IS×椎堂ツムグ、ネタ (蜜柑ブタ)
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プロローグ  不幸な出会い

いきなり、流血注意。

一夏がいきなり大ピンチ。

マッド要素有、注意。


 金色がかかった赤毛の男…は、まあ一見すると10代か20代くらいに見える男は、目の前で倒れている少年を見おろしていた。

 少年は、縛られており、自らの血の海の上にうつ伏せで倒れていた。

 周りには、少年を傷つけた男達が倒れている。全員が泡を吹いて痙攣していた。

 少年の体から流れる血は、どんどん広がり、赤毛の男の足まで汚した。

 男は、ふむっと声を漏らし、少年の傍らにしゃがみ込んだ。

 そしてツンツンとその頭をつついた。

 すると僅かに少年が呻いた。

「少年。生きてるかい?」

 どう見ても答えられる状態じゃないのは誰が見ても明らかだ。

 しかしそれでも、少年の目が微かに開いた。

「どうする?」

 男は聞く。

 少年は、ハクハクと口を開け閉めした、声が出したくてももうそんな力が残っていないのだ。

 男は、口元を釣り上げるように笑い、少年の頭をひと撫でして。

「分かった。」

 男は少年の体に触れると、男は少年と共にその場から消えて無くなった。

 

 同日。

 ブリュンヒルデの称号を得た織斑千冬の弟、織斑一夏が行方不明となった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「まったく、おまえは、唐突だよな。」

「今に始まったことじゃないじゃん。」

「しかし、この少年は…。」

 白衣の研究者は、書類を見て顔を歪めた。

「イチカだ。」

「はっ?」

「今日からあの少年は、ただの“イチカ”だよ。」

「…政府は、死亡届けを受理するってことか。」

「プロジェクトの今後のことを考えたら、安いもんでしょ。例えそれが、ブリュンヒルデの弟だとしても。」

「しかし、なぜこの少年を選んだ? もっと検体になる人間はいるだろう?」

「別に、ただの気紛れ。」

「出た。おまえの気紛れ。」

「でさ、経過は?」

「…とりあえず順調だ。あとは意識が戻るのを待つだけだ。」

「このプロジェクトが成功すれば、医療が飛躍的になるだろうね。」

「当り前だ。無限に、それも誰の体でも適合する臓器が手に入るんだ。臓器移植問題が解決すれば、下手すると世界がひっくり返るかもな。」

「成功すれば…、ね。」

 クスクスと笑う赤毛の男。

「おまえの存在価値も上がるだろう、…椎堂(しどう)ツムグ。」

「存在価値なんて、望んでないよ。俺は、やりたいようにやるだけさ。」

 椎堂ツムグと呼ばれた赤毛の男は、両手を大きくすくめた。

「…イチカ君が不憫だ。」

 

 椎堂ツムグ。

 その名は、教科書にも載っている。

 かつて世界を震撼させ、人類共通の敵として存在していた大怪獣ゴジラがいた。

 そのゴジラの細胞と人間の融合…というか、なぜそうなったのか不明だが人間でありながらゴジラの細胞を取り込んだ世界で唯一の人間であった。

 発見されてすでに数十年たっているのだが、その姿は変わりことなくまるで不老不死であった。

 ゴジラの細胞、通称G細胞を平和利用するなり、私利欲望のために利用しようとした人間達がいて、椎堂ツムグと名付けられた彼をこぞって研究対象とした。

 だが、結果は、まったく得られず、数十年たった今もその存在は持て余されている。

 その性格と、強力な超能力を使い、表向きは全世界の条約により監視・軟禁されているが、実質的に自由に行動しており、その行動を止めることは誰にもできなかった。

 だが何か騒動を起こすかと言ったらそんなことはなく、多少(?)の悪戯や気紛れを起こすことはあれど国家の指示に従って大人しくしていた。

 ところが最近になって、あるプロジェクトが立案された。

 それが椎堂ツムグの臓器を他人に移植するという研究だった。

 椎堂ツムグの細胞は、異常な再生力を誇り、例え頭部を破壊されても時間が経てば再生する。それゆえに臓器を取っても臓器が再生するので無限に取ることができるのである。

 椎堂ツムグの細胞を利用した医療への研究はこれまでの行われていたが、失敗に終わっている。

 なぜ今になってそれが急に立ち上がったのか?

 それは、あるパワードスーツの登場によるところがある。

 名を、インフィニット・ストラトス。通称IS。

 篠ノ之束が開発した宇宙への進出を目的として開発されたパワードスーツである。

 これに利用されているナノマシンの技術が医療の向上になり、椎堂ツムグの臓器移植のプロジェクトが立ち上がるきっかけとなった。

 

 そして、表舞台に公表されることのない世界規模のプロジェクトの開始から、ほどなく、椎堂ツムグの気紛れにより選ばれた検体として、織斑一夏という少年が、椎堂ツムグの臓器移植第一号となった。

 移植されたのは、心臓。

 脳に続く、もっとも重要な器官だ。

 ISによる、世界最強を決める大会で優勝した姉・織斑千冬の弟・一夏は、皮肉にもそのISからヒントを得た世界機構のプロジェクトの実験台になり、その存在が死んだことになったうえで生かされる運命となった。

 

 




なんでこんな設定にしちゃったんだろう…。

ツムグの細胞は、ゴジラ×エヴァでも書いてますが、体内に入っただけで死亡するんですが、それをISの技術を流用して克服したという流れです。

ただ臓器を動かすにあたり、複雑な仕組みが組み込まれていて、そのため椎堂ツムグと一夏は、離れられない関係性になります。


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第一話 不幸な再会

ここでの椎堂ツムグは、悪役的な立ち位置です。ISキャラ達から見て。

一夏が可哀想です。
もう一度言います、可哀想です。

こんな可哀想な一夏見たくない人は、速やかに戻ってください。


 

 IS学園。

 そこは、世界中からISのために生徒が集まる最先端の学園だ。

 ISが女性にしか扱えないため、必然的に女子学園なのだが、そこに男子が入ることになった。

 

「緊張してる?」

「……別に。」

「ま、いいけど。」

 

 ツムグは、イチカの背中をポンポンと叩いて笑った。

 イチカは、俯いておりその表情は暗かった。

 そしてツムグに引っ張られる形でイチカは、教室の前に辿り着いた。

 

「なんであんたは、そんなテンション高いんだ?」

「別にテンション高いわけじゃないよ。いつもの調子だし。」

「あっそうですか…。」

「ところで、調子はどうよ?」

「…最悪。」

「なぁに? 俺の血が足りないか?」

「違う。あんたの心臓入れられてからずっとだ。」

 イチカは、ツムグを睨んだ。

 そりゃそうだ。心臓移植されたことで生き残れたものの、死んだことにされて世界規模のプロジェクトの検体として生かされる羽目になったのだ。

 そして最近になって男でありながらISが使えると分かり、IS学園に入ることになったのだ。

 椎堂ツムグの臓器移植の初の検体であるため、まともに学校など行かせれてもらってなどいない。それでいて突然女子学園に行けと言われて喜べるはずがなかった。

 検体として管理されているが、平均的な男子としての勉学は教えてもらっているのでその辺の不安はない。

 学園に行くことになった理由は、椎堂ツムグの臓器を移植された後の経過を日常生活でどうなるか調べることと、史上初の男のIS装者であるためだった。まあ、8割がたは経過を調べるためというのが占めているのだが。

 イチカに、睨まれてもツムグは、ニヤニヤ顔を改めることなく、その視線を受け止めていた。

 やがて教室の戸から自分達を呼ぶ声が聞こえた。

「じゃあ、行こうか。」

「……。」

 イチカは、不機嫌なまま教室に入った。

 そこで、いきなり不幸な再会をすることになるなどと、ひとかけらも思うこともなく。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 このクラスの担任である織斑千冬は、持っていた出席簿を思わず落とした。

 赤毛の男の後ろに隠れるように立ってる少年が、死んだはずの弟にあまりにもそっくりだったことに。

 そしてその少年の方も千冬を見て、目を見開いていた。

「はいはい。さっさと自己紹介、自己紹介。」

 その空気を破壊したのが、ニヤニヤ笑いを浮かべた赤毛の男だった。

 副担任である山田がハッとして、二人に自己紹介をするよう促した。

「椎堂ツムグだ。まあ、この名前を聞いて何か引っかかると思ったり、アレ?って思ったりする人もいるだろう。そりゃそうだ。現代科学の教科書を開いてみな。そこに答えがある。」

 そして、教室内がざわつきだした。

 そりゃそうだ。教科書に載っているこの世で唯一の人間(?)がそこにいるのだから。

 しかも外見が、60代(!)とは思えない若々しさなのだ。驚かない方がおかしい。

「今年からこの学園で、生徒全員を相手にしろって言われたからきた。あ、勘違いしないでね? 相手って言っても、訓練の相手だから。」

 そう言ってニヤリと笑うが、誰も笑っていない。むしろ不気味がって引いてる。

「おまえが、椎堂ツムグか…。」

「初めまして。ブリュンヒルデ。」

「私はそんな名前じゃない。」

「それとも、白…。」

「織斑千冬だ。」

「織斑先生。今年からよろしく。ほら、次は、イチカだ。イチカ?」

「!!」

 その名前を聞いて千冬はまた目を見開いた。

 俯いて横を向いていたイチカは、ツムグに肩を叩かれ、ビクッとなった。

 一分ほど時間をおいて、ギリッと歯ぎしりをしたイチカは、前を向き、だが俯いたまま。

「…い…、イチカです。」

 そう言った後。

「…以上です。」

「ほら、ちゃんと顔上げて。」

 そう言ってツムグは、イチカの顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。

 

「一夏!?」

 

 ガターンっと椅子を蹴飛ばすように立ち上がった女子生徒がいた。

 黒髪で、ポニーテールで、胸が中々に発育が良い少女だ。

「一夏じゃないよ。イチカだよ。」

 ツムグが、わざとらしくそう言いながらイチカの頭を撫でまわした。

 千冬が何か言いたげにツムグを睨んでいたので、ツムグは、視線だけ千冬に向けた。

「詳しい話は、授業が終わった後で。」

 そう言って口元を釣り上げて見せた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 授業が終わった後。

「どういうことか説明してもらおうか。」

「どうって?」

「貴様、それを言ったのはそっちではないか。」

 千冬に睨まれても、ツムグは、ヘラヘラとしていた。それが余計に千冬の神経を逆なでし、ますます千冬の眼力を鋭くさせた。

「じゃあ、何から聞きたい?」

「イチカのことだ。彼は…、私の弟の織斑一夏ではないのか?」

 なお、この場にはイチカはいない。医務室に設けられた彼専用の検査室にいる。

「だとしたらどうする?」

「なぜ一夏が生きている?」

「それって生きてちゃ困るってこと?」

「そんなわけない!!」

 千冬は絶叫した。

「政府は、一夏の死亡届を私に出した! なのになぜ一夏がいる!」

「イチカは、検体なのさ。そのことは資料で送ってるはずだけど。」

「!? 確かに世界規模の極秘一大プロジェクトの検体が学園で経過を見るという資料はあったが…。」

「イチカって書いてなかった?」

「一夏だとは思わなかった!」

「残念だけど政府に取り合ったって、イチカが検体だって事実は変えようがないよ。もう実験されてるからね。」

「一夏になにをした!」

「移植したのさ。」

 ツムグは、自分自身の胸を指さした。

「コレ(心臓)をね。」

「貴様の心臓を…!?」

「イチカは、ある現場で心臓を撃たれてね。もう心臓がダメになって、移植が必要だったわけ。それで俺の心臓を。」

「なぜ、一夏なんだ!?」

「たまたまだよ。俺があの場で誘拐犯たちを倒して、それから俺が推薦したわけ。」

「貴様!!」

「じゃあ、一夏が出血多量でそのまま死ねばよかったんだ?」

「っ!!」

「あんたは現場を見てるだろ? あの血の量じゃもう病院に送っても間に合わなかったよ。まあ、仮に間にあったとしても移植する心臓が見つかるって可能性は低かったんじゃないかな?」

 両手をすくめて喋るツムグ。千冬は血が垂れるほど拳を強く握りしめ怒りに震えていた。

「推薦したのは俺だけど、受理したのは政府だ。ブリュンヒルデの弟だろうが、一大プロジェクトの方を取ったのさ。今のところ経過も良好だし、これが成功すれば世界中でどれだけの人間が命を救われるだろうねぇ?」

「そのために、一夏に犠牲になれと?」

「一夏含めてさ。成功すれば一夏は自由になれる。」

 ツムグがそこまで言うと、千冬はグルッと背中を向けて歩き出そうとした。

「一つ言っておく。俺からイチカを引き離そうだなんて考えない方がいい。」

「なっ…。」

 千冬が振り返った。

「まだ俺が必要なのさ。」

 その時、ツムグが持っている通信機が鳴った。

「はいはい。じゃ、俺は医務室に行くから、ついて来るならどうぞ。」

「何をする気だ?」

「俺がイチカから離せない理由さ。」

 そう言ってツムグは、歩き出した。千冬は慌ててその後を追った。

 医務室に行くと、数名の医者と思われる人間達に囲まれ、ベットで横になっているイチカがいた。

 イチカは、胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。

「ツムグさん。」

「はいよ。」

 ツムグは、懐から拳銃のような形の注射器を取り出すと、自分の首筋に針を刺した。

 そして血液を拳銃型の注射器についている小さなビンみたいな部分に満タンにすると、針を抜いた。

「はい。」

「どうも。」

「何をする気だ!」

「ツムグさん…。」

「いいのいいの。どうせ遠からずバレてたって。」

 千冬を手で制しながら医者達にツムグが言った。

 拳銃型の注射器を受け取った医者は、それをイチカの首筋に打ち込んだ。

 一瞬にして体内に流し込まれるイチカは目を見開いてビクビクと痙攣した。

「一夏!」

「まあまあ。見てなって。」

 ビクビクと痙攣し涙を流すイチカ助けたくて動こうとする千冬をツムグが掴んで止めた。

 痙攣はやがて治まり、呼吸がどんどん楽になっていき、やがて目を瞑った。

「ん。治まったね。」

「……どういうことだ?」

「どういうことって? ああ、俺からイチカを離せない理由がコレさ。」

「貴様の……血…を…。」

「ま、臓器移植は、まだまだ始まったばっかりでね。定期的に血をあげないと体が拒絶反応を起こすみたいでさ。でもこれでもまだだいぶマシになった方なんだよ?」

「なんてことを…。」

「そうそう、織斑先生。なんでこのプロジェクトが発足されることになったのか理由を教えようか?」

「なんだ…。」

「ISのナノマシンが医療にも使えるって分かったからだよ。」

「!?」

「つまり、ISが登場しなかったら、俺の臓器移植のプロジェクトなんて立ち上がらなかったわけ。」

「ーーーそ、そんな…。」

 

「逆に言えば、ISがあったからこそ、持て余していた“資源”を使うことができたわけですよ。」

 

 そこへ、白衣の初老の女が現れた。

「その点においてだけは、篠ノ之博士には感謝していますよ。」

「あ…、あいつは、こんなことのためにISを作ったんじゃない!!」

 千冬が殴りかかりそうな勢いで叫んだ。

「結果的に“そうなった”、だけですよ。」

 初老の女は、まったく動揺のどの字もない様子で冷静にしゃべり続けた。

「こんな非人道的なことが許されると…。」

「許されましたよ。」

「なんだと!?」

「あなた個人が許さずとも、世界機構が許しました。世界が今、このプロジェクトに注目しています。そして、このプロジェクトが潰えるということは、それはすなわち、イチカ君が死ぬことです。」

「一夏が死ぬ!?」

「我々のチームが用意した設備と、ツムグさんがいなければ、彼は死にます。死んでもよいのですか?」

「っ!!」

「分かったならば、あまり口出しをしないことです。成功さえすれば、イチカ君は自由の身になるというのは、ツムグさんから聞いているでしょう? 成功することを祈ることです。」

「…成功しなかったら、どうなる?」

「それは、あなたの知るところではありませんよ。ここにいるのは、織斑一夏ではなく、検体のイチカなのですから。」

 

「ちふゆ…ねぇ…。」

 

 弱々しいイチカの声が聞こえ、千冬はハッとしてイチカの方を見た。

 イチカは、ベットから肘を使って身を起こし、顔を青くさせていた。どうやらさっきまでの会話を聞いていたらしい。

「一夏…。」

「千冬姉…、ごめん。」

「なぜ謝る! おまえの責任じゃない!」

「はいはーい。授業が始まるよ。織斑先生、行かないと。」

「貴様、どけ!! 離せ!!」

「イチカ次の授業休んだ方がいいから、このままここにいさせるから。じゃ、そういうことで。」

 フフフッと笑いながらツムグは、医務室の外へ千冬を引っ張っていき、そのまま閉めだした。

 扉に鍵をかけると、ドンドンと叩く音がしたが無視。

 ツムグは、イチカがいるベットの傍にある椅子に座り、足を組んだ。

「さてさーて、どうなるかな? この先…。」

「千冬姉…。」

 イチカは、さめざめと泣いていた。

 ツムグは、横目でイチカを見ながら、自分の頭の後ろに自分の両手を持っていった。

「まず、篠ノ之博士に連絡するだろうな。ま、何をしてこようと意味ないけど。」

「千冬姉…。」

「イチカ。あんまり泣くと体に障るよ?」

「っ…、誰のせいだと…。」

「そうだな。俺の所為だ。だけど、君が望んだことでもあるんだよ? “生きたい”って。」

「…揚げ足とりやがって…。」

「好きなだけ怒ればいいよ。好きなだけ憎めばいいよ。それが君が生きる力になるんだから。」

 ツムグは、にっこりと笑って、そう言った。

 

 

 

 




これは、一夏を取り戻すための話になりそうです。

現段階でここまでしか書いてないので、次はいつ更新になるか分かりません。

一夏の性格改変ってタグ入れた方がいいですか?


なお、ツムグは、白騎士事件のこととか全部知ってる。


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第二話  セシリアの失言と、イチカの苛立ち

とりあえず、書けたら上げる。
これで行きます。

今回は、セシリアとの接触。
セシリアの発言についてのツッコミと、決闘の約束。
強引な展開です。


 

「千冬さん!」

「箒か…。」

「あの…。」

「待て、場所を変える。」

 千冬は、箒を連れて、裏校舎に行った。

「千冬さん、彼は…、一夏…でしたよね?」

「…ああ。」

「どうして!? 死んだと聞いてました!」

「生きていたんだ…。」

「今、一夏はどこに!?」

「医務室にいる。」

 千冬がそう言うと、箒は踵を返して駆けだそうとしたが、千冬に掴まれて止められた。

「なぜです!?」

「…奴がいる。」

「やつって……?」

「椎堂ツムグだ。」

「! あれは本物の椎堂ツムグなんですか!?」

「奴が一夏の傍にいる。奴がいる限り一夏に近づけん。」

「なぜ!?」

「それは…。」

 ここで医務室であったことを箒に話すべきなのか、千冬は躊躇した。

「すまない…。」

「なぜ、謝るのです?」

「私の力が至らないばかりに…。一夏は、一夏は…。」

「千冬さん…。」

 箒は、こんな弱った千冬を見たことがない。そこまで彼女を追い詰めるようなことがあったのか?

 その時、授業開始のチャイムが鳴った。

「…授業が始まる。教室に戻れ。」

「ですが!」

「いいから戻れ。」

「っ…。」

 千冬に強く言われ、唇を噛んだ箒。

 言われるまま教室に戻ると、イチカがいた。箒の隣の席だった。

「一夏!」

「……。」

「一夏?」

「はいはーい。篠ノ之さん。授業に集中、集中。」

 教室の後ろに立って背中を壁に預けているツムグがいた。

 箒は、ツムグの方を睨んだ。だがツムグは、ヘラヘラした顔を崩すことなくそこにいた。

 やがて授業が始まり、その後、クラス代表戦の代表を決めることになった。

 クラスの女子達は、こぞってイチカを推薦した。これは、ISの男性操縦者だからであろう。

「な、なんで俺が…。」

「まあ、珍しいからねぇ。やっぱ売りにしたいんだろうね。」

「納得いきませんわ!」

 そこへ異議を唱えたのが、このクラスにいるイギリスの代表候補生、セシリアだった。

「たかがISを動かせたからと言って、素人の男を代表にするなどどうかしていますわ!」

「俺だって好き好んで動かしたわけじゃないぞ。」

 セシリアの言い分に、ムッとしたイチカがそう反論した。

「まあ! なんですのその態度は!」

「やりたきゃ、あんたが勝手にやれよ。なんで立候補しないんだよ。」

「それは、確かにその通りだね。」

 ツムグは、イチカの言い分に同意した。

 そしてカッとなったセシリアは、とんでもない爆弾を落とした。

「わたくしは、物珍しいという理由で極東のサルにクラス代表にさせるのは困ると言っているのですわ! わたくしは、このような文化としても後進的な島国にまでISの技術を修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭もございませんわ!」

「こらこらこらこら。」

「あなたこそなんなんですの! まったくたかが教科書に載ってるだけで男が歩き回っていいというわけであるませんわよ!」

「いや、そうじゃなくて。周り、周り。」

「なんですの? …っ!?」

 セシリアは、周りからの視線に気づき顔色を無くした。

「セシリア・オルコットさん。イギリスの代表候補生がそんな異文化差別発言をしたら…、国際問題…。しかもここは、日本だし、ISを作ったのは、日本人だし、ブリュンヒルデって呼ばれてる伝説的なISの装者も日本人だけど?」

 ツムグが、あちゃーっとわざとらしく額を押えて言った。

「オルコット。」

「っ、お、織斑…先生…。」

「今の発言は、代表候補生としてあるまじき発言だ。このことは、正式にイギリスに通達する。」

「そ、それだけは!」

「ならば、謝れ。そして先ほどの発言を撤回する誠意を見せろ。」

「うぅ……、み、皆さん…、ご、ごめんなさい。先ほどの発言を撤回しますわ。」

「馬鹿だな~。」

「確かに。」

「っ! そこの二人、なんですの!? わたくしが頭を下げているというのにその態度は!」

「だって、代表候補生の癖にあんな発現軽々しくできるってことは、普段からイギリス以外を馬鹿にしてるってことだろ?」

「そんなことはありませんわ!」

「じゃあ、なんなんだよ、さっきの発言は!」

「っ! 決闘ですわ!」

「はあ?」

「先ほどからわたくしを馬鹿にするようなその態度、もう我慢なりませんわ! わたくしが直々に叩きのめして、その態度を改めさせますわ! そしてこの学園内を歩けなくさせてあげますわ!」

「なんでそうなるんだよ?」

「イチカ! おまえは、挑発し過ぎだ。オルコットも落ち着け。」

「いいえ! ここで引き下がっては、わたくしの負けですわ!」

「……いいぜ。その喧嘩、買った。」

「イチカ!?」

「おー、言うねぇ。」

 驚愕する千冬。反対に感心するツムグ。

「ちょうどイチカの専用機ももうすぐ届く頃だし、発注元もデータ欲しがってるからいいんじゃないか?」

 ツムグは、ニヤニヤと笑った。

 そして、パンパンっと手を叩いて。

「じゃあ、十日後。クラス代表を賭けて戦うってことでオーケー?」

「なぜおまえが決める!?」

「俺の発言権は、世界機構規模で保証されてますよ。織斑先生。」

「なっ…。」

 千冬だけじゃなく、クラス中がその言葉に固まった。

「じゃ、そういうことで。頑張ってね。二人とも。」

 ツムグは、イチカとセシリアを交互に見てそう言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「なぜ、あんな風にオルコットに喧嘩腰になった?」

「……イライラしたから。」

 一日が終わった後、医務室でイチカは、千冬にそう言った。

「この学園に来てから…、いや、学園に行くことが決まってからずっとだよ。なんで俺がって…、それにあいつの発言も酷かったから…。」

「一夏…。」

「俺は見世物なんかじゃない…。クラス代表なんて嫌だ。」

「でも喧嘩は買ったんだから、勝てば代表だ。それとも、わざと負ける気?」

 ツムグの言葉を聞いて、イチカは、ツムグを睨んだ。

「誰が負けるかよ。喧嘩を買ったのは俺なんだから、負ける気なんてない。」

「うんうん。その意気その意気。」

 ツムグは、笑いながらうんうんと頷いた。

「しかし、一夏の特訓はどうする気だ?」

「俺がするよ。」

「おまえは、ISを使えないだろう。」

「使えるよ?」

「なんだと!?」

「使おうと思えば使える。使おうと思わなきゃ使えない。正直邪魔くさいけど、イギリスの専用機相手を想定した特訓はしなきゃね。」

「結局、あんたが相手かよ…。」

「特訓も、今後の経過を見るための大切なデータ取りだからね。俺がついてないと何が起こるか分かったもんじゃない。心臓がまだ万全じゃない以上、それは避けられない。」

「…ちくしょう。」

 イチカは、吐き捨てるように言った。

「私も特訓に付き合う。」

「それはダメ。」

「なぜだ!」

「それじゃあ、織斑先生が一人の生徒を贔屓していることになる。あなたは、教師だ。あくまでも公平であるべきなんだ。ブリュンヒルデの二つ名が仇になったな。」

「っ!」

「それに、ただでさえ世界機構が後ろ盾でついてるんだし、これ以上のハンデはないだろう。…んで、守代(もりよ)ちゃーん。特訓はいつからできそう?」

 守代とは、前回千冬に対して冷静に対処した初老の女のことだ。

 ちなみに、彼女は、イチカの体の調整と経過を見るチームのリーダーでもある。

「ナノマシンの調整を今夜控えているので、明日からならいいですよ。」

「じゃあ、明日からだね。」

「分かった…。」

「一夏…。」

「なに?」

「…無理だけはするな。」

「…うん。」

 千冬の泣きそうな声に、イチカも泣きそうなりながら頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 医務室から出た千冬を、箒が出迎えた。

「千冬さん…。」

「ずっとそこにいたのか?」

「一夏の特訓は、あいつが?」

「聞いていたか。」

「……一夏は、昔はああじゃなかった。」

「ああ。だがそうならざる終えない状況に立たされているんだ、あいつは。」

 

「なんだったら、訓練の始終の見学する? 篠ノ之箒ちゃん。」

 

 いつの間にか医務室の戸から顔を出していたツムグがにやついた顔で言った。

「き、貴様…、どういうつもりだ。」

「どうって? 織斑先生がついていられないなら、幼馴染がついててやってもいいんじゃないかって思って。それだけ。」

 ツムグの口から、イチカと自分が幼馴染だということが吐かれ、箒は目を見開いた。

「なんで知ってるかって? 君とイチカの出身校が途中まで同じだったからね。調べればすぐわかるって。」

 ツムグは、なんてことはないと両手をすくめた。

「箒…。すまないが…、出来うることなら、一夏についててやってくれないか?」

「千冬さん…。はい。」

 申し訳なさそうに言う千冬に、箒は頷いた。

「じゃ、決まりだね。明日、全部の授業が終わったら医務室へおいで。」

 ツムグは、そう言うと、医務室の中に戻っていった。

 

 

 医務室に戻ったツムグの内ポケットにある通信機が鳴った。

「はいはーい。…えっ? マジで? やるの? 別にいいけど、いきなりは、かなりショッキングだと思うよ? あっ? 戦場におけるメンタル強化のため? ISって宇宙開発の目的のはずなのに、すっかり兵器だもんねぇ…。あっ、こっちの話。じゃっ。」

 ツムグは、通信機をきった。

 ふと見ると、イチカがツムグを見ていた。

「なに?」

「あんた…、何する気だよ?」

「何するって…、頼まれごとだよ。上からのね。」

 ツムグは、何のことはないと言いたげに両手をすくめた。

 先ほどのツムグの言葉から、イチカは嫌な予感がした。

 




次回は、特訓回かな。
白式がセシリア戦との前に到着します。

ツムグは、使おうと思えばISが使えるということにしました。ただ本人的には、邪魔くさいと思ってる。

セシリア戦イベントでは、ツムグが学園に呼ばれた本当の意味が行われる予定です。


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第三話  イチカの特訓

特訓なんてさせて大丈夫なのか?

A.多分いける。たくさん医者と科学者がついてるからね。


 翌日の夕方。

 体育館で、一夏の特訓が始められることになる。

「これがイチカの専用機だね。名前は、白式(びゃくしき)か。」

「…白い。」

 そこには、白い機体が置かれていた。

 倉持技研が製作したISである。

「まずは、装着してください。体内のナノマシンと白式のナノマシンとの伝導状態を計ります。」

「椎堂さんは、打鉄(うちがね)をご使用ください。」

「はいはーい。」

「……。」

「イチカー。怖いの?」

「こ、怖くなんてない!」

 ツムグの言葉に一瞬肩を跳ねさせたイチカだが、すぐに持ち直してスタッフ達の手を借りて白式を装備し始めた。

 様々な機器が体育館に持ち込まれており、機材のほとんどのコードが白式に取り付けられていた。

「ハイパーセンサー、正常に作動中。」

「最適化処理完了まで、あと40秒。」

「イチカの心音、脈共に正常です。」

「とりあえず、大丈夫そうだね。」

「あなたが言うのならそうなのでしょうね。」

「なんだよ! こっちは、何が起こるか分からなくて冷や冷やしてるのに!」

 ツムグと守代の会話を聞いたイチカが怒った。

「最適化完了。」

「へえ、これが白式か。綺麗だね。」

 すべての最適化が済んだ機体は、白く、美しかった。

「ツムグさん。早く打鉄を装備してください。」

「はいはい。あー、邪魔くさ。」

 守代に急かされ、ツムグは、ブツブツ言いながら打鉄を装備した。

 ツムグとイチカは、体育館の中央に開けた場所で、十数メートル離れて向き合った。

「イチカ。イギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんの、ブルーティアーズは、遠距離射撃型だ。ハッキリ言って、遠距離装備のない白式じゃ、とんでもなく勝つのは難しいと思う。」

「いきなり言うなぁ…。」

「ただ白式は、スピードにおいては、学園最速だ。それを利用しないとまず勝てない。というか、勝負にすらならないだろう。」

「つまりスピードで、攻撃を回避しながら攻撃しろってことだろ?」

「ま、そういうことだね。俺は、事前に見たブルーティアーズの戦闘映像を真似て攻撃を行うけど。イチカは、まず体を慣らすことから始めよう。そもそも専用機乗ったのがこれが初めてなんだから。」

「分かった。」

「まず初歩中の初歩。移動からだ。ゆっくりでいいからまっすぐ動いてみて。」

「分かった。」

 イチカは、前に前進した。

「よしよし、安定感は良し。次に止まる。良し。」

 止まるよう言った途端に止まれたことを褒めた。

「次に最速状態で前進。それから停止。壁にぶつかる前にね。」

「む、難しいな…。」

 イチカは、瞬時加速を起動させ、最速で前進した。

 そして、壁にぶつかった。

「うぐ…。」

「ほら、早く立って。もう一回。できるまでやる。」

 壁に顔を押し付けた状態でズルズルと床に倒れていくイチカに、ツムグは、容赦なく言った。

 その後、何度も壁にぶつかりながら、数時間して壁にぶつからなくなった。

「は~、もっとかかるかと思ったけど、センスいいね、イチカは。」

「そりゃ、どうも…。」

「次は、好きな時に、止まって、方向転換。」

「まだ移動の練習かよ…。」

「武器を使えても、足がついていけなきゃ途中でこけて倒れて良い的になるだけだよ。我慢我慢。」

「くそ!」

 イチカは、悪態をつきながらも、言われたとおりに練習を続けた。

 スピードについていけず、絶対防御により、体育館内をバウンドしながら移動の練習を続けた。

「うっ…!」

「イチカ君の心臓に異常発生!」

「燃料(※ツムグの血)切れか。」

「一夏!」

「どいてください!」

 イチカに駆け寄ろうとした箒をスタッフが押しのけ、事前に採取しておいたツムグの血を首筋に注射した。

「うぅ…ああぁ…。」

「一夏、一夏! 貴様ら、一夏になにを!?」

「あれは、イチカ君に必要なことですよ。」

 激昂する箒に守代が冷静に答えた。

 やがてイチカは、起き上がった。

「今日のところは、ここまでにする?」

 ツムグが聞くと、イチカは、ハアハアと荒い呼吸を繰り返しながら、唇を噛んで渋々頷いた。

 そして白式を解除すると、イチカは、倒れ込んだ。

「一夏!」

「医務室へ搬送を。」

「一夏、一夏!」

「大丈夫。死なないから。」

 担架で運ばれていくイチカに駆け寄ろうとする箒を、ツムグが止めた。

 箒は、ギッとツムグを睨んだ。

「なぁに?」

「一夏に何をしたんだ!」

「それはね…。」

 ツムグは、千冬にした説明を箒にもした。

 箒は、ツムグの心臓がイチカに移植されていることと、モンド・グロッソでのイチカ誘拐事件時にイチカが死亡寸前に追い詰められていたこと、移植はイチカを救うためであり、そもそもツムグの臓器移植プロジェクトが立案されたのが、自分の姉である篠ノ之束が開発したISによるところあると知り愕然とした。

「そんな…。」

「ISがなかったら、そもそも俺の臓器なんて移植できなかったよ。」

「あの人がISなんて作ったから…。」

「イヤむしろ、幸運だったんじゃないかな? ISがなかったらイチカはあそこで死んでたと思うよ。」

「だがISがなければ、ISの大会など行われず、一夏が誘拐されることもなかった!」

「…それもそうだね。」

 ポニーテールを振り乱し、涙を零す箒に、ツムグは、表情を無にして呟いた。

「全部、全部あの人の所為だ!!」

 箒は、泣き崩れ、その場に両膝をついて叫んだ。

 ツムグは、知っている。箒は、束がISを開発したため一家離散という悲しい経験をし、その後も篠ノ之束の妹として日本全国を転々とさせられ、束が行方をくらましてからは、執拗な尋問や監視を受け不遇な青春を送り、そして学園に強制的に入学させられたことを。

 箒の中で、束への憎しみは増大しただろう。

「そもそも俺がいなければ、イチカは、一夏でいられたかもね。」

「…なに?」

「俺が検体として一夏を推薦しなければ、一夏は、君の隣にいられたかもしれない。そういう未来がありえた。」

 ツムグは、ヘラッと笑った。

「…なぜ、一夏を選んだ?」

「気紛れ。」

「…貴様ぁ!!」

 箒は立ち上がり、ツムグに掴みかかった。

 ツムグは、箒に首を掴まれたがヘラヘラした顔でそれを受け入れた。

「プロジェクトが成功さえすれば、イチカは自由だ。俺の力なしに心臓が正常に動けばね。」

「っ…。」

 すると箒の目の色が変わった気がした。

「ま、君の自由だけど。」

 ツムグは、そう言い、ヒラヒラと手を振りながら立ち去って行った。

 残された箒は、ツムグの後姿を見つめていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その翌日。

「移動は、できるようなったし。次は武器を持ちながら動いてみようか。」

「やっとか。」

「まずは、武器を展開してみて。」

 言われたイチカは、雪片弐型を展開した。

「なるほどねぇ。他の性能で圧迫されて他の武装が乗せられないのか。」

 ツムグは、事前に見ていた白式の資料を思い出して呟いた。

「刀一本でどうしろってんだよ…。相手は、遠距離射撃型なんだろ?」

 その刀が姉がかつて使っていた雪片であろうと、イチカは喜べなかった。

「その代り、ワンオフアビリティがすぐ使えるんだよね?」

「ああ、うん。……えっと、コレ…、零落白夜(れいらくびゃくや)?」

「それだ。確かシールドエネルギーを武器転換して、ISの絶対防御を無視して、本体を攻撃できる、まあ言ってしまえばISの天敵だな。」

「…ちょっと待て。それだと本体はどうなる?」

「つまり?」

「いや、だから…切られた本体は?」

「死ぬ。場所が悪かったら。基本的なISのあの格好だと、手足も逝くかもしれないなぁ…。」

「そんな武器いらねぇ!!」

「まあまあ、武器や装甲は壊しやすいと思うぞ? 何せ絶対防御を無視するんだから。」

「それでもいらない…。」

「じゃあ、こうしよう。いかに相手を殺さないように、戦闘不能に追い込むか。これで行こう。」

「ええー!」

「ブルーティアーズは、ビットを装備してる試作機だ。ビットさえ無力化すればかなり有利になるはずだ。ビットを切り落とす練習をしよう。」

「でも打鉄にビットは…。」

「俺がサイコイリュージョンで、ビットを擬似的に作ってやる。それを切れ。」

 ツムグが片腕を振るうと、四つのビットが中空に出現した。

 まるで実体があるかのような見事な再現率とリアル感に、イチカだけじゃなく、箒もあんぐり口を開けた。

 なお、守代を始めとしたスタッフ達は慣れてるので微動だにしなかった。

「さあ、さあ。始めようか。あ、そうそう、ビットの攻撃は、そのまま擬似的に痛みになって襲って来るから撃たれても大丈夫だなんて思わないことだよ。」

「なんだとぉ!?」

「そーれ!」

「うわあああああ!」

 襲い掛かってきた幻のビットからイチカは、咄嗟に後方に下がって逃げた。

「逃げちゃダメ。」

「そ、そんなこと言われても…。」

「一夏ーー! 男なら根性見せろーーー!」

「ちょっと黙ってろ箒ぃぃぃぃ!」

「ほらほらほらほら~、逃げてばっかりじゃそのうち負けるぞ?」

「痛い痛い、痛いって!」

 ビットから放たれる幻のビームやミサイルが当たり、白式のSEを削らず、イチカの脳が痛みとして錯覚して痛みを感じていた。

「イチカ君の心音が激しく乱れています!」

「ツムグさん。負担をかけすぎないでください。」

「ダメダメ。本物のブルーティアーズの動きをさせてないんだからこれができなきゃ勝てないよ?」

「ぐ…、こ、……このぉぉぉぉ!」

 撃たれっぱなしだったイチカは、雪片を振り、ミサイルを切った。そして頭を下げ、レーザーを避ける。

 そしてビットの一つの下に潜り込むと、それを切り裂いた。

 切り裂かれたビットの一つは、チリのようになって消えた。

「や、やった!」

「隙あり。」

「あっ。ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

「一夏ああああああああああああああああ!!」

 下に潜り込んだ時の無理な体勢で止まってしまったため、残るビットの的になり、集中砲火を受けてしまった。

 白式を装着したまま、イチカは、うつ伏せで倒れ、ピクピクと痙攣していた。

「ツムグさん。やり過ぎですよ。」

「痛みを覚えるのも特訓の内だよ。」

 守代に窘められても、ツムグは、ヒラヒラと手を振って何のことはないように言った。

 少ししてやっと起き上がったイチカは、中空に浮遊する幻のビットを見て恐れをなし、特訓にならなかった。

 そうしてこの日の特訓は終わった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その翌日。

 再び幻のビットによる特訓を開始しようとしたが、イチカが過呼吸を起こした。

 それでも踏ん張ってビットを切ろうと頑張ったが、一つだけしか切れなかった。

「ビットが怖くなっちゃったか…。これだとブルーティアーズを前にしたら過呼吸で棄権ってことになるぞ?」

「そ、それだけは…、避け…る…。」

「紙袋持ってきて。はい吸って、吐いて、吸って吐いて。よーしよし。」

「…次は、全部…切る!」

「……やろうか。」

 イチカが落ち着いたところで、再び幻のビットを出現させ、攻撃を開始した。

 イチカは、ギリギリまで攻撃を引きつけ、ギリギリで避け、まずひとつ目を切った。

 続いて後ろ回り込んでいたビットをしゃがんで避けると、下に潜り込んで切り、左右から攻撃を仕掛けて来た残る二つのビットを回転して二つ同時に切った。

 すべてのビットを切り終えた後、静寂がおとずれた。

「おお…。よくできました。」

 ツムグは、拍手した。

「やったな、一夏!」

「やったぜ、箒…。」

「じゃあ次は、ブルーティアーズを真似た模擬戦をしようか。」

「………へっ?」

「ブルーティアーズの試合映像を真似して、戦って見せるから、頑張って、ね?」

 ブウンッとブルーティアーズとそっくりの幻のビットが出現し、そして打鉄までブルーティアーズの姿に変わった。

「えっ、ちょ、まっ!!」

 

 イチカの悲鳴が木霊した。

 

 そして再び担架で運ばれていった。

 

 




一夏、原作より強化。
姉と同じ武器にたいして文句言う。
もうだいぶ原作の一夏からかけ離れてますね。

人間は、錯覚でも死ぬらしいので、幻覚系超能力による攻撃で痛みを感じるし、下手すると死にます。
ハイパーセンサーが実体を認識しないためSEは削れません。


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第四話  対ブルーティアーズと、ツムグが学園に来た理由

後半、残酷描写。
ツムグの頭がパーンします。注意。


 

 教室でのひと悶着から、十日後。

 ついにセシリアとの決闘の日を迎えた。

 先に試合会場のステージに立ったセシリア。その数分後からイチカが白式を装備して来た。

「あら? 逃げずに…、って…、どうしましたの?」

「…別に。」

 セシリアが嘲りの表情で迎えようとしたが、まず一夏の顔色の悪さにギョッとしてしまった。

 なんというか、ゲッソリしている。もうなんか修羅場を潜り抜けましたっと言う感じだ。

「だ、大丈夫ですの?」

「…敵の心配してる場合かよ。」

「まあ! 人が心配しているのになんですの、その態度は!」

「とっとと始めるぞ。」

 

 そして、試合開始のブザーが鳴った。

 

「お別れですわね! 踊りなさいブルーティアーズ!」

「ふん!」

 早速ブルーティアーズの四つのビットがレーザーを発射して来た。さらにライフルにより追加射撃も含まれた。

 イチカは、鼻息を思いっきり漏らすと、身を低くして、左右にステップを踏みながら最速で全部避け、セシリアの目と鼻の先に接近した。

「えっ?」

 セシリアは、キョトンっとしてしまった。

「うらあああああ!」

「きゃあああああ!」

 セシリアが咄嗟に両手で顔を庇うように動くと、イチカは、セシリア本体を無視して、周りのビットを切って破壊した。

「えっ? あ…。」

「弱いな…。」

「なっ!?」

「ちきしょう、なんのための特訓だったんだよ!」

 イチカは、セシリアの腹に蹴りを入れて転がした。

 しかしすぐにセシリアは、態勢を整えた。

「わ、わたくしが弱い…!?」

「敵が目の前に接近しただけで咄嗟に手で頭庇うなんてさ…。普通ならそこで近接武器で応戦だろ。」

「っ! 言いましたわね!」

 セシリアは、近接武器であるインターセプターを展開した。

「ブルーティアーズは六機あってよ!」

「おまえ、それ頼りかよ!」

 新たなビットから放たれたのはミサイルだったが、イチカは、雪片でそれを切り、セシリアに雪片を切り上げるように刃を振った。

 セシリアは、それをインターセプターで、迎え撃つが素早く振られる雪片により根元からインターセプターが切られた。

「そんな!」

「近接攻撃は得意じゃないみたいだな!」

「くっ! 離れなさい!」

「うるせぇ!」

 叫んだイチカは、雪片を振り回し、どんどんセシリアのSEを削りまくった。ただし本体を避けて。

 

『セシリア・オルコット。全武装破壊により、試合続行不可能と判断。よって、勝者。イチカ。』

 

 試合終了のブザーが鳴り、そんな放送拡声器からツムグの声が聞こえ、そう言った。

 

「……。」

「ま、待ちなさい!」

「試合は、俺の勝ちだ。じゃあな。」

 追いすがるセシリアを振り切り、イチカは、ピットに戻った。

 

 セシリアは、知らない、この後に、恐ろしいイベントが待っている…。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ピットに戻ったイチカは、白式を解除し、用意されていた椅子に座り込んだ。

 すぐにイチカの経過を見るチームのスタッフ達が、イチカの体調チェックに入る。

 その間、離れた場所で、千冬は、ツムグと会話した。

「たった十日で、代表候補生を倒させるとはな…。」

「イチカのセンスがかなり良いからだよ。さすがは、ブリュンヒルデの弟だ。」

「そうか…。」

 そう言われても千冬は、複雑そうな顔をしただけだった。

「それに彼女自身にも慢心があっただろうね。代表候補生が素人に負けるはずがないって。それに彼女は戦場を知らない。」

「…聞いた話だが、何をする気だ?」

「俺がこの学園に呼ばれた理由だよ。」

「…嫌な予感しかせんぞ。」

「そう?」

 

 その後、ダメージを回復させたセシリアは、なぜかまた試合会場に出された。

「? 何をしますの?」

「はいはーい。どーも。」

「!?」

「観客のみなさーん。ちゃんと見ててよ。」

「な…、生身で!? 何を考えていますの!?」

 ツムグは、生身でセシリアと対峙した。

「これから、俺がなぜ学園に呼ばれたのか、生徒さんたちに説明しようってことになったから。」

「だからと言って…。」

「じゃあ、始めるよ。」

 

 試合開始のブザーが鳴った。

 

 スッとツムグは、片腕を前に出した。

「?」

 セシリアが不思議がっていると、ツムグは、ギュッとその手を握りこぶしを作った。

 その瞬間、セシリアのブルーティアーズのハイパーセンサーが警報を発した。

 そしてどんどんSEが削られ始めた。

「な、なんですの!?」

「この試合ステージの範囲で、すべての空気を消した。」

「!?」

「つまりこのステージは、現在真空状態。酸素のない宇宙空間と同じだ。SEが削られているのは、無酸素状態から本体を守るためだ。だがSEが切れればどうなる? 知ってるか? 宇宙空間に、人間が生身で放り出されると……、体が破裂するんだよ。」

「!!」

「さあさ。SEが切れる前に、俺を倒してこの空間を解除しないといけないよ。じゃ、なきゃ、君は死ぬ。それも無残で残酷な姿で…。」

「そ、そんなこと…。」

 セシリアは、理解してしまった。理解させられてしまった。

 相手は生身だ。こちらは武器を持っている。生身相手に武器を向けたことなどない。

 今現在もSEが削られ、警報が鳴り続いている。

 セシリアは、ハッとして、ならばと動いた。空間の外へ出ようとしたのだ。だが…。

 ガンッと見えない壁に当たって内側に戻された。

「なんですの!?」

「言っとくけど、この空間を作るのに壁も作ってあるから脱出したかったら俺を倒すしかないよ。」

「そんな!」

「さあ、持ってる銃なり、ビットなりを俺に向けてごらん。」

「っ、…で、できませんわ!」

「じゃあ、死ぬしかないね。」

「ひっ!」

 SEの残量を見ると、残り半分を切っていた。

「そ、そんなことになれば、わたくしの祖国イギリスが許しませんわよ!?」

「ああ、そこんとことは大丈夫。これは世界機構が…というか全世界のIS所有国が許したことだからさ。つまり君が死ぬってことは、君はその程度だったってことで次の候補生が出来るだけだよ。」

「!!」

「これは、IS装者のメンタル強化の学習でもあるんだ。戦場でいざ血と肉に慣れてないとまともに使い物にならないからって、上の人が言うから…。だから死ねない俺が来ることになったんだ。」

「戦場!?」

「君はどうやらISを競技用、またはファッション程度にしか考えてなかったみたいだね。そういう子の認識を改めさせることも、この学習の一環なんだ。さあさあ、早くしないと本当に死ぬぞ。」

 SEは、すでに4分の1まで減っていた。

 セシリアは、涙を零し頭を振った。

「いやですわ! 死にたくない死にたくない死にたくない、誰か、誰か助けてくださいまし!!」

「じゃあ、俺を殺してごらん。たった一回だけでいい。頭をぶっ飛ばせ。」

「できませんわ!」

「じゃあ、死ぬ?」

「いやあああああああああああ!」

 SEの残量が秒読みに入りかけた時。

 

「あんた、やりすぎだ。」

「ん?」

 

 次の瞬間、ツムグの首から上。頭が爆ぜた。

 というか、バラバラに砕け散った。

 白式を装着したイチカが、雪片を横に振った状態でツムグの後ろに立っていた。

 頭部を失ったツムグの体が倒れると同時に、真空の空間が消え失せた。

 セシリアのブルーティアーズのハイパーセンサーが警報を鳴らすのを止めた。

 試合ステージの上に大量の血が、流れて行く。そこいらに飛び散った肉片と思われるピンクと、骨と思われる白が散らばっていた。

「おい、あんた、大丈…。」

「い……。」

 セシリアは、助けられたことより、目の前のツムグの死体に。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 悲鳴を上げた。

 だがその時、ピクリッとツムグの手が動いた。

 すると、頭部のない体が不自然に起き上がりだした。というか胸の部分が何やら膨らんできているのだ。

 それは心臓だった。

 骨を肉を突き破り肥大化した心臓がドクンドクンと脈打つ。

 観客席からは沢山の悲鳴が上がっていた。

 ゴボゴボとメチャクチャな首の傷口から血が泡立ち、肉と骨が生えて来た。

 そこからは早かった。まるで高速で再生シーンを見てるかのように、骨が脳が舌が歯が肉が皮膚が髪が形成されていき、あっという間にツムグの頭部は再生を果たした。

 それと共に肥大化していた心臓がしぼんでいき、崩れた。

 起き上がったツムグは、無表情で少し赤らんだ胸を撫で、周りを見回した。

「……イチカがやったの?」

「ああ。見てられなかったからな。」

「へえ、敵を助けるんだ。」

「敵でも死ぬところなんて見たくない。」

「…そう。」

 ツムグは、イチカとそう会話を交わした後、後ろを振り返り、へたり込んでいるセリシアを見た。

 セシリアは、顔から出る液体を全部出し放心していた。へたり込んだ彼女の股の下には水たまりができていた。どうやら失禁してしまったらしい。

「おい、大丈夫か?」

 イチカがセシリアに近づくと、ビクンッと体を跳ねさせたセシリアが、バッとイチカを見上げ、イチカの足に抱き付いた。

「って、おい。…完全にトラウマになってるだろ。」

「それも一環。」

「上の連中は何考えてんだよ…。俺だけじゃ飽き足らず…。」

「ISに対する認識の改めだと思うよ。彼らは、ISを兵器だと思ってるからね。本当は、宇宙開発が目的のものになのにさぁ…。」

 両手をすくめたツムグは、観客席の方を見た。

 観客達は、口々に。

 『バケモノ』っと言っていた。

「っと言うわけで、これから皆さんには卒業まで俺がメンタル強化のための一環として俺を殺して血と肉に慣れる訓練をしてもらいます。嫌なら今すぐ学園から去ることをお勧めするよ?」

 

 なにせこれは、世界機構が決めた、IS保有国家全部が決めたことなのだからと、ツムグは、笑って締めくくった。

 




可哀想なセシリア。
可哀想な生徒達でした。

戦争でも始めるかのような展開ですが、戦争は発生しません。
世の中がISを兵器と認識しているため、メンタル強化を図り、ツムグを殺させるカリキュラムを組んだということにました。
なお、一夏は、ツムグが死ぬ場面というかグロいシーンを見て知っているのでセシリアを助けるために平気で頭をパーンしました。

宇宙空間と同じ空間を作り出すことについては、ISのほとんどが本来の宇宙活動より地上活動を想定しているので宇宙空間に放り出されたらその時点で本体を守るべくSEを使い、SEが切れるとISが解除されるため本体が死ぬ、ツムグ的にはISの本来のあるべき姿を思い出せるために編み出した技です。


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第五話  離れられないイチカとツムグ

後付けみたいなサブタイトルの理由。


 

 セシリアとの決闘から後日。

 IS学園は混乱した。

 まず自主退学者が続出。生徒達の抗議、親御さん達の抗議。トラウマになって部屋に引き篭もった一部の生徒達。

 

「減ったな。」

「そりゃ、あんなことがあったらな…。」

 教室に入ると、まあ、生徒が減っていた。4分の1ほど減っていた。

 生徒達は、ツムグの姿を見るなり、顔を青くさせて、ザザザッと引いていった。そして口々にバケモノと言う。

「ハハハ、良い反応だ。」

「マゾだろ、あんた…。」

「一夏! そいつから離れろ!」

「箒…。」

「あんまり離れないようにね。」

 箒に掴まれ引きずられていくイチカをツムグは、ヒラヒラと手を振りながら見送ったツムグは、教室の後ろに行った。

 授業が始まるが、ツムグの存在が生徒達の集中力を妨げた。

 教科書には、今は封印されているゴジラの細胞と人間が混ざり合った世界で唯一の人間とぐらいにしか書かれておらず、まさか頭部を失っても復活する怪物だったなどとは一般人が知るはずがなかった。しかもその再生シーンが衝撃的なのだ。並程度のメンタルじゃ、耐えられないほどエグイ。試合会場の観客席で何人が吐いたことか。

「……椎堂ツムグ。すまんが教室から出てくれんか?」

「イチカが死ぬぞ?」

「っ…、教室のすぐ外にいるだけでもダメか?」

「……まあ、それぐらいなら。でも何かあったらすぐ入るからね。」

 そう言ってツムグは、教室の外に出て行った。

 すると千冬に生徒達が救世主を見るような目を向けた。

 千冬は大きく息を吐き、授業再開した。

 しかし数分後。

 イチカが真っ青になり、胸を両手で押えて机に突っ伏した。

「一夏!?」

「どうしたイチカ!?」

 隣の席の箒と千冬が慌てた、その時、バーンと教室の戸が開けられ、ツムグが入ってきた。

「はー、やれやれ。」

 言わんこっちゃないとツムグは、ため息をついた。

「おい、貴様! 一夏に触るな!」

「このままじゃ死ぬって。」

 ツムグは、箒を退け、イチカを軽々と肩に担ぎ上げると、教室から出て行った。

「一夏!」

「追うな。篠ノ之。」

「なぜですか、ちふ…。」

「織斑先生だ。…我々が行ったところでどうしようもない。」

「っ!」

 後を追おうとした箒を捕まえた千冬がそう言い、箒は唇をかんだ。

 

 それ以降、イチカは、授業に出なかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 2、3日してイチカは、授業に出た。

 心なしかゲッソリとしていた。

「大丈夫か、一夏!」

「……ああ、なんとかな。」

 箒が心配して声をかけると、イチカは、少し力のない声でそう返事をした。

 更に何があったんだと聞くが、イチカは黙秘した。

「なぜだ! 幼馴染である私に話せないのか!?」

「一応国家機密なんだよ。」

「なっ…。」

 イチカは、そう言って席に着いた。

 箒は、ギッと教室の後ろにいるツムグを睨んだ。

 ツムグは、舌を出して大げさに肩をすくめた。

 休憩時間になると、イチカのところにセシリアが来た。

「なんだよ?」

「…あの…。」

 セシリアは、一瞬口ごもったが、すぐに言い直し。

「……あの時は…、助けてくれたのですね?」

「? …ああ。」

 イチカは、セシリアが言わんとしていることを察した。

「あの時は…、ありがとうございました。わたくしの代わりに、お手を汚させてしまったことを、まことにお詫びしますわ。」

 セシリアは、そう言って深く頭を下げた。

「いいって、そんなこと言わなくても。」

「ですが。」

「とてもじゃないが見てられなかったし、あいつがやり過ぎてたから黙ってられなかったんだ。それだけだ。」

「…けれど、あなたの命の恩人ですわ。これからはセシリアと呼んでください。」

「…分かった。」

「では、失礼いたしますわ。」

 セシリアは、もう一度深く頭を下げてから去っていった。

「いいねぇ。敵との和解。よくあるライバルが仲間になるっていう倍々ゲームみたいなもんだ。」

「なんだよそれ。」

 ツムグの例えにイチカはツッコミを入れた。

 イチカがすぐぶっ倒れたことで、再びツムグがいる状態での授業が始まった。

 そうなると今度はイチカ自身が生徒達に非難の目を向けられるようなった。

「どーするイチカ。俺が言えば、別室で学習ってできるよ?」

「どーせ日常生活でのストレスチェックもするんだろ? 別にいいよ。」

「…ハハ、分かってるんだな。」

 ツムグは、不貞腐れているイチカにそう言った。

 仮に別室での学習となっても、世界初の男性IS装者である以上学園での生活は切り離せない。それなら最初からIS学園に入れる必要性がないからだ。

 周りからの非難の原因はツムグにあるが、学園で唯一のIS装者の男子生徒である以上周りからの目は切っても切り離せない。だからイチカは、不貞腐れながらも受け入れたのだ。それはつまり、自分自身が見世物であることを自虐しているということでもあるのだが。

 千冬は、この事態を重く見て守代にイチカにかかる負担の大きさについて問うた。

 帰ってきた答えは、ストレス強度のチェックも経過を見るための大切な一環なので上(世界機構)からの命令がない限りはこのまま続行だということだった。

「イチカ君が好奇の目にあわなくなるには、ツムグさんの臓器移植が一般化する社会ができる以外にないでしょう。」

 守代は、冷静な声でそう答えた。

 そんな世の中がいつできる?

 千冬はその問いを言いかけて口をつぐんだ。

 もしかしたらイチカが生きている内には、そんな世の中は来ないかもしれないのだ。下手をするとイチカは、平均寿命を迎えることなく死ぬ可能性だってかなり高い。ツムグの臓器移植の第一号であることが不安を大きくさせる。

 表向きは死亡届けが受理されていて、表沙汰になっていないプロジェクトの検体にされたイチカは、例え死んでも千冬のもとへは帰ってこないだろう。永遠に。むしろ死んだら自由もクソもない。解剖されてホルマリン漬け行きだ。

 医務室から出た千冬は、廊下を歩いている最中に壁を殴った。

「すまん…。一夏…。」

 己の無力さを嘆き、千冬は吐き出すように言葉を呟いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ツムグは、研究所の自分の研究室にいる守代の後ろにいた。

「で? ちっとは、距離を取っても大丈夫そう?」

「無線によるエネルギーの譲渡は、まだ距離を稼げません。」

「あ…そう…。」

「なんですか?」

「いやぁ、数分でダメだったでしょ? おかげでイチカにだいぶ無理な調整させちゃったからさぁ。」

「あなたが距離を取るからでしょう。おかげでイチカ君の体内でナノマシンの大半が機能を停止してしまい、それを取り換えなければなりませんでした。私達の苦労も考えてください。」

「まあ、そうなんだけどさ。」

「おかげで無駄な費用もかかってしまいました。反省してください。」

「…反省してます。」

 ツムグは、サルの反省のように反省した態勢をした。

「まあ、いいでしょう。良いデータは取れたので。」

「そう。」

 ツムグは、守代の横から守代のパソコンと書類を覗き見た。

「……せめて“心臓の動かし方”ができるようなればね。」

 ツムグは、そう呟くと研究室から姿を消した。

 

 

 それからツムグは、イチカが寝ているベットの横に出現した。

 イチカがいるベットの周りは、沢山の機材に囲まれており機材から伸びる管やコードのような物がイチカの体に繋がっていた。

 イチカは、酸素吸入機を口に付けた状態で眠っている。というか、眠らされていた。薬によって。

「……早く離れられるようになればいいね。」

 ツムグは、イチカの頭を撫でながらそう言った。

 

 




次回は、鈴登場。


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第六話  二人目の幼馴染

鈴登場。




 その日の授業は、ISの基本的な操縦の訓練だった。

 基本中の基本、飛行操縦である。

「イチカ、オルコット。試しに飛んで見せろ。」

 二人は、自分達の専用機をそれぞれ展開した。

 ISは、普段はアクセサリーのような形態で待機している。セシリアは、耳のイヤーカフス。イチカは、なぜか右腕にガントレットと…、なぜか一人だけまるで鎧だ。

「よし。飛べ。」

 千冬の言葉で、セシリアとイチカが空へ飛んだ。

 だがイチカが少し遅れた。

「何をしている。スペックでは、白式の方が上だぞ。」

「と、飛ぶのは初めてだから…。」

 地面での移動には慣れているが、空を飛ぶいうのは、実質的にこれが初めてのイチカだった。

「イチカー。無理するなよー。」

 ツムグが下から声をかけた。

 なにせあまり離れると命の危機なのだから。

 ツムグは、声を掛けつつ、離れた場所で様々な機材を使っている守代を始めとしたスタッフ達の方を見た。

 彼らは、イチカと白式のナノマシンの状態を調べているのである。

 実は現在実験を行っていた。それは、白式から直接イチカの体にエネルギーを譲渡させてみるというものだ。

 うまくいけば、白式から心臓を動かすためのエネルギー供給し、ツムグから離れても大丈夫な状態になれるかもしれないからだ。

 しかし、そうもいかないらしい。

「白式のSEが!!」

「イチカ君。今すぐ降りてきなさい。このままでは、エネルギー切れで強制的にISが解除されて地上に激突しますよ?」

「マジか!?」

 慌てたイチカは、すぐに降下した。

 そして地面に墜落して大穴を開けた。

 絶対防御が働いて、イチカは無事だった。

「10秒遅かったら生身で落ちてました。」

「えー、早っ。」

 守代の言葉に、ツムグが言った。

 そうこうしている内に白式は解除された。

「白式をこちらに。」

「…分かりました。」

 イチカは、穴から這い出てきて、ガントレット型になっている白式を守代に渡した。

 白式を受け取った守代は、スタッフ達と共にここにある機材を使って、白式に取り付けていたエネルギー譲渡をするための部分を外した。

「なあ…、どんだけ燃費悪いんだよ…。」

「そう言われてもねぇ。」

 イチカがうんざり顔でツムグを見て言うと、ツムグは腕をすくめた。

 イチカの心臓(ツムグの心臓)には、ナノマシンの他に、小型の機械が埋め込まれている。それがイチカの心臓の動きをサポートしているのだが、如何せんエネルギーの燃費が悪く、そのためツムグにも埋め込まれたナノマシンと機械から無線で足りないエネルギーを渡していた。

 これがイチカとツムグが離れられない理由である。

 離れすぎると無線が途切れ、エネルギーを渡せず、イチカの心臓が機能が低下し命の危機になる。

 研究機関は、これを解消するために四苦八苦しており、いまだ改善していない。

 ツムグが離れるときは、イチカが何かしらの形でエネルギーを得られる状態である時だけだ。そうでなければ、イチカは死ぬ。

「どうぞ。」

 実験用の器材を外された白式を守代がイチカに渡した。

 

 授業は少し中断されたが、順調に進められた。

 ちなみにイチカが空けてしまった穴は、イチカが埋めた。ツムグも手伝おうとしたが、イチカが断った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そしてお昼になった。

 昼食は、食堂で食べるのだが、イチカとツムグが来ると、そりゃもう見事にザザザッと生徒達が引く。

「いつ見ても壮快だな。」

「あんた、マジでマゾだな…。」

 イチカは、ツムグにツッコミを入れながら日替わり定食を注文し、席に着いた。なお、イチカの対面席にはツムグがいる。

 ツムグもカツ丼を食べていた。死なない彼だが、一応食事はする。本当は食べなくてもいいらしいが、味覚はあるので楽しみの一環にしているらしかった。

 

 昼食後。昼休憩。そしてまた授業。

 すべての授業が終わり、夕食後の寮の食堂で。

 

「というわけで、イチカ君、クラス代表決定おめでとう。」

 っと、ささやかなクラス代表決定のパーティーとなった。

 ツムグはこの場にいない。……っと見せかけているのだが、ツムグが超能力で自分の存在を認識できないようにしているため、女子生徒達には彼の姿が見えなかった。

 ツムグがいないためか(いるんだけど)、クラスの生徒達は明るい。

「……はあ。」

 どんだけアイツ(ツムグ)は、嫌われているんだと、イチカは、息を吐いた。

「はいはーい、新聞部でーす!」

 そこへ、別の学年の少女がやってきた。

 名前を黛薫子(まゆずみかおるこ)という2年生の少女は、ボイスレコーダーを手に、イチカにクラス代表になった感想を聞いた。

「……気が重たいです。」

「おやおやー。随分と暗いですねぇ。まあ、捏造しときますけど。」

「よくねーよ。」

「あと一つ! あの椎堂ツムグとは、ズバリ、どういう関係なのですか!?」

 その質問に、ジュースを口に含んでいたクラスの女子達が吹いた。

 どうやらこの薫子という生徒。椎堂ツムグについては、そこまで抵抗がないらしかった。

「どういう関係って……、離れられない関係?」

「なんだかとっても危ない匂いがするわ! もしかしてイチカ君ってそっちの気があるの!?」

「んなわけあるか! 離れられるなら、離れたいですよ!」

 イチカは、怒鳴った。

 イチカにのみ見えるがツムグが、ニヤニヤ笑っていた。それがイチカの苛立ちに拍車をかけた。

「もういいだろ! どっか行ってくれ!」

「あ…、さ、最後に写真だけでも…。」

「あ?」

「あ、あの…。」

「イチカ、イチカ。ものすごい顔になってるぞ?」

 ツムグがさすがに声をかけた。

 その瞬間、クラスの生徒達にかけていた暗示が解けた。

「誰のせいだと思ってるんだよ!」

「ごめんごめん。」

「ごめんで済むなら警察はいらねーよ!」

 イチカは、ガーッと怒って、ツムグの胸倉を掴み揺さぶった。

「えっ…、い…いいい、いつからいたんですか?」

「ずっと。」

「えっ、でも…。」

「みんなに見えないように暗示をかけてた。」

 ツムグは、正直に言った。

 

 結局、ツムグの突然の出現(実際にはずっといたのだが)により、パーティー会場はパニックになり、お開きとなった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 後日。

 

「イチカさん。ご存知ですか? 転校生が来るというのを。」

 セシリアがイチカに聞いた。

 なぜかあれからセシリアは、イチカに対して友好的になった。

「いや、知らない。この時期にか?」

 今は、四月。入学ではなく、転入。IS学園の転入は非常に条件が厳しく、例えば国の推薦などがなければできない。

「なんでも中国からの代表候補生が来るそうですわ。もしやわたくしの存在を今更ながら危ぶんでの転入かしら?」

「それは考え過ぎだろ?」

「冗談ですわ。」

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? だったら騒ぐことはない。」

 箒が言った。

「中国の代表候補生か…。」

 中国と聞くと、ふいに思い出した。

 箒とは別に、中国に行ってしまった幼馴染の少女がいたことを。

 彼女は、今なにをしているだろう?

 そんな思いが浮かんだ。

 

 ツムグは、教室の後ろで変わらず壁に背を預けて立っていた。

 物思いにふけるイチカの後姿を見て、クスリッと笑った。

 

 イチカは、彼女に会ったらどんな顔をするだろう?

 そんなことを悪戯っぽく考えた。

 

 しかし、授業が始まる前にイチカが心臓の発作を起こしてしまい、ツムグは、すぐにイチカを担いで医務室に走った。

 それと入れ替わりに、一人の少女がイチカらのクラスを訪ねて来た。

 

「イチカって人、いる?」

「誰だおまえは?」

 箒が反応して対応した。

「私は、鳳鈴音(ファン・リンイン)。二組に転入した中国の代表候補生よ。」

「おまえが? 一夏に何の用だ。」

「あんたには関係ないわ。どこにいるの?」

「さっき、医務室に緊急で運ばれて行きましたわ…。」

 セシリアが言った。

「えっ! どういうこと!?」

「それは…。」

 箒は、グッと拳を握り口ごもった。

 

「……鈴?」

 

 その声を聞いて、鈴は、ふり返った。

 そこには、ツムグと共にいるイチカがいた。

「い…、一夏? 一夏なの?」

「……ああ。」

「死んだって…、聞いてた…のに…。」

「それは…、話せば長くなる。」

「鈴音さん。授業が始まるからまた後で。」

「ちょっと!」

 ツムグがイチカを引っ張って教室に入り、鈴を教室から閉め出した。

 それでも教室に入ろうとした鈴は、自分のクラスの担任に見つかり授業のためクラスに連れ戻された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 授業が終わり、昼休憩となると、食堂で鈴がイチカのもとへ来た。

「ここいい?」

「いいぞ。」

 食事をしているイチカの隣に鈴が座った。

 ツムグは、対面席にいる。箒はイチカの隣の席に座っている。

「本当に、一夏なの?」

「…そうだけど。」

「なんで? なんで生きてるってこと隠してたのよ?」

 鈴は涙を目に浮かべながら責めるように言った。

「…色々あったんだよ。」

「色々って何よ!?」

「ここじゃ話せないから、場所を変えようか?」

 周りが彼らの会話を聞いて好奇の目をこちらに向けているので、ツムグがそう言った。

「あんた…は…。」

 鈴は、ツムグを見て絶句していた。

 教科書に載っている人物がいるのだ。そりゃ驚く。

「食事が終わってからでいい?」

「……分かったわ。」

 鈴は、渋々了承した。

 イチカの食事が終わった後、鈴を連れて医務室に来たツムグとイチカは、鈴にイチカの現状を説明した。

 鈴は、驚愕し、そして涙を零した。

「そんな…、一夏が…。」

「鈴…ごめん。」

「なんで謝るのよ! 一夏のせいじゃないでしょ!」

「ふふふふ…。」

「? 何笑ってるのよ…?」

「いや、甘酸っぱいなぁって思って。」

「はあ!?」

「イチカはいいねぇ。こんなに想ってくれる人が何人もいて。」

 ツムグは、ニヤニヤ笑いながら言った。

 その人を不快にさせる笑い方に、鈴は、ゾッとしたのかわずかに後退りした。

「イチカは、俺から離れられないからね。」

「なんで!?」

「そんなことしたら、イチカが死ぬ。」

「!?」

「ま、そういうことだから、変な気起こさないようにね。」

 ニヤニヤ笑うツムグの言い方にカッとなった鈴は、ツムグに掴みかかりかけたが、イチカに止められた。

「一夏!?」

「本当のことだ、鈴。……ごめん。」

 その時、始業を知らせるチャイムが鳴った。

「はいはい。授業が始まるから行こうか。」

「ちょっと、離しなさいよ! 一夏、一夏ぁ!」

 イチカは、検査のため医務室に残り、ツムグに腕を掴まれて引きずられていった鈴は、抵抗空しく医務室の外に閉め出された。

 ベットの端に座っていたイチカは、俯き、ズボンを掴み何かに耐えるようにしていた。

 




イチカが命の恩人なので、セシリアがイチカと親しくなりました。

そして着実に敵を増やしていくツムグさん。

イチカの心臓にある機械とナノマシンの燃費が悪い理由については、後々。


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第七話  イチカの特訓 その2

特訓回、パート2。

嘔吐表現あり、注意。


 

「クラス代表戦に向けて特訓するのは、いいんだけどさぁ。」

「なに?」

「なんで、箒と鈴とセシリアがいるんだよ?」

 イチカの経過を見るスタッフ達の他、体育館の端にいる三人を見て、イチカが言った。

「あいつ(ツムグ)に変なことをされないか監視だ。」

「同じく。」

「わたくしは…、応援ですわ!」

 三人はそれぞれそう言った。

「邪魔しなきゃいいよって、ことで。」

 ツムグが人差し指を立てて笑ってそう言った。

 ニヤニヤしているツムグを見てイチカは、はあ、っとため息を吐いた。

「でも鈴音さんは、クラス代表だからこっちの手はあんまり見せられないよ。」

「分かってるわ。」

「えっ、鈴が代表なのか?」

「そうよ! 無様に負けたら承知しないんだからね!」

「うわぁ…。」

 イチカは、額を抑えた。

「イチカ君、心音が乱れてます。」

「いや、そう言われても…。」

 守代に言われ、イチカは困った様子でそう答えた。

 鈴からプレッシャーを貰ってしまい、イチカは、困った。

「じゃあ、始めよう、イチカ。」

「…ああ。」

「避ける練習をしようか。」

「また移動の練習かよ。」

「やっぱり足がついていけるかが勝負の鍵だと思うんだ。飛ぶ練習もしようか。」

「飛行しながらの攻撃とかって全然だしな。」

「この間の授業は中断したもんな。」

 それは少し前にやったイチカへのエネルギー譲渡の実験の失敗のことだ。SEが切れてしまったため補充に時間を取られISで飛ぶ授業が中断となってしまったのだ。

「体育館の天井にぶつからない程度に飛んでみよう。」

「分かった。」

 イチカは、返事をしてから白式で飛んだ。

 が、天井にぶつかった。

「うーん。まずは、ぶつからないよう、飛行高度を制御できるようになろうか。」

「くっそー!」

 悔しがるイチカは、着地しようと降下し…、そして床に激突した。

「…着地の練習もね。絶対防御がなかったら全身骨折だぞ?」

 四肢を伸ばしてうつ伏せで倒れているイチカをツンツンとつつきながらツムグが言った。

 その後は、上下に飛んだり着地したり(というか墜落)を繰り返した。

「やっぱ飛ぶのは難しい?」

「い、イメージが…。」

「一夏ーー! そんな奴より、私が訓練の相手をしてやるぞ!」

 箒がそう叫んで前に出ようとしたが。

「ダメです。」

 しかし立ちはだかった守代にすげなく却下された。

「なぜだ!」

「あなた達は、あくまで見学者であって、訓練の相手をすることを許可していません。」

「何を言う! 私は…。」

「篠ノ之博士の妹様ですよね?」

「っ! 知ってるなら…。」

「ですが、それとこれは別です。もしイチカ君に何かあった場合、その責任を取れますか?」

「それは…。」

「それにあなたは、ISのランクがCだと聞いています。ツムグさんとは雲泥の差があります。」

「!? 奴にそんな適性があるというのか!?」

「彼が言うには、細胞を自由にコントロールするから可能なのだそうですよ。そうでなければそもそも女性にしか扱えないとされるISに乗ることすらできません。」

 それを聞いて箒達は、ハッとした。

 よく考えたら世界初の男性IS装者は、イチカだと公表されているが、ツムグのことは公表されていない。

 これは、ツムグが自らの細胞をコントロールするからISに乗れるのであって、イチカと違って適性があって乗られるのではないからだ。強いて言うなら、女しか認識しないISに、自分が女だと無理やり認識させているような感じだ。つまりツムグの場合は、男としてISに乗っているとは言い難いのだ。それゆえにISに乗れることは公にされなかった。

 まあ、知られたところで、アイツならできるだろうなっと、知人達は思うだけだったというのもある。

「イチカ~、だいぶ良くなってきてるぞ。ファイト。」

 ツムグが声をかける。

 イチカは、ゼーゼーと息を切らして、ふわりと降下した。っというか、疲れて降りたという風が正しいかもしれない。

「イチカ。」

「なんだよ…。」

「飛ぶのは嫌い?」

「嫌いっていうか…、イメージができないんだ。」

「飛ぶ夢は見たことがある?」

「それぐらい…、っ?」

「気持ちよく飛ぶ夢を思い出してごらん。」

 ツムグは、にっこりと笑ってそう言った。

 ツムグのその助言があってか、それからは劇的にイチカの飛行制御が良くなった。

「どう?」

「……メッチャ気持ちいい。」

「よかったね。」

「これでいいならもっと早く言えよ!」

「自分なりの自主トレーニングってのも必要だからね。イチカは、センスがいいから自主トレーニングの後にちょっとの助言で十分だと思ったんだよ。」

「っ…くそっ。」

 イチカは、舌打ちしつつ、悪態をついた。

 一方、箒達は、信じられないモノを見る目で見ていた。

「すごい…、たった一日でこれだけ飛行制御ができるようになるなんて…。あたし、あれだけできるようなるまでどれだけかかったと思ってるのよ…。」

「これがイチカさんのお力なのですね…。たった十日でわたくしを倒すほどの力…。」

「一夏…。」

 代表候補生である二人は、イチカの適応力の高さに驚き、箒は、ツムグの指導でどんどん強くなっていくイチカの姿にショックを受けていた。

 その時。

「うっ!」

「一夏!?」

「はいはい、燃料(※ツムグの血)切れだ。」

 ツムグは、持ってた拳銃型の注射器で首から血を抜くと、倒れたイチカの傍によって首に突き刺して注入した。

「一夏、一夏!?」

「イチカさん!」

「ダメですよ。」

 焦る鈴とセシリアが駆けだそうとするのを守代を始めとしたスタッフ達が止めた。

「どいてよ! 一夏が、一夏が!」

「いつものことですから。」

「いつものこと!?」

 そうこうしているとイチカが立ち上がった。

「気分はどう?」

「…最悪。」

「吐きそう?」

「……。」

「誰か洗面器か、ビニール袋持ってきてー。」

 白式を解除し、へたり込んだイチカの周りにタオルや、洗面器などを持ってきたスタッフ達。スタッフ達に隠される形で、イチカは、洗面器に吐いた。

 嘔吐物が入った洗面器は、解析のために別の場所に持っていかれる。体内から排出されるナノマシンやツムグの細胞の量も大切なデータであるからだ。

 むせているイチカを、箒達は心配そうに見ていることしかできなかった。

 肩を震わせた箒がやがて。

「貴様ら、一夏から離れろーーーー!」

 竹刀を振り回してスタッフ達に迫った。

 だが次の瞬間、バシンッと見えない力で竹刀が弾き飛ばされ、竹刀が床に転がった。

「なっ…!?」

「暴力で訴えるのはどうかと思うよ。篠ノ之さん。」

 ツムグが、パチンッと指を鳴らすと、竹刀がふわりと浮いてツムグの手に収まった。

「貴様、返せ!」

「はい。」

 ツムグは、すぐに箒に向けて竹刀を投げて返した。

「次からもし暴力で訴えるようなら、見学も無しだからね。」

「貴様、何の権限があって…!」

「俺の権限はこのIS学園よりも偉いの。」

 何のことはないとツムグは、腕をすくめた。

「ツムグさんの言う通りです。彼の発言によっては、あなたを退学させることも可能です。」

「なっ!」

「もちろん、それは代表候補生であろうと同じですので。」

 守代は、あえて代表候補生である鈴とセシリアにもそう言った。

 二人は、その言葉にビクリッと震えた。

「イチカー、今日のところはここまでにしようか?」

「…いや、まだやる。」

「そう。」

 ツムグがイチカに確認を取った時、消灯を知らせるチャイムが鳴った。

「三人さん、寮に戻ってね。イチカは、別室だから寮にはいかないよ。」

 こうして三人は、体育館から閉め出された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 体育館から閉め出された三人はしばし黙っていた。

「……どういうことよ?」

「……。」

「あいつがそんなものすごい権限があるなんて聞いてないわよ!」

「それはこっちが聞きたい!」

 叫ぶ鈴に、箒も負けじと叫んだ。

「代表候補生を退学させることができるなんて、どれほどの後ろ盾がありますのかしら…。」

 セシリアは、青い顔で体育館の扉を見つめていた。

「確か、椎堂ツムグって、監視されてるって話じゃないの? なのに自由に出歩てて…。それに一夏の特訓の相手なんて…。ねえ、あんた同じクラスなんでしょ? 何か知ってるでしょ?」

「すみません。わたくしは、ほとんど存じませんわ。ただ…、新たに設けられたカリキュラムとして椎堂ツムグが関わっていて…それで……。…っ。」

「ちょっと、大丈夫? 顔色悪いわよ?」

「だ、大丈夫ですわ…。それより、イチカさんが心配ですわ。」

「一夏…。」

「くそ…。」

 箒は、壁を殴った。

「……頼むしかないのか…。」

「えっ?」

「いや、こっちの話だ。」

 不思議そうに見て来る二人に、箒は首を振った。

 

 やがて三人は、見回しをしていた教師に見つかり、寮に戻された。

 

 




イチカは、たぶん素質も勿論ですが、ツムグの細胞が入ったことで色々突然変異しているかも…。
あと心臓がツムグのだから、他の内臓に負荷がかかって、よく吐くとか。


ツムグがISを使える理由については、イチカとは異なる原理によるものだとしました。
ツムグならたぶん性別ぐらい変えるなんて余裕だと思う。


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第八話  イチカと鈴

連投稿。

イチカと鈴の会話。

短め。


 

 クラス対抗戦に向け、イチカの特訓は続いた。

 一方、鈴は、イチカと会話ができずもどかしい毎日を送っていた。

 イチカと二人きりで話がしたいのに、ツムグが常に近くにいる状況。しかもイチカがツムグから離れすぎると、イチカが死ぬというのだ。だから強制的に離れさせられない。

「俺は、別に気にしないけどねぇ。」

 まるで心の中を読んだかのようなタイミングでツムグが横を通り過ぎる間際に言った。

 ギョッとした鈴は、ツムグを見て、顔を赤くしてパクパクと開閉させた。

「なんだったら、二人きりで話せる状況を作ってあげようか?」

「な、なななな…何言ってんのよ?」

「いいからいいから。イチカー。」

「なんだよ?」

「鈴音さんが二人きりで話がしたいらしいから、医務室行こうか。」

「そ、そこまでしなくても!」

「はなし?」

「俺がいると邪魔みたいだからさ。」

「まあ……、あんたがずっといるしな。」

「じゃ、行こうか。」

「ちょっとぉ!」

「早く早く。二人気にするにしても、イチカに負担がかかるんだから早くしよう。」

「!」

「だから、ね?」

 ツムグは、にっこりと笑った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 医務室に来て、準備が整ってから鈴は、医務室に通された。

 ツムグもスタッフも離れ、本当にイチカと二人きりになった。

「手短にお願いしますよ。」

 二人きりになる前に守代に念を押された。

「なあ、話ってなんだよ?」

「……それよりも。」

「ん?」

「なによ…、これ。」

 鈴は、ベットの上で上体を起こした状態のイチカに繋げられた機材の数々に顔色を悪くしていた。

「…エネルギーが切れたら、俺の心臓が止まるから、仕方ないんだ。」

「そうなの…。」

「で? 話ってなに?」

「……今更だけど。」

 鈴は、少し間を置いた。

「久しぶりね。一夏。」

「…ああ。そうだな。久しぶり、鈴。」

 二人は、笑いあった。

「元気…って言えないわね。」

「心臓が大丈夫なら俺は元気だ。」

「それって元気って言える?」

「そう言わなきゃやったられないつーの。」

「そっか。」

「親父さんは元気?」

「う…うん、たぶん、元気?」

「? 何かあったのか?」

「…私の親、離婚したの。親権は母親に移ったから、だから中国に行くことになったの。」

「そうだったのか。」

「ねえ、一夏、覚えてる?」

「なにを?」

「あの……、私の料理の腕が上がったら、毎日…。」

「酢豚を作ってくれるんだろ?」

「そう! それ!」

 それは、小学生の時に交わした約束だった。

「……なあ、今になって思うんだけど…。あれって、要するに…。」

「あーあー! 言わないで!」

「…俺、こんな状態だしさ……。」

 イチカは、自分に繋がっている管やコードの数々を見て苦笑した。

「だからさ、俺じゃなくても、もっといい男捕まえて作ってやれよ。」

「……えっ?」

「だから、俺じゃなくてさ…。」

「何言ってんのよ…。」

「こんな俺なんかじゃダメだって言ってんだよ!」

 肩を震わせる鈴に向け、イチカが叫ぶように言った。

「鈴は未来がある……。俺は検体だ…。世界が俺を使った実験に注目してる…、俺はきっと生きられない。良くてホルマリン漬けだ。」

「一夏…。」

「今だって俺の体に何かあるかもしれない。いつ心臓が止まるか分からない…。俺に未来なんてクソも…。」

「一夏!」

 次の瞬間、パアンッと鈴がイチカの頬を叩いた。

 イチカは、呆然とし、鈴を見た。

「馬鹿じゃないの? ……だからって簡単にあきらめると思ってるの? あんたいつからそんな諦めの速い奴になったのよ…!」

「……だって…。」

「だってじゃない! 自由になれる可能性はあるって、あいつ(ツムグ)も言ってたじゃない! なんでそれに賭けようって思わないの!?」

「可能性は、限りなくゼロに近いんだぜ? どうやって希望を見出せって言うんだよ…。」

「ゼロじゃないんでしょ!」

「…ああ。」

「諦めたら…、本当にゼロになっちゃうじゃない…。諦めないでよ…。」

 鈴の目からボロボロと涙が零れ落ちた。

「鈴……。うっ!」

「一夏!?」

「は、はあ…! り、鈴…。」

「誰か、誰か来て! 一夏が、一夏がぁ!!」

「ありゃりゃ、もう駄目だったか。」

 ツムグがすぐに入ってきて、胸を抑えているイチカの手の上から自分の手を重ねた。すると、ヒューヒューと呼吸をしていたイチカの呼吸がすぐに落ち着いていった。

 スタッフ達も駆け込んできて、鈴をどかしてイチカの処置がされていった。

「最高記録は一応更新したんじゃない?」

「…ほんの4秒ですが。」

「記録は記録でしょ?」

「一夏…、一夏ぁ…。」

「鈴音さん、悪いけど、もう医務室から出て行こうか?」

「えっ…? あっ、ちょっ!」

 泣き崩れていた鈴を掴み、ツムグは、鈴を医務室から引っ張り出した。

「イチカ、叩いたでしょ? あれが引き金。」

「っ!?」

「今度から、突発的とはいえ、気をつけてね。」

 閉め出される直後にツムグにそう言われ、鈴は、呆然とした。

 ピシャリッと医務室の扉が閉まる。

 鈴は、床にへたり込んだまま無表情でその扉を見つめて泣いていた。

 やがて鈴は、太ももの上でこぶしを握り締め、扉の向こうにいるツムグを睨みつけるように扉を睨みつけた。

 




鈴、ツムグを敵と認識。

鈴に自分の気持ちを打ち明けたことと、叩かれたショックとかで、心臓に負担がかかってしまいました。

このネタでの一夏は、鈍感じゃない。


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第九話  クラス対抗戦と謎のIS

体調崩したイチカ。

クラス対抗戦と無人機。

無人機は、ツムグを狙います。


 

 体調を崩したイチカは、三日ほど授業を欠席した。

 そしてやっと戻ってきたイチカは、またゲッソリして帰ってきた。

 心なしか痩せているようにも見える。

「一夏! ちゃんと食べているのか!?」

「……わりぃ、食欲なくって…。食べても吐く…。」

「当分は、おかゆだね。あとミキサー食。」

 イチカの状態に驚いている箒に、ツムグが肩をすくめて言った。

「貴様! 貴様が付いていながらこれはどういうことだ!?」

「これっばかりは、どうにもならないよ。確かに俺の心臓が他の内臓に負担をかけているのは否めないけどさ…。」

「貴様のせいじゃないか!!」

「かといって、他の内臓を全部俺の内臓と取り換えるってのもねぇ…。」

「っ!?」

「それって…、もうイチカって言えるのかな?」

 そこまで内臓を取り換えてしまい、ツムグの細胞の量が増えてしまったら恐らくイチカは、もはやイチカではなくなるだろう。唯一取り換えが利かない脳に負荷がかかり、どうなるか分かったものじゃない。

 プロジェクトが初期段階である以上、一個以上の臓器を取り換えるのはまだ危険なのだから。

 だがプロジェクトの最終目的は、すべての臓器(脳以外)の移植を可能にすることであるのだが。

「早く食欲だけでも戻さないとな…。」

「食べることは生きる糧だもんね。」

「…楽しみがなくなる。」

「それもあるね。」

 教室の椅子に背をぐったりもたれさせて座っているイチカとは対照的に、ツムグは、相変わらずニヤニヤ顔で教室の後ろに待機していた。

 その後、イチカは、倒れそうな状態でなんとか授業を受けた。

 隣の席の箒は冷や冷やして、授業に集中できず怒られていた。怒られた後は、なぜかツムグを睨む。

 

 授業が終わり、昼食タイムとなると、食堂に用意されていたイチカ専用の食事。

 どう見ても美味しそうじゃない…、っというのが生徒達の印象だった。

 そりゃそうだ、咀嚼が必要ない、老人食と同じなのだから。

 おかゆを始めとして、肉も野菜もすべてがペースト状である。通常食をミキサーにかけてペーストにしたものだ。

 味はついているが、見た目が見た目なのでそれだけで食欲は減退する。

 しかしイチカの今の体調ではこれしか受け付けないのだ。

 そんな食事を前にして、イチカは、手を合わせていただきますと言って食べ始めた。

「イチカさん、エビフライ食べますか?」

「わりぃ…、油物はちょっと…。」

「一夏! 私のきつねうどん、半分だが食え!」

「わりぃ…、固形物はちょっと…。」

「一夏…、ラーメンのスープだけでも…。」

「うーん…、味が濃いのはちょっと…。」

 不味そうな顔で人参のペーストを食べながら、イチカは、セシリア、箒、鈴、それぞれに返答をした。

「どう? イチカ、全部食べれそう?」

「…なんとか。」

「ゆっくりでいいからね。」

 ツムグは、そう言って食事もとらず様子を見ていた。

 

 

 イチカが通常食に戻ったのは、それから一週間後のことだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そうして、あれこれあったがクラス対抗戦の開催日を迎えた。

 アリーナの観客席は、生徒が減ったため若干まばらだがこの日を楽しみにしていた生徒達がたくさんいる。

「やっぱイベントは、楽しいんだろうね。」

「あんたがいなきゃな。」

「それはできないなぁ。」

 イチカがいるピットで、ツムグは、イチカと会話していた。

「一回戦目って誰だ?」

「鈴音さん。」

「いきなりかよ!」

 いきなり対戦相手が鈴と聞いてイチカは絶叫した。

「いいじゃん、最初に他所の人に負けて対戦できないよりはさぁ。」

「よくねぇ!」

「いいとこ見せなきゃね。」

「あんたはいいよな! 別に戦わなくていいんだから!」

「そうそう、イチカ、今までの特訓でもやったけど、鈴音さんのISは…。」

「衝撃砲だろ? 見えない攻撃。しっかり覚えたから。」

 そう、セシリアとの戦いを想定した特訓をやったように、鈴と戦うことを想定した特訓もやったのだ。

 ……見えない攻撃は、ビットよりも厄介でイチカは、ボロクソにやられた。

 発射され、着弾するまでの間を体で覚え、回避する能力を身に着けたのは、対抗戦が始まる数日前のことだ。

 さらに。

「相手は、ただの人間だ。俺とは違う。」

「…分かってる。」

「どうやったって、癖は抜けないものさ。人間だから。」

 視覚、聴覚、触感など、人間には、どうしても癖がある。

 ましてや相手は、若い女子だ。いくら代表候補生とはいえ…、達人には程遠い。

「よーく観察してごらん。必ず癖は見つかる。」

「分かった。」

「それと…。」

「なんだよ?」

「よくない来客が来る。その時は、俺が出る。」

 ツムグの忠告に、イチカは、首を傾げた。

 恐らくはツムグの独自の預言だろうが、意味が分からない。

 やがて、試合開始時間となり、イチカは、白式を装備してピットから出た。

 それを見送ったツムグは。

「やれやれ。変なお人形を送り込んでくるなんてってねぇ…。」

 ツムグは、目を瞑り、脳裏に過った“人形”の姿を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「来たわね。一夏。」

「負けないからな。」

「そうね。無様な戦いなんてしたら、許さないんだから。」

 アリーナのステージで、IS甲龍(シェンロン)を装備した鈴と相対する。

 セシリアのブルーティアーズとは、また違ったデザインで、攻撃的な印象を受ける。

 そして試合開始のブザーが鳴った。

「全力で行くわよ!」

「おおう!」

 鈴が大型ブレード、双天牙月(そうてんがげつ)を装備し、斬りかかってきた。

 イチカは、それを雪片で迎え撃ち、刃がぶつかり合って火花が散った。

「さすがね、初撃を防ぐなんて。」

「死ぬほど痛い特訓したからな!」

「あんた自分の体のこと考えなさいよ!」

「ベラベラ喋ってる場合かよ!」

 ギリギリと刃を交えていたが、一瞬で少し距離を離したイチカが、凄まじい斬撃の嵐を繰り出した。

「くっ! なら!」

 鈴の肩のアーマーがスライドして開き、中心の球体が光った。

 それを見たイチカは、瞬時加速を使って横に避けた。

「えっ?」

 鈴は、その動きに一瞬固まった。

 その隙にイチカが目と鼻の先に近づいていた。

「あっ…。」

「うぉらああああああああああああ!」

「きゃああああああああ!」

 イチカの連続の斬撃により、どんどん鈴のSEが削られていった。

「くぅ、このぉ!」

「なんの!」

 素早く中距離を取った鈴が衝撃砲を連射したが、それを一夏は左右に瞬時加速で避けて行く。なお残像が見えるスピードだ。

「うそ!?」

「目の動きで読めるんだよ!」

「!?」

「ラストォォォォ!」

 イチカがとどめを刺そうと雪片を振るった時。

 アリーナのシールドが破られ、ステージ中央に何かが落下してきた。

「なに!?」

「なんだ!?」

 それは、モクモクとあがる煙の中でゆっくりと体を起こした。

 それは、異形。という言葉が似合う姿形をしていた。

 首はなく、両腕が異常に長い。そして最大の特徴が、全身装甲(フルスキン)であることだった。

 ISには、絶対防御があり、基本的には全身を守る必要がない。それゆえに、肌を露出しているのが多い。

 だが突如現れたISらしきものは違う。全身が装甲で包まれている。

 そして、2メートルもの巨体だ。

 二人のハイパーセンサーが、所在不明のISであると、警告を発した。

『試合中止だ! 二人とも今すぐ避難しろ!』

「一夏、私が時間を稼ぐから逃げて!」

「馬鹿やろう! おまえのSEはほとんど残ってねぇのに、そんなことやったら…。」

 次の瞬間、二人に向けて謎のISがビーム兵器を放った。

 二人はギリギリで避けた。

 セシリアのブルーティアーズのビームを超える威力である。

「逃がしちゃくれそうにないな…。」

「どうしよう…。」

 すると。

 謎のISは、ない首をかしげるように体を傾け、何かを探す様に周りを見回しだした。

「? なんだ? どうしたんだ?」

「…私達が狙いじゃない?」

 一回の攻撃以降、謎のISは攻撃してこなかった。

 

「俺は、ここだよ?」

 

 謎のISの後ろにツムグが現れた。

 その瞬間、弾かれたように後ろを向いた謎のISが腕を振るい、ツムグに襲い掛かった。

 ツムグは、それをフワッと飛んで避けた。

 ツムグは、突っ込んできた謎のISの後ろに回り込み着地した。

「ツムグ!」

「あいつの狙いは俺だ。二人とも今のうちに避難だ。」

「! 分かった。行こう、鈴。」

「で、でも…。」

「あいつは死なない。」

 イチカは、鈴を掴んでピットへ引っ張っていった。

 謎のISは、二人に目もくれず、ゆっくりとした動きで振り返り、ツムグを見おろした。

 ツムグは、にっこりと口元を不気味に釣り上げた。

「さあ、かかってこい。お人形さん。」

 クイクイっと手を動かすと謎のISがその長い腕を振り上げて、振り下ろした。

 ツムグは、ヒョイッと軽くそれを避けると、次に謎のISがもう片腕を横に振るって来た。それをしゃがんで避けると、続けざまに謎のISがビームをゼロ距離で放ってきた。

 ビームが着弾した場所には、ツムグはいなかった。

「遅い。」

 ツムグは、謎のISの背中の上に乗っていた。

 謎のISがそれに気づいて動く前に、謎のISの背中に、ツムグが両手を乗せた。

 次の瞬間、バアンッ!っと破裂音が鳴り響き、謎のISが破裂し、四散した。

 バラバラとアリーナのステージに部品や装甲が転がり、ツムグは着地するとその中からISのコアを拾い上げた。

「まだまだだね。」

 ツムグは、コアを手で弄びながら、転がっているカメラに向けて笑って見せた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「無人機?」

「そっ、無人機。」

 ピットに戻ってきたツムグが、イチカにそう伝えた。

「ISは機械よ。人間が乗らなきゃ動かないわ。」

「でも無人機であるってことには変わりなないよ。現にバラバラにしたけど、生身のなの字も出てこなかったし。」

「そ、それは…。」

 戸惑う鈴に、ツムグが言った。

「ツムグさん。学園側がコアを渡してほしいとのことですよ。」

「はいはい、分かった。」

 やがて千冬が来て、ツムグは、謎のISのコアを渡した。

「…どうやって破壊した?」

「別に。内部のエネルギー循環を狂わせて、軽く暴走させただけだよ。」

「普通はできんぞ。」

「“そんな攻撃を受けるなんて想定して作られてない”から、仕方ないよ。」

「…そうか。」

「俺を狙うのはいいけど、予備運動みたいに二人を狙ったのは、よくないね。」

 ツムグは、腕組して表情を消した。

 ツムグなりに、怒っているのである。

「誰に向かって言っている?」

「誰って…、分かってるくせに。」

「!」

 ツムグは、驚愕する千冬を見つめる。顔は笑っているのに、目は冷たい。

 その目から発せられる謎の威圧感に、千冬は顔色を悪くし、一歩後ずさった。

「ま、何をしてこようと相手にしてあげるけどね。」

 ツムグは、そう言って千冬から目線を外した。

 千冬はその瞬間へたり込みそうになるのを気合で止めた。

 

 なお、謎のISのコアは、逆流させられたエネルギーのせいで壊れており、もうまったく使い物にならなくなっていたそうだ。

 




原作より強い一夏です。

無人機の狙いはツムグでしたが、ツムグには勝てなかった。



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第十話  手料理

イチカのごはん事情かな。

あと、シャルルに若干辛辣なイチカ。


 

 

「いやー、こう見ると、壮快だね。」

「あんたにそういう志向あるのかよ?」

「何を言うか。これでも男だぞ。性欲はないけど、良し悪しぐらいは分かるよ。」

「へえ、性欲ないのか…。」

 ツムグが壮快だと言っているのは、ISスーツを身にまとった女子達の光景である。

 本格的な実践授業が始まったため、IS学園指定のISスーツ、あるいは水着姿である。

 大なり小なり、スタイルそれぞれ、一般的な感覚の男子には嬉しい限りの光景であろう。

 だがツムグには、性欲自体がないし、イチカは自分のことで手一杯でそれどころじゃない。

 ツムグがニマニマ笑って見回しているものだから、女子生徒達が自分の胸を隠して身を守るようにコソコソしていた。

 イチカは、溜息をついた。

「イチカ? どうしたんだい?」

「いや、馬鹿らしいって思って…。」

 金髪の少年がイチカに話しかけてきたので、イチカはそう答えた。

 

 この金髪の少年。名をシャルル・デュノアというのだが……少年と言っても、この少年、正確なところは少年ではない。

 

 授業前に転校してきたフランスからきた“男装”の少女だ。

 なぜ見破っていながらツッコんでいないのか?

 ツッコむ気がなかっただけだ。

 胸はしっかり隠しているが、イチカと比べて小柄で華奢で中性的ではある。なのでクラスの女子達は全員シャルルを男子だと思っているようである。

 

 ところで、もう一人転校生が同じクラスやってきたのだが、小柄で銀髪で左目に眼帯を付けたその少女、ラウラ・ボーデヴィッヒにイチカは…。

 いきなり叩かれそうになり、避けた。

 それでラウラがカッとなってあやわ乱闘になりそうになったが、千冬が一喝してラウラが大人しくなりその場は収まった。

 なのだがそれ以降、ずっと睨まれており、イチカは、溜息を吐いた。

「俺が何したってんだよ…。」

「気にしない方がいいよ。」

 気休めにもならないことを言うシャルルに、イチカは再び溜息を吐いた。

 

「ど、どいてくださ~~~~い!」

 

「はっ?」

 キィィィィンという音と、女性の悲鳴が聞こえてそちらを見た時、何かが突撃してきていた。

 イチカが思わずポカンッとしてしまっていると、ツムグがイチカの前に立った。

 そして両手で突撃してきたそれを受け止めた。

「……山田先生。大丈夫?」

「だ、大丈夫です。」

「す、すごい…、素手でISを止めた!」

「まあ、ツムグならこの程度お茶の子さいさいなんだろ。」

「イチカって、あの人に対して随分と淡白なんだね。」

「っていうか、望めることなら関わり合いたくないんだ。」

「えっ、それどういうこと?」

「……。」

「あ…、ご、ごめん。聞かない方がよかったね。」

 ジトリッとイチカに睨まれ、シャルルは焦って謝罪した。

 

 

 その後、セシリアと鈴が山田と模擬戦を行うことになった。

 山田は、元代表候補生であると千冬の口から語られた。

 そして現役代表候補生のセシリアと鈴では勝てないと言った。

 それにカッとなったセシリアと鈴は、この後山田に負けた。

 負けた理由としては、山田の実力もあるが、セシリアと鈴の仲が悪かったのもある。元々クラスも違うしお互いに各々の国の代表候補生であるというプライドが手伝って睨みあいとなってしまったのだ。その点を突かれてしまったのだ。

 さすが約500個ぐらいしかないIS装者育成のための学園。生徒達も狭き門を通るが、それ以上に教える側のレベルが高い。いや、高くないとダメなのだ。

 その後、千冬の指導により、グループ分けをすることになり、そのグループリーダーは、専用気持ちがするよう言い渡された。

 イチカをチラチラと見る生徒達が多いが、進んで近寄ろうとする生徒は少ない。なぜならイチカと組めば、必然的にツムグが付いてくるからだ。ツムグを恐れている彼女らとしてはできうることなら関わり合いたくないのだ。

 もたもたしていると、千冬がグラウンド百周させるぞと脅し、名字の順にグループ分けとなった。

 イチカのグループになった生徒達は、傍から見ても分かるほど落ち込んでいた。

 反対にシャルルのグループは、キャアキャアと大騒ぎだ。そしてラウラのグループは、静まり返っていた。原因は、ラウラが発する冷たく鋭いオーラのせいであろう。

「落ち込みたいのはこっちの方だっつーの。」

「文句言ってる場合じゃないでしょ?」

「十割十分、あんたのせいだろ!」

 元凶に向かってイチカが叫んだ。グループになった女子達も便乗してそうだそうだと叫んだ。

 ツムグは、それでもニヤニヤ顔を改めることもなく、腕組して笑っていた。

「…あー、こいつに何言っても意味ねーから、落ち着いて。」

 ツムグの動じなさにギャーギャー文句を言っている女子達を、イチカが宥めた。

「イチカ君、こんな奴の味方のするの!?」

「違うって。こいつマゾだから罵倒しても笑うだけだからさ。」

 イチカがそう言うと、怒っていた女子は固まった。

 ツムグは、ニヤニヤしている。それを見て、イチカの言っていることが事実だと思い引いていた。

「俺は、マゾじゃないけどね。」

 ツムグは、そう言って笑った。

「嘘つけ。」

「イチカ、おまえのグループが一番遅れているぞ!」

「あっ、ヤベ。」

 千冬に怒られ、イチカのグループは、準備を急いだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、昼食タイムとなった。

 食堂では、他生徒達の迷惑になると思い始めたイチカは、屋上で食事をとるようにした。

 なのだが。

「なんでおまえらがいるんだよ…。」

「なんだその言い方は! せ、せせせ、折角私が早起きしてだな…、おまえのために弁当を…。」

「そうなのか? じゃあ、俺の食事断ればよかったな。」

 イチカは、自分に用意されたランチボックスを見おろして言った。

「はい、一夏。これ。」

「おっ、酢豚だ。作ったのか?」

「うん!」

「あ、あのイチカさん。わたくしも偶然朝早く目が覚めたので、こんなものを用意しましたわ。」

「サンドイッチか?」

「はい!」

「けどさぁ…、それ…。」

「言うな!」

 ツムグが指さして言いかけたのをイチカが制した。

 なんと言えばよいのか、なんと表現した良いのか…。

 そのサンドイッチは、美しかった。…見た目だけは。

 だが匂いがおかしい。見た目につられて手を伸ばそうとした手がなぜか拒絶するように止まる。そしてなぜだろう、ドス紫色のオーラ的なものが見える気がした。

「…写真…。」

 ツムグがポツリッと呟いた。

 レシピ通りに作ったのではなく、写真の見た目になるように作られたサンドイッチ…。

 それに使われた調味料と材料の数々…。

 セシリアは、腐っても貴族の令嬢だ。包丁なんて握ったことがないだろう。

 見た目だからならいいのだ。見た目だけ…は。

 ああ、どうしたものかと、イチカは、己の腹を撫でた。

 これで腹を壊したらまた担架で運ばれることになるのだろう。せっかく食欲が戻ったのに、またおかゆ食に戻ってしまうのかと絶望した。セシリアからの期待の視線が辛い。

「いただきまーす。」

「あっ!」

「あ、おい!」

「うん。個性的な味だね。」

 イチカが悩んでいる隙をついて、ツムグがセシリアからバスケットを奪い、サンドイッチを全部食べてしまった。

「ああ、せっかく…わたくしが…。」

 セシリアは、ショックを受けていた。

「ツムグ!」

「何かいけない物が入ってたら、イチカ、またおかゆ食に逆戻りだしね。」

 ツムグがストレートに言った。

 セシリアは、それを聞いて目を見開き、ポロリッと涙を零した。

「ちょっと、いくらなんでも酷過ぎじゃない!」

 鈴が怒った。

「君の酢豚もいただき。」

「あっ!」

「まあまあだね。」

「あんたの為に作ったんじゃないわよ!」

「ともかく、守代ちゃんに確認取った方がいいかもね。友達からの手作りのご飯食べても大丈夫かって。」

「…そうだな。」

「一夏!?」

 ツムグの言葉に肯定的な言葉を返したイチカに、鈴達は信じられない者を見る目でイチカを見た。

 イチカは、グッとこぶしを握り締めていた。

「胃腸が壊れたら食事の楽しみが減るからね。」

「食べれなかったら死ぬしかないだろ。」

「それはそうだ。」

 絞り出すように言うイチカに、ツムグは、ニヤニヤ顔で言った。

「ま、そういうことだから、手作りのお弁当とか差し入れは、もう少し待ってて。」

 ツムグは、鈴達にそう言った。

 食事一つで生き死にがかかっているということが分かり、鈴達は黙らざるおえなかった。

 

 

 この後、守代に手作り料理を食べてもいいかと聞いて、許可してもらったのは、別の話である。

 




速攻でシャルルの男装を見破ってるイチカです。ツムグも分かってます。
でもツッコむ気がないので言わない。

ツムグの心臓が他の臓器に影響を与えているので、胃腸が弱いイチカ君です。


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第十一話  イチカと箒

箒に意地悪するツムグさんがいます。

ここでのイチカは、剣道をやってません。やらせてもらってません。


 

「せぃや! どりゃー! うりゃぁぁぁぁ!!」

「甘い。甘い、あまーい。」

 イチカからの攻撃をすべて受け流すようにして避けるツムグ。

 今日は土曜日。

 IS学園では、土曜日は午前が理論学習、午後からは自由時間になっている。

 イチカは、午後を格闘技に使っていた。

 これは、リハビリの時に始めたことで、最初の頃は剣道を希望したのだが、全身運動とかの関係で却下され、総合格闘技をやらされる羽目になったのだ。

「一発ぐらい殴らせろ!」

「まだまだ。」

 怒るイチカに、ツムグは、フフフッと笑いながらイチカからの攻撃を避ける。

「ハッハッハッ、俺を殴ろうなんざ、まだまだ甘いよ。イチカくーん。」

「実験じゃサンドバックの癖に、ここでぐらい殴られたっていいだろうが!!」

「ダメ。」

「なんでだよ!」

「ただのきまぐれ~。」

「あぁぁぁぁ! 腹立つぅぅぅ!!」

「ツムグさん、イチカ君の心音を乱し過ぎないでください。」

 守代が冷静に注意した。

 総合格闘技の練習中も、イチカの経過を観察、管理するスタッフ達が周りにいる。機材もたんまりだ。

「はい。ここまで。イチカ、肺と血流検査だ。」

「…チっ。」

「舌打ちしない。」

 練習の終わりをツムグが告げると、イチカは舌打ちしながらスタッフ達の方へ行き、長椅子のような形の検査台に乗って、周りのスタッフ達がイチカの頭や首や胸、腕や足などにコードなどを繋げていった。

 運動の後、ちゃんと心臓から血液が送り出されているか、そして送り出された血液が心臓に戻っているかの検査だ。肺も検査するのは、肺から得た酸素をちゃんと心臓が受け取って全身に送り届けているか確かめるためだ。

「どう?」

「今のところ、血流に問題はないようです。」

「よかった。血液がちゃんと流れてないと、端から壊死していくからね。」

「怖いこと言うな!」

 頭上で交わされるツムグと守代の会話に、イチカが怒鳴った。

「…ねえ、守代さん。」

「なんですか?」

「唐揚げ喰っていい?」

「お好きにどうぞ。ただし、油の取り過ぎでお腹を壊しても責任はとれませんよ。」

「どしたの、急に?」

「あ…、いや…別に…。」

「箒ちゃんか。」

「別に口に出さなくてもいいだろうが! あんたもあの場にいたんだしよ!」

「照れちゃって~。」

 顔を赤くして怒鳴るイチカに、ツムグは、クスクスと笑いながら言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 後日。

「ど、どうだ、一夏?」

「美味い…。」

「そうか! よ、よかった!」

 昼食タイム。屋上でイチカは、箒が作ってきた唐揚げを食べた。

 そして素直に言葉が出た。

「箒。すげーよこれ。ほんと美味い。」

「ふーん。俺も一口。」

「貴様の分などない!」

「それだけあるんだし、一つくらいいいじゃん。」

 箒が持ってきたタッパーには、唐揚げがたくさん入っていた。

 摘まもうとするツムグの手を、箒が竹刀で叩いた。

「美味いけど、全部食えないんだ。悪いな箒。これ持って帰っていいか?」

「い、いいぞ。おまえが全部食べるならな。」

「…何日かかるかな?」

 イチカは、苦笑した。

 イチカの胃腸の具合では、このタッパー一杯の唐揚げはかなり重い。分けて食べても結構な量だ。

「守代ちゃん達にも分けた方がいいんじゃない?」

「本人を前にして言うな!」

 ツムグの発言にイチカが怒った。

 箒は、ツムグを睨んでいたが、やがてイチカを見て。

「イチカ。…あれはどういうことだ?」

「はっ? あれって?」

「なぜおまえが格闘技なんぞやっている? 剣道はどうした?」

「……剣道やりたいって言ったけど、反対された。総合格闘技の方がいいってさ。」

「そうか…。」

 箒は強くは言えなかった。

「そういえば、箒。」

「なんだ?」

「…全国大会優勝おめでとう。」

「……し、知ってたのか。」

「つい昨日調べた。」

「そうか。」

 しかしその後、会話が続かない。

 黙って二人の様子を見ていたツムグは、やれやれと言う風に肩をすくめ。

「箒ちゃん。篠ノ之博士さんは元気?」

 その瞬間、箒の顔色が変わった。

「私はあの人とは何の関係もない!」

 そう叫ぶ箒に、ツムグは、ニヤニヤ顔で受け応える。

「その割には、何か言い訳する時とかに篠ノ之博士さんの名前出すよね?」

「っ…。」

「ツムグ。あまり言うな。」

「いや、本当のことじゃん。」

「何が言いたい…?」

「いいや。別に。ただ気になったから言ってみただけ。」

「貴様…。」

「暴力?」

 竹刀を構えようとする箒にツムグが目を細めた。

「そうやって暴力で全部解決して来たんだ?」

「ち、ちが…!」

「よせよ。これ以上箒をいじめるな。」

「ふふ、ついね。」

 ツムグは笑う。

「今の世の中の元凶の身内ってなると、関係なくってもちゅっかいだしたくなるんだよ。」

「!!」

「おい、その言い方は…。」

「事実だ…。」

「箒?」

「あの人が身内だという事実は変えようがない。今までだって散々そのことを突かれて来たからな。」

「箒…。」

「今更動揺していては、私もまだまだ未熟だな。」

「うん。そうだね。」

「箒。気にするな。こうやって人を挑発するのがこいつの常套手段だから。」

「大丈夫だ、一夏。こんな奴の挑発になど乗らん。」

「へえ。」

 ツムグは感心したように声を漏らした。

「そういうの。嫌いじゃないよ。」

「あんたの選り好みなんてどうでもいいよ。」

「つれないなー。」

 ツムグは、残念そうに言いながら笑った。

 




なんとなく落ち着いている箒です。
箒というキャラをまだ掴み切れてません…。すみません。

書き直すかもしれません。


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第十二話  ラウラからの挑発と、シャルロット

シャルロットを贔屓しているわけではないのですが…。なんかそんな感じになったかも。


 

「……なあ、どう思う?」

「迷惑この上ないね。」

「何をしている。さっさと私と戦え。」

 ラウラは、二人の呆れを無視してそう言い、イチカは、大きくため息を吐いた。

 

 時は、少し遡る。

 

 シャルルの見学も加えてアリーナを借り、ツムグと特訓をしていた時だった。

 ラウラが突然やってきて、自らの専用機を展開し、いきなり戦えと言って来たのだ。

 ズンズンと二人のいるところに迫るラウラに、スタッフ達は止まるよう声をかけたがゴツイISを装備した相手に敵うはずがなく、そしてラウラが聞き入れなかったためスタッフ達は道を開けざる終えなかった。

「まるで黒いウサギだね。」

 それがラウラの専用機の第一印象だ。理由は、ラウラの頭部に耳みたいな突起があるからだ。

「どこがウサギだ。あんなゴツイの。」

 ツムグの言葉にイチカがそう返した。

「来ないのか? ならば私が戦わざる終えないようにしてやる。」

「待ってー。」

 ラウラの肩の実弾が火を噴いた。

 イチカの間に入ったツムグが打鉄でイチカを庇った。

「邪魔をするな。」

「イチカは、戦えるよう調整してないんだ。だからやめて。下手するとイチカが死ぬ。」

「その程度で死ぬなどとは、軟弱だな。」

「いや、そうじゃなくて…。」

 ラウラは、聞く気がないらしい。

 ツムグの後ろで、イチカは、白式を解除し、スタッフに促されてアリーナから退避しようとした。

「逃げる気か!」

「こんな形で死んでたまるか。」

 イチカは、そう言って走った。

「ふん。これが、教官の弟だとはな…。見損なったぞ。」

「なんだと?」

 イチカは、止まった。

「貴様の所為で教官は、毎晩うなされておられるのだ。貴様さえいなければ教官は苦しまずに済む。」

「それこそ君が言う教官…、織斑先生を苦しめるのに?」

「存在していなければ、苦しむことはない。」

「わぉ。これが狂信ってやつ?」

 ツムグは、肩をすくめた。

 ラウラの千冬への妄信は、凄まじいらしい。

 おまえが言うなと、守代を始めとしたスタッフ達は思った。

「悪いけど、君の妄信のためにイチカを死なせられないんだ。諦めて?」

「どけ!」

「イチカー、乗っちゃダメだよ? 死にたいなら別にいいけど。」

「……ぐっ…。」

 イチカは、悔しそうに拳を握り締め、渋々背中を向けてアリーナから去った。

 ラウラは、舌打ちをして自分のISを解除した。

 

 このあと、ラウラは、千冬にこってり説教された。

 教室に戻っても、ラウラから臆病者呼ばわりされ散々だったが、イチカは、無視を決め込んだ。

 ツムグは。

「よく我慢できました。」

 っと、子供を褒めるように言い、イチカから睨まれた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 後日。

「……はぁ…。」

「……もしかして…、知ってた?」

 目の前には、シャルル。

 いや、シャルルという名を騙っていた少女がいた。

「迂闊だね~。」

 ツムグは、両手をすくめた。

 シャワールームからボディーソープを取りに出ようとしたシャルルは、運悪くイチカとツムグに遭遇してしまったのだ。

 ……裸体で。

 とりあえずシャルル、改め、シャルロットの着替えをさせ、誰もいない部屋に連れていった。

「じゃあ、初めから気付いていたんだね…。」

「ああ…。」

 転校初日からシャルル(シャルロット)が、女子だということが分かっていたことを伝えると、シャルロットは、項垂れた。

 それからシャルロットは、聞いてもいないのに、自らの身の上の話をしだした。

 自らの父親であるデュノア社に命じられ、男のふりをして編入し、男性装者であるイチカと白式のデータを盗んで来いと言われたのだと。

「なんで従ったんだ?」

「それは、僕が愛人の子供だからだよ。」

「愛人の子だからって、従う必要はないだろ?」

「…調べていく過程で、僕はISの適性が高いことが分かって、非公認だけどテストパイロットにされたんだ。」

「子供は親を選べないからね。」

「本当だね…。」

「ツムグ。」

「イチカ。君も人のことは言えないけど。」

「っ…!」

「えっ、どういうこと?」

「イチカの両親は、イチカと千冬先生を置いてどこかへ消えたからね。それからは、千冬先生が親代わりをして頑張ってたわけ。」

「そうなんだ…。って織斑先生ってイチカのお姉さんなの?」

「あーもう、なんでそんなこと言うんだよ…。」

 イチカは面倒くさそうに頭をかいた。

「しかし、男装なんて早々にバレると思うし、嘘ついて学園に来たとなったらフランスに抗議も行くし、デュノア社も問題追及は免れない。どう足掻いたって、デュノア社に未来はなかっただろうね。」

「あんたがそう言うなら、そうなんだろうな。」

「そっか…。じゃあ僕のやってきたことは無駄だったんだね。」

「それより、おまえ、これからどうするんだ?」

「…きっと本国に連れ戻されるだろうね。それからのことなんて分からないや。」

「かと言って、デュノア社が今取り組んでいるプロジェクトを失うには、ちょっと惜しいな。」

「えっ?」

「はっ?」

「ちょっと、待ってて。」

 ツムグは、少し離れると携帯電話を出し、どこかへ電話をしだした。

 数分後、電話を切ったツムグは、二人の方を見た。

「シャルロットちゃん、とりあえずデュノア社は、他会社の傘下に入るけど、君は今後も学園にいていいから。」

「えっ?」

「デュノア社の経済状況じゃ、そうするしかもう道はないからね。でもその代り、君の身元については、君が二十歳になり次第デュノアの戸籍から外れるから。二十歳になるまでは、ちょっと待ってて。」

「えっ? えっ、えっ?」

「ツムグ…、あんた…。」

「その代り、本当に意味でたった一人になる。それからは、君次第だ。分かった? あ、そうそう、その前に一回フランスに帰ってもらってから、学園に戻るって形にはなるけど、いい?」

「僕が…自由に…?」

「そうだよ。戸籍を抜くことは法律上できる。ある程度年齢を重ねたらね。戸籍って案外簡単に外せるんだよ。」

 ツムグがそう言うよりも早く、シャルロットは、泣きだした。

 イチカは、シャルロットの背中を摩った。

「まあ、だからって肉親には変わらないから、その辺は君自身の中で折り合いをつけてね。」

 ツムグは、最後にそう付け足した。

 

 

 更に後日。

 フランスへ一度帰ったシャルロットは、シャルルではなく、本名のシャルロットの名で学園に戻ってきた。そのためシャルロットを男だと思っていた女子達は大変残念がった。だが妄想力の強いというか…なんというか、そういう女子は、シャルロットがボクっ子だという点を見て新たな萌えを見出していたりした。

 戻ってきて早々、シャルロットは、ツムグに頭を下げてお礼を言った。

 フランス大統領の保護下の元、身元の保証をしてもらい、彼女を縛っていた原因であるデュノア夫人(シャルロットの父親の本妻)の手が及ばないようにしてもらったことを伝えられ、またその手続きをしたのがツムグだと知らされたからだった。

「あんたって、よくわかんねーよな。」

「まあね。ただの気紛れ。」

 嫌悪の目の中に、シャルロットのキラキラとした眼差しが混ざって変な状況になった中、ツムグは変わらず笑って言った。

 




ツムグになんか熱い視線を向けるようなったシャルロットです。
惚れてるかどうかは別として…。

ラウラの件は、次回かな。


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第十三話  シャルロットとタッグを組む

今回短め。

あと、感想欄で書きましたが、このネタでの世界は、あくまでもインフィニットストラトスをもとにしているので、別の作品のゴジラ対エヴァンゲリオン(仮)とは、世界が違います。
誤解を招くような書き方をしていて申し訳ありません。


 

 シャルルが、シャルロットになって戻ってきてから数日後。

 月末に行われる学年別タッグトーナメントの話題で持ちきりになった。

 文字通り、誰かとタッグを組んでの試合なのだが、誰もイチカには声を掛けない。

 声を掛けたいのかチラチラと見る目はあるが、自分から行こうとはしない。

「せんせー。欠場できます?」

「できん。」

「…はあ…。」

 一応千冬に聞いたが、却下された。

「すまん、イチカ。おまえも一応専用機持ちだからな…。」

 一応専用機持ちである以上、拒否権がないのだ。

 千冬の顔は、本当に申し訳ないという顔だった。

「イチカ。僕と組まない?」

「はあ?」

 困っていたイチカのところに、シャルロットがやってきてそう言った。

 タッグを組む相手で困っていたイチカとしては、願ったり叶ったりだが…。

「おまえ、何考えてんだ?」

「えっ? べ、別に変なこと考えてないよ?」

「……分かりやす。」

 焦るシャルロットは、チラチラとだが視線を教室の後ろにいるツムグに向けていた。

「あれは、あいつの気紛れだからな? 気を付けろよ。」

「う、うん。でも…、僕にとっては恩人なんだよ?」

「下手すると殺されかねないしな…。」

「えっ?」

「人知れず何人殺されたことか…。」

「イチカー、人を殺すって簡単なんだよ? 物理的にも、社会的にもね。」

「ほら! あんなこと言ってるし!」

 イチカが涙目になりながらツムグを指さし、シャルロットに言った。

「冗談が好きなんだね。」

「どういう感覚!? いやマジな話だぜ!」

 イチカがビシーッとツッコミを入れた。

 ツムグは、楽しそうに笑っているだけだった。

「…まあそれはさておき、シャルロットちゃんは、イチカと組んでくれるんだね?」

「はい。」

「よかったね、イチカ。」

「へいへい…。」

 イチカは、疲れたように俯いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 後日から、シャルロットと一緒に特訓が始まった。

「タッグってなると、どうしても一人の感覚でやると、ぶつかり合いになっちゃうだろうから、その点を考慮してまずは動く練習からしようか。」

「また移動の練習かよ。」

「試合当日にペア相手と壮絶なぶつかり合いをする醜態を見せたいなら別にいいけど。」

「やる。」

「その意気その意気。タッグでの戦いとなると、一対一、一対二、二対一、二対二って感じで、戦い方が変わって来ると思うから、その点を考慮してどんな戦いになっても対応できるようにしよう。」

「でも相手はおまえ一人じゃんかよ。」

「その点を考慮して、サイコイリュージョンでもう一人、“俺”を作るから大丈夫だよ。」

「ゲッ! あんたが二人もかよ!」

「す、すごい、そんなことできるんですね!」

「そーだよ。」

「おいおい…。」

 目をキラキラさせるシャルロットに、イチカは心配になった。

 そうして特訓が始まってみると、ISの適性が高いゆえに、デュノア社でテストパイロットをやらされていただけあり、シャルロットの適応能力は高かった。

 慣れないイチカにぶつからないよう移動するのを早々に習得した。

「僕がサポートするよ。イチカは、思いっきり暴れてくれていいよ。」

「俺一人に対して、二人相手ってか?」

「もちろん僕も援護射撃もするよ。」

「でなきゃ、怒るぞ?」

「アハハハ。」

「…ふ、ふふ。」

「あっ、笑った。」

「はっ?」

「イチカって、ずっと暗い顔してたから笑った顔初めて見た。」

「…そうか。」

 言われてイチカは、俯いた。

「特訓始めていい?」

「…ああ。」

「よろしくお願いします。」

 

 サイコイリュージョンを使った、二対二の戦いは、結果は一夏達の敗北だった。

 特訓を続行しようとイチカが動こうとしたが、胃からせり上がってきた未消化物をこらえ切れず吐きだし担架で運ばれた。

「…うーん。特訓以前にイチカの胃腸の調整が必要そうだな。」

「だ、大丈夫なのかな?」

 盛大に吐いたイチカを目の当たりにし、シャルロットは顔を青くした。

「大丈夫じゃないねー。」

「なんで笑ってるんですか?」

「んー? 別に。」

「イチカ、あんな状態なのに…。」

「ああなったのは、俺にも原因があるけどね。」

「えっ?」

「イチカの心臓。俺の心臓なんだよ。」

「えっ? えっ?」

「分からないならいいよ。別に困らないし。」

 ツムグは、そう言い残すと、打鉄を解除して去っていった。

 

 この後シャルロットは、イチカの経過を見ているスタッフからツムグの話が本当であることを聞き。

 また、ツムグが何のために学園にいるのかを聞かされ顔を青ざめさせたのだった。

 




相変わらず胃腸が弱いイチカです。
吐き戻したイチカを心配するシャルロットとは対照的なツムグの態度に、シャルロットもさすがに引いてます。


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第十四話  ツムグの悪戯心(悪意)

シャルロットに酷いことをするツムグさんがいます。

このネタ作品、嘔吐表現が多いかも…。

あとグロ注意(?)。


 

 ニコニコ笑っているツムグの前には、IS・打鉄を装備した女子生徒。

 打鉄のブレードとライフルが握られているが、その手は、ブルブルと震えている。

「ほらほら、早く早く。」

「うぅ…。」

 女子生徒はついに泣き出してしまった。

 

 ツムグを殺すことで、メンタル強化を図る、新授業。

 

 それが今行われているのだが、一番目になってしまった女子生徒は、外見は人間のそれであるツムグを殺すことに躊躇し、泣きだしてしまっていた。

「……限界だね。織斑先生、次。」

 ツムグは、見切りをつけ、千冬に次の番の生徒を呼ぶよう促した。

 なお、この授業。かなり点数が高い。決行できれば成績が格段に上がるのだが、人間を殺すというリスクを恐れ、多くの生徒が点数を放棄した。

「イチカ、カモーン。」

「うっせぇ。」

 イチカは、一撃で、ツムグの首と胴体を切り離した。

 血が噴水のように噴き出るが、すぐに止まり、胴体が転がった頭を拾い上げて首の切断面にくっつけた。

 順番待ちや、やることを放棄したりした生徒達が一斉に目を背けて必死に耐えていた。

「シャルロットちゃん、遠慮なくどうぞ。」

「……本当に、やっていいんですか?」

「遠慮なくどうぞ。」

「……うぅ…。」

 デュノア社でテストパイロットをしていたとはいえ、人など殺したことなどない。

 同じIS装者と手合わせ程度ならしたことはあるが、流血するほど傷つけたことなどない。

 死なないとはいえ、普通なら死ぬほどのダメージを与えるのだ。イチカが躊躇いもなくツムグの首と胴をお別れさせたのを見ているのだ。そしてそこから再生するのも見ている。安いホラー映画にありそうな再生であるが、それが実際に目の前で起こっているとなると話は別だ。濃厚な血の匂いはするし、出血した跡が地面やツムグの体にしっかり残っている。首を切ったのでなんか血以外の液体っぽい物もあるようなないような…。

「シャルロットちゃん、ギブ?」

「……なんでなんですか?」

「ん?」

「なんでこんなこと…、受け入れているんですか?」

「んー。気紛れ?」

「痛いでしょ!?」

「痛いけどすぐ治るから別に。」

「やめろ、デュノア。そいつに何を言っても無駄だから。硫酸で溶かそうが、全身ミンチにしようが死なない奴だから。」

 イチカが腕組してそう言ったものだから、お昼にハンバーグなどを食していた生徒が連想してしまい、オエ~っとなっていた。

 なぜこの授業をご飯後にしたんだと…、千冬も山田も思った。

 その裏にツムグが言うところの上の連中のうっぷん晴らしのためという迷惑この上なく、理不尽極まりない理由があるのだが千冬たちは知らない。

「そうだ。」

 ツムグは、何か思いついたように口元を釣り上げた。

 そしてチョイッと右手の指を動かした。

 その瞬間、シャルロットが装備しているラファールの右手がツムグへと伸び、ツムグの首を掴んだ。

「えっ? な…。」

「あー…、これこれ…。」

 シャルロットの意思を無視してラファールの手がツムグの首を絞めていく。

「なにこれ!? ちょ…、止まらない、止まらないよォ!! いやだ! どうして!」

「まさか…、椎堂! 貴様!」

「あ、ハハハ…、こぅ…ギリ、ギリっと…、ぁ、折れそ…。」

「口から血混じりの泡拭きながら喋んな!」

「うぁ、あぁぁぁ! 誰か、誰か止めて!」

 泣き喚くシャルロットとは反対に、ツムグは首を絞められながら笑っていた。

 そして。

 嫌な音と、シャルロットの手に嫌な感触を残してツムグの首が折れた。

「……ぅ……う…、ウアアアアアアアアアアアアアア!!」

 ツムグの首が折れた途端、自由になったラファール。シャルロットは、手から離れておかしい方向に曲がったツムグが倒れるのを見ながら悲痛な悲鳴を上げた。

「はい、ごーかく。」

 ツムグは、首を片手で元の位置に戻しながら、もう片手で親指を立てた。

「うぅ…、うぇ…ぇええ…。」

「おい、デュノア! てめぇ、やり過ぎだ!」

 膝から崩れ落ちて嘔吐するシャルロットを介抱しながら、イチカはツムグを睨んで怒鳴った。

「だって、つまらないじゃーん。さっきからずーとなんもされてないからさぁ。」

 ツムグは、口についている涎と血を拭いながら、クックッと笑った。

「って、感じで、やろうと思えば強制的にISの操縦は奪えるんだよね~。」

 ISの操縦を奪われてしまう事実に、ISを絶対視していた多くの生徒達が驚愕し顔を蒼白とさせていた。

「誰か、デュノアを保健室へ運べ。椎堂、貴様には話がある。」

「授業が終わってからね~。」

「貴様…!」

 ツムグの嘗め切った態度に青筋を立てる千冬。一方で山田は、治る前のグニャリとなったツムグの首を見て気絶していた。

 シャルロットは、ラファールを解除して保健室に連れていかれ、やがてセシリアの番になった。

「椎堂ツムグ…。」

「な~に?」

「いったい何を企んでいますの?」

「別に?」

「先ほどのことでデュノアさんは、深く傷ついたでしょう。なんのおつもりであのようなことを?」

「ただの悪戯だよ。」

「いたずら?」

 その瞬間、セシリアの美貌が酷くゆがんだ。怒りによって。

「あのような悪意ある行為をわたくしは知りませんわ!」

 セシリアは、ブルーティアーズの銃口をツムグの顔に向けた。

「あ、顔狙い?」

「そのニヤニヤとした癪に障る顔を粉々にして差し上げますわ!」

「へえ? あの試合の時にはおしっこもらしたのに随分と度胸がついたんだね?」

「っ!! 死になさい!」

 銃口から放たれた弾丸は……、ツムグの頭部を、貫かなかった。

「なっ…。」

 弾丸は、ツムグの目と鼻の先で止まっており、ツムグが、チョイッと指で弾丸の方向を左にそらすと、次の瞬間、弾丸は左へと曲がって飛んでいった。

「狙いは十分。さすが代表候補生。」

「…ど、どういうつもりで…。」

「別に。ただの気紛れ。」

「どこまでも人を馬鹿にして!」

 セシリアは、ブルーティアーズのビットを展開した。

「わたくしのブルーティアーズは、逃しませんわよ。」

「へ~、随分と特訓したんだね? 前よりビットの動きが良くなってる。」

「あなたに褒められても嬉しくありませんわ。」

 吐き捨てるように言い放ったセシリアは、四方八方からビットによる攻撃を行った。

「二度と生き返らぬよう、骨の一片も残しませんわ!」

 凄まじい爆発とビームによる攻撃が行われ、粉塵と爆炎が舞う。

 やがて攻撃を止めたセシリア。打ち止めなのだ。

 煙が晴れると、そこには抉れて焦げた地面だけがあった。

 さすがに死んだかとセシリアのみならず、他の生徒も千冬も思った。

 だがイチカだけは、ムスッとした顔で見つめていた。

 ズズズッと地面が動き出した。

 黒く焦げて粉々になった肉片や骨がもとの色を戻し、一か所に集まっていく。

 高速で。

 肉と血が渦巻くように蠢き、やがて人の形を取った。

「……ふはぁ…、中々過激。」

 全裸のツムグがポリポリと頭をかきながら言った。

 セシリアも女子生徒達も千冬も、信じられないモノを見る目でツムグを見ていた。

 正直、全身が再生するまで、一分もたっていない。30秒もあれば十分だっただろう。

「はい、次々。」

「そ、そんな……、あんな状態から…。」

「ごめんねー。俺、あれくらいじゃ、死ねないんだ。」

 震えるセシリアに、ツムグは、ペロッと舌を出した。

 あれくらい? あれで死なない? ならばどうすれば死ぬ? そもそも死なない生き物がこの世にいるのか? じゃあ、目の前にいる、アレはなんだ?

 そんな疑問がイチカ以外の全員の脳裏をよぎった。

 

 




自分に恩義を感じてそういう視線を向けて来るシャルロットに、酷いことをするツムグさん。
自分にそんな視線を向けるのは間違っているという意味でなのか、単なる気紛れなのかどうかは分からない。
そして度胸(?)がついたセシリア。けどツムグは、死ななかった。というか死ねない。
一方で、イチカは躊躇なし。


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第十五話  ラウラの暴挙

ひっさしぶりに更新。

決して忘れてたわけじゃないですよ?
ただ他の作品を書くのに夢中になってただけです。

今回は、ラウラとの1回目の戦い。(非公式)


 あの授業以降、タッグトーナメントに向けた訓練を行っているのだが、シャルロットの調子がすこぶる悪くなった。

「大丈夫か、デュノア。」

「だ、…大丈夫。」

「無理すんなって…、顔が青いぞ。」

 シャルロットは、しきりに右手を気にしていた。

 右手でツムグの首を絞めて折ったので…いや、折らされたので、その感触が無くならないのだ。

「だから言ったろ。あいつがおまえのこと助けたのはただの気紛れだったんだってな。」

「どうしてあんなことを…。」

「さぁな。あいつの考えることは分かんねぇ。」

「それでもおかしいよ。」

「あいつは、狂ってる。」

 イチカが吐き捨てるように言った。

「みんな口を揃えて言うぜ。あいつは、狂ってるってな。」

「あの人は…、一体何なんだろう?」

「化け物…っとしか言えねえよ。」

「本当に…人じゃないんだね…。」

「ああ。あんなのが人間だったら世も末だぜ。」

 だが遺伝子的には、人間なのだ。認めたくない事実であるが。

「酷い言われようだな~。シクシク…。」

「何が酷いだ。事実だろうが。」

 イチカの近く(※現在数メートル離れてる)から離れられないツムグの嘘泣きにイチカは、ツムグを睨みながら冷徹に切り捨てた。

「だいたい、あんたの気まぐれで、どれだけの人間が泣かされてると思ってんだよ。」

「さぁねぇ? 少なくとも星の数? 俺が“俺”になった時からだと、それくらいはいるんじゃない?」

 一転して腹を抱えてケラケラと笑いながら言うツムグの顔を見て、シャルロットは、ゾッとするものを感じた。

 するとツムグが、シャルロットを見て、首を傾げてニヤッと笑った。

「それとも? 俺とも出会わない方が幸せだった? シャルロット・デュノア。」

「っ…。」

 悲観していた自分の身の上のことを解決させてくれたことは感謝している。だが……。

「やめろよ。デュノア。こいつに…好意なんて持つのは。」

「ぼ、僕は…。」

「今は、タッグトーナメントのことだけ考えようぜ。」

「うん…。」

「応援してるよ。」

「あんたは、もう黙れよ。」

「はいはい。」

 それからは、本当にツムグは、終始笑顔ではあったものの、ずっと黙っていた。

 三十分後ぐらいだろうか、ツムグがイチカに首と顎でアリーナの出入り口を示した。

「?」

 イチカがそれを怪訝に思った直後だろうか。

 アリーナの出入り口にいたイチカの体調管理をしているスタッフ達が吹っ飛ばされた。

「なに!?」

 

「織斑一夏! 私と戦え!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

 

「おまえ!」

 イチカは、スタッフや医師達が倒れて呻いているのを見て、激昂した。

「安心しろ。命に別状はない。」

「おまえ、医者じゃねーだろうが!」

 自分と戦うというワガママのために他人が傷つこうと構わない構えの彼女の態度に、イチカは怒鳴った。

「ボーデヴィッヒ殿。残念ですが許可はおろせません。」

「どけ。」

 守代が前に出て冷静な声で言うが、ラウラは聞かない。

 むしろ、展開している彼女の愛機であるシュヴァルツェア・レーゲンのごついリボルバーカノンの砲身を使って守代を横に弾いた。

 弾かれた守代の身体をツムグが受け止めた。

「ボーデヴィッヒ!」

「イチカ~。思いっきりやっちゃえ。」

「はあ!?」

 止めるかと思いきや、戦ってもいいぞとツムグが後押ししたので、思わずツムグの方を見た。その直後、弾丸がイチカに向かって飛んできた。

「イチカ!」

「…チッ!」

 イチカは、すんでのところで首をずらして避けた。

「後悔するなよ…!」

「私に勝てたならな!」

 雪片を構えたイチカを見て、ラウラはニヤリッと笑った。

 シャルロットは、オロついたものの、このままでは危険だと判断し、動こうとしたがなぜか動けなかった。

 まさか…っと思い、ツムグを見ると、ツムグは、ニッコニコ笑ってこちらを見ていた。

「俺が勝ったら謝れよーーーーー!」

「はあああああああああ!」

 イチカの言葉に答えず、ラウラは、プラズマ手刀で向かってきたイチカを迎え撃つ。

 斬撃がぶつかり合い、火花が飛び散る。

 何度目かの斬撃で、シュヴァルツェア・レーゲンの左肩が破壊された。

「ちぃっ! やるな!」

「さっさと降参しやがれーーーーー!」

「くっ!」

 イチカの速さに、さすがにマズいと感じたのか、ラウラは距離を取ろうとした。

 だが、逃がすかとイチカが接近する。

 その瞬間、イチカの体の動きが止まった。

「我がシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前では、貴様など…。」

「おい…。この程度か?」

「なに?」

「この程度なら…、あいつ(ツムグ)の重力操作に比べればどうとでもねぇよ!!」

「なっ!?」

 イチカは、強引に、気合いだけで、シュヴァルツェア・レーゲンの最大の特徴であるAIC(停止結界)を破った。

 しかし、機体に負担がかかり、SEが削られた。

「破っちまえばこっちのもんだぁぁぁぁぁ!」

「ぐっ!」

 

「そこまでだ!」

 

 イチカが雪片を振り下ろそうとした直後、千冬の大声がアリーナに響き渡った。

「きょ、教官?」

「……はあ…、遅いよ、千冬姉…。」

 やれやれとイチカは剣を下ろした。

 千冬と共に、教員や救援隊が駆け込み、倒れているスタッフ達や医師達を介抱、千冬は、ラウラに近づいた。

 ラウラは、素早くISを解除して、ビシッと背筋を伸ばした。

 千冬は、そんなラウラの前に来て。

「イチカ。ここは私達に任せろ。おまえは、椎堂ツムグ達と共にアリーナの外へ。」

「分かった。」

「貴様、逃げ…。」

「黙れ、ボーデヴィッヒ!」

「しかし、教官!」

「貴様のやったことは! 世界機構に喧嘩を売る、とんでもない一大事だ! 貴様は、ドイツを滅びしたいのか!」

 イチカがシャルロットとツムグと共にアリーナから出て行く中、そんな千冬の怒声が聞こえていた。

 

 幸い、スタッフ達や医師達は命別状は無かった。

 だが、何人かは骨にヒビが入るなど、大なり小なり怪我を負ったため、ラウラは、独房での謹慎と反省文を数百枚ほど書かされることになった。

 また、ドイツにも正式な抗議が入り、ツムグの臓器移植計画に力を入れている世界機構に参加していたドイツは、肩身が狭くなったのは言うまでもない。

 なにせ危うく計画の第一献体であるイチカに危害を加えて、それが原因で死なせるかもしれなかったからだ。

 この件は、独房にいるラウラにもきっちりと伝えられたが、彼女がそれを理解し反省したかどうかは分からない。

 だが、また同じ事をすれば、軍からの強制退役と、専用機の没収と聞いて、さすがに事の重大さには気づいたのか、顔色を悪くしたらしい。

 それを間接的にスタッフから聞いたイチカは、もうあんなことはないだろうということでホッとしていたのだった。




千冬を狂信している頃のラウラなら、これくらいはやりかねないな…って勝手に思ったのでこんなことをさせてしまいました。
決してラウラのアンチではありません!

イチカは、自分が置かれている状況には大きな不満はあるけど、その状況を作っている人間達が傷ついてしまうのを見捨てるほど正義感を捨ててはいません。
AICを気合いで破ったのは、捏造です。ツムグの超能力による重力操作での特訓は、話に書いてないだけで、やらされてます。その結果、停止結界ごときじゃ止まらないほど力がつきましたっということにしています。ただし、反動でSEが削れたりするなど機体に負担がかかるということにしました。


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第十六話  ラウラの献身と、ツムグの妨害

なんか急展開。

ラウラが急にしおらしく?
わかんない展開になってしまった…。


「このたびは、私の元教え子の暴走のせいでご迷惑をおかけしました…。」

「なぜ、あなたが謝るのです?」

 片腕を包帯で吊るした状態の守代が冷静な声でそう言った。

 同意見なのか、他の怪我をしたスタッフ達も無言だ。

 頭を下げている千冬は、それでも頭を下げずにいられなかった。

「……謝罪は不要です。」

「しかし…。」

「邪魔ですから。」

「っ!」

「我々は、あなたのために時間を使うほど暇ではありません。」

「……失礼した。」

 そう言って千冬は、再度頭を下げて、去って行った。

「菓子詰めくらいはもらってよかったんじゃないの?」

「あなたが単に食べたいだけですよね?」

「なんだ、分かってるじゃん。」

「勝手に食べてください。」

「じゃ、もらうね~。」

 ツムグは、そう言って千冬が置いていった菓子詰めの箱を持っていった。

「彼…、食事が必要ないというのに、貪食ですよね。」

「放っておきなさい。」

 ヒソッと話しかけてきたスタッフの一人に、守代はつれなくそう言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 和菓子特有の、上品な甘い豆の匂いに、勉強机で復習していたイチカは、苛立った。

「なに不機嫌な顔してんの?」

「…それ…、千冬姉が、スタッフさん達に持っていった菓子折じゃねーのか?」

「そうだけど?」

「なんであんたが食ってんだよ!」

「守代ちゃんが食べていいって言ったんだよ。」

「っ…。」

 イチカの体調管理を担当しているチームリーダーである守代が、千冬に対して冷たいことは分かっていたが、ここまでとは…っとイチカは、唇を噛んだ。

「守代ちゃんのあの態度は、普段通りだから別に織斑先生に厳しいわけじゃないよ?」

 ツムグは、そうフォロー(?)した。

「ま、誰に対しても基本的にああだから、そこが良いところであり、悪いところだけどね。」

「ほぼ、マイナスじゃねーかよ。」

 ツムグの言葉に間髪入れずイチカがビシッとツッコミを入れた。

「……守代ちゃん、努力型だから、天才って奴に負けたくないからいっつも気ぃ張ってんの。特に、天災なんて呼ばれてる人が大嫌いみたい。」

「それって……束姉のこと?」

「これだけ世界を混乱させるような大発明をしておいて、当の本人は雲隠れときたものだから余計にだろうね。ま、その発明ごときでこれだけ様変わりする世界も世界だけど。」

「なんだよ…それ。」

「イチカ。この世界…好き?」

「はあ? なんだよ、急に…。」

「…俺は…、大嫌いだよ。」

 ツムグは、フッフッフッと笑い、お茶をすすった。

 イチカは、そんなツムグの笑い声に背筋が寒くなった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 一方、千冬は、ラウラが収容されている独房の前で目を見開いていた。

「なん…だと?」

「はい。」

「おまえを…第二の検体するだと?」

「第一検体イチカの続く、臓器移植の実験検体、私がこれ以上の失態を犯すならば、軍を退役後にそのようにすると…。」

「…っ…、なりふり構わずか…。」

「デザインベビーである私には、それ以外に使い道は無いと…。」

 それを聞いた千冬は、ギリッと拳を握った。

 イチカのみならず、ラウラまで奪う気か!っという怒りが彼女の中にこみ上げていた。

「教官に救われたこの命…、未来の礎になるのならば、私は構わないと考えています。」

「ボーデヴィッヒ! 私は、そんなことのために…!」

「私が代わりに検体として成功すれば、あなたの弟である彼を救うことも可能かも知れません。」

「なっ…。」

「…そうすれば…、教官はもう…夢にうなされることもないはずです。」

「ラウラ…。そんなことを…言うな!」

 千冬の目に涙が浮かびかけていた。

「私は、浅はかでした…。あなたを苦しめるモノを排除すれば、あなたが解放されると勘違いしてしまい、あなたの大切な人の命を奪いかけたてしまいました。もっと違う方法で報いることができることをひとつも考えずに。」

「もう言うな!」

「私は…、教官の弟を救います。」

「やめろ、ラウラ! 頼むから…やめてくれ!」

 

「はいはーい、お涙ちょうだいのところ悪いけど、それはできないね。」

 

「! 椎堂ツムグ!?」

 音も無く、ツムグが出現し二人は驚いた。

「例え君が検体になったところで、イチカは解法はされないよ。」

「なんだと!?」

「ここでは言えないけど……、色々とあってね。イチカは…、まだ返せない。」

「どういうことだ!」

 掴みかからんばかりに迫ってきた千冬に、ツムグは、クスクスと笑った。

「色々と…あるのさ。」

「だから、それはどういうことなんだ!?」

「それは、まだ言えない。それを言ったら…、イチカは死ぬかもしれないよ?」

「なっ…。」

「そういうわけだから、君達のやろうとしていることは無駄だよ? 分かった?」

 そう言うとツムグは、消えた。

「……私では…教官を救えないのか…。」

 ラウラが愕然とした様子で呟いた。

「……頼むラウラ。お前まであの狂ったプロジェクトの犠牲にしたくない。」

「教官…。私は、どうすれば…。」

「頼むラウラ…。私は、お前まで失いたくないんだ。」

「教官…。ありがとうございます。」

 独房の中で膝をついたラウラは、右目から一滴の涙を零した。




ラウラ改心?
いや…単に千冬を助けたくて、あんな暴挙をしてしまったのは、やり方を知らない子供も同然だったからというのもある?ってことで。
ラウラを第二の検体にするというのは、ラウラのせいで肩身が狭いドイツがラウラに罪滅ぼしをさせる意味です。
死刑囚とか…検体の候補はたくさんいるけど、ISとの相性とか試験管ベビーだとかで実験検体としてはイチカよりも好き勝手出来る?
でも、それをツムグ良しとしなかったのには…、ある理由がありますが、まだ内緒です。
実は、守代も関わっています。

なお、守代は、努力型で成り上がってきた科学者で、天災の束が嫌い。


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第十七話  イチカの激情

今回は、ツムグが語るラウラの事と、ラウラの今後(?)。
そしてそれを聞いたイチカの感情。


「すまなかった。」

「はっ?」

 ラウラの独房での謹慎が終わった後、イチカは教室で、いきなりラウラから90度頭を下げられ謝られた。

「なんだよ、急に。」

「私は、危うくお前を殺しかけた。そのうえ、お前の体調を整えてくれている者達を…。」

「あの人達に謝るのが先だと思うけどな。」

「そちらの方は、先に謝罪した。………聞いてはもらえなかったが。」

「まあ、あの人(守代)じゃぁな。」

 守代は、腕を骨折させられたのだ。そう簡単には許して貰えないだろう。

「本国が私の尻拭いをしてくれた…。」

「だろうな。」

「それでなんだが…。」

「なんだよ?」

「はいはい、その話は一応機密でしょ?」

 そこへツムグが話に割って入ってきた。

「仮にも軍人なんだから、そういうことをこんなところ(教室)で、話ちゃダメでしょ?」

「…ぐっ。」

 ラウラは、ツムグに言われたことに歯がみした。

 ツムグは、相変わらずニヤニヤ笑いを浮かべている。

「……おい。どういうことだよ?」

 イチカは、なにかを察したようだ。

「イチカ。その話は、医務室とかでしようね。一般生徒がいないところで、もちろん…先生も。」

「…そういうことかよ。」

 ツムグにそう言われ、イチカは頭を振り、吐き捨てるように言った。

 ラウラは、目を見開きイチカを見つめた。

「あんた…言ってたな…。この世界が嫌いだって。」

「うん。」

「……俺も…嫌いかもしれねぇわ。」

「そう。」

「教官の弟…、私は…。」

「その言い方やめろ。イチカでいい。」

「わ、分かった、イチカ……、その…私は…。」

「ボーデヴィッヒまで、俺と同じになるなよ。」

「しかし!」

「やめろっつってんだよ!」

 食い下がるラウラに、イチカは怒鳴った。

 教室にいた生徒達がその怒鳴り声に一斉にイチカ達の方を見た。

「イチカ。落ち着こう。心臓に悪い。…君も、いい加減に諦めようね。」

「くっ…。」

 イチカを落ち着かせようとポンポンと背中を軽く叩きつつ、ラウラにそう言った。

 ラウラは、ツムグを睨んだ。

 ラウラからの睨みなど気にせず、ツムグは、ペロッと舌を出した。

 やがてチャイムが鳴り、千冬が入ってきた。

 千冬は、イチカとツムグ、そしてラウラが対立しているのを見て、顔をしかめた。

「何をしている?」

「あ、きょ…織斑先生…。」

「なんでもないよ~。席に着こうか。」

「…ちっ。」

 イチカは舌打ちして席に着いた。

 ラウラは、オロついたが、やがて観念したのか自分の席に着いた。

 千冬は、教室の後ろに行くツムグの背中をひと睨みしてから、出席を取った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「第二の検体の話ですか?」

「…ボーデヴィッヒを使う気だろ?」

 授業が終わった後、医務室でイチカは、守代に聞いた。

「私は知りません。」

「嘘つけよ!」

「本当です。」

 嘘ではない。

 検体に使う人間の選別は、世界機構の方に権限がある。または、イチカのようにツムグの推薦というのもあるが…。

「それは直接本人が?」

「…いえ…、たぶん…そうじゃないかって思って。」

「そうですか。」

 淡々と受け答えする守代に、イチカは、ムカッとしたが堪えた。

 彼女のこの態度は今に始まったことじゃないが、イチカとしては、ラウラのような少女までもがこのプロジェクトに利用される可能性を危惧していた。

 今現在までの発展した文明のために、犠牲が無かったとは思えないし、その尊い犠牲が無ければ現在(いま)がなかったとは理解しているつもりだ。

 だがしかし、だからといって無駄に犠牲を強いることが良いことではない。

 もしもイチカの予想通り、ラウラがイチカに続く、ツムグの臓器移植の第二の検体になるのだとしたら……。

「もしそうだとしたら…、お仲間ができますね。」

「っ! 喜べるかよ!」

 守代の言葉に、イチカはついにキレた。

「誰が、自分と同じ立場になって喜ぶかよ!」

「そうですか。」

 キレるイチカに、守代は淡々とそう言っただけだった。

 それ以降、イチカが喋らない限り守代は何も言わなかったため、苛立ったイチカは、医務室から出た。

「守代ちゃんに当っても無意味だよ。」

 当然だがツムグがついてくる。じゃないと、イチカが死ぬからだ。

「うるせぇよ!」

「安心して。彼女を“イチカの代わり”の検体にはさせないよ。」

「…なんだと?」

「なに? やっぱり仲間が欲しかった?」

「ちが…!」

「けど、ラウラ・ボーデヴィッヒは、この先は無いね。」

「どういうことだよ?」

「彼女は、遺伝子強化試験体って言って、要するに作られた人間だ。元々生体兵器として作れたってこともあって、総合能力が高かったんだけど、ISの登場で、ISの適合を高くする実験で失敗してね~。それで弱くなってさ、周りから出来損ない扱いされてさ。だから自分を助けてくれた織斑千冬に酔狂するようになった。……ISと軍階級を今失えば、彼女に待つ末路は……、何かしらの実験体に利用されるか、廃棄処分だろうね。ハッキリ言って、産まれた時点で普通の人生を送るなんて許されてない。」

「なっ…。」

「まあ、彼女が所属しているドイツもドイツで、ラウラがやってしまったこと…、つまりイチカを殺しかけたことや、守代ちゃんをはじめとしたプロジェクト最先で働いてる選ばれた人間達を傷つけたせいで、プロジェクトに参加してたドイツは今肩身が狭いからね~。挽回するために、原因になった彼女自身を生け贄にするって決定が多数を占めてるっぽいし。」

「そんな…。」

「けど、もし彼女が検体になるとしたら、心臓以外の臓器の移植になるよ。腎移植くらいから始まるだろうね。」

「…なんで?」

「最終的には、脳以外の移植が可能になることが、このプロジェクトの最終目的だからだよ。」

「それって…、つまり最終的には、あんたの臓器や皮膚とか全部使うって事かよ! ボーデヴィッヒに!」

「……そうなるね。」

「アイツを検体にしないって言っただろ!?」

「イチカの代わり…にしないって意味でね。俺は推薦はしないけど、そもそも推薦権は世界機構の方にあるし。」

「っ!?」

「世界機構の方がラウラ・ボーデヴィッヒを検体にするのをすぐに決定しないのは、彼女がデザインベビーだからだろうね。身体の構造は、人間と同じだけど、遺伝子操作されているわけだから、うまく適合したとしても、他の一般人に流用できるとは限らないからさぁ。」

「もし普通の人間だったら…?」

「即決だろうね。」

 そうキッパリと言って腕をすくめるツムグ。

 イチカは、俯き、血が出るほど拳を握りしめた。

 

 狂っている!

 

 そんな言葉と感情がわき上がってきていた。

 

「正義と悪って紙一重だよ。結局、大多数が占めれば、そっちが正義だ。」

「だからって…、だからって!」

「まあ、こうなっちゃったのは、結局彼女の責任だし、死ぬか生きるかは彼女次第だ。イチカが手を出す必要も無いし、手を出したところで意味も無い。」

「……くそっ!」

 イチカは、怒りの行き場を失い、壁を強く蹴った。

「イチカ。あんまり怒ると心臓に悪いよ。」

「うるせぇよ!」

 イチカは、激情のまま、ツムグに殴りかかり、その顔を殴った。

 ツムグは、抵抗せずイチカからの暴力を棒立ちのまま受け入れた。

 マウントを取って殴り続けて、やがて疲れたイチカは、そのままツムグの上で上半身を丸めて泣いた。その間にツムグの顔の傷は瞬く間に治り、呻くイチカの頭を撫でた。

 




ラウラが、第二の検体なるかどうか、答えは否です。(ネタバレ)
ただ、彼女を取り巻く環境は、かなり危うい状況です。これ以上何か問題起こしたら速攻で実験体か廃棄処分かも……。

別にツムグは、イチカを挑発とかしてません。あくまで事実を言ってるだけのつもりです。
あと、守代さんは、感情が無いのではなく、自分で感情を抑止しているだけです。


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第十八話  タッグトーナメント開催

やっと、タッグトーナメント。

今回は、ラウラピンチ(?)。
っと、イチカの葛藤。


 様々な不安を抱えたまま、イチカは、シャルロットと共にタッグトーナメント開催の日を迎えた。

「いよいよだね。」

「…ああ。」

「やれることは全部やったつもりだけど…。やっぱり緊張するね。」

「…ああ。」

 横から話しかけてくるシャルロットの言葉に、イチカは元気のない声で返事をしていた。

「イチカ? だいじょうぶ?」

「……えっ? あ、ああ。」

 シャルロットに肩を叩かれて、やっとイチカは我に帰った。

「イチカ~。」

「なんだよ?」

 そこへツムグが後ろから話しかけてきた。

「さっき連絡が入った。」

「?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒね、この大会で負けたら本国に送還で……、あとは分かるよね?」

「なっ!?」

 驚愕したイチカは、慌てて振り向いた。

「どういうこと?」

 何かただ事じゃない気配を感じたシャルロットが聞いた。

「ここだけの話。君には内緒。」

「?」

「……くそっ!」

「…わざと負けようだなんて思わない方がいい。」

「なんでだ!?」

「この大会には、要人も来てる。IS関係者も多く出席してるから、手を抜いてることを見抜かれやすいと思うよ。相手と結託して勝ちに行ったなんて思われたら、ドイツ側の心境は悪くなるだけだから。」

「っ…。じゃあ、どうしろってんだよ!」

「全力でぶつかった上で、ラウラ・ボーデヴィッヒが勝利したという事実か……。もしくは、大会どころじゃなくなる不測の事態が起これば、あるいは…、かな。」

「ふそくのじたいって…。そんな都合の良いことが…。」

「…ゼロじゃないよ。」

「なんだと?」

「まあ、それが起これば…、ドイツはますます肩身が狭くなるだろうけど。」

「?」

「えっ? えっ?」

「というわけだから…、どうする?」

「…どうするったって……。」

 わざと負けることもできず、かといってラウラと本気でぶつかって彼女が勝つ可能性もどれくらいか分からない。

 目の前に転がった救済の可能性を拾える可能性の低さに、イチカは歯ぎしりした。

「そうそう、イチカ。」

 ツムグが、イチカの耳に口を近づけヒソヒソと小声で言った。

「不測の事態のことだけど…、これは、ラウラ・ボーデヴィッヒが戦って負けたくないって気持ちが強ければ強いほど起こる可能性が高い。」

「はっ?」

「だから…、助けたいなら、手を抜いちゃダメだよ。彼女を救いたいならね。」

 ツムグは、そう言うとイチカから離れた。

 イチカが呆然としていると、対戦が始まるから準備をしろとスタッフが呼びかけに来た。

 イチカは、ハッと我に帰り、シャルロットとともにピットへ急いだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 件のラウラは、箒とペアを組み、順当に勝ち上がった。

 というか…、ほぼラウラの単独戦によるものだ。

 ラウラの鬼気迫る迫力と、後の無さからくる必死さが相手を威圧し、軍人ではない生徒達は負けていった。

 一方で、そんなラウラの様子に、彼女の異変に早々に気づいた千冬がVIP席にいるドイツの要人達に問い詰めた。

 最初こそ口を閉ざしていたドイツの要人達であったが、千冬の迫力に負け、うっかり口を滑らした者がおり、ラウラの処分のことを喋ってしまった。

 それを聞いた千冬は、急いでラウラがいるピットに急いだ。

「ボーデヴィッヒ!」

「きょ…織斑先生…。」

 千冬の姿を見て、途端ラウラは青ざめた。

「……おまえ…それでいいのか?」

「…私には…、それ以外に道はありません。」

「諦めるなと、私は教えたはずだ!」

「もう…いいんです。」

「なっ…!」

 ラウラは、微笑みを浮かべた。その微笑みは、あまりにも儚く、今にも消えそうで…。

「教官のおかげで、私は今日まで生きることができました。」

「ラウ…ラ…。」

「本当にありがとうございました。織斑教官。」

 ラウラは、千冬に90度頭を下げた。

「? どういうことなんだ?」

 話が見えない箒が尋ねた。

「篠ノ之…。私は、この大会で負ければ、本国に送還され、……そして、イチカと同じになる。」

「それは…、まさか!?」

「そうだ、あの椎堂ツムグという男の臓器の移植の実験体になるのだ。」

「馬鹿な!」

「これはもう決定事項だ。覆せん。」

「おまえは、それでいいのか!」

「それで、イチカが…教官の弟が救われるのならば、私は一向に構わない。」

「!?」

「篠ノ之…、私とペアを組んでくれて…ありがとう。」

「っ…、礼なら、優勝してから言え!」

「…すまん。」

「いいか! 必ず優勝するぞ!」

「…ああ!」

 この瞬間、初めて二人はペアとして成立した。




果たして、千冬がVIP席に殴り込めるのか? 本当なら国際問題だけど……。

ツムグが、なぜラウラのことをイチカに伝えたのか…。
まあ、彼の気まぐれですね。ツムグ的には、ラウラの生死なんてどっちでもいいけど、イチカを解放するわけにはいかない理由があるから?天秤がややラウラを生かすことに繋がったとか?

ツムグが言っている、不測の事態とは、シュヴァルツェア・レーゲンに備わっている、アレのことです。
原作より強化予定です。


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第十九話  偽りの戦乙女

VTシステム編?

原作よりかなり強化しています。


 ラウラと箒のペアが勝ち上がっていく中、イチカとシャルロットのペアも勝ち上がっていた。

「…俺の勝ちだな。」

「ええ…、負けたわ。ますます強くなったじゃない。」

「そりゃどうも。」」

 鈴のペアを倒し、次の対戦の準備のため、ピットへ戻る。

 

「イチカ…。次は、ボーデヴィッヒさんのペアだね。」

「ああ…。」

「どうするの?」

「デュノアには関係ねーよ。」

「そんなこと言わないでよ。僕達、今はペアじゃない。」

「関係ない。俺は手を抜かない。だからデュノアも、手加減するなよ。」

「…分かった。」

 シャルロットは、頷くより他なかった。

 

 そして、試合時間が迫り、二人は準備を整えた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 試合のステージに、イチカとシャルロット、そしてラウラと箒が対峙した。

「……っ。」

 イチカは、一目で、ラウラが微かに震えているのを見抜いた。

 おそらくこの戦いが、ラウラにとって最大の難所となるであろう。

 しかもラウラには、イチカに対して負い目がある。自分の生き死にがかかっているとはいえ…私情を挟むことは軍人である彼女にとってはタブーなはずだ。

 一方で箒の方も、かなりの気迫を感じられる。

 今まで後ろでラウラの単独戦を見守る形になっていた箒が、一体どうした心境の変化なのかは、イチカには分からない。

「ボーデヴィッヒ。」

「な、なんだ?」

「手加減はしないからな。」

「あ…、ああ。」

「だから…おまえも、全力で来いよ? いいな!」

「……分かった。」

 顔色が悪かったラウラであったが、戦闘モードに入ったのか、表情が変わった。そこはやはり軍人だ。

 

 賭けるしかない!

 

 イチカは、ツムグが言っていた、この大会が壊れるほどの不測の事態が発生する可能性に賭けることにした。

 雪片を握る手にも力が自然とこもる。

 そして、試合開始のブザーが鳴った。

「はああああああああああああ!」

 箒が先手をうってきた。

「デュノア! 箒は任せる!」

「分かった!」

「イチカ!」

「わりぃな箒。」

 箒をシャルロットに任せ、イチカは、ラウラに剣を向けた。

「行くぞ!」

「来い!」

 イチカがハイスピードで接近する。

 途端、ラウラが片手を前に出し、AICを発動しようとした。

 直後、残像を残してイチカが消えた。

「なっ!?」

「横ががら空きだ!」

「くっ!」

 ラウラは、プラズマ手刀を展開し、イチカの斬撃に対応した。

「まさか、ここまで速いとは! 恐れ入る!」

「そりゃどうも!」

「だが、私は負けんぞ!」

「おお!」

 そこからは、接近戦による凄まじい両者の攻撃が続いた。

 あまりの速さに、観客席は騒然となっている。

「すげぇな! おまえ!」

「そっちこそやるな!」

 気づけば、二人は笑っていた。

 あれほど気鬱だったISによる戦いが楽しくなったイチカと、生死がかかっているのに今この戦闘を楽しんでいるラウラ。

「けど、負けねえぞぉおおおおおおおおお!」

「私もだあああああああああああああ!」

 

 イチカとラウラの攻防は続いた。

 

 その凄まじい戦いに、試合を見ていた観客達は釘付けになっていた。

 

 ラウラのワイヤーブレードが白式の肩を破壊し、イチカは、雪片でシュヴァルツェア・レーゲンの右肩を破壊した。

 そうなって、二人は、いったん距離を取った。

「やるじゃねぇかよ…。」

「イチカこそ…。」

 二人は、ゼーゼーと荒い呼吸を繰り返していた。

 イチカは、ラウラを観察していた。

 ツムグが言っていた不測の事態とやらは、ラウラの負けたくないという気持ちが高まったときに起こると言っていた。

 まだなのか? まだ足りないのか? それとも賭けは失敗したのか?

 イチカの脳裏を不安が過ぎる。

「イチカ…。」

「なんだ?」

「私は、おまえと全力で戦えて…満足だ。」

「おい!」

「私にはもはや未練はない! 全力を尽くすまで!」

「ふざけんな!」

「なに!?」

 戦いを再開しようとしたラウラに、イチカはたまらず叫んでいた。途端ラウラは止まった。

 イチカは、確信した。ラウラは、もう負けたくないとか以前に、もう諦めているのだと。

「……何が未練はないだよ。」

「何を言っている? 私は…。」

「本当に…、そうなのか?」

 イチカは目を細めた。

「なんだと?」

「おまえ…、遺伝子強化なんとかって奴なんだろ? おまえ以外にもいたんじゃないのか?」

「ああ…。それがどうした?」

「そいつら…どうなった?」

「それは…。」

「お前残して、全員失敗作の烙印を押されたんじゃないのかよ。」

「違う!」

「それだけじゃない。お前一人を作るのに、どれだけの失敗作がいたと思う?」

「それは…知らん。」

「そいつらが…生きたいって思わなかったと思うか?」

「なに…?」

「お前を妬まなかったと思うか? お前が羨ましかったと思わなかったか? お前に、何も託さなかったと思うか?」

「それは…。」

「お前は、負けちゃいけねぇんじゃないのかよ! お前の生のための礎になった奴らのためにも!」

「わ、私は…!」

「全力で戦いを楽しんでるのに、未練もへったくれもあるか! お前は、本当は生きたいんだよ!!」

「私は…!!」

「だったら、しがみつきやがれ! くそったれな未練だと分かってても、しがみついて離すんじゃねぇよ!」

「……たくない…。」

「あ?」

「……負け…たくない…。」

「聞こえねぇぞ。」

「負けたくない! 私は、私は! 生きたいんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ラウラが涙をまき散らしながら叫んだ直後。

 異変は、起こった。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「な、なんだ!?」

 ラウラがまとうシュヴァルツェア・レーゲンが変形を始めた。

 それは、ドロドロに溶け、ラウラを包み込んだ。

 シュヴァルツェア・レーゲンの原型を失い、けれどラウラのボディーラインを残して、全く違う形に変わってしまった。

 その手に握っている武器は…、イチカが握る雪片とそっくりだった。

「なんだよ…、これ…? これが…まさか…?」

「……。」

 だらりと腕を垂らしていたラウラ(?)は、次の瞬間、残像を残してイチカに切り掛かった。

「なっ!」

 すんでのところでイチカは、その攻撃を雪片で受け止め、それから距離を取った。

 ラウラ(?)が機械の音質で獣のように雄叫びを上げる。

 

『イチカ! 聞け!』

「千冬姉!?」

『それは、VT(ヴァルキリートレース)システムだ!』

「う゛ぁるき…?」

『モンド・グロッソの優勝者の戦闘能力をトレースする、アステカ条約で禁止されている技術だ!』

「ってことは…、雪片持ってるってことは、これは千冬姉を再現したものかよ!」

『気をつけろ! 模造品とはいえ、零落白夜が使えるはずだ! 今教員部隊が生徒達と要人達を避難させている! 会場のシールドを破られないよう、引き付けていてくれるか!?』

「分かった!」

『すまん!』

「デュノア! 箒! お前らは避難しろ!」

「で、でも…!」

「イチカ! 私はそこまで頼りないか!?」

「そうじゃねぇよ! コイツが千冬姉と同等なら、お前らが束になっても勝てないっていうことだ!」

「くっ…、そうか…。」

「でも、イチカ…。」

「いいから、逃げろ!」

「っ…分かった。行こう、篠ノ之さん。」

「イチカ! 死ぬな! 必ず、戻ってこい!」

 シャルロットと箒は、ピットに急いで逃げていった。

 ラウラ(?)は、そちらには全く関心がないのか、追わない。それどころか、目もくれない。

「……さあ、戦おうぜ。」

 イチカがそう言って構えると、ラウラ(?)は、再び雄叫びを上げた。

 そして、雪片を振りあげ突撃してきた。

 イチカは、残像が残るほどのスピードで横に廻るこむ。だが…。

「なに!?」

 すぐさま横を向いてきたラウラ(?)の攻撃を受けてしまった。

 これが零落白夜だったら、身体ごと切り裂かれていただろう。SEが削られただけで済んだ。

「くっ!」

 ラウラ(?)は、大声を上げながら、斬撃の嵐を繰り出した。

 イチカは、防御に徹した。

 防御でがら空きになっていた腹部に、もろに蹴りが入り、イチカはステージの端まで吹っ飛ばされた。

 ラウラ(?)が追撃するべく、ハイスピードで迫ってきた。

 振り下ろされた斬撃を、イチカは横に転がって避けると、ステージの素材が切り裂かれた。

『イチカ! 教員部隊が行く! おまえも撤退しろ!』

「だ、ダメだ…! コイツには…。」

 イチカがそう叫ぼうとした直後、ピットから教員のIS部隊がなだれ込んできた。

 ラウラ(?)がピクリッと反応し、自分に向かって放たれてきた弾丸の雨を剣だけですべて防いだ。

「なっ!?」

 銃火器を使っていたIS教員部隊が驚愕する。

 続けざまに、無数のミサイルを発射するが、それも切られて防がれた。

「この!」

「ダメだ!」

 ならば接近戦だと近づいた教員を止めようとイチカが叫ぶが、止まることはなく、その教員は一撃で落とされた。

 それを見た教員達が一瞬止まる。

 その隙を突いて、接近したラウラ(?)は、次々に教員達を沈めた。

「ひ…ひいいい!」

 怖じ気づいた教員が背中を向けるが、回り込まれ、真っ正面から切られて沈められた。

 そして、すべてのIS教員部隊が倒れた。

 ISが解除されただけでアリーナのステージの上に気絶した教員達が転がっている。

「嘘だろ…。」

 これだけISを装着した人間達が束になっても勝てないだなんて…っとイチカは愕然とした。

 そんなイチカに、ラウラ(?)が顔を向け、そして攻撃しようとした。

 その直後。

「私の弟に、手を出すな!」

「ち、千冬姉!」

 打鉄を装着した千冬が乱入し、蹴りひとつでラウラ(?)を吹っ飛ばした。

「イチカ! よく相手の攻撃を見ろ!」

「えっ?」

「あれは、私のコピーだ。つまりお前に教えた技を使っている。」

「! そ、そうか…。」

「スピードや、攻撃力は底上げされているが、基本は、“昔の私”だ。」

「分かったよ、千冬姉!」

 千冬とイチカは、剣を構えた。

 ラウラ(?)が新たな敵の出現を認識し、吠える。

 千冬とイチカが同時動く。

 途端、ラウラ(?)が一瞬もたついた。

 千冬とイチカからの斬撃を受け、ラウラ(?)のSEが削られ、黒いドロが揺らいだ。

「今だ!」

「おおおおおおおおおお!」

 イチカは、零落白夜を発動し、ラウラ(?)が手にしている雪片を叩き切った。

 ラウラ(?)は、悲鳴じみたな鳴き声を上げ、黒いドロが更に大きく揺らぎ、折れた雪片の模造品を修復した。

 黒いドロは、その修復で力を失いかけているのか、ラウラの顔の一部が露出した。

「あ……あぁぁあ…。」

「ラウラ!」

「きょ……ぅ…か……。」

「今助けるからな!」

 イチカは、さらに攻撃を加えるべく、零落白夜を発動しようとした。

 その時、ラウラ(?)が飛び、あろうことかアリーナのシールドを破ろうと、模造品の零落白夜を発動した。

「逃げる気か!」

「させるか!」

 ひび割れていくシールドを割ろうと再び零落白夜を振り下ろそうとしたラウラ(?)の後ろから、イチカは攻撃し、アリーナのステージに向けて落下させた。ラウラ(?)は、激突直後で体制を整え宙に浮く。

「はああああああああああ!」

「うおおおおおおおおおお!」

 千冬とイチカの同時攻撃が再開された。

 プログラムが一部変更されたのか、過去のデータとはいえ、一対二でももたつかず、ラウラ(?)は迎え撃つ。

「私の大切な教え子を返せ!」

 千冬の攻撃が決まる。

 SEが大きく削られ、ラウラ(?)が吹っ飛んだ。

「う…ぁあ……、たす…け…。」

 ラウラは泣いていた。

「今助けるからな! もう少し辛抱しろよ!」

 イチカが倒れているラウラ(?)に近づき、黒いドロを排除すべく、零落白夜を発動した。

 ラウラの身体を外して、攻撃した結果、黒いドロはひとたまりもなく、やがてラウラから剥がれ落ち、紫電をまき散らしながら、シュヴァルツェア・レーゲンのコアが剥がれて、アリーナのステージの上に転がった。

「ラウラ!」

 千冬がISを解除し、倒れているラウラを介抱した。

 イチカは、白式を解除し、ヘナヘナと力尽きてステージの上でへたり込んだ。

 

 

 その後、後続の救助隊が駆けつけ、ラウラは担架で運ばれた。

 

 条約を破ってVTシステムを搭載させていたことが露見したドイツは、当然だが非難を受け、ますます肩身が狭くなったのだった。




VTシステムここまで強いかどうかは……不明ですが、模造するなら、それ相応に強化させていても不思議じゃない?
原作じゃ、よく千冬姉の剣を!みたいに感情のまま攻撃してますが、ここでの一夏はかなり冷静な方です。姉への憧れを汚されたとか云々より、あくまでラウラを救うために戦いました。
おそらく、不測の事態をわざと誘発するよう仕向けたことを、後で思いっきりラウラに謝ると思う。


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第二十話  ツムグの脅し

書いたら上げる。これで行きますよ。

今回は、ラウラへの謝罪と、イチカがツムグに脅される。


 ラウラが目を覚ました後……。

「ごめん! 俺が悪かった!」

「な、なんだ!?」

 イチカから、土下座で全力で謝られて困惑した。

 イチカの隣には、千冬もいた。

 ラウラは、謝られた理由を聞くことになった。

 曰く、椎堂ツムグが、ラウラが第二の検体にされるのを回避する大きな不測の事態を引き起こす方法を遠回しに提示し、それに乗ったイチカがラウラをわざと挑発してVTシステムを発動させたということだった。

 シュヴァルツェア・レーゲンに、VTシステムを積んでいたことはラウラも知らなかったことで、彼女の感情に反応して発動するよう仕込まれていたらしい。

 千冬のデータをもとに性能を無理矢理に底上げされていて、教員部隊を全員倒した上に、アリーナのシールドを破壊寸前にやったことは、条約を破ったドイツ本国に追求され、ラウラを椎堂ツムグの臓器移植の第二の検体にする話どころではなくなった…ということになった。

 ドイツは、ラウラに現状維持と、落ち着くまでIS学園に在籍することを指示した。

 ラウラの愛機っであったシュヴァルツェア・レーゲンは、コアを回収され、VTシステムを取り除いたうえで修理されることになった。

「そうだったのか…。」

「本当に、ごめん!」

「いや、いい…。イチカは、私のためにやってくれたのだろう?」

「ボーデヴィッヒ…。」

「ラウラ…と呼んでくれないか?」

「…分かった、ラウラ。本当にごめんな。」

「謝らないでくれ。私はむしろ感謝しているのだから。」

「…そっか。」

「しかし…。」

「それ以上言うな、ラウラ。」

「教官…。」

「おまえが第二の検体になったところで、イチカは解放される見込みはないのだ。」

「…ですが…。」

「私は…、おまえまで失いたくはない。」

「……はい。」

 ラウラは、泣いた。

 イチカは、とりあえずラウラが自分と同じにならずにすんだことに、ホッと胸をなで下ろした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 イチカが保健室を出ると、入り口の横にツムグが立っていた。

「めでたしめでたし?」

「…結局、あんたの思い通りになっちまったな。」

「まあね。でも、乗ったのはイチカだよ?」

「…ちっ。」

 イチカは、舌打ちした。

「今回のことで、イチカの評価も上がったし。」

「何の評価だよ?」

「IS装者としての、商品価値がね。」

「なんだよ、それ…。」

「つまり、ホルマリン漬けにするには勿体ないってこ・と。」

「っ!」

「あれだけ各国の要人達の前で、正規軍人のラウラ・ボーデヴィッヒとやり合ったんだ。イチカの評価はうなぎ登りだよ。」

 言葉を失っているイチカの右肩に、ツムグが手を置いた。

「これもひとつの生き延びる手段だよ。」

 ツムグは、そう言って笑い、ツムグは手を離した。

「あとは……、アレが完成すればいいんだけどなぁ。」

「…あのさ。」

「なに?」

「あんたや、守代さんが言ってる…、アレってなんだよ?」

「それはまだ秘密。」

「なんだよそれ。俺について関わっているんだろ? あんたがラウラを検体にしたくない理由も、そこにあるんじゃないのかよ?」

「……イチカ。」

「っ…。」

 ツムグの顔から笑みが消え、冷たい声で名前を呼ばれ、イチカは、たじろいた。

「あまり詮索すると…、速攻でホルマリン漬け行きになるかもしれないぞ?」

「さ、さっき俺の価値が上がったって…。」

「例えどんな凡人だろうと英雄だろうと、一歩何かを踏み間違えれば消される。消された後は、適当な理由付けや憶測とか、故意の改ざん、情報操作、時間で、人間は簡単にそいつを忘れるんだ。永遠に。そうなりたくなかったら、踏み間違えないように気をつけることだよ。ただのホルマリン漬けAなんて名称付けられたりしたくなかったらね。」

 ツムグは、そこまで言うと、微笑み、青ざめているイチカの頭をくしゃりとなで回した。

「ま、俺としては、イチカにはそうなって欲しくないんだけど。」

「……。」

「頑張って、生きようね。イチカ。」

 ツムグは、ニッコリと笑ってそう言ったのだった。

 イチカは、頭の上にツムグの手を置かれたまま、俯き微かに震えていた。




ツムグと守代達がやろうとしていることは、世界機構側が掲げている臓器移植計画と同時に行っているある実験と開発です。
イチカを解放できないのは、それに理由がある。それは後々。

ツムグが脅しておりますが、彼としてはイチカを推薦したのは気まぐれだし、天秤に例えると、少しだけイチカに生きてて欲しいに傾いているだけです。
実験と開発の引き継ぎは、別の検体に受け継がせることは、実は可能。ただ費用と手間がかかる。ならイチカが生きてた方が得ってだけ。

イチカが怖がっているのは、過去にツムグがそうやって人を物理的にも社会的にも殺しているのを目の当たりにしているからです。


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第二十一話  泣くイチカ

前の話の脅しの後のイチカ。

これ、ハーレムタグいるか?

嘔吐表現あり、注意。


 

 タッグトーナメントは、結局一部の組みを残して中止となった。

 試合会場の修理も必要であったので、続行は不能だと判断されたのだ。

 

 ところで、タッグトーナメント以来、イチカを取り巻く環境がちょっと変わった。

「……視線がうるせぇ。」

「いいじゃーん。嫌われるよりはさ。」

 そう、正規軍人のラウラ・ボーデヴィッヒと凄まじい激闘をしたイチカは、IS装者の技量の高さを認められ、羨望のまなざしを受けることになったのだ。

 まあ、中には嫉妬の念もあったが、戦っても勝てないと理解しているのか少数だ。あと、ツムグが常にイチカの近くにいるせいもあり、よくある校舎裏への呼び出しとか、女尊男卑の思想者達が絡んでくることもなかった。そういう意味では、ちょっとだけ、ほんとちょっとだけ、イチカはツムグには感謝していた。

「イチカ、最近調子良いよね~。」

「そういえば…そうか。」

 最近、吐き戻してない。入学当初の頃に比べれば随分と体調は良かった。

「ここ最近食べてる、箒ちゃんの手料理のおかげかな? 愛情たっぷりだもんねぇ。」

 ツムグがコテッと首を傾げて聞いた途端、イチカは、気恥ずかしそうに身をよじった。

 手料理を食べても良いという許可をもらって、箒から唐揚げをもらって以来、箒からよく手料理の差し入れをもらっていた。

「いや~、可愛いねぇ~。」

「あんたに言われると鳥肌立つ!」

「セシリアちゃんも、頑張って食べれる料理作る努力してるし、鈴音ちゃんも酢豚の味がどんどん良くなるし。いや~、モテる男は良いね。」

「うるせぇ!」

「顔真っ赤かだぞ~。」

「あっ…。」

 イチカは慌てて真っ赤になった自分の顔を押さえた。

「あと…。」

「イチカ! 今日も特訓するならば私が相手になろう!」

「ラウラ…。」

「ううん。ボーデヴィッヒさん、今日は僕がするよ。ボーデヴィッヒさん、昨日もその前もだったじゃん。」

「デュノア…。」

「IS部隊をまとめあげる私の方が適任だ。」

「でも、僕だってタッグトーナメントのためにイチカの相方を務めたんだよ? それに、ボーデヴィッヒさんばっかり独り占めするのは良くないよ?」

 なんか、見えない火花が二人の間に飛び散っているような…。

「モテる男は、つらいね~。」

「うるせぇ…。」

 なんでこうなった…。

 っと、イチカは頭を抱えた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 授業が終わり、イチカは、トイレに入った。

「う…、げぇぇぇ!」

 そして盛大に吐いた。

「はあ…はあ…。」

 便器に手を乗せ、倒れそうになる身体を支える。

 なお、ツムグは、トイレの出入り口にいる。

 吐き戻さないなんて嘘だ。

 ここ最近…、つい先日ツムグに脅されてから、イチカは、人知れず、悟られないように吐き戻しを繰り返していた。

 胃の内容物を全部吐き出し、胃液まで吐き出した。

 原因は、恐怖によるストレスだった。

 最初こそ憂鬱だったIS学園での生活も、姉と幼なじみ達との再会や新たな出会いを通じて少しづつ楽しくなってきた。

 しかし、自分が置かれた状況は、一歩踏み間違えれば、ホルマリン漬けという過酷なものだと自覚させられてしまった。

 自分が生かされている理由など、ツムグの推薦と言う名の気まぐれという実に危ういものだということを理解してしまったから…。

「……たく…ない…! 死に…た、く…ない!」

 イチカは、泣いた。

 少し前まで、死んだ方がマシだと思っていた頃もあった。

 だが今は違う。

 自分を大切にしてくれる身内との再開、そして仲間との新たな出会いが、イチカの死にたくないという気持ちを強くした。

 イチカは、盛大に大声を上げて泣いていた。

「……好きなだけ泣くといいよ。」

 トイレの出入り口の横に立っていたツムグは、イチカの大声を聞きながらそう呟き、その場に座り込む。

「フフ……、ちょっと可哀想だったかな?」

 そう言ってニタニタ笑っている顔に、同情のどの字もなかった。

「本当に、酷いですね。」

「あれ? 守代ちゃんじゃん。」

 そこへ守代がスタッフ達をつれてやってきた。

「気づかないと思いましたか?」

「ううん。そんなことはないよ。昨日の血液検査結果が良くなかったんでしょ?」

「そうです。まったく、嘘をついて嘔吐しているなんて…、きちんと伝えてもらわないとこちらも対処できないのに。」

 守代は、イチカの泣き声が聞こえてくるトイレの方を見た。

「それと、あまり感情を爆発させないようにしてもらいたいですね。心臓に負荷かかるので。」

「それは、人間なんだから無理だよ。」

「…そうですか。」

「今は、好きなだけ泣かしてあげてよ。バレてるってことがバレたら、ショック受けるだろうから。それこそ心臓に悪い。」

 ツムグは、守代を見上げながらそう言ったのだった。




一見調子良さそうだったイチカだが、実はツムグから脅しの結果、調子悪くなってた。
下手に身内と再会できたことや、知人が増えたことが相当に影響しています。
そして、そんなイチカを可哀想だとも思わないツムグ。
守代は、あくまで仕事として対応しているだけですが、まったく何も思わないわけではありません。彼女が冷静で冷酷に振る舞っているのは、仕事の関係上やそれまでの人生経験から自ら感情を抑止しているからです。

臨海学校…どうするかな?


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第二十二話  臨海学校のお知らせ

久しぶりに更新。

序盤、ヒロイン達が、徐々にではあるがツムグに対して敵対意識を持ち始める?


 

「どうした、イチカ!?」

「…別に。」

「何が別にだ! 目が腫れているぞ!」

「それに、またやつれていますわ。」

 箒とセシリアに指摘され、イチカは押し黙った。

「まさか…、奴に何かされたのか?」

 偶然にもズバリ指摘した箒。イチカは、思わずドキッとしてしまい、胸を押さえた。

 それを見て箒は、怒りで顔を歪めた。

 そして竹刀を出すと、教室の後ろの方でこちらを見ているツムグを睨み、殴ろうと思って走ろうとしたが、それをセシリア、ラウラ、シャルロットが止めた。

「いけませんわ!」

「落ち着け、篠ノ之!」

「落ち着いて!」

 上から順に、セシリア、ラウラ、シャルロットだ。

「止めるな!」

「あの男のバックは…、いえあの男自身がとてつもない権力を握っているうえに、イチカさんの命を握っているのですよ! あなたを握りつぶすことも容易いし、もし何かあればイチカさんの命が…。」

「っ!」

「理解があってよかったよ。」

 ツムグは、そう言ってにやりと笑った。

「貴様!」

「よせよ、箒。」

「イチカ!?」

「…頼むから。」

 イチカが止めたので信じられないとイチカを見た箒だったが、イチカが泣きそうな顔をしていたので目を見開き、再びツムグを睨んだ。

 ツムグは、どこ吹く風と、ピーピーと口笛なんぞを吹いていた。

 箒は、ギチギチと竹刀の持ち手が軋むほど力を込めて怒りを露わにする。

 やがて授業開始を伝えるチャイムが鳴り、山田が入ってきて、竹刀を手にしている箒を見て驚いて声をかけたことで箒はハッと我に返った。

「授業だよ~。」

「くっ…。」

 ツムグに言われ、箒は再び怒りがこみ上げたが、なんとか抑えた。

 セシリア達も、嫌なモノを見る目でツムグを見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 イチカは、机の上でぐた~っとなっていた。

 手には、臨海学校を知らせるプリント。

 世界機構の一大プロジェクトの第一検体とはいえ、学校行事は不可避だ。いや、むしろ無理矢理にでも参加させられてしまう。日常生活も含めやることなすことがすべて実験のデータになるのだからだ。

 ああ…、自分には自由など許されないのだっと、実感しイチカは机に突っ伏し呻いた。

 守代達に内緒で吐いてたことがバレてから、説教はあったし、ナノマシンの一部取り替えがあったし…、精神面でも体調面でもかなりキていた。

 イチカは、涙ぐみそうになり、慌てて袖で目をこすった。

「いや~、一大イベントだね~。」

 ツムグが近くに来て、突っ伏しているイチカの頭に手をポンっと置いてそんなことを暢気に言った。

「うっせぇよ。人ごとだと思って…。」

 ツムグの手を払い、身体を起こしたイチカは悪態を吐いた。

「イチカが行くということは、俺も行くことになるんだよ? 俺なりに楽しむよ。」

「あんたがいる限り、俺は楽しめねーよ。」

「ハハハハ。久しぶりに、兎が見られるかもしれないしね。」

「? うさぎ?」

「その日なれば分かるよ。」

 ツムグがこう言うときは、だいたい嫌なことが起こる前触れだ。

 ツムグが予知能力者だということは、知られている。

 近い未来から、遠い未来まで見る。その的中率も極めて高い。ゴジラがいた頃などは、それを基準に戦いが行われていた記録が残っているぐらいだ。

 イチカは、背筋が寒くなり、身震いした。

「あと、天使も見られるかも。」

「おい…。」

「あっ。安心して、別に死ぬって意味でのお迎えじゃないからさ。」

「あんた…何を“見た”んだよ?」

「別に。いつものことさ。」

 ツムグは、なんてこと無いように言う。

「人が死ぬんじゃないだろうな!?」

 ツムグの預言でもっとも的中率が高いのが、死に関わる預言だ。

 死の預言だけは…、どうやっても回避できない。

「さて? どうだろうね?」

「はぐらかすなよ!」

「どうやったって、死は回避できないよ?」

「っ!」

「何らかの形で必ず成就されてしまう。それが死だ。今まで何度も、回避できる方法はないか、色んな人や、俺自身も検証したけど、意味は無かった…。」

 ツムグは、肩をすくめた。

 ツムグには珍しく、どこか暗い。

「ま、今のところ、イチカの死はずっと遠いよ。」

「…結局死ぬってことだろ。」

「死ぬよ。生きてれば、いつかね。それは普通の生き物なら同じだよ。俺以外はね…。」

「…あんたってどうやったら死ぬんだ?」

「さあ? それが分かったら誰も苦労はしないよ。」

 そう言ってツムグは笑った。




ゴジラの話がチラッと出てますが、ゴジラはこのネタでは、南極に封印されています。経過年数20年ぐらい。

死の予言の回避が出来ないというのは、ゴジラ対エヴァンゲリオン(仮)の時でも語っています。

あと、ツムグは、臨海学校で起こることをすでに知っています。


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第二十三話  水着

水着を買いに行く。

これといって無いけど、女尊男卑信者のモブ女が出ます。


 なぜこうなった?

 っと、イチカは思い額を押さえた。

「どうしたの? イチカ。」

「なんでこうなったんだよ!」

「いいじゃん。臨海学校用の水着決めるくらいさ。」

「だからって…。」

 イチカは、チラリと横を見た。

 そこには、セシリア、箒、鈴、シャルロット、ラウラがいる。

「…連れてきた意味は?」

「SPとか、私服の医者とかゾロゾロ連れて行くより、自然でしょ?」

「あー…。」

 ちなみに、SPや私服の医者達は周囲に紛れてこちらを監視している。

「ごめんな…。巻き込んで…。」

「いえ、私は構いませんわ。」

「気に病むなイチカ。身体に悪いぞ。」

「悪いのは、そいつ(ツムグ)よ。」

「そうだよ。」

「…水着か…。」

 イチカが謝ると、四人はそれぞれ言った。

 

 そうして、水着選びとなった。

 連れてこられた四人の水着代金は、ツムグの提案なので経費として落とすことになっている。

 

「なんだか納得いかないわね…。」

 鈴がジトリッとツムグを睨んだ。

「まあまあ、タダで高い水着もらえるって思って…。」

「でもその経費って、国家予算でしょ?」

「プロジェクトのことを考えれば、安いもんだよ。」

 ツムグは、そう言って笑う。

 その不快な笑い方に、四人は引いた。

 しかし時間もあるので、水着選びに移った。

 イチカも男性用水着を選び、ハア…っとため息を吐いていると、いきなり横に大量の服を積んだ買い物籠が置かれた。

「これ払ってて。」

「はっ?」

「おおっと?」

 どうやら女尊男卑信者らしき女が、男であるイチカに目を付けて代金を払わそうとしていた。

「なんでだよ?」

「男のくせに逆らう気?」

「馬鹿じゃねぇの? 誰が見ず知らずの他人に金払うかよ。」

「あら? そんなこと言って良いのかしら? ちょっとぉ! 警備員さーん!」

 女が叫ぶと、近くにいた警備員が来た。

 女は、イチカに向かってニヤニヤと笑ってから、作った泣きそうな顔をして嘘の供述を話そうとしたとき、警備員が女の腕を掴んだ。

「はっ?」

 女は訳が分からずポカンッとする。

 そして警備員が通信機でどこかへ連絡すると、他の警備員が来て、女は連行した。

 女は、みっともなく喚き散らし、抵抗しながら引きずられて行った。

「馬鹿だね~。ここの警備員全員、今、うちのスタッフなのにさ。」

 今日だけは、警備員が総入れ替え状態だったのだ。

「常習犯っぽいし、イチカが良ければこの店舗の警備体制の見直しをするけど?」

「そうしてくれ。」

 自分以外の男性達が犠牲になっているのは見放せない。

 しかし…、これが女尊男卑の今の世界の風潮なのだ。

「何かあったの?」

 そこへ鈴が戻ってきた。

「ああ…別に…。」

「そう?」

「鈴ちゃん、選んだの?」

「ちゃん付けしないで。気持ち悪いから。」

「ふふふ。ごめんね。鈴音さん。」

「下の名前で気安く呼ばないで。」

 鈴は、ギッとツムグを睨むが、ツムグはヘラヘラと笑っているだけだ。

 その後、試着室から水着に着替えたラウラが直接イチカのところに来たので、イチカが咎めたりもした。

 

 なんやかんやあったが、臨海学校にむけて水着調達は終わった。




警備員に扮装しているスタッフ達は、女尊男卑思想ではありません。
連れて行かれたモブ女は、その後ツムグからの要請でしっかりとお咎めを受けます。
女尊男卑の風潮だからと言って、手加減はしません。


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第二十四話  篠ノ之束を挑発します

やっと、やっと書けた!


いきなり臨海学校編突入です。


このネタの束は、筆者なりに考えた白っぽい束?かな。


 イチカは、顔半分にツムグの血を被った状態で突っ立っていた。

 

「チッ! これじゃあ死なないか!」

「出会い頭にショットガンか…。久しぶりだね。」

 頭を半分吹っ飛ばされて再生しながら残っていた口で喋るツムグ。下手なホラーよりメチャクチャ怖い。ツムグの血をイチカが被ったのだ。たまたま斜め後ろにいたばっかりに。

 大型ショットガンを手にしているのは、ウサ耳型の機械をつけた美しい女性だった。

 

 篠ノ之束。

 

 苗字で分かるが箒の姉であり、インフィニット・ストラトス、通称ISを作った張本人だ。

 

 ウサギとは…、このことか…っとイチカは無表情でそう考えた。

 

「ところで出会い頭にショットガンされた理由は?」

「お前がイッ君にしたこと、全部知ってるからな! しかもうまいこと隠してるけど、良からぬこと考えてるだろ!」

「だとしたら?」

「殺す!」

 そう叫ぶなり大型のISを展開した束が、ツムグを叩き潰そうとする。

「あれ~、じゃあ、俺が今イチカの命を握ってることも知ってるハズじゃん? 俺が本当に死んじゃったらイチカも死ぬよ?」

「っ!?」

「世紀の天災でも、うっかりってあるんだね~。」

「うぐぐぐ…。」

「アハハハハ、それにしても俺殺す用にこんな物騒なIS作ってきちゃったの? 他人の預金をハッキングで奪ってこういったのを開発したり逃走資金にしたりして…、あんたの罪状がどんどん膨れ上がるばっかりなのに。」

「うっさいよ! そこらの人間が食う寝るに困って野垂れ死のうが束さんには関係ないもんね!」

「だってさー、イーチカ。」

「ハッ!」

「……束姉…。」

「束…。」

「イッ君…、ちーちゃん…、ち、違うの…い、今のは…。」

「どうやら、私はお前という害悪を野放しにした責任を取らねばならぬらしい…。」

「ああああああああああああああ! ごめんなさいーーーーー! 株で増やした資金を盗んだところに返すからそれでなんとか!!」

「約束しろ。必ずすると。早急にだ。」

「はいーーーーー!! やります! だから打鉄の刀おろして!」

 束は、どこかに連絡してすぐに盗んできた他人の預金を返したのだった。

「けど、今更返してももう死んじゃった人は戻らないけどね~。」

「!?」

「しかも、遺族も生活が出来なくなってて一族全滅だよ。可哀想に…赤ちゃんもいたのにね…。母親が栄養失調でお乳が出なくて…。」

「束姉…。」

「ううぅ…!」

「手を合せるお墓も作れてないから、謝りようもないしね。残念でした。どうしたの? そこらの人間なんて劣等種が死のうが自分には関係ないって言った口が、なにを今頃になって大慌てしてるの?」

 クックっと笑うツムグに、束はビクッと肩を震わせた。

「ついうっかりって言い訳したいだろうけど、つい口から出るってことは、普段から心の底からそう考えているからだ。なにを今更…。ま、あんたがISを作って広めちゃった時点でねぇ…。いったい、どれだけの口もきけないままで死んじゃった赤ちゃんがいたんだろうね? ISを使えない男の子だからって生かして貰えなかった子が…。」

「う…、ああああああああああああああ!!」

「おっと。」

 ブルブル震えていた束が、突然大型ISの腕を振ってきたので、ツムグは後ろへ跳んで避けた。

 束がいかに他人に興味が無いかを知っている千冬や箒は、束の様に驚いた。

「うるさい! 黙れ! この化け物め!!」

「は~あ、会うたびにそういうよね。ま、事実だし。化け物ってのは。自分の発明をただ認め貰いたかっただけとはいえ、あんな…マッチポンプやらかして、それに食いついて安易に変わってしまうこの世界もどーかと思うけど、開発したあんた自身は、それを背負えるだけの勇気も度胸もないんだから、そうやって他人なんかどーでもいいって態度取って常人と違うってことをアピールして逃げるしかできなかったんでしょ?」

「黙れって言ってるだろーーーー!!」

 束が顔から出るもの全部撒き散らしながら叫び、大型ISの兵器門をすべて開いた。

「イチカが死んでもいいの?」

「うわっ!」

「イチカ!」

 発射される前に、ツムグはイチカを掴んで前に押し出した。まるで盾にするように。途端に束がビタッと止まる。

「あーよかった、そういう激情に任せてやらかさないって理性はあって。それは大切にしていこうね? 束博士。」

「うぅ…うううううう!!」

「束…。もうやめろ。」

 ISを解除しながら泣き崩れる束に、千冬が駆け寄って支えた。

 イチカは、後ろを振り向くと、ツムグはニコニコしていた。だがその笑顔が非常に不快である。

「お前な…。」

「こういうやりとりは今に始まったことじゃないよ。イチカ。」

 こいつ…、遊んでやがる! 死なないのを良いことに危険極まりない挑発を平然としてやがる!っとイチカは、すぐに思い至った。

 束が他人などどうでもいいと装っていたが、ツムグは死ねないがためにひん曲がった根っこからの悪魔だと思ったのだった。

 

 そうして千冬が束の相手をしている間に、臨海学校中お世話になる旅館に行ったのだった。

 

 

 




天は、人に大きな才能を与える代わりにどこかを欠けさせる…って諺があったような?

このネタでの束は、原作のように凡人だのを見下すように装うことで自己を保とうとしている弱い人です。
ツムグは、それを突いて挑発し、遊んでいます。自分が死なないのを良いことに好き勝手。

さて? どっちが悪だろうか?


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