スイーツに砂糖は要りません、いや本当に (金木桂)
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春は出会いのマエストロ
同級生は喫茶店店員


続けたら続けます(意味不明)



この町は穏やかだなぁ、だとか、昼は活気があるなぁ、だとか。

公園のベンチに座って読書をしていると、既にこの町に住んで13年過ぎる人間としてはあまりにも相応しくない感想を抱いてしまう。

でもそれも仕方のないことなのかもしれない、何せこの町には仮初の平穏と言うのが存在しないからだ。例え夜遅くに10歳くらいの女の子が歩いても安全だろう、そのくらい町は平和で安穏としている。その空気が僕はとても好きだった。

 

まだ春間もない、うすら寒い風がふわりと読んでる本のページを捲ってしまう。この風だって柔らかく、暖かく感じてしまうのは何故だろうか。もしかすると脳が既にこの町に関連するものを柔軟に、温厚にする錯覚に囚われているのかもしれない。

 

ふと膝の上に暖かい、モフモフとした不思議な感覚が存在するのに気が付く。見てみると、白いウサギがまるで自分のテリトリーとばかりに体を丸め、目を閉じていた。どうにもこの町は野良ウサギが多いような気がしてならない、でもそんな事は些事だろう。ウサギは可愛い、それだけで存在価値の証明としては充分だ。

 

今日はウサギにあげるおやつを持ってきていないことを後悔しつつ、流石に春先とは言え身体が寒くなってきたので家に帰ろうと思いウサギを丁寧に膝から降ろす。ウサギはそれに気付くと耳をぴょこぴょこと仄かに動かして公園の草むらの中へ入ってしまった。今の動きはお礼のつもりだろうか、いやお礼として捉えておこう。そっちの方が僕も後味が良い、それにその気持ちを勝手に推し量るくらいあのウサギだって許してくれるだろう。

 

開いていた本を、辞書一冊くらいしか入らなそうなハンドバックに仕舞い込むと立ち上がって尻を叩く。まだ時間帯的には夕方より浅いくらいで、太陽も傾いているもののその姿ははっきりと視認できる。

 

……ちょっとどこかに寄っても良いかもしれない。

 

そう思って真っ先に心に浮かんだのは町に一つしかない本屋だ。そこはお世辞にも大きい、とは言えないけれども僕の欲しい本はどういう訳か大体置いてある所だ。まあ置いてなくても注文して後日取りに行けば良いってのもあるけど、ともかく間違いなくお気に入りの場所の一つである。

 

そうして財布の残額を考えながらまだ昼下がりながら人の少ない石畳の道を転ばないように歩いていると、軒並みに立っている中の一つの建物に自然と視線が釣られてしまった。

その建物はどうやら喫茶店のようで、店先にV字型の看板があってそこにおすすめのメニューが書かれている。改めて店の外見を見てみるともう一つ、ウサギの描かれた看板がドアに据え付けられていて、店名なのかRabbit Houseと書かれている。

……何だか先程もウサギに初めて膝に乗られたし、奇妙な縁を感じざるを得ない。

 

僕はその縁を取って本屋に行く予定を捨て去り、意を決してその喫茶店のドアを開けた。カランカランと渋いチャイムの音が鳴り響く。

店内はどこかクラシカルな雰囲気で、とても落ち着いていた。スピーカーからは優雅なヴァイオリンとピアノの旋律が流れ、少ないながらいる客も静かにコーヒーを飲みながら本を読んだり物思いに耽ったりしていた。

それにカウンター席は幾つか、そしてテーブル席がそれなりにある。店の見た目より席数は多いようだ。

 

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

 

カウンターの奥から店員と思われる女の子が出てきた。その女の子は何だか丸っこいウサギを頭に乗せて、能面を被ったようなこの喫茶店にはとても似合った落ち着いた表情をしている。ウサギを飲食店に入れるのはどうかと思うけど……可愛いからいいか。

店員は青い髪の毛を長く伸ばして、ぷっくりと膨らんだ頬を軽く赤く染めていた。案外人見知りなのかもしれない。そして可愛らしい制服を纏った丁度背丈も同じくらいのその姿はまるで知っているクラスメイトの面影すらあって……。

 

「もしかして、香風さんだったりする?」

 

その香風(仮)さんは僕の顔をチラリと見ると、驚いたように口を丸く開けて、その後焦ったようにあわあわとすると。

 

「い、いえ……人違いです」

 

その取り繕ったような声音は間違いなくクラスメイトのものだった。

 

 

 

 

 

結局、観念した香風さんに案内されてカウンター席に座ると、コーヒーが出された。

 

「あの香風さん、僕はまだ何も注文してないと思うんだけど」

 

「……これは口止め料です。私が喫茶店で働いている事を学校のクラスメイトに話さない取引の、当然の対価です」

 

「でも、多分香風さんが喫茶店で働いていること自体は割とクラスで知られてると思うけど」

 

「……えっ」

 

「だって香風さん、散々友達とその事で話したりしているから皆耳に入っちゃうんだよ」

 

「じゃあこの取引は無効です、このコーヒーも没収します」

 

「えっ」

 

そう言うと本当にコーヒーをカウンター裏に戻そうとする。余計な事を云うんじゃなかった。

 

「待って待って、ちゃんとお金は払うから戻して」

 

「……分かりました、それなら仕方がありません」

 

「何でそんな渋々なのさ……」

 

受け取ったコーヒーを口にすると、口内に苦みと酸味が広がる。しかしそれは強いものではなく、程良く感じて更にその後の後味はすっきりとしたものだった。うん、僕の好みに合致した、とても美味しいコーヒーだ。

 

そう思いながら顔を上げると、香風さんが何かを期待するような、不安そうな、そんな感情が混ざった瞳でこちらを見ているのに気づいた。気のせいか香風さんの上に乗ったウサギもどこか測るような視線を向けているような気がするが、それは本当に気のせいだろう。

 

……何だか感想に期待されると、余計に上手い言葉が出てこない。

僕は諦めて率直に言うことにした。

 

「えっと……とても美味しいよ。僕は大好きだ」

 

思ったまま言葉を口にすると、香風さんは照れた様に頬を赤く染め、それを隠すようにカウンター下を見るように顔を隠した。後何故か頭に乗ったウサギがこちらを警戒するような目で毛を逆立てている、それ猫の習性だよね。

 

「それは良かったです……ところで、付け合わせに何かどうですか?おすすめは苺のショートケーキです」

 

香風さんは何時もよりも幾許か早口で、何か誤魔化すようにメニュー表を取り出した。受け取って開いてみる。

……やはり喫茶店ということもあって、ケーキやクッキー等の甘味が多いなぁ。

 

「甘いのは苦手なんだよね、別のは何か無い?味噌ラーメンとか」

 

「ここは喫茶店です」

 

「じゃあハンバーガー、ピクルス抜きで」

 

「だからここは喫茶店です!」

 

どうやら無いらしい、まあ分かってはいたけども。

メニュー表を流し読んで適当に目についたのを頼むことにした。

 

「このおすすめって書かれた苺のショートケーキ、生クリーム抜きで」

 

「結局そこに帰着するんですね……分かりました、少々お待ちください」

 

そう言うと、香風さんは喫茶店の奥に引っ込んでしまった。その間に店内を改めて見回してみる。

僕以外にもお客は三人ほどいて、それぞれが新聞を読んだり物思いに耽ったりと自由に過ごしている。共通しているのはどの客も静かな時の流れを共有しているということだ。それは店内の雰囲気や流れるクラッシックがイニシアチブを握っている訳ではないだろう、きっとその空気を作りあげているのは他でもない香風さんだ。その声音、立ち振る舞い、表情、どれを取っても穏やかな香風さんだからこそ訪れるお客の心を沈め、世間の喧騒から遠ざかった、まるでシェルターのような無風空間を作れるのだろう。あくまで店内の良く作られた装飾もそれを引き立てる舞台装置の役割しか背負ってないのだ。

 

「お待たせしました、苺のショートケーキになります」

 

店内を漂う空気に触発されてか、物思いに耽っているといつの間にか香風さんがお皿に乗った苺のショートケーキを僕の前に置いていた。どのくらい時間が経っていたのだろう、それすら不覚になるほど深層にまで入り込んでいた。

 

「えっと……ありがとう」

 

「お礼は要りません、仕事なので」

 

「でも生クリーム抜きになってないようなんだけど」

 

「そのくらい自分でやってください」

 

スポンジケーキの上にはたっぷりと、ふわふわとした純白の生クリームが乗っていて思わずじっと見つめてしまう。僕は甘いのが苦手だ、その信念にも近い確信を持って今度は香風さんの顔を窺う。うん、さっき見た顔と同じ。期待した顔だ。あとやっぱり頭上のウサギもこちらを観察するように目を細めている。お金を払っているはずなのに、店員のプレッシャーによって食べずらいとは如何なものだろう。

 

……まあ、今回ばかりは生クリームを避けても許されるかな。

安易な気持ちで生クリームの除去作業を開始する、初めに上に乗った苺を皿の片隅に退け、フォークでスポンジを傷付けないように生クリームを削っては皿の端に盛る。その次に側面のクリームを削り、端に寄せる。最後にスポンジの間に挟まったクリームをこれまたフォークで掬って同様の場所に安置。これで生クリーム一斉検挙が終了、残るは苺とスポンジになった。

やりきった気分で香風さんの方を見ると愕然とした表情で皿の片隅に寄せられたクリームを凝視していた。その表情は例えるなら「本当にやりやがったあいつ……!」とでも言いたげな、悲しさを包括した表情だった。ついでに案の定と言うべきかその頭の上に居座るウサギはこちらを殺さんとばかりの目力で睨んできていた。しかもまた毛は逆立っている。本当にネコなの?

 

「あれ、チノがお客さんと長話なんて珍しいじゃないか」

 

唐突に、香風さんの背後からそんな気兼ねの無い声が聞こえてきた。見てみると、同じく店員だろうか、香風さんと同じく可愛らしい制服を着ている。それに背丈からしても年上のようだ……高校生くらいだろうか?

香風さんは口を開いた。

 

「リぜさん、違います。この人は私の学校のクラスメイトです」

 

「へえ~、そっか~チノの」

 

……初対面の僕でも分かる。リゼさんと呼ばれたこの女性、何だか悪い顔をしてる……!

香風さんが何かを察して言う前にリゼさんが先手を取った。

 

「なあなあ、学校でのチノはどんな感じなんだ?友達とかちゃんといるか?」

 

「香風さんですか、とても楽しそうですよ。特に仲の良い友達とはよく休み時間に話してたり登下校を一緒にしてたりしててこちらも微笑ましくなるくらいで」

 

「三者面談の時みたいな話をするのは止めてください……!」

 

あ、ぷるぷる震えてる。これ以上続けたら本気で怒りそうだ、僕とてそこまで懇意じゃない相手を怒らせるのは本意じゃない。リゼさんもどうやらこの話で弄るのは止めるようだ。

 

「あ、そういえば。勝手に心中でリゼさんとお呼びしてるんですけど今後もそれでよろしいでしょうか?いえ、初対面の目上の方を名前で呼ぶのはとても礼を欠いた行為とは分かってるのですが既に定着してしまっていて何と言うか」

 

「そんな堅苦しくならなくて良いって!寧ろそっちの方がこっちもやりやすいし、それで頼む」

 

「はい、リゼさん。宜しくお願いします」

 

「うん、よろしくな」

 

ふと香風さんの方を見てみると何だか、若干引いたような面持ちでこちらをじんわりと見ていた。

 

「……何だか敬語だと気持ち悪いですね」

 

「ねえちょっと酷くない?僕はこれでも一般的な男子中学生という世間体を意識して常に云為しているのに」

 

「全然一般的には思えません」

 

「その発言がまず一般的と言う表現から乖離しているな」

 

そんな馬鹿な。一応僕なりにその概念については思考に施行を重ねて辿り着いた振る舞いなのに。

 

「じゃあ逆に訊きますけど香風さんとリゼさんが思う一般的男子中学生像はどんな感じなんですか?」

 

その質問にいち早く答えたのは、渦中の人間たちと同じ教室で学ぶ身である香風さんだった。

 

「何と言うか、まず騒がしいですね。授業中に良く注意されますし……」

 

なるほど。確かに僕の周りにも五月蠅い同級生はそれなりにいる。それを考えるとその結論に達するのも納得は行く話だ。

リゼさんは少し過去を思い返すように視線を宙に向けていると、数瞬して口を開いた。

 

「……そうだな、馬鹿みたいに騒がしくて混ざったら楽しそう……かな?」

 

「流石リゼさん、あの空間を羨ましく思っている……!」

 

最初から薄々感じてたけど、リゼさんは男勝りなところがあるようだ。

しかし、これだと一般的な男子中学生がただ五月蠅いだけの集団と言う結論になってしまう。それだと僕も困る、何故ならいつも教室の隅で読書をしているような人間がワイワイと騒げるはずも無いからだ。

そんな葛藤に頭を悩ましていると、リゼさんが言う。

 

「それにしても何でそんな一般的って単語を意識しているんだ?別に人の性格は十人十色だろ、そう気負うこともないんじゃないか?私はお前みたいに変わった個性も好きだぞ」

 

……あれ?告白された?

 

「リゼさんがそんな……」

 

「……あ!い、いや!これは違うぞ!別に他意とか無いからな、勘違いするんじゃないぞ!」

 

「は、はい!僕で良ければ!喜んで!」

 

「お前分かってて言ってるだろ!何となく面白そうだからって乗っただろ今!」

 

流石現役女子高校生、恋愛ごとには機敏らしく僕の拙い演技もバレてしまった。折角真に受けた一般的草食系男子のフリをしたのに……。

 

「まあともかく、お前にはその一般的な男子中学生のフリは無理だ、諦めて楽になれ」

 

「そうです、そもそも元から普通じゃありませんし」

 

……うーん。まあ実際はそんなに性格を意識したことないしなぁ。適当に話が盛り上がりそうだから話題にしただけだし。まあいいか。

 

「……リゼさん、香風さん、ありがとうございます。不肖この宇治松、これからは自然体で行こうと思います!」

 

「おう!そうだ!それで行け!」

 

「はい!時間も時間なので僕はこの辺で失礼しようと思います!さようなら、また来ますね!」

 

「ああ、勿論だ!いつでも来い!」

 

そのやり取りをして僕は喫茶店、ラビットハウスを後にした。

……今日は何だか疲れたな、すぐ寝ようかな。

 

 

 

 

 

「いつの間にお金をカウンターの上に置いたんだあいつ……」

 

「学校と変わらず良く分からない人です……」

 

「ところでチノ」

 

「何でしょうリゼさん」

 

「あの宇治松……だっけ、あの男の子とはどのくらいの面識だったんだ?」

 

「いえ、喋ったことが少しあるくらいです」

 

(それであの塩対応か……。)

 

 




主人公は一体何者なんだ……

それはそうとごちうさ劇場版スペシャルエピソード、楽しみですね。取り敢えず前売り券でも買おうかな。


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甘兎庵次期店主の座の行方


主人公、かなり面倒な性格してますね(今更)


 

僕は教室の片隅で小難しい本を気取って読んで生きてきた人間だ。良く宇治松金時と言う名前を名前負けだと言われることもあるけど、それは僕自身が一番自覚している。それは疑いようもなく真実で、人と関わることも得意ではないからだ。学校にも友人は少ないし、クラスで最大手のグループにも属しても無ければ接してもない。限られたコミュニティで細々と生きているのみだ。お婆ちゃんからも「アンタはあまり社交的じゃないから、今いる友人を大事にしなさい」と釘を刺されるくらいには人付き合いは苦手で、とにかく日々教室ではあまり人とは接さず読書に時間を費やしている。それは春休みになった現在も変わらず、基本的に馴染みの図書館や本屋と自宅を往復するだけの生活である。それが嫌な訳じゃないけど、少し退屈だなぁと思ってしまうことくらいは当然ある訳で。

 

そんな訳で、奮発してゲームを買ってみた。

新しいゲームソフトだ、勿論この町にはゲームショップが無いので電車で数駅移動してそれなりに時間をかけて買ってきたのだが、ゲームを買うなんて経験は初めてだからか。自分でも凄く興奮しているのが分かる。パッケージの包装フィルムだけでも人の気分を昂らせる不思議な魔力があるように思える。

 

じゃあ……早速開けよう。こんにちわ非日常、僕はこれから夢の世界に旅立つんだ……!

 

「金ちゃん!暇ならお姉ちゃんと遊びましょ!」

 

生唾をごくり飲み込み、包装フィルムを剥がす刹那。襖がガラリと、滑るように開いた。多分その時の僕を他の人が見れば、絡繰り人形のようにギシギシと関節が不器用に動いていたことだろう。

 

「どうしたの金ちゃん?まるで新しいおもちゃを取られたお人形さんみたいよ?」

 

流石実姉、僕の客観的な評価と全く同じ表現を口にするとは。……って今完全に僕の現状を言い当てたよね、流石にそれは怖い。怖いけどどうしてか不思議には感じない、これが姉パワーか。

 

振り向いた先にいたのは、既に13年と長い付き合いを続けている実の姉である宇治松千夜だ。黒く清廉な髪に端正な顔つきは弟の僕から見ても和風美人と言う言葉が見事に当てはまっており、学校でもそれなりにモテてそうだ。まあそんなのには一切気付かずに自由気ままな高校生活をしている姿がとても目に浮かぶけど……。

しかし、そんな事はどうでも良い。ここまでの言葉は全て僕とお姉ちゃんとの関係を言い表すのには全く持って不完全で、欺瞞だ。そもそも僕とお姉ちゃんとの関係はそこまで複雑なものでなくもっとシンプルで、何なら漢字一文字で言い表すことさえ出来る。

 

「まあいいわ!金ちゃん。今日はどちらがより甘兎庵の良さをピックアップした広告を作れるか、勝負よ!」

 

「望むところだよ!そして僕こそが次期店主だ!」

 

「それはこっちの台詞よ!」

 

そう。甘兎庵次期店主の座をめぐる、敵である!

 

 

 

 

 

安直だった。無思考だった。思わずそんな後悔の念が心に過る。

何時ものことながら僕は甘兎庵の事となるとどうにも後先考えずに物事を判断する傾向があるらしい。毎回こうならないように気を付けているのだが、果たして血が勝手にざわめくのか。確かに甘兎庵の店主は僕にとっての将来の目標でお姉ちゃんはそこに立ちふさがる最大の宿敵ではある。だけど春休みくらい休んだって良いじゃない、人間だもの。

きっとあの姉もその僕の無意識の闘志と言うか、野望と言うか、それを感じ取って僕に毎回勝負を持ち掛けてくるのだろう。お姉ちゃんは一見天然に見えるが、中身は天然の皮をかぶった権謀家だ。いや権謀、何て御恐れた単語を使うかどうかは正直議論の余地が僕の中では残っているのだが、それでも僕と同じく店主の座を虎視眈々と狙っているのは同じだ。名前は体を表すというが、千夜と言う名前からも姉の腹が黒い事が分かる。一方金時と言う名前からすれば僕の腹は金色だ、黄金色だ。つまり名前対決では僕の方に軍配が上がっているのは自明の理であり最終的に僕が勝つのは当然の帰結だろう。……ってそんな事は今考えるべきことでは無かった、反省しなくては。

 

結局姉の唐突過ぎる提案によってこれから広告を作らなくてはならなくなった。ゲームをやりたかったが仕方ない、放りだすのは僕のプライドが許さないのだ。それに放りだしたが最後「甘兎庵の為に広告すら作れないなんて、やっぱり私の方が店主に相応しいわ!」と卓袱台の上に乗ってキメ顔をするに決まっている。うん、想像しただけで腹立たしい。然らば一刻も早くお姉ちゃんを超える広告を作ろう。それもう、甘兎庵が全国店舗数一万を超える超巨大老舗チェーン店に一晩でなるような素晴らしい広告を作ろう。

 

そう意気込んで机に向かって考えてみる。

まず考えるべきなのは主にどの層に向けてマーケティングをするかだ。例えば10代、20代の女性を対象にするならばポップで可愛らしいテイストの絵柄が好ましいだろう。しかしそれだと若い女性の中での甘兎庵の知名度を上げることは出来ても、新規の客層を開拓することは出来ない。それに知名度の向上と言っても新規のサービスを開始するならばともかく、現状のままで店の宣伝をする以上新規の顧客にインパクトを与えることも出来ない。よってやはりここは新規の男性層を狙うのが良いだろう。幸いウチの店の内装はきゃぴきゃぴとした、カラフルでロリポップなものでもないから男性客も入りやすい。

そこまで思考を進めれば後は簡単だ、男性が好みそうなシンプルなデザインで明瞭に事実を書き記せばいいだろう。

 

二時間ほどかけて白紙のA4用紙にペンで書き上げると、一息付く。まだ完全には終わっていないが、ある程度構想は練れた。目標である広告一つで甘兎庵全国チェーン計画は流石に無理だろうが、それでもある程度の顧客は見込めるのではないだろうか。

 

……何だか急に風に当たりたくなってきた。

 

そう一旦思うと部屋にいるのも億劫になるほどで、溜まらず上着を着こんで身支度を整える。目的地はこの町唯一の図書館だ、そしてそこは僕のお気に入りの場所の一つでもある。

 

外に出ると、どうやら本日は暗澹たるお天気模様のようだ。灰色に澱んだ分厚い雲によって陽の光は遮られ、春に似合わぬピリピリとした冷気が身を凍らせる。確かにまだ三月中旬とは言え、ここまで寒気を感じるのも珍しい。見れば街中を歩く人たちの服装も、三月にしては少々厚着に思える。もう少し厚着をして来ればよかった、僕は微妙に後悔した。

 

駆け足気味に冷えた外気の風を肩で切って図書館に着くと、館内は暖房が良く効いているようでとても暖かい。そして仄かに香るように漂う、本の匂い。なるほど、ここが天国か。

受付の人と一度会釈して奥に入る。まずは席を確保しなければならないだろう、何故か図書館にはいつ行っても多くの受験生らしき人間がその机を占領しているのだ。受験シーズンの過ぎたこの時期でも人はいるだろう。僕も再来年には受験と考えると気が鉛のように重くなるがそれはそれ、これはこれ。とにかく席を取らないと落ち着いて本さえ読めない。

 

階段を上って一番大きな読書スペースに辿り着く。予想通り、そこには疎らに受験生と思わしき人影はいた。だが僕の思っていたそれよりははるかに少数である、時期が良かったのだろう。

 

そんな中、一際目を引く女の子がいた。外側にカールの掛かったショートカットの金髪、翡翠色の瞳。胸は控え目で小柄な体格。

……うん。

 

「シャロさんこんにちわ。今日は家が寒くて寒くて叶わないから温まりついでにここで勉強しているんですか?」

 

図書館なので、控え目に声を掛けると「ひゅわっ!?」とまるで悪夢から目の覚めた時のような素っ頓狂な声を上げた。これじゃあ僕が気を使ってボリュームを絞った意味が無いじゃないか。

 

「シャロさんシャロさん、周りから注目を浴びてます。もうちょっと声を小さく……」

 

「……一応聞くけど、何であんたそれが分かったの?」

 

「実は僕、エスパーなんだ」

 

「分かりきった嘘を吐かない!」

 

「じゃあ僕、ホントはシャロさんの生き別れの兄なんだ」

 

「だから嘘を止めなさいって!しかも何であんたが兄なのよ!年齢的に私が姉でしょうが!」

 

「え?つまりこれは僕は遂にシャロさんの弟になれたって認識でいい……の?」

 

「そんな訳ないでしょうが……!」

 

何だか疲れながらそうツッコむシャロさん。因みにシャロさんの行動が分かったのはただの推理である。シャロさんの家、冷房も暖房も、況してやストーブすら無いし。

 

つい見かけたから声を掛けてしまったが、桐間紗路は僕の友人、と言うよりかは僕の姉である宇治松千夜の親友である。姉とは幼い頃からの友達で、家が近いこともあってか普段から姉とは遊んだりしていた。それは今も変わらず、別々の高校に進学した現在も良く遊んでいる。

しかし僕とシャロさんとなると話は別だ。僕も姉の繋がりでシャロさんとは古い付き合いといっても過言ではない程には話したり遊んだりしているが、それでも友達かと問われると返事を澱んでしまう。僕からすれば仲の良い近所のお姉ちゃんで、だけど向こうからすればどうなのだろう。精々親友の仲の良い弟、くらいだろうか。少なくとも僕とシャロさんは常に姉である宇治松千夜というレンズを通して互いに接している。レンズを通した視界を共有している僕たちは、どちらも虚像を見ているのかもしれないのだ。

 

……いいや、変な事を考えるのは止めよう。僕とシャロさんは長らくの知り合い、それだけで充分じゃないか。

 

「それでお姉ちゃん」

 

「止めなさい。そういうのは千夜だけに言ってあげなさい」

 

「シャロさん、暇だし話しません?」

 

「べ、別にいいけど……私も勉強そろそろ疲れたし……」

 

そう言いながらシャーペンをノートに置いた。そのペンは一瞥しただけでも百円均一の、安いものだと分かってしまうのが何だか切ない。……誕生日に文房具とかをプレゼントしてもいいかもしれない。

 

「それで、何話しましょうか?」

 

「話振ったのはあんたの方でしょうに……」

 

「こういうのって何か、じゃあ話しましょう!って言って会話を始めるもんでもないじゃないですか。あまり具体性を持って言えませんけど会話って、リンゴが木から落ちるみたいに自然に、スルスルと進む時は進みますよね」

 

「何でニュートンの法則……でもそうね。話したいと思って話そうと思ってるとき程話し辛いこともないわね」

 

「あ、そう言えば高校特待生で受かったんですよね。おめでとうございます」

 

「今までの話を無視!?しかも今更!?先月に千夜と私とあんたで高校合格の祝賀パーティーしたの忘れてない!?」

 

「忘れてないですよ、楽しかったですねアレ。特にシャロさんの腹踊りはとても凄かったです」

 

「してないわよそんなの!!」

 

ゼー、ハーと息を荒くして疲労感を露わにするシャロさん。何かあったのだろうか。

 

「シャロさんシャロさん」

 

「……何よ」

 

ジロっと、訝し気な視線を感じる。何だろう、怖い。あ、自重しろということですか。分かりました。

 

「さっきまたお姉ちゃんと甘兎庵の長の座を賭けて勝負することになったんですけど、ちょっとアドバイスして欲しいなぁと思いまして」

 

それを聞いたシャロさんは呆れたように溜息を吐いた。

 

「またやってるの……?それで、今回は何よ」

 

「広告ですよ。どちらがより良いチラシを作れるかどうかの単純明快な一本勝負です」

 

「なるほどね……ちょっと待って」

 

そう言うとシャロさんは少しの間、顎に手を当てて頭を悩ませるような仕草をする。実際シャロさんは才色兼備を備えた、世の女子高生界隈でもトップクラスに頼りになる人と表しても過言ではない人物である。その生活ぶりはともかく、容姿や振る舞い、知力などに関してはどれをとっても本物のお嬢様に引きを取らない人柄だ。

 

考えが纏まったのか、シャロさんは顔を上げた。

 

「……そうね。まず一つ、金時はどの層をターゲットに設定したの?」

 

「若い男性です。ウチは女性客は多いですけど男性客はそこまで多くないので、新しい客層を獲得することでジェンダー無きネオ甘兎庵が出来ると思います」

 

「駄目ね。それは不可能よ」

 

シャロさんは僕の意見をばっさりと、それはもう容赦なく切り捨てた。

 

「まず広告形態はチラシのようだから、配る地域は当然甘兎庵周辺よね。つまり、いま私たちが狙うべき新規の客層は他のお店の常連客、或いは甘兎庵の存在を知らない人たちに限られるわけ。ここまでは良い?」

 

「はい、でもそれが若い男性をメインターゲットにしちゃならないのとどういう関係が?」

 

「それは簡単よ。喫茶店、男性の利用客は少ないのよ」

 

「……はい?」

 

「ほら、この町にはほぼ企業なんてないでしょ?だから多くが平日昼間の間は別の町にいる。そして休日も疲れて家でくつろぐかどこかへ行くか、少なくとも喫茶店で優雅なティータイムを過ごそうと思っている奇特な人は少ないわ。だから必然的に普段は女性の方が喫茶店を利用しているのよ」

 

「……なるほど」

 

シャロさんの説明はいつも明々白々としていて分かり易い。

喫茶店とは本来、少しの空き時間に使われるものだ。それは女性の場合は家事の合間の休憩や友人とのお茶会といった感じなのだが、それが男性の場合になるとまた別の用途に変化する。営業でのティーブレイク、仕事の打ち合わせ、重要なのは男性の場合どれも仕事が中心になっていることだ。この木組みの町には殆ど企業オフィスが存在しない、なのでサラリーマンの利用も殆どないということだ。

 

「でも男性を新規客として向かい入れるのは間違ってないと思うわよ。もし男性をメインターゲットにするなら、明確に学生かお年寄りのどちらかを視野に入れたチラシを作るのが最善だと思うわ」

 

とても現実的なアドバイスだ。理想論ではなく、当に今を考慮して最大の効果を秘めたチラシの指向性を、シャロさんは少ない情報に時間で考えだした。やっぱりシャロさんは凄い。

 

「あの、将来甘兎庵ホールディングスのCEOになりませんか?年収は弾みますよ?」

 

「気が早すぎる!?そもそも経営最高責任者が何か分かって言ってるの?」

 

「いや、正直額面以上の事は分かりませんけど。でもシャロさんなら信用も信頼も出来るので」

 

例え僕とシャロさんの間にレンズが挟まっていて、ピントがずれていようとも、シャロさんの人格と能力だけは本物だ。かく言う点なら僕は、シャロさんの事を全面的に信じられる。

シャロさんは恥ずかしそうに、ロールしている癖毛の髪の毛を弄り始めた。

 

「ま、まあそんな先の事を話しても仕方ないでしょ!取り敢えず千夜との勝負、頑張りなさい!私は図書館から見守ってるから!」

 

「はい!頑張ります!」

 

と、僕が意気揚々、気合十分の返事をしたところで唐突にシャロさんからブルブルと何やら振動音のような音が聞こえてきた。シャロさんはポケットから携帯を取り出すと、手慣れた手つきで二つ折り携帯の画面を開いた。チラリと外部液晶が見えたのだが、どうやらお姉ちゃんからのようだ。

 

「金時との勝負の審判のために甘兎庵に来て、今なら栗羊羹あるわよ……つ、釣られないんだから……!」

 

「……一緒に行きます?甘兎庵」

 

「……ええ。そうするわ……」

 

その時のシャロさんの目は何かを悟ったような、諦めたような、何とも言い難いオーラを纏っていた。

 

 




宇治松金時、宇治(松)金時、宇治金時……。
ネーミングセンスが欲しい……。

この話は多分次回まで続きます、多分。


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ラビットハウスはウサギの香り

千夜ちゃん誕生日おめでとう!でも今回は千夜ちゃん出て来ません。

概括するとひたすらラビットハウスでgdgd話す回。


その朝、僕は目覚めると無性にコーヒーが飲みたくなっていた。あの漆黒の湖畔のような精錬された閑静な美しさ。そして飲めば労苦が中和していくかのような優しく舌に馴染むほろ苦さ。それこそ僕が望む最高の一時を提供してくれる黄金の一杯になりうるのである。

 

その時想像した己の気分はまるで中世の上流貴族。コーヒーの坩堝にハマっていたと言っても過言ではない。

 

「金時ー、もう11時よー、早く起きなさいー……ってあら。起きてるなら返事しなさい」

 

「お姉ちゃん、ちょっと出かけるから」

 

「行ってらっしゃいー……朝ごはんを食べないなんて、もしかして反抗期かしら?」

 

断じて否である。しかしこの時の僕は、今の優雅な余韻を守る為に敢えて触れないことにしたのだ。

姉との挨拶もそこそこに、寝ぼけた眼のまま僕は優雅なコーヒーブレイクを求めて石畳へ一歩、踏み出した。

 

西欧のような木造の町並みには既に多くの人で賑わっていた。観光客もそうだが、今日は日曜だ。確か朝市も今日だった気もする……そうか、だから屋台がいつも以上に出ているのか。

独りでにそう納得していると、不意に春に似合わぬ冷たい風が首筋を撫でるように吹いた。……寒い。もう少し着込んでくればよかった。

 

何だか生地が薄いな……そう思った僕は自然と自分の服装を確認する。

 

「……あっ」

 

室内用の薄いシャツ。そして動いても汗を吸汗してくれる半ズボン。

うん、これ。寝間着だ。

 

 

 

 

そして現在。優雅で華麗な気分は吹っ飛び、ラビットハウスで落ち込みながらコーヒーをヤケ飲みしている馬鹿で憐れな少年がそこにはいた。と言うか僕だった。

 

「……それで一度帰ってからここに来たと」

 

「というかお前の姉は知ってて止めなかったのか」

 

「勿論問いただしたんですけど……案の定。面白そうだから止めなかったって……」

 

「それが案の定なのか……末恐ろしいな」

 

姉の姿を想像しているのか、リゼさんが真面目な表情で慄いている。鬼の角とか蝙蝠の翼とか生えていなければ良いのだけど。

 

「ところで宇治松さん、そろそろ昼なのでランチはいかがですか?コーヒーと卵とハムのサンドイッチ、更にレーズンのパウンドケーキも付いたおすすめのセットがあるんですけど」

 

初めて店に来た時から思ってたけど意外と香風さんは商魂逞しいようだ。まあ喫茶店はそれくらいがちょうど良いのかもしれない。まあ僕も喫茶店員なんだけども。

 

「じゃあそれお願い、後コーヒーおかわり」

 

「もう五杯目だぞ……?そろそろ止めといた方が」

 

「リゼさん、コーヒーをお願いします。私はセットの方を作るので」

 

「……了解」

 

何だか不服そうにコーヒーを淹れ始めるリゼさん、一方香風さんは裏に入っていてしまった。

そういやコーヒーと言えば、ウチのシャロは今日はどうしているのだろうか。まあ多分アルバイトだと思うけど、シャロさん万年金欠だし。お金貸すと言っても殆ど受け入れてくれないし。

忙しく働くシャロさんの姿を想像していると、手を止めずにリゼさんが口を開いた。

 

「なあ、本当に大丈夫か?幾ら好きだと言えカフェイン中毒は本当にやばいぞ?」

 

「はい、大丈夫です。一時間にコーヒー10杯はまでは行けますので」

 

「それ死ぬからな、マジで死ぬからな!?」

 

リゼさんは大袈裟だなあ、別にそのくらい飲んでもなんにも無いのに。

(注釈:普通に危険なので真似しないでください)

 

リゼさんは話もそこそこに、コーヒーを再びカップに注ぐと僕の前にそれを置いた。先程は黒の宝玉のように見えたのが今ではただの泥水色にしか見えない。なるほど、これがゲシュタルト崩壊って奴かな。

ひとしきり既に見慣れてしまったコーヒーを観察し終えると、何となくカップを揺らしてみる。別に何かを期待した訳ではない、と言うと嘘にはなるけど。しかし予想した通り、黒く漆のような表面は波を打ち、室内の明かりに反射して輝くと、電池が切れた様に小さくうねり、やがて波紋は収まった。さながら静穏な湖畔の様に。水面は神秘ささえ醸し出す。だけど僕の心は、何だか空疎だった。

 

「じっとしてどうしたんだ?」

 

「……あ、いえ。何でもないです」

 

リゼさんの純粋な疑問が浮かんだ瞳に、思わず早口で答えてしまう。リゼさんに相談することでもないだろう、そう思って返答したのが逆にリゼさんの首を訝し気に小さく傾げさせる結果になってしまったようだ。

 

「……それよりリゼさんリゼさん、彼氏とかいるんですか?」

 

「い、いきなり何だ!?」

 

「だってリゼさん女子高生ですよね?女子高生と言えば花も恥じらう、恋とスイーツで構成されたスパイスみたいなものじゃないですか」

 

リゼさんは恥ずかし気に顔を赤らめながら。

 

「い、いないに決まってるだろ!?悪いか!?」

 

「いえいえ。寧ろリゼさんはとても可愛いですし、彼氏の一人や二人くらいいても可笑しくないかなぁーって」

 

「か、かわ……!?」

 

「ランチAセット、お待たせしました」

 

「あ、ありがとう。そうだ、香風さんもリゼさんは可愛いと思わない?」

 

「……宇治松さんってもしかしてナンパ体質だったりするんですか」

 

言いながら香風さんは明確に1歩、後ろに下がった。ついでにとてもジト目でこちらを、まるで性犯罪者を見るような白い目で様子を伺っている。後例の如く、頭上のボールみたいに丸いウサギも毛を逆立てて威嚇している。だからネコか。

 

「誤解だって!ただ僕はリゼさんの己に対する自己評価が低いように思えたので、悪い男に騙されないように自分が可愛いことを自覚させようとしただけだって!ほら、リゼさんってすぐにコロッと騙されそうな雰囲気がするからさ」

 

香風さんは少し考えて。

 

「……確かに、リゼさんはそうかもしれません」

 

「チノまでそっちに付くのか!?クソ、ここは敵陣の中か……!」

 

「諦めて下さい、リゼさんは可愛いですよ?」

 

「そうです。私が言うのも変ですが、自信をもっと持ってください」

 

「そうじゃ。リゼはもっと自信を持つべきだ」

 

……ん?何か聞いたことのない渋みの効いた声が。

思わずキョロキョロと見回すが、そこにそんな声質を持ってそうな熟年の男はいない。と言うか店内はまだ昼時と言え、僕たちしかいない有様である。大丈夫だろうかこの喫茶店。

 

「そ、それより宇治松さん、冷めないうちに早く食べて下さい」

 

「あ、そう言えばそうだったね。じゃあ早速頂こうかな」

 

多少香風さんが焦燥に駆られて言ってるように見えたけど、まあ気のせいだろう。僕は疑問を心の隅に追いやると、サンドイッチを手に取る。よく考えればこのセット、コーヒー以外に冷める要素が無い気もするけどそれも敢えて気にしない事にした。

 

「そうだ、香風さん。そろそろ名字で呼ぶの止めない?何だかリゼさんと香風さんは名前で呼び合ってるのに隔絶感を抱くからさ」

 

「…そうですね」

 

そう言うと、何だか真剣に悩む面持ちを見せ始めた。僕はそれをコーヒーを飲みつつ、サンドイッチを食べつつ見守る。

その何だか言葉を発しづらい空間に見かねたのか、リゼさんが口を開いた。

 

「別にそんな気にしなくても良いんじゃないか?と言うか私は名前で呼ばれてるし別に呼んで良いよな?ええと……銀時?」

 

「それは少年某の主人公ですって。僕の名前は金時です」

 

「そう言えばそうだったな、すまん」

 

シュンと、僅かながら申し訳なさを感じているのか。未だ赤く染まった頬を軽く掻いている。何だかこちらが申し訳なくなってきそうだ。

僕は気遣うように、丁寧な声音を意識してリゼさんに話しかけた。

 

「別に良いですよ。それより天々座さんこのコーヒーお代わりください」

 

「ああ…って実は名前間違えたの気にしてるだろ!」

 

「店員さん、早くお願いします」

 

「ついに名前の欠片すら無くなった…」

 

若干落ち込みながらも、手はカップにコーヒーを注ぎ込もうと動いている。その手つきは非常にスムーズで、一切の淀みは無い。どうやら無意識で僕のオーダーを熟せるくらいにはここでの仕事に慣れているようだ。そう言えば前にメニュー表をすぐに覚えれるほど記憶力が良いとか、リゼさん自身が自負してたような。

……なんだろう。この人材、普通にウチに欲しい。

 

「き、きん…時…さん」

 

「ごめんなさいリゼさん。ちょっと面白くなっちゃって」

 

「面白くってお前なあ……」

 

「金、時…さん」

 

「ところでもしラビットハウスを首になったらウチに来ませんか?実は僕の家も喫茶店みたいなのをやってるんですけどリゼさんのような優秀なアルバイターなら年中無休で大歓迎なので、どうですか?」

 

「どうって……少なくとも今はここ以外で働く意思はないぞ?」

 

「首になった時で結構ですよ……そうだ!良ければ1日、1日だけウチで働いてみませんか!」

 

「そうだなぁ……うーん……ま、まあ1日だけなら……」

 

「金時さん!ウチの貴重な戦力をヘッドハンティングしないで下さい!」

 

香風さん、いや、チノはいつも以上に大きな声でそう叫んだ。普段の学校の言動では見れないような、犬も逃げ出しそうな程の声量である。或る意味ではスーパーレアだ。

その事実に気付いたのか、チノは頭上に乗ったウサギを胸に抱えて俯いた。

 

「チノ、漸く僕の名前を呼んでくれたね……!」

 

「何でそんなドラマティックな雰囲気を醸し出そうとしてるんですか……」

 

「いや何となく」

 

「……全く困った奴だなコイツは」

 

チノが疲れたように溜息を吐き、リゼさんがやれやれと呆れたような仕草を取る。もしあんな事を言わなければもっと良い雰囲気になったのだろうけどまあ仕方がない。僕の心はそこに無いのだから。

 

「そう言えば、金時さんの家も喫茶店を経営してるんですよね」

 

「……うん、してるよ。甘兎庵って言う抹茶と和菓子をメインにした所なんだけど」

 

瞬間、チノの胸に抱えられたウサギが険しい顔で、威嚇するような鳴き声を上げて暴れ始めた。

 

「ティッピー暴れるな!」

 

「おじい……ティッピーさん!突然どうしたんですか……!」

 

「甘兎庵は敵じゃ!仇討ちじゃ!合戦じゃ!」

 

……僕の気のせいだろうか。はたまた幻聴だろうか。それとも僕は不思議の国へといつの間にか迷い込んでしまったのか。僕アリスじゃないんだけど。

ともかく僕は目の前の白いウサギ、に見える何かを凝視する。今も興奮収まらぬ様子だが、しかし言葉は発していない。だけどさっきは確かに、この目で、ウサギが喋ってる……ように、見えた。

チノは冷や汗を流し(ているように見える)ながら、慌ててウサギを頭の上に乗せた。

 

「……これは私の腹話術です…!」

 

「……なるほど、それ凄いね……!もうオリンピック金メダルクラスなんじゃないの?」

 

 

「おい、金時が騙されてるぞ」

 

「まさかこれで通じるとは思いませんでした……」

 

おいそこ、聞こえてるんだけど。こんな近くで小声で会話しても何の意味も無いからね。

僕が敢えて信じたフリをしたのは、ただ単純にチノが全力で誤魔化そうとしてたのがバレバレ過ぎて、最早懐疑心を超えて哀れに思えてしまったからである。と言うか逆にあの下手な返事で良く僕が信じたと思ったもんだよ、こっちからすれば。

 

「……まあともかくだな。甘兎庵って具体的にどんな所なんだ?」

 

「えっと、そうですね。やっぱりお茶と和菓子がメインなので、店内もそれに合せた和風の内装になってますよ。あそうだ、クーポン券あるんで良ければどうぞ」

 

「クーポン券ですか……なるほど」

 

チノは僕の手渡したクーポン券を見つめて、何かに納得したような表情を見せる。もしかしてラビットハウスにもクーポン券が導入されるのだろうか。

 

「ほお……因みに何のクーポンなんだ?」

 

「桜餅一つサービスです、どうです?」

 

「そりゃいいな、今度行くからその時は宜しくな」

 

「はい!VIP対応で迎えさせて頂きますよ!満員でも無理矢理客を帰して席を空ける所存です!」

 

「頼むからそれは止めてくれ」

 

誠心誠意の篭ったおもてなしなのになあ、何がいけなかったんでしょうねぇ……。

冗談はともかく、リゼさんは近いうちに甘兎庵に来るそうだ……その時間がお姉ちゃんのシフトと被ってなければ良いけど。あの姉、何言うか分からないし。

 

僕がランチセットのサンドイッチ、最後の一切れを食べる終えると同時にチノが妙に力の入った声を上げた。

 

「決めました。ラビットハウスもクーポンを作ります……!」

 

「作るって言ってもチノ、チノのお父さんの許可がいるんじゃないのか?」

 

「大丈夫です……!お父さんは何とかします……!」

 

ラビットハウスのマスターってもしかしてチノのお父さんなのかな。にしても簡単にGOサインが出るのだろうか……?

 

「珍しい、チノが燃えている……!」

 

「やってみせます……!目指すは満員御礼です……!」

 

「……うおおお!何か私も燃えてきた!チノ、やるからには徹底的にだ!」

 

「はいリゼさん……!」

 

「はいじゃない!言葉の最後にはサーを付けろ!」

 

「イエッサー……!」

 

……何だかとても入れる空気ではなくなってしまった。

僕はお勘定をテーブルに置くと、パウンドケーキだけは食べず、そのまま気合いの入った二人に気付かれないようにそっと店を出た。この時店の外まで二人の声(主にリゼさんの声)が響いており、通りを歩く通行人が少々気味悪げにラビットハウスを見ていた事は余談である。

 

 




時々主人公の心情がおかしいのは仕様です。面倒くさい性格してるので。

千夜ちゃんの弟とか妹系のssって中々無いけど、自分で書くとなると文才無いから大変だし要約すると流行れ。


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抹茶と緑茶とキリマンジャロ


そろそろココア出したい。


 

今日は朝から家の手伝いである。

既に様々な知り合いには話している通り、僕の実家は甘兎庵という喫茶店を経営している。そして僕は未だ長い春休みの渦中にあり自然とその手伝いをしなくてはならないのだ。まあその必要性が無くても自主的に手伝いを申し出る事もあるけども、何せ甘兎庵の次期オーナーの座は一つしかないのである。その希少性の高い地位を実の姉に奪われる訳にはいかないからだ。

 

僕の担当は接客と厨房、そしてバイトの総括役。つまりはほぼ全てとなる。と言っても勿論全部をそつなく熟すのではなく人手の足りない場所に入りその仕事を消化する、所謂遊撃兵のような立ち回りだ。それでもいつもは割とどこのポジションも忙しいから僕自身も忙しなく動く必要があるのだが、幸いと言うべきか不幸と言うべきか、今日の天候は生憎の雨である。それも先程見たところ中々の大粒の雨である。

 よって必然的に平時よりも少なくなっている店内を見回し、表情には出さないように心の中で嘆息した。多分売り上げにもまあまあ響くことだろう、明日には止めばいいのだけど……。

 そんな鬱屈とした気分な僕とは反対にアルバイトの人たちは少々普段より元気がありそうだ、それもそうだろう。仕事量は明確に普段よりも少ないのである。

それに平日の夕方なんかは学生が多く訪れもっと忙しく働くことが求められるのである、余裕があるのも当たり前だ。

 

「5番テーブル水お願いします」

 

「はい」

 

アルバイトの女の子からの言葉を聞いた僕は、手も空いていたのでお盆と氷の入った水を持って席へと向かう。ウチは全てテーブルで、四人席だ。しかし一人や二人で来るお客も多く、回転率が悪いと思って一度お婆ちゃんに話をしてみたらどうやらそこにも甘兎庵のポリシーがあるそうで聞き入れて貰うことは出来なかった。具体的にどんななのかは分からないけど、店の利益を削ってまでその意地を保っているのだから相当な何かがそこにあるのだろう。密かに僕はこれを、甘兎庵次期当主になるための課題の一つだと思っている。

 

「いらっしゃいませ、お冷です。ご注文がお決まりになりましたらお近くの店員をお呼び下さい、それではごゆるりとお過ごし下さいませ」

 

「な、なぁ……。金時、だよな……?」

 

コトリと丁寧にコップを置くと、震えた不安そうな声が目の前のお客さんから発せられる。

 何事だろう、そう思ってそのお客さんの顔を確認する。黒みを含んだ清美な紫のツインテール、キリと鋭いながらも温かみも感じる双眸。その面貌はどこか、あり得ないものを見たと言いたそうな、拭いきれないほど不可解な色を滲ませている。服装は普段と違ってシンプルでラフで、何故か首元にある兵士が付けるようなIDタグは非常に良く似合っていた。

 僕は数瞬その容姿を見て、その人物が知り合いであることを把握すると。

 

「……ごゆるり、お過ごし下さいませ」

 

「分かってて無視をするな!」

 

 

 

 

 

 

お婆ちゃんからリゼさんと話す許可を得た。曰く「どうせ雨だから、一人抜けたくらいで立ち回らなくなることも無いさね」との事である。

 

「リゼさんお待たせしました。これはもてなしの緑茶と栗羊羹です」

 

「い、いや……私は客としてきたんだが」

 

「いえいえ、リゼさんにお金を払わせるなんてとんでもないです!それに未来の有能な従業員への投資だと思えば全く痛くないですし」

 

「ならそれお前が食えよな」

 

「冗談です冗談です!どうぞ召し上がって下さい!」

 

この人、僕が甘い物食べれないの良く覚えてるな……!もしかしてこれ残したらお婆ちゃんに給料50%カットされるのも知っているとか……流石にそれは無いな、うん。

リゼさんはしかし、と言ってメニュー表に目を向ける。

 

「このメニュー名は一体何なんだ?何だか正直……」

 

「厨二病臭い、ですよね」

 

「まあ、有り体に言えばそうなる」

 

メニューには煌めく三宝珠、翡翠のスノーマウンテンと言った少々どころか全力で捻られたような名前がつらつらと綴られている。当然それを考えているのは僕ではなく姉で、そして許可をしているのはお婆ちゃんだ。

初めて来るお客は大体メニューが分からず困惑するので指南書と称してちゃんとしたメニュー表もあるのだけど、しかし不思議とこのメニューはある程度人気があるのである。何でも注文した後に来るものを予想するのが楽しいとの事で、メニューを制覇しようとするリピーターも付いている。まあそんな打算的なことは絶対考えてなかっただろうけど。

 

「……ところでこれは金時が考案したのか?」

 

「な訳ありませんよ。全部お姉ちゃんです」

 

「滅茶苦茶キャラ濃いよなお前の姉……」

 

それをアンタが言うか、と思ったけど口を噤む。人間関係を潤滑に進めるためには時には自制心も大事なのだ。

リゼさんはメニュー表をざっと一読したのか、机に置くと緑茶を丁寧に持って口に含んだ。

 

「おっ!これ美味しいな!」

 

「そりゃまあ、当店の定番ドリンクですからね。因みにイチオシドリンクは濃緑森林の片椿です」

 

「それは?」

 

「抹茶です」

 

「抹茶くらい普通の名前にしろよ!」

 

そうは言ってもこのメニュー名が意外にも人気なのは事実であって、多分僕らの代では止めないだろう。

リゼさんは恐る恐ると言った感じて口を開く。

「……緑茶は何て言うんだ?」

 

「やだなぁ〜緑茶は緑茶ですよ、むしろそれ以外に呼びようあります?」

 

リゼさんは眉をピクピクと、微かながらも怒気を孕んでるかのように動かした。

 

「あんまり言いたくないんだが今のお前、相当ウザいぞ」

 

「すみません自重します!反省します!お詫びに300gの栗羊羹3つ差し上げますので許して下さい!」

 

「アホか!そんなに食べたら太るだろ!」

 

「因みに栗羊羹はお姉ちゃんの作った物なので栗の代わりにカラシが入ってる事もあるんですけど、それはそれとして他は美味しいのでご了承してくださいね」

 

「了承できるか!」

 

言って、呆れたように溜息を吐いた。何が不満だったのだろうか。栗羊羹が少なかっただろうか、それともカラシが不満だっただろうか。

 ともかく、僕は栗羊羹を持って来ようと店のお裏に戻ろうとして、視界の端に緑色の和服を着た影がひょこりと現れたのに気づく。アルバイトの人ではない、それどころか親の顔よりも見慣れた顔。そして今一番見たくない顔でもある。

 

「あら?金ちゃんがお客さんと話しているなんて珍しいわね」

 

それは目聡くこちらを見つけるとスタスタとこちらへ歩み寄る。その腕には当店の看板兎であるアンコがちょこんと抱えられていて、ブーツの踵がこつんこつんと響く。ぱちくりとしている瞳は抹茶の様に翠緑とした深みがあり、目は優しく垂れている。そう、まごうことなき僕の姉、宇治松千夜その人である。

 リゼさんは明らかさまに戸惑いながら、持っていた緑茶をテーブルに置いた。

 

「えっと……金時のお姉さんか?」

 

「ええ、私は宇治松千夜よ。そちらは金ちゃんのガールフレンドかしら?」

 

「私は天々座リゼだ、そして断じてそれは無い」

 

酷い。一切の逡巡もせずに即答した。しかも自己紹介のついで扱い。

 軽く言い返したくなるのをぐっと堪えて、僕は緑茶を啜った。……うん落ち着いた。

 

「まあリゼさんはもう彼氏、いや、彼ぴっぴ持ちですもんね。流石今年で高校三年になる先輩は格が違います」

 

「居ないし何故言い直した!」

 

「あらあら。って事はおめでた?」

 

「結婚も出産もしてないわ!」

 

「今年で結婚三周年らしいよ。そろそろ新婚じゃなくなる時期だよね」

 

「何故そうなる!?」

 

「じゃあもう子供は三人くらいいるのかしら?」

 

「ボケが多すぎてツッコミが追い付かない……!恐るべし甘兎庵……!」

 

その苦悶の表情を尻目に僕とお姉ちゃんは「いえ~い」と優しくハイタッチをする。これが甘兎庵風、知り合いへの入店歓迎セレモニーである。因みにこれをやられた後の相手は大抵二度と甘兎庵には踏み入れない、こっちは二度目の挨拶も用意していると言うのに何でだろうか?

 そしてリゼさんは頬を引きつらせながら拳をグー……にはしなかったが代わりに腰から黒く光る筒のようなものを右手でスッと取り出そうとする。黒く光る物は何だか映画やドラマでたくさん見たことのあるようなデジャブが浮かぶような形で……まあ、うん。言ってしまえば完全に銃だ。拳銃。何でそんなの普段着のズボンに隠し持ってるんだこの人。マジカルチックでマジで怖い、略してマジマジ。マジマジとはブラマジとブラマジガールの二枚を合わせた総称である、知名度0のたった今作った略称だ。意味は無い。ってそうじゃなくて。

 僕は机をサイレントでコンコンと二度叩く。お姉ちゃんはそれに素早く気付いた。

 

『通報する?通報する?』

 

『ううん、それは止めましょう。その方が何か面白そうだわ』

 

『でも銃だよ、グロック17だよお姉ちゃん。もし銃刀法違反者が店から出れば全国ニュースでウチが紹介されるかもしれないんだよ』

 

『冷静になって金ちゃん。ニュースに載っても甘兎庵は紹介されないわ。紹介されるのはリゼさんだけよ』

 

『某有名女子高の生徒、喫茶店で拳銃所持の疑いで逮捕……アリ寄りのアリでは?』

 

『……本当に金ちゃん友達なの?前世からの執念の相手とかじゃなくて』

 

『やだなぁ、親しい他校の先輩に決まってるじゃん。まあここは諫める方向で』

 

『分かったわ金ちゃん』

 

と、ここまではアイコンタクト。所要時間は凡そ10秒、完璧な姉弟愛による産物である。しかし甘兎庵当主の座だけは絶対に互いに譲らないのが不思議なまである、まあ僕は絶対譲らないけども。

 

「……どうした?突然動きを止めて」

 

リゼさんは唐突に僕らが示し合わせた様に口を噤んだのが怪しく思えるようで、拳銃から手を離さない。まあ僕だって子供じゃないからその拳銃がモデルガンであることは見当が付いているが、さながら孤高の傭兵の如く百戦錬磨の雰囲気を醸し出しているリゼさんに思わず肌が粟立つ。そう言えば本人から前に父親が元軍人だったとか聞いたことがあるような……本当にそれ、本物じゃないよね?リゼさん?

 

「ま、まあまあ。それより桜餅、じゃなくて栗羊羹どうすか?美味しいっすよ先輩!」

 

「何か動揺してるなお前。……怪しいな」

 

しまった、訝し気な視線をリゼさんから浴びている。と、ここで「ここはお姉ちゃんに任せて!」とでも言いたげなウインクにガッツポーズをすると、お姉ちゃんはリゼさんに口を開いた。

 

「その腰に隠してる銃、もしかして本物かしら?それともモデルガン?」

 

直球ブッ込みやがったあの天然シスター!頼むから話題は選べよ!腕に抱えたアンコの風通しを良くしたいのかお前は!

 しかし僕のそんな緊迫した懸念とは裏腹に、リザさんは狼狽しながら、それでいて喜色を浮かべながら腰元にある銃を取り出した。もしかしたら銃の話ができて嬉しいのかも。僕は分かっていたよ、そもそも常識的に可愛い女子高生のリゼさんがチャカなんて持ってる訳ないだろいい加減にしろ。

 

「これか?勿論モデルガンだ、グロック17って言うんだ。何といってもコイツの特徴はセーフアクションって特殊なメカニズムでな、これは普通のダブルアクションオンリーとは違って、あ。ダブルアクションオンリーって言うのはだな……」

 

地雷だった、僕はすぐさまそう確信した。リゼさんは今も尚、マシンガンのようにグロック17の良さについてベラベラと聞く側の気持ちも知らず語っている。まあそれも仕方がないのかもしれない、その火に油を注いだ張本人である姉はと言うと完璧な微笑みを向けてうんうんと頷きながら聞いているからだ。弟だから言えるがこの時の姉は確実に一割も真剣には聞いていない、なんとも不毛な聴講会である。

 僕はこっそり、その席から離れた。幸い2人には気付かれていないようで、簡単に抜け出すことには成功した。リゼさんのトークが終わるころにはこの雨も降り終わっているのかもしれないなあ、そんな事を思いつつ仕事に戻ろうとすると店の外にまたもや見慣れた影が見えた。その少女は使い古された雨合羽をすっぽりと羽織り、不器用な変装をして何故か店の入り口から顔をひょこりと覗かせていた。……なんだか今日は千客万来だなぁ。

 

「リゼ先輩……」

 

「あの、シャロさん?」

 

瞬間、シャロさんの口がポカンと開く。大方は見られるとは思っていなかったのだろう。そして混乱した面持ちで、聞きたくもない自己弁護の言い訳を始めた。

 

「……はっ!?いやこれはその、リゼ先輩を追いかけていたとかそう言うアレじゃなくて!偶然、そう偶然リゼ先輩を見かけたからつい出来心で……!?」

 

……どうやら知り合いはストーカーだったようだ。しかも初犯ではなく、余罪もありそうな勢いで。これは幾らシャロさんだろうと、敬愛すべき先輩であるリゼさんの為に正義を執行すべきではないだろうか。

 僕はそう思い、義憤に駆られてポケットからスマートフォンを取り出すとシャロさんは僕のその腕をがっしりと掴んだ。

 

「止めて!本当に通報だけは止めて!」

 

「まるで親と大喧嘩をして行く当てもなく渋谷のセンター街を練り歩く家出少女みたいですね、警察24時とかで出てくる」

 

「何その微妙な例え!?」

 

「でもシャロさんも近い未来……すみません、これは言ってはいけない事でしたね、ごめんなさい」

 

「何で「近い未来に家出するんだよなあの子」みたいな含意を込められて言われなきゃいけないの私!?しないわよ!」

 

「シャロさん……空元気はやめましょうよ……だって本物のシャロさんは10年前にもう……」

 

「生きてるわよ!そんな怪談みたいな扱いしないで欲しいんだけど!!」

 

と、そんな風にシャロさんが叫んでるのが漸く聞こえたのか、銃の話で夢中だったリゼさんがこちらに気付いた。一度ぱちくりと瞬きをするとこの雨合羽を完全に着こんだ人物がシャロさんであると思い至ったようで、こちらへと手招きをする。そもそもシャロさんがlリゼさんと知り合いだったのに少々驚きはあるけど、まあこの町もそこまで大きくはない、寧ろ小さいまである。そういうこともあるのかもしれない。

 

僕とシャロさんはその誘いに簡単に乗り、再び同じテーブル席に戻って来てしまった。

 

「おかえり金ちゃん、いらっしゃいシャロちゃん」

 

「あんまり戻りたく無かったんだよなあ……」

 

「わ、私だって来たくて来たわけじゃ……」

 

「やっぱシャロだったか!こんなところで会えるとは偶然だな」

 

「り、リゼ先輩~!お久しぶりです!」

 

この二コマ即落ちっぷり、流石シャロさんである。

 僕は机に置きっぱなしにしていた自分の緑茶を手元に寄せると、右手で持って飲み一息吐く。実際は一息吐くどころか三息くらいは吐いているのだが、まあそれはともかく。

 

「それでシャロは何でここに来たんだ?」

 

「えっと、それはあの……」

 

「実はお姉ちゃんとシャロさんはメロスとセリヌンティウス以来の歴史でも稀に見るほどの親友なんですよ」

 

「へぇ~、そうだったのか」

 

ナイスアシスト!、そんな意味が込められていそうなシャロさんの視線とぶつかる。取り敢えず僕が控えに微笑み返すと、突然寒気がしたようにぶるっと体を震わせた。どうしたのだろうか、もしかして雨に濡れて体が冷えてしまったのだろうか。いやシャロさんに限ってそれは無いか、何せあんなボロ家で暮らせるくらいには身体が丈夫な女子高生なのである。

 

「そう言えばシャロちゃんも何か頼む?今なら栗羊羹が私の権力によって80%オフよ?」

 

「頼まないし何かやらしいわね!?」

 

「僕なら85%オフにできますよシャロさん!」

 

「そこ!張り合わなくていいから!」

 

「じゃあ……私が奢ってやっても……良いぞ……?」

 

「そんな、リゼ先輩のご同伴に預かるだけでも光栄ですので!」

 

「そ、そうか……」

 

リゼさんはシュンと、表情に影を落とした。それを見たシャロさんは「い、いえ!別にそういう訳ではなくて!?」と慌てながら弁解をしているが全く効果は無さそうだ。

 そうして再び場が混乱とし始めた。リゼさんは微妙に歯に物が挟まったような萎んだ声を出し、シャロさんがそれをどうにかしようとエールを送り、姉がその場を更に面白くアレンジしようとして余計な事を言い更に場がカオスで満ちていき。本当ならもう少しシャロさんを弄りたかったのだけど、今日のシャロさんはリゼさんにお熱のようだ。

 見る限りではシャロさんはリゼさんに憧憬の念を抱いているのだろう、まあそれは分からなくもない。リゼさんはミリオタを除けば頼りになる姉御肌の持ち主である。特にシャロさんの様に透き通って純粋な人間ならば何か機会さえあればコロリと、メトロノームの針が傾くよりも容易にファンになってしまうのも仕方がないことだろう。でもまさかストーカーになってるとは思わなかったけども……まだ犯罪レベルではないと思いたい。

 

そして僕は今度こそ先程と同じように席を離れた。女三人集まれば姦しいとは本当の事の様で、他のお客もチラチラと訝し気に、諫めるように、三人組の方に視線を飛ばしている。

 ……これは僕がまずやることは他の客への謝罪とお詫びの桜餅の配膳になりそうだ。そう思いならバックへと歩みを進める。雨はまだまだ降りそうである。

 

 

 





中身は無いけど何故か文量は多くなってしまった。本当は5000文字くらいにしようと思ってたのになぁ。

銃はwikiから。後千夜ちや可愛い。


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春が春を連れてきた


ごちうさ劇場版が遂に先週公開されましたね!皆さんは行かれましたか?
僕はまだ二回しか行ってません。いや〜尊い。


 

 

ウサギは良い。何と言ってもこのモフっとした毛に覆われた胴体、愛くるしいつぶらな瞳、電波塔のようにピンと立った耳、小さな口。そのどれもが人に一定のセラピー効果を及ぼすことは自明の理であり、そして魔性のオーラに惹かれて餌付けしてしまうのも仕方の無いことである。

時に、人は迷うことがある。それは提示された選択肢の複数に自身の肯定でき得るファクターが含有された場合で、主に自身の効用の高さを比較し人はその選択肢からたった一つの選択肢をチョイスする。その選択肢に当然欺瞞は無く、後から後悔しサルベージしてデリートしたい黒歴史になってもその選択した時点では一切の虚偽の肯定感は存在しない。空高く上がっていった打ち上げ花火は元には戻らず、落として割れた茶飲みは直らない。

しかしウサギはそんな僕らの過去の過失は一切考慮しない。ただただいつもと変わらずその全てを諦観、或いは達観した眼でこちらを見つめるのみ。だがしかしその内にはこちらを気遣うような仕草があるかのような、不自然で自然な自然体で近寄ってくる。僕が意味深に、何一つ意図も無く一歩下がるとウサギも小さな歩幅でとてとて、こちらへ近寄ってくる。そうして僕は思わず再度手に持ったウサギ用のフードを与えてしまう。

 

……これは仕方のないことなのだ、うん。例えそのウサギが非常にどこかの横綱のような図体を誇っていて、一際このウサギの街で巨漢ウサギとして知られていても僕はこの餌をウサギに与えなきゃならない。何故ならそこにウサギがいるからである。そこに異論の挟む余地は皆無……っ!

 

今日12度目となる餌付けをしていると、ヒソヒソと声量を控えた話し声が聞こえてきた。

 

「なあチノ、どうしたんだあのウサギ。何だか金時に懐いているっぽいが」

 

「知りません……と言うか人の店に野良ウサギを入れるとか、そろそろ出禁にするべきか考えるべきなんでしょうか……?」

 

「いやまあ……出禁でも良いんじゃないか?金時だし」

 

「あの、そこのお二人方?聞こえてますよ?」

 

「ギリギリ聞こえるように話してるんです、警告の為に」

 

僕が注意を促すとチノは平然とそう返した。

なんていう喫茶店員、もといクラスメイトだ。同じ空間で勉学に勤しんだ仲間に対してこんな仕打ちをするなんて……!姉にもされたことが無いのに……、いや合った。具体的には日曜早朝に唐突に掃除するからと起こされて自分の部屋から追い出されたり、おやつの饅頭のうち一つがタバスコとワサビとアンコを混ぜた飯テロで、文句を言ったら「メキシコと日本の奇跡のコラボよ!」とか自信満々に返されたり。あれ、こっちの方が悪くない?どうします?処する?甘味ばっか食べさせて処しちゃいます?でもあの姉どれだけ羊羹食べても太らないんだよなぁ。

 

姉への復讐メソッドを考えていると、リゼさんが困惑したように口を開いた。

 

「私は警告したつもりは無かったんだが……」

 

「や、連帯責任に監督責任って知ってます?リゼさんが年上でこの店でも立場上なんだからそこんとこちゃんと教育しないと……」

 

「本当に出禁しますよ?」

 

「ごめんなさいぼくが悪かったです許してください」

 

何だかチノの態度が僕とリゼさんとでははっきりと違う気がする。不公平だ、といつもならここで訴訟を起こしているところだけどそれこそ本当に出禁になってしまうので仕方ない、今日は勘弁してやろう。

僕の嘆願を一切合切スルーすると、チノは溜息をついてコーヒーを僕の目の前に置いた。注文していたいつものである。

 

「1杯1000円です」

 

「ねえチノさんや、ちょっと高くないですか?」

 

注意深く見てみるが、なんの変哲も無いノーマルなコーヒーだ。香りも普通……いや寧ろいつもよりチープな気がする。

カップを傾けて口に少量含むと、広がったのは何ともアバウトな酸味。深みは無く、苦味は酸味に消されている。

 

「これなんて種類なの?」

 

「ブレンディです」

 

「インスタントじゃん!」

 

何だかおかしいと思ったよ!そりゃ安く感じるよ!

チノは立て続けに言った。

 

「しかも、15年もののブレンディです。とても貴重です」

 

「腐ってるよそれ!間違いなく!」

 

ベストボトルのワインみたいな紹介の仕方で何てもんを客に出してるんだこの女の子は。しかも妙にしてやったりという顔が琴線をガシガシと蹴られてる気分に陥る。上等だ、ウチの姉特製グリーンティーとどちらが強いのかタイマンしようじゃないか。

バチバチとチノと睨み合っていると、リゼさんが横から口を開いた。

 

「もしかしてそれ、この間物置部屋にウサギ用の餌と一緒に放置されてたやつじゃ……?」

 

「そうです、しかし私の手に掛かればどんな素材でも極上の一杯となるんです」

 

「んな訳あるか!そもそもスタート時点が粉のものをどう調理するんだ」

 

「愛と友情と気合です……!」

 

「ジャンプみたいな事言っても誤魔化される人間いないからね……!」

 

 

「……何か最近、チノの性格が少し変化してきた気がするなぁ」

 

リゼさんのそんな呟きに無言で首を縦に振る。もしこれが某青い鳥SNSならイイねを連打してるところだ。

……と、そんな以心伝心を感じていると唐突に腹が針でチクチク切られてるような、非常に不愉快な痛みに襲われる。うん、腹痛だ。まあこんなの飲んだ時点で予想は出来たけど。ホントどうしてくれようかこの小娘は……ってマジ卍で痛くなってきたやばい。

 

「ちょっとトイレ借りるね」

 

「イヤです。我慢して下さい」

 

「そしたら僕のサーバーからミルされたエスプレッソがウォータードリップされちゃうけどいいの?」

 

「汚いです、死んで下さい」

 

どうやら納得してくれたようだ。僕は少しダークに染まったチノの瞳に見送られつつ駆け足になる。

 

「チノ……少し前まで純粋だったのに……いつからそんな……」

 

「……?私がどうかしましたか?」

 

「……、いや、良いんだ……。私は今のチノも受け入れるからな……」

 

「……?」

 

トイレの扉を開けた時、何だか悟ったようなリゼさんが遠くを見ていたような気がするけど……まあ気のせいだろう。

 

 

格闘すること10分。なんとか良い具合に腹が収まってくれた。何で僕は同級生の喫茶店でこんなことをしているんだろう、と考えて一発で結論に行き着く。奴(チノ)だ、全ての原因はあの一見人畜無害そうで中身は悪どい同級生に行き着く。そもそも腐ったインスタントコーヒーを仮にも客に提供するとか喫茶店員としての心は無いのか、これには幾ら甘兎庵の温厚担当と客から恐れられた僕も怒り心頭、今なら額で五右衛門風呂が沸かせるくらいだ。

さあ、どうやってあの小童を恐怖のドン底に突き落としついでに痛めつけてやろう……、とそんな事を考えながらハンカチで手を拭いてトイレを出るとこの喫茶店には珍しく常連以外の客がいた。女性だ。見た感じは高校生だろうか、少なくとも僕よりは年上には見える。脇にはピンク色の大きなトラベルバックが置いてあり多大な存在感を主張している。もしかして旅行客だろうか?

チノはカウンターで手慣れた様子でコーヒーをドリップしていた。そしてカップにコーヒーが湯気と共に流し込まれる。鼻孔を燻ぶるこの匂い、とても良い。僕も腐敗コーヒーじゃなくてこっちを飲みたかった。

 

そして一杯入れたかと思えば、更に二杯三杯と入れていく……客は一人しかいないのに。あの年で物忘れが酷くなったのだろうか、可哀想に。

 

まあ、冗談もほどほどにその様子を見守っているリゼさんに尋ねてみることにした。

 

「チノ、何で三杯も珈琲を入れてるんですか?」

 

「よく知らんがミスじゃなくて普通に注文されたらしいぞ」

 

「へぇ〜カフェイン中毒にならなきゃ良いですけどね。特に2〜3時間以内に10杯以上飲むとほぼ確実に急性カフェイン中毒になると言われていますし、なったら最後病気のリスクが高まったり最悪死に至る恐れもありますからね」

 

「営業妨害はやめろ」

 

「その点緑茶ならカフェインはコーヒーの20%ほどしか含まれてません!雅で穏やかな一時をお求めの方はどうぞ甘兎庵!甘兎庵へお越しください!」

 

「宣伝もやめろ!」

 

まあ宣伝しても今客一人しかいないんだけどね。

と、そんな詮の無い話をしているとチノがコーヒーをお客さんのテーブルへと持って行った。

 

「お待たせしました」

 

すると、そのお客は突然いつものように無言でチノの頂点にちょこんと座っていたティッピーを抱きしめた。

 

「もふもふ〜!」

 

「……なんだこの客」

 

あまりの突拍子の無さに珍しくチノがボヤいてる。いや珍しくは無いか、僕も良くボヤかれるし。

 

「……何がどうなってるんだ?これ」

 

「多分アレですね、コーヒーを多く頼む代わりにティッピーをモフる権利を販売したんじゃないですか?」

 

困惑顔のリゼさんに僕の憶測を話すと、合点が行ったように頷いた。

 

「なるほど、ありえるな……」

 

「それにしてもそこまでしないと赤字になってしまうとは……ラビットハウス、完」

 

「おい止めろ。そもそもお前ここのコーヒー好きなんだろ?無くなって良いのか?」

 

「確かにそれは困りますね。じゃあここは甘兎庵がM&A(吸収合併)しちゃいましょうか、僕の権限で」

 

「話がデカいしまだお前社長でも何でもないだろ!」

 

「気分はもうCEOです。狙うは世界一の喫茶店チェーン!天敵はスタ○、相手としては不足無し!」

 

「お前の方が不足してるんだよなぁ……」

 

手厳しいなぁ、しかし事実でもある。流石に世界的喫茶店を第一ステップの踏み台とするのは甘兎庵では厳しい。仕方ない、まずはこの街の喫茶店を全て甘兎庵のチェーンにするところから始めよう。

 

そんなことを思っていると、漸くモフモフに満足したようで疲れ果てた企業戦士のような風貌になったティッピーがチノの頭の上に戻った。

次に口を開いたのは何だか幸せそうに顔をだらしなく緩めたお客さんだった。

 

「そう言えば香風さん、って家知ってる?私のホームステイ先なんだ!地図を見たらこの辺らしいんだけど……」

 

「……香風はウチです」

 

……何だか話が面白くなってきた。

 




この謎の客は一体……?

あ、劇場版は今度3周目行ってきます。


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宝石箱に入った黒曜石

前回の続きです。

忘れた方にあらすじを書くと、ココアが来ました。終わり。


 

「それじゃあウチでホームステイをするのって……」

 

お客、もといホームステイ少女は癖毛になっている前髪を指でつまみながら。

 

「多分私かな……?そういえば自己紹介はまだだったよね!私は保登ココアだよ、よろしくね!」

 

「この店のマスターの娘の香風チノです、これからよろしくお願いします」

 

続いてチノも空気を読んで名乗る。

 

「私はアルバイトの天々座リゼだ!」

 

何故かリゼさんも堂々と名乗った。

 

「そして僕が客の宇治松金時です」

 

「部外者は黙っててください」

 

流れで僕も名乗るとすかさずチノはチクリと針を刺してきた。別にいいじゃんこの場にはどうせ4人と2匹しかいないんだから。年も近いし。

 お客、もといココアさんはニコリと笑うと。 

 

「何か面白い喫茶店だね!」

 

「面白くないです……!」

 

「だよね、何せお客さんが全然入りやしないんだから。まだ湖面に打ち立つ白波を眺めてる方が面白いよ」

 

「妙に詩的だな金時、似合わないぞ?」

 

「そうです、あと少し黙れです」

 

「それ敬語なの……?」

 

チノが気分を害したようにプイッとそっぽを向くと、再びココアさんがクスクスと楽しげに笑った。どうやらココアさんはジョークと受け取っているらしいが、如何せんコチラは割とマジである。何ならチノは今すぐ僕を出禁にしてきそうだし、リゼさんは……良く分からないけどシャベルを持って殴り掛かってきそうだ。

 

「そうだ!あのね、実は下宿させて頂く代わりにその家でご奉仕しろって言われてるんだ」

 

「奉仕……」

 

「金時、分かってるな?」

 

「サー、教官!不適切な発言は控えます!」

 

「宜しい三等兵」

 

かなり小声で呟いたつもりだったのだが、流石リゼさん。軍隊仕込みの地獄耳だ。いやでも別に邪な想像も妄想もインプレッションもしてないんだけどね、本当だよ。喫茶店員嘘ツカナイ。

 

「つまりウチで働くってことですね。でも人手は足りてるのでココアさんは何もしなくても結構です」

 

「いきなりいらない子宣言されちゃった……」

 

「あ、なら甘兎庵で働きます?給金は弾みますよ?」

 

「お前はいい加減に自重を覚えろよ……」

 

全くもって誤解である、僕はココアさんが落ち込んでたから励ましの為に冗談半分で声を掛けただけである。決して可愛い看板娘で集客率アップとかそういうのを狙った訳ではない、決して。

 

しかし意外にもココアさんは僕の発言に目をぱちくりとさせた。

 

「あまうさあん?何だか高級料亭みたいな名前だね……!」

 

「確かにここよりはベターな店ですけど基本的に普通の喫茶店です」

 

と、僕の発言が琴線に触れたのか目をぐわっとさせてチノが反応した。

 

「ラビットハウスの方が万倍良いです……!」

 

「そう言えるのも今の内だよチノソン君、何故ならこの街の喫茶店という喫茶店は全て甘兎の手中に置かれるんだからね!」

 

ついでに僕がCEOになったら世界の甘兎として抹茶業界を牛耳るまである。こういう夢一つとってもラビットハウスとは格が違うのさ格が。

 

「なにおう……ラビットハウスだってこれから大きくなります……!」

 

「その意気じゃチノ」

 

「二人って仲良いんだね!……ってアレ?今うさぎが喋ったような?」

 

「まあ仲は良いんじゃないか?多分。……後うさぎは気のせいだ」

 

「そっか〜流石にうさぎが喋るわけないもんね」

 

よく見るとリゼさんが微妙に冷や汗を流してるのはご愛嬌だろう。と言うかココアさんはこれからラビットハウスの住人になるんだし、それを隠し通すのは無理だと思うんだけど……。

 

「そうだ、こうなったら今度勝負です……!甘兎庵とラビットハウスの雌雄に決着を付けるんです……!」

 

「それは名案だね、これで漸く世間的に甘兎庵の方が優れた喫茶店と言うことを証明できるし」

 

「言ってれば良いです、何だろうと勝者はラビットハウスですから……!」

 

「僕は甘兎庵だよ!負けるわけない!」

 

「わ、私だってラビットハウスです……!負ける事は即ち閉店を意味します……!」

 

「もうこうなったら閉店をチップに勝負しよう、それなら公平でしょ?」

 

「望むところです……!」

 

「ワシは望んでおらん!」

 

ハッ!と、まるで人から咎められ肩を叩かれたようにチノは口をぽかんと開けた。もしかして無意識のうちにこの降りたら負けのチキンレースに参加していたのだろうか?それならば無滑稽にも程があるし何なら笑わざるを得ないんだけど。ハハハハ。

 

「やっぱウサギが喋ってる……!?」

 

「ち、違う!」

 

なんてしょうもないことを考えている内に今度はリゼさんにピンチが迫ってるようだ。流石に二度目となれば物事に鈍感そうなココアさんでも気付くらしい、と言うか実際ティッピーって何で喋るのだろうか?内蔵スピーカー?いやないか、アレでも一応本物のウサギだし。つまりはやはりティッピーは神の使いとか、そういう宗教的な何かなのでは……。

 

なんて思ってると、リゼさんは唐突に僕へアイコンタクトをパチパチと始めてきた。そして僕も仕方なく応じる。

 

『どうにかしろ』

 

『無理です』

 

『二秒で諦めるな!』

 

そう言われても無理なものは無理である、だって喋るんだもん。そのウサギ。ホントなんで?

 

『今だけで良いから頼む……そうだ!もし聞いてくれたら三等兵から一等兵に昇進させてやろう。二階級特進だ』

 

『それを価値ありげに言えるのはリゼさんだけですよ、しかも死んでるし。……まあ分かりました、この不肖金時。貸し1でどうにかしましょう、オーバー』

 

『恩に着る。オーバー』

 

アイコンタクトを終えると、僕は気配を薄めて数秒間身を潜める。つい先程まで会話を交わしてた相手とは言え、僕ならばそれは容易に行えた。まあ日頃から教室でやっているからだろう、ルーチンワークが初めて活きた瞬間だ。

 そして、チノに悟られることなくティッピーを奪取することに僕は見事成功した。

 

しかしチノが気づくのも時間の問題である。なんたって頭の上から約3kgの重みが消えたら誰でも気づく、なので僕はミッションを手早く遂行した。

 

「「……何をするのじゃ!離せ!」きんとってうぁぁぁ……」

 

これはティッピーが如何にも喋りそうなことを予想して、同時に声を当てることでさも僕がアテレコしてるように見せかける作戦である。僕の声真似レベルの高さゆえに出来る、非常に甘兎らしい優雅でスマートなそれである。……後半余計な事を言おうとしたので今思い切りもふもふ(という名の締め付け)をしてるけど。

 少々のハプニングはあったもののココアさんはえっ!と驚きの声を上げる。作戦は成功したようである。

 

「……もしかしてティッピー、金時くんが声当ててたの」

 

「あれ?バレちゃいました?これだけは僕の十八番だったのにな〜いや〜ココアさんは探偵に向いてますね」

 

「えっへん!捜し物から浮気調査までこのココアお姉ちゃんに任せれば間違いなしだよ!」

 

ここまで来ればバレることはこの場ではないだろう。まあどちにせよバレるのは時間の問題な気がするけど。

 

「……何だかココアさんは悪い人に騙されないか心配です」

 

「もう騙されてるぞ。詐欺師に」

 

助けてもらっといてなんだその発言は。おいリゼさん。いやリゼ。

 

「あ、そうでした……あとティッピー返して下さい」

 

「あ、うん」

 

ティッピーを再びチノの頭上にテイクオンさせる。思うんだけどこれのせいで身長が全然伸びないんじゃないだろうか。状態だけ言えば頭に漬物石乗せてるのと同じだし。

 忘れない内にリゼにもアイコンタクトすることにした。

 

『作戦成功、任務から帰還する』

 

『ご苦労だった金時一等兵』

 

『ところで貰った貸し1ですけどもう使いますね、これからリゼさんのこと胡桃かリゼちゃんかリゼのどれかで呼ぼうと思うんですけどどれが良いですか?』

 

『使うの早いし、まず誰だよ胡桃って!』

 

『蔓延る人間をバッタバッタと薙ぎ倒して通り道に血の運河を作るリゼさんと同じで可愛い女子高生です』

 

『何処の世界の女子高生だ!』

 

言わずもがな世紀末のJKである。世紀末だから仕方ない。

 リゼさんは逡巡もせず答えた。

 

『仕方ないな、リゼで良い。何なら敬語も使わなくて良いぞ』

 

『いえ敬語はチノと同じで僕の必需品なので。オーバー』

 

『まあ、ならしょうがないな。オーバー』

 

リゼはやれやれと言った様相で、一息ついて体を解すように腕を上に伸ばした。

 

……果たしてリゼさんにどう思われているのだろう、そんなことを偶に考えてしまう。それは今がそうであるように。リゼさんには悪いが、この感情の内側に恋愛感情などは含有されていない。そもそもこの感情に纏わりつかれるのはリゼさんに限らない、シャロさんや会ったばかりのココアさん、チノにだって抱いている。能動的ではなく受動的に、脳にチリチリとチラ付く。僕はその衝動の正体を知っていた。不安感である。

 

「ではココアさんは二階を上がった右の部屋に、ラビットハウスの制服がある衣装棚があるのでそこで着替えてからまた下りてきてください」

 

「うん、じゃあまた後でね〜」

 

しかしその不安は僕の本質にべっとりと障っているのではなく、その表面にペンキのようにブチ撒けられ、乾いて固まってしまったのだろう。どうしようもなく汚く、暗く、深く。

 

「どうしたんだ金時?そんな似合わない顔して」

 

「……いえ、何でもないです。リゼちゃん」

 

「リゼちゃんは止めろ」

 

僕は宝石のような眩しさを放つ彼女たちを見ながら、自分のそれを呪った。

 

 

 

 




実はほんのりシリアスがあるのよこの作品、誰も知らなかったかもしれないけど


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腐れ縁とポテトチップス

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

今回はまた前回の続きです。


 

夕空に照らされたこの石畳と木造りの家で並んだ町は、幻想的で、まるで自己というものが無抵抗に溶かされ撹拌されるようなそんな感覚に陥ってしまう。風景の一部にブレンドされるのではなく、ただただ主観的な感覚を忘却してしまいそうなのだ。例えるなら夢の中、忙しなく滑稽な自分を俯瞰しているような気分。だけどどうにも、自我の消失というのを僕には嫌いになれなかった。

 それはきっと僕が僕を嫌いとか、そんな生易しいものが理由じゃないのだろう。厭世感、その単語が一番ピッタリと隙間なくこの疑問に嵌め込まれるのかもしれない。瞳に映る景色は欺瞞と文明で満ちていて、僕は眼球をくり抜きたい衝動に駆られた。

 

夕焼けの下に佇むこの街は確かに美しい。だから僕は町に呑み込まれたいとつくづく思い、缶コーヒーを煽りつつ思った。世界がもっと良くなりますようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ると、同じく今帰ってきたばっかだろう姉とバッタリ出くわした。

 

「あら金時、今帰りなの?」

 

「うん。お姉ちゃんこそどこか行ってたとかなんか珍しいね。インドアなのに」

 

「それブーメランよ」

 

「僕 は そのブーメラン を 掴んで シャロさん に 投げた」

 

「シャロちゃんに100ダメージ、シャロちゃんは死ん……」

 

「でないわよ!」

 

姉の背後、良く見るとシャロさんが頭を抑えながら蹲っていた。道端なのに。

 

「……一応聞きますけど何してるんですか?トイレ?」

 

「シャロちゃんここでしちゃダメよ」

 

「そんなわけ無いでしょうが!」

 

憐れにもハイエナに狙われた子羊のようにぷるぷると震えているシャロさんに、何となく僕は察しがついた。

 

「もしかしてアレですか、あんこですか」

 

「あんこならここにいるわよ〜」

 

「やめてーー!」

 

姉が店の暖簾から僅かに顔を覗かしていたウチの放浪うさぎを抱えるとシャロさんは更に丸くなった。……この街で生活するにはあまりにも過酷すぎる体質だ。

 

「ほらほらシャロちゃん、もうあんこはいないわ」

 

「ほ、ほんとうに?」

 

「当然よ。私、ウソだけはつかないの」

 

「う、うん……ってやっぱりいるじゃないぃぃやぁぁぁ!」

 

「やっぱりシャロちゃんって面白い」

 

「私は面白くない!」

 

流石は当店の鬼畜担当、でも流石にウチみたいな純和喫茶での需要は残念ながら無さそうだ。もうちょっと個性溢れる喫茶店なら輝きそうなのになあ、まあ性癖喫茶なんて無いか。東京ならまた別かもしれないけど。

 

「そろそろあんこ離してあげなよ、シャロさん可愛そうだし……」

 

僕がそう諌めると、姉は不思議な顔をした。

 

「いつもならもっと、「そろそろシャロさんにはうさぎへの耐久値が必要ですよね!なので僕もこの街中のうさぎをかき集めて来ます!」くらい言いそうなのに……おかしいわね」

 

「確かに……金時なら言いかねないわね……」

 

ウンウンと、蹲りながら器用にも頷くシャロさん。全くもって非常に心外である、僕は姉と違って鬼畜畜生ではないのだ。

 

「いやいや、言いませんって。ただそろそろシャロ虐も飽きたなぁ……って」

 

「シャロ虐!?」

 

「金時がシャロちゃんに飽きた!?」

 

何故か二人ともどもガツンと頭をハンマーで打たれたような表情をした。てかおい姉、その言い方は止めろ。ご近所さんに勘違いさせるでしょうが。実際いま道行く人から一瞬視線が集まったし。

 

僕は姉からあんこを優しく奪い取ると、暖簾を手で払った。

 

「それより中に入ろうよ、春でも日が落ちたら冷えるよ」

 

「そうね、シャロちゃんいらっしゃい」

 

「シャロ虐……シャロ虐……」

 

約一名、幽鬼のようにフラフラと千鳥足だが僕も姉も気にせず店内奥へと歩く。

 店内から従業員スペースを抜けた先に我が家の生活スペースが存在する。ラビットハウスとは違い残念ながら平屋なのでそこまで広くはないのだが、そもそも暮らしている人の数が少ないためにスペースにそこまで不自由は無かったりする。僕も姉も個室を持っており、何故かシャロさんの個室まである。まあかなりの頻度で泊まってるので誰も気にしないんだけど。

 

奥の姉の部屋に着くと、畳まれた布団の上に僕と姉は座った。シャロさんは椅子に座らせた。

 久しぶりに姉の部屋に入ったけどいつ見ても女の子っぽいグッズの横に渋いものが所々置いてあって中々にミスマッチしてない不思議な空間である。特に兎のぬいぐるみの側に陣取っている戦国武将の鎧や兜は大変重厚感を部屋に放っており、一言で言えば異質だ。これでこの春から女子高生の私室と言うのだから世の中全く分からないものである。

 

一分くらい経ってから最初に沈んだ面持ちのシャロさんに言葉を放ったのは姉だった。

 

「そう言えば今日はバイト無いの?」

 

「……うん。何か最近お客さん少なくて閑散としててそこまで従業員要らないって」

 

「……色々と大丈夫なの?」

 

「……ちょっとマズイかも。本当にシフト少なくなっちゃったし……」

 

「もしかしてリストラの危機?」

 

「それは無いと思う……多分」

 

姉の質問にブツブツと答えるシャロさん。先程のテンションも残ってるだろうけど、何やら他にも悩みがありそうだ。……と言っても、シャロさんの悩みはここまで聞けば大体想像は付いてしまう。恐らく生活費だろう。

 

「……暫く甘兎庵泊まり込む?」

 

「一日二日なら大丈夫だけど流石に長期間は……あんこもいるし……」

 

そうぼそぼそと呟く。全く、さっきまでのうさぎに対しての威勢の良さはどこへ行ったんだか。

何だかごにょごにょと話が進まない気もしたので、僕は立ち上がってシャロさんを指差した。

 

「いえ、シャロさんは暫く甘兎庵に居るべきですよ!というか今のシャロさんを野に離すのは不安です!」

 

どこからどう見ても今のシャロさんは少々情緒不安定気味で、さながら亡国のプリンセスみたいな虚ろな雰囲気すら感じさせる始末である。このまま野放しにしたらどうなってしまうか分かったもんではない。最悪三日三晩野草で暮らす可能性すらあり得る。

 姉も恐らく僕と同じような見解に至ったのだろう。続けざまに立ち上がって言った。

 

「そうね!シャロちゃんは甘兎庵にいるべきよ!何なら一週間パックにしましょう!」

 

「漫画喫茶!?いや、でも迷惑じゃ……」

 

「大丈夫ですよ、お婆ちゃんもシャロさんには優しいですし何より心強いセラピーうさぎのあんこもいます!」

 

「それがイヤなの!!」

 

もう、我儘なんだからウチのシャロったら。ラビット討伐隊とか言って特攻服に袖を通してブイブイ言わせてた頃の姿はどこ行ったんだか。まあそんな時期無かったけど。

 

「まあまあ、なるたけあんこは近づけないようにしますから」

 

「……本当?」

 

「ええ勿論ですとも、甘兎庵の喫茶店員は嘘を吐かないと巷で有名なんですよ。ねえお姉ちゃん?」

 

「ええ、実は私こう見えて嘘は吐いたこと一度も無いわ」

 

「アンタはさっきも嘘吐いたでしょうが!しかも良く人を陥れるような発言もするし」

 

「詭弁使って直ぐに人を嵌める性癖あるからなぁ鬼畜和菓子だし……」

 

「前なんか新作の栗羊羹出来たとか言ってカラシ入りのを食べさせられたし……」

 

「……正直言って僕よりタチ悪い行動を起こすよね……」

 

「……あれ!?何か私が責められる流れになってる!?」

 

よよよよっ……と嘘泣きながらワザとらしく女の子座りで倒れ込んだ。いや事実だし、受け入れないとこれからの人生前に進めないよ鬼畜姉さん。……あと「アンタ自分でも質悪いの自覚してるのね」とか呟いてるの聞こえてますからねシャロさん、ご褒美に次ウチで夕飯食べるときにシャロさんだけお茶碗に白餡を二郎並みに盛ってあげよう。1キロくらい。ダイエット頑張ってください。

 

「……まあ、と言う訳でまずはシャロさんの部屋を片づけましょう!このところシャロさん日帰りでしか来なかったんで少し散らかってるかも知れないです」

 

「いつの間にか泊まることが確定してるし……まあいいわ。でも私が甘兎庵で働いてる間はあんこは……」

 

「分かってますって、僕が責任をもって外で散歩させてきますよ。ラビットランで」

 

「そんなドッグランもどきな施設この街にあったっけ……」

 

「……ねえちょっと?無視しないで?」

 

確信犯の姉はさて置いて僕とシャロさんは二つ横にあるシャロの間に歩みを進めた。姉は何だかんだ忙しく着いてきた。

 シャロの間の襖を開けると、床には開いたポテチの袋か転がり開きっぱなしの漫画がほったらかしになっていた。更に言及するならば炭酸飲料の空きボトルがボーリングピンの様に何本も並べられており、空き缶がさながらピサの斜塔の如く連なり聳え立っている。窓際に陳列された兜はさながら骨董品店のようで、その下には段ボールが捨て置かれている。……うん、一言で表せばゴミ部屋である。シャロさんは絶句した。

 

「……ナニコレ」

 

「あ、ごめん。これ僕だ」

 

「何やってんの!?」

 

いやいや、健全な中学生男児として空き部屋があったら活用したいでしょ。加えてそれが人の部屋ならこう、カタルシスがバリバリに出ちゃうしつまりはしょうがないね。

 しかし、どうにも僕が散らかした量よりも更に多い気もするような……。そう思っていたら姉が「あっ」と何かを思い出したような声を上げた。

 

「私も兜、観賞用にって段ボールから出して並べちゃった……」

 

「私、帰るわ」

 

「待って待って」

 

「ちょっと千夜!髪を引っ張らないで!」

 

姉が無理矢理止めているが、このままだと心無いシャロさんは直ぐにあの物置小屋みたいな部屋に帰ってしまうだろう。実際シャロさんの視線が普段より数℃冷たい、別に僕は悪くないのになぁ。多分。

……そう言えば。

 

「……この部屋、お婆ちゃんが前に腐れ縁から貰った高級なカップをどこかに仕舞って以来見てないとか言ってたけど、ホントどこにあるんだろうなぁ」

 

瞬間、シャロさんの目の色がピカーンと光った。機転の勝利である。

 

「何やってんの千夜!金時!さっさと片づけるわよ!」

 

「流石シャロちゃん、気の取り直し早いわ」

 

おい姉、シャロさんじゃなくて僕を褒めろ。

 

 

 

 

シャロさんは意気揚々と、まずは押し入れの扉を開けた。きっとカップを早々に見つけたいのだろう、確かにそういう食器類はこういう収納に入ってそうだ。

いや待てよ……確かあの押し入れの中には……。

 

「気を付けてくださいシャロさん!そこには……」

 

「ギャアアアアアァァァァ!!」

 

「シャロちゃん大丈夫!?」

 

シャロさんの金切り声と共に押し入れの中の沢山の箱買いして突っ込んでおいた様々なお菓子が雪崩を起こしてその小柄な体に襲いかける。……スイマセン、これも僕ですね。何せ昨日そこに新作ポテチを箱ごと投げ込んだばかりだし。

 

シャロさんは頭を少し揺すりながら落ちてきた段ボール群を見てぱちぱちと瞬きさせる。

 

「何でこんな段ボール箱ばかりあるのよ……しかもポテチ」

 

僕はすぐさま視線を逸らした。僕ではない、僕は何も知らない、分からない。何なら今日食べた朝ごはんが何かも覚えていない。いや毎朝パン食だからそれは無理か。

と無関心を装っていると、さりげなく姉が一言。

 

「そう言えば金時が良くここに大人買いしたお菓子運んでたわ」

 

余計な事を……!

さり気なくシャロさんを盗み見てみると、ムスッとした表情でこちらを見つめていた。そしてそのまま数瞬すると、大きくため息を吐いた。

 

「……まあ良いわ、金時。分かってるでしょうね」

 

「はい!反省の印としてそのお菓子は全てシャロさんの夕飯にさせて頂きます!」

 

「いらないわよ!そうじゃなくて自分の部屋に持ってけってこと!」

 

「分かりました!あ、1箱くらい要りますか?大量にあるのでお一つ良ければお家にどうぞ」

 

「早く持ってって!あとありがとう!」

 

「一応貰うのね……」

 

ボソッと姉は意外そうに言った。ただシャロさんの生態に一番通じているのは間違いなく姉だし、これくらい腐れ縁パワーで知ってるはずなんだけどなぁ……。

 

「ともかく金時はお菓子を退かすついでにゴミ袋を持ってきて!千夜は掃除道具!後私のお菓子は家の前に置いといて!」

 

「流石シャロちゃん、図々し……太々しいわ」

 

「う、うるさい!いいから早く動いて!」

 

何でこの二人がこんなにも長く腐れ縁をできているのか僕も偶に疑問に思う事がある。

 ともかく、僕はまずこのせっせとキリギリスのように貯め込んだお菓子を運ばなくてはならないだろう。何せ量が量だ、正直一人では辛いものがあるがシャロさんは既にゴミの分別に身を投じているし、姉もささっとどこかへ散ってしまった。頑張るしかない。

 

そこで箱を持とうと手を段ボールの窪みに触れたところで一つの疑問が脳裏に浮かんだ。シャロさんに与えるお菓子をどれにしようか、という一見下らないようで重大な問題だ。実際シャロさんには好き嫌いと言うのが環境の影響か分からなけど全くない、しかし多少苦手な食べ物はどうやらあるようで昔お土産であげたものは夜こっそり覗きに行ったら真剣な眼差しで恐る恐る口にしていた。いや、シャロさんの家をこっそり覗く趣味なんて僕にはないしその時もただ隣の晩御飯的なノリで遊びに行こうとしただけなんだけども。

 

ともかくシャロさんへのお菓子選びは非常に責任重大で緊要な問題である。選択を間違えたら今日明日とシャロさんはずっとお通夜の雰囲気で我が家の飯を召す形になってしまう。幸いなことにここにはポテチしかないが、そうは言っても味は多種多様だ。当然選ばれるべきなのは女の子らしいとされる味だろう。そう思って目を落とすと、ハバネロ味にうすしお味にコーヒー味……、どれも微妙ながらシャロさんが普通に食べれる種類だ。一応あげる以上僕として喜んでもらいたいのでもう少し良い感じなのを探す。

 すると、ショコラ味とかいう舐め腐ったポテチとしては冒涜的なものがダンボールの隙間から覗いているのが僕の視界に入った。買った覚えは一切無い、無いのだが恐らくまとめ買いをした時に誤って発注してしまったのだろう。第一そもそも僕はショコラだって嫌いである。何なのあの甘ったるいカカオに無理矢理砂糖をブッ込み撹拌した感じのチョコを塗ったくったようなスイーツは。カカオ100%のでも食べてろ。

 

まあしかし、だがしかし。シャロさんならばこのあほんだらチップスでも喜んで食べることだろう。何ならチョコ味のソース焼きそばでも貴重なカロリー源として手放しで喜ぶまである、多分。……アレ、なら結局は選ぶこの行為自体に意味無いじゃん。考えて損した。じゃ僕が嫌いなこのショコラポテチでもどっさりあげよ。純粋たる押しつけである。

 

僕はポテチが詰まった段ボールを全て空き部屋に置くと、その足でシャロさんの家にショコラポテチを放置した。その後は言われた通りに大きめのゴミ袋を持ち、シャロさんの部屋へと向かう。

 にしても、シャロさんが宿泊するのは恐らく一年ぶりくらいだ。去年は受験生として中々に忙しく過ごしていたから泊まって遊ぶと言う発想すらシャロさんの頭の中にはなかったようで、何時見てもその期間は勉強していたほどである。その分推薦で決まったので姉よりは数カ月早く決まったけども。姉なんか三か月前からようやく僕とシャロさんに言われて本腰を入れた受験勉強を始めたくらいだし。……いま考えたらあのおっとりマイペースの姉がホントよくもまあ受かったまである、特に苦手教科は本当に駄目なのに。何せ当時中学一年生だった僕に数学を教わる始末である、うん。やはり姉の勉強生活はまちがっている。いやマジで。

 

 

僕がシャロさんの部屋の前に着くと、どこか先程よりも騒がしい。何と言うか、多分アレだ。はちゃめちゃにテンションが上がって騒いでいるシャロさんの声だ。

僕は恐る恐ると襖を開けると、何故か豆を沢山持ったシャロさんがキレ良くポーズを決めながら。

 

「イエ~~イ!今からここで豆まきやるわよ~!千夜に金時は強制参加ね!」

 

「シャロちゃん落ち着いて!今は節分じゃないわ!」

 

いやそうじゃないだろ。

それとなく下に視線を向けると何故かコーヒー味のポテチが乱雑に、しかも踏まれて残骸として散らばっていた。……間違いなくこれが原因だ、ひょっとすると姉が勝手に空き部屋に置いたポテチを家族共用のと勘違いした上に更に偶々コーヒー味を持ってきたのかもしれない。まあこれでコーヒー酔いするシャロさんも相当だけどもともかく。

 

……これ、どうすんの?

 




金時はポテチ好きなジャンキー野郎って設定。箱買いとか相当だよね実際。


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肉食生物の檻に迷い込んだアリス

上手く書けないので挫折してたけど千夜の誕生日が近いので四苦八苦して書きました。

前回までのあらすじ:シャロが宇治松家にお泊り会


「イッエーイ!ここに7つお菓子があるわ!全部食べましょう!」

 

「シャロちゃん、もう3つもないわ」

 

カフェインで酔い潰れたシャロさんを介抱しようとするが、如何せん酒の力は強いのか姉は暴徒と化したシャロさんを取り押さえることが出来ない。寧ろ力負けして引きずられて行く始末だ。

ズルズルと雑巾の様になりながら姉は必死そうに目配せしてきた。

 

「金ちゃんも手伝って……!」

 

「そうだなぁ甘兎庵の経営権を諦めるなら手伝うよ」

 

「金ちゃんの鬼!悪魔!利権の犬!」

 

なんて罵詈雑言をするんだこの姉は。危うくこのまま見捨てて部屋に戻り読みかけの本を開くところだったまである。何とか理性で耐えたが。

 

「冗談だよじょーだん、僕が可愛い姉の事を見捨てる訳ないでしょ?」

 

「じゃあ人助けと思って甘兎庵の社長の座を渡して?」

 

「そういや今日大人気小説新刊の発売日だったなぁ早く書店行かないと売り切れちゃうかもなぁ」

 

「待って待って」

 

 

一瞬本気で見捨てかけたがともかく、僕はどうにかこうにか酔っ払ったシャロさんの魔の手から姉を救出することに成功した。未だにシャロさんは泥酔しているが暴れすぎたせいか先程よりも元気がなくなっている。このままなら自然と眠ってしまうのも時間の問題だろう。

 

「シャロちゃん、そこ布団敷くわよ」

 

「えーっ。私刑務所で寝たくないー……」

 

「ここは甘兎庵よ」

 

「沢庵?」

 

「甘兎庵!」

 

にしてもどんな酔い方をしたらこんな酷い酔いつぶれ方をするのだろうか。もしかしたらシャロさんはアルコールよりもカフェインの方が耐性が無いのかもしれない。いやまあそれにしてもちょっと行き過ぎてる感じがあるけども……。

 

「千夜ーおんぶ」

 

「寝なさい?」

 

「さもないと多重債務にしちゃうわぁ……」

 

「それは止めて」

 

どんな脅し方だよ。

シャロさんは姉にあやされること数分、遂に気力が尽きたのか眠り始めてしまった。多分それ以前の疲れもあったのだろう、かなりぐっすり寝入った様子だ。

布団に入ったシャロさんの前で姉は困ったように呟いた。

 

「……夕飯どうしましょ」

 

「シャロさんのだけカップラーメンにするとかどう?」

 

「流石にそれは良心に罅が入るわ」

 

「……良心、あったんだ」

 

「ん?金時何か言った?」

 

「いえ、何も。サーッ!」

 

「さーっ?」

 

今懐からいつも羊羹を切るのに使っている包丁を取り出したのを僕は見逃さなかったぞ。いや怖い、マジで怖い。その日本人形みたいな容姿に笑顔で包丁はシャレにならない。ヤンデレごっこは好きな相手が出来たら存分にやって欲しいまである、だから僕にその凶器を仄めかすのは止めて。

 

「まあでもシャロさんも一応健康的な生活を送っている訳だしすぐ目が覚めるんじゃないかな。と言うか普通に起こすという発想は無かったの?」

 

「いやだってシャロちゃんを起こす用のクラッカーの在庫が今無いし……」

 

「いやさ、なにしてんの」

 

何だかシャロさんがウチに泊まった時に限って早朝妙に破裂音みたいなのが聞こえると思ってたんだけどオマエの仕業か。この不良娘。

姉は恥ずかし気に頬を染めながら。

 

「だってシャロちゃんが甘兎庵に泊まる機会があんまりないから嬉しくって……つい」

 

「普通にご近所迷惑だし金時迷惑だからクラッカーは禁止」

 

「ごめんなさい……」

 

「だから今後は僕が監修してるときのみ早朝ドッキリを可とします」

 

「流石私の見込んだ金時ね!よ!甘兎庵次期副社長!」

 

「その話は長くなるからやるならまた別の機会ね」

 

姉はシャロの前髪をサラッと撫でると、「じゃあ後は任せたわね」

 

「うん勿論。任せといて、シャロさんの頬の保証はしないけど」

 

「ホント!じゃあ期待してるわ~!」

 

意気揚々と姉は部屋から出ていった。僕はそれを見送ると、ズボンのポケットからマジックペンを取り出した。キュポンという音と共にキャップを外すと、その黒いペン先が早く黒く染める物を寄こせと言わんばかりに震え始めた。いや震えているのは僕の指先なんだけどね。ただこの純白できれいな肌を汚すのかと思うと、武者震い、もといワクワクしてくるのだ。

 

「安心しろ、水性だ......」

 

僕はそ~っとシャロさんの頬にペンを近づけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はシャロさんの部屋で携帯ゲームをしていると、午後七時になっていた。何だろう、無為に時間を過ごした感がすごい。こう、ゲームして時間を潰してしまうと虚無感のようなものを感じざるを得ない。嗚呼、今日も有益な時間になり得る潜在的可能性を秘めた一日を無駄にしてしまったんだなぁ、そんな感情が胸に溢れて罪悪感が氾濫するのである。まあでもゲームの進捗を進めただけでも未だマシか、シャロさんなんて突発性鬱ってカフェイン酔いして寝て一日が終わったんだし。まるで穀潰しみたいだ、なんて思いつつ意識的に白い目で見たらシャロさんもコチラをジッと見ていた。どうやら起きていたようだ、数秒間パチパチと互いに無言で瞬きする。目と目が合う~瞬間好きだと気付いた~。

 

「……何よ、そんな空っぽの財布を見るような目をして」

 

「いや、シャロさんの寝顔って脳みそ空っぽ……じゃなくて能天気そうで可愛いなと思いまして」

 

「誹謗中傷を全くフォロー出来てない!」

 

ガバッと起き上がりながら突っ込むシャロさん。その頬にはウサギの絵が描かれている。うん、可愛い。我ながら洗練された筆遣いの良い出来だ。

 しかしシャロさんは全く気付いていないようだ。小首を傾げた。

 

「……?何よそんな気持ち悪い目して?」

 

「いや、何だろう。ちょっと言葉にはし辛いけど……シャロさんはそのままが良いです」

 

「どういう意味よ……全く」

 

シャロさんは布団から抜け出すと、部屋を出ようと立ち上がった。僕も一人で残っていても仕方ないのでテクテクと雛のように親鳥に付いていく。それにそろそろ晩御飯だしリビングに行っても何の問題も無いだろう。

 

「そう言えば私どのくらい寝てた?」

 

「二時間くらいですね、因みに今日の晩御飯は姉が上機嫌で随意作成中です」

 

「……なんか嫌な予感がするんけど」

 

どこか寒いのか腕を摩るシャロさん、全くもって嫌な予感がするのは同感だ。あの姉が唯の美味しい晩御飯を作るはずがない。確実に何かやらかす、……ちょっと外食したくなってきた。

 

「シャロさん、今日外で食べません?姉にはメール入れとくので」

 

「する訳ないでしょ!?度々思うけどやっぱりアンタって千夜の弟よね!」

 

「いやいや姉には及びませんよシャロさん、所詮僕は姉より生きた年数が少ない弟ですから」

 

「そんな謙遜して言うことじゃないから!」

 

でも実際の事として僕は姉より鬼畜さ加減で遅れを取ってる。その代わり飴と鞭のバランス具合は姉より優れてると自負してるけど。姉はすぐやり過ぎる……シャロさんに対しては特に。最近はリゼちゃん(笑)にもやってるようだし、我が身内ながらまるで見境がない。……流石にそろそろ注意すべきかな。これから末永く付き合っていくために。

 

リビングでは既に姉がテーブルに料理を並べていた。今日はどうやらハンバーグのようだ、姉はコチラに気付いたようで笑顔で言った。

 

「今日はハンバーグよ」

 

「う~ん、見た感じは大丈夫そうね……」

 

そうシャロさんはハンバーグを見てぼそりと呟くが、甘い。甘々の甘兎庵としか言いようがない。

 例えばこのハンバーグ、確かに見た目だけでは何の問題もなさそうに思える。しかし姉と同じく厨房に立っていた祖母の表情が非常に微妙そうなのを見れば何かしらの細工をしたのは自明の理だ。そして極めつけに微かに漂う薔薇の匂い……これは多分何かを刺激の強い香辛料の芳香を隠した証拠だ。順当にいけば唐辛子、パクチー。大穴で灰汁抜きしていない鹿肉などだろうか。これだけ分かっても姉の入れた物に全く予想がつかない。ホント恐ろしい実姉だよ本当に。

 流石に何度もやられているからか、警戒心を剥き出しで席に座ったシャロさんは更に料理をマジマジと見る。

 

「……まあいいわ。どうせ食べるまで分からないんだし」

 

「流石シャロちゃん!よっ男前!」

 

「余計な事言うな!」

 

姉はそんな抗議をそよ風の如く受け流してシャロさんの対面に座る。これシャロさんの表情を観察するためだ、僕には分かる。そして必然的に僕はおばあちゃんと対面に座ることになった。

 いただきます、と日本古来から食前の挨拶として交わされている……かどうかは知らないけども少なくとも我が家では毎日三回やる習慣を行い、皿の上に目を落とす。あるのはハンバーグにレタスとトマトにドレッシングの掛かったサラダ、ご飯に味噌汁といった一般的な夕飯である。

 シャロさんは中身を慎重に割って、ジッと見つめたり臭いを嗅いだりしている。けれでも全く意味は無いだろう、姉がそれだけで判断のつくような二流の仕事はしないだろう。寧ろ本命はハンバーグでは無く別のものであると僕は思う。

 

「……む!このハンバーグは美味しいわね……」

 

「やった!シャロちゃんに褒められた!」

 

「素直に褒めてない!」

 

そんなやり取りを尻目に僕は味噌汁を啜り、吹き出しそうになるのを何とか堪えポーカーフェイスで耐える。……甘い!甘すぎる!これ確実に味噌に交じって大量の餡子が溶けてる!あの薔薇の臭いはもしかしなくともシャロさんではなく僕を騙すためのブラフ……!てかマジ無理……一瞬胃液が口内まで滝登りしてきたのを何とか根気で飲み込んだ。

 ふと姉の方を見れば、僕のそんな様子を気付き愉し気に微笑んでいる。クソ、腐っても14年来の付き合い、機敏に僕の感情を読み取ってきやがるあのマイシスター。

 

「金ちゃん、美味しい?」

 

終いには不味いのを承知でそんなことを聞いてきた。本当に鬼か悪魔の成り代わりだと思う。うん、何でシャロさんはこんな鬼畜に和服を着せたような女と僕を同程度の系列に語るのか真剣と書いてマジと読む方で分からない。ここまでやるかという気持ちが正直なところだ。

 

「───うん、さすがお姉ちゃん。美味しいよ」

 

でもしかし、だがけれど。僕とて程度の差さえあれどそんな姉である千夜の血とおんなじそれを引いてしまっているわけで。つまりはこれを飲んだリアクション芸人シャロさんがどのような反応をするのかという事象に知的好奇心が奪われてしまったのだ。これはもう血族的な呪縛なのである、だから「偶には真面目に作るのね、見直したわ千夜」と徐々に警戒を解きつつ食事のペースを上げるシャロさんにこのことは伝えることは出来ないししたくない。うん、それに驚きは新鮮な方がいいもんね、餡子味噌汁とか普通に生きてたら飲めないよ。だからと言って僕に飲ませたのは絶対に許さないが。絶対にだ。倍返し、覚悟してろよ……?

 

なんて鉄血の誓いを立てていると、遂にシャロさんも味噌汁に手を掛けた。淀みのない動作で何の疑いも無くその謎味と化したスープを普通に口に含んだ。そして直ぐに顔色を苦しいものに変える。そして苦しそうに呻いた、必死に飲み込もうそしている様子である。いやはやご愁傷さまです。

 

「うっ……!……何よこれ!?」

 

「甘兎特製あんこ味噌汁よ~自信作なの!とても美味しいわよ!……たぶん」

 

「あんたちゃんと味見したの!?」

 

「……初めてはシャロちゃんと金ちゃんって決めてたから」

 

何て言い方だ。思わずといった感じで祖母もゴホゴホと蒸せている。年寄りに何て酷な事をするんだこの姉は、ぽっくりと殺す気か。

 「おばあちゃん大丈夫?」と元凶が介抱している内に僕は自分の味噌汁と姉の味噌汁をすり替えら。秘技燕返しである。

 

「……でもまあ、悪くはないわね」

 

「……え」

 

……そう言えばシャロさん、何だかんだで見た目に騙されそうになるけどかなり味覚がおかしい方だった。

 と、のんびり眺めていると姉は味噌汁を蒼褪めた顔で口にしていた。よし、飲んだな。

 

「オエ……ッ!」

 

女の子が凡そ出してはいけないこと音を発しながら姉はゲホッゲホッと咳き込んだ。思わずニヤリとする、自分だけ普通の味噌汁を食べようとしてもそうは問屋が下ろさない。

 なんて策の成功を内心喜んでいるとシャロさんもニヤニヤとし始めた。

 

「さては千夜、金時にすり替えられたわね……?」

 

「金ちゃん……裏切ったわね!?」

 

「裏切るも何も仕込んだのはお姉ちゃんじゃん、不可侵条約を先に破ったんだから当然の報いだよ」

 

「ぐぬぬぬ……」

 

「いやぐぬぬじゃなくて」

 

そんあ様子を呆れた面持ちでおばあちゃんは見守っていた。





むりぃ


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寝言と誤解は朝日と共に

シャロ回です、恋愛要素(笑)がエントリーしました。ちなみに本作のヒロインはチノです。多分。自信持てない。


なんやかんやあって、風呂に入ると僕は布団に入った。風呂に入ろうとすると「金ちゃ~ん、一緒に入りましょ~」とか抜かしてきたのでドアの鍵を閉めて入浴したんだけど、その後妙に悲痛な泣き声がぐすぐすと扉越しに聞こえたのが印象的だった。無視したけど。

 

僕は携帯ゲームの電源を起動した。今頃姉はシャロの部屋で春のホラー映画感謝祭でも開いてい事だろう。シャロさんが叫んでる横で姉が舟を漕ぐように目を閉じているのが目に浮かぶ。今から部屋に行けば参加できるだろうけどまあ、あまり参加する気にはなれない。僕もホラー苦手だし。それに僕らはそんな親しい関係だっただろうか、深夜まで仲良く遊ぶような仲だっただろうか。脳裏をチリチリ、どうしようもなく焦げ付いて離れない。こんな不安が浮かぶのも深夜だからだろうか。考えても無駄なのに、止めることは出来ない。

 ポテトチップスを咥えると、少ししょっぱかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま夜は寝て、朝起きると何だか布団の中が暖かった。いや、暖かいのは当然だ。布団は僕の体温によってほくほくとしている。しかしモコリと僕の布団にもう一つ、大きいナニカがすやすやと音を立てて鎮座していた。ふとその物体は身じろぎをして、僕の手とその物体が触れ、暖かく柔らかい肌みたいのが当たる。というか胸だ、というか姉だコレ。

 

「……ええっ」

 

と、冷静に手をどかし、起き上がろうとして僕の反対側を見るとまたそこには一つ、金色の影があった。と言うかシャロさんだった。

 

「……ええっ」

 

思わず先程と同じような声が漏れてしまう。いやでも仕方ないだろう、何でこの二人が僕の部屋にいるんだ。何?ラノベ主人公的展開?申し訳ないけど実姉とその幼馴染はノーサンキューなのでお引き取りもらえないだろうか。と言ってもその二人は未だ気持ち良さそうにすうすうと眠っているが。シャロさんに至っては「200円……税込み216円……」なんて侘しい寝言をぶつぶつ言っている。ちょっと頭をゲシッと蹴りたくなった、やらないけど。

 

可愛らしく寝込む年上二人を放置して起き上がると、体を伸ばす。

 

「金ちゃ~ん……」

 

そう、姉の口から発せられ思わずそちらへと視線を向ける。瞼は閉じている、どうやらまた寝言のようだ。揃いも揃って仲良いなぁ、なんて思いながら布団を這い出るとそこは間違いなく僕の部屋。僕の携帯ゲーム機はちゃんと寝た時に置いた場所に依然ある。それに寝掛けに食べていたポテチが床に散らばっている、てか寝た時よりも中身が少なくなってるんだけど。残り枚数2枚しかないんだけど。何なの、バレないと思ってんのこの天然姉は。

 

「108円……8円って端数すぎるわよ~……」

 

「うおわぁ!?」

 

何かが足に引っかかるような感触と転倒し、おでこに激痛が走る。痛い、畳のひんやりした温度が頬を通して伝わる。足元を見ればシャロさんの指がものの見事に僕の右足に絡まっている。ていうかそこそこの力で握っている。いや何でさ。

 そういえば何時だろう、そう思って時計を見ればまだ午前5時だった。未だ太陽すら昇ってない。普段ならもう二時間くらい経った頃に起きるのだけど、こうなった以上仕方ない。それに暑い、人三人が一枚の布団に入るようにはこの世界は出来てないんだって。

 

それにしても。話を繰り返すけど、何でこの二人は僕の布団にいるのだろう。昨日は確かに僕は一人で寝たはずだし、その記憶に間違いはない。でも現実にこうして姉とシャロさんはここで呑気に寝ている。……ホラー映画見てて怖くなったから男である僕に寄り添ってきたとか?いやぁないない、何だかんだ二人ともメンタルは強い方だ。リアルに何かあったならともかく、作り物如きに怖れを抱くような柔な心臓をしてない。……シャロさんに限っては僕らの普段の揶揄のせいかもしれなけど。

 

でもまあ、どうでもいいか。二人より先に起きた事だし、これで姉から揶揄われることも回避できた。シャロさんには申し訳ないけど(面白いから)犠牲になってもらうとして、僕は僕で久しぶりに店の朝の仕込みでも手伝おうかな。

 

 

 

 

そうして洗面所で顔を洗い、窓から覗き見るまだ薄暗いながら徐々に明るくなりつつある暁天に一日の始まりを感じ───着替えようとして部屋に戻って気付いた。

 

「すぅすぅ……」

 

「……こんげつのー……エンゲル係数……うぐっ……」

 

「……まあそりゃいるよね」

 

まだ快眠中であるからして、部屋で着替えることは出来ないようだった。異性の寝ている前で着替える趣味のない僕はしょうがなく、甘兎庵の和服だけ取り出してトイレで着替えようと足を一歩踏み出したところで。

 

「グエ……!」

 

我ながら見事な潰れたカエルの鳴き声っぷりだと思う。潰れたカエルの鳴き声選手権があったなら最優秀賞間違いなしの出来だ。いやそんな事言ってる場合じゃない。

 足元を見てみればまたと言うべきか。シャロさんの白くて細い指が僕の足首を掴んでいる。がっしりと。そう、またしても僕はシャロさんに転ばされてしまったのだ。……果たして、シャロさんは僕に何か個人的な私怨でもあるのだろうか。いやはや心当たりは全くないんだけど。嘘だ。現在進行形でシャロ虐の数々が脳裏でフラッシュバックしてる。でも虐められてる時のシャロさんの表情面白いし、何より可愛いからしょうがない。アレ、何かこれだと好きな女の子をついつい虐めてしまう思春期過渡期の男子に起きる病気みたいだ。違うけど。

 

しかしこう何度も転ばされると僕としても見過ごすことは出来ない。後年下いびりをするシャロさんを見たくないという諸事情もあって、僕はシャロの身体を揺さぶることにした。

 

「シャロさんシャロさん」

 

耳元で囁くように呼びかけると、眠そうに「ちやぁ?もうあさなのぉ……?」と呂律の回っていない眠たげな様子で瞼を開く。全ての動作が鈍重で、何と言うのだろう。ツンデレのツンが無い……そう、それは普段のシャロさんとは真反対の姿だった。僕があまり見たことの無い光景だ。

───これならサブリミナル効果も期待できるかもしれない。そう思った僕は好機逸すべからず、そんな偉い人の言葉にあやかり早速行動に移すこととした。

 

「お姉ちゃんじゃなくて僕です僕、貴方の金時ですよ」

 

出せる限りのイケボを出し、何とか誤解を生もうと努力をする。最善を尽くして成果を出そうと頑張った、これはもうある種のアスリートと言っても同義ではないだろうか?オリンピックに出ても許されるのではないだろうか?それは無いか、うん。

───数分後、僕はこの行動を後悔することになる。

 

「金時……好き」

 

寝ぼけたシャロさんは斯く言った。……いや、え?待て待て待て、ウェイトだ僕。赤信号だ僕。沈まれ暴走した脳内。よし、落ち着いた。……これはアレだ、つまり良くハーレムわっしょいアニメで見るアレだよアレ。朴念仁のイケメン主人公が「おう、俺もとても(友達として)好きだぞ」と美少女に返すような、二次元のみに許された金言だ。何せシャロさんが僕に告白する訳がない。付け加えてまだうつらうつらと眠そうな面持ちでポツリと呟いたし、夢心地なのだろう。何かそういう、恋愛チックな夢を見ていたならとても悪いことをしてしまった。

 それにシャロさんは本当に日本語で「好き」と口に出したのだろうか?本当はスキーだったり、鍬だったり、もしくはsue key、和訳すれば鍵を告発する!的な事を言ったのかもしれない。意味不明だけども睡魔に満ちた思考で発する言葉に意味なんて9割9分9厘存在しない。ならばじゃあ残り一厘は真実か……?なんて問いも、ナンセンス極まりなく何故なら僕を意識して紡いだ文字群である事かどうか不明瞭だからだ。

 

……ああ、もう!そもそも毎回のようにシャロさんを弄ってる僕がそんな対象になるはずないだろ!グシャグシャになった頭の中を理路整然とした結論で無理矢理引き戻す。ホント、何で唐突にこんな恋愛小説みたいな悩みを抱えなきゃならないんだ。神がもし存在してたら一発ぶん殴るまである。

 なんて髪の毛を掻いていたら、シャロさんはある程度起き上がったようでぱちくりとコチラを見ている。けれどまだぽわぽわとした雰囲気は健在だ。

 

「……あ、金時じゃない。おはよう……」

 

「お、おはようございます……」

 

緊張からか、ついドモりが出てしまう。接客業を生業とする人間としてはあるまじき失態だ.......なんて、考える余裕すら今の僕には存在しなかった。

 シャロさんは怠そうに立ち上がると、再びぱちくりと瞬きする。一秒で20回くらいしてるのではないか、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。いやそんなのはどうでも良くて。そしてシャロさんはアワアワと震え始めた。

 

「あ、な、な……!」

 

顔をリンゴの様に真っ赤に染める。その湯立ったような頬の色は色はほの暗い室内では殊目立つ。……もしかしなくとも、先程の自分の言葉を憶えているのだろうか?それってもしかしなくとも非常に気まずい状況なのではないだろうか?今も尚安心しきった表情で寝の一手に走っている姉が恨めしい。絶対僕の部屋に連れてきたのアンタなんだからこの状況どうにかしてくれ、心の中で思わずそう愚痴ってしまう。

 

「……ちょっとお茶飲みません?」

 

何とか僕から絞り出せたのはそんな、逃げの一手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐間紗路にとって宇治松金時は親友の弟だった。

 最初の出会いは最早覚えてない。多分千夜がある日紹介してきたとかそんなんだと思う、確か小学高学年になった頃だったような気がする。まあもう昔の話だし、それは大したことじゃない。

 

問題は金時に……その。告白……まがいの発言をしたようなしてないような、曖昧模糊な思考だったからハッキリ思い出せないけど。夢の可能性もあるけど。でも、夢見心地の気分のまま、……愛を囁いた気がする。

 

「……いや違うから!?アレは事故!そう事故なのよ……!」

 

「お茶を持ってきましたよシャロさん……って何必死に呟いてるんですか」

 

「な、何でもないわよ……」

 

いつの間にかお茶を淹れに行っていた金時が戻ってきていた。不思議そうに首を傾げている相貌を見て、何となく顔の温度が熱くなったのを感じて思わず目を逸らす。無理だと思った。どうしても当人を前にすると意識してしまう。いやそれは当たり前かもしれない、そういう異性との経験は今まで皆無なのだから。

 

「まあいいですけど……はいシャロさん、緑茶です」

 

「それ、変なもん入ってないわよね……?」

 

訝し気に訊ねてみれば、「心外だなぁ」といつもと変わらない表情で返してくる。

 

「僕がお姉ちゃんみたいな事をすると思います?」

 

「自分の胸に手を当てて考えなさい」

 

「……温かいけどペッタンコですね、まるでシャロさんの……いえ何でもないです」

 

「朝から私が気にしていることぶっこまないでくれる!?」

 

あまりに普段通りの言葉に本能的に突っ込んでしまった。自分だけあの朝の事を意識しているのが馬鹿みたいだ───そう思うと何故だろう。逆にムカつく。きっと金時はあの出来事を有耶無耶にしようとしているんだと思う、そこにあるのは純粋な善意だ。ロマンチックも在りはしない状況でやってしまったあの目も当てられない失態を無かったことにしようとしてくれている。でもこっちだけ慌てて、向こうは何気ない顔をして日常に戻ってるのは何だか気に食わない。不本意ながら発したとはいえ、あの言葉に何も感じなかったのだろうか。そう考えると更にムカつく。

 

「ねえ金時」

 

「何ですかシャロさん……!?」

 

だから、気が付くと隣に座って身体をくっつけていた。互いに半袖の寝間着で、素腕が触れる。ほんのり暖かい。

 

「い、いきなりどうしたんですか……?」

 

寄ってもポーカーフェイスをあまり崩さないのは流石と言うべきなのか、素を見せても良いよと言うべきなのか。

 金時と千夜は色々と似ているように見えて違うところも多い。例えば千夜は考え無しで人を驚かせることが多いけど金時はちゃんとアフターも考えてドッキリを仕掛ける。一見千夜の方が見切り発車だから厄介と感じるかもしれないけど、金時は金時で被害を考慮してそれが大丈夫と思ったら見境なくやるから実際は五十歩百歩だ。しかし決定的に違うところが一つ……それは、自分の予想外の事が起きた時の表情。千夜はその表情を大きく変化させるのに、その一方金時はそんな時でも重厚な仮面を被っているかのようにピクリともしない。かと言って日常生活において喜怒哀楽が無い訳でもなく、だからこそ奇々怪々、だからこそ異質。そんな風に思ったことも無かったと言えば嘘になる。

 

じっと金時の目を見てみれば、彼は最初こそ自然体だったけど、けれども少しすると顔を赤くして照れたように視線を下にした。

 

「しゃ、シャロさん……?」

 

戸惑ったような金時の言葉はそこはかとなく心地よかった。ちゃんとそういう表情も出来るんだ。間違いない、金時はさっきの事を意識している。そう、意識……して……。

 

「あのシャロさん?そんな頬紅くして.......無理してまでやらなくていいんじゃないですかね?」

 

「紅くなってない!それを言うならアンタだって紅いじゃない!」

 

「それはシャロさんが妙なことをするからじゃないですか!?大体根源辿れば好き……とか無節操に言っちゃうシャロさんが悪いんですよ!」

 

「ちょっと!?今までその事は無かったことにしようとしてきたんじゃないの!?諦めるんじゃないわよ鬼畜愉快犯!」

 

「最終鬼畜姉と一緒にしないでくださいよ!?僕は至って健全かつ安全と影響を考えたサプライズしかしません!」

 

「余計質が悪いわ!」

 

ぜえぜえと互いに呼吸が荒くなる。アレ、何でこんなことをしてるだろう。全然分からない。なんて、息を整えていたら金時が口を開いた。

 

「もう何か空気もへったくれも無いんで聞いちゃいますけど結局あの言葉って何だったんです?深層心理では僕にぞっこんだったり?」

 

「そんな訳ないでしょ……。と言うか何でそんな自信満々みたいな体で聞いてくるのよ……」

 

「いやでも僕はシャロさんの事好きですよ?」

 

「その心は?」

 

「揶揄うと面白いですし」

 

「やっぱり」

 

「でも可愛いのは本当ですよ」

 

「不意打ちで口説こうとするな!」

 

やっぱダメでしたか……と悪びれる事も無く呟く金時。今のさっきで勘違いの再生産を行う気なのか。しかし結局のところ互いに本音は言ってないので真意は闇の底……。まあ世の中はっきりと解決せずに有耶無耶にした方が良いこともあるのかもしれない……と達観した気分でいると、「てか話は戻りますけど、全ての元凶ってやっぱ僕の姉じゃないですか?」と思いついたように口にした。

 

「シャロさん、もしかしなくとも昨晩カフェイン摂取しましたよね?」

 

「ええ、千夜に謀られて。……そう言えば良い感じに言いくるめられてアンタの部屋に行ったような……」

 

「……犯人はどうやらこの場ににいないようですね」

 

何故だろう。何か、奇妙な一体感を感じる。風、確かに吹いている、西から東へ。

 

「早くしないと太陽が昇っちゃいますし.......行きますか、シャロさん」

 

「そうね、行くしかないわ」

 

もうそろそろ夜明けだ。窓の外から流れてくる春暁の肌寒い空気に身を委ね、私は金時と共に廊下を歩く。向かうのは千夜の部屋、目的はこの悪戯への真っ当な仕返しだ。

 

こんな面倒事を引き起こしておいて、タダで済むとは思わないわよね千夜?

 

 




サブリミナル効果って怖いね。

Ps.作者の活動報告にこの作品に恋愛っている?みたいな内容の意見箱がありますので目を通して戴ければ幸いです、コメントしてくれるととても嬉しいです。……規約に引っかかってないよね。


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黒い胡蝶蘭は斯くして蕾を広げる

お久しぶりです、色々とごちゃごちゃやってましたが投稿することが出来て良かったです。

そして、恋愛タグ遂に入れちゃいました。もう取り返し付かないですからね、フラグの無い暴力をお楽しみ下さい。


 

シャロさんがウチに泊まって今日で三日目となった。ついでに長かった春休みも今日で終わりである。無念。

 最初こそ落ち込んでいたシャロさんだったが、今では甘兎庵で働きつつ新しいバイトを探している。というか昨日は二件もバイトの面接に行ったようだ、相変わらずフットワークが軽い。「甘兎庵じゃダメなの?」と姉は上目使いで訊ねたものの僕と姉に同僚として絡まれたくないので嫌とのこと。解せぬ。

 

 そんな訳でシャロさんのお泊り会は今日までとなる。本当は昨日で帰る予定だったらしいけど、昨日も予定が何もない上に家も隣とあって普通に泊まっていた。実際一旦帰っても夜にウチの風呂場を借りてくるんだから変わらないしね。というかもうシャロさんは甘兎庵で暮らせばいいんじゃないだろうか。何せシャロさんの私室まである始末である。それにお祖母ちゃんはシャロさんの御両親とも面識があるようだし、近所ということでシャロさんの事をお願いされているようだ。ホントもう住めばいいんじゃないだろうか。

 

 それにしても。

 シャロさんについて考えるたびに僕の脳裏には昨日の早朝の記憶が思い浮かぶ。──ぶっちゃけると「好き……」と言われたのは初めてのことであったし、何より寝言な上にその相手はシャロさんではあったが中々に嬉しいものだった。疑似恋愛でもした気分だった、いやそれはギャルゲでかなりの場数を踏んでいると自負しているけども。やはり現実は熱量が違った……本物の言葉ではないのが悲しいところだが。現実でも虚構恋愛をしていると如何に。

 こうして考えるとクラスメイトが馬鹿みたいに「彼女欲しい~!」と叫んでいるのも納得のいくものがある。恋愛というのはきっと一種の麻薬のようなもので、それは互いに互いを想い、受容し、求めることで成立するのだろう。人はみな依存できる異性というものを上辺ではどれだけ否定しても欲しているのかもしれない。例えそれが画面から出ない相手だろうと。うん、ここでオタクの話をするのは何か間違っている気がする。今のはなしで。

 

 まあここまで来ちゃった訳だし正直言うと、僕も彼女は欲しい。今まではきっと僕も一般的な中学生に漏れず、自分の心に鍋蓋を敷いていたのだろう。だからこの感情がシャロさんの寝言告白事件によって一気に爆発してしまった感があるのは否定できない。

 ただその彼女像があまりにも漠然としていて彼女とかそういうのが考えられないのも事実だった。二律背反かもしれないけど多分世の中の恋愛弱者はそういうものだと思う。加えて恋愛を非現実的なものとして捉えているためか、寧ろ相手に求めるハードルが上がって更に恋愛という概念が昇華しているまである。何これ、いつから恋愛って無理ゲーと化したんだろう。自分で自分の首を絞めている感覚すらある、アレ、もしかして詰んだ?

 

 と言う訳で。そんな自身の緊要な願望に気付いてしまった僕は、真面目に仕事を熟しながら身の回りの人間関係について思い返さざるを得なかったのである。

 

 まず一番に出てくるのは姉。名を宇治松千夜、正真正銘の僕の姉であり鬼畜和菓子の二つ名を冠している女の子だ。性格はともあれ、容姿に至っては言うことは無く大和撫子を体現したようなプロポーションを持っている。大和撫子と称するにはちょっと童顔気味ではあるけど後数年もしたら立派な身内贔屓なしに美人へと成長するだろう。

 確かに僕の有する小さい人間関係の中では一番気が合っているような気はするけど、だが姉だ。姉である。この一点だけで最早語る必要が無い程の障害が伺える。パトラッシュ、近親相姦は業が深すぎるよ……ってことで何も言うこと無し。次。

 

 姉、と来たら次点で出てくるのはやはりシャロさんだろう。付き合いも家族を除けばダントツで長い、容姿もどこかの貴族令嬢を思わせるような気品さのあるまごうことのない品行方正な美少女だ。ただしメンタルは少し弱く、リゼ教(狂)でもあるのが偶に傷だけど。

 だが恋愛と考えると、何だか違う。あまりにも身近すぎたからだろうか。そもそもシャロさんは揶揄われたときの表情の方が印象的過ぎて中々そういう風に考えることは出来なかったし。向こうもそういう感情が突沸してくることは無いと思う、却下の方向で。

 

 後はこの春に出会ったいずれも違った可愛いらしさを持ったチノ、リゼ、ココアさんだが……ココアさんについてはまず一回しか会ったことないので実際は良く知らなかったりする。でも見た目通りの性格でとても明るい雰囲気はあった。うん、全然情報が無いから語ることも特にないや。

 「なんか扱い酷い!?」という脳内ココアさんの悲鳴を聞き流しつつ次に浮かんだのはリゼ。あの時は場のノリで決めてしまったが、年上なのに敬称無しとはどうなのだろうか……と悩んでしまう個人的に今一番どういう扱いをすればいいか分からない存在である。生真面目なので基本はまあ揶揄う方向で方針は決まってはいるけど。恋愛対象としてはミリオタ気味なのでそういう目ではちょっと見られないなぁって感じである。ノリで一回告白したけども。今気づいたけど僕、ノリでやらかし過ぎでは?

 

 そしてラビットハウスのドンと言えばこの人、香風チノだ。小さくマスコットのような背丈ながら日々背伸びしてカフェを回していたスーパー女子中学生である。怪奇!喫茶店の喋るウサギと腹話術と言い張る美少女店主!と掲示板でも話題である。ちなみにスレ建てしたのは僕、レスは一つも付かなかった。今日もラビットハウスでは閑古鳥が鳴いている。

 だがだがしかし。知っての通りチノはその小学生みたいな体躯もあって、イマイチ恋愛対象というよりは近所の妹的な扱いになってしまうのである。それにチノは僕に対しては好意的どころか毒舌だ、うん、無理。確実に駄目だ。

 まあそういう訳で、どうにも僕の周りは容姿端麗ながら少し変わった女の子しかいないのである。

 

 

 ──と、そこまで考えたあたりで僕は思った。

 出会いがないなら作ればいい。この時代ネットを使ったりすれば簡単に出会えるのだ。出会いは、作れる。

 

 と。そんな理由もあって仕事を終えた僕は取り敢えずパソコンを開いた。出会い系サイト──は流石に怖いので、最近流行りのSNSにでも登録すれば何とか相手も見つかるのではないかという、まあ。我ながら浅い魂胆である。

 しかし有名SNSにアカウント登録しようとURLを開いたとこ、そのページはブロックされてしまう。……画面を見るとアクセス制限されているらしい。いや初めてこのパソコンにフィルターが掛かってるの知ったんだけど。てかなら何で掲示板にはアクセスできるの。

 

 全く以ってこの不遇には納得いかない。金時は激怒した。金時にはパソコンが分からぬ。しかし金時は人一倍悪意に敏感であった。

 いや、しかし姉に相談したところで僕以上に機械音痴であるので時間の無駄だよなぁ。そう思って、残ったのは必然的にこの家に泊まっているシャロさんだった。

 

「何よ?私も今忙しいんだけど」

 

 即断決行してシャロさんの私室に行くと、シャロさんは只ならぬ雰囲気で机にあるスーパーのチラシを熟視していた。横にはシャロさんの横顔をずっと円らに観察する姉の姿もある。いや本当に何してるんだこの姉。偶に長年寄り添ってきた僕でも分からないUMAみたいな行動を取るときあるな本当に。

 

「実は僕のパソコン、今日気付いたんですけど年齢フィルター?みたいなのが掛かってて。そこでシャロさんに御助力をお願いしたいなぁと思いまして」

 

「お姉ちゃんに任せなさ~い!」

 

「絶対僕のパソコンに触るなよ、絶対にだ」

 

「えーっ……」

 

 アンタが触ったら確実に変なことになるからやめて。具体的には設定がグチャグチャになって無茶苦茶になる。カオスは御用じゃないのである。分かったらそのキーボードをカタカタする仕草を今すぐ止めろ。

 

「でも、私も別にパソコン詳しくないわよ」

 

 シャロさんは未だチラシから目を離さずに髪を弄る。そう言えばそうだった、シャロさんはそもそもパソコン持ってないんだった。何せ風呂すら無い家だもんなぁ……。

 「何よその目は……」と機嫌を害したような呟き無視して僕は心の中でシャロさんに不憫ポイントを100点あげた。ちなみに500点で甘兎特製きんつばをプレゼントである。

 

「ところで仮にそのフィルターを解除できたとして何する気なの?」

 

「いやちょっと……SNSにでもアカウント作って甘兎庵を盛りあげようかなぁと」

 

 思わず逃げてしまった。いやでも姉とその幼馴染に「いやぁちょっと僕も彼女欲しくなってまいりましてなのでちょっくらSNSでナオン一本釣りでもしようかなぁと思ったんですよ~お恥ずかしながら」なんて宣われる訳がない。僕はまだ小学生気分で一緒に風呂に入ろう誘ってくる姉とは違って羞恥心くらいは備わっているのだ。

 それにしても我ながらとても良い言い訳が出来たと思う。実際甘兎庵のSNSを開設するはかなり広告効果もあるだろうし、何とも論理的だ。うん、上出来も上出来。グラミー賞でも受賞出来そうなくらいだ、グラミー賞が何か知らないけど。なんて思っていると姉が口を開く。

 

「それ良いわ~!私もやりたい!」

 

「中二病的な言葉を使わないと誓うなら良いよ」

 

「グッ………………いいわ!受けてたつわ!」

 

「いま凄い迷ったわね……」

 

 しまった。まさか中二病ワード禁止でも引き受けるとは考えてなかった。無条件で断っていれば良かったな。これは失敗したかもしれない。

 と、自分の発言を悔やんでいると姉は「それで?」と不穏な言葉を発してきた。

 

「えっと……それで、とは?」

 

「お姉ちゃんだから分かるわ。今誤魔化したでしょ?」

 

 そう話した。思わず僕は姉の持つ翡翠色の瞳に覗き込まれる。数秒間、互いに互いの目を直視するような水面下の攻防が続く。

 そして暫く経ち、先に白旗を上げたのは僕だった。

 

「……はい。甘兎庵のアカウント作るって言ったのは嘘です……が何か文句ある?」

 

「うわっ光の速さで開き直ってる……」

 

 よくよく考えれば僕は別に真実を言う必要性は無いんじゃないか?恋愛したい!彼女欲しい!なんて姉に言える訳も無いし。寧ろ人間として正常な欲望である、よって黙秘権を実行する!

 

「真実を開示して。そうすれば許してあげるわ」

 

「はい。ごめんなさい」

 

「アンタたち上下関係あったのね」

 

 いやまあ基本的にはないけど。こういう時の凄みを醸し出した姉には弱いのである、本人は無意識らしいけど。これだから天然って怖い。

 

「……で、本当は何をしようとしてたの?」

 

「いやあのちょっと……ネットで女の子ゲッチュ!みたいな?もう良い年齢だし彼女の一人や三人くらい欲しいな!みたいな?」

 

 我ながら酷い言い分だ。こんなんになるならメーカーのコールセンターにでも電話すればよかった。

 見ると、姉とシャロさんは絶句している。正確に表現にするなら、シャロさんはまたやらかそうとしたな……と言った様子で呆れていて、姉は無表情で、何を考えているか分からない。……何だかまた一波乱が起こる気がしてならないのは何故だろうか。しかしこの場において、僕には発言権は無い。覆水盆に返らず、そんなしょうもない諺が脳裏を過る。現実逃避の顕れである。

 

 嵐の前の静けさの如く、一分間の沈黙が過ぎた。──まだ誰も動かない、なんて僕らしくも無く油断をしていたのだろう。唐突に姉は徐ろに僕の頬に触れる。その手は暖かく、そこはかとなく慈愛が籠っていた。

 

 

 

「金ちゃん……じゃあお姉ちゃんはどうかしら?」

 

「……へっ?」

 

 ──そして、とんでもない爆弾発言をしでかした。僕は硬直する、ついでに言うとシャロさんも固まった。今度は完全にフリーズしたようだ。いやそんなこと、ってかそれはやべえって。パない、マジパなくてヤバいから常考。

 これでも一応姉とは斯く13年の付き合いであるので自然と分かってしまう。ロマンチックもヘチマも無い空間なのにも関わらず、上気して紅く染まった頬。今にも一筋の雫が滴りそうな潤んだ瞳。緊張でぎこちない小さな息遣い。あ、これマジだ。僕は確信した。

 

「……いいえ、今のはちょっとズルだったわ。言い直させて頂戴。

──金ちゃん、好きよ、異性として。私と付き合って」

 

 それは、コチラが恥ずかしくなってくる程の男前で、何ともストレートな告白だった。異性として意識されている、それは本来嬉しいはずの感情だ。事実、今の僕は非常に熱い。まるで夏中の砂浜に立っているような感覚。緊張、虚を突かれた初めての告白。その硬くなった相貌からは十二分に真剣さが伝わってくる。普段一緒にいるのに全く気づかなかった──なんて、野暮な事は一切考えられない程に真面目なシーン。

 しかし、だがしかし。僕と宇治松千夜はどれだけの言葉を費やしても実の姉弟であってして、血族なのだ。その事実は幾ら歪めようとしても変えることは出来ない。

 

 確かに僕も、家族ではなかったら靡くくらいには姉は魅力的である。それは当然だろう。何だかんだで、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花を体現しているのだ。性格だって僕と似通っている。鬼畜染みたところはあるが根本は優しい心の持ち主なのだ。

 ──そう、僕だって姉の事は好きだ。だけどそれは姉として、家族としてであって一人の女の子としてではない。何よりそれはいけないことだ。姉が幸せになれない。姉弟で恋愛関係になるなどこの社会では言語道断で、僕がそれを受け入れれば姉は世間からは好奇と偏見の目で見られることとなる。それは僕は嫌だ。僕の望むことではない。社会から虐げられる姉の姿など見たくない。

 

 勿論こんな考えはただの方便で、欺瞞で、エゴイズムだ。僕は自分でも致命的なくらいに分かっていた。正しい形は人それぞれで、見え方もそれぞれ違う。兄と妹で恋愛と言うのは虚実ではなく、現実にあることなのだ。そういうカップルだって世の中にはごく極少数ながら存在している。世間は未だ冷たいながらもLGBTを許容し始めている世の中なのだ、元々男女である姉弟が恋愛しても受容して暖かく接してくれる人間も多いかもしれない。そう、結局は気持ち次第なのだ。それも姉のではない、僕のだ。

 

 心臓の鼓動がバクバクと急かす。まるで早く答えろと言わんばかりに。言われなくても僕だって答えは整った。姉は一世一代の覚悟でこの場に臨んでいるのだ。ならば、僕もそれに礼儀を払うのが道理だろう。拳を握り締めて、重い唇を無理矢理動かした。

 

 




胡蝶蘭の花言葉は純愛。黒色は無いそうです。
今回はここまで。そこそこ次回は早めの予定です。


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太陽は春に終わりを告げ舞い上がる

読者様の評価と感想で割と生きてます。栞やブクマも美味しい。


「お姉ちゃん……ごめん。お姉ちゃんとは付き合えない……」

 

「……そっか」

 

 姉の言葉は予想以上にとても軽いものだった。しかし、なんて憑き物が取れたような晴れやかな表情をしているのだろう。

 僕が何も言えないでいると、姉が続けて言った。

 

「……決めたわ。私、金ちゃんを落とすわ!」

 

「「……え」」

 

 シャロさんと思わずハモってしまった。いやでも仕方ないでしょ、まさかだよ?誰だって断られて間を置かずに諦めないと意志表明するとは思わないでしょ。

 

「部外者が口を挟むことじゃないかもしれないけど.......千夜、本気なの?」

 

「ええ。絶対に落とすわよ、これからはグイグイ攻めてくから覚悟なさい!そう甘兎庵次期社長の名にかけてね」

 

「ちょっと待った、覚悟云々はともかくそれは僕の肩書だから」

 

 思わず声を上げてしまう。幾ら告白されて振った後とは言えどそれだけは譲れない。

 

「それにシャロちゃんは部外者じゃないわよ」

 

「えっ?」

 

 僕の訂正を無視して話を続ける。何だか急にいつもの空気に戻ったような気がして少し肩の荷が下りた。いやほんと、心臓に悪い。

 

「シャロちゃんも金ちゃんに告白してるじゃない?」

 

「私が金時に?……ってああああぁぁぁっ!」

 

 多分これは昨日の朝のことを言ってるのだろう。いやしかし、何故姉は知っているんだ?僕もシャロさんも喋ってないはず……。

 なんて未だ熱が残った思考でぼーっと考えているとシャロさんに肩を組まれた。

 

「作戦ターーーイム!」

 

「えっ!ちょ、シャロさん!?」

 

 スタスタスタと早足で部屋の外に出て、ピシャリ!と襖を閉めた。ヒンヤリとした廊下の空気とは対照的に今この場では切迫とした情調が急遽発せられている。

 

「アンタ……まさか千夜にあの朝のこと喋ってないわよね?」

 

「そんなまさか……僕だって気恥ずかしいですし、特に他意の無い寝言だとはいえ色恋のアレコレを言い触らすようなことしませんよ」

 

 これでもやって良いことと悪いことの一線は弁えているつもりである。それにアレは事故だ、気にする必要は無い。──無いのだが、シャロさんは明らかに機嫌を損ねたような顔をした。

 

「何よ……そんなに魅力が無いっていうの」

 

「いえ、そういう訳じゃなくてですね」

 

「私だってこれでも色々気を遣ってるのよ?化粧とかスキンケアとか髪の毛とか……大体100円ショップで揃えてるけど」

 

 頼むから当然のように世知辛い補足を口にしないで欲しい、言葉に詰まるから。

 すると、襖がズズズと勝手に開いた。内側から姉が開けたようだった。

 

「シャロちゃん!私の金ちゃんを口説かないで!」

 

「口説いてないしアンタのでもないでしょ!?」

 

「……"アンタのでもない"?もしかしてシャロちゃん本当に……」

 

「いや違う!違うから!」

 

 顔を赤くしながら慌てて必死に否定するシャロさん。何だかそんな一生懸命に否定されるとまるで僕まで否定されてるみたいで悲しくなる。ちょっとラノベとかのヒロインの気持ちが分かった気がした。

 

「それよりお姉ちゃん、何で昨日の朝のこと知ってるの?」

 

 流石に色々と可哀想に思えてきたので、シャロさんに助け舟を出すついでに気になっていた事に触れる。姉は確かにその時、すやすやと気持ち良さそうに快眠していたのを僕とシャロさんはこの目でしっかり見ている。

 しかし姉は答えることなく無言で懐から何故かスマートフォンを取り出した。そしてアプリを開くと、画面をコチラに見せる。

 見る限り録音アプリのようだった。姉は何も言わず微笑みながら再生ボタンをタップした。

 

『金時……好き』

 

 それは聞き間違いようも無い。昨日の朝のシャロさんの寝言告白だった。

 

「ね?」

 

 姉は軽くウインクした。いや。ね?じゃないが。

 てか何?この姉、もしかして夜寝ている間ずっとスマートフォンで録音してたとか言うつもりなの?本気で怖すぎないそれ。

 

「三人で寝るの久しぶりだしなにか起きるかと思って♫」

 

「アンタ本当に何やってんの!?」

 

 シャロさんは驚きやら羞恥やらで忙しなく表情をコロコロと変えながらもそうツッコむ。これに関しては心底同意である。

 

「それにしても五時間分の録音データを頑張って聞いた甲斐があったわ~!まさか寝てる間にこんな事が起きてるなんて。もっと早くシャロちゃんも起こしてくれればよかったのに」

 

「誰が起こすか!」

 

 堪え切れずといった様相を浮かべて叫ぶシャロさん。それにしても五時間もほぼ何もない時間の続いた録音データを聞き続けるとは我が姉ながら凄まじい執念を感じる。正直怖い。ストーカーの才能、あると思います。姉に好意を抱かれる人間はさぞ大変だろうなぁ、でもその人間が僕なんだよなぁ。

 思わず遠い目をしていると「よし!」と姉が意気込んだ声を上げる。嫌な予感がする。

 

「……どうしたの?」

 

「金ちゃんのパソコンをお姉ちゃんが直してあげようと思って」

 

「待って待って」

 

 すっかり忘れていた。そうだった、僕がこの部屋に来たのはシャロさんの助力を得るためだった。

 だがこの姉の妙な張り切りよう……何だか怪しい。先程の告白で吹っ切れたというのもあるかもしれないが、それにしても可笑しい。長年の付き合いから分かる、これは何か他の目的があるときの顔だ。

 一瞬でそれらを感じて反射的に引き止めてはみたが、姉は心底不思議そうな顔をした。

 

「金ちゃん?何で通せんぼするの?まさか……好きな女の子に悪戯したくなっちゃう思春期故の衝動!?私はいつでもオーケーよ!」

 

「違うから!何でそうなるのさ!」

 

 だからそんなワクワクとした表情をするのは止めて。さっきのしおらしさはどこ行ったの。

 

「そうじゃなくて、もう率直に聞くけど僕のパソコンに何する気なの?」

 

「?直すだけだけど……あとついでにネットの履歴とか保存されてるファイルの中身とか見ようかなぁと」

 

 有罪。情状酌量の余地無しである

 いや、そんな冗談を言っている場合じゃない。僕は悟られないように息を呑んだ。僕だってそりゃあ多少人からは自己主張しない人間だと思われているけども、男である。男だ。Manなのだ。

 何が言いかといえば、これは至極当然の帰結であって。──まあつまりは。同性ならまだしも異性に話すのはかなり憚れるような画像や動画くらい、プライベート機器に入ってて何一つおかしな事じゃないのだ。それは何故なら僕は男だから。男ならば世から隠れ人から隠れ、そういうものをマジマジと眺める権利があって当然なのはフランスの権利章典にも書かれている。ましてや僕は男子中学生、世間一般的に見れば思春期真っ盛りな物憂げな男である。そのくらいの年齢ならば決してそういうジャンルに興味を示すのは悪いことではなく、却って健全とも言える。

 

 だから僕は何も悪くないし否定される謂れは無い──とつらつら心の中で自己弁護しつつ、滲み出た冷や汗を袖で拭いた。

 

「ま、まあ良いでしょう……!そこまで興味があるならこの宇治松金時、何も隠すことはしません!」

 

「わーい」

 

「……私は興味無いわよ!?」

 

 それとなく喜ぶ姉を傍目にシャロさんに視線を送り続けると、焦ったようにそっぽを向かれた。あらあらあら照れちゃって可愛い。

 勿論、僕はこの二人にそんな卑猥なアレコレを見せる意思は無い。それはそうだ。純真な女の子二人(片方は疑わしいところではあるけど)に余計な知識を与える理由などこの世にあるのだろうか、いやない。もしあるならそんな世は滅べば良いと思う。

 

 そんなわけで、二人を引き連れ部屋に戻ってくると早速パソコンの電源を付ける。数秒でスタート画面が表示されると僕のデスクトップ画像が顕わになった。

 

「……月食の画像?思ってたより普通ね」

 

「アニメとかゲームの画像じゃないのかしら?」

 

「いやいや、パソコンのデスクトップ画面はシックで落ち着いてる方が僕も精神的に安心出来るんだよ」

 

 と言ってはみるけど真相はなんてことはない、ただのカモフラージュである。態々自身からオタクオーラを放つ必要性も無ければ、美少女キャラのデスクトップ画面なんて逆にそわそわする。別に推しキャラに会いたくなったらゲームなりアニメを見れば良いだけであるだけだし、常に目に触れているよりそっちの方が恋人感があるまである。

 そんな事とは露ほども知らない二人は特に何も言うことなくカチカチと僕のマイコンピューターを開く。そこには僕のダウンロードしてきた画像やら動画が入っている。

 

「千夜、何も無いわよ?」

 

「え……?」

 

 シャロさんの言葉に意外そうに目を見開く姉。心外である、まるで僕が如何わしいものを懐に持っていたみたいじゃないか。てか存外乗り気だなシャロさん。

 ともあれ、茶番はここまでにして。真実を溢せばただ外付けハードディスク、僕が宝船と呼んでいるそれにデータがあるだけである。僕はいつも宝船を接続してパソコンを使ってるのだ、なのでマイコンにデータが残ってるはずが無い。だからこそあんな発言が成り立つのである、今ほど自身が石橋を叩いて渡る慎重派で良かったと思う事は無い。

 

「そう言えば金ちゃん、パソコン使ってるとき毎回変なのを筐体の横に差してたような……」

 

「それよりアクセスフィルターを直してくださいよシャロさん!ほんっっっとうに困ってるんですよ!」

 

「分かった、分かったわよ。やれば良いんでしょやれば」

 

全くもう……、そう呆れながらもマイコンを閉じてコントロールパネルを開いた。いや危なかった……何でこういう時だけ無駄に聡いの本当に。姉がパソコン知識に疎くて良かった、もしハードディスクとかUSBハブとかいう単語を知っていたら確実に僕の社会的地位は奈落に落ちてた。男子中学生ならエッチなものを持ってて当然だしバレても平気?んな訳あるかボケ。

 

「……これかしら?」

 

 ブツブツと言いながらシャロさんはクリック回数を重ねていく。どうやら少し難航しているみたいだ。

 

「シャロちゃんシャロちゃん、ここはラマーズ法よ」

 

「そ、そうね。ひっひっふ〜……って何でよ!?」

 

 器用にもノリツッコミしながらも作業を続けている。シャロさんには芸人の才能があるのではないだろうか?姉がボケでシャロさんがツッコミ……なんか普通に漫才大会出たらさらっと優勝しちゃいそうで怖い。

 性懲りも無くしょうもない事を考えていると「ああ、なるほど……」と何か納得気に呟いた。

 

「金時、多分ここにパスワード打てば制限解除出来るけどアンタこのパソコンの管理者パスワード知ってる?」

 

「うん、それなら覚えてる」

 

 僕はシャロさんの隣に座り「I_ love_sharotan」と打ち込む。当然の如く弾かれる。

 

「あ、間違えた」

 

「何処をどうすればそんな間違いが起こるのよ!?」

 

 いやぁ、僕の脳味噌はポンコツCPUのようでして。ほんと申し訳無い(棒)。

 次はちゃんと正規のものを打ち、OKボタンを押すと設定変更が適用された旨のダイアログが表示される。つまりこれで出会い系……じゃなくて、甘兎庵のSNSが開設できる。

 

「流石シャロさん!ありがとうございました」

 

 僕はペコリと頭を下げる。不慣れな操作だったろうにしっかりと解決してしまうのは本当に流石としてか言いようがない。一回に一人欲しい問題解決能力である。

 

「まあこれくらいなら当然よ」

 

「シャロちゃん、頬がニヤけてるわよ?」

 

「────!千夜のばかぁ!」

 

 あ、恥ずかしくなって部屋から脱兎の如く逃げてしまった。シャロさんの羞恥による叫び声だけが耳を劈く……叫ぶのは店に迷惑だから止めてほしい。幸い今の時間はそんな客いないだろうけど。

 

「……二人きりね?」

 

 意味深に姉はそう言った。確かに住居スペースには今姉と僕しかいなかった。僕は「じゃあトイレ言ってくる」と言い残して立ち去った。自然の道理である。

 

「つれないわね……」

 

 そんな姉のボヤキが聞こえてきたが聴こえなかったフリをした。僕は難聴系主人公なのだ。

 

 

 

 

 

 春は過ぎ去る。過去も今も置き去りにして、残酷にもは昆虫は目覚め始め、桜はその幹に花をつける。和らいできた寒さからは新たな春の息吹すら感じることが出来た。

 窓を仰ぎ見れば日は高く、自己を雄弁と主張している。これからは俺が主役のシーズンだとでも言いたげに寒気を一掃しジワリジワリとその距離を縮めてくるのだろう。

 

 学生である僕は今日が終われば再び夏までの学校生活を課されることになる。それはとても平坦で、何も無い日々。出会いを繰り返した春の日々とは一線を画す無気力感と虚無感に遭遇することになるだろう。

 そうだ、僕は日陰者だ。楕円上の人間関係の輪には属さず、お気に入りの本を持って一人で読書を進める。そこに疑う余地が無ければ、あるのはそれが最適解だと信じる僕自身の願いだけだ。

 人間関係なんて所詮は欺瞞だらけで、空いた穴は誰も塞ごうとしない。上辺の関係。一番友好的な他人。ならば無くても変わりは無いじゃないか。

 

 だけども僕は気付いてしまった。僕はそんなカビ臭い無味な観念を壊してくれるような出合いに憧れている、そんな単純な事に。本物の関係なんて存在しないかもしれない。偽物の関係は確かに本物になり得ないかもしれない。──でも偽物が深まるたびに本物に近似していくかもしれない。それは僕にとって推測では無く、願望だった。誰のものでも無い、僕だけの願望。人を信じて、人から信じられるような、そんな心地良い関係。もしそんなのがあったのならどれだけ僕は幸福なのだろう、なんて無意味と脳の奥隅では理解しつつも思ってしまう。

 

 少なくとも姉は僕のことを信じてくれた。言葉にはしないがシャロさんだってそうかもしれない。本物になりたいなら、大事なのは僕自身が信じるということ──きっとそんな簡単な事実からも僕は逃げ続けてきたのだろう。

 

 ならば、向き合おう。疑うのもこれからは無しだ。僕は宇治松金時で宇治松金時は僕だ。僕を満せるのは僕しかいない。

 

 ふと、陽の光に当てられて黒曜石の如く輝く栗羊羹がそこにはあった。何となく食べたい、そう思った僕は摘んで口に入れると甘いこしあんの風味がふわりと拡がり、甘い空気が鼻から抜ける。……でもやはりこの甘味は苦手だ。

 しかし、偶にはこういう日もあって良いかもしれない。酸いも甘みもあってこその人生なのだから。

 

 

 

 

 

──そしてその日、お婆ちゃんが倒れた。

 

 

 




年単位で空いたにも関わらずここまで見てくださった方は本当にありがとうございました。
次からは金時が中2、千夜が高1になります。


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揺蕩う青春の多角形
再会の挨拶はまるで甘酸っぱいレモネード



まさかランキングにまた入れるとは思いませんでした……ありがとうございます!
今回は導入なので少々短め、あとチノ目線になります。


 

 香風チノはまだ低い位置で街を照らしている朝日を肌で感じながら欠伸をした。反射的に開いた口を手で押さえる。

 

 4月4日。

 それが今日の日付だった。学年が二年生に上がって、最初の登校日である。久しぶりの学校はどんなだろうか、クラス替えはどうなってるんだろう──そんなことを考えていたら柄にもなくウキウキと心は弾んでしまい、昨日は寝るのが遅くなってしまった。

 

 それにしても。チノは川のせせらぎを眺めながら春休み中のことを思い出す。

 ──春が賑やかになったのはココアさんが来たのもあるけれど、金時さんが良く来るようになったのもある……あまり認めたくないけど。

 ホームステイとしておっちょこちょいの女の子が来たのはチノとしても正直嬉しい出来事だった……素直に口にすることはないが。年上なのに自分より落ち着きが無くて、それでいて自分とは真反対なほどに明るい性格で。まるで太陽みたいな人だ。もし姉がいたらこんなんなのだろうか……なんて、そんな言葉は絶対に胸に仕舞っておくつもりだ。調子に乗られたら困るし。

 

 だが、それと引き換えに甘兎庵の長男に対する感情はあまり芳しいものではなかった。チノにとって、男と言うのもあるがそれまで接した中で新しいタイプの人間で。人を揶揄ったりするのが好きで、和菓子屋の息子なのに甘いものが苦手。特に前者は、チノにそこそこの苦手感を抱かせるには十分なものだった。だから客として来ても自然と、今までの自分からは考えられないほど汚い言葉が自然と出てきてしまう。それはチノにとっても不可解で、リゼには「頼むから前の純粋なチノに戻ってくれ……!」と本人の前で懇願されてしまった。チノとしては自分が悪魔か何かに変わった自覚は無いので非常に遺憾ではあったが。

 

 ともかく、いつもよりも幾分か濃厚な春休みを終えて、それとなく充実感もあったのも事実で。

 

「……悪くありませんでしたね」

 

 ポツリと零れた、情感の籠った呟きは朝の澄んだ空気に溶けて消え行った。

 

「チノ~!久しぶり~!」

 

 と、久しく聞いてなかった少女の声が通学路に響き渡る。チノは長い髪を靡かせながら肩越しに振り向くと、朝の静かな街並みを走ってくるショートカットの藍色の髪が特徴的な友達の姿が目に入った。

 

「おはようございますマヤさん」

 

 マヤ、と呼ばれた少女は直ぐにチノの元へと追いつく。自ずとチノの隣へと並んで歩く形となる。

 

 チノにとって条河マヤとは中学一年以来の付き合いであり、数少ない交友関係を築いている内の一人である。性格は至って元気そのもので、良く学校生活を過ごすチノとマヤともう一人の少女とで構成されたグループの中では良くアクティブに他のメンバーを牽引している。チノにとっては無くてはならない日常のひとつである

 

「おはようチノ!春休みどうだった?」

 

「そうですね……カフェで仕事してました」

 

 脳裏に金時やココアの姿が浮かぶが、無視して言葉を紡ぐ。

 

「何それ、つまんなーい!でもまあ私も似たようなもんだったけどね」

 

「マヤさんはどうだったんです?」

 

「私は勉強ばっかだった.......お母さんが「春は追い込みの時期だからね!」って家庭教師の人を呼んできてさ、ホント大変だったよ……」

 

「それは大変でしたね」

 

「まあ週2回は抜け出してたから良いんだけどね!」

 

「何かマヤさんらしいです」

 

 寧ろマヤさんがずっと大人しく授業を受けている姿が全く想像できない。といってもその成績はとても優秀で、普段の振るまいからは全く想像できない一面があるけども。

 

「チノちゃん~マヤちゃん~待って~!」

 

 すると、そんな間延びしきったおっとりした声がチノとマヤの背後から聞こえる。チノが背後を見れば、見知った形相の少女が息を切らしながら走ってくるのが見える。──それは学校で良く絡む三人グループの最後の一人、奈津メグミだった。愛称はメグである。

 

「ぜぇ……ぜぇ……──マヤちゃん、置いてくなんて酷いよぉ」

 

 追いつくと肩で呼吸しながら、マヤに文句を言った。それをマヤは笑いながら。

 

「あははは!ごめんごめん、でもチノのところまでかけっこ勝負だったし仕方ないよ!」

 

「一方的に勝負仕掛けてくるのはあんまりだってー……」

 

 全く反省する様子無く自分まで気持ち良くなってくるような清々しい笑顔と、それに振り回された少女の膨れっ面を見たチノはどこか懐かしい気持ちになる。

 

(春休みは一か月も無かったのに……何だか不思議な気分です)

 

 それはチノ本人は自覚していなくとも、何だかんだで充実した春休みを満喫していたことに他ならなかった。

 

「そういえば二人とも春休みの宿題やった?」

 

 私は最初の一週間で終わらせたよ!と胸を張るマヤ。

 

「私もやったよ~昨日何とか」

 

「それギリギリじゃん!」

 

 メグはそのマイペースな性格の通り、春休みの終わる直前までやっていたようだった。チノはその光景を想像して、メグらしいなと思ってしまう。

 

「チノちゃんは?」

 

「私も最初の方で終わらせました」

 

 そう何事も無い風に言ってはみるが、理由はあった。春休みのとある日、無駄に自分のコーヒーを飲みに来ていた金時が話の流れで宿題は早めに終わらせる主義と言い放ち、あろうことか春休みの宿題も既に終わっていると宣ったのだ。決してそれに興味はないし張り合って訳でもない!が、気付けばその日に内に宿題を全てを終わらせていた。まああの人より遅れているのは何だか気に食わないという感情だけは確かだろう。

 

「ふっふ~2対1だねメグ。それじゃあ罰ゲーーム!覚悟してよ~?」

 

「えっ!いつの間にそういう話になったの!……チノちゃんはこっち側だよね……?」

 

「メグさん──とても良い人でした」

 

「既に亡くなっちゃってる!?」

 

 なんて、久々に互いに会えたからだろう。女子中学生らしくはしゃぎながら歩いていると、直ぐに中学校には着いた。

 昇降口の前の扉には大きくプリントされた紙が貼りつけられていた。そう、クラスの振り分けだ。チノはその紙を目にして自身の心臓が早鐘を打つのを自覚する。──もし。マヤさんやメグさんとクラスが違ったら、私はまた独りぼっち。そんなのは──嫌だ!

 

 込み上げる不安を必死に抑えていると、不意に金時の事を思い出した。さて、チノがよくよく思い出してみると去年の金時は常に一人だった。体育の時は必ず余り、休み時間はずっと本を読み、放課後は直ぐに直帰する。……どうにも、友達の出来なかった自分を見ているような気すらしてしまう。

 だから何かをしてあげたい、なんて気持ちは特段ある訳でもなく。なのに気付いたら、チノは宇治松の文字を探していた。

 

「あ、あった~!私たち全員おんなじクラスだよ~!」

 

「うん!やったねメグ!チノ!……チノ?どうかしたの?」

 

「……い、いえ!良かったです!」

 

 その名前を探していた為にチノはマヤの言葉に一拍遅れて反応した。そんな焦ったようなチノの顔を見てマヤが一言。

 

「ん~怪しい」

 

「これは怪しいね~」

 

 メグもそれに同調する。

 ……別に話しても良いけど、ただこの場で話すと何か誤解されそうな気がする。

 

「そ、それより新しい教室に行きますよマヤさんメグさん。もう時間が無いです」

 

 時刻は8時15分。後5分で朝のHRが始まるから嘘ではない。

 

「ゲッ!ヤバッ!」

 

「急がなきゃ~!」

 

 何とか二人の興味を逸らすことには成功したようだった。

 チノはバレないようにホッと一息して、ついでに最後にもう一度振り分けを確認する。──宇治松金時とは、どうやら今年も同じクラスであるようだった。

 

 

 

 

 

 教室は既に多くの同級生で賑わっていた。黒板を見れば自由席のようだったのでチノはメグの前の席に座った。そしてメグの隣にはマヤが座っている。直角三角形のような位置関係である。

 

「何か見覚えある人少ないねー」

 

「そりゃ5クラスもあれば仕方ないでしょ」

 

 二人はそう言って辺りを見回す。チノもそれに続いた。

 ……本当に知っている面影は数人もいない。元々クラス内でもメグとマヤ以外の付き合いはないチノではあるが、それでも一応顔だけは知っているクラスメイトは何人かいる。しかしそれすら見えないというのはそれだけ5クラスでシャッフルした影響は計り知れないという事だろう。

 ……非常にどうでもいいけど。特に思うことは何一つないけど。その中に金時の姿は確認することは出来なかった。

 

 そうしている間にもHRの時間になり。新しい担任の先生が入ってくると、諸々の予定が説明され始める。新しい担任はチノから見ても美人で、スタイルも出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる──羨ましい。思わず、特に胴体の一部分を凝視してしまうが幾らなんでも失礼だろうと思い辺り意識的に目を逸らす。

 

 今日は午前授業だから早く帰れる。ココアさんも昼前には帰ってくるのだろうか。

 ラビットハウスの新たな住人の事を思いつつも、チノはついつい教室の扉へと目を走らせてしまう。既にHRが始まって30分。

 

(あの人……初日から何してるんでしょう)

 

 その日、宇治松金時が学校に来ることは無かった。

 

 

 

「今日のチノ、なんか変だねー」

 

「ねー」

 

 背後の二人が仲良さげにそう小さく言葉を交わしている事にチノが気付くことはなかった。

 

 

 

 





因みに分かる人には分かるかもしれませんが今回参考にしたのはとある魔術の禁書目録の文体です。
三期もうすぐですね。


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春休み明けのクラスメイト

三週間前に書き終えてたのですがイマイチ出来が自分でもよく分からなくて、寝かしたら更に麻痺したので投稿します。


 

 

 いやあ、大変だった……。僕の口からは溜息が自然と零れた。

 

 今日は既に新しいクラスが編成されて2日目だった。そう、二日目である。なのに僕にとっては今日が登校初日だった。通学路を彩る桜はこちらを嘲るように満面笑みを浮かべていた。

 

 それと言うのも全て姉が悪い。というのも今回の案件は完全に姉が発端だからだ。……いつも事の発端の中心にいる気がするけどそれはそれ。

 そんな訳で、事の顛末を簡潔に述べようと思う。

 

 それは一昨日の晩のことだった。シャロさんもその翌日から学校とのことで隣のボロい家へと帰り、食卓を囲うのは僕と姉とお祖母ちゃんの三人──代り映えのしない、いつもの顔ぶれである。夕飯も焼き魚定食とシンプルな構成、我が家の台所は当番制であるため今日それを作ったのは僕だ。手軽で作りやすいのに栄養バランスが良いのが特徴だったりする。

 我が家の食卓は粛々と進む、と言っても厳格に静かな訳でもない。ただテレビを付けながら食べるのはお祖母ちゃんが嫌らしく、またお祖母ちゃんは基本は寡黙なので必然的に僕と姉がダラダラと喋る様相となる。ただその日はそんな僕と姉の会話も途絶え、全員が全員黙々と自らのご飯を頬張っていた。

 そんな中で、姉が唐突に言った。

 

「私、金ちゃんのお嫁さんになるから」

 

 ブフォッ!と漫画みたく僕が味噌汁を吹き出したのは言うまでもなく。問題はお祖母ちゃんの反応である。

 

「……今なんて言ったんだい」

 

 お祖母ちゃんは慎重に問う。それもそうだ、超問題発言である。幼少期ならいざ知らず、姉はもう明日から高校生。発言責任というものはどうしても付き纏う年齢になったのだ。

 姉は間を置かず笑顔で再度言った。

 

「私、金ちゃんと結婚して円満な家庭を築くわ!」

 

 何でさっきより語気が強くなってるんですかね。

 にしても、姉は何故今それをお祖母ちゃんに告白したんだろう。確かにもしそういう風になったなら避けれぬ道ではあるけども、現状はまだ恋愛のエントランスロビーにすら入れてないし何なら僕は玄関の前にすら立っていない。……もしかしてこの姉、外濠から埋めてこうとしている気か!?

 これは非常に不味い、今すぐに僕はお祖母ちゃんに事の次第を丁重に説明しなくてならない。じゃないと周りがそういう風に受け止めて歳早々に人生の墓場落ちしてしまう……!

 

「あのお祖母ちゃん!これは重大な誤解を孕んだインシデントでして!僕はまだ姉とそういう関係になるのは望んでないですしそれ以前にはこんな話罷り通らないですよね!?」

 

 と、つらつらと感情的に言葉を陳列してみたは良いけど、どうもお祖母ちゃんの反応は宜しくない。そもそも今の僕の発言も振り返ってみればちょっと分かり辛さがあった。これは僕が悪い。

 少し反省しているとすかさず姉が、

 

「お祖母ちゃん!私と金ちゃんなら孫の顔もすぐ見れるわよ!何なら2年後くらいに!」

 

「いや無理に決まってるでしょ!この色ボケ姉!」

 

 なんて事を言い出すんだこの姉は。そもそも僕たちが孫だろ、とか思ったりはしたけど。まさかそんな直接的なアピールをしてくるとは思わなかった。だけどそういう交渉材料でお祖母ちゃんを屈服、じゃなくて説得するのはアリだ。流石に僕より人生経験の豊富なだけはある。

 

「お祖母ちゃんも姉弟が恋愛するのは倫理的にアウトだと思うでしょ!なら取るべき選択肢は一択ですよ!姉をどうにか説得してください!!今ならまだ間に合います!!姉の歪んだ情熱を鎮火させてください!!」

 

「私の情熱は簡単には消せないわよ!将来は甘兎庵社長私とその副社長金時として二人三脚でやって行く予定だから!」

 

「それは違うよ!!間違ってる!!大いに根幹から間違ってる!!なにせ甘兎庵は僕がイニシアチブを握ってく事になるんだからね!!」

 

「いいえ私が甘兎庵よ!将来的にはグローバルワイドな甘兎庵として名を馳せさせるわ!」

 

「いいや僕が甘兎庵だ!そんな理想主義じゃ現実は何一つ動かないよ!まずは首都圏で支持を得て事業規模拡大!ブランドを得てから地方都市に進出!そして伝説的和菓子喫茶店甘兎庵が歴史に名を残すんだよ!」

 

 なんて、熱の上がった論争をついついしてしまっていたからだろう。

 お祖母ちゃんが精神的ショックで倒れていたことに気づいたのはその数分後のことだった。

 

 気づいた僕と姉はすぐさま救急車を呼んだ。息は普通にしているにも関わらず「こ、こういう時は心臓マッサージをすればいいのよね?」とテンパりながらお祖母ちゃんの胸に手を当てる姉を止めていると、ものの数分で救急車は到着。隊員によってあわや救急搬送となりその翌日の学校など行ってる場合ではなくなった。

 

 聞いた話だけど、一過性意識消失発作というらしい。いわゆる失神。と言っても命を落とすような症例のものもあるので一括には出来ないらしいけど、お祖母ちゃんの場合はただの精神的なショックだそうだ。それを聞いた僕は心底安心した。

 しかし一応念の為に一日は検査入院した方が良いとのことで、お祖母ちゃんには事後承諾の形になってしまったが僕は首を縦に振った。

 

 こうして4月の初登校日は諸々の準備や手続きで幕を閉じた。いやなんで僕がやっているんだ?という少しばかりの疑念はあったけども家には他にいなかったので仕方ない。それに、姉も何やら友達と一緒に新学期初登校する予定だったのを断って手伝ってくれたおかげで割合楽に済んだところもあるし。因みに甘兎庵はそれでも営業中である、僕や姉やお祖母ちゃんが抜けたくらいで回らなくなるほどウチのスタッフはヤワじゃないのである。てか和菓子作りにおいては僕より出来る人も多いし。僕は和菓子以前に甘いものが苦手なので、作れないことはないがやはりお茶淹れとかの方が自分でも合っている。

 

 それにしても、出遅れたなぁ。なんて、地面に落ちた桜の花びらをつい拾いながらもどうしても思ってしまう。

 クラス割りはもう発表されているはずである。まあそれがどうであろうと学校生活において、仲の良い人間という観念が存在しない僕にとっては何一つ左右されることは無いのだけど。それでも多少心が揺さぶられてしまうのは未だ心が幼いせいなのか。……いや、確かに小学生くらいまでは純粋に楽しめた。これも大人になるならば割り切らなくてはならないのだろうか。

 

 数多の生徒に紛れて登校してみると学校はもう平常通りだった。昇降口で上履きに履き替えようとして気づく。僕、クラス分かんなくない?振り分けどうやって確認するの?

 仕方ないので靴を持って職員室へ。靴を持ってるせいで道中無駄に視線を引き寄せることになるけど、仕方がない。気分はさながら転校生だ、誰も友達がいないという点においてはピタリ賞だけど。

 職員室は思ったより賑わっていた。まだ新学期早々なので授業準備に追われているのだろう。いつも淡々と配られるプリントもこうして手間暇掛けて作成され刷られていくと思うと少し感慨深いものがある。

 

 クラスは同じく職員室にいた前の担任の教師を見つけて聞いたらすぐに解決した。呆気なく。ちょっと早めに来たけどその必要性はなかったみたいだ。その教師も僕の要件が終わると忙しなく自分のデスクへ向かい合ってしまう。いつもいつもお疲れ様です。ところで和菓子に甘兎庵はいかがですか?と、ノリで懐にあったクーポンを渡したら呆れながらも何だかんだ受け取ってくれた。顧客勧誘は基本である。

 

 再び下駄箱を経由して階段を上る。今日から、正確には昨日から中学2年生となった僕のクラスは3階。上るだけでも朝の鈍った身体では一苦労だ。そして来年3年生になったら4階になる。3階ですらかなり疲れるのに4階とかさ、年功序列で教室を段々と高い位置にするの辞めてほしいんだけど。もっと文化系に優しいユニバーサルデザインな校舎にしてもらいたい。具体的にはエスカレーター欲しい。駄目ですか、駄目ですよね。

 

 かなり疲労感を覚えつつも階段を上り終えて、妙な緊張感を感じつつも廊下を歩く。去年は二階だったので構造は同じだけども見覚えのない廊下だ。壁にあるコルクボードに貼られた掲示物は今の三年生が作ったのだろう、そういうところからも自分が異物であるという思いを引き起こしてしまう。廊下ですれ違う生徒とも見覚えない……僕が見覚えある同級生なんて極々一部なんだけども。言ってて悲しくなるねこれ。

 

 僕の教室は階段から一番奥の場所だった。最悪だ。これだと遅刻しそうになっても駆け込みセーフが出来ないかもしれない。まあ遅刻しそうになることなんて殆どないけど。何たってこちとら甘兎庵で日々早起きして仕込み作業をしたりしなかったりしているのだ。加えて仕込みをしない日は開店準備を手伝ってる、ついでに最近はもう専らこちらの方が多い。理由は言わずもがな、僕の和菓子を作る腕は凡だからである。そのフィールドに関しては僕より姉の方が全然上なのは甘兎庵の中でも公然の事実である。

 

 見慣れない教室には見慣れないクラスメイトが沢山いた。席は決まってるのだろうか……決まってるんだろうなぁ。黒板やその脇のコルクボードを確認してみるけど座席表のような物は見当たらない。これは困った。大いに困った。困り過ぎて見知ってるクラスメイトと目があった。

 

「と言うわけで教えてチノ先生〜」

 

「誰かチノ先生ですかこの不良生徒……!」

 

 開幕からdisられた。何だろう、この悲壮感。

 チノも早く来すぎて一人で黄昏れていた様子だった。それとも元からぼっちだったのだろうか……いやでも去年チノがぼっちだった記憶は無い。ってことは友達がいるんだなこの裏切り者!

 と、僕は聞きたいことを何一つ聞いてないのを思い出す。完全に忘れかけてた、危ない危ない。

 

「僕休んだから分からないんだけどこれって席決まってたりする?」

 

「……いえ、自由席です。分かったらさっさとあっち行ってください」

 

 しっしっ、とでも言いたげな相貌に少なからず傷付きながらも空いてる窓際の角席を陣取る。皆さんご存知そこはラノベ主人公専用席だ。しかし残念なことにここにはSOSしちゃう団体も居なければ初日に10万円贈与されることも無い。あるのはほんの僅かに日当たりの良い空間と、年季の入った机と椅子だけである。世界は主人公とそのヒロイン以外には優しく出来ていないのである。

 

 やることも無いので本を開く。暇な時間があると結局はこうなるんだよなぁとは我ながらコミュニケーション能力の不足感に嫌になってしまうが、僕とて例えば今教卓で騒いでる少し質の悪そうな人間とかとは関わりたくないし我慢して甘んじて受け入れる。そう、我慢だ。我慢こそが人生。学校生活とは日々忍耐との泥臭い戦いで構築されているのである。言わば一種の精神修行なまである。

 

 暫くそうしていると、チノの周りに人だかりが出来る事に気付いた。人だかり、と言っても二人しかいないけど。それでも僕と違ってチノには友達が居たようである。何だろうこの寂寥感は。勝手にぼっち仲間と思っていた僕が悪いのだろうか。何なのこの世界、早く破滅してくれ。

 

 すると、何やらその内の一人がコチラに気付くと、ずずいと歩み寄ってくる。反射的にサッと本に隠れてしまったのは悲しきコミュ障の性なのだろう。

 

「えーっと、銀時.......だっけ?」

 

「いえ、僕の名前は金時ですけど」

 

 僕の名前はそんなに主人公然としたものではないのである、ってこんなこと前も言った気がする。まさにデジャブ。もしかしてこの世界……繰り返されている!?

 なんて冗談はさておき、僕の眼前にいる藍色の特徴的な髪をした女の子は一見した限りではコミュ力がかなり高そうである。逆説的に僕には荷が重い相手と言うことだ。

 

「あのー、何か用ですか?」

 

 あんま、関わり合いたくないなー。と言う気持ちを前面に出して言葉にしてしまったが、女の子は特に気にした様子もなく話を続ける。

 

「いや、ウチのチノが何かお世話になってたっぽいからちょっとどんな奴かな~って。一応去年も同じクラスだったけど話したことないじゃん?」

 

 マヤさんのじゃないです!という頑張って出したような大きな声が彼女の来た方向から聞こえたが、敢えて無視する。

 

「アレ、同じクラスでしたっけ?」

 

「え?覚えてないの?」

 

 私だよ私、条河マヤ!と自己主張をしてくるけどもやはり記憶にない。条河さんの容姿を軽く見てみるけども、う~む。

 

「無いですね。大いにないです。生涯で食べた食パンの枚数よりも分からないですね。いや~誠に申し訳ないんですけどそのクラスにいた金時君は本当に僕でしたか?もしかしたら宇治金時君とかじゃないですか?或いは僕と極めて似た容姿の男じゃなかったりしませんか?いや重ね重ね失礼なのは承知なんですけどもそれくらいには僕に覚えはなくてですね、いや申し訳ない」

 

「チノ~~!こいつ苦手~~!」

 

 うわ~んと泣きながら条河さんは元居た場所に戻っていく。どうにも彼女は僕に苦手感を感じてしまったようだった、いやはや反省すべきなのか。だけども安心して欲しい、僕は割と条河さんの事は気に入ったから。揶揄いやすそうだし。

 

そんなことを考えていると三人でコソコソと話し始める。まるで御伽の国のお茶会みたいだ。ただ話している内容が僕の悪口なんだろうなぁと思うと少し凹むけど。

 一分もしない内に話はついた、と言うより飛び出すような形でまた女の子が来た。おっとりとした、紅い髪の毛の少女だ。当然ながら彼女にも記憶はない。

 

「こんにちわ~」

 

「はい、こんにちわ」

 

 接客業で培った対応能力で笑顔で挨拶する。甘兎庵の従業員の基本である。

 

「えっと、何について話す?」

 

 どうやら何も考えていなかったらしい。何かマイペースだね。

 

「そうですね……じゃあご趣味は?」

 

「趣味とは違うかもしれないけど、バレエは踊れるよ~」

 

「凄いじゃないですか!」

 

「えへへ~照れるよ」

 

 

「何かお見合いみたいです……」

 

 遠くからチノの呟きが聞こえる。言われてみれば、確かに。

 

「あ、そうだ。名前聞いても良いですか?」

 

「うん。奈津メグミっていうんだ。メグって呼んでね~」

 

「分かりましたメグさん。僕のことは金時で良いですよ」

 

「へ~金ちゃん?」

 

「……それは止めてくれませんか?」

 

 おっとりとした口調な上にその呼ばれ方までしたら完全に姉と見間違えてしまう。雰囲気がそこはかとなく似ているのだ、本当に勘弁してほしいまである。

 

「じゃあ金時で〜」

 

「それでお願いします、切実に」

 

「そうするね〜」

 

 メグさんは穏やかに笑った。

 

 

 

 



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