞こうか」

「…………これが俺の答えだ、ゴミ野郎」

 その瞬間、冷子に凄まじい殺気が襲いかかった。

 戦闘中に向けられていた時とは比べ物にならない程に濃厚な、まるで数百もの刃が一斉に全身に突き刺さったような感覚を、彼女は覚えたのだ。

(マズイ!!)

 剣崎の強烈な殺気に、冷子はレイピアを抜いて距離を取ろうとした。

 だが、それが命取りだった。

「――シメェだ」

 剣崎が口を開いた、次の瞬間――

 

 ドッ!!

 

 冷子の右肩に、とてつもない衝撃が直撃した。

 それと共に彼女の右腕がレイピアを握ったまま千切り飛ばされ、真後ろの木に叩きつけられながら血飛沫を飛ばし、彼女は悲鳴と共に倒れ伏した。

「が、あああああ……!! こ、これは…………!?」

「――技の名は〝雷槍〟。俺の切り札だ」

 〝雷槍〟――それは間合いの無い密着状態すなわち零距離の状態から全身のバネを使って全力の一撃を見舞う〝渾身の刺突〟……手加減抜きで決まれば凄まじい破壊力を誇る初見殺し技だ。現に冷子は右腕を丸ごと千切られて吹き飛んでしまったので、その破壊力は剣崎が切り札と称するに相応しい。

「この技はあまり使いたくないんだが、止むを得ず使わせてもらった」

 剣崎が切り札である〝雷槍〟をあまり使いたがらないのは、初見殺し技であるがゆえに一度不発したら形勢が一気に不利になる可能性があるからだ。

 この技の発動条件(ねらいめ)は相手が完全に油断した時――自分の勝利が確定したと慢心した時であり、ぶっちゃけた話、一瞬の隙をほぼ玉砕覚悟で突くようなハイリスクな技でもある。これが避けられたら勝利は困難を極めてしまうが、その分破壊力は抜群だ。

「まァ、オールマイト達が菜奈さんのことで嘘をついている可能性はあるだろうな」

「ゲホッ、ゲホッ! ならば――」

「だったら俺が菜奈さんを自力で見つけるさ………お前達に死をもたらし、「全(ヴィラン)滅亡」の悲願を成就させてからな」

 剣崎は血濡れの刀を構え、切っ先を冷子の喉元に向けて狙いを定めた。冷子は大量出血の影響かその場から動くことはできなくなり、諦念と恐怖を混ぜたような複雑な表情を浮かべている。

 放っておけばいずれ死んでしまうかもしれないが、剣崎は一切妥協しない。そうして逃げ延び生きている奴がいてもおかしくはないからだ。

「――死ね」

 ようやく巨悪の一人を討つことができる。16年もかけたのは申し訳なく感じるが、敬慕する菜奈さんにはいい報告ができそうだ。

 そう思いながら、剣崎は止めを刺そうと刀を振るった。

 だが――

 

 ドッ……

 

「………何のマネだ」

「そこまでだ剣崎少年、あとは我々に任せてもらう」

 その場に突如現れ、刀を強く掴んで止める巨大な影。影の正体は、〝平和の象徴〟オールマイトその人だった。素手で刀身を握っているので、彼の手からは血が滴っている。

 剣崎はオールマイトが現れても一切動じなかった。今回の林間合宿は(ヴィラン)連合がオールマイトを狙っていると判断して、雄英側は彼を参加させなかったのは紛う事無き事実――恐らく同志達が自分の直感を信じ、万が一の為に呼んだのだろう。

「そこから先は我々の仕事だ、君はもういいぞ」

「ふざけるな、こいつはここで確実に殺しておかねばならない奴だ。お前が許そうと俺は許さない」

 世の中には死ななきゃ直らない馬鹿がいる。特に冷子のような極悪人は、死んでも直らないであろう愚か者だ。たとえ輪廻転生しようとも、前世の記憶に焼き付く程の、遺伝子にまで刻まれる程の恐怖を与えなくては剣崎の気が済まないのだ。

「この女を生かせば、また新たな災いを生む。その前に息の根を止める必要がある」

「それは法が決めることだ、剣崎少年。だがヒートアイスが――熱導冷子が君の言う通りの輩であることは我々も承知している。君の想いに配慮することを誓おう」

「………勝手にしろ」

 剣崎はそう言い捨て、不満げな表情を浮かべた。

「……年貢の納め時だな、ヒートアイス」

「美味しいところは貴様らプロヒーローが持っていくのか………? 救いようのない奴らだ……」

 冷子は吐血しつつも、言葉を紡ぐ。

「ゴホッ、ゴホッ! ハァ……勝ちは貴様らに譲ろう………利き腕である右腕が千切れてしまった以上、見栄を張るどころか生きていてもしょうがない……」

「……」

「だ……だが、これだけは言っておくぞ剣崎……」

「何?」

 ――このままキレイに丸く収まってたまるか。

 冷子は口角を最大限に上げ、悪意に満ちた笑みで剣崎に「呪い」をかけた。

「……正義はこの世で一番不確かで曖昧なのだ、絶対的な正義などこの世の存在しない……!!!」

「――っ!!!」

 冷子はそう言い終えると、そのまま動かなくなった。

 しかし息はあるようで、浅いが呼吸している音がする。

「……」

「彼女にはいくつか聞きたいことがある、手出し無用で頼むよ」

 相変わらずの笑顔を浮かべるオールマイトを見て、剣崎は呆れるのだった。

 

 そして二人は気づかなかった。

 勝負は決し、雄英側がすでに敗北していたことに。



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最終章・神野事件~次代の為に「御役御免」~
№66:100%


ついに最終章だ!!
もうちょいお付き合いしてください。


 林間合宿は、剣崎の勘の鋭さによって雄英側に知られずに張られた包囲網――世間では遅くとも駆けつけたオールマイトの活躍と報じられたが――によって最小限の被害に止まった。

 報道では、プロヒーローの内一名が頭部による重傷を負い、雄英高校の生徒・爆豪勝己が誘拐され行方不明となったことを警察が公表したという。一方ではマスキュラーを討ち取ってムーンフィッシュ・マスタードの二名を捕縛、重傷を負って気絶した超大物(ヴィラン)である〝ヒートアイス〟こと熱導冷子を拘束して死刑すら生温い罪人達が送られる特殊刑務所「タルタロス」に強制収監したと報じた。

 

 

(ヴィラン)との戦闘に備える為の合宿で襲来……しかも相手が(ヴィラン)連合と来たものだ………恥を承知でのたまおう――我々は甘かった」

「だろうな。平和ボケでお花畑……呆れて物も言えねェ。俺が念の為に裏で動かなかったら、雄英側(こっち)の死人が出てもおかしくはなかったぜ」

 緊縛とした空気が流れていた会議室に、床で胡坐を掻く剣崎の声が響く。

 出久が死柄木に遭遇した時から、雄英側は最悪の事態を防ぐために合宿先を変更した。この事実は数名の教師陣と合宿先の担当であるマンダレイ達しか知らないはずだった。苦肉の策として剣崎の参加も認められ、準備万端であった。

 だが、敵連合(あいて)はまるで知ってたかのように用意周到な作戦で攻めて来た。しかも力押しではなく綿密な計画と精鋭部隊で、その上生徒や親にすら悟られてないことを知っていたときた。

「この際だから信頼云々言うが、これを通してハッキリわかった……ぜってェいるだろ、内通者」

 マイクの一言に、剣崎を除いた全員が固まる。

 内通者の存在は剣崎が合宿前から怪しんでおり、内通者(それ)が教師の可能性も捨てきれないことから教師陣にすら具体的には伝えず監視していた。合宿前まではその動きが見られなかっただけでなく、内通者以外にも情報を抜き取る手段が存在する可能性もあるとして剣崎は警戒と監視程度に止めて合宿中の襲撃で判断するという旨をミッドナイトに語っていたのだが……。

 

 ――睡……今回の林間合宿で、全てわかるぜ。もしこれで奴らが来たら、疑惑は確信に変わる。

 ――雄英高校始まって以来のドデケェ山になるはずだ。

 

 剣崎の予想は当たってしまった。内通者による情報漏洩があったと彼は判断しているだろう。100%そうではないが、可能性は高まってしまっただろう。

 しかも今のところはミッドナイトしか確認してないが、剣崎が独自に調査してまとめたあのリスト(・・・・・)に書かれていた名前は大多数が生徒だ。剣崎が内通者を粛清すべく同胞――よりにもよって生徒に手を掛けるという最悪の事態を想像し、ミッドナイトは戦慄した。

 とはいえ、自分自身が白だと100%証明できるわけも無い。証拠が無ければ内通者を探したとしても内側から崩壊していくだけ。それこそ(ヴィラン)連合の思う壺だ。

「私は腹が立つよ……あと10分……いや、あと4~5分早く駆けつけていれば少年少女達があんな悲惨な目に遭わずに済んだものを……心底腹が立つ! 今すぐ己を殴り飛ばしたい気分だ……!」

「いずれにしろ、内通者探しは後にしよう。問題なのはこれから先どうするべきかだ。いつまでもマスコミやメディアにこのままの雄英の醜態を見せるわけにはいかない」

「……」

 教師陣が今後の対応に追われる中、床で胡坐を掻いていた剣崎は目を閉じて考えていた。

 爆豪を攫ったのは、(ヴィラン)連合の戦力として迎えるためのスカウト目的であると断言していいだろう。攫って雄英側を脅したりするのならば、誰だっていいはずである。あえて爆豪を選んだのは、強力な〝個性〟や身体能力もそうだろうが、一番の理由は「粗暴でありながらプライドが高く意志も強い性格」だろう。その性格がヒーローより(ヴィラン)に向いていると考えたならば、爆豪を攫うのも納得できる。

 では、そんな敵連合(やつら)のアジトはどこか――これもまた目星が付いている。剣崎が今まで出会った(ヴィラン)達は、物流や逃走経路を優先してか交通網が整っていて隠れ場所を見つけやすい大都市を拠点としていた者が多かったため、まず大都市に潜んでいることを前提に考えていいだろう。そして脳無というゲテモノは改造人間である以上、その図体のデカさから見つかりやすいので大きな建物に隠していることも考えられる。脳無を造るための工場を所有している可能性も否定できないので、できる限り雄英に近い場所という距離的な特性も考えると海沿いに絞っていいだろう。

 この剣崎の推測が条件として見事に当てはまるのは、神奈川・東京・千葉のいずれか。ステインの一件では脳無が放たれていたという情報を睡から得たので、三つの内のどこかならいきなり脳無を放つよう命じられてもすぐに対応できる。そう考えると、まず候補として挙がるのは――

神野(かみの)からだな……)

 神野は、神奈川県横浜市にある区の一つだ。神野はかつて、崩壊前の無間軍が一時期アジトにしていた場所だ。海沿いには多くの倉庫があり、その近くには繁華街もあれば廃墟もある。戦力を整え、なおかつ身を隠しやすい場所としてアジトにはうってつけだ。

 問題は相手の戦力だ。冷子が加担していたとなれば、その部下共も(ヴィラン)連合と一緒にいるだろう。だが見方を変えれば、性根の腐った社会のゴミ共を一網打尽にできるまたとない機会だ。警察もプロヒーローも動き出すことを考えれば、剣崎がある程度戦力を削ってシメをヒーロー達に譲ればいい。

 意を決した剣崎は、立ちあがってコートを翻した。

「刀真!? どこに行くの!?」

「睡ィ、安心しな。こういう時こそ俺が動いて汚れ仕事を全うするのが筋だろ? なァに、今の俺の見た目なら「(ヴィラン)同士の抗争」で丸く収まる。俺はすでに死んだ人間……俺が生きていたなんざ世間は誰一人信じやしねェさ」

 剣崎は振り返りもせず、ただ言葉を紡ぐ。

「――てめェらは呑気に話し合ってろ、俺が片ァ付けてくる」

「ま、待て剣崎少年!!」

 オールマイトの制止を振り切り、剣崎は会議室の戸をすり抜けて去っていった。

 

 

          *

 

 

《ご苦労だったね、開闢行動隊の皆》

『……』

 (ヴィラン)連合のアジト。

 そこでは、(ヴィラン)連合の支援者にして実質的な支配者と言えるオール・フォー・ワンが帰還した開闢行動隊に労いの言葉を投げかけていた。しかし開闢行動隊の構成員達の顔色は優れてはおらず、リーダーの死柄木も複雑な表情を浮かべている。

 爆豪勝己の拉致という目的は果たした。だがその過程で〝血狂い〟マスキュラーが死亡し、〝ヒートアイス〟熱導冷子は重傷を負ってタルタロスに収監、更にムーンフィッシュとマスタードが逮捕されるという代償を払った。戦力という面で見れば、かなりの損失であるのは容易に窺える。

 それだけではない。帰還した面々もかなりの手負いの者が多く、荼毘は右肩に刀傷を、スピナーとトゥワイスは体の一部に大火傷を負った。さすがの死柄木もこれには文句は言えなかった。それ程までに凄まじい戦闘であったという証拠なのだ。

《僕は別に怒ったりしないよ、むしろ進歩だと考えている。確かにあの忌々しい小僧の妨害と援軍によってかなりの被害を受けながらも任務を全うできたのだから》

 とはいえ、オール・フォー・ワンはヒートアイスの件は想定外であった。確かに剣崎と戦える実力者ではあったが、報道の通り重傷を負った状態でタルタロスに収監されてしまえば、もうシャバで暴れるのは不可能だろう。

 それと共に、間違いなく剣崎はまだ隠していることがある。16年のブランクがありながらヒートアイスを退けたということは、彼女ですら知らなかったことがあるということでもある。油断はできない。

《……いずれにしろ、ヒーロー達は躍起になって探すだろう。そこで私の知人が助っ人に来てくれたのでね、紹介しよう》

 モニター越しでオール・フォー・ワンがそう言うと、アジトの入り口が開いて男達が入ってきた。

 その男達を見た一同は、驚愕し動揺を隠せないでいた。

「私達は「無間軍」……よろしく頼むよ、(ヴィラン)連合」

 

 伝説の〝ヴィランハンター〟剣崎刀真。

 オールマイトを筆頭としたプロヒーロー達。

 爆豪を拉致した(ヴィラン)連合と、暗躍するオール・フォー・ワン。

 事に乗じて動き出した無間軍。

 この四つの勢力が、ぶつかろうとしていた。



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№67:正義論

 一方、神野区の繁華街では爆豪奪還の為に出久・轟・飯田・八百万・切島の五人がクラスメイトの反対を押し切って潜入していた。

 八百万が脳無に付けた発信機を辿り、ここまで辿り着いたのだ。あとは脳無を追跡し、アジトまで向かうのみだ。

「……そういえば緑谷」

「? どうしたの轟君」

「剣崎はどうなんだ? 音沙汰無いと聞いているんだが」

 轟の言葉に、目を見開く出久。

 今回の一件で、剣崎はもう我慢ならないだろう。すぐにでも駆けつけて騒ぎ立てるはずだ。だがその予兆は一向に見られず、行く前にミッドナイトに剣崎の所在を確認したところ、会議室から出て以降行方もわからないというのだ。

 剣崎のことだから、人知れず雄英から出発して――(ヴィラン)連合の殲滅を目的に――爆豪を探しに行ってる可能性もあるが、誰にも言わずに行かねばならない必要はあるのだろうか。

(それとも、言うと不都合な事態になるのかな……?)

 出久の考えている通り、剣崎は我武者羅に戦うのではなく、しっかり頭も使っている。あえてどこに行くかを誰にも言わないことで、何かしらのリスクを回避するという考えがあるのかもしれない。

 しかし、それを理由に行動したとすると――

(まさか……内通者………!?)

 そう考えた、その時――

 

 ――ギャア、ギャア……!

 

『!?』

 すると、五人の前に白骨化した二羽のカラスが現れた。

 剣崎の周囲にいるあの骸骨カラス達の内の二羽――背骨がほとんど欠如しているオサベと、踵が完全に欠損しているイヨだ。

「これは……」

「もしかしたら……剣崎さんがこの街にいるかもしれない!!」

 剣崎の配下同然の骸骨カラスがいるということは、すでに彼がこの神野区に居るという証拠だ。もしかすれば、彼と合流できたら戦力増強に加えて爆豪を救出しやすくなるかもしれない。

 そんな期待を持ち始めた五人に、近づく男が一人。

「……こんな所に雄英のガキか?」

『っ!!』

 一斉に振り向くと、目の前に着物姿の男がいた。

 殺気を放ってるわけではないが、只者ではない雰囲気を醸し出しており、少なくともプロヒーローではないことだけはわかった。

「あんた……何者だよ……」

「札付礼二……それが俺の名だ」

 その名を聞き、出久達は顔を青ざめた。

 札付礼二は、(ヴィラン)業界でもトップクラスの実力者だ。その強力な〝個性〟と純粋な身体能力の高さはプロヒーローをも上回り、オールマイトやエンデヴァーですらその動向を警戒する程の大物なのだ。

 その気になれば、出久達五人を殺すことも容易いだろう。

「まさか、僕達を殺しに――」

「別にやり合ってもいいが、俺はそろそろ足を洗おうと思ってる。それを示すために、お前らに手を貸そう」

『!?』

 その言葉に、耳を疑う一同。

 大物(ヴィラン)である札付礼二が、爆豪の救出に手を貸すと言っているのだ。足を洗おうと思っていたとしても、そこまで自分達に加担するのはおかしい。

 何か裏でもあるのかと勘繰り、轟は問う。

「……いいのか? ここで警察を呼んだり手を出すのかもしれないぞ」

「その時はその時だ、お前らにも優先順位があるだろう?」

『っ!!』

 礼二の言葉に絶句する出久達。

 彼には出久達の目的がわかっているようだ。しかし今回の林間合宿の件で雄英高校側は謝罪会見を行うとはいえ、自分達が爆豪を救出するために来たことを察せられたのは想定外である。

「むしろお前達としては今は(・・)俺と行動を共にした方がいい……「礼二に脅されて仕方なく共に行動した」っていう口実ができるだろ?」

 不敵な笑みを浮かべつつジャキッと刀を鳴らす礼二に、出久達は顔を見合わせてから首を縦に振った。

 

 

 

 礼二の後を着いていき、街を歩く出久達。しかし向かっている方向は、八百万が脳無に付けた発信機の示す位置とは違う方向だ。

 恐らく脳無は(ヴィラン)連合の本拠地ではなく、(ヴィラン)連合側が支配している土地にいるのだろう。

 すると、礼二は自らが足を洗おうと思ったきっかけを語り始めた。

「俺が足を洗おうと思ったのは、俺の知る(ヴィラン)じゃなくなっちまったからさ。昔は悪事を働いても一本筋を通す連中が多かった……立場は違えど、悪者なりに世の中を良い方向に変えようという信念があったのさ。ヤクザと同じもんだ」

『……』

「だが今は違う、時代は変わっちまった。どいつもこいつも現代社会を破壊することしか考えていねェ……俺も俺なりに抗ったが、時代のうねりに呑まれちまった」

『……』

「俺はカタギを傷つけることはあっても殺しはしない……俺のポリシーってのがあるからな。だが今時の連中はなりふり構わず、汚ェマネも平気でするようになった。プライドもクソもねェ三下が牛耳るようになってきたんだ」

 悪党には悪党なりの信念と価値観がある。それはヒーローと共有することはできずとも、理解し合えるものでもあった。

 だが時代は、礼二の理想とは真逆の方向へ向かった。互いに理解し合うことはできず、ただただ溝を深くしていくのみ。(ヴィラン)は利益の為なら卑劣で外道な手口を平気に行うようになり、ヒーローも自己犠牲の精神を忘れて生きていくようになった。

「……今思うと、剣崎が言っていたことは正論だったな。昔やり合った時に言ってたよ、「時代が何度変わろうと……(ヴィラン)(ヴィラン)、ヒーローはヒーロー」ってな」

 どこか悲し気に語る礼二に、出久達は複雑な表情を浮かべるのだった。

 

 

           *

 

 

 一方、(ヴィラン)連合のアジトでは死柄木達が雄英の謝罪会見を爆豪に見せていた。

 ただし内容は、単なるマスコミの雄英叩きである。

「面白いだろ? ちょっとミスしただけのヒーローが責められる。彼らは少しミスをしただけであり、悪いのは俺達なのにだ。一番に責められるべきは俺達じゃないのか?」

「……」

 爆豪は相変わらず目付きの悪い眼差しで睨んでいるが、困惑しているように見えた。

 するとそこへ、無間軍を率いるシックス・ゼロが爆豪に語りかけてきた。

「少年――「正義」は何だと思うかな? 謝罪会見で頭下げれば正義なのか? 違う。正義とは敵対者を滅ぼして生き残った者だ。死人に口なし……淘汰された者は何を願っても何も語ることができないからだ」

「……」

 正義の為に戦うのではない。勝った者が正義でありヒーローなのだ。負け続けるヒーローなど、民衆は必要とせず排除しようと動くのだ。

 シックスはそう語っているように、爆豪は思えた。

(しかし、この少年の意志の強さは剣崎と似ているな……)

 シックスは剣崎との戦いを思い返していた。

 ヒーローのやり方を「生温い」と一刀両断し、無慈悲に同胞達を粛清し続けた死神や悪魔のような少年。自らの信念を――思い描く未来の実現の為に、あまりにも極端な手段で彼は成し遂げようとしていた。

 ゆえにヒーローも(ヴィラン)も恐れた。信念の為ならたとえ頭がイカレようとも絶対に躊躇するような恐ろしいマネを平然とやれる彼を。

「君は素質こそあるだろうが……その芯の強さでは無理だろうな」

 どこか嘲笑うように呟くと、今度は彼の部下であるホールマントが出入り口の扉に背を預けながら爆豪に訊いた。

「今生きているこの社会を維持するべく動く者が正しいのか。生き方を縛るこの世の中を変えようと動く者が正しいのか。それとも、別の考えを基に動く者が正しいのか。それを確かめるには、どうすればいいと思う?」

「……知るかよ」

「その答えは実に簡単だ――」

「ああ、殺し合えばわかる」

 

 ブシュッ

 

「……は?」

 突如刃こぼれの生じた刀が、ホールマントの脇腹から生えた。

 それと共に鮮血が散り、彼は吐血し倒れた。

「これは……まさか……!!」

 誰かがそう呟いた直後、黒い影が扉をすり抜けて現れた。

 その正体は、この場にいる全ての(ヴィラン)が知る者だった。

「お、お前はっ………!!」

「〝ヴィランハンター〟……剣崎、刀真っ……!!」

 そう、あの剣崎だった。

《ついに来たか……》

「――俺の時間は終わりを迎えつつある……てめェらの勝ち逃げだけは許さねェぞ」

 道連れを示唆する発言と共に、剣崎は「最期の戦い」を仕掛けた。



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№68:世の中で一番恐ろしい人間

「ついに来たか、剣崎……」

「待たせたな。シックス・ゼロ……それとオール・フォー・ワン」

《……!!》

 血を流し倒れるホールマントを意にも介さず、ゆっくりとした足取りでアジトであるバーの中に入る。

 そんな剣崎が気に食わなかったのか、それとも仕返しの為か、血を流しながら立ち上がるホールマント。

「うえあああああああああ!!」

 殴りかかるホールマント。

 剣崎はそれを紙一重で躱し、一閃。彼の腹部に一筋の線が走ると、そこから血が噴き出た。

「うぐっ……うおおおおおおおおっ!!」

 それでもなお諦めず、渾身の一撃を剣崎の顔面に見舞う。

 剣崎のひび割れた顔は砕け散り、顔面がクレーター状態になるが……剣崎はその状態で刀を豪快に振るい、胸を横薙ぎに深く裂いた。

 ホールマントは吐血しながらぐらりと揺れ、大木のように前のめりに倒れた。

「ホ、ホールマントっ!!」

 ホールマントを秒殺した剣崎は、陥没した顔をぐりんっと死柄木達に向ける。

 パキパキと音を立てながら再生していく剣崎に、一同は絶句する。

「どうした? 邪魔な俺を殺したかったんじゃないのか?」

「ひっ――」

 禍々しい殺気を放って威圧する剣崎。

 初めて剣崎と会ったトゥワイスは、その殺気を浴びて怯む。

「それにしてもロクなのがいねェ。どいつもこいつも生きる価値無し……こいつら全員地獄に叩き落さねェとシメシがつかねェな」

 怒りとも呆れとも言えない表情を浮かべる剣崎。

「そうそう、言っておくが……」

 そう言うや否や、剣崎は偶然傍にいたトガヒミコに手を伸ばし、首元を掴んで壁にひびが生じる程の勢いで思いっきり叩きつけた。

「がっ……!!」

「トガっ!!」

「女だからって容赦しねェぞ、俺ァ。お前らが相手取ったプロヒーローは人権だのマスコミからの評判だので縛られる臆病者に過ぎない」

 首を絞める力をじわじわと強くする。

 トガはどうにか反撃しようとナイフを取り出して剣崎の胸に深々と突き刺すが、血は一滴も流れない。彼女は血液を摂取することでその血液の持ち主に変身できる能力の持ち主だが、朽ちた肉体の剣崎の前では無力同然だった。

 朽ちた肉体を前に絶望的な表情を浮かべたトガを嘲笑うかのように、剣崎は言葉を紡ぐ。

「俺はそいつがどれだけ過酷な人生を生き、どれだけの地獄を見てきたのかに関しちゃあ同情以上はしないぜ。同情心を誘ってハメてくる奴はてめェらの業界じゃあゴロゴロいるからな。そうだ、一つ為になることを教えてやろう。世の中で一番恐ろしい人間はな……」

 

 ――俺みてェに失うモノが何も無い奴だ。

 

『っ……!!』

 剣崎の言葉に、絶句して怯む一同。

 己の命以外の全て――家族や周囲の人間からの愛情、叶えたい夢、明るい未来、戻るべき居場所などの大切なモノ。剣崎はそれを何十年も前に、一度にごっそりと命以外の全部を失い人生を狂わされた。幸せな日常が、一夜にして生き地獄に変わった。

 非情な現実を前に精神に異常をきたしたのか、自暴自棄になったのか、人間らしさを捨ててケジメをつけるために自ら堕ちたのか、それら全てか……剣崎はあの事件以来血みどろの道を歩んだ。

 それは死してなお変わらず、寧ろ今に至っては人間としての最低限の情もあるかどうか曖昧な程に冷酷で剣を振るっている。

「何だ? 命がまだあるじゃないかって面してるな………バカが、だからてめェらは甘ちゃんなんだ。そんな生温い思考回路だから、オールマイトに足すくわれんだよ青二才共」

「……何だと?」

 殺気を込めて睨む死柄木。

 すると剣崎は、トガを片手で掴み上げて力を込めた。

「――この業界に首突っ込んだ時点で、命なんざとうに捨ててらァ!!」

 そう言って、トガをテレビ画面に向けて思いっきり投げた。

 成す術も無く飛ばされたトガは、そのままふっ飛んでいきテレビを破壊した。

 その隙に剣崎は刀を振るって爆豪の拘束器具を破壊し、彼を解放する。

「……ゾンビ野郎……」

「爆豪君……()れるか?」

「あ? ――まァ、まだ戦闘許可を解除されてはねェよ」

「ならいい。恐らく応援が来るまで時間が掛かる……それまでに俺ら二人で何人か殺しておく必要がある。目標は全滅、相手が殺す気で掛かる以上こっちも殺す気で行く」

「――いいぜ、五、六人ぶっ殺したる!!」

「その意気だ」

 剣崎は刀を構え、爆豪は戦闘態勢に入る。

 そんな二人を嘲笑うかのように、シックス・ゼロは口を開いた。

「オール・フォー・ワン、シックス・ゼロ……これ程の大物を相手に生きて帰れると? この(ヴィラン)業界の頂点を倒せると? ……たった二人で俺達全員を相手取って逃げられるどころか倒しきれるとでも?」

「……たった二人だと(・・・・・・・)確かに厳しいな」

「何?」

「フフ、どうやら致命的なミスを犯していることに気づいてねェようだな……」

 剣崎は不敵な笑みを浮かべるが、その致命的なミスの意味が理解できず困惑する一同。

 居場所がバレやすいことか、それとも「剣崎刀真を相手取った」という自信満々にも程があることか、はたまた別の要因か。

 (ヴィラン)連合のメンバーと無間軍の構成員は、怪訝そうな表情を浮かべたままだ。

「ったく、しょうがねェなァ。じゃあお花畑の脳ミソで能天気なてめェらにどういう意味か教えてやるよ………こんな街中に(・・・・・・)アジトを作るバカがいるか!!!」

「っ!!」

 剣崎はそう吠えると、爆豪に指示を飛ばした。

「爆豪君、デカイの頼むぜ」

「ああ、任せろっ!!」

 剣崎が何を考えてるのかを察したのか、シックス・ゼロは顔色を変えて叫んだ。

「いかんっ!! あの爆破小僧を止めろ!!」

「もう遅い」

 

 ボカァァァン!!!

 

 

           *

 

 

「何だ!? 今の爆発音は!!」

 その爆発音を耳にして叫んだのは、オールマイトだった。

 いや、オールマイトだけではない。爆豪救出作戦に参加したグラントリノやエンデヴァー、シンリンカムイなどの歴戦のプロヒーローも気づいていた。

「神野区の方だな……」

 グラントリノは呟く。

 神野区は、オールマイトの旧友である塚内が尋問の末に手に入れた(ヴィラン)連合のアジトがあるとされている地区だ。

「……」

 オールマイトは思考に浸る。

 爆豪には戦闘許可は解除されていない。それはつまり、いつでも戦闘してもよいということだ。ふと思い出せば、剣崎が行方不明のままだ。もしかしたら、剣崎が単身アジトに殴り込んで爆豪と共に戦っているのかもしれない。

「――急ごう、時間が無い!!」

 そして、爆発音を聞いたのは、オールマイト達だけではなかった。

「今の爆発は……!!」

「かっちゃんが、暴れてる……!!」

「――時間が無さそうだな」

 出久達と礼二も気づいていた。それもそのはず、あと十分程歩けばアジトに着くのだから。

「礼二さん、早く!!」

「……ダメだ、ここで待て」

「なっ……」

「暴れてるのはその爆豪ってガキだけか? もっと暴れると厄介なのが助けに行ったろ?」

 その言葉に、出久達は目を見開く。

 そう、爆豪を助けに行ったのはオールマイト達だけではない。あの男も(・・・・)助けに行ったのだ。

「剣崎さん……まさか……」

 そう、剣崎が誰よりも早くアジトに辿り着くことに成功したのだ。

 そしてアジト内に集う全ての(ヴィラン)を一網打尽にするべく、爆豪に協力してアジトを爆破したといったところだろう。

 アジトは街中にある。爆破騒動でも起こせば、嫌でも気づく者が現れるしプロヒーローもすぐ駆けつける。剣崎は応援を呼ぶために爆破するよう爆豪(かれ)に頼んだのかもしれない。

「あいつ……まさか……」

「……どうかしたんですか?」

「……この神野区が死屍累々の戦場になるぞ」

『!?』

 

 剣崎最期の戦いが、火蓋を切った。




もうそろそろこの小説も終わりが近づいてきました。

週刊少年ジャンプ創刊50周年に加え、「家庭教師ヒットマンREBORN!」が舞台化したので、記念にリボーンの小説でもやろうかなと思ってます。(あくまで予定です)


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№69:笑顔

最終章は最後の戦場です。

実は時系列に問題が生じ、こちらでは志村菜奈が五年前に死んだことになっているのですが原作ではオールマイトが18歳の頃に亡くなっていました。
途中で気づいたため全ての修正は不可能と判断し、志村奈々は五年前に亡くなったという設定のままで最終話まで行きます。
申し訳ありませんが、ご了承ください。


 一方、壁を爆豪の〝個性〟で爆破された(ヴィラン)連合のアジトでは、剣崎と爆豪が死柄木達と対峙していた。

「……これでいいのかよ、ゾンビ野郎」

「ああ、これでいい。街中で爆破事件ともなれば、否が応でも民間人は逃げてプロヒーロー共と警察連中が駆けつける………勝機ありだ」

「貴様……」

 剣崎は獰猛な笑みを浮かべる。

 すると、穴の開いたビルに向かって彼の取り巻――骸骨カラス達が鳴き声を上げながら飛来した。

「何だアレは!?」

「白骨化した鳥!?」

「しかも鳴いてるし!!」

 生きていること自体が常軌を逸している、骸骨カラス達の登場に混乱する一同。

 唯一冷静なシックス・ゼロは、忌々しげに顔をしかめた。

「こいつらは俺の優秀で従順な部下だ。この骸骨カラス達を知る者は雄英関係者――つまり、こいつらの姿を追ってくる連中がお迎えに来るってことだ。……言っておくがこいつらも俺と同じ性質だ」

 骸骨カラス達はほぼ骨と羽だけの状態で飛び回ったり、剣崎の方に留まったりする。

 彼と同様不死身に近いので、攻撃したところで無駄だろう。

「ちなみに左からストク、タイラ、オサベ、タチバナだ」

『どうでもいいわっ!!!』

 剣崎の至極どうでもいい紹介にツッコミが炸裂。しかも爆豪からもツッコまれている始末だ。

「実は他にもいてな……ちょうどテンジンとサワラ、それにイヨがちんたらしているオールマイト達にチクっているところだ」

『っ!?』

「さすがの俺も、社会のゴミとはいえ無駄に腕の立つてめェら全員を勢いで勝てるなんて甘ったれたビジョンは頭にねェ……肉体は朽ちたから脳ミソはねェが、魂にまで深く刻まれた数多の修羅場の経験がある。チンピラ以下のてめェら(ヴィラン)とは経験値が違うってこった」

「おのれ剣崎っ……何てマネを……!!」

 剣崎の機転と策により、劣勢に立たされた(ヴィラン)達。

 倒せないわけではないが、ほぼ不死身に近い剣崎と強力な〝個性〟を持つ人質(ばくごう)を相手に下手に暴れるのは愚策だ。剣崎自身がどこまで手を打ってるのかもわからず、もしかしたら脳無の工場もすでに制圧されてるのかもしれない。

「俺は〝ヴィランハンター〟………人を人と思わぬ社会のゴミを、腑抜けたヒーロー共と警察連中に代わって粛正するのが義務。ゆえに俺は生涯現役の執行人だ……一度死んじまったが」

 剣崎の言葉一つ一つが怒りと憎悪を孕んでいるようで、肌を突き刺すような視線を向けている。

 そして彼は口角を最大限に上げ、狂気的な笑みを露わにした。

「今からここは、てめェら全員の死刑場だ」

 

 ゾクッ!

 

『!?』

 とても人間が見せるような笑みとは思えない表情に、恐怖を感じた直後だった。

「剣崎少年、よくぞ見つけた!! もう大丈夫だ爆豪少年、我々が来た!!!」

 何とオールマイトやグラントリノ、シンリンカムイをはじめとしたプロヒーロー軍団が到着した。

 ヒーロー達の姿に視界は埋め尽くされ、この場にいる(ヴィラン)達にとっては恐怖と絶望でしかない光景となる。

「そうか……あの謝罪会見はタイミングを示し合わせたのか! まんまと嵌められてたのかよ畜生が!!」

「攻撃は最大の防御っつうが、攻勢の場合は話は別だ。攻勢に出過ぎると守勢(まもり)が疎かになるからな……」

 コンプレスの苛立ちに満ちた叫びを嘲笑う剣崎。

 するとリーダー格である死柄木が怒りに満ちた声を上げた。

「おいおい……せっかく計画を練ってこねくり回してたのに、何そっちから汚い面下げて来てくれてんだよラスボスが……」

「…………少年、私が出ようか?」

「いいや、あんたらはまだ温存だ。状況が状況だから〝あっち〟にしとくよ」

 シックス・ゼロの提案を断り、死柄木は切り札を切った。

「やってやるよ、全面戦争したけりゃ上等だ……気に入らないものはぶっ壊す!! ――黒霧ィ! 全部持って来い(・・・・・・・)!!」

 死柄木の言葉の意味を理解した黒霧は、対象位置へとワープゲートを繋げる。

 あの強力な改人・脳無を全部呼び出そうというわけだ。呼んだ後は「殺せ」の命令だけ出せば、逃げることもできれば反撃することもできる。しかし――

「……!?」

「……黒霧?」

 何も起こらず辺りが静まり返るだけだった。どれ程時間が経っても、時計の秒針が進む音しか聞こえず、他は特にこれといった動きもない。

 ふと見れば、黒霧の表情は険しくもあり震えており、目を細めていた。

「どうした黒霧……!?」

「そ、それがその……申し訳ありません……保管してあるはずの脳無、倉庫にワープゲートを出しているのですが……一体もいない!!」

『!?』

 補充していたはずの脳無が一体も無い。その事実を知り現状を理解した(ヴィラン)連合は一気に窮地に立たされた。

 すると、剣崎が声を上げて笑い始めた。

「クックック……」

「何がおかしい!?」

「悪かったとは思ってる、16年も経つとどうも物忘れがひどくなっちまってなァ………火永達を動かしていたことをすっかり忘れちまってた」

『!!』

 その言葉に、死柄木達は目を見開いた。

 火永といえば、ヴィランハンターの同志として圧倒的戦闘力で(ヴィラン)を狩りまくっているヒーロー業界屈指の実力者・弾東火永のことだ。彼は女性ヒーローの中でも屈指の実力・知名度を誇る〝プロミネシア〟炎炉熱美と〝黒の処刑人〟と恐れられる戸隠御船とも繋がっており、有事の際は三人で動くことが多い。

 ということは、工場にはその三人が向かって制圧済みである可能性が極めて高いのだ。

「先の時代の残党を甘く見てたな。朽ちた体で何ができると、怒りと憎しみで心を支配された亡霊など恐れるに足らぬと………だがこれでシメェだ。決着(ケリ)をつけようぜシックス・ゼロ……それとオール・フォー・ワン」

 

 朽ちた肉体に禍々しい意志を持つ魂を宿した死神は、悪の前で微笑んだ。



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№70:生きることぐらい

11月には新しい小説投稿しようかな……。


 ヒーロー軍団の到着により、形成を一気に逆転された(ヴィラン)連合と無間軍。

 無間軍最高幹部の札付礼二は失踪し、ホールマントは戦闘不能。ただでさえ先日の襲撃においての傷が完治していないのに、加えて脳無格納庫も制圧され、俗に言う「詰み」の状況に追い込まれた。

「……剣崎少年、よく見つけてくれた」

「長年の経験で読んだだけだ。一々調べるよりヤマ張って虱潰しに探した方が手っ取り早ェだろ」

(成程、道理で我々を早く見つけられたわけだ……)

 剣崎の言葉に、シックス・ゼロは納得した。

 彼は警察のような捜査ではなく、(ヴィラン)との戦いによる長年の経験から見つけ出したのだ。元々剣崎は勘が鋭い男であることを知っている彼は、余計に納得していた。

「………終わり、だと……? ふざけるな!! 始まったばかりだ……正義だの平和だの、そんなあやふやなモンでフタされたこの掃き溜めをぶっ壊すんだ!!」

「……」

 ようやく信頼できる仲間が集まって来たところでの、正義の横槍。死柄木は、それが我慢ならなかった。

 退却は困難を極めている。ならば、取るべき手段は徹底抗戦のみ。

「おい、黒ぎ――」

 

 ドッ!

 

「ぐあっ……!」

 死柄木が黒霧に声を掛けた瞬間、彼の腹部に刃こぼれが生じた短刀が深く刺さった。

 黒霧は血を流し、ゆっくりと崩れ落ちるように倒れ、起き上がることも動くこともなかった。短刀を投げたのは他でもない、剣崎だった。

「――キャアァァァァ!! 黒霧ちゃんが!! 黒霧ちゃんがァァ!!」

 マグネの悲鳴を皮切りに、ヒーロー側も(ヴィラン)側も剣崎の凶行に目を見張る。

 剣崎は周囲の視線など意にも介さず言葉を紡ぐ。

「――言ったろ、俺は生涯現役の執行人だって。てめェら全員この手で狩り終えるまで、俺は刀を鞘には納めねェ。俺の正義は誰にも砕けやしねェし、信念も屈さねェし、「全(ヴィラン)滅亡」の実現の為には何の躊躇もしねェ」

「剣崎少年……!」

「正義の勝利ってのは絶対的なものでなければならない。正義の力を、てめェらみてェなクソ共に恐れと共に刻み込んでやる………それがこの世の正義の在るべき姿ってやつでもあるだろ?」

 地獄の底から響くような声で、一切の慈悲や情を孕んでいない冷たすぎる言葉の刃を並べる。

 そして剣崎は、刃こぼれが生じた刀の切っ先を死柄木に向けた。

「――俺が〝殺す〟っつったら、生きることぐらい(・・・・・・・・)諦めろや」

 (ヴィラン)もヒーローも問わず、この場にいる者全員の背筋が凍りついた。

 剣崎は、最初から皆殺し前提だったのだ。

 たとえヒーローをどれだけ憎んでも、この現代社会が気に入らなくとも、剣崎はお構いなしに想いを一蹴し、法も掟も関係無く無慈悲に刃を振るう。膨れ上がった(ヴィラン)の憎悪を、剣崎はそれ以上の憎悪で打ち砕く。社会へ向けた(ヴィラン)の怒りを、剣崎はそれ以上の怒りで叩き潰す。

 それが、剣崎にとっての当たり前だった。

「あ、ああ……!」

「イ、イカれてやがる………!!」

 スピナーや荼毘は冷や汗を流す。

 確かに(ヴィラン)業界にもイカれた連中は多い。だが目の前の剣崎は、彼等にとっては狂人の中の狂人にしか見えないでいた。

 なぜそこまで正義にこだわるのか。正義の為に、己の信念の為に、悪党とはいえ目の前の命を奪いその屍を踏みつけていくのか。剣崎は命を何だと思ってるのか。

 そんな疑問が、頭の中を駆け巡った。

「いいか? 人間の価値なんざ生まれてから死ぬまで均一だ。他人からどう見られどう言われても、それ以上にもそれ以下にもなりやしねェ。永遠に変動しない価値なのさ。ただ、俺から見ればてめェらの命の価値は道端の石ころ以下の価値であるだけだ」

「剣崎ィ……お前だけは……!!」

「アダルトチルドレンの虚勢……見苦しい限りだな」

 死柄木の殺意を孕んだ視線を意にも介さず嘲笑する剣崎。

「さてと……俺はそろそろ移動するとしよう。てめェらの反応でオール・フォー・ワンはこの建物にはいねェことはわかった。だがお前のことを心配してるなら、どうせ周辺地域(ここいら)にいるだろうよ」

『!!』

「剣崎少年、ならば――」

こういうの(・・・・・)はよく裏をかく。あのゲテモノ共の倉庫の可能性もあるな……まァいい、どうせ見つかるのも時間の問題だ、俺は奴を探し出してこの手で奴を討ち取ってやる。世間への見せしめにも、奈菜さんへの手土産にもちょうどいいからな……オールマイト、後は任せるぜ」

 血の通わない冷酷な声で言葉を並べ、コートを翻す。

 その姿を見た死柄木は、小刻みに震える。

「こんな……こんな化け物に……俺達がこんな所で……!!」

 やっとスタートラインに立てたというのに自分達が捕まるという屈辱感と敗北感と、剣崎という怪物への恐怖。それらは死柄木弔の心を追い詰める。

 ようやく集めた仲間と、救けてくれる人間は誰一人としていなかった自分に手を差し伸べた先生。それらを奪い居場所を破壊しようとする剣崎に、とてつもない憎悪が沸き上がる。

 その時――

「うぐっ!?」

「爆豪少年!?」

 シックス・ゼロが掌から糸を放った。

 それは爆豪をあっという間に拘束し、何とビルの大穴から飛び出し彼を攫っていった。

「野郎っ!」

「おい、おっさん!! 放せ、ぶっ殺すぞ!!!」

「黙れ少年……さァついて来い、剣崎!! 16年の因縁に決着をつけよう!!!」

「……後始末を頼むぜ、オールマイト」

「ま、待て! 剣崎少年!!」

 剣崎は黒霧に刺さった短刀を抜くと、そのまま追跡を始めた。

 オールマイトの制止を振り切り、骸骨カラス達も飛び立ってゆく。

「…………俊典、まずはこいつらを無力化するぞ」

「……ええ」

 グラントリノの言葉に、首を縦に振るオールマイト。

 シックス・ゼロに爆豪を誘拐されたのは悔しいが、かつて彼を追い詰めた剣崎が追跡している。爆豪の件は剣崎を信じるしかないだろう。

 そう思った、次の瞬間――

 

 バシャアァァン!!

 

『!?』

 死柄木の左右から黒い液体が現れ、そこから何と脳無が現れた。

 何の予兆も無く現れた脳無は、まるで死柄木や(ヴィラン)連合の構成員を守るかのように立ちはだかった。その後も次々に現れ、剣崎によって倒された黒霧とホールマントの前にも佇む。

 しかし無限に湧き出てくるわけではなく、六体出たところで黒い液体は消えてしまう。

「これは……!?」

「間違いねェ……連合に不利な状況から一気に流れを打ち変わらせるこの仕組み……ヤツが動き始めた!!」

「……先生……!」

 顔色を変えたオールマイト達に対し、死柄木は小さな声で安堵の笑みを浮かべた。

 

 

 外の方でも、アジト内の喧騒が伝わったのか混乱状態だった。

「塚内! 避難区域を広げろ! 作戦は完璧ではなかったのか!?」

「おかしい……先ほど連絡が入って脳無は制圧完了と報告が入ったはずなんだが……」

「火永君達が脳無を再起不能にさせといたと言っていた。彼らは嘘はつかん、恐らく想定外の事態が起こったのだろう」

 エンデヴァーが叫び、出動していた塚内と偶然現場付近にいた浦村が話し合う。

 脳無は今のところアジトに現れた六体だけだが、更に増えて警察やヒーロー、民間人に襲い掛かる可能性があるので避難を促す。

「それにさっきから通信試してるんだけど一回も出ない……まさか!?」

「――もしや、奴が!?」

 最悪な結果が、頭の中を過ぎった。

 あの男が――オール・フォー・ワンがついに動き出したのだ。



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№71:悪の象徴

今月中にはこの作品、終わると思います。


 同時刻、脳無格納庫にて。

「ったく、気味の悪い場所だな」

「非人道的にも程があるわ。こんな所で脳無を造ってたなんて……」

 オールマイト達が(ヴィラン)連合のアジトに突入し拘束したと同時に、ヒーロー達と警察は脳無格納庫を制圧していた。

 突入時こそ複数の脳無が一斉に襲い掛かったが、今回ばかりは相手が悪すぎた。何せ相手は歴戦のプロヒーロー達……どれだけ脳無が強力な〝個性〟を複数にして所持していたとしても到底敵う相手ではなかった。

 よって、突入してから一分も経たずに制圧が完了してしまったのだ。

「とりあえずは王手だけど……」

敵連合(むこう)にはジョーカーがまだあるからな、気ィ抜かねェようにしねェとな」

 そう言葉を交わした、その直後――

「止まれ貴様! 連合の者か!!」

「やれやれ、こんな体になってしまって……ストックも随分と(・・・・・・・・)減ってしまった(・・・・・・・)ね」

「「「っ!?」」」

 剣崎と同じ時代を生きた三人は、戦慄した。

 悠然と語りながら歩み寄る男から漏れた濃厚な殺気と強大な悪意、剣崎の憎悪や怒りとは違った、嫌でも感じ取ってしまうどす黒い感情――他のプロヒーロー達や警察は警戒するだけで何も感じ取ってないが、火永達だけは違った。

 本能が告げていた――「逃げろ、殺されるぞ」と。

「……不自由な体は、いつになっても窮屈な気がするよ……」

 そして男の二言目で、瞬時に過去の記憶が蘇った。

 若い頃、青春の高校時代に起きた事件を。

 

 ――オール・フォー・ワン、今度こそてめェの息の根を止めてやる。

 ――何も救えず、ただ怒りと憎悪に身を焦がすだけの君では僕に切り傷一つ付けられやしないよ。

 

 全てを理解した火永は叫んだ。

「逃げろお前らァ!! オール・フォー・ワンだァァッ!!」

『!?』

「さすがに気づくか……彼の同期なだけある。でも、もう遅いよ」

 そして――

 

 

           *

 

 

「出来れば弔の邪魔はよして欲しかったな……弔は成長してるんだ。教育者として、先生として、彼の邪魔はさせないよ?」

 たった一撃だった。

 たった一瞬だった。

 動きだしたこの男――オール・フォー・ワンを除いた万物が跡形も無く吹き飛ばされた。火永達も、ベストジーニストをはじめとしたプロヒーロー達も、応援に駆けつけた警察も、確保してたはずの脳無も、何もかもが蹂躙された。

 この世の悪の頂点と言えるオール・フォー・ワンが放った異次元の攻撃は、世界の終わりを連想させられる景色を生み、町を崩壊させた。絶望的な力を見せつけ、全てを覆したのだ。

「……?」

 ふと、近くにあった瓦礫から湯気が立ち上りドロドロに溶けた。

 そこから現れたのは、熱美だった。

「っ……何て事に……大丈夫!? 二人共! 皆!」

「ああ、何とかな……」

「何て力……これが……」

 それと共に、瓦礫がまるで小石を投げるかのように吹き飛び、火永と御船が血を流しつつも立ち上がった。

「これは驚いた、僕は全員を消し飛ばしたつもりだったんだ!! 普通なら常人が食らえば息の根が止まるか瀕死が確定なのに、立ち上がるとは……!! 随分と頑丈な体だね!! 忌々しい彼と同じ時代を生きただけある」

「っ……野郎……!!」

「それだけじゃない、ベストジーニストもだ。衣服を操って瞬時に端の方に寄せて威力を軽減させた。君の精神力・判断力・技術は並みじゃない!」

 感心するように平然と語るオール・フォー・ワン。

 あのオール・フォー・ワンによる悪魔的破壊力を有する攻撃が発動したと同時に、熱美はすかさず〝個性〟で発熱し、吹き飛ばされつつも壁や地面を高熱で溶かしながら無傷で済んだのだ。ベストジーニストも自らの〝個性〟を瞬時に発動し、威力を半減させたのだ。しかしさすがに無傷というわけではなく、プロヒーローや警察のほとんどが意識不明の重傷を負った。

 その中でも傷を負いつつも平然と立ち上がった火永と御船は、凄まじいの一言に尽きるだろう。

「そうか………こいつが連合の……!!」

「ジーニスト! 無事だったのか!」

 血を流しつつも起き上がるベストジーニスト。

 朦朧とする意識の中でも、最善を尽くそうとボロボロの体に鞭を打つ彼は、口を開いた。

「一流のヒーローは、絶対に――」

 

 ――トッ

 

 その瞬間、彼の視界は真っ黒になる。

「な、ぜ……!?」

 その一つの疑問と共に、彼は倒れた。

 なぜなら、熱美が手刀でベストジーニストを気絶させたからである。

「……こっから先は人間の出る幕じゃないわ」

「……実に賢いね、今時のプロヒーローにしては上出来だ」

 熱美の行動に、オール・フォー・ワンは感心した。

 彼女が動いたのは、オール・フォー・ワンに止めを刺されないようにするためだ。練習量と実務経験を基に構築された強さを持つベストジーニストだが、言い方を変えれば「〝個性〟そのものは大したことない」ということでもある。

 元々強力ではない能力(こせい)など、奪ったところで何の役にも立たないとオール・フォー・ワンは判断するだろう――熱美はそう読んでいたが、何だかんだ言いつつも止めを刺すかもしれない。

 ならば、とっとと気絶させて手を出させないようにするのがいい。オール・フォー・ワンが動いたとなれば剣崎とオールマイトが来るはず……二人の抹殺を狙っているのなら、オール・フォー・ワン自身も無駄な体力を使ったり手の内を少しでも明かすのは避けるに決まっている。そう読んだのだ。

 そしてそれを察したオール・フォー・ワンも、賢明な判断をした彼女を称賛した。

「久しぶりね、オール・フォー・ワン。わざわざやられに来るなんて、さすが巨悪と言ったところかしら?」

「プロミネシア……あの時とは随分違うね。見違えたよ」

「あたしだって刀真に護られてばっかじゃなかったの。刀真の為に、刀真が目指した世界の実現の為に強くなったんだ」

「ハハハ、名前の通り熱い子だね。たった一匹の鬼(・・・・)の為に僕と戦うと?」

 剣崎を畜生の類のように言うオール・フォー・ワンを睨む熱美。

 すると、今度は――

「……ひでェ有様だな」

『!!』

 フラリと現れた男。

 その正体は、無間軍最高幹部たる札付礼二であった。

「れ、礼二……!?」

「礼二君……そうか、君は裏切ったね? 大切な同志の想いを踏み躙った」

「時代はもう変わったんだ、俺みたいな一本筋を通す(ヴィラン)は排除される。俺はもう〝そっち〟じゃ生きていけねェ野郎なんだ、お前に指図される義理は無い。それと裏切ったんじゃなく「足を洗うことにした」が正解だ」

 腰に差していた刀を抜いた礼二の言葉に、耳を疑う三人。

 ――礼二が足を洗う?

 大物(ヴィラン)の一人として〝平和の象徴(オールマイト)〟からも動向を注意された男が、(ヴィラン)活動を止めて表舞台から去ろうとしている。その最後の活動として、オール・フォー・ワンと戦う。

 どういう風の吹き回しなのか、三人は困惑する。

「僕に本気で勝てるとでも?」

「……その気だって言うのはマズイか?」

「いいや……ただ愚かだなって」

「人間バカやってナンボだよ」

 火永達と礼二の共同戦線で、オール・フォー・ワンに一矢報いるべく立ち上がった。

 

 

           *

 

 

 一方、礼二達と急遽別れた出久達は大急ぎである建物へ向かっていた。

「急ごう!! 剣崎さんがかっちゃんを追ってる!!」

「わァってらァ!!」

 出久を先頭に切島、八百万、轟、飯田が続く。

(かっちゃんを連れてった男……アレが礼二さんの言っていたシックス・ゼロ……!)

 出久は、数分前の会話を思い出す。

 

 

「着いたぞ……おっ、どうやら手入れを受けてる最中のようだ」

『!!』

 礼二の案内により、(ヴィラン)連合のアジトに到着した一同。

 黒煙が上がる中、オールマイトやシンリンカムイをはじめとした多くのヒーロー達がアジトのあるビルへ集結していた。

「ヒーロー達スゲェ…! 俺達が来るよりも早く善処してたんだな!」

「厳密に言うともっと早く動いてた奴もいたがな。まァこれで死柄木達は暫くは大人しくするしかないだろうな」

 その時だった。

 仮面を被った男がビルから飛び出て、爆豪を片手に宙を舞って連れ去っていった。

 それを追跡するかのように白骨化した鳥が飛び立ち、一人の男も穴から飛び降りた。

「あれはまさか!?」

「ってことは、さっきの……」

「ああ、爆豪の姿も見えた。あのカラス達は連れ去っていった奴を追ってるんだ」

 急展開を迎え、爆豪が別の場所へ移されたことを知る。

 すると礼二は懐から札を取り出し、宙に浮かせてペンを走らせた。

「……方角から予想すると、恐らく神野第4ビルディングだ。今は廃墟となってるが、無間軍が池袋にアジトを構える前はそこが根城だったな。シックスはそこで剣崎と決着(ケリ)をつける気か」

「じゃあ、かっちゃんはそこへ!?」

「――あいつ(・・・)のことだ、どうせ余興みたいな感覚だろう。ちなみにその札は目的地に着くと自動的に消滅する」

「礼二、さん……?」

「俺は何もしてやれなかった。(ヴィラン)を昔ながらの必要悪にしたかった。だがもうそれも叶わねェ………って、何してやがる。とっとと助けに行け」

 

 

(かっちゃん……!!)

「……緑谷、手は貸すのか?」

「え?」

 礼二との会話を思い返す中、轟に声を掛けられる。

 彼曰く、父・エンデヴァーから昔聞いた話で、シックスことシックス・ゼロは警察やプロヒーローも恐れる大物(ヴィラン)であり、並大抵の人間では勝てない相手だという。

 そんな人間を相手取るのかと、出久に問いているのだ。

「……剣崎さんのことだから、必ずシックスって(ヴィラン)をかっちゃんから離そうとするはず。だったら、その隙に僕達が!」

「……わかった、じゃあそれで行こう」

「そっちの方が都合もよさそうだしな!」

「早く行こう、もしかしたら戦闘が始まってるかもしれない!!」

「うん!」

 

 巨悪の始動と共に、出久達次代のヒーローも人知れず動くのだった。



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№72:糸

 神野第4ビルディング。

 その最上階で、爆豪は囚われの身となっていた。蜘蛛の巣のように展開された糸に張り付けられ、身動き一つ取れないでいる。

「ククク……そう睨むな。何もお前を取って喰おうと攫ったという訳ではない」

「ケッ……あのゾンビ野郎を殺すための人質ってか? 俺ならその隙にてめェを殺せるぜ」

「案ずるな、私が出した〝糸〟はお前の力ごときで切れるような安い代物ではない。全身を爆破しても一本も切れんさ」

 殺意を孕んだ爆豪を嘲笑うかのような態度のシックス。

 普段の爆豪なら物騒な言葉と共に襲い掛かるところだが、さすがに相手の実力(ヤバさ)や今の自分の状況では戦闘になっても勝ち目が無いと判断したのか口だけで湧き上がる爆発的な感情を抑え込んでいる。

 それを察したのか、シックスは嘲笑う表情を変えて不敵な笑みを浮かべた。

「先程の無鉄砲さとは違うな、少年。私の実力を理解できているようだ……強がりの割には賢明な判断も取れるのか」

「……」

「ヒーローの卵どころか受精卵程度の若輩者の割には大したモノだ。死柄木が仲間にしたがるのも頷ける……だが剣崎には及ぶまい。己の信念と正義を貫くために全てを滅する覚悟――汚名を着て後世にまで悪鬼羅刹のように恐れられ忌み嫌われる覚悟が足りんな」

「……何が言いてェ」

「今時のヒーローは腑抜けているのだよ。名誉や収入に目が無く、それでいて世間の目を気にする……遂行するために切り捨てることができない半人前ばかりで、たった一人の人間に依存している」

 世の中には、得ると失い捨てると得られることがある。

 剣崎は情を捨てたことで己の正義を曲げずに貫くことができるようになり、オールマイトは利己的な活動を一切しなくなったことで人気と称号を手に入れた。捨てる勇気が、前へ進む力となるのだ。

 しかし今時のヒーローは何もかも得ようとするため、ステインのようなヒーローの在り方に対し懐疑的な人物が増えてきた。何でもかんでも得ようとする者達が大多数を占めるようになり、一部からは欲に満ちてるように見えるのだ。

「さて、おしゃべりの時間はここまでだ。ここから先は半端者は立ち入りを許されない〝本物の戦い〟………だろう? 剣崎よ」

「!」

 ついに剣崎が追いつき、姿を現した。

 キン、キン、と抜き身の刀で床を突きながら、凍てつくような眼差しでシックスを睨む。

「……かつてのアジトが死に場所か? てめェにも愛着ってのがあるとは意外だな」

(ヴィラン)とて人の子……情の一つや二つは湧く。もっとも、憎しみと怒りで身を焦がす今のお前には理解できんだろうが」

「理解したくもねェよ」

 剣崎はそう言うと、懐から短刀を取り出し投げつけた。

 それはブーメランのように回転し、爆豪を縛る糸を断ち切……らなかった。剣崎が投げた短刀を、シックスは素手で――それも指二本で――受け止めたのだ。

「……お前の敵は私だろう?」

「ちっ……」

「まァいい………邪魔者はいない。今度こそこの手で葬ってくれるわァ!!」

 そう叫びながら飛び上がるシックス。

 それと共に壁に何かが刺さる音が四方から発生する。

「お前に手を差し伸べる者はどこにもいない。退く道も無い。お前はここで死ぬのだ」

 頭上を見上げた爆豪は、目を見開いた。

 宙に、シックスが浮いていたのだ。

「宙に……!?」

「ククク……16年ぶりに見る私の〝個性(ちから)〟はどうだ?」

「学習しねェ奴だ……昔と同じ手口を使って何になる? 俺もバカじゃねェんだ」

「だろうな。――だがこれはどうだ?」

 シックスが懐からマッチを取りだすと、火をつけて頭上の警報装置に近づけた。

 するとサイレンが鳴り、スプリンクラーが作動して天井から水が溢れ出てきた。剣崎はそれをモロに浴びると……。

「あ……がァァッ!!! ぐう……うがあああああああ!!!」

 空間を震わすような断末魔の叫びを上げる剣崎。

 刀を杖代わりに全身を支えるが震えており、一目見て先程よりも衰弱しているように思える。

「お、おい!! ゾンビ野郎、どうした!?」

「な、んだ……コレハ……!!」

「フフフ、これは酒ではないぞ。剣崎……ヒイラギを知っているか?」

 ヒイラギ。

 節分によく用いられ、古くからその鋭いトゲによって邪気を払う木とされてきた「鬼の目付き」とも呼ばれる植物だ。鬼門――万事に忌むべき方角――の方向に植えたり、縁起木として玄関脇に植えることで邪気や鬼の侵入を防ぐとされている。

「ヒイラギは古来より世界中で〝強力な魔除け〟とされ重宝されてきた代物……お前にとっては日本酒を浴びる以上のダメージを追うことになるのだ」

「てめェ……まさか……!!」

「さすがに察したか……お前の予想通り、スプリンクラーを改造して水にヒイラギの粉末を溶かしたのだ。これで満足に動けまいし、ダメージも多かろう」

 笑みを深めるシックスに対し、鬼の形相の剣崎。

「さァ、ショウタイムだ。16年に及ぶ因縁を終わらせようではないか」

 

 

           *

 

 

 一方、火永達は――

『ハァ……ハァ……』

「……参ったな、思った以上にできるようだ。素晴らしいけどね」

 オール・フォー・ワンは、呆れとも感心とも取れる言葉を漏らす。

 戦いはオール・フォー・ワンの圧倒的有利であるという、ある意味で想定内の結果だが、彼もまた傷を負っていた。

 オール・フォー・ワンは多様な〝個性〟を持つためその戦闘能力は圧倒的なものであるが、能力である以上は「相性」が存在する。彼の能力の特徴は奪った〝個性〟を自らの中に留めることに加え、奪った複数の〝個性〟を組み合わせて同時に発現させることができる。しかしその〝個性〟の相性を打ち消すというのは中々難しいらしく、それが無敵であろう彼に牙を剥いたのだ。

 オール・フォー・ワンにとって特に厄介なのは、熱美の〝個性〟である「熱操作」だ。周囲20mのものに熱を発生させ、最大2000度の熱を発生できる彼女の能力は、彼に対し「想像以上の〝負の効果〟」を発揮したのだ。というのも、彼女は自分自身を発熱させて熱操作を行う。これが数多くあるオール・フォー・ワンの能力に反撃できる手段となったのだ。

 先程ヒーロー達を吹き飛ばした力は「空気圧縮及び放出」という奪った〝個性〟の組み合わせで放ったのだが、これで彼女を吹き飛ばしても発する熱で周囲の物を溶かしながら滑り、決定的なダメージを与えられないのだ。

「さてと、そうなると他の人間から始末した方がいいだろうけど……おいそれと倒せるような相手ではないようだ。それにシックスが余計なマネをしたせいで人質も取れない」

 どこか困ったような仕草をするオール・フォー・ワンだが、火永達は一秒たりとも警戒を解かない。ああいう奴(・・・・・)程、何かと策を張り巡らせているのだ。

(どうする……奴は一切の隙も無い………だが傷を負うってことは倒せる相手ではあるってことだ、オールマイトが来るまでどこまで奴を追い込めるかだな……)

 火永がそう考えた時だった。

「うええ、ゲホッ!」

「ガハッ……!」

「気持ち悪ィ……!」

 突如黒い液体のようなモノが現れ、そこから次々と荼毘やスピナー達が姿を現わした。

「……出来立ての能力、か……」

 そんなことを呟きながら、礼二は睨みつける。

「弔、君はまた失敗したね。けど、決してめげてはいけない――」

 

 ヒュッ! ドッ!

 

「いくら異次元の強さを持ってるからって、図に乗りすぎた。ここは生死を賭けた戦場だぜ」

「先生ッ!!」

 死柄木は叫んだ。

 オール・フォー・ワンの腕を、火永が〝個性〟で飛ばしたビルの鉄筋が貫いていたからだ。

「……全く、師弟の友情に邪魔をしないでくれるかな?」

「寝言は寝て言え……ヒーローがてめェの目の前で似たようなシチュエーションしてたらどうする気だ」

「成る程、同じ穴の狢というわけか」

 マスクをしているため表情はわからない――そもそも5年前の戦いで頭部を砕かれてしまっている――が、その言葉にはやはり嘲りを孕んでいる。

 すると、礼二の姿を見たかつての仲間・道化師郎が口を開いた。

「……礼二、僕達を裏切ったんだ」

「……最初(ハナ)から俺とてめェらは組織の方針の不一致で相容れない事態だったんだがなァ」

「……どういうこった……」

「アウェーな内ゲバってモンさ」

 礼二と火永がそんな会話を交わす中、オール・フォー・ワンは静かに瓦礫と化した壁に顔を向けた。

「……ああ、やはり来てるな」

 

 ドドォォォン!!

 

『!?』

 衝撃と共に、拳を振るってあるヒーローが現れた。オールマイトだ。

 オール・フォー・ワンは彼の拳を素手で受け止める。

「全てを取り戻しに来たぞ!! オール・フォー・ワン!!!」

「また僕を殺すか、オールマイト」

 

 

 〝平和の象徴(オールマイト)〟と〝悪の支配者(オール・フォー・ワン)〟による頂上決戦が開戦した。



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№73:甘さ

「ハァ……ハァ……!!」

「フッ……これで貴様にも本当の死が訪れるだろうな」

 息を荒くして片膝をつく剣崎と、傷を負いつつも余裕の笑みを浮かべるシックス。

 剣崎は〝個性〟によって得られた不死身の肉体がヒイラギによって封じられ、更にその強烈な浄化作用(もうどく)が身体の自由をじわじわと奪い、地力は本来互角であるにもかかわらず窮地に追い込まれていた。

 その証拠に、剣崎からは亡霊と化した彼ならばありえないモノ――赤い血が流れていた。

「しかし、それ程の手負いでその身のこなし……時は止まれど、その腕っ節は健在のようだな」

「ハァ……ハァ……!!」

 本来の彼ならば激昂して襲い掛かるのだが、ヒイラギの力で剣崎は衰弱状態になりつつある。動きもキレが悪く全体的にムラが生じ、時折意識を失いそうになる表情にもなっている。ここまで追い詰められた先輩を見たのは初めてなのか、爆豪も困惑している。

(クソ……体の自由が利かねェし力も入りづれェ……おまけに全身が痛ェ……)

 とはいえ、そんな不死身に近い朽ちた肉体から()()()()()()()がかつて(ヴィラン)達を震え上がらせた〝ヴィランハンター〟の力は伊達ではなく、常人や並大抵のプロヒーローならば一分と経たない内に始末されてしまう程の強豪シックス・ゼロを相手にギリギリで食らいついている。

「げに執念とは恐ろしきモノよ、意識を失いかけながらもまだ剣を握って暴れられるとは……」

「ゾンビ野郎……!」

 すでに満身創痍の身体に鞭を打ち、なお立ち上がる。

 剣崎は穢れに蝕まれつつあり、恐らくこの日が最期の戦いになる。オール・フォー・ワンとシックス・ゼロだけは過去の因縁に決着をつけるべく倒さねばならないのだ。

「ハァ……ハァ……!! 失せろ、死に損ないが………!!」

「〝成仏し損ない〟に言われたくはないな」

 全身をズタズタにするような殺気を放つ剣崎を軽くいなすシックス。

「貴様にチャンスをやろう。今ここで敗北を認めるのならばその命を助け、お前の同志に手を出さぬようにすることを誓おう。この私を前に死に体のまま抗い続けたのだ、何も恥じることではない」

 シックスの言葉には、嘘は無い。

 元は「(ヴィラン)は必要悪で社会に必要な存在」と考えているため、むやみやたらにヒーローを殺すのは躊躇こそしないが不利益を被るためあまりやりたがらない。超大物(ヴィラン)であるシックス・ゼロを相手に健闘したことは事実であり、それを恥じるかどうかは相手次第だ。

 ましてや自分を一度敗北に追い込んだ剣崎となれば、恨みこそあれど殺すには惜しい逸材と思っているのも事実――シックスは剣崎を認めているのだ。

「どうする?」

「……やなこった。てめェらに屈したら今までの人生が台無しになっちまう」

 あの日以来、剣崎は人間をやめて己を血で染まらせ、穢れを纏って情と慈悲を捨てた。

 全ては正義の為、己が課した誓い――「全(ヴィラン)滅亡」のためだ。

「俺ァてめェらに勝つために、人間やめたんだ」

「ハハハ……そうか。だが人間をやめた貴様に何ができる!?」

 剣崎を翻弄し、拳打や蹴り、〝個性〟で生み出した糸を用いた攻撃を放つ。

 刀と鞘を使ってどうにか受け切るが、全てを防いだわけではなく手足や肩に当たり血を流す。

(マジでヤベェ……どうするか……!!)

 朦朧とする意識をどうにかつなぎ、策を考える。

 すると――

「おい! あっちでスゴイ音してるぞ!!」

「かっちゃんは多分、ここに……!!」

「? 何者だ」

「っ……!!」

 耳にしたことのある声が響く。

 爆豪を救出しに来た、出久達の声だ。

(……声は大分近い……行ける!!)

 剣崎は踵を返し、出入り口の方へと向かった。

「糸の張られてない外へ逃げ、体勢を立て直すか! 考えが甘いわ、その程度の策など私には通じん!! 勝負ありだ!!」

 張った糸を跳び回ってよろよろとした足取りの剣崎を追う。

 遠距離からの攻撃など必要ない。直接この手で死を与えられる。シックスは不敵な笑みを浮かべ襲い掛かるが――

「甘ェのはてめェだ……出久ゥッ!! 今だァ!!」

(――っ! まさか剣崎の奴、誘導して軌道を絞り、攻撃を当てやすく……ということは、あの声はもしや……!!)

 剣崎がその場で屈むと、シックスの正面に拳を振るって出久が飛び込んできた。

 そして「SMASH」の掛け声と共に拳が彼の顔にめり込み、そのまま真下へと叩き落とした。

 

 

           *

 

 

 一方、オールマイトは最大の宿敵であるオール・フォー・ワンと対峙していた。

「随分と遅かったじゃないか、オールマイト。ここからバーまで5km余り、脳無を送ってからすでに30秒経過しての到着……衰えたね」

「貴様こそ、何だその工業地帯のようなマスクは!? 大分無理をしてるんじゃないか!?」

 善と悪の頂上決戦。

 オールマイトは拳を振るい、オール・フォー・ワンはそれを受け止める。たったそれだけなのに、空気は震え衝撃で瓦礫が宙を舞う。

 拳が離れた途端、双方は距離を置く。

「もう二度と同じ過ちは犯させん……貴様のような穢れた存在が、どれほど人々の大切な笑顔を奪って来たか………!! 今度こそ貴様を豚箱にぶち込んでやる!!」

「ハハッ、さすがはNo.1。やることが多くて大変だな……」

 オールマイトの怒りを嘲笑うオール・フォー・ワン。

 すると彼は大きく跳躍し、一瞬で懐に潜りこみオール・フォー・ワンに殴り掛かった。

「死柄木率いる連合に、貴様に加担した無間軍も、今ここで倒す!!!」

 オール・フォー・ワンの眼前に、怒りの鉄槌が迫る。

 直撃すれば、いくら「〝悪〟の支配者」である彼でも無傷では済まないだろう。

 だが、次の瞬間――

 

 ドゴォン!!

 

 凄まじい衝撃がオールマイトを襲い、ビルを何棟も倒壊させながら彼を数百メートル先へ吹き飛ばしていく。

 オール・フォー・ワンが放ったのは、「空気を押し出す」「筋骨発条化」「瞬発力×4」「膂力増強×3」の四つを組み合わせた〝空気圧縮及び放出〟。簡単に説明すると人間空気砲だが、その威力は絶大であり並大抵の生物なら成す術もなく吹き飛ばされ、最悪即死するレベルだ。

「――うん、我ながら素晴らしい威力だ。次はもう少し〝個性〟を……特に増強系を足してみるかな」

「オールマイト!!」

(あの程度で死にやしないとは思うが……マズイな……)

 するとオール・フォー・ワンは、指先を赤い血管のような模様が刻まれた黒く鋭利な触手に変えると、それを黒霧の腹に突き刺した。

「黒霧、皆を逃すんだ」

「――ちょっ、何してんのよアンタ!? 彼はやられて気絶してんのよ!? アンタが一体何者か知らないけど、逃すことが可能ならさっきみたいに私達を逃してちょうだいよ!!」

「すまないねマグネ、僕のあの個性は特別でね……完全かつ安全に逃げ切るなら僕よりも座標移動の黒霧が適してる」

 オール・フォー・ワンがそう言った直後、突如として黒霧の体から黒い霧が溢れだした。

 「個性強制発動」という〝個性〟を使って、オール・フォー・ワンは黒霧の〝個性〟を強制的に発動してワープゲートを展開させたのだ。

「さあ、弔。仲間と共に逃げるんだ、僕が時間を稼ぐ」

「先生は……? 先生も逃げよう……だってアンタ、その体じゃあダメだろ? 下手すれば死――」

「弔、常に考えろ――君はまだまだ成長できるんだ。僕のことは気にするな、安心しろ」

 まるで命を懸けて殿を務めようとするオール・フォー・ワンを死柄木が説得する光景。

 しかし、ヒーローがそれを聞いて黙っている程甘くない。吹き飛ばされたオールマイトは目にも止まらぬ速さでオール・フォー・ワンに攻撃を仕掛ける。

 そして、死柄木達の脅威はオールマイトだけではない。

「バカじゃないの? はいどうぞって逃がすと思ってるの? 子供でも(ヴィラン)なら容赦しないわ」

 全身から高熱を放ち、熱美が迫る。

 熱美の〝個性〟は、連合側にとっても無間軍にとっても分が悪すぎる。死柄木では掌で触れた物を粉々に崩す前に高熱で手を焼かれてしまうし、純粋な戦闘能力の時点で一斉に襲い掛かっても勝率は少ない。相性は最悪なのだ。

「オールマイト、あなたはオール・フォー・ワンに専念して。火永達は傷を負ってるからできる限りの援助で。私がこいつらを仕留める」

 周囲の瓦礫が溶け始める程の高熱を発しながら、死柄木達に迫る熱美。

 するとコンプレスが彼女の前に立った。

「仕方ねェ、一か八かだ!」

 コンプレスは自分や対象の周囲の空間を球状に切り取り、ビー玉サイズにまで一瞬で縮小することができる。物や人を運んだり人の動きを封じたりできる便利な能力であり、その能力で彼女をビー玉に閉じ込めようというのだ。

 しかし――

「……余所見していいの?」

「何?」

 

 ドゴッ!

 

「グガッ!?」

 コンプレス目掛けて瓦礫が飛び、直撃した。火永が〝個性〟で瓦礫を弾丸のように飛ばしたのだ。

 モロに食らったコンプレスは、そのまま倒れ血を流して気絶した。

「コンプレス!!」

「誰一人逃がさないわ。降伏すれば命は保障するけど……どうせしないでしょ?」

「くっ……小娘が……!! 弔達の邪魔はさせ――」

「貴様の相手は私だろう!? オール・フォー・ワン!!」

「オールマイト………!!」

 

 善と悪の頂上決戦は、善のリードで進む。



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№74:強いだけの雑魚

段々終盤に入ってきます。最後までお付き合いください。
今月までに終わるかな……?


 剣崎とシックスの戦いに介入した出久達。

 自らの手ではないとはいえ、シックスに一矢報いたことで、剣崎は安堵の笑みを浮かべた。

「ハァ……ハァ……それにしても、助かったぞ出久君」

「剣崎さん、大丈夫ですか!? 傷が結構――」

「俺のことはいい。早く爆豪君を………」

 出久達は囚われの身の爆豪の元へ駆けつけ、彼を縛っていた糸を解き始める。

「てめェら……」

「かっちゃん、無事でよかった……!!」

 涙を流して笑みを浮かべる出久。

 色々過去にあったが、幼馴染が(ヴィラン)連合に攫われ、更に大物(ヴィラン)に誘拐され人質となったことがどれだけ辛かったか。どれだけ心配したか。

 それが顔に出ていたため、爆豪は何とも言えない表情で視線を逸らしていた。

 すると――

「くっ、油断したぞ……まさか受精卵が助太刀するとは……」

『!?』

 血塗れでゆっくりと立ち上がるシックス。

 血を流しながら不気味に微笑む彼に恐怖を感じたのか、出久達は冷や汗を流した。

「ハァ……ハァ……ちっ、しぶてェ野郎だな。今ので仕留めてもおかしくはねェと思ってたが………」

「当たり所がよかったのだよ……それに殺すのはマズイと思ったのか、ほんの少しだけだが力が弱まった。剣崎よ、お前の後輩は随分と(ヴィラン)に対して甘いようだな」

「ハァ……ハァ……そうだな、確かにお前の言う通りだ……だが時代は変わった、この子達は俺の想像を遥かに超える力を秘めている……」

 16年の時を経て、ヒーロー社会に戻った剣崎。

 彼はヒーローからその卵まで、平和ボケして腑抜けているかと思ってたが、それは誤りだった。出久も然り、爆豪も然り、(ヴィラン)との戦闘――命とプライドを懸けた戦いを経験していないが有事の際はヒーローの素質を見せていた。

「本当ならここで始末したいが、オール・フォー・ワンを潰さなきゃいけねェ。いくらお前でもその傷じゃあ満足に動くことはできねェ。勝負ありだ」

「ぬかせェェェ!!」

 激昂したシックスは、息切れする剣崎に襲い掛かる。

 その瞬間――

 

 ドンッ!!

 

「ぐはあっ!!」

 剣崎は切り札の〝雷槍〟を放ち、シックスを吹き飛ばした。

 しかしヒイラギの効果で体を蝕まれてるゆえか、破壊力は大分削がれておりシックスは未だに息がある。

「がっ……お、おのれ……」

 

 バシィッ!

 

「!? ――氷、だと……!?」

「轟君!!」

 シックスが立ち上がろうとした瞬間、轟が〝個性〟を発動して彼を氷漬けにした。

 頭までは凍ってないが、手足は完全に分厚い氷に捕らわれているため身動きは取れないだろう。

「轟……そうか貴様、エンデヴァーの……!!」

「せっかく追い詰めといて、情をかけて逃がす程バカじゃねェよ」

「……わかるようになってきたじゃねェか」

 すると剣崎は、体を引き摺るように動かしながら踵を返した。

「け、剣崎さん! 一体どこへ!?」

「……ケジメつけに行くんだよ。俺の時間には限りがあるんだ……」

 

 

           *

 

 

 一方、凄まじい激戦地となった神野の街中。

 ここでは、オールマイトとオール・フォー・ワンによる因縁の戦いと、熱美による(ヴィラン)連合と無間軍への追撃が繰り広げられている。

「ハハッ、これは参ったな…………」

「どうしたその声は!? 貴様らしくないな!!」

 忌々しげに口を開くオール・フォー・ワンに、オールマイトは満面の笑みを浮かべる。

 今回の戦いは、オールマイトにとって戦い易かった。倒すべき巨悪に集中でき、心置きなく戦える。死柄木達は熱美達に任せられる。唯一気掛かりなのは爆豪とシックスだが、剣崎が追跡したためどうにかなるだろう。淡い期待ではなく、心から信頼できるからこそ、オールマイトはオール・フォー・ワンだけに意識を向けられるのだ。

 それはオール・フォー・ワンにとって、不利に働く。ヒーローとは何かと大きくてたくさんのモノを抱える……それはオールマイトも同様だ。しかし今のオールマイトにはそれが無い。〝平和の象徴〟の動きを抑えられるしがらみが無いのだ。

(さて、どうしたものか……)

 オール・フォー・ワンがオールマイトと戦う中、死柄木達もまた撤退に動く。

「ちょっと! 早く急いで!!」

「ここは撤退するしかない!!」

「先生……!!」

 (ヴィラン)達が続々と黒い霧へ向かう中、熱美は嘲笑うかのような表情で口を開いた。

「あら? 女ヒーロー一人倒そうとしないどころか尻尾巻いて逃げるなんて、情けない限りね」

「何だと……!?」

「見え見えの挑発に乗るな!! 乗れば奴の思う壺だ!!」

 熱美の挑発が癪に障ったのか、殺気を放って睨む死柄木。

 しかし状況が状況――スピナーが彼を諫める。

「先生、先生って……あなたいくつ? いい年こいて恥ずかしいと思わないの?」

 そうやって何もかも他人に預け、頼りきりになり、何も考えない。

 だからこそ、彼女は死柄木を嘲笑う。強大な存在(せんせい)に依存する幼児的万能感の抜け切らない〝子ども大人〟だと。

 彼女の本心としては、先生に頼るという手段を否定はしない。人間は誰しも、生きている限りは必ず何らかの障壁とぶつかる。その障壁を越えるために先人の力を頼ったり借りたりするのも手段の一つだ。だが、何だかんだ言って自分の力で障壁を越えることが一番大事である。故に先生に依存する生徒など伸びないのだ。

 熱美はそう言っているのだ。

「ああ、恥が無いから(ヴィラン)を名乗れるんだったわね。ごめんなさいね?」

「……せェ……」

「まァ、リーダーがリーダー。それも仕方ないか……」

「……るせェ……!」

「〝子ども大人〟なリーダーのわがままに付き合い、そして無様に生涯を閉じる。実に空虚な人生だと思わない?」

『っ……!!』

 死柄木どころか連合のメンバーすらもどんどん煽っていく熱美。

 そして止めの一撃を口にする。

「ホント同情しちゃうわ……オール・フォー・ワンなんて、仲間や敵を利用することしか(・・)できないじゃない」

 

 ――強いだけの雑魚(・・・・・・・)に依存するなんて、かわいそうに。

 

「黙れェェェェェェェェェェ!!!」

 熱美の煽りに、ついに死柄木の怒りが爆発した。

 誰も手を差し伸べてくれなかった自分の元に、声こそ冷酷そのものでありながら手を差し伸べたオール・フォー・ワン。見て見ぬ振りをされ生きる意味すらも失った自分を助けに来た、唯一の存在(せんせい)。それを当の本人の前で侮辱して哀れんだ。

 正義と名乗り平和を語るヒーローは、そうやって自分から何もかも奪ってきたのだ。本心であろうとなかろうと、関係ない。目の前の女を確実に(・・・)殺したいという衝動が、死柄木を突き動かしたのだ。

「勝負あり、ね」

 高熱で赤く発光する拳を振り上げる熱美。

 自分を殺そうと迫る死柄木さえ討ち取れば、あとは烏合の衆。一番の厄介者さえ仕留めることができれば、連合は自然と消滅するだろう。

「これで終わり――」

 

 シュバッ!

 

「っ!」

 突如としてオール・フォー・ワンの触手が襲い掛かる。しかしそれは熱美ではなく、死柄木へと伸びている。

 オール・フォー・ワンの触手は〝個性〟の強制発動ではなく、死柄木をあの黒い霧へと飛ばして逃がすためのモノ――そう判断した熱美は、死柄木から職種に狙いを変え、死柄木に届く前に掴み焼いていく。

「くっ……!」

 高熱はオール・フォー・ワンにまでしっかり伝わっているのか、苦しそうな声を上げる。

 しかし触手は一本ではない。掴まれていない残された触手を死柄木達に伸ばし、黒い霧に目掛けて弾いた。その中には気絶したコンプレスもいる。

「わっ!?」

「きゃあっ!!」

「っ! ダメだ先生! その体じゃあ――」

「安心しろ弔、君は君の戦いを続けるんだ――」

 黒い霧は死柄木達と共に完全に消え、(ヴィラン)連合と無間軍の構成員は全員取り逃がされた。

「しまった、逃げられた……」

「おのれェ!!」

 激昂したオールマイトの拳が迫る。

 しかしオール・フォー・ワンは、冷静に「「転送」+「衝撃反転」」と唱える。

「させっかよ!」

「っ!?」

 何かよからぬ気配を感じた火永が、鉄筋を〝個性〟で飛ばす。

 オール・フォー・ワンは咄嗟に躱すが――

「燃えろ」

「何!?」

 ふと、オール・フォー・ワンは自分の周囲に無数の札が囲むように浮いていることに気づいた。

 札はオール・フォー・ワンに一斉に張り付き、爆発音と共に燃えた。

「ああっ! うぐう!?」

 意表を突かれた援護射撃に、オール・フォー・ワンは苦しむ。

 その隙を突き、オールマイトは彼に肉迫する。

「すまない! 〝DETROIT SMASH〟!!」

 オールマイトの会心の一撃。

 さすがのオール・フォー・ワンも、避けきることはできず食らってしまい吹き飛ばされる。

「ハァ……ヒーローは多いよな、守るもの。剣崎も然り、お前も然り、道理で手強いわけだ」

「礼二………」

 ふと礼二が零した言葉を耳にし、オールマイトは驚く。

 それは誰かが傷つき苦しむ姿を望むオール・フォー・ワンと違い、ヒーローに敬意を払うようにも聞こえる。昔から妙な部分が多かったが、彼は(ヴィラン)でありながらヒーローを憎まず、感嘆としているようだ。

「……感情的になる所は、昔と変わらないね。オールマイト」

『!!』

 オール・フォー・ワンは、立ち上がった。

 さすがに傷は負ったのか、所々火傷や打撲の痕がある。

「一体誰に似たんだか……いや、同じような台詞に変わらぬ折れぬその正義感。君はあの女共に似てるね。「ワン・フォー・オール」先代継承者の志村菜奈と、〝ヴィランハンター〟を産んだ剣崎優に」

『!?』

 

 オール・フォー・ワンは、悪意に満ちた声で〝嗤った〟。



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№75:それで

 志村菜奈と剣崎優。

 オール・フォー・ワン二人の女性の名を口にすると、オールマイトの額に青筋が浮かび、ギリギリと歯軋りを立てた。

「貴様のような外道が! 穢れた口で! お師匠と優さんの名前を呼ぶんじゃない!! 二度と、彼女達の本名を口に出すな!!!」

 オールマイトという〝平和の象徴〟を生み、剣崎に大きな影響を与えた師匠。

 そして師匠(なな)と親交がありオールマイトも敬意を払った剣崎優。

 その二人を侮辱するような言いぶりのオール・フォー・ワンに、黙ってはいられなかった。

「そうだ、せっかくだから聞かせてあげるよ。か――」

「Enough――」

 オール・フォー・ワンの言葉を塞ぎ、怒りをぶつけようとするオールマイト。

 ここまで怒り冷静さを失ったのは、早々無いだろう。

 すると――

 

 ザッ!

 

『!?』

 肉を切る音が鳴った。

 無傷に近い状態のオール・フォー・ワンの肉体から、赤い血が流れる。

 オールマイトの前に現れ、オール・フォー・ワンの前に立ちはだかる一人の人物。その正体は――

「よう……待たせたな」

「剣崎……!?」

「……礼二までいたのか」

 刃こぼれが生じた刀には、微量に滴る血液が。

 オール・フォー・ワンの右腕を斬り落とす気で振るったのだが、咄嗟に〝個性〟で肉体強化をしたのか、それとも踏み込みが甘かったのか、彼の右腕に深く傷痕を刻む程度(・・・・・・・・・)であった。

「ちっ……完全な不意打ちでも腕一本斬り落とせねェか……」

 凍てつく眼差しが、巨悪を見据える。オール・フォー・ワンは距離を取り、腕を押さえている。

 しかしそれは一瞬。次に見据えたのは、オールマイトだった。

「……で、何してんだてめェは。奴は殺す気で来てんだ、てめェも殺す気で相手取らねェと死ぬぞ? 火永達もだ」

「剣崎少年……だが……」

「戦場に倫理もクソもあるかよ。この期に及んで女々しい言葉並べるってのか? 活動時間の方大丈夫か?」

 呆れた物言いの剣崎に、思わず笑みを溢すオールマイト。

 活動時間の限界が近づく中で、オール・フォー・ワンの身体に傷がついた。血を流すということは、彼を――何らかの〝個性〟で不老になってる可能性があるが――倒すことができるということでもある。

 些細なことだが、勝利を掴む上では精神的な面では大いにありがたい。

「おやおや、こうして相見えるのは随分と久しぶりじゃないかな? 剣崎……どうしたのかな、ホラー映画にでも出てたかな?」

「てめェこそ何だ。〝悪の支配者〟から妖怪のっぺらぼうに転職か? 鬼太郎の霊毛ちゃんちゃんこで殴られたのか?」

「ついに表に出ちゃったね……大丈夫かい? その姿を晒して? 雄英側としては困るんじゃないか?」

「まァ外野がうるせェのは事実だな。だが不幸中の幸い、俺の容姿が容姿だ……マスコミ連中は〝ヴィランハンター〟がこんな形でまだいたなんて信じやしねェ。神野で偶然にも(・・・・)(ヴィラン)同士の内ゲバが発生したってぐれェで済むさ」

 空を飛ぶ報道ヘリを見上げながら、巨悪の言葉をまるで日常会話のように返す剣崎。

 オール・フォー・ワンは、言葉巧みで人の心理を操り掌握する。心理戦では間違いなく世界最強だと断言してもおかしくないだろう。しかし剣崎は、オール・フォー・ワンが言葉で相手を翻弄することを得意としているのを熟知しているだけでなく、「あの頃」とは性格が一変している。

 「あの頃」のままであればそのまま彼の思うがままだったろうが、今は違う。言葉を交わせば最後であるはずなのに、あの悲劇のおかげで彼に惑わされないのだ。

「……君はムカつくな。オールマイトならすぐにでも乗ってくれるのに」

「生憎、俺はオールマイトと違って捻くれちまってんでなァ」

「本当に君が憎い。僕の思うようになってくれない……この場でも」

 余裕に満ちてる一方で、苛立ちも隠せないオール・フォー・ワン。

 すると突然、剣崎は爆弾発言を投下した。

「オールマイト、ちょっと外野うるせェから〝元の姿〟で黙らせてくれ」

「な……!?」

「傷は浅い内にってな」

 傷は浅い内に――その言葉の意味を理解したオールマイトは、目を見開いた。

 オール・フォー・ワンの狙いは嫌がらせ。オールマイトの真の姿を――惨めな姿を世間に晒すことにあり、その為ならばどんな手段も厭わないはずだ。すぐそばで一般人が倒れていたら、オール・フォー・ワンはその人を攻撃するだろう。しかしここであえて晒せば、その可能性は減るのかもしれない。

 つまり、剣崎は正体を晒すことが必ずしもリスクに満ちているわけではないと言っているのだ。

「……君を信じよう」

「何だと……!?」

 オールマイトはそう呟いた瞬間、意を決して真の姿を公開した。

 筋骨隆々の逞しい肉体から、皮と骨だけのような痩せ細った病人のような体に変わる。トゥルーフォームだ。

 知られてはいけない真実を巨悪に暴かれるのではなく、自ら露わにしたことに、さすがのオール・フォー・ワンも虚を突かれたのか言葉を発しなかった。そして先程まで実況で騒いでいた報道ヘリや野次馬も、構えていた火永達も黙り込んだ。

「これで少しは静かになったな」

 剣崎は口角をグッと上げ、オール・フォー・ワンに言葉を投げ掛けた。

「世界一最弱なヒーロー? 醜いトップヒーロー? それで救える命があるなら結構じゃねェか。溺れる者は藁をも掴むもんだぜ」

「……そうだ、剣崎少年の言う通りだ………!!」

 オールマイトは、立ち上がった。

 醜い姿を世間に晒した。ボロボロに傷ついた体を見せてしまった。だから何だと言うのだ。

 どんなに醜く頼りない姿でも、平和を願う心と弱気を救ける正義が、彼をより強くして巨悪を征するのだから。

「私の心は依然! 平和の象徴!! 一欠片とて奪えるものじゃない!!!」

「……成程。剣崎、君はオールマイトの心を護るためにあんなことを?」

「いや、単に外野がうるさかっただけだ」

 剣崎がそう言うと、ギャアギャアと鳴きながら骸骨カラス達が集まった。

 そして瓦礫の上や地面に降り立ち、オール・フォー・ワンに顔を向けている。

 幸い、剣崎がオールマイトにトゥルーフォームを晒すよう提言した思惑をオール・フォー・ワンは掴めなかったようだ。

「これがヒーローってモンだ。そう簡単に心へし折れちまったらやってけねェよ」

「あっ、じゃあコレも君らの心に支障は無いかな……あのね――」

 オール・フォー・ワンは人差し指を立てて、ニヤリと笑顔を引きつけて衝撃の言葉を口にした。

 

「死柄木弔の本名は志村天孤。志村菜奈の孫だよ」

 

「――はっ?」

「……!」

 オールマイトは呆然とし、剣崎は目を見開いた。

「最初に君と弔が会う機会を作った。君は弔を下したね……厳密に言うと剣崎の方かもしれないけど。何も知らないその穢れた笑顔で、勝ち誇った醜い笑顔で、菜奈の孫を傷つけたね――」

「それで?」

『――は?』

 たった一言。

 たった三文字。

 しかし、それだけで場の空気は一瞬で変わった。

「剣崎少年、君は何を言ってるのか――」

「お師匠の孫……そうか、菜奈さんの親族たァ驚きだ――だから何だってんだ? 親は親、子供は子供……そんなことも割り切れない野郎が〝平和の象徴〟なんざお笑いだな」

 お師匠のご家族に、何ということを――オールマイトだけでなく、全ての人間が彼と同じ立場だったなら必ずこう思うだろう。

 だが、剣崎は違う。確かに大切な人の家族を傷つけたが、その家族が〝社会の敵〟であれば遠慮も慈悲も無用。むしろ今後の社会への悪影響を考慮して粛正する。相手が何者であれ、彼にとっては悪は悪なのだから。

「そうだった! 剣崎、君はこういう類のネタはすぐに切り捨てることができたね。オールマイトと違って、過去を見ないで前をひたすら突き進むんだったねェ。じゃあこれも言っておこうかな」

 

――剣崎、君の家族を葬ったのは私だよ。

 

「――は?」

 今度は、剣崎が呆然となった。

 それと共に、あの日の忌まわしき記憶が――〝ヴィランハンター〟誕生の記憶が蘇る。

「厳密に言えば、裏で手を回したのは僕であって、実行犯は君が殺した奴らだ。あの二人はあまりにもしつこくて目障りだった――もう少し頭を使えば死なずに済んだモノを……」

 その時だった。

 顔を俯かせたまま、剣崎は全身からどす黒い霧を噴き出しながら大股でオール・フォー・ワンに近づいていく。

 ひび割れたような肌からは黒く粘ついたナニかが大量に零れ落ち、瓦礫をみるみるうちに腐食させていく。

「ハハハハ……!! どうやら完全に〝堕ちた〟ようだね。正気を失い、瘴気を撒き散らす程とは……僕がそんなに憎いかい? でももしあの時、オールマイトや志村菜奈が来てたらどうだったろうね……少なくとも両親は救えたよね?」

「貴様っ……!!」

「今の君はヒーローでも(ヴィラン)でもない。ましてや、ヴィジランテでもない……ただの厄災だ。怨徹骨髄……(ヴィラン)を憎み続けたがゆえに負の感情のコントロールが利かなくなり、生きても死んでも怨念を撒き散らす、時代が生んだ哀れな怪物だ」

 嘲笑するオール・フォー・ワンに、剣崎は無言でゆっくりと近づく。

 あまりの怒りと憎しみで言葉すら発しなくなった彼を煽るように、オール・フォー・ワンは言葉を並べる。

「ハハハ……さすがの僕も同情するよ。〝平和の象徴〟にも救われず、憧れていた女にも救われず、今も仮初の平和を謳歌する手前勝手な正義を妄信しているなんて。誰からも尊敬されず、未来永劫恐れと共に忌み嫌われ続けながら全ての業を背負って消える……」

「黙れ……!」

「ハハハハハ!! オールマイト、僕は楽しくて仕方ない!! 一人の少年の手を血で汚させて、その因果を背負わせた挙句に死に追いやった君が、今!! あの笑顔で同じ悲劇を繰り返そうとしている!! 正義の名のもとに……ヒーローの名のもとにっ!!!」

「黙れっ!!! 貴様に剣崎少年の何がわかるっ!?」

 歓喜するオール・フォー・ワンに激昂するオールマイト。

 その直後――

 

 ダンッ――

 

「!!」

 剣崎が鬼の形相で刀を振るい、襲い掛かった。

 だがオール・フォー・ワンは、これを待っていた。剣崎が完全に理性を飛ばす瞬間を。

 

 ドスッ

 

 剣崎の胸を、オール・フォー・ワンの手が貫いた。

 黒く粘ついたナニかが彼の服を溶かしているが、何らかの〝個性〟をまた使ったのか、モロにかかっているのに皮膚には傷一つついていない。

「実は君の為に奪ってきた〝個性〟があるんだ。名前は「個性消滅」……その名の通り、対象の相手の〝個性〟を抜き取って消滅させるのさ。素手じゃないと発動しないんだけど……この手で貫かれたら最後、一切の自由は利かないよ」

「ま、まさか……!!」

 オールマイトは、段々顔を青ざめていった。

 生ける亡霊となった剣崎は、〝個性〟で生かされている。その〝個性〟を抜き取られ、更に消されたらどうなるか、想像に難くない。

 その間にも、オール・フォー・ワンは剣崎の体からどす黒い心臓みたいな形のナニかを取り出した。

「これが君の〝本体〟なのかな……? まァ君のは僕の身体にも毒っぽいから、消してあげるよ(・・・・・・・)

「やめろォォォォォォ!!!」

 オールマイトの絶叫が木霊し、オール・フォー・ワンはそれを嘲笑いながら握り潰した。




今月中はキツイかもしれませんが、あと3~4話で終わると思います。


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№76:〝渾身の一撃〟と決戦の終結

 オール・フォー・ワンは剣崎の体からどす黒い心臓みたいな形のナニかを取り出し、それを無慈悲に握り潰した。

 剣崎がやられた――その非情な現実が、オールマイト達を襲った。

「さて……今度こそ君だオールマイト」

 オール・フォー・ワンは、そう言って剣崎を放り投げてゴミのように棄てた。

 その直後、剣崎は苦しそうに呻き声を漏らし始めた。ミチミチという生々しい不快な音が響き、その音に思わず顔をしかめる。それだけでなく、周囲にいたあの骸骨カラス達も苦しそうに鳴き、ついには動かなくなった。

 やがて亡霊のヒーローから、生々しい不快な音が止んだ。すると信じられないことに、顔にあったはずの無数の切り傷と火傷の痕が跡形もなく消えていた。ぞっとするほど白かった肌は人間らしい血色が戻っており、常に揺らめいていた髪はピタリとその動きを止めている。

 変化したのは肉体だけではなかった。着用していた雄英高校の制服と羽織っていたコートは、傷んでいた箇所が全て元通りとなり、刀は一切の刃こぼれも生じていない新品同様になった。

 〝個性〟を奪われたことにより、生きた人間へと戻ったのだ。

「……!?」

「こ、これはっ……!?」

「何……!?」

 予想をはるかに超えた、あまりにも斜め上の展開に、当事者の剣崎とオールマイト達だけでなくオール・フォー・ワンですら困惑する。

 確かにこの手で、剣崎の〝個性〟は無に還した。そうすれば剣崎は自然消滅すると、オール・フォー・ワンは考えていた。だが現実は全く違い、16年前のあの日の姿に戻っている。

 しかし、現状を理解したオール・フォー・ワンは微笑んだ。今の剣崎には〝個性〟による不死身体質は無い。つまり物理攻撃は確実に通じるのだ。

「ハハッ……アハハハ! まさかの延長戦は想定外だ。だが今の君だと僕の前では残りHPが1も同然。すぐにでも片が付く」

 オール・フォー・ワンはそう言い、触手を伸ばして剣崎を始末しようとした。

 だが――

 

 ザシュッ!

 

「っ!」

 襲ってきた触手を一閃し、斬り飛ばす剣崎。

 心なしか、亡霊の時よりも動きのキレが良くなっているように思える。

「……この感触、16年ぶりだ」

「……」

「オールマイトはアレで終わりだ。止めを刺す必要もねェだろうよ……だからてめェが殺すべき新たな敵は、この俺だ。他者に死をもたらすことを何とも思わねェ人の皮被った化け物が相手だ」

 剣崎は殺気を放ちながらオール・フォー・ワンを睨む。

 オールマイトと比べると恐れるに足らないが、剣崎はオール・フォー・ワンを倒しに来たのではなく()()()()()のだ。彼と比べると明らかに異質で凶悪性・凶暴性を孕んでいた。

「血が出るなら殺せるはずだ。菜奈さんの弔い合戦といこうぜ」

「! ――おや、気づいたのかい?」

「あのクソガキの話の流れで察したよ。だがどの道てめェを殺すのは変わらねェ…………てめェを殺す理由が増えただけだ!!」

 剣崎はそう言って、一気にオール・フォー・ワンの懐に潜りこみ刀を振るって猛攻を仕掛けた。

 オール・フォー・ワンはそれを避け、徒手空拳で応戦する。

「強力だ、中々やる」

 剣崎は先程よりも動きが身軽になり、一撃一撃も速く重くなっていた。

 明らかに、亡霊の時とは様子が違う。〝個性〟を奪って力を削いだつもりが、むしろ剣崎を格段に強くしている。もしかしたら、〝個性〟を奪ったことにより彼は生者として肉体を取り戻し、同時に16年間のブランクを取り戻したのかもしれない。

 だが一方で、不死身体質が無い上に生者に戻ったので体力や気力を削ぐことはできる。持久戦に持ち込んで消耗しきったところをゆっくり止めを刺せばいい――オール・フォー・ワンはそう考えた。

 しかし、そう簡単には行かないのが世の常である。

「っ!」

 ふと、オール・フォー・ワンは背後から殺気を感じその場から離れた。

 その直後、無数の札が飛び瓦礫に突き刺さった。

「……礼二か」

「てめェ、何のマネだ」

 二人の殺し合いに、礼二が介入した。

 剣崎は札を飛ばした礼二を睨む。

「勘違いすんな、俺は俺のために動いただけさ。そいつの首はお前にやるよ」

「……俺のためってのはどういう意味だ」

「それを訊くのは野暮だろ」

(ちげ)ェねェ、なっ!」

 その言葉と共に、両者はオール・フォー・ワンに凶刃を向けた。

 息つく間もなく、二振りの白銀の刃が彼を襲う。喉、胸、腹、頭……的確な急所を突きながら反撃の隙を与えない攻撃にオール・フォー・ワンは苦戦した。

 人間空気砲を放とうとすると剣崎が腕を斬って鞘で肝臓を突き、触手で体を貫こうとすると札にガードされ一太刀を受けてしまう。まるで互いの攻撃の隙を互いが補い斬りかかるような、完璧とも言える戦いぶり。

 敵対者だが、オール・フォー・ワンは内心感服していた。

(やれやれ……暫くは防戦かな)

 

 

 一方のオールマイトは、息を整えながら二人の戦いを注視していた。

 活動時間はすでに限界を迎えているが、渾身の一撃を見舞える力は残っている。これも剣崎のおかげだろう。

 剣崎と礼二――狩る側と狩られる側が、呉越同舟でオール・フォー・ワンに立ち向かう。本気で彼を殺す気であるだろうが、それが叶わずとも巨悪を倒せる一瞬の隙さえ作ってくれれば十分だ。

(不甲斐無い……だが、感謝するぞ二人共……君達の命懸けの戦いは決して無駄にしない!)

 片方は〝個性〟も奪われ、全てを失った少年。もう片方は(ヴィラン)の在り方に疑問を抱いたまま足を洗うことを決意し罪を償うことを決めた大物(ヴィラン)。二人の戦いがどんな結果に終わろうとも、無駄にはさせない。

 オールマイトは、そう心に決めた。その時――

「オールマイトォォ!!」

『!!』

 聞き覚えのある、空気をも振るわすような怒号が木霊した。

 声の主はエンデヴァーだった。

「おや、思ったよりも早かったな……」

「オールマイト!! 何だその情けない姿はァ!!! その情けない背中は何なんだァ!!!」

「エンデヴァー……」

 超えたかったNo.1ヒーローの真の姿を初めて見たエンデヴァーの表情は、怒りだけでなく絶望や焦燥を孕んでいた。

 受け入れ難い真実。自分としては絶対に認めてはならない現実。それを直視したエンデヴァーに、オールマイトは何も言えなくなる。

 それを皮切りに、オールマイトへ声を投げ掛ける者が増えた。

 

 ――あの邪悪な男を止めてくれ! オールマイト!!

 ――どんな姿になってもあなたは皆のNo.1ヒーローなんだ!!

 ――勝てや!!

 ――負けないでよ!!

 ――負けるな!! 頑張れ!!

 

「そうだ……まだ死ぬわけには……!!」

 人々の声援が、消えそうになったオールマイトの炎を燃え盛らせる。

 巨悪と戦う正義のヒーローは、ここで終わるわけにはいかない。

「……二人共、後は任せろ」

「「!!」」

 オールマイトはトゥルーフォームから、皆がよく知る筋骨隆々の姿に変化した。

 どう見ても無理をしているようにしか見えず、痛々しいにも程がある姿だが、その変わらない笑顔が人々に希望を持たせる。

 そしてその笑顔は、オール・フォー・ワンを煽るのに十分だった。

「いいだろう……あの二人から殺すよりも、君を殺して絶望の淵に立たせてから殺した方が僕としてもスッキリする。君らの下らない精神話は置いといて……これから僕がやる事を話そうか――」

 すると突如、オール・フォー・ワンの右腕が変化した。

 その右腕は見る見るうちに本人の半身を超える程に肥大化し、何本もの腕であろう筋肉が見て取れるようになった。 螺旋を描いた槍のような骨がいくつも露わになっており、対象に当たるであろう拳の表面部分には重点的に金属の鋲が生成されている。

「「筋骨発条化」+「瞬発力×4」+「膂力増強×3」+「増殖」+「肥大化」+「鋲」+「エアウォーク」+「槍骨」………今度は確実に殺すために、僕が掛け合わせられる最高・最適の〝個性〟の組み合わせで――君を殴る」

 憎悪、怒り、悪意……この世の全ての〝負〟を集結させたかのような禍々しい右腕は、この善と悪の頂上決戦に終止符を打つに相応しい。

 オールマイトもまた、粉骨砕身の覚悟と共に拳を力強く握り締めた。

「後は全部僕が片付けるから……君は安心して、存分に悔いて死ぬと良いよオールマイト――君の負けだ」

 オール・フォー・ワンは跳び、オールマイトに迫った。それに合わせてオールマイトも跳び、最後の一撃――〝渾身の一撃〟を見舞うべく迎え撃った。

(どう足掻いても君の負けだよ。僕の勝ちだ)

 オール・フォー・ワンは、嘲笑う。

 彼の真の狙いは、〝衝撃反転〟でオールマイトの〝渾身の一撃〟を全てフルカウンターし、その上で自分の右腕で殴ることだ。「ワン・フォー・オール」の全力の衝撃が自らに反転した上で殴れば、オールマイトの死は確実だろう。

 だが、ここで予想外の事態が生じた。

 

 フッ……

 

「何っ!?」

「剣崎少年!?」

 何と両者の間に、剣崎が現れた。

「渾身の前に全力受けとけ――〝雷槍〟ォ!!!」

 剣崎は渾身の力を振り絞り、切り札の〝雷槍〟を()()()()()()()()()()()()()に目掛けて放った。

 突然の剣崎の介入に虚を突かれたオール・フォー・ワンは咄嗟に「衝撃反転」を発動するが、剣崎の〝雷槍〟が直撃するのが早かった。

 

 ドォォン!!

 

「ぐっ……!」

 拳を通して衝撃が伝わる。だが右腕が右腕なので全身の至るところまで()()()伝わず、〝雷槍〟の衝撃と右腕の堅さが原因なのか剣崎の刀も折れてしまった。

 それでも、オール・フォー・ワンに隙を与えるには充分であった。

「剣崎少年、ありがとう――そしてさらばだ、オール・フォー・ワン!!」

「っ――オールマイトォォォォォォ!!!」

 

 ――〝UNITEDSTATES OF SMASH〟!!!

 

 オールマイトの叫びと共に、〝渾身の一撃〟が巨悪の顔を抉った。

 その刹那、地面にクレーターができて凄まじい衝撃が生じり、至近距離でダイナマイトが爆発したかのような激しい音が鳴り響いた。 衝撃の余波で現場にいる人間は身を屈めて衝撃に耐え、上空の報道ヘリは大きく揺らぐ。

 善と悪の頂上決戦……どっちが勝っても時代が変わる、歴史的事件。

 その勝負を制したのは――拳を天に衝き立て挙げるヒーローだった。

 

『オールマイトォォォォォォ!!!』

 

 勝者は〝平和の象徴〟オールマイトだった。

 人々に恐怖のどん底へ陥れた〝悪の支配者〟オール・フォー・ワンは、大の字になるように倒れている。異形と成り果てた右腕は、元に戻っているどころか失っている。〝渾身の一撃〟はそれ程の威力だったのだ。

 不安や動揺で支配されていた神野は歓喜の声で満ち、喜びの涙を流している。

「はっ――剣崎少年は……」

 オールマイトは、慌てて辺りを見渡す。

 あの決定的な一打を与える、一瞬にして最大の隙を作った彼はどこに行ったのか。あの衝撃の余波で吹き飛んだのだろうが、一体どこまで行ったのか。

 満身創痍の身体に鞭を打って捜索を始めた、その時――

 

 ――時代の残党らしい、な……。

 

 心を締め付けるような小さい声が、耳に入った。

 その方向へ体を向けると、そこには――

「剣崎少年っ!!」

 瓦礫の鉄筋で腹を貫かれた剣崎がいた。

 出血は止まっておらず、すぐにでも治療しなければ命が危ない。

「剣崎少年、しっかりしろ!!」

 顔を青ざめたオールマイトの様子から、火永達が駆けつけた。

「刀真!!」

「これは酷い……早く救急車を――」

「……やめとけ」

『!?』

 救急隊員を呼ぼうとする御船を止める剣崎。

 先程の意思の強い目は弱弱しく、気を抜けばすぐにでも眠ってしまいそうな目付きだ。

「16年……長かった……悲願の成就こそ、ならなか、たが……次代は大丈夫そうだ……」

「剣崎少年……!!」

 憎しみと怒りと共に過ごしてきた剣崎。

 移り行く世に再び解き放たれてからは、本来の自分としては納得のいかない日々だった。学校側に制限され、狩るべき相手をすぐ狩りに行けず、中々ままならないモノだった。

 しかし、次代の正義を担う若人達を目にして安心してもいた。(ヴィラン)へ情けをかける点は未だに不満だが、人々を護るのに十分な力と揺るがぬ信念を持つものに出会えた。

「別に未練はねェさ………これで少しは、よく眠れそうだ………」

『っ……』

「――菜奈さん……」

 剣崎はそう呟いて、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 こうして、神野区で起きた善と悪の頂上決戦は幕を閉じた。

 しかし善悪の戦いはまだ終わっておらず、次の次世代へと託されたのも事実である。




次回、最終回です。
前回「あと3~4話で終わると思います」と言っちゃいましたが、あれは嘘だ。

どうか最後までお付き合いください。


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最終話:さらば、剣崎

完結です。


 翌日、世間は騒然としていた。

 まず、オールマイトがトゥルーフォームで緊急記者会見を開き、ヒーロー活動に関する今後の対応を語った。彼は会見において、まだヒーローを引退こそしないが、一線を退いて後進の育成に全力を注ぐことと〝平和の象徴〟の時代が終わりつつあることを表明した。存在しているだけで悪の抑止力となったヒーローの弱体化は、人々からして観れば不安しかないだろう。

 次に、オール・フォー・ワンと札付礼二の処遇。警察と特殊拘置所・タルタロスの関係者の発表では、オール・フォー・ワンは特例中の特例として刑の確定を待たず特殊拘置所へ入れられた。数々の犯罪の手引きや(ヴィラン)連合に関する情報を探るため、刑の執行はまだだという。札付礼二の場合は、人命を奪うような凶悪犯罪を一件も起こしてないことやオール・フォー・ワン逮捕に協力してくれたこともあり、ある程度の厚遇で入れられたという。

 そして、シックス・ゼロ。彼はオール・フォー・ワン同様の処遇で入れられたが、その際に彼は出久達によって倒された上に人質を解放させられたことを証言した。雄英の生徒が危険を冒して助けに行き、何とオール・フォー・ワンに匹敵する悪党とされたシックスを倒したことで、世間から英雄だと称賛された。しかし一方でシックスが護送される写真には刀傷らしきものが複数あり、何者かと先に戦闘をしたのではないかと一部界隈から指摘された。これについてはシックスは黙秘し、出久達も「着いた頃には傷ついていた」と語っていることから今後の調査が期待されている。

 

 

           *

 

 

 2日後、東京のとある病院。

 病室の前には〝()(むら)(ゆう)()(ろう)〟という名札が貼られている。

 しかし、病室の中に居るのは――

「刀真……無事でよかった……」

「……別にあの場で死なせてもらってもよかったんだがなァ」

 そう、剣崎だった。

 先日――衝撃の余波で吹き飛ばされ、鉄筋に腹を貫かれた彼は意識を失い、救急搬送された。賢明な手術の末に一命をとりとめ、こうして生き残ることができた。ただし手術が終わって一日も経たない内に目が覚めるとは思えなかったのか、関係者から「お前は化け物か!?」と驚かれたが。

 そんな彼は、見舞いに来たミッドナイトと共にテレビを見ている。見ているのは、浦村警視監の記者会見であった。

《何か質問は? あ、じゃあそこの君》

《東同新聞の望田です。昨日の事件でオール・フォー・ワンなる(ヴィラン)と戦っていた少年は何者でしょうか?》

《彼は自らの名に関しては黙秘しているが、オール・フォー・ワンに恨みがあるという。札付礼二とも面識があることから、彼と敵対した若い(ヴィラン)と見て調査している》

《一部界隈からは、剣崎刀真が生きていたのではという指摘もありますが?》

《彼は16年も前に死んだ。警察の公式記録にもある。世の中には自らと同じ、または酷似した顔の他人が3人いるという……偶然似ていたと断定してもおかしくない》

 浦村は記者達の追及をことごとく回避する。

 それを見ていたミッドナイトは呟く。

「本当に無かったことにするのね……」

(ヴィラン)共への怒りと憎しみを振り撒き続けたまま〝剣崎刀真(ヴィランハンター)〟はこれで死んだ……今は一市民として名も経歴も戸籍も、全てを偽って志村優太郎として生きてる」

 あの事件以降、剣崎刀真に関する情報は全て闇に葬られた。

 マスコミは剣崎が生存していたのではないかという報道をしたが、番組に出演した評論家とコメンテーターの多くが「16年も前に死んだ〝個性〟を発現できてない人間が、見た目も変わらぬまま年を取らずに生き続けることは信じ難く、理解に苦しむ」という見解を示し、警察も先程のように「神野で逮捕されたのは、剣崎と酷似していた人物である」と公表したことにより、最終的には「剣崎と酷似した(ヴィラン)」として世間で認識されるようになりそうだ。

 また、浦村の前にタルタロスの署長も緊急記者会見を行い「件の犯罪者は、特別な独房で仮釈放無しの終身刑に服すことになった」と公表した。その際に実力の高さではなく破壊主義的な思想が広まることを危惧し、タルタロスで働く全ての職員に対して全ての情報公開を禁じる特別措置を行ったことを明らかにした。記者会見に同席していた記者の多くは「国民の〝知る権利〟の侵害」と非難したが、署長の「件の犯罪者の思想が世間に広まって感化された者が暴れ始めたら、国民の生活と安全に甚大な被害をもたらす」と真っ向から論破してその場を収めた。

 雄英においても剣崎の情報は全て隠蔽され、USJの事件も剣崎のネタは徹底的に抹消された。当然生徒にも口外を禁じ、執拗なまでのもみ消しを行った。

 それは全て、剣崎の願いであった。過去の帳尻合わせのために、剣崎は己自身も殺したのだ。

「刀真の名も、呼べなくなるのかしら……」

「諦めろ、俺はもう終わったんだ。彼岸の成就こそ叶わなかったしオール・フォー・ワンとシックスに止めも刺せなかったが、まァあの状態ではどうにもならねェだろうから暫くは大丈夫だろうな」

「……」

「これでお別れだな。睡、今までせ――」

 剣崎が口を開いた途端、ミッドナイトが彼を抱きしめた。

 顔は彼女の胸の谷間に引き寄せられ、どこぞの峰田ならば血の涙を流すような光景だ。

「……何のマネだ、睡」

「餞別よ……〝ヴィランハンター〟剣崎刀真との……」

「……」

「……ここにいたのか」

「「!」」

 すると、剣崎の病室にオールマイトが訪れた。その後ろにはグラントリノや塚内達もいる。

 今のオールマイトは全身のほとんどが包帯や湿布で貼られており、見るからに痛々しそうな姿である。それでも院内を移動できるまで回復したのはさすがというところだろう。

「……病院から化け物屋敷に変わっちまったな」

「何だと青二さ――いだだだだだ!!」

 鼻息を荒くして一喝しようとした瞬間、激痛に苛まれるオールマイト。

 元からこういう人間であることを知っているからか、塚内達は苦笑いを浮かべるだけだ。

「……んで、何しに来やがったんだ即身仏」

「ガリガリから一旦離れようか、剣崎少年」

 オールマイトはよぼよぼとした足取りで剣崎のベッドの傍のイスに座る。

「……私の中にあった〝残火〟は少ない。社会は変わらざるを得ないだろう」

「たった一人に依存し続けたツケが回っただけだろうが。自業自得だ」

 今まで絶対に折れないであろうと言われ続けた〝平和の象徴〟の限界を一刀両断する剣崎。

 すると剣崎は、オールマイトの顔を見据えて冷たく言った。

「オールマイト。死柄木のクソガキがたとえ菜奈さんの家族であっても、所詮犯罪者は犯罪者……会う気なら確実に潰せ」

「!!」

「生死を懸けた戦場で迷う奴は真っ先に死ぬ……どんなに強くてもな。俺はてめェのその部分がダメだと今でも思ってるんだぜ」

 剣崎の言葉に、何も言えなくなるオールマイト。

 オール・フォー・ワンの口から語られたあの言葉を聞いた以上、オールマイトは死柄木を(ヴィラン)として見れなくなる。剣崎の言うことは、紛れも無く正論だろう。

「〝平和の象徴〟はまだ生きてるがよ……もうてめェは俺と同じ〝時代の残党〟なんだ。せいぜい次の世代を育むこったな」

「それに関してなんだが、剣崎少年……」

「……?」

 

 

           *

 

 

 そして、一週間が過ぎた。

 出久達――それと相澤――は雄英の敷地内にある新設の建物・ハイツアライアンスの前に集っていた。

 今回の一件で(ヴィラン)連合――に加えて逃げた無間軍構成員――の脅威を再確認した雄英は、これからはより危機意識を保ち生徒の命を守り育たねばならない。

 そこで雄英は、全寮制に変更した。安全性による保証が薄れ、生徒の命が危険に晒される恐れが高くなりつつある状況を終息させるためである。

 初めての雄英での寮生活に、生徒達は盛り上がるも――

「寮へ入る前に、色々棚上げた上で言わせてもらうよ――本来なら俺は、爆豪・耳郎・葉隠以外を全員除籍処分にしてる」

『っ!!』

 相澤の切り捨てた物言いに、息を呑む一同。

 彼は生徒達に一連の事件に関する思いを告げた。

「今後、暫くは混乱が続く。(ヴィラン)連合の出方が解らない以上、今雄英から人を追い出すわけにはいかねェ。行った者は勿論、把握しながら止められなかった者全て理由がどうあれ俺達の信頼を裏切ったんだ。お前らが負い目を感じるのなら、正規の手続きを踏み、正規の活躍をして信頼を取り戻してくれると有難い。まあ、今すぐにって訳じゃないけどな………報告は以上。中に入るぞ。元気でいこう」

 相澤はそう指揮するが、未だに重たい空気が支配している。

 するとその空気を打ち破るかのように、寮の側の植木の前に麦わら帽子を被った青年が現れた。彼は枝きりを用いて植木の手入れを始め、黙々と作業をこなしていく。

「せ……先生、あの人は?」

「あ、ああ………ここで新しく働くことになった志村優太郎君だ。彼もまた、この寮で職員として生活することになる」

 相澤曰く、寮を運営する以上は環境維持が必要であり、外部から募集をかけたところ彼が名乗りを上げて採用されたという。

 ヒーローどころか〝無個性〟であるという今時珍しい人間ではあるが、昔は相当ヤンチャをやってたらしくかなりの腕っ節の持ち主であるという。

(……まさか……!)

 出久は、その青年――志村に見覚えがあった。

 この得体の知れない剣呑さ、麦わら帽子の下に見える、癖のある髪。志村なる人物は、かつて自分を無償で戦闘の指南をしてくれた、あの生ける亡霊と影が重なった。

「志村さん……いや、剣崎さん!」

「……」

「放課後、また修行させてください! 僕、もっと強くなりたくて――」

「……そりゃあ喋る遺体だけじゃ頼りねェよな」

 青年は麦わら帽子を取ると、獰猛な笑みを浮かべた。

 正体は、やはり剣崎だった。

「その顔……まさか、元に!?」

「話はあとだ、とっととやるべきこと果たすんだな」

 

 

 16年の時を経て蘇った亡霊ヒーロー〝ヴィランハンター〟。

 彼は多くの悪を討ち取り、悪の支配者や大物達の討伐に人知れず貢献し、次代の移り変わりと共に〝個性(のろい)〟から解放され、静かに終わりを迎えた亡霊は影で次代を支える道を選んだ。

 

 全ては己が課した信念のため、己が描いた未来のため。

 己が人生を擲ってその手を血で染めた彼は、凶人か、それともダークヒーローか。

 

 これは、人生を狂わされ修羅の道を辿ることを決意した一人の「亡霊」の物語。

 

 

 亡霊ヒーローの悪者退治 End




今月中に終わらせられてよかった……!

約1年と2ヶ月。ここまでお付き合いしていただき皆様、本当にありがとうございました。
感想・評価貰えると嬉しいです。
ですがもしリクエストあれば、本編終了後をちょこっと投稿するかもしれません。その時はまた。

『ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~』と『浅蜊に食らいつく溝鼠』は連載中なので、そちらも読んでくれると嬉しいです。

とにかく、今までありがとうございました。『亡霊ヒーローの悪者退治』はこれで終了です。


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