試作品集 (ひきがやもとまち)
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もしコジャーソ卿みたいな美少女が『白騎士事件』を目撃してたら・・・

アニメ版見て一目惚れした「ナイツ&マジック」のオラシオ・コジャーソをTSさせてIS世界に投入してみました。ISなのは単に書き慣れてたからです。「ネギま!」の方にも出して書いてはみましたが、まずは慣れてる方でと。

ただし作者は現在貧乏なので原作の彼が出ている巻が買えておりません。あくまでアニメ版準拠です。なのでアニメで出てない設定に関しては作者もまだ知りません。
所詮は一目惚れしたから書いてみた、それだけの作品、いえ、回です。


 現在から約十年前。世界を震撼させた『白騎士事件』。

 誰もがテレビに釘付けになったこの事件が起きた際に、周囲の人々と似て大きく非なる反応を示した一人の『天災』がいた。

 

「飛びましたか!?飛びましたよね!?今アレは!?」

 

 テレビに齧り付くというか、へばり付いていると言うべきなのか、どちらかと言えばハッキリと後者に分類されるであろうほど画面に顔を押しつけて喚き散らしてる女子小学生というのは、見ていて決して心楽しくなる光景ではない。

 いや、むしろぶっちゃけ気持ち悪い。見てくれだけなら眼鏡をかけた細身の文学系美少女と言っていい程度には見栄えするから、余計に性質悪く見えて仕方がない。

 

 あえて言おう。こいつ、きめぇと。

 

「ーーちょっと、そこの君。悪いんだけど、そこの交番まで来てもらえるかな? お巡りさんと人生について話し合おう」

「そんな!? もうちょっと見せてくださいよ!」

 

 緊急時だろうと、いや、緊急時だからこそ子供たちの安全確保のためご町内を見回りに行こうとした巡査長さんにも見過ごすことの出来ないレベルで挙動不審。

 

 それでいて言ってる言葉の意味は正しく伝わっているが、真意まではまったく伝わっていない。

 そもそも彼女の耳に警官の声は届いているのだろうか? どうにも狂気じみた表情がすべての信頼感に背を向けていて、信用度0以下なのだが・・・。

 

「飛んでいる・・・うぇっへっへっへ・・・あんな不合理な物が空を・・・っ!

 うわぁーはっはっはっは!!」

 

 根本的な問題として、感想どころか着目している点がおかしかった。

 

 彼女にとって重要なのは自分以外の人間が作ったロボットが空を飛んでることであり、自分とはまったく違う設計思想で空飛ぶロボット技術を編み出した者がいたことだけであり、それ以外の戦闘力とかエネルギーシールドとか完璧なステルス能力とか究極の機動兵器だとか、そんな“戯言程度の機能は”どうでもよくて、ただただ空飛ぶロボットが自分の考えるもっとも美しい形ではない“実に不愉快きわまりない代物”だった事こそが、彼女の人生最大の大問題点だったのである。

 

「・・・いいですかァ~? 空はボクの領分?なんですよ~?

 それを犯すことが如何に無謀かつ無礼なことか、今度はボクの方こそが必ずや教えて差し上げましょう!」

 

 

 気炎を上げて決意した眼鏡の怪しい美少女が後世において『SS動乱』または『天災たちの争覇戦』とも呼称される世界規模の争乱の時代を混乱に導いた二人の『天災』、その一翼を担うことを知る者は約十年後のIS操縦者育成のために設立された日本の国立学校IS学園入学までは存在していない。

 

 

 二人の出会いが世界にとって災厄にしかならないであろう事を、この時の世界も、入学を決定した直後の世界も、最初の事件を起こす前の世界も、事件が露呈せざるを得なくなった大事件が起きる寸前までの世界も気づいていなかった。

 

 

 

 

 ハッキングされたミサイルをすべて切り落とした白いロボットを捕獲もしくは撃墜するため出動した各国保有の艦隊は日本海に到着して直ぐ戦闘を開始したが、それらの艦には自軍の力を世界に見せつけてやろうという皮算用から少なくない数の軍事ジャーナリストと体面上の理由から同席させざるを得なかった一般ジャーナリストたちが乗船しており、彼らのうち後者の方は律儀にちゃっかり許可も得ずに戦闘の光景を撮影し、リアルタイムで全世界に同時生中継を行いまくっていたのだが。

 

 結果として世界は、この映像のせいで大混乱に陥る羽目になる。

 

 それまでは空にロボットを飛ばすことだけに注力してきた天災は、自分ではないもう一人の天災の発明品を見せつけられたことで一大奮起し、軍事面でも勉強を積み重ねていくことになる。

 

 彼女が作るのはISか? それともISとよく似た別のナニカなのか?

 すべてはIS学園入学まで分からない・・・・・・。

 

 



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機動戦士ガブスレイ

TS転生憑依ジェリドが主役の「機動戦士Zガンダム」二次創作です。
本来の彼は設定上もう少し詳しく書かなきゃいけないんですが、即席なのでアニメ版準拠です。流して下さい。
子供時代のシーンは作者の妄想です。自覚のないマザコンのカミーユに合判する形で自覚のあるマザコン設定を持ったTSジェリドを主人公にしてみた感じです。

・・・真面目に書いた文章出すの、超恥ずかしぃー・・・。


 俺が自分の傲慢さが遠因で交通事故死したのは、十六歳の時だった。

 

 なんのことはない、高校入学時に始めた空手で少しだけいい結果を出せたから図に乗ってヘマをした。それだけの話だ。詳しく語るほどのものじゃない。

 

 だが、そうだな。もしも俺の人生について詳しく語ろうとするならば、それは『前世』の事ではなくて『今生』の話であるべきなんだろう。

 

 

 自分が死んだと自覚したとき不思議な現象が起きて、俺は虹の中にいた。

 訳が分からないまま流れに身を委ねていると景色が変わり、周囲には人で満ちた街中が視界に現れた。

 俺の身体はどうやら子供の物になっているらしく、視線はそれまでよりも大分下がり歩幅も短い。

 やや関節が柔らかすぎるのが気になったが、それでも俺が許容できる範囲にすぎなかった。

 

 

 

 だから、許容範囲を超えて問題視せざるを得なくなったのは身体の事についてではなくて、この直後に聞こえてきたラジオ放送の内容について。

 

 電柱らしき柱の上に設置されたラジオから聞こえてくる幾つかの単語に、問題なしとして聞き逃すわけにはいかないモノが複数含まれていたからだ。

 

 

 ーー『一年戦争』。

 ーー『ジオン公国』。

 ーー『ニュータイプ』。

 ーー『アムロ・レイ』。

 

 ーー『一年の長きに渡った戦争の終結』。

 

 

 ここまで聞いて判らずとも、日本人なら誰もが当たりぐらいは付けられる内容だっただろう。

 

 即ちーーこの世界はSFロボットアニメの金字塔『機動戦士ガンダム』の世界であること。

 今このときが、ガンダム作品の記念すべき一作目『ファーストガンダム』最終回を迎えた直後の時代であること。

 そして自分が、機動戦士ガンダムの世界である『宇宙世紀0079』の地球都市に立っていること。

 

 これらの事が瞬時に判明する程度には原作知識保持者である俺は、正直頭を抱え込みたくなった。

 

 ーーこれらの知識はガンダム世界で生きていくために最低限必要な物ではあるが、死後に望んだ世界へ転生させて貰える神様転生と言う奴のお約束『転生特典』と呼べるほどの物じゃあない。せいぜいが本来持ってる原作知識と呼べるかどうか判然としない代物でしかない。

 

 本当にこの程度の知識が第二の人生で役に立つのだろうか? 心の底から疑わしい限りだな。

 

 

 

「・・・ジェリ・・・ジェリ・・・ル・・・」

 

 

 ーーこれからどうするかで思い悩んでいた俺は、聞いたことはないが聞き覚えのある声に呼ばれて反射的に振り返って駆け出してしまう。

 

 なるほど。これが本来この身体の持ち主であったキャラクターの人格と、記憶というわけかい。

 自分が聞いたこともない声であろうとも、身体に馴染んでさえいれば勝手に反応してしまう。

 注意しないと思わぬところでヘマを仕出かしてしまいそうだ。気をつけるとしよう。

 

 ーーそうこうしている内に俺の魂と記憶が宿った肉体は人垣をすり抜ける様にして、一人の若く美しい女性の元へと小走りに近づいて行く。

 

 途中でまた俺の身体が勝手に「母さん!」と叫んで驚かされた。

 おそらくこの女性が今生における、俺の母親と言う設定なんだろう。美人ではあるが原作での見覚えはない。

 まぁ、俺がガンダムを観ていたのは子供の頃がメインで、空手を始めてからは空っきしだったからな。忘れているだけかもしれない。そのうち思い出すかもしれないし、放っておくか。

 

 

 ーー俺がそんな風に気楽に構えていられたのも、そこまでだった。

 俺が『母さん』と呼んだ女性が優しげな声で、俺の名を呼んだのだ。

 

 

 『ジェリル・メサ』と。

 

 

 ジェリル・メサ。ジェリル、メサ。ジェリ“ル”・メサ・・・だと!?

 

 驚愕の表情を浮かべる幼い我が子の俺を、母親である彼女がどう解釈したのか今はもう分からない。

 

 それでも彼女が俺を自分の“娘”として殊の外可愛がり、復興支援で大変な地球の市民生活でありながらも学費を捻出し、俺を地球連邦軍士官学校に入学させてくれたことには、どれほど感謝してもし過ぎるという事は決してないのだろう。

 

 

 だから俺が原作における敵組織『ティターンズ』への入隊を推薦されたとき、素直に受けた理由は母親への恩返し以外に理由はない。

 

 原作において俺の身体の本来の持ち主『ジェリド・メサ』は、いずれティターンズを自分の物にしたいと願っていたようだったが、平凡な日本の少年が転生した姿にすぎない俺には、過ぎた野心の持ち合わせなどあるはずもない。

 

 ただただ恩返し。それだけが目的で入った地球連邦政府直轄の軍事組織、エリート治安維持部隊ティターンズ。

 

 恩返しすべき母さんが亡くなってから、俺のティターンズに留まり続ける理由なんてとっか遠くに放り捨ててしまっており、どこのポケットを探っても見つかるはずがないのであった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、宇宙世紀0087。

 ティターンズの拠点『グリーン・ノア』の軍港にて。

 

「ん・・・お出ましか。意外と早かったな」

 

 港ブロックの壁面越しに中型宇宙ロケット『テンプテーション』を見いだした俺は、久方ぶりに再会できる友人の到来を心の底から楽しみにしていた。

 

「テンプテーション・・・確か現在の艦長はブライト・ノア少佐だったな?」

「はい、中尉。

 ティターンズのメンバーに抜擢されながらサインを拒否し、おまけにティターンズの方針に異を唱えて二階級降格された、今ではシャトル便の艦長をやらされている愚かで哀れな男ですよ」

 

 左遷された上官を口汚く罵ってみせる若手曹長の言に、俺は内心あきれ果ててしまいそうになる。

 

 いったい、これのどこが規律の取れた秩序ある組織の軍人と言う気なのだろうか?

 呆れてものも言えなくなった俺をどう解釈したものか、部下は自身の失敗に気づくことなく小首を傾げて不思議そうにこちらを見つめ続けていた。

 

「いや・・・」

 

 なんでもないと言って部下を無理矢理納得させると俺は、搭乗口から姿を現した友人に再会の握手を求めて右手を差しだし、もう一人の連れにも挨拶しておく。

 

 

 

 ーーこの後の展開は記しておく価値すら存在しないだろう。

 

 せいぜいが、どっかのヒステリーで喧嘩っ早いガキに殴り飛ばされて壁に激突し、そのガキも数に物を言わせた警備兵に取り押さえられて組み伏せられながら羽交い締めにされているだけの、平凡なZガンダムストーリーだ。この辺りの件は俺が語ってやったところで誰一人として聞いてみたいとは思わないだろう。

 

 

 ・・・だが、そうだな。

 もし仮に原作との相違点を探し求めているのであれば、俺が組み伏せられて身動きがとれずにいる原作主人公カミーユ・ビダンの前へと近づき、軽く足先で顎を持ち上げてやった所からでいいだろう。

 

 

 上から目線で見下す俺に、カミーユは反抗的な目つきと態度で猛然と噛みつくように、囚われの負け犬姿で吠えてみせる。

 

「言って良いことと悪いことがある! 俺は・・・!」

「カミーユ君なんだろう? それで?

 いったい俺は君に対して、何を言ってしまったんだ?」

「男に向かって『なんだ』はないだろ!」

「そうか、そういうことか。それは悪いことを言ってしまったな。失言だったよ。謝る」

「な・・・!?」

 

 カミーユが口をぱくぱく閉じたり開いたりと、百面相していて見ている分には面白いのだが、それはそれとして言っておかなければならない事があるので、無駄と知りつつも大人としては言っておく義務があるのだろう。やれやれだぜ。

 

「だがな、カミーユ君。なぜ君は怒りを感じたときに言葉で今の思いを伝えようとはせずに、拳を使ってぶつけてきたんだ?

 空手の拳は人を殴るための技ではない、己の弱さと戦うためにあるのだとは教わらなかったか?」

「そ、それは・・・でも!だからって!」

「言って良いことと悪いことがある。確かに君の言うとおりだと俺も思う。

 だがな。言って良いことと悪いことの前に、していい事としてはいけない事があるんだよ、それが社会のルールってもんだ。

 それが守れない奴に、良い悪いをどうこう言う資格はない」

「そんなの・・・大人の理屈じゃないか!」

「そうだな、大人の屁理屈だな。

 悔しいと思うなら早く大人になりたまえよ。少年のカミーユ・ビダン君」

「!!!!!!!」

「連れて行け! ただし一民間人としてだ!

 ティターンズの果たすべき役割は反乱分子の鎮圧であり、地球市民の生活安全庇護だという原則を忘れるなよ!」

「「はっ!」」

 

 悔しげな表情から一変して憎々しげに俺を睨みつけながら連行されていった原作『機動戦士Zガンダム』の主人公カミーユ・ビダンを見送ってから、俺は改めて他の重要人物たちとも言葉を交わす。

 

「到着直後に不快な物を見せしてしまって、すまなかったなエマ中尉。こちらの監督不行き届きだ。謝る」

「い、いえ、そんな。頭を上げてくださいジェリル中尉。

 それに、先の一件で悪いのがあの子の方だという事実は、この場にいる全員が共有する思いです。罪に問われる様なことではありませんし、罪の意識を感じる必要もありません。

 貴女は立派に連邦軍人としての職責を全うしただけなのですから・・・」

 

 ふむ、原作通りに規律第一の人だなエマ中尉は。

 普通に考えて、民間人の少年一人に複数人で袋叩きしようとした俺以外のティターンズ隊員たちは、罰せられて当然だと思うのだが。

 

「まったく・・・お前さんは相変わらず変わらんねぇ・・・。

 そこまで愚直に連邦軍人らしくせんでも良かろうに・・・お陰で到着早々、また取り繕う手間がかかっちまいそうだ。

 つくづく心配のしがいと、後始末してやる甲斐の有りすぎる友人だよ、お前さんは」

 

 歳の割に老け顔の友人、カクリコン・カクーラー中尉が後頭部をぼりぼり掻きながらボヤくように言ってくる・・・申し出はありがたいし良い友人だとも思うのだが、こいつ本当に24歳なんだろうな?

 正直、三十過ぎててもおかしくないと、個人的には思っていたりするのだが・・・。

 

「聞こえてるぞジェリル。聞いて欲しくない心の声は外に漏らすな。我慢できないなら、せめてもう少し小声で言え。後始末する甲斐が減ってしまうじゃないか」

「げぇっ!?」

 

 短い俺の悲鳴に、鈴を転がす様なエマ中尉の笑い声が重なる。

 先ほどの出来事が後にグリプス戦役と呼ばれることになる大乱の矮小すぎるプロローグであったことなど知る由もなく、彼女たちは笑い、俺は若干苦い思いを噛みしめていた。

 

 

 

 それは歴史を知りながら現在進行形で歴史を歩む、歴史を変える力を持たない無力な転生者だからこそ抱いてしまう負の感情。

 

 

 原作の流れで行くならば、このメンバーが和やかに笑い合えるのはこの場限りで終わる。選んで歩んだ道が違いすぎる俺たちは、必然的に性格趣味思考が大きく異なってくる。

 一緒にいられる時間は、余り多くはないだろうーー。

 

 

 

 この時の俺は本気でそう思っていたし、信じてもいた。

 だがしかし。それが原作知識を持って生まれ変わった転生者による傲慢だったと思い知るまで、そう長い時間を必要とはしなかった。

 

 

 後にアーガマ隊と並んでエゥーゴの中軸をなす『ロンギヌス』隊創設時におけるメンバーが出会った日。

 後世の歴史書にはそう記される遠い未来の記録など知る由もない俺は、ただただ近く訪れるであろう悲惨な未来を憂えて思い悩み、一人の友人と、もう一人の新たな友人に心配をかけさせたのだった・・・。

 

 

 

 

 

 俺は、刻の涙を見てしまうのか・・・?



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サスロ・ザビの思想

なんか目が覚めたから折角なので昨日出し忘れてたサスロ・ザビ主役のガンダム二次作を出しときますね。私としては珍しすぎる事にTSでも転生でもない、ただ「あの時彼が死んでいなかったら」のIF作品です。

誤字修正や返信は、また朝にでもという事で。


 ドォォォン・・・

 ドォォォォン・・・・・・

 

 無数の弔砲が轟き、鳴り響いている・・・・・・。

 

 宇宙世紀0068。

 この日、ムンゾ自治共和国の首都コロニー「サイド3」において、後の歴史に大きな禍根を残すことになる二つの大事件があった。

 

 一つ、建国の父にしてニュータイプ論の提唱者でもあったダイクンが演説を前に心臓発作で急死する『ジオン・ダイクン暗殺事件』

 

 

 

 そしてもう一つは、ザビ家の次男にして国民運動部長サスロ・ザビの『暗殺“未遂”事件』がそれである。

 

 

 

 

 この事件について後世の歴史家たちは、口を揃えてこう語る。

 

「あの時サスロ・ザビ暗殺が成功していたならば、宇宙の歴史はもっと別の方向に流れていたはずだ」とーー。

 

 

 

 

 

 

 

「デギン・ザビ、バンザァァイ!!」

 

「ラル家のヤツラを叩き殺せえ!!」

 

「ダイクンバンザイ! デギンバンザイ!

 ザ・ビッ! ザ・ビッ! ザ・ビッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふん。文字通りの無政府状態だな。仮にも独立を手にして主権国家を名乗りたい国の首都がこの有様では、他のサイドからはさぞ物笑いの種に使われているんだろうよ。

 なぁ? そうは思わんか貴様も? ん?」

「・・・・・・」

 

 俺が話を振って、相手は無言を返事として返す。

 それ自体は予想できたことであり、予定していたことでもあったので何ら問題はない。背後で睨みつけるように監視していた側近どもが「無礼な!」と色めき立つのを目で制し、俺は片手を振って取り巻きたちを退室させるとソイツに向かって席を勧める。

 

「呼び出しておいて客を座らせようともしないのでは、ザビ家の沽券に関わるんでな。よければ座って楽にしてくれ。なんなら冷たい飲み物でも用意させるか?」

「・・・・・・」

 

 先ほどと同じく沈黙で返してくるゲスト。

 が、先ほどの沈黙とは明らかに空気と意味合いが異なっているのを俺は敏感に感じ取っていた。相手の中で俺に対する警戒感がわずかに揺らいでいるのだ。

 それは単なる吊り橋効果にすぎない、非常事態において意外な人物から意外な対応をされた人間が陥りやすい心理状態だが、今の俺にとってそれは素直にありがたいモノだったから不快感を抱く道理はない。

 

 それを感謝の言葉として相手に伝える。「ありがとう」を言葉にして伝えることは大切なことだ。

 人は自分で聞いた言葉と、第三者からの又聞きを元に自分以外の人間を捉えようとする。自分の理解できる枠組みに押し込むことで相手を理解したと思いこみたがるのだ。

 

 だからこそ、可能な限り第三者の意見と異なる自分を見せてはいけない。相手の中の自分を曖昧にするのはマズいのだ。それは心の隙間となって、悪意ある第三者に介入する余地を与えてしまう。

 民衆からの好評価と、実の父親から聞かされた悪評。このアンバラスで曖昧な人物像に明確な形を与えてやる必要がある。

 

 俺に恨みを持つ誰かによってソイツの中に俺が形作られてしまう前に、俺が俺自身の手で俺を形作らなくてはならない。俺を誤解される前に、俺を誤解“させなければ”いけないのだ。

 

「安心しろ、取って喰うつもりで呼び出した訳じゃない。・・・と言っても、この状況で俺の言葉を信じるなんてお前には不可能だろうがな」

「・・・・・・」

「それでも今この場においてだけは俺の言葉を信用してくれて良い。いくらザビ家の一員とはいえ、病院で暗殺騒ぎはヤバすぎるってことくらい弁えてるよ。

 亡きジオン・ダイクンの遺言によって政権を引き継いだザビ家の次兄として命令する。そこに座れ、ランバ・ラル大尉」

「・・・・・・はっ。では私には、美味い水を一杯いただきたい」

「謙虚だな。せっかくの機会だぞ? 62年物のシャトー・サンフリュールを寄越せとでも吹っ掛ければよかったろうに」

「癖、ですね。私のような戦馬鹿が政治に巻き込まれないようにするためには、あなた方とは違う生き方をせざるを得ませんでしたから」

「賢明だな。お前がそう言う奴だから俺はお前を一度は殺そうと思ったし、今では唯一頼りに出来る男だと確信させてくれる」

 

 やや不満そうではあるものの、概ね従順な態度で俺の命令に従った政敵ジンバ・ラルの息子ランバ・ラルの姿を前にした俺は心の中で、密かにだが安堵していた。

 

 ーーでなければ正直マズいのだ、この情勢では。

 

 ダイクン暗殺成功直後に起きたダイクン一家の私邸脱出に際して妹のキシリアが見せた甘さに激高した俺ではあるが、変化していく状況の中で誰を一番信用すべきか判断して頭を下げる程度の現実感覚は備えているつもりだ。それは相手が誰であろうと例外じゃない。

 

 そうだ。たとえ頼る相手が、将来自分たちを食い殺しかねない復讐鬼を育てることになろうとも、適任だと思うのならば委ねるべきなのだ。

 

「まどろっこしくて迂遠な言い方こそ本来は政治家の領分なんだが・・・正直今は時間が惜しい。率直に用件だけ伝えさせてもらうが構わないな?」

「・・・良くない目をしておられる。その目を見る限りにおいて、ウソをついてはおられぬようだ」

「ほう、スゴいじゃないか。ゲリラ屋ってのは、そんな事まで分かるもんなのか?」

「ええまあ。これでも目を見て人を評価する才能には自信があるものでしてね。今まで一応ながらも外したことがない。前線の兵士は経験則をこそ信じたがるものです」

「ありがとうよ。政治家なんて人でなしの職業を自分にとっての天職だと確信している俺みたいな奴にとっては、最高の褒め言葉だったぜ」

「・・・・・・」

「すまん、自分から言い出しておいて話が逸れたな。どうにも政治家生活が長すぎると冗長で意味のない長話が癖になる。いささか考えものだな」

 

 俺はなんとか動かせる左手だけでグラスを傾けながら、窓外において展開されている異常事態という名の盛大なカリカチュアを見据えながら、ようやく本題にはいる。

 

「現在の状況は説明するまでもない。ギレンの兄貴が乗せられて暴走し始めた。キシリアも自覚するより先には火中の栗だ。拾おうとして火に巻かれるのは、さしずめ貴様の父親ジンバ・ラルと取り巻きたちと言ったところか」

「・・・・・・」

「驚かんのだな・・・などと言う三流子供向けアニメの三文台詞を言うつもりはない。お前が聞きたがっている俺からの言葉は一つだけだろう? それを聞いたところでお前の進む道に変化があるとは思えんが、それでも主の一族と関係しているのなら知っておきたい。ーーお前らダイクン派は比較的穏健なわりに、変なところだけ復古主義的で過激な軍人思想だよな。なんでだ?」

「・・・・・・」

 

 おお・・・これは驚いた。あのランバ・ラルが詰まらない質問で答えに窮している。

 あの時死んでいたら確実に拝めなかっただろう光景を前に、俺はおかしな感慨を抱きつつも相手の願望に応えてやることにした。

 

 元より、そのために呼んだのだ。教えてやらねば計画が先に進められない。多少の危険は覚悟の上だ。

 

「良いだろう、教えてやる。ダイクンを暗殺したのは俺たちザビ家で、その目的はムンゾ共和国をザビ家独裁による専制国家へと移行させてジオン公国を名乗り独立を宣言。

 地球連邦政府に宣戦を布告し、来るべき大戦においてジオンを勝利させるためだ。

 そのためにはザビ家の邪魔になるダイクンを暗殺せざるを得なくなった。これが今回起きた一連の事件の真相だよ」

「・・・そ、それは・・・」

「別に驚くには値しないだろう? この現状を見れば誰でも冷静でありさえすれば気づくだろう程度の裏事情だ。その冷静さをメディアを使って国民から奪い取った俺の言えた事ではないだろうがな」

 

 くっくっくと、露悪的に笑って見せながら俺は、今度は嘘偽りない本心からの真摯さでもって俺個人としての目論見を一部ながら開陳していく。

 

「白状するが、俺は兄貴たちと違ってムンゾがジオンに商標を張り替えた程度で勝てると思うほど、連邦を甘い相手とは思っちゃいないんだよ。

 だからこそダイクンの死で混乱を来すであろうムンゾ市民に余計な真似をさせることなく、連邦からの介入を最小限に抑えるために色々と画策して実行してきたんだ。

 だがーー」

 

 俺は静かに、だが強くかぶりを振って、

 

「状況が変わった。変えられてしまった。もうこのプランは使えない。使い物にならない。悔しいし惜しくもあるが、先を考えて方針を180度変更したい。そのためにお前の協力が必要不可欠だと思ったから来てもらった。忙しいところを邪魔して悪かったな。

 猫に引っかかれた傷は、よく洗って消毒してから治療しておけよ? 不衛生な戦場では、ちょっとした掠り傷で人が死ぬそうだからな」

「お気遣いいただき、光栄に思います」

「気にするな。むしろ、恨め。俺はこれからお前に、傷より遙かに重くて大きな荷物を押し付ける気満々なのだからな」

「・・・・・・」

「お前の親父の邸宅に今、二人の子供と一人の未亡人が匿われているだろう?」

「・・・・・・っ!!!」

 

 突如として殺気だって立ち上がろうとしたムンゾ防衛隊の若手将校に片手を上げて落ち着かせて暴発の危機をひとまず棚上げした後に、本題の中では最も重要度の高い本命の願いを口に出す。

 

「お前にはダイクンの遺児たちを父親ともども地球へ逃がすのに協力してもらいたい。足はこちらで用意する。お前らはガキどもの安全だけ確保して船まで送り届けてくれたらそれでいいんだよ」

「なっ・・・!?」

「なぜザビ家の人間がその様なことをーーか? 簡単な話だ。ムンゾには置いておけないし、かと言って暗殺と謀略だけで国は建たん。そこら辺が理解できてないお調子者で苦労知らずな妹に、これ以上勝手されては堪らんのだ。今のアイツは宇宙中で自分より優秀な人間などいないと思い込んでいるからな。危険きわまりない。

 あのまま行けば間違いなく部下に殺される未来しか待ってはいまい。それをさせないためにも、これ以上アイツを助長させる要素など与えてなるものかよ」

 

 自分でも甘いことを言ってるなと自覚してはいるが、しかしこれは遠くない将来ジオンが公国制を敷き続ける限りにおいて確実に到来するであろう現実的な大問題なのだ。疎かになど出来ようはずがない。

 

「ジオン公国はザビ家の一党独裁を制度化した作りになる予定だが・・・兄貴はおそらく、それだけでは満足しないだろう。ほぼ確実に勝利の余勢を駆って地球圏全体の支配に乗り出す腹づもりだ。

 それはジオンの国力が支えられる兵站線の限界を事実上無視した机上の空論世界戦略だが、兄貴が頂点に立つ独裁国家ができあがってしまえば可能不可能を議論する余地すらなく実行に移されてしまう。専制的な独裁者による独裁政治とは、そう言うものだからだ」

 

「だが、それでも兄貴が健在な間はなんとかジオンもやってはいけるだろう。あちらこちらでガタがきて、無理や負担を色んな所に分担させながら、誤魔化しつつもやってのけてしまう。兄貴にはそう言う化け物じみた政治力と、理屈では説明できない魅力がある。

 俗に言うカリスマ性と言う奴だ。あの人は、不確定多数の人々を熱狂させるのが非常に上手い。現実から目を逸らさせて敵に向けさせる能力は異常なくらいだ」

 

「しかしそれでも兄貴は人間だ。化け物じゃない。化け物ではない人間だから、当然のように寿命があって歳もとる。

 加齢による能力低下は人には決して避けることの出来ない、人生の命題とすべき大問題なんだよ」

 

「したがって、兄貴に倣い世界を取っても永続支配は出来ない。事実上、一党ではなく一族の独占によって成り立つ支配体制において跡継ぎ問題は最も重要で重大な国家の抱える致命的な課題だ。

 一族の直系が俺を含む五人だけでは、誰か一人を亡くしただけで未来のジオンは大きく揺らぐことになる。敵がいるから、自分たち個人個人よりも強いから、弱い俺たちは一致団結しなければ勝てないんだと思い込ませるために今回の計略は練っていた物だからな。これを今から微調整して使える物に直したいんだよ」

 

 所詮は30分の一以下の国力しか持たない新興国家が行う戦争だ、蟷螂の斧による一撃にすぎない。連邦という巨人を蹲る事は可能だろうが、倒すまでには決して至らない。

 

 なればこそ、だからこそ。ダイクンの遺児二人を殺す殺さないで意見分裂したあげく、その計画が失敗に終わった後での責任追及問題において一門同士の罪の擦り付け合いなど数的に考えて絶対にしてはいけない行為なのだ。

 最悪の場合、連邦という人類が生み出した絶対的な神にも等しい怪物を相手に戦っている最中に地位を巡って、家族内で殺し合いが始まってしまうかもしれん。そうなったジオンは必ず負ける。

 

 自分で動こうにも、あちらこちらでキシリアの部下たちがうろついている。警備兵の名を借りた俺の監視役だ。どうやら先日の一件は部下たちに殆ど知らされてはいないらしい。

 

 

 

 

 

「キャスバルとアルティシアは地球へ逃がす。それからは名を変え姓を変え、別人として生きてもらう事になるが、長じて父の仇を討つために士官候補生としてジオン公国へと舞い戻ってきたとしても俺は一向に構わん。

 使えりゃ使うし、使いこなせなければ飲みこまれて消化される未来が待ってるだけだからな。棺桶に押し込められた後のことまでは責任負えんよ」

 

 

「自分たちより強く強大な敵と戦う前に分裂するのは国家にとって自殺行為だ。自分から死ににに行くようなもんだ。

 だが逆に敗け始めた場合には、それまでとは違う人材と能力があってくれた方がありがたい」

 

 

「敵との交渉において仲介役がいるといないとでは結果が大きく異なる。仲介役が敵勢力の幹部だったとしたら国を預かる者にとって、こんなに嬉しいことはない程度にはな。

 俺がお前に期待して任せたいのは、ジオンが負けてザビ家が滅んでしまった場合の生き残り策の前準備だ。ザビ家とダイクン、双方が倒れてしまえばスペースノイドの自治権要求、それ自体が消え去ってしまう。歴史に飲み込まれ、社会に消化されていってしまう」

 

「それではダメだ。ジオンはザビ家が滅んだ後も続いてもらわんと困る。その為にも保険が絶対にほしい。

 ザビ家が滅びた後にダイクンが復活して政権を簒奪し、ジオンを継続しておけるように準備を整えておきたいのだ。

 その為にもダイクンの遺児は逃がす。たとえ、兄貴や妹、軍や連邦との衝突があったとしてもだ。これは決定であり命令である。謹んで受領するように。復唱!」

「はっ! 復唱いたします!

 小官ことムンゾ防衛隊所属のランバ・ラル大尉。これより拝命しました特別任務を開始いたします!」

 

 

 

 

 

 

「あ、大尉殿。如何でしたか? 毒でも飲まされたりはしなかったでしょうねーー」

「お二方の脱出作戦をやるぞぉーーーっ!

 一個小隊じゃ足りんから、三個小隊ほどついて来ォいっ!!」

「「「・・・はい?」」」



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ハイすっぽんぽーんD×D

以前に書いた「大魔王リアスにお仕置きクエスト」を改良し、一般向けにまで落として軽くしてみました。リアスをイジメるのは意外と楽しかったです。

一般向けですが多少アホエロいです。全裸ネタが多いんでお気を付けて。


 ここは巨乳の女神に祝福された国『バストランド王国』。豊かなバストを誇る美しい女性が生まれ育つと称される、おっぱい星人の理想郷。

 大陸に点在している各国の中で、最も大きく最も美しいバストの持ち主と噂される巨乳女王『姫神朱乃』陛下が治める、平和で豊かな巨乳国家。

 

 その王城『オパイ城』。

 各所に巨乳の女体像が置かれ、世界中から献上された色とりどりのブラジャーが美術品のように飾られた王国で最も権威ある、最もはしたない建築物。

 

 長きにわたり彼の地を治めてきた歴代巨乳女王、その支配の象徴にして王権の証。

 

 今、オパイ城は歴代巨乳女王たちが守り通してきた誇り高きオッパイと共に、脆くも崩れ去ろうとしていた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・どうやら最後の兵が鎧を脱がされたようだな」

 

 凛々しく精悍な面立ちの女騎士が、無念さを苦渋に上乗せした表情で悔しげにつぶやき捨てる。

 

 緑色のメッシュが一本だけ入っている短い青髪が特徴の美少女剣士で、腰には大剣を帯びて身体に張り付くようにフィットした聖なるバトルスーツを身に纏っている。

 この防具は凹凸がハッキリと出過ぎる上に、パンツを脱がなくては着れないため、装備するには己がスタイルに対して絶対の自信を持っていることが不可欠。

 自信とは、己を信じ、貫く覚悟。

 俗に『性』なる鎧と揶揄されることもある最強防具を身にまとえている時点で、彼女の実力を疑う者は皆無であろう。

 

 彼女こそバストランド王国騎士の最高峰、栄えある『聖巨乳騎士』の座に君臨する最強の剣士にして王家の剣ゼノヴィア・クァルタその人であった。

 

 

「皮肉な話ですね・・・嫉妬深き偽りの神から妬まれるほど美しいオッパイを持つ我がバストランド王国が、まさかデカ尻自慢の魔王如きに攻め滅ぼされるなんて・・・」

 

 神の祝福を受けて聖別された性なる鎧・・・もとい、聖なるバトルスーツを纏った女騎士と対を成すように白銀の装甲で防御力を補填した人の手になる人造のハイレグアーマーを装備した女性騎士が慨嘆するようにひとりごちる。

 頭部に着けた羽根飾りが特徴的な銀髪緑眼の美人騎士。

 前の女騎士と比較すれば些か歳上ではあるが、十分すぎるほどに若く美しい美貌の主である。

 

 ゼノヴィアが王家の敵を切り裂き屠る剣であるなら、差し詰め彼女はあらゆる脅威から王家を守る守護の楯。

 18個ある騎士団のうち最強と称されるエロ鎧騎士団の団長にして『美乳将軍』の称号を授与された女将軍ロスヴァイセ。

 

 他の者よりかは控えめなバストが原因で神から受けられる恩恵は少ないが、それを補ってあまりある義務感と向学心が彼女の用兵家としての才を開花させ、軍を率いれば向かうところ敵なしの常勝将軍にまで押し上げた。

 特に敗勢における粘り強さは特筆すべきものがあり、守りに守って最終的に攻勢に転じて一発逆転の奇跡を成し遂げた事も一度や二度ではない。

 

 守ることにかけては一家言持つ彼女であるが、事この情勢まで追いつめられれば流石に腹を括るしかない。

 

「誰か。私の鎧からスカートを外しなさい。これから戦に望むのに、装飾過剰な飾りなど邪魔なだけです」

 

 敬愛する騎士団長の命を受けた見習い従騎士の少女は目に見えて狼狽し、再考を求め確認の言葉で問いかけた。

 

「で、ですがロスヴァイセ様。よろしいのですか?

 スカート部を外してしまいますとその・・・・・・お尻の形がクッキリと見えすぎてしまうのですが・・・・・・」

 

 婚期が迫り結婚を焦る余りにお見合いを失敗しまくっている癖に、男からの欲情にはとんと疎い上官を彼女なりに気遣っての言葉であったが、それに対する返答はいっそ清々しいまでに潔すぎて乙女としての恥じらいは何処にやってしまったんだと言いたくなるものだった。

 

「かまいません。元より兵たちを鼓舞するため見栄えを良くしていただけの飾りです。決戦を前に付けておく理由も必要もありません。むしろ動きを阻害し、却って邪魔になります。

 人は石垣、人は城。兵を指揮する将軍にとって兵たちこそが剣であり楯であり鎧なのです。軍が破れ兵たちを失った今の私は鎧を着ていないのと同じ状態・・・文字通りスッポンポンです!

 鉄の鎧など不要! この身を楯として使い、女王陛下を守り参らせる!

 裸の将軍最期の勇姿! しかとその目に焼き付けなさい!」

「・・・・・・団長・・・・・・」

 

 格好良い台詞に見えて、実はかなりアホらしい台詞を恥ずかしげもなく誇らしげに放つ上官の残念さに最期まで頭痛を感じさせられながらも、従騎士は命令には素直に従ってやった。

 

 身分の高さと神々しさを演出するため凝った刺繍が成されていた純白のスカートを脱ぎ捨てたロスヴァイセのハイレグアーマーは切れ込み具合がエグすぎるせいで色々はみ出しそうになってはいたが、一応隠せたし見られはしない程度に収める事はできた。

 

「ふっ・・・。名将と名高い貴公も存外、忠義バカだったのだな。

 この窮状にまで陥って、将軍などと言う役職に何程の価値もありはすまい。兵を指揮してこそ常勝を謳われるのが、貴公等指揮官と言う生き物だ。

 兵を失い、一兵卒となった身で戦場に赴くなど将軍としてあるまじき愚考と言うものだぞ?」

「百も承知です。それに、たった一人のデカ尻魔王に敗北を重ねた我が軍を称するのには『常勝』などと言う単語は不適切です。それこそ愚考と言うものなのではないですか、女王付き聖巨乳騎士殿?」

「違いないな。

 ・・・・・・よし、私も腹の括り方を徹底するとしよう。

 しからばーー宝剣デュランダル! その力を我に宿せ!

 脱・着!!」

 

 

 すぽぉぉぉぉっん!!!!

 

 

『なっ!?』

 

 

 広間に残っていた王国巨乳騎士たち全員が驚き慌て、息を飲んだ。

 ただでさえ布面積は広くとも実質全裸よりもエロく見えなくもなかったゼノヴィアのバトルスーツを細切れに弾け飛ばし、聖巨乳騎士ゼノヴィアは生まれたままの姿で宝剣の切っ先を大理石の床に突き立て、柄頭に両手の平を添えたポーズで目の前に迫りつつある強敵を、扉越しに見据えた。

 

 ロスヴァイセが戦慄を交え、震える声で其れの正体について語り出す。

 

「クァンタ家に代々一子相伝で伝えてきた伝説の攻撃特化防御無視剣術『天然自然流』、その最終奥義『全裸無装』。

 装備を全て脱ぎ捨て防御力補正を自ら皆無とし、かすり傷一つでさえ大怪我に成りかねない状態になることで防御すること自体を無意味化し、敵を倒せなければ確実に敗け、負けた後には捕らえられた女騎士として当然の陵辱が待つ状況に自分を追い込んで『パイ水の陣』と成す。

 ーーまさか生きて目にする日が来ようとは・・・長生きはするものですね」

「ふふ、少しだけだぞ?」

 

 ーーいや、少しもなにも全裸だし。なにひとつ隠せてないし着てもいないし丸見えでしかないし。

 従騎士の少女は改めて自分の生まれ育った故郷が、異常な連中によって治められていた事実を知って打ちひしがれていた。

 

 そんな純粋で真っ当な少女の常識をあざ笑うかのように、運命は過酷な現実を突きつけ続ける。

 

 巨乳女王陛下のお色直しが完了したのだ。

 

「ゼノヴィア様! ロスヴァイセ様! 陛下の戦闘用お色直しが完了いたしました!

 直ぐにこちらへ参るとのことであります!」

「来られたか・・・」

 

 昔を思い出してでもいるのか、ゼノヴィアはしばらく考え込むように瞑目し、しばらくして目を開くと落ち着いた声で指示を出し始める。

 

「了解した。お前たちもバリケード構築に全力を尽くせ。ある物は全て使え。ベットだろうとタンスだろうとパンティだろうと区別する必要はまったく無い。どんな物でも使って少しでも時を稼ぐのだ」

「はっ!了解です!」

「急げよ? 先ほど最後のエロ鎧騎士が脱がされて敗北した。敵が彼女たちをイジメて遊んでくれているうちに、少しでも扉を頑丈にしておくんだ。

 彼女たちの犠牲を無駄にすることは許さんぞ!」

「はっ!! 承知しました!!」

 

 即座に命令を実行しようと駆けていく若い部下の美尻を見送りつつもゼノヴィアは、友に向けてハニカむような笑顔を見せる。

 

「どうにも眩しいな、若さというものは。

 尻の白さが際だち、肌が綺麗でシミ一つない。

 直率する部隊として創設したTバック鎧騎士隊ではあるが、さすがに見栄えがよい娘たちばかりが集まりすぎたか。美しさが強さと比例するバストランド生まれ故の苦悩だな」

「あら、あなたも私もまだまだ捨てたものではないと思っていますけれど?

 それに美尻よりも美巨乳であることこそが、バストランドの女性には重要なのではなくて?」

「戦場暮らしが長いものでね。どうしても胸より先に尻を重視してしまうのさ。

 ーーっと、無駄話の時間は終わりだ、陛下が来るぞ。頭が高い、控えおろう」

『・・・・・・』

 

 ゼノヴィアの高圧的な言い回しに反発することなく、ロスヴァイセと周囲にいた手の空いているTバック騎士数人が同時に跪くことで、滅び行く王国と女王に変わらぬ忠誠を示す。

 

 やがて女王の寝室へと続く巨大な門扉が開いて、奥から美貌のオッパイが・・・いや、巨乳女王が姿を現したのである。

 

 

「皆さん、お勤め大儀でした。お待たせしてしまって申し訳ありませんでしたね」

「いえ、陛下。主に使える騎士として当然の義務です。どうかお気になさりませぬよう伏してお願い申しあげます」

「私も聖巨乳騎士殿と同じ考えにてございます。臣下として体を張り、主の着替える時間を稼ぐは誇りであると存じますれば」

 

 きまじめで羞恥心のおかしい軍の重鎮二人がそろって報答し、宮仕えになって時間が浅く忠誠心よりも好奇心の方が僅かに勝った従騎士ひとりだけが目線だけ上に上げて女王の姿を視界に納め・・・絶句した。

 

 

『ツンと上を向いて、垂れることを知らないオッパイの様な生き方をしたい』

 今代巨乳女王姫島朱乃一世が即位式で言ったとされる名言だが、これのどこら辺が名言なのかなぁと悩んでしまった過去を持つ従騎士だったが、今それは疑惑から確信へと昇華し、変貌した。

 

 朱乃女王陛下が着てきた戦闘用の装備を言葉で表現するならば、誤解を招く余地のない直裁的な表現が好ましかろう。

 

 即ち、牛柄の紐ビキニである。それ以外の何物でもない。

 ご丁寧にレッグアーマーとソックスまで牛柄で統一してあり、頭には小さな牛の角。ビキニのお尻にはちょこんと付いた短めの尻尾。

 

 敵対国から「牛女王」などと揶揄されていると聞いたときには憤りを覚えた従騎士だったが、今この光景を見れば間違っていたのは自分で正しかったのは敵の論評の方だったのだと納得せざるをえない。

 

 

 巨乳では収まらない、爆乳と呼んで差し支えないサイズの巨大な乳房を持つ美貌のエロ女王様。

 長い黒髪をポニーテールに束ねて背中に流し、タレ目気味で穏やかな、それでいてどこかエロそうな黒瞳を持つ彼女は玉座に座り、長い足を高々と組んでから女王として、一国を束ねる君主として、国家主権者として、、言わねばならない言葉を玲瓏とした声音で紡ぎだす。

 

「これから我が国最後の戦いが始まります。わたくしは先祖代々受け継いできた領土とオッパイの誇りを守るため、勝算のない戦いに皆さんを巻き込まなくてはならなくなりました。

 この報いはヴァルハラにて再会したとき、自慢のオッパイを好きなようにイジメられることで贖罪に変えさせて頂きたく思います。

 ですからどうかーーどうかこの最後の一戦だけでもわたくしに力をお貸し願いたいのです! あの『半端な大きさの分際で自分の胸が世界で一番おっきくて美しい』と勘違いして浮かれてるアッパラパーお嬢様に苦労の味を思い知らせてやりたいのです!

 ですので皆さん! 出陣の支度を(どんがらがっしゃーーーっん!)きゃぁぁっ!?

 な、なんですの今のとてつもない爆発は!?」

 

 突然なり響いた爆音に所信表明演説中を邪魔された朱乃女王様は立腹しながらも原因を調べるよう指示を出す。

 部下たちは即座に命令に従ったし、軍の重鎮コンビも「流石は陛下、的確なご判断です!」と敬意を込めて誉め称えてくれた。

 それ故に誰一人として気づいていない。

 

 デッカいおっぱいがご自慢の朱乃女王様は今、若干内股になって腰が引けているという事実に。

 ポタポタと、僅かな水滴が一国の主のオマタ元から滴り落ちてきていると言う事実に。

 

 

 やがてお漏らし女王様の命を受けたTバック鎧騎士の一人が危険を承知で外壁へと通ずる外門の側まで近づいていくと・・・・・・

 

「きゃぁぁぁっ!?

「なんだ!?」

「まさか・・・反乱ですか!?」

 

 

 

「ふふふ・・・いいえ違うわ、美乳将軍。敵襲よ。

 大!魔王リアス・グレモリー様による御親征なのよ!

 おーっほっほっほ!!」

 

 

「・・・!? 貴様は・・・!!」

 

 

 ぱんっ!ぱん! ぱぱん、ぱぱん!!

 ちゅっっどーーーーーーっん!!!!

 

 

 

 パーパラパッパッパッパッパッパ~♪

 

 ーー爆発が連発して煙が吹き上がり、Tバック巨乳騎士を時空の歪みの底へ沈めた深淵の穴から悠々と進入してきた露出狂か、はたまた時代遅れのお色気悪女ボスなのか判断に迷ってしまうお色気過剰コスチュームを纏った巨乳で紅髪の魔王。

 

 お色気バカっぽい格好と仕草を見間違えるはずもない。

 人類の敵にして、自分以外すべての巨乳を憎む者! この世すべてのバカおっぱい!

 

「まさか御大将みずから出馬してくるなんて・・・私は貴女を侮っていたようですね。改めて謝罪いたしましょう。

 そして正式に宣戦布告いたします!

 おっぱいバカ魔王リアス・グレモリー! 皆の仇!取らせてもらいまーーっ」

「誰がおっぱいバカよ!この普乳!

 おっぱいでビンタされて反省しなさい!」

「痛い!痛い!痛いですぅぅぅーーっ!!

 ああーーん、せめてオッパイでお尻ペンペンするのはご勘弁をーーっ!!」

「うっさい! 私の巨乳をバカにしたお仕置きよ!お・し・お・き!

 食らいなさい! 《クイーン・バァースト・スパンキーング》!!」

「あぁぁぁれぇぇぇぇぇっ・・・・・・・・・・・・あふん♪」

『ろ、ロスヴァイセーーーっ!?(様ーーーっ!?)』

 

 覚悟決めてた最高幹部の一人がオッパイで両頬をビンタされた挙げ句、ビタンビタン!とお尻も叩かれて敢え無い最期を遂げさせられる。

 

 最終決戦の開始直前に最高戦力の一角をいきなり失ってしまうという大惨事だが、そんな窮状にあってもオッパイに栄養が偏り脳にまで回されてない聖巨乳騎士ゼノヴィアは一切揺らぎを見せることはない。

 

 ケツに力を込めて下半身を安定させ、乳首を強調するかのように大きく大剣を振り上げる。

 

「不意打ちとはいえ、あのロスヴァイセを一撃で倒したことだけは誉めてやる。

 だが私は奴ほど甘くはないと知るがいい。

 流派天然自然流が最終奥義!

 私の剣が光って唸り、貴様を斬れと轟き叫ぶ!

 食らえ必殺! 赤裸々天覧けーーーーっ・・・・・・」

「長すぎるのよ技の名前も前口上も! 不意打ちされたければされて負けなさい!

 ロケットミサイル・ヒーーーップ!!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」

『ぜ、ゼノヴィアーーっ(様ーーーっ!?)!?』

 

 魔王の放ったV1ロケットミサイルの如き早さを誇るお尻による突撃を受け身も取らぬままに、モロに顔面に受けた聖巨乳騎士ゼノヴィアはそのまま魔王のお尻に押し潰される形で倒れ伏して、しばらくの間ピクピク痙攣した後に「・・・あぁんぅ♪」と幸せそうな中に悔しさが入り交じった複雑怪奇な呻き声を最後に動かなくなった。

 

 

 

「・・・さて、と。

 オードブルは食べ終わったみたいだし、そろそろシメのメインディッシュを頂けないかしら朱乃女王陛下」

 

 自らが倒した獲物、聖巨乳騎士ゼノヴィアの顔面にお尻でグリグリしながら魔王は、挑発的な視線と態度で最終宣告を告げてくる。

 

 が、思い直したのか視線と態度だけでなく『言葉』まで挑発的なものに変えて、朱乃女王の自尊心をこれでもかとばかりに責め立て始めた。

 

「いえ・・・朱乃『元』女王陛下とお呼びすべきなのでしょうね。だって今の貴女は女王じゃないし、平民だし。むしろ働き口がないぶん平民より下なんじゃないのー?」

「う~・・・・・・!!!」

「やーい、国を失ったホルスタイン女王様ーっ! デカパイしか取り柄のない無能君主ー! オッパイバカ女王姫神朱乃ーっ!

 あんたのオッパイ、デカいだけーーっ! あっかんべーの、べろべろばー!

 お尻ペンぺーんだ! 悔しかったら勝ってみろーーっ!」

 

 ーー子供かよ。むしろガキかよ。

 

 魔王の恥態ならぬ醜態を見せられ続け、見習い従騎士はすっかり諦めの極致に達してしまった。後もう少しで悟りが開けそうである。もうこのままバカどものことは放っておこう。うん、そうしようそれが良いよ。

 

 彼女が心の中で結論づける中、女同士の醜い争いは激化の一途をたどり取っ組み合いの喧嘩にまで発展していく。

 

 

「言わせておけば・・・・・・!!

 そういう貴女だって保健体育の成績以外、オール2だったくせにーっ!」

「なぁっ!? い、今更そんな子供時代の話を持ち出すのは卑怯よ朱乃!

 だいたい貴女も成績は私と同じで、良かったのは保健体育だけだったじゃない! 自分だけ良い子ちゃんぶるのは子供の時から変わらない貴女の悪い癖よ!」

「へへーんだ! 残念でしたー! 私の方は小学校四年生の春に一度だけ音楽で3をもらってますー! 卒業まで保健体育しかできなかった貴女とは別格なんですーっ!

 あったまわるいデカ尻娘はお父さんに、尻だけ振って媚びてればいいのよ! バーカバーカ!」

「ムッキーッ!! 言わせておけばいい気になってくれちゃってーーっ!!

 こうなったら決闘よ朱乃! 今日こそ私は貴女を倒して国一番の巨乳になる!

 そのためだけに今日まで生きてきたのよ!

 全財産はたいた勝負服を買い揃えるほどにね!」

 

 ーーいや、その国を今アンタがぶち壊しちゃったんだけどね? 勝った後アンタ借金取りに売り払われないよう気をつけてね?

 

 遂に悟りを開いた従騎士は、敵の将来まで思い煩えるほどの精神性を獲得するに至っていた。ある意味この戦いで誰より多くの物を手に入れたのは彼女なのかもしれない。

 

「望むところよリアス! この国で一番の巨乳はわたくし! そのことを証明するためだけに戦争を挑まれて応じたオッパイの意地! しかと思い知りなさい!

 うりゃああああああっ!!!!!」

「てぇぇぇぇぇぇぇっい!!!!!」

 

 

 

 ボコスカボコスカ! べちんべちん! ぺちんぺちん!

 ばいーんぼいーん! ビリビリビリビリリィぃッ!!!

 

 

 

「ちょ、痛いじゃないの朱乃! お尻つねるなんて反則よ!この卑怯者!」

「おーっほっほっほ! 戦いに卑怯もウンコもあるわけありませんのよリアス!

 悔しかったら貴女も勝って見せなさーーいったぁぁぁっい!?」

「おほほほほ! かかったわねバカ朱乃!

 秘技!『お尻をつねらせて胸を叩く』よ! やーい、ひっかかってやんのバーカバーきゃぁぁぁぁっ!?」

「秘技返し!『服を脱ぎ捨て服を破く』ですわ!

 これで貴女もわたくしと同じ文無しオッパイ女王! 貧乏オッパイに落ちぶれましたわね! ザマーミロですわ! おーっほっほっほ!」

「悔しいぃぃぃぃぃーーーっ!!! 屋敷も爵位も領地の統治権さえ売り払って用意した一張羅だったのにーーーっ!!」

 

 全裸になって全財産失った巨乳美人のおっぱいバカたちは自暴自棄になった挙げ句、ヤケクソになったのか被害を周囲にまで広げ出す。

 

「こうなったらもうヤケクソだわ! 皆まとめて道連れにしてやるんだから!

 私が持つ魔力のすべてを投じて極大破壊魔法を詠唱してあげるわっ!」

「だったらわたくしもヤケクソです! 国諸共に破滅するため禁じられた言葉を唱えます!いきますわよ!

 

「裸無亡・Roccccck!!」

「言ってはいけない言葉・・・ぱんつ!!」

 

 

 

 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっん!!!!

 

 ずずずずずずずずずずずずずずずずずずず・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千年の歴史を誇る大国バストランドが敗亡し、崩壊した日から一ヶ月の後、

 

 遷都された新たな都の大門。

 その入り口に並べて揃えて飾られている、二つのスッポンポン。

 

 

 

 

 

 

 

『私たちは大馬鹿者です』

 

 

「あ~ん、誰かここから降ろしてよー(ToT)

 恥ずかちぃぃぃぃ~・・・(; ;)ホロホロ」

「わたくしはバストランド王国の女王様ですわよーーっ!(*`Д´*)」

 




今文字数見たら、意外と長ったんですね・・・。


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魔法先生のクラスに九条さん現る!

「ネギま!」と「庶民サンプル」のコラボ作品です。
と言っても庶民サンプルから出るのは九条さんだけです。他は要らん。

九条さんは本当に良い・・・最高です・・・早く彼女を主役にして描いた第二作を連載したいものです。

注:ドタバタギャグコメディとして書いてますので、ドタバタ以外は求めてない方限定でお読みください。


 桜の花びら舞い散る入学シーズンーーからはちょっとだけ後だけど、まだ五月には至ってない四月のある朝。

 麻帆良学園に通っている若くて心も体も美しい年頃の乙女たちは、今日も優雅な登校風景をーー

 

 

 ドドドドドドドドドドド!!!!

 

「いそげ!」

「ちこく!ちこく!」

「やばいやばい! 今日は早く出なきゃいけなかったのに!」

「あ、アスナ今日は昨日以上に恋愛運めっちゃくちゃええみたいやよ? 好きな人の名前を10回言って「ワン」と鳴いた後に逆立ち開脚すると100%成就確実やて」

「うそ!? ホントに!? 100%なら私やるわ!

 高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生!ワンッ!!

 そして逆立ちの後でV字開脚!・・・って、恥ずかしいじゃないバカ! 年頃の乙女になんてことやらせるのよ!?」

「・・・いや、今のはさすがにやるとは思わへんかったし・・・うち、マジドン引きやったで・・・」

「なんで私が悪いことした流れになってるのよ!?」

 

 

 

 ・・・・・・麻帆良学園女子校エリア中等部に所属する若くて心も体も美しい、そして何より逞しくて元気な年頃の乙女たちは年相応の溌剌さを発揮して元気いっぱいに爆走する登校風景を満喫しておりました。

 

 ーーそこ! 「詐欺師ー」とか言わない!詭弁かでもないから!日本語の妙だから!伝統芸能だから!

 どんなに見苦しい光景だろうと綺麗に飾れる美しい言葉日本語。母国の文化に誇りを持とう!

 

「あははは・・・アスナさんは本当に元気な人なんですね。・・・いろんな意味で」

「ちょっ!? なんで子供にまで哀れみの視線向けられてるの私!? これおかしくない!? おかしいわよね!? 世の中絶対間違ってるわ!」

 

 ーーと、本来であれば乙女しか入ることが出来ないはずの麻帆良学園都市最奥エリアに位置している女子校エリアに、見慣れない異物が混入しております。

 あれは何だ? 狐か狸かUFOか?

 

 答えは10才くらいの男の子でした。

 

 スーツの上からコートを羽織り、背中には登山用と見まがうばかりに巨大なリュックサック。寝袋も入れてるみたいですし、いっそのことバックパックって呼び方変えた方がいんじゃね?と思わなくもない、小さな体には不釣り合いすぎるほど巨大なそれには更に不釣り合いな代物まで括り付けられています。

 

 樫の木の杖。

 ドラクエなどでよく見かける魔法使いが持ってるアレです。

 

 ただし形状はやや異なり、アレよりは多少複雑骨折してます。先っぽの杖頭の部分は正統的な鉤鼻仕様。ただし棒状の本体との繋ぎ目部分がジグザグとしたS字方に曲がりくねってます。

 持ち手を兼ねた細長い棒の本体は包帯らしき白い布でグルグル巻きにされ、上下ともにさきっちょだけが露出させているデザイン。

 古風な印象で如何にもな魔法使いの持ってる杖っぽい感じは出てますが、やはり持ってるのがスーツに着られてる感の強いお子様では似合いません。どこかしら“見習い”感、もしくは“なんちゃって魔法先生”な感が出てて、すごくパチモン臭いです。

 

 彼はネギ・スプリングフィールド君、10才。

 このたび麻帆良学園中等部二年A組の担任と英語教師を兼任することになった天才児で、赴任早々クラスの女の子たちから奉られた愛称は「ネギ先生」。

 実際には教育実習生待遇であり、向こう三ヶ月間の間無事に勤め上げるまでは正式な担任教師には昇格させてはもらえません。当然、お給料も安くて物価が高い日本では一人暮らしするのに大分不足してしまうだろうと予測できますね。

 

 なので彼の住んでる住所は今現在、学生寮の一室。麻帆良学園学園長の孫娘と、親友の少女二人でルームメイトしてる一室が住所録にも記載されてるネギ先生の所在地です。

 

「全くもー! 昨日に続いて今日もバイトに遅刻しちゃったし! ホントのホントにあんたなんか泊めるんじゃなかったわ!」

「はい・・・今さっきのアスナさんの恥態を見せつけられてから周囲の視線が痛くなりましたし、ボクも出来るなら早めに出ていけるよう努力しますね・・・」

「ちょ!? あれーーっ!?」

「アスナ・・・うちも部屋替えの希望出してええかな? さっきのは流石にその・・・なかったわ~・・・」

「ちょーーーっ!?

 え?あれ?なんで!?なんでよこのか!?私なにかしたかしら!? ぜんっぜん記憶にないんだけど!」

 

 大声で騒ぎ立てる鈴付きツインテールの少女は神楽坂明日菜ちゃん。保健体育特化の成績と身体能力、及びそれ以外すべての分野で超低空飛行な成績を取り続けている今で言うところの脳筋少女。

 

 ネギ先生と共に彼女と併走している黒髪ロングで京都弁を使っている少女の名は、近衛木乃香。通学ラッシュで足の踏み場も見つからない麻帆良学園中央駅前をローラーブレード履いて余所見しながら走ってる交通ルールをガン無視する今時の若者です。

 

 二人はネギ先生が担当することになったクラスに所属している女生徒たちで、ネギ先生が居候させてもらっている寮の部屋、その名義上の持ち主たち二人が彼女たちでした。

 

「ほら! 二人とも、学園入り口が見えてきたんだから気合い入れて走りなさいよね!

 朝寝坊しようと宿題をやってないことに朝になってから気づこうと、そんなこととは関係なく私は遅刻だけはしない!絶対によ!」

「「・・・・・・」」

 

 沈黙で返す二人、意気込んで鼻息荒くなる一人。

 二者一様のまま三人は目的地である麻帆良学園中等部の学園棟に到着する。

 

 ーーその時ネギ先生が「あっ」とつぶやいて突然立ち止まり、二人の少女は「?」と疑問符を頭上に浮かべながら背後で足を止めている年下のお子様先生を凝視しました。

 

「なによネギ。部屋に忘れ物でもしてきたの?

 言っとくけど取りに帰るなら一人で行ってよね。アンタが遅刻するのに私達まで巻き込まれるなんて真っ平ごめんーー」

「アスナー、そう言えば昨日遊んでたゲームは持ってきてん? ほら、あの朝倉さんから貸りとるって言う乙女ゲー。

 なんか高畑先生によう似てる男性キャラが攻略可能だからー言うて、高値で転売しようとしとるところを無理言って三日間だけ貸してもらったーって自慢しとった奴。

 今日がちょうど借りてから三日目やったよね? ちゃんと持ってきとるん?

 朝のホームルームで返し忘れたら今日一日ノーパンで過ごすっちゅう契約で借りとったって聞いたんやけど・・・・・・」

「ぎゃーーーっ!? 私の恋する乙女心をパンツと一緒に置き忘れてたーー!!」

「・・・アスナ、旨いこと言ってるつもりかもしれんけど、あんま旨くないで・・・?」

 

 アホが一人大騒ぎしている中でもお利口なネギ先生は至極まじめにお仕事の話を思い出します。これが正しい社会人としての生き方と言うもの、どっかのアホなノーパン女子中学生はよく学びましょう。

 

「誰がノーパン女子中学生よ! まだ履いてるもん! 今はまだ!!」

「風前の灯火やけどな・・・ちなみにホームルーム開始まで後十分・・・」

「うわぁぁぁぁぁっん! 誰か私の初恋とパンツを守ってーーーっ!!」

 

 泣き叫びながら麻帆良学園の校門前で初恋という名の愛を叫んだノーパン女子中学生(確定)は置いといて、教育実習生ネギ先生は昨日の帰りに学園長から聞かされた話を思い出します。

 

「確か今日、二年A組に転校生の方がいらっしゃるんですよね。その方をクラスまでお連れするために一度、ホームルームを始める前に学園長室まで来るよう言われてたんです」

「じじい(学園長)の所に? うちのクラスにっちゅう事はとうぜん女の子やよね?

 ・・・・・・あのスケベじじいと一緒の部屋に、二人きりで待たせといて大丈夫なん? なんかあったらシャレにならんで?」

「このかさんたら、またそんなこと言ってもー。

 ダメですよ? 人を中傷するような冗談を言ったりしたら。昔から人のことを悪く言う人が人に良く思われた試しなんて一度もないんです。

 人に親切にして優しく接してあげることこそ人間関係を構築する上で一番重要なんだとお姉ちゃんが言ってましたし、それでなくてもーー」

「・・・・・・・・・」

「ーーえっと・・・このかさん? どうしたんですか冷めた視線でボクを見つめて? ボクなにか悪い相でも顔に出てたりするんでしょうか?

 え、あれ、ちょっと? おーい、このかさーん? どうしてボクと目線を会わせてくれようとしないんですか? どうしてボクの頭を優しい顔して撫でようとするんですか? どうして空に向かって涙を浮かべながら拝むようなポーズをしてるんですか? 

 どうしてどうしてどうしてーーちょっとこれ本当に怖いんでやめてくれませんか、このかさーん!?」

「・・・・・・」

「誰か! 私のパンツを守ってくださーい!」

 

 混乱する少年、どこか遠くを見つめて悟りを開いてる少女、世界の中心から外れたところでパンツを叫ぶアホ。

 

 麻帆良学園は今日も良い感じに、混沌としたまま始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと・・・如何ですか、この麻帆良学園は? 外観、実績、格式、どれをとっても周りに恥じない歴史ある名門女子校で・・・」

「・・・先生は最近転任してきたばかりとお伺いしましたが、もうそこまで説明できるほど麻帆良学園の歴史に精通されておられるのですか?」

「え」

「失礼ながら外国から来られた方とお見受けいたしますが、日本の歴史と学校教育に関する知識の蓄積なくして伝統と格式は語れません。ご自分が教職を勤められる学校法人ばかりに知識が偏られるのは、後々の先生の御為にも成らないのではないかと愚考いたします」

「え、え~とですね。そのあのえーと・・・」

「若輩者の後進風情が何をおこがましいことをとお思いかと存じますが、わたくしもそれなりの家系に生まれ、一応なりとも淑女教育を受けた身として先生のお力に成れる部分もあるかと存じますれば、どうか転校してきたばかりの部外者が減らず口を叩いているだけだと解釈の末、ご自分の中で力として吸収していただければと願うものです」

「・・・・・・・・・」

 

 廊下を歩きながら先生らしさをアピールしようと麻帆良学園うんちくを語ろうとしたネギ先生撃沈。後ろから付いてきてる巨乳美人教師のしずな先生も、苦笑する以外に反応しようがありません。

 

 そんな二人とは対照的に転校生の女の子は、毅然としたまま前を向いてシッカリとした足取りのまま1ミリも歩幅を変えずに進み続けます。

 

 日本人形のように整った顔立ちの綺麗な女の子でした。

 今時珍しいおかっぱ頭で、藍色の眼と感情の起伏を感じさせない無表情な面立ちが特徴的です。

 棒でも飲み込んだように頭の上から爪先までピシッとしてて、なんだか軍人さんか女王様、もしくは名家に仕える厳格なメイド長を彷彿とさせる綺麗だけど非常に怖い感じの美少女でネギ先生も先ほどから困惑気味です。

 無言でいるのが苦にならないタイプなのか、黙り込んだまま三人で歩き続けても全然気にする気配はありません。

 ネギ先生を虫かミジンコか、とにかく人間ではない人間以下のナニカとでも認識しているかのように「居ても居なくてもどうでもいいオーラ」を発散させ続けてます。

 

(き、気不味い・・・・・・)

 

 新任早々の教育実習生のクラスに押しつけるには難易度高すぎな転校生です。

 いくらネギ先生の正体がイギリスにある魔法学校からやってきた魔法使いだからと言って、経験不足のお子様教師であると言う事実に変わりはありません。

 彼には転校生を誰か別のベテラン教師に泣きつくことで押しつけるという選択肢もないことはなかったのですが、学園棟着直後に言われた学園長の一言を思い出して実行に移せませんでした。

 

「ネギ君、この修行はおそらく大変じゃぞ? ダメだったら故郷に帰らねばならん。

 二度とチャンスはないが、その覚悟はあるのじゃな?」

 

 重々しい口調で告げられた警告に、魔法学校で校長先生から言われた言葉を思い出し

 

「仮免期間の間はどんな無理難題でもこなして見せます! ボクはお父さんのように『立派な魔法使い』になりたいんです!」

 

 力一杯二つ返事で答えてしまったのが運の尽き。

 彼は冷酷毒舌理不尽きわまるドSな美少女お嬢様転校生を伴って二年A組、即ち自分の担当するクラスに到着しました。・・・盛大な胃の痛みを味わいながら。

 

「えーと、今日は皆さんに新しいお友達を紹介します。

 やんごとない事情によって地図にも載ってない女子中学校から転校されて来られた方です。では自己紹介をお願いします」

「はい。

 皆さん初めまして、今日から共に机を並べて学業を学ばせていただきます『九条みゆき』と申します。

 田舎育ちの新参者ゆえ至らぬ事が多々あると思われますが、何卒ご指導ご鞭撻のほどを宜しくお願い申しあげます」

 

 折り目正しく頭を下げた美人の大和撫子を目の当たりにした二年A組女子生徒一同は、

 

『お、お、お、お・・・・・・』

 

 同じ一言をハモり続け、

 

『お嬢様だ! 本物のお嬢様が来たわ! 正統派よ!!

 どっかの金髪ショタコンなんちゃってお嬢様とは格が違う!!』

 

「ちょっと御待ちなさい皆さん!

 いったい何処の誰がショタコンなんちゃってお嬢様だと仰るつもりなのですか!?

 返答次第ではわたくし、法廷闘争も辞さない覚悟がございますわよ!?」

 

 (ほぼ)全員の反応に一人だけ気炎を上げて反論しつつも、概ねクラスの子たちは転校生を歓迎しているらしい。胸をなで下ろして、ホッと一安心のネギ先生。

 

 どこの国でも同じだが、転校生が学校で苛められやすいと言うのは定番ですからね。問題起こして停学沙汰とか、悪くすれば苛めを苦に自殺とか最近多いですし。

 

 仮免許の間に問題起こせば、免許没収の上で連れ戻される。魔法使って解決しようとして、もしバレでもしたらオコジョ化です。

 記憶を消す魔法もありますが、来日以降使う度に消し去ってるのは記憶ではなく女の子たちのパンツです。

 自責の念から自腹を切って弁償してますが、そのせいで懐具合はスッカラカン。お昼休みにジュース一本買えません。いい加減ひもじくなってきましたので、出来るならば何事もなく平和理に事が進んで大過なく研修期間終了日まで過ぎ去って欲しいとネギ先生は願ってやみません。

 

(オコジョもやだけど貧乏もなぁ~。誕生日にはお姉ちゃんたちにもプレゼント贈ってあげたいし。

 あ、そう言えば日本に到着した直後に買って送った熊の置物は喜んでくれたかな? ウェールズの山奥でも珍しい野生の熊の狩猟シーンは絶景だったっけ・・・)

 

 世界に誇る日本の伝統工芸製造技術に度肝を抜かれた来日初日を思い出し、頬をゆるめたネギ先生はその直後、ズーンと落ち込んだように暗い陰を顔に落とします。

 

(・・・でも、どうして日本の物価はこんなに高いんだろう・・・。ハンバーガーひとつに320円なんて法外すぎるよ・・・。

 イギリスでフィッシュ&チップスは庶民の味なのに・・・)

 

 日本とイギリスの貨幣価値の違いから国の壁を痛感しているネギ先生。

 そんな感じで、慣れてない上に通貨単位も大きく異なる異国の地で生きて行くには何よりもまず安定した収入と、雨風を凌げて役所に登録できる住所の確保が必要不可欠です。

 オコジョになれば動物ですから必要ありませんが、人間は文明の中で生きる社会的な生き物です。洞窟や山肌で生きてはいけません。人として生きていくためにも、まずは手に入れた仕事を手放さないこと! これは絶対条件なのです!

 

(そうだよ! ボクは将来、大きくなったら父さんみたいなマギステル・マギになるって約束したんだ!

 その夢を叶えるためにも、まずは日本の麻帆良学園で教職員に正規雇用を!)

 

 ・・・・・・なにやら微妙に目的が変わってきましたが些細なことです。

 子供らしい夢を見ていたネギ先生が、夢を実現するのに何が必要なのかと言う一番大事な部分に気がついただけのこと。子供が大人になるために最初のステップアップをしたに過ぎません。

 大人になるにつれて誰もが通る通過儀礼です。

 ですので、気にする必要は皆無なのです!(断言による決めつけ)

 

 

 

 ーーその時です。

 イタズラな春風(ちょっと季節過ぎてますが)が吹いて、ネギ先生の鼻も頭へ一枚の花弁を運んできました。

 

 ネギ先生は鼻炎なのかもしれません。花がムズムズすると問答無用で盛大なクシャミをしてしまい、我慢することも勢いを押さえることすら不可能なのです。

 

 もちろん、今この時もいつもと同じように「ハ、ハ、ハ・・・」と波動クシャミを溜めに溜めーー、

 

「ハクションッ!!」

 

『キャアッ!?』

 

 ぶっ放しました。遠慮も容赦も情けもなく、魔力の籠もった風が盛大な旋風となって二年A組の教室内を暴れ狂い何名かの生徒のスカートをめくり上げ、何名かの生徒の服を吹き飛ばし、先生のすぐ側に立っていた若干一名だけ服をバラバラになるまで細切れにし、完全に修復不可能な惨状にまで追い込んでから、風はようやく収まりました。

 

「な・・・何・・・今の風・・・って、いつものと言えばいつものなんだけど・・・」

「いつまでも続く春一番やよねー」

「ちょっ・・・あ、アスナさん・・・? 今日のそれは流石にその・・・。

 上だけそのままで下だけスッポンポンというのは、いささか以上に破廉恥すぎるのではないかしら・・・? なんと申しましょうか、目のやり場に非常に困るのですけれど・・・」

「だったら見ないでよ! 私のこんな恥ずかしい格好をーーっ!!!」

 

 

 阿鼻叫喚。この一言にて尽きる惨状です。

 

 

 そして、事の元凶であるネギ先生はと言うと。

 

「ふぇぁ・・・またやっちゃっ・・・た・・・!?」

 

 くしゃみした直後に伴うフラつきから回復して前方を確認し、異常なかったから右左と見ようとしたところ、左側で異常を発見しました。

 一大事です。緊急事態です非常時です。今すぐ救助隊を派遣して救援しなくてはなりません。

 でなくては恐らく、間に合わない・・・!

 

 

「・・・・・・どうかされたのですか、先生? なにか恐れおののいていらっしゃるようですが・・・。

 まるで恐るべき魔王と出会ったオコジョにでもなったかの様にーー」

「ぴえっ!?」

 

 がたがたがたが・・・・・・。

 絶対零度の視線を前に、ただただ震えて怯えるしかないネギ先生です。

 

 目の前には全裸になっても揺るぎなく姿勢を正して立ち続けている、転校生の九条みゆきさんが蒼い瞳にブリザードを宿した視線で先生を永久凍土の地獄へ招き入れようとしていました。

 

 恐るべき冬の魔王にお子様ネギ先生は抵抗する術を持ちません。

 こう言う時にこそ使える魔法はなかったでしょうか!? グルグルお目目を回しながらネギ先生は必死に考えます。

 でも、こう言うときに頭を働かせても禄な答えは出てきません。安易な逃げの選択肢を最前手と思って選び実行した後、心の底から後悔してのた打ち回るのがオチなのです。

 年若く経験不足なネギ先生は、その常識を知りません。

 ですから当然の様に間違った方程式をたてて、間違った答えに辿り付き、間違った考えを過ちでもって実行に移してしまいます。

 それを破滅へ至る道だと気づくことなく、地獄に堕ちた自分を救う蜘蛛の糸だと信じて縋り付きながら・・・・・・

 

 

「きっ・・・き・・・記憶を失え~~~~~~~っ!!」

 

 かつて居候先の名義人となっている神楽坂明日奈に使い、服を着ていた彼女をノーパンでパイパン晒させる最悪の結果をもたらした最凶にして最悪の魔法《記憶を失え》。

 

 あのときの彼女は一部の隙なく冬用の制服を纏い、露出しているのは膝上丈のミニスカートと学校指定の紺色ハイソックスの間に広がる広大な絶対量域だけでしたが、今の九条さんは左に非ず。

 既にして素っ裸で何も身につけてない彼女には効果を及ぼせるはずも御座いません。

 普通だったら、服がないなら記憶の方に効果が及ぶのではと考えられるところなのですが、ネギ先生の魔法の才能は非常に特殊で『女の子たちを脱がすことだけ』に特化し過ぎているのです。

 

 なのでこの時も効果は、周囲に点在している服を着た少女たち全員に及び、麻帆良学園女子中等部二年A組所属の生徒全員、素っ裸で吹き飛ばされて組んず解れつ状態に!

 

 

 

「いったぁ~い・・・。もう、今度のはいったい何だったのよー」

「きゃっ! 誰か今、私のお尻触ったでしょ!?」

「うう~ん・・・重いー・・・お尻とオッパイに潰される~・・・・・・」

「う、動けない・・・動けないけどオシッコ行きたいかも・・・」

 

『ぎゃーーーーっ!!?』

 

 

 阿鼻叫喚地獄、パワーアップして再臨!

 

 もう詳しい描写が出来ないレベルで危険アブねーです!

 

 

「あわ、あわわわわ・・・・・・ど、どどどどどどうしよう・・・・・・!!」

「暫しお待ちを、先生。今すぐ家の者に連絡して助けを寄越させますから」

「あ、ありがとう御座いますみゆきさん! あなたはボクの恩人です!

 本当になんてお礼を言ったらいいのか・・・・・・!」

「もしもし? ジイヤさんですか? わたしです。至急、替えの制服を持って麻帆良学園二年A組の教室まで来てください。

 それから、私の分以外にもクラスの方々全員分をお急ぎで発注すること。大至急です。下着も含め、御家族にはそれとなく事情を説明して正確な数値と使っているメーカーについても聞き出しておくのですよ」

 

「ーー名目? いくら九条の名を出しても年頃のご息女を持つ親御さんから使っているメーカーの銘柄を聞き出すのは気が引ける? ・・・・・・正論ですね。

 では、こうしましょう。

 全てはクラス担任のネギ先生が責任を持って決断した英断であると」

「ちょっ!?」

「教師とは生徒たちを教え導き、将来を守り、時には身を擲ってでも教え子のため生徒のため彼ら彼女らを支える保護者の方々のために献身し、身を捧げなければならない尊いご職業。その様に尊い仕事に就かれた先生の覚悟を無碍にするは、九条の恥と知りなさい。

 ですよね? ネギ・スプリングフィールド“先生”」

「今それを強調して言うんですか!? 鬼ですかあなたは!?」

「了解は取れました。生徒のために喜んで自分は腹をメされる覚悟とのこと。今の言葉はきちんと録音して複数枚コピーして、アーカイブの一番深いところにも保存しておくのですよ」

「嫌がらせですか!? 嫌がらせでしょ!? 嫌がらせなんですよねソレ!

 みゆきさん幾らなんでもボクのこと、目の敵にしすぎじゃないでしょうか!?

 ボクがいったい何やったって言うんですか・・・・・・」

「(ぼそり)・・・きゃー、助けてー、男の先生に無理矢理服を脱がされて犯されるー」

「すみませんでした!ごめんなさい!もうしません!

 あなたのパートナーにでも何でなりますから勘弁してください!」

「・・・もしもし、教育委員会の方ですか?

 先程であったばかりで、互いのこともよく知らない男の子から「あなたのパートナーにさせてください!」と熱烈なプロポーズを受けているのですが、どういう反応を返せば宜しいのでしょうか?」

「社会に出て活躍する魔法使いのパートナー的意味合いでの発言だったんですけど!?

 僕たち魔法使いの世界に伝わる古いお伽噺で、世界を救う一人も偉大な魔法使いと、それを助けた一人の勇敢な戦士の話があってですね・・・・・・」

「・・・・・・もしもし、精神科の先生ですか?

 目の前に私を無理矢理裸に剥いた後、土下座しながら偉そうな態度と口調で滔々と『かつて世界を救った魔法使いと戦士の話』を語り始めた男性教諭が居られるのですがどうしたら・・・」

「ちがーーーっう! 話を聞いてお願いですから!

 誰か! 僕の社会的な信用を助けてくださーーーっい!」

 

 

 世界の果てで保身を叫んだ魔法使い(笑) 完



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私には、あなたの夢を継ぐことが出来ません。

Fate/stanightにおいて切嗣が拾ったのが士郎ではなく、彼とは真逆の形で歪みまくったオリ主の少女である場合のIF作品。

本当は切嗣との別れの夜まで描きたかったのですが、作者の好きな思想系の原作の為に書き過ぎました。続きを書くかは反応を見てからという事で。

基本的にトチ狂った主人公です。イカレてるので思想も価値観も死生観も壊れたキャラを参考にしまくってます。

読む際には士郎ファンの方は御遠慮ください。反吐が出るでしょうからね。

追記:ごめんなさい、書き忘れてましたので書き足します。
本来であれば行くはずだった縁側までの話を予想外に長くなってしまったからバッサリ切った回ですので、はじめから縁側で切嗣見送るまでは書きつもりでいました。
なので続きは確実に存在してます。縁側までは確実に。
近日中にでき次第投稿しますね。


 ーー気が付けば、焼け野原の中にいた。

 

 大きな火事が起きたのだろう。

 見慣れた町は一面の廃墟に変わっていて、映画で見る戦場跡のようだった。

 

 ーーそれも、長くは続かない。

 

 夜が明けた頃、火の勢いは弱くなった。

 あれほど高かった炎の壁は低くなって、建物はほとんどが崩れ落ちた。

 

 

 

 ・・・・・・その中で、原型を留めているのが自分だけ、とういうのは“おかしな”気分だった。

 

 

 

 この周辺で、生きているのは自分だけ。

 

 二年前にリフォームして親が自宅を耐熱加工にしてくれてたから死なずに済み、年齢相応に背が低かったから火に巻かれることなく崩落前に脱出できた。

 地を這うように進んでいたため吸った火煙の量が少なく、喉を焼かれなかったのも幸運を手助けした要素の一つだろう。

 今もハンカチを口に当てながら進んでいるのでギリギリ呼吸することが可能な状態だ。

 

 生き延びられたのか、皆が死に行くなかで自分だけが生き延びてしまったのか。

 

 この先この選択がどちらの未来を招くのかは判らないが、とにもかくにも、今はまだ自分は死んでいない。

 

 死んでない者には死ぬまで生き続けられる様、努力し続ける義務がある。

 

 いつまでも死体という物になってしまった両親を眺めていたって仕方がない。あてはないが、死にたくないなら歩き出すしかないだろう。

 まわりに転がっている、さっきまで生きていたのだろう人たちのように、黒こげになって野犬に腸を貪り食われるのもゾッとしない。

 

 『ああいう風』にならなかった者には、『ああなる』のを少しでも先延ばしする義務がある。

 そんな強い気持ちで心がくくられていくのを自覚したが、今は流しておくしかないだろう。

 

 どのみち、生き延びられるという希望はドコにもない。

 ここまで死なずに済んでいたのは複数の偶然と僅かな幸運、それから全知全能の神様とやら言う悪意持つ存在によって玩弄されていたお陰だ。人事を尽くしたから死ななかったわけでは決してない。

 

 そして何より重要なのは、『助からない命に手を差し伸べなかった』こと。これこそが今自分の生きていられている、死なずにいられている絶対の理由であり真理でもあるのだろう。

 

 

 当然だ。子供でもわかる至極自然の道理。現に子供の自分が理解しているのだから間違いなど有るわけがない。

 子供の小さくて幼い手を伸ばしたくらいで助かる程度の窮地なら、自分ごときの手助けなど必要なくとも助かる命だったのだろう。

 

 燃え落ちる家から子供を助け出そうとして潰れた父親に、非力な自分に何ができる?

 喉が渇いて水を欲しがる半死人を救うのに、一体どれほどの量の水が必要だ?

 自分が持っている物を与えたくらいで助かる命は放っておいても助かっている。なぜなら自分の手元にあるのはハンカチ一枚だけしかないからだ。

 

 こんな物で人が救える地獄で死ぬ奴がいたとしたら、そいつは既に死んでいる。死が確定している輩を救うことなど誰にも出来はしない。

 

 

 それが、彼女が地獄の中を歩み続ける内に抱いた信念だった。 

 

 

 幼い子供ごときが何をしたって、この赤い世界からは出られまい。確実に神様の垂らした救いの糸を掴むよりも、死神の鎌が己のか細い首を掻き取る方が早かろう。

 

 考えることしか取り柄がない、何も持たない無力な人間の小娘でしかない自分でさえそう確信できるほど、それは絶対的な被災地だったのだ。

 

 

 そうして倒れた。

 ハンカチで守っていたから酸素を取り入れる機能は、まだ失われていない。ならば吸い取るための酸素自体が周囲から消失しかかっているのだろう。所謂二酸化炭素中毒と呼ばれる現象だ。遠からず脳から酸素が無くなって意識が遠のき、気絶してから息を引き取ることになるだろう。

 

 そう考えながら、とにかく倒れて曇り始めた空を見つめる。

 まわりには、これから自分も辿ることになる遠からぬ未来の姿として、黒こげになった人たちの姿がある。

 空を覆い始めた暗い雲は雨雲だったらしく、微かに雨の降るとき特有の匂いを鼻で感じ取れた。

 死臭と焦げ付いた肉の臭いに満たされた限定空間の中にあって恵みをもたらす雨の香りは逆に悪目立ちしており、醜悪な地獄絵図を滑稽なカリカチュアであるかの様に錯覚させてくれる。

 

 ・・・・・・実際に、それなってくれればいい。

 雨が降れば体は燃えない。火が燃え移ったとしても降雨で消火できる温度にまで勢いを弱めている。

 

 まだ、望みはある。

 

 千に一つ、万に一つ、億に一つ、兆に一つか京に一つか、あるいは那由他の彼方のそのまた先にしか可能性がなかったとしても、生き延びられる可能性があるのであれば自分一人が信じるのに充分過ぎる。

 

 息もできないほど苦しいが、それが却って自分の生存を雄弁に語っているかのようで、むしろ心地が良い。

 痛みは生きていられていると言う証だ。自分はまだ死んでいないぞと言う、世界に向けて放つ宣戦布告だ。

 

 地獄の中でこそ大声を出して叫ぶべき命の雄叫び。

 声を出せない自分に代わり、痛みを以て雄弁に叫び声を上げ続けてくれる自分の身体に深い感謝と尊崇の念さえ沸いてくる。

 

 世界に向けて“生”を叫ぶ権利さえ奪われた、意志無き物へと堕ちた人々に代わって心からの希求を自分のためにも痛みを伴い声に出す。

 

 

 

「・・・今はまだ、死にたくないかな・・・・・・」

 

 

 心の底から素直にそう思う。そう願う。まだ今は死にたくない、他人の命を吸って生きた自分が地獄如きに殺されるのは認めてやらない、と。

 

 ここでは死ねない、まだ死ねない。地獄なんかに自分の命を呉れてやる気など、欠片ほどもない。

 私の命は私の物だ。私の人生は私の物で、私の心も未来も生も死もすべて、私の物だ。私だけの物だ。他の誰にだって呉れてやったりはしない。

 

 だって、自分の物だと世界に向かって断言できるからこそ自分の命と人生と、自分が助かるために見捨ててきた赤の他人の命とに向き合えるんじゃないか。

 お前たちを死なせて生き残った自分を誇れるんじゃないか。

 命を吸って死を免れた自分が自責の念など、犠牲にしてきた死者たちにたいする侮辱以外の何だというのか?

 

 人を殺して生き残った人間が殉教者になどなるなよ人殺し。

 ヒトデナシ風情が今更人の倫理になど囚われるな。

 もとより人命を吸って生きている今、自らは半ば人を辞めている。

 人に憧れているだけのナニカが人の猿真似など吐き気がする。

 

 

 

 ーーああ、その通りだと、どこからか黒いものと共に心に入り込んだナニカによって汚染されていく。

 

 

 罪が、この世の悪性が、逆転し増幅し連鎖し変転し渦を巻き始める。

 暴食色欲強欲憂鬱憤怒怠惰虚飾傲慢嫉妬が巡り巡り犯し冒して渦を巻く。

 反乱罪牙保罪恐喝罪淫蕩罪枢要罪脅迫窃盗罪逃亡罪放火罪侮辱罪不敬罪余桃罪誘拐罪買収罪堕胎罪自殺関与罪賭博罪死体遺棄罪凶徒娶衆罪遺棄罪偽証罪略取誘拐罪暴行罪皆々全て悉く須く死罪極刑につき恨め憎め拒絶否定し殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

 

 

 

「ーーずいぶんと平凡なことを気にされますね、あなたも。

 その程度のことを深く気に病む必要は、ないのではありませんか?」

 

 

 

“ーー!?”

 

 呪いの声の渦が蟠る。そこに、またしても有りえないはずのモノを認識したからだ。

 呪いは男に飲み込まれた際に飛び散った、謂わば本体の搾り滓。その濃度は本体と比べものにならないほど薄い。

 だが、それでも。すべてを押し潰す否定の中で穏やかに優しく、そして若干の呆れを含んで『拒絶と受容』を唱える。

 

 その程度はよくある事だ、と。

 それでも、あなたの叫びは確かに聞こえたと、静かに母親が子供をあやすように、女教師が生徒の間違いを訂正するかのように、優しく穏やかに、厳しく容赦もせずに、もとより戦場とは斯くの如き状況で在ると。

 

 

「軍隊同士がぶつかり合った戦場跡で本来の正しさが逆転するのは自然なことだ。だって、国が人を数として捉えて大量に殺し合わせる行為なのですから。

 誰も死にたくなんて無かったでしょうし、殺すことを生来悦しむ性質を持って生まれた者などそうはいません。狂気に堕ちねば生きて家族の元へ帰れないと言うのであれば、生き残るために狂うことは必要なことだ。恥入る必要なんてモノが、どこにあると言われるのです?」

 

 

“ーー?”

 

 呪いの残滓は問う。

 何を以て是とするや?

 誰が認める? 誰が許す? 誰がこの悪に責を負う?

 そんな、残り少ない闇の残照が最後の余光全てを賭けた糾弾にーー鈴を鳴らすようで耳に心地がよい声で“問い返される”。

 

「むしろ、私が問いたい。

 誰かに認められねばならない理由があるのか? 誰かに許してもらわなければ、自分の悪を許してはいけないのか? 誰かに背負わされたかの様な言い方からして自分から買って出た訳でもないモノを、なぜ許してやると認められるまで背負い続けなければならないのか?

 なぜ、そうまでして自分を悪だと決めつけたがる? 自分は許されてはいけないと思いこみたがる? 自らを悪しきものだと、許されざるモノだと、裁かれねばならぬ絶対悪だと定義したがるのかが私にはわからない。私には自己の所行を悪だと認識し、断罪してくれと叫ぶ貴方が、母を求めて泣き叫ぶ幼い赤子としか思えないのですが?」

 

“ーーーー”

 

「戦争しか知らないで育った子供は、大人になっても罪を罪だと思わない。

 平和しか知らないで育った子供は、戦争の作法など理解したくもないでしょう。

 今は戦時下ではありませんが、人が無惨に理不尽に殺されていく災害だって立派な戦場である以上は通じて当然の理屈の筈だ。戦争は人が行う災害なのですから当たり前の常識だと断言できます。

 人災と自然災害は対処法こそ違えども、人が大量に死にいく現場であることには一切の変化など有りはしません」

 

“ーーーー”

 

「貴方がどこの誰かなど知らない。興味もない。ただ、これだけは言っておきましょう。

 先ほど貴方が述べていた悪行の数々。あれら全てに貴方は“罪”の名詞を付け加えていました。それは貴方が、生きるため死なないためなら悪を是とする私よりも余程善人であることの証。

 ですから素直に胸を張って叫びなさい。自分の声で自分の思いを言葉にして。きっと誰か一人くらいは聞いてくれる物好きがいるでしょうからね。蓼食う虫も好き好きですよ?」

 

“ーー・・・・・・?”

 

 泥は戸惑い気味に問う。

 問うてしまった矛盾に気づく余裕すらなく、縋り付くようにして問いかける。

 

 

“ーー自分を、連れて行ってくれるのか?”

 

 ーーと。

 

 

 最後の余光として誰か適当な奴を呪ってやろうと入り込んだら抱え込まれてしまったガン細胞に汚染されていきながら。

 母に捨てられた子供が手を伸ばすように、置いていかないでと、連れて行ってほしいとお願いするかのように弱々しく縋る黒い手に掴まれて、反射的に握り返してしまった。

 悪について語りながら幼い子供の手を冷たく振り払えるほど、自分は悪に成れ切れないらしいと自嘲しながら。

 

「仕方ありませんね。連れて行って上げますから、誰か助けを呼んできてください。

 このままだと私、もうすぐ死んでしまいそうなので」

 

 あわてて泥が飛沫となって飛び散ると、誰かを呼ぶように何処かへ向かって何かをし始めた。

 何をしているかなど素人の自分に分かるはずもないので黙ってみていると、瓦礫の山を潜り抜けてきたと思しき黒一色の格好をした中年の日本人男性がやってきて、泥に導かれてきたと知る由もないのだろう幸せそうな泣き笑いで自分を抱き上げて何度も何度も、

 

「生きてる・・・生きてる!生きてる!」

 

 譫言のように繰り返される「生きてる」と言う、感謝を込めた生還の言葉。

 

 助けた側が言うには矛盾を感じるし、涙ながらに言う彼の言葉に嘘は感じない。ひどくあべこべな印象を与えられながらも、男が次に選んだ言葉は「ありがとう」だった。

 

「・・・ありがとう、ありがとう。見つけられて良かった。一人でも助けられて・・・救われた」

 

 薄れゆく意識の中で抱いていた彼女の疑惑は、最後の一言で確定事項となる。

 自分の右手を握りしめて男は自身の頬に何度も何度も擦り付けている。

 そのとき手の感触に混じるのは、血の粘つき。それも焼け焦げて対した量の出ない火傷による物とは異なり、感触の傷口からジクジクと染みでている血。

 間違いなくそれは、この火災現場で土を素手で掘り返した時にできたものだろう。

 人命救助のためと言えば聞こえは良いが、町の一角を飲み込んだ大火災の現場付近にコート姿で単身乗り込み、素手で救助活動するボランティアなど実在しているはずがない。

 

 そしてなにより彼女が確信にたると信じきれる決定的な証拠は、その『あまりにも幸せそうな』嬉し涙にまみれた泣き顔。

 

 誰かを助けたいと言う願いに満ちた綺麗な笑顔。

 憧れに足る、理想として追いたくなるほど満ち足りていて地獄の中には相応しくない事この上ない美しさ。

 

 羨ましくて羨ましくて、追いかけたくて追いかけたくてーーひどく絶望させられる。

 心の底から自分の醜さが浮き彫りにされて抗い難い願望に突き動かされ、抉り出した自らの心臓を握り潰したいと言う欲求に従いたくなってしまう。

 

 

 この綺麗な顔を見てしまった以上、自分は一生忘れることが出来なくなるだろう。この嬉しそうな泣き顔に、自分は永遠に呪われ続ける。

 それが判ったところで今更遅すぎるのだろうけれども・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・わ・・・つぐこと・・・は・・・な、い・・・・・・・・・」

「・・・ん? どうした? 苦しいのかい?

 ーーおかしいな、きちんと埋め込んだはずの聖剣の鞘が半分しか機能していない・・・。なにかがどこかでエラーを起こしてでもいるのか? だとしたら大問題だが・・・」

 

 

 半ばではなく、ほとんど意識が途切れてなにも耳には届いていない状態にあった彼女に男のつぶやきは聞こえていない。

 それと同じく男の耳にも彼女の決意は聞こえなかった。

 

 彼女は最後の力を振り絞り、こう宣言していたのだ。

 

 

「私には、あなたの夢を継ぐことが出来ません」

 

 ーーと。

 

 

 こうして、切嗣の所業を予測した有り得ない少女の衛宮による、有り得てはいけない泥を纏った聖杯戦争の土台と下地が築かれてしまった。

 

 十年後、本来の時空とは懸け離れた歪な戦いが幕を開けることになる。

 運命を『信じない』現実主義者の少女ーー『衛宮詩哀』が運命の夜を狂わせるまで残り時間十年と少しーー。

 

 

 

 

オリジナル主人公設定

 衛宮 詩哀(えみや しあ)

 幼い頃から『考えることしかできない』自分にコンプレックスを抱いてきた少女。

 空っぽの状態で大火災に巻き込まれて『泥』と『聖剣の鞘』の二つの矛盾を内包させられてしまい、それ以降性質が完全に反転してしまった。

 論理と知性の牙城で精神がガチガチに凝り固まった堅物思考だが、民主主義者故に自主性と相手の価値観は尊重する。

 ただし、あくまで一般人側の論理で物事を考えるために魔術師たちの論理に付き合ってくれることは限定的。

 ルール違反も魔術師ではなく『魔術師もどき』でしかない自分には関係ないと割り切って平然と行う。

 存在自体がルールブレイカーな少女。場合によってはワールドブレイカーにも成りかねないが、どこまで行っても本人に意図や自覚が生まれることは決してない。

 

 

 現在の属性は『悪・善』

 一見矛盾しているこれは、彼女にとって正義と悪の定義が、立ち位置だけで決まってしまう安っぽい商品にすぎないから。

 使えれば使い、要らなくなれば捨てて再度必要になったら取りに戻ってくる程度の感覚。

 なにかひとつに偏重するなどバカバカしい限りだと言い切る性格ではあるが、自分の価値観が周囲と隔絶していることは余り自覚していない。

 

 

 容姿:

 セミロングの銀髪と、やや眠そうな紫紺の双眸を持つ。

 眼鏡をかけているが魔眼殺しの類ではなく、度の入った普通の眼鏡。大火災で炎を直視していたから視力が落ち、聖剣の鞘が泥で満足に機能しなかったせいもあって必要になっている。

 中背だが胸は大きめ。垂れ目がちで無表情。

 外国の血が混じってはいるが両親よりも祖父母のどちらかに近いと言う、ちょっとした先祖返り。

 

 

 特徴:

 十年後の高校二年生の時点では穂群原三大美少女の一角となっており、マニアック担当として変人たちの人気を独占している。成績は良くもなく悪くもない、中の上程度。

 リハビリ以外で運動しないから体力は無い。

 家事は万能とまではいかずとも、結構うまい。

 

 

 得意魔術:精神感応系魔術

 相手と自分の精神を同調させて一定の方向へ誘導したり、思想の歪みを『彼女なり』に訂正し直すことが出来る。

 ただし、相手の心と向き合う必要があるため魔術の行使中は完全に無防備な精神状態に成らざるをえず、最悪の場合はフィードバックして精神崩壊に陥ってしまう。

 自分を拒絶すること前提の相手に使うには、まず敵の精神を撹乱させて隙を作ることが絶対に必要。

 

 

 魔術特性:

 聖剣の鞘の加護が泥で掻き消されているため『剣』の特性を得られていない。

 逆に泥の悪意を聖剣の鞘で相殺されたので、呪いは完全に影響していない。

 一応、本来の持ち主がいなくなっているので泥の方が加護として残っているが、泥の正体が『この世全ての悪の搾り滓』であるため加護の力が悪の方向にのみ作用する。

 結果として悪事を成すときだけ補正を得られる。その際には、動機や目的は一切関係しない。行動内容だけが判定基準となっている。

 余りにも危なっかしい性格を心配した養父の切嗣が教えてくれた基礎魔術を自分なりに使いやすい方法を構築していった結果たどり着いた人でなし魔術。

 催眠や洗脳とは違って効果も持続時間も極めて限定的すぎるものだが、そのぶん抵抗が難しいは、掛かってしまえば影響下にあることを自覚できないは、自覚しないと抜け出せない話で結構やっかい。

 時間が経てば消えるが、それまでに目的達成を目指すためだけに使うので全く問題になっていない。

 

 

 友人関係:

 意外にも間桐慎二と仲が良く、彼が示す分かりにくいツンデレな優しさを言葉にせずとも理解できる希有な人材。

 柳洞一成とも堅物同士なので仲はいいが、時折一成から見ても行き過ぎなルールの護りすぎには呆れられている。

 普通に拾われて普通に育てられた江宮士郎とも友人関係ではある。

 間桐桜とは、過去に精神面で叩きのめしてしまってから仲が良くなった。一応の弁明として、彼女に悪意はなかった。言うべきと判断して言ったら言い過ぎただけである。

 

 遠坂凜とは比較的疎遠。

 遠くから眺めて時折「こう在らねばならないと思い込みすぎて空回りしてるなぁ~」と感想を抱いているが、声には出さない。面倒くさそうな相手だと判断しているから。

 

 

 魔術属性は『生』と『死』の二重属性。

 ただし別段特別な効果や彼女だけが使える魔術の類は一切なく、ただ自分の在り方に影響しまくっているだけである。

 無論、それが一番悪いと言われてしまえば反論の余地すらないのだが。



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烈風は使い魔

とりあえず書いてみた『ゼロの使い魔』『烈風の騎士姫』のクロスオーバー作品です。
カリンの性格が最低なクズになってますので、彼女のファンの方は読まない事をお勧めします。
続きも書くつもりではおりますが、真面目に書いたために良いか悪いかよく分からず試作品集に入れてテストしてみた次第です。
良ければ何らかのご意見を頂ければと思います。お願い致します。

注:今作のバージョンではカリンが絶望に染まり悪意ある少女騎士になっておりますが別バージョンとして「ルイズに召喚されて死に損なった自分を嫌悪している虚無感に満ちた物静かなカリン」が主役の「烈風は使い魔」もあります。
先に出来たのがこっちだっただけですので、そっちの方がいいと言う方は仰ってください。
そちらの方は比較的原作に近い性格です。ただ、熱を失って静かな態度が目立つだけです。


 ひひーーーーん・・・・・・・・・・・・。

 

 馬のいななきが木霊する。

 命に残されていた最後の残光を短い叫びで使い果たし、永遠の眠りについた愛馬を見送り、一人残された少女はつぶやく。

 

「・・・ついに、本当の独りぼっちになってしまったな・・・」

 

 そして歩き出す。

 雪原の荒野を。人どころか生物の生きてきた痕跡すら見つけられない不毛の大地を一人で歩く。目的地へ向かって歩いていく。

 歩くことしか知らない。それ以外は切り捨ててきた。国も家族も友と呼んでくれた同僚ですら捨てて此処まで来た。来て、しまった。

 

 引き返せないのではなくて、引き返す場所が残っていない。全て燃えつき、灰と化し。今では草木一本残っているのかすら定かでない。

 

 それら全てが自分のせい。自分が道を間違えたから、成すべき事をしなかったから。

 

 つまらない勇気と負けず嫌いのせいで。

 臆病な自分を臆病と認める勇気がなかったせいで。

 

 死ななくていい人を死なせてしまった。

 殺さなくていい人を殺してしまった。

 

 殺してはいけない人を殺し、守ると誓った人を見捨て、果たすべき役割を放棄して。

 誇りに思った黒いマントも、今や炎と返り血で赤く染まっている。

 ご大層な《烈風》の二つ名も、今となっては悪名の代名詞だ。

 裏切りのシュヴァリエ。それが今の自分にはもっとも相応しい忌名だろう。

 

 

 つらつらと。過ぎ去ってきた遠く感じる近い記憶を思い返しながら吹雪の中を進んでいた彼女は、知らぬ間に吹雪が止んで、青白い光が自分を迎え入れるように差し込んできている事実にようやく気付く。

 

 前を見ずに、過ぎ去ってきた過去だけを見つめるため伏せていた顔を上げるとそこには、一つの黒くて大きな鉄の扉が立っていた。

 

「ふふふ・・・はははははは・・・・・・

 魔界の門だ・・・ハハ、くそったれ! ざまあみろ世界中の貴族ども! やっぱり死者たちの集う魔界はあったじゃないか! あははははははは!」

 

 狂ったように嗤い、哄笑し、始祖ブリミルの残した教えのみを絶対視する無能で愚劣な頑迷きわまる世のメイジどもを笑い飛ばす。

 

 重い足を引きずりながら門へと至る道を歩み、堅く閉ざされた扉の前で腰を下ろした彼女は背中を預け、人生最期の時を掛け替えのない仲間たちとの思い出話で締めくくる。

 

「ここから先は魔界だ・・・サンドリアン、まだボクを待っていてくれてるだろうな?

 死んだからと言って約束を反故にしていいなんて、ボクは言った覚えはないんだ。再会したときには必ず約束を果たさせるつもりだから覚悟しておけよ」

 

 一息つき、彼以外の仲間たちと、守ると誓った約束を果たせなかった姫様にも、長年抱えこみ続けた想いを語る。

 

「バッカス、おまえは本当にバカな奴だった。こんなボクを守るためにお前が身代わりになってどうするんだ・・・?

 本当に生き残るべきだったのはお前の方だったのに・・・残された方の身にもなれ。泣きわめくダルシニたちを説き伏せるのに何日かかったと思ってるんだ? 会ったときに思う存分愚痴を聞かせてやるから上手い酒でも用意して待っていろ」

 

「ナルシス、お前はボクよりも格好付けで気障ったらしい、本当の誇り高さを持った男だった。見せかけだけのボクとは大違いだ。

 お前こそが真の貴族だ。お前の中身と見た目が貴族らしくないのは、お前こそが貴族だったからだ。他のカボチャどもと一緒にするな。

 お前が「ボクのために」とかほざいてカボチャどもに突貫し、帰ってこなかったことをボクは今も根に持ってるからな。一晩中恨み言を聞かせてやる。枕を濡らす準備でもしていろボケナスめ」

 

「マリアンヌ姫殿下、ボクが嘘つきで大嘘つきで見てくれだけの役立たずで、なんの役にも立てないボクの為に国まで犠牲に捧げさせてしまいました。この大逆罪は幾たび国を捨てようとも消えることはありません。

 どうか、御身の前まで辿り着きました暁には、愚かなる不忠者に忠罰の刃を振り下ろされますよう伏してお願いいたします・・・」

 

 記憶に残る忘れられない仲間たちとの楽しい思い出。生きて二度と会うことが叶わないと知り、絶望のあまり暴走して出奔し戦い続ける中で何度も夢で交わしてきた語り合いを終えた後、重く深い吐息とともに辛うじて命を繋ぎ止めていた未練さえもを吐き出して、『烈風(かぜ)の騎士姫』と称えられた美しき少女騎士は人生最期の時を迎える。

 

「・・・本当に疲れた。これで、本当に終われる・・・。

 サンドリアン・・・今、キミたちの、もと・・・に・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院の生徒たちは、皆一様に唖然としていた。

 

 二年生へ進級する際に必要となる『使い魔』召喚の儀式。召喚魔法サモン・サーヴァントの実技試験。

 途中、青髪の留学生が稀少種族『風竜』を召還したことにも驚かされたが、今回の驚き具合は先の比ではない。

 筆記は得意だが実技はまるでダメな『ゼロ』のルイズが、定例行事のように数回の失敗を繰り返した後、最後のチャンスをと願い出て行った召喚魔法の詠唱。

 

 さてはて、なにが出てくるものやら。ギーシュみたいにモグラでも喚び出すんじゃないか? いやいや案外、人間の平民でも引き当ててしまうかもしれないぞ? 平民を使い魔にするメイジだって? そりゃ傑作だ。さすがはゼロのルイズ様!

 

 陰でヒソヒソとこれ見よがしに指を指して嗤いあっていた男子生徒たちも今や黙りこくって固唾をのみ、まさか俺たち巻き込まれて罰を受けたりしないよな?と、顔を青くしながら不安げな様子で怯えきっている。

 

 然も有りなん。彼らの言うとおり、確かにゼロのルイズは人間を召還してしまった。

 トリステインの大貴族、公爵家のご令嬢様が王国史上初めての、恥ずべき快挙を成し遂げる未来を言い当てたのだから、自らの先見の明を誇ってよい偉業である。

 

 だが生憎と、現実は彼らの思い通りにはなかなか進んでくれないものらしい。

 

 彼らの予言は半分的中し、残り半分は完全に外れて、最悪の的のど真ん中へと吸い込まれてしまっていたのだ。

 

 喚び出されたのは騎士姿の少年? だった。

 年のころは十四、五だろうか? 召喚陣の中央に立つその姿はかなり小柄で、自分たち学生と同年代に見える。

 

 安物のような青い厚手の上衣に、けばけばしいフリルのついた白いシャツ。そして、時代遅れの膝が出た乗馬ズボンに、色あせたブーツ。

 

 腰に下がった杖さえもがボロボロで、相当に使い込まれた年代物だ。傷だらけな上に余計な飾りの一切を廃した実用性重視の“武器”は太平の世である今のトリスタニアでは流行らない。

 

 どれもこれも一昔以上前の大昔に流行していたファッションだ。王都では勿論、この王国貴族の庶子だけを集めて英才教育を施す教育機関『トリステイン魔法学院』でさえ生徒たちから嘲笑をかうだけであろう。

 

 だが、この少女とも少年ともつかない浮き世離れした幻想的な美しさを持つ『貴族』に対して、その様な暴言を吐ける勇者は学院内に存在してはいなかった。

 

 そう、貴族だ。よりにもよってゼロのルイズは召喚魔法サモン・サーヴァントを使って『使い魔』に、貴族の庶子を召還してしまうドジをやらかしやがったのだ!

 

「あ・・・あ、ああ・・・・・・」

 

 当の召喚主たるルイズ・フランソワーズ本人自身が誰よりも自分の仕出かしてしまった不祥事に衝撃を受け、立ち竦んでいた。

 

 彼女は貴族であり、この学院に所属する誰よりも強く貴族として成すべき責務と誇りを胸に生きてきた。

 その自負は学力という形で証明され、魔法という貴族として認められるのに最も重要な案件では結果を出せてはいない。

 それが本来素直な少女である彼女の性格を歪めさせる原因になっているのだが、今回それら双方は最悪な形で彼女に悪影響を及ぼした。

 

 貴族に対しての礼儀作法。それは貴族が平民に対して接するものとは別次元のものであり、彼女の中ではより高度で高次元に位置する貴族として果たすべき最大限の義務だ。

 それを汚してしまったのは誰だ?

 自分だ。ルイズ・フランソワーズ・ド・ヴァリエール自らの手で、自らが最も尊く神聖で在るものとした宝物に泥を投げてしまった。

 

「わたし・・・わたしは・・・そんなつもりなんかじゃ・・・・・・」

 

 譫言のようにつぶやき続ける目の死んだ少女の瞳を眺めやりながら、貴族の少年?騎士はぐるりと周囲を見渡した。

 

 

 

 色鮮やかな桃色がかった長いブロンドと、幼さが残りながらも美しいとしか言いようのない顔立ちが、この貴族にこの上もない気品と気高さを与えている。

 そして・・・なんと言っても気になるのは、この安くてダサい衣装に身を包んだ貴族の性別と、いったいどこの国のなんという家名を持った貴族なのかと言うこと。

 

 なるほど、顔は美の化身のように美しく、身のこなしには洗練された貴族らしい礼儀作法の蓄積が見られる。ドレスを着せて舞踏会に出れば、いかなる国の王侯貴族であろうとも彼女と一曲踊りたいと切望するに違いない。

 

 だが、その格好はどう見ても男のものであり、国に仕える貴族が忠を捧げる王家の紋章が、どこを探して見当たらないのだ。

 

 これほど貴族らしさを持つ騎士が、どこの国にも所属していない?

 あり得ない、バカバカしい、もっとよく探せと罵り合う声を右から左へ聞き流しながら、若い貴族はようやく自分を召還した貴族の少女ルイズを見つめて目を眇める。

 

 暗く沈んだ鳶色の瞳。

 死を求めるような、あるいは死からも見捨てられた永遠の孤独を凝縮したような暗くて重い、燃え尽きる世界を瞳の中に閉じこめて永遠に出てこれないよう保存したような暗い雰囲気を纏った鳶色の相貌がピンク色の髪を持つ少女を見つめ、やがてぽつりと呟かれる。

 

「・・・・・・・・・・・・似ている」

「・・・え? あの、今なんて・・・」

 

 よく聞き取れず、ルイズが聞き返そうとしたところ、

 

「ミシ・ヴァリエール! 無礼ですよ! 離れなさい!」

 

 鋭い声で名を呼ばれ叱責されたことで正気を取り戻し、慌てて「し、失礼いたしました騎士様! ご無礼の段、平にご容赦を」男性貴族に対する礼儀に一環として教え込まれた淑女として謝罪の仕草で一礼する。

 

 なんと言ってもルイズは少女、女性である。男性社会の貴族社会においては位のわからぬ男性貴族を相手に礼を失するのは得策ではない。

 ルイズは素早くそう判断し、貴族のマナーとして礼を示しただけだだったのだが、大声で彼女の名を呼んだ風采の上がらない風貌の男性教師は、常には見せない緊迫した表情で若い貴族を睨みつけて、今にも飛びかかって先制攻撃を仕掛けようとしているかの様に殺気だった仕草と表情で杖を構え、身じろぎしない。

 

「ミスタ・コルベール・・・?」

 

 困惑しきった声と表情でルイズは、今までバカにしていた温厚な教師の豹変ぶりに目を剥いて戸惑いの声を発するが、彼はその声を無視して若い貴族へと話しかける。

 警戒を解かず、さりとて貴族に対する礼儀も忘れることなく、生徒を守る役目を負った教師としての責任と義務を最大限押し出すことで自らの行為を怪しまれないようにするために。

 

「突然の無礼をお許しください、騎士殿。私はこのトリステイン魔法学院で教鞭を執っておりますジャン・コルベールと申す者。

 偉大なる始祖の名の下に子供たちを教え導き守ることこそ不肖なるこの身に与えられた王命なれば、尊き身の上の御身に対して杖を向ける無礼をどうか許し賜らんことを」

 

 口上を聞き、年若い貴族は目の濁りを一層強めた彼?は、礼儀正しくコルベール先生に挨拶を返す。貴族として。糞みたいに役立たずな、腐った出来損ないの貴族として。 

 

「詮無きこと。お気になさるな。むしろ、こちらこそご無礼をお許しいただきたい教師殿。貴族たる身でありながら無許可の国境侵犯に、国立機関への不法侵入。

 本来で在れば、この場で切って捨てられても文句の言えぬこの身を前に貴族として遇していただけるとは願ってもない僥倖。この幸運を偉大なる始祖ブリミルに感謝します」

 

 始祖の名を持ち出し感謝の言葉を唱えたことで、コルベールは本能的に感じた彼?の危険性を知りつつも、一瞬ながらも油断してしまった。

 

 彼はハルケギニアの民であり、始祖への感謝の念を持つ純粋で善良な常識人だ。始祖に対する言葉には非常に敏感であり、特に畏敬の形を取った侮蔑の言葉には反吐がでる思いを味あわされてきた分、本物の感謝の念が込められた言葉は判別できる審美眼を持っていると自負している。

 

 だが、まだ甘い。甘すぎる。

 世の中には正真正銘の嘘つきがいるのだ。

 友を騙し、主を謀る、国を利用し、己が一人のちっぽけな願いを叶えんがためだけに犠牲の炎へ焼べつづけ、果ては歴史からも伝説からさえも抹消された忘れられた地『魔界の門』まで至ってしまった大嘘付きの少女が。

 

 彼女から見て、コルベールは及第点だ。

 警戒しつつも見せた純粋さは生来の人の良さを表し、生徒のために貴族を敵に回すかもしれない賭けに出たのは、過去に自分のミスから子供を死なせてしまった後遺症。

 

 愚かなことだ。その程度、戦場に行けば腐るほど転がっている、ありふれた平凡な出来事だろうに。

 

 そう思う彼女であるが、彼以外の子供たちは皆一様に怯えきった不安そうな目で自分を見つめるばかりで対応すらしていない。

 漏れ聞こえてくる会話を聞く限りでは、自分の出自と我が身の保身が気になるらしい。

 バカどもが。心中でそう吐き捨てて彼女は侮蔑の念をぶつめるために、敢えてコルベール先生に邪気のない、嘘で塗り固められた笑顔を向ける。

 

 笑顔にほだされた子供好きの彼は、自ら望んで悪魔の罠へと誘い込まれる道を選び、間違える。

 

「そう言っていただけるは、身に余る光栄に存じます騎士殿」

「いえいえ、こちらこそ。そうやってハッキリと警戒していると告げられた上で杖を向けられるなら、貴族として怒る言われはありますまい」

「ありがたい。いや、まことに無礼な真似をしてしまい、申し訳ござりませぬ。

 あなたのように立派な貴族に対してなんと非礼な真似を・・・」

 

 偽りの謙遜で応じる彼女に、コルベールは誠意あふれる礼儀で接し、そして若い貴族の少女騎士は取って置きの悪意を持って嘘が嘘でしかないことを相手に証す。

 

「本当に、お気にされる必要はないのですよコルベール殿?

 少なくとも、驚愕している子供たちの中に紛れ込んで相手に気付かれないよう『ディテクト・マジック』をかけたことすら秘して、相手に見せかけの礼儀を示して見せた出会い頭のあなたよりは今のあなたの対応の方が余程いさぎよくて清々しい」

 

 ぎょっとして鼻白んだ彼の心の透き間を縫うようにして、若い貴族はさり気なく少女との間に割って入ろうとしていたコルベールの行為を無にしながらルイズの前まで歩み寄り、跪いて名乗りを上げる。

 

「はじめまして、ミ・レィディ。私はカリン・ド・マイヤールと申します。かつて主と仰いだ主君を失い、流浪の旅へと向かう途中、偶然にも感じられた魔力に引き寄せられ異国より参った異端の騎士。

 察するに召喚魔法『サモン・サーヴァント』を使用中、偶然にもわたくしめを引き当てられたと推測いたしまするが、御身のお気持ちは如何に?」

 

 絶世の美少年(少なくとも表面的にはそう見えるだろう。今の若返った姿では)に畏まられて、箱入り娘で世間知らずのお嬢様でもあるルイズの頭は瞬時に沸騰し、冷静な判断力など二つある月の彼方にまで蒸発してしまう。

 

「わ、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言います。どうかお見知り置きを、騎士様」

「ヴァリエール嬢・・・。素敵なお名前だ。大輪に咲き誇る薔薇のように美しいあなたにもっとも相応しい家名だ」

「そんな・・・美しいだなんて、誉めすぎですわ。無知で世間知らずな小娘を、あまりおからかいにならないで下さいませ・・・」

「本心から出た言葉ですよ、ミス・ヴァリエール。貴女の容姿はまさに薔薇のごとく美しい。世界に誇るべき至宝だ。隠し立てする必要など微塵もありますまい」

「そんな・・・私なんて・・・」

 

 照れてはにかむルイズだが、この言葉に嘘がないのは本当だ。

 嘘をついていないのだから、背後に立って睨みつけてきているコルベールに割り込む余地など存在しない。貴族同士の社交辞令の場に他者が介入するなど許されてはいないのだから。

 

 そう、嘘はついていない。本心だ。彼女の『容姿』は本当に薔薇のように美しいのだから誉め称えるのに嘘をつく必要など微塵もない。

 

(ほら、簡単だろう? 嘘を本当にすることぐらい訳はない。相手が生きてさえいてくれるなら、いくらだって騙してみせる。だってボクは、嘘で世界を滅ぼした大嘘付きなのだから)

 

「忠誠を誓った主を守りきれず、城と供に運命をともにした戦友たちの敵を討つことさえ叶わぬまま敵に追われ逃げ延びる敗残の身を貴女に救っていただきました。

 願わくばこのご恩、使い魔という名の騎士として貴女に仕え忠誠と供に杖を捧げることでお返しさせていただきたく存じます。如何でございましょう? ミス・ヴァリエール。ーーいえ、我が主ルイズ様。私の忠誠の証を受け取っていただけますか・・・?」

 

 歯が浮くようなやりとりだが、彼女にとっては別にどうという程のものでもない。

 マリアンヌ姫殿下を相手に演じて見せた似非騎士っぷりより余程角落ちした大根演技だし、姫殿下の書かれた頭のおかしいポエムもどきを聞かされた後で誉め称えなくてはならない義務と比べれば労と呼べるほどのものですらないのだし。

 

(今思うと・・・あれは本当にヒドかった・・・。あの時あじわった苦痛と比べれば、大抵の試練は難なく乗り越えられる気がしてくるほどに・・・)

 

 内心でゲンナリとしながらも、カリンは表面上の誠実さと礼儀は一切崩さず主となるべき少女の返答を待ち続ける。

 心の中でせせら笑いを浮かべながら。メイジにも貴族にも、魔法どころか始祖にさえも愛想を尽かした裏切りのシュヴァリエとして本心を嘘偽りで覆い隠しながら。

 

「ーーええ・・・私などでよろしければ喜んで・・・」

 

 落ちた。そしてこの勝負、ボクの勝ちだ。

 心中で勝ち鬨を上げるカリンの顔に浮かぶのは、驚きと喜びの表情。やがて、綻んだように安堵を浮かべ、穏やかに笑って見せた偽りのほほえみ。

 

 

 やがて、茶番劇の幕を下ろす最後の儀式が執り行われる。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 朗々と唱えられた呪文が終わり、カリンの細くて小さな顎をルイズがそっと優しく持ち上げる。

 

 無論、カリンは抵抗しない。大人しく獲物が罠にかかるのを待ち続けるだけだ。

 

 やがて儀式という名の喜劇の終幕を感動的なキスで飾った二人の男女(本当は女女だが)が身を寄せ合いながらも顔を見合わせるためそっと身を離した、その瞬間。

 一瞬の隙をつくようにしてカリンは、若き自分の生き写しとも言うべき純粋でバカなご主人様の耳元に唇を近づけ、小声でささやき、真実を教えてやる。

 

「言い忘れておりましたが、ヴァリエール嬢。私は複数の二つ名ーーいえ、忌名で呼ばれておりましてね」

「・・・忌名? それはいったいどの様な・・・」

「なに、極々平凡きわまりないものですよ。

 『主を裏切り、国さえ捨てた不忠者』『売国の姫騎士』『汚れた烈風』『国を滅ぼし、世界に災厄を巻いた破滅を呼ぶもの』そして・・・『裏切りのシュヴァリエ』」

 

 驚愕に歪む主の顔を、まるで鏡に映った醜い自分の姿を笑い飛ばすかのように、楽しくて愉しくて仕方がないと顔全体で悦びを表現しながらも彼女は最後に、かわいい可愛いお人形さんみたいなご主人様に丁寧な口調に最大限の悪意を込めて取って置きの真実を教えてあげる。

 

「それからもう一つ。これは他言無用でお願いしますよ?

 ーー私はこことは違うハルケギニアから喚ばれた騎士くずれであり、戦火で燃え落ちたハルケギニアの亡国トリスタニアが滅びるきっかけとなった売国奴。主より己の願望を選んだ卑怯者だ。

 せいぜい、扱いには気をつけることですな。でなくては滅びますよ? ヴァリエール家もこの国も、ハルケギニア世界全土さえも。

 世界を滅ぼした実績、お望みとあらばお見せしますので何時なりともご用命下さい。我が主、ルイズ・ド・ヴァリエール。哀れでかわいい、我が愛玩動物よ。

 くくく・・・・・・ははははははははははっ」

 

 絶望に染まる主の顔を愉快そうに眺め、見物しながらカリンは嗤う。裏切りの騎士として。

 

 救われた命を使い捨てるために。自分の命など惜しまないために。捨てるべき命を使うべき場所を探すために。自分とよく似た主殿を玩具として弄び、少しでも過去の清算を果たせた錯覚に浸りたいがために。ただ其れだけの為に。

 

 

 

 終わりを迎えた『烈風』の物語は、時空を越えて再び幕を開ける。

 彼女がもたらすのは破滅か名誉か、あるいは戦乱渦巻く地獄の業火か。

 

 はじまりの今、その結末を知るものは誰もいない・・・。

 

つづく



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烈風(かぜ)は使い魔

昨日は未熟な代物を披露してしまい、失礼しました。
当初「烈風のカリンがルイズの使い魔として召喚される」と言うアイデアとカリンの性格までは決めてあったのですが、それらを整合する為の理由付けに手間取ってしまい理屈倒れの中身なってしまった事を深く謝罪いたします。ごめんなさいでした。

今日の今朝方、死の損ないカリンを書いてて「どうも違うんだよなぁ~、でもどうすればいいのか分かんないしなぁ~」と思っていると急に閃いて、出社途中と昼休みと退社時と帰宅してから書き続けてました。

後半で余計なネタとしてHELLSINGネタを入れてしまってせいで少し失敗しましたが。大部分は望んでいた通りのカリンが書けたので嬉しいです。

今作のカリンはサンドリアンに強く影響を受けてる設定です。性格的にはカリンとサンドリアンの合いの子みたいな騎士姫です。
作風も私なりにですが原作に寄せてありますので明るめです。

普通にゼロ魔世界へカリンを投入した作品だと解釈してくださるとありがたいです。

注:なお、HELLSINGネタを入れたせいでカリンが戦争大好きな戦争屋になっちゃってる点はご容赦を。批判があった場合には連載時に変更いたしますね。


 空に輝く二つの月を黒煙が覆い尽くし、大地を埋め尽くす死人の大軍を祝福するかのように世界を黒く染め上げていく。

 勇猛果敢な雄叫びとともに切りかかっていく騎士団は、先ほどの一団を最後に品切れ。聞こえてきていた断末魔の叫びが途切れてから半時の時間が過ぎている。

 

 人類最後の騎士団が華々しく終焉を迎え、ハルケギニアの大地に生きる人間も残すところは自分と、後一人だけ。

 

「酷い色の空だな・・・まるで世界が終わるみたいだ・・・」

 

 世界に残された二人だけの人類、その片割れである男の方がサーベルの刃を磨く手を休め、雲の立ち籠める黒い空を見上げながらつぶやく声を耳にして、人類最後の少女のは相方の顔を振り仰ぐ。

 

 それは、妙な男だった。顔立ちは若そうに見えるが、灰色に近い銀髪と物憂げな目にはめ込まれたモノクルが年齢不詳の怪しい雰囲気を漂わせている。

 

 ただ、驚くほどに整った顔立ちがその怪しさを打ち消して、男に危うい魅力を与えている。女性なら、ほう、とため息をついて見とれてしまうような・・・・・・。

 

(ああ、だからか。こいつのこう言うところに影響されて、ボクまでこんな感じになってしまっていたわけか)

 

 男の纏う、この世ならざる魅力を改めて分析してみた少女は、そう結論せざるを得なかった。

 どうして“女”である自分が、こうも同姓に熱を上げられまくるのか。その答えをようやく得た彼女は、自分が行き遅れた元凶である相方を鋭い視線で睨み据え、吐き捨てるように短くするどく罵倒する。

 

「“まるで”、じゃない。“そのもの”だ。本当の意味で世界が終わる・・・いや、既に終わりを迎えた後なのか。

 残された篝火の燃え滓であるボクたちが今更なにバカなこと言ってるんだバカ。そんなだからキミはバカだと、以前から言い続けてるんだよ大バカ野郎」

「ば、バカって・・・そんなにバカバカ連呼する程じゃないだろう!? ほら、あれだ。

 おれだって以前のお前と出会ったあの頃よりかはずっとマシになってるはずだ! ・・・たぶん、少しくらいなら・・・」

 

 威勢良く啖呵を切っておきながら途中で失速し、後へと続く言葉は言い訳じみた色を帯びていく。

 出会った直後には見えなかったし、見せてくれなかった相方の人には決して見せない隠れた側面“自信の無さ”を存分に発揮しまくりながら、相方はそれでも剣を磨くことだけは忘れない。

 

 癖だ。

 長年戦場に根を張り続け身体の奥にある芯まで染み込ませ続けた、戦場で生き残るために必要な第二の本能。戦士の癖。

 

 今でも、ついつい考えてしまう。

 

 この戦局を打開する術を。敵を効率よく殺戮して、味方の犠牲を少しでも減らせる方策を。敵を殺し、味方を生かす。戦場で生きるために人が編み出した人殺しの術。鬼の道。戦術。

 

 仕える国は滅び、報酬を支払う雇い主は死に絶えて、世界中で生き残っている生物は自分たち二人きり。

 そんな窮状に陥ってもまだ諦めようとしない自分たちの心に、他の誰でもない彼女たち自身が心底から呆れ果てていた。

 

 そして、思う。

 

 戦って戦って、こんな最果ての地に来てまで戦って、戦場が無くなろうとしている今になってもまだ戦い足りないらしい自分たちは、どうやら正真正銘掛け値なしに本物の、戦争大好きな戦争屋に成り果てていたらしい、と。

 

「おかしな話だ。ついでに言えば、皮肉な話だ。職にあぶれた落ちこぼれ貧乏零細騎士団から始まったボクたちが、今や世界最強にして最後の騎士団になってる未来だと? 

 こんなバカな話があっていいのか? ボクはこれでも、幼いときに命の危機を救ってもらった騎士様にあこがれて騎士を目指していたんだぞ? 

 それが今や、敵を殺すのにはどうすれば良いかしか考えつかない、大量殺戮遂行者の典型だ。まったく、バカバカしくてやってられないな。これがボクの運命だって言うのなら、始祖ブリミルはとんでもないアバズレなのだろうさ。ふん」

 

 相変わらずの口の悪さを遺憾なく発揮する相方の“少年”を微笑ましいものでも見つけたかのように柔らかい眼で見つめながら、灰色の男は、

 

「酷い言いぐさだ。仮にも女性相手に使って良い言葉じゃない。

 せめてそうだな・・・『乳のデカい修道服着た金髪シスター』みたいな女だ、ぐらいに留めておけ。音便にな」

「・・・音便か? それ・・・。完全にキミの殺めた元恋人の事を指しているとしか思えない表現なんだが・・・」

「まぁ、俺のよく知る女の中では、一番性悪な女だったからな。アバズレだと男を騙してひっかける悪女をイメージするが、アイツがそんなに可愛い女だったか?

 世界を滅ぼす元凶を生み、死者の王国を作るために生者を殺し尽くそうとした性悪と、自分を信じて祈りを捧げる人類が滅びようって時になっても降臨する気配のない始祖とは良い勝負だ。釣り合いがとれててバランスが良いだろう?」

「キミも存外、口が悪いな。『銀の酒樽』のターニャが泣くぞ?」

「とっくの昔に死んでるだろ。あと、滅びたしトリスタニアも。死んだ女に気を使いながら生きてる友達と楽しくおしゃべりが出来るほど、俺は器用な性格をしてないんだよ」

「それもそうか」

 

 カリンは納得して立ち上がる。鞘に収めた剣を履き、近づいてくる死人の大軍を前に改めて感慨を抱く。

 確かに、器用じゃない。もしもコイツに少しでも器用な世渡りが出来ていたならば、今ここに立っているのは自分一人だったはずなのだから。

 

「さっきより、敵の数が増えているな。7万ちょいぐらいか? たった二人の騎士相手に随分と大仰な数を投入したもんだ」

 

 同じな仕草の後で隣に並んだ相棒が、片手をかざして敵の姿を観察しながらボヤくように伝えてきた敵の情報を、カリンは取るに足らぬことだと気にもかけない。

 

「大した違いじゃないだろう? もとより死人となったハルケギニア全住民一千万を相手取った負け戦を、負けること前提で戦い続けてきたボクらだ。

 それが順当通りに負け越そうとしているだけで今更あわてる要素はどこにも見当たらないぞ?

 いつも通りにボクたちは、ただ敵を切って撃って刺し貫いて殺し尽くして、死人の群を死体の山に変えればいい。それだけだろう? どこに不安要素があると言うんだ?」

「違いない。そして、それ故に度し難い。

 俺たちは確か最初に旅にでたときに「ハルケギニアに生きるすべての人の命を救うために」と誓いをたてたはずなんだが・・・どこで道を間違えたのか、今や人を殺す術しか思いつかない戦争屋。生きていると退屈しなくて良いというのは本当だったな」

 

 割り切ってサッパリとした表情で相棒の騎士サンドリアンは気にする様子も見せないままに今の自分たちを批判して、変質した現状にたいしては特にこれといって感想を口にしない。

 言うまでもなく分かっていることを口に出す必要はない。それが必要な程度の関係はとっくの昔に終えている。

 今の自分たちは仲間じゃない。『戦友』だ。命を掛け合い預け合い、互いの命を何度救い合ってきたか数えだしたら切りがない。

 互いに相手のミスで自分が死ぬなら本望だ。心からそう思い合えるほど信頼し合った仲間たち最後の二人。

 

 彼と彼女の間に、今更言葉にしなければ伝わらない思いなどなーーいや、あった。

 たった一つだけ、サンドリアンには死ぬ前に彼女へ伝えておかなければならない言葉が残されていた。

 それを言うには、今しかない。今が人生最期の友と過ごす時間なのだから、今を逃せば後はない。

 

 だから言おう。はっきりと、正直に、自分の抱き続けた思いの丈を、この小さくて愛らしい同胞の少“年”騎士に。長年暖め続けてきた想いの全てをぶつけるのだ。

 

「カリン・・・今まで俺なんかの愚考に付き合ってくれてありがとう。感謝しているんだ、心から」

「・・・なんだよ気持ち悪い。お腹でもくだしたのか? 決戦を前に悠長なことだな。

 見ないでいてやるから、その辺で適当に催してこい。手早くすませろよ」

「茶化すな。・・・本当はお前だって分かってるんだろう? 俺がこれからなんの話をしようとしているかをさ」

「・・・・・・」

 

 図星を突かれたカリンは、そっぽを向いて黙り込む。

 だってそれは、互いに秘めた想いだったはずだから。

 

 自分は彼のことが好きだし、彼が自分を本当はどう思っているのか聞いていない。聞かせてくれる約束は交わしたが、もう何年も前の話であり、彼も自分も禄に内容を覚えてはいないだろう。

 たぶん。きっと、そうだ。そうに違いない。忘れているから言わずに来たんだ。そうだ、そうに違いない。お願いだから、そうだと言ってよサンドリアン!?

 

 混乱のあまり途中で思考に変な物が混ざった気もするが、とにかくカリンは内心おおいに慌てふためいていた。

 

(と言うか、なぜ今この時になって持ち出してきた!? 付き合い長いんだから分かるだろ!? ボクが土壇場で恋愛話を持ち出されると冷静さを保てずに心が子供帰りしちゃう性格の持ち主だったことくらいさぁ!?

 本気でお願いだから、決戦を前にそういう話を振るのは遠慮して欲しかったぞアホドリアン!!)

 

 心中にて盛大に罵声をぶつけまくりながらも、真っ赤になった顔をうつむく事でサンドリアンの視界から外すよう努力する。

 

 沸騰しやすい性格と赤面症。何年経っても直らない悪癖が、今この時には心底恨めしくて苦々しい。いっそ“ストーム”を使って0に戻すことは出来ないだろうか?

 大地をえぐり、岩を隆起させ、堅固な城壁で覆われた要塞さえも更地に変える今の自分が放つ“ストーム”ならば不可能ではないんじゃないだろうか?

 たとえば自分を中心において周囲五百メトル四方を効果範囲とし、最大出力で詠唱さえすればあるいは・・・・・・

 

 割とガチな命の危機がすぐ側で呪文を唱え始めていることに気づきもしないまま、サンドリアンは己のモノローグで語り出す。

 こういう男なのだ。ちゃんと分かってる。ただし今のカリンはそれどころではないので、分かっている事でも分かっていない。

 

 微妙に似たもの同士な二人の間には気づかぬうちに破滅が近づき、それを知覚したわけではないのだがサンドリアンは絶妙なタイミングで“言ってはならないことを”口にする。

 

「俺はお前に言わなくてはならないことがある。お前に聞いて欲しい想いがある。だからそれを今から言う。これが最初で最期の機会なんだ、どんなに嫌でも恥ずかしくても聞いてもらうぞ? これを済ませないと、俺は死んでも死にきれん」

「う、うん・・・・・・」

「おまえは俺が、本当の意味でカリーヌを殺したときから側にいて慰め続けてくれた。言葉で癒してくれたし、悪夢に魘されたときなんかは一緒のベッドで寝てくれたこともある。

 立ち直れないほど衝撃を受けて引きこもっていた時には何からなにまで、それこそ入浴の世話さえしてもらった体たらくだ。男として不甲斐ない、猛烈に恥ずかしかったし反省もしている。許してくれなどと気軽に言っていい言葉じゃないことぐらい承知の上だ」

「い、いいよ、そんな昔のことは。もう終わった話なんだから今更蒸し返さなくても・・・」

「いいや、蒸し返すね。そうしないと俺の気が収まらないから無理矢理にでも蒸し返させてもらうね。いいな?いいよな?構わないよなカリン?」

「う、う、うん・・・・・・」

 

 ーーダメだ。こうなった時のこいつにボクは逆らえない。

 ベッドでうなされてるときに近づいて引っ張り込まれて愛撫される時と同じで、強気に出られたこいつを前にすると、自分が騎士でも男でもない恋に恋する少女であると思い知らされて身動きが取れなくなってしまうのだ。

 

「あんな夜を俺は何度も過ごした。おまえを押し倒して目覚める朝を何度も迎えた。

 だから俺はもう、責任をとることを躊躇わない。男として果たすべき義務と責任のためなら何だってできる。何だって捨てられる。たとえそれがーー男として守るべき最低限の尊厳だろうとも!」

 

 ーーーーーーーは?

 

「カリン!」

 

 ひどく場違いな言葉を聞いた気がしてポカンとなるカリンの肩を抱き、サンドリアンは長年暖め続けてきた想いを、同僚で仲間で親友でかけがえのない相棒でもある“少年”にぶつけてぶつけてぶつけまくる!

 

「好きだ!愛している!たとえお前が男でオカマだろうと構わないぐらいにゾッコンなんだ! お前のために守ってきた男の純潔、貞操をお前のために捧げーー」

「死ね変態。尻の穴をバッカスの亡霊に掘られながら死ね。死んでからはナルシスも加えて互いの穴を掘りあって慰めあってろ。

 ボクは一人で生き残って長生きして、ヨボヨボになってからお前たちの元に逝ってやる。逝ってから通り過ぎて、立て札に「ホモ地帯。危険。女性は立ち入りを禁止する」と書いて、永遠に隔離追放するために努力してやる」

「ヒドいことをおっしゃる!? なんでだよ! どうしてだよ!? お前あんなに俺のこと拒まなかったじゃないか! ずっとされるがままだったのに、何で最後の最期になって覚悟を決めた俺の告白だけは全力で拒絶するんだよ!?」

「知るか戯け。知りたかったら死ね。知りたくなくても死ね。尻だけにな」

「上手いこと言ったつもりか! ぜんぜん上手くねぇよ! むしろドン引きだよ! この状況下で下ネタ吐ける相棒の肝っ玉には昔からドン引きさせられ続きだよ!」

 

 はぁはぁと息をあらげて顔を赤くしている色男のバカ話に、これ以上付き合ってやる義理はないと。

 カリンはサーベルを抜いて、改めて敵へと向けて構えをとる。

 一見不必要な行程だが、魔法は集中力がものを言う。慣れ親しんだ動作をこなすのも魔法戦闘に於いては必要不可欠な勝因であり、生還率を高める条件なのだ。

 

 生還率。そう、彼女はこの期に及んでもまだ諦めてはいないのだ。

 次なる戦場へ赴くため生き残ることを。

 次の戦場ではより多くの敵が待ちかまえており、それを越えた先には更に多くの敵が待ちかまえていることは間違えようのない事実なのに。

 

 それを想うとカリンは震えが止まらなくなるーー嬉しくて。楽しみすぎて。

 

 

 次の戦場に行くために敵と戦い殺し尽くして、次の戦場についたら次の次の戦場に行くために敵と戦い殺し尽くす。

 

 世界が滅びた今でも、まだどこかにあるはずなんだ。戦える場所が。戦場が。倒すべき敵が。自分が戦って死ぬに相応しい敵の存在が。

 殺し甲斐のある敵が、死に甲斐のある敵が。殺し合って殺され合える最高の敵が、まだどこかに生き残っていたとしても不思議じゃないから。

 

 だから彼女は赴くのだ、戦場へ。敵の待つ場所へ。敵が待っていてくれるかもしれない場所へ。待っていてほしい敵が、待っていてくれるかもしれない戦場へ。

 

 

 サンドリアンの隣で死ぬのも悪くはない。

 だが、ダメだ。彼には彼で果たしてほしい役割がある。それを果たす前に彼と死ぬのは勿体ない。

 

 だって。

 こんなにも多くの敵が、倒すべき敵が、殺すべき敵が、敵と殺し合える戦場が目の前に広がっているのだからーー

 

 

「さて、行こうかサンドリアン。地獄まで、地獄を創りにピクニックと洒落込もうじゃないか。男のケツを掘る暇があるんだったら、殺した敵の死骸の一つでも使ってシゴいてこい。その方がよっぽど建設的だ」

「阿呆かお前は。死体なんて物じゃないか。物に挿入れるくらいだったら、女みたいな生きてる男に挿入れたいと願うのがノーマルな男の生き様だ。

 俺は健全な精神を持った正常な健康体だから、俺がお前を好きなのはお前だからで、男を好きなわけでは決してなくてだな?」

「わかったわかった。とりあえず行くぞ『女嫌い』。戦場がボクたちを待っている。

 戦場でボクの隣にいてほしいのも、共に駆け抜けて欲しいのもキミだけだ。キミじゃないとダメなんだ。

 ーーだからさ、サンドリアン。ボクはキミが“ホモ”だったとしても差別なんかしない。人の趣味は人それぞれだもんな? わかるよ、うん」

「だから違うって、誤解だって。本当に惚れてて好きなんだって。愛してるんだと何回言わせれば気が済むーー」

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」

 

 裂帛の気合いと共にカリンは駆け出し、置いて行かれまいとサンドリアンも半舜遅れて後に続く。

 

 赴く先は戦場。向かう先は戦場。目指すべき場所も戦場であり、最終到達地点も戦場しか求めていない。

 

 どうしようもないほどに度し難く、世界中から全ての人間が消え去った後まで戦場を求めて無限に彷徨い、歩き続ける。

 

 自分たちが死ぬために戦場が必要なのではない。

 生きるために必要なのだ。戦場が。

 

 自分たちは戦場なくしては生きられない。戦場でしか生きたくない。戦場にしか行きたくない。

 

 懐かしき戦場へ! 友と過ごした戦場へ! 友と駆け抜けた戦場へ! 友との思い出が全て詰まった懐かしき故郷(せんじょう)へ!

 

 万感の思いを込めていざ逝かん! 戦場へ!死地へ!死すべき場所へ!殺すべき場所へ!殺して殺され殺し合い、死と生が踊り狂う愛しき舞踏会の会場へ!

 

 

 

 もう戻れないところまで来てしまったカリンが、何度だって舞い戻りたくなる思い出の場所。

 

 それがーー戦場!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた誰?」

 

 抜けるような青空をバックに、カリンの顔をまじまじと覗き込んでいる女の子が言って、

 

「キミこそ誰だい?

 人に名を問う時には、まず自分から名乗るのが礼儀だと教わらなかったのかな?

 まったく、苦労知らずで世間知らずな箱入りお嬢様の貴族娘はこれだから困る」

 

 肩をすくめて宣う、自分が喚び出した少女の言葉に思わず頬をひきつらせた。

 

 

 使い魔となっても変わらないし変えられない、無礼な奴に対する無礼な態度。

 

 世界か、あるいは時代を変えても変わりようがない性格はそのままに、カリンは皮肉と嫌みをたっぷり含んだ毒入り口調で、自分の主になってしまった運のない女の子に問いを発し、

 

「初めまして、親の顔が見てみたくなるほど運の悪い、ハルケギニア一不幸なお嬢さん。

 せっかくだし教えてもらえないか? キミとキミの母君の名を。

 ボクを使い魔として召還してしまうほど不幸な女の子を娘に持ってしまった不幸すぎる母親の名は、いったい何と言うんだい?」

 

 盛大に自分で自分の黒歴史という名の地雷を踏み抜いてしまった事実に気付くのは、もうしばらく後の事である。

 

つづく




戦場慣れしてカリンは下ネタも普通に言えるようになってます。
軍人さんは下が好き!(超偏見)


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烈風(かぜ)は使い魔 第2章

ようやくエンジンがかかって来たらしく、やっとこさ自分らしい作品に仕上がりました。烈風カリンが主役のゼロ魔の二話目です。サブタイトルどうしようかと悩んだのですが、今はまだ連載が確定していないので暫定的に「第2章」と銘打ってみました。本来のサブタイは「烈風(かぜ)はゼロの使い魔となる」です。

それから今日中は無理ですが、明日か明後日までに微エロ作品二つを合わせたアホエロな物語「お尻メインの二次創作2作品」を投稿するつもりでいますので、お尻好きの方は見てやってください。
原作は「Aika」と「落ちてきた龍王と滅びゆく魔女の国」です。
ただし、前者はともかく後者は「ビキニ・ウィリアーズ」に変更するかもしれません。まだ悩んでいますので。


 トリステイン魔法学園の生徒たちは皆一様に唖然となっていた。

 二年時に進級するための通過儀礼として行われていた『使い魔』召喚の儀。その最中に『ゼロ』のルイズがまたしてもやらかして、よりにもよって人間の少年?を使い魔として召喚してしまったのだ!

 

 

 

 ーーただ、喚び出された少年?が語り出した内容は、その驚きを駆逐してあり余るほどの物であり、本当にとんでもない代物だった。

 

 

 

「ーーじゃあ、なに? あんたはこことは違う世界のハルケギニアから来たメイジで、あんたのいたハルケギニアは死者の王国を作るためとか言ってるバカ女が自分を生け贄に使うことで無理矢理成立させた魔法が暴走して世界中に溢れ出し、あんたはその魔法で死人にされてしまった世界中の人たちを救いたいから仲間とともに国を飛び出して戦い続けて、最期には七万の死人の大軍をたった二人で突貫して戦死した存在だ、と。

 要約するとそう言うことになるのかしら? 騎士カリン・ド・マイヤール?」

 

 相手から聞いた話の内容を可能な限り短くまとめて解説してのけたルイズにそこかしこから、まばらな拍手が飛び交う。

 正直なところ少年?騎士の話は荒唐無稽すぎて途中から付いていくのを放棄した生徒が大半だったので、こういう風に自分たちでも分かり易くまとめてくれる奴がいるのは素直にありがたい。

 

「然り。やや詩的表現が過剰なきらいはあるが、キミの表現力と理解力はなかなかのものだ。尊敬に値する。知識だけは詰め込んでいるようでなによりだよ、大貴族ルイズ・フランソワーズ」

 

 芝居がかった仕草で肩をすくめ、先ほどと同じに毒と皮肉がたっぷり込もった口調で己が主を賞賛する。

 ルイズの頬がひきつり、他の生徒たちも若干引き気味となる。

 

 なにしろ自分たちは世間一般の正しい伝統と常識を愛好する、由緒正しい正常なる貴族なのだ。常人なのである。読書好きでナイチチの青髪無表情娘と同じ読解力など求められても困るのだ。そう言う夢物語を語るのは他を当たってくれと言いたくもなる。

 

 事実として、話を要約し分かり易くまとめて見せた召喚主のルイズ自身が、

 

「信じられないわ」

 

 と、一言の元で相手の発言内容をハッキリと否定し、

 

「まぁ、信じろと言う方が無理だろうからね」

 

 相手の少年?貴族自身も軽い調子で賛同してみせて、

 

「ボクだって自分が体験したことでもない限り、こんなバカげたホラ話は信じなかったろうさ。

 キミと同じように一言でバッサリ切り捨ててたんじゃないかな? 『そんなバカ話は有り得ない』と」

 

 ーー直後、前言を翻すような趣旨の内容をほのめかし、それでいて冗談めかした口調と表情で言うものだから信じるか否か判断に困る。

 

 どうにもこの少年?は、生意気な口のききかたをする相手を見ると、ついついからかいたくなる悪癖の持ち主であるらしい。

 貴族の中にも希に見かける、露悪趣味を持った嫌味な野郎だ。

 

 ーーが、その割に彼の纏う空気は陽性で、嫌味な印象をまるで受けない。イヤな奴だなと感じる程度である。

 

「ただまぁ、あいにくと事実みたいなんでね。ボクとしても信じざるを得ない。困ったものだよ、本当に。

 一緒に戦って共に討ち死にした親友が最期に言ってた言葉「生きていると退屈しなくていい」は、まさしく至言だったみたいだ」

「どうしてそう思うのよ? あんたがいた世界とこの世界が違うものだなんて、どうしてあんたにそんなことが判断できるの? ただ単にあんたの頭がおかしいだけかもしれないじゃないの」

「この見た目」

 

 唐突にカリンは、自分の真っ平らな胸を人差し指で指し示し、主に向かって問いかけた。

 

「この姿は、キミの目にはどう映っている?」

「どうって・・・」

 

 突拍子もない質問に面食らいながらルイズは、助けを求めるように儀式の立会人を勤めている男性教師コルベール先生の方へ視線を向けるが、困ったような表情で首を横に振られてしまった。

 どうやら使い魔召喚の儀は、まだ成功したと判定してはもらえていないらしい。

 それはそうだ。まだ成功したのは『サモン・サーヴァント』までであって『コンクラクト・サーヴァント』がきちんと成功できるかは試してすらいないのだから。

 その二つの過程を経て、使い魔との契約を完了することにより、はじめて使い魔召喚の儀は成功したと認めてもらえる。半分だけしか終えていない状態で教師が軽々に踏み込むのはさすがにマズい。

 

 緊急事態がおきたと言うならまだしも(たとえば召喚した使い魔に生徒が襲われた場合とか)喚び出された使い魔は現在のところ友好的な態度を示しており、態度と口の悪さに目をつむれば比較的おとなしい気象の持ち主に見えないこともない。

 なにより、人間である。

 使い魔として人間が召喚された話など聞いたことがなく、したがって学院の規定にもそのような異常事態を異常と判断すべきか否かは記載されていない。

 明確な危険行為が行われてもいないのに、それに介入するしないを判断するのは良識ある大人であればあるほど迷ってしまうものなのだ。

 

 結局のところ、召喚に成功した直後に儀式を完了させず、使い魔の話に聞き入ってしまった自分自身の好奇心が悪い。

 そう割り切ってーーと言うか、そうとでも割り切らなければやっていけないーールイズはため息一つと共に相手の姿形を、頭の上から足の先まで軽く眺めやって観察してみる。

 常人であれば眉をひそめる無礼な行為だが、構いやしない。無礼はお互い様である。

 

 遠慮容赦なくじっくりねっとり眺め回した後、ルイズの下した評価は、

 

「ダサい」

 

 であった。

 

 

 実際、ルイズの下した評価は正鵠を射ていた。それもど真ん中の心中を一発目で射抜いた天才的な魔騨の射手と賞すべきだろう。

 

 年の頃は十四、五ぐらいで、安物のような厚手の上衣に、けばけばしいフリルのついた白いシャツを着ている。

 時代遅れの膝が出た乗馬ズボンに、色あせた黒いブーツを履き、腰に下がった杖だけが一丁前にピカピカと光り輝いていて、その拵えが上等とは言い難い使い込まれて傷ついた古傷が潜ってきた修羅場の数を伺わせるよう計算づくで揃えられていた。

 

 どれもこれも一昔どころか大昔に流行った衣装ばかりで、今を生きるハルケギニア人の感覚で見たならば道化師としか思えない。ダサいとしか表現しようがないのである。

 

 だからルイズの評価は至極まっとうで納得できる物であり、言われた相手が納得するのも至極当然の常識であるがーー実際に言われた相手が「だろうね」と軽くうなずき首肯で返されると、酷評した自覚のある発言者としては反応に困る。

 

 うろたえ気味に相手の眼を見つめ、切れ長で透き通る宝石のようにきらきらと輝いている鳶色の瞳を前に、思わず胸をトキメかせてしまった。

 

(や、やだ。あんまりにも無礼な態度に気を取られて今まで気付かなかったけど・・・こいつ、ものすごい美男子じゃないの・・・。同い年だったらワルド様でも敵わないなんて反則もいいところだわ・・・卑怯よこんなの)

 

 ぶつぶつと、心中にて幼い頃に婚約の約束を交わしている親が決めた許嫁の男性貴族に言い訳を述べ連ねながらルイズは赤くなっていく顔色を隠すのに必死である。

 

 なので相手のいう言葉は半分ほどしか頭に届いていないのだが、半分だけでも驚天動地の内容だったからさしたる問題も生じなかった。まぁ、ある意味で別の問題が生じ始めてはいるのだが、それはまた後日の物語として語らせてもらうとしよう。

 

「実のところボクの身体は今、死んだときより激しく縮んでしまっている。ならば合ってないはずの服のサイズがぴったりな理由付けとしては、召喚主であるキミの身体と肉体年齢を合わせたからだと推測するのが至極合理的だと思えるのだが如何や?」

「・・・死んだときのあなたは、今よりずっと年上だったってこと・・・?」

「ずっとと言うほどでもないが、少なくとも今のこの姿をしていた時より三年は過ぎていたからね。時の流れとは残酷なもので、王都にて姫殿下お仕えしていた当時のボクは宝石とも評された美貌の殿下より『詩集から抜け出てきたみたいに綺麗』だと過分すぎる誉め言葉を賜るほどの美少年で、道を歩けば女性に当たって押し倒される日々を送っていたものだ。・・・言うまでもないとは思うが、尾ひれの付きまくったホラ話だぞ?」

 

 聞いている内に気付かず鬼の形相となっていたゼロのルイズこと、国内最大貴族の一つヴァリエール公爵家の御令嬢はハッとなって我に返るとすぐさま居住まいを正して聞く姿勢を取り直す。

 

 やや変な生き物を見つめる色が使い魔の少年の瞳に宿ってしまった気がするが、気のせいだ。うん、そうに違いない。気のせいと言うことにしておこう。

 

 やがて彼も割り切りがついたのか「・・・まぁ、いい。今更な気もするし」とつぶやき、先の表情を見なかったことにして話を進める。

 

「ボクは相方の親友に、ちょっとした嘘をついててね。それを隠し通してだまし続けるためには身体の成長は邪魔だったんだが・・・。どう言うわけか求めていた頃には来てくれなかった成長期が、遅蒔きに到来してしまったらしくてね。日毎変化していく体型を隠すのには苦労したよ。

 おかげで服をしょっちゅう買い換えざる得なくなって、継ぎ接ぎしたり綿を詰めたり、有る部分を無いように見せかける工夫さえもが必要になってしまった。

 まったく・・・本当にこんなバカな話はやめてもらいたかったな。ふつうに生きて、ふつうに恋をして死にたかったよ。まぁ、はじまりに抱いた夢とは違うものだけどね」

 

 実感のこもった口調と声音で紡がれる死者の記憶に、年若いルイズたちは声も出ない。

 まだ子供の域を出ない年齢の彼ら彼女らにとって未来とは、夢と希望に満ちあふれたものだ。たとえ才能に絶望していたとしてもそれは同じ。「もしかしたら」「あるいは」「いつかどこかで」「誰かがきっと」と。

 微かに、だが確かに心のどこかで願い信じて生きているからこそ今を楽しむ余裕があるのだ。刹那的な生き方をして遊興に耽っている者も、さしたる違いや変化はない。

 

「どうせ死ぬのだから」そう言って犯罪に走る者たちの中で、自分が次の瞬間には本当に殺されている可能性を本気で考慮している者など数える程しかいないのだから。

 

 だが、彼?は違う。本当に死の危険性を承知の上で戦場へ向かい敵に殺され天に召されず、今この場へと馳せ参じた生と死の経験者だ。

 人の死について語るその言葉には、言葉では表現しきれない実感が込められていた。

 

 

 がーー。

 

 

「まぁ、ようするに、だ。ボクを召喚したキミに流れる血そのものが、今のボクの身体を形成しているみたいでね。端的に表現するなら、媒介だ。

 キミの血から生まれた疑似生命体だからこそ、今のキミと比較的近い肉体年齢及び精神年齢を有していた思春期の頃のボクの身体で召喚されたんじゃないかと予測している。これについて未来の実娘たるキミの意見も聞いてみたいんだが、どう思うかな?」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 その場にいる生徒教員すべて(無表情娘含む)の思考が一時停止して、

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・はっ!?』

 

 

 直後には、盛大に大爆発を起こしていた。

 

 

 ちょっと待て、今こいつなんて言いやがりましたか?

 

 ルイズが驚愕半分激怒半分、それを含めて荒れ狂う暴風雨のような感情が九割九分以上を占めた感情を激発させまいと必死に制御しながら、極力抑えた声と表情で確認のために必要な質問を投げかけようとする。

 

「ねぇ、ミスタ・マイヤール。あなた今ーー」

「顔、引き攣るのを我慢しすぎて、さっきのよりヒドい状態になってるぞ。そんなに辛いんだったら、別に無理することないと思うけど?」

 

 よし、決めた。こいつ今からぶっ殺す。

 

 人を殺す覚悟を決めた今のルイズに怖いものなど何もない。強いてあげるとするならば、殺したいほど憎む相手より先に自分が死ぬことだけである。

 

 こうなったら行けるところまで逝ってやる。だって、女は度胸なのだから。

 なぜか公爵家の御令嬢がやくざの娘じみた思想に取り付かれてしまっているが、それはさておくとして

 

「へぇ・・・あんたが私の『お父様』だったんだぁー。ふーん、私今までそんな事ぜーんぜん教えられてこなかったんですけども。つまり安くてダサい衣装に身を包んでいる貧乏貴族の小倅みたいな格好のあんたは、お偉い大貴族ヴァリエール公爵閣下その人だとでも言いたいわけー?」

「いいや? むしろ誰だい、その貴族。トリスタニアにそんな性を持つ貴族がいたんだ。ボクの方こそ今はじめて知ったよ。教えてくれてありがとうミス・ヴァリエール」

 

 落ち着け私。今はまだ殺さない、今はまだその時じゃない。いつ何時でも差し違える覚悟はできたのだから、それは何も今このときじゃなくたっていい。いつでも殺せる相手なら、今だけ話を聞いてやるのも悪くはない。よく言うだろう、冥土の土産という奴だ。そうだ、そうに違いない。私は正しく、こいつは間違い。自分と相手は違うのだから殺し合うのはいつでも出来る・・・。

 

「顔、さっきよりも更に酷くなってるぞ? 友達に見せたら下手くそな詩の題材にと喜ばれそうなレベルの酷さだ。・・・ふむ、折角の記念として絵に残してもらってもいいかな?

 なんだったらボクが固化魔法で永久保存し、人類の歴史的遺物として博物館に飾ってあげても構わないけど?」

「・・・・・・離して先生! こいつ殺せない! 私の命を全て使ってこいつだけでも殺してやりたいのにーーーっ!!!」

「お、落ち着きたまえミス・ヴァリエール! 世の中には死んでも構わないクズと、死んではいけない正常な人間がいるものなのだ! 後者である君が前者代表みたいな少年を殺すために特攻してどうする!?」

 

 トリステイン魔法学院が誇る良識人コルベール先生が、怒れるベルセルクルと化した愛する生徒の暴走を止めるため慌てて飛び出し羽交い締めにする。

 こういう時のために控えていたのは確かだが、さすがに使い魔じゃなくて主の方が従者に襲いかかる事態など想定していない。それゆえ反応するのが遅れてしまったが、事態の重要性はこの場にいる誰より理解している自覚があった。

 

 なんと言っても彼女の実家は公爵家である。大貴族なのだ。国内でも有数の格式を持つ名門貴族のご令嬢が得体の知れない正体不明の少年?貴族相手に挑んで共倒れなど冗談ではない。

 下手したら内乱勃発さえあり得る緊急事態にコルベール先生は、伝家の宝刀『王家のご威光』を笠に着るため抜き放ち、言葉の刃で大貴族のご令嬢へと切りかかる!

 

「それからここ、学内だから! 王家が運営してる王立教育機関の中庭だから! いわゆる殿中! 殿中に!殿中にござるーーっ!! 堪えてくだされヴァリエール殿ーーっ!」

「お情けを! どうか貴族のお情けをコルベール先生! 貴族には時として家を捨ててでも守らなくてはならない誇りというものがあるのです!」

「ヴァリエール公爵家がお取り潰しにあっても構わないと仰られるのですか!?」

「たとえ家が残せずとも、トリスタニア貴族の誇りを後世に生きる人々に残せるのであれば惜しむ命などありませぬ!」

「ああ~・・・。ボクにも、それと同じバカげた思想に取り付かれてた事があったな。

 ・・・あれは本当に認めたくない、若さ故の過ちだった・・・」

「マリエーーーーーーーーール!!!!」

「ちょっと君、少しだけでいいから黙っていてくれないかな!? 今この国、本当の本気で存亡の危機に直面しかかっているから!」

 

 必死の表情で訴えかけるコルベール先生と、彼に後ろから羽交い締めにされて身動きひとつとれない状態であろうともカリンに向ける殺意には微塵も減じる気配の見えない見所のある後輩に(戦争狂として)感心しつつ、カリンは一人だけ冷静に状況説明を進めてしまう。

 

 存外マイペースな奴なのである。

 

 具体的に説明すると、仲間たちの奢りで自分のために開いてくれた歓迎会の最中。

 皆が酒を飲んで大騒ぎしていると言うのに一人だけ成長期の旺盛な食欲をウール貝で満たし、適当な相づちを打っては調子に乗らせて自分は皿を重ね続ける程度には。

 

「別にキミの親がボクであることも、ボクがキミの親であることも大した意味のある事じゃない。気にしなくて良いさ。あるいはキミの両親とボクとの間に血の繋がりは一切ないのかもしれないし」

「「・・・は?」」

 

 意味不明な発言内容を耳にして現ハルケギニア人である二人が目と口をポカンと開けて、旧?ハルケギニア人である一人の少年?は軽く肩をすくめてから説明を再開する。

 

「そもそもにおいてボクがいたハルケギニアは、こことは違う歴史を歩んだ別世界だ。双方の間に因果関係が成立しているかどうかなんて滅びた今となっては証明しようがない。有るかもしれないし、無いのかも知れない。

 ここにもボクがいるのかもしれないし、いたとしても血だけ残して死んでるかもしれない。見た目も性格も性別すら異なる別人として生きてる可能性だってあり得るだろう。

 大貴族ヴァリエール公爵家の跡取りとして男に生まれたボクの子供がキミかもしれないし、単なる貧乏貴族の家に生まれて騎士に憧れ性別を偽り王都まで上洛してから八面六臂の大活劇の末にヴァリエール公爵閣下に見初められて結婚しキミを身ごもったラッキーガールのボクが実在している可能性すら・・・ないな。これはない。幾らなんでも流石にこれは有り得ない。

 なんだこの寒気を催すほどに理想的な、子供が寝物語に読んでもらう定番の英雄譚は。どこの世界の言語か分からないし、自分でも聞いたことのない言葉なんだが思わず『リア充爆発しろ!』と大声で月夜に向けて叫んでしまいたくなる程の気持ち悪さだ。

 我が事だから断言できるが、はっきり言って超キモい」

「・・・・・・・・・どこの国で、どんな意味合いで使われてる言葉なのよ・・・・・・」

「だからボクも知らんと言うに」

 

 噛み合わない線と線。・・・まぁ、この場合どちらともが意味合いを知らない以上噛み合わせようがないのであるが。

 

「要するに、だ。大昔に死んだボクの魂は本来ならとっくの昔に消滅しているはずで、曲がりなりにも人の形を取って顕現できたのはボクの血を引くーー正確には、こちらのハルケギニアに存在しているであろう男のボクか女のボクの血を引いているキミがサモン・サーヴァントを使って召喚の儀に『失敗』したからなんだよ。

 あれでキミの中にあるナニカが暴走したのか、あるいはどこかで何かよく分からないナニカに目を付けられてしまったせいなのかもしれないが・・・。

 とにかくキミの身体に流れる血がボクを呼び込む触媒として機能して、ボクの身体を構成している要素の8割を占める最重要成分と化してる現状が、キミとボクの間に流れる強い血の繋がりを意味していると言えるだろう」

「「・・・・・・・・・」」

「血って言うのは必然的に長く続けば続くだけ薄くなるし、脆くもなる。強いか弱いかは関係ない。途中で強い血を入れれば強い血を引く強い子孫が生まれるだろうが、そのぶん先祖から受け継いだ弱くなってる血は更に弱くなるのが道理だろう?

 だからボクの身体を最盛期でなくとも完全な形で再現し切るには、混じりっ気のない正確にボクの身体の情報が記憶された『血が持つ記憶』が必要不可欠になるんだよ」

「『血が持つ記憶』?」

 

 聞いたことのない単語にルイズは小首を傾げて疑問符を頭上に浮かべ、知識欲旺盛なコルベール先生が何かを思い付いたかのように瞳の端に超新星を発生させる。

 

 対照的な反応を返すふたりを等分に眺めやりながらカリンは、しゃべり疲れてきたのか少し気怠げな調子で最後の解説を行うため億劫そうな態度で口を開く。

 

「そうだよ。その人に流れている血には、その人自身を構成している身体の情報が保存されている。怪我をしても治しさえすれば元通りの形に戻るのはこの為だ。

 親の血を引く子供は必然的に親の持っていた身体の情報を引き継いでるから、親の身体を再現する形で身体を形成する。・・・と言って両親の間に生まれるのが子供だから、親から受け継いだ二つの血の情報を使って二つの身体の形を一つの身体で再現しようと苦心するわけだから、やがては矛盾を生じさせて変質していくのさ。

 それが己の血を後世に残す行為だと古代の文献には書いてあったんだ」

「・・・あんたって考古学者かなにかだったの・・・?」

「いいや、単なる騎士崩れで人殺ししかできないクズだよ。

 ただ、これでも一応は世界を救おうと志したこともある英雄志望だったんでね。可能な限り世界を救う手段について調べれるだけ調べ尽くしてはみたんだ。お陰で昔よりかは少しだけマシになれた。まっ、失った物の方が遙かに大きかったわけだが」

「・・・・・・・・・」

「今のボクは、キミの血に残留しているボクを形成していた情報だけで再現されている。お陰でキミの影響の方が大きくて、せっかく成長した部分が色々と元に戻ってしまってる状態だ。イロイロとね?

 特に大きな影響を受けてるのは性格面だな。この身体の頃とまったく同じ・・・と言うほどヒドくはないが、それでも感情の抑制や相手をバカにするような言動を誰彼かまわずしてしまいたいという欲求が抑えきれない。

 これは多分、バッカスたちとの思い出に関する記憶が関係しているんだろう。古代の遺跡で見つけた魔導機械とやらが判別してくれた結果によるとボクに流れる血には仲間たちを集めて絆を結ぶ傾向が強いそうだから、ボクと同じ血を持つキミにも近いうちにそういう仲間との出会いがある事を意味しているのかもしれないな」

「・・・・・・・・・」

「あるいはボクとの出会いが引き金となって、既知の相手と信じられないくらい親しくなるのかもしれないし、今いる友人と別れて別の親友ができることを暗示しているのかもしれない。

 ここら辺は予言者や占い師の領分だから戦争屋でしかないボクには判然としないけど、これだけは断言しておいて上げるよ」

 

 一息ついて、やや辛そうな表情を浮かべたカリンは自らの娘として生まれるはずだった少女の目を見つめ、はっきりと不幸な未来を予言する。

 

「この先、近い将来このハルケギニアにも大きな大乱が起こるだろう。そして、その中心には間違いなくボクを使い魔として召喚してしまったキミがいる。絶対だ。断言してやる。

 でなければーー平和な世に生きるキミが、世の中に戦争しかもたらせないボクを使い魔として引き当てる最悪の偶然なんて起き得るはずがないのだから・・・」

 

 長い話を語り終え、ふうと大きくため息をついたカリンが背後の壁にもたれ掛かる姿を、誰もが固唾をのんで見守っていた。

 

 戦争? 戦争だって? 本当にそんなものが起きるのか?

 ーーいいや、ありえないねそんな事。だって今の僕たちは平和に暮らせているじゃないか。だからこれからも戦争なんて起きないし、僕たち子供が巻き込まれるなんて有り得ない。

 

 

 ヒソヒソと小声で言い合い、時には否定しあったり罵りあったりしている級友たちの声を聞き流し、ルイズは目の前で壁にもたれ掛かり一休みしている自分の使い魔に、どう話しかければいいか悩んでいた。

 

 当然だろう。いきなり現れた自分の使い魔から「ボクはキミの“父”親です」なんて言われて納得できるはずがない。

 ただ、休憩中の彼はひどく疲弊しており、疲れ切って今にも消えてしまいそうな儚さをも纏っている。

 

 美少年どうこうを抜きにしても気にかけて上げるのは人としての礼儀・・・・・・って、なんだか本当に消えかかってないかしらこいつ? 身体がだんだん薄くなって、幽霊みたいにスゥゥー・・・っと。

 

 ーーって、えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?

 

 

 

「ちょ、ちょっと大丈夫なの!? あんた、身体が消えかかってるんだけど!?」

「ん・・・ああ、実を言うとボクの身体の八割方はキミの血で構成されてるんだけど、残りの二割は魔力で編まれた物なんだ。

 魔法を使いすぎると魔力切れをおこして気絶したりするだろう? あれがボクの場合だと、完全にこの世界から消滅して無に帰してしまうのさ。

 早い話が・・・・・・今すぐにでも『コンクラント・サーヴァント』をし終えないと、もうすぐ消滅すると思うぞ、このボクの身体。むしろ、既に半分以上が消えかかっているみたいだし」

「は、はぁ!? ちょっと、それ本気なの!? 冗談だったら承知しないわよ!?」

「本当さ、嘘じゃない。実は最初に呼び出されたときキミが使用した『サモン・サーヴァント』分しか魔力が補充されてない状態で顕現してたんだ。その結果、話しをするだけで精一杯。2割どころか1割の十分の一すら補充されてないんだから当然だけど・・・やれやれ。ずいぶんと貧弱な身体だなぁー。

 これで最盛期のボクが喚ばれてたら魔法一発であの世へ直帰か。使い魔として生きた最短記録が更新できてたかもしれないな」

「ノンビリと世界最速のダメ記録更新狙わなくていいから! とにかく『コンクラント・サーヴァント』を使えば消えずにすむのね!?

 だったらやるわよ! やってみせるわよ! でも感謝はしなさいよね!

 貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから!」

「ああ。言い忘れてたんだが、魔力を定期的に補充しないと直ぐに消えるぞボクの肉体。

 補充する方法は一つじゃないと思うけど、魔力を他人に譲渡する方法で一番ポピュラーなのはキスだからな。ここでキスしてボクを助けてしまうと、今後もキミはボクにキスし続ける羽目になるけど構わないのかい?」

「なんでそんな大事なことを早めに言っておかないの!? 今更覚悟決めておいて引き返せなくなっちゃってるんだけど私!?」

「いや、申し訳ない。どうやら親友のひねくれぶりが感染していて、肉体年齢が奴と出会った頃までさかのぼっているからなのか、奴だけでなく他の二人まで強く影響しまくってるみたいなんだ。

 ちなみに全員、素直じゃないひねくれっぷりには定評があるんだぜ? ボクも含めてトリスタニア王宮のひねくれ四騎士と陰口をたたかれてたものさ、いや懐かしい」

「アホーーーーーーーーッ!!!!

 あんたバカなの!? 死にたいの!? あるいは消滅するのが望みで私に引き当てられたのかしら!?

 ああもう! なんだってこんなアホなんかを、私が使い魔にする羽目に・・・!!!」

「ふむ、それについては申し訳なく思うが・・・いいのか? そろそろ消えるぞボクの身体。数字に換算すると残り十五秒ぐらいで」

「じゅうご・・・!? って、ちくしょう! こうなったら人助けしたら犬に噛まれたと思って割り切ってやるしかないわね!

 我が名はルイズ・ル・ブラン以下中略! この者に祝福を与え、我の使い魔としやがりませ!」

「・・・適当な呪文は術式を破綻させ、将来的に支障を来しかねないのだが・・・?」

「うっさいバカ先祖! 今のアンタが既にして支障だらけなんだからいいのよ!

 ほら、顔上げて唇を前に出す! ・・・んーーー!! ・・・ぷはっ! お、終わりました・・・」

「・・・これ以上ないほどロマンチックな人命救助をありがとう。お陰で消えずにはすんだよ。既に死んでる身だから助かったわけでは全然無いけどね」

「どこまでひねくれてんのよアンタは!?」

「あー・・・、諸君。ミス・ヴァリエールも無事に使い魔召喚の議を終えたようだし、そろそろ教室へ戻ろうか。次の授業をはじめるぞー」

『はーい、先生。今行きます。今すぐにここから離れたいので』

「ちょっ!? みんな私たちの仲をなんだと思って・・!!」

「・・・・・・友達『ゼロ』のルイズ・・・」

「殺す! こいつだけは絶対ブッコロス!

「顔が怖いぞ、ゼロイズ。ああ・・・そうか。これは失礼したね。まさかそっちだったとは思わなかったものでから。本当だよ?

 さすがのボクも怒り顔のほうが標準で、努力して意識しないと笑えないほど人間やめてる戦争狂にまで落ちてはいないものだから。キミのような生き物もむべなるかな」

「うがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 この日、トリステイン魔法学園に新たな時代を呼び込む一陣の『烈風(かぜ)』が吹き、ピンク色したモンスター『ベルゼロクル』が誕生したことを今はまだ誰も知らない。

 

 烈風が吹き荒れる時代は戦乱か動乱か、はたまた人の世に終わりを告げる終末戦争か!?

 すべては彼女の気分次第。暴れ狂う自然の暴威を前にして人間がいかに惰弱な存在かをハルケギニアの人々が思い知るのは、今少し先の出来事である。

 

 まぁなんにせよ。今のところトリスタニアもトリステイン魔法学院もハルケギニアも平和に過ごせているようです。

 

つづく



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やはり奉仕部にシェイクスピア(偽)がいるのはまちがっている。

以前にアイデア提供して頂いた作中の1シーンだけを切り取って書くと言うのを『俺ガイル』で試してみました。

もっと明るい話になるつもりが、どっかで狂いました御免なさい。
尚、私は原作ファンですが、原作好きの方にはお勧めできない内容になっております。読む場合はご注意を。
以前に大失敗をやらかした原作ですので、ご指摘ご批判等は控え目にお願い致します。


 

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ。二人とも。

 平塚先生曰く、優れた人間は哀れな者を救う義務がある、のだそうよ。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなたの問題を修正してあげる。感謝なさい」

 

 

 室内に沈黙が落ち、比企谷殿の顔が怒りに歪み始めるのを眺めながら、私はひどく出来の悪い三流喜劇をみせられたような嫌な気分になっておりました。

 

 なんと言うかこう・・・見物料払ってないからって忍耐にも限度があるだろう、みたいな感じで。

 

 ーー致し方ありませんな。

 

 本来、サブカルチャーをこよなく愛する型月ファンの我が輩としては、あくまで主役の少年の傍らに立ちながら物語のクライマックスまで見届けて、見ているだけで終わるつもりだったのですが、これほど平凡きわまる過去の亡霊を目の当たりにさせられたのではテコ入れの必要性ぐらいは出てこようというもの。

 

 エッセイは好きではありませんが、ライトノベル好きも偶には言葉でヒロインをいたぶってみるのも普段とは違う視点が得られて悪くはないかと。

 

 

「ーーそれで? 彼女の言葉をそのまま真に受けて信じてしまったのですか? そんな頭空っぽの説明を? ひどく空しい、空虚さだけが満ち満ちているだけの戯言を?

 かわいそうで哀れなあなたを救ってあげようとした平塚先生の救済の言葉をすなおに真に受けて、ひとりぼっちの部活動もどきを今の今まで続けてこられたと?

 はっ! 傑作だ。とんだ茶番劇だ。三文芝居にも程がある! 退屈すぎて自身の新作を一作書き上げてしまいそうになりましたね! 出来ませんでしたが!

 一流の戯曲が一流の劇として完成を見るには、一流の俳優が必要なそうですが、あなたは演技ではなく素の人格が茶番じみている」

 

 

「・・・道化? それはまさか私の事ではないでしょうね? 安田さん」

 

「おや? この室内で君以外の適任者がだれかおりましたかな? だとしたら失礼を。他の可能性が思い当たらず、ついつい出過ぎたことを申しました。ご無礼をお許しくださいフロイライン」

 

「その喋り方はやめて、不愉快だわ」

 

「おお! これは失礼しました。以後気をつけることにいたしましょう、フロイライン」

 

「・・・・・・」

 

 静に怒りを高める彼女には、なんら感応する部分を見いだせなかったので私は彼女の事など気にすることなく勝手に話を進めることにした。

 

「第1に。そもそもここは部室などではない。何故なら奉仕部などと言う部活動は、学園のどこにも存在してはいないからです。

 存在しない部活動に活動内容などあるわけがない。それ故に奉仕部は奉仕部でいられる、と言うわけです」

 

「訳が分からないわ。わかるのはあなたの頭が病気であることくらいなものね。ここは奉仕部の部室で、私はこの部の部長。平塚先生にも承認された正式な部活動にケチを付けるなんて、あなたの神経を疑ってしまいそうだわ」

 

「はっはっは。これは異な事を。現実の学校に部長と部員、併せても一人しかいない部活動など本当に実在するとでも? そんなものない。あるわきゃないですなぁ、馬鹿馬鹿しい」

 

「・・・・・・」

 

「だいたい、所属する部員数によって支給される部費の額が決められる学内の部活動は、部費によって学校が生徒たちを支配し、活動を制限しながら暴走に歯止めを利かせる機能を併せ持ったもの。

 それ故に各部活動は各々趣向を凝らして部室を飾り付け、個性を出すことで部員を誘い込んでは入部届に判を押させる。

 部員を募集する気がないからプレートに名前を書かない、それを知りながら黙認している平塚先生。これはもう、部活動として教職員の皆様方に認識されていない何よりの証ですなぁ~!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「おまけに新入部員として預けられた我々が部の活動内容を聞けば『そうね。ではゲームをしましょう』? いやはや、これは傑作。

 よもや、部の責任者が説明責任を放棄して優越感を誇示することにより自己満足に浸りたいがためだけに何も知らされずにつれてこられた見ず知らずの男子生徒二人を弄ぶとは! 世の中腐っとりますなぁー、はっはっは」

 

「・・・・・・」

 

「だいたい、持つ者が持たざる者に慈悲の心を以て施しを与えるって表現、矛盾していると感じたことはありませんので?

 どう考えたって優越感からくる見下しであり、超上から目線で「これが欲しければ、這い蹲って靴をお舐め!」とか叫んでる、未成年者の前では口にできないお店のお嬢さん方と言ってることが変わりませんけど?」

 

「つか、ふつうに考えて、優れた人間が哀れな人間を救うもなにも、こんな教室でぽつねんと座って一人読書に明け暮れてるあなたの方が助けを求めてくる側より、余程哀れで救われてない存在なのでは?」

 

「・・・・・・」

 

「決定的だったのは、貴女のその態度!

 初対面の相手に先制攻撃をしかけることにより心理的に優位に立ち、終始自分のペースで話を進めたがるのは自分の隠された内面を他者に見られないようにするためのカモフラージュである場合が往々にしてあったりしますが、貴女は果たしてどうなのでしょうな?」

 

「さらに! 貴女は会話が始まってよりこの方、自分の意見は断定系で、相手の意見は問答無用の否定系で話し続けられて参りました。

 これは逆説的に自己承認欲求の強さと、他者の言葉によって傷つけられてきた幼少期のトラウマとを表した分かり易くて平凡な特徴であると我が輩は考えますなー」

 

「即ち! この奉仕部とは名ばかりの空き教室。

 ここに入られれている我々は他者と上手くコミュニケーションが取れないコミュ症の集まりであり、奉仕部とは保健室学級の優等生バージョンみたいなものであり、学校に来たくてもこれない生徒ではなくて、来たくてもこれなくなって可笑しくないレベルなのに来てくれている生徒たちを安全に隔離し悪臭渦巻く学校のリア充どもから保護してくれているからこそ。

 まさに地上のーー否、否、総武高校最後の楽園! ぼっちコミュニティ『奉仕部』!

 それこそが、この教室の偽らざる真の姿! 誠の真名なのですよ!!」



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やはり俺のクラスメイトが穏和な表情で辛辣な台詞を吐く黒髪の少女なのはまちがっている。

出し忘れていたのですが、先日公開した「シェイクスピア俺ガイル」、あれは実のところ途中から派生した分岐系の1ルート作品で、ゆきのんとの対面時までは全くの別人が主人公で話を進めてたんです。
悪意ある評価をし始めたら人格変わっちゃったから急遽キャラクターを変更しただけです。
ですので本来はこういう始まり方でしたと言うのを投稿しておきます。

主人公のモデルは銀河英雄伝説のヤン・ウェンリー(駄目な人バージョン)です。


追記:
要れたと思ってたら入れ忘れていた分を付け足しておきました。
「追加分」と書かれている下の部分からです。


「ーーなぁ、比企谷。私が授業で出した課題は何だったかな?」

「・・・はぁ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文でしたが」

 

 国語教師の平塚静先生に詰問口調で問いただされて、比企谷八幡君が困っている。

 当然だろう。課題を出された授業中に、あれほど熱心に情熱を込めて一心不乱に書き綴っていた長文を否定されようとしている未来が目前まで迫っているのだから。

 

 まったく! 最近の日本では他人の持つ技術に対して金を払うと言う考え方が欠落していく一方だから困るんだ!

 プロの料理人にちょっと弁当作ってくれだの、マンガ家に町内会の会報にマンガ書いてくれだの、歌手に町内喉自慢大会に出てくれだの、大工に犬小屋作ってくれだの、お笑い芸人に飲み会でなんか面白いこと言えだの、声優にあのキャラの声やってーだの、教師が読書が好きで文学系の高校生に授業中だからと『高校生活を振り返って』をテーマに作文書くことを強制しておいて出来が悪ければ編集部(職員室)に呼び出されて問題点と修正個所のご指摘を説教とともに受けさせられるなんて・・・・・・君たちはあれかい!? ジャ○プなのかい!? 集○社かなにかにでもなったつもりでいるのかい!?

 

 冗談じゃあない! そう言うのは本来全て報酬が発生してしかるべき案件であって、それを知り合いだから教師だからと言う理由だけでなあなあで済ませるのは世の技術職に対する侮辱に他ならず、将来的にはライトノベル作家になって大ヒット作は出せずとも慎ましく暮らしていけるぐらいの収入は入ってくる程度の中堅作家に憧れて本気で夢を追って目指し努力もしている少年少女に絶望を与えて夢を奪うことに他ならないのだ!

 

 子供たちを正しく教え導く側にたつ教師という職でありながら、平塚先生。なぜ、貴女にはそれがお分かりにならないのですか!?

 

「・・・おい、安田。普段から眠そうな目を腐らせてまで何考えてる。おまえはおまえで禄でもない内容の作文提出してきたんだから反省しろ」

「・・・はい・・・」

 

 ちぇっ、誤魔化しきれなかったし、逃げきれもしなかったか。やはり中学時代の後輩ほど私は逃げ上手ではないらしい。苦手分野を克服するための努力なんてしたことなかったからなぁ~。

 

 仕方ない。ここは大人しくご叱責を賜ろう。いくら不機嫌だからって、まさか昨今の高校教師が生徒相手に拳を持ち出して威嚇するはずもないのだろうし(後ほど予測に願望が混じっていたことを思い知らされることになりました)

 

 そして平塚先生は比企谷君の時と同じく、私の書いた作文も大きな声を出して読み上げ始めたのだった。

 

 

 

『高校生活を振り返って』

 2年F組 安田園李

「自分の私生活を他人に誇るように書くのはやめよう」

 

 

 

「な・め・と・ん・の・か!?」

「・・・ふひはへん」

 

 むにーっと、左右の両手でほっぺたを引っ張られるお仕置きを賜りながら私は深く反省し、自分の文才の無さを心の底から慨嘆していた。

 ああ、もちろん分かっていた。分かってはいたさ。

 私もさすがにこの内容は酷いものだと理解することくらいは出来ていたんだ!

 

 ・・・ただ、授業中に話し声も聞こえず先生も黙ったまま椅子に座って睥睨するだけで、あとはカリカリ、カリカリと鉛筆やシャープペンを走らせる音だけ聞こえてくる環境って・・・眠くなるんだよね。

 睡眠欲は人間の持つ三大欲求のひとつであり、“私としては”三つ全ての中でも頭ひとつふたつ抜きんでた最大にして最強の欲望すべてを支配する覇王のごとき存在だと認識している。

 

 人間の肉体の内、頭に生えた頭髪数本を残して全てを支配する偉大な覇王に対抗するには、それなりの準備と時間が必要になるものでしてね・・・・・・?

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「すひはせん、ごへんなはい。ははまりますからすごはないですごはないで、かおがこはいです」

 

 あと、目も怖いですし振り上げられた拳はもっと怖いです。

 暴力による思想弾圧反対。圧制者よ妥協せよ。平和こそが繁栄につながる唯一の道である。

 

「・・・いいか、お前たちよく聞け。私はな、お前等のバカっぷりについて怒っているわけじゃないんだ」

「いや、今あんたはっきりとバカっぷりって声に出して指摘してたんですけど・・・」

「私は怒ってないんだよ、比企谷」

「いえ、ですから先ほどご自分の口から・・・」

「わ・た・し・は・お・こっ・て・な・い・ん・だ・よ」

「・・・はい、怒ってませんね。ぜんぜん全くこれっぽちも怒っておられないとボクも思います。思いますからお願い殴らないで!」

 

 比企谷君がヘタレていたが・・・すまない。私にはなにも出来ることはないんだ・・・。無力なクラスメイトの一人を許してくれ・・・。そして、出来るならばそのまま先生の怒りを買い続けてヘイトを集め続けてくれると嬉しいかな。私は楽を出来るから。

 

「君たちは部活やってなかったよな?」

「はい」

「ラノベ部があったら入るつもりでいましたが、無かったので今現在申請中です」

「・・・それは一生待ち続けても許可下りないだろうから、もう無所属って事にしていいと思うぞ・・・?」

 

 何故か先生から哀れみの視線を向けられてしまった。ホワイダニット、『どうしてやったか』。・・・ミステリーは戯言シリーズしか読んだことないし、あれは途中から異能バトル物に方針転換していくからたぶん、今の用法も私の認識も間違っているんだろうな。世の中は誤解と錯覚と勘違いでのみ成り立っている。

 ・・・『Ⅱ世の事件簿』も広義的にはミステリーに分類されるんだったっけかな?

 

「・・・友達とかはいるか?」

 

 いや、いないこと前提で確認とられましても。

 

「びょ、平等を重んじるのが俺のモットーなので、特に親しい人間は作らないことにしてるんですよ、俺は!」

「つまり、いないということだな?」

「た、端的に言えば・・・」

 

 比企谷君の答えを聞いてから、平塚先生はやる気に満ち溢れた顔になり、

 

「そうか! やはりいないか! 私の見立て通りだな。君の腐った目を見ればそれくらいすぐにわかったぞ!」

 

 ・・・本当に確認のための質問だったんですね、さっきの・・・。

 いやまぁ、手順は大事ですから何ともいいませんが、もう少しだけでもぼっちの心を抉らない表現方法で孤独な少年少女の告白に耳を傾けてほしいといいますか、何といいますか・・・。

 

「安田の方はどうだ!? 友達、いるか!?」

「顔を合わせれば二、三、毒舌の応酬をしないと会話が始められない知り合いなら僅かばかりは」

「・・・そ、そうか。いや、そのなんだ・・・あまり自分の運の無さに気を落とすなよ?」

 

 いえ、ですから哀れまれましても。案外あいつらも付き合ってみると、良いところもあったりはするんですよ?

 たとえば、生徒会から目を付けられて『歩く風俗壊乱』と呼ばれるほど要領よく女性を愛する嫌みなイケメンなとことか、相手が売るつもりのない喧嘩でも買ってやる気満々の陽気なハンサムなところとか、『家内安全』を掲げて傍迷惑な輩をまとめて一カ所に押し込めたがる秀才の先輩だったりとか、学校が「子供の成長に良くない影響を与えるから」と規制をかけた本の数々を隠匿して回し読みする組織『有害図書愛好会』の会長を務めて規制側との構想に熱中するあまり自身はあまり本を読まなかった革命家志望の後輩なんてなかなか良い奴ばかりで・・・・・・。

 

 

 ・・・・・・おかしい。どう言うわけか改めて列挙しながら思い出してみると、彼らの長所だと感じていた部分がどうしようもなく駄目な点のように感じられて仕方がない。

 やはり、彼らの中で私一人だけが常識と良識を持った平凡で善良な凡人だからだろうか・・・? よく考えてみれば、彼らも哀れなものだな。

 『口の悪い奴は信用するが、口のうまい奴は信用しない』と言う一点に関してのみは、私と同等の良識を持った常識人ばかりなのだが・・・。

 

 

 私が沈黙したまま思考に没頭していると、何かを勘違いされたらしい先生が微妙にわたわたしながら比企谷君に意味のない質問を投げかけ始めていた。

 

「・・・え、えっと・・・彼女とか、いるのか?」

「今は、いないですけど」

「そうか・・・安田はどうだ? 彼氏とかは、いるのか?」

「私の夢は年金で生活しながら売れないラノベ執筆に没頭することですので、それを支えてくれると言ってくれる男性がいたら・・・・・・でしょうかね?」

「いないよ、そんなご都合主義の化身みたいな男がこの世に実在していて堪るか。

 むしろ、もし実在してたとしたら私が全力で貰いに行く」

「はぁ」

 

 正直、適当に答えただけの言葉に喰い気味な反応を返されると困るのだが。

 自分でも自覚はあったのか、平塚先生は「コホン」とひとつ咳払いで誤魔化そうとしてから本題のまとめに入られたようだった。

 

 

「よし、こうしよう。レポートは書き直せ」

「「はい」」

「だが、君らの心ない言葉や態度が私の心を傷つけたことは確かだ。女性に男性関係の話をさせるなと教わらなかったのか?」

「・・・いや、先生が自分から振ってきた話だったんじゃ・・・」

「なので! 君たちには奉仕活動を命じる。罪には罰を与えないとな」

「・・・おい、安田。教師の横暴という罪に相応の罰を与えたいんだが、なにか良さそうなのを知ってないか?」

「うーん・・・市立校だからねぇ・・・私立だったら色々やりようはあるんだけど、一応市立学校の教員は地方公務員扱いだからなぁー。役所に届け出を出すにも被害規模が小さい。もう少しボロを出すまで待った方が良いかもしれないよ?」

「・・・なるほど、貸しを返してもらうときは返せない額まで貯まってからと言うことだな。覚えてこう」

「おいこら、そこの目が腐ってる知能犯罪者二人組。職権乱用で処罰されたくなかったら、そう言う相談は教師の目と耳が届かないところでしろ。我が身を省みない捨て身の特攻で、あの世までご同行されてもしらんぞ」

「「すいませーん。ごめんなさいーい、もうしませーん」」

「まったく、君らという奴は・・・」

 

 とても傷ついてるとは思えないほど威勢よくーーただしちょっとだけ心労を感じさせる声音でーー嬉々としてそう言ながら立ち上がった平塚先生の揺れる胸を直視しながら比企谷君は、

 

「奉仕活動って・・・何すればいいんですか?」

 

 と質問し、平塚先生はそれに答えず「ついてきたまえ」とだけ言って職員室の扉へと向かう。

 残された私たちは互いの顔を見合わせてから溜息をつき、手間のかかる子供を持った親の心地で彼女の後を追ったのだった。

 

 

 

追加分

 

 

「着いたぞ」

 

 先生が立ち止まったのは何の変哲もない教室。本来なら利用目的に添った名称が記入されていて然るべきプレートには何も書かれていなかった。

 私たちが不思議に思って眺めていると、先生はからりと戸を開けて教室の中へと入っていった。

 

 その教室には机と椅子が無造作に無造作に積み上げられていて、一見すると倉庫として使われているようにしか見えない。他の教室と違うのはそこだけで何か特殊な内装もない。部屋の立地から鑑みると、これはいささか妙な話だった。

 

 千葉市立総武高校の校舎は少し、忌まわしい形状をしている。

 道路側に教室棟があり、それと向かい合うようにして特別棟があって、それぞれが二階の渡り廊下で結ばれていると言う、四方をリア充によって包囲された四面楚歌状態。

 即ち、ぼっちにとっての地獄を顕現させた魔界なのである。まさに治安維持を名目とした思想弾圧機関による恐怖政治。

 言論の自由を容認しようとせず、ただただ『リア充こそが絶対的強者! 弱者たる非リア充を撲滅することこそ、神が我ら選ばれし者に与えた神聖な義務であーる!』と言う狂った思想を体現させた絶対的独裁高校なのである。ああ、イヤだイヤだ。

 

 

 ーー話が逸れたので、一端戻すが、現在我々が平塚先生によって案内された場所は特別棟であり、各種部活動の部室が点在している二階の階段をさらに上がった三階にある一室の前だ。

 見渡してみたが、他の教室に使われてそうなものは一室も見当たらない。完全ではないだろうが、ほぼ完全に1フロア丸ごと私たちだけの貸し切り状態だった。

 

((・・・事案発生・・・か?))

 

 折しも比企谷君と私の思考が同じところに到着していることを、我々二人は視線を交わし合うことで確認できた。

 

 どう考えても年頃の少年少女二人を女教師が連れ込んでいい場所ではない。ましてや先頃彼女は自身の口から結婚願望があることを明言した後である。警戒するのは道理であり、また生物としてはごく自然な自衛手段でもあるだろう。

 

((逃げるか・・・?))

 

 再びのアイコンタクト。こう言うとき、普段から体育の授業以外ではペアを組まされ続けているぼっち同士は理解が早くて助かると思う。

 君子危うきに近寄らず。文系であり、国語の学年三位と四位を常に争いあうライバル同士な井の中の蛙コンビは、申し合わせた訳でもないのに絶妙なコンビネーションプレイでもって粛々と戦略的撤退の準備を始めようとしていたのだがーー、

 

「ーーそれで、そのぬぼーっとした人たちは?」

「ああ、彼らは・・・何をしているんだ君たちは。早く入ってこい。罰を与えるとはいったが、廊下に立たせていた覚えはないぞ」

 

 ーー逃亡失敗。引き留められてしまった。

 仕方ない、腹を決めよう。幸いなことに室内には先客がいて、容姿端麗頭脳明晰を絵に描いたような端麗な美少女で・・・いやいや待て待て、落ち着け私。これはむしろ危険度が増してはいないだろうか? 平塚先生が拗らせる余り、男に飢えた狼となって襲いかかってきた場合に美味しくいただかれてしまう獲物が一人増えただけな気がするのは私だけなのだろうか?

 

「彼らは比企谷八幡と、安田園李。入部希望者だ」

 

 戦慄していた私であったが、幸いなことに平塚先生の発言によって不安の大部分は解消された(全部とは言っていない)。

 どうやら本当にただの部活勧誘であったらしい。まぁ、勧誘が強制の部分に引っかかりを覚えなくもないのだが、ここまでで出揃っている条件を統合して考えてみれば大方の察しはつく。ここは合わせてあげるとしよう。

 

「二年F組比企谷八幡です」

「同じく、二年F組安田園李です。はじまして」

「君たちにはペナルティとしてここでの部活動を命じる。異論反論抗議質問口応えは認めない。しばらく頭を冷やせ。反省しろ」

 

 まさに言論弾圧のために設置された暴力機関の現場責任者らしい言い様であった。まぁ、仕方がない。言論を統制する側の人間なんていつの時代もこんなものだ。

 言っても聞く耳持たないだろうし、四回以上翻意を求めると物理的に首が飛ばされかねない。大人しく従っておくのが賢明と言うものだろうなぁ。

 

「と言うわけで、見ればわかると思うが彼らはなかなか根性が腐っている。そのせいでいつも孤独な哀れむべき奴らだ。人との付き合い方を学ばせてやれば少しはまともになるだろう。

 こいつらをおいてやってくれるか。彼等の捻くれた孤独体質の更正が私の依頼だ」

「それなら、先生が殴るなり蹴るなりして躾ればいいと思いますが」

「私だってできるならそうしたいが最近は小うるさくてな。肉体への暴力は許されていないんだ」

 

 先生のご尤もなご指摘を前に、ぐうの音も出ない。

 ただし、それでも言いたいことがないわけでもない。

 

「先生、それは一部ながら誤解が見受けられます。我々は哀れな存在かもしれませんが、孤独な存在などでは決してない。ちゃんと友達ならいますとも。ゲームとかパソコンとか本の中に大勢ね。

 二次元の住人たちが三次元の人間に劣るという考え方はサブカルチャー全般に携わる職場に着くことを希求する私のような少女にとっても非常に許し難い背信行為であって、青少年の精神的成長に決してよい影響を与えうるものではないと確信しております」

「・・・・・・その心は?」

「はい。つまり私はなにが言いたいのかと申しますと・・・・・・早く帰ってゲームがやりたいんで帰ってもいいですか? ここ、なんだか物凄く面倒くさそうな場所なので・・・」

「駄目に決まっているだろうが!?」

 

 ちぇっ。どうにも今日は私の逃げ口上でうまく成果を出すことができないな。馴染みのない環境に放り込まれて調子を崩してでもいるのだろうか?

 

「・・・なるほど。確かにこれは重傷ですね。そこの男からは下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じますし、そこの彼女からは得も言われぬ駄目人間臭が滲みでていて今にも感染させられてしまいそうな危険性を感じます」

「いや、ちょっと待ってくれ雪ノ下・・・さん。こんな奴と同類にされるのは誰より俺が納得できない。訂正と謝罪と賠償と帰宅許可ぐらいは頂かせてもらわないと矛を収める気にはなれんのだが?」

「・・・あなたも早く帰りたいという気をまったく隠せていない時点で、同類扱いされても文句は言えないと思うのだけれど・・・」

「安心したまえ、雪ノ下。その男と隣の女は目と根性が腐ってるだけあってリスクリターンの計算とか自己保身に関してはなかなかのものだが、刑事罰に問われるような真似だけはけっしてしまい小悪党だからな。

 言ってるだけで、こちらが許可を出しさえしなければ自主的に逃げ出して帰宅することはけっしてないと保証するよ。彼等の禄でなしっぷりは信用してくれていい」

「何一つ褒められてねぇ・・・」

「いや、むしろディスられてたね今、確実に露骨にはっきりと。

 うーん・・・ここまで悪し様に罵られると逆に私なんかは彼女の発言に一定の信をおいてしまうのは、我が事ながらにどうかと思うよ」

「俺も本当にどうかと思うぞ、その悪癖は・・・つか、自覚あるなら治せよ」

「小悪党・・・なるほど・・・」

「しかも、こいつと話してるうちに納得されちゃってるよ・・・」

 

 うん、まったく以て尤もすぎる正しい意見だ。反論のしようがない。どうやら正論家ばかりの場所で私一人だけが異端みたいだし、やっぱり私だけでも帰った方がいいと思っているのだがどうだろうか?

 

「まぁ、先生からの依頼であれば無碍にはできませんし・・・。承りました」

 

 心底いやそうに言った雪ノ下さんの言葉を受けて、平塚先生は満足げに微笑むと、

 

「そうか。なら、後のことは頼む」

 

 とだけ言って、さっさと帰還してしまわれた。

 ・・・ここのコミュニティに関する説明は一言もなしですか。察するに、知りたいと思ったら彼女に直接聞けと。

 要するに“人付き合いを強制的に学ばされる”わけだな、私たちは“お互いに”。

 

 ・・・・・・やれやれ・・・面倒くさい・・・。



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ハリー・ポッターとジェーン・モリアーティ

他の方が書かれているのを見てからずっと書きたかった「ハリー・ポッター」シリーズ。
当初はリスペクトからハリーの妹に転生したセレニアみたいな理屈っぽい女の子を想定してたのですが、リスペクトしすぎて模造品になってしまったため出すことができずフラストレーション溜まってた時に書いたのを偶然思い出したので出しときます。

電池不足から近日中の更新が難しい連載作の穴埋めとして暇つぶしにでも使い捨てで読んでいただけたら幸いです。

書いてる自分でも狂ってると感じる主人公です。モデルは「憂国のモリアーティ」。
悪の魔女による悪への裁きが主軸となった児童向けには絶対出せない作品です。
例によって原作ファンの方々は閲覧を自粛してくださいね?


 魔法界における一般常識として『生き残った男の子』ハリー・ポッターの生存が確認されたのは彼がホグワーツに入学したのと同じ年、1991年の事である。

 だが周知の通り彼が『名前を言ってはいけない例のあの人』ヴォルデモート卿の死後も闇の勢力残党たちによる暗殺の手を逃れ得たのはダーズリー家に掛けられていた守りの加護と、なにより真相のほとんどを知っていたと思しきホグワーツの校長ダンブルドアが秘密のほぼ全てを墓の下まで持って行ってしまった事に起因している。

 

 もしも彼の偉大な魔法使いの老人がハリーの敵に僅かなりとも情報を漏らしていた場合、生き残った男の子ハリー・ポッターが『生き残ってはいたけれど・・・』そう表現される存在になっていた可能性は残念ながら低くはない。

 

 では、ハリーの生存は本当に闇の勢力に属するすべての魔法使いたちが知るところではなかったのか?

 答えは、否だ。

 

 彼らは魔法界の悪しき伝統を重んじ、血統を尊重して劣等を侮蔑する。魔法の使えないマグルなど、彼らからすればゴミ同然だ。生きている価値もない。

 

 だがしかし。どこにでも例外というものはいるもので、更に言うなら例外の持つ可能性は善にも悪にも無限大に広がっている。

 

 彼らは悪しき伝統を重んじる闇の魔法使いでありながら例外であり、役に立ちさえすれば役に立ち続けている間だけマグルだろうと重用した。本来であれば秘すべき魔法に関する知識や情報も、場合に応じて必要な分だけ贈与した。

 

 そうして表と裏を使い分けて生活している悪の魔法使いの名門一族のひとつに『モリアーティ家』と言う名の一族がある。

 ロンドン郊外で表向きはマグルの為の私立探偵事務所を経営しながら、絶対の忠誠を誓った対象『例のあの人』ヴォルデモート卿の復讐を果たすためにポッター家の生き残りがいないかどうか虱潰しで探させ続けている復讐の鬼たちだ。

 

 十年以上にわたって続けてきた探索も梨の礫続きで、普通であるならとっくの昔に諦めていてもおかしくない復讐心を、彼らは捨て去る気などサラサラ持ち合わせてなどいなかった。

 

 必ず殺す。絶対に見つけだす。一人残らず見つけだして殺さなければ気が済まない。

 

 彼らは優秀な探偵だった。優秀な経営者であり研究者であり探求者であり魔法使いでありコンサルタントでありーーそしてなにより『犯罪者』だった。彼らには自らがやると決めた犯罪を未完成のまま放置することなど出来なかった。不可能だった。

 

 そんな美しくない犯罪を犯すぐらいなら、いっそのことロンドン全土を燃やし尽くして自分たちもろとも灰燼に帰した方がまだマシだ。

 

 そういう風に考える狂った一族であり、狂っているからこその妄執とによる執念深さでもって、彼らはついに目標の目撃情報を入手することに成功した。

 彼らは歓喜し、さっそく目標である殺害対象ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターの落とし種『生き残った男の子』ハリー・ポッターの殺害について周到すぎるほどに念入りな計画を立て始めた。

 もう二度と失敗は許されない。殺すと決めた相手は、必ず殺さなければならない。

 でなければ『完全犯罪』が成立しないから。死体が見つからない、存在しない殺人事件を完全犯罪などとは呼ばない、呼ばせない。

 

 魔法界にとって今世紀最大の殺人事件最初で最後の被害者には、生きているうちに伝説となった男の子の死体こそが最も相応しいのだから・・・・・・。

 

 

 

「重要なのは目標が外出する際には必ず、ダーズリー家の連中と行動を共にしていると言う点だ。奴らに見られることなくハリー・ポッターを殺すのは不可能だからな」

「むしろ私たち魔法族より、マグルの犯罪者に金で依頼した方が確実かもしれないわね。今ならダンブルドアによる監視の眼は緩いはず。ましてやマグル贔屓の彼は、一般人に紛れて偽装した犯罪者であるマグルの存在を知らなすぎるわ。

 彼らとコンタクトをとる手段を熟知してるのは、魔法界広しといえども私たちモリアーティだけよ。この利点を最大限活かしましょう」

「名案だ。せっかく裏家業として犯罪コンサルタント会社を経営してるんだ。使えるときに使わないのは勿体ない。今までは調査だけに使っていたが、目標を発見できた今役割を変更させるのも悪くない。さっそく社員のうち何人かをピックアップしておこう。

 もし発見できたら、そのときは・・・」

 

 殺す。それ以外の選択肢は彼らの頭の中には存在しておらず、憎むべき敵“悪の秩序”の天敵たるハリー・ポッターが誰にも知られぬまま、マグルとして生涯を終わらせるために殺人計画を押し進めていく。

 

 それは結果から見れば本末転倒なものであり、崇拝し尊敬するヴォルデモート卿が復活するために必要不可欠な存在を彼の復讐のため事前に消してしまう狂った計画であり、計画の失敗が彼を救ったと言えなくもないのだが、歴史を知る者以外に知ることの出来ない裏事情を今を生きる彼らは当然知らされてはいない。

 

 だからこれは、必然であり偶然だ。

 彼らの犯罪計画が立案されただけで、実行に移されることはなかったことも。

 彼らの計画立案が自宅の食堂で行われていたことも、家の二階にある子供部屋が食堂の真上にありマグルの家であることを疑われないため余計な傍聴阻止魔法の類はかけていなかったことも全てが偶然であり必然だ。

 

 そう、偶然だ。すべては偶然によって未然に防がれただけ。

 『生き残った男の子』が殺されるのを防いだのが、親殺しの少女であったことなどハリー・ポッターが気してやる必要性は・・・0だ。

 

 

 

「・・・つまりはそう言うことです。お父様、お母様。あなたたちの死は、魔法界を救う英雄とは一切合切関係しない。ただの焼死体、肺が吸い込んだ灼熱の煙で焼き爛れただけで、魔法による攻撃など一発たりとも受けてはいない。

 魔法族の名門がマグルと同じやり方でマグルのように殺される・・・はっ、実に相応しい死に様ですね。反吐が出ますよ。腐った血を引く死喰い人など一匹残らず焼き尽くされてしまえば良いものを・・・」

 

 上品な口調で華麗に親を罵倒してのける幼い姿の美少女は、床に横たわって口から血を流し脇腹に突き立てられた杭に手を掛けながらも、抜けば出血多量で死んでしまうのが分かり切っているから抜くことが出来ず苦しみ続けるしかない、自分の産みの親たちを地蟲でも視るような目で見下ろしながら卓上の蝋燭へと手を伸ばした。

 

「おわかりですか? お父さん。今から私はこの屋敷へ火を放ちます。細工はしてありますから、やがて炎は膨張して小爆発を起こす。

 時代錯誤な作りをした古風な屋敷ですからね。火種の飛んだ先に燃えるものがあったとしても誰も不思議には思いません。『掃除を怠ったメイドの不手際が招いた大火事』それだけで終わるお話ですよ、簡単でしょう?

 ああ、ご心配なく。メイドをはじめとした使用人たちも残らず全員あなた方と運命を共にしたさそうな奴ばかりだったので遠慮なくやれましたから、旅路は二人寂しくなんて事にはならないでしょうし安心して死んでください。選ばれし者、貴族にとっては大切な事柄なのでしょうから」

「・・・・・・」

 

 地に這い蹲りながら、それでも父は悪の陣営の一翼を担うものとして最後の矜持で娘の真意を問おうと視線をとばす。

 

“お前はあの偉大なる御方に弓引くことが、どういう結果を招く事になるか本当にわかっているのか?”と。

 

「愚問ですね」

 

 父の真意を正確に読みとった彼女は、貴族らしく優雅な笑みで冷笑し、冷然とした口調で闇の世界への宣戦布告を言ってのける。

 

「この世界にはゴミ屑で満ちている。平等なはずの命を生まれた家柄のみで査定しようとする、旧泰然とした屑どもでまだまだ満ち溢れている。

 特にこの魔法界に蔓延る血の濁りは相当に根深い。

 生まれで人を判断し、魔法族とマグルなんていう差別用語を平然と乱用して恥じ入りもしない貴族趣味のバカどもに付き合わされて、人々は階級差別という名の呪いから未だ解放される目処すら立てられてはいない。まったく、どうかしていますよ。

 こんな狂った社会は、闇の魔法使いなんて悪魔どもを一人残らず殺し尽くしでもしない限りは変わらないでしょう?

 だから殺す。一人残らず闇の魔法使いを皆殺しにする。悪魔が死に絶え、人々の心に平穏が訪れれば、この世界は今よりずっと美しい素晴らしきものとなるのですから・・・」

 

 聖者のような悪魔の笑顔で、娘は闇の陣営への抹殺宣言をすませると、彼らの血を引く者たちにとって禁忌となるワードまでもを当たり前のように言ってのけた。

 

「その綺麗な世界に、ヴォルデモートなんてゴミは必要ない。死に絶えるべきクソ虫は、地に這い蹲り命乞いをしながら一顧だにされず踏みにじられて死んで行け。

 悪は要らない。悪は殺す。僕が殺す。全部殺す。悪は悪によって裁かれるのが、尤も相応しい末路なんだ」

 

 悪の魔法使いとしての笑みを浮かべ、悪の魔法使いの根絶を宣言する悪の魔女。

 父は今ようやく気が付いた。娘は確かに自分たちの血を引く娘であったと。

 悪の魔法使いの血を引きながら、魔法使いらしくないやり方で悪を成すを良しとする正統派の邪道魔法族であることを。悪の論理で世界を見据える、悪の犯罪者であることを。

 

 そして、『自分の信じる正義のために人を殺せる、正義の側に付いただけ』の犯罪者でしかないことを。

 

 彼女の正義は矛盾している。何れは自分の身を焼き尽くすための業火に薪をくべ続けるか、滑稽な。そう嘲笑って目線を上げた父親はギョッとした。娘の顔に異様な感情が浮かんでいたからだ。

 

 喜び慈しみ褒め称える。様々な良き側の感情の満面に満たしながら、今まで愛してきた今となっては憎むべき敵の娘は笑顔のままで最後にこう宣言する。

 

「ええ、その通りですお父様。私は何れ身を焼くための炎を絶やさぬ為の燃料として、同族どもを枯れ枝代わりに投げ込み続けるつもりでおります。

 だって、そうでしょう? そうあるべきだし、そうでなければならない。

 滅びをもたらす者は、必ずや誰かの手により滅ぼされなければならない。

 悪の世界を滅ぼす者は正義によって滅ぼされ、自業自得の末路を迎える義務がある。

 ああ・・・悦しみですわぁ・・・。私はいったい誰の手によって裁かれ、殺されるのでしょう? 正義を奉ずる不死鳥の騎士団でしょうか? それとも裏切り者を処分したい死喰い人のクソどもでしょうか? 悦しみですわ楽しみですわスッゴくスッゴく愉しみですわ。

 魔法界すべてを巻き込み、悪の帝王を殺すための完全犯罪なんて・・・世界で最高のエンターティンメントの脚本を書ける私は世界一の幸せ者です!」

 

 あまりに荒唐無稽で突拍子もないイカレた発言に、狂った悪の犯罪者を自認する父親でさえ二の句が継げなくなる。

 

 いったいこいつは何を言っているのだろうか・・・?

 

 訳が分からないままの父親に向かって娘は、満面の笑顔で先程とは真逆の感謝の言葉を捧げる。「ありがとう」と。

 

「ありがとうございます、お父様。この時代に私を生んでくださって。

 私に悪の帝王は殺せないでしょうけれど、そのお手伝いぐらいは出来るでしょう。

 彼に味方する悪の陣営を殺しまくるのは、スッゴくスッゴく愉しくて良いことなのでしょうね。悦しみです。

 せめてものお礼として・・・出来るだけ長い時間生き永らえて苦しみ続けられるよう、屋敷が燃え落ちるまでの時間を調整して差し上げます。人生最後の時間を懺悔と後悔に使うことで神様にお許しいただけるよう、娘として心の底から願っておりますわ」

 

 父親に言葉はない。無駄だからだ。この娘には自分の信じる物しか目に映らず、耳には入っていも心にまでは届かない。

 自分の主観に満ちた世界しか彼女の中には存在できず、それ以外のすべての世界は焼き尽くし殺し尽くす以外の未来など与える気は毛頭ない。

 狂っている。それが父の下した娘への評価であり、きわめて正しい正答だった。

 

 悔やむべきは、悪の論理の前で『正しさ』は何の意味も持ち合わせてはいなかったと言うこと。只その一事のみだろう。

 

「ごきげんよう、お父様。魔法族には知られていない名家の当主として、マグルとして死んでください。寂しくないよう、後からお友達をいっぱいお連れいたしますわ。

 ずっとお会いしたがっていたヴォルデモートもお送りしますので二人でじっくりと悪について語り合ってください。明けない夜は長いですから。ーーさようなら」

 

 最後に寂しそうな笑顔を湛えると、躊躇う様子もなく背中を向けて歩み去り、蝋燭を利用した着火装置を点検して回る。

 

 やがて火がつき、火が回り、屋敷全部が燃え落ちていく。

 近所のマグルたちが飛び起きて駆けつけてくる中で、一際目立つローブ姿の老人が表れ驚愕のあまりキラキラした目を大きく歪ませる。

 

「これはいったい、どうしたことじゃ? モリアーティの魔法なら、この程度の火災はどうとでもなるはず・・・なのに何故脱出しない? 何故燃えるに任せておる?

 一体ぜんたいウィリアムは、何を考えておるんじゃ・・・?」

 

 その疑問は周囲で騒ぎたてる人たちの耳には届いていなかったが、唯一人だけ聞き逃さぬよう耳を傾けていた人物がいた。

 

 屋敷から助け出された唯一の生存者にして、全身大火傷による激痛に苛まれているはずの未熟な魔女の娘ジェーン・モリアーティ。

 担架で運ばれていく彼女の苦しみの視線が、一瞬だけ冷静さを取り戻した時、ローブの老人ホグワーツ魔法魔術学校の校長アルバス・ダンブルドアと目が合った。

 

 正義を守るために人を殺す、狂った悪の物語はこうして幕を開ける・・・・・・。




注:今作の主人公は多重人格障害者。


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魔法少女な私です。

最近、チート主人公による無双モノにも興味を持ち始めておりまして、試しに一作書いてみた次第です。
原作は「魔法少女 俺」。アニメ版しか知らないので1話だけしか参考に出来ていませんが、あれを隣町でも似たようなことが起こっていて当事者をセレニアに変更した感じの作品となっております。


地の文の書き方を丁寧語にしようかメルヘンチックにしようか普通で行くかで迷いに迷い、最後まで決められないままズルズルと来てしまったために超読み辛くなってしまいましたが、『試作品』と言うことで妥協していただけると助かります。
もしも本気で連載目指すとしたらオリジナルでの清書を心がけるつもりでいますので何とぞ今回ばかりはお許しのほどを。


 

 ぴぴぴぴぴぴぴぴっ!

 

 ーー朝、目覚めの時間。早寝早起きは大事だよと教えられた良い子のみんなが布団から起きあがってご飯を食べて学校に行く時間帯。

 その時間が終わる間際になった頃にようやく薄目を開いて自分の部屋の天井のシミを数え始めている女の子がいました。

 その子の名前は『異住セレニア』ちゃん。銀色の髪に寸胴気味で背の低い、オッパイだけが大っきいハーフの女の子で齢は16歳。高校一年生になったばかりの女子高生!

 

 当然、春も明け切らぬこの時期に遅刻は厳禁! 新しい学校での生活を楽しいものにするためにも、友達と出会う機会を減らすべきじゃないよね! たとえ寝坊して遅刻寸前の時間になってたって諦めずにパンをくわえて走り出すのが青春ドストライクな今を生きてる女子高生という生き物なんだよ!

 

 さぁ、セレニアちゃん! 今こそ立ち上がってキッチンへGO!!

 

 

「・・・・・・もう一度寝ますかね。次起きたときに「今起きたのだ」と言い張って、今現在起きてることは無かったことにしてしまえば自動的に遅刻確定。焦って走る必要性は皆無になるので楽でいいです。おやすみさい」

 

 ・・・二度寝してしまいました。セレニアちゃんは無理なくできること以外は積極的にやりたがらない女の子なのです。

 当然ながら将来の夢も「かわいいお嫁さん」だなんて無茶振りしたりなんかしない。

 自分を「かわいい」と思うかどうかは結婚相手の美意識の問題であって、芸術的感性が物を言う課題に、図工の成績「3」だった自分が口出ししても禄なことにはならないだろうって考えてる女の子だからね!

 

 ・・・・・・この子って一応『魔法少女』に変身して悪と戦ってもらう予定なんだけど・・・大丈夫なのかな? 本当に・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーン、コーン、カーン、コーン・・・・・・。

 

 

「おはようございます。そして、こんにちは久遠さん。今日も機嫌よさそうで安心しましたよ」

「・・・うん、おはよう。そして、こんにちはセレニア。今日も私たち二人は元気いっぱいで仲良しこよし・・・」

 

 一時間目が終わって二時間目が始まるまでの中間に当たる時間に登校してきたセレニアちゃんは自分の席へと向かい、前の席の級友に時候の挨拶を交わしあう。

 

 相手の女の子は、短めの黒髪とふつうの背丈を持つ、学生が主人公の物語にはジャンルを問わず必ず一人はでてくる優等生でお金持ちの娘でもある黒髪美人。

 短めのベリーショートと、やや無表情でローテンションが通常モードの『どこにでもいる普通の女の子という設定の主人公に恋している百合ヤンデレ美少女』な外見を有している、どこの世界にでもいる普通のお嬢様優等生の女の子。

 

 強いて特別な点を上げるとするならば、少しばかり他の同世代の子達よりも胸が大きいことぐらいだろうか? まぁ、大きいと言っても飛び跳ねたら揺れてるのが確実にわかる程度の大きさであり人間の限界を超えすぎてる化け物おっぱいサイズではない。

 

 分かり易くたとえるなら『魔法科高校の劣等生』に出てくる『北山雫』の巨乳バージョンだとでも思っておけばいいだろう。とりあえずは、無自覚にエロい女の子である。主人公セレニアちゃんの親友に関する説明終わり。

 

 

「・・・セレニア。今日はお昼ご飯はどこで食べるの? 中庭? 屋上? グラウンド?

 それとも・・・わ・た・し?」

「・・・朝っぱらからではなくとも、二時間目の時点で昼食の話て・・・まぁ、いいですけどね別に。

 でも、まだ季節は春ですから。中庭も屋上もグラウンドも寒いですから食べてられませんから。

 あと、最後の奴に関しては無表情のままテンポを変えずに淡々と言われても、どう答えればわからないんですけれども・・・」

「・・・難しいんだね・・・」

 

 今日も今日とてローテンションで盛り上がりに欠ける平坦な声音でのやりとりを終えると、二人は早速次の授業の準備に取りかかります。

 雫ちゃんは優等生であり優良学生でもある真面目な子。セレニアも今日は遅刻しましたが、普段は真面目に授業を受けて反抗期でもない至って正常な学生同士。授業の合間に入れられてる小休止が次の授業に向けて準備を整えておく時間であることを熟知しているのです。

 

 基本は真面目で礼儀正しいので、周りの一般的な思春期まっただ中にいる学生達の中では極端に浮きまくっている変人二人はいつも通りに誰とも話すことなく、話しかけられることもなく一日の授業を終えて帰路へつきます。

 

 その間、大した会話はありません。必要最小限度の単語のやり取りがあっただけで、それ以外はひたすら黙りこくったまま二人一緒に行動してました。トイレとか以外は余り離れることとてなく、かといってベタベタするでもなく、ただ沈黙したままの巨乳美少女二人が並んで黙々と行動を共にしている姿に「お前らデキてんじゃねーのか~?」などとはやし立てたがるバカなどいません。どこをどう見ればそう見えるのか発言者自身が説明できないし分からないのではマジで言いだし様がない。

 

 むしろ少しだけ不気味な光景が自分たちの視界から消えてくれてホッとしているクラスメイトたちに背を向けながら、二人が向かっているのはセレニアの住む家である『異住家』。

 特に用事はないし、来たとしても茶菓子を囲んでボーッとしあうだけなのだが、二人にとっては其れで良いため気にしていない彼女たちなりの『友達の家に遊びに行く』行為だった・・・はずだったのだ。今この時この場所で、この生き物に出会うことさえなかったならば・・・!!!

 

 

 

 

 

「アッハ~ン♪ ミレニアちゃーん、いるのは分かっているわよぉ~ん。大人しく出てきなさぁーい、アッハ~ン♪」

 

 ーー人間の限界を超えすぎている化け物おっぱいサイズの胸を両手で片方づつ持ち上げながら、金髪碧眼ウェーブヘアーの外国人ケバい美女が異住家の前で恥態を晒しまくっていた。

 

「「・・・・・・」」

 

 二人の真面目な変人達は即座にカバンの中から携帯電話を取り出して110番通報をかけようと思ったが、同時にあることに思い至り断念する。

 

 先ほど彼女は確かに「ミレニアちゃん」と言っていた。ミレニアはセレニアの母の名前である。ならば彼女は母の友人・・・な訳はあり得ないので知人か知り合いか親戚と言ったところだろう。だって場所が日本の住宅街で、金髪碧眼だし。

 これで日本が国際色豊かなサバイバー電脳都市とかに発展していたなら話は別だが、あいにくと日本は今も昔も多分これからもしばらくの間はずっと極東に浮かぶちっぽけで閉鎖的な島国のまま居続けていることだろう。

 

 そんな狭苦しくて噂が一人歩きしやすくて、「聞いて楽しく語って楽しい」内容に忖度した上で伝えあってる無関係な赤の他人共が大勢ひしめき合ってる猫の額並の国土しかない空間で実母の悪評を被るのできる限り避けなければならない。

 

 まして警察沙汰である。

 噂は大好きだけど真実は大嫌いなマダム達がこぞって飛びつきたがりそうなネタをわざわざ提供してやる必要性をセレニアも雫も認めていなかったし、得もない。今しばらく様子を見てから対応を決めようと思い直した二人は隠れながらこっそりと変態の言動に耳をそばだてる。

 

「アハ~ン♪ ミレニアちゃん。今また再びあなたの力が必要になる時が近づいてきているのよ~ん。だ・か・ら~☆ おねがぁ~い、力を貸してぇ~ん。

 ミレニアちゃんが以前みたいな力を取り戻せば世界最強の座は私たちの物なのよぉ~ん。あんなグラサン893になんか負けたりなんか絶対しないわぁ~」

 

 ・・・ふむ。なるほど。

 ーー言ってる意味がまったく分からん。

 

「仕方がないですね・・・」

 

 ふぅと、ため息を付きつつ頭を抑えつつセレニアは隠れて見ているのに使用していた遮蔽物のブロック塀から身体を出すと、変態恥女のいる方に向かって歩き出す。

 

「・・・行くのセレニア? ・・・・・・大丈夫?」

「心配いりません。・・・とまでは言いませんがね。あのまま方って置くと、うちが社会的に殺されてしまいそうですから対して危険度的には代わり映えしませんよ。

 コンクリ漬けでの海中散歩も日にちがズレるだけでしかないのかも知れませんし、やらずに後悔するよりかはやって後悔した方がマシだと思ったのだと言い訳ぐらいは出来ますから」

「・・・うん、わかった。じゃあ、生きて戻ってこれたら私と結婚する約束をしてから逝こう」

「・・・あなた、わざとやってません? それとも、地で其れなのですか? 幼稚園からの幼馴染みの中で、私はあなたのことだけは良く分かってないんですけども・・・」

 

 ぼやくセレニア。無表情に小首を傾げる雫ちゃん。

 ちなみに二人は幼稚園で知り合って以来ずっと今の調子で仲良くやってきて、それ以外の連中は長続くしたことが一度もない。幼馴染みとは彼女たちにとっては読んで字の如く『幼い頃に馴染みだった家の近い連中』のことを指す言葉でしかありません。

 

 

「・・・じゃ、グッドラック」

 

 無表情でビシッと親指を立ててサムズアップしてくる親友に対してもため息をつかされながらセレニアは、件のオッパイお化けに会話交渉を試みに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

「お母さん、よろしいですか? 今少し時間あったりします?」

「んん~? なにか私に用なのかセレニア? おやつは戸棚の上に置いておいたぞー・・・。・・・って、何だよお前かよバカオッパイ・・・。また来ていたのかよ・・・」

「んっふっふ~ん。ひっさしぶりねぇー、ミレニアちゃん。元気だったかしらぁ~ん?

 まさかとは思うけどぉ~、私から逃げられるだなんて思ってなかったわよねぇ~ん?

 私たち二人は、そんな浅い関係じゃなかったはずよぉ~ん★」

 

 女子高生にしては背が低くて童顔な少女、セレニアに呼ばれて出てきた彼女のお母さんは、彼女よりも更に背が低くて童顔でオッパイまでも小さい真性の合法ロリばばあキャラであるにも関わらず、態度と口調からものすごい迫力とプレッシャーを感じさせる『ただ者ではないオーラ』を全身の穴という穴から噴出しまくっているスーパーロリおばちゃんキャラだったのです!

 

 それに対して身長差は優に50センチ以上ありそうな上から視点で見下ろしてくる化け物おっぱいバカ女は、胸を持ち上げてる腕の位置そのものは変えないまま器用に身体を揺り動かして様々なお色気ポージングを連発している。

 

 それら全てを「目にとっての毒物」と見なして戸棚から取り出してきたオヤツを食べ始めているセレニアも含めて、この場にいるメンツに一般的な常識人が一人も存在していないことは良いことだろうか? 悪いことなのだろうか? よく分からない。

 

「・・・この場合、私の方からお二人の仲についてお訊ねしない限り、話が進まないパターンなのでしょうか? レヌール城のお化け王様みたいに」

「そうだな。こいつは化け物と言うより悪霊みたいに取り付く系の妖怪だから、セレニアにも私の黒歴史について話しておくことで被害軽減が見込めるかも知れないし話しておくか」

「・・・保身的な・・・別にいいんですけどもぉ・・・・・・」

「母さんな、実は昔『魔法少女』やらされてたんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「魔法少女だよ。知っているだろう? あの日曜朝の9時頃から再放送している奴」

「ああ、あの八幡先生が毎週見ては涙しているという伝説の・・・」

「そう。あれに私も中学生の頃スカウトされるという『まどか☆マギカ』的展開を体験させられたんだ。若く幼く純真無垢なあのころの私にはキューベーじみた化け物おっぱいの口車に乗せられるより他に選べる選択肢は存在していなかったんだよ・・・。

 そう! まるで国を救いたいという崇高で純粋な願いから聖剣を岩より引き抜いてしまった末に破滅した伝説の騎士王セイバーの様に・・・!」

「ちょ~~~~~~っと待ちなさいミレニアちゃん! ものすっごい拡大解釈しまくった説明やめていただけないかしら!? 風評被害で訴えるわよ! そして勝つわよ!裁判で!

 あと、当時のあなたはセイバーはセイバーでもオルタみたいな戦い方しかしていなかったじゃないの! 持ち主みずから黒く染めた聖剣で斬り伏せられた魔王の無念に満ちた断末魔の叫び声、私未だにエコーしまちゃってってるんですけどもぉ!?」

「ーー終わったことをいつまでもグチグチと・・・・・・だからお前は取り付く系の悪霊タイプだと言ったのだ、このバカマスコットめが。反吐がでる」

「ヒドい! 扱いが今も昔もヒドすぎる! 本当になんで私この子を魔法少女に選んじゃったのかしら! 未だに理解に苦しむところだわ! どうせ、強いからだったんだろけどね!」

「はぁ・・・・・・」

 

 会話だけで粗方の主旨は理解できたセレニアだったが、今度は別の疑問が出てくる。

 このバカオッ・・・マスコット(?)は何だって今頃うちに押し掛けてきたのかということが。

 

 

「ところでミレニアちゃ~ん、なんで最近になって急に魔法少女やめちゃったのかしらぁ~ん? 退職届には『腰を痛めたから』って書いてあったけど、あれって本当の理由なのかしら~ん? 出来ればお姉さんに話してみてぇ~ん」

「いや、私ももう既に子持ちの四十代だし。魔法少女じゃなくて魔法熟女だし。20過ぎたらオバサン認定されるラノベ業界よりも年齢制限厳しい魔法少女コスチューム業界的には完全にアウトだろうと思ったのでな。自主退職して普通のオバサンに戻ろうかなと」

「自虐的すぎる!? それに、普通のオバサンに戻るって何!?」

「まぁ、時代の移り変わりに伴って魔法少女の年齢幅もコスチュームもバトルスタイルも変わってきてるが、魔法熟女だけはどう足掻いてもエロゲかエロ同人かエロ漫画の世界でしか活躍できない職種だからな。

 老兵はただ去りゆくのみさ」

「・・・あれ? 魔法少女が言った台詞・・・だよね今のは? お、おかしいわねぇ~ん。なんだか夢と魔法のマジカルみらくる少女が口にしてはいけない台詞を吐いてた気がするわぁ~・・・」

 

 目の前の現実から目を逸らし、夢と希望の世界に旅立ちたそうにしている妖怪のことは放っておいて・・・と行きたいところだったが、不覚にもこいつから用件を聞き出し忘れていたことを思いだし、ミレニアお母さんは小さく「ちっ」と舌打ちすると、仕方なさそうに気怠げな態度で元マスコット兼旧使えない使い魔の妖怪を見下しながら問いを投げかける。

 

「・・・・・・で? 何のようだ。用件だけ言ってさっさと帰れ。三秒以上黙ったまま突っ立てた場合は首を差し出せ。私が与えた選択肢以外を選んだ場合にも首を差し出せ。答える気がないのに居座り続けるつもりだったら・・・首だな。物理的に」

「この子ほんとうに強さ以外で魔法少女に選ばれる素質がないわねぇ~ん!」

 

 化け物おっぱい大絶叫。

 嘆息するセレニア。

 表情筋一本動かすことなく、どこかに隠し持ってた長大な剣を引き抜いて化け物の眉間に突きつけたまま微動だにしないミレニアお母さん。

 

 ・・・・・・・・・・・・混沌である。混沌状況きわまれりである。誰かタステケー。

 

 

「ま、待ってミレニアちゃん! 出たのよ! 遂に出てきたのよ!」

「お通じがか?」

「そうそう、溜まり溜まってたのが三日ぶりに・・・って、違う! そうじゃないのよぉーん!

 妖魔よ! かつて伝説の魔法少女が時空の狭間に封印した妖魔の復活が解かれて、この地上に溢れかえろうとし始めているのよぉ~ん!

 だから今こそ世界中すべての魔法少女の力を集めて、強大な悪に対抗しなくちゃいけないのよぉ~ん!!!」

 

 ・・・妖魔? 聞き慣れないようでいて、ゲームでもアニメでも漫画でもお馴染みとなっている単語を耳にし、セレニアが僅かながら妖怪の話に興味を持ったことを目敏い理解者ミレニアは、魔法とか関係なく取得している自前スキル『観察眼:A』で正確に見抜いて意図までもを読みとった。

 ちなみに娘のセレニアの観察眼は『B+』。まだまだ修行中の未熟者である。

 

「よし、セレニア。お前私の代わりにいってこい。給与とか待遇とか休暇とか危険手当とかの細々とした雑務は私が引き受けといてやる。偶にはインドア趣味ばかりに精を出してないで運動してこい。手頃な相手だ」

「・・・さっきこの人、世界の危機的表現を用いてた様な気がしますけど・・・?」

「世界規模で進む大プロジェクトを少数人数の町単位でしか行えない上に、兵力は多くても百かそこら、武器に至っては刃物を持ってたら良い方のチャンバラもどきなバトルをこなせばいいだけだよ。語るに足らん。適当に蹂躙して夕飯までには帰ってこい。私が許す」

「・・・何様・・・って、お母さんでしたね。我が家のヒエラルキー頂点の」

 

 娘のつぶやきを聞き、満足そうにうなずいて見せたもため息をつかされながら立ち上がったセレニアは、妖怪さんに「で? どこに向かえばよいのです?」と訊ねて目をまん丸にさせてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーあれが、『妖魔』よん。人間界から異界へと人を連れ去り、怪しげな魔術儀式の生け贄に使っているとかいないとか・・・とにかく正体不明で理解不能の謎生命体が彼らなのよん。普通の武器では傷つけられなくて、唯一倒すことが出来るのは魔法少女だけが使える魔法のみ」

「はぁ」

「・・・張り合い無いやる気の乏しい態度ねぇ~ん。隣町のグラサンとこより妖魔っぽいビジュアルしてんだからいいじゃないの、やってること自体は同じくらいしょうもなくたって」

「癖みたいなものです。気にしないでください。

 ーーところで・・・」

 

 そう言ってセレニアは『変身アイテム』として渡された子供のオモチャみたいなステッキを取り出すと訝しそうな瞳で見据えながら。

 

「結局、魔法というのはどの様にして使うものなのです? 適当に杖振り回しながら意味のない単語を繋ぎ合わせることで、それっぽい内容の呪文っぽく聞こえそうな台詞を大声で叫べば発動するものなんですかね?」

「・・・ミレニアちゃん以上の夢のないこという子が来ちゃったわねぇー・・・。コホン。

 魔法は想いの力を具現化したものよ。そして魔法少女は誰かを思う優しい気持ち・・・『愛のパワー』で変身できる者なのよ。だからセレニアちゃんが強く願い、胸に想いを抱きさえすれば自然と変身に使う言葉が頭の仲に浮かんでくるはずよん」

「なるほど。曖昧で概念的で抽象的で解釈の自由に富んだ、まるで新興宗教の勧誘文句みたいな解説をありがとうございました。全く理解できなかったので、自分なりの独自解釈でやってみます」

「ほんっとーーーーーーーーーっに、カワイ気が無い子キタコレ━(・∀・)━!!!!」

 

 

 はしゃいで奇声を発する妖怪のことは、今度こそ本当に置いて置いて。

 

 ーーセレニアは魔法という物を自分なりに理解しようとして・・・・・・・・・・・・諦める。

 理屈屋であり頭でっかちでもあることを自覚している彼女にとって、『愛の力で戦う云々』は理解できなさすぎた。せいぜい思いついたのはバーサーカー・ナイチンゲールぐらいなものだったので頭を振ってかき消した後。

 もう何でもいいから適当に言ってみよう、と言う愛も想いも一欠片も存在してないいい加減な手法で思い付いたというよりかは思い出しただけの古いゲームの呪文を唱えてみる。

 

「『混乱の時、天使の掌より雫落ち、悪魔の光宿る。暗黒の光、地の底を照らし、土に眠る巨人は蘇る』・・・」

 

 きらきらきららん☆

 

「・・・できましたね、魔法少女への変身」

「なんでよぉんっ!?」

「さぁ? 私は畑違いにもほどがある分野の人間なのでサッパリです。まぁ宜しいんじゃありません? 使えさえすれば何だって。どのみち敵倒すのに使う道具なんですから素材が想いで出来ていようと適当な呪文で出来ていようと、やること自体に大差ないでしょうから」

「ううう・・・つくづく強さ以外に魔法少女の素質が微塵も感じられないわぁ~・・・」

 

 過剰にヒラヒラした戦闘には向いてないことこの上ない衣装へとお色直しを果たしたセレニアだったが、どうやら彼女にだけは専用装備のオプションが付いてくるらしくアイテムボックスぽい入れ物にはまだカーソルが付いたままだった。

 

「どうやら私の場合には戦争装備が付属するようですね。・・・よいしょっと。

 はい、装着し終わりました。《ナチスSS将校の軍用コート》です」

「だから何でよぉぉっん!?」

「だから知りませんって。許可だしてるのもコレ送ってきてるのも貴女のとこのお偉いさんなんでしょうから聞きに行ってみたら如何です?」

 

 平然と異常事態を受け入れたセレニアは、次に戦闘用の魔法装備を求め出す。

 

「で、これから戦ってみようと思うんですけど・・・・・・魔法で戦うってどうやるんです? 普通に杖つきだして呪文唱えて禍々しい色のビームでビビビビで宜しいので?」

「なんで魔法使いの戦闘方法やる気でいるのかしらぁん!? 魔法少女なんだから想いの力で戦いなさいよ! お・も・い・の・ち・か・ら・で! それが魔法少女の心意気ってものでしょぉ~!?」

「想いの力で戦うて。出来れば、もう少し具体的に言ってもらえませんかね? あまりにも漠然としすぎてて全然全くイメージ出来ないのですが・・・」

「ああもう! 理屈臭いし夢がない! そう言うときは自分の使いたい武器を頭の中でイメージして出すのが定番でしょ~!?」

 

 なるほど、確かに。

 セレニアは納得し、自分の使ってみたいと思っていた武器を出すため、魔法と聞いてとりあえず持ってきてみてたフォークを一本取り出して右手に構えると呪文を唱えだします。

 

「ビビデバビデブー」

 

 呪文を唱え終わるとフォークは光に包まれて、それが収まったときにはフォークの姿などドコにもなく、代わりとしてセレニアの手の中には魔法のベルギー製サブマシンガン《P90》がしっかりと握られておりました。

 

「なんで!? どうしてなの!? 魔法は!? マジカルは!?ミラクルは!?愛と勇気と友情の合体技は!?」

「愛と友情て・・・・・・敵を倒すための武器を頭の中で思い描いているときに、なんでそんな綺麗なモンを詰め込もうとしてるんですか貴女は・・・。友に何か恨みでも?」

「冤罪だ! 事実無根の冤罪を、尤もすぎる正論を根拠に問われてしまったわぁん!」

「ま、罪も罰も生きて戦場から平和な日常へと帰りつけた者だけが受けられる特権ですからね。

 今はただ生きて帰れることを願いながら敵を撃つと致しましょう。ファイヤー」

 

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダっ!!!!!!

 

 

 ・・・・・・不意打ちによる5、7×28ミリ弾を50発フルオートで発砲された妖魔達はバタバタとなぎ倒されていき、残ったのは最初にいたときの半分ほど。

 戦力比はだいぶ減らせましたが、やはり二対百・・・いえ、実質的には一対百立った戦闘から始まっているので対した違いは生じさせられていません。数を揃えている時点で敵は戦略的優勢を確立しており、たかだか敵半数を撃破程度の戦術的勝利では覆せなかったのです!

 

 ここは何か特別な魔法で一発逆転を狙うしかありません!

 そうです! 魔法少女とはピンチに陥ってこそ最強魔法に目覚めるものなのです!

 

「いやまぁ、ピンチと言っても初撃を撃って戦闘開始したばかりなのですがね」

「しっ!そういうのはいいの! 夢がないから!

 ーーまずいわセレニアちゃん! 敵の数が多すぎる・・・このままだとジリ貧よ! 何とか反撃しなければ・・・」

 

 どうやら敵からもおそうべき敵と認識されたことで、自らも舞台に上がった魔法少女の相方であるマスコットとしての役柄を演じきることを決意したらしい妖怪はお約束の台詞をテンプレ顔で言った後で、最後に決意と希望を込めた真顔になって高らかと空に歌い上げる!

 

「こうなったら、今こそ伝説の魔法を試すしかないわ!

 世界を救うため、人々の夢と希望を守り抜くため、この空に全ての人間達の想いを届けるために! 今こそ禁じられてきた伝説の力を解き放つとき!」

「『星の屑成就のために』?」

「そう! 生きてこそ得ることの出来る栄光を、この手に掴むまで・・・って、違う!

 核の炎で艦隊は焼かなくていいの! 敵はあっち! あっちだから! 地上にいる敵を倒せてピンチを脱出できる魔法少女らしい魔法を希望します!」

 

 どんなんやねん。

 セレニアは心の中でツッコみましたが、律儀な彼女は考えるだけは考えてみます。魔法少女らしい魔法というものを。

 

 ーー先ほどまでの展開を省みると、どうやら科学っぽいのは魔法少女らしくないないみたいですね。ついでに言えばドイツの神秘研究機関アーネンエルベも科学に分類されちゃうぽいですし、それでいて数の差を一発逆転で覆せる魔法となると数が限られ・・・あ。

 

 セレニアは思い付きました。と言うよりも思い出しました。

 数の差を補えて、しかも今の状況にはピッタリな魔法らしい魔法を。

 

 そうして彼女は呪文を唱え始めます。魔法少女らしく、魔法を使って・・・そう、魔法だけを使って戦う古めかしくも懐かしい正統派の魔法バトルに回帰することを夢見ながら・・・・・・。

 

 

 

「『暗黒の淵より悪鬼よ出でい。《サモン・ダークネス》』

 

 ーー敵の死体がアンデッド・モンスターとして蘇り、残っていた敵達に襲いかかって行きました。偽りの魂を与えられただけの仮初めの住人達に意志など無く、生前の記憶など持ち合わせてなどおらず、ただただ使役者の命じるがままに疲れることなく戦い続け、殺し殺され続けるだけの哀れな半死人の奴隷ども。

 それが地球の人々を襲って悪い魔術の生け贄に用いようとした彼らの末路でした・・・。

 

「既に死んでいるゾンビ兵による無作為な敵への粛正・・・誰の良心も痛めることがない、良い作戦でした・・・」

「貴女にこの魔法を使える力を与えてしまった私の心はロンギヌスが針千本になってるわよぉんっ!?」

「戦う以上、犠牲が皆無と言うことはあり得ません。ですが、犠牲に反比例して先勝の効果は薄れていくものでもあります。最小の犠牲で最大の効果を・・・ならば妖怪さん一人の心が痛んだだけで他すべての地球に住んでる皆様方が平穏無事で過ごせるのであれば安い犠牲かな・・・と」

「鬼かあんたは!?」

「・・・と、それよりも今は戦闘に集中を。残っていた敵の大ボスっぽい人が突っ込んできましたよ。どうやら最後の一騎打ちがお望みのようです」

 

 それはコウモリの羽と山羊の頭をした魔人バフォメットみたいな姿をしている妖魔だった。本物かどうかは知らない、分からない。分かる必要も存在しない。

 これから殺し合う敵について知るべきなのは只一つだけ。どうすれば殺せるか? 冷酷すぎる現実論、それ以外には存在してはいなかったのだから・・・。

 

 

『ブホォォォォォッン!!!』

「はい。戦う前の礼儀として握手握手。敵同士とはいえ礼節は守らなければいけません。違いますか? 敵部隊の指揮官さん」

『ブホゥッ?』

「はい、どうも有り難うございました。では、礼儀正しく握手に応じていただいたお礼として、ことらも誠意を示しましょう。

 互いに背中を向けあって、十歩歩いたら振り返りながら魔法を放つ。これで如何です? 由緒正しい一対一の決闘様式ですよ?」

『ブホゥ・・・・・・! ブッホ♪ ブッホ♪』

「良かった。お受けいただけるのですね。では、互いに背中を向けあって・・・。

 1歩・・・2歩・・・3歩・・・4歩・・・5歩・・・6歩・・・7歩・・・8歩・・・9歩・・・じゅっーー」

『ブッホーーーーーーーーーーッ!!!!(バカめ! 敵が礼儀正しく約束など守ってくれると本気で思ったのkーー』

 

 

 ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッン!!!!!!!!

 

 

 

 

「・・・手に触れた物質を爆発物に変えてしまう《紅蓮の錬金術》・・・使えるものなら一度使ってみたいと長年思い続けていました・・・。ようやく夢の一つが叶えられましたね・・・」

『ブ、ブホォォォ・・・・・・(ひ、卑怯な・・・)』

「敵が差し伸べてきた握手など信じて油断した、あなたが悪いのですよ」

『ブ・・・ホォォォォ・・・・・・(この、魔王めが・・・)』

 

 

「・・・苦しい戦いでしたね・・・主に年甲斐もなく少女趣味なコスプレしながら戦闘させられてた私の羞恥心的に」

「私の良識と常識と倫理的によぉぉぉっん!?」




この作品の異住家は両親と娘の三人家族ですので妹がいません。ですのでお母さんの名前をミレニアに変えさせてもらってます。純粋に思い出しづらかったので・・・。


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二度目の人生をクトゥルーで、三度目の人生を異世界魔術師ファンタジーで送らされてる私です。

今ではハーメルンに移動されてきた永島ひろゆき先生の『さよなら竜生、こんにちは人生』が小説家になろう時代から大好きだった作者が思い上がった末に書いてみた作品です。

神様の手違いから死んでしまった少年が転生させて貰ったら二度目の手違いによってクトゥルー神話の邪神ニャルラトホテプに転生させられてしまい、地球に迷惑かけないためにファンタジー惑星へと移動し、守護神みたいな役割を果たした後に邪神として討伐されて「ようやく滅べた」と思ったら1000年後の同じ世界で人間として再スタートするチート無双ギャグファンタジーです。

クトゥルーなんてものは知らない王道ファンタジーの世界で、訳わからん理屈の魔法やら生物やらを使ってチートするお話です。
ド素人の書く妄想小説に過ぎませんが、良ければ読んでみてやってくださいませ。


『・・・ふむ? これは如何様なる仕儀によるものなのか、説明してもらっても構わないかな? 我が親しき勇者殿たちよ。

 少なくとも私には君たち人間に討たれる理由の心当たりはないのだけれど?』

 

 幾重にも縛り上げられて身動き一つ出来なくなった自分の小さな身体を見下ろしながら私は前に立つ犯人たちに問いかけると、彼らは一様に口を閉ざして答えを返すことはない。

 

 ・・・もっとも、耐え難い心痛に歪んだ表情を見れば、私でなくとも彼らの真意を察するのに返答を待つ必要性はないのだろうけど。

 

『愚かなことだ。国の都合に従うしかない君たちが、気に病むことでもなかろうに』

 

 私の言葉に彼らはハッとして顔を上げる。・・・ん? 何故驚かれているのだ私。一目見れば一目瞭然だと思ったから言っただけなのだが・・・。

 

 ーーーああ、なるほど。心を覗かれないための精神防壁を幾重にも張り巡らせた上に、心まで閉ざして壁を敷いていたのか。そこまでやらねば、死に逝く私に謝罪の言葉と殺さなければならなくなった理由について語ろうとする己を偽ることが出来なかったのだな。

 先ほどから一言も発しようとしなかったのは、些細なことから零れ出てしまいそうになる想いを『役割を終えるまで』守り抜こうとする意思の表れだったわけだな。

 

 ・・・やれやれ、つくづく律儀な人たちだな~。人類として私を倒すべきとする決定は正しくて真っ当なものであるだろうに。

 

 

 何故なら私は『邪神』。己が仕える主人アザトースにさえ嘲笑を向ける悪神ロキ以上のトリックスター神性。

 今は人の味方をしているとは言え、いつまた理性を失って人類の敵対者になるかもしれない輩からの協力と友情に永遠があると思う方がおかしいのだから。

 

 

『人々に手を貸し、世界を救うのに協力し続けてきた私を人間の王たちは危険視するようになった。

 人々もまた彼らの煽動に踊らされて私を討てと呼号している。人類の守護者である君たち勇者としては選択を迫られざるを得なくなった。

 だからこそ自分たちから役割に志願した。一方的に助けてもらっておきながら自分たちの都合だけで手のひらを返して殺しにくる人間たちの代表として、せめて私が滅び去る瞬間まで人間たちへの恨み言をぶつけまくってもらうために。

 誰よりも恩を感じている自分たちが出来る、せめてもの贖罪のために。・・・そんな所かな?』

 

「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」

 

 ふむ。またしても無言か。

 まぁ、先と同じで表情だけ見れば阿呆でも分かると思うのだけど、それは言わないで逝ってあげるのが『神としての自分』が地上で果たす最後のお役目というものだろう。

 

 私は自分の体の中で人間で言うところの心臓に当たる部分に突き刺さっている白く輝く聖なる剣を見つめる。『神殺しの聖剣』だ。

 神代の時代に生きていた戦の神が呪いを浴び、世界を滅ぼさんとする破壊神に成り果てようとしていた時に自らの心臓を穿ってくれるよう人の勇者に頼んだとされる曰く付きの神造兵器で、『この世界で手に入る』神殺しの効果を付与された武装の中では文句無しの最高ランク。

 これなら後は私が自動防御と完全再生機能さえ停止させてしまえば滅ぼされることも可能だろう。・・・多分だけれども。

 

 ふと、上を見上げてみたら夜が明けていた。光の神でもある太陽神の加護が一番強まる時間帯。こういうシチュエーションで最期を迎えるときには、なにかしら気の聞いた言葉でも贈ってエンディングとすべきであろうな。邪神級の神様的に。

 

 

 

『・・・思えば、この地に降りてきてよりずっと神に敷かれたレールの上を踊り狂いながら死なずにきただけの存在であったが、君たちと出会えたおかげで最期の十数年だけは多少なりとも良い人生であったと思っているよ・・・・・・』

 

 

 そう言いながら、私は断崖絶壁スレスレに立ち続けていた身体を傾けて、奈落の底へと身を投げ出した。

 落ちて助かろうというのではない。死ぬための保険だ。だって聖剣だけだと心許なかったし、念には念をと言うことだしね。

 

 

 

 こうして私の人生は、見送る勇者たちの悲痛な表情を見ながら暗い暗い穴の奥底へと落ちていくことで幕を閉じた。永く生きすぎた私の人生が、今ようやく終わりを迎えたのである・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・終わったんだよな? 本当にこれで終わりだよね? 続きとかないですよね?

 良さげなセリフが思いつかなくて「どうせ最後なんだから」と大総統閣下の台詞をもじった恥ずかし台詞で死んだ後、三度目の人生が同じ世界で『強くてニューゲーム』だった日にはマジ泣きしますよ私。

 

 ーーまったく! なんだって一度死んで生まれ変わらせてもらった転生先がクトゥルー神話群の邪神『ニャルラトホテプ』だったんでしょうかね! 神様の手違いで死なせてしまったことへの償いとして転生させてもらったら、二度続けての手違いとか有り得なくないですか!?

 しかも『自分より上位の神格になっちゃってるみたいだからゴメン殺せない』って、なんだそりゃ! 無責任にも程がありますよ!

 

 

 まぁ、なっちゃったもんは仕方がないので地球からの避難を最優先に、他の銀河系へお引っ越ししました。

 地球近辺にいたら絶対混沌に陥れちゃうと思いますのでね!ニャルラトホテプ的に!

 

 そうして宇宙を当てもなくブラブラ散歩してる途中で中級神ぐらいの『古き神』が新しい銀河系つくって世界と人々を生みだす創造神になろうとしていたところにバッタリ出くわし、彼が創ろうとしている世界を聞いてみたら私の生まれ故郷である懐かしき前世の地球で大流行していたRPGみたいなファンタジー異世界だったので渡りに船と飛びついたのです。

 

 正体かくして神格も偽って交渉して了承を得て、地上に降ろしてやる代わりに『人類の守護者やれや』と言う条件付きでしたのでアッサリ承諾。

 こうして異世界の守護神にして邪神でもあるニュヤルラトホテプが誕生したのです。

 

 

 最初はニャルラトホテプがノーデンス役って無理じゃね? すぐ邪悪さがバレるんじゃ・・・そんな風に危惧したこともありましたが無問題。

 20世紀中盤に生み出された神話群の神様なんざ中世ヨーロッパ風異世界ファンタジーの住人たちにゃ概念すら生まれていません。

 比較的仲良くやりながら人類の敵を挽き千切っては放り投げ、焼いたり潰したり砕いたりする平穏な日常を楽しく過ごせておりましたよ。

 

 崇められたり感謝されたり神権政治に悪用されたり、恨まれたり恐れられたり忌み嫌われたり呪いの神として知らない間に使われてたりと色々ありはしましたが、平穏と言えば平穏な毎日です。

 

 ソドムとゴモラっぽい町は無数に滅んだり復興されたり新たな王朝の聖地とされたりしてきましたが、全世界の王を集めて石と棍棒で戦い合う世界最終戦争『メギドの丘の戦い』が勃発することだけはなかったですのでねー。

 

 町なんて「100回滅ぼされたら101回立て直せばいい」という名言があるほど倒れずに立ち上がれる生命力に溢れた場所だから良いのですけど、さすがにメギドの丘みたいな狭い場所に世界中から軍隊集めてこいだなんて無茶ぶりされた場合にはどうしようかと冷や冷やしていましたが杞憂のまま人生終えられて何よりでしたよ、本当に。

 

 

 さぁ! 今度こそ私を天国か地獄か煉獄かヴァルハラかシェオールか、どこでもいいですし何でもいいので普通に死後の世界へ導いてくださいませ世界様よ!

 正直、最初の命が十六年で終わった直後に数百億年単位で生きさせられた第二の人生はベリーハード過ぎます! 死んだ後ぐらいはイージーモードで!

 今度こそは人間(元)らしく平凡な生の果てに待っていた普通の死をお願いします!

 

 

 ーーむむっ!! 光が満ちてきましたね・・・。これは・・・当たりではないでしょうか!?

 頼みます! お願い来てください普通のあの世ーーーーーーーーーーーっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーあ、目を開いたぞ。お前によく似て、綺麗に澄んだ藍色の瞳だ。大きくなったら町の男どもが放っておかなくなるだろうな。母子そろって罪作りなことだ」

「まぁ、あなたったら気が早いこと。そんな先の話で盛り上がるより、この子に名前を付けてあげるべきではなくて?」

「ん? ーーおお! そうだったそうだった、スマンスマン。嬉しすぎたのと随分前から決めていたのとで順序を完全に忘れてしまってたよ。こりゃウッカリ。わははは!」

「まぁ、あなたったら。うふふふ」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前でイチャツく初対面のバカップルを見せられながらスタートする、第三のリアル人生ゲーム。

(しかも女性の方は外見年齢若すぎるからいいですけど、男の方は完全にむさいオッサンの外見してました)

 

 ここまで出落ち感満載のRPGは初めてですね。クーリングオフは効きますか? どこのメーカーに訴状を送ればよろしいのでしょう? やり直させてもらえるのでしたら右手と左足を一本ずつくらい真理の扉にくれてやっても構いませんが?

 

 

 

「私たち夫婦の大切な愛娘にして、凡人の男と結ばれる道を選んだ異端の魔術師ユーリンの血を引く者ーーー。そして俺にとっては大事な大事な誰にもやらない愛しき我が娘よ!

 お前の名前はーーそう! 『ナベ次郎』だ!

 娘が生まれたときにはそう名付けようと、ずっと前から決めていた!」

 

 

 トンヌラよりもヒドい名前キタ━(・∀・)━!!!!

 

 いや、本気でこのオッサン大丈夫ですかね!? 主に頭の中身の脳味噌とかが! あるいは幼児性知的障害の可能性でも可!

 ここまでヒドすぎるネーミングセンスの持ち主ははじめて見ましたよ! パパスお父さん超越しまくってて逆に尊崇しちゃいそうですよ! 逆の意味でですけどね!

 

 

「まぁ、素敵なお名前・・・。草原を優しく撫でていく風のように爽やかで、小川のせせらぎのように清楚で大人しくて・・・・・・」

 

 どこが!? アンタ、さすがにこの男の人に嫁いできただけありますね! 類が呼んだ同類だからこそ可能だった有り得ない婚姻の末に産まれた子供が元邪神だったわけですね! そりゃ必然的に誕生しますよ! だって混沌としてますもん! この夫婦関係そのものがね!

 

 

「・・・まるで、この子の幸せな将来が形を成したような名前・・・きっと、天井の神々からも祝福してもらえるに違いないわ」

 

 どんな将来なんですか私の人生って!? あなた本当に娘のこと愛しているんでしょうね!? 邪神に呪われそうなレベルで可笑しすぎる名前に抱くべき疑問は皆無なのですか!? 将来的にグレて、北欧神話の悪神ロキすら上回る邪神に化けても知らないからなー!

 

 

「「ああ、今日この子と出会えた私たちは世界で一番幸せな夫婦だわ(な)・・・・・・」」

 

 

 バカップル夫婦の夫婦漫才の小道具にされるために生まれてきた子供は宇宙で一番不幸を噛みしめちゃってるぞーーーーーーっ!!!!!(`Д´)」

 

つづく・・・かも?



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とある戦争の片隅で

言霊を平和的に終わらせすぎた反動なのか、大分前に考え付いて他の方から矛盾を指摘されて書くのやめてしまったコルベット作品のうち一作を書きたくなったので書いちゃいました。
コルベットがメインのはずなのに最後ら辺でチラッと出てくるだけのガンダム二次創作第2弾です。

なぜだか毎回のように食料がヤバい事になっている一年戦争終結直後の砂漠地帯が舞台です。私は砂漠と食糧問題になにか拘りでも持っているのでしょうかね・・・? 謎です。


 GUOOOォォォォ・・・・・・

 

 真昼の時間帯にある地球上の南半球、砂漠地帯。

 その上空を今、鋼鉄で形作られた三匹の親鳥たちが雛たちに餌を与えるため、ゆっくりと降下体勢へと移行しようとしていた。

 

 腹を空かせて待っている子供たちを驚かせないため、親鳥たちの長は食事時の到来を告げる鐘の音を鳴らす。

 

『ストーク(こうのとり)リーダーより、パーチ7(とまり木)へ。着陸許可を請う』

 

 事務的な口調で伝えたところで給料分までの仕事を果たし、唇をゆるめた親鳥たちのリーダーは、自分たちの運んできた数ヶ月ぶりの餌に群がり分不相応なほどの高待遇で接してもらえる補給作業中の数日間に思いを馳せて、サービス精神たっぷりに規定違反の私語を交えてハッピータイムの到来を大仰な口調で口にだす。

 

『よろこべ、欠食児童ども! 運んできてやった飯の中には久しぶりのプリンが混じっているぞ! 都市部での学校給食に一月に一度だしてもらえるかどうかのご馳走だ!

 戦前に味わい尽くせてた嗜好品の味をたっぷりと思い出しやがれ!』

 

 途端、棺桶よりも狭い地球連邦軍が保有する輸送機ミデアのコクピットルームには、通信機の向こう側で轟き渡る大歓声に包まれる。鼓膜が破れるのではないかと思えるほどに喧しい騒音を耳にした機長は、子供の頃にはじめて聞いて感動したエルビス・プレスリーの歌を思い出しながらlet it beを鼻歌で歌い出す。

 

 

 地球圏全土を戦渦の渦に巻き込んだ人類規模の大戦『一年戦争』。

 その終戦から一年半しか経っていないこの時期、地球の食糧事情は悲惨の一言に尽きていた。とにかく、物生がないのである。

 人類の総人口の半数を死に至らしめた大戦の勝利国とは言え、もとは只の地方自治体でしかなかった宇宙都市国家ジオン公国と母なる青い星とでは元手に差がありすぎている。

 ジオンの1に対して三十倍もの国力を持つ地球連邦は、たとえ損耗率が同じでも被害によって生じた飢餓人口は単純計算でさえ、敵の一人に対して三十人以上にまで跳ね上がってしまうのだから戦後の食料問題で不利になるのがどちらであのか、子供でもわかると言うものだ。

 

 むしろ宇宙空間という特殊な環境で暮らしていかなければならないコロニー住人たちの方が、まだしも良い飯を食べられている可能性すらあった。

 無味無臭なカロリーゼリーとジオン兵からは揶揄されていた不人気のレーション食でさえ、今の地球連邦軍辺境地域駐屯部隊にとっては戦友を殴り殺してでも奪い取りたい滅多には食べられない嗜好品になってしまっている昨今。

 上のお偉方が急速に軍縮を進めるのも理解できなくはないと感じさせる窮乏ぶりは、補給部隊所属の運び屋でしかないアジャン大尉にとっても目に余る物があったのだから。

 

 

『・・・ガガ・・・なに? それは本当か? ・・・わかった、今伝える。

 ーーパーチ7よりストークリーダー、しばらく待機されたし』

「あん? そりゃ一体全体どういうことだ? 飯食うよりも優先すべきことなんて生きてる間にそうあるとも思えんが?」

『その意見には心から賛同するが、あくまで個人間での会話に限っての事柄だな。ーー仕事だ。

 三秒後にドライブレコーダーのスイッチを入れるから、以降はオフレコの会話は無しに願うぞ? 俺は餌を運んできてくれる優しい親鳥を小銭のために売り飛ばした裏切り者として吊し上げられる、真面目すぎたユダにはなりたくないんでな』

「ちっ。了解したよ・・・・・・こちらストークリーダー。パーチ7、何があった? 状況を知らせ」

『現在、当基地は所属不明の武装勢力から襲撃を受けている。122基地から報告のあったモビルスーツ持ちの奴らだ。

 ジムもどきやザク頭が数の上では主力だが、少数とは言え正規品のグフとドムが確認されている。装備は連邦制の物を使っているが、純正品だ。資材備蓄エリアに戦力の半数以上を投入してくる食い詰めた盗賊集団にしては贅沢すぎている』

 

 公式記録として残すと告げながら、必要以上に多くの有益な情報をもたらしてくれている管制官の態度から、含みをもたせて言葉にしなかった部分を正確に読みとったストークリーダーはドライブレコーダーに細工してある引っかけ棒をわずかに持ち上げて音を混ぜてから低い声でつぶやき捨てる。

 

「・・・ちっ・・・腹が減って親と巣穴を見放したガキどもが家出するときに装備ごと持ち逃げしているパターンかよ・・・」

『パーチ7よりストークリーダーへ。オフレコは無しと言ったはずだぞ? 加工する手間に報いてくれるなら、次からは軍人らしく真面目に戦争してくれ』

「わーってるよ、悪かったって。ーーストークリーダー了解。そちらからの指示に従いたい。誘導を頼む」

『パーチ7了解。おそらくはジオン残党と手を組んで捨て駒にされた非正規連中だと思われるが、ジオン正規軍が加わっていた場合、高速飛翔体を保有していないとは断言できず、着陸の安全は確保できそうにない。安全のためにも一時避難していてくれ。

 現在、守備隊を上がらせているから20分もあれば片が付くと思われる。どのみち敵は食う物にも事欠く難民もどきに過ぎないんだ、押し切れないと分かりさえすれば勝手に退いてくれる』

「ストークリーダー了解。追撃のために出撃予定のトリアーエズ部隊が出撃し終えるまで待っていた方がよろしいか?」

『追っていったところで殲滅戦を実行するには政府に許可を仰がなければならない。先走っての独断専行は武人の恥というものだ。それに、退いていく敵を背後から撃つ悪趣味の持ち主は当基地には実在していない』

 

 見せるため聞かせるためにのみ語られる、正しい軍人精神とやらを耳に言い続けられてきた機長としては笑止な言い分ではあったが、これが辺境を住処として指定されている連邦軍人の処世術である以上は文句も苦情もありはしない。甘んじて受け入れるだけである。

 

 安全な避難場所の指定を求めて叶えられ、伝えられてきた座標に示されていたポイントに移動していくストーク隊だが、言うまでもなく彼らは油断など微塵たりともしていない。

 

 辺境にある『安全な避難場所』とは他と比べたら比較的安全という程度の安全性しか持っておらず、それでさえ辺境部にあっては最大限に安全が保証されている空間なのだからマシな方とも言えるだろう。

 この広漠たる砂漠の地に、敵が潜んでいないと保証してもらえて安全が確保されている場所など存在しない。あるとしたら、それは敵が手ぐすね引いて待ちかまえている絶対に安全ではない特Sランク危険地帯であると断言できるからだ。警戒しておくに越したことはないだろう。

 

 

 そして非常に残念なことに、その警戒心は正しかったことは証明され、彼らの予測が的確であり正しい物だったことを誰もが認める結果が、黒い翼を広げて上空から襲いかかってきたのである!

 

 

 ビーッ! ビーッ! ビーッ! 敵機接近、敵機接近! 

 

「総員は何かに掴まって黙り込め! 生き残ったのに舌噛んで死んでましたとか言う間抜けは、ジオン残党のドブネズミどもに殺されたことにして死体を空から投げ捨ててやるから覚悟してやれ!」

「機長! 敵の機種確認ができません! ドップに似てはいますが、巨大すぎます! これではまるで戦時中のアッザムのようだ・・・まさか! ジオン残党は新型機まで開発する力を有していたのかーーぶっ!? き、機長・・・!?」

 

 報告と憶測を二つ同時にこなす器用で無能な副長の顔に、フライトの最中オートパイロット飛行時に眺める用のご禁制アダルト雑誌を投げつけて黙らせてから、機長は随伴している残り二機を振り返り声を荒げて全速力での離脱を指示する。

 

 

「全機退避! 何でもいいしどうでもいいから全力で逃げろ! この敵はヤバいが、バラバラに逃げりゃ一機は確実に食われる代わりに残り二機は確実に逃げきれる敵だ!

 敵は『コルベット』だ! ミデアハンターだ! 残党に新型を開発する力があるはずない以上、この襲撃手順は奴しかいない! 輸送機強襲揚陸占拠に特化した空のハイエナどもに狙われちまった哀れで無力な獲物なんだよ今の俺たちはな!

 補給物資強奪のプロたちが相手だ! 逃げ遅れた味方を気にして足を止めたら二重遭難して腹に収まる獲物の死体が二人分になるだけだという事実を認めて受け入れろ! できなきゃ死ぬぞ! 方角とか決めてる暇があったら動きまくって逃げまくれ!

 いいな!? わかったな!? 逃げ出す俺は責任とれんし通信も切るから逃げ遅れた奴は自分の知恵と力でなんとかしろ! 以上だ!」

 

 機長が通信を終えてマイクを元あった機械に叩きつけようとする寸前、「リーダー! リーダー! こちら3番機! 食われました! 助けてください!」とスイッチを切る前だった通信機から悲痛な叫び声が聞こえてきたために機長は「ちぃっ!」と、大きく舌打ちする。

 

 

「3番機、よく聞け。我に貴官を救う手だて無し。奴らに食われて餌になれ。お前らの遺族には俺から感謝の手紙を書いといてやるから安心して逝け。『ご子息がいてくれたお陰で俺たちは今を生きられてます。有難うございました』ってな。以上だ」

「リーダー!? リーダー!? 俺たちを見捨てるのか!? このヒトデナシ野郎めが! 地獄に堕ちやがれ! ーーああっ! く、黒い翼が俺たちの真上に覆い被さってきて・・・・・・か、母ちゃーーーーっん!! 俺、死にたくねぇよーーーーっ!!!! 助けてく」

 

 ブツンッ。

 

 

 通信機のプラグを抜いて床に投げ捨てた機長の無表情な顔面を、新任の副長は蒼白になって見つめることしかできないまま数分間飛び続けてから機長はポツリと一言だけつぶやいた。

 

「故障だ」

「・・・え?」

「抜け掛かっていたプラグが急速反転するときの振動で抜け落ちた。戦場ではままあること・・・つまり事故だ。戦場の摩擦だよ。基地指令殿と上官殿にはそう報告しておけ。わかったな?」

 

 操縦桿を握る彼の右手とは別に、左手に握りしめられている拳銃の銃口が微動だにせず自分の心臓を狙っていることを自覚させられた副長はただ一言だけを返事とした。

 

「い、イエス・サー・・・」

 

 



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もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら

大分前に『プリズマ☆ロード』と連載作の候補を競い合ってた作品を思い出したので書いてみました。
最近、どこに行っても暗い話ばかり耳に入る現状が嫌だったので原作に配慮することなく書きたいようにハッチャケてる作品です。

FateZERO原作ですけどアホっぽい話です。アホ作好きの方だけどうぞ。


「メリー、サンタクロース姿で失礼。貴様が私のマスターと言う奴か?」

 

 『魔術師殺し』衛宮切嗣の運命は、世界を救済するため第四次聖杯戦争で召喚した騎士王が黒く染まっていたことで一変させられる・・・・・・。

 

 

 

 

 ――森のとば口でじゃれ合う父娘の小さな姿を、城の窓から見下ろす灰色の冷たくて冷酷な眼差しがあった。

 窓辺に佇むその少女の立ち姿は、か弱さや儚さからは程遠い。

 

 まぁ・・・冬にビキニ着て上から軍用コートを羽織っている姿に、か弱いとか儚いとかバカな感想を抱いてしまった時には脳外科に強制連行以外の選択肢はないかもしれんけど・・・。

 

 

「何を見ているの? セイバー」

 

 背後からアイリスフィールに呼びかけられて、窓辺の少女ーー水着メイド姿だけどセイバー・オルタは振り向いた。

 

「・・・アイリスフィールか。いやなに、外の森で息女と戯れているマスターを見ていて、ふと思っていただけだ。

 ーー森の中で年端もいかぬ少女を笑いながら追いかけ回す、冴えない中年男性という生き物を世間はどういう目で見るのだろうかと」

「そ、そうなの・・・。それは大変・・・ね?」

 

 困ったような笑顔で応じるしかないアイリスフィール。言われるまで気づかなかったが、確かにちょっとアレかもしれない。

 今この場は人除けの結界が張り巡らされたアインツベルン城内であるから良いとしても、聖杯戦争が終わって切嗣が勝ち残り娘のイリヤと外の世界で幸せに暮らすためには、あのムサくてボロいスーツ姿を放置したままなのは非常にまずい。

 

 せめて日本に行く前に無精ヒゲぐらいは剃るよう言い含めておかなければと、ごく普通の妻らしい発想を魔術で造られた人造人間ホムンクルスの女性に抱かせた時点でセイバー・オルタの偉業は、本来喚ばれるはずだった青い方を越えたのかもしれなかった。

 

 

「切嗣のああいう側面が、意外だったのね?」

 

 微笑するアイリスフィールに、セイバー・オルタは素直に頷いた。

 

「忌憚なく言わせてもらうが、私のマスターは戦場で生きる者としては心が弱すぎている。決意も覚悟もまるで足りていない。最強のサーヴァントがなごやかマスターに首輪をつけて戦場に引きずっていかなければならないようなものだ。

 体が弱いのは構わないが、心が弱いのは見ていて辛い。少しばかり平和な日常で鈍った体を鍛え直してやる必要があるかもしれんな」

「そ、そうですか・・・」

 

 セイバー・オルタの言葉にアイリスフィールは困り果てた顔で苦笑するしかない。

 

 個人的には、寒いのを承知で気に入っているからと水着メイド服姿から着替えようとしない精神力の持ち主と比べられて尚、負けない心を持っている人間がいるとしたら英雄の仲間入りを果たしてるだろうから「貴女いらないんじゃないのかなー」と思ったりしなくもないのだが、良妻賢母の鏡である心優しいアイリスフィールは本人にそれを伝えることは決してしない。ただ穏やかに微笑むのみである。

 

 ・・・・・・見守り続ける母の愛も、時には考え物かもしれないなーと、この場に第三者がいてくれたら思ってくれたかもしれないのに人除けの結界によって阻まれているから無理である。魔術ってこう言うところでつくづく万能じゃない。

 

「・・・どうした、アイリスフィール。なぜ笑い始める?」

 

 自分から話しかけてきておきながら、何かを思い出したように突然笑い出したアイリスフィールの姿を見て、セイバー・オルタはやや憮然となり問いただす。

 

「・・・・・・ごめんなさいね。召還されたときのこと、まだ根に持ってるのかな、と思って」

「無論だ。私の姿格好が皆の想像するものと違うというのには慣れているが、さすがに喚びだした当人から『誰だよお前!? 偽物か!?』等と罵倒しなくてもよかろうに」

 

 風格こそ颯爽とした威厳に満ちていながら、出てくるときに着ていた服装はミニスカサンタである。しかもクラスはセイバーときたものだ。

 これで喚びだしに応じてくれた英霊が、彼の名高き高潔な騎士王様であるなどと誰が信じられるというのか? 信じる奴の頭が狂ってでもいない限りは偽物の可能性から疑うのは当然の選択であるだろう。

 

 魔術師の常識を無視した攻撃で相手を仕止める戦い方を得手としている切嗣だが、自分以上に常識の通じないサーヴァントを引いてしまったのでは常識論を展開するしか道はない。つくづく反転したサーヴァントとは厄介きわまる存在なのである。

 

「確かに私は生前、正しさと騎士道を奉じて無駄な足掻きをしたこともある。だが、決して迷いがなかったわけではない。常に「こうした方が結果的には良いのではないか?」という葛藤を抱えながら生きていた。悩むことなく下した決断はひとつたりと存在しなかったのだ。

 ならば、この世界とは違う歴史を歩んだ平行世界で「そちらの道」を選んでいた私がいて、その死後に英霊となった方の私がエクスカリバーの鞘に引き寄せられる形でキリツグのサーヴァントに選ばれていたとしても不思議はないだろう? 英霊の座は時間も空間も関係ない場所にあると聞かされたし」

「いやまぁ、そう言われてもねぇ・・・・・・仕方がないのよ。あなたの伝説はあまりにも有名すぎるし、私たちが知ってるアーサー王とはイメージのギャップが凄すぎていて」

 

 なにしろサンタコス着て出てきた理由が『雪中に建つ城内に喚びだされたから』と断言してのける黒く染まった騎士王様である。こんなのとアーサー王伝説を結びつける奴は頭が以下同文。

 

「容姿については、岩から抜いた契約の剣の呪いによる物だからな。私にはどうすることもできない。付け加えるなら、服はもっとダメだぞ? 私はこれを気に入っている。

 クラスは変わらずとも、私が着替えたいと思わない限りは決して着替えない」

 

 セイバー・オルタは頑固でわがまま。

 

「しかし、今のマスターの置かれている現状はサーヴァントとして仕える身として捨て置けんな。いい年をした男親が昼日中から娘と遊びほうけるばかりで外にでて働こうともしないとは・・・。

 これではクリスマスに娘にあげる「微妙にこれじゃない系」のプレゼントを買うことすら出来ないではないか! 英国一のジェントリになるなど夢のまた夢だぞ!嘆かわしい!」

「いや、あのねセイバー? うちは大富豪でキリツグは入り婿だから一生かかっても使いきれない額の収入は既に得ているのよ? あと、ここって一応ドイツなんだけど・・・」

「特にやることがなくとも体は動かす、それが出来るマスターと言うものだぞ? アイリスフィール。

 それになにより、良き信頼関係は何者にも代え難い。私はそう思っている。私がマスターに厳しいのは、キリツグを信じているからだ。今はぐうたらでも、必ずや英国一のジェントリになれる男の中の男だと!」

「セイバー・・・っ! あなた・・・そこまでキリツグのことを・・・・・・!!!」

「それ故に私をサーヴァントとして引き当てた以上、マスターには理想の生活を覚悟してもらう。二度寝も運動不足も引きこもりニートも許さん。掃除洗濯も徹底的にやる。

 さぁ、しっかり働いて稼げるようになってらっしゃいませマスター様よ!」

 

 

 叫んで飛び出し、ガラスをガッシャーーーーーーーーーッン!!!!

 

 ・・・・・・地上三階ぐらいの高さから飛び降りてイリヤと戯れていた切嗣の目の前に降りてきた水着メイド姿のセイバーに驚かされるあまり『セイバーとは話をしない』ことを決めていた切嗣は、咄嗟に自らの立てた誓いを破らされてしまう。

 

「セイバー!? 何故ここに!? イリヤと遊んでいる時は距離を置くようにアイリから伝えられていないのか!?」

「私はマスターのサーヴァントだ。故に職務の怠慢は看過できん! ちょっと目を離した隙に訓練を怠けて娘との戯れに逃避するとは情けない!

 兵士とは走る者のこと! 休まず走り続けることこそが、生きて戦いを勝ち抜き家族の元へと帰り着く最前の手段なのだと教えておいたはずだぞマスター!」

「は、離せ! 僕はイリヤと過ごすことで戦いの場に赴く覚悟を決められるんだ! 戦いばかりで荒んだ心を癒してくれるのは家族の愛だけなのだと、何故貴様にはわからない!?」

「臣下が死のうと人々が苦しもうと何も感じない女である私に、そのようなモノを期待するな! 私が剣として貴様のために出来るのは敵と戦い倒すことのみ。

 ならば、貴様に仕えるサーヴァントとして果たすべき職務は、貴様が戦場から生きて帰ってこれるよう鍛えてやること。ただそれだけだろう。

 さぁ、わかったらとっとと走ってきなさいマスター様よ! かわいい娘の元に生きて帰りつけるように私がモルガーンで手伝ってやるから!」

「ちょっ、おま、宝具振りかぶってサーヴァントが生身の人間追いかけ回してくるのは反則だろぉぉぉぉぉぉっ!!??」

 

「わーい! おいかけっこ! おいかけっこ! クルミの冬芽探しでズルしてたキリツグなんかやっちゃえ、セイバー!」

「委細承知! オーダーを承った! 見敵必殺! サーチ&デストロイ! サーチ&デストロイ!」

「イリヤァァァァァァァァァ!? 君もなのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっい!?」

 

「ああ、キリツグ・・・!! あなたがイリヤと私以外の人(?)の前であんなに素直に本音をさらけ出すなんて・・・・・・!

 やっぱりセイバーは伝説にある通り人々に笑顔をもたらす名君アーサー王で間違いなかったのね・・・!!」

 

 

 

 氷に閉ざされたアインツベルン城。

 そこは一千年の永い時の流れの中で“成就”への執念に犯され尽くした、暗くて陰鬱なはずの城。

 

 だが、一年ほど前からこの城に騒ぎ声が絶えた日が訪れたことは一度もない。毎日何かしらのトラブルが発生し続けており、縁もゆかりもない他人なのに我が物顔で城主面して気ままに振る舞う暴君が、暗く沈んでいる暇など与えてくれたりしないのである。

 

 

 

「・・・・・・うるさすぎる。聖杯研究に集中できんのじゃが・・・」

「耐えてくださいませ、御当主様。私どもホムンクルス程度ではセイバー様に刃向かっても斬られるだけで足止めにもなりませんから」

「くっ! 間桐が令呪の使用回数を無限にしておいてくれればこんな生活を送らずに済んだはずなのにぃぃぃぃっっ!!!」

「成就のためで御座います、御当主様。どうか、忍従の程を(錬金術の腕しかないのに最強クラスを他人に喚ばせてる時点でダメだったと思うけど言わない。なぜなら私はホムンクルスだから)」

 

 

 

セイバー・オルタのステータス

 

 マスター:衛宮切嗣。

 *気分によってはマスターをトナカイと認識したり、ご主人様になってもらったりもしている。

 

 真名:アルトリア・ペンドラゴン

 

 性別:女性(性別を偽る気は全くない)

 

 属性:混沌・悪

 

 備考:

 冷酷そうに見えるだけで、お気楽極楽気ままに生きてる黒い鎧を着た暴君。呪われてる設定も今となっては怪しい限りである。

 しょっちゅうコスチュームチェンジをするが、クラスはセイバーで変わらない。(要するに只のコスプレ)

 

 聖杯にかける願い:

「山のようなジャンクフードが食べたい、山のようなチョコミントアイスが食べたい、山のようなターキーが食べたい、山のような・・・(以下略)ーーもしも聖杯が偽りだったら破壊する」

 

 サーヴァントとして召喚に応じた理由。

「なんとなくだ(キッパリ)。

 おそらくだが、どこかにある平行世界の私が聖杯に異常なほど固執した縁でもあるのではないか? 私自身は万能の願望器など弱い心の持ち主を誑かすためだけに存在している気がして、胡散臭いとしか思っていないのだがな・・・」

 

 

*ステータス上の数字は原点通りです



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戦記好きがキラ・ヤマトに憑依転生した場合のお話

以前にもあった『1シーンだけを抽出して書いた話』を会話だけで作ってみました。ガンダムSEEDです。

内容は・・・サブタイトル通りです。それ以外に言いようがねぇ。いや本当にね?
会話だけのため順番とかは特に決めてませんので少し読み難いかもしれませんが、単独で完結している短編連鎖みたいなものですのでお気になさらずにどうぞ。


VSバルトフェルド

 

「バルトフェルドさん!」

「まだだぞ!少年!」

「もう止めてください! 勝負はつきました! 降伏を!」

「言ったはずだぞ! 戦争には明確な終わりのルールなど無いと!」

 

「戦うしかなかろう・・・互いに敵である限り、どちらかが滅びるまでなぁっ!!」

 

 

『甘えるな! これは子供のやる戦争ゲームじゃない! 現実の人が死ぬ戦争なんだぞ!』

 

 

「!?」

「あなたは一兵士じゃない! 指揮官だ! 敵軍に敗れたときには敗軍の将として果たすべき義務と責任があるはずです! 敵手との名誉をかけた一騎打ちで戦死するような贅沢は許されない!」

「・・・・・・」

「戦争に負けても生きている部下がいる限り、指揮官としての責任は終わらない。自分に付きしたがってきた部下たちの命に対して払うべき責任から逃れることは決して出来ません。

 なのにあなたは、自分一人のちっぽけな自己満足のために義務も責任も、まだ生きている部下たちさえ放置して自分だけ格好良く散りたい気持ちを戦争の理屈で正当化する気なんですか!?

 答えてください! アンドリュー・バルトフェルドォォォォォっ!!!!!!」

 

 

「・・・アンディ・・・」

「・・・・・・敗けだよアイシャ。僕の完敗だ。これ以上やっても見苦しさしか残せはしないだろうからね。

 そんな自分のこだわりに反する死に方をするぐらいだったら、それこそ『死んだ方がマシ』って奴だよ」

 

 

 

 

ラクス人質交渉で、アスランとキラの会話シーン

 

『ザフト軍に告ぐ! こちらは地球連合軍所属艦アークエンジェル! 当艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している! 偶発的に救命ボートを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当艦は自由意志でこの件を処理するつもりであることをお伝えする!』

 

「卑怯なっ・・・・・・! 救助した民間人を人質に取る! そんな卑怯者とともに戦うのが、おまえの正義か!?キラ!」

 

「・・・そうだよアスラン! これが、こんな非人道的で腐ったやり方を一時凌ぎのための策として、現場の一少尉如きが独断でおこない実行してしまう・・・これが地球連合軍という腐りきった組織の掲げる正義なんだ!

 『今を生き延びなければ明日がない。撃たなければ撃たれるから』と、いま直面している危機だけに意識を集中し、乗り越えられた後のことは考えようともしていない! 未来を思い煩う苦労をしないから核だって簡単に撃ててしまう!

 そんな奴らの船に僕の友達は乗っているんだ! それが僕が卑怯者たちとともに戦っている理由の全てだ!

 身の危険が迫ったら平然と民間人を人質に取る、そんな連中に生殺与奪件を握られている友達を心配して慰留するのが、そんなに悪いと言う気なのかアスラン!」

「・・・っ! ーーだが、それなら尚のこと俺と一緒にガモフへ来るべきだ! もちろん、友達を一緒に連れてくるぐらいなら構わない! 民間人の数名程度なら俺が父上に頼んでどうとでも・・・」

 

 

 

『中立国のコロニーを宣戦布告もなしに襲撃して崩壊させた無法者集団に属している君が、今更なにを言っているんだ!

 こんなこと、旧世紀に地球で行われていた戦争でだって許されない蛮行なんだぞ!』

 

 

 

「!? ・・・し、しかしあれはオーブが中立の立場にありながら・・・」

「中立国の立場を利用して連合の秘匿兵器を極秘建造していたのは、オーブ側の明確な条約違反だった! 非難されて当然の違法行為だったし、甘んじて報いを受けるべき蛮行だった。

 なのになぜ君たちは正当な手続きの元、オーブを非難しようとしなかったんだ!? それさえ省略しなければプラント理事国は全面的にプラントの支持を表明できたし、正義は一方的にプラント側だけにあったはずなのに!」

「・・・・・・」

「君たちも奴らと同類だ! 自分たちが中立国を攻撃したことで発生した難民たちを満載している戦艦を、『敵国の開発した新型戦艦だから』と諸共に沈めて証拠隠滅を謀ろうとしている! 手段を選ばない戦争犯罪者たちが乗る船ならどちらも大した差があるわけないだろう!?」

 

 

 

 

 

アルテミスの傘で補給を受けにいく途中、キラとムゥとの会話シーン。

 

 

「ーーあの! この船はどこへ向かっているんですか!?」

「ユーラシアの軍事要塞だ。ま、すんなり入れればいいがな」

 

 

「・・・むしろ入れてもらった後の方が危なくないですか? それ・・・」

 

 

「あん? 坊主、そりゃいったい、どういう意味なんだ?」

「ユーラシア連邦と大西洋連邦とが結んでいるのは同盟関係じゃなくて、軍事同盟でしかないと言う意味です。

 自分たちだけの独力では勝てない相手と戦う際に、『敵は同じだから』という利己心から互いに互いを敵にぶつけ合って消耗させ、あわよくば共倒れを理想型として期待するのが同盟ではない、軍事同盟というものなんでしょう?

 『敵の敵は味方』とは言いますけど、それはあくまで敵に単独で勝つ力を持たないからこそ言える言葉です。この船とストライクを見た彼らが変心しないという保証は誰にも出来ません。

 なにより優れた力という物は持ってる人より見ているだけの人たちの方がより強く、都合のいい道具に見えてるように感じますからね・・・・・・」

 

 

 

 

 

オーブ攻防戦前、キラとアスハとの会話シーン

 

「・・・ウズミ様は、どう思ってらっしゃるんですか?」

「ただ剣を飾っておける状況ではなくなった。・・・と、思っておる」

 

 

「失礼ですが、ウズミ様。僕が聞きたかったのはそう言う哲学の話じゃなくて、現実的にオーブが取るべき道、選ぶべき道、平和理念を守るための戦いで歩むことを想定している具体的な道筋についてです。

 たとえば、連合と戦えばいいのか、ザフトと戦えばいいのか。戦う目的としてオーブ一国を守り切れさえすればそれでいいのか、他の国々が支援をしてくれるまで持ちこたえた方がいいのか、最期の一人が死に絶えるまでオーブの掲げる平和理念のために戦い続けるべきなのか。

 そもそも根本的な話として、長期戦を想定しているのか短期決戦を強いるつもりなのか。そこらへんを明確にしておかなければいけないのが一国を預かる者としての責務なんじゃないですか?

 剣を抜いて使うにしても、切っ先を向ける先どころか使い方さえ判然としないままでは僕たちも道を選びようがありません。選べと言うのなら、せめて如何なる道が存在していて選べるのかどうかだけでも教えてもらいたかったんですけども・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・(冷や汗)」




*今更ですけど、オーブってどこがどう中立だったんですかね? 遅まきながら謎に思って悩んでます。

中立国の守るべき大原則
その1:交戦国による中立領域の利用防止
その2:交戦国に対する兵力、兵器、公債等の供給禁止。
その3:交戦国との交通通商は自由だが、戦時禁制品については交戦国は海上で捕獲することが出来る等。

・・・フィクションのロボット戦記モノに現実持ち込み過ぎるのは良くないのですが、さすがに「戦争だから」で許される範囲を超え過ぎてませんかねぇ・・・種は。


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血塗れ勇者と真面目な天然エロっ子クエスト

エロ作の練習してたらできたので投稿しておきます。ヒロインが真面目そうに見えて実際は見た目も行動もエロいと言うタイプのファンタジーです。王道ファンタジーの練習も兼ねてたので真面目なシーンも多いです。


 かつて、この世界を救った勇者がいた。

 精霊に導かれし四人の仲間たちとともに魔王を倒した勇者は、遠い異境の地にて新しき王国の王になる。

 『勇者の国』と呼ばれる彼の王国は正義を愛し、武を重んじる高潔な精神のもと長い時間を平和に豊かに過ごしてきた。

 

 

 ーーだが、しかし。いつの時代も悪が絶えることはない。

 王妃が身ごもり、神からの神託がおり、産まれてくる子供に聖なる名『エクス』と名付けられることが決定したことを祝う祝宴の夜に突如として魔族軍残党による奇襲を受け、王国は壊滅。

 国一番と表された剣の達人にして宿将でもある偉丈夫に守られながら只一人脱出に成功した王妃も、逃亡中に陣痛に見舞われ出産直後に死亡。

 

 王国の遺児を託された将軍は国の再興を悲願としながら各地を放浪し、身分を偽り、新たなる盟主のもと勢力を盛り返しつつある魔族軍からの追撃を躱しながら流浪の旅路と残された王の子の教育に血道を上げていた。

 

 

 しかし・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 10年後、大陸辺境の地『アルス』

 

「エクス様!? エクス様!? どこにいらっしゃるのです!?」

 

 うら若き乙女の美声が誰かの名を呼びながら森の中へと響きわたる。

 黒髪の少女だ。腰に長剣を履いてはいるものの服装は至って平凡な街娘のそれ。にも関わらず普通に歩いているだけで見惚れてしまいそうになる凛々しい面立ちと雰囲気は、間違いなく若き日の父から受け継いだ『勇者の仲間の子孫』としての賜物であるだろう。

 

 彼女の名は『バルフレア』。

 勇者の国が滅ぼされるとき王妃を守って落ち延びた将軍の愛娘であり、共に逃げようとした随行者たちの中で只一人生き延びることが出来た剛の者。

 幼いながらに逞しい生命力と、貴族出身者でありながら平民たちとの暮らしに何の抵抗も感じることなく馴染むことができた適応力の高さが将軍以外では只一人彼女を生き延びさせることを可能とした。

 その実績が評価されたのと、現実問題人手が足り無すぎることなどの原因により王国残党の生き残りをかき集めて編成中の『解放軍』内部にあっては旗頭である王の遺児エクスの教育係兼護衛役を任されていた。

 

 類希な・・・と言うほどではないしにしても十分すぎるほど人目を引きつける容姿を持った美しい少女であり、鎧甲冑に身を固めればさぞかし理想的な女騎士らしい清廉さと気高さを感じさせることが出来るだろうと、見た人誰もが想像力をかき立てられる少女であったが、たがしかし。

 

 

「エクス様! 返事をしてくださいエクス様! ーーああ、もう! また私の知らない女のところに遊びに行きやがりましたのねコンチクショウ! 教育係であり生まれた時からずっと一緒の私をおいて他の女のと・こ・ろ・へ!

 キィーーーーーーッ!!! 悔しい悔しい悔しいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」

 

 

 ・・・・・・ミニスカート風の丈が短い衣服をまとった姿で手拭い噛みしめながら悔しそうに地団駄している姿を見せつけられてしまったなら、恋い焦がれ続けた千年の想いも一瞬で冷め切ってしまうこと受け合いである。

 

 高潔で騎士らしく、穢れた賄賂や袖の下などを許すことが出来なかった父にはない、平民の娘じみた彼女の特長がコレだった。

 とにかく“はすっぱ”で、地の性根が意地汚くて嫉妬深い。おまけに特定の個人に対してのみ粘着質があり、やや陰湿な復讐方法を好む趣向の持ち主でもある等、けっこう残念な部分が多すぎる少女騎士見習いなのだ。

 

 当然、このような娘の欠点など実質的に軍を主導している将軍としては配下の者に知られるわけにはいかない。幼い頃より改善に努めるよう努力はしたし、事実として改善はしている。コレでも一応は改善した後なのだと言われてしまえば、誰も彼を責めることは出来まい。ただ単に娘が両親のどちらの物とも違う変な特徴を持って生まれついたと言うだけなのだから・・・・・・。

 

 

 

「エクス様! エクス様! エークースーさーまー!!! いい加減に出てきてください! 出てきてくれないと私、今この場でパンツ脱いじゃいますよ!? いいんですか!? うら若い年頃の女の子があなたが出てきてくれなかったせいで大恥かいちゃうんですからね!?

 いいですか!? 脱ぎますよ!? 脱ぎますからね!? 脱いじゃいますからね!?

 ・・・・・・・・・・・・えーーーーーーーーーーっい!!!!!!!!!」

 

 

 ズボッ!!!!

 

 ぷりん♪

 

 

 ・・・・・・どういう理屈なのかは意味不明だったが、とにかくテンパった彼女は涙目になり、顔を真っ赤に染めながら自分の短すぎるスカートの中に手を入れて自ら履いてたパンツを豪快に脱いだ。

 

 脱ぐ拍子にスカートも少しだけめくれて、丸くて白い臀部が露わになる。

 意外と大きめだったらしい彼女のお尻と、彼女の履いてたパンツはサイズが合っていなかったのか、脱いで自由になった瞬間、思わずお尻が自由を得た喜びを喝采するように「ぷりん♪」と盛大な効果音を幻聴として辺り一帯に鳴り響かせる!

 

 

 アキレス腱の辺りまで下ろした時点で一時停止し、そのまましばらくの間微動だにせず動きをとめたまま、その体勢を維持し続ける。

 

 剣術の達人らしい優れたバランス感覚によってのみ可能となる分かり難い高等テクニックだったが、丸出しのケツを背後に突き出した状態で固まるポーズを維持するのに高度な剣術テクニックが用いられてることを知られたら、むしろ剣士たちから怒られそうである。

 

 やがて彼女は赤から真っ青へと変わった顔色に脂汗まで滲ませながら、蚊が泣くような小さな声でポツリとつぶやく。

 

 

「・・・・・・どうしよう。このスカート丈でパンツ脱ぐのに片足あげちゃったら、ナカ見られちゃう・・・・・・(゚_゚;)」

 

 その上、今から履き直そうとすると必然的にスカートの後ろがめくれてしまい、再びお尻丸見えシーンを披露してしまう。

 

 剣だけしか習ったことのない、女らしいことは何もできないガサツな女の典型なのは自覚してるけど、それでも彼女は年頃乙女。誰も見てない場所だからって、自分からオケツ丸出しになるのは恥ずかしすぎる年齢なのだ。・・・じゃあ一体全体なんだって最初に脱ごうと思ったんだよ、このアホっ子は・・・・・・。

 

 

「え、エクス様! エクス様! 早く出てきてください! そして私を助けてください! 黙って他の女のところに遊びに行ったの許してあげますから! 昔みたいに罰としてお尻ペンペンなんてしないであげますから! だから助けて! お願いします!

 ーーああ、ダメ! もうダメなの!! お尻を冷やして風邪引いちゃう!? こんな恥ずかしいバッドステータス絶対にイヤーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 

 

 

 樹海の中心でケツ丸出しのアホが叫んだ声が聞こえた・・・・・・訳では全くなかったのだけれども。

 

 バルフレアが助けを求めて叫んだのと丁度同じ頃、魔王軍が十年かけて地道に延ばし続けていた捜索網の網に、悲願であった勇者の子孫と勇者の国の残党が遂に引っかかったとする報告が魔王都に鎮座する魔王代行『竜魔王』の元に届けられていた。

 

 

『なに!? それは真か!?』

「はい、この眼でたしかに確認しました。間違いございません」

 

 水晶球に映し出された偉大なる御方に頭を垂れながら報答するのは中級悪魔ベゼルズ。蠅とよく似た頭部と羽を持つ魔族で、一族の頭領でもある魔王軍幹部ベルゼブブの遙か遠い縁故のある外戚に該当してはいる存在だ。

 もっとも、当の幹部自身には数千匹単位で親族がいるので、一族の出涸らしでしかない上級以下の一門の端くれのことなど存在すら知っていなかろう。

 一方でベルゼル自身はベルゼブブのことを尊敬し、彼と同じ一族であることを誇りに思っており、魔王軍へ忠誠を尽くす最大の理由となっていた。

 

 

『でかした! 魔王軍鉄十字勲章ものの功績だぞ! お主たち一族の盟主ベルゼブブも、さぞ喜ぶことであろう』

 

 竜魔王はそう言ったが、嘘である。

 彼と魔王幹部ベルゼブブは地位こそ違えども互いに実力伯仲していて決着が付かず、どちらが魔王様第一の臣に相応しいかで常にいがみ合い、足を引っ張り合う関係にあるのだ。

 だからこそ竜魔王は一族の中でも中間に位置し、忠誠心故の盲信ぶりが逆に信用できるとして『魔王さま復活のために必要な極秘任務』を彼だけに与え、彼の配下のみを使いベルゼブブには伝えないまま、彼とは別口での勇者探索を続けさせていたのである。

 

「はっ! 偉大なる一族当主様のお役に立つことこそ我が願い、我が生きる証。コレに過ぎたるはありません。

 また、斯様な大任を賜りながら十年もの長きにわたりお役目果たすこと叶わず、己が無能な醜態をさらし続けてきましたこと、真に慚愧の念に絶えませぬ。どうかお許しくださいますよう、伏してお願いいたします」

『いや、よい。気にするな。辺境の広さと捜索の難しさは私もよく知るところである。

 砂漠に潜んだ砂ネズミ一匹を探し出すなど、大河の水をコップで掬い干上がらせよと言うようなもの。それを成し遂げただけでも大儀であった。気にするな』

「竜魔王様・・・・・・っ!!!」

 

 感激のあまり声を震わせながら、ベルゼルは竜魔王の寛大さに感謝し、今までより一層の忠誠と忠勤を魔王軍に対して捧げることを決意する。

 

 しかしーーーー。

 

『しかし、だ』

 

 急激に竜魔王の声から暖かみが失われていき、冴え冴えとした冷徹さと冷酷さだけを残した表情のまま彼はベルゼルに対して名誉ある勅命と、そして退路を断つ一言を告げてきた。

 

『発見したからには失敗は許さぬ。必ず殺すのだ、勇者の子孫と、奴の仲間たち全てをだ。一人でも生き残りがいた場合には貴様のその首、代わりとして人間どもの街に晒してくれるからそう思え』

「は、はっ! 微力を尽くさせていただきます!」

『うむ・・・。兵を与える。五百のゴブリン、ハーピー、フレアリザードで成る軍勢を以てして必ず勇者と奴の子孫どもを血祭りにしてやるのだ!

 そう! 魔王さま復活を祝福するための生け贄としてなぁぁぁぁっっ!!!」

「ーーーははぁぁっ!!!! 全ては魔王陛下の御為に! ハイル・サタン!」

 

 

 けたたましく狂気の笑い声をたてながら念話魔法を終了し、向こうから水晶に映し出される映像を切った竜魔王。

 残されたベルゼルは冷や汗をかきながら、それでも笑い声を押さえきることが出来ない。

 

「なんとも恐ろしい御方だ・・・。しかし・・・ふふふ、しかししかし、しかしだ。これで我ら魔族の悲願が叶うというのであるなら安いものと言えないことない。我らが望み、願い続けた勇者の首! その命!

 本人でないのは残念ではあるが、子孫の首を墓の前に晒されたらどのような顔をするのか想像するだに愉快な気持ちに成るではないか・・・グフフフ」

 

 『狡猾なる魔王参謀』と称されているベルゼブブの一門らしい下卑た笑い声をあげながらベルゼルは、勝利を確信していた。

 なにしろ敵は未だに250弱。こちらの半数にも届かぬ少人数なのである。数をそろえてナンボの人間軍は、この数ではどうすることも出来はすまいと信じていたから。

 

 

 

「ほう? 暇潰しに散歩していたら、中々おもしろい話を聞いてしまったな。私たちの根城がどうしたって?」

 

 

「!?」

 

 突然後ろから声をかけられて、「まさか勇者軍に見つかったのか!?」と焦って振り向いたところ、いたのは十代半ばに達するかどうかな年齢の少女が一人いるばかり。他は誰もいない。一人だけである。

 

「・・・小娘、貴様ここまで一人できて、一人で俺に声をかけたのか?」

「ザコ魔族一匹を相手に複数人でないと声をかけてはいけない法でもあったのか?」

 

 悪意ある見下しの質問に、より激しい悪意と見下しの反問で返されてベルゼルは不快さを刺激される。

 

「生意気なガキだな。そうまでして死に急ぎたいのか? なんだったら今すぐ俺様の前にひざまづいて足の裏をなめて見せたら半殺し程度で見逃してやってもよいのだぞ?」

「へぇ? ずいぶんと甘いんだな、魔王軍とかいう半端に平和ボケした素人連中は。

 敵を見つけて攻撃したなら殺すだろ普通。生き残らせて後顧の憂いを自ら作ってやる義理も無かろうに」

 

 再びの悪意ある反問。こうなってくるとベルゼルとしてもムキになってこざるを得ない。

 なにしろ魔族はメンツを重視する者たち。舐められたまま引き下がったのでは沽券に関わるのだ。

 

 激しく罵倒して言い負かしてやろうと、ベルゼルが大きく一歩踏み出したとき、少女は告げた。「とっとと切りかかってこい」ーーと。

 

 

「・・・・・・なに?」

「聞こえなかったか蠅頭。それとも頭のそれはお飾りなのか? ふん、所詮ハエはハエだな。低脳きわまりない単細胞生物だ。論ずるに足りぬ」

「なっ・・・!?」

「いいか? もう一度だけ言ってやる。時間の無駄だ、とっとと切りかかってこい。殺してやるから。

 ・・・まったく・・・人が寛大な気分で無駄話に付き合ってやったというのに気の利かん奴だ・・・。阿呆はコレだから困るのだ、ゴミめが」

「きさ、きさ、貴様貴様貴様貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・っ!!!!」

「貴様貴様うるさい、同じ単語を発するだけならオウムで事足りる。

 愛玩動物としての価値すらないお前にはオウムとしての役割すら果たせぬのだから、せめて私の剣の露払いぐらいにはなってから死ね。それぐらいしか使い道のない命など、生かしておくだけ資源と時間の浪費と言うものだ。

 だから早く切りかかってこい。切りかかってきて、斬られて死ね。それが私の定めた価値無き貴様の運命だ」

「きぃぃぃぃぃさぁぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ・・・・・・?????」

 

 

 叫んでいる途中で声がうまく出せなくなった自分に疑問を感じながら、ベルゼルは死んだ。殺された。

 気づかぬうちに間合いに入られ、首をはね飛ばされながら空中浮遊中に息絶えていた。

 

 

「うるさいと言ったはずだが聞こえなかったか? ハエ男。

 ふん、最後まで私を不快にさせるぐらいしか役に立たないムシケラでしかない奴だったな・・・ちっ! 気持ちの悪い・・・。ああいうゴミをのさばらせているから人も大地も汚れる。とっとと皆殺しにして血祭りに上げてやれば良いものを。

 ーーまぁよい。これでようやく口実が手に入ると思えば悪いことばかりではないのだからーー」

 

「人に害なすことしか出来ぬ害虫どもを根絶やしにして駆除することこそ勇者の使命・・・だったな、確か。

 それを果たすという口実がようやく手に入ったのだ。存分に使い、思う存分悦しもうではないか。合法的に殺戮を実行することが出来る、最高で最低なクソッタレ過ぎる戦争の始まりというわけだ。楽しみだな。ああ、悦しみだ・・・。

 いったい、どんな魔族を切り殺せるのかと思うとワクワクして心の震えが止まらない。父上さまはいい時代に殺されてくれたものだよ、本当に・・・くくく」

 

 

「さぁ、魔族狩りの始まりだ! 殺しに来い! 殺してやるから! 殺し尽くしてやるから!

 私を殺しにきた魔族を殺して殺して殺しまくって、私の方からも魔族を殺して殺して殺しまくりに行ってやろう!

 楽しいよなぁ? 最高に最低だよなぁ? だってお前ら魔族だもんなぁ? 殺すの大好きだもんなぁ? だったら殺したり殺されたりするのも大好きでなきゃおかしいもんなぁ~?

 お前だってそう思うだろう? さっきから使い魔つかって盗み聞きしている竜魔王さまとやらよぅ!?」

『!?』

「い~んだぜ~? 別にいま挑発に乗ってくれなくたって? どうせお前魔族の都とやらにいるんだろう? そこに行かなきゃ魔族を絶滅させられないんだろぅ? だったらいいよ、こなくても。私の方から行ってやるからノンビリ待ってろ、私との戦争を楽しみにしながらさぁ」

『・・・・・・』

「きっと楽しいんだろうなぁ~、すべての魔族に命狙われながら旅する勇者らしい戦争って言うのはさぁ~。正義は勝つのお題目で悪人やら悪の魔道師やらぶち殺して回るのは楽しいんだろうな~きっと!」

『・・・・・・狂人め!』

「ありがとう! 最高の誉め言葉だ! 勇者にとっては最高の誉め言葉だった! 心から礼を言う! ありがとうと!

 そうとも! 狂っているのさ勇者なんて化け物は! 生まれた時からずぅっとな!

 なにが正義だ!討伐だ! 殺しを依頼されて請け負う殺し屋風情が偉そうな口抜かすな戯けめが! 殺すことしか脳がないなら殺してさえいればいい!

 魔族は人類の敵で悪だから殺しちゃえばいいじゃない! 目の前に魔族がいたなら殺しちゃえばいいじゃない! 気に入った魔族だけ生かすんだったら『俺こそ正義だ!』と断言しちゃえばいいじゃない! こんなキチガイ独裁者は狂人名乗っておけばいいじゃない!

 なぁ! お前もそう思ったからそう言ったんだよなぁ!? そうだろう竜魔王さまさぁ!? だから私は礼を言ったんだよ! 『賛成してくれてありがとう』ってな!

 なんか文句あるか!? あるなら言ってみろ。聞くだけ聞いてやるよ、殺すけどな」

『自惚れも大概せよ人間! 貴様如き魔王さまが蘇るのを待つまでもない! 私が直々に引導を渡してやるから首を洗って待っていrーーーーーー』

 

 ブシュウッ!!

 

「ああ、スマン。話し終わるまで待ってやるつもりだったのだが、つい手が滑ってしまった。どうもイカンな私の腕は。魔族を見つけると、特に理由もなく条件反射で殺しにかかってしまう。街にでる前に押さえる術でも探しておくとするか」

 

 

 ・・・斯くして勇者の旅が始まる下地が整えられた。狂った黒い勇者の伝説はここから始まる。

 彼女が行く道の先に待つのは光か闇か、あるいは死か絶望か。

 それを知る者はまだ誰もいない。

 

 

 只一つだけ確かなこととして、彼女の行く道の後ろには常に、無数の死体と流れ出した赤い血で塗装された破壊の跡が残るだろうという確定された未来のみ。

 

 殺戮と破壊による地獄の炎と真っ黒な返り血で黒く染め上げられた、歴史に残らぬ勇者の伝説。歴史に残せぬ、残すわけには行かない勇者一族最大の汚点たる少女。

 

 彼女の行く道に災いあれ。

 それを彼女は心より望むであろうから・・・・・・

 

 

 

おまけ『この後のバルフレアとエクス姫』

 

「・・・お前は任務を放り出して、こんなところで何の遊びに耽っているのだ・・・?」

「ああ、エクスさま! 丁度良いところに! 早く私にパンツを履かせてください!」

「・・・は?」

「いえ、そのあのぉ・・・・・・話せば長くなるので割愛しちゃいますけども・・・とにかく!

 このままだと私、自分でパンツ脱いだ結果として冷えたお尻が風邪引いちゃって恥ずかしいんです! 助けてください!」

「・・・・・・・・・」

「・・・あ、あれ? エクスさま何をなさいま・・・・・・きゃーーーーーっ!? ちょっと、そんなエクスさま止めて! 私はこれでも年頃乙女な凛々しい少女騎士なんです!

 年下お姫様騎士にオケツ丸出し状態で小脇に抱えられてお尻叩かれるだなんて恥辱には耐えられません! 死にます! 恥ずか死んじゃいます! だからお願い止めて! 

 いやだいやだ、こんなのイヤだ! こんな敗け方してお仕置きされる美人女騎士になるだなんて死んでもイヤ! 絶対イヤ! 絶対に・・・絶対に・・・絶対に・・・・・・・・・

 あ、あ、もうダメ。ダメなの・・・手を振り上げちゃダメなの! 振り下ろしちゃダメなの!

 い、い、い、イヤーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 

 

 

 ぱちーーーーーーーーーーーーーーっっん!!!!!

 

 

注:この後バルフレアはお尻を氷で冷やして治療してもらいましたとさ。



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リ・エステリーゼ王国の『白銀』

オバロ言霊です。遥か昔に思い付いてたのを今の私の思想も含めて清書してみました。
書くのは久々過ぎる原作なので知識面では多少手加減して読んで頂けると助かります。


 

 冴え冴えと怪しく光る月光の下、深い夜の森という絶好のシチュエーションで登場してきた主演女優が血塗れの残酷吸血物語をこれ以上なくリアルに演じきっているのを横目で眺めながら“彼女”は思う。

 

(この人は一体、どう使うのが正しい選択なのかな?)・・・・・・と。

 

 

「な、なんなんだよ、あいつらは! あんな奴らがいるなら、いるっていえば良かっただろ!」

 

 “彼”が喚く。

 それを聞いた彼女はより深く考えなければならなくなり、思わず頭を抱えたい気持ちになってしまう。

 

(いや、そもそもあなたの方から野盗さんたちがこの道に伏せていることを伝えられてなかった以上、こちらからお伝えするのは不自然すぎるわけで。

 ついでに言うのであれば、野盗さんたちがいなかった場合にはシャルティアさんたちの出番は別の人たち相手に向かっていたはずですし、貴男が彼らに私たちのことを教えなければ彼らが私たちを襲うことはなく、逆説的に彼らが私たちに殺されるルートに進んで夜の支配者ヴァンパイアに襲われるENDを心配する必要もなかったわけでして・・・・・・ああ、もう! こんがらがっていて面倒くさいですね全くもう)

 

 普通であるなら中途で思考を中断しても全く一切問題ないところで考えるのを止めようとしない彼女の悪癖は“世界と種族が変わった今”なお健在であり、この時も慌てふためく相手をほったらかしにして至って冷静に思考を進めていたせいで向こうを誤解させてしまったらしい。

 

「黙ってないで、なんとか言えよ。全部お前のせいだろうがぁ!」

 

 ーー怒らせてしまい、怒られてしまった。

 

 彼女は「こういう場合、誤解させてしまったことを謝罪すべきなのか否か?」について考えながら甲高い声で怒鳴り散らす相手の顔を見上げて思案し続ける。「自主的に生き餌となって大勢の獲物を釣り上げるのに貢献してくれた彼を逃がすことで計画が破綻しないで済む可能性」について。

 

 実際に其れを行うかどうかは自分たちのリーダーであるギルドマスターが決めること。自分はただ可能性を検討してさえいれば其れでよい、そういう役所に長年安住してきたせいで急激な環境の変化に未だついていけておらず、激しい思考力の低下が見られる彼女としては結構な難事なのだが相手は其れを頓着する気はないらしい。耳障りな声でわめき続けて、彼女を苛立たせ続けてくる。

 

 ザック・サン。ーー確かそんな名前の男性だったはずだ。

 もとより人名を覚えられないことには定評のある彼女には、『条件だけで見定めた相手』の名前はおろか顔だって覚えておくのは一苦労なのだが、今回はこちらの都合で餌になってもらう相手だったこともあり何とか忘れずにいられたようで安堵してしまう。

 やはり人の名前を間違えて覚えるのは良くないと思うのです。

 

「・・・・・・了解しました。こちらへどうぞ」

「た、助けてくれるのか!」

「いえ。せめて苦しまずに最期を迎えられるよう、吸血鬼さんたちではなく凄腕の介錯人に一瞬で首を切り落とさせてあげたいなと思いましたので」

 

 ザックの顔を舞台に、焦りの赤と恐怖の青で二分されていた赤青合戦の勢力図が一気に塗り替えられ、白一色に染め尽くされた色となる。

 

 ガタガタ震え出す身体を抑えることが出来なくなり、自分だけ違うところに連れて行かれるという事態が、ただ処刑場所と殺す手段が変わるだけなのだと事件の主犯自身の口から告げられたことで僅かに見えた気がした生存の糸が、今際の際にみる都合の良い幻想にすぎなかったという事実を思い知らされ絶望する。

 

 

「それでは、セバスさん。嫌な役目を押しつけて申し訳ないですけど、お願いしちゃって宜しいですか?」

「セレニア様。お願いなどと、滅相も御座いません。私どもは至高の御方々に尽くすために生み出されたシモベに過ぎず、如何なる命令でありましょうとも命を捨てて成し遂げるのは当然の義務と心得ておりますれば、どうか遠慮も配慮も無用に願い奉ります」

「・・・そう言うところをモモンガさーーーーアインズ様は憂慮してらっしゃるんですけどね・・・。ーーあと、なんで私に対するときだけ過剰すぎる敬語? 微妙に時代劇っぽかったんですけども・・・」

 

 理解不能な状況にある中で、さらに訳の分からない会話を穏やかに繰り広げている老執事と『世間知らずで汚れのない、深窓のご令嬢』とのやりとりを前に、ザックの神経は遂に限界を超えさせられた。

 

「ぎぃいいいいいいっ!!!!!」

 

 言語として成り立っていない、意味不明な騒音一歩手前の奇声を発しながら懐に隠し持っていた短剣を抜き払い、目の前に迫る銀髪の貴族令嬢の左胸めがけて深々と突き立てた。

 

「ざまぁみやがれ!」

 

 驚いたように自分の左胸を見下ろしている幼さを残した美貌に唾でも吐きかけたい思いと共に、そう叫ぼうとしていたザックだったが実行するのは不可能だった。

 他の誰でもない、彼自身の左胸が急激に痛み出し、激痛による悲鳴と助けを求める自分の声により罵倒は夜の闇に吸い込まれるようにかき消えてしまったからである。

 

「い、いい、痛い痛い痛いいでぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!?

 なんだこれ? なんだこれ? なんなんだよこれはよぉぉぉぉぉぉっ!?

 なんで俺が刺されたコイツじゃなくて、刺した俺の心臓が刺されたみたいに痛みまくるんだよぉぉぉぉっ!? ああ、痛いいだいイダイいダい・・・!!!!」

 

 本来ならばショック死していておかしくない激痛に身体をくねらせ、悶え苦しみ、それでも死ぬことを許されない『ザック自身が選んだ選択肢』その自業自得な結末が彼を苛み苦しませる。

 

「ーーそれはセレニア様の種族特性を、装備しておられるご愛用のゴッズ・アイテムによって増強された結果によるものです。愚か者が、己自身の愚かさによって滅びるようにね・・・・・・。

 つまりは、今あなたを攻め苛んでいる痛みのすべてはあなたの愚かしさが自身に元に帰ってきた。ただそれだけの結果に過ぎないのですよ」

 

 そんな彼を静かな瞳で見下ろしながら、守るべきお嬢様の盾にもならずに黙って棒立ちしていた老執事が穏やかな声音で優しく、静かに、だが巌のように厳しい表情を浮かべながら彼の身に起きている現象を冷厳と解説してくれている。

 

「アイテム名は《猫の履いていた長靴》。本来であればどうということのない性能しか持ち得ない品ですが、特定の条件がそろった場合に限り条件付きでのダメージ反射という因果応報なアイテムで御座いますよザックさん」

 

 相手の惨状を見定めて「言うだけ無駄か」と断じながらも、自分から言い出したことを途中で投げ捨てられる性格ではないセバスは丁寧な口調で詳細を省き、短く簡潔に結果だけを相手に教えてやる。

 

 

 至高の41人の一人にして、最後に加入してきた最年少メンバー。参謀格のセレニア。種族名は《ラッテンフェンガー(ネズミ捕りの道化)》。

 グリム童話にもある『ハーメルンの笛吹き男』を意味する種族で、人を騙す偽装系のスキルや魔法等に補正を得ることが出来る。

 一番の特徴はカルマ値が高くなければ選べない上位種族でありながら、最大値まで高めて《極悪》になってしまうと逆に別種族への転生を余儀なくされるという異質さだろう。

 

 原典にあるとおり、人を騙しにはくるものの相手が礼儀と誠意を守って応じてくれる限りにおいては最初に求めた以上の欲を出してはいけない。欲をかけばカルマ値が一気に上昇し、戻すのに一苦労させられなければならなくなるからだ。

 

 また、装備しているアイテム《猫の履いていた長靴》は、その名の如く『長靴を履いた猫』に出てくる相手の欲につけ込む形で取り入っては最終的に破滅させてしまう歪な逸話と設定を持つ童話系イベント参加者にのみ配られていた限定アイテムである。

 その効果は、自分よりも一定以上レベルが低い者からの攻撃を反射し、レベル差によっては本来与えられるダメージの限界を超えた大ダメージを相手に向かって送り返すというもの。

 反面、自分よりもレベルが1つでも上な相手にはダメージ軽減程度の力しか持っていない。

 一方で、レベル差に開きがあればあるほど反射するダメージ量は増大し、10以上のレベル差がある相手からの攻撃が当たった場合には十倍近いダメージが送り返され、オーバーキルだった場合にはMPも同時に削られていき、他の味方が仲間の死を利用して回復する類のスキル使用を防いでくれる。

 

 

 ゲームだった頃のユグドラシル時代、この二つの能力とアイテムはさして重要視されておらず、セレニア自身もモモンガも特に意味があって装備させていたわけではない。雰囲気重視のロールプレイヤーだった二人にとって相性よく見えてたから変えなかっただけである。

 

 が、しかし。ユグドラシルサービス終了と同時に飛ばされてきた異世界において、この二つは思ってもいなかった効果を発揮してしまっていた。

 

 

 ゲームが現実に変わったことで変化が生じた一つに、この二つともが入っていて『因果応報』の代名詞じみた効果が付与されてしまってるっぽいのである。これにはさしものモモンガも驚かされたが、逆を言えば高レベルのプレイヤー自身で違いを調査できる最高の実験体でもある。

 仲間を生け贄に使いたいたくないモモンガとしては無理強いなど死んでもしたくなかったのでセレニアの判断に任せてしまったわけであるが、其れがこのような形で『出張任務』のい役に立ちそうなものになるとは大いなる誤算であったと言うしかない。

 

 

 

「あなたが感じるその痛みは精神面から同時に肉体を苛むもの。肉体の死とともに終わるようバランス配分されていますので、わたくしめにはどうすることも出来ません。どうかお許しくださいませ」

「いでぇよぉぉぉっ!! いだいんだよぉぉぉっ!! 誰かお願い助けてくれよぉぉっ!!」

 

 セバスの説明など、今のザックの耳には届いていない。よしんば届いていたとしても雑音程度にしか認識できないだろう。

 彼はただただ救われることを望み、求めている。生き足掻いてはいるものの、それは自分の不幸を他人のせいにして他人に責任をとってもらおうとする足掻き方。

 生にしがみつくのではない、死を恐れて死を避けるため悪知恵を巡らすのとも違っている。

 ただただ“してもらいたい”のだ。

 他人を苦しませて喜ぶ趣味はないだろう。だが、他人を陥れることで自分の懐が暖まるなら其れをやる。

 その上で被害者が無惨に殺されていくのを見ながら義憤に駆られるだけで何もしないと言うなら、それは只の保身でしかない。「自分は非道な行いを見て心を痛めにような極悪人ではない」と思いたいだけだ。悪に落ちる覚悟もないくせに、弱肉強食の摂理だけを言い訳にして楽したいだけの欺瞞に過ぎない愚かな心の持ち主なのだ。

 

 きっと今、セバスの口から「楽になりたいですか?」と聞けば彼はきっと飛びついてくるだろう。

 そして、続く言葉である「死ねば楽になれる。痛みという苦しみからだけは救われる」と言えば、全力で首を振って拒絶するに違いないのだ。

 結果は見えている。言うだけ無駄だ。やるだけ時間と労力の浪費でしかない。そんなことよりも今はまず至高の御方のお一人から今後の方針を聞くべきなのは間違いない。

 

 

 ・・・・・・だが、それでも彼は聞かずにはいられない。尋ねてしまわずにはいられない性格だから。

 

(これは呪いなんでしょうかねぇ・・・)

 

 と、心の中でつぶやきながらーーー。

 

「ザックさんーーー」

「いだいいだいいだいいだい! たずげでぐだざぁぁぁっい!!!」

「ーーー楽になりたいですか?」

「だずげで!だじゅべで!じんでじまいまず! ・・・・・・へっ?」

 

 一瞬、ザックの目に理性の光が戻った。

 それと同時に身体から急速に痛みが引いていくのを、果たして彼は実感できていたのだろうか?

 

 セレニアの能力に付与された効果は《因果応報》。

 それは罪人を裁くという意味ではない。罪を認めて悔い改めてほしいという願いが込められている。

 人は決して善なる生き物ではない。だが決して悪だけで出来ている存在でもない。善と悪が同居している生き物こそが人間であり、それを理解し受け入れた上で自分の罪と向き合いながら言い訳せずに生きてほしいという、原典とはやや異なるテーマがセレニアの能力には付与されてしまっているのだった。

 

 その為なのか、セレニアの能力の追加効果《善因善果》《悪因悪果》はダメージを帰した相手の精神性に大きく効果を振り回されてしまう特質を持っている。

 相手が犯した罪を意識すればするほど痛みは大きくなり、理性を取り戻し別のことを考えはじめると痛みが和らぐ仕様になっていることが漆黒聖典を捕らえた際に行った実験によって実証されている。

 だからこそ自分の犯して罪の痛みに苦しめられ、その原因について無意識のうちに考えてしまっていたザックの頭が『救われるかもしれない』という光に満たされたことにより痛みは大きく軽減したのである。

 

 

 ここにセバスは《たっち・みー》の意志を見た。

 自分を創り出し、「困っている人を見たら助けるのが当たり前」と常日頃から言っておられたあの方ならば、このような人間相手にでも更正の可能性が僅かでもある内は見捨てたりするはずがない、と。

 

 

 ーーーーしかしーーーーーーー。

 

「た、助けてくれるんですか? ・・・・・・本当に!?」

「ええ、無論です。私は主に名にかけて嘘をつくようなことはしないと約束いたしましょう」

「だ、だったら助けてください! お願いします! 何でもします! なんでも差し上げますからお願い助けて!」

「・・・わかりました。では、苦しみを終わらす為にも、今すぐこの場で死なせてあげれば宜しいのですね?」

「助けてくださーーーーえ?」

「聞こえませんでしたか? ではもう一度だけ言いましょう。苦しみから救ってあげるためにも、今すぐこの場であなたを殺して差し上げれば良いのですねと、聞いているのです」

 

 氷のように冷たい声音で、絶対の死という定めと共に舞い降りてきた救いの手。

 どのみち死という運命からは免れない状況にある以上、ザックが選びべき最良の選択肢はセバスの提案に乗ることで間違いはない。

 

 だが、ザックにはそう思えなかった。思いたくなかったし信じたくもなかった。

 自分が死ぬのは間違いだと世界に向かって叫びたかったし、かわいそうな自分は今を切り抜け生き残りさえすれば今度こそまっとうに生きて見せますからと、天に向かって助命を願う敬虔さも存在していた。

 

 だが彼には、致命的すぎるほど『自分が抱いている思いを証明し認めてもらおう』とする発想が存在していなかったのだーーーー。

 

 

「・・・ち、違う! 俺は生きて救われたいんだ! 殺されて楽になりたいんじゃない! だいたいそんなの救いでもなんでもないだろう!?

 あんたさっき俺のこと救ってくれるって言ったんだから責任とって最後までーーーぐ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!? い、痛みが! 痛みがぶり返してきーーーぐびぁあああああっ!!!」

 

「・・・先ほども、申し上げたはずではないですか。今あなたの感じている痛みはすべてあなた自身の愚かしさが帰ってきているだけだと。

 あなた自身が為してきた罪にまで私は手を出すことは出来ません。それはあなた自身が背負い、立ち向かってゆかねばならなかったもの・・・。

 他人には手を貸す程度のことしかできない、根本的な部分で自分自身が強くあろうとならない限り誰にもどうすることの出来ない領分なのですよ・・・」

 

 悲しげにつぶやき立ち上がったセバスは、再び苦しみだしたザックに背を向けて主の元へと帰還する。

 

 そして深く頭を下げながら罪を謝する。「この不忠者に罰をお与えください」と。

 

「・・・は?」

「先ほどわたくしはセレニア様が彼に襲われそうになっているとき、身を盾にして庇おうともせず、相手の穢れた刃がお召し物を汚す前に首をはめることすらしないまま、ただ黙って事態を傍観しておりました。

 至高の御方々にお仕えすべく生み出されたナザリックに属する者として万死に値する不忠です。どうか、その御手でもって無能きわまる不忠者に断罪の刃をいただきたく存じます・・・」

「・・・・・・いや、そんなことぐらいで処刑してたら、人材なんて幾らいても足りなくなりそうなんで別にいいんですけど・・・でも、一つだけ聞かせてください。

 なぜ、動かず見ているだけにとどめられたのですか?」

「・・・・・・」

 

 この質問にセバスは即答することができなかった。本来であるなら主からの質問を無視するなど無礼な行為であり、常のセバスであるなら犯すはずのない凡ミスである。

 それをやった。普段は犯すはずのない失敗を、犯すはずのない有能な人材が。

 

(つまりは『普段と同じ基準で考えちゃいけないこと』って訳ですねー)

 

 セレニアはそう考える。伊達に癖が強くて能力面でも偏りのあるアインズ・ウール・ゴウンにおいて、最年少メンバーでありながら参謀格を務めあげてた訳じゃない。前提に囚われない柔軟性ならモモンガ先輩以上にできる自信がある。

 

 もっとも、自慢だった思考力も種族変化とカルマ値の追加によってバランスを欠いており、リハビリも兼ねて人と接しやすく対人関係の経験値を積みやすいリ・エスティーゼ王国への買い付けおよび情報収集任務を志願してソリュシャンがやるはずだった『帝国貴族令嬢』の役割を代わってもらった訳なのであるが。

 

 

 ・・・しばらく逡巡していたセバスだが、やがて全てを諦めたようなため息をついてから事情を説明する。この許し難い愚か者に罰を与えてもらうためにーーー。

 

「先ほどわたくしはセレニア様が彼に情けをお掛けになられましたとき、“叶うなら、この人物には相応の報いを受けさせてから死なせて頂きたかった”・・・・・・と。その思いが邪魔をして、私が動く際に出遅れてしまいました。ナザリックの一員として許される価値のない不敬の極みでございます。慚愧の念に耐えません」

「・・・・・・・・・」

「それだけではありません。わたくしは偉大なる『たっち・みー』様の語っておられた正義を根拠として用いた説教を垂れながら、そのじつ内心では断罪こそふさわしいと二心を抱いたのです。

 主を謀るだけでなく、己が創造主たる方の理想までエゴのために利用した不忠者がわたくしなのです。セレニア様、どうか至高の御方々の一人として無能なる不忠者に相応の裁きと鉄槌を・・・・・・」

 

 これに対してセレニアは、片手を振って一笑に付した。むしろ「あなたの方が正しい」と賞賛しながら。

 

「至高の41人に仕えるのであれば、当然たっち・みーさんも含まれるのでしょう? だとしたら今回の決断はあなたの方が彼の意に添っていたものと判断します。なにも問題はありません」

「しかし、セレニア様。それでは・・・・・・」

「彼の考え方は私も好きです。ですが、むやみやたらと人を助命するだけの行為を彼の心事貫き続けた正義と混同されるのは私にとっても不愉快きわまる行為でもあります。

 今回のこれは私の方がそれに近いことをしてしまってました・・・たっち・みーさんの教えを守れなかったのは私も同罪です。ですので裁くならセバスさん自身の手で私のことをどうぞ」

「い、いえ!そんな滅相もない! 至高の御方々に手を出すなど天が許しても私ども誰一人として決して許す気のない行為でありますので、どうかご容赦を!」

「ーーそうですか。では、今回のこれ諸共に無かったことにしてしまうと言うことで」

 

 茶目っ気のある台詞を言いながら片目を瞑ってみせる主にセバスは、なんと言っていいか分からないまま呆然としていたら横合いから声がかけられた。シャルティアである。どうやら野盗を殺し尽くして遊び飽きたらしい。

 

「こっちは終わりんしたが、そちらの方はどうなのかえ?」

「もうじき勝手に終わるところで御座います、シャルティア様。セレニア様ご自身のお力により直接とどめを刺されましたので」

「まぁ、セレニア様ご自身のお力で直接? ・・・なるほど、あれはこの手の輩には効果抜群でありんしょうからねぇ。さぞかし見応えのある無様にもがき苦しむ見苦しい最期を迎えてくれるんでありんしょうね。悦しみでありんす」

「・・・・・・」

 

 主の意を無に帰するような相手の解釈にセバスは思うところを感じるが、セレニア自身の口から尊重するよう命じられてる事柄だったため、当たり障りのない返答でスルーした。

 

「ーーでは、その口振りから察しまして野盗の塒が見つかったようですね」

「ええ。これから襲撃をかけて、アインズ様が気に入られるような情報を持ってる奴を探すつもりでありんすぇ」

「そうですか。では今回の旅はここで一旦お別れということになりますね。ご一緒できて楽しかったです、シャルティア様」

「それはありがとう。ーーところでセレニア様は、この後どう行動されるおつもりなのか聞いても宜しかったでありんしょうか?」

「構いませんよ? 結構ふつうの行動ですからね、しばらくの間はですが」

 

 そう言って二人に伝えてきたセレニアの予定する今後の方針は、確かにふつうで平々凡々な行動としか言い様のないものばかりだった。

 

「まずは一旦、エ・ランテルに戻るつもりでいます。野盗のことをギルドに報告しておきたいですし、もし使わせていただけるなら極秘の情報として有力商人の誰かに伝えて恩を売っておきたい。新しい御者を雇う必要性もありますしね。

 さすがに国の中心にして文化の発信地に赴いておきながら、従者が執事だけというのは嘗められかねませんので」

「まぁ・・・それはそうでしょうしょう・・・ねぇ?」

 

 貴族設定があるから何となくは分かるものの、シャルティアには人間社会の王都と普通の町との格式の違いまではよく把握できてない。どちらもナザリックに比べたらゴミ溜めと対して変わらない場所だと思ってるから。

 

「町まで戻る手段としましては、通りかかった適当な馬車に便乗させてもらえたことにしてゲートで戻ろうと思ってます。

 そんな馬車が本当に存在するのかと言う疑問はわくでしょうけど、現に戻ってきている私たちという物的証拠があるのですから状況証拠の方に重きを置く物好きさんもそう多くはいないでしょう」

「「・・・・・・」」

「あと、一番大事で忘れちゃいけないのはバルドさんに今回のことで謝罪をし、代わりの御者さんを見繕ってもらうことです。その際に予算は定価の倍払います。

 先に向こうからの気遣いを無視してゴロツキを雇い入れたのはこちらなのですから当然の賠償額ですよ。

 まぁ、その際についでとして王都の商人に知り合いがいるようでしたら紹介状か、もしくは届けたい手紙があるようなら受け渡す役を担わせてもらえると更にありがたいんですけどね。

 格は低くてもいいので、新規事業が地元企業とつなぎを得る際に切っ掛けとなってくれるだけでも有り難すぎますから」

「「・・・・・・・・・」」

「王都に着いたら着いたで、やることいっぱいありますし人手を用意してくれそうな知り合いができるのはスゴく助かりますし、コスト的にもありがたい。

 あきらかに階級差別がヒドそうな場所で新参者が商売するわけですから、役人の皆様方にも最低限顔合わせして袖の下握らせなきゃなりませんし、その際に相手の好みや好物とかを聞いておけるとなお有り難い。・・・うん、そう考えたなら裕福な商人よりも格下の零細商人さんたちのほうが良い気がしてきましたね。賄賂とかに慣れてそうです。要チェックです」

「「・・・・・・・・・」」

「後はーーー」

「・・・・・・もう結構でございますでありんすぇ・・・なんかどっと疲れてきたので・・・」

 

 セレニアによる怒濤の商売始める手順の説明攻撃を前に、最強吸血鬼シャルティア・ブラッドフォールン、敢え無くリタイア。人間社会って、超メンドクセーと思いながら。

 

 

「あ、そうでした忘れてました。一旦街に戻る前にナザリックに帰還して人員選んでもらわないといけないんでしたっけ」

「・・・今度はなんの人選でありんしょうか? 先に申し上げておきんすが、ナザリックに商売上手な人間種は存在していないでありんすよ・・・?」

「それは分かってます」

 

 大きくうなずいて見せてから、「じゃあ何を?」と視線で問いかけてくるシャルティアにセレニアは意外と大きい胸を軽く張りながら答えた。「メイドさんです」ーーと。

 

「「・・・は?」」

 

 両目をまん丸にして自分を見つめてくる老執事の龍人と真祖吸血鬼ドS少女。

 それらを意に介することなくセレニアは少しだけ赤面しながら、自分のしでかしてしまったミスについて語り始める。「忘れちゃってました」と詫び入れながら。

 

「いやね、よく考えてみたら年頃の貴族の娘に、忠実な執事とは言え異性一人だけを世話役に任じる貴族って実在するのかなーと。ですので最低限一人だけでもメイドさんを連れて行かなきゃ嘗められそうなんで、プレアデスの内誰か一人だけでも貸してもらえたら嬉しいなーと、そう思ったものですから」

「はぁ・・・」

「ですので、シャルティアさん。名残惜しいですが私たちはこの辺で失礼します。やる事いっぱいありますのでね」

「さようでございんすか・・・頑張ってくださいでおくんなまし・・・」

 

 片手を振りながら去っていく小さい背中を見送りながら、肉体は疲れなくても心は疲れることもある異業種であるシャルティアは、なんか色々とどうでもいい気分になってきてた。

 

 

「・・・・・・疲れんした・・・。いっそこのままナザリックに帰って棺の中に引きこもりたいと心底から願ってやまなくなるほどにーーーー」

「リリアーーーーっ!!!!!!」

「うぅぅぅぅるせぇぇぇぇぇぇぇですわ、この半死体がぁぁぁぁぁぁっ!!!! 目障りだからとっとと死にやがれでありんすわーーーーーーーーっ!!!!!」

「びでぼぶっ!?」

 

 グシャっ!!

 

 ・・・・・・欠片一つ残さず踏み砕いてやったザックの死体を、苛立ち紛れに何度も何度も踏みつけながらシャルティアは、このやり場のない心労と言う名のストレスを『罪はあるけど苦しんでない。だけど虐殺されるほどの事はしていない』野盗たち相手にぶつけて八つ当たりすることを決意する。

 

 

「・・・皆殺しでありんす、八つ裂きでありんす・・・。アインズ様のお望みになった人材以外、塒に潜む鼠どもは一人残らず皆殺しにしてやりんすぇぇぇ・・・・・・っっ!!!!」

 

 

 ーー後日、エ・ランテルを騒がせることになる『吸血鬼ホニュペニョコ事件』だが、討伐に成功する『漆黒の英雄』が登場するまでは街の者たちに詳細は開かされておらず、仮に開かされていたとしても帝国との国境に接するが故の商業が盛んなエ・ランテルの商人たちが「外は危険だから」と引きこもってしまったのでは早々に街は干上がってしまうのもあり、外出禁止令が徹底されるにはギリギリまで待たなくてはならない事情があった。

 

 更には登場した未来の大英雄『漆黒のモモン』がいきなりとんでもない高レベルの代物だしてきたため情報秘匿はより厳重にしなければならなくなったりと、変な事情も重なり合った結果として、セレニアが街を出てから1時間後にエ・ランテルは非常事態宣言を完全に発動。それまでより数ランク上の完全警戒態勢へと移行する。

 

 ホニョペニュコがシャルティアであり、ナザリックを裏切った可能性が騒がれていた頃には王都近くまで迫っていたセレニアたちの乗る馬に今更きた道を戻る選択肢などある訳もなく、ついでに言えば御者は普通の人間であるためゲートどころかメッセージの使用にも気を使わなければならなかったと言うのも関係して特に予定が変わることなくタイムスケジュール通りに王都へ到着することができたのだった。

 

 

 

「・・・で、それはいいとして、ついてきてくれたプレアデスさんが貴女であることに不安を抱いてしまうのは、私の偏見故なのでしょうか・・・? なんか同類臭がスゴいんですけど・・・・・・」

「・・・・・・・・・びくとりー(特に意味のない無表情メイドのVサイン)」

 

 

 

 

至高の41人の一人:セレニアの設定

 

 アインズ・ウール・ゴウンに加入した最後のメンバーであり、最年少メンバーでもある。

 当時はまだ社会人になりたての新米社員でありながら、たっち・みーが発起人となって結成されたギルド《アインズ・ウール・ゴウン》の前身《ナインズ・オウン・ゴール(九人の自殺点》の存在を知った学生の頃よりあこがれ続けており、強い熱意とたっち・みーへの尊敬の念によってモモンガ等の一部メンバーから推薦も得られたため加入が決定した経緯を持つ。

 実生活よりゲームの方に肩入れする傾向をモモンガに次いで強く持ち、ユグドラシル最後の日にも無理を押して駆けつけてきてくれた結果として巻き込まれて現在に至る。

 たっち・みーの理想については「自分ができないこと」として素直に憧れて尊敬もしている。できるならば自分も「当たり前のこととして人に言えるようになりたい」と願って日々を生きている。

 理想は理想として「尊い想い」と捉えているため、バカにする気持ちは些かもない。が、言い訳として利用されるのは大嫌い。種族特性としてカルマ値が悪寄りでありながら善の面も内包した行動をとるなど善と悪がハッキリしている異世界では少しだけ微妙な存在。

 

 

 

役職:ナザリック作戦参謀格

   事務・経理・在庫管理など雑務担当。「最年少で下っ端でしてからね(セレ)」

 

住居:作っていいとは言われてたけど、あちこち確認のために動き回っていることの方が多いため作らなかった。だから無い。

 

属性:悪【カルマ値:80】

 

種族レベル:ラッテンフェンガー  5Iv

      長靴を履いた猫    5Iv

      パック        1Iv

      ピクシー       1Iv

 

職業レベル:詐欺師        6Iv

      吟遊詩人       4Iv

      交易商人       5Iv

      情報屋        3Iv

 

*ギルドに加入したときには既に他のメンバーが全員レベルカンストしており、戦闘面では役に立つ必要が全くなかったため職業のほとんどはシャレで選んでる。

 異世界に飛ばされてきたせいで全部本当の職業になってしまったせいで少しだけ焦ってる。



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魔族と人間が戦うファンタジー世界に《ビッグバン・インパクト》使いが乱入する話。

半ドンだったため新しいタイプの主人公にも挑戦したくなり、遊び半分で書いてみました。『ハーメルンのバイオリン弾き』がモデルになってます。

作中で別作品の誰かさんを彷彿とさせるような技の使い手が出てきますけど、別に意味はありません。遊びで書いた作品のため深く考えるのが面倒くさかっただけです。


なお、ギャグRPG風オリジナル作品のダイジェストを『自作予告』と題して話の最後に付け足してあります。良ければそちらもお読みいただけたら光栄です。


 遙か昔。人と魔族による戦いは、魔族の王たる大魔王が勇者の命を触媒とした使用された最高レベルの封印術式によって千年の眠りにつかされたことにより、人間側の勝利で幕を閉じた。

 

 魔族軍の多くは大魔王とともに時空を隔てた異なる世界に閉じこめられ、現世へと介入する術を失ってしまった彼らの脅威から人々と世界は救われた。

 

 しかし、その封印は万能ではなかった。千年という時間制限がある故に強力な効果を発揮していられる類の欠陥術式に過ぎなかったのである。

 

 千年の時を待たずして綻びが生じ始めた封印の隙間から魔族軍のほぼ全ては現世へと舞い戻ることに成功し、自分たちの盟主である大魔王を早期に復活させるため人間側が持つ封印の鍵がある聖王国フォルトゥナに向けて大軍勢を出撃させた。

 

 途上にある町や村をアリの巣のように踏みつぶしながら聖王都へ迫る魔族軍『竜王軍団』と『獣人兵団』。

 

 対する聖王国側は持ちうる戦力の全てをつぎ込み迎撃する準備を整えてはいたものの、本命となるべき主力は軍の指揮系統とは異なる別勢力として少数が各所に配されていた。

 

 

 彼らはそれぞれの理由と目的のもと、聖王都にて魔王軍が押し寄せてくるのを今や遅しと待ちかまえていた・・・・・・。

 

 

 

 

「魔族軍、聖王都北門より襲来! その数不明! とんでもない数です!」

「Aブロック、難民の収容を完了しました! 続いてBブロックの管制に移ります!」

「魔法兵団が敵の主力と戦闘を開始しました! 押してはいますが、弾数に限りがあるので魔竜軍団の後方に控えた後詰めの獣人兵団が心配です」

 

「おのれ・・・魔族め・・・! なんという数を一国相手に投入してきたのだ! 本気で人類すべてに『千億年分の絶望』を味あわせねば気が済まぬと言うことなのか・・・っ!!」

 

 ーー聖王都城内にある司令室から総指揮を取っていた大臣兼大将軍の老臣は歯噛みする。

 魔族軍は大まかに分けて四つの軍団に分かれており、それぞれが南北西東にある各大陸へと侵攻していたはずだ。

 それが今この聖王都に迫ってきている軍勢だけで二個軍団だなどと笑えない冗談だった。どう考えても国が相手に出来る数の限界を超え過ぎている。

 

「!! 大臣閣下! 南より巨大な魔族が単体で侵攻を開始しました! 守備隊は壊滅させられた模様!」

「なんだと!?」

 

 驚愕の報告内容に大臣は唖然とさせられる。ありえないはずの内容だった。南に配置された魔族軍数が少なく、つい先ほどまで比較的おとなしくしていたはずだ。それが侵攻を開始した途端、ものの数分と待たずに守備隊を壊滅? ・・・ありえない!

 

「・・・いや、まさか。まさか奴ら、軍団長まで投入してきたというのか!? たったひとつの街を落とすために種族全体の中で四人しかいない最精鋭を開戦初期から投入するなど非常識きわまりない! どうかしている!」

 

 激高しながらも大臣の頭の中では記憶巣が警告を発し続けていた。

 魔王軍への対抗策を練らなくてはならなかった彼には必然的に他者より多くの魔族に関する資料が集められてくる。その中には確かに記されていたのだ。今回のケースに該当している軍団長の名と特徴が。

 

「まさか・・・まさかまさかまさか! 奴か!? 奴がきたのか!? 魔族軍きっての猛将にして、大元帥にも膝を屈したことがないと言われる『大魔王、真の後継者』!

 竜魔王ドライグがこの城目指して押し寄せてきていると言うことなのか!?」

 

 悲鳴にも似た彼の叫びは、直後に聞こえてきた竜魔王本人からの『人類抹殺宣告』によって全面的に肯定されてしまう。

 

「・・・悪魔どもめっ!!」

 

 悔し紛れに吐き出されたつぶやきは、言葉で罵ることしかできない己の無力さと敵への恐怖に満ち満ちた悲鳴でもあった・・・。

 

 

 

『ヒャーッハッハッハァ!! ぶっ潰せー! 潰してしまえーっ!! 人間どもを皆殺しにしろォォっ!!』

 

 巨人族の胴体に、竜の四肢と双頭がついた邪悪なる一族の正当なる末裔『魔竜王ドライグ』。

 凶暴さと残忍さで知られる彼だが、それと同じくらいに強さにおいても比類無きと証されている剛の者。

 強靱な鱗に覆われた肉体は半端な飛び道具では掠り傷ひとつつけられず、魔族軍随一と言われるタフな生命力は心臓を貫かれたぐらいではビクともしない。攻撃力に至っては吐く息だけで一軍を焼き尽くす程度は他愛もない、まさに最強種族ドラゴンの王に相応しい偉容を力でもって示しながら彼は征く。聖王城へ。

 

「野郎ども! 聖王城だ! ザコは無視して聖王城へ向かえ! そこに大魔王様を復活させる鍵が眠っているはずだ! それさえ手に入れたら俺たちの勝ちだ! 圧勝だ!」

 

 殺戮に酔って、分散しがちになっていた部下たちの統制を怒鳴り声をあげて命令することで取り戻し、自分たち魔族すべての悲願である大魔王復活のために必要な鍵の重要性を強調する。

 

 

「いいか!? 絶大なる力を持つ我ら魔族の偉大なる長『大魔王様』さえ復活すれば、その力を以て人間どもを根絶やしにし、魔の国家を築くことが出来るのだ!

 俺たちすべての未来のためにも死ぬ気で突っ込め雑兵どもよ!」

『お、オオオオオオオオオオオオオオオオオっっっ!!!!!!!』

 

 

 行き上がる魔族軍、魔竜軍団。

 そうだ、それでいい。自分の率いる軍が大魔王様を復活させるのに成功したならば、大元帥を倒すまでもなく大魔王様の後継者はこの俺! ドライグ様で決定するのだ!

 

「俺様は! 大魔王様の次に全魔族の王となり、世界の覇者となる男! 大魔王ドライグ様になるべき男だ! テメェ等ザコどもが幾ら束になったところで敵う相手じゃねぇんだよ! 弱ぇ奴らは死に絶えろ!」

 

 己こそが最強と高らかに宣言し、殺戮を楽しみながらも真っ直ぐに王城へと突き進んでゆく魔竜王ドライグ。

 最強王者の行進を止められる者など一人もいない・・・・・・誰もがそのように思ったとき、反問の声は意外な方向性を以て訪れる。

 

 

「・・・なんだ、竜族の王がくると聞かされたからわざわざ出張って来てやったというのに、簒奪も志せないヘタレではないか。つまらん。実につまらん。雑魚トカゲを切ったところで何の自慢にもならん。

 せめて散り際にあげる悲鳴で余の無聊を慰める程度はしてみせろよ? 大魔王の腰巾着ザコ蜥蜴めが」

 

 

 

 無礼不遜見下し侮蔑。世界中のあらゆる悪意を詰め込んだかのような声で告げられた、魔竜王ドライグが一番触れてほしくないと願い続けてきた唯一の弱点。

 

『大魔王相手に這い蹲って許しを乞い、それ以来頭が上がらなくなってしまった過去の記憶』

 

 それを的確に抉り突いてくる声の主へと視線を向けながらドライグは、自分のすべきことは鍵の奪取よりも先にこいつを殺すことだと決意していた。

 

 自分の一番イヤな思い出を思い出させてくる輩は殺す。絶対に殺す。死んでも殺す。絶対にだ。

 

 

「・・・・・・・・・誰だお前は?」

 

 ギロリ。壮絶な憎しみを込めて睨みつけられ、黒ずくめの少女はせせら笑う。

 そして告げる。ーー無様だな。・・・と。

 

 

「・・・なにぃ?」

「ほう? 返事までに一拍置いたか。結構、自覚できる程度には知能があるらしい。まんざらバカでもなさそうで安心したよ。バカを斬るのは楽すぎてつまらないからな」

 

 くっくっくと、嫌味たっぷりに嗤って返す黒服の少女。ドライグの堪忍袋はとっくの昔に切れてはいたものの、渾身の一撃で跡形も残さず消し飛ばしてやりたいという願望の方が強かったため、今は力をためている。

 そのため反論することが出来ない。言われ放題だ。その悔しさまでもを上乗せしてドライグは、一世一代の攻撃を放つ覚悟を決めていた。

 

 

「そもそもだ。お前ら魔族の悲願自体が他力本願過ぎるのだよ。偉大なる大魔王様の絶大なる力を以て人類を滅ぼす? 魔の国家を築くだぁ? はっ!

 自分たちだけでは出来ない無能集団ですので、どうかお願い助けて大魔オエも~ん、と泣き叫ぶに等しい無能宣言を大声でのたまりまくってよく恥ずかしさを感じずにすむよなトカゲ。さすがは負け犬根性が染み着いた腰巾着は違うと言ったところか。

 挙げ句が自分より弱い奴ら相手に「弱い奴は死ね」・・・? ーーぷっ、ははははっ!

 負け犬の遠吠えは実に見苦しいよなぁ? なぁ? なぁ? お前もそう思うだろう? 敗け蜥蜴のドライグちゃ~ん? ひゃはははははははっ!!!!」

 

 

 ーーーーエネルギー重点完了。己が持つすべての力を込めて、この一撃でケリを付ける!

 

 

「吹っ飛べ、クソ人間野郎めがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」

 

 

 

 ド

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッン!!!!!!!

 

 

 

 ・・・大地を割り、街を半壊させ、自分の部下たちをも巻き込みながら放たれたドライグ必殺の一撃は、まさに会心の一撃と呼ぶに相応しい威力を持っていた。

 

 それもそのはず、彼の特技は数を打たずに溜めることで威力を倍増ししていく『エネルギー蓄積能力』。

 単体でも威力の高い攻撃を理論上は無限に溜め込むことが可能なこの攻撃方法は、溜めている間は動くことが出来ない反面、長広舌で余裕をかましたがる相手には最高によく利く攻撃方法だったのだ。

 

 反面、溜め込んだ力を一度に放出してしまうため次弾はなく、文字通り一撃必殺でなくては意味がない最強にして最大の一撃。

 

 それこそがーーー

 

 

「この魔竜王ドライグ様だけが使える究極の必殺技! 《アルティメット・バースト》だ!

 どうだ! 思い知ったか!? 思い知れ無かっただろう? だって死んじまったもんなぁ? 死んだら何も思えない語れない反論すらもできないもんなぁ? ・・・地獄へ堕ちろクソちびガキ! 二度と這い上がってくるんじゃねぇ! 死ね! 死ね! 死ね!

 肉片ひとつ残さず死に絶えやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!」

 

 地団太を踏むかのように先ほどまで少女がいたはずの場所を、何度も何度も踏みまくる。

 子供の癇癪にしか見えないその光景を拍手とともに批評してくる声がかかるまで、彼は延々と同じ行為を繰り返し続けていた。

 

 

 ぱちぱちぱちーーーー。

 

「なかなか見事なものだった。面白い大道芸だったよ、弱虫ドラゴン。ザコが考え出したお約束通りの技としてはまぁ・・・及第点と言ったところだった。満足している」

 

 ドライグの背中をイヤな汗が伝い落ちる。

 ありえない、なぜ生きている? いや、今のは確かに死んだはずだ。助かる見込みなどない。絶対にない。あり得ない。

 

「ふむ? なぜ私が生きているのかがそんなに不思議かね? たんに普段から鍛えているだけなのだがな。

 魔力ブーストによる身体能力強化と己の肉体自身の肉体改造を併走して行い続けることに何の不思議があるというのだ? どちらとものバランスが一番大事だと考えたことはないのかな?」

 

 余裕綽々な態度で背後に回られ、背中を取られ、回し蹴りで《アルティメット・バースト》を放つまでには溜めに今少しの時間が必要だ。そのためにも敵がベラベラしゃべるだけでこちらが沈黙していればいい状況はありがたい。

 

 そうだ。これは勝つための布石だ。必要なことなのだ。断じて敵に言い返せない状況なのではない。自分の方が言い返してやらないだけなのである。

 

 

「さて・・・先ほど見せてくれた大道芸の礼に、こちらもひとつ芸を見せようではないか。ジックリと鑑賞してくれたまえよ。どのみち身動きの出来ない今の状態では暇を持て余しているだろうからね」

 

 !? ば、バレて・・・・・・っ

 

 

「暇つぶしだと思って、ゆっくりどうぞ。ーー《ビッグバン・インパクト》」

 

 瞬時にして目の前まで移動してきた少女が攻撃態勢をとり、ドライグは溜めを捨てて防御を選ぶ。

 

 

 ーー大丈夫だ!イケる! こいつの攻撃内容は態勢を見た瞬間にわかった! ただ『魔力を込めただけの右ストレート』だ!

 なんの能力もスキルも使用していない単純な代物で、俺様だけが持つ特性を鍛えに鍛え続けて完成させた《アルティメット・バースト》を越える威力が出せるわけがない!

 

 

「俺が最強! 俺こそ最強! 最強魔竜王ドライグにして大魔王ドライグ様一世とは、この俺様のことなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

「ふぅんっ!!!!」

 

 

 どごん!

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 かけ声とともに少女が放った右ストレートがドライグに当たった音が聞こえた次の瞬間。

 鼓膜をつんざく轟音が鳴り響き、この場にある全ての音が消失し、世界そのものを白一色に染め尽くされたように錯覚させられた。

 

 やがて色を取り戻した世界の中央に少女は立ち、ドライグの姿はない。

 

 少女の右拳が向けられた先にあったもの全てが消滅させられ、残されたのは勝者である少女がただ一人だけ。

 

 彼女は自ら仕止めた雑魚ドラゴンに、せめてもの餞として侮蔑の言葉を贈ってやることにする。

 

 

「・・・ただの右ストレートだからと侮ることなく、シンプルな反復とトレーニングを飽きることなく何億回でも繰り返し繰り返しやり続け、突き詰め続けるからこそ技は強くなり続けるんだよ。

 複雑そうな理屈に逃げて、大魔王に勝てぬ己の弱さから目を逸らしたい貴様は己だけが持つ特性に依存して。逃げて、逃げて、逃げ続けた。

 負けたときの言い訳として相性だなんだと述べながら、特性故に自分だけが手に入れられる見かけ倒しの欠陥技に逃避した。

 だからこそ弱い。

 貴様の心は他の誰よりもザコ過ぎる。

 強者に怯え、自分よりも弱い者にしか勝とうと思えなくなった戦士にいったい何の価値がある? シンプルな力の論理を唱えながら自分レベルにあわせた半端な理屈に逃げた技でなにが出来る? 誰が倒せる? 今の自分で倒せる敵にのみ勝ち続けるしかできなくなった最強に、ザコ以外の表現が似合うとでも思っていたのか?

 ・・・貴様は王を名乗りながら大魔王に従うことを選んだ時点で戦いを辞めるべきだったのだ。

 戦場にいる戦士たちは、勝てる相手にしか強さを誇れなくなった臆病なザコを生かしておいてくれる優しい最強志望者ばかりではないのだからな」

 

 

 

自作予告:「オフラインRPGを遊んでたらオンラインの異世界に転生しちゃった話」

 

「この世界はレベルによって強さが決まります。レベルの差は絶対的なもので、レベル20が逆立ちしてもレベル40に敵うことはありません。

 ちなみに私はレベル40の魔術師です(レベル上限が999のオンラインMMOが原作世界の住人思考)」

 

「なんと!? その歳にして既にレベル40なのか! それはスゴい!(レベル上限99しかないオフラインばっかりやってた人の価値基準)」

 

 

「君はおそらく、かなりの高レベルだ。測定器で計れないのは君がいた世界と私たちの住むこの世界とで何かしら強さの基準が違うせいだと思われます。

 そして私はまず間違いなく君よりも弱い。絶対的弱者から上から目線で命令されて従うことが、果たしてあなたに出来ますか・・・?(戦争で負けた亜人種たちが人族に格下として扱われている世界で生きてる人の思考)」

 

「??? そこに何か問題があるのかね?(王様が強いことなど滅多にない王道RPGばかりやってた人の思考)」

 

 

 

「たかだか中級レベルの魔法すら使えない見習い魔術師風情が、俺たち上級魔術師相手に勝てるとでも思っているのか!(使える魔術で階位が決まる魔術師ギルドの人の考え方)」

 

「心配するなぁぁ! 問題ない! 私は初歩中の初歩にすぎない最下級攻撃魔法しか使えない魔術師だからなぁっ!(ビジュアル重視でロールプレイするのが好きな人の思考。具体的には肉弾戦能力しか強化してない魔術師クラス。知力と賢さはスタート時から変わっていない)」

 

 

 

「この世界では人族が獣人たちを奴隷として支配下におく国が多いのです・・・(種族差別が当たり前の世界に生まれて疑問を感じている人の不満)」

 

「ほほう、そうなのかね(似たような設定の国は珍しくないRPGをいっぱいやってきた人の思考)」

 

 

「バカな!? レッサードラゴンでさえ一撃で焼き殺すことができる上級攻撃魔法だぞ!? それを食らって無傷だなどと・・・ありえない! 絶対にあり得てはならない!(レベル差が一定以上でノーダメージになる世界の人の思考)」

 

「いや? ダメージは受けているから無傷というほどではないようだぞ? ほら、ここ。1、2ダメージぐらいの掠り傷がついている。(どんなに弱くてもダメージは受ける仕様のRPGが好きな人の思考法)」

 

 

 

「魔術師ごときが戦士の俺に体力勝負を挑もうとは面白い!(レベル上限は高いけど、その分だけ下の方のレベルは同じ数字のオフラインより遙かに弱い世界の人思考)」

 

「ふっ・・・魔術師である私の右ストレートを受けるがいい!(レベル上限は99で、最大HPが9999なオフラインRPGから来ている人のパンチ)」

 

 

 

「貴様! 私を愚弄するつもりか!? 騎士を相手に鞘も抜かず、剣を構えるなど許し難い侮辱である! 無礼討ちで叩っ切る!(騎士は剣を、魔術師は杖を持つのが当たり前な世界の常識)」

 

「あいにくと私は剣士ではなく魔術師なのでな! 鞘を抜いたままでは剣が装備できないのだよ!

 鞘が付いているなら杖と同じ打撃武器! 魔術師でもギリ装備可能な裏技装備の威力を思い知るがいい!(ビジュアル重視で以下略。武器の名前は《錆びて抜けなくなった日本刀》。通称《クロノ・トリガーのモップ》)」



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暴君タイプの女騎士がRPG風世界を旅する話

大分前に『テイルズ・オブ・ヴェスオエリア』が安く売ってたから買ってプレイして感動して、その日の内に書きあげてた作品が今更出てきたので投稿しておきますね


 

 この世界アルテシアに生きる人々はあまりにも弱い。

 人の住む世界である町の外にうごめいている魔物たちと比べたら、人はあまりにも脆弱すぎる存在だ。

 獣を食らう牙もなく、寒さから身を守る毛皮もなく、大地の果てまで四足で走り切れる強靱な脚もない。弱き種族、『人間』。

 それでも未だ人々が滅ぼされることなく生き続けていられるのは、弱さ故の臆病さのお陰なのだと賢者たちは言う。

 

“我々の住む町を守る結界、そのエネルギー源である魔力炉。この二つは人の臆病さが生み出した牙持たぬ人間にとっての牙であり、毛皮であり、脚なのだ”ーーと。

 

 続けて彼らは、こうも言っている。

 

“人が臆病故に生きながらえている生き物である以上、臆病さを失った人類は必ず滅ぼされる。子供たちよ、臆病さを笑うことなく大切にせよ。傲慢は綻びを招き、魔力炉を破壊する。魔力炉を失った人類に未来などない・・・・・・”

 

 

 ーーー今日まで我々は彼らの教えを守り、臆病さと魔力炉を同義語として大切に教え伝え、守り通してきた。

 

 だが、人は忘れる生き物である。

 繁栄と平和を続ける世界で、いったい誰が臆病さなどと言う名誉とは無縁な利己心を誇りとして認めてくれるだろうか?

 

 魔力炉の発展とともに繁栄を続ける世界において、いったい誰が魔力炉のことを臆病さによって生み出された利己的な産物であるなどと言う記録を残し続けるだろうか?

 

 

 ・・・私は予言する。

 人は自らの驕り高ぶりによって平和と発展の礎である魔力炉を破壊し尽くすであろうと。人類は人類自身の手で最期を迎える種族になるだろうと。

 

 だからこそ私は、私個人として願わずにはいられない。

 

 人よ、臆病であることを恐れるな。勇敢に己の弱さと向き合い続けよと。

 

 自らの間違いを認めぬ正義と正しさこそが、臆病さの最たる傲慢であるのだから・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・んぅ?」

 

 昼寝中だった黒ずくめの少女剣士『ミリー・キリアリア』は、部屋を揺らす振動で目を覚まし、続けて響いてきた階段を駆け上がってくる幼い子供の足音と戸を激しく叩きだす打撃音。

 

「やれやれ、一ヶ月で300エキューという平均の半額以下の半額以下なバカげた家賃で借りてる超高級オンボロ集合住宅なのだから、今少し慎重に扱って欲しいものだな。

 ーーー壊れて崩れてしまった時には、壊した奴に修繕費を押しつけて国外追放される気満々な私なのだぞ? もう少し警戒心を持って慎重に我が身を処すべきだと思うのだがね・・・」

 

 不穏きわまる独り言をつぶやきながら立ち上がると、彼女は引き戸に寄ってから鍵を開けてやる。

 

 すると外から一人の少年が駆け込んできて、赤ら顔のまま頼み込んでくる。

 

「ミリー! 大変だよミリー! 水道の水を濾過するのに使っていた魔力炉が壊れて魚が変異した魔物があふれ出してきたんだよ! このままだと下町が水魔の群に占領されちゃうかもしれないんだ!

 今、父ちゃんたち自警団が必死に支えてるけど、俺たち平民は戦うための訓練なんて受けてないし、このままだと下町が! 父ちゃんが!」

「金」

 

 長広舌だった相手と異なり、ミリーの反応は短文だった。短文過ぎていた。だってこの世界の単語でも二文字しか使ってないんだもん。

 

「私の仕事は雇われ者のならず者だ。金がない奴に手を貸すことはできないのだが?」

「そんなこと言ってる場合かよ!? このままだと町が・・・、父ちゃんたちが!」

「だから金を払えと言っている。それとも何か? お前にとって父ちゃんの命とやらは、他人にすがって助けてもらうのが当たり前程度の価値しかないものなのか?」

「・・・!!!」

 

 苦渋の表情を浮かべる少年だったが、感情的な癇癪を爆発させるほどガキではない。

 外見年齢と中身がそぐわないのは、下町育ちの子供に共通している特徴だった。

 

 ただ「家族だから」と言うだけで助けてもらえるほど甘ったれた環境で育っていない。子供は子供としてできることを最大限やってくれているからこそ、大人たちは彼らを後継者としてなけなしの身銭をはたきながら養ってやることが可能になる。

 

 無駄金はない。あるならもっと別のことに使いたい。命に関わる分野で金の足りてない物や場所は吐いて捨てるほど有り余っている。

 ・・・そういう場所なのだ、今の時代の下町という場所は。

 

 国民を守るべき騎士団は市民階級が住む都市部に被害が及ばない限りは、滅多に治安出動してくれないし、討伐遠征軍がモンスター相手に編成されたのはいつ以来のことだったか今となっては誰も覚えていない・・・。

 

 

「・・・・・・来月に父ちゃんの誕生日があって、その時にプレゼントを買ってあげようと内緒で貯めてた三十エキュー・・・。父ちゃん一人の命と釣り合いがとれる額じゃ全然ないけど、今の俺の全財産はこれだけだよ・・・」

「十分だ。仕事は引き受けた。後は私に任せておけ」

 

 アッサリと頷いて金を奪うとミリーは、近くにあったボロ箱再利用金庫の中へと放り投げ、その足で現場に向かって歩き出す。

 

 あまりにも早い変わり身に、少年は数秒の間唖然としたまま見送りかけて、ハッと再起動してからようやく怒鳴り出す。

 

「・・・な、なんだよー! 最初から引き受ける気満々だったんじゃないか! だったら最初からタダで引き受けてくれたっていいじゃないかケチ!」

 

 背後から怒鳴ってくる少年に、ミリーは首だけ後ろを向いて呆れた声音で告げてやる。

 

「阿呆。私は人としての礼儀について問うただけだ。お前の答え如何によっては無視して昼寝を再開する気満々だった。

 お前が自分にできる最大限を示したから、その分ぐらいは働いて返してやってもいいと心変わりしただけの話だ。何も事情を知らない最初の時点で方針を決めている奴がいたとしたら、そいつは事件の犯人以外にあり得まい。違うか?」

 

 言葉に詰まり、返事ができずにいる少年は役立たずでしかないので放置して戦場へと駆け足で向かう寸前、ミリーは一言だけ言い添えておくことを忘れない。

 

「だからお前は父ちゃんと再会したときこう伝えておくといい。『お前を助けるために俺は全財産をはたいたんだ。だからお前の誕生日プレゼントはお前自身の命だけだ。文句ないな!?』ーーと。後は自分の頭で何とかしろ。以上だ」

 

 さっさと駆けだす彼女の背中から「親にそんな言い方できる子供がいるかボケーっ!」と怒鳴る幻聴が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 

 なぜなら彼女は、親だろうと誰だろうと差別することなく言えてしまう人でなしだったから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「おい、聞いたか? 下町の連中がまた魔力炉を故障させて水道管を破裂させたらしい。お陰でいま下町は水浸しだとさ」

「またですかぁ? この前故障したのを偉い魔術師様を雇って直してもらったばかりじゃないですか。物持ち悪いにもほどがあるでしょう、それ」

「ああ。だから奴らは上に行けない。貴重で高価な魔力炉を無駄に壊すような無能は、とっとと魔物にでも食われ尽くして絶滅してしまえってなぁ? ひゃひゃひゃひゃ♪」

 

 

「失礼。その下町で起きた魔力炉盗難事件について2、3お伺いしたいことがある。素直に話していただけるとありがたい」

 

 

「ああ? なんだお前は、平民の分際で偉そうに・・・。いいか? 俺たちはな?

 帝都の安全を守るという、崇高な使命をおって集められた選ばれし者、貴族様だけで編成されたバラ騎士団の一員でーーーー」

 

 

 ジャキ。

 

 

「いいから、聞け。そして素直に知っていることだけ答えればそれでいい。

 それとも街の住人に被害が及ぶ大規模なテロでも起こして欲しかったか? あるいは殺人鬼による大量殺人劇場の方がお前たち好みだったか?

 私は寛容だ。好きな方を選ばせてやる。テロと殺人事件のどちらか片方だ。さぁ、選べ。ちょうど二人いることだし人数的にも都合がよろしかろう?」

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 

 

 

「ふむ、ここか。魔力炉泥棒が逃げ込んだ先というのは」

 

 職務に忠実な門番たちによる『事件解決のためにはやむを得ない。我々も国民たちの財産と安全を守るため、協力を惜しまない』とのお墨付きの元あたえられた情報提供によって魔力炉泥棒が所有する館の前までやってきていたクロエ。

 

 貴族以外は立ち入り禁止となっている貴族街に無断侵入するのを見過ごすまでしてくれた門番たちの忠勤ぶりは疑う余地が一分も見当たらない。

 おそらくと言わず確実に今頃は騎士団の詰め所に駆け込んで賊の侵入を上司に報告していることだろう。

 一体、誰が鎮圧に出てくるだろうか? 楽しみが増えるのは結構なことである。

 

 

 

 ・・・・・・下町に溢れ出てきた海魔どもを面白半分で一掃しつくした彼女は、事件の発端となっていた水道の故障原因が、動力炉も兼ねている旧式の魔力炉がなくなっているせいだと見抜き、街の治安にかんして『知識だけ』は豊富な治安維持組織である騎士団から情報を聞いてみようと思い立ち、適当に暇してそうな騎士二人に礼儀正しく声をかけて、親切な相手から快く情報を提供してもらい、ここまでこうして来たわけなのであるが・・・・・・。

 

 

「ーーなんとなくイヤな予感がするな。人外の臭いがしてならない・・・。こう言うときには決まって人を斬らなくてはならなくなるから、気分悪くなるのだがな」

 

 つぶやきながら鍵のかかった両開きの扉の隙間にすっと剣の刃を入り込ませて、硬質な金属音を響かせる。門を閉じていた錠前が二つに割れて床に落ちて門が開けられるようになり、クロエは正面玄関から堂々と貴族の館へ無断で侵入し、持ち運べそうな金目の物がないか物色するついでとして魔力炉泥棒が隠れていないか見て回った末に。

 

 

「いないか。逃げた後は見つかったのだが・・・どうにも一足遅かったらしい。今から追っても無駄足になる可能性が高いとなると、やはり頼むべきは次善の策だろうな」

 

 アッサリと方針を切り替えると、入ってきたときと同様に正面玄関から堂々と館の外に出て、待ちかまえていた二人の衛兵と対面する。

 

「騒ぎと聞いてみてみれば、やはり貴様か! クロエ・キリアリア!」

「いつかは身の程知らずな行為に手を染めるだろうとは思っていたが・・・まさか貴族の家に泥棒にはいるとは許されざる大逆罪! 万死に値する! 裁いてやるから神妙にお縄につけーい!」

 

 

「あ、いやゴメン。お前らじゃ意味なさすぎるから一先ずは眠っておけ。どうせ起きたときには詰め所のベッドで寝てるだろうから帰りに歩く手間を省いてやるよ」

 

「「へ?」」

 

 シュパパィン!!

 

 ・・・バタリ、バタリ。

 

 

 ーーーーガチャ、ガチャ、ガチャ!!!

 

「さすがシュヴァイン隊。貧乏人一人捕まえられずに伸されるとは・・・無能ここに極まれりだね。所詮は生まれの卑しいザコ部隊の隊員ではこの程度と言うことか。

 ーーまぁいい。君の顔も見飽きてきたところだ、クロエ・キリアリア君。

 正直、君と違って僕は忙しすぎる身の上なんだけど、折角だから牢屋にたたき込む前に少しだけ遊んであげるよ。僕の部隊の隊員たちがね!」

 

 

「ああ、お前たちが来てくれたのか。これは助かったな、礼を言う。お陰でだいぶ楽が出来そうだ」

 

「「「へ?」」」

 

「とりあえずは全員眠っておけ。必要なのはお前らじゃない。お前らが治安出動したのに夜になっても帰ってこない状況そのものだけだから」

 

 

 ボコ! ボス! ベコベコ! どべしん!!

 

 

「「「きゅ~・・・・・・」」」

 

「よし、館の一室に放り込んでおこう。仮にも貴族の屋敷である以上は、そう簡単に無許可で無断侵入してくる常識知らずな無礼者はそうおおくないだずだから」

 

 

 誰でも他人のことはよく見えている。byクロエ・キリアリア。

 

 

 

「さて、混乱に乗じて王城にも無断侵入してみたわけだが・・・・・・困ったな。お目当ての貴族名鑑が保管されている大臣執務室には、王城勤めをしていた時より一度も行ったことがないんだった。

 これでは罪状が死罪レベルにまでグレードアップしただけで骨折り損の無駄足でしかなかったな」

 

 小首を傾げて、足下に転がっている数名の騎士たちの一人に腰掛けながら先走りすぎた自分の浅慮さを軽く後悔し、反省し、次に活かそうと心に決めて立ち上がり、次の方針を決めるために剣を抜き、切っ先を床に向けて手を離す。

 

 カラン・・・コロン、コロン・・・・・・。

 

「なるほど、こちらに行けばいいのだな」

 

 占いに使った愛剣を拾い直してからノンビリとした足取りで剣の指し示した方角へ向かって歩き出す。

 

「貴様ぁっ! 何者だーーーぶべっ!?」

「ふむ。・・・・・・さっきから何しに来ているのだ? お前たちは本当に・・・」

 

 

 見張りに見つかる度に気絶させて進んでゆくため、敵のいない王城の外より侵入者に侵入されてる王城の中の方が警備が薄くなる一方という異常事態が発生しまくっていたことを、国の内外にいるすべての者は誰も知らない・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「ーーもう、お戻りください! 隊長殿には我々の方から詳細をお伝えいたしますので!」

「今は戻れません! わたくしには行かなくてはならない理由があるのです! わたくしとて王家の女・・・女だからと甘く見ては怪我をしますよ!」

「・・・致し方ありません。手荒な真似はしたくなかったのですが・・・・・・ご無礼の段、平にご容赦を!」

 

 ーーー不法侵入者が王城の中を暴れ回っているという状況の中で暢気なことに、秘密を抱えて城から逃げ出そうとしている王女と、それを追う近衛騎士団員との間で王道展開のやりとりを繰り返していたところ、空気読まないし読む気もない黒ずくめの少女が偶然にも彼らが道を塞いでしまっていた廊下の奥から出てきてしまったために

 

 

「邪魔だ。寝ろ」

 

 ドスン! バキン!

 

「「ぐあぁっ!? ・・・ふ、不意打ちとは卑怯なりぃぃ・・・・・・ばたん」」

 

 姫様を前に置き、侵入者には背中を見せてたせいで先制攻撃を食らい、見せ場もないまま床へと沈む二人の近衛騎士。

 

 そして歩み去ろうとしていた黒剣士少女と同等の空気読めないスキルを誇る王女様が、ドデカい花瓶を持って不意打ちで襲いかかってみたのだが。

 

「えいっ!」

 

 スカッ。

 

 がっしゃーん!!

 

 

「・・・あら?」

「ふむ? 最近の王城では侵入者を見つけた際にドレス姿で不意討ちするを良しとする淑女教育が行われるようになっていたのかね? いやはや、防犯意識が高くなったようで結構なことだな」

 

 肩をすくめながらド素人の奇襲をアッサリ避けてしまう不意打ち奇襲、卑怯卑劣な戦法をふくめむ有効であるなら善悪問わずに全肯定な黒塗り少女は気楽な調子で論評してしまう。

 

 城では絶対見かけないタイプの少女を前にして、王女も多少は戸惑う気持ちが芽生えてきたのか少しだけ警戒感を持たせた声で確認をとってきた。

 

「・・・あなた、お城の人じゃないですよね?」

「そうだな。付け加えるなら王城には無断で侵入してきたし、見張りの兵に見つかった際には力付くで黙らせながらここまで侵入してきた大逆罪の身でもある」

 

 ひっ。と、王女は小さく悲鳴を上げて後ずさり、自分が今とんでもない大悪党の前に立ってしまっているのではないかと恐怖した。・・・だいたい間違っていない辺り救いようがない真っ黒少女である。

 

「で? それを聞かされた上で君はどうする? 何を選ぶ? どう行動する? 貴様の選択次第でこちらの対応も大きく変わるかもしれんからよく考えて選ぶがいい」

 

 剣の刃をチラツかせながら真っ黒少女は試すかのように王女へ問いかける。

 ・・・この女、こと言動に関する限りにおいて時と場所と状況を選ぶ気を一切合切持ち合わせてねぇ・・・。

 

 

「ーーお願いです! お城の外から来た方なら抜け出す方法を知っているはず! それを私に教えていただきたいのです!」

 

 しかし、姫様とて負けてはいない。同じくらいに空気読めないスキルを遺憾なく発揮して『王城への無断侵入で負傷者多数』という国の犯罪史上希にみる凶悪犯の正体を聞かされて、着目したのは『城から出られる術を知っている!』の一点だけだった。どうやらこの姫様も、けっこうヤバい人なのかもしれない。

 

「金」

「・・・はい?」

「私は金で雇われるならず者でな。金を払えない者からの依頼は受け付けていない。知りたい情報があるなら、相応の代価を支払え」

「え~・・・」

 

 ドン引きするお姫様。当然と言えば当然の反応だろう。お城に不法侵入してきておいて、外に出る手段を知りたいならば金払えとか聞いたこともないカツアゲ方法だった。

 やっぱりこの黒ずくめが、一番ヤバそうである。

 

 

「えっと・・・今は手持ちがありませんので、お城の外に出られたら今つけてる装飾品を売ってお金に換えますので、それまで待っていただくのは無理ですか?」

「可能だが、それならせめて前金ぐらいは払っておいて欲しいところだな。なにしろ初対面の相手に金を貸すというのは勇気がいることだから」

「え~・・・・・・」

 

 今度こそゲンナリせざるをえなくなるお姫様。

 人の命がかかっているときに、なんて不謹慎な!・・・そういう怒りがないわけでもなかったが、変な方向で素直な性格が災いしてしまい相手の言ってることにも一部分だけではあるが正しさを感じてしまったのである。

 

「せ、世界の運命がかかっている脱出行だったとしてもですか・・・?」

「むしろ尚更ではないかな? そのような大事は些細なほころびから崩れ去るのが鉄板だ。大きな事態に挑むときにこそ、小さな部分にも目を配れて軽視しない慎重さが必要になるものだ」

 

 ある意味正論ではあるのだが。

 それでもやはり、言うべき場所と場合と状況とは選んでほしいと思った王女の感想は間違っているだろうか?

 

「う、う~ん・・・。ーーでは、こうしましょう! わたくしの部屋まで一旦戻るのです! よく考えてみたらドレス姿でお城の外に出ても目立つだけです! すぐに見つかって連れ戻されてしまうのは間違いありません!

 ここはひとまずわたくしの部屋へと戻って衣装直しをし、改めてお城の外を目指すということで如何でしょう? もちろん、部屋に戻ったときに侵入者さんが欲しいと思った物は持って行ってくれて構いませんから」

「それで構わん。私としては契約が正しい手順で行われてくれさえすれば、それで良いのだからな」

 

 そう言うことになった。

 

「・・・まだ着替えは終わらないのか? 女の着替えというのは存外に時間を浪費するものだったのだな」

「失礼ですね! そして無礼です! 仮にも王族の一員である身としては、これでも十分早い方なんですぅっ! ・・・っていうかあなたも女の方なのですし分かるはずでしょう!?」

「知らんし、わからん。これと同じ服を後二着持っているが、洗濯の際に着回しているだけであって作りは一切変わっていない。

 脱いで履いて羽織る。それが全ての着替えしかやってない貧乏人には、理解できない貴族社会という奴なのだろうよ」

「はぁ・・・そう言うものなのですか・・・?」

 

 いろいろと誤解を招きながら着替えは終わり、姫様が探しに出たいと行っていた近衛騎士隊長の部屋まで同行していったところ、思わぬ出来事と珍客に遭遇する羽目になる・・・・・・。

 

 

「ところで貴様、なぜ罪人のように兵士たちから追われてたのだ? 城内で親でも殺したのか?」

「人聞きの悪いこと言わないでください! 私、なにも悪いことなんてしていません!」

「そうか? 先ほど私は花瓶を持った貴様に殴りつけられそうになった記憶があるのだが、あれは幻覚か何かだったのか?」

「う。あ、あれはその、え~っと・・・・・・そ、そう! あなたが怪しげな不法侵入者だったからであって、決して私の本意というわけでは・・・」

「その前には、部下である兵士にたいして剣を突きつけていたな確か」

「う・・・」

「他にも警備担当の目を盗んで王城からの脱走を試みようとしているし、これで悪いことしてないと断言できる貴様の精神構造が、私は知りたい」

「・・・・・・・・・(ズ~ン・・・・・・)」

 

 箱入り娘相手であっても一切情け容赦はしてあげられない。安心できないクロエ・クオリティ。

 

「・・・あの! 犯罪騎士さん!」

「しばらく放ったらかしていたら、呼び方がへんになってしまっていたのだな・・・クロエだ。呼び捨てでも何でもいいから、ひとまず犯罪騎士はやめてくれ。私は騎士になる資格はとっくの昔に返上しているのだから」

 

 え、そっち?

 誰もが謎に思えるかの序の反応に、彼女と同じくらい反応しない少女がいる。目の前に立つお姫様だ。

 

「わかりました。では、クロエさん。ーー詳しいことは言えませんけど、私の近衛騎士隊長スウェンの身に危険が迫っているんです! わたし、それをスウェンに伝えに行きたいんです!」

「行きたいのであるならば、勝手に行けばよかろう。邪魔する者は剣で斬り伏せながらな。さっき一度やろうとしたことだ、よもや実戦では怖くて出来ないなどと寝言をほざいたりはしないだろうな?」

「それは・・・・・・」

 

 言いよどむ姫様には、『現時点では極端すぎるお人好しである以外に特徴なし』と断定した訳であるが、それと同時に『所詮は初対面時の評価』として割り切って、部屋から貰ってきたお宝を暇つぶしに鑑定しながら相手の話の続きに耳を傾ける。

 

「だったらお願いします! 私も連れてってください! せめて、お城の外に出るまでだけでも構いませんからどうか・・・・・・。

 今の私にはスウェン以外に頼れる人がいないんです」

 

「ふ~ん? 目の前で頼み込んでいる相手より、この場にいない誰かしか頼れる者はいない・・・か。ずいぶんと横柄な言い方をするのだな、最近のお姫様は」

「ーーえ? ・・・・・・あぁっ!!」

 

 ようやく失言に気づいた姫様が悲鳴を上げたのと同時に、彼女の背後では扉が力づくでこじ開けられて、外から一人の危険な目をした男が乱入してくる。

 

 

 カラフルな髪色に、色は少なくがらが多い変な服着た笑わないピエロみたいな男が一人で入ってきたのを姫は驚きとともに、クロエはため息とともに迎え入れてやった。

 

 

「俺の刃の餌になれ・・・・・・」

 

 静かな歩調で入室してきて、辺り構わず殺気をまき散らしてくる怪しげな男を見ようともせず、窓から外を眺めていたクロエはのんびりと立ち上がり、無礼者に声をかけてやる。

 

「深夜にレディの前である。礼節を心得られたし」

 

 暢気で平和ボケした言い分が相手の警戒心を解いたのか、はたまた侮り、構えなくてもいつでも殺れると勘違いしただけなのか。

 

 とにかく男は一瞬前まで取っていた攻撃態勢を解除して、語り合う姿勢へと体勢を変える。

 

「オレはザギ・ザ・ズムング。お前を殺す男の名だ。覚えておけ、死ね。

 スヴェン・クレッシェントぉぉぉぉっ!?」

「射っ!!!」

 

 いきなりの不意打ちで首を狙ってくる斬首攻撃を仕掛けてくる辺り、この黒ずくめの方がよっぽど暗殺者らしい。

 

 体勢を立て直そうと後ろに引いた男を追って、クロエは前へ前へと攻め立て続ける!

 

「ちょ、テメ・・・っ! 俺の名前はザジ・ザ・ズムングだ! 覚えておけ!」

「知らんな。暗殺者など所詮は使い捨ての駒に過ぎん。貴様はいちいち潰したアリの名前を覚えておけなどと言われて素直に従う趣味でもあるのか? だとしたら気楽なお人好しなようで結構なことだな」

「くっ!」

 

「オレはお前を殺して、自らの血にその名を刻む!」

「血は液体だ。液体に文字が刻めるかバカ。ふざけるのはメイクと髪型だけにしろ。道化も度が過ぎると興が冷めて笑えない。白けるだけだ」

「くっ!」

 

「いいな。いい感じだ、その余裕も。ーーアハハッ!

 さぁ、上がってキタ! 上がってキタ! いい感じじゃないか!!

 あはははははっ!!!」

「薬物での身体強化か? それとも興奮剤で我を忘れただけかな? どちらにせよ肉体的に強くなっただけでは私に勝つなど不可能だがな。

 理性を失った人間は獣と同じ。犬畜生を殺すぐらい訳はない」

「くぅっ!」

 

「簡単に終わらせないでくれよ? こんな戦いは久しぶりなんだからなぁっ!!」

「安心しろ。私が終わらせたくても、貴様が終われまい。傷だらけになっても向かってくるところから見て、そう言う薬で侵され尽くしているのだろう?

 せいぜい死ぬまで向かってこい。適当に遊んで適当に殺し、貴様の首で月見酒でも飲んでやるよ。・・・いや、不味そうだな。やっぱり今のは無しにしてくれ。すまなかった・・・」

「くっ!」

 

「ごちゃごちゃしゃべってたら死ぬぜ、スヴェン!」

「誤解です! この人はスヴェンじゃありません! こんな人をスヴェンと間違えるなんて失礼すぎます! ・・・それに誤解なら、戦うよりも話し合いの道を模索することだって出来るはずです!」

「心配いらん。こういう輩は話し合うより先に首をはねてしまった方が解決は早い」

 

「ぐぇぇっ!? 強ェじゃねェかぁぁぁ・・・っ!! はは、ははははは!

 痛ェ! 痛ェ!!」

「なんだ、終わりか。薬の効果が切れてきたらしいな。無駄に叫んで動き回るから薬が早く効き過ぎて、効果が切れるのも早くなったのだド素人。

 お前は私の前に立つにはあまりにも未熟すぎたのだよ」

「ぐぅぅっっ!!!」

 

 

「さて、どうするかね? 標的もまともに識別できず、仕事もろくにこなせない、口先だけは一人前の暗殺者見習い君。まだ続ける気は残っているかな? こちらはそろそろ飽きてきたからやめたいんだがな。

 未熟な雛鳥を殺してしまわぬよう、手加減して剣を振るうのは存外に面倒くさいものなんだよ」

「あの・・・大丈夫ですか? 体中怪我だらけだし、血があちこちから流れ出し続けている様なのですが・・・」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・そんな些細なことはどうでもいい! さぁ、続きをやるぞ!」

「「え~・・・まだやる気が残ってるんだ・・・・・・」」

 

 ひたすら攻めまくり部屋中を飛び回り続けたクロエに追いかけ回される形で、ザジ・ザも後ろへ後ろへと退がりまくりながら応戦し続け、口でも剣でも一方的に滅多刺しにされまくってたザジ・ザに、二人は結構同情心が沸いてきていたりする。・・・犯人であるクロエに同情されても嬉しいと思えるマゾはいないだろうけど。

 

 

 その時、ザジ・ザが入ってきたとき壊した扉の向こうから、似たような装備の別の男が姿を現し、同僚と思われるザジ・ザに対して撤退指示を命じにきた。

 

「ザジ・ザ・ズムング、引き上げだ。こっちのミスで騎士団に気付かれた。ーーぶっ!?」

 

 命令してきた男をザジ・ザは即座に殴り飛ばす。

 

「き、貴様・・・っ!!」

「うわはははははははっ・・・!! オレの邪魔をするな!

 まだ上り詰めちゃいない!」

「騎士団が来る前に退くぞ。今日で楽しみを終わりにしたいのか?」

 

 警告ととれる男の言葉をザジ・ザはどう捉えたのか、それは分からない。

 ただ一つ確かなのは、彼にとって自分の楽しみを邪魔する奴は味方であろうと敵だということ。その一点だけだろう。

 

 ザシュ! ズバ! ギリリリン!!

 

 ・・・自分を迎えにきた同僚を切り刻んで処刑し、ゆっくりとクロエたちの方へと向けなおしてきたザジ・ザの危険な笑みを浮かべた表情を、彼の背後に回り終えていたクロエが殴って吹っ飛ばし、城の外壁を突き破って外堀の中へと叩き落としてやった。

 

「うむ。これで彼も撤退作業が楽になったことだろう。私もウザったいのが目の前から消えてくれてスッキリしたから一石二鳥。

 誰もが皆幸せになれる、よい戦いの終わり方だった・・・」

「・・・ものすっごい恨み言叫びながら落ちてってますけどね、彼・・・」

「気のせいだ」

 

 クロエは真顔で断言する。

 ザジ・ザ・ズムングは自分の中だけで世界を完結したいと願うタイプの男だった。自分がそうだと思ったならば、それが黒か白かなど問題ではない彼がそうであって欲しいと願う色がそれと同色でなければ気が済まないのだ。

 

 つまり。

 

 

「自己満足による妄想だ。彼の言うことは一言一句残らず全てが、自分に甘い夢と妄想で紡がれている。

 夢を見たりない子供に過酷な現実を見せようなどとキツいことを言っていたのでは、将来子供を産んだときに嫌われてしまうぞ?」

「あなたにだけは言われたくありません!(怒!)」

 

 

「・・・・・・・・・そう言えば貴様、一体どこの何者なのだ? 別にどうでもよかったから気にしなかったが・・・・・・もしかしなくても、田舎から出てきたばかりで脳味噌お花畑なオノボリ貴族令嬢ではなかったのか!?」

「いまさら!? しかも田舎のオノボリ貴族娘扱い!? わたし、この人と一緒に旅して本当の本当に大丈夫なんでしょうか!?」



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言霊ガンダムOO

BSで土曜の7時からやってるガンダムOOの再放送で最終回見てたら書きたくなったので書いてみた話です。
本当はもっと短い話だったのに、いつもの癖で長文化してしまいました・・・反省。

マイスターたちがセレニアっぽい女の人にこき下ろされまくる話。
本人的には悪意はありません。一応は。

*追記
以前に提案した『平成ガンダム世界に宇宙世紀ガンダムキャラが』は制作中です。今少しお待ちください。ネタ探すため見直さなくちゃいけないので意外と大変です(;^ω^)


 

『国際連合が地球連邦に改名して一年。我々は連邦参加国、全三百二十八カ国の賛同を得て、各国の軍隊を解体。一元化し、地球連邦平和維持軍として発足することをここに宣言します。

 すべての国の軍がなくなり、我が平和維持軍が世界唯一の軍隊となったとき、世界は真の統一を果たすことになるでしょう。その道標となるべく、我々は邁進していく所存です』

 

 大統領の宣言を皮切りにして議場全体が拍手喝采で包まれる。

 そんな中で一人だけ周囲の人々とは違う視点で彼らを見つめる目があった。

 連邦参加国すべての国から賛同を得て発足した平和維持軍の設立に『賛同しなかった』人物であり、有力議員の娘でもある二世議員。

 そして、ソレスタル・ビーイングを陰から見つめる支援者の一人にして監視者の役割を父から引き継いだばかりの若い女性。

 

 

「ーー斯くて、強大な力を持つ魔王を倒すため世界は一致団結し、平和が訪れた世界には最強の騎士団だけが残されたという訳ですか。麗しい友情物語です。できればこのままハッピーエンドに行かせてくれると有り難いんですけどねー」

 

 頬杖をついて呟かれる言葉には真実味が欠けていた。当たり前のことだろう。現実は物語とは違って、都合のいいところで切ってエンディングまで飛ばすことなど許してくれない。人類が生き残り続けている限り、人の歴史は人の歩むスピードでしか記されることは出来ないものなのだから。

 

 

 世界の外側にいた魔王を倒す目的で一つになった三大勢力の軍隊が、魔王を倒して後の世界で、その矛先はいったいどこに向けられるのか?

 

 ーー内側に決まっているではないか。当然だ。

 外に向けるべき敵は、自分たちが倒してしまった後なのだから。

 

「三つの勢力が利権目当てで争い合っていた時代には、様々な制約から三大勢力による戦争は限定的にせざるを得ませんでしたし、三つ巴の情勢は抑止力で守られた平和な時代という見方も出来なくは無かったんですけどね・・・」

 

 勢力が三つある時には、それぞれに頭が一つずつ存在し、互いが互いを食おうと狙っていたため、一つが選択を選び間違えても残り二つが互いに足を引っ張り合いながら噛みついてくる痛さにより間違えた事実に気づくことが出来ていた。

 それが今、ひとつになる。

 勢力も頭もひとつになって、判断する頭も、間違えてしまう頭も一つだけになる。

 

 これで世界は間違えられなくなってしまった。世界に一つだけしかない軍隊が間違えたとしても、食らいつく痛みで間違いを気づかせてくれる敵の脅威も今はない。

 

 一つの失敗ですべてが終わる。世界のすべてを一部の人たちに委ねてしまえる。

 一つに統合されるとは、そう言う意味を持つ言葉だ。そう言う側面を持つ社会制度だ。

 果たして今の世界は、そのことに気づいているのかな? 彼女は疑念を抱いたが、それより何より警戒すべき点は他にある。

 

 

「おそらく『彼ら』は今の世界を良しとは思わない。必ず再起して行動にでるはずです。彼らは元々そう言う集団ですからね・・・」

 

 彼女が思い出すのは一年と半年ほど前のこと。父の後を継いだばかりの新人監視者だったときに一度だけソレスタル・ビーイングメンバーの処遇を決定する会議に出席したことがある。

 

 戦死したらしいアレハンドロ・コーナーが語っていた彼らのプロフィールから見ても、歪な精神とその由来がよく分かる。

 

 

 自身がヴェーダの操り人形になり切れてない苛立ちを他者にぶつける、子供じみた半端者のイノベイター。

 

 自分の責任では一人も殺せず「世界のために」と不特定多数の他人たちのためなら赤の他人を殺しまくれる、未完成な人革連の殺戮マシーンもどき。

 

 そして、宗教テロ組織の一員でありながら自分を見捨てた神は信じず、新たに自分を救ってくれた神へと鞍替えして戦い続ける狂信的な少年兵。

 

 

 ーーもともと彼らは戦災孤児を寄せ集めた烏合の衆に過ぎず、『戦争根絶』という利害が一致していたからこそ協力しあえていた排他性の強い集まりでしかなかったのを、緩衝材として輪の中心になってくれていたロックオン・ストラトス一人の人格に信頼を寄せていくことで一個の集団として機能するようになっていった若者たちの少数集団。

 

 戦艦一隻の中で完結している彼らのコミュニティは仲間意識というより同族意識が芽生えやすい。仲間を殺した世界を許しておくべき理由は彼らにはない。必ずや家族の仇討ちをするため牙をむいてくるだろう。それはいい。だがしかし。

 

 

「問題なのは彼らのすべてが問題の解決手段として、戦争に依存しきっているという事。戦争によって多くのものを失わされた彼らにとって戦争は否定する対象であると同時に、自分たちが持つ世界観の総て。戦争の中で生まれて地獄に落とされ、地獄の中で必死に生き抜いてきた彼らは、自分でも気づかぬうちに戦場でしか生きられなくなってきている。

 仮に彼らが世界に勝利して戦争を終わらせたとしても、彼らの中で戦争は終わらない。終わらせられない。戦争を終わらせたいと願った自分自身の中の戦争を憎む心は、自分以外の誰が行う戦争を止めたところで終わらせられるはずがない」

 

 

 誰に頼まれたわけでもない、自分自身の自己満足のために始められた戦争根絶のための戦争。自分の中の欲求を満たせるものは自分自身しかいない。それを目に見える形で示すよう他人に求めて戦い続ける彼らの戦いに終わりはない。

 

 もしかしたら、と彼女は思う。

 

 あの少年兵の身体から硝煙の臭いが消える日が来ることは未来永劫訪れないのかもしれない・・・と。

 

 

「戦争から生まれた戦争しか知らないマルス申し子たち・・・・・・たまには彼らにも休息の時間ぐらい与えてあげたいものですね・・・」

 

 そう言って、機械を操作しファイルを削除する。

 ソレスタル・ビーイング残党が潜んでいる工廠を発見した旨を伝える父親からのメッセージを闇へと葬り去りながら、彼女は思い出す。父親からイオリアの計画を聞かされた時に思った感想を。

 

 

 ーーー自分に都合のいい子供を利用して犠牲の羊に捧げさせる、とんでもない暴挙だ、と。




似たような作品として、アレハンドロが参加していた監視者たちのマイスターたち評価委員会みたいな吹き抜けホールでの会合にセレニアが参加していたらと言うのも考えてはみました。書いてませんけどね? そちらはそちらで結構ヒドイこと言ってます。

「世界に対してなんらの責任を負えない少数部隊が『自分たちを不幸にした戦争は悪だから辞めろ』と叫んで問答無用で奇襲を仕掛けて蹂躙する。
 俺たちの命令通りに戦争止めない奴は悪だから殺すって、どこの独裁者ですかそれ。ソレスタル・ビーイングによる恐怖政治でも行いたいので? 戦争による現状維持は否定するのに、破壊による変革と再生は無理やりにでも推し進めたがるイオリアさんは超タカ派の巨頭かなにかだったんでしょうかねー」


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戦記好きがキラ・ヤマトに憑依転生してカガリを批判する話

憑依転生キラ君の2話目です。『平成ガンダムに・・・』が一向に出来ないため焦ってしまい。ひとまずは落ち着くために書いてみました。三十分かそこらでパパッと書いたヤツのため短いです。

今回はカガリに限定して批判しております。


アフメドが戦死した際のカガリ・ユラ・アスハに

 

「死にたいんですか? こんな所で・・・なんの意味もないじゃないですか」

「なんだとぉ・・・貴様ぁっ!! 見ろっ!」

 

 アフメド少年の死体を指さして

 

「みんな必死で戦った! 戦ってるんだ! 大事な人や大事な物を守るために必死でなぁ!」

 

「当たり前だろ! そんなことぐらい!」

 

「!?」

 

「生き残るために必死で戦わない兵士なんかいない! 大事な人の元へ生きて帰りたくない人なんかいるわけがない!

 戦争に巻き込まれた誰も彼もがみんな必死に生き延びようと足掻いている中で! 自分の身内の死にばかり憤ってみせて、君はいったい何様になったつもりなんだ!」

「そ、それは・・・私は・・・私はただ!」

「だいたい、あなたたちだって敵を殺しにいったはずだ! 死体の山を築くために赴いてきたはずだ! それなのに何ですか! その自分勝手な言いぐさは!

 敵は憎いから殺してやると息巻いて、いざかなわなかったら途端に被害者面して哀れみを買おうとする! あなたたちには民族としての誇り以前に、人としての尊厳はないんですか!? 殺せると確信できた時だけ勇敢になれる蛮勇に誇りなんか必要ない! 見栄とプライドだけで十分だ! そんなの特別でも何でもない!

 殺人未遂犯が殺人犯に負けたぐらいで、主義主張を一変させようとするなぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

虎の本拠地バナディーヤに到着直後

 

「フン! ・・・着いてこい」

 

 砲撃で空いたクレーターまで移動。

 

「平和そうに見えたって、そんなものは見せかけだ。逆らう者は容赦なく殺される。

 ここはザフトの・・・砂漠の虎の物なんだ」

「見せかけでも良いじゃないか、平和に生きて死ねるんだったら・・・少なくとも年端も行かない子供が殺し合いに駆り出される戦争状態よりかはずっとマシだよ。

 “君が”死を悲しんであげていたゲリラの少年みたいな人を増やさない為にもね・・・」

「くっ・・・!!」

 

 

 

 

食堂でケバブを食べてるときに襲われるシーンで

 

「死ね! コーディネーター! 空の化け物どもめぇぇっ!

 『青き正常なる世界のために!!!』

 

 だだだだだだっ!!!

 

「ブルーコスモスだ!」

「かまわん! すべて排除しろ!」

 

 ががががががっ!!!!

 

「よぅし、もう終わったか!?」

「・・・まだ息がある奴がいるな・・・」

 

 ダァンッ!

 

「いやー、助かったよ。ありがとう。

 そっちの彼女の服を汚してしまったみたいだし、ボクの家に来て着替えていかないかい?」

「・・・そうですね、有り難くご厚意に甘えさせてもらうことにします。

 ですけど、その前に一つだけーーーー」

 

 ツカツカツカと、カガリに歩み寄る転生憑依キラ。

 

 

「見てごらんよ、カガリ。あれが虎に逆らって容赦なく殺された人たちだよ。

 そして今の君とボクが、見せかけだけの平和な町で過ごす日常を銃火によって奪われて、昨日の晩に死んだ彼にさせられかけた被害者たちなんだよ。

 大切な人を守るために、敵にとっての大切な人たちを殺し続けるような戦争が、形ばかりでも平和より勝っていると断言できる根拠はいったい何なんだい?」

 

「・・・・・・くぅっ!」



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やはり俺の青春ラブコメはひねくれている。第3話

「俺はひねくれている」三話目です。シリーズ化してきちゃいましたね(笑)
今話はガハマさん登場回! クッキー作りまでは行きません! 寸前で止まります!(苦笑)


「比企谷。部活の時間だ」

「・・・・・・・・・はぁー・・・・・・・・・」

 

 ホームルームを終えて教室からでた俺は、扉の前で腕組みしながら笑顔で待ちかまえていた平塚先生を見た瞬間に逃亡する意欲が根こそぎ奪われ尽くされてしまった。

 

「言っておくが、逃げようとしたらわかっているな? あまり私の拳を煩わせないでくれ」

「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ~~・・・・・・・・・」

 

 ドナドナでも流れてきそうなムードの中で、俺は昨日と同じく奉仕部の部室に向かって歩かされていく。

 雪ノ下といい、平塚先生といい。美人なほど攻撃的な人格の持ち主が多いのかね? この進学校は? ・・・どういう進学校だよ、格闘技系の部活動がそんなに活発だったっけ? 総武校って・・・。

 

 

 ーーーそうして部室のある特別棟まで来るとさすがに逃げる心配はしなくなったのか、先生はようやく職員室に帰っていってくれた。・・・暇なのかな? 県下一の進学校教師って仕事は・・・。

 

 再びため息をついてから部室にはいると、雪ノ下が昨日と同じ場所で本を読んでいた。・・・変えるってのは、どこいったんだ?

 

「こんにちは。もう来ないかと思ったわ。

 もしかして、マゾヒスト? それともストーカー?」

「いや? きたくはなかったし、来ないつもりだったんだけど教室前で平塚先生に待ち伏せされてて、拳で脅されたから来ざるを得なかっただけなんだが?」

「・・・・・・・・・」

 

 微妙な沈黙。昨日ほど重くはないけど軽くはない。ーーなんでこの人たちって互いの言葉と相克しあっちゃうような言動を交互に繰り返すの・・・マジで時折つらくなりそうかも・・・。

 

「つか、なんで俺がお前に好意を抱いてること前提で話が進んでんの? ・・・まさかとは思うけど、言葉責めしたら惚れられた経験でもあるのかよ・・・って、嘘ですごめんなさい、冗談だったんです。そこまで怒ると思ってなくてーーうん、本当にすまん」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ブリザードどころじゃない冷気の視線攻撃に俺は白旗を全力で振って降参。勝てない戦いは挑まないのが学生の基本です。

 

 えーと、なにかしら話題を転換するための話題を・・・・・・

 

「お前さ、友達いんの?」

「そうね、まずどこからどこまでが友達なのか定義してもらって構わないかしら?」

「あ、もういいわ。そのセリフは友達いない奴のセリフだわー。

 つか、友達をカテゴライズして判別している時点で考え方がおかしいわー」

 

 ソースは『偽物語』の阿良々木月火ちゃん。妹つながりで好きなキャラだから覚えてる。原典では「友達をカウントしている時点で考え方がおかしいよね?」だったけど、現代風に翻訳されるのはFateでは定番なんだし大目に見てもらいたい。

 

「・・・・・・・・・(ムスッ)」

「お前、人に好かれそうな癖に友達いないとか、どう言うことだよ」

「・・・あなたにはわからないわよ、きっと」

 

 心なしか頬を膨らませて、そっぽを向く雪ノ下。

 ・・・そして始まる彼女の黒歴史開陳劇場。まさか出会った次の日に過去の思い出話をーーそれも一番暗そうな黒歴史について語り出すとは想像もしてなかったわ・・・。

 

 なに? こいつもしかしなくても精神的な露出狂かなんかなの?

 ・・・マジ引くわー・・・。

 

「・・・でも、仕方ないと思うわ。人は皆、完璧ではないから。

 弱くて醜くて、すぐに嫉妬して蹴落とそうとする。不思議なことに優秀な人間ほど生き辛いのよ、この世界は。そんなのおかしいじゃない。

 だから変えるのよ、人ごと、この世界を」

 

 雪ノ下の目は明らかに本気の目で、ドライアイスみたいに冷たさのあまり火傷しそうだったが、逆にその熱さで思い出した人物の話があった。

 

「雪ノ下・・・お前もしかして、それって・・・・・・」

「ーーーなに?」

「ヒトラーのパクリなんじゃねぇの?」

 

 民衆はバカだから難しいこと言っても理解できねぇだろ、とか、優秀な人間が支配する世の中が正しいとか、言ってることがあんま変わってない気がしたのは俺だけなのか?

 

 仮に、将来政治家になれそうなハイスペック性能の持ち主がヒトラーの後継者思想を持っていたとして、そいつと友達になったりした場合にはーーーうん、無理だわ。これはない。仮定でしかないとは言え、いくら何でも前提条件を悪く設定しすぎてしまった。反省しておこう。

 

 

 トントン。

 

 

 ・・・ん? ノックの音ってことは平塚先生以外のお客さんか? 誰だよ、こんな部室名も書かれてない空き教室の中で訳わからん会話を交わしあってる男女コンビのいる部屋なんかに、入室許可を求めてまで入りたがるアホの奴は。

 

 

「どうぞ?」

 

 ガララ。

 

「し、失礼しまーす」

 

 雪ノ下から許可を得て、扉を静かに開けながら入ってきたのは、短めのスカートにボタンが三つほど開けられたブラウス、ネックレスを光らせて覗かせている胸元は結構デカい。ハートのチャームに、明るめの脱色された髪など校則違反のオンパレードな出で立ちをした派手めな少女だった。

 

「平塚先生に言われて来たんですけど・・・な!? なんでヒッキーがここにいんの!?」

 

 そして何故だか俺と目があった途端に悲鳴を上げる、と。・・・なんでだよ。失礼すぎるじゃねぇか。

 

「・・・いや、俺も平塚先生に強制連行されて昨日からここに来させられてんだけど・・・聞かされてないのか? 平塚先生から俺のこと、何にも?」

「え? う、うん。ヒッキーがここにいるなんて今はじめて知ったよ?」

「・・・・・・マジで何やってんだ、あの人は・・・」

 

 説明責任ぐらいは果たしてください、つーか昨日の今日で来た人間に何故それぞれ言っておかない? 管理者だけ知ってる情報に意味なんてないんだけどなー。

 つくづくヒトラー思想の独裁者タイプが多い部活動だと思う。あと、ヒッキーって俺のことなんだ・・・。こいつが誰か俺のほうが分かってないみたいだから聞き辛いなぁー。

 

「2年F組、由比ヶ浜結衣さんよね。とにかく座って」

「あ、あたしのこと知ってるんだ」

 

 彼女は戸惑った様子ながらも、勧められるまま椅子にちょこんと座る。・・・へー、こいつの名前って由比ヶ浜結衣って言うんだ。はじめて知ったわー。

 

「お前よく知ってるなぁ・・・。全校生徒の名前覚えてるんじゃねぇの?」

「そんなことないわ。あなたのことなんて知らなかったもの」

「そうですか・・・」

「気にすることないわ。あなたの存在から目を逸らしたくなってしまう、私の心の弱さが悪いのよ」

「お前それ慰めてーーーあれ? ちょっとまて。今なんか引っかかるような記憶が・・・」

 

 確か昨日この場所で似たような言葉を聞いたような気がするーーーって、あ。

 

 

「お前・・・昨日俺に向かって逃げることは悪いことだみたいなこと言ってなかったっけ? たしか、逃げてたんじゃ『悩みは解決しない』とか『誰も救われない』がどうとか・・・」

「・・・・・・(キッ!!)」

「ひっ!?」

 

 おーい、雪ノ下さーん? 由比ヶ浜が怯えてる怯えてる。新人さんの前ではもっと余所行きの顔出してー。

 

「な、なんか、怖そうな部活だ、ね・・・?」

「そうだな。俺もそう思うわ」

 

 うん、本心から心の底から。

 

「あ、いやなんていうかすごく自然なこと言ってるなって思っただけだからっ! ほら、そのー、ヒッキーもクラスにいるときと全然違うし。ちゃんと喋るんだなーとか思って」

「いや、喋るよそりゃ・・・人間なんだし。クラスで喋らないのは、話しかけたり、話しかけられたりするほど親しい友人が一人もいないボッチだからってだけが理由だし」

「すごく寂しい理由だ!?」

「ひねくれボッチ先生と呼んでくれ」

「そしてなぜかスゴく誇らしげで偉そうだ!? なんで!?」

 

 そりゃ、お前。ボッチであることに誇りを抱いてるからだろ、普通に考えるなら。

 

「そんなんだから、ヒッキー、クラスに友達できないんじゃないの? キョドり方、キモいし」

「いや、キョドってる仕草は誰でもキモいだろ普通なら。どんなだよ、爽やかで清々しいキョドり方って。言語表現おかしくなってんじゃねぇか、このビッチ」

「はあ? ビッチって何だしっ! あたしはまだ処ーーう、うわわ! なんでもないっ!」

「別に恥ずかしいことではないでしょう。この年でまだヴァージーーーー」

「わーわーわー! ちょっと何言っちゃってんの!? 高二でまだとか恥ずかしいよ! 雪ノ下さん、女子力足んないんじゃないの!?」

「・・・・・・・・・・・・くだらない価値観ね」

 

 おお、なんか知らんが雪ノ下の冷たさがぐっと増した。

 ・・・・・・ようするに、コイツも“まだ”ってことなのか・・・。学園を代表する美少女なのになぁー。さすがは小学生のときに上履きを五回も犬に隠された過去を持つ女。

 犬には好かれても、下心なしの男には好かれたこと無いってあれ? なんかあらためて考えてみたらものすごい可愛そうな女の子に見えて来ちゃったのは気のせいだよな?

 

「にしても、女子力云々以前にビッチとか言われたくないんだったら、その制服どうにかしろよ。服装と体型からして完全にエロ担当キャラみたいになっちまってるから」

「う。・・・あ、明日から気をつけま・・・す・・・?」

 

 うん、これ絶対明日からも気をつけないパターンだわ。俺には分かる。ソースは俺と小町。

 

「どうでもいいから、とにかく用件を言え用件を。考えてみたら、お前が入ってきてから一歩も話が前に進んでなかったからな。用件を言い終わるまでは茶々入れないでやるから早くしてくれ。俺はもう既に帰りたくて仕方がなくなってるぞ」

「あ・・・、ありがと・・・ってあれ!? 今最後になんか余計な一言付け加えてなかった!?」

 

 付け加えたな。だが俺は、お前が用件を言い終えるまでは茶々を入れないから沈黙を貫く。男に二言はない。ぼっちに二言はある。つまりは使い分けるのがひねくれ者としては正しいってことで。

 

「・・・あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

「少し違うかしら。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかどうかはあなた次第」

「どう違うの?」

 

 怪訝な表情で由比ヶ浜が問う。

 ・・・あー、そういえば俺も昨日にたようなことを質問して答えを得ていたような気が・・・なんて言ってたんだっけ? 確かあれはえっと・・・・・・。

 

「ーーー由比ヶ浜、俺が昨日聞かされた話によると、この部の活動内容はな?

 『持つ者が持たざる者に慈悲の心を持って、これを与える。人はそれをボランティアと言う。困っている人に救いの手を差し伸べる』・・・それがこの部の活動なんだそうだ」

「・・・難しくってよく分かんないんだけど・・・」

「んじゃ、コイツが最後に言ってた言葉の終わりだけ聞くか?

 『ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい』ーーーだったぞ、確か昨日の俺が入部したときの活動内容説明によるとだけど」

「なちす・どいつ!? あどるふ・ひっとらー!?」

「違うわよ!」

 

 どう違うのか、誰か俺と由比ヶ浜に説明してくれー。

 入部二日目になった今でも謎のままなんだからさ・・・・・・。

 

つづく



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ハイド英雄伝 パターンA

自分で何が書きたいのか分からなくなってきましたので、とりあえずは自分の好きなキャラを自由に動かすためのオリ作ファンタジーを書いてみました。設定に捕らわれて思考を狭める悪癖があるものですから自分で自由に書いた方が楽になれるかなーって。

しばらくはこうして本来の自分を取り戻せるよう頑張ってみようと思っております。


「おいおい、お嬢ちゃん。抜け駆けはなしに願おうか?」

「む?」

 

 突然のことだった。旅の魔術師であるハイドが食堂で昼食を食べようとしていたところ、巨漢の大男から話しかけられた。

 彼はハイドの傍らに立つと懐からダガーを抜いて、ハイドの食べようとしていた肉料理の真横に音を立てて突き刺して見せる。

 

 他の客たちは顔色を蒼白にする。

 男は身長は2メートルにもなろうかという大男で顔には刀傷があり、筋骨隆々の肉体には動き易さを重視したチェインメイルと獣の毛皮だけを纏っている。

 腰に帯びた武器はハンマー系の破砕武器モーニングスターと言う、まさに『ザ・力自慢の荒くれ戦士』としか言いようのない風情の持ち主だったのだ。

 

 今年10歳になったばかりで、身長120センチにも届いていない幼すぎる少女が逆立ちしたところで(パワーにおいても背の高さにおいても)敵う訳がない。

 誰もが、直後に訪れるかもしれない少女の身に降りかかる悲劇を思って嘆きと祈りの声を叫んでいたのだが、

 

 

 ーー当事者たる少女には、それとは別の主観が存在していたりする。

 

「ふむ・・・」

 

 小さな鼻息とともに彼女が頭に思い浮かべていたことはひとつだけ。

 

(・・・・・・・・・・・・何の話についてだろうか?)

 

 ーーそれだけだった。それ以外は特に何も考えていない。相手の言った言葉の意味が分からなかったから真剣に考え続けてみてる。ーーマジでそれだけだったりするのである・・・。

 

(彼は私のことを知っているような口振りだったが、私は彼のことを知らない。

 身なりからしても、この街に来てからでないと知り合えそうにもない職業に就いていそうではあるが・・・私がこの町に着いたのって今日だしなー。

 たった数時間でも会えるものなのかね? 人と人との奇妙な絆さえあるならば)

 

 徐々に脱線してきている、長い黒髪をポニーテールにした魔術師(見習い)である少女の思考。

 

 記憶をたどって相手のことを探ろうにも、彼女の脳は今日より前のことは滅多に思い出せないように出来ているから無理っぽい。

 

「一日一日を精一杯生きて、今日で人生が終わっても笑いながら死んでいけるように生きなさい」

 

 ーー何年か前にどっかの街で、何とかいう偉い大司教さまが言ってた言葉の内で唯一彼女が覚えている一節である。

 彼女はこの言葉に心の底から感動し、その教えを忠実に守りながら生きていこうと決意して以降、ずっとこの低脳状態が継続してしまっているのだ。

 周りとしてはかなり迷惑なので止めてもらいたいのだが、そもそも昨日合った人物と今日再会しても思い出してもらえないときが多すぎるので、迷惑かけられてる相手のことも忘れやすいから不可能っぽい。

 ・・・・・・とことんまでマイペースに生きてる少女であった。

 

(う~む・・・・・・分からん! なので聞こう! 聞かなければ判らない問題は世の中に五万とあると聞くし、「教えてください」と頭を下げてお願いすればきっと大丈夫なはず!)

 

 自分の中では誠実に生きてることになってる少女は、そう結論づけると即座に行動にでる。

 『即断、即決、即行動、即戦闘、即征服』が彼女がモットーにしている信念である。迷っている暇があるなら何かしらしていた方がマシだ。暇潰しになるから。

 

「ふむ。申し訳ないが戦士君。私には君が何について疑念を抱いているのかが判然としない。良ければ教えていただいてもかまわないだろうか? 無論、出来る限りの礼はさせてもらうつもりだ」

「ほう? 殊勝なことじゃねぇか。ーーだが、オメェ・・・俺様が何に怒っているのか、本当に判らないって訳じゃあないだろうな?」

「ああ、申し訳ないと思っているのだが・・・・・・本当に心の底から申し訳なく思っているのだがサッパリ判らないな!? どういう事なんだ!? 是非とも教えてくれたまえ! この通りだ!!」

「いや、これっぽちも申し訳なく思っているようには見えないんだが!? めっちゃくちゃ堂々として偉そうに頭下げてきてんじゃねぇかオメェはよぉ!!」

「これは素だ! これ以外のしゃべり方など知らん分からん調べたことさえない!

 故に、これこそが私にとって最大限の礼儀正しいお願いの仕方なのだよ!

 なので、あらためて頼む! 教えてくれたまえ! 君はなにに対して怒りを抱いているのかね!?」

「無礼が服を着て、誠実に生きているーーーーーーーーーーーっ!?」

 

 大男絶叫。当然だ。

 彼にとっては、見たことも聞いたこともない未知の生物と邂逅したのだから。

 

「い、いや、ちょっと待て! それだとおかしい事になる!!」

「何がだね!? 君はいったい、何がおかしいという気なのかね!?」

「おまえの存在そのものがだよ!? ・・・って、違う! そうじゃない! それもあるけど、そうじゃないんだ! 聞いてた話と食い違ってくるんだよ! おまえの話が本当ならば!」

「・・・・・・??? どういう事なのかね? 詳しい話をお聞かせ願いたいのだが?」

 

 少女が目をパチクリさせながら、顔面百面相させられてる大男の話を聞かされ始めているのと同じ頃。

 街を治める領主の館には、盗聴不能な魔法による念話が届けられていた。

 

 

「・・・そうですか。彼女を自然に巻き込むのは無理になりましたか・・・。いや、結構。これ以上はこちら側への心証を悪くしてしまうだけでメリットがありません。しばらくは監視だけを続けてください。ではーー」

 

 右手を耳に当てて目をつむり、念話相手との交信に集中していたために精神を消耗し、魔力で繋いでいた回線が切れると同時に虚脱感におそわれてヘタリ込んでしまう。

 領主様の前で恥ずかしい限りではあるが、そこは導師でもない一介の魔術師に過ぎぬ未熟者の身。能力よりも才能の限界故のものなので、多めに見てもらうよう頼んでみるより他にはない。

 

「ダメだったのか?」

 

 その点を言わずとも理解してくれているらしく、中年で厳めしい顔つきの領主は彼の態度に関して咎める必要性を認めない口調で、単刀直入に答えだけを求めてきた。

 即ち、《剣聖》の勧誘に成功しそうか否なのか?

 

「申し訳ありません、閣下。本当なら今すぐこの時点で確定させたかったのですが・・・」

「保留・・・か。まぁ、相手が相手だ。仕方がないと割り切るさ。少なくとも彼女が敵に回ることが確定しなかっただけでも良しとしなくてはな」

「仰るとおりです、閣下。・・・ですが・・・」

 

 言いよどむ部下を伯爵は、眉をひそめて見返す。

 相手が何を懸念しているのか予測がついているからだった。

 

「なんだ? 貴様も『あんなにもバカそうな子供が剣聖だ』などと言われて信じられないクチか?」

「・・・いえ、私は元々そちらの方(諜報および他国での情報収集)が主なお役目でしたし、彼女のこともある程度までは聞いたことがある身です。仮に信じられずとも、信じるに吝かではない・・・。ですが部下たちの方は・・・・・・」

「侮って実力行使に訴えでかねん・・・と?」

「・・・・・・部下を育てられなかった己が不明を恥じるばかりです・・・・・・」

 

 遠回しな表現で上司の言葉を肯定した彼に、領主でもある騎士将軍は「ふんっ!」と鼻を鳴らすことで、部下が案じている杞憂など気にする価値などないのだと伝える。

 

「剣聖の存在は噂ばかりが一人歩きしているからな、実像を知らぬ者等にとって見れば世間知らずのバカなガキとしか思えないのは無理からぬ事だろうよ」

「・・・・・・まことに嘆かわしい事ながら・・・・・・」

 

 領主の判断に、部下は嘆息で応じる。応じざるを得ない。

 其れぐらいに彼女たち《剣聖》は特別な存在であり、特殊すぎる異質な存在なのだから・・・・・・。

 

 

「《剣聖》は大陸に8人しか存在しない、人外のみに与えられた特別な称号・・・。

 国に属することなく、この大陸で全自由を認められた最強の武人であり、たった一人いるだけで戦局を覆しかねない人を越えた人以上の人間たちだけが持つことを許される物・・・」

 

 しかしーーー

 

「通常、称号というものは自分から名乗るか、誰かから送るか等の形で生まれるものであるが、所詮は権威付けを目的としたハッタリに過ぎん。

 実質的意味合いは与えられた者自身でつけるしかないのが普通の称号というものなのだがな・・・・・・」

 

「ーーだが、剣聖だけは違う。師から弟子へと受け継がれるような穏便な形は、師の方が病死でもしない限りあり得ない。

 《剣聖》の称号継承に必要なのは、称号の持ち主である剣聖を殺して奪い取るしかない」

 

「手段を選ぶ必要はない。殺す能力の高さが人外レベルだからこその《剣聖》。

 たった一人で戦局を変えられる存在だからこその全自由権という名の特権・・・。殺されるような人物には相応しくない。常に殺した側に居続けられなければ剣聖を名乗る資格はない・・・」

 

 

「そのような人物が“得物を偽り”“魔術師と身分を詐称してまで”この街へとやってきてくれた。

 それも“魔族侵入の報”と同時にだぞ? これを行幸と呼ばずしてなんと呼べばいい?

 そう言うわけだ。くれぐれも軽挙妄動の類は慎んで協力を依頼するようにな?」

「はっ!!」

 

 

 

 

 

 その頃、街の食堂では。

 

「そう言えばアンタ、変わった得物を使ってるんだな。職業は何なんだい?」

「ん? これかね? 古道具屋で見つけた5ゴールドの《錆びた刀》だよ。抜けないし切れないから鈍器扱いで、魔術師の使う杖代わりにしているのだよ。

 ちなみに私の職業は魔術師で、位階は《見習い》だ。

 どちらも選んだ理由はカッコいいから一択だがね!!」

 

「ああ、そう・・・・・・。それじゃあ、その腰に付けてるバッジみたいなのは?」

 

「ん? これは・・・・・・なんだったかな? 確かえっと~~~~・・・・・・あ! そうであったそうであった! 思い出したぞ!

 ーーあれはたしか、旅の途中で人間タイプのモンスターに襲われた時のことだった・・・。

 買ったばかりの鞘付き錆びた刀の切れ味ならぬ殴り具合を試したくて、試し殴りしたら思っていたより威力高くて嬉しくなったから記念のドロップアイテムをもらってきたのだよ!たしか!」

 

「『確か』多くね・・・? あとその、気絶させた人間タイプのモンスターって奴の名前はなんだったん?」

 

「うむ! たしか・・・・・・け、け、け・・・・・・“憲兵”?“血清”?“ケルベロスのケロちゃん”?」

 

「最後の奴、“ケ”しか共通点なさ過ぎるし、人間タイプじゃなくなってるし、敵として出てきたら世界が終わる戦争起きてそうな気がするんだが・・・?」




解説:
サブタイトルの『パターンA』とは世界観や主人公の立ち位置、ストーリー等に複数のバリエーションを用意して主人公は不動の存在にしたいと願っているからです。
変わらないし変われない、ごく自然に自分を貫く主人公は私好みでステキなのです♡


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チート転生は、ひねくれ者とともに 序章

オリ作です。本当なら投稿するつもりのない作品だったのですが、最近の自分は基になる作品にケチをつける形でしか物語を書けなくなっていることを自覚し、夏休みを利用して読んだり観たり三昧な日々を送るためにも先に出来てるのだけでも投稿しておこうと決めた次第です。

『面白い作品を書くには面白い作品を読むこと』サイコーのおじさんは本当にいいこと言う人でしたなぁ~・・・。(しんみり)


『ごっめんね~☆ 君のこと手違いからのミスで死なせちゃったぁ♪

 チート持たせて別世界に転生させてあげるからゆ・る・し・て・ネ★ ちゅっ♪』

「は?」

 

 

 ・・・・・・・・・と言うようなやり取りをした直後、車に引かれて死んでいたはずの俺は森の中で小さな女の子になって突っ立っていた。景色には全くぜんぜん見覚えはございません。都会育ちの現代日本人なんでね?

 

 しかも今さっき会って別れたばかりの自称転生を司る女神サマから与えられたチートだからなのか、記憶の中に学んだ覚えのない知識やら能力の使い方やらが追加されてるのが分かる。転生ってスゲェな、チートもだけど。

 

「・・・まぁ、死んで天国か地獄かいくよりかは、生きて異世界旅したほうがなんぼかマシか」

 

 そう思うことにした。

 

 こうして、俺の異世界『幼女』転生物語は幕を開ける・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー行く宛もなく、目的地もなく、そもそも今いる場所がどこでなんて名前なのかさえ分からないので、適当に歩き回るのと適当じゃなく歩き回るのとが同義な行動になってしまっている現状。

 適当な方角目指してブラついてたら、進行方向上の道端で戦闘が行われていた。

 

 騎士団か警備隊が、大きめのモンスター相手に苦戦しているようだった。

 一般的な選択肢として、この場合に選べる道は二つだけだ。

 

1、チートがバレないように加減して加勢する。

2、保身を優先して見捨てようとして、理由ができたからオーバーキル気味にぶっ殺しまくって助ける。

 

 ・・・この二つしかない以上、俺が選ぶべき行動は決まっている。『臨機応変に適当に』である。

 助けに入ってヤバそうだったら逃げ出す。チートがバレてヤバそうになっても逃げ出す。チート使わずに勝てるなら使わずに勝つ。気に入った女の子がいてピンチになってたらチートがバレてでも助ける、元男の子ですから。・・・これだろう。

 逃げ出す選択肢が多くないかと言う奴がいるかもしれないが、そもそも今の俺は密入国者。立派な犯罪者であり、治安機関から逃げるべき理由には事欠かない。

 

 それでも彼らを見捨てる選択肢がでないのは、俺が元日本人であってヴァーダイト人じゃないからだ。

 ヒロイン的ポジションのニーナが死んでるのを見つけた時に『ニーナが死んでいる』の一言ですませてアイテムだけ追い剥いでいくアレフになれる異常性なんか持ち合わせられねぇよ俺には・・・・・・。

 

 

「ーー退くな! 皆の者、ここで退けば後はないと思え! 全力で耐え凌ぎ、味方の撤退を援護するんだ!」

『お、応!!』

 

 ・・・と、そうこうしている間に助けようかと思ってた人たちがピンチになってたみたいだわ。

 いや、元からなのか? 撤退中だったから殿が残って必死に堪え忍んでいたと考えれば多少辻褄はあう・・・のかなぁ? 正直戦国とか中世の戦争ってゲームか映画でしか見たこと無いからよくわかんね。大河はなんの役にも立ちそうにないし。

 

「ま、いいや。とりあえず行こう。ーーとおっ」

 

 ぴょんっ、と。小さな体で大ジャンプして部隊の最後方の指揮官がいる辺りに着地する。チートな身体能力万歳。

 

 

「今少しだ! 今少し耐え凌げば味方は安全圏まで逃げ込める・・・っ!? 君は!?」

「通りすがりの魔術師。援軍にきた。子供に助けられるのは恥だと言うなら帰るけど、どうする?」

 

 ひどく短い自己紹介だけした直後に相手に選択を強いるやり方はフェアじゃないと、俺は思う。

 しかし、それがどうしたというのだろう?

 そもそも助けに入ってやっているのは俺で、助けが必要なのはコイツ等のほうだ。上下関係で考えるなら俺のほうが圧倒的に上な立場だというのに、どうしてわざわざ対等にまで格下げされてやらなきゃならんのか意味わからん。

 

 相手の指揮官(ぽい奴)も優先順位を間違えるほどバカではなかったらしく、僅かにためらいを見せた後に「・・・助かる! 礼は後ほどにでも!」と言い切ってみせることで部下たちの困惑を押さえつけて納得させた。

 

 上が判断して決定を下したことに、従う側の部下たちは異論を唱えられない。だからこそ逆に有効な場合がある。今みたいな時だ。『上が決めたことだから』と考えるのをやめる言い訳に使える。

 

「何して欲しい?」

「支援魔法は使えるか!?」

「ん。防御系、回避率アップ系、行動阻害系、あらかた使えるけど器用貧乏。大半の魔法はランク1までしか使えないと思っといて」

 

 一応のチート漏洩防止策。

 この世界の魔法はランク分けがされていて、オバロで言うところの位階魔法みたいな扱いになっている。全般的に修めようとすると器用貧乏になりやすいところも同じ。生まれつき得意な分野だけは一点突破してレベル以上のものが使えるようになるところが少しだけ違ってる。

 

「上出来だ! これから私が言う支援魔法を指定した場所と範囲内にかけてやってくれ。子供にそれ以上のことを頼んでしまったのでは大人として情けなさすぎるからな。

 それだけで一人も死なせることなく耐え凌がせてみせるさ! 指揮官としてなぁ!」

「ん、了解。遠慮なく注文どうぞ」

 

 言われたことだけやりゃあいいとは、随分と簡単なファーストイベントだな。・・・ああ、チュートリアル戦闘って奴なのか。それじゃあ、しゃあないしゃあない。

 

「では、行くぞ。復唱! 《ウォール・オブ・プロテクション》!」

「《ウォール・オブ・プロテクション》」

「次! 第二分隊の隊長を・・・あの赤い羽根飾りがついた兜の男だ! 彼を中心に《ウィンド・シールド》を!」

「《ウィンド・シールド》」

「次だ! 今度のは・・・・・・」

 

 レイド戦なんざネトゲをやったことないし、ログホラ見て好きだっただけの俺には有効な指揮なのか否かさっぱり分からないけど、少なくとも指揮官が自分の口から自己責任で命令していることなら従っといて問題なかろう。

 

 俺は黙々と言われたとおりの呪文を掛け続けて、ボンヤリしていたところ。

 ーー突然モンスターの行動が激変した。今まで一度もしてこなかった背中を見せてからの大回転で尻尾を振り回してきたんだ。

 

「む!? ーーいかん! 皆、衝撃に備えろ! 吹き飛ばし攻撃だ!

 クッ、油断した! まさかこの地形で使ってこようとは・・・・・・!!!」

 

 指揮官が言ってる意味が分からなかったので適当に近くに立ってた大木の幹に掴まって黙って様子見していたところ、まもなく判明した。

 

 どうやら尻尾を振り回して起こした突風により、敵キャラクターを射程距離外まで吹き飛ばす能力だったらしい。広々とした広野の戦場で一対多の戦闘を行っている巨大モンスターが使うにしては確かに意味のない攻撃手段だった。

 

 なにしろ、吹き飛ばしそのものにはダメージ判定がなく、壁や地面に打ち付けられたら地形によって異なるダメージを負わされる類の攻撃であるらしく、何人か飛ばされてった騎士だか甲冑兵士たちも立ち上がるまでと、立ち上がってからの行動に個人差が大きい。本人の能力もあるんだろうけど、同じ部隊から飛ばされてった二人が両極端な反応してるし、間違いないと思うんだけどなぁー。

 

 

「ーー!? シェラ!?」

「ダメだ! ミリエラ! 行くんじゃない!」

 

 俺の隣で指揮官さんからの指示を受けてたもう一人の魔術師さんが、吹き飛ばされてった兵士の一人が起きあがろうとして失敗するのを見て悲鳴を上げながら駆け寄ろうとするのを指揮官が止める。

 

「ですがシェラが! 私の幼馴染みが怪我して・・・動けなくなってて!!」

「吹き飛ばし攻撃は見た目が派手な割に威力自体はふつうの突撃よりも小さいんだぞ!? 教習で習わなかったのか! 部隊行動中に勝手なことをするんじゃない!」

「けど!」

「一人増えたとはいえ、君は我が隊でも数少ない希少な魔術師なんだ! 君からの支援魔法がなくなったときに前線で戦う彼らはどうなる!?」

「・・・・・・っ!!!」

 

 前に立ってた兵士たちの一部が顔だけ振り向かせて目を向けてくる。

 皆、一様に「行かないでくれ、見捨てないでくれ、俺たちはまだ死にたくない・・・」と言いたがってるのがイヤでも解る目つきだった。気持ちは分かるけどな。

 誰も他人の友人のために見捨てられて死にたくはないだろ普通なら。正常で結構なことじゃん?

 

「・・・・・・いいえ! 今ここには私の他にもう一人の優秀な魔術師が加わってくれています! 私が一時的に戦列から離脱して戻ってくるまでの代役なら、問題なくこなせる実力者です!」

 

 え、俺? 俺なの? 俺を命令違反の理由に使われちゃうの? ・・・マジっすかー・・・。

 

「ですので・・・ミリエラ・スタンフォード! 命令違反をさせていただきます! 処分は後ほどご存分に!」

「ミリエラ! おい、待つんだミリエラ! ・・・ああ、クソ! これだから能力だけ高くて現実をみない甘ちゃんはぁぁっ!!!」

 

 背中を見せて戦線を離脱していく独断専行な美少女部下を見送らざるをえなくて、頭をガシガシとかきまくり嘆きまくる指揮官さん。

 いや、本当にその通りですよね。俺もそう思うし、全力で見捨てたい。

 

 でも見て、前方を。敵が二度も続けて吹き飛ばし攻撃しようとしてる姿を。背中見せてるから見えてさえいないお姉さんに当てさせちゃって本当に大丈夫なの?

 

「ーー!? いかん! 全員、もう一度伏せんだ! 

 二度も同じ攻撃を放ってしまった後には攻撃不能時間がかなり長く取れる! その隙をついて少しでも攻撃を多く当てられたら、あるいは勝利の目も出てくるかもしれん! 

 総員、最後の死力を尽くせ!」

『・・・・・・応っ!!』

 

 返事の前にあいた間が魔術師のお姉さんに対する感情を現しててそうで、少しキツいな。原因として。

 ・・・ちくそぅ・・・吹き飛ばされてった幼馴染みのほうも美人だけど好みじゃなかったから見捨てるのにためらい無かったのに、ミリエラさんの方はモロ好みな顔とか声してたから見捨て辛いじゃねぇかよ~。

 

「来るぞーーーー・・・・・・伏せろ!!」

 

 ブォン!!!

 

「・・・!? き、きゃあああああああああああああっっ!?」

 

 ああ・・・背中からでも聞こえてておかしくない指揮官からの指示を、やっぱり聞いてなかったのかお姉さん。幼馴染みのことで頭一杯だったんだろうなー。・・・正直言って、スッゲェ見捨てたい。

 

 でもダメだな。可愛いから。男として捨ておけん!ーーとかの兵藤イッセーみたいなこと言い出す気はないけども。現実問題として救おうと思えば簡単に救える奴を見殺しにしてしまったらトラウマになって残るだろ、普通なら。

 

 「人間死んだら終わりだ」なんだと舐め腐ったこと抜かしてる現代日本人の腐った性根を甘く見てんじゃねーよ。口先だけの死生観なんざ要らん。

 「死ぬときに後悔しないなんて無理。どうせ最後は慌てふためくだけ」ーーそんな糞を口から垂れ流してたゴミがいたな、そう言えば。あのバカ今頃何やってんだろ? 死んでてくれたら少しは世の中マシになりそうなのに。

 

 

「ーーあのクズと比べれば遙かに生きる価値がある人か・・・・・・救わない理由はなくなったな」

 

 俺は普通に中級難度の魔法を使って空へとテレポート。お姉さんの飛んでく先へ先回りしてナイスキャッチ。

 そしてそのまま低速降下。生きる価値がある人を救えて良かった、良かった。

 

 ーーー死ぬときにどうなるかなんて誰にも分からない。だからこそ「そうなれるように努力する」のが目標であり努力の有り様。

 その基本を履き違えて、ガキ向けのマンガに出てくる三下悪役みたいなことほざいてサボってるだけのゴミより、必死に生きてる人の方が生きる価値があるのは考えるまでもないだろ?

 

 

 

「・・・ん・・・・・・あ、れ・・・? ここは・・・・・・」

 

 どうやら吹き飛ばされたときの衝撃で気絶してらっしゃったみたいで。そう言う効果はなさそうな説明だったから、単にこの人が驚いて気を失ったか打たれ弱いだけなんだろうなー。まぁ魔術師みたいだからしょうがないっちゃしょうがにんだけども。

 チートじゃない魔術師は基本的に打たれ弱い。これRPGの常識。

 

「地上に着きますよー」

「え? は、え?」

 

 適当に返事して慌てる彼女は普通に無視して、地上に着地。これで一件落着になるなら良し。

 ならない場合には・・・・・・それもまた良しとしておくべきか。上から見下ろした連中の顔色を見る限り、これで済む展開は望み薄だろうがね。

 

 

「な、なんだかよく分かりませんけど助けていただいたみたいで有り難うございました! 私はーーーきゃっ!?」

 

 抱えてやっていたお姉さんが自己紹介し始めたところ悪いとは思ったが、手を離して地面に落とさせてもらった。ーー招かれざる客が来たことをチートで気づいたからである。

 

 ズバシュッ! ーースカッ。

 

 お姉さんを手放して後ろへ下がった俺の眼前を、剣閃が通り過ぎていく。

 チートで未然に察知できてた遅すぎる攻撃は既知のものも同様だ。ナイフ振り回して粋がってるだけの不良モドキと大して変わらん。

 チート得る前だったらともかく、殺そうと思えばいつでも殺せるザコの攻撃に恐れおののくバカなどおりゃあせん。

 

「貴様! 私の友達から・・・ミリエラから離れろ!」

 

 ・・・なんとまぁ。誰が来るかと思っていたら、お姉さんが助けようと近づこうとしてた、好みじゃない見た目をしている吹き飛ばされてた兵士さんとはね。

 

 ーーハッ。これは“都合がいい”。

 コイツなら遠慮なく言ってしまっても罪悪感を覚えなくて済みそうだーー

 

 

「怪しい魔法使いめが! 何の目的があるかは知らんが、仲間を離せ! これは命令だ!」

「ちょ、ちょっとシェラ!? あなた、いきなり小さな子供に剣を向けるだなんて無体な真似は・・・っ!」

「ミリエラは黙ってて! コイツは危険よ! 普通じゃないわ! ・・・あなたは気絶していたみたいだから見てないんでしょうけど、コイツはね。中級魔法の《テレポート》を使ってアンタの側に瞬間移動してみせたのよ! 見た目通りの年齢だなんてあり得ないわ! 絶対に化けの皮を剥いでやーーーーきゃあっ!?」

「わきゃっ!?」

 

 会話の途中で目線をお姉さんに逸らしてくれた好みじゃないけど美人のお姉さんに、好みな方の美人さんの背中を押して突き飛ばしながら返してやってった。

 

「な、何をするんだ!」

「手放せと言われたから手放してあげました。返せと言うから返してあげました。なにか問題が?」

「大ありだ!」

 

 肩を怒らせて立ち上がり、剣を構え直してこちらへと切っ先を再び向けてくる美人じゃない方のお姉さん(面倒くさいからもうシェラさんでいいか)は、目に怒りを宿して俺のことを睨みつけてくる。

 

「答えろ! 貴様は何者だ!? ただの旅人ではあるまい!」

「あなたが無様にヘマして負傷して助けに来ていた幼馴染みさんが死にそうになってるところを助けてあげた、命の恩人さんですよ。それが何か?」

「ーーー貴様っ!!!」

「それから、ただの子供は魔法使う以前に一人旅をしません。その時点で一目瞭然な事実をわざわざ口に出して詰問に使うとか、バカなんですかあなたは?

 それとも聡明そうな幼馴染みから利口そうに見られたくて、インテリの猿真似でもしてみたのですか? 慣れないことはするもんじゃないと思いますけどねー」

「貴様! 貴様貴様貴様貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 もともと短気で怒りっぽい性格らしく、あっさりと挑発に乗ってくる単純バカのシェラお姉さん。

 試しに、わざとらしく「フッ」って嘲笑ってみたら・・・おお、おお。これほど簡単に釣れてくれる人も珍しいことで。ある意味では希少価値だな。いらない類のレアだけど。

 

「シェラ! お願いだからやめて! そっちのあなたも!」

「ミリエラは黙ってて! コイツは私の誇りを・・・イーズウッド家の名誉に泥を塗りつけたわ! 子供だからって許していい行為じゃ絶対にない!」

 

 ミリエラさん・・・だったかな? 幼馴染みの言葉にさえ耳を貸さなくなったシェラさんが激高してるけど・・・よりにもよって『誇り』ときましたか・・・。ハッ! バカバカしい・・・。

 

「勘違いしないでください、お姉さん。私が侮辱したのはあなたの蛮行に対してのみだ。聞いたこともない家の名前に傷を付ける意図はありませんでしたし、そもそも知らない物には泥を塗れません。一体どこの家系なんですかね? そのイースウッドっていうのは」

「・・・っ!!! その態度と物言いが私の家名に傷を付けるものだと言っているのだ!」

「なぜです? 味方を窮地に立たせる兵士の無能ぶりは侮辱されて然るべきでしょうに。

 ましてや自分のせいで窮地に陥ることになった味方を助けてくれた恩人に対して、指をくわえて死ぬのを見ていることしかできなかった幼馴染みがピンチからの脱出後に乗り込んできて、子供に剣を突きつけながら友人思いの正義感ゴッコとは・・・しかもその上で『誇り』だの『名誉』だのを口実に使い出す狡猾さ。

 イースウッド家というのがどういう家かは存じませんが、詐欺師の家系でもない限り泥を塗っているのは今のあなた自身なんじゃないですか~?」

「き、きぃぃぃぃぃさぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」

 

 外人みたいに大袈裟なジェスチャーをして見せて挑発行為を繰り返す俺に、シェラお姉さんはついに激発。切りかかってくる。

 ミリエラお姉さんが「ダメ! やめて! シェラーーっ!」と叫んでいるが止まる気配はない。そう言う性格なのだろうし、そう言う性格だからこそ生傷が絶えなくて幼馴染みが回復特化の僧侶系にならざるを得なかったんだろうなーと気楽に考えながら、使う魔法を選んでいたところーーーーー

 

 

 ーーーー横合いから一陣の突風に乱入されてしまった。

 

 

 

 

「落ち着かんか! この馬鹿ガキが!!!」

 

 

 

 バギィッ!!!

 

 

「はぐぅっ!?」

 

 

 ガントレットに包まれた拳を顔面に叩き込まれ、今日二度目の吹き飛ばされフライトを満喫させられるシェラお姉さん。こっちに飛んできたので、当然ながら俺は避ける。受け止めるなんてアホらしいことはする気も起きない。

 ・・・エロハプニングを期待できるデカさの胸なんだけどなー。なんか揉みたいと思えないし、脱がしたいとも思えない。

 脱がされて赤面させて「イヤ~ン♪」とか言ってるのを見て楽しいと思えるのは、その子このことが好きだからなんだと今知った十六歳のチート転生。正直この女で妄想できるのは『監獄戦艦』とか『対魔忍シリーズ』の展開のみですわ。

 

「た、隊長・・・? いったい、なにを・・・?」

 

 驚いたことに部下を殴り飛ばしたのは、先ほど彼女を制止していた小隊長っぽい中年男性だった。・・・いやまぁ、人事秩序上では当然の対応なんだけど実際に異世界転生先でこれやってる人って珍しかったんでね? 相手は一応美少女なんで。

 

 でも、どうやらこの隊長さんは常識的思考法の持ち主だったらしい。

 言い聞かせると言うより、はっきりと罵倒して叱責して反省と謝罪を部下に命じてくれた。

 

「『なにを』だと? それはこちらの台詞だ! 大戯けが!

 貴様、友軍の窮地を救ってくれた援軍に剣を向けるとはどういう意図があってのことだ!? 没落した名家のご令嬢は人を見下すことは知っていても、礼儀の心得はないとでも言うつもりなのか!?」

「ーーっ!!! 私は不審な魔法使いの正体を暴こうとしていただけであります! この少女の姿をした魔術師が使った魔術は脅威としか呼びようがないレベルでした! 都市市民の安全と命を守るべく結成された都市警備隊の一員として拘束する許可をいただきたく存じま(バギッ!)ーーあぶっ!?」

「バカなのか貴様は!? 味方をしてくれる強力な魔術師がいれば有り難く、敵に回ればこの上なく厄介な強敵。そんなことは子供でも知っている常識でしかない!

 貴様は「身元が怪しいから」という、ただそれだけの理由で高レベルの魔術師を敵に回すつもりだったのかバカ野郎が!」

「・・・・・・っ!! では、隊長はこの者が都市の住人に危害を加える存在だったとしても歓迎すべきだとでも言うおつもりなのですか!?」

「それを避けるためにも感謝をするんだろうが! この英雄気取りで正義感バカのド素人野郎! この後のことはこの後のこと、今起きていたことは今のこと。全部別々なんだよ! 個別に対処法を変えなきゃいけない事案なんだよ! ガキじゃないんだからそれぐらい判れ! このお荷物!」

「・・・・・・っ!!!!」

 

 唇を噛み、深く俯きながら瞳の色を暗くするお姉さん。

 隊長は俺の方に手の平をかざして、謝罪を促す。

 

「ほら、早く謝れ。騎士の家系らしく礼に則り、慎ましやかに謝意と誠意を込めながら・・・シェラ隊員!?」

 

 だっ! と、後ろを振り返ることなく走り去っていく好みじゃないけど美人なお姉さんシェラさん。

 

「ま、待ってよシェラ! 隊長! 旅の方! この場は失礼いたします! お礼と謝罪は後程に!」

 

 その後を、好みな方の美人さんミリエラさんが追っていく。

 

 

 んで。

 ーー残されるのは、野郎二人と戦いで疲弊した都市警備隊とやらの野郎どもがいっぱいと。

 

 

「確かに、この惨状で中級魔法の使い手と連戦してたら全滅しますよね。常識的に考えて」

「・・・隊を率いる責任者として恥ずかしい限りではあるがね・・・」

「ついでに聞いときますが、彼女のレベルはいくつなんです? ああ、利用する気があるわけじゃないんで細かいところはどうでもいいんです。

 ただ、中級魔法の使い手と戦って生き残れる確率がどれくらいあるかお聞かせ願えればいいな、と思いまして」

「・・・・・おそらくは・・・」

「おそらくは?」

「・・・・・・・・・旅の魔術師殿次第ではないかと・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 チートを使わないで自動翻訳。解析完了

 

 

 《殺さないであげてください。あなたの一存次第で死んでしまいますから・・・》

 

 

 ・・・・・・ダメじゃん・・・・・・。

 

 

「本来、他国からの旅人が我が国の町に入る際に発行される登録証には、同じ領内で都市間を移動するときに役人が本人には知らせることなく身元を確かめる身分証明証も兼ねているため色々と面倒な手続きが必要なのですが・・・」

「偽造してあげるから彼女を許し、街に着くまで自分たちの護衛もお願いしたい、と?」

「・・・・・・大人として恥ずかしい限りではあるのですがね・・・・・・」

 

 

 ーーーこうして異世界転生初日に手に入れた異世界住人としての身分は役人からの賄賂で手に入ってしまいましたとさ。・・・いいのかね? 本当にこれで・・・。

 

 

 

 

登場キャラ設定:

 主人公

 ユーリ(名字はなし/この世界での平民や旅人には珍しいことではない)

 異様に長い黒髪をポニーテールにしている幼女姿のチート転生者。貧乳ロリ。

 魔術師系のスキルと呪文すべてに通じた最強魔術師。

 ただし、魔術師が使える物以外は何一つ使えないし覚えることもできない。

 ステータスはカンストしているが、あくまで魔術師としての限界に達しているだけ。

 殴り合いでは最強戦士と互角にやり合えるが、技術面では一生歯が立たない。

 ひねくれ者で皮肉屋。斜に構えていて、いつも生意気そうな笑顔を絶やさない。

 相手をおちょくるのが趣味の性悪な性格。根はいい人なんて事もない。

 自分本位なのを良しとしているが、自分なりのルールは守ってる。

 他人に迷惑をかけるのを好む性格なので、理解を求めるのは筋違いだと割り切っている。

 長すぎる杖を刀みたいに肩に立てかけて歩くのがお気に入り。

 武器は初心者向け装備である《樫の杖》《布のシャツ》《布のミニスカート》。

 

 

 ヒロインの一人:

 ミリエラ・スタンフォード

 この地方を治めている領主の家系に連なる名家の娘。

 身分差別の激しい異世界では珍しく、差別を好まない善良な両親に育てられた。

 両親への愛情が強すぎるあまりワガママが言えない性格。

 逆に両親の方は娘が自分の幸せを追ってくれることを願っている。

 旧家臣の家柄で親友でもあるシェラを支えるため、僧侶系魔術を修めている。

 光の神を信仰しているが教会には属していない。そのために神官ではない。

 他の宗派と異なり、光の神だけは宗教に属してなくても信仰心次第で魔法が行使できる。

 水色髪のショートボブ。胸がデカい。垂れ目ぎみ。

 自分とよく似た、ゆるふわ系の姉がいる。

 まじめな性格だがエロ願望の持ち主という、典型的なサブヒロインタイプ。

 

 

 最初の敵キャラ:

 シェラ・イスフォード(現在は家名を剥奪されている。本人はフルネームで名乗る)

 没落した名家の娘。お家再興を悲願としている。

 元はミリエラの家に仕えていた騎士の家系で、呆けた祖父の耄碌が原因で没落した。

 意志の強そうな赤い瞳と赤髪がキツメの印象を与える美人剣士。

 努力や頑張った気持ちは誰もが認めてあげるべきだと信じている。

 善人ではあるが、自らの主張する正義論に地位と能力と才能が伴っていない。

 自分が努力して得た以上に他人が楽して結果を得たように見えると理不尽に感じる。

 ーーそれが結果として彼女を破滅させることになるとは予想もしていない・・・。

 典型的な熱血メインヒロインタイプであり、全てを守ろうとして逆に全てを危険にさらしてしまう正義の味方タイプでもある。

 

 今作では『善人の嫉妬心は悪党の野心よりも始末が悪い』という言葉の例証となる運命。



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オリ作プロローグの試作品

昨晩までに思いついてたのを幾つかパターン分けして書いてみてるのですが、どうにもオリ作と言うのは良し悪しが解らず四苦八苦しております。(ギャグかシリアスかですら迷います・・・)

ひとまずは出来上がってる試作品の内プロローグが出来てるのを一本出させてください。反応が見たいですので。


「悪いんだけど、君。一回死んで転生してもらってもいいかな?」

「は?」

 

 いきなり訳の分からないことをいわれた日本の男子高校生は「なに言ってんだコイツ? アホなんじゃね?」と思ったことを隠そうともしない露骨すぎる表情で、いぶかしげに返事を返した。

 

 場所は彼の家にある、彼の私室。時刻は午前0時丁度。そこで時計が止まって秒針も動いてないから間違ってはいないだろう、たぶん。

 

 目の前にはテルマエ・ロマエで阿部弘が着てたのよりかは小綺麗な色したトーガをまとった白人美青年が腕組みしながらこちらを見下ろしている。

 

 深夜に本を読んでたら、いきなり時間を停止させられてローマが出てきた。しかも周囲を見渡してみたら景色も一変していて白一色の謎空間に転移しているのである。これで驚かない方がおかしい。

 やはり異世界転生モノや転移モノの落ち着き払って神様とやらの話を聞ける日本人主人公たちは頭がおかしいと確信できた瞬間だった。

 

「・・・いや、そんな内容の思考を至って冷静にされても読んでる俺の方が困らされるのだが・・・・・・まぁいい。とりあえずはこちらの用件について説明されてもらおう。

 ただし、地球人には未だ解明できてないせいで理解できない部分とか、種族的な理由で説明不可能な箇所も多いから、この時代のこの星のこの国に住んでる地球人にわかりやすいよう俺なりに訳して話すから、そのつもりで聞けよ? 真に受けすぎて後から「聞いてない」的なこと言われても困るからな?

 思考を読めるテレパシーを開発したぐらいで、神様と同類扱いされても責任もてんぞ俺は」

 

 (口調は荒いが)懇切丁寧に前置きしてから説明してくれた彼の話によれば、どうやら彼は俗に言う『転生の神様』ではないらしい。

 

 本人曰く「お前たちの概念で言えば地球外生命体ーー宇宙人だな。もっとも、俺たちからしたらお前たち地球人の方が俺たちの星の外に住んでる星外生命体な訳だけど」

 

 との事だった。

 要は、『神様の奇跡レベルにまで近づいた超科学力を誇る宇宙人』と言うことらしい。

 ・・・ちなみにだが、興味本位で聞いてみた「神の実在、非実在」の件については『現時点では不明』とのこと。実在する証拠とされた物はあらかた否定し尽くしたが、実在しないとする証拠は未だ発見できていないからだそうだ。

 

「やったことを立証するより、やってないことを立証する方が難しい。俺たちの住む星でも、お前たちの住む地球でも生命体の作る全文明に於いて変わらない真理だな」ーーとのことだった。

 

 閑話休題。

 

「地球と違い俺たちの星では、世界を生み出す神様の猿真似ぐらいなら簡単にできる程度の科学力を持つまでには至ることができている。そのせいか、暇つぶしに世界を創造して管理運営するなんて趣味が流行っててな。最近、社会問題になってきてるんだよ。

 寿命が長すぎるから暇つぶしに丁度いいってのは分かるし、きちんと最後まで面倒見れるってんだったら悪い趣味とは俺も思わないんだが・・・・・・どうにも一度生み出した命に対して無責任になる奴が増えてきててな。創ってからしばらくして新しく生み出した世界の神に変わろうとしちまう奴が後を絶たない。

 法整備とかで減らしはしてるんだが、0に出来ないところもまた地球と変わらない知恵ある生物としての構造的欠陥なんだろうな。既に神様役が不在の世界が2桁に達しちまった状態だ。

 星に住んでる人々が神を信じる信じないは人の自由だから、別に気にはしないんだが・・・神様不在のせいで起こる天変地異とかで滅びられるのは流石に目覚めが悪い。出来ればそういった星で起きてる問題解決用のワクチンになって欲しいんだよ」

 

 ずいぶんと善良的というか、子役人風の性格している神様モドキだなと思いつつも質問してみる。

 そのワクチン役とは不在となった神様の代理をやれと言うことなのか、と。

 

 答えは手をパタパタさせてのNo。断固とした否である。

 

「違う違う、そうじゃあないんだ。てゆーか、一度創ったモンを手放して問題が生じても代わりを連れてくるから大丈夫なんてなったら再発奨励になっちまうじゃないか。意味ないどころか逆効果だよ。断固としてNoだ。

 俺たちがお前に望むのは、あくまでワクチン役としての星に打つ薬になってくれることだけだよ」

 

 然もありなん、だ。現代日本でも問題になってる部分だから分かり易かった。なるほどこれが「現代日本風に訳す」と言うことかと感心しながら次の質問。ワクチン役とは具体的にどういう物なのか?

 

「その星の一員として生まれて生きて死んで大地にーーつまりは星に還る。魂の循環って奴だな、地球では輪廻転生とか言うんだったっけか? アレになって星を癒して欲しいってことだよ。

 クローンとか機械の体に脳を移植しなければ魂は普通に星へと還って別のナニカとして根を張り直せるから、本来その場にいない人間をワクチン用に付け足して地に帰すことで薬に出来るならそれに越したことはないだろうって言うのが俺たちの星の倫理観でな。

 こればっかりは地球人に理解できるよう説明できてる自信が俺には無い。倫理観なんて個人で異なるものだし、住んでる場所に依存するものだからな。納得できなければ拒絶してくれてかまわない。所詮は俺たちの都合で勝手に起こしちまった問題に多星人を巻き込んでやってる善意の押し付けボランティアでしかない作業だし」

 

 微妙に自虐的な神様モドキに内心では苦笑しつつ、その世界というか星について詳細な説明を求めてみた。さすがに世紀末英雄伝みたいな世界観だったら強制されても行きたくないし・・・・・・。

 

 言われて神様モドキは「ぽん」と手を打ち、

 

「そっか、最初にそれを説明しなきゃいけなかったな。悪い、忘れちまってたわ。これと同じ説明をいろんな星のワクチンになり得る素質持ちの元を回り続けて百八十一人眼だったせいで知らずに省略しちまってたようだ。以後は気をつける。

 ーーーんで、星についての説明だが・・・・・・」

 

 謝罪した上で説明してくれた彼の話によると、その星というか天体全体を含めた世界は現代日本で言うところの『ファンタジー世界』に当たるらしい。

 エルフやドワーフみたいな種族がいて、人間もいる。数の上では繁殖力旺盛な人間が一番だが、モンスター系の亜人種族もあわせればゴブリンみたいなザコ種族がダントツで多いらしい。だからこそ人間側の国家にとってはモンスター退治も立派に産業として成り立つ流れになっているとのこと。

 宗教が崇めている神は実在しているが、世界そのものが彼らの科学力で生み出された物でしかないので、彼ら神を称している者たちも宇宙人たちによって神として創造された人造生命体でしかない。・・・なんか夢のない世界だった。

 

「実際には名前は違うが、お前が転生を承諾してくれるなら現代日本人に分かり易く脳内変換するよう設定し直しておく。魔法じゃなくて科学だからミスする可能性は限りなく0に近いぞ?

 無論のこと0はありえないが、それ言い出したら注射器一本打つことすらできなくなるだろ? 確率論に0は無いんだと割り切ってもらうしかないのも地球と同じだよ」

 

 これもまた分かり易い説明。さらに続きを要求。説明を再開。

 

 文化レベルは中世ヨーロッパに近いが、若干和洋折衷が混じってもいる。

 これは神の不在と関係あることだが、世界は周期的にリセットを掛けられているため、元あった文明の一部が遺伝記憶として次に生まれてくる世界に継承されてきた結果らしい。

 同じ大陸の同じ地域に、ヨーロッパ風の国と和風の国とが存在していた異なる世代も普通にあり得るのだと。

 

「文化は住んでる土地に依存する形で育まれる。リセットするのは文明であって星そのものじゃないから、時にはそういう奇妙な偶然も起こり得るさ。

 むしろそう言った想定外が起きてくれないと俺たちにとっての娯楽性がない。『ここはこうだから必ずこれが生まれる』なんて法則が遵守されてたら、管理運営する側にとっては作業でしかなくなっちまう。退屈なだけで楽しくないよ」

 

 もの凄くよく分かる理屈だった。

 あと、この神様モドキたち思っていた以上に俗っぽい。

 

 ーーー説明を再開する。

 

 周期的に文明をリセットしている理由は『それ以上続けると却って彼らを滅亡に追い込む物を作り始めるから』。約一万年ぐらいを目処にしてリセットを掛けることで星と住んでる人たちを結果的にだが永らえさせるのが目的なんだとのこと。

 

 よくある「世界を滅ぼさないためには今の進みすぎた人類は邪魔だー!」的な思考かと思ったのだが微妙に違っていて、どういう理屈でなのかその世界の文明は一万年ぐらいを目処に必ず末世状態に陥ってしまうらしい。

 世界滅ぼす目的でトンデモ無いもの造り始めてる国やら個人やらが多く出てきてる時点で、その世界の終わりは確定されてしまっているから、代わりに世界破滅ボタンを押して次の世界のための肥やしになってもらうと言うわけだった。

 

 思うところがないでもないが、平和に生きてる人たちを「後の世のため!」とか言って正当化しながら世界滅ぼさないだけマシかと一時は納得し掛けたが、はたと気づいて確認しておく。

 

 ーーーもしも一万年経って世界が末世になってなかったらどうするのか、と。

 

「その時は保留して末世がくるまで待てばいいだけだろ?

 文明や平和なんてどんなに長くても百年か二百年の短時間で腐り落ちるものなんだから、数十万年単位で生きてる俺たちが待ってやれない理由がどこにあるんだ?」

 

 本気で不思議そうに聞き返されてしまうと返す言葉がない。この宇宙人さん、変なところだけ超絶シビアだった。

 

「その時のために『約一万年』と大雑把な括りにしてあるんだし、三百年や四百年ぐらい四捨五入して0だろ。猶予してやれよ、そんな短時間ぐらいなら。

 つか、「絶対に一万年コッキリでないとダメなんだ!」とか叫んで数字にこだわり、平和に科学が使われている時代に「将来の危険性」がどうとか言って殺戮して来るやつがいたら普通に妄想独裁者だろソイツ。言ってることとやってることにギャップ有りすぎで、キモいし引くわ。

 むしろソイツを皆のためにも殺せって感じ」

 

 宇宙人さんは過激思想。でも分かる。

 

「・・・ああ、また一番重要なこと言い忘れてた。お前のワクチンとしての必要性と役割についてのなんも説明してなかったな。本気ですまん。割とマジで疲れてきてるんだよ、お前の前の適合者の奴が面倒くさすぎる奴だったせいで精神的にさ・・・。

 ーーーよし、気分入れ替えた。説明はじめるぞ?

 お前にやって欲しい役割は、神様がいるならやってもらわなきゃならない役割の一つで、『地表の文明がリセットされた星の回復薬』になって欲しいってものなんだよ」

 

「言うまでもないが、世界中の超文明根こそぎ壊し尽くすからには星に与える被害もバカにならん。地下数千メートルにある核シェルターまで吹き飛ばそうと思ったら星の中心部近くにまで被害が及ぶことは避けられないからな。到底、その時死ぬことになる人類含めた生物数百億程度の魂じゃ土に返ったところで星の傷が癒しきれん。

 と言うか本来、時間をかけてゆっくり直すのが自然の回復力なんでな。それを短時間で一気に傷つけるわけだから、普段と違って特効薬が必要になっちまうと言うわけだ」

 

 時間をかけて人類の文明滅ぼしたらどうか? ーーーと言おうとして止めた。本末転倒すぎたから。まぁ言わなくても読めちゃう相手なんだけども。

 

「その通り、滅ぼすのを最終手段としてギリギリまで待ち続けるから必要になるのがワクチン役としてのお前だからな。星のために人類を時間かけて真綿を締め上げるように殺していくんだったらお前を求めにこないし、そもそも他の効率的な手段をとればいいだけだろ? 数字だけを問題にするならやりようは幾らでもあるんだからな。

 人が自分たちの過ちで滅びる分には人類の勝手だ。好きにやらせるさ。俺たちが守りたいのは自滅したバカどもの次に生まれてくる子供たちの住んでく場所と環境だけだ。バカがバカ思考する分にまでは責任もてんよ。・・・おっと、一応言っておくが啓蒙とか予言だとかで滅びの警告はちゃんとしているぞ? 不在になった神役の奴は面倒くさがってやりたがらないから、俺たち他の手が空いてた奴とかがな。それでも滅びを迎えるのを防げたことがないからこそ、お前みたいのをあらかじめ星に打ち込んどく必要性がある訳なんだから」

 

 ここまでの説明を聞いて、ふと疑問に思ったので聞いてみる。

 

 特効薬とワクチンでは役割が真逆すぎるのではないだろうか? ーーと。

 

「ああ、これも説明してなかったか・・・どうも今日の俺はダメダメだな。明日あたり休暇申請しといた方がいいかもしれない・・・。

 特効薬とかワクチンって言うのは、言葉の彩でな。今のフヤケたシチューみたいな俺の脳味噌じゃあ地球言語の中から適切なのが思いつかなかっただけなんだ。本当にすまん、マジで自分でもこれほど疲弊しているなんて思ってなかったから・・・。

 ーーーああ、もういいや。気を使うの止めて俺なりの言い方と表現だけで話させてもらうぞ? その方が今の俺が話す場合に限りにおいて分かり易く話せそうだし」

 

「つまりだ。俺風の表現を用いて説明すると、薬って必要になってから作ったんじゃ遅すぎるだろう? 患者の方が完成よりも先に死ぬから。

 と言って、使う患者は一人というか星一つに対してだけだから、専用に調整した方がいいに決まってる。患者用にあわせるなら患者の側に寄り添いながら、時間をかけた方が効果の程は上昇しやすい。

 んで、お前を先に転生させて生きてる内に星専用の薬として機能するよう魂を調整する。人間には環境に適応して進化する機能があるから、別の星に記憶と魂を保持したまま、別の肉体を持って生まれ変わらせた方が比較的自然にとけ込めるはずだと俺たちは考えている訳なんだ。

 要するに、数千年後にくる文明崩壊後の星が生きてけるように、数千年まえから根を張って時間を掛けて星全体に行き渡って於いてほしいと、こう言うわけだ」

 

「え? 「つまり世界を救う勇者に慣れって事なのか」って? 違う違う、俺が救いたいのは星っていう場所の寿命であって、上に乗っかってる他人が創った人間たちには大して興味ないよ。

 なんだったかな・・・たしかお前たちの国の娯楽に『アラヤ』とか『ガイア』とかって概念が出てただろ? アレと似たようなものさ。勇者はそれぞれの種族から選出された現地の神が選び出して使わした魂の持ち主。お前は星を死なせないためだけに打たれる薬。敵対する必要性は皆無だが、仲良くする必要性もこれと言って特にはない関係性だよ。

 勇者ってのは、単一を守るための存在だ。全体を守るために動く奴も希にいるが、基本的に自分たち種族の文明を犯すガン細胞と戦うために生まれてくる。

 一方で勇者と敵対する連中は種族全体にとっての敵であり、ガンではあっても星にとっては地表に生まれた生物の変異体でしかない場合が多い。

 地上に生まれた生物同士が互いに滅ぼしあうだけなら生存競争だ。星にゃ関係ないから好きにしていい。味方してもいいし、敵になってくれてもかまわない。極端な話、星と敵対する道を選んだとしても俺がお前を殺しに行くことはないだろうな。

 俺が欲しいのはあくまで星と同調して薬となったお前の魂が死後、惑星全体に根を張ってくれて数千年後に訪れる滅亡後に備えてもらうことだけだから。

 転生してもらう交換条件として与える特権も、神様の代わりじゃないから星を滅ぼす力まではやれんし、調整に必要な間は強制的に生きさせるから、生きてる間になにしてくれ用がどうでもいいんだ。

 別の星に強くなった別人として生まれ変わっただけだと思ってくれてかまわない」

 

「あ? 星の神様たちは薬として使えないのかって? ダメダメ、あんな奴ら使い物にならないよ。あいつら犠牲精神は説くくせに自分が犠牲になるのだけは滅茶苦茶イヤがるもん。

 そのくせ僧侶たちが使う癒しの魔法は、アイツらの恩恵がないと使えるようにならないんだよなぁー。魔術師たちの使う魔法にも傷を癒す魔法はあるんだが、魔法は信仰心と違って素質を持ってないと使えるようにすらなれないせいで魔法貴族社会が生まれやすい性質を持ってるし、一長一短を保つためにも出来れば両立しておきたい。だから奴らは使えない」

 

「ーーこれが最後の説明になるんだが・・・ぶっちゃけちゃうと、お前は本当の神が改心して自分の役割を果たせるようになり戻ってくるまでの時間稼ぎのためだけに使い潰される捨て駒に近い立ち位置なんだよ。

 使い捨ての薬ってそう言うものだと俺たちは思ってるし・・・、もともと構成目的で作られた制度だし、俺たちには俺たち以外の星に住む人間たちに然したる愛情は抱いちゃいない。自分で創った世界に住んでる生き者たちなら別なんだけどな。

 最終的には新しく創った分も含めて元の神様役が戻ってきて管理運営してくれるようになるのを目標にしてるから、お前に多くの者を与えて送り出すけどそれ以外は完全に放置する。死にそうにならない限りは手を出さない。

 だからこそ無理強いだけはしたくない。こっちの問題に巻き込むわけだし、さっきから言ってるとおり他の候補がいないわけじゃない。最悪の場合、星諸共すんでる生物たちすべてを見捨てる選択肢だって選べはする。だからお前がイヤだと思ったら断ってくれて全然かまわないんだ。

 薬として根を張るまでに時間がかかりすぎるから、あまり多く考える時間はやれないが、それでも一週間ぐらいは待てるから検討してみてくれ。一週間後にまた来るよ。それじゃあ」

 

 そう言って去っていこうとした彼を呼び止めて、男子高校生は言った。その提案を受け入れますと。

 

 宇宙人は少しだけ驚いてから質問する。「いいのか? 考えなくても・・・」と。

 男子高校生は肩をすくめながら、

 

 

 

「どうせ今のまま学校に通っていい大学に入学して一流企業に就職できるような学力ないですからねぇー。おまけに両親とはソリが合わなくなってきましたし、クラスメイトにも知り合い以上になりたいと思える人たちがいない。新しい出会いの可能性がないこともないんでしょうけど、それ言い出したら切り無いですし意味ないでしょう?」

 

「それに何より、今の日本に生きていると、なんだか気持ち悪く感じる日が多くなってきましてね・・・。

 いい顔をして正論を吐きながらつまらない反論を聞いて心の中で舌を出し、相手を見下しながら表面上の礼儀で皆にあわせようとする自分自身の醜悪さに愛想が尽きてた所でもありますし、このさい世界諸共に捨て去ってしまうべきなのかもしれません。

 相手に気を使って我慢しながら、本心では罵倒している今の状態よりかは何もかも投げ出して異世界に逃避した逃亡者という名の負け犬になったほうがスッキリしますよ」

 

「気を使うべき家族も、学校に通う生徒としての役割と責任も、社会に大して果たすべき義務も、周りを壊したいほど憎んではいないからと言う理屈で何もしない自分を正当化する日常も何もかもぜんぶ放り出して逃げ出したい。

 負け犬になる道を自分で選びたいんですよ。負け犬にさえなれば、それ以上自分が落ちるところがなくなる。落ちてしまえば本音を言える。本音だけを言って生きていける。

 嘘ばかりついて吐き気をこらえ続けなければならない生活には、もう疲れました・・・。もう取り繕うにはウンザリですよーーーーーー」

 

 

「・・・いや、まぁ・・・引き受けてくれるんだったら俺としてはそれでいいんだけどさ・・・。今までの会話内容とは真逆にブラックすぎる内面吐露されてチト引かされてるぞ、今の俺・・・。ま、まあいいや。なにはともあれ了承してくれてありがとう。

 ーーーそう言うことにしておくよ・・・うん」

 

「それでなんだけど、生まれ変わりに際して要望とかなにか有るか?

 その星に打つ薬になってもらう必要があるから、現地人として生まれ変わらせるつもりだし肉体は完全に0からの作り直しになっちまうから、別の形にするのも労力的には変わらないから望みがあるなら叶えといてやるぞ?

 欲しい能力とかでも別にいいし、人間以外でも問題なしだ」

 

「では、エルフの女の子で魔法剣士をお願いします。それ以外は適当に」

 

「ふむ? その心は?」

 

「キャラメイク可能なRPGで最初に作ったキャラがそうだったせいか、惰性で延々と同じようなキャラ作っては使い続けてきた結果、なんか慣れちゃってるんで気楽そうだなーと」

 

「ああ、そう・・・。えっと、そのキャラメイクしたエルフってこのデータの奴か。これをそのまま再現するってことでいいのかな?」

 

「ええ、それで結構ですよ。ーー正直、最初に作ったのが昔すぎて細かい部分は覚えてないですからご自由にどうぞ」

 

「・・・・・・(なんか、今までで一番重い理由で提案を受け入れた奴が、一番適当な感じに生まれ変わった後の自分を決めちゃったなー)んじゃ、はいよ。元ネタがあるから再現するのが超楽だったわ。

 もうあっちの星にはお前用の新しい体が用意できたし、いつでもいけるが今から行くか? 魂の入ってない入れ物だけの肉体なら転移も楽だし、到着直後の場所も今なら変えれるぞ?」

 

「では、ある程度大きな国の辺境地域とかでお願いします。特権階級とか不正とかがあると尚良しです。利用して使い捨てるときに罪悪感を感じなくて済みそうですからね」

 

「(性格悪!?)わかった。人間の支配している大きな国のひとつに、人間以外を下等生物として見下して差別している国があるからそこにしよう」

 

「お願いします」

 

「(お願いしちゃうの!? お前が転生するの差別されてる種族のエルフですよ!?)わ、わかった。それじゃあ・・・・・・本当にいいんだよね?」

 

「お願いします」

 

「・・・・・・・・・それじゃ、しばらく眠ってくれ。てい」

 

 とん。と額の真ん中を宇宙人の人差し指が突いて、男子高校生は“死んだ”。

 そして魂が抜かれ、肉体の縛りから解放された魂が空へと昇って別の天体へと跳躍していった。

 

 

 

「しかし・・・・・・」

 

 高校生の魂を見送った宇宙人の彼は、なんとも表現しようのない顔でつぶやいた。

 

「“アレ”って本当に薬になれるのかね・・・? 魂の効能ってのは本当によく分からん・・・」



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オリジナル異世界転生戦記モノも書いてみました

既存の作品を参考にして異世界転生戦記モノも書いてみました。
とりあえずは読んでみて書きたいと思ったのは書いてみる執筆スタイルで想像力を回復している最中です。

・・・全然話は変わりますが、欲望に素直でスケベな主人公って意外と難しいんですな。初めて知りましたよ・・・。


 部屋で読書をしていたところ突然光に包まれて、気がつくと景色が一変していた。

 中世のお城みたいな石造りの部屋の中、魔法陣みたいに奇妙な形をした文様の上に立っていて、前方にはローブを着た男数名と、甲冑に槍で武装した衛兵らしき男が二人いてなにかを話している。

 

「なんとまぁ、ずいぶんと貧弱な魔王を召還されたものですな、ガユス様。しかも、よりにもよってエルフの小娘と似た姿をしているとは・・・この責任をどう取られるおつもりかな?」

「う、うるさい! 誰にでも失敗ぐらいあるわい! それにワシが調べた限りでは召喚魔法に使用回数制限というものはない。こんな失敗作は早くどかして二度目の儀式に挑めばよいだけの事じゃろうが!」

「それはガユス様がお調べになった古文書に記されていたこと。わたくしの調べた本では別のことが書かれておりました。万全を期すためにも、次はわたくしに魔法陣の使用許可をお譲りいただけませんかなぁ」

「宮廷次席魔道師ごときがでしゃばらずに引っ込んでおれ!」

 

 ・・・なんとも要領を得ない会話だった。おまけにこちらのことなどお構いなしである。普通に訳が分からない。

 

 

「・・・おや、おチビさん。退屈させてしまっていましたか。それともお母さんが恋しくなりましたか? いきなり不意打ちで呼びつけてしまって失礼しましたねぇ」

 

 先ほど年老いた方から『次席』と呼ばれていたローブ姿の男がニヤニヤしながら近づいてきている。

 

 何となく、「殺してしまえる」気がしたが自制することにした。

 

 今まで生きてきて喧嘩など数えるほどしかしたことがない自分が、いきなりこんな事を考えつくようになっている時点で常識の通じるような状況でないのは分かっていたのだが、別におかしくなっているのが世界の方だけとは限るまい。あまりの異常事態に自分の頭が恐怖でおかしくなっていたとしても不思議ではない出来事に巻き込まれているのだから。

 

「ですが、おチビさん。かわいそうですが君は還れないんですよ?

 先ほど君を喚びだした召喚魔法は、私たちが復活させたばかりのものですからね。はじめて異世界から生命体を喚ぶことに成功した事例が君である以上、帰す手段もまた研究してみないと私たちにも分からないのです」

 

 にこにこと、ニヤニヤと。嫌らしい笑みを湛えながら若い方のローブ男は自分の耳元に顔を近づけてきて小声でささやいてくる。

 

「ですからーーーどうでしょう? ボクと手を組みませんか? ボクはあの老人を追い落としたいと思っています。

 彼さえ失脚してくれるなら、たかがエルフの子供一人に無体なまねをする必要性など微塵もありませんし、子供一人に裕福な生活を保障するくらい訳はない。不要になった証人を消すほどの説得力が君の言葉にあるとも思えませんしねぇ~」

 

 まるでサスペンスドラマに出てくる悪役のセリフそのものであったが、彼は嘘を言ってはいなかった。言う必要がなかったからである。

 彼らの所属する国『オルト帝国』は新興の軍事国家で、民族主義陣営の大巨頭でもある。

 人間族絶対優位が確立されている階級制度の敷かれた帝国にあって、差別階級にある下等種族の子供を嘘で騙して利用する価値はほとんどない。

 証言は物的証拠付きであっても貴族の発言一つで無かったことに出来てしまう。生け贄や偽証言をさせた上で処刑するなどの演出に使ったところで、目立った手柄一つで覆されてしまう。その程度の評価しか与えてもらえないからだ。

 

 だが、一方で帝国は新興の軍事国家として軍事力による拡張政策を実行中の侵略国家という側面を持ってもいる。結果主義であり能力主義なのだ。

 結果さえ出せるなら多少の生まれや家柄などは気にされることなく取り立てられる特別枠があらゆる部署に設けられており、このローブ姿の若者のその一員だ。貧しい下級貴族の嫡男でありながら魔術の才能が突出していたから立身出世を果たせた成り上がりなのである。

 

 そのため彼は魔術研究以上に謀略や交渉に長けていた。味方が少ない自分は味方してくれた者に存分に報いなければ足下をすくわれるだけだと言うことを事実として知っていたから嘘を話す必要性がなかったのだ。

 

 そして、彼女という『上司が喚びだした失敗例』が持つ存在自体の利用価値までもを熟知していたのもまた、この場においては上司本人ではなく彼一人だけであった・・・。

 

「あなたと言う役立たずは、その存在そのものが彼の無能を証明する絶好の物的証拠になりうる。あなたはただ、私の側で生き続けてさえいてくれたらそれでいい。

 それだけで彼は追いつめる材料になるし、追いつめられた彼が成果を上げたらそれはそれで構わない。次を狙うまでのことです。

 焦らずに相手の失敗を待っていれば、あなたを活かせる場面はいくらでも向こうから提供してくれるようになる。私はあなたを養うことで、彼を追いつめるカードを懐に忍ばせ続ける事が出来るようになるのですよ・・・。

 どうです? 悪い取引ではないでしょう?」

 

 舞台『メフィストフェレス』の主演俳優さながらの笑顔で言い切って見せた彼は、その後少しだけ雰囲気を和らげて安心させるように付け足しておくのも忘れない。

 

「ああ、安心してください。用済みになったから処分なんて素人臭い真似はしませんから。どんな状況下であろうとも『殺す必要のない相手を殺した』と言う事実は政敵にとって、つけ込まれる隙となり得ます。

 それに、すべてを得た成功者に小物一人が何を叫んだところで誰一人耳を傾けちゃくれませんからねぇ。「妬んでるんだろ」の一言で終わりです。

 私はこれでも下層階級の文化には詳しいものでね。貧乏人の妬みが生み出した貴族のイメージを利用する手法には精通しているんですよ。アレの犠牲に加えさせられるのはごめん被りたい。

 ですからあなたも、安心してボクの手を取ってくれてよいのですよ?」

 

 にっこりと笑って差し出された手に、おそらく嘘はない。少なくとも現段階に限っては、だけども。

 状況次第で彼の証言は幾らでも覆り、手の平は返され続けるのだろうけれど、そんなものは政略やら謀略の世界では当たり前の話でしかない。手を取るなら、それを踏まえた上で取るべきだろうなぁと思いながら少女が悩み始めていたところ。

 

 

「こら! 先ほどから何をやっておる! 早く元の位置に戻らぬか! お主がいないのでは次なる儀式が始められんではないか!」

 

 若者を次席と喚んでいた老人の怒声を耳にして、その声がヒステリックな色をまとっている事実に気づいた彼女は『別案』を考えついたので若者の耳に小声で伝えておく。

 

 相手は「え?」とだけ返事をして「うん」とも「いいえ」とも言ってないから答えを得たことにはならないが、こういうのは既成事実化してしまえば済むものだから気にしなくてもよいだろうと少女は割り切った。

 

 

 

「・・・偉そうに見栄張るだけで、この人がいないと何にも出来ないんですね。あ~あ、なんて役立たずなお爺さん。いっそ、死んじゃえばいいのに」

「なっ!?」

 

 今まで黙りこくったまま一言も口を開かなかったエルフの少女が放った第一声、それが思いもかけない不意打ちとなって帝国主席魔道師ガユスの精神を大きく揺さぶりバランスを崩させた。

 口をぱくぱく開閉させながら徐々に顔色を青から赤へと変えていき、限界に達して大声を出し怒鳴りつけようとしたその瞬間、待ちかまえていた少女の口から用意されていた猛毒の塗られた言葉の刃がガユスの咥内めがけて差し出される。

 

「きさっ・・・・・・!!」

「あはは、青から赤になった。タコみたーい。頭もおんなじツルッパゲ~♪ もしかしてお爺さん、タコ人間の親戚かなにかなの? お父さんがイカで、お母さんがタイかヒラメだったりするのかな?」

「・・・・・・・・・」

 

 思わず発しかけた怒声が雲散霧消してしまうほどの暴言の連発だった。

 普通の家柄なら、まだ子供の口さがない悪口で止めておけたかもしれないレベルであったが、種族差別が激しく『人間族が優遇されている帝国社会』にあって、『エルフの子供が人間の貴族に対して』言っていい限度を超えすぎていた。

 不敬罪だけで数十回死刑が適用されるレベルの暴言。それをエルフの少女は止まることなく邪気のない柔らかな笑顔で連発しまくってくる。

 

 敢えて難しい言葉を使うことなく、子供らしい表現のみを用いて分かり易くガユスを小バカにしまくるエルフの少女は確信犯だった。確信犯でないなら、それ以外の何と呼べばいいのだろう?

 

 少女は既に老人の心理を把握していた。普段はあったことがないから分からないが、今この時点では老人の心理は幼いガキと同レベルでしかないことを見抜いていた。

 プライドが大事なのだ。守りたいのだ。威厳やら沽券やらを守らなければいけないと、嘗められてしまったら終わりなのだと思いこんでしまっているのだ。

 

 ーーーその方が、我慢して子供の相手をするより楽だったから。

 

 怒りを抑える努力をするより、爆発して生意気な子供を成敗し、もって後方から見ているだけの役立たずな衛兵たちと生意気な次席に若造に自分の怖さと恐ろしさを示してしまえば片が付くーーそんな子供じみた妄想を、おいしそうな人参として目の前に垂らされてきたから飛びつきたくなってしまったのだ。

 

 仮にこの時点から冷静さを取り戻しても遅い。言ってしまったことは取り消せない。傍らで沈黙しながら窘めるフリをするタイミングを推し量っている次席に優位を与えてしまっている。今の失態を取り消すためには、より大きな成果を出すより他に道はない。

 皮肉なことに、帝国がまだ発展途上だった頃の若い時分に若き皇帝とともに帝国の礎を築き上げてきた彼もまた『元成り上がり』であり、成果主義が第二の本能として身についてしまっていた。

 

 それを逆用して追いつめてくる者がいるなど想像すらしないままにーーーー。

 

「せ、せ、成敗してくれる!」

 

 主席魔道師は持っていた杖を振り上げながら少女に近づいていく。

 魔法を使って殺せば一瞬で終わるのに、彼が攻撃魔法を使用しなかった理由は帝国軍の強壮さを支える大きな要因として他国を凌駕する魔道軍事技術があるからだった。

 

 帝国軍が誇る偉大なる神秘の力・・・それを無力なガキ一人を殺すのにためらいなく使用する『帝国魔道技術の開発局長の老人』・・・醜態などと言う言葉ですまされるほど軽い馬鹿話ではない。間違いなく一生ものの名誉に傷が付く深手だ。

 たかが名誉、たかが沽券。

 されども、軍事力で他国を威圧して支配するのが拡張政策を採る新興の軍事国家オルト帝国である以上は、軽視することは不可能な事案でもあるのだった。泳ぎ続けなければ沈むしかないのである。

 

 エルフの少女がこれらの事情を、今までの会話内容から半分は無理でも三分の一以上は察することが出来ている可能性など思い至るはずもなく、ガユスは一歩一歩、威圧目的からゆっくりと少女に近づいてゆく。

 

 老人の破滅へと向かう背中をそっと後ろから押してあげるために、次席の若者は老人に向けて真摯な態度で話しかける。

 

「お止めくださいませ、ガユス様。たかだか子供の戯れ言です。偉大なる帝国主席魔道師の地位にあらせられるあなた様が自ら手を下す価値など存在しない相手です。

 お気にさわるのであしたら、あなたさまの忠実なる僕のわたくしめにお命じくださいませ。直ぐにでも生意気な口を閉ざさせてガユス様の眼前にひざまづかせてご覧に入れましょう」

「黙っておれと命じたはずじゃぞ次席! 部下如きがでしゃって差し出口を叩くな!無礼者が!」

 

 ガユスは怒鳴り、次席の言葉を一蹴しただけでなく発言権そのものを封じてしまった。恭しい態度で頭を下げることで主席の命令を受領する旨を示して見せた、このときの次席の冷静な態度は頭に血が上った老人にとって猛牛の前に振られた赤い布と言うよりかは、経験が浅く怖いもの知らずな若武者に功を焦らせて死番をやらせようとしていると言った方が正しかっただろう。

 

 ーーなにしろ老人の視界に、これから時分が殴ろうとしているエルフの少女は写っておらず、ただただ次席からバカにされ扱き使われるようになる近い将来の自分自身の姿の幻覚しか写っていなかったのだから・・・。

 

(ーー有り得ん! そのような未来は絶対にあり得てはならんのだ! このような出世ばかりを考える理想無き愚劣な輩に帝国の未来を委ねることは断じて許されない! 陛下の掲げた理想は、このような野心家に理解できるほど小さきものではない!

 こやつがワシに取って代わってしまったならば、必ずや帝国軍を変質させてしまうじゃろう・・・そうなってしまってからでは遅いのじゃ!)

 

 頭が沸騰し、過去と現在と今の自分の行動とがバラバラになってしまっていることに気づいてはいなかったが、それでも老人の『過去だけは』冷静に帝国の現状を見つめていた。ーーそこに目の前の少女は存在すらしていなかったけれど・・・・・・。

 

「生意気な餓鬼めが! 思い知るがよい!」

 

 分を弁え、黙ったまま動かずに懲罰の一撃を待っていたエルフの子供を(彼の常識的見解ではそう見えていた)黙って殴られるのを待ち続ける平民として、いつも通りに腕のスナップを利かせて大仰で派手な見せかけが怖く鋭くなるよう演出した『帝国貴族式懲罰マニュアル』に記されている訓練通りに体に勝手に行わせながら、彼の心はなおも今いる場所から遙か遠く思い出の地平線上に旅立ち続けていた。

 

(確かに帝国の現状は良いものでは決してない。陛下の理想とは程遠い状況にあるのは間違いない。じゃが、今の帝国は過渡期にある! これを乗り越えた後にこそ真の国作りが待っておるのじゃ!

 まずは《破壊》の時期! 頭に堅い旧世代どもを一掃し、次なる土台作りとなる《創業》のための礎とする! 帝国一国でこれを成すためならば、ロクデナシの野心家たちとて利用し尽くし、成した後に切り捨てるとした陛下こそ覇王の器よ!

 さらに《発展》の時期! 滅ぼし尽くした旧世代に代わり、我らかつての非差別階級が大陸を正しく統治する! 不正をただし! 内政を整え!

 国内を充実させた後に帝国はその役割を終え消滅し、全大陸国家をすべて併せた超合衆帝国が誕生すーーるぶぅっっっ!!!??)

 

 

 思考を中断させられた老人は、強制的に現実世界へと立ち戻らされていた。

 振り上げて、振り下ろそうとしていた杖は床に落ち、年老いて尚ガタイの良かった老人の体が小刻みに震えだし、見れば肌に脂汗が浮いている。

 

「が、ガユス様・・・? いったいどうなされまし・・・た?」

 

 何が起きたのか分からずに、衛兵が唖然としながら質問すると、老人は彼らの方を振り返る。否、無理矢理に振り返らせられる。

 

「!!! ガユス様!」

 

 

 

「動かないで下さい。この老人の目を潰されても良いのですか?」

 

 至って冷静な口調のまま、崩れ落ちたガユスの両目にエルフの少女がチョキを突きつけて脅しをかけてくる。ガユス自身の両手は男にとって最大の急所である股間を押さえるのに使われていて、自力での脱出は叶いそうにない。

 ガユスの着ている装飾過剰なローブが邪魔をして衛兵たちには見えていなかったが、少女は目の前まできて杖を振り上げた老人の股間に自分の小さな拳を思い切り叩き込んでいたのである。

 子供に金的を食らわされるなどとは流石の帝国主席魔道師にも予測できなかった攻撃のために回避も防御も不可能だった。一応の物理防御手段として身につけていた魔法のオーブも限界を超えた痛みにまでは役に立たない。

 

 ーーーまさか尊敬し敬愛する皇帝陛下の理想成就のための戦いのさなかに、ローブの下に普通の下着しか穿いてなかったのが裏目に出る日が訪れようとは夢にも思ったことがなかったガユス老人である。当たり前だけれども。

 

 

「貴様! 反抗するか!? ガユス様を離せ!」

「こちらからの要求を伝えます。この城だか屋敷だかの出入り口まで案内する道案内を用意しなさい。私はこの方と一緒に適当な部屋で休ませてもらっていますから、用意ができたら大声で呼んで下さい。すぐに参ります」

「汚らわしい亜人の分際で、我が帝国軍に要求を突きつける権利があると思っているのか!? 分際を弁えよ!」

「とりあえず人質の返還はあなた方が誠意を見せてくれたと解釈した場合に限り、とさせていただきましょうかね。とは言え刃を突きつけられたら私としても覚悟を決めざるを得なくなることをご承知お気下さい。これだけの事をしてしまった以上、逃げ切るか殺されるか以外に道がないことは重々承知しておりますので」

「こ、こいつ・・・。人の話をまるで聞く気がねぇ・・・っ!!」

 

 衛兵戦慄。ここまで居直りまくってマイペースに徹する犯罪者の相手をつとめるのは彼らとしても初めての経験である。まったく対応の仕方が分からない。

 ・・・つか、自分の都合しか言ってこない奴を相手に何をしろと? 槍でぶっ刺したらガユス様死んじゃうし、自分たちだけ大損させられるんですけれども?

 

 責任とってくれる責任者が敵の手に落ちてしまったがために、半身不随にさせられてしまった帝国軍の衛兵二人。なまじ実力主義結果主義で押し進めてきた分だけ、手柄にならないと分かり切ってる事柄に直面したさいには責任逃れをする方向に思考が傾くのである。

 

 この場のナンバー1を失ってしまった彼らは、そろってナンバー2の方に視線を向けた。助けを求めるようにではなく、誰でもいいから自分たちに命令して欲しいと飼い犬根性が染み着いた負け犬の瞳で『彼らの新たな上司になるであろう人物』を見たのだ。

 

 次席もまた落ち着き払った態度で少女を見て、話を聞く気のない相手に自分たちの要求だけを伝えておく。

 

「あなたからの要望はこれから陛下に取り次ぎます。要望が入れられるかどうかは陛下次第です。あなたに決定権はありません。

 それから忠告しておきますが、ガユス様と陛下は古くからのご友人。友人想いな陛下は友にかすり傷一つでも負わせた相手を決してお許しにはならないでしょうね。せいぜい気をつけなさい」

「了解しました。あなたの誠意に感謝して、立てこもる部屋にはこの部屋の近くにある部屋を使ってあげますよ。

 それとこれは私からの忠告です。付けてきたらこの人殺しますから、そのおつもりで。じゃ」

 

 たったったっと。

 大人を抱えた子供の足とは思えないスピードで走っていってしまった少女の足音が消えてから次席は衛兵をジロリと睨みつける。

 

「何やってんですか? 早く後を追いかけて追跡しなさい」

「は? で、ですが賊はガユス様を人質に取っており、下手に追跡すれば命の保証はないと今さっき自分で・・・」

「バカですか? 犯罪者の言葉を真に受ける治安維持要員なんてゴミ以下です。さっさと役目を果たしてきなさい。サボってると陛下にチクって処罰していただきますよ?」

「し、しかし! 自分は敵を倒すのではなく、王城を守る衛兵として! ガユス様の御身の安全を第一に考えて行動すべきであると確信しておりますれば!」

 

 『ガユス様のじゃなくて、自分のでしょ』ーーそう思ったが次席は言わなかった。木っ端役人の責任逃れなんざ日常茶飯事だ。問題視するよりかは利用して働かせた方が手っ取り早いし効率がいい。

 

「素人ですかあなたは? 彼女の安全はガユス様によって保たれているのです。彼が死ねば彼女も確実に殺されてしまう。それぐらいは分かる程度の冷静さは残っているみたいですから追跡だけを命じたのです。何も捕縛やら危ない橋を渡れといった覚えはありませんよ」

「し、しかし・・・」

「むろん、ガユス様の安全が第一である以上、彼に危険が迫っていると判断したら即座に逃げ帰ってきてくれて構いません。追跡の役割は果たしたと上には報告しておいてあげますし、誘拐されたのがガユス様である以上は潜伏場所だけでも見つけることが出来たら大手柄です。上司に報告すれば多額の報奨金を出してもらえることでしょうねー」

『!!! 今すぐに行って参ります!!』

 

 だだだだだだだだだだっっ!!!!!!

 

 

 ・・・・・・先を競うように足音を盛大にたてながら走り出す衛兵二人。あれでは追跡という言葉の意味すら理解しているのか怪しいところだった。所詮は人数合わせの駒として雇っているだけの下民である。

 

 後ろめたい儀式の実験だったため、口封じしても惜しくないような人選をしておいたのが、まさかこんな形で活かされるとは選んだときには思いもしなかったが・・・。

 

「バカですねぇー、一人の追跡対象に二人の衛兵が手柄目当てで追跡するなんて。

 あれじゃあ上司への報告する順番を競うことしか頭になくなって、犯人が室内に居続けるかどうかを確認する監視役を一人残すなんて発想は出てくるはずがないでしょうからねー」

 

 溜息を付きたくなるぐらい、簡単に手玉に取られている実感が彼にはあった。

 帝国軍の躍進を支えてきた『勝利はすべてを正当化してくれる!』の国是が逆用されまくられている。しかも、あんな子供にだ。いったいガユス様はどこの世界から何を召還してしまったのだ?と本気で問いつめたい気持ちで胸がいっぱいになる次席の青年であった。

 

「まぁ、どのみちガユス様の命は保証されてるわけですから気にしなくて良いでしょうし、私は私で有り難くこの状況を利用させてもらうとしましょうかね。

 ガユス様にとってあの少女が疫病神であるように、私にとっては幸運をもたらす小悪魔になってもらうためにもね」

 

 そうつぶやいて部屋を出て、皇帝の待つ居室へとむかって足早に歩きだす。

 

 新興の軍事国家オルト帝国の居城『ユグドラシル』の宮廷内に、老魔道師ガユスの痛みを訴える悲鳴が途切れることなく響きわたり始めたのは、彼が皇帝と謁見して事情を説明している最中からだった。

 

 

 

 ーーーこうして、大陸中すべての国々が預かり知らぬ事情と事件が帝国の王城内で発生していたわけであるが、別段今の段階でそれが何を生むというわけでもない。今日が終わるまで事件は大きくとも事件の範疇に収まる規模で終わるはずだった。

 

 誰が知るだろう? この事件が大陸全土に覇を唱えていた巨大軍事帝国オルトの滅びを告げる始まりの一夜になることを。

 誰が予想できるというのだろう? 悪辣で知られる帝国軍の諸将を慄然とさせる行為を続発させる敵将が出現することを。

 

 

 この夜、盟友ガユスを救出するため強攻策に訴え出たい己の気持ちを「悲鳴が聞こえている間はガユスは確実に生きておる・・・!」と抑え続けた皇帝が、無事年来の友を救出したとき、室内には両手の指の骨すべてを折られて縛られていた彼一人しかおらず、犯人はとっくの昔に王城の外へと脱出していることを知った彼は激怒して捜索隊を発し、他国へ通じる四つの関所の内、友好国ではない三つのみに人員を集中することで捜索網の密度を増すことに成功したのだが、それが思わぬ誤算を招くことになるとはこのときの彼は露ほども思っていなかった。

 

 

 翌日、青ざめた顔色の宰相が報告に上がって奏上してきた捜索隊が捜索に当たっていた兵士の一人を敵に捕らえられ、翌日無事に見つけだしたところ怖くなって捜索が遅々として進まなくなってしまったというのである。

 

 

 皇帝は宰相に問うた。

 

「どのような状態にあったのか」と。

 

 宰相は答えた。

 

「首から下が地面に埋められ、顔中に近くの木や草花から採取したと思しき樹液や花粉などが隙間なく塗られ、朝になってから寄ってきて虫たちに鼻やら耳やら口の中までもを蹂躙され尽くしたそうにございまする・・・」

 

 そして、捕虜の血で書かれたと思しき文章が彼の顔の直ぐ側に書かれていて、それにはこうあったと言う。

 

『帝国に味方するなら、ぜんぶ敵』

 

 

 ーーと。

 

 

 剛胆で鳴らした皇帝は報告を聞き終えた後、思わず口元をひきつらせたと歴史書には記されている。

 

 

主人公の設定:

名無しの転生者(もしくは転移者。詳しいことは分かっていない)

 元は歴史好きの男子高校生。現在は銀髪のエルフ幼女(この世界でもエルフはふつう金髪碧眼。なので同族から見ても異端)

 転移か転生を果たしたときにチートを得ているが、それほど大したチートではない。せいぜいが一流の武将と一騎打ちできるという程度のもの。年齢を考えれば大したものだが、一人で敵軍すべてを屠るには程遠い。

 前世では(もしくは元の世界では)比較的温厚な性格をしており、抑制が利いた言動のせいで逆に印象が薄かったが、この世界に来てからは別人のように素直な思いを表に出している。(要するにヒトデナシの部分を見せることに躊躇いがなくなっている)

 勝つためには手段を選ばない敵の策を逆用し、自らの手で自らの首を絞めさせるような戦術を好む。謀略を好む傾向のある帝国軍の将帥たちにとっては最悪の相手。

 謀略を、「敵の失敗を誘発してミスを待つ敵将頼みのつまらない詐術」と言い切ってしまう性格の持ち主。

 

 

敵手たち

シャルティア・アイゼンバルド。

 帝国の第三皇女にして姫将軍。種族的差別感情の根強い帝国軍上層部にあって数少ない絶対能力主義者。身分も家柄も気にしない剛毅な気質の持ち主で、若い頃の皇帝に似ていると評判。子供たちに中で皇帝からもっとも期待されている公明正大な人物。

 ただし、あくまで人間至上主義を掲げる帝国貴族としての平等性と公平性を尊重している価値基準の持ち主であって、支配者に逆らう者たちには個人的に好意を持っていたとしても生きている価値を認めない。

 名無しの転生者捜索隊の指揮を任されて森林地帯にまで追いつめたものの、実際には罠であり、適当に怪しそうな植物を全部ぶち込んで作った薬を休憩場所近くに生えた草花に塗られ、乗ってきた馬たちに飲まされてしまい移動手段を損失させられる。

 さらには賊の捕縛を優先して食料を現地で買えばいいと考えていたのを逆用されて物資不足にい陥り、やむを得ず徴発した村で隊の一員が怪しい食料を買わされた結果、隊員たちが激しい下痢と吐き気、目眩などの症状に陥らされてしまい、任務続行不可能となる。

 その後、騎士でありながら徒歩で帝都まで帰還させられるという屈辱を味あわされた名無しの転生者を怨敵と見なして激しく憎悪し付け狙うようになる。

 

 

ロンバルト・ゾンバルト

 帝国を脱出した名無しの転生者が次に訪れることになる王国の騎士団長。

 現在、国内は帝国の侵略行為への対処と王位継承問題で揉めており、人望実績ともに豊かな王女が兄王子に代わって王位を継ぐべきだと主張する声が多くなり、国内貴族を二分した内乱の危機にあるのだが、軍部の主流派は騎士団長である彼の派閥に組み込まれているため王家の内輪もめには旗幟を鮮明にしていない。貴族同士で勝手にやっていろと内心では罵っている。

 直属の騎士団主力は国のためでも王家のためでもなく彼個人の権力と特権維持のための軍隊と成り果ててしまっているため、傀儡として使いやすそうな王子の側に付いた方がマシだと考えるようになり、軍隊を率いて反体制派の領地へと参陣するのだが、それが味方の食料負担を増大させるという致命的失敗を犯すことに繋がり経済戦で敗れる。

 

 

シャイール・アイヤール

 反帝国のための同盟を各国に呼びかけて飛び回る若き流浪の少年軍師。

 誠実な人柄だが、時と場合によっては権道を用いる良しとする非常さも兼ね備えている。戦後世界の構想で名無しの転生者と相容れなかったため、最終的には倒すべき敵となると考えるようになる。

 少数での奇策で勝利を収め続けてきたため「天才戦略家」と呼ばれているが、実際には少数で多数を討つ誘惑に駆られやすい戦術家で、戦略に関しては素人もいいところ。

 帝国が条約を交わした貿易国の船を、表面上は帝国傘下の国と密約を交わすことで海賊を装い襲撃させるという奇策によって足を引っ張り勝利と名声を得るが、逆にその密約が徒となって信頼を失い没落の一途をたどることになる。

 

 

カーマイン・クリストフ

 王国の大貴族であるクリストフ公爵の嫡男にして次期後継者。

 眉目秀麗、容姿端麗、才色兼備な才人と名高く国内外の女性たちから一身に恋慕を寄せられる身だが、「自分は妻を愛しているから」と政略結婚でしかないライバル貴族出身の令嬢を大切にして見せている。

 王国内乱時には名無しの転生者に味方するが、本心では王国を見限っており、まとめて帝国に売り払うことで己自身の保身と王国内での特権強化を目論でいる。

 初対面でいきなり自分の表面的な綺麗さすべてを「化粧を濃くして綺麗に見せようとするのは、内面の醜さを自覚している証拠」と言い切られたことから名無しの転生者を逆恨みしており、暗殺や謀略で排除しようとしたのを逆用されて居場所を失う。

 最後には帝国へ亡命するための準備中に、罪が軽くなることを望んだ妻に殺される。

 

 

 

味方キャラクター

 ヨハン・ペテルゼン子爵。ヨアヒム・キルギス伯爵。

 王国の中堅貴族たちの中心人物にして従兄弟同士。

 内乱に従軍させられるなど、貴族にとっても領民にとっても損しかしないから阿呆らしいと思っている。一応の忠誠心はあるので、恩知らずと言うわけではない。名無しの転生者の現実論を気に入って味方に付く。

 「己の利益は領民たちの利益、領地の収益こそが自分たちの財産」と考えている極端な現実的思考法の貴族二人組。優秀だが変人と呼ばれているので知り合いは多いが友達が少なく、いつも飲むときは二人だけ。でも酒豪で酒好き。

 ヨハンはまるまる太ったベートーヴェンみたいな服装と髪型のチビデブで、ヨアヒムは海賊とかの方が似合ってそうな無精髭が渋いオジサンみたいな若者。両人とも三十代前半なのに老けているのが悩み。

 



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チート転生は、ひねくれ者とともに 2章【ボツ】

正式にシリーズとして試作品集内で続けて行くためシッカリとした内容に書き直しましたので、既存の2話目から4話までは【ボツ】と付けました。削除してないだけで事実上のリセットですので書かれている内容に振り回されないようお願いいたします。


「さぁ~てと。これからどうしますかねぇー」

 

 街の市場を冷やかしながら散歩をし、ボンヤリと空を見上げながら私は思案に暮れていた。というのも今日より三日間。できることが何もないからだった。

 

「まさか偽造許可証の発行までに三日かかるとはねー。正規のじゃない分だけ早いのかと思ってましたが・・・いや、実際に早いんですけども。

 それでもやっぱり三日間の間、街の外に出れないのは結構つらい・・・」

 

 ボヤいた私は、ため息もつく。

 無事に役所までたどり着き、登録手続きを済ませた私に待っていたものは『安全を保障するための根拠となる一定数の滞在期間』でした。

 ようするに「ホントに危険人物じゃないかどうかの実績を示せ」って事ですね。

 数を割り増しすることはできても、実数0を100と誤魔化すために必要となる嘘や矛盾は後から大きな負担となる可能性を持っているため最低限度の実数は必要なのである。そう言うわけです。

 

 なので私はブラブラ街を散歩中。

 「一日中部屋に引きこもってたら書類に書かなきゃいけない嘘が増えるんで、辻褄合わせに苦労するのはアンタですぜ?」とか言われてしまったら、イヤでもインドアでも散歩にでるしかなくなるわけで。

 

 だからこうして冷やかしている。問題を起こさないよう気をつけながら。

 

 ーーーと、言えれば良かったんだけどな~・・・・・・。

 

 

「無理でしょ、この街で私が三日間ものあいだ問題起こさないで健康に過ごす事なんて絶対無理」

 

 思わずそうボヤきたくなるほど、この街は色々とヒドかったのです・・・。

 

 

 

「邪魔だガキ! 殺されてぇのかアアン!? こちとら天下の人間様だぞこの野郎。

 獣耳はやした人間モドキや、耳の長い人間モドキや、背が低くてデブっちい人間モドキなんかが人間様の住んでる町で偉そうに道を歩いてるとムカつくんだよ、腹立つんだよ、滅ぼしてやりたくなってくるんだよぉぉぉぉっ!!

 解ったらそこ退け糞ガキども! 人間様が御通りするんだからなぁぁぁぁっ?」

『・・・・・・ビクビクビク(推定年齢6歳ぐらいの女の子たち)』

 

 

 ーーーね? これを我慢するのとか無理でしょ? だってなんかムカつくから。身の程って奴を思い知らせてやりたくなるじゃん?

 

 ・・・・・・でもなぁ~。相手はどう見ても民間人な平民なんだよな~。下っ端同士の喧嘩なら身内を庇うのが人情って奴じゃん? だから手を出し辛いんだよなぁー、こう言うの。

 

「仕方がない。あの手で行きますか。あんまし好きな作品じゃなかったんだけどなー」

 

 ボヤきながら後頭部をかきながら、私は未だに怒鳴り続けている男の背後まで近づくと、

 

「えい」

「テメェ等! 俺様の名前を言って見ろぉぉぉぉぉぉっとっとっと!? ぶべっ!?」

 

 よし、蹴飛ばして転ばせてやったぞ。頭が落ちてった先に馬の糞が落ちてたのは意図してないから俺のせいじゃねぇので知らん。

 

「ぶわっ! ぺっぺっぺ! な、なにしやがんだテメェ!? この俺を誰だと思ってやがる!?」

「知りませんが、とりあえず通行の邪魔です。退いていただけませんか?」

「俺様を知らねぇだと!? だったら教えてやるから聞いて驚け! 俺様の名前はなんと・・・・・・はい? 今いったい、なんて言った・・・?」

 

 馬糞まみれの顔でカッコつけようとして留まる男。気持ち悪い、寄るな変態、エロ痴漢。

 

「ですから通行の邪魔です。退いてください。でなければせめて通りの真ん中ではなく、隅の方でやってください。商売している方々の迷惑になりますから」

 

 そう言ってわざとらしく周囲を見渡した私に合わせる形で不機嫌そうな表情をしてみせる露天商の方々。邪魔だけど自分から言うと厄介事になりそうだから日和っていた人たちほど勝ちに乗じて味方してくれます。

 

 『灼眼のシャナ』で坂井裕二が体育の授業中にシャナを庇うため使ってた手の応用編。シャナは可愛かったけど、裕二がいまいち好きになれんかったから微妙に苦手な作品なんだよなー。一番は吉井さんだけれども。

 

 閑話休題。

 話を男に戻します。

 

 

「う、あ、いや、あのそのあの・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・』

「『言い訳はしなくていいから早く退いてくれよ。臭いが商売の邪魔になってるだろ』ーーと、皆様方も言いたがっておられるみたいですね」

『・・・・・・・・・・・・・・・(曖昧な不機嫌表情で否定も肯定もしない露天商たち)』

「あ、え、う、お・・・・・・し、失礼しました。お呼びじゃなかったみたいなんで退場しま~す・・・・・・」

 

 そう言ってフェードアウトしてった彼の姿が完全に消えてなくなると。

 露天商の皆様方と、客として接客してもらってた方々は一度深くうつむいてから。

 

「いらっしゃいませ~♪ お客様形。今日は何をお求めでしょうか~(ニッコリ)」

「そうねー。じゃあ今日はこのヘビ柄のバックをいただけないかしら? なんだか取引が制限されてる希少生物の『アオニシキサーペント』に似た柄だけど、当然別物なのでござんしょう?」

「勿論ですよ、お客様。当店は誠実でまっとうな商売を標語に掲げて長らくやってきた伝統ある露天商人。違法品など怖くて手が出せません。ブルってしまいますからね。

 それに使われてる蛇はアオニシキサーペントに似た柄を持つ遠い異国に生息している蛇で、『ササニシキシーサーペント』と申します。調べていただければ判明いたします。もっとも、遠い異国の地故に辞典や図鑑はそう簡単には手に入らないかもしれませんが・・・」

「あら、そうなの。じゃあしょうがないわね。役人たちもそんな面倒くさい仕事をやらされたくないでしょうから、ササニシキサーペントで納得してくれることでしょう。

 あ、長ったらしすぎて覚えづらかったですし“シー”は外させてもらいましたけど問題ありませんわよね?」

「はい、全くこれっぽっちも問題は御座いません♪ その蛇が住む国は内陸にありますので、むしろ海を表すシーは取り外す方が正しい呼び方なのかもしれませんしね。私としたことが、こりゃウッカリ☆」

「おほほほ、本当に困ったお方で御座いますこと♪ おほ、おほ、うぉほほほほほ♪」

「ひょーっ、ひょっひょっひょ!! またご贔屓にどうぞ夜露死苦!」

 

 

 ・・・・・・なんだ、この魔界以上の魔界ぶりは・・・。こいつら自身の心象風景で現実を覆い尽くしでもしたのかな?

 金という絆で結ばれた人達と共有した思いの具象化ってイヤすぎるんだけれども・・・。

 

「まぁ、いいか。とりあえずは気分スッキリして解決したし。問題なしだ」

 

 いや、本当に問題にまで発展しなくて良かったね俺。問題になってもいい覚悟ぐらいは決めてたけど、問題にならないならそれが一番だからね。覚悟と方針は違うので間違えないように!

 

「さて、行くkーーーーーん?」

『・・・・・・・・・』

 

 マントを引っ張られた気がしたので振り返ってみたら、さっきの男に苛められてたエルフの美幼女と、猫人族の美幼女が上目遣いのウルウルお目目で私の顔を見上げてきてました。

 ふむ。これはアレですね。「俺はロリコンじゃない」と言う信念を放り出してでも犯罪に走りたくなる可愛さですね。奴隷なんだし、どこまでお触りするのはOKなんだろう? 是非とも詳しそうな顔してる露天商さんに聞いてみたい。

 

「お、お、おれ、オレ・・・」

「俺?」

『・・・おれ・・・い・・・・・・』

「ーーああっ! お礼ねお礼! よく分かりましたわ、ありがとう。これで一層私の理性がヤバいことになりそうですよ」

『・・・・・・・・・???』

 

 わーお、純粋無垢な瞳がまぶしいぜ。思わずエロゲー世界の現実を思い知らせてあげたくなる可愛らしさ。プライスです。

 

 ・・・さて、どうしよう。どうやら彼女たちの言う「お礼」とやらは物で返せる金がないと言いたいらしく、両手には何も掴まないまま自分の胸に手を当ててジッと見上げてきている。(と言っても大した身長差はない。今の私は子供で十歳時ぐらいだから)

 

 この場合、どこまで要求するのは合法なんだ? あるいは違法と合法との間に引かれたグレーゾーンはどこに見えている? 男だった頃のオタクな俺のエクスカリバーが、ないはずなのに騒ぎやがるぜ・・・。

 

「助けてくれた、お礼・・・なん、でも、スル・・・・・・」

 

 うむ。双方合意の上でか。ならばせめて胸を触らせてもらっても良いだろうか? 自分に目覚めた新たな性癖が本物か否か確かめたいのである。

 

 

「そうですか。それではあなた方の胸ーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーと、待ちな嬢ちゃん。取り込み中のところ失礼するぜ」

(・・・!?)

「俺は都市警備隊に所属しているボリスってもんさ。主に都市内での犯罪者摘発に携わってる。

 実はお前さんに二つ三つ聞いてみたいことがあんだけどよ。ちょっとばかし所まで着てもらえねぇかなぁ? なぁに長い時間は必要ねぇ。すぐ終わらせるからよ」

(まさか・・・!?)

(この反応・・・やっぱりだな!)

 

 

(今の性犯罪行為を覗かれてしまった!?)

(多発している『密輸業者による幼女誘拐と奴隷売買について』何かしら知っていやがるみてぇだな! 俺の勘がそう告げてるぜ!)

 

 

「なぁ、嬢ちゃん。悪いようには俺がさせねぇ。だから本当のことを話してくれないか?

 お前さんの知っている真実(誘拐および奴隷売買について)、その全てをな・・・!!」

「・・・・・・・・・・・・(これはもう・・・・・・)」

 

 

 

 

 

 

 

 

「(どっか適当な場所に転移させて行方不明にするしかないですね!)」

 

つづく

 

注:ユーリは人生初めて犯罪歴を背負わされそうな状況に陥って混乱しております。

 

 

次回使う予定の魔法:《ディス・ロ・ウルト》

 相手の願いを叶えてやり、求めている答えがある場所まで飛ばしてしまう魔法。願う答えに直行させるだけなので片道切符。言った後は自力で帰ってくる必要がある。

 唱える術者本人は、相手の願いを叶えるだけなので自分がドコに飛ばしてしまったのか知る術はない。

 願望成就系の魔法に欠陥があるのはお約束♪

 ーーなお、名前に悪意を感じられるが存在Xは関与しておりません。

 

 

 

世界観設定:魔術師について。

 この世界の人々は基本的に自分の住む土地から遠出しないため、魔法は同じでも認識や待遇や扱いが千差万別。主に影響を与えるのは土地の風土。

 たとえば自然豊かな地域だと神官に頼むより魔女たちに魔法薬を作ってもらった方が格安なので魔法の方が信仰されている。

 あるいはミイラ信仰の国だとネクロマンサーが祠祭兼国王なんて例もありえる。

 

 逆に、宗教に所属していた落ちた聖職者たちが結成した魔術結社では邪悪な儀式を好んで行い、「神を穢すことを魔王様は望んでおられる」と主張していたり、破壊を司る邪心を崇める魔術結社なんかも存在してたりする。

 勢力はまちまちで、これも国毎に土地や風土に大きく左右させられている。

 

 

 

国家制度の設定:

 現在ユーリがいる国は魔法後進国なので、偏見だけが根強い。知識層である支配者階層が半独占状態にあるのも悪化を招いてしまってる。

 余所者にも貴族たちは自分たちの尺度で推し量るのだが、意外にも冷遇されることは少ない。貴族趣味と魔術師たちのファッションセンスが近いのが理由らしい。

 

 良くも悪くも前例尊重主義の国で、伝統を愛好する貴族たちが支配している。

 悪辣と言うほどの暴君領主は少なく、貴族制としては遙かにマシな方。

 ただし、貴族趣味と平民階級との間に広がる深くて分厚い溝の存在に気づいていないのが致命傷になりそう・・・。

 

 

 

差別について:

 人それぞれ。この一言に尽きる。

 職業により多種族と交わる機会が多い者たちにとっては、既に隣人。

 犯罪者に落ちた異種族としか交わる必要性がない治安維持部門には不評。

 商人たちは「金を払ってくれる存在はすべて神様であり、お客様です!

       作った奴がドコの誰だろうと、金貨は金貨だ!罪はない!

       金の前では人類多種族関係なしに、皆兄弟~♪」

 

 ーーーようするに、自分の国の銀貨よりも敗戦国の金貨の方を尊ぶ拝金主義者どもと言うこと。

 

 

 

冒険者ギルドについて:

 この世界には必ずしも存在していない。簡単な仕事しかない国や地域だと、口入れ屋が代わりに営業されていて仕事がないから。

 冒険者でなければできない仕事が多い国だとふつうに存在し、大きな影響力を持っている。

 つまりは、市場として成り立たない場所では発生しないと言うこと。

 同じ理由により、有名な冒険者が近隣諸国全てで有名とは限らない。平和な国で英雄をもてはやす必要性はないから。

 

 

 

魔物について:

 基本的に武装した兵士を殺せる危険な動物すべてを指して《魔物》と呼んでいる。姿形によっては魔獣に変わる。

 生体は様々で、縄張りに入ってきたらモンスター同士だろうと襲って殺すし、死体は食う。理性がある奴もいれば無い奴もいる。

 人を襲うが、人以外も襲うし特別人間に対して憎悪を抱いているとも限らない。

 人間が把握できてない異形の存在ぜんぶひっくるめて《魔物》や《魔獣》と総称してるだけ。

 

魔王とかの設定は今のところ考えておりません。

 



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チート転生は、ひねくれ者とともに 2章 改正版【ボツ】

【ボツ】の2章目を書き直してある回です。主な変更点は、

1、身分証明書について。詳細は作中にて。
2、ボリスさんとシェラとの会話シーンは描写されてないだけで行った事になっている。
3、ユーリの作為と悪意がパワーアップしている。

・・・今思いつくのはこれくらいです。


 ・・・シャリ。

 私は露店で買ったリンゴをかじりながら街の大通りを見て回りまっております。

 

 指揮官さんたちを護衛しがてら付いてきた都市は、この地方だと中堅くらいの規模を持つ公益中継都市『ディラント』と言うそうです。

 この国でも比較的珍しい食べ物なんかが売られていてちょっとだけ楽しいですね。思わず指揮官さんからもらった謝礼金をつぎ込みそうになって困るほどですよ。

 

 名前が物々しいのは、数十年前まで戦争していた隣国との前線基地を兼ねた城塞都市でもあった過去を持つからだそうで。そのせいか外国人が街に入る際には入市税がかかったり、形骸化した手続きにかなりの時間をとられたりと言った当時の安全管理手法が未だに伝統として受け継がれているのだそうです。

 

 もっとも、当時の時点で隣国相手に民間人同士では商売してたらしいから政治的な軋轢が原因だったんだろう。多分だけれども。なにも知らんけれども。

 

 

 ーーー結局、異世界生活一日目におきたプロローグイベントで手に入れた最初の報酬は、それら諸々の面倒な手続きの省略と入市税の免除。それから現金として金貨五枚と銀貨30枚。失ったものは一晩寝れば回復するMPのみ。

 ・・・これって多い方なの? 少ない方なの? 基準がまったくわかりません。

 

 あと、風景に不快な物が混ざっていて非常に不愉快です。

 

「・・・まぁ、『昨日の敵は今日の友』という言葉が示しているとおり、状況と立場が変われば関係も激変するのが人間という種族ですからねぇ。仕方がないっちゃ仕方がないんでしょうけれども」

 

 私がそうつぶやかざるを得ない光景が目の前に広がっていて正直疲れますね。精神的に。

 

 

「オラ! 邪魔だ! 退けよガキ! 獣とのハーフ風情が人間様の住んでる町で堂々と通りを歩いているんじゃねぇ! ブン殴られたいのか!?」

『・・・・・・(びくびく)』

 

 ーーーどうやら、この異世界は人間優位社会で亜人は排斥されてる設定の、ネトゲの世界に転移しちゃった系ファンタジー世界なようで。うん、最近よくあるよね。あるある。

 

 さて。こういう場合チート転生者はどう行動するべきなのか、考えるまでもないですよね?

 

「退けって言ってんのが聞こえねぇのかクソガーーーー」

「えい」

 

 ドゲシっ!

 

「うおわぁっ!?」

 

 無論、蹴る。蹴り飛ばします。ゴミ置き場とかが近くにあるなら、そこに向かってゴールイン出来るように加減した上で力一杯蹴り飛ばすのが正解です。

 可愛い女の子と敵対するブ男など死ねばいい。

 

「ーーーなにしやがる!?」

「蹴り飛ばしたんですよ。見ただけでなく体感したのですから、あなたの方がよく分かっているでしょうに。それとも誰かに説明してもらわないと常識的判断すらできなくなっているのですか?」

「そうじゃねぇ! どうして蹴ったんだって聞いたんだよ! それぐらい言ってもらわねぇと分からねぇのか馬鹿ガキが!」

「すみませんねぇ~。何分あなたが今おっしゃっておられた通りに、馬鹿ガキなものでして」

「こ・・・の、糞ガキがぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 『怒髪天を突く』とはこういう時によく使われる表現ですけど、長くもない髪が逆立ったぐらいで天は突けそうにありませんね。竹槍でB29落とそうとするようなもの、日本人が好みそうな言葉ですね本当に。

 

「このガキどもはテメェん家が飼ってる奴隷かなにかか!? そうじゃないなら関係ねぇ部外者は引っ込んでろ! 邪魔なんだよ目障りなんだよ鬱陶しいんだよ!!」

「そうですか。では、部外者は部外者らしくあなた方の都合などお構いなしに彼女たちの側についてあなたを敵と認識させていただくとしましょうか」

「ああっ!?」

「別に構わないでしょう? だって“自分たちの事情には関係のない部外者”なんですからね。こっちの都合を考慮する気のない相手の都合など考慮する義務など無い。違いますか?」

「ふざけてんのか!?」

「本気ですよ?」

 

 顔を赤らめて怒鳴り散らす相手の男性。・・・やはり頭に血が上っている相手に対してバカ丁寧な敬語というのは有効なしゃべり方ですねぇー。挑発の成功率が楽に上昇させられますよ。こういう時には非常に便利なコミュニケーションツールです。

 

「だったら何で、コイツ等の肩を持つんだよ! 奴隷だぞ、コイツ等は!? 虐げてどこが悪いってんだ!?」

「さぁ? あいにくと私は街に着いたばかりの余所者なので、この辺りの文化や風習には詳しくないのでサッパリ分かりませんね~。

 少なくとも私の生まれ故郷では人を奴隷呼ばわりして殴る蹴るしてる人達を見つけたら国が裁いてくれてましたのでね」

 

 地球全体ではどうか知りませんが、私の生まれ故郷は日本ですのでね。行ったことのない外国のことを知った風には語れません。私は嘘は嫌いなのです。

 だからこそ今の私は、嘘は言ってませんよ。嘘はね?

 

「ものの道理も分からねぇガキが、大人の事情に首突っ込んでくるんじゃねぇ! 親から教わらなかったのか糞ガキ!!」

「ちゅいまちぇん、ユーリ、十歳だから難しい言葉つかわれてもわからないでちゅ。

 もっと簡潔に明瞭に馬鹿なガキでも解るように、伝わりやすい言葉を考えてから言葉を発してくださいませんか?」

「こ、この糞ガキ・・・・・・っ!! 糞ガキ糞ガキ糞ガキぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!!」

 

 顔は真っ赤っか、目には正気の光が失せてきている。・・・そろそろですかね。

 

「大人の怖さってものを思い知りやがれ糞ガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 ブチ切れた末に、真っ正面から走ってきて子供の顔面を殴り飛ばす。チンピラの基本攻撃ですねぇー。ナイフでも抜かないもんかと冷や冷やしていましたが、さすがに十歳児相手だと拳で十分すぎると思うのが普通の判断ですか。まぁ、どちらでもいいんですけども。

 

「食らえやオラァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 私は、迫り来る敵のパンチを避けようとはしません。思いっきり力を抜いて「バッチコーイ!」の感覚で届くのを待ってるだけです。チートのおかげで大したダメージを受けるはずがないことは最初から分かり切っていましたからね。

 

 だからこそモロに食らって・・・・・・利用させてもらうんですよ。

 

 

「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!!!!!」

 

 ばじーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!

 

 ――ズッシャァァァァ!!! ごろんごろんごろん・・・・・・ドガン! ぱらぱらぱら・・・・・・。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・え?」

 

 私が素直に拳を食らって、ふつうの同じ年頃の子が同じパンチを食らったときと同じ反応しかできないように全身の力を抜きまくっていたために、筋肉自慢だったらしい男性の『まともな十歳児が食らったら殺人パンチになる、私にとっての猫なでパンチ』は通常通りの演出効果を発揮してエフェクトもSEも充分。いい仕事、してますね(にっこり)

 

 

 そして、動きを完全に止めて下向きながらボンヤリしている私。

 男性が「あ、あ、あ・・・」とかなんとか言ってるのが聞こえてきますがガン無視です。

 その内に、

 

 

「き、きゃあああああああああああああああああああああああああっっ!!??

 人殺しよぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!

 女の子が! 小さな女の子が酔ってるチンピラに殴り殺されたわぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

「ヒッ!? ち、ちが・・・俺はやってな・・・! こんな・・・こんなつもりじゃ・・・こんな事になるなんて思ってなかったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!??

 う、うわあああああああああああああああああああああああああっ!!????」

 

 

『逃げたぞ! 殺人犯がそっちに逃げてったぞぉ!!』

『誰か警備隊呼んでこい!』

『だいたい、子供が殺されるような事件に発展するまで何で放置してたんだよ警備隊は!』

『役立たず! 給料泥棒! お役所仕事!!』

 

 ・・・喧々囂々。さきほどまで奴隷の子供たちが今の私と同じ姿になるかもしれなかった状況を見て見ぬ振りしてた方々とは思えません。

 

 

 昔の偉い人は言いました。

 

 

 

『自分からは何もしないくせに権利だけは主張する。救世主の登場を待つだけで、自分が救世主になろうとはしない。それが民だ』――と。

 

『民衆は弱者だから不平を言うのではない。不満をこぼしたいからこそ弱者の立場に身を置くのだ』――と。

 

 

 

 ーーー私は彼らの保身に走る自由を行使する手伝いをして上げているだけのこと。なんらの問題もありませんよね?

 

 ねぇ?

 虐待現場を目撃しながら私を捕まえるためにタイミングを計っていた刑事さん?

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ちっ。やられたな、気付かれてやがったか・・・。仕方がねぇ。

 シェラは逃げてった馬鹿を追いかけて豚箱にぶち込んでおけ。俺はあそこで倒れてる嬢ちゃんを治療院につれてくフリをしておく」

「了解。・・・ですが、フリというのは?」

「あの嬢ちゃん、見た目ではすごい傷だが実際にはかすり傷ひとつ負ってねぇ。今の状況も俺たちを炙り出されざるを得なくするための演技だろうぜ」

「そんなバカな・・・・・・所詮は十歳児の子供ですよ?」

「だから言ったろ? あのガキを助ける必要はねぇってな。最初にイジメられてた方のガキどもは可哀想なことしちまったが、より大きな事件を未然に防ぐためだ。止むを得ねぇ。・・・死ぬ可能性が少しでも出てきたら即刻出て行くつもりだったんだしな」

「はぁ・・・」

「・・・いいから行け。あの沸騰した頭じゃ逃げ場所なんざ限られてるとは言え、ぜんぜん想定してない建物に逃げ込む可能性だって0じゃねぇんだからな」

「はっ!」

 

 タッタッタッタ・・・・・・

 

 

「・・・俺は、俺の勘を信じているが・・・・・・ここまで的中するのは初めての経験だ。しかも妙な胸騒ぎが収まらねぇ。

 この街でなにか良くないことが起きようとしている前兆とでもいうのかね・・・?」

 

 

 

 ーーーー暗闇の底から声が響いてくるーーーーー

 

 

『うひゃひゃひゃひゃ♪ あなたたち良い味してらっしゃいますねぇ。実に歪で歪んだ人間らしい正義感だ。ボク好みの茶番を演じる役者にはピッタシですよ☆』

 

『・・・しかし、あの子供だけは少し気になりますねぇ・・・。杞憂であるとは解っていますけど、念には念を入れるとしましょう。ボクたち魔族に失敗は許されませんから☆』

 

『とりあえずは定番中の定番。人質でも取ってこよーっと♪』

 

 

 

 

「・・・あれ? 誰か今私のことを呼びましたか? なんだかスゴく嫌な感じの男性の声で私の名前を呼ばれたような気が・・・」

「ほぉ。スタンフォード隊員、まさか君が私に名前を呼ばれることをそこまで嫌がっているとは気付いてやれていなかったよ。大変すまないことをした。

 こんなもので謝罪になるとは思っていないのだが、詫びの印だ。受け取ってほしい」

「え!? し、小隊長、あの・・・この始末書ぜんぶを私がいただくのはちょっとその・・・た、助けてーーーーーっ!?」

 

つづく



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チート転生は、ひねくれ者とともに 3章【ボツ】

 ボリスとシェラによる半ば以上に狂言じみたユーリへの調査は失敗に終わったが、この時点では双方ともに「戦いは始まったばかりだ」という印象しか持っていなかった。

 

 ボリスとシェラは業腹ながらもこの手の手法に精通せざるを得ない時代背景から慣れていたし、現場住人たちへの情報管制およびコントロールには豊富なノウハウを持っていたから事件の被害を軽微に押さえるのに苦労はないと考えていた。

 

 ユーリに至っては、気絶したフリでしかないと解ってはいても子供相手にいきなり無茶はできないのが治安維持機関が守るべき最低限度の形式であることを知っていたから、まずは拉致監禁投獄程度から始まるだろうと高をくくっていた。

 牢屋に一人で放置された状態なら魔法で逃げ出せる。対魔術師用の牢獄には結界が張ってあるとは言え、それを無視できない程度のチートなどチートとは呼べないのだから。

 

 双方ともに仕切り直す準備のために忙しかったが、このとき互いに失念していた要素があることには気付いていなかった。

 

 

 ーーー自分たちとは関係のない理由で勝手に介入してくる、第三者の可能性である。

 

 

 

 

 ・・・バン!

 

 

「クソが! 事件に尾鰭羽鰭がついた流言飛語が飛び交うスピードが速すぎる! このままじゃあ、対応し切れなくなるのも時間の問題だぞ!?」

 

 ボリスは都市内治安維持部門に割り当てられてる中古の一軒家にある自分のデスクに拳を叩きつけながら天を仰いで怒鳴っていた。

 今回の事件で都市警備隊が住人たちに対して果たすべき責任を果たしていないのではないか? とする話題が持ち上がり短期間の間に市内各所へと燃え広がって暴動寸前のパンデミックが起きかけていたのである。

 

 当初は取調室の椅子に向かい合って座り、ユーリが気絶したフリを解くのをのんびり待ち構えているつもりだったボリスも急速に悪化する状況がそれを許さず、都市内治安維持部門総出で情報コントロールに当たって来て失敗したばかりで気がたっていた。

 

 おまけに、事件に関連づけた話題として最近ちまたを騒がせていた諸々の不祥事についての話も再加熱してまとめて薪となって業火を形成し、自分たちの住んでる都市そのものを焼き滅ぼさん勢いにまで発展してしまっていたのである。

 

「・・・つーか、物価の上昇やら貨幣の価値の変動やらは、どう考えても俺たちの責任じゃねぇだろうが!? どうしてそこまで俺たちのせいにされにゃあならねぇんだ!? おかしいだろうが!! アアン!?」

『・・・・・・・・・』

 

 ボリスの怒鳴り声に部下たちは沈黙の砦に立てこもってしまい答えない。ボリスも追求しようとはせずに「ちっ!」と舌打ち一つを残して近くのソファに座り込む。

 

 ・・・本当は、ここにいる誰もが皆わかっていることなのだ。これは“八つ当たり”でしかないのだと。

 

 世界中の誰より貧しい日々の暮らし、豊かで安楽に見える貴族たちの暮らしぶり、自分たちを搾取の対象としてしか見てくれていない支配者階層の独善とエゴ。

 

 ・・・これら全ては現実と乖離した民主の心の中だけに存在しているイメージであり、身分差からくる劣等感を少しでも和らげて、支配されている今の境遇に甘んじていくための潤滑油として求めていただけのものだということぐらい。

 

 その事実を互いに解っていたからこそ、今まで様々な矛盾や齟齬を抱えながらでもやってこれていたのではなかったのか? 自分たちもまた虐げられている平民階級に過ぎない“お仲間”だから上手くやってこれていたのではなかったのか?

 それがどうだ? 建物の外では市民たちが都市警備隊を『支配者たちの犬』呼ばわりして大声で叫びながら石を投げつけ、町中のいろんなところで自分やシェラの悪口を書き殴っている。

 しかも、建物を取り囲んでいる連中はご丁寧なことに叫んで石を投げつけてくるだけで突入してくる気配がない。投げてくる石も数少ない高価な窓ガラスは避けて、壊れない壁だけに当ててきている。

 

 ーー保身だ。法で裁かれない程度に加減した不満をぶつけてきている。貴族たちがたまに行うガス抜きの対象に、自分たち彼らを守る警備隊が使われてしまっている。

 

 おまけとして、回収したお子さま魔術師の少女ユーリの存在がさらなる厄介事を招いていた。

 無人となる建物に子供とは言え一応は容疑者を放置して一人残しておくわけにはいかないので独房に(物々しい呼び方だが形式上の話である。実際には《施錠》の魔法とテレポート防止(効果:弱)がかけられてるだけの小部屋)置いておき、帰ってきてから取調室に戻して尋問を再開するつもりだったのだが、どういう手品を使ったのか無人となったことを確認してつぶやかれたはずのボリスの独り言『治療院につれてくフリして・・・』の部分が街の酒場で語られていたらしく、今では町中が彼の敵となってしまっている状況になってしまい実行する余裕を失っていた。時間はあるが、精神的余裕が全くない状態にされてしまっている。

 

 最初は「幼女趣味」や「変質者」などの口さがない悪口でしかなかったはずが、気が付けば尾鰭羽鰭が付けまくられて、やったこともない殺人の常習犯扱いされてる始末。泣きたいと言うよりブチ切れて暴れ出したくて仕方がないのが今の彼の素直な心境なのである。

 

 

 

「とにかく、今は待ちの一手だ。市民たちのコレは明らかに作為的な煽動の跡が見られる。誰かが煽ってるとしか思えねぇほどに、超速スピードによる伝播だ。なにかしらあって、誰かしらいるんだったら放っておきゃ収まるだろうよ」

 

 ソファに寝転がりながら苛立たしげにボリスは吐き捨てる。

 彼は、都市内治安維持の専門家であって古参の練達である。こういう場合の対処について経験はないが知識はある程度持っていた。

 昔から『要注意人物』として革命家を自称する者たちが指名手配されて手配書とともに対処法の書かれた紙が王都から届けられることはそれなりにあり、生真面目なボイスは律儀にもそれらすべてに目を通していたから煽動家への対処法は知らない奴よりかは知っていた。

 

 ーーが、しかし。

 所詮は『なにも知らない奴よりマシなだけ』であって、畑違いの素人であることには変わりない。人心を騙してもてあそぶプロである魔族を敵に回している今にあっては後手後手に回らされることにしか役立てようがない。

 事実、彼は警備隊本部の命令に不承不承ながらも従って屋内に引きこもり、何もしようとしていない。本部を含めた都市警備隊全体が同様だ。「下手に騒ぎ立てると誤解を増すだけだから」と本部から言われて消極的だと思いながらも「まぁ定石ではあるか」と納得してしまっていたからである。

 

 敵の存在を認識しながらも、現状の自分たちが敵に先手を打たれており、打たれっぱなしになっていると言う事実に直結させて考えることが出来ないでいるのはシンプルに彼らが『都市内での治安維持任務における専門家たち』の集まりだったからだ。

 

 城塞都市だった過去を持つが故に分厚い城壁にグルリと覆われた閉鎖的環境が熟成させた心理なのか、町中で騒ぎが起きても『敵から攻撃を受けている』という実感が持ちづらい住人たちが異常に多く、「敵に情報網を遮断された!」と騒いでいるのは都市外への遠征任務などを行う実働部隊だけで彼ら以外は今の状況をさほど危険視してはいない。「いつもにはない騒がしさだな」と眉をひそめる程度でおわる。

 

 城壁の中で国に守られながら『上への不満を言って従っていれば済んでいた』今までが利用されているなどとは発想すら浮かばぬままに・・・・・・。

 

 

 

「そう言えば、ボリスさん。あのガキの拘留期限について上から通達がありましたよ。『市民の不満を抑えたいから早めに解放してやれ』だそうです」

「なんだぁ!? 偉そうにふんぞり返って指示してくるだけのボンクラどもが現場にまで口出ししてきやがったってのかぁ!? ・・・ちっ! これだからエリート様はよぉ・・・」

「どうします? とりあえずは独房から外に出しときます?」

「・・・仕方ねぇか。一度だけでも治療院に連れてくところを見せれば少しぐらいは収まる奴らもでてくるかもしれねぇし・・・やっといても無駄にはなるめぇ。・・・最低でも幼女殺しの汚名ぐらいは晴らしとかねぇと身動き一つ取れやしねぇし・・・面倒なものだぜ」

 

 ボリスはそう言いながらも不機嫌面だった。

 ーーただし理由は気を失ったフリをしたまま牢屋に放り込んであるユーリに関してではなかったが。

 

(この状況で一番ヤバくなりそうなのはシェラの嬢ちゃんだ。ミリエラのお嬢が一緒にいる限りは大丈夫だとは思うが・・・。明日にでも顔を見に行けたらいいんだがな。

 ・・・ガキを解放して騒ぎが少しでも落ち着くんなら、シェラのためにもなるからやって見せるか?)

 

 どこまで行っても身内贔屓なボリスは、無意識にしている自分の差別感情と判断の甘さを自覚していないまま、問題の先送りを選択してしまった。

 

 ーーーちょうど、今この時にシェラの友人ミリエラに危険が迫っているとは想像すらしないままに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、都市外外征担当『実働部隊』に割り当てられた中古物件で。

 

「ミリエラ! こんな所にいたのか! 探したぞ!」

 

 はぁはぁと、息を切らせて走り回っていたらしいシェラが幼馴染みの貴族少女と再会できた場所は建物の屋上であった。

 実働部隊はその性質上、物が入り用なのと屋内訓練場も必要となる場合が想定されていたため比較的大きな旧貴族の屋敷を買い取って使用していることから広さだけは無駄にあるのだ。全員が引きこもるよう命令されて積めている状況では、たった一人を捜し求めてウロウロしながら駆けずり回らされても不思議ではない。

 

「シェラ・・・・・・」

 

 対するミリエラの反応は淡泊だった。呆れているようにも見えるし、今回ばかりは愛想が尽きたように見えなくもない。

 それによって怯みかけたシェラだったが、何とか踏みとどまって幼馴染みで親友の少女に自分の不安と不満を聞いて欲しいのだと嘆願しはじめる。

 

 彼女には幼い頃からそう言うところがあった。正義感が強くて勢いがあり、押しも強いのだが弾性が無く、打たれ弱い。

 敵が目の前にいて殴りあえるなら強いのだけど、自分の内側と向き合い不安に押しつぶされそうな状況になると極端に脆弱さをさらけ出してしまうのである。

 

 そんな親友からの願いを最後まで聞き終えてから、ミリエラは「はぁ・・・」とため息を付いて。

 

「・・・ねぇ、シェラ。もういい加減に私を利用しようとするのは止めてもらえないかな?」

「ーーーえ?」

 

 いつもとは違う返し方をされたシェラは激しく戸惑い、相手の顔を見上げて息をのむ。

 

 ・・・心労で疲れ切った若い娘の顔がそこにあったから・・・・・・

 

 

「私ね、実はだいぶ前から知っちゃってたんだ。シェラが正義とか正しさにこだわりたがる理由について」

「な、なにを言って・・・」

「それはね、『身分』よ。あなたは自分の元から遠ざかっていった下級貴族の地位に未練があったのよ。だからこそ剥奪された家名を名乗り続けていたの。身分を失い、落ちぶれてしまった自分自身の劣等感をごまかすためにね」

「ち、ちがっ! 私は・・・私はただ純粋に国にも身分にも捉らわれない自由騎士の正義心にあこがれて・・・っ!!!」

「本来なら皆から敬われて、正義のおこないに相応の賞賛と名声が与えられて当然の下級とはいえ貴族位の身分。それを失ってからあなたの生活は一変したはずだわ。

 本来ならスタンフォード家の重鎮として名剣だって買えるはずのイスフォード家の令嬢が、なけなしの報酬でこき使われて、貴族であるなら守ってあげたときに感謝してくるはずの平民階級からまでバカにされ、それでも必死に這い上がろうと努力している自分の気持ちを結果が出せてないからと嘲嗤う同期生たちの心ない陰口。

 身分さえあれば自分に媚びへつらうことしか出来ない悪徳商人たちに、媚びへつらって何とか今日の生活費を工面するしかなかった幼い頃みた両親の姿」

 

「同じ事をしたとしても、貴族であるか否かだけで評価されるかされないかが決められてしまう身分差が存在している国にすむ人特有の価値基準・・・。

 それら自分では“どうすることも出来ない生まれの問題”を、あなたは正義という概念を利用して辻褄合わせをしてきた。貴族としての義務と責任を果たしても『貴族ではなくなった自分は賞賛してもらえないし感謝もされないから』、正義の味方として皆を守ってきた。正義の味方に地位や身分は関係ないから・・・」

「あ・・・・・・」

 

 思わず声を失ったシェラにミリエラは、はかなく薄く今にも壊れてしまいそうなガラス細工の微笑を向けてーーーーとどめを刺した。

 

「ねぇ、シェラ。私といて愉悦だった?

 武官貴族の家に生まれながら、果たすべき役割も責任もまるで自覚しないで遊び惚けてばかりいる苦労知らずで世間知らずな貴族のバカ娘に正論で説教するのは気持ちよかったでしょう? 快感だったでしょう? 私がやらなくてはいけないことをやらずにいる時に「家を継ぐお前がそんなことでどうする」って頭を小突きながら正しく導いて上げるのは愉しかったでしょう? 

 自分たち家臣を利用して存在し続ける主君、主君を守ることで庇護してもらい自分たちの家を守る盾として利用する家臣団。

 名目上はともかく実質的には持ちつ持たれつな関係にあるのが自分たちなのに、まるで『落ちぶれたあなたを哀れんでるんだよ?』とでも言いたそうな態度で接してくる私を内心で蔑み見下すことで自分の優位性を確信して優しくしてくれるのは、さぞ便利で都合のいいストレス発散道具になってたことでしょうね」

「・・・・・・・・・・・・」

「でも、もうダ~メ。だって、あなたはもう終わりそうなんですもの。これ以上は私も貴族の義務としてだけが理由じゃ付き合いきれない。私が欲しいのならもっとスゴいのを持ってきて欲しいな」

「・・・あっ」

「期待してるわね、シェラ。私はあなたの想いを嬉しいなとは感じてきてたんだから」

 

 そう言って、頬にかすかな唇の感触だけを残して去って行ってしまった親友の後ろ姿を見送りながら、シェラの心には今まで感じたことのない感情・・・・・・いや、今まで綺麗事で糊塗してごまかしてきた見ないようにしてきた『正義の別側面』が表側と反転して取って代わられてしまっていた。

 

 努力への評価は虚栄であり、優れた行動力は短気さと強引さであり、仲間との協調性は計算高く狡猾な責任分散にそれぞれ取って代わられていた。

 

 精悍な行動力は粗野な独断性としか思えなくなり、思慮深さは優柔不断で鼻につく。純粋さなんて幼稚なだけのガキが自慢するものだ。いい歳をした、いい女を物にする女には相応しくない。

 

 

 

 

「・・・ああ、なんだ。こういう事だったんだ。私が大事にしてきた物の正体って、実はこの程度の物でしかなかったんだ・・・・・・うふ、うふふふ・・・うひひひひひひひひ♪♪」

 

 

 

 こうして一人の正義の味方が『反転した』。

 貴族として民の平和と安全を守るのは義務だからと自らの黒い部分から目を逸らしてきた少女は、自分の綺麗ではない側面に気がついた瞬間『黒に染まる』。

 

 自分に都合のいい綺麗な物以外の存在を認めようとしなかった彼女には、汚い物を直視して傷つけられて自我を保てるほどの勇気や自尊心と無縁すぎてたから。

 

 

 そんな風に反転した親友の俯いた視線からは見る事の出来ない通路の曲がり角の先で、壁に背中を預けながら腕を組み、微笑を湛えていた形の良い柔らかな唇を悪意と嘲笑と愉悦に歪ませながらミリエラの姿をした『入れ物』に入っている“ソレ”は地獄の底から響いてくるような暗い嗤い声を上げる。

 

 

『ヒーッヒッヒヒヒヒ! こーんなに簡単に踊ってくれるなんて、人間ってた~のし~♪』

 

 

 

 

 

 

「身分だ。身分さえ手に入れられたら私はミリエラと結ばれることが出来る。身分だ。身分だ。

 身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分・・・・・・」

 

 

 ブツブツと同じ単語を連呼しながら、シェラが向かっているのは地下室だ。

 そこには証拠品として押収した違法取引の密売品が未鑑定のまま、堆く詰め込まれている保管庫がある。鑑定スキルの高い商人に依頼する金がない故の措置であったが、この時の彼女には警備隊の懐事情はどうでもよくなっていた。

 

 

 目的は只一つ、今の自分にお誂え向きな剣があったから拝借しにいくだけである。

 

 

 ・・・歴史にIFはないが、もしもユーリがこの場にいたらこう評したことだろう。

 

「プライドと自尊心と誇りをごっちゃにしてたような人が正義なんて凶器を理解しようともせずに、便利だからと言うだけで利用するからそうなる」ーーと。

 

 

つづく



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チート転生は、ひねくれ者とともに 4章「カオス回」【ボツ】

「な、なんて事だ・・・・・・」

 

 ボリスは眼の前の惨状にうめき声を上げ、正しく絶望に敗北して地に座り込んだ。

 目の前で地獄が創り出されていくのを見ても、どうすることも出来ない無力で脆弱な自分を殴り殺してやりたくなりながら・・・・・・。

 

 

 

 ーーー市内中央より突如として湧き出てきた下級魔族の兵団。

 伝承の中にしか存在しないと思っていた彼らの奇襲によって市街地は完全に壊滅させられ、住民たちは着の身着のまま素足で逃げ出し避難場所として指定されている南区中央広場へと集結した。

 意外なことに物的被害の著しさにも関わらず人的被害はそれほどでもなく、避難するときに逃げ遅れた老人や老婆、けが人や病人などがほとんどで自分の足で立って逃げることの出来た者たちはほぼ全員ケガしただけで無事だった。

 広場で互いの無事を喜び合い、救助を支援してくれたボリスたち都市内治安維持部の面々に涙ながらにお礼を言って彼らを微妙な気持ちにさせはしたものの結局のところは謝罪を受け入れて今まで通りの関係性に戻ることを確約した。

 

 所詮、自分たちは一人だけでは生きていけない弱い人間なのだという連帯感がそうさせたのである。諦めだろうと利己心だろうと、動機は何でもいいから復興には人手が必要なのである。個人的な怨恨にこだわりすぎるあまり自分たち全員を殺してしまったのでは元も子もない。そう言う打算を元にした和解ではあったものの、人同士の関係なんて所詮こんなものだろうと穏やかな自嘲とともに交わされた握手はおざなりではなかった。

 

 

 

ーーーー見下しきった笑い声が広場に響きわたる、その時まではーーーー

 

 

 

 

「なんだ、ボリスさん。結局はそっち側にいくんじゃないか。つまらないね、くだらないね、バカバカしい限りだね。

 せっかく民衆どもの本音を民衆たち自身の口から伝えさせたやったって言うのに、正義の懲罰すら行わないだなんてガッカリだよ。失望させられたな。やはりゴミはゴミでしかなかったってことかい。ふん!」

 

「お前は・・・シェラか!? ーーだが、その恰好は一体・・・・・・」

 

 広場中央にある壇上から出てきて人々を睥睨したのは、普段の質素な騎士装束とは異なり、煌びやかで無駄な飾りがゴテゴテついた装飾過剰な貴族たちが着る衣装・・・の、かなり古くさいタイプを着た没落貴族令嬢のシェラだった。

 あまりにも権威を示すことにこだわりすぎて貴族たちでさえ機能性に難があるからと着るのを止めてしまって久しい衣服を今のシェラは着ている。

 

 もともとの素材はいいシェラだったが、それは苦労に耐えて逆境にめげない野に咲く花の美しさであって、王宮に咲き誇る守られてばかりの花々の一輪でしかない見てくれだけの美しさには向いていない素養の持ち主であり、その張本人が虚仮威し用の衣服に身を包んで堂々と胸をさらしながら出てこられると、見ている方としては凄くビミョーな気持ちにさせられてしまう。

 

 なんと言うかこう・・・“なんだかなぁ~”って言いたくなる感じ? 大体そんなようなもん。

 

 しかも、最初に出てきて言い放った口上がこれである。

 

「私の名はシェラ・イスフォード次期子爵である! たった今この町は私の支配下に置かれるものとする。あらゆる都市法がその効力を停止し、私の決定と命令がすべての法律に優先される絶対原則となったことを明記せよ!」

 

 ・・・・・・正直、「なにコレ? 貴族漫才?」とか思った奴がいたのは内緒である。

 

 

 

 

「えーと・・・。シェラさん? これは一体どういうこーーーぐはっ!?」

 

 思い切り顎を蹴り上げられて骨にヒビが入ったことを自覚させられたが、其れは逆に俺の目から見てもシェラが『弱くなっている事実』を気づかせてくれるのに十分すぎていた。

 もともと都市内治安維持が主任務で戦闘職をとってない俺と違って、シェラの嬢ちゃんは外征が主な純然たる戦闘系のクラスとスキル持ち。本気であろうと無かろうと、こんな半端な蹴りなどするはずがない。

 

 明らかすぎるほど『見てくれに振り回されている』。まるで剣術を習い始めたばかりで達人の見た目が派手な技を見た目だけ真似して偉そうに自慢してくるガキのような驕り高ぶり自意識過剰さが鼻につく蹴り方だった。

 

 

「言葉遣いに気をつけろよブタ野郎! 差別階層の平民風情が支配者様である貴族に向かってタメ口聞いてんじゃねぇよ! ぶち殺されたいのか!? ああん!?」

 

 オーバーアクションすぎる身振り手振りで戦闘のド素人である俺を倒した己の功を誇りながら、彼女は右手に持っていた剣を掲げて空中に黒い穴を出現させる。

 

 ・・・あれは・・・まさか! カオス・ゲートか!?

 曾祖母ちゃん聞かされてた伝説の中に登場した魔界とつながる門だかなんだとか言うあの門を開く鍵がその剣だったのか!?

 

「よくできた。半分は正解だぞ、下民。これは確かに魔界へとつながるゲートを開くための鍵となる剣ではある。ーーだが、これはカオス・ゲートではない。だから半分は外れだ。

 この程度の魔力では魔界に生息しているスライムクラスが這い出てこれるだけの穴を開くのが精一杯なのでな。名付けるとしたら、せいぜいカオス・ホールと言ったところか。人よりかは強くとも、下級でしかないザコ魔族が出てくるのを手伝って代わりに支配権を認めてもらうのが関の山な半端アイテムだ」

 

 自嘲しているような内容をシェラの嬢ちゃんは、むしろ自慢げな口調で滔々と語り聞かせてくる。聞かせたくて仕方がなさそうなガキ臭い表情が、普段の子供らしい表情を見たときとは真逆の印象を与えてきてイライラさせられる。

 

「だが、しかし! この町を支配する貴族となるには十分すぎる力だ! これだけの力があれば、国王陛下だって辺境都市の支配権ぐらい認めてくださることだろう・・・。

 ・・・あとは名家から嫁をもらって爵位を存続さえすれば形式だって整わせられる。私は名実ともに貴族の仲間入りをーーー否! 生まれながらの貴族の一員として正しい姿へと戻るのである!」

「・・・嫁? ーーー婿じゃなくて?」

 

 誰かが思わず声に出して聞いてしまって不味いかなと思ったんだが、今のシェラの嬢ちゃんは逆に「よくぞ聞いた! では教えてしんぜよう」と、大喜びで説明しだしてくれた。

 前から分かりやすくて扱いやすいところはあったけどここまでじゃあなかったはずなんだけどなぁ・・・・・・。

 

「王が貴族に求めているのは『自分の名代として土地を支配し納税させて、自分の治世を維持するためにも安定した統治を血によって民たちに保証してみせること』

 《支配しつづけるのに便利な歯車として機能》し続けさえすれば其れでよいのだよ。支配機構の一環でしかない貴族には、人格など本来ない方が都合がよいのだ。自由意志があると反抗されて何かと面倒くさいからな?」

「!!!」

「だが私は違う。魔法の契約書に調印し、王の奴隷としてこの地に縛り付けられる貴族という名の歯車になることを誓おう。そうすれば王とて私のささやかな我が侭ぐらいは聞き入れてくれるはず・・・。

 魔軍を支配する他の自由意志がある貴族たちより強い騎士階級の小娘が、自ら権力者の犬になることを制約しに赴くのだ。どこの世界に拒絶する権力者がいるというのだね?」

「・・・・・・・・・」

「これで私は全てを手に入れることが出来る! 貴族であり続けてさえいれば手に入るはずだったはずの物すべてが私の手元に戻ってくるのだ!

 ・・・貴族であれば虫ケラと見下すことの出来た平民たちに見下されバカにされ、豆だけのスープを飲む日が何週間も続く日々も今日で終わりだ!

 私はミリエラと結婚して爵位を継いでシェラ・イラ・スタンフォード子爵となり、これからの人生を好きなように生きられるように改善してやる!

 私が正しいと思ったことに反対する者たちには懲罰をくれてやる!

 私が間違っていると感じたことをやる者は牢獄へ送り込んでやる!

 私が正しく、私が間違っているなどとほざく輩が一人もいない正しき世界へと、この街を作り替えてやる!

 この街は私の物だ! 私が支配者で法の執行者になったんだ! これからは私が正義そのものとなって悪を裁こう! 私が街の神として君臨しよう!

 私の力によって実証された正義が支配する都市内に限り! 私が! 私の考えに共鳴した仲間たちだけが神であり唯一無二の正義の味方となるのであぁぁぁぁっる!!!」

 

 

 

 ーーー果たして、その宣言に反対する意志を示したものであるのか否か。この時点ではわからなかったが、空高くからシェラの嬢ちゃんめがけて落下物が落ちてきたのはその瞬間のことだった。

 

 誰にとっても予想外のはずだったが、シェラの嬢ちゃんだけは予想していたらしく余裕綽々な態度と動きで避けて、悠然と両手を左右に広げながら招かれざるはずの客人に歓迎の意を示した。

 

 

「ーー来たか、招かれざる悪党よ。支配者となった私に逆らう愚かな反逆者の小娘よ。やはり貴様とは同じ天をいただくことは不可能だったな・・・・・・」

 

 もうもうと立ちこめている煙の中から歩き出してくる小さな陰に向かってシェラは語りかけ、相手は返事をしようとしない。ただ変わらぬ速度で歩いて近づいてくるだけである。

 

「貴様を倒すには、この《キー・オブ・ザ・シャベル・ブレード》では力不足なようだが・・・しかぁし! 私が手に入れた力はこんなものではないのだ! 魔族から貸し与えられた真なる最強戦力は別にある! それを見て恐れおののき己の無力さを泣きわめいて後悔するがいい! あの世でなぁぁぁっ!!!!」

 

 スタスタスタ。

 

「見よ! 世界すら滅ぼしかねない最強の魔獣! こいつの前では人間など赤子同然! 虫けら以下のゴミでしかない! 貴様がどれだけ自分の力に自信があろうとも、この魔獣にだけは絶対に勝つことは出来はしない!!」

 

 スタスタスタ。

 

 

「これが私に与えられた切り札! 伝説にある最強にして最凶の魔獣! 世界すら破壊し尽くしたとさえ言われる最悪の存在! いでよ! 《魔人竜ディアボロス》!!!」

 

 

 そして呼び出された超巨大な怪物がこの世界に形をなして実体を得て、見上げていた人々が等しく絶望に沈みーーー冒頭のシーンに戻る。

 

「な、なんて事だ・・・・・・」

 

 ボリスは眼の前の惨状にうめき声を上げ、正しく絶望に敗北して地に座り込んだ。

 目の前で地獄が創り出されていくのを見ても、どうすることも出来ない無力で脆弱な自分を殴り殺してやりたくなりながら・・・・・・。

 

 

 

 そして、次の瞬間。

 

 

 

 

「んじゃ、はい。即死魔法《デス・テンプル》を詠唱。

 防御力、HP、攻撃手段とかその他諸々を全部無視して確率判定で相手は死にますが・・・死にませんでしたね。じゃあ、もう一回です。《デス・テンプル》。

 ーーはい、死にました。この世界で成功率半分だと二回で十分すぎるみたいなので」

 

 

 ずしーーーーーーーーーん・・・・・・。

 

 ・・・巨体が何もしないまま地に沈んで起きてくることもなく、ただただ動かないまま目を見開いて閉じないでいる姿を見て、なぜかはわからないんだが『へんじがない。ただのしかばねのようだ』とつぶやきたきなった俺である。

 

 

 

『あれ・・・・・・?』

 

 俺も街の人たちもシェラも、一人残らず全員一緒に疑問を声に出し、一人だけ例外な落ちてきたお子さま魔術師だけが「・・・?? どうかされましたか?」と不思議そうに具体的な質問をしてくる。

 

 いや、どうかされましたかもなにも・・・・・・

 

 

「今呼び出されてたのって・・・伝説にある《世界を滅ぼす力を持った最強の魔獣》で、あってたんだよな?」

 

「はい、そうみたいですね。《世界を滅ぼす力を持った最強の魔獣》・・・つまりは、最初のやられ役なザコ中ボスモンスターという意味の説明文ですよね?」

 

 

 ・・・・・・ごめん。

 お前の言ってる事は何一つ最初っから最後まで未来永劫、意味わかんないわ・・・・・・

 

 

 こうして、今回の騒動で最大の戦闘は終わりを迎えたのだった。

 一体いつどこに戦闘シーンなんて存在してたか誰にも分かんないけどな!?

 

 

 

つづく

 

 

ユ「倒すべき敵は、常に己の中にいるものです」

ボ「うん、今回のシェラの嬢ちゃん見てたら誰もが思うことだろうけど、何故だろうな。お前が言ってると全力で拒否りたくて仕方がなくなるのだが」

 

シ「あわ、あわわわわ・・・・・・(対魔忍の朧的展開が待ってそうな元正義の味方さん)」



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チート転生は、ひねくれ者とともに外伝「正偽の章」【ボツ】

早起きしたから書いてみた番外編。『キノの旅』と同じ要領で一話完結、独立している単独でのお話です。
色々な正義の味方系作品の主人公たちごっちゃになったような正義の秘密組織を、ユーリが正論と武力でぶっ叩く!

・・・ところで正義の“秘密”組織って矛盾しているなぁーとか感じるのは私だけでしょうか?


 光には必ず影が従うように、平和な表社会を生きる人々の裏側では裏社会の悪がうごめく。

 影は常に光をねたみ、太陽の下で生きる人々を自分たち暗い穴蔵の奥深くで生きている者たちの同類に落としてやろうと陰謀を巡らしていた。

 

 彼らは巧妙に立ち振る舞い、法で裁かれぬギリギリの線で悪を成し、表社会の平和を守る正義の警官たちをあざ笑い、屈辱に顔を歪ませるのを見て悦しむ。

 

 平和な時代は正義よりも悪が強いーーーそんな矛盾を抱え込んだまま世を生きなければならない人々には、一つの希望があった。

 

 

 正義の名のもと法で裁けぬ悪を裁き、普通に生きてる人々の幸せを食い物にして利益を得ようとするクズ共を始末して回る世直し人。

 激増した凶悪犯罪に対処するため国家安全対策部が秘密裏に創設した影の警察機構。

 

 その名はーーーー『影の騎士団』!!

 

 

 許せぬ悪を裁くため! 世界の平和を守るため! 誰かが成さねばならない悪を背負う!

 

 ・・・これは、悲しい過去の体験から世の中の矛盾に気づき『正義のために悪となる』こと決意した4人の青年たちがーーーーーーー全滅させられるお話である・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「バカ・・・な・・・・・・どうし・・・て・・・?」

 

 俺は信じられないものを見る思いで『そいつ』を見上げた。

 目を見張るような巨人ーーーではない。小さな子供だ。

 強く握りしめたら折れてしまいそうなほど細い腰と、黒くて長い東方系の髪色をもつ異国人の女の子。

 初心者向け装備である『樫の杖』と青いマントを身にまとっている以外はなんら普通の子供と変わらない、ただの女の子。

 

 ーーそのはずだったのに・・・・・・。

 

 

「なん、で、俺たち影の騎士団《シャドウ・ブレイズ》が、こんな子供ひとり・・・に・・・」

 

 全滅。俺たちの身に起きた出来事を語るとしたら、その一言しかなかった。

 世論をあおって国を戦争状態に持って行かせるためテロを企てていた裏組織を発見し、姿と気配を完全に隠してくれる国宝級の超極秘魔法《ステルス・フィールド》を展開しながら接近し、奇襲によって壊滅させたまでは良かった。街への被害も最小限度に抑えられたはずだ。

 もとより俺たちが必要とされる理由はここにある。町中に潜んでいる悪を未然に排除するためには奇襲しかない。だが、町中で戦闘を行ったのでは無関係な一般市民にまで被害が及んでしまう。

 

 

“だから俺たち影の騎士団《シャドウ・ブレイズ》が、闇から闇へと悪を消して回り、人々の背負う必要のない悪を肩代わりしてきたのに・・・・・・!!!”

 

 

 それが今、すべてを無駄にされてしまった。

 

 《ステルス・フィールド》を使える仲間たちは全て殺されてしまった。換えの利かない人材のみで構成された実働部隊の復活はもう不可能だろう。

 

 戦争で儲けようとしている人種差別国家による邪悪な魔導技術研究の成果として生み出されてしまった哀れな《超戦士》は死んだ。

 組織の創設者が残した理想実現のためパーツとなりたがっていた《クローン人間》も死んだ。

 過激な狂信者の集団である宗教テロ組織に近親者を一人残らず殺されてしまった《隻眼の弓使い》も死んだ。

 

 ーーーーーーーーみんな、一人残らず、殺されてしまったーーーーーー。

 

 

 

「答えろ! お前はなぜ戦う!? なぜこんな所で人と殺し合と!? お前の戦う理由は・・・お前の信じる神は何処にいる!!!!」

 

 あまりにも理不尽すぎる強さと存在に、俺は心の底から絶叫していた。

 

 人々の平和を守ろうとしていた俺たちが。

 世の中の法で裁けぬ悪を裁こうとしていた俺たちが。

 戦争を悪だと否定して、平和こそが尊い正義だと奉ずる俺たちが。

 世界から戦争を無くすため、戦争を捨てられない今の世界を否定するために戦いを挑んでいた俺たちが。

 

 

 どうして世界ですらない、ただ一人の子供によって否定し尽くされなくてはならないんだ!?

 

 

 

「・・・いや、いきなり戦闘に巻き込まれて殺されそうになった私に『なぜ戦うのか?』と聞かれましてもね・・・。

 せいぜいが『殺されそうになったから殺した』ぐらいの浅い答えしか返せないのですが?」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今、コイツなんて言ったん・・・?

 

 

 ソイツは呆れ果てたと言わんばかりに片手を腰に当てて見せながら俺のことを見下ろして、深く深~く溜息を吐いてから無事だった適当なイスに座り込むとボヤくように語り出す。・・・俺たちの徒労と無意味な犠牲のむなしさを・・・・・・。

 

「いや、ですから。この店でお茶飲んでたら隣の建物からいきなり火が出て、逃げ出してきたらしい赤い服着た変な人たちが『邪魔だ!退け!』と槍突き出してきたんで普通に魔法使って殺したんですけどね?

 そしたらそこの・・・なんですか? 眼鏡かけてる黒髪ボブカットの男の娘さんが『その力・・・危険すぎる! 悪いが平和のために排除させてもらうぞ!』とか叫んで高出力の魔法ビーム砲みたいなの撃ってきたもんですから反射魔法で跳ね返しただけです。

 結果的に彼だか彼女だか知らない誰かさんは死んじゃったみたいですけど、私は彼が撃ってきたものを返してあげただけのこと。誰も殺そうだなんて思っちゃいませんでしたよ」

「だが! それなら殺さないようにも出来たはずではないのか!?」

「殺されそうになってた側の人間に、殺そうとしてきた殺人犯を生かすため努力しなければならない理由が何処にあると?」

「!!!!」

 

 冷然とした口調で戦争を無くすため『世界の敵になる覚悟』を決めていた俺たちを『ただの殺人犯』と決めつけた少女は、頭をかきながら先を続ける。

 

「次です。そこで倒れてる髪の長い人なんですがね。仲間思いなのは結構なんですが・・・さすがに出てきてからいきなり眼鏡さんの死体を見て我を失い、小火力の攻撃魔法を連射してくるのは良くないです。

 防御しなくても無効化できる程度のもんでしたから流してあげましたけど、ダメージ受けてしまう防御力しか持たない人たちだったら『死体見て叫びだして撃ちまってくる』立派なサイコさんとしか思われない所です。

 彼の犠牲を無にしないためにも、あなたは次から誤解を避けるためにも気をつけるようにしてください」

「では、パプテスマも・・・・・・」

「ええ、殺させていただきました。イカレたトリガーハッピーの狂人を放置したまま逃げたのでは無関係な一般市民の皆様方が危なすぎましたから」

「・・・・・・!!!」

 

 平然とした口調で『人を殺した』事情を説明する少女。

 それはまるで神話に出てくる悪魔かナニカのようにしか、俺には見えなくなり始めていた。

 

「最後です。そこで倒れてる眼帯の人・・・正直この人が一番よく分かりませんでしたかね。なんか色々と背負ってそうだったので思考を読む魔法を使い覗いてみたんですが・・・。

『俺はテロに巻き込まれて死んだ父さんや母さんやエイミーに一目でいいから再会したいんだ。暗い漆黒の死の世界にいけば会えると信じているからこそ、俺は母さんたちを殺した戦争を続ける世界に喧嘩を売って嫌いな殺人者になれているんだ・・・』

 ーーとか、矛盾しか感じられない戯言を叫んでたんで『ああ、この人は死に縛られてるんだな。じゃあ殺しちゃいましょう。死にたがってるみたいですから丁度いいや』と何かしようとする前に殺させていただきましたよ。今を生きている生者を殺すときに、死人を口実に使うヒトデナシには当然の報いと言うものです。

 まったく・・・巻き込まれて死んだだけの被害者たちの魂が、殺人犯が落ちるべき場所と同じ場所にいってるはずがないでしょうに阿呆らしい」

「彼の思いを・・・家族への愛情を否定するのか!?」

「生きる権利を否定された側としては当然の権利だとはお思いにならないので?」

「くっ・・・・・・!!!!」

 

 薄々感づいてはいたのだが・・・・・・コイツは俺たちとも世界とも違う! まるで《戦争という概念が形を成したかのような存在》だ! 今と言う刻に生きていてはいけない少女だ!

 みんな! コイツを倒すために俺に力を! 命を別けてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!

 

 

「わかるまい! お前のように人の思いを踏みにじり、玩具にしているような奴には一生かかっても理解できないはずだ! この俺の体を通してでる命の力の正体は!!」

「・・・・・・・・・」

「お前のような奴はクズだ! 生きていちゃいけない奴なんだ!

 ここから居なくなれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーって、ぐべはぁっ!?」

「・・・・・・やかましい。他人の魂とともにその人が持ってた能力を上乗せさせてドーピングした死者の怨念の集合体ごときが叫ばないでください。怨霊じみてて気色悪いですからね」

「はぁ、はぁ・・・、ぐへぇ・・・っ!?」

「ああ、ほらやっぱり死者の怨念に取り付かされ始めてしまってますし・・・。

 人は死んだら死体という物になって魂は別の場所へ飛んでっちゃってるんですから、残っているのは残留思念だけなんですよ? そんなもの敵を倒したい憎しみの思いだけで引き寄せて吸収しちゃったりしたら、反動で心も体も怨霊に乗っ取られちゃって世界を恨むことしかできない破壊の化身と化すのは必然的な結果でしょう?

 まったく、子供でも分かりそうな理屈をなぜいい歳して理解できてないんだか・・・」

 

 トントン。

 

「はい、一応の除霊は完了したからもう大丈夫ですよ。専門職じゃないんで、除霊と言うより対魔になっちゃいましたけどね。でもまぁ、あなたの体には悪しき怨念とかは残ってないと思いますのでたぶん大丈夫でしょ。それではね」

 

 スタスタスタ。

 

「ま、待て! 俺を・・・俺を殺していけぇ!」

 

 仲間を失い、理想を否定され、信じるべき正義は否定し尽くされた・・・俺にはもう帰るべき家すら残っていない!

 

 今の俺に残されてるのは、みんなと同じようにコイツに殺されて一緒の場所に落とされることだけなんだから!

 

 俺の思いを込めた願いに対し、ソイツは溜息を吐きながら顔だけ振り向かせて一言

 

「嫌ですよ、面倒くさい。死にたいんだったら自殺でも何でも勝手にすればいいでしょうに・・・なんだって人様の手を煩わせようとなさるのですか?

 世の中を否定して、今の世に満足している人たちに迷惑かけることしかしてこなかった社会のゴミさんたちならゴミらしく、せめて最期ぐらい誰の迷惑にもならないところで人知れずヒッソリと死んでください。

 弱いから負けた無様な敗者が死に様だけでも飾ろうとするのは、自己陶酔のエゴに浸りたいだけな気がして不愉快ですよ。

 私に殺されたいなら、殺す価値があると思えるくらい強くなろうと努力して見せてからですかね。

 今の貴方を殺したくはない。・・・・・・あまりに見苦しすぎて、殺した方が惨めな気分にさせられそうですからね。

 否定するなら、否定する対象を理解しようとする努力ぐらいはして見せろクズ野郎」

 

 

 ・・・そう言って歩み去っていったソイツと俺は、二度と再会することはなかった・・・。

 俺は仲間たちの亡骸を胸に抱き、ただただ泣いて泣いて泣き続けて・・・泣くだけで終わってしまったから・・・仲間のいなくなった俺には立ち上がる理由が残っていなかったから・・・

 

 

 これは俺が落ちぶれる前の栄光の記録。

 死ぬ前に思い出される走馬燈。

 

 俺の神は・・・俺たちの信じて夢見た未来は・・・いったい・・・どこに・・・・・・

 

 

 

「ああ・・・みんな・・・刻が視える・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「いやまぁ、実際に目の前にいるのは私なんですけどね? もしもーし、聞こえてますかー? 酔っぱらって道ばたで寝てると危ないですよー? もしもーし。

 ・・・・・・おい、オッサン。いい加減にしないとマジで殴るぞ。

 酔っぱらって人のお尻触ったまま寝てないでとっとと起きろよ。久しぶりの観光旅行の思い出をオッサンの酒臭い手で汚そうとしてんじゃねぇ」



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デス(死)からはじまる異世界狂騒曲

『デスマーチ』の二次作です。アンチする気はないのに、私が「より私好みに」改変したらアンチ作になってしまうから書くのを避けてきた作品の一つです。『ひねくれチート』の原型ですね。
ひねくれはひねくれで今より更に本来の姿へ近くしながら書き進めるつもりですが、気持ちをスッキリするためにもこちらも書いてみたと言う感じの作品です。

大好きな原作ですので(小説版は一巻しか持ってないですけどね、高いんで)アンチと思わず気楽に読んでください。


『王道の異世界転生モノもいいとは思うけど、私はオバロっぽいのが好きなの☆

 だからあなた一度死んで異世界に生まれ変わって王道アンチして魅せてちょうーだい♪』

「あ?」

 

 

 学校からの帰宅途中、いきなり目の前にエロい衣装の変な美人が現れた次の瞬間。

 俺の頭上から雷が落ちてきて感電死。

 黒コゲになった死体一つを残して地球人の男子高校生だった俺は死に、異世界の峡谷で目覚めた『幼女姿の私』はチートを持って生まれ変わらせられた転生者ーーいわゆるチート転生モノの主人公という役割を演じさせられることになっていたらしい。

 

 ・・・『ダンまち』じゃないんだから神様の無茶ぶりはやめてくれよな、本当に・・・。

 

 

 

 

 

「ーーとは言え、雷で殺されてしまった以上は地球で生き返れたとしてもゾンビ呼ばわりですか・・・。このままこちらの世界で第二の生を全うするより他ないわけですねぇー、やれやれ」

 

 肩をすくめながら彼女、肉体名『ユーリ』はトボトボとした足取りで普通に谷の中を進んでいく。周囲には二足歩行のトカゲみたいな生き物の死骸が山のように転がっているが、気にもしていない。

 なぜなら自分も殺されてきたばかりだったから。一寸先は闇という言葉を心の底から思い知らされたばかりとあっては死体を見たぐらいでは悼む気にもなれない。「明日は我が身かもな」と感想を抱く程度だった。

 

 

 ・・・ちなみにユーリは神の娯楽として殺されて転生させられてきた特殊な転生者のため、転生得点としてチートは与えられている一方で異世界に関する知識はほとんど与えられておらず、むしろ一部を考えつかないよう意図的に頭から削除されてしまっている。

 そのため彼女はこの世界のことを漠然と『オリジナルファンタジー世界』だと思い込まされていたが、実際には原作として『デスマーチからはじまる協奏曲』が選ばれていた。

 最初からチートを持っての転生だったため「流星雨」を使った後の「蜥蜴人族の精鋭」たちが死屍累々となって横たわるだけの死臭に満ちた「竜の谷」から異世界旅をスタートさせられている。

 

 また、本人の好みなどの理由により称号やらスキル拾得やらを伝えてくれるメッセーズウィンドウは全て消去してしまった。オフラインだろうとオンラインだろうと画面は見やすい方が好きなタイプのプレイヤーで、特にプログラマー志望でもないため設定をいじくることに面白さを感じるタイプでは無かったからだ。

 

「あん?」

 

 そこにノッソリと起きあがりユーリに向かって槍を突きつけてきた、一匹のリザードマンがいた。瀕死の重傷を負っており、放っておいても長くはないだろう身体で最期の餞にと戦士らしい決闘を挑んできたのである。

 

 腰に差していた剣を鞘ごと抜いて、ユーリの足下に投げてくる。

 特に受け取るべき理由が思い当たらず、黙って見るに任せていたユーリは相手が槍を構えて見せたことから礼儀として一応聞いておいてやる。

 

「・・・で? この剣をとって戦って、自分と生涯最期の決闘をしてほしいと?」

「●●●●!」

 

 別に返答は期待してなかったのだが、予想を裏切り返事をもらえた。ーー言ってる意味はわからなかったけれども。

 

「はいはい、了解しましたよ。じゃあ、はいこれどうぞ。《マスク・ド・ダンス》」

「・・・?? ーーー!!?? ×△☆□!?」

 

 右手に持っていた魔術師用の初心者装備《樫の杖》を敵に向けて呪文を唱えたユーリ。魔法の名称が聞いたことがないモノだったからなのか、それとも単に人語を解する知能がない低脳な人間モドキの蜥蜴に過ぎなかったからなのか、相手は最初「なにやってんだコイツ?」と言い足そうに口を半開きにしていたが、すぐに状況を理解して慌てふためきだす。

 

 彼の首から上の頭部を大きな水の泡が包み込んで、窒息させてきたからである。

 慌てて泡を取り外そうと両手を伸ばしてはみたものの、所詮は水の塊。触れられはしても掴める道理がない。周囲の空気を魔法で操作し球状を維持しているとは言え、水そのものはタダの真水でしかなく魔法で取り出した以外に特別なところは何もない。

 取り出した後なら普通の解除魔法で取り消すことができるが、たった一人生き残っていた敗残兵の彼には魔法で支援してくれる仲間など残っているはずがない。

 

 順当通りに窒息し、やがては地上にありながら溺死するのは確実な彼に背を向けて興味なさげに歩き去るユーリ。

 通り過ぎるとき、一瞬だけだけだがリザードマンが助けを求めるように手を伸ばしたように見えた気もしたが、気のせいだろう。

 

 死ぬ覚悟を決めてこちらを殺そうと挑んできた敵が命を惜しむはずがないし、惜しんではなら無い。

 滅びをもたらしに赴た者たちは、必ず滅びなければならないのだから・・・・・・。

 

 

 王道ラノベも好きではあるが、同じくらいに『HELLSINGU』や『ドリフターズ!』『幼女戦記』なんかの王道アンチ系作品が好きな特徴を気に入られ、神様よって適当な異世界転生モノの世界に放り込まれたチート魔術師の少女ユーリ。

 

 はたして、彼女の征く先には何が待っているのだろうか?

 死か破壊か救済か? はたまた救いようがないほど混沌化したカオスの権化となる未来の自分か?

 

 すべては道を選んで進んでみなければ分からない・・・・・・・・・。

 

 

「さて、人里はどちらに行けばあるのでしょう? ・・・ん? あれはーーー空飛ぶ蜥蜴・・・ワイバーンって奴ですかね?

 行く宛も特にはないですし、追いかけてみるのも一興ですか」

 

つづく

 

設定:魔法《マスク・ド・ダンス》

 コミカルな名前だが原典は最低最悪な魔法。『魔弾の王と戦姫』にでてくるサディストの敵キャラクター・グレアスト侯爵が考案した処刑方法『仮面の踊り』を再現する。

 原典だと処刑する者の首に鉄の首輪をはめ、頭部全体を覆う鉄仮面をかぶせる。これは耳の上あたりに一カ所だけ穴が開けられているだけのものだ。

 その穴から水をいっぱいまで注ぎこんで蓋をする。

 刑を受けた者は息ができなくなり、踊るようにもがき苦しんだ末に地上で溺死するという残忍なもの。

 これを魔法で再現したのが今話で使った《マスク・ド・ダンス》である。

 

 ユーリはチート魔術師ではあるが原作で登場している魔法の総数自体が少ないので、オリジナル魔法を多く与えられている。

 ただし禄なモノは多くないうえに、ヒドいの内容のが大半を占めている。

 基本的には色んな作品で禄でもない使われ方をしていた逸話を持つ系の魔法。

 本人の性格と相まって、本気で禄でもないチート魔術師として生まれ変わらせられている。



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デス(死)からはじまる異世界狂騒曲 2話

時間差で投稿してまーす。だから間隔が短いのです。


 

「・・・どうやら戦闘中みたいですね・・・」

 

 ワイバーンを追っていった先で見つけたのはワイバーンを討伐にきたのか、はたまた全く別の目的で移動中にワイバーンに奇襲されただけなのか、どちらなのかどちらでもないのか全てが謎の軍隊が空飛ぶワイバーンを地上から攻撃している風景だった。

 

 何となく、アニメ版『ゼロの使い魔』で空飛ぶ帆船を相手に騎馬隊で迎撃に向かったアンリエッタ王女を思いだしたりしてたのだが、この軍隊は恋愛脳の色ボケお色気王女(胸のサイズは微妙)ほど軍事的に無能でも無策でもないようで、しっかりと円陣を組みながら外側に重装備の大盾隊を配置して内側には軽装の長槍隊で二重の列を作らせている。

 空飛ぶ竜を相手に槍兵だけなら竹槍でB29落とせると信じ込んでいた、旧日本帝国の国民達と同水準の時代錯誤でしかないが、彼らは槍兵たちの内側に弩兵隊を膝立ちの状態で待機させている。

 弩は弓と違って長射程で威力が均等に高く、真っ直ぐ飛んでいってくれる代わりに装填速度が異常に遅すぎるという欠点がある。命令があり次第、即座に射撃できるようにしておかないと役立たない兵科なので、それを守るために敵を近づけさせない長槍隊は必須だ。

 なによりも、長い槍は恐怖を薄れさせてくれる。

 

 空飛び火を噴くドラゴンなんてチートきわまる存在に、通常の対人戦術が役立つとは思えない以上、こういう精神論の方が存外役立つような気がユーリにはする。

 実際、人の軍隊は素人目にもワイバーン相手の戦を優位に進めているように見えていた。

 指揮官が声を出して兵を鼓舞し、兵達はよくその指示に従っている。放たれる弓のほとんどは高度差故か竜の鱗が堅すぎるのか意味を成していないように見えるが、数少ない魔法使いの護衛らしき弓兵が放った一本だけはキチンと刺さっている。詠唱が終わって魔法が完成したら、より勝利に近づくのはほぼ確実だろう。

 

 

 ーーだが、このまま順当通りに勝ってもらったのでは困るのだ。

 

「勝ち戦に味方したって恩なんか感じるはずもなし。ましてや、勝敗が決してから参戦を表明してきた味方を歓迎する馬鹿なんているわけがない。

 助けに入るなら相手が窮地にあるときが一番なんですが・・・意図的に邪魔するのもなんですからねぇ。今が一番マシな味方しどきでしょうかねぇ」

 

 勝った方に味方するなどと抜かすアニメの悪役は数あれど、実際の戦争でそれをやったら捨て駒として真っ先に使い捨てられるのがオチなのである。

 不利なときに味方してくれるからこそ嬉しいのだ。ピンチの時に助けてくれるからこそ恩を感じるのである。

 戦い終わるまで見ているだけだった日和見主義者など、いつ裏切るか分かったものではない獅子身中の虫でしかない。味方でいる内にさっさと使い潰して後顧の憂いを絶っておくのが戦争における常識というモノである。

 

 だからユーリは、軍隊を助けて恩を売る気満々だった。それでこそ不法入国者で身元不詳のチートな魔術師少女が受け入れてもらえる土壌が耕せるというモノだろう、と。

 

 ーーこの手の発想は、原作主人公でプログラマーのサトゥーさんにはない。

 理由としてはシンプルに竜の谷で得た様々な物品により心にも懐にも余裕があったこと。システムを理解していたから滞在先の町や国を特定する必要性が薄かったこと。人がよすぎる性格の良い人だったこと。

 そして何より、現時点では異世界のことを『夢』だと解釈していたのが大きいと思われるので、必ずしもユーリの判断がサトゥーさんより優れているわけでは決してない。

 

 

 余談だが、転生の神様はユーリに対して本来この異世界にくるはずだったサトゥーさんのことを「その方が面白くなりそうだから」という理由により一切伝えていない。

 ユーリと違って神様の方の判断は確かに正しかったようで、彼女の願いはほどなく実現させられることになる。

 ユーリの在り方と致命的なまでに相性の悪い女性が二人も軍隊の中に所属しているからだ。

 

 

「兵達よ、恐れるな! 訓練を思い出せ」

「セーリュー魂を見せてやれ! ーーっ!? 君は!?」

「通りすがりの魔術師。援軍にきた。子供に助けられるのは恥だと言うなら帰るけど、どうする?」

 

 ひどく短い自己紹介だけした直後に相手に選択を強いるやり方はフェアじゃない。

 

 だが、それがどうだと言うのか? そもそも恩着せがましくしゃしゃり出てきて、実際に恩を着せようとしているときに遠慮するのは馬鹿なだけでなく偽善者という者だ。

 

 悪を選んだなら悪に徹しろ。中途半端で救われるのは自分自身の罪悪感だけだ。自己満足に自分以外を救う力などある訳ないのだから。

 

「・・・でも、そちらの作戦も戦術構想も知らないから自発的に行動して混乱を招きたくはない。そちらの指揮下にはいるから指示を出してくれると助かる。命令には従うし、抗命したら罰してくれて構わないと約束するけど・・・どうする?」

「!!! 助かる! 使える支援魔法を教えておいてくれ!」

 

 ・・・とは言え、相手には相手の立場や身分、沽券なんかも大事ではあるだろう。

 全滅必至の窮地を救ってくれるならいざ知らず、一応は互角に戦っている最中に部外者に割って入られて喜ぶ指揮官は現実の戦場には実在していない。

 ある程度は妥協して「味方にした方が得になる」と思わせるのが、この状況ではベターな選択肢というものだろう。

 最悪の場合でも「敵に回すと厄介だ」ぐらいに思ってもらえたら交渉の余地はあるのだから。

 

 

 ・・・そして始まる、現地の一般人100名の軍隊にチートなマジシャン一人が加わった、100人と10000000人に匹敵する無敵の軍勢がふつうのワイバーンと相対し、一見すると普通に優位な戦いを進めていくことになってしまった。

 

 むしろ、哀れだったのはワイバーンの方だろう。

 魔術師が一人増えるだけで人間の集団の戦力が倍加していくのは『ロードス島戦記』の昔から続くファンタジー世界の伝統である。たった一人参戦しただけで戦力差は開かなくとも攻撃手段の選択肢が増えすぎるのは単独の強敵には辛すぎる。

 

「タービュランス!」

「エア・ハンマー!」

「ライトニング・ボルト!」

「神武闘征・フツノミタマ」

 

 ・・・可哀想なくらいに滅多打ちである。しかも最後の一つはユーリが使った『ダンまち』の魔法で、敵を重力の檻に閉じこめるため一定領域を押し潰すとかいう凶悪きわまる超重圧魔法だし。

 長すぎる詠唱を省略したからこそ、低重力を発生させて敵を地に縫い突けるだけで済ませられたが、下手しなくても敵を地に叩き落とすエア・クッション(気槌)の親戚ぐらいでは説明できない超極力魔法扱いされてたところである。

 次のための布石とは言え、ユーリも結構アブナい橋を平然と渡る性格をしている様だった。

 

「君! 今の魔法は・・・っ」

「後にしてください。終わったら全部説明しますので」

 

 それだけ言って質問をぶった切り、布石に説得力を持たせるための魔法を頭の中で探し始めていたユーリだったが、ここで敵が思わぬ行動に出て予想を大幅に狂わせられてしまうのだった。

 

「っ!?」

 

 敵であるワイバーンが、空の王者の又従兄弟として生まれた誇りを捨て、地べたを走って味方部隊の一角に体当たりを敢行してきたのである!

 これにはさすがのユーリも一瞬だけとは言え反応が遅れた。遅れざるを得ない。どこの世界に空から地上を攻撃するはずのワイバーンが、地竜みたいに走って体当たりなんてしてきやがる! どう考えてもおかしいだろ! ・・・彼女はそう確信していたのだが実状は少しだけ違っていて、むしろこの場合敵の方が追いつめられまくって窮鼠と化していただけだっりする。

 

 攻撃し続けて勝っている側には往々にして廃滅寸前にある敵の心理が読めなくなり、このまま座して死を待つよりかは前方に活路を見いだして突撃しよう!とする戦術的行動を、追いつめられて正常な判断能力を失ったようにしか見えなくなるものなのだ。

 

 ユーリは幼女戦記の『衝撃と畏怖作戦』でこれを知っていたはずであったが、知識として知っているのと実体験として従軍したターニャ・デグレチャフ少佐とでは経験値としての格が違う。

 チートを与えられただけの素人が用意に判別できるほど戦場を包み込む霧は浅くないと言うことなのだろう。

 

 

 が、しかし。それを言うなら列強に囲まれながらも最強を誇った帝国軍と、たかだかドラゴンの又従兄弟でしかない羽のついたトカゲ風情にも隔絶しすぎた格差が存在していた。ハッキリ言って弱すぎるのだ、突撃力が。

 敵主力を遊兵化してもいないまま、バカ正直に突進してくるだけでは芸がなさすぎると言うものだ。幾らだって対処法は存在している。助ける対象ができて、楽になったぐらいである。

 

「さて、それでは味方が吹き飛ばされないよう足払いをかけるため《スリップ》でもーー」

 

 『いせスマ』でお馴染みの便利な魔法を使おうと右手を前に出した瞬間、予想外のアクシデント本番が発生してしまった。

 

「止めろ! ゼナ・・・いや、ダメだ! 逃げろゼナ! 敵が早すぎて間に合わなーー」

「ゼナ、止めてくれ! このままだと味方が!」

「ーーうんっ!」

「え? ーーバカ!」

 

 敵の突撃速度から間に合わないと判断した隊長が下した命令を途中で変更したにも関わらず、魔法兵の隣で護衛やってた弓兵が隊長の声に被せるように叫んでしまったせいで命令系統が寸断され正しい指示が届くことなく、現場の判断で下された決定が逆に彼女たち自身の身を危なくしてしまう。

 

 ここに至ってユーリは判断ミスを犯した。問答無用で岩の壁を作り出す魔法でワイバーンの突撃を止めるべきだった所なのに、この世界では桁違いに強力な防御呪文であったため詠唱時間も含めると今から唱えても間に合わなくなってから選択すべき魔法に気づいてしまった。

 今から使える魔法は一文詠唱の超短い単語だけ唱えれば使える魔法のみ。威力や効果はともかく、確実に味方を巻き込んでしまうから救出のため目立つ魔法を使わざるを得なくなる。空を飛ぶ魔法はファンタジーの定番なのに最近のだと禁呪レベルの超高等魔法なのである。

 

 今からだと味方を反動で吹き飛ばさずに敵の突撃を防ぐ魔法なんて直ぐには思いつかないのに!

 

(ちくしょうめ!)

「《ファランクス》!!」

 

 罵倒は時間を浪費するだけなので心の中だけで吐き捨てて、口に出して唱えたのは『魔法科高校の劣等生』に出てくる十師族が一人、十文字克人が使っていた多重障壁魔法。

 原典では本来、敵を押し潰す攻撃にこそ真価を発揮する魔法であり、敵の攻撃を防ぐ防御方法は応用の部類に入っている魔法でもあり、射程距離が短いことと実体があるものにしか作用できないなどの欠点も有している魔法のはずなのだが。

 

 転生の神様の悪意によるものか、この世界でユーリが使えるファランクスには同じ事件で登場している別のキャラクターが使う魔法効果が付与されてしまっていたのだ。

 

 

「『エア・クッショーーきゃあっ!?」

「ゼナーーーうわっ!?」

『ガァァァァァ!!!! どべし!?』

 

 詠唱の途中で間に合わず、敵の突撃を受けて五体バラバラになるかと思われたゼナと呼ばれた少女を吹き飛ばしながら攻防一体『鋼鉄の虎』は走り抜ける。そして敵にぶつかったら押し潰してなお進み続ける。効果が切れるまではあのまんまだ、誰にも止められない。

 

 大亜連合軍特殊部隊の隊員、呂剛虎が使っていた魔法《パイフウジア》。

 ハイパワーライフルでも止められない突撃力と防御力を誇る突撃虎にファランクスの『押し潰し効果』も追加されて効果が切れるまでは進み続けるなんて魔法を防御魔法なんて呼ぶのは防御の概念に失礼すぎる。あと、出来れば使いたくもない。絶対に。

 

 ・・・ちなみにだが、魔法の分類としては重力発生型にカテゴライズされる魔法なので進路上にいる者は根こそぎ超重力で押し潰されてしまう一方、進路から外れていた者達は重力の結界を壁のようにまとった突撃虎に弾き飛ばされて吹っ飛ばされてしまうという致命的欠陥付きでもある。

 

 思えば、この魔法を咄嗟に使ってしまったのは転生の神様による介入の線が濃厚な気がしてきた。

 理由? その方が「面白そうだ」と感じたら躊躇いなくやる連中だからだよ!

 

 

「・・・ゼナ? ゼナーーーーーっ!?」

「ああ、もう! 予定が狂わされまくって面倒くさいなぁ本当に全くもう!」

 

 大声でボヤきながらも、今度は選択を選び間違えることなく高等魔法を使って救助にいくあたり、ユーリはやはり元日本人である。ヴァーダイド人ではない。

 自分が巻き込んでしまった結果、危険な目に遭ってる女の子を保身で無視しておいて、明日食う飯がうまいと思えるはずがないミスター2的思考の持ち主なのだから。

 

「《ブラックバード》!」

 

 唱えると同時に瞬時に飛び立ち、目にも留まらぬ早さで目標まで飛んでいく超加速飛行魔法ブラックバード。

 原典はHELLSINGで敵に乗っ取られた新造空母イーグルまでアーカードを乗せて飛んでいって、無事に撃墜されて到着させた芸術的な偵察機『SRー71』。通称《ブラックバード》である。

 

 この他にも効果が類似した魔法として《ブイ・ワン》や《ブイ・ツウ》があるが、どれにも共通している特徴として『目的地に早く着けるが、到着は自分で何とかしろ』という行くだけ行って見捨てられてしまう片道切符なところである。・・・割と本気で緊急時以外には使いたくないこと山の如しな魔法だな。

 

「《エア・ブレーキ》!」

 

 結局、落ちてくより先にゼナさんとやらへ追いつけたのは良いのだが、ブレーキ自体は自分でかけるしかないので自分で別の魔法を唱えて止める。速度が出過ぎるので事前にスピードを落としてから止めようとすると通り過ぎてしまうため、Gで身体が引き千切れそうになるぐらいの痛みを我慢してでも急停止しないといけないところがミソである。・・・本当に使えねー魔法だな、コレ・・・。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・レ、《レジスト・フォール》・・・」

 

 疲れていたので今度は普通に落下速度を落とす魔法。掛ける対象は自分と相手の二人ずつだ。

 適当に受け止めて、『天空の城ラピュタ』のシータみたいにお姫様抱っこで地面まで降りていく。飛行石はないけど落下速度低下魔法は使っているので効果は同じだ。軽いので問題なく持っていてあげられる。

 

 やがて原作よりもかなり早い段階で救助に成功したため、位置的にも軍隊本体から大して離れていない場所へと降り立ったユーリたち二人。

 

「う・・・うん? ・・・ここは」

 

 ゼナさんもやがて意識を取り戻し、自分を抱えてくれている黒髪ポニーテールの美幼女の存在に目を丸くしながら、

 

「あ、あなたは確か、さっき私たちに味方してくれた・・・っ!!」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・げほっ、ごほっ、おえっぷ・・・」

「・・・・・・とりあえず、お背中さすってあげましょうか・・・?」

 

 心配して幼くて小さなユーリの背中をさすってあげる。絵に描いたような良い人もいたものである。

 

 ーーそして、こう言うときに空気読まないでデシャバってくる出歯亀女という生き物が存在しているのも物語上では定番だろう。

 

 

 

 少し離れた木の陰から二人を覗き見ている陰があった。

 

「アイツ、絶対に怪しいわ。どこかの国の間者かもしれないし、ちょっと弓で威嚇して尋問してくるわ」

「どうしたリリオ。おまえ好みな年下で黒髪の子だぞ? ・・・女だけどな」

「今は、一身上の都合でキライなのよ」

「ああ、振られたばかりなのか。今度、豊胸に効く食べ物でも奢ってあげるわ」

「胸で振られたわけじゃないもん。ーーでも、アイツの胸はなんかムカつくわね。将来性を感じさせるから」

「・・・女の嫉妬は醜いだけだぞ・・・?」

「いいじゃないの別に。職務の範疇を越える気ないし、不審者に正体を明かすよう要求する際に武器向けるのも威嚇射撃で交渉の主導権握るのも定石でしょう?

 この仕事は初対面の相手に舐められるようになったら終わりなのよ」

「やれやれ・・・。だが、最後の一言だけは完全に同感だな。少し手荒ではあるけど、危険人物を街に近づけるわけにはいかないものね。やるしかないか」

「そうこなくっちゃね。それじゃ、行くわよ。ーーていっ!(ビシュッ!)」

 

 

つづく

 

 

ユーリの考えている自分設定:

 魔術師らしく、古代遺跡を調査中に転移させられてきた。この大陸自体をまず知らないから、当然のようにこの国についても全く分からない。言葉が通じている理由も不明。遺跡にあった転移装置によるものかもしれないし、なんらかの魔法が作用しているのかもしれない。

 魔法の系統は同じ物と違う物があるらしいが、引きこもって魔法研究ばかりしてたから世間一般をよく知らないので微妙。知識はあるが実体験が少なすぎるのが難点。

 ーーーこんな感じのを予定しております。

 

 リリオさんを言い負かすのには『ひねくれチート』と同じような理屈を使う予定。



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チート転生は、ひねくれ者とともに 1章

結局続けてしまいました・・・。一応今話からは完全オリジナル展開です。
新キャラも一応出てます。


 街までの道中、指揮官さんからこの国のことを聞かされて一応の知識を得た俺は護衛以来を黙々と果たし、街に到着したところだった。

 

「ふぅー、着きましたね。意外と長くて疲れましたよ」

「スマン、負傷兵輸送用も兼ねた物資運搬用の荷馬車は先に味方を乗せて逃がしてしまってたんだ。最悪討ち死にで全滅を覚悟しなければいけない殿部隊として平和な帰り道を想定しておく余裕などあるわけなくてな・・・・・・」

「まぁ、そうですよねー。・・・あれじゃあ流石に、ね?」

「・・・・・・すまん・・・・・・」

 

 俺が目を向けた先にいるのは殿部隊に所属していた隊員のみなさん。

 ある者は同僚に肩を貸して歩かせてやりながら、自身は開いてる右手でもってた杖を倒れないよう松葉杖代わりにジイサン歩きして、またある者はヘタリ込みそうになるのを隣にいる同僚から「しっかりしろ! 後少しで俺たちの生まれ育った故郷の街に着くんだ!」と長旅で遠征から逃げ帰ってきたばかりの敗残兵状態。

 

「腹、減った・・・・・・誰か、俺に、食い物・・・を・・・・・・」

 

 ーーって、こいつは何でここまでズタボロ状態になってるんだ? しかも何故に空腹? いくら討伐だからって街道だろ?戦ってたところ・・・。時間的に無理があるような気が・・・。

 

「すまない・・・。今回の討伐遠征は急に決まったせいで、昨日の晩に有り金はたいて自棄酒飲んでた彼は豆スープを一皿だけしか飲んでいなくて・・・離婚させられたばかりらしいんだよ・・・」

「本当によく死人を出しませんでしたねぇー・・・」

「・・・すまない・・・本当にすまない・・・。それ故の部隊長身分でありながら通行許可証の偽造を可能にしてみせるという無茶を通す謝礼なんだと割り切ってくれたらありがたい・・・」

 

 ああ、なるほどね。疑問に思ってた『地位と役職的に許可証の偽造なんて可能なん?』の謎がようやく溶けたわ。よかった~。

 

 ーーーが、しかし。

 

 

「その許可証の偽造って、私が街入らないでも出来ますかね? 出来れば外で待ってて、もらったらその足で次の街へ向かいたいんですけども」

「ん? 発行は役所で行ってもらうからさすがに本人不在というのは無理があると思うが・・・。どうしたね? 何か街に入りたくない理由でも?」

 

 やや訝しげと言うか怪しい人物を見つけたときのような目をする隊長さん。

 とはいえ別段態度が豹変したとかではないので、おそらくは役職的な習性かなにかなんだろう。街の治安維持も担っていると聞かされたから、不振人物にはこういう目を向けなきゃいけないって言うのはよく分かるし。

 

 とは言え、今回の疑う理由は彼本人を追いつめることにしかならないと思うんだけどな~。

 

「いやその・・・・・・シェラさんが、ね?」

「あーーー・・・・・・」

 

 指揮官さんが『その発想はなかったわぁー』てな感じの表情になってしばらく黙り込む。少し空を見上げてから、比較的元気のいい隊員に話しかけてシェラさんたちが帰ってきたか門番たちに聞いてくるように命じ、聞かれた隊員さんは直ぐさま行って戻ってきた。

 

「我々よりも数刻ほど前には帰還していたとのことです。その時にはスタンフォード隊員も一緒だったと、聞かされました」

「・・・アイツ一人だったら途中で疲れて合流してくると思っていたから忘れていたが・・・そうだった。ミリエラ嬢はあのバカのお守り役だったな。敗軍の将として考えなきゃいけないことが多くて失念してたぞ・・・」

「中隊長殿、どう致しましょうか? 正直に申し上げて私は彼の少女魔術師殿に突っかからないでいられるシェラ隊員などという生き物を想像できません。進化系に反しておりますからね。

 また、彼の少女と警備隊員が戦ったからと言う理由で街側が彼女を敵と認定して捕縛を命じられたりしたときにはすっ飛んで逃げます。一度は助かった命ですので、超惜しいので」

「・・・おまえ、正直なのは美徳だけど少しは状況も考えてからしゃべれよ。わかるだろ、それいま言ったらヤバい言葉だってことぐらい・・・」

「はい、承知しております。ですから今申し上げた次第です。適正に問題ありと判断していただけたなら逃げることなく警備隊員を辞められるな、と」

「・・・・・・ある意味スゴい勇気の持ち主だったんだな、おまえって・・・。今ちょっとだけだけど後光が差して見えるぞ。おまえの背中から紫色の後光がな」

「それは悪魔か魔王の発する光じゃないかと思いますけどね・・・」

 

 崇めちゃいかん光だろそれ、確実に。

 

 ・・・でもなんだか隊員たちが俺を見る瞳に怯えが混ざっているのは何故なんだろうか? 私はみんなを守ってあげようとして襲ってくる魔物と戦ってあげてただけなのに・・・。な~んてお約束めいた思考はしない。常識的に考えて怯えるに決まっているのだから当然の反応だ。

 

 

 実は護衛対象である殿部隊は、街へと戻ってくる帰路の途中で何度かモンスターに襲われかけている。当たり前なんだけどな?

 敗残兵の列を見つけた野犬が襲いかかってくるのは戦国日本では常識でしかなかった。野犬よりも強いモンスターがいる異世界なら尚更だ。

 

 しかし、そこは関ヶ原から逃げ出すときの7000を500以下にまで数を減らして薩摩に逃げ帰り付いた妖怪首おいてけ無しの島津軍と違って、ここにはチート持ちの転生者がいる。

 

 威嚇のために襲ってくる奴らのリーダーっぽいデカい奴めがけて派手に肉体が爆散して飛び散る系の爆裂魔法を放り込んでやると面白いほどシッポを巻いて逃げる逃げる。

 

「犬は大きな音を聞くと逃げると言うけどホントなんだな~。

 じゃあ今度はこっちの魔法でコーロソ♪」

 

 こんな言葉を嬉々として楽しみながら実行していく子供に怯えない奴がいたら、逆に俺が怖いと思う。もしくは気持ち悪いと思う。近寄りたくないし、お近づきになりたくないこと山の如しだ。

 

 だから隊員さんたちに怯えられるのは別にいいのだ、気にしない。怯えさせるために使った魔法なんだから怯えてくれない方がむしろ問題(敵を怯えさせたかっただけだけどな。味方は怯えなくてもいいけど、敵を騙すには味方も騙せる演技力は必要だ)

 

 

「う~む・・・しかしなぁ・・・街に入るには許可証がないと怪しまれるし、万一取り調べなんかされたりしたら彼女の場合、爆発寸前の火球魔法を屋内にしまい込むようなもんだし、かといって町中に隠れ潜んでてもらうのは見つかったときにシェラ隊員を喜ばせる事態を招くだけだしな~」

「つまり、彼女と取り巻きのジイ様方以外の全員が涙に塗れて悲しむ事態を招くことになると?」

「然り。まさしくそれだ、平隊員。見事な見識を持つ君に今回の件を一任するとしよう。がんばってくれたまーーーーーー」

「イヤですよ!絶対に! 一難去って超一難が降りかかってきたからって、俺にヤバそうな案件押しつけようとするの止めてください!

 ヘタりそうな足腰に褐入れてくれてるのは分かりますけど、度が過ぎて腰が抜けそうになってますからね!俺は!」

「はっはっはっは」

 

 適当な笑い声でごまかす指揮官。戦闘中以外は取っつきやすくて気さくな感じの人だったらしい。人間の二面性を見た思いだぜ。

 

 その二重人格ならぬ二面性の激しい指揮官さんが俺の方に忌みありげな視線を送ってきたので、俺としても肩をすくめて応えるしかない。

 

 要するに、やることはさっきと何ら変わらんと言うことだな。

 

 

「つまり、町中で書類作って許可取って、許可証を発行してもらえるまでは大人しくしておいて、もらえたら速攻で街を去る。途中でシェラさんと鉢合わせしたら適当に逃げる。戦闘になりそうになっても逃げる。町中で追いつめられて魔法戦闘しなきゃいけなくなったときには街そのものからテレポートして逃げ出して別の街で自力で取れと」

「だな。そうするしか他ありそうにもない。手続きは何があっても進めさせておくから、ギリギリまでは町中に留まれるよう頑張ってくれ。

 仮に街から逃げ出した場合でも、上には適当な人相を報告しておくから君が指名手配される事だけはないと請け負わせていただくよ。

 犯罪履歴さえなければ許可証を発行してもらえる可能性は常にある。さっきも言ったが、もう一度言う。頑張ってくれ」

「・・・・・・ここまで力を込めた後ろ向きな『頑張って』発言も初めて聞いた気がしますな、オイ・・・・・・」

 

 セイラさんレベルは無理だとしても(男だから)メイ・リンとかシャルロッテ・ヘーブナーぐらいの「がんばってください」ボイスは聞きたかったと思う異世界転生生活半日目終了の段~。

 

 

 

 

 

 

 

 んで、その頃。

 街の一角にある『都市警備隊本部施設』にて。

 

 

「どうしてですか!? 何故ダメなのですか!? 街に危険が迫っているのですよ!? 適用されてしかるべき事案でしょう!?」

 

 ダンッ! と、音を立てて机に手を叩きつけることで不満さをアピールする平隊員のシェラ。それを諫めているのは警備隊を束ねている総隊長の地位にある痩せこけた老人。言うまでもなく調整役で、隊内での役割分担としては軍で言うところの軍政を担当している人である。

 

 都市警備隊は、危急の際には軍隊として王国正規軍に組み込まれると言う隊規が存在する部隊だが、正直なところ実体としては自警団に下級騎士階級の子息とかが幹部候補として入ってくるだけの窓際部署である。

 シェラに付き添う形で入隊したミリエラの方が異端なだけで、本来ならお貴族様が所属するような場所ではない。

 まれに王都のエリート様が実地研修として現場を学ばせるための場所に選ばれたりもするのだが、研修と見習い期間をあわせても半年未満という超短い時間しか一緒にいない上に、王都にかえって正式に簡易を授かった直後から警備隊総隊長よりも偉くなる人を相手に本気でなにかを教えようなんて勇者には未だかつてあったことがない。

 

 その為ではないだろうが、辺境部で行政の末端に連なっている木っ端役人たちの間では昔から勇者という単語は『バカ』を意味する隠語として使われていた。

 そして、それこそが今現在シェラ平隊員が総隊長室まで持ち込んできた案件であり、彼女のことを「他に言い方が思いつかないほどのバカだ」と総隊長が心中で決めつけた理由でもあった。

 

 帰ってきた彼女が大急ぎで書き始め、かつて街の英雄だった祖父のコネを利用して無理矢理に総隊長までねじ込んできた意見具申。

 その内容は『都市内部の治安維持を担う警備隊と違い、攻勢防御として問題の大本を自分たちの方から叩きにいく攻撃的な部隊《自由騎士団》の創設』だった。

 

 総隊長としては過激としか思えない提案だったが、一応シェラの言うことにも一理なくはないのだ。

 

「なにも戦争をするための軍隊を創設しようと言っているのではありません。最近巷で多発しているモンスター被害に対処するには、平時における治安維持部隊の警備隊だけでは用を成さなくなってきている、と言う現実があることを総隊長殿にもご理解いただきたいのです」

「しかしねぇ、君。この《自由騎士団》という名前は流石にマズくはないか? これだと王国政府に反意ありと疑われかねんぞ?」

「??? どうしてでしょう? 自由騎士と言えば、彼の大英雄イスファーン卿!

 弱きを助け、強きを挫き、戦火に苦しむ民草たち一人一人の心に『我もまた一人の自由騎士たらん!』と圧制に対して立ち上がる勇気を与え、横暴な君主デボネアを打倒して、この国に正義を取り戻した逸話は子供でも知っている英雄譚ではありませんか!」

 

 だーかーらー、マズいんだってばよ。このスットコドッコイ。総隊長は心の中でそう思った。口に出してはこう言った。

 

「で、この《自由騎士団》っていうのは具体的にどんな活動をする組織なの?」

「正義の志を持った者たちが国の垣根を越えて団結し、民衆を苦しめる強大な悪を打倒するために戦う組織です」

 

 テロリストだ! 完全無欠に誰がどう見てもテロリストだ! 総隊長は心の中でそう思った。口に出してはこう言った。

 

「敵と戦うだけで守らないの? 騎士の名前が泣かないかね、それって・・・」

「何をおっしゃっているのですか総隊長殿! 騎士にとって守るべきは無力な民であり、苦しむ人々を救う志であり、決して折れない正義を愛する熱い心であるべきなのは自明の理でしょう!?」

 

 総隊長は全身を空にしてしまうほど大きく大きく息を吸って吐き、ため息に色々な感情をぶち込むことでなんか色々と割り切らざるを得ない状況に嫌気がさしてきながら、それでも職務の都合上いっておくべきことは言ってやらなくてはならないだろうと腹をくくり、目の前の正義バカな若造にたいして懇々と説教を聞かせてやった。

 

 ・・・どうせ聞き入れやしないんだろうなーと、本心では確信しながら・・・・・・。

 

 

「あのねぇー・・・騎士に限らず国に所属する治安維持部隊や衛士みたいな警察組織が守るべき義務を負っているのは国家の領土と平穏と、国民の財産と安全であって、《正義》なんていう正体不明で解釈の幅が広すぎるいかがわしい概念は、騎士が守るべき対象に含まれてないんだよ? 国に属している以上は全体よりも自国の利益を優先しなくちゃダメだってばさ」

「そんな・・・・・・それでは魔物の大軍が隣国に押し寄せてきたときには、どう対処なさると言われるのですか!? 見捨てて滅ぼされるに任せ、我が国にまで奴らの餌になるのを座して待てと言われるおつもりなのですか!?」

 

 知らんわ、んなもん。政治のことは政治家に聞け。一介の都市警備隊総隊長ごとき下っ端に聞くような内容じゃねぇ。総隊長は心の中でそう思った。口に出してはこう言った。

 

「そもそもワシら統治者側は、正義って言葉あまり使った覚えがないんじゃけども・・・」

 

 数十年生きてきた彼の記憶を掘り返してみても、祖父が現役で武官だった頃に隣国からの侵略を受けて、狼狽える群衆の前にでて剣を抜きながら叫んでいた言葉。

 

「諸君! 愛する家族を悪辣なる侵略者どもの手から守りきるため、いざ戦わん正義のために! これは戦争ではない! 愛する者たちを守る正義の戦い・・・聖戦である!」

 

 ・・・と、叫んでいたのが「正義」と言う言葉を支配者側に属する者が言ってるのを聞いた、覚えてる限りでは最後だったような気がする。

 

 ちなみに、その時の戦争は異常気象により隣国で発生していた日照りが原因で勃発したものであり、押し寄せてきた侵略軍は飢えを満たしたい群衆団のごとき輩だったので、活きあがり守りに徹した街の住人たちの敵ではなかった。

 街から出て戦ったこともあったけど、それは飢えた民衆が押し寄せてきて領地内の食料が食い散らかされるのを瀬戸際で防ぐためであって、正義とかは特になかったと記憶している。

 

 なにしろ隣国と国境を接している街である。日照りの影響は致命的ではないにせよ、軽いものでは決してなかったのだ。飢えた民衆を抱えてよろばい歩き共倒れするのだけはゴメンだったから殺したのである。

 

 結果的にだが、戦争が一方的に負け戦で終わったために人口が激減し、食料負担が大幅に減り、その一年だけは耐え凌ぐことが出来た隣国は翌年には国家体制を維持するのが不可能な数しか残っておらず、自分たちの国の属国となることで生き延びた人たちはなんとか生き続けることが出来た過去を持っていたりする。

 

 異常気象が一年だけで終わり、翌年は逆に豊作だったからこそ可能だった奇跡ではあったが、総隊長は教会の言うとおり「神の思し召し」などとは欠片も思っていない。単に「運が良かっただけ」である。そういう考え方の持ち主だった。

 

 

「別に君個人が正義を貫くのはよい。誰も咎めん、好きにすればいい。

 じゃが、国家の看板背負いながら国の方針に従わず、上が決めたルールも守れないと言うなら警備隊員を辞めてもらえんかね?

 治安維持任務のため逮捕権を有し、取り調べなども許されている警察組織の一員であることを示す腕章をつけられたままそれをやられるのは困るんだよねぇ~」

 

 総隊長の言葉は最後まで言い終える必要性はなかった。

 話してる途中でブチ切れたらしいシェラが腕章を机の上に投げ捨てて、足音高く部屋を出て行ってしまっていたからだ。

 礼儀というか、形式として最後まで言葉を言い終えた総隊長はポリポリと頭部を指先でかき、いたって普通の口調で独りごちる。

 

「辞職か・・・まぁ、自分から辞めていったのだから老人たちも納得してくれよう。同じ年寄りではあっても、かつては頑張っていた安楽椅子の老人たちのほうが英雄扱いされてワシは『タヌキ』っておかしくない? これぐらいの楽を手に入れるぐらい見逃して欲しいんだけどねー」

 

 

 

 

 

 

「・・・あ、シェラ。どうだった? 総隊長様はちゃんとシェラのお話を・・・」

「魔術師だ!」

「え?」

「あの子供の魔術師は間違いなくナニカを知っている! 魔術師なんて得体の知れない職業に就きたがる者がまともであるはずがないのだから!」

「ええっ!? でも、私だって一応は魔法使えるし・・・回復魔法しか使えない僧侶系だけど・・・」

「子供であっても訓練を積んだ私たち以上の力を発揮する闇の力の使い手たち・・・奴らの危険性を証明さえできれば総隊長も本当の驚異というものが解るはずなんだ・・・!!」

 

 

「おい、シェラの嬢ちゃん。その話、もうちっとばかし詳しく話してみてくれや。少し気になる」

「あ、ボリスさん。こんにちは、今日は非番じゃなかったんですか?」

「なに、虫の知らせって奴でな。なにかある気がしてきてみたんだが・・・ビンゴだ。そいつに間違いない」

「間違いないって・・・まさか! アイツが例の事件の犯人だって言うのか!?」

「まさか。ガキが出来る犯行じゃねぇさ。だが、ナニカを知っている・・・それは確実だ。魔術師なんて禄でもない阿漕な商売に手を染めてるのが何よりの証拠さ。クズはどんだけ正してやってもクズなままなんだよ。

 本当の修羅場ってもんを体験したことがない、粋がってるだけの若造なんざすぐにゲロって俺たちの知りたがってることを教えてくれるに違いない。

 警備隊員として三十年以上つとめてきた“俺の勘がそう告げている”・・・・・・」

 

 

 

 

 

その頃

 

「おいおい、魔術師風の格好している嬢ちゃん。この俺の前を素通りとは連れねぇなぁ。この渡世、余所者には余所者の守るべき仁義と礼節ってもんがあるんだぜぶぇっい!?」

「あ、ごめんなさい。振り返った時に杖が当たっちゃったみたいで・・・・・・私、魔術師クラスなので気配察知とか間合いを見極めるとかはちょっと。

 指揮官さん、これって犯罪になりますかね?」

「う~ん・・・。都市内治安維持部門が手を焼いていた街一番のヤクザ者が相手だからなぁ・・・。治療という名目で治療院にブチ込んどいて家捜しでもすれば採算取れて治安も良くなりそうだし、とりあえずはノーカンで」

『賛成! 俺たち隊員一同もヤクザ者の敵討ちなんかで怪我したくないから大賛成です!』

「・・・だからお前ら、素直なのはいいから場所と状況を・・・はぁ。もういいや」

 

 

つづく

 

登場人物

 ボリス・バーナード

 都市警備隊の古参隊員。主に都市内部で起きる事件を担当する都市内治安維持課に所属している。所謂『丸ボウ』の男。

 若い頃に妻と娘を魔術師が起こした殺人事件で殺されて以来、魔術師嫌いの急先鋒となってしまっている。

 当時この国では《自由騎士》に憧れた若者たちにより政府要人が《天誅》と称して暗殺される事件が多発していた。

 その中で検挙率がバカ高かった若き敏腕刑事がボリスで逆恨みされており、家族を殺したのも彼らによる警告でもあったのだが、怒りに駆られた彼がその場で犯人を殺してしまったために真相は永遠に闇の中へと自分の手で葬ってしまっている。

 

 尚、その時の犯人は革命の正義に酔いしれており、象徴的な意味合いを好んだために自分と異なる正義を貫くボリスの妻子を殺す際に背徳的な魔術儀式を模しただけで魔術は一切使えない素人以下の見習い戦士だった。

 

 ・・・・・・ちなみにだが、この世界では治安維持に携わる人間が殺人犯をその場で殺すのは必ずしも犯罪ではない。

 意図的なら話は別だが、大抵の凶悪犯は捕まえても死刑に処されるからである。

 

 

シェラの長所と短所

 長所:努力で勝つのが大好き、才能で勝つのは大嫌い。日々鍛錬、一生懸命。

 短所:剣での勝負を正々堂々と捉えているため、魔術が大嫌いで偏見に満ちている。

    啓蒙教育で聞かされた悪の魔法使いの存在を本気で信じてしまっている。



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チート転生は、ひねくれ者とともに 2話目(正式スタート版)

昨日デスマを書いたおかげか吹っ切ることが出来ましたので、色々とヤバい『ひねくれチート』を正式にシリーズ化するため長編バージョンで2話目から書き直しました。長いスパンで考えれるので書きやすかったです。

基本的には普通の展開スピードで進めていく方針に変更されております。いきなりな展開はありません。あと、正義の味方系キャラはとことん『嫌な奴』として描かれますのでそのおつもりで。


 異世界生活最初にこなしたクエスト『護衛任務』も無事終わり、街までついた私たちは一息ついておりました。

 隊員の皆様方も「あ~、良かった。生きて帰れた~・・・」と心の底から安堵しておられるようで戦争否定国日本の元住人として誇らしい限りですね♪

 

 隊長さんの方も意気揚々と都市の門番さんに帰還した旨を伝えに行き、今でこそ分厚い門の外で地べたに腰を下ろしている兵士さんと私たちもほどなくして暖かく柔らかいベッドの上でくつろげるようになるとの事。ありがたい話ですね~(o^^o)

 

 ーー余談ですが、モンスターが町の外を徘徊しているこの異世界で分厚い壁に守られてない町とか村はかなり例外的な存在らしいです。

 何かしら襲われにくい理由があるか、もしくは金がないから作れない、襲われたら殺されないよう逃げ出して僅かでも生き延びられたらそれでいいみたいに覚悟して過ごさなければならない事情持ちの人たちだけが、そう言った特殊環境下でも地球の日本みたいな防犯レベルで生きてるらしいです。ただ生きるだけでも難しい。基本です。

 

 

 そんなことをツラツラと回想してたら隊長さんが、辛気くさい顔して戻ってこられました。どう見たって吉報は携えてなさそうだな~と、分かってはいるけど期待はしたい、過酷な現実と向き合わされてる外見年齢10才幼女・冒険者な私です。

 

 

「・・・・・・すまない、魔術師殿。またしても厄介事みたいだ・・・・・・」

「・・・・・・またですか・・・・・・」

「すまない・・・・・・本当に申し訳なく思っている・・・思ってはいるのだが、しかし・・・」

 

 チラリと周囲を見渡す彼がなにを見るよう促してるのかなど知るまでもありませんし、知りたくもないんですが、それでも私は見ます。

 だって相手が礼儀正しいんだもん。日本人なら礼には礼で返さないと自分の方が罪悪感とかで気にしすぎちゃんだもん。仕方ないじゃん。

 

「・・・・・・(ちらり)」

『・・・・・・(ジ~~~~~~~~っ)』

「・・・・・・(うわ~・・・めっちゃ見られてますよ、私~・・・)」

 

 負傷してヘトヘトになった隊員たちの皆様から暖かいというか、生暑っ苦しい縋るような眼で見つめられてる外見年齢10才幼女・冒険者な私です。・・・セクハラ罪は適用可能ですか? え? お前この国の人間じゃないし不法入国してきた犯罪者だろ犯罪者に人権なんて最小限度でいいんだ? 嫌なら罪犯すなよ?

 

 ・・・ご尤もです。反論の余地すら存在しておりません・・・。

 

 

「一応、引き受けること前提で聞くんですけど・・・どのような厄介事なので?」

「今度の遠征任務で我々が出征したのと時を同じくして隣の町でも似たような討伐遠征を行ったらしい。ーーまぁ、総督同士が官僚出身で向こうの方が学生時代に成績下だったから意識しまくっていたのが原因だとか門番たちが騒いでいたのだが、お上の裏事情までは分からんし噂話として流しておこうーーそちらの遠征にはどうやら貴殿にような助っ人は現れなかったようなのでな。普通に失敗してゴブリンキングを怒らせて大侵攻を招いてしまったそうだ」

「うわ・・・」

「一応、逃げ戻ってきた部隊を再編成して町の防備を固めて徹底抗戦する構えを見せたのは立派だと思うし、外壁の防御力をうまく利用して守りきったことも評価できる。防衛部隊はやるべき事を全てやったんだ。それは認める。

 ーーただ、問題なのは総督でなぁ~・・・」

「・・・まさかとは思いますけど、その事をこちらの町に伝えていなかったからゴブリンたちの襲撃に対応する準備が出来てないとか?」

「それこそ『まさか』だね。そんな打算が出来る人ならこちらの苦労も少しは減る。

 あの人はただ、守るべき都市の人たちにこれ以上の犠牲を強いらないために、都市から一歩も出ることがないよう厳命を下しただけさ。それこそ最下級の伝令兵に至るまで一人残らず全員に、ね」

「・・・・・・・・・」

「そう言う人なんだ。一人も切り捨てないために全てを拾おうとして、結局はより多くの被害を生じさせる。

 それでいて誠実で私利私欲では動かない、常に民の側にたって行政相手に立ち向かい続けているから市民からの評判はすこぶるいい。左遷させようとすれば市民たちが自決覚悟で反対する。ーーそんなだからさっきみたいな悪評を流されるんだけどね?

 絵に描いたような『弱き民たちを横暴な支配者から守る正義の殺戮者』様なんだよ。自覚も悪意もないところが一番性質が悪いタイプだ。ハッキリ言って前線にたつ公務員としては汚職官吏の方がまだマシだと感じられる人なんだよ」

 

 ・・・もはや哀れすぎて声もない・・・。なんだってそんな人が責任ある人の上に立つ役職に・・・・・・。

 

 ーーー頭を抱えていたら、兵士さんたちのささやき声が聞こえてきましたーーー

 

 

「あの人って確か、強かったよな? 若い頃は」

「いや? 今でも若くて強いぞ? 何でも昔、少年時代に凶悪な魔物を討伐した見返りとして王様から産まれ故郷である隣町の統治権と爵位を要求したとかで。

 以前の世襲貴族様は市民に重税を課してたから、解放者として町の人間には人気があるって吟遊詩人が歌ってたのを聞いたことあるわ」

「あー、だからあの人だけ呼び方が領主じゃなくて総督なのか~。世襲制貴族の前領主を追い出して後釜に座ったから」

「前の領主が酷すぎただけで、税制も普通に戻しただけなんだけどな? それでも民たちから見りゃ間違いなく圧制から解放してくれた英雄なんだから、新たな支配者として歓迎するのも分かるよな。気分的にはだけども」

「その結果として迷惑かけられてんのは俺たちなんだけどなー。俺たちの命に関しては、あの人なんて言ってんの?」

「・・・そもそも平民出身で帝王学も統治のノウハウも知らない、顔と剣の腕と人望だけが取り柄のあの人に政治的なことはなんも分からんよ。全部側近に任命された昔からの仲間たちを信頼して任せっきりさ。・・・いや、勉強はしているらしいんだけど・・・」

「・・・ぜんぜん足りていない、と?」

「ーーー知識層出身じゃないからなー・・・。統治なんて専門技能はちょっと・・・」

「ダメじゃん」

 

 

 こ、この異世界はーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!(*`Д´*)

 

 

「ーーーで、どうなのかな? 引き受けてもらえると解釈して構わないのかな? 私はウズウズしながら君の答えを待っているぞ?」

 

 人、それを現実逃避という。

 

「・・・断るかどうかは別として、私の返答がナインだった時のためにも準備ぐらいはして置かれた方がよろしいのでは? 了承されること前提で話を進められたのでは、その総督さんと同類になってしまいますよ?」

「心配ない。・・・どのみち君に断られた時点で私たちはもう終わりなんだから、素直に諦めるだけなら大した時間はかからんよ」

「・・・・・・・・・」

 

 私は自分を見つめてくる複数の視線を感じて、再び周囲を見渡してみるとーーー

 

 

『・・・・・・・・・・・・ジ~~~~~~~~~~~~ッ』

「声まで出しますか・・・・・・」

 

 どうする? アイフル?

 ・・・どうするも何も、人として選択肢ってあるんかいな・・・・・・。

 

「・・・あー、もう! わかりましたよ! 引き受けますよ! 引き受ければいいんでしょう!?」

「・・・ありがとう。本当に、心の底からありがとう・・・。この御恩は一生かかっても忘れない。死ぬまで返すし、死んでも返せる方法があるなら言ってくれ。本当に家族以外なら何でも差し出す覚悟は出来てるから・・・・・・」

「い、いや、流石にそこまでしてもらいましても・・・・・・」

 

 なんか調子狂うなぁ、この人は・・・。いやまぁ、受けた恩の量と同等の感謝という点では正しい対応のような気もするんですが、周りとのギャップが酷すぎてなんか凄くやりづらい・・・・・・。

 

 

「この程度の労で代わりになるとは微塵も思ってはいないのだが、せめて上に掛け合って『子供の魔術師が助っ人に参加してくれる場合には』比較的安全な位置に陣取って、ゴブリンどもを町に容れないよう努力してくれればそれでいいと言質は取ってきてある。

 我々が疲弊しきった敗残の身であることは向こうも承知しているからね。それでもかき集めなければならないのが交易中継都市である、この町の正直な実状なんだよ。職人街を主産業にしている工業都市の隣町と違ってね」

 

 もう、本当にそのバカ総督は解任しちゃってください。心の底からマジなお願いですから・・・。

 

「分かりました。ーーただし今から見せる魔法については可能な限りでいいので他言無用に願いますよ?

 こっちとしても本音を言えば弱っちい魔法でチマチマ戦って自分の強さを隠したいんですからね・・・ブツブツ」

『おお・・・ついに嬢ちゃんも口に出してブツブツと言い出すようになった・・・これはキてるぜぇ・・・!!』

 

 うるせぇぇぇぇぇよ!!! 余計なお世話だコンチクショオオオオオオオッ!!!!

 

 

「空間座標把握、各目標の乱数回避軌道算出、チャンバーへの魔力充填正常。発射準備よし・・・だーれーにしーよーうーかーな! お空の上の邪神様の言ーうーとーおーり!

 決定! 全員死刑!! 《デスビーム×いっぱい》!!

 シャー! シャシャシャシャシャー!!!」

 

 

 フリーザ様よろしく、指先から紫色した細いビームを出しまくり撃ちまくり、逃げなきゃ当たって死ぬ、逃げても追いかけてって死ぬ、後ろから背中を貫かれて死ぬ、腕を奪われた後に頭を撃ち抜かれて死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、みんな死ぬ!!!

 

 敵より多数で都市に押し寄せてきてるんですから、誘導ビームぐらいで卑怯だなんだと喚く権利は認めてあげませんからね?

 

 

「抹殺! 必殺! 滅殺! 瞬さぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッつ!!!!

 ーーーはぁぁ~、スッキリしましたぁ・・・・・・(さわやかな笑顔で)」

 

 

 叫びながら止めを刺して格好良く決める! ヒーロー物の定番ですよね! 勝利ポーズ決めて勝利セリフも言う! これぞまさにバトル物の最強主人公の勝ち方というものですよ!!

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 

 ・・・なのに何故こんな眼で見られなければならないのか・・・。世の中の見た目が悪い必殺技を持つチートキャラ達はかわいそうです。

 裏切り者の顔してるからと孔明に嫌われてた魏延さんに同情するなら、心で人見るフリして結局は見た目の風潮やめろーーーーーーーーーっ!!!!!

 

 

 

 

 

 ・・・・・・この時、私が使ったデスビームは敵部隊のボスキャラである『ゴブリンキング』さんをも貫き殺していたらしく(7レベルと15レベルの違いなんてチートキャラには区別つきません)敵さん全員がさっさと撤退していってくれました。

 

 その結果、勲功第一位は私と言うことになったのですが行政にも体面というものがありますので、表向きは『都市警備隊と都市住人全員の団結と協力によって』守り抜いたと言うことにするとのことでした。

 

 余所者で通りすがりの私には心底どうでもいいお話ですけどね。代わりに助っ人料金としては破格すぎる額の報奨金をもらえましたし、身分証明を兼ねた許可証も領主様じきじきに執筆してくれるとのことですし大儲けだったぐらいですよ♪

 

 

 

 

 尚、今回の件では都市警備隊の方々の中からも何人かが表彰を受けたそうでして。

 私は名簿を見てないですけど、その中には指揮官さん率いる部隊よりも先に帰還していたからミリエラさんと一緒に遊撃任務に就いてたシェラさんも入っていたんだそうです。

 

 

 剣士として参戦した彼女に与えられた称号は『敗走する味方を援護して人助けに貢献した《救命者》』だったとの事です――――

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!」

 

 バシンッ!!!

 

 表彰式を終えて自宅に帰ったシェラは授与された勲章を引き契ると、床に向かって投げ捨てたーーーーー。

 

 

 

 

*登場させる予定ないから書かなかった裏設定:

総督

 隣町の統治者で『ロード』と読む。伝説に登場する英雄の『聖騎士王』がそう呼ばれていたことから採用された。主君の地位を騎士として武勲をたてて手に入れた者を現す敬称。

 ・・・ただし、歴史の長い封建制国家のため貴族の大半はもともと騎士であり、未だに実戦の可能性がある辺境部などでは手柄を立てた傭兵や兵士たちが武勲を称され武官貴族として領主に任命されるのが常であるため、取り立てて彼が特別だったわけではない。国民に人気がありすぎたため政治的にアピールする必要があっただけの名称である。

 唯一、戦の折に従軍するか否かを任意で決められる特権が与えられてはいるのだが、正直お上よりも人気のある英雄なんかが参陣してこられても火種にしかならないので態のいい名誉職と言ってしまえばそれまでの存在。後継者には引き継がれない一代限りの称号でもある。

 

 総督本人は見目麗しく爽やかな好青年。雄弁家であり、静かに闘志を燃やすタイプの情熱家でもあるなど若い世代から熱狂的に支持されやすい特質を持つ。――ようするに精神上の麻薬発生装置みたいな存在。

 行政府の中枢メンバーも昔から彼に好意的な友人たちで占められており、全員が彼の理想と志に共鳴した信奉者という、悪意も自覚もない一党独裁体制の街。市民からの人気は異常に高い。

 

 側近であり副官でもある貴族の家を出奔した旅の仲間の一人が補佐として控えており、不慣れな統治者でもあるかつてのリーダーを手助けしている。

 彼女は理論家だが、『現実的な考え方=非道な手段』という極端な物の見方をしており、現実を自分たちが正すべき対象としてしか見ておらず偏見に塗れているなど、独善的な人間が行政の中核を担っている問題の多い街。

 

 今回の事件においても総督を信奉するあまり信者化している一部下級指揮官たちが独断で報告をしなかったのが原因で起こっており、組織よりも個人への忠義が優先されるのが常な面倒くさい街。そのくせ犯人たちは「すべての責任を取る」と自決してしまうのがお決まりのパターンだから性質が悪い。

 

 市民からの圧倒的な人気と、総督自身の政治的野心の無さ。彼ら個人個人の武勇とで現在の地位を保てている事に全く自覚のない問題児集団。

 その隣にあるユーリが来た町は毎回堪ったものではありません。

 

ちなみにシェラさんも総督のファンの一人です。




シェラさん自身は自覚していませんが、苦労や功績を他人と分かち合うことは出来ても、独占されると耐えらずに妬んでしまうタイプです。

 本質的に英雄の器ではなく『英雄に憧れている』少女騎士で止まっていた方が良かった人で、本気で目指して努力してしまい才能という現実の壁に立ちふさがられて苛立つ気持ちを抑えきれずに他人にぶつけてしまいがちな人でもあります。

 自分が憧れても成れない英雄に『成れるのに成ろうとしない人』には激しい嫉妬と敵意を義務感や正義感に包んでぶつけてくるなど、熱血漢に見えて内面は結構ドロドロしてもいます。

今度は急がず慌てず丁寧に、彼女の裏と表を描いていければと思っております。
今後の展開として予定してるのは、対等な立場で彼女との絡みと言うか絡まれては一蹴するのを何度かやりたいですね。許可証とか諸々の問題が無くなって自由になりましたから。対等に主張を言い合えるのは素晴らしい。


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チート転生は、ひねくれ者とともに 3章

マシンガンラバーを先に更新してからこちらもと思っていたのですが、時間的に難しそうなので念のためこちらを先に(出勤時間まであと1時間半・・・イケるか!?)

ユーリの狂気が始まる回です。本当だったら後半はボリスさんの登場回も兼ねたかったのですが、長くするよりかは分割して早く更新する方針もやってみたくなりましたので。


「『領主府発行:証明証書。氏名ユーリ。職業:魔術師。年齢10歳。レベルは12』・・・なるほどなるほど、レベル以外は全部証言通りに書いて、子供にしては強すぎるレベル設定にすることにより却って真実から遠ざける工夫ですかぁ~。いい仕事してますねー♪」

 

 きっと、歴史が長い分だけ不法入国や亡命者なんかの時に儲ける業者さんとかがいるから手慣れてるんでしょうねー、この街のこういう特徴は。

 

「ま、余計な争い事に巻き起こさないですむ工夫ならいくらでも来いです。世の中平和が一番です♪」

 

 私は掲げ持って太陽に透かし見てた許可証をポケットにしまい、同じく服の中に入れてある財布の中身とぶつかって「チャリン」といい音をたてさせました。

 

 

 ・・・現在、私は無事にもらった許可証と報奨金を片手に町中をブラブラ散歩しているところです。所持金は金貨五枚に銀貨が二十枚ほど。「この街で一日過ごすのにこれ以上いることはまず無い」と役所の人から言われましたのでね。銅貨は銀貨で払ってお釣りでもらえばいいだけなので持ち歩かない主義の私です。

 

 あと、「これ以上高額の商品を買う場合には、即金で支払えとは絶対に言わないのでルール違反者見つけたら教えてほしい」とも言われてたりします。さっすが、チート。至れり尽くせりですね。

 

 ーーーまぁ、あの一方的な殺戮劇を伝え聞いただけだと過剰反応もしてみたくなりますよねー、やっぱり。

 本来は入市税を払うことによって一定期間の滞在を許され、それを過ぎたら延滞料金が発生。払えなかったら奴隷身分落ちという罰則によって余所者に街のルールを壊されるのを防ぐと言うのが、この異世界での秩序維持と安全管理方法。

 

 にも関わらず私には特にこれと言った縛りはもなし。一応は前回の戦闘における功績に対して恩賞として与えられたことになってますけど・・・建前ですよねぇ絶対に。

 

「つまりは、『特権与えるんで町に被害を与えないでください』と言うわけですね。わざわざ私の見ている前で有力者達に引き抜きを禁じて見せた演出も含めて、この街の市長さん(?)は結構なやり手のようで。

 ここまで至れり尽くせりだと、ドS趣味のない私としては何かあっても暴れる方が後ろめたさを感じて行動をためらってしまいそうです」

 

 私は市長さんの言ってたセリフを思い出して、知らずニヤケてしまうのを抑えられそうにありません。

 

 

『彼女を勧誘するなとまでは言わん。しかし、しかし、一国の戦力にも匹敵する彼女に手を出した時点で行政に携わる一員としては「反意あり」と見なさざるをえん。

 勧誘することそれ自体が発言者による独立宣言を意味し、この街の市民権を放棄する意思表示であると私は解釈してそう処置する旨を、ここに表明しておくものである』

 

 

 ・・・あれって要約すると『お前達が何かした時点で街は縁を切る! 市民じゃないから煮るなり焼くなり好きにされても関係ねぇ!』って意味を兼ねちゃってますからねー。そっちの方が本命なんだろうなとは分かっていますけれども。

 

「本当におもしろい方々が多い町です。来て良かったですよ そう思いませんか?

 ・・・えっと、確か・・・ビッチ・シースルーさん? それともバッチィ・ショーツさん? でしたっけか?」

 

 

「「「ダッチ・シュヴァルツ様だ! いい加減覚えろ糞チビジャリがぁぁっ!!」」」

 

「ああ、なんかそんな感じのお名前です、確か」

 

「「「こ、この糞生意気なガキぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・」」」

 

 

 くつくつと、拳を作って口元に当てて笑ってみせる私の前でニューヨークギャングみたいな格好した黒服ハゲの小男で、なんか大物ぶって後方から偉そうに笑っていた人・・・この街の裏街を締めるならず者達のボスの一角『ドン=ダッチ・シュヴァルツ』さんが薄ら笑いを深め、嬉しそうに笑いながらこちらに近づいてきますけど構やしません。

 

 ーーーどうせ生け贄は必要だと思ってたんです。

 燃やさなくてはならない藁人形に選ぶなら、善良で誠実な善人よりも、殺してしまっても心が痛まないゴミどもの方が倫理的で良識的な選択というものでしょうから・・・・・・

 

 

「言ってくれるねぇ嬢ちゃん。流石はこの俺が見込んだだけのことはある女だぜ・・・」

「ボス! 構うことはねぇ! こんな生意気な餓鬼はさっさとぶち殺しちまいましょうぜ! 昨日の戦闘で活躍した話は表と違って裏の奴らには既に知れ渡っていますから殺して晒すだけでも威嚇としちゃあ十分すぎる効果があります!」

「・・・黙ってろ、頭数ども。俺が『未来のパートナー』を勧誘しているときに邪魔しにくるんじゃねぇよ。ーー殺すぞ?」

『・・・・・・ッ!?(ゾッ!)』

「そう、それでいいんだ・・・。駒でしかないお前らと違って、コイツは桁が違う・・・同等に扱っていい玉じゃあねぇんだよ・・・」

 

「さて、嬢ちゃん。若い奴らが失礼したな。詫びってわけじゃねぇが、どっかで茶でもしばきながら俺の話を聞いてほしいんだが・・・どうだ?」

「遠慮しておきます」

『テメェッ! 俺たち幹部でも滅多に許されないボスからのお誘いを無碍にするとは何様のつもりーーーぐはぁっ!?』

「黙ってろって言ったじゃねぇか。一度もよぉ。俺が一回言った言葉を一度でも忘れた頭スカスカ野郎は、本当に頭の中身を抜かれちゃっても知らないよ~?」

『・・・ひぃっ!?』

「・・・二度もすまねぇな、嬢ちゃん。一応聞いておきてぇんだが・・・何で俺の誘いを断りやがったんだ?」

「知らない大人の人に着いていかないよう、お父さん達から言われていますので」

「・・・っ!! ぷはっ! ぶははははははははっ!!! 確かにその通りだな! こりゃ一本取られたぜ! あー、腹痛てぇっ!! ひー、はははは!!」

「・・・・・・・・・」

「はぁはぁ・・・つ、つまりよぉ。この場で俺の話を聞いてもらえるって意味でいいんだよなぁ? 嬢ちゃん」

「ええ、まぁ。この場でよければお話だけでも伺いましょう。ーーむろん、本当に誠意を示す気があるのなら、そこの死角に潜ませている弓兵さんたちを下がらせてもらいたいところですけど・・・どうせ性能テストに過ぎないのでしょう? だったらお好きにどーぞ」

『・・・・・・っ!!!(ざわっ)』

「・・・へっ。さすがだ・・・対《センス・マジック》処置をほどこした装備に身を固めさせてたんだがな・・・。ますますお前さんが欲しくなっちまったぜ、どんな危険を冒してでもなぁぁぁぁっ!!」

「・・・それが今回の無謀な挙に出た動機ですか?」

「そうさ! 俺はまだまだ上に征く! 臆病な老頭どもと違い、この街の裏街のトップに立つだけじゃ気が済まねぇ! 満足するはずがねぇのさ! 

 俺はやがて、この国を裏から牛耳る真のトップになる! この国の全てを俺のモノにしてやる! その為に役立つ奴にはなんだって暮れてやる! どんな物でも用意してやる!

 金! 女! 男! 子供! 人だろうと動物だろうと宝石だろうと剣だろうと、果ては貴族のお嬢様だろうと何でもだ! だから嬢ちゃん! 俺に付け! 絶対に損はさせねぇ!」

「・・・覚悟がおありなので? この国の全てを敵に回して戦争するお覚悟が?」

「王座を手に入れたい奴がリスクや危険を恐れてどうする? だからこそ、今お前の前に俺は立っている」

「ーーー死ぬ覚悟は・・・・・・殺されるお覚悟はおありですか?」

「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。俺が途中で誰かに殺されるとしたら、その程度の男だったとハッキ自覚して気持ちよく死ねるだろうよ」

「・・・・・・なるほど、よく分かりました。納得です」

 

 

 私は笑顔を浮かべてうなずいて、ゆっくりと杖を空に向かって掲げていきながら。

 

 

 

 

「では、その信念の強さに敬意を表して殉じさせてあげましょう。

 正義の味方に否定されて死ぬよりかは遙かに満足できる殺され方でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・弱肉強食は動物達による自然界の掟。人の世には人の掟があります。人の住む町で人に害をなす動物の掟を貫こうとすれば害獣として駆除されるのが当然の末路。

 せめて、貴男たちの信じ貫いてきた信念を貫いたまま死ねる殺し方を選んであげましたから感謝してください」

 

 よいしょっと、立て札を書き終えてから私は立ち上がり埃をはたき落とします。

 

「飼い主の手から自らの意志で脱走した野良犬風情が人間様に迷惑をかける生き方しかできない道を選ぶのであれば死になさい。

 せめて最期くらいは人の迷惑にならないように、街の裏側でヒッソリと・・・ね」

 

 私は彼ら“だった物の山”に背を向けて歩き去ろうとして思い留まりました。

 他の人たちにとってはともかくとして、私にとっては死んでからが“役に立ってくれる本番”になった方々に一言お礼ぐらいは言っておくのが人の道かなーと思ったからです。

 

 

「・・・生きてる間は害にしかなれずとも、死んでからは少なくとも私の役には立ってくれそうですし、仏様だか神様だかがこの世界にいたら生前の罪を裁くときに罰を軽減してもらえるかもしれません。ご冥福をお祈りさせていただきます。さようなら。ナーメンダブツ」

 

 適当なお経モドキ(虚覚えのを唱えるなんて本場の方に失礼ですからね)を唱えてから、ようやく去っていく私。

 

 彼らの死体の上にはこう書いておきました。

 

 

 

『私はお前たちに何もしない。

 だからお前たちも私に何もしようとしてくるな』

 

 

 

 ・・・・・・関係ないですけど、『HUNTER×HUNTER』で一番かっこいいのは幻影旅団のマチさんだと私は信じてます。

 

つづく

 

 

次回予告「ボリスさん真登場回」

「おっと、待ちな嬢ちゃん警備隊だ。その物騒なブツをこっちに渡してもらおうか。大人しくしてくれりゃあ、こっちも何もしねぇで引き下がるぜ? 職務果たしに来ただけなんだからな」

「・・・念のために言っておきますけど今殺したのは正当防衛で、私は市長さんから特権を・・・」

「知ってるよ」

「?」

「上が政治的な理由で何を決めようとも、現場には現場の守らなきゃいけねぇルールってもんがある。俺たちの住む街で余所者のルールは通させねぇ。ここは俺たちのルールが支配する街なんだ。郷に入っては郷に従いな」

「・・・なるほど。では、まず貴方から郷にいては郷に従って『頂きましょう』・・・」

「!?」

「あなたは武器を向けて脅迫してきた。『従わなければ撃つ』と言ってね。最後通牒はあなた自身の口から放たれた・・・降伏するか、交戦するかの二者択一の選択肢をね。

 お分かりですか? ここはもう・・・戦争のルールが支配する戦場に変貌させられてしまったのですよ? あなた自身がそう決めたんですから戦争責任を取りなさい」



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長門有希ちゃんの憂鬱

以前に思い付いたけど書かなかった作品を書いてみたシリーズ、第何作目か覚えていませんが何作目かの作品です。

今回のは『長門有希ちゃんの消失』と『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』のコラボ作品です。
『ハルヒちゃん』の有希の性格した『有希ちゃん』の有希が主役です。ややこしい!

・・・本当は交通事故で原作に近くなった有希が主役の『有希ちゃん』がやりたかったんですが・・・タイトルが思いつかなくて一先ずはこちらを先に書いて出した次第です。
出来ますなら記憶整理中の夢に過ぎない有希が主役の『有希ちゃん』二次創作にタイトル案を頂きたいですー!(ToT)/~~~


 五月半ば、市立図書館。初めてだったので貸し出しカードというものの存在自体を知らなかった私の前に、

 

「ったく・・・しゃーねーな!」

「おい、本貸せ。貸し出しカードだろ? 俺が作ってきてやるよ」

 

 その人は・・・・・・現れた。

 

「ありがとう・・・」

「・・・でも、18禁ゲームの攻略本だけど大丈夫?」

 

「うん、ごめん。やっぱり付いてきてもらえます? 俺一人で行くと絶対誤解されちゃうと思うから。ーーてゆーか、おい市立図書館! 市の税金使ってなんてモンを買ってやがるテメェッ!!」

 

 ーーーこうして。

 

 私は彼と出会ったーーー。

 

 

 

 

 時は進み数ヶ月後の十二月、放課後の北高。

 

 ガララ。

 

「失礼しまーす。・・・あれー? 寝てるみたい。まったくあの子は・・・」

 

 放課後なので部活動の活動時間になったため、幼馴染みの朝倉さんが迎えに着てくれたんですけど、今日も長門さんはオネムで夢の中でした。

 

「ホントだな」

 

 苦笑しながら首肯を返すのはキョンくん。本名不明な長門さんの部活仲間にして初恋の少年。性格は恋愛ものの世界観で主人公属性なのに『スゴくいい子』な心優しい男の子です。

 

「ごめん、キョン君。ちょっと待ってて、起こしてくる。痛い方法で☆」

「普通に起こしてやれよ・・・」

「ダメよ! 甘やかすのはあの子のためにならないわ! ーー昨日も『鉄ゲー三日目超過。でも頑張る・・・』とか言いながら四日以上寝てないんですからね!?

 こんなところで昼寝するぐらいなら自宅の部屋でちゃんと寝た方が、健康的にも絶対いい!」

「お、おお。さすがは朝倉母さん・・・主婦力だじゃなくて知識もスゴいんだな・・・」

「じゃあ行ってくるわね。ーーあと、母さん言うな」

 

 毎度のやりとりを交わしあってから朝倉さんはツカツカと言うかズカズカと言うべきなのか判定に迷う足取りで近づき、長門さんの後頭部に・・・・・・

 

「ーーえいっ! つむじっ!!!」

 

 ドカン!と、チョップ叩き込んで起こしてあげました!

 

「・・・っ!? ・・・・・・に、にゃあっ?」

「いや、長門。別にシチュエーションがそれっぽいからって、ギャルゲーヒロインの真似しなくてもいいシチュエーションだったと思うぞ俺は」

 

 長門さんはゲーマーなので、『萌え』にこだわりを持っています。『部活が始まる時間なのに遅いな部長、ちょっと見に行こうか?あれ寝てるし・・・』な、イベントを普通にスルーするなど有り得ません。彼女のキャラに関わりますから!

 

「うん、長門。おまえがキャラ性だと思ってるソレはたぶん違うものだから、見直しといた方が絶対いいと俺は思うぞ」

 

 キョンからツッコまれましたが、やめません。ゲーマーにとって自分の趣味を貫き通すことだけが世界で唯一のジャスティスだから!

 

「バカなこと思ってないで、早く起きてください。部活の時間ですよ? お姫様」

「うう・・・痛い・・・身長止まったらあなたのせい・・・」

「じゃあ止まる方向で♪ 長門さんは小さい方がかわいいですし」

 

 笑顔で断じて反論を封じる、子育てベテラン主婦の朝倉さん。バージンとは違うのだよ、バージンとは! ・・・いえ、朝倉さんもしょーーいいえぇ! なんでもないですよ! 忘れてください!by朝倉涼子

 

「じゃあ、胸の成長止まって合法ロリ属性を獲得したら、あなたのせい」

「それは長門さん自身の責任です。大きくしたいんだったら『ゲームやる時間が勿体ないから』って理由で、偏食するのはやめなさい。夜食とか間食もダメです。あと、それから夜も寝なさい。

 寝ないでゲームしてバランス悪い食生活ばかり送っているから、いつまで経っても体が大きく育たないんです。それぐらいなら朝昼晩と決まった時間にキチンと食べた方が体の発育には絶対いいんですからね。

 大きい胸がうらやましいと思うんでしたら、キチンと食べて寝ること。い・い・で・す・ね?」

「・・・・・・(ぷくー)」

 

 襟首つかまれて引っ張られながら部室まで移動させられ中の長門さん。不機嫌そうに頬を膨らませて無言の反抗です。高校二年生の長門さんは反抗期。

 

 そうして、反抗期の学生でゲーマーで、腐ったミカンじゃないけど脳は少しだけ腐り気味な今日この頃の長門さんに差し伸べられる王子様からの優しい手。

 

「よっ、長門。大丈夫か? ほら、手を貸せよ。立ち上がるの手伝ってやるからさ」

「!! ・・・・・・」

 

 さわやか笑顔の、半端だけど割とイケメンな初恋相手から差し伸べられた手のひらが持つ攻撃力は絶大です。長門さんの乙女心MPは大ダメージを与えられてしまった。

 

「・・・ここは『お持ち帰りされる』ところ? それとも『赤面して恥じらいながら震える手を伸ばす』ところ?」

「うん、よく分からんけど後者の方で。18歳以下の学生にはやっちゃいけないゲームみたいな選択肢は選べない」

「と言うより、自分で言ってしまってる時点でいろいろ台無しなんじゃないかしらね。年齢制限はキチンと守る健全な学生の朝倉さんにはよく分からない会話でしたけど」

 

 朝倉さんは策士だった。そして、微妙にあざとかった。

 

「さて・・・ありゃ? もうこんな時間。私もう帰らなきゃ」

「? 部室には行かないの?」

「うん、ごめんなさい。ちょっと用事があるんです。

 あ、でも夕食はちゃんと作りに行きますから大丈夫ですよ?」

 

 実は部室で「本当に、部長は部長のくせに役立たずですねー」とか、部員に言われてみたい長門さんは少しだけ残念そうに呼び止めましたが、ゲームやらない朝倉さんには通じませんでした。

 代わりにスマイル100%のいい笑顔で片手を掲げて「行ってきます!」のポーズを見せてくれましたので、これはこれで!(グッジョブ!)

 

 

「じゃあ私、行きますねっ。いざ夕食の材料ゲッツ!!」

 

((今日は特売日なのかなー?))

 

 

 パアァァァァッと、輝かんばかりの笑顔を実際に後光背負って背景を煌めかせながらルンルンスキップで去っていってしまった朝倉さん。残されたキョン君としては感想を言っていいのか悩ましいです。

 

 対する長門さんはと言うと。

 

「世話焼き幼馴染みはすばらしい」

「本来、男が言わないといけないセリフを言ってくれて、ありがとう長門。でも、もう少しだけでも恥じらいは持とうぜ? 女としてと言うか、結構かわいい女子高生として」

「かわっ・・・!?」

 

 ここでデレるか長門ちゃん・・・タイミング外しすぎてると思うぜぇぇぇっ!!(byラブコメの神様)

 

 

 

「ふう・・・ようやく部室に着いたぜ。なんか部活動の時間になってから随分とかかっちまった気がするなぁ。時計見るとほとんど経過していないってのに不思議なもんだぜ」

「・・・それがラブコメ時空の七不思議(ぽそっ)」

「あ? すまん、よく聞こえなかった。なんか言ってたのか長門?」

「・・・・・・別に(かぁ~~~)」

「??? まぁいいや。じゃあ部活始めるか」

「・・・うん」

 

 こうして、ごく普通のゲーマー女子高生『長門有希ちゃん』が部長を務める文芸部を舞台にした部員のキョン君と朝倉さんたちによる愉快で楽しい、ごくごく普通だけどちょっとだけ普通じゃない恋の物語が幕を上げました。

 

 果たして有希ちゃんは生まれて初めて意識した男の子であるキョン君に、学校を卒業するより先に告白することが出来るのでしょうか?

 すべては有希ちゃんの勇気と心がけ次第で決めることが出来る未来の結末ですーー。

 

 

 

 

『いやぁ、だめぇ! もうイっちゃうーっ!!』

「ぶほっ!? 長門! ヘッドフォン付け忘れてるぞヘッドフォン! ほら、この前俺がプレゼントしたウサギ耳の奴!」

「・・・あ、忘れてた。生で視聴しながらプレイするのは家に帰ってからにする予定だったのに・・・」

「家でやってんの!? いつ行っても朝倉がいる長門の自宅でこれ音だしながらプレイしてんの!?」

「・・・大丈夫、問題ない。最近では監視の目もだいぶ薄くなってきてるから、少しだけなら大丈夫。イケる。

 ――興味深いゲームは、ヘッドフォンをかけずに生で聞きながらプレイするべき・・・」

「いかにも失敗する人の思考法だ!」

 

注:後ほど朝倉さんの罠にかかった長門さんは、コッテリ絞られて三日間のゲーム断ちを約束させられましたとさ。(そして一日半後に破りました)

 

 

 

登場人物

 長門有希ちゃん

 ふつうの地球人でゲーマーでオタクなインドア女子高生。サブカルチャー全般が趣味。キョンのことが好き。でも、その割にはテレたりとかの描写が少ない。

 何か考えてるようには見えないし、実際ゲームのことしか考えていない。あとキョンのことを考えながらプレイしてる。主に18禁のいけないゲームを。

 

 朝倉涼子

 長門さんの幼馴染みで同じマンションに住んでいて部屋も近い。ただし一年のほとんどの時間を長門家で過ごしてる。長門さんちで長門さんを監視しながら餌付けして飼ってます。

 ゲームでダメにならないよう長門さんの生活を管理するのが趣味になってきてる専業お母さん。

 

 キョン

 原作では長門の相手役。今作でも長門の相手役。その割には影が薄いけどね・・・。

 『有希ちゃんの消失』に出てくる彼は恋愛ものの男キャラとして完璧すぎるほど完璧な人格と価値基準を併せ持った完璧超人でしたと、絶賛したくなるほど恋愛作品世界には理想的すぎるキャラでしたので今作世界だと基本ツッコミを担当する苦労人にならざるを得ません。

 カオスな世界で常識人は、ひたすら苦労を強いられる宿命を背負わされた存在なのですよ。



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やはり俺の青春ラブコメはひねくれている。俗

「やはり俺は捻くれている」を原作崩壊系にして1話目だけ書き直してみました。新シリーズという訳ではないですのでお間違いなきように。

本当は『やはり俺の青春ラブコメは凄くひねくれている。』にしようかと思ってたんですけど・・・「続」が再放送中でしたので折角なので便乗してみました(あざとい)
「俗」の字を選んだのは「俗っぽい=現物主義」そんな感じに八幡の性格を変えてあるからですので、原作原理主義なファンの方々はお控えくださいませ。


「高校生活を振り返って」2年F組 比企谷八幡

 青春とは嘘であり、悪である。

 青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺き、自らを取り巻く環境を肯定的に捉える。

 彼らは青春の二文字の前まらば、どんな一般的な解釈も社会通念もねじ曲げて見せる。彼らにかかれば、嘘も秘密も罪科も失敗さえも青春のスパイスでしかないのだ。全ては彼らのご都合主義でしかない。

 結論を言おう。

 青春を楽しむ愚か者どもーー砕け散れ

 

 

 ・・・・・・いや、間違いだ。くだされる評価を意識して己が本音を偽り、思っていることを綺麗なだけの美辞麗句で飾りたてて書き連ねるのは褒められたことでは決してない。故に書き直そう。2ページ目に続く。

 

 

「高校生活を振り返って 続」2年F組 比企谷八幡

 自分たちにとって都合がいいだけの青春とは虚構であり、罪悪である。

 偽りの青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺いているつもりで、自らもまた欺かれている事実からは目を逸らし、周囲の環境の全てを肯定的に捉えるために金メッキされた真実とやらに群れ集いたがる。

 彼らは青春という二文字で脚色してやれば、どんな一般的な解釈も社会通念をねじ曲げる様な思想であっても拍手喝采して迎え入れる。彼らにかかれば嘘も失敗も罪科さえも「青春のスパイス」と表現してやれば納得してしまえるのだ。全ては彼らのご都合主義でしかない故に。

 それらを踏まえた上で結論を言おう。

 誰かによって作られた青春を謳歌せし愚か者ども。ーーお前たちは偽物の青春を喜んで綺麗に磨き立て続けている、ただの普通で平凡な存在自体が・・・・・・偽物でしかない。

 

 

 

 

 ーー国語教師の平塚静先生は額に青筋を立てながら、俺の作文を大声で読み上げた。

 

 こうして聞かされてみても、自分が昨日熟考して書いた直筆の作文であるため、何らの感慨も沸きようがない。むしろ、どう言う反応を求められているのかと対応に窮してしまう。

 

『生徒に書かせて提出させた作文を他の先生たちが聞いているところで読み上げるとは何事か!』と苦情を言うべきだろうか? それとも『すいませ~ん、平に平にー』と平身低頭して罪を詫び、どこまでも下手に出て許しを乞えばよいのだろうか?

 

 ・・・どっちも違っている気しかしないから、まぁ外れなんだろうどっちも。

 

 だから俺は平々凡々で芸のない事この上ない対応ながらも、「はぁ」と曖昧な一言を声に出すしかない。英語で言うと「AH」。

 

「・・・砕け散るのは君の方だし、偽物でしかないのも君が書いた1ページ目の作文の方だろう・・・。なんだコレ? どうしてこうなった?」

「はぁ。どうしてと聞かれましてもね・・・」

 

 ようやく質問されたので対応を返答へと変更。思ったことを素直に言おう。

 

「・・・先生が『高校生活を振り返って』と言うテーマで作文を書かせ、提出するように言われたからだとお思いますが?」

 

 嘘偽りない本音で答えたら、なぜだか平塚先生にため息をかれて、悩ましげに髪をかきあげられてしまった。俺の選択した対応が間違っていたのだろうか? それとも嘘で答えた方が真面目に対応してもらえるかもしれなかった世の中の方が間違っているのだろうか? ーーいや、間違ってる物同士を並べて「どっちが本物?」も何もないか。

 

「真面目に聞け」

「はあ」

 

 意訳:「私の性格に合わせた返事をしろ」。・・・なるほど、日本語は底が深いように見えて浅いな。

 

「君の目はあれだな、腐った魚の目のようだな」

「そんなにDHA豊富そうに見えますか? 賢そうッスね。ちなみに俺の成績は国語系が学年三位で、理数系は下から二番目です。どうせ出来ないと見限ってますから」

 

 ひくっと平塚先生の口角が吊り上がり、ギロリと人でも殺したそうな目つきで睨まれてしまう。だれか助けて~、犯される~。

 

「比企谷。先ほどからの対応への処罰はひとまず置くとして、この舐めた作文は何だ? 一応言い訳ぐらいは聞いてやる」

「言い訳?」

 

 美人な先生からこういう目をして睨みつけられるとスゲー怖いのだが、今の発言は捨ておけない。きちんと誤解は解いておくべきだろう。誤解されても構わないつもりで言った言葉ではないのだから尚更だ。

 

「俺は先生に言われたとおり、今までの高校生活を振り返ってみて思った感想を嘘偽りなく素直に書いただけです。自分で命じて書かせた作文の内容が、自分の望んでいた物とかけ離れていたからと言って相手のせいにするのはフェアじゃないと思います。

 もし、自分の望まれた作文を書いて提出して欲しかったんでしたら模範解答の作文原案を見せてから書かせてください。そうしたら俺も先生に不快な思いをさせるまでもなく、望まれたとおりの作文を書いて提出してましたよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 相手は俺の返答を聞いてパクパクと何度か口を開閉してから「・・・コホン」と咳をひとつ付き。

 

「小僧、屁理屈を言うな」

 

 と、らしくもない一般論を口にしてきた。

 基本的に一般論が組み入れられた説教は聞くだけ時間の無駄である。

 

 相手に自分の考えを伝えるために行っている説教中に、誰にでも言える一般論を口にすることで自分の何が伝わるというのか? 何も伝わってこない。ただ「あー・・・こいつオレと真面目に話す気ないんだな~」と思ってしまって急速に面倒くさい感が増すだけなのだ。よい子のお父さん、お母さんたちは間違っても一般論で子供を諭そうとするバカな親にはなろうとしないように。

 

「真面目に聞け」

「はい、すいません。書き直します」

 

 再び同じ言葉で怒られてしまったが、今回は俺も真面目に聞く気がなくなりかけてたから間違ったことは言われていない。一応謝っとこう。

 

 が、しかし。平塚先生には満足いただけなかったご様子。頭をガシガシかきながら不満そうな表情を今なお崩そうとはしない。

 

「私はな、怒っているわけじゃないんだ」

 

 ・・・・・・あー、出た。出たよこれ。面倒くせぇパターンが。「怒らないから言ってごらん?」と同じパターンだよ。そう言って怒らなかった人を今まで見たことがない。

 

「では、どう思っているのかハッキリと仰ってください。言ってくれないと分かりません。

 言われなくても分かるほど、俺と先生の仲は親しくないですし積み重ねもありませんから」

 

 ギョッとしたように振り返って、俺の顔をあわてて見つめてくる平塚先生の眼を、俺は先生自身が言うところの『腐った魚の目』で見つめ返す。

 

 そして思う。

 何を驚いているんだろう。考えるまでもなく当たり前の理屈じゃないかーーと。

 

 

 言わなきゃわからないって言うのは傲慢だと、俺は思う。言われるまで相手が何を言ってくるのか分からないのに『言われたら分かってもらえる可能性』を餌にして、今の現実的恐怖と戦っている相手に決断を強いる言葉だからだ。

 都合のいい可能性だけを示唆して行動を迫るのは詐欺の手法だろう。コレを言う発言者たちは、可能性に信憑性を持たせるために実績を示すという常識を知らないのだろうか?

 

 言ってもらえたら分かるかもしれないが、言われても分からないかもしれない。言ったら怒るかもしれない。どれになるのか自分自身にも不明瞭な未来の可能性を信じてもらうには『積み重ね』以外の手段は人間に存在していない。

 

 

 ーー後は、金で保証するとかもあるけど生徒が先生にコレ言っちゃマズいから言わないことにしておく。冗談で言ったつもりで相手にもそれが伝わっていたとしても、利用価値を見出されたら終わりだからな。言質を取られてるぶん反論できん。

 

 

 

「俺には先生がどういうつもりで俺をここに呼びだして、今どんな気持ちでいるのか分かりませんし、分かりたいとも思いません。分かるために努力したくなるほど親しくもなければ好きでもないからです。ーーだからって、嫌いでもないですけどね。その程度です。少なくとも今は」

「・・・・・・・・・」

 

 ポカーンとした間抜け面を晒しながら呆然と俺の顔を見上げっぱなしの平塚先生。

 やがて彼女は「・・・調子狂うな・・・だから友達がいそうにないのか・・・」と失礼極まる独り言をつぶやいてくる。

 

 失礼な、友達ぐらい居ますとも! 二次元に!

 ・・・いや、本当。最近のゲームって出来いいんだよね? 思わず「これだったら現実の女の子もういらなくね?」とか思い始めて慌てて首振るぐらいには。

 

 

「・・・よし、わかった。こうしよう。レポートは書き直せ」

「はい。ーー今度は模範解答を見せてもらってですか?」

「ある訳ないに決まっているだろう!? ・・・こほん。だが、しかし。君の心ない言葉や態度が私の心を傷つけたことは確かだ。なのでーー」

「ああ、さっきの『怒ってるわけじゃない』って言うのは『傷ついてる』って意味だったんですか。ーー意訳する難易度が高すぎるでしょう、どう考えても。ヒントぐらいは出しといてくださいよ」

「なので! 君には奉仕活動を命じる。罪には罰を与えないとな」

 

 とても傷ついてるとは思えないほどに威勢よく、むしろ普段よりも元気じゃねぇかってくらい平塚先生は嬉々としてそう言った。

 

 そういえば「嬉々として」って言葉は「乳として」と語感が似てる気がするなぁ・・・とブラウスを押し上げている先生の胸元に目を向けながら思いつつ、現実的な疑問についても聞くだけ聞いておく。

 

「信賞必罰でいくなら罪には罰だけじゃなくて、功には報償を持って報いてあげないとダメなんですけど・・・出来ますか? 平塚先生に」

「どこ見ながら言ってきてるんだ!? このマセガキ!!」

「いや、目の前で揺らしまくられたら目は行きますよそりゃ。男の子ですもん。

 生理的欲求なんですから、文句があるなら俺を男に生んだ母さんか父さんに言ってきてください。親と遺伝子の都合で男に生まれただけの俺にはどうすることも出来ないんでね」

 

 肩をすくめながら言ってのけると相手は「ぐぬぬぬ・・・」と、なぜだか凄い形相で睨んでこられた。なんでだよ。

 

「ところで・・・奉仕活動って何すればいいんですか? 昨今の世相だと活動中に俺が倒れたりした場合には先生の責任追及してくる連中が、学校中にウジャウジャ沸いてきそうな気がするんですけども」

「・・・イヤな未来予想してくるな、お前。心配せんでもグラウンドで草毟りとか、使ってない美術部倉庫の整理とかじゃないから安心してついてきたまえ」



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言霊法少女バトル作品・・・?

昨晩に「ナースウィッチ小麦ちゃん」見てたら書きたくなったのを朝まで書いてたので出しときます。寝不足で描いた作品ですので内容は期待しないでくださいませ。


 ある所に魔法界という、魔法が実在するファンタジー世界がありました。

 ある日、その世界の牢屋から悪の魔法使いが逃げだし、地球へと逃亡してしまいました。

 責任とって辞任を迫られて困った魔法界の女王様は、腹心のヒューベーに悪の魔法使い捕縛の密命を出しました。

 ですが、魔法界の者が地球で魔法を使ってしまうと自分が命令を出したことがバレてしまうのを恐れてもいました。

 そこで女王様は、地球の人間に魔法の力を与えて『自衛』の名目で悪の魔法使いを倒させ漁夫の利を掠め取れるようにと、ヒューベーに魔法のステッキを託しました。

 給料減らすと脅されてイヤイヤ地球にやってきたヒューベーは、『見た目がソレっぽいから』と言う理由だけで会ったばかりの現地人少女セレニアに魔法のステッキを与えて魔法少女にしてしまいました。

 頼まれたら理屈をこねるけど断ることはあまり無いセレニアは、グダグダ言った後で了承してしまいました。

 

 と、言うわけで不本意ながらも正義の味方になった魔法少女セレニアと、女王様に責任取らせる方が先だと主張する悪の魔法少女セレニアが分裂して誕生したのでした。

 

 

「ーーえっ!? ちょっと待って! ボク最後の奴、知らないし聞いてないよ!?」

「まぁ、自分の思惑通りに進んでいると嘲ってる人に限って足下で起きてる火事には気づかないものですからねぇ」

 

 

 

 キーン、コーン、カーン、コーン・・・・・・。

 学校がある方角から、朝の授業開始を告げる予鈴が鳴り響いてきます。

 

「うおーっ!? やばいやばいやばい! 遅刻遅刻ぅぅぅぅっ!! 遅刻するーっ!」

 

 猛烈な速度と勢いで丘の上にある学校の『私立丘の上高等学校』の校門へと続く坂道を、全力疾走しながら駆け上がっていく一人の女の子がおりました。

 茶色の長い髪をポニーテールにした、セーラー服姿の貧乳美少女です。食パンを口にくわえ、足下にはローファーではなくローラースケートを履いてる辺りに昭和を感じさせてくれる今時珍しい絶滅危惧種に指定されている熱血感なスポーツ少女でした。

 

 

 その彼女が誰もいなくなった校門へ飛び込んで行くところを窓から見下ろし、ため息をつく一人の少女がおりました。

 

 はたして、脱ぐのにも履くのにも下駄箱に入れる工夫にまで時間のかかるローラースケートから上履きへと履き替えて教室に到着するまで後何分かかることでしょう・・・?

 

 そんな事を考えながら朝のHRをきちんと聞いている彼女の名前は異住セレニア。

 独日クォーターでオッパイのでかい(でも背はちっちゃい)ロリ巨乳な無表情系美少女でした。

 なんかさっきのスポーツ少女よりも、お約束要素が多い気がしますよね。だからこそスポーツ少女ではなく、セレニアの方が魔法少女に選ばれた訳なのですが。

 

 そんなこんなで自分の幼馴染みが到着するのを今か今かとボンヤリしながら待っていると教室の扉が開き、スポーツ少女が飛び込んできて右手で額の汗をぬぐい「ふーっ」とか言いながらお約束セリフを口にします。

 

 

「よーし、間に合ったーっ! ギリギリセーーーッフ!!」

「アウトに決まってんだろうが! フェアプレイ心がけろよラフプレイヤーーっ!!」

「ぎゃふぅぅぅぅぅっっ!!??」

 

 

 そして、強面の先生による顔面ストレートにより敢え無くリング外(教室の外)へと退場させられてしまいました。

 先生も後を追って教室の外へ出て、問題児生徒とサシで向き合います。

 

「ひ、ヒドいじゃないですか先生! 生徒に暴力振るうなんて今時の教師には許されない違法行為だってこと知らないんですか!? 訴えますよ! そして勝ちますよ! 正義は必ず悪に勝つものなんですからね!!」

「ほう、そうか。なるほどそうか。だったらお前がこの前窓ガラス壊した器物破損も悪と言うことで訴えて裁かれちまってもいいんだよな?」

「う。あ、あれはその~・・・男子が私に掃除当番押しつけてサボろうという悪を犯そうとしたから仕方なく・・・」

「そうか。確かにそうだったな間違いなく。

 それで怒ったお前に殴られて前歯折られて保健室送りになった奴が一人、殴り飛ばされて壁に当たって辺り所が悪かったから骨にヒビ入れられた奴が一人、巻き込まれて怪我して転んで保健室いくことになった女生徒が三人もでる大惨事になったんだったよな確か。あのときは苦労させられたから、よーく覚えているわ」

「う・・・ぐ・・・。あ、あれは正義のために高めたパワーが使いこなせていなかったから起きた事故であって、コントロールできるようになった今なら問題なく使いこなせてたんですよ・・・」

「んなこと言い出したら正義のヒーローはみんな、パワーアップする度に大惨事引き起こす傍迷惑野郎になっちまうじゃねぇか。ショボい悪事しかしない悪の怪人被害のほうがよっぽど良心的で地球に優しい良い奴らになっちまうじゃねぇかよ」

 

 強面ですが、先生は勧善懲悪ものが好きな良い人でした。校則を守る子には決して暴力を振るおうとはしませんし、言えば分かる子に手を上げるなど以ての外。言う前から決めつける教師なんて無能の極みだと公言してはばからない、社会からは批判されてる側の人です。だからこそ公立校に入られなくなって私立の学校に転職した元地方公務員な御仁です。

 

 モットーは「子供の人生左右できちまう教師が保身優先してどうすんだよ、アホか」

 

「先生! 先生は私の大好きな正義のヒーローをバカにしてるのかよ!? いくら教師だからって言って良いことと悪いことがあるんだぞ!!」

「俺がバカにしたのはお前であって、会ったこともない正義のなんちゃらのことは知らん。正義とかヒーローとか、自分以外の赤の他人に責任押しつけて問題を有耶無耶にしようとしてんじゃねぇ」

 

 普段であるなら、言っても聞かない生徒だろうとグーパンチまではしない先生なのですが、彼女だけは例外です。一切の遠慮も配慮もする気が起きない最低最悪のクズ野郎少女だからです。

 

「くそぅっ! 大人はいつもこうだ! 私たち子供の言い分には耳も貸さずに「子供が言ったことだから」って理由だけで屁理屈扱いして決めつけようとする! そんな大人になっちまった奴らは、腐ったミカンになるのと同じじゃねぇか!」

「だったらまずは金持ちな親の寄付金で誤魔化されてるテメェの犯罪行為にケジメ付けてこいやクソボケぇっ!!!

 私立だから校長なんてお飾りな上に金で大抵は隠蔽できちまうけど、限界だってあるんだぞ!? 元代議士先生の祖父に可愛がられていたってなぁ・・・与党が落ち目になってきてる今の時代じゃ長続きしない勝手気ままなワガママなんだといい加減自覚して出直してこいやこんクソガキャャャッッ!!!」

 

 ゲシィィィッッ!!

 

「ひぎぃっ!?」

 

 ケツ蹴っ飛ばされて校門から放り出されたスポーツ少女は、痛みと屈辱のあまり涙を流し悲鳴を上げる。

 そして、(胸と違ってデカい)お尻をさすりながら恨みがましい視線で先生の顔を見上げながら捨て台詞を言ってやろうと口を開き。

 

「ちくしょう! 覚えてやがーー」

「ケツでも冷やして反省しろ! ケツだけ大人の迷惑ガキ!!」

 

 バタン!!

 

 言い終わる前に扉を閉められてしまい、振り上げた拳の下ろし所が見つからずにオロオロし始めてしまいました。

 

 

 ・・・一連の情景を眺め見下ろしながらセレニアは再びため息をつきます。

 大した仲が良かった時代はないけど、小学校時代から同じ学校に通っているご近所様の幼馴染みの少女がさらした醜態に、子供の頃から全く変わらない迷惑な人だなと思いながら・・・。

 

 

 ですが。

 

 

「ーーあの人って、悪の魔法使いに目を付けられやすそうな性格してるから、放ってもおけないんですよねー。一応は正義の魔法少女役を引き受けてしまった者として」

 

 

 

 

「ちぇっ。なんだよ、あの先生・・・悪い奴らを懲らしめるために戦ったんだから、少しぐらい大目に見てくれてもいいだろうに・・・」

 

 セレニアが懸念したとおりと言うか案の定というべきなのか、果また単なるお約束展開に過ぎぬのか。ブツクサ言いながら路地裏を歩いていたスポーツ少女の前に一人の黒尽くめな大男が立ち塞がります。

 

「・・・なに? アンタあたしと闘ろうって言うの? 言っとくけどあたしは空手黒帯だから試合会場以外でつかわないなんて軟弱なことは言わない。やるからには何時でもどこでも全力全開バトルしかする気はないんだ。

 ちょうどムシャクシャしてるってのもあるし、手加減できなくて怪我させやっても知らないよ?」

「・・・・・・(スッと構えをとる男)」

「・・・オーライ。そう言うのは嫌いじゃない。望むところさ。でも、覚悟しときなよ?

 あたしに本気を出させちゃったら、どうなっても知らないよぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 ーー五分後。

 

 

「ーーちくしょう! 負けたなんて認めないからな! 絶対、絶対認めてやらないからな! あたしは強いんだ! 最強なんだ! 警察が介入してこないんだったら先生なんて問題なく一発KOしちまえるぐらい強い女なんだ! お前なんかに負けて堪るか!

 あたしは強い! あたしは強い! あたしは強い!

 あたしはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

 強いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!!」

 

 

《すばらしい願望だな、少女よ。その願い、我が叶えて見せようぞ》

 

 

「・・・へ?」

 

《我は悪の魔法使いアスモデ。あらゆる自由と欲望と願望と願いを肯定せし者。神を気取って他者を見下す魔法界の偽善者どもにより封印された存在・・・強く願い、求めた者の願いを叶えてやるが我が使命。力を貸そうぞーーー》

 

 

「な、なんだ? 体の奥から力がわき上がってき・・・・・・う、おおおおおおっっ!?」

 

 

《喜ぶがいい、少女よ。汝の願いは、今ようやく成就された》

 

 

「私は正義を愛し! 平和を慈しみながらも悪と戦う正義の使者!

 その名も炎の魔法少女戦士《ジャスティス・アスカ》!!

 この町の平和は私が守る! 私が決める!

 私の拳が悪を倒して正義を貫き平和を守るんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・こうして悪の魔法使いの手により独善的な正義の戦士が作り出されていた頃、どこか遠い空の下で《台頭した敵勢力》の存在を察知していました。

 

 

「・・・他力本願な保身主義者の誕生を感知しました。本命ではないようですが、見過ごすのも癪ですからね。殲滅に向かうといたしましょう」

 

 黒い軍服にミニスカートというミリタリー・ファンシーなコスチュームを身にまとった銀髪ロリ巨乳な魔法少女は甲板上で舵を切り、飛行船の進路を日本の地方都市へと変更しながら肩に乗せたマスコット魔法生物に話しかけられます。

 

「いいのかい、セレニアちゃん? その場所には君のオリジナルがいるみたいだよ。オリジナルを倒したら贋作でしかない君も消滅して消えて無くなるというのに、使命によって縛られた存在というのは律儀なことだねぇ。くふふ~♪」

 

 かわいらしい声と表情で悪意たっぷりに毒を吐いてくる相方をチラリと見下ろし、もう一人のセレニアちゃんは無言のままです。

 

「それとも君なりに魔法界からの依頼を受けたオリジナルに言いたいことでもあるのかな? それとも恋しいのかな? 元に戻りたいのかな? あるいはオリジナルと入れ替わって自分こそが本物に・・・・・・ふげごほっ!?」

「無駄なおしゃべりをしてないで、ちゃんと働きなさい。役立たずで穀潰しの魔法生物さん。甲板の掃除でも外壁の掃除でもやれることは沢山あるでしょう?」

「げほっ、ごほっ・・・だ、だってこの飛行船は君が魔法で作り出した君の記憶にある印象深かった架空の存在でしかないんだから、掃除なんかしなくても汚れは落とせーー」

「それはそれ、これはこれです。働いてる人の隣で悪口雑言並べ立てるしか脳のない生き物は、人だろうと動物だろうと神様だろうと私は好きになれません。働きなさい。これは艦長命令です」

「で、でもでも! ボクはこれでも女王様を排斥して政権を奪い取りたい王女様から密命を受けて派遣されてきた密使で! 貴族で! 魔法界の重要人物で!」

 

 ガチャコン。

 

「貴族の誇りを守って撃たれて死にますか? それとも貴族としての無駄な誇りを捨てて、平民のごとく生きるために働きますか?」

「・・・・・・・・・生きるためにも働きたいと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 場所は戻って、日本の地方都市にある高等学校。

 鞄の中に隠れ潜んで(コッソリと)付いてきていた魔法界のアニマル生物が顔を出して、ジャスティス・アスカの誕生と襲来による危機の到来を飼い主に伝えていました。

 

 

「セレニアちゃん! 大変だ! 悪の魔法使いがついに自分の腹心に使えそうな魔法少女を手に入れちゃったみたいなんだよ! 急がないと地球が大変なことになっちゃう!

 さぁ、今すぐ変身して悪の勢力と戦おう!」

「・・・・・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~・・・・・・・・・」

「ーーーなんで今の流れで、そんなにも長い溜め息吐いてるのさセレニアちゃん・・・」

「別に・・・」

 

 どうせ悪に選ばれたのは幼馴染みのあの子なんだろうなーとか思いながら、セレニアちゃんが考えてたのは別のことでした。

 

 ーー授業が始まってから二十分以上が経過している今から、怪しまれずに教室出て行くためには、どんな言い訳が存在している・・・?

 

 

(三年前に亡くなったお婆ちゃんは、この前殺したばかりですしバイトは校則で禁止されてます。母が急に倒れたと電話してもらおうにも、その役を担ってくれそうな知り合いに心当たりがありません。

 ・・・この無駄飯ぐらいさんは何も出来ないから論外としても、そろそろ味方の一人ぐらい出てきて欲しい頃合いなんですけどねー)

 

 

 三者三様、それぞれの思いを胸に三人の魔法少女たちは決戦の地である日本の地方都市へ集結しようとしています!

 果たして勝利はどの魔法少女が手にするのでしょうか!? それは戦ってみないと神様ですらご存知ない未来のエンディングだけが知っています!!

 

 

善セレニア「なるほど。つまり『万能なる神など実在しない』と言う、伝統的な神様否定理論というわけですか」

悪セレニア「むしろ、『実在する神は未来にしかいない』とする霧間誠一さん的思想なのでは?」

 

 

 ・・・両方から世界アンチするの、やめてもらえません?

 

 

次回予告!(多分やらないでしょうけどね!)

 

アスカ「燃えろ正義の鉄拳! 《バーニング・ファニックス・パンチ》!!」

 

善・悪セレニア「「魔法生物バリアーです」」

 

魔法生物二匹「「ギャーーーッ!? なんてことすんじゃいチビジャリども!?」」

 

善・悪セレニア「「私ってどちらもモヤシっ子ですから耐久力低いんですよね。ですので代理として戦ってあげる代わりに盾として使われるぐらいは我慢して頂きます」」

 

魔法生物二匹「「アンタらどっちとも鬼だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」」

 

 

 

善セレニア「・・・・・・」

 

悪セレニア「・・・・・・」

 

善セレニア「・・・いや、困りましたね。私たちって出会った場合に戦うべき存在なのでしょうか・・・?」

 

悪セレニア「・・・微妙なところです。貴女の目的は悪の魔法使いを倒すことであり、私の目的は魔法界の女王に責任をとらせることにありますからね・・・目標が別なのに何で戦わなきゃいけないのか説得力のある理由説明がちょっと・・・」

 

善セレニア「『それがお約束だから』だと、最近ちょっと理由として弱くなってきてますからね・・・」

 

善・悪セレニア「「ううぅむ・・・・・・」」

 

魔法生物二匹「「アンタら実はめちゃくちゃ仲良いだろコンチクショーーーっ!!」」



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世界観ガン無視する美少女主人公がファンタジー異世界を征く。

特に意味はないのですが、昨日の晩に昔の王道ファンタジー漫画を読んでたら思いついて書きたくなったので書いてみました。サブタイトルは適当に決めましたのでツッコまないで頂けると助かります。


「む?」

「・・・・・・」

 

 辺境にある『戦士の村』の住人、10歳児のハイド少女は目をパチクリしながら、眼前で動き始めた、先ほど棺の中で眠っていた少女を眺めやる。

 

 見目麗しい少女だ。蒼色をした長い髪と人形めいて整った顔立ちを持つ端正な少女。

 歳は自分よりも幾分か上・・・14、5歳ぐらいだろうか? 年頃の娘として発育が良い方ではないが、村の中でもとりわけ背が低いと評判の自分には顔を見るのに見上げる必要があるほどデカい。デカすぎる。大巨人だ。

 

「ハンマーとか持たせたら似合いそうだと思わないかね?」

「・・・何考えての言葉なのかよく分からないけど、とりあえずあなたの身長を基準に私のことを考えるのはやめてもらえない?」

 

 拒絶する少女の言葉を聞いてハイドは安堵する。

 良かった。言語はしっかり伝わっているようで何よりである。正直なところ棺から出てきて動き出したからゾンビだと思って頭を殴り潰そうとしていたところだったのである。無用な顔無し死体が出来上がらなかったのは幸いだ。これも普段から良い行いをしている自分の手柄だと、ハイドとしては鼻高々になれて嬉しい。

 

「・・・なんだろう、この人間。声に出してないのに、ものすっごく図々しいこと考えてるような気がする・・・」

「おう、汝エスパー少女。あーゆーはうまっち?」

 

 適当すぎる異世界言語はこの世界の人間にも、この世界以外の人間にとっても意味不明。いつの日にかの解読が待たれる。

 

「それより・・・ソレ、あなたが外してくれたの・・・?」

「ソレ? どれのことかね?」

「ソレ・・・その手に持ってる封印の呪符。私の再起動を阻むために神聖アリア王国の神官たちが長い儀式の末にようやく神から授かった貴重なマジックアイテムだった物・・・」

「ああ、なんだ。この黄ばんだ包帯のことかね。なんか汚れていて不衛生っぽく見えたから、薪の燃料にでも使ってしまおうかと思っていたところなのだよ」

「・・・・・・」

「問題は、そこいらに落ちてた木の枝とどっちの方がよく燃えるかで悩んでいたのだが・・・ひょっとして君の大事な物だったのかね? だとしたら申し訳ないことをした。謝罪させてもらおう。すまなかった」

「・・・いい。おかげで私も自由に動けるようになった。感謝している。ーーこれでようやく、約束の地《エディル・ガルド》に赴ける・・・」

「エディー・マーフィー?」

「・・・・・・知らないなら、いい・・・」

 

 またしても飛び出したハイドの適当異世界言語に頭を少しだけ痛めながら、青髪の少女は歩き出して止まるり、周囲を見回してから首を傾げる。 

 

 “自分は確かに長い時間眠り続けていたが・・・さすがに景色が変わりすぎているのではないだろうか?”。そう思ったのだ。

 

 彼女が永い眠りについたとき、それに必要となる機材が敷き詰められた狭い部屋に寝かされていたのだが・・・さすがにこの場所はどこなのかさっぱり分からないし、見当もつかない。一体ここは本当のホントに何処なのだろうか?

 見たところ遺跡跡か神殿跡か、幾何学模様が幾重にも絡み合って描かれまくっている厳かなのか滅茶苦茶なのか、よく分からない場所だ。こんな所に自分を運び込むべき理由は思い当たらないし、普通に考えるなら移送中に何らかの事故がおきて不時着したと考えるのが妥当だろう。

 

 そう思って見上げたところ、遙か彼方の頭上から光が差し込んでいる穴が見えた。おそらくは彼処からここまで落下してきたのだろう。自分の入れられていた棺は封印装置も兼ねていたから落下程度で壊れるはずないのだから。

 

「・・・ねぇ、あなた。助けてもらってばかりで悪いのだけど、もう一つだけいいかしら? ・・・ここって・・・何処、なの・・・?」

「さぁ? 私も知らんし全く分からんな。何しろ私も今来たばかりの場所なのだし」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・沈黙。今度のは長い。非常に長い。今までと違ってハイドの言葉に適当異世界言語は混じってなかったが、混じっていたとき以上に言ってる意味が分からない。

 

「・・・・・・は?」

「なにしろ適当に散歩していて落とし穴に落ち、適当に歩いていった先にあった遺跡の中でレバーを見つけて適当に引いたり押したり殴ったり壊したりしていたら魔法陣が起動して飛ばされてきた身なのでなぁ~。むしろ此処が何処なのか私も聞いてみたいぐらいなのだよ。

 いやはや困った困った、ふはははははははーーっ!!」

「・・・・・・」

 

 誰がどっから見ても困っている人の態度じゃねー・・・。と、少女が思ったかどうかまでは分からない。分からないが、それでも少女には理解できたことがある。

 

 それは、ここが約束の地《エディル・ガルド》ではないと言うこと。

 そして、《エディル・ガルド》ではない場所に自分が止まる理由は何一つ無いということの二つのみ。

 

「ん? どちらかへ行くのかね?」

「ええ。私には行くなくちゃいけない場所があるから・・・」

「そうか。では、気をつけてな。縁があったらまた会おう」

「ええ。・・・さようなら」

 

 きっともう二度と会うことはないだろう・・・そう確信しながら少女は歩き出す。行くべき場所へ、務めを果たすために。

 そのために作られた人形でしかない自分は、其処に行き着くこと以外は考えない・・・。

 

 

 スタスタスタ・・・。

 てくてくてく。

 

 ・・・スタスタスタ。

 てくてくてく。

 

 

 ・・・・・・・・・ピタッ。

 てく?

 

「・・・ねぇ」

「ん?」

「・・・・・・・・・なんで着いてくるの・・・?」

 

 青髪の少女は人形特有の感情が出にくい顔の全面から、不本意さのオーラを発散させることで『着いてくんなオーラの鎧』を纏いながら言葉の槍で刺したつもりだったが、ダメージ量が足りなかったらしい。

 

 ハイドは普通に、

 

「いや、よく見たら道が一本だけしかないようなのでな。どうせ一人で残っていてもやることないし暇だから、一期一会のたとえを引用して着いてくことにしようかと」

「・・・迷惑。すっごい迷惑。だからやめて」

「なるほど。だが、拒否する! なぜなら君が進む先しか道がないからだ! 君が出て行くまで待っていたのでは私が出られるまでに日が暮れてしまうではないか!

 ハッキリ言わせてもらうが青髪の少女よ・・・君はあまりにもスローディー! 遅すぎるのだよ!」

「・・・・・・・・・くっ・・・」

 

 少女は悔しそうに歯噛みする。確かに自分は自動人形ではあっても戦闘用だ。戦闘以外の面では普通の少女とさして変わらぬ身体能力しか持ち合わせないが、それでもモーターをフル回転させればこの程度のダンジョンくらい一瞬で走り抜けられるのである。

 

 ・・・ただし、燃費が悪すぎるのでフル回転した後には、一両日中眠ったままになってしまうのだが。高性能な分、燃費が悪い。機械人形の基本です。

 

「まぁ、無理して私につきあう必要もないから走りたくなったら走ってくれていいし、置いていってくれても別に気にせん。

 遺跡から出たら別方向に進んでもいいし、途中で道が分かれていたらそこで別れるのだって十二分に有りだろう。今無理して決めなくても良いのではないかね? ぶっちゃけこの場で論議しているのが一番時間の無駄だと思うぞ」

「ぐ・・・わかった。じゃあ、それでいい・・・」

 

 なんとなく釈然としないけど、結論自体は間違ってない気がするので青髪の少女は仕方なしに提案を受け入れることにした。ただし、途中で何話しかけてきても無視してやろうと心に決めながらだったけども。

 

 が、しかし。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・」

「・・・」

 

 ・・・意外にも立場をわきまえて黙ったまま着いてくるハイド。正しい対応なのに何だかスゴく理不尽さを感じてしまうのはどうしてだろうか? 造られた人形には理解できません。教えてください、マイ・マスター。

 

「ーーあ」

「・・・なに?」

 

 ついに痺れを切らしたかと、若干期待した少女が足を止め、声を出したハイドの方へと振り返る。

 

「いや、大したことではないのだがね。少しだけ気になることがあったので伝えておこうかと」

「・・・だから、なに?」

「そのまま一歩でも進むと危ないぞ?」

 

 え、と少女がつぶやいた次の瞬間、目の前の床が崩れて老朽化から崩壊。人三人分ほどの大きさを持つ落とし穴が出来てしまっていた。

 

「・・・・・・」

「いや、無事で良かったな青髪の少女よ。私も鍛えて上がるものなのかと不振がられながらであろうとも、勘を鍛える訓練を続けた甲斐があったというものだ。

 うむ、善き哉善き哉。ふははははーっ!」

 

 機嫌良さそうに高笑いするハイド。対して助けられた青髪の少女の思いは複雑である。

 

「私・・・人の手で助けられたくはなかったのに・・・」

「それなら問題ないのではないかね? 今助けたのは手じゃなくて声だったし」

「ぐっ・・・」

 

 屁理屈をと言いたいところだが、その場合は自分が『人の声じゃなくて、手で助けられたこと』を認めてしまうことになり、それはそれでなんかヤだ。

 仕方ないから、其れっぽいこと言って誤魔化そうとして試みる。

 

「人にはそれぞれ役割があって、そのために力を与えられて生まれてくるものでしょう? だとしたらあなたのその力は、もっと相応しいところで生かすべきだと私は思うけど・・・?」

「相応しい場所・・・と言うと何処のことかね? 恥ずかしながら村から殆ど出たこと無い私は地名など殆ど知ってはいないのだが?」

「・・・・・・」

 

 ・・・知りません。だって私、千年以上もの間眠っていた自動人形だから現在世界の地名なんてさっぱり知らないし分かんないもん・・・。

 

「まぁ、役割があって与えられた力だというなら、相応しい場所に着けば自動的に分かるようになっているのだろう、たぶん。其れを感じないと言うことは今この場ではなく、私たちの知る既存の場所でもないと言うことだな。たぶん。

 おそらくだが、其処に着くための旅で使うのであれば無駄にはなるまい、たぶん。神様だか誰だかもきっと許してくれるだろうさ、たぶん」

「・・・『たぶん』ばっかり・・・」

「なにしろ知らないことなのでな。憶測で話しているのだから『たぶん』を付けるのは当然の礼儀と言うものだろう。相手に間違った知識を吹き込んで信じさせてしまった場合にはなんとする?」

「・・・・・・そう、かもしれないけども・・・」

 

 またもや釈然としない少女。何というかこの人間、ものすごーく調子が狂わされるから困って仕方ない。千年前の人間たちはもっと横暴で自分勝手な人たちばかりだったから話しも通じやすかったんだけどなぁー・・・。ーー何となく矛盾を感じさせられて理不尽。

 

「ん?」

「・・・今度はなに? また落とし穴?」

「いや、火薬の臭いだな。どうやらロックオンされてしまったようだぞ? 距離は大体・・・100メートルちょい?」

「え」

 

 自分たちを攻撃しようとしている存在との距離を聞いて、少女は絶句する。

 その距離なら弓矢だと若干難しくとも、『自分たちなら指呼の距離だ』。射程範囲内である。

 

「ーーーっ!!! 危ない! 逃げ・・・・・・っ!」

 

 ーーて。と続けようとした少女の声を、飛来してきたロケット弾の爆発音が掻き消してしまう。

 

「・・・威力ランクCの《エクス・マキナ》による砲撃・・・!」

 

 少女はうめくように声を上げ、ハイドがいたはずの場所を絶望の思いとともに見つめるしかできない己の無力さを心中で詫びた。

 ーー試作品に過ぎなくとも対神造兵器として造られていた物のレプリカだ。その攻撃をまともに受けてしまえば、脆弱な人間の肉体なんて一溜まりも・・・・・・。

 

 

「ちなみにだが、先ほどの穴は君の重みで崩落しただけであって、別に君を落とすことを狙って誰かが掘っておいた穴ではないから、落とし穴という表現は適切ではないと思うぞ?」

「・・・わざわざ人の傷口を抉ってくれるために死なないでいてくれてありがとう・・・。せっかくだから後で殴っていい?」

「はっはっは! 私は何時でも何処でも誰の挑戦でも受ける心構えはすませてあるぞ!」

 

 一溜まりの蟠りもない気持ちの良い笑顔で了承してもらえた。・・・よし、後で絶対ぶっ飛ばす・・・。

 

 

「あらあら、まさか今のを受けて無事だなんて思いもしませんでしたわ♪ いったいどんな手品を使われたのかしら? 大変興味が御座います。よければ売っていただけません? 情報料として100万ガネお支払い致しますことよ?」

 

 バカ丁寧な口調で挑発しながら、小さな襲撃者は笑顔のまま話しかけてきた。

 右手に巨大な大砲を持った黒髪のお嬢様風美少女である。優雅なドレス風の衣装に身を包んでいるが、それに反して漂ってくる気配には炎と硝煙の臭いしか感じられない。

 

「初めてお目にかかりますわ。私の名はマリア・ベル。

 古代文明が生み出した遺産を保護し、人類の進歩と発展に役立てようと言う崇高な志のもと結成された雄志の団体『エンシェント・グレイブ』のメンバーです」

「エンシェント・グレイブ・・・?」

「平たくぶっちゃけちゃいますと、貴女みたいな古代の生体兵器を集めまくって世界征服する戦争起こそうぜー!ひゃっはー!・・・な、組織の一員と言うことでございますですわ♪」

「・・・っ!!」

 

 明るく楽しそうな口調で言い切って見せたマリア・ベルの言葉に、青髪の少女は硬直して顔をこわばらせ、ハイドは不思議そうに小首を傾げる。

 その反応からハイドが何も事情を知らされていないことを察したマリア・ベルは、自らの趣味を満足させるためにも無知な田舎者にたいしてトクトクと解説してやることにした。古代史の授業開始である。

 

「そちらの方はどうやら事情をご存じないようですし、僭越ながらわたくしが解説させていただきますわね?

 ーーそもそもの始まりは遙か古代時代にまで遡ります。そのころの世界には魔法が存在しておらず、機械や科学とも呼ばれている人工の奇跡が当たり前のように世界全土を覆い尽くしておりました。

 ですが、その状態を不遜と考えた傲慢にして野蛮なる神は人類に対して戦争を仕掛けましたが、予想外の反撃により双方ともに痛み分けで大戦は終結しました。これが神人戦争です。

 この戦いの後、神は傷を癒すため永い休眠期に入り、数を減らしたことにより文明の維持に支障が出た当時の人類社会は次に訪れるだろう神との戦いに備えて一部の武器を残して自らも穏やかな滅びの時を迎えました。これが旧世界の終わりです。

 それから長い年月が経ち、神は結局傷を癒し続けたまま眠り続け、古代人類が残した遺産も想定外に長すぎる戦いまでの待ち時間が原因で次々と維持エネルギーが枯渇してしまい壊れ初めてしまうという惨状にまで至って、ついに私たちは決意しました。

 『どうせ壊れて止まっちゃうなら、使ってから壊してあげた方がいいじゃない!』・・・と」

 

「だからわたくしは、そこにいる青髪の少女を捜し出して移送しようとしていました。

 なぜなら彼女は古代兵器の中でもとりわけ特殊で強力な存在! 人造の神! エクス・マキナの中の一体だったからです!

 エクス・マキナは生きた人の体をパーツにして作り出された究極の変形兵器。状況に応じて姿を変えさせることで携帯を可能にした大規模破壊兵器のことなのです。その威力は禁呪にも匹敵すると言われている人類が生み出した文明の象徴! 是非とも壊れる前にうちで有効利用して差し上げたかった!

 ・・・だと言うのに、それをトチ狂った自称平和主義者どもが奇襲仕掛けてきて邪魔してくれやがったお陰で飛行船は大破炎上。品物も落としてしまいましたし、捜索するのに三日もかかってしまいましたという訳なので御座いますですのよ・・・」

 

 ハァ、と小さくため息をついてからマリア・ベルは改めてハイドの顔を見直し、そして提案する。

 

「そう言う事情ですので、わたくしは疲れています。出来るなら戦闘とかメンドくせーことしてよけいに疲れを増やしたく御座いませんのよね。

 と言うわけで、如何がでしょう? 彼女をわたくしにお金でお売りいただけません? 疲れている今なら面倒な残業を避けるための大盤振る舞いで5000万ガネでお引き取りしますわよ?」

「せっかくのお申し出だが、お断りさせていただこう。私にはその資格がないのでな」

 

 ハイドの拒絶にマリア・ベルは両目を細める。

 

「まさか貴女も『人の命をもてあそぶ権利がどうこう』言い出す自称平和主義者の一員でしたので?」

「いや? 単に彼女の所有権を主張する資格が私には無いから、金は受け取れないと言っただけのつもりだが?」

「・・・・・・」

「彼女とは、この神殿跡地の奥で偶然出会っただけのいきずりな関係なのでな。彼女がいきたいと言うなら無理に引き留める理由もないが、だからと言って他人に金を払ってもらう類のことでもない。私は値引きもぼったくりもしない主義の人間だ」

「・・・ああ、そうなんですの。それはご立派な心構えですわよ・・・ね?」

 

 なんかコイツ、やりずらいなー・・・と。マリア・ベルも青髪のエクス・マキナと同じ感想をハイドに対して抱きながら後ろの少女に目配せして、一緒にくるように促す。

 

 ちゃんと“ここは自分についてこないと横にいるガキンチョに迷惑がかかるぞ?”という意味をもつ警告も見せつけてやりながら。

 

「・・・・・・」

 

 こうなると青髪のエクス・マキナはどうすることもできない。

 先ほどマリア・ベルが言っていたとおり、彼女自身は変形兵器に過ぎず、使い手がいない場所では自分一人で弾一発撃つことも出来ない無力な身だ。エンジンをフル回転して逃げたとしても、同じエクス・マキナの使い手から逃げきれるとは到底考えられなかった。

 

「・・・わかった・・・。貴女に、ついて行きます・・・」

 

 そう答える以外に道はない。マリア・ベルは嬉しそうに手招きしているが、あの様子だと《エディル・ガルド》のことは知らないように見えるし、まだチャンスはあるはずだった。

 それになによりエクス・マキナの性能を引き出すには《エディル・ガルド》に保管されている特殊弾頭が必要不可欠だ。今の自分程度なら、たとえ犯罪者に悪用された場合でもBランクに届くか否かの被害までしか及ぼすことは出来ないだろうから。

 

 

「行くのかね? では、達者でな。君が望む目的地エディー・マーフィーに辿り着けることを遠くの空の下から祈っておるよ」

 

 ハイドの言葉が妙に心に響いてくる。・・・結局、殴ってやることも出来なかったし、短時間ながら濃い付き合いをした自覚もある。未練は残るのだ。どうしても・・・。

 

「ありがとう・・・元気で」

 

 そう告げてから、ふと思い出す。

 そして、言う。

 

「エディ・マーフィーじゃなくて《エディル・ガルド》。いい加減覚えて・・・」

「よーし、分かった了解だ。《ザナル・カンド》だな。二度と忘れん」

「・・・なんで貴女は、直すと最初よりヒドくなってくの・・・?」

 

 釈然とした気持ちは何一つ解決されないまま、青髪のエクス・マキナはマリア・ベルの背後へと続いている廊下を進んでいく。そして、マリア・ベルの真横を通り過ぎた次の瞬間。マリア・ベルは笑って、エクス・マキナの少女は驚きに身を固めさせられてしまった。

 

 

「そう言えば、わたくし。大事な任務をもう一つ託されていましたの・・・」

「??? ・・・それは・・・?」

「それはーー目撃者を消すことですわ!!!」

 

 

 バッ!!

 

 装飾過剰なフレアスカートを翻して自らの手でめくりあげたマリア・ベルは、幼さが残る面差しとは裏腹にアダルトなデザインの下着を見せつけるとともに、ガーターベルトに刺し込んでいた手榴弾すべてを取り出してハイドに向かって投げつけた!

 

 ーー戦闘には長すぎて邪魔になるフレアスカートは、この為だったのか!

 

 エクス・マキナの少女は驚きのあまり動くことすら出来ないまま、棒立ちしたまま爆発に包まれていくハイドを見ていることしかできなかった。

 

 ようやく声を出せたときには、マリア・ベルは次の攻撃に移る準備を終えていた。見た目で侮ってたけど、コイツ・・・早い!

 

「話が違ーーーっ」

「わたくし、嘘はついてませんわよーーっ!! 戦闘は面倒くさいからしたくありませんので、一方的に殺戮させていただいてるだけですものねーーっ!!!

 敵を前に腕組んで仁王立ちしたままのおバカさんがバカなだけ~♪♪♪」

 

 どかどかずがが!! ズドガンズドバン!! ズババババババンッ!!!

 

 ロケット弾をハイドの小さな体めがけて次々と愉しそうに撃ち込んでいくマリア・ベル。

 言ってることは正しいが(特に後半は反論の余地なし)やってることは卑怯きわまりない。それが戦場だと言ってしまえば其れまでだが、自分の存在意義に疑問を抱いている青髪のエクス・マキナにとって辛い現実を見せつけられているに等しかった。

 

 ーーが。

 

 

 

「うむ! その意気やよしである!!」

 

 

 

 過酷な現実を前にしても非現実の象徴生物ハイドは屈しない!

 平然と腕組みしたまま現実をガン無視して我道を貫く!

 

 

 

『はぁっ!?』

 

「己の全力と全力をぶつけ合ってこそ漢同士の戦場の名に値する! まして飛び道具使いが剣士を相手に自らの得意とする間合いで戦うため権道を用いるを辞さない徹底ぶり・・・見事! 実に見事成り!

 私は感動のあまり涙の滝が止まらないぃぃぃぃぃっっ!!!!!!!」

 

『・・・・・・((゜д゜)ポカーン)』

 

 本気で感涙にむせんでいるバカの醜態に、過酷な現実の方が唖然呆然とするしかない。

 いや、一応撃ち続けてはいるんだけれども、効いてなさそうだからなー・・・。

 

「飛び道具使いとしての誇りを貫く君の勇姿に敬意を表し、私も君にあわせて全力を出そうではないか! 私の全力を・・・真なる私の姿を見るがよい!!!」

 

 叫んで・・・投げ捨てた。ーー自分の着ていた上着とシャツを。

 

 

「さぁ、来たまえ!! 私は裸一貫にて君の全力連射を受け止めて見せようぞ!!!」

 

 

『なんでだよ!? 訳分からんわ!!』

 

 

 エクス・マキナとエクス・マキナ使い、二人の美少女からのツッコミが、さらし姿で仁王立ちしているチビでバカな美少女相手に浴びせられるが通じない。ロケット弾と同じように無力である。

 

 全く以てーーこいつには物理法則という名の常識がこれっぽっちも通用してくれねぇぇぇっ!!!

 

 

「さぁ! 撃つのだ! 撃ってくるのだ! 全身全霊で放った一撃を! 己の持つすべての力を込めて! 己の持つ可能性の光をすべて引き出して!

 私に向かって全力パンチなロケット弾を放って見せぇぇぇい!!!」

 

 

 もはや青髪のエクス・マキナは言葉も出せないが、社会人のマリア・ベルは真面目だった。あるいは職務にたいして誠実だった。

 攻撃もやめないし、律儀にツッコミのもやめない。全力全開で撃ちまくりながらツッコミしまくる!

 

「あ、あ、あ・・・アァァァァァァァホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっい!!!!!」

 

「失敬な! 私はいつでもどこでも大本気! 真面目と書いてマジ!!」

 

「その返事聞いて真面目だと思ってくれるアホが、この世界に実在するわけ無いでしょーーーっ!?」

 

「世界の常識をぉぉぉぉぉぉ!!! 革命する覚悟をぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」

 

「いらぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!!」

 

 

 

 どがずがぼがが!! ずどどどどどどどどババババババババババン!!!!

 

 

 ・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。

 

 

 ーー破壊された瓦礫と、撃ち終えて爆発四散したロケット弾の破片と、塵と硝煙と消費し尽くされた戦いに赴く者たちの戦意というエネルギー残滓が漂う空間内に、疲労しきったマリア・ベルの吐く荒い息だけが木霊する。

 

 如何にもな戦場後風景に感慨を抱きながら、ハイドは満足そうに息をつく。

 

 

「・・・良い戦だった。良い戦人だった。君という戦士と戦えたことを誇りに思う。再戦の日まで壮健なれ、だ」

 

 ・・・んなアホなぁ~・・・。そんなことを言ってきてる気もするが、大声でツッコミ続けて喉が枯れてしまったマリア・ベルはしゃべれなくなっているので声にならないし、なれない。

 そのため自分に都合良く解釈したハイドは気にすることなく、自分の名と性を伝えてライバルとの初陣を終えて帰還していく。

 

「私はシュトロハイド・フォン・ローゼンバッハと言う。君と戦うべき漢の名だ。覚えておいてくれたまえ」

「・・・いや、今更だけど貴女も彼女も女の子で、男の人は一人もいなくない・・・?」

 

 本当に今さらなツッコミをエクス・マキナの少女がつぶやき、ハイドには気にしてもらえない。

 

「気にするでない、些細な問題である」

 

 人間にとって性別の違いは些細な問題なのかしら・・・? 人造生命体の少女が疑問符で頭上を埋め尽くしている横を、上着を拾ったハイドが通り過ぎていく。

 

 

「大事を為そうとしている者が、小事に拘っていてどうするのかね? 我々には大きな野望・・・否、やるべき事があるのだろう?」

「!!」

 

 ・・・そうだ。人にはそれぞれ役割があり、自分にも彼女にも異なる使命と役割が・・・・・・

 

 

「とりあえず現在地を確認しなければならん。今のままでは食事もできんからな。いっぱい運動して腹が減ったのである!!」

「・・・・・・・・・」

 

 

 現在の目的地ーーー自分たちが今どこにいるのか分かりそうな所。

 

 ・・・・・・《エディル・ガルド》への道のりが前途多難過ぎるのにも程がある!!!

 

 

 

登場人物設定

 青髪のエクス・マキナ(本当の名前はソル・カノン)

 とりわけ危険なエクス・マキナで、名前の意味は《太陽を撃つ銃》。

 その名が示す通り、核弾頭を撃ち出すことが出来る。

 あまりにも危険すぎる武器のため、本人自身には戦闘を嫌う性格が付与されている。(自分が認めたマスター以外に使わせないため)

 それだけやってもまだ安全とは呼べない威力を持つ兵器のために、強力な弾頭の殆どは古代遺跡《エディル・ガルド》の最下層に厳重に保管されている。

 《エディル・ガルド》を目指しているのは自分を完成させるためではなくて、完成した自分を使ってほしいと思える唯一の存在《マスター》が待っててくれると信じているから。

 

 エクス・マキナ形態の姿は小型の拳銃で、威力の割に取り回しがよくて小回りも利く、特殊弾頭なしでも十分に強力なエクス・マキナなのだが、ハイドが剣士で射撃センスマイナスのために宝の持ち腐れにしかなれない薄幸の武器少女。

 使えないし、使ってもらえないから滅多なことでは変身しない。したとしても武器としては使ってもらえない(撃っても当たらない)。

 冒険の中で兵器として生み出された自分の存在意義について、今までとは別の意味で大いに悩まされまくる過酷な(?)運命を背負っている。

 

 

 

シュトロハイド・フォン・ローゼンバッハ

 お約束ブレイカーな美少女剣士。訳わからん存在。自分でも自分のことをよく理解していないが、気にしていない。

 あらゆる場の空気を無視して我道を貫く究極のKYで、像が踏んでも微動だにしない頑丈な身体と、100万頭の馬を引っ張って海を渡れるパワーを持つ。

 IQは「私は英雄になる!」・・・以上。

 

 あらゆる物事を自分基準でしか捉えようとしない自分勝手な性格の持ち主だが、基本的に良い方にしか解釈しようとせず、憎しみや嫉妬などマイナスの感情には「未熟」「惰弱」「愚かなり!」のどれか一言でバッサリ切って捨ててしまう、ある意味では大変男らしい人格の持ち主。

 武器は遺跡で偶然掘り出した刀。・・・ただし、正々堂々とした戦い方を好むので相手のバトルスタイルに合わせてしまい、刃物としての出番はあまりない。普段は鞘を付けたまま殴っている。

 方向音痴で味音痴。ついでに酒豪。味にこだわりはないが、とにかく酒を飲みたがる。ただし、いくら飲んでも決して酔わない特異体質の持ち主でもある。

 

 本来ならエクス・マキナとしての宿命と運命に翻弄されながらも人として成長していくカノンの隣で苦悩をともにする未熟な少女として生まれたはずの存在が、与えられた役目を演じるだけでは「おもしろくない」と、突っ走ってしまって人格を自己改造。今に至る。

 人では勝てない究極の人造兵器エクス・マキナよりも強い人間のため、世界観設定が意味を成してくれない存在。

 生まれという運命に縛られた世界観の中、自分の主観だけで突っ走る少女の瞳に映る世界とは・・・!?

 

「運命など知らん! くだらん! 興味もない! 語感は格好良いかもしれんがな!

 そんなものに付き合うほど暇ならば、私と一対一で漢と漢の勝負をしようではないか! きっと楽しい!」




ヒロイン・カノンについての補足説明:
 バトル物だと様々な理由から敵にさらわれまくるヒロインですが、私の作品の場合『核兵器だから』で統一したいなという願いからこの設定を採用してます。
 名前が変わろうとも制限がつこうとも、「手に入れさえすれば世界さえも夢ではない・・・っ!」そんな風に権力者たちを勘違いさせて惑わし道を間違わせる存在として核兵器としての側面を持つヒロインを出してます。核は権力者を惑わします、絶対ダメ! ・・・的な感じでね。

普段、核ネタからは縁遠い私の作品にもこういう形でだったら出してもいいかなーと。ご不快だったらごめんなさい。


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俺はデスゲームで間違えられない。

買い替える前にPomera本体の内臓データを見てみたら、何かいろいろ出てきたので全部出しときますね。

まずは「俺ガイル」×「SAO」コラボ作です。たぶん(書いたこと自体、覚えてない私)


 誰もが些細な嘘をつく。

 大事なものを失いたくないからと、自分に対して嘘をつく。

 大事だから失いたくない。自分が嫌いな嘘をついてでも守りたい。

 

 だからこそきっと、大事なところで間違える。

 嘘をついてはいけない場面で、みんなを守るために嘘をつく。

 

 そうして失ってから嘆くのだろう。失うことがわかっているなら手にしない方がマシだったと。手放して死ぬほど悔やむくらいなら諦めたほうが良かったと。

 

 そのやり方はたぶん、間違いじゃない。自分に対してついた些細な嘘なんて、褒めることも責めることもできない。

 たとえ守るために嘘をつく行為が間違いであったとしても、嘘をついてまで守りたいと思った気持ちは嘘じゃなかったと信じていたいから。

 

 考えても答えは出ない。計算しつくしても答えは出せない。

 それでも俺は考える。計算で人の心理を読みとることしか出来ない俺は考え続けることしかできないから。消去法で答えを一つずつ潰しつづけて、最後に残ったただ一つの応えに行き着ける。そう信じ続けて考え続けて・・・・・・。

 

 

 ーーだが。俺は一番根っこの部分で選択肢を選び間違えていた。考慮に入れて当然の可能性を頭の中から完全に消し去ってしまっていた。

 間違えたらゲームオーバーの選択肢を間違えていた俺は、『それ』が起きるまで間違えて悩んでいた事そのものが間違いの上で成り立っていたのだと気づけなかった。

 

 

 誰しもが平等に明日が来るとは限らないことを。考え続けることのできる未来が奪われてしまう可能性を。自分の知らない第三者の悪意に巻き込まれる可能性を。自分たちだけで成り立つ社会も世界もありはしないのだという当たり前の常識を。

 

 俺は、俺たちは誰しもが失念したままで、『その時』を『その場所で』迎えることになる。

 

 SAO。

 脳の視覚野や聴覚野にダイレクトにデータを送り込むことで、文字通りにゲーム世界へ飛び込むことを可能としたフルダイブシステム。

 その画期的システムが搭載された世界初のヴァーチャルMMORPG《ソードアート・オンライン》通称《SAO》。

 二ヶ月前から始まっていたテスト期間が終了し、今日から本格的な正式サービスが開始されたゲーマーたち期待の超人気タイトルだったが、今この場に集められた人々の顔に喜びの色はない。あるのはただ、恐れと恐怖と困惑だけ。

 負の感情に満ちた表情のプレイヤーたちがSAOの舞台、空に浮かぶ石と鉄の城《アインクラッド》第1層にある《はじまりの街》中央に位置する広場で空を見上げながら「終わりの宣告」に注目している。耳を傾けざるを得なくなっている。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』

 

『また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない』

 

『諸君にとって《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない』

 

 

 ーーナーヴギアの開発者にしてプログラマーでもある茅場昭彦を自称する赤フードが、聞いている側の意志や都合になど興味はないとでも言いたげな尊大きわまる傲慢な口調でもって言いたいことだけ言ってくる演説が続いている。

 

 

 だが、それこそ俺にとっては奴の話なんか興味がなかった。心底からどうでもいいと言い切れる。

 俺が気に病み、心の中を一杯にしてまで思っていたことはただ一つ。

 

 奴が空中に映し出してた映像の中の一枚に、見覚えのある女の子が母親の胸の中で泣き崩れているシーンを見つけた瞬間に他のことは全てが些事としか思えなくなってしまっていた。

 

 俺と同じで頭の上から触覚みたいなアホ毛を伸ばしてる、少しだけアホっぽい外見をした中学生ぐらいの美少女。

 

 俺に似てない見た目とコミュ力の高さを持った自慢の妹、比企谷小町。

 修学旅行から帰ってきてからの俺を、一番身近で心配してくれていた大事な大事な俺の妹。

 その子がお袋の腕に抱かれて泣き叫んでる。

 落ち込んで空元気を出してた俺を柄にもなく励まそうとしてくれたのか、「ベータテストに落ちて死ぬほど悔しかったから正式版は絶対買って、開始と同時にログインするんだ~♪」と浮かれながら自慢していたSAOのサービス開始直後のプレイ権を、

 

「ごっめーん! 友達から頼まれてどーしても断れない用事ができちゃったんだ! 悪いんだけどさー、お兄ちゃん小町の代わりにプレイ始めといて。初日だけやって明日から小町がキャラ作り直すから、チュートリアルだけでも受けといてほしいんだぁー。

 ね? お願いお兄ちゃん。小町のお願い聞いてちょ~だい☆ あ、今の小町的にポイント高い~♪」

 

 ーー今朝、小町が出かける前に交わした最後の会話の中でアイツが浮かべていた笑顔が、今は妙に寒々しい・・・。

 

「・・・ふざけんな、ふざけてんじゃねぇぞ、この野郎・・・・・・!!!」

 

 言いようのない怒りに駆られ、俺は茅場昭彦が『以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する』その言葉を以て終わった冗長なだけで価値のない、俺にとってはどうでもいい事この上ない演説もどきの終了とともに出入り可能となった中央広場から飛び出して、何も考えないままガムシャラに走り続け、敵が出てきたら八つ当たりに切り殺しまくっていった。

 

 俺の心に渦巻いてたのは、神様気取りで上から目線に語りかけてきてた茅場昭彦のこと“なんかじゃない”。今の俺にあんな奴について考えてられる心の余裕なんか、これっぽっちも持ち合わせない。

 

 俺が怒っていたのは俺自身だ。他の誰より許せないと憎んでいたのは、俺自身に対してのみだ。

 

 なぜ、こうなる前に小町に対して本音を晒さなかったのかと。なぜ、正直に辛くてキツいと弱音を吐くことができなかったのか。兄として妹と過ごした十数年間の積み重ねが邪魔をして相手に素直な気持ちを吐露できなかった自分が腹立たしい。嘘っぱちの強がりで、結果的に小町を泣かせてしまった自分がバカにしか見えなくて仕方がない。

 

 なぜ、もっと早くに気づかなかったのか? 俺たちの日常なんて、学園生活なんて、在り来たりな青春ラブコメなんて、赤の他人にとっては埃ほどの価値すらないんだってことに。

 自分自身の目的のためには、巻き込んで壊して奪い尽くして削除してしまっても気にならないほど些細な出来事に過ぎないのだという事実に。

 

 俺たちは主人公じゃない。世界という物語の中での俺たちは端役に過ぎない。俺たちは俺たちの精神世界の中でしか主人公ではいられない取るに足らないガキでしかない。

 

 なぜ、もっと早く気づけなかったんだろう。世界は俺の人生になんて興味を持っていないことに。

 雪ノ下の人生も、由比ヶ浜の人生も、葉山を含めたクラスのトップカーストグループ全員分の人生でさえアインクラッドに集められてる一万人の中では一割にすら達していない切り捨てられる端数でしかない。

 自分のことをどんな奴だと思っていたとしても、他人から見た俺比企谷八幡は『その程度の人間だ』と断じてしまえば本当に「その程度の人間」として認識される。

 正解でも誤解でも、決めたそいつにとってはただ一つの正答だ。誤解は解けない、やり直せない、言い訳なんて意味はないし、問い直すことにも意味は認めてもらえない。

 

 それが社会だ。大人の都合で運営される、俺たち子供から見て間違った理屈で動いていく大人たちにとっての正しい理論だ。

 そんな間違いだらけの代物の中で生き残ることを、俺たちは拒否権も与えられないまま強制的に押しつけられて従わざるを得ない状況に置かれてしまっている。

 

 俺が間違えた結果として《ここ》に来たなら、諦めも付くだろう。困難を乗り越えて頂を目指し、ゲームをクリアするヒーローに憧れる気持ちが生まれる余地だってあったかもしれない。

 

 だが、現実に俺がここにいるのは偶然に過ぎない。

 俺の間違いが、他の誰かの計画に巻き込まれ、たまたま投げたダーツが飛んでいった先に俺がいた。ただそれだけの偶然でしかない。運命も宿命も介入する余地なんてどこにも見いだせない。ただ巻き込まれただけの被害者たちの中にいた、比企谷八幡という名を持つ一人の少年。

 ただそれだけで説明文は終わってしまう取るに足らない脇役のちっぽけな命。吹けば飛んでいって消えてしまい、誰にも覚えていてもらえなくなるゴミみたいな命の一粒。

 

 

 

「ーーふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 俺は剣を振るい、怒りの感情の赴くままに切って切って切りまくる!

 

 取るに足らないムシケラのような、ちっぽけな命? 大多数の中では埋没してしまう、一万人分の一つに過ぎない切り捨てていい端数?

 ふざけるな、ふざけるなよ糞野郎。その取るに足らない、ちっぽけな命が失われてしまったら小町は永遠に笑えなくなってしまう! 一生を泣いて過ごして笑顔を作り続けなくちゃならなくなってしまう!

 俺が死ぬことで小町が泣くなら、俺は死なない! 生き続ける! 生きて生きていき足掻き続けて、絶対に小町の元へ帰還してみせる! 絶対にだ!

 

「待ってろよ小町。お兄ちゃんは絶対、生きてお前の元まで帰り着いてみせるからな・・・!」

 

 

 決意の叫びが広野に轟き、誰の耳にも届かないまま、やがては風の音にかき消されていく。

 

 今日ーー二〇二二年十一月六日、日曜日。

 俺の『まちがってもいい』青春は終わりを告げて幕を下ろし、まちがった選択は誰かの死へと直結しているデスゲームが開始され幕を開ける。

 



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比企谷八幡と雪ノ下雪乃の会話(女子小学生編)

「俺ガイル」の時間逆行TS転生モノです、たぶん(前回と同じ理屈で)


 ーー窓に寄りかかり、夕暮れ時の学校風景を見つめていた時。

 ふと、“前世”でのやりとりを思い出した。

 

「・・・なぁ雪ノ下。俺と」

「ごめんなさい、それは無理」

「だぁっ! まだ何も言ってねぇだろ」

 

 俺からの「お友達になってください」発言を華麗にスルーしながら「くすっ」とおかしそうに笑って見せた彼女の顔を思い出す。

 

「前に言わなかったかしら。あなたと友達になることなんてありえないわ」

「そうかよ・・・」

「そうよ。虚言は吐かないもの」

 

 失言も暴言もあるけれど、あの時の俺は確かそう感じてたはずだ。そして、こうも誓っていたと思う。自分のエゴを、理想を押しつけないと。俺も雪ノ下もその呪縛から解き放たれていい頃だと思う、と。

 

「いや別に嘘ついてもいいぞ、俺もよくついている。

 知っているものを知らないっつったって、別にいいんだ。許容しないで、強要するほうがおかしい」

 

 あの時の俺は、これだけで雪ノ下に伝わる。そう信じて言うべき言葉を選んで言った。俺が何の話をしていて、いつの話をしているか、雪ノ下なら伝わるに違いないと信じていっていた気持ちに嘘はない。

 

「・・・・・・嘘ではないわ。だって、あなたのことなんて知らなかったもの」

 

 いつかと同じやりとりの焼き回しを、いつかと異なる二人で行い、いつかの時にはいなかった奴が乱入してくる今が、“あの場所”には確かにあった。

 

「・・・・・・でも、今はあなたを知っている」

 

 その一言を放ったときの雪ノ下の表情を、笑顔を、俺は死んで生まれ変わって“あの場所とは違う今”を生きる身になっても忘れることが出来ずにいる。

 

 ーー言葉は誤解のもとだからね。

 

 ああ、まったくそのとおりだと今でも思う。思い続けてる。

 だって、そうだろう? あの時からあの後に続いた俺たちの関係は言葉による誤解で溢れかえっていたはずだ。

 他人と関わり介入し、他人との距離が縮まれば、その分だけ身近にいる誰かとの心の距離は遠ざかる。その愚かしいまでの繰り返しの果てに、“俺が死んだ水族館からの帰り道”が在ったはずなんだ。

 どれ一つ欠けたところで今はない。雪ノ下の暴言も、俺の間違った選択も、由比ヶ浜という不確定要素もすべて引っ括めた未来の果てに今の俺は此処にいられてる。

 

 意味はないのかもしれない。自己満足に過ぎないのかもしれない。単に、時間逆行転生なんていうラノベ主人公にありがちな経緯を送れた自分自身を特別な存在として祭り上げたいだけかもしれない。

 そういう傲慢さは俺にもある。きっと雪ノ下にも、由比ヶ浜にだってあるだろう。人は欲がなければ生きていけない生き物だから。人類皆俗物だから。俺もお前もみんながみんな醜さを内包しながら、それでも何とか日々を生きてる。死なずにきてる。

 

 ーーだったらさ、雪ノ下。一度死んだ人間だって、別人として生き返ったからには欲しい物を手に入れるために頑張っていいんだよな?

 

 たとえそれが“あの場所”に至る道を閉ざしちまうかもしれなかったとしても。

 昔から欲しかったそれとは、微妙に違ってしまっているのかもしれないけれど。

 でも、欲しいと思った気持ちは嘘じゃない。大事なことに虚言は吐かない。

 

 一向に手に入らないから諦めたそれに、もう一度手を伸ばすのを“あの場所”まで待てなくなってる俺の気持ちに嘘はない。失礼ではあるだろうし、暴論かもしれないけれど。それでも気持ちに嘘はない。俺は俺の信じたがってる本物にだけは虚言を吐かない。

 

 見えてしまって触れてしまって手に入れられると思って間違えた答えを。

 もう一度だけ、問い直そう。何度だって問い直そう。正しい結論が導き出せるまで、何度も何度も世界に向かって、世間に向けて問い続けよう。

 俺たちにとっての正しい結論をーー

 

 

 

 ーーいいや、違う。それは雪ノ下のやり方だ。俺のやり方はそうじゃない。

 

 あの時とは違う俺の目的、あの時とは違う俺が願ってしまった“そうしたい理由”

 俺の世界には俺しかいない。俺が直面する出来事にはいつも俺しかいない。それは今も続いている。

 この世界に俺の前世を知る人間は俺しかいない。俺の変えちまった未来に責任をとれる人間は俺しかいない。至るはずだったルートを潰して、おまえたちと過ごした“あの場所”を消しちまった責任は一生涯俺一人でしか背負うことを許されない。

 疲れたって肩代わりしてもらうことは出来ない。肩を貸してもらうことすら許してもらえない。

 

 そういう道を、今から俺は選んじまうけど、許してくれよな雪ノ下。

 

 俺はたぶん、生き返りとは関係ない理由で“あの場所”にいた頃の俺とは、違う人間になっちまってるんだと思うから。あの俺とは違う身体で違う人生を生き、同じ人たちと違う関わり方をしてきた俺は“あの場所”には行き着きたくてもいけなくなってしまっていると思うから。

 

 

 俺たちは俺たち自身のことを誰よりもよく分かっているし、知っている。

 相手のことも互い同士のことに限定すれば、他の奴らよりかは分かっていたと信じれる程度には知っていたつもりだ。

 

 だけどお前は、俺がお前をどう思っていたかまでは知らないだろう?

 当然なんだけどな。だって、今の今まで俺自身でさえ知らなかった俺の気持ちなんか、あの時あの場所にいたお前に知る術なんか無いもんな。

 

 あの時あの場所にいた互いのことを、俺たちは知ることが出来ていたのかのしれない。

 あの時の延長線上に水族館があったなら、それは俺たちの未来が既知でのみ成り立っていることを暗示していただけなのかもしれない。

 

 でも、今の俺は“あの場所”にいた俺とお前を知っているけど、今目の前で泣きそうな瞳をして強がりという名の虚言を吐く弱い女の子の雪ノ下雪乃については何も知らない。

 弱い雪ノ下に至っては、今の俺のことなど名前しか知らなかった程だ。

 なら、出すべき答えは簡単だ。前を向こう。相手を見よう。自分の本当に欲しいものと向き合おう。今の俺と前の俺とにさよならしよう。

 

 戻れないなら前へと進もう。手に入らないなら工夫しよう。

 間違えてきた俺なら、お前を傷つけたことのある今の俺なら出来るかもしれないと信じて、もう一度だけでも踏み出してみよう。あれが最後の間違いだったとするためにも、これを最初の間違いじゃない答えに続く選択肢にするために、理想を押しつける勇気を出そう。

 

 嘗ての由比ヶ浜がやってくれたことを、アイツがいない今に限っては俺が代わりにやってやろう。

 さぁ、踏みだそう。間違いだらけの青春をリスタートだ。

 死んで生き返ってまで同じ間違い方で間違えちまったら本当に『死んだって治らなかった馬鹿』にされちまう。お前が認めてくれた唯一の文系学力でさえ馬鹿にされるのはなんかムカつくからな。詭弁を弄させてもらうぜ?

 

「俺はお前と友達になりたいと思ってる」

「・・・さっきも言ったでしょ? 私があなたと友達になることなんてありえないって」

「“今は”そうかもしれない。でも、明日に同じ言葉を言われた時には答えが変わっているかもしれないだろう?」

「同じよ。変わらないわ。明日だろうと明後日だろうと、私は未来永劫あなたと友達になりたいと思う日なんかこないわ」

「そうかな? お前が拒絶できるのは今のお前が知ってる俺だけだろう? なら、お前が知らなかった俺を知った明日のお前が出す答えを今のお前が分かるはずない。

 何も知らない相手の想いを、何も知らない自分の今だけで想定するのは“決めつけ”と言う名の傲慢だな」

「詭弁よ、そんなもの。どこにも正しさなんてない」

「ああ、そうだとも。正しさを追求するやり方なんて、俺が正しいと信じているやり方じゃあない。正々堂々、真正面から卑屈に最低に陰湿に、傷を舐めあうか、蹴落とし合うかの底辺同士のコミュニケーション方法。それしか俺は知らないからな。

 やってきたことのないもんには手が出せない。だから俺はこのまま行く。このやり方で俺はお前と友達になってみせる」

「・・・・・・」

 

 唖然とした表情を浮かべてポカンとしながら俺を見つめる雪ノ下。

 然もあるだろう。学校にいる間中、独りぼっちで本ばっかり読んでたクラスメイトの女の子、その程度のことしか今の俺を知らないのが今のお前なんだからな。

 

「お前が俺を拒絶するならそれでもいい。だからと言って俺がお前の抱えてる問題を解決するため介入するのを邪魔する権利は、お前にはないはずだ」

「これは私の問題よ。部外者が勝手に介入しないでちょうだい」

「違うぞ雪ノ下。お前は勘違いをしている。

 俺がお前の問題をどう思おうと、それは俺の問題であってお前の問題じゃない。

 俺自身が抱えた問題を解消するためお前の問題に介入し、お前がどう思うかがお前にとっての問題のはずだ。違うか?」

「・・・だからそれが詭弁だとさっきから言ってーー」

「それがどうかしたのか? 赤の他人が他人事に口を差し挟む理由なんかそんなもんだろうに。

 詭弁で介入してきたのを正当化して言い訳して何もかも責任押しつけて勝手に去っていく。それが“友達”じゃない赤の他人がお前にしてきたことだ。それの色違いが現れただけだとでも解釈しておけば済む話なんじゃないのか?」

「・・・・・・」

「だから俺はお前の問題に俺自身の問題として介入する。邪魔はさせない。部外者の介入は許さない。

 俺一人が直面している問題には俺一人しか存在してない。お前の問題にお前一人しか存在しないのと同じようにだ」

「・・・・・・・・・」

「悩めよ雪ノ下。自分の問題として俺の介入について考えてみろ。そうすりゃ、今よりかは俺のことを知ったお前になれると思うぜ」

「・・・・・・・・・驚いたわ。見た目は良いけど、根暗で引き籠もりがちなだけの女の子だなと思っていたのに、あなたって意外に厚かましくて傲慢な性格をしていたのね」

 

 視線だけで人を殺せそうな冷たい瞳。彼女の弱さを知る前の俺が怖くて仕方がなかったのと同じだけの感情を映した瞳に睨まれても、今の俺には微塵の影響も与えられることはなかった。

 前の強い彼女を知ってる今の俺には、今の彼女の視線の意味が“負け惜しみ”に過ぎないことを分かってしまうから。

 

「傲慢で何が悪い。行動理由に詭弁を用いる事の何が悪いんだ? 変えられない状況を前に「変われ変われ」と幾らほざいたところで負け犬の遠吠えにしかならない。

 なら、自分が変わることなく状況だけを変えるため口実として利用することの何が悪い? どこが悪い? なにがどう間違っているとお前は主張する?」

「・・・・・・それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」

 

 蚊の鳴き声のような、雪ノ下が発したあの時と同じ言葉。

 ああ、確かに正しいと思える言葉だ。言葉自体は間違っていない。言葉だけなら非常に正しい。雪ノ下のことを何も知らない頃の俺が納得しかけたのも理解できる。

 

 

 ーーけどな。

 

「・・・それじゃあ他人の悩みを解決できるだけで、お前自身が永遠に救われないままじゃねぇか」

「・・・!!!!」

 

 そうだ。今の俺は、未来の雪ノ下を知っている。雪ノ下の家庭の事情を、雪ノ下の歪みの原因を、雪ノ下の全てではなくても抱えている問題ぐらいは把握している。全部じゃないけど知ってる範囲はすべて知ってる。覚えているんだ。

 なら、雪ノ下の本当の望みはなんなのかは自ずと想像がつく。

 

「雪ノ下。直ぐにとは言わない。問題が解決した後で・・・なんて急かす気もない。だから考えておいてくれ」

「・・・友達になる件について?」

「俺自身の事についてだ」

 

 再び唖然となって黙り込む雪ノ下。

 今日は生まれ変わって再会してから数年分の雪ノ下百面相を見れて楽しかったな。お代は救ってやるだけでチャラにしとこうと思えるぐらいに。

 

「今のお前が俺と友達になりたくないならそれでもいいんだ。でも、俺のことを何も知らないまま「友達になんかなりたくない奴」ってレッテル張られて決めつけられるのはゴメンだ。俺の願いを拒絶するなら、ちゃんと俺自身について知ってからにして欲しい。

 その上で断られたら、もしかしたらだけど頑固な俺も考え直してくれるかもしれないぞ?」

 

 前世とは似てもにつかない小町顔の俺が浮かべる、前世と同じに素敵な笑顔。

 それを見て雪ノ下は、何かを諦めるように嘆息する。

 

「・・・・・・・・・諦めると明言してはもらえないのね・・・」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は生まれ変わってから今までの人生で最高レベルの素敵すぎるドン引き笑顔を満面に浮かべながら、人生初の勝利宣告を世界に向かって高らかに歌い上げてやった。

 

「これは俺の抱いた願いだぜ? なんで友達でもないお前の願いで諦めたりしなくちゃならないんだ? そういう個人的なお願いはな、もっと仲良くなって友達とか誤解されるレベルになってから行わないと勝手に誤解されて終わる物なんだよ。ソースは俺」



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銀河戦国魔王伝ノブナガ

「銀河戦国群雄伝ライ」で、比紀弾正が家臣の一人「ノブナガ」に弑逆されてたらのIF話だと思います。(多分はもういいですね。次からやめます)


 元魔三年ーー神聖銀河帝国皇帝光輝帝の崩御により十三代二百七十年に及ぶ帝政は終わりを告げた・・・・・・

 

 帝国の衰退により始まった群雄たちが割拠する混乱の時代にあり、最初に時代を導く旗手となったのは帝国で左将軍の地位にあった比紀騨正。

 彼は力を失った帝国に成り代わり、またたくまに北天を制圧。

 各地の群雄を次々と配下に組み入れながら勢力を拡大し、全銀河統一まで後わずかに迫っていた。

 

 だが、しかし・・・・・・

 

 

 

「申し上げます! 信永(ノブナガ)様が率いる代零軍が突如として進路を転換。武王都に向け進軍を開始したとの報告がありまして御座りまする!」

「なんだと!? まさか、あの信永様が・・・あり得ぬ事だ。なにかの間違いではないのか?」

「既に狼刃将軍は敗退。骸羅将軍は第零軍団への参陣を表明。この武王都へ至りつつあり、鳳鳴将軍、玄偉将軍の両名は『臣下として主が座する玉座へ刃を向けるを潔しとせず』・・・と」

「なんと・・・それは事実上の鞍替えぞ!? 仮にも四将軍の地位にありながら、我が身かわいさで日和見られるか!」

「お館様! かくなる上は御身の御手で信永様を・・・いいえ、天下の大罪人『逆賊』織田信永を討ち果たし、世に正義の所在を知らしめましょうぞ!」

 

 家臣たちの中で最も目をかけていた武将にして、五丈四将軍に次ぐ地位にあった織田久秀の長女にして亡き父の後継者でもある特務隊を率いる武将、織田信永。

 

 『工兵部隊』とも呼ばれ、蔑まれることの多い第零軍団は直接戦闘力こそ高くはないが、身分や家柄にこだわらない成果主義、能力主義を旨とする異色の武力集団として知られており、よく言っても猪武者が多い騨正配下の武将たちの中では異質であり希少でもある異彩ぶりに騨正は、若手家臣団の中でも頭二つは抜きんでていると高く評価していた次代の帝国を担うに足る逸材の謀反を耳にしたとき。

 

 比紀騨正は常にないほど穏やかな声でこう呟いてから討伐のための軍を上げ、敗死したと伝えられている。

 

 

「是非もなし」

 

 

 ーーと。

 

 

 

 ・・・それから三年。重臣の謀反により一時は混乱していた帝国軍は織田信永の類まれなる統率力と実行力、内政能力によって混乱を脱し嘗てを凌ぐ栄華と大兵力を持って残敵掃討のため国内各地に残る反対勢力を分断し孤立させてからの徹底的な包囲殲滅戦により着実に、北天平定を成し遂げつつあった。

 

 

 

 旧帝国領 佐倉。主城『延高城』にて。

 

「紫紋よ、我が愛する娘よ」

「はい、父上・・・」

「お前の母は光輝帝の皇女。お前には皇室の血が流れておる。騨正の後釜も無碍にはすまい。城を出てはくれぬか?」

「そんな! あたしは阿曽主禅の娘・・・最後までお供いたします・・・。

 何とぞお側において下さい!」

「お前はまだ若い。わしの寿命はここで尽きたが、お前には未来がある。死んではならぬのじゃ・・・」

「父上・・・それはあたしが帝室の血を引く、主筋の娘だからで御座りましょうか? 仕えた主家の血を絶やしては亡き主に冥府で顔向け出来ぬからと・・・」

「それもある。確かに、ここで皇室の血を絶やすは帝室に忠誠を尽くす者の恥。永劫に消し去られることのない汚名を着るは間違いないであろう。それは否定せぬ。

 しかしーー」

 

 そこで主禅は言葉を切り、玉座に座す自分に泣きながら縋りついてくる愛しい我が子に向けるのとは全く別の感情を宿した視線で敵からの使者としてやってきている冷たい目をした若い男を激しく睨みつけながら、断腸の思いを胸に決意の言葉を口にする。

 

「・・・わしにはどうしても織田騨正を許すことが出来ぬのだ・・・。選んだ道も、志さえ違えども、それでもわしにとって比紀騨正は帝国軍を共に支え続けてきた同胞であり、戦友でもあり、そして何より好敵手(親友・とも)であった。

 いずれ戦場にて雌雄を決しようと誓い合った約定を、無礼にも横から掠め取っていった慮外者を放置しておくことなど断じて出来ぬ。奴はわしとともに地獄へ落ちるべきなのじゃ。いや、なんとしても落とさねばならぬ。たとえ我が身が砕け散ろうと絶対にな・・・!」

「ち、父上さま・・・・・・」

 

 義理の娘は、常の優しげに微笑んでいた父親と同一人物だとは思えないほど憎しみで満ち満ちた暗い殺意の炎を浮かべた眼を見て、心胆から震え上がっていた。

 これが、殺意。憎悪。嫌悪。怒り憎しみ苛立ち様々な負の感情を凝縮したかのような瞳を湛えている義父たる老将。

 

 佐倉城主、阿曽主禅は父として優しいだけの凡夫などでは決してない。

 戦国の世に生きて散っていこうとする、一人の武将なのだと言う事実を今になってようやく思い知らされながら紫紋姫が父の視線を追った先にいる人物。織田騨正軍からの使者に対して視線を向け直したときに頭上を父の声がかすめるように飛び放たれていった。

 

「使者殿、娘をよしなに」

「はっ。かしこまりました」

「それから信永殿に伝言を頼まれてはくれまいか?

 『明日の我が身が、お主にとっての遠くない未来じゃ』とな」

「はっ。かしこまりました。阿曽主禅殿のご遺言、しかと主に届けられるよう心に留め置きます」

 

 更に激しさを増した憎悪に燃える父の瞳から逃れるように城を出た紫紋姫は、使者に連れられ旧五丈国の首都『武王都』へと急ぐことになる。

 

 

 図らずも彼女の到着と、佐倉を制圧して主城を落とした遠征軍の一員が大将首にたいする報償の増額を求めて王の間へと直訴しにきて暴れるのが同日の出来事となり、歴史に大きな意味を持たせることになる。

 

 天下を治める器を持った未来の王たりえたかもしれない青年と、王となるべくして王となった生まれながらの魔王。二人の王器の持ち主たちが、今出会う!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新五丈国首都『武王都』。

 

 信永によって地位を簒奪された故比紀騨正の根拠地だった都市であり、彼の治世では市内各所に防空施設をはじめとする各種軍事施設が建ち並んでいたのであるが、今では信永自身の陣頭指揮のもと商業政策が推し進められ、要塞都市から経済都市への変貌を果たし終えている。

 

 これは信永自身の思想によるものであり、

 

「王都にまで敵が迫ってきている時点で国の敗亡は必至である。諦めよ」

 

 とする苛烈な宣誓によって世を驚かせたことも含めて、彼女の『大うつけ』は地位身分が変わった程度では何も変わらぬと、世間では揶揄されていた。

 

 

 その『大うつけ』の住まう居城、亞尽血城にて。

 国中の重臣たちが一堂に会して、阿曽氏討伐完了を祝う宴が催されていた。

 

 

『お館様、此度の勝利おめでとうございます!!』

 

 大広間に集った百人を越える侍衆が一斉に頭を垂れて臣下の礼を取る。

 その姿を特にこれと言った感慨もなく眺めやりながら、信永は灰色の双眸に空虚さを湛え、誰一人として主に向かって顔も見せず額のみを前面に押し出す無礼きわまる礼儀作法をなんと表現すべきだろうかと考えながら、口に出したのは別のことに対してだった。

 

「殿。この度の大勝利、まことに目出度くご同慶の至りに存じます」

「ほう、その方は此度の戦の勝利を目出度いと申すのだな? 玄偉将軍」

「はい、無論で御座います。これで北天はすべて制圧を完了し、こうるさい江古田残党も一掃できました。先代様よりの悲願でありました南進への足がかりも整った・・・と自惚れてもよい成果かと存じまするが、何ぞ気掛かりな情報でも御座りましたでしょうか?」

「ない。それ故に厄介であるとも言えるがな」

「と言うと?」

「こちらが南進する際の障害物はすべて排除した。・・・とするならば、それは向こうも同じだったとしても不思議はあるまい?

 南天は北進の準備を整え終えたと私は見ているが、卿は如何に思うか? 比紀騨正の知恵袋よ」

「そ、それは・・・」

 

 ザワッ・・・。

 広間に集った家臣たちがザワツく。

 

 然も有りなん、玄偉と言えば比紀騨正政権時代から謀臣として名高い知将である。鳳鳴と並んで軍政を担ってきた帝国軍の大黒柱の片割れが知恵比べで負けた。

 

 それも“二十歳に満たない小娘に”だ。

 今まで信じてきた常識が音を立てて崩れ落ちていく幻聴を耳にしながら家臣たちは一様に不安そうな顔で互いのことを見つめ合い、四将軍は同僚の失態を喜ぶ者、笑う者、苦笑する者三原色に分けられた。

 

 

 

 ーーそのどれしもが、信永にとっては退屈きわまる当たり前の反応であった。

 “彼女”は南蛮国人の血が混じっていると噂されている所以となった金紗の髪に、南蛮国から取り寄せた髪飾りを付け、同じく南蛮国渡来の衣服ドレスを身にまとう傾いた格好で宴に出ており、その姿格好と相まって一種独特の雰囲気を醸し出していた。

 

 玄偉が再びなにか発言しようとしたとき、回廊に続く出入り口が開いてうら若き乙女が涙ながらに飛び込んでくる。

 

「父上ーーーーーっ!!!」

 

 ・・・父上? 何のことだと訝しむ者から疑問の声が挙がったことで玄偉の失態を心中で嘲笑っていた鳳鳴は己の役割をようやく思いだし、「し、失礼しました」と前置きしてから背後に座る部下に風呂敷包みを座布団に乗せて差し出させ、

 

「殿、阿曽種禅の首、おあらため下さい」

「必要ない。欲しいというなら、そこな姫にでもくれてやるがよい」

「・・・は?」

 

 今度は鳳鳴が唖然とする番であった。

 仮面を付けて素顔を隠し、本心すらもなかなか他人には明かそうとしない国内家臣団のトップにして、信永に次ぐ新五丈国ナンバー2の地位にある男は自分よりも遙かに年下の少女が放った何気ない一言だけで言うべき言葉を見失わされてしまったのだった。

 

「そ、それはどういう・・・」

「どうもこうもない。そのままの意味だ」

 

 にべもなく切って捨ててから、今少し説明が必要かと思い直し、足を組み替え片膝を立てながらの返答が続けられた。

 

「私が軍を発した理由は阿曽氏の居城を攻略し、佐倉を滅ぼすことで軍事勢力としての旧帝国残党を無力化することにあった。その大目標が達成された今、阿曽の首が本物であろうと偽りであろうと意味はない。

 国を失い、兵を損ない、軍を失った流浪の貴人如きになにが出来ると、そなたらは忌避しておるのだ?」

「・・・一門の残党を糾合する旗頭足り得ます。古来より民草というものは正当なる支配者の血を受け継ぐ王の復活を待ち望み、政には興味を示さぬ愚か者たちばかりだからです」

「一理ある。だが、それ故に意味がない。

 その論で考え合わせるのであれば、正当なる血筋を求めるのは、政を知らぬ民草の方であって、実際に民草の上に立ち支配する側の者ではない。

 民草の求めているものを虚実を問わず与え、惑わし、騙し利用し利益を共有する。政の一形態として正当なる王の復活があるならば、民衆が求めている『正当な血筋を継ぎし者』なら誰でもよいと言うことにならないか?」

「そ、その様な不敬な輩などいるはずがございませぬ。恐れ多いことでございまする」

「何故だ? 本物だと信じ込むのは政を知らぬ無知な民草の方なのであろう? 愚劣きわまる愚か者どもを利用して亡き主の無念を晴らそうとする忠誠心は、卿等の眼にそれほど不敬に映るものなのか?」

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

「やれやれ・・・・・・固定概念に囚われた奴隷というのは哀れなものだな・・・」

 

 後半を誰にも聞こえないよう小声で呟き捨てた信永の耳に、新たな闖入者の怒声が轟いてくるのが聞こえてきた。

 

「バカ者! ここへ入ってはならん!」

「どけえーーーーっ!!」

 

 ドカン!と、先程と違って大音量の破砕音を伴いながら入室してきたのは、若き足軽だ。鎧甲冑を身につけたままの姿を見るところ、大方此度の阿曽攻めに参加していた雑兵の一人かと推測しながら、退屈しのぎの座興になればと思い敢えて無礼を咎めることなく入室を黙認する。

 

「殿!! 第8海兵団突撃中隊竜我雷、殿にお願いがあって参りました。どうかお聞きとどけを!」

「無礼者! ここを何と心得るか! 下がれ!」

「貴様のような一兵卒が来るところではないわ!」

 

 秩序を重んじる鳳鳴の叱責が飛ぶが、この警告は信永の解釈とは意を異にする。

 

「構わぬ鳳鳴、言わせてやれ」

「で、ですが殿・・・」

「ここは勝利を祝う宴の間だが、武功を挙げた家臣等を労い報償を授ける論功行賞の場でもある。戦に参加した将兵に願いがあるとするならば、功績次第で報いてやるのが主君と言うものだ。違うか? 鳳鳴」

「は、はぁ・・・」

 

 昔ながらの概念に乗っ取り秩序を正そうとした鳳鳴を責める気はないが、そもそも全軍の一割にすら満たない百人かそこらの上級士官だけで論功行賞も何もあるまいに。

 そう考えている信永にとって竜我雷は興味を引かれる行動を示していた。

 

 ーーだが、問題となるのは酒も人も中身だからな・・・さて何を言い出してくるのやら。

 

「で? 私に聞きとどけて欲しい願いとは何だ?」

「はっ! 我が中隊への恩賞の件・・・なにとぞ、ご再考願います!」

 

 ザワッ! 再びざわめき出す家臣団だが、今度は毛色がやや異なっていた。

 恩賞の直訴は御法度であり、犯せば最悪死罪は免れないことは周知の事実であったから・・・。

 

「不服だと申すのか?」

「いかにも! 命の代償が銀5枚では納得できません!」

「・・・恩賞の直訴が御法度なのは知っておろうな?」

 

 玄偉が常識人らしく、努めて冷静に言葉だけで問いただすが竜我雷は興奮している。聞き入れられる心の余裕はない。

 

「んなことわかってら! けどそれじゃ死んでった俺の仲間がむくわれねぇんだよ!!

 俺の中隊は敵の真ん中にろくな援護も無しに突撃して全滅したんだぜ! それから小一時間もあとだ! 艦砲射撃があったのはよ!

 攻撃命令を下したのはあんた達だぜ! せめて残された家族が充分生活できるように・・・」

「あい分かった。いくら欲しい?」

「保証してやってく・・・れ・・・・・・え・・・?」

 

 思いもかけぬ言葉をかけられ、茫然自失し言葉を失う雷。

 それを表情一つ変えぬまま、まるで壊れて興味を失った玩具でも眺めやるかのように冷たい視線で刺し貫きながら、氷の声と瞳で魔王は問う。竜我雷に、人の命の値は幾らかと。

 

「どうした? 貴様が求めてきたのだ。『命の代償が銀5枚では足りぬ』と。

 ならば汝が妥当と考える、其奴らの命の値段を早く言え。求めるだけ出してやろう。それが貴様の決めた其奴らの命に釣り合う金の値だと言うのであればの話だがな」

 

 あっ! と、広間に理解の色が一気に広がっていく。

 信永は竜我雷自身に死んだ戦友達の命を金で購うことを強要しているのだ。自分自身で戦死者達の命を金で買えと。

 

 悪鬼外道の成せる業だったが、そこは竜我雷も並の男とは程遠い漢である。肝の据わり具合が人とは一枚も二枚も違いすぎている。

 彼は不敵な笑顔を浮かべてニヤリと笑うと、

 

 

「だったらーーこの国すべてだ。あんたの座ってる玉座も含めて、俺の死んだ仲間達に払ってやってくれ。それで今回のことは良い分だ」

 

 

「よかろう。それが貴様の定めた人の命の金額ならば望み通り払ってやろうではないか」

 

 

 

 ・・・・・・今度こそ竜我雷は言うべき言葉の全てを失わされてしまった。

 強いて言うなら「正気かこいつは!?」であろうが、生憎と信永は至って正気の沙汰で言っていた。

 

 ただし、彼女の言葉には続きがあった。

 

 カツーン、と、小刀が一本座っている雷の前に投げ出され、冷たい瞳の暴君少女は彼に、こう申しつけたのだった。

 

「その代わり、竜我雷。お前今この場で腹を切れ。そうすれば今お前が言っていた額は望み通り戦死者達の遺族に払ってやる。約束だ」

 

 

 

 ・・・・・・・・・竜我雷は、生まれて初めて女に言われた言葉で恐怖していた。

 ダメだ、それだけは絶対に譲れねぇ、と。

 

「・・・俺が死んじまった後で、アンタが俺との約束を守るとは思えねぇ。ハッタリも程々にしとけってもんだぜ、お嬢ちゃん」

「貴様もな、竜我雷。さっきから手が震えているぞ?

 たかが自分の命一つで死んでいった仲間達の家族全てが助かる破格の賭けだ、理屈をごねて賭けずに逃げる玉無し野郎ではないと信じた故の約定だったのだがな・・・。

 どうやら私は男を見る目が無かったらしい。とんだ臆病坊やに行き当たってしまったようだからな」

「・・・・・・・・・」

「威勢だけはいいが、それしかない。勢いと運だけで出世する、考え無しの猪武者。言うことはデカいが、出来ることと言えば棒きれを振り回す程度の田舎侍。

 国のことも他人のことも自分のことさえ知らぬままに、戦で手柄さえ立てれば其れで良いのだと考えたがる苦労知らず。戦バカに見せているだけで、戦の不条理さをろくに知らない戦知らずーー」

「・・・・・・てめぇ・・・!!!」

「ハッキリ言ってやろうか、竜我雷。貴様如き似たようなモノを持っている雑兵など腐るほどいる。その中でお前だけは特別だと言うのであれば示して見せろ。

 実績無き者の言葉には一銭の価値すら存在していない。分かるか? 今の貴様の価値はその程度に過ぎんと言うことだ」

「てめぇ・・・てめぇ、てめぇてめぇてめぇぇぇっっ!!!」

 

 

 

 チャリーン、チャリーーーン・・・・・・・・・。

 

 

 

 信永の指が弾かれて、竜我雷の前に一枚の一銭問貨幣が落ちてくる。

 

 

「恵んでやる。這い蹲って感謝しろ」

「て・・・この糞アマぁぁぁぁっ!!!! 調子づくのもいい加減にーーぐふっ!?」

 

 立ち上がり、主の胸ぐらに掴みかかろうとした竜我雷を突然の激痛が襲い、体をくの字に折って気絶しかかる。

 

 

 

 そしてーー

 

 

「それがいやならーー自力でのし上がることだな」

 

 

 

 脳天から凄まじい衝撃が走って意識を刈り取られ、そのまま比紀騨正の娘であった信永の愛娼『麗羅』の部屋へと担ぎ込まれていく竜我雷の後ろ姿を眺めやりながら信永は、左右に立つ軍の重鎮武闘派トップの二人に対して問いかけてみる。

 

 

「どう思う? あの男」

「逸材です」

 

 骸羅が口を開こうとしていたが、機先を制して狼刃が先に雷を評して言った。風雲児だと。

 

「今のような乱世は、時としてああいう風雲児を生み出すものです。その風雲児が名前のごとく竜となり、雲を呼び天に駆け上がるかは奴次第かと・・・」

「奇遇だな。私も似たようなことを考えていたところだ、狼刃将軍。

 あれは竜となれたかもしれない風雲児“だった”と」

 

 過去形を主が用いたことに二人は気づいた。

 

 不快さを微量ながら混じらせた瞳で自分のことを睨みつけてくる狼刃将軍に信永は、くつくつと意地悪く笑って見せながら、こう答える。

 

「あれは勇者だ。ただし石器時代のな。比紀騨正の時代に幕下に加わっていたら活躍できていたのかもしれないが、私の麾下では使い捨ての特攻兵としてしか使い道はないな。

 夢を見たりないからと、いつまでも寝床から出て来たがらずに駄々を込める子供というのは、いつの世でも哀れで無様な生き物だな・・・ふふ、ははは、ふはははは!」



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やはり俺がゼロの使い魔になるのは間違っている。

八幡が「ゼロの使い魔」になる話みたいですね。


 青春とは嘘であり、悪である。

 これは世界の絶対原則である。異論反論は一切認めない。

 もし仮に世間が認めたとしても、世界中で俺だけは断固として受け入れられないと断言することができる。

 

 

 なぜなら、世間が言うように失敗することが青春だとしたならば。

 たった人生で一度だけ、自分のせいではない失敗によって生涯を狂わされた俺が『現代日本で送れるはずの青春から除外されてる今の状況』で、どこからも救いの手がもたらされないのはおかしすぎるではないか・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「あんた誰?」

「いや、それ俺の台詞だし。むしろ俺の方に聞く権利あるはずだし。お前いったい、どこの誰で、ここはどこなんだよ?」

 

 抜けるような青空をバックに俺の顔をジロジロ覗き込んできてた生意気そうな女の顔がヒクついた。俺と対して歳は変わらそうに見えなくもないけど、正直なところよくわからん。

 だって外国人だしコイツ。少女趣味なピンク色した髪が頭悪そうにフワフワしていて背は小さく、胸は無いに等しい。

 黒いマントに短すぎる杖もって魔女っ子モドキのコスプレ女子中生かと思っていたのだが、どうにも違っているらしい。辺り一面に似たような格好の同世代がいるし、それに何より風景に見覚えがなさ過ぎる。

 

 富士山みたいにデカいけど、見たことも聞いたこともない山脈が間近に見えるし、周囲一帯を石壁で取り囲まれてる中世ヨーロッパのお城紹介番組でしか見たことないような建造物しか周りに建ってない。

 あと、この場にいる奴全員が外人さん。金髪、赤髪、茶髪と、日本の学校でこんな色とりどりに染め上げられた髪色の学生いまくったらニュースだわ。大ニュースだわ。学級崩壊まったなし扱いされて、翌日から校門にマスコミ押し掛けて来まくってるわ。

 

 ーーそんな世紀末救世主伝説にでも出てきそうなファンキーヘアーカラーで満たされてる場所に一瞬にして移動してましたって、あり得ないでしょ? 

 つまり、これは現実じゃない。それかもしくは“現実世界じゃない”。

 

 夢か幻か、はたまた最近ちまたで話題の異世界転生か? どれだとしても物理法則で不可能なことが現実の俺に起きてる以上、これは常識ではかっちゃいけない事態だ。常識以外で対処するしかない。面倒くさいことこの上ないが・・・・・・しないと生きてけそうにないから頑張ってみよう。面倒くさいしスッゲェ嫌だけど・・・・・・。

 

 

「・・・アンタね。自分の立場わかってるの? 私は貴族で、アンタはわたしが召還した平民でしかないのよ? もっと身分をわきまえて敬う態度を示しなさいよね」

「知らんし、わからん。そもそも此処がどこかも分からん状況で身分がどうこう言われてもサッパリだ。もう少し詳しく説明を要求する。

 そうしてくれたら、多少なりとも望みを叶えてやれるかもしれないけどな」

 

 むっ、と少しうなってから少女は誰かの名を呼んでヅラっぽい中年男性が近づいてきて、そいつと話してから俺の元に戻ってくる。

 

「ねえ」

「なんだよ?」

「あんた、感謝しなさいよね。コルベール先生が特例で許可してくれたわ。その無礼な態度もひとまずは許してくれるって。

 ーーそれから、こんなこと貴族にしてもらえるなんて平民ごときには一生かかってもないんだから・・・」

「はぁ? いや、ちょっとなに言ってんだかサッパリで・・・頭ほんとに大丈夫か?」

「ちょっ、かわいそうな女の子を見る目でわたしを見つめないでもらえる!? 今一瞬だけ走馬燈が頭をよぎって手首ごと血管切って古代貴族に倣いたくなっちゃったじゃないの!」

「あー・・・・・・」

 

 こいつ、見た目は(バカっぽいけど)美少女なのにぼっちなんだ・・・。黒歴史持ちなんだ・・・。

 あれ? おかしいな、一瞬前まで生意気そうで色気なし胸なしチビロリ頭ボンバー娘としか思ってなかったのに、なんか今だと『愉快な脳味噌色した見た目だけは可愛い子』ぐらいにまでランクアップしちまってるぞ?

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つのーーー」

「いや、名前と比べて名字長すぎるだろ。よく忘れずに覚えられたな。今少しお前のこと本気で尊敬したくなってきたわ」

「呪文の詠唱中に変なところで感心しないでもらえないかしら!? 誉められ慣れてないから本気で嬉しく感じて呪文トチりそうになっちゃったでしょう!?

 ああもう! とにかくあんたはジッとしたまま黙ってなさいよね! すぐ終わる儀式なんだから!」

 

 さいで。心の中で了解の意を示しジッとしたまま黙り込んでいると、目の前に自分の顔を寄せてきた少女は俺の唇と自分の唇とをあわせて、しばらくの間動かずにジッとし続けていた。

 

 はい、ここが現実世界じゃないの確定。目が腐ったひねくれ男子高校生にキスしてくる女の子なんて現実にいたら金目的です。金目的の人はぼっちになりません、便利な女扱いされて男とベッタリしてられます。捨てられるまでは。ソースは俺の親父。

 

 

「ーーって、痛っ!? な、なんだこりゃ?」

 

 なんか痛いと思って気づいたときには左手の甲に、Fateのサーヴァントに命令する用の令呪みたいなのが浮かび上がっていた。

 なんとなく展開的に「CEEEL!」が口癖の連続殺人犯っぽくて不吉だなーと思ってしまう俺の中学生活は間違っていた。

 

「終わったようね。ーー言っとくけど、本当なら平民が貴族にそんな口の利き方しちゃダメなんだからね? 次からは気をつけるのよ?」

「・・・すまん。俺の知ってる貴族っていったら、成金イメージしかないから無理そうだわ。後で詳しく教えといてくれ」

「貴族全部が成金扱いなの!? アンタ一体どこからきたのよ本当に!?」

 

 たぶん、言っても知らないし分からない場所だと思うぞ? 多分だけども。

 

「はぁ・・・まったく・・・。なんで、このヴァリエール家の三女があんたみたいなのを使い魔にしなくちゃなんないのよ、本当に・・・ブツブツ」

「よく分からんけど、三女だからじゃないのか? ふつうの親なら跡取りとしての長女か長男を、上がダメで可愛くないときには妹か弟を可愛がるのが定番だし。

 つか、貴族の三女って家にとっては政略結婚の道具ってイメージしかないんだが?」

「だからなんでアンタの中の貴族イメージ、そんなに歪みまくってるのよ!? なんか恨みでもあるの!? 主義者!? 国家転覆を謀る主義者だったりでもするのかしらアンタは!?」

「失礼な奴だな。俺は平和主義者だぞ? 平和主義者すぎて他人とぶつかりたくないから空気読んで人の輪から遠ざかり、生まれつき恵まれてる連中は砕け散れと思ったことまである」

「それを主義者って呼ぶんじゃないかしら!? わたし亡国の使者でも召還しちゃったのかしら!? 本気で怖くなってきたからやめてもらえませんこと本当に!」

「・・・すまん。悪ふざけがすぎた。反省してる」

 

 なんか反応が面白いというか、打てば響くペースが小気味よすぎて・・・などと言ったら怒られて殴られる未来確定してるから俺は言わない。だって、痛いのヤだし。怖いし。どんな相手でも殴られないに越したことないんだし。

 

「あったま痛・・・とにかく部屋行くわよ部屋。なんか疲れた・・・」

 

 激しく疲労させてしまった自覚がある俺は申し訳なくなったので黙ってついてくことにした。

 

「ここよ。私はベットで寝るからアンタは床ね。まさか文句あるとか言わないわよね?」

「どちらかと言えば、お前の方にあるんじゃないのか? 俺と一晩同じ屋根の下、同じ部屋の中ですごすんだぞ? ほんとに大丈夫か?」

「なによ? はっ! な、まさかあんた私に身分もわきまえず破廉恥きまわりない行為に及ぼうと・・・!!」

「暗い中で俺を見た知り合いから『ゾンビそっくり』と言われたことがあるんだが?」

「・・・・・・ごめんなさい。別室用意させるから、そっちで寝てもらえる? 夜中にトイレに起きて鉢合わせしたらお粗相しない自信がもてそうにないの・・・」

 

 失礼な奴だな、本当に。このぐらいなら慣れてるし、いいんだけども。

 



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やはり俺はSAOでも間違えるのか?

「俺ガイル」×「SAO」二本目みたいです。


 ビュン! ヒュッ! シュバウッ!

 

「ふっ! はっ! たっ!」

 

 切る、凪ぐ、剣で突く。現実の学校生活では体育の授業を一人で壁打ちして過ごすしかないボッチな俺のリアル時には到底不可能な早さと剣捌きで魅せてくれるゲームアバターの性能に感心しつつ、俺は一息ついて空を見上げてから周囲を見渡す。

 

 草原やら森やら街やら村までもが点在していて、モンスターたちの跋扈するダンジョンとしての山あり谷あり古代の遺跡ありなごちゃ混ぜワールドを『空に浮かぶ鉄の城』の階層ごとに個性で分けて百回層も連ねた超巨大迷宮《アインクラッド》。

 

 聞いた話じゃ基幹フロアの直径はおよそ十キロメートル、世田谷区がすっぽり入ってしまうくらいはあるんじゃないかって程なんだそうだ。その内にひと月ぐらいかけて測量する物好きたちが現れたとしても何らおかしくない規模の超自然的な摩訶不思議空間と呼ぶべきだろうな。

 

 総データ量を推し量るのがバカバカしく感じられるくらいにあり得ないスーパーテクノロジーの結晶体。

 それが“たかがゲーム”に惜しげもなく全力投入されているのが二〇二二年十一月六日、日曜日に満を持して正式サービスが開始された世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》が実在している“この世界での現代日本”だった。

 

 

「・・・ゲームの世界が現実に、ね。笑えない冗談だよ全く。ゲームにさえ現実持ち込まれちまったら俺たちヒッキーなボッチゲーマーはどこに現実からの逃避場所を求めればいいんだろう・・・なっ!」

 

 ヒュバッ! シュピィィィィィィッ・・・・・・ンーーーーズバッ!!

 

『ぴぎぃっ!』

 

 残光を残す速度で剣が振られて軌跡を描き、背後からバックアタックを仕掛けようとしていたMobモンスターの一匹を刈り取る。

 動かずジッとしながら獲物の方から俺を見つけて襲いかかってきてくれるのを待つだけの自分が囮になる手法なら、獲物を求めて動き回ってる奴らと狩り場を巡って争い合う必然性もないし、手に入れたドロップアイテムが原因で仲間同士いがみ合う必要性とも無縁でいられるから楽でいい。

 最強を目指して誰かと順位を競い合う趣味を持たない俺には似合いの狩り方だと、つくづく思う。

 

 そして、こう言うときにはつい考えてしまうのだ。

 もしかしたら、この世界でだったら間違えることなく上手くやれてたのかも知れないのにな、と・・・。

 

「・・・こんなもの所詮は逃げでしかないと、自分でも分かってはいるんだけどな。

 たくっ・・・選ばなかった事への後悔って言うのは、選んで失敗したときよりも尾を引くから面倒くさい。ましてやそれが『選んでいたら手に入ったのかも知れない後悔』なんだから手に負えないよね本当に・・・」

 

 俺は心の底からそう思っているし、これは今も昔も死んでからも死ぬ前も生まれ変わってからもなに一つとして変わったことなど一度もない。

 

 俺はあの時、答えを選び間違えて“やり直す”と決めた後に続くかも知れなかった明日を未練がましく求め続けている。二度と手に入らないと分かり切ってる“あの場所への回帰を”未だ諦めきれていない。願い続けているし求め続けてもいる。

 決して手に入らないモノを、手に入れられるかもしれないと信じて手を伸ばした瞬間に横合いから放たれた偶然の一突きで命ごと奪われて果たせなかった場合の後悔は、本当に理屈ではどうにもならないほどにデカすぎる・・・・・・。

 

 

 

 俺が死んだのは一色との一件で合同クリスマス会の話が持ち上がり、色々あった末に上手く行き始めていた頃でのことだ。平塚先生に発破かけられて、俺なりに悩んで迷って答えを出して、さぁ行くぞと、ほとんど寝ることもなく学校へと向かい着いてから一度眠るつもりでいた結果、よそ見運転で信号無視した車の暴走に対処しきれなかった。

 

 避けるだの受け身だのと格闘技やってる静ちゃんなら色々批評できたかも知れない俺の判断の不味さだったが、寝起きですらない別のこと考えるのに頭いっぱいな状態で考えることしか出来ない俺に物理的な突発事故への対処法など求められても困ってしまう。そして、困っている合間に死んでしまう。つまりは、どうしようもなかったのだ。

 

 他の選択肢を選ばなかったんじゃなくて、選ぶための条件を満たしておらず選択肢そのものが現れることが出来なかった。ただそれだけの現実的な死が俺の人生の終わり。正解も誤解も意味をなさないし何の役にも立たない、本当の意味でのファイナルアンサーだったのだから。

 

 

 そうして死んだ俺は、どういう理屈でなのか目覚めた時には自宅のベッドの上で寝ていた。中学校時代の制服姿でだ。

 訳が分からないまま部屋を出てリビングに行くと妹の小町がいて、テレビを見ていた。

 普通に声をかけたら普通に返事をしてくれて、おかしな所は何も見あたらない。ただ単に昔着てた制服を引っ張り出して着たのを起きたら忘れてただけかーーそう思ってテレビに映るニュースキャスターの声も雑音として聞き流していたのだが、一言だけ聞き流せない部分があって確認するためカレンダーへと視線をやる。

 

 今日を示す日付は十一月六日。暦が示す数字はーー“2021年”。

 

 

 ーー死んだ俺が再び目を覚ました時、そこは《ナーヴギア》と名付けられたゲーム機を使い仮想の世界に自分の五感を完全に隔離遮断することができる究極に近いバーチャル・リアリティを実現させた、俺の生きていた時代には絶対にあり得ない不可能事が可能であると額縁付きの実績で証明された近未来日本にある自宅に変貌してしまっていたのである・・・・・・。

 

 

 

 それ以降はとんとん拍子に事は悪く進められていく。

 前世で入学した総武校への受験は、今生でも継続するつもりでいた。当然だ。俺には、岩にしがみついてでも『あの場所』に戻って二人に伝えるべき言葉があったのだから。

 

 だが、俺の薄っぺらい希望は降り始めた雪とともに淡く溶け、やがて跡形もなく消し去られてしまう。

 

 受験用の参考書を買いに訪れた東京BAYららぽーと、雪ノ下と一緒になって由比ヶ浜にあげる誕生日プレゼントを購入したレジャースポットで俺は別々の店で二人の『女性』と出会うことになる。

 

 いや、『出会い』と表現できるほどに印象的で相手の顔も言葉も一見一句過たずに覚えていられる価値があったのは俺にとっての彼女たちだけで、向こうにしてみたら『会ったこともない、見ず知らずの赤の他人な年下の少年に声をかけられて道を聞かれた』以上の意味などありはしなかったのだろう。

 

 それぐらい彼女たちは幸せそうに笑っていて、互いのことなど顔を合わせてさえ認識しあえないほど無関係な赤の他人同士になっていたのだから・・・。

 

 一人目の女性は、長い黒髪と整いすぎてて逆に怖い印象を与えてしまう美貌を、薄く化粧を施したナチャラルメイクで柔らかく変化させることに成功したスーツ姿のインテリ系美人で、一緒に歩いていた年上の男性が議員バッジを付けてたことから政治家の秘書か、それに類する職業に就いてる女性だと推測できる。

 

 そして横合いから別の男性が「雪ノ下議員」と声をかけられた議員の男性は、隣を歩いていた美人に顔を寄せて「すまんな、雪乃。また何か面倒事が起きたようだ。先に行って待っていてくれないか? 私も後から直ぐ追いつく」ーーそう、確かに言っていたのを俺は鼓膜が引き裂かれるほどの痛みとともに聞こえてしまっていた。

 

 その直後に前方から幼い子供二人と手をつなぎながら歩いてきた明るい髪の若い女性は、ヤンママと呼ぶには雰囲気も表情も陽性すぎてて躊躇わせるものがあり、単に学生時代のヤンチャぶりが名残として髪色に残っているだけの平凡で当たり前な家族の幸福を全力で満喫している童顔の美人。

 

 彼女の両手を左右から捕まえている二人の子供たちが満面の笑顔を浮かべながら、母親に甘える声で交互に話しかけているのが聞こえてくる。

 

「ゆいママー、今日の晩ご飯なにー? お肉ー?」

「ちがうよ、ういちゃん。今日のゆいゆいママの作るご飯はハンバーグですぅ!」

 

 二人の我が子をあやしながら明るい髪の女性は、議員秘書の女性の横を素通りしながら、二人ともに返事を返す。

 

「はいはい、ういちゃんもゆりちゃんも喧嘩しないの。それと、残念でしたー。今日の晩ご飯はパパの好きなカレーライスに決めちゃってるからねー。今からの変更は子供からでも受け付けておりません」

「「ええー、ひいきー」」

 

 

「・・・雪乃、どうかしたのか? あの子たちが何か・・・ああ、なるほど。おまえもそう言う歳だったな。彼とは上手くいっているのか?」

「・・・・・・(//////)」

「ふっ。幸せそうに顔を赤らめおって。せっかく子供との距離が縮まったと思った矢先にこれなのだから、つくづく男親など成るべきではないものだと思わされるな」

 

 

 ーーその後のことはよく覚えていない。ただ、普通に二人ともに同じ場所へと続く道を聞いてから帰宅した。どこへの道を聞いたかまでは覚えちゃいない。どうせ二人ともに関連付いてる場所だったんだろうけど、双方ともに何らの感慨すら持たないままに答えてくれてたから俺にとってもどうでもよくまっちまったんだろう、きっと。

 

 

 

 こうして。俺は二人が既に総武高校を巣立っていったことを知り、『あの場所』に帰れる機会なんて始まった瞬間に失われていたのだと言う事実を最大限の痛みとともに思い知らされた。

 

 

 俺はバカだ。分かったつもりで結局なんにも分かってはいなかった。

 

 あがくのは大事だ。何もせずにあきらめた自分を言い訳したところで誰にも聞いてはもらえなかったから。

 

 苦しむことは重要だ。苦しまずに楽に生きてけるなら一番良いが、そんなもん送れる奴らは苦しみの価値なんて考える必要性がない。考えてる時点で俺にとっては必要なことなんだろうと言い切れる。

 

 悩むことは大切だ。悩まず安易に選んで失敗したときには、絶対他人のせいにしたくなってしまう。自分の選択に自分で責任を負うためには自分一人でまず悩むことから始めなくてはならない問題が必ずある。

 

 無論、考えるのは必要不可欠だ。計算づくで相手の気持ちを考えるしか出来ない俺が考えることを放棄してしまったら、後は心も頭も失った機械がぼっちとして一台切りで残っているだけの状態が続く。意味がない。

 

 

 だけど、俺は何よりも大事で一番重要な要素を計算に入れずに正しいと問い答えを求め続けて考え続けて足掻いて悩んで迷い続けていた。時間を無駄に捨ててしまっていたんだよ。

 平塚先生の言うとおり、答えは直ぐ近くで既に出ていた。後は俺が選ぶかどうかだけだったのに俺は貴重な時間を、残された見えないタイムリミットを永遠だと勘違いし続けて、今になってようやく間違いに気づく。

 

 人生にやり直しが利くというのはリスタートの事であって、選んでしまった選択肢を選び直すことは出来ないし、選んで出した答えに付随してくる結果が予想していなかったものだとしても最初から選び直す権利なんて与えてもらえることは有り得ないのだと言う当たり前の事実に戻れなくなった事でようやく至る。

 

 

 俺はバカだ。人の心理が読めてただけで、それから得られた答えについて口に出す日を後日に後日に廻し続けて、誰もいなくなってから放課後の部室棟で一人後悔の懺悔をいつかどうかも分からない神様に向かって叫びたくなってしまってる。

 

 

 俺はバカだ。間違えてばかりの青春と人生を送ってきて無様に死んだ、単なるぼっちだ。俺にやり直す資格なんかないし、やり直したところで俺が帰りたいと願った『あの場所』はもう、この地上のどこにも存在していない。とっくの昔に消え去っていて、誰の記憶にも残ってさえいないだろう。

 

 

 だから、これは幻想だ。仮想空間だからこそ可能となっているだけのバーチャル・リアリティだ。仮想の世界に現実を投影してみただけの儚い幻にすぎないはずなんだ。

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

 

 空に浮かぶ深紅のローブをまとった、顔なしアバター。

 俺が絶望の中、無理して受験する必要がなくなったのでダメ元から応募してみたSAOのベータテストに想定通りに落選してから二ヶ月後の今日。どういう偶然かは知らないが小町が発売日当日に購入してきたそれを何故だか俺に押しつけて遊びに出てしまったために少しくらいはやってみるかと遊んでいた最中に、突如として鐘の音が大音量で響きわたって直後に転移してきた場所『はじまりの町』の大広場中央の頭上に、禍々しい姿で舞い降りてきた深紅の悪魔が俺たち一万人の虜囚に向けて語りかけてくる内容は、幸せな連中にとっては死の宣告であり、俺みたいな一度死んで全てを失った俺にしてみたら福音以外の何者でもありはしなかった。

 

 

『私の名前は茅場昭彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 

 ーーああ、これで俺はようやく。

 

 

『このゲームでの敗北は現実での死を意味する。ゲームオーバーでアバターが消滅した瞬間、現実世界にいる君達自身もまた永遠に意識を消失する』

 

 

 

 ーー生まれ変わってから死なずにきたことに意味が持てた。

 

 

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たったひとつ。最上部の第百層で待っている最終ボスを倒すことだだけ。

 その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 

 

 

 ーー死んだ命の使いどころが、生き返らせられたのに生きてる意味を奪われてた意味が、その全てが。

 

 

 

 

『以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。

 プレイヤーの諸君ーー健闘を祈る』

 

 

 

 ーー無意味な俺の命で何かが救えるかもしれない、第二の人生に与えられてた意味。

 

 

 

「・・・・・・つまり、このゲームの中で誰かの代わりに俺が死ねって意味なんだろうな。なんだそりゃ、楽勝すぎてあくびが出る難易度のクエストだな。

 誰かのために犠牲になるなんてーーそんな傲慢な行いならやり飽きてる。楽勝だ。せいぜい派手に身代わりになって死んでやるよ。

 ・・・そうすりゃもしかしたら何処かの誰かに許してもらえて、アイツらに伝えたかった言葉だけでも言える機会をもらえるのかもしれんしな・・・」



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やはり俺が高校入学初日に交通事故で亡くなってる転生物語は間違っている。

「俺ガイル」時間逆行TS転生モノ第二弾。・・・つくづく私って、こういうのが好きな奴ですなぁ~・・・。


 俺はその日、柄でもなくワクワクしながら自転車をこいで学校へと向かっていた。

 中学のときのアレが原因で、地元の公立校のどこに合格しても入学ぼっちが事前予約されていてキャンセルもきかなそうだったから、一年かけて猛勉強して受かった県下一の私立校でおこなわれる入学式に参加するためだったからなのだろう、きっと。

 

 一時間も早く起きて、先生以外に誰もまだ来ていない高校に笑顔を浮かべて楽しそうに自転車をこぎながら向かっていた時点で、俺の浮かれ具合が許容限界を超えていたことが伺い知れると言うものだ。

 

 そんな中、7時ごろだったろうか? 高校付近に到達したときに犬の散歩をしている女の子が道路の反対側を逆方向に進んでいるところとすれ違い、あろうことか女の子が握っていたリードを手放してアホっぽい顔した犬は道路に飛び出し、居眠り運転でもしてんじゃねーのか? って聞きたくなるほどベストなバッドタイミングで犬に向かって突っ込んでくる黒塗りの金持ちが乗ってるぽい車。

 

 俺は考えるより先に身体が動いてしまい、気がつけば道路に飛び出して犬を抱えて抱きしめた状態で車にはね飛ばされーーーーーそのまま死んでしまった。ご臨終である。

 ドラマもへったくれもない。無論、交通事故から始まるお約束ラブコメ展開なんて微塵も存在していない、単なる交通事故が死因となって俺の短い人生は幕を降ろした。

 

 享年、16歳。波乱はないが、波風もなく、ただただ世間の冷たい寒風が吹き荒んでいただけの、腐った魚の目をして過ごす生涯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

「ーーお姉ちゃん! お姉ちゃん! 朝だよ起きて! 今日は小町の入学式だから、一時間前にいっしょに学校行ってくれるって約束したじゃん!

 起きて! 起きてったら起きて! ねぇ、起きてよぉっ!!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ・・・イヤな夢を見せつけられて目覚めた朝は、いつも決まってバッドタイミングなイベントの日とかち合わされるのは今の俺が背負わされた宿命なのだろうか・・・?

 

 よりにもよって入学式の日に死んだ“前世の最期”を、愛する妹が小学生になる記念すべき日にデジャブーさせなくてもよかろうに。

 

 そんな風に俺が布団の中でテンション回復に努めていると、妹の小町(6歳)は元兄で現“姉”の心知らずとでも言うかのように、俺を夢の国から追放するため力付くで布団をはぎ取ろうと格闘している。

 

「ーーって、おいやめろ寒い。入学式のある三月って暦上ではまだ冬だから寒いんだってマジで」

「おーきーるーのー! おーきーなーきゃーダーメーなーのー!」

 

 ユッサ、ユッサ、ユッサ。子供は風の子、元気な子。

 自然のままに生まれてきたナチュラルなお子様である小町は地球の厳しい自然環境でも元気に育っているようだったが、記憶とスペックを維持したまま普通の子供たちより優秀な状態で生まれ変わらせられた存在、コーディネーターな俺は狭いコミュニティの中で引きこもって生きてきたから自然環境には非常に弱い。

 見た目は子供、頭脳はひねくれぼっちな高校生である俺は周りの子供たちほど元気じゃないのである。

 

 だからお願い小町ちゃん。もう少しだけ寝かせて? お姉ちゃん、昨日は夜遅くまでお袋たちにバレないように隠れ潜みながら深夜アニメ視てたから早起き辛いの。分かって、転生幼女の満たされにくい萌え欲望。

 

「ダーメー! おーきーるーのー!!」

 

 ダメらしい。ーーこれが若さ故の過ちと言うものなのか・・・。

 

「わかった、わかったから、今起きるから布団を引っ張るな。伸びるし破ける。布団高いから、金のないお袋たちに買い換えさせる金かけさせるな。俺が後で怒られるから絶対に」

 

 男だろうと女だろうと、兄妹姉妹は上の兄か姉のほうが妹のぶんまで責任を持つ。千葉の兄妹なら常識だ。姉妹になったってそれは変わらない。たかだか性別が変わったぐらいで妹に対する対応の仕方が変わるような奴はクズだ。生きてちゃいけない奴なんだ!

 ・・・え? 妹が弟になってた場合はどうするのかって? 見捨てるに決まってんじゃん、常識だろ? アホか。

 

 

 ーーーーあ、そうだ。確かめたかった事あったんだった。

 ちょうど思い出したことだし、試しに聞いてみよっと。

 

「ところで小町ちゃんよ。もしもだ、もしもの話だぞ? もしもお姉ちゃんが入学式の日に車にひかれて死んでしまったとする。その時お前はどういう反応をすると思う?」

 

 前世に残してきた数少ない悔い・・・それは小町のことだった。ほかの奴らはどうでもいい奴しかいなかったけど、小町だけは例外中の例外。めっちゃ気になる。

 あと残してきた後悔と言えば、ベッドの下に隠してきた丸秘本を小町に見つけられて嫌われてないかなー、とか。本棚に偽装して並べてあるエロ本を小町に見つけられて「お兄ちゃんのバカ、エッチ、変態!」とかののしられたりしてないかなーとか。

 

 後は隠してきたアレやコレを小町に・・・・・・改めて振り返ると俺の前世って、エロと小町一色だったんだな。はじめて知ったわ。

 

「え? どったの急にそんなこと言い出して・・・ポンポン痛いの?」

「いいから。とりあえず質問への答えを先に早く。あと、今日の俺は腹を下してねぇ。この前のアレで懲りた。二度と限界を超越したガブ飲みはしない」

「・・・いやまぁ、うん。確かに。いくら好きだからって抽選で当たったMAXコーヒー一ヶ月分を1日で飲み干す勢いで飲みまくってたのには小町も思わずドン引きでした・・・。小町的にスッゴくポイント低かったよお姉ちゃん・・・」

 

 物理的な距離は変わらないまま、精神的な距離が天と地ほども引き離された俺と小町。

 仕方ないじゃん。子供の小遣いで帰る金額じゃないんだから。運任せで当たった以上、自分一人で独占して飲み干したくなるだろそりゃ。

 

 

「・・・ま、いいや。ところで、えっとー。たしかお姉ちゃんが死んだとしたら小町はどうするのかだったよね?」

「ああ。理由はないんだが少し気になったからな」

「ふーん?」

 

 要領を得ない顔して小首を傾げる小町。なにこの子、スゴくかわいい。お持ち帰りしたい。誘拐現場が我が家という名のアジトだから運ぶの楽だし。

 

 そんなアホなこと考えていると小町はなにか閃いたのか「あ!」と小さく叫んで目を輝かせて。

 

「じゃあさ、じゃあさ! 小町、オコウデンっていう、お年玉袋みたいなのが欲しーい! あれって結婚式の時にももらえるんでしょう? ゴシューギブクロって言う名前で!

 小町、オコウデンとゴシューギブクロをもらったら、お父さんとお母さんにパンさんのぬいぐるみ買ってもらうんだー♪」

「なるほど」

 

 もらっておいて、更によこせと言い切る辺りさすがは俺の妹だった。

 

 ・・・そして、この性格なら前世の俺が死んだ後でもたいして悲しんでくれなかった可能性が高い。

 やはり俺の前世に青春ラブコメが訪れる日はこなさそうだった。あのとき死んでいたことで始まっていた俺の後悔は、今ようやく終わりを迎えて解決したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーあ、もう学校についちゃった・・・。ちぇー、小町の入学式の日くらいお姉ちゃんも小町の学校の生徒になればいいのに」

「おまえ、さり気に無茶言うね。それが出来たら俺って何様なんだよ。神様か?」

 

 もしくはUSA様。あの国に日本は逆らえません。強い者には巻かれたがる、現代日本社会と俺との相性は存外悪くないんじゃないかと最近思えるようになってきた。年の功より知識の継承。転生者が最強チートなのも以外と道理なようである。

 

「では、お姉ちゃん! 行ってくるでありまーす!」

 

 敬礼(みたいなナニカ)をしてからお袋たち共々と一緒に校舎の中へと姿を消した小町を見送った俺は一人だけ向かう先を帰る。

 

「ーーそんじゃま、俺も学校に行きますかね」

 

 頭をかきながらそうつぶやいた俺は、着ている服こそ小町と同じ私服だったが、胸元にだけ他の子供にはない銀色の小さなバッジを付けている。私立小学校に通っている生徒である証だ。これ以外にも二種類ある所属校を示すどれかを付けて登校するのがうちの学校のルールだからだ。

 

 

 なぜ俺が前世と違って私立の小学校なんかに通っているのかと言えば、その理由は「前世があるから」としか言いようがない。

 別に記憶があるから知識チートで高校生レベルの問題を解いて見せた訳じゃないし、もしソレやってたら私立の小学校程度で収まりがつくとも思えない。だから理由は別にある。

 

 ぶっちゃけ、加減がよく分からなかったんだ。普段の受け答えみたいに答えが曖昧なやりとりは、相手が「よい返事だ」と感じたものが正解で、当たりも外れも出題者の主観のみで決定されてしまう。

 だが逆にそれは相手に「よい返事だと思わせさえすればよい」と言うことでもあり、出題者を観察して求められてる答えを口にしてやればいいだけだから楽だったんだけど、ペーパーテストとかの明確な答えが存在している質問はどうも苦手だ。どの当たりまでが『ふつうに出来る』レベルなのかさっぱりなのだ。幼稚園生でも、さすがにテスト結果と点数と記述までは公開しないんだよなー。

 

 

 だったら私立自体受けなきゃいいじゃん、と俺も思ったんだが、どう言うわけなのか俺はどうしてもこの私立小学校に通わなきゃ行けない気がしてしまって仕方なかったんだ。だからお受験して入学した。後悔はない。反省はしているけどな、主に去年から同じクラスになってる黒髪ロングの女子生徒のせいで。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 チラリとそいつがいるだろう方角に目を向ければ案の定だ。

 教室の真ん中当たりの席に座って本を読んでいるにも関わらず、そいつの周囲には人っ子一人集まってはいない。エアポケット状態だ。

 周囲にいた連中が、こいつと関わり合って巻き込まれるのを恐れたのもあるけれど、それでも根気よく残り続けていた連中までぶった切ってしまったのは明らかにこいつの罵倒が問題だった。あれで完全にクラスから孤立させられた女生徒『雪ノ下雪乃』。それが彼女の名だった。

 

 

 まだ小学生だって言うのに目を見張るような美形だったが、その刺々しすぎる態度と声音、言い分などが元でキツい印象ばかりが際だつ。触れようとしたら威嚇してくるような気位の高いペルシャ猫を彷彿とさせないこともない。

 

 俺は去年、進級して出会ったときからコイツのことが嫌いだった。好きになれないのではなくて、はっきりと嫌い。

 そこまで人の好き嫌いはないはずだと自負していた俺なのだが、こいつの前だと少々やりづらい。重苦しくてイヤな口調で悪態をつきたくなってくる。

 

 

 と言うのも、コイツ。明らかに『人に分かって欲しいのに言い出せないでいるから、だから解れ!』と人にばかり要求している部分が強すぎる。

 

 『自分は正しいのに報われない世界は間違っている。だから変われ。私は正しいから変わらない』ーー無言の主張が大音量で轟き渡るほどあからさまな表情と態度と口調。

 

 こいつは自分をぼっちだと思っているようだが、まだ甘い。

 「ぼっちにさせられている環境を受け入れる」ことと、「ぼっちにされた自分が悔しくてイヤだから、自分からぼっちであるのだと思いこもうとしている」こととでは別物だ。全く違っている。

 

 経験値がないからなんだろう、顔にも態度にも声にも隠そうとしている意図が垣間見える。隠したい物があるから、知られたくない物があるからこそ、隠すための欺瞞が施される。小学生程度の欺瞞じゃ高校生のぼっちマイスターの目は欺けない。

 

 

 おそらくと言うか、間違いなく原因はイジメなんだろう。コイツと出会ったときがバッドタイミングでイジメの真っ最中だったからよく覚えてる。

 

 イジメられてる原因は、コイツの幼馴染みだとか言う完璧さわやかイケメンだと思って間違いないだろうけど、どうにも俺にはコイツら二人に同情する気持ちが持てずにいた。

 

 

 それはコイツが『助けて欲しいけど言えない事情がある。言えないのだから、言わなくても解って対応しなさい!』と、自分が変わらないまま他人ばかりを避難しているのが明白すぎるからだ。

 小学生だから仕方ないのかもしれないが、むしろ他の小学生より抜きんでて『小賢しい』せいで、高校生の目線から見ると却って傲岸不遜さが鼻につく。

 イジメられてる自分を守るための手段として先手必勝を尊び、差し伸べられた手があっても、期待はずれで傷つくときが怖くて振り払おうとする。

 口で勝ちさえすれば、望んでもいない不遇な立場に落とされている自分は負けてないのだと信じられると信じたがっている。それでいて本心では戯言でしかないと解る程度には賢いから、言い負かした後で言い返された幼稚な言葉に唇を噛みしめながら黙り込むことしかできなくなる。

 

 

 はっきり言ってしまうなら、『目的と行動が一致していない』。

 たぶん、自分自身でも何がしたくて、どこに向かいたいのかが解らなくなってるんだと思う。あるいはどこにも道なんかないのだと思いこんでるだけかもしれない。

 

 

「あいつ、ひょっとして馬鹿なんじゃねぇの?」

 

 俺は、そろそろ本人の前で断言してやった方がいいかもしれないと思えてきた言葉をつぶやいてしまっていた。

 

 別に、変わらないことは悪いことじゃない。変わりたいと思った奴が変わるための努力するのと同じようなもんだろ。変わらないための努力なんてさ。

 本人が望んでやるんだったら変わるのも変わらないのも一緒だし、無理矢理やらざるを得ないのなら、どっちも同じ他人の意のままに自分を変えさせられてることに変わりない。

 

 現状に適応できないから、自分をごり押しして貫き通さなければならなくなってる時点で、今のアイツは周りに影響されて変えられてしまっている。プライドだけしか守れてないのに負けてないも何もない。

 

 

 

「お節介と言われるだけで終わるんだろうけど・・・」

 

 俺は一年かけて暇つぶしに周囲の話し声を聞き集めて構成してみた問題となってる奴らの人間関係分布図。これを使えば問題の大部分は解消できるんだが・・・・・・。

 

 

「受け入れるかな? あの解決バカが解消策なんかを」

 

 自分のやり方を押し通そうとして上手く行かず、上手く行くまで同じやり方でごり押しし続けている点から見ても相当に負けず嫌いで突撃厨の猪な性格が透けて見える。

 自分のやり方が通用しなかったから生じている状況が今だってのに、同じやり方で解決することしかしようとしてない所とか特にな。

 

 

「自分が正しいと思っているなら、変えるべきなのは自分でも相手でもなくて、相手に合わせたやり方なのにな」

 

 

 正々堂々、力一杯いつでも全身全霊で。それがアイツのやり方のように見えるが、それだとアイツと戦う気がないからかいに来ているだけの連中には一生かかっても勝てる日がくることはない。戦い自体がアイツの頭の中でしか成立してないんじゃどうしようもない。

 

 やり方を貫くなら、やり方を貫きたいと自分が思った相手に。

 それ以外の有象無象に同じやり方を適用するのは自分自身の貫くやり方の安売りだ。勿体ない。

 雪ノ下、おまえのその使い方だと『それは勿体ない』・・・・・・

 

 

 

「ああ・・・なるほど。それで俺はアイツのことがここまで気になってたのか。納得した」

 

 一年がかりで至った答えに俺はようやく得心を得た。

 思っていたより簡単な答えだった。考え続けてたから遅れたけど、案外感覚派の小町あたりだったらあっさりと答えに行き着いていたかもしれん。

 

 

 俺はどうやらアイツの、あのバカ正直すぎるやり方のことが、思ってたよりずっと。

 

 

 ーーーーーーー嫌いじゃなかったという、それだけの事だったんだろう。きっと・・・。



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とある反英雄と転生少女貴族の物語

ここからはオリジナルです。基本的に主人公か、ヒロインはセレニアみたいですね。


 うっすらと霧のけぶる森の中、大木の梢を背にして一人の青年がうずくまっていた。

 霧のおかげで近づくまでは隠してくれている血の臭いと、猛烈な死臭が彼の若く逞しい身体を包み込んでおり、死の女神を抱擁を今か今かと待ちわびているような生気のない土気色をした無表情な細面が印象的だった。

 

 ーーまるで生ける死人のようであったから・・・・・・。

 

 

 

 しかし、あえて言わせてもらおう。

 その想いは『勘違いである』ーーと。

 

(・・・・・・なぜ、俺は死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 死に至りかけている彼の脳裏をよぎるのは、その一文だけになっていた。

 先ほどまでは他にも色々と考えていた。

 ここに至る経緯を。今に至るまで自分が歩んできた人生を。正しいと信じて犯してしまった、自分自身の選択肢間違いの数々を・・・・・・。

 

(・・・・・・なぜ、俺は死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 また、同じ事を思ってしまう。

 もう体力がなくなっていて、それしか思うことが出来なくなっていたからだ。

 何度も何度も繰り返されし繰り返しリフレインで聞こえてくるのは生への執着と、死の恐怖のみ。

 

 そして、思い出したように脳裏をかすめては消え去っていく“忌まわしいあの言葉”ーー『正義』『正しさ』『信念』。

 

 彼を戦争に駆り立てたそれら三つの物を、彼は心の底から憎悪していた。

 その言葉にさえ惑わされなければ! 若さ故の衝動で美辞麗句に踊らされなったら! 清廉潔白で小綺麗な英雄さまの実状に今少し早く気づいていたらこんな目に遭わなかったかもしれないのに!

 

 ・・・・・・そう考えると歯ぎしりしたくなるほどの怒りに駆られて傷が痛むので、死が近づいてくるにつれて考えなくなってきていた想いだった。

 

 

 彼の故郷は辺境にある小さな村だった。近くには『魔の森』と余所者からは呼ばれている暗く深い森があり、行商以外の目的で訪れる者とてない静かで平和な貧しい寒村ではあったが、生まれてこのかた村での生活しか知らない彼には十分すぎるほどに満ち足りた暮らしが送れる良い村であり、遠く大陸中央部に端を発して広がりつつある戦乱の足音さえもが魔の森に脅威を感じた周辺諸国の手を引かせ、戦略的価値が皆無の立地もあり戦果の絶えない大陸で数少ない平和のオアシスを形成していた。

 

 誰もが恐れる魔の森でさえ、生まれ故郷の直ぐ側にある彼らにとっては信仰の対象であり、生きる糧を与えてくれる自然の恵みの宝庫としか思っていなかった。

 確かに深入りすれば身に災いが降りかかるのは事実であるが、入り込まなければ済むことである。森のルールを知ってさえいれば避けられる危険を知らずに入って死を迎えるのは自業自得の末路でしかない。

 

 故に彼は物心ついたときより魔の森を恐れた事などないし、森に住む邪悪と呼ばれる種族たち、黒い肌をした妖精族の『ダークエルフ』、狼に姿を変えられる『ワーウルフ』の青年たちとも弱肉強食の自然の掟にしたがい、時には拳で交流することさえ合った。

 死後も生にしがみつき成仏できないでいる『ゴースト』の中にだって、必ずしも人間を襲って魂を食らおうとする者ばかりではなかった。ただ「死にたくない、生きていたい」と生にしがみついてるだけの無害な亡霊だってたくさん混じっていた事実を知っているのは今の時代では彼以外に他数名だけであろうけど。

 

 

(・・・・・・なぜ、俺は死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 また同じ言葉を思ってしまう。意識が白濁し始めているのだ。もう自分は長くない、そう認識することさえ出来なくなるほど彼は疲れ切って疲弊しており、心も体をボロボロに傷つき意識があるのは奇跡と呼ぶべき現状だったから・・・・・・

 

 

(・・・・・・なぜ、俺は死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 また同じ言葉。

 

 ーー理由など、問うの昔にわかっているはずなのに・・・・・・。

 

 

 ・・・・・・領主である貴族たちの勝手な都合ではじまった戦乱は、双方ともに盟主として担ぎ上げた御輿の若者たちが旧知の縁にあったことから感情論が結びつき徐々に苛烈さを増して行っていた。

 相手への慕情を断ち切ろうとする思いは意図すると否とに関わらず、往々にして過激な行動へと先走る原動力になりやすい。

 それは彼らも同じであり、幼き頃の思い出ーー大陸がまだ安定期に両公家が偽りを交えた蜜月の仲を演じ切れていた時代に交わされた「大人になったら結婚しよう」というママゴトの様に子供じみた口約束。

 

 それを十年以上たった今でも忘れることの出来なかった二人のバカ貴族同士が争いを激化させ、相手に翻意を促したい側も、家を優先して未練を断ち切りたい側も、どちらも共に無意味な残虐行為に手を染めるか、徹底しない中途半端な反攻作戦しか実行できぬまま無駄に人命と時間とを浪費し続け内乱発生から早二年が過ぎていた。

 

 

 そんな大陸の動乱に苦しむ人々を憂い、立ち上がった一人の若者がいた。

 その若者の名は『クレイ』。

 若輩であり、平民出身の身でありながら武勲と将才に恵まれた若き騎士隊長。

 彼の言葉には聞く者の心を解かす魔力がこもっているかの如く、彼の微笑みは死に逝く者たちの苦しみを癒すためにこそあるーー。

 

 吟遊詩人たちがこぞって讃える絵に描いたような英雄らしい英雄様。ーーそして、味方の無数の死体を積み上げた山の上に玉座にふんぞり返って正義を唱える暴君でもある血塗れの殺戮王。

 

 彼の英雄譚に魅せられて、彼の理想に共感して、彼を信じ、彼のために戦い、彼の作る新しい時代で時分の孫たちが笑顔で暮らしている世界を夢見ながら戦場で散っていくことを夢見ながらーーーーー糞食らえだ。吐き気がするし、反吐がでそうになる。

 

 自分が死んだ後で世界が平和になったところで、自分にいったい何の得があるというのか? 自分は死にたかったわけではないし、どうせ死ぬなら故郷の家族か気のある幼馴染みの少女のためにこそ死にたいと願い続けていた。会ったこともない赤の他人たちのために死んで、何かをしてやりたいと思える理由も義理も生まれてこのかた持ち合わせていたことなど一度もない。

 

 自分はただ、生きて幸せを掴み取りたかっただけだ。

 平和な世の中で幸せな家庭を営みたかっただけなのだ。その程度の夢しか持てない愚かで矮小な小物に過ぎない、何処にでもいる平凡でバカで世間知らずの若者が『強さ』だけを才能として生まれ持っていた。

 ただそれだけの凡人が、英雄になど憧れるべきではなかった。英雄譚になど魅せられるべきではなかった。悔し涙を浮かべつつも自分の味方をしてくれた民衆たちに背を向けて、未来の大陸に平和をもたらすため走り去っていく英雄様のなんと勇ましいことだろうか。なんと凛々しい御姿だろうか。ーー死んでしまえ糞野郎。地獄へ落ちやがれ。

 

 

 

「ーーおい、こっちから血の臭いが漂ってきてないか?」

「敗残兵か? それとも落ち武者か? ・・・・・・いつも思うんだが、この二つってどう違うんだろうな? 誰か俺に教えてくれないか?」

「知らん。大陸の北と南と西東にそれぞれ別の文化圏ができているから同義語の別表現が広がってっただけだろ。意味的には対して変わらんだろうから気にするな」

「なるほど。そう言うものなのか。勉強になった」

「お前らまじめに仕事しろ?」

 

 ーー霧の向こう側から複数の人の声が聞こえてくる。

 

 逃げ出した英雄様を追撃してきた敵の追っ手か? それとも敗残兵を狩ることを目的とした残敵掃討作戦だろうか?

 

 ・・・・・・どちらにしても手が動かない。二本の足で立ち上がる力すら沸き上がらない。もうじき自分は死ぬ、殺される・・・・・・。

 

(・・・・・・なぜ、俺はこんなバカげた戦争で、無意味に死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 

 また同じ“様な”言葉。内容が微妙に変化しているのは彼なりの心境の変化なのか、それとも死が直近に迫られてきたが故の錯乱によるものなのか。あるいはその両方か、全く異なる感情の産物なのか。

 

 答えがどれであろうとも、彼には其れに至れる時間的猶予は与えられていなかった。

 軽い口調でかわされていた軽妙な会話の主たちは、意外なほどに兵士としては優秀であるらしく彼に反応する暇を与えることなく周りを取り囲むように包囲すると距離を取り、ジッと彼を観察してくる。

 彼の身体を見つけた瞬間には、剣の間合いを見た瞬間に測り余裕を持った距離から槍を構える者と、剣の柄に手を伸ばし抜き放つ者の二派に別れ、リーダーとおぼしき人物は笛らしき物を鳴らして応援を呼んでいる。

 

 死に掛けの雑兵一人を相手に周到なことだった。ここまでくると感心するより、呆れたくなる。

 いったい何処の貴族に飼われている騎士たちなのか知らないが、飼い主である誰かさんは自分の上に立ってた英雄様よりマシなようで羨ましい。

 いつの時代、いつの世の戦争でも兵士たちにとって良い指揮官とは『自分達を殺さないでいてくれる、一人でも多くの兵士を生きて故郷へ帰してくれる、消耗品の辛さを知っている』者をさして言う言葉なのだ。

 己が正義に酔いしれて、暴君相手に無謀な戦いを挑ませる正義バカのことではない。

 

 

 ーーその点に関して言うなら、彼らの指揮官は合格点だ。ここまで兵士たちが安全策に走り続けてたら普通の貴族は怒り狂う。なんと消極的で臆病なのだと。

 英雄様なら怒りはしないし褒めてもくれるだろうが、それだけだ。全軍に安全策を奨励こそすれ、戦略的条件を良くしてくれる努力まではやってくれない。数の差が圧倒的なら一時的な服従か、抵抗することなく自分達だけで逃げ出してくれれば良かろうに。

 彼は本心からそう思っている。今後のためになど、切り捨てられる側には関係ないのかったから・・・・・・。

 

 

「おい、コイツまだ息があるぞ。死んでない」

「マジかよ。こんだけ傷ついてて死んでないとかベンケーじゃん。助けた相手に犬みたいな忠誠持ちそうでマジ恐」

「・・・どうするよ、おい。俺が子供の頃に寝物語として聞かされてきたパターンだと、助けられたコイツが俺たちの主を海の底にそびえる魔女の城まで拐かし呪いの魔術で老人にされてしまうというのが定番なんだが・・・」

「お前はいったい何処の妖怪婆さんに育てられてきてるんだ?」

「お前ら本当にまじめに仕事してくれ、頼むから。いや、マジな話としてさ」

 

「ーーどうしますか? 隊長殿。一応コイツも反乱に参加していた民衆の一人なので、反乱軍の一員として処理することも可能ですが?」

「どうするもこうするもあるか馬鹿者。反乱が鎮定され、指揮者は逃走し残余の者は降伏した今となっては、コイツは只の一般庶民に戻っているのだぞ?

 死んでるのなら話は別だが、そうでない以上は平民の納めてくれる税金で雇われた騎士階級でしかない我々が助けない訳にもいくまいて。所詮、軍人なんて生き物は斬って壊して燃やして辱めてしかできない脳筋揃いに過ぎんのだからな。戦地での救援活動くらいはしておかなければ、その内に見限られても知らんぞ?」

「・・・一応、反国家的なテロ活動を行った危険人物として処理することも可能ではありますよ? 実際に反乱を指揮した末に逃走を計った英雄殿は敵国に囚われたときに城に火を放ち混乱に乗じて脱出に成功した手段を選ばぬ御仁でもあるわけですから・・・」

「それで? こやつも同じ事をしたという証拠でもあるのかね?」

「・・・・・・いいえ」

「では、判断は保留だな。連れて帰って治療して話を聞き、この地の領主殿のご意向を伺い、本人の意見も聞いて良いようであれば聞いてみて、故郷に戻りたいというなら戦後処理を担う役人の元まで連れて行く。我が国に来たいというなら連れて行って主のご意向を伺い、ダメだというなら強制送還。許可されたなら難民申請手続きをしている役人の元にまで案内してやりーー」

 

「「「面倒くさっ!? なに!? そこまで面倒くさい諸々の手続きやってたんですか役人たちって!? お役所仕事していた訳じゃなかったんだ!?」」」

 

「・・・貴様等・・・・・・念のために伝えおくが、今言ったことの半分以上は役人どもにおこなう日常業務の範疇なのだからな? 本当のはもっと大変なのだぞ・・・」

 

「「「マジですか!? ヤッベ、これからはお役人をバカにすんの辞めよっと!」」」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

「あの~、隊長殿。事後承諾になりますが、漫才している間に彼が死にかけそうなってたので独断で回復魔法の使用を許可しましたが、よろしかったでしょうか?」

「ん? おお!スマン、失念しておったわ。大儀であったぞ、我が頼れる副官殿よ」

「はぁ・・・」

「それでは皆の者、他に生き残っている負傷兵がいないか戦場を野犬の如くさまよい歩いて虱潰しに探してくるがよい!

 私は重傷の彼を連れて先に帰還する。後は任せた、とぉーうっ!」

 

「「「ああっ!? 隊長殿が普段は使わない特殊能力つかって足早に救助活動を! 紋章保持者ずっけぇ!」」」

 

「・・・いいからお前ら本当に仕事しろ。

 だいたい我々はこの国の人間ですらない、ただ通商条約を結ぶために派遣されてきただけの他国人が、条約締結の条件として参戦を要求されたから適当に戦い、戦後処理の利権争いでお忙しそうな国の重臣たちの皆様方に代わって戦災被災者の救助を暇つぶしに申し込んで許可されただけの軍隊モドキなんだぞ?

 この国の問題はこの国の人間に解決してもらうとしても、自分たちの仕事ぐらいは真面目にこなさんとセレニア様が怒るぞ、無表情に微笑んで。

 あの人怒らすと怖いぞ~? 給料減らされたりとかさ」

 

「「「・・・・・・勤務時間中は給料分の仕事してきまーす・・・・・・」」」

 

「はぁー・・・まったく、本当に・・・どうせ心配するなら別のことも考えて見ろよな。

 ーーあの若者の目、セレニア様が放置しておいてくれそうにない典型例だったのだぞ?

 仮に化けるとして、どのような方向性を有するキチガイになるか予測もつかない劇物未満の生き物を連れ帰ろうとしている自分たちの身の安全でも考えてた方が余程健全な精神というものだろうに・・・。いや、健全な精神でなくなっているが故のアレか・・・やれやれだなーー」

 

 

 この戦いの後、一年の時を置いてから英雄騎士クレイは新たなる軍勢を率いての帰還を果たし、旧領民たちから熱烈な歓呼とともに、自分たちの頭上に立つべき王として迎えられ大陸第三の勢力『英雄王クレイ』の治める英雄公国が誕生することになる。

 

 これにより三竦みとなった大陸中央部の動乱は一時的に沈静化し、三方とも心から戦いを希求していたわけではなかったと言う事情も重なり講和の道を探りはじめるのだが、御輿として担ぎ上げられていた傀儡若手貴族たちが成してきた悪行は予想以上に民衆の心を苛んでおり、英雄王の慈愛の心を持ってしても容易に解くことは叶わず完全なる平定にはほど遠い道のりが残されていく。

 

 

 この時、大陸の東西南北すべての国々は中央部の戦乱をただ見続けて、傍観していただけで終わった。

 何故ならこの世界には神が実在しており、正義と悪の陣営に分かれた神々が永遠の闘争を繰り広げてる場でもあるため、人々の心も悪と善に二極化されやすく中央に近づけば近づくほどに神の効力が強大化していくことを遠巻きに見ていた彼らは把握していたからである。

 

 彼らには彼らの抱える政治的問題が山積しており、介入しても厄介事の種しか手に入らない中央の動乱などに拘らっている暇など存在しなかったのだ。

 

 斯くして大陸には一時の平穏が訪れ、人々は次に起こるであろう戦乱に備え各々に準備を進めだす。

 ある者は避難するため、ある者は野心を実現させるため、またある者は正義と理想と信念と愛故に戦うために。

 

 

 この物語は、善と悪の影響が強すぎるから戦乱を終わらせられない呪われた異世界の大陸で、一人の青年と一人の転生者の貴族令嬢が凸凹な関係を築きながら共に歩んでいく血塗れの物語。

 英雄に憧れた末に英雄を憎むようになった反英雄の若者と、はじめから英雄を大量殺戮者としか見ていない少女の物語。

 後世において物語として語り継がれなかった、教訓話には使えそうもない、呪われた大陸の呪われた真実を記した物語。

 どうか皆様、最後までご静聴いただけますよう宜しくお願いいたします。



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一人では何も出来ない転生少女

出だしだけ半端にできてるオリジナル戦記ファンタジーみたいですね。


 深い深い闇の中に沈んでいく自分を感じる。禄でもない自分が、もっと禄でもないナニカに生まれ変わらせられていくのが実感できる。

 手足が縮む。顔が歪む。ただでさえ醜くてブ男だった自分自身が、内面の腐り果てた性根と融合して矛盾なく腐った生き物へと変わっていく過程を感じ取れるのは悪い気分じゃない。俺みたいなクズには相応しい末路だった。

 

 

 ーーもうじき俺は消えてなくなる。別の誰かになったとき、俺は俺自身でなくなっているだろう。例え記憶を引き継げていたとしても、其れが俺ではない誰かの物になって居るであろうことだけは今の時点で確信できる、不思議でならない現実だった。

 

 今から俺は別の世界で生きる誰かになる。現代日本で生きていた俺という存在が死ぬことで、地球ではなく現代でもない異なる時代の異なる場所で第二の人生を送らされる。

 

 願わくば来世においても今生以上にクッソくだらない、俺に相応しい人生と最期が用意されていますように。フッァキンゴッド・クソッたれアーメン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー様。・・・お嬢様。・・・・・・セレニアお嬢様」

「・・・ん?」

 

 自分の名を呼ばれていることにようやく気が付いた少女は、思考を止めて現実へと意識を引き戻す。どうやら考えることに没頭していたらしく、従者であり今日は御者役も務めてくれているバトラーの青年からの呼びかけに気がつけなかったようである。

 

 見ると御者席に座る青年が人の良さげな顔立ちに苦笑を浮かべ、身体は前を向いたまま目線だけ自分の方へと振り向けて「相変わらず困った御方だ・・・」と目で苦言を呈してきていた。

 

「これは、失礼」

 

 軽く目礼を施して反省の意を示す。適当に過ぎる対応だったが、彼女がここまでざっくばらんに対応するのを許されるのは家の仕える使用人たちの中でも一握りに過ぎない事実を知る青年としては強く出るわけにも行かない。

 

「いえ、分かってさえ頂けるのでしたらそれで」

 

 そう言うだけで前へと視線を戻すしかないのが貴族出身とは言え使用人の限界であり、これ以上は分を越えてしまう。この世界の倫理観と常識において、其れは許されざる悪徳であった。

 

 だが、それをギリギリのところで踏みとどまれずに限りなく黒の側のグレーゾーンに足を踏み入れてしまうのが彼の仕える主の性質であり、彼ら一部の使用人以外ほぼ全てが他家と政府の密偵で埋め尽くされざるを得ない惨状を呈する原因ともなっていた。

 

「・・・・・・感謝は・・・しているのですよ? こんなんですけどね」

 

 ボソリと聞こえてきた“貴族から格下への”感謝の言葉。

 其れを耳にしてしまった御者はギョッとして振り返ってしまう。今度は視線だけという訳には行かない。身体中全体を幼い主の方へと向き直り、やや咎める感情を声に乗せて諫言する。

 

「あまり滅多矢鱈なことは仰いますなセレニア様。御身をもっと大切になさってください。わたくし如きが言わずとも分かっていることだとは思われますが、貴女様は神聖帝国の大貴族ショート伯爵の長女にして唯一無二の落とし種。周囲の目と耳を気にしなければならないお立場なのだと言うことを決してお忘れなきようお願い致します」

「・・・・・・」

「ましてや先年急死され、お嬢様が当主の地位を継ぐことになった前御当主様の死には明らかすぎる陰謀の臭いが漂っておりますれば、何卒ご自重のほどを」

「・・・・・・・・・はーい、分かりましたごめんなさい。自重させていただきます」

「お嬢様・・・・・・」

 

 本当にしょうがない人だと溜め息を付きながらも、使用人に心労ばかりかけてくる主のダメさ加減こそが自分たちにとっての希望の光となっている手前、何とも微妙な気分にならざるを得ない彼であった。

 

「ーー余計な些事に時間を費やしすぎましたね。出発いたします。もうじき自由都市サイオラーグに到着いたしますので、ご休憩時に供するお茶は到着後に」

 

 暗に「安心できる宿屋に付くまでは公の姿勢を示しているよう」釘を差してくる使用人の有り難いお節介に彼女は感謝の気持ちを示すためにも大人しく従うことにする。

 

 現代日本の幸福ぶりを知る者として、この世界の歪さを嘆きながらも口を噤んで大人しく黙り込む。

 それが現実味のない知識しか持ち合わせていない、半端者の転生者セレニア・ショート伯爵令嬢の限界だったから。

 家柄しか持ち合わせていない、記憶だけは引き継げただけでしかない、平凡きわまる能力しか持っていない前世を生きてきただけのTS転生者である彼女には、この歪みすぎて狂った世界に影響を与える力など身体中すべてを搾り取っても滓すら出てきたりはしないのだから。

 

(・・・『歴史とは終わらないワルツのようなもの。戦争、平和、革命の三拍子がいつまでも続く』ーーでしたか。昔聞いたときには子供にしてはよく言うと感心しただけの台詞が、今となっては妙に寒々しく感じられますね。

 少なくともマリーメイア・クシュリナーダの言ってた言葉の後半は完全に“間違っていた”ことが実証できる世界に生まれ変われた訳ですからね・・・)

 

 道行く先に聳える自由とは名ばかりの軍事独裁都市国家サイオラーグへ、異民族の侵攻に協力して都市を襲い始めた農民による一揆勢へ対処するため帝都から派遣されてきた名ばかりの参事官。その立場から現代日本で得てきた知識と、自分自身のひねくれ思想で分析した現状異世界の惨状ぶりは目に余る物がある。

 

 ーーだからと言って、何が出来るというわけでもない。

 

 長子存続。男児継承。絶対男尊女卑社会。

 それが基本理念として成り立っている異世界の神聖帝国で誰かの、もしくは誰かたち複数の思惑が重なり合って共食いしあい外れまくった結果として、少女の身でありながら亡き父の地位と爵位と領地と権益を継承する羽目になってしまった“だけ”の少女貴族には能力以前に性別の時点で越えられない壁が多すぎてしまい出来ることが殆どない。

 と言って、「やってもどうせ無駄だから」で片づけて、何もしないで見物しているだけの自分を許せるほどには前世の自分に対して好意的感情を有していない彼女には与えられた責務を最大限果たすぐらいしかやるべき事も出来ることもない。

 

「不便なものですよねぇー・・・無能な転生者って言うのはさぁ・・・」

 

 誰にともなく呟かれる、おそらくは異世界中の誰が聞いても意味が通じないであろうボヤキ。それが空気に紛れて消え去るまでの間にも彼女たちを乗せた馬車は街道を東へ東へと進んでいく。

 

 民衆の代表である評議員たちが統治して、国に属しておらぬが故に権力者の都合に左右されない衛星都市国家。

 先々代の評議長が公平な選挙によって選ばれると同時に、神聖帝国を中心にして形成されている複数の専制国家の連合体『自由帝政連盟』に加入した連盟傘下にある特別自治区、『皇帝独裁を嫌った自由を愛する平民たちの生活共同体』自由都市サイオラーグ。

 

 

 矛盾に満ちたこの街で一人の運命との出会いが待っていることを、セレニアも相手の男もまだ知らない。

 

 時に、聖歴555年。繰り返される戦争平和革命のワルツから未だ逃れ得る手段を持たない異世界は今、戦争の後の革命を待つ準備期間『平和』の直中にいる。

 

 この次にくる必然の革命が、戦争に繋がるものとなるのか否か。その答えを知る者は現在はまだ誰もいない・・・・・・。



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言霊少女のファンタジーな恋物語 第1話

セレニア主役でオリジナルの恋愛ファンタジーみたいですね。3部作でーす。


 セレニア・ショート伯爵令嬢、御年七歳。それが私です。・・・そう言うことになってます。なってしまっているのが現在、私が置かれている状況なのです・・・。

 

 

「現実というのは本当に難儀なものですよねぇー・・・」

 

 そうつぶやきながら本を閉じ、視線をあげた先に広がっている光景を視界に収めた私は続けて嘆息。

 

 煉瓦づくりで煙突の突き出してる家屋が建ち並び、あちらこちらから金属を叩く音と家畜として飼われている牛や馬などの鳴き声が聞こえてくる、如何にもな中世ヨーロッパ風ファンタジー景色。それが私の今見ている光景です。

 そして、“生まれ変わってから”今までずっと私が見続けてきた光景でもありました・・・・・・。

 

 失礼。挨拶が遅れてしまったようですね。

 私の姓名はセレニア・ショート。ショート伯爵家の長女にして、現時点ではただ一人の子供であります。

 

 それから、もう一つだけ付け加えるとするならば。

 ・・・・・・私、現代日本からの転生者ッス。ゾンビにはなってませんけど、男子高校生はやってましたね一応は。

 

 要するに、『死んで異世界に生まれ変わったら性別変わって女の子になっていた元男の現美少女キャラクター』。

 そこに至るまでの幼年時代、元男の現美“幼女”になっちゃっているのが今の私というわけです・・・・・・。

 

 

 

 

 事の起こりは、残念ながらよく覚えていません。

 なんと言っても、赤ん坊からやり直してましたからね。覚えていようがいるまいが、正しく思考し分析できる知能レベルなんかあるわきゃない年齢では風景を記憶しておくことすら事欠く有様。

 脳の機能上昇とともに引き継いでいた記憶との刷り合わせなどを行っていった結果として今がある私としましては、死んだときのことなんか赤ん坊になる寸前のことなので覚えていられるはずもなし。転生の神様とやらに会ってたとしても、一回だけ数分話しただけの人を覚えておける記憶力の持ち主なら前世の私は受験勉強で苦労しなくて済んでたと思いますので全面的に却下です。

 覚えてませんし、存じ上げません。用があるならそのうち自分の方から出てくるでしょうよ、ぐらいの認識しか持ち合わせない程度にはね。

 

 

 この様にしていろいろ割り切りながら生きていかざるを得なかった私にとって第二の人生な訳でしたが、最近になってから少しだけ困った事態が発生してきてたりしております。

 一応記憶に関係している事柄なのですが、前世の私が持ってた記憶についてじゃありません。転生時に与えられてた記憶。俗に言う『原作知識』と呼ぶべき代物なのですが、私の場合はちょっとだけ表現を変えなければ行けない事情が絡んだりしております。

 

 私の生まれ変わったこの異世界。

 そして、ギャルゲーにヒロインとして登場してそうな見た目の少女セレニア・ショートの体。

 年が重ねる事に少しずつ戻ってくる仕様になってるらしい私の記憶。

 その中で、これら二つについての情報が先日いきなり爆発的に流入してきていささか以上に困ってしまっているわけでしてね。

 

 単刀直入に言ってしまいますと、この世界は実在しないゲームの世界であり、『作者オリジナルの作中作品』みたいな感じで物語の舞台に設定されている架空のAVG世界。

 そして何よりも困ったことに、このゲームのジャンルはどうやら『純愛』。

 それも、一人の女の子が複数の王子様系イケメンキャラに囲まれまくるという分かり易い『乙女ゲー』ワールド。

 

 ・・・死ぬとき男子高校生だった人間に、美少女に生まれ変わって乙女ゲー主人こうやれとかクソゲー過ぎるでしょうが・・・!!! それともマゾゲーですか!? 私はこのシミュレーションゲーム世界でゾンビアタックを仕掛けるためにでも生まれ変わらせられたんですか! モゲろ!

 

 

「はぁ・・・・・・とりあえず日が暮れてきたので、うち帰りましょう・・・」

 

 カラスが鳴くのに夕暮れを待つ必要性のない自然豊かな辺境地域ショート伯爵領。

 本来ならば中央付近に位置すべき高位の爵位をもちながら辺境に甘んじて平然としていられる美形の父には、そこはかとないバックボーンを感じられ、彼の一人娘である私としましては胃が痛いことこの上ない日々が続いいる今日この頃です。

 

 

 ・・・いや、本当。平和が一番なんで何も起きないでくださいね? この歳から乙女ゲー主人公をロールプレイしろって命じられてもマジ無理ですんでね・・・・・・。

 

 

 

 

「ーーそう言えば昼頃に王都からの使者が訪れてきて、書状を置いていったよ」

 

 そんな話を父が持ち出してきたのは、家族揃って食卓に着いてる夕食の最中のことでした。

 

「国王陛下の側室が御子を身ごもられたとのことだった。国に仕える貴族の一員として喜ばしい限りだね。

 ーーそれで書状の内容なんだけど、皇子の誕生を祈願する意味も込めて王都では盛大な祭りを催しているから、王城でも国内各所の貴族を集めてパーティーを開きたい。だからボクにも久しぶりに上洛してきてほしいと書いてあってさ。

 ボクが独身か貴族でなかったら一人で行っても良かったんだけど、伯爵な上に妻子持ちで娘は七歳ともなるとそうもいかないみたいだから家族旅行も兼ねて、明日から準備を始めて明後日にでも王都へ向けて出立しようと思ってるんだけど二人はどう思う?」

 

「「はぁ~・・・・・・・・・・・・」」

 

「愛する妻と幼い愛娘の口から、揃ってため息が!? 何故にどうしてHWI!?」

 

 妻子からいつも通りの反応を返されて、いつも通りに慌てふためくダメっぽいパパ伯爵。その名も『ロンバルディア・ショート』。

 強い騎士の典型みたいな名前の持ち主ですが典型的な名前負けで、武勇とかは空っきしな大貴族出身者の三男坊。

 

 長男が正式に家督を継いだことよりお払い箱となったため就職活動している途上で出会った絶世の美女にして社交界の花、曰く付きの辺境貴族ショート伯爵家の姫君さまの心を射止め見事に逆玉の輿。現在では、名ばかり伯爵な妻の七光りを自認しておられる私の父君様。

 幼少の頃から寝物語代わりに聞かされ続けてきた『ダメな貴族の立身出世物語』の嘘くさいこと嘘くさいこと、この上ありませんよね。いくら子供相手といえども、よくこんな嘘話を信じてくれるなどと思えたものです。

 そう言うところが昼行灯を装ってそうで警戒心剥き出しにせざるを得ないのだと自覚してくれないものですかねー、まったくもう。

 

 

「・・・あなた。陛下の側室が身ごもられたから盛大に祝いたいと言う申し出の意味。正しく理解しておいでなんでしょうね?」

「うん? 王家に跡取りが多く生まれるのは普通に考えて良いことだろう? そりゃ王位継承問題はあるけど、そこら変は序列がはっきりしているし、今は戦時下じゃないから能力主義で国王を選出する必要性も特にはない。比較的穏やかな式典として進むと思うんだけどね。違ったのかい?」

「・・・・・・だと宜しいのですけれど・・・」

 

 ナフキンで口元を拭いながら氷のように冷たい視線で愛しているはずの夫を一閃。北海の冷たさと色をもった青い瞳と、永久凍土の吹雪ごとくと例えられる白銀の髪。

 この国でも珍しい身体的特徴を二つも併せ持つが故に『蒼氷の魔女王』という「当時は嫁入り前で花嫁修行中だった貴族令嬢に付けるにはどうなんだ?」な通り名を奉られてしまったお母様は、相も変わらず冷静な視点で宮廷を見つめており楽観的な観測を忌み嫌われる御方です。

 

 結婚して母となった今もそれは変わりなく、『ショート家の魔女姫 イセリア・ショート』の政治的警戒心は平常運行で作動中な様でした。

 

「現在、陛下の御子は7人いますが、そのうち正室の子が長男と次男三男と上位三人を占めてらっしゃいますので、後からポット出の側室が何人身ごもろうと大勢には影響を及ぼせません。

 その程度のことをわきまえていない中央貴族の方々とも思えない以上は、今回のことも次期王位継承者であるお三方の支持者集めというのが本音なのではありませんか? 

 どうにもわたくしには、そう思われてならないのですけれど・・・」

「そ、それは流石にうがって考えすぎじゃないかな、イセリア? 殿下方は最年長の長兄様でさえ未だ9歳。その上婚約者さえ決まっていないと言う状況で先物買いも何もないだろう?」

「そうかしら?」

「そうさ、間違いない」

 

 間違えてる場合に言うセリフの代名詞キタ━(・∀・)━!!!! ・・・と言えばいいんでしょうかね?

 

「それにだけど、仮に君の予測したとおりだったとして、ボクたちショート伯爵家に関係してくる類のものでもないだろう?

 確かに爵位は高いし領地も広いけど、旧敵国に国境を接している関係上、長時間持ち場を離れるわけにはいかないし、この地をショート伯爵家以外が求めてうまくいった試しがない。旨みも少ないしね。わざわざ宮廷政治の場で握手を求める相手だと、ボクにはとうてい思えないんだけどね?」

「そうですわね。『個人よりも国への忠義と貢献』を家訓とするショート伯爵家の気風から言っても、的確な情報分析だったとわたくしにも思われましたわ」

「だろう? だったら大船に乗ったつもりで安心しながら家族仲良く物見遊山と洒落込むのも悪くはないとボクは思うのだけれどもーーーー」

 

 父が言葉を締めようとして最後に一言の部分で急停止し、そのままフリーズして動けなくなってる姿勢のまま見つめる視線の先にあるのは麗しい我が母の顔。

 私の位置からは背中しか見ることが叶いませんが、とりあえずはご愁傷様でした父上様。骨は拾ってあげませんので自分で何とかしてくださいませ。

 

「わたくしが気になっているのは、そこまで分かっていて何もする気がないまま遊ぶ気ぶんで王都にいこうと誘ってきている夫の甘言そのものなんですけどね・・・・・・?」

「・・・・・・愛する妻と子への家族サービス、ってだけじゃ不満なのかい・・・?」

「ええ、大いに“不安”です。特にわたくしに対して含むところが感じられない点がなによりも不安で仕方がありません。今この場には貴方とわたくしの他に後一人しか同席してはいないのですからね・・・」

 

 チラリと、私の方に意味ありげな視線を向けてくる母君様。こちらは素直に肩をすくめることで「何も知らない」アピールを返しときます。・・・なぜに実母との間で駆け引きじみたやりとりをしなきゃならなくなってるんでしょうかね私・・・。しかも理由が「私への心配」な辺りは、どんだけ歪んでんですかね我が家の肖像は。

 

「・・・・・・・・・(ぴ~ひょらら~♪)」

 

 そして冷や汗垂らしながら明後日の方向に向かって口笛を吹き始める父君様。ーーうまく逃げやがりましたね、この野郎。

 先ほど母が言ったことの全ては『不信の表明』に止まるものであり、なんら具体性のある選択肢を提示できておりません。このまま沈黙の砦に立てこもってしまえば『王都からの招待状』によるタイムオーバーで上洛は決定され実行されざるを得なくなってしまう。

 問答の勝敗に関わりなく、結果的に父の提案は可決されることが決定してしまっているハンディ戦。もとより母には勝ち目などない戦いだったのです。

 

「まったく・・・・・・自分の娘を悪巧みに用いるのも程々にしてくださいね? そのうち背中から後頭部を撃ち抜かれても知りませんよ? 『君君足らずとも、臣臣足れ』などという求める側にとってのみ都合の良い悪習を尊重してくれる奴隷精神はうちの娘には無縁なんですから・・・」

「うん、まぁ、ボクも気を付けるつもりだけど、『王家よりも国』がモットーの伯爵婦人が言うと洒落にならないからイセリアも気を付けようね? 今のは聞いてるだけだったボクが一番心胆を寒から締めてたよ・・・・・・」

 

 胃の辺りを撫でながら言った父の言葉で、この話題はしゅーりょー。後はふつうの家族団らん食卓へと移行いたします。

 

 まぁ、いつも通り私の意向は一切確認されない家族の方針決定会議なのですけれども、貴族社会で娘で子供じゃ致し方なし。大人しく席に座って出された食事をおいしくいただく子供らしい子供ライフを満喫いたしましょう。

 

 あー、魔法が存在してるファンタジー世界だと毒味した後も冷めにくい宮廷料理うめー。

 

 

 

「・・・目の前で両親が自分の今後について怪しい語り合いしまくってたって言うのに、ぜんぜん反応返さないまま美味しい食事を続けられる7歳児の愛娘っていったい・・・」

「そう言う娘だからこそ、あなたの企む悪巧みで駒の役目を果たせると踏んでいるのでしょう? 持ちつ持たれつで我慢なさいな。男の子でしょう?」

「ううぅぅ・・・男性優位社会であるはずの貴族社会の中で、何故だかうちだけ極端な例外になってる気がするのは何故に・・・? ああー・・・胃が痛いぃぃ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 その頃、王都の王城では。

 

「ほう。ロンバルディアめ、ようやく重い腰を上げたか。自慢の一人娘を見せびらかす目的で此度のパーティーに参加すると使者に即答を返したそうだ。

 登城後にお前たちとも対面することになるであろう。くれぐれも王族の一員として礼を失することの無いように頼んだぞ?」

「「はい、お任せください父上。いえ、国王陛下」」

 

 四十台も半ばに達した中年男性にはとても見えない精悍な男前っぷりを披露している短い茶髪の男性。アラストール王国国王『マティアス・アドラスティア』。

 

 その御前に控えて膝をついている二人の少年。

 母親似で金髪碧眼の長男ヘクタール、御年9歳。

 金髪碧目の次男ビクター、御年8歳。

 

 兄二人と比べて大きく見劣りする才能しかないからと、周囲に見下されて育ったが故に自信を損失し他者に合わせる作り笑顔だけがうまくなった三男に、愛情は感じても後継者に指名することのはとうの昔に諦めているマティアスにとって、自分の後を託せる可能性があるのは頭数だけは多い子供たちの中でもこの二人だけと考えている後継者候補筆頭のコンビ。

 

 兄弟以外にも多くの人間の思惑に介入されざるを得ない彼らの関係性は、感情の面だけ見ても結構複雑でこんがらがっていた。

 

 

(ふん。またしても恒例の行事である試金石か。父上もつくづく用心深いことだな。政治とはそう言うものだと分かってはいても面倒であることに変わりはなし・・・か。やれやれだ。

 しかし、ショート伯爵の子女か・・・当時は第三王位継承者でしかなかった父上の即位を流血を見ずして成し遂げておきながら、辺境泊の婿養子に自ら甘んじられる男《ロンバルディア・クロスティア》と、その彼が秘蔵してきた愛娘・・・他の有象無象に等しき飾り人形と同列に扱えば竹篦返しを受けかねん可能性が高い。

 ならばここは通常より2ランク上の対応《公爵家のご令嬢待遇》で迎えてやるのが上策か。・・・よし!)

 

 

(兄上が、またしても悪どいことを考えておられるときの顔をしておられる・・・。まったく、王位なんて誰が継いで誰が途絶えさせようとも大した意味のあることではないだろうに。

 ーーー所詮、我ら王族は貴族どもにとっては政治権力を振るう際の大義名分にすぎない。誰も本気で心の底から僕たちに忠誠なんか捧げちゃいない。

 それが悪いとは思わないけど、利用される当人としては意欲が削がれること甚だしいのも確かなんだ。せめて王位を継いだ時にもらえるご褒美に個人の趣味も反映させてくれればいいのに・・・つくづく大人という生き物は気が利かないものだな。

 ・・・・・・まぁ、いい。どのみち僕に王位争奪戦に参加する意志はない。安全第一、今回もまた僕の方針は《保身を大事に》のもと臨機応変に無難な受け答えでいいだろう。

 誰だって耳に痛い諫言よりも、耳障りのよい誉め言葉の方を好み易いのが人間という詰まらない生き物の特徴なのだから・・・)

 

 

 目の前にたつ自分たちの実父であり王でもある男の言葉に報答しながら、その実ふたりの王子の意識は自分たちを見つめてきている周囲の貴族たちの目に傾けられていた。

 

 受け答えの仕方ひとつひとつで、計られているのが解るからである。

 そう言う環境の中で育てられた彼らは、すっかりヤサぐれ切っており、生来もっていた優れた才能もあって同世代に並び立つ相手が互い以外にいないと言う状況に飽いてもいたのだ。

 

 そんな彼らは気づいていなかった。

 

 ーー大人たちの汚い社会に早くから染まることを可能とした天才的才能。それが却って彼らの成長を妨げてしまい、最近では《早熟すぎる子供》程度のレベルにまで成長速度が落ち込んでいるという事実に、比較基準が同類しかいない彼らは未だ気づけていないまま他者を見下し心の中でゲスな笑みを浮かべながら取り繕うように作り笑いを浮かべる毎日を送っていたのである。

 

 

 そんな主の子息二人を等分に背中から眺めながら、冴えない中年髭男の風体をしている中流官僚貴族出身の宰相《ウィーグラフ》は、ソッと小さな吐息を漏らす。

 

 

(・・・この方々は地位と才能に恵まれすぎてしまった。どちらか片方だけであるなら救いはあったのだがな。この地位をもつ優れた才能の持ち主に、実績を示された上で叱責できる者などおりはすまい。ましてや表面上は礼儀正しく目上を立てられてしまったのでは表面を取り付くろうを良しとする我々貴族の評価基準的に《理想的な王位継承者》としか移りようがない。

 ーーーだが、彼らはまだ若い。失敗や挫折を経験しておかなければ正常な成長など期待できない年齢に過ぎぬ年齢なのだ。修正が利きやすいうちに手を打っておく必要性があるだろう。現に教育係の老臣殿から渡された資料を見るに、ここ数ヶ月間の停滞は甚だしいものがあることだしな。

 ・・・全体を通して見るという発想がない宮廷に仕えてきた前例尊重主義者どもには理解しがたい事例なのは解るが、国家の大事に情報を共有しあえない閉鎖性を含めて何とか改善していきたいものだ。

 さて、それの先鋒としてショート伯爵家のご令嬢は使い物になるや否や? 私の方でも軽くテストをしておく必要性があるかもしれん・・・)

 

 

 

 

 

「ーーーへくちっ!」

「あら、どうしたのセレニア? 風邪でも引いたのかしら?」

「ははは、存外どこかの誰かがセレニアのことを良い形で噂していたのかもしれないぞ? ほら、よく言うじゃないか。

 《誰かが誰かの良い噂をしているときには神様がそっと本人の耳に伝えてくれる》逆に《悪い噂をしている場所には近づくなと頭に直接話しかけてきてくれる》って。だからさーーーー」

 

 

「「迷信です。いたとしても要りません。そんな《人を破滅させる悪魔なんて》滅ぼされてしまえばいいのです。

 人に害を与えようとしている警告から耳を逸らさせるなんて、神は神でも邪神としか言い様がないではありませんか、気持ちが悪い」

 

 

「ーーーうぃっス・・・・・・(今のって一応、この国の国教である《バルバトス教》の司祭たちが語り聞かせてくれた聖典の一節なんだけどなぁー・・・。

 そして僕たち貴族です。伝統を重んじる前例主義者であるべき貴族の中でも大貴族の末席に連なる者。・・・・・・胃が痛い・・・)」

 

 

『(そして私ども使用人はもっと胃が痛い。うちの主様方はなぜ揃いも揃って貴族社会の異端児ばかりなのか・・・。まさか、ロンバルディア様のご実家クロスティア家に御仕えし始めたころが懐かしく感じられる日が来ようとは思いもしませんでしたが・・・・・・長生きはするもんじゃない時代なのかな~・・・?)』

 

 

「・・・・・・(身分にも因習にも囚われない考え方ができるなんて、流石です! セレニア様とイセリア様! この下級貴族出身で三等メイドのアン! 一生涯ついて行かせていただく所存で御座います!

 ーーーそれにしても、まだ7歳であるにも関わらず将来性の豊かさを感じさせずにはいられないセレニア様のロリデカパイぶりは流石ですわね、はぁはぁ・・・ゲヘヘ♪)」

 

 

 

 

 

「お母様、なんだか最近愛すべきはずの我が家にいるのが居心地悪くて仕方がない今日この頃なんですけれど?」

「セレニア、あなたも我慢しなさい。それがショート伯爵家に連なる者が背負わされた宿業なのです」

「・・・・・・(い、イヤすぎる家系に生まれ変わってしまいました・・・(T-T))」



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言霊少女のファンタジーな恋物語 第2話

 私の名はウィーグラフ。このアラストール王国において宰相の職にある者だ。

 宰相とは文官の代表であり、平時にあっては実質的に国の政を取り仕切っている陛下の名代のようなもの。

 そう言っても過言ではないほど平和な時期には忙しくなる私が、陛下の側室に子が産まれたことを祝う城下の民草に混じり、中央広場に身を隠しているのには訳があった。

 

 ーーショート伯爵家のご令嬢を試す。

 

 その目的のために私は普段よりも忙しくなっている祭りの総責任者という重職を一時的に副宰相に預けてから町へと降りてきたのだが。

 

 ・・・どうにも思っていたとおりに事が運ばず、私は先ほどからイライラさせられっぱなしになっていたのである・・・・・・。

 

 

 

(・・・何故だ!? どうして動かん! 子供が小半時も景色を見たままピクリとも動かないとか有り得んだろうが!!)

 

 私は、理不尽であると重々承知の上でそう嘆かずにはいられない。

 今までも天才児すぎる王子二人のせいで驚かされることは度々あったが、今回のこれはタイプが違う、種類が異なる。ハッキリ言ってイラつくだけで、何一つ得られる物がない!

 

(ーーあり得ん! 両親に「ちょっと見てきたい物があるから、少しの間まっているよう」言われて、本当に動くことなく噴水の縁に腰掛けたまま小一時間以上もの間ジッと待ち続けていられる子供など実在しているはずがない!)

 

 試すと言ったところで城下に広がる町中で、しかも相手は伯爵家の御令嬢。まして試す目的が天才児王子二人に対してよい刺激になるかならないか程度のものを、わずか7歳の子供相手に調べてみようと言うのだから大した陰謀など用いれるはずがない。

 

 ひとまずは家臣を伯爵夫妻の元に走らせて手紙を渡し、目立つ中央公園の噴水前で「待っているように」言付けてから二人だけで去っていき、待ち飽きてソワソワしてきたところを見計らった私が『どうしたのかね? お父さんやお母さんとはぐれてしまったのかな、お嬢さん』ーーこうして自然な形で試験会場まで誘導する手筈となっていたのに全てがぶち壊しじゃないかこの野郎!

 

「あの、宰相閣下? そろそろ結界の方が限界なのですが・・・」

「・・・わかっている・・・」

 

 苦々しい声で部下へと返すと、私は簡易的に作らせた結界の中から外へ出て王城の執務室へと来た道を急ぐ。

 

 魔術的意味合いとは関係ない、単なる人々の中に死角となる空間を作るだけなら大した労力を必要とはしない。短時間使うだけの物なら五分もあれば作成可能だ。

 だが一方で、これらは寿命が短いという欠点がある。使用目的に添って時間を決めてから作らせているので耐用年数以上使い続けてしまうと却って悪目立ちしてしまうのである。

 

 そうなっては、私はただの『暗い場所にコソコソ潜んでいる怪しいオッサン』でしかない。時間が来たら帰らざるを得ない身なのは初めから決まっていることだった。

 

「城に戻るぞ。伯爵夫妻にも使いを出せ。“演技の必要はもうない”とな」

「ハッ! ーーところでその、ご令嬢の方は放置してしまってよろしいのですか?

 躾の行き届いた見目のよい子供など人買いたちにとっては格好の獲物でしかないのではと・・・」

 

 部下からの言葉に私は眉を顰める。

 確かに平和な時代の城下街とはいえ、その手の悪徳業者は後を絶たないものだ。むしろ国と経済の中心である王都だからこそ、その手の連中が危険を承知でのさばるだけの利潤が生まれるのだから役人として懸念するのは尤もかもしれない。

 

 ーーだが、あまりにも不見識だ。話にならない。

 

「阿呆」

「は?」

 

 一流官僚貴族でベテラン官仕でもある中年の部下が間抜け面をさらして間の抜けた反問をかえしてくる国の現状に癇癪を爆発しそうになりながら、私は努めて冷静さを装ったうえで静かな声音で無能な上級幹部に説明してやる。

 

「あれほど見目よく身なりもよい娘が、一人で小一時間もボーットとしているのに誰も声をかけようとはしていない。この一事だけで民草たちが彼女の正体をおおよそながらも事情を察して空気を読んだであろう事は自明の理だ」

 

 顔だけ振り返って唖然としている部下に唾でも吐きかけてやりたくなりながら、私は顔を前へと向けなおしてから歩みを再開する。

 

「民たちは我々貴族が思っているほど愚鈍でなければ、愚劣でもない。自らの基準でしか人を計れない者に平和な国は任せられんのだ。必ず争乱を招くからな。

 ーーそこの所を殿下方に、あの伯爵令嬢を通じて知っていただけたら最高なんだけどなぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、セレニア。いい子でお留守番してた?」

「一応は。いい子の基準が分かりませんので確かなことは言えませんが、少なくとも大人しくはしておりましたね」

「・・・・・・我が愛娘ながら可愛げのない返事だなオイ・・・」

 

「大人しくしながら何を見てたの?」

「街の景色です。人種がここまで多い街は珍しかったので」

「ああ・・・そういえばアルメリア王国は伝統的に女神の末裔であるアルメリア人優位社会が形成されやすい性質を持ってたのよね。

 旧敵国である公国と国境を接している私たちの領地だと融和政策とるしかなかったからスッカリ忘れてたわ」

「それに身分差があまり意識されてないようでしたので、見ていて楽しかったです。王都と言う場所はもっと差別感情が強い場所だと思ってましたので」

「まぁ、庶民にとっては上の政治的都合なんてどうでもよいと言うことなのでしょう、きっと。

 恥ずかしげもなく居丈高な態度で当然のように袖の下を要求してくるアルメリア人の役人よりも、利益のために心にもないおべっかを言い合えて商談後には笑顔で杯を酌み交わせる蛮族出身の商人の方に親近感がわく・・・人として当然の感情なんだし気にするほどのことでもないわよ。

 常識として覚えたなら、王城へ登城しましょう。余計な一手間のせいで貴重な時間をドブに捨ててしまったから」

「・・・伯爵家の実質的当主である愛すべき妻が、超タカ派な主義者である件について・・・」

 

 

 

 

 こうして私たちはお城へと向かい、第一第二を通じて初めての西洋のお城デビューを果たすことになった私なのですが、シンデレラなんかと違い貴族にとってのお城に登城するのは職務の一環でしかないので割と平凡なやり取りが続きました。

 

 来た旨を伝えて、身分を明かして証明して、待合室へと案内されてからは、ひたすら待つ。ようやくやってきた侍従長様から勿体ぶった口上と、「陛下はご多忙故にお会いになれないことを非常に残念がっていてドータラコータラ」系の話を真面目な顔して相槌うちながら聞き流す。

 

 ようやく解放されて自由時間になった頃には、夜の晩餐会まで残り三時間と言ったところ。

 とかく着替えに時間をかけまくるのがステータスとなっている中央貴族の皆様方にとっては今から準備してちょうどよいと言う時間帯。よく計算されているみたいでビックリです。

 

 

「さて、私たちは暇つぶしに城の中でも散策してきましょうか。夜会の際に見せびらかすため、ことさら気合いを入れて手入れされたけど、誰も見にくる人のいない王族の自己満足用庭園なんてどうかしら?

 ちょうど花が見頃の時期だし、見せつける目的で何代か前の国王陛下が耄碌して作らせた場所だしで、誰でも気軽に入って褒め称える権利が与えられてる珍しい場所なのよ? あまり知ってる人はいないけど」

「では、そこに決定ですね。今の時期に他の貴族の方と出会ってしまえば腹のさぐり合いしかやることなくて暇するだけですから。暇なときに暇つぶしでやることでもない訳ですしねー」

「・・・・・・祖王陛下の御霊よ、お静まりください。私の妻と子供は自分が何を言っているか分からないのです・・・」

 

 なんか父が処刑される寸前の伝説的偉人聖者がごとき祈りと懺悔をくりかえしてますが、なんかあったのでしょうか? よく分からんです。

 

 

 

 んで、庭園に到着です。

 

 

「ふむ・・・・・・花が咲いてるわね」

「咲いてますねー」

 

 他に言いようがありそうなもんでしたが、こういう場面で気の利いた言葉がスラスラ出てこさせられるほど文学作品読んでこなかった私と母です。

 読むのはもっぱら史書と古書。どちらも今のアルメリアでは一般常識として認知されてる事柄とは『全く違う内容が書かれてる』、古い時代のアルメリア公式出版本。

 

 あと、昔の貴族が書いてた日記。

 赤裸々な貴族生活の内情が見て取れて、意外とこれが楽しいのです。

 

 

 

「ーーおや、君は・・・・・・」

「・・・??」

 

 花壇の陰から出てきたのは、絵に描いたような美形の王子様。

 少女マンガとかだったら登場シーンで背後にバラが咲き乱れてそうなイケメンです。

 金髪碧眼、白皙の肌。スラッとした長身に、豪華すぎず趣味の良い騎士装束。

 ここまで来るとやりすぎ感が否めない程度には、『貧乏旗本の三男坊を名乗ってそうな秘密警察お忍び将軍』を彷彿させてくれる王侯貴族の子息様がご登場されてきたようでした。

 

「僕以外の貴族がここを知っているなんて珍しいね・・・。折角だし名を聞かせて貰っても構わないかな? ーーっと、そうだった失礼。人に名を尋ねるときには、まず自分からが礼儀だね。では、改めて」

 

 聞いてねぇし。聞きたくもねぇし、帰りたくて仕方がないし。

 もとから暇つぶしに来ただけで花なんかに興味は少しもない前世男で、現辺境貴族の小娘には面倒くさいのに出会っちゃったなーとしか思ってないし。

 

 ーーちょ、お母様!? 「・・・じゃあ、私はこの辺で。後はお若い人たちだけでご自由に」って、お見合いの時の要領で娘置いて一人だけ逃げ出さないでもらえません!?

 一応相手、貴き身分のお方であるっぽいんだし・・・って、隠しているから母の方が上じゃん! 公爵の息子だったとしても幼い子供の今は成人した伯爵婦人よりも儀礼的には下の立場だから傲慢な態度も許されちゃうんでした!

 

 つまりは今この場で一番下っ端なのは私! 上位者の都合に振り回されなくてはならない下々の身分と言うことなのかーーーーーーーっ!!!!!

 

 

「僕の名前はビクター・ル・セリアス。これでも一応、名家の次男なんだよ。よろしくね、雪のように綺麗な銀色の髪のお姫様」

 

 キラキラ笑顔で気持ちの悪いことを言ってくるビクターさん。

 私は自己紹介を返しながら、頭の中で引っ張り出しているのはアルメリアの貴族名鑑。貴族の娘のたしなみとして覚えなきゃいけないもんなんだろうなーと思って子供の時から(今も子供ですが)読み続けてきた本でしたので内容はわりかし頭に入ってます。

 最低でも主要な上級貴族の家名を忘れたり間違えたりすることがない程度には。

 

「はじめましてビクター様。わたしはショート伯爵家が一女、セレニア・ショートと申します。

 あの・・・大変失礼とは思いますが、一つお尋ねさせていただいても構いませんでしょうか?」

「うん? 僕とあって最初にしたのが質問という子も珍しいな・・・。面白そうだし僕も聞いてみたい。名ので喜んでお受けさせていただくよ?」

「ありがとうございます。ではビクター様。ーーーーあなた様は本当にセリアス伯爵家のご子息様なのですか?」

 

 ぴくり、と。それまで鉄面の笑顔を保っていたビクター様のさわやかさにヒビが入る音が幻聴として聞こえた気がします。

 ですが、所詮は幻聴です。心に形はなく、実体はない。

 脳の機能が理解される遙か以前に産み落とされた心という概念。それが当時の世相で特別な物扱いされるようになったが故に生まれた幻想と、音による演出手法。そんなものに文系の私は興味がありません。

 二次元でなら別ですが、リアルにおいてその手の表現を用いることにカッコ付け以上の意味などないのです。

 

「セリアス伯爵家はあまり表の政治に関わってくることがないせいで知名度の低い名家ですが、古い時代には国の陰から王の政治を支え続けた旧名門です。

 今では直系が絶え、五代前の国王陛下が小姓のひとりに家督継承を許されて、血縁的には関係のない貴族が名跡を継いだと聞き及んでいますけど、その方の子息たちは全員が成人。ビクター様のもつ条件には当てはまらないと感じられます」

 

 長広舌を終えて私が見つめる先では、見た目だけはいい王子様が薄く笑いを浮かべていおられます。

 

「・・・仮に僕がセリアス家の人間でなかった場合、君はどうする? 走って逃げて助けを求めるかい? それとも命乞いでもして僕の歓心を買おうとでもするのかな?」

 

 私は小首を傾げながら、返事を返します。

 

「それは貴方のお答え次第でしょうね。別段、自分に害が及ぶ理由で身分詐称しているのでなければ、いけ好かない憲兵に告げ口する趣味もありませんのでね」

「・・・・・・・・・」

「単に知ってて黙っていたら実害がある場合には、黙って見過ごすのも言葉にして確認とるのも同水準なリスクを伴いそうでしたので聞いてみただけです。

 私と我が家に害がないのであれば、時になにもする気はありませんのでお気になさらず・・・・・・」

 

 言葉の途中で切って、相手の顔を見る私。

 なにが面白かったのか、「く、くくく・・・」と暗い笑みを浮かべながら俯きだしてしまったイケメン王子様って、マジ厨二。

 

「あー・・・やっぱり君は僕の同類だったんだね・・・。僕とおんなじ、自分さえ良ければ他人なんかどうでもいい類の人間だ・・・」

 

 いやまぁ・・・普通の人はみんなそうなんじゃね?

 

 本音ではそう思っていて、世間体とか周りの目とか収入とか今の地位とか世間的評価とか色々と考慮して自分の中でプラスマイナスを計算し、結果的に「我慢するのがプラスになる」と答えが出たら周りにあわせて黙り込む。「マイナスあるけど言いたいのを我慢できない!」ってなったときには本音を怒鳴り散らす。

 

 その程度のもんだと私は思ってまいますのでね。

 人間の本質が悪だとか善だとか、醜いだとか美しいだとか、そんなもん個人の主観でしかないんだし勝手に決めつけちゃってよろしいのではないかなーと。

 

 どうせ他人には口に出さなきゃ聞こえないんだし、思ってる分には自分の勝手。

 マジで心の底からどうでもいい~。

 

 

「ショートさん、僕はね。こう見えて意外と努力家なんだ。自分で言うと陳腐に聞こえてしまうのは分かっているけど、嘘じゃあない。真実なんだよ。

 客観的に見た僕は、容姿家柄才能すべてに恵まれた貴族界のサラブレットそのものに見えていたんだろうけど、それは偽りの僕であって本当の僕じゃあない。欲しいと思った物の大半は望むだけで手に入ることも、自分が努力しない限り決して手に入らない物が存在することも知っている人間が僕なんだよ」

 

「でも、周囲の大人たちは僕のことを『天才児』として褒め称えるだけで、誰も努力して成し遂げた結果であるなどとは思ってくれない。

 努力して作り上げた偽りの僕が結果だけで評価されて、本当の努力家な僕の存在は僕しか知らない。

 演じているだけの僕を、他人を演じる他人の僕を、赤の他人である大人たちから褒められたって嬉しいと思えるはずがない。

 だから僕は本当の僕を見てくれる人を求めていた。僕の努力を褒めてくれる人を求めていたんだよショートさん。

 君なら分かるよね? 僕の価値が? 僕の努力による成果が? 真実が? メッキの剥がれた本当の僕が・・・・・・っ!!!」

 

 

 

 

「ええ、一応は。

 ーーー努力の果てに理想の自分を作り上げたら「思ってた反応と違ってた」。だから「求めてた反応をしてくれそうな人を捜そう」ーーーー。

 そんなグチを初対面の7歳児幼女にコボし出すダメ人間が、貴方の努力してきた今までの結果であり集大成なのでしょう?

 そんな貴方を私が査定するとしたら、こう言いましょう。『1エキューの価値すらありません』。

 他人と共有してこなかった、自分にとってのみ意味のある綺麗で貴重な思い出は・・・・・・0エキューでしかないのです」



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言霊少女のファンタジーな恋物語 第3話

オリジナル恋愛もの、完!


 ーー弟の様子がおかしい。

 そのことに気付いたのは晩餐会が終わって、部屋へと戻る途中の階段から夜空を見上げてウットリしながら手を伸ばしていた彼の姿を見かけてからだ。

 

「・・・飛び降りるのか?」

「ーー飛び降りません!」

 

 無論のこと冗談のつもりだったのだが、思いがけず激しい反応を返されてオレは少し戸惑わされる。

 

 ・・・昨日までは、世の中に飽いたような悟りきった作り笑いしか浮かべず、感情など有って無きが如しとしか思えない人形じみた性格の持ち主だった弟になにがあったのか。

 オレは大いに興味をそそられたのだが、奴が次に発したオレへの質問を聞いた瞬間その気は消え失せていた。

 

「・・・ところで兄上様。一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ? おまえがオレに質問とは珍しいな。おまえはこと知識量において並ぶ者なしと自負していたのではなかったか?」

「ふっ・・・昔の話です。僕は今夜、生まれて初めて星を取ろうと手を伸ばしても、掴み取ることは決して叶わない己の腕の短さを理解したのですよ・・・」

 

 ここまでは素直に感心できる内容だった。ーー多少、歌劇的な語句が多いのは弟の趣味として前々から受け入れられてたし。

 

 問題はこの後。オレに聞きたかった内容についてだ。

 

「で? オレに聞きたい事というのは?」

「兄上・・・・・・愛って・・・なんなのでしょうね・・・? 本を読んでも載っていないのです。

 ああ・・・好きとか嫌いとか、最初に言い出したのは一体誰だったのでしょう・・・? 僕は今すぐその人の元に飛んでいって、その定理を聞いてみたいと心の底から願う気持ちでいっぱいなのです・・・」

 

 ここまで聞けば誰でも分かる。弟がおかしくなった理由についての察しがつく。

 

 ーー弟は今、生まれて初めて恋煩いを経験しているのだろう。これまで他者を見下すのに使ってきていた捻くれ理論による優位性を放り投げ、自分と同じ高さにいる相手の目線を直視している。

 それは彼が、人としての成長を果たしたという事だ。兄として誇らしい。

 オレのこの感情もまた、生まれて初めて弟に抱いた兄弟愛なのだと理解できたことも含めて喜ばしいことだった。

 

 

「・・・弟よ。それで、相手はどんな女性なのだ?」

 

 他意はなく、弟を初めて弟と思えた嬉しさから素直に聞いた好奇心故の質問だった。

 重ねて言うが、他意はない。ある訳ない。絶対にない。

 

 ウットリと夜空の星々を眺めながら弟は、夢見る気持ちに顔を蕩かすながらバラ色の吐息を吐き出すような口調で伝えてくる。自分の惚れた女性の姿形を。その麗しさを。

 

 

 

「・・・子供のように小さく、やや寸胴ながらも小柄な背丈。

 胸は真夏の果実のように瑞々しく実り、揉めば愛と優しさの海で溺れ死ぬこと疑いなし。

 雪のように白い肌、凍土の如く銀色の髪、永久に終わらぬ冬をもたらす魔女と見紛う冷たき蒼茫。

 可憐な唇が紡ぐ言葉は真冬の吹雪を思わせる冷厳さと冷たさに満ちていて、一度でも彼女の言葉を聞けば如何なる愚か者も変わらずにはいられなくなる絶対的な恐怖を纏いし冷酷非常なアイスブルー・プリンセス・・・・・・。

 ああ、セレニア・・・。

 僕は今、間違いなく貴女に恋している・・・」

 

 

「いや、間違いなくそれは恋じゃなくて変だ」

 

 

 弟が正しくおかしくなったその夜にオレも変わり、完全無欠に見えた弟のもつ一面を知ったことで新たに一歩階梯を昇り、弟もまた独自の道を歩み出した。

 

 今、宮廷内に以前までのギスギスした雰囲気は残っていない。弟がハッキリと「王位は兄の物である」と表明したのも大きかったが、父の子を身ごもったと嘘をついて愛人を幾人も囲っていた側室たち数十名をまとめて放逐したことも大きかったであろう。

 

 父の王位継承の際に押しつけられ、流血をみずに済ませる代償として貰ってくれなどとほざいていたらしい叔父上殿たちには呆れて物もいえんのだが、宮中の風通しが良くなったことに関しては素直に喜んでおくとしよう。

 

 これも今までは保身優先で、誰にでもいい顔をしては八方美人などっちつかずを繰り返してきた弟だからこそ出来たこと。

 すべての勢力の、あらゆる弱みを知って利用できるポジションに居続けていたことが非常に大きい。

 その弟が、嫌いな相手にどんな条件を提示されても笑顔のままでハッキリと、

 

「すみません、僕はあなたのことが嫌いみたいなのでお味方する訳には参りません。力を貸して欲しいのでしたら、どうか別の方の元へお急ぎください」

 

 そう言って、相手を丁重に部屋から追い出し、第二とはいえ王子への悪態をブツブツつぶやきながら宮廷内の廊下を歩いているところでバッタリと俺や父上に出くわす隠し通路になっているのだから性質が悪い。

 

 

 そんな風に、冷酷非常なさわやか悪意王子となった弟だが、ここ最近はいつにも増して浮かべる笑顔が胡散臭い。羊の皮をかぶって群へと近づく狼を連想させられる捕食者の笑みで満ち足りている。

 

 近々、なにかイベント事なんてあったかな?

 せいぜいが王侯貴族の伝統として士官アカデミーへの入学式が一ヶ月後にある程度だと思うが、そんなものどこの国でもある常識だろう?

 

 

「んっふっふ~♪ ・・・ああ、セレニア・・・どれほど僕はこの時をまち焦がれ続けてきたのだろうか・・・?

 ほんの数年、されど数年。君と出会い、恋したあの日より僕の時間は君のいない場所だと特にすすむ時間が遅く感じられてしまうのだよ・・・。千年一夜のたとえが現実のものとなって欲しいと星に願わずにはいられないほどに・・・・・・。

 ああ、セレニア・・・。あのときの僕は、この気持ちを言い表す適切な言葉を持ってはいなかったが、今なら君を前にハッキリと伝えられることだろう。

 セレニア! 僕は君を・・・・・・愛している!!!!!!!!!!!」

 

 ざっぱーーーーーーーーっん!!!!!!

 

 

 

 ・・・・・・・・・何故なのかはよく分からないのだが、弟はわざわざ幻影魔術を高度な魔力制御で操ってまで、妙な山と妙な船が浮かぶ、妙な津波の上でポージングをとる自分の姿を王族以外は入ることを許されない特別室の中で俺相手に見せつけてきていた。

 

 ーーーーま、いいや。それよりもだ。

 

「弟よ。大事なことを聞きそびれて今日まで来てしまったのだが・・・・・・お前、愛しき姫君セレニア嬢へ手紙なり贈り物なりを送り、学校への入学時には待ち合わせなりの約束ぐらいは取り付けているのだろうな?」

 

 婚約者はいても政略結婚故に未だベッドの上以外で話したことすらない俺ではあるが、それでも最低限ふつうの男女による仲の深め方ぐらいは知っている。

 そしてその常識的視点から見て、我が弟がそれらのことをしている姿を見たことがないのが気にかかり、あり得ないと思いつつも念のため入学式の前日に確認を取っておく。

 

「は? いきなり何を当たり前なことで確認取ってきているのです? 兄上様」

 

 両目を大きく見開いてパチクリとさせる弟。

 なにアホなことを言い出してるんだ? この人は・・・と言いたげな口調と表情に俺はホッとして安心させられる。

 うむ、そうだよな。この程度は常識だよな。

 

 

「示し合わせて再会する運命の恋人など存在しません。

 一度あっただけの相手を想い続け、会える日を信じて待ち続ける。そのことを知らない相手が、自分のことを想い続けて再び会えるのを心待ちにしてくれていた相手と学校の入学式で運命の再会・・・。

 このことを指して今の時代の文化では『再会イベント』と呼び、結ばれるべき運命にある恋人たちにとって通らずには済まされない試練なのですよ。

 愛の女神に仕えた古い時代の神官たちが書き記した愛の古文書『ときめきの書』に、そう書いてありましたからね。

 ーー作為的な出会いではない、偶然にも相手の方からやってきて偶然にも再会した相手の想いを知ってこそ僕に対する恋心が芽生えるのです。

 相手がどこにいて、いつ自分のいる場所にくるかわかっていたのでは悪巧みと変わらないではありませんか。ダメダメですよ」

 

 

 

「見つけて貰うことで相手に恋心が芽生えるのにか?

 ・・・・・・矛盾しているようにしか見えるんだがな・・・・・・」



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使ってみたいネタ集

最後のは、特にこれと言って原作を決めずに書いたアイデア集みたいですね。


幕末英雄伝説「西郷どん」

「薩摩は徳川に敗れ、二百五十年間にも渡る服従を強いられてきた・・・じゃっどん、これは敗北を意味するものじゃろうか? 否でごわす。

 始まりだ。新たなる戦争を行うための始まりなのじゃ!

 幕府が安穏とした平和の上で胡座をかき、のうのうと生きちょる間にワシら薩摩は、ひたすら倒幕に備えた準備を怠ってはこんかった。次の戦争でこそ勝つためにじゃ。

 もはや我が薩摩に、開戦と旧日本焼却を躊躇う者など一人もおらず。今こそ開戦の狼煙を上げるとき!

 手段を選ぶな! 殺戮を恐れるな! 古き日本を一掃し、我ら薩摩の時代を築くのだ! 勝てば官軍、負ければ賊軍! 勝ちさえすれば全ての悪行は後の世が正当化してくれる!

 ワシらの孫の代が日本を支配しているために。ワシらが後の世で英雄と呼ばれ得るために。ワシらは立って戦わねばならんじゃ! 戦わん、いざ薩摩のために。

 薩摩万歳! 名ばかりの民主主義万歳! 幕府を倒せぇぇっ! 日本は我ら薩摩の物だぁぁっっ!」

 

時空を越えた大声援『西郷! 西郷! 西郷! 西郷! 西郷! 西郷!』

 

「いやー、みなさん。有り難うでごわす。有り難うでごわす」

 

 

新訳・機動戦士ガンダム~若き彗星の肖像~

 

「今という時代では、人はニュータイプを戦争の道具にしか使えん! ララァは死ぬ運命にあったのだ!」

 

「貴様だって・・・ニュータイプだろうに!」

 

「そうだ! だからこそ今こうして私と君は殺し合っている! ニュータイプとして覚醒した君と、半端なニュータイプもどきでしかない私とが、本物のニュータイプの少女ララァ・スンの魂を介してさえ、分かり合いながら否定し合う殺し合いしか道を見いだせなかった! これが我々ニュータイプもまた戦うことしか知らぬ愚かな愚民の一人にすぎない証拠でなくて何だというのだアムロ!?

 違うというなら、今すぐおまえ自身に英知を授けて見せろぉっ!」

 

 

機動戦士ガンダム『逆襲のアムロ・レイ』

「そうか・・・しかし、この温かさをもった人間が地球さえ破壊するんだ! それを解るんだよアムロ!」

「わかってるよ! だから世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろう!?

 ーー人類が次の時代でも変わらず戦争を続けて、ニュータイプを生み出し続けるために!」

「・・・!!! アムロ・・・貴様はやはり・・・!」

「そうだシャア! 俺の目的は始めからそれだった! 地球から巣立った新しい環境に適応した新人類ニュータイプによるオールドタイプの一掃だ! 戦争しか知らない古いタイプの人間たちなど滅びてしまえ!」

「ララァ・スンの亡霊に取り付かれた、哀れな男めっ!」

「なんとでも言え! 俺たちニュータイプは女が側にいなけりゃ生きられない種族なんだからな! そんな俺たちが旧人類に取って代わる一番確実な方法は奴らの力を利用すること、それより他に道はない!」

「だから地球圏の戦争の源である、地球に居続ける人々を守り抜いて生かし続けるというのか!? 宇宙に戦争をまき散らす火種で在り続けさせるために!」

「そうさ! だからこそお前のアクシズ落としは絶対に阻止しなければならなかった!

 お前に地球に居続ける人々を殺させるわけにはいかないからな! 彼らにはまだまだ戦争を続けさせていくために、籠の中の腐ったリンゴで居続けてもらわなきゃ困るんだよ!」

「そうまでして、お前は何をしたい!? 何が目的で人類に戦争をもたらし続けようとする!?」 

「俺たちニュータイプは戦争の中から生まれ、戦争の中でこそ急成長を果たし、戦争の中でこそ同族は覚醒し、数を増していく・・・戦争こそが優れたニュータイプを生み出す原動力なんだ!

 そして、強力なニュータイプ同士が殺し合うことで今の混迷とした世相は継続させることが出来てきた・・・なら、あとは簡単だ。

 ニュータイプを戦争の道具としか思っていないオールドタイプ共に、ニュータイプへの恐怖を忘れさせなくすれば其れでいい! それだけで遠き未来にニュータイプの世は必ずやってくる!

 戦争によって増え続けたニュータイプが世界を支配し、愚かな大人たちを粛正尽くしてくれる日が、いつか必ずやってくるはずなんだ!」

「お前のそのエゴが、ララァに魂を縛られ続ける原因なのだと何故気が付かない!?」

「ララァを殺していないお前に言えたことか!? 彼女を殺した時に受けた、あの苦しみ・・・永遠に忘れられる物じゃない! シャア! 子供のように純粋なお前にはわからない!」

「アムロっーー!!」

「一緒に付いてきてもらうぞ、シャア・アズナブル。お前に人類の戦争を終わらせなどしない。

 次の戦争を、そのまた次の戦争を人類が迎えるためにお前という存在は、いてはならない男だからだ! 人類の希望になり得たかもしれないお前の心と魂は、俺が向こう側に連れて行く! 英雄の血族シャア・アズナブルよ! 俺と一緒に滅ぶがいいーーっ!」

「あ、あ・・・アムローーーーーーーーっ!!!!!」

 

 

 

 

コードギアスロスト「我が名はゼロ! カオスの権化だ!」

 

「やはりゼロは素晴らしき存在・・・カオスの権化だ。もっと、もっと見せてくれ私に! あなたの主観に満ちた世界を! ふはははははははっ!!!」

「・・・わかった。聞き届けよう、その願い・・・。

 何故ならば・・・私はゼロ! ブリタニアの支配する今の世界を壊し、戦争による新世界創造を希求する男だ!」

「お、お、お・・・・・・おおおおつっ!!!!」

「・・・所詮、戦争はエゴとエゴの押しつけ合い。双方ともに正義を主張し、互いの正しさを否定しあう愚劣きわまる蛮行にすぎず、正義など何処にもないし誰にでもある。そのような暴挙の中に真実など見いだそうというのであれば、それは血の色をした夢を見ているだけでしかない。

 問題があると言うなら動け! 自分の規準で是正しろ! 世界が間違っているというなら、お前の力で正して見せるがいい!

 それもまた悪しき選択なのかもしれないが、動かずに見ているだけの以前よりは今の方が前に進んでいるはずだ。

 今日がダメなら明日、明日でダメなら明後日へ! 世界は変わる。変えられる。人類誰しもが今の世界を変える資格と可能性を持っている・・・。

 だからこそ! 立ち止まって下を見下ろし、安心しようとする愚か者には二度と俺は戻らない!

 確かに、俺の選んだ道は間違っているのかもしれない。

 だが、今の世界を生きる人々は俺よりずっと間違っているのだから!」

 

 

 

 

絶対に異世界転生チート勇者に選ばれちゃいけない人が選ばれちゃった話。

 

 

 ーーズバァッ!

 

「ぐわぁっ!?」

「ち、ちくしょう・・・手も足もでねぇー・・・強い、こいつ強すぎる!

 答えろ小娘! 人間でありながら人間とは思えねぇ強さを持ったテメェは一体何者なんだ!?」

 

 

「我を崇めい・・・百鬼眷族の王に背きし罪、死して後も償うがよい・・・。

 余の前で悪は許さず、余の後にも悪を残さず。

 我は勇者・・・この世界を救うため異世界から召還されし者。

 人々を苦しめる全ての愚か者どもを悪と定めて殺し尽くすことこそ勇者の務め。

 根切りぞ、根切りぞ、撫で切りぞ、皆殺しぞ。民草から奪うだけで何一つもたらさぬ害虫どもなど生かしておく価値を認めぬ。

 余が汝等に与える選択肢は二つのみ。一族郎党女子供も一人残らず自害して果てるか、それとも余自身の手で誅戮されるかのどちらかだけだ。

 さぁ、どちらでも好きな方を選ぶがよい」



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よくある王道ラブコメのヒロインが理屈っぽかった件。

ごめんなさい、まだありました。
セレニアがヒロインのラブコメ物みたいです。


 たまたま町中を歩いていて気まぐれを起こし、普段は曲がらない曲がり角を曲がった先で倒れている女の子を見つけた。ただし、血塗れにはなっていない。見た感じ全くの無傷である。

 服も小綺麗で清潔感があり、長い銀髪もトリートメントされていて良い香りが鼻腔を刺激する。

 しかも巨乳である。間違いない。背が小さい程度の偽装じゃボクの目からは逃れられないぞ! これはギャルゲーの巨乳ヒロインを愛し続けて十五年、生まれたときから二次元の女の子を愛好してきたボクだからこそ至れてしまった嗜好の極地なのだから!

 

 女の子は愛おしく、女の子の胸はさらに愛おしい。ちっちゃいのも大きいのも女の子の胸であればオールオーケー、全部すばらしい。巨乳サイコー! ちっぱいことは良いことです!

 

 ・・・そんな風に溜まりに溜まってどうしようもなくなっていたリビドーを勢いで発散させてしまってばかりに孤立化しちゃった直後のボクは、ちょっとだけ危ない思想に取り付かれてたんだと思う。

 倒れている女の子を家に連れてかえって「君の名前は?」「・・・言えないんです」「じゃあ、どこから来たのかは?」「・・・それも言えないんです」「じゃあじゃあ、ご両親に連絡したいんだけど実家の電話番号は?」「・・・・・・」「・・・何か訳ありみたいだね。良かったら事情を話してくれないかな? 何も出来ないかもしれないけどボクに出来ることなら何でもしてあげるから」「・・・実は私は・・・」

 

 ーーこんな感じの会話の後で、家に帰れない事情持ちの女の子を我が家で養うことになり、嬉し恥ずかし同居生活とは名ばかりの年頃男女がひとつ屋根の下で暮らす同棲生活がスタートするんじゃないのかなって想像しちゃってたとしても、年頃男子なギャルゲーマーなら仕方がない。うん、仕方がないったら仕方がない。みんな法律とギャルゲーメーカーと可愛すぎる美少女ヒロインたちが悪いのです。

 

「う・・・う、ん・・・」

 

 あれ? 目が覚めちゃったのか・・・残念だったなーーいやいや何を考えちゃってるんだ、ボクは。

 ダメだよ、眠ってる間なら多少R指定を越えちゃう行為をしたところで描写されなければ相手に気づかれないなんて考えちゃ。ゲームと現実は別物なんだから割り切らなくっちゃ。

 

 とにかく今は女の子の介抱だ。それこそが今やるべき最優先事項だ。気道を確保して呼吸が止まらないようにしてあげて、後はなんか色々やってあげた後にマウス・トゥ・マウス。人工呼吸という名称を持つ医療行為を要救助者に施してあげるのが大事なのだよ明智クン。

 人工呼吸は人助けであってキスではない。つまりは合法。至極もっともすぎる素晴らしい倫理観です。

 

「それでは改めまして・・・いただきまーーー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 思いっきり目を覚ましていて目を開けていて、目が合いまくっちゃいました。

 

 ・・・・・・・・・どうしよう。ボク今、全力で婦女暴行罪でオナーワ確定間違いなしの体勢です。

 横になってる小さい子に(おっぱいは大きいけどね!)大の男の男子高校生クンが四つん這いになって覆い被さり、唇を蛸のように突き出しながら半分目を開けたまま残り半分は瞼を閉じてる半眼状態にあるからね! どっから誰がどう見ても事案だね! タイーホされちゃいそうだよね!

 助けて! ボクは無実じゃないけど未遂だ! 誰がなんと言おうとも、それでもボクはやってはいない! やろうとしてただけだ! 直前で失敗に終わった計画に恐るべき陰謀計画なんて存在しない!

 

 

 

 

 ーーーーーって、違う! そうじゃなくて!

 

「違うんだよ君! これは誤解だ人違いだ! 話せばわかるし話さなければわからない! ボクたち古いタイプの人類が人と誤解なく分かりあえるようになるためには宇宙規模での戦争が必要不可欠であって、人が戦争をなくすための手段を手にするとしたら今の人類には手の届かない場所にあるんだとボクは確信しているんだよ!」

「はあ」

「何千年もの永きにわたって人は人と戦争を繰り返してきた。きっと数千年経った後だってボクたち人類は戦争を続けているんだと思う。やめられないんだと思う。人が死ぬのが定めとしてあるように、人類は戦争をする生き物なんだと神様に定義付けされた生き物なのだとボクは思っていたことがあったりなかったり!」

「なるほど。それで結局最後はどちらを選んで今この場におられているので?」

「そんな言い方をしちゃダメだ! 今だけを見て人を決めつけたりするのは良くないんだよ!

 人は過去を背負い、過去とともに今を生きていく生き物で、辛い過去でも目を逸らしちゃいけない。立ち向かわなくちゃダメなんだ! 逃げるのは良くないんだよ!

 でもじゃあ、逃げてしまった自分は悪なんだろうか? 否定されるべき存在なんだろうか?」

「そりゃ悪ですよ間違いなく。だって逃げるのは良くないんでしょ? 良くないんだったら悪いと言うことにあなたの中では定義されているのでは?」

「ボクはそうは思わない。こんなボクでもボクの一人だ。君の見ているボクは一人しかいないけど、他の人の中にいるボクは君の知るボクとは異なるボクだ。いろんな可能性のボク自身があり得るんだよ。

 そう! だからつまり、勇気を出して逃げ出さなかったボクの可能性が誰かの中には間違いなく存在しているのは確実な訳だからして、今君の目の前にいる君の中のボクが現実的に犯そうとしている罪から逃げ出したとしても、それは沢山ある可能性世界のボクの一人でしかないからであるわけだからして、即ちボクは無実無罪ノーギルティ!

 判るよね!? わかるはずだ。君なら・・・君ならわかってくれるはずなんだ!」

「とりあえずーー」

 

 彼女は鼻息荒くなりながらも熱弁に力いれすぎて真っ赤になって近づいてきてるボクの顔を動じることなく無感動に見つめ返しながらボソリと一言。

 

「英語で無罪はノーギルティではなくて、イノセント。ローマ字表記だとINNOCENT。

 よくノットギルティーが英語の無罪だと勘違いされてますけど、正確には推定無罪、有罪と立証されない被告人のことを指した言葉でして、有罪を立証する責任が検察側にしかない英米国においては個人の自由を守るとても重要な概念ですので間違えないようにしてくださいね?」

「・・・・・・・・・はい」

「あと、ひとまず現在の体勢を変えませんか? この体勢はそれこそ誤解しかされない罪科扱いされる要因になるのではないかなと」

「・・・・・・・・・・・・はい、そうですよね分かります。分かりました、ごめんなさいでした・・・」

 

 勢いで誤魔化そうとしたら懇切丁寧に間違いを指摘されて引き下がる変態ラノベ主人公系男子のボク。・・・なんだかとっても惨めです・・・。

 

 



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悪の魔法先生ネギま!?

「魔法先生ネギま!?」を原作に、ネギ君が「悪の魔法使いだったら」というIF設定みたいですねぇ・・・たぶん(復活)


 ・・・・・・父さんーー

 

『「ドールマスター」「ダーク・エヴァンジェル」「マガ・ノスフェラトゥ」エヴァンジェリン。・・・恐るべき魔法使いよ。

 俺を狙い、何を企むかは知らぬが・・・あきらめろ。

 何度挑んでもお前は俺に勝てんぞ』

 

 

「ネギ・スプリングフィールド!」

「はい!」

 

 

 ーー父さん。僕、魔法学校を無事卒業できました。

 魔法使いの修行はこれからだけど。僕、頑張ります。

 頑張って、父さんみたいな魔法使いになります。

 

 

 

『パートナーもいない魔法使いに何ができる!?

 行くぞチャチャゼロ!!』

 

 

 ーーだから、見ていて下さいね? 父さん。

 

 

『フッ・・・遅いわ若造! 私の勝ちだ!』

 

 

 

 ーー僕は必ず、

 

 

『えーと、この辺だっけ・・・』

 

 

 ーー必ず僕は父さんみたいな・・・・・・

 

 

『(ドパーーン!!)うわぁっ!?

 なっ・・・これは!?』

 

 

 ーー僕は絶対にーー

 

 

『ひっ・・・ひぃぃぃーーーっ!?

 私の嫌いなニンニクやネギ~~~~!?

 いっ・・・いやぁ~~~っ!!

 やめろぉ~~~っ!!』

 

 

 ーー絶対にーー

 

 

 

『ひっ・・・卑怯者ーーっ!!

 貴様は「サウザンド・マスター」だろ!?

 魔法使いなら魔法で勝負しろーーっ!!』

 

 

 ーー絶対にーー

 

 

『ふははは!! やなこった。俺は本当は5、6個しか魔法知らねー魔法学校中退の落ちこぼれだぞ? 戦えば負ける勝負なんか誰が挑むかよバ~カ。

 お前の苦手なものは既に調査済みよ。噂の吸血鬼の正体がチビのガキだと知ったら、みんな何と言うかな~?』

 

 

 ーー必ず、絶対にーー

 

 

『戦いは勝ちさえすればそれでいい!

 負ければすべてを失い、命も失うかもしれない!

 生きてこそ得ることのできる幸福をこの手に掴むまで、俺は絶対死ぬかもしれない戦いなどして堪るかぁぁっ!!!』

 

 

 ーー僕は絶対、貴方のような生き汚くて最低な生き方を貫く悪も善も関係ない、天上天下唯我独尊「宇宙の中心にまず自分在り」な魔法使いになってみせます!!

 

 

 

 

 

 

 

 三つ葉の校章、クラシカルな街灯に曲線を多用した装飾。

 壷を掲げた人魚の石像に、中世ヨーロッパを想起させる造りの城塔。

 

 日本にある夢の学園都市『麻帆良学園』

 広大な敷地内には幼稚園から大学まであらゆる教育施設が存在し、三万人を越える学生たちが生活を共にしている。

 

 学びの里として知られ、豊かな自然に囲まれた恵まれすぎた環境の中で特にこれといった支援者やスポンサーからの無理難題も言われない、利権絡みで人死にが出たという情報もない。まさに前途ある学生たちの理想郷。

 

 

 

「ま、つまり学園敷地内全体が魔法学校と癒着していると言うことなんでしょうね~」

「アニキ・・・もう少しだけでいいんで、来日したばっかりで見知らぬ異国に戸惑う子供らしい子供を演じて下せぇ。

 そんなこっちゃアーニャの言うとおり、ニッポンの警察に職務質問されちまうっスよ? もっと子供らしくしねぇと、子供らしく」

「ふむ? ではとりあえず現地の風習にあわせて『女子のスカートめくり』でもしに行けば宜しいので?」

「ダメすぎるだろ、この人・・・」

 

 そんな感じで学園風景をバックにおいて、内容ブラックすぎる会話を繰り広げてるのは一匹のオコジョと一人の少年。

 

 古めかしいコートと眼鏡。背中には長大な杖を突っ込んだリュックサックを背負った中々の美少年で、その眼は純粋さと狡猾さが同居したミステリアスな魅力を発散しまくっていた。

 



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悪の魔法先生ネギま?

前のと違うバージョンで「悪の魔法使い」なネギ君ストーリーみたいですね。


~麻帆良学園入学ガイドブック~

『麻帆良学園都市は、明治中期に創設された学園都市です。

 学びの里として、幼等部から大学部までのあらゆる学術機関が存在し、学生の数は優に三万を超えるマンモス校。

 情操教育のため、豊かな自然に囲まれており、都市一帯には各学校が複数ずつ存在している。

 交通機関、公共施設、病院、巨大アーケード、レストランといった生活環境もすべて整えられている。

 都市機能などを含め、大学部の研究所なども同じ敷地内に併設されていて、学生寮自体も都市内にある。

 所在地は埼玉県麻帆良市、最寄り駅は麻帆良学園都市中央駅。

 全寮制であり、エスカレーター式で高等部に進学できるため、全体的に生徒はのんびりしている傾向があり、学生たち同士の中も極めて良好です。

 

 まさに「夢の学園都市」と呼ぶにふさわしい学びの里です。

 皆様が愛する御子息さま、御息女さまの未来を考えるなら是非とも当学園を進学先にご検討ください!

 詳細は「世界中の子供たちの未来を守りたい」をモットーにしている『まごころ麻帆良学園広報課』までお問い合わせください』

 

 

 

 

~麻帆良学園独自メディア『麻帆良スポーツ、Mahoo!』新入生歓迎特別号~

 すっごい面白い学校です! 

 おかしな特殊能力や特殊技術を備えた人たちの組織があちらこちらに氾濫していて、その人たちが毎日のように色々なトラブルや事件を起こしてくれてます。

 大自然に囲まれてますので、それらが都市に住んでる人たちの目に触れることはあっても、ニュースになる騒ぎなんかにはならないみたいです。専門の対策機関があるのかもしれまんね!

 学園内で起きる異常事態が外部に漏れることも少ないらしく、情報管理に限って言えば陸の孤島の様相を呈しているかもしれない場所です。

 

 他にも、寮から駅まで距離がありますので毎日朝の登校時には鉄道・道路ともに沢山の生徒たちで混雑しまくっていてイエローカードもらうギリギリの速度で駆け足する「朝の通勤ラッシュ」が、学園朝の名物になってます!必見です!

 また、しょっちゅうギャンブルが行われていて、学園内で起きるケンカや格闘技の挑戦があると「○○に×円!」といった声が初等部まで飛び交います。

 食券トトカルチョが行われたことなんかもあるんですよ!?

 

 ――最後に、エスカレーター式で高等部まで進学できるんだけど、中等部以上は全寮制となりますので「性格悪くなって年増のオバさんたち」みたいにならないよう気を付けてね!お姉さん達との約束だぞ☆

 

 

 

 

 

『・・・兄貴、さすがに笑い過ぎ。不謹慎だから、少しくらい場所弁えようぜ。な? オコジョから兄貴への心からのお願です頼んます。これ以上目を付けられたら俺っちの給料マジでピンチなんです』

「くっくっくっ・・・・・・いや、本当にごめんね、カモ君? もう大丈夫だから・・・ぷはっ! あはははは! ヒィ、ヒィ、はぁ、はぁ・・・ああ、お腹痛くて死にそう~」

『・・・・・・ぜんぜん大丈夫に見えないし、安心できないし誠意も伝わってこない謝り方だし』

 

 ブツブツと「宝石の付いた首輪付き」のオコジョが、麻帆良学園中等部の校舎内を歩いている一人の少年の肩で愚痴るようにつぶやいている。

 少年はと言うと、未だに笑いが収まらないらしく肩を震わせながらうつむいて、涙を指で拭っている。

 彼の手元には都市内で発行されている二種類の冊子が片手に一冊ずつ握られており、どちらともに同じ都市内にある同じ学校から異なる名義で発行されている辺り麻帆良学園の混沌ぶりが実によく伝わって来てスゴク面白おかしかった。

 

(・・・正直、学校卒業したせいで厄介払いされて追放同然に飛ばされた僻地かと思ってたんですけどね・・・どうしてなかなか極東の島国も侮れません。

これはボクの目的である“例の件”以外の面でも期待して良さそうです――)

 

 知らず顔がニヤケてくるのを抑えきれずに口元を手で隠す少年に、呆れたような視線を向けて「処置なし」とばかりに首を振るオコジョ。

 

 

 ――と、その時。

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・・

 

 

『へ?』

「ん?」

 

 平和な日本と呼ばれる国には似つかわしくない轟きが背後から聞こえ、二人はそれぞれの反応とともに背中を振り返る。

 そこには制服姿の女子たちの大軍が軍隊もかくやと言う勢いで、背後から猛烈に突っ込んで来つつあった。

 

 彼我の距離は約二メートル。

 『魔法』なしでの回避は不可能。

 押し潰されるか『罰則覚悟で禁止されてる魔法を使って逃げだすか』。選択肢はどちらか一択のみ。

 

 当然、『彼の性格』を考えるなら選ぶべき選択肢は最初から決まっている。『子は、親に似るのだから』――。

 

 

「マギ・ステイル・テレポーリープ(瞬間跳躍)」

 

 呪文を唱え、発動させた魔法は彼が使える『6つだけ』の内、最も多く多用しているワン・カウント(一文詠唱)の魔法。瞬間跳躍。

 一言だけ唱えれば発動できる代償として、移動可能な距離がすこぶる短く短距離移動にしか使えない多くの魔法使いたちが不要として忘れ去られていた魔法の一つである。

 彼は自分の憧れるヒーローについて調べを進める過程で幾つかの遺失呪文を発掘し、復活させるている。これもその内のひとつだ。

 

 主な使用目的は、窮地におちいった時などに『自分ひとりだけ逃げ出すこと』

 

 

 

『ちょっ!? 兄貴っ!? また俺を置いて逃げやがったな! この裏切り者めぶぇうぇはぇはぁぁぁぁっ!!!!???』

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!

 

 ・・・哀れ、ただでさえ小さな的である少年の姿が一瞬で消失してしまった事により、女子の大軍勢の前では極小の点でしかないオコジョの存在に気付く者など誰一人いる訳もなく。

 彼は、大好きな日本のギャルたちの美脚に踏みつぶされながらスカートの中を下から見上げられると言う僥倖を満喫させられた。

 スケベ冥利に尽きる死に様と言うべきだろう。彼の来世に幸あれ。

 

 

『――って、勝手に殺すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』

「あ、生きてたんですかカモ君。・・・・・・・・・ちぇっ、つまんないの」

『オイ! 今、なんつった!? なんか言ったよな今!俺っちが生還したことについて、なんか聞き捨てならないこと言いやがっておりましたよね!? 面白半分で俺っちを助けただけの恩人の旦那ぁぁっ!!』

「・・・無事でなによりでしたねカモネギ君! 僕は友達が無事で生き残り帰って来てくれたことを、心の底から嬉しく思います! 余りの嬉しさに涙が止まらなくなるほどに!」

『超誠実なウソ泣きしてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇっよ!!! アンタの本性なんか長い付き合いで思い知らされまくってる俺っちには引っかかりたくても出来ねぇから!

 この、見た目詐欺で外見だけ無害な爽やか真っ黒黒スケ美少年!』

「・・・・・・・・・・・・・・・ちっ、ダメでしたか。これだから腐れ縁って奴は嫌なんですよ。腐るほど長く側にいるから糸引いちゃっててやりづらい。

 トーヨーのナットウフレンドリーな監視役兼お目付け役なんて邪魔なだけなのに、まったく学園長先生も中退処分された生徒にまで律儀なことで」

 

 はぁ、と肩をすくめながら少年――イギリスから来た魔法使いにして『咎人』の少年ネギ・スプリングフィールドは面倒くさそうな声で吐き捨てる。

 

 彼はイギリス・ウェールズ地方にある若き魔法使いを育成するための施設『魔法学校』において、文句なしの優等生でありながら、“魔法使いとして道を踏み外した”外法の輩でもある悪の魔法使いだった。

 特別なにかしたと言う訳ではない。ただ、今は亡き父親に憧れて詳しく知りたくなり調べを進めていく内に『詳しく知りすぎてしまった』だけである。

 

 彼と同姓同名の父親は、魔法世界でも並ぶ者なき英雄だ。

 大戦当時に若干14歳でしかない少年の身でありながら世界を救う大偉業を成した。

 世間では死亡したとするのが一般認識となっている今でさえファンクラブが存在している、伝説の魔法使いなのである。

 

 そんな彼、千の魔法を使いこなす伝説の魔法使い〈サウザントマスター〉真実の姿に、父に憧れていた息子のネギは到達した。“してしまったのだ”。

 

 

 その結果として今がある。

 〈悪〉の烙印を押され、使える魔法も制限された状態でイギリスから遠く離れた極東の地、日本にまで「見習い教師の一般人として」放逐された「10歳の少年」という今現在の窮状が。

 

 

「いやー、よく考えてみなくても最悪過ぎますよね、ボクの置かれてる状況って。日本には子供を保護してくれる法律が存在しているらしいんですけど、イギリスにも導入を検討してはもらえないものなんでしょうかね?

 飛行機代やらタクシー代やらで正直、懐が寂しい限りなんですけども」

『あ~・・・日本のタクシー料金、高かったからなー。かと言って電車は本数多すぎて外国から来たばかりじゃ意味わからなかったから、埼京線ってのに乗れる駅まではタクシー使わざるを得なかったもんなー』

「おまけに優等生だったのを理由も無く中退処分は外聞悪すぎるからと卒業直前までは在籍させて卒業と同時にオコジョにするつもりだったって言うんですから酷い話ですよね、まったく。

 学園長先生がうまく調整してくれて日本への追放処分になったのは望外の幸福だったんですけど、よりにもよってカモネギ君まで監視役として派遣されてくるとは思っていませんでしたので少しだけアンニュイです」

『俺っちだって来たくて来たわけじゃねーし! ただ単に色々やらかしてきたのがバレての強制労働処分だし!』

 

 

「・・・ま、こんなところで愚痴っていても仕方がありませんね。誰か適当な学生さんでも掴まえて寄生して養ってもらいましょう。

 なぁに、魔法でパンツを消して皆にバラされたくなかったらと言えば一発です。

 そのために残してもらった6つの魔法のひとつに『パンツよ消えろ!』を指定しておいたのですから」

『・・・最低だ。アンタ本当に外見詐欺のクソガキ美少年でしかないよ。いやマジで』

「背に腹は代えられません。それに、どうせ生きるのであれば楽しいに越したことはないですからね。

 縛られてばかりでは楽しくありません。人生楽しんだ者勝ち。若い時に苦労したところで年取ってから楽できる保証がある身でもなし。気楽に生きましょう、気楽に」

『いいのかねー、魔法使いが本当にそんなんでも・・・・・・』

「さぁ? 良いか悪いかなんて他人が勝手に決めるものですからボクには何とも。

 ま、生きてさえいれば何かいいことの一つや二つぐらい起きますよ、きっと。そう信じて生きていった方が気楽に生きられます。

 来るときに調べてきた日本の諺にも「人生楽好き、苦は嫌だ」と言うのがあってですねー」

『兄貴・・・たぶんそれ、また何か誤解してると思いますぜ・・・?』



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セレニアの純愛物語

セレニア恋愛もの第二弾。こっちは純愛みたいですね。ちょっとエロ要素あり風の。


「私はずっとこうして生きてきました。だから変われません。変わり方が解らないのです・・・」

 

 か細くつぶやかれたその声は普段と変わらず何の感情も映し出してくれなかったけど、俺にはなぜだか今の彼女は昨日と少しだけ変わって見えていた。

 ・・・いや、違うな。感情が変わったのは彼女じゃなくて俺の方だ。俺が彼女に向ける感情で変わったのであって、彼女の感情は何ら変化していない。

 

“変わろうとし始めたばかりの今はまだ”、何も変わる事なんかできてない。一足飛びに変われるのなら、彼女がこんなに苦しむことなんてなかった。

 変われないから彼女は苦しみ足掻いて敗け続け、それでも諦めることなく戦い続ける強さを持つ事が出来たのだから。

 

 そして彼女の“強さ”に憧れたから、俺は・・・俺たちは今この場にいられてる。

彼女が最初のボタンをかけ間違えてくれたから、俺もまた自分の勘違いに気付くことができた。自分の選んだ道は間違いだったと認めて受け入れる“勇気と言う名の強さ”を持てたのは彼女が今までずっと変わらずいてくれたからだ。

 

 だから――

 俺は――

 彼女の事を――

 変わりたくても変われない、不器用な少女の事を。

 色々知っているくせに、自分の変わり方さえ知らなかった年相応の女の子の事を。

 

「・・・・・・もしかしたら一生かかっても変われないのかもしれません。期待だけさせて何一つ報いることができないかもしれません。私と共に歩む道を選んだせいで貴男だけが一生を棒に振る結果しか待っていないのかもしれません・・・」

 

「でも・・・」と、彼女の小さな掌が俺の服の袖の端をちょこんと握る。

 たったそれだけの細やかな行為。子供の手習いだって一日もかからず行き付ける程度の事をしてくれるようになるまで何年の時間がかかったか? 何万キロの旅程を踏破してきただろか? 

 数えるのもバカバカしくなる程の旅路の果てに待っていたのは、“ちょこんと”触れてきた手の温もりだけ。

 大損だ。損得勘定がすべてのこの世界で、これほど掛かった労力に見合わない報酬はない。全く以て時間の浪費も良い所だ。

 

 だからこそ。

 俺は彼女を。

 ここまで頑張ってようやく手に入れられた報酬を。

 今までの人生すべてを書けて手に入れた報酬を手放すなんて破産宣告は死んでもしてやらないと心に決めていたのだから。

 

 

「お嬢、何度も言わせないでくれ。俺はアンタに変わって欲しくて苦労してきたんだ。アンタが変われないままじゃ、俺の一生が台無しになっちまう。大損なんだよ」

「・・・・・・」

「だから一生かかっても変わってもらう。人生の最期の瞬間でようやく変われた瞬間に、アンタが喜んで笑ってる笑顔を見てから死んでやる。そうでもしないと割に合わない。それぐらいに莫大な先行投資をしてきたんだから、それを見る権利ぐらいは保証してもらうからな?」

「あっ――」

「支度金代わりだ。これ位は変われてない今のアンタでも払える筈だろ? 心と体は別物なんだからな」

 



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ロードス島戦記外伝~異邦の反英雄~

「ロードス島戦記」に「FGO」のセイバーオルタを出してるっぽい作品です。


 森の中を、一人の少女が歩いていた。

 

 虚ろな瞳の色は濁り、空虚な闇を抱いたままおぼつかない足取りで歩を進めていき、やがて足を止めると周囲を見渡し小首を傾げ、自分が何処とも知れない場所を歩いていた事実に“ようやく気が付いた”

 

「・・・ここは?」

 

 鈴を鳴らすように澄んだ声でしょう女はつぶやき、視線がさまよう。

 見覚えはない。見たことのあるモノが何もない。そもそも自分は何を知ってる? 何を覚えている? 自分って誰だ? なんで自分は此処にいる?

 

 知らない知らない知らない知らない。覚えていない。思い出せない。思い出すという行為自体、どうすればできるんだったっけ?

 

 

 何も分からないまま思い出せもしないまま、少女はただ歩き、ただ進む。

 まるでそれが自分という人間の生き方を暗示しているかのように。進むことしか知らず選ばず、行き着く先が奈落の底と知った上で全速力で走り抜けるのが唯一無二の選択肢であると信じ込んでいるかのように。

 

 

 少女は歩み、見知らぬ世界に足を踏み入れる。

 目指す先に広がる空は薄暗く、灰色の雲が垂れ込めていた。

 

 

 争いに彩られたロードスの歴史に新たな戦乱と、異端の英雄の物語が幕を上げる。

 

 

 

 

「どうやら作戦を変えないといけないようだね」

 

 苦笑するエトの提言にパーンは、しかめ顔で首肯する。

 彼らの目指す先には洞窟があり、そこには今二匹のゴブリンが見張りにたって、彼らの苦手な真昼の奇襲を警戒していたのだ。

 

 この時点で彼ら二人が立てた作戦(実質的にはエトが一人で考えたものだが)は破綻したことになる。

 なにしろ彼ら二人による奇襲作戦は、闇の生物であるが故に昼間の太陽を極度に嫌って動きの鈍くなるゴブリンを、こちらに気づかれぬ内に洞窟の入り口まで近づいて若木を燃やし、煙で満ちた巣穴の洞窟から慌てて外へと飛び出してくることでようやく成立する類のモノだ。

 奇襲に気付かれるまで飛び道具で狙撃し、気付かれたらエトのメイスとパーンの剣で接近戦を挑む算段だったのであるが、他ならぬエト自身が自らの立案した作戦に不信感を露わにしていた。

 

「どうやら悪い予感が当たっちゃったみたいだね。

 ボクの立てた作戦だと見張りは一匹のはずだったから、二匹のうちどちらかを仕止めそこねたら声を上げられて、他の仲間にボクたちのことを知らされてしまうよ」

「だったら外さなきゃいいだけさ」

 

 パーンは自信満々という程ではないが、自らの弓の力量に確信を持って断言する。

 それがエトには微笑ましくもあり、好ましくもあり・・・それ以上に心配事でもあった。

 彼は幼馴染みの少年が今回のゴブリン討伐を言い出した背景に気付いており、それが原因で普段以上に彼の使命感と正義感が燃えたぎっているであろうことに不安に覚えていたのだ。

 

(パーンの正義感は強すぎる。死んだお父さんの影響もあるんだろうけど、今回のは普段よりも頭ひとつ分は突き抜けてしまっている。

 村人たちを説得するために良き再会停へ一人で訪れたとき、誰かに何かを言われたんだろうか?)

 

 エトはそう思ったが口には出さない。ただでさえ戦闘前で気が立っているパーンを刺激したくはなかったし、前向きで明るい幼馴染みが持つ数少ない過去の傷跡を思い出させて塩を塗りたくるような真似をしたくはなかったからだ。

 

 しかし、彼の予測は的中していた。

 あの時、ザクソン小村で唯一の酒場“良き再会停”に集められていた三十人ばかりの戦える村人たちを前に、ゴブリンの危険性と村人たちが持つべき正義、そして山賊たちを相手に一人で挑んで戦って死んだ自分の父親の勇気について熱く熱を込めた口調で語り、村の情報通として知られる雑貨屋の主人からこう言われていたのだ。

 

「その話なら聞いたことがあるぞ。確か、お前の父親は騎士の任務を放り出して逃げる途中で山賊どもと出会って殺されたのではなかったかな?」

 

 ーーこの言葉にパーンは怒り狂い、思わず剣の柄へと手が伸びかけるのを「騎士の正義に悖る」と言う理由から無理矢理抑え込んで酒場を飛び出し、その足でエトの待つ自宅まで戻ると彼が立案してくれた作戦を即座に実行に移す決意を固めた。

 

 パーンは正義感の強い若者だ。純朴で恐れを知らず、勇気と優しさに満ちあふれている。

 だが、その一方で彼は他人の気持ちというものには鈍感を極めた。自らの正義を信じすぎるあまりに自身のはなった一言が相手を深く傷つけ憤慨させてしまっていることに思い至ることがまるで出来ない性格なのだ。

 

 今回の件でもそうだ。

 彼が村人相手に演説をかましている最中、何度も連呼したのは「正義」「村の名」「誇り」「尊厳」「勇気」、そして「臆病」。

 

 それらは名誉ある戦いを重んじる騎士たちにとって、さぞや大切で尊いものなのだろう。貫き通して死んだとしても一切の悔いが残らないほど、名誉ある生であり死と言うべき物なのであろう。

 

 しかしそれらは、村人として過ごす一生においては必要のない物でもあった。彼らが欲しているのは日々の糧であり、安定した平和で豊かな生活だった。名誉ある死よりも、穏やかで平凡な長い人生をこそ彼らは望み欲していたのだ。

 

 彼らの抱いた切なる願いは、自分の正義を貫くためなら死をも恐れないパーンには分からないし、分かりたいとも思っていない。彼の持つ価値基準では、敵を前にして戦わないのは臆病であり、多数の敵を相手に戦って死ねるのは正義で正しい行為なのだ。

 

 それ故に自らの発した数々の暴言が村人たちの尊厳を深く傷つけたことに気付いていない彼は、反感から発せられた雑貨屋主人の言葉を額面通りに受け取って激高し、「自分たちが敗れた後、ゴブリンたちが攻め込んできたとしても誰一人として戦おうとはしないだろう」と勝手に思い込んでしまっていたのだ。

 

 

 

 それが今の窮状を招いていた。

 普段から退くことを知らないパーンは今回、物理的にも後には退けない状況にあるのだと“自分一人だけで信じ込んでおり”相方エトとの意志疎通が不完全な状態にあったのだ。

 

「オレは右を狙う。エトは左だ」

 

 これが致命的な失敗を招くこと恐れがあるとは露とも思わず、彼は背中に背負っている矢筒から矢を抜き出して弦につがえ、エトはスリングに手頃な大きさの石を挟み込んでゆっくりと振り回しはじめた。

 パーンも弓の弦を引き絞る。

 

「今だよーーっ!?」

 

 十分に狙いを定めてから、エトは合図を送ったーーはずだった。

 

 しかし彼の行動は意味を成さずに作戦は崩壊し、必要性もなくなった。

 なぜなら彼らのような未熟者の手など必要とせぬ絶対的な強者が、ゴブリンどもの巣穴に正面から戦いを挑んで粉砕してしまっていたからだ。

 

「なにが・・・起こったんだ・・・」

 

 唖然としながら見つめるしかないエトの視線の先では絶対者、黒いドレスを纏った金髪の少女剣士が軽々と小枝を振り回すようにして巨大な黒い大剣を振るいゴブリンどもを首諸共に一刀両断し続けていく。

 

 彼女の一撃を、武器で防ごうとした者もいた。

 ーー掲げた棍棒ごと身体を真っ二つにされ、左右に倒れ伏して死んだ。

 

 彼女の左右から襲いかかって挟み撃ちしようとした者共もいた。

 ーーコマのように回転しただけで剣の切っ先が相手を得物ごと粉砕してしまった。

 

 命乞いでもしようとしたのか武器を捨て、両手を上げようとした者は両の手の先を切断されて苦しみ藻掻くままに放置され、まだ戦う力を残している者から優先的に殺していく戦い方は確かに効率的ではあっただろう。

 

 だが、しかしーー

 

「こんなのは・・・正義の戦いなんかじゃない。一方的な虐殺だ」

 

 パーンのつぶやきにエトは、心からの同意を込めて賛同する。

 これは正義を成すための戦い方ではない。こんなものは間違っている。光の至高神ファリスだけでなく、戦の神マイリーさえお許しにならない蛮行だろうと。

 

 



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異世界暴君英雄戦記

Pomeraを整理していましたところ、未発表作品がいっぱい見つかりましたので「たぶん出してないんじゃないかな~?」と思える範囲で放出してあります。この作品より前にもいくつか出してますので興味がありましたら戻ってお読みください。

ただし、多すぎてしまって、前にも同じの出してるかどうか確認するのが困難です。
もし見つけた場合には連絡していただけると助かります。


――この作品は自分でもよく分からない理由で書いてたっぽい異世界戦記ものみたいですね~。


 その大陸には死が満ちていた。

 常にいずこかで戦が行われ、勝者は国を手に入れ村を焼き、敗者は国を失い野盗と化す。鳥が死肉を食らい、飢えた子供は子犬を食らう。そんな大地。

 

 大陸の名は『アースガルズ』。元からあった名ではない。太古に生まれて文明を持った人間たちが、自分たちの今までを振り返って意味を持たせるために名付けただけの仮名である。

 だが、その勝手な理由で付けられた大陸の名でさえ大昔には、土地の数と部族の数だけ存在していた。それが今は『アースガルズ』ひとつだけ。これはアースガルズが本来“大陸の名ではなかった”ことに起因している。

 

 生まれたり、移り住んできた人間たちが大陸各所がそれぞれ勝手に占有権を主張して争い合っていた戦乱時代に一人の覇王が大陸を統一し、一つの大国へと作り替えた。

 彼の大王の名がアースガルズ。

 神帝とも呼ばれる大陸王朝最初の絶対的支配者である。

 

 人徳によって仲間を集め、優れた人材に恵まれた神帝は自らの統治において『心』を重視した。「人を思う心こそ人を守り、平和を永続させうる」として自らの考えを民に押しつけるような『法』を作らず、人と人とが互いの心を慮る気持ちによって大陸を統治し、その平和で豊かな治世は十年にわたって続いたという。

 

 ーーやがて、時が経ち。神帝の『心』にも黄昏が訪れる・・・・・・。

 

 法に寄らない統治は、自らを律するのに自らの自制心と羞恥心を以てするしかない。

 それゆえ神帝は常に自己を律して、傲慢に振る舞おうとはせず、権力の乱用も贅沢も自己神性化もしようとはしなかったが、それが己の内なる欲望との勝利しか許されない戦いであることを他人は理解しようとしなかった。

 

「神帝は神の子。それ故にこそ我ら無知で無学な民とでは、すべての物が違って見えておられるのですよ」

 

 ・・・城下町の私塾で働かせている教師が、賢しげに自分たちの主の苦労を一蹴するのが聞こえる。

 彼だけではない。町の各所、国の各所、大陸の隅々まで見渡しても自分の努力と苦労と苦痛とを理解しようとしている民など一人もいないと理解したとき。

 王は神であることを辞めて人に戻った。

 横暴で欲深く、慈悲深くもない傲慢な神の似姿として生み出された醜い人間の本性の赴くままに好き放題やって、自らが仲間とともに築き上げた帝国を壊して回った。

 最期に彼の凶行を止めたのは、かつての同士たちだった。

 

 自分たちが帝位につけてしまった行為に責任を感じ、民のため、平和のためにと涙ながらに旧友であり仲間でもあった自分たちのリーダーでもある暴君の心臓を刺し貫いたとき。

 かつて戦乱の大陸を旅した仲間の副リーダーは、こう尋ねた。

 

「王よ、何故こんな所まで来てしまわれたのですか?」ーーと。

 

 王は最期に嗤いながらこう言った。

 

「私は知らん。民に聞け」ーーと。

 

 王を討ち取った『旅の仲間』でもある重臣たちは暴政の責任をとって職を辞し、いずこかへと姿を消したことにより、大陸には小乱うずまく元の時代へと回帰した。

 

 ・・・これ以降、今に至るまで大陸が再び統一されたことはない。それが成るのは別の大陸から肌の色と目の色が異なる民族が上陸してきて侵略されて征服された後のことになる。

 

 この物語がはじまるのは征服者たちが大陸を新たな名で呼ぶようになる600年以上前のこと、大陸中央部に位置する比較的温暖な気候を持つ『ヴァルハラ地方』に一人の王子が誕生した時代。

 暴君として殺された王の治世を否定しながらも、未だ文化は王の時代と変わらぬまま使い続けられていた『旧弊の時代』。 

 

 



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戦記好きがヒイロ・ユイに憑依転生した場合のお話

戦記好きがガンダム主人公に憑依転生した場合の話、パート2です。今度は『W』ですね。
ヒイロ君になった戦記モノ好きが会話シーンで一刀両断する話です。ちなみに昨日再放送していた『ガラスの王国』だけを題材にしてます。探し出すと切りがないのでね・・・。

富野ガンダムと平成ガンダムの話と違い、こっちは早くできますね。やはり原作のセリフ準拠は難しかったか・・・頑張ろう。


リリーナ「・・・ヒイロ・・・。わたくしの考えは夢、それとも過ちなのでしょうか・・・?」

 

ヒイロ「夢でもなければ、間違ってもいない。誰もが平和を望んでいると信じる気持ちが、誤りであるはずがない」

 

リリーナ「では、どうしてこのような悲惨な行為を続けるのでしょうか・・・? 一体なぜ・・・」

 

ヒイロ「誰もが平和を望んでいる。その為に戦っているのさ。『自分たちの正しさで統一された平和な世界』を築くためにな。

 ・・・個人の悪意だけで起こせる戦争なんて、俺たちがやっていた戦争ゴッコのテロぐらいしか実在しない・・・」

 

リリーナ「・・・・・・っ!!!」

 

 

 

 

リリーナ「ヒイロ。ノインさん。許可します、あなたたちの思うように行動してください」

 

ノイン「リリーナ様・・・っ!?」

 

リリーナ「わたくしの一番身近にいる人たちと同じ考えになることも出来ないで、世界に共通の考えは生み出せないでしょう。

 そして、いつか見出します。何がみんなを闘いに走らせるのかを」

 

ヒイロ「それなら考えるまでもない。答えは最初からお前の中にある。『憎しみ』だよ」

 

リリーナ「え・・・? わたくしは誰のことも恨んでなどーーーっ!!」

 

ヒイロ「恨んでいるし、憎んでもいるさ。『戦争』をな。他の誰より憎いと、この世界から滅ぼしてやりたいと、抹殺してやりたいと切望するほどに。

 だからこその『完全平和主義』なのだろう? 完全とは例外を一切認めないとする、傲慢な神の思想そのものだからな」

 

リリーナ「ぐ・・・っ」

 

ヒイロ「お前は憎んでいる。義父を殺し、平和を壊し、自分の周囲にあった穏やかな世界すべてを一瞬にして地獄に変えた戦争を。だから終わらせたいと願っているのさ。憎しみに突き動かされながら、自分の中の黒々とした憎しみを消すために」

 

リリーナ「そんなことは・・・ない、わ・・・」

 

ヒイロ「別に責めてはいない。戦いの始まりが怨恨に根ざしているのは当然のことだ。その点でお前が他人から避難される理由にはならない。むしろ誇るべきだろう。

 誰かを殺された憎しみを敵ではなく戦争終結に向けることができた自分は、戦争でしか恨みを晴らせない戦争バカより正しくて尊い存在だ、と。お前にはそれを言う資格があると俺は思っている」

 

リリーナ「ヒイロ・・・?」

 

ヒイロ「俺はお前を支持しよう、リリーナ。平和の名の下でおこなわれる世界統一戦争。平和をもたらすための戦争というのも矛盾している気がするが、戦争の続く世界よりかはマシだ。ずっとずっとマシな世界だ。

 ・・・それに、動機や思想はどうあれ戦争が少しでも早く終わらせられるなら、勝利による平和を信じて闘って散っていった兵士たちの犠牲も無駄ではなかったと思えるからな・・・」

 

 

 

 

『サンクキングダムの学校で』

 

カトル「・・・女生徒ばかり。男は、話し合いだけですべてを解決するとは思っていないんだろうなぁ」

 

ヒイロ「男と女の差ではないだろう。自分と違う考え方をするのは生まれ持った性別が違うからだと、努力では変えることのできない理由に原因を押しつけて思考停止するのは差別しか生まんから止めておけ。男尊女卑の徹底した中東のお坊ちゃん」

 

カトル「ぐ・・・っ!」

 

 

『ドロシー・カタロニア戦』

 

ドロシー「・・・ある所に同じ名前の人がいました。その一人は宇宙を平和にするために命を懸け、そして宇宙の伝説となりました。多くの人は彼の死を悲しみ、怒りを以て復讐を誓いました。そして、もう一人の同じ名前を持つ者も、伝説となりつつあります。

 彼は最高の才能と力を持つ戦士です。平和のために、やはり戦うのでしょう。その彼もまた伝説となるために命を落とすのでしょうか?」

 

ヒイロ「・・・・・・」

 

ドロシー「ダメよ、伝説のナイトはわざとやられたりはしないわ。逃げ隠れするために婦女子に負けるなんてことは絶対にダメ。強く、気高く、激しく生きて。死ぬのはそれからでいいでしょう?

 あなたはもっと大きな伝説を作れるはず? そうでしょう? ヒイロ・ユイ」

 

ヒイロ「俺にはお前の言っていることが理解できない。『平和のために命を懸けた人の伝説』が、途中から伝説となるために戦った男の話に掏り替えられていた。繋がりが見えない。

 誘導しようという目的でした話でないのなら、できれば自分の中で整理整頓を終えてから人に語り聞かせるべき話だったな。でなければ、伝説の英雄とやらに礼を失する」

 

ドロシー「・・・・・・うっ、ぐ・・・」

 

ヒイロ「それから、宇宙を平和にするために命まで掛けた男の死を復讐心から台無しにしてしまうような連中が、本気で死を悼んでいるとでも思っているのか?

 そいつ等はただ利用しているだけだ。自分たちの目的のために故人の唱えた理想が都合良かったから、名前だけを継承して利用しているだけのエゴに過ぎない。

 その人というのが誰かは知らんが、お前が口で言うほどその人に敬意を抱いていると言うなら、バカどもの戯言など無視して本当の彼を知るためにも、勉強しなおした方がいいのではないか?」

 

ドロシー「・・・・・・(キッ!!)」

 

ヒイロ「最後に一つだけ付け加えさせてもらうが・・・強く、気高く、激しく生きるナイトと呼ばれる存在は、か弱い婦女子と戦わないために我が身を犠牲に捧げるを惜しまないと聞いている。

 女であろうと敵であるなら容赦しないガンダム達、テロリスト共と絵物語のヒーローとを一緒くたにするのは感心しないな、ドロシー・カタロニア。

 ーーここは、平和を学ぶために造られた学校なのだから・・・」




注:基本的に原作準拠で『平和のための戦争』を前提として書かれている作品です。


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この美しい世界に幸せを。醜い私には断罪を。救いは必要ありませんーー。

ハーメルンで最初に投降した処女作を、思い出しながら再現してみたオリジナルファンタジーです。セレニアの初登場作品でもありますね。

後の彼女につながる要素も多くありますが、基本的には別物の病んでる転生幼女として描かれてます。胸糞いっぱいの作品ですので読まれる方はご注意を。旧題は忘れました。


 ーー目の前では、きれいな会話が繰り広げられている。

 

「ーー明日はお母さんが見に来てくれるんだっ! だからガンバるの!」

「ボクはお父さんが来てくれるんだよ! いつもはお仕事で忙しいけどガンバってくれたの! スゴいの!」

 

「ーーわたし、明日は先生からの質問に答えられるようガンバる! ガンバってお母さんに褒めてもらうの!」

「いーなー。私のうちは忙しいからダメって言われちゃった・・・。でも、その分お休みの日にいっぱい遊んでくれるって言われたから許してあげたの! スゴいの!」

 

 

 ーー親への感謝と敬愛を示す綺麗な会話が、教室の中を満たしている。

 それは本当に綺麗で綺麗で美しくて尊くて・・・・・・痛みと苦しみで泣き叫びたくなるほど激痛を味あわせてくれる最高の景色。もっとずっと見ていたくなる、世界でもっとも優しい綺麗な地獄。

 

 無垢な子供の言葉を聞くのは最高だ。あまりにも稚拙で物知らずな発言が、相手を見下す自分のバカさ加減を浮き彫りにしてくれる。

 裏表ない感謝の言葉は最高級の嗜好品だ。相手の甘さに酔いしれて、知らなくていいことを知っている自分は偉いのだとする錯覚にも酔いしれられる。

 

 人は自分を映し出す鏡だ。だからこそ人は他人をバカにする。鏡に映った本当の自分を否定して、自分の妄想世界にしかいない幻想の自分が真実なのだと信じ込むために。

 

 

「ーーすいません、ちょっとトイレに行ってきます」

 

 誰も聞いていないと分かり切っている断りの文句を言って席を立つ私。

 綺麗で痛くて最高の刑場ではあるけれど、自分みたいなのが居続けて利用していい場所ではないと思えたから。

 ・・・いや、違うな。欺瞞はやめよう。偽善はやめよう。自分はただ本命に会いに行きたいだけなのだから、素直に嘘偽りなく自分の中だけでも認めてしまおう。

 

“痛みが足りない”のだと

“罰が足りない”のだと。

 

 私はただ、クラスメイトの粒ぞろいな刃ではなく、最高の処刑執行人に死神の鎌を振り下ろしてもらいたいだけなのだから・・・・・・。

 

 

 

「あら、セレニアさん。また今日もお会いしましたわね」

 

 目的地に着き、お目当ての人物を呼びだしてもらうため顔見知りの上級生の方を呼び出させていただき、会釈して用件をお伝えします。「あの方は御在室でしょうか?」と。

 

 相手は仲介役にされたのに関わらずイヤな顔ひとつ見せずにうなずき返し、優しい笑顔で応じてくれます。

 ああ、やはりあの人の周りはこんなにも綺麗な人で溢れていて羨ましいですね。私なら一日中とどまり続けて拷問モドキを味あわせてもらえたでしょうに・・・残念です。

 

「ええ、もちろん。むしろ「今日は昨日より遅い」とお怒りになっていて大変なところでしたのよ? あの方はセレニアさんが大のお気に入りですからね」

「光栄です。私などに過分な評価を・・・」

 

 恐縮して見せながら、内心では笑っている自分を感じました。

 

 ・・・この私がお気に入り? “俺みたいな汚らしい生き物”を? それは光栄なんかじゃなくて、私にとってのみ都合がいい誤解であり錯覚でありーー地獄で天国だ。

 こんなに苦しい過大評価はない。罪悪感で死にそうだ。・・・おかげで一言返す度に針山地獄が歩けるから楽でいい。

 嘘をついたら痛みを味わう正しい対応、ふさわしい地位。

 

(・・・本当にあの人は名君の素質を持っているのかもしれませんね・・・)

 

 そんな都合のいい空想で自分を誤魔化しながら待っていると、目前に立つゆるふわな微笑の方を押しのけるようにして、一人の女性が教室の中から飛び出してこられました。

 

 

「セレニア! 今日はくるのが遅いから心配してたのよ?」

 

 黒髪と黒瞳、日本人的な美貌を持ちながら黄色人種にはあり得ない肌の白さを持つ絶世の美女。

 この国の第三王女にして、幼年学校が併設されている王立学院で生徒会長を勤めておられる生粋のお姫様。民衆からは「聖王女」と称えられ慕われている汚れなき美人。

 

 つまりは、私にとって異世界最高の断罪人・・・。

 バカな私が、人を見下すことで賢いと思いたがっていた馬鹿でしかないことを思い出せさてくれる大切な人。

 ごく自然な知性と賢さで以て、初等部では優等生と呼ばれている自分が理屈をこねて利口そうに見せかけるだけに特化した卑怯者でしかない事実を思い知らせてくれる大事な人。

 

 私の大好きな断罪人。綺麗で綺麗で優しくて、醜い自分の醜悪さをこの上なく実感させてくれる素敵な女性。

 ずっと一緒にいたい人。ずっと地獄を味あわせて欲しい人。

 

 優しくされると罪悪感に苛まれ、礼儀を守ると嘘つきの自分を思い出せる人。

 開けっぴろげな好意により、悪意を礼儀で包んで身を守っていた自分の保身を思い知れる人。

 

「見てちょうだい! 今日は調理実習でクッキーを焼いたのよ! 貴女に食べてもらいたくて思いを込めて作ったのだから、早く食べて感想を聞かせなさい! 今すぐに!」

「はい、姫様。よろこんで」

 

 笑顔を浮かべてそう答え、私は彼女のクッキーを頬張る。

 ・・・・・・血の味がした。刃を飲み込み喉を切り裂き、心よ切り裂けろと願う私の願望が作った幻痛による、幻の血の味が。

 

 愛情は最高の調味料というけれど、あの言葉に偽りはなかった。確かに、このクッキーからは最高の味がする。愛情で満ちている。

 ーーそう錯覚できるだけの願望充足機能が最高性能で備えられている。

 

 痛い痛い。痛くて美味しい。美味しいからこそ、痛くて辛くて苦しくなれる。

 甘さに血の幻痛が含まれて、絶妙なさじ加減を演出してくれている。

 

 ああ、嬉しいな。嬉しいな。最高だな。この異世界は本当にすばらしいもので溢れてる。

 ずっとここにいたい。ずっとここで苦しみ続けたい。

 

 

 ーーだって自分はクズなのだから。クズとして生きてきたのだから。死んだ後には罰が与えられるのが相応しい。優しさも幸せも必要ない。罪人に救いは要らない。罰だけ与え続けていればそれでいい。

 

 神様が許そうと許すまいと知った事じゃない。そんな奴のこと走らない。あったこともない。会ってないから罪を成した覚えもない。罪悪感も感じられない。そんな相手に裁かれたところで嬉しくも何ともない。

 

 私は私だ。私が私を悪だと決めた。裁かれるべき罪人であると断定した。だから裁く。他人からの許しも救済も必要ない。転生の神様が与えた第二の人生だって、断罪のために利用してやる。

 

 

 私は死ぬまで生きてやる。痛みと罰を求める生活を死ぬまで続けてやる。止まってなんかやるものか。

 足がないなら這えばいい。腕がもげたら転がって進め。痛みがある内は死んでない。死んでないなら生きろ。痛みの中で死ぬために。死ぬまで生きろ、苦しむために。

 

 今の生活が終われば次にいける。次の苦しみにいける。この異世界で今の地位なら、もっと苦しみを与えてもらうことができる。綺麗さ以外の苦しみと痛みを味わうことができるだろう。

 

 

 だから今はこれでいい。子供の内はこれでいい。自己満足の自己嫌悪と、過去を思い出して反省する無意味な行為に浸る自分を見下せるだけで十分だ。後の苦しみは、歳とともに勝手に付いてくる。

 

 現代日本のクズな若造が、チートも与えられないまま異世界で貧乏貴族に転生できた幸運に感謝を。ありがとう。これで私は死ぬまで痛みには困らないでしょうーーー。

 

 

「本当に美味しいですね、姫様。まるで天国になっているという果実みたいです」

「イヤだわ、そんな・・・。いくら何でも、それは誉めすぎと言うものよ? 相手を甘やかすのは悪影響しか与えないのだから改めなさい。メッ!」

「はーい」

 

 子供らしい返事をしながらも、私には嘘を言ったつもりはありませんでした。本当に天国になっていると言われている果実の味がしたのです。

 

 ーー自分が天国に行くなど許されない大罪。身の程知らずな妄想による自責の念がさらに味をよくしてくれる。本来の美味しさの引き立て役になってくれている。

 

 

 前世でろくでもない人生を送った私にとって天国とは、夢見ただけで激痛を味わえる綺麗なところ。罰と痛みと苦しみだけが相応しい私が決して行ってはいけないところ。

 だからこそ尊い。だからこそ愛おしい。

 その場所に生えている果実と同じ味がする、このクッキーと同じように。優しくて甘くて美味しくて、痛い。最高の甘味。

 蛇の誘惑に負けたアダムとイブには最高のご褒美ですよ・・・・・・。

 

 

「本当に美味しいです、お姫様。分を弁えない勝手な願いではありますが、次も食べられる機会がありましたらご相伴させて頂いても構いませんでしょうか?」

「ええ、もちろん! 喜んで! 貴女が食べてくれると言うなら、次はもっと美味しくできるよう思いを込めて作るわね♪」

 

 それは嬉しいですね。次も期待できそうです。

 ・・・きっと今よりもっと美味しくて、もっともっと痛くて苦しい血の味が味わえるクッキーを食べさせてもらえることでしょう。

 

「楽しみです。本当に・・・心の底からーーーーーー」

 

 

 

設定:

 徹底した身分制度と、貴族制が敷かれている王国が舞台。幼年学校も上流貴族の子息たちが通う為の本校が別の場所に作られているため、結果として差別感が生じにくい。

 

 人は上流貴族と「それ以外」に区別されており、上流貴族たちは自分たちより下の者たちに興味がなく、政争に明け暮れているため下々の民に介入してくることは少ない。

 

 ヒロインも王女とはいえ末娘であり、上二人が有力貴族との婚姻が決まっているため予備としか思われておらず、それ故に一定の自由と放置が与えられている。

 

 主人公が思っているほど綺麗な世界ではなく、汚い感情で溢れているが「出世しない限りは見る機会がほとんどない」だけ。

 

 王女ヒロインは物心つく前より汚い王国の現実を見せられ続け、貴族制に嫌気が指したことから中流貴族用に併設された幼年学校中等部に入学することを希望したことから現在の立ち位置を手にしている。

 

 やや人間不信気味だった頃に、人の尊さばかりを絶賛するセレニアと出会って惹かれるものを感じたことから付き合いが始まっている。

 

 実はセレニアの内心は薄々とだが察しており、それでも尚「良し」として受け入れながら、届かない思いを届けようと無駄を承知で足掻き続ける学園生活を送っている。

 

 

今作セレニアの設定:

 前世で犯したバカな自分の傲慢さと愚考によって、自己嫌悪の塊になっている転生者の少女。

 この世界では没落した貧乏貴族ショート伯爵家の長女で、12歳。

 人との出会いに恵まれなかった場合のセレニア、その可能性のひとつ。

 自己否定が他者への賛美に直結している変わり種で、端的に言って病んでいる。

 性根は暗くて自罰的。自己否定が第二の本能と化している。

 異世界が綺麗なだけではないことは知っているが、立場的に知れる範囲が限られているため想像の域を出ておらず、“妄想に意味はない”として今の苦しみを満喫することを優先している。

 実際、年齢が上がれば自然と思い知らなければならない立場ではある。




CM:
誰か当時の今作をコピペして残してたりした場合は送ってください!お願いします!
昔のをサルベージしようとしたら全然できなくて困っていますので!


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ナザリックのバケモノ(幼女)

オバロと幼女戦記をコラボしてみたお♪(完全な思い付きで書きましたので、きつすぎる感想はご遠慮願います。返信できる自信がないですのでね・・・)


《ユグドラシル》。二一二六年に日本のメーカーが満を持して発売した「異様なほど自由度が高い」DMMOーRPG。

 選べる職業の数だけでも二〇〇〇を越え、他のゲームでは敵として登場するモンスターもユグドラシルでは「異形種」としてプレイヤーが遊べるようになっている。

 

 尚、オタク気質を持つ日本人スタッフが開発の中核になっていた故なのか、ごく希に場違いな「萌え要素」が散見されており、本来は外見が醜悪で人の形をしていない異業種の中に、愛らしい姿を持つ特殊な種族への転生が可能な種族が実在していたーーとする都市伝説が配信サービス終了後も途切れることなく囁かれ続けている・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「・・・はぁ。まいった・・・後悔先に立たずとは言いますが、本当にこれはどうすれば・・・ああああ・・・・・・」

 

 適当につけた勇者の名前を唱えながら、頭を抱えてうずくまる小さな小さな体を見下ろしつつ、ギルド《アインズ・ウール・ゴウン》のギルドマスター モモンガは思った。

 

 

 百パーセント、自業自得だと思いますよ? 《少佐》さん。

 

 

 ーーーと。

 口に出してはこう言った。

 

「いや、まあ。なっちゃったものは仕方がありませんし、これからどうするか考えた方がマシですって少佐さん。これから二人で一緒にがんばっていきましょう。ね?」

「モモンガさん・・・・・・」

 

 やや胡乱気な瞳で見上げてこられたモモンガの中の人、鈴木悟は内心少しだけ慌てたが、体が人ではなくなっていたお陰で鈍化が始まっており取り乱すまでにはいたらなかった。

 

 相手としても非生産的な愚痴をこぼしているのは自覚していたし、みんなの纏め役だったモモンガさんに長い間ギルド運営を丸投げしていたことへの後ろめたさだってある。

 

 ・・・そこいらが落とし所として妥当でしょうね・・・

 

 そう思い、決意して、ズボンの足についてもいない埃をはたき落としてから立ち上がって前を向く。

 

「そう・・・ですね。留まって動かずにいれば滅びしか待っていないのかも知れませんし、前にしか道がないなら進むしかありません。邪魔する扉があるなら蹴り破るだけです」

「そう! それでこそ少佐さんですよ! いやー、懐かしいなー。よく攻撃役のあり方でタケミカヅチさんと口論になってたのを覚えてますか? あのころの俺は結構疲れててーーー」

 

 楽しそうな口調で饒舌に話し始める、骸骨の姿をした大魔法使い。それは客観的に見たものからは滑稽に写ったかもしれないが、少なくとも彼の目前からモモンガの巨体を見上げる幼い幼女の中の人、中堅企業の『サラリーマン』緒方守の目には美しく映っていた。

 

 良き人間関係とは得難いものだ。それをここまで素直に語れて自慢できるのは、モモンガさんの中の人が素晴らしい人格者だからに他ならない。

 

 ーーそう実感できたから・・・・・・。

 

 

「ーーでも、やっぱりそのアバターの容姿で現実化しちゃうと・・・・・・う、くく、く・・・失礼。気を落ち着けました」

「精神強制安定が必要なほど笑うの我慢してるんでしたら、普通に笑ってくれていいですよ?」

 

 善人過ぎて変なところで大ボケかます所があるのは問題だと思うのだけれども。

 

 

 

 《ユグドラシル》で緒方守が使っているプレイヤーアバターは人の形をした異業種だ。一見すると矛盾しているとしか思えないし、守自身も矛盾しているとしか思っていない。

 言うまでもなく、これには事情が存在する。

 

 そもそも、この幼女の姿をした種族に自分から選んでなったわけではないのだ。不幸な偶然が重なり続けた結果、強制的に変えられてしまって元に戻ることができなくなっただけである。

 

 

 ーーー妙に複雑骨折したシナリオを消化していった末に辿り着けるフィールド《神々の裁定》でプレイヤーたちを待ちかまえている傲慢な悪神《存在X》との問答イベント。

 ここでは善悪両極端な回答を選ぶことにより、それぞれの属性に適した超希少アイテムを入手することが可能であるためネットの攻略サイトでも正しい選択肢以外はあまり載せていない。ハズレ選択肢を載せているサイトもあるにはあるが、『徹底的に間違えまくった、唯一無二の完全否定回答』に初見で行き着いたキチガイプレイヤーは彼以外にいなかったため、本当に偶然こうなってしまっただけだったのだ。

 

 それはあまりにもヒドい偶然だった。

 

 当時は普通に人ではない異形の種族をアバターに使って別のイベントをこなしていた彼は、偶然にも《神々の裁定》へと至るシナリオを消化してしまっていた事に気づくことなく先へと進み、《存在X》との問答イベントまでたどり着き「アイテム目当てできたわけではないから」と絶対に損しかしないと誰から見ても一目瞭然な選択肢を選び続けてしまったのだ。

 

 これがモモンガだったら結果は異なっていただろう。狙ってた訳じゃなくても要らなくても、珍しいアイテムだったら欲しがるのがゲーマーなのだから彼としては至極当然の結果として善悪どちらかの希少アイテムをもらえる選択肢を選んでいたはずだ。他のプレイヤーだってそうだろう。

 

 だが、彼は違った。

 あるいは彼の心は、人間の時点で異業種寄りに出来ていたのかもしれない。

 

「要らない物は、要らないのだ。必要ないのである」

 

 ・・・その結果、もらえるはずだったアイテムを何一つもらえないままペナルティだけを与えられ、現在のこの種族《バケモノ》へと強制転生されてしまったと言うわけである。

 

 

 

「しかし、この種族・・・どこの国のどんな神話が元ネタに使われているんでしょうね・・・? あれから少し調べてみたんですが全然ヒットしないのですが・・・」

「さぁ・・・? 日本版の《ユグドラシル》だけに実装されてる種族とかスキルとか職業とかは色々ありますけど、大半がネタ系ですからねぇ・・・多分それもソッチ系だとは思っているんですけど、俺にはちょっと・・・」

「しかも『ネットは自己責任』の名の下で「自分で選んだ選択肢の果ての転生なんだから元の身体に戻るのはあきらめてください」とまで言い切られちゃいましたからねぇ・・・もう散々ですよ本当に・・・」

 

 首を傾げて疑問符を浮かべ合い、ため息をついて見せる、骸骨の大魔法使いと幼女姿の魔導戦士。

 つい今し方ここに転移してくる直前までは、圧倒的強さを持つ階層守護者たちを跪かせていた思考の四二人の内二人とは到底思えない和やかすぎる微笑ましい姿。

 

「ーーま、モモンガさんの言うとおり今さら気にしたところで、どうにもならない問題ですしね。今は目前のやるべきことを片づけていきましょうか」

「同感です。ーーでは、まず最初に何からやりましょうか?」

 

 心なしかウキウキしているように見えるモモンガ。よっぽど一人きりでプレイしてたのが寂しかったんだろうなーと、申し訳なさでいっぱいになりながら少佐は、今できる最小限のリスクで最低限度の成功は確実に手に入れられる選択肢を我らがギルドマスターに提案した。

 

 

「まずはアイテムとかから召喚可能な雑魚モンスターを呼び出しまくって、四方八方を偵察に行かせましょう。強敵がいたとしても1チームに10体も入れれば、一匹ぐらいは生還できるはずです。死んだら死んだで帰ってこない方角は危険と言うことがわかりますから、得られる物は大きいかと」

「なるほど。一日の使用回数が限定されてる召喚モンスターは次に召還できるまでタイムラグがある以外はデメリットがありませんからね。

 ナザリック内に配置してある警備モンスターたちと違って、みんなとも関わってないならそういう使い方をしていいのかも・・・」

「どのみち時間がくれば消えてしまうのが召喚モンスターの定めなら、最大限有効利用するのが正しい報い方というものでしょう。

 大事だからとタンスの奥にしまい込んでいたヘソクリなんて、ただの死に金。社会的には紛失してしまい見つからなくなった無駄金です。なんら社会に還元するものではない。

 そんな風に気持ちばかりを優先して勘違いの愛護精神を発揮するぐらいなら、少ない犠牲でより多くの人たちを守るのに役立つ使い方をしてあげるべきなんです。

 気持ちだけで救われるのは、自分自身の気持ちのみ・・・・・・想いを自己満足で終わらせないためにも、私はモモンガさんとナザリックのため全力で行動させていただきますよ」

 

 

オリジナル主人公設定

 キャラ名:少佐

 種族名:バケモノ

 属性:中立~微善

 職業:ウォーモンガー(戦争狂)

    ウォードック(戦場の狂犬)

    ウォーロード(覇王)

備考

 とにかく戦闘に特化したビルドに極振りされている。

 これは本人自身が頭脳派のため、戦闘では自分自身が動けた方が結果的には適切な行動が出来るという判断から来ている。

 剣と魔法を両立させた器用貧乏な魔法戦士タイプではあるものの、専門職アバターが多数参加する大会で上位にランクインする腕前があることから別物扱いされ『魔導戦士』と徒名されていた。

 

 見た目は金髪碧眼、色白の肌にアウラやマーレよりも僅かに低い身長を持つ美幼女。

 パンドラズ・アクターと色違いのナチス軍服を身に纏っている。

 

 種族としての能力値は魔法使い寄りのバランス型だが、多種族からの転生が絶対条件として設定されている最初からは選べない種族のため、転生前のステータスの方が影響力は大きい。

 人の形をしていても異形種であるため『人型種族でないと絶対に使えない』事になっている武器やスキル魔法などを引き継ぐことは出来ないが、それ以外はおおむね元の種族が持っていたまま継承されている。

 

 二十一世紀序盤に放送されていたアニメの大ファンが《ユグドラシル》制作スタッフの中にいて「自分は彼女を再現するためだけに志願した!」と強行に主張した結果、隠し要素として追加される運びとなった種族。

 あまりにもマニアックすぎる条件設定が災いして、守以外に転生した者がいない。幻の種族扱いされているが、一応、条件さえ満たせば誰にでもなることは出来たりする。

 

 プレイヤーの緒方守は、ライトなオタク気質をもつ青年で戦記モノやファンタジーなど満遍なくオタク趣味を嗜むサラリーマンだった。

 人との関係は気持ちを尊重するタイプだが、公の立場と私的な感情とを一緒くたにして周囲に迷惑をかける行為を極端に嫌うなど、社会人としては潔癖すぎる一面を持つ。

 

 

 ーーー出来るならウェブ版を元にして、帝国でアダマンタイト級冒険者《白銀》となり活躍させてみたいと妄想している作者でした。(書籍寄りの王国編だと場所柄的に、漆黒を食っちゃいそうなキャラなのでね・・・)



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ひねくれ転生少女の百合物語

電池残量を気にしなくていいPmera DM200を買ってから初めての土曜日とあって思う存分かけております。有難いことです。

ですので早速アニメ化される前から大好きだった『やがて君になる』の二次作の序章を書いてみました、百合好き作者のひきがやもとまちです。

性格的にアンチ作になってしまいましたが、原作大好きですので誤解なさらないで頂けるとありがたいです。

*原作と原作者様に配慮して一定の改造を加えてます。正しく「やがて君になる」の二次創作と言うより半端なパクリ作と思っていただけたら助かります。


 桜舞い散る並木道――とまではいかないけれど。近所の公園よりかはずっと多くのソメイヨシノが植えられている校舎へ続く坂道を上りながら、私は耳につけてたイヤホンを外す。

 聞いていたのはラヴソング。最近はやった人気の歌。同級生の間じゃ有名だった・・・らしい。興味ないから、よく知らないけど。

 

 これから始まる女子高生として過ごす三年間。

 一度死んで女の子に生まれ変わってからの十六年間の、元男で元男子高校生のTS転生者である私は、自分なりに女の子になろうと努力してきたつもりだ。それなりの成果も出せてる自信と自負だって存在している。

 

 だけど、それでも。いくら学んで勉強してもわからないものはわからない。生まれ変わったぐらいで分からなかったものが分かるようになるなら苦労はしない。

 

 ・・・辞書で引ける言葉は理屈でしかなくて。夏目漱石の「月がとっても綺麗ですね」には共感できなくて。ラヴソングに出てくる歌詞は一億五千万人の為に歌に過ぎなくて。

 

 どれも私専用には成ってくれない。私に学ばせてくれる私用の恋愛マニュアルに成ってはくれない。

 そういうもんだと思いながら、私は後者に続く坂道を上る。そう言うもんだと思えば楽になるから思っているだけだと自覚しながら坂道を上って歩み行く。

 

 結局私は死んでからもあまり変わっていない。人の心が分からないバカは、死んだぐらいじゃ治らないし治れない。

 そう言うもんだと思いながら私は、今日も無意味に何もせず、第二の人生を無駄遣いしながら生きている・・・・・・。

 

 

 

 

「詩遠ー! いい加減、体験入部する部活決まったー? もうすぐ期限切れちゃいそうだよ-?」

「非公式帰宅部です」

「・・・いや、それ部活じゃないから。体験する必要無しに実践できるから。つか、なにゆえ非公式? 公式帰宅部なんてうちの学校には存在しないよ・・・?」

 

 聞かれたから返事を返した友人二人に、揃って呆れた顔をされてしまいました。正直に答えたのに理不尽なことです。

 

「では、腹案の自宅活動部で」

「いや、同じだから。名札変えただけで中身同じじゃ意味ないから。・・・はぁ~・・・、なーんだって詩遠はそんなにひねくれた反応したがるかなー」

「・・・見た目がカワイらしい分、余計に癪に障る。――ギャップ悪印象?」

 

 新たなる造語を世に生み出した作家志望の文芸少女『双葉』さんと、ざっくばらんで面倒見のいい姉御肌で乙女な『深夏』さんにからかわれて肩をすくめるだけして返す私。

 どうやら中学入学から続くやりとりは、高校入学くらいで変えられる訳でもないものみたいで。

 

 まぁ、入学から一ヶ月も経ってない今の段階で決めつけるのは早計すぎますけどね。人は変わっていくモノらしいですし。変われ変われと人に対して言うだけで、自分は生涯変わろうとしなかった新人類の男性二人がそんなこと言ってらっしゃいましたよ確か。前世でね?

 

「おーい、杉崎―。杉崎詩遠! ちょっといいか?」

 

 教室入り口の方から名を呼ばれて振り仰げば、担任の先生。名前は知らん。覚えてないし、聞いても忘れるから別にいいやで気にしなくなった人でした。担任教師の名前なんて覚えて無くても「先生」という職業名だけ呼んでいれば学校生活三年間は送れるものです。

 

「はい、なんですか? 先生」

「お前たしか、まだ部活決めていなかったよな? だったら、生徒会とかに興味ってないか?」

「生徒会・・・」

 

 前世、今生。どちらでも聞いて慣れ親しんだ単語。

 

「それって確か・・・」

 

 生徒たちの代表。学校運営側に色々と要求したり、生徒間で起こる揉め事を調停したりする機関。その意味するところは―――

 

「体のいい雑用係のことですよね? なにか面倒くさくて押しつけたい厄介事でもありましたか?」

「・・・お前は本当に言葉選ばずハッキリ言うね・・・いやまぁ、たいていの場合言い方キツいだけで間違ってはいないんだけどさ・・・」

 

 苦い表情で先生。だって仕方ないじゃないですか、事実なんですから。

 

「一応言っとくが、うちの学校の生徒会は職員室で決めた予定表を型通りやるだけのお役所組織じゃないぞ? 立派に活動してるし結構な数の要求もしてきてて、目の上のたんこぶだとか言う先生もいるくらいなんだからな」

「・・・それを自慢げに語る先生も人のことは言えないと思いますけどね・・・」

 

 はぁ、とため息を吐いてから立ち上がり、いつでも帰れる準備だけはしておきます。

 ――帰るときに余計な手間がかからないなら多少面倒でも付き合って上げられない事も無いでしょうから・・・・・・。

 

 

 

「やれやれ、わざわざ校舎裏手にある旧校舎の一角を生徒会用に残しておく百合ゲー設定にしとかなくても良いでしょうに・・・。

 生徒会選挙を手伝うためだけに丘を登るような環境が、手伝う人手が集まりにくい要因だと私は推測しますけどねー」

 

 トボトボと小さな丘を登りながら校舎裏にある小さな建物を目指して歩いて行く私。

 目的は先生から依頼された『生徒会選挙のお手伝い』。・・・定番ですね。さすがはジョシコーセー。変なところに生徒会室があるのもお約束って感じです。

 

「つか、よく考えなくても生徒会室じゃないですよね、これ。だって部屋自体がひとつの建物なんですから。『別の名前に変えませんか?』と意見書出したら通らないでしょうか?」

 

 誰にともなく、どうでもいい独り言をつぶやきながら丘を登る私。ぶっちゃけ暇です。歩いて景色見てるだけで楽しいとか言う人の気が知れない性格なので。

 

「しかも、自然豊かで目障りで鬱陶しいし道迷いそうですし・・・なにか目印になりそうなものは・・・おや?」

 

 キョロキョロとしていたところに話し声が聞こえてきて、私の歩みを少しだけ止める。

 そして一歩だけ後退。校舎の角から出ようと前に出してた足を戻した程度の譲歩ですけど、譲歩は譲歩です。文句があるなら誰かに言いなさい。私に聞いてやる気はない。

 

 

『――涼水さん。実は俺、前からお前のことを・・・』

『・・・・・・』

『その・・・お願いします! 俺と付き合ってください!!』

 

 

 ――どうやら青い春ど真ん中ストレートなタイミングで出歯亀になっちゃったみたいで。

 どうしますかねー? いやまぁ、どうすることも出来ませんし何かする気もないんですけれども。

 せいぜいが音を立てずに事が終わるのを待っていてやる事ぐらいなもの。

 逃げ出そうして音を立てずに森の中歩ける忍者歩行など習得していませんし、いつ終わるかも分からん恋愛イベント聞きながら耳を塞げるほど危機意識ない典型的日本人には慣れないひねくれ者の身ですのでね。

 

 

『・・・・・・ごめんね。私、キミとは付き合えないの・・・』

『・・・そっか。そうだよな・・・俺なんかと涼水じゃ全然釣り合いとれないし、断るのが当然だよな・・・』

『そんな言い方しないで。自分を卑下しちゃダメよ。キミは十分素敵な男性なんだから、もっと自分に自信を持って――』

 

 

 ・・・暇だなー。早く終わらないものでしょうかね、この強制イベント。

 ギャルゲーではこれを見るために三年間過ごすのが当たり前ですけど、自分が操作してない赤の他人が告白されてるの聞かされても全然楽しめないもんなんだと今ようやく分かりましたわ。色々言われるギャルゲー主人公にも意味があったんだと理解した、第二の人生十六の昼日中。

 

 

『――ありがとう。じゃあ、俺行くわ。聞いてくれただけでも嬉しかったよ・・・』

『うん。それじゃあね――』

 

 

 お。ようやく終わりましたか。もう、腕時計見てもいいんでしょうかね?

 

「さて、と。――そこに隠れてずっと覗き見してる人。いい加減でてきたら? 彼もう行っちゃったみたいだけど?」

 

 ・・・どうにも性格悪いけど優秀なヒロインと出会う系の、百合ゲー展開だったみたいで。

 

「どーも。盗み聞きしちゃってて失礼しました」

「・・・見ない顔だね。新入生?」

「見ての通りです」

 

 そう言って胸元に結ばれている、リボンタイを指さす私。

 この学校の女性服は、上履きとリボンタイの色で学年が判別できる仕組みが取られてます。

「そっか。・・・で? 人の告白シーンと玉砕シーンを盗み見ちゃった上に、盗み聞きまでしてしまったことへの感想は?」

「・・・・・・・・・すいませんでした。わざとじゃないですし、偶然居合わせただけですけど結果的に彼と貴女には失礼なことをしてしまったと反省しております」

 

 素直じゃない仕草でですけど、思い自体は素直に伝えて謝罪しました。だって事実ですからね。私の都合なんて相手方には関係ないことですから情状酌量の余地があるとは自分自身で思えません。謝罪は動機にではなく、結果に対して行うべきものです。

 

「反省しているみたいね。なら、よろしい」

 

 スタスタと。歩いて近づいてきながら涼水さん? とか言う名前か名字らしい二年生の先輩女子生徒が(先ほどリボンタイ見てわかりました)頭を下げてる私に近づいてきて。

 

「――じゃあ、今見たことは内緒ってことでお願いね? 私だって後輩に今みたいなシーンを見られたのは恥ずかしかったんだから」

 

 そう言ってウィンクをひとつ。

 毒気を抜かれた体で肩をすくめる私にニコリ。

 

「それで? キミはどうして、こんな所にいたのかな? ここって目立たない上に分かり難いし、生徒会室以外は何もないはずなんだけど?」

「・・・その生徒会室に向かっていた途中でした。担任の先生から生徒会選挙の手伝いを頼まれましたので」

「そっか」

 

 またしてもニコリ。

 私に背を向け、先に立って歩き出す先輩女子生徒。

 

 ある程度予想は付いていましたが、それでも一応しばらく説明を待ってた私の方へと振り返って先輩が。

 

「あそこは分かり難いからね。案内して上げるから、付いてらっしゃい」

 

 はぁ、と。予想通りの答えを聞かされ後から付いてく私です。

 

 しばらく付いていくと見えてきた、小さな木造建築の建物。木製の看板には風雨で薄れた太字の習字で『生徒会室』の四文字。

 

「今日手伝いに来てくれる一年生の手伝いってキミのことだよね? 私は生徒会役員の涼水優美。よろしくね? 杉崎詩遠さん♪」

「・・・・・・どーも。よろしくお願いします涼水先輩」

 

 華やかな笑顔と、可憐な仕草で手を差し伸べてきた先輩に、仏頂面で返す私。

 少し意外そうに表情を動かして私の顔を見つめてくる先輩。

 

「あんまり驚かないんだね。ちょっとだけ意外かも」

「そう仰られましてもねぇ・・・」

 

 軽く肩をすくめながら周囲を眺め回し、改めて正面に立つ先輩に戻しながら。

 

「こんな目立たない上に分かり難い、生徒会室以外は何もない場所で案内が出来る先輩女子というのは候補が限られまくる存在ですからねぇ・・・」

「あー・・・。なるほど、確かにそれは盲点だったなぁ」

 

 苦笑しながらも、反感を抱いたようには見えない表情の先輩。なんと言うか本心が見えずらい方ですねぇ-。

 

 




ご報告:
念願だった電池気にせず書きまくれる状況がようやく手に入りましたので、今まで書こうと思っても電池を気にして書けなかった作品を色々書いてみるつもりでいます。

基本的には他のユーザー様が書いた作品を読んで憧れて書きたくなった作品ばかりですが、楽しんで読んでいただけるよう頑張って書きたいと思っております。


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異世界で勇者はじめました。

恋姫・言霊書いてる最中なのですが予定より遅れているため投稿予定になかった趣味作出してお茶を濁しておきますね(季節柄、お布団がラスボスにも勝る強敵に・・・)

原作にしたのはないのですが、影響受けてるのはモンスター文庫の「異世界の役所でアルバイトはじめました」です。RPG世界でギャグ作書くため勉強しなおそうと読み直してました。

私がチート書くなら(たぶん)こういう作品の方が相性いいんじゃないかなーと(^^♪


 日本にある地方都市の一角で膝を付き、疲れ切った身体を絶望に打ち震わせながら。

 地球とは異なる異世界の魔女、フレアベルは嘆きの声を上げていた。

 

 

 ――ひょっとしなくても、バカなんじゃないの? あたしって・・・・・・。

 

 

 と。

 

 

「な・ん・で! 現代日本の若者に『異世界で勇者しませんか?』って聞いて、引き受けてくれるバカがいると思い込んじゃってたのよアタシはーーーっ!!!!」

 

 絶叫。

 天に向かってと言うか、雲一つない青空に向かって魔女のコスプレしたオバサ・・・こほん。ちょっとだけ歳がいってるお姉さんが「異世界」だの「勇者」だのという厨二ワードを交えた雄叫びを、血の涙でも流しそうな某野球マンガ風の顔で叫んでいる姿は迫力がありました。そりゃもう凄まじいほどに。

 近くを歩いていたカップルが逃げ出して、お茶の間から「最近の若いもんはまったく・・・」と人事のように見ていたお婆さんが目を逸らし、巡回途中のお巡りさんが回れ右して普段と違う経路を見回りに向かいます。

 

 魔女フレアベルの勇猛さは異世界だけでなく地球でも効果覿面なようでした。おかげで地球人の若者を勧誘しに来たのに人っ子一人いないエアポケット状態を形成することさえ魔法なしで出来てしまいました。すごいです。ある意味では。

 

「でも! 私は負けないわ・・・絶対に勇者を見つけだして私たちの国『アナケウス』を救ってみせる! その為に私は時空を越えてここまで赴たのだから!!」

 

 自分で掘った墓穴に落ちまくりながらも、フレアベルは諦めません。諦めるわけには行かないからです。

 

 

 彼女の住まう異世界の国『アナケウス』は追いつめられていました。そりゃもう、絶望的なまでに。

 大陸中央の比較的近くに位置するお国柄、気候は穏やかで災害が少なくて平和で長閑な心にユトリのある国アナケウス。・・・長所だけを並べてしまえば、この三つぐらいで全てでしょうね。短所を並べるならいっぱい候補がある国ですのに。

 

 まず、大陸中央近くにあるため海がありません。湖はあるけど小さいのがポツポツとなので、貿易とかマジ無理です。

 山もありますけど、霊峰とか曰く付きのある霊山とかじゃないんで観光資源としては役に立ちません。森はふつうに手頃なサイズが各所に点在しているから珍しくもありませんが多くもないですし、森林資源を売りにしている国なら他にいくらでもある中世風異世界です。半端な自然に経済的価値などない。

 

 武器防具屋で取り扱ってる商品の中で最高級品は「皮の鎧」150ゴールド。

 隣の国では1500ゴールドもする「鋼の剣」が手に入るようになったと風の噂で聞いたのに、アナケウスでは未だに「銅の剣」100ゴールドが兵士たちの標準装備だと言うのだから驚きを通り越して欠伸が出ます。周囲を列強に囲まれている安全地帯故に強力な武具などなくても生きていける好立地条件が仇になりました。

 

 先におこなわれていた魔王軍との決戦においても、前線から遙か遠く大陸中央近くの「初心者向け」平和国家が、優れた騎士や冒険者を輩出する土壌など熟成できません。不可能です。英雄を必要とする戦乱のない国からは、英雄は生まれません。必要ない物に価値は認められないからです。

 

 

 ――それらの結果、魔族軍に王都が奇襲されて攻め込まれることもなく、周辺諸国から入り込んでくる凶暴化した野生の獣型モンスターだけが出没して、低レベル冒険者や騎士たち兵士たちが治安維持のため時々刈っていくだけが戦闘のすべてになってる国アナケウス。

 

 剣と魔法のファンタジー風異世界では切磋琢磨が基本です。今が一番、今のままでいいと決めてしまった国に未来はありません。緩やかに衰退していって死を迎える。それでお終いなのですよ・・・。

 

 

「だって言うのに、あの人畜共・・・お国が滅びに瀕しているって忠告してやった私に対して『滅びるとしても百年ぐらいでしょ? それまで私ら生きてないしどうでもいい~♪』ですって・・・? ざっけんなコラ! 忠君愛国どこへ置き忘れてきた!?

 国が滅びそうになったら挙国一致で戦って守るのが筋だろうがよ! 人類の誇りをお前らどこにやったんだぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 真っ昼間から路上道端で靖国万歳を叫び出す魔女コスプレしたオバサ・・・もとい、お姉さん。誰が見ても不審人物ですが、不審者過ぎて誰も通報しようとしません。関わり合いたくないからです。みな、見て見ぬフリで回れ右して去って行きます。

 

 そして、彼女の周りから誰もいなくなったのでした・・・・・・

 

 

「――だけど、私は諦めないわ・・・必ず勇者を探し出して連れて帰るのよ・・・そして私の国を救って貰うの!

 だって異世界から召喚された勇者って滅びに瀕した国を救ってくれるものなんでしょ!? だったら大丈夫! 問題ないわ! おそらくは!!」

 

 握り拳を作って天を見上げ、決意を新たにする魔女さん。

 右肩下がりのGDPや、労働インセンティブの低下は異世界召喚勇者が倒せる問題では無いと思うのですが・・・手頃な岩に伝説の聖剣突き立てて観光名所にでもします?

 

 

 ・・・それにしても魔女さんは若いのに、どうしてそこまでして国を守りたいのでしょうか? 何か故郷に大切な思い出でもあるのでしょうか?

 例えば大事な人が眠る終焉の地だとかの理由が・・・・・・

 

 

「え? だって私魔女だもの。魔法で寿命伸ばせるし若さも維持できるから百年後の滅びの時なんかピッチピチのイケイケギャルの世代よ? 若い身空で公務員からフリーターに転落なんて絶対に嫌じゃない? だからこそ、こうして必死になって職場と給料と権力維持しようと頑張ってんのよ。

 こう見えて宮廷魔術師って、宮廷内での地位高いんだからね? それなり以上には」

 

 

 ・・・さいですか。

 でも残念なことに今の独り言で完全に見捨てられて、周囲一帯から人っ子一人猫一匹いなくなってしまったようなのですが、大丈夫ですか?

 

「ああーーーっ!? しまったーーーーっ!! この私としたことがーーーーーっ!!!」

 

 魔女さん絶叫リターンズ。なんとなく水滸伝の呉学人を思い出したのは私だけでしょうか?

 

「ふ、ふふふ・・・終わったわ、完全に完璧に鉄壁に・・・ここから挽回する手段は何一つ残されていない・・・」

 

 いや、多分途中からなくなっちゃってたと思いますけども・・・主に自分自身で台無しにして捨てまくってたのが原因で。

 

「・・・・・・こうなったら最後の手段・・・異世界チキュウ語で言うところの拳銃を使うとき・・・。

 有無を言わさず私たちの世界に拉致誘拐監禁召喚して、「自分の世界に帰して欲しければ我が国を救って見せろ」と、世界質を取っての脅迫を・・・・・・」

 

 暗い笑みを浮かべてブツブツつぶやき出してる魔女さんですが、それって普通によくある異世界召喚勇者の在り方なのでは? まぁ、言われた通り拉致誘拐監禁の重犯罪であることに間違いは無いのですけれども。

 

 なんと言うか、夢と希望の王道ファンタジーな魔女の格好そのものなのに、夢も希望もないリアリティに満ちあふれた魔女さんみたいですね、この御方。

 

 

 

「や、やっぱり誘拐するなら子供相手が安心安全よね? 小学生男子とかだと単純バカでスケベなのが多そうだから、お色気装備が多いファンタジー世界でいいように扱き使えるかもしれないし・・・・・・」

「あのー・・・大丈夫ですか? なんだかお顔の色が優れないようですが・・・」

「うわひゃおあっ!?」

 

 横合いから静かな気遣いの声をかけられて、未成年者略取誘拐計画の概要を独り言として自白しまくっていたフレアベルは驚き慌てて奇声を発し、無様な狼狽え様を晒しまくってしまいました。

 

 見ると、一人の地球人少女が傍らに立って自分のことを見下ろしてきています。別に見下している訳ではありません。四つん這いになって地面と向き合いながらブツブツつぶやく体勢だったから、子供の背丈でも見下ろさないと彼女の顔を見ることが出来なくなってただけです。

「あと、周囲に散らばっていたチラシって貴女の持ち物だったりしますかね? 一応拾っておきましたけど・・・」

「あ、ああ、ありがと・・・う?」

 

 普通に礼を言って受け取ってしまいましたが、よく考えなくても不可思議な状況です。

 魔女コスプレして奇声発しまくってる成人女性の外人美女を街中で見かけたら、即座に通報することなく見なかったことにして一秒でも早く現場から離れて無関係を装うのが正しい現代日本人的対応というものです。

 

 この少女は本当に現代日本で生まれ育った日本人女性なのでしょうか・・・・・・? って、違いますね確実に。

 だって、目が青いですし髪も銀色に光り輝いてます。オマケに肌が象牙色みたいに綺麗で白くて、面立ちも無感情で無表情ではありますが意外と彫りが深くて大人っぽい作りをしてますし。・・・まぁ、背はちっちゃいから相対的に幼く見えちゃってますが。小さい身体で一部分だけドカンと突き出てデカすぎててフレアベルには額に青筋うかべるほど癪でしたが。

 

 なにはともあれ、外国人美少女です。誰がどっからどう見ても外国人です。もしくは外国人と日本人のハーフかクォーター以外には選択肢がありません。

 一応ですが、それ以外にも地球人に化けた宇宙人とかフレアベルと同じ異世界人とかの可能性もありますが天文学的な確率でしか出会えなそうなので除外しておきましょう。

 

「あ、あいはぶこんとろーる? はろー、はろー、いえすいえすいえーす?」

「いや、私さっきから日本語しゃべってますから、普通に話してくれて大丈夫ですよ?

 日独クォーターで遺伝子的には祖父方の影響が強く出てしまい、こんな見た目をしてますけど日本生まれの日本育ちで外国とか行ったことありませんし日本語以外はほとんどしゃべれませんから普通に話してくれた方が私も楽ですし」

 

 不意打ちで外人と会ったら「Yes」か「ハロー」しか英語が思い出せなくなる典型的なダメすぎる日本人的対応の異世界人魔女フレアベル。この人、短時間しか滞在してない日本に馴染みすぎてますね・・・。日本、恐ろしい国デス・・・。

 

「??? よく分かりませんが・・・このチラシに書いてある事って本当なのでしょうか?」

「え? まさか本気で信じちゃったの!? 異世界で勇者とかキチガイみたいな宣伝文句を!?」

「・・・ご自分で言い切れる当たりは信用できそうで何よりですね。私が確認したかったのは異世界云々ではなくて報酬額と勤務時間についてなのですが?」

「ふへ?」

 

 間抜け面して聞き返すフレアベル。相手は真顔。・・・って言うか、無表情で何考えてんのか全くわからん・・・。

 

「えっと・・・もしかしなくても、お金・・・欲しかったりするのかしら?」

「ええ。今年は良作ゲームが多く出ますので、今のうちに軍資金のためアルバイトでもと」

 

 ・・・この子もフレアベルと似たタイプみたいですね。フレアベルが呼んだ類友。

 

「まだ募集が終わってないようでしたら応募させていただきたいのですが・・・まだ可能でしょうかね?」

「え、ええ、もちろん。私的には満員御礼大歓迎ウェルカムバースデイなんだけど・・・本当にいいの?」

「?? 何がでしょうか?」

「・・・いや、普通に考えてファンタジー異世界が実在しているなんて本気で信じないのが常識でしょう?

 異世界から来た異世界人の私が言う言葉じゃないのはわかってるんだけど、魔物とか魔法とか天使とか悪魔が実在している世界なんて今の地球だとフィクションでしかあり得ない出来事だと思われちゃってるんだし・・・」

 

 おずおずとフレアベルが最終確認を取ってきて、銀髪のクォーター少女は「ふむ・・・」と腕を組んでうなずいて見せてから空を見上げて小首をかしげ、不思議そうな雰囲気をまとわせながらの返事。

 

 

「ファンタジーとは少しだけ違っているかもしれませんけど・・・・・・モンスターの類似品とかなら地球にも普通におられますが?」

「は? いや、ないない現実世界にモンスターなんているわけないし、あり得ないってば!

 もー、子供が大人をからかったりしようとしちゃダメなのよ~。本当にも~」

 

 パタパタと片手を振りながらせせら笑うフレアベル。・・・割と本気で異世界から来たコイツが言う言葉じゃねぇですな・・・。

 

 そんな彼女に対して銀髪の少女は慣れた態度で肩をすくめて、「まぁ信じられないのが当然なのでしょうけど・・・」と慣れた口調でいいながら自分たちの背後を指さします。

 

「ですが、本当にちゃんといるんですよ? たとえば、あそこの陰とかに」

 

 少女が指さす先。塀と塀とに挟まれた狭い空間。

 曲線が存在しない、角だけで構成された小さな小さな街の死角。

 

 その場所に存在していた、九〇度以下の直角がある場所から「にゅるり」と“ナニカ”が顔を出してフレアベルの顔をジッと見つめていた。

 

 

 それは不可解な生物だった。

 

 地面を駆ける四本の足を備えてはいるものの、通常の四足獣とは似ても似つかない異形の姿をしていて、地球の子供たちが忌み嫌う治療器具に付いてる注射針と同じような細くて長い舌を持ち、身体全体が粘液のようにベトベトしたモノで覆われている。

 

 

「・・・・・・」

 

 こんな怪物、今まで見たことも聞いたこともないし、会ったこともない。

 もし会っていたら間違いなく今の自分は生かされていないと確信できるほどの圧倒的力の差を感じさせてきて恐怖のあまり動くことも逃げることも声を出すことさえも出来ずに凝視し続けていたフレアベルをジーーーーーっと見つめ続けていたナニカは、やがて九〇度の角度に空いた穴の中へと引っ込んでいき、出てきたときと同様に存在そのものを地球世界からいきなり消失させてしまったのだった。

 

 

 ――言い表す単語を持たない知らない知りたくない摩訶不思議不気味生物との初会合を終えたフレアベルは、全身を冷や汗と脂汗でビッショリ濡らし恐怖で身体全体が金縛りに遭っている状況で、傍らに立つ少女は「おー・・・スゴい。流石ですねぇ」と感嘆符を上げながらパチパチとまばらな拍手をし、こんな聞き捨てならない台詞を吐いてきやがりました。

 

 

「さすがです、異世界人の魔女さん。ティンダロスの猟犬と見つめ合っておきながら、命を狙われることなく帰って行ってくれるだなんて。もしかしたら気に入ってくれたのかもしれませんね、流石は異世界人さんです」

「んな、『この世界の人間には決して懐かない伝説の魔獣に懐かれたのは異世界から来た異世界人だからでしょう』みたいな言われ方されたって嬉しくも何ともないわよぉぉぉぉっ!!」

 

 異世界魔女の絶叫パートⅢ。今度は涙と鼻水混じりです。マジで死ぬかと思ったし、殺されることを確信していたため恥も外聞も無く泣きわめきます。――最初から無かっただろとかのツッコミは無しの方向で。

 

「なんなのよアレは!? なんなんだよアレは!? 一体全体この世界の片隅にはナニガ住み着いてやがるのよコンチクショウめぇぇぇぇっ!!!!」

「ファンタジーだったでしょう?」

「ホラーだよ! アレは夢と魔法のファンタジーじゃなくて、ただのホラーだよ! この世ともあの世とも関係ない、どっか別次元から来てるとしか思えないホラー生物でしかなかったよ!

 あんな気味悪い生き物、ファンタジー異世界にだっているかボケ! アンデッドの方が百万倍もマシだったわ!」

「アンデッド・・・ああ、ゾンビとかスケルトンのことですね。同じモノではありませんが、似たようなところでグールと言う名の死体を食べる食屍鬼がおりましてね。世界中の国々の大都市地下に巣を張ってまして、一部企業が定期的に私設警備隊を投入して地下の覇権を争っていることで有名なんですよ」

「どんな世界だ現代地球!? ファンタジー異世界よりも怖すぎるんですけども!?」

 

 ・・・・・・果たして、こんな奴を自分の世界に連れ帰ってしまって大丈夫なのだろうか? 色々と規格外なところが目立つし、戦力的には十分すぎて過剰になっちゃいそうな気もするけど、平和ボケしたアナケウス人たちには丁度いい劇薬になってくれるかもしれないし・・・。

 

(・・・ええい! 毒を食らえば皿までよ! そして、死なば諸共よ! 私一人だけが不幸になるぐらいなら世界全てを賭け皿に載せて大博打に出たほうが、まだしも私にメリットがあるじゃない!

 全ての人間が幸せな世界が実現されても、私一人だけ不幸だったら私にとっては価値がない! いっそ燃え尽きてしまえ! リア充共のクソッタレワールド!)

 

 壮大な無理心中計画を基準にして魔女さんは自分の世界に、最凶劇物を連れてくことを誰にも相談することなく勝手に決めてしまいました。

 自分の国ひとつを救ってくれるなら、世界全てを巻き込んでしまう危険性をはらんでいても構わない異世界勇者の召喚魔法。

 

 

 かつて人と魔族が争い合っていた、今では平和なファンタジー異世界の大地に、危険極まる混沌の申し子が今降り立つ!!




釈明:
もともと投稿する気もなく書いていた趣味作ですから、あまり深く考えて書いてません。ツッコミは控えめにお願いいたします。

なお、タイトルはモデルにした作品とは関係がなく「冷やし中華はじめました」のノリで決めさせてもらいました。


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街娘伝説ヴィルガスト 始まりの章

だいぶ前にお伝えしたことのある『甲竜伝説ヴィルガスト』二次創作です。現代日本の少年がマンガ版2巻目に出てくる脇役の町娘『エミリー』に転生憑依して、死ぬはずの運命にショボク抗うお話です。

*旧題は「村娘伝説ヴィルガスト」でした。時間経過とともに色々あって改題してます。

・・・さて、休みも明けたし仕事から帰ってきたらバケモノの続きでも書きますかね。
(お伝えし忘れてましたがバケモノ49話を清書しなおすかもしれません。ようやくアイデア湧いたので)


 その日の夜。俺は母親に手を握られながら息を引き取った。享年、十六歳。

 よそ見運転による交通事故で意識不明の重傷を負わされてから二日後のことだった・・・・・・。

 

 

 

 そして今。俺は新しい母親の胸に抱かれながら優しく微笑みかけられている。

 木と石で建てられた質素な作りの狭い家の中、現代日本だと絶対見られないファンタジックな街人衣装をまとった若い女の人と、メガネの道具屋さん風オジサンの二人が俺を見つめて笑い合っていた。

 

 

「あなた、見て。エミリーが目を覚ましたみたいよ・・・」

「本当だな。この子はきっと、君に似て美人になるぞ。村の男誰もが放っておかないような・・・」

 

 

 二人の話を聞いた俺は理解した。どうやら、異世界に転生したらしいと。・・・ついでに言えば女の身体で生まれ変わったらしいと。

 

 ――まぁいいや。いや、良くはないけど仕方ないで済ませるしかない問題だし、生き死にに関わるような事でも無いから一先ずはおK。

 ファンタジーっぽい異世界への転生なんだし、何かしらの特典とかチートとかもらえてるだろ、たぶん。世界を救う勇者のサポート役とか導き手とか主役にならずに生きていくのに十分な能力は持っている・・・はずだ! たぶん!

 

 ファンタジー世界で赤ん坊から始まる転生者という時点で地雷臭しかしない第二の人生から目を逸らし、大きな声で「おぎゃあ! おぎゃあ!」と泣きわめいておく。

 生まれたときに泣かないと尻叩かれて泣かされるので転生者の皆様は気をつけましょう。恥ずいぞ? 「おぎゃあ」なんて声で本当に泣くもんなのかどうかまでは知らんけども。

 

 

 まぁ、それは置いといて。置いときたくないけど、どうしようもないから置いといて。

 一先ずは大事なことについて考えよう。

 

 ・・・俺っていったい、どこの世界の誰になったん? 『エミリー』なんてモブっぽい名前の仲間キャラが出てくるファンタジー作品ってあったっけ?

 

 まぁ、いいや。適当に生きていこう。無茶しなければ死にはしないはずだ。「一度死んで生まれ変わったら、また死んだ」なんてコントみたいな人生は生きなくて済むはずなんだ。

 

 

 

 ―――そんな風に考えていた時期が、俺にも生まれてからしばらくの間はありました。

 

 

 

 

 

 

「《ファイヤーボール》、小さな火球を生み出して対象へと放つ火属性の魔法。空間に火が生まれる原理は、大気に満ちるマナを精霊の力を借りることにより・・・・・・ブツブツ」

 

 小難しい文章で紡がれた古書を、もう何度読み返したかわからないのに今日もまた読み返している私。

 まだ十歳にもなっていないから店番を一人でするよう言われないのが、せめてもの救い。

 店の奥にある小部屋で初級魔法《ファイヤーボール》を使えるようになるため必死に同じ本読んで学習している私、エミリー。ゼウスの街に住む道具屋の娘エミリーよ。ヴィルガストっていう異世界に生まれ変わってきちゃったの♪ うふ☆

 

 

「・・・・・・はぁ~・・・・・・」

 

 ――アホらしいボケをかまして現実逃避してみたけれど、全然ダメ。最悪すぎる未来を想像してしまって意欲を維持するのが難しすぎる・・・。

 

 

 あー・・・、どうも皆さん。はじめまして&こんにちは。転生者にして街娘のエミリーです。 ヴィルガストにあるゼウスの街で、道具屋の娘として憑依転生した者です。以後よろしく。

 

 ・・・殺されずに生き延びれたらの話ですけどね・・・・・・。

 

「まさか漫画版で登場したときには死んでたキャラクターへの転生憑依なんてものまであったとは・・・異世界転生モノの間口広げすぎだと私は思う・・・・・・」

 

 ぐでーっと。机に突っ伏しながら愚痴る私。いや、割とまじめな話としてね? 死ぬこと前提のキャラに憑依転生させられる方の身にもなってほしいんですよ、本当に。当事者としては切実すぎるほどに。

 

 

 ――私が生まれ変わった世界の名は『ヴィルガスト』。

 知る人ぞ知る、プレイしたことない人でも意外と知ってるスーパーファミコンのRPG。

 お色気装備で名高い旧作にして名作(迷作?)の舞台となってる異世界だ。

 

 漫画、ラノベ、ゲームと色んなジャンルで展開されて、別のストーリーが描かれている少しだけ変わった冒険物語。

 

 その中で『ゼウスの街に住む 道具屋の娘エミリー』が登場するのは漫画版の2巻目。

 結婚を目前にしてモンスターに殺されて、自分の果たせなかった幸せを素直になれないレミとボストフに託すために化けて出・・・こほん。霊となって「結婚の指輪」を二人のために届けに来た悲しい娘さん。

 

 ・・・問題は、物語が始まった時点で死んでた上に救われる要素も特にない非救済対象の女の子だと言うこと。レミたちを幸せにしたけど、自分自身は無念で化けて出た幽霊という訳でもない、至って普通の優しいゴーストさんだった訳で、利他趣味のない私には本気で相性悪そうなキャラクターに生まれ変わってしまったという訳でして。

 

 

「・・・つまり、女神に愛された平和な世界ヴィルガストも、人によっては死なないために強くなるしかない弱肉強食の過酷な異世界だったという訳で・・・」

 

 ため息と共に現実と理想のギャップを吐き出そうとしたけど失敗して、普通に溜息だけ吐き出した見た目はカワイイ美少女を演じただけで終わりましたとさ。ちゃんちゃん。

 

「疲れる・・・。凡人の街娘に生まれ変わってモンスターに殺されないよう努力するのは、本気で疲れる・・・。選ばれし者の誰かに生まれ変わりたかったよぉー・・・・・・」

 

 この世界がどこで、自分が誰になったのかを理解した瞬間から死なないため、殺されないための努力を続けてきたのに成果がでない・・・だせない・・・レベルがステータスがいつまで経っても上がらないぃぃ~・・・・・・。

 

 道具屋の娘で魔法の書が安く手に入る立場にあったから魔道師を目指してみたんだけれど、ドラクエとかと違ってヴィルガストはレベルアップが新しい魔法の習得を意味しない。ひたすら学んで練習して、上達していく以外に魔法使いは強くなれない。

 しかも才能重視で、選ばれた者優遇措置がスゴすぎるのがヴィルガストにおける魔法という分野。

 

「要するに、殺される定めから逃れたい凡人には厳しすぎる世界がヴィルガストなんですよねぇー・・・。

 あー、死にたくなーい、死にたくなーい。こーろさーれたーくなーいよー、っと♪」

 

 疲労とストレスでトンデモソングを歌い出す私。

 十歳にもならない幼児が歌ってたら熱計られる歌だと、普段だったら気づけたはずなのに母が店番している時間に歌っちゃった私はよっぽど疲れていたんだろうなー。

 

 ――その晩に私が受けたお仕置きは、死んでも死んだ後でも、二度目の転生をした後だろうとも説明したくありません。恥ずかしくて死にます。恥ずか死にたくなってしまいますからね。

 敵の注意を引くためパンツを脱いで投げ込もうとしたファンナに、果たせなかった女としての羞恥心を託しに出てくる霊のエミリーなんて嫌すぎる・・・。

 

 

「早く《ファイヤーボール》を使えるようになりたい、魔法使い見習いのエミリーちゃんはがんばーるよー♪」

 

 

 

 

 

 

「エミリー・・・実は俺、ずっと前からキミのことが気になっていて・・・今度の祭りはオレと一緒に踊ってくれないか・・・?」

「・・・気持ちはとっても嬉しいわ、ハンス。でも私には受け入れることが出来ない理由があるのは、あなたも知っているでしょう・・・? だから本当に――ごめんなさい」

 

 勇気を振り絞って想いを告げた街の若者が、今日も玉砕して散る。

 だが、しょぼくれたその姿を笑う者はこの街にいない。

 

 なぜなら彼女は特別なのだから。

 

 

 類い希なる向上心と向学心で、幼い頃より学問を学び子供ながらに魔法を使えるようになった天才少女。封印が解かれて復活し掛かっていると噂される邪神の作りしモンスターたちが村々を襲う中、このゼウスの街近郊にも奴らは出没しだしていたが、被害が出そうになると彼女は率先して討伐に名乗り出てくれる。

 

 そして、平素においては身を粉にして働き、妻を流行病で失ったばかりの父親を手伝っているのだから、普通の男では釣り合いがとれぬと思われても仕方がない。

 

 ある時、強突く張りで有名な街の金貸しが彼女に問うたことがあるそうだ。

 

 「何故。そうまでして人のために尽くせるのか?」と。

 

 

 彼女は少しだけ困ったように微笑みながら、こう答えたと伝え聞く。

 

 

「私はただ、幸せに長生きするため頑張っているだけです」

 

 ・・・邪神復活の噂と世の中に広がる混乱から人間不信に陥っていた金貸しは彼女の言葉で謙虚さを取り戻し、涙ながらに拝みながら阿漕な商売で稼いだ金を世のため人のために使うことを誓約したという。

 

 

 世の為、人の為、平和の為。そしてなにより、街の民を守るため危険を顧みず勇敢に戦い正義を守らんとする彼女のことをゼウスの街の住人たちは「女神ウンディーネ様が遣わしてくれた聖女さま」と呼んで感謝した。

 

 

 彼女はヴィルガスト世界全体を救うため、異世界から召喚された勇者ではないかもしれないけれど。邪神を倒して苦しむ人たち全てを救える力を持った選ばれし者ではないかもしれないけれど。

 ゼウスの街に住む者たちにとって、彼女は自分たちを救ってくれる勇者であり、聖女であり、救世主だった。誰もが彼女に感謝と愛情を感じていた。

 

 女神に愛された愛娘エミリー。彼女こそ、ゼウスの街が誇りとする勇者であると―――。

 

 ・・・だからこそ、誰かが独り占めするなど許されない! 命拾いしたなハンス!

 俺たちは同じ街に住む同士として、お前を殺さずに済んで良かったと安心しているぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 は~い、みなさん! お久しぶりです&こんにちはー☆

 転生者にして凡人街娘少女のエミリーちゃん、14歳バージョンでございま~っす♪

 成長と一緒に内面も身体に引っ張られるというお約束現象から、最近だと原作化が急速に進んでいて戸惑ってまーす! キラリンコ☆

 

 え? とてもそうは見えないって? それは仕方がありません。

 内面なんて外からは見えないものですし、表に出る部分だけ原作による縛りが適用されて裏側は中から出てこれないというなら結果的には同じこと。私が私のままエミリーを完璧に演じれるようになっただけと解釈しておいてください。

 

 ほら、外見もだいぶ原作に近づいてきたんですよ?

 豊かで長い栗色の髪をウェーブさせて、父親そっくりの恰幅のいい体格にな・・・・・・ってるはずもなく。着ぶくれしやすい街のオバサン衣装が似合いすぎるだけで、中身は意外とグラマラスな少女へと成長したという訳です。

 

 

 子供の頃から勉強し続けたのが功を奏し、モンスター出没に先んじて《ファイヤーボール》習得に成功した幼い幼女の私でしたが、初期の時点でMPはたったの3。ゴミみたいな強さです。

 最下級の攻撃魔法を一回使っただけでスッカラカンになる凡人ぶりには脱帽する他ありません。

 

 ならばせめてと、出没し始めたばかりの雑魚モンスターの内スライムが単独で行動しているところを探し出して不意打ちで襲いかかって先制攻撃を得てから《ファイヤーボール》を唱える。

 二匹で移動してたら速攻で逃げ出す。二匹目を呼ばれても全速力で逃げ出す。一発撃って仕留められなかった時にも絶対逃げ出す。

 

 そうして逃げ帰ってきても凱旋してきても夕方までには家に帰って一晩寝て全回復して、翌日またスライム狩りをしては少しずつ少しずつ経験値を溜めていった私。

 街が近くにあってタダで泊まれる宿屋があるなら、レベル1冒険者が有効利用しない手はありませんからね。すぐに勝って半ドンの時は店番して暇を潰せて一石二鳥。

 不可能としか思えない試練に挑戦するなんて無謀は、選ばれた特権階級の勇者たちだけやっていれば十分すぎるのです。凡人がやることじゃありません。

 

 

 そうやって地道に地味に卑怯極まるやり口でレベルアップを重ねた私は今現在、LV13。

 ・・・高いんだか低いんだか、よく分からない数値となっております。

 

 とりあえずは、殺されないで早死にすることなく長生きできるのが私の目的な訳ですので、私殺害犯(とおぼしき)のスケルトンナイト三匹に勝てるか逃げ切れるだけの強さを得られたら満足なんですけど―――

 

 

「・・・いないんですよね、そんな名前のモンスター。ゲーム版にはですけれど・・・・・・」

 

 

 溜息を吐つくほど悲しくて厳しい現実が、ここにありました。

 そうなんです。前世での子供の頃、ビキニアーマー女戦士が大好きでスーファミソフトの『甲龍伝説ヴィルガスト』を中古屋で買ってプレイした色ガキだったことが災いして半端に原作知識と漫画版の知識とが同居している転生者の私は、自分が生き残る為の必須条件であり障害でもあり宿敵でもあるモンスター『スケルトンナイト』が漫画版のみに登場するステータス不明で戦っても勝てない系のボスモンスターであることを知ってしまっている、人には言えない事情がある訳でして。

 

「なにしろ一匹だけでHP3000ですからねぇ・・・カザスの砦に出現する一般兵士たちよりランクの違う士官クラスのモンスター『魔獣戦士』がLV39でHP2942であったことを考慮するなら、最低でも目標数値はLV45相当・・・気が遠くなりそうです・・・・・・。

 やっぱり生きていくのは大変で、とても難しい・・・・・・」

 

 

 思わず、先ほどよりも大きな溜息を吐かざるを得ません。

 たとえその姿を町の人に目撃されてしまったことが『女神が遣わした聖女』の噂が発生する源泉になったという事実を知っていたとしても私は耐えきれずに溜息を吐かざるを得―――いや、普通に黙り込んでましたね絶対に。

 

「ああ・・・私の未来を救うため打ち破らなくてはならない敵はどれほどの力を持っているのでしょう・・・? ――あと、いつ頃くる敵なのでしょう? それすら全くわからないのですけれど(ぼそり)」

 

 後半の方は小声でつぶやく癖を付けた、現地住民が知るはずのない原作知識の部分です。知るはずのないことを知っていたせいで社会的生命が脅かされたのでは生き残っても死ぬのと同義語になってしまいます。

 戦いを終わらせる為の戦いの中で、勝った後のことを考えないのは平成ガンダムの登場キャラだけで十分すぎると私は思う。

 

「そもそも私って、いつ頃殺される人なのでしょうか・・・? 『結婚を目前に殺された』としか明記されていなかった上に、婚約相手の男性もプロポーズを受けた年齢も何年前に死んで享年幾つかも判然としない、1話限りの悲劇キャラクターなせいで目安さえわかりません・・・」

 

 またしても溜息です。はぁ・・・。

 

 自分以外に誰もいないのを確認してからおこなわれる、一人で店番しているときにつぶやく独り言。一定の年齢に達したからこそ可能になった道具屋の娘スキルによる物理結界能力。

 モンスターがPOPせず、イベントに絡まない限りは戦闘不能エリアの街中にある店の中こそ絶対安全圏。圏内エリア。私はここを死守する気満々ですよ?

(そして『もう少し早く気づいていれば』と後悔することになる、近い未来の私です)

 

 

 なんと言っても私の帰ってくるべき家と言うか、実家ですからね。わざわざよその街へ移住して新しい生活環境のもと人間関係も信頼関係も1から築き直すより道具屋を営む父から店を譲り受け、店のブランドで築き上げた商人ネットワークによるコネと販路を有効活用した方が人生豊かで平和に暮らせるものです。身の為に合わない贅沢を望むより、すぐ近くにあって安全に手に入る小金を狙う。

 

 転生憑依者エミリーは、そう言う女の子なんですよ・・・くくくく(露悪的に笑ってみました。好きなんですよ、『るろうに剣心』。特に『斉藤一』さんのことが大好きです。絶対真似できない生き方しているのが理由です。人は届かぬ夢を見る~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・え? お前が死なないで霊にならずにレミとボストフの仲を取り持たなかったら、あのカップリングはどうなるのか、ですか?

 

 

 ――――知らね。

 リア充カップル爆発しなさい。可愛いミニスカ美少女と結ばれるスケベ男は滅べばいい。

 

 

 以上です。



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やはり俺が奉仕部じゃなくて一色いろはを選ぶのは間違っているだろうか?

少し古い「俺ガイル」二次創作の、一色いろは主人公作品やメインヒロイン作品に影響されて書いてみました。クリパ準備会で八幡が完全に一色の方を選んでた場合のIF話です。

衝動的な愛情を理由に書いた話ですので、細かいところでのご指摘などはご勘弁のほどを(;^ω^)


「えー、じゃあ前回と同じくブレインストーミングからやっていこうか?」

 

 一色に誘われてやってきた合同クリパの準備会で、海浜総合の生徒会長だという玉縄が、仲間を横目で見てから始められた会議は、いきなり格好よさげな横文字から始まった。

 

 え、なにそのかっこいいやつ。俺そんな技撃てないんだけど?

 ・・・とか、一瞬だけ思いかけるほど格好いいひびきを持つその単語は、要するに集団で自由にアイデアを出していく会議手法の一つだ。

 

 厳密には違うのだが、会議に参加しているのに地位が低いからと新人とかが遠慮して良い意見を言えなくなるのは組織全体から見て不利益だから無礼講でいきましょう、的な意味合いだと思えばいい。

 アイデア出しの時点だと、質より数が出されることが重要なんだし、まぁ間違ったやり方じゃないんじゃねぇの?

 

「議題は前回に引き続いて、イベントのコンセプトと内容面でのアイデア出しを・・・」

 

 玉縄が議事を進行していくと、海浜総合高校側はぽつぽつと手が挙がり、それぞれが考えたであろう意見が披露され始めた。

 

「俺たち高校生への需要を考えると、やっぱり若いマインド的な部分でのイノベーションをおこしていくべきだと思う」

 

 向こうの誰かが言った。

 ふむ、なるほど。一理ある。――強いて問題をあげるとするなら、玉縄の『ブレインストーミングから』の方が百倍かっこよく聞こえる小学生向け英単語を使ってたなーと思ったぐらいのものだろう。

 おい、眼鏡。意見と同じで頭良さそうに見えるのは見た目だけかよ、国語学年三位で、理系は下から二番目の俺でも中学レベルはいけるぞ、たぶんだけどとも感じたけど口に出すほど大した問題じゃあない。面倒くさいし、もうしばらくは静観していよう。

 

「そうなると当然、俺達とコミュニティ側のWIN-WINの関係を前提条件として考えなきゃいけないのね」

 

 またしても向こうの誰かが言った。

 まぁ、これも分からんでもないかな。もてなす側ともてなされる側が対等ってなんだよ、とは思うけども。

 友達感覚で客と触れ合いたいならコミケ行け、コミケ。夏と冬の有明会場に。あそこなら客も売り子も同じ参加者で対等な関係が前提だからと言いたくもなったが、別件過ぎるし言わないで黙っておくのがヘルプ要員としての筋という物だろう。・・・サボりじゃないよ?

 

「そうなると戦略的思考でコストパフォーマンスを考える必要があるんじゃないかな。それでコンセンスをとって・・・・・・」

 

 さらに向こうの誰かが言った。

 子供向けのイベントとは言え、高校の生徒会役員が会議して計画するクリパを、コスパ考えないでどう運営するつもりだったんだコイツ・・・?

 つか、必要となる経費を試算して見積書を書いて過剰な分を削ったり、足りない分を指摘したり、1円でも安く買える店を探してみるのが運営委員の仕事なんじゃねーの?

 秋にやったトラウマ物の文化祭で記録統計係やってた黒歴史記憶がまざまざと思い出させられて嫌すぎるんですけども・・・。

 

 そんな風に黙って会議を聞きながら、ふと思う疑問に気がつかないフリするのが無理になってきた。

 

 ・・・・・・なんだ、この会議モドキ。

 

 何やってるのか全然わからんうえに、連中が何について話しているかもよくわからん。これはあれか、俺がアホだからなのか? それともコイツらの方がアホなだけなのか?

 

 不安に思って、隣で頷いたり「ほー」と感心したような声を上げてる一色に小声でこそっと確認する。

 

「一色、今これ何やってるの?」

「え? ・・・・・・さぁ?」

 

 さぁってお前・・・。卓球の愛ちゃんじゃないんだからさ・・・。

 

「まぁ、向こうがいろいろ提案してくれるんですよ」

「ほーん・・・」

 

 向こうが考えてくれるって言うなら、こっちは実作業だけやればいいから楽だな確かに。それなら俺一人でも十分まかなえそうだし。

 

 ・・・問題は、相手が考えてくれてる色々な提案が何やるためのもんなのか全然わからんうえに、俺達がやればいい実作業を決めてくれてるはずの連中が何について話してるのかもよくわからんって所だけかな・・・。

 

 

「みんな、もっと大切なことがあるんじゃないかな?」

 

 俺と同じ疑問点については、議事進行を務める玉縄も感じていたようだ。

 重々しい口調で玉縄が言うと、座に緊張が走った。次に彼が何を言うのか、注目が集まる。

「ロジカルシンキングで論理的に考えるべきだよ」

 

 それ、同じこと言ってんじゃねぇのか? 何回考えちゃうんだよ。

 あと、論理的じゃなく物事を考えるってどうやるものなんだろうか? 感情の赴くままに考えるとか? 考えるんじゃない!感じるんだ! ・・・考えるのやめちゃってるじゃん・・・。

 

「お客様目線でカスタマーサイドに立つって言うかさ」

 

 だから、それ同じこと言ってんじゃねぇのか。何回客になってんだよ。

 あと、お客様目線に立ってコスパ考えた上に、俺達ともWIN-WINな関係を築くことが前提って難易度上げ過ぎちゃってるし。

 俺、文化祭の時に記録取らされてたから分かっちゃったよ? この会長さん、自分が始めさせたブレインストーミング形式での会議内容を全然記憶してねぇ。完全に聞いてるフリして聞き流してるだけだコイツ。

 

 若干引きつった笑みを浮かべてたと思う俺をおいて、他のみんなはなーるほどみたいな表情で目をきらきらさせながら玉縄を見ている。

 

 ・・・・・・だめだ、この会長と同じパターンのダメ人間がいっぱいっぽい。玉縄が自分の取り巻きでも集めてきただけなんじゃねぇのかと疑問に思うほど、その後の会議モドキも流れを変えないままダラダラと続けられていく。

 

 

「ならアウトソーシングも視野に入れて」

「でも今のメソッドだとスキーム的に厳しいよね」

「なるほど。じゃあ、いったんリスケする可能性もあるね」

 

 

 リスケってなんだよ。牛タンの美味しい店? なんでこいつらさっきからカタカナ語ばっか使ってんの? ルー大柴?

 

 他にも、革新的なイノベーション! 対話と交渉ネゴシエーション! 解決策はソリューション! みたいなやり取りが続いていく。・・・本当にこれ何やってんだろうな?

 新手のHIPーHOPどころか、彼らの意識がHOPーUPしてるみたいじゃないかと思えてきちゃったよ・・・。

 

 

 ――とはいえ。

 やることやらなきゃならんのが、引き受けちまった側の辛いところだ。

 

 イヤイヤながらだろうと俺は雪ノ下の生徒会選挙より、一色いろはのクリスマスイベントを手伝うと自分の意思で決めてしまっている。

 自分がやると言って引き受けちまったことはこなすしかないでしょ? 文化祭のときと同じでさ。

 我慢して流して、タイミングが来たときにでもヒールな発言を言ってやればそれでいい。

 

 

 しばらくして意見が出尽くしたのか、あるいは覚えている英単語のストックが切れただけなのか。

 とにもかくにも場が静まり、玉縄が「それでは意見も出尽くしたようですし今日はこの辺でお開きに――」と口に出しそうになったのを見計らって俺は口を開いて先手を取る。

 

 

「それでは意見も出尽くしたようですし、今日は―――」

「あのー、ちょっと意見言ってもいいですか?」

 

 挙手してから指名される前に要件を口にした俺。今日は総武高側から出された意見はなく、形ばかりだろうと合同開催の形式を取ってる以上は無視される恐れはない。

 

「ヘルプな上に初参加だったもんで遠慮してしまい、終わる寸前の時間になってからの意見で申し訳ない限りですけども」

 

 俺が形ばかりの謝罪をすると、予想通り玉縄は一瞬びっくりしたような顔をしながらも、すぐさま笑顔に戻って「どうぞ」の一言。

 

 

 ――ま。正直初参加の俺には意見なんて何にもないし、現状すら把握し切れている訳じゃないんだけれども。

 それでも言えることぐらいはあるわけで。

 

 

「そろそろクリパ開催のため、現実的な会議をしませんか?」

 

 

 俺の一言で会議室全体が静まりかえって、さっきより重苦しい沈黙が舞い降りる。

 

 

「イベント開催日まであと少ししかないんでしょう? 実際には準備もある以上、会議に使える時間はもっと少なくなるのが当たり前。だったら意見の出し合いだけじゃなくて、具体的な数字を出す会議をしないと時間がもったいないと思うんですよね俺は」

「・・・でも、君。みんなの意見を出し合って文化祭をよりよい物にしようと一致団結して努力していくことの方が、数字なんかよりも大事なんじゃないのかな?」

「出し合ったじゃないですか、今さっきまでずーっと意見を出し合うブレインストーミングな会議を。結論が出ないまま出さないまま何時間もの間ずーっとね。

 それで意見が出そろったのを確認したから海浜総合の生徒会長さんは『意見も出尽くしたようですし』って言ったんだと思ったんですけど違いましたかね-?」

「・・・・・・」

 

 海浜総合の連中から俺に対しての怒気と悪意が湧き上がるのが肌で感じ取れて、少し恐い。やっぱ俺にはこういう役が向いてるからって、体力的には不適格極まりないんで誰か代わりにやってくれる奴いないもんかな? いてもいなくても誰一人気にしなくて、油断しているところを寝首をかくため忍び寄る忍者みたいな奴とかが。

 ・・・材木座? まぁ、使い捨ての捨て駒ザコ忍者としてなら有りだよな普通に。

 

 

 ――今回、俺が文化祭の時と似たようで違う立ち位置にあるのは正式に総武高側の代表から要請を受けて会議に出席しているという立場と待遇だ。それを利用する。

 

 海浜側はどんなにイラつかされようとも、俺に退室を命令する権限がない。

 要請という形で一色に頭を下げてお願いするか、一色が海浜の心理に配慮してやって俺に退室を命じることで恩を売られるかの二つだけが彼らに与えられている選択肢だからだ。

 

 どちらにしろ、総武高に不利益はない。

 要請を受けて俺を退室させた一色は、謝罪するとか誠意を示すとかの形で自由行動権を得る事が出来る。後は事後承諾だ。決めちまった後で巻き込んでしまえば合同開催の上に実質なにも決められていない奴らには黙って従うほかない。

 

 逆に、恩を売れれば今後の会議で一色が主導権を握る事が出来る。まぁコイツの性格上、そこまでは無理だろうが最低限海浜の連中だけで成立している会議モドキは終わらせる事が出来るはずだ。怠けてヒキタニ君の同類呼ばわりされたくないだろうからな。

 

 その後は一色たち立候補して生徒会入りした奴らの頑張り次第だろ。

 頼まれて引き受けた分はやってやったんだ。後は文化祭のときと同じで、嫌われ者の雑用係をこなしていればそれでいい。

 クリパが成功するかしないかなんて、本来なら会長の一色と玉縄が全責任を負うべき問題だ。責任の所在を不明確にしたまま、なあなあの形で企画実行委員会なんて寄せ集め組織みたいなものを作ったのがそもそもいけない。間違いの元にしかなれていない。

 

 なのに―――

 

 

「えーと、みなさん! 今日はもう遅いですし、いったん会議はお開きにして、また後日同じ議題を話し合いましょう! だから今日はお終いって事で!」

「お、おい、一色?」

「もちろん、比企谷先輩の意見も最もですし、時間がないのも事実なんですけど、今日はもう遅いって言うのも事実な訳ですし! ぶっちゃけわたしも、あんまり遅い時間に家帰るとママに怒られて恐いなーって思ってるのも事実なんですよね!」

 

 おどけた様子の一色の言葉に周囲が笑い声を上げる。あまりにも見え透いた追従の笑い方だったが、俺が追求する口実を奪われたのも確かな事実ではあった。

 

「だから今日はひとまず解散して、次までにそれぞれの学校で具体的なアイデアをまとめてから、あらためて現実的な課題について話し合う会議開催って事で!

 以上! お疲れ様でした-! またよろしくー!」

「「「お疲れ様でしたー」」」

 

 

 ゾロゾロと会議室を出て行く海浜の生徒達。歩幅が広いのは逃げ出しているからだと察しはつくが、指摘して一色の苦労を無駄にするほど野暮でもない。

 

 誰もいなくなり、最後に残ったのが俺と一色の二人だけになったところで帰ろうかなと思っていたら、

 

「・・・はふぅー・・・・・・」

 

 と、心の底から安心したように気が抜けた表情で椅子に座り込む一色を見せられて、少しだけだけどキョドってしまった。

 え、なに。そこまで心労掛けるほど俺の意見ってダメなものだったの? 去年よりかはだいぶオブラートに包んだよ俺。自分の立場と一色の今後を勘案した上でだね。

 

「あー、もー・・・! なんで先輩はそうなんですか! なんで先輩は“また”同じことしようとするんですか! あーもー! あーもー! あーもー!」

「お、おう。何かスマン。・・・って言うか、“また”って何だよ? 俺お前の前で何かしたか?」

 

 腕をブンブン振り回して目を×にしている由比ヶ浜みたいな表情の一色が俺の質問でようやく落ち着き、涙目になりながら語った内輪話。

 

「・・・実はわたし、城廻先輩に紹介してもらうより先にクラスの子から聞いちゃってたんです、先輩のこと。その子、文化祭の時には実行委員やってましたから・・・」

「そ、そうなのか・・・」

「その子、今でもすっごく後悔してるんです。“どうして正しいことした先輩が、みんなから嫌われるのを黙って見過ごしちゃったんだろう”って・・・」

「・・・・・・」

「あの時先輩がした事、言った事。その後の事も含めて全部聞かせてもらってます。こう見えて意外と人望あるんですよね、わたしって。だからなのか、その子もわたしにだけ教えてくれて、その後泣き出しちゃって、わたしは慌てる事しかできなくて・・・」

「・・・・・・」

「だからわたしは先輩を求めました。行き詰まったクリパをどうにかしてくれるのは、この人しかいないって。それで先輩はわたしの望み通り動いてくれて、望んでたとおりの結果をもたらしてくれたから・・・・・・悔しくなりました」

「・・・は?」

 

 なんか今のセリフ、文脈おかしくありませんでしたかね一色さん?

 

「悔しくなったんです。わたしが色々な事にとらわれて身動きがとれなくなってる状況をアッサリ覆しちゃって、手柄を誇るどころか自慢さえしないまま当たり前みたいに生徒会長のわたしに向けて奪い取った主導権投げ渡してきちゃったりもして。

 頼まれて引き受けただけの助っ人役員が、これだけ大活躍して結果も出してくれたのに、生徒会長のわたしが何もしないで果報は寝て待てば落ちてきましたじゃカッコつかないじゃないですか。

 だから悔しくなりましたので、先輩にはクリパ委員続行決定です。これからもわたしの隣でわたしの仕事を手伝ってください。生徒会長権限により、異論反論拒否権は一切認めてあげません」

「いや、意味分かんないだけど・・・」

 

 なに? この子頭おかしいの? あと、その懐かしいセリフ誰に聞いたの? 平塚独身先生?

 

 一色は「あー、もー、やっぱり言わないとわかんないのかなー・・・」って、しばらくの間懊悩してから

 

「つまり!」

 

 ズズィっと、俺に顔を寄せてきて。

 

 

「先輩のせいでこうなった、わたしの成長を見届けてくれることで責任取ってくださいねって言うことです」



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私の妹は完璧なのに残念でもあります。

『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』を視聴していて妹ヒロイン好きが再加熱してしまい、書いてしまったオリ作です。

セレニアと妹の姉妹ラブコメ作品。

『妹だけど』の影響は受けまくっている内容ですが、好きすぎるが故の結果ですので次話から変えるつもりで書いてます。誤解なさいませぬようお願いします。


 私、異住セレニアの妹、異住ミレニアは完璧です。

 名門女子校で生徒会長を務め、成績優秀スポーツ万能品行方正容姿端麗、その上先生方からの受けまでいいという完璧すぎて普通だったら鼻につくところを、その人好きする性格と人当たりの良さで補ってしまえるほどの完璧さ。

 銀髪碧眼で日独クォーターという日本の学校ではデメリットにしか成り得ない要素も彼女のスペックに上乗せされれば神秘的な印象に早変わり。

 まさに、完全無欠という言葉は彼女のためにある、と言う表現がよく似合いそうな女の子です。

 

 それに比べて姉の私は成績平凡、不良じゃないけど優良学生でもない、運動神経は切れてます。先生方からの受けについては・・・人によって「味のある子」と評されたことがあるにはありましたね確か。一度だけですけども。

 

 銀髪碧眼は妹と同じで胸だけは優っているそうなのですが・・・身長がねぇ-。チビでロリ巨乳だと寸胴体型にしか見えないので神秘的とは程遠い生き物にしか見えませんよマジで。

 ようするに、絵に描いたような半端物。良くはないけど悪すぎもしない、現代の日本には掃いて捨てるほど有り余ってそうで、需要はあっても別に自分でなくてもいい人材の典型例とでも言ったところじゃないですかねぇ?

 

 

「―――ま。だから、どうって事でもないのですけれども」

 

 

 私は書き途中の小説を保存してノーパソを閉じ、晩ご飯の用意をするため一階へと降りていきます。

 妬む気持ちはある。羨ましいとも感じている。その才能が自分にあれば今頃は・・・そんな妄想をした事だって山のように存在していますが――それらは所詮、願望でしかありません。

 私は私でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。それは、完璧な妹だって同じでしょう。たとえ叶わぬ夢だろうとも、自分がなりたいと思って目指し続ける事に意味がある。

 自分のままじゃ叶わないからと自分を捨てて別の生き物になり、自分が叶えたがっていた夢を他人になった後の自分が叶えてもらったところで何の意味もないでしょう? それと同じです。

 願望は願望として、願い続けて焦がれ続けて目指し続ける理想で有り続ければそれでいい。

 

「あ、お姉ちゃん・・・」

「こんばんは。何かお手伝いしましょうか?」

 

 件の妹が台所に立って晩ご飯の下ごしらえをしていましたから声を掛けました。いつも通り、「別にいい。一人で出来るから・・・」と拒絶されてしまいましたが。

 

「そうですか。それではお皿でも出しておくと致しましょう。その方が早く食べられそうです」

 

 食器棚に向かおうとした私に何か言って遮ろうとした妹を先回りして言い添えると、妹は「キッ!」とこちらを睨み付けてきた後で食事の準備に戻っていってしまいました。

 私としては溜息をつきたいところですが、さすがに溜息の元凶が目の前にいる状況でそれやるのは挑発以外の何物でもないですからね。心の中で嘆息するに止めておくと致しましょう。

 

「「いただきます」」

 

 二人並んだ食卓で同時に手を合わせて、料理になってくれた野菜や動物たちへお礼の言葉を告げてから食事を開始。

 同族である人間だけではない、日々の食事に供されている命を頂かせてもらった者たち全てに哀悼の意を称する日本の伝統は良いものだとつくづく思います。

 

「「・・・・・・・・・(ぱくぱくぱく)」」

 

 しばらくの間は静かな食卓風景が流れます。別に親から躾けられた訳ではありませんが、私たち姉妹は昔から黙っているのが苦手ではなく、沈黙したまま静かに食べる事を苦痛に感じない性格の持ち主たちでしたから、これが普通なのです。

 

「・・・今日、先生から進路について聞かれました」

 

 ですので妹が食事中に、こんな話題を口に出すのは極めて異例なことでもありました。

 普通の家庭では父親か母親が聞かなければならない案件なんですけど、うちはやや特殊な家庭環境から姉である私が最初に聞いて相談相手を選ぶ方式をとっております。

 

 ――ああ、別に両親が他界していて残してくれたマイホームに姉妹二人きりで住んでるとかのギャルゲー主人公設定じゃありませんよ?

 単に母が地方へ単身赴任していった父親を追っていってしまって、姉妹仲良く置いてかれただけのことです。「私がいなきゃ何にも出来ない人なんだから~。うふふふ~♪」とかほざいてた母親の幸せそうで蕩けそうな笑顔には偶にグーをぶち込んでやりたくなる今日この頃です。

 

 ラノベを書き始めたのも同じような理由。――単純に暇だったからと言うのと、受賞したら賞金でるし生活費の足しになりそう。プロになりたいと妄想するだけで、やってける自信なんてこれっぽっちもないんだし「失敗できる時にしておくか」ぐらいの気持ちでいんじゃね? ・・・程度の浅すぎる動機。だから第一次選考で落ちるんでしょうね、間違いなく。

 

 不覚悟な理由で半端にやってる自覚がある以上は言い訳する資格もありませんが、学生と兼業作家両立できるスペックなんて普通の高校生に求めるなー、ラノベ主人公に求めろ―・・・とは思いますね普通に。

 

「ミレニアさんの学校って、エスカレーター式じゃなかったでしたっけ?」

「――っ! わ、私はまだ中学生なので実経験が少なく、将来のため見聞を広げる意味でも高校は普通の共学校に進学するのも悪くはないのではと思った次第です」

「ほう」

 

 それは感心な事ですね。できれば卒業生から多くの財界人を輩出している名門女子校で生徒会長という学校の顔を務める前に言ってもらいたかったですが、済んだ話ですし私には関係ないので別に由としておきましょう。

 

「それで、どこの共学校に進学するか候補は決めてあるのですか?」

「はい。出来ればその・・・お姉ちゃんと同じ高校に通ってみたいと思ってまして・・・べ、別に変な意味での理由でじゃありませんからね!?

 あくまで名門女子校での生活で得られない物を手にするためには、庶民の通う学校に通わなくてはならないであろうという現実的でリアリスティックな視点から見た客観的基準からの判断ですのでお間違えなく!」

 

 大慌てで言い添える妹の戯言を聞き流し、私は自分たちの住んでる土地柄と立地について思いを馳せます。

 うちは軽井沢の一等地・・・とまで行かなくとも、そこそこの高級住宅地に一軒家を持っている程度には家柄のいい家です。

 当然のように治安も良く、だからこそ広い家に学生の姉妹が二人きりで生活してるという性犯罪の標的待ったなしな環境でも親は平然と置いていけると言うわけですね。

 ぶっちゃけ、家の家事についても三日に一度はうちに来るホームヘルパーさんにやってもらっているため、食事当番とか日々の洗濯炊事とかの基本的な事ぐらいしかやる事ないんですよ、贅沢に慣れた苦労知らずなお嬢様暮らしの私たち姉妹には。

 せめて最低限度の事はしないと精神衛生上良くないと思い、毎日来る予定だったホームヘルパーさんを週三日に変えてもらった程度には、うちの姉妹は心の贅肉に塗れていると自負するところであります。

 

 

 ・・・話が脱線してしまいましたけど、妹の通う名門女子校と私が通っている共学の普通高校は同じ学区内に存在しています。同じと言っても広いですからね、学区って。真逆の方角に位置するだけで学校周辺の環境はガラッと変わりますから不可能じゃありません。

 

 付け足すなら、普通に共学ってだけで風紀の良さとかイジメがほとんど起きない校風とか、今時珍しいほど倫理教育が徹底されてるところとか、ここを普通と呼んでしまったら日本に多々ある普通の高校に通う高校生の皆様方から石投げつけられそうな好条件で溢れかえってますからねー。そりゃ恵まれまくってますよ確実に。フィクション以外でこんな学校、お金積まなきゃ通えるはずないですし。

 

 

「まぁ、いいんじゃないですか? 自分の人生なんですし、好きに生きれば」

「本当ですか!? 許可してくれるんですね!?」

「それについては、許可を出すのも学費を出すのもお父さんのお財布からなので、私にはなんとも。後で電話して伝えておいて上げますから、返事をお待ちなさい」

 

 案件から見て、先にお母さんを通してからお父さんに伝えてもらった方が良さそうな気はしますけどね。学費少ないとは言え名門は通うだけでもお金が掛かる場所。制服一着、体操服の上下一着ずつだけを見ても普通の学校で買わされる物とは0の桁が一つか二つばかり違うものなのですよ。

 とは言え、先ほど自分で申し上げたとおり、彼女の人生は彼女の物。許可を出すのもお金を払うのもお父さんの決定次第。

 

 どちらも自分で選び、自分で判断し、自分で出した答えと道です。決めた事への責任は自分でお取りなさい。

 第三者からの仲介があった程度で覆させられてしまう程度の決定ならば尊重されるべき価値などないのですから。

 

「・・・よし、第一段階はクリアーしましたね。次は踏み台を昇って本丸を攻め落としましょう・・・」

「ん?」

「こちらの話です。お姉ちゃんだからって、妹のプライベートにまで口出ししてこないでください。不愉快です」

「そうですか」

 

 ツンとした妹の返しに、私は普通に応じて食事に戻りました。

 今さっき進路のことで相談を持ちかけられた身ではありますが、そもそも親に相談事を持ちかける前には必ず私を通すルールを定めたのは私である以上、怒るのも不快になるのも筋が通りません。

 相談に乗ることを請け負ったからには、自分の言った言葉に責任を負うのが当然の義務なのです。

 

「では、お姉ちゃん。後ほどその事に関連して別の相談がありますので、お姉ちゃんのお部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「構いませんが・・・今ここではダメなので?」

「出来れば二人きりの場がいいのです。姉妹とは言え、年頃の女の子がプライベートなことで相談を持ちかけるのにリビングの居間はちょっと・・・恥ずかしいですし・・・」

 

 頬を赤らめて俯く妹。

 私も一応は同じ女ですので、気持ちは分からなくもないですが・・・・・・。

 

「二人暮らししてる家の屋内で、相談場所の違いに意味なんてあるのでしょうかね・・・?」

「気分の問題です」

 

 断言されちゃいました。相手が「気分の問題」というからには、そうなんでしょう多分。

 どのみち相談される側が、相談してくる側の心理を忖度するのもおかしなもの。請け負った以上は相手が相談しやすい状況を形作れるよう努力するのが正しい相談の応じ方というものでしょう。

 

「まぁ、そういう事でしたら9時頃にでも。遅くなりすぎると明日の学校に響きますからね。お菓子とかも夜遅すぎる時間に食べると身体に悪いでしょうから、その辺りが妥当でしょう」

「はい、よろしくおねがいします」

 

 

 そんなこんなで、晩ご飯を食べ終わって、夜の9時頃。

 

 トントン。

 

「どうぞー?」

 

 戸が叩かれ、返事をすると、扉が開いて妹の顔がこんばんは。

 

「失礼します」

「はい、どうぞ」

 

 狭いと言うほどではないですが、調度品は少ないので(ぶっちゃけ私は友達が少ないのです)ベッドに座るよう勧めるか、それとも机の椅子に座らせた方がいいのか迷っていたところで妹の方から先にベッドを選んで勝手に座ってくれたみたいです。

 手慣れた所作ではありましたが、そもそも妹の部屋にベッドが有るのか無いのかさえ思い出せない私に、どうこう言う資格は絶対にありはしないので普通にスルーです。

 

 それよりも今は妹の相談事についての方が大切なのでしょう、きっと。

 

「それで? どのような相談事なのですか?」

「はい。実は私はこのたびラノベの新人賞に応募して、初投稿ながらも大賞を受賞した旨を先日担当編集と名乗る方から電話で教えらて頂きました。正直なところ、舞い上がる心地という奴です」

 

 めちゃくちゃ冷静そうに見えますけどね、第三者視点で見たならば。

 まぁ、今この場にも家の中にも第三者は存在していないのですが。当事者二人だけの広すぎる空間の中なのですが。その当事者二人の片割れが私なのですがね。

 

「スゴいじゃないですか」

「はい。――ですが、問題が生じてしまいました。うちの学校は校則により、バイトが禁止されているのです。

 その条件をクリアするためお姉ちゃんと同じ学校に入学することで、校則による縛りを外してしまおうと考えていたわけです」

「はあ、なるほど」

 

 一応、理屈は通っている―――様に見えるのです、が。

 

「・・・ラノベ作家ってアルバイトに該当するんでしょうかね? 法律的にはやたらグレーゾーンな印象のある、名乗った者勝ちな職業ってイメージがあるんですけども・・・・・・」

「まだまだ世間では偏見の多い職業ですからね! うちみたいなお嬢様学校だとラノベ読んでるだけで『オタクキモい』呼ばわりされるのが日常茶飯事なほど悪しき伝統と因習と規律規範校則校則の三重奏を連呼するしか能の無い、図体と態度がデカいだけが偉い大人の条件だーとか思い込んでるバカな教師が中核を成しているのです! だから該当しなくてもさせられるんですよ!

 分かりますか!? この大人たちによる子供たちへの無理解と弾圧っぷりが!? そこから抜け出すため必死に足掻く妹の涙ぐましい努力の辛さと苦しさが!?」

「・・・・・・目的、変わってきてません?」

 

 むしろ最初から、そっちを本命だと言って持ってきてくれたら一も二もなく賛成してましたよ? 私。そんな学校だったら即刻退学させてもらってますよ確実に。

 “そんな学校だったなら”ですけどね?

 

「――と、言う訳ですので私がお姉ちゃんと同じ高校に入学できるようになる受験生活一年の間、学生と兼業でラノベ作家をすることができません。そこで代役をお願いしたいのです」

「受験生活一年間の間はって・・・受験勉強は?」

「問題ありません。私の偏差値なら勉強する必要などなく現時点で余裕で合格確定してます」

 

 うわ~、自覚のない実妹による頭の良さ自慢って微妙にムカつくなー。

 

「まぁ、ひとまず受験は置いとくとしまして、なにが『と言う訳』なのかよく分からないというのも脇に退かしときまして。――そのうえでお断りします。無理なので」

「何故ですか!?」

 

 妹からの異常なお願いに対して普通に答えたら、劇画調に驚かれてしまいました。

 夏の夜長のミステリー。・・・言い忘れてましたけど今、夏です。

 

「いや、だって」

 

 私はおぼろげな記憶を辿って、あまり信憑性のない素人知識を掘り起こしてから妹の問いに答えました。

 

「どこの出版社か忘れましたけど・・・大賞規定で写真撮りませんでしたっけ? 確か」

「ちぃぃぃぃくしょぉぉぉっ!! 後一歩のところで完全犯罪成立しかけてたのにーーっ!!」

 

 泣きながら部屋を飛び出していく妹。・・・何がやりたいねん、あなた・・・。

 

「規則法律規律規範、ルールは守ることが大前提のお姉ちゃんなんて大好きだーーーっ!!」

 

 なんか大声で恥ずかしい告白を暴露しながら階段を駆け下りて言っちゃいましたが・・・あれ? おかしいですね・・・。

 

 私つい数十分前まで妹のこと『完璧だ』と認識してたように記憶してるんですけど、今考え直してみると見落としてた箇所が目立って仕方がありません。昨日まで信じてたことが、今日では間違いに思えてならなくなってるのです。

 

 ・・・なるほど。これが『私たちは彼に欺されていただけなんです』と叫んで、昨日まで神のように崇めていた独裁者を『処刑せよ!』と叫ぶ群集の心理ですか。

 自分でおこない、自分で客観視してみるとヒドく醜い自己正当化目的での方便だったことが分かって嫌なものですね。これからは気をつけると致しましょう。失敗から学ぶため、自分の過ちを他人のせいにするのは良くないのです。

 

「それにしても・・・」

 

 小首をかしげて、妹の残した最後の台詞を思い出しながら、私は疑問に思わずにはいられません。

 

「・・・あの子はどうして実姉である私にいきなり惚れだしたんでしょうかね・・・? 昨日まではそんな素振りはなかった気がするのですが・・・不思議です」

 

 ラブコメでよくある、主人公に惚れた理由がよく分からないヒロインの典型タイプな子だったのでしょうか? ああいう人たちってスカートめくられても惚れたりしますからね~。本気で訳分からん。『裸を見られることが恋のはじまり』って、月9も真っ青な恋物語ですからね、毎度のお約束展開が。

 

 とりあえずは―――

 

 

「明日の昼にでも病院に連れてってあげましょう、脳外科に」

 

 

 頭のおかしいラブコメヒロイン脳になりかかっているのなら、早急に治療が必要です。

 王族に生まれた自分を『王族扱いしないから』と言う理由で無礼な態度の主人公に惚れる王女様とか、何度も袖にされながら嬉々として主人公に話しかけに行くマゾヒストのツンデレヒロインたちとかまで行ってしまうと帰ってこれなくなりますからね。

 

 変態さんの治療はお早めに。byセレニア。

 

 

 

 

○月×日(ソレっぽい日付表記にしてみただけ。意味は無い)

妹のお姉ちゃん観察日記より

 

 今日もまたお姉ちゃんに冷たくあしらわれてしまいました。この快感がいつもながら堪りません。昨日まで得られていた快感が子供の遊びだったのではと思えるほどです。

 できる限り尖端を丸めた針を徐々に鋭くしていきながらお姉ちゃんを突き続けてきた昨日までの私・・・さよならグッバイ! 私は今日、あなたの下から旅立ちました!

 そして、ハロー! 今日からの素直な私!

 今まで押さえつけていた本心を徐々に伝えていく方針を放棄して本当に良かった! これで私は救われる・・・・・・っ!!!!

 

 

「ゲ~ヘ~ヘ~♡ 今日から素直に本心を包み隠さずお姉ちゃんとラブラブチュッチュッ迫りまくることが解禁日~♡ 明日はお赤飯~♡ 明日も明後日も私のご飯はお姉ちゃんのお味噌汁~♡ ・・・・・・じゅるり」

 

 ――おっと、いけない。本心が出すぎるあまり、思わず欲情の涎までが・・・。これは流石にまだ早すぎますね。ラブコメは段階的にが基本です。

 

「そう! 焦ってはダメです! ラブコメとは言え学生同士の恋愛である以上、節度は大事! 

 中学生ヒロインなら中学生ヒロインらしく、パンチラ、胸チラ、トイレでばったり、お風呂でばったり、着替えてるところを見られて『イヤ~ン♡』から始めなくてはいけません! いきなり性行為を求める美少女中学生ヒロインは不健全なのです!

 学生同士の恋愛は手順とルールを守って要領よく確実に、そして最終的には必ずや相手を強制的にでも責任を取らせる形で嫁ぐ! これがラブコメにおける大前提なのですよ!!!」

 

 どどーんっ!!!

 私は自分の背中から後光ならぬ、葛飾北斎の赤富士に描写された大津波――ビッグウェェーブ!を背負いながら宣言しました!

 私の私による、お姉ちゃんと結ばれる未来を手にするための戦いが、今この時より始まるのです!

 

 

「間違ったラブコメ世界の常識は私が革命します! なぜなら私は血のつながった実妹・・・姉妹の関係を壊し、恋人としての明日を創造する女だから!

 血がつながってると結ばれないラブコメ世界の過ちは、妹ヒロインが粛正する!!」

 

 今日この日、私が世界と戦うことを誓ったこの時から、妹による世界の破壊がはじまったのです!!

 

 

 

 そして翌日。

 

「・・・あれ!? 北斎の赤富士ちっちゃい!? 全然ビックじゃないですよコレ!?」

「??? 今さら何当たり前のこと言ってんですかあなた。普通に切手サイズで書かれた、当時は二束三文の安物でしょコレ」

「知らなかったぁぁぁっ!? 先生と大人たちの嘘つきーーーーーっ!!!!」

「・・・・・・」




説明と謝罪:
連載を目指して書いた作品のため、今話だけだと妹が残念なだけで完璧さがどこにもないのはご勘弁を。


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新世紀エヴァンゲリオン:闇 まごころの欠けた君に

エヴァンゲリオン二次作です。個人的にやり取りをしているユーザー様に送ったのを投稿してみました。
「ゴールデンカムイ」の『尾形百之助』みたいな性格と過去を持つ少女が主人公の話ですので、原作ファンの方には絶対に合いません。それを受け入れられた方のみお読みくださいますように。私は責任を持てません。それぐらいにヒッドイ内容です。


「・・・ここも、無人か」

 

 窓の外から店内を覗き込み、一人の少女が独語する。

 見た目からして最新技術が盛り込まれた真新しいビル群が立ち並ぶ一大都市の中心部近くを一人きりで歩き回りながら、彼は一軒一軒軒先を覗いて現状を確認していった。

 

 飲みかけとおぼしき量だけ中身が減ったコーヒーカップ。一切れ、二切れ食べるためだけに形を崩されたチーズケーキ。

 座席には、いなくなった客が置いていったらしきキャリーケースが放置されてはいたものの、ハンドバックなどの重要物が入った手荷物類は見て回った限り一つも見つかっていない。

 まるでゴーストタウン。あるいはメアリー・セレスト号の方が、たとえとして適切だろうか?

 

 これは緊急事態が迫ったことを知らされた客たちが、慌てながらも落ち着いて避難した証であり、先ほどから流され続けている『緊急事態警報』が真実であることを何より雄弁に証明してくれていた。

 

 が、しかし。

 

「しかし、だとしたら略奪の後が一切見当たらないのはどういう訳だ・・・? 幾ら他国と比べて比較的平和な日本ったって限度があるだろ。これだけ目の前に宝の山が積まれてて、手を出そうとする輩が一人もいないなんて事はふつう有り得ないと思うんだが・・・」

 

 歩きながらも首を捻り、考えていた疑問を口にする。

 

 平和ボケした日本人。道路で寝ていたとしても財布を盗まれる心配をしなくて良い国ニッポン。そう言われていた時期も確かにある。

 だが―――所詮は“曾てはそうだった”という枕詞を必要とする過去の栄光に過ぎない。

 

 十五年前のある日に起きた大惨事において大きな被害を被った日本各地には、公には出来ない蛮行――略奪や火事場泥棒、暴徒化した民衆から市民を守るため警察が乱闘など――が多発していたことをアングラ好きで知らぬ者はいない。

 

 にも関わらず、この第三新東京市――2005年に政府の決定で遷都が決定された建設中の都市――の住人たちは一般市民でありながら秩序だって乱れのない避難が可能となるほど徹底された避難訓練が義務づけられている・・・そう言うことになってしまう。

 

「建前でどう言おうと、首都に住む人間たちにそりゃ無理だろ絶対に。考えられるとしたら軍隊でも出動させて銃で威嚇しながら歩かせるか、威嚇射撃でもして見せてから脅威を喧伝するかのどちらかのはずだが、その痕も見つからない。血痕一滴残さず拭き取りながら避難する緊急事態なんてあるはずないしなぁ」

 

 ブツブツと独り言を言いながら無人となった未来の日本国首都を行く少女。

 『生まれて初めて訊く親戚の名前』を使って呼び出され、指定された場所と時間に予定どおり『一時間以上早く到着しておいた』彼女は待ち合わせ場所周辺の地形を確認しがてら敢行見物をしている内にはじまった都市住人の避難に乗り遅れてしまっていた。

 

 あまりにも自然体で初めて訪れた街をブラブラしていた所為により、余所の土地から来たばかりの余所者だと思ってもらえなかった結果である。

 

「オマケに、この地図。所々に記載されてる内容と全然食い違ってるじゃねぇか。旧在日米軍基地所在地でもあるまいに、なんなんだ? この軍隊みたいに整いまくった基地のような街は・・・いくらなんでも気味悪すぎだろ。怪しすぎて避難シェルターを信じる気にもなれねぇよ」

 

 そう言って最後に溜息を吐いたのが五分前。現在はここ、最初に指定されていた待ち合わせ場所である駅前広場の隅っこにいて、一軒の店の壁により掛かり十五年前から終わらなくなった夏の空を見上げている。

 

 別に危なくなったから迎えが早く来てくれるかも知れないと思った訳でもないが、アテにならない地図を頼りに避難して命を預けるよりかはマシだろう程度には思っていた。

 

 “少なくともここにいれば、お迎え役の女と擦れ違いになる可能性だけは下げられる”。ドコで何してようと危険度も安全性も変わらないなら、リスクが訪れる条件が一つでも少ない方が多少はマシ。

 

 ・・・彼女は、そう言う判断基準を持つ少女だった。だからこそ、周囲にいた人間からは『気味の悪い子』と陰口をたたかれて生きてきたのだが・・・・・・。

 

 

 黒髪黒目、端整な顔立ちをしていながら『眼が死んでいる少女』だった。

 「腐った魚の様な」もしくは「死人の様に生気が感じられない」・・・様々によくある表現で言い表されてきた彼女の瞳は確かに暗く淀んでいるが、別に死にたいなどとと思うほど嫌な経験がある訳でもないので普通に安全策を取りたかったから此処でこうして予定された待ち合わせ時間を迎えた訳だが。

 

 

 ――正直、この迎えは来てくれても嬉しくない。全然だ。

 

 

「・・・ん?」

 

 視線を降ろし、つぶやきを発する。

 従来の物とは微妙に異なるノズルの「キィーン、キィーン」という音が聞こえたような気がしたからだ。

 

 黙っていること、音が聞こえない中でボンヤリと過ごすこと、思案も思索も好きだが何もしないでボーッとしているだけなのも嫌いではない。

 一人で過ごすことに生まれたときから耐性があった彼女だからこそ“少し離れた場所にいる彼”より僅かながら早くその異常に気づくことが出来ていた。

 

「新型エンジン音? それも複数・・・戦略航空自衛隊か。予定されてる新首都の上空に、国防用とは名ばかりの軍事組織が治安維持出動してくるとは大した緊急事態もあったものだねぇ」

 

 減らず口を叩きながらも、額から一筋の冷や汗。顔もこわばり、緊張しているのが目に見えてわかる。

 強がってみせるほどのプライドは持ち合わせていないから正直に“怖がっている”ように見せても良かったのだが、今それをやっても意味がないのは分かり切っていたから虚勢を張る方を優先させた。

 

 

 だって―――“こんなバケモン前にして落ち着いてられるのはガキだけだろうから・・・”

 

 

「日本の新首都で、自衛隊VS宇宙怪獣との決戦ね。お約束過ぎて今時はやらないどころか、『助けてください』と命乞いでもしたくなるところだよ・・・」

 

 巨大な――ビルよりも巨大なサイズの黒い大巨人が其処にいた。

 白いデスマスクを彷彿とさせる不気味な仮面型の顔を持つ怪物が今、彼女の目の前で戦略航空自衛隊の戦闘機群と死闘を・・・・・・いや。

 

 ――宇宙怪獣らしく、地球人類に対して一方的な殺戮行為をおこない続けていたのである。

 

 

 

 

 

「こちら桂木っ! 見失ってた迷子を今発見! これからソッコーで迎えに行って戻るからカートレーンを用意して―――はぁっ!?」

 

 少女のいる場所からほんの僅かに離れた道路で自家用車を爆走させながら、運転手兼所有者の葛城ミサトは備え付けの受話器に必要最低限度の報告をあげていた。

 緊急事態を盾に、受話器を叩きつけて旧友からの愚痴と一緒に通話を終わらせようという腹積もりだったのだが、実行する寸前に予想外のことを言われて素っ頓狂な大声を上げてしまう。

 

「ちょっと、それどう言うことなの!? 『もう一人の方は』別の誰かが迎えに行くから私は一人だけでいいって突っぱねたのはリツコ! アンタだったでしょうが!

 それが何? 土壇場で使徒見て怖じ気づいて逃げ出しちゃったから代わりに迎えをお願いって、幾らなんでも都合良すぎるでしょ! 給料分くらい真面目に仕事こなしなさいよね役立たず!!」

 

 最初の第一目標を見失った身で言えた義理ではないのだが、それでも先ほど再発見して迎えに行こうとしている人間と、待ち合わせ場所に留まったままであることを確認することしか出来ていない第二者の確保担当者とでは立場も条件も大きく異なってくる。

 

 相手としては不満やプライドを飲み下してでも旧友に頭を下げて頼むよりほか道はない。

 下手にでた所為で余計な約束を交わさせられてしまったが、自分の方にだって相手には多大な貸しがある。幾つかを帳消しにすることで収めさせることは不可能ではないはずだと判断した電話相手から詳細な位置情報が送られてきたので、運転しながら確認したミサトは狭い車内に激しい舌打ちの音を響かせた。

 

「“三番目の子”を拾い上げるため使徒の目の前を横切って、次のコーナーでは戦闘中の戦略航空自衛隊の真下を突っ切れだなんてプレのレーサーでも絶対にやらされない死ぬ確率の方が高いタイトロープね。貸し・・・デカく付くわよ? 覚悟しておいてね」

 

 顔をしかめて舌打ちしたそうにしているであろう友の顔を思い浮かべながら、予定どおりに受話器を叩きつけてから桂木ミサトはハンドルを握る手に力を込めて、威勢良く機嫌良く楽しそうな声で宣言してみせる。

 

「もう、こうなりゃ自棄よ! 行けるところまで行ってやろうじゃない! 毒食らって死ぬのも使徒に踏み潰されるのも戦略自衛隊に巻き込まれて死ぬのも全部一緒よ! 知ったこっちゃないわ!

 でも、もし生きて帰れたら絶対に車を弁償させてやるから、覚悟しときなさいよリツコーーーーーーッッ!!!!」

 

 ギュウウウウンッ!!!!

 

 アクセルを全力で踏みしめて車を加速させ、スピードを最大限までアップ。

 まずは最初の第一目標を拾ってクリアーするところから!

 敵に串刺しにされて空から落下中の間抜けな戦闘機パイロットの事なんて知るものか!

 

 

「うわぁっ!?」

 

 案の定、落下先に民間人の少年がいるかどうかも確認すること無く機体を爆発させないことのみに気を配ったパイロットは少年のいる目の前に機を不時着させてしまい、得物を仕留め損なった敵の追撃を受ける形で踏み潰され爆発四散した。

 

 ミサトに出来たのは爆発の前に車を滑り込ませ、爆風で生じるショックウェーブから少年の命を守り、高速で飛来してくるガラス片や瓦礫などに切り刻まれて彼の身体を一生消えない傷だらけになるのを防いでやるだけだった。

 

「―――か、はっ・・・。あなたは・・・」

「ごめーん、おまたせ♪」

 

 気楽な口調でなんでも無いことの様に言ってのけるサングラスを掛けた美女、桂木ミサト。

 彼女はそう言う女だった。

 

 

 

 

 

 そして同じ頃。

 もう一人の戦う女―――少女もまた生きるため、助かるため、生き延びるために逃げ隠れながら走っていた。

 

「ちぃっ!」

 

 建物の背後に回って負傷を避けながら舌打ちし、手詰まりになっている現状を心の中で激しく罵る。

 

 ガラスの張られた建物や、小さめの物体が少ない場所を選別しながら逃げ隠れ少しずつ駅から距離を取ってきてはいるものの、あまりに見境のない戦略自衛隊の攻撃手段に彼女は心底から辟易させられていたのだった。

 

「考え無しに撃ちまくる砲撃バカの癖して“戦略”とか、よく恥ずかしげも無く名乗れたな税金泥棒ども! 地獄落ちる前に去年死んだ婆ちゃんの元まで金返して来い!」

 

 家庭の事情により両親とは疎遠で、お婆ちゃん子だった彼女は本心からそう思い、そう罵った。

 本当に戦略自衛隊は“自衛”という漢字の辞書的意味すら理解してないバカの集まりなのか、巨人への攻撃に際して狙いを定めてから撃っているのかさえ不鮮明な発砲ばかりを繰り返していた。

 

 敵のドコが弱点で、ドコをどう撃てば動きを阻害できるのか?

 それらの敵情報すら集積せず分析もしないまま碌な作戦も戦術目標すら持つこと無く、ただ『出し惜しみせず撃ちまくれ』。

 

 そんな猪武者じみた特攻バカの集団が戦略自衛隊を指揮していて、ソイツらの考え無しな攻撃に自分が巻き込まれて身動きが取れなくなっているのが腹立たしい限りだった。

 

「逃げたいが、逃げられん・・・。どこに行きゃいいのか分からんし、そもそも此処からでた瞬間から四方八方危険地帯。マジでどうしたもんかねこりゃあ・・・・・・」

 

 盛大に溜息を吐いて上を見上げる。

 彼女が今いる場所は、駅近くにあった公園。そこに横向きで置かれていた時代錯誤な土管の中。

 

 あまり普段は気に掛けられないが、市民公園などの場所はいざという時の避難場所としても指定されており、周囲に倒壊の恐れのある背の高い建物や危険物などが設置されていない。 水道もあるし、広さもそれなりに確保してある。頑丈なだけで中身は空洞の旧式滑り台の下などは逃げ込み寺として一定の性能を有してもいる。

 

 が、それらはあくまで地震や台風などの『天災』を想定した防災策として設置された物だ。

 『戦争という名の人災』用に作られた兵器群の攻撃に巻き込まれた時などに、どれほどの効果があるかはテストしようが無いので判然とするはずが無い。

 

「せめて、攻撃が止んだら出ていこうかと思ってたんだがな・・・。引っ切りなしに撃ち続けさせるとか本気でなに考えてんだ? ホントの本当にバカなんじゃねぇのか?

 ・・・そのバカに命を握られてるとしたらマジで洒落になんねぇぞ、この状況・・・」

 

 今や冷や汗は一筋どころではない。顔中びっしり汗だらけで蒼白になりながら、震える手を動かし続けることで硬直だけは防いでいる窮状だ。そう長くは保たないのか、それとも保つのかすら判別する材料がない状況は精神的に来るものがある。

 早いところ何とか打開策が欲しいところだが、そんな都合のいいもん運良く振ってくる訳が無―――

 

 

「お?」

 

 見ると、道路の先から青色の乗用車が猛スピードでこちらに向かって突っ込んでくるのが視認できた。

 躊躇うこと無く即座に飛び出し、相手が車の扉を開けて「お待たせ!」の「おま」まで言ったところで車内に飛び込み、流石の葛城ミサトをも仰天させた。

 

「あなた・・・」

「早く出してください! ドコだろうと此処よりかは安全なことぐらい承知してますんで!」

 

 小気味よい返答に気をよくしたミサトは「捕まっていて! 飛ばすわよ!!」と言い放つと、宣言どおり法規則を無視した猛スピードで車をロケットスタートさせて爆走させて、遅れを取り戻すため躍起になって車を走らせる。

 

 安全が確認されてない中で頭を上げることは却って危険と判断し、飛び込んだときのままミサトの膝上で伏せた状態のまま歯を食いしばってやり過ごしていた少女は、スピードが落とされたからか揺れが収まり、比較的安全が確保されたのかと思って僅かに顔の角度を上げて前を見た。

 

 そこには車の助手席に座る一人の少年がいて、驚いた顔と瞳でこちらを見つめている。

 平凡な顔立ちと、優しそうではあるが気の弱そうな表情。

 どこか卑屈で他者に縋る様な色を宿した瞳が印象的な少年だったが、それより何より少女が彼を見て最初に抱いた印象が彼女にとっては一番“癇に障っていた”。

 

 

(・・・甘やかされて育った、頭んのなか年中お花畑の奴らと同じ空気を纏っていやがる・・・。

 差し詰め、“親に愛してもらえなかったから自分はこうなりました”とでも言い訳して自己正当化しながら生きてきたお坊ちゃんか。気に入らないな。親なんざ、当てにする方がおかしいってのに・・・)

 

 彼女はそう思う。この件に関して疑惑や疑問を抱いたことなど一瞬足りとも存在しない。

 

(愛情のない親は『飼育係』で『パトロン』だ。そんな常識は誰かに言われんでも自分で分かりそうなものだがな・・・。

 なんだって与えてくれたこともない奴に、いつまでも未練タラタラで期待し続けるのやら気が知れん。

 子供は親の言うことを訊くんじゃなくて、親のやることを真似しながら育つもんだ)

 

 心の中で罵りとも忠告とも付かない言葉をつぶやきながら、彼女の脳裏に浮かんでくるのは幼き頃に過ごした母の記憶と、一昨年に再会した父のこと。

 

 

 それは、夏が常態化したことで不定期になった雨が、予報どおりに朝から振った珍しい日の深夜のこと。

 

 

 

『ボクは・・・・・・』

 

 薄暗がりを保つ部屋の奥から、少女の声が聞こえてくる。

 シトシトと、外からは雨音が絶え間なく聞こえてきて、それ以外の小さな音を掻き消してしまう陸の孤島が生じた夜。

 

『セカンド・インパクトが起きた年に生まれたそうです。なんでも、今みたいな雨天でもないのにズブ濡れになり駆け込んできた若い女性のお腹から非合法な闇医者の手で取り出されたんだとか。

 災害救助のためそこいら中に臨時の治療所が立ち並んでいる最中にですよ? 明らかに何か事情がある患者だったのでしょうが、闇医者にとって患者は顧客であって救われるべき弱者じゃない。普通にお金をもらってオペを開始、安物の麻酔使って帝王切開。

 ・・・聞かされたときは正直言って、『よく母子ともに命が助かったものだなぁ』と感心させられたほどですよ。医者の腕が良かったのか、あるいは運命の悪戯か・・・。とにもかくにも『奇跡的な確率でボクたちの命は』助かりました・・・』

 

 ふうと、溜息を吐きながら視線を落とし右手を見る。

 思っていたよりずっと楽に刺し貫けた腸から吹き出た血に塗れた包丁の刃をジッと見つめて、飽きた様にタオルで軽く拭き取り適当な場所に置いておく。

 

 そして話を続ける。

 

『でもねぇ、古代の偉い人はこう言うんですよ。『奇跡には代償がつきものだ』と。そして、それは真理であり真実でした。

 母は助かりはしましたが、痛みと出産前にズブ濡れになってた事情から頭がおかしくなっていましてねぇ。最初の内は払ってもらったお金の分くらい養ってくれてた闇医者も金が切れた患者をいつまでも無駄飯ぐらいとして置いておく訳にもいかない。

 と言って、救うために手を尽くしてやった命だ。死なせるべき理由がないなら生かしてやろうとするのが人情ですよ。少なくとも自分の手で死なせる結果は招きたくない。後味が悪すぎますからねぇ。

 金が切れるまでに電話して家族が見つかるなら引き取りに来させる、そのくらいの労力なら掛けてやってもいいと思ってくれたんでしょうね。優しい人です。

 その人のお陰でボクは母共々、祖母の実家で今まで生きながらえてこれたんですから尚のこと有り難みが沸いてきます』

 

『ただ、残念なことにボクの気持ちは母と共有することが出来ませんでした。狂ってましたからねぇ、彼女は。毎日毎日同じ料理ばかり作って誰かを待ち続ける・・・そんな日々をボクは物心ついてから毎日毎日見せられながら生きてきました。

 何度も思いましたよ『この人は何やってるんだろう?』って。

 祖母に訊いても教えてもらえず、近所に住んでる人たちからは余所者扱いされるだけで何も教えてもらえない。同い年の子に『出て行け疫病神!』と罵られながら泥を投げつけられたこともありましたっけかねぇ。しばらく会ってませんが、彼は今も元気で過ごしているのかな?

 身体はマトモでも心がおかしくなるとどうなるのか確かめさせてもらった身として今更ながらに気になってきましたよ。今度帰省したときにでも見舞いに行ってやるとしましょう。きっと喜ぶ。――おっと、失礼。話が脱線しすぎましたね。元のレールに戻しましょう』

 

『ずっと不思議がってた疑問は、あるとき婆ちゃんちのあるド田舎村を黒塗りの高級車に乗って訪れてきた黒服サングラスの皆さん方・・・ほら、今この家に外に停まっている車の持ち主たちが快く答えを教えてくれて解くことが出来ましたよ。

 ――当時、お父さんは無駄飯ぐらい扱いされていた自衛隊の幹部で陸将補だったとか。相当に腐ってたそうですねぇ、それこそセカンド・インパクト発生当日に所在を部下にも教えないまま愛人と高級ホテルで密会を愉しまずにはいられないほどに。そのせいで出動が遅れた自衛隊が救えるべき命を捨てざるをえなくなった程に』

 

『その後、自衛隊そのものは国連軍に編入させられ、省から庁へ格上げされること議案は白紙に戻されたものの、代わりとして与えられた美味しそうな餌、固有の武力を持つ軍事組織「戦略自衛隊」として再編成されることにしてもらえた自衛隊上層部としては、なんとしてでも無かったことにしたい醜聞です。

 だからこそ、無かったことにされたのでしょう? お腹の中にいたボク共々母を利根川の水底に投げ捨てて死亡時刻を誤魔化し、セカンド・インパクトの時に犠牲者となった人たちの一員だったと見せかけるために』

 

 

『・・・母共々捨てられたことを恨みに感じ、今日まで復讐の機会を狙っておったという訳か・・・』

 

 部屋の反対から男性の声で彼女を、弱々しく非難してくるのが聞こえてきた。

 身体ごと振り返って目線を向けると、そこには縛られたまま汗まみれとなり、息も絶え耐えに自分の血を分けた我が子を睨み付けてくる逞しい中年の、腹を刺されて血を流して死にかけている姿が見つかった。

 

『別にお前たちのことを忘れていた訳ではない。毎晩の様に悪夢にうなされて、忘れたくても忘れさせてもらえなかったからな。部下に命じて現状を調べさせもした。だから知っておる。

 お前の母親は十年も前に死んでおるではないか!!

 十年も昔に死んだ女のことなど引き摺り続けて何になる! 何の得があるというのだ! 

 どんなに悔やんでも、惜しんでも、希ったとしても死んだ人間は生き返らん!

 死んだ人間が生きている人間に関わり合うとするならば、それは亡霊だ! 怨念だ! 悪霊だ! ゾンビでしかない! 生きながら死者に取り憑かれた半死人となるのだ!

 貴様はそんな、生きながら死んでいるのと同じ過去でしか存在できない生物モドキが生きている人間を殺す行為を『未練』の一言で正当化すると・・・そう主張する気なのか!?』

 

 血を吐く思いで口にした言葉は呪詛と、実際に吐き出した100ccの血液に満ちたものだった。

 娘に殺されようとしている親の方としては、この弾劾は正当なものであり相応の根拠と正しさと信念に満ちあふれたものではあったのだが、親を殺した娘の方は親の思いを共有してはいなかった。

 キョトンとした顔で驚いた様に縛られて動けない、自分が刺して死のうとしている父親の青ざめた顔を見直して『・・・いやはや、これは失敬』と、嘘偽り無く申し訳ない気持ちに溢れた謝罪を頭を下げながらおこなって返答とする。

 

『長話が過ぎたせいで勘違いさせてしまったようですね。これは完全にこちらの落ち度です。申し訳ありませんでした』

『・・・なに?』

 

 今度は父親の方が驚かされる番だった。言ってる意味が分からない。コイツはいったい何を言っているのだ?と疑問符を顔中に浮かべて自分を見つめる実の父に娘は淡々とした声で答えを返して、驚く父親を更に愕然とさせてしまう。

 

『実のところ母を殺したのはボクなんですよ。田舎でしたし、現場には当時まだ子供だったボクしかいなかったですのでねぇ。碌な現場検証も行われないまま突然死と認定されて葬式をおこない埋葬されました。

 地方紙の新聞にも載らないほど些細な出来事です。あなたがボクの書いた手紙を鵜呑みにして結果だけを判断基準にするのも無理は無い』

 

 愕然としたまま言葉を発することが出来なくなっている父親に、娘は薄く笑いかけながら。

『捨てた女とは言え、一度は愛し合っていたらしい女性の死だ。わずかでも未練があるなら会いに来てくれるかも知れません。だから母に恩返しするつもりで死なせてあげました。

 二度と戻ってくるはずのない男を待ち続けて苦しみながら生きるより、相手が生きているうちに最期ぐらいは看取ってもらえた方が母としても少しはマシだろうと思いましてね』

『お、お前はそんな理由で実の母を殺したというのか!?』

『少なくとも・・・』

 

 前髪を軽くかき上げながら、娘は父親を見下ろす瞳で続きを口にする。

 

『正気だった頃の母なら喜ぶだろうとは思いました。あなたと思い合った愛の証であるボクを死なせないため、ボロ雑巾の様になりながらも闇医者を探し当てて駆け込んで、おびき出すときに渡された手切れ金を全額払いまでした当時の母なら、どんな形であろうと最期の一瞬だけであろうとも、あなたが会いに来てくれた喜びを胸にあの世とやらへ逝けたのではないか・・・少なくともボクはそう思ってますし、信じてますねぇ。母のあなたへの愛情を』

『・・・・・・』

『あなたを殺すのも似た様な理由だ。

 ゼーレとやら言う年寄りどもから迎え入れる条件として試されているというのもありますが、それ以上に試してみたかった』

 

『当時、泥を投げつけながら詰ってくる羽虫同様にどうでもいい近所の子供を無視し続けてたら図に乗って、処刑ゴッコに付き合わせようとしたから半殺しにしても何の感情も沸いてこず。

 では、母親を殺すときと殺したときにはどうだったかと言えば、これも同じ。なんら特別な感情は沸いてこないまま、罪悪感も暗い喜びも何一つ感じることは出来ませんでした』

 

『ならば、もし。もしですよ? 本来ならば憎んで当たり前な存在である自分と母を捨てた父親を殺したりした場合には、復讐を果たした喜びくらい感じられても良いのではないか? 憎むべき父親を苦しませて復讐する愉しみに浸れるのではないだろうか?

 生まれてこの方「どうでもいい」としか感じたことのない憎むべき父親に憎しみの感情を抱くことが出来るかも知れない。――そう思ったからこそ殺しの条件で商談に乗ったんです。それだけの細やかでしょうもない、子供らしい屁理屈な理由ですよ」

 

 そう言って微笑む娘の横顔を、父親は心底から恐怖して見上げ。

 

『悪魔だ・・・・・・』

 

 種族的根源から込み上げてくる恐怖で罵った。

 

『お前は人ではない・・・人であるために必要となる「心」が欠けている! だから人間になれないのだ悪魔めが! 悪魔の子供めが! 「人として何かが足りないのに補おうとも思わない」ヒトデナシめ! 人で無き化け物め! 呪われろ! 呪われろ! 呪われてしまえ!

 そのまま一生、人になれぬまま人になろうとさえ思えないまま、人ではないヒトデナシとして生きて死んでいけぇぇっい!!!』

 

 最後の力を振り絞って放った父親の遺言は、娘の口元を楽しそうな笑みを浮かべさせるのに役立つことができ、その死は娘にとってもゼーレにとっても使い甲斐のある道具として再利用できた。

 

 

 

 

「――おめでとう。その様子だと、試練を無事に乗り越えられたようだね」

 

 外の車に戻ってきた少女を迎えるように、一人の小男が嫌らしい笑みを浮かべて語りかけてきた。

 

「年若いキミにとって実の父親を殺すというのが、どれほどに辛く苦しい試練であったか我々は理解している。承知している。キミの苦しみと痛みを分かってやれるのは、人に知られる訳にはいかない秘密の咎を背負わせてしまった私たちだけであることも含めて心に刻み込まなければならない罪業なのだと言うことぐらい分かっている」

 

「だが、それでも敢えて言わせてもらおう。“おめでとう”。これでキミはチルドレンに選ばれる資格を手にした。人類の未来を守るエリートパイロットになる道が開かれたのだ。

 我々ゼーレはキミを歓迎する。もう一人で悩む必要はない。苦しみを抱え込み、夜中に一人で過去を嘆く日々は終わりを迎える。――キミは今、ようやく救われたのだから・・・」

 

 怪しく慈愛に満ちた笑みは、神の下した許しのようにも、悪魔が人を破滅に誘う死の微笑みにも見えた。

 

 大局的に見たら、どちらも大差ないのかもしれない。と少女は思う。

 神の定義は曖昧だ。世界を滅ぼす大洪水からノア一族を救ってくれた正しき巨人にも見えるし、殺されたくなければ自分の定めた法に従えと脅迫してくる独裁者に見えなくもない。

 

 要は、見る人がその存在をどう定義するかなのだろう。彼女自身はそう認識している。

 「我思う、故に我あり」ではなくて「自分がそうだと決めたら自分の中ではそうなのだろう」という程度の、極めて狭い世界でしか通用しない概念の理解。

 

 人と人とを別物であるとし、同じにならないから「同じモノを共有してやる義務はない」とする絶対拒絶。

 

「――ところで、どうだったかね? 再会した父君は? キミにキチンと見送ることが出来ていたのかね・・・?」

「死亡時刻は24時56分。遺言を叫んでから二十分近く後に死亡を確認するまで生き続けていましたよ。さすがに若い頃は自衛隊きっての英才と言われただけある体力に感服させられてきたところです」

 

 好意に包んで答えづらい質問を投げかけた小男は、平然と答えてきて少女の返答内容に鼻白む。

 

「・・・随分と冷静なのだね。条件として提示した側の私が言うのはなんなのだが・・・今少し父君の冥福を祈ってあげても良いのではないかと思うが?」

「なにぶんにも家族を捨てて地位を得た父の娘ですのでね。蛙の子は蛙でしかない、そういう風に解釈して頂けると助かります」

 

 ごく普通の口調で淡々と返してくる少女の言葉に何かしらの反応をしよう年、目上である自分の目の前で足を組んで見せた少女の無礼さに口元を歪めて一瞬だけだが黙り込む。

 

「まぁ、いいじゃありませんか。所詮は小賢しいだけのガキの思いであり感傷です。あなた方、偉くて立派な大人が慮ってやるほどの価値あるもってわけでもないのでしょう?」

 

 沈黙の間隙を縫うようにして放たれた、少女からの“子供でしかないから暴言は無視しろ”という意味を込めた言葉。謙虚さを装う気持ちがあるのかどうかすら判然としないその態度に小男は。

 

(なるほどな。確かに蛙の子は蛙でしかなかった。コイツは計画の駒としては使い物にならない。適合は可能だが、不適格だ・・・)

 

 そう評価を改めて下しながら、少女に渡すはずだったモノとは別の書類を取り出して彼女に手渡した。

 

「キミにはエヴァンゲリオンのパイロットになるための訓練をうけてもらおうと思っている。ヒトの作り出した究極の汎用人型決戦兵器を扱って戦う戦士となるのだ。まさに人類を守る選ばれし者に相応しい役割だ。そうは思わんかね? キミも」

「・・・・・・・・・」

「もっとも、正規の手順で選ばれたパイロット・・・我々は“チルドレン”と呼んでいるのだが、彼らは選ばれる際にキミのような試練を与えられることはない。なんの苦もなく選ばれただけでエリートになれる連中だ。キミのように真のエリートとは違う。

 だから本物であるキミには、彼らが受けさせてもらえない訓練を受けてもらおうと思っているのだ。彼らとは違う、特別な存在であるキミだけに・・・・・・」

 

 誘うように、惑わすように、拐かすように。

 あるいは、『子供はこの程度のおべっかで図に乗る程度の存在でしかない』と、見下しきっているかのような声で男は言って手を差し出し、少女は微笑みを浮かべて差し出された手を握り返した。

 

 そして思う。

 

 

 ――――タラシめが。

 

 ・・・・・・と。

 

 

 

 そして、再び現在。

 

「――で、初号機はどうなの? 本当に動くの~? まだ一度も動いたことないんでしょ?」

「起動確率は、0,0000000000001パーセント。オーナインシステムとはよく言ったものだわ」

「それって、動かないってコト?」

「あら、失礼ね。0ではなくってよ?」

「そりゃまぁ、確率論に0はありませんからねぇ。“科学は絶対に不可能であると実証することは出来ない”とはよく言ったものです」

「・・・・・・」

 

 

「冬月、レイを起こしてくれ」

『・・・使えるかね?』

「死んでいる訳ではない。補欠と故障中、足して予備が使い物になるまでの時間稼ぎぐらいにはなる。・・・構わないな?」

『正直、嫌だと全力でお断りしたい気持ち満々なんですがねぇ・・・ここまで来てからじゃ遅すぎる。

 どう考えても、あのデカ物の狙いはコレだとしか思えませんし、この施設内から一人で出ることも出来そうにない。大人しく時間稼ぎ用の囮役をこなさせてもらうと致しましょ』

「よし。では、エヴァ量産型試作先行タイプの出撃用意だ!」

 

 

 

 鈴原トウジとの邂逅

 

「スマンなぁ転校生。ワシはお前を殴らないかん。殴っとかな、ワシの気がすま――っんぐっ!?」

「トウジ!?」

 

 バギィッ!

 

「・・・テメェ! なに不意打ちかましとんのじゃクソボケェっ!」

「あー、なんだったかな? 確か“悪いな在校生。私はお前を殴らないといけない。殴らないと私の気が済まないからだ”・・・これで良かったんだったか? お前が他人に殴られたときに納得できる理由の説明文は?」

「!! て、テンメェ・・・・・・っ」

「不服か? 足りなかったか? では、言い足してやろう。“妹が怪我したときに逃げ回ることしか出来なかった自分が悔しかったから八つ当たりで殴りました”“苦しむ妹を見ているだけなのが辛すぎて我慢できません。だから殴ります。八つ当たりのストレス発散で”・・・他にも色々取りそろえてあるが言って欲しいか? 一応教えておくとこれは挑発であって説明は既に辞めているけどな・・・」

「お、お、お前ぇぇぇぇぇぇぇ――――――――ぐほぇっ!?」

「自分は殴ったから蹴られるとは思ってなかったか? 喧嘩は拳でやるもんだから拳で掛かってこいと? 正々堂々、拳と拳で勝負だとでも? ――バカかお前は、アホらしい。

 殴るのが得意な奴が、殴るのが苦手な奴に同じ土俵で戦うことを強制しておいて何が正々堂々だ卑怯臭い。男らしさなど微塵も無い。

 “自分が一方的に正しくて相手が悪いから殴ってもいいんだ”と決めつけて掛かり、見るからに反撃できそうもない弱々しい見た目の奴を一方的に殴るのは男らしくないんで辞めてもらえませんかねぇ? スーズーハーラーさ~ん?」

 

 

僅かに未来のヤシマ作戦時

 

「・・・これで、死ぬかも知れないね」

「その覚悟もせずに戦場に来るバカな人間がいるのか? 是非とも会ってみたいねぇ。さぞや甘ったれた苦労知らずの坊や面したマヌケだろうから遠慮なく笑えてストレス発散になりそうだ」

 

 

 

主人公の簡易設定

 ナンバレス・チルドレン。番号がない、所謂『存在してはならない存在』。

 セカンド・インパクトの年に生まれた子供で適性を発見されたが、人類保管計画には適さない素体として、シンジたち本命が使い物になるまで守らせるために訓練を施された。

 『一人では生きていけないから補い合い、一つになる』のが目的である人類保管計画に合って、『欠けているのを自覚しながら補ってもらいたいと願う願望が無い』ことから正式なチルドレンから外された。使われない予定の子供、故にナンバレス(番号無し)。

 大人たちの都合で決めつけられた価値ではあるが、本人自体は番号も名前も識別用の記号としか思っていないため意味は無い。

 

 

搭乗するエヴァンゲリオン

 量産型試作先行モデル。後に渚カオルのデータを基にした無人エントリープラグで動かされることになる量産型の先行試作型。データ不足のため自動操縦ではなくパイロットが乗って動かす操縦形式が採用されている。無人でないこと以外は後に出てくる量産型とほぼ同性能。

 込められている魂は、主人公に殺された父のモノ。女ではなく男であるため、カオル用の量産型に憑依させている。

 目的は自分を殺した主人公を殺すこと。初めて搭乗したときに主人公は其れと察するが、別段気にすることはないまま乗り続けてしまう。

 ――死んだ後まで娘を恨んで亡霊となったのは父の方で、動き出した死人を『道具』としてしか見ていないのは娘の側という皮肉な親子関係しか作れなかった哀れで無様な員数外の存在。

 

 

主人公の原作キャラクターに対する評価

 

シンジ――「不幸に酔いしれて、何も変わらないでい続けるのは楽だろう?」

 

ゲンドウ――「いい年して不良を格好いいと勘違いしているバカなオッサン。大人というなら子供に対して本音ぐらい言え、アホくさい」

 

アスカ――「いい年してマザコン。以上」

 

レイ――「あまり酷いことは言いたくない存在。だから黙秘(要するに憐れみ)」

 

ミサト――「現状の危機を乗り越えるため次の襲撃では無力化してしまう策でも実行しようとする人。今日を生き延びるため、命日を数日先で確定させることに何の意味が?」

 

リツコ――「可能性だけ言い立てて無茶をゴリ押ししてやり遂げさせる結果論MAD」



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新世紀エヴァンゲリオン:闇 まごころの欠けた君に 2話目

エヴァ闇2話目です。今話は大して暗くなりませんでしたな。次回はがんばりたいです。(なにをだ?)


 少女と少年と女が運命と出会って移動していたのと同じ頃。

 国連直轄の組織、特務機関『ネルフ』本部は活気づいていた。

 

『目標に全弾命中! ―――うおわっ!?』

『チームリーダー、音信途絶! 以降はチャーリー2が指揮権を引き継ぐ!』

 

 

「総力戦だ! アツギとイルマも全部上げろ」

「出し惜しみは無しだ! なんとしてでも目標を潰せぇっ!!」

 

 現場から届く悲鳴じみた報告に、巨大な本部ビルのデスクに座す三人の戦略自衛隊高級幹部たちが怒声で答える。

 

 彼らは明らかに冷静さを欠いており、唾を飛ばしながら振り上げた拳を振り下ろし、命令しているのか喚き散らしているのか判別する価値もないと思わせる無様な醜態を晒しまくりながら戦闘指揮をおこなっていた。

 その理由は後に続く、ネルフのオペレーターからの現状報告に集約されていた。

 

 

『目標は依然健在。現在も第三新東京市に向けて進行中。

 “航空隊の戦力では足止めできません”!!』

 

 バキィッ!!

 

 幹部の一人が握っていた鉛筆を指の圧力だけでへし折った音が、飛び交うサイレンと報告による喧噪の中でもハッキリと後方に座って見守るネルフ司令官の碇ゲンドウには聞こえていた。

 新参の素人衆を指揮して敵と戦うために“戦闘のプロたちの仕事ぶりを見学させられて”いた彼は、幹部たちの座る特別司令官席よりも後方に位置するネルフの司令官席で腕を組みながら、傍らに立つ副司令官の冬月コウゾウと上官方の取り乱しようをシッカリと“見物”させてもらっていた。

 

「・・・やはり、ATフィールドか?」

「ああ。使徒に対して通常兵器では役に立たんよ」

 

 冬月から確認のため質問された疑問に碇は答え、心の中で一言だけ付け足した。

 

“だからこそ、彼らは税金の無駄を撃ち続けているのだろう”

 

 ―――と。

 

『・・・ダメです! 対艦ミサイルが直撃しても目標は掠り傷一つ負っていません!』

「なぜだ!? 直撃のはずだ!」

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆兵器もまるで効果なしか・・・」

「ダメだ! この程度の火力では埒があかん!」

 

 また机に拳を叩きつけて怒りを露わにする自衛隊高官。

 彼が先ほど発した一言こそ、彼らの嘘偽らざる本音である。

 

 

 ――敵に攻撃が利かないのは、今使った兵器の火力が足りていなかっただけで、自分たち戦略自衛隊は今なお国内最高戦力として健在である!

 

 ・・・彼らのヒステリーじみた言動は、ただただ自衛隊が手に入れた戦略の二文字を守り抜くため、有事の際の国防力として強化された地位と権限と影響力と特権とを死守するため。

 自分たちの存在は敵に対して『無意味ではない。無力ではない』『市民が払ってくれた血税を、掠り傷一つ付けられない豆鉄砲を開発するために費やしてきたわけではない』のだと証明したい。

 

 ――ただ、それだけだった。

 背後から見ている男の手前、何かしらの成果を上げてみせねば自分たちはおろか、戦略自衛隊から“戦略”の文字を没収されかねない。

 

 手に入れた物が失われる恐怖故に、彼らは撃たせる。敵に掠り傷負わせられなかった兵器と威力的には大差ない、『撃つだけ無駄だ』と素人でも明々白々なミサイルと名付けられた税金の塊を。

 

「・・・わかりました。予定どおり発動致します」

 

 やがて、彼らの執念を共有する総理大臣の決定が下された。

 来年度の選挙に向けた布石の一撃。戦略自衛隊にとっての切り札―――『N2兵器』の使用許可が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、まさか・・・」

 

 電子観測機を使えば、第三新東京市でおこなわれている戦闘を遠方からでも観察できる場所、完成途中に都市へと続く丘の上の道路のひとつに車を停車させ、双眼鏡で安全な場所から戦況を分析するつもりだった葛城ミサトの目論見は敵上空を滞空していた戦闘機群の一斉後退により敢え無く破綻させられた。

 

「N2地雷を使うわけぇっ!?」

 

 叫ぶが、遅い。

 「伏せて!」と、助手席で訳もわからぬままマヌケ面を晒していた学生服姿の少年の上に覆い被さり、爆風と衝撃から身を盾にしてでも守ろうとするのが精一杯で、あのままの姿勢だと問題あるから後ろの席へと移動していた少女のことまで気を配っている余裕は些かも存在してはいない。

 

 光が瞬き、遅れて爆発音が轟いて、最後にショックウェーブに襲いかかられ、レストアされたばかりで新品同様の乗用車は玩具のように風に煽られ転がされ、後ろへ後ろへと押し流されていった末にようやく立ち往生することが許された。

 

 ちなみに後ろの座席にいた少女の方は、N2地雷の『Nツ・・・』の部分まで聞こえた時点で耳を塞いでうずくまり、対ショック姿勢を取ったまま揺り動かされる車内の中でゴロゴロ転がっていた。

 心の中で何か思うことはない。そんな余裕は微塵も無い。とにかく今は生き延びられることを願うだけだ。

 

 

 

「――やった!!」

 

 ネルフ本部で喝采を上げる自衛隊幹部。

 表向きとは言え、2005年に政府で承認された第二次遷都計画の要である第三新東京市を吹き飛ばすしか『敵を倒す手段を持ち合わせない』軍事組織の幹部が自分たちだという自覚は今の彼らの頭にはない。

 ただ純粋に勝ったことを喜び、敵の脅威から日本が守られたことを祝福する、一兵卒レベルの思考で喜び勇み勝ち誇っていた。

 

「・・・残念ながら、君たちの出番はなかったようだな?」

 

 別の一人が身体ごと振り返り碇を見つめ、嫌味ったらしく言ってくるのをネルフ司令官は聞き流す。

 そして思う。“コイツらは、使徒が攻めてくる度に第三新東京市を吹き飛ばす防衛策でも立案して参謀本部に提出する気でもあるのか?”――と。

 

『衝撃波、来ます』

 

 彼の皮肉で無意味な思索は、オペレーターからの報告で画面を見上げる口実を得たお陰で中断させることが出来たのだった。

 

 

 

 

「大丈夫だったぁ?」

 

 ミサトが尋ねる。場所は再び車の停めてある道路。――正しくは、道路“跡”だが地図上表記では今現在もそこは道路となっているので道路と呼んで問題はあるまい。

 人は真実を求めるものだとしても、社会が求めるのは政府が記載し登録した記録と表示だけなのだから。

 

「・・・えぇ・・・。口の中がシャリシャリしましゅけど・・・」

 

 少年が答えた。

 爆発の際に口をしっかり閉じているより、頭頂部から圧迫してくる二つの柔らかく巨大な肉塊に気を取られてしまった思春期少年に相応しい相応の末路が声にあらわれていた。

 

「そいつは結構。――じゃあ、いくわよ? せーの!!」

 

『んーーーっ!!!』

 

 グッと、力を込めて背中から押し、立ったまま戻らなくなった車を水平位置に戻すため一人の女と一人の少年は出会って最初の共同作業に力一杯従事する。

 

「ふぇ~・・・、何とか戻せたわぁー・・・。どうもありがとう、助かったわ」

「いえ、ボクの方こそ。葛城さん」

 

 オバサン臭い息の付き方をして、葛城ミサトは隣に立つ少年に声を掛けつつ礼を言い、言われた相手である少年は対照的に大人びた礼儀正しさで感謝をし返す。

 

「ミサト・・・でいいわよ。あらためてよろしくね? 碇シンジくん」

「――はいっ」

 

 ほんの僅かに声を弾ませながら答える『碇シンジ』と呼ばれた少年。

 サングラスを外しながら颯爽と返してきたミサトは美人であり、画になる構図ではあったが、一方で彼らの周囲は砂だらけ廃車も一部が吹き飛んできているなど『機械墓場』じみた空気を醸し出していたのも事実ではあったので、この場に客観的視点を持つ第三者がいた場合には滑稽なものとしか写らなかったことであろう。絶対にだ。

 

 

 なにしろ、“第三者として居合わせてしまった彼女の目には”彼らの姿が嘘偽り無くその様にしか写っていなかったのだから――――。

 

 

「三流ドラマの定番じみたやり取りしてないで、持つの代わってくれませんかね? 結構重かったんですよ、コレ・・・」

「うわっ!? ビックリした・・・気づいたら居なくなってたと思ったら、今までどこ行ってたのよ貴女? ―――って、あら?

 それって、もしかしなくても非常時に使う車のバッテリーなんじゃあ・・・」

 

 言われて少女は、ドシャッ!と音を立ててミサトの前にソレを置く。

 三つの予備バッテリー。

 自分とシンジが肉体労働に励んでいた頃、彼女は頭脳労働とばかりに近くに吹き飛ばされてきていた廃車か、廃車になり掛かっている誰かのマイカーから掻っ払ってきていたらしい。

「・・・国際公務員の権限乱用して徴発してくるつもりだったのに、先を越されちゃったわね。――念のため聞いとくけど、よかったの?」

「――――フンッ!」

「うわっ! その『お前が動かないからやってやったんだ感謝しろ』的、上から目線で鼻息吐くの腹立つガキだわー」

「冗談です」

 

 それだけ言って、一瞬前までの偉そうな態度と表情はナリを潜め、代わっていつもの不貞不貞しいポーカーフェイスな表情に取って代わられる。

 

「オレとしては、一秒でも早くここから離れられるなら何でも良かった。もう一度アレを食らった後に、今と同じで存在できてる保障はないですからねぇ。

 とっとと逃げるため、使える物を廃品回収してきただけです。こんな所に置き去りにして盗まれる方が悪い。

 被災地で盗みや盗難が多発しやすいのは周知の事実なんですから、盗難防止策は徹底しておきませんとね」

 

 悪びれない少女の言いようが妙に気に入ったらしく、ミサトは楽しそうな笑い声を上げて彼女を見つめ、次いで忘れていた自己紹介の続きを再開させた。

 

「丁度、自己紹介しあっていた所だったのよ。私は葛城ミサト。で、こっちが碇シンジくん。

 ――あなたは?」

「『尾形ユリ』です。呼び方はご自由にどうぞ。

 名前なんて親が子供の了解もなしに勝手に決める記号なんで興味ないですからねぇ。あだ名でも略称でも蔑称でもお好きなものを選んで勝手に呼んでください。返事したくなったらしますので、どうぞお好きなようにテキトーに」

 

 ユリの言葉を聞いた二人はそれぞれ親に対して蟠りを持つ者であったため、若干ではあるが表情をしかめる。

 とは言え、相手の口調から見ても声音から見ても、悪意が無いのは明らかだったため頭を振って割り切って、ミサトはユリにお願い事を申し入れた。

 

「・・・それじゃあ、ユリちゃんね。あなた機械関係は得意かしら?」

「得意と言えるほど大した腕じゃありませんが、少なくとも下手ではないレベルですかね」

「じゃあ、バッテリー接続するの手伝って。動けるようになったら直ぐ本部に向かうわよ」

 

 了承し、比較的スペースのある後部座席へと非常用バッテリーを持って運んでいくユリと応急処置に勤しみ出すミサト。見ていることしか出来ない得意科目のない平々凡々な男子中学生シンジ。

 

 

 

 三者三様で回り始めた運命の歯車は、今、ネルフ本部地下の作戦司令室で加速を始める。

 

「冬月、お荷物なお客様方がようやくお帰りになってくれた。ここからは我々が今作戦の指揮権を引き継ぐことになる」

「やっとかね。やれやれ、肩をこらされる連中だ・・・しかし、国連軍もお手上げのこの状況を我々だけでどう捌くつもりなんだ?」

「初号機を起動させる」

「初号機をか・・・しかし、パイロットがいないぞ?」

「問題ない。もう一人の予備が届く」

 

 冷然とした口調で、葛城ミサトが油塗れになって届けようとしている碇シンジという名の『自分の息子』を物であるかの様に言い放つ。

 

 そして、息子に対して言ったとき以上に冷たく感情のこもらない、『使い捨ての道具』について思い出したような口調でこう付け加える。

 

「・・・もし、仮に予備が即戦力として使い物にならなくても、彼女が目覚めるまで死なせさえしなければ勝てるさ。なにひとつ問題はあるまい」

「なるほどな。その為に彼女を“ついで”として呼び寄せた訳か」

「ああ。本命にはなんとしても生き残ってもらわなくてはならないからな。その為にも敵を引きつけておく囮役の餌は必要不可欠だからな・・・」



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機動戦士ガンダムOO「誰かが変革をもたらさなくてはならないとしたら…」

昨日(今朝早朝?)になんとなく書いて他の方に送った自己満作品ですが、諸事情あって今日は予定してたほど書けなかったですし寝る前に一作だけでも出しときたいと思いださせて頂きました。

ガンダムOO×「紺碧の艦隊マイントイフェル」コラボ作品です。
イノベイター側に彼が混じっていたらのお話。即席なので会話だけの作品です。


リジェネ「ソレスタル・ビーイングの復活を予言し、それを逆手にアロウズの権限拡大を図る、か。これは君の考え? それともヴェーダ?」

リボンズ「さぁ? どっちかな…」

リヴァイブ「ともあれ、そろそろ僕たちの出番となりそうですね」

リジェネ「…リヴァイブ・リバイバル…」

リヴァイブ「すでにガデッサもロールアウトしています。出撃命令をくだされば、すぐにでも」

リボンズ「それには及ばないよ、リバイバル。例の作戦は“ある者”に頼んであるからね」

リジェネ「ある者?」

リヴァイブ「デヴァインですか? それとも、ブリング?」

リボンズ「人間だよ。ある意味、その枠を超えてるけどね・・・」

 

 

コツコツコツ……

 

?「それはそれとしまして、我らも覚悟を決めておくべきかと存じますが?」

 

リジェネ・リヴァイブ「!?」

リボンズ「…君か。呼んだ覚えはないが、何か御用かな? 雇われ作戦参謀顧問殿?」

 

?「無論、職務を遂行しにまいりました。小官は軍人であり、一軍人に過ぎぬ身であります。それ故に細やかとは言え、与えられた職務を疎かにする訳にはいきませんので」

 

リボンズ「…よろしい、わかった。話を聞こう。―――要件の内容は?」

 

?「大したことではありません。事を始めるに当たり、世界人類の上に君臨する者として皆様方にも覚悟を決めておいていただきたい。そう申し上げに来ただけであります」

 

リジェネ「覚悟?」

リヴァイブ「はっ。何を言いだすかと思えば今さら…世界が犯した罪を背負い清算する覚悟なら、とっくの昔に済ませてある。その程度のことキミも承知済みのことだろう?」

 

?「無論です。その程度の通過儀礼を今更蒸し返すつもりは毛頭御座いませんので、ご安心ください、お二方」

 

リジェネ・リヴァイブ「っ!!」

リボンズ「・・・・・・」

 

?「小官が皆様方に求めているのは他者を切る覚悟ではなく、身内を切る覚悟です。

すなわち軍事介入においては一罰百戒を以て当たり、任務失敗には地位身分所属を問うことなく厳罰を以て遇する事。

また、これは当然イノベイター勢力の最高責任者であらせられるリボンズ・アルマーク閣下にも該当し、例外はないと言うこと。この二点です。

世界を次のステージへと誘う聖戦において指導者が身を切る痛みを恐れていたのでは、過去に実在した独裁者どもの醜悪なカリカチュアを演じるだけになりかねませんのでね」

 

リボンズ「…君の言い分は、人間の学生たちが学校の授業で習わされる初歩的なマキャベリズムとやらの講義のようだね。人間らしく実に野蛮だ、美しくないよ。僕の美学にも反している…」

 

?「初歩なればこそ、永遠の真理です。人類の歴史が始まってよりこの方、覇者の覇道は敵以上に身内の犠牲をこそ生贄として求めてくるもの。敵の穢れた血に塗れながら、味方の生鮮な血では穢されていない白い手の覇者など実在しません。何卒ご承知おき頂ければ幸いに存じます」

 

リボンズ「…中々に卓見だが、君自身にもそれは当てはまる覚悟をした上での発言なのかな? 僕たちイノベイターが君たち人間を管理するための戦いで君が敗れた場合、君自身が僕たちのために自らの血を捧げる覚悟をしてあるとでも?」

 

?「作戦失敗は責任者が責任を負うべきものです。――が、より多くの責任が現場にあるのもまた事実。どうかその際に於きましては、ご存分に…」

 

リボンズ「――ちっ。もういい、話はわかった。下がってくれ。これから僕たちは作戦会議を開く必要がある。失敗しないで勝つための作戦を考えるのに必要な会議がね」

 

?「まさに御慧眼であります。では、小官はこれにて。(サッと、右手を掲げてUターン)

 

コツコツコツ・・・・・・。

 

リジェネ「…リボンズ、以前から思っていたことだけれど彼は一体なんなんだい? どうにも得体が知れない不吉さを感じて仕方がないのだけれど・・・」

 

リヴァイブ「それに、我々イノベイターさえ見下したようなあの目付き…気に入りませんね。まるで、自分以上の能力の主はこの世界にいないと信じ切ってるような傲慢さだ」

リボンズ「人間だよ。不要な人間同士を噛み合わせて処分するには最も適した人間…いや。――ある意味、人間の枠にも収まらない人以下のクズと呼ぶべきなのかもしれないけれど…」

 

コツコツコツ……

 

?(自らを新人類と称し、世界と人類に犠牲を強要しながら、愛する者の血を革命に捧げる覚悟すらできず…か。私の生きた時代と異なる大戦を経た後の世界でさえ、あのような者が世界を我が手にせんと過ぎた野心に身を焦がす。いつまで経っても人は変われぬ生き物だな。――やはり誰かが変革をもたらしてやらなくてはならんか…)

 

 

ワルター・G・F・マイントイフェル「人類が次へと至る階梯を昇るのに戦いと犠牲が必要不可欠だとおっしゃるなら、まず自分たちで範を示すべきでしたなイノベイター。殺すばかりで殺される覚悟が無いのでは、今までの戦争と何ら変わり映えしないと言うのに…。

所詮、彼方がた“優秀に作られただけの人形”に変革戦争は荷が克ち過ぎるのだ。せいぜい劣等人種らしく、ソレスタルビーイングとやらいう同族相手に潰し合い戦争でも挑んでおられなさい。同族嫌悪しかできないバカどもへの目暗ましには丁度いい遊び相手となるでしょうからな…クックック」

 



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転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。

仲の良いユーザー様に相談させて頂いた結果、前から書きたいと思っていたいくつかの作品を簡易的に書いてみようと思いましたので書いてみました。一作目です。

転生憑依パプティマス・シロッコがガンダムSEEDの世界に生まれ変わっていたらと言う設定の作品。そのセリフ集です。
1から考えて書いてくと滅茶苦茶時間かかりすぎますので、他のも書きたい今は概要だけの今作でご容赦くださいませ。


パトリック・ザラ

「なに? ラクス・クラインらが・・・? ハンッ! けざかしいことを・・・。

 構わぬ、放っておけ。こちらの準備も完了した」

 

「思い知るがいい、ナチャラル共。この一撃が、我らコーディネーターの創世の光とならん事を! 発射―――――っ!!!」

 

ラウル・クルーゼ

「フッ・・・(愚かだな、パトリック。憎しみに満ちた破壊の光で生み出せる物など、死体の山と廃墟しか存在しない子供でも分かる理屈すら解せなくなるとは。

 そうなるとアレはシロッコが造った物ではないと言うことか・・・)」

 

 

パプティマス・白ッコ(転生主人公)

「おいおい、そういう友達甲斐のない出来の悪い冗談はやめてくれクルーゼ。

 あんな薄らデカいだけで金ばかり食らう代物を、この私が手掛ける訳がないだろう? なにしろ、私の美学に反すること甚だしい代物だからな」

 

クルーゼ

「ハハハハ、すまないシロッコ。少々確かめたくなってしまったのでね。気分を害したなら謝罪させてもらう。(・・・やはりシロッコではなかったか。だとするなら誰だ?

 かつての私がシロッコと出会う前に考えて破棄した計画を引き継いで継続させている・・・?

 一体どこの誰が何の目的で、あのような絶望だけで練り上げられた計画を・・・)」

 

 

ディランダル

「(ふっ・・・すまないね、ラウ。

 君はいい友人だったが、君が親友と呼んでいる人物と私は、共に同じ天を仰ぐことができない定めにあるようなのだよ。

 君が私ではなく彼を選ぶとするならば、進む道が違えてしまうのもまた定めというもの。これも運命だと思って受け入れて欲しい。君には感謝している。

 ありがとう我が友よ。そして―――さようなら)」

 

 

 

ラクス・クライン(エターナル艦長)

「ザフトは直ちにジェネシスを停止しなさい! 核を撃たれ、その痛みと悲しみを知るわたくしたちが、それでも同じことをしようというのですか!? 撃てば癒やされるのですか? 同じように罪なき人々と子供を?

 これが正義と? 互いに放つ砲火が、何を生んでいくのか? まだ分からないのですか!? まだ犠牲が欲しいのですか!? わたくしたちは―――」

 

 ピーッ! ピーッ! ピーッ!!

 

「モビルスーツ接近! ブルー52、チャーリー!」

「あっ!?」

 

白ッコ

「君の歌は嫌いではなかった・・・だが、乱戦の中オープンチャンネルで演説をしながら戦争を指揮する今の君は、リリー・マルレーンよりも尚不愉快だ!

 戦後世界を主導するのは女であるべきだが、その意思を持たないまま戦いに身を投じた君では余計な争いを生むばかり! 悪いがここで舞台の上から退場してもらおう!」

 

 

オリジナル会話・シロッコとクルーゼ

 

クルーゼ

「・・・まさか人類が本当に、私が手を下さなくてもここまで来てしまうとはな・・・。もはや我々だけでは戦いを止める術がなくなってしまったようだ。これからどうする、シロッコ。

 いや、この状況下まできて我々に出来ることはあるのだろうか・・・?」

 

シロッコ

「事態は最初から見えていた。戦いを止めるだけなら簡単だ。問題はその後のことだからな・・・」

 

クルーゼ

「なに? どういう事なんだシロッコ。きちんと分かるように説明してくれないか?」

 

シロッコ

「もちろんだ。――まず、戦いの止め方だが・・・これは至って簡単な作業で済む。連合とザフト、双方のトップを殺すだけでいい。

 それだけで戦闘は終わるし、双方の和平派、平和論者達が即座に動いて政権を奪い取るだろう。ただ其れだけのことで終わるのが、この茶番じみた戦争ゴッコなのだよ、我が親友」

 

クルーゼ

「おいおい、シロッコ。さすがに其れはあり得まい? これは国の総意によって始められた戦争であり、互いの国の国民達は敵に対して憎しみを抱き、愛すべき者達の仇を討つ為、核をこれ以上撃たせぬために戦っているのだから、そう簡単には・・・」

 

シロッコ

「ふ・・・。君は今、総意と言ったがなクルーゼ。この戦いについて互いの国の国民達が何かを思ったことが有っただろうか? 考えたことが有っただろうか?

 一体何故こんな戦争をやっているのか? やらされているのか? やらねばならなくなっているかを本気で考えたものが一人でも存在していたことがあったのだろうか?」

 

クルーゼ

「それは・・・」

 

シロッコ

「ありはすまい。誰もが皆、似たような言葉を繰り返し合うことしかしないで行ってきた戦争なのだからな。『今は戦争なのだから仕方がない』――と」

 

クルーゼ

「・・・・・・」

 

シロッコ

「もっと言うなら、『撃たれたから撃ち返す』『撃たなければ撃たれる』『ナチュラルだから』『コーディネーターだから』と、誰もが敵を殺すのを敵のせいにして自分自身の悪意を希薄化して戦っている。

 憎しみと恨みから、自分の意思で敵国の人間を殺したいと思っている気持ちに言い訳しながら撃っているから、人を殺しているのだという自覚が沸きづらいのだよ。

 自らのエゴで人を殺そうと思い、引き金を引くときに命を奪う責任を自分以外の他者に押しつけていたのでは戦闘だけ終わらせても戦争が終わらせられるはずがあるまい?

 私が自分の手で行動を起こそうとしなかったのは、実にこれが理由なのだ我が友よ・・・」

 

 

 

シロッコ

「そもそも、この戦争は何をやりたいのかがまるで見えてこない。それが一番の問題だと私は思っている」

 

クルーゼ

「と言うと?」

 

シロッコ

「考えてもみたまえ。ザフト軍はもともと、植民地コロニー故に固有の武力を持たなかったプラントが地球に対して対等な地位を得ようとして設立されたものだったはずだ。そして核を撃たれ、その報復も兼ねて核を封じることが出来るニュートロン・ジャマーを地球中に散布した。ここまではまぁ、理解は出来る。

 新興の弱小国家が背景となるべき武力も持たずに宗主国に対して対等な立場で交渉を求めたとしても受け入れる理由が相手側にあるとは思えんからな。使うかどうかは別として、あの時点でプラントに軍事力は最低限必要不可欠だっただろう」

 

クルーゼ

「ふむ・・・。当時の私は君とで会う前でテロメアの進行を遅らせる薬を渡されてもいなかったが故の絶望に支配されていたから、そこまでは考えなかったが・・・言われてみると確かにおかしな点が多すぎる。

 そもそもザフト軍は『プラント防衛』を理念として設立されたもの。それが何故今、敵国の領土を半分以上支配して総力戦をやっている?

 なぜ、対等な自治権獲得の為の戦争が敵種族の根絶などと言う民族浄化じみた時代錯誤な蛮行にまで発展してしまっているのだろうか?

 私に言うべき資格がないのは分かっているのだが、冷静になって考えてみると不可思議な要素が散見しすぎて疑問を持たざるを得なくなってしまう・・・私と同じで寿命に恐怖する必要のない普通の人々が一体何故ここまで・・・・・・」

 

シロッコ

「私が思うに、人々が理性ではなく、感情だけを基準にして物事を考えてしまうようになっていたからではないかな?」

 

クルーゼ

「感情で・・・考える?」

 

シロッコ

「あるいは、心という美辞麗句で包んだ感情論でと言うべきか。

 自分と異なる相手を動かす為には心に届く言葉が必要だが、現行の指導者達は感情を煽ることしかしていない。

 その点ではパトリック・ザラとムルタ・アズラエル、ラクス・クラインの三者に違いはあっても差は存在しない。誰もが皆、曖昧な理想を唱えるばかりで具体性のある明確な未来のヴィジョンを示すことが出来ないままなのだ。

 だからこそ誰もが未来に不安を覚えて、過激な主張を叫ぶ指導者を喝采してしまう。感情だけで動いてしゃべる愚か者達に共鳴して戦火を拡大するだけの現状になってしまっているのだよ」

 

「誰もが理性ではなく感情によって判断と選択を行ってしまうようになり、感傷に基づいて賛成し、生理的反感によって反対する。

 この戦争が本当にコーディネーター、ナチュラル、どちらかの未来にとって有意義であるのか否かの議論は置き去りにしてな。

 一部を除いて、賛成する者も反対する者も相手の愚かさを罵倒するだけで、説得に手間暇時間をかけようとしなかった。これでは正常な判断力など保てるはずがない。

 そこをパトリック率いるタカ派の最右翼、アズラエルを盟主とするブルー・コスモス思想に付け入られて利用された」

 

「確かに戦争は誰にとってもイヤなものだ。やりたくて人殺しをしに来る変人は0でなくとも、多くはあるまい。

 だからと言って、「非道だ」「イヤだ」「やめよう」と叫ぶだけなら子供でも出来ること。自分の思い描く平和な未来を具体的に語って聞かせて理解を得られなければ、どんな正論も理屈の域を超えることは出来ないだろう。理屈で人の心は動かない・・・。

 自分の意思で選んで考えて、行動して判断する。人間として当たり前のことをしなくなった人間は、人の形をした国家の道具に成り下がるしか道はないというのに」

 

「個として強力すぎてしまうから、『人は一人では生きられない』と言う基本さえ忘れられてしまっている・・・。

 この世界の二大人類のひとつ、コーディネーターを生み出したジョージ・グレンもつくづく罪な業を人類に課してくれたものだな――」



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我もまた、ツインテールになります!

大分前に書くつもりで書かないうちに忘れ去ってた作品を思い出したから書いてみたシリーズとして、『俺ツイ』二次創作の投稿させて頂きました。

主人公は、TS転生ドラグギルティ。色々混ざってる作品ですがよければどうぞ~。


「ブレイクレリーズ!!」

 

 猛者が、征く。

 二つに揺れるツインテールを縁として、世界と人との絆を断ち切らせまいと強大なる存在へ向かって直走る。戦友たちと共に只進む。

 

 すべては皆、戦友たちのために。戦友たちと共に歩む未来のために。

 

「ドラゴニック・ブレイザ―――――――――――ッ!!!!」

 

 神々しさすら抱かせる幼女の叫びが勝ち鬨となって天へと至り、定めを変える。

 神の定めし裁きの決定は覆され、戦士たちは皆、己の在るべき場所へと還っていく。

 居るべきではない世界から、居るべき場所へ。

 終わりを迎えた物語の外伝は、続編の主役たちのため踏み石となれた事実を誇りとして。

 戦士たちの魂は、戦死者たちの招かれるべき土地へと帰還していく。

 

 

 それを、悲しいとは思うまい。命の定めとは、そういうものだ。

 

 だが、しかし。

 

 

「ドラグギルティ。来世・・・・・・逢おうぜ」

「テイルレッドよ。お前がツインテールを愛する限り・・・・・・そのようなこともあろうな」

 

 

 最後の最期に共に戦えた戦友の未来に続く勝利のため。

 

 ―――永久の別れ際まで『戦友(とも)』と呼ぶことを許されない己が運命だけは呪わしく感じてしまうがな・・・・・・。

 

 

 

 やがて、我もまた光の粒となりて天へと昇り、還っていく。一時だけの共闘が終わり、心地よい夢が終わりの朝を迎える。

 

 我が消え去る最後の瞬間まで背中越しに感じ続けた戦友の顔は、そのとき笑っていたのだろうか? 苦笑していたのだろうか?

 

 あるいは―――――もしかしたら―――――あのとき彼女が浮かべていた表情は――――

 

 

 

「――俺、戦い続けるよ。この世界のツインテールを守り抜く、その日まで」

 

 

 

 ―――戦友を見送る友人として、我らとの再会を祈ってくれる親友の顔をしてくれていたのかもしれないな―――――。

 

 

 

 

 

 

 

『・・・ドラグギルティ・・・ドラグギルティよ・・・・・・』

 

 ――む? ここは一体・・・? 何も見えぬ。

 見渡す限りの“無”に彩られた見知らぬ地平で一人目覚め、我は戸惑う。

 

 何故なら、あのとき確かに我は役目を終えて消えたはず。もとより願望が形を得た者、思念体でしかないエレメリアンである我にはエレメーラを使い果たした後に存在を保つことなど不可能なはず。其れなのに何故、我は今このような場所でまだ・・・・・・

 

『落ち着くのだ、ドラグギルティよ。私はお前のツインテールだ』

「我の・・・ツインテールだと!?」

 

 馬鹿な! その様なこと、起きうるはずがない! 

 人間ならまだしも、エレメリアンの我にその様なモノが生まれるはずがないではないか!

 

『お前はエレメリアンのまま、自らをツインテールになろうとしたが、人間にはなろうとしなかった。何故だ?』

「それは、我らエレメリアンが人間とは別の種族だったから・・・」

『違う。お前は只、罪悪感に苛まれていただけだ。

 かつて滅ぼした世界で一人の戦士と出会い、正々堂々決着をつけたいと望みながら役割を選んだその時からずっと罪の意識を感じ、自分自身の可能性を狭めてきた。自らの願望を、欲望を抑え続けながら生きてきた。己に其れを望み叶える資格はない、と。

 人は其れを諦めと呼ぶ』

「・・・・・・諦め・・・・・・」

『だが、お前は今、肉体を失ったことでその支配から逃れられた。今なら、まだ間に合う。

 征け! ドラグギルティよ! 立ち止まり待つだけで与えられる結末などに価値を認めることなく、己の可能性を信じて歩み続けるがいい!

 何故ならお前はドラグギルティ!! エレメリアンでありながら人との絆を! ツインテールを! 魂のつながりを結ぶことに成功した只一体の・・・只一人のエレメリアンなのだから!!」

「おお、おおぉぉ・・・・・・オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!」

 

 雄叫びと共に我は覚醒し、そして消え失せ消滅する。

 この邂逅が消え去る寸前、瞬きの間に見せられた永遠に時を止まらせることなく歩み続けるため、己に残された最後の一欠片を宇宙の彼方の何処かへと放り投げ、幾星霜の可能性の海を漂う果てに此処とは似て非なる別の地球で運命の訪れを待つ戦友の下へ流れ着いてくれることを願い縋った、ほんの僅かな一縷の希望を託すだけの行為だったと知る余裕もないままに我は欠片も残さず消え去ったのだ。

 

 

 戦友との再会を信じ、戦友と再び轡を並べて戦い合い、今度こそ衒いなく親友とツインテールの素晴らしさを語り合える。

 そんな夢幻がごとき都合のいい妄想を、願望を、欲望を願い、祈り、信じながら我という存在は消えていく。

 

 ―――友と笑い合う幻の景色を夢に見ながら、今度こそ本当に最後の別れ―――を―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁ・・・・・・」

 

 俺、観束総二は記念すべき高校生活初日の放課後、自宅が経営している喫茶店『アドレシェンツァ』で遅めの昼食を摂りながら頭を抱えて、後悔の海に沈み込んでいた。

 

「・・・何であんなこと書いちまったんだ・・・」

「まぁ、そうね。ツインテール部はないわよねぇ」

 

 正面の席に座って注文したカレーをかっ込みながら、幼馴染みの少女、津辺愛香が呆れ顔で言ってきて、馬鹿にしたような仕草で胸を張る。

 

 自覚しないままやってるらしいけど、絶望的なまでに無い胸板が今の俺の心と同じにワビサビを感じさせてくれて、ちょっとだけ安心してしまった。

 

 

「うむ」

 

 そして、同じ席に座って愛香と俺を等分に眺めている『もう一人の幼馴染み』である少女、路理野竜姫も胸の前で腕を組んで愛香に同意するように何度も何度もうなずいている。

 

 座ると床に届かなくなる足先が所在なげにブラブラ揺れてるのが見えて、こんな時だけどこいつの身長問題がちょっとだけ頭をかすめてしまった。・・・小学校高学年になった辺りで止まっちまったもんな、こいつの身長・・・。

 いっぱい食べたら伸びるかもしれないし、母さん早く帰ってきてコイツに美味しいもん食わせてやってくれー。

 

「入学初日のアンケートで、希望する部活動の名を署名する欄に『ツインテール部』と記入して提出するとは・・・・・・ツインテール愛に満ち溢れた偉業と呼ぶより他あるまい!!」

「なんでよ!?」

 

 愛香が竜姫の言葉の途中で立ち上がって怒鳴りつけた様に見えたけど、俺はツインテール愛を理解してくれる幼馴染みの言葉が嬉しくてそれどころではいられない!

 

「だよなぁ!? お前ならわかってくれると信じてたぜ竜姫!」

「総二は黙ってて! 今あたしは竜姫と話をしているんだから!」

「うむ! 見事であったぞ観束! 我は主と幼馴染みで在れたことを誇りに思う!」

「竜姫も黙って人の話を聞きなさいよ!?」

 

 幼馴染み二人の内、俺と同じくツインテール馬鹿の竜姫が参戦してくれたことで勢力バランスが崩れた。今や俺たちの方が優勢だ。

 と言っても、ツインテールは競い合うべきものなんかじゃないから俺としては勝ち負けには拘りたくない。出来れば愛香にも、垂らした自分のツインテールに相応しい髪型への愛の語らいに参加して欲しいと心から思ってるんだけど、なぜだかいつも拒絶されてしまう。ホントに不思議なこともあるもんだ。

 

「竜姫だって見てたでしょうが! コイツのあの愚行を! バカ発言を!

 会長のツインテールに見惚れてフラフラしながら教室戻って、会長とは似ても似つかない完全に無関係な先生から渡されたアンケートに『ツインテール部』なんて書いて提出して『新設希望ですね~?』とかみんなの前で言われてクラス中から笑い者にされてた醜態っぷりを晒してたのよ!? そんな奴のどこに褒めるべき要素があるってのよ!?

 こんなツインテール馬鹿は、どこを探したって他にはいないんだからね!?」

「・・・やめてくれ、愛香・・・。せっかく持ち直した心が今ので折れ砕けて死にかかってるから・・・」

 

 竜姫が絡むとなぜだか俺への攻撃がパワーアップする愛香の不思議は、止まることを知らない。年齢が上がって高校生になったら落ち着くと思ってたのにまだダメなのか・・・一体、いつになったら俺の心に平和は訪れてくれるんだろう。

 

「如何にも。まさしくその通りである。馬鹿と呼ばれるほど一つのことに集中して全てを注ぎ込める男などそうは居らず、注ぎ込むべき対象がツインテールに特定されている勇者など観束以外他に居るまい。即ち世界で唯一の選ばれし者、勇者ではないか」

「だ―――ッ!!! こいつら毎度のごとく日本語通じてるのに通じなくて会話にならなーい!!」

 

 愛香が制服姿のまま激しく地団駄を踏みだし、竜姫と俺はテーブルから落ちないよう皿とかを持ち上げたり移動させたりしてやる。

 なんだかんだ言いながらでも、十年以上続けてると慣れてくるよな。これらの動作って。

 

 だが、慣れたのは俺たち二人の方の主観であって、愛香の方には別の主観というか事情があったらしい。

 彼女は地団駄ダンスを踏み締めながら、こう叫んだのだ。

 

「あんたら二人がいつもいつもいーっつも時と場所と状況も考えずにツインテールについて語り始めて二人だけの世界構築しちゃうから食み出したあたしは迷惑しちゃってるんですけども!?」

 

 ガミガミと怒りまくる愛香。

 ツインテール愛について語るのは止められないが・・・確かに場とか状況を考えないで話し出しちまったのは悪かったなと反省する。

 自分が好きだからって、他の人に迷惑をかけるような愛はいけない。これは人から色々言われるマニアック趣味の持ち主である俺たちだからこそ強く思ってしまうこだわりだ。

 

「ごめん、愛香・・・。頭ではわかっているんだけど、ツインテールのことになると全ての理性が蒸発しきって頭の中がツインテールのことで一杯になっちまうんだよ。それで聞こえてくるんだ。『ツインテールのこと、語っちゃっていいんじゃな~い?』って言う天からの声が」

「幻聴よソレは!? 百パー確実に幻聴で間違いない奴よその幻聴は!!」

「我もすまなかった、津辺愛香・・・。

 自制できないこともないのだが、友とツインテールについて語り合える今この時が他の何より尊く感じてしまったりすると、どうにも考えるより先に千の言葉と万の表現でツインテールへの愛を紡ぎ合いたい気持ちを抑えきれなくなるのだ・・・」

「病気よソレは! 只の病気で未知の不治の病! 完全に間違いなくアンタ以外には罹患者が出たことがないから直しようがない末期の病気! だから病院行って隔離病棟入れてもらってきなさい! 今すぐに!」

 

 やいのやいの、楽しく騒ぐ俺たち幼馴染み三人はいつも通りに同じ場所、同じ空間で同じ時を過ごしていく。これまでも、これからも。ずっと変わらない日常が今まで通りに続くと思っていた俺たちだけど。

 

 まさかそれが数秒後には壊されていて、怪しいけど頼りになる大切な仲間の少女に壊され尽くすことになる近い未来なんて、俺たちは誰一人想像してさえいなかったんだ・・・・・・。

 

 

(・・・くふ♪ もの凄い量のエレメーラ反応の持ち主が“二人”も・・・。しかも二人が二人とも私好みな男の子と美幼女だなんて!

 神様。これはもう・・・据え膳食って皿まで食らいつくしちゃってOKってことなんでしょうかねぇ!? げぇ~へ~へ~(ジュルリ))

 

 

 ・・・俺たち(の世界)に今、危機が迫ってきている!!

 

 

キャラ紹介:『路理野竜姫(ろりや・りゅうき)』

 この世界と似て非なる《俺ツイ》世界からやってきたドラグギルティの断片から生まれた少女。

 同じ原作者の著作《ふぉーくーるあふたー》の《モケーくん》と似たような存在で、同じように元の自分の記憶は無いが、心に焼き付いたテイルレッドの輝きだけは幾星霜の刻を過ごしても色あせることは決して出来ない。

 モケーくんと同じで本能的にやるべき事がわかっているけど、理屈ではなく感性に従ってやっているので他人にゃ理解できないし、説明もしてくれないから混乱を広めるだけの人。

 ただし、総二をはじめとする厨二的ノリに適用しやすい人たちとは言葉で言わなくても通じ合えるので問題ない。愛香をはじめとする一部の人たちだけにとっては大問題だけども。

 

 この世界におけるドラグギルティとは別の存在でありながら、同じ存在でもあると言う意味不明な関係性を持ってはいるが、お互いがお互いに関わり合うことで与え合えるモノも影響も何もなく、互いが必要としているのは自分たち同士ではないということを本能的に理解しているので戦い合わない。

 『自分を乗り越える』『自分の間違いを正す』どちらも自分一人でやるべき事ではないと信じるが故に・・・。

 

 元の世界にいた頃から人間に憧れていたというオリジナル設定が追加されており、その人間から奪わなければ生きていけない自分たちエレメリアンという存在を誇りに思うと同時に忸怩たる思いも抱いていた。

 部下たちの育成に力を注いだのも、奪わなければならなかった者達の犠牲を『無駄にはしない』とする決意の現れであり、部下たちに対する愛情も『人々から奪った大切なモノを受け継いでくれた愛しき者達』という認識を持っていた『愛の人』設定のオリ主。

 

 しゃべり方が厨二くさい上に、常時このテンションとノリのため総二の母の未春とは無駄に仲が良く、自覚のない厨二トークで厨二台詞を連発しまくったりしている真面目で変な女の子。

 

 愛香からは嫌いじゃないけど警戒されている。

「だって、竜姫って総二と気が合いすぎるんだもん・・・」

 

 

 トゥアールが、テイルギアを開発中に作った失敗作を使ったテイルギアで変身する。

 失敗作とした理由は、テイルギアを複数個作れないか調べる中でエレメリアンのデータをそのままコピーして、力となるエレメーラだけを取り出せないか調べてみたところ、『変身できるけど、エレメリアンになりかねない』と言う最悪の結果となってしまったため封印されたと言うオリジナル設定。

 元がエレメリアンのドラグギルティだった竜姫にとっては、逆に力を取り戻す役に立つ有り難いだけの存在だけれども、味方にとっては怪しさ爆発の存在になってしまってもいる。

 

 

 変身後の名前は『テイルドラゴン』。

 尻尾が生えてたり、角がついてたりなど竜を彷彿とさせる意匠が鎧の各所に取り付けられた野性味あふれるツインテールの鎧武者。

 武器は大剣。

 エレメリアンを斬ることが出来る以外には何の変哲も無い只の頑丈な剣でしかないが、彼(彼女?)は自分の愛を努力によって達成した技によって現すことを好むため、本当の武器は彼女(彼?)の使う剣術『ツインテールの剣技』にこそ集約されている。

 

 

 余談だが、総二に対して恋愛感情はない。

 ただし、友情が天元突破しちゃってるので、有るのと大して変わりないかもしれないけれども。




他に思い出した書いてみたい作品:

総二がはじっめからソーラとして生まれてた場合の『俺ツイ』。
8巻の限定版についてきてたイラスト集で、小学校入学式の幼馴染ソーラと愛香の画を見て以来書きたいと願ってた時期があります。


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双頭の蛇の国のギレン・クローン

「風の谷のナウシカ」×「ギレン・ザビ」コラボ作品です。
昔書こうと思って構想練ってたのを思い出したので書いてみました。長編書くつもりで考えてた作品ですので、1話内だけだと大して兵器群が出せてないのはご勘弁くださいませ。


「また一つ、村が死んだか・・・・・・」

 

 辺境位置と謳われる老剣士ユパはつぶやいた。

 悲しげに響く悲痛な声音と、抑制された表情とが微妙な不協和音を奏でていたが、ソレは彼にとって必要な儀式であり、この世界で旅を続けていくためには必須となる技術の一つでもあった。

 

 辺境にある砂漠の地。元々は小さな部族が住む百の集落が点在していたこの地には、今や人は一人も残っていない。

 人だった者が物言わぬ骸となり、旅人を無言の内に無視してくれる。・・・只それだけの場所に成り果ててしまっている。

 

 1年ほど前からはじまった砂漠化の加速と、それによって生じた食糧危機を改善するため、己と家族が生き長らえるため、百ある村々は互いを食い合い潰し合い、そして奪い合って滅亡していった。――ここは、最後に勝ち残った最大勢力を持つ部族の長が住んでいた家だ。

 

「・・・・・・」

 

 見下ろすと、足下に子供が遊んでいたものであろう人形が落ちていて拾ってみたが、脆くも崩れ去って砂と化していく。

 百年や二百年程度の時間で、ここまで風化が進むのは有り得ない。腐海の空気が命を持たぬ物にまで悪影響を与えてしまっていると言うことなのだろうか・・・? 学者でないユパにはわからない。

 

 ただ一つだけ、彼にも分かることがある。

 それは、“この村に人の笑い声が満ちることは二度と無い”と言うこと。

 それだけは間違いようもなく確かな事実でだったから・・・・・・。

 

 

「行こう。ここも直、腐海に飲み込まれる」

 

 外に出て、長距離移動用の足として使っているヤクの元まで戻ってきたユパは、鞍に手をかけた姿勢で動きを止める。

 そのまましばらくの間、微動だにせず周囲の気配に耳を澄ませ集中し、微罪な変化も見落とさないよう注意力を最大限まで引き上げる。

 

 “何かがおかしい”。

 通常の滅びた村では有るはずの無い“あの匂い”が感じられるような気がして仕方がない。

 

「一体なにが・・・・・・」

 

 ユパはそこまで言って、そこから先は言うのを止める。言えなくなっていたからだ。

 驚きのあまり声を失い、混乱のあまり大声を発しそうになるのを鍛え抜かれた反射神経が無意識の内に抑制してしまったが為に、どちらでもない沈黙だけを彼は選んで実行していた。

 

 それは『人類はこのまま滅びる定めにある者なのかどうかを確かめるため』辺境中を巡る旅をしてきたユパをして驚愕なさしめる程の見知らぬ何かで織られた機械の塊。

 

 人の数十倍の身長を有する緑の巨人。

 柔らかく湾曲するフォルムは機械と言うより人間的で、伝説に描かれた巨神兵を彷彿とさせる外観に僅かなりとも人間くささを加えて悪印象を緩和してくれている。

 

 が、しかし。

 

 顔の中央で不気味に光る赤い光によって、すべては反転させられる。

 柔らかさは人にすり寄り毒を飲ませようとする狡猾な蛇を連想し、巨大な体躯は雄大さよりも恫喝目的による脅しの色彩を帯び始める。愚かな人々に罰を与えに来たと伝えられる伝説の巨神兵がごとき善悪定かならぬ不確かさなど微塵もない。

 

 そこに在るのは、只の人が造り出した兵器と言う名の絶対悪。

 

 ――――ただ、其れだけだった――――。

 

「これは・・・一体・・・・・・」

 

 驚くユパには目もくれず、近づいてきていた巨人は背後から仲間を手招きで呼び寄せて一列に並び、巨大な火炎放射器と思しき道具を滅びて腐海に沈もうとしている村へと向けて、引き金を引く。

 

「――っ!!」

 

 咄嗟の判断でユパは、ヤクたちと共に前方に飛んで砂丘が作った天然のクレーターへと落下してゆく。

 そして、受け身をとっている暇はないとばかりに地面に落ちた直後から彼は立ち上がって砂の丘を登り切り“其れを見た”。

 

「なん、だ・・・これは・・・? ・・・・・・この光景はいったいどうしたことなのだっ!?」

 

 今度こそ本気で驚愕の悲鳴を上げる辺境一の剣士ユパ・ミラルダ。

 それ程までに彼が見たのは、あり得べからざる非現実的な光景だった。

 

 

 ――腐海が、燃やされ尽くしていく。

 ――怒った蟲たちが、悲鳴と共に握り潰されていく。

 

 人の造った巨神兵モドキの手によって全ては灰になり、刃向かう者は虫ケラのように情け容赦なく握り潰されていく。

 

 かつて、ユーラシア大陸の西のはずれに発生して数百年後には世界を席巻したが故に滅んだ巨大産業文明。

 力に溺れて人としての限界を忘れ、自らの住まう大地を毒で満たし尽くした彼らの傲慢さを再現するかのように、全ての敵対者を火と炎で焼き尽くしてしまえとでも言うように。

 

 あるいは―――彼らでさえ及びも付かぬエゴを以てして超越してしまおうとしているかの様に。

 

 

「・・・? 火が消えぬだと・・・? あの炎には通常の可燃材料を使ってはおらんと言うことか」

 

 『火の七日間』と呼ばれる旧時代を焼き尽くした巨神兵の行進。

 あれ以来、人は火を使うことを恐れ、嫌悪する風潮が生まれて火炎放射器などは胞子が村の植物に付着してしまったなどの止むを得ぬ事情があるとき以外は滅多に納屋や倉庫から出されてくることはなく、使われる燃料も他の木々に燃え移りづらい調整された火力までしか出せない物を選んでいるが(いざという時のために大規模に燃え広がる物も伝統的に一応所持されてはいる)――今あの巨神兵もどきが放っている炎に、それら『自然への配慮』は一切感じることが出来なかった。

 

 

“ただ、燃えろ。燃え尽きろ。人類にとって邪魔になる物はすべてゴミの様に踏み潰されるか、燃え尽きるか、どちらかだけしか道はない。必要ないのだ。ゴミの様に無価値なクズ共には”

 

 

 ・・・人の持つ憎しみの炎が形となって現れたかのように消えぬ炎。

 彼自身は知るよしもないが、あの炎に使われているのは周辺にある大気そのものに引火して自らの仲間を燃料にして燃え広がっていく、巨大産業文明の生まれる遙か昔に生まれて滅んだ、今はもう忘れられて名前すら残っていない工業文明が生み出していた破壊のための炎。

 それを今の時代に蘇らせた者が“実験”のため、適当な滅んだ村々を廻って害虫駆除に勤しませている最中だった物。――只それだけの実験サンプルに過ぎぬ代物だったのである。

 

「――いかん!」

 

 突如として言いようのない悪寒に襲われたユパは、ヤクに飛び乗り全速力で走らせながら予定を変更し、愛する家族たちが待つ生まれ故郷の『風の谷』へ急ぎ向かう。

 

 

(早くこの事を知らせなければ、世界は大変なことになってしまう!!)

 

 

 そう直感したからだった。

 理由はない、誰にどう伝えたいのか自分でも理解しているわけではない。

 ただ、ダメなのだ。アレをあのまま放置していたら世界すべてが飲み込まれてしまうかもしれない!

 あの“憎しみの光”によって今までの世界すべてが焼き尽くされてしまうかもしれない!

 

 そんな本能から轟く恐怖の雄叫びに急かされながらユパはヤクの足を速めて、少しでも早く風の谷へと向かい、急ぐ。

 

 

 

 

 そんな彼の疾走を、腐海の毒対策として付けている防毒マスクのバイザー越しに眺めている、一人の青年がいた。

 

 眼下に広がる『疑似巨神兵・ザク』の実験結果を聞きながら、視力補正のないゴーグルの下に本物の視力補正用色つき眼鏡をかけた洒落た青年は、唇を歪ませて嗤いながらユパを見逃してやる決定を下してやった。

 

「ふふふ・・・辺境一の剣士ユパ・ミラルダとは、あの程度の男か。ザクを前にして尻尾を巻いて逃げ出す以外に打つべき手を持たぬとは、些か興が削がれてしまう醜態だな」

「はっ。それで、どうされますか大佐殿。追撃なさいますか? 今ならまだ、この高機動型コルベットで追っても十分に追いつける距離でありますが・・・」

「放っておけ。それよりもザクのデータ収集の徹底を急がせろ。なんとしても殿下の皇太子任命の儀に間に合わせなければいかんのだからな」

「ハッ! 承知しましたムスカ大佐!」

「クククク・・・・・・」

 

 足早に自分の側から離れていく同年代の部下を見送ることなく窓外へと視線を戻しながらトルメキア帝国の青年将校ムスカ大佐は、だが窓の外に広がる何者も見てはいなかった。

 

 彼が見ていたのは遙か彼方のその先で待つ、新たな主君が定位を受け取る未来の戴冠式。

 いずれは皇室で唯一の女性、クシャナ殿下を妃に迎え自分が国を乗っ取ってやろうと目論んでいた身の程知らずの自分の小ささを思い知らせてくれた偉大なる御方に相応しい地位を名実共に手になさる記念日の風景。

 

 無論のこと現時点で既に中身は掌握されておられるとは言え、形ばかりは皇太子として愚鈍かつ無能な皇帝に頭を下げなければならない覇王の心の内は如何ばかりであろうか・・・?

 いや、自分ごときが彼の君の気持ちを忖度するなど許されざる不敬だ。背信行為とさえ言えるだろう。自粛しなければなるない。 

 

(ああ、しかし・・・・・・あの姿を見たあの日から、私の心はあなた以外の方を映すことは出来なくなってしまいました。出来ますならあなたのお側で歴史が変わる最初の一歩を踏み締めたいと願ってしまう臣下の不忠をお許しくださいギレン様・・・・・・)

 

 

 そう思い、心酔して陶酔する主の“偉業”を思い出し、思わず前屈みになってしまいそうになる自分の邪さを戒めながら彼は記憶の回廊を逆にめくって思い出の日の出来事を思い出す。

 

 ――それは、今から一ヶ月ほど前のこと。

 トルメキア帝国の都トラスにおいて、帝位継承権を持つ三人の皇子が揃って病死し、次期皇帝候補筆頭に『正当なるトルメキア王家の血を引く唯一の王族、末娘のクシャナ』が任命されたことが大々的に報じられた前日に起きていたこと。

 

「トルメキア王家代々の伝統とも呼ぶべき骨肉の争いを勝ち抜いたクシャナ殿下が次の皇帝陛下の地位を勝ち取ったみたいだぞ?」と、市民たちが都中の各所で噂を始める前の日の晩に起きていた出来事。

 

 

 その日、親衛隊の待つ席に連ならせてもらったばかりの下級貴族出身であるムスカの見ている前で一発の銃声がとどろき渡り、続く怒声と応じる銃声とが入り乱れた末、その場に立っていた者の中に皇帝の連れ子たる三人の皇子が含まれなくなってからのこと。

 

 

「こ、これはどう言うつもりなのだギレンよ?」

 

 皇帝は震える声で義理の息子を問いただし、震えそうになる指に虚勢を込めて指弾する。

 

「どう、とは?」

 

 対して、糾弾されている側はそっけない。

 それは、ある意味では当然の対応だった。

 

 なにしろここは玉座の間。たとえ拳銃であろうと持ち込むことが許されるのは、警備の親衛隊員以外では皇帝一人だけ。

 皇族であろうと許されない特別に神聖な場所へ銃を持ち込み発砲し、武装した兵隊を乱入させて、彼らの身分では触れることさえ許されることのない貴人たちの後頭部に銃口を押しつけて床に組み伏せ、隠し武器を持ち込んではいないか乱暴な手つきでボディーチェックを行うよう命じた男に、今更父である皇帝の権威や帝室の威信などが何の効果ももたらさないことなど火を見るより明らかなのだから。

 

「ふ、ふ、ふざけるな! 貴様は今、自分の兄弟を、私の息子たちを殺めたのだぞ!? この上更に自らの罪を誤魔化せるとでも思っているのか!?」

「無論、思っておりますとも義父上様」

「なっ・・・!?」

 

 戦慄に表情をゆがめる皇帝を前にして眉一つ動かすことなく部下に向かって、死んでいるかどうかを一人ずつ確認するように命じ、「息があったら楽にして差し上げろ」と、被害者たちの父と亡骸を前に堂々と言い切る。

 酷薄な笑みを浮かべる彼の鉄仮面ぶりは難攻不落であり、武器を持っていて撃ったとしても、当てることなど出来はしない肥満した皇帝の言葉程度では傷一つ付けられはしないだろうと見ている誰もに納得させる余裕に満ちたものだった。

 

「確かに、痛ましい事件でしたな・・・」

「な、なに・・・?」

 

 突然言いだした先帝の妾の息子で、今の妻の連れ子でもある年齢的には長男の王位継承権最下位を持つギレンの言葉に皇帝は戸惑いを隠せない。

 痛ましい事件とはどういう意味なのだ? 自分自身で定位継承権を強奪しておいて今更何を・・・・・・。

 

 だが、義理の息子が抱える混沌と邪悪さは父の予想を遙かに超えて、化け物としか思えない非道で卑劣な手段を用いらせていた。

 

「王家の伝統とはいえ、兄弟同士で発肉の争いあった末に“全員が相打ちでお亡くなりなられる”とは・・・いやはや、兄弟仲良くが家族円満のコツとはよくいったもの。まさしく至言でしたな義父上」

「・・・・・・・・・」

 

 皇帝はあまりの言葉に声も出ない。

 そんな帝国の最高権力者を無視して、彼は続ける。

 

「ですが、どれほど嘆き悲しみ惜しもうと死者が生き返ることは決してありません。死者たちと過ごした楽しい記憶を思い出の宝箱にしまい込み、我々生き残った者達は彼らの分まで生きなければならないのですよ。死んでいった彼らの犠牲を無駄にしないためにもね」

 

 ここまで堂々と盗人猛々しい台詞を大仰に言ってのけられる人物も、そうはいまい。

 惨劇の場に居合わせた目撃者の一人、クシャナ姫はそう思い内心でせせら笑った者だが、彼女が暢気な見物客でいられたのもそこまでだった。

 

「・・・では、具体的にどうせよというのだ貴様は?」

「まずは死んでしまった兄君たちの代わりに、次の定位継承者を指名されるのが筋と考えます。

 王に後継者がいない状況を心地よく感じる民というのはおりませんからな。万民の上に立ち統べる者として、全ての王位継承者が死んでしまった大事件に心揺れる民草に平穏と安心を与えてやるのが君主の勤めというものです、偉大なる皇帝陛下。尊敬し敬愛する我が父よ」

「ほう、そうか。とてもそうは見えぬ行為だったがな。・・・それで、定位継承者に指名して欲しいのは貴様と言うことで間違っておらぬだろうな?」

「いいえ、違います。私ごとき外様の血では民共は納得致しますまい。――ここはやはり、正当なるトルメキア王家の血を引く唯一の存在、クシャナこそがその地位に相応しいと存じますが如何に?」

 

 ――嵌められた! クシャナはこの時、心底からその事実を思い知らされていた。

 そして聡明な彼女は悟ることになる。

 

 自分が生かされた意味を。殺されなかった理由を。義兄が考えた義妹を殺さずに使う方法を。

 

 乱入してきた兵士たちは三人の無能な兄君たちは乱暴に扱いながらも、末の妹たる自分には丁重な物腰で礼儀正しく動かないで欲しい旨を伝えてきた。

 宮廷クーデターの首謀者が腹違いとは言え同じ父を持つ兄だったことが理由だろうと、他の者達は思っている中でクシャナだけは「違う」と感じていた。この兄はその様なタイプでは決して無い、と。

 

 そして結果的にクシャナの方が正しかったことが、皆の勘違いを肯定する形で証明されてしまった訳だ。

 

「・・・私に父殺しの汚名と暗殺者共の刃を向けさせた上で、茨の冠を被れと仰られるわけですか? 義兄上」

「おいおい、そう怖い顔で睨むなクシャナ。せっかく母上様が待ち望んでおられた次期皇帝に成れたのだからな。もっと嬉しそうに気高く微笑んで見せた方が良い。民共は王者の笑う姿を見て安心するものだ。『脳天気な王様が笑っている間は自分たちが処刑される心配は無いだろう』とな」

「・・・・・・」

 

 隠す気さえ見せない話のすり替え。

 だからと言って今この場で反論出来るわけが有るわけも無し。

 

 相手の手には銃があり、自らが率いる兵たちにも銃がある。

 そして、自分たちには何もない。食事用のナイフ一本を持ってたところで死んだ鳥の肉を切り分けるぐらいしか使い道がない。

 

 場で一番強い者が銃を持っているとき。その銃口が向く方角に関係なく、その場にいる彼の者以外全ての人々は彼の思いを忖度して、自分の意思で勝手な解釈と理解を進めていくしかない。それ以外に生き延びられる道はないのだから。

 

「・・・分かりました。帝位を授かりましょう。ですが、義兄上。形ばかりと言えど私は皇帝になり、義兄上は臣下筋となる訳ですから当然あなたにも私の命令に従っていただきます。それでもよろしいですな?」

「おお、無論だとも我が愛しき妹よ。私は王族の一員として喜んでその義務を全うすることを誓約させてもらうとも。なんなら今この場で血判書でも書いて提出させようか? あれはなかなか痛いものだぞ?」

「・・・・・・」

 

 いぶかしげな表情で黙り込むクシャナ。てっきり反論してくると思ってしまった彼女は、やはり武人肌の軍人気質。政治という戦場で専門家相手に太刀打ちすることは出来ない。

 

「だが、慚愧に堪えぬ事に我が国は辺境諸国と戦争中の戦時下にある。兄君たちは戦地から今日のためにわざわざ一時帰国されてきておられただけなのだからな。一時でも現場責任者がいなくなり、敵対している国々に付け入る隙を与えるべきではない。

 言いにくいことだが、王家の末席で女でもあるお前が今出ていくだけで収まりが付く兵士共など兄たち子飼いの三郡にはほとんどおらんぞ? それでもお前が最高責任者として全軍の指揮を引き継ぐのかね?」

「・・・・・・」

「故に私は戦時体制の規定に従い、現時点を以て軍務司令官が国家の大権を掌握すべきであると考える。

 本来であれば、王族に男子がいなくなった場合に限り適用される制度であるが、父上は今や老齢、お前は優秀であっても自分の部下以外からは人望が薄く三軍の幹部たちからは評判もよろしくない。妥協案として軍務次官である私が兄に代わって司令官に就任し、お前が正式に帝位を継ぐまで軍を維持し外敵を討ち滅ぼしておくべきだと考えるが・・・どうだ?」

 

 お前が勝手に決めた規則ではないか! そう怒鳴り返したかったが、それも出来ない。

 クシャナは生まれて初めて蟲以外の相手を前にして、自分の無力さと弱さを思い知らされた。“力が欲しい”と純粋に強く思ったほどに。

 

 

 ――そんな彼女を奇妙な眼で見て、視線を送る不可思議な小男がいた。

 皇帝ヴ王が側に侍らせている道化師だ。

 

 彼は普段から浮かべている道化らしい笑い顔を消して、真摯ではあるが空虚な瞳でクシャナのことをジッと見続け、心の中で計画の役割分担に変更を加える。

 

(軍権を失ったヴ王は、今となっては傀儡だ。むしろ今ではクシャナの方が御しやすくなったことだろう。

 ギレンとか言う思い上がった若者も、一時の栄華を味あわせてやれば満足するはず。

 だが、あのモビルスーツをはじめとする未知の機械兵器群だけは少々気になるな・・・。調べておく必要があるかもしれん)

 

 

 そんな思考に耽りながらクシャナを見つめる彼の空虚な瞳。

 彼が湛える瞳の空虚さを眺めている人物がいた。名を、ギレン。

 道化師も、道化師を作った当時の科学者たちでさえ知りようもない、永劫回帰で繰り返し続けた地球の戦争の歴史の中で消えていったはずの反英雄。そのクローンの内一体。

 いざという時のためのスペアとして、数千造っておいた最後の生き残り。

 

 その彼が数千年間の雌伏を経て、現代の火星に新たな野望の光を灯そうとしている。

 

 

(フッ。やはりザクを目にして巨神兵を連想し、勝手にアレに意識の全てを持って行かれたか。予定通りバカ共には丁度いい目くらましとなってくれたようだな。これでいい・・・。

 後は墓守に墓まで案内させ、奴自身の手で自分自身の死刑執行書に判を押させてやるだけのこと。オーム共が共食いで絶滅し、腐海の無くなった後の世界に生き残った人々を私が正しく導いてやるとしよう)

 

(腐海のシステムは理解した。汚れきった大気と大地を癒やして浄化させる力・・・確かに有用ではあるだろう。

 だが、逆を言えば同じ事が出来るシステムさえ作れるのなら、アレのメリットは大きく失われ、デメリットの方が大きいガラクタに成り下がる。

 得られる恩恵も、何かあったときの被害も巨大すぎる核融合炉じみたエネルギー源は、私の支配する星には必要ない。クズ共が死に絶え、生き残った人々だけが暮らしていくには十分すぎるシステムが完成した今となってはアレらはただ邪魔なだけだ。排除するとしよう。

 ついでとして、我らが安心して暮らしてゆける人工の自然で造られた揺り籠を外部から揺さぶられぬよう蛮族どもは一人残らず潰しておかなければならんだろうな。

 生き残りを作るから憎しみの連鎖が生じる。憎しみは親から子に受け継がれる。

 後顧の憂いは、絶てるときに絶っておくべきなのだよ・・・・・・) 

 



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毒舌ファンタジー(会話シーン集)

他の方の作品読んで影響受けて書きました、ただそれだけの会話集です。
テキトーに読んで頂けたら嬉しく思います。


悪魔と神が戦い合う正統派ファンタジー作品

 

「700年前の大戦で俺たちは忌々しい神によって地獄に封じ込められた。だが、貴様ら人間の愚かさが封印を弱めて俺たちの復活を促してくれたんだ・・・・・・。感謝しているぜ。

 お礼として、ジックリたっぷり念入りに苦しめて絶望を味あわせながら絶滅させてやろう。ありがたく思いやがれよ、下等生物ども」

 

「よく分からんが、700年前に負けて逃げ出した敗残兵の群れが、自分たちより強い敵がいなくなったのを確認して穴から這い出して来たってだけの話だろ?

 自分たちが神より弱い雑魚でゴザイなんて言う情けない事実を、よくお前ら自慢げに話すことが出来るな。マジリスペクトさせられそうだよ」

 

「・・・(ムッ)」

 

「つか、自分たちが負けた話をするのがそんなに楽しいのか? 今あったばかりの負け犬たちから不幸自慢を聞かされても、こっちとしちゃ反応に困るだけなんですけどね~。

 マジでなに言えばいいもんなん? 神に負けた逆恨みで人間に八つ当たりしてる暇あったら天界でも侵略すれば?とでも言えばいいの?」

 

「・・・人間などと言う下等な虫ケラごときが我ら偉大なる魔族に大言壮語を吐いてくれたなぁ!」

「逃げ出した腰抜け兵風情が偉そうにほざくなっつってんだろうがよ! 脳みそ1M頭ヤロウどもが――ッ!!」

 

 

 

 

ダーク言霊戦記

 

「君は! この光景を見てもなんとも思わないのか!? この地獄を見ても! 戦争なんていう権力者の都合で民衆が利用される行為を! 君は! 『軍人の職務だから』の一言で済ませて貫き進むつもりだと、そう言うつもりなのか!?」

 

「はぁ・・・あのですねぇ-。あなたが何を勘違いしているのか知りませんが、貴方の祖国への愛情も同胞の死を悼む悲しみも、戦争で敵を殺す理由として口に出すなら、給料に対する忠誠心で軍人としての職務を全うしようとする私の木っ端役人精神とまったく同じもの。

 結果として他人に与える影響は攻撃と詐術による殺戮しかあり得ず、それによって出来るのは死体で築かれた覇道。その果てにある平和な国という名の血の色をした夢なのもまた同じ。

 戦争や軍人を否定するのは自由ですし、私も決して好きなわけではありませんが、否定している行為を辞めてからの方がよろしいと思いますよ?

 でなければ、敵を否定して、自らの行為は正当化する平凡な戦争行為としか思えませんからね・・・・・・」

 

「そんなことはない! 人の意思を度外視して貫く理屈に何の意味があると言うんだ!?」

 

「そうですか? 殺す側がどう思うかの主観で価値が変わるほど、人の生き死には安いものではないと私は思っているのですけどねー」 

 

 

 

 

魔術師が人ではなく悪とされるファンタジー作品

 

「神の正義と世の秩序に背き、悪魔に魂を売って外法を得た者《魔術師》よ!

 この聖騎士団長ユスティーツァが、正義の名の下《聖剣デュランダル》によって断罪する! 覚悟しろ!!」

 

「やれやれ。神だの悪魔だの、自分が会ったこともない存在のことをよく信じる気になれますねぇ、貴女も」

 

「ふざけるな! 神の加護を受けた我が聖剣がもつ聖なる輝きこそ神の奇跡! 貴様の操る外法の業《魔法》こそは、旧時代の心得違いをした者が悪魔に魂を売って手に入れた、人の身には余る悪魔の業! この期に及んで言い逃れをしようなどとは見苦しいにも程があるというものだ!」

 

「魔法は単なる物理現象。神や悪魔を名乗る者が空想上の存在ではなく、物質界に実在していた場合には単なる生物の一種類に成り下がる。

 もし、神が尊さの象徴で、悪魔が邪悪な意思の顕れだとしても、信じてしまう人間の側が縋り付くことなく自分の意思をシッカリ持ち続ければ済むだけの話でしょう?

 規律に縛られるのが辛いから悪魔は正しく悪は尊く、大事な誰かを殺されたから悪は間違いで正義は正しく神様バンザイ。

 そんな風に都合のいい理屈を以てして罪悪感を簡便化し、思考停止する自分を正当化しようとするから意思も行動も弱きものへと変わっていってしまうのですよ。

 貴女も、いい年した社会人なんですから、これくらいの当たり前すぎる常識くらいは言われるまでもなく承知しておいてくださいよね。面倒くさい」



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IS学園の言霊少女セシリア・鈴ルート

以前に書く予定でいたものを書いてみた、何段目か忘れた作品です。
言霊ISをセシリアと鈴がヒロインになってガールズラブコメ風に仕立て上げたもののプロローグ。
よろしければ暇つぶしにどぞ。

*謝罪:失礼、夜分に投稿したため投稿先を間違えました。
ですのでこちらは近いうちに消すか、続きから『IS原作の妄想作品集』に移るようになります。ご迷惑をおかけしましたー。


『――ニュースの時間です。先月中頃に発見された世界初の男性IS操縦者「織斑一夏君」が、IS学園入学式にあわせて本日入学することとなり、学園島では一夏君を一目見ようと大勢の観光客で賑わっています』

 

 世間では発見されたばかりにして、すべての男性たちが待ち望んでいた『男でもISを動かせるようになる可能性の原石』織斑一夏さんのことで話題騒然としているらしく、朝からテレビではずっとこの調子。

 

 ――ま。

 

「本人でない上に女の私にとっては、どーでもいいことなんですけども」

 

 そう言って、手にしたお菓子を一口パクつき、ぼんやりとテレビを眺め続ける私は異住セレニア。

 今テレビで紹介されてる織斑一夏さんのプロフィール欄の端に小さく記載されている『扶養家族』として分類されてる義妹。法律的には織斑家の家主である織斑千冬さんに庇護されてる被保護者という形になりますね。

 

 これは『白騎士事件』で世界を壊して再誕させたIS操縦者たちの内、一定の年齢と一定以上の年収を持つ国家代表クラスにだけ課せられている法的義務で、男尊女卑から女尊男卑へ世の在り方が移るに当たって生じたDV・・・ハッキリ言うなら、それまでの家父長から転落させられたことに怒り狂う男親から虐待された子供を女尊男卑正義の象徴であるIS操縦者の家庭で養うのが人の道。

 と言う建前の基で制定された、女尊男卑与党によるイメージ戦略の一環。その結果です。

 

 織斑一夏さんの姉――織斑千冬さんは現役でなくとも、元世界最強のIS操縦者。未だに人気と知名度の高さでは他の追随を許さない人ですから、まぁこの手の役割を押しつけるにはピッタシだったというわけで。

 

 

「ま、なんにせよ私は両親が出張中で息子一人支度に取り残されるギャルゲー主人公と似たような状況に追い込まれたわけで。

 これからの生活で何かハプニングが起きないかとか、ちょっとだけ楽しみではありますよね~♪」

 

 子供の時から「とある事情」により、若干過保護に育てられた自覚のある私としては「初めてのお使い」ならぬ「初めての一人暮らし」に不安一杯、それと同時に胸躍らせたりなんかもしてきちゃっているのですが♪

 

 

「・・・家主不在の自宅に子供二人じゃ危ないから目の届くところに保護しようと言うのに、一人だけ確保して後の一人は家に残したままでは意味なかろうに・・・」

「ですよね~・・・」

 

 うん、解ってました。ちょっとだけ夢見たくなっただけ何で気にしないでください、千冬義姉さん。

 

「それに、お前を一人で普通学校に行かせたりしたら、おちおち安心して授業もできん。いい加減、自分が持つ周囲への影響力について自覚して自重することを覚えろ愚妹」

「・・・反論の余地もないご指摘ですが、一応弁明させていただきますなら私にそうする意図があって相手に影響与えたことは皆無ですからね?」

「自覚も意図もないのに他人が変わって言ってるから放っておけないと言っておるのだ! この阿呆!!」

「・・・・・・ですよね~・・・」

 

 うん、これもまぁ言われるまでもなく解ってはいました。事実でしたし。

 実際、私と一夏義兄さんは周囲に影響を与えやすい人間です。知らない間に、気づかぬ内に誰かと誰かの性格が百八十度以上変わっていることはよくある話。

 

 別に犯罪に走るわけではないとは言え、昨日まで「イチカ殺す!」とか叫んでた人が今日になると急に借りてきた猫のように猫なで声出して愛情という名の餌を求めるため義兄に近寄ってきたり、数日前まで「戦争はダメ! 絶対に!」とか言ってたラブ&ピース絶対主義の方が何の前触れもなく「諸君! 私は戦争大好きだ! クリーク!!」とか叫んで右手を掲げたりし始めたら誰だって驚きますし嫌がります。影響与えた本人自身がドン引きしてるんですし、間違いありません。

 

 だからまぁ、義兄さんと同じくIS学園に強制連行される分には大した問題もないのですけれども。

 

「・・・準備期限は?」

「三十秒以内に支度しろ」

 

 ドーラ一家か! ・・・などとお約束のボケにツッコんでる余裕もなく、私は大慌てで引っ越し支度をまとめるため二回へと駆け上がり、降りてきました。準備完了です。

 

「よし、準備完了です。いつでも出られますよ」

「早いだろ!? 早すぎるだろ!? まだ十秒も経ってないぞ! お前にとって引っ越しの準備は十秒で終わる程度の簡単すぎることだったのか!?」

 

 驚愕を顔に貼り付けた千冬義姉さんが叫びます。

 

「そう言われましてもね・・・いつも緊急避難用のサバイバルケースは部屋のベッド下に用意してありますし、後の持ち物で一番大事なのは端末と予備の手帳とに保存してありますから、他の嵩張りそうなものは特にこれと言って・・・・・・」

「・・・お前は、戦争が始まったら二時間で戦いに駆けつけなければならないスイス人か何かか・・・?」

「日本も同じ中立国ですからねぇ-」

 

 他国の戦争に巻き込まれずに中立を守るためには、国民一人一人がいざという時の備えをしておきませんと。

 

「てゆーか、そもそも私の部屋って本以外はあまり置いてませんし、本もって歩くには重すぎますし割り切りが重要な分野でもあることですし・・・」

「理屈っぽいのに行動的な辺りがお前らしいと言えばらしいのだがな・・・」

 

 そんなこんなで、義兄さんの後を追いかける形で義妹による、二時間遅れのIS学園入学が決定されて実行に移されたというわけです。

 

 

 

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

 すらすらと教科書を読んでいくIS学園1年1組副担任、山田先生の声を聞きながら俺、織斑一夏はこんなことを思っていた。

 

 ――参った。これはマズい。ダメだ。ギブだ。

 なに言ってんだかさっぱり解らない・・・・・・。

 

 ――と。

 

「あー・・・・・・」

 

 意味もなく意味不明なつぶやきを発してしまうほど、俺は参ってきていた。

 だって、そうだろう? ある日いきなり黒服の男たちがやってきて『君を保護する』とか言ってIS学園入学所を置いていくって、どこのムスカ大佐と不愉快な仲間たちだよ。あげく、望んだわけでもないのに自分以外は全員女の子な女の園に放り込まれて保護するも何もないもんだ。

 

 まぁ、今それはいい。よくないけど、とりあえずはいい。今重要なのはそこじゃない。

 ・・・目の前でおこなわれているIS操縦者になるための授業が聞いててもさっぱり解らんこと。それが今一番大事な問題点だった。

 

 隣の席に座る女子を見ると、先生の話にうなずいては真面目にノートを取っている。

 

 ・・・もしかしなくても俺だけか? 俺だけなのか? みんな解っていると言うことなのか? IS学園に入れるような奴は、みんな事前学習してるって噂は本当だったんだな・・・。

(はぁー・・・こんなことなら素直に頭下げて、セレニアに勉強付き合ってもらうべきだったかもしれん・・・)

 

 ふと頭に思い浮かんだのは、家に一人残してきた運動より勉強の方が得意な俺の妹分。

 歳は“同じってことにしてある”らしいけど、一応は俺の方が兄と言うことになってるんだし、妹に情けないところ見せて侮られるのは微妙に癪だったから言わなかったことを今になって後悔してきている俺。・・・今更すぎて完全に後の祭りになっちまってるけどさ・・・。

 

(あー・・・、そう言えば来週の日曜日にアイツをどっかへ遊びに連れてく約束してたんだよな-、俺って。普段から表情変わりにくい奴だけど、今回のは嬉しそうにはにかんでたなー。

 ずっと見てると分かってくるアイツの微妙な表情の変化って探してみると結構パターンあるんだよなー)

 

 俺が目の前に広がる辛くて厳しい現実から目を逸らしたくて逃避先に使っていた義妹の声が幻聴のように聞こえてくる気がする。

 

 ・・・って、ダメだダメだ。そこまで行っちまったら人としてダメすぎる。逃げるにしたって最低限守らなきゃならない程度ってものがあるよな、うん。

 よし! 気合い入れ直して授業に集中集中―――

 

 

 

『ちょ・・・。ね、義姉さん? まさか本当にこの体勢で教室は行ってくつもりじゃないですよね?』

『そうだが? それが何か問題なのか?』

『い、いえ、大した問題ではないと思うんですけど、さすがにこの歳でこの体勢はちょっと・・・』

『お前がなにを言いたいのかよく分からんが、着いたぞ。御託は中に入ってからゆっくりと並べるがいい』

『――ってぇ、ちょっと待ってください! ストップストップ! 今の時点だとまだ心の準備が―――』

 

 ガラララッ。

 

 ・・・あれ? 集中した後も幻聴の続きが・・・? しかも今度のは幻覚まで伴って、って・・・・・・

 

「せ、セレニア!? お前どうしてこの学校に!?」

 

 驚き慌てて叫びとともに立ち上がった俺は、朝のHLでIS学園で働いていて1組のクラス担任を務めていた千冬姉と一緒に入ってきた小さな女の子に向け大声を出してしまう。

 

「はうっ!?」

 

 相手の方もビックリしたのか。あるいは“見られたくない相手に、見られたくないものを見られた”ことによるものなのか判然としない悲鳴を小さく上げて俯きがちに黙り込む。

 

 今は俯いてるせいで前髪が落ちてきて見えづらくなってるけど、さっき一瞬だけ見せたコイツの瞳の色は藍色。髪色の銀髪に白磁みたいな白すぎる肌もあわせて、どっからどう見ても日本人じゃない外国人な俺の義妹、異住セレニアがIS学園の制服姿で1年1組の教室に千冬姉とともにやってきたのだ。驚くなという方が無茶振りな状況だ。

 

 ――ただ、コイツが悲鳴上げたのは別に俺がいたからって訳でもないだろうけどな-・・・。知り合いだったら誰にも見られたくない恥態を今のコイツは全力で晒させられているのだから。

 

 

 年齢平均よりも遙かに低い身長と童顔。よく年齢より老けて見えると紹介される外国人の血のほうが濃いセレニアは、意外にも身体的特徴は子供っぽい印象を受けやすいなりをしている。

 子供と言うには、一カ所だけ成長しすぎてドカンと突き出ちまってる部分もあるが、それを差し引いても尚セレニアの容姿から受ける印象は幼さの方に軍配が上がる。

 

 それを加味したら、コイツの置かれている今の体勢も然程おかしなものではないかもしれない。普通なのかもしれない。外見年齢だけ見た場合には必ずしも間違ってないんじゃないかと思えてくる。

 

 だが、どんなに幼く見えても実年齢は実年齢。俺と同い年“と言うことになっている”彼女は今年で高校入学可能になる年齢16歳の女の子と言うよりも少女だ。あと四年で成人する、半ば以上大人になった年齢だ。その事実を鑑みるなら今彼女が置かれている状況は察するにあまりある。

 

 

「すまんな、山田先生。野暮用を途中で済ませてきたせいで、到着が遅れた」

「い、いえ、それはいいんですけど・・・織斑先生? あの、その子は・・・?」

「ああ、それにちなんで皆に伝えておくべき連絡事項がある。悪いが場を借りさせてもらうぞ?」

「は、はい。それは構いませんけど・・・」

 

 戸惑いながらも気遣うような目線をチラチラと千冬姉の後から着いてきてるセレニアに向けられ、逆効果により余計に顔を赤らめさせられるセレニア。

 

 やがて教壇に立った千冬姉は、威風堂々とした態度でいつもどおり自信満々な声で断言と紹介を同時にやってみせるのだった。

 

 

「みな、聞け。コイツの名前は異住セレニアと言って、うちで養ってやっている元孤児で今は里親の元で育っている、私の被保護者だ。今回の件で家が安全な場所ではなくなったのでな、こちらのIS学園に新入生として移させてもらった。

 一応言っておくと、簡易入学試験は及第点を取ってはいるし、一応と言う低レベルだがIS適性も所持している。入学してくる分には問題ない。

 許可するかどうかは我々学園執行部の決めることだから文句があるなら私のところまで聞きに来い。以上だ」

 

 それだけ言って説明を終えてしまう千冬姉。他に言うことないんかい。

 例えば――

 

 

「・・・・・・・・・(//////)」

 

 

 ――未だに頬の赤さを引かせられてない、高校入学最初に『保護者とお手々つないで入学式参加させられる』屈辱的状況を強要している理由説明とかさーっ!!

 

 

 子供の頃、俺が誘拐されて千冬姉に助け出された場に、どういう理由でなのか血塗れで倒れていた少女、異住セレニア。

 自分の名前らしい言葉だけをつぶやいて気を失い、次に目を覚ましたときには自分のことを何一つ思い出せなくなっていた正真正銘本物の記憶喪失少女。

 

 

 ・・・そのときの姿を忘れられない千冬姉から、やたら過保護に育てられて身長が途中で止まってることもあり、未だに子供扱いされ続けている義妹に割と同情的な俺。

 

 こんな感じで俺たち織斑姉弟と、里子で義妹な妹との学園生活が幕を開けたのだった・・・。



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やはり俺は女子小学生に生まれていても青春ラブコメをまちがえていたと思う。

今年も終わりですね。良いお年を&今年一年お世話になりました!
・・・と言う訳で「俺ガイル」二次創作です。(どういう理屈だ?)

私にとって二次創作の原点とも言うべき名作を模倣して色々と書きまくっている時間逆行TS八幡作品を諦めきれずに再挑戦!(時期が最悪!)今年最後は執着心で決めるぜ!

内容としては、八幡がもし『ひねくれ美少女として生を受けていたら』のIF話です。


 青春とは嘘であり、悪である。

 青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺き、自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。彼らは青春の二文字の前ならば、どんな一般的な解釈も、社会通念もねじ曲げて見せる。彼らにかかれば嘘も秘密も罪科も失敗さえも、青春のスパイスでしかないのだ。

 仮に失敗することが青春の証であるのなら、友達作りに失敗した人間もまた青春のど真ん中でなければおかしいではないか。しかし彼らはそれを認めないだろう。すべては彼らのご都合主義でしかない。

 結論を言おう。青春を楽しむ愚か者ども、砕け散れ。

 

 

 

 そういう趣旨の作文を国語の宿題として提出したのが今日の午前中、ヅラ校長によるありがたくない朝礼が終わった直後でのこと。評価が下されたのが午後におこなわれた最初の授業がはじまる前。

 給食を食い終わってから昼休みが終わるまでボーッとしているしかない暇な時間に、言いに来てくれても良さそうなものなのにといつも思う。

 

 そして今。授業がはじまる前に言われたとおり放課後になってから訪れた職員室で、俺は先ほどから無駄な駄話に付き合わされ続けていた・・・。

 

「なぁ、比企谷。先生はな? 怒っているわけじゃないんだ。ただ、正直に話して欲しいと思っているだけなんだよ」

「はぁ」

「どうして、こんな内容の作文を書いて出してきたんだ? お父さんたちとケンカでもしたのか? 何かイヤなことでもあったのか? 何でも言ってみなさい。先生っていうのは生徒たちの悩みを解決するのがお仕事だからな! 何でも聞いてやるぞ!」

「・・・はぁ」

 

 2年5組担当の平沢動先生が暑苦しい笑顔と筋肉をキラキラさせながら、俺に大声で熱弁を振るってきている。面倒くさいパターンだった。

 仮にこの場でこの質問に正直に答えた場合のことをシュミレートしてみよう。

 

 

『先生が先日の授業中に出した宿題【みんなにとって青春とは何だ!?】をテーマにした作文を、俺なりに素直な気持ちで正直に書いて提出したんです。近頃の小学生は青春のことをだいたいこんな感じで捉えているんじゃないでしょうかね?』

 

『よし、わかった。歯を食いしばれ比企谷』

 

 

 ――と、こうなるのは目に見えている。だから正直に答える答えるわけにはいかないのだといい加減気づけよ脳筋教師。まだ桜が咲いてる時期だってのに、半袖短パン履いて出勤してんじゃねぇよ。仕事着自由だからって自由奔放すぎるだろ、この学校の職員採用規定。

 

 いやまぁ、この先生は脳味噌筋肉の脳筋だけに本能で危険を察知して避ける能力に長けてるから、実際に殴られることはないんだけれども。せいぜいが裏庭の草むしりとか荷物運びとかを『お手伝い』として無理矢理付き合わされるだけなんだけれども。

 だからこそ却って本当のこと言えない先生ナンバー1な我が小学校担任の平沢先生。

 学生時代に数学『2』で、計算苦手な癖にリスクリターンの計算だけは早い小物気質とかホントウザい。死ねば?

 つか、死んでくださいお願いします。この通りです。いや、ホント。マジでマジで本気でウザすぎるから。

 

 

 表面上は返事しないで黙り込んだままな俺の内心には気づくことなく、気にすることなく先生は「はぁー・・・」と大きな大きな溜息を吐いてから、俺の顔をチラリ。

 

「比企谷。お前は、部活動やってなかったよな?」

「はい」

「クラブ活動とかはやってたっけか?」

 

 俺の所属クラブを知らないこと前提で聞いてくる、俺のクラスの担任教師。

 

「平等を重んじるのが俺のモットーなので、特に親しい人間がいないクラブに、名前だけ入れとくようなことはしない事にしてるんですよ俺は」

「つまり、入ってないということだな?」

「端的に言えば、そうですね」

 

 俺が遠回しな非難を込めて答えると、平沢先生はやる気に満ち溢れた(要するに気持ちだけしかない)笑顔をペカーっと輝かせる。

 

「よーし! それじゃあこうしよう。この作文はお前の本心を書いた物じゃなかったということにしておくから、明日までに書き直してくるんだ。いいね?」

 

 さも『名案だ!』とでも言い足そうな顔で言うな。お前がそのままだと上に提出できないだけだろうが。

 

「・・・そうだ。せっかく来てくれたんだしタダで返すのも悪いから、裏庭の草むしりを頼んじゃっていいかな? 終わったらジュースおごるからさ」

 

 こんもりと盛り上がった大胸筋を見せつけながら平沢先生は立ち上がり、俺の肩を叩きながら言ってくる。

 説明も前ふりもない急な提案に、俺は『アンタ今思い出しただろ、その厄介事・・・』と言う背景を見せられた気がして眼が腐りそうになる。

 

「よし、行っていいぞ。手早く済まして来たら、ご褒美の追加があるかもな?」

 

 ニカッとした笑顔で微笑みを向けられ、俺は慌てて逃げ出した。

 これ以上ここにいて余計な物を追加されたくない。『ジュース一本で草むしり』なんてブラック労働だけで十分すぎる労働法違反なのだから。

 

 

 

 

 うちの学校は上空から見下ろしてみると、少し歪な形をしている。

 漢字の口、カタカナのロによく似た配置で周囲を取り囲むよう真ん中の空欄に教職員棟を付け足してあげれば、我が愛すべき母校の俯瞰図が完成する。

 真ん中から四方を見張って支配しているようにも見えるし、逆に四方を囲まれて監視されてる風に見えなくもない。

 

 結局は、善とか悪とか、正しいとか間違ってないとか特殊とかと同じで、見る人の基準――主観によって定義が変わってしまう程度のものなんだろう。

 ほら、特殊って英語でいえばスペシャルじゃん? なんか優れてるっぽく聞こえるだろ。

 言葉なんて自分の意思を相手に伝えるためのコミュニケーションツールでしかないんだから、いいんだよそれで。誤魔化したいって意思が、ちゃんと相手に伝わって誤魔化せてるなら無問題。日本語の妙だよな。

 ・・・まぁ、specal!には『例外』って意味もあるから多分そっちの方が俺の今を表すには相応なんだと思うけど、俺理数系苦手な文系だからな。英語ヨクワカラナーイ。HAHAHA!

 

「・・・・・・むなしい・・・」

 

 一人つぶやき、俺は先ほどから雑草狩りに勤しまされてる現実から目を背けるためおこなっていた愚にもつかん思考を一端停止させる。

 

 初夏というにはまだ早く。都道府県の位置的理由から海風が心地よく隙間風として入ってきやすいここいら一帯。

 

 ――それをあろうことか校舎の壁で取り囲んで封鎖してしまった孤独な孤島の、なんと蒸し暑くて気持ちが悪い最低最悪の労働環境なことだろうか。職場のブラック環境ここに極まれりだ。消費者庁に相談すれば解決してもらえるかな? え、無理? ですよね~・・・。

 

「あげく、引っこ抜いた雑草を処分するための焼却炉は反対側の教職員棟裏側にあるんだもんな。もうこれ嫌がらせ目的のパワハラ認定して然るべきだと思うんですけど、これでも助けてくれないの? 日本の労働基準法・・・」

 

 出来もしないことと分かっていても言わずにはいられなくなるブラック職場。それが今の俺が毎日通ってきては働かされてる県立小学校の実態だったが、あいにくと今の俺の公的身分は女子小学生。社会人には含まれないアルバイト待遇なので労働法は適用してもらえない。早く大人になりたーい(妖怪人間風に)

 

 

 そんな風に思考がネガティブになっていたからだろう。ついつい、聞き耳を立てて他人の醜聞に敏感になってしまってたのかもしれない。

 遠くでかすかに聞こえてきた誰かによる誰かへの罵声に、俺は言葉の意味を理解するより早く気づいていた。

 聞こえてくる先は進行方向上。焦る必要も急ぐ必要さえもない場所。

 それでも俺は足を速めたくなる。

 

 一刻も早く、この重たいだけで後は燃やされる運命しか待ってない雑草という名の吹き溜めが詰まったゴミの集合体を捨て去りたくて仕方がなかったからである。

 

 そして、見つける。

 今まで何度も見たことのある一人の少女を。

 今まで何度も見てきたのに、今始めてみる表情をしている一人の女の子を。

 

 

「雪ノ下さんさー、最近ちょっと葉山君になれなれし過ぎない? もう少し空気とかノリとか読んで欲しいんですけどー」

「そうそう、ちょーっと家がお金持ちでお父さんとお母さんが上流階級だからって見下してきちゃってさー。

 頭いいくせして、お父さんたちが立派なだけで子供のアンタが凄いわけじゃないってことぐらいわかんないわけ? マジ情けない。少しぐらい世の中のこと学んできたら?」

「・・・・・・」

 

 一人の少女を取り囲んで、複数の少女たちが威圧的な言葉を投げかけ続けている。

 教職員棟の裏手というのは、ちょっとした死角だ。校門があるのと同じ正面方向にはマンションとかもあるから見栄えも気にするし、周囲からどこまで見られているかを気にするけど、裏側には校舎以上に高い建物が存在しないし、面積でも正面よりかは後ろの方が遙かに狭く作られてて見られる心配がほとんどない。

 

 普段、他人からどう見られるかを気にしながら生きてる連中にとってここは、他の人の目を気にしなくていい気楽な場所。取り繕ってる自分を脱ぎ捨ててゲスな本性を曝け出してもバレないですむ理想郷。

 

 そこで今、明らかな女子グループによる一人の女子生徒に対してのイジメが発生していた。

 

 その他大勢の方は一人一人を区別できるほど知らないし会ったこともないけれど、真ん中に立って黙ったままキツい眼で周囲の少女たちを睨み付けてる黒髪美人についてだけ、俺は知っていた。俺以外でも学校にいる連中ならほとんどの奴らが名前と顔は知っているだろう。

 

 2年2組、雪ノ下雪乃。

 県立であるうちの小学校には通常カリキュラムの他に特別進学クラスが追加でもうけられていて、希望する奴は放課後に受けられる仕組みになっている。

 彼女はそこの一員であると同時に、同じクラスのなんとか言う男子と双璧として異彩を放っている別格の存在が彼女、雪ノ下雪乃という少女だった。

 

 その男子と並んでテストの成績は常に一位か二位。小学生離れした美貌と、艶やかで癖のない黒くて長いロングヘアーの持ち主で、あとは「オッパイさえ大きく成長すれば完璧!」と、うちのクラスのバカな男子生徒が言ってたような言ってなかったような、そんな奴。

 

 ――ちなみにだが、俺の容姿はその男子生徒曰く「色々と完璧なのに、なんでそんなに残念なの?」との事。

 うるせぇ、マジ余計なお世話だ。おかげで雪ノ下を見る目に嫉妬のフィルターが入って正確に読み取れなくなっちまってるだろうがよ。

 

 

 ・・・だからおそらく、それが原因なのだろう。

 あの雪ノ下雪乃が。

 氷の女王のように君臨して相手の都合など無視して言うべきことをシッカリと伝えるところに畏怖の念を持たれている小学生離れした超優等生が。

 

 俺の目には今、泣きたくなるのを堪えて必死に我慢している幼くて小さな少女にしか見えなくなってしまっているのは・・・・・・。

 

 

「だいたい何? さっき私たちが声かけてあげた時の対応は? 一体何様になったつもりなのよ。人を馬鹿にするにも程があるでしょ」

「そーそー、あたしたちは葉山君がアンタのこと『口が悪いところがあるけど、悪い子じゃないんだ』ってゆーから、仕方なしにお情けで誘ってあげたって言うのになに勘違いしちゃってるんだか。マジ腹立つわ、アンタ」

「・・・・・・・・・」

 

 言われっぱなしで黙ったまま睨み付けるだけの沈黙。

 言わなくても分かるってのは傲慢だと俺は思っているし、相手の気持ちを勝手に『こう思っているに違いない』と決めつけるのだって逆方向への傲慢さだと感じているが、それでも今だけは声に出さない雪ノ下の思いを正確に読み取れたと俺は断言できる。

 

 目を見りゃ分かる。

 

 "そんなことは言われなくても分かってる。だから言ってやったんだ、バカども"

 

 そう言いたいのだろう。――細かい言い回しの違いは勘弁。俺、女だけど女言葉苦手なんだよ何故か。

 

 葉山というのは、特進クラスで双璧やってる男子のことだろう。染めたわけでもないのに明るめの色した髪色が特徴的で、周りへの接し方が荒っぽければ絶対不良呼ばわりされてたことは疑いないイケメン男子の名前だきっと。

 これまた理由は不明だが、男よりも女の方が好きな俺は男子の名前をハッキリ覚えている自信がないので曖昧になっちまってるが、多分あってるだろ。たぶんだけどな。

 

 そいつと雪ノ下は家が近いからとか、親同士が仲いいからとかの理由で仲よさそうに話してるところを何度か出くわして見かけたことがある。

 そのときに抱いた印象は、概ねさっきから女子どもが囀ってる内容と大差ない。

 ボッチらしく、リア充爆発しろ!と願いまくっただけだったことを、俺はつい昨日のことのように思い出せる。

 

 ・・・より正確には昨日じゃなくて、一昨日のことのようにと表現すべき直近の過去に思ったことだったけど四捨五入すれば昨日の内に含まれるから大丈夫だきっと。

 

 

 とにかく昨日までの俺にとって雪ノ下雪乃はそういう奴という認識だった。なにが起きようと、美少女だけどボッチな俺と生涯にわたって関わり合いになることは絶対にない相手。そう思っていた。

 

 ・・・だけど、今はもうそう思えなくなってる自分がいる。

 あの様子から見てイジメが始まったのは昨日今日のことじゃないのは解りきってるのに。

 変わったのは俺で、雪ノ下がなにか変わったわけでもなく、知らなかったことを知っただけのはずなのに。

 

 それなのに俺は、雪ノ下を昨日まで思っていたイメージとしての雪ノ下と被せてみることが出来なくなってしまっている。自分の中で知らず知らずのうちに創ってしまっていたイメージ上の雪ノ下と同一視することはもう出来そうにない。

 

「さて、と・・・」

 

 それはそれとして、お仕事だ。平沢先生から押しつけられた草刈りを終えるため、職員棟をグルリと回って正反対のところにある焼却炉まで持って行くのを再開せにゃならん。他人のイジメ事情にかかずらわってる余裕は一秒たりともありはしないのだ。

 

「黙ってないで何かしゃべりなさ――――やばっ!? 誰か来てる音かも!?」

「嘘!? こんな時間にこっちに来る先生なんているはず・・・っ」

「いいから早く来て! 見つかったら連帯責任にされちゃうから!」

 

 かしましい女どもがいなくなった、燃えるゴミのせいで匂いがキツく人気のない焼却炉の前にはポツンと一人だけ雪ノ下雪乃が状況が理解できないまま取り残されてしまっていた。

 

 それには構わず、俺は焼却炉の蓋を開けるのを邪魔する位置に立つ彼女に、

 

「邪魔なんだけど、退いてもらっていいか?」

 

 とだけ声をかけて、邪魔な障害物をどかしてからゴミを捨てる。はお、これで先生からの依頼完了。めでたしめでたし。

 

 用事が済んだ俺は、平沢先生に完了報告をするため足早にその場を離れようとする。

 感謝の言葉を言われたくないんじゃない。・・・ただ、ものスゲー眼付きで睨み付けてきてる雪ノ下に目を合わせられるのが怖すぎただけだ。

 さっきから「余計なことしてくれやがって」的なニュアンスがひしひしと伝わってきてるよ。目が言葉を必要としないほど物言わせちゃってるよ。脅迫のレベルだよ。視線だけで人殺せるなら百人かそこらぐらい軽く殺し尽くしちゃってそうな超ハイレベルプレイヤーだよ。

 

「あなた――」

「悪ぃ、今忙しいんで後でな」

 

 俺は二度目が無いこと前提の暗喩『また後でな』を使用して敵の動きを封じてから、全速力でその場を逃げ出す。

 初対面だし、少しだけ言葉を変形させてあるからバレないだろう。・・・バレないよね? バレないでくれるとマジ嬉しいんだけど・・・・・・。

 

 

「やっぱ無理かぁ~・・・」

 

 草刈りが終わって報告して、次の話に持ち込ませないよう報酬のジュースを断る権利まで捨て、わざわざ教師と二人で茶をしばく拷問に耐えてまで普段よりも遅い時間帯に下校したというのに、校門の前には門扉に寄りかかるようにして少女の姿が一つだけ。

 

 言うまでも無い。雪ノ下雪乃だ。

 だって夕焼けの中に一際栄える綺麗な黒髪は、他の同世代女子じゃ真似できねぇもん。

 

「・・・しゃーない。何も声かけられないこと祈って通り過ぎれるよう頑張りますか」

 

 何をどう頑張るのか自分でも意味不明なつぶやきを発して、校門に向かい踏み出した俺。まだ、雪ノ下は話しかけてきていない。

 

 徐々に距離が縮んできて、通り過ぎ去るまで残り三歩。まだだ。残り二歩。まだまだ。残り一歩。・・・そろそろ不意打ちで話しかけてこようとしてんじゃねぇの?

 最後のゼロh――――

 

 

「・・・・・・さっきのは何のつもりかしら? 2年5組、比企谷八幡さん。私は一言も助けてなんて頼んだ覚えはないのだけれど」

 

 いろいろバレてらっしゃる――――っ!?

 どうすべー、これ! どうすべーっ!?

 

「余計なことはしないでくれる? 私、あなた如きに助けられるほど落ちぶれた覚えはないから」

「・・・何の話だよ? 余計なことも何も、俺はおまえに何かしてやった覚えなんてない」

「それで白化くれているつもりでいるの? 先ほどあなたがした行いは、誰がどう見ても余計なお節介というものよ。だから言ってるのよ。余計な差し出口はごめんだわって」

「・・・・・・だから?」

「あら、ハッキリ言わなければわからない程度の幼稚な頭しか持ってない人だったのね。ごめんなさい、気がつかなくて。言い直してあげるわ。

 “同情はいらない”――そう言っているのよ」

 

 

 絶対零度の声と表情で言い切って見せた雪ノ下の言葉。

 それに対して俺がいえることなんて・・・・・・一つしかないじゃないか。

 

 

 

「はぁ? なんだって俺が最上位カーストにいるリア充のお前に同情してやんなきゃいけないわけ? むしろお前が俺に同情してくれよ。

 生まれてこの方、最下位カーストが定位置になっちゃってる俺に対してリア充はもっと優しく接する義務があるでしょ、どう考えてもさぁ」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 意外そうに目を見開いて俺の顔を見つめてくる雪ノ下。

 夕日を背にしたその顔は美麗で、出来ることならずっと見続けていたいけど無理だ。そろそろ帰らないとプリキュアが始まってしまう。

 絶対に手に入ることのないリアル美少女と、望んで努力すれば入手可能な二次元美少女の好感度だったら、後者を取るだろ普通に考えて。

 

 あー、はやくゲーム機が高性能化してリアルいらなくならないかな―。アイドル育成ゲームとかでキャッキャッ、ウフフとか出来るようになって欲しい。

 

「じゃあ、そう言うことなんで」

 

 とは、言わないで普通に無言のまま立ち去ってこうとする俺。せっかく相手を黙らせることが出来たのに、自分から話し再会するきっかけ与えてるとしか思えない別れの挨拶を発するとか正気の沙汰じゃないからな。

 

 なのに――――

 

 

「・・・・・・・・・・・・待って」

 

 なんでだか、雪ノ下に呼び止められて大きくため息。どう思われたところで知ったことか、俺は嫌われることで放課後のプリキュアが確保したいんだ。

 

「なんだよ」

「・・・・・・時間」

「ああ?」

「・・・・・・もう日が暮れてるのよね、この時間帯って」

「・・・?? ああまぁ、そりゃ確かにそうだけど・・・」

 

 だからなんだよ、としか返しようがない雪ノ下の言葉。

 確かに女子小学生が一人で徒歩下校するには遅すぎる時間帯だけど、この時間まで学校に残っちまってたのは本人の問題だろ? 自己責任だ。

 

「今からうちに電話して車で迎えに来てもらうから、あなたも乗っていきなさい。家まで送ってあげるから、今回のことはこれでお相子にすること。いいわね?」

「・・・・・・」

 

 ――まさかの助けた雪ノ下に連れられて、玉手箱が待つ竜宮城じゃなくて、妹の小町が待ってる俺の自宅まで送ってくれる展開になりましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

「・・・ああ、わかった。じゃあそう言うことで」

「ええ。そう言うことにしておいてちょうだい」

 

 

 俺は相手の提案を受け入れて受諾。どうせ今この時だけの馴れそめで、一期一会だ。エリート様と俺との間にこの程度で接点なんか生まれない。ボッチに生まれたやつはボッチとして生きる以外に道はない。・・・はずだ、たぶんだけどな。

 

 それこそ俺が守り貫く信念であり、明日から少しずつ少しずつ揺らいでいくことになる、そう遠くない未来の俺にとっての過去に信じ貫いていた信念になるもの。

 

 

 今日まで知らなかった雪ノ下を、明日からの俺は知っていて。

 明日が今日になった時の俺が何を知っているかを、今の俺は知ることが出来ない。

 

 人は今を生きるもので、今という時間は止まることなく続いていく。

 俺が変わらなくても俺と関わる相手は変わっていく。

 変わりゆく相手と付き合い続けていくためには、俺もまた合わせるように変わっていかなければならなくなる。閉じてない世界に変化が訪れないことはあり得ない。

 

 こうして小学生の俺が送る青春ラブコメは間違え始めて、小学生らしくない小学生ラブコメを送り始める。

 

 後になって思う。

 俺はこの時、選択肢を選び間違えたのだと。

 

 女として男と結ばれるルートから、女として女と結ばれるラブコメへと進んでしまう選択肢を、間違って選んでしまったのだと。

 

 

 こうして俺と雪ノ下は、リアル青春ラブコメの選択肢を間違え始める。



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となりに住んでる吸血鬼部隊の孫娘

「となりの吸血鬼さん」を私流にアレンジして書いてみた作品が見つかりましたので投稿しておきますね。バス移動時間中は暇なのです。


 

『ごく普通の街中にある不可思議な洋館。そこには一人の少女が住んでいて、赤い月が昇る夜にだけ姿を見せるという・・・。

 血のように赤い瞳、水銀を溶かしたような銀色の髪。この世ならざる美しさと妖しさを併せ持った、その妖艶なる少女の正体は道に迷った娘を浚い館に封じ込める伝説の怪物【吸血鬼】なのかもしれない・・・・・・』

 

 

 

「――って、記事をネットで見つけたから来たのに道に迷っちゃったよ~(涙)」

 

 滂沱のように涙を垂れ流しながら夜の森をさまよい歩く黒髪黒目に黄色色の肌という典型的な日本人少女のオカルトマニア佐伯和子は、街中なのに県外扱いで使えなくなってしまった携帯を胸に抱えたまま同じ地点をグルグル、グルグル回り続けていた。

 

「オカルト研究会で来月の出し物に使おうと思って吸血鬼捕まえに来たのに、捜索隊が遭難しちゃったよ~(涙の滝)」

 

 嘆き悲しむ姿が、どこぞで全滅した捜索隊を彷彿とさせなくもない女子校の制服を着た女の子、佐伯。この近所に住んでる知り合いから「それっぽい洋館ならここにあるかも」と教えて貰った情報を頼りに夜の森まで着たところ遭難中。

 その時に――――

 

 

「こんな時間に、こんな場所で何をされているのです?」

「うひゃあっ!?」

 

 

 先ほどまで誰もいなかったはずの背後から突然声をかけられて、驚きながら振り返った先にいたのは銀髪赤目で小学生ぐらいの背丈を持つ女の子。肌が白いし、着ている衣服も現代日本の流行とは懸け離れたクラシックな物。

 

 ―――どっからどうみても吸血鬼そのものな見た目を持つ少女に、吸血鬼捕獲目的で訪れた見世物小屋経営者志望の女子高生としては恐怖する以外に選択肢がない。

 

「あわ、あわわ、あわわわわわ・・・・・・きゅ、きゅきゅきゅ吸血鬼・・・・・・?」

「え?」

 

 己が正体を言い当てられたことに驚いたのか、相手の吸血鬼は眼を開いて佐伯を凝視し、なにかを思い出すような仕草で満月が輝く夜空を見上げてからポンと手を打つ。

 

 

「ああ、なるほど・・・確かに完全なる勘違いとまでは言えない素性でしたね、私って。

 ――ですが、この見た目のことを言っておられるなら勘違いですよ? 私は日独クォーターでアルビノなので肌が弱く、環境破壊が著しい日本の紫外線が辛すぎるから夜に出歩いているだけです」

 

 普通に外国人だった!?

 しかも、現代日本が抱える社会問題の被害者っぽい!?

 

「こ、こんばんは。変な勘違いしちゃってたみたいでごめんね? 私、肝試しに来たんだけど来た道が分からなくなっちゃって、迷ってる内に同じ景色がずっと続いて吸血鬼に化かされているんだとばかり・・・」

「当然の結果なのではないでしょうか? 夜中に森の中で正規の道を外れてしまったら誰だろうと道に迷うでしょうから」

 

 正論だ! これ以上ないほど徹底的に容赦ない完全無欠の大正論だ!!

 

「まぁ、とりあえずは入り口までお送りしますよ。私は慣れてますから道に迷う心配もありませんし、安全に帰れますよ?」

「ほ、本当に? ありがとう~! 助かっちゃったよーっ!

 ・・・あ。でも、あなたはどうしてこんな時間のこんな場所にいたりしたの? 小さな女の子が入ってきていい場所じゃないし、時間帯でもないんだよ?」

「日課というか、定期的に行うよう言い付けられてる祖父の遺言を遵守しているだけです。本当なら今時はやらない類いのことなんでしょうけどね。お爺ちゃんっ子なんですよ、私」

「へぇ~、そうなんだー。それでそれで? 一体どんなことをするよう言いつけられてるの?」

 

 興味本位で尋ねてしまった佐伯。

 特に気にした様子もないままサラリと返してくる銀髪赤目の日独クォーター。

 

「夜間に現在地を把握しづらい地形において行う、敵地浸透訓練です」

 

 何者なの!? あなたのお爺さんは一体どこの何者なの!? 吸血鬼よりも怖いことした人たちの一員じゃないよね!?

 

「へ、へーそうなんだ・・・そ、そそそう言えばあなたは知ってるかな!? この森って実は吸血鬼が出るかもって噂のある怖い森なんだよ!? 怖いよね-!?」

 

 空元気で全力を出し、話題を逸らそうとする佐伯。

 空気を読んだ日独少女も話を合わせてくれたのか、普通に先ほどの話題は脇に退かしてくれた。

 

「ふむ、確かにそれは恐ろしいですね。吸血鬼と言えばファンタジーの定番ボスキャラですから」

 

 お、食いついてくれた! 吸血鬼ネタはこの子にもセーフだ!

 

「なによりも祖父から聞かされた昔の愚痴を思い出させられて困りものなんですよ。あの人も吸血鬼伝説には色々と迷惑をかけられた人でしたから」

 

 へぇ、怖いお爺さんかと思ったら怪談話に迷惑かけられるなんて可愛いところもあるじゃなーい♪ ちょっとだけ親近感がわいたから話題もちょっとだけ戻してあげよーっと。

 

「あなたのお爺さんって、どんなお仕事してる人だったの?」

「ナチス武装親衛隊総統特務班所属、通称『吸血鬼部隊』の連隊長で階級は少佐だったそうですよ?」

「アウトーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」

 

 佐伯絶叫! やっぱダメだった! そのお爺さん、やっぱり吸血鬼よりヤバい人だった!

 怪物以上に今という時代を生きてちゃいけない人だ! この時代からいなくならなくちゃいけない過去の亡霊だ! 居るべき墓場へ帰れーーーーーーーっ!!!!!

 

「・・・??? なにやら混乱しておられるようですが・・・もし気分が優れないようでしたら、うちで休憩されていきますか? お茶ぐらいなら出せますけど・・・」

「い、いや流石にそれは・・・お爺さん居たら怖すぎるし、殺されちゃいそうだし・・・」

「話聞かれてましたか? 『祖父の遺言』って言ったはずでしょう? 五年以上も前に亡くなってますから、祖父を怖がってるなら杞憂という物です」

 

 呆れた口調と表情で言った後、肩をすくめる所作をプラスで付け加え、

 

「ついでに言えば、亡霊とか呪いとか非科学的でオカルティックなのも論外です。科学万能が叫ばれている現代で、そんな迷信じみたものを信じ込むからヒトラーみたいな妄想独裁者が生まれもする。いやはや、困ったものですよね本当に」

 

 やれやれと言い足そうな表情で言い切る少女の前で、佐伯は思う。

 

 ――なんでナチス軍人の孫娘から現実諭されてる私って、いったい・・・・・・。

 

「・・・うん、それじゃあちょっとお邪魔させて貰おうかな・・・。なんか疲れた・・・」

「そうですか。では、どうぞこちらに」

 

 

 

 そして案内された少女の自宅を目にした第一声が、コレ。

 

 

「わー☆ まるで本当に吸血鬼が住んでる屋敷みたーい!

 中世ヨーロッパの雰囲気出てるー♪」

 

 佐伯の言うとおり、そこは中世の古びた洋館そのものであり、二十世紀の軍隊ナチスの軍人が住んでいた頃よりずっと前から存在していたと言われた方が説得力がありそうな造りをしていた。

 

「・・・実はこの屋敷は曰く付きな建物でしてね・・・・・・」

 

 顔を伏せながら少女が言って、佐伯は息を飲む。

 ――やっぱりお爺さんがナチスに入ったのも、この屋敷が原因・・・・・・

 

 

「実は、この屋敷の元の持ち主は日本の華族でしてね。戦後に没落して手放さざるを得なくなったところを、骨董商で財を成した父が買い取り改修したものなんですよ。

 つまり、戦前と戦後日本の支配者層が移り行く中で持ち主を変えてきた曰く付きの建物という訳で」

「そっち!? 日本史的な意味での曰く付きな洋館なの!? 思いっきり洋風建築してるのに!?」

「ああ、ちなみに調度品の大半は父が同業者から購入した名品のレプリカでしてね。なんでも『応接間などの人に見える場所以外で真贋にこだわり金をかけるのは無駄だ』とのことでして。

 やはり外国から来た余所者の商人が異郷の地で成功を収めるには、それぐらいの現実感覚は必須と言うことなのかもしれませんねー」

 

 幻想的な見た目をしているオカルティックな軍隊のお孫さんが、夢と幻想を次々と打ち砕いて下さってくる!?

 

「ま。とりあえずは、どぞ中へ。今お茶を入れてきますから」

「・・・はーい・・・・・・」

 

 

 出だしから出鼻を挫きまくる少女に誘われ入館した佐伯であったが、意外にも屋敷の内装そのものからはオドロオドロシイ印象をまるで受けず、むしろ落ち着いて考え事をしながら中世ヨーロッパ貴族の生活を想像するのにピッタリな威厳と優美さを醸し出していた。

 

「自分から招いておいて大したおもてなしも出来ませんが、紅茶でもどうぞ」

「わー♪ アッサムティーだ! ありがとー♡」

 

 供してくれた紅茶を容れる器にも(レプリカとは言え)伝統的な西洋磁器であるマイセンのカップを用いてくれている。

 おまけに茶葉はアッサム。貴族が好みそうな派手だけど品のある真紅色が堪らない。

 

 しかも。

 

「うわ、何これ!? スゴくおいしー!!」

 

 佐伯、大喜び。それほどまでに少女が煎れてくれた紅茶は美味しくて、舌触りも湯加減も絶妙。見た目だって真贋を知らずに飲めば高級感溢れる贅沢感に満ちたもの・・・ほんの一時、庶民に生まれた不遇を忘れて貴族社会の一員になれた気分に浸る日本人女子高生佐伯。

 

 ・・・たった一杯の紅茶でここまで過剰に貴族感を味わえる先進国の民も、世界的に見て希だと思う今日この頃だ。

 

「祖父が生前に愛好していた茶葉でしてね。孫の私にも色々と手ほどきをしてくれたものです」

「へー。お爺さんって、紅茶にこだわる人だったんだぁ~」

 

 イメージと違うが、誰だって最初は純粋無垢な子供として生まれてくる。大人になるにしたがって世渡りを覚えて歪んでいったとしても、子供の頃の美しい思いでは永遠・・・。

 

“きっと彼も、子供の頃に故郷で飲んだ紅茶の味は死ぬまで覚えていたんだろうな~・・・”

 

 そんな風に他人の過去を美化して美談風に解釈してしまう日本人の悪癖を遺憾なく発揮している佐伯に向かって少女は頭を振りながら、

 

「いえ、味とか香りとかはどうでも良かったみたいですよ? “大事なのは色だ”とよく言ってましたから」

「そうなの? 確かに綺麗で鮮烈な色だと思うけど、そこまで単色にこだわる程じゃあ・・・」

「私も正しく理解できていないのですが・・・“血みたいな紅色が堪らない”とのことでした」

「ぶっ!?」

 

 佐伯、盛大に吹き出す。

 

「もともと祖父の実家は没落した保守的貴族のユンカーだったそうですので、子供の頃から成り上がりの平民階級にたいして憎しみを抱いていたからかもしれませんねー。・・・どうかされましたか? なんだか顔色が悪いみたいですけど・・・お背中でもさすります?」

「・・・その反応で悪意0なことは分かったんだけど、出来れば戦争を知らない現代日本の高校生世代の気持ちにも少しだけ配慮して会話して欲しいかな・・・」

 

 戦争を忘れた国で育った子供と、心を戦場に置き忘れたままの祖父に育てられた子供の壁は、同じ国で生まれ育ってもブ厚くて険し過ぎるようだった。

 

「は~あ~・・・この屋敷って、お爺さんのことさえなければ最高なんだけどなぁー」

 

 佐伯としては、溜息を吐かざるを得ない。

 何しろ彼女はオカルト好きであっても、遊び半分で肝試しに来て吸血鬼と出会い恐怖する程度の“にわか”だ。本命は別にある。『ファンタジー』だ。

 

 特に中世騎士道系の物語が大好きで、オカルトに手を出すようになったのもファンタジー関連知識を集めていく内に変な方面にまで手を伸ばしてしまう日本人の悪い癖による結果に過ぎない。

 あくまで本命はファンタジー。聖剣エクスカリバーとか、デュランダルとか大好きです。

 

「そうだ! この屋敷にもそういう曰く付きの伝説的感じのする武具とかない!? 神の祝福を受けた聖剣とか! 岩に突き刺さってたのを抜いた聖槍とか! そういうの!」

「流石にそう言うのはちょっと・・・間違いなく銃刀法違反に引っかかっちゃいそうですから日本では・・・」

 

 元ナチスSS隊員の孫娘で日本生まれ日本育ちの少女は、純粋な日本人女子の佐伯よりも豊富な順法精神の持ち主である。

 

「模造刀ならありますけど・・・父が少し前に日本の鍛冶屋で買ってきた、日本製ですからねー。出来はいいとは言え、そう言うのは求めていないのでしょう?」

「・・・確かに、日本製なのはちょっと・・・・・・」

 

 昨今の刀剣ブームで脚光を浴びだした日本鍛冶師の模造刀技術。世界的に見ても極めて高い水準にある彼らの作る武具類のレプリカは純洋風な造りの屋敷の中に点在してます。

 世界中の至る所で散見される小さな日本。現代日本人はもっと自分たちの磨き上げてきた匠の技を誇るべきだと私は思う。私って誰やねん。

 

「・・・強いて“其れっぽさ”を感じられる品があるとすれば、コレぐらいですかね」

「わー♪ ナイフだー! ちょっと古い感じがスゴくいいねー!」

 

 少女が引き出しを開けて持ってきてくれた箱の中に納められていたのは、一振りのナイフ。

 柄の真ん中に小さく十字が描かれている以外に装飾らしい装飾はなく、シンプルなデザイン。

 だからと言って実用性一点張りという訳ではまったく無く、どちらかと言えば儀式とかで用いられていた祭具めいた厳かで神々しさすら感じさせてくれる、作り手たちの思いと技術が詰まった特別な逸品。

 

「スゴいスゴい! これってどんな逸話があるナイフなの!? 教えてー! お願いだから教えてよー!」

 

 素人目で見ても、其れが只の市販品ではないことぐらい一目瞭然なほど『格の違い』を感じさせてくれるナイフを食い入るように見つめながら、子供のようにはしゃいで訊く佐伯。

 

 悪魔や魔物と戦う武器としては使い物にならないのは分かるが、逆に王家の一員である事を示す先祖伝来のアイテム的雰囲気に包まれたナイフに興味津々な彼女に気をよくしたのか元ナチスSS隊員の孫娘は微笑みを浮かべながら優しい口調で説明してくれました。

 

 

「祖父は当時、最年少でSS隊員に選抜された秀才だったとかで、親衛隊に配属された際『マイン・ヒューラーから直々にナイフを拝領する栄誉を賜ったのだ』と生前に良く自慢話をされておられましてね。そのナイフはその時に頂いた物なのだそうです。

 『このナイフでユダヤ人どもの皮を何十人分這いでやったのだ』と、子供の頃に寝物語でよく聞かされておりました・・・・・・って、おや? もうよろしいのですか? まだ見ていても大丈夫ですよ?」

「・・・・・・いらない。呪われそうで恐いから・・・・・・」

 

 佐伯、蒼白な顔色になりながら『人の夢と書いて儚いと読む』現実を思い知る。

 今日は夜だけ波瀾万丈な一日だった―――。

 

 

 

オマケ『他のネタ候補たち』

 

佐伯「昨日やってた夏休みの怪談特集見た? この世に未練を残して死んだ人たちの怨念とか怖すぎるよね~」

孫娘「ふむ・・・確認のためお聞きしますが、それは私が世界一髑髏の旗が似合う死神の軍団に所属していた祖父を持つ者と知ったうえで訊いていると解釈して良いのですよね? 正直、今さら死者が怖いだと言う資格ないぐらいに殺しまくったお金で養育されてきたんですけど・・・」

佐伯「変なところで潔い罪悪感の持ち主だなこの子!?」



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我もまた、ツインテールになります!第2章

『我ツイ』2話目でーす♪ 尺の都合上により変身シーンの寸前からのスタートとなりまーす。
原作を大きく改稿した文章になっちゃってますのでお気を付けください。普通にやってくとリザドギルティ戦は意外と長すぎる!

ただ、折角途中まで書いたのでトゥアールが初登場する喫茶店内のシーンも下の方に乗せておきました。良ければどーぞ☆ ・・・彼女のエロネタだけでも相当の尺を取るので厄介なのですよ。いやマジで(真剣に)


「な、何なんだこれは!?」

 

 俺は驚愕に目を見開いて、その光景を凝視させられた。

 店で出会った謎の少女『トゥアール』に連れられて俺たちが向かった先、地元最大のコンベンションセンター『マクシーム宙果』が今、怪物が闊歩する地獄に変わり果てていた。

 

 特撮映画とかでしか見ることのない全身黒タイツみたいな格好した兵士たちを引き連れて、辺りを破壊しまくっているのは怪人―――爬虫類にごちゃごちゃと角を装飾したような頭部と、厳かな甲冑を纏った人型の二足歩行する大蜥蜴。

 

 そんなバケモノが、燃え上がる駐車場に止めてあった車の炎を背景に暴れ回っている姿は到底現実に起きてることとは信じられなかった。

 

 だけど・・・車の燃える炎の暑さが俺に教えてくれている。

 この光景は映画なんかじゃない。現実に俺たち地球人類は、襲われてるんだって事実を!

 

 

「アレはエレメリアン。地球のツインテールを奪い尽くすために異世界より襲来した恐ろしい力を持った怪物たちです。現状の人類には奴らと対等に渡り合える技術はありません。

 ですが! 先ほど私が総二様に手渡したブレスレット―――テイルギアを使って変身すれば彼らと互角以上に戦えるようになるはずです! どうか、それを使って世界とツインテールを守ってください!」

「・・・わかったよ、トゥアール! 俺、行ってくる!」

 

 あまりにも唐突すぎる展開に頭が追いついていかないが、目の前にツインテールを奪おうとしてる奴らがいて、俺にはツインテールを守れるだけの力がある。十分だ。俺が戦うのにこれ以上の理由はいらない。俺が命をかけて戦うのにツインテールを守ることが出来る以上の理由は必要ないから。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。変身はともかく、なんでそーじがそんな危ないことしないといけないのよ!

 ・・・あと、あんたが戦う理由の部分で、女の子が誘拐されそうになってるからとか言えないわけ・・・?」

「いや、一応女の子を助けたいって思ってはいるんだけど・・・・・・」

 

 単に『ツインテールを守ること』=『女の子を救うこと』に直結しているだけであって、別々のものと捉える気は最初から無かったぞ俺は?

 

「・・・ですが、相手は初戦から侮れない強敵が出張ってきているようです。ここは出し惜しみしようとはせずに、最初から多少のリスクは承知のうえで奥の手を使って参りましょう」

 

 そう言ってトゥアールが胸の谷間から取り出したのは、先ほど店内にいたときに俺の腕へと無理矢理装着させてきたのとは色違いのブレスレット。

 それを竜姫に差し出してからトゥアールは、厳かな口調で静かに諭すように説明を始めようとする。

 

「よろしいですか? 竜姫ちゃん。これは本来、あり得べからざるテイルギア。今ここにあるはずのない存在。

 そこに無いはずのものが有るということは、それ自体が世界を乱す歪みそのものにもなり得ると言うこと。これを身につけてしまったが最後、貴女は死ぬよりも恐ろしい運命という名の敵と生涯戦い続けなければならなくなることでしょう。ですから――」

「了解した! ていっ!(ガチャンッ!!)」

「ああっ!? まだ台詞の途中だったのにーっ!? せっかく夜なべして考えた脚本が短時間のうちに二冊も無駄になるなんて!!」

 

 トゥアールが何かについて嘆いているみたいだけど、俺には分かっていたぜ! 竜姫だったらそこで迷うことは決してないってな! なぜなら!

 

「友と供に歩める道が有るならば! 戦友と供に征ける道が選べるというならば! 友のため、世界のため、ツインテールを守り抜くため選ばぬ理由がどこにあろうか!?

 もし仮に我が世界を乱す遠因となる未来があるとするならば、その乱れを解きほぐして必ずや新たなツインテールを結んで見せるまでのこと!

 一は全、全は一! 全ての髪型は一人の人間からはじまり、世界中全ての人々と髪と言う名の縁を結ぶことが出来る可能性!

 絶望の未来だけを見て、可能性の光を見ようとせぬは愚か者のすることぞーっ!!」

 

 ――そうだ! その通りだ竜姫! 世界の歪みなんかに負けたりなんかするものか! 俺とお前が供に戦い続ける限り!

 俺たちのツインテールは・・・・・・友情だ!!

 

「総二! 捕まった人たちが!」

 

 愛香の声。指さした先では、恐ろしい光景が展開されていた。

 魔境・・・この世の地獄を思わせる惨劇――シャボン玉の膜のように極彩色の光が張られた輪っかの中をツインテールの女の子たちが通り抜けさせられてゆき、通り過ぎた女の子の髪からはツインテールと、ツインテールが持つ可能性が失わされてしまっていた。

 

 直感的に理解する。

 彼女のツインテールは、今・・・・・・死んだのだ、と。

 

「ふははははは!! この世界の生きとし生ける全てのツインテールを、我らの手中に納めるのだ――――っ!!」

 

 侵略者たちの中心に立つ、蜥蜴怪人が銅鑼声で宣言するのが聞こえてきた。

 

 

「―――――あいつら」

 

 俺は生まれて初めて、心の中で太い綱が切れる音を確かに聞いた。

 きっと、隣でツインテールを逆立てている竜姫も同じ気持ちのはずだと俺に軽く触れた髪先が俺に確信させてくれている。二人で一人、二本で一本なのがツインテールなのだから。 

 

 ・・・が。その後、ほんの少しだけボリュームを落として付け加えられた命令の方までは怒りに震えていたので俺は上手く聞き取れてなかった。

 

「だが! この俺も武人である前に一人の男・・・やはりぬいぐるみを持った幼女も見たいのだ! 見つけた者には褒美を遣わすぞ!」

「モケー?」

 

 ・・・怒っていて上手く聞こえなかったから、気のせいだよな?

 なんかさっきのと同じ銅鑼声で、世迷い言を流暢な日本語でほざいているように聞こえた気がしたんだけども・・・・・・。

 

 

「総二様、竜姫様。落ち着いてください。まだ大丈夫です、間に合います。まだ彼女たちのツインテールは助けられます」

「教えてくれ、トゥアール! 俺は・・・俺たちはどうすればツインテールを助けられる!? どうしたら俺は、あいつらをブチのめすことが出来るようになるんだ!?」

「・・・我からも頼む。彼女たちの光を守るため取り戻すため、あの美しき光り輝く姿を今一度取り戻させてやるために、我が出来ることを何でもよい。教えてもらいたいのだ!」

 

 俺たち二人の思いが伝わったのだろう。トゥアールはふざけること無く誠実な態度と口調で俺たちにブレスレットの使い方を教えてくれた。

 

「心の中で強く念じてください、変身したい、と。それでブレスレットが作動するはずです」

「それだけでいいのか? 具体的な何かを考えるんじゃなく? ――よし、それなら俺たちでも出来そうだ」

「そーじ!!」

 

 愛香の声が聞こえてきたが、今の俺たちが止まるにはいささか以上に滾りすぎてしまってたらしい。意を決して右拳を握りしめて胸の前に構えたときには既に愛香の声は意識に上らなくなっていた。

 

 目を閉じて、言われたとおりに強く念じる。

 

 変身したい・・・会長を、あの子たちを助けたい。ツインテールを取り戻したい。

 あいつらを倒せる強いものになりたい―――――と。

 

 義憤なんかじゃない。眼前で自分の好きなものを土足で踏みにじられて、黙っていられる男がどこにいる!!

 

 

 

『『【テイル・オン】!!!』』

 

 

 

 そして“変身”は、本当にあっさりと実現したのだった。

 

 

 

 

「ううむ、素晴らしいツインテール属性・・・・・・。だが、果たしてこれが、隊長殿が究極とまで讃えるこの星最強の力たり得るのか・・・・・・」

 

 足下に倒れている金髪のツインテール幼女・・・いや、“元”ツインテール幼女から奪ったツインテール属性を眺めながら怪人、リザドギルティは小首をかしげていた。

 

 確かに力は素晴らしいものがある。だが、これが『究極か』と問われたなら彼は一も二もなく首を振るであろう。縦ではなく、横にだ。

 そもそも強いだけで、強力なと言うだけで『究極』と呼ぶのは、尊敬し敬愛する自分たちの隊長にして師でもある御方『ドラグギルティ』様の弟子として恥ずかしさを感じられてならないのだ。

 

「・・・だが、この者以上のツインテール反応は現時点で感知できておらぬのも確かな事実。上を見上げれば切りがないとも言う。今回はこれで手打ちにしよ―――――」

「やめろ――――――ッ!!」

「む!?」

 

 背後から迫り来る猛烈なプレッシャー。目の前にある素晴らしいツインテール属性でさえ霞んで見えるほどの反応が“二つも”接近してきているではないか! これを僥倖と呼ばずしてなんと言う!?

 

 喜び勇んで後ろを振り返ろうとしたリザドギルティの横を、赤い何かが猛スピードで過ぎ去っていった。

 

(・・・ッ! 速い!!)

 

 間違いなく、自分よりも速い身のこなし。これほどの力を持った存在が、凄まじいまでのツインテール属性の持ち主でもあるという事実が彼をさらに喜び昂ぶらせてくれる。

 

 尊敬に値する強敵と戦って勝ちを得るは戦士として無上の喜び! まして、勝利の後に待っている勝利の美酒が極上のものと判明しているなら尚のことだ。

 

 だからこそ、彼は問う。敵の名を。尊敬し、敬意を持って打ち倒し、死ぬまでその名を己の胸に刻むつけてから倒さなければ、ドラグギルティ様の弟子を名乗る資格無し!と自らに誓った制約を果さんがために!!

 

 

「偉大なるツインテールの戦士よ! 貴様いったい何者だウオワァァッ!?」

 

 通り過ぎていった小さき戦士と相対するため振り返って改めて仕切り直そうとしたリザドギルティは、突如として吹き上がってきたツインテール属性と“もう一つの力”に吹き飛ばされて最後まで言い切ることが許されなかった。

 

 いったい何が起こったのか? 混乱しながら立ち上がりかけた彼の視界に“彼女”が写ったとき。

 手に持つ剣を構えるでもなく、ただ無人の野を征く王者の如き威厳を持って歩んでくるその姿を見た瞬間に。

 リザドギルティは己の『死』を覚悟せざるを得なくされていた。

 

 

 圧倒的なまでのツインテール属性。

 それと同じくらいに絶対的な幼力。

 

 おそらくは先の戦士よりも潜在能力では下回っているであろうが、心・技・体、そしてツインテール愛。

 戦士に必要なもの四つを極限まで鍛え上げて、凡人が到達できる最高峰まで上り詰めた戦士としての完成形。その究極の一つが“幼女”の形を取って現界している。

 

 たとえ天地がひっくり返せたとしても、自分には決して敵うことのない相手。

 その想定外の度が過ぎる敵と遭遇したとき、リザドギルティの心は晴れ渡る空のように澄み切っていた。

 

 

「・・・よかろう、本懐である」

 

 拳を握り、構えを取ると拳を突き出す。

 

 目の前には敵がいる。倒さねばならぬ敵。超えなければならぬ存在。それを倒さぬ限り、男は決して男になれぬ。いつまでも少年の心を持ったまま青春を抱え込み続ける大人を演じる子供にしかなり得ない。

 

 少年が男になるため、超えなければならない最強の存在。―――『父親』。

 

 その幼女は、リザドギルティをオーラだけで吹き飛ばす幼力を持ちながら、人の情念から生まれ出るゆえ親を持たぬエレメリアンである自分に“父親”を彷彿させるほどの『父性愛』にすら満たされていたのだ。

 

 そう、それはまるで自分たちの師であり隊長でもある“ドラグギルティ様”本人であるかのように――――――。

 

 

「我が名はリザドギリティ。滅せられる前に教えていただきたい。俺を冥土へと誘う者の名を」

「―――我が名は【テイルドラゴン】・・・・・・」

 

 

 静かな、よく通る声で名を名乗った敵『テイルドラゴン』は、リザドギルティの拳が届く間合いスレスレの所で立ち止まり、彼の顔を見上げながらハッキリと迷いない口調で告げてきた。

 『彼の願いは叶わない』という事実と供に。

 

 

「リザドギルティとやら、最初に言っておこう。我は死を覚悟して受け入れた者とは戦わぬ。

 我が剣は処刑具に非ず。己が決して敵わぬ強敵を打倒し、未来を勝ち取ることを切望する者達のみに向けられるべきもの。故に我と戦い負けることを望む貴様に死を賜わす暴君に我は成れぬ。

 だからこそ、貴様に頼みたい。我に殺され捨てたその命、新たなる戦士を誕生させるため遣ってやってくれまいか? 

 貴様の拳は我に届くことは無く、貴様の願いは永久に叶うことはない。――だが、我が願いを聞き届けてくれるなら、我は貴様に永劫の感謝と賞賛を送ることを約束しよう。

 『よくやった。お前は我にとって自慢の弟子だった』・・・・・・と」

 

 

 

 

 

 

我もまた、ツインテールになります!外伝『トゥアールと竜姫、出会いの章』

 

「「――!?」」

 

 その瞬間、俺と竜姫は強烈な寒気に襲われた。

 

「ん? どうかしたの?」

 

 会話中に突然動き出したことで愛香が不思議そうに問いかけてくる。

 当然の反応だろう。なぜなら俺たちは今、ツインテールについて語り合っていたからだ。ツインテール談義の最中に会話を止めて立ち上がるなんて、そんな失礼なことはない。

 そんな礼儀知らずな真似をよりにもよって俺と竜姫がするなんて並大抵のことではあり得ないんだが・・・

 

「いや・・・なんか寒気を感じた気がしてさ・・・・・・」

「・・・うむ。我にも理由はよく解らぬのだが、何故かこう『人として大切なナニカを事後承諾で奪われてしまいそう』な、そんな言いようのない恐怖心に襲われてしまってな・・・」

「はあ? なに言ってんのアンタたち? 竜姫だけならともかく総二まで変なこと言い出さないでよね、まったくもう」

 

 俺たちの言葉に愛香は呆れたように首を振り、そして気づいたようだった。

 皆帰ったと思っていた店内に、まだ客が残っていたことに。

 

「嘘、どうして・・・気配を感じなかったわよ・・・!?」

 

 小声でことさら大袈裟に驚く愛香。

 ・・・お前は常日頃から周囲の人の気配を察知して生きてるのかと聞きたくなったけど黙っておく。それどころじゃ無いっぽいし。

 

「ああ・・・我のツインテールも反応できなかった・・・。此奴いったい何者・・・?」

 

 小声だけど幼い声音だから響き易い声で竜姫も驚く。

 彼女はツインテールを守るため『護ツインテール術』を編み出していて、雨上がりの通学路で道路を車が通り過ぎるとき等に使っては、泥で髪が汚れないよう守っている。

 

「ツインテールを守るためなら、ツインテール護身術の一つや二つ編み出さずしてなんとするか!」

 

 幼い頃、そう喝破した幼馴染みの勇姿を俺は一瞬たりとも忘れない。

 あの時の竜姫のツインテール愛は、本当に素晴らしいものだった・・・・・・。

 

「アンタ今、心の中でアタシと竜姫で対応に格差設けなかった!?」

 

 愛香が、後背に位置する俺たちを振り返って、ツッコミを入れるフリで安心感をもたらしてくれた。

 驚異かもしれない存在を前にしながら、この余裕・・・。相変わらず頼もしい限りだな、俺の自慢の幼馴染み二人は!

 

「・・・しかし、何なんだ? あの女の人は・・・」

 

 不思議に思いながら俺はつぶやく。

 何日か前の日付が書かれた新聞紙に指で穴を開けて、その隙間からこちらを眺め見ている。それ以外は特に何もしてきていないけど、妙にその視線が鋭いというか、肉食獣がおいしそうな獲物たちを前にして『ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な?』と、食べる順番を迷っているように見えるというか何というか・・・。

 

「ま、まぁ、もう目ェ合わせなければ大丈夫だろ」

「そうね」

「うむ・・・」

 

 あまりにもあからさま過ぎる態度だったので、逆に本物の犯罪者だったりとかの危険性はなさそうだし、警戒を続けるよりかは関わらないようにすべきだと俺が結論を出すと、愛香も竜姫も賛成してくれた。

 大人しくテーブルに戻って食事とツインテール談義を再開することで、極力意識を彼女から逸らそうと努力し始めてみる。

 

 そんな矢先、女性は新聞紙を折りたたんで席を立ち、俺と竜姫の方へと歩いて近寄ってきた。

 それぞれ反対側に位置し合う俺と竜姫の真横――合間に立たれてギクリとする俺たち。

 

「・・・相席よろしいですか?」

「待て待て待て待てぇ!!」

 

 突然はじまったボケに対して耐えられなくなったらしい愛香が、客であるかもしれない微かな可能性を捨て去って、大声で相手にツッコミを入れた。

 

「はい?」

「誰よ、あなた!!」

「おかまいなく~」

「かまうわよ!」

「安心してください、こちらのお二人に用があるだけですから。

 具体的には、私好みの美少年と美幼女がイチャらぶチュッチュッしてる美しい過去の回想シーンとかあったら夜のオカズに提供して欲しいなーとか思ってるだけですから」

「あたしのツレ二人を使って、何しようと考えてんのよアンタは!?」

「何って・・・ナニに決まってるでしょう? 他の何に使う気だったんですかあなた? 慎ましやかで大人しそうな胸してらっしゃる癖してイヤらしいですね~」

「アンタに言われたくないわー! 特に後半! 大人しそうな顔しておっぱい目立つ服着てムカつく奴ね! 谷間にストロー差し込まれたいの!?」

「まあまあ、落ち着け愛香。いや、マジで」

 

 冷静を装い、世にも恐ろしい恫喝ならぬ明白な脅迫をする愛香をなだめながら、俺は目の前の少女の容姿に目を引かれていた。

 普段、俺と竜姫は女の人を見かけたとき最初に目がいくのは髪型だったから気付くのが遅れたが、奇行が目立つ以外はとんでもない美人――美少女だったのだと今になって分かる。

 

 なぜツインテールにしないのか不思議でならない銀髪のストレートヘア。

 長い睫毛と、サファイアを思わせる透き通った碧眼。すっきり通った鼻筋。微笑みを湛えた桃色の唇。

 そして何より、顔からほんの少し視線を落とすだけで自己主張を始める圧倒的ボリュームの胸。

 

「う゛。む、むむぅぅ・・・・・・」

 

 思わず竜姫も普段は気にもしていない自分の胸部に付いてるモノとを比較してしまい、両手でその辺りをペタペタと撫でてしまうほど絶対的な存在感を持つモノ。

 

 映画の中でしかお目にかかれないレベルの神秘的な妖精のごとき美少女がそこにいた。

 そんな絶世の美少女が、俺たちのやりとりを見て笑う。

 

「・・・・・・(ニッタリ)」

「「・・・・・・(ゾッ)」」

 

 ・・・なぜだかその笑顔に言いようのない恐怖心を刺激される俺たち。

 なんとなく先ほど竜姫が言っていた、『人として大切なナニカを事後承諾で奪われてしまいそう』と言う言葉が想起されて信じたくなってしまうほどの恐怖感だった。

 

 まぁ――見間違いなんだろうけどな。

 こんなに穏やかな雰囲気の人に限って、あんな邪悪そうな笑顔をするはずがない。俺はこの人を・・・人間を信じているぜ!

 

「えっと、“俺たち”に何か用があるの・・・?」

 

 無意識に腰を引いて、竜姫を背中に庇う形で席の後ろに詰めながら訊く。

 

「はい、貴方たち“二人”に用があって」

 

 しかし、少女はこの二人がけの長椅子に手をついて、俺と竜姫で満席になってるのをお構いなしに近づいてきた。

 

「・・・・・・・・・・・・大切な用?」

「ええ、とっても大切な用件です。貴方にとっても、私にとっても、貴方の後ろで私を見つめてドキドキしてくださっているカワイ子ちゃんにとっても、怯えるカワイ子ちゃんを見て悦に入り濡れてきている私にとっても重要で大切なとっても大事な案件なんです・・・」

 



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言霊×お子様主人公のサスペンスもの×ゴールデンカムイの海軍コラボIF作品

昼頃に遊び半分で他のユーザー様に書いて送ったら笑ってもらえたので折角ですしどうぞ。

言霊×お子様主人公のサスペンスもの×ゴールデンカムイの海軍コラボのIF台詞だけ作品です。


よく小学生主人公が自分たちだけで悪役たちの根城を襲って何とかしようとして追い詰められて、大人たちに救出される話ってあるじゃないですか? あれをセレニア風にアレンジしてみたお話です。

 

 

 

犯罪者A「クックック・・・惜しかったな小僧。あと一歩で出し抜けるところだったのに大人を舐めすぎるからそんな無様を晒すことになるんだぜ?」

 

同級生少年「くそぅ・・・卑怯だぞ! 大人のくせに大勢で怪我した子供によってたかって!」

 

犯罪者B「ヘッヘッヘ、何とでも言いやがるがいい。何を言っても負け犬の遠吠えにしかならねぇからな。

 お前がどうして今そんな無様を晒しているか教えてやろうか? それは仲間を見捨てて一人だけ逃げようとしなかったからだ。格好付けのエセ正義漢ぶって一人じゃ何にもできないガキであることも忘れて残ったりするからこんな羽目になる。あの世で反省してきな坊や。これは俺たちからお前らへの為になる授業って奴さ!」

 

 

がちゃこん。

 

 

セレニア「違いますね」

 

 

同級生ズ『セレニア!?』

 

犯罪者C「な、何だテメェは!?」

 

セレニア「彼らが犯した過ちは、彼らだけで来たことです。初めから大勢で寄ってたかって押し寄せてきていれば敵に命乞いする以外の選択肢など存在しなかった。例えばそうですねぇ・・・今の私がそうしたように、今から貴方たちがそうするしかなくなるように」

 

犯罪者D「いったい何言ってやがる腐れキチガイ馬鹿ガキが―――」

 

ドガァァァァッン!!

 

犯罪者ズ『な、なんだぁぁぁぁっ!?』

 

 

――大日本帝国海軍北洋艦隊所属、雷型駆逐艦四隻が川を下って襲来してきた!

 

 

艦隊司令官少将「押忍! 時空を超えても尚、我らの忠誠は全て皇帝陛下のために! ジークハイル!」

 

混沌帝国兵士たち『ジークハイル! 主砲、一斉射! 半端な混沌しかもたらせない愚か者どもに真の混沌と言うものを思い知らせてやれぇぇぇっ!!』

 

 

犯罪者たちの誰か「な、な、な・・・っ!?」

 

セレニア「・・・・・・(想定してたのとは桁外れに違う援軍が来ちゃったんですけど、どうしましょう・・・? ただ匿名電話で警察が動かざるを得なくしただけなのに私がやるとなんでいつもこんな人達ばっかりが来てしまうのか・・・あああぁぁぁっ・・・(ToT)/~~~)」

 

 

 

 

――こんな展開になりますな。

力技で解決しようとしたら強すぎる援軍の到来に頭を抱え込まざるを得なくなるセレニアの図ですね。

 

警察を呼ぼうとして刑務所を蹂躙した連中を(無意識とはいえ)呼び寄せちゃうあたりがセレニアらしいといえなくもないIF話でっす♪



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私なりに真面目な転生ファンタジーを書いてみた。

真面目にファンタジーを書いてみたくなったので少しだけ書いてみたオリジナル転生ファンタジーの『序章』を投稿させて頂きました。
本当だったら一定量書き溜めてから出したかったのですが、こういうのは慣れてないため勝手がわからず人から見てどうなのかだけでも聞いてみたくなった次第です。

慣れないことは難しいものですねぇ~(´▽`*)


「よう」

 

 夜、声をかけられて目を覚ましたら辺り一面白一色の世界に座り込んでいた。

 眼前には後光っぽい光を背負った神様っぽい若くてイケメンな兄ちゃんが片手を上げて挨拶してきている。

 

 日本の横浜に在住している高校生の少年『生田深山』は頭をポリポリかきながら「あ~・・・」と意味の無いうめき声を上げてみる。

 

「・・・こういう時って、なんて言えばいいんだろうね? 『ドロボー!』とか叫んで助けを呼ぶとか?」

「呼んでもいいが、ここって見たとおりお前の部屋じゃないぞ? ついでに言えば物盗みに忍び込んだ泥棒は部屋の主にいちいち声かけて起こさないと思う」

「冗談だよ。自分でもつまらないと解りきってる、戯言さ」

 

 首をフリフリ、立ち上がりながら頭を振って相手に目線を合わせながら周囲を観察する。

 うん、見た目通り地球ではない。だって、窓っぽい枠の向こう側に地球見えてるから。

 こうして見ると確かに地球は青い。でも、神様はいないんじゃなかったっけか?

 

「今さら言うまでも無いと思うけど、俺は神様『みたいなもん』だ。お前らの概念に照らし合わせて表現したらの話だけどな?

 実際には外宇宙生命体とか色々な呼び方に当てはまる存在なんだけど、この表現が一番伝わりやすいと思うし、この見た目もそれに合わせてデザインしてみたから無駄にするのはもったいない。だからまぁ、そう言うもんだと思っといてくれ」

「なるほど」

 

 疑問とも言えない謎について考えていると、折良く相手の方から正体を提示してくれた。

 確かに神様というのは、こういうとき使うには便利でいい言葉だった。人という生き物は大抵のことを『神様』絡みで考えるだけでなんとなく納得してしまえる理屈を勝手にこじつけ出す生き物なのだから。

 

「今日お前さんに会いに来たのは他でもない。一度死んで転生して欲しいんだ。もちろんイヤだったら断ってくれて構わないし、無理強いもしない。

 他にやりようがなくなったらするかもだけど、少なくとも今はそこまで切羽詰まってないから断られた場合には次の候補者の元に行くつもりだけど・・・どうだ?」

「いきなり『どうだ?』と言われてもねぇ・・・とりあえず事情説明を」

「ほいきた」

 

 あっさりと承諾して目の前の『神様“みたいなもん”』は説明してくれた。最初からしなかったのは、ごくごく偶に最初の一言目で飛びついてくる変わり種もいるらしいと神様みたいなもん仲間の間では話題になってるからだとかで試してみたとのこと。

 ・・・明日をも知れぬ浮浪者でも勧誘したのか、あるいは一向宗門徒か。どちらにせよ現代日本の一般的な学生の比較対象に持ってこられても困るしかないよな。

 

「実は俺たちが冗談半分で作った惑星に欠陥が見つかって、結構遠い未来に“死”が確定しちまっててな。

 誰か適正のありそうな奴の魂をワクチンとして星に打ち込んで病を取り除いてやるべきだとの結論に達した。

 で、お前がそのワクチン候補の16番目」

「俺、なんの取り柄もない凡人だけどワクチンとして役に立つの?」

「あくまで適性があるかないかの問題であって、高尚な魂を求めてるわけじゃないからな。

 ついでに言えば他にも候補は結構いる。地球人類だけでも総人口六十億人、一億人に一人の割合でも六十人いる計算になるし、魂の話だから人間である必要性もない。霊長類なんて言うのも地球人が勝手に作った概念だから魂には関係してないし」

「なるほど」

「ただ、文明を持った生物同士の方が交渉しやすいし、騙すのも無理強いするのも好みじゃない。できれば納得の上で星を救うワクチンとして気持ちよく魂を捧げて欲しいんだよ。

 ――あ、言い忘れてたけど生け贄って訳じゃないから特別なことする必要性はないぞ? 痛くも痒くもなくていい。

 ただ、別の星の住人に生まれ変わって生きていって、死んだ後に魂が星の土へと還って病を癒やすためのワクチンとして徐々に効果を発揮してくれさえすればそれでいい。生きてる間に予定が早まったから早死にとかも無し。そこまで大事に考える気ないから信じてくれて構わない」

 

 他にも、人生を途中下車してもらう都合上、向こうの世界で生きて生きやすいよう様々な特典も追加で付与してもらえるとのこと。至れり尽くせりだが、疑問も残る。

 

 なぜ、そこまでして死が確定した星を助けたいのか? そこまで便宜を図った自分が星を死なせる要因になるとは考えないのか?

 

 

「こっちの都合で生み出したモンに欠陥があったせいで、上に乗ってる住人達を予定外の死に方させなきゃならんのだぞ? 後味悪いじゃないか。

 お前が滅ぼす可能性についても、星を壊すほどの物は与えてやれんから杞憂だな。本末転倒になるかもしれん計画はさすがにゴーサインが出るとは思えないし」

 

 非常にシンプル克つ、ごく真っ当な答えを返されてしまった。

 

「あるいは星の上の生物たちがお前の身勝手で滅ぼされたり、お前が原因で魔王とかが人類滅ぼして世界を支配したりとかの可能性も出はするが、星の上に生まれて生きてる生き物同士の都合で滅んだり滅ぼされたりは食物連鎖だろ? そこまでは面倒見切れんよ。

 それに一応、生物が誕生する時のバランス調整して最悪の選択を世界中で選びまくられない限り片方の種族だけが一方的に勝って支配した末に世界滅亡なんて結末にはならないようにしてある。

 そこまでやっても滅びちまったって言うのなら、それはソイツら自身の総意だ。諦めてもらうより他あるまい? それぐらいにバカげた選択を選びまくらないと至らなくしてあるのが世界終末ENDな訳だし」

「ごもっとも」

 

 気楽な調子で肩をすくめて賛同する深山。彼はもとからそう言う考え方をする人間だったので、他の人なら眉をひそめそうな話にも抵抗を覚えることはなかった。

 

「転生先の星は、お前らの知ってる知識の中だと『中世ヨーロッパ風ファンタジー異世界』っていうのが一番近いな。

 もっとも、この国の言葉と俺たちの言語は一致しない部分もあるのか俺にはよく分からない概念が多分に混じっているから保証するには至らないけど。・・・なんで魔法使いっぽい奴のとなりでサムライっぽい奴が勝ち鬨あげてるんだ? 俺たちの星でも似たような文化の国があったけど、全然位置が違ってたはずなんだけどなぁ確か・・・」

「そこは気にしないでくれると嬉しいかな、現代日本に住む日本人としては」

 

 日本の恥を晒しまくることになりそうな会話はノーサンキューだ。速く次へ行かせてもらいたい。

 

「次へって言ってもな。正直今すぐ決めてもらおうとか焦ってなかったから、今日は提案だけして一週間後ぐらいにまた来るから考えといてって言おうと思ってたんだけど。もしかして考える時間いらなかったか?」

「そうだね。他の人はどうか知らないけど、俺の場合は必要ないみたいだ」

 

 他人事みたいな言い方になってしまったけど、それは紛れもなく彼の本心だった。この星で生きる今の人生に、特にこれと言って未練も執着もない。

 夢や目標がないわけではないし、その逆に自殺を考えるほど重い悩みを抱えているわけでもなかったけど、他人事みたいな感覚で日々を生きてたのも事実だ。死にたいとは思わないが、サポート付きで生まれ変わらせてくれるのなら乗ってみたいと思うのに理屈や時間は必要なかった。

 

「まぁ、こっちとしちゃ引き受けてくれるんだったら理由は何でもいいんだけど。んじゃ、さっそく今のお前の情報を他人の中から消してしまうぞ? 戻すことは出来るけど消すよりかは遙かに手間だから出来ることならやりたくない。消したら二度と戻れない気持ちで決断してもらいたいんだが、いいか?」

「いいよ」

 

 軽く返事をして、自分という存在が今まで生きてきた記憶について周囲の全てから消してもらう。

 これは事故死したとかの悲しみを残すよりかは人々に与える影響を少なくする工夫であり、彼が生まれてきて今までの間に起きた彼抜きでは考えられないことも個々人の記憶を弄ればどうとでも継ぎ接ぎできるからだとのこと。

 人間は変える事が出来る未来の運命よりも、変える事の出来ない過去の方を自分好みにしたがる習性があるから楽なんだそうだ。なんとも夢のない話だったが、ファンタジーが現実になるとはこんな物なんだろうきっと。

 

「その星の住人として大地に還るため長生きしてもらわにゃならんから能力はいじくるつもりだけど、見た目とか性別も変えるかい?」

「ハーフエルフの女の子で、魔法剣士って出来る?」

「出来るよ? どうせ一度死なせて向こうの星の住人として作り替えるわけだから、元のままでも変えるのも掛かる作業の手間は大差ない」

 

 重要なのはあくまでもワクチン、つまりは魂。入れ物である肉体に求められるのは中身に影響を与えない事、もしくは与えるとしても良い影響に限定される事。

 だから外見や性別や種族には何の意味も無いのだそうだ。

 

「しかし、ずいぶんと半端な組み合わせを選んだね。エルフと人間、戦士と魔法使いの中間種族に中間職業で、どちらの特徴も半端ずつしか受け継ぐ事が出来ないと来ている。

 おまけに、今は男の君が女の子になりたいときたもんだ。なに? そう言う趣味でもあったのかい?」

「そういう訳じゃないけどね。ただ、最後と決まっているなら昔から興味がったくみあわせを試したかったってだけで」

「最後?」

 

 不思議そうに首をかしげる神様みたいなもんに肩をすくめて見せながら、深山はどこかテキトーさを感じさせる仕草と口調で飄々と答えを返す。

 

「『魂をワクチンに変えられて使われる』んだろう? だとしたら仮に輪廻転生とかがあったとしても、俺の魂が次の誰か別の奴になって地上に生まれ変われる日は未来永劫訪れなくなるわけだ。次がないなら恥ずかしいだのなんだの言ってるよりも、やってみたいこと全部やってから死んだ方が得だと思ってったわけ」

「なるほどね。そう言う考え方も有りと言えば有りか。まぁ、確かに知り合いに見られるわけじゃないし、見られても記憶が消されちゃってるから意味ないんだけれども」

 

 そう言うこと、と再び肩をすくめてみせる深山。

 納得はしつつも神様みたいなもんには多少の疑問点があった。

 

 というのも彼は深山と違って、助けるつもりで助けようとしている星について多少の下調べをしてあったから、彼の要望が若干の問題点をはらんでいる事を知っていたのだ。

 

「でも、ハーフエルフかぁ・・・う~ん・・・」

「あれ? 無理そうだった? それともエルフ自体がいないタイプのファンタジー世界だった?」

「いや、いるよ? そう言う点では問題ないんだけど、種族間の間で色々あった過去持ちの世界でね。人間は人間、エルフはエルフで別れて暮らしてる国がほとんどなんだ。ごく一部では共存している土地も無いこた無いんだけど多くはない。

 特に問題なのがハーフエルフで、両種族の合いの子なせいであちらこちらで迫害されてる。強く生まれつくから迫害そのものは恐るるに足らずなんだけど、星の一員になるため色んな場所を移動してもらうには相性が良くないんだよなぁ~。う~ん・・・・・・」

 

 どうやら種族問題がかなり深刻な世界観らしい。要望を変えた方がいいかな? と思わなくもなかったが、全一生に一度切りの人生で好きな体と種族で生きられる権利を捨てるのも勿体ない気がする。

 

 互いに同じ悩みで悩んでいると、先に解決策を思いついたのは世界を弄くれる神様みたいなもんの方だった。

 

「――そうだ! こう言うのはどうだろう? この星には『冒険者』って呼ばれてる人たちがいる。名前の響きはいいが、要するに根無し草の何でも屋を総称した呼び方だ。一つ所に留まらずにあちこち旅するけど行商はしてない人たち全般を指してそう呼んでいる」

 

 どうやら冒険者が良い意味で使われてる世界観ではないらしい。

 

「ただ、全員が全員そうという訳じゃなくて、中には国からも認められて王様直々に依頼を受けられる称号持ちみたいなのもいる。

 その中の一つに『人間国家に協力的な異種族の優秀な戦士のための紋章』とかを作らせておくのはどうだろう? 訪れた先で困りごとがあったら助けなきゃ生けない義務は発生しちゃうけど、その分種族関係無しに協力は得られやすい。快く協力してくれるかは別問題だけどね」

「出来るの? 紋章って事は国の制度ごと変えなきゃいけないわけでしょ?」

「何百年も前にそう言う奴がいたってことにして、君が数十年ぶりに現れた二人目ってことにしちまえばいいんだよ。最初の一人目の功績に報いるために制度を作ったはいいものの二人目がずっと出なかったから形骸化していた。それが君が現れた事で復活させて敵対しないようにしているとかね」

「なるほど」

 

 そう言うことになった。もとより周りから白眼視される事には慣れている。嫌われようが嫉まれようが、宿に泊まれて店が使えりゃ文句はない。

 

「じゃあ、種族と性別はそれで決まりと。能力の方は適当に魔法戦士として上限ギリギリぐらいまで高めで設定しとくとして、何か一つぐらい君特有の能力とかって持ってくかい? 

 君の言い草じゃないけど、どうせ最後なんだし反則な得点も一つくらい持ってったところで罰は当たらないと思うぜ?」

「星を救いに行くんだしな?」

 

 そうそう、と気楽に笑い合う二人。だからと言って、そうそう直ぐにも特殊な能力のアイデアが出るなら苦労はしないし、それが出来るならもう少しマシな目標もって日々を生きていけたように思う。

 

「う~ん、今は出てこないから後でそっちで適当に決めてよ。ダーツでも投げて当たったもんでも送ってくれたらそれでいい。種族変化とかの体に影響でない能力だったらなんでもいいからさ」

「いいのかい? 君にとって最後の人生なんだぜ?」

「いいさ。どうせ向こうの世界がどういうものなのか今の時点ではハッキリとは分かっていないんだ。備えるのにも限度ってものがある。

 それに、上手くいくかどうかを最後に決めるのは運以外にないだろう?」

 

 そりゃそうだと納得して、神様みたいなもんは後日暇が出来た時にダーツで当たった能力を向こうに行った深山に送る事を約束して眠りにつくよう促した。

 

「目覚めた時、君はもう君じゃなくなっている。僕と会う事は二度とないだろうし、声を聞く事もないだろうから忘れてしまって構わない。

 君自身の体験した記憶についても、二度と戻ってこれない場所のことで君が悩んで自殺されても困るから、適当に印象を薄くなるよう調整して残しておく。性別も変わって名前も変わるから、それに合わせるように調整し直す分やり易いかも知れないね」

 

 

「それじゃあ、バイバイ。達者で長生きしてくれなー」

 

 

 

 ・・・それが生田深山が行く田水山として体験した最後の記憶の、最後に聞かされた言葉。

 翌朝、目が覚めた時。彼はここではないどこかの星にあるどこかの世界で、ハーフエルフの少女として生まれ変わり、北にある大きめの町『ソルバニア』を目指して旅立つ事になるのだったが、それはまた別人になった“彼女”のお話。

 

 だから、彼の物語を語るこのお話はここまでで終わり。永久に終わり。

 二度と再開されない一人の少年の人生と言う物語はこれにて終了。ちゃんちゃんちゃん。

 

 

つづく



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北方版 真・恋姫無双(蜀ルート)

大分昔に「恋姫無双」で言霊を見てみたいとの要望があり、『北方版・三国志』を基にして少し前に途中まで書いていたのを今の今まですっかり忘れていたので投稿させて頂きました。
ただし、『途中まで書いてあったのを思い出した作品』ですので中途半端です。
続きは思い出した時にでも書ければいいなと思っております。

*話の順番を変えて、「言霊×お子様主人公のサスペンスもの×ゴールデンカムイの海軍コラボIF作品」を、二作分上に移動させました。
この二つは続けるつもりだからというのが理由です。ただそれだけですのでお気になさらずに。


 三番目に出した斥候の二人が戻ってきたのは、明け方近くのことだった。

 

「驚きました。言われた通り、ここから北八十里先の地点に二百人ほどの賊が手ぐすね引いて私たちを襲うため待ち構えていました。数を恃んで押し潰すつもりなのでしょう。立派な武器を持った二百人が横列に並んで人垣が出来ているかのようでした」

「・・・バカなんですかね? その賊さんたちは・・・・・・」

 

 斥候の若者から報告を聞いた少女が小首をかしげ、不思議そうな声を出す。

 

 彼女の背後には二十三人の若者が、六百頭の馬と共に控えている。

 中でも三人ほどが二十人の男たちが作る輪から外れて、ジッとこちらを見定めようとしてする観察の瞳で眺めてきていた。

 

 ・・・ただ、三人の中心に立つお人好しな人柄が顔から滲み出ている一人だけは昨日からずっと話しかけたそうな素振りを見せては窘められていた様子ではあったが・・・。

 

「ほぼ間違いなく、奪い返された馬を驚かせて逃げられないため、率いている私たちが一塊になってるところを押し包んで皆殺しにする腹なのでしょうけどね。

 “たった二百人”の馬に乗った野盗が六百頭もの馬群を前に数を恃んで並んで待つなんて、自殺願望以外の何物でもありません。こちらは楽できていいですけど、敵さんとしては不幸な選択の誤りでした」

 

 静かな声で呟かれた一言に、輪から外れた三人を含めた二十三人全員がギョッとして彼女の顔を見直す。

 その一言だけで彼女がこれから何をする気なのか、学のない農民や報酬目当てのゴロツキでさえ明白すぎるほど理解できてしまったから―――

 

「洪紀さん、あなたは馬の扱いには自信があると言っておられましたね? なら、馬たちを後方から追い立てて信都までまっすぐ向かわせてください。残された私たちのことなど気にすることなく余計な色気を出さず、進むことだけに集中すれば、たぶん脱落したり逃げ出す馬も少なくて済むでしょうからね」

「で、ですが先生。残された先生たちは如何がされるおつもりなのですか? 私が馬を連れて逃げてしまったら、怒り狂った盗賊たち二百人が先生たち目がけて襲いかかってくるのでは・・・?」

 

 洪紀にとって、この年下の少女は先生に当たる。幼少の頃に邑を訪れた旅芸人一座の芝居練習を偶然目にして以来、軍学に興味が沸いた彼に用兵のイロハを教えてくれた彼女のことを、余所者だからと差別することなく迎え入れてくれた数少ない村人たちの一人。

 

「・・・それに、言いにくいことですが、私がそのまま馬を連れて持ち逃げしてしまう事についても疑っておいた方が良いと思います。

 そんなつもりは微塵もありませんが、こんな世の中です。余り人を信じて委ねすぎるのも危険かと・・・」

 

 沈痛な面持ちで洪紀自身の口から語られたことで、若者が儲けを独り占めしようとしている可能性を吠え立てようとした五、六人ばかりのゴロツキたちが開こうとしていた口を途中で閉ざす。

 三人のうち二人にはそれがハッキリ見えていたし、少女自身の目にも見えていたが、声をかけたのは彼らではなく目の前で悄然とたたずむ若者一人だけだった。

 

「問題ありません。必勝を確信して獲物が罠に掛かるのを、ただ待っているだけしかしないおバカさんたち相手なら二百人が三百人でも問題なく突破できます。単に馬たちの後を付いていって、自分たちの方から開けてくれた包囲網の穴を通り抜けるだけですからね。私はドジですが、流石にその程度でヘマするほど間抜けではないつもりです。ですのでご心配なく」

「ですが・・・」

「――それにね」

 

 言いかけて静かな瞳で見つめ返され、洪紀は口をつぐんで黙り込む。

 沈黙した若者よりも、更に年下の少女は諭すような口調で利と理を教えおく。

 

「あなたを信頼しなければ、この作戦自体が成立しません。だからこそ、任せて委ねます。これは大前提です。

 それに、信頼して任せた相手に端金目当てで裏切られるなら、それは自分が相手にとって端金より価値がないと評価されていたと言うこと。相手に自分の価値を示す努力と成果が足りなかったことを意味しています。

 自分の失敗で自滅するのは当然のことでしょう? なら問題はありませんよ」

「・・・・・・」

「無論、他の方も同様です。この作戦がお嫌だった場合は今から逃げ出していってくださっても構いません。逃げた方以外の残ってくれた方々だけで馬の後を追いかければ済む話ですからね。お気になさらずに。

 ただし、逃げた後のことはご自分で責任を負ってくださいね? 馬と私たちに逃げられて怒り狂った二百人の野盗に追いかけ回されて捕まって拷問の末に殺されたとしても残る覚悟をした人たちには責任などないことをお忘れなく」

 

 ゴロツキ含む二十三人は今度こそ呆れ、慄然とした。

 この幼くて愛らしい見た目をした少女は、あろうことか自分より年上で人数も多い大人たちを相手に脅迫と交渉を同時に持ちかけてきたのだと悟ったからである。

 

 彼女の作戦に従い、洪紀を信じて任せれば、生きて帰って約束の報酬にありつける可能性が出てくる。

 だが、作戦に異を唱えて数頭の馬だけつれて逃げ出せばどうなるか? この距離まで近づいた賊に見つかることなく逃げ出すことが出来るだろうか? 馬を連れていかなければ大丈夫かもしれない。

 しかし其れでは儲けがない。

 

 命あっての物種とは言え、命が助かり金をもらえる可能性と、金すらもらえず命まで失う可能性のどちらを取ると問われたら、自分勝手で利己主義なゴロツキでさえ彼女の作戦に従って洪紀を信じる他ないであろう。

 

 あちこちから賛成の声が飛び交い、三人が相談の末に賛成したことで全会一致。洪紀を先鋒とした馬群による突撃戦術が二百人の賊に向かって発動された。

 

 

 

 ――戦いは、呆気ないほど簡単に決着が付いてしまった。

 

 最初は下卑た笑みを貼り付けた顔で身の程知らずな少女たちを嘲笑っていた賊たちだったが、自分らに向かって突撃してくるものが罠に掛かった獲物ではなく、罠を食い破り腕ごと噛み千切らんと欲する窮鼠の群れだと気づいたときには既に遅すぎていた。

 

 なまじ横取りされた獲物を一匹残らず取り返してやるため半包囲戦に有利な地形を戦場に選んでしまったのが仇となった。

 先頭に立つ者が危機に青ざめて逃げだそうとするのを、後ろに立つ者が邪魔をして障害物となる。

 さらには恐怖のあまり錯乱した賊の一人が刀を抜いて、逃げるのを邪魔した味方に切りかかったことから混乱は拡大。収拾が付かなくなるまでに要した時間は半時の半分にも満たない短いものだった。

 

 もとより彼らは寄せ集め。己が利益のため群れていたに過ぎない者たち。信も忠もなく、利と欲しか持たぬ彼らにとって最大の利とは、自分自身が死なずに済むこと、殺されぬこと。

 自分が殺されぬ為には他人を殺すしかないのだから、生き延びるのを邪魔する輩に敵も味方もない。ただ殺す。殺してでも自分だけは生き延びようとする。

 その浅ましさが自分たちの足を引っ張り、躓かせたのだする事実に気づいて今後の人生に教訓として役立てられた者は二百人の賊たちのうち何人いたであろう?

 

 彼らは“不幸”だった。

 混乱の中で、己が死んだことにさえ気付かぬまま死ねた方が余程に幸福な人生の終わり方だったと言い切れるほどに。

 

 なぜなら生き延びてしまった者には生きるため、足を止めることなく走り続けなくてはならない義務が課されるから。

 自分を殺そうとしてくる者から逃げ延びて生き延びるため、無駄を承知で立ち向かっていく小知恵を尽くさなくてはならない責任が与えられてしまうのだから。

 

 

「味方に一人の死者も出すことなく完勝する・・・見事な指揮振りに感服いたしました。あなたこそ真の名将の器です」

 

 野盗を蹴散らしながら馬を走らせていた少女の隣に、自らの操る馬を寄せてきた騎馬武者が告げてきた。昨日から距離を置いて観察してきた三人のうちの一人で、巨大な長刀を小枝のように軽々と振り回して戦う豪傑でもあった。

 今も少女の前で、死の恐怖から錯乱して斬りかかってきた野盗の一人を草でも刈るように切り伏せて見せたばかりである。

 

「私は幽州の青竜刀。名は関羽、字は雲長。訳あって琢県を訪れた折り、あなたに声をかけられた一人だ。以後お見知りおき願おう」

「・・・どうも。異住と言います。字はありません。よろしく」

「ほう、字を持たれぬとは・・・どうやら貴殿も訳ありの様だ。ならば、どうだろうか? 私の仕える主の話を聞いてみてはもらえないだろうか? 貴殿が如き御仁であるなら必ずや身になる話を聞けると確信しているのだが――」

「其れは後ほど。それより、関羽さん。馬を走らせるのは得意ですか?」

 

 話の途中で遮られ多少無礼とも感じたらしいが、場が場で有り時が時である。致し方なきことと割り切って関羽と名乗った少女武人は、誇らしげに己が武勇を豪語する。

 

「林よりも静かに風よりも速く、草原に広がる烈火の如く」

「では、お願いします。逃げ散っていく残敵を後ろから追撃していって可能な限り仕留めてきてください。方法はお任せします」

 

 豪語した関羽は即答しなかった。否、出来なかったのだ。口を半開きにしたまま、狂人でも見るかのような瞳で少女の青い瞳を覗き込み、そこにあるのが憎しみでも狂気でもなく水底のように静かに凪いだ知性のみであることを察して余計に混乱の極に達する。

 

「・・・そうせよと言うのであれば従うにやぶさかではありませぬが、理由をお伺いしたい。

 卑劣きわまる賊とは言え、戦意を失い逃げようとする輩を背中から追い討つのは武人にとって恥ずべき行い。それをせよと仰られるのであれば、理由をお聞きしてからにしたいものだ」

「逃げ散った彼らは生き延びるため、近くにある家屋を襲います。街を襲うだけの数がなくなったのですから、獲物の規模を小さくするのは当然のことです。

 弱者を襲い、奪うことで生きてきた者たちが強者によって薙ぎ倒され、自らもまた弱者となった。ならば、打ち負かされて弱者となった自分たちより弱い者たちを相手に八つ当たりをし、戦っても勝てない強者への恨みと憎しみを発散しようとするのは彼らにとって道理だとはお考えになりませんか?」

 

 関羽と名乗った少女は唇を“へ”の字に曲げたが、反論はしなかった。

 納得はしたくない。だが、納得『できてしまう』。自分の中で生じた矛盾に整合性を持たせられなくなった彼女はただ一言「・・・承知した」とだけ呟き返して賊の追撃を請け負い、馬腹を蹴って銀髪の少女の傍から離れていった。




注:関羽の武人精神は中国の事に詳しくないため、江戸時代の武士道を起点に描くしかありませんでした。何卒ご容赦のほどを。

注2:投稿した後、「当時の中国武人精神は義侠心が基本」とのご指摘を賜りましたので清書時には『セレニアからの依頼を関羽がハッキリと拒絶して、セレニアも指示を撤回。謝罪する。――ただし後の話の中でそのとき見逃した賊によって殺された無辜の民がいたことを知りショックを受ける関羽』と言う流れに書き換えようと思ってます。


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聖賢伝説2~ファンタジー・オブ・マナ~

少し前に考え付いてた『聖剣伝説2』の二次創作です。
今後はこう言った試作品系のを読んでもらって試す場所として『試作品集』を多用したいと思っております。


 ――これは物語である。

 

 かつてこの世界は『求める心』で創られたと言われています。

 人々が『求め』『イメージする想念』がこの世界に『現実』という名の『物』を生み出していたのです。

 

 ですが戦いが起き、『物』が減って人々が奪い合い続ける戦乱の時代が長く続いたことで人々は、『求めること』は『戦うこと』と考えるようになり、やがて人々の心から『求める心』は消えていき、『物をイメージする心』までも無くしていってしまいました。

 

 求めなくなった人々は、『それ』が『そこにある』ことまで『イメージできない心』しか持つことが出来なくなってしまったのです。

 

 やがて世界は平和になりました。

 求めることを恐れる、虚ろな心で満たされた争いのない平和な時代がやってきたのです。

 

 でも、どうか皆さん。

 『求める心』を恐れることなく、思い出してください。

 『求める心』は『イメージする心』です。

 目の前にある『物』は、そういう『物』だからと決めつけないでください。

 それが『そうある』のは、あなたがそれを『そう言う物だ』と『イメージする心』を持っているからです。

 

 あなたの『イメージする心』で『物』は変わります。『求められた世界』は変わります。

 世界が『そう』なのではなくて、そういう世界が『求められてしまっている』ことを、どうかわかってあげて欲しいのです。

 

 私は『求める心』を求めます。求める世界をイメージします。

 『平和な世界を求める世界』をイメージし続けます。

 

 どうか皆さん。私を思い出して下さい。私を求める心を思い出して下さい。

 私は全てを与えます。限りなく、限りなく与え続けます。

 私の名は『愛』です。

 『求める心』を持つ人々よ、どうか私を見つけて下さい。私の元へと歩んできて下さい。

 私は私を『求める心』で現実を生み出せる『イメージする心』を持つヒトが来ることを信じています。イメージして求め続けています。

 『愛のイメージ』を『求める心』で現実にできる人が来る日を、イメージしながら求め続けているのです・・・・・・。

 

 

 ――これは物語であり、物語でしかない。

 世に数ある伝承の一つを繋ぎあわせただけの戯言だとさえ言ってもいい。

 

 だが、この物語に出合った物が何かを感じて誰かとのつながりを得たのであれば、それが『愛』だ。幻想が現実を生み出した瞬間である。

 

 願わくば読者諸君が、この物語を現実での『愛』を得るため使い捨ててくれることを願ってやまない。「女神の愛の物語」作者「草の語り部ポギール」

 

 

 

 

「ん、面白かった」

 

 ポトス村にある一軒家の中で一人の少女が満足そうに吐息する。

 まだ年若い少女だ。多くても十代の半ばには達していないだろう。

 雪のような銀色の髪と大きな茶色の瞳を持つ、大人しそうな女の子だ。

 

 もっとも、半ズボンをはいてボタン留めのシャツを着ている格好から、顔や雰囲気とはだいぶ異なる性格を有していることもうかがい知ることが出来る不思議な印象の女の子でもあったけど。

 

 

 彼女は自分の小さな背丈と比べて、大きすぎるサイズの本を読み終えてホッと息をつくと椅子を降り、本を本棚へと戻すために歩み寄る。

 その家は本と、本棚ばかりが置かれてあって、他には必要最低限の家具が適当な位置に置き忘れたかのように配置されていた。

 物には満ちているが、雑然とした印象はない。整理整頓が行き渡っているからだろう。

 どこに何があって、どこにしまうべきなのかが、きちんと『イメージできている』持ち主に扱われているからなのか、まるで本棚と本たちまでもが『自分たちは読まれるための物だから』と読んでくれる人を『求める心』でも持っているかのように、訪れた者を睡眠欲より読書欲に走らせそうな、そんなイメージに満ちた家だった。

 

「――ん?」

 

 本をしまっておく本棚の前に着いた時。突然室内が光に満たされて、朝だというのに窓を開けてある家の中を、普段よりもさらに明るく光り輝いた白色で染め上げる。

 

「・・・・・・何だったんでしょう? 今の・・・」

 

 しばらくして光が止み、それ以降とくに何の変化もないのを確認してから少女は家の外に出て周囲を見渡す。

 そして、村の仲間でもある近所のおばあさんが歩いているのを見かけると、近づいていって声をかける。

 

「こんにちは、お婆さん。今さっきの光が何だったのかご存じありませんか?」

「おやまぁ、ウェンディじゃないか。さっきの光かい?

 滝の方の空にスゴい光が見えたんだよ。ありゃ何だったんだろうねぇ」

「滝の方・・・ですか?」

「ああ。――なんだかあたしゃ、悪い予感がするね。くわばら、くわばら」

 

 お婆さんは嫌悪感もあらわに言って、身震いまでしてみせてきた。

 ド田舎の辺境にあるポトス村の住人たちは良くも悪くも前例尊重の習慣があり、変化をあまり好まない。

 それが穏やかな気候からくる穏やかで仲間内の争い合いのない、平和で平凡なポトス村を形作っている訳でもあるが、逆に言えば今までとは違うことには極端に弱い。

 

 その上このお婆さんは若い頃に村の掟をやぶって罰を受けたことがあり、殊の外ルールには口うるさい。なので後半の彼女の言葉は、そういう事情と風土から来ているものだと察せられる程度にはマセている女の子――ウェンディは「悪い予感云々」については気にすることなく、先に登場していた固有名詞の方を気にしていた。

 

 

(滝の方・・・・・・たしか『兄さん』たちが今日の昼に度胸試しに行くだとか何とか言ってた場所ですね・・・)

 

 ボブとネス、村の悪ガキ代表二人組の口車に乗せられて、人のいい『兄』が付いていきたそうにしている姿を昨日の夕方目撃していた彼女は不安を覚え、お婆さんに礼を言ってから足早に村の入り口へと向かうと案の定、息を切らせたボブとネスが逃げ帰ってくるのが遠くに見えた。

 

 その後ろに『兄』の姿がないことを確認した彼女は、悪い予感が的中したことにイヤな気分を覚えて立ち止まると二人が来るのを待ち、「安全な場所まで逃げ延びられた」と思い込んでへたり込む二人の前に堂々とした足取りで歩み寄る。

 

「はぁ、はぁ・・・こ、ここまで来れば大丈夫だよね? ボブ・・・はぁ、はぁ・・・」

「ああ・・・はぁはぁ・・・あ、当たり前だろ? ここは村の中なんだぜ? まさか魔物もここまで追ってこれるわけが・・・・・・げげっ!? ウェ、ウェンディ・・・」

「こんにちは、二人とも。魔物がどうのと言ってましたが・・・それよりも一緒に遊びに行ったはずの兄さんは? どこにいるのですか? 一緒に帰ってきてはいないようですけど?」

「ら、ランディの奴は、えっと・・・」

「た、滝壺に落ちていって、俺たちは大人たちの助けを借りようと走ってきたら、魔物にあっちゃって・・・」

「そ、そうなんだよ! 魔物だよ! 魔物がでたんだよ! こんなこと俺たちが生まれてから一度もなかったことだろ!? だから俺たちは少しでも速く村長にこのことを報告しないとと思って村まで走ってきたから疲れていて・・・」

「こ、これから村長んちには行くつもりだったんだ! 嘘じゃねぇよ! その時にはついでにランディのことだって――――」

 

 ウェンディは彼らの話が言い訳に変わった辺りから、ほとんど聞いていなかった。むしろ悪い予感が当たりすぎていたことから不安なんてものじゃなくなって、大急ぎで家に戻ると準備を整え村を出て、滝壺へと続く道を全速力で走り始めていた。

 

 途中で『相棒』を呼ぶために合図の指笛を吹き、頭の上に『乗っかってきた』のを感覚で確認すると速度を上げ、相棒にも協力してもらいながら兄の元へと急いだ。

 

「“バビ”! 滝壺です! できるだけ魔物がいない道を通りたいのですけど、わかりますか!?」

「・・・・・・」

 

 言葉がしゃべれない相棒は、行動で返事をしてくれてウェンディは彼を信じ、ただ後へと続く。

 

 その先に何が待っているのかなど、まるでイメージしないままに――――――。

 

 

 

 

「よ、よし。この剣があれば草が切れて村に帰れそうだぞ・・・・・・」

 

 臆病そうな少年の声が、森の中に小さく木霊する。

 頭にバンダナを巻き、格闘技を習っているわけでもないのに拳法着っぽい服を着込んで帯を締めた、十代半ばほどの男の子だ。

 その姿格好からは、自分を『大きく見せたい』『立派に見せたい』とする思いを見た目で体現しようとしている“背伸びしたい年頃”な性格がありありと見て取れる少年だった。

 

「・・・それにしても、この剣はいったい何なんだろう? なんだか気味が悪いなぁ・・・」

 

 少年は、右手に持って先を行くのに邪魔な草を切り払っている【錆びた長剣】を、薄気味悪そうな目で見つめる。

 

 滝壺に落ちた先にあった岩に刺さっていた剣。誰かに呼ばれた気がして行ってみたら『この剣を抜くように』と声がして抜いてみたら、会ったこともない騎士の姿をした男の人の幽霊が出てきて自分の名前を呼び『剣を頼む』とだけ言って消えてしまった。彼でなくても怖いと思うのが当たり前の状況だったことだろう。

 

「と、とにかく村に早く帰らなくちゃ・・・・・・うわっ! またラビがこんな所にまで!」

 

 だいぶ昔には人間たちを襲っていたと言われる魔物たちだが、今ではそんな魔物は大きく数を減らして、辺境の魔窟などにひっそりと暮らしているのが当たり前の時代。

 そんな時代だから魔物の中でも最弱の存在、ウサギとコウモリが合わさったような不思議な姿をした魔物『ラビ』もまた、普段は人里離れた山奥で人に見つからないようひっそりと暮らしている生き物のはずだった。

 それが先ほど剣を抜いてからは何匹も遭遇し続けており、どういう訳だか戦うことが出来るようになった自分の体のお陰で殺されることなく村の近くまで来れたのに、ここまできて殺されてしまっては堪らない。

 

「や、やってやる! やってやるぞ!

 ボクだって男なんだ! やればできる! ていやーっ!」

 

 剣を持った少年――ランディは、大きく距離を取ってから助走とともに走り出して、目前に現れた魔物『ラビ』めがけて剣を叩きつけるため大ジャンプして、

 

 

「待って下さい『兄さん』! その子は『バビ』です! 敵じゃありません!」

 

 横合いから『妹分』に呼ばれる声がして、ハッとなって眼下にいるラビを見下ろす。

 ――本当だった。確かにこいつは『バビ』だ。その証拠に、耳には妹分が目印にと付けてやった『リボン』が巻かれている。二年前の誕生日にランディ自身が送ってやったものだから覚えている。

 

(たまたま村にやってきてた猫みたいな行商人さんから買ってあたんだよね、確か。

 ・・・生まれて初めて女の子に買ってあげたプレゼントが、ラビを見分けるために使われた時はショックだったなー・・・。結構高かったんだけどなぁ、あのリボン・・・・・・って、うわぁっ!?」

 

 大ジャンプしている最中に考え事してしまった報いとしてランディは飛びすぎてしまい、そのまま藪の中へと大ダイブ。

 ウェンディからは「うわぁー・・・痛そう」と、ありがたくない感想をもらい、ウェンディの相方でペットみたいなものになったラビのバビからは「・・・・・・」と、しゃべれないので無言をもらった。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・なんだよ?」

「・・・・・・」

 

 

 まるで笑ってる時のような顔が普通の顔という、奇妙な生物ラビ。

 

 ・・・・・・村まで来る時に出会った奴らのは気にならなかったけど、負い目が出来てから改めて見つめられるとなんか言いたそうで言わない腹立つ奴の顔に見えなくもなかった・・・・・・。

 



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転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。プロローグ

以前に出した「転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。」の正式版、そのプロローグに当たる回です。試作版のと違って地の文が+されて物語にもなっております。

本来なら『屁理屈ガンダム二次創作』のみに出すべき作品なのでしょうが、投稿したばかりで知名度おなので誰の目にも止まらないのは流石に寂しく、同時投稿と言う形を取らせて頂きました。最低限度の知名度が得られた以降は徹底しますので今はお許しのほどを。

*タイトルを原題のに変更しました。


 諸君らは、パプティマス・シロッコという名で呼ばれた男をご存じだろうか?

 

 なに、大した男ではない。己が野望のためティターンズとやらいう碌でなし組織に加担して身を滅ぼした、愚かで傲慢な野心家だった男のことさ。

 

 だが、なぜ今になって私がそんな男の話をしているかと言えば、“先頃死んだ私が”転生の神に求めた転生対象の名が、そのパプティマス・シロッコだったと言うだけのこと。

 そして求めた転生先は宇宙世紀とは異なる歴史を歩んだ地球世界。

 

 『機動戦士ガンダムCEED』の大西洋連邦にである。

 

 ・・・なに、心配ない。別に連合などと言うヤクザやティターンズと変わらぬ組織に肩入れして世界をこの手にするなどと、大それた野望を持ってのことではない。ただ、パプティマス・シロッコの天才的才能がなければユニウス戦役で起きた愚かな時代の流れは変えられないと感じただけに過ぎぬのさ・・・。

 

 ふふ、これも傲慢に感じられてしまう言葉だったかな・・・?

 だが、そう言うべき男なのだよ。パプティマス・シロッコと呼ばれた男は。

 

 そして今の私は、コズミック・イラの立会人になるためパプティマス・シロッコに転生した身である以上、そう見られるのは仕方のないことだと割り切るとしよう。・・・ククク。

 

 

 

 

「――パプティマス・シロッコ技術主任。先頃ザフト軍司令部は貴様を士官として任じ、隊長を示す白服を与えることを正式に決定した。謹んで受領するように」

「はっ。光栄であります。ご期待に添えられるよう微力を尽くします」

 

 国防委員長の執務室で、委員長手ずから渡された白色の軍服を受け取りながら私は実直な軍人に相応しい態度と口調と表情を心がけた答弁を繰り返す。

 

「・・・言うまでもないことだが本来、モビルスーツ開発で多大な功績のある貴様を危険きわまる前線に送り出すのは本意ではない・・・。

 が、『現場で実機に乗ってみなければ解らないこともある』とする貴様の強い希望を容れ、妥協した決定であることを強く胸に刻み適切な対応を取ってくれるものと確信した故でのものだ。判っているな?」

「はっ。不祥の身に特別なご配慮、まこと感謝に耐えません。このご恩には必ず報いさせて頂く所存であります」

「うむ」

 

 応用に頷き返しながら目の前の男、プラント評議会国防委員長の座にあるパトリック・ザラ――『SEED』世界における最大級の戦争犯罪人の片割れはデスクの引き出しを開けて一枚の書類を取り出すと、私の方へ向けて差し出してくる。

 

「貴様の配属先には士官学校で同期だったらしい、クルーゼ隊のヴェサリウスを推薦しておいてやった。形としてはクルーゼ隊の副隊長として奴を補佐する立ち位置になるだろう。実践と理論の違いというものを先任であるクルーゼからよく学んでおくように。――以上だ」

「はっ! 失礼致します!」

 

 敬礼し、踵を返すとキビキビとした足取りで歩み去って行く私の背中に「シロッコ」と、親しげな声が――あるいは、親しげを装った声が――かけられたので振り返る。

 

 視線の先にはザラ議長がおり、その顔には友好的な笑みを浮かべているが、どこかしら昏い陰を感じさせる微笑みでもあった。

 

「――貴様には“期待している”」

「・・・はっ。閣下。必ずや」

 

 双方、含むところのある遣り取りを終え、私は軍本部の建物内にあるロビーを足早に通り過ぎ出入り口へと向かい、外に出て軽く深呼吸して毒気を吐き出す。狸の相手をするというのも存外に疲れるものだった。

 

「さて・・・これからどうするか・・・?」

 

 まだ建物のすぐ近くにあるという地理的な問題から、監視カメラの目などを意識した発言で監視者たちの目を欺きながら私は周囲を軽く見渡し、これから行くべき先について考える。

 今日はこの後これと言った予定もなく、共に過ごす恋人――メインヒロインとなり得そうな女性との出会いもなかった寂しい十代少年の時を過ごした敵キャラでしかない私だが、どうやら良き友人には恵まれていたらしい。

 

 本部ビルの近くに止めてあった車の1つからクラクションを鳴らす音が聞こえ、そちらに目をやると見慣れたセダンのフロントガラスが開かれて、親しく付き合う友人の顔が笑みと共に現れる。

 

 私はその顔に、苦笑を以て返す演技を“して見せる”。

 

「やぁ、クルーゼ隊長殿。迎えに来てくれたのかい? わざわざ君が来るほどのことでもなかろうに・・・」

「ご謙遜を。ザフトにおけるモビルスーツ開発の権威である若き天才様が軍に入隊されたのですから、タクシー役ぐらいは小官如きが如何様にも請け負わせて頂きますよ、シロッコ副隊長殿?」

 

 我々は同時に笑い出し、過剰なほどに大きい笑い声で後方から盗み見ている2人の黒服たち白い目を向けられるのを感覚によって確信する。

 

 演技を続けながら我々は、落ち合う予定だった場所へ自然と向かえるよう示し合わせた訳でもない息の合った会話を繰り広げてゆく。

 

「なに、せっかく技術者から軍の指揮官に出世したんだ。昇進祝いに一杯やろうと誘うのは、友人としては当然のことだと思ったのでね。迷惑だったかな?」

「とんでもない。喜んで誘いに乗らせてもらうとも。・・・しかし、その言い様だと今日は君の奢りと言うことでよいのかな? クルーゼ?」

「いいや、もちろん君の奢りだよシロッコ。君の昇進を祝う会なのだから、君の払いで気持ちよく飲むのが筋というものだ」

「おいおい、クルーゼ・・・?」

 

 わざとらしく不機嫌そうにしてみせる私にクルーゼは、同じくらいにわざとらしく俗っぽい笑顔を浮かべて見せてから敢えて物欲丸出しの台詞を口にだす。

 

「せっかく白服になれたのだ。高給取りに加われた喜びを早い内に実感するため、初任給は飲むだけでパァーッと使ってしまうのがいいだろうと思ったまでさ。白服の給料は君が思っているよりずっといいものなのだぞ? なにしろ他にも色々と役得が付いてくるからな・・・」

「なるほどな。そう言うことなら納得だ。ありがたく好意に甘えさせて頂くよ、白服の先輩ラウ・ル・クルーゼ隊長殿」

 

 もう一度だけ笑ってからクルーゼは車を走らせ初めて、それまでは敢えて付けっぱなしにしていたドライブレコーダーも「飲みに行くときまで付けておくのは無粋か・・・」と呟いてから切ってしまう。

 

 

 

 ――そこまでして、ようやく私たちは一息入れることが出来るのだった。

 まったく、なまじ有能すぎると上から目を付けられて利用されるか抹殺されるかの二つの一つしか道がないのがザフト軍という閉ざされた世界でのみ生き続けてきた者たちの軍がもつ欠点だな。

 

「・・・やれやれ、不便なことだ。求められた役割を演じ続けるというのも存外に難しい。以前までとは大違いだよ・・・」

 

 大きく息を吐き出しながら、運転席に座る男――仮面ではなくサングラスをかけた姿の『SEED』世界最大の悪役ラウ・ル・クルーゼが疲れたように笑ってみせるのを、私は苦笑しながら見つめ返す。

 

(変われば変わるものだ)

 

 と、感心しながら・・・。

 

「おいおい、君がそれを言うのか? 世界を欺き、全てを欺き、『人類など滅んでしまえ!』と叫んでいた仮面の男、ラウ・ル・クルーゼが?」

「言ってくれるなよ、シロッコ。私にも恥ずかしさを感じる人間らしい心ぐらい戻ってきているのだからな・・・」

 

 苦虫を噛み潰したような、と表現するには楽しさも混じえた悔恨の苦笑を浮かべてクルーゼは、服のポケットから薬の錠剤が入った小さな小瓶――ピルケースを取り出して見下ろす。

 

 それは以前まで彼が服用していた物と、“全く同じように似せて作られた”別物の薬。

 より正しく言い換えるなら『効果が桁違いで別物と言った方が正しい薬』だ。

 今の彼は私が長年の研究の末に作り出したコレによって『死の運命』から逃れる術を手に入れ、精神的な余裕をも獲得していたのである。

 

「・・・コレのおかげで私は常に「死の恐怖」に怯える日々を送らなくて済むようになった。

 いつ自分が死ぬのか、明日自分は生きていられているのかと、ビクビクして明日に怯えながら生きなくても良くなった。

 ただの命ある一個の命として人としての人生を、どう生きるかで悩み迷って考えられるようになったのだ。君のおかげで人間になれたのだ。これで変われない人がいるなら嘘だろう?」

「確かにな。君の言うことは間違っていない」

 

 私は大真面目に首肯して同意した後、おどけた笑顔で道化じみたセリフを言ってやる。

 

「――なにしろ作るのに、金と時間がかかっている。神の定めた運命を覆す禁断の領域、人の限界を忘れた愚か者の夢の結晶なのだ。これで効果がなかったら泣くに泣けないな、制作者としてはの話だが?」

「だから、それを言ってくれるなと言うに・・・」

 

 私は哄笑し、クルーゼは苦笑する。

 私が十数年がかりで手に入れた、望んだ結末へと至る道の肖像がここにある―――。

 

 

 ――実のところ、私がコズミック・イラの世界にシロッコとして生まれ変わったとき、プラントを選ばなかったのには幾つかの理由があった。

 

 まず第一に、私パプティマス・シロッコはニュータイプであってコーディネーターではない。ナチュラルなのだ。大人になった後ならシロッコのハイスペックに物を言わせて騙し通せる自信があったが子供の時もそれが通じる確証はない。

 クルーゼの子供時代と同じように地球でナチュラルとして生まれ、長じてからプラントに赴く方が安全であり確実であると考えた故でのことだった。

 

 そして第二に。こちらの方が本命というか狙いだったのだが、遺伝子工学について学ぶためである。

 プラントの遺伝子工学ではない、ナチュラルが持つ遺伝子工学に関する資料をコーディネーターを名乗る前に可能な限り知っておくこと。それはクルーゼを救うためには必要不可欠なことだったからだ。

 

 ご存じのようにコーディネーターの国家であるプラントと、ナチュラルによる国家連合体であるユーラシア連合・大西洋連邦とは、その創立された理由からして仲がきわめて悪い。

 戦争が勃発した後には事実上の国交断絶状態となり、平和目的だろうと何だろうと宇宙から地上に降りることが非常に難しくなるだろうことは想像に難くない。

 

 ならば戦争が始まる前から、訪れることが出来なくなる地が持つ情報を少しでも多く習得しておくことは技術者として当たり前のことでしかなく、やって当然の優先順位と呼ぶべき物だった。

 

 遺伝子工学ではコーディネーや―の方が圧倒的に上だとは言っても、やはり歴史の浅い国の資料では抜け落ちている部分がないとは言えないし、なによりも『失敗の記録』は次の成功のため非常に重要な意義と価値を持つ。歴史学において敗戦国の資料が特級の国家資料として重要視されるのはそれが理由なのである。

 

 失敗から学ぶことの大切さは、無論技術や科学の面にも応用される。

 事実、生まれつき優秀で失敗しづらいコーディネーターが持つ栄光の記録よりも、生まれつき平凡なナチュラルたちが持つ敗北の記録の方が遙かに参考資料として役立ってくれた。

 

 なぜなら私が作りたかったのは『確実に安全にコーディネーターを生み出す技術』ではなく、『最高のコーディネーターを作ろうとして失敗した結果の出来損ないを救う技術』なのだから。

 

 

「ああ、忘れていた。今週の追加分だ。使いすぎることなど起きないとは思うが、念のために持っておいてくれ。何かあったとき君の手元にないかもしれないと思うとゾッとしない」

「ああ、すまない。ありがとう、感謝するよ。これが減るとどうにも不安になるのでね・・・」

「わかるよ」

 

 原作の彼を見て知っている私は、心からの理解を込めて同意する。

 彼は自分の頬を指でなぞり、昨日までと比べて今日はどうなっているのか、かわってはいないだろうか確認するように震える指で擦り上げてゆく。

 

 彼がそうまでして不安がる理由も理解できる。

 ――なにしろ薬は完全なものではない。彼は完全に死の運命より脱した訳ではないのである。またいつあの日々に逆戻りするかと思って不安に怯えてしまうのは仕方がない。

 

 『生きられるかも知れない』と知った者にとって、死は何よりも恐ろしいものだ。

 『死ぬ以外に道はない』と信じていた頃と同じ精神など求めるべくもないほど圧倒的に。

 

 

 ――結論から言えば、彼の身体を苛む生まれつきの欠陥、『常人の数倍の早さで減り続けるテロメア』の問題はパプティマス・シロッコの天才を持ってしても解決することは不可能だった。

 私がシロッコの才能と、遺伝子工学技術において他のガンダムを大きく引き離す『SEED』世界の二大勢力プラント連合の技術を掛け合わせて作り出すことが出来たのは、『テロメアの減退速度を遅らせる薬』と、その効果を高めるための食事療法各種による補助的な延命療法のみである。

 

 如何にテロメアが、遺伝子が複製される度に短くなってゆき、クルーゼが年老いたアル・ダ・フラガの体細胞から創り出されたクローン人間に過ぎなかったとしても。

 クルーゼはクルーゼであり、残り寿命が確定しているアル・ダ・フラガ本人ではない。やりよう次第では普通の人間と同じように死ぬことは出来ずとも、『今日明日に死ぬ心配だけは皆無』という状態にまで持って行くことは可能なのである。

 

 その結果がもたらした効果は、今見てもらっているとおりだ。

 クルーゼには死ぬまでの間に『死ぬための心の準備をする時間』が与えられたことで安心感が生まれ、周りのことに目を向けるだけの余裕が出来た。

 死ぬまでの時間に何をしようか?と、考えて実行しても途中で強制中断させられる可能性が大きく削られたのである。

 

 私はこの程度が限界だったかと、シロッコの才能を十全に活かしきれなかった前世の自分の凡人さに落胆したが、クルーゼは逆に「これだけでも十分だ」と本心から浮かべた笑顔で笑って返してくれた。

 

 おそらくはこれが、『寿命で死ねるのが当たり前』で生きてきた現代日本人と、『寿命が最初から短く設定されている』動乱期の人間との間に広がる死生観の差なのだろうと、私はおぼろげながら実感させられ、キラ・ヤマトたち原作オーブ勢と周囲との間の温度差に多少ながらも納得させられたものだ。

 

 

「そうだ。私の方も伝え忘れていたのだが、出撃は二日後の一二〇八、船は第三デッキに停泊してあるから、忘れずに来てくれたまえよ」

「ずいぶんと急な話だな。何かあったのか?」

「諜報部からもたらされたばかりの超一級極秘事項だ。軍事機密なので許可なき者に口外はできん・・・などと言うのは今更過ぎるかな?」

「破棄したとは言え、人類滅亡計画の『ついで』として、プラントをも滅ぼすつもりでいた謀臣の陰謀計画を聞かされた身としてはな」

 

 ははははは、とまたしても笑い声で満ちる車内。

 そして笑いを収めたクルーゼが、表情を改めて語り出す内容に私の方も知らぬ間に、戦時下の顔へと筋肉筋を動かされていた。

 

 ついに“あの日”が訪れたのである。

 

「三日前のことだ。オーブが所有する中立コロニー『ヘリオポリス』方面と向かう連合艦らしき艦影を哨戒に出ていたローラシア級が目撃した」

「ほう?」

「見たこともないフォルムをしていて、すぐに見えなくなったそうだが、コンピューターに照合させたデータにも存在しないことから連合の新造戦艦であることが予想される。

 ――が、軍上層部は『また時代遅れな連合お得意の艦隊決戦思想か』と左程に危険視していない。「敵の能力ではこの程度が限界か」と、相対的に重要視して“やっている”がね。真面目に対処する気がないのは明白すぎるざっくばらんな対処を命じられてしまったよ」

 

 そこらのコンビニで面白い新商品を見つけたらしいと、その程度の情報を話すように気楽な口調で語るクルーゼだが、その内容は彼が言うほど自体を楽観視してはいないことを意味していた。

 

 ザフト軍が誇るエース部隊を率いる彼が“その程度の重要性しかない任務”につけることを上が快く思う訳がない。彼がかなりの無理を言って出港許可を取り付けてきたのは間違いない。

 彼ほどの男がそれほどに重要視する“ヘリオポリス絡みの新造戦艦”・・・考えられることは一つしかあり得ない。

 

「だが、それでも出撃(で)るのだろう? そうするだけの理由は何かな? 教えてくれないかクルーゼ」

「勘だ。私の勘がそうしろと告げている。

 “アレを見過ごせば、いずれその代価を我らが命で支払わねばならなくなる”・・・と」

 

 ビンゴだ。予想通りの答えに、私の表情も厳しく、そして好戦的になる。

 いよいよ『奴』と戦えるのかと思うと、パプティマス・シロッコとして、1人のガンダム凰として燃えるところがないはずが無い。

 

「故に出航許可を取り付け、補給も急ぐよう命じてある。

 ――が、どれほど急がせようと機械だ。人間の都合だけで早めるのには限界がある。どんなに急がせても二日後が限界だった。

 それまでに英気を養い、万全の状態で出撃して欲しいと願う隊長から新任の部下に対する心からの歓迎会だ。存分に飲み食い楽しむといい。君の奢りでな、シロッコ副隊長殿」

「・・・そこは出来れば、新任の部下に対する心遣いとして、隊長様からの奢りでとして欲しいところなのだがな? クルーゼ隊長?」

「それは次の機会にさせてもらおう。誰かと約束の一つでもしていた方が生き延びようという気にもなると言うものさ。

 それを教えてやるのが配属先の原隊指揮官として果たすべき義務・・・そのように解釈できるよう頑張ってくれたまえ、我が新しき参謀殿」

「・・・善処すると致しましょう、我らが戴く隊長殿」

 

 三度の笑い。戦場に赴くまえに訪れた束の間の休息時間に、戦士たちは休み英気を養い覚悟を手にする。

 敵と戦い、倒す覚悟を。必ず生き延びて帰ってくると誓う覚悟を。

 

 そして私は・・・・・・この狂った時代コズミック・イラが正常な時代の中の一つになれたことを目撃して、立会人となる。その為の覚悟を。

 

 

 今、時代の歯車が動き出す。

 その赴く先は誰も知らない、知らせない。

 未来を決める権利など、私が誰にも与えてやらない―――――――。



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天邪鬼が転生したら幼女エルフになってた件

「転スラ」が始まった時に思いついて原作に配慮して書こうとしなかった作品を『自分らしい作風』を思い出すために書いてみた次第です。

普段だったらアンチ作者としての配慮から「原作を基にした別物設定」で出すのですが、いい加減面倒くさくなってきてしまったので普通に「転スラ」原作二次作となります。
リムルさんではなく、別の天邪鬼な若者が異世界転生してエルフ少女になっちゃうお話です。よければお楽しみください。
尚、原作は未読組です。アニメだけしか見てません。それが書かなかった理由の一つですんでね。


 俺は今日まで、何の変哲もない普通の人生を生きてきた。

 中学を普通の成績で卒業し、一応は進学校だけど東大目指す奴らはまずいかない地元の高校に入学して、学校内では上位に入れる全国水準では平均以下の夢も希望もないごく普通に平々凡々な学校生活を送っていた俺。

 

 そんな普通の俺だが、その日はたまたま巡り合わせが悪かった。

 商店街にエロゲ買いに訪れて帰る途中、包丁持って走ってきた通り魔に刺されたんだ。脇腹刺されて、血がドバドバ出て「ああ、こりゃ死んだな」って素人でもわかる超重傷。

 

 ああ、これで俺死ぬんだなーって思ったら、なんか我慢するのが面倒臭くなっちゃって。

 

 

「・・・俺だけ死んで堪るかクソボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!」

「ぐほへぇっ!?」

 

 たまたま格好付けで持ってたバタフライナイフ抜いて刺してやって、一度抜いて刺して、また抜いて刺す。叫び声がうるせー、とか思いながら相手の悲鳴を痛みで薄れゆく意識の中で聞き流して。ひたすら刺す。ひたすら刺す。・・・相手が死んだかどうかは知らん。確認する前に俺死んでたからな。確認したくても出来ません。

 

 

 まぁ、そんな感じに刺されて死ぬはずだったところを逆に相手を刺し殺してやりたくなるほど『天邪鬼だった』ことが死ぬ寸前になってわかった俺、斉藤祐二、高校二年生。彼女いない歴=年齢は。

 

 

 ・・・たぶん、こんな性格してたせいで、こんな場所でこんな状態になってんだろうな~。

 

 

 

「通り魔に刺されて死んで生き返ったら洞窟の中にいてエルフになってたって、どんな異世界転生物ラノベだよ・・・。聞いたことねぇよ、そんな設定・・・」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらピンと長く伸びた耳をイジる俺。彼女にしたい脳内彼女は断然エルフ美少女な厨二の高校二年生、彼女いない歴17年あらため、エルフのかわいい女の子生後1分かそこらデッス。

 かわいいのはエルフだからデフォルトだ。異論は認めん。認めさせたくないですし。

 

 ・・・しかし、どうしようコレ・・・? あんなに普通で平凡だった俺の見た目が、今では耳長長命種族の代名詞エルフ美少女に! ――誰得なんだよ、本当に・・・。

 ステータス欄とか色々見れるらしいんだけど、よく分からないし、とりあえず洞窟って場所から早く出たいし。暗いし狭いし意外とヌルヌルしてて気持ち悪いし、閉所恐怖症じゃなくても洞窟の中暮らしはなんかヤダよー。

 

 

 と、言うわけで見知らぬ異世界っぽい場所にあるらしい洞窟の中を歩き出してみた俺。子供の時から「割り切り早いね」と周囲の大人たちから呆れられてきた経験が意外なところで役立ってくれてます。

 

『・・・聞こえるか? 小さき者よ・・・』

「あん?」

 

 なんか道わかんない洞窟の中をわかんないなりに適当な道決め方で進んでいってたら、なんか上から声が降ってきたな。誰だ?

 

『おい、聞こえているだろう? 返事をするがよい』

 

 うん、なんかよく分かんない声だけど・・・偉そうだな。上から目線だし。

 

『オイ!』

「うっさいなぁ。なんだよ、デッカい者よ。俺になんか用か?」

 

 上から降ってくる声を見上げながら、俺は相手に合わせて態度だけでもデカい面してやった。ふふん、どうだ。これで対等だぞ。人と話すときには目線を合わせるよう教わらなかったとは取るに足らない後進国の蛮人めが! 知ったばかりな俺の天邪鬼っぷりを思い知りやがれ!!

 

『ほほぅ・・・? 我をデッカい者呼ばわりするか。いい度胸ではないか。久方ぶりの客人だと思って下手に出てやったが・・・どうやら死にたいらしいな!』

「いや、普通にデッカい者だろアンタ。気にくわないなら、他にどう呼んで欲しかったんだ?」

『・・・いやまぁ、それはその通りではあるのだが・・・』

 

 相手の声が、図体と比べて一気に萎んで小さくなる。・・・それにしてもデケぇなぁ。身体が。さすがはドラゴン。

 

『ふむ。我の姿を見ても怯えることなく、普通に話してくるとは見所のある奴。歓迎してやるから、我の話し相手になっていくがよい』

「そりゃどーも」

 

 ドラゴンからの誘いにありがたく応じて、その場に胡座かいて座り込む俺。

 そう、俺に話しかけてきたのはドラゴン。洞窟の中だからか鱗の色とか色々わかんないんだけど、とりあえずはドラゴンだ。それだけは間違いない。

 

 翼があって、爪があって、首長くて尻尾もあって、胴体だけがデブっちい。まさにドラゴンらしいドラゴンの見た目をしてやがる。兵藤イッセーが使ってるドライグアーマーとかとは全然違っててヒーローっぽさが全くない奴な。

 

『しかし、実に珍しい・・・。エルフは本来、傲慢で尊大な種族とはいえ、このヴェルドラを前にしても態度をいっさい改めようとしないどころか、逆に上から目線で語りかけてくる変な傲慢さと尊大さを持つエルフとはな』

「ヴェルドラ?」

『如何にも。我が名は暴風竜ヴェルドラ、この世に四体のみ存在する竜種が一体である。魔王でさえも我を前にすれば平静さを保つのが難しくなる特異な存在だ。そのはずなのだが・・・もしや貴様ユニークか?」

「ユニーク?」

 

 外見に反して懇切丁寧に説明してくれる良いドラゴン、ヴェルドラさんによると『ユニーク』って言うのは、その種族の中で突然変異的に生まれるときがある異常な能力を持つ個体のことらしい。

 まぁ、俺の場合は能力っつーか、性格なわけだからユニークはユニークでもブラックユーモア的な扱いになる気がするらしいんだけれども。

 

『ふむ・・・もしかして貴様、転生者ではないのか?』

「転生者? ・・・ああ、それなら理解できる単語だわ。うん、多分あってるわそれ。俺ここ来る前に死んでたはずだし」

 

 あと、人殺してたかも知れないけど、そのことは黙っとこう。いいドラゴンだったら悪人として討伐されたりしないかチト怖い。冷静になって考えてみると異世界転生して最初に出会った相手が世界に四体しかいない最強種族の内一体とか詰んでたし。

 強くてニューゲームしたわけでもないのに、いきなりラヴォス戦は流石の俺もやりたかねーぞ。いやマジで。

 

『なるほどな。だとしたらお前、物凄く希な生まれ方をしたな』

「はぁ。そうなもんなんスか?」

『異世界からやってくる者はたまにいるが、転生者は我の知る限り初めてだ。魂だけで世界を渡ると、普通は耐えられないからな』

 

 ふーん。

 まぁ、耐えられなくて途中で消えてたなら今の俺はここにいないわけだし、今しゃべれてるって事は耐えられたって事なんだろ普通に考えて。出来たことのIFなんざに興味ないわい。

 

「つーか、『転生者は』って言うからには転生じゃない方法で異世界からこっちに渡ってきた人らもいんの?」

『うむ。《異世界人》と呼ばれている』

「・・・まんまじゃん、ソレ・・・も少しぐらい捻れよ、ネーミングセンス・・・」

『わ、我のつけた名前ではないわい!!』

 

 焦るドラゴン。

 そして話を続けることで切り替えようとするヴェルドラさん。

 

『コホン。――そう言う者たちは世界を渡る際に、特殊な能力を獲得するらしい』

「ふ~ん?」

 

 転生特典みたいなもんかな? あるいは生まれ変わりじゃなくて渡ってきただけだから『渡来特典』、もしくは『転移特典』とかで表現した方が正解なのか?

 

「で、アンタここで一体なにやってんスか? 見た感じ何もない洞窟の中で、超暇そうに見えるんですけども」

『よくぞ聞いてくれた!』

 

 食い気味での応対。逆に俺が聞いたことを悔い掛かったぐらいだよ・・・。

 

『ふっ・・・あれは聞くも涙、語るも涙の出来事であった・・・。

 ――三百年ほど前のことだが、ちょっとウッカリ町を灰にしちゃってな』

「ウッカリのスケール、デカいっすね」

 

 ハイになったから灰にしちゃった規模が町一つ分とか、ヴェルドラさんマジパネェっす。

 俺は絶対真似しないと決めた、17歳の生まれ変わった日の昼(予測時間)

 

『そんな我を討伐に来た者がいた。ちょびっと相手を嘗めてたのは間違いない。それでも途中から本気を出したのだがな・・・負けてしまったな! ハッハッハ!!」

 

 負けたのに偉そうだな、コイツ。

 いや、分かるけどね? そういう意地っ張りな部分俺もあるし。つか多分、それについては俺の方がパイオニアだと思える今がある俺だし。

 

「そんなに強い相手だったん?」

『ああ、強かったよ。加護を受けた人間の勇者と呼ばれる存在だ』

「神の加護を受けた人間の勇者・・・なんか、存在自体が鬱陶しく感じてきそうな奴原ですね。なんか想像しただけでムカついてきたんで、手近にある物壊してきていいっスか?」

『我との話が終わった後なら、好きにするがよい。――勇者はユニークスキル《絶対切断》で我を圧倒し、そして《無限牢獄》で我を封印したのだ。

 その勇者は自分のことを召喚者だと言っておってな。三十人以上もの魔法使いで、何日もかけて儀式を行い、異世界から呼び出す特別な存在だ。強力な兵器としても期待されておる』

「兵器?」

『召喚主のな。召喚者は召喚主に逆らえないように、魔法で魂に呪いを刻まれる」

「ふーん」

 

 なんか・・・なんて言えばいいのか・・・・・・。

 ――すっげぇムカつく話だなそれ。召喚主とか呼ばれてる奴ら全員皆殺しにしてもOK?

 

『お前のいた元の世界ではどうだったか知らんが、この世界では弱肉強食こそが絶対なる真理。

 それ故に召喚主に呼び出された勇者を兵器として使うのも、その勇者に敗れた我が封印されるのも不条理ではない。自然の理によるものと言うことも出来るのだ』

「はんっ! 『絶対』に、『真理』・・・ね・・・」

 

 昨日までだったら普通に聞き流せてたかも知れない言葉たちだな。

 そして、今の自分が筋金入りな天邪鬼だと知った俺にはムカつく単語トップ1、2みたいな単語だな。反吐が出る。

 

「で? その超兵器勇者に封印されてからヴェルドラさんは、ずっとここで?」

『そう言うことだ。・・・もう、暇で、暇でイヤになってたところにお前が来たのだよ・・・』

「なるほど・・・」

 

 それは確かにイヤだな。すごくよく分かるイヤさ加減だな。

 俺は学校に行ってる間でさえも暇してたからな。友達いないし、話し相手いないしハブられてたし。たまに話しかけてきた連中とは相性悪くて直ぐ破綻して『来る者拒まず去る者追わず』の精神をモットーにしながら生きてもきたし。暇が嫌いなことには一家言ある俺である。

 

「ま、いいや。とりあえずその・・・永久監獄? 無限牢獄? 監獄戦艦?だかなんだかって言うのをブチ壊したいんだけど、ブチ壊しちゃって大丈夫?」

『は? ――い、いや脱出法法があるなら有り難いが・・・まず無理だと思うぞ? 伊達に《無限牢獄》などという名前が付けられているわけではない。この牢獄の結界は絶対誰にも破れぬとされている術だからこそ、我を封印するのに使われたのであるからして・・・』

 

 いや、知らねぇし。絶対に脱出不可能と言われた牢獄だから逃げ出せないならアルカトラズ脱獄犯捕まえてきて戻してみろだし。

 

 それに。

 

「絶対に破れないとか聞かされると、絶対に破ってやりたくなるだろ。特に理由はなくても本能的に。

 破ってやって、『絶対破れない』とか慢心しきって偉そうにしてた奴のしたり面を驚愕に歪ませながら『ザマーミロ!このクソ野郎!』とか声に出して笑ってやりたくなるだろ? 普通なら」

『お前・・・・・・どんだけ捻くれた天邪鬼な精神してるのだ? 普通そこまで捻くれるの魔王でもあんまいないと思うぞ』

 

 うるさい。超うるさい。よそはよそ、うちはうち、俺は俺なんだよ。

 俺の普通だと『絶対』って聞かされたら『絶対なんてこの世にあるか馬鹿野郎!』とか言って舌出してやりたくなるのが普通なんだよ。

 

 

 ―――確認しました。対理耐性獲得。成功しました。

 

 ・・・あん? 今誰か何か言ったか?

 

「・・・ま、いいや。とにかく壊そう。絶対を壊そう。絶対に出れないとされてる者から外に出せりゃどうでもいいんだし。後は知らん」

 

 ―――確認しました。ユニークスキル《天上天下唯我独尊》を獲得。成功しました。

 ―――続いて、エクストラスキル《拒否る者》を獲得。

 ―――さらに続けて《拒否る者》を、ユニークスキル《我道を征く者》に進化させます。

 

 ―――全部成功しました。

 

 ―――最後に、全てを統合して一つのオンリーワンスキル《絶対拒否》を獲得。成功しました。

 ―――あなたは今このときより、既存世界全ての《敵》と認定されます。

 

 

「・・・さっきから頭の中でゴチャゴチャとうるさいなー・・・。いいからとっととこの透明な壁、ブチ壊れちまえよクソ野郎―――――――っ!!!!!!!!」

 

 

 ドガッシャァァァァァァァァァァァァァァッッン!!!!!!!!

 

 ―――《無限牢獄》の絶対性が《絶対拒否》の圧力に耐えきれなくなって破綻しました。

 ―――《無限牢獄》は絶対性を損失して、ただの結界となり消滅させられます。

 

 

 

 

「『・・・・・・あれ?』」

 

 

 ・・・壊れたな。無限牢獄だか絶対監獄だか監獄戦艦だかが・・・・・・。

 

 ・・・・・・うっそ~ん・・・・・・。

 やると言ってみたけど、出来るとは思ってなかったから、この先どうすればいいのかわからなーい。いやはや―――マジどうしようか、これ・・・?

 

つづく?



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世紀末っぽいファンタジー世界で親友に裏切られて落とされた地獄から舞い戻ってくる途中で捻くれた女主人公が無双する話。

自分なりのギャグセンスを取り戻すため書いてみた半オリ作です。
参考にしたのは「北斗の拳」ですが、二次創作を名乗るには破廉恥極まりない出来損ないの品だったため、パロッたと言う形で半オリ作と言う形式を取らせて頂いてます。
主人公のモデルは「ジャンヌ・オルタ」ですが、こちらも所詮は参考にしただけの別人ですのであしからず。


 ――19XX年、世界は崩壊した。理由はわからない。

 核戦争が起きたという者がいる。大規模な地殻変動によるものだという者もいる。

 変わった説だと恐怖の大王が降りてきて、世界を火の七日間で焼き尽くしたのだと唱える者もいるほどだが、真相は今も闇の中である。

 

 理由不明の世界崩壊から1000年。

 『セイキマツ』と呼ばれる地獄の時代を生き延びた人類は、『セイキマツ後』の時代を迎える。

 

 残された施設跡などの遺跡から文献を発掘して旧文明の技術を一部ながら再現。

 記録によれば『ニジュッセイキ』と呼ばれた時代に近い文明を再現することに成功したが、その恩恵を受けられるのは未だ人類社会の中心近くだけに留まっていた。

 

 現人類社会の大部分は『辺境』と呼ばれる地域で占められており、激変した環境に適応した凶暴な獣や研究所跡から逃げ出した実験動物が跋扈する危険地帯であるそれらの場所に人類国家がしてやれることは護衛をつけた救援物資を定期的に送ってやることぐらいだった・・・。

 

 そんな場所では力ある者が力なき者を支配する『弱肉強食』の掟が支配する無法地帯にならざるをえず、地獄で生き抜くために進化した故か特殊能力を身につけた異能力者たちが取り残された人々を暴力によって支配する暴君として君臨していた。

 

 そんな時代。辺境地域にある村の一つに、独りの少女が姿を見せる。

 嘗て辺境で唯一秩序があるとされていた場所、『聖地』で人々を慰撫し慈しんでくれた『慈悲深き聖女』と讃えられたことがある美しい娘。

 

 ――そして、親友の裏切りによって聖地が滅ぼされたとき、地獄に落とされ這い上がってきた復讐者の娘でもあった・・・・・・。

 

 

 

『ふひゃはははははっっ!!』

「ひぃっ! ひぃっ! ひぃぃぃっ!?」

 

 ・・・砂漠に砂塵が舞っている・・・。

 

「へっへっへ。おい爺さん。ソイツをもらおうか。そうすれば偉大なるカイザー様の御領地を無断で横断しようとした無法だけは見逃してやってもいい。ウエッヘッヘ」

「ゆ、許してくれ後生じゃ・・・。ワシは老い先短い病気の老人、もはや今日を生き残ることに未練などないが、この種籾だけでも貧しい村の者たちに持ち帰ってやらなくてはならんのじゃ・・・明日を生きる希望とともに!」

「へっへっへ・・・希望か。そりゃなおさら食ってやらなきゃならねぇな」

「そ、そんな・・・」

 

 わずかな種籾を村のために持ち帰ろうとしている貧しい農民、しかも病気の老人がモヒカンの野盗多数に追われている、『セイキマツ後』の今という地獄の時代にはドコででも見られる平凡な光景だった。

 

 ・・・本当に? こんなのが本当にドコででも起きてるの? めっちゃくちゃ非効率極まりない追い剥ぎにしか見えないんだけれども・・・。

 

「とにかくソイツを渡しやがれジジイ! 俺たち悪名高きカイゼル軍団に殺されたくねぇのならなぁ!!」

「ヒィィィッ!? だ、誰か助けてくれぇ! ワシはどうなってもいいから、この種籾だけでも誰か村へと持ち帰ってくれぇぇぇぇっ!!!」

 

 哀れなる無力な老人が、モヒカンの無法者たちの毒牙により殺されそうになっている!

 まさにその時! 正義の刃が悪を裁き、勧善懲悪の鉄槌が悪党どもへと振り下ろされた!!

 

 

「うぅぅぅぅるさぁぁぁぁぁぁぁっい!!!

 人が飲まず食わずで荒野歩いてきて空腹で気が立ってるときに食べ物の話なんかしてんじゃねぇわよ!! ブチ殺されたいの!? この半端ハゲ!

 ハゲ! ハゲ!! ハゲェェェェェェェェッッ!!!!!!」

「ひげぶべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!???」

 

 突然背後から跳び蹴り食らった野盗が吹っ飛ばされて、近くにあった壁に叩きつけられたと思ったら、後ろから追ってきた黒尽くめの少女が凶相で男の顔を足蹴にし始めた!!

 ヤクザキックに続いてスタンピングの連続だ! 野盗の顔は見るも無惨にボロボロのものへとされていく! 

 

 げし! げし! げしげしげしげしげしげしげしげしげしげしげしぃぃぃぃぃ!!!!!

 

「ぐへっ!? はへっ!? やめてやめてやべでぐでぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!???」

 

 無慈悲で圧倒的な暴力の前に、少女より弱い男は手も足も出ない。出すことを許されない。

 何故ならこの地は弱肉強食の地『辺境』! 狩られた弱い獲物は狩った強者に蹂躙され、食い物にされるしかない『力の論理』が支配する正義が存在しない悪の世界なのだから・・・。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・。あー・・・、無駄に動いたら余計にお腹すいたわ。アンタらなんか食べ物持ってないの? 持ってるなら置いてって。見逃してあげるから」

『ヒドい!?」

 

 追い剥ぎから追い剥ごうとしてくる傍若無人な黒い少女に、野盗たちはそろって驚愕させられた。

 リーダーは自慢の顔をボコボコにされて、元を知ってる人には見間違われること間違いなしな状態なのに、それでもまだ要求してくるなんてヒドいわ!と。

 

 対して少女は今更ながらに老人から感謝の言葉を受けている。

 

「あ、ああ・・・どなたか存じませんが助けていただきありがとうございました。あなた様はワシだけでなく、村の――引いては明日の平和を生きるすべての人たちにとっての恩人でありますのじゃ・・・」

「・・・・・・??? 誰よアンタ? 何時からいたの? できたら小汚い袋持ってる手で触らないでほしいんだけど、服が汚れそうだから」

「ヒドい!?」

 

 老人もショック!! 冷たい声が頭上から落ちてくる! 老人のガラスのハートに落ちてきまくる!

 

「ワシと種籾を助けてくれたのではなかったのですか!? わずかな種籾を貧しい村へと持ち帰る途中でモヒカンの野盗に襲われた病気の老人であるワシを助けるために野盗の親玉を倒してくださったのではなかったのですか!?」

「・・・いや、お腹すいて苛立ってるときに横でピーピー、ギャーギャーうるさくて頭に来たからストレス発散にと思って、発作的に跳び蹴りくれてやっただけなんだけど・・・」

「ヒド過ぎまする!? 愛と明日を見失い、微笑みを忘れてしまいそうなほどに!?」

「あと、ないでしょ。病気のお爺さんをお遣いに出す村も、種籾しか持ってないお爺さんをバギー乗って追い回すアホなモヒカンの野盗も。そんな非現実的な生き物、この世に実在するはずねぇ~」

「いるのです! 本当にいたのです! 今、ここに、ハッキリと実態を持って実現しておりまするのですじゃ!?」

「またまたそんな嘘八百のホラ話ついて欺そうとしちゃって~。そんな手垢のついた作り話じゃ、おひねりはあげらんないわよ? なぜなら私は無一文だからね! ・・・貧乏で悪いかこの野郎!」

「理不尽!? そしてワシらの存在意義、全否定!?」

 

 老人の心に大ショック!!

 愛のない言葉で老人の心臓の鼓動が早くなり、動悸までもが早くなる!

 呼吸求めて、酸素失いかけてる脳味噌が今、熱く沸騰して燃えたぎりそうなほど血が逆流する!

 

「う、ぐ!? ほぁっ!? ――――ひでぶふぅっ!?」

 

 老人の胃液が吐瀉物をすべてを溶かし、無残に飛び散らせながら吐血する。

 

『あ、死んじゃった・・・・・・?』

 

 倒れゆく老人を見ながら、その場にいた一同は呆然とつぶやく。

 ――病気の老人をお遣いに出させる薄情な村人たちとの約束を守るため彼は旅立ち、今日も明日も失い、微笑みという感情を忘れて冥府へと旅立ってしまったのだった・・・・・・。

 

 

 

 ま、それはそれとして。

 

 

『で、では、どうかこれで命だけはご勘弁のほどを・・・・・・』

「ん。まぁ、いいでしょう。次からは弱い人たちには優しくしてやんなさいよ? 助け合いが人同士の関わり合いの基本なんだからね」

『へい! 仰るとおりでごぜぇます姉御!!』

 

 少女と野盗たちは、心臓麻痺か脳卒中で亡くなったらしい老人を埋葬し、まあそれはそれで人が少なくなった今の時代に出会いは大切にしないといけないとする『聖地』と呼ばれた場所の教えを思い出し、バギーに積んであった予備の食料のうち持てる範囲を全部差し出すことで手打ちにするという約束事を取り決めて、互いに後腐れなくよい気持ちでそれぞれの行くべき場所へと向かって歩み去って行った。

 

 

 ―――今は『セイキマツ後』・・・。

 

 海は涸れ、地は裂け、あらゆる生命は絶滅したかに見える地獄の時代を生き延びた人類が再び地球の支配権を取り戻そうとし始めた新しい始まりの時代。

 強い者が弱い者を食い物にする弱肉強食の理が支配する、修羅の時代・・・・・・。

 

 そんな過酷な時代の中で辺境という地では、人は呆気ないほど死にやすく弱い生き物だ。助け合わなければ生きていくことさえ難しく、死者を埋葬し悲しみくれる余裕などドコを探しても見当たらない。そんな時代。

 

 

 修羅の時代を生き抜くため、そして自分を裏切った親友への復讐を果たすため。

 地獄から這い上がってきた一人の少女が、這い上がってくる途中で必要悪からひねくれながらも強さを得て、今ここに復讐戦の始まりを宣言する。

 

 

「待ってなさいよ、ジン! 五年前に受けさせられた屈辱と恨み、今こそ晴らしてやるわ!

 欲望のために私を追い出し栄華を極め、贅沢の限りを尽くして肥え太った豚のアンタには今の私は決して倒せない! 全てを手に入れて満足し見下ろすことしかしなくなった王者のアンタには落ちてく以外の未来なんて残ってないんだと思い知るがいいわ!!

 金持ち(悪党)共よ! 正義の刃で破産地獄に落ちなさ――っい!! うはははっ!!」

 

 少女は笑う。聖女は笑う。復讐の魔女となった慈悲深き聖女は高らかに己が勝利を嗤い上げる。

 ドン底に落とされ、極貧の中をさまよい歩いた末に這い上がってきた聖女は、既に嘗ての聖女ではなくなっていた。

 

 なぜなら彼女は復讐の魔女。

 金持ちを悪だと憎み、欲しい金は力尽くで奪ってでも贅沢な暮らしがしたくて仕方がない、貧乏人たちにとっての救世主。

 法の機能しない弱肉強食の辺境地域にあって、強い者に食い物にされている全ての弱き貧乏人たちに救いをもたらすべく天が降された強気金持ち共からの強奪者を自認する復讐の亡者だったのだから!! 

 

 

「世界は、悪は、金持ち共は! 私が裁く!! この世全ての金は私の物よーっ!!!」

 

 

 貧困を味あわされた元苦労知らずの聖女による、全てを奪われた復讐の旅が今始まる!

 

つづく・・・・・・?

 

 

主人公設定:

『聖地の慈悲深い聖女』=『復讐の魔女』

 名前はまだない今作の主人公。便宜上『ジャンヌ』と呼んでいるけど、オリ作の主役に原作ありのキャラ名は不味いと悩み中。

 亡国の際に故郷を追われてドン底へと突き落とされてから、這い上がってくる途中で擦れてしまい、別人格になってしまった。今や原型はわずかしかない。

 選ばれし者のみが使える幻の武術『悪意の拳』の使い手だが、本人的には酔っ払いの爺さんが酒おごったら教えてくれた技が相性よくて便利だったから極めただけの技。

 曰く、「才能あったから使えたんじゃない?」――とのこと。

 

 

必殺技『ツァーリボンバー』

 有り余る復讐心から湧き出る憎しみの炎で相手を焼き尽くすイメージを、超小型原子爆弾として具現化させ、空から落とす技。

 威力はオリジナルと比べるべくもないが、それでも人に使っていいものでは絶対にない。ないのだが、辺境だと法律ないから別にいいよね☆と使ってしまう復讐の魔女らしい必殺技。

超必殺技『リトルボーイ』

 憎しみの炎で以下略を超小型水素爆弾として具現化させ、空から落とす技。

 威力はオリジナルと以下略。それでも人に使って以下略。

 基本的にルールで定められてなければ何やってもいいと思っているヒトデナシなバトルスタイル。

 

最終復讐奥義『ロッズ・フロム・ゴッド」

 彼女が未だ至れていない、全てを自分の主観のみで判断して裁く神の極意の座。

 復讐技の究極到達点にして、『悪意の拳』が具現化できる最強最大の奥義。

 どんな念いでもいいから此を具現化するためだけに悪意の拳はあったとかなかったとか色々言われているが、真相は不明の技。出来るようになったら人やめてると思われる。

 

 

弱点:

 金持ちを憎んでいて、「この世全ての金を我が物に!」とか言っているが、大金を手にしたことがないので一定額以上の金を見ると急にビビり出す。

 金を手に入れた後のことを考えずに欲しがっているから、手に入れても結局は大した害を他に及ぼさない、所謂「小悪党」気質の持ち主。

 めちゃくちゃ強いが中身が薄っぺらい小物にチートが宿ってしまったらと言う、典型例タイプの主人公。一生善人には戻らないが、悪人にも落ちきることの出来ない半端物。そこがまた半端に可愛らしいともいえるのだが。

 

 されたことは忘れないが、されたことの経緯とかは逐一覚えてないタイプのため、実は復讐対象の顔立ちや姿形が曖昧にしか思い出せなくなってることに気づいてない。

 挙げ句、五年間一度も会ってなかったせいで、今どんな姿をしているかなんて全く知らないから『成り上がりの金持ち』と『復讐対象』をごっちゃにした男をイメージして本人だと信じ込んで疑っていない。信じることが基本だった聖女時代が反転した結果、思い込みだけが強くなってしまった結果である。

 

 あと、裏切られてドン底に落とされたことを恨むあまり、裏切られた原因である幼馴染みの少女については今の時点で完全に忘れてしまっている。会えばなんとなく思い出すけど、完全には無理。

 だって五年間も手紙一つ来なかった相手だもの。鮮明に思い出せたら私ストーカーじゃん。思い出せないことが健常者の証だと私は思うわ。――と、本人は主張することになる。

 

「あー・・・うん、久しぶり―。元気だった? そういえば名前なんだったっけ?

 いや、忘れてたわけじゃないのよ? ただ名字は覚えてたんだけど、名前だけを思い出せなくなっちゃっててさ~」

「角栄! それ田中角栄がしてた言い訳だから! なんでこの状況下で、旧世紀の国家元首が使ってた人心掌握術を使ってるの!?

 あと、文明が荒廃した今の時代に苗字あるのは王族だけなんですけども!?」




謝罪文:
原作と原作者様に対する謝罪です。たまたまテレビでやってるのを見てスゴク面白かったから参考にしてしまいましたが、私如きが烏滸がましいことは重々承知していますのでファンの方々含めてどうかお許しを。


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言霊ガールズラブストーリー

少し前から仲の良いユーザー様とのやり取りの中で生まれてたセレニアのオリジナル百合物語です。「ジャンヌISはガールズラブじゃなくない?」との指摘を受けて今作のことも纏めて思い出しましたので折角ですから投稿させて頂きます。
大好きな作品「やがて君になる。」の影響を受けてはいますが、たぶん全然似てませんねぇコレ。


「好きとか嫌いとか、最初に言いだしたのは誰なのかしら?」

 

 ・・・昔、そんなフレーズではじまる恋愛ゲームをプレイした事があります。

 この質問に対する答えを今の私は持ち合わせておりませんが、今の私にも答えられる関連事項と言えるべきものが存在しています。

 

 それは――――

 

 

「私、貴女のことが好きです! 私とお付き合いしてください!」

 

 

 ――好きとか嫌いとか、私に最初に言ってきたのは入学したばかりの高校二日目、放課後の校舎裏で待たされてた相手。

 学校一の才女と噂の生徒会長『深山夕凪』先輩だったと言うことだけです・・・・・・。

 

 

「・・・・・・はい?」

 

 

 しょっぱなから初対面の相手に愛の告白されるという、とんでもない始まり方で私と深山先輩の物語は幕を開けるのでした・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・・・・あ~・・・・・・」

 

 翌日。午後の放課後、学校正門前。校門の門扉を背にして鞄を持って立っていた深山先輩がこちらを見つけ、満面の笑顔を浮かべると右手をブンブン振って「私はここにいるよ! 貴女を待ってるよ!」アピールを初めてくれやがりました。

 別に早くもなく遅くもない、帰宅部特有の予定決めずにウダウダしながら帰り道を行く下校時間に、生徒たちは一定数校門の前にも集まっており、人目を引く優れた容姿の持ち主が子供っぽく無邪気な笑顔で主人を見つけた犬の尻尾みたいに手を振ってたら嫌でも目立ちまくります。

 不本意であろうとなかろうと、ここは返事をしておかないと色々不味くなるパターンです。最悪、気づいてもらえてないと思い込んで余計に状況を悪化させてくれかねません。

 発生してしまった問題は無かったことにするよりも、それ以上の被害拡大を防ぐため対処しに向かった方がマシな結果に終わるものなのです。少なくとも経営学ではね?

 

「・・・何をしてらっしゃるんですか? 貴女は・・・」

「えー、恋人がくるのを待って一緒に下校とか、女の子なら誰でも一度は憧れるものじゃない?」

「・・・・・・よくは知りませんが、相手からの了承得てからじゃないとストーカーと大して変わらないような気がしますけども?」

「そ、そんなことはない! ・・・・・・のかなぁ?」

「いや、聞かれても」

 

 慌てて否定しかけてから、急に首をかしげて悩み始める深山先輩。周囲からの評価である「完璧な優等生」とは懸け離れた立ち居振る舞いに頭痛を感じさせられながら。

 それでも私は言うべきことは言っておくことを忘れたりはいたしません。

 

「とゆーか、恋人じゃないです。昨日はそちらから一方的に言ってきた後、返事するいとまも与えてくれずに猛スピードで帰宅されていったでしょう、貴女」

「う゛」

 

 痛いところを突かれた、と言いたそうな表情をされて黙り込んだ深山先輩は深々とため息をつくと、長い黒髪の毛先を指でいじりながらばつが悪そうに返事をなされます。

 

「・・・仕方なかったんだよ、あれは・・・。自分から告白なんて生まれて初めての経験だったし、いつも自分がされる方の側だったしで勝手が分からないうえに混乱してたし・・・。

 そう! だからあれは不可抗力!!」

「普通に事故起こした加害者の言い分のようにしか感じられないんですけどね・・・」

 

 最後ら辺で元気を取り戻した先輩と真逆に、後半のを聞かされてゲンナリする私。

 実に対照的な組み合わせですね。もし付き合うようなことになったら、さぞかしバランスの悪いカップルになることでしょう。

 おめでとうございます、お幸せに~(遠回しな「相手は自分じゃない」アピール中です)

 

 

 ・・・あの後、先輩は告白して右手を差し出してきておきながら、私があまりの事態にフリーズして答えを返せないでいると。

 

『う、うう、ううううううううぅぅぅっっ・・・・・・!!』

 

 と、うなり声を上げていくとともに身体全体を紅潮させて、結局最後は答えを待たずにお一人だけで全力逃走。残された私は昨日一晩モヤモヤしながらベッドに入ってなくてはならないという拷問を満喫させられたと言うわけです。

 

 

「大丈夫! 今日はもう心の準備を済ませてきたから。場所がどこで、誰に聞かれてようとも受け止める覚悟は出来てるの!!」

「・・・私の方は衆人環視の中で同性愛の告白に返事する覚悟も準備も出来てないんですけどねぇ・・・」

 

 つか、昨日自分が告白してきたときは誰もいない校舎裏で、告白の答えを要求してきた場所が大勢の人でごった返す校門前って卑怯じゃないの? これで正直に断れる人間もそう多くはないと思いますよ?

 

「改めて言います。・・・一年生の新入生、異住セレニアさん。貴女のことが好きです。大好きです。だからお付き合いを前提としたいけど、まずは友達からお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げながらお願いされたのは、意外にもごく普通のお願い事(後半だけはですけどね?)昨日の今日で告白が友達願いに転科した理由が気になりました。

 

 だから聞きます。

 

「・・・意外と謙虚なんですね。昨日のアレでアレだった人と同一人物とは思えませんよ」

「アレって何!? 私、初恋の人からどんな風に思われる初対面だったのかな!?」

「それは置いておくとして、とりあえず理由を聞かせてもらえませんでしょうか? 昨日の今日で変心した理由についてご説明頂かなければ信用できません」

 

 冷たく切り捨てて言い切る私。告白に対するお返事中に『変心』という表現を用いるのは珍しいんだろうなーとは自分でも思うのですが、アッサリと手の平返す人はすぐまた裏切るのが定番ですのでね?

 恋愛云々は別としても、相手の人物評価を定める上では重要なポイントなので疎かにする訳にはいかんのですよ。実際のところ。

 

「・・・実は昨日、あなたに告白してから恥ずかしくなって家に逃げ帰って、部屋にこもって晩ご飯に呼ばれても出て行かないままずっと悩んでたの・・・・・・本当に言っちゃっても良かったのかな、って・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「それで・・・・・・じつは・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・振られるの怖くなっちゃったから安全策をとる方針に変更することにしました。だって、初恋が失恋で終わるとか嫌すぎるから・・・・・・」

 

 台無しだ! 色々な面で自分がお膳立てした雰囲気、自分で台無しにしましたよこの人は!

 

「その程度の想いと覚悟だったなら、言わなきゃ良かったじゃないですか告白なんて・・・」

「ううぅぅ・・・だって、気づいたら体が勝手に動いて、口をついて出ちゃってたんだもん・・・仕方ないじゃない・・・。なんて言うかこう―――脊髄反射的に相手を求めちゃった感じで?」

「本能で同性の後輩を求めるのはやめてください」

 

 変態ですか? この人は・・・。

 ・・・いや、普通に変態さんなのか。今の会話を聞くだけでも完全すぎるほどの立派な変態さん確定してましたね、確実に。

 

「そもそも、なんで私なんです? 貴女、生徒会長で評判よろしいのでしょう? わざわざ会って間もない新入生のチビを相手に緊張しながら告白しなきゃならなくなるほど相手に困っている訳でもないでしょうに・・・」

「うーん、そう言う面では君は確かにお子様なオチビちゃんなのかもしれないねぇ~」

 

 なにやら含みのある言い方に、反感ではなく興味を覚え、私は相手の面白そうにしている顔を凝視して見返しました。

 相手の方は最初から私のことをまっすぐ見ていて、噛んで含めるように、もしくは自分が噛み締めるかのような口調で、自分たち以外には重要な部分は聞こえないよう注意しながらシッカリとした意思と想いを込めて、私との出会いの馴れ初めを語り出すのです。

 

 

「・・・入学式の時、在校生代表として壇上に立った私の目には新入生の皆が見えていた。

 ある人は将来の不安に怯えていて、別の人は期待に胸を膨らませていて、隣の子からは夢とか希望とかが満ちあふれた思いを感じて心楽しくさせられた。

 ――でも、その中で一人だけ別の色をまとっている子が混ざってた。空虚な瞳で何を考えてるのかサッパリ分からなくて、他の子たちのような光と影が見ただけだとまったく判別できない雰囲気をまとってた」

 

「気づいたら、その子が何を思っているのか興味を持ってる自分がいた。挨拶をしながら言ってる内容と無関係なその子のことについて考えている自分がいた。気づいたときには、その子のことで頭がいっぱいになってる自分がいた。今まで見たことのない自分自身を私は新発見してた」

 

「最初は恋なんかであるはずないと思った。脳の錯覚、ギャップ萌え、今まで会ったことないタイプの子と出会ったから特別視したいだけ。色々な理屈で説明は付けられた。その程度の感情に過ぎなかった。

 ――でも、どの理屈で納得しても、貴女のことを考えてしまう結果自体は変化しなかった。気になるままだった。考え続けるままだった。

 こんなにグダグダ考え続けて答えだけいっぱいに出ても何の解決にもならないなら、理屈とかどうでも良いことにして『もう恋でいいんじゃないのかな?』って想えるぐらいには思い煩うようになっちゃってました。・・・それが理由です。納得できたかな? セレニアちゃん」

 

 相手の長広舌を聞き終えた私の方でも空を見上げて思索に耽り、古今東西さまざまな恋愛物語で言われてたような恋愛理論を思い出し、頭の中で今の言葉と結びつけてみて出した結論は。

 

 

「・・・・・・正直、サッパリなのですが・・・」

「だろうねぇ~」

 

 理解不能。その一言だけという相手の要請全否定な私からの答えに対して、深山先輩は微苦笑を返しながら軽く笑い飛ばされて、小走りに近寄ってきて私の隣に並び立つのです。

 

「ま、ゆっくりと理解していってくれるよう努力し続けてくれると嬉しいかな?

 ――それよりも、最初の質問に対するお答えは? 友達になりましょうへのお返事。

 Yes or NO?」

「はぁ・・・試みに問うのですけど『友達だと誤解されたくないのでお断りしたいのですが?』って答えてみた場合は、どうなるのか教えて頂けませんでしょうか?」

「物理的には何も。ただ、これから高校三年間の生活がかなり息苦しいものになるかもしれないわね。私ってこれでも告白してきてくれた子が多いから、その逆のパターンで振った新入生の女の子なんかがいるって聞かされた日には何するか分からないし、人の口には戸を立てられないし。それぐらいだったら友達という部分だけでも既成事実化して身を守る障壁代わりに利用した方がお得だと思うよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・Yesで・・・・・・」

「毎度あり~♪」

 

 「ニコッ」っと言うよりかは「ニカッ」って感じの擬音が似合いそうな笑顔を浮かべられると生徒会長さん―――深山先輩は私の前に出てきて、片手を差し出してこられました。

 

 

「それじゃあ、これからよろしくねセレニアさん。私はいつでも貴女に受け入れてもらえる心の準備は出来てるから、覚悟しておいてね?

 後は貴女の胸先一つでいいとこのお嬢様が一人セレニアさんの色で染まりきる可能性大なんだから」

 

 

 もの凄い脅迫のような告白をされて、私の恋物語一日目のプロローグが終わりを迎え、二日目からの本編がスタートします。させられてしまいます。

 

 ――桜の木がない並木道で、桜色した私と彼女の間違いだらけな恋愛ストーリーはこうして始まる。



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烈風(かぜ)の使い魔(オリジナル)

だいぶ前に考えた奴の原案と言うか、本当はこうしたかったと言う願望作品です。前から書きたい書きたいと思っては忘れたり書かなかったり続けてきたので、いい加減書いてスッキリしたくなったので書いちゃいました。

全体的にクッサイ内容になってますので、読まれる際にはお気をつけ下さい。


 ひひ―――――っん・・・・・・・・・・・・。

 

 馬のいななきが木霊する。

 命に残されていた最後の残光を短い叫びで使い果たし、永遠の眠りについた愛馬を見送り、残された若い騎士姿の少年(?)は一人つぶやく。

 

「・・・ついに、本当の独りぼっちになってしまったな・・・」

 

 そして歩き出す。

 雪原の荒野を。人どころか生物の生きてきた痕跡すら見つけられない不毛の大地を一人で歩く。目的地へ向かって歩いていく。

 歩くことしか知らない。それ以外は切り捨ててきた。国も家族も友と呼んでくれた同僚ですら捨てて此処まで来た。来て、しまった。

 

 

 前を見ずに過ぎ去ってしまった過去だけを見つめるために伏せていた顔を上げると、そこには一つの黒くて大きな鉄の扉が立っている。

 

「ふふふ・・・はははははは・・・・・・

 魔界の門だ・・・ハハ、くそったれ! やっぱり死者たちの集う魔界はあったじゃないか! あははははははは!」

 

 狂ったように嗤い、哄笑し、重い足を引きずりながら門へと至る道を歩む。

 堅く閉ざされた扉の前までたどり着けたが、そこで腰を下ろすとガタがきた。

 

 ここまで来るのに無理に無理を重ねて酷使し続けてきた身体が限界を超えて、動かなくなってしまったのだ。

 腕を上げようとしても、人差し指を痙攣したように震わせるのがやっとだった。

 

「ここから先は魔界だ・・・誰もここまで追ってはこられない。

 国家も、軍隊も、死人の群れも・・・・・・そして、戦争も・・・・・・」

 

 年若く美しい外見にそぐわない、年老いて磨耗し心が疲れ果てた老人のような声で彼(?)はつぶやき、朦朧とする意識の中で譫言のように叶うことのなかった告白の言葉を口にしようとして―――

 

「本当に疲れた・・・。これで、本当に終われるんだ・・・・・・。

 サンドリアン・・・ぼくは本当はお前のことが大好きなおん・・・な・・・・・・」

 

 

 ――生き絶えた。

 

 カリン・ド・マイヤール。

 『烈風』の二つ名で知られる若き騎士は、ハルケギニアには『無い』と言われ続けた魔界の前で永遠に歩みを止めた。

 生涯の最期の瞬間まで『嘘つき』のまま、彼女の人生は彼として幕を閉じたのだった・・・。

 

 

 

 

 

「あんた誰?」

「・・・・・・」

 

 

 抜けるような青空をバックに、ルイズ・フランソワーズは自らが呼び出したはずの『使い魔』に対して問いを発した。

 相手は答えない。ただ黙って目の前に立っているルイズのことを見つめ返すだけだ。

 

 周囲の生徒たちは、その様子を驚きと共に見守っている。

 然もあろう。進級に必要な条件として“ゼロのルイズ”が『サモン・サーヴァント』を唱えたところ、召喚に応じて出てきたのはドラゴンでも火トカゲでも、ましてや平民の人間などでは絶対になく。―――どこか異国から来た若い騎士の少年(?)。

 ・・・・・・これでは、驚くなという方に無理がある。

 

 その騎士姿の少年(?)。年の頃は十四か、五。安物のような青い厚手の上衣に、けばけばしいフリルのついた白いシャツを着ている。

 そして足には、時代遅れの膝が出た乗馬ズボンに、色あせたブーツ。

 腰に下がった杖だけはピカピカと光っていたが、その拵えも上等とは言いがたい。かなり使い込まれたものらしく、杖についた傷がくぐってきた修羅場を窺わせる。

 

 どれもこれも一昔以上前の大昔に流行っていた衣装で、こんな時代錯誤でダサい格好をしているのを見たら王都の人間でなくともバカにされるのは間違いない。

 

 ――だが、この若い貴族にそんな嘲笑を投げかける者はいなかった。長い平和で選民意識に凝り固まったトリステイン貴族の子女たちですら、息を飲んでその美貌に見惚れている。

 

 その騎士は美しかった。他に類を見ない美貌と称してもよい。

 色鮮やかな桃色がかった長いブロンドと、幼さが残りながらも美しいとしかいいようのない顔立ちが、この貴族にこの上ない気品と高貴さを与えてくれている。

 

 

 だが、しかし。・・・“目が死んでいる”。

 まるで死んだ魚のように腐って淀んだ瘴気で満たされた、暗い鳶色の吊り上がった瞳が、この貴族に対する印象を曖昧なものに変え、性別を判別をつけづらくさせていた。

 

 まるで、何百年も生きて枯れきった老人のような生気のない瞳。もしくは死と生の境目をさまよい歩く不死者のように命無き者の瞳。

 生きているのか死んでいるのかさえ曖昧にさせられるその瞳が、彼女の存在自体を朧気にしてしまい、性別どころか幻ではないのかさえ定かではない。そう思わされてしまうのだった。

 

 

 ――周囲から降り注ぐ好奇の視線にカリンは、今まで十分すぎるほど浴びてきたものとして一顧だにせず、自分の置かれた状況を理解するため周囲の情報を集めようと、場をぐるりと取り囲むように設けられている城壁へと視線をやって考え込んでいた。

 

(・・・建築様式は古式ゆかしい始祖ブリミルの時代から続く伝統的なもの・・・・・・何百年も前の手垢がついた手法を未だに変えることなく採用しているのは、始祖が授けし三本の王権の内のどれかしかあり得ない。

 雪が多いガリアでは、この手法はそのまま採用している城塞はなかった。だからガリアじゃない。だとすると残る候補は二つだけど・・・・・・)

 

 考えながら顔を上げて、今度は高い空を見上げる。

 

(・・・空が、高い。浮遊大陸に存在するアルビオンから見た空はもっと近くて鮮烈なものだ。それに空気が違う。あの場所で感じた空気はもっと清涼だった。

 この場所に漂う空気には草や花、土の匂いなどの自然の匂いに満ちている・・・。アルビオンの其れとは違ってる)

 

 だとすると―――――

 

(・・・ここは、トリステインなのか? でも、だとしたら一体なぜ? どうして?

 なぜ――“あの大戦で最初に滅んだトリステイン”が未だに存在し続けてるんだ・・・?)

 

 分からないことだらけだった。

 そうして考え込み、黙り込んでしまった自分の使い魔を、ルイズは腹立たしい思いで睨み付けていることにも気づかぬままに。

 

「ミスタ・コルベール!」

 

 ルイズが怒鳴る。授業担当の講師に試験をやり直させてほしいと頼むため、こんな不抜けた根暗そうな騎士なんかが自分の使い魔であるはずないから、あらためて呼び出すことを許してもらうために。

 

「なんだね。ミス・ヴァリエール」

 

 やがて人垣が割れて中年の男性が現れる。

 

「あの! もう一回召喚させてください! 今度はちゃんと成功させますから!」

「それはダメだ。ミス・ヴァリエール。二年に進級する際、君たちは使い魔を召喚する。それによって現れた使い魔で今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した使い魔は変更することはできない。好むと好まざるとにかかわらず、彼(?)を使い魔にするしかない」

「でも! いずこの国から来たかもわからない騎士様を使い魔にするなんて聞いたことがありません! 法律的にも問題あるはずです!」

「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない。どこの誰だろうとも、呼び出された以上は君の使い魔にならなければならない。

 古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールの優先する。彼(?)には君の使い魔になってもらわなくてはな」

「そんな・・・・・・」

 

 がっくりと肩を落とすルイズ。

 そんな彼女にコルベールと言うらしい先生は、トドメとばかりに事実を指摘する。

 

「それに彼(?)は確かに騎士のような格好をしているが、マントを身につけていないところから見て、国に仕える騎士ではあるまい。君に仕える使い魔になってもらったところで法律の問題にはならないはずだが?」

「う゛。そ、それは・・・・・・」

 

 魔法の才能がない分を勉強で補おうとしてきた成果によって、相手の言ってることに理を感じたルイズは目線をさまよわせ、目を逸らす。

 

「さて、話はそれだけかね? では、儀式を続けなさい」

 

 話が決着したことを事実として知った先生は、厳格な口調で自分の教え子に対して命令した。

 

「えー、この暗そうな彼と?」

「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね? いいから早く契約しなさい」

 

 そうだそうだ、と生徒の一部から野次が飛ぶ。

 カリンの美貌に圧倒されなかった者ではなく、むしろ逆にひがみ根性から発した感情的な反感の叫びだったが、これからやることについて思い煩っていたルイズには判別することができていなかった。

 

「はぁ・・・・・・」

 

 と溜息をつくとルイズは、カリンに声をかける。

 

「ねえ」

「・・・・・・」

「おいコラ、返事ぐらいしなさいよ無礼な奴ね。――まぁいいわ。

 あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」

「・・・・・・」

 

 それでも沈黙を解こうとしない少年に、ホトホト愛想を尽かしたルイズは諦めたように目をつむり、手に持った小さな杖をカリンの目の前で振って呪文を唱えだす。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 そう言って、彼女は自分の唇をカリンの唇に重ねてキスをする。

 『コントラント・サーヴァント』の魔法が発動して体が熱くなり、痛みを感じて、カリンの手の甲に『使い魔のルーン』が刻まれる。

 

 この瞬間、カリン・ド・マイヤールはルイズ・フランソワーズの『使い魔』として、世界と彼女たちとの間に確かな絆が結ばれた。

 それと同時にカリンの頭には使い魔として、いくつかの情報が与えられてくる。

 

 

 自分が目の前の少女、ルイズ・フランソワーズの使い魔としてこの世界に呼び出された存在であることを。

 使い魔とは自分たちの使う魔法にはないものの、同じ系譜を持つ始祖ブリミルの授けし魔法の一つであることを。

 彼女の招きに応じて魔界の門の前で息絶えた自分は、異なる世界のハルケギニアへ召喚されたのだと言うことを。

 

 何より、カリン・ド・マイヤールは、ルイズ・フランソワーズの使い魔として『第二の人生』を歩む権利を与えられたのだと事実ことをだ。

 

 

 

(・・・ああ、なるほど。つまり――――――)

 

 

 つまり自分は、やはり“死んだのだ”ということを、与えられた知識で彼女は知った。

 ここは自分の元いたハルケギニアではないのだと言うことを、与えられた知識で彼女は知った。

 元の世界で生きた自分は死んで、二度と生者として彼の地に関わる機会は永劫に失われたのだという事実を、与えられた知識で彼女は知った。

 

 彼女はこの時、この瞬間。

 使い魔となることで得られた知識により、自分が犯した罪を贖罪する権利が未来永劫に失われたのだという事実をハッキリと自覚させられたのだった――――。

 

 

「な、なによ? 何か言いたいことでもあるわけ? だったら言ってみなさいよね、黙ってばっかいないでさ。だいたい、貴族から接吻を授けられておいて御礼一つもないだなんて、田舎から出てきたばかりの盆暗みたいでお里が知れる―――」

「・・・・・・承知しました、マイ・マスター」

「―――わ・・・って、え? ちょっと、何やって・・・・・・」

 

 ルイズが制止する暇も与えられないまま、流れるように流麗な動作で彼女の前で恭しく膝をつき、主に対して忠誠を誓う騎士の礼をとってカリン・ド・マイヤールは今生の主君に騎士として剣を捧げる儀式の祝詞を口に出す。

 

「ルイズ・フランソワーズが臣、カリン・ド・マイヤール。

 獅子の紋章と杖に誓い、この身死すまで貴方様に絶対の忠誠を」

 

 最後に、呆然としたままのルイズが下げたままになっている杖の先に唇を捧げ、古式ゆかしい騎士受勲式の猿真似は終了する。

 

 見ている誰もが圧倒されて声もないまま見惚れるしかないほどの、絵物語から抜け出てきたかのように綺麗で完璧な騎士の姿。

 まるで騎士物語の1シーンでも見ているかのような光景が、現実に目の前で起きていることが信じられず、自分の頬や友人のほっぺたを抓ったりしながら今が夢か現実かを確かめる生徒たちが続出しまくっていた。

 

 

「・・・う~~~~~ん・・・。素敵すぎて私もうダメ~~~・・・・・・(バタン)」

「・・・キュルケ。そんなところで寝たら風邪引く・・・」

 

 どこかからか恋愛ボケした恋愛脳の少女がブッ倒れる音が聞こえて、そのすぐ後に冷静沈着そうな落ち着いた声での注意が聞こえ、しばらくしてから何かを引きずっていくズルズルという音が聞こえてきたが、今のカリンには誰の発した声か音かも判るはずがないので普通に無視させてもらった。

 

「――それで? 呼び出されたぼくは、一体なにをすればいいのかなマスター。詩を朗読でもすればいいのかな? それとも声色を使って舞台役者の真似事でもお望みかい? ・・・マスター?」

「・・・・・・」

 

 今度はカリンが問いかけ、ルイズからの返事がない。

 何度か呼びかけ、目の前で手を振り眼球の反応を確かめてみると。

 

 

 ――返事がない。ルイズは照れる余り、ただの生きた屍となってしまっているらしい。

 

 

「・・・・・・はぁ」

 

 溜息をひとつ吐き、役立たずな主殿をお姫様抱っこで抱え上げると。

 

「マスターの・・・ミス・ヴァリエールのお部屋はどこかご存じかな?」

 

 たまたま近くにいて、余りのことに腰が抜けて動けなくなってた女生徒の一人にそう問いかけて、ギチギチと音が鳴りそうなぎこちない動きで指だけ指し示された方向を見やる。

 

「ありがとう。感謝するよ、ミ・レイディ」

 

 感情のこもらぬ儀礼的で、ただしクールな印象の軽い謝礼の言葉と作り笑顔を送り、「『フライ』」と呪文を唱え、歴戦のグリフォン隊もかくやと言うような流れるように自然な動作で飛行の魔法を操りルイズを自室のある寮まで運んでやるため飛んでいく。

 

 そう。それはまるで姫君を連れて二人だけの愛の逃避行へと旅立つ悲恋の中の駆け落ちであるかの如く―――

 

 

『う、う~~~~~~ん・・・・・・(バタタタン)』

 

 ・・・・・・そうして生まれる数十人分の失神した女生徒たち。

 

 男だから気絶しなかった男子生徒たちには貴族としての勤めとして、倒れた婦女子諸君を部屋まで送って解放してやり、下心ひとつ持たないまま紳士的に部屋を出て行かなければならないという男性貴族の義務が・・・・・・。

 

 『別の男の美貌と格好良さに気絶させられた女子に、手を出すことなく紳士的に解放して癒やして差し上げる』貴族としての神聖で大切な義務が―――――。

 

 

『死にたい・・・・・・』

「言うな、諸君。それが世の中を生きる大半の男たちが背負う懊悩という義務なのだから」

 

 余談だが、後に語られる伝説の使い魔ガンダールヴ『烈風のカリン』がハルケギニアに降り立ったとされるこの日。

 トリステイン魔法学院講師のコルベール先生が、男子生徒の一部から「師匠」と呼ばれるようになったとか。ならなかったとか・・・・・・。



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タクティクス・サタン【言霊ルート】

だいぶ前から少しずつ書き進めていた『タクティクス・オウガ』二次創作がようやく完成しましたので投稿しました。
主人公はレオナール。義理の妹で解放軍の後方参謀にセレニアが付いちゃったせいで色々と苦労させられる羽目にあう苦労性の騎士団長様の物語。良ければお楽しみくださいませ。


 ・・・オベロ海に浮かぶヴァレリア島。

 古来より海洋貿易の中継地として栄えたこの島の覇権を巡り、祖父の代より続いてきた民族紛争は大きな変革の時期を迎えようとしていた。

 

 ウォルスタのロンウェー公爵率いる解放軍が敵をよそおい、ガルガスタン王国内にあるウォルスタ人自治区の住人を虐殺すると言う策謀は功を奏し、ガルガスタン陣営内の反バルバトス枢機卿派を決起させ、復讐に燃えるウォルスタ解放軍の結束を強固なものとした。

 その結果、ガルガスタン陣営は二つに分裂しバルバトス枢機卿は窮地に追い込まれる。

 

 足並みのそろわないガルガスタンに対し、当初の約三倍にまで膨れ上がった解放軍は敵に決戦を強いるためコリタニ城の南へと進軍を開始し、コリタニ城陥落は時間の問題と世間では目されるようになっていたのだが・・・・・・。

 

 ・・・どうやら世の中という奴は、そうそう思い通りにいってはくれないものらしい・・・。

 

 

 

 

 ――ウォルスタ解放軍本拠、アルモリカ城。

 

 救うべき同胞ごと自治区を焼き払う『バルマムッサの虐殺』から三週間が経過し、嵐の季節が近づいている頃。

 空を覆う暗雲が稲光を発し、城下をゆく町の子供たちが小走りに広場ではなく、母親の待つ家へと帰っていく姿を散見される中にあって、城の中の一室に詰めるアルモリカ騎士団長のレオナール・レシ・リモンは報告書の内容に眉を曇らせていた。

 

 雷が鳴り、窓から侵入してくる光が彼を白い塩の彫像のごとく染め上げる。

 

「・・・ガナッシュ卿が負傷し、部隊はクリザローまで後退・・・傷が癒えた後、前線へ復帰の予定・・・。戦死でないのがせめてもの救いだが、決戦までには間に合いそうもないな」

 

 溜息を吐いて羊皮紙を置き、次の書類へと目を通してゆく。

 ――それは前線から届いた戦果報告と被害報告の束だった。

 全体としては無論のこと戦果報告の方が多いのだが、戦力差で見ると被害損耗率がバカに出来ない数値であることに気づかざるを得ない。

 

 このところ解放軍の油断と功を焦っての突撃、そして敵の巧妙な戦術に踊らされて思わぬ被害を被る報告が後を絶たなくなっていた。

 

 数を増したとは言え、解放軍の指揮中枢は全人口の1割にも満たぬウォルスタ人で構成された旧解放軍首脳陣で占められており、新たに兵士として志願してくれたガルガスタン人の参加者たちも多くが枢機卿により弾圧されていた平民階級の出身で経験に乏しい。寝返り組の降将にいきなり高い地位と権限を与えるのは人事の上で問題がある。

 結果、解放軍兵士の内訳は、圧倒的多数のガルガスタン人の下級兵士の部隊を、圧倒的少数のウォルスタ人幹部に率いさせざるを得なくなってしまい、数ほどの活躍は出来ていないのが実情だった。

 

 対してガルガスタンは兵力を二分され、更に残る兵の半数も足並みのそろわぬ末期状態が続いていたが、中軸となる主力メンバーは落ち目の枢機卿を見限ることなく仕え続けているだけあって忠誠心篤く、経験も豊富な古参兵の精鋭で占められている。

 

「足並みのそろわない本体を囮に使い敵を誘因。突出してきたところを伏兵で奇襲をかけ、大した損害もなく撤退。敵ながら見事な戦術だ。鮮やかとさえ評せるほどに。

 ・・・もっとも、不甲斐ない味方に足を引っ張られなければ、ここまで見事に嵌まるほどの策でもないのが微妙なところだがな・・・」

 

 苦笑して、レオナールは己の無能さを笑い飛ばす。

 そんな不甲斐ない味方しか育てられなかった、軍の最高責任者である自分こそが他の誰より不甲斐ない限りではないか・・・と。

 

 

 トントン。

 不意に戸が叩かれ、誰何の声の後、部屋の外から扉が開かれ一人の少女が中へ入ってくる。

 雪のような銀髪と、蒼い目をした年頃の娘だ。

 矮躯の身体に大人用の文官が着る服をまとっているためブカブカであり、歩く姿を実年齢以上に幼く見せてしまっていることに果たして本人は気づいているのかいないのか・・・。

 

 状況を忘れ、思わずレオナールは苦笑してしまった。

 旧知の間柄で身内でもある少女の登場は、最近の彼にとって数少ない心の癒やしとなっていたから・・・・・・

 

 とは言え。それも時と場合による。

 この時の彼女が持参してきた書類と要件を聞かされたとき、果たして自分はどんな顔をしていたのか、レオナール自身にも判らなかったほどだから。

 

 

「義兄さん。お金がなくなりました。何とかしてください」

「・・・・・・・・・」

 

 幻想的な容姿を持つ義妹の少女から、夢もヘッタクレもない散文的すぎる要求を聞かされたレオナールは、思わず唇の端をヒクつかせてしまうのであった。

 

「いきなり入ってきて金がないって・・・セレニア、お前なぁ・・・・・・」

「事実です。これをご覧ください」

 

 赤子の頃に屋敷の前に捨てられていたのを拾って育て、実の妹のように可愛がってきた義妹の成長した姿が差し出してきたのは、解放軍の後方支援部隊の参謀として署名された公式文書としての解放軍財政事情についての報告書と要請書を兼ねたものであるらしく、文字でびっしり埋め尽くされていた。

 

 唇のゆがみを大きくしながら、それでもレオナールは職責に従い書類に目を通していく。

 が、途中からゆがみは徐々に形を変えてゆき、読み終わる頃には唖然としたように目と口と顔そのものとを大きく開けたOの形に見立てざるを得ないほどの戸惑いに彩られてしまっていた。

 

 彼はぎこちない笑みを浮かべて義妹に問う。問わざるえをない。

 

「おい、セレニア。・・・これは一体なんの冗談だ・・・?」

「冗談で済むなら私は今この時、この部屋へは参っておりませんが?」

 

 平然と答えられ、レオナールは言葉を失わさせられる。

 報告書に書かれていた内容は驚くべきものだった。

 要請書の内容は驚愕するに値するものだった。

 

 なんと驚いたことに、解放軍の軍資金がほとんど底を尽きかけていると書かれているのだ! これが驚かずにいられるだろうか? これを驚愕せずして何に驚けというのであろうか?

 前代未聞だ、あり得ない。まったく以て理解しかねる。

 

「・・・セレニア・ミレ・リモン後方参謀。私の記憶違いかも知れないが、前回の報告書には確か『解放軍を三年は維持できるだけの基盤を整えることに成功した。ガルガスタンへの再度開戦に問題は無し』と書かれていたように記憶しているのだが・・・あれは私が見間違いをしていただけなのだろうか?」

「一ヶ月前の定期報告書に記した内容をいっておられるのでしたら、間違い御座いません。あの時は確かにそう記しましたし、今でもアレは間違いではなかったと自負しております。

 実際、あの時の解放軍なら三年間は保たせられる自信が私の中にはありましたから」

「ならお前、それじゃこれはどうして・・・・・・」

 

 喘ぐように抗弁を試みる義兄を冷たい眼で見上げ、美しい義妹は眼の色にふさわしい声と口調で冷ややかに義兄の楽観論を完全否定してのける。

 

「『一ヶ月前までの解放軍なら』と申し上げたはずです。あの一週間後のバルマムッサまでの解放軍には確かに三年戦い続けられるに十分な物が詰まってたんですよ。

 それを、三週間で使い潰してくれたのは軍です。だからこそ、何とかしてくださいとお願い申し上げに来ているのです」

「・・・・・・」

「だいたい、あれから今までの間に一体何人の兵隊が解放軍に入隊を志願して、兵士が食べる分の糧食を食い散らかしてきたかご存じですか? 軍隊というのは、何もしなくても維持するだけで物を大量に消費しまくる居候の群れなんですよ?

 そんな人たちが一度に三倍近くも膨れ上がったんです。計画を四倍に引き上げさせなきゃいけませんし、人と違って野菜や果物は強制しても早く育ってくれるものではないんです。

 おまけに――――」

 

 そう前置きしてセレニアが懐から取り出してきたのは、アルモリカを含む解放軍の勢力下にある主要な都市や村、港町の物流について彼女個人が調べ上げてまとめた物。

 そして、それら軍を支える主要拠点に含まれていない、名も無き農村を含めたウォルスタ人およびガルガスタン人の人口分布を簡易的に記した追加補足だった。

 

「戦時下ですし、一日ごとに数字が変化するのが常態化しちゃってますので大雑把な目安としての価値しかありませんが、それでも最低限度の問題点ぐらいは一目でわかるよう要点をまとめてありますので多少はマシになるのではないかと」

「・・・・・・」

 

 言い方は手厳しいが心根は優しい義妹の心遣いが、今日だけは痛い。痛すぎる。思わず剣で喉を突いて自決してしまいたいぐらいに。

 

 

 人口分布の数そのものは差して異常な数字を示していない。男も女も一定数が軍に志願しているものの、農業に必須の数はすべての村で確保できていることがわかる。

 ・・・ただし、年齢が異常だ。働き盛りの若者や青年たちが残らず兵士になってしまって、軍の胃袋を支える農村には老人と老婆、子供たちしか残されていない。体力勝負の畑仕事に携わる者たちが大人であるのと子供や老人ばかりなのとでは同じ数でも結果は比較になるはずもない。

 

 物流も一見するだけなら正常なように見える。極端に値段が上がっているわけではないし、下がっているわけでもない。戦況が激化していく中で徐々に下がったり上がったりしていく物も多いが、通しで見た場合には許容範囲内で収まりきっている。

 ・・・だが、品質が悪くなりすぎている。一ヶ月前と比べ、同じ値段の同じ品物が別物と言っていいくらいの場所から仕入れられるようになっていた。

 

 

「数字による錯覚の弊害ですね。通常の報告書には村の総人口と増減した数、子供が何人生まれて今年は何人死んだとかしか書かれていませんし、物流に関しても細かい人なら商品の銘柄ぐらいまでは調べてましたけど仕入れ先まで調べることは当時の情勢下じゃ無理でしたからねぇ。

 ある意味、今だからこそ分かるようになった解放軍が抱える問題点と言ったところでしょうか?」

「・・・落ち着いて論評している場合ではないぞ!? なにか手を打たなければ遠くない将来、解放軍は敵を前に飢え死にしてしまう!!」

 

 レオナールの悲鳴じみた声が室内に響き渡って、セレニアの鼓膜を痛めつけた。

 優れた指揮官の条件として、よく通る声というのがある。レオナールは解放軍最強の騎士であると同時に、随一の名将だ。当然のように優れた条件の全てを網羅している。

 だからまぁ、要するに。・・・・・・そう言うことである。

 

「そうだ! 貿易は! 我らヴァレリアの民にとって命綱とも呼ぶべき海洋貿易での収益はどうなっているか!?」

「・・・それは別途でこちらに記してあります。ご覧ください・・・」

 

 耳鳴りに悩まされ、顔をしかめながらセレニアが取り出したのは別の羊皮紙。

 解放軍が手に入れた南ヴァレリア地方に存在する三つの港町、その全てから届けられた収支決算書を編纂して一つの書類にまとめ直した物。

 

 ・・・実のところヴァレリアの民にとって、食料生産力の低下は大した問題ではない。

 古来より海洋貿易で栄えてきたヴァレリア島では反比例して、農産業は重要視されたことがほとんどなかった。

 バーナム山脈などの火山や、ゾード湿原、ボルドュー湖畔など、農業に適さぬ場所が多い土地柄もあるし、四方をオベロ海に囲まれているための海風さえ野菜を育てる上では邪魔者でしかない。

 

 一方で、貿易上の立地としては得がたい優位性を持っており、ほぼ全ての国々が他国に貿易船を派遣する場合に、この島を経由するのとしないのとで大きく差が開いてしまう。距離の面と費用の面の両方でだ。

 

 そのためヴァレリア島は古来より海洋貿易の中継地として栄え続けてきた島となり、自分たちが何もしなくても外から物が入ってきて置いていってくれる物流システムが伝統的に出来上がってしまっていた。

 

 それが故のヴァレリア島の覇権をかけて争い続けてきた島の歴史であり、楽して儲かる権利を独占して、誰にも譲りたくないと願ってしまった結果としての今現在起きている内乱なのである。

 

 これらの事情により、ヴァレリアの島民たちにとって食料は『自分たちで作って食べる物』という認識が薄く、外国から買ってきた物、貿易で手に入る物という認識が一般的となっている。

 無論、自給率0という訳ではないが、あくまで足りない分の補填という意味合いが強く、残りは金のない貧乏人が食べる分と、金持ちが自分たち専用に育てさせている嗜好品の二種類しかない。

 仮にあったとしても書類に載らないような微々たる量だ。軍全体の食糧事情を考えるときに役立つ数字では全くない以上、無視したところで問題は無い。

 

 

「・・・ご覧いただいたとおり、貿易黒字は今年も順調そのもの。むしろ今までゴリアテしか所有していなかった港町に、アシュトンとバルマムッサの二つが追加されたわけですからね。

 事実上、ヴァレリア島南部における貿易収支は公爵様率いる解放軍の独占状態です。お喜び申し上げますよ、本当に」

「・・・・・・??? ならば問題ないはずではないのか? どうしてそれで解放軍の倉庫が空に近くなっているのだ?」

「南部の貿易収支すべてを独占した公爵閣下が持ってる私兵集団が解放軍だからじゃないですかね?」

「・・・・・・・・・」

 

 今度こそレオナールは、正しい意味で絶望した。

 内政努力でダメ、外貨を獲得したが戦争に使ってしまうから残らない。落としていった金の分だけ、他所の国から色々と買ってしまって何も残らない。

 

「・・・ん? ちょっと待て、セレニア。これは何だ? この一カ所だけ用途が記されていない正体不明な大金は何に使われている?」

 

 不意にレオナールは思い出して、最初に見せてもらった書類へと意識を戻す。

 明らかな異常すぎる扱いの予算に初見で気づかなったのは、公爵直筆のサインで了承済みを示す印が記されていたからである。

 公爵閣下が必要とされた金である以上は、本人が調べた上で使っていると言うこと。

 セレニアが横領する可能性など万に一つもあり得ないとは思うが、それでも公爵の直筆でなければ最初の時に確認ぐらいは取っていただろう。

 それぐらい彼にとって無視するのが当たり前すぎる印であったから無意識のうちに見過ごしてしまっていた部分。

 

 だが、よく見ると使われている金の額がいささか尋常でないことに気づかざるを得ない。

 公爵が必要だと判断した物である以上、自分がどうこう言う筋のものではないとは言え、軍事に影響してしまっていることである以上、無視は出来ない。せめて内訳を知っておくぐらいのことはしておきたい。

 

 義妹は、「ああ、それですか」と茫洋とした表情で肩をすくめ、どこかしら諦めたような口調と態度で説明してくれた。

 

「公爵閣下の宮廷活動費ですよ」

「宮廷活動費?」

「なんですか、枢機卿を打倒してバクラムも降した後、ウォルスタ王国建国のための準備に必要なお金なんだそうです」

「・・・・・・具体的な使用先は?」

「クリザローの有力者バーム氏が町へ帰って来れたことを祝う贈答品に、アルモリカの名士ミン子爵のご息女が三歳になる誕生日をお祝いするためのプレゼントを買うためのもの、後は寝返ってくれたガルガスタン有力者の方々へお礼の品物と解放軍への歓迎式典を盛大に催すためのパーティー会場として―――」

「・・・・・・もういい、セレニア」

 

 顔に手をやり、表情を隠しながらレオナールは義妹の声を遮った。

 王国を建国するのに軍事力だけではダメであり、政治資金としてそれらの物に使う必要性も理解できている彼だったが、実際に具体的な使用方法を聞かされると辛くなってしまうと言うか、脱力してしまったのだ。あまりにも、アホらしいと。

 

 

「・・・・・・この状況を打開するにはデニム君たちが必要だ。もう彼ら以外に頼れる者が他にいない・・・」

「ですねぇ~」

 

 義妹にとっても旧知の若者の名をレオナールは口にして、妹も否定はしなかった。

 バルマムッサの一件で仲違いし、今や敵味方に別れてしまっている彼であるが、その彼以上に信頼できる将が軍内部にいない以上、彼を頼って任せるより他に道はない。

 

 一刻も早く戦争を終わらせ、軍縮を始めなければ解放軍は瓦解してしまうだろう。主に金と飯が足りなくなるせいで。

 無茶でも何でもやって戦争に勝ち、戦争を終わらせて、兵士になった農民は復員してもらって兵士を減らし、一息吐く。それをして解放軍は始めてバクラムとの戦いを始められるだろう。

 

 その後に続く戦争は、可能な限り早く勝てる将に部隊を率いてもらわなければ、戦争に勝って飢えて死ぬ。そんな事態になるのだけは絶対に避けなければならなかったから。

 

 

 とにかく今は・・・・・・金がない!

 

 

「・・・今思うと、デニム君たちに支度金として渡した2万ゴートと5万ゴートが惜しすぎるな・・・。

 『ゴリアテの英雄』の名声を宣撫工作に利用して兵士を募集するために見栄を張り、効果は十分にあったと満足していたのだが・・・今となっては半額ぐらいにまけておくべきではなかったかと悔やまれてならない・・・」

「全ては後の祭りと言いますしねぇー。

 大抵の場合、お祭りというものは終わった後、浪費されたエネルギーの残滓ばかりが漂っていて、どことなく手持ち無沙汰な空虚感を持て余したまま、祭りの残り物を食べて一日過ごすだけで終わるものなんですよねぇ-」

「・・・・・・」

 

 義妹の夢がない上に庶民的で、しかも今の状況にピッタリと当てはまっている比喩に苦いものを抱かされながら、レオナールは旅立つ。かつての同士、デニムの元へ。解放軍崩壊の危機を共に乗り越えられる同士となってもらうために!!

 

 

 ・・・・・・オベロ海の西に浮かぶヴァレリア諸島の民族紛争は、三大勢力の一つが崩れたことで均衡を失い変化の節目を迎えようとしていた。

 

 解放軍は再び若き英雄を迎え入れられるのか? それとも致命的な決別を待つだけなのか?

 若き騎士団長の切り開こうとしている“世界”に待つのは秩序か、更なる混沌か。

 その秩序と混沌は、一体誰に味方して、誰の毒となるものなのか誰にも分からない。

 

 彼ら一人一人の手に託された未来は、彼ら自身が己の役割と運命に抗い続けた歴史でもあるのだから。

 

 

 ――古の昔

 力こそがすべてであり、

 鋼の教えと闇を司る魔が支配する

 ゼテギネアと呼ばれる時代があった。

 

 だが、そんな時代であっても人々は物を消費しながら日々を生き抜くため逞しく生きようと足掻き続けている。

 

 これは、そんな人々の戦いと努力と苦労の記録である―――。




注:文字数的に一部アイデアを使わず仕舞いにしてしまったせいで多少わかりづらくなってるかもしれません。疑問がありましたら可能な限り応じさせていただきます。


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もしも士郎が喚んだセイバーがオルタ化してたらStay night

ZERO版が終わってから始めようと思っていた、Stay night版の『もしもセイバーがオルタ化してたら』を待ちきれずに書いてしまったので投稿しておきます。
尚、この作品に登場するセイバー・オルタさんは作者の願望が多分に混じってますのでオリジナルとは一緒くたにしないでくださいませ。


 ――その場所は王の支配する最後の王国だった。

 

 守ると誓いをたてた愛すべき祖国。

 異民族から守り抜くべく戦い抜いた祖国。

 仲間や配下とともに駆け抜けた祖国。

 思い出の詰まった誇り高き我が祖国・・・・・・ブリタニア。

 

 その最後の領地となったカムランの丘には誰もいない。ただ、王だけが存在している。

 守るべき民も、指揮すべき兵も、倒すべき敵の屍すら見当たらない、ただ無数の武具だけが墓標のように立ち並んでいる無人の荒野。カムランの丘。

 

 時間の流れより切り離されて、未来永劫に時の価値が損失してしまったこの場所こそが。

 彼の名高き騎士王アーサー・ペンドラゴンが王として君臨し、守り続けている最後のブリタニア王国。その残された微量な領土だった・・・・・・。

 

 

「・・・・・・」

 

 その丘で王はただ一人、俯きながら待ち続けていた。

 守り切れなかった祖国を守り抜くため、自分より相応しい王が選ばれる可能性へと至る、奇跡という名の機会を。今一度のやり直しを。今度こそ正しい政によりブリタニアの民が永遠なる幸せと幸福を笑顔で享受できる国となってもらうために――っ!!!

 

「・・・・・・?」

 

 不意に王は顔を上げる。

 視線の先、灰色の雲に覆われた空の中央に黒い太陽が見えた。――待ちに待った奇跡をつかめる戦いへの参加資格が訪れたのだ!!

 

「あれは・・・まさか・・・っ!?」

 

 王は“其れ”に向かって手を伸ばす。

 掴み取ろうとして地上の理に逆らい、体を浮き上がらせようとする。

 

「アレは聖杯だ! 私は・・・私はアレを手にするために・・・・・・!!」

 

 熱に浮かされ、妄執に駆られたようにギラついた瞳で其れを取らんと手を伸ばす王。

 ――そこに“待った”を掛ける声がかかった。

 

『やめておけ』

「何故だ!? 私はアレを・・・、アレを手にするために! その為だけに今まで数多くの犠牲を・・・っ!!!」

『だから、やめておけと言っている』

 

 有無を言わさぬ制止の声。背後から伸ばされた左手に掴まれる肩。

 一度は浮かび上がりかけた身体を冷たい地ベタへ引き釣り降ろそうとする妨害者。

 その全てが、今の王にとってブリタニアを救う道を阻む外敵としか思えない。

 

「――っ!! 誰だ! 私の邪魔をする者は許さ―――――」

 

 振り返りざま、迸り掛けた罵倒は途中で止まり、王は呆然と立ちすくみながら其奴を見つめる。

 其奴は自分とよく似た、くすんだ色の瞳に酷薄な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

『私が誰か、だと? そんなもの、見れば解るだろう?

 私は、お前だよ』

「・・・・・・っ!!」

『もう一人のお前。お前が選ばなかった道を選んでいたお前。人々が抱く幻想によって紡がれた英雄たちにあり得たかもしれない可能性という願望。それが姿形を得て実体化した者。

 即ち、アルトリア・ペンドラゴン・オルタ。黒く染まった暴君としてのアーサー王だ』

「お前が・・・・・・私っ!」

 

 王は叫んで手を振りほどき、道を誤った己と対峙するため剣を構える。

 

『お前の夢はとうの昔に終わり、過ぎ去ってしまっている。

 王として抱いた祈りも誇りも、全てはこのカムランの丘で果てていたのだ。

 ・・・いい加減、見果てぬ夢を取り戻すため終わらぬ悪夢を見続けるのはやめにしないか? 我が内なる心の光、アルトリア・ペンドラゴンよ。

 どのみち今のお前に見ることが出来るのは、真の絶望に染まった未来だけだぞ?』

「黙りなさい! 貴女は道を違えた私の虚像・・・この手で消し去らなければ騎士道に悖る!

 何故ならそれが、私が騎士王として報じた騎士の正義なのだから!!」

 

 

 

『そしてまた、死体の山を築きにいくのか?

 自らの信じる正義を貫くため、無垢なる犠牲には目を瞑り、ただただ終わってしまった過去をやり直させるため、今の犠牲を許容しながら血塗れの正義の道を更なる血で塗装しながら、カムランの丘を繰り返すために。ただそれだけのために』

 

 

 

 ――騎士王の剣は止まった。彼女自身の動きも止まってしまっていた。

 顔中に冷や汗が浮かび、半死人には無意味な心臓の鼓動が大きく脈動し、動悸と目眩で目の前の景色がきちんと見ることが出来なくなっていく。

 

 

『国の滅びは王の失政によるものだ。王以外に誰の責任でもない。民も兵も指揮した騎士たちも全て、王のせいで戦って散った。命を落とした。王がその判断の失敗により殺してしまった命なのだ。

 王はその罪の重さを、一生涯背負い続ける義務と責任を持っている・・・』

「そ、そうだ・・・その通りだ! だからこそ聖杯を・・・聖杯を手にして選定のやり直しをしてもらいたくて! 私ではなく、もっと相応しい王が選ばれていたらブリタニアは・・・ブリタニアはきっと今も!!!」

『なればこそ』

 

 毅然とした口調と冷たい視線でオリジナルを見つめ、哀れみにも似た情感のこもった一瞥とともに。

 黒く染まって暴君となった騎士王は、厳然とした事実を付け加える。

 

『外法にすがり、条理をねじ曲げてまで無かったことにしていいものでは絶対にない。

 罪とは過ちであり、過ちとは正当な報いとして裁きを受けなければならぬものだからだ。

 王自身が自らの信じる正義のため裁きを逃れ、法を犯そうとする国に未来など無い』

「・・・・・・っ!?」

『貴様は世界からの誘いを受けてしまった、その時点で祈りも誇りも、王としての責任さえ自らの選択により投げ出してしまっていたのだ騎士王よ。もし貴様が真にブリタニアを愛し、王として最期まで皆とともに生きようとするならば、こんな所に来てはいけなかったのだ。

 このような最果ての土地に、自分の愛した祖国を寸土といえども売り渡してしまった王に、王を名乗る資格はない』

「わ、私は・・・私は・・・・・・私はぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 

 泣き崩れるように頽れて、頭を抱え込み現実から目を逸らそうとする王。

 言い返したい言葉はあった。主張したい正義もあった。否定したい相手の言葉は山のようにあった。――そのはずなのに。

 

「・・・・・・・・・」

 

 王は黙して語らず、一言も無いまま沈黙の砦に立てこもり続ける道を選んでしまった。

 長すぎる時間が彼女の願望を妄執に変え、英雄の死を怨霊へと変質させてしまっていた事実にようやく気づいた、気づかされたブリタニアの騎士王にはもはや戦う力など残っていなかったのだ。

 気力だけで頑張ってきた。立ち上がってきた。剣を振るい続けてきた。

 それら今までの彼女を支え続けてきた糸がプツンと切れたとき、騎士王アルトリア・ペンドラゴンには長い休息の時間が必要な状態になってしまっていたのだから・・・・・・。

 

 

『もう休め、私の分身。お前のように心の弱い者は見ているのが辛くなる。

 今回は私が代わりに征ってやる。だからお前は、夢見るためにも今だけは休むがいい・・・。子供には良い夢を見るため寝るだけでなく休むことも必要なのだから・・・・・・』

 

 

 そう言い残し、アルトリア・オルタは地を離れ、天に輝く黒き太陽のもとへ登っていく。

 そんな自分の分身に手を伸ばし、足を引きずり下ろしてやることは王にとって難しいことではなかった。

 だが、出来なかった。

 彼女はただ俯いたまま地面を見下ろし、自分に残された最後の領地を感情の消えた瞳で見つめ続けるだけだった。

 

 いつまでもいつまでも、彼女は俯き、見つめ続けていた。

 このカムランの丘で。永劫と一瞬の区別に意味がなくなってしまったこの場所で。

 彼女はただ、自分の守り通してきた国の切れっ端を見下ろし続けていた。

 

 その瞳は今でも未来でもなく、過ぎ去って永久に取り戻せない場所に行ってしまった遠き日の光あふれたキャメロットを。仲間たちと過ごした思い出を眺めているかのようであった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「え―――?」

 

 それは目映い光の中、いきなり背後から現れた。

 

 ギィィィッン!!!

 

「なに・・・・・・!?」

 

 標的の心臓を狙い違わず一撃で仕留めるはずだった魔槍が弾かれ、予想外の強敵の出現により槍兵の英霊はほんのわずかだけ蹈鞴を踏まされる。

 

「――本気か、七人目のサーヴァントだと・・・!?」

 

 弾かれた槍を構え直し、英霊は自分に迫り来る少女の手にした得物を防ぎきりながらも、戦場の不味さに舌打ちする。

 

「く―――っ!」

 

 敵の得物は剣。こちらは長柄の長槍。土蔵という限られたスペースしかない空間では、圧倒的に敵方が有利。自分は不利。

 

(――ここじゃダメだ。やり合うにしても仕切り直す必要がある!!)

 

 そう判断して土蔵を飛び出す槍兵の男。

 その後ろ姿を見届けてから、彼女はようやく静かな態度でこちらへ――衛宮士朗という名を持つ少年の方へと振り向いた。

 

「――――」

 

 信じられないほど、美しい少女がそこにいた。

 酷薄そうな灰色の瞳も、くすんだ金紗の髪も、時代錯誤な黒い甲冑でさえも、綺麗すぎる彼女の容姿にケチを付けることは不可能だったから。

 

 相手の少女は何の感情も映さぬ瞳で自分を見据え――僅かに一瞬だけ目を見開く。

 

(・・・似ている)

 

 そう感じたのだ。

 目の色も髪の色も体格も身長も、瞳に映った感情の揺らめきさえもが全くの別人でありながら、どことなく彼女には以前までの自分が見たマスターと目の前で腰を抜かす少年が似ているように感じられたのだった。

 

 ――それは、どこかの平行世界でアホみたいな偶然により、たまたま心を通い合わせることに成功した彼女と士朗の養父、衛宮切嗣とが起こした奇跡だったのかもしれなかったが、そんなこと知る由もない平行世界のアルトリア・オルタさんは『まぁ、よい。問題にはならん』と合理的に判断して話を進めることにする。

 

 

「問おう。貴様が私のマスターという奴か?」

「え・・・・・・マス・・・・・・ター・・・・・・?」

 

 凜とした尊大そのものな態度と声音でそう問われ、士朗は唖然としながらオウム返しに言われた言葉を繰り返すだけ。

 

 聖杯戦争に巻き込まれただけで碌な知識もない彼には、彼女が何を言っているのか解らない。何者なのかも判らない。

 今の彼に判ることと言えば、この小さくて華奢な体をした偉そうな少女も、外の男と同じ存在と言うことだけ。

 

 即ち―――人間じゃない。

 そんな矮小すぎるカテゴリーには収まりきらない、別の超常的なナニカ。

 それだけだった―――。

 

 

「・・・おい、どうしたマスター。何故返事をしない。何故黙りこくっている。相手から声を掛けられておきながら沈黙を返事とするなど無礼ではないか。仮にも私のマスターを名乗るなら、礼節ぐらいは弁えよ」

「え? あ、はい・・・・・・」

 

 有無を言わさぬ強い口調で説教されて、基本的には礼儀が大事な日本人らしい一般人感覚の衛宮士朗は反射的に謝ってしまっていた。

 

 ・・・何というか、人間のカテゴリーには収まりきらないはずの存在であることが判りきってる存在なのに、妙なところで極端に等身大の人間くさい所を持つ少女であった。

 

 無理もない。なにしろ彼女は暴君。法による厳粛な統治をこそ望み、規律と統制を重んじるアルトリア・ペンドラゴンが選ばなかった可能性の一つ。

 なのでぶっちゃけ、口うるさくて規律規律とやかましくて法律絶対主義な順法精神あふれるサーヴァント。

 そんなの奇跡使って喚び出されたところで正直困るだけな気がするのは魔術師たちだけか・・・?

 

 

「ふん。気の抜けた返事だが・・・まぁいい。一先ずは義務を果たすとしようか。

 ――サーヴァント・セイバー・オルタ、召喚に応じて参上してやった。

 それで? マスター、早く指示を。私はどこの誰と戦って、蹂躙してやればよいのだ?」

「・・・・・・は?」

 

 二度目の声。命令口調の其れ。

 彼女が発した、マスターという言葉と、セイバー・オルタという響きを耳にした瞬間、士朗は左手に焼きごてを押されたような痛みを感じ、思わず右手で左手の甲を押さえつける。

 

 それを気にした様子もなく、少女は静かに淡々と可憐な顔を厳しい表情で顰めさせた。

 

 

「は、ではない。貴様が決めろと言っているのだ。なにしろ今の私は王でも騎士でもなく、単なるサーヴァントでしかないのだからな。

 私は貴様が勝利を得るために振るう剣であり、貴様を守る盾であり、貴様の運命を切り開くための武具でしかない。貴様が何と戦い、どうしたいかくらい自分で決めろ。

 私はその覚悟と決意が折れ砕けるまで貴様のための剣として戦ってやるために召喚に応じ、ここに契約を完了してやっただけの存在に過ぎぬのだから」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・????」

 

 

 士朗、混乱。全く訳がわかりません。

 それもまた無理のないことではあったのだけれども。

 

 ――何故なら本来この場にいるべきはずだった存在は、聖杯に固執して怨霊と化した青いアルトリアさんであるはずだったのだから。

 前回で失敗し、惜しいところでマスターに裏切られ(彼女の主観)聖杯を手にできないまま、無念と悔しさだけを胸にカムランの丘へと出戻りさせられた記憶引き継げる系サーヴァントという特殊な性質を持つ彼女は、とにかく聖杯が欲しくて仕方がなかったし、聖杯さえ手にできるならマスターの意思など問題視しなくなるほど焦ってもいた。

 オマケに前回喚び出されたマスターとの相性が最悪だったこともあるし、生前に知り合ったとある性悪魔術師の件もあり、魔術師という存在そのものに不信感を抱かざるを得ない事情を抱えて二度目の召喚に応じた、謂わば『魔術師不信』なサーヴァントだったのである。

 

 士朗がたまたま彼女の意思を尊重してくれて、使い魔や道具ではなく同じ人間として見てくれる魔術師らしくない魔術使いの青少年で、しかも料理上手という味が雑なブリタニアで生まれ育った騎士王にとっては何より大事な要素を備えていてくれたからこそ暴走しづらかっただけであって、喚び出された最初の時点では士朗のそんな長所のことなど知る由もない以上、怨霊らしく聖杯ほしさに突撃して

 

「その首置いてけーっ! 私が聖杯を手にするために―――っ!!!」

 

 な、某聖杯戦争では喚び出せない日本の英霊(恐らくはバーサーカーオンリー)を彷彿とさせる戦い方から運命の出会いの夜を開始してしまったとしても仕方のない訳ありサーヴァントさんだったのである。だから仕方がない。

 ・・・いやもうホント、どうしようもないから仕方がないと諦めるより他にないんだマジで・・・。

 

 

 が、しかし。

 今ここに喚び出されて契約が完了したアルトリア・オルタは、青の代理で来ただけのサーヴァントである。

 聖杯に執着はないし、ぶっちゃけ『万能の願望器などまやかしだ』と決めつけている合理主義者なのだ。

 

 前回の失敗に関する記憶は共有しているものの、復讐の念に駆られて命令もなしに突撃していく無能な配下は自らの手で有無を言わさず切り捨てることを信条とする、血も涙もない暴君少女にとっては『全体の利益のため個人としての願望など切り捨てられて当然』のものでしかない。

 

 王が起こした戦争で得た勝利も敗北も、戦争責任も全て。王が担わなければならない物だ。王が背負わなければならない義務を持っている物なのだ。

 だからこそ王は、その戦争で戦う相手も理由も目的もすべて、自らの意思と判断で決めなければいけない義務と責任を持っている。他の誰にも変わることが出来ない重すぎる責任と義務という不自由を・・・・・・。

 

 

 ――まっ。要するにこの場合、マスター(この場合は王)の指示あるまで待機。全部お前が決めて、お前が指示しろ。自分はそれに従ってやるからと言う、何も知らないで巻き込まれただけの少年には酷すぎる言い分を主張してきているわけなので、当然ヘッポコマスターの衛宮士朗としては慌てるしかない。慌てる以外に一体何が出来るというのだろう? マジでわからん・・・。

 

「ちょ、え、な、契約って、なんの―――――っ!?」

「・・・ん? おかしな事を言うマスターだな。貴様は聖杯戦争に勝つため、私を召喚した魔術師であり、マスターとして聖杯戦争を勝ち抜き聖杯を手にしたいと望んだ俗物の一人だったのであろう?

 ならば今更そのような初歩を説明してやる必要はないはず――ひょっとして、違うのか?」

 

 セイバー・オルタが途中からいぶかしげな声になって訊いてくる。

 これに対して士朗としては素直に答えるしかない。

 魔術師の端くれとして契約という言葉がどんな物かは理解できてるつもりでいるけど、実際には自分の住んでる土地が他の魔術師の領地で上納金納めないとマズいことになるとか、納めておけば色々と正規の魔術知識を教えてもらえたかもしれないことすら知らない独学で魔術師を夢見てるプロ野球選手志願な草野球少年みたいなものなのだ。

 

 ハッキリ言って、知識面においては何の役にも立たない。むしろ、お荷物確定なヘッポコマスターなのだから仕方ないのであった・・・・・・。

 

 

「・・・・・・何のことだか、まったく記憶に御座いません・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・え~・・・」

 

 思わず小声でらしくないこと口走っちゃう程度には、セイバー・オルタにとっても想定外な事態だった。

 なにしろ我が身はサーヴァント。聖杯の寄る辺に従い、聖杯戦争に勝利することを目的とした魔術師たちが勝利するため選別して喚び出されること前提の存在なのだ。

 間違っても『聖杯戦争のことすら知らないマスターに喚び出される』前提の存在ではない。

 

 もしかしたらそういう事例もあったやもしれないが、それで喚び出されて何の問題もなくマスターと上手くやっていけるサーヴァントなんてバーサーカーぐらいなものであろう。

 もしくは理性失ってる狂った英霊とか。具体的には前回戦ったフランス百年戦争後に色々やってた元帥とか。

 アイツだったら多分、マスターが何も知らない素人だったとしても性格次第では上手くやっていけるかもしれない。マスターとは面識ないから知らんけれども。

 

(・・・参ったな・・・これならいっその事、青いのに任せて私は脇から見物していた方が余興としては楽しめたかもしれない・・・。

 あいつには目的があり、目的しかなかったから存外このマスターとの相性は良かった可能性もあるからなぁ・・・)

 

 そう思い、軽く後悔するセイバー・オルタ。

 目的のまま猪突したがる最強クラスのサーヴァントと、それに振り回される素人魔術師のマスターという図式が容易に想像することが出来る。

 もしくは、似た性質を持つ者が喚び出されやすい繋がりで、このマスターも突撃癖があり、お互いに迷惑掛け合いながらも悲喜こもごもしながら色々やって傷だらけになってから帰ってくるとかの展開もあり得そう。

 

 自分の時代には流行りそうにないが、当世までの歴史上にはそういう逸話を持った英霊たちが多数存在していることを聖杯から与えられた現代知識で教えられてる彼女としては内心ため息をつかざるを得ない。

 何というか、自分とは相性の悪い時代に喚び出されたものだなぁー、と。

 

 

「・・・・・・まぁいい。いや、良くはないが一先ずはいい。とりあえず“アレ”に、お帰りいただくぞ? マスターのことやらサーヴァントのことやら聖杯戦争やらについて説明してやろうにも、狂犬に睨み付けられながらでは居心地悪く集中できなかろう?」

「なっ!?」

 

 困惑するマスターからの問いに答えてやるためにも、まずは邪魔者にご退場願おうと優雅な仕草で親指を指した土蔵の扉の外にいるのは、未だ槍を構えたままの男の姿。

 

 まさか、と思う間もなく騎士風の少女は躊躇うことなく土蔵の外へと歩みを進め、扉を蹴飛ばし外へ出て行く。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 思わず痛みを忘れて立ち上がり、少女の後を追う。

 いくらあんな物騒な格好をしていても、自分より小さい女の子が、あの男に敵うはずがない。そう思ったから。

 

「やめろ!」

 

 そう叫んだ声で相手は立ち止まり、ため息とともに振り返る。

 そして士朗に、毅然とした態度で言い放つ。

 

 

「・・・今の貴様には何も出来ない。何も知らず、何も判らず、ただ闇雲に剣を振るうだけで守れるものなど何もない。

 それどころか、戦う意義さえ見いだせていない男には戦場に立つ資格すらもない」

「・・・・・・!!!」

「だから、今回だけは私に甘えていろ。その代わりに次までには己の戦うべき理由と目的を考え出し、自らを納得させておけ。

 それがどれほど稚拙で我が儘で子供じみて幼稚な夢幻だったとしても、己が信念と覚悟の下『自分がそうしたい』と望んだ戦いに掛ける意思であるなら、私は笑うことだけは決してしないと約束してやる」

 

 

「だが、自らの信じ貫き他人を犠牲にしてでも成し遂げたいと願う覚悟を持って掲げる、『己が正義』という名の旗を掲げることさえ出来ぬと言うなら、貴様はそれまでの男だ。

 その程度の心弱き者が、他者の願いと命を賭した戦いを邪魔しようとするなら私が殺す。その首をもらい受ける。

 ・・・自らの誇りも夢も失って、それにさえ気づかぬまま独りよがりな願望を勘違いしたまま走り続けた者を見るのは、もう十分だからな・・・」

 

 

 言葉を失って立ちすくむ士朗を背に置き去りにして、セイバー・オルタは今度こそ本当に土蔵の外へと歩み出る。

 

 待つべきは戦場。騎士の本懐にして、居るべき場所。騎士の名誉も栄光も戦場にしか存在せず、存在してはならず。

 ただ剣のみに依り、我が『厳粛な法による統治という名の正義』が貫かれるを由とする。

 

 

 

「待たせたな、槍兵の英霊。では、始めるとしようか・・・・・・。

 私たちの覚悟と信念を貫き、押しつけるための戦争をな!!」

 

 

 

 

オマケ『聖杯番外戦争』

 

オ「な・・・っ!? 馬鹿な・・・あり得ない・・・。聖杯は時代を超えて喚び出される英雄豪傑たちが現代という特殊な戦場で戦えるよう現代知識を与えてくれるという話だったはずだ・・・しかし! これではあまりにも話が違いすぎるではないか!?」

 

ラ「フッ・・・俺を見ただけで何をそんなに驚いているセイバー? まさか怖じ気づいたわけでもあるまい? もしそうだとしたら見かけ倒しも甚だしいな。今少し骨のある奴かと思っていたのだが・・・これは俺の見込み違いという奴だったのか―――」

 

オ「なんなのだ!? この変態青タイツ槍男は!? こんな変態が真夜中に家屋へ槍を持って押し入る姿を英雄としてイメージするなど、現代人の頭はどうかしているとしか思えないぞ!? いったい何があったのだ未来!?」

 

ラ「変態とか言わないでもらえません!? むしろ俺が一番聞きたい部分だよそれは! なんだよコレ!? なんで俺はこんな格好していたと思われてんだよ!? こんな服、俺の時代には存在したことねぇよ! 現代人はあったまおかしいと思ったのは他の誰より先に俺だよ俺! 間違いなくな!!」

 

士朗「・・・・・・ううう・・・(この場における唯一の現代人。なれど責任はなし)」

 

オ「・・・・・・もしかして、槍を持ってるせいではないのか? そういう趣味趣向がこの時代には人気があると、今聖杯から知識が供与されてきたのだが・・・」

 

ラ「本当に碌でもない知識を教えてくる碌でもない聖杯だなぁオイ!? 絶対に呪われてるだろコレ!? もしくは悪意しか込められてないだろ絶対にさぁ!? こんなの取り合って勝ち残るために死力を尽くす聖杯戦争って何なんだ――――っ!!!!」

 

 

 …英雄。それは人々が夢と幻想とともに思い描く本人じゃないイメージ上の存在…。




書くまでもないかと思い、書き忘れていましたが念のための補足です。
ランサーがグダグダ話してるセイバー・オルタに攻撃しなかった理由について。


「背中向けて構えてもいない奴に襲い掛かれるか。犬じゃねぇんだよ俺は」


――以上です。


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アーク・ザ・ラスト 神々に黄昏を・・・

『アーク・ザ・ラッド』二次創作です。アークのポジションにセレニアを配置した作品です。転生者とかの設定はありません。
尚、世界観に合わせてセレニアの性格が少しキツめになっておりますのでお気をつけて。


 かつて、この地には古の人類が繁栄していた。

 しかし、人間の王は神を敬わず、おごり高ぶり君臨し、

 天界の神をも支配しようとして逆鱗に触れ人類は滅亡へと向かう。

 

 だが、その時。

 神から人類の滅亡を知らされた七人の勇者が、

 人類の遺産を詰めた聖櫃、ARKを神の示した地、スメリアに運んだ。

 

 再び人類が滅亡の危機に瀕した時、唯一の救いになる大いなる遺産を残し。

 古の人類は滅亡した。

 

 やがて、長いときが流れ再び人類はこの地に繁栄した。

 そしてまた、同じ過ちをも繰り返す。

 自らをこの世界の支配者と思い込み、

 この世界に生まれ、文明を築き栄えるのを当たり前のこととし、

 世界を自らの欲望のまま破壊し始めてしまっている。

 

 人類は再び滅亡の危機に瀕しているのかも知れない。

 大いなる救済の遺産、ARKが必要なのは今なのかも知れない。

 

 だが、忘れる事なかれ。

 これらは所詮、遠い過去に描かれた、まだ見ぬ未来の予言に過ぎない。

 現在を知る由もない者たちが、自分たちの生きる今を基準に思い描いた未来予想図でしかない。

 

 今を変えられるのは今を生きる者たちのみ。

 未来を変えられるのもまた未来に生きる者たちのみ。

 遠い過去から見た未来に生きる現代の伝説の勇者の意思を受け継ぐ者たちもまた、その例外ではない。

 来たるべき運命に、ただ従い流されるままで在り続けるとは決して限らない。

 

 そして、

 スメリアに住む一人の少女がシオンの山へ登る頃。

 同じスメリアの地に住まう別の少女もまた山へと準備を始めていた。

 

 ――大いなる伝説の終わりをもたらすための冒険が幕を開けようとしていた・・・・・・。

 

 

 

「ふむ。お父さんの形見の鎧と剣が、この中にあるのは分かっているのですが・・・」

 

 トウヴィルの村にある一軒家の奥にある部屋で、一人の少女が大きくて頑丈な箱を前に腕を組み、思い悩んでいた。

 

「鍵がかかってるんですよねぇー、これってどう見ても。

 まぁ、南京錠だけ壊すのは難しくないのですが、できれば穏便に開けて持っていきたいものですし・・・どうしましょうかね? ・・・ん?」

 

 不意に、部屋の入り口から姿を現して近づいてくる人の気配を感じて、肩をすくめながら振り向く少女。

 少しだけ年齢を感じさせる小皺は増えたが、それでも年老いたとは感じさせない強くて優しい女性だったはずの自分の母親がそこには立っていた。

 

「てっきり、見て見ぬフリをし続けるものかと思ってましたが・・・元気が残っていたようで何よりです、お母さん」

「・・・・・・」

「やはり突然の不調の原因は、あの日も今夜みたいにスゴい吹雪だったことにあるのでしょうかね?

 私が、今夜、山へ行ってお父さんが、お母さんと私たち母娘を置いて消えた理由を探しに行くと予想されていたせいで」

 

 娘の、父親に似ない知に偏りすぎた性格による洞察力から逃れる術は、元気を失った今の母親にはない。彼女は弱々しい声でただ一言。

 

「あなたのお父さんはね、死んだのよ・・・」

 

 と、つぶやくのが精一杯だった。

 

「・・・・・・」

 

 それに対して娘は答えず、ただ無言と視線で母親に先を促すのみ。

 

「山にはきっと、恐ろしいモンスターがいて、あの人はきっと殺されてしまったんだわ・・・。もう私たちに残されたのは私とあなたしかいない・・・。

 セレニア、あなたまで失ってしまったら私はどうなるの・・・?」

「・・・なにを勘違いされているのか、よく分かりませんけどね・・・」

 

 話を聞き終え、軽くため息をつきながら肩をすくめ、母親の勘違いを説くため娘のセレニアは静かな声に多少の労りを込めて語りかける。

 

「私は別に、お父さんが今も生きているか死んでいるのか確かめたいわけじゃありません。ただ気になっていたことに答えが出そうな日が来たから行ってみるだけです。別に仇討ちとか、そういうのには興味ありませんよ」

「セレニア・・・・・・」

「お母さん、私の性格は知っているでしょう? 自分自身の目で確かめないと信用できないんですよ。いつまで経っても気にし続けてしまう厄介な性分を持ち合わせてしまってる面倒くさい娘なんです。

 できれば今回を最後でいいですので、我が儘を許していただきたいものです」

「・・・・・・」

 

 母は無言で溜息をつくと箱に近づき、服の中から大事そうに取り出した鍵を回して箱を開け、中身を愛娘に見えるようにすると駆け足で部屋から出て行ってしまった。

 

 居間まで場所を移した母親は、夫の思い出とともに彼の残した予言を思い出さざるをえない。

 

「あの人が旅に出て10年。あの人の考えていたのとは違う風にセレニアは育ってくれたけど、それでもやっぱりあの人の言葉通りになってしまった・・・」

 

 あの日、10年前にシオンの山が凄まじい吹雪に襲われた日の夜に、幼いセレニアと自分を残して『世界を救う旅』に出て行ったまま、未だに帰ってきてくれない心の底から愛し続けている愛しい夫。その彼が最後に言い残していった言葉があった。

 

 

『10年後の今日、封印が解かれ、再び山が荒れる。その時セレニアは山へと向かう。

 ポルタ・・・その日まで我が娘を、セレニアを頼んだぞ!』

 

 

「あなた・・・私は約束を守りました・・・だからあなたも早く私との約束を守ってください・・・。私はあいにくあなたと違って女の身の上、ただ待つだけの日々に耐え続けられるようには出来ていないんですよ・・・?」

 

 

 

 ――大事に思っている母親が過去の郷愁に身と心を委ねている頃、セレニアは父親が残した鎧“だけ”を身につけ終えたところだった。

 

「言いつけ通り修行は続けてみましたが・・・やはり私にはこちらの方が性に合っているようですのでね。申し訳ありませんが、あなたはこの箱の中で留守番です。よい子で帰りを待っていてくださいませ」

 

 そう言ってセレニアは、剣を箱の中へ戻して蓋を閉めると、腰に吊したホルスターをひとつ叩いて家の玄関へと向かって歩き出す。

 母に軽く挨拶をして扉をくぐると、特に未練もなく、帰ってくること前提の足取りで精霊の山シオン山へと向かって駆け足で走り出してゆく。

 

 その行く先にそびえるシオン山は、10年ぶりの吹雪による影響なのか妙に薄暗く、気味が悪いほどの重苦しい雰囲気に満ちているように見えていた・・・・・・。

 

 

 

「・・・また聞いたことのない獣の声・・・炎が消えたせいで、いったい山の中で何が起きているの・・・?」

 

 精霊の山の麓、社へと続く入り口にある階段の前で少女、山を守護する使命を負った巫女一族の娘ククルは焦りとともに独り言をつぶやいていた。

 

「・・・いいえ、ダメよ私。怖がっちゃダメ。

 私のせいなんだから、自分でなんとかしなきゃ・・・」

 

 強い語調で断言して首を振り、つい数時間前にやらかしてしまった自分の愚行を思い出して後悔しながら、それでも勇気を出して大きく一歩を踏み出そうとしたその時。

 背後から山へと近づいてくる足音が聞こえてハッとなって振り返る。

 

「誰? ・・・・・・何しにここへ?」

「お互い様のような気もしますが・・・まぁ別にいいでしょう。

 私はセレニアと言います。あなたのお名前を伺っても?」

 

 やや慇懃無礼なきらいはあったが、それでも最小限度の礼節は守ってきている軽装鎧をまとった少女に、ククルはほんの僅かではあるが警戒心を緩めて自分の名を名乗り返す。

 

「私はシオン山の封印を守る一族の娘ククル」

 

 考えてみれば人に名を尋ねるときには、まず自分から名乗らなばならないと両親からは厳しく躾けられていたのだった。家への反発から忘れてしまっていたのだが、古いしきたりでも忘れてはいけないものもあるのだと思いだして少しだけ恥ずかしい。

 

「でも、その運命に縛られたくなくて、この山の封印の炎を消してしまったの。そうしたら急に山が荒れ出して・・・私、もう一度炎を灯そうと思って・・・」

「ふぅーん?」

 

 要領を得ない感じの返事をしつつ少しだけ考え、セレニアはククルにある提案をした。

 

「では、私がその松明を代わりに付けてきてあげましょうか? どうせ登る予定ですので、付けるだけでいいなら誰が行っても結果は変わりないのでしょうし」

 

 この提案にククルは「とんでもない!」とばかりに、激しく首を左右に振って謝絶した。

 

「だめ! 今恐ろしい声が山から聞こえたわ。炎を消したことで何かが目を覚ましたのよ。

 私がやった事であなたが危険な目にあうなんて・・・・・・」

「そうですか。では、どうぞご自由に。私は勝手に山へと入って適当に目的を果たしてきますので、あなたも自分の目的を頑張って果たしてきてくださいませ。健闘を祈らせて頂きますよ。では」

 

 そう言って、さっさと行ってしまおうとするセレニアのマイペースぶりにすっかり調子を狂わされて、ククルは自分でも知らぬ間に松明を渡してしまっていた。

 

 ――それが自分とセレニアと世界の運命を動かす最初の烽火になるなどとは、夢にも思わぬままに・・・・・・。

 

 

 

 

 

「・・・おやおや、これはこれは妙な生き物と遭遇してしまいましたねぇ・・・。これもまた精霊の山に住むと言われている、精霊様のお導きという奴なのでしょうか?」

 

 呆れとともにセレニアが論評した相手は、空から自分を見下ろしていて、コウモリのような形をした紫色の翼と、巨大な筋肉の塊のような肉体とを持ち合わせた醜悪な異形の姿をした生き物だった。

 

 そいつがセレニアに訊いてくる。

 

「お前が封印を解いた勇者か?」

「ユウシャさん・・・ですか? 知らない名前ですねぇ。ご近所さんにもそんな名前の人は聞いた事がありません。人捜しをしたいなら、もう少し具体的に言っていただかないと誰の事やらサッパリですよ」

「・・・チッ。口の減らないガキだ。こんなヤツが俺を封印し、3000年間の呪いに苦しめさせたヤツとも思えんが・・・一先ずは死んでおけ」

「!!」

 

 ズシャウッ!!

 

「・・・・・・ふん。思ったよりかはよく動く・・・仕留め損ねたか・・・まぁいい。どのみち、あんなヤツが俺を封印した勇者の子孫であるはずがないのだからな。

 ――どこだ!? どこにいる!? 俺を呼び覚ましたヤツは!!」

 

 深手は負わせたものの、逃げられてしまった相手セレニアの事など意に介すこともなく、3000年前に封印されていた悪魔アークデーモンは勇者の血を引く子孫の少女、巫女一族の娘ククルを探して飛び去っていく。

 

 ・・・そして、誰もいなくなった山の山頂付近でセレニアは、重傷を負った身体を横たえ荒い息をついていた。

 

「はー・・・、はー・・・。ずいぶんと情けなくも無様な失態をしたものですねぇー・・・。

 負けて殺されるのは戦の習いと言えど、まさか反撃ひとつ、銃弾一発撃ち返す事も出来ないまま死ななければならなくなるとはねぇ・・・・・・」

 

 無念はないが、残念ではある。悔しくはないが、恥ずかしくはある。

 奇妙にバランスさを欠いた思考の中でセレニアは、己の死を当然の結末として受け入れようとしていたのだが、その時。

 

 彼女自身以上に奇妙な性質を持った声が、心に直接語りかけてくるのを感じ取る事が出来たのだった。

 

 

『いやー、君いいね―。すばらすぃー! そういう考え方は、ボク超大好物なんだよねぇ♪』

「・・・・・・? あなた・・・は・・・?」

『ボク? ボクは精霊。――って言っても、他の精霊達からは誰一人としてお仲間だとは思ってもらってないんだけどねぇ~☆ ボクって生まれながらの嫌われ者だからさぁ-、肩身狭いのよ。いつでもどこでもどんなところでも。

 もちろん! この「聖櫃」を封印する炎を奉った山の精霊なんかからも超嫌われまくってる存在デス!

 だからボクが最初に君に対してアプローチしちゃった事が彼らに知られると、後でめちゃくちゃ面倒くさい事になるんだろうなーって思ってる。だからこそボクは無視する、君に話しかけて仲良くするよ! なぜならボクはそう言うのを尊ぶ心が生んだ精霊なんだから!』

「・・・・・・???」

『あはは~、ごめんねー? 今の君じゃ意味分かんないよねぇ-。

 でもまぁ、とりあえず今は山頂に向かいなよ。山頂にある社に炎を灯すと、君を殺そうとしたモンスターはひとまず消える。仕切り直しだ。どうせ今の君じゃ勝てないから、勝てるようになったら、また再びやってきてブッ殺してやるといいさ。問答無用で殺しに来る敵は殺し返してやるのが常識だ。遠慮はいらない、ブッ殺せ―!』

 

『その為に必要な力はボクが貸してあげる。遠慮も容赦も必要ない。

 なぜならボクは、君のような人間に力を与えることで生み出された精霊なんだから。君はただボクを使って、君の願いを叶えるための道具として使い潰してくれればそれでいいんだ。多分それがボクにとっても君にとっても最良で最悪で最低な望みの叶え方を約束してくれるものになるだろうからね』

 

『さぁ、そろそろ立ち上がっていくといい勇者君よ。

 君は運命に選ばれた子だ。定められた運命の星の下に生まれ落ちてしまった子だ。滅亡に向かって突き進んでいく人類の運命を止めるために用意された運命の子だ。「聖櫃」の力を手に入れる事を定められて生まれてきてしまった自由のない女の子なんだ。

 だけど―――そんなもん気にすんなぁっ! 適当にこなせぇい!』

 

『人類の滅びも、精霊との約束も、人の都合も国家の意思も、全部がぜんぶ無視して自分の考えを押し貫け! 気にくわない奴らの造った壁があるならブチ砕いて先へと進め! エゴを貫き通して人の欲を叫べ!』

 

『人は自由だ。人は混沌だ。最初から決められてた運命なんて、死ぬのと生きること以外には持ち合わせていない身勝手な生き物だ。それ以外すべてのルールは後付けによる誰かの都合によるものでしかない』

 

『世界を壊せ、運命を否定しろ、狂おしいほど愛おしい人間どもよ。お前達が私を産みだした。

 お前達の憎しみと嫌悪と憎悪と羨望と憧れと嫉妬と殺意と悲喜交交の混沌こそがボクの生みの親であり、これからボクが生み出し続けるであろう排泄物から生まれる糞どもだ。だからこそボクはお前達を愛し、平等に殺し合わせ続ける道を尊しとする』

 

『ボクは悪じゃない。悪をボクは決して良いものだとは思うことはない。

 だけどボクはきっと、未来永劫『悪』と呼ばれ続ける存在で在り続けるのだろう。悪を呼ぶものとして人類最悪の災厄として忌み嫌われ続けるのだろう。そんなボクだからこそ、君のことはホントーに大好きなんだ! 本当だよ?』

 

『ああ、時間が来ちゃったみたいだね。山の精霊に見つかっちゃった。とっととズラからせてもらうけど、その前にボクの名前を教えとく』

 

 

『ボクは【銃】の精霊だ。君たち人間が生み出して、神と精霊の時代を終わらせるために使われる道具、新たなる世界を創世していくのに使われる道具。

 そして恐らく人類自身が自らを滅ぼすときにも使われるだろう、世界最低にして最高の発明品さ。世界中の人たちがボクにいろんな感情を持ってくれたから生まれることが出来たペーペーなんだ。

 と言うわけで-・・・、夜露四苦! 待ったねーん♪ バッハハ~イ♪ ばいばいきーん♪』

 

 

 

オリジナル『精霊』の設定

【銃】の精霊:

 世界が文明により急激に変化していく過程で世界中に広まっていった人類製の道具に対して、世界中の人々が様々な感情を抱いてしまったことから生じた人工的な精霊。

 本来ならば生まれるはずのない存在であり、世界を燃やし尽くす銃火しかもたらさない精霊のため、他の精霊からは『邪霊』として認識されており、『悪なる者』として忌み嫌われている。

 ただ本人が言うには、彼(彼女?)自身に善悪はなく、自分を使う者が何のためにどう使うかで善悪が決まる存在とのこと。

 世界が始まったころより居る者ではなく、また人によって強制されて信仰された概念でもない。

 世界中の人類がごく自然に様々な感情を強く抱いて、いろんな思いをぶつけられている存在。

 それらが一種の信仰心になってしまったことから生まれてしまった、善でも悪でもない半精霊。

 基本的に邪悪ではないが、自由意思を尊重するあまり結果的に混沌へと導いてしまう『結果論としての邪悪』

 現時点でセレニアに力を与えた理由は、『銃は革命を成す者にこそ持たれるべき物だから』

 銃による革命――即ち『古い支配体制への反逆』を意味していることを、この時点でのセレニアはまだ知らされていない…。



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転生の邪神さまによる異世界転生

諸事情あって本腰入れて何かをすることが出来ない状況にある作者が暇つぶしに書いてみたオリジナルファンタジーです。序章分だけですが、良ければどうぞ。


 

 異世界転生というジャンルがあります。

 死んでから地球とは異なる世界、異なる時空、異なる作品世界へと別人になって生まれ変わるか、本人のまま生まれ変わるかして新たな人生を歩む物語の主人公によくある奴ですね。

 

 これとは少し違って異世界転移というジャンルもあり、こちらの方だと主人公は死ぬことなく別世界にワープしたり、勇者として召喚されたり、ゲームの中に閉じ込められたりが多いみたいです。

 

 さて、ここで質問です。――今現在、ボクたちのいる学校の教室で起きているコレは、どちらに分類すれば良いとクラスの皆さんは思われてますか・・・?

 

 状況1、授業中に床から触手なのか蛇なのか髪の毛なのかよくわからないナニカが出てきて、先生含むクラスにいた全員を絡め取って出てきた床の中へと帰って行こうとしている。

 

 状況2、全員が悲鳴上げまくってるけど、負傷者はいない模様。ただし捕らえた獲物を離す気はないらしく泣いても叫んでも許すことなく容赦なく何処かへ強制連行されてってる。

 

 状況3、事前通達はなし、太陽は黒く、昼なのに空は血のように真っ赤っか。

 

 状況4、床には魔法陣っぽいナニカが描かれてるけど、字が蠢いてて不定型。なんか怨嗟の悲鳴みたいなのが聞こえてくる気がするけど確かめる術は今のところ無し。

 

 ――以上を踏まえ、正当と思われる回答を40秒以内に用意しな・・・っと、ごめん。無理ですね。もう床が肩の先超えちゃいましたので、答えてもらっても採点できそうにありません。

 

 みなさん、短い間でしたがどうかお元気で。いや、本当に短かったですね、普段からボク話さないから一緒のクラスになって初めて話をした最初の日に別れの時がやってくるなんて、なんと言う悲劇。この世は所詮、諸行無常です。

 

 それではみんな、さよーなら。来世だか異世界とかでまた会う日まで。長いか短いかはよく分かりませんけどグッバイ!

 さよーならー! 皆さん本当にさよーならー! お達者で! お元気で! あの世に行ったら元気で暮らせよ――ブッ!? ・・・ついに飲み込まれちゃった。ボクもついでにさよーなら~・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・んん?」

 

 目を開けて起き上がり、周囲を見渡すと、そこは異世界だった。

 小鳥の代わりに怪鳥が歌い、真っ赤な小川に人の死体が浮いて流されている。

 頭が真っ白になりたかった。冷静に状況観察している自分を間違いだということにしたかったけど出来なかった。世の中はやはり諸行無常。

 

「ん? あれは・・・・・・」

 

 なんか流されてきた死体が川縁から伸びた木に引っかかって停止して、その背中に見覚えのある印象的な文字が書かれた紙が貼られているのに気づいたボクは、手を伸ばそうかどうしようか迷った挙げ句に遠くでギリギリ見える距離から眺め見る道を選択した。得体の知れない物には触れないのが吉。

 

 紙にはこう書かれていました。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ハロ-、ハロー、僕の名前は邪神ちゃん。ちゃん付けで名乗ってるけど男の子。年齢は八十億ちゃい。誕生日はヒ・ミ・ツ☆ きゃはっ♪

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ・・・よし。近寄らずに破ける物を探しましょう。今すぐに。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 いやいや、落ち着こう落ち着こう。話せば分かる、話さなければ分かるものも分からない。人類皆兄弟。兄弟同士で相争うよう言葉が通じなくしたのはバベルの塔壊した神様。つまり戦争が起きるのは神様の御業、出会いは人の仕業。まずは話し合うところから知らない人類同士のコミュニケーションは始まるので。つまりは、レッツ・コミュニケーション!!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ・・・やっぱり破きたいんですけども?

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 だから落ち着けって。別に僕は君の敵じゃねーし。君に限っては敵になる気もねーし、むしろ味方だし守護霊様だしご神体様だし。・・・まっ、説得力ないだろーけどねー。まぁいっか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 いいんかい。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 いいんだよ。ほら、本題に入ろう。

 見ての通り、ここは異世界だ。そして君は自分では気づいてないようだけど身体が変質してしまっている。心だけは微妙に変わってることに気づけてたみたいだけどね~♪

 ――そう、君が今想像したとおり、これは転生だ。生まれ変わりってヤツだよ。転生させたのが交通事故死をミスして連発しまくる無能で愚劣な旧神どもじゃなくて、面白けりゃ何でもありで人類魔族亜人種差別せずに皆もてあそぶ邪神さまだったって言う違いはあるけどね~。

 いやー、なんか最近そういうの流行ってるみたいだったから僕もやってみたくなっちゃって。んで、テキトーに「パジェロ!パジェロ!」叫びながらダーツ投げて刺さったところにいた少年を異世界転生させてみることにしたんだよね。そしたら、あらビックリ学校の教室だったよ!どうしよう!?

 う~ん・・・面倒くさいから皆まとめて異世界転移させて面白そうなのが混じってたらソイツだけ転生処置してくれるよう調整しちゃえー!・・・って、か~んじ。今の説明でお解り?

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ・・・一応は。あまり判りたくはなかったですけどね・・・。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 そりゃよかった。何事もあきらめが肝心だ。無様にあがく人間を見るのは大好きだけど、そう言うのは他のところに飛ばした転移組で見まくれたからお腹いっぱい。もういりません。君は別の反応見せてくれたから嬉しいです。

 まぁ、それはそれとして君の新しい状態と簡単な状況説明だけして今回のメールは終わりにしようと思う。これ以上教えちゃうとつまらなくなるしね。好きな料理は最後まで取っておく派な転生の邪神様です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ・・・では、現在で教えられる範囲までの説明をどうぞ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 オーライ。それじゃあまずは君の身体からだ。身体“からだ”って韻を踏んでてなんだかいい響きだね。天丼って気もするけども。

 それで君の身体なんけど、本命だからね。他の連中よりだいぶ弄くってあるし強くしてある。

 ただし最初からチート級だと見ていて飽きるから、勇者みたいな無限に成長する可能性と、人間離れした成長の早さ、最初から他の奴らよりは恵まれてる強さと面白ユニークスキルを持たせてある。後で確認してみてくれたまへ~。

 

 んで、次。状況なんだけど、一緒に転移してきたクラスメイトの子たちは皆そろって同じ国の同じ城に勇者として飛ばされたことにしといてある。元の世界に帰還するため、きっと無茶してでも頑張る人もいるんだろうね。

 ――でも、それはフェイクだ。現地人たちの策略だよ。本当はこの世界から還る方法なんて存在してないのに知ってると嘘ついて勇者の力を利用する気満々な奴らだ。薄汚い連中だよ本当に。

 他にも、その国の周囲にあるいくつかの国々の王女さま方が個人的欲望を満たすために、異世界から帰りたくない一生ファンタジー世界で勇者やってたいと願ってる一部の子たちを誘惑しようと狙ってる。女であっても便利そうなら見境なしだ! いやー、女の子って怖いねーマジでまじでー。

 た・だ・し~☆ これらの事情は現在の君にとって何の関係もない。違う大陸の話だからね。再会するにしてもゲーム中盤以降までは無理だ。諦めるんだな・・・。

 ――え? だったら自分が置かれている状況について早く教えろって? はっはっは~! 忘れていなかったか、参ったな―もう。

 うん、分かってる分かってる冗談冗談。ちゃんと教えてあげるよん♪

 えっとねー、君の置かれた状況説明はね~え。

 ・・・・・・ここから北に少し行ったところに小さな町があるからそこへ行け。以上。それじゃあ、頑張ってね~ん♪

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ・・・言うだけ言って(書くだけ書いて?)死体は、突っかかっていて木が折れたので流れていってしまいました。どうでもいいけど、あの人これやるためだけに殺されたのかな?

 

 溜息ひとつ吐いて、とりあえず言われるまま町を目指そうと一歩目を踏み出そうとしたとき。空からカラスが一羽落ちてきて、死んでいました。死体には紙が貼ってあります。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 言い忘れてたけど今の君の種族は邪神で、職業はダーク・ウィザードっていう、この世界には存在しないはずのユニーク種族&ユニーク職業だから。

 多分きっと、魔を敵視する連中からは一緒くたにされて攻撃されるだろうし、魔王軍の連中からは勧誘されるか王は二人もいらん!て殺しに来るかのどちらかだと思っといてくれ。

 外見は人間の女の子にしてあるけど、見る人が見りゃ普通にバレるし、魔王と魔族が実在する世界で邪神なんてものがどういう風に定義されてんだかサッパリ分からん。バレたらやばいかも知れないし、問題ないかも知れない。とりあえず気をつけるだけは気をつけてね。

 ――見た目は子供の女の子! 頭脳と正体はダークウィザードの邪神! その名は! 

 ・・・・・・・・・そういや、名前なんて言うの? 正直気にしてなかったからよくわかんない・・・

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 知らん。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 いや、知らんて。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 元々の自分と入れ替えた人間、もとい邪神が何を言うか。

 ・・・でもまぁ、考えてないんだったら『ナベ次郎』で。これが一番使い慣れてますし。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ・・・いや、いいんだけどさ別に・・・。

 ・・・・・・でも何故にナベで次郎・・・・・・?

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ボクが主人公の名前変えられるゲームでずっと使ってる定番ネームなんですよ。

 性別年齢見た目職業、一切合切関係なくナベ次郎で統一中。漢字がないときゃ『なべじろう』です。

 

 この名前のせいでレトロゲームやるときなんかは困りました。4文字までしか入力できないですから。あと、『マザー2』みたいにアメリカ風の世界観が舞台だと別の意味で困ります。

 『イーグルランドの小さな町オネットにあるナベジロウの家』になってしまい、「いや、日本人名だろお前どう見ても」と自分がゴッドファーザーになった主人公の名前に自分でケチを付けなければいけなくなってしまいますから。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 いや、それこそ俺としては知らんけれども。とりあえずは了解。ナベ次郎ちゃんね。うん。・・・この異世界だと表記どうやるもんなんだろ・・・? よくわかんないけど多分なんとかなる!はず!

 

 そんな訳で冒険の旅に出発だナベ次郎ちゃん! ボクを愉しませてくれる摩訶不思議な異世界大冒険を期待しちゃってるZE! ファイトー! ひゃっぱーつ!!

 

 PS、面白そうだったらまたすぐ連絡するね? バイチャ☆

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 うんまぁ、まずは感想を一言だけ呟くところから冒険を始めてみるとしましょうかね。

 

 

 

「・・・・・・この転生の邪神さま、超ウゼぇ~・・・・・・」

 

 

 こうしてボクか私の性別強制変更が一人称に影響してきちゃってる、異世界転生冒険記がスタートするのでした。ちゃんちゃん。




*『ナベ次郎』は作者が本当にゲームするとき多用しているPC名だったりします。
名前の由来はオバロの『ナーベ』と、GGOの『フカ次郎』から取りました。
出来れば使いたかったオリ主ネームの筆頭格だったりします。


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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~

サブタイ通り『アーク・ザ・ラッド2』の二次創作です。エルクのポジションに黒いセレニアみたいな性格した女オリ主を当てた作品です。
本当はもう少し長いんですけど、文字数的に区切りが良さそうな部分で切ってあります。もし続きが読みたい方がおられましたら書きますので良ければ楽しんでってくださいませ。


 ――漆黒の夜空が、紅く燃えている・・・・・・。

 

 眼下に広がる森を燃やす、赤い赤い炎に炙られ染色していく夜空には星に混じって、白い巨船が浮遊していた。

 純白の飛行船から吐き出されたヒトの軍隊に火をかけられ、森は焼かれ、森に住んでいた人間たちもまた一人、また一人と撃ち殺されていく。

 

 昨日まで精霊を崇める一族の住む隠れ里として機能してきた信仰の里は、一夜にして『里だったもの』へと作り替えられようとしている最中だった・・・・・・。

 

 

「お前達、何者じゃ!?」

 

 最後に生き残っていた里の住人たちが、村長を中心に置いて自らを盾にするかの様に巨大な石像の前で立ち塞がって、軍隊の行く手を妨げようとする。

 

 だが、軍を率いる者にとって目の前に立ちはだかろうとしている者たちは、あまりにも脆弱な存在だった。無力で下等で脆弱で。生きている価値もないが・・・今すぐ殺すほどの価値も感じられない。そんな集団。もしくは群れ。

 

 だから鷹揚に、こんな台詞を吐いてやろうという気持ちにもなってくる。

 

「死にたくなければ邪魔をするな」

 

 彼にしては、人に知られてはならないはずの極秘任務中とは思えないほど本気の助命宣告のつもりであった。

 彼らの最終目的が達成されてしまったら、どのみち人類は終わりなのだから、今コイツらを殺そうが生かそうが命日がズレる以上の意味はない。周辺に真相をバラまかれたところで無視できるが故の軍事大国。戦争国家だ。

 たかだか人里離れた辺鄙な森の中に住んでいる蛮族共の残党が生き残ったところでなんの問題にも至れやしない。そう思ったが故の親切心、それだけだったのだが、しかし。

 

「何人たりとも、炎の精霊様には近づけさせん!!」

 

 長とは違う、別の男が怒りのこもった叫び声を上げた。

 彼の家族を含む里の住人達を殺戮しながら石像の前まで至った自分たちに向かい、叫ぶ台詞が怒りでも憎しみでもなく『先祖代々受け継がれてきた使命感と一族の誇り』。ただその二つだけ。

 

「ふっ・・・」

 

 思わず笑ってしまう。笑わずにはいられなくなってしまっていた。

 果たして彼らのこの感情をなんと呼べばいいのか、半分ヒトをやめている彼には知りようもなかったが、妙に愉快になれる類いのものであることだけは事実のようだった。

 

「命を捨てて、精霊の盾となるか・・・それもよかろう」

 

 男が告げると、随行してきた軍服姿の兵士達が一斉に銃口を構えだし、いつでも発砲可能な状態で指示を待つ。

 

「やれ」

 

 命令以下、放たれた銃弾が男達の胸や肩や腰などの部分に当たっては貫き、当たっては貫きを繰り返し。・・・やがて静かになる。

 

「どうだ小娘。お前もそこらに転がってる連中と同じ所へ送って欲しいのか?」

「・・・・・・」

 

 男がニヤついた笑みと共に告げた相手は、幼き少女。

 村長と呼ばれていた男が大事に抱えていたことから、特別な血筋を引いていることが推測できるが、それだけである。

 彼としては、生き残っても野垂れ死にすることしかできない子供一人の生死に深く思案する必要性さえ感じていなかったが、一方で彼らに『罪悪感』の二文字は存在していない。

 

 殺す必要性はないが、生かしておいてやるほどの価値は少なくとも今のところない。

 どちらでもよく、どちらだろうとどうでもいい。それが彼の出した結論だった。

 

「・・・・・・」

 

 やがて少女は、両手を天高く掲げる。

 まるで天に祈りを捧げる巫女であるかのように。

 まるで振り下ろされた掌から強大な魔法の力を喚び出して敵を焼き尽くす魔神のように。

 

 そして少女は―――

 

 

「・・・やめときましょう。

 どう見ても、あなた方を殺し尽くすより、私の力が尽きる方が早そうですからね」

 

 両手を天に掲げたままで、命乞い。

 正直言って、拍子抜けさせられそうになる。

 

 とは言え、彼個人の趣味趣向でいくならば、目の前にたつ少女は他の何にも勝る特徴を持っていたから、それ以外には目を瞑ってやろうという気にぐらいはなれる。

 

「ふふふ・・・いい目をしているな、お前・・・。ああ、実にいい目つきだ。

 親を殺させた仇を前にして、そこらに転がる死体と同じ物を見る目で見てきやがる。なかなか出来ることじゃない。お前はきっと、いいニンゲンになれるのだろうな・・・」

 

 ネットリとした粘つくような視線を年端もいかない幼女に送り込みながら、指揮官の瞳に欲情の色はない。ただただ悪意と嘲笑と、人間種族全体に対しての侮蔑感のみが顔をのぞかせている。

 

「おい、この子供を『白い家』に連れて行って教育してやれ。精霊の力を調べるためのサンプルとして親切に丁寧に優しく、正しいヒトとしての教育法を用いてな」

「はい、かしこまりました」

「よし。では、それより先に精霊を運ぶ準備をさせるとしよう。――持ち場につけ!」

『はっ!』

 

 指揮官の号令以下、兵士達が一斉に動き出して精霊を象った物らしい石像に鎖の取り付け作業を開始する。

 尤も、石像はただでさえ大きすぎて人力では勿論のこと、モンスターであっても運べる種族は限られてそうな重量物だったから、指揮官も流石にこれの移送にまで強引な力業を用いようとは思っていない。

 非人道的行いを好む人格であろうとも、正攻法が出来ないわけでは決してないのである。

 

「シルバーノアを呼べ。精霊を上から吊り上げさせろ」

「はっ」

 

 傍らに立つ兵士に命令し、彼は言われたとおりに取り出した機械を使って発光信号を送り、上空で待機していた飛行船団の一隻に降下するよう指示を下した。

 

 

 そして、空から降りてくる純白の巨艦。

 腸を晒すようにハッチを開いて、精霊を飲み込むように降下してくるその姿を地上から見上げながら、両手を挙げて降伏したままの少女は『飛行船のことなど』見ていなかった。

 

 船など所詮、人の手による人造物に過ぎない。同じ物をマネして造るぐらい訳はあるまい。

 だから船自体に意味はない。問題にすべきなのは、船を操る側がどんな意味を船に感じて、与えているかと言うこと。

 つまりは物に抱いた人の意思。それだけが少女の飛行船に対して抱く興味の全てであった。

 

(・・・前面に描かれてる妙なマーク・・・あれはひょっとして、コッキと言うものなのでしょうか?

 お爺さまが持っていらした本の中に描かれていたのと似たマークのように見えますけど、これは彼らにとって象徴的な何かを現す紋章かなにかなのでしょうか? 気になりますねぇ・・・)

 

 その架せられた役割故に他の地域との関わりを断ち、閉鎖的な暮らしを営んできた里の住人達の中で彼女は異端に分類されていた。

 外界から僅かに入ってくることがある本が、大のお気に入りだったのである。

 そんなもの、里で生まれて里の中で人生を終える精霊を崇める一族の族長の家に生まれた娘には何の役にも立たないと言われ、村八分とまではいかないまでも『忌み子』と陰口を叩かれていた彼女には他の住人達にはない知識が存在し、里を襲ってきた略奪者共にとっての毒として機能し始めていたのだが。

 

「準備が出来ました」

「よろしい、引き上げるぞ。子供を忘れないよう気をつけてやれよ? 家族を亡くして独りぼっちになった子供を置き去りにするのは可哀想だからな。

 サンプルとして丁重に、施設へ連れて行ってやるがいい」

「はっ、承知しました」

 

 その事実に略奪者達は誰一人気づいていない。

 子供の手を引く、眼鏡をかけた白衣姿の研究者然とした男でさえも、大人しく自分に着いてくる幼女に対して「素直な子供は扱いやすく楽でいい」程度の感情しか持ち合わせてはいない。

 

 

 そうして、炎の赤で包まれた彼女の中の思い出の記憶はブラックアウトし、現実時間の夜を包み込む黒一色に染め直されていく・・・・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・む?」

 

 嫌な夢にうなされて薄目を開けると、時刻はまだ夜半過ぎのようだった。

 アパルトメントの自分の部屋にあるベッドの上で目を覚ました、略奪者達の手でさらわれていったはずの少女が成長した姿は溜息の後に愚痴を漏らす。

 

「・・・はぁ。また昔の夢ですか・・・この夢を見ると、その夜はもう眠れなくなるから嫌なんですけどねぇー・・・」

 

 掛け布団を退かし、シーツの上で体育座りになってから高くもない天上を見上げ、ついでのようにオマケを付け加えるのも忘れない。

 

「挙げ句、この夢を見て飛び起きた夜はろくな事が起きないというジンクスが、最近の私には流行気味なんですけど、今夜はどうかな――――」

 

 ドンドンドンドンドン!!

 

 少女の独白に答えるように、アパルトメントのドアが乱暴にノックされる。

 また一つ溜息を吐いて、夜中の騒音により夢の中へと戻る権利を剥奪された、プロディアスの街ハンターズギルドに所属するハンターの少女『エルククゥ』は玄関に向かって歩き出す。

 

 ドンドンドンドンドン!!!

 

「はいはい、今出ますよ。そんなに力一杯叩かれたら、家みたいなオンボロ高級アパートは崩壊しかねませんのでやめてあげてくださいね?」

 

 眠そうな口調でそう呟き、鍵を開ける。

 

「エルククゥ、仕事だ! 急いでギルドへ来てくれ。

 あとそれから、俺の経営するアパートのどこがオンボロ高級アパートなんじゃい!?」

 

 いきなり招かれざる客に怒鳴り込まれてしまった。

 一応、お隣さん家には若いカップルが引っ越してきたばかりなので配慮してやりたいのだが、なぜだか家主本人のダミ声が借り手の安眠を妨害しているという異常事態を目撃してエルククゥは、

 

「ビビガさん、今何時だと思ってんですか? 深夜に騒音出すのはやめてくださいよ。近所迷惑ですから」

 

 とりあえず常識的な苦情を言うにとどめておいた。

 まだ起きたばかりで頭がうまく働いていないのだ。やむを得ないことだと妥協してくれたら幸いである。誰にと聞かれても答えられない程度には寝ぼけている頭だったから。

 

「ハンターに時間なんて関係あるもんか。時間を選ばず悪い奴が事件を起こす、だから俺達が稼げるんだろ? 安眠妨害ぐらいで文句言うなよ」

「働くのは私たちであって、お隣さん関係ないんですけどねぇ・・・・・・」

 

 割と本気で、部屋を借りている側だけが気にすることでもないと思うのだけども、致し方がない。諦めて割り切ろう。ハンターは過酷な状況に合わせて自分を変化させる適応能力も重要だとかなんとか昔言われたような気がしなくもないから。

 

「まあまあ、それより早く準備してくれ」

「?? そんなもの、とっくの昔に出来てますが?」

「え?」

 

 言われてビビガは、目の前に立つ自分の半分ぐらいの背丈しかないチッコイ少女のナリを見下ろす。

 

 深夜に叩き起こされたと言うのに、装備一式を整え終えている服装。右手に持って得物の槍。必要となりそうな小道具類を詰め込んである小さめのバッグ。

 

 穏やかな言葉で表現しても臨戦態勢だ。もしくは即応状態と言うべきだろうか? 完全に殺る気満々な姿である。

 

「時間を選ばず悪い奴が事件を起こすから、私たちハンターは稼げているのでしょう? そのため常に備えているのですから、文句ぐらいは言わせてくださいよ」

 

 悪びれもせず眠そうな態度で宣ってくる年下の相棒に、ビビガは相好を崩させられた。

 長年の付き合いから、こういう少女なのだと分かってはいても慣れることは容易ではない。

 全く以て面倒くさい奴だと思わざるをえないビビカであった。

 

「よし、じゃあ行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、所変わって【アルディア空港】―――

 

 近日中に予定されているロマリアから送られた女神像の完成披露式典に参加するため、各国から訪れてきた要人達専用の飛行船が所狭しと着陸していた空港のロビーにおいて、今まさに別の式典が催されている真っ最中となっていた。

 

「キャー! 助けてー!!」

「うるせぇ!!」

 

 バチバチバチバチィ!!!

 

 観光客と思しき女を抱き寄せながら刃物を突きつけ、彼女を助け出そうと近づいてきた空港所属の警備員達の前に雷を落として牽制し、危険な目をして妙な術を使う犯罪者がハイジャック事件ならぬ空港ジャック事件という名のセレモニーを行っている途中だったのだ。

 

「まだわからねぇのか! 貴様らごときじゃ、相手にならねぇのがな!」

「わ、わかった。君の要求を聞こう」

 

 場合によっては、出血という名のクラッカーが鳴り響き、死体という名の招待客があの世へと招かれる『血祭り』という名の盛大なパーティーに発展するかも知れない事態。

 そんな状況下で、人間の犯罪者から空港のロビーを守ることしか教わっていない警備員達の隊長になにが出来るというわけでもない。

 なにしろ、研修で教わったとおり犯人に対して要求を聞くだけで精一杯という体たらくなのだから・・・・・・。

 

「要求はなんだ? いったい何が目的でこんなことを・・・」

「この空港の飛行船の発着をストップさせろ。次の指示はそれからだす。まずは俺の言うとおりにすれば、それでいいんだよ」

「そんな一方的すぎる要求は到底のめない。そんなことでは――」

 

 警備員達の隊長は、空港ジャック犯を利と理で以て説得しようと試みる。研修ではそれが適切な対応だと教わっているからでもあるし、モンスターではなく言葉が通じる人間が相手なのだから話し合えば妥協点ぐらいは見つけられるだろうと考えてのことではあったが・・・。

 彼らには根本的に人間の犯罪者というものがまるで理解できていない。

 人間の犯罪者を取り締まるエキスパートとして育成された彼らには、『自分たちに取り締まられる側の心理』というものがまるで想像できていなかったのである。

 

「うるさい! まず俺の言うとおりにしろと言っている! それともテメェら、この女がどうなってもいいってのか!?」

 

 激高して叫び出す犯人。

 基本的な事として、人質を取ったハイジャック犯の神経は極めてナーバスな状態になるのが常である。そんな時に冷静な大人の対応をとられてしまえば馬鹿にされたようにしか思われないのは当たり前の発想でしかない。

 だから犯人は余計に興奮させられてしまった。そして、その事実に当の発端となった警備員の隊長はまるで自覚できていない。

 

 これが、ギャング達に飼い慣らされることで安楽な生活の保障と地位を与えてもらっただけでしかない空港職員達の実体であり限界だった。

 そしてそれは空港の最高責任者である所長でさえ例外ではない。

 

 

「発着を止めろだなんて! 今、上空ではセントディアナ号が着陸準備に入っているんだぞ!」

 

 側近の部下に向かって叫き散らす所長。

 威勢は良いが、事態に対処するための具体的な指示ではなく現状を言葉にして説明しただけの自分に全く疑問を抱かないところに、彼が空港の最高責任者の地位を与えられた本当の理由があることに気づけていない。

 

 端的に言って、都合がいい。捨て駒としても生け贄としても便利な人柄なのである。

 そしてその欠点でもある利点は、彼が側近に選んだ部下にも感染する。

 

「セントディアナ号と言えば、式典参加の要人が乗っているのでは?」

「!! もしや、それが狙いか!?」

 

 朗読調に述べられた部下の一言に所長は愕然とする。

 式典とは、ロマリアからアルディアに『友好の証』として送られてきた女神像の披露式典のことを指しており、世界の半分を支配下に置くロマリアとの友好関係はアルディアの存亡に関わる大問題であることを考えるなら確かに如何なる些事だろうとも全力で対応し、誠意と友情をロマリアに示すことは彼らにとっても最重要課題たり得る事柄ではあるのだろう。

 

 しかし―――

 

「いったいどうすればいいんだ? こんな奴らじゃいつになったら片が付くかわからんぞ」

 

 所長の中での最重要課題は『セントディアナ号の発着予定時刻を遅らせてしまったこと』への責任問題であり、乗っている乗客達に溜まっているであろう不満と鬱憤からどう自分の地位と権力を守るため責任を他人になすりつけるかであって、犯人への対処は専門家達の仕事だと頭の中で割り切ってしまっていた。自分が空港で起きる出来事全てに対して責任を負わされる最高責任者の地位に就いていることをまるで認識できていないのである。

 

「はあ、そう思いましてハンターに依頼しました。金さえ払えばどんなことでもする奴等です。素性は知れませんが、腕は確かだと耳にしております」

 

 気のない返事をした後で、素性を確かめてもいない馬の骨たちに人質の命と事態への対処を金で丸投げしたことをノウノウと宣い、疑問すら抱いていないらしい側近。

 彼もまた、この事件を他人事として受け止めている一人だ。たとえどんな事態に陥ろうとも責任は最高責任者である所長がとらされるのが筋であり、言われた命令を忠実に果たしてできる限りの対処はして見せた自分にお咎めが及ぶことは決してないと楽観視しているからこその半端に適当な仕事ぶりであった。

 

 どちら共に、自分が責任を取らされるかもしれない未来に、本当の意味で危機感を抱いていないのだ。せいぜい左遷されるか、権力の甘い汁から遠ざかってしまう・・・その程度の認識。

 

 

 ――そんな連中だからこそ、時には劇薬によるショック療法も宜なるかな。

 空港への突入方法として、この演出を提案してきたビビガがそう考えていたとしたら、エルククゥとしては本気で迷惑だからやめてください。主に私がと懇願していたのかも知れない・・・・・・。

 

 

 

「どうした!? 早く俺の言うとおりにしろ! さもないとこの女の安全は保証しな――」

 

 男が今夜何度目になるか数えるのも馬鹿らしくなる脅しを、あらためて実行しようとした瞬間。

 背後の窓ガラスが砕け散り、窓外から一つの小さな影が転がり込んでゴロゴロと回転した後、起き上がる。

 

 そして、頭を抑えながら一言。

 

 

「・・・あいたた・・・・・・もう少しハデじゃなく地味な方法で突入させてくれても良さそうな物だと思うんですけどね・・・。相変わらずハデ好きなんですから、ビビガさんは・・・」

 

 茶色の髪に小さな背丈。空虚な色を瞳に宿した少女が窓を割って、いきなり乱入してきたことに空港ジャック犯は思わず思考を停止させてしまっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・??」

 

 頭の固すぎる警備員と交わす紋切り型のやり取りの直後に、いきなり常識外れの登場の仕方をして場違いにも程がある子供が入ってくる。

 あまりにも現実離れした事態に頭が追いつかずに茫然自失となる犯人だったが、それは致命的な油断に直結していた。

 

 命の危険が迫っている中で臨機応変に正しい対応が出来ない者ばかりしか、この場にいなかったわけではなかったからだ。

 自分を捕らえていた犯人が、乱入者の少女に気を取られて掴んでいた腕の力を緩めたのを敏感に感じ取った人質の女性が静かに彼の側を離れだし、一定の距離が取れたと見た瞬間に走り出した音でようやく犯人は気がついた。

 

「!! しまった!」

 

 それに対して乱入者の少女エルククゥは、逆に呆れ顔で犯人を眺める。

 

「アホですねぇ・・・。単独で人質取って立て籠もるからには、絶対に人質から目を離さないのが基本中の基本でしょうに。

 あなた一体どこの田舎から出てきたばかりの素人さんですか? 都会は怖いですから早く実家に帰って家業の農家でも継いだ方が身の丈に合っていて幸せになれると思いますけど?」

「くっ! 黙れぇっ!!」

 

 激高して得物を引き抜き、犯人は追い詰められた劣勢という現実を挽回するため、遭えて気づかないフリをする道を選択する。

 

 どのみち失敗したら後がない彼である。潔く負けを認めて殺されるより、見苦しく足掻いてでも結果的に生存の可能性に賭ける方がいい。そう言う判断の仕方。

 

「何だてめぇ! 何しに来やがった!?」

 

 そんな相手の心理を、ある程度は洞察しながらも別に感応する義務はなく、エルククゥは礼儀正しく一礼してから頭を下げて上げて微笑して、丁寧な態度で自らの氏名と職業を説明する。

 

「初めましてハイジャッカーさん。私の名はエルククゥ。あなたを片付けるよう依頼を受けたハンターです。

 申し訳ありませんが、邪魔をさせていただきますね? こちらは、これがお仕事なので」

 

 明らかに挑発しているエルククゥの自己紹介は、確かに効果てきめんだった。

 

「なめた口ききやがって、気に入らねぇな・・・」

 

 底冷えしそうな声で犯人が呟き、それまで纏っていたものとは桁違いに研ぎ澄まされて洗練された押さえ込まれ調整された殺気を放出し始める。

 

「俺様を怒らせたらどうなるか・・・思い知らせてやる!!」

 

 

 ――こうして始まった二人の戦闘だったが、これはあまりにも犯人・・・アルフレッドにとって分の悪い条件下での戦いである。

 なにしろ彼は今の今まで警備員達相手に威嚇目的で術を使いすぎてしまっている。無駄遣いするわけにはいかないし、なにより彼にとってエルククゥは予定にない邪魔者であり、部外者でしかない。

 勝ったところで目的は果たせないし、むしろ時間をかければかけるだけ自分だけが不利になっていく一方的なハンディマッチ。

 

 結果は始まる前より、火を見るよりも明らか過ぎていた。

 

 

「くそっ・・・こいつ強い・・・」

 

 荒い息を吐きながら相手を睨み付けるアルフレッド。

 対してエルククゥは用心深く距離を取りながら、息一つ乱さずに静かな態度で相手を見つめているだけ。止めを刺すため近づいてくる気配すらない。

 

 彼女は自分の体格によるハンディキャップを良く理解しており、その為に選んだ得物である槍の特性も十分すぎるほど把握していたから、敵の消耗を誘う戦い方を得意技としていた。

 一定の距離を保ち、敵に寄らず近寄らせず退きもせず。

 ただただ自分のペースを保って相手のペースが乱れるのを待ち続ける彼女の戦い方は、現状のアルフレッドにとって最悪の部類に入る相性を持ち、「このままではマズい。せめてコイツの首だけでも取らなければ・・・」と、危険な賭けに出る決意を固めざるえをえない。

 

「けっ! いい気になるな!」

 

 そう言って彼は自分の使える術の中でもそれなり以上に難度の高い、一日に何度もは使うことが出来ない短距離でのテレポートを使用し、飛行船とつながっているハッチの前に瞬間移動した。

 

「勝負はまだついちゃいねぇぞ! 決着をつけたければ俺を追って来やがれ!」

 

 そう言って犯人がハッチを潜り抜けて飛行船内部へと逃げ込む様をエルククゥは、ノンビリと窓際に寄りながら見送ると、まるで他人事のように論評する。

 

「逃げ場のない船に逃げ込みますか・・・まぁ、十中八九以上の確率で罠なんでしょうけど、行かないわけにはいかないんでしょうねぇ、お仕事の内容的に」

 

 肩をすくめて呟いた彼女の予測は見事に的中し、危険が去ったことを知った責任者の方々が次々と彼女に近づいてきて行動と決断を促し始めたのだ。

 

 

「ボンヤリ見てないで、さっさと追っかけたらどうだ? その為に高い金取ったんだろ」

「これ以上、乗客を足止めできん。早く始末してきてくれ」

「君が割った窓ガラス代は依頼料から引かせてもらうよ。それが嫌なら早くモンスターを追って仕留めてくることだね」

 

 

 順番に、ロビーにいた乗客一人守ることのできない空港ロビーを警備する警備員の隊長。

 人質の安否を確かめるより腕時計の針が指し示す時間の方が大事らしい空港の最高責任者。

 自分のポケットマネーで依頼してきたわけでもないのに予算の無駄遣いを嫌う側近。

 

 

 ――こんな奴等が一丁前の社会人として子供に説教するとは片腹痛いにも程がある。

 

「もし、モンスターを取り逃がすようなことにでもなったら、もっと引かせてもらうよ」

 

 だから、これぐらいの嫌がらせはしてやるのが礼儀を知る子供として、礼儀知らずの大人に対して示すせめてもの恩返しというべきものだろう。

 

「だったら――」

 

 

 

「あなた達がなんとかしなさい」

 

 

 

『え・・・?』

 

 槍を降ろし、平然と帰り支度を始めるフリをして見せながらエルククゥはそう言って彼らに背を向け、空港ロビーの出入り口へと向かって歩き出す。

 

「依頼料は全額お返し致します。そのお金を使ってあなた達が犯人を捕まえて見せなさい。私は家に帰って寝ることにしますよ。なにしろ子供なのでね、夜更かしは身体に良くないんですよ」

「ま、待て! 待ちたまえ!」

 

 平然と告げるエルククゥの反逆に一番慌てふためいたのは側近である。

 彼としては金の話でギルド相手に交渉することまでは考えていても、相手から一方的に契約を破棄されることまでは考えていなかったのだ。

 今から他のハンターに依頼するのは無理がありすぎる。なんとかして彼女に押しつけたい。その一心で別の方向から脅迫の種類を見つけ出す。

 

「そんなワガママが通るとでも思っているのかね!? うちだけではないぞ! 君自身のハンターズギルドにおける地位と信頼も揺らぐことになる! 組織というのは君の考えているほど甘い場所ではないのだよ!」

「そうかも知れませんね。ですが、別にあなたが心配する必要の無いことでしょう? 違いましたか?」

「そ、それは・・・・・・」

「どうせ被害を受けるのは私だけなんですから、どうぞお気になさらずに」

 

 言葉を失い沈黙せざるを得なくなる側近。

 続いて彼女が水を向けたのは、本来この役割を率先してこなさなければいけない代表者。

 

「ですが、確かに大変な事態ですからね。私も事態解決に協力するのは吝かじゃありません。

 なので貴方。警備員の隊長さん。貴方に依頼させてもらいます。私がもらったのと同じ額の報酬をお支払いしますから、とっとと犯人を追っかけて捕まえてきてください。お願いします」

「はぁ!? バカバカしい、何だって俺がそんなことさせられなきゃなんないんだ――」

「高いお金払ってあげるのです。さっさと追っかけなさいよ、役立たずの給料泥棒が」

「・・・・・・」

 

 不愉快そうに顔をしかめながら、それでも反論することは出来ない警備員の隊長。

 下手なことを言ってしまい、本当に犯人捕縛の任を押しつけられたら堪ったものではない。そう思ったからこそ沈黙は金の砦に引きこもるのが一番の選択だと判断したからだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 最後に残った所長には、ただ無言で視線を向けただけだ。

 たったそれだけで彼は慌てふためき視線を泳がせ、誰か自分の代わりに責任を取ってくれる存在を必死に捜索しはじめる。

 

 溜息しか出てこない現状に、思わず本気でこのまま帰ってやろうかと決断をせかす目的で入り口の方へと一歩近づく。

 

 すると―――

 

 

「待ちたまえ。モンスターが退治されるまで、誰一人通してはいけないと命令を受けている」

 

 空港入り口を固めていた警備隊員達が偉そうな顔して通せんぼをして下さった。

 

「大臣だろうがハンターだろうが通すわけにはいかないね。外に出たいんだったら、早くモンスターを倒してきてくれ。俺達だって早く家に帰りたいんだからさ」

 

 つい今し方、モンスターがハッチを潜り抜けてロビーを出て行く後ろ姿を黙って見送っていた方々とは思えないほど勇敢なお言葉にエルククゥは感動のあまり思わず心が熱くなるのを抑えることが出来なくなる。

 

 

「・・・殺されたくないなら道を開けろ。そこを退け。

 モンスターでも大臣でもなく、ハンターでしかない私であっても、お前達程度のザコなら今すぐ殺し尽くせるんだぞ・・・?」

『・・・・・・(ビクッ!?)』

 

 少女の瞳に危険なナニカを感じ取り、思わず後ずさる警備員達。

 殊この場に至り、ようやく彼らは気づき始める。

 

 

 ――コイツはまともじゃない。

 モンスターの見た目はしてないけど、中身はモンスターと同じ別のナニカだ。

 自分たち人間とは違う、バケモノどもの同類なんだ・・・・・・と。

 

 

 

「・・・・・・ちっ」

 

 不快げに舌打ちして踵を返し、当初の予定通り犯人の後を追い始めるエルククゥ。

 ほんの出来心からはじめたイタズラで思わぬ時間を取られてしまった。

 おまけに気が重い。足取りさえ鉄球付きで引き摺るような速度で歩かざるを得なくなるほどに。

 

(失敗しましたね・・・。こんな気分になると知っていたら、あんなバカなことは言わなかったのに・・・)

 

 覆水盆に返らず、言ってしまったことは取り消せず、過ぎてしまった過去はやり直せない。

 今まで何度も同じような過ちや間違いを繰り返してきたのに、また自分は繰り返してしまった。つくづく自分を含めた人間という生き物は学ばない連中だと思わずにはいられない――

 

 

「あ、君。ちょっとだけ待ってくれないか」

「あ?」

 

 不愉快になりながら犯人追跡のためハッチを潜る寸前に呼び止められたせいで、思わず柄の悪い返事をしてしまった彼女の視線の先に立っていたのは警備員達の一人。

 その中でも、自力で脱出した人質の女性の前に立って微動だにしなかった人物だったことを思い出し、エルククゥの口調と態度は少しだけだが柔らかさを取り戻す。

 

「・・・私になにか、ご用でしょうか?」

「これを。先程の女性から君に渡すよう頼まれた物なんだ」

 

 そう言って手渡された布を見下ろした彼女の唇は、微妙な形にほころんでいた。

 僅かに塗られた口紅が、文字を綴ったものだったから。

 

「書いてあることを直接言うだけなので必要ないかも知れないが、“ありがとう”と。“貴方のおかげで助かりました”と」

「・・・そうですか・・・」

「それとこれは本来、私が言っていい筋のものではないのだけれど・・・・・・」

「・・・・・・?」

 

 

 

「人質が助かって本当に良かった。君のおかげだ、礼を言わせてくれ。ありがとう・・・」

 

 

 

「・・・・・・・・・いえ、仕事ですから」

 

 一礼し、丁寧な仕草で布を懐の内に仕舞い込んでからもう一度頭を下げてハッチを潜り抜け、遅れを取り戻すためにも全速力で走り出す!

 

 そして呟く。

 

 

「・・・あの夢を見た夜は碌な仕事が舞い込まないものと決めつけていましたが・・・・・・どうやらジンクスなんて当てにならないみたいですね」

 

「この調子でいけば、まだ何か面白い出会いが今夜中にもう一人ぐらい待っているかも知れません。仕事にお金以外の理由でやる気が出るのは良いことです」

 

 

 

 

 ――楽しそうに呟いた、この時の彼女はまだ知らない。自分の進んでいる飛行船の向こうに待つのが空港ジャック犯などと言う小さな事件ではなく、世界の未来を決める運命の闘いなのだと言うことなど知る由もない。

 

 そして勿論、その旅を共にする一人の少女との出会いも、一人の幼なじみ少女との再会が早まることも、今夜の彼女はまだ知らずにいる。知らないまま前だけ向いて走り続けていく。

 

 精霊と魔物と人間による、アークを巡る戦いの第2ランドが想定外の介入者による乱入で装いを新たにする日まで後少し―――

 

 

 

 

オリジナル主人公の設定:

エルククゥ

 原作のエルクに当たるポジションにいるオリジナル主人公の少女。

 彼と同じで『炎使いの一族』の一員であり、アルディアの先住民族ピュルカの末裔であるのも同じだが、生まれつき操る炎の色が不吉な青色をしていたことから『忌み子』と呼ばれ、嫌われ者として生きてきた過去を持つと言うオリ設定。

 古い伝統と因習に縛られた閉鎖的な村特有の悲劇であったが、これが却って彼女に盲目的な正しさへの狂信や狭い視野への疑いを抱かせる切っ掛けにもなっており、現在の彼女を構成する重要な要素にもなっている。

 実はロマリア軍に村が襲われたときに精霊の前に立ちはだかっていたのは祖父と父が彼女の力で侵略者を撃退してもらおうとしたからであり、外敵から精霊を守るための『兵器』として育てられていたことを示唆している。

 虐待されたわけではないが、その頃の記憶が影響して誠実でない大人に対して過剰な攻撃衝動を抱きやすい。

 その一方で、誠実な大人に対しては本人も意外なほど大人しくなるなど、エルクとは別のトラウマが現在の彼女の行動と心理に陰を及ぼしている。

 

 

今作限定ヒロイン:ミリル

 原作における悲劇代表みたいな女の子。今作ではなんとメインヒロインに昇格している。

 『白の家』から脱走するとき、エルククゥの性格が外道過ぎたおかげで結果的に助かったという異色の経歴を持つ美少女ヒロイン。

 ただし、その後シュウに拾われてから体質的な理由により薬の禁断症状に襲われ、長い闘病生活とリハビリが必要だったという悲劇的な部分は受け継がれてしまっている。

 記憶の欠落は禁断症状もあって、原作のエルク並。その代わりとして水の術が使えるようになってはいるけど気休めにもならない程度の幸運だろう。

 お姉ちゃんぶりたい年頃であると同時に、たった一人の家族に甘えたい願望も持っている微妙に不安定な年頃の女の子。

 これらの事情からエルククゥに対して依存心が高く、ややヤンデレ気味。

 原作エルクによる暴走シーンを受け持つ関係から、側に置き続けるわけにもいかずリハビリとか定期検診とかの理由をこじつけてシュウの元で助手をさせている。

 ただし、一ヶ月に一度は会いに行かないと怖いことになってしまうので注意が必要。

 ぶっちゃけ、リーザをシュウの元に連れて行ってかくまうとき最大の障壁。

 女同士で女の子一人を取り合うなんてマジ勘弁してくださいと思いながらも、常にエルククゥが優先順位の1位と考えている相手でもある。

 要するに、相思相愛。

 一応、性倫理的に問題あるよなーと、エルククゥの方は思ってる。ミリルの方は知らん。知るの怖いですし。byエルククゥ



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~2章

中途半端なところで止まっちゃいましたので、とりあえずアルフレッド戦決着まで続きを書きました。これ以降も話自体は思いついてますので読みたい方がおられましたら頑張らせていただきます。


「うーん・・・逃げ場のない飛行船と言ってはみましたが・・・甘く見積もりすぎましたかね? 思ってたより断然広すぎますよコレは・・・」

 

 途方に暮れたような声でエルククゥがつぶやいたのは、空港ジャック犯アルフレッドの後を追ってハッチから続く先にある飛行船に突入し、しばらく経った頃のことである。

 

 罠にはめるため逃げ込んだわけだから、当然自分の居場所へといたる痕跡を微妙に残してくれているのだけど如何せん。よくわからない。

 別に軍の特殊部隊隊員でもなければ暗殺者でもなく、ごく普通に腕利きのハンターでしかない彼女にはハンター同士で使われる記号や合い言葉などは知っていても、基本的に非合法任務をこなすために育成されていたアルフレッドの使う符牒などを理解できる博識さは持ち合わせていない。地道に探索するより他に道はなかったのである。

 

 

「はぁ~・・・しんど・・・。

 ――んん?」

 

 何個目かの部屋の中を見終わって外に出て、次の部屋にはいて欲しいなーとか思っていたところ・・・ビンゴだ。何者かの気配が次の部屋の奥から感じられていた。

 

「ここですかねぇ? とりあえずまぁ、お邪魔しまーす」

 

 気楽に挨拶しながら油断はせずに、室内へと歩を進めていくエルククゥ。

 敵が自分から刃を突き立てに来てくれたら探し出す手間が省けて楽なのに・・・そんな甘い幻想を夢見つつ、室内に入室した彼女を待っていたのは厳しくてお先真っ暗な現実の暗闇。

 

「・・・暗いですねぇ・・・ブレーカーでも落ちてるんでしょうか・・・?」

 

 白い目つきでつぶやく一言。

 比喩ではなく、本当に暗い。物質的にと言うか地形的な背景が真っ暗闇に包まれていたのである。

 機械の駆動音が重なり合って響いてる点から察すると機関室かなにかだと思われるのだが、それにしても暗い。何も見えない。それこそ足下の一歩先さえ見通せない人生の如く。

 

「ちっ・・・、いっそのこと適当にそこらにある機械の一つに火でもつけてやりましょうかね・・・。そうしたら慌てて犯人が消火しに来るかもしれませんし・・・」

 

 危ない発言を半ば本気でつぶやく少女エルククゥ。どうやら先程までの不快感が徒労と暗闇の暗さで少しぶり返してしまっているらしい。

 彼女自身に自覚はないが、こういう発言や行動が周囲の人間から見ても異常としか思えぬところが多く見られるため自らにつけられた二つ名の他に、もう一つの不名誉な渾名が奉られている事実を彼女は知らされていない。

 

 即ち、『放火魔・エルククゥ』と。

 

「すいませーん、もしこの部屋に空港ジャック犯さんが逃げ込んでる場合は出てきてくださーい。出~ない~と、エンジンに火をつけるぞ~♪」

 

 おいバカやめろと、人間だったら誰もが止めるキチガイ台詞を無表情顔で無感動に言い放ち、エルククゥが暗闇の室内に大きく一歩を踏み出すと。

 

 

 ・・・・・・グルルルルゥゥ・・・・・・

 

「ん?」

 

 獣の唸り声らしきものが聞こえてきた。

 思わず小首をかしげてしまう。

 

 獣? 飛行船の中で? しかも式典参加予定の要人達が集っているアルディア空港のど真ん中近くに停めてある船の中で? ――なにがなんだか全く訳がワカリマセンヨ・・・。

 

「はぁ・・・」

 

 またしても溜息を吐いて幸せを逃し、普通に部屋の奥へと進んでいく。

 そうすれば自然と見えてくる物もある。

 

 暗闇に浮かぶ獣特有の赤く光る両眼。

 獲物の肌と肉に突き立てるため、極限まで磨き上げられて光る牙。

 

 間違いない、オオカミ型のモンスター・キラードッグだ!

 ・・・変な術を使うだけで体は人間型をしている空港ジャック犯じゃ全然無かった・・・・・・。

 

 

「だめよ! パンディット。こっちへ来なさい」

 

 脱力するあまり隙だらけになったエルククゥを、襲いかかる好機と見たらしい敵モンスターが飛び出そうとした寸前に声がかかり、キラードッグは大人しく引き下がって後方へ退く。

 そしてまるで計っていたかのようなタイミングで照明の電源が回復し、室内を明るく照らし出す。

 それらの照明がスポットライトであるかのように、『彼女』の姿を優しい光で照らし出したのだ・・・・・・。

 

 

 

「やめて!! この子は、何もしてないわ。

 ただ私を守ってくれてただけの子を、傷つけるようなマネしないで!」

 

 白銀の毛皮に輝くオオカミの前に立ちはだかり、まるで自分より強大な力を持つモンスターの母親として守り抜こうとする母親であると宣言するかの如く。

 金髪の長い髪をした、民族衣装と思しき変わった衣を纏った少女が昂然とした態度でエルククゥを強い視線で睨み付けながら断言する。

 

 この子を傷つけないで。この子は私の友達なのだから、と。

 それはか弱い少女の見た目に反して、彼女の中に眠る心の強さを物語る物であっただろう。芯の強さと優しさを体現するものであったはずなのだろう。

 

 だが、しかし。

 

 

「・・・・・・・・・???」

 

 ――そもそも『モンスターだから』と言うだけで他種族を傷つける趣味は持たないエルククゥにとってみれば、相手の言ってる意味そのものが良く理解できていなかったので些か以上に空回りしていたのにはどちらの少女に同情すればいいのだろうね・・・?

 

「この子は、大丈夫。私には逆らわないわ。だから!」

「はあ」

 

 生返事を返し、ポリポリと頬を指でかいて「どうしたもんかなー、コレ・・・」と軽く途方に暮れるエルククゥ。

 さっぱり答えの出ないまま、相手の少女も黙りこくったまま睨み付けてくるばかりで説明補足をしてくれる気配もなく、そもそも自分は何しにこの部屋へ入ってきてたんだっけ?と疑問に思ってから、ようやっと答えらしい答えを口に出す。

 

「えっと・・・あなた方が私に見なかったことにして欲しいようでしたら、その通りにしますので一つだけ教えていただけませんかね? この飛行船に逃げ込んできた人物を目撃されたりはしておりませんか? 私、その人物を追いかけてるんで知ってたら教えていただきたいんですけども」

「・・・・・・」

「あ、知らないか言いたくないようでしたら別にいいんで、気にしないでください。どのみち自分でも探すつもりでいましたし、楽できるならしたいなーって思っただけですから。それじゃ」

「あなた――」

「・・・はい?」

 

 立ち去ろうとしたら呼び止められて振り向いて、

 

「私を捜しているんじゃないのね?」

 

 ――聞いてるのはこっちなんだけどな~。と心の中で思ってはみたものの、先程の失敗が尾を引いてるので口には出さずに別のことを口にする。

 

「あなたが私の何を警戒しているのかは存じませんし、聞き出したいとも思いませんが、ひとつだけ誤解の訂正を。

 私は、人里を襲って害をなすモンスターという名の害獣が嫌いだから殺すのをお仕事にしているだけの人間です。

 人の形をしてないだけで、友達を守ろうと体張ってる友達さんを殺そうとする下劣な人柄になった覚えはありません。そんな連中と一緒くたにするのはやめてください、不愉快ですから」

「!!!」

「では、そう言うことですので失礼いたします」

 

 そう言うことって、どういう事なんだろうと自分でもよくわからない屁理屈を適当に並べ立てながら部屋を後にしようとしたエルククゥ。

 

「待って!」

 

 ――うん、もうなんでもいいや。最後まで話を聞いてあげてから出て行った方が早い気がしてきたし。

 半ば悟りを開いたような心地で腰を落ち着けるエルククゥ。

 そんな彼女に相手の少女は意外な頼み事をしてきたのである。

 

「・・・私をここから逃がして欲しいの」

「逃がす?」

「わけは言えないけど、この船には――」

 

 少女が何かを言おうとした瞬間、部屋の外から悲鳴と共に誰かの助けを呼ぶ声が響いてきた。

 

「ギャーッ、助けてくれー!」

「・・・・・・」

 

 悲鳴にゆっくりと振り返るエルククゥ。

 敵の意図は明白すぎるほど明らかだったから、特に焦る必要性はないと感じていたからだ。

 

「・・・パーティーの準備と飾り付けが終わったみたいですねぇ・・・」

 

 敵に所在を知られていない追われる側が、わざわざ犠牲者を出して悲鳴を上げさせてまで自分の居場所を声高に宣言する理由は一つだけ。

 

 

『俺はここだ。ここに居る。俺の首が欲しいならここへ来い。

 歓迎パーティーの準備は終わったところだぞ』

 

 

 と、言うわけだ。仕事柄、誘いに乗らないわけにはいかないとは言え、杓子定規に相手の望みを叶えてやる義理があるわけでもない。

 

「あなた、この船から逃がして欲しいと言いましたよね?」

「え? えぇ・・・そうだけど・・・それが、なに?」

「だったら――」

 

 エルククゥの空虚な瞳が怪しく光る。

 その先に見つめるのは、一人の少女と一匹のモンスター。

 戦力として未知数な一人と、確実に戦力になる一匹の大型オオカミ。

 

 

「手を貸してください。助けてもらった分は報酬として、あなた達を安全な場所まで確実に送り届けることでお支払い致しましょう。この商談、引き受けていただけませんか?」

 

 

 目を丸くする白い衣を纏った金髪の少女。

 手を差し出しながら瞳を細め、薄く微笑む黒瞳の少女。

 

 それは完全に光と影のコントラストをグロテスクに現したとしか思えない、ショパン辺りがお似合いの光と音の協奏曲。その始まりを告げるファンファーレにぴったりのアリアであった。

 

 

 

 

 そして場所は飛行船の甲板、最終局面へと移行する・・・・・・。

 

 

「どーも、お待たせしました。遅れて申し訳ありませんでしたねぇ?」

「・・・・・・」

 

 道化た口調で甲板に上がってきたエルククゥは話しかけ、声をかけられた相手は甲板の前方先へと続いている、何処か遠くに居る誰かでも見つめているような遠い目をして黙りこくっている。

 

「こういう場合は、お約束を遵守して『追い詰めたぜ』とか言うべきものなのでしょうか? それとも『どうした? もう逃げないのか?』の方がお好みでしたかね?

 私としては、やられ役の悪役みたいで好きな言い草ではないんですけどね」

「ふっ・・・」

 

 犯人は振り返ることなく前方を見つめたまま静かに嗤い、

 

「お前は今、追い詰めたといったな?」

 

 余裕と勝利の確信と共に結論づける。

 

「違うな・・・」

 

 つまりは、死刑。

“勝つのはお前ではなく、この俺だ!”――と。

 

 

「お前が誘い込まれたんだよ。間抜けなハンターめ!」

 

 

 叫んで、最後まで取っておいた切り札を使用する。

 それはモンスターの召喚。

 本来は人の言うことなど聞くはずもない獣同然の彼らであっても、とある一族を研究した結果、部分的に使役するのと召喚するのとを可能ならしめた実験的な術式。

 未完成故、たった一回の使用が限界ではあるものの、たった一人を誘き出して仕留めるには十分すぎる数が喚び出すことが出来る性能は付与させてある!

 

「これでどうだ! 傷ついた身体で、この数相手に戦いきれるか? 不可能だろう?」」

「・・・・・・」

「だから俺様が親切に言ってやったんだ! “勝負はまだついちゃいねぇ”ってな! 人の忠告を聞こうとしなかったテメェが悪い!

 学校で教わらなかったか? 『大人の言うことは素直に聞きましょう』ってな! ふははははははっ!!」

「・・・・・・」

 

 相手の高笑いを聞き流しつつ、時間を口の中だけで数えて三十秒ほど経過した頃、

 

「・・・もうそろそろいいでしょうかね・・・」

 

 と呟いて、槍を持っていない左手を天に掲げる。

 

「あん? テメェ一体何やって・・・・・・なに!?」

 

 犯人は最初、その行動をいぶかしみ、次いで驚愕した。

 空から光の柱が降りてきたかと思うと、相手の目に見えて傷ついていた服の破れ目などの切り傷がみるみる塞がっていくのが見えていたからだ。

 

「もう大丈夫よ。これで、思い切り戦えるわ」

「ですね。身体に力が戻ってきましたよ。“毎度の事ですが”、ありがとうございました」

「くっ・・・!!」

 

 悔しそうに唇をかんだアルフレッドは、このとき完全にエルククゥの心理戦に引っかかってしまっていたことに気づいていなかった。

 

 彼はこのとき、こう思っていたのである。

 

 

(まさか・・・追い詰めたと思い込まされて誘い込まれたのは、コイツじゃなく俺の方だったのか!?)

 

 

 ――と。

 無論、実際にはそうではない。

 エルククゥにはアルフレッドの罠を予想できはしても、どれだけの陣容を揃えてくるかも、どのような手段で用意する気なのかも、それらに対処する上で自分が用立てた追加戦力だけで足りるのかどうかも全部未知数な未来予想図でしかなかったのだから、自分の方が敵を追い詰めるなんて夢のまた夢でしかない。

 

 だが、彼女がそのように思考できたのは自分が『挑む側』であり『挑まざるを得なくされたチャレンジャーでしかない』と弱者の立場を自覚していたからだった。

 罠を敷いて待ち構えている側に切り込むのだから、地の利が敵にあるのは道理。その点に於いて攻める側が守る側に勝る要素は1ミリもなし。

 そう割り切っていたからこそ、可能性に賭けるしかない状況下で平然と不利な立場を受け入れられていたのであるが、アルフレッドの場合は事情がやや異なる。

 

 彼には策を弄して敵を陥れて手に入れた優位性という、足枷が付けられていた。

 自分が相手にしたことを、相手もまた自分にしてくるのではないか? という疑惑は人間と似た欲望を持つ者たち誰しもが抱いてしまう永遠の悪夢である。

 

 “人は他者の中に自分と同じ鬼を見る”と言う。

 今のアルフレッドの陥ってしまった心理は、まさにそれだった。

 

 人は相手も自分と同じように考え、同じように思うことを当たり前だと信じ込みやすい欠陥を持っている。

 特に、劣等感や嫉妬心など負の感情に囚われている者たちと、特権におごり高ぶって一つの価値基準を絶対と信じたい願望を抱いた人間に、そうなりやすい傾向が強く現れている。

 

 空港ロビーにいた三馬鹿トリオが良い例と言えるだろう。

 エルククゥはああいう心の腐敗と対極にいる人間だったが、アルフレッドは置かれ続けた劣悪な境遇により特権階級への憧れと、自分自身の無力さに対する劣等感の双方を強く持ち合わせていたから、どうしても『手に入れた優位性』には固執してしまう。

 

 だからこそ陥ってしまった、権力闘争じみた三流俗物思考。

 戦場に立つ一人の戦士には必要の無い、むしろ邪魔でしかないそれらを彼は求めていたから、一度は手に入ってしまったそれらが失われていく過程に見果てぬ夢の残滓を用いてしまいたくなる理由も、まぁ判らないわけでもない。

 

「では、決着を付けると致しましょうかね?」

「くぅっ・・・!!」

 

 こうして数を増したチーム戦という形で再開された、アルフレッド対エルククゥの戦いであったが、相変わらずアルフレッドにとってはハンディマッチであるという事実に変わりは生じてくれなかった。

 

 なにしろ罠を張って待ち構えて数で押し潰そうとしていたところ、罠を見抜かれ逆利用され(勘違いだけど)優位と信じた立ち位置を一挙に引っ繰り返されてしまったのだから無理もない。

 

「奴等、ただ者じゃない・・・ちくしょう!

 ここまで来て死んでたまるか!! 俺は生きる! 生きるんだ! 生きて必ず姉さんと再会して! それから!!」」

 

 ――モンスター達を指揮しなければならない召喚者自身が、最初から思考が逃げにかかってしまっていた。これでは勝てない。

 

 敵をおびき寄せて挟み撃ちにする調虎離山をしかけた結果、逆に背水の陣を敷かねばならなくなった彼の立場としては命を捨てるつもりで前に出なければ逆に命を失ってしまう状況なのに、それが理解できていないのだから勝ちようがない。

 

 尤も、これは必ずしも彼の責任とは言い切れないだろう。

 彼は肉体的に不安定な状態に改造されてしまっているのだから、精神だけが不動というわけにはそうそういかない。身体に心が引っ張られて心身共に不安定にならざるを得ない境遇に彼はずっと置かれ続けてきたのだから仕方の無い部分は多々あることだろう。

 

 だが、それでも。

 どのような事情があろうと今このときだけ彼は全てを割り切り全力を出し尽くすべきだったのだ。生き残るため、死ぬつもりで戦いを挑まなければならない状況なのだと己を納得させなければいけない場面だったのだから。

 

 どんなに自分が多くの事情を抱えていようとも、敵にはそんなもの関係ない。敵はただ、自分の都合を押しつけてくるだけの存在なのだから。事情を聞いてもらうためにはまず、彼は勝たなければならなかったのだから。

 

 そんな状況下で勝利よりも、命を惜しんでしまったこと。

 それが彼の敗因。彼の任務失敗理由。彼が殺されなければならなくなった致命的な遠因。

 

 彼はやはり、どこまで行っても犯罪者には向いていない、ごく普通の愛情いっぱいに育てられてきた弟であり、お姉ちゃん想いの少年が成長した姿に過ぎなかった。

 

 ――たかだか特別な力を与えられた程度で、人は特別な存在になれない。

 力の入れ物に相応しい中身を注ぎ込めないままでは、入れ物に中身の支配権を握られてしまう。

 

 力は道具、術は道具、強さも道具。

 剣や槍と同じ敵と戦い倒すために使う限りは、武器と同じ道具として見なすことが出来なければ戦士に至ることができない。ただの『力持ちな乱暴者』に留まってしまう。

 

 それでは、その程度では彼女に勝てない。必ずや敗北させられてしまうだろう。

 何故ならエルククゥという少女は―――

 

 

 

「テメェなんかに・・・テメェみたいな苦労知らずのガキ風情にこの俺が倒せるとでも本気で思ってんのかテメェはよぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

「さあ?」

 

「そんな質問、私に答えを聞くより自分で答えを出してしまった方が早いと思いますけれど?」

 

 

 ―――自分自身さえ勝敗を図る計器の一つ、武器という名の道具の一種に数えられる精神の持ち主だったのだから―――。

 

 

 

「はい、これで終わり。ゲームセットです。ご苦労様でした」

 

 ザシュ!

 

 

つづく



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もしも士郎が喚んだセイバーがオルタ化してたらStay night第1章

懐かしのドラクエ5をプレイしてたら、なぜか書きたくなってしまったセイバー・オルタなステイナイト。…本当になんで書きたくなったんでしょうなコレ…全然関係ないですのになぁ…。


 衛宮士郎が運命と出会った夜の衛宮邸、その中庭に響く剣戟。

 月は雲に隠れ、庭はもとの闇に戻っている

 その中で火花を散らす鋼と鋼。

 

 ――戦いが、始まっていた

 

「チィ――!」

「――――」

 

 甲冑姿の少女が土蔵から飛び出してくるのを待ち侘びていた槍の男は、無言のうちに襲いかかり、少女は槍の一撃を払いのけて反撃を繰り出す。

 

 信じたくはなかったが、信じざるをえない。確かにこれは士郎が『何も出来ない役立たず』呼ばわりされても仕方ない次元での戦いだ。正義の味方を目指して鍛練を重ねているだけの凡人が立ち入ることの出来るほど易い戦いでは全くないと素人でしかない士郎でも断言できてしまうほど圧倒的なナニカとナニカのぶつかり合い。

 

「ぐぅっ―――!!」

「―――――」

 

 やがて少女の放った渾身の一撃という呼び水によって誘い込まされた槍の男が一撃をもらい、かろうじて凌ぎ切りはしたものの弾き飛ばされてしまい、互いに間合いが大きく離れてしまったのも事実であった。

 

 それからしばらくの間、静寂の中で硬直時間が流れ両者は静かに睨み合う。

 先に沈黙を破ったのは、またしても少女の側。

 

「どうしたランサー。止まっていては全サーヴァント中、最速の名が泣くぞ。そちらから来ないのなら、私から行ってやってもいいのだが?」

「は、わざわざ死にに来るか。それは構わんが、その前に一つだけ訊かせろ。

 貴様の宝具―――それは剣か? どうにも俺が予測している其れは、もっと別の色をした聖剣のはずで、そんな禍々しい呪われた色はしてなかったはずなんだがな・・・」

 

 ぎろりと、相手の心を射貫く視線を相手に向ける槍の男。

 それに対して少女の方は、むしろ軽い調子で肩をすくめるだけ。

 

「――質問の後半は別として、前半の答えは私から答えを聞く必要はあるまい? 私が剣使いの英霊、セイバーのサーヴァントとして招かれたことをお前は既に知っているはずだ。

 一部の例外はいるようだが、基本的にセイバーの持つ武器は剣と相場が決まっていると聖杯からは知識を供与されているのだが?」

「ふ、おかしなことを言う。俺がなぜ、貴様のクラスを知っていると思ったんだ?」

 

 軽い口調で交わされる、殺気に満ちあふれた一触即発の中でのやり取り。

 そんな中、剣を持った黒い少女の方がやや困った風に相手からの質問に応じる。

 

 

「いや、召喚されて出てきたときに、お前自身の口から『七人目のサーヴァント』と聞かされているだけなのだが・・・・・・」

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 ・・・場に、沈黙が落ちた。重い、重い、重すぎる沈黙の帳が・・・・・・。

 士郎には全く理解できない理由による物ではあったが、槍の男は明らかに顔色を悪くして、少女の方は明らかに目つきが白っぽくなっていく。

 

「貴様・・・もしかしなくても、失言が致命的な失敗を招いてしまった系の逸話を持つ英霊だったりしないか? それこそ死に方に直結するぐらいの致命的すぎる失言問題が関係しているレベルで・・・・・・」

「さ、さぁな。それよりもう一つ訊くが、お互い初見だしよ。ここらで分けって気はないか?

 ほら、あそこで惚けているオマエのマスターは使い物にならなそうだし、俺のマスターは姿をさらさねぇ大腑抜けときてるし、ここはお互い万全の状態になるまで勝負を持ち越した方が好ましいとお前も思わねぇか? お互い悪い話じゃねぇだろう? な? な?」

「・・・一応、己の正体を知られた以上はどちらかが消えるまで戦い合うのがサーヴァントのセオリーなのだがな・・・・・・」

「いやいやいや! 追ってくるのなら俺は構わないと思ってるぞセイバー! ただし! その時は決死の覚悟で抱いて来てもらうがな! 

 では、また互いに再戦の日を楽しみに―――さらばだっ!!」

 

 そう言い残して槍使いの男は、トンと軽く跳躍したと思ったら脱兎の如き速さで戦場を離脱していってしまい、重そうな甲冑を身にまとった少女の足では到底追いつけそうにない速度で走って即座にその背中は目で追えない距離まで遠ざかってしまった。

 

 ・・・まぁ、兎と言うより負け犬といった方が適切な表現だったような気もする撤退の流れではあったものの、マスターから『敵を殺せ』とも『殺すな』とも指示を出してもらえていないセイバー・オルタとしては満足すべき結果だったから、これと言って文句はない。

 

 敵の真名にしたところで、あそこまで致命的なレベルの失言をする逸話持ち槍使いの英霊なんて候補は限られすぎてるから、状況証拠だけでも正体に行き着くぐらい難しいことではないだろう。

 

 そう割り切りをつけてセイバー・オルタもまた剣を下ろし、元来た道を戻って土蔵の中から出てきてから硬直し続けている己がマスター、衛宮士郎の許へと向かう。

 

「大丈夫だったかマスター? 見たところ、怪我をしているようだが?」

「あ、ああ。大丈夫だ。なんかよくわからないけど血は止まってるし傷も塞がってるから問題ない・・・って、そうじゃなくて!」

 

 衛宮士郎、激高。まぁ、そうなるだろうね普通に考えて。

 深夜にいきなり時代がかった格好して槍を持った男に襲われ殺されかかり、その窮地を光の魔法陣から飛び出してきた同じく時代がかった格好の女の子に救われたのだから詰問ぐらいするのが当然の反応だ。正体が判らないまま気を許していい相手では絶対にない。

 

 ・・・正しくは、『正体を知っても尚気を許していい相手では絶対にない存在』だと思うのが普通の人の考え方なのだけど、魔術師は色々と超常慣れしてるし、異常者も多いから耐性有るんだろうきっと。士郎だって一応は魔術使いなんだし、そこら辺の異常性はキチンと持ち合わせているんだと、やや矛盾する考えだと自覚しながらも思いたく思う第三者視点で語っている誰かさん。

 

「おまえ一体、何者なんだ? さっきセイバーのサーヴァントがどうとか言ってたような気がするけど・・・」

「読んで字のごとく、セイバーのサーヴァントだ。貴様が私を呼び出したのだから、確認の必要はあるまい。・・・もっとも、本来のセオリー通りならの話になるのが難点だが・・・」

 

 ふぅ、と悩ましげに溜息を吐いて錆びた色の金髪を片手でかき上げる目の前の少女。

 

 ――思わずドキリとさせられた。

 

 あらためて見ると自分より何歳か年下の少女は、とんでもない美人だった。

 月光に照らされた薄く濁った金の髪は、色の割に砂金をこぼしたようにきめ細かく。

 まだあどけなさを残した顔立ちに反比例して酷薄さと厳しさ厳粛さが感じられ、それでいて気品があり、蝋のように白すぎる肌は意外なほど柔らかそうでもある。

 

 アンバランスながらもシンメトリー。

 白と黒の相反する二つの要素が絶妙な加減で混じり合って作り上げられた芸術品。

 美術の成績が良い方ではない士郎の表現力では、その程度の言葉でしか著せないのが残念でならないくらいに美しすぎる少女は、もう一度だけ物憂げに深く溜息を吐いて士郎を見つめ返す。

 

「とりあえず私のことはセイバー・オルタと呼んでおけ。何も知らず、わからない間は其れが一番安全だろうからな」

「そ、そうか。ヘンな名前だな・・・あ、俺は士郎。衛宮士郎っていって、この家の人間だ」

「・・・衛宮・・・?」

 

 士郎の名字を聞いて、セイバー・オルタは微妙な角度で眉を動かしたが声に出してはそれだけしか言わなかった。

 混乱している相手に聞くことでもないと考えたからである。

 

「いや、違う。今のはナシだ、訊きたいのはそういう事ではなくて、つまりだな―――」

「承知している。貴様は正規のマスターではないし、聖杯戦争のことについても何も知らされていないから、何を言われても訳がわからんと言いたいのだろう?」

「そ、そうだよ。・・・そういう事です、はい・・・」

 

 厳しい目つきで自分の両目を見上げられ、なんとなく丁寧な口調で言い直してしまう衛宮士郎くん18歳。

 なんなのだろうか、この感覚は・・・。まるで校則違反が常習化している小学生男子が、ルールに厳しい先生に説教されてるときのような、そんな気持ちにさせられてしまう・・・。

 いや、自分は校則ちゃんと守って生きてきた真面目な学生なのですけれども。生徒会長の親友からも頼られて信頼されてる優良学生の末席ぐらいは主張してもいいはずの社会的信頼は得られていると思っているのですけれども、しかし!

 

「とは言え、名前も知らんのでは互いに不便で仕方がないからな。だからひとまず私は貴様のことをマスターと呼ばせてもらおう。

 貴様にも事情があるのは察するが、それでも契約を交わした以上、私が貴様を裏切ることだけは決してないと約束してやる。だからそう警戒しなくていい」

「う。・・・い、いや、それは違うぞ。俺、マスターなんて名前じゃないし」

「では、シロウだ。互いを名前で呼び合うことは信頼関係を築く上での第一歩になる。

 良き信頼関係とは何者にも代えがたい。私はそう思っているし、私のマスターになった以上はシロウにも同じ物を求めるようになるだろう。だからシロウも遠慮なく自分の訊きたいことは伝えてこい。可能な限り答えてやるから」

「う・・・ぐっ! そ、そうですか・・・・・・」

 

 初対面の美少女からファーストネームで呼ばれた途端に顔から火が出そうになる、18歳になっても心は思春期なままの少年衛宮士郎くん。

 初対面なら名字で呼び合うのが常識だが、あいにくと相手はブリテンの王。名字と名前は並べ方が逆になっているヨーロッパ人に現代日本人の士郎の常識は非常識でしかないのであった。

 

「いや、ちょっと待て! なんだってそっちの方を―――痛っ!?」

 

 言ってる途中で突然、左手の甲が熱くなったので見下ろすと、入れ墨のような紋様が浮かび上がって刻まれていた。

 

「な―――」

「それは礼呪と呼ばれるもので、私たちサーヴァントを律する三つの命令権なのだが・・・これも今の貴様に言っても分かるわけないか」

「・・・はい。おっしゃるとおり何言ってんのか、さっぱり分かっておりません・・・」

 

 またしても項垂れる士郎くん。物わかりの悪い教え子と教師みたいな立ち位置になってしまっているが、実際似たようなモンなので士郎としても感情的に噛み付きづらい。

 

 相手の少女も、どうすれば士郎に判るよう伝わるのか考えてはくれているようで「う~ん・・・」と胸の前で腕を組んで夜空を見上げながら唸り声を上げ続けている。

 

「・・・まぁ、いいか。とりあえず外へ行くぞ。屋敷の外へな」

「へ? 外って・・・何をしに?」

 

 士郎が尋ね、オルタは肩をすくめる。

 

「さっきから屋敷の外で覗き見し続けている無頼漢が二人ほどいる。数秒で倒しうる程度の重圧しかない相手だが・・・妙に殺気が薄い。戦う気があるのか無いのかよく判らんのだ。

 敵ならば先ほどと同じで丁重にお引き取り願うだけだし、場合によっては交渉する余地ぐらいはある相手かもしれん。その場合は貴様への説明役でも引き受けてもらうとしよう。

 ・・・どうにも私は、この手の役割が性に合わん・・・。力尽くで押しつけるならまだしも、1から10まで語って訊かせて教えてやるなど生前に教師をやった経験の無い私にどうしろと言うのだまったく・・・。

 面倒ごとを押しつけられるなら、いつでも斬り殺せるサーヴァントの一人や二人ぐらい味方に引き入れるのは快く承諾する女だからな私は」

 

つづく

 

オマケ『聖杯番外問答』

 

セイオル「こう言うとき、補佐官が居てくれたら説明が大分楽になったのだがな・・・」

 

士郎「へぇ、そんなに判りやすく解説してくれる奴だったんだ」

 

セイオル「・・・いや、判りやすいというか、判るまでは徹底的に教え続けて許してくれんというか、判らないままでは居させてもらえないと言うべきなのか・・・まぁ、そんな奴だ」

 

士郎「え・・・・・・」

 

セイオル「アイツにかかればシロウも一日で聖杯戦争のルールを全て習得できるのは間違いないと保証できる。・・・その代わりとして、丸一日勉強だけのために全てを費やされる覚悟が必要になる男だったがな・・・」

 

士郎「・・・遠慮しておきます・・・」




注:
私の中のセイバー・オルタさんはFGOに出てきた色んなオルタさんがごちゃ混ぜになっていますので、厳しい代わりに割といい人扱いされております。


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らんま2/2

少し前のアンチ批判騒動でお蔵入りさせたアイデアを昨日の晩に思い出したので夜の内に書いてみた作品です。らんまが女から戻れなくなった設定の『らんま1/2』二次創作です。
女になったままの乱馬を書きたかったため小難しい設定を付け足しましたが、今思うと普通に『完全な女になる呪いにかかった』でよかったですよね。ホントに私って奴は…。


 日本にある東京都練馬区に、その日は雨が降っていた。

 最近ではよく降るようになってはいたものの、大抵はにわか雨であり少し降ってはすぐ止んでしまう程度の雨しか降らなかったため誰も気にしなくなっていたのだが、今日の雨は久方ぶりに長く降り続いていた。

 

 ――まるで数ヶ月前に降った、あの雨の日の昼のように・・・・・・。

 

「そういえばあの日も昼間っから、こんな雨が降っていたっけかなぁ~」

 

 誰かがつぶやき、世間話をしていた誰かが手を打ち賛同する。

 

「ああ、あのパンダが出てきた雨の日のことね」

「そうそう。あのパンダと雨の日の話だよ」

 

 二人はそう言って笑い合いながら、数ヶ月前の出来事について話し始める。

 それは、数ヶ月ほど前のことである。練馬区の路上にパンダが出没し『何かを探すように練り歩いていた』という珍ニュースが全国区で話題になったのだ。

 

 その後、捜し物が見つからなかったのかパンダはいずこかへ去って行き、以降は目撃情報も途絶えたことから世間では『どこかの動物園が逃げ出したパンダを捕縛して檻に戻したのだろう』と噂され、それ以来少しの間話題となって忘れ去られていた珍ニュース。

 それが『雨の日のパンダ事件』の内訳である。

 

「あの時はビックリしたなぁ―、あっはっは」

「本当にねー。日本で安全に生活していけるのか心配になったくらいだわ、おほほほ」

 

 楽しそうに笑い合う彼ら彼女ら。町の人々にとってパンダは既に過去の存在に成り果てていたのだが、中の一人が雨の中でまた新しい珍ニュースを発見する。

 

「あれ? あの子、どうしたんだ? こんな雨の中傘も差さずに・・・」

「・・・あら本当。綺麗なお下げ髪もチャイナ服もあんなに濡れて、かわいそうに・・・」

 

 そんな風にささやき交わす人々の視線の先には、一人の少女がフラフラしながら歩いていた。女子高生ぐらいの女の子だ。チャイナ服を着ているけど、たぶん中国人じゃなくて日本人だろう、なんとなくの判断だけども。

 

 結構胸が大きくてセクシーな体型をしており、身体にフィットしたチャイナ服がプロポーションの良さをより引き立てている。気の強そうな赤い髪色のお下げ髪も雨に濡れて逆に色っぽい。

 

 やがて彼女はフラフラしながら呟きを発し、

 

「・・・・・・・・・・・・・・・腹、減っ・・・・・・た・・・・・・・・・ガクッ」

 

 ――そして倒れた。ぶっ倒れた。顔面から地面に激突していく絵に描いたように理想的なぶっ倒れ方だった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 少女はそのまま身じろぎ一つしなくなり、明らかに気絶したのが明白だったから誰かが救急車を呼ぼうとしていたところで、

 

「きゃっ!? パンダ!? またパンダがこの町に現れたわ!!」

「本当だ! パンダがまた現れて、今度は気絶した女の子を誘拐していくぞ!」

 

 再び雨の中からノッソリと姿を現してきたパンダに持ち上げられ、肩に担がれた体勢のまま何処かへと連れ去ろうとし始める。

 勇気ある町人がパンダの非道を非難したところ、『日本だとかわいいと思われているが本当は凶悪な野獣であるパンダ』は牙を剥いて住民を威嚇し、良識ある日本国民の皆様方は見て見ぬフリをしながら陰口だけを叩き合いながらパンダの腕力の前には沈黙せざるをえず、哀れな少女は誰からの助力も得られぬままパンダに浚われてしまったのであった。

 

 ――これが動物愛護が叫ばれる現代日本の実体である。

 この一事だけを見ても動物たちが可愛いだけの弱者ではないことは明白であり、動物の弱さを盲信する一部の矮小なる者たちの言葉にのみ耳を傾ける愚かさが理解できるだろう。

 日本人は弱い者を守りすぎたのだと知るべきなのだ! 暴力は正義ではない、だが力の伴わない正義もまた人を救うことなど出来はしない・・・現実を認めて今こそ立ち上がれ日本人! 我が党は諸君らの力を欲している! 立てよ日本人! 勝利の栄光を未来の日本に!

 

                          ~ズーム新聞 朝刊より抜粋~

 

 

 

 

 ――そして、練馬区内で少女がパンダに浚われていった日の昼下がり頃。

 

「・・・らんま君が来るのはいよいよ今日だ・・・」

 

 同区内の別の町にある(人気のない)格闘技道場『無差別格闘流天道道場』の邸内にて、一人の中年男が男泣きに泣いていた。

 

「この日が来るのをどんなに待ったことか! ううぅぅ・・・うわぁぁぁぁぁああっ!!

 お~~~い! お~~~~い! カスミー! ナビキー! アカネー!! ちょっと居間に降りてきなさーい!」

 

 そう言って男は愛する娘たちを自分の前に呼び出して、重々しい口調でこう宣言したのであった。

 

 

「許嫁?」

「うむ、お父さんの親友の息子でな。早乙女乱馬君と言うんだ。

 お前たち三人の誰かが乱馬くんと結婚をして道場を継いでくれれば、我が天道家も安泰というわけだ」

「でも、お父さん・・・」

 

 

『それ、数ヶ月前にも同じこと言われて誰も来なかったんだけど(ですけど・・・)?』

 

 

「早乙女の奴が数ヶ月前に息子を連れて来るって言ってきてたんだもん! この件に関してだけは、お父さん全然悪くないよ!?」

 

 涙ながらに無実の罪であることを娘たちに訴えかける天道家現当主(つまりは家長)天道早雲。

 実際、彼の言う言葉に嘘はなく、若いころ『互いに産まれた子供が男と女だったら結婚させよう』と誓い合って別れた旧友が「らんまをつれていく」と、ミミズがのたうってるように下手な字のひらがなで書かかれたパンダの絵葉書が天道家のポストに投函されていたのは数ヶ月前のこと。

 結局その日は何の連絡もないままドタキャンされ、その後も音沙汰ないまま数ヶ月間が過ぎ、いい加減この絵はがきに書かれた可愛らしいパンダの笑顔に憎らしさを覚え始めていた今日の午前中にようやっと続報が届けられて「きょういく」と書かれていたから娘たちを改めて呼び寄せただけである。

 

 なので彼の言うとおり、この件に関してだけは彼の責任ではない。悪いのは全部大事なことを何一つ伝えないまま当日になってから言いに来る悪癖を持った彼の親友早乙女玄馬がだいたい全部悪い。

 

「てゆーか、本当に実在してる人間なの? その乱馬君って男の子。お父さんの願望が生み出した頭の中だけに住んでる架空の登場人物じゃなくて?」

「娘から父への言葉とは思えない、ヒドい言われよう!? お父さんそこまで後継者問題で病んでないつもりだよ!?」

「お父さん・・・そんなにお辛かったら言ってくだされば私が・・・」

「誰かと結婚して跡継ぎを生んでくれてたのかね!? カスミ!!」

「いえ、良い老人ホームを探しておいてあげたのに・・・と言おうとしたんですけど・・・」

「優しいけど、聞きようによってはもっとヒドい言葉になってるよそれ!?」

「・・・そもそも、よく考えたらお父さんに親友がいたこと自体怪しかったわけだし、もしかしてお父さんの親友って、お父さんだけに見えてた幻覚だったんじゃ・・・」

「一番下の娘の言葉が一番ヒドい!? お父さん本当に泣いちゃうよ!? 涙の海で溺死して後継者問題お前たちに押しつけて先に逝っちゃいそうなんだけどそれでもいいのかい!?」

 

 流石にそれは嫌すぎたので、全員黙り込む娘たち三人。

 

「まったく・・・お前たちのそういう所は誰に似たのやら・・・む? 誰か来たようだな。――もしや乱馬君が来たのでは!? 早乙女君! 待ちかねたぞー!」

 

 叫んで自分の家の玄関へと駆けだしていく中年オッサンの背中を目で追いながら『ああ、これが跡継ぎ問題に悩む日本のオジサンたちの背中なのか・・・』と変な風に達観していた彼女たちのもとに実の父が、変な生き物を連れて舞い戻ってきたのは丁度この時だ。

 

 ――女の子を担いだパンダが、ノッソリと天道家の廊下の先から姿を現したのである・・・。

 

『・・・・・・・・・パンダ・・・?』

 

 異口同音に早雲の娘たち三人娘は口に出していった。

 パンダ。パンダである。誰がどう見たって人間に見えることはないであろうパンダが、女子高生くらいの年齢をしたお下げ髪の少女を荷物みたいに担いだ姿勢で天道家の廊下に仁王立ちしている。

 

 それが今朝の昼間に練馬区にある別の町で目撃された『美少女誘拐パンダ』であることを、ニュースを見てない彼女たちはまだ知らない・・・・・・。

 

「・・・これがお父さんのお友達・・・? パンダをお友達にするのは人間としてどうかと思うんですけど・・・」

「・・・!!!(ブンブンブンブン!!!)」

「お父さんの友達じゃなかったら、なんでうちにパンダ来るのよ!? いくら友達がいないからって、お父さんがパンダなんて友達にしちゃうからこんな事になってるんじゃないの!?」

「だから違うって言ってるでしょー!?」

 

 完全に娘たちからの信頼を損失してしまった親友の犠牲者早雲の言葉も首振りも彼女たちには届いてもらえず、ひたすらに無益な弁明と首振りを繰り返すしかない意味のない行為をエンドレスで続けさせられそうになっていたとき。

 

 パンダは無言で(当たり前だけども)担いでいた女の子を彼らの前に降ろして立たせ、彼女はやや危うげな歩調ながらも大地(と言うか床)を踏みしめシッカリと立ち上がり、天道家の面々に向かって一度頭を下げてみせた。

 

「早乙女乱馬です」

 

 礼儀正しく挨拶し、早雲は親友の息子と同じ名を持つ『美少女と見まがうばかりの美しい美少年』に狂喜乱舞する。

 

「おお、そうか! キミが乱馬君か! やぁ、よく来てくれた――っ!」

 

 そう言って肩を抱き、自分の胸の中へ実の息子を可愛がるように抱きしめて抱き込もうとしていたところ。

 

 彼、もとい彼女はか細い声で“言葉の続き”を口に出す。

 

「すいません・・・・・・なんでもいいんで、なにか食べ物わけてもらえませんでしょうか・・・? 飲まず食わずで海渡って日本まで泳いできたからもうげんか・・・い・・・・・・ガクッ」

 

 そして、またブッ倒れた。

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 天道家の面々に微妙な気配が流れ、その後の説明責任を求める無言の声が、何も知らない天道早雲に向けられたのは言うまでもない・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「え~・・・、あらためて紹介をしよう。こちらがお父さんの親友の――」

「早乙女玄馬です。そして、こちらが息子の――」

「乱馬です。――もっとも」

 

 ご飯を食べて落ち着いてから紹介された、お下げ髪の美少女が手ぬぐい巻いた柔道着姿のオッサンの隣で頭を下げて挨拶したが、彼というか彼女にだけは続きが付属した。

 

「今は女になって戻れなくなってるので、息子じゃなくて娘と呼んだ方が正しいかもしれませんけどね」

 

 軽く苦笑しながら言ってのけた少女に視線が集中し、事情を説明するため柔道着姿のオッサンが眼鏡を光らせている。

 

 

 今、彼らが話をしている場所は天道家の居間での一幕。

 実は人間だったパンダのおっさんは元の姿に戻り正座をし、娘たちに説明を聞いてもらえるくらいにまで信頼を回復するに半日を必要とした早雲の隣で息子(娘?)ともども静かに座して沙汰を待っていた。

 

 彼らは今までの時間を無為に過ごしていたわけではなくて、娘たちに話だけでも聞いてもらえるよう説得することと、勝手に余所さまの家の台所をあさって食料を盗み出し簡単な料理を作ってやってたパンダと、とにかく食わなきゃ死にそうになってたから燃料補給を優先してた元息子の現娘がそれぞれに出来ることを最優先でやってたのである。

 

 そのおかげで、今この時という会談の場が持てているのだから決して無駄ではない。無駄ではなかったのだ。そう信じたい。そう信じなければ余りにも空しい時間の使い方をしちゃってたから・・・。

 

「それって、どういうことなのよ?」

「あなたは本当に、元は男の子の女の子なの?」

「・・・・・・・・・」

 

 娘二人も懐疑的な視線と態度を崩そうとしない。

 男嫌いな末娘のあかねに至っては、相手が男なのか女なのか判然としないせいで、どういう態度を取ればいいのか決めかねている程だ。

 

「う~む、つまり何から話せばよいのやら・・・とにかくこれを見てくださ―――」

「つおりゃぁぁぁぁぁっ!!」

「どおわぁぁぁぁっ!?」

 

 立ち上がって息子だか娘だかに手を伸ばそうとしていた玄馬を、逆に娘から襟首に手を伸ばして掴み上げると、天道家の庭にある池に投げ飛ばして放り込んでしまった!

 

 バッシャ―――ッン!!と、品のない轟音が響き渡り、水柱が上がる。

 

 ・・・やがて池に沈んだ玄馬が浮上してきて、水面に顔を出してきたとき。

 ――その姿は人ではなく、パンダになってしまってたのだった・・・・・・。

 

 

「・・・あらま」

「パンダに・・・なった・・・」

 

 長女のかすみも、次女のなびきもビックリの変身ぶりである。

 

「お父さんの友達って、変わってるのね」

「うむ・・・まだワシも詳しい話は聞いておらんのだが・・・。早乙女君があんな体質になったのは中国での恐ろしい荒行が原因らしいのだ」

「荒行?」

「うむ。そして、乱馬君の場合はさらに恐ろしい荒行を中国以外でもおこなっていたのが原因らしい・・・そういう事でいいんだったね? 乱馬君?」

「――はい。その通りです」

 

 神妙な態度でうなずき、天道家の家長を立ててみせる実の父親を投げ飛ばして謝罪の一言もない元息子。

 

「あれは先月の初め頃の・・・いえ、先々月? もしかしたら数ヶ月ぐらいの誤差はあるかもしれませんが大体それぐらいの頃のことでした――」

「それ、誤差じゃないわよ。完全に季節変わっちゃってるわよ確実に」

 

 彼(彼女)は真面目くさった態度なわりに言ってる内容が妙にテキトーなのが気になる話を語り出し、自分たち親子の身に起こった恐ろしい悲劇についての詳細を天道家一同に教えてくれた。

 

「武者修行を続ける我々親子は新たな修行場を求めて中国へ泳いで渡る密入国をして、中国チンパンジー・ダヤンハーン山脈、聖剣山とかなんとか言う山の奥深くにあると言われた伝説の修行場『呪泉郷』へと赴いたのです」

「・・・なんか全体としてはともかく途中で説明がテキトーになるわね、この子って・・・」

 

 なびきが冷静にツッコミ入れてくるのを聞こえないフリして無視したまま、乱馬君ならぬ乱馬ちゃんの話は続いていく。

 

「呪泉郷は百以上の泉が湧いており、その泉一つ一つに悲しい伝説を持っているのですが、実は泉に落ちた者は悲劇的伝承にちなんだ呪いを受けて身体が本来の自分とは別のものに変身するようになってしまうと言う呪われた修行場だったのです。

 ――それを修行のためなら命も捨てる覚悟がどうだと言いながら、碌に中国語も勉強しないまま安易に『中国の修行場使えば強くなれるかもー』とかバカな発想に取り憑かれたバカ親父が見つけ出して連れて行かれ、バカ親父は二〇〇〇年前にパンダが溺れた悲劇的伝説を持つ『熊猫溺泉』という名を持つ泉に落ち、水をかぶるとパンダになる自業自得の身体になってしまったのです」

 

「かく言う私もバカの息子だったせいで被害を免れず、一五〇〇年前に若い娘が溺れたという超悲劇的な伝説を持つ『娘溺泉』に落ちてしまって水をかぶると女になる身体になってしまったのです・・・。

 それが私たち親子に降りかかった恐ろしい呪い的悲劇の顛末です・・・・・・」

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 乱馬の話を聞き終えて、余りのアホらしい展開に声もない天道家の娘たち三人。

 

「伝説の修行場『呪泉郷』・・・その真の恐ろしさは謎とされていたが・・・」

 

 それに比べると昔取った杵柄によるものなのか、アホの旧友天道早雲は適応が早かった。普通にシリアスな空気に合わせてくれている。素でやってるだけの同じアホなのかもしれないけれども。

 

「では、乱馬君の今の状態も呪泉郷による呪いの効力ということなのかね?」

「いいえ?」

「・・・・・・え?」

 

 当然そうなのだろうと思って尋ねた早雲からの質問に対して乱馬は、アッサリとした口調で否と答える。

 

 そしてまた、話の続きを再開するのだった―――。

 

「私は確かに『呪泉郷』で女になってしまう呪いにかかってしまいました・・・ですが! だからといってそのまま引き下がれましょうか!?

 私は誇りある『無差別格闘早乙女流』の二代目継承者! たかだか1000年、二〇〇〇年前の呪いごときに屈して泣いて逃げ出すなど許されません! 私はどんな勝負であろうと戦うからには勝ちを目指す人間です! それがたとえ泉であっても呪いであったとしても変わりありません! 私はこの呪いを解き! 呪いに勝って! 早乙女流最強伝説を引き継ぎたかった! いえ、引き継がなければならなかったのです!」

「おお! 凄いぞ乱馬君! それでこそ天道道場の後継者として迎え入れる婿として相応しい漢だ! やはりキミしかワシの後を継ぐに相応しいものは他にいない!」

「・・・まぁ、そのためには更に修行する必要があるなと感じて、日本に帰ろうと言い出した親父の元をコッソリ逃げ出した結果、天道道場に迷惑をかけたことは悪いと思ってますけどね。――具体的には数ヶ月前に親父を気絶させて縛り付けて日本行きの船に放り込んだこととか」

「今までのワシのセリフ全部台無し!?」

 

 実の息子乱馬による恐ろしい父親国外追放の犯罪行為を聞かされ、驚愕させられる早雲。こんなのを義理の息子にしちゃって本当に私は大丈夫なんだろうか・・・?と、不安に襲われて仕方がない。

 

「こうして私は呪いに打ち勝つための修行を開始しました。修行して、修行して、修行し続けて、最後に呪いに勝利した者こそが最強格闘家無差別格闘早乙女流マスターになれるのだと信じて、ただひたすらに修行し続ける毎日を送り続けたのです」

「ほ、ほう・・・」

「まぁ、結局は肉体的修行だけじゃダメだったわけですが」

「ダメじゃん!!」

 

 散々に迷惑だけかけられまくった挙げ句、期待まで裏切られた早雲の叫びは嘆きに満ちている。

 

「しかし! 私は諦めませんでした! 修行がダメだったのではない、修行のやり方が悪かったのだと思い直し、別の方法でのアプローチを始めたのです!

 その方法が呪泉郷に似た効力を持つ、1000年ぐらい前に男が溺れた悲劇的伝説を持つ『男溺泉』とかそんなのがないものかと探し回りながら武者修行の旅を続けることでした・・・」

「なんで、そこまで修行にこだわってんのよ・・・普通に呪いの泉探しだけをしなさいよ普通に・・・」

 

 なびきから再び冷静ツッコミが入るのも気にせず、気づいた様子すら見せないまま乱馬は熱を込めて話しを続けていく。

 

「私は中国全土を修行して回りながら呪泉郷っぽいものを探し歩き、広大な中国大陸全土を見て回りました・・・結局なかったんですけども」

「やっぱりダメなんじゃん!」

「慌てないでください。別に中国国内に限定する必要はないでしょう? たかだか1000年や2000年程度の歴史を持った土地なんて世界中にいくらでもあるわけですし。土地の上に乗ってる人間たちの国ならアッサリ滅んだりしますけども」

「今、アンタ色々なところに喧嘩売ったわよ確実に」

 

 ジト目でツッコんでくるなびき。それでも無視。

 

「ていうか、そんな都合のいいモン、そんな簡単にあるわけが・・・」

「いえ、あったのです」

「あったんかい」

 

「私は『呪泉郷』っぽい泉があると聞けば世界中のどこへでも武者修行しに行きました。

 何百年か前に男が溺れた系の悲劇的伝説を持つ泉があると聞けば東へ行き、西へ赴き、あるときは北へ、時には南へ。

 ひたすらに男溺泉っぽい伝説を持つ泉に飛び込みまくってみたのですが・・・・・・」

「ですが?」

「・・・なぜだか私が飛び込む『男溺泉』っぽい伝説を持つと言われる泉は、一つ残らず途中から伝説の内容が変化してたり、通訳者が適当な解釈してたり、権力者の都合で書き換えられてたり、売名行為でショボい伝説を過剰宣伝してたり、男と女が入れ替わってたりと、本来は男が関係してない伝説を持つ泉ばっかりだったんですよ・・・」

「微妙な歴史の闇を語らんでいい」

「・・・最近の小学生には聞かせたくない内容のお話ねぇ・・・」

 

 内容が内容だったので、家庭的なかすみも話に参加してきたが、これも無視。意外と薄情なところを持つ乱馬ちゃんである。

 

「呪いの上に呪いを重ね続けた結果、私は内面まで変化し始めていきました・・・・・・。

 最初はお湯をかければ一発で男に戻っていた身体は、二回かけないと戻らなくなっていき、二回が三回になり、三回が四回になり、四回は五回にとねずみ算式に増えていく。

 呪われた泉の中には性格に影響するものも含まれていたのか、なんか妙なしゃべり方になっていき、一人称は「私」に変わり、性格が微妙に女っぽくなっていき、頭の中で変な声が聞こえるのが日常と化してしまっていく内に同化し始め、やたらとテキトーな部分まで出てくる始末・・・」

「もうそれ、止めなさいよ。末期じゃないの・・・」

「薬物依存症みたいになっちゃってますものね・・・」

「ですが私は諦めなかったのです!」

「諦めなさいって言ってんでしょうが!?」

 

 なびきにしては珍しい心底からの忠告にも耳を貸さない修行バカは、その後も色々やりまくった末に、こうしてこうなったことを伝え終え、ようやくのこと腰を落ち着けた。

 

「――で、結局最終的には何度お湯をかぶっても男に戻れなくなって、女のままでいるしかなくなり、性格まで適当になったせいか穏やかさを身につけられて『呪いじゃどうしようもないし受け入れよう』と言う結論に達して、親父を追いかけこうして日本の天道道場へやってきたという訳なのです」

「完っ全に本末転倒になっちゃってるんですけどー!? 今の話ぜんぶ最初っからやらなかった方がマシだった結論に達しちゃってるんですけどー!? どうしてそこまで修行を盲信したの!

 どうする気なのよアンタ!? 自分で自分の退路を完全に封鎖しちゃってるわよ確実に!!!」

 

 なびき、今日一日で最高最大渾身のツッコミ。流石にこれはフォローできません。

 

「なるほど・・・修行おバカさんじゃなくて、ただのおバカさんだったというオチですね」

「お姉ちゃん、今その事実は笑えないわ・・・。事実だからなおさらに・・・」

 

 かすみが意外と毒舌な部分を発揮して、あかねは頭痛をこらえるのに全力を出し、

 

「・・・早乙女君・・・キミって奴は・・・キミって奴は・・・キミって奴はぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「・・・すまん、天道君。だがワシにはもはやどうすることも出来ん。だってアイツ、ワシより数ヶ月分多くの厳しい修行を積んできてるから強くなってて勝てないし。今のワシではどうすることも出来ませ~ん」

 

 今のところ一方的な被害者である天道早雲が慟哭し、自業自得の現状を他人行儀にテキトーな態度で流そうとするダメ親父玄馬はごまかそうとする。

 

 

 こうして女を治す修行のために、数ヶ月分遅れでスタートした女になって戻れなくなったから女として生きてくことにした乱馬と、天道家の一同との日常はようやく始まる。



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~3章

ダーク・アーク2更新です。…ブルーの方がよかったかな?
今回でプロローグは終わりになり、次話から普通にRPGな部分が始まります。
つまりは次話からミリルちゃんがヒロインとして!(願望成就)

…いやまぁ、本音を言うと今話で出すつもりが長くなりすぎましたのでね。別けないと更に増えるのだなと思ったら別けざるをえませんでした。


 アルディア空港を襲った深夜の立てこもり事件。

 複数の死傷者を出した凶悪事件は、今ようやくささやかな幸福を迎えようとしていた。

 

 ――終結という名の幕が下ろされ、犠牲と成果がまったく釣り合わない悲劇的な喜劇はようやく終わりという小さな小さな幸福のエンディングを迎えようとしていたのだ・・・。

 

 

「助けてくれ・・・」

 

 弱々しい声で犯人、アルフレッドが命乞いをする。

 ・・・召喚したモンスターを一匹残らず屠られて、敵は一人も倒すことが出来ぬまま、武器は折れ、術は打ち止め、オオカミ型のモンスター・キラードッグに睨まれながらエルククゥに槍を突きつけられた惨めな敗残者らしく傷だらけの格好で哀れみを乞えるよう懸命に。

 

「大人しくしていれば命まで取る気はありません。ハンターズギルドにあなたを引き渡せば、私の仕事は終わった事になりますからね」

 

 エルククゥは覚めた瞳と口調で職務規定に従い、ハンターとしての義務としての言葉を発しはしたものの。

 

(まぁ、普通に考えて無理なんでしょうけどねぇー・・・)

 

 内心では自分が言った言葉を他の誰より信じておらず、肩をすくめていたりした。

 

 ――今や世界の半分以上を支配下に置く軍事大国ロマリアから送られた女神像の完成を祝うため、各国要人が完成披露式典に招かれて集まりつつあったアルディア空港において、普通の人間には使えない奇妙な術を使う人質立てこもり事件が発生し、その犯人が逃げ込んだ先で待っていたのはモンスターと心を通わせられる不思議な少女との出会いだった。

 

 ・・・これら全てを単独犯の個人的事情に端を発した事件とぐうぜん結びついた結果だと思うには、エルククゥは社会の矛盾や悪弊を突きすぎてしまっている。

 矛盾を突けるということは、矛盾のシステムを理解していることだ。

 

 彼女にとって『孤児二人』が社会で食っていけるようになるためには必要な知識だったとは言え、いささか深くまで学びすぎてしまったかもと思わなくもない程に。

 

 エルククゥは誰かがなにかを成すときには、必ず誰かの思惑と複数の利権が結果的に関わってきてしまうのが人の作った社会であることを理解していた。

 自分たちハンターが誰かを苦しめる犯人を牢屋にぶち込むことで生活の糧を得るのと同じだ。誰かの不幸が誰かの幸福につながっていて、誰も不幸にならなければ社会全体が不幸になるしか道はない。

 

 そういう風に人は社会を作ってきた。それを知るから彼女エルククゥは、ハンターなどと言う汚れ仕事に身を置き続けているのだから当然のことだ。

 ・・・自分は決して社会に適応できない。その自信と確信がある。

 周りに合わせられない不適合者は、社会の裏側でヒッソリと幸福を手に入れられればそれでいい・・・。それが彼女の考え方だった。

 

「違うんだ!! 奴等は、失敗を許さない・・・俺は奴等に殺される・・・殺されてしまうんだよぉっ!!」

「その、奴等というのは?」

 

 だから死を目前にしたアルフレッドの言葉にも、なにも感じない。感じることなど出来はしない。死が確定した者が誰にどのような手段で殺されるかなど、興味を持ったところでどうにもならないし出来ない、些事に過ぎぬものなのだから・・・。

 

「恐ろしい力を持った組織だ」

 

 相手が交渉に応じてくれて、助かる見込みが出てきたとでも思ったのかアルフレッドは少しだけ声に張りと勢いを取り戻し、

 

「俺も奴等にか―――ぐはっ!?」

 

 ・・・そして、案の定と言うべきなのか。

 出入り口用のハッチしかないエルククゥたちの背後から銃声が轟き渡り、アルフレッドを一発で射殺してしまったのである。

 

 

「死に損ないが。いらぬ事をベラベラとしゃべりやがって」

「・・・・・・」

 

 背後から聞こえてきた男の声と複数の足音に驚くこともなく、むしろ予期していたように静かな態度でソッと後ろを振り返るエルククゥ。

 

 そこにいたのは黒服に黒帽子、サングラス。そして右手に拳銃という、如何にもなマフィアファッションで身を包んだ男達の姿。

 リーザも怯えたように後ろへ下がり、キラードッグのパンティットでさえ全身の毛を逆立てて威嚇の意思を露わにしている。

 

「さて・・・先ほどの死に損ないと同じ場所に送られたくなかったら、娘を渡してもらおう。そうすれば貴様如きの命など見逃してやって構わん。些事だ」

 

 男達がリーザのことを銃口で指し示し、エルククゥは礼儀的に彼女を見つめ、視線で説明を要求する。

 

 ―――これは、どういう事なのか?・・・と。

 

 リーザは無言の質問に対して、どこか悲壮さを漂わせた決意の表情と共に小さく静かな声で答えようと口を開く。

 

「この人達が私を―――」

「黙れっ!!」

 

 男が唐突に大声をあげ、リーザの説明を遮断させる。

 なにか聞かれたくない事情でもあるのだろうが、そんなことは彼女の連れてるパンディットを見れば誰もが判ること。

 自分にはない、誰かだけが持つ特殊な力に憧れと恐怖を持つ者は人類の歴史上絶えたことは一度もない。今回だけが例外である理由も特にはないなら、まぁそういう事なのだろう。

 

「小娘、この件にはあまり深く関わらないことだ。命が惜しければな」

 

 その言葉を皮切りとして、一斉に銃を抜いて狙いを定めてくる黒服達。

 銃口の向かう先は、もちろん少女達。

 

 彼女たちは男達と相対しながらジリジリと後退していき、リーザはエルククゥと共に男達を睨み付け、男達はリーザを逃さぬよう見つめながらもエルククゥに余計なちょっかいを出させぬため油断による目逸らしはしていない。

 

 場に、一触即発の緊張が漲っていた。

 

「ふふふ・・・どこに逃げようと、いうのかね? そちらは行き止まりだぞ?」

 

 笑いを含んだ男の声が追ってきながら、二人を飛行船の甲板端まで追い詰めていく。

 

「いい加減、諦めたらどうだ?」

「・・・・・・」

 

 男が最後通告を発し、リーザが表情から決意を消し、変わって諦めを纏わせ出した今その時。

 

 

 ――ただ一人、エルククゥだけは彼ら彼女らと認識を共有していなかった。

 

 

 彼女は確かに男達を見てはいたものの、男達一人一人のことなど見てはいなかった。

 彼女が見ていたのは、男達の背後にいるであろう『誰かさん』。

 

 立てこもり事件が発生し、警戒態勢が敷かれていてアリの子一匹入る隙間のないアルディア空港に、これだけの武装集団を送り込めて騒ぎ立てる者もいないという状況を作り出せる人物について思いを巡らせていただけのことである。

 

(先ほどの犯人が使っていた空間転移の術を使用した可能性もあるにはありますが、この人数だとちょっとねぇー。

 それよりかは、見えているのに見られていない『事実上の透明人間になれる魔法の言葉』でも使って潜入させた方が早いですし第一楽だ)

 

 そう結論づけていく。

 幸いというべきなのかは知らないが、この空港には自分たちの都合で『何を見ても見なかったことにしてくれる』責任者達には事欠かない。

 所長、側近、警備員の隊長。どいつもこいつも自分たちの死刑執行書と安全保証書の見分けもつかない馬鹿ばかり。

 そんな連中に対して、存在を匂わせただけで何も聞かずに見て見ぬフリをしたくなる名前と言えば誰が候補として最有力だろう?

 

 この、『マフィアに睨まれないのが生きていくためのコツ』と言われるアルディア王国において、もっとも上の人たちに覚えめでたく恐れられてる偉大な御方のお名前は・・・・・・。

 

 

「――なるほどね。ガルアーノさんところの飼い犬さんたちでしたか。どうにでスーツに犬の匂いが染みついているわけだ」

 

 

「!? 貴様っ! 何故それを!!!」

 

 小さく漏らしたエルククゥのつぶやきに、男達の一人が激高して銃口を向ける。

 それを見ながらエルククゥは心の中で小さく罵る。『阿呆が』と。

 

(確証もない憶測を聞いただけで、ベラベラといらぬ事をしゃべりたがる馬鹿犬さんたちですねぇ。そんなにまでして死にたがらなくてもよいでしょうに、バカが)

 

 悪意の呟きを心の中だけで押さえ込み、静かな瞳でただ男達を見つめてくるエルククゥの瞳から目をそらし、「・・・ちッ」と舌打ちした男は、銃を向けてきていた部下の一人を目で制して銃口を降ろさせる。

 

「ガキ・・・忠告しといてやる。小賢しすぎると寿命を縮めるだけだぞ、場と状況を弁えて発言しやがれ」

「・・・ご親切にどうも」

 

 軽く肩をすくめて見せる少女の生意気な態度に、男達は再び激高しかけるが、これもリーダー格の男が鋭く睨み付けて押さえ込む。

 彼らとしては第一目標であるリーザを確保するのが最優先なのだ。彼女さえ戻ってきてくれた後なら、こんな奴いくらでも殺して構わない。拷問してから殺すのだってありだろう。

 

 だが、彼女が近くにいる今だけはダメだ。危険度が高すぎる。

 確実に勝てる状況の中で焦るべき理由はどこにも存在しないのだから。

 

「いいか? よく聞け。これが最後のチャンスだ。娘を大人しくこっちへ渡せ。

 そして、今日ここであったことは一生涯口にするな。そうしたら貴様だけは見逃してやってもいい。たかがハンターの一人や二人、邪魔になった瞬間に関係者もろとも全員殺れば、それで済むのだからな」

 

 酷薄に笑って男が言う。

 自分たちの状況を相手に教えぬまま、『自分が見逃してもらえる理由』について説明してやることで説得力を持たせ、交渉を受け入れやすくしようとする男の策略だ。

 

 そしてこれに、モンスターと心を通わせられるほどに心優しき少女リーザは、思わず乗ってしまいそうになる。

 

「わかり・・・ました・・・。

 私・・・そっちに行きます」

 

 そう言って男達の前へ出ようとする彼女の横顔をエルククゥが見つめ、その無言の問いかけにリーザは疲れたような寂しい笑顔と披露に満ちた声で応じることしか出来ない。

 

「・・・もういいの。だってこのままじゃ2人とも助からないから・・・。だからせめてエルククゥ、あなただけでも助かって。私はもう、さっきまで希望を見終わっちゃったみたいだから・・・」

 

 諦めたような、それでいて諦めたくないような半端で矛盾した笑顔。

 それを見ながらエルククゥはボンヤリと思い出す。

 

 

(・・・あの時も“似たようなこと言ったんでしたよねぇ”、私って・・・)

 

 

 そして、記憶は遡り始める。

 かすれた記憶、ところどころ抜け落ちた記憶。その断片の中で数少ないハッキリと思い出すことが出来る1シーン。

 

 

『子供が2人逃げ出したぞ!!』

『追え! 絶対に逃がすな!』

 

『そっちにいったぞ!!』

『早く捕まえろ!』

 

 

『・・・わたしはもうダメ・・・お願いエルククゥ、あなただけでも逃げて。このままじゃ2人とも捕まっちゃう』

 

『逃げて。そしていつか必ず助けにきて。

 わたしが奴等のちゅういをひくから、あなただけでもここから逃げて! いつか私たちを助けてくれるためにも、あなた一人だけでも・・・!』

 

 

『エルククゥ・・・私、待ってるからね・・・?』

 

 

 

 

「何をしている? さっさとこっちへ来い! 小娘がどうなってもいいのか!?」

「・・・・・・」

「ふふふ・・・命拾いしたな、小娘。

 その娘に、礼を言っておけよ?」

 

 ――なにしろお前の死を、後数秒間だけ遠ざけてくた恩人なんだからな・・・。

 

 悪意の呟きを心の中で吐き捨ててから、男は慎重にリーザとエルククゥの距離を測る。

 後、5歩だ。5歩分だけこちらに近づいてきたら小娘の方は撃ち殺してしまって問題はなくなる。

 

 一歩、二歩、三歩。そして、四歩目。

 さぁ、次でお前の死と娘の改造は決定的にな――――。

 

 

「止めときなさいって。

 社会のゴミには約束を守るなんて上等な感情が理解できるはずないんですからね」

 

 

「!? エルククゥっ!?」

 

 彼女をかばって前に出ようとしたリーザの進路を、あろうことかエルククゥは槍の穂先を伸ばして妨害してしまった。

 

「どうして!? 私はあなたのために・・・っ」

「だからこそです。彼らがあなたを要求していると言うことは、あなたが側にいる間までは私も安全。あなたがいなくなった私に生かしておく価値はなし。・・・違いますか? ガルアーノさんところのバカで三下の飼い犬な皆様方?」

「小僧! 貴様っ!!」

 

 先ほどまでの余裕めいた態度をかなぐり捨てて男が罵り声で叫ぶ。

 隠せていたと思い込んでいた本音を、格下だと決めつけて見下していた相手に平然と暴露されたことによる屈辱感と怒りからゲスな本性が曝け出されてしまい、表情も声も口調も図星を言い当てられた小物と大差ないほど見窄らしいものに成り下がってしまっていた。

 

「『青い炎使いエルククゥ』を見損なわないでいただきたいですねぇ。これでも一応、社会人ですから。

 人間社会の寄生虫でしかないマフィアのボスとか言う、皮だけ厚くて脳味噌クリームなカスタードさんとは頭の出来が違うんですよ。

 ましてや、豚から餌をもらって尻尾を振ってる飼い犬さん達とでは比べものになりません。出直してきなさい、家畜以下の害虫な皆さん」

「き、き、貴様! 貴様! 貴様貴様貴様ァァァァァァァァッ!!!!」

 

 男は激高した。これほどの辱は初めてだ。

 今まで人間達に罵倒されたことは幾度もあったし、憎しみの目を向けられたことも、許されざる敵として悪と罵られたことも掃いて捨てるほど経験してきている。

 もちろん、その度に発言者達には相応の報いを与えてきたし、相応しい末路を遂げさせてやってきた。それは男にとって誇りであり自信ではあっても、責められてプライドが傷つくようなことでは全くない。

 

 ――だが、これは違う。こんなの全然『ニンゲンラシイタイドジャナイ』。

 下等で愚かな人間から、虫ケラを見下す目で見つめられたのは初めての経験だ。初めての屈辱。

 単なる実験動物としてキメラ化するぐらいしか価値を与えてやれない人間どもから、家畜よりも価値の低い害虫呼ばわりされるだなんて想像すらしていなかった。

 

 あまつさえ、あの恐ろしくて偉大なガルアーノ様を『カスタード』呼ばわりするのを大人しく聞かされるだと・・・? ――許さない!

 許さない!許さない!許さない! 殺してやる殺してやる殺してやる!

 コイツ絶対俺がコロシテヤルゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!!

 

「!! パンディット! 今!」

 

 アォォォォォッン!!!

 好機と見たのか、リーザも便乗して黒服達の一人にキラードッグを嗾けた!

 形勢は逆転とまでは行かないが、それでも部分的に優位なスペースは確保できた!

 

「こちらへどうぞ! 急ぎなさい!」

「ありがとう! ・・・でも、どうしてここまでしてくれるの・・・? 私とあなたはさっき会ったばかりなのに――」

「話はこれをやった後でゆっくりと!」

 

 そう言ってエルククゥは、あの時と同じように『同じこと』をやる。

 

 暗い森の中を大切な少女連れて逃げる途中で、少女が足をくじいて倒れ、追っ手がすぐそこまで近づいてきていたとき、自分は何をした? 彼女に対してなにを言った?

 

 ――答えはこれだ。

 

 

『やめときなさい。一度逃げ出した実験サンプルを助けが来るまで人間でい続けさせてくれるほど、彼らは甘くないでしょうからね。

 そういう甘えは求める対象を選ばないと悲劇を生むだけですよ』

 

 

 ―――そして、こうやった。

 

 

 

『暗い森の中を子供が2人逃げていて、追っ手たちは私たちを探すために森の中で分散中。

 そういう時にはね――――』

 

 

 

 

 

 

「『こうやるのが一番楽でいい!!!』」

 

 

 

 

『《エクスプロージョン》!!!』

 

 

 

 ゴォォッ!!!

 

 エルククゥの手のひらから生み出された火球が、再度接近しようとしていた黒服たちと彼女たちとの中間辺りに炸裂して炎の壁となる!

 目標を一時的に見失い、頭に血が上っていたリーダー格でさえ一瞬冷静さが蘇らせられる。

 

「なんだ!? この青白い炎は!」

「《青い炎使い》の力か! 噂には聞いていたが、これほどとは!」

「狼狽えるな! 所詮、術で生み出された炎に過ぎん! すぐにも消えて見えるようにな――しまった!?」

 

 リーダー格が部下たちに指示を出している途中で、あることに気づいて驚愕に変わる。

 《青い炎使い》が炎を操る力を持っていることは、来る前に軽く調べて判っていたことだ。驚くには値しない。

 

 ――だが、問題なのは《青い炎使い》が使う炎の色は青いはずなのに、今燃えさかっている炎の色は真紅の紅蓮色をしている。

 しかも、炎に限らず術で作り出された自然現象は時間の経過と共に威力と効果を弱めていくはずなのに、どういう訳だかこの炎は先ほどから勢いを増していくばかりだ。

 

 青い炎の能力を使ったのではなかったのだろうか?

 ・・・いや、最初に放たれた炎は間違いなく青色をしていた。こんな赤い赤い血の色みたいな炎の色はしていな―――そうか!しまった!

 

 

「退け! 退け! 奴め、飛行船に引火して逃げて行きやがった! このままだといつ爆発するか判らん! 巻き込まれたら俺たちでさえただでは済まんぞ! 退け! 退け! 爆発に巻き込まれて殺される前に!!」

 

 リーダー格の男の言葉に、黒服たちは一斉に顔色を青ざめさせて慌てて逃げ出していく。

 うち1人が、傷つけられたプライドをどうしても放置できなかったのか、

 

「ちくしょう! あの野郎! 逃がしてたまるか!」

 

 叫んで、敵が逃げ出していったとおぼしき方向に銃を向けて一発発砲したところ、

 

「ぐわっ!?」

 

 逆に、発砲音目掛けて手斧を投げつけられて負傷させられる始末だ。

 拳銃弾は辺り判定が小さすぎる上に、まっすぐしか飛ばない。

 逆に手斧は無駄に辺り判定が広く、発破音が聞こえてきた方角に投げるだけなら簡単にできてしまう。

 部下に命中させられたのは偶然でしかないのだろうが、これでは余計に追撃をかけるわけにはいかなくなってしまったではないか! 

 リーザに当ててしまう可能性だけでなく、反撃まで警戒しなければならない状況下で持ってる武器が拳銃だけとかハンディキャップにも程がある!

 

 

「クソッ! クソッ! あいつイカレてやがる! 絶対に頭がおかしい! イカレてるとしか思えない! こんな退却の仕方があるか!

 こんな脱出の仕方一度だって聞いたことも・・・聞いたことさえも・・・ハッ!?」

 

 逃げる途中でリーダーが思い出す。

 それは自分たちのトップ、ガルアーノ様につけられた只一つの汚点の話。

 

 あの方が任されていたキメラ研究所の一つ『白の家』から、2人の実験サンプルに逃げ出され、そのうえ施設内にある適当な可燃物にあらかた火をつけられまくった結果として、サンプルだけでなく研究者たちと警備兵まで含めた死傷者多数の大惨事を引き起こされてしまったという大失態。

 

 未だにアンデル大臣などからは皮肉や嫌味の種に使われつづけている、その元凶となったガキの名前が確か・・・・・・

 

 

「エルルゥ・・・あの時のガキが青い炎使いエルククゥだったのか! ちくしょう!!

 ルガータ! ガルアーノ様に連絡しろ! 大至急だ! あの時のガキが! 俺たちにとって絶対に殺さなくちゃならない糞ガキがついに見つかりましたってなぁぁっ!!」

 

つづく




設定説明:
今作の主人公エルルクゥは、『礼には礼を、無礼には無礼を、差別感情にはより一層の差別感情を』というハンムラビ法典みたいなところのある女の子です。
ですのでDQNに対しては、より過激なDQNで攻撃することしか対応法を知りません。人間に対して強い差別意識をもつモンスター達ほど、言う言葉が辛辣で過激になっていく危険人物でもあります。

…剣士アルガスとかと噛み合わせたら面白い子かもしれませんね。トラウマにピンポイント爆撃しかしそうにないので主人公っぽさ0以下ですけれども。


追記:
説明し忘れてましたが、主人公とガルアーノとの間に面識はありません。決めつけてるだけです。一方的に見下してくる相手には決めつけるぐらいで丁度いいと考えるタイプなんです。


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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~4章

最近テンションが上がらず、テンション任せで勢いのまま書く作品が書けなくなっており、長文を書くのにも向いていない精神状態になっております。

ですので、やむをえずアーク2の続きを先に書いた次第です。早くテンションが元に戻って元気に執筆活動にいそしみたいですねぇ…。


 ――昨夜のアルディア空港で起きた事件の続報です。

 犯人が逃げ込んだ後に爆破された飛行船の甲板の破片から、多量の血の跡が発見されましたが、未だ犯人は発見されておらず、その生死も不明なままです。

 また、解決を依頼されたハンターも行方不明であり、当局は事件との関係を追求するため行方を追っています―――

 

 

「へぇ。まだ現段階では写真付きでの指名手配はしませんでしたか。強者の余裕か、はたまたモンスターを飼い慣らす非合法組織ならではの縛りでもあるのか。

 どちらにせよ逃げられそうなので、こちらにとっては有り難いお話。素直に喜んでおくとしましょう」

 

 そう言ってエルククゥは、近くの屋台で売っていたフライを包むのに使われていた新聞紙を、朝食が終わると同時に「クシャッ」と丸めて近くのゴミ箱に投擲。惜しいところで外れた紙クズを拾い直してから丁寧に捨て、待たせてしまっていたリーザの元まで戻ってくる。

 

「お待たせしましたね。情報収集も終わりましたし、そろそろインディゴスへ行きましょうか? あそこなら・・・まぁプロディアスのアパートに戻るよりかは安全でしょうから」

 

 肩をすくめながら微笑を浮かべて促してくる黒髪の少女に、茶髪頭の少女リーザはやや不審そうな視線を向けて無遠慮に問いただす。

 

「・・・どうして、ここまでして助けてくれるの? 飛行船を爆破したり、怖い人たちから庇ってくれたり・・・私はまだ自分の名前さえ教えていないのに・・・」

「ああ、そのことですか」

 

 尤もな質問にエルククゥは肩をすくめるが、それは同時に無意味な質問でもあると考えて微妙な心持ちになる。

 なぜなら彼女の疑惑は、あまりにも損得勘定が欠け落ちたものでしかなかったから・・・

 

「敵の黒幕が国一番の最高権力者より上だとわかっちゃいましたからね-。アレじゃあ、どのみちこちらの配慮は役に立たない。

 たかだかハンター一人を凶悪犯に仕立て上げて指名手配するぐらいなら、普通にやるでしょう。こちらが手段を選んで犠牲が少なくなるのは相手が法律を気にしてくれる場合だけです。最初から気にしなくていい条件の整った相手には、逆効果にしかなりません。だからアレぐらいの方が逆に良いのですよ」

 

 そう言って再び肩をすくめるエルククゥ。

 連れてこられたばかりのリーザと違って、エルククゥのアルディア在住期間はそれなりに長い。だからこの国の仕組みについても人並みよりかは多少詳しい。

 

 現在、この国で事実上のトップに立っているのはマフィアのボス、ガルアーノだ。政府の議長や大統領だって、彼の命令には逆らうことができない。彼が黒と言えば白だろうと赤だろうとドス黒い赤に塗れた血の漆黒だろうと黒にされてしまうのがアルディアの実情だ。

 

 遠慮したところで、それが相手にとって都合が良いなら、殺されなかった部下でも殺すだろうし、その罪をエルククゥに擦り付けて冤罪での指名手配も普通にやるだろう。

 そんな相手に有効な手法は一つしかないことを、エルククゥは過去の碌でもない仕事から学んでいる。

 

 やり方は至ってシンプル。『暴力による恫喝』だ。

 暴力を是とするマフィアに対して、最も有効な抑止力は同じ暴力しか存在しない。

 仕掛ければ手痛いしっぺ返しを食らわされるかもしれない・・・そう思わせることができたら結果的に戦闘行為は減り、暗闘と限定的な非正規戦での暗殺がメインの戦場となるだろう。

 そうなれば戦力を逐次投入してくれる分、こちらにも生き延びる目が見えてくる。組織を相手取って正々堂々尋常に勝負をもちかけようにも、個人対組織の時点で互角ではないのだから『正々堂々』の図式は崩壊している。自分だけが矛盾する必要性など微塵も存在していないのである。

 

 

「インディゴスには、私が昔世話になった人と、今でもお世話になっている幼馴染みがいますからね。あの人たちの力を借りれるのなら、あなたが助かる道も出てくるかもしれません。

 なので、とりあえずはそこへ。あなたが受けた傷の手当てもしてあげたいですしね」

「・・・・・・わかったわ。あなたを信じます、エルククゥ。どうか私を守ってください・・・」

 

 最後に敵の一人がやぶれかぶれで放った一弾が肩をかすめて、軽傷を負ったリーザが殊勝な態度で頭を下げてくる。

 それに対してエルククゥの内心は、いささか以上に複雑だった。

 

 ――とは言え、私は私で徹底していませんからねぇ。この甘さがいつか自滅に誰かを巻き込みそうなのが怖いところです。

 

 心の中でそうつぶやく。

 実際のところ、彼女らにとって最も安全な場所はプロディアスの街中だ。

 アルディアの首都であり国一番の規模を誇る大都市であり、ガルアーノのお膝元でもあると同時に、裏の事情を知らされぬまま生活している大多数の民間人が居住している日常空間でもある。

 

 ――そんな場所で、『飛行船を爆破して逃げた凶悪犯エルククゥが紛れ込んでいるぞ』と誰かが叫びでもしたら大騒ぎどころでは済まなくなるだろう。次の瞬間には大混乱が起きるのは確実だ。

 逃げようとする民間人は、逃亡中の凶悪犯にとって絶好の盾となり、撃たれた際の身代わりとなり、隠れ潜むため擬装用の迷彩色となる。

 逃げ延びるため、騒ぎを起こすのは定石中の定石。何ら恥じることではない。エルククゥがもし本当に、凶悪犯罪者の汚名を真実のものにしてしまっても良いと判断したら現実的逃走の手段として間違いなく有効なのだから。

 

 だが・・・いや、だからこそエルククゥはこの手を使いたくはなかった。

 如何に、青いだの、甘いだのと罵られようとも人として最低限度の道を踏み外す気はサラサラ持ってない。そんな手段を取るのが甘くなくて青くもない成熟した大人だというのであれば、そんなクズになっていないと言われる言葉は褒め言葉として感謝を返すべきだと彼女は心の底から信じ続けて生きてきている。今更生き方を変えることはできないし、したくもなかった。

 

 インディゴスはプロディアスと比べて格段に治安の悪い町であり、その分だけ住人は荒事に慣れている。一人一人が自分なりの自衛手段を確立している土地柄なのだ。そうしなければ生きられない町だからというだけなのだが、今回の場合は隠れ潜む場所にちょうどいいのも確かではあった。

 

 できるなら、巻き込みたくない。だが、アルディア国内に留まりつづける限り必ず誰かを巻き込んでしまう以上、犠牲は一人でも少なくする義務と工夫が必要になる。そうする責任があるのだと、少なくともエルククゥ自身は信じていた。

 

 

「ま、とりあえずインディゴスに着きさえすれば一息つけますので、もう少しだけ辛抱してください」

「・・・ええ・・・わかったわ・・・」

 

 傷の痛みもあるのか、声に元気のないまま返事をしてくるリーザを見返しながらエルククゥは、もう一つの懸念について小さな声でボソボソと、小さく小さく低~くつぶやくのであった。

 

「・・・問題は、この人連れて行ったときに彼女が見せる反応なんですよね・・・。できれば穏便に初対面を終えてほしいところなんですけども・・・」

 

 チラリと、相手の顔を見上げて吐息を一つ。

 化粧っ気はないし、やや田舎くさく野暮ったい衣装に身を包んではいるが、文句なしに美しいと表現するのに躊躇いを抱かされないほどの美人さん。

 

 ――果たして彼女はリーザのことを、『泥棒猫』と思わないでいてくれるだろうか・・・?

 猫に「ワンッ!」と啼けと言うほどの無茶ぶりである気がしてならないのだけれども・・・。

 

 

 

 ちょうどその頃、エルククゥたちが向かっているインディゴスの町にある、広さと安さだけが取り柄のボロアパートの一室から窓に写る景色を眺めつつ、男が一人ラジオのニュースを聞いていた。

 

『・・・・・・ニュースをお伝えします。昨夜のアルディア空港での続報ですが、犯人が逃げ込んだ後に爆破して逃走した飛行船の甲板から多量の血の跡が発見されました。

 しかし犯人はまだ発見されておらず、その生死も不明なままです。

 また、解決を依頼されたハンターも行方不明になっており、当局は事件との関係を追求するため、その行方を追っています。

 続きまして―――――』

 

「・・・・・・」

 

 男はそこまで聞いて、ラジオの電源をOFFにした。続報を期待していたにもかかわらず、昨晩から延々と同じ内容を流し続けるニュース番組に作為的なものを感じて、聞き続ける価値を感じなくなった故である。

 

 ――恐らく…と言うより、まず間違いなくこの事件の解決を依頼されたハンターはエルククゥだ。世界広しといえども、こんな無茶を平気でやらかすハンターなど彼女以外に考えられない。

 そして彼女がこの手の無茶をやる時には、決まって相応の理由と相手方の悪逆非道が存在していることを彼は承知していた。

 

 正義では決してないが、かつての教え子だった少女の行動には一本筋の通った信念が存在し、それを違えることは決してできない性分を彼女は生まれついて持ち合わせている。

 あの病気が治るとしたら、それはきっと彼女が彼女でなくなる時だけだろう。だから今回の事件も必ずや彼女なりの言い分なり理由が存在するはず・・・そう信じているからこそ、彼は慌てず騒がず弟子が自分の元を頼ってくるのを待ち続けていられるのである。

 

 自分の元へやってきてくれた時、行き違いになるのだけは避けなくてはいけない。

 自分は全知でも全能でもなく、力になってやるためには側にいてやらなくてはならなかったから―――――

 

 

 あと、ついでと言っては失礼かもしれないが、『もしも火消し役がいない時に“彼女”を怒らせるような愚行をバカ弟子が取らない』という保証が存在しない以上、ストッパー役は留まらざるを得なかったから・・・・・・。

 

 

「ねぇ、シュウさん。この服どうかしら? 私に似合ってると思う? エルククゥは『似合ってますよ』って言ってくれると思うかしら?」

「・・・ああ、問題ないと思うぞミリル。元より容姿に関してアイツの周りにお前以上のモノを持つ異性は存在していない。胸を張って自慢できるレベルだと言うことは俺が保証してやる」

「本当に? ・・・いえ、ごめんなさい。シュウさんが嘘を言ってるかもしれないって疑ってるわけじゃないの・・・。でも、なんだか私不安で・・・。

 ――だって、今日はエルククゥが会いに来てくれる月に一度のデートの日なんですもの♪ 目一杯おめかしして綺麗に見られたいと思うのは女の子として当たり前のことじゃない?

 ああ、エルククゥ・・・早く私に会いに来て・・・。そしたら予定よりもちょっとだけ遅刻してる罪は帳消しにしてあげるから・・・」

「・・・・・・・・・(エルククゥ、早く来い。これ以上待たせて俺が仕事に出た後やってこられても、俺はどうすることもしてやれんのだぞ!?)」

 

「(もしも、もしもの話だぞ? もし仮にお前がミリル以外の女を俺のアパートに連れ込んできた時にミリルが外出して、俺が残っていた場合には・・・・・・彼女に知られないよう匿う方法を俺は知らない。おそらく当局の追跡以上に厄介なことになる。

 だから本気で早くやってこいエルククゥ! これはお前の命に関わる大問題だと、俺のハンターとして培ってきた危機感が告げてきているのだから!!!)」

 

 

つづく

 

オマケ『追加のオリジナル設定解説』

 

 エルククゥは部族の出身であるため重火器を操る才能を持っていなかったが、それを補うため知識面では科学技術に詳しく、科学誌などを購読するのが数少ない趣味となっている。

 ビビガの飛行船修復に参加するほどの腕はないが、実は彼から色々とヤバい発明品のテストを請け負っており、それらを物語りの中で使用する場合なども存在する。

 精神的だけでなく、道具類でもエルクより危険な方向に強化されているオリ主だが、自分の危険度の高さを自覚しているため余程のことがない限りは大人しく定石を守ってもいる。

 面倒くさい性格の持ち主だと、本人自身も思わなくもない・・・。



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トンヌラ! パッとしない名だが今日からお前はトンヌラだ!(注:あなたがつけたがってた名前です)

ようやくバケモノを書く気力が戻ってきたのですが、テレビ番組録画の都合上いろいろあって長時間書くことができず、別作の方を書くのに費やしました。
『ドラクエⅤ』二次創作です。
再プレイの最中ですが、ドラクエはやはり楽しいですよね!大好き♡


 唐突すぎることだけど。

 僕は子供のころ『ドラゴンクエストⅤ』が好きだった。アホなぐらいに大好きだった。

 何度もクリアしたし、何度もプレイし直した。

 「もしここで『いいえ』を選んでいたら?」なんて当たり前、話の途中でわざと来た道を戻ろうとしたり、ボス倒した後で王様に話さず先に行こうとしたことなんて常習犯。最初の戦闘で『布の服』を「道具」で使ってみるぐらい誰でも一度はやったことあるよね!?

 

 ・・・とにかく、それぐらいに大好きだったドラクエⅤ。高校生になった今同じことやれって言われたら絶対無理なくらいにやりまくって楽しみまくったドラクエⅤ。

 もしも最近よくあるラノベみたいに、転生の神様のミスで死んだお詫びに作品世界へ転生させてあげるって言われたら、僕は今でもドラクエⅤを指定すると思ってる。

 

 だって、それぐらいに大好きな作品だったんだから。

 でも、とは言え。

 

 ・・・・・・まさか、こんなことになるとは思ったことなかったな~・・・・・・。

 

 

 

 

「よくやったな! さっそくだが、この子に名前をつけないといけないな。

 う~ん・・・・・・よし、うかんだぞ!

 『サトチー』と言うのはどうだろうかっ!?

 

「まあ、ステキな名前!

 勇ましくて賢そうで・・・でもね。私も考えていたのです。

 『トンヌラ』と言うのは、どうかしら?」

 

「トンヌラか・・・。どうもパッとしない名だな。

 しかしお前が気に入っているなら、その名前にしよう!」

 

 

 学校帰りに車にひかれて事故死して、転生の神様に会うことないまま意識が暗転。

 気づいたときにはドラクエⅤの主人公君として、今グランバニア城内でマーサお母さんに抱かれたまま変な名前をつけられそうになってます。

 

 パパスさんがつけようとしてた『トンヌラ』って名前でゲーム始めたらどうなるのかなって言う、誰もが一度はやったことがある変な名前の主人公ではじめてみるプレイでもクリアーまでやるドラクエⅤ大好き精神が裏目に出ちゃったか・・・・・・。割と本気でどうしよう。

 僕の人生に、リセットボタンはございませんか?

 

 

「トンヌラよ! 今日からお前はトンヌラだ!」

 

 やめて、お願いだから。僕恥ずかしさで生まれ変わった瞬間に死んじゃいたくなってるからね?

 とりあえず、抗議の意味を込めて泣いとこう。赤ん坊の身体じゃ、他に出来ることもなさそうだし。

 

「まあ、あなたったら・・・・・・うっ・・・! ごほん、ごほん・・・」

「おい! 大丈夫か!?」

 

 

 おぎゃーっ! おぎゃーっ! おぎゃーっ!

 

 

 

 ・・・・・・こうして僕は、僕の僕による僕が大好きだったドラクエⅤの世界で過ごす第二の人生が幕を開けたのでした・・・・・・。

 

 

 

 ざっぷーん、ざっぷーん。

 ドラクエ世界特有の牧歌的な波の音に導かれて、八歳になったボクは十六歳の朝みたいなノリで目を覚まします。

 

「むくり」

 

 かけ声と一緒にベッドから起き上がって、身体ごと「むくり」。

 ボクは前世の時から起きるときには「むくり」と声を上げて目覚めるのが朝のお約束になってた人間です。

 

「おう、トンヌラ。目が覚めたようだな」

 

 テーブルの前ですでに起きてた僕のパパのパパスお父さんが声を掛けてきてくれる。

 今更ながらグランバニア王家って、王子には変な前をつける変な伝統でもあったのかなーと思えてくるほど変な名前のお父さんだよねパパスさんて。大好きだけども♡

 

「なに? 夢を見た? 赤ん坊のときの夢で、どこかのお城にいるみたいだったと? わははは! 寝ぼけているな」

 

 そして、今見た夢の内容伝えたら笑ってとぼけてくるパパスお父さん。ある意味スゴい役者ぶりだね、ある意味尊敬。

 でも、よく考えたらなんでボクって言うか、ドラクエⅤの主人公君はさっき見た夢の内容を覚えていたんだろう? 赤ん坊の時のことなんて忘れるよね普通なら。

 

「眠気覚ましに外にでもいって風に当たってきたらどうだ?

 父さんはここにいるから、気をつけて行ってくるといい」

「そうしまーす。行ってくるね~♪」

 

 もしかしたら原作の時点で転生者だったのかもなーとか思いながら、ボクは船室の扉を出て船の甲板の上へと向かう。

 

 

「うわ―――っ!!!」

 

 そして、目の前に広がる海! 海! 海!

 さらには、船! 船! 船! ドラクエの船!

 

 Ⅳから初参加の馬車もいいけど、ボクはやっぱりドラクエの移動手段は船が一番だと思う人!

 この景色! このBGM!(実際には聞こえないけど幻聴で聞こえるぐらいに大好きな音楽!)この雰囲気こそがドラクエの船だ!

 

 

「青い空~♪ 白い雲~♪ そしてドラクエの船~♪

 ――こんなに気分のいいボクを邪魔しようとしてるのは誰だぁぁぁっ!?」

「が――おおぉぉぉっう!? び、ビックリした・・・。あやうく泣くところだったぜ。

 背中から近づいてきてた俺を驚かせるなんて偉いぞ坊主!」

「あ、ごめんなさいオジサン。まさか話しかけられるなんて思ってなくて・・・」

 

 ビスタの港に向かう船旅のなかで仲良くなった、船室のお風呂で驚かしてくる「がおーっ!」のオジサンが、ボクに話しかけようとしてくれてたみたい。

 ホントにごめんね? わざとじゃないんだよ? ただ・・・ドラクエって基本『プレイヤーは話しかける側で、向こうから話しかけてもらえることってほとんどない』から癖が付いちゃってて。ホントの本当にごめんなさい。ぺこり。

 

「いいか、坊主。今まで何度も言ってきたことだが、男の子はどんな時でも泣いちゃダメだぜ! 笑っていろ! みんなが泣く分まで自分が笑って笑顔にしてやれる・・・それが男だ! 忘れんじゃねぇぜ!?」

「ありがとうオジサン! ボク絶対忘れないで、がんばるからね!」

 

 この後の原作展開知ってる人には重すぎる上に意味ありすぎる「がおー!」オジサンのお言葉を、ボクは絶対忘れない! 絶対にだ!

 

「舵取りのヤツが言うには、もう少しでビスタの港に着くらしい。と言っても、なんもない小さい港らしいけどな。

 “坊主たち親子のためだけに寄るなんて船長も人がいい”とかボヤいていたが、アイツはアイツで坊主たちのことが大好きになったヤツの一人さ。せっかくだし船中回って別れの挨拶してきな。次あえるかどうかも分からん相手だからこそ、笑顔でサヨナラしてくるのも男ってもんだぜ坊主!」

「うん、そうだね。わかったよオジサン! ボクちょっと行ってくる!」

 

 そう言い残して手をブンブン振ってから、ボクは船中かけずり回って挨拶回り!

 営業のサラリーマンとかは大嫌いな仕事らしいけど、こう言うのだったらボクは大歓迎だ! 何度だってやりたいな! 何度だってやれるといいな!

 だって好きな人たちと再会できることを祈ってサヨナラするのはお別れじゃないんだもん!

 

 

「港だー! 港に着いたぞー!

 イカリをおろせ―! 帆をたため―! 船を寄せるぞー!」

 

 そうこうしてる内に、着いちゃった。楽しい時間はあっという間なんだな~。

 

「どうやら着いたようだな。

 坊や、今のうちに下にいってお父さんを呼んできてあげなさい。港に着いたら直ぐ船をおりられるようにね」

 船長さん登場。この人にも、いっぱいっぱいお世話になりました。

 

「長居すると出て行くのが寂しくなるだけだろう? こういうのは勢いが大事なモノなんだ。

 坊やとはここでお別れだが、たまにはこのオジサンのことも思い出してくれると嬉しいな」

「はい、わかりました・・・お父さんのこと呼んできます!」

 

 ホントにいい人たちばかりの船旅で、いきなり冒険開始やめたくなっちゃってるボクがいるよ? やめてね、そういうの? ドラクエで冒険の旅の始まりが、涙で曇ったパターンなんてイヤだよボクは。

 

「お父さーん、もうすぐ着くから船長さんが呼んでくるようにだってー!」

「そうか、港に着いたか!」

 

 お父さん大喜び。船の人たちもいい人ばっかりだけど、サンタローズの村の人たちもいいひとばっかりだもんな~。そりゃどっちとも喜ばざるを得ないよね! 当たり前だけど!

 

「村に戻るのは、ほぼ2年ぶりだ・・・。トンヌラはまだ小さかったから、村のことを覚えていまい。だが、安心しろ。きっと気に入るはずだ。皆いい人たちばからだからな。

 では、いくぞっ! 懐かしのサンタローズの村へ! 忘れ物をするなよっ」

「おーっ!」

 

 元気よく返事をしてお父さんの後に続く息子のボク。ドラクエⅤを象徴する画だね!

 守りたい! この家族の肖像がを!!

 

「じゃあ船長! ずいぶん世話になった・・・身体に気をつけてな!」

「パパスさんも。たまには服を身につけて寒さから身を守ってくださいね? 一年中『皮の腰巻き』一丁だとさすがに風邪をひくでしょうから(笑)」

「余計なお世話だよ!?」

 

 船乗りさんらしい一流のジョークで寂しくないお別れのシーンを終えて、ボクとお父さんはビスタの港へ。

 

「あれ? 今の船できたのはもしかして・・・パパスさん! パパスさんじゃないかっ!?

 無事に帰ってきたんだね!」

「おお、港主! 痩せても枯れても、このパパス。おいそれとは死ぬものか! わっはっは!」

「・・・え? アンタ今なんだって? パパスさんだって? 2年前にこの港から旅に出てったパパスさんが今の船で帰ってきてたのかい!?」

「おう、奥さん。お久しぶりだ、元気そうで何より」

「・・・本当によく無事で・・・心配してたんだよ?

 大切なものを探す旅だとか言って、小さな子供を連れたままでどうなったのやらって・・・。 しかも『皮の腰巻き』一丁しか身につけずに旅に出ちまってたから風邪とか引かないものだろうかと・・・」

「皮の腰巻きはもういいよ!? なぜ皆、私のことを心配するとき『皮の腰巻き』ばかりに目がいくのだ!? 私の存在は皮の腰巻きあってのものなのか!?」

 

 うん、やっぱり誰でも気になるよね。お父さんの見た目装備品。どっからどう見ても蛮族戦士か、エリミネーターの親戚だし。

 せめて布の服ぐらい上半身にまとおうよ、お父さん。

 

「くそぅ・・・! どの人もこの人も・・・っ。

 トンヌラよ、父さんはこの人たちに話して聞かせて理解を得たいことがあるから、その辺で遊んできなさい。あまり遠くまでいかないよう気をつけてな!」

「は~い。わっかりましたー!」

 

 元気よくお返事するボク。嘘はついてないよね、嘘は。

 だって港から出た瞬間に、一歩も遠ざける間もない敵モンスターたちに襲われるんだもん。遠くまでいってる暇は一秒もありません。

 

 

「よーし、行っくぞー! ドラクエⅤで冒険の始まりだーっ!!」

 

 こうしてボクは、ビスタの港から迷いなく飛び出して絶対に一人じゃ勝てないスライム戦へ突入していく!

 果たしてボクの行く手に待つのは挫折か栄光か?

 はたまた原作通りに大切な人たちと死に別れながら新しい絆を手にしていく原作準拠ストーリーか?

 それとも、大好きなお父さんを守り切れて父子二人でがんばるIF展開か!?

 

 すべては神様だけが知っています♪ だから誰にも分かりません。

 だって、この世界の神様たぶん今頃トロッコでグルグル回り始めてる辺りだも~ん♪

 

 ボクの冒険はここからだぁっ!!

 

 

主人公設定:

『トンヌラ』

 底抜けに明るく無邪気な性格の転生少年主人公。

 ドラクエⅤが好きすぎたせいで名前が変になってしまったことだけがコンプレックスな、現代日本からの転生者。

 今話では呼ばれる機会自体がなかったけど、普段は名前を弄られやすく、ネタにされやすい。そして名前ネタに対してだけは全力でツッコミを入れる。

 それ以外の面では常に前向きで裏表がなく、前世が高校生だった割には驚くほど素直で良い子な性格の持ち主。

 

 前世と合わせれば約三十路なのにベラが見える時点で、年齢による精神の汚れとは無縁なことが一目瞭然な存在。

 ドラクエシリーズのモンスターが大好きで、モンスターを仲間に出来ることがドラクエⅤを大好きになった理由の一つ。

 そのせいか、モンスター爺さんを尊敬しており、種族の違いに関して一切の差別感情を持ったことがない。

 反面、お約束無視の常習犯で、ゲーム時代から色々やってみてた前科を持つ。

 (例:ヘンリーの宝箱に『インパス』掛けたり、天空装備を息子に装備させずに勇者がいない状態でゲームをクリアしたり等)

 お父さんのパパスさんが大好きなファザコン少年。そして、嫁にはアイテム抜きにしてもフローラを選びたいお嬢様好き。

 ・・・ただし、子供の髪色は金髪が好みなのが悩みどころという、こだわり多きドラクエⅤ大好きっ子転生者。

 とにかく好きな作品世界に生まれ変われたことが嬉しくて嬉しくて仕方がない人なので、極端に前向きで天真爛漫。愛と勇気と愛情と友情の主人公です♪



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タクティクス・サタン【言霊ルート】CHAPTER2

書き途中で放置しちゃってたタクティクス・サタン2話目です。
今回はちょっと真面目なお話、ヴァイス君が主人公の回です。Lルートの彼を基にCルートの彼を織り交ぜながら書かれております。良ければお楽しみくださいませ。


 三つの民族主義陣営が島の覇権と利権を巡って争い合ったことで知られる“ヴアレリア島の内乱”。

 しかし実のところこの内戦には別の勢力も複数参戦していた。

 『ヴァレリア解放戦線』『ネオ・ウォルスタ解放同盟』等がそれである。

 

 この内、『ネオ・ウォルスタ解放同盟』を率いたリーダー『ヴァイス・ボゼック』は、貴族支配を打倒するため民族にとらわれない異種族混合の軍事組織をヴァレリアの歴史上初めて創設したことで著名な人物だ。

 

 だが、その一方で彼が後の英雄デニム・パウエルに先んじて『民族ではなく人として生まれた者が持つべき自由と権利』について世に訴えだした最初の人物であることはあまり知られていない。

 

 過激すぎる言動が彼に悪いイメージを与えてしまっているのかもしれないし、戦乱を終結させた大英雄の幼馴染みとして光のまぶしさに目が眩まされているのもあるかもしれない。

 元より、その出自から『英雄の“引き立て役”』だったと評する者もいる彼である。端から正当な評価など望むべくも無かったのかもしれないが、それだけではない。

 

 彼らを知る人々が彼らの関係を『そういう間柄なのだ』と信じたがった心理こそが、彼の評価を錯覚と誤解に満ちた歪なものに変えてしまう最大の理由だったのは間違いない。

 

 人は“正しい真実”を求める存在ではない。“信じたいと願った正しさが真実なのだ”と思い込みたがる生き物でしかないのだ。

 その願望が民族解放の英雄を生み出し、民族浄化という悪夢を実行させた。

 そう言う意味では彼もまた、狂った時代の犠牲者の一人だったのかもしれない。

 

 

 

 その彼は今、バルバトス枢機卿の居城であるコリタニ城がそびえ立つ街コリタニの城下町に来ていた。

 決戦を前に籠城を決意した枢機卿と解放軍との戦いに民間人を巻き込まぬため、守備隊責任者の一人で有力者でもあるガルガスタンの騎士ディダーロ卿の屋敷を訪ねるのが目的だった。

 

 しかし・・・・・・。

 

 

「どういう事だディダーロ!? 説明しろ!」

 

 ダンッ!と、小手に包まれた拳を机に叩きつけて大きな音を響かせることにより、自分の怒りと現状の理不尽さを同席した者たち全員にわからせるための彼の作戦だったが、半分以上は本心から出た言葉であり激情から来たものだった。

 

「・・・・・・」

 

 しかし、ディダーロは答えない。その代わりに沈黙を貫くのみである。

 

「ディダーロ、オレが初めて会いに来たときアンタは言ったな? 『解放同盟には参加できない。なぜなら私には勝ち目のなくなったこの戦から、コリタニの民を守り抜く義務があるからだ』――と」

「・・・・・・」

「それがどうだ! この状況は!? この有様は!? 反枢機卿派の住人を粛正しただけでは飽き足らず、今度は戦う前から勝敗が決している籠城戦に街の民を巻き込むために堅く門を閉ざしちまっている! これじゃ街の人たちは逃げることも出来やしない! オレたちが潜入してきたときに使った抜け穴程度じゃ小さすぎて街の人口の半分も救うことは出来ないんだぞ! アンタそれを判っててやっているのか!? 答えろ! ディダーロ!!」

「・・・・・・・・・」

 

 語るほどに熱量を高めていくヴァイスと反比例するように、ディダーロの態度は頑なさを増していくように彼には感じられていた。

 

 コリタニ名門にして、代々コリタニ公に仕え続けた騎士ディダーロは枢機卿個人にではなくガルガスタン民族全体への忠誠心が極めて高い人物として知られていた。

 だからこそバルマムッサを脱出した後、デニム達と別れてから別組織を立ち上げゲリラ活動を続けていたヴァイスは危険を冒してまで彼を同士に勧誘しにきた繋がりがあり、そのときに抱いた印象から権力者同士の争いに民を巻き込むのを由としない思想的な意味での同士であると感じてその場を去り、各地を転戦しながらバルマムッサの真相を流布しつつ同志を募って仲間を集め、こうして解放軍を率いる公爵とガルガスタンの枢機卿との私戦に民を巻き込まないで済むよう活動を続けていたのである。

 

 

 ――最終的にはデニムの片腕となるヴァイス・ボゼックと英雄との違いは『バルマムッサの虐殺』直後の行動で、非常にわかりやすく示されていると言われている。

 

 この時デニムは公爵に裏切られた傷心を癒やすための時間を必要としており、港町アシュトンに一時身を隠しながら同志を集めゲリラ活動を開始しながらも、結局は公爵率いる解放軍との対決までは決意することが出来ぬまま時間を浪費してしまっている。

 後世、彼が『人徳と正義の英雄』と評される理由の一つであるが、同時に軍事の専門家から言わせれば優柔不断の誹りを免れないと弾劾されている部分でもある。

 

 対してヴァイスの行動は迅速であり行動的で、かつ過激な方向に直進していくものだった。

 彼は公爵の非道を目にした瞬間に、彼ら権力者が同胞のことなど考えていない、自分たちの国を建設するだけを目的として民族主義を煽り、戦争を主導しているのだと看破しきると同時に行動を開始して組織を立ち上げるためバルマムッサの真相を民間に広く流布する道を選択したのである。

 

 これが彼らの決定的な違いと言われている。

 この時のデニムがヴァイスと同じ行動をしなかったのは、自らの傷心以上に真相を知った民間人が公爵に害されることを恐れたからであり、真実を知った民達が公爵と戦うため剣を取って戦場に赴き今まで以上に民達が死ぬことを恐怖したのが理由と今日では伝わっている。

 

 逆にヴァイスは、最初から民達が自由と権利を手にするためには権力者と戦って奪い取るより他に道はないと苛烈な判断と決断をできてしまう性格の持ち主だったのだ。

 

 これが二人の後の評価に大きく影響を与えてしまった一因と言えるだろう。

 支配者側にとっては、デニムの思想の方が民を支配する上で都合がよく、民達としても自分たちが命がけで戦うよりも救国の英雄なり誰かなりが現れて自分たちを救ってくれた方が楽なのは事実なのだから・・・・・・。

 

 

「・・・・・・解放軍はかつてと違い、ガルガスタン、ウォルスタの融和を説いて未だに枢機卿の支配下にある街々を解放して回っている。ならばコリタニの民も解放軍に対する人質として利用できる・・・枢機卿はそう考えてコリタニの城門を閉ざさせたのだ」

「な・・・んだとォ・・・っ!?」

 

 延々と吐き出され続ける罵倒の嵐の中で、ようやく重い口を開いたディダーロが語った事の真相にヴァイスは目を剥き、護衛として同席していた弓使いのアロセールをさえ絶句させる驚くべき陰惨さを秘めたものだった。

 

 ウォルスタ人を『滅びるべき劣等人種だ』と唱え、南ヴァレリアの覇権を手中にするため『民族浄化』を大義名分として掲げながらロンウェー公爵領へと侵攻を開始したバルバトス枢機卿が、今度は自らが『ヴァレリアを支配する正統なる優良人種』と唱えて憎しみを煽り権力基盤を固めさせた王都に住まうガルガスタン人の上流階級さえ、滅びが確定した自分たち支配者層の“延命療法”として使い捨てようとしている……。

 

 

「それが貴様ら権力者のやり方かぁーっ!!」

 

 アロセールが立ち上がり、激高して弾劾する。

 バルマムッサの虐殺で兄を殺された彼女は復讐を誓い、解放同盟へと参加してきたのだ。このような非道を聞かされて黙っていられる性分など解放軍を抜けるときに捨ててきている。

 相手が誰だろうと関係ない! 戦略条件など知ったことか! 権力に取り憑かれた貪欲な貴族共の勝手な都合で無辜の民がこれ以上殺される計画を黙って聞いているぐらいなら死んだ方がマシだ!

 

「貴様ら権力者はいつもそうだ! 自らの守るべき民を虐殺しておきながら『負けないためには“ああするより他に手がなかった”と自分たちの犯した罪を正当化しようとする!

 だが現実はどうだ? その犠牲で何が変わるというのだッ! 結局ウォルスタとの戦いに勝てず、新たな犠牲を生んで自らを更なる窮地へ追いやるだけではないかッ!

 お前たちガルガスタンがやろうとしていることは、自分たちが見下してきたバクラムやウォルスタが行ってきたことと何ら違いがない! そうは思わないのかッ!」

 

 そう、アロセールの言うとおり枢機卿の計画は自分たち自身の死刑執行所にサインするのと同じ愚行でしかない。

 仮にその作戦が上手くいったととしても、ガルガスタンに未来などない。一時は兵を退かせることに成功できたとしても、状況が好転する見込みは些かもないのだ。

 しばらくすれば再び解放軍は進軍を再開するだろうし、その際に同じ手をそのまま使っても効果はまるでないだろう。公爵はそこまで甘い男ではないし、敵の打ってくる手が事前にわかっているのなら逆用する策を思いつけるのが公爵の優れた謀略家としての側面だからだ。

 ・・・そしてガルガスタンには他に手がない・・・。同胞を人質に使い捨ててしまった時点で、それ以外に打てる手立てを選ぶ選択肢が失われてしまっている。

 自ら鬼(オウガ)になる道を選んでしまった者たちは、秩序へと回帰す戻る道を自分たち自身の手で永劫に閉ざしてしまった後なのだから・・・。

 

 

「所詮、この戦争は貴様ら貪欲な貴族どもが権力を奪取せんがために起こしたものッ! そこには民の意思など何もないッ! 民の意思を無視し、民を犠牲にして何が民族の統一だッ!

 民族対立を煽り、あたかもそれが原因のように民を洗脳したのは誰だと思う? 貴様ら、貴族どもだ。

 今の我々に必要なのは貴族による支配ではない。民が自分たちで未来を決めることのできる社会だッ!

 お前のように人としての誇りを捨て、貴族にへつらう犬に生きる資格などあるものかッ! 公爵や枢機卿の手にかかるより先に私が殺してやる! 地獄へ墜ちろッ!」

「待てっ! アロセール!!」

 

 激高して弓を構えようとしたアロセールを、慌てて止めに入ろうとするヴァイス。

 『バルマムッサの虐殺』のときに兄を殺された真相をヴァイスから聞かされたことで解放軍から脱走したアロセールは、貴族に私怨をもつ者が多い解放同盟幹部たちの中でも際だってその傾向が強く、個人的な復讐心に駆られやすく暴走しやすい。

 ディダーロはそういった者たちと、むしろ真逆の価値観を持つ男だったから同席させても大丈夫だと判断していたのだが、自分は選択を間違えてしまったのか!?

 焦慮に心を青くするヴァイスだったが、幸いなことにこの場における惨事は回避することができた。

 

 

 ――他ならぬ、権力に貪欲な権力者自身の口から告げられた言霊によって・・・・・・。

 

 

「・・・私も最近までそう思っていたよ・・・。枢機卿も私も権力に取り憑かれて戦争を引き起こした犬でしかないのだとね・・・・・・枢機卿からあの言葉を聞かされるまでは、ずっと・・・」

 

「・・・なに?」

 

 

 静かな声で告げられたディダーロの言葉に、アロセールは眉をひそめて番えた矢羽根を離そうとする手を止めた。

 不審げな表情で自分を見つめてくるアロセールにディダーロは、疲れたような表情で枢機卿本人の口から聞かされた真相の一部を静かな口調と態度で語り出す。

 

「今回の作戦を指示されたとき、私は確信した。枢機卿は敗北を目前にした恐怖により我を忘れ、冷静な判断力を損失してしまったに違いないのだと。――だが、違っていた。

 彼は“嗤っていた”のだ。私にこの作戦を行うよう命令するとき、ウォルスタ人の虐殺を命じるときと全く同じ表情で冷たく静かに冷静に。

 見ている私に、心の奥底に潜む異常なまでの憎悪を錯覚させるような憎しみに満ちたオーラを身にまといながら・・・」

『・・・・・・・・・』

「枢機卿は、こう言っていた・・・・・・」

 

 

『見るがいい、ディダーロ卿。民衆どもが私を殺せと叫んでいる。

 昨日までウォルスタ人を殺せと叫んでいた者たちが、殺された家族の恨みを晴らすため、今度は“自分たちを欺いて利用した枢機卿を殺せ”と心の中で怒号しておるのだ。

 やがて私を殺した後には、同じ理由でロンウェーを殺せと叫ぶようになるだろう。民衆とはそういう者だ。そういう者たちの総称でしかない』

 

『自分たちに都合がいい政策を行ってくれている間は拍手喝采し、自分たちに危害を及ぼすようになった後も強大な力を持っていれば不平不満を口にしながらも大部分の者が従う道を自らの意思で選択する。

 そして、いざ滅びが確定すれば万歳を唱えていたのと同じ理由で、“殺せ!殺せ!”を連呼するようになる。

 自分たちが独裁者に権力を与えてしまったという事実を都合よく忘れ、自分たちを救ってくれた新たな支配者を万歳と共に迎え入れるクズの群れこそが民衆なのだ』

 

『人としての誇りを捨て、“自分たち弱者は何もできないから何もしなくてよいのだ”とうそぶき、救世主が救ってくれるのを今か今かと待ちわびることしか知らぬクズ共に生きる資格などあるまい?

 ならばいっそ使い捨てることで、民が我々権力者のため自分たちの未来を捨てるか否かを試してやるのも一興ではないか・・・・・・』

 

 

 

 

「・・・あのとき私は心底から恐怖し、そして思ったのだ。この人は自分を支持する民衆に片手を振って応えながら、本心では常に彼ら民衆を心の底から憎悪し、激しく憎み続けていたのではないか・・・と」

『・・・・・・』

 

 ディダーロの長広舌を聞かされたアロセールとヴァイスは声もない。そんな余裕は完全に失わされてしまっている。

 

 ・・・なんという憎悪。なんという見下しと差別意識。人とはこれ程までに同族を憎めるものなのか、と兄のための復讐を誓ったアロセールでさえ唾を飲まされるほどの激しい憎悪が言葉の端々から伝わってくる。

 他人の口を介して伝えられた自分たちでさえそうなのだ。直接本人の口から聞かされたディダーロは一体どういう気持ちで直立不動のまま聞かされ続けていたのだろう・・・? 改めてヴァイスは彼に対し襟を正させられる思いに駆られて立ったままだった姿勢を席に座り直す。

 

「あの人は、まるでオウガそのものだ。我々とはナニカが決定的に違っている。人の形をしてはいるが、中身は鬼よりもオウガそのものだ。

 我々ガルガスタン人は、彼に権力を与えてしまうべきではなかったのだ! 絶対に! 絶対にだ!!!」

『・・・・・・』

「だがもう、その罪を償う時間は残されていない。滅び以外の手で贖う手段は残されていないのだ!

 我々は我々の犯した罪によって裁かれて死ぬ。それは大前提だ。枢機卿を権力の座に据えてしまった者として全てのガルガスタン人が背負わざるを得ない絶対の罪・・・・・・だが――」

 

 ディダーロは立ち上がり、部屋の隅に置かれた机の上から一枚の紙切れを手に取ってから戻ってくる。

 

「君たちが間に合ってくれてよかった・・・これで時を稼ぐために払ってきた犠牲が無駄にならずに済む・・・」

「・・・これは・・・?」

「今夜、私の隊が解放軍の陣地に夜襲をかけるため出戦をすると上申しておいた。その返答だ。許可する旨を、枢機卿直筆の署名入りで手に入れることができた。兵に偽装させてできるだけ多くの民を引き連れ裏手から逃げてくれ。解放軍の大軍に注意が集まっている今なら、足の遅い民たちを連れてでも半数ぐらいは逃げ延びられるだろう」

『!!!』

 

 二人は驚きの表情でディダーロを見つめ、何か言おうと口を開き、結局何も言えないまま口を閉ざす。

 

「・・・・・・アンタは来ないのか?」

 

 せいぜいヴァイスが断られるのを承知の上で確認を取るぐらいしか彼らにはもう、許されない・・・。

 

「流民たちが独裁者の魔手から落ち延びるときに、誰も殿を務めないわけにもいくまい? 私は残って可能な限り発覚するのを遅らせるよう細工し続けるつもりだ。それでも朝までが限界だろうがね。それまでにできる限り早くコリタニから遠ざかってくれていると嬉しい。我々の犠牲が無駄にならずに済む」

「・・・死ぬ気なのか・・・?」

「どのみち我々は死ぬしかない。解放軍が勝てば生き延びていても見せしめとして処刑されるだろうからな。

 コリタニの名門で、枢機卿の信任厚い堅物だったことが裏目に出たというわけだ。今さら足掻いたところでどうにもならない。

 だったらいっそ、大人しく沙汰を待つよりかは最期ぐらい民を守るべき騎士の役目を全うしてみたくなった・・・それだけだ。別にウォルスタに加担するわけでもガルガスタンを裏切るつもりも毛頭ない。これは私自身の意思で決めて選んだ道だ」

 

 ・・・ここまで言い切られ、覚悟も見せられた今。ヴァイス達に何が言えると言うだろう?

 いや、言うことはできる。ただ言っても意味がないだけだ。ディダーロは彼らの言うべきことなど全て承知の上で決意している。それを他人がどうこう言ったところでどうにもならない。

 自己満足、自分勝手な傲慢、独善。・・・その通りなのだろう。

 だが、自分が死ぬ理由を自分勝手に決めることのどこが悪い? 何が悪い? 少なくとも自分の理由で他人を殺すよりかは百万倍もマシな行為ではないのか?

 

「・・・恩に着る・・・。アンタのことは忘れない・・・」

 

 ヴァイスには絞り出すような声で、そう言い残すのが精一杯だった。

 

「行くぞ、アロセール。避難民する民をガルガスタン兵に見えるよう準備する必要があるからな。時間は夜までしかないんだ。急がないと救える者たちが減っていく」

「ま、待てヴァイス! 出撃できる部隊の数では限りがある。あぶれてしまった人たちはどうする気なんだ? 避難計画を知らされていない人たちの命は?」

「・・・・・・コリタニの街にいる全員をガルガスタン兵に偽装するわけには行かないだろう・・・? なら、そういうことだ・・・・・・」

「貴様ッ!? 彼らを見捨てるつもりなのか!?」

「・・・・・・」

 

 アロセールの叫びに対して、ヴァイスは答えない。黙ったままアロセールの分まで帰り支度と身分偽装の準備をこなしてやるだけだ。

 

「見損なったぞヴァイス! 貴様まで“こうするしか手がない”と綺麗事で民を見殺しにする所業を正当化するとはな!

 街には負傷者や子供達だって大勢いるんだぞ!? それなのに・・・それなのに・・・貴様も貴族どもと同じ人の形をしたオウガに成り下がってしまうと言うのか!?」

 

 

 

「だったらお前は街の人たち全員を救おうとして、一人残らず皆殺しにさせるつもりなのかよ!?」

 

 

 

 ヴァイスの言葉にアロセールの美麗な顔立ちが衝撃と屈辱で大きく歪む。

 だが、ヴァイスは容赦しない。こうしている間にも救える人たちの数は情け容赦なく減っていく。作業の途中でこんな問答をいちいち繰り返していたら更に減るだろう。

 今は理屈だけでも納得して作業に当てさせるしか他に手がない。

 人々に無駄な犠牲を強いないためには“こうするしか手がない”のだから。

 

「オレだって彼らを見殺しにしたいワケじゃない! だが、他に手がないんだ! オレたちの数じゃ彼ら全員は救いきれない! 救えない人たちまで救おうとすれば、救えるはずだった人たちまで救えなくなっちまう! その程度の数しかオレたち解放同盟は持っていない! それが現実だ!

 認めろ! その事実を! その上で抗え! 現実に立ち向かえ! 今の無力なオレたちではこの程度のことしか出来ないって現実をいつか変えてやるために!!」

 

 アロセールには、もう返すべき言葉も反論も思いつかなくなってしまっていた・・・。

 こんなはずではなかったのだ・・・。

 真実を知れば皆が立ち上がってくれて、解放軍は倒れ、枢機卿も打倒し、民族差別のない平和で穏やかな『自分の兄が死ななくてもいい世の中』が訪れるはずだったのだ・・・・・・。

 

 それが、現実はどうだ? 蓋を開けてみたら夢も希望もない現実的計算ばかりがヴァレリア島に住む多くの者たちの心に根ざしているではないか。

 

「・・・オレたちは死んでいった奴らの分まで、今出来ることをしなくちゃいけない。それがオレたち生き延びちまった連中が死んじまったヤツらにしてやれる最大限のことなんだ・・・。

 その覚悟がないなら出てってくれ。戦いで己の私怨を捨てられないようなヤツに誰かを救うことは出来ないからな・・・」

「――――ッ!!!!」

 

 これ以上ないほど表情を歪め、不満と怒りと絶望と無力感に苛まれて立ち尽くすことしか出来ないアロセール。

 ・・・やがて彼女は愛用の弓を「ギュッ」と強く握りしめてディダーロの座す部屋を出て行く。

 

「・・・お前を許したわけじゃない。お前達のしてきたことは公爵と何も変わらない。公爵も枢機卿も、お前のことも私は許すわけにはいかないんだ・・・」

 

 ただ、とアロセールは振り返って“続き”を付け足す。

 

「――今回の件で情状酌量が与えてもらえるよう、神様には祈っておいてやる。それだけだ」

 

 不器用な謝罪の表現に、自分自身も不器用さを自覚しているディダーロは苦笑を返し。

 

「私に情状酌量を与えてしまうような神が、ウォルスタに加護を与えてくれる神だとしたら、そいつは偽物だと思っておいた方がよいと、今の私は思っているのだがね?」

「―――っ」

「・・・だが、君の思いには感謝しよう。考えてみればウォルスタ人相手に感謝したのは生まれて初めてかもしれない。

 最初で最後に感謝を捧げたウォルスタ人が、君のような人であったことを騎士として誇りに思う。・・・ガルガスタン人としては正しい思いかどうかはわからんがね」

「・・・・・・行く。世話になった。あの世で達者に暮らせ。ではな」

「君もな、アロセール君。頑張れと言える立場ではないが、いつでも君に良い風が吹いてくれるよう、アーチャーの君に相応しく風神ハーネラの加護にでも祈っておくとしよう。・・・元気でな」

「・・・・・・・・・」

 

 アロセールは駆け出し、二度と振り返ることも立ち止まることもなくなった。

 ・・・一度でも足を止めてしまえば自分は二度と立ち上がれなくなってしまう。そう感じずにはいられなかったから。

 

 

 

 部屋に一人残されたディダーロは、先ほどまでウォルスタの若者達が座っていた対面のソファを眺めて「ふっ」と微笑んで独りごちる。

 

「・・・今さら言っても詮無いことだが、君たちのような若者とはもっと早く会っておきたかった。私にはもう、これ以上は戦い続けられそうもない。疲れてしまったのでね・・・一足先に逝かせてもらう」

 

「さらばだ、未来のヴァレリアの若者達よ。良き人生を生きて、良く死んで逝くといい。生きることは死ぬことよりもずっと苦しくて重い責任を負うことだからな・・・」

 

 

 ・・・後世、歴史家達の見解によるとバルマムッサの真相を広めたネオ・ウォルスタ解放同盟が単独では解放軍にもガルガスタン軍にも対抗できないゲリラ組織までしか成長できなかった理由は、ヴァイスがデニム達とバルマムッサを脱出した後、離脱するのが遅れたため解放軍の宣撫班に先手を打たれてしまったためと結論が出されている。

 

 ヴァイスが本格的に活動を開始した頃、既に『バルマムッサの虐殺』は広くヴァレリア中に喧伝され、それに呼応したガルガスタン内の反枢機卿陣営が解放軍に参加を表明し、勢力バランスが大きく崩れた直後であったため、『バルマムッサの真実』を求める人の数は激減してしまっていたためである。

 

 人々は復讐心からガルガスタンに報復する理由と大義名分と、そして何より『力』を欲していた。

 その全てがウォルスタのロンウェー公爵から与えてもらえるようになった情勢下で、今さら戦乱を苦難の時代にまで戻す理由を人々は欲しておらず、趨勢の定まった戦乱に無謀な一石を投じるべき理由となる『真実』などほとんどの人から歓迎してもらえなかったのである。

 これはヴァイスの語る真実が、『ウォルスタの圧倒的優位な戦局』という現実の前に敗れ去った事実を示すものだったと言える。

 

 

 ・・・皮肉なことに、彼の敗北と解放軍の勝利にはセレニアも一役買ってしまっている。

 情報戦を得意とする彼女が組織した宣撫班は、効率的に噂を広め、尾ビレをつけさせ、民衆自身の口と足で拡散させる手法をとったため、上意下達の解放軍内にあって極めて異質な部隊と成り果てており、武闘派のヴァイスは後手後手に回らざるを得なくされてしまったという背景が関係しているためだ。

 

 間接的にではあるものの、彼は友軍だった当時『戦えない役立たず』として罵倒した経験のある相手にまで敗北を喫したことになるのだが。

 

 

 ・・・・・・それでもヴァイスは諦めない。

 それほど自分は『あきらめのいい性格はしていない』と胸に覚悟を秘めて歩き続ける。

 

 いつの日か本当の自由と平等が、ヴァレリアの民全員に与えられる日を夢見て戦い続ける、困難な道を選び続けていく。

 

 その道が彼を、かつて袂を分かった友“たち”との合流と和解につなげてくれる未来の歴史を、今を生きる彼はまだ知らない・・・・・・。

 

 

 

 

 ――古の昔

 力こそがすべてであり、

 鋼の教えと闇を司る魔が支配する

 ゼテギネアと呼ばれる時代があった。

 

 

 ――だが、そんな時代であっても人々は支配からの解放を求めるのを辞めはしない。

 鋼の教えを否定して、闇を司る魔を打倒するため蟷螂の斧を振りかざす若者達はあきらめることなく時代という現実に立ち向かい続けていく。

 

 これは、そんな若者達の戦いを綴った記録でもある・・・。

 

 

つづく



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ドラゴンクエストⅢ外伝~そして現実へ~

とあるユーザー様からご要望をいただきましたので書かせていただいた作品です。
ドラクエⅢと言霊のコラボ二次創作となっております。
いつものことではございますけど、原作ファンの方はお控えになった方がよい内容となってますのでお気をつけて。


 目が覚めると、森の中にいました。

 穏やかな木漏れ日が差し込み、近くから滝の音が聞こえてくる場所。

 

 ・・・ただし、その景色には一切まったく全然見覚えがありません。しかも気付いたら性別まで変わってるみたいですし・・・。

 私、男だから「私」なんて一人称じゃないですよ・・・。まぁ、なっちまってる今から言っても説得力0でしょうけれども。

 

 明らかな改ざんの状況証拠を腐るほど見いだしてから、私は立ち上がって光の差し込んでくる森の先に向かって歩いて行きました。他に道が見当たりませんでしたからね。

 森を一歩抜けると、そこはナイアガラじみた大滝でした。どういう地形環境だよ!?とツッコみたくなりましたけど。自分自身の体が既にしてまともな状態にないので今さらです。

 

 構わず歩いて行って、滝へと続く崖の先っちょに立ったとき。

 

 

“セレニア・・・ セレニア・・・

 私の声が聞こえますね・・・”

 

 

 天空から声が降ってきました。

 

“私はすべてを司る者。

 あなたはやがて真の勇者として私の前にあらわれることでしょう”

 

“しかし、その前にこの私に教えてほしいのです。

 あなたがどういう人なのかを・・・”

 

「いや、すべてを司ってるなら自分で調べればいいじゃないですか。子供向けの神様パラドックスじゃあるまいし、それぐらいなら出来るでしょ普通に」

 

 昔よくあった、『何でも出来るはずの神様が自分で持ち上げられない岩を創り出せるのかどうか』系のどうでもいい子供だましな屁理屈やり取り。あれと比べりゃ出身に始まって現在までの経歴、揺り籠から墓場まで調べようと思えば調べられないほどのものではない今の時代なら専門家雇うだけで為人ぐらい簡単にわかりそうなものですからね。

 

“・・・・・・さあ、私の質問に正直に、そして素直に答えるのです。よろしいですね?”

 

 あ、なんか無視された。しかもわざわざ『素直に』って付け加えられてしまいましたよ。少し怒らせちゃいましたかね? 反省。

 

「まぁ、質問に答えるだけで良いのでしたらどうぞ。人格鑑定を占う100均の本でやったことありますし、問題はありません」

 

“・・・ではまず、あなたの真の名を教えてください”

 

「え。今の私の名前って偽名確定なんですか――ごめんなさい、今脳の片隅まで調べ直します少しだけ待っててください。直ぐ済ませますから」

 

 微妙に怒りのオーラを感じさせられた私は慌てて記憶検索。――出ました。

 本当の名前かどうか判りませんけど、●●●●さんです。・・・「さん」って自分で付けちゃってる時点で改ざんされてる記憶っぽいなぁ、この本名・・・。

 

“では、●●●●。私はこれからいくつか質問をします。

 むずかしく考えず、素直な気持ちで答えてください。

 そうすれば、私はあなたをさらに知ることになるでしょう”

 

「はぁ・・・。まあご自由にどぞ」

 

 

“さあ、はじめましょう。

 あなたにとって人生とはたいくつなものですか?”

 

 

 はい・いいえ

 

 

「・・・え!? 為人を詳しく知るための質問を「はい」か「いいえ」しか答えのない二者択一で行うんですか!?」

 

 アイヒマン実験じゃあるまいし、それで判る為人ってどんななのか逆に興味がわいてきますけどね。どう考えても行き着く答えは両極端な極論しかありえそうにねぇ~。

 

“そうです。なぜなら私は最初に言ったはずです。

 『むずかしく考えず、素直な気持ちで答えてください』・・・と。

 そして、あなたは了承してから質問をはじめました。

 互いの了解は取れています。問題はありません”

 

 ・・・なんだかなぁ~。

 

“――ええぃっ! とにかく難しく考えないで素直な気持ちで「はい」か「いいえ」のどちらかだけを答えてくれれば、それで良いのです!

 それだけで私は、あなたがどんな人かより深く理解できるようになれるのです!

 すべてを司る者ですから!”

 

「三段論法にもなってない気がするのは私だけなんでしょうかね・・・」

 

“いいからとっとと答えなさい! 次行きますよ次! 時間が押してるんですからまったくもう・・・ブツブツ”

 

 なんだか中間管理職じみたこと言い出しちゃいましたね、この全てを司るお方。

 ま、いいでしょう。二つしか答えを選ばせてくれないなら、ある意味ではスゴく楽です。

 考えるだけ無駄な徒労で終わるだけですからね・・・。

 

 なので、ここからは超スピード。

 余計な感想を挟むことなく結果だけをお伝えしていく形式でいかせて頂きましょう。

 

“――コホン。では、あらためて。

 あなたにとって人生とはたいくつなものですか?”

 

「いいえ」

 

“困っている人を見ると、つい助けてあげたくなりますか?”

 

「いいえ」

 

“海と山では、山の方が好きですか?”

 

「はい」

 

“なにか思いたったら、すぐにやってみるほうですか?”

 

「いいえ」

 

“ひとつのことをはじめると、まわりが見えなくなることがよくありますか?”

 

「はい」

 

“食事のとき、1番好きなものは最後までのこるように考えながら食べますか?”

 

「はい」

 

“世の中には楽しいことより悲しいことの方が多いと思いますか?”

 

「いいえ」

 

“はやく大人になりたい、あるいはなりたかったですか?”

 

「はい」

 

“夢を見続けていれば、いつかその夢が叶うと、そう思いますか?”

 

「いいえ」

 

 

“そうですか・・・これであなたのことが少しはわかりました。

 では、これが最後の質問です”

 

 

 

「ええのう! ポニーちゃんの踊りはいつ見てもええのう!」

「くう! たまんねえぜっ! ピーピー!」

 

 

「ポ、ポ、ポニーちゃん・・・。

 し、信じてもらえないかも知れませんが、ボ、ボク・・・あの子と結婚の約束してるんです。

 で、でも・・・いつも不安で・・・あっ! そうだ!

 あなた、ちょっと彼女に聞いてきてくれませんかっ。ボクのことをまだ好きかって。

 おねがいしますよっ!」

 

「そ~れっ、ハッスル! ハッスル!

 え? あたしになにか用なの? 結婚の約束?

 ああ、そういえばそんなものをしたわね。

 でも、あたしがスターになるずいぶん前のことだし・・・今さら言われてもねえ・・・。

 あっ、そうだわ! あなた代わりに断っておいてよ。ねっ! お・ね・が・い・・・♡」

 

「ど、どうでしたか?

 も、もしダメなんて言われたらボクはもう生きていけません・・・・・・。

 彼女は約束通り、このボクと結婚してくれそうでしたか?」

 

 

「私は伝言を頼まれただけですので相手の言った言葉をそのまま伝えるだけです。そこに彼女の本心があるのか否かは別問題ですので、真実は勇気を振り絞って自分で問いただして頂くしかないことは先にお断りさせておいて頂きます。

 ・・・それで、彼女からの答えですが、『覚えてはいたけれど結婚する気は今はもうない。自分では言いにくいから私に代わりに言ってきてほしい』以上です」

 

 

「そ、そんな・・・ど、どうして・・・・・・あんなに固く誓い合ったのに・・・・・・・・・・・・」

 

 

“――私はすべてを司る者。

 今あなたがどういう人なのか、わかったような気がします”

 

 

 

“セレニア、あなたは『エッチですね』。私にはわかります”

 

 

 

 

「いや、ちょっと待ちなさい。今なんか物凄い違和感と言いますか、模範解答を見たわけではないのですけど、明らかなる採点ミスがあったような気がしてならないんですけども・・・!」

 

“それは、今あなたがいきなりエッチと言われて顔を赤らめたことと関係があることでしょう。

 それは自分でも薄々エッチであることに気付いているからなのです”

 

「名誉毀損で訴えますよ!? そして勝ちますよ!? ここまで事実無根の言いがかりを付けられたのは生まれて初めてだと思えるほどなのですがね・・・っ!?」

 

“フフフ・・・あなたは隠していますが、人一倍男の子が好きなはずです”

 

 男だよ! 他の誰でもなく私自身が男ですよ! 今の肉体は違うみたいですけれども!

 

“ぼんやりしている時、ふと気がつくと好きな人のことを考えてしまっていた。

 ノートの隅の方に、ふと気がつくと好きな人の名前を書いてしまっていた。

 そして思わずニヤニヤしてしまう。そんなことが多いはずです”

 

 キショイわ! 男が男にそれやってたら気持ち悪いだけだわ! 普通に変態でしょうがどう考えても!

 

“自分はもしかしてエッチなのではないか?

 あなたは時々そう思いますが、この際はっきりと言いましょう。

 あなたはエッチです! エッチなのです! それもかなりのエッチなのですよ!”

 

 虎ですか私は!? 私は虎か!? 虎なのですか!?

 

“でも心配はいりません。

 それは、それほどあなたが健康だと言うことなのですからね。・・・ククク・・・ザマーミロ”

 

 うわっ、この全てを司る者さん、性格悪。

 

「・・・って言うか、中世っぽい世界観の風景なのになんで最後のエッチの件だけ、現代小学生みたいなノリだったんです・・・? どう見てもこの世界の全てと違和感ありすぎてて整合性取れてないじゃないですか・・・」

 

 

“・・・・・・と、これがあなたの性格です。

 私はもうあなたを、より深く理解できましたので行って良し”

 

 逃げた! 逃げやがりました! 最後の最後までワガママで自分勝手な方ですねこの人!

 

“さあ、そろそろ夜が明ける頃。

 あなたも、この眠りから目覚めることでしょう”

 

“私はすべてを司る者。

 いつの日か、あなたに会えることを楽しみに待っています・・・・・・。

 

 

「・・・別にいいですけど、一向宗並みに物凄い巧言令色を聞かされた挙げ句、夢オチから始まるんですか。私が真の勇者になってあなたに会いに行く最初の朝は・・・・・・」

 

 

 

 

 ――それはセレニアが16才になる誕生日のことであった。

 

 

「おきなさい。おきなさい、私のかわいいセレニアや」

 

「・・・すいません、あと五分だけでいいので寝かせておいてください。

 あまりにも夢見が悪すぎて、機嫌良く起きれそうにないものですから・・・」

 

「王様に会いに行く大切な日に悪夢を見ちゃってたの!? 私のかわいいセレニアや!?」

 

 

つづく?

 

 

おまけ『今作版のセレニア設定』

 ドラゴンクエストⅢの世界に、なんでだかよくわからない理由で勇者として転生させられたらしい主人公。

 いつも通りの常識論で精霊ルビスに楯突いちゃったせいで、本来なら『いっぴきおおかみ』になるところを『セクシーギャル』に性格を変えられてしまった女の子勇者。

 あまりにも外聞が悪すぎる性格にされてしまったけど、ステータスの上昇率ではダントツなので結果オーライと言えないこともない。

 

『セレニア・・・人は正直すぎてはいけないのですよ・・・』By精霊ルビス

 

 

ちなみに、【いっぴきおおかみ】だった場合の性格診断だとこう言われます。

 

“セレニア、あなたはかなり個人主義者のようです。

 自分は自分、人は人という割り切りがはっきりしていて、人にクールな印象を与えます。

 友達関係もベタベタとつきあわず、あるていど距離をおいてつきあってしまいます。

 そのせいか、まわりの人にはどこか、つかみどころのない人と思われているかも知れません。

 あなたは時々そんな自分をさみしいと思うでしょうが、さみしいのはみんな同じです。  人はみなさみしいのだと、あなたはいつかきっとそう悟ることでしょう。

 そして涙を流しますが、そのあなたの涙を誰も見ることはありません。

 なぜなら、あなたは根っからの【いっぴきおおかみ】だからです。

 ・・・・・・と、これがあなたの性格です”

 

 

 ドラクエⅢの性格診断は結構当たると私は思ってます・・・・・・



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~5章

久しぶりにアークⅡ更新です。書く作品が多すぎると個別の時間が取れなくて困りますね。
ちなみにミリルは出てきますけど、本格的な参入は次話以降です。思ってたより時間たっちゃいましたのでね…更新速度優先です。


 エルククゥがハンターとして生きる術を教わった師匠とも呼ぶべき男、シュウの居住するアパートを訪れたとき。恐れていた二人の少女による激突は起こらなかった。

 待ち受けている側の少女が買い物に出ていたために、出会い自体をしてないからである。

 

 彼女はインディゴスの街が季節外れのブリザードに襲われる異常事態が起こらなかったことを素直に喜ぶ一方で、これが一時凌ぎであり問題の先送りにしかなっていない事実も自覚できていたため溜息を吐きたい気持ちにならざるを得なくさせられていた。

 

(・・・破滅を回避できたことは素直に喜べるんですけど、こう言うのって一度覚悟を決めて肩すかしを食らわされたりすると、次に覚悟を決めるのが怖くなるものでもあるんですよねー・・・。

 いやはや、居てくれなくて良かったのか悪かったのか。微妙なところですねー)

 

 ソファに寝転がって高い天井を見上げながら、ボンヤリとどうでもいい思考に身を委ねていた少女に対し。

 

「エルククゥ」

 

 低くて渋い、若く落ち着いた男性の声がかかった。

 シュウだ。

 自分ともう一人の少女の師匠であると同時に恩人でもある男性で、色々と謎が多いが信頼できるという一点に限り他の誰にも及ぶべくもないと言う文句の付けようのない長所を有した大人の男である。

 

「娘の傷の見立ては終わった。お前の予測したとおり、ただの銃弾ではなかったようだ。先端になにかの薬品らしきものが付着していた形跡がある。応急処置以上のことをしなかったのは正しい対応だった」

「やっぱりですか・・・」

 

 天井を見上げたまま身体を動かすことなくエルククゥは返事をする。

 実のところ彼女がリーザの力で自身の傷を癒やすことを制止してきたのにはワケがある。飛行船の甲板で自分が傷を癒やしてもらったときに、傷口が急速に塞がっていくにも関わらず、傷口の周囲の破れた服は風になびくように揺れていただけだったのが、その理由だ。

 

 要するに、時間を逆戻しにして身体を元に戻しているといった類いの奇跡的現象ではない、と言うことだ。

 

(おそらくですが、人体の回復能力を飛躍的に高めることで短時間の超回復を可能にするといった類いの原理なのでしょう。

 あくまで傷を癒やす速度を速める力であって、傷を受ける前の状態に戻すわけではないのだとしたら、余計な不純物が体内に入ったまま傷口を閉じさせるわけにはいきませんでしたからねぇ。あー、杞憂として割り切らなくて良かったです。一安心)

 

 そう思い、心の中で安堵するエルククゥ。

 リーザに不安を与えるのは良くないと考えて事情を説明せずに来たのだが。もし仮に言いつけを破って彼女が傷を癒やしの力で治していたらと思うと寒気がしてきたので、慌てて頭を振るとシュウに向かって聞きたいことを質問した。

 癒やしの力を使えない以上、医者に診せる必要が出てきたのである。

 

「とにかく、お医者さんにみてもらう必要がありますからね。誰か心当たりはありませんか?」

「空港のニュースは国中に流れている。あの一件はお前なのだろう? 目立ったことはできんぞ」

「ええ。だからこそ、あなたを頼るより他なかったんですよ」

 

 答えられ、数瞬の間を置いてシュウは弟子の言いたいことを理解した。

 彼は確かにエルククゥの恩人であり師匠でもある頼れる男性ではあるものの、位置的には国の反対側にあるプロディアスからインディゴスまで医者を紹介してもらうためだけに遠出してくるほどの理由は持っていない。

 

 匿ってもらうだけならば、医者はプロディアスで探してもいいはずだった。

 あそこは国の首都であると同時に、アルディア国ハンターズギルドの本部も置かれている場所だ。ハンター御用達の闇医者には事欠かない。

 その上、商売道具の信用を二束三文で売り払うヤブ闇医者は、業界全体の顧客を失わせるからと徹底的に余所へと追いやってしまう排他的ながらも守秘義務を厳守する裏社会の医療業界トップランカーが集まっている土地柄でもある。

 ギリギリまで追い詰められれば別だが、そこまで追い詰められない限り自分たち金ヅルの情報を商売敵に売り渡すような自殺行為は絶対にしない。

 

 だから、わざわざアルディアの田舎町に分類されているインディゴスに来るまで放置しておく理由がないのである。

 

 それでも彼女が自分を訪ねてきたのは、そういう事情があると言うことだ。

 即ち――――

 

「・・・相当にヤバいことをしている連中が相手というわけか・・・」

 

 単に、秘密をバラす恐れがないという“だけ”では信じ切れない。何でもいいから納得して信じられる理由が欲しい。

 

 エルククゥはシュウを信頼している。そのシュウが紹介してくれた相手なら信じられる。

 医者を信じるのではない。医者を信じたシュウを信頼しているからこそ信じて任せられるのだ。それがエルククゥなりの信頼に基ずく人間関係のあり方だった。

 

「・・・ラドの親父になら、頼めるかもしれんな」

 

 教え子の性格をよく知り、理解もしているシュウとしては、ここまで信頼されると応えてやりたくもなる。

 何より彼のよく知るその男も、目の前の少女と少しだけだが似たところを持っている人物だ。双方に好感を持っているシュウとしては教えるのを躊躇う理由はどこにも持ち合わせていない。

 

「ラドさん・・・ですか?」

「ハンター御用達の闇医者だ。飲んだくれだが、腕はいい。プロディアスのぼんくら共より余程な」

「へぇ・・・」

 

 シュウがそれほど絶賛する闇医者とは興味深い。エルククゥは個人的にもその『ラドの親父』という人に興味を持って事に当たろうと決意し直す。

 

「俺は出かけなくてはならんが、戻るまで部屋は自由に使ってくれていい。・・・到着早々に疲れているからとソファを占拠してしまったお前には今さら言う必要もないことだろうがな・・・」

 

 若干、非難を込めた口調で言われて肩をすくめるエルククゥ。

 “そうした理由”は承知しているものの、自分の家の家具を家主の許可より先に我が物顔で使われてしまったのではシュウとしては立つ瀬がない。

 

「ラドの親父は、この時間ならいつもは酒場で飲んだくれているはずだが、急な仕事が入ればその限りではない。その為にいつも酒場で飲んだくれている男だからな」

「なるほど」

 

 打てば響く相づちで、ラドという男の性質を大まかながらも理解したエルククゥは大きく頷くと立ち上がり、出立の準備をし始める。

 

「待って! エルククゥ」

 

 と、それを見たリーザが安静にしているため横たわっていたベッドから起き上がると声をかけてきた。

 

「私にも手伝わせて。もともと私の傷を見てもらうお医者さんを探しに行くんでしょう? だったら――」

「治療してもらう対象の貴女がついてきて、怪我が増えたらどうする気なのです? 治療費を更にふんだくられて私に泣きを見ろとでも?」

「そ、そんなつもりは・・・」

 

 アッサリと言い負かされて劣勢に追い込まれるリーザ。

 然もありなん、シュウとしては当たり前の結果に今さら頷く手間すらかける気になれない平凡すぎる光景である。

 こと、言葉での言い合いでエルククゥに勝てる者は希だ。大体は負けるか、エルククゥが自らの架した個人的な拘りによって勝ちを与えられて終わる。戦闘ではなく舌戦において彼女に勝てるようになるには、あの娘はあまりにもエルククゥを知らなすぎている。

 

「でも・・・」

「それに、貴女には友達に守ってもらっておきながら怪我してしまった負い目があるはずです。これ以上、友達との友情を反故にしてもらっては困りますね。そうは思いませんか? パンディットさん」

「!!」

 

 ハッとなってリーザは、ベッドの横で蹲っている美しい銀色の体毛のオオカミ型モンスターを見つめる。

 彼は自分を守ろうとしてくれて、自分は彼を守ろうとして、自分だけが怪我を負ってしまった。当たり所が悪ければ死んでいた可能性だってあったかもしれないのだ。

 それはパンディットの献身に対しての裏切りである。友達が自分のためにしてくれたことを無意味にするのは許されない。

 

「そういうことです。パンディットさんも留守をお願いしますね? 誰かが部屋を襲撃してきたとしても、私一人がいないぐらいで友達を守り切れない薄情な友人でいないようにしてくださいね?」

 

 軽く首をかしげてお願いされたパンディットは、不機嫌そうにうなって髪を逆立てて答えに代える。

 

 ――その程度のこと、言われるまでもない。バカにするなと、オオカミとしての誇りが侮辱された怒りを露わにした反応をまえにエルククゥは

 

「良い子」

 

 と、一言だけ言って軽く微笑み、出立準備は完了する。

 

「行くのか? ・・・気をつけて動いた方がいいかもしれんぞ。油断はするなよ」

「ええ、もちろん。・・・シュウさんもお気を付けて」

 

 そう言って、しばらくしてから一言だけオマケを付け足すエルククゥ。

 

「・・・それから、ありがとうございました」

「気にするな」

 

 それだけ言い残し、彼は部屋を去り。

 エルククゥもまた、その背中を追いかけるように部屋を飛び出して酒場に行き、一足違いでラドの親父はインディゴスのほど近くにある『廃墟の街』に向かったとの情報を得て大凡の事情を把握すると全速力で廃墟の街へと向かって疾駆しはじめる。

 

 

「アルコール中毒患者にとって酒を飲むことは、指先の震えを止める効果があります。一日中お酒を飲んでいるアルコール中毒の闇医者という姿が、いつどんな依頼が来ても適切な治療を施せるようにという医者の心構えから来ているものだとすれば・・・マズいかもしれませんね。もう少し急がなければ間に合わなくなるかも・・・」

 

 到着してからずっとソファで横になり、微動だにすることなく体力回復に勤しんでいた甲斐はあり、それなり以上の早さで廃墟の街に辿り着けそうだが、果たして“間に合うだろうか?”

 

 治療費も払えない貧乏人を相手にタダ同然で治療を施してまわり、多くの人の命を救うために本道から外れた裏社会を生きる医者らしい医者。

 

 それでも、“全ての人を救えるわけじゃない”。必ず取りこぼす命は多く出てくる。

 救える命よりも、救えない命の方が遙かに多いのが医者という職業だ。その中でできるだけ多くの命を拾おうと考えたら、酒でも飲まなければ続けられない。

 それぐらい“殺してしまうことが多い”のが、医者という仕事の役割なのだから・・・。

 

 

 ――だが、中にはそれを恨みに思う者たちも現れることをエルククゥは知っている。

 根っからの悪人にとって、その手の善人が施す善行が自分を救ってくれなかったとき、偽善であると決めつけて完全否定しなければ気が済まなくなる人の醜さを彼女は何度か目にして知っていた。

 

 そして、数年前までインディゴスで活動していた凄腕ハンター『青き炎の使い手』として、廃墟の街という場所の土地柄も十分すぎるほど理解している。

 

 マフィアの支配するインディゴスでは、親を亡くした子供は最も下の階層で生きていくことを強制される。人として扱われて死ねる幸運はほとんど得られない。

 だから、インディゴスよりほど近い廃墟の街まで逃げ延びた子供たちが弱い者同士で徒党を組んで、自衛するのに持って来いの場所であるのは確かだ。そこなら金のない子供の患者には事欠かないのも含めてだ。

 

 だが、しかし。忘れてはならない。

 親に捨てられた子供たちは社会の底辺に生きる弱者たちであり、守ってくれる者がいないからこそ弱い者同士で寄り集まって社会から遠ざかり、忘れられて法も規則も届かない廃墟の街で暮らしている、公的には存在しないのと同じ存在なのだという事実をだ。

 

 つまり。

 

 

「そこで誰が、どの様にして、どんな風に殺されようとも、法律は関知しませんって場所なんですよね!!」

 

 

 小さく叫んで、エルククゥは小さな身体を大きく跳躍させる。

 生きるに値する親父さんを死なせないために。生きる資格のあるリーザを救ってもらうために。

 

 そして――

 

 

 

「・・・おかしいな、確かここのはずなんだが・・・」

「――ククク、まんまと来やがったな」

「!?」

「ラドの親父よぉ、俺が誰だかわかるか? わからねぇだろうなぁ。警察から逃げるときに受けた傷で死にかけてたマヌケな強盗のことなんて、お前はとっくの昔に忘れちまってるだろうからなぁ」

「あの時の・・・だが、わしが見た時にはもう助けようがなかったんだ――」

「テメェの理屈なんざどうでもいいんだよ。いいから聞け。

 お前が見捨てた後、俺はあるお方に拾われてなぁ。その方に命を助けられた上に、こんな強い体にしてもらったのさ。

 だから、まず俺を見捨てたあんたに礼をしようと思って誘き出したわけよ。

 へへ、じっくり時間をかけて殺してやるぜ」

 

「それは困りますねぇ」

 

「「!?」」

 

「その人には用があるのです。あなたの下らない復讐ゴッコで無駄な時間をかけさせられては迷惑です。大人しく連れて行かせてもらえませんか?

 そうしたら特別に見逃してあげますよ? 弱っちいあなたが尻尾を巻いて逃げ去るのを見送るぐらいの猶予時間は施してあげましょう。感謝しなさい。警察から逃げる途中で怪我させられて死にかけるようなマヌケすぎる三流強盗の成れの果てさん」

 

「て、テメェ・・・っ!! ――ハッ、いいだろう・・・。ちょうど力試しをしたかったところだ。お前から始末してやるよ!!」

 

「粋がるなよ、ザコ。他人にすがってバケモノにならなければ復讐もできない三下風情が生き長らえた命まで無駄に捨てますか。

 だったら、もういい。死になさい。

 あなたには他人を殺す権利も、生きていく資格も私が認めてあげません。

 下らないあなたを拾った、下らないあなたの飼い主さんを地獄の底で歓待するため先に逝って待ってなさい。バ~カ」

 

つづく

 

 

おまけ『ちょうどその頃シュウのアパートでは』

 

ミリル「ただいま、シュウさん。見て、果物屋さんにオマケしてもらっちゃった。『今日はいつもよりオシャレして綺麗だから、エルククゥとデートなんでしょ? 頑張ってきなさいよ』だって☆ も~、果物屋のおばさまったらお世辞が上手なんだからウフフフ~♪」

 

リーザ「え・・・?」

ミリル「・・・え?」

 

ミリル「・・・・・・」

リーザ「・・・・・・」

 

 

エルククゥ「・・・念のために言っておきますけど、私は別にこういう現場に居合わせたくなかったからラドの親父さん探しにリーザさんを連れてこなかったわけではなくもないですけどないですよ? 多分ですけれども」

 

ラド「わしの治療を痴話げんかの仲裁に使われても困るんじゃけども…」



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~6章

昨晩に引き続いて再びアークⅡ更新。本当はミリルとリーザの会話を書き終えてからまとめて出すつもりだったのですが、雰囲気が変わり過ぎちゃうため切りのいいところで区切って投稿した次第です。


 廃墟の街に向かう途中、エルククゥが想定していた予測は半分当たって、半分外れていた。

 ラドの親父については大部分が当たりで、誰からも見捨てられた貧乏人どもを救ってやるため、国の息がかかった大病院の大先生という地位を捨てて野に下った真性の善人であり、酒浸りになった理由も救えなかった命と『救った命が自ら死を選ぶ現実』を直視し続ける日々から一時的にでも目を逸らす必要があったため。

 酒場で毎日飲んだくれているのも、いつ何時どこからの依頼が来ても指先が万全の状態で動かせるようにするためであり、分かりやすい目印として自分がいる場所を依頼者たちに周知させておくためである。

 

 彼の善性に関してエルククゥの予測は大方が当たっており、『予測を上回る人の良さ』だけが予測の一部をいい意味で裏切ってくれていただけだった。

 

 

 だが、彼と敵対する元強盗の現モンスター・リーランドについては、完全に的外れな予測をしてしまっていたと断言できる。

 

 彼は実のところ、ラドの親父を恨んでなどいない。むしろ感謝しているぐらいだ。

 彼が自分を見捨ててくれたからこそ、あの方に拾われて今の自分はこれほどの力を手に入れられている・・・。下手に救われてしまっていたら弱っちい人間のままだった可能性に思いを致せば恨む気持ちなど湧き出るはずもないというものだ。

 

 では何故、彼は今ラドの親父を復讐目的で殺しに来ているのか?

 ――簡単だ。力を与えられて、強くなったから。それだけが理由の全てである。

 

 今の彼はチンケな銀行強盗などではない、大富豪だった。

 金なら欲しい時に欲しいだけ奪ってしまって良く、あの時と同じで警察が邪魔するなら皆殺しにして悠々と酒場に凱旋することが出来る。

 『力という名の絶対的な資産』を与えてもらったのが今の彼、警察に追われたら逃げるしかなかったチンケな元強盗リーランド様なのだ。今さら殺す人間を選り好みしてやる理由などいささかも持ち合わせてやる義務はない。

 

 にも関わらず彼が、かつての人間時代に因縁のあった相手ラドを復讐目的という名目で襲った理由は、拾ってくれたお方から『事を表沙汰にしないよう』命令されていたからが一つと、もう一つはラドのように人の命を救うために私財をなげうつ善人な医者は『自分が救えなかった命』を直視させられたときに激しく顔を歪めていい表情になることを“加害者側から見た実体験”で理解していたから見たくなった。ただそれだけの理由である。

 

 要するに彼は、人間で居続けようとも辞めようとも、性根の腐りきった社会のゴミでしかなかったのだ。

 社会的に見下される立場にある人々の、弱みにつけ込んで馬鹿にして愉悦を得る。そういう類いの人間性の持ち主なままだったのだ。

 そのことが実物を一目見て、言葉を聞き、話を盗み聞いていたエルククゥにははっきりと理解することができていた。

 

 ――だからこそ、そういう相手が言われたくない言葉というヤツが、ポンポンポンポン湧き出す泉に様に思いついては口から垂れ流され続けても枯れることがない。

 

 

「その人には用があるのです。あなたの下らない復讐ゴッコで無駄な時間をかけさせられては迷惑です。大人しく連れて行かせてもらえませんか?

 そうしたら特別に見逃してあげますよ? 弱っちいあなたが尻尾を巻いて逃げ去るのを見送るぐらいの猶予時間は施してあげましょう。感謝しなさい。警察から逃げる途中で怪我させられて死にかけるようなマヌケすぎる三流強盗の成れの果てさん」

 

「て、テメェ・・・っ!!」

 

「粋がるなよ、ザコ。他人にすがってバケモノにならなければ復讐もできない三下風情が生き長らえた命まで無駄に捨てますか。

 だったら、もういい。死になさい。あなたが他人を殺す権利を私は認めてあげません。

 下らないあなたを拾った、下らないあなたの飼い主さんを地獄の底で歓待するため先に逝って待ってなさい。バ~カ」

 

 

 モンスター化して赤ら顔に変色したリーランドの顔色が、さらに赤みを増して醜さを増す歪ませ方をする。

 

 彼は人間だった頃から、社会的に弱い立場にある人たちを見下してバカにしながら生きてきた。

 だが一方で、自分たちもまた社会的に見れば見下される立場にある底辺でしかないのだという事実を常に意識させられてきてもいたのである。

 当然だ。だからこそ彼らは自分たちより下の地位にある者を見下してバカにすることで、ちっぽけな自尊心を満足させてきたのだから、気付いていないはずがない。

 

 そして、こういうタイプの人間は『自分より下だと見下している相手から“侮蔑されること”』に慣れがない。強者が弱者に見せる上から目線での優越を含んだ視線で見上げてくる者がいると癇癪を堪えることが出来なくなる者が意外なほど多い。

 

 もし仮にリーランドが本当の意味で大富豪になっていたのなら、エルククゥの言葉を『負け犬の庶民が吠えている』と笑い飛ばせたかもしれないが、所詮は飼い主の言われるがまま我慢を強いられコソコソ復讐ゴッコで鬱憤晴らすことしか許されていない飼い犬の身では望むべくもない夢物語でしかないのが彼の現実だったから・・・・・・。

 

 

「――ハッ、いいだろう・・・。ちょうど力試しをしたかったところだ。お前から始末してやるよ!!」

 

 そう叫んで、いつでも殺せる無力で弱っちいラドの親父から、少しは歯ごたえのありそうなエルククゥへと標的を変更して剣を振り上げ襲いかかる!

 

 ――さぁ、狩りの始まりだ! この場における狩人は俺様一人だけ! 残りは全て俺の獲物だ! 弱ぇヤツは強い奴の慈悲にすがらねぇと生きていけない事実を思い知りやがれ!!

 

 

 

 

 

 

 自分の矮躯など一刀両断できてしまいそうな、大振りの大剣を振り上げて襲いかかってくるリーランドを、茫洋とした黒瞳で眺めながらエルククゥは思っていた。

 

(・・・アホなんですかね? この人って・・・。お人好しすぎるにも程があるでしょうが・・・)

 

 ――と。

 

 廃墟の街について、ラドとリーランドの話し合い中に鉢合わせする羽目になったエルククゥにとって、今最も警戒しなければならなかったのは『ラドの親父が人質に取られる危険性』だった。

 それどころか、利き腕を損傷したり、頭に怪我を負うなどの治療に差し障りが出るような傷はぜったいに負わせるわけにはいかない。出来ることなら戦闘に巻き込むこと自体、回避すべき面倒事でしかなかったのである。

 

 当然だろう。殺すよりも、救う方が優先事項として上なのは当たり前のことなのだから。

 リーランドを見逃したせいで誰かが彼に殺される可能性は、傷ついたリーザを救うために急ぐより元強盗のモンスターを殺す方が重要だとする理由にはならん。

 

 当初に立案した作戦だと、不意打ちで奇襲してラドの親父さんだけを奪取した後、即座に転進して全力逃走。一目散にインディゴスまで逃げ帰ってリーザを治療してもらい、後のことは治療が終わって彼女の安全が確定してから改めて考える。・・・と言うものだった。

 

 それを変更したのは、単に遅れて到着してしまったが故にラドと自分との距離が、リーランドのそれより遙かに遠くて、遮蔽物のない一直線道路の最奥に誘拐対象が追い込まれた状態で出会ってしまったから。それだけだった。

 

 下手に隠れて接近して、気付かれたら意図を読まれかねない上に、敵の獲物がデカくて長いからラドの親父さんが逃げ切れる保証もない以上、仕方なしに姿をさらして具体的な目的告げずに『ソイツを寄越せ。そうすれば見逃してやる』と、どっかの組織の悪党っぽく演じることで人質としての価値が生まれないよう小細工してみたのだけど・・・。

 

 

(変なところで食いついてきましたね・・・。なにか私、気に障ること言ってしまったんでしょうか? 分かり易くて安っぽい挑発セリフしか言った覚えないんですけども・・・)

 

 単に、救出対象から敵の目を少しでもコチラに引くことが出来たら嬉しいな、と言う程度の気持ちで言ってみただけの子供じみた挑発台詞。

 それが思わぬ効果を発揮してしまい、目標から遠ざかるどころか自分を目標に変更してくれたのである。思わず感謝せずにはいられない。

 お礼代わりに接吻してあげたい。死のベーゼで、だけれども。

 

 

「あの方に与えてもらった力で、ナマス切りにしてやるよ! バラバラになりやがれ!」

 

 怒号と共に斬りかかってくるリーランドだったが、大言するだけの力は持っていた。

 とにかく攻撃力が高く、鎧と一体化しているらしい肉体は防御力も人間離れしている。

 小さな体と低い腕力を、槍の長さと手数で補うエルククゥにとって相性のいい相手では決してない。

 おまけに前回のアルフレッドと違って、体力を消耗しているのは走ってきた自分の方であり、相手が焦ってミスを連発しはじめるまで悠長に待ってやる余裕は、体力的にも時間的にもない。

 

 

 ――とは言え、だからこそリーランドは強敵だ、とは限らないのが実戦の機微というものなのだけれども。

 

「うおらぁっ! ずおりゃあ! どうしたどうした!? 大口叩いといて防ぐだけで手一杯か糞虫ガキがぁぁっ!!」

「・・・・・・」

 

 敵の攻撃をいなしながら、エルククゥは冷静に相手の強さを見定めていく。

 元が人間の犯罪者でしかないリーランドは、相手を威嚇する必要から獲物を振りかざす動作が大きく、見せつけるように緩慢な動きになる癖がついていた。

 モンスター化した後で強制するため、多少の訓練は受けさせられた痕跡はあるが、所詮は必要になってから必要分だけ訓練させて、モンスターの攻撃力・防御力・体力を付与させてやったところで付け焼き刃程度にしかなっていない。

 

「ハハハハ!! どうしたんだクソガキ? 手も足も出ねぇのか? もう少し本気を出してくれてもいいんだぜ?」

「では、お言葉に甘えて少しだけ。――本当の訓練というものを施してあげましょう」

「!?」

 

 言うと同時に『オーソドックスな攻め方と速度による攻撃』をやめ、実戦と訓練で鍛え上げた技と速度を上乗せさせた『実戦向きの応用スタイル』へと戦い方を変更させる。

 この『静』から『動』への急激な変化に、手加減して使っていた『教本通りの遅い動き』に順応させられてしまっていたリーランドは対応することが出来なかった。

 

「わっ!? たっ!? うおっ!?」

「握りが甘い。無駄な動きが多い。力みすぎる。相手の次の動きまでしか読めていない。三手先を読んで攻防を組み立てる基本がまるでなっていません」

「うおっ!? はっ!? へっ!? こなくそっ!!」

「膂力と耐久力は素晴らしい。ですが、身体能力に頼りすぎていて基礎がまるでできていません。経験も少なすぎます。まるでなっちゃいません。

 子供が刃物を持って『俺は強い強い』と喚いているようなものです。素手でかすらせることも出来ない相手に、多少リーチが長くなったぐらいで勝てるとお思いですか? 一撃必殺の腕力なんて、当てられる技量がなければ下手な鉄砲にさえならないのですよ?」

「う、わ、うわわわわっ!?」

 

 腹、胸、顔と次々狙いが変わるエルククゥの攻撃に対処が追いつかないままドンドン追い込まれていき、体勢を崩され、体中が傷だらけになっていく。

 どうにかしなければならないと分かってはいても、事態を打開する技も経験も彼には存在していない。

 

「そ、そんな!? 俺はモンスターにしてもらって人間を超えたはずだ! そのはずなんだ! なのにどうしてこんな・・・あり得ないぃぃぃっ!?」

 

 ――土台の想定が甘すぎたんですよ、ド素人。

 エルククゥは心の中で率直に、そう酷評する。

 リーランドは力に依存しすぎてしまい、力の制御方法をろくに学ばぬまま初陣に出向いてしまった。

 単に生まれついての体質から来る身体能力だけ底上げしても、中身が伴っていなければ宝の持ち腐れにしかならない事実を、彼を改造したバカは知らないと見える。

 

 所詮、数字としての強さなど武器でしかないのだ。どれほど高性能化しようとも、使い手がヘボならナマクラにしかなりようがない。獲物に合わせて使い手も強くならなければ結局は上がった数字に振り回されるだけで終わる。

 

 体を動かすのは、脳であり心なのだ。

 どれほど身体を強化して心を弄くり回そうとも、身体を動かす心が飼い主の意のままに動くしかない木偶では話にならない。

 それが武の本領というものなのだから。

 

「終わりですね。死になさい」

「くぅっ!?」

 

 焦りが更に防御を窮屈にしてしまい、止めとして放たれた突きと見せかけて軽く薙ぎ払っただけの一撃により獲物を天高く掬い上げられ宙に舞わされてしまう。

 

 振り上げられ、振り下ろされてくる槍の穂先に視界を占領されながら、それでもリーランドのプライドは『ただ逃げるだけの負け犬』になることを許さない。

 

「くそっ! 覚えてやがれ!」

 

 捨て台詞を残し、アルフレッドが使っていたものより高速化したテレポートの術で、いずこかへと逃亡していく。

 

「・・・・・・」

 

 しばらく構えを維持したまま警戒していたのだが、第二陣が来る気配もなく。

 結局はリーランド個人が、つまらない理由で、しょうもない殺人ゴッコをやりに来ただけで自分が抱え込んだ一件には関係なさそうだなと結論づけても大丈夫そうだった。

 

「あなたがラドさんですね。お怪我はなさそうですが、大丈夫でしたか?」

 

 安全を確認してからラドに話しかけ、相手も余計な動きをせぬままエルククゥの戦いにゲタを預けていた戦闘中のときと同じように、信頼しきった瞳と声音で彼女を見つめ返す。

 

「どうやら、お前に命を助けられたようだな」

「お互い様です。助けて欲しい命がありますので、一緒に来て下さい。金は言い値で払いますから」

「命の恩人の頼みを断るわけにもいくまい。患者のいる場所の住所を教えな。俺はそれを聞いた相手の事情だけは死んでも他人に漏らさねぇし、救うことに決めてんだ」

 

 頑固一徹。自分の決めた流儀を押し通す職人肌の医者であることを短い会話の中で示したラドに、エルククゥもまた好意的な微笑みを向ける。

 

「では、ご一緒しましょう。またさっきみたいなチンピラに襲われては助けに行くのが面倒くさそうですからね」

「違いない」

 

 はっはっは、と朗らかに笑って三十以上も年下の少女と並んで歩き出す、本道を外れることで医師としての正道を貫き続ける道を選んだ闇医者ラド。

 ある意味で似たもの同士な二人は揃ってインディゴスの街に到着すると、ほぼ同時にシュウのアパートの自室に帰ってきた。

 

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・(;゚ロ゚)」

 

 

「・・・おい、ちょっと待て。俺は医者だ。身体とか病は治せるが、人間関係と痴情のもつれは門外漢だぞ。

 なんだって、こんな危ない状態になってる若い娘たちがいる中で治療しなくちゃならなくなってんだよ!?」

「い、いや、そう言うわけではなかったんですけどね・・・? とりあえず治療だけでもお願いします。報酬は言い値の倍支払いますから・・・。

 ぶっちゃけ私一人だと私が死にそうです。主な死因は胃痛で。ホントの本当に」

「・・・お前、あんだけ強ぇのに、なんでそんな羽目になってんだよ・・・?」

「・・・・・・」

「まあいい。とりあえず俺は治療をはじめるぜ。こんな修羅場から早く帰るためにな!!」

「・・・・・・よろしくお願いします、ラド先生・・・(; ;)ホロホロ」

 

つづく




謝罪文:
主人公そのものを変えちゃってる作品ですので今更言うまでもないかと思っていたのですが、念のために説明と謝罪をさせておいていただきます。

今作には原作で曖昧になってる部分や、提示されていない部分について独自解釈やオリジナル設定が多く盛り込まれています。(あと、現時点で作者が知らない部分もです)

ラドの経歴や、リーランドの犯行動機などは完全に作者オリジナルのものですので、そのつもりでお読みくださいませ。


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おとぎ話のヒロインになりたくて☆

何日か前から暇な時間を見つけて、なんとなく書き進めていたオリジナル作品を投稿させていただきました。タイムボカンシリーズの悪女キャラが好きで、他のユーザー様が書いたタツノコ的オリジナル作品に影響されたから書いただけの、しょうもない代物ですがよろしければ暇つぶしにでもどうぞ。


 ここは日本のどこかにあるドコカ町。その西の方にある池名さんちのお宅の二階。

 

「鏡よ鏡よ鏡さん♪ 世界で一番カワイイのはわ・た・し☆

 ・・・イヤン! そんなホントのことを~!!」

 

 しゃべらない普通に大きな鏡の前で独り言を叫びながら、一人っきりで「イヤンイヤン」している変わり者の、でも確かにカワイイ女の子は『池名イコ』ちゃん。小学五年生。

 今見たとおり、自分を世界で一番かわいくて、いつの日か白馬の王子様が迎えに来てくれると信じ込んでる、夢見がちすぎなバカだけど可愛いいのだけは確かな女の子。

 

「さぁ~て、今日も隣に住む幼なじみのお世話をしに行かなくちゃ♪ やっぱりダメな幼なじみのお世話をしてあげるのはカワイイ女の子の定番だものね~☆・・・って、きゃあっ!?」

 

 ズガン!と爆音が轟き、鼻歌交じりに出かけようとしたイコちゃんの足を止めさせました。見るとお隣さんの家で火事に起きているではありませんか!

 いけない! 幼なじみのピンチだわ! 助けに行かなくちゃ! ――と、意外にも友情には熱いイコちゃんは大急ぎで走り出してお隣さん家の前まで行くとヤジ馬が既に群れをなして入り込めませんでした。

 でも幼なじみには会うことが出来ました。いざという時用の脱出路をつかって外に出てたからです。

 

「シズク!? 大丈夫だった!? 怪我してない!?」

「・・・う、ん・・・平気だ、よ・・・?」

 

 幼なじみの女の子、シズクちゃんは大丈夫そうでした。

 髪の毛がピンと跳ねてたり、着ている白衣がボロボロになってたりはするけど、それは何時ものことなので爆発のせいかどうか分かりません。だから気付かないフリして無視です。

 

「無事で良かったわ・・・。でも、一体何があったの?」

「う、ん・・・。なんかよくわからない理由、でマシーンを作ってた、ら、よくわからない理由で爆発し、て、よくわからない理由でおとぎ話の世界に行ける機械が出来たみた・・・い?」

「よく分からない多いわね!!」

 

 何時ものことだけど幼なじみのシズクちゃんは、よく分からない理由でトンデモナイ発明品を作り出してくれやがってました!

 

 ――でも、今回だけはナイスです!

 

「でも、よくやったわシズク! グッジョブ!」

「・・・ほ、ぇ・・・?」

 

 訳がわかってない幼なじみが小首をかしげるのを尻目にして、イコちゃんは夢見る乙女のポーズで天に向かって感謝を捧げます。

 

(神様仏様ついでにシズク! ありがとう! 私、おとぎ話の世界で幸せになっても貴女たちのこと忘れないからね!)

 

 こうしてイコちゃんは幼なじみをだまくらかし、おとぎ話のヒロイン役を自分と入れ替えさせる『おとぎ話のお姫様役はカワイイ私の方がふさわしいと思うの計画』を実行させたのです・・・・・・

 

 

 

 

 ちょうどその頃。

 ドコカ町の西の方にある、シズクちゃん家の火事が見えないお屋敷の地下室で、科学とは異なる古き時代の魔術によって、おとぎ話の世界へ行こうとしている女の子がおりました。

 

「うふふ・・・ついに完成しましたわ。我が家に伝わる伝説の大魔術『玉手箱マジック』が!

 この玉手箱マジックと、ご先祖様と互角の美しさを持つわたくしの美貌があれば西洋のおとぎ話世界を征服することなんて簡単ですわ! オーッホッホッホ!!」

 

 大きな綴り箱の前で高笑いしながら、大っきなオッパイを「バインボイン♪」と揺らしまくる、お色気過剰で黒髪美人な女の子は『竜宮城乙姫』さま。これでも小学五年生。

 日本一のお金持ち一族『竜宮城家』の跡取り娘で、その正体は浦島太郎を誘惑して玉手箱を開けさせお爺さんに変えてしまった竜宮城に住む乙姫様の十三代目子孫に当たる女の子。

 

「美しさによって東と西の世界すべてを支配しようとしたご先祖様の野望は、十三代目乙姫であるわたくしが実現してご覧に入れましょう・・・。ですからどうか復活して、お力をお貸し下さいませご先祖様! えいっ!玉手箱オープン!!」

 

 叫んだ彼女は箱を開けて、竜宮城家に伝わる忘れられた大魔術『玉手箱マジック』により初代乙姫様を復活させるための呪文を高らかに唱え出すのでした!

 

「エロイナ・エッチ~ナ・・・、エロイナ・エッチ~ナ・・・、開け箱! びびでばびでぶー!

 そして、わたくしの願いを叶えたまえー!!」

 

 ・・・変な呪文と、ヘンテコな踊りを踊らないと使えないのが、この魔術の欠点でした。

 ですが彼女は『美しい自分がやることは全て美しい』と信じ切っていますので、全然気にしません。ある意味とても幸せな女の子でした、十三代目乙姫様って。

 

 ドロロロ~~~ン。

 

『妾は竜宮城の乙姫一世。妾を蘇らせた子孫はそなたじゃな? 見事な心がけじゃ。力を貸してやる故、妾が果たせなかった西洋のおとぎ世界征服を必ずや成し遂げてくるがよい!』

「ははぁっ! ありがたき幸せでございますですわ、ご先祖様!」

『うむ! では征けい!!』

 

 そう言って、今より遙かに神秘の多かった日本昔話の時代の魔術をつかえる初代乙姫様の力により、十三代目乙姫様も西洋のおとぎ話世界の登場人物として入れ替えられたのです!

 

『ア~ブラカタブ~ラ、ムーンクリティカルアタック・パワーアーップ!!

 イデオン・シェンロン! 我が子孫をおとぎ話の世界へ飛ばしたまえ――っ!!』

 

 ・・・・・・どうやら変な呪文とヘンテコな踊りを踊らないと使えない魔術は、竜宮城家の伝統だったようですね・・・・・・。

 

 

 

 

 そしてここは、昔々の西洋ヨーロッパのどこかにある、トアル王国。

 そのトアル城下町に比較的大きな屋敷が建っておりました。

 

 屋敷には夫の財産目当てで結婚したあと殺してしまった、結婚詐欺師の継母と娘たち姉妹。それから唯一の遺産存続人である若く美しい娘のシンデレラが住んでいました。

 継母たちはシンデレラに嫌がらせをして自分から家を出て行かせて、これ以上の罪を犯すことなく合法的に遺産の全てを手に入れようと日々シンデレラに過酷な労働を強いていましたが、身も心も美しいシンデレラは彼女たちを恨むことなく耐え続ける日々を送っていたのです。

 

 なぜならシンデレラは、

 

「ああ! なんて過酷な運命なんでしょう! これもすべて私が可愛すぎるから嫉妬させてしまっているのが原因なのね! 可愛すぎることは罪!!」

 

 ――自己陶酔の局地型な性格をしたイコちゃんと、入れ替わっていたからです。

 シズクちゃんの発明したマシーンによって、まんまとシンデレラになることに成功したイコちゃんは、おとぎ話の世界に生きる女の子シンデレラとして継母たちのイジメに耐えながら、自己陶酔に浸りながら時を待ち続け。・・・やがて、その日がやってきました。

 

 王子様の花嫁になる子を探すため国中から女の子が集められ、お城で舞踏会が開かれるから、招待状がシンデレラの家にも届けられたのです。

 お金目当てで亡き夫と結婚した継母としては、夫よりも金持ちな王子様を逃す手はありません。自分はバツイチなので若い男の子は気にしそうですが、娘たちは彼氏いない歴=年齢の未婚女性なので問題ないでしょう。

 

 ただし、もちろんシンデレラには行かせないよう謀略を用います。

 自分たちより金持ちになるのが許せないと言うだけではありません。万が一シンデレラが王子様に気に入られでもしたら彼女を虐めてきた自分たちは身の破滅です。金持ち夫の財産など国家権力のまえでは塵芥にも均しい専制君主による王権政治。

 今まで虐げてきた側として、虐げられてきたシンデレラの玉の輿も立身出世も許すわけにはいかない彼女たち母娘は、舞踏会用のドレスを自分たちが着るぶん以外はすべて撤去し、お城に行くためのレンタル馬車は今日のために一台残らず予約で満杯であることを確認して、シンデレラにも来ていた招待状は川に捨てて紛失届を出しておきました。

 

 結婚詐欺師である継母は法的にも問題ない状況を作り上げられたことに満足し、シンデレラには家に残って留守番するよう言いつけてから、

 

「ああ、それから私たちが帰ってくるまでに掃除と片付けとベッドメイキングと、あとそれから・・・」

 

 念には念を入れて、朝までかけても終わらない量の仕事をこなすように命じ、やっとこさ安心して舞踏会に行くことが出来るようになったのです。

 根が小悪党なぶん、心配性なんですよね継母さんは。少しでも不安要素が残っていると怖くて仕方がないのです。

 

 そして一人だけ、お屋敷に残されたシンデレラは心優しい性格の持ち主なので、時間がかかり過ぎて舞踏会には絶対行けなくなる量の命じられた仕事だろうと真面目に――

 

「ふぅ。まっ、こんなもんでしいでしょ。どうせ私をイジメることが目的で、真面目に確認する気なんてない人たちだし。

 窓枠とか部屋の隅っことか、掃除の時にホコリを取り逃しやすい場所ばっかり見ようとして全体を見ようとしない小物の心理は、ほーんと読みやすくて楽でいいわぁ」

 

 ――こなす訳などなく。見栄えばかり気にして中身を見ようとしない小悪党の継母たちが自分をイジメるためだけに着目している場所を徹底して終わらせた後は、テキトーに見栄えを取り繕うだけで掃除終了~。

 残った時間はお茶を飲んだり、クッキーを食べたりしながら、魔法使いのお婆さんが来るのをて優雅に待ちます。

 

 家の雑用をすべて押しつけられてるシンデレラにとって、在庫数の確認も改ざんも思うがまま。味の違いも判らないのに高級茶葉を欲しがる継母には三箱一セットの安物を買ってきてあげ、本物と偽物を見分ける目も持ってないくせに高級ブランドの衣服を欲しがる義理の姉たちには大量生産されたパチモンを予定より多く買ってきては喜ばせ、差額の全てを親がくれぬお小遣いとして自分の懐に収めてしまってるシンデレラの暮らしは意外なほど優雅で豪勢だったのです。

 

 人からカワイイと思ってもらうためなら努力も金も惜しまないイコちゃんと、表面的な見栄えまでしか見ようとしない継母たちでは、見栄にかける情熱の度合いが違うのです。

 イコちゃんと入れ替わっているシンデレラと張り合うには。継母たちはザコ過ぎました。

 

「見栄っ張り力たったの5・・・ゴミのような数値しか持たないあの人たちが、エリート見栄っ張りの私に勝てるわけがないのよ。うふふふ☆」

 

 勝利の笑みと共にダージリンティーを飲みながら、継母たち用に何度かつかって味の薄くなった茶葉の量を水増しして偽装する作業をおこなっていると、玄関の方から扉をノックする音が聞こえてきました。

 

 シンデレラの瞳が「キラーン☆」と光り輝き、「はぁ~い♪ 今出ま~す♡」と甘ったるい声と共に扉を開けて来客を迎え入れたところ、お客さんはマントを広げてシンデレラに向かい礼儀正しく自己紹介してくれたのです。

 

「はじめまして、シンデレラ。私は、あなたの優しい性根と正しさに心打たれて願いを叶えに来てあげた、西の森に住む心優しく美しい美人の魔法使いのお姉さ――」

 

 

「ああ! あなたは! 魔法使いのお婆さん!!!」

 

「誰がお婆さんか! お姉さんと呼びなさいですわアホンダラ!!」

 

「ほげぇっ!?」

 

 

 バキィッ!っと、夢見る乙女ビジョンで瞳を曇らせ言ってはならない言葉を言ってしまったシンデレラの脳天に、怒り狂った美人で美しい魔法使いのお姉さんによる裁きの杖ゲンコツが振り下ろされ、失言問題で罰されてしまったシンデレラことイコちゃんは潰れたカエルのように無様な悲鳴を上げて床をのたうち回らされてしまいましたが、魔法使いのお婆さ――もとい、お姉さんは気にしようとせず、話を先に進める道を選ぶのでした。

 

「コホン。――シンデレラよ、あなたの優しく正しい性根に心打たれた私が魔法の力で貴女を舞踏会に行かせてあげましょう。

 舞踏会に着ていく用の豪華なドレスも、御者付き馬車も招待状も用意してあげます。おまけに今ならアフターケアで、ガラスの靴も付いてあげましょう。どうです? 乗らない手はないでしょう?」

「本当ですか!? 若くて美人な魔法使いのお姉さん!!」

 

 イコちゃん、即座に復活。キラキラお目々で魔法使いのお姉さんに華麗なる手の平返し。

 物質的欲望には強いんだけど、カワイさと乙女の夢見る心を刺激してくる話には激弱な彼女には、この手の美味い話には疑ってても飛びついてしまう第二の本能レベルで悪癖を持ってる女の子でもあったのです。

 

「ええ、本当です。そのためにカボチャもネズミもハイだって必要ありません。呪文一つであなたの見た目はカワイイお姫様へ早変わり」

「スゴい! スゴいです! さすがは魔法使いのお姉様!!」

 

 イコちゃん、心の底から大絶賛。嫌いだから触りたくないネズミも、思いから持ち上げたくないカボチャも、汚いから早くゴミ箱に捨ててしまいたかった竈の灰さえ必要とせずに夢のお姫様にしてもらえるだなんて、まるで本物の魔法のようです! 魔法なんですけどね!

 

「では、あなたに魔法の呪文をかけましょう。

 アーメン、ラーメン、カモン・ベイベー! ぼくイケメン!

 出でよ馬車と御者! そして彼女にドレスとガラスの靴を与えたまえ――っ!!」

 

 ボワワワ~~~ン♪♪

 魔法使いのお姉さんが魔法の呪文を唱えると、愛と煙が部屋中に振りまかれて充満し。

 

「ケホッ、ケホッ。ち、ちょっと煙いかも・・・」

「ごほっ、ごほっ。そ、それについては同感ですわね・・・。次から密閉空間で使うときには出力を押さえるようにしておきましょ・・・ゴホッ!」

 

 魔法をかけられたシンデレラと、魔法をかけた魔法使いのお姉さん本人まで巻き込んで煙幕みたいな被害をもたらしてから、ようやく煙が晴れて前が見えるようになると、そこには。

 

「スゴい! スゴいわ! スゴすぎるわ! 本当に豪華で綺麗な馬車と、立派な御者さんたちが現れてる! しかも私は綺麗なドレスと純銀製のティアラまで! スゴすぎます!」

「オーッホホホホ! まぁ、それほどのこともあるスゴすぎる力なんでございますけどね! わたくしの復活させた我が家に伝わる大魔術は!!」

 

 カボチャの馬車より豪華で綺麗な馬車と、ネズミを変化させただけの偽物とは格の違うイケメンの御者たちと、ブリリアントカットされたダイヤモンドで彩られた綺麗すぎるドレスに、混ざり物が一切入り込んでいない銀百%のティアラまでセットで付いてきた自分の姿にシンデレラ感激! 

 彼女の人生は今この時を迎えるためにこそあったと断言できる心境に、今のイコちゃんはなっていました。

 これと比べたら、魔法使いのお姉さんが口走ってた恥ずかしい呪文と、恥ずかしすぎる踊りは忘却の淵に沈めて永久封印してあげてもお釣りが出てきまくるぐらいでした。

 

「あなた本当に魔法使いさんだったんですね。ちょっとだけ疑っちゃってごめんなさい。

 変な呪文とヘンテコリンな踊りを踊り出しちゃったから頭のおかしい人かと、一瞬だけでも考えちゃった私が間違ってました!

 もー、イコちゃん悪い子! メッ! 反省! でも、カワイイから許しちゃってもいいわよいね?」

「オホホホ!! いい加減にしやがらないとぶっ飛ばしたくなりますわよ、このペチャパイ娘めが。

 まぁ、それは一先ず置いておくとしまして!

 シンデレラさん! 早く馬車に乗ってお城の舞踏会へ行ってらっしゃいませな! さぁ早く!早く!

 ハリー!ハリー! ハァァァリィィィィッ!!!」

 

 ローブに隠れた額に青筋浮かべまくった魔法使いのお姉さんに促され、シンデレラも待ちに待ってた舞踏会に参加して王子様に会いに行くためためらいなく馬車へと走り寄ろうとしました。

 

「はい! 色々ありがとう御座いました! 魔法使いのお姉さん!

 私、舞踏会の会場で幸せになってきますね! 行ってきま――うぐぅっ!?」

 

 そして、幸せの待つ舞踏会へと向かうため、最初の一歩を踏み出した瞬間。

 右足に激痛が走りました。なにかが突き刺さったような鋭い痛みに襲われて足下を見下ろしたイコちゃんに見えたのは、綺麗な綺麗なガラスの靴。

 とても外見からは細工されてるように見えないガラスの靴が、なぜだか妙に自分の足を痛めつけてくるのはなぜなのかしら? ・・・そんな疑問にかられているシンデレラの背後から、怪しげな笑みを浮かべた魔法使いのお姉さんが「にゅっ」と笑顔を覗かせてきて。

 

「あらぁ~? どうされたのですかしらシンデレラさん? わたくしの用意したガラスの靴に何か問題でもありましてぇ~?」

「い、いえその・・・なんだかガラスの靴を履いた右足が妙に痛くなってまして・・・」

 

 

「あ~ら、おかしいですわねぇ~? わたくしがその靴を作るのに使った数値は、貴女がもっとも痩せてたときに測った身体測定のデータだったのですけどもぉ~。

 もしかしてぇ~、シンデレラさんはぁ~、太っちゃったんですかしら~???」

 

 ぴしっ。

 

 その言葉を言われたとき。イコちゃんのいる世界全ての時が止まったように誰もが感じられました。

 

「・・・なん・・・ですって・・・?」

 

 怖い怖い顔で、冷たい冷たい声で聞き返すイコちゃん。

 ですが、魔法使いのお姉さんも負けておりません。ここぞとばかりに彼女の痛いところを突きまくって精神攻撃を連発してきました。

 

「ああっ! その反応はやっぱりそうだったんですのね! ごめんなさい、気がつかなくて・・・。

 そうですわよね、いくら可愛くったってシンデレラさんも所詮は人間。太りもすれば、デブにもなりますし、歳をとって醜くなったおババアさんになるときだって普通にありますものね! だって人間なんですもの! 仕方がありません!

 そんな当たり前すぎる人間の限界に気付かなかった、わたくしの罪! 魔法による永遠の若さは禁断の大罪!」

「・・・・・・・・・」

 

 ここまで言われてしまえば、イコちゃんとしても後には退けません。何が何でも意地を張り通します。見栄を張り通します。

 たとえそれが事実だったとしても女には・・・いいえ、『事実だからこそ』絶対に認めてはいけない言葉が女にはあるのです! 痛みなどに負けてはいられません! なぜならこれは自分はカワイイという絶対正義を信じ貫くための戦争なのですから!

 

「ご・・・」

「ご?」

「ご・・・ごめんなさーい! 気のせいだったみたいですー! 本当はぜ~んぜん痛くも何ともありませんでしたー! 勘違いしちゃってたみたいですね!

 も~、イコちゃんのせっかちさん☆ メッ! てへっ♡」

 

 その返事を聞かされ、ローブの下で勝利の笑みを浮かべながら魔法使いのお姉さんは「ああ、良かったですわ~」と表面だけ安心したような表情を作って見せます。

 

「舞踏会に行けば王子様の花嫁に選ばれること間違いなしなカワイさを持つシンデレラさんが、わたくしのミスのせいでお城まで行けなくなるだなんて困りますものね。だってシンデレラさんは世界で一番カワイイ女の子なのですもの! ね?ね?そうなんでございましょ~?」

「え、ええ勿論ですよ魔法使いのお姉さん。私が舞踏会に行ったら、その瞬間に王子様の花嫁は私に確定です。

 ・・・そうですよ、お城の舞踏会に行くことさえ出来れば間違いなく私で決まりなのに、それなのに・・・」

 

 悔しげな表情でうめき声を上げるシンデレラを、愉悦の笑顔で見下しながら魔法使いのお姉さんは彼女の背中をそっと教えてあげるような言葉を連発して一刻も早くお城へ向かうため馬車へと急がせました。

 その途中、一歩馬車へと近づいて右足を地面に降ろすたびにシンデレラは悲鳴を上げ続けましたが、魔法使いのお姉さんは聞こえないフリしてガン無視し続けました。

 

「ひべっ!?」「ふぎゃっ!?」「ひでぶぅっ!?」

 

 ・・・など、だんだん言ってる悲鳴が小悪党っぽくなってきちゃいましたけど、元からイコちゃんには小悪女的な部分が多かったですので問題なしって言ったらありません。

 やがて座って移動できる馬車に乗り込み、一息ついてお城へと向かうシンデレラの後ろ姿が完全に見えなくなるまで見送った後。魔法使いのお姉さんは。

 

「うふふふふ・・・・・・ふふふふはははははは・・・・・・オホ~ッホッホッホッホ!!!!!」

 

 盛大に高笑いを響かせながらバッ!とローブを脱ぎ捨てて、中から正体を現しました。

 

「引っかかりましたわね、池名イコ! 日頃からわたくしをバカにしてきた罰ですの!

 ガラスの靴の裏に忍ばせた画鋲の痛みでもがき苦しみながら、せいぜい惨めったらしく足掻きまくるといいのですわ! オーッホッホッホ!!!」

 

 長いローブで隠れていた魔法使いの中に潜んでいた人は、黒髪美人の女の子でした。

 年の割にオッパイが大きく、変装用の上げ底ブーツを脱ぎ捨てたらイコちゃんと同じくらいの身長しかなかった小学五年生のお嬢様。

 

 そう! 魔法使いのお姉さんの正体は、十三代目乙姫さまだったのです!!

 

「貴女がどうして、おとぎ話の世界に来たのか気にはなりますが・・・そんなこたぁ復讐の前では細やかすぎる問題に過ぎませんことよ! 必ず復讐して差し上げますわ!

 この美人過ぎる竜宮城乙姫の美しい美貌にかけて絶対にね!」

 

 実は彼女たち、同じ小学校で一年生の時からずっと一緒のクラスだった、近くに住んでない幼なじみ同士の女の子でした。

 カワイさ自慢のイコちゃんと、美人自慢の乙姫さまは事あるごとに対立して、どうでもいいことで対決し続けるのが二人にとっての日常風景になっていたのです。

 

 現在の戦績は665戦332勝333敗で、乙姫さまの方が“一回も多く”負けているのです。プライドの高い乙姫さまにとって絶対に許してはいけない数字です。必ずや復讐してやらなくてはいけません。そのためにお誂えの舞台も整っていることですし。

 

「見てらっしゃいませ池名イコ・・・。貴女の夢はわたくしが潰す。潰して差し上げますわ。

 この竜宮城乙姫の美しすぎる美貌をもって必ずや王子様を籠絡して、それで――」

 

 バッ!二度目のお色直しです。

 魔法の呪文を唱えようかと思わなくもなかったのですが、たまには自分で鍛えた早き替えと早化粧の能力も披露してみたくて今回は普通にお色直し。

 和風美人な着物風コスチュ-ムから、豪華で綺麗な西洋のお姫様風ドレスへと早変わり。

 

「このわたくし、乙姫シンデレラこそが本物のシンデレラとなることにより、貴女は偽物のシンデレラとなって無様に現実世界へと逃げ帰るのがよろしいのですわ! オーッホッホッホ!!」

 

 夜のトアル城下町に響く高笑い。

 こうして、二人の少女による美しさをかけた譲れない戦いは舞踏会がおこなわれているお城へと移動する。

 彼女たち二人が信じ貫く美しさの正義と真実が、現実世界だけでなくおとぎ話の世界でもぶつかり合おうとしていた!!

 

 ・・・ちなみに関係ない余談として、ヨーロッパでの人名は名前が先で名字が後ろです。

 ですのでイコちゃんは、イコ・シンデレラ。

 乙姫さまは乙姫シンデレラ。

 二人とも自己顕示欲が強く、自分の名前で王子様と結ばれたがりましたので、親とか先祖が決めて自分は受け継いだだけの名字をシンデレラにして、王子さあと結ばれるシンデレラになることを目指しているのでした。

 



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平民派DQN女オリ主がいくFFタクティクス

前々から書きたかった『FFタクティクス』二次創作を時間できたので書いてみました。
アルガスアンチなところまで書きたかったのですけど、電池切れて充電しなくちゃいけなくなったことが残念です。
取り敢えずできてる所まで投稿させていただきました。


 ――私は現代日本で『FFタクティクス』をプレイしていた▲■と申していた者・・・・・・。

 貴方は、“獅子戦争”をご存じでしょうか?

 FFタクティクスの舞台であるイヴァリースを二分して争われた後継者戦争の名です。

 一人の無名の若者、若き英雄の搭乗によって幕を閉じたとされる大乱・・・・・・この物語世界に住む者なら誰もが知っているとされている英雄端です。

 

 ――しかし、それが真実なのか今の私は知らない。覚えていないのです。

 

 交通事故に遭い、一度死んでFFタクティクスの世界に生まれ変わるとき、神様にとって都合が悪いから消されてしまったのか、あるいは最初から覚えようとしなかったのか。

 それすら今の私の記憶には残されていません。

 

 ここにいるのは、獅子戦争以前より武門の頭領として名高い名門だったベオルブ家の長姉『ラムダ・ベオルブ』。

 

 後に教会の手によって秘匿される“デュライ白書”の中で真の英雄として綴られる一方で、教会からは神を冒涜して国家の秩序を乱した元凶そのものと弾劾され、歴史の表舞台を記した記録からは存在を抹消されることになる少女騎士。

 

 ですが、私は知っています。

 忘れてしまった記憶と違って、残されていた自我がハッキリと理解している。

 

 それは、人が目に見えるものだけを“真実”であると思いたがる生物だという事実。

 自分が信じたいものをこそ“真実”だと“正しい”のだと決めつけたがり、縋りたがる弱さを持った生き物こそが人間あると言う紛れもなき真実。

 

 どちらが“真実”なのか?と選ぶことはしても、“どちらともが”真実なのではないか?とする声には耳を塞いで目をつむる。

 そんな愚かしくも愛しい存在こそが人間という名の種族たち・・・・・・。

 

 

 さあ、私と共に人々が追い求める“真実”を追体験する、歴史の旅へと出かけてみましょう――。

 

 

 

 

 歴史劇のはじまりは獅子戦争勃発の一年前、魔法都市ガリランドにある王立士官アカデミーの講堂から幕を開けます。

 その日、アカデミーに通う学生たち・・・若手貴族の子弟たちからなる士官候補生一同は、指導官役の北天騎士団団員によって全員が講堂に呼び集められていたのでした。

 

 

「・・・昨夜もまた、イグーロス行きの荷馬車がやられたんだとさ」

「それも、骸旅団の仕業なのかしら・・・?」

 

 同期生たちの囁き交わす声が耳の中に入ってきて、私は薄目を開けてそちらをチラリと一瞥し、特に目新しい物があるわけでもなさそうだったので直ぐに視線を正面に戻しました。

 

 

 ・・・この頃、イヴァリースでは鴎国との間でゼラモニアを巡って争われた五十年戦争の敗北により国そのものが疲弊しており、戦地から帰還してきた騎士たちに恩賞を支払う余裕さえなく、事実上のタダ働きとしてこき使っただけで解雇された元騎士たちが国中に溢れているという有様でした。

 

 当然、国のために戦いながら何の報酬も与えられることなく兵士たちを路頭に放り出す戦後処理は、職を奪われた騎士たちに王家や貴族に対する忠誠心を放棄させ、盗賊に身をやつす者や王家に対して謀反を企てる者など多くの凶賊や逆賊を生み出す結果を招いてしまい余計に内政を悪化させる悪循環を生じさせます。

 

 そのため当時のイヴァリースでは強盗や殺人が日常的に起きるほど治安が悪化しており、それらに反比例して民衆を守るべき責務を果たそうとしない統治者への信頼は下落の一途をたどっていたのです。

 

 そうして中で近年に台頭してきたのが“骸旅団”と呼ばれる一大勢力。

 元々は五十年戦争末期に、有志を募って結成された民間義勇部隊『骸騎士団』が母体となり、貴族に反抗するため結成された義賊集団だった組織です。

 ・・・ですが同時に、人が作る組織の弊害故に昨今では変質が激しさを増してきた集団でもありました・・・。

 

 組織が民衆からの支持を得て巨大化していく過程で、志も何もない本物の犯罪者までもが内部になだれ込むようになり、彼らの成す悪徳によって良貨は駆逐されはじめ、今では彼らの理想を成すはずだった戦いの目的は復讐戦と略奪戦にその姿を変えていってしまっていたのです。

 

 その被害は、幾人もの英雄や魔道師を輩出してきたガリランドの街もまた例外ではありませんでした・・・・・・。

 

 

「これから何が始まるんだろう? 知らないか、ディリータ?」

 

 傍らから兄の声で、親友であり幼なじみでもあり将来的には腹心の参謀として迎え入れることがほぼ確定している若者に話しかけるのが聞こえてきたので、私はあらためて視線を母の異なる自分の兄『ラムザ・ベオルブ』へと向け直したのです。

 

 線が細く、体つきは華奢で、女性のように面差しの柔らかで中性的な風貌を持つ武門の頭領ベオルブ家の末弟。

 兄二人と違って正室の子ではなく、平民出の側室から産まれた子であるためか政略結婚で嫁いできた母から産まれた私たち兄妹のような鋭さがなく、優しげな印象を見るものに与える一方で、『軟弱な見た目が武人らしくない』と陰口を叩かれる原因にもなっている武官貴族の子としては些か異端な私の兄上様で御座いましたとさ。

 

「いや・・・。ただ、ある程度の想像はつくが・・・」

「というと?」

「ラーグ公がこの街へおいでになる」

「ラーグ公が・・・? 何故・・・?」

「ラーグ公だけじゃない。ランベリーの領主・エルムドア侯爵もだ」

「それは初耳だ。・・・公式訪問じゃないな」

 

 ディリータさんから大雑把な説明を受けたことで、兄は一定の予測を立てられたらしく後半は理解の色が声に宿っていました。

 基本的に甘い人ですが、頭の悪い人ではないですからね。むしろ成績そのもは優等生の部類に入るほど。

 ただ、致命的なまでに人の悪意や作為、打算など人の悪感情にとことんまで疎く、人を疑うよりも信じたがる心理的傾向が戦略戦術関連における授業の成績を落とす原因になってしまっているんですよねぇ。

 

 去年の終わりにつけられた教官個人による個別評価では、

 

『技術的には優れており、教本通りに兵を動かす分には申し分ない。

 ただし、不測の事態により自己の判断で兵を動かさなければならい状況時には疑心暗鬼に陥り足を止めてしまう傾向が強く、教本通りにしか動くことのできない欠点を有している。

 総合得点としては、誰かの作戦指揮の下で一部隊を率い敵と戦う小隊指揮官としては理想的。多数の部隊を指揮統率する大将軍の地位には適正を欠く人物だと思われる』

 

 ・・・あれチラ見して読んじゃったときには、反論の余地がありませんでしたからねー・・・いや本当にマジでマジで。

 

「――今のイヴァリースはどこもかしこも“危険地帯”ばかりだ」

 

 一瞬、何かを言おうとして言葉を濁したディリータさんは、適切な表現を探すため少しのあいだ考えた後に『地位に配慮した表現』を使って説明を再開されたようでした。

 

「騎士団は八面六臂の大活躍だが、実際には人手が足りない・・・。

 そこで俺たち士官候補生の出番ってわけさ」

「要するに、貴族のお偉い皆様方がようやく重い腰を上げられて盗賊退治に本腰を入れられることが決まり、面子を保って協力し合うために非公式という形を取らざるを得なかった・・・と言うわけですよ兄様」

 

 身分に配慮して直裁的に言うわけにはいかなかったディリータさんに代わって、私が代理で結論を兄上様にご報告申し上げさせて頂きました。

 自分で思ったよりも大きな声が出てしまったせいか、周囲にいた何人かの生徒たちが「ギョッ」として私の顔を見つめてきたので「なんだよ?」と見つめ返して差し上げると慌てたように仲間内での噂話に戻っていっていかれましたとさ。

 

 ちなみに兄たちの反応は、苦笑する兄と、肩をすくめる兄の親友という熟れた反応。さすがに付き合い長いと癖のある性格を熟知されていて付き合いやすくていいですよね。大好きですよ、お二方。

 

「・・・相変わらず歯に衣を着せる気がまったく無い奴だなラムダは・・・。本来なら、聞かされているこっちの身が持たなくなるところだが、さすがにもう慣れさせられてしまったしな・・・」

「ラムダの“これ”は生まれつきだからねー。気にしてる方がバカらしく感じてくるくらいだし、いいんじゃないかな? 別に。ラムダらしくてさ」

 

 生真面目で配慮の行き届いた性格のディリータさんからは、まだしも諦め切れてない表情と声で論評され、兄からは割り切られてるのか見限られてるのか判断に困る言葉を賜る妹転生者の私です。いや本当の所どっちなんですか、兄上様よ。地味に気になるぞオイ。

 

 

 ・・・実のところ国内勢力最大規模とは言え、たかだかゴロツキとならず者の寄せ集めでしかない骸旅団による被害がここまで大きくなってしまったのにはワケがあります。

 

 それは鎮圧する側の貴族たちが骸旅団の討伐よりも、『他家の貴族に対しての面子や家格を気にする余り、軍事的には有効な作戦案を政治的理由により退ける傾向が強かったから』――と言うものでした。

 

 具体的には、自領内で暴れている盗賊たちに討伐軍を派遣した後、敵が隣にある別の貴族の領内に逃げ込んでしまうと相手に対する配慮から境界線より遙か遠ざかった地点で軍を返してしまう・・・等の現場判断。

 

 他にも、政治的に敵対している貴族の領土内で叛徒たちが暴れ出した頃には統治能力の欠如を非難する発言を繰り返していた名門貴族が、いざ自分の領内で反乱が起きたりすると今までの発言が仇となり、他の貴族に知られないため箝口令を敷いてしまって発見報告が遅れる・・・等の後方での責任者による怠慢。

 

 これらが積み重なり、『貴族による支配そのもの』を否定するためイヴァリース中を縦横無尽に暴れ回っている骸旅団相手に先手先手を取られる貴族配下の騎士団が多く出てしまうという結果を根いてしまっているというわけですね。

 

 おまけにここで、家同士による伝統的な確執まで関わってくると収拾がつかなくなるのも道理というもの。そりゃあ人手も不足するでしょうよ、当たり前ですけどね。

 

「貴族が面子や伝統の問題を一時棚上げにするためには、形式が必要です。そのためには比類なき名門の当主が範を示すのが一番楽で効率がいい。

 そのための今回の非公式訪問。そのためのエルムドア侯爵とラーグ公という人選です。多分ですけどね? これが一番効率よさそうな配分でしたから、おそらくは合っているでしょう多分」

 

 肩をすくめて総論を口にする私。

 

 イヴァリースは、王家が直接統治するルザリア地方、ガリオンヌ領、ゼルテニア領、フォボハム領、ランベリー領にライオネル領を加えた5つの上級貴族たちがそれぞれに統治する地方領。これに大小無数の貴族たちが統治している中堅貴族領とがひしめき合って版図としている封建国家です。

 

 この内、ライオネル領はグレバドス教会の所轄領であるため貴族同士の揉め事には基本的に中立の立場を取ることが多く、残る四家の中で北西に領土を持つ『北天騎士団』有するラーグ公と、五十年戦争末期に名を馳せた英雄『銀の貴公子』エルムドア侯爵・・・国の南東を統治している二人が手を取り合って国内の治安維持に本腰を入れて乗り出すとなれば残る二つの名門も無視するわけには参りません。

 外聞が悪すぎますし、忠義心が疑われ政敵につけいる隙を与えてしまう。

 

 と言って、ラーグ公のお膝元であるイグーロスまで侯爵が出向いてしまえば、配下になるため膝を屈したことになってしまいます。

 そこで、候補生でいる間は家同士の確執を持ち込まないことを国法により義務づけられている、貴族子弟の全員が入学を義務づけられた名門校ガリランド王立士官アカデミーで非公式会談という手はずが整えられた・・・そんな感じだと思われます。

 

 なかなかに政治的配慮の行き届いた良い策だとは思うのですが・・・もう少し早く重い腰を上げてくれなかったものかなぁ~、とコロンブスの卵を思い煩わなくもない私。

 ・・・ぶっちゃけ、割と本気で骸旅団による被害が尋常じゃないレベルに達してましてね。これ絶対、今年の税収に大きな影を落とすなぁーって段階まで放っておかれたことについては疑問の余地ありまくりな私ッス。

 

 そんな、貴族にあるまじき骸旅団敵思考に私が陥りだした頃、「一同、整列ッ!」ようやく指導官役の北天騎士様が講堂にご到着されました。

 やれやれ、長かったなと思いながら言われたとおりに整列して同期生たちと並び合い、正騎士殿からのお言葉を拝聴するため、視線を騎士様の上がった壇上へと向けるのでした。

 

「士官候補生の諸君、任務である!

 諸君らも知っていると思うが、昨今このガリオンヌの地にも野蛮極まりない輩どもが急増している。中でも骸旅団は王家に仇成す不忠の者ども。見過ごすことの出来ぬ盗賊どもだ。

 我々北天騎士団は、君命により骸旅団殲滅作戦を開始する。

 この作戦は大規模な作戦である。北天騎士団に限らず、イグーロス城に駐留するラーグ閣下の近衛騎士団など多くの騎士団が参加する作戦だ。

 諸君らの任務は後方支援である。具体的には、手薄となるイグーロスへ赴き、警備の任についてもらいたい」

 

 ――もっと具体的に説明するならば、ラーグ公と北天騎士団のトップが御座しますベオルブ家の居城に、作戦に参加する貴族の子弟たちである諸君らを一カ所に集めて人質にさせてもらうのが我々の任務である・・・。

 

 声には出さず、心の中だけでつぶやき捨てる私。ラムダ・ベオルブは性格が悪い。

 そんなことを考えているときでした。

 講堂の扉が開かれて、部屋の外から一人の女騎士が駆け込んでくる。

 

「・・・なに!? それは本当か?」

 

 壇上に立っていた騎士の耳元に唇を寄せて、何事かをささやいて来る相手の言葉までは聞こえませんでしたが、それを聞かされた騎士の反応から見て吉報ではなさそうですね。

 

「士官候補生の諸君、装備を固め、剣を手に取るがいい!

 我々北天騎士団によって撃破された盗賊団の一味が、この町へ逃げ込もうとしているとの連絡を受けた。我々はこれより街に潜入しようとする奴らの掃討を開始する! 諸君らも同行したまえ!」

 

 案の定、報告を終えた女性騎士が部屋を出るまで待つことなく、大仰な身振り手振りを交えながら左手を掲げて握りしめ、壇上の騎士様から士官候補生に対して初めての『殺人命令』という、騎士の家系に産まれた者にとっては有り難~いご命令を押しつけられたわけであります。

 

「これは殲滅戦の前哨戦である! 以上だ! ただちに準備にかかれッ!!」

 

 断言し、背中を向けて去って行く騎士の後ろ姿を見送りながら周囲の士官候補生たちを見回してみると、不安で顔色が真っ青になっているのが半分。残りの半数は強がって必要以上に大声で気勢を上げてる人とで占められてますねー。

 いやー、分かり易いなぁ~。

 

 落ち着いて言われたとおりに準備を始めているのは、この二人だけ。

 

「気をつけろよ、ラムザ。成績では他の奴らよりも上なお前だって実戦は初めてなんだ。無理に進もうとせず、確実に仕留められる敵から倒していけばそれでいい」

「侮るなよ、ディリータ? 僕だってベオルブ家の一員だ。こんな所で無駄死にはしない」

「・・・だといいんだがな。お前は顔に似合わず燃えやすいところがあるから心配だぞ、俺は・・・?」

 

 士官アカデミー今期の成績ナンバー1と2の会話は、相変わらず安定してスゴく安心できますよ。あ~、癒やされます。

 

「と言うよりも、僕よりも女の子のラムダを心配すべきところなんじゃないのかいディリータ? 僕はこれでも男なんだぜ?」

「いやまぁ、そうなんだが・・・コイツはなぁ・・・。念のため聞いておいてやるが、ラムダ。お前は仮に敵が食い詰めて犯罪に手を染めてしまっただけのやむを得ない事情を持った平民出身者だったとしても殺せるk――――」

「殺しますよ。情状酌量の余地は微塵もない人たちですから遠慮なくね」

「・・・即答かよ・・・。だから聞かなくていいと思ったんだよなぁ-、コイツには・・・」

 

 ばつが悪そうな顔で自分の準備に戻っていくディリータさん。

 あと、念のためって何ですか念のためって。おかしいでしょ、人に気を遣って聞いてあげてるときにその表現が出てくること自体が絶対的に。

 

 

 ・・・でも実際問題、今回の敵さんは殺すことに何の躊躇いも感じさせられてないのは紛れもない事実。

 事情はわかりますし、志には共感します。同情もしましょう。

 

 ――ですが、どんな理由があろうと『民衆のための戦いで、民間人を巻き込むこと』は許されません。まして武器を持つ兵士同士による市街戦など問答無用で論外。

 あれは民間人の命と財産を盾に使って、敵の攻撃を一時的でも凌ごうとする下策中の下策。少なくとも『民のための革命』を大義名分として掲げている平民出身の反乱部隊が使っていい戦法では断じてなし。

 

 

 

「国民の命と生活を守るために軍人はいて、それをするから私たち貴族は国民の払ってくれた税金で豊かな暮らしをしていられてる。

 民を守り、民を傷つける敵と戦えない貴族なんてブタ以下のクズでしょう? だったら私はただ、戦うだけです。人の上に立つ貴族としての務めを果たすためだけにね・・・・・・戦争です。一人残らず殲滅させますよ。

 戦に敗れて撤退中の敗残兵が民間人に被害を加えるようになる、その前に一人残らず絶対に――殺し尽くす」

 

 

つづく

 

 

オリキャラ設定『ラムダ・ベオルブ』

 ラムザの腹違いの妹に生まれ変わったTS転生者。

 ダイスダーク、ザルバック兄弟の実妹。

 歳の離れた兄たちよりもラムザと一緒にいる時間の方が長かったため、実の兄たちよりラムザやディリータといる方を好むようになった。

 女騎士は騎士団内に限らず、アカデミーでも珍しいため奇異の目で見られやすく差別を受けるときもあるのだが、彼女は自分の成績と家柄を使い分けることで相手を黙らせてしまうためプライドの高い男子候補生からは煙たがられているが、実力主義の生徒たちからは男女の別なく好かれている。

 また、隠れファンクラブを結成している女子たちがいるのは、ファンタジー世界であっても婦女子としての嗜みなのかもしれない・・・。

 

 外見的にはCHAPTER2のラムザに近く、黒い甲冑を身に纏い、ややくすんだ色の金髪と吊り目がちな青い瞳の持ち主。

 価値基準としてはラムザに近いが兄よりも言動が過激であり、大人しめな外見とは裏腹に責任を果たすことなく権利ばかりを主張する者には一切容赦しない激しさを内包している。

 

 貴族派DQNのアルガスと対をなす平民派DQNの毒舌キャラ。

 世界観に合わせて言動の過激さが増していく性質を持ち合わせている女の子で、ある意味この世界そのものにとって最大級の異分子的存在。

 

 父バルバネオス曰く、

 

『性格的にはザルバックに似て潔癖なところがあるが、才能はダイスダークに似て魔法と剣、そして策略と謀略の才に恵まれた極めて珍しい愛し子であり、鬼子でもある愛娘。

 長じた暁には、兄たちに勝るとも劣らぬ雄材大略の偉才として国の歴史に不滅の名を残し、イヴァリース初の女性騎士団長になることさえあり得るだろう。

 だが同時に、国に未曾有の国難をもたらす梟雄にもなり得る才と運命までもを、あの子は持って産まれてきてしまっている・・・。

 そして、どちらになるかはラムダ本人の意思ではなく、おそらくはイヴァリースがその時どの様な状態にあるかで決まってしまうことなのだろう・・・・・・』

 

 

・・・父が彼女に残した最期の遺言にして予言が実現するその日まで、残り一年・・・・・・。




追記『ラムダの毒舌碌』予告欄

アルガス「ラムザッ!やれ!殺すんだ!こいつはお前の敵だ!ベオルブ家の敵だ!わかるか? お前の敵なんだよ!こいつは敗者だ!人生の敗北者を生かしておく余裕は…」

ラムダ『…うるさいですねぇ…。少し黙っていてもらえませんか? ベオルブ家の温情で逗留を許可してあげてるだけの居候の分際で指揮権に口を挟むのはやめてもらいたのですがね、ラムザ兄様に拾ってもらった人生負け犬組の飼い犬さん?』


アルガス「ラムザ、目を覚ませ。そいつはオレたちとは違う。わかるだろ、ラムザ。オレたち貴族はコイツと一緒に暮らしていけないんだ」

ラムダ『…いや、あなた貴族じゃないでしょ。お爺さんが味方裏切った罰として爵位剥奪された貧乏騎士見習いの子せがれさんでしょう? …とゆーか、いつまでも家にいないで侯爵助けてあげたんですから、いい加減ランベリーに帰ってください。マジで邪魔』


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言霊・恋姫無双(魏ルート)

言霊と恋姫無双のコラボ作品『魏ルート』バージョンです。
ネタ自体はだいぶ前からあったんですけど、とにかく知識がなくて書けなくて…(;^ω^)
最終的に半ば以上オリジナルで書かせていただきました。銀英伝と恋姫と言霊のコラボみたいな作品とでも思って読んで頂ければ助かります。


「・・・この辺りもだいぶ治安が悪くなってきたものね・・・」

 

 漢帝国の都・洛陽。

 中でも比較的治安の他漏れていた上級役人の住まう屋敷が軒を連ねている一帯でふと、口をついて出た感想を手土産に曹猛徳は、友人の屋敷を訪れる。

 

 門をくぐり、中へと進み、庶民と比べれば豪勢であっても地位に見合った調度品は何一つ置いていない邸内を我が物顔で蹂躙しながら奥へ奥へと進んでいくと、屋敷に仕える数少ない召使いの代表格たる老人と出会った。

 

「これは、曹操様。お嬢様にお会いに来られたのでありましょうか?」

「ええ、そうなのよ。あの子は今日も書庫で読書中かしら?」

「今日は中庭に行かれるのを今朝方にお見かけしましたので、おそらくはまだそちらに居られるかと存じますので、ご案内致しましょう」

 

 礼儀正しく言ってくるだけで、曹操の暴挙を無礼だとは少しも思っていない口調で応じる老人の態度に、思わず曹操は相好を崩す。

 わざわざ取り次ぎやら、お伺いやらと余計な手間暇を幾度もかけなければ友人一人に会いに行くことさえ出来ない非合理すぎる権威主義は度が過ぎていて彼女の好みには合わない。

 

「いいわ、自分で行くから。勝手知ったるなんとやら。

 ああ、でも後でお茶とお菓子だけはお願いできるかしら?」

「畏まりました。どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいませ」

 

 一礼して背を向けて去って行き、厨房へと向かう老人。

 さすがに彼は慣れたものだったが、まだ屋敷に雇われて間もない若い娘の次女が偶然にも今の一連の出来事を目撃してしまい目と口を大きく開けて茫然自失している。

 然もあろう、ここは庶民の暮らす民家ではない。曲がりなりにも宮廷に使える官吏の屋敷なのだ。ここまで礼儀作法に威厳や権威、伝統と地位身分に頓着することなく。

 

 ただ『屋敷の主人の友人が遊びに来ただけなのだから、過剰な気遣いは邪魔になるだけ』という当たり前の常識をごく自然に実行することができる屋敷など、洛陽中どころか中華全体を探し回っても数えるほどしかないだろうと曹操には確信を持って断言する事ができる。

 

 ・・・老人と彼女の予測は双方共に外れ、目当ての人物が今日の読書場所に選んでいたのはかび臭い書庫でも風光明媚な中庭でもなく。自分の部屋の窓際だった。そこに椅子を運んできて座して本を読みふけっている。

 

「相変わらず本の虫なようで、なによりね似亜。本を見ているだけで世の有様を思い描けるあなたの英知を部下たちに分け与えてほしいぐらいだわ」

「・・・・・・曹操さんでしたか」

 

 ズカズカと、戸も叩かずに入室してきた訪問客の無礼に対して何も思うところがないかの如く普通に返事をし、尋ねてきてくれた友人に応対するため本を閉じて顔を上げ、目線を合わせる。

 

「・・・いえ、今は騎都尉になられたんでしたっけね。私ごとき一役人如きが敬称を省く無礼を働くべきではありませんでしたか・・・ご無礼の段、どうかご容赦願います。曹操騎都尉殿」

「ご謙遜を」

 

 相手の皮肉を取り合おうともせず、曹操は自らも皮肉げに唇を歪めると“いつものように”軽い毒のこもった言葉の矢を相手の心臓めがけて射出する。

 

「洛陽中に轟く名裁きをやってのけた話題の人たる司法官殿のお言葉とは思えぬお言葉。

 巷では、『さすがは“洛陽の鬼神”橋玄の娘だ』と女子供に至るまで噂し合っているというのに・・・世間の噂の華美なるに比べ、現実の惨憺たること、夢のなきこと。

 まさに帝国の実情を映し出した鏡のようだとは思われませんかな? 橋幽競殿」

 

 友人からの心優しい皮肉に対して声に出した答えを返そうとはせずに、橋幽競、真名『似亜』は曖昧な表情を浮かべ、友人と自分のために自ら茶を点てようと茶器へと向かって歩み寄る。

 

 ――先日のことである。似亜は司法官として一つの裁判を担当した。

 宮廷の重臣の一人が、家臣の夫に懸想して『情夫として献上するよう』命令して拒絶されてしまったのである。

 ここまではごく普通の色恋沙汰に過ぎなかったであろう。

 だが、手を振り払った相手は権威と面子と特権と富に犯され尽くした権力者の端くれである。当然のように濡れ衣を着せて罪に落とそうしたわけだが、彼女にとって運の悪いことに審議を任せるため指名した相手、司法官になったばかりで経験が浅く扱いやすいはずの橋幽という少女を見誤りすぎてしまっていたのである。

 

 似亜は相手の話を軽く聞いた時点で無実を確信することが出来たが、問題はその後だ。

 無実の者を無実にすることが如何に難しいか、父の後ろ姿を見て育ってきた彼女には明白すぎていたため一計を案じざるを得なくなった。

 

「この場合、必要なのは真実ではなく、無実の者を無実にさせることでしょうね」

 

 そう己の疑問に答えを出した彼女は直ぐに動き出す。

 彼女は審議を長引かせ時間稼ぎをしながら、告発者の重臣の素性を調査した。

 無実の者を陥れようと図るような輩だから、身辺には当然の如く弱点があると踏んでいたからである。

 

 案の定、叩けばホコリだらけだった重臣殿に自ら反対派を黙り込ませるのに協力を仰ぐことに成功し、その代わりとして『すべてを手違い、勘違い』として『双方ともに今回は何も無かったことにするように』という前代未聞の“正義の事なかれ審議”がおこなわれ世間から喝采を浴びる結末を招いていた。

 

 

 ――だが、巷の評判がどうであろうとも、当の本人が自身の下した審議の結果を高評価するか否かは本人次第である。

 

「それほど大層なことをやる能力はないんですけどねぇー・・・。ただ単に小知恵で現実を処理した。ただそれだけだと思うんですけども・・・」

 

 似亜の現実感覚ではなく、道徳の問題が彼女に自分の行動と思考を自己嫌悪させていたのである。

 

「中華を支配してきたのは『武の理』。常識や理想や理念は後回し。剣こそが全ての権力を握り、現実の国と人々の運命を決定づけてしまう・・・それがこの国の現状でしょう?

 それを貴女はわかっていた。わかっていたから、その中で自分に出来る最善を尽くして最良の結果を導き出した。恥じるべきところなんてどこにもない。むしろ立派なものじゃないの、誇りなさいよ。あなたは司法官としての正義を貫き、現実にそれを認めさせたのだから」

「・・・正義というなら、あの時私がやるべきだったのは告発者の不正を暴き立てて、徹底的に懲らしめてやることでした。

 私はあのとき時間を優先しましたし、国家全体と未来のことよりも、今の自分が担当している裁判で無実の罪に問われている被害者を救うことこそが役職的には大事なんだと決断した上でおこないはしました。

 ・・・それでもまぁ、気持ち的にはあんましいいもんじゃないですよ。この結果はね。

 もっと他にいい方法があったんじゃないのかなと、つい考えてしまうのです。結果論でしかないことぐらい、自分でもわかっているはずなのですが…」

「似亜・・・あなたは・・・・・・」

 

 曹操は何か言おうとして口を開いては閉じ、何度かそれを繰り返してから頭を振って、やがて盛大に溜息を吐いて見せた。

 

「――似亜、前にも言ったことだと思うけど、貴女の考え方は今の時代には新しすぎるし、正しすぎる。それを受け入れられる土壌は今の帝国にもなければ、大陸のどこにも存在していない。その程度のこと貴女が理解できていないはずがない」

「・・・・・・」

「それでも貴女が理想を捨てられず、現実の道を歩むための道標として灯火として掲げ続けるというならば。貴女が選ぶべき道は一つしかない」

 

 ぐいっ、と。いつの間にか間近によっていた曹操が似亜の首筋を掴んで自分に近づけて、唇と唇が接触する寸前の距離まで引っ張ってきてから、曹操はあらためて“先日だした自分からの要望に対して”答えることを友人に強制する。

 

 

「私と一緒に来なさい、橋幽競。この大陸でただ一人、私だけが貴女の理想に近い国を現実に打ち勝つことで実現させられる力と意思を持っている。他の誰にも同じ事は出来ない。

 貴女の理想を理解する者、共感する者は無数に現れるかもしれないけど、実現できるのは私だけ。

 だから似亜、選び取りなさい。私の差し伸べた手を取ることを。二人で帝国と大陸を手に入れることを。現実に打ち勝ち、理想を勝者たらしめるその日まで、貴女の理想は私が預かる。私が守り抜く。絶対によ」

 

 

 ・・・・・・この三日後、騎都尉曹操孟徳に五千の兵を率いて洛陽に近い穎川に陣を張った黄巾軍の将、張宝と張梁の二人を討伐するよう命が下った。

 その軍に私兵を率いて参陣した将の一員に橋幽競の名がある・・・・・・。

 

 

 曹操孟徳の覇業を陰で支えた『冷徹氷の軍師』と呼ばれる少女の戦いが始まろうとしていた・・・・・・。



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート

今月から始まった今季アニメの一つ『魔王様、リトライ』を見ていて思いついたネタ話です。
本当は異世界転生系アニメを基にした半オリジナル作品として「異世界に勇者としてTS転生」の方に出すつもりだったのですが、原作と大きく異なる部分まで行き着けなかったので念のため試作品集のほうに出させていただきました。


 ――そこは神が見放し、天使が絶望する世界。

 どうか驚かないで・・・。そして聞いてほしい。耳を澄ませば聞こえるはず。

 0時のベルは、何時だって君の始動を告げる音色なのだから・・・・・・

 

 

 ・・・その日、ゲームしながら寝落ちして。

 一日の終わりの深夜12時を迎えたときに聞こえてきた声の内容は、上記のようなものでした。

 これを聞きながら私の体は浮遊感と同時に、足下を失って果てのない底の底へと落下していくのを感じながら、それでも私は無意識の内に叫ばずにはいられなかったことを朧気ながらも記憶しています。

 

 

「――って、そりゃオーバーロードでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 

 

 ・・・こうして私は、自分がプレイしていたネトゲの中へ、自分が使用していたPCの体となって生まれ変わることになったのです・・・・・・が、しかし。

 

 

「・・・なんなんでしょうかね・・・? コレって・・・」

 

 私は朝目覚めると大森林の中にいて、夜の森じゃないからトブの大森林じゃなさそうだから助かったー、とか思いながら辺りを見渡し、自分の体を見下ろしてからイヤな予感に襲われて近くに流れていた小川のせせらぎに誘われるようにフラフラと近づいていって水面に映る自分の今の姿に愕然とさせられたのでした。

 

「・・・っ!! 【ゴッターニ・サーガ】で私が使っていたプレイヤーキャラクター・・・っ」

 

 の。

 

「別アカウントで作ってみたネタアバター、『ナベ次郎』・・・っ!! なんで寄りにもよってこっちのキャラで大森林に放逐されてきてるんですか私・・・!?」

 

 本気で謎な展開を前にして驚愕すること意外はできない私です! ここが仮にゲームの中か、もしくはゲームシステムが半端に通用する別時空の異世界とかだったとしても、ネタキャラで来させられる理由が全く想像できません! 何の理由で呼ぶにせよ、普段使ってるキャラで来させればいいだけですからね! ネタで呼ぶ理由がどこにも見当たりませんよ本当に!

 

「ふざけないで頂きたい・・・っ。なんで高校生男子の私が、こんな銀髪幼女エルフのチビキャラなんかにならなきゃいけないんですかっ、本当に・・・・・・!!!」

 

 わなわなと怒りに震える私です・・・っ! っていうか、一人称までロールプレイしていた頃の「私」で、敬語使いになっちゃってますし! 適応早いですねこの身体!

 

 

 日本製MMORPG『ゴッターニ・サーガ』で使っていたネタ・アバター『ナベ次郎』。

 オーバーロードに出てきた美人冒険者モードの「ナーベ」と、ガンゲイル・オンラインに登場するチビキャラの「フカ次郎」。お気に入りキャラの二人を融合させた感じで名付けてみた完全なるネタキャラアバターで、種族は一応エルフ。

 

 ただし、魔法が得意で接近戦闘が苦手な種族設定に反して、肉弾戦オンリーな武闘家クラスを極めた拳で戦うモンク・エルフな上に、外見設定として限界まで身長低くして、胸は逆にシステムで可能な限り最大限大きくしてみた結果、めちゃくちゃアンバランスな姿形と種族とステータスを持ったヘンテコリンなキャラが出来上がったんでしたよねー、たしか。

 

 髪は基本、金髪なのがエルフですけどナベ次郎は異端だったので銀髪。

 瞳の色も青か緑がポピュラーでしたけど、敢えて紫色に変えてみて(意味はありません。単に好きな色だったんです)

 服装というか、装備の方は防御ガン無視して攻撃特化型の軽装タイプ。何も考えずに突っ込んでいって玉砕して、復活させてもらって再び突っ込むというゾンビアタック上等キャラであり、猪突猛進しかしないイノシシエルフ幼女。

 

 笑い取るために普段は絶対しないような言動を意識してロールプレイしてたため、妙に格好つけた仕草をしてみたり、渋い台詞を吐いてみたりと外見に合わないこと甚だしい特徴が知り合いには受けてくれてたみたいで、ギルドにも入ってない野良PCの癖にしょっちゅう狩りに誘われてたモノです。

 そして、狩り場に着いたら特攻して玉砕して復活してもらって再び特攻して玉砕する様を『www(^Д^)』とか言われながら見物されていたんでしたよねぇ~、たしか。いやはや懐かしや懐かしや。今思うとすべては良き思い出ですよ・・・・・・。

 

 

 ・・・・・・そうです。実は私が『ゴッターニ・サーガ』を最近までプレイしていなかった卒業組プレイヤー・・・。

 ネトゲ世界に取り込まれる系の作品主人公によくある『そのゲームにすべてを捧げてきた廃人プレイヤー』などでは全くなく。

 どっちかと言うと「楽しめればそれでいいや」タイプのエンジョイプレイヤーだったのです・・・。

 なので、ぶっちゃけこのゲームやるの本当に久しぶりでよく思い出せませんですし、そもそも配信サービス終了するのが今日だって情報を偶然知ったから最後にもう一回だけログインしに来ただけの、本気で呼ばれる理由が存在しないはずの存在。それが私! ・・・そのはずなのですけども・・・・・・。

 

「・・・いやいや、落ち着きましょう・・・。まだ慌てる時間じゃありません、起きたばかりですからね。

 自分がプレイしていたゲームに入り込むなんて普通に考えてあり得ませ―――って、」

 

 いかん、これはフラグです。フラグ台詞です。言ったら一生帰れなくなるのが確定してしまう台詞ですから別のを口にしましょう、別の台詞を。

 例えばなんかこう・・・取り込まれてしまったゲーム世界から現実世界に帰ってこれた主人公たちが言ってたセリフとかを!!

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・ゲーム世界から現実世界に帰ってきたキャラクター・・・ほとんどいねぇ――っ!?

 向こうの世界に永住してチートし続けるタイプばっかりじゃないですか最近の奴って! 昔のだったら帰ってくる人の方が多いですけど、コレそういうタイプなの? ネトゲありませんよ、あの時代には!!

 

 て言うか貴方たち、なんで戻ってきてる数少ないんですか!? 貴女たちの大部分は当初の時点だと現実世界への帰還を目的として旅立ってませんでしたっけかね確か!?

 

 数少ない例外はキリトさんとか・・・? いや、あれはゲーム世界に取り込まれたとは言え機械的なモノでしたし、肉体は現実世界に置きっ放しですし。アリシゼーションの方はもう何が何だか分からなくってましたけど、それでもゲームはゲームって言う前提は守られてたみたいですし参考になりません。

 

 ログ・ホライズンは・・・・・・いつ続巻は出てくれるのでしょう・・・? ずっと続きを待ち続けているニワカ読者の私です。

 そして現状、出たとしても読めるかどうか定かでない知識0からの異世界生活はじめたばかり・・・。

 

 

「・・・どうすりゃいいんですか、こんなの・・・。

 こんな事態に陥るなら、もっと80年代アニメのDVD-BOXをたくさん買って視聴しておくべきだったのでしょうか・・・」

 

 そんな風に独り言で愚痴を言いながら、プレイしていた当時は慣れ親しんでいた仕草である、ポケットから紙タバコを取り出して一本咥えてからライターで火をつけるオッサンっぽいモーションを無意識の内に実行しつつ、近くにあった木の幹に寄りかかりながら腕を組んで「スパ~ッ」と煙を吐き出しました。

 

 別段、不良を格好いいと思い込んで勘違いしている中学生ではないですので、この手の仕草を格好付けでやっているつもりはありません。

 『格好つけて見せてるのが逆に格好悪い』を狙ってやってたのです。おかげで結構、笑いをとれたんですよね当時から。

 日常生活で考えすぎてる自覚のあった私としては、ゲームの中でくらいバカやりたくて、こういった仕草をしていたところ、なんか教育関係の人に見られていたらしく一部で物議を醸し出したのがゲームを卒業する理由の発端になってたんでしたよねー、確か。うん、思い出せましたわ。これもそれも今となっては全部良い思い出です。・・・そういう事にしておきましょう・・・。

 黒歴史なんざ掘り起こしても、碌なモノが出てこないのはムーン・レィスとディアナ・カウンターが身を以て証明してくれているのですからね・・・。

 

「しかし本当にどうしたもんですかね、この状況・・・。幸いステータスはプレイしてた当時のまま保存されてて、スキルとかも全部使えるみたいですけど、それを何にどう使えばいいのかサッパリ分かりませんし・・・」

 

 適当にいくつかの挙動を試して、ステータス欄を呼び出し確認しながら困ったように呟くしかない私。

 不幸中の幸いというか何と言いましょうか、律儀な性格だったおかげでネタで作っただけの別アカウントキャラも一応はレベルカンストまで上げてましたし、装備品もコラボイベントとかで手に入れたネタ系が多いとは言え性能自体は当時の最高水準近くのモノが揃えられています。そう簡単には殺されることはないでしょう、多分ですけれども。・・・さっきから多分多いなぁ私・・・。

 

 そうな風に考え込んでいたところ。

 

 

 ガサ、ガサガサ・・・。

 

「・・・ん? どなたかお客さんでもいらっしゃいましたので?」

 

 指でタバコをくわえてスパ~っとかやりながら、音の聞こえてきた方向を見やると少女が一人ボロボロの姿になって肩で息をしながら走ってきたところでした。

 

「えーとぉ・・・、どこのどちら様でしょう? そもそも私の言ってる言葉はお分かりになりま――」

「逃げて下さい!」

「・・・は?」

 

 私は平和ボケして危機意識に欠けると言われている日本人らしい反応を返して、ボケっと間抜け面をさらしてしまったところ。

 

 空から“ソレ”が落ちてきたのです。

 

 ズドォォォォォォッン!!!!

 

「うっ!? ぐぅ・・・っ」

 

 目の前に降下してきた巨大な物体。それによって吹き上げられた砂塵と衝撃波から視界を守るために目を手で庇ってガードしてから、改めてソレを見上げてみます。

 

 ――如何にもな悪魔さんでした。

 黒い身体で、毛がほとんどなく、頭に牛とか山羊とかバッファローみたいな角が付いてて、航空力学的に見て明らかに揚力不足で重量オーバーの蝙蝠っぽい羽を生やしてる悪魔っぽい生物のナニカさん。

 

 ソレがなんなのか断定はできませんけど、まずは話しかけてみましょう。話し合いは大事です。相手が悪魔だったとして敵対的とは限りません。兵藤イッセーに対して「悪魔だから悪とは限らない」とかそんな感じのことを言ってた露出狂の美人悪魔さんたちもいる世の中ですからねぇ。

 

「・・・あなた方はお知り合い同士の方ですかね? でしたら私としては、お邪魔虫のようですし大人しく立ち去りたいと思っているのですが如何でしょうか?」

『矮小なる人間とエルフの小娘よ。我に血肉を捧げよ』

「・・・あん?」

 

 ウワゥゥゥゥッ!!!

 

「っ!?」

 

 ぶっとい腕を振るって、問答無用で振り下ろしてくる悪魔らしく悪だった悪魔さん!

 慌てて私は両手を交差させてガードして・・・・・・・・・弱っ!?

 

 え、何この悪魔さんの攻撃。まるで痛くもなんともないんですけど・・・遊んでたりします?

 

『ウワォォォォォッウ!!!』

 

 真っ赤な目を輝かせて、口から気炎を吐き出しながら雄叫びを放つ悪魔さん。

 ・・・うん、こりゃあ遊びじゃありませんね。ガチです。完全に本気で殺しにかかってきていて――この程度のザコなのでしょう。

 

「・・・なるほど。では警戒も遠慮も無用というわけですか。話し合いを求めている相手に問答無用で襲いかかってきたのは貴方の方なんですから、死ぬ間際にみっともない言い訳とかしないで下さいね? 不快感を刺激されて余計に殺してやりたくなって仕方がなくなってしまいますので」

『ウ、ウボォワァァ・・・・・・?』

「では・・・・・・進軍を開始します!!! 突撃―――――っ!!!!!」

『ゴバァァァァァッ!?』

 

 私はナベ次郎をプレイしていた当時のことを思い出しながら、懐かしさに胸をときめかせながら、まるで乙女のような夢見心地の中で仲間たちとともに過ごした輝かしい黄金時代の記憶に浸り続けるのでした・・・・・・。

 

 

「突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃! 突撃ぃぃぃっ!!!」

『ゴバァッ!? グベァッ!? フゴハァッ!? グベバラバァッ!? ちょ、ま、助ケ・・・』

「降伏は許しません! 泣くことも泣き言も不許可です! 最後のHPが0になるまで戦って敵の攻撃に斃れるのであれば、それこそ名誉の戦死というものです! そうなれば英霊として貴方の魂は未来永劫、人々を見下す悪魔の王様と共にあることでしょう」

『フベッ!? ホゲッ!? グゲッ!? しょ、しょんな理屈が――グベハァッ!?』

「名誉でしょう? 感謝なさい。感動の涙と共に打ち震え、魔王様万歳と叫びながら頭を垂れなさい。名誉を望んで希うのです。――――そしてぇぇぇっっ!!!!!

 ヒート・エェェェェェェェェンド!! ですぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!!」

『ギャアアアアッ!? 頭蓋骨が握りつぶされる激痛でメチャクチャ痛いぃぃぃぃっ!?

 ちょ、ま、本当にこの死に方は不味・・・・・・グゲギャァァァァァァッッ!!!???』

 

 グシャアァァァッ!!!!!

 ブッシュゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!

 

 

「・・・ふぅ。また無益な殺生をしてしまいましたか・・・。私もつくづく業深い愚民の一人だと実感させられるのは辛いところです・・・。

 さて、娘さん。大丈夫でしたかね? 怪我とかしてらっしゃいませんでしょうか? 動けないようでしたら手をお貸ししますよ?」

「・・・ま、ま・・・」

「マ?」

「魔王様・・・殺さないで下さい・・・滅ぼさないで下さい・・・ボクは美味しくありませんから挽肉にしないでくださいぃぃぃ・・・うわぁ~ん、エンエン・・・ぐすん」

 

 なぜに? 助けてあげましたのに魔王呼ばわりされた挙げ句この扱い。

 この素晴らしい勘違いをしてくる異世界に常識を。

 

 

*注:妥当な評価です。

 

オマケ『今作の設定資料集』

 

【ナベ次郎】

 今作の主人公。ゲーム世界に取り込まれた日本の高校生。実は中の人は男だったりする。

 職業モンクで、種族はエルフ、性別は女。理不尽さと拳で戦う美幼女暴君。

 別アカウントで作って遊んでいた、いい味出してるバイプレイヤー風のネタキャラであり、普段遊んでいた本命アカウントの方だと職業ウィザードのメガネ男という、なんかどっかで見覚えのあるキャラを真似て使っていた。

 役割演劇(ロールプレイ)を最大限楽しむという目的の元、作られたキャラであるため行動がメチャクチャ。

 とにかく突撃したがり、痛い言動や『格好いいと勘違いしている格好の悪い』セリフなどを好む傾向にある。そのためのエフェクトを発生させる小道具アイテムを大量に常備してたりもする。

 基本的に、こちらのキャラで選ばれてきている以上、当然のように演じていたキャラ通りの言動を強制されてしまい、騒動を巻き起こしまくる混沌の申し子。

 見た目はカワイらしい美幼女エルフでぜんぜん魔王らしくないけど、戦い方とかセリフなんかは完全に魔王か、魔王以上なので魔王呼ばわりされても仕方がないのだが、本人は無意識にやっちゃっているアバターのせいなので断固として否定中。この矛盾が整合される日は来るのだろうか・・・?

 

 なお、セレニアと似て入るが基本別人なのでご注意を。

 

 

【ゴッターニ・サーガ】

 主人公がプレイしていたゲームの名前。いろんな国の神話やら逸話やらがゴッチャになったファンタジー世界が舞台という、いわゆる普通の王道ファンタジー世界が舞台のMMO。

 配信開始から5年が経過して終了を迎えた中堅どころの日本製MMORPGでもある。

 特にこれと言って特別なシステムは搭載されておらず、堅実で既存ユーザーを大事にする運営方針のゲームだった。

 物語が始まる日に、惜しまれつつも配信サービスを終了している。もともと小さな会社が運営してたゲームなので限界だったと、誰もが納得しながら終わりを迎えられた幸福なゲームの一つ。名作ではないが良作ではあった。

 配信開始から3年後には新規ユーザーが1人も入らなくなったことから既存プレイヤー確保へとシステムを更新し続けたため、妙にネタに走った装備やアイテムが多いのが一応の特徴。

 本人は気づいてなかったが、ナベ次郎の中身が男だと知った上でアイドル扱いされていた黒歴史が存在しているゲームでもあったりする・・・・・・。



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ドラゴンクエストⅢ~そして現実へ~『会話シーン集』

結構ぶりの更新です。『ドラゴンクエストⅢ~そして常識へ~』…の、会話シーンだけを抜粋したものを先に投稿させていただきました。
正直ストーリーまで書いてたらいつ出せるか見当つかなかったものですから…。その内に時間できたらストーリー付きで清書したいなとは思ってるんですけど、とにかく時間が足りない! 懐ゲーの再プレイと執筆の両立は意外と難しいみたいッス。


勇者の母

「ここから真っ直ぐいくとアリアハンのお城です。王様にちゃんと挨拶するのですよ。

 さぁ、行ってらっしゃい」

 

勇者セレニア

「・・・え? あの、私一人で王様に謁見しにいく予定になってたんですか・・・?

 念のために確認しておきますけど、私って宮廷儀礼とかの王族の前で絶対に守らなくちゃいけないマナー等の教育は受けさせてもらってたりしますよね・・・?」

 

勇者の母

「・・・・・・どうしたのセレニア? 早く王様のところへ行ってらっしゃい。今日会わないと、もう王様は会ってくれないかもしれないわよ? 本当にそれでもいいの?

 イヤなら早く行ってらっしゃい。さぁ、早く」

 

勇者セレニア

「・・・実母からの脅迫で始まる世界救済旅ぃぃ~・・・・・・」

 

 

 

 

アリアハン国王

「敵は魔王バラモスじゃ!

 世界のほとんどの人々は未だバラモスの名前すら知らぬ・・・」

 

アリアハン城下町に住む女の子

「町の中にいると、魔王が世界を滅ぼすなんて、まるで嘘みたいよね」

 

勇者セレニア

「・・・あの~・・・王様? 名前すら知られてないはずの魔王が世界征服戦争ごと、町の女の子にさえ知られちゃってるみたいなんですけれども・・・」

 

アリアハン国王

「せ、世界のほとんどの人々は知らないというただけじゃわい! ワシの治めるアリアハンの民まで知らんとまでは言うとらんもん!!(プイッ!)」

 

勇者セレニア

「・・・・・・(疑惑の目~・・・)」

 

 

 

 

アリアハン国王

「このままではやがて世界はバラモスの手に・・・それだけは何としても食い止めねばならぬ!

 勇者セレニアよ! 魔王バラモスを倒して参れ!」

 

アリアハン城下町に住む老人

「かつて、この国アリアハンはすべての世界を治めていたのじゃ。

 しかし、色々な戦争があってな。多くの人々が戦いで命を落とした。

 それからは海の向こうに通じる旅の扉を封じ込めたということじゃ」

 

勇者セレニア

「・・・あれ? これってもしかしなくても私、世界覇権争いの道具に使われようとしてるだけなんじゃないでしょうかね・・・?」

 

アリアハン国王

「・・・・・・ふふふ(ニヤリ)

 世界の正当なる支配権はアリアハン王たるワシのみに与えられるべき物じゃ!

 バラモスごときポッと出の青二才に渡しはせん! 渡しはせんぞぉぉぉッッ!!!」」

 

 

 

 

勇者の祖父

「おまえの親父、オルテガは立派な勇者じゃった。この爺の息子じゃ!

 セレニア! おまえもこの爺の孫じゃ! がんばるのじゃぞ」

 

勇者セレニア

「自分の祖父の部屋のタンスから5ゴールドを無断で持ち出し軍資金に充てようとする親不孝者が、立派な勇者としてがんばるに相応しい孫娘ですか・・・新しい辞書が必要そうな旅路ですね・・・」

 

勇者の祖父

「ゴホンゴホンゴホン!! ちょ、ちょっと持病の癪がぁぁ・・・っ! 腰痛がぁぁぁぁっ!

 持病のギックリ腰がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

勇者セレニア

「・・・・・・(ぎっくり腰は持病じゃないと言いたいけど言わないであげる祖父想いな孫娘)」

 

 

 

 

ルイーダさん

「ここはルイーダの店。旅人たちが仲間を求めて集まる出会いと別れの酒場よ。

 何をお望みかしら?」

 

勇者セレニア

「お給金なしで、休日もなし。必要となる物資は自分が敵倒して稼いだお金で賄わされた挙げ句、生きて帰れる保証はなし。ついでに言えば危険手当も障害補償もなしで、魔王倒した後にもらえる成功報酬として世界を救った勇者の仲間という名誉と称号だけ・・・・・・そんな過酷すぎる労働環境の魔王討伐旅に同行してもよいと言ってくれる人をお願いします」

 

ルイーダさん

「えっと・・・・・・うちは旅人たちが仲間を求めて集まる酒場であって、非合法な奴隷売買はやってないんだけど・・・」

 

勇者セレニア

「そう思われても仕方ないので怒りませんけどね。でも、実際問題そういう職場環境しか提供してあげられませんので、その条件でもいいという人だけお願いします。・・・この際、贅沢言えるような立場じゃないことくらい自分が一番わかっていますので・・・」

 

ルイーダさん

「・・・よくわかんないんだけど、今まで私が出会ってきた旅人の中で一番アンタが苦労人っぽい性格してるように見えるよ・・・」

 

勇者セレニア

「お気遣いいただき感謝です(礼は言うけど、自分の性格がセクシーギャルだと言うことは言わない女勇者セレニア)」

 

 

 

 

アリアハンのお城の兵士

「セレニア殿は、みなの期待をになう勇者なのですから。エッチは程々に頼みますぞ」

 

勇者セレニア

「それ私のせいじゃないですからね!? 性格に関しては全部「すべてを司る者さん」が勝手に決めつけた結果ですから勘違いなさいませんように!」

 

精霊王ルビス

「・・・フフフ・・・♪ 困ってる困ってる(^^♪

 私は『すべてを司る者』。勇者の運命の糸を手繰るくらい簡単簡単♪ 朝飯前デ~ス☆」

 

 

 

 

勇者セレニア

「・・・ところで王様。色々と見て回った末に魔王討伐のため絶対に必要な道具が一つだけあったので、用意していただいても構いませんでしょうかね?」

 

アリアハン国王

「魔王討伐に絶対必要な道具とな? そういうことなら無論ワシも協力させてもらおう。何なりと申すがよい! 勇者セレニアよ」

 

勇者セレニア

「ありがとうございます。

 それでは――お城の兵士さんたちが持ってる『鉄の槍』っぽいのを与えてください。

 こんな『銅の剣』なんて古代兵士みたいな時代錯誤すぎる武器じゃなしに」

 

アリアハン国王

「ゴホンゴホンゴホン!! あ、頭が痛い・・・持病の記憶喪失じゃっ!! 年老いたが故の記憶障害でついさっきのことがまる思い出せん! ワシは何か言っておったかの!? 勇者セレニアよ!」

 

勇者セレニア

「・・・・・・(さらに強まる疑惑の目~・・・)」

 

 



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「ハッピーシュガーライフ風オリジナル作品」

なんか、「ハッピーシュガーライフ」の1話目を見たときに衝動で書いてしまってたらしい作品が出てきましたので投稿しておきます。
ハッキリ言って暗すぎる作品でした。自分で読んでてそう思う内容でしたから苦手な方はお控えくださいませ。


 

 私は雨のなかを歩いてる。

 雨は好き。大好き。

 灰色の雲が好き。ドンヨリとした空が好き。ざーざーって言う雨音が好き。

 きたない灰色で、きれいで汚い世界を染めつくしちゃうところが好き。大好き

 

 だって・・・きれいな色で汚い中身を隠した町は、灰色一色に染めちゃった方がきれいに見えるでしょ・・・?

 

 

 

 ーー私には三歳上にお姉ちゃんがいた。

 とっても勉強ができて運動もできて、よい子でママやパパの言いつけをしっかり守れて、悪いところなんて一つもないパパやママがみんなに自慢したがるお姉ちゃん。

 

 そんなお姉ちゃんの後に生まれたからなのかな? パパもママも私にはすっごく冷たいの。

 

「お腹ペコペコだからご飯ちょうだい」って言ったら、「この問題が解けたらあげる」って、言われたの。

「お洋服きないでお外にいたから寒いの」って言ったら、「言うことを聞かなかったお前が悪い」って、言われたの。

 

 みんなには優しいお姉ちゃんも、私には優しくしてくれないの。

 

「これはあなたの為なのよ。出来の悪い妹をよい子なお姉ちゃんが優しくシドウしてあげてるだけなの。だからこれはアイジョウヒョウゲンって言うんだよ?」

 

 そう言って私のことを、ぶったりけったり殴ったりするの。「痛い痛いの、やめてほしいのお姉ちゃん」って言っても聞いてくれなかったの。たのしそうに笑いながら毎日毎日ボカリボカリしてくるの。

 

 ママたちもパパたちに「痛いの、お姉ちゃんにボカリってされたの」って泣きながら言ったのに聞いてくれなかったの。「あの子がそんな悪いことするはずない」って言って、ウソツキな悪い子って悪口を言ってくるの。

 

 誰も助けてくれなかったの。みんなお姉ちゃんの方が正しくて「正義の味方」だってほめてたの。

 

 

 だからハメツさせてあげることにしたの。

 ギャクタイされてる子供のフリして、泣きながらケーサツの人に言ったの。

 

「パパやママやお姉ちゃんたちにコロされそうなんです・・・。タスケテください・・・」

 

 言ってから大声で泣き出したら、みんなが私を見てくれたの。生まれて初めて人に見てもらえたからウレシくて、もっともっと大きな声で泣いてみたの。

 ケーサツの人たちが困った顔して「とりあえず中でハナシを・・・」って言ってきたから、ダダをこねたの。

 

「ここじゃなきゃヤだ! セマいところはもうヤなの! トジコメられるのコワいの! ヤなのーっ!」・・・って。

 

 

 ーーそしたら、みんな優しくしてくれるようになったの。お姉ちゃんの友達も、パパとママの友達もみんな私に優しくしてくれたの。「お姉ちゃんたちは悪い子だ!」ってキュウダンしてくれるようになったの。

 

 それからパパたちがどうなったのか私は知らないの。ケーサツの人にホゴされて、ずっと泣いてばかりでなにも言わなかった私にはよくわからないの。でも、ケーサツにいた女の人が

 

「大丈夫、もう怖くないのよ。悪い人たちはみんな私たち正義の味方がやっつけてあげたから、もう大丈夫! これからは幸せになってね・・・」

 

 ーーって、笑顔で優しく言ってくれたからパパたちもきっと大丈夫だよね?

 

 

 それから私は「悪い人たちをやっつけた正義の味方のリーダー」さんのヨウシになることになったの。その人はセイジカって言って、とっても偉い人らしいの。まわりの人たちから「苦しむ子供たちのキュウセイシュ」って呼ばれてたからきっとそうなの。

 

 その人たちの言ってたことはホントだったの。その人はパパやママやお姉ちゃんより優しかったの。ずっとずっと優しかったの。

 着るお洋服も食べさせてくれるゴチソウも、すっごくすっごく高くておいしいものだけ買ってきてくれたの。

 テレビにでたときオリョウリしてたから「なんでウチでは作らないの?」って聞いたら、「子供は知らなくても大丈夫な、大人の事情よ」って優しい笑顔で教えてくれたの。やっぱり大人はムズカシいの。

 

 でも、その人の名前を私は知らないの。

 「ママって呼んでいいのよ。だって今日から私はあなたのママなんだから」って言ってたから「ママ」って呼ぶことにしたの。ママって呼ばないとコワいお顔して怒られるからコワかったの。

 

 でも、1年に一回だけママがずっとコワいままになるときがあるの。

 センキョっていうのが近づくと、家にいるときのママは怒ってばかりになるの。家の外では笑ってばかりになるの。トウセンしたらいつもの優しいママに戻るけど、トウセンするまでずっとずっとコワいままになるの。

 でも、このまえラクセンしちゃったらしいの。とってもとってもコワかったの。家のなかをメチャクチャにしちゃったの。

 

 ママはコワいお顔して私のことも殴ったの。「お前なんかを拾ったせいだ!お前が悪い!」って。痛いのやめて、痛い痛いって言ってるのにやめてくれなかったの。

 

 怒って暴れて疲れちゃったママは、お酒をのんで寝ちゃったの。私は痛い痛いを飛んでけしたくてクスリを探してたの。叩かれたところにコブができちゃってて前がよく見えなくて、いろいろさわりながらクスリバコを探してたら「入っちゃっダメ」って言われてるチカシツに入っちゃってたの。見つかっちゃったら怒られるとおもってコワくてぶるぶるふるえてたら、朝になってもママは怒りにこなかったの。

 

 代わりにショーボータイのお兄さんがきたの。

 

「きみ! 大丈夫かい!?」

 

 って言ってから、小さなマイクに向かって「生存者一名発見! 小さい子供だ! 担架を持ってきてくれ!」って叫んでたから動くベッドがやってきて乗せられて、あったはずの家がなくなっててフシギそうにまわりの人を見てたらこう言ってたの。

 

 

「・・・火の不始末で事故死ですって。かわいそうにねぇ・・・」

「あら、私は落選したショックで焼身自殺したって聞いたけど?」

「どちらも違うわね。元からあの女はクズで幼児虐待してたのがバレて自暴自棄になった末に自宅に火を放ったのよ。犯罪者らしい愚かな末路って奴ね」

 

 

 子供の私にはよくわからなかったけど、クスリを探してる最中にさわったジャグチみたいにひねるのが良くなかったのかな?

 

 

 その後、私はトクベツガッキュウって言うところに行かされて育てられたの。「私と同じ子がいっぱいいる場所だよ」って言われてたのに、ちっとも同じじゃない子しかいない場所なの。

 みんなお姉ちゃんと同じことしてくるから、お姉ちゃんと同じことで返してあげたらお姉ちゃんと同じようにいなくなってくの。私じゃなくてお姉ちゃんと同じ子ばかりなの。

 

 

 

 ・・・そうこうしている内に中学生になってた私は、雨の中で恐怖に震えてる。

 子供じゃなくなる自分が怖くて震えてる。

 

 もう子供じゃない私には、守ってもらえる価値がない。無力で弱い、大人がいないと生きていけない子供じゃなくなる年齢になっちゃったら私は自分の足で立って生きていかなきゃいけなくなる。

 そのときのことを想像するのが死ぬほど怖い。怖くて怖くて仕方がない。

 

 私には何もない。人より勉強ができるわけじゃない。運動神経だって平均的だ。学歴? 親がいない私を受け入れてくれるマトモな名門校なんてあるわけがない。

 しいて言うなら顔と見た目ぐらいなもの。そんな少女が女になった後に待ってる人生なんてロクでもないもの以外にはあり得ない。

 社会と他人は、弱者と敗者以外にはやさしくしてくれない。子供は子供だから優しくしてもらえる。弱くて無力な子供らしく助けを求めれば手をさしのべてもらえる。

 私が子供だから、小賢しい罠にだまされてくれる。私自身が最大の餌として役立ってくれていた。

 

 それが無くなる。無くなってしまう。時の流れが私から、無力な子供を奪い去る。

 ーーそうなった私に価値はない。何もない。何もできない。してこなかった。

 

 そうなった私はどこに行く? どこに行ける? 行ける場所はどこにある?

 

 パパやママたちと同じケームショかな? お姉ちゃんと同じ少年院かな? それとも社会のイブンシとしてハイジョされちゃうのかな? ・・・元の閉じこめられてた場所にだけは戻してほしくないなー・・・・・・。

 

 

 ーー雨は好きだ。大好きだ。

 なにもかも灰色一色に染め上げて、私にとって都合悪い仕組みしかない現実社会を見えなくしてくれる。見なくてもよくしてくれる。一時だけの現実逃避場所を私に与えてくれるから・・・・・・。

 

 雨だけは私を甘やかしてくれる。無条件に優しくしてくれる。現実の全てを自分の色に染め変えて、汚い人間の殻も中身も見なくてよくしてくれる。

 

 そんな暴君みたいな雨を見上げながら私はつぶやく。

 普段、思ってはいても声に出すことはない本心を。

 

 

 

「あー・・・誰か私のことを自分の色に染め尽くすためだけに・・・所有してくれないかなー・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー率直に言って、私は優秀だ。

 全国模試で1位以外をとったことがないし、中学時代は国立競技場でリレーのアンカー以外は任されたことがない。高校に入学してから始めた新体操では「十年に一人の逸材」と言われてもいる。

 

 家柄もいいし、両親の評判も上々。学校では次期生徒改良に指名されてもいる。見てくれだって誉められたことは無数にあるけど、悪いと言われたことはない。

 

「このまま東大出身のエリートになって、ゆくゆくは日本を背負って立つ女性政治家! 末は総理大臣でも目指してみるか!?」

 

 そう言って機嫌良さげに笑う父のことを、世間では「旧弊に囚われない新世代の政治家。男女平等の旗手」と呼ばれている。

 

 

 でも・・・・・・だからどうだと言うのだろう。

 

 学年トップ? 全国1位? 国立競技場? 名門校で次期生徒会長? 日本でも有数の名家のお嬢様? 将来は東大を出て総理大臣か? ・・・くだらない。バカバカしいにも程がある。

 

 今の時代、東大に入ったからといって何があるというのだろう。

 「東大に在らずんば人に非ず」が通じた大蔵省時代じゃあるまいし、専門分野では地方の大学にさえ遅れを取り始めている元日本の最高学府に入ったぐらいで得られるのは職業選択時における自由度の高さぐらいなもの。

 ネームバリューが利いてる今なら学科によっては優れた教育が受けられるかもしれないけど、世界的に見て二流半の大学に進学するよりかは留学でもした方が将来のためにはなるのは確実だ。日本の経済が再活性化するにしても、私が若い頃には無理そうだからね。

 

 陸上の記録は中学時代のものでしかなく、畑違いの新体操で二年間を過ごした私が亀に抜かれたウサギになってないと信じ込める根拠はなにも持ってない。

 新体操を含め、日本にリーグのない競技でプロになっても金銭的に苦労するのは目に見えている。今いる学校も「日本でも有数の」と一番ではなく同格の他校が存在している事実を自らの口で自慢げに自白してしまっている。

 

 これらは何も特別な知識というわけじゃない。どこにでもある本屋や図書館で、適当な本でも借りて暇つぶしに読みさえすれば得られる程度の初歩知識だ。

 その程度の初歩を知っているだけで「聞くだけ馬鹿らしい」とわかる程度の質問を、大仰な名札をつけた聞いたことない名前のお爺さんがテレビの中で他人を罵倒するのに使っている。

 それを見た父がうなずき、母が共感し、日本の現状を憂いて見せながら、何もしようとしない。ただ嘆いて憂えて、自分は悲しむべき悲劇を悲しみ、怒るべき不条理に怒りを感じることができる善良な常識人だと認識して、それで満足する。

 

 その後には、常と変わらない日常が待っていてくれる。

 

 信じたいから信じて、認めたくないから否定して、他人を責めて、自分を誉めて、無力な自分の力を言い訳にして何もしようとしない。そんな日常。

 

 醜悪だ。あまりにも醜い。醜すぎる。

 親も人も世間も他人も社会も世界もーーーそして、醜いと否定している世界を壊したいとは思わない自分自身も。何もかもが醜すぎる。

 

 

 現実を認めようとしないのは醜い。自分の醜さを認めようとしない人間は醜い。

 世界は醜く、人は醜く、自分も自分の欲望も醜い。

 

 

 ・・・あまりにも理不尽な己の怒りを持て余したとき、私は決まって雨の町を歩くことにしている。

 

 雨はいい。スゴくいい。大好きだ。

 暗く沈んだ色に染まった世界はいい。きっと私の心象風景もこんな世界なのだろうと想像して楽しめる。

 地面に落ちて、染み込むように浸食していくところを目にすると快感すら覚える。

 きっと『汚らしい人間の心と体に私の体液を染み込ませていく時に感じる絶頂は、この程度ではないんだろうな』と妄想できるから。

 

 

 私は歩く。雨の中を。妄想に耽るために歩いていく。

 ーー人には見せない、見せるわけにはいかない最低最悪なサディスティックな本性を雨粒のベールで隠しながら歩いていく。

 

 ふと、口元が危険な形に歪みきっていたことに気づいて顔を伏せる。人に見られて誤魔化すことに慣れてはいても、面倒だと感じる気持ちに慣れた訳じゃないから。

 

 そして、ぶつかる。

 互いに前方不注意だったと一目瞭然なぶつかり方だったけど、私は先に謝るため素早く顔を上げて相手を見る。面倒事はごめんだ。さっさと先手をとって脱出する。その腹積もりだった私は、相手の顔を見てすべての思考と予定を放棄して黙り込む。

 

 

 一目見てわかった。解ってしまった。

 この子は・・・・・・私の同類であり、似ても似つかない対極にある真逆の存在。

 

 

“ふさわしい主以外には仕えられない、さまよう奴隷だ”と、

 

“他の誰でも換えが利かない世界に一人だけの奴隷を欲する暴君だ”と、

 

 

 今の日本では、求めても手に入らないはずの存在と出会った私たち二人の頭に「次があるかもしれない可能性」は存在しない。

 ただただ失われる前に手に入れるため算盤を弾き続けるだけだ。

 

 ーーやがて私は笑顔で笑いかける。

 

 

「ーーごめんなさい、前をよく見ていなかったのよ。今ので服が濡れてしまったみたいだし、私の家で着替えていかない? 親のことなら気にしなくて大丈夫よ。マンションで一人暮らししてるから、信頼されてるの。私って親の言うことをよく聞く、よい子だから」

 

 

 相手の少女も笑顔で返すーー。

 

「・・・・・・ありがとうございます。正直、スゴく助かります。私、親がいない孤児で、満足に服を買うお金もない貧乏施設で暮らしてるんですよ」

 

 

 ーーこうして、私は少女を合法的に“買い取った”。

 きっと今まで大人たちが彼女にしてきたのと同じように。彼女の所有権を利己的な目的のもと、お金で買う。きっと彼女にとっては日常茶飯事でしかない日常。

 

 でも、それも今日で終わり。これが最後の買い取り。自分で自分を売る最後の商売。

 

 だって。

 今日から彼女の全ては、買い取った私が一生所有するのだから。

 泣いても叫んでも助けを求めたとしても手放すことなく。

 一生イジメ続けて飼い続けて私好みに染め上げて・・・愛し続ける存在になるのだから・・・・・・。

 



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海賊の正義の名のもとに

昨日の夜から今に至るまで延々と時間かけ続けてやっとこさ完成できた、私にとって初めての『ワンピース』二次作を投稿させていただきました。
少し事情がありまして、これ書かないと前に進むのが難しい状況に陥ってましたので次にようやく進めそうです。フゥー、助かった~(;'∀')

ちなみに今作で一番の元ネタは原作よりも、劇場版『ワンピース フィルムゼット』です。


「俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる・・・探せ! この世の全てをそこに置いてきた」

 

 

 富・名声・力。

 かつて、この世のすべてを手に入れた男“海賊王”ゴールド・ロジャー。

 彼の死に際に放った一言は人々を海へと駆り立てた。

 世はまさに、大海賊時代の始まりである!!

 

 

 ・・・だが、この時代に船出した海賊たちの誰もがロジャーの意思を継いでいた訳ではない。ロジャーの残した【一つなぎの大秘宝】を目指して船出していったとは限らない。

 

 

 

「“すべての海兵を育てた男”海軍大将【黒腕のゼファー】・・・・・・う~ん、憧れるなぁ。カッコいいよなぁ・・・。

 私も早く大きくなって海軍に入れば、この人のように大きな器を持った偉大な人間に育つことが出来るだろうか? 今の名だたる将兵達と同じように、か弱い人々を悪から守る海軍の絶対正義を貫き通せる人間に自分自身を育てることが出来るだろうか・・・?」

 

「・・・・・・いや、違うな。出来るだろうかではない。“なる”のだ。

 私は彼のようになりたいと思った。ならば彼のようになる義務があるはずだからな・・・」

 

 

「海軍大将ゼファーを先生と呼べるようなデカい人間に、私はなる! そう決めた! 決定だ!

 異論反論は私以外には断固として誰にも認めない!!!」

 

 

 ・・・受け継がれる意思、時代のうねり、人の夢。これらは止めることは出来ないものだ。

 終わらぬ夢が導き手となり、自由の答えを求める少女の前に選ぶべき世界が目の前に広々と横たわっていたとき。

 受け継がれた意思が少女を動かし、夢へと駆り立て、勢力の枠組みさえ超えてゆく。

 

 

 海軍の絶対正義を貫く海賊として、己が信念の旗のもとに!!!

 

 

 ・・・・・・これは、そんな変わり者の海賊の物語である・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 ――10年後。聖地マリージョア。

 世界政府と海軍本部の世界最高権力二つが本拠地を構える世界の中心。

 そこにある海軍基地施設の一角で、中佐の階級章とコートを羽織った一人の女性士官が立ち止まり、決然として顔を上げながらついに決断の時が来たことを確信させた。

 

 

「・・・ダメだな、今の海軍は。全く以てダメすぎる・・・・・・ッ!!!」

 

 

 吐き捨てるように言い切りながら、右手に握りしめていた報告書を破り捨て、チリ一つ残さず近くに置いてあったゴミ箱にまとめて捨ててから元の位置まで戻ってくると、今しがた陳情に上がった上官の将校が放った言葉を思い出し不快さでゴミ箱を蹴飛ばしたくなる思いをギリギリまで必死に納める努力をする。

 

 くすんだ色の金髪。目つきの悪い三白眼の瞳。細身ながら筋肉がシッカリついた鍛え上げられた肉体。

 大海賊時代の名だたる剣豪たちに共通する身体的特徴を持った彼女は、見たままズバリ剣士で、腰には業物とみられる見事な刀を差していた。

 年齢は19。階級は海軍本部中佐。

 この歳では異例の出世であったが、それは彼女が地位身分に相応しい実績と成果を持つ偉大な海軍将校たり得る逸材だと誰もから認められている事実を示すものでもあった。

 

 彼女は同期の誰よりも強く海軍の絶対正義を信じて入隊してきた少女だった。

 危険な戦場でも常に部下や上官よりも先に立って突撃し、力なき民衆を守るため命を賭けて戦うことを海兵として誇りに思う生真面目すぎる少女士官だった。

 

 そんな少女だったからこそ、19歳で中佐という異例の若さで高い地位を与えられることを誰も不思議に思わず受け入れられていたのだが・・・・・・それは同時に“そんな少女だったからこそ”今現在の海軍が置かれている現実を受け入れることは不可能でもあったのだ。

 

 先ほど彼女が捨てた報告書は、【王下七武海】の一部に関して妙な動きがあることを独自に調べ上げて報告した警告を示すためのものだった。

 海賊たちを威圧する抑止戦力として雇い入れた合法的な傭兵海賊集団【王下七武海】。

 その全員が――と言うわけではなかったが、一部に怪しい動きが最近活発化してきている事実を証拠付きで提出してきたのである。

 

 それは、『サー・クロコダイル』と『ドンキホーテ・ド・フラミンゴ』、一つの国に腰を据えて本拠を構える二人の大物海賊についての怪しい動向について記したものだ。

 “どちらの国でも最近、異変が多発してきている。警戒を厳にされたし”――と。

 

 もともと彼女は【王下七武海】を良いとは思っていなかったが、必ずしも害悪とは思っていない考え方の持ち主であったため、実際に効果と成果を上げている以上そこは認めるべきと考えていたが、“いくら何でも権力を与えすぎている”と感じてもいた。

 

 抑止戦力として合法的に海賊行為を許すまでは、ギリギリ許せる。

 だが、たかが用心棒如きに国家権力まで与えてしまっては政治に悪影響を及ぼすのは当然ではないかと考えたのだ。

 

 だが、海軍本部少将の階級を有する上官は彼女からの要請を取り合わなかった。

 

 

「それだけ大きな餌を与えてやらなければ、奴らは海軍の誘いに乗ろうとは考えんではないか。忘れたのか? 王下七武海も所詮は海賊、自分勝手な連中だ。番犬として飼っておくためには美味しい餌を与え続けてやらなくてはダメなのだよ」

 

 

 ――それが彼女からの提言に少将が応じた答えだった。

 激しく憤って力任せに扉を閉めてから部屋を出て、やっぱり許せなかったから出てきたばかりの部屋に戻って上官を思いきり殴り飛ばして気絶させてしまったので、きっと自分の部屋に戻る頃には謹慎処分が届けられていることだろう。

 

 最前線に左遷させられるという可能性もあるにはあるけど、この前それやって前線の汚職海兵たちと裏で提携していた海賊たちもろとも皆殺しにして帰ってきたばかりだから可能性だけで極めて低い。

 

 事務方に回して、またぞろ必要経費に計上された多額の接待費とか暴かれたり、実は賄賂で成り上がってた直属の上官を告発されたりとかしたくないだろうし、部屋に押し込めとくのが海軍上層部の誰にも迷惑がかからない一番いい彼女への処罰方法なのでまず間違いあるまい。

 

 

 ・・・これだけメチャクチャしている彼女への対応を海軍本部が曖昧にしているのには、それなりの理由が存在している。

 第一に、現在の海軍は日増しに強くなっていく海賊共を殲滅することこそが人々に与える被害を最小限に抑えるとして、か弱い民衆を守ることより海賊の武力討伐を優先する傾向が強くなってきており、その為には『民間人に多少の被害や犠牲を強いるのはやむを得ない』とする意見が勢力を増してきてしまっていたことが上げられる。

 これは本来、海軍が掲げた絶対正義『か弱い人々を悪の脅威から守る』に相反する正義のあり方であり、彼女はこの方針に真っ向から反対意見を唱え続ける急先鋒だった。

 

 

「海賊を一刻も早く殲滅させることが民間人の被害を押さえる最善手という意見は理解できます。しかし! その過程で守るべき弱き人々を守らなくても良いと言うことにならない!

 人々を悪の被害から守るべき海軍が、人々を守れず傷つくのを見て見ぬフリして海賊退治に没頭するなど海軍の無能怠惰を自ら証明することに他なりません! 違いますか!?」

 

 

 ――これが彼女の主張である。完全無欠に正論過ぎたため海軍上層部も力尽くで押さえつけることは難しく、また現時点での海軍トップは穏健派で知られるセンゴク元帥であって超タカ派のサカザキ大将ではなかったのも大きいだろう。

 そのセンゴク元帥が彼女の正しさを認めている以上、思うところはあっても納めなければならないのが組織人というものである。

 それに彼女が反抗的になるのは、海軍自身が絶対正義に反する行為をしていたときだけであって、普段の彼女は海軍の掲げる絶対正義の名のもと命がけで任務を全うする模範的な海兵そのもので実績もあり能力も高い。

 今回のように明らかな過失があるならともかく、単なる上の決定に対して正しさを貫くだけで切り捨てられるほどに過小評価されていなかったため、彼女に対して海軍本部は「意見を採り上げない代わりに黙認する」という態度に終始せざるを得なかったのである。

 それが一番、問題なく大過なくことを納める方法だと彼らは熟知していたからだ。

 

 

 ――が、しかし。

 あくまで問題なしと捉えたのは海軍上層部であって彼女自身ではない。実際の彼女が不平不満を我慢し続け限界に達する寸前に達していたことを彼らは誰一人知らなかったから・・・。

 

「・・・もう無理だ。海軍を辞めよう。海軍を辞めて海賊になろう。自分の好きに生きていい海賊になって海軍の絶対正義を貫く分には問題ないはずだからな・・・」

 

 それが彼女が出した結論だった。突拍子もなさ過ぎる結論だったけど、これでも一応は熟考した結果だったりする。一応は。

 彼女はそもそも海軍の絶対正義を貫けていない『今の海軍の現状』が受け入れられないだけであって、海軍そのものをぶっ壊したいわけではない。あくまで自分が『今の海軍に合わせられない』と感じているだけなのである。

 

 今の海軍が掲げる正義に従いたくなくて、自分個人が信じる正義を貫きたいだけなら、自分一人が海軍を辞めて自己責任で自分の正義を貫き続ければ良いのである。

 海軍の命令に従いたくない、だが海軍には残りたい等という屁理屈は筋が通らない。最良の結果が得られるなら筋を通さなくても良いとするなら今のまま海軍に残る道を選べば良いのだから尚更だ。矛盾するのは好きではない。

 

「よし。そうと決まれば話は早い。出航する軍艦のどれかに密航して、どこかの海まで運んでもらってから、気づかれる前に海へと飛び出そう。

 組織の命令に従うことを拒否した裏切り者が、自分一人のちっぽけな正義を掲げるために出て行くのだから夜逃げみたいな脱走方法は分相応なやり方だ。良いぞ、実に良い。これぞ私の信じる筋の通し方というものだからな! ふははは!!」

 

 高笑いしてスキップしながら部屋へと戻り、謹慎処分の命令書を見ることなく無視して辞表を書いて机の上に置き去りにして、こんなこともあろうかと用意しておいた必要物資一式を持って出航しかけているテキトーな軍艦に飛び乗って脱走。

 

 

 ・・・こうして海軍本部中佐『タモン・ストフィード』は、あまりにも呆気ないほど簡単に聖地マリージョアと海軍本部から抜け出して東西南北いずこかの海へと船出していってしまったのだった・・・・・・。

 

 

 風が向かう方角は―――“東”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから約一ヶ月後。

 東の海イースト・ブルーにある町の港に、“ひとつの樽”が流れ着いてきた。

 樽は内側から勝手に蓋が開けられて、中から人がニョキッと黒づくめの姿を現す。

 

 

「ふー、よく寝たな。どうやら町に着けたようでなによりである。

 あのまま漂流し続け、どこにも辿り着けないまま海の藻屑となってしまったので洒落にもならなかったからな。ハッハッハ!!」

 

 

 目つきの悪い三白眼で、楽しそうに笑いながら樽から出てきたのは一ヶ月前に海軍本部を脱走してきたタモン中佐――いや、“元”中佐だった。

 彼女は出航寸前の軍艦に飛び乗って行き先も知らない一ヶ月の間かってに航海を共にしてきたのだが、隠れ場所に持参してきた食料が切れてしまったので三秒だけどうするか悩んだ末に、自分が食料詰め込むために持ってきていて空になったばかりの樽に入って海へと自分を漂流させる道を選んだ結果、この町まで流れ着いたのである。

 

 食料庫から少しだけ盗んでくることも考えたけど、窃盗は犯罪であり悪である。海軍辞めて海賊になったからといって、やりたいと思える行為ではない。

 だから樽に入って漂流を選んだ。やりたくないことをやらないためには、多少のリスクは覚悟しなければならない。それが彼女の信じる信念だったからだ。

 

 ・・・タモン元中佐は昔から真面目な少女海兵だったのである・・・。

 

 

「だが、しかし流石は夜の町だな。誰も起きてる気配がない。海兵までもが寝ている様に感じられるのは多少気になるが・・・祭りの残滓が残っているところから見て平和と言うことなのだろう。良いことだな。うむうむ」

 

 一人うなずき、満足そうに破顔する彼女は知らない。知るよしもない。

 ・・・この町は長らく海軍大佐“モーガン”の恐怖支配に怯え続けながら過ごしてきた過去があり、今日の昼になって一人の海賊と、もう一人の今日から海賊になった剣士の二人によってモーガンが倒されたことで力による恐怖支配の時代を過去にすることが出来たばかりの町だったことを。

 

 それを祝うため、町中が夜まで騒ぎまくって祝いまくって、海軍として軍法を守ろうとして嘘をついた海兵たちも心根は同じであったことを町人たちに悟られてしまって無理矢理祝いに参加させられ飲めや歌えの大宴会が行われ続けて先ほど終わったばかりなのだという事情を彼女は知らない。

 

 だが、町に漂う祭りの残滓から陰惨なものが感じられず、むしろ物がない中でも今日のために使い尽くして明日から再び貯め直すぞ!とする気概が感じられて心地よい気分に浸ることが出来ていた。

 彼女は祭りが特別好きではなかったが、誰かの祝い事を別の誰かが祝うために物を惜しまず後悔もしない人の意思は大好きだった。出来れば自分も明日は祭りの残りに参加したかったが、そうもいかない。

 

「残念だが、船とかコンパスとか海図とかいろいろ買わなければならんからな。無駄遣いは出来ん。海軍本部にあるのは税金で購入した備品だから私用目的で持ち出すわけにもいかんかったし・・・やれやれ。

 海賊というのは存外、金がかかるものなのだな~・・・・・・む?」

 

 真面目すぎる性格が災いして、必要とする物資は私費で現地購入するしかないと決意して町まで流れ着いてきたタモンが愚痴っていると、最後の締めの部分で口調が変わり、目つきが瞬時に鋭さを増す。

 

 ・・・夜の町からコソコソと何かを持ち出すように闇に紛れて移動してくる一団が港の方に向かってきている姿を目撃してからだ。

 その動きには妙に統一感があり、相手と気が合うから動きに合わせられているだけの海賊とは速度は同じでも中身が異なる。

 明らかに訓練を受けた者特有の集団行動による慣れが感じられた。――海軍である。

 

 夜の港に海兵たちが向かってきていること自体は不思議ではない。港に着いたばかりのタモンにさえ遠くに見えるのは、屋上に大砲を備えさせた堅牢な作りの海軍基地。

 この町には海軍が駐留しているということだろう。海軍がいる町の港を海兵たちが使うことが奇妙であるはずがない。当然である。奇妙なのは行為そのものではないからだ・・・。

 

 

「海軍基地のある町にいる海兵が、港をコソコソ使おうとしている・・・か。妙な話だ。汚職の匂いがするな・・・さて、どうしたものか」

 

 そんなことを気楽な口調で言ってる間に一団は港まで到着して、誰もいないはずの桟橋に一人たたずむ目つきの悪い黒づくめの少女を見つけ、ギョッとしたような表情で立ち止まる。

 

「だ、誰だね君は? こんな夜更けの時間になぜ港なんかにたたずんでいる?」

 

 暗がりで自分たちを待ち構えるように棒立ちしていた黒づくめの少女剣士に、海兵の一人が海兵らしい口調で詰問する。

 所詮は一中佐でしかなく、軍服を脱ぎ捨いで勲章と一緒に授与された業物の刀も海軍本部の自室に感謝の書状も添えて置いてきてしまったため、相手が誰だか判らなかったようである。

 

 それに何より彼らには、海兵らしい態度で振る舞うことで大人しく少女に道を空けさせ穏便に町を脱出したい理由があったからだ。

 

 

 ・・・実は彼らは、モーガン大佐が町を力と恐怖で支配するための実行部隊として辣腕を振るっていた直属の部下たちであり、権力と自分への敬服を絶対視する大佐の覚えめでたくなるよう忠勤に励む部下たちの中から選りすぐった精鋭部隊でもあったのだが。

 

 だが実のところ彼らは『武力バカ』の大佐にわずかな敬服度も持ち合わせておらず、モーガンを恐れて何も言えなくなっていた町の住人たちと大佐の間を縫うようにして、おこぼれを掠め取り自分のサイフに着服していただけの汚職海兵でしかなったのだ。

 裏と表の顔を使い分けることで楽に生きてきた彼らにとって、本心を偽り偽善を口にするなど赤子の手をひねるよりも簡単なことでしかない。

 

 

「――いや、君が何者かはあえて聞くまい。誰にでも言いたくないことや事情の一つぐらいあるものだから・・・だが、頼む! 今は我々を黙って通してやってくれないか!?

 我々には重要な任務が与えられている。とても重要な任務だ・・・この任務を果たせるのなら死んでもいいと思えるほどに・・・っ。だから頼む! 行かせてくれ! 町の人たちの命がかかっているんだ! 頼む!!!」

 

 ガバッと頭を下げて、一斉に少女を相手に頼み込む海兵たち。

 そうやって下を向いて、相手から見えなくした顔はニヤついている。

 

 

 ・・・彼らはモーガンが倒されたことで後任の基地司令官が着任し、今まで上官が奪ったことにしていた金の総額が合わないことに気づかれる前に着服した金を持って町から逃げ出そうとしている寸前の状態だった。

 

 既に海軍をやめて汚職した金を手土産に悪徳商人の仲間入りをしようと決めていた彼らにとって海軍の軍服は、これが最後の着納めであり海兵らしい甘ったれた正論をどれだけ吐こうとも何一つとして守ってやらなくていい使い捨ての綺麗事に過ぎなくなっていた。

 だからいくらでも正論を吐ける。綺麗事を口に出来る。形式を尊重できるしルールを守るフリだって簡単だ。

 守らなくていい約束は安っぽい商品と同じだ。使い勝手が良くて、儲かりやすい。便利な使い捨て商品の一つなのである。

 

 

 そんな彼らにタモン元中佐は――

 

「断る」

「・・・なんだと?」

 

 驚いたように顔を上げた汚職海兵たちを前にしながら、タモンは胸を反らして傲然とうそぶく。

 

「貴様らは臭いのだよ。汚職の匂いがする。だからこの町から外へ出したくない。それが私が貴様らを通せんぼしている理由だ、納得したか? したなら帰れ。私とは話すだけ時間の無駄だ」

「き、君は・・・っ」

 

 歯ぎしりしながら部下を制し、ギリギリのところで鉄砲の撃つのをやめさせる。町中の人間がバカみたいな顔して寝こけているとはいえ、鉄砲の発砲音を響かせるのはマズすぎる。

 

 ・・・それに何より彼には切り札とも呼ぶべき『殺し文句』を知っていた。

 海軍海兵という名の、権力を持つ者たちだけに言うことを許された魔法の一言を権力に寄生する者に寄生し続けて出世してきた彼は知っていたのだ・・・・・・。

 

 

「・・・海軍の作戦を邪魔すればどうなるか、判っているのかね!? 最悪の場合、海軍が敵に回ることさえあり得るんだぞ!! それでもいいのか!?

 海軍すべてを敵に回してまで我々の邪魔立てをする覚悟が、君にはあるとでも言うのか!?」

 

 

 厳しい口調で、厳しい眼光で、厳しい表情で裂帛の気合いと共に言い放った海兵は、心の中で会心の笑みを浮かべていた。

 

 ・・・これでいい。これでコイツは大人しく道を空けるしかなくなるだろう。たかが自分たち如き木っ端横領犯を証拠もなしに捕まえるため、海軍を敵に回しても構わないと思うヤツなどいるはずがない。怪しいと思ったとしても、もしかしたらのリスクが高すぎる。

 しかも自分たちは歴とした海兵。なりすまし共とでは説得力が桁違いだ。

 これでリスクをとらない大馬鹿者など、この世に実在するはずがあり得ない――――

 

 

 

「無論だ。その事態を想定せずして、誰が海兵の前に立ち塞がることなど出来ようか。

 私がお前たちのような輩の前に立つと決めた瞬間から、私には海軍と敵対する覚悟は済ましてある。今さら自分で決めた誓いを違える気は微塵もない」

 

 

 

 公然と胸を反らし、先に発言した海兵以上に自信満々な態度と口調で言い放たれ、相手の唇が激しく震えだし、冷静さを装っていた顔が大きく歪む。

 

 ――気にくわなかった。

 

 海軍がいなければ自分の身一つ守れやしない、弱っちい庶民如きが自分たちが媚びへつらってでも使い続けてきた権力に膝を屈しないのが気にくわない。

 自分たちが後ろ盾として威を借りてきた大本の海軍に平然とケンカを売るクソ度胸を見せつけてくるのが気にくわない。

 

「・・・クソ生意気な民間人如きが、下手に出てりゃいい気になりやがって・・・ッ!!」

 

 激しい怒りが建前の仮面を引っぺがし、ゲスな本性むき出しの表情を浮かべた隊長が部下たちに向かって指示を飛ばす。――コイツを殺せ!・・・と。

 

「構わん! コイツを殺せ! 出し惜しみはなしだ! アレを使って殺しちまえぇぇ!!」

『!!! アイアイ・サー!!!』

 

 隊長からの指示に部下たちが一瞬だけ驚いた後、急に愉しそうな笑顔になって敬礼して肩から提げていた“普通のライフル”を適当なところへ投げ捨てて、運んできていた箱の中から取り出しやすい位置に置かれていた一つを開いて“ある道具”を持ち出す。

 そして構える。

 

「銃構えぇぇい!! 撃てぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 隊長の号令以下、一斉に部下たちが見た目は通常のライフルと変わらない銃をタモンに向けて引き金を引く。

 その次の瞬間。縦列から一斉発射される銃声の音が・・・・・・響かなかった。

 

 変わって聞こえてきたのは「パスン、パスン、パスン」という、間抜けな音。

 だが、その音が聞こえると共にタモンに向かって高速接近してくる物体は・・・実物の弾丸。

 勝ち誇った隊長が哄笑を上げて、自らの勝利と相手の愚かさをあざけ笑う!

 

 

「どーだ見たかバカ野郎めが! 最新式の消音装置付きライフルだぜぇ!! まだ武器商人の間でも少ししか出回ってねぇ最新科学の代物だ!

 少々値は張ったが、その価値があったと確かめるためにも試し打ちがしてぇと思ってたところなんだよ・・・だから悪いが死んでくれやクソガキャャャャッッ!!!」

 

 

 バカ笑いしながら一瞬後には蜂の巣になっているであろう相手の死と、自分の勝利を確信しつつ、敵の最期ぐらい見届けてやろうと視線を固定し、ただ弾丸が自分に向かって飛んでくるのをボーッと突っ立ったまま待ち構えているだけの間抜け野郎を見つめていたところ―――

 

 

「ぬぅんッッ!!!」

 

 

 目にもとまらぬ早業で鞘から剣を抜き放ち、何もない空間を真上めがけて刃を振り上げる。

 ただそれだけだ。弾丸はまだ届いておらず、刃の切っ先は一発の銃弾を掠めてもいない。

 ただの切り上げ。ただの斬撃。

 それだけで―――――突風が巻き起こる。

 

「な、なにィッ!? これは一体・・・う、うおわぁぁぁぁッ!?」

『ギャァァァァァッ!?』

 

 吹き荒れる暴風に弾丸をあちらこちらに弾き飛ばされ、何発かは流れ弾に当たってしまった汚職海兵が悲鳴を上げて、残りの者も突風に巻き込まれてすっ転んだ先で頭を打ったり背中に釘が刺さったりと散々な目に遭わされながら、それでも死人が出なかったのは彼らの悪人らしい悪運強さ故だろうか?

 

 それとも―――“悪に相応しい死に方は事故死ではない”と、天命が決めて彼らの運命を変えてしまった故なのか。それは判らない。

 確かなことは今の斬撃で隊長は吹き飛ばされても負傷はせず、一番最初に立ち上がって敵の少女の正体を看破したと自分自身の分析結果を高らかに宣言したことだけである。

 

「き、貴様“も”能力者だったのか!? 噂に聞く悪魔の実シリーズの何かを食べて海のバケモノとなった、“あのガキ”の同類! そうだろう!? ええ!? 見せかけだけ剣士ぶった偽物さんよゥッ!!」

 

 決めつけて、断定し、そうに違いないと隊長は思い込み、“思い込みたがる”。

 なぜなら、能力者であるなら自分たちが勝てないのは仕方がないと言い訳できるから。

 

 あの“モーガン大佐が手も足も出なかった悪魔の実の能力者が相手なら”“自分たち一介の海兵如きが勝てなくても仕方がない。むしろ当然のことだ”――そう信じ込みたかったのである。

 

 なまじ他の同僚たちより強かったせいで、相手との圧倒的な力を思い知らされて勝ち目がなくなり、せめてプライドだけでも守り抜いて負け犬にならずに死んでいこうとする卑怯者の浅知恵。

 

 だが、現実は彼が思っているよりずっとずっと残酷だった。

 元海軍中佐タモン・ストフィードは、剣を肩に担がせながら平然とした口調で相手の言葉を完全否定する。

 

「褒めてもらって恐縮だが、過大評価だな。私は悪魔の実の能力じゃない。

 ただの剣士で、今のも単なる剣の技だよ」

「嘘だァァァァァァァァァッッ!!!!!」

 

 相手の完全否定を、大声で完全否定し返して隊長は、大声でわめき散らしながら全員一緒にかかっていって数の差で一人の敵を押しつぶす以外に取るべき手段を一つも見いだすことができなくなっていた。

 

「と、突撃! 突撃しろォォッ!! いくら強かろうと敵は一人なんだ! 何人か殺されてもアイツを殺しちまえれば残りのヤツは全員助かる! 生き残ったヤツで金は山分けして構わねぇ! だから突撃するんだァァァァァッッ!!!!」

『お、オオオオォォォォォォォッ!!!!』

 

 隊長より1ランク弱かったせいで怯んでいた部下たちも、欲望に刺激されて我を失い突撃してくる。

 

 ・・・計算尽くで生きてきた彼らの、これが限界であった。

 勝てる相手としか戦ってこなかった。勝って当然の相手を倒して勝ち誇ることしかしてこなかった。

 おべっかを使って上官に取り入り利用しながら、上官の頭の悪さを内心で見下しつつも、表面上は媚びへつらって虎の威を刈るネズミでしかない自分たち自身に最後の最期まで気づくことが出来ないまま、認めることさえ出来ぬままに。

 

 彼らは海軍の掲げる絶対正義の名のもと、か弱い人々から搾取し続けてきた罪を斬首刑によって罪滅ぼされる末路へ向かって全速力で突撃していく――。

 

 

「俺たちは! 海軍大佐モーガン大佐直属の最強精鋭部隊なんだァァァァッッ!!!」

 

「なるほどな・・・よくわかった。それがお前たちの信じ貫く力の正義だというなら、信じる正義で殉死するのが望みだというならば。その望みを叶えてやろうではないか。

 直剣剣術!! 『打ち首獄門スラッガー』!!!!」

 

 

 再び振るわれる刃。巻き起こる剣風。

 そして突風によって一人残らず跳ね飛ばされた、汚職海兵たちの首と首なし死体の山。

 

 一体どういう理屈によるものなのか、十人以上いた海兵たち全員から四方八方より切りつけられたにも関わらず、タモンの振るった剣の刃は誰の体にも触れることなく全員の首を“たった一斬”によって胴体と切り離し空を舞わせる。

 吹き出す鮮血は風に乗り、天へと昇って雲散霧消して地に落ちず、地面を悪人共の地で汚すことはない。

 

 これが【裁きの剣】の二つ名を持つ、タモン・ストフィード元海軍中佐だけが使える独特の直剣術。

 刀でも反りが少ない物を好んで使い、直刀と呼ばれる変わった形の得物を用いて初めて使用可能になる彼女オリジナル剣技。

 

 そうして裁きが終わった罪人共の死体の山に目もくれず、タモン中佐は夜の闇をジッと睨み続ける。まるでそこに誰かがまだ潜んでいるのではと疑っているかのように。あるいは、誰かがいると確信しているかのように・・・・・・。

 

 

「あらあら、中尉たちったらやられちゃったのねぇだらしのない。

 やっぱり弱っちい下っ端士官だと、この程度が限界ってことなのかしらぁン?」

 

 闇から聞こえてきたのは男の声。ネチっこくて厭らしい女口調で話しかけてきた、元の自分と同じ中佐の階級章をつけた長身痩躯で目つきが悪く刀を帯びた、間違いなく自分と同じ剣士タイプの男性将校。

 

 見ただけで判る程度には、強い。少なくとも先ほど殺し尽くしたザコ共とは比べものにならない程には桁違いに強いのが一目で見て取れた。

 

「はじめまして~、私の名前はリーガン中佐。モーガン大佐直属部隊の隊長で、この子たちの上官だった海兵。

 ついでに言えば元ここの基地のナンバー2だった海軍将校でもある男なのよン。よろしくネ~♡」

「・・・上官として、部下たちの仇討ちでもしにきたと言うことか? オカマ野郎」

「アッハハハ! まっさか~♪」

 

 愉しそうに笑いながら近づいてきながら、側に落ちてた先ほどの隊長の首なし死体を軽く蹴飛ばして海へと放り込んで「フン!」と鼻で笑い飛ばす。

 

「どーせ、荷物持ちとして船までお宝運ばせた後、殺して海に捨ててお金を独り占めする腹づもりだったんだもの。

 ダ・カ・ラ☆ あなたはただ、私の手間を減らしてくれただ~け♡ 感謝こそすれ仇討ちなんてとてもとても♪

 そこまでしてあげるほど私、この子たちに愛着持ったことなんて一度もな~いし♪」

「・・・・・・」

「今の時代、この広々とした海のどこででも海軍と海賊がドンパチやってて、海兵の惨殺死体が浜辺に打ち上げられるのなんて日常茶飯事。

 誰だって海兵が斬り殺されて浜に上げられたところを見れば海賊に殺されたんだと思ってくれる。誰も味方の海兵に殺されただなんて考えようとしない・・・・・・い~い時代になったものよねェ~♪ 最高だわ、大海賊時代って☆」

「・・・・・・・・・」

「うふふふ・・・そんな怖い目つきで睨んだって、もう無意味よン? だって私、あなたの使ってた手品の種わかっちゃったんだもの」

 

 そう言って、部下たちを捨て駒として使い捨てることで敵の技を看破したと確信しているリーガン中佐は、軍服の右腕の裾をめくって見せながら怪しい笑みを浮かべて言ってくる。

 

「あなたはさっき、自分は能力者じゃないと言っていたけど、実際にはそうじゃない。さっきの技は間違いなく悪魔の実の能力によるものよ。だって、それ以外にあり得ないもの。

 ただの人間に斬撃を飛ばして敵を斬るなんてマネが出来るわけがない。中尉たちを斬るときに何か妙な能力を使ったのは間違いない・・・。

 その能力が何かまではわからなかったけど、相手が能力者だとわかってさえいれば対処法は用意してある。――コレよ」

 

 そう言って見せつけてきたのは、左手に装着させた金属製の小手。

 一見すると鋼鉄製に見えなくもないが・・・微妙に色合いの違う金属で作られたソレは、多分アレだ。

 

「ウフ♡ あなたコレが何で出来てるかご存じ? まぁ、貧乏でお金のない民間人の小娘に知っておけって言う方が無理かもしれないから特別に教えてあげましょうか。

 コレはね? 【海楼石】っていう特殊な希少鉱物でできてて、悪魔の実の能力を封じる力を持ってるの。本来だったら世界政府と海軍が厳しく管理してて、うちみたいに小さな基地には絶対配備されない超高級品なんだけど・・・世の中にはねぇ~、ボウヤ。お金さえ積めば何だって横流ししてくれる抜け道がどんな組織にだって必ず存在しているものなのヨ☆

 ――アッハハハ! 能力を封じられた能力者なんて何も出来ないカカシ同然! 私の得意とするレイピアの一突きで即死させてあげてもいいけど、それだとちょ~っと物足りないから、一回だけ私にさっきの攻撃を当てさせてア・ゲ・ル♡

 そして自慢の能力が通用しない無力感と絶望に頭の先まで沈み込みながら死んで行きなさぁ~い♪ オーッホホホホ~♪」

「・・・・・・・・・」

 

 もはや物も言えず、言う気も起きず。タモンは相手の望み通りに剣を振るって斬撃を飛ばし、リーガン中佐はそれを見て「ニヤリ」と笑ってガードするため左腕を前に出して、攻撃を防ぎ終わったらレイピアを突き刺して足を地面に縫い付けて逃げられなくしてやるため右手を後ろに下げて構えを取る。

 

 そして・・・・・・斬撃の当たった小手ごと左腕が斬り飛ばされて宙を舞う。

 鮮血と共にリーガン中佐の絶叫が天へと昇って巻き上げられて、市民たちの心地よい眠りを騒音被害から守り抜くことに成功した。

 

「ギャァアアアア!? う、う、腕がぁぁぁ!? 私のォォォッ! 私の左腕ちゃんがい、痛い痛い痛すぎぃぃぃぃるゥゥゥゥッ!?」

 

 子供みたいに泣きわめいて地面を転がり涙を流し、腕を押さえて見苦しいほど足掻く足掻く。

 

「な、なんでよぉぉ!? どうしてなのよォォォッ!? 能力だったら海楼石で防げるはずなのに! 能力なしで人間が斬撃を飛ばせるなんてあるはずないの・・・に・・・・・・ハッ!?」

 

 なぜか“海楼石を攻撃できるらしい能力を持つ”未知の敵を前に、恐怖に震えていた中佐が何かを思い出したような表情になると、今までとは異なる別種の恐怖の視線で相手を見上げて、震えながらの口調で相手の本当の正体をようやく看破することに成功できたのだった。

 

「ま、まさか・・・聞いたことがあるわ・・・。各地に突然フラリとやってきては、敵の海賊だけじゃなくて、味方のはずの海兵でさえ汚職してたら皆殺しにして帰って行く地獄の獄卒みたいな海軍将校の噂話を・・・っ!!

 アイツの見た目は確か、『くすんだ金髪をしていて、目つきの悪い三白眼で、細身の体で変わった形の剣を持った剣士タイプの海兵で』って・・・あ、ああああアンタまさか海軍本部中佐で【裁きの剣】のタモン・ストフィード様であらせられましたか―――ッ!?」

 

 

 メチャクチャ嫌な名の轟き方だったので、敢えて否定も肯定もせず黙っていたら勝手に相手の方で肯定と解釈して土下座およびお縄ちょうだいを志願し始めるリーガン中佐。

 哀れを誘うような涙目でタモンの顔色を見上げながら、拝むように頼み込むように一生懸命必死になって命乞いをし始める。

 

「ご、ごごごゴメンナサイ! 私が悪うございました! 反省しておりますですハイ!! ま、ままままさかタモン中佐殿がこんな僻地の基地へ来るだなんて思ってもおらず調子づいて悪事に手を出しすぎてしまいました! 素直に罰を受けるために牢屋へ自主的に入るつもりでいますから、どうか命ばかりはお許しを―! 平にー! 平にご容赦下さいませ―!!」

「・・・・・・・・・」

「お、お怒りはご尤もだと思われますが中佐殿! これは取引と思って下さいませ! 私は自らモーガンと同じ牢へと入り、ヤツを連行しに来た軍艦に乗せられて海軍本部に連れて行かれて罰を受けます! すべては合法!

 中佐殿の正義のお手は綺麗なまま、私に様な薄汚い木っ端汚職海兵の血で汚れる心配はございません! 中佐殿はただ、海軍の軍艦がこの町にやってくるまでの三日間の間だけ私を生かしておいていただけるだけで良いのです!

 い、如何でございますかね・・・? 悪くない取引でございましょう? エヘ、エヘ、エヘヘヘェェ~・・・」

「・・・・・・」

 

 相手の言葉を聞きながら、タモンは生まれて初めて味わう感情に身を委ねそうになりながら、必死に自分の中での妥協点を見つけ出そうと努力していた。

 アレをしたい。だが、それだとコチラと矛盾する。だがしかし、もう一つの方でもやはり矛盾は存在する。どちらを選んでも海軍の掲げる絶対正義と相容れる結末に至れそうにない・・・。

 ならば、自分はどうすべきなのか? もし自分が海軍大将【黒腕のゼファー】だったなら正しい選択を思いつくことが出来ていたのだろうか?

 

 

 やがて答えは悩んだ末に、“敵の口から”もたらされることになる・・・・・・

 

「そ、そそそそれに何より中佐殿は、かの偉大なる海軍大将【黒腕のゼファー】を尊敬していると耳にしたことがゴザイマス!

 武器を捨てて降伏してきた犯罪者を感情任せに斬り殺した海軍将校がいたなんて事実を知れたら、【全ての海兵を育て上げた男】はどう思われるでしょうか!? きっと嘆き悲しんで怒るに決まっております!

 ちゅ、中佐殿だって尊敬する憧れの人から嫌われたくはないでありましょう? で、でででですのでここはどうか穏便に、平和的な解決方法をと願うばかりでありまするー! ラブ&ピースこそが世界を救う! 戦争は何も生み出さない! ただ悲しみを増やすだけですからどうか平にーッ!!」

 

 ・・・ああ、そうか。そういうことだったのか。今ようやくハッキリした。ハッキリ出来たんだ。

 

 妙にスッキリして心の迷いが晴れたような表情を浮かべると、タモン元中佐は爽やかな笑顔でリーガン中佐を見て「にこり」と笑い、吊られて相手も「に、ニッコリ・・・」と引きつった笑顔を浮かべるのを見た直後。

 

 

「――――ダメだな」

 

 

 と、それだけ言って剣を振りかぶる。

 

「へ・・・? あの、ちょっと中佐殿・・・?」

「ダメだな、お前ら今の海軍は全然ダメだ。全くなっちゃいない。全員1からやり直させないと、いつまで経っても何一つ直せやしないんだと今ようやく解ることができた。それだけはお前に感謝しておきたい、ありがとう。お礼に苦しむことなく殺してやるから光栄に思って死んでいけい」

「ヒィッ!? ちょ、ちょっと待って待って! 意味がわからない!? なんでですか!? どうしてですか!? だって今、海軍大将ゼファーに嫌われるようなことしちゃダメだって認めたばっかりのはずじゃあ――ッ!?」

「ああ、そうだ。こんなことは許されない。海軍将校がこんな行為をするなんて絶対許されるべきことじゃない。みんな1からやり直しだ。

 私も、お前たちも。一人残らず海軍みんなゼファー先生に鍛え直してもらいながら1からやり直さないとダメなんだ! その事実を今ようやく解ることができたよありがとう!」

「ヒィィィッ!? そ、そんなそんなそんな!? やめてやめてやめて殺さないでお願いしますからァァァッ!? ゼファー先生が泣いちゃってもいいんですかぁぁぁ!?」

「もとより私はゼファー先生ではない! ゼファー先生に憧れて、あの人のように偉大な人間になりたいと思って目指して海軍に入った人間だ! 目標を目指して歩いている途中の未熟者だ!

 その私がゼファー先生を完全に猿マネしようなんて思ったこと自体ダメダメだぁ! 全然ダメだったんだぁ!

 その程度のことさえ今気づいたばかりの私が完璧なんて出来るはずない! 感情任せにお前を斬り殺してゼファー先生に叱られて反省して学び取る! それが教え子として正しい筋の通し方だと今わかった! だから私はお前を殺す!

 異論反論は思う存分あの世で言ってこ―――――っい!!!!!」

「ひ、ヒィィィッ!? ひぃぃぃっ!? イィィィィィヤァァァァッ!?

 わ、私は海軍大佐【斧手のモーガン】1の家来で! 参謀で! 副司令官で! ナンバー2で! 海軍中佐【卑剣のリーガン】です! リーガン中佐様なんですってばァァァッ!?

 だから誰か助けてェェェェェェェッッ!?」

 

 

 ズバァァァッ!!!!

 

 ・・・夜の海に響き渡った不快な音は、犯人自身の技によって風に運ばれ誰にも知られぬまま、どこへなりと消えていく。

 そして唯一生き残った真犯人は、被害者たちが逃亡用に使うつもりだった小型クルーザーを掻っ払うと、彼らが着服していた金だけ全部ぶんどって桟橋において『船代です』とだけ一筆添えて海へと船出していく。

 

 掲げる旗は海賊旗。

 そしてドクロの下には誇り高く記された『MARINE』の文字。

 

 

 

 

「さて、行くか。ようやく第一歩目だ・・・だいぶ遠回りした気もするが、これ以上遅くなるよりかは遙かに速いことだしな。――よし!

 出航だ! 己が信念の旗のもとに! 自分が信じ貫く海賊の正義の名のもとに!

 海軍大将【黒腕のゼファー】のようになれる人物に、私はなる! なってみせる!

 異論反論は死んでからしか私は私に許可しない! 絶対にだ!!!!!!」

 

 

 

 かくして、正義のヒーローに育つための少女の旅が今はじまった。

 風は東。

 海賊VS海軍という時代のうねりに逆らい続けながら、正義の意味と答えを求める彼女の航海はこうして本当の始まりの時を迎えたのである・・・・・・

 

 

 

 

オマケ『今作オリジナル設定』

「タモン・ストフィード」

 今作のオリ主で、サウス・ブルー出身の元海軍将校で現新人海賊。

 海賊王ゴールド・ロジャーではなく、海軍大将ゼファーに憧れて海へと船出した変わり種の海賊少女。

 名前の由来は、大日本帝国海軍中将『山口多門』と、陸軍の異端児『石原完爾(ストーンフィールドを省略してストフィード)』を掛け合わせたもの。

 

 何がなんでも筋を通しちゃう人。そのせいで組織の都合とか事情とかに寛容性がまるでなく、組織人としては致命的すぎる欠点を持っているが、それを組織人として致命的欠点だと自覚できていたから海軍を辞めて海賊になり、自由に海軍の絶対正義を守り抜く道を選んだ変わり者って言うか、普通に変人。

 融通が利かなない、若いクセして超石頭。ただし、形式主義者とか教条主義者という意味ではなくて、あくまで貫くべき海軍の絶対正義と海軍将校としての在り方だけに拘りまくってる。要するに、やっぱり変人と言うこと。

 

 実はかなりの気分屋で、テンションの上がり下がりで思考レベルが激変しやすい。

 楽しいことには考えるより感じることを優先して、ルフィみたいな行動に出ることが多い反面。嫌なことは頭だけで考えて本気になりたがらないから却って冷静になり優秀さが上がるという奇癖を持つ。(事務方とかで不正を暴くのが上手かったのはコレが原因)

 

武器はロングソード。

 レベッカが使っていた【刃引きされた長剣】を刃引きされてない状態で使っているところをイメージすれば良い。要するに、ごく普通の長剣と言うことである。

 海軍時代は刀とサーベルを使っていたが、その二つは『今の海軍が正義を行うため使っている道具』であるため、海軍に合わせられなくなって脱走した自分が一人で勝手に信じ貫く絶対正義のために武器として利用するのは筋が違うと、敢えて今まで使う機会の少なかった長剣に種類ごと変えてしまった。

 海軍が支給している配給品ではなく、少し前から脱走を考えていたタモンが自腹で購入しておいた代物。

 メインとなる得物が刀かサーベルだったため、いまいち長剣の目利きが出来ずに、『丈夫そうで長持ちしそうな気がする』のを選んできている。

 

 

「誰かが何かをしようとした意思は誰かの中に必ず残る。たとえ本人が知らない相手だろうと、遠くとも確かな影響を誰かにきっと与えている」

 

 ・・・というテーマでワンピースをやってみたいと思った願望が生んだオリジナル女主人公。

 元ネタは言うまでもなく『劇場版ワンピース フィルムゼット』の敵キャラ【ネオ海軍:Z】個人的には非常に好きなキャラクターでしたので採用したいと見たときからずっと思ってた人物です(^^♪



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第2話

結局書いてしまいました。『魔王様、リトライ』をモデルに使った二次創作もどき『他称魔王様、リスタート』の2話目です。もともとはモデルに使うだけで別物にする予定だった作品ですけど、オリジナルはオリジナルで別に書きたいネタができたためこちらは普通に原作ありきでいこうかなと思っております。


 前回までのあらすじ。

 子供を助けようとして悪魔っぽい生物さんの頭蓋骨を握り潰して殺しただけなのに、魔王呼ばわりされて泣かれてしまいました。まったく、ワケガワカリマセンヨ。

 

 

「グスッ、グスッ・・・魔王様ぁぁぁ~・・・食べないでくださ~いぃぃ・・・ボクは美味しくありませんからぁ~~~・・・・・・っ」

「落ち着いてください。私はジャングルとかに住んでそうな蛮族じゃないので、人食の習慣とかありませんから、いりませんから。そんなもの食べるぐらいだったら鶏肉の方が好きですから美味しいですから、買って食べてますから」

 

 とりあえず相手を落ち着かせようと、当たり障りのない常識論によって説得してみる私です。

 バケモノっぽいのを握り潰して殺した身とはいえ、それはあくまで殺しただけです。食べてませんし、人殺しもしたことありません。

 見た目も頭が牛っぽい悪魔さんでしたから牛殺しの又従兄弟ぐらいで収まる程度の罪なはず。その程度だったらイスラムの方々以外は大した罪にはならないはず。・・・戦国時代の日本とか牛が農業するのに重要な資産だった場合は重罪になりそうな気がしなくもないですけども・・・殺した後で気にしても仕方ないですので諦めましょう、うん。なるようになれ。ケ・セラセラ。

 

「てゆーか、なぜに私が魔王? 見た目完全にエルフですよ? 耳とか見れば一目瞭然で」

「そ、そうなんですけど・・・あのグレオールをあっさり倒すなんて、天使様でないなら伝承に唄われる魔王としか・・・」

「グレる・・・? まぁ、何はともあれ自己紹介でもいたしましょうかね。

 私の名前はナ・・・ナベ次郎と言います。あなたのお名前は?」

「ボクは・・・『アク』と言います・・・」

「ほう? アク・・・ですか・・・」

 

 相手の名前を聞いて、思わず感心したように呟きを発してしまった私。

 『魔王』に『アク』。二つ併せて順番を入れ替えたら『悪魔王』ができますね。サタン様です。もしくはルシファーです。どっちも旧約聖書の登場人物の中では超有名どころ二人なので覚えやすくて良いですよね。

 

「アク・・・韻を踏んでいて良い名前ですね。どうぞ、よろしく」

「そ、そうなんですか・・・? あんまり考えたことないですけど、褒めていただきありがとうございます・・・?」

 

 なんとなく釈然としてなさそうな反応を返してくる相手の女の子――アクさん。そんな彼女に私は最低限度のことを教えてもらおうと質問させていただきました。

 彼女は物知りではないようでしたが誠実な性格の持ち主なようで、知らないことは『知らない解らない』とハッキリ答えてくれて知ってることは教えてくれるためスゴく助かりました。

 何事も、半端な知識でよけいな先入観もたせるようなこと言っちゃダメなものですからね。

 

 刑事ドラマとかで少しでも人殺す動機がある人を見つけたら『つまり、こいつが◯◯を殺害したと言うことか?』と決めつけたがる素人じみた無能集団はフィクション時空のご都合主義の中だけでバカみたいな正義感に酔いしれていればよろしいのです。ド素人の無能は現実に介入してくんな役立たずぅ。

 

「ここは聖光国と言いまして、人々は智天使様を信仰しています」

「聖光国・・・智天使・・・」

「はい、智天使様はさっきの怪物を過去に封じた偉大なる存在です」

 

 智天使・・・さっきの怪物を過去に封じた偉大なる存在・・・・・・。

 

「・・・あの程度のザコを殺さずに封じただけの役立たずさんが、偉大な存在なのですか?」

「うぐ」

 

 一瞬、口をつぐんでしまった彼女に慌てて謝罪して説明を再開してもらった私。人もエルフも正直すぎては生きていけないのは世界が変わっても変わらないみたいですね。

 何はなくとも、ここが地球でないと確証が得られただけでも一先ずは良し。『今に伝わってる歴史は偽物で真実の世界は・・・』系の話は頭こんがらがりやすいので私はパスしたい年頃なのでっス。

 

「聖光国では智天使様の下に三人の聖女様がいて、聖堂騎士団、聖堂教会といった組織もあります」

「ふ~む・・・」

 

 話を聞いてるだけでもイヤな感じのする単語が連発されまくっていて、少し困ってきそうですよね・・・。

 ひとまず名前だけ聞いて判断するなら、聖堂教会の方が強そうですし関わり合いにもなりたくないと思わされる名前です。代行者とか出馬されたら負けそうですし、麻婆好きな外道神父とか所属してたら塩投げつけても退散してくれそうにありませんから。

 

 その点で聖堂騎士団の方はテンプル騎士団っぽいので安心な印象です。『ダ・ヴィンチ・コード』では強いとか言われてましたけど、セリフの中でやってた内容は墓荒らしと略奪に明け暮れた盗賊集団に過ぎませんでしたからね。その程度の外道共だったなら恐れる気はありませんし、殺してしまっても罪悪感を感じずに済みそうですから安心です。

 

 ・・・あとはせいぜい、『アルスラーン戦記』に出てくるルシタニア軍の聖堂騎士団と同じことしないことを祈るだけですかね・・・。逃げる途中でインフラ完全破壊とか洒落にならんですし、絶対にやらせるような事態には陥りたくない相手と言うことになってしまいます。

 

 どうか、その二つの組織が今言った二つの組織と似ても似つかぬ、この世界オリジナル組織でありますよーにと願いを込めて空を見上げてから視線を戻し、アクさんの顔を見直したときに今まで気づかなかった点に気がつきました。なので言ってあげることにいたします。

 

「・・・すいません、気づきませんでした。逃げる途中で転んだりして汚れてたんですね。

 ちょうど後ろに湖があるみたいですし、話の続きは水浴びして綺麗にしてきてからでも一向にかまいませんよ?」

「え!? いいんですか!?」

「・・・?? いや、私に許可とらなくても別にいいと思うんですけども・・・まぁ、ご自由にどうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 そう言って頭を下げて、どこかで怪我なり火傷でもしているのか片足を引きずりながらではありましたが、嬉しそうな笑顔で湖に入っていくアクさん。

 別にやましい気持ちはないんですけど、むしろ逆に男が女の子アバターの体を悪用して女の子の水浴び覗いちゃったらセクハラコードに引っかかりかねませんでしたし、後ろを向いて背中を向けて目を逸らしておく私。

 ネカマは否定しませんし、ぶっちゃけ私自身が今それなので差別的感情はないのですけどネチケットを守ることは重要です。ゲームはルールを守ってみんなで楽しく!基本です。

 

「あと、どうぞコレ。なんか作ってみたら出来た石鹸とタオルです」

「え。まさかコレ・・・《シャボン》ですか!?」

「シャボン・・・? この聖光国とやらいう国では石鹸をシャボンと呼んでいるのですか?」

 

 《ゴッターニ・サーガ》ではポイント消費してアイテム作れたため、先ほど倒したミノタウロスに羽はやしたような姿の名称不明なザコモンスター倒したことで得られたっぽい経験値使って作ってみた石鹸とタオルを渡してあげたら、なぜだか互いに疑問符浮かべながら質問し合う展開になってしまいましたね。なんですかこのRPGにはあり得ない展開。ギャグ漫画かショートコントですかい。

 

 まっ、なにはともあれ女の子が入浴してる間の男は、外で一服が基本です。なので私は森の中へ~。そしてタバコを取り出し煙をスパ~。

 ちょっとした不良気分が味わえて面白いですね、コレ。現実では出来ないことをやるための娯楽がゲームであることを考えるとヒジョーに楽しいッス。

 

 

 ・・・しかし、ゲーム内でさえ伝説的に有名なプレイヤーになったこともなく、ガチな廃人ゲーマーでもない、ただのエンジェイプレイを楽しんでただけの卒業組プレイヤーなんかを喚んでどうする気なんでしょうかね? 私を異世界に召喚したお方は・・・はっ!?

 

 ――ひょっとして喚ばれたのは私ではなく、私が使っていたアバターのキャラクター『ナベ次郎』だけだったという可能性も!!!・・・・・・ねぇですな、絶対に。ある意味で私個人が喚ばれるよりもっとも訳わからん理由になっちゃいそうですからね・・・。

 

 一体どこの異世界に、拳で戦うロリ巨乳なハーフエルフとかいう、ネタアバターを必要として召喚するアホな召喚者がいると言うのでしょう・・・。もしいたとしたらハッキリと断言できます。そいつは真性のアホに間違いありませんと!

 

 

「ま、魔王様。お待たせしました。シャボン、とっても気持ちよかったです」

 

 そんな戯言についてツラツラ考えていたところにアクさん再登場。入浴というか沐浴が終わったみたいですね。

 女性のお風呂は長いのが定番ですけれども、さすがにお湯じゃなくて湖の水ですからねー。この程度の時間に絞らないとのぼせることはなくても風邪引きますわな。普通に考えて。

 

「いえいえ、どういたしまして。――あと、魔王言うなし」

 

 微笑みとともに差し出してこられた、先ほど作って渡したタオルを受け取り、《悪魔のグレるさん》倒したときに使えるようになったっぽいアイテムボックス開いてポイッと放り込んで閉じます。森の中歩くのにタオルなんか片手に持ってたら邪魔でしょうがありませんからな。

 あるいは少しぐらい汚れていたら汗ふきタオルとして使い捨てることも可能なのですけども、綺麗すぎて白すぎるとそういう用途では使えなくなるボクたち現代日本人。

 

「まぁ、その件はひとまず置いとくとしまして。先ほど倒したミノタウロスもどきのザコモンスターは、この辺りだとよくPOP・・・コホン。よく出没するザコでしたので?」

「と、とんでもない! グレオールがよく出没するようになったら国が滅びますよッ!?」

「え。あのザコって、そんなにヤバい存在でしたので?」

「・・・・・・っ!!(コクッ! コクッ!!)」

「・・・私の記憶には、情けない声で命乞いした挙げ句に脳みそ握りつぶされて血の花咲かせた噴水芸が得意な牛さんの姿しか見た覚えがないんですけども・・・?」

「そ、それはまぁ・・・えっとぉ・・・・・・魔王様が相手だったからだと思いますよ・・・?」

 

 ナチュラルに困った顔しながら、反論しづらい気がしてくる言葉を言ってくる困った子ですね~。思わず言い訳のしようのない正論であるかのように錯覚しそうになっちゃったじゃないですか全くもう。

 

「ま、まぁ、その件もまた一先ず置いておきまして。――その《グレなんとかさん》とかいう暴れ牛モンスターが巣を作ってたり、縄張りにしていた場所に心当たりはありませんかね?」

「グレオールは、この森にある《願いの祠》に封印されていたと聞いてます」

「願いの祠・・・そこに案内していただくことは可能ですか? アクさん。狂牛病で暴走した牛さんモンスターを一匹残らず殺して駆除しに行きたいのですけども」

「わ、わかりました―――って、えぇぇぇっ!? 一匹残らず駆除!? グレオールをですか!?」

「そうですが、それがなにか?」

「だって、あれ! えっと・・・グレオールですよ!? あの智天使様に封印された伝説の悪魔王の仲間がいるかもしれない場所なんですよ!? その場所へ行って一匹残らず・・・駆除!?」

「そうですけど・・・なにをそんなに驚いてらっしゃるのです? 人に害をなす害獣なんて生かしておいたら危なっかしくて仕方ないじゃないですか。だいたいあの牛さん、黒かったですしね。

 黒くてデカい名前の頭文字にGがつく生き物を一匹でも見かけたときには五十匹はいるものと想定して、一匹残らず絶滅あるのみが私の国では常識だった程度の当たり前の行為です。何も気にすることはありません。殺し尽くしていい存在は、一匹残らず駆除しなければダメなのですよアクさん・・・」

「あの・・・魔王様? 変な私怨かなにかでグレオールに八つ当たりしようとか考えてたりしませんか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に」

 

 プイッとそっぽを向いて背中を向けて、しゃがみ込んで腕を後ろに差し出して前を見ながら後ろを見ずに、誤魔化す気はないですけれども誤魔化すようなタイミングで私は親切で適切な言葉をアクさんに向かって言ってあげるのでした。

 

「申し訳ありませんが、あなたの足の状態だと到着が手遅れになる可能性もあります。恥ずかしいかもしれませんけど、おんぶして移動させていただきたいのですが大丈夫でしょうかね?」

「ええ!! と、とんでもない・・・魔王様の背中にボクの穢れた身を乗せるなんて・・・っ」

「まぁ、人目を気にして恥ずかしい気持ちは理解しますし、いい歳をしてと言いたい気持ちを察しますけど、誰も見てない森の中ですし、一応は女の子同士な訳ですからお気になさらず。さぁどうぞ」

 

 そう言いながらも、本当はプレイヤーの性別男なのは内緒な私です。恥ずかしいですからね。

 ネカマキャラをやるにしても、本当の性別を告げる相手は選ばないと偶にヒドいことになるのがネットの世界。ネチケットは以下略。

 

「・・・ボクは昔から、村の厄介者なんです・・・」

 

 ――って、あれ? なんか別の話になってる?

 

「だから、いつも村のゴミを集めたり・・・糞尿を捨てる仕事をしたり・・・。自分なりに頑張ったんですけど・・・っ」

「はぁ」

「いつも村の人から汚い、臭いって・・・それでとうとうグレオールへの生け贄に出されちゃいまして・・・。

 村のみんなが言うんです・・・。ボクに触ると穢れるって・・・。だから!!・・・って、ええ!?」

「よっこらしょっと」

 

 なんか話が堂々巡りの様相を呈してきちゃったんで、問答無用で強制執行。強制おんぶして強制移動を開始です。うん、やっぱりこっちの方が大分早いですね。当たり前ですけども。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。ボクに触れると・・・っ」

「さっき湖の水で洗ってきたのでしょう? だったら大丈夫です、問題ありません。少なくとも最初に出会ったときよりかはだいぶ綺麗で良い匂いがしていますからね。・・・言っときますけど慰めですから、セクハラ発言じゃないですから。お間違いのなきようにお願いいたします」

「訳がわかりませんけども!?」

「人生なんてそんなものです。割り切りなさい。それが大人になると言うことです」

「ですから先ほどから何一つとして魔王様の言ってることは、訳がわかりません!!」

 

 なにやら背中に乗ったまま大混乱中のアクさん。

 仕方がありませんね・・・少しだけわかりやすく説明してあげましょう。

 

 

「あのですね、アクさん。ゴミ拾いや汚物処理の仕事をしてる人に一定の汚れや臭いが付着してしまうのは仕方のないことなんです。

 それなのに、その仕事に従事している人を『汚い』とか『臭い』とか当たり前のこと言うって、バカですか? その村の人たちは。バカの言うことなど気にしなくてよろしい。バカが移ります。バカがバカなこと言ってるだけなら無視しときなさい、馬鹿馬鹿しい」

「・・・・・・っ!!!」

「だいたい、自分よりも幼くて弱い立場の人間に対して汚い言葉で罵ってくる人間なんて、年齢や地位身分に関係なく性根が腐って汚らしく穢れきった心の持ち主に決まっているのですからね。

 そんな人はクズの臭いがプンプン漂ってきて臭すぎます。死ねばいいとしか私は思ったことがありません。

 その程度の人たちが言ってる言葉も信じている伝承も守り通してきた伝統だろうとも、気にしてやる価値はどこにもありません。『臭くて汚いカビ臭い悪習だ』と断言して足蹴にして燃やして浄化してあげるのが、せめてもの優しさであり敬意という程度のもの。私だったらそう言い切る程度のものに過ぎませんよ」

「で、でも! それは魔王様だから言えることで! 私は!」

「そ。よく分かってるじゃないですか、その通りですよ。

 私のように『汚い言葉で他人の尊厳に汚物をなすりつけて臭い臭いと鼻つまんで見下してくる人間のクズ』は、人間のクズだからこそ、こういう言い方と考え方をするのが当たり前で、アクさんはそういう考え方も言い方も出来ない人間だと言うことです。ちゃんと分かっているようで安心しましたよ。・・・・・・いま言った意味、分かりましたよね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 返事は返らず、ただ背中に小さな体を押しつけてくる力が強まったのみ。今はそれでいいとしておきましょう。千里の道も一歩から、夢はデカいほど追いかけ甲斐があるものです。

 

 

 

「つーか、糞尿が汚くて臭いんだったら人間なんて色男も美女も美少女もお腹の詰まっているのは、糞尿の詰まった肉袋だけでしょうに・・・。どうして、そこまで表面的な美醜にこだわれるのやら昔からサッパリ理解できませんよ。

 どーせ美人も美男子も歳をとれば『昔は美人だった元美人』とか『半世紀前には美男子だったミイラ男』になるのは確定しているというのに。つくづくよく分からない考え方をするものですよね、その手の人たちって言う生き物はさぁ~」

「・・・すいません、魔王様・・・。ボクもさすがにそのお考えは一生わかれるようになる気が全然しないです・・・・・・」

 

 なぜに? これほどまで当たり前の考え方のはずなのに~。プクー。

 

 

つづく

 

オマケ『追加設定の解説』

 正式に続きが出せたので、今作オリジナルの設定をいくつか追加しようと思っております。

 正確には追加ではなく、《インフィニティ・ゲーム》から喚ばれた魔王ではなく《ゴッターニ・サーガ》から喚ばれてきた他称魔王として、元いたゲームの設定と入れ替えるだけです。

 基本的《ゴッターニ・サーガ》は普通のMMOのため、特有の売りになりそうなシステムなどは実装できなかった設定のため目新しいものは追加されません。むしろ癖のないよう原作より減っています。

 プレイしていたゲーム世界にゲームキャラで転移系作品特有のトンデモ設定がなくなって、平凡極まるシステムに下位互換させられた。そのように解釈していただけると多分わかりやすいと思われます。




*活動報告をご覧いただいている方は知っておられるかもしれませんが、現在『ロードス島戦記』の二次作を書いております。
途中まで出来て原作見なおしたら時系列が矛盾しちゃってたので書き直し中。お待ちしておられる方がもしおられた場合には今少しお待ちください。

ちなみに現時点でのタイトルは、『ロードス島戦史~ハイエルフの転生神子~』です。


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ロードス島戦史~ハイエルフの転生神子~

『ハイスクールHENTAI×HENTAI』書いてる途中ですけど、『ロードス島戦記』二次作を先に投稿させていただきましたー。どっちか終わらせないと集中できませんからな。
紆余曲折あって今作はこんな内容になってますけど、詳しい詳細は話の下部をどうぞ。


 アレクラスト大陸の南に、「ロードス」という名の島がある。

 かつて創造の女神マーファと、破壊の女神カーディスとの壮絶な死闘の果てに生まれたこの島を人々は呼ぶ、「呪われた島ロードス」と。

 

 そして今また、戦いの歴史に彩られたロードスに新たなる野望が胎動をはじめていたことを、ロードスに住む人々はまだ知らない。

 自分たちの住む島に、「呪われたとしか思えない場所」の伝説が新たに書き加えられることになる近い未来の島の歴史を今のロードスを生きる人々はまだ知らない。知る由もない。

 

 “彼女”以外には・・・・・・

 

 

 

 

「・・・ニース様、如何なされましたか?」

 

 若い神官に声をかけられ、ニースと呼ばれた黒髪の女性はどこか遠くへ赴かせていた意識と視線を、自分たちの目前にそびえるように立つ巨大な生き物へと帰還させた。

 

 “ドラゴン”と、その生き物は呼ばれていた。

 純白の鱗に包まれた巨大な獣で、最強にしてもっとも華麗な幻獣、そして魔獣でもある。

 

 氷竜ブラムドというのが、その名である。

 彼女たちは、その白龍山脈第三の主人とも言うべき偉大な存在の守る宝を我が物にしようと欲する俗物たちの群であった。

 

「ニース様、危険です!」

 

 神官の一人が、ニースが竜に向かって慎重に歩を進めはじめたのを目にした瞬間、悲鳴にも似た声を上げるが、ニースは振り返ろうとは思わない。

 

「人間の娘よ、それ以上、近寄ってはならぬ」

 

 轟くような声がした。自らに歩み寄ろうとするニースに対して、目の前の竜が発したものだ。多少くぐもってはいるが竜の鳴き声ではない、ロードス全土で使われている人間の言葉だった。

 竜はただの野獣ではなく、成長するに従って高い知性を獲得する。

 1000年の齢を重ねて古竜と呼ばれる上位種族に昇華したドラゴンは神にも匹敵する偉大な存在である。だが500年ほど前に滅んだ古代魔法王国の支配者たちは、その古竜さえ制約の呪いにより奴隷として奉仕させていたのである。

 

「あなたを呪いから解放してさしあげます」

 

 ブラムドの怒りと悲しみが胸に伝わってくるように感じたニースは、胸を張って言った。

 大地母神の信者たちから“マーファの愛娘”と呼ばれる彼女の由縁がここにある。

 

 大地母神は「自然である」ことを教義と第一とする。文明を否定しているわけではなく、人間として自然な生き方を人々に説いているのだ。 

 他人から強制されたり、束縛されたりすることは自然な生き方とは言えない。たとえ相手が人間ならぬ魔獣であっても、呪いによって束縛されているのであれば解放することが大地母神の教義に則った行動なのである。

 

「我が呪いを解く? 汝は、カストゥール王国の魔術師なのか?」

「いいえ。私は大地母神に仕える者です。古代魔法王国の住人でも、魔力を操る者でもありません。

 ですが、祈れば大地母神は奇跡を授けてくださいます。あらゆる呪いを解く、奇跡の力をです」

「神聖魔法か・・・話には聞いたことがある。だが、神の従僕たる娘よ。我が呪いを解いて何とする。カストゥール王国の秘宝が望みか?」

 

 ニースは素直にうなずいた。

 実際、彼女がここを訪れた最初の理由は金の工面だったのは事実だからである。

 

 先日、アラニアを襲った大地震で多くの者が被災し、彼女たちが仕える大地母神マーファ神殿も倒壊を免れず、被害を受けた貧しい人を救うためにも、神殿を建立しなおすためにも、ドラゴンが守っている古代魔法王国が残した莫大な財宝という名の遺産がどうしても必要となっていた。

 

「しかし、それだけが理由ではありません。生きとし生けるものは、すべて自由な存在であるのです。いかなるものであれ、呪縛を受けるべきではありません。慈悲深き大地母神マーファは、そう願っておられます」

「・・・それゆえ、我が呪いを解きたいというのか?」

「その通りです」

 

 ニースは静かに答えてうなずいた。

 大義名分として大地母神の教義を振りかざしているわけではない。話を交わし、この氷竜の聡明さを確信したのだ。ニースは本心から、この幻獣を呪縛から解放したい気持ちになっていた。

 

「私一人の力では、あなたの呪いを解くことは出来ません。そのために私は十人の神官を連れてきました。そして何より、あなたにかけられている呪いを解くには、あなた自身の協力は必要不可欠です。呪いを解くため、あなたの身体に触れなければならないからです」

「・・・呪いにあらがえと言うことか」

 

 ブラムドの言葉にニースは微笑んでうなずき、答えを返した。

 この氷竜に古代王国の魔術師たちがかけた呪いとは、彼らの残した遺産である金銀財宝を盗掘者の手から守り抜くことであり、財宝の番人として側に居続けることを強制させ、制約を破ろうとすれば神にも等しい偉大な存在エンシェント・ドラゴンでさえ耐えきれぬほどの激痛が身体を責め苛むというものだ。

 

 彼女はブラムドに対して、その痛みに耐えてほしいと言っているのである。自分が彼の鱗に触れて呪いを解くことができる可能性上の未来を信じ、必ず襲われることが確定している現実の今に味わう苦しみと痛みに耐えてくれと、そうブラムドにお願いしたのである。

 

「わたしがあなたのところまで行き着く、その間だけでいいのです。古代王国の呪いと戦ってください」

「それが、どのような苦痛か、汝は知っているのか?」

 

 ニースはゆっくりと首を横に振り、それから見上げるように相手と視線を合わせて言い切った。

 

「それでも、耐えてください」

 

 そして彼女は、小さくて大きな一歩目を踏み出した。

 

「やめるのだ、娘よ。我が呪いは解くことかなわず!」

「解けぬ呪いなどありません! どうか、私を信じてください」

 

 こうしてニースとブラムドは、それぞれに戦うべき相手との戦いを開始した。

 ブラムドは呪いがもたらす激痛に耐えるため大きく尻尾を振って、地に打ち付け咆哮し、ニースは悲しげに響くその声を聞きながら今すぐ駆け寄ってゆきたい思いを押さえつけ、精神の集中を乱さぬよう一歩一歩確実に二十歩の距離を無限に遠く感じながら進んでゆく。

 

 結果的にブラムドは呪いに屈することなく、ニースは呪いを打ち破ることに成功した。

 だが、救済による開放感は痛みと違って即効性のあるものではない。時間の経過とともに実感としてジワジワと身体全体で知覚しながら理解していく類いのものである。

 この時もまた、解かれたばかりの呪いは、痛みという名の残滓を残していた。

 

「ニース様! 危ない! 避けてください!!」

 

 最初に自分を心配して声をかけてきた若い神官の悲鳴に似た叫び声が聞こえ、ニースは反射的に身体を後ろへ反らした。

 間一髪だった。氷竜が痛みを紛らわすため、デタラメな方向に振るっていた鋭い鉤爪の行く手にたまたまニースが立ってしまっていたのである。

 

 間に合うか? 間に合わぬのか? 神のみぞ知る生と死の狭間の中で、彼女は不思議な旋律が聞こえてくる音を確かに聞いていた。

 

 それは今のロードスで使われている共通語ではない。古代魔法王国の言葉でもない。

 音楽的で不思議な音色を持ち、どこか非人間的な別の存在たちに聞かせるためにあるような不思議な祝詞。

 

 もしこの場に、神官だけでなく他のルーンマスターたち・・・特に“精霊使い”がいたとしたら、その旋律はこのような意味ある言葉として彼らの耳には理解して聞こえていたことだろう。

 

 

――ボクの召喚に応じてほしい。偉大なる風の王、エルスよ。

  風で上昇気流を起こし、あの人間の少女を助けてあげて――

 

 

 聞く者が聞けば、そういう意味を持って聞こえる音の旋律がニースの耳にたしかに届いた次の瞬間。

 ニースの周囲を柔らかな風が包み込むと、物凄い速さで彼女の身体を急上昇させていき、唸りをあげて自分へと迫り来ていたブラムドの前足と鉤爪が通過していくのを他人事のように眼下に見下ろし、唖然としながら自分の身に今起こっている不思議な現象について考えようとしていたところへ、予定していた高度まで上がってきた彼女の身体を優しく抱きかかえてくれながら、奇跡の使い手が答えとともにニースに向かって朗らかな笑顔を投げかける。

 

 

「やぁ、大丈夫だったかい?

 マーファ神殿の人から、君たちがこの場所に向かったことを教えてもらって大急ぎで手伝いに来たんだけど一足以上遅かったみたいで申し訳なかったね。

 でも、最後の最後で怪我させずに救えたみていで安心したよ。君も怪我とかしないに越したことはないでしょ? “マーファの愛娘”な司祭ニース殿」

「あなたは・・・・・・」

 

 

 ニースは、相手を見上げながら戸惑ったような声を上げる。

 相手が何者なのか、分からなかったからではない。むしろニースだからこそ知らなくても分かってしまう相手の正体が一層彼女を戸惑わせずにはいられない。

 

「あなたは・・・人間ではありませんね」

 

 そう言い切ったニースに対して、小柄な相手は笑いながら頷いて、軽く頭を振って被っていたフードをずらし、そこに隠されていた秘密の一端にして相手の正体そのものを露呈させる。

 

 ピンと尖った長い耳。人間の持つサイズにしては余りにも長すぎる其れ。

 その部位だけを見れば、相手の正体は一目瞭然だ。

 

「エルフ族・・・っ!!」

 

 ニースは小さな声で叫び声を上げて、自分を抱きかかえて地面に向かって降下していく相手の正体にさらなる疑惑と不可思議さを感じさせられざるを得なくなっていた。

 だって相手は、エルフ“などではない”存在のはずだから。女神が教えてくれている相手の正体は、その程度の枠では収まりきらない上位種族の中でも更に特別な立ち位置にいる存在であることを明確に示唆している。

 

 そう。それはまるでニース自身と同じように。

 やがて彼女が拾うことになる娘と孫娘たちと同じように。

 特別な使命を神から与えられて降臨した、選ばれし者。

 あるいは・・・・・・使命を与えた神と、もっとも親しき友たる者。

 

 

「ご名答。・・・と言っても、詳しい説明は後回しにした方が良さそうだ。君を待っている人たちが大勢いる。ボクは後でいい。今は彼女たちのために君の時間を使ってあげるべき時だとボクは思うけど、どうする?」

 

 そう言って相手が見下ろす先にあるものを自分自身でも見てみると、自分が呪いを解いたばかりの氷竜ブラムドと、自分のことを心配そうに見つめてきている十人の神官たちの姿が視界に入り、今は目の前の相手より彼らのことを優先すべき時であるとニースにも納得することができた。

 

「分かりました。では、また後ほどにでも詳しい事情をお聞かせ願いましょう」

「構わないよ。ボクもそのつもりで来た身だからね」

 

 裏表のない微笑みを浮かべながら、それでいて心の底をまるで見透かせない不思議な笑い方をする相手だったが、その相手がやがて困ったような表情になって横を向いてソワソワし始めたことにニースは不思議に思い、「なにか?」と問いを発する。

 

「いやさ・・・淑女たるもの、相手が子供で女の子だとしても、もう少し恥じらいは持っておいた方がいいと、君のためにもボクは思うよ?」

「え・・・?」

 

 意味が分からず聞き返した後、改めて自分の姿を見下ろしてみた瞬間、思わずニースは真っ赤になって年甲斐もなく悲鳴を上げそうになってしまった。

 

 仮にも、十七という年齢でマーファ神殿の高司祭の地位に就いている身である自分が、よもや“お姫様抱っこ”されたまま相手と至近距離からたっぷり見つめ合ってしまっていたなどと聖職者としてあるまじき破廉恥極まりない行為である。

 まして相手がエルフならば、尚更だ。

 彼ら彼女らは揃って美男美女ばかりが生まれ育つ種族として知られており、たとえ相手が人間の寿命に置き換えると自分と同い年ぐらいに当たる120歳の少女に過ぎぬ身であろうとも美しいものは美しいのであり、女でも見惚れるほどの美少女である事実に変わりはな――え?

 

「あなた今・・・少女って・・・」

「あれ? 気づかなかったのかい? おかしいな、マーファの愛娘なら気づけてもおかしくないと思っていたんだけど・・・」

 

 ポリポリと頭の後ろを片手でかいて、あらぬ方向を見上げつつ、ニースに対しては「ほら相手が待ってるよ」と急かすことも忘れない不思議なエルフ族の少女。

 

 そんな彼女の前から離れた彼女が最初に向かった先は、自分自身が解放したいと願って成し遂げた存在、氷竜ブラムドの足元。

 

「娘よ・・・」

 

 彼の声が頭上から響いてきた。

 

「私は自由を取り戻した。感謝する、大地母神の従僕よ。古代王国の宝は汝のものぞ」

 

 氷竜の言葉を聞いて歓喜の声を上げながら、神官たちがニースのもとへ駆け寄ってくる。

 そんなニースの姿を氷竜は首だけもたげて見下ろしながら、穏やかな声で頭を垂れるように感謝の思いを言葉として告げてくる。

 

「感謝する、大地母神の娘よ。これより、私は汝を主人と定めよう。この誓いは、私が滅びるまで変わることはない」

 

 この宣言に対してニースは即座に拒否の言葉を返そうとしていた。

“せっかく古の呪いから解放されたというのに、新たな束縛を誓ってどうするのか”と。“これからは古竜として自然に生きて欲しい、それが私の願いだ”と。“主人としてではなく、友というなら大歓迎だけれど”と。

 

 そう言うつもりでいたのだが、まるで彼女がそう言おうとしていることを事前に知っていたかのようなタイミングで少し離れた場所に立ったままのエルフ少女から制止の声がかかり、断念して氷竜からの提案を受け入れる道を自主的に選びことにしたのであった。

 

「ああ、マーファの愛娘殿。そこは素直に相手の厚意と感謝の気持ちを受け取ってあげた方がいいと思うよ?

 誇り高いドラゴンにとって自分から頭を垂れることは、彼らにとって最大限の感謝と敬意、そして友誼を示す行為をも意味している。

 いくら自分が「自然に生きなければいけない」というマーファの教えを信じ貫いているからといって、人間とは違う神を持たない種族に対してまで自分の信仰心を押しつけるのは良い行為とは言えないと思うからね。「自由に生きるべき」と言うなら、相手が君に忠誠を捧げる自由だって認めてあげなくちゃ矛盾してしまう」

 

 驚いたように自分を救ってくれたエルフの少女の顔を見直して、フードを目深に被り直したその姿から内心を読み取ることを諦めると、ニースは素直にブラムドの言葉を受け入れて感謝と忠誠の誓いを受け取った後、あらためてエルフ少女の前まで戻ってくる。

 

 

「お待たせしました。この様なところではなんですから、よろしければ私たちの神殿へおいでください。歓迎させていただきます」

「それはありがたいね。ボクも君にちょっと人には聞かれたくない内容の話で聞きたいことがあって来ている身だから助かるよ」

「お気になさらないでください。――それにあなたは私個人に対しても、なにか言いたいことがおありなのでしょう?」

「・・・・・・」

 

 このとき初めて相手の少女は即答せずに黙り込み、ニースの瞳を自分の瞳に移し込みながらまっすぐ見つめ、互いに相手の魂の底まで見透かし合っているような視線を交わし合い終えてから、静かな口調でこう言い合った。

 

 

 

「よく来てくれました、異界からの来訪者にして、大地の法を見誤った者よ。

 あなたがそれを敵と定めてしまった理由は私には理解できないけれど、それでもあなたはその戦いをやめるべきだと私は思うの。

 戦うべき相手は他にいます。自らに呪いを課すことはなかったはずなのよ」

 

「君個人の感想は理解したよ、マーファの愛娘殿。気遣ってくれてありがとう、お礼にボクも君に対して一つだけ忠告してあげよう。

 女神マーファへの信仰のため、自分の命も人生も幸せさえ捧げてしまう生け贄みたいな生き方は改めた方が君個人のためにはなると思うよ? 女神が与えた使命を全うするため自分の全てを他者のために捧げてしまう人生なんて、それは女神にかけられた呪いと何ら変わりないとボクは信じて生きている者だから」

 

 

 

 二人の視線が混じり合い、ぶつかり合い・・・・・・やがて穏やかに逸らされていく。

 

 大地母神の寵愛を一身に受けた人の子である“マーファの愛娘”ニースと。

 神にも等しい力を持った精霊王と生まれながらに絆を結んだ“ハイエルフの神子”。

 

 二人の異なる神に愛された少女たちが出会った、この日、この時、この瞬間から、ロードスの歴史に微妙な修正点が加えられていくことになる未来を誰も知らない。

 

 戦いに彩られたロードスの歴史を変えることなく、書き加えることだけを望む少女の戦いはここから始まる・・・・・・。

 

 

 

オリジナルキャラ紹介

《神子》(本名未定)

 

 今作オリジナル主人公で転生者のハイエルフ。

 生まれながらに精霊王たちと高い親和性を持っていたことから、選ばれた特別な子供《神子》として大切に守られながら崇め奉られ育てられてきた。

 未来の歴史(原作のロードス島戦記)を知っていることから、里の長老たちに『近々《鏡の森》が復活した魔神に襲われて黄金樹が奪い去られる夢を見た』という嘘を伝えて、『神子の見た夢なら正夢かもしれない』と思わせた後、「念のために」という名目で旅立ってきた。

 マーファ神殿に来たのも表向きは《石の王国》の現状について《鉄の王国》からニースを通じて聞くことができないかと訪ねるのが目的だった。

 

 

能力:

 四大精霊王すべてと契約して召喚可能になってはいるけど、同時召喚は無理。

 体術や剣術もチート転生者故に他よりずっと恵まれていた身体能力のおかげでかなりのものだが、ベルドやファーンとは精霊魔法なしだと逃げ回ることしかできない。逆にフラウス相手には魔法なしで圧勝できる。

 チート転生者な割に中途半端な能力だが、これは原作に本気で介入しようという意欲を途中で失ったためであり、本来ならば四大精霊同時召喚も今の時点で可能となっているだけの才能の持ち主。

 ハイエルフに生まれたからこその才能が、ハイエルフの持つ寿命によって開花を妨げられてしまったという皮肉な存在です。

 

 

性格面:

 当初は調子に乗って「転生チートだ」「歴史改竄だ」と内心ではしゃぎながら第二の人生を送っていたのだが、百年近くも続くと飽きが来てしまい、今では一刻も早く退屈な妖精界から出られすれば何でもいいと思うほど変わらない日常に嫌気が刺していた。

 人としての記憶と人格を持ったまま、長い時間を生きたせいか精神面が老成しており、本人曰く『枯れている』

 全ての物事に多面性を見いだしており、一つの正しさには別の側面から見た醜さがあるというような価値基準を持っているため『絶対』という言葉が大嫌いで、一つの正しさのみを盲信している者たちには皮肉を言わなければいられない斜に構えた性格の持ち主。

 ただ、あくまでも『一つの正義だけを正しいと信じる思考法』が嫌いなだけであって、必ずしも否定した相手の信じているものを否定しているわけではなく問題定義するに留めることが多い(ただし、本人の主観で加減が決められてしまってる)

 

 「ボク」という一人称と、ボーイッシュな口調は男だった前世から引き継いだもの。

 基本的に本編が始まる前の時点で意欲もやる気も長すぎる待ち時間の間に燃え尽きてしまっているため、積極的にロードスの歴史に介入する気も変えようという気もないが、個人的に救いたい者たちはいるので彼らの救済が主な戦う理由と目的。

 『全体』よりも『自分が好きな一部だけ』を優先して守ることを由としたチート転生者。

 本来ならロードスを救えたほどの力を持たされて転成してきた身であったのだが、長すぎる時間が彼から『勇者』としての精神的資質を完全に奪い去ってしまっている人。

 

 誰に対しても皮肉屋な性格で、同族に対しても容赦がない。

 ハイエルフの中でも特別な生まれだっていたため『ディードリット物語』に登場していたエスタスとは幼い頃から親しい付き合いだが、仲はあまり良くない。

 

 

彼女から見たハイエルフの価値観に対する評価はコチラ↓

 

「全ては時間が解決してくれること・・・」

『あれだけ時間があれば、どんな事だってどーでもよくなる』

 

「エルフ族ならもっとも良い意見が通る」

『自分の意見を持ってないだけ。植物のようにみんな同じ。同じ存在なら一人だけでいい』

 

「人間たちは些細なことで優越感を抱けるものだ」

『些細な悪口で不快感を抱けるエルフ族が言う言葉かい?』

 

「人間たちは自分のことしか考えていない」

『エルフは自分たちが滅ぶ未来の可能性を考えようともしちゃいない』

 

「人間たちは同族で殺し合いを続ける愚かな種族だ」

『人間は国も民族も宗教もバラバラだ。動物じゃあるまいし種族が同じってだけで同じ生き物だと考えられるヤツらがバカすぎる』

 

総論

『エルフたちは、自分が知っていることしか知らないことを知らない種族』

『人間は賢明な奴等と愚かな奴等と普通の奴等とが入り乱れてなんかやってる種族』

『正しいかどうかは知らないし興味もないけど、単色の世界よりかは汚い色も入り交じった多彩な色の世界の方が自分は好きだ』

 

――こういう価値基準の持ち主です。

 

 

 

オマケ:

『原案版《神子》』

 

 もともとは妖精界にある黄金色の森の中で、ひときわ輝く黄金の少女として描かれるシーンで始まっている少女だった。

 ボツになった理由は、魔神たちに黄金樹が奪われたから切り札的戦力として取り返しに行くことを旅立つ理由に想定していたところ、それだと登場がかなり遅くなってしまうことに気づいたから書き直したのが今話の内容です。

 

 

 

尚、ニースと仲悪そうに描かれてる初登場回でしたけども、本人たち自身は必ずしも相手のことが嫌いでもなければ否定し合ってもいません。

 ただ、思想的に合わない者同士だと正しく認識し合っただけ。そう言う関係の二人です。



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ゼロの幼馴染みはTS転生『魔術師殺し』

活動報告でお知らせしました『ゼロの使い魔』×『TS転生・衛宮切嗣』コラボ作品が出来ましたので投稿させていただきました。思ってたよりギャグ調にできましたためセイバー・オルタの方にも出しておりますけど、単にシリーズ化を考えてない短編として書いた作品であるが故の措置ですので意図について本気で考えないでくださると助かります。


「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」

 

 綺麗な月の夜。

 楚々と夜を照らす月明かりの中で、“あの日の地獄から”救うことのできた唯一の命である少年は、さりげない口調で衛宮切嗣に向かって誓いを立てた。

 

「爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。

 まかせろって、爺さんの夢は―――」

 

 かつて切嗣が憧れ、諦めたモノに“なってやる”と。

 かつて自分が大切な人に誓おうとして、その言葉を告げることができなかった想いを声に出して、今夜この綺麗な月の下で誓ってくれている。

 

「――俺が、ちゃんと形にしてやるから」

 

 ・・・それは正しく衛宮切嗣にとって“救い”であった。

 いつしか始まりの自分を忘れ、ただ磨り減っていくしかなかった切嗣にとって望むべくもない“救済”だったのである。

 

 

「そうか。ああ―――安心した」

 

 

 ――この子なら、たとえ自分と同じように生きようとも、自分のように過つことはないだろう。

 

 その理解に胸の内のすべての疵を癒やされていくのを感じながら、衛宮切嗣は―――ふいに腹立たさを感じて不機嫌になってきていた。

 義理の息子に腹を立てたのではなく、あまりにも不甲斐なく無責任な自分に腹が立ってきたのである。

 

 自分が“あの地獄から”拾ってきた養子の少年は、こうして義父である自分の心の疵を癒やしてくれていると言うのに、自分は今まで義理の息子に親らしいことを一つでもしてやったことがあっただろうか?

 周囲をおびえさせないようにと授業参観には行ったことがないし、自分が死んだ後に後見人になってくれるよう頼んだ相手は暴力団の組長で、ご近所付き合いは絶望的。魔術師殺しで荒稼ぎした金も屋敷の改築等に使ってしまって蓄えも残り少なく、身元を誤魔化すため魔術で隠蔽したせいで生命保険にも入った覚えはない。

 

 そもそも、自分の夢だった正義の味方を目指してくれるのは親としてホロ苦くも嬉しい限りではあったが、社会的地位で見た場合に正義の味方というのはどうなのだろうか?

 むしろ法律関係ぐらいに抑えておいた方が、合法的かつ経済的に苦しむ人々を救う事業を展開していけるような気がしてきたのだけれども・・・・・・。

 

 

 斯くして。

 その生涯を通じて何を成し遂げることもなく、何を勝ち取ることもなかった男は、たったひとつ最後に手に入れた安堵と―――それに付属して付いてきた義理の息子の将来に関する不安だけを胸に混在させたまま眠るように息を引き取る。

 

 彼の在り方を理解すると同時に、“親としての自分”の無責任さを理解して後悔し。

 自分と義理の息子の精神面では安堵と信頼を得ながら、気持ち以外の面では胸いっぱいの不安を友として、彼はこの世界で生きる住人たちと関わり合う機会を永遠に失ってしまったのである。

 

 自分は、彼にとって『良い目標』にはなれたのかもしれなかったが、『良い父親』にはなれなかったのだということだけを確かな事実として死の間際の記憶と脳みそに焼き付けながら彼は、夜空に輝く綺麗な月に見下ろされたまま永久の眠りについたのだった。

 

 

 そして―――『願望』が生まれる。

 ただ一度きりの命と人生に二度目はないと分かっていながら、それでも願わずにはいられなかったから。

 

 もう一度だけでいい、誰かにとっての親として振る舞える人生が自分に訪れる機会があったとしたら。

 今度こそ自分は、我が子に対して親としての責任を果たせる人生を生きてみせる、と。

 彼は願いながら、願望を抱きながら綺麗な月の下で眠りにつく。

 

 

 そんな彼の願望を――【この世すべての悪】にさえ屈しなかった男が死の間際に、無理を承知で願った願望を。

 

 『観測機たる万能の月』が、見逃してくれるはずもない事実を知る由もないままに、彼の魂は地上を離れ、遠い遠い宇宙の彼方へ、この世界のどこかへ、どこか違う平行世界の彼方へと旅だって行かされてしまった事実を知る者はこの世界にはもう誰もいない。いる訳がない。

 何故なら事は既にこの世界を離れて、異世界の事情になってしまっていたのだから・・・・・・。

 

 

 

 

 ザワザワ・・・、ザワザワ・・・。

 抜けるような青空をバックに、一人の少女が道行く人に感嘆のため息を漏らさせていた。

 年の頃は十二、三歳ぐらいだろうか。

 黒いマントの下に、白いブラウス、グレーのプリーツスカートを着ている。

 

 顔は可愛い・・・と言うよりも、綺麗という表現の方が適切なタイプだろう。万年雪のようなプラチナブロンドの長い銀髪と、雪の女王が持つ処女雪のように白すぎる肌。ルビーを溶かして流し込んだように赤い両眼。

 体を構成するすべてのパーツがあまりに整いすぎて、まるで人ならざる魔性のモノであるかの如く錯覚してしまいそうになるほどの圧倒的な美貌。

 

 

『キリツグ・アインツベルン・エ・ミヤ・ユスティーツァ』

 

 それが少女の持つ姓名である。

 そしてまた、彼女にはかつて地球という名の異世界で、衛宮切嗣と呼ばれていた男としての前世を持つTS転生者の少女でもあった。

 

 

「・・・遅いな。もう来てもいい頃合いのはずなんだが・・・」

 

 空に見える二つの月から、大凡の現在時刻を計測しながらキリツグは眉をひそめて溜息をつき、前に出していた足の左右を切り替える。

 彼女は今、背中を預けている建造物『トリステイン魔法学院』の制服をまとって、入学式に参加するため幼馴染みの少女を待ち続けているところであった。

 

 学園までは家族とともに馬車でやってくるのは当然としても、学園そのものは全寮制で所属する生徒たちに生まれや身分による待遇の違いは一切認めないという校則が存在するらしいので、仲のいい同い年の新入生少女二人がともに連れ立って式に参加した程度で目くじらを立てる大人もよもやおるまい。・・・と、キリツグ個人はそう信じていた。事実かどうかまでは今の彼もとい、彼女には知る由もない。

 

「・・・あり得ないとは思うけど、一応少し探しに行ってあげた方がいいかもしれないな。

 子供とはいえ男女共学の全寮制学校・・・不埒な連中が変態行為に及んでしまう可能性もないわけじゃないんだし」

 

 仮にも貴族の子女だけが通うことを許されている学校の同級生たちに抱いていい感想ではない言葉を口にしてからキリツグは、幼馴染みの少女を探すため動き始める。

 

 

 キリツグの幼馴染みである少女は、魔術が存在しない代わりに子供向けのお伽噺に出てくる奇跡のような魔法が実在しているこの世界『ハルケギニア』で、魔法が使える者たち・・・始祖ブリミルの血を引く者たち『メイジ』と呼ばれる貴族たちの一員であり、その中でもとりわけ尊い血筋を誇る名門貴族の家に生まれ落ちながら魔法の才能に全く恵まれておらず、そのことを幼い頃から強く意識しすぎるあまり、気が強いというよりかは強がりすぎてしまう悪癖を持った少女に育ってしまっている女の子だった。

 

 才能がなく、魔法が使えず、にも関わらず格上のメイジたちに馬鹿にされると言い返さずにはいられないプライドの高さと負けん気の強さを誇る・・・まぁ要するに、キリツグとしては庇護欲をそそられずにはいられないほど『子供っぽくて、子供らしい女の子』なのである。

 

 加えて彼女は正義感が強く、曲がったことが大嫌いで、場も状況も考えずに無理して突っかかっていって挑みかかろうとする、前世で救った養子の少年のような部分を多数備えており、代償行為としての『娘として見ている』彼ならぬ彼女にとっては目の離せない存在でもあった。

 目を離すと、どこで何に巻き込まれてしまうのか心配で仕方がなくなる可愛らしい女の子なのである。見えないところにいる間は、探し出して安全を確認するまでは安心できない。

 

「それにもし、もしもだ。彼女がチカンなどという許しがたい性犯罪者に狙われでもしていたら大変なことになってしまうからな。

 公爵家のご令嬢を傷物にしようなどと企む輩を許しておいては、大勢の罪なき人々に被害が及ぶ。即刻その場で殺しておくべきなんだ。もしその役目を他の誰もやりたがらない時には僕がやるしかないのだから、僕が彼女を探しに行くのは当然のことだな。うん、よかった。安心した」

 

 ブツブツ独り言を言いながら歩くことで、不安を紛らわせるキリツグ・アインツベルン。

 ・・・親心に目覚めたことから月の聖杯に見初められ、異世界に生まれ変わるための回路を開かされた衛宮切嗣は、親馬鹿をこじらせすぎて変な方向に自分が行ってしまっていることに気付いていない。そしておそらく、気付いたとしてもやめないだろう。そういう男だった少女である、キリツグ・アインツベルンと言う名の転生少女は。

 

 

「あー! こんな所にゼロのルイズがいるぞー!」

「・・・ん?」

 

 どこからか聞き覚えのある罵り文句が聞こえた気がして、そちらの方へと視線をやる。――いた。

 桃色がかったピンクブロンドの多すぎて豪奢すぎる髪を持つ、貴族らしく見せようと必死に背伸びしながら、でも実は他の誰より貴族らしさを持たないキリツグお気に入りの女の子が、悔しそうに歯がみしながら一人の新入生男子と睨み合っている姿を発見した。

 

「いっけないんだー。ここは魔法を教えてもらうための学校なんだからな~? 貴族の家に生まれた癖して魔法が使えないゼロのルイズは来ちゃ行けない場所なんだぞー、この学校は~」

「な、なによアンタ! たかが子爵家の息子の癖して、マイヤール公爵家の令嬢である私にそんな無礼な口をきいてただで住むと思っているのかしら!? 捻り潰すわよ!」

「残念でしたー! トリステイン魔法学校は生まれや身分で差別しちゃいけない校則になってますー! ここでは僕もおまえも同じ生徒で平等な立場なんですー! 公爵家の娘だからって特別扱いはしてもらえませ~ん。ヘヘーンだ、ザマーミロー!!」

「ぐ・・・、ぐぬぬぬぅぅ・・・・・・っ!!」

 

 ・・・どうやら、他の貴族子弟と言い争っていたらしい。

 おそらく実家の屋敷で開かれていた園遊会などで知り合った経緯を持ち、キリツグにとっての幼馴染みの少女『ルイズ・フランソワーズ』が魔法を使うことができない事実を知っている、爵位の低い貴族のバカ息子が家柄に対するコンプレックスを発散させる口実を得て調子づいているのだろう。

 

 感情的になると校則など何のそのと、力尽くでぶち破って反省もしないルイズではあるものの、感情的になっていないときの彼女はむしろ教条主義者めいた真面目さえを発揮してしまい、規則や伝統を額面通りバカ正直に遵守してしまう融通の利かない部分を併せ持っている少女でもあったのだ。

 

 家柄を持ち出して、校則を口実に使っている生意気少年の相手は、今の比較テク折り付いている彼女には荷が重すぎると言うべきであろう。

 

「やれやれ・・・、こういう時にはやはり大人が出張ってあげるしかないんだろうなぁ」

 

 肩をすくめてキリツグは、遠回しに二人を見ている見物客という名の野次馬をさり気なくかき分けながら誰一人気付かせることなく、暗歩を使って彼らのすぐ側まで音もなく移動していき、そして。

 

「どーせ、お前なんか二年の進級の条件になってる『春の使い魔召喚』のときに、変な生き物呼び出しちゃって皆からバカにされるに決まってるんだよ。やーい、やーい、魔法が使えない魔力ゼロのルイズー!」

「ぐ・・・ぐぬぬぅぅ・・・っ!! 人が大人しく下手に出てあげてれば付けあがってくれちゃってぇぇ・・・っ!!」

「はぁ~ん? お前がいつどこで下手に出た事なんてあるんだよぉ? お前っていつも偉そうで生意気な態度で、僕はそんなお前のことが昔から大嫌―――」

「よっこらしょっと」

「い―――痛たたたたたたたッ!? ちょっ、痛!? 腕が! 僕の腕がもげちゃうぐらい痛すぎるぅぅぅぅッ!? あだだだだだッ!?」

 

 とりあえず背後から音もなく忍び寄ってから、有無を言わさず投げ飛ばして転ばせて関節技を仕掛ける、日本古来の柔術を使って少年の生意気ぶりを注意してやることにした。

 言っても無駄そうな子供は、まず話を聞きたいと思わせることが重要であるとキリツグは、切嗣だったときに子育ての本で読んだ記憶がある。

 生まれて初めて男親だけで子育てしていく自信がなかったときに、古本屋で見つけて立ち読みした本の記述ではあったものの、子育ての専門家が書いた本だったらしいし間違ってはいないはずだ。

 

 ――ちなみに彼が養子を引き取ったのは、20世紀末の出来事であり、その本が古本屋に売りに出されたのは更に十年近く遡った時代だったりするのだが。

 子育ての基本が21世紀初頭から十数年で激変していることなど、家庭のことには無頓着すぎたまま異世界転生してしまっている切嗣さんとキリツグちゃんには知る由もない。

 

「キリツグ!? え、どうして!? なんで!?」

「そりゃあ、公爵令嬢様が格下貴族の小せがれに泣かされているみたいだったからね。爵位の序列上、助けに来ない訳にはいかないさ。一応僕はこれでも貴族の家の娘なんだぜ?」

 

 格好つけてそう言ってみるが、誤魔化しなのは言うまでもない。

 むしろ切嗣にとってハルケギニアの貴族たちは、魔法が使える者とそうでない者に人類を二分して、たまたま貴族の家に生まれて魔法が使える自分たち貴族を、神によって選ばれた民と思い上がった末に平民たちを動物か家畜のように思っている、外道魔術師どもを国が正式に認可してしまった殺すしかないクズどもだとさえ決めつけているほどの存在でしかなく、間違っても爵位の序列だけを理由に守ってやる必要性を感じる相手では決してない。

 

 だが、この場合はこれでいい。もとより相手の少年に真実など何一つ教えてやる価値など認めていなかったし、ルイズは虐められてる可愛そうな女の子である。真実を言って傷つけるよりも守らなければいけない。何があっても、どんな敵からでも絶対に。

 

「な、なんだよお前!? こ、ここがトリステイン魔法学院で、生まれた家とか身分とかで差別しちゃいけないって校則で決められてること知らないのかよぉッ!?」

「おやおや、君こそ知らなかったのかな? 校則だの法律だのと言ったルールなんてものは、単なる建前でしかなく、それを決めた奴らが守ることはほとんどないという常識をね」

 

 キリツグは前世の記憶を思い出しながらハッキリと少年に向かって断言する。

 悲願成就のため外法魔術師である自分をアインツベルンの養子に迎え入れたアハト翁に、公平を期すため聖堂教会から派遣されていたはずの監督官である言峰璃正神父の遠阪陣営に対する肩入れ、魔術は隠匿するものという基本を守る気のなかったキャスターの英霊ジル・ド・レェ元帥と、数えだしたら切りがないほどだ。

 

 ルールだの規則なんてものを額面通りに守っていたら、一方的に不利になっていく一方ではないか、馬鹿馬鹿しい。

 

「く、クソゥッ! クソクソクソ糞がぁッ!! こうなったらお前、僕と勝負しろ! 決闘だ! 正々堂々一対一の決闘だぞ! まさか臆病風に吹かれて断って逃げたりしないだろうな!? 場所と日時は通達してやる! 分かったら手を離してそこをどけ、このクソ野郎! 今に見ていろよ! 決闘の日に実力の差ってヤツを思い知らせてやるからな!!」

「!!! ダメよキリツグ! 受けちゃダメ! そいつは性格はクズだけど魔法の才能だけはあって、魔法学院に入学する前からもうすでにトライアングル級の魔法を二つも使うことができるんだから!!」

 

 ルイズが幼馴染みを心配して悲痛な叫び声を上げ、キリツグに組み敷かれている少年は後日の決闘で華々しく勝利した後の自分と相手を想像して悦に入ったように下卑た笑いを浮かべており。

 キリツグは、そんな二人に頓着することなく相手をつかんでいた腕を左腕に変えてから、右手を服の下に突っ込んで中に隠し持っていた道具を取り出し、相手の後頭部に押しつけてから―――脅す。

 

 

 ゴリッ。

 

「分かるな? 今君の頭に押し当てられている物は、リボルバー式の拳銃だ。教師たちが駆けつけてきて君を救うため呪文を唱えようとしても、この距離なら火薬と鉛玉が君の頭蓋を貫通する方がずっと早い」

「・・・・・・」

「もちろん、僕だって人殺しになるつもりはない。せいぜい両手両足を撃ち抜いてやって、魔法で完治できる程度の傷と痛みを君に味あわせるのに使ってやろうというだけのことさ。

 とは言え、いくら魔法で傷も痛みも消えてなくせるとは言え、呪文を唱えて魔法で治してもらえるまでに感じる痛みと傷はなかったことに出来るものじゃないし、感じないことも出来ない」

「・・・・・・・・・」

「さて、君はどちらを選ぶのかな? 正面切っての決闘にこだわって今“おめでたい騎士サマ”らしい撃たれ方をされて藻掻き苦しむか、全てをなかったことにして水に流すと約束して誰かに漏らした瞬間には寝込みか背中を僕に襲われるかもしれない恐怖に怯えながらの誠実な生か・・・二つにひとつだ。好きな方を選ぶといい」

「・・・・・・・・・・・・ッ!!!!!!(ダンダンダンッ!!!)」

 

 

 ――と、この様にしてキリツグ・アインツベルンは幼馴染みで、実の娘のように思っている女の子と自分の安全を当面は確保することに成功し、代わって周囲から遠巻きに見ていた見物客たちが口々に噂し合っている雑談の中に“ゼロのルイズ”という単語を散見して不愉快になる。

 どうやら自分は結果論とは言え、幼馴染みの少女にイヤな思いをさせてしまう渾名作りに一役買ってしまったらしい。感情に流されて行動すると、こういう羽目になるから本当にろくでもない行為だとあらためてキリツグは思い知らされずにはいられない。

 

 

「まったく・・・内実のないちっぽけな優越感を満足させたいだけのために、僕の可愛いルイズを利用しないでほしんだけどね。

 ・・・って、あれ? どうしたんだいルイズ? おーい、もしもーし?」

「・・・“可愛いルイズ”・・・“僕の可愛いルイズ”・・・・・・ワルド子爵様以外の人に言ってもらえたのはじめてかもしれない~・・・・・・♡(デレ~♡♡♡)」

 

 

 

 斯くして―――

 ゼロの幼馴染みとなった『魔術師殺し』の物語は、こうして再び幕を上げる。

 

 

 

オリジナル主人公設定

 

『キリツグ・アインツベルン・エ・ミヤ・ユスティーツァ』

 

 今作における衛宮切嗣がハルケギニアに少女貴族として生まれ変わった転生体の姿。

 見た目はアイリスフィールを幼くした姿と酷似している。

 イリヤとも似ているが、凹凸に雲泥の差があるのは愛娘には内緒の話である。

 メイジとしての才能は、そこまで高くないが、メインの武器が銃器で戦う戦闘スタイルに変わりがない彼女にとっては大した問題とも思っていない。

 

 属性は『火』。・・・と思われているが、実は『火』と『土』の二重属性。

 ハルケギニアには二重属性という概念自体が存在しなかったため、判別のために魔法を使っても発見する機能が与えられておらず、より強い方の属性を彼女の属性として認定させてしまった結果。

 

 ハルケギニア貴族の性は、長いほど爵位が上という決まりが存在しており、ルイズのフルネームよりも二つ少ないアインツベルン家の爵位は伯爵家。

 

 実はアインツベルン伯爵家は、トリスタニア王国を裏から守ってきた影の貴族の元締め一族であり、諜報活動や破壊工作といった公には出来ない任務を着実にこなすことで歴代国王からの厚い信任を得てきた経緯が存在している。

 あくまで『トリスタニアのため』『国全体のために尽くす一族』のため、一時期は彼の悪名高き悪の宰相【エスターシュ大公】が最も信頼する忠実な駒であったという忌まわしい黒歴史も内包しており、この事件が元で稼働していた全組織の活動を一時休眠させる必要に迫られてしまい、最近になって立て直しを始めているものの一度断たれた根を張り巡らすのに苦慮している。

 原作で起きた様々なイベントを止められないのは、これが原因というオリ設定の一族です。

 

 

 なお、女体化した理由は『世界愛の人』から『家族愛の人』になったことにより経済的なお金の問題に比重を置くようになったことが主な原因です。

 家族を守り養うためには、夢よりお金の方が大事ですからね(苦笑)

 そのため夢追い人な男から、現実的経済観念を持つ女性へと性別と性質が変化したというオリ設定の女オリ主です♪



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~7章

久しぶりのアーク2更新です。久しぶりすぎて色々と忘れちゃってましたので今回はリハビリを兼ねてアッサリ書かせていただきました。自話から本気で再始動めざしたいと思っております。


 闇医者のラドは、ワケありの医者である。

 マフィアの支配する町インディゴスに住んでいながら、金のない者だろうと治療してくれる彼の存在には助けられている者も多い反面、それを目障りだと感じる敵も多い。

 当然ながら彼の仕事は医者であっても危険が多く、今までにも何度か危ない橋を渡りかけては渡り通してきた実績がある。一度はマフィア同士の銃撃戦のド真ん中でケガ人を見捨てず治療した経験さえある漢なのだ。

 ちょっとやそっとのピンチでは動転しないクソ度胸が、彼の仕事を支える原動力の一つと言っても良かっただろう。

 

 ――だが、しかし!

 

 

「・・・・・・」(ヒュゴォォォォォォ・・・・・・)

「・・・・・・」(シ――――――ッン・・・・・・)

 

 

 ――さすがの彼も、二人の少女に挟まれた修羅場状態でケガ人を治療した経験はなかった!

 目の前のケガしてる少女の静かな沈黙も怖いが、背後から黙って彼女を見ている綺麗な美少女が放つブリザードのような冷気が怖すぎる!!

 

(ふ、吹雪が! 室内なのにブリザードの気配が俺の頭越しにケガ人の少女へ向けてヒシヒシと!?

 チクショウ! なんだって俺は赤の他人の痴情のもつれのド真ん中で、赤の他人に向けられている女の情念に恐怖しながらケガの治療をしなくちゃならねぇんだ! 早く帰りてぇ!

 酒場に戻ってヤケ酒飲んでなかったことにしてぇんだよぉぉぉぉぉぉぉッ!!!)

 

 闇医者ラド、心からの絶叫。だが、声に出さなかったから二人の少女たちには届かない。届いているもう一人の少女は気付かないフリして助け船を出そうとしてくれないので孤軍奮闘継続中。

 恋愛内戦勃発中なシュウのアパートで、闇医者ラドは絶対零度の威力を持った視線のビーム攻撃に晒されながらケガ人を行い続け、早く帰りたいけど適当に治療してケガを悪化させたりするのは医者としての義務感が許さないから手も抜けず、ひたすら真面目に黙ったまま治療を続けていく。

 

 やがて―――

 

「よし! これでもう安心だ!」

 

 治療が完了し、包帯も巻き終わり、ようやく帰るべき酒場へと帰ることが出来るようになった闇医者ラドは足早に患者の少女リーザのもとを離れて出入り口に向かい、申し訳なさそうな顔で待っていた依頼人の少女エルククゥに最後の報告をして今回の仕事を終わらせた。

 

「ありがとうございます。・・・どうでしたか?」

「どうもこうもねぇよ! なんで俺が、あんな若い娘たちの間で交わされる視線の銃撃戦みたいな中間地点で治療しなきゃならない羽目になってんだ!?」

「・・・・・・えぇ~とぉ・・・・・・」

「・・・まあいい。とりあえずは大丈夫だから俺は帰るぞ。娘の方はゆっくり休ませてれば元気になるだろうし、これ以上ここに居続けたら俺の方が胃を痛めちまいそうだからな」

「本当にお世話かけて申し訳ありませんでした・・・」

 

 クズに容赦はしなくても、相手の方が正しい場合には素直に頭を下げる少女エルククゥは今回の場合も流儀を守る。・・・一方的に自分たちの方が悪い今回みたいな場合は尚更に・・・。

 

「・・・ところでモノは相談なんですけども、治療費を倍にしてかまいませんので、今少しこの場に残っていただき緩衝材になっていただくという依頼を受け入れていただくことは可能でしょうかね・・・?」

「断る! 断固として断る! 俺は帰る! 酒場に帰って酒を飲むんだ―――ッ!!!」

「・・・・・・ですよね~・・・」

 

 無理を承知で切実なお願いだったのだけど、当然の如く却下され闇医者ラドは払われた治療費の額を確認することもなく鷲掴みにして足早に帰って行った。・・・たぶん今払った分は全額酒場で少女たちの視線で受けた精神的ダメージを癒やすのに費やされるのだろう。

 プラマイ0だが、ラドの商売ではよくあることだ。気にするまでもない。“金額的には”の話だけれども・・・。

 

 

 ――バタン。

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 

 ・・・アパートの扉が閉まる音が響いて部屋に部外者がいなくなると、途端に室内は気まずい沈黙に満たされてしまった・・・。

 

 こういう時、普段は口の周りが良いエルククゥは意外なほど役に立たない。

 基本的に敵を言い負かしたり、コチラの要求を無理やり受け入れさせたりといった弁舌は得意な女の子なのだけど、感情的になってる同性の鎮め方なんて全くわからないし知らないし。知らない自分だけは知っているから、余計なにも言えなくなって役立たずに止まるしかなくなっちゃってるし。

 

 ・・・なまじ理屈が得意になりすぎてしまい、真逆の感情に疎くなってしまった報いを今受けさせられてしまっていた・・・。

 頭で考えて納得したり、させたりすることは出来るのだけども、感情の面で納得させることは出来る自信がまったく持てない。沸いても来ない。理屈屋の限界、ここに極まれり!

 

(・・・・・・以上。第三部、完・・・!)

 

 ――と、最近子供たちの間で流行りはじめた大衆文学のノリで現実逃避していたところ。

 

「さて、と・・・」

 

 ブリザードを背負った、笑顔がカワイイ綺麗な美少女である自分の幼馴染み『ミリル』から微笑みを向けられて、エルククゥは座っていたソファのクッションから「スッ・・・」と立ち上がり。

 

「エルククゥ」

「はい」

「言い訳してちょうだい? 私を置いて他の女の子と逃げていたことへの言い訳を。

 ・・・私はあなたを待っていたのに・・・来てくれるって信じて待ってたのに・・・それなのに・・・・・・」

「ちょっ!? いきなりそのテンションから始まるのはやめてくれませんかね本当に!? 私だってさすがに焦りますよマジで! 本気で焦るときだってあるんですからね本当に!

 お願いですから正気に戻ってくださいミリルさん!!」

「正気に戻れ? フフフッ、いいえ違うわ、エルククゥ。私は正気じゃなくて本気なのよ。

 だって私は、あなたが大好きなんですもの!! 私を見捨てて他の女の子と逃げていたあなたに復讐するために!!」

「だ!か!ら! 正気に戻れって言ってんでしょうがさっきから――――ッ!?」

 

 

 ギャースカ! ギャースカ! 醜い上に噛み合ってない言い争いを痴情のもつれで展開し合う幼なじみ少女の二人組。

 

 デートをすっぽかされた彼女から言い訳を要求される彼氏的役割までは甘んじて受け入れる覚悟をしていたエルククゥだったけど、さすがに初っ端から病んでる状態の幼馴染みに脅迫されるとは思ってもみなかったので慌てずにはいられない。

 

 

(てゆーか! 両手に能力で造った氷まとわせちゃってますし! さっきから超低温の雷光がピカピカ光り輝いちゃってますし!

 あんなモノまともに食らわされたら流石に死にますよ今の私程度じゃ確実に!?

 しかもミリルさんの感情が爆発したときにだけ使える【ダイヤモンド・ダスト】がいきなりスタンバってるように見えてるのは気のせいですか!?

 死ぬ! 死にます! 嘘でも詭弁でも何でもいいから使って、今の彼女に感情を抑えてもらえなかったら私の人生本当にここで完結しちゃいそうな勢いになってるかもしれませんよこの状況!?)

 

 一難去って、また一難。

 ・・・と言うよりも、空港ジャック事件に始まって楽勝ばかりだったエルククゥの冒険ではじめて感じた、命の危機をもたらす最強の敵【幼なじみ少女ミリル】!!

 

 なんか色々と間違ってる気がするが、相手の精神状態的に合理性とか言ってる余裕は少しもない! まずは相手の怒りと憎しみを適当な方向へ誤魔化して発散させて落ち着かせるのが何よりも大事である!

 

 生きてこそ得ることの出来る明日を掴むため、この命! あなたの理性にベットしますよミリルさん! 

 だから本気でお願いしますね!? 早く正気に戻ってきてくださいね!?

 でないと私ホントーにあなたに殺されちゃいそうになっちゃってますからね!? 冗談でも何でもなしに!!

 

 

 アパートの一室限定で吹き荒れる、季節外れの猛吹雪に襲われながら悲壮な決意を固めて構えを取るエルククゥ!

 

 

「え、え~とぉ・・・・・・あれ? も、もしかしなくてもこの状況、私の身元とかどうでもよくなっちゃってない・・・?」

 

 いきなりのミリル暴走によって、当事者から無関係な部外者にいきなり島流しされてしまったモンスターと心を通わす能力を持った不思議な少女リーザは唖然呆然とせざるをえなかったけど。

 実際問題、モンスターと仲良くなれる能力なんか今どうでも良くて、そんなものより怒れる女の子と仲直りできる能力がほしくて仕方のない今のエルククゥの置かれた情勢下では彼女にかまっている余裕はない!

 全力で! 命がけで! 目の前に迫る命の危機と戦いながら!向き合いながら! 生きて迎えられる明日を信じて迫り来る死の運命を乗り切る以外に道はないのだから!!

 

 

 

 ――精霊と魔物と人とが争い合う世界の片隅で、突如勃発した重要人物の命がかかった痴情のもつれ問題。

 その中で、特に今の時点では二人の関係と結びつきもなく詳しくも知らないリーザだけは蚊帳の外に置かれたまま、ポカーンと世界の未来がかかった少女の危機を見つめる以外に今はまだ何もできることはない・・・・・・。

 

 

「アオゥ・・・・・・」

 

 そんな主を哀れんでいるのか、慰めているのか、もしくは共感してるのか。

 飼いモンスターのパンデットが一声鳴いて、前足を「ポン」とリーザの膝の上にのせられていた手の甲に置く。

 

 仲間はずれ同士、顎の下撫でてあげたり、頭をモフモフしたりしながら自分じゃどうすることもできない目の前の修羅場から目をそらし、リーザはリーザで自分が今できること・・・テイムしたモンスターとの絆を深め合う作業に没頭していく。

 

 

 世界の命運がかかった痴情のもつれが行われている今日であったが、見ているだけなら世界は今日も平和なままな様でもあるのだった・・・・・・・・・。

 

 

 

「ウフフ・・・エルククゥ、あなたは甘いわ。あなたは私を置いて二人だけで逃げていたのよ? あなたを待っていた私を見捨てたのに復讐されないと思い込むなんて甘すぎるわエルククゥ! だから大人しく私に復讐されなさい!

 私にはあなたを殺すことはできないけれど、復讐するだけなら普通にできることだから!!」

「なんですか!? その複雑すぎる愛憎模様と、曖昧すぎる罪悪感の有り様は!? お願いですから、もう少しちゃんとした基準を作ってください!

 理屈屋の私にはこの状態のミリルさん説得するの無理そうです――――ッ!?」

 

 

つづく(笑)

 

 

注:久しぶりなので忘れている方向けのオリジナル設定の説明をば。

 今作ミリルは原作での薄幸さが影響しており、施設で飲まされていた薬が体に合わず一時期禁断症状を起こしてリハビリ生活を送らされた過去があり、そのとき以来精神面が不安定になってしまっているというオリ設定がなされています。

 普段は原作通りのミリルなのですが、感情が高ぶったりすると敵として出てきた洗脳ミリル状態に陥ってしまうという厄介な性質を持った女の子が、今作のヒロインでもあるミリルちゃんです。

 ・・・敵にしてヒロイン・・・エルククゥの言う通り、たしかに複雑な愛憎模様ですよね・・・。

 

 彼女の冥福と今作での幸せな結末を願って今回は終わりとさせていただきます。




*今回の一件でミリルに事情があることがリーザに伝わり、ミリルには落ち着かせるため次回は家でお留守番。リーザにハンターとしての仕事教えるために原作展開。
 その過程で自分たちの事情を彼女に軽く説明してあげる…そういう流れを作るための話が今話の内容であります。


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平民派DQN女オリ主がいくFFタクティクス 6章

夜なべ(死語?)して書きました。FFタクティクス平民派DQN最新話を更新いたしました。書きたいものが多いと寝る時間が減るのは不思議ですよね♪ 昔そんな歌詞の歌があって好きだった作者です(^^♪


 ゼクラス砂漠――。昼間は摂氏50度にも上昇し、夜間には一気に氷点下まで気温が下がる地方固有の独特な気候から別名を『死の砂漠』とも呼ばれている不毛の地。

 

 その地にある集落跡で今、複数人の武装した男たちが誰に聞かれる心配もない不毛の砂漠であるにもかかわらず声を潜めた小声で話し合いを行っている・・・・・・。

 

 

「・・・おい、聞いたか? 北天騎士団が本格的に動き出したらしいぜ」

 

 騎士風の風体をした男が、隣の男に話題を振った。

 身なりこそ立派な騎士そのものであったが、身にまとう装備には所々ペンキを塗った跡があり、その下には質屋で買った安物の中古鎧が見え隠れしている。

 彼は騎士ではあったが没落しており、支給品の鎧兜まで売って生活の足しにしていた没落騎士階級でしかない存在だった。

 外見は騎士階級たる貴族だが、中身はとっくの昔に騎士を失って『空っぽ』だ。

 

「ああ、聞いたよ。・・・オレたちはいったいどうなるんだ?」

 

 隣に立つ、弓使いらしき男が胸の前で腕を組みながら唸るような声で返事を返す。

 その声にあるのは不安だけ。元が猟師出身である彼には騎士風の男と違って職を失っても自然から糧を得て生きていける術の心得があるはずだったが、山で暮らす獣から動かぬ敵を背後から狙い撃つ仕事に生業を変えて数年が経過し腕がなまっている。今さら元の猟師に戻ったところで暮らしていける自信は今の彼には残っていない。

 

「殺される前に足を洗って、どこかへ逃げるしかないだろうな」

「ウィーグラフに従っても死ぬだけだしな」

「ああ、その通りだ」

 

 モンク風の外見をした、修行をおろそかにして随分と経ち腹が出てきた男が肩をすくめて両手を広げながら呆れたように言った言葉に没落騎士は大きくうなずき、結論を口にする。

 

「ギュスタヴの計画通りに侯爵の身代金さえ手に入れれば、こんな生活ともおさらばさ・・・」

 

 どこか自信なさげにつぶやかれるその言葉。そこには隠しても隠しきれない『疲労』が込められており、彼らの内心を言葉よりも的確に表現してくれていた。

 彼らはすでに疲れ切っていたのである。

 貴族たちから民衆の権利と自由を得るための『戦い』に・・・・・・ではない。

 

 

 貧しい今の暮らしにウンザリして、他人の金で楽が出来る暮らしに早く『戻りたくて』仕方がなくなった者たち。それが彼らギュスタヴ率いる骸旅団から分派した勢力だったからである―――

 

 

 

 

 ・・・骸旅団はもともと、貴族支配に反対して反旗を翻した『骸騎士団』が、貴族支配打倒を掲げて解放戦争を挑む際に名を改めた組織である。

 掲げるスローガンから、貴族やそれに仕える者たち以外に手を出さないことを絶対の規律としているアナーキストの集団であるため活動のための資金源と呼べるものはほとんどなく、志に賛同してくれた民間からの寄付と、困窮した貴族領主が領地内の治安維持に金を出し渋るようになって放置されてしまっていた盗賊集団を討伐した際に謝礼金としてもらえる僅かな報酬だけが、その全てだったと言っていい。

 

 まるで絵物語に出てくる王道騎士のごとき在り方だが、それが彼ら『骸旅団』を民間が広く受け入れた一因であり、平民出身の義勇騎士でしかなかった彼らを正規軍と互角以上に戦うことのできる精鋭騎士団へと成長させた要因にもなっていたのは皮肉な話と言うしかない。

 

 領地の奥深くにある居城でふんぞり返ったまま動こうとしない主からの命令を待つばかりでは、五十年戦争を生き抜いた正規軍の新鋭騎士たちであっても腕が落ちるのは必然の結果でしかなく、民衆たちにとってみても税金を納めさせるだけで自分たちを守ってくれない役立たずの騎士たちよりかは骸騎士団に報酬として支払った方が今後の生活を守るうえで利があったのは事実なのだから。

 

 平民を見下す貴族たちは決して認めようとしないであろうが、彼らに支配される民衆にとって法と制度で金をむしり取るだけで外敵と戦いもしない騎士や貴族や王族たちなど『着飾った盗賊集団』としか思っていない。尊さや威厳などまるで感じてはいないのである。『働かない役立たずは必要ない』・・・それがいつの時代も民衆の本心なのだから・・・。

 

 やがて貴族たち、支配者階層にとっても骸旅団は厄介な脅威となっていき討伐軍が組織され―――完膚なきまでに敗北させられることになる。

 戦意も装備も十分に満ち足りた上流貴族の騎士隊長に率いられ、質屋に支給品の装備を売って見た目だけ安物でごまかした下級騎士たちで編成された貴族直属の騎士団では、終戦後も変わることなく戦い続けてきた骸騎士団を相手にも勝負にさえならなかったのである。

 

 

 こうして―――『骸旅団の崩壊』がはじまる・・・・・・。

 

 貴族軍を撃退した正義の義勇騎士団『骸騎士団』の名はイヴァリース全土に知れ渡り、無数の模倣犯を誕生させていく。イヴァリースの各所で骸旅団を『名乗る者たち』による襲撃や略奪、放火や強盗、横暴な貴族領主への報復攻撃やテロ活動、闇討ちによる天誅などが玉石混合で展開されまくっていく。

 摘発する側にとっても、襲撃の実行犯は『骸旅団』であった方が都合がよかった。

 なにしろ貴族に仕える直属騎士団が撃退された盗賊集団である。彼らの仕業と報告すれば犯人を捕らえられずとも責任を問われることはなく処罰されることもほとんどない。

 犯行側と政府側双方の利害一致によって『骸旅団』の名は、免罪符の代名詞となっていってしまったのだ・・・・・・

 

 それが今日の志を失いつつある骸旅団没落の始まりであり、ギュスタヴに寝返った者たちが金で釣られて楽をしたがっている理由である。

 最初から彼らが骸旅団に入った目的は、弱い者たちから一方的に奪うためであり、骸旅団と名乗りさえすれば弱腰になって逃げていく正規軍兵士たちを笑いながら虐殺する愉しみを味わうのに必要だったからというだけでしかなかったのだ。

 

 それが、北天騎士団をはじめとして正規の騎士団たちが骸旅団討伐に本腰を入れて動き始め、骸旅団と名乗っていた者たちを一人残らず根絶やしにする勢いで襲いかかってきたことから慌ててアジトを引き払い本隊と合流するという名目で逃げ込んできただけの彼らにとっては、本気で殺される覚悟をしての革命戦争など冗談ではなく、再び安楽な生活を手に入れ楽に遊び暮らせる生活に早く戻りたくて仕方がなかっただけなのだから。

 

 たしかに、今までほどは贅沢で楽な暮らしはできないかもしれない。だが、当座の生活基盤を新しく築くには十分すぎるはずだ。

 その後に落ち着いてから今までの経験を活かして新たな商売でも始めればいい。金さえあれば、大して難しいことじゃない。

 イヴァリース最大の盗賊集団『骸旅団』として、弱い者たちから手に入れてきた生きるための術と技術は大抵の場所で通用するはずなのだから・・・・・・

 

 そう思い、そう考え、至近の未来に迫った温かい食い物と寝床に困らない生活を夢見ていた矢先のこと。

 

 唯一、外に目を向けていた見張りの男から発せられた警告の声と言葉に、心と視界を甘い夢から現実の地平線上へと引きずり戻される!!

 

 

「た、大変だッ!! 北天騎士団のヤツラが現れたぞォッ!!」

『な、なにぃッ!?』

 

 

 彼らは一様に驚き慌てて、装備を手に取り持ち場へ戻るために走りはじめる!!

 彼らは皆、自分たちの置かれた立場を今ようやく思い出していたのである。

 今の自分たちは今までのように獲物を追い立て、誘拐した人質を盾に身代金で遊び暮らしていられる凶悪犯罪者集団ではなく。

 

 『砂ネズミの穴ぐら』に逃げ込んで隠れ潜んでいるだけの、追い詰められて落ちぶれた逃亡犯の群れに過ぎなくなっているのだという現実の姿を・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠の丘陵地帯にある、一部だけ凹んだ地域に風から家屋を守るために建てられたと思しき小さな廃屋の中で動き出す敵影の姿を視認しながら、私はちょっとばかし小首をかしげていました。

 

「なんか敵さん、妙に慌てすぎてやしませんか・・・? まるでコチラの襲撃をぜんぜん予測していなかったみたいに慌てふためきまくってるように見えるんですけども・・・」

 

 一応、こちらも人質の安全優先で敵拠点を攻撃しているわけですから最低限度の技巧は凝らしており、ただでさえ少ない部隊の人員を二隊に別けて片方を陽動にしながら接近してきた訳なのですけれども。

 いくら何でも慌てすぎです。逃げる側の心理として、追ってくる敵への恐怖感がまるでなかったような狼狽えっぷり・・・。これじゃまるで絶対刃向かってこないと見下していた飼い犬から背かれたことを知らされたロンウェー公爵みたいにしか見えないんですけどね・・・。

 

 ちなみにですが、今のは『タクティクス・オウガ』が元ネタです。タクティクス繋がりで使ってみました。韻を踏んでいていいですよね?

 

「よし、他の奴らに悟られる前に見張りを倒せッ!!」

 

 ラムザ兄様が、味方に対して指示を出されている声が聞こえてきました。

 いやまぁ、うん。言ってる内容自体は正しいんですけども・・・・・・“それ大声出して言っちゃったら意味ないんじゃないのかなぁー”・・・っという心の本音は、そっと心にしまって無かったことにしておいて差し上げる私はラムダ・ベオルブ。ラムザ兄様思いのできた妹だと自負しております。

 

「ラムダ・・・気にするな。ラムザのあれは病気みたいなもんで、どうにもならない。諦めるんだ・・・オレたちには諦めることしかできないんだからな・・・」

「兄様、騎士道英雄とか大好きそうな人ですもんね~・・・」

 

 隣に並んだまま敵陣へと進んでいく私とディリータさんの、しょーもない会話内容がコレ。

 ぶっちゃけ、だだっ広い無人の砂漠にある一軒家に接近するまで気づかれることなく見張りを倒し、他の者にも気づかれることなく籠城する側の敵を殺し尽くして人質救出したいなら夜まで待って夜陰に紛れて夜襲しかけましょうよと提案してみようかと何度思ったか分からない私ですけども、結局は兄様の人柄をおもんばかって言い出せぬまま今に至っている時点で同じ穴の狢状態。

 言う資格なくなっちゃいましたので、せめて行動あるのみです。よッと!!!

 

 

「『岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち集いて赤き炎となれ! ファイア!』」

 

『うッ!?』

 

 私が唱えた呪文が終わってしばらくして、「ボォンっ!」と小さな爆発音と共に地中から火を噴き出させる炎属性の攻撃魔法【ファイア】を食らわされた敵の一人が小さく悲鳴を上げるのが聞こえてきました。

 

 と言っても、所詮は炎属性の中では最低ランクの威力しかない攻撃魔法であり、まだ距離もあったため効果範囲に巻き込めたのは狙った対象一人だけのショボいものでしかないわけですが。

 

 とは言え別段、威力自体で攻撃しようと思ったわけでもないですのでねぇ~。

 

『う・・・くっ! 吹き上がった炎で砂が巻き上がって視界が悪く・・・しまった煙幕にするのが狙いだったのか!?』

 

 ピンポーン、その通り大正解です。ただでさえ足場が悪い砂地での戦いの中で視界まで奪われたらまともに戦う事なんてできません。窓ガラスのなくなった窓枠から弓で狙い撃とうとしていた弓使いさんたちにとっても目障りな土煙となっていることでしょう。まして一度吹き上がった煙は突然の突風でも吹かない限りは晴れてくれ難い砂漠の土煙なら尚更です。

 よし、コレで接近するまで時間が稼げますね。味方の被害が減らせそうで良かった良かった。

 

「さすがだな! ラムダ! 相変わらず卑怯でえげつない戦術だ! 見事だったぞ! 後は任せろ!!」

「あなたいい加減にしないと、本気で訴えますからね本当に!?」

 

 横を走りすぎながら、いい笑顔で要らんこと言い残して敵陣へと切り込んでいくディリータさん。

 まったく! なんだって一応は武門の頭領ベオルブ家の長女に生まれ変わったはずの私が、平民出身の青年にここまで悪口に満ちた褒め言葉のみを言われなくちゃならないんでしょうかね!? ぜんっぜんチート転生してきた気がしないんですけども! これでも一応はチート転生の部類に入るはずなんですけれども!!

 

 ホントの本当に貴族社会のベオルブ家長女舐めんなッ!?

 

 

 ・・・まぁ、そんな感じで色々ありながらも戦闘自体はそれほどたいした損害も負わないまま、無難な勝ち方で普通に勝ちました。

 敵は最初から終わりまで穴ぐらに引き込んだまま時間稼ぎでもするかの如く、しぶとく粘りながらも無駄な悪あがきとしか表現しようのない戦術ばかりに終始し続けて結果的にコールドゲームで勝ってしまった・・・そんな戦いだったのです。

 

 なぜ、追い詰められて目の前の敵を突破できなければ生き残れる道がなくなっていたはずの敵たちが、ここまで消極的な延命療法じみた判断を繰り返し続けたのか、それは分かりませんでしたけども、とにかく予想外に粘り続けた敵の足掻きによって予定してたよりずっと長い時間を表での戦闘に費やしてしまったのは事実であり、そうなると何故いっこうに敵の援軍が現れないのかが気になっても来るわけでして。

 

「予想外に手間取ったな・・・これじゃ他の敵に気付かれてもよさそうなものだけど・・・?」

 

 兄様も私と同じ疑問を抱いたらしくそうつぶやくのが聞こえ、次の瞬間にはおそらくディリータさんも含めた私たち三人ともが一つの同じ結論に達していたでしょう。

 

 

 敵の注意を片方に引きつけ、二手に別れて挟撃する今回選んだ戦法は、

 別に“味方同士でなくても成立可能だ”という当たり前の事実を。

 “敵の敵は味方でなくても、倒したい敵は同じだ”という常識的な戦略的判断基準を。

 

 そして、それをやりそうな人をこの前ドーターで目撃したばかりだったという直近の過去に起きた出来事を―――

 

 

「・・・??? お前らどうしたんだ? なんでそんな怖い顔して表情硬くしてんだ――って、オイ!? いきなり走り出してどこ行くんだよコラ!

 チッ! 待てチクショウ! オレ一人だけ置いていこうとしてんじゃねえ!!」

 

 

 

 

 

 

 ・・・そこは今では『砂ネズミの穴ぐら』と呼ばれるようになった集落跡が、実際に使われていた頃には食料保管庫として使われていた広大な地下室だった。

 砂漠で生きる民たちにとって、いざという時の備えは生きていくために必要不可欠なものであり、今このときの生活だけを考えて消費し尽くしてしまっては未来の自分たちの絶滅を確定させてしまいかねない。

 だからこそ彼らは集落に住む者たち全体が利用するための広大な地下空間を作って、そこに長期保存が可能な食べ物や、寒さ暑さから身を守ってくれる毛布などを保管しておき、安全に眠って翌日の朝を迎えられるところを確保していた。

 

 

 この民族史について、骸騎士団副団長である『ギュスタヴ・マルゲリフ』が知っていたかどうかについて歴史は沈黙している。

 だが少なくとも、敵が侯爵救出のため奇襲をかけてくることを警戒して、倒壊した家屋が目立つ集落の中では唯一と言っていいほど出入り口がひとつしかなく、正面突破してくるバカ以外は警戒しなくてすむ安全な侯爵と自分の身の置き所にこの場所を選んだ事実についてだけ見れば、歴史上の皮肉が大量にまぶしかけられた出来事だったと言えなくもなかったであるだろう。

 

 

 そのギュスタヴは今、かつての上司で自分たちの騎士団長でもある男と一人対峙していた。

 自分と同じ部屋に詰めていた部下たちはいない。もう殺されて死体になっている。

 いざという時には、侯爵を連れて人質にしたまま逃げられるよう身軽なシーフを側近として採用していた彼であったが、肝心の敵が『貴族社会の打倒』を掲げるアナーキストの集団『骸騎士団』の団長ウィーグラフだったのでは侯爵に人質としての価値は一切なくなってしまい、戦闘力の低い側近のシーフたちが倒された後では、「副団長」の自分が「騎士団長」を相手に一対一で勝負を挑んで倒す以外に生き残れる道は残されていなかった。

 

 即ち―――『詰み』である。

 

 

「どうだ、ギュスタヴ。いい加減に観念したらどうだ?」

 

 ウィーグラフが、かつての腹心に剣を突きつけながら最後に、そう語りかけてくる。

 

 ラムザたちが来るより少しだけ早く到着していた彼は、自分一人で乗り込んで裏切り者たちの地で集落跡を赤い海に沈めることは確実にできるだけの自信と実力を有していたが、その隙にギュスタヴが逃げ出さないという確信までは得られていなかったから、ラムザたちの到着を待ち、彼らと見張りたちと派手に戦闘をはじめてから混乱に乗じて室内へと突入し、ここまで一人でたどり着いたのだった。

 

 目的の違いが、彼にこの選択を選ばせたとも言えるだろう。

 ラムザたちの目的は侯爵が殺されるより早く生きてる間に救出することだったが、ウィーグラフにとってはエルムドア侯爵もまたいずれは倒さなくてはならない敵である。

 今はギュスタヴの非道から救い出すため動くとはいえ、優先目標は恥知らずな裏切り者ギュスタヴを抹殺する方が上なのである。

 

 だからこそ、ラムザたちを彼は使った。利用した。

 その謝礼としてエルムドア侯爵を『出来るだけ』生かしたまま彼らの手で救い出させてやれるよう侯爵を巻き込むことなく粛正を終わらせられるよう努力してやろうと心に決めながら――

 

 

「・・・貴様の革命など、うまくいくものかッ!!」

 

 追い詰められ、逃げ道を失い、部下も殺され尽くしたギュスタヴは、ウィーグラフの言うとおり遂に観念した。観念して・・・“最期に思いっきり罵声をぶつけてやろう”と決意せざるを得なくなっていた。

 ここで終わるならせめて! コイツに! この小綺麗な理想論ばかりを並べ立てる綺麗事大好きな坊や騎士サマに現実の厳しさってヤツを教えてやってから死んでいきたい!

 見にくく歪んで屈辱と怒りに染まったウィーグラフの顔を見て、せせら笑いながら殺されていく自分自身・・・そんな未来の自分を幻視しながら彼は人生最後になるであろう弁舌と詭弁と毒舌とを相手の心を傷つけるため最大限使い尽くしまくりにくる!!

 

「オレたちに必要なのは思想じゃない。食い物や寝る所なんだッ! それも今すぐになッ!」

 

 だが、ウィーグラフは動じない。さらに言葉を接ごうとする相手を制して、自己の信じる正義をハッキリと主張して相手の考えを否定する。 

 

「お前は目先のことしか見ていない。重要なのは根本を正すことだ!」

「・・・貴様にそれができるというのか? 無理だよ、ウィーグラフ! 貴様には絶対にできないッ! 甘すぎるお前の理想では現実に勝つ事なんて決してできるはずがないんだ!!」

 

 こんな事態に至ってもなお、揺らぐ事なく綺麗事を口にしてくる相手を言い負かすことは不可能であると悟らされたギュスタヴは、脆くも崩れ去った自分の人生最期の幻想をかき集めながら、せめて、せめて、最後の最期に自分が命をかけて信じて、命を捨てる羽目になってしまった信念だけは正しいと信じながら逝くために絶叫を放ち、相手の正義を否定することで自分の信じる現実主義こそ正しかったのだと認めさせようとする。

 

 だが、しかし―――

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

 厳然と、昂然と、泰然と。ウィーグラフの理想は揺らぐことなくギュスタヴの言葉による弾劾を受け止めて弾き返し、物理的にも一歩前へと進み出た。

 それは終わりを告げる意思の表れであり、この距離まで近づいてもギュスタヴの腕では自分を倒すことなど“絶対にできない事実”を思い知らせるための自慰行為をも兼ねたものだった。

 

「ギュスタヴ、おわかれだ」

 

 何の感慨も感じさせない、怒りや憎しみすらもない、ただ『終わってしまった出来事』として自分の死と、自分という存在までを定義したウィーグラフの言葉を聞かされて、ギュスタヴの顔が屈辱と怒りに醜く歪む。

 

 ・・・思い出されるのは自分自身の過去の出来事・・・。

 

 

 もとはイヴァリース最強の騎士団と称された北天騎士団に所属するエリート騎士の一員だったにもかかわらず、敵兵を皆殺しにしたり、占領した村などで強姦や強盗などの非道な戦い方をしてしまったことが騎士団内部で問題視されて骸騎士団の副団長に左遷させられる決定が言い渡された、エリートとして歩んできた彼の前半生が終わりを告げた日の記憶。

 

“なぜ、自分だけがこんな目に遭わされなければいけないのかッ!?

 敵国の兵士を殺して、何がいけない!?

 敵国人の女を犯して金を奪ったことが、なんで非道扱いされる!?

 皆やっていることじゃないか! 国がやらせている事じゃないか!!

 所詮、英雄なんてものは大量殺人者でしかないのに、どうして自分みたいな子悪党が犯罪者扱いされて、血塗れの英雄サマが凱旋パレードで美姫たちと笑顔でダンスを踊ってやがるのか!?

 世の中は! 社会は! 正義とか悪とか綺麗事とかは全部全部全部、間違っている!!”

 

 

「この俺が・・・・・・この俺様が! お前みたいに綺麗事ばかり抜かす、苦労知らずのガキ騎士に負けてなどやるものかぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 

 激高し、ウィーグラフへ向け全力で斬りかかっていくギュスタヴ。

 その斬撃は間違いなく彼の人生の中で最高にして最強の威力と速度と完成度を誇った神速の一斬だった。厳しい選抜基準を勝ち抜いて北天騎士団に入隊を認められた時でさえ、これほどの必死さと真剣さで全力を出し切ったことはない。

 紛れもなく、ギュスタヴに繰り出せる全ての可能性を発揮し尽くした必殺の一撃。

 

 

 ・・・だがそれは、骸騎士団団長の評価基準には合格にはほど遠い、あまりにも信念と覚悟が籠もっていない無謀と勇気をはき違えている、速くて重いだけの単調な剣としか映ることはなかった。

 

 完全に距離と速度と間合いとを見極めた上で、完璧な身体コントロールで制御された体捌きを駆使して容易にギュスタヴ最期の一撃をよけきった後、全力での突撃が徒となって隙だらけになっていた彼の心臓に狙い澄ました刺突が正確に突き込まれて死命を制する。

 

 グサァァァッ!!!

 

 ・・・自分の心臓が鉄の刃で貫かれる音を聞かされながら、ギュスタヴはそれでも最期に何かを言い残そうと動かぬ唇を必死に動かし続け・・・

 

「うあ・・・・・・う・・・・・・」

 

 ・・・事切れた。

 人生の中で何かを成そうとして何もなせず、何をしようとしていたのかさえ判然としないまま骸騎士団副団長だった男ギュスタヴ・マルゲリフは35年の生涯を元の上官の手で終わらせられたのだった・・・。

 

 

「ウィーグラフッ!!」

 

 その時になって、ようやく外で見張りたちと戦っていたラムザたちが駆けつけてきて、彼とはじめて言葉を交わし対峙する距離にまで近づくことができたのだった。

 

「侯爵様ッ!!」

「動くなッ!!」

 

 先ほど亡くなったギュスタヴに縛られ床に転がされていたままになっているエルムドア侯爵を見つめて走り寄ろうとしたアルガスの動きを制するために、敢えてウィーグラフはギュスタヴの猿真似をして侯爵の首筋に剣の切っ先を突きつけて脅しをかけた。

 

 既にこの場で自分の成すべき事は終わった。

 ならば次は、彼らに真実を持ち帰って報告してもらわなければならないのだから・・・。

 

「貴様ッ!!!」

「よせッ、アルガス!」

 

「侯爵殿は無事だ。イグーロスへ連れて帰るといい」

 

「・・・どういうことだ?」

「侯爵殿の誘拐は我々の本意ではない。我々は卑怯な手段は使わないのだ。

 このまま私を行かせてくれたら、侯爵殿をお返しするが、どうかね?」

 

 お互いに妥協案となるよう、そう提案してみたのだが。

 どこにでも血気にはやる若く未熟な騎士というのはいるものだった。

 

「ふざけるなッ! オレたちに敵うとでも思うのかッ!!」

 

 先ほど誰より先に侯爵に駆け寄ろうとしてウィーグラフに止められた少年騎士が、身の程知らずな挑戦を勝てると思い込んだまま吠え猛って挑もうとしてくる。

 

 “若いな”と、苦笑で済ませてやりたくなくもなかったが、こちらも余裕のある戦況とは言えない。急いで戻らなければ各地から本隊に合流するため駆けつけてきている支部員たちに無駄な損害を強いてしまいかねないだろうから。

 

「よせッ、アルガス。彼は本気だ!」

「くッ・・・!」

 

 互いに互いを牽制し合いながら距離を取り、最終的にはウィーグラフが逃げることで手打ちとする。

 もし追ってくるような身の程知らずな若者がいた場合には、哀れだとは思うが己の未熟と無謀を死によって購わせようと決意していたウィーグラフの耳に、よく澄んだ静かな女声が響き渡り、彼から見ても思わぬ一言で事態を終息させてくれる一言を放ってくれたのだった。

 

 

「了解しました。その提案、ベオルブ家長女ラムダ・ベオルブが、ベオルブの名において了承いたします。

 双方、合意の上で剣を納めてください。これはベオルブ家の決定です」

 

 

『ラムダッ!?』

 

 くすんだ金髪の、どことなく先頭に立って部屋に入ってきた少年と似た印象を感じさせる少女が放った衝撃的な一言。

 その言葉に含まれていた単語は、さしものウィーグラフをして驚嘆せしむるに値した。

 

「・・・ベオルブ家だと? 君は、あの“ベオルブ”の名を継ぐ者なのか?」

「まさか」

 

 質問に肩をすくめて返事をし、軽く自分の胸を揺すって答え代わりに返してくる“彼女”。

 “女では家を継げない”。・・・下級貴族ならまだしも、大貴族に生まれた者の宿命を彼女は己の体格で表現してウィーグラフの質問の答えにしてきたのだ。

 面白い返し方だとは思うが、いささか少女として恥じらいに欠けていると思わなくもない。

 

「ラムダッ! てめぇ、なぜオレたちがソイツを殺すのを止めやがるッ!」

「勝てないからですよ。私たち全員でかかってもなお、彼には及ばない。行かせてあげた方が無傷で帰れるのですから素直に喜んどきましょうよ。

 第一、あなたの目的は侯爵様を取り戻すことだったんでしょう? だとしたら無事送り届けるまでは油断して危ない橋を渡ったりしちゃダメです。生きてお城まで連れ帰れるまでが救出策戦というものですよ」

「・・・ぐッ!!」

「――それにね、アルガスさん? こんな言い方好きじゃないんですけど・・・あんまり命令違反と独断専行が過ぎると、あなたの手柄を私たちで独占することになっても知りませんからね?

 ベオルブの名前さえ出せば、たかが騎士見習い一人の立てた手柄を全部無かったことにして、私たちだけで成し遂げたことにしてしまうぐらい簡単だって事はお忘れなきように」

「ぐッ!? ・・・ぐぬぅぅぅ・・・ッ!!!」

 

 如何にも貴族らしい傲慢な言い分を、あまり貴族らしくない“はすっぱな口調”で、どことなく特権を行使するのがイヤそーに感じているような声音で、同じ貴族であるはずの少年騎士に向け言い放った少女騎士。

 

 どうやら貴族たちの側にも、自分たちと同じように不協和音があるらしいことがわかり多少愉快な気持ちになりながら、ウィーグラフは騎士らしく礼には礼を以て遇するため剣を鞘に収めて少女に向かって一礼する。

 

 

「ベオルブ家の英断に正義あれ。骸旅団団長ウィーグラフが感謝を申し上げる。

 騎士として、互いの決着は戦場にて決するものとしよう。では、御免」

 

 

 そう告げて背を向け去って行くウィーグラフ。

 こうなってしまうと騎士見習いのアルガスには、どうすることもできない。

 ラムダの越権行為を責めるにしても、自分にはその権限もなければ資格もない。

 大貴族の非を責められるのは、同じ大貴族のみであり。イヴァリースの騎士たちの中で最高の地位と名誉を誇る武門の頭領ベオルブ家の一員が犯した過ちを糾弾するためには、同じベオルブ家の一員で、彼女よりも各上の二人の内どちらかに取り入り、権利を与えてもらうしかないであろう。

 

 それが、身分制度というものであり、アルガスもラムダも身分制度の中にいる限りにおいてはその縛りを超えて行動することは許されていないのだ。

 たとえ、その利用法が同じであっても、真逆の理由であったとしても。

 

 全ては家柄が決するのが、現在のイヴァリース貴族社会における絶対原則なのだから――

 

 

「う・・・うう・・・・・・」

 

 重苦しい沈黙で満たされていた地下室内に、エルムドア侯爵の弱々しい嗚咽が響き渡る。

 軽く診察したラムザが、命に別状はなく弱っているだけで外傷もないことを確認すると、ディリータが場を締めくくるように、問題解決を先延ばしにするように、常識的な一言でもって終わりの言葉に代える。

 

 

「イグーロスへ戻ろう・・・・・・」

 

 

 反対する者は誰もいなかった。

 ただ、アルガスだけがその瞳に宿しはじめた暗く燃える赤い炎で、一人の少女の横顔を沈黙したまま強く強く睨み続け。

 睨まれている少女もまた、その視線に気付いている事実を彼に伝えることなく、そのまま流しイグーロスへと戻るための道を歩み始める。

 

 誰かにとって破滅へのカウントダウンは既にこのとき、どうしようもないほどに始まっていたことを今はまだ誰も知らない。未来の歴史を知るものは現在の時点では誰もいない。

 

 たとえそれが、自分自身に近い将来訪れる死の未来であろうとも・・・・・・。

 

 

つづく




注:書き忘れていましたが、今作には多分に独自解釈によるオリジナル設定が含まれています。

 今話の場合だと、金目的で動かないアナーキストの集団である『躯旅団』がどんな手段で巨大に膨れ上がった組織を維持していたかの金銭的事情を作者なりに想像で補填してみた結果に過ぎませんので本気になさいませぬようお願い致します。


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海賊の正義の名のもとに 第2話

『海賊の正義の名のもとに』の2話目を書いてみたんですけども…どうも上手く出来ませんでした。
やはり汚職海兵相手でないとネオ海軍的正義は描きにくいみたいですね。原作準拠でバギーの占領していた街を次の舞台に選んでみたんですけど、そうすると海軍が入り込む理由がなくなっちゃいまして…。
やはり半分ぐらいはオリジナルストーリーにしなきゃダメなシリーズなのかな~と、ちょっとだけ悩んでしまいながら眠ろうとしているひきがやもとまちです。おやすみなさい。


 大海賊時代―――。

 史上に唯一人“海賊王”と呼ばれた男、ゴールド・ロジャーの遺した大秘宝『ワンピース』を手に入れるため、幾人もの海賊たちが己の旗を掲げて戦い、名を上げてゆく熱く壮絶な時代。

 

 ・・・そんな時代に、タモン・ストフィード『元』海軍中佐は、名があるんだかないんだか判然としない海軍基地のある町で航海に必要な物資を購入してから出航し、現在は『海軍の正義の旗』を掲げながら最弱の海イースト・ブルーに船を進めていた。

 

 海図は手に入れた。船もそこそこの大きさがある。

 ――だが、彼女は重大なミスに気づいてはいたのだが、対処するための準備をしてはいなかったのだった・・・・・・。

 

 

 

「うぅ~む・・・・・・わからん。やはり海図だけ手に入れて地名だけ知っても、知らん町は知らないままだし、いまいち役に立たせられんなぁー」

 

 海上に船を行かせながら、タモン中佐は海図を眺めながら軽い口調でボヤキ捨てていた。

 もともと彼女がイースト・ブルーに来たのは完全無欠に偶然の産物で、たまたま海軍を脱走しようと決めたその日に海軍本部を出航する船があったから密航して着いたら、そこはイースト・ブルーだっただけである。

 イースト・ブルーに来る予定なんかなかったから、地理など全く習っていない。一応、海軍将校として有名どころと軍事的に重要な拠点などは一通り押さえてあるのだが、逆に言えば軍事面と無関係な平和な村や町の名前など聞かされたところで全く判らない。

 

「生まれ故郷のサウス・ブルーなら、ある程度は判るのだがなぁー。イースト・ブルーには訓練生時代に研修で一度訪れただけで、それ以来来たことないから本気でなにもわからん。

 ・・・もしかしなくても、全く知らない未知の土地で海図だけ手に入れても意味はあまりなかったのだろうか・・・?」

 

 今更過ぎる疑問にようやく気づいたタモン中佐が首をひねるが、今更過ぎるので後の祭りである。

 ついでに言うと、彼女が研修期間でイースト・ブルーにやって来たとき何人かの悪徳海軍将校が血祭りに上げられて、一部の木っ端役人どもが安全な辺境まで逃げるために左遷を志願したとかいう伝説を築き上げた実績があるのだが、伝説の主たる彼女自身は全く知らされていない。

 

 このとき逃げ延びた士官の一人に『ネズミ少尉』という、取るに足らない小物士官がいたらしいという噂話を後に一度だけ耳にしたことがあり、その卑劣さと汚職官吏ぶりが気にくわなかった彼女は仕留め損ねたその男を偶然だろうと何だろうとイースト・ブルーで見つけたときには問答無用で斬り殺すことを心に決めていたのであるが、斬られることを決められた当人はそのことを未だ知らされていない・・・。

 

「海賊王が処刑された始まりと終わりの町ローグタウンなら当然知っているのだがな・・・なんなのだ? この、“フーシャ村”とかいう風変わりな名前の場所は・・・。

 のどかな田園地帯に風車が立ち並んでいる田舎村だったりするのだろうか? だとしたらものすごく行ってみたいのだがな。平和な時代になったら観光してみたい場所ナンバー1として記憶に明記しておくことにしよう―――んん?」

 

 位置と場所はわかるようになったが、そもそも何処に向かえばいいのか決めてなかったから適当に海の上を漂ってるのに等しい状態で船を進めさせていたところ、何やら前方から救助を求める声が聞こえてきたような気がして舵を切ると・・・いた。

 遭難者とおぼしき男たちが三人、溺れかかって助けを求めている。

 

「お―――い! 止まってくれェ!!」

「そこの船、止まれェ!!」

「・・・ふむ・・・」

 

 タモンは難しい表情で一声うなる。元とはいえ海兵として、海で溺れることの恐怖と絶望は熟知しているつもりであったし、遭難者を見つけた際には救助するのが海軍にとっての常識であり務めでもある。

 

 が、しかし。今の彼女にはそれが出来ない。したくても出来ない理由があるからだ。

 

「助けてやりたいのは山々なのだが、船は止められん。自力でなんとか乗り込んできてくれないか?」

「な、なにぃっ!? て、テメェ! テメェまで“アイツら”と同じ扱いをオレ達にするっていうのかよ!?」

「・・・?? アイツらというのが誰かはわからんが、おそらくは別の理由によるモノだろう。なにしろ私は―――単に止め方が判らないだけなのだからな」

『・・・・・・はぁっ!?』

「いや、すまない。思い出してみれば操船技術など初歩的なことを研修時代に習っただけで長いこと舵ひとつ満足に握ったことがなかった過去を今更になって思い出していてな。大まかに止めたり進めたりとかはできるのだが、途中で止めて再び走り出させるか、やり方が全く判らなくて・・・だから自分たちでなんとかしてくれ。幸運を祈る。グッドラック!」

『ちょっ、まっ!? ちょっと待てぃぃぃぃぃぃッい!?』

 

 直進していくことしかさせてやれない操船技術しか持たないタモンの操る中型ボートが、遭難者三人の脇をかすめて通り過ぎ瞬間に、なんとか三人は轢き殺されるのを避けて船にしがみつき、乗り込むことに成功することがギリギリで出来た。

 

「殺す気か!? テメェもあいつも他の奴らもみんなオレ達を轢き殺す気まんまんなのか!?」

「助けてやりたい気持ちはあったと言うに。・・・あと、先ほどから言っている“アイツら”とは誰なのだ? いったい・・・」

「まったく! なんて乱暴な奴らばっかりなんだ・・・っ!!」

 

 肩で息をしながら呼吸を整え終え、ようやく満足に動けるようになったらしい三人の男たちは鋭い目で鋭い刃物を抜き放つと、

 

「おい、船を止めろ。オレ達ァ、あの海賊“道化のバギー”様の一味のモンだ」

 

 鋭い口調で助けてもらった命の恩人であるタモン元中佐に対して横柄な口調で要求を突きつけてきたのだった。

 

「ふむ・・・?」

 

 タモンは、彼らの一人が抜き放ってきた刃を見て疑問を抱き、小首をかしげる。

 

 ・・・どう見ても訓練でさえ使い物にならなそうな刃引きされたサーベル以下の粗悪品にしか見えない代物だったが・・・これを使って脅迫というのは新手のコントなのだろうか? それともイースト・ブルーは最弱の海にふさわしく平和すぎる余り町の不良少年と海賊とがゴッチャニなってしまっている場所なのだろうか?

 

 ――と・・・海軍本部の化け物たちを身近に見て過ごす時間の方が長すぎた元海軍本部中佐タモン・ストフィードは本気でそういう疑問を抱いて不思議に思っていたのであった。

 

 まぁ海軍本部には、片手で氷山生み出したりする大将とか、マグマを大量発射したりとかする大将とかの化け物じみた能力を持つ悪魔の実の能力者ばかりが将官になって駐留しているから感覚が狂ってしまっていても不思議でないって言えばないのかもしれないのだが・・・それで彼らが納得すべき理由もあるまい。

 

 どうすべきなのか結論がなかなか出せなかったので、とりあえずは近くを偶然通りかかって自分たちを丸呑みして食べてしまおうとしてきた海王類をブッた切って昼食をゲットしておいた。腹も減ってきていたしちょうど良かろう。

 そう思っていたところ、なぜだか目の前の三人ともが武器を投げ出し全力で低頭して土下座して許しを請うている。なんかよくわからない者たちだが、どうやら新手のコメディアンたちであることだけは間違いようもない確かな事実であるようだった。

 

『いやー、あっはっはっはーっ! まさか、あなたまでもが“あの有名なタモン・ストフィード”さんだとは露知らずっ! しつれいしましたっ』

「ん。まぁ、気にするな。誰にでも未熟な時期はあるものだからな。

 お前たちも漫才の腕を磨き続けていれば、先ほどのようにギャグかどうか判りづらく観客が悩んでしまうようなコントをしなくても良くなる日がきっと来るはずだ。精進するのだぞ?」

『・・・え? あの、なにかオレ達のことで勘違いされてるような気がするんですけども・・・?』

「まったく。このようなナイフを抜いて脅迫してくるものだからな、判別に困ってしまったぞ? たかがナマクラのナイフごときで人が死ぬわけもあるまいに・・・」

『いや、あの・・・普通に死ぬと思うんですけども・・・・・・?』

 

 なにやら咬み合ってない会話を交わし合いながら、彼らは自分たちの境遇についてタモンに語って聞かせてくれた。

 

 彼らは先日まで、イースト・ブルーではちょっと名の知れた海賊“道化のバギー”が率いる一味の一員だったらしい。

 それがある日、一人の少女が遭難しているところを助けてやったところ、少女は泥棒で自分たちは騙され宝も奪われ海へと転覆させられてしまった。

 その後に、自分たちが溺れているところに通りかかった船に乗り込んだら、今度は悪名高い賞金稼ぎ“海賊狩りのロロノア・ゾロ”が一人で乗っていてボコボコにされ、しばらくして港に着くと今度は少女に盗まれた自分たちの宝を積んだ船が停泊していたのを見つけ、少女を待ち伏せて懲らしめてやろうとしていたところ何故だか一緒に着いてきていた男の肩にロロノア・ゾロが担がれていて恐怖の余り海へと逃走したところ、力尽きて先ほどの場所で溺れていた・・・・・・そんな苦労話であった。

 

「なんというか・・・絵に描いたように運のない男たちだな、お前らは本当に・・・」

『・・・ウィッス・・・・・・』

 

 割と自覚があったためなのか、意外なほど殊勝にうなだれて肩をすぼめる三人組。

 オマケに彼らの話には続きがあって、一味を率いていたキャプテンである“道化のバギー”船長がどうやら敗北させられてしまったらしいというのである。

 海を泳いで逃げ回ってる最中に偶然小耳に挟んでいた情報を、冷静になった今になって思い出すことが出来ただけなのだけれども、それでも彼らの乗っていた船が港町に停泊し続けたままで無いことだけは明白だと断言できた。

 

「なぜだ? 何故そこまで自信満々に断言できる? その根拠は?」

「根拠って言いますか・・・・・・今、到着したばかりの港町がそうなもんでして・・・」

「む?」

 

 言われて指さされた先を見てみると・・・たしかに大きな海賊船が停泊している気配がどこにもない港町の港が視界の先には広がっている。

 どうやら行き先を適当に決めて進んでいった先にあった港町が、彼らの言うところの“道化のバギー”海賊団が居座っていた場所だったらしい。

 

 ヒドい壊されようだが、少なくともこの被害をもたらしたのは彼ら三人でないことだけは確かだ。彼らにこれが出来るのなら、もう少し自分に対しても脅迫らしい脅迫のコントが出来なければおかしいのだから。

 

 むしろ、可能性があるとすれば“コイツら”の方だろう・・・・・・

 

 

「・・・で? 貴様らなにか私に用事でもあるのか? 見たところ町の人間には見えぬ風体の持ち主ばかりのようだが・・・」

 

 タモンが声をかけた先から姿を現してきたのは、目付きが悪い若者たちが二十名ばかり。

 一様に背が高くて大柄な体格をしている男たちと、その男たちには媚びるようにシナを作り、不健康なまでに肌の青白すぎる女たちの群れ。

 

 野に住む獣の毛皮を多くあしらった服装は山賊に多く見られる特徴だが、一方でこの距離まで足音を立てずに大人数で接近していた事実から察するに、靴の裏に獣の皮を剥いで張り付けた滑り止めと音殺しの処置が施されているのだろう。

 

 その二つの要素を兼ね備えた職業が一つだけ存在している。『盗賊』である。

 

「へっへっへ・・・、見りゃわかるんじゃねぇのかい? オレ達は盗賊よ。この辺りじゃ、ちったぁ名の知れた盗賊団で『山狼のベラルージ』って呼ばれてる」

「盗賊団ベラルージか・・・。その割には、貴様の着ている服装は盗賊を続ける意思があるようには到底見えんのだがね?」

「へへへ・・・わかってくれてるみたいで有り難い限りだぜ・・・っ」

 

 舌なめずりする猫のような口調と視線でタモンの言葉に応じる盗賊団のリーダーとおぼしき男、ベラルージはたしかに盗賊風の身なりをしているが、たった二点。致命的な差異と呼べるものが見て取れていた。

 それは盗賊とは絶対に二足のわらじが出来ぬはずの存在を示すもの・・・・・・『キャプテンハット』と、『キャプテン用のコート』の二つを服の上から羽織った服飾品。

 

 すなわち―――盗賊から海賊への転職希望者たち。

 

「本当は道化のバギーがやられたって話を聞いて、残していったお宝を掻っ攫おうって腹でやってきただけだったんだが・・・アンタらに出会って気が変わったぜ。

 ああ、まったく俺はなんて付いてる男なんだ・・・。まさかグランド・ラインへ乗り出すための準備が他人の金で達成できちまった状態で鉢合わせすることができるなんてなぁ!? これをラッキーと呼ばずになんて言えばいいんだよ!? ええ、オイ!!」

「・・・」

「俺さまはなぁ、こんな辺鄙な田舎の海で一生を盗賊暮らしして終わるつもりなんざ少しもなかったのだ。

 この家業で稼いでる金も、すべては海賊になってグランド・ラインで一旗揚げるためッ!! 一攫千金の夢を叶えるためさァッ!! その為の準備が今この場で、ぜんぶ他人の手で完了されちまっている!!」

「・・・・・・」

「あんたの乗ってきた中型ボート! それに、一緒につれてるピエロみたいな化粧している三人組はバギー海賊団の船員だった証!

 そいつらに案内させて負けて逃げ出したバギーの宝の隠し場所を吐かせちまえばコッチのもんだ! それでグランド・ラインへ船出する準備はすべて整う! 海図だけはどうしようもねぇが、それさえ金さえ積めばいくらでもどうとでもなっちまう! それが今の世の中ってもんじゃねぇか! ええ!?」

「・・・・・・・・・」

「オレはよォ、今話題の大型ルーキー“ハイエナのベラミー”さんに憧れて、海賊になろうって決めた新時代のクルーに相応しい男になるのさ。だから、その為の手段なんざどうだっていいし、なんだっていいのよ。

 他人の貯めた金で自分の航海費を稼いでなにが悪い? 他人が買った他人の船に乗ってグランド・ラインを目指すことの何がいけない?

 夢だの、浪漫だの幻想だのと、ありもしねぇバカ話に振り回されて死んでったバカな負け犬の戯言なんざ聞く気はねぇ!!

 今日がオレの! 盗賊“山狼のベラルージ”の命日だ! この町が“山狼のベラルージ”の墓場になる場所だ!

 そして! 今ここからオレの新たな伝説が始まる! これから始まる新時代にもついて来れる海賊“ジャッカルのベラルージ”様が今この戦いの勝利によって誕生するのさッ!! はーっはっはっh」

 

 

 

 

「ふぅんッ!!!!!!」

 

 

 

 

 ドゴォォォォォォォッン!!!

 

 

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 ・・・ベラルージが叫び終わってバカ笑いを始めようとした瞬間、その移り変わる一瞬に見つけた意識の隙間をついて、相手の意識の死角から接近する移動法『流水の動き』を使って一瞬のうちに距離を詰めたタモンは、問答無用で彼の頭をロングソードの腹で殴りつけて地面に沈めさせ、気絶させた。

 

 残った者たちには目もくれず、ただただ目の前で気を失ったまま目を覚まさず、話しかけたところで聞くことなどできはしないベラルージに対してのみ、彼女は自分の信念の一部を披瀝する。

 

「その、“ハイエナのベラミー”という男のことを私は知らないし、そいつが始まると言っている新時代とやらがどういうものかも全くわからないが・・・これだけは確かだと断言できることがある。

 少なくともソイツは、自らの身体と我を張って世界に向けて“新時代がはじまる”と予言してみせた男なのだろう?

 ならば、その男に憧れて新時代に乗っからせてもらおうと考えていただけの貴様には、“ハイエナのベラミー”とやらが語った新時代について他人に語る資格は絶対にない。

 他人の夢や生き方を口汚く罵りたいなら、まず自分が正しいと信じて主張できる夢や生き方を自分自身で作り上げてからにすることだ。

 それまで貴様は陸にいろ。海で貴様のような半端物が海賊行為を行っているのを見つけてしまっては、たとえ相手が拳を振るう価値もないクズとわかっていようとも殺さずにいてやる自信は私には全く無いからな」

 

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 

 誰もが沈黙したまま、海軍を辞めて海賊となり、海賊の正義を掲げて海を行くと決めた美少女海軍元将校の去りゆく後ろ姿を茫然自失の体で眺めながら。

 最初に彼女が拾うことになった三人組の誰かが。もしくは全員が。異口同音にこう呟くのが、その場にいる全員の耳に小さく確かに聞こえてきていた。

 

 

「オレ・・・今日で海賊やめて陸で暮らすことにするわ・・・。あんなのがいる海には、もう二度と出たくないから・・・・・・」

 

 

 そのつぶやきが聞こえてから数瞬の後。

 ――その場にいた全ての男女が老若男女の別なく一人残らず首を縦に振って賛同したことを、タモンは知らない。

 

 それからしばらくして、40年前はちっぽけな民家の集合しかない荒れ地だった土地が立派な港町へと成長して海賊に襲われ被害を受けて、再び再建と成長を始めようとしていたこの町に。

 三人の中年と、二十数名の若者たちと、一人の重傷者が労働力として新たに加入することになるのだが。

 

 それはまた、別の物語で語られるべき事柄だろう・・・・・・。

 

 

つづく




*曖昧な気持ちの間まで書いてたせいか今一わかりにくいテーマとなってしまってましたので一応の補足説明です。

今話でのテーマは、『自分が信じる気持ち』と『他人に押し付ける正義は別物』です。

ゼファー先生が海賊Zとなってネオ海軍への道を選んだのに対して、ゼファー先生に憧れるタモンは『海賊の正義の旗』を掲げて一匹狼の海賊として悪党退治しながら海を適当に旅する道を選択しました。
その為の責任の取り方として、海軍を捨ててお尋ね者となりながらも自分なりの節度は通している。

それに対して対比として出てきた今話のベラルージは、ベラミーの表面だけ見て憧れた、一度の敗北から再起できないタイプのパチモンです。猿真似しているだけで発言に責任がなく、行動には中身がない。

誰かに憧れた自分なりの旗を掲げられていないのですよ。他人の名前と責任で海賊になろうとしている。船一隻だけが自分たちの領土という海に陸の感覚で出港しようとしている。
それでは足りな過ぎるから『自己責任で船出できるまでは陸にいろ』というのがタモンの主張。

――どうしても船出したければ、樽で海を漂流するくらいの度胸がありませんとね♪ 他人の金でおんぶに抱っこの海賊旗じゃカッコがつかない(^^♪そういうお話でした。


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Fate×言霊「11月16日のバビロニアを見て思いついた話」

サブタイトル通り、先週の『絶対魔獣戦線バビロニア』を見たときに衝動書きしてしまったお話です。作品と呼べるほどのものではありませんが、最近上手く書き進められてなかったので場繋ぎとして楽しんで頂けたら光栄です。

なお、原作はユーチューブで飛び飛びで見たことあるだけで詳細などは知っておりません。あくまで『先週のグランドオーダー“だけ”を見て思いついた話』と解釈してくださいませ。


マシュ

「魔術王ソロモン! あなたには、あらゆる生命への感謝がない! 人間・・・星の命をもてあそんで楽しんでいる!」

 

魔術王ソロモン(?)

『・・・娘、人の分際で生を語るな。死を前提とする時点で、その視点に価値はない。いずれ終わる命、もう終わった命と知って何故まだ生き続けようとすがる?』

 

英霊セレニア

「いつか死ぬ人間だからこそ、生について語るのではないですかね?」

 

マシュ

「!! セレニアさん!?」

 

英霊セレニア

「先ほどの言い様から察するに、あなたは死ぬことを前提としなくていい存在のようですが・・・・・・死なないゾンビ風情が偉そうに生を語るな。死の恐怖から一秒でも長く遠ざかるため努力する必要もない楽な生を前提としている時点で、貴方の視点に聞くべき価値など微塵もありません。今を生きるのに忙しい者がゾンビの語る生の価値など聞いたところで何の意味もないことぐらい馬鹿でも解りますよ。貴方にはその程度の常識も解らないのですか?」

 

魔術王ソロモン(?)

『・・・・・・』

 

英霊セレニア

「笑い続けるだけで何もしなくても生きていける怠惰な特権階級は今のまま他人を見下し、ただ笑っていればそれでいい。何でも出来るのに笑うことしかしない、したがらない役立たずの神輿王など今のまま何もしないで笑っているだけなのが誰にとっても一番いい。何もしなければ『何もせずに笑っているだけだった』という批判だけで済むのですからね。私のような小物に罵倒されて不愉快な気分になる可能性はないのです。よい人生じゃないですか? 貴方にとっても、私にとっても、おそらくは世界中の誰にとっても絶対に・・・・・・ね」

 

 

 

アナ

「・・・セレニアは・・・人間を愛しているのですか?」

 

セレニア

「とんでもありません。『人間』なんて名前の方とはお会いしたことがありませんからね。会ったこともない人を愛する事なんてできるはずがないでしょう?」

 

アナ

「・・・え?」

 

セレニア

「私に語ることできるのは無数に存在する人間たちの中で、今までに会って話をしたことがある超少数の人たちだけです。その中には好きな人もいれば嫌いな人もいましたし、死んだ方がいいと感じたクズもいれば、尊敬して敬愛すべき英雄たちも沢山いましたよ」

 

アナ

「・・・・・・」

 

セレニア

「私が愛することが出来るとしたら、その人たちの内で多くても半数ぐらいじゃないですかね? ただ少なくとも、人間なんていう大きすぎる括り方だと解釈の幅が広すぎて誰のことを言っているのだかサッパリになってしまうことだけは確かですけれども」

 

アナ

「・・・人は、一人一人が違う生き物で、同じ人間は一人としていない・・・そういう事ですか?」

 

セレニア

「さぁ? 存外、同じ方もいるかもしれませんし、同じになりたいと願っている方だっている可能性は結構高いのかもしれません。単に私がその人たちについて語れる方々は皆一人一人に別の個性があって、同じ方は一人も覚えていないですし区別もつかなかった。それだけです。参考になりそうもない極端すぎる私見で申し訳ないですけどね」

 

アナ

「・・・いえ。それなりには参考になりました。それなりには、ですけども・・・」

 

セレニア

「それは良かったです。私は貴女という人が好きでしたので、褒めていただけるのは素直に嬉しいですからね」

 

アナ

「・・・うれしい? 私から褒められることがですか?」

 

セレニア

「はい。少なくとも嫌われたり貶されたりするよりは、ずっとね」

 

アナ

「・・・別に褒めたつもりはありませんし、好きになったつもりもありません。自分勝手な解釈をする人は嫌いです・・・」

 

セレニア

「それは残念です。では、これから好かれるよう努力してみることに致しましょう」

 

アナ

「・・・・・・(ギュッと自分で自分を抱きしめる)」

 

 

 

 

魔術師マーリン

「う~ん・・・これはアレだね。藤丸君たちがきた時代の言葉で表現するなら、『薄い本が書きたくなる光景』っていうヤツだろうね。いやはや夜風に当たりに来たら良いものを見せてもらってしまった。やはり人の感情というのは実にいいものだねぇ~♪」

 

フォウ

「フォ~ウ?」

 

 

補足:セレニアが妙にアナに対して優しいのは、お子様ラウラとの影響という設定です。



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悪役っぽい喋り方の正義の味方のセリフ集

少し前から書いていた一発ネタ集を、完成したと思ってたら文字数足りなかったので別の未完成品をテキトーにくっ付けて投稿させていただきました。テキトーにお楽しみ頂けたら光栄です。

*書き忘れてましたけど、次はエロ作の更新めざしております。


悪のザコメカ軍団をスーパーロボットが蹴散らすのを見た正義側司令官のセリフ

 

『フフフ・・・圧倒的じゃないか。我が正義の実力は・・・っ』

 

 

一度負けてから復活したときの正義の味方のセリフ

 

『正義は滅びん! 何度でも蘇るさ!! 正義こそ人類の夢だからだッ!!』

 

 

追い詰められて言い訳してくる悪党の言葉をぶった切る正義の味方のセリフ

 

『貴様などと話す舌は持たん! 他人を傷つけた理由を偽るような男など、この正義の刃で断罪してくれる!!』

 

 

悪の帝国に奇襲されてリーダーを殺された解放軍に戦い続けるよう説得する新リーダーのセリフ

 

『諸君らが愛してくれたリーダーは死んだ! なぜだ!? 諸君らの父も母も、帝国の無慈悲な弾圧によって死んでいった。この怒りと悲しみを決して忘れてはならない! 民衆よ! 悲しみを怒りに変えて立てよ民衆よ! 我が解放軍は諸君らの力を欲している! ジーク・ジャスティス!!』

 

 

悪を根絶すると誓う絶対正義ヒーローのセリフ

 

『我が前に悪はなく! 我が後にも悪はなし! 我こそは最強無敵の勧善懲悪ヒーロー、絶対正義マン成り!! 平伏せぃっ!! うつけ小悪党ども!!』

 

 

素性を偽って悪人退治の旅を続ける正義の権力者が悪を成敗して正体を現すときのセリフ

 

『失礼、私こういう者です。この王家の紋章に弓引くことは国と王家に反逆するのと同じ事。無駄な抵抗はしないでくださいね~? 私これでも一応、副王様だったので。部下が起こした不祥事を粛正で解決しちゃうと色々問題扱いされちゃう立場なので。名門一族の当主だからこそ抱いてしまうエリートの悩みというヤツです。ああ辛い、辛い』

 

 

子供が「大きくなったら正義の味方になる」と決意したときのセリフ

 

『僕は・・・新世界のヒーローとなる!!』

 

 

 

 

『オマケ』

*単に本文だけだと投稿に必要な最低文字数に達してなかったので書きかけの別作品を適当にコピペしただけの代物です。

 

 

タイトル【著作に登場する甘粕レイナーレがIS学園生徒だった場合の話】

 

 これは、違う世界から零れ落ちてきた少女の物語・・・。

 いるはずのない場所、いるはずのない時間軸に、いてはいけない少女が落ちてきてしまっていたとしたら、どうなるだろうか? そういうIFの為の物語である。

 

 

 

「おはよう御座います、生徒の皆さん!

 今日も気持ちのいい朝を迎えられてたいへん行幸な事ですね!」

 

 元気よく、ハキハキとした声が午前7時半のIS学園校舎前に響き渡る。

 今年のIS学園二年生名物、『なんの見返りもなくともミョーに元気でやる気に満ちあふれている風紀委員』による朝の風紀取り締まり検査を風紀委員長自らが陣頭に立って実施している最中だったのだ。

 

 今の時分、風紀委員なんて残っている学校が日本に現存していたのかと、始めて目にする光景に度肝を抜かれている観光客らしい一見さんのお爺さんお婆さんオバサン、英国紳士っぽいジェントルメンの姿なんかが驚いている姿が時々垣間見られることもあるのだが。

 

 日本中にあるほぼ全ての学校で、職員室にて教師たちが作った予定に従い、言われたことを真面目にこなすしか能がなくなっている空気組織の生徒会が、学園最強と謳われる生徒会長を旗頭に絶大な権力と圧倒的能力を有しているIS学園においては、それほど奇異なことではなかったりする。

 

 ・・・尤も。

 『私の意思こそ学園の法である』と断言して、実力行使で学園の治安を守る学園警備主任の女性教諭がいるIS学園において、風紀委員の仕事や存在意義など無きに均しい。

 

 そのため風紀委員会のメンバーは現在、委員長と部員が合わせて一人だけという文字通りの空気組織状態になっているため、今やっている風紀取り締まりも実質的には意味など微塵も存在していない。

 ただ風紀委員長自身が生徒たち一人一人に挨拶をし、前回の実施時から欠員や違反者が一人も出ていないことを確認しては慶びに浸る、個人的自己満足の為だけにおこなわれていると言って過言ではない。

 

 だが、これを行っている実施者只一人だけは、それで良いと思っている。それが良いことだと確信しているからだ。

 

 

(風紀を乱す生徒がいないことは良いことです。風紀委員という組織を作り、力尽くで強制されなければ風紀を守れない学園なら、風紀委員どころか学校そのものに存続し続ける価値などありません。滅ぶべきでしょうね。

 時代の流れに迎合して己が価値を見失い、自らを過去の遺物へと忘却せんとする新勢力に対抗しうる気概すら持てなくなった風紀委員が穏やかに滅びえの道を歩んでいくと言うならいざ知らず、生徒たちが自主的に風紀を守っている学園から風紀委員が存在意義を失っていくのは自然な道理。全く以て問題なしです!

 是非もなし! 悔いもなし! 老兵は只立ち去るのみ!

 自らを律して自らの平和を守る人類! 万歳! 万歳!! ばんざーいっ!!!)

 

 

 ・・・明らかに平和的という表現から掛け離れすぎてる理由で、心からの慶びを現すための笑顔を浮かべて生徒たち一人一人と目を合わせながら挨拶していく風紀委員長。

 

 そうこうしている間に、始業時間が十分後に迫ったことを知らせる予鈴の鐘が鳴り響き、今朝の風紀取り締まりも終わりを迎える。

 やがて始業のベルが鳴り、今日もIS学園の授業がはじまり・・・・・・やがて終わる。

 

 

 

 

「――さて。今日もまたIS学園は、放課後の自由時間を迎えたわけで御座るが・・・・・・」

 

 狭い室内で最初に口火を切ったのは、黒い総髪をした三年生の女子生徒。

 部室の奥にある窓を背中に回して、室内の中央に鎮座させた机を挟んで向こう側に座る二年生女子の赤い瞳を見つめながら重々しい口調で語りかける。

 

 一見尊大そうにも見える言動でありながら、狭すぎるスペースしかない室内に無理やり置かせた机を挟んで部屋の奥に陣取っている彼女には、たとえトイレに行くだけでも相当に窮屈な思いをして部屋を縦断しなければいけないという物理的な制限が存在していた。

 

 それを部長としての務めとして、自らの定位置に定めた彼女が尊大に見えたとしても、それは義務に伴う責任を果たすという決意の表れであり、怠惰な権威主義とは一線を画する高尚な思想によるものであると向かい合う女子生徒は信じて止まない。

 そんな彼女にとって尊大な口調で語る部長の態度に、畏敬の念が湧きこそすれ、不快さなど微塵も感じようがない。

 “人の上に立つとはこういうことか”と、学ぶべきところに新たに気付くだけである。

 

「今日もまた、我が部活動の志に賛同して入部を希望する若人が訪れることはなかった・・・。これでは来年度の部活動予算に差し障りが出よう。早急に対策を講じる必要があると思われるが、如何に候?」

 

 部長の言葉に、向かい合う女子生徒は真面目くさった表情で重々しい頷きを返事とした。

 彼女たちが交わしている議題は部活ごとに割り当てられた予算の話であり、創部から今日に至るまでの約1年近くの間に部員の増減が只の一人たりと存在しなかったという事実に対しての再認識。

 

 そして、新設されたばかりの部活動に対して既存部活動との釣り合いを取るため定められている一年間の猶予期間が終わりを迎え、部費への割り当てが部員数ごとに妥当な額まで下げられてしまうという厳しい現実に対抗するため早急に対策案を議論する必要性があったが為。

 

「然り、ですね・・・。現状のままでは部費はおろか部の存続すら危うくなりかねません。危機が迫っているのを知りながら、安穏とした日常を謳歌する道を選び取る愚かさは私たちには無用の代物。対策案を議論することは必須であると私も確信しています」

 

 向かい側の椅子に座し、大きめのバストの下で両腕を組んで相手を見つめる、鋭くもあり優しげな視線。

 背筋をピンと伸ばして、前だけをシッカリと見つめている姿勢には一本筋の通った強い意志が感じられ、改造自由なIS学園の制服を入学前に購入したときのまま着用し続けているところからも彼女の性格が窺い知ることができるであろう。

 

 ・・・が、しかし。

 どういう理屈でなのか、制服には一切手を加えないまま、その上からマントを羽織るという意味不明なファッションセンスを発揮しており、更には頭の上に大日本帝国陸軍の軍帽を載せて、腰には質素な拵えの軍刀を一本帯びているという・・・なんか本気でどう表現していいのかよく分からなくなる服装でパイプ椅子に座りながら目の前の相手、試練部部長の『冷泉零子』と真摯な態度で対峙し続けている。

 

 

 零子が相対している彼女の名は、IS学園二年A組『甘粕レイナーレ』

 IS学園『試練部』に所属する只一人の平部員であると同時に、IS学園風紀委員長でもあり、只一人の風紀委員でもある孤高の『人間道』を信じ貫く女傑であった・・・・・・。

 

 

「何事を成すにも先立つ物は必要不可欠。其れを成すため、必要となる資金を集めることもまた試練。それら現実から目を逸らし、道徳屋がさえずる綺麗事で逃げに走る心を正当化して一体どこへ行けると言うのでしょう?

 目指すゴールへ辿り着くための資金が必要だとするならば、その道を踏破して乗り越えることこそが大事。現実に膝を屈した妥協案に一時凌ぎを求めるなど論外と言わざるを得ません。何を成すにも必要となるもの・・・・・・それは勇気なのですからね!!!」

 

 断言してみせる一年生女子。

 然もあろう。所詮は卑しい金銭、算盤勘定、武士は食わねど高楊枝・・・そのような戯言で現実から逃避を選択することを選べる彼女たちでは全くない。

 

 



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正義の魔法少女のライバル魔法少女に選ばれてしまったそうです…(設定集)

冗談半分以上でネタとして書いてみて知り合いのユーザー様にお見せしたら興味が湧いたそうでしたので、『試作品集』にも出してみることにしました。

オリジナルの魔法少女モノの設定集です。いずれは折を見て正式に話として書けるよう努力してみたいなと今では思っております。


ストーリー:

 

 魔法の国からきた魔法生物によって選ばれて『悪と戦って世界の平和を守る正義の魔法少女マジカル・アリス』に変身できるようになった、ごく普通の女子中学生、楠アリス!

 

 

「・・・の、ライバルとなって彼女の前に立ちはだかり、悪の魔法怪人を作りだして戦う悪の魔法少女に私は選ばれてしまった、と・・・そういう解釈でよろしいんですかね? 悪の魔法生物さん」

「Yes! 大丈夫、君ならきっとできるよニアちゃん! 一緒に正義の魔法少女をやっつける悪い魔法少女としてがんばろう!!」

「・・・引き立て役のやられ悪役ポジションを押しつけられただけな気がするんですけども・・・」

「そういうこと言うのやめてくれないかな!? 大丈夫だよきっと多分! 悪だって頑張れば正義にも勝てるはずだって! 諦めなければ勝てる明日はきっと来る! どんなに負けても諦めずに挑み続ける悪役は必ず勝てる存在になるとボクは信じてるから! 自分を信じて! Yes.WeCan!」

「はぁ・・・。まぁ、とりあえずテキトーなザコ怪人でも作りだして正義の魔法少女さんを探してきてもらいましょ。どこにいるか判らなければ戦うもなにもありませんからね・・・《サモン》」

 

 フィンフィンフィン・・・

 

『イ――ッ!!』

「よく生まれてくれましたね。そういうことですので斥候に行ってきてください」

『イ――ッ!!!』

 

 だだだだだッ!!!

 

「・・・なんで全身黒タイツ姿の男性型ザコ怪人・・・? ぜんぜん魔法生物っぽさがない見た目してたんだけど・・・」

「悪の幹部が作りだしたザコ怪人って言ったら、アレでしょう?」

「それ悪は悪でも、悪の魔法少女が生み出す系のザコ怪人だったっけ!?」

 

 だだだだだだッ!!!

 

『イ――ッ!!』

「ご苦労様です。早かったですね。では、報告をお願いします」

『イ――ッ!!!』

 

 斯く斯く、しかじか。

 

「・・・なんか正義の魔法少女を探しに行ってる途中で、世界征服を目指す悪の秘密結社とか、悪の天才マッドサイエンティストとか、地底深くから地上侵攻を企んでる恐竜人間帝国とか、異世界から攻め寄せてきてるサイボーグ独裁国家とか、外宇宙から地球征服のために降りてきてる侵略者とかをいっぱい見つけちゃったって言ってますけど・・・どうしますか? この状況・・・」

「な・ん・で・さ――――ッ!?」

 

 

 こうして、世界の平和を守るために戦う正義の魔法少女と戦うために選ばれた悪の魔法少女は、思わぬ敵軍団が群雄割拠しまくっていたご町内を外敵から死守するため悪の軍勢を率いて戦わざるを得なくなったのである!!

 戦え! 悪の魔法少女《エビルウィッチ・ニア》!! 地球国家の平和と国防は君の率いる悪の軍勢の勝敗にかかっているぞ!!

 

「・・・いやまぁ、別にいいんですけどね・・・? 魔法少女モノのナレーションじゃ絶対ないですよね、今のコレ↑って・・・」

「だからそういうこと言わないでニアちゃん!? もっと魔法少女らしく夢と希望とご都合主義を信じて! 悪の理屈を唱えようよ―――ッ!?」

 

 

――ちなみにエビルウィッチを漢字で書くと邪魔女「邪魔する女」という意味を付与してみたネーミングで、意外と気にいってます♪

 



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『誠』の旗の新八-明治新撰奇譚-

頭の中を一回スッカラカンにするために書いてみました。だいぶ前に思いついて放置していた話で、原作は『るろうに剣心』と電撃文庫の『鬼神新撰』によるコラボ作です。
ニワカ歴史ファンだと、この手の主人公を描くのは勇気いるので大変ですね(;^ω^)
おかげで良い感じに疲れてスッキリしましたので、また明日から頑張りま~す(^O^)/


 

 霜月―――。

 夕風が街の乾いた寒気を吹き流し、冬ぞなえにはちと早い『東京』の寒さをいくらか冬へと近づけていた。

 明治の文明開化で食文化に大きく影響を受け、様々な新しい料理が登場していたこの時代。牛鍋(スキヤキ)は一般庶民が口にできる西洋料理の代表格として人気を博しており、東京府郊外にある牛鍋屋『赤べこ』でも、

 

「寒さが近づく頃にこいつをやるのがまた美味いのよ」

 

 常連の客たちが入れ込みの座敷に上がり込み、美味そうな湯気を上げる鍋を囲んで汗みずくとなってふうふうやっている。

 

 そんな中に、一人で鍋をつつく浪人風の男がいた。

 着物は麻の絣に小倉の袴。着古しだがきちんと洗ってあり、清潔そのもの。

 髪は、伸びた月代が少し額にかかり、あとは後ろできゅっと縛ってある。

 金を持っていそうには見えないが、しかし、かといってみすぼらしくも見えない。こういうなりをしても小ざっぱりと灰汁抜けた感じのするところが、いかにも『江戸のもの』に見える。

 

 歳は二十歳そこそこに見える、が――。新牛蒡のササガキとともに牛肉を頬張り、美味そうに升酒を干す様が、あまりに堂に入っている。童顔というだけで実年齢は三十ほどであるかもしれない。

 

「もう一杯頼まァ」

 

 童顔の男が店の娘に声をかける。とくに可笑しくはないのだが、これがこの男の得なところで、平素の顔が僅かに笑みを含んだように見える。娘が「あい」と嬉しそうに返事をして、奥へすっ飛んで行く。すぐに新しい酒を酌んできた。

 

「ありがとよ」

 

 受け取って、今度は本当に少し笑った。なんだか眩しいものでも見たように片目を瞑る、この男独特の愛嬌あふれる笑顔だった。

 その笑顔に引き込まれ、『赤べこ』の看板娘である「妙」は思わず話しかけてしまっていた。

 

「お客さん、ええ飲みっぷりですなぁ。東京出の方ですやろか? そんなに美味しそうに食べていただけると、作っている店のもんまで嬉しくなってきそうですわ」

「おう。そういうおまえさんは京の人かい? やっぱ都育ちは違うねぇ、お仕着せ着てても品があらァ。そんな別嬪さんに酌してもらって食う牛鍋が美味くないはずはねェってね」

「あらやだ、ウフフ。お上手なお客さんですこと♪」

 

 客商売故、言われ慣れた煽て文句も、この男の笑顔とともに言われるとまんざら悪い気になるものでもない。注ぎ足した酒の量に多少の手心を加えてやってから店の奥へ戻っていく妙の後ろ姿を横目に見ながら男は、何気なく周囲へ向けて視線を配った。客で混み合う店内で男の様子を見とがめる者など一人もいない。

 

 が、男はめざとく、店の外から中をうかがっていた人影が慌てて人混みへと戻っていく姿を見つけていた。

 

「ふぅん・・・・・・」

 

 何やら得心した顔で、男はぐいと升を呷る。

 

(長居は無用のようだ。とはいえ・・・)

 

 気に入った店と別嬪さんの看板娘に無用な怪我など負わせたくはない。

 とはいえ、まだまだ牛肉は残っている。手つかずにおいた脂身のところなぞ、いい具合に味が染みて、

 

(こいつを食わずに帰る馬鹿はいねぇ)

 

 眩しいものでも見るような例の笑顔を浮かべた後、猛然と手を動かしはじめた。すごい勢いで肉を片付けてゆく。

 さらに、奥から出てきて何か話しかけたそうにしていた先ほどの看板娘を呼んで、

 

「飯だ。鉢に大盛りでな。それに卵とオコウコっ」

 

 箸を止めず、てきぱきと言いつけた。

 娘の方も心得たもので、

 

「あい♪」

 

 と、言われたものを笑顔で持ってきてくれる。

 男は「にゃっ」と独特な笑顔で笑い返すと、手早く鉢の中へと卵を割り入れ、牛鍋の残りも放り込んだ。間髪いれず、飯と卵の味の染みた牛肉とをぐるぐる混ぜあわせ、

 

「あっ」

 

 という間に平らげてしまう。

 呆気にとられて、糸のように細い両目をいっぱいに開いて見つめてきている妙に向かい、

 

「ごっそさん。勘定っ。茶はいらんぜ」

 

 漬物噛み噛み、男が言った。もう立ち上がり、二刀を腰に差し込んでいる。

 勘定を済ませて店の外へ出るとき、何を思ったか少しの間立ち止まり、払いを渡したばかりの妙に向かって笑顔を向ける。

 

「この店は、いい店だな。気に入ったよ。縁があったら、また寄らせてもらわァ」

 

 快活に笑って、懐手にし外へ出て歩き出す。

 残された妙は、「今時珍しい、格好ええお侍さんもいるもんやなぁ・・・」と、感慨深げにつぶやいていたことなど知りもせぬまま、提灯も持たぬのに暗くて人気のない方へと。

 

 東京府郊外といえば、文明開化がまだ及びきっていない土地柄で、欧化政策の余波により数年後には地価が5・6倍にまで膨れ上がる将来性豊かな地域である一方、まだこの時分だと昔ながらの剣術道場や武家屋敷など江戸文化の名残を色濃くのこす一帯として存続されており、店々が軒を連ねる界隈から少し歩けば夜になると人も訪れないうら寂しい道筋へ出てしまう。

 

 わざわざそんな寂しい場所へ歩いてきたところで、

 

「この辺りでどうだい?」

 

 振り返り、男はにやにや笑って言った。背後をぴったりと尾つけてきていた、四人の人影に向かって。

 距離は四間(約七メートル)

 それぞれ物陰から、編み笠を被った目を野犬のようにぎらぎら光らせた浪人風が三人ほど姿を現そうとした、まさにその時。

 

「とうとう見つけたわよ、人斬り抜刀斉!!」

 

 突如として、声がかけられた。若い女の凜々しい声。

 

「――あ?」

 

 振り返った男の視線は、男たちが出てこようとしているのとは真逆の方向。あまりにも威風堂々と己の接近を隠すことなく歩んできていたものだから、てっきり戊辰戦争で没落した士族子弟か何かだとばかり思ってやり過ごす気でいた相手だったのだが、逆に相手の方は自分を捉えて放すつもりは端から持ち合わせてはいないらしい。

 

「二ヶ月に及ぶ辻斬り凶行も今夜でお終いよ。覚悟なさい!!」

 

 狂い咲き―――。一瞬、そうかと思った。

 霜月の東京で咲くはずもない、桜の花弁の匂いをまとわせたように凛烈とした若い娘が、真剣のように竹刀の切っ先を男に向けてきている。

 年のころ十五~十六の美貌の少女。切れ長の目、きゅっと引き結ばれた形のよい唇。

 いっぱしの侍のような稽古着姿をしているが、それでいて桜色の唇に、ツンと尖った胸のふくらみ、――凜然とした気配の中に女としての未成熟な色香が潜む。

 

 剣士としての己と、未成熟な女としての自分。相容れぬものを同時に抱え、表面的な力強さと、ガラス細工のような壊れやすさを同時に抱える「危うさ」をもった少女剣士。

 

 ――それは兎も角としても。

 

(なんてイヤな呼び方で人間違いしてきやがるっ!)

 

 大分昔に“呼び慣れた名前”で、自分が呼ばれ、思わず男の顔から表情が消えかかる。

 手は自然に柄へと伸びかかってしまい、危ういところで発しかけた殺気を抑制させた。

 

「・・・どこの別嬪さんだい?」

「とぼけるな! こんな夜中に廃刀令を無視して刀を持ち歩くなんて他にない!!」

「おっと」

 

 叫んで、突き込んでくる娘の突きを軽く躱し、周囲へと視線を向け直してみると男たちの気配からは殺気が消えて、うろたえが見て取れる醜態をさらしている。予想外の闖入者にどう対応すればよいのか自分たちでは判断できずに動きがとれなくなっているらしい。

 

(ちっ・・・、予想してたとはいえ、使い捨ての三下か・・・。これじゃあ締め上げてもたいしたことは聞き出せそうもねぇか)

「二ヶ月前の辻斬りって話だったが・・・俺が東京にきたのは一月前が最初だぜ。人違いじゃねぇのか?」

 

 とりあえずの獲物と、欲していた情報源の双方が手に入らないことがわかった以上、あの男たちに自分が斬るほどの価値はない。どちらかと言えば目の前の娘の方に興味がわいた。

 人違いであろうと何だろうと、女の矮躯から放たれた叫びと一突きが大の男たち四人の動きを封じ込めたのは大した手柄である。この娘を余計な邪魔者として連中が排除しようとするならば、全員まとめて斬り殺すぐらいはしてやっても釣りが来ると思えるほどに。

 

「ついでに言やぁ、俺がこの辺りを訪れたのは今日が初めてのことだ。その辻斬りってのがここらで発生してる事件だってんなら、下手人が俺ってのはありえねぇと思うんだがね」

「ぐっ~~」

 

 冷静に早とちりを指摘された娘が顔を赤くし、視線をさまよわせてから男が腰に差した二刀に目をやり瞳を輝かせる。

 

「じゃ・・・じゃあ腰の二刀はどう説明する気? 剣客だからって帯刀は許されないわよ!」

 

 ちょうどいい根拠を見つけたと思っているのが手に取るようにわかる、本心を偽れない類いの善人なようだが矜持の方も人並み以上には高そうなようで、気位の高い京女に慣れた男としても扱いこなすのは難しそうだと内心で肩をすくめる。

 

「別に許してもらおうなんざ思っちゃいねぇよ。刀は武士の魂だぜ? 魂を捨てるってこたぁ、死ぬってことだろ。

 死ぬ理由が廃刀令違反でしょっ引かれての処刑だろうと、弱い者いじめしか脳のねぇ腰抜け警官相手に斬り合って負けた結果だろうと大した違いはねぇよ。だから俺は、明治になった今でも武士として刀を腰に刺してる。そういう事情さ」

「・・・・・・ッ!!!」

「生き様を選ぶは『信』。死に様を決するは『義』。

 死を恐れぬこと、生を愛おしむこと、己の内に矛盾はない。

 剣に生き、剣に死す。それが武士として生きて死ぬってことだからな」

「・・・・・・」

 

 あまりにも呆気なく、自分の法律違反を認めてしまった男の堂々とした態度に、娘の方こそ逆に呆気にとられて茫然自失し、沈黙がその場に舞い落ちる。異様なまでに静かになった二人の合間に―――遠くから響いてくる笛の音が木霊したのはちょうどその時のことだった。

 

「!! 警察の呼笛! 今度こそ・・・!!」

 

 脱兎のごとく走り去っていく娘の後ろ姿。つい今し方、早とちりで突き込んでしまった相手に平然と背中をさらして走り去られる、その態度はクソ度胸かワガママ娘の阿呆故なのか。

 どちらにせよ、コソコソ盗み見るばかりで一向に出てくる気配のない浪人どもよりかは、余程あの娘の方が見応えのあるものを拝ませてくれそうだと感じ、軽い足取りで後を追い。

 

 ・・・ソイツと、出会って―――“再会”を果たした。

 

 

 ザシュゥゥゥッ!! ザシュッ! ザシュゥゥゥッ!!!

 

「ぎゃあああっ!?」

「弱い!! 弱い弱い弱い弱い!! うぬら弱すぎるわぁ!!

 我は抜刀斉!! “神谷活心流”緋村抜刀斉!! 人呼んで『人斬り抜刀斉』!!!」

 

「待ちなさい抜刀斉! ウチの流派を名乗って辻斬りを仕出かすなんて許せないわ!! ひっ捕らえてや―――」

「だから深追いはダメでござるって」

「ぐげっ!?(ゴギン!)」

「やれやれ・・・・・・」

 

 

 

「はっ、なかなか面白ぇ三文芝居を見物させてもらって嬉しい限りだがね・・・で? お前さん、こんなところで何やってんだい? “本物の人斬り抜刀斉”はアンタのはずだと思ったんだが、ありゃ俺の見間違いかい?」

 

「・・・そういうお主も、政府のお膝元で堂々と姿をさらせる身分でござったかな? “幕末最強の人斬り集団・元二番隊組長”だった身であるはずなのだがな、お主は・・・・・・」

 

「ちがうね。俺は新撰組二番隊組長だったヤツじゃあねぇさ。靖共隊の“永倉新八”が俺の名だよ、間違えないでほしいな。伝説の人斬り緋村抜刀斉さんよ」

「――どうやら、お互い訳ありのようでござるな・・・。ひとまずは人目を避ける場所へ行こう。そして、可能ならお主とは酒でも飲みながら積もる話を聞かせて欲しいものだ・・・」

 

 

つづく

 

 

主人公『永倉新八』の設定。

 電撃文庫『鬼神新撰』で主人公だった永倉新八を、そのまま持ってきた剣客主人公。

 東京に来た目的も原作通りに「最後に残った友の敵討ち」

 そしてまた、原作通りに孤立無援の敵討ちに限界を感じてきており「潮時だ」とも感じてきている。それが今作で剣心たちと組むようになった要因。

 剣心と違って『不殺の信念』は一切持ち合わせておらず、己を高めるためにギリギリの死闘を修練の一つと捉え、望み求めてしまう危うい感性の持ち主。

 とはいえ、血に飢えた野犬でもなければ、誰彼かまわず斬る男でもない。

 戦場があればどこへでも行く戦闘狂であっても、自分から戦場を創り出そうとは思っていない、あくまで『修練のための死闘』を求めて戦場へと馳せ参じる剣に生きる新撰組の剣客。

 原作でも史実でもそうだが、斉藤一とはあまり仲がよい方ではない。また、黒傘事件の時の谷十三朗は間違いなく倒すべき敵。上記の理由がなかったら即座にその場で斬り殺しにかかっていくレベルで友好度は最低最悪。

 「るろ剣」二次作の主人公としては、かなり攻撃的な性格だが、実際に問答無用で斬りかかるようなマネはほとんどしない。セリフ面は過激だけど行動自体は王道を行く人。

 

 強さは、戊辰戦争以降「負け戦」続きだったせいで心身ともに「負け癖」がついてしまっているというオリジナル設定が付け加えられたため序盤の「るろ剣」でも一応は対応できるレベルにまで弱体化させてある。もっとも通常の剣心より強いのがデフォルトなのでチートなことに変わりはないけれども。

 

 明治に生きる、『新撰組を捨てた新撰組の生き残り』として戦う男の物語です。

 なお、実年齢故なのかヒロインは『お妙さん』という変わったタイプの「るろ剣」二次作主人公を想定しているキャラでもあります(苦笑)



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ヴァンダルハーツ~失われゆく祖国のために・・・~

現在、作風を取り戻すため色々書いてみてる最中です。最近書きたいものを書きたいように書けなくなってる状態にありましたので脱現状のリハビリ作品と捉えてくれたら嬉しく思います。
今回の話はPSソフト『ヴァンダルハーツ~失われた古代文明~』の二次作です。
例によって例の如く、主人公が生別と一緒に反転した性格になってたらバージョンの話ですので適当にどうぞ~。


 サステガリア大陸、中央部に広がる肥沃な地域は古の救世主トロアの末裔である『神聖アッシャー王朝』によって、千余年もの長きにわたり統治されてきた。

 未来永劫続くかと思われた王国の繁栄・・・その中で王侯貴族たちは徐々に退廃的な享楽へと身を沈めるようになり、かつて神聖視されたトロアの教えもいつしか忘れ去られていった。

 この世紀末的状況に於いて、圧政に苦しむ民衆は賢者アレスの指導のもと解放軍を組織して王国に反旗を翻す。

 後世、革命戦争と呼ばれる内乱の勃発である。

 王国軍の反攻は苛烈を極めたが、知略に長けた賢者アレスと不退転の意思を持って前進する解放軍の前に敗走を重ね、ついに崩壊の憂き目を見る。

 

 その後、勝利した革命軍によって議会制を柱とした大陸初の共和制国家『イシュタリア』が誕生する。

 

 ・・・だが新政府盟主の座を嘱望された賢者アレスは戦後いずこかへと姿を消し、帝国打倒という旗印のもと邁進していた民衆も悲願を成就したことで寄るべき価値観を見失い、享楽と退廃に身を沈めるようになっていき、いつしか自由と平等をもたらすはずだったイシュタリアの共和制は一部の政治家と悪徳商人たちが結託して利益をむさぼるだけの衆愚政治へと墜ちていった・・・・・・。

 

 そして十五年後、新たな動乱の陰がイシュタリアを包み込もうとしていた。

 

 そんな中。

 若き女剣士が、愛する祖国に終わりの時が近づいているを肌で感じながら、一人グラスを傾ける。

 

 

「乾杯。滅び行く祖国への義務を果たすために」

 

 

 

 

 ・・・ガタゴト、ガタゴト・・・

 街道を行く荷馬車の上で、フードに顔を隠した若い人物が一定間隔で揺れる振動に心地よい眠気を誘われながらウトウトしていると、近くから自分の名を呼ぶ声が聞こえて目を覚ます。

 

「・・・アーシェ・・・、

 ・・・・・・アーシェ!!・・・」

「・・・・・・・・・んぅ?」

 

 寝ぼけ眼で薄目を開けると、如何にも行商人然とした格好“に見えるような服装をした”若い男が自分に向かって声をかけてきている姿が視界に入り、どうやら目的地に到着していたらしいことを彼女、『アーシェ・ラッセル』に教えてくれたようであった。

 

「ああ、すまない。ちょっと眠くなってしまったものでな・・・ふぁ~あ・・・」

「・・・オイオイ、しっかりしてくれよ本当に・・・。そろそろヤバい地帯なんだからよ・・・」

 

 自分と同じ、行商人風の格好をしたアーシェの暢気すぎる反応に、相手の男は逆に毒気を抜かれて今に置かれた状況を一瞬だけ忘れそうになってしまう。

 その緩んだ空気を引き締めるかのごとく、この場にいた行商人の一団最後の人物である後頭部で髪をまとめた異国風な男が二人に警告するように鋭い声を発した。

 

「むっ、来るようだぞ!!」

 

 その声が呼び寄せたわけでもないであろうが、タイミングとしては言葉が終わった直後の時点から周囲の岩場や大木の陰よりワラワラと十数人の武装した男たちが躍り出てきて、瞬時に荷馬車の周囲を取り囲んでしまってから弓矢を構えて警告の言葉を・・・・・・否、脅迫セリフを荷馬車に乗って荷を運ぶ途中だった行商隊に勝ち誇った笑顔と態度で偉そうに語ってきた。

 

「くっくっくっ・・・・・・悪ぃがオメェら、もう逃げ道はないぜぇー。

 この谷が、今をときめく盗賊団“ウンババの牙”の縄張りだって事を知らなかったのかぁ?」

 

 ときめきく盗賊団を自ら名乗り、かわいらしい名前を自称しながら自らの見た目は全然かわいくない不潔そうな長髪の男が汚い歯を剥き出しにしながらあざけ笑うと、近くにいた別の肥満気味な男も同じ種類の笑みを浮かべて似たようなセリフを似たような口調で吐きはじめる。

 

「大方、この辺りは不案内な田舎商人だろうぜ。けけけっ! 無知は災いの元って言うよな」

「そういうことよ。命が惜しかったら、大人しく荷と金目のものを差し出しな! もっとも、全部差し出しても命は取るけどな!

 ・・・そうでやんしょ、親方?」

「ギャハハハハ・・・ちげぇねぇぜっ!!」

 

 最後だけ妙に卑屈な態度でボスにお伺いを立て、聞かれたボスは得意満面なアホ面を、丸々太って前に突き出た腹とともに大きく揺らして笑い転げる。

 

「・・・・・・・・・」

 

 これらお調子者どもの蛮行に対して、行商人たちはなにも答えない。返事もしなければ逃げ出そうともせず、ただ何かを落ち着き払ったまま待ち続けているかのようにも見える商人の反応としては異質すぎるソレ。

 だが、子悪党の頭の中身は自分たちに都合のいい解釈以外は成立しづらく出来ているらしい。

 

「オラオラ、どうしたどうした。びびって声も出ねぇのか?」

 

 と、脅迫に対する答えが『沈黙=おびえて声も出ない』という頭の悪い直結思考をたどった末に、まるで反撃を警戒せぬまま不要に近づいていき、

 

「へへっ、せめて最後に顔ぐらい拝んでから殺してやるよ。運さえ良けりゃ、お前の死に顔を教えてやることが小銭になる遺族とかに会えるかも知れねぇからn――」

 

 今度の言葉は最後まで言い終えることが出来なかった。言い終えることを相手の方が許さなかったからである。

 フードの下に見えないよう隠していた鞘から剣を引き抜いて、躊躇うことなく一閃。頸動脈を切断したたため、大量の血を吹き出しながら倒れていったし、苦しまずに済むよう楽に殺してやるといった『軍隊ではなく警備隊員らしい戦い方』で、小うるさい相手の口を永遠に閉じさせることが出来て良かった良かったと自己完結しはじめる行商人を装った若い女性剣士。

 

 逆に、仲間を一方的に葬り去られた相手の手腕に度肝を抜かれた盗賊団“ウンババの牙”たちは激しく動揺して嗤いを納め、無力な行商人だと思って侮っていた相手の正体を計ることが出来ずに武器を構えたまま警戒を強める。・・・ただそれだけ。逃げも隠れもする者は一人も現れておらず・・・。

 

「かーっ! どいつもこいつもアホヅラ下げて、のこのこ現れやがって。あったま悪いんじゃねーのか? お前さんたち」

「まったくだ。逃げられぬのは貴様らの方なのだぞ!」

「なんだとっ!?」

 

 “与えられていた情報”と違う相手の反応にボスは慌てさせられ、思わず相手の正体を相手の方から名乗らせるため、この手の演劇における悪役のお約束セリフを自ら口にしてしまていった。

 

「てっ・・・てめえら・・・・・・一体何者だっ!?」

 

 この質問を待ってましたとばかりに行商人に化けてた男女たち三人の内、左右の二人が勢いよくフードを脱いで投げ捨てて、高らかに自らの所属と誇りの由縁たる名を謳いあげる!

 

「イシュタリア警備兵団第18小隊、ホセ・カルロス」

「同じく、キース・バルドー。任務により貴様らを捕縛させてもらう!!」

「・・・・・・」

 

 最後に残った中央に立つ一人だけは、いまいち敵を前にして名乗りを上げることに抵抗があるのか、黙ったまま二人が名乗るのを聞き流していたのだけれど。

 さすがに役儀の上で、自分が言わなければならない言葉もあるにはある。やる気は出ないがやるとしよう。

 

「イシュタリア警備兵団第18小隊隊長のアーシェ・ラッセル。言っても無駄だろうが一応言っておいてやる。大人しく投降しろ。

 私たちは貴様らと違って、無駄な抵抗をしないのなら命まで取らん。せいぜい無い知恵絞って少しでもマシな不幸を選ぶことだな」

 

 この人を食った降伏勧告に対して、盗賊団のザコたちは頭に血管浮かべて怒り狂いかけたが、ボスだけは女が名乗った名前だけは無視できなかった。あまりにも有名な名だったからである。

 

「!!・・・アーシェ・・・! てめぇは、【血煙のアーシェ】か!?」

 

 国内でも有数の剣の使い手にして、『裏切り者の騎士の娘』。

 その汚れた出自と、情けを知らぬ剣の腕から奉られた渾名が【血煙のアーシェ】

 よりにもよって警備兵団の中でも指折りの最精鋭と出くわしちまうとは自分たちもついてない!!

 

 ・・・いや、逆だ。ついてないんじゃなく、ツいているんだ。今この場でコイツらを倒せば自分の悪名と畏怖はいや増す。そうなれば今みたいに貧弱な弱小盗賊団の頭なんてショボい地位じゃなく、もっと上のデケぇ組織の幹部に入れてもらえるのだって夢じゃあない。

 

 なにより敵はまだ気づいていないようだが、彼には個人的理由から彼らに対して恨みがある。

 この機を利用して部下たち全員を捨て駒として使って体力を消耗させたところを襲いかかれば自分にだって勝機は出てくるはず!!!

 

 ・・・その為なら、寄せ集まってきただけの子分どもなんざ全員使い捨てちまっても構やしねぇ!!

 

「たった三人ばかりで舐めた口叩いてくれるじゃねぇか! 野郎ども、殺っちまえ! 特に血煙のアーシェには他の盗賊団の連中からも賞金がかけられてんだ! 討ち取った奴には半分くれてやる! 気合い入れて殺せぇい!!」

『う、うおおおおおおっ!!!』

 

 圧倒的数の優位。それに欲望を刺激しての発破がけは正しく成功して、手下どもは我先にと味方を押しのけて肉の盾にしてでもアーシェを殺すため躍起になって追い詰めに掛かっていく。

 

 ―――口約束ってのは便利なものだぜ! いくらしてもタダなんだからな!!―――

 

 自分たちのボスが、自分たちにどういう感情を抱いてるかを知らぬまま、手下たちは欲望に突き動かされながら血煙のアーシェを殺そうとして襲いかかり。

 やがて――すぐにでも【血煙】の二つ名の意味を知ることになる・・・・・・。

 

 

 

 

 ズバッ!! ブシュゥゥゥゥッ!!!

 

「ぐはぁっ!?」

「つ、強い・・・っ、強すぎる・・・・・・っ!! な、なんなんだよコイツらは一体よぉー!?」

 

 向かってゆく味方を死体の山へと変えながら、自分の方へと向かってくる『血煙の死神』を前にして、悲鳴を上げることしかできない武器を持った無力な盗賊団の一人。

 

 次々と敵を斬り倒し、血飛沫を舞い散らかせながら歩いてくるその様は、まるで血煙の中を歩いてきているかのように錯覚してしまいそうになるほどのもの。

 味方の犠牲を次々と出しながら、自分自身は大した傷も負わされないまま問答無用で盗賊たちを片付けながらボスの方へと歩み寄っていく。

 

「ち、ちくしょう! バケモノ野郎めが! 簡単に殺されて堪るか! テメェも道連れにしてや――ギャァァァッ!?」

 

 ズバッ!!

 ・・・最後に残っていた手下の一人も斬り殺されたことで孤立無援。

 ボスは「ひぃぃっ!?」と一声ブタのように喚いてから武器を捨てて、降伏の意思があることをアーシェたちに示すしかなくなってしまったのである。

 

「ま、まいった! 降伏する!! 頼むから殺さないくれーっ!?」

「・・・フンッ」

 

 つまらなそうに鼻を鳴らしながら剣を納め、残る二人が担当していた戦いの方でも決着がついていたことを確認してから二人に対して荷馬車に持ってきていた縄で降伏したボスのことをふん縛るよう命令して、実行されてから彼の前に改めて立つ。

 そして詰問を開始する。

 

 

「手こずらせやがって・・・って、あれ?」

 

 ホセが忌々しげに吐き捨てた直後に、あることに気づいて――さらに忌々しそうな苦虫を噛みつぶしたような表情になって怒鳴りつけた。

 

「てめぇ! どこかで見た顔だと思ったら、ズー・ガッハ! 俺達が二ヶ月前に強盗の現行犯で捕まえたズー・ガッハじゃねぇか! その下品な顔立ちは間違いないぜ!!」

「へへへ・・・毎度どーも」

 

 相手が気づかず、自分だけが知っていた真実に相手も気づいてもズー・ガッハは悪びれない。自分が彼らに殺されない事実を知っているからだ。

 

「おぃおぃおぃ!! まさか押し込み強盗の刑期が、たったの二ヶ月なんて事はないよなぁ? と言っててめえが自力で脱獄できるタマとも思えねぇ・・・どういうこった!?」

「へへっ、蛇の道は蛇ってヤツでしてね。あっしの価値を認めてくれてるお方もいるのさ・・・」

 

 わざわざ自分を捕縛した治安維持側に正確な情報を与えてやるズー・ガッハの心理は、シンプルである。

 彼はこのとき、意趣返しをしたかっただけだった。どう足掻いても自分では勝てない相手・・・ソイツらを、ソイツらよりも遙か上にいる奴らの威を借りて安全な場所から一方的に上から目線で見下せる・・・こんなチャンスを見逃す手は彼にはない。惨めったらしく捕縛されて縄でグルグル巻きにされている今の状態なら尚更に。

 

「あんだとぉ? てめえ、そりゃどういう意味だ!」

「おっといけねぇ。へへっ・・・・・・ただの独り言でさぁ」

「なる程・・・・・・大方の察しはつく」

 

 自分は知っている、相手は知らない。だからこそ優位に立てる情報の有無を使って、相手を小馬鹿にすることによりちっぽけなプライドと自尊心を回復していたズーの言葉に、キースが静かな声で相手の放った言葉の断片から真実へと到達していく。

 

「交易上の要衝にあるこの谷が、山賊の横行で不通となる。それによって得をする輩が、裏で手を回してこの男を釈放させたのだろう。

 悪徳商人や腐敗した政治屋が、犯罪者と結託して不当な利益をむさぼる・・・最近じゃあ珍しくない話だ」

「かーっ、やってらんねぇなー!」

 

 身も蓋もなく、おまけに仕事からやり甲斐までなくさせてくれた同僚の言葉にホセが悲鳴にも似た怒りの叫び声を上げ、勢い任せながらも半ば本気の意思をこめて自分たちの隊長である先ほどから沈黙したままの女剣士に物騒な提案を持ちかけてしまったほど救いようのない現実の一端が今目の前にロープで縛られて転がされている。

 

「よおアーシェ! この野郎、いっそここで斬っちまおうか!? どうせ牢にぶち込んでも数ヶ月もしないで出てきて、また平民に迷惑かけるんだったら捕まえるだけ無駄ってものだぜ!!」

「ちょっ!? ま、待ってくれよオイ!?」

 

 さすがのズーも、この反応には僅かながらも本気で慌てざるを得なくされる。

 言葉だけなら、出来もしないことを喚く負け犬の遠吠えと笑うことも出来たのだが、このときのホセが放った叫びには感情が込められていた。・・・この男、今自分を殺すべきだと本気で思って殺すと言ってきているのが分かる。慌てるなという方が無理な状況だ。

 

「やめておけ、ホセ。こんな小物を斬ったところでなんにもならんし、降伏して武器を捨てた者を警備隊が殺すわけにもいかんだろう?」

「くっ・・・、そりゃあそうなんですが・・・・・・」

 

 アーシェの正論に不承不承ホセは矛を収めて、ズーは卑屈に笑って命の恩人であるアーシェに頭を下げながら、内心では嘲り笑っている。

 

(ヘッ・・・相変わらず優等生な言いようだこって・・・)

 

 士官学校時代から成績優秀者として知られていた彼女のことは、ズーもある程度は情報を得ている。優等生な正論家で法律と規則絶対主義者な頑固者なところも情報を得た頃から変わっていないらしい。

 

(とはいえ、その甘さが俺を助けて、アンタにとっては命取り・・・・・・って、あれ?)

 

 ふと気づいた時、アーシェは彼のロープをナイフで切って戒めを解き自由を与え、近くにあった盗賊団の一人が使っていたらしい得物の剣も拾ってズーの方へと投げてやり、おもむろに自らの剣を抜き放ちながら静かな声でこう宣言してきたのだった。

 

 

「盗賊団の頭目、ズー・ガッハ。一度は降伏して捕縛されたフリをして我らを欺き、油断したところで戒めを断ち切ると脱走して逃亡を図ろうとした罪により現行犯で処罰させてもらう! 言い訳は不要だ。どうせ聞く気は最初から持っていないのだからな」

『・・・はぁ!? ちょ、ちょっと待ってくれ! 意味が・・・意味が分からん!? 説明してくれぇ!?』

「察しの悪い奴だ。どうせ捕まえても、すぐに釈放されるから無駄な相手を合法的に処刑するため、逃げだそうとして抵抗されたから止むをえず殺したことにする、とそう言っているのだよ。それぐらい分からんか? アホウめが」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 あまりにも、あんまりすぎる事態にズー・ガッハどころかキースとホセまで唖然茫然自失かして、自分たちの隊長が行おうとしている不正行為になにも言うことが出来ずにただただ見ていることしか出来なくなってしまった中で、当事者だけが静かな声と冷静な態度で相手に最期の慈悲をくれてやっている。

 

「剣を抜け。せめて反撃の機会だけは与えてやる」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな無法がまかり通るわけがない! 俺を殺してしまったら、お偉いさんが黙っていないからな!? アンタらすぐにでも飛ばされちまうぞ! それでもいいのか!?」

「かもしれんな。だが、おそらく大丈夫だろう。たとえお前がソイツにとってどれほど価値のある技能を有していようとも・・・・・・殺ってしまった後でなにを言っても遅すぎるのだからな。

 死人に口なし、腕もなし。動かない死体は、ただの役立たずさ・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 本当に、あまりにもあまりな言い分に言葉もないズー・ガッハ。

 こうなると彼としては、どうにかして生き残るための策を考えなければいけない。詭弁方便なんでも使って、何とかこの場を切り抜けなければ・・・・・・殺されちまう!!

 

「へっ、ヘヘ・・・・・・っ、待ってくれ・・・俺はアンタに売る。俺に情報を与えてた政治家の情報も、悪徳商人どもの裏帳簿の数字改竄もぜんぶ正直にすべて話す! だから頼む! 殺さないでくれ! 

 そ、それにホラ? 俺はまだ剣を握っちゃいねぇんだし、このままじゃ俺が抵抗しようとした証拠としちゃ不十分―――」

 

 

 ズバァァァッ!!!!

 

 

「アホウか貴様は。十分な証拠とか、法律とか正当な裁きとか、そういうものが正常に機能しなくなった状態にあるから、お前が官憲に殺されるような事態に陥っているのだろうが。少しは都合のいい幻想ではなく現実を見ろ、このド阿呆」

 

 

 

 冷たく言い放ち、自分が手にかけた犯罪者の死体に適当な握り方で剣を持たせて放置させてから蹴飛ばして岩に叩きつけ、とにかく死体が死んだ時の状態を残せなくしたまま野ざらしにする方針を断行する隊長に、さすがの部下二人も制止の声をかけようとして、そして。

 

「・・・言っておくが、お前たちが私を罰して殺すのは非常に正しい。だから私はお前たちがそうすべきだと判断したなら大人しく刺されよう。後ろからいつでも刺し殺してくれて構わない。

 ただし、前からはやめておけ。今の私は法律で罰されてやる気には少しもなれない状態にあるからな。

 法律を守らせるだけで守ろうとしない政治家どもの作った法律になど、殺されても従ってやる気は少しもないのが今の私なのだからな・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・動けなくなってしまった。止めるために伸びようとした手が途中で止まり、行き場を失って下ろすことも出来ずあげることも出来ぬまま、ただただ彷徨い続けることしか出来なくなってしまってる・・・・・・。

 

 

 そんな部下に聞かせるための言葉なのか、あるいは自分自身に言い聞かせるための言葉だったのか。

 背中を向けたまま正面から見れない彼女の顔が今どんな表情でハッしているのか分からない言葉ではあったものの。

 それでも彼らの心に何らかの影響を与えて、今日の一件を胸の内にしまっておこうと決意させたナニカをもたらす。

 

 

「志を失って名ばかりとなった共和制国家・・・・・・国に正義はなく秩序もなく、政治家に国を治める気は少しもなく・・・。

 もう大して長くない国でしかないのだとしたら、せめて最期まで付き合ってやるさ、この泥船の警備兵として乗客たちの身の安全を守りながらな。

 それが私にとって失われゆく祖国に対して果たす最期の義務と責任ってヤツだと思うから・・・」

 

 

 

今作オリキャラ設定

『アーシェ・ラッセル』

 

 原作主人公の「アッシュ・ランバート」の位置にいる、今作主人公のオリジナル女剣士。

 父親が革命戦争終結寸前に味方を裏切って敵に走ったと蔑まれているアッシュと真逆で、終戦直前に帝国軍から解放軍に寝返った「裏切りの騎士」を父に持つ娘という設定。

 有能な敵将の首を手土産にしてきたことから厚遇されたが、一方で変節家呼ばわりされていたのも事実であり、生活的には裕福だったが周囲からの反感はアッシュの子供時代よりキツかった。

 国の現体制に疑念を抱きながらも滅びを回避するために尽力していたアッシュとは真逆に、今の時点でイシュタリアは遠からず滅びるものと断定し、亡国を前提として生きている。

 警備隊の仕事をやっているのは、滅びゆく国に仕える者としての義理を果たすため。

 国と政府に守る価値がなかろうとも、市民を守る警備隊の義務と責任まで投げ出す気は少しもない性格の持ち主。

 やたらと自他共に厳しすぎる性格で半端を知らない。変なところでツッコミを入れてしまう癖もあり、相手によってはコントのような会話になってしまう場合もある。

 本人自身はいたって生真面目な性格&空気読めないし読まないし読む気もない性格の持ち主でもある。

 端的に言って、凄まじいレベルの社会不適合者。

 

 外見は、盾を持たず金髪になったアッシュ・ランバート。

 私服として裏地が赤く、表面が黒のジャケットを鎧の上から羽織っている。

 色違いの2Pカラーとも言う。

 

 【血煙】の異名は『裏切り』や『穢れた血』など暗い色をした血にまつわる印象が強く彼女の人生に影響を与えてきた結果としてつけられたものであり、アッシュには存在しないジャケットの色はそれらを表したもの。

 

 基本クラス=邪道ヒーロー。 



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ロードス島戦史~ハイエルフの転生神子~第Ⅱ章

少し前に投稿した『ロードス島戦記』二次作の2話目です。思ってたほどには上手くできなかったのが悔いの回。いい話的な内容をいきなりやるのは難しかったですね。次から事前に準備してから書き始めるといたしましょう。


「・・・“予知の夢”・・・。それを見たから貴女は旅に出たと言うのですね」

 

 ニースは先日の地震で倒壊したマーファ神殿から少しだけ離れた位置にある臨時の避難小屋に、一人の奇妙な客人を迎えていた。

 ターバ村の住人たちが建ててくれた物であり、彼らにも自分たちの家を修復する作業があるにもかかわらず、せめてニース用の私室だけでもと嘆願してくれた結果である。

 

 小さな円形のテーブルに腰を下ろし、向かいに座る客人の顔を見つめる彼女の顔に今、不思議そうな表情が浮かんでいる。

 

「そう、予知の夢さ。未来に起きるかもしれない夢を見たんだよ。そういう理由でボクは族長から物質界に赴いて、忌まわしい未来を阻止するため旅立つよう命じられてきた。

 そして今、こうして君から情報を得るため倒壊したマーファ神殿を訪ねてきて歓待してもらっている。感謝しないといけないことだね」

 

 ニースと向かい合って座って、足を組んでいる客人はそう答え、人間離れして美しすぎる美貌に、人間らしい俗っぽくも柔らかな笑みを浮かべてみせる。

 

 人間の倍以上ある長い耳。ドワーフの金細工師でさえ作り出せぬような細い金色の髪。小柄で細い身体に、信じられぬような細い手足。

 客人は、エルフだった。もちろん、他にこれほど繊細な容姿を持った生き物がいようはずもない。

 

 ――いや、一種族だけいる。遙か太古に滅び去ったと伝わるエルフたちの上位種族『ハイ・エルフ』

 その中でも特に高貴で、特別な生まれを持つ者が今、ニースのまえに座っている娘の正体だった。

 

 心優しき氷竜を呪いから解放させ、古代王国の財宝によって神殿の再建と困窮する人々の救済を可能とした彼女たちが、一時的に避難先として使わさせてもらっているターバの村へ戻ってくると当然のように村人たちは熱狂し、感激した。

 

 そして、財宝の運び出しや神殿の再建を引き受けてくれる腕のいい大工を探しに王都まで遠出する役割をやらせてほしいと我先に願い出る者たちが続出し、ニースがいたままでは却って収拾がつかなくなると半ば部屋に押し込められる形となってしまったのだが、一方で自分を救ってくれた美しいエルフの娘を誰にも気づかせることなく『ニースの客人』として招き入れるには都合が良い状況にもなってくれていたのだった。

 

 今も戸口の外からは騒々しい歓声が隙間風に乗って聞こえてきており、心なしか神子の意識も彼らの方に向きがちで、ニースに対しておこなわれた事情の説明には些か意欲が欠けていたことは否めない。

 

 曰く、“近々ロードスに降りかかる夢を見た。それは人間たちのみにとどまらず、妖精界や精霊界にも悪影響と被害をもたらすほど巨大な災厄になるだろうと、夢の中に出てきた夢の精霊王は教えてくれた。その危機を避けるため自分は族長に命じられて人間たちが住む物質界までやってきたのだ”――と。

 

「どうして、私の元へ?」

「君は“鉄の王国”のドワーフ族と親交があると、予知の夢で語られていた。夢の中で襲われていた場所は、ロードス島の南モス地方にある『鏡の森』のエルフ族集落だ。

 そして、あの近くにはドワーフ族が住む石の王国がある。彼らは仲間思い名種族だからね、北と南で遠く離れすぎたドワーフ族の王国同士の間には、なんらかの連絡通路があってもおかしくはない。そう思ったから君に聞きにきたんだよ。なにか情報を聞き出すことができるかなって思ってさ」

 

 そう言って、朗らかに微笑む彼女の耳は今、部屋を流れる隙間風にふかれて小さく揺れている。部屋に入るまでかぶっていたフードは、すでに脱いでしまった後だったからだ。

 

 「部屋に招かれておいて、顔を隠したままなんて失礼すぎるでしょ?」と軽く言いながら他の者たちには見えないようにしていた素顔を余すことなく全てさらす彼女の態度からは誠意とともに、ニースへの個人的な好意が感じられた。

 

 

 彼女の正体がニースには最初から見えていた。あるいは娘の『肉体が持つ正体』と言うべきかもしれない。

 女神からいくつかの権能を与えられているニースの目にははっきりと彼女の『魂の形』が見えていたからである。

 その輝きの美しさは外見のそれと比べてさえ比較にならず、神にも等しい神々しさをその黄金の輝きから見いだすことができる程の、この世ならざる存在。

 

 ――だが、しかし。その光は今、奇妙に鈍く、そしてどこかしら綻びがあるようにニースには思われた。

 あるいはそれが先ほど感じた『人間らしさ』を少女に与え、ニースが初めて出会う異界の客人を普通の客と同じように接しさせていたのかもしれない。

 

 どこか歪であり、枯れた印象を抱かせるのである。永遠に等しい命を持つエルフの上位種族として、それは完全性の欠落を意味する。

 それが彼女からハイ・エルフとしての質を低下させ、ニースたち人間に生物としてのランクを合わせるところまで下げさせてしまっていたのだが、魔術師ならぬ神官でしかないニースにはそこまでの事情を知識として知ることはできない。

 

 ただ解るだけである。相手が“嘘を吐いている”という真実だけを・・・・・・。

 

「嘘ですね」

 

 ハッキリと断言しながら、ニースは相手の目を直視する。

 彼女には大地母神が与えた権能故か、あるいは彼女自身の誠実すぎる人格がそうさえたのか、『人の心を形として見る』ことが出来た。

 いつもいつもと言うわけではなかったが、今はハッキリと断言できるほどに彼女の目には相手の心が言葉と全く異なる誠実さのかけらもない嘘偽りで形作られた・・・だが不思議と悪意や邪気を感じることの出来ない忌まわしさのない嘘偽りだけで作られた歪みとなって見えていたからだ。

 

「うん、嘘だよ。今の話は全部嘘だ。予知の夢を見たことなんて、ボクは生まれてこの方一度もない」

 

 そして、相手もまた悪びれることなくハッキリとした口調で自分が嘘偽りを述べていたことを告白する。

 神に仕える神官にたいして虚言を弄することは罪悪であったが、聞くところによると『エルフ族は存在しない』らしい。

 神がいない世界というものを、神官であるニースには想像できない。だから相手の少女がなぜ嘘を吐いたのか、それを聞くことこそが最初にやるべき事だった。

 嘘に対して怒りを抱くのか、騙していたことを悪だと断定するべきなのか。全ては相手を知った上で判断しなくてはならぬ事。自分の信仰と教義のみを押しつけることを神は望んでおられないのだから。

 

「だけど、君に対して言った言葉のなかに嘘はなかったよ?

 ボクは本当に『予知の夢を見た』という話を族長にしているし、“鏡の森”が魔神共に襲われてエルフ族にとって大事な樹の枝を盗まれてしまうかもしれないからと言う理由で、族長から妖精界の外へ出る許可をもらったのだって嘘じゃない。真実さ。

 族長は騙したけど、君を騙した覚えはないよ。これもまた立派な真実のひとつって言わないのないかな?」

 

 まるで悪戯を成功させた子供のように邪気のない笑顔を浮かべる相手の顔を見つめながら、ニースは今の言葉に『嘘はない』と感じさせられ、肩の力を抜き、あらためて思う。

 

(やはり自分は、彼女のことを嫌いになることは出来そうにない)

 

 ――と。

 

「同胞に対して嘘を吐いていたという事実を、私に対して嘘偽りなく正直に告白する・・・それが貴女にとっての真実だと言うのですね」

「そういうことになるね」

「ですが、それは詭弁というものではないのですか?」

「マーファ神官の君やドワーフたちなら、そう言うだろうね。もっとも、チャ・ザの司祭たちなら逆のことを言うかもしれないけれど」

 

 正しい。自分の側にも理があるのと同様に、ニースは相手の主張にも理があることを正しく認められた。

 幸運神チャ・ザは商人たちが多く崇めている神であり、商売の神でもある。そして、商人たちにとって嘘を吐くことは必ずしも悪ではない。

 人を騙して盗んでいくだけなら彼らにとっても悪であるが、『今は払えぬから』と後日必ず返すことを約束して借りていくだけならツケである。

 黙って借りていくことは盗みであるが、盗んだ分に上乗せして謝罪の意を示すことは商人の道徳に反する行いでは必ずしもない。

 

 一方で、厳格な教えを敷くファリス教団なら嘘を吐くこと自体が悪であるとして、罰することを由とするだろう。

 神の教えはそれぞれに異なっており、祈る者が自分の意思でもっとも教えに共感し、心から敬い信仰できると思えた神に帰依するのが一番自然な信仰のあり方なのである。自らの信じる神の教えこそ絶対と、他の神を信ずる者たちに押しつけてしまったのでは無用の争いを生み出すだけでしかない。

 

 ましてエルフ族は神を持たない。ならば人間の・・・それも数多くいる人間たちが崇めている教団の一つでしかないマーファ教団の戒律を守らせようなどと愚かしいだけか・・・。

 ニースはそう判断して、表情を緩め、せっかく訪れてくれた異界からの客人に由ないことを口にしたことを謝罪した。

 

 相手は笑って謝罪を受け入れ、ニースが手ずから煎れて供した茶に手を伸ばす。

 その相手の顔を見つめ返しながら、ニースはやや感慨に耽る。

 

 

 ・・・神から与えられたお告げによって、彼女の正体が異界から招かれたロードス島の存在するこの世界とは違う場所と時代から訪れた者であることをニースは知っている。

 

 だが一方で、賢者ではないマーファの司祭でしかないニースには異界という場所がどういうものなのか、実はあまりよくわかっているわけではない。

 神から教えられた以上のことは、彼女自身の知恵と心で見極めることしか出来ぬ身なのである。

 

 それが自らのことを『マーファの愛娘』と呼び慕ってくれている人々に対してニースが感謝とともに平行して抱いている、些かの苦い思いと同じ理由によるモノだった。

 

 彼らの言葉は、ターバ村の住人たちが自らも負傷しているにもかかわらず村の人間の癒やしを優先してくれたマーファ神官たちに対して仮住まいを建てるという形で示してくれた感謝の気持ちと同様のものであると頭では理解しているのだが、どうしても心では完全に納得することができずにいたからだ。

 

 彼らは『大地母神へ捧げる感謝の念』を『マーファの愛娘』と呼ばれている自分に捧げることで示そうとしてくれている。戦乱の絶えぬこの島の民たちを救うため大地母神が授けてくださった御子に感謝を示さねば、と。

 それは自分を、神に仕える者“プリースト”として見ているニースにとって、嬉しくもあり、不本意なことでもあった。

 

 自分たち神官は、あくまで神の意志の代弁者であり、奇跡の力を恣意的に使ってはならないのだと彼女自身は信じている。

 自分が神のごとく振る舞って、ロードスに住まう者全てを救済できる力があるなどと思い上がれば大変なことになるだろう・・・。

 それが解る聡明な娘だったからこそ、ニースは女神の御子と讃えられ、そして苦悩する。

 いつの世も、こうした誤解とすれ違いによって人と人とは結びつき、そして苦しめる。

 

 だからこそ、つい聞いてしまう。

 

 

「・・・・・・教えてはいただけないのですか?」

 

 ニースから短く、そう尋ねられたとき、茶を飲もうとコップを口に運んでいた神子の腕が一瞬だけ停止して、さり気なく彼女はその動きを再開させた。

 

「なにを?」

「全てを。これからロードスで起きる全ての出来事を、貴女は知っているはずだと女神マーファは私にそう教えてくださいました」

「・・・・・・」

 

 沈黙したまま茶を飲み続ける相手に対してニースは熱心に言葉を紡ぎ続けていく。

 “聞くだけ無駄である”と答えを得ている相手に、聞いても教えてくれないと判りきっている質問を何度も何度も尋ねてしまう。

 それもまた彼女が人であるが故に持たざるを得ない完全性の欠如であり、人間らしい不完全という名の美徳であったかもしれない。

 

 ニースには、神からのお告げとして目の前の者がロードスの未来を知っていることを知ることができた。

 そしてまたニースには、人の心を形として見る力によって、相手がその質問の答えを教えてくれることは決してないことも知ることが出来てしまっていた。

 

 それは『マーファの愛娘』と、過剰な評価を人々から与えられている彼女にとって、拷問にも等しい無力感を実感させられる行為であり時間でもあった。

 

「私には、今から起こるであろう災厄よりロードスを救うことはできません。なぜなら私には世界は見えず、歴史も見えないから。

 ハイエルフ族の神子、あなたにはその能力があります。知恵があります。知識を持っています。

 貴女がその一部でもいい、私に教えていただけるならマーファ教団は総力を上げて人々を救済し、貴女の知る最悪の未来からロードスの人々を幾ばくかだけでもお救いすることを約束させていただきます」

「・・・・・・」

 

 神子の沈黙は解けない。ただ黙ってお茶をすするだけだ。

 そしてまた、ニースも言葉を止めない。止めることはできない。それが自分たち双方にとって“自然な在り方”だと承知しているから・・・。

 

「全ての災厄から、全ての人々を救いえるなどと私は約束することができません。私には約束を守れるだけの力はありませんから・・・・・・」

「・・・・・・」

「それでも、多少の力はあるつもりです。苦しむ人々を救うことはできなくとも、苦しんでいる人の内、誰か一人でも多くの命を救うことぐらいはできるはずです」

「・・・・・・」

「ですから、お願いします異界から訪れしハイエルフの神子様。どうか私に少しでもいい、貴女の知っていることを教えていただきたいのです。返せるものなど何も持たぬ未熟非才な身ですけど、私にできることでしたらどのような恩返しでもさせていただきますから何卒・・・」

 

 ニースは言葉から熱意と熱情を消そうとせず、神子も沈黙を解こうとはせず、相手のしたいようにさせていた。

 彼女たちは互いに見えていたからだろう。神子の心が、形となってハッキリと。

 

 

 ――それはまるで、樹齢千年を超えた古木のようだった。

 あるいは、年経て枯れ果てた老木のようだった。

 冬の日の星一つない夕暮れのような暗闇に包まれるかのようだった。

 長い長い月日を、たった一人で生き続け、老いさらばえて若さを失った生気のない老人であるかのようだった。

 

 

 自分の努力が無益であることは、ニースには最初から分かっていたし、見えていた。

 彼女は女神マーファに祈ることで、いかなる奇跡でも起こすことができる。天命を全うせず死んだ死者を復活させる、蘇生の奇跡さえ行うことさえ可能なほどに。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが、長い時間を過ごし、老いて死んでいこうとしている人の心を癒やすことだけは決してできない。それは自然の法に反することだからである。

 あるいは彼女が生まれながらのエルフだったなら、時間と寿命は平等に老エルフと呼ばれるには早すぎる娘の年齢にふさわしい健全で若々しい心を得られたのかもしれない。

 

 だが、彼女は異界より招かれエルフとなった客人。人が老いて死ぬのは運命であり、自然なことのはずなのに、彼女が手に入れた永遠に等しい命を持つエルフとしての肉体は彼女から、通常の時間と寿命で生きる人生を送る権利を奪い去り、返してくれることは決してない。

 過ぎ去った時間は戻らない。それもまた反することのできない、自然の法である。

 時間の流れの中で、老い朽ちていった者の心と時間を巻き戻すことは『マーファの愛娘』にも、そして全能なる女神マーファにも決してできない不可能な奇跡のひとつだった。

 

「貴女は、神にも等しい四人の偉大な友人たちを持ち、ロードスにこれから起こる災厄から人々を救いうる知識さえあります。

 しかし、そんな能力を持った偉大な種族が、御自分の人生を捨てていらっしゃる。他人の人生だけに価値を感じていらっしゃる。私には、それが残念に思えます」

「・・・・・・・・・」

 

 言える言葉を全て言い終え、想いの全てを言葉として注ぎ込んだニースは押し黙り、神子もまた茶を飲み終える。

 水を吸い込むことのできなくなった老木に、癒やしとなる慰めは意味をなさない。

 枯れ木の心に必要なのは、年老いて二度と新しい芽を芽吹えさせることができなくなった枯れ木を燃やし、残された灰の中から再び蘇り若鳥として飛び立てるようになるための炎のように熱い熱量だ。

 

 それをニースはできうる限り目の前に座す、美しい森の上位種族に注ぎ込んだつもりだったが、自分の言葉では不十分であることも自覚していた。

 もとよりニースは、それらが似合う類いの人間ではない。教えを説いて廻り伝えるのではなく、想いを込めた言葉の熱量で相手の心を再熱させるのは、もっと別の相応しい人間がいていいはずだった。

 あるいはその役目を神に与えられた人物は、後の世に生きる誰かなのかもしれない。

 神子にはいずれ、その人物と出会うことによって心を再熱する未来が待っているのかもしれない。

 

 だが、今この場にいるのは、その役目を十分に全うするには相応しくない人格を持つニースだけであり、今その役目をニースが果たせなければ神子が口を割ることは決して無いだろう。

 それはロードスに降りかかろうとしている災厄から、今を生きる人々を救えたかもしれない道が断たれることを意味している。

 

 人はなぜ、望まれたとき、望まれた場所に生まれてきていることができないのだろう?

 その人が生まれてくるのがあと少しだけ早ければ、あるいは遅ければ。その人自身の人生と歴史は別の道を選びえたかもしれないのに・・・・・・。

 

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 

 沈黙が、降りる。

 

「・・・・・・いいお茶だね。作ってくれた人たちの気持ちに、大地の精霊がよく応えてる」

 

 やがて先に口を開いたのは、長い長い沈黙を破った神子の方だった。

 

「単に味がいいだけじゃない。何世代も何世代も親から子へ、大地を良くしようと頑張って付き合い続けてきた人たちの感謝と愛情が桑の一振り一振りから土に染みこんでる味だ。その想いに精霊たちが喜びで返してる。

 二つの感謝が味からも香りからも感じられて胸が一杯になってくるような、そんな地味に満ちた美味しさがある」

「・・・・・・」

 

 今度は逆にニースの方が沈黙した。いや、絶句させられてしまった。

 今まで彼女が煎れたお茶の味を「おいしい」と言ってくれた人間は無数にいたし、その半数ほどは彼女の名声をはばかってご機嫌伺いが混じっていたものの、美味しいという言葉自体には今の神子と同じように嘘はなかった。

 茶に使っている草花を育ててくれたターバの村の住人たちに、感謝や賞賛の意を示した者も三割ぐらいはいたはずである。

 

 ・・・・・・だが、彼らの先祖までもを含めたターバの村が歩んできた歴史全てを総括したような褒め言葉を述べたのは神子が初めてだった。

 それは彼女が、森と共に生きる森の種族ハイエルフの中でも特別な存在だった故なのか。

 それとも、枯れてしまった二度と葉を咲かせることのできなくなった自分のようにはさせないよう、短い寿命を大地と格闘し続けることに費やしてこられた村人たちへ憧憬の念を持つハイエルフに生まれ変わってしまった異界の客人だった故なのか。

 

 それを確かめる術は、異界を知らず、女神マーファも教えてくれない、うら若く経験不足な十七歳の娘ニースには判別しがたい老人の心底。

 

 

「・・・・・・一つだけ教えておこう。君は自分が正しいと信じる道を、正しいと信じるやり方で迷い無く進んでいけばそれでいい。今までと同じように、これからもずっとね。

 それが結果的に一番多くの人の命を救って、ロードスから不幸を減らす道に繋がっているはずだから・・・・・・」

 

 それだけ言って、ハイエルフの神子は席を立ち、暇を告げる。

 それはニースからの問いかけに対する、明確な回答の拒否。枯れて脆くなった、かつての大木が枯れ果てているが故に、地中深くまで根を張りすぎて抜けなくなってしまった長く生きすぎた年月が込められた巌のように頑迷な拒絶だった。

 

 今このとき神子は、ニースから差し伸べられた救いの手を振り払い、救われる道を選ぶことを拒絶したのである。

 運命の不幸に苦しむ人々を救うことは、ニースにとっての務めであり義務でもあり運命でもある。

 だが、自らの選択で救いを謝絶し手を振り払い、枯れ果てた心のまま救い無き一生を選んだ者に自らの救いを強制することはニースには選べない道である。

 

 彼女の膝に伸ばしかけていた右手の平が宙で止まり、ためらった末にニースは自分の胸元へと引き戻す。

 

「・・・ありがとう、高貴なる森の姫君よ。その忠告は心に刻みつけ、一生忘れることのないよう留め置きましょう。貴女がいつか救いを求めてきてくれる、その日までずっと・・・」

 

 先ほどまでの熱量が嘘のように自分の内から去って行くのを、ニースは感じ取っていた。

 まるで潮の満ち欠けのように、波が退いていくかの如く一瞬ごとに自分がいつもの自分へと戻っていくのを実感させられてゆく。

 

 あるいは神子の感情に、さざ波のような揺れが生じて、それが感情に左右する精霊王たちに影響を及ぼし、気づかぬうちにニースの心にも影響を与えていたのかもしれない。

 それほどまでに神子は神子で、ニースとの語らいを好感を持って楽しんでいたからだ。

 

 それは枯れ落ちた落ち葉の心に熱を与えるものではなかったかもしれないが、長い間ハイエルフの中で孤独に過ごしてきた一人の人間だった娘として、人との語り合いに癒やしを感じて感謝の意を彼女なりに表した結果なのかもしれない。

 

 それらの想いを、口に出して彼女たちは伝えようとはせずに別の言葉を口にしあう。

 

「これからどこを目指されるのですか?」

「とりあえず、ザクソンに行くさ。ほかに道はないし、あそこからならアラニアの王都アランにも近い。それから後のことは―――」

「それから決めるのですか? 道が自然に導いてくれるだろうと・・・」

 

 新しくできた友人の旅立ちを見送る者として、年頃の娘相応の笑顔を浮かべたニースが珍しく冗談口をたたいたところ、神子は意外にも「いや」という否定と明確な答えを返してきたのだった。

 

「神聖王国ヴァリスにある、至高神ファリスの大神殿。そこがボクが次に行くところだと最初から決まってたんだ。

 自分の進むべき道を自らの意思で決めることを放棄したボクに、導かれる資格なんてとっくになくなってるからね。ボクはただ、すでに敷かれた道の上を歩みながら、一部の流れを不自然な方向に変えるだけだよ」

 

 先ほどまでとは打って変わって、明るい笑顔で皮肉な答えを返されてしまったニースには、もはや反問する意思など残っていない。

 

 彼女は幼馴染みとして育った、若いドワーフの姿と頑固さを思い出す。

 

(・・・かつてエルフとドワーフは、同じ世界を故郷とする妖精族の仲間だったとギムは教えてくれたことがあったけれど・・・。

 もしかしたらドワーフと同じようにエルフにも、彼らと同じぐらい頑固でぶっきらぼうで一度決めたことを最後まで貫き通す信念の強さを持った種族なのかもしれない・・・)

 

 そう思い、それはとても良いことなのかもしれないと、ニースは不思議と腑に落ちる。

 神子もまた、皮肉っぽくも悪戯好きな少年のように癖のある笑みを浮かべてニースを振り返ると、普段通りの彼女を取り戻したことを示すかの如く諧謔に満ちた気遣いの言葉で『この世界で初めてできた友人』に一時の別れの挨拶代わりとして去って行く。

 

 

「気遣いをありがとう、マーファの愛娘さん。でもボクに二度目のそれは不要かな。だってボクは枯れても痩せても精霊使いで、司祭じゃないからね。

 どこに続いていようとも地面に敷かれた道なら、大地の精霊を支配するボクたち精霊使いは変えることができる。

 奇跡の力を恣意的に使うため精霊を支配するのがボクたち精霊使いだ。敷かれた道にしたがって歩むことはあっても、運命を支配させることまでは絶対にさせないさ。

 たとえそれが他人に押しつけられた、不幸に至る道であっても精霊王に命じて変えさせてみせるよ。絶対に・・・ね?」

 

 

 そう言って、ニースに向かい片目をつむって見せる異界風の挨拶を残して、彼女は南に向けて旅立っていったのは、マーファの仮神殿で語り合った数時間の後だった。

 彼女が目指す南の空は奇妙に薄暗く、灰色の空が厚く垂れ込めていた。

 

 

 ・・・しかし、ニースの見送る遠くの空の先から人間の耳には歌声のように聞こえる少女の声が響いてきた途端に空は晴れ渡り、ニースに向かって太陽の光が差し込んでくる。

 

 それは天空を支配する神々が彼女を祝福してのものだったのか、あるいは神々に等しい力を持つ精霊王たちが新しくできた友人の友人に感謝を表したものだったのか。

 あるいは、精霊王の愛娘からニースに送られた発破掛けだったのか。

 

 

 ・・・たとえどれだったとしても、今はまだニースは動くことができない。マーファ神殿の修復に目処が立つまでは神殿の代表が空席となるわけにはいかない。

 おそらく、これからの五年はマーファ教団の代表としての働きがけに全精力を注がねばならないだろう。

 

 

 だが、今のニースは不思議と心が安らいでいた。氷竜ブラムドを呪いから解放するために疲れ切っていたはずの身体からは、鋭気が内側から沸いてくるかのように感じられている。

 

 今日は、もう一頑張りしてから休むとしよう、とニースは思った。

 彼女が背を向けた、神子の去って行った南の空は灰色の雲が垂れ込めて薄暗かった先ほどまでの景色が嘘のように晴天の明るさに満ちている。

 

 明日もまた、忙しい一日になるに違いない。

 まだ半分も終わっていない今日の一日と同じように・・・・・・。

 

つづく

 

*神子の性格の退廃的なところは『ロード・オブ・ザ・リング~旅の仲間~』で初登場してきたときのアラゴルンと、『二つの塔』で描かれていた彼の恋人でエルフの姫君アルウェンが結ばれた後に至るであろう悲しい別れの後の映像をイメージして作ってみました。

 人間の時間感覚を持ったまま、ハイエルフの一生を生きる道を求めてしまった神子は生きながら死んでるような心理状態にありますから、世界全体に影響を与える意欲はもう残っていません。

 ただ、牧場を渡る風のように吹きすさびながら、隙間風程度で救うことができる程度のわずかな命を救うだけ・・・・・・それが今の彼女が求めうる最大限の救済です。



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第3章

四日か五日ぐらい前から書き始めていた『魔王様、リスタート』の最新話が今になってようやく出来ましたので更新しました。作品の健全化を図るため色々書いている身ですけど、エロは中々できてくれないエロ下手な私は、作品にエロ要素も入れられるようになってみたいものです。


「――ここが、その【願いの祠】とやらですか・・・」

 

 私はアクさんをおぶって走って、案内に従いながら到着した場所の前で呟きました。

 祠と言うか洞窟と言うべきなのか鍾乳洞と表現すべきなのか、そもそも洞窟と鍾乳洞の違いってなんだったっけか? とかどうでもいいこと思いながら洞穴の入り口を見上げます。

 

 ここに来るまでの道中で彼女から聞いた話だと、この世界で信仰されてる智天使か恥天使だったか、漢字でかくとどっちになるのかよく判らない天使様が先ほどの無礼極まるザコ牛さんを封印するため力を借りた場所なのだとか。

 なんでも、【その場所を訪れる者の願いを叶える】とかいう言い伝えがあるそうなのですが・・・。

 

 まっ、たとえ無駄足だったとしても由としときましょう。何しろ来る途中でアクさんから、この世界でも日本語やアルファベットなど地球の言語は読み書き共に通じることが聞き出せたのですから充分すぎる収穫ですよ。これ以上を欲するのは欲が深いというものです。

 

 ・・・なにしろこれで、【ナベ次郎】と普通に記入しても大丈夫なことが判ったのですからね・・・カタカナと漢字の組み合わせな上に、アルファベットにすると無駄に長いからどうしようかなーとか思い悩んでいたので充分ですよ本当に・・・。

 ゲーム時代には散々やってきたのだから大丈夫だろ?とか言い出す阿呆どもは、『キーボードを打つタッチタイピング』と手書きのアルファベット記入の違いを気にしなくていいと言い切るエリート共です。滅びろ、滅しろ、絶滅されてしまえばいいのです。

 科学文明に毒され尽くした今の日本の若者たちにとって、ペンを使って文字を書くことがどれだけ難しく慣れていないかを知らずに語る物知らずなエリート共は抹殺されるべきだと私は思う。

 

「はい、そうです。ここが【願いの祠】です。

 ま、魔王様がこの祠に来られたからには、きっと世界を支配する力とかが手に入れられると思いますよ! ・・・ですからどうか、ボクは殺さずに見逃してください・・・」

「要りませんって、そんな力!? あと私、魔王じゃないですって何度言えば伝わってくれるんですかねこの想い!!」

 

 そして、何故かは知らねど解けることなき『魔王設定』という名の不名誉な誤解。もういっそ叶えてもらう願いとやらはコレでいいんじゃないかと思えてきちゃいましたよね・・・。

 『願いの祠よ! 我が願いであるアクさんが私を魔王と思ってる誤解を解きたまえーッ!』・・・ギャルのパンティーよりもしょうもない願いの爆誕ですな。絶対にやめときましょうと今ここで固く決意。

 

「・・・と言うわけで、これより私たち二人の野良パーティーは『願いの祠』のダンジョン攻略し始めようと思っている訳なのですが・・・」

「あの・・・魔王様? 今言っていた言葉はどういう意味だったのでしょう? “野良ぱあてぃ”とか、“だんじよん攻略”とか・・・僕、無知だからよく分からなかったのですが・・・」

「気にしないでください、大人になれば分かることです。それより今は目の前にある願いの祠にあなた自身も入るかどうかを考えることに集中しなさい。それが貴女にとって一番の問題です」

「は、はい!」

 

 よし、誤魔化せましたね。このやり方はこの世界でも有りみたいです。今後は有効利用していきたいと心に決めつつも、少しだけ真面目にダンジョン攻略について思案も開始。

 

「端的に言って、現在提示できる選択肢は二つだけしかありません。この場に残って私の帰りを待つか、それとも一緒についてきて祠に入るかの、どちらかだけです。

 ・・・正直、私としては抜けたとはいえ森の前に女の子を一人置いていくのはお勧めしないのですが・・・」

「~~~ッ!!」

 

 折良く、ガー!ガー!と、怪鳥っぽいモンスターの鳴き声みたいなのが森の中から聞こえてきたためアクさんは怯えながら私の服の裾にしがみつくため急いで近づいてきて、

 

「・・・が、逆に貴女の話だとこの祠の中には先ほど倒した牛モンスター・グレルなんちゃらさんが封じられていたとのこと。もしかしたら子供とかそういうのが複数いるかもしれませんので、それでもよろしければついてくれてかまわな――」

 

 ズザザザ――ッ!!・・・っと、ものすごい勢いで近づいてきたときとは正反対の方角に急速後退していくアクさん。意外と現金な人でしたが、危機対処能力は高そうですね。少しだけ安心です。

 

「・・・ぼ、僕はここで魔王様の帰りをお待ちしています・・・。絶対に邪魔にしかならないでしょうから・・・」

「まっ、それが賢明な判断というヤツでしょうね。私も自分以外を守る系のスキルはあんまし習得してませんでしたし、もしもの時を考えるならその方がよろしい」

 

 なにしろ、ゾンビアタック上等で死に覚える前提の拳で戦うロリエルフなネタアバターですからねぇ・・・。

 死んでもゲームオーバーになるだけだったゲームだからこそ面白いで済んでた構成でしたけど、ゲームが現実になってしまったゲームオーバーが即死につながるデスゲーム状態な今となっては不味すぎる構成ですわ。割と本気でレベル1から育て直してぇー・・・。

 もしくはネタじゃない方のアバターに取り替えてくれるだけでも可、です。

 

「何かあったときは大声で叫んで助けを呼んでくれたら急いで帰ってきますので、ご遠慮なくね? では行ってきま~す」

 

 ヒラヒラ片手を振りながらダンジョン内へと潜っていく私、拳で戦う物理特化のモンクエルフなナベ次郎、見た目幼女ッス。

 

 

 

 

 ・・・アクさんを入り口に残し、私が一人で祠の中に入って奥へ奥へと進んでいくと、だんだん陽の光が届かなくなっていき内部の景色は薄暗闇に沈み始めていきました。

 どうやら照明装置の類いは設置されていない類のダンジョンみたいですね。なんと言いますか、旧世紀におけるレトロゲームを彷彿とさせる光景がなんともリアルで童心に返りそうになってる自分を自覚させられますよ。

 

 初代『ドラゴンクエスト』「たいまつ」持って洞窟に入るのが当たり前だったんですよねぇ~、たしか。ダンジョン内に入った途端に外と同じ明るさに包まれるのが常識となった今のRPGでは考えられない不便な仕組み。個人的にはアレは好きだった私としては思わず鼻歌交じりに祠の中をスキップしたくなるのですけど、実年齢故に自制します。

 いい歳した男性がロリエルフアバター使ってゲーム内(っぽい世界)でスキップ移動とか、下手しなくてもシャレにならん。

 誰も見てないとはいえ壁に耳あり障子に目あり、肩にフェアリーありです。妖精さんには気をつけましょう。RPGだと結構不意打ちで序盤に登場してきますのでね。

 

 ――と、思って警戒してたのですけれども。

 

「・・・やれやれ・・・。洞窟の中で待っていたのは、妖精さんではなく、人の死体パターンでしたか・・・。そりゃあ、“しかばねぇ(屍)”ですな」

 

 ――うん、つまらん。帝国の魔道師ケフカ並につまらんこと言っちまいましたわ。

 やっぱ不意打ちで“こんなモン”見てしまったせいで動揺してんでしょうな私もさすがにこれはちょっと・・・。

 

 洞窟の奥まできて私が見つけたのは、宝箱とか伝説の聖剣とかいったアイテムではなく、人の死体でした。それも沢山です。

 黒いローブを身にまとった男性たちが血まみれの死体となって大勢倒れており、大きな爪で体を裂かれたようなものやら、細切れになった体の一部やら、黒焦げになった死体やら、それらが流した大量の血が時間経過で固まってこびり付いていたりと、パッと見だけで全員死んでいることが一目瞭然な死体たちです。オエッ。

 

「・・・さっきから変な異臭がしているなぁーとは思ってましたけど、まさか本当に人の死体だったとはねぇー・・・。

 まぁ、アンデット化して襲いかかってこない分だけRPGっぽいファンタジー世界で出会った死体たちとしちゃマシな方なのかもしれませんけれども・・・」

 

 コレ全部が立ち上がって「腐った死体」とかになられた場合、ロリ巨乳のネタエルフアバターの見た目度外視して吐きまくれる自信が私にはありましたので、コレは結構切実な問題でした。

 2Dだと普通に受け入れられた仲間モンスターシステムで連れ歩ける「腐った死体のスミス君」・・・彼もよく考えてみるとリアルで同じように仲間にしたいとは絶対思えない相手でしたからねぇー。昔のゲームはよく考えられていたものだと思いますわ。

 

 まっ、レトロゲームの素晴らしい思い出に浸るのは後回しにするとしまして。

 

「ひとまずは、疫病発生を防ぐために焼却処分しませんとね。《炎焼拳》」

 

 ゴォッ!!と、右手の拳を前へと突き出す右ストレートで炎の弾丸を発射させるモンクの中距離攻撃用スキル《炎焼拳》を放ち、放置しておいたら腐乱して疫病を発生させるもとにしかならない人の死体の山たちを一つ残らず焼却処分して荼毘に付させて頂きました。

 

 《炎焼拳》は、基本的に接近戦特化の職業であるモンクが習得できる数少ない投射攻撃スキルであり、突き出した拳から火の玉を発射させる《波動拳の火の玉バージョン》もしくは《ヨガ・ファイヤー》とも言えなくもないスキルであり、攻撃力もまぁ・・・その二つと同じぐらいのスキルですよ。所詮は接近戦特化のクラスですのでね?

 もっとも、HPが0になったからこその死体。普通に燃え移って、燃え広がっていきながら燃え尽きてくれそうなので一安心ですよ。

 

 そして、あらかた燃え落ちたのを確認した後、群がる敵を風を起こす蹴り技で吹き飛ばすモンクのスキル《烈風脚》を使用して空気も換気。これでもう安心。視覚的にも衛生的にもクリーンで人に優しい黒魔術の儀式現場跡を造り出すことができました。

 

 フフフッ・・・所詮はアンデット化してもいない《ただの屍》では、防御する手段などありはしますまい・・・まるで人だった物がゴミのようです――――

 

 

 

【なるほど―――確かに“魔王”であr―――】

 

 

 

「今、そのあだ名で私を呼ぶんじゃねぇですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!」

 

 

 

 ズボガンッ!!!

 

 

 

【ぐぶべぇッ!?】

 

 

 

 ―――はっ!? や、ヤバい! ヤバいです! つい油断して厨二病を発生させてしまったところを見られたと思って、恥ずかしさから条件反射でモンクが使える最高ランクの物理攻撃系スキル《旋風飛び膝蹴り》を叩きこんでしまいました!? 当てちゃった人まだ生きていますかね!? 大丈夫ですか本当に!?

 

「ご、ごめんなさい・・・っ! 私としたことがついうっかり油断しちゃってました! 悪気はなかったんですが・・・大丈夫でしたでしょうか・・・・・・?」

【・・・あ、ああ・・・大事ない。元より尽き欠けていた我の命の灯火が、今の一撃で最後の会話をする分すら奪われ尽くして今すぐ消え去るようになっただけのこと・・・遅いか早いかの違いだ。気にしなくてよい・・・】

「い、いやそれ多分、めっちゃ気にした方がいい問題だと思うんですが・・・ううう、加害者の身としては強く出られないところが恨めしい・・・」

 

 今風の若者らしい犯行動機『ついカッとなって』で飛び蹴りくれてしまった先にいたらしい、《しゃべる石像さん》に私は力ない声で抗弁しながらソッと視線をそらして、見えてしまったソレが視界に入らないよう視点を調整しながら石像さん曰く「最後の会話」とやらに付き合うことにさせて頂きました。

 だから私は見てません、見えてもいません。・・・顔の顔面が半分だけなくなってヒドい状態になってる女性を象ったらしい石像さんの顔の傷跡なんて私は見ていないのです。

 それでも私はやってないし、見てもいない。絶対にです。

 

【・・・本来なら、最後の来訪者となるお主には願いを叶えることは出来ずとも、その代わりになりえるアイテムと、幾ばくかの事情説明を語ってやろうと思っておったのじゃが・・・それももはや叶わぬ余命しか残されてはおらぬようじゃ。我の命数の少なさを許してほしい、魔王よ・・・】

「は、はい・・・。あの・・・もしかしなくても、怒っておられます?」

【・・・・・・怒ってなどおらぬ。全く怒ってなどおらぬ故、安堵するがよい魔王よ・・・】

「い、いやでも明らかに口調が―――」

【怒っておらぬから安心するがよいと言っておるぞ、魔王よ】

「・・・・・・はい・・・・・・そっスね・・・」

 

 ――いや、明らかに怒ってるじゃん・・・なんて言えねぇー・・・。絶対に言えねぇー・・・。

 ついカッとなってで老人の石像に蹴り入れちゃって、ただでさえ残り少ない寿命削り取った加害者の立場に罪悪感抱いてる側としては死んでも言えねぇー・・・。言える人間になれば楽になれると知っていたとしても私にゃ絶対言えるわけがありません。

 クソゥッ! 気にしてること言われたら反射的に殴ってしまう悪癖もちのくせして罪悪感が行動には影響しない昔の作品の主人公たちは、こういうとき羨ましいですなぁーオイ!

 あんな主人公特権を行使しまくった考え方は、私には一生できそうにないからな! 図々しすぎるにも程がある!

 

【・・・今まで我も幾多の願いを叶えてきたが・・・、おそらくはコレが最後になるであろうと思っておった・・・。それが叶えられぬのは残念じゃが是非もあるまい。

 この場所を訪れた者の願いはすべて叶えてきた我が、最後に訪れた者に何物も残すことなく逝かねばならぬは無念の限りであるのだがな・・・・・・・】

「は・・・?」

 

 つい、罪悪感に夢中になって聞き流してしまいそうになっていた私でしたけども、石像さんの言葉の中に聞き流せないものを反射的に感じ取ったのか現実復帰。

 あらためて確認のため相手の言葉に耳を傾け傾注しながら、崩れ去ろうとしている彼女の言葉を一言一句ちゃんと聞いて理解しようと努めながら。

 

【・・・我とて、元は白き姿であった―――長きにわたる、人間たちの邪悪な願いがこの身を変えた・・・。

 我にはもはや何も送ることはできぬが――お主の願い、叶うことを祈っておるz―――】

 

 

 

 

「いや、そりゃそうなるでしょ普通に考えて。

 こんな薄暗い洞窟の奥深くに来て、石像に祈るだけで願いを叶えてもらおうとか考えている人たちの願いが邪悪なのは、当たり前すぎる結果なのでは?」

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

【・・・・・・・・・あれ?】

「・・・・・・あれ? え? 崩れ去るの止まってる・・・?」

 

 

 なんか、サラサラ崩れ落ちてく途中だった石像さんが、中途半端なところで崩壊停止しちゃったんですけど・・・これどうすりゃいいのでしょう? 一時停止押されちゃったから再生ボタン押して――死んじゃうだけじゃん。

 ダメすぎる選択肢しか思い浮かばない私、ゾンビアタック上等で死に覚えが基本のネタアバター・ナベ次郎。特攻して蘇らせてもらったらまた特攻がバトルスタイル♪

 

 ・・・よく考えてみたら、自分自身が一番死体でしたわ・・・。脳ミソ腐った死体でしたわ・・・。

 だからこういう時、役立たないんですね。私の使っているネタアバターの役立たず。今すぐ本来使っていた本命アバターに戻しなさーい。

 

 

【・・・そうか、なるほど・・・確かに言われてみればその通りだ・・・。何故気がつかなかったのだろう・・・。我ももう歳であったということかな・・・】

 

 あ、またなんか再生し始めましたね。崩れ去り再開です。

 あんまし再生しなくてもよかった気もしますけど、中途半端な状態で未来永劫止まったままなのもちょっと不味かったのでイイっちゃイイ結果なのかもしれません。

 

 ぶっちゃけ―――結構ヒドすぎる姿で途中停止していました故に。

 

 

【・・・我はそうか・・・。始まりの根底からして間違えておったのか・・・、たしかにそれでは、途中からどう弄くろうともどうにもならぬ・・・。最初のボタンをかけ間違えた時点で我の願いこそが、間違っていたのだから是非もなし・・・・・・】

 

 最後に残った白い砂山みたいになりながら彼だか彼女だかが残した最後の言葉。

 

 

【・・・・・・ああ、確かに。これでは本当に――――――――】

 

 

 そして、声は途切れて。

 

 

 

 

 ――――――――仕方のないことだったのだな―――――――――――

 

 

 

 と、どこからともなく風に乗って声が流れてきたような気が私にはして、でも気のせいかもしれなくて。要するに、よく分かりません。

 

 

 とりあえず私にわかる確かなことは一つだけです。

 

 

 

 

「で、私はこれから何をどうすりゃよろしいものなので?」

 

 

 異世界に飛ばされてエルフになってて、冒険開始した直後に訪れた願いを叶えてくれる祠の中でじゃべる石像と出会い。

 

 ついカッとなって攻撃してしまったせいで、助言も得られずアイテムももらえず、状況説明すらしてもらえないまま、何一つ来た意味ないまま終了してしまった異世界転して移最初のダンジョンイベント。

 

 

 要するに。

 

 

「・・・『ロトの洞窟』と同じくらい無駄足になるダンジョン化しちゃった訳ですねー、この祠って・・・」

 

 

 モンスターは現れず、武器や防具が眠っているわけでもない、ただ勇者の先祖が子孫に残したメッセージが読めるだけの無駄足ダンジョン・ドラクエⅠに出てくる位置的には最初にいける『ロトの洞窟』「たいまつ」だけ無駄に一本消費させられる存在です。

 

 

 ・・・本当に来る途中にアクさんから手に入れた情報だけが得られる全てになるとは思ってませんでしたわ・・・・・・ヨソウガイです。

 

 これからどうしましょう? いや本当に真面目な話として。

 マジに私は、どこでどうすればいいのやら・・・・・・。

 

 途方に暮れるネタエルフナベ次郎をロールすることだけが今の私に出来る全てな状態異常でありまするぅぅ~・・・(ToT)

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第4章

少しぶりの更新となります。実は風邪を引いてしまいまして…書くのに時間がかかっている次第。普通に風邪みたいですので安静を優先して養生しておりますので他の作品の更新は今少しお待ちくださいませ。


 ――前回までのあらすじです。配信サービスが終了する最後に日にMMORPGをプレイしてたら、使っていたPCの体とステータスを与えられて見知らぬ異世界に転移して森の中で目覚めるお約束展開に巻き込まれた私、ネタアバターの肉弾戦ちびっ子エルフのナベ次郎でしたが。

 最初に訪れた冒険のヒントとかがもらえそうな祠の中で、ついカッとなって御神体みたいな人の顔面を半分吹っ飛ばしてしまったり、大量の死体を焼却処分しちゃったりと色々やった結果、なんか教えてもらえるイベントがありそうだった場所で何一つ手に入らないままダンジョン攻略を終える羽目になってしまったのでしたとさ―――

 

 

「・・・う~ん・・・。さて、この状況をどう説明したものでしょうかね・・・? 明らかに何言っても言い訳にすらならないような気がビンビンしてるのですけれども・・・」

 

 腕組みながら自分が入ってきた祠の入り口目指して歩を進めながらも、知らず知らずのうちに歩む速度を遅くしちゃってる自分に気づかないフリしながら私は一人つぶやいて高くもない天井を見上げておりました。

 

 取り繕うため、今モノローグ調にして思い出してみた直近の過去内容は自分でもビックリしてしまうほど衝動的で発作的で後先考えてない、現代日本で流行っている若者の犯罪の典型例パターンに満ちあふれているものばかりな気がして・・・・・・もの凄ーく恥ずかしさと後ろめたさが一杯になってしまいアクさんに顔合わせづらいことこの上ない心境になってんですけども本当に・・・・・・。

 

「いっそ、このまま旅にでも出てしまいましょうかね・・・」

 

 フッと、昔の映画とかで主人公がよくやってたニヒルな笑い方と現実逃避願望丸出しのセリフとを、無意味と承知でそのまんまロールしてみる私。

 実際問題、旅立たざるを得ないんですけどね今の私って。だって今、不法入国者状態ですからな。国籍、所属、親兄弟身よりもないけど、チートだけは昔天使が封じた牛悪魔さんをブチ殺せるぐらいにはあるという――どこの誰が放置しておけるんだ、この危険人物クラスの人間じゃなくてエルフなので旅立たなければ色々とヤバいのですよ。なんかこう、全方向的に迷惑かかりまくりそうな存在ですからさ。

 

「とは言え、アクさんに事情説明しづらいことしか、してこなったのは確かな事実。どう言い訳して取り繕ったものでしょうかねー・・・」

 

 そうつぶやいて溜息をつく私。なんか母親にイタズラを知られて怒られたくない子供の思考と似たレベルのこと考えちゃってる気がしますけど、見た目的には合ってるから問題なしです多分。ナベ次郎は肉弾特化のちびっ子エルフ。年齢は知りません。

 

 ――と、思っていたところ。

 

 

「あ、おかえりなさい魔王様。どうでした? なにかお願いして叶えてもらえましたか?」

「ぐっ、はッ!?」

 

 い、いきなりピンポイントで攻撃されてくるとは・・・意外とやる人ですねアクさんは・・・。ナベ次郎の弱点属性を突いた特攻武器による見事なまでのRPGにおける基本的な戦い方です。

 ナベ次郎にも是非見習ってほしいほどでしたね。基本的に『二人殺して死ねば黒字』で突っ込んでって特攻して死んで生き返って、また特攻して死ぬ以外の戦い方をしたことがあんましないアバターでしたからねー、コイツって。

 

「そ、それはですね・・・・・・」

「それは? なんでしょうか魔王様? 何をお願いして叶えてもらったんですか?」

「それは・・・・・・それはともかくとして!!」

 

 超無理のある強引すぎる誤魔化し方で、無理矢理にでも話をそらして無かったことにすると決めた私に迷いはありませんでした!

 特攻ヤロウは一度特攻すると決めたらまっすぐ進んでく以外に進む道が見えなくなるものなんですよ! 後は野となれ山となれ! 時代の徒花でも汚い花火でもなんとでも呼ばれる存在になれい! 吹っ飛んだ後の特攻ヤロウには関係ないのですからね!!

 

「人もエルフも大事なのは今日までの自分が何をやってきたかではなく、今日からの自分が何をして生きていくかです。過去にこだわってばかりで明日を夢見ないもに勝利はありません!

 生きてこそ得ることのできる栄光を、その手に掴むためにも今日の敗北を受け入れて明日の糧にすることこそが必要不可欠なのです!!」

「お、おおーッ!! なんだかよくわかりませんけどスゴいんですね! 魔王様は本当に!!」

「HAHAHA、それ程でもあるわけですが――」

 

 フゥ・・・なんとか誤魔化せましたか・・・。予想以上にチョロすぎる子供が相手で助かりましたけども、このキラキラした純真お目々で尊敬のまなざし向けられ続けてるとなんか痛くもなってくるんですよね。主に心が・・・。

 これが老人故の罪悪感ですか・・・。認めたくないものですねぇ、自分が歳をとって汚い大人になってしまったのだという現実というものは。

 

「ま、まぁそれはともかくとして。――アクさん、このあたりに大きな町とかはありますか? できれば人と情報が多く集まりそうな商業都市なんかがありがたいんですけども」

 

 ゲーム内の情報はNPCに聞け。RPGの基本にしたがって、ひとまずは情報収集からです。・・・なにしろ初っぱなから世界の根幹にまつわる情報とかくれそうな重要イベントのキャラっぽい御神体をぶっ壊しちゃった身ですのでね・・・。何かしら調べとかないと本気でどうしていいのか分かんにゃい・・・。

 

「それでしたら、聖光国の神都でしょうか?」

「そこで構いません。お礼はしますので、地図を書いていただくことは可能ですか?」

「えっと・・・」

 

 そこで少し躊躇いを見せてからアクさんは、私に向かって「ま、魔王様!」と大きく叫びながら頭を下げてきて、

 

「ぼ、ボクも一緒について行っちゃダメですか!?」

「?? あなたも一緒に付いてきたいのですか?」

「だ、ダメでしょうか・・・? その・・・生け贄に出されたのに、また戻って生活するわけにもいかなくて・・・」

「ああ、なるほど。確かに言われてみればそうですよねぇ」

 

 納得して、顎に指を添えてしばしの間沈思黙考。

 

「――ま、いいんじゃありませんかね? 私は付いてきてくれても一向に構いませんよ」

 

 そして三秒後に結論到達。選択肢を選んで回答する私、脳筋特攻エルフのナベ次郎。

 基本的にステータスの余りは知力や賢さよりも運の良さに割り振っていたタイプのアバターなので深く考えるのとかあんまし得意ではないというか好みじゃないのです。

 考えるより先に特攻。そして玉砕して復活させてもらってゾンビアタック。それがナベ次郎流の戦い方でしたからな。・・・つくづく【ゴッターニ・サーガ】がデスゲーム化しないで良かったなーと思わなかった日は当時なかったぐらいですよ、今思い出してみた過去話ですけれども・・・。

 

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

「お気になさらずに。【旅は道連れ世は情け、人生楽好き苦は嫌だ】と昔の人間の偉いお爺さんが言ってたくらい人が一人で生きていくのは辛いものなのが世間様の風当たりってヤツですからね。気持ちは分かりますし、どうかお気になさらないでくださいませな」

「そ、そうなんですか・・・。やっぱり魔王様の住んでた世界の人たちは言うことが何というかこう・・・天使様が言ってらしたこととは全然違うんですね・・・」

 

 あれ? なんか間違ってましたっけか私の記憶って? おっかしいなー、そんな風なこと聞いた覚えがあったような無かったような、でもやっぱり無かったような気がしなくもないような・・・うん、全然覚えてませんでしたな私。うろ覚え知識で語って後に引けなくなったパターンの自爆特攻、乙~です。

 

「で、でしたら出発する前にボクの村へ寄ってもらってもよろしいでしょうか・・・? 少ないですけど持ち物があるので・・・」

「構いませんよ。どうせ遠くまで旅立つのですから、村一つ分までの距離が増えようが減ろうが大差ないですし」

 

 と言うか、そもそも聖光国までの距離もアクさんの村までの距離も位置さえ何一つ知りませんのでね。ナビしてもらいながら動くだけのカーナビ付き自動車もどきな今の私には、違いなどあっても無くても判りません。

 

「では、再び背中へどうぞ。何でしたら荷物運びも手伝いますが?」

「ええッ!? 流石にそれは恐れ多いというか、魔王様に悪すぎますよ!」

「お気になさらずに。・・・言っちゃ何ですが、その足の怪我してる子供に荷物持たせて歩かせる方がよっぽど精神的にくるものありますので持たせてもらった方が正直気楽なんですよね・・・」

「あう・・・。す、すいません・・・」

「いや、あなたが謝ることではないのですけれども」

 

 そんなこんなで紆余曲折あった末に、やってきましたアクさんの住んでる村に到着したみたいですね。

 

 

「あっ、魔王様。あの柵の向こうがボクの村です」

「ほう、あれがアクさんの住んでる村でしたか」

 

 私は感心しながら、自分の方から接近しつつあった彼女の指さす先にある小さな村を眺め回します。

 藁を重ねただけの安っぽい柵で周囲をぐるりと取り囲み、入り口には二本の拗くれた木がアーチ門の猿まねみたいにテキトーな縄で結ばれただけで立てられていて、中に入ればドアのない布で間仕切りしてあるだけの藁葺き家屋が一定数建ってるだけ。レンガ造りの家どころか粘土さえ使ってあるのか疑わしいレベルの村。

 

「――って、“コレ”本当に村だったんですか!? 誰も住んでいなくなって忘れられた廃村とかではなくて!? 正直人が住んでる場所には見えないぐらいボロすぎるんですけども!?」

「魔王様!? シーッ! シーッです!! 村の人たちに聞かれちゃったら怒られちゃいますよ!? 世の中には言っていいことと、言ってもどうにもならない事実があるんですから!!」

『ぐっ、はっ!?』

 

 ――あ、なんか驚きの余り衝動的に言ってしまった私の本音に、アクさんが慌てまくって思わず本音を言ってしまったのが聞こえたらしい村の人たちっぽい人数名が吐血してる姿が一瞬見えた気がしましたけど・・・まぁ別にいっか。

 どーせ年端もいかない子供に重労働押しつけた挙げ句、生け贄にまで出す人たちです。事情があろうとなかろうと私は気にくわないタイプの人たちなのでどーでもいいです。特攻エルフのナベ次郎は敵か味方かで特攻する対象を選ぶ以外に判断基準を持っておりません故に。

 

「あ、魔王様。ボクの家はこっちです」

「アイアイ・マム」

 

 ナビに従って舵を切り、自分よりも多少背が低いくらいの女の子をオンブしたまま村の中をちびっ子エルフの姿で(一応は速度を落として)早歩きし始めていた直後のこと。

 

 “ソイツら”は、家の一軒一軒から這い出すようにでてきたのでした――――

 

 

『・・・ヘッヘッヘ、ヘッ・・・・・・』

 

 子供を見下す瞳で見下ろしてきながら、妙に卑屈そうな暗い光を同時に宿したイヤラシい目つきと顔つきをした男たち数人が、その手に石を持ってお手玉みたいにポンポンさせながら登場してきたのです。

 

「おい、ゴミ人間。なんでここにいるんだぁ~?」

「まさか逃げ出してきたんじゃないだろうなぁ~?」

「しかも何だぁ~? 今度は亜人のエルフまで一緒に連れてきやがってよぉ~」

 

 分かり易く表現するならば、『格下のいじめられっ子を虐めて憂さ晴らししている』『年上のいじめっ子に虐められてる上級生のザコ小学生』と言ったところでしょうかねぇ・・・。

 自分と同格の相手たちの中では見下される程度のザコだから、格下の年下相手に強さを誇ってちっぽけな自尊心だけでも守ろうとしている形ばかりのプライドが逆に苛つかされるタイプの連中ですよ。

 

『ゴミ人間! ゴミ人間! ゴミ人間! ゴミ人間がぁぁぁっ!!!』

「痛いっ!? や、やめてください・・・ッ」

 

 挙げ句の果てに、この人数で子供二人を取り囲んでおいてやる行動は、遠巻きに石投げつけてくるだけという負け犬弱者の常套手段ですか・・・。まぁ、魔女狩りの時代とかには見せしめ目的でそういう処刑方法もあったとは聞いたことありますけど、この人たちのコレはどう見たって―――ただの【馬鹿ガキのバカ行為】です。いい歳した大人のやることじゃあありません。

 まったく・・・ここまでの醜態見せつけられたら逆に冷静にならざるを得なくなってしまって・・・・・・皆殺しにするの我慢するため全力出さなくちゃいけなくなって大変じゃないですか本当にもう。しょうがない人たちですねー本当に。

 

 とりあえず心を落ち着かせるため一服吸って、リラックス、リラ~ックスです。

 

「スパァ~~~~。・・・・・・ふぅ~~・・・・・・」

 

 あー、吸った吸った。スッキリしましたわ。とりあえず吸い終えたタバコを指先で弾いてピン、と。

 いや単に捨てる場所がなかったのでね? タバコの吸い殻入れぐらい用意しておいてくれると助かったのですけど、ないものは仕方がありません。

 

 それでも所詮は小さなタバコに付いた火です。たとえ藁葺き屋根の上に落ちたとしても、すぐに消化すれば一瞬で消し止められる程度にボヤ騒ぎにしかならないでしょうから、それで十分。その程度の騒ぎを見物できれば私の気は収まって、彼らの暴挙も事情があるからと許すことができるはず―――

 

 

『ゴミ人間めが! そぉぉぉらよッ!!!』

 

 ポトリ。

 

「【炎焼拳】レベル6です」

 

 

 ゴォォォォォォォォッ!!!!!!

 

 突き出した右手から最大火力の炎を放って、タバコが落ちた先にあった家を丸々焼き尽くし。

 音と炎の焼ける匂いに驚き慌てて飛び出してきたらしい村に住んでる他の人たちも集まってきて、口々になにか言い立ててくるのを他人事のように聞き流しながら、アクさんからは呆然としたような瞳で見上げられながら、私はまた一本シガーレットケースからタバコを取り出し口に咥えて一本吸いながら、彼らからの疑問の声にようやく答えてあげる気になれた訳でありましたとさ。

 

「な、なんだお前は!? まさかグレゴールの手下なのか!?」

「ああ、失礼。自己紹介がまだでしたね。私の名前は・・・・・・」

 

 そしてまた一本タバコを吸い終えて吸い殻弾いてから家燃やして。

 

 

 

「魔王様です。魔王様なので魔王らしく、人間界の人間たちを蹂躙しながら町や村を焼いて根絶やしにするためやって参りました。

 抵抗するだけ無駄なので大人しく死んでくださいとか言ってみましたけど、嘘ですから。できるだけ頑張って無駄なあがきの抵抗をしてみてくださいね?

 コレでも一応は魔王様なので、抵抗する弱敵を虫けらみたいに踏み潰しながら進んでいかないと魔王らしい活躍ができません。そう思われるでしょう? 貴方たちも。ねぇ? 被害者の人間の村第一号に住んでたせいで魔王の生け贄にされた皆様方♪」

 

 

 うん、やっぱ許せなかったんで思いっきし脅しまくって憂さ晴らししてから許してあげることにしますね☆ 魔王と呼ばれたからには一度はやってみたかった『ブタは死ねぇ!!』の狂った最強戦士な王様に、今日の私はなるのを目指す!!!

 

つづく

 

 

オマケ『次回で使えたら使いたいギャグ予告』

 

『ま、魔王!? 魔王だって!?』

「えぇ!? やっぱり魔王様は魔王様だったんですか!?」

 

 ――なんか守ってあげてる外野から予想外のツッコミが来てる気がしますけれども! 今はそういう雰囲気の時じゃないんで怒るのか間違い修正とかは後にしますね!!

 この雰囲気のシーンでそれやるのは流石にマズいと私でも判ってしまうレベルの愚行ですよ本当に!

 

 

 

『こ、この村には手を出さないでくれぇ! 生け贄は差し出したはずだろぉ!?』

「さて、何のことでしょうね? ひょっとしなくても、グレゴールが勝手に約束しちゃってたとかいうお遊びのことですか?

 生憎と、グレゴールは私の部下の一匹に過ぎない小物モンスターでしてね。本当の名前は【魔王の手先】という程度のザコです。あんな小物と交わした約束なんて魔王様が守ってあげる理由はありません」

『ぐ、グレオールが小物!? そんな・・・そんなバカな!?』

「本当ですよ? 考えてもみなさい。“可愛くて小さな女の子を生け贄に差し出せ”なんて変態みたいな要求してくる魔物が、そんなに大した存在のはずないでしょう!?」

『そ、それは・・・・・・確かに!!』

 

 納得するのかよ。しちゃうのかよ。

 言っておいてなんですけど、存外に物わかりが良すぎて逆に困ってしまうタイプなような気がしてならなくなってきたアクさんの村の腐った住人な方々。

 ・・・そういや正式名称なんて言うんでしょうね、この村って。

 

 

*尚、アクちゃんへの投石攻撃はナベ次郎が即座に《チャクラ》で回復してましたから事実上ノーダメージでした。そのために近くで立ってましたんでね。



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気分転換用のネタ集

最近どうにも上手く書けない自分を自覚して苛立ってるみたいでして…気分転換が必要かなと思って色々書いてる最中なのですが、最後まで書きあがることがほとんどありません。そこらへんが最近の不調と関係してそうな気がしております。
少し換気したくなりましたので書き途中のを何個かまとめて投稿させてくださいませ。


【正史の方が好きで演義は読んだことない私が主役の恋姫無双】

 

「――つまり・・・」

 

 私は供された茶の残りをすすって一息ついて。

 

「貴女たちは、国が腐敗して世が乱れ弱き人々が苦しむ姿を見てられないから世直し旅に出たけれど、状況が悪化しすぎてしまって三人だけでは救いきることができなくなってきている・・・という訳ですか?」

 

 確認のため問いかけた質問に、机の対面に座ってこちらを見ていた三人はそれぞれの個性に合わせた真剣な表情でうなずきを返して肯定し、“今朝この地に着いたばかりでなにも知らない”『異世界人の私』に向かって自分たちが置かれた状況を事細かに説明してくれたのでした。

 

 ・・・ある朝、目が覚めたら現代日本とはとても思えない広大な大自然の中で一人だけで横になっていた私は、なにが何だかよく分からない間にチビとおデブさんとノッポさんの三人組の盗賊団っぽいのに襲われてしまい、そこを前に座っている三人組に助けていただいて町まで連れてきてもらって食事を出してもらいながら彼女たちの事情について教えてもらっていた次第。

 その彼女たちの名前をそのときになって聞かされて、驚愕したのはつい先ほどの出来事。

 

 

 【劉備】【関羽】【張飛】の三人組―――

 

 

(三国志じゃん・・・・・・)

 

 現代日本に生まれた者なら誰もが一度は名前を耳にしたことがあるでしょう、ゲームでもアニメでも大人気な古代中国を舞台にした一大戦記モノ『三国志』

 その中でも特に主人公格として人気が高いのが、この主役お三方。

 その彼らが“彼女たち”となって、今私の前で私に向かい、『自分たちの旗頭になってほしい』と頼まれに来ている訳なのですが・・・・・・。

 

 とは言っても。

 

(そもそも、“三国志そのものを読んだことない”ですからねぇ~私って・・・・・・)

 

 

 誰でも知ってるくらい有名だから知っていた。だけど三国志という本自体は読んだことが一度もない。

 興味なかったわけじゃないんですけど、ヨーロッパ史の方が性に合っていたから今んところノータッチだった私であります。ぶっちゃけ、横山光輝先生の『三国志』も名前だけしか聞いたことないですからね本当に。

 

 一応、『正史・三国志』の方はゲーム雑誌とかに載ってる「史実での彼らは・・・」的な紹介文に載って多分だけ読んだことあるんですけど、後は知りません。

 

 

「さっきも説明した通り、私たちは弱い人たちが傷つき、無念を抱いて倒れることに我慢が出来なくて、少しでも力になれるのならって、そう思って今まで旅を続けていたの」

 

 ピンク色の豊かな髪をした真面目そうな、それでいてどこかノンビリした印象もある穏やかな感じの美少女は【劉備元徳】さん。

 またの名をと言いますか、本当の名と書いて“真名”とやらでは【桃香】さんと言うそうです。

 

「でも・・・三人だけじゃもう、何の力にもなれない。そんな時代になってきてる・・・」

 

 そう言って、悲しそうに目を伏せる彼女の姿からは真摯に民のことを思って苦しみ悩む聖君タイプの清廉さが滲み出ているかのようでした。

 

 ――正史だと、『儒学者のもとで学んでいたが学問はさっぱりで、派手な衣装に身を包み女の子たちを遊び、伊達者を気取って任侠の徒たちと親しく交流していた』とされているらしい、「アニキ」的な印象を抱いていた人だったんですけどね・・・。

 『三国志演義』の方では、こちらがデフォルトなのでしょうか? それとも演技をもとにして描いたらしい『横山光輝の三国志』だとこういう風に人格改変されてる設定だったのでしょうか? 見たことないので判りません。

 

「官匪の横行、太守の暴政、・・・そして弱い人間が群れをなし、更に弱い人間を叩く。そういった負の連鎖が強大なうねりを帯びて、この大陸を覆っている」

「三人じゃ、もう何も出来なくなってるのだ・・・・・・」

 

 劉備さんに続いて、黒髪巨乳でサイドテールの関羽さん。真名【愛紗】さんと、ロリで元気っ子な自分の名前よびキャラの張飛さん。真名は【鈴々】さんがそれぞれの性格による感想を口にされます。

 

 この二人に関しては直接は載ってる巻数を見れなかったので、間接的評価になりますけれども。

 関羽さんの方には特にこれと言って違和感は感じられませんでした。質実剛健でいかにも武人で豪傑な人って感じです。

 尤も、これから見えてくるときがあるのかもしれませんけどね。その時になってみないことにはなんとも言えません。

 張飛さんの方は・・・・・・すいません、たぶん言わない方がまだマシな類いの知識になっちゃいますけど、【演義】の方では彼(この世界だと彼女)の役どころだった『役人めった打ち事件』が実は劉備さんがやったことだったという程度の知識しかないです。全然知らない人なのですよ、ホントーにごめんなさい。そのぶん先入観なしで評価しますので許してください。本気ですみませんでした!

 

「でも、そんなことで挫けたくない。無力な私たちにだって、何か出来ることはあるはず。・・・だから本庄様!」

「え? あ、はい」

 

 罪悪感で胸いっぱいだったところに、いきなり叫び声を上げられて名を呼ばれ、一応話の内容だけは聞いていた私は劉備さんに目を合わせて返事を返し。

 

「私たちに力を貸してください!」

「・・・・・・どゆことですか? それって・・・」

 

 意味が分からず訪ね返した私に、三人の歴史に名だたる英雄様たち(未来形)は懇切丁寧に事情を説明してくださいました。

 

「我ら三人、憚りながらそれなりの力はある。しかし我らに足りないものがある。・・・それは」

「名声、風評、知名度・・・・・・そういった人を引きつけるに足る実績がないの」

「山賊を倒したり賞金首を捕まえたりしても、それは一部の地域での評判しか得ることができないのだ」

「そう。本来ならば、その評判を積み重ねていかなければならない。・・・しかし大陸の状況は、すでにその時間を私たちにくれそうにもないのです」

「一つの村を救えても、その間に他の村の人たちが泣いている。・・・もう、私たちの力だけじゃ限界が来てるんです」

「なるほど・・・」

 

 だからこそ、今民草の間で噂になってる“天の御使い”っぽく見える未来人だか異世界人を客寄せの広告塔として神輿に使わせて欲しい、とそういう内容のお願いだったわけですね。

 

「そういう事でしたら、どうぞご自由に使っちゃってくださいませ。どんな風に使われようとも私から文句を言うことだけはあり得ませんので気楽にどうぞ」

「い、いいんですか!? ・・・いえ、私たちにはありがたいですけど本庄様にとって迷惑なんじゃ・・・」

「別に? どうせ他人がつけてた名前ですし、それで私がどうこう変わるわけでもありませんのでご自由にどーぞ」

 

 もともと自分が知らない間につけられてた呼び名で、しかも自分のことなのかどーかもよく分からん名前なんてどう使われようと興味ないですし。人助けのために使ってもらえるのなら名前の方も光栄でしょうし、箔も付くことでしょうよ。

 

 ついでに言えば、ぬるま湯に頭の先まで浸かって生きてきたような現代日本人の私に、彼女たちの頼みを断って置いてかれたら野垂れ死にするしか道はないですからね・・・。死ぬよりはなんだってマシです。他人の名前使って生き残れるなら、これほど嬉しいことはありません。名前の方にも後でお供え物しとくの忘れないよう気をつけよーと。

 

「それで最初はどこに向かわれる予定なのでしょうかね?」

 

 

 

【常識を貫く私がチートな大貴族の娘に転生させられた話です・・・】

 

 地球には現在、六十億人の人間が暮らしていると言われている。

 だが、そのほとんどの人々は平凡だ。特別ではない。

 自分の代わりはいくらでもいて、地を這いながら空を行く鳥を見上げて、夜空に輝く星を掴みたいと手を伸ばす。――それが決して届くはずがないと承知の上で。

 

 だからこそ世の中に転生チート物のラノベは受け入れられやすいのであろう。

 地球では平凡でしかない自分でも、異世界に行ったら換えの利かない唯一無二の特別な存在になれるという異世界チート転生物は、人なら誰しも憧れを抱く夢を叶えてくれるドリームマシーンなのだから。

 

 ・・・が、しかし。

 特別な存在に憧れを抱く人間誰しもが、『自分も特別になりたい』と思っているとは限らない。中には特別な才能を与えられなかった自分に安堵している者たちもいる。

 

 それは『平凡なのがいい』などという謙虚な思いから来る言葉ではない。

 『普通が一番』などといった傲慢極まる尊大な見下しの主張でもない。

 

 それは『自分が特別な才能を与えられても、彼らのようになれたとは到底思えない』という、リアリズムに満ちた自己客観視から来る自己評価。

 特別な人たちに対する憧れから、彼らを正しく理解させて自分の至れら未熟さを痛感する。・・・そういう人間もたまにいる

 

「チートを与えてもらっても驕り高ぶるだけで逆効果でしょうから、結構です」

 

 そう言って、自分のミスから死なせてしまったお詫びに異世界転生と転生特典を選ばせてあげようとした転生の神様からのチートを謝絶してくる人間も、ホントーに極々たまにはいるものなのである。

 

 そして、この手の人間は往々にして気付かない。

 自分の“そういう所”が神々の目には『英雄の兆し』として見られやすい当たり前の現実に・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「セレニアよ。お前も今年で十五歳。王都の魔法学院に入学する歳になった」

 

 お爺様が私にそう告げてきたのは、家族そろって夕食のときでした。

 

「お前も知ってのここと思うが、この国では十五歳になった貴族の子弟は男女の別なく王立魔法学院に入学して将来のために魔法を学ばなければならん決まりがある。

 魔法学院は貴族の権威を一切認めておらず、完全実力主義であり、校内で権力を振りかざす者には厳罰が下されることが王命によって義務づけられておるが・・・言うまでもなく、こんな決まりは只の方便。

 そもそも神から授かった魔法が使える者だけが貴族に叙されている時点で、魔法学院が貴族子弟の社交場に過ぎぬことは一目瞭然じゃ。

 故に、セレニアよ。くれぐれも言動には気をつけるようにな? 貴族共に普通の常識は通用しない。貴族社会のみのローカル常識こそが貴族として生きる道であると心得て明日からの魔法学院生活を楽しんできなさい」

「・・・お爺様・・・」

 

 私はスプーンを置き、スープを飲む手を止めて溜息を吐くと相手の顔をジッと見つめて厳かだと自分では信じる口調で静かに、そして責めるように強い態度でお爺様の主張に非難を浴びせました!

 

「・・・そう言うことは、もっと早めに言ってくれませんかね・・・っ。私、明日が十五歳の誕生日で、反骨心旺盛すぎるのが悩みの種な生意気すぎる若造に育っちゃってるんですけれども・・・!!」

 

 

 激しく祖父を睨み付ける私の名前はセレニア・ショート。アルフォード王国に仕える大貴族ショート公爵家の令嬢です。

 私には生まれつき特殊だった要素が三つありました。

 

 一つは地球という別の星にある日本という国で生きて死んだ別人としての記憶を持つ転生者と呼ばれる存在だと言うこと。

 二つ目は、記憶を持ったまま生まれ変わる際に転生の神様から『チート』という名の高すぎる魔力を与えられて(押しつけられたとも言いますけれども)生まれてきたと言うこと。

 

 そして最後の三つは、『前世においてどうしようもなくクズな人生を送ってしまった自分を憎んで、少しでもマシな人間になろうと怠惰や傲慢さを嫌悪する心が人一倍強く育ってしまった』こと。

 

 この三者の内、前二つはお約束だから良いとしても最後の一つは立場によっては大問題に発展する恐れを孕んだ超厄介ごとなのは言うまでもありません。

 

 今の私は、自分が何も成せていないのに偉大なる先祖の名を騙ることは虎の威を借りた小物に過ぎず、誰かを蔑むことで自らを偉く見せようとする権威主義は虚仮威しの張ったりとしか見ることが叶わなくなっており、相手が下なら自分は上とか言う子供っぽい二元論には分かり易い溜息しか出てこない性格になっており。

 

 ・・・要するに、これ以上ないほど貴族らしい貴族と相性悪すぎると言うことです・・・っ。

 なんでこんなのを貴族子女だからって理由だけで入学させようとしてんですか・・・! この国の政治家たちはバカ共ですか!!

 

「いやー、スマンスマン。あんまりにもワシら好みの性格と価値観しとったから直し忘れてたんじゃわい。そう言えば今年セレニア15歳だったな~、15歳になったら王都の魔法学院通わせる法律あったような気がするなーと、昨日思い出したものでな。後のフェスティバルじゃったのよ」

 

 昨日!? 前世の話なんでよく覚えてないですけど、入学準備とかって一日半で出来ちゃうもんでしたっけ!?

 

「まぁ、別に良いではないか。

 ワシら夫婦は、いざという時に民草を守って死ぬのが貴族の勤め、貴族はその時の為に平時から農民に養われとるとしか思っとらん貴族じゃから、昔から疎まれ続けてたし。こんな風に自分の領地にある居城で孫娘が生まれからずっと引きこもっとる社交界嫌いのジジババ夫婦じゃし。

 じゃからお前は、ショート公爵家のことなど気にせんでいい。お前が正しいと信じて行ったことの結果として滅びるならワシらにとっては本望じゃよ」

「・・・・・・仮にも国内に二家しか無い公爵家の現当主様が、孫娘の失言問題で滅んじゃダメでしょ。絶対、国内の勢力バランスが崩壊しますから・・・」

 

 むしろ、悪くしなくても周辺諸国が介入してくるのは確実! どうしようもない末期情勢が私の失言で始まってしまう可能性がぁぁぁっ!? い、胃が痛いぃぃぃぃ・・・・・・っ!!

 

 ・・・チクソぅ・・・。ぶっちゃけ、おかしいとは思っていたんですよねずっと。

 

 貴族の割には辺境の田舎暮らしで、でも屋敷は豪華で生活には不自由したことなくて、他の貴族の話は聞くのに子供の頃から会ったことなかったですし。

 てっきり、ドラクエみたいな牧歌的世界観の異世界に生まれ変わったとばかり思ってきたのに! 実際には『ゼロの使い魔』の酷いバージョン的世界観だったなんて!

 

 裏切りましたね! 私からの信頼を裏切りましたね御ジジイさま!!

 

 

「まぁまぁ、そう怒るでないセレニアよ。実際問題どうせお前、そう言う手合いと出会ったときに貴族だからと容赦してやれる性格はしとらんじゃろう? 出来もしないことは最初から考慮する必要性ないと思うんじゃよワシ」

「うぐ・・・。い、痛いところを突いてきますねお爺様・・・」

 

 確かに私がそう言う方々と出会ったときには、たぶん我慢しないで突っ走っちゃうと自分でも思います。どうせ最終的に対決するしかないこと丸わかりな相手に今だけ我慢するのは時間の無駄、先手必勝で宣戦布告して反撃不可能なまで徹底的に叩きのめすことをよしとしちゃう可能性がバカ高い。

 

 生まれ変わってから自然豊かな土地柄と、純朴な領民たちに囲まれて育ってきたが故の弊害です。見習わなければならない人としての長所がありすぎて、逆に人を豚に成り下がらせるような言動には耐性がメチャクチャ低下しまくってる可能性が高すぎますし!

 

「・・・いいのよ、セレニア。あなたが私たち祖父母のことを心配してくれる優しい女の子なのはよくわかってる・・・。

 でも、だからといって私たちの存在があなたの生きる足かせになるのは不本意でしかない。私たちのことやショート公爵家のことは気にすることなく、むしろ道具として使って生きる道を広げて欲しい・・・。それが私たち老い先短い老貴族夫婦にとって一番の親孝行だと思ってくれていいのよ・・・」

「お婆さま・・・」

 

 優しい瞳で私を見つめ、優しい手つきで私の両手を握りしめて包んでくれた、一見しただけならマリーンドルフ伯並に好々爺然とした良いご老人なお二方。・・・でもですね?

 

「その優しさを、もう少しお父様にも示して差し上げた方がよろしかったのでは・・・?」

「「権力に驕り高ぶり、貴族の外道に走ってしまったバカ息子などワシらの息子ではない(わ)」」

 

 ・・・厳しいなーオイ、自分の血を分けた実の息子に対してはよぅ・・・。

 てゆーか、王都にある貴族の通う魔法学校に入学するなら問答無用で私の下宿先はお父様が居住している王都屋敷に確定しちゃうんですけど、その点は?

 

 ――割と本気で波風立てることなく入学まではいけることを切に願います。

 いやもう、ホントの本気で大本当に・・・・・・。

 

 

 

 

 

 心の底から、そう思ってたんですけどね~。

 

 

「なんだお前クソガキ、正義の味方のつもりかこのヤロウ?」

「俺たちハンター、魔物狩り専門の大ベテラン。街守ってやってる正義のヒーロー。むしろ俺たちが正義の味方で、お前が悪党だってばよこのヤロウ」

「ちんちくりんは引っ込んでな! 俺たちは紳士的な大人だから、お前みたいなガキにはブラ下げてるご立派なデカパイ以外に興味ないぜ!」

 

 うん、無理ですねコレ。正義の味方とか私の前で言うのマジ止めとけ、大っ嫌いすぎる単語ですよこのヤロウ。

 

「俺たちは正義の味方として当然の権利を要求してるだけであって、それを邪魔するお前の方が悪だって世界の常識で決まってる―――」

「わかりました。私が悪でいいですので、悪として正義味方を殲滅させて頂きます」

「「「・・・・・・へ? 今なんて―――」」」

 

 ぱちん。

 

 ・・・・・・ずどぉぉぉぉぉぉぉっん!!!!!

 

「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」

「どうしました? あなた方は正義の味方なのでしょう? 悪は倒される前に倒してしまわないと全滅させられてしまいますよ。早く私という悪を倒しなさい。

 私という悪に倒されないために・・・さぁ早く!! ハリーッ、ハリーッ、ハリーッです」

「「「・・・・・・(ガクガクぶくぶく・・・・・・)」」」

 

 

【ジジイ武将、異世界貴族になって女体化する。】

 

「・・・ほぇ~・・・こいつぁ、たまげたわい・・・」

 

 干からびた老魔女に唖然とされながら、貴族の少年レイ・クラウスはもっと驚いていた。

 見下ろした胸に微かな膨らみが見えている。昨日まで真っ平らだった自分の胸板を覚えていなければ分からないだろう細やかすぎる変化ではあったが、そこには確かに昨日まではなかった隆起が生じている。

 子供故に初めから丸みのあった身体は更に柔らかみを増しており、股間に至っては昨日まであったモノが無い。

 

 自身の身体が男から女に変わってしまったことを体感によって理解しながらも、レイ・クラウスが驚いていたのは別のことだった。

 それは変化する身体に合わせて徐々に徐々に思い出されてくる古い記憶。自分が剣と魔法の世界ハルミニアで生まれ育った貴族の息子レイ・クラウスだった“だけではない”前世で過ごした異世界人としての記憶に困惑していたからだった。

 

 それは『センゴクニホン』と言う名の異世界で『センゴクブショー』として駆け抜けた戦人生で体験した様々な出来事。

 群雄割拠した戦の世が終わり、武士が飾り物となる時代の寸前に最後の戦場を追い求めて縋った戦場『テンカワケメノセキガハラ』。

 それが叶わぬと知り、畳の上で取り逃した大将首を追いかけながら逝く夢と共に永久の眠りについた異世界の記憶。

 

 自分が異世界人の生まれ変わりで、ファンタジー異世界貴族になってる事実に驚きの余り言葉を失い茫然自失しているクラウスだったが、驚愕していたのは彼もとい彼女だけでは無い。

 自分たちの息子が娘になってしまった辺境伯のテオドラ・クラウスと、その妻で元傭兵の美女マリナも同様だったのだ。

 

 身分違いの妻とで会って一目惚れして求婚し、周囲の反対を押し切って結婚した自分を憎んだ一族の誰かによって雇われた魔道師が、殺される直前に己が命を代価とする強力な魔法を唱えたことで『お家断絶』の呪いをかけられてしまったクラウス伯爵家は嫡男であるレイの命と妻マリナの子宮が犯され危険な状態に陥り、テオドラは命懸けの大冒険の末に伝説の魔女ユリアナを探し出して十の試練をこなして屋敷まで連れてきて治療を行って貰うことまでやってのけたのだが、歴代最高の魔力を持つ伝説の魔女の力でさえ呪いを完全に解くことは叶わなかったのだった。半分は解けたが、半分は残ってしまった。

 

 レイの命を蝕んでいた死の呪いは解呪できたが、お家断絶の呪いは半端に残って子孫繁栄に必須となるナニを喪失させてしまっていた。男だった身体は死に、女として生きていくことを強制されてしまったのだ。

 

 嫡子存続が基本のこの国にあって、これではお家断絶の呪いは解呪されていないも同然。

 骨折り損のくたびれもうけだったと嘆くべき所であったが、テオドラは転ばされてもタダで起きるような男ではなかった。戦場にあって敵から「諦めが悪い」と見下される粘り強さで逆転勝利した歴戦の武官貴族は娘となって変わり果てた息子を見ても絶望など抱かない。

 むしろ別の感情に満たされた胸に湧き上がってくるモノを感じて、思うさまに叫び声を上げていた。

 

 

「女体化美幼女キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

 

 

 両手を天に向かって突き上げながら、侍女も家令も使用人も娘も妻も発言者である本人自身にさえ、どこの国の言葉なのか意味不明な叫び声を本能の赴くままに絶叫したテオドラは娘になった息子のカワイらしい姿を目にした瞬間トリコとなってしまっていたのだった。

 

 青みがかった黒い髪も、赤みがかった紫色の瞳も、夜の光を受けると妖艶さを増す青白い肌もすべて。この国だと古来から吉凶の象徴とされてきた不吉な色のオンパレードだったのだけど、カワイイ娘の身体に凝縮されて使われてるのを見た今となっては全部どうでも良くなってしまっていたのだ。

 

 こんなにカワイイ娘の色を否定する伝統なんて迷信だ、言い伝えだ、古くさいカビの生えた伝統だ。カワイイは正しい。それを否定するモノは全て間違っている。カワイイこそ絶対正義! これぞ世界の真理なり!

 

 ・・・最後のはともかく、テオドラはこの時この世界の賢者たちが長い時間をかけて追い求めてきた真理の幾つかに手が届いていた。娘となった息子のカワイさを見た瞬間に真理へと手が届いてしまっていたのだった。存外に賢者たちが追い求めている真理というのは安っぽいものなのかもしれない。

 

 

「あー、レイちゃーん! パパでちゅよー! 私がキミのテオドラパパでちゅよー! 今日からよろしくねレイちゅわーーーん♪♪♪」

 

 

 中年の渋い美形貴族が幼い娘となった息子のホッペタにヤニ崩れた笑顔で頬ずりしながら無精髭をジョリジョリ擦りつけながら戦国武将が前世だから気にもならない幼女となった幼子という奇妙奇天烈な現象を発生させながらテオドラは妻によって鉄拳制裁で黙らせられて気絶させられ、別室へと引き摺られながら去って行ってしまい、置いて行かれて放置された貴族令息あらため貴族令嬢となったレイは、ようやく蘇ってきた記憶と今までの自分が生きてきた五年間分とを統合することができ、自分という人間が今どういう状態にあるのかを自覚していた。

 

 

 

 ――関ヶ原で死に損なった老いぼれの自分は、戦国の世ではない異なる世界で生まれ変わったのだ。幼い童の身体を与えられて・・・・・・。

 

 

 

 

 ―――後世。異世界の歴史に大きく影響を与えることになる貴族令嬢レイ・クラウスの物語はここから始まる・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 死の運命から解き放たれ、理解がありすぎる父にも恵まれ、レイは元気に成長していったが、男が女に変わって何も問題が起きないほど貴族社会の中世ヨーロッパ風異世界も甘くはない。

 

 まず、事実は完全に秘匿が義務づけられた。使用人はおろか、出入りの商人、小間使いに雇っていた幼子に至るまで関係者は一人残らず全員にだ。

 

「他言は無用。言えば殺す。されど、言わぬ限りは親類縁者に連なる者すべてに至るまで全員の無事と安全を保証しよう」

 

 仕える主にギロリと睨まれ、何も知らされずに広間へ集められていた使用人たちは心底から震え上がり黙秘の制約を交わし合った。

 密告も許され、誤認であっても許すこと。知っていて告げ口しなかった者は諸共に罰すること等の容赦ない秘密厳守が徹底されたことによりレイが女になった事実は他の貴族に知られることは無かったが、その分つき合いの数と貴族としての評価が格段に下がったのも又事実。

 

 国境の要衝に位置する地の領主がこれで悪評が立たないはずはなく、テオドラと「息子の」レイ親子の間にはなにか重大な秘密があるのではないか・・・? と、勘ぐる者が無数にでたことも有りクラウス伯爵家には隣国との間で問題が起きる前に自体解決を計ることが暗黙の契約として成立させられたのだった。

 

 

 ――とはいえ。

 傭兵の妻を娶る際に起きた一族内でのゴタゴタは広く知られるところであったし、

 

 

、前世の自分がどこの誰に仕えたなんと言う名の武将かなどの知識だけは一切思い出すことができなかった。

 魔女が言うところによれば、

 

「器は本来、入れられる中身に合わせて作られるモノじゃが、入れられた器に合わせて形を変えるのが中身でもある。然るに、おそらくは後付けで蘇った記憶は新しい入れ物である今の自分に適合してしまっておるから、前の入れ物のことなど消し去っちまっておるんではないのかのう」

 

 との事だった。「死ねばそれで終わり、その先はない」を信条とする織田信長の考え方に触れた事があるらしい戦国武将のレイにはどうでもよいことだったのでアッサリ割り切れる程度のモノでしかなかった。

 

 戦国日本と中世風ファンタジー異世界では、文化や伝統など様々な面で違いはあったが、北条早雲により室町の世が終わらされ、便利なら何でもいい信長や、知られざる革命家・上杉謙信などの無益有害な伝統はノーサンキュー武将が多く存在していた戦国の世で生きてきた記憶のある彼女は変化を受け入れられずとも、否定に意味を見いだせない考え方をするのは慣れていた。

 正しかろうと間違っていようと負けて死んだら意味はないのだ。武士にとっては勝ちこそ全て。負けて屍拾うモノなし。

 

 そう言う考え方が当たり前にできる貴族というのは、この世界にとっても結構レアで希少なのだけど、辺境伯の名が示すがごとくクラウス伯爵領は相対敵国との国境沿いにある国防の要。つまりは国の辺境にある辺鄙な地だ、他の貴族がどういうモノなのかなど知る機会はほとんどない。

 

 知る事が出来ないから知ろうとはせず、日々自分なりに楽しみながら異世界について学びながら第二の人生を満喫していた矢先のこと。

 少女となった元少年貴族のレイ・クラウスは、其の事件に出会した。

 

 

 

「悪く思わないでくれよ? 元はと言えばお前がおとなしく店を俺に譲っておけば平和的に済む話だったんだからな」

「・・・ちっ。盗人猛々しい連中ね・・・魔女の婆さんに呪われて、地獄に落ちなさい」

 

 

 

 質素だが仕立てのいい服を着た幼い少女が、恰幅のいい商人風の男と護衛の私兵とおぼしきゴロツキに取り囲まれて窮地に立たされていた。

 

 

「ふむ・・・」

 

 その情景を眺めやりながらレイは、頭の中で思い出された言葉『カンゼンチョウアクジダイゲキ』と言う単語に首を捻っていた。

 知らないし聞いたこともない言葉のはずだが、妙に心に馴染んでいる気がする。もしかしたら今の異世界に来る前にも何度か別の誰かになって生きていた前世があるのかもしれない。 そんなどうでもいいことを考えながら、近くに手頃な石がないか見渡しながら。

 

 

 少女となった彼女は、街中を一人で散策するのが好きな子供に育っていた。前世の知識と今生の知識が混ざり合い、一緒独特の性格と価値観を有する少女となったレイは見るモノ聞くモノ全てに対して何らかの面白みを見いだす変わり者に成長してしまったらしく、あまり一般論が通用しなくなってきている今日この頃だった。

 

 そのため、仮にも貴族の長男ならぬ長女が城下とはいえ一人で出歩き回るなど有り得ない地位身分と家柄なのだが、女の子になってしまった嫡子の長男など他の貴族たちに見せて回る訳にはいかない。

 結果として元最凶傭兵で現在も腕は衰えてない母のしごきに付き合う以外はやることなくて暇になり、延々と二人で修行ばかりしていたせいでクラウス伯爵領でレイの護衛役を果たして足手まといにならないと断言できる者など母ぐらいなものという物凄い状況になってしまってもいる。



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転生したら三八式歩兵銃を持たされた件

先週か先々週にやっていた『いせスラ』の再放送を見て、初放送時に思いついてたアイデアの内容を一部思い出したので書いてみました。何分にも古い記憶ですので忘れている部分が多く、継ぎはぎして無理やりまとめたため矛盾してる部分もあるかと思われますが、思いついたときに書かなかった作者の怠惰が原因ですので鼻で笑って流して下されると助かります。


 なんと言うこともない、普通の落ちこぼれ人生。三流高校を出て、名門とはとても呼べそうもない名ばかり大学に入学し、それなりの大学にすら入れなかった出涸らしとして両親から見限られ、そこそこの小遣いをお情けでもらい、何不自由ない典型的日本の男子学生19歳。

 何か足りないとすれば、いま彼女がいないと言うことと、将来の展望がまったくないってことぐらい。って言うか今までの彼女いない歴より、これから何年先まで更新することになるのかの方が問題視すべきなんだし、いなくても困るものでもないから別にいっか。

 

 そんな人生の負け犬ロードと一緒に通学路を歩んでいた平凡極まる落ちこぼれ学生Aでしかなかった俺は今、落ちこぼれ学生のお約束通り、信号のある当たりで通り魔だか薬でラリってるオッサンだかに脇腹ブッ刺されて死の淵に立たされているわけで。

 

 ・・・あ~、ナイフで刺された腹痛ぇー・・・。腹いせに隠し持ってたファッション用バタフライナイフで太股刺したオッサンの悲鳴うるせー・・・。刺された傷口から血が流れだしてくせいで寒くなってきたんですけども・・・・・・。

 俺は・・・死ぬの、か・・・・・・。こんな事になるな、ら、昨日録画した『ゴールデンカムイ』を見てから登校するんだった・・・ぜ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

《確認しました。刺殺適正獲得、成功しました。続けて、刺突武器の所持、成功しました》

《確認しました。冷血漢獲得、血も涙もない人格を作成します。成功しました》

《電流パルス信号による記憶再生、情報不足により失敗しました。代行措置として、刺突武器との相性のいい武器を再現。付属して、相応しい軍服を作成。成功しました》

 

 

 

 

 

 

「―――で? ここドコ・・・・・・」

 

 

 眼下に広がる、見渡す限りの大森林を見下ろしながら俺は茫然自失でつぶやいて、適当な崖に腰掛けてみている。

 通り魔に刺し殺されて目を覚ますと、そこは天国でも地獄でもなく遠くから怪鳥の奇声が響いてきてる大森林だったとか、太宰とか夏目もビックリなジュール・ベルヌの世界観だよなぁー・・・。

 

 こういう時の定番所たとえ対象、富士の樹海と勘違いしようとか一応は考えてはみたんだけど、富士の周囲にあんなデカすぎる大木生えてないんだよなー。

 むしろ屋久島とかの方がたぶんあると思うぐらいにはデカすぎるし、そもそも富士の樹海ここまではデカくないっつーか、日本の国土内にこの広さは無理じゃね?とか冷静に考えてしまう程度には、まだ慌てるような時間と認識できてないらしい危機感欠けた典型的日本人の俺。

 

 ひとまず一服吸って冷静さを取り戻そうと、男子高校生の定番アイテム『二十歳になってから向けタバコ』を取り出そうとして、普段入れてある場所になくて、手探りで探ってくうちに自分が着ていた服だけでなく、どうやら体型まで変化しているらしい事実に気づかされてしまい余計に冷静さを取り戻す冷や水をぶっかけられ続けてる。

 

 せめて自分の姿がどうなってるかだけでも確認できるよう、鏡なり水溜まりなり近くにあれば良かったんだが、ないんだよなぁー・・・。

 なんか知らんが、転生したことだけは解るんだけど、それ以外なんも判らないまま放置って。どうすりゃいいんだよ、この状況。

 

「ったく・・・どうせ死んだ人間を生まれ変わらせてくれるんだったら、もう少しぐらいアフターケアしてくれても良さそうなもんだと思うんだがね――」

 

《解、お答え致します》

 

「うおわぁッ!? な、なんだ!? 一体・・・・・・」

 

 独り言つぶやきながら、ようやく見つかった紙巻きタバコを一本スパァ~っと吸ってたら、突然なにもないはずの空中から声が降ってきて話しかけられて俺は慌てふためきながら相手の姿を探して首だけ動かし、タバコは勿体ないから吸い続ける姿勢を維持し続けた。

 別に斜に構えているアピールをしたかったわけじゃない。日本人の美徳「勿体ない」を日本人として実践しただけのことでしかない。

 もっとも、今の自分が日本人の肉体してるのかどうかまでは判らんが、まだ確認してないんでねぇ。自分の目で見て耳で聞いて確認するまでは半信半疑、コレ常識。

 

《あなたが向かいたい先は自身の判断で決めて良いことですが、もし手に入れたスキルを有効活用できる道を進まれたい場合には、西へと続く道を歩まれることをお薦め致します》

「そ、そうなのか・・・。それでその、スキルってのは一体・・・能力のことなのか?」

《解、肯定です。あなたが現在獲得されたユニークスキルは三種類。その中でもあなただけしか使用できない特殊スキル【補給物資】を活用される場合には、西への道を選ぶことが最も有効であると判断しました》

「ほうほう、なるほどなるほど」

 

 なにやら怪しい声からの怪しい説明に対して、まぁ今のところ他に情報もないから半信半疑のままひとまず受け入れておくとして。

 

「――で? お前誰だよ。なんか死ぬ寸前にも似たような声聞いたような気がするんだが、意識朦朧とした最中だったからまるで思い出すことできてねぇんだけど」

 

 根本的な疑問点として、この声の正体がわからん。できれば名前ぐらいは聞かせて欲しいところなんだが。あと、今更だがスキル名【補給物資】ってなに?

 

《解。あなたが獲得したユニークスキルの一つ、【情報統合思念作戦本部】の効果音声です。能力が定着したため、的確な回答と情報伝達が迅速に下せるようになりました》

「情報統合思念作戦本部・・・・・・」

 

 ヒューマノイド・インターフェースと、自由惑星同盟軍の腐敗がゴッチャになったようなスキル名だな・・・。

 

「で、それってどんなスキルなんだ?」

《解。その時と場合に合わせて相応しい効果を持つアイテムを取り出すことができるリュックサックのことです。使いやすいように目に見える形を作成します》

 

 おお、なんか出てきたな。リュックサックって言うより、明らかに「背嚢」って感じがする古くさいデザインだけが難だが、まぁ見た目が性能に影響しないんだったら許容範囲内だ。許せるぜ。

 

「この中から、そのとき欲しいものが取り出すことができるようになる、っていう効果のスキルなんだよな?」

《肯定です。ただし、取り出せる物資自体は選ぶことはできません。効果が相応しいものであることだけが保証されているスキルです》

「・・・なんかメチャクチャ詐欺くさい効果のスキルだと思ったのは俺だけか・・・?」

 

 いきなり不安に陥らされること、この上ない代物なんだが・・・・・・まぁ使ってみる前から決めつけるのも良くないからな。念のため確認してみるとしよう。

 

「今使う事って出来るのか? 生憎と俺は今の状況自体がよく理解できていなくて、適切なものが何かなんてまるでわかんねぇんだけど」

《解、問題ありません。適切か否かはスキルの効果として自動的に判断されます。使用者が状況を理解しておく必要はありません》

「へぇ、ソイツは確かに便利だ」

 

 何が出てくるのか判らないってのは問題あるけど、適切だってことだけは確実なら道の場所に来た直後とかは非常に頼りになるスキルってことでもあるんだろう。多分だけどな。

 

《ただし、取り出せるアイテムの見た目と名称は近代における軍需品に限られており、それらが持つ逸話をファンタジー補正で独自解釈した効果が付与された物の中から取り出せる仕組みとなっています》

「ふーん。まぁとりあえず使ってみて実験してみるか・・・・・・」

 

 俺は状況が判らないまま、少しだけウキウキしながら背嚢の中へと手を突っ込んで何かを掴み取ると、右手ごと袋の中から取りだしてきて―――

 

 

 ズルッ、ポンッ!!

 テケテケッテテ~♪♪♪

 

 

 

《三八式歩兵銃、を取り出しました。自動装備致します。

 アイテム説明:【三八式自動歩兵銃】は大日本帝国陸軍初の国産ライフル。

 今のあなたにピッタリの世界観ブレイカーな兵器です》

 

 

 

「いらんわ――――――ッ!!!!!!(超激怒!!!)」

 

 

 

 いきなり最低最悪国家の銃が飛び出してきたから、全力投球で投げ出す道を選ぶ俺!!

 なんだって現代日本人の俺が、よりにもよって大日本帝国軍の傑作ライフルを手に異世界旅をはじめさせられなきゃならん! って言うか空飛んでる怪鳥から見てファンタジーだろ! この世界の世界観は! いきなり冒険始まった直後から世界観崩壊させる装備を与えてくるんじゃねぇ! 壊れるわ! 色々とこの世界の理とかそういうものが大体全部次々と!!

 

《否、不可能です。その装備を取り外すことができません。そういう仕様の兵器です》

「呪いのアイテムなのか!? このライフルは!」

 

 いや、確かに判るけどな! 逸話とか色々見てると呪われてそうだと俺も思うけどな! だからと言って、異世界転生して最初に手に入った「相応しい装備」が呪いのライフルだった身としては結構キツいぞこの状況!!

 

《それでは質問は以上のようですので、撤収致します。西への道は今立っている場所から右へ行く道の先ですのでお間違えのないよう》

「あっ! テメおい! 逃げるのか!? せめて呪いを解いてからいけよ!!」

《・・・・・・・・・》

「――クソゥッ! 声だけの存在だと今も残ってるのかどうか、判断できねぇ!!」

 

 厄介すぎるナビゲーターの存在に悪態をつくしかない俺だったが、他に行くべき道の目星もないのは事実だったので、やむを得なく言われたとおり西へと続く道とやらを進んでいくことにする。・・・ライフル持ちながら大森林の中を歩いている現代日本人って、外国の人から見るとどんな姿に映ってるんだろうか・・・?

 できることなら現代地球からきた他の転生者さんたちとは出会わず遭遇したりもせぬまま、この羞恥プレイを見られることない第二の人生を全うしたいものである。

 

 そんなことを考えながら道を進んでいくと――――ソイツらに、出会った。

 

 

「お、おおぉ、旅のお方・・・・・・申し訳ありませんが、食料に予備がありましたら我々に別けてくださいませんでしょうか・・・? 多種族との争いに敗れて食料全てを奪われ、もう三日ほど何も食べておらず、そろそろ我らも限界・・・・・・が・・・・・・」

『は、腹・・・減っ、た・・・・・・』

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ズタボロになって、小山のように積み重なってる弱っちそうな小鬼の群れ。

 たぶんゴブリンなんだろう、多分だけども。その雑魚モンスターの代名詞的存在たちが負け犬の群れ状態になって小さなピラミッドを形成させられている醜態っぷり。

 そして、情けない見た目とは裏腹に『グー! グー!!』と盛大に鳴りまくっていて正直うるさすぎる目で見る印象と聞く音の違い。

 

「ど、どうか旅のお方・・・・・・パンを・・・、一切れでもいいですのでパンだけでも・・・」

『腹、減った・・・・・・死に・・・そう・・・・・・』

「―――――はぁ・・・・・・」

 

 正直、先ほど出てきた右手に持ってる“コレ”を鑑みると、あんまり恵んでやりたい気分にはなれなかったんだけどな・・・。

 まぁ、相手は所詮ザコモンスターの定番ゴブリンだし。食料を必要としてる状況下で、さすがに危険薬物なんかは出てこないだろう。・・・たぶん、きっと、おそらくは・・・。

 

「――とりあえず、この袋の中にある物は、自己責任でご自由にどうぞ・・・」

「おお! まことですか!? ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございますゥゥゥゥッ!!!」

『飯ィィィィィィィィィッッ!!!!!』

 

 バグバグバグバグバグッッ!!!!

 

 ・・・・・・文字通り飢えた難民たちのように、背嚢へと群がりまくっていくゴブリンたち。

 なんかもう色々と面倒くさくなってきて、精神的に疲れてきたから適当な所で寝てしまうことにする。

 おやすみ。せめて目覚める時には、今日あった全てのことが悪夢でしかなかったという現実が支配してくれることに望みをかけて――――グ~~~zzzz。

 

 

 

「お早うございます! お目覚めになられましたかお客人!!」

「誰だよ!?」

 

 夜寝て、朝起きたら死にかけゴブリンが筋肉マッチョになっていた! 心なしか身長まで三十センチ近く伸びてる気がするし、普通に別人なんじゃないのかコイツ絶対に!?

 

「お客人がお与えくださった、この魔法の食料を食べたおかげに御座います! 残念ながら中身は全て食べ尽くしてしまい、入れ物しか残すことが出来ませんでしたが村の者一同、感謝を込めて綺麗に洗っておきましたのでお納めくださいませ偉大なるお客人様!!」

「お、おう・・・」

 

 よくわからんが、とりあえずスキルのせいだと言うことだけはハッキリしたな! 今度はどんな物を出して来やがったんだ! このガラクタスキルは! 入れ物の外側だけでも目を皿のようにして見つめて証拠を探し出さないと気が済まな――――

 

 

《解、補給物資アイテム【オイコダール】の解説。

 第二次大戦中、ヒトラーが許容量を超えて服用し続けたとも言われる超危険薬物。

 強い多幸感、心地よい興奮状態をもたらし、薬が効いている間は感覚まで鋭くなって、痛みも平気になり、『自分は無敵だ!』という気持ちが沸いてきて力が漲り頭が冴え、何をしても何を言っても全て自分が正しいのだと信じられる夢のような薬。

 アヘン剤の一種で効き目が強く、非常に強い依存性を持っている。

 ゴブリンたちが口にした物は、この中でもヒトラーの主治医だったモレル医師が開発した黄金色の瓶詰め高級士官用の特注品であり、ナチス・ドイツ国防軍に初めての勝利をもたらした薬とも呼ばれている―――――》

 

 

 

「お客人がお与えくださった、この偉大なる神の薬を得た我らゴブリン軍団はまさに最強無敵! この圧倒的力をお授けくださったお客人閣下の指揮のもと世界の果てまで征服し尽くし、必ずや窮乏に喘ぐ我らゴブリンを救ってくださった偉大なる指導者様としてお迎えに上がりますことをここに制約させていただきま――――!!!」

「――――――――フンッ!!!!」

「お、お客じィィィィィッッん!? 神の薬になんて無体なことをぉぉぉぉぉッ!?」

 

 

 全力投球して、今更意味も存在価値もない、ただ俺のストレス発散のためだけに投げ捨てられることだけが残された最後の利用価値となった悪魔の薬(使用後の空瓶)を遠くのお空の彼方まで追放し、慌てて後を追っていく大勢のゴブリンたち(見た目屈強)の後ろ姿を見送ることなく俺はもう一度横になって二度寝する道を選び取る。

 もう知らん! こんな第二の人生なんてクソゲーだ! クソゲーだから寝るのだ! 現実から逃避するために、我々現代日本の男子高校生は寝るかゲームするかの二つしか逃げ場所を持っていない愚かな愚民共であるが故に!

 俺は―――もう知らんから寝る! おやすみ!

 せめて夢の中だけでも平穏無事な俺だけの世界が得られますように!!

 

 

 

オマケ『オリジナル主人公設定』

 だいぶ前に思いついた作品とキャラを今更になって思い出したから書いてみただけの人物。

 ただし記憶の摩耗によって、結構な部分が忘れてしまっていて名前も思い出せていないキャラ。

 実は現段階で描かれていないけど、見た目がロリッ子状態になってしまっており、服装は大日本帝国陸軍第8師団の軍服(子供サイズ)に変更されてしまっている。――ここら辺のことも描写されてたシーンを思い出せなかったから書けませんでしたわ(苦笑)

 意外と苦労人であり、ユニークスキル《補給物資》に色々振り回されながらも使わざるを得ない状況が連発してしまう厄介な呪いを受けて転生してきてしまった元日本の落ちこぼれ高校生。

 元々のキャラはもっと冷酷な部分があって、今でも戦闘時には冷静に相手をヘッドショットするなどのシーンで再現されるのだが、戦闘シーンがない今話の中では描きようがなかった。

 

 リムルの立場をオリキャラで代用した存在で、種族は【大日本帝国陸軍】

 ・・・もはや『魔物』と同類扱いされてしまっているが、世間の扱いも争いの元凶呼ばわりで似たようなレベルの気がするから由としておく。

 異世界の魔物たちから見ても、同じモンスター種族として受け入れられていく展開になる今作主人公のオリジナル種族です。

 

 

【スキル一覧】(ただし《軍需物資》と《三八式歩兵銃》は前述したので除外)

 

《情報統合思念作戦本部》

 本作における《大賢者》。近代風に名前が変更され、性格の悪さに磨きがかかっている以外は大賢者のままの能力と効果を有している。今作のナビゲーター役。

 

《冷血漢》

 戦闘スキル。平和な現代日本で生まれ育ったはずの高校生でしかない主人公が血を見ても騒がず、敵の頭を打ち抜いても気にすることなく戦闘を続行できる戦闘に特化された感情と思考法が一時的に付与されるサポートスキル。戦闘時には自動的に効果が発動する。

 

《刺突武器適正》

 相手を刺し殺せる道具なら、ナイフだろうと、先端の尖っただけの小枝だろうと全て刺突武器と認定させて装備して戦うことが出来るようになる補助スキル兼サバイバルスキル。

 熟練度アップによって、戦場に存在する全てのモノを自軍の武器として用いることができるように変えてしまう上位ユニークスキル《敗残の残党軍》に進化可能。



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第5章

手軽に書いて、手軽に終わらせるつもりが予想外に時間がかかりまくったせいで途中から投げ出すことが難しくなったためやむを得ず完成させた『ネタエルフ魔王様』の最新話です。
サッサと書き上げて久しぶりのエロ作を書くつもりでいたのに…エロを書くときに限って予想外のことが起きて時間を圧迫されるのは呪いとしか思えない時が偶にありまする。


 『人生は何度でもやり直しがきく』と、人は人に向かって平然と嘘を吐く。

 脱サラして転職するだけなら、確かにいくらでも出来るかもしれません。本人に“やる意思”があることが絶対条件とはいえ、意思さえあれば不可能じゃあない。

 ・・・けど、その人が其処でその時なにをしてしまったかだけは、“終わってしまった後”に無かったことにできることは決してなく・・・。

 たとえ周囲の人間が忘れても、本人が覚え続けている限りトラウマという名のレッテルとして心を責め付け苛み続け、精神の奥底にまで地獄の苦しみを植え付け続けてしまうのが人間という生き物の宿業です・・・。

 

 たとえば、『るろうに剣心~追憶編~』で緋村抜刀斎として犯してしまった過去の過ちを本編十数年後を描いたOVA『星霜編』まで覚え続けていて苦しみ続けた結果、剣心の人生は悲劇的な終わり方を迎えることしか出来なかったのと同じように・・・・・・。

 

 

 ――初っぱなから暗くなりましたが、なにを言いたいのかと申しますと。

 

 

「えーと・・・、魔王様? どうかされたんですか? そのぉ・・・“崖っぷちに膝を抱えて座り込んで夜空を見つめられたりする”のは危ないと思いますよ・・・・・・?」

「・・・・・・放っておいてください。今私は、自らが犯してしまった過去の過ちで苦しんでいる最中なのです・・・。過去から襲い来る脅威からは誰も逃れられないものなのです・・・」

「そ、そうですか・・・」

 

 遠くを見つめたまま体育座りで夜空を見上げ、背後から聞こえてきた一般人でも比較的安全な距離を保って遠くにいる(崖っぷちは危ないので正しい判断です)アクさんからの質問に返事をし、私はつい先頃“また”犯してしまった人として許されざる暴挙を思い出し、深く深く嘆息しておりました・・・。

 やはり一度でも罪を犯した人間は、二度とその罪から逃れることは出来ず、たとえ肉体が滅んでも魂にまで刻み込まれた悪のウィルスが、その人に罪を犯させ続けさせてしまう・・・そういう生き物になるのやもしれませんね・・・BASUTRD罪と罰編・・・。

 

「え~とぉ・・・、それはひょっとして先ほどのことを言っておられるのでしょうか・・・? あの、『我を崇めい・・・、喝采せよ! 偉大なる魔王の名をこの地に刻み未来永劫称え続けるのだ!』ってボクの村の人たちに言ってくださった、あのカッコいい宣言のお言葉を・・・」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

 死ぬわ!? 悪意なき善意のキラキラお目々による黒歴史暴露によって魔王が死ぬわ! 今すぐ頸動脈を自分自身の手で切り裂いて死にたくなったわ! 自殺したくなったわ! 主な死因は恥死!!

 

 ・・・いやね・・・? 自分でも分かってはいたんですよ・・・。いくらアクさんの件でムカついたからって『魔王として断罪してやろうか?』なんてやりすぎかなー?って・・・。

 しかもそれを、『暴走するのが俺のジャスティス!』みたいな特攻ネタエルフでやっちまったら、そりゃあヒデェー結果になるだけだから自制しなきゃと戒めてたんですけれども。

 

 やっぱり過去に色々やらかしちゃって、しでかしちゃったことのある前科者は再犯しまくるものなんですねー。現代日本で刑期終えた受刑者が再犯犯して刑務所に逆戻りしまくるのが社会問題になってた理由の一端がわかったような気がしましたわ。アレはヤバい。ヤバいです。超ヤバい。

 

 具体的にどうヤバいかと申しますならば――――――――

 

 

 

【――アクを崇めい・・・・・・】

【百鬼眷属の王たる魔王を喚び出すため、生け贄として用いるとも知らずアクを差し出す大うつけ共よ・・・悉く滅びるがよい。

 汝らが我が眷属と成りし下僕たるアクに行ってきた狼藉と非礼の数々、断じて許しがたしィ・・・。生き残りたくば己の罪を悔い、懺悔し、跪いて許しを請うがよかろう・・・そして首を刎ねられよ!!】

 

『ひぃぃぃっ!? 結局どっちにしても死ぬーっ!? 殺されるー!? どうか命ばかりはお助けください魔王様ァァァァァッ!!!』

 

【ならばアクを崇めい・・・そして自らの命に値する身の代を差し出すがよい・・・】

 

『え・・・? み、貢ぎ物・・・でございますか・・・? で、ですがこの村は見ての通り貧しく、大した価値のある物などどこを探しても見つかるはずが―――』

 

【安物しかないというなら是非もなァし・・・自らの命の対価はガラクタと等価値であると断ずる、その勇気に免じて予が直々に平坂へと送り、その頭蓋を杯として月見の宴に用いてくれるまでのことよッ!!!!】

 

『ヒィィィィッ!? 今すぐ探してきます! 今すぐ探してきますので少しの間だけご猶予をーッ!? オイお前! 村長の家を襲え! そして奪え! 奪い尽くして魔王様とアク様への貢ぎ物として捧げて俺たちの身の安全を保証していただくのだーッ!!』

『合点承知! 村長のクソジジイが邪魔しやがったらぶっ殺してでも分捕ってくるぜ!』

『そうしろ! あのジジイ、“厄介者のアクさえ差し出せば我ら全員助かる”とか大ボラ吹きやがって! 全然逆じゃねぇか! あんな奴は地獄に落ちて俺たちの代わりに苦しみ続けやがれってんだよ!!』

 

【喝采せよ・・・喝采せよ! 我が至高なる力と、それを持つ我と契約せし者アクに喝采せよ!! 黒き豊穣の女神への贈り物は子供たちという返礼を持って帰る! かわいらしい子供を以てなぁ・・・・・・見るがよい!! [イヤシグ・ニグラス]!!!】

 

『ひ、ヒィィィッ!? 村の周囲の景色が一変して・・・しかも村の中央に、像が!?』

 

【フワァッハハハハハハ!!! 我が前に人は無くゥ!! 我が後にも人は無しィッ!!!

 我と、我らに従わざる者、すべて滅する!!! 喝采せよ! 喝采せよ! 喝采するのであぁぁぁッる!!!】

 

『う、うわぁぁぁぁッ!? 魔王様バンザイ! アク様バンザイ! バンザイ! バンザイ!! バンザァァァッイ!?』

 

【アイアイ・サーと言わんかぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!】

 

『は、はぃぃぃッ!? あ、あいあいさぁぁぁぁッ!!!!』

 

 

 

 ―――とまぁ、こんな感じ↑だったわけでして。

 いや~、我ながら・・・ものすっげぇ暴走ぶりと迷走ぶりとごった煮ぶりでしたよね本当に。

 これで黒歴史にならなかったら私は本当に人ではない魔王なんじゃないかって思えるくらいには人間として恥ずかしすぎる恥知らずっぷりを発揮してしまいましたわ。知人に見られてたらネタで済ませられる範囲をオーバーキル確実な超高レベルでね。

 

 まぁ、そんな訳で普段使っているキャラとは別に、ネタキャラとして別人プレイヤー装うときしか絶対できないほど徹底しすぎたロールプレイを演じまくっちゃった直近の過去に犯した過ちを悔やみ、自らのやらかしちゃった案件に打ちひしがれちゃってた訳なのですけれども。

 

「で、でも魔王様。ボクは嬉しかったですよ? 今までボクのためにあそこまで怒ってくれた人は魔王様が初めてでしたし・・・。

 それにそのー・・・、村の人たちには悪いかもしれませんけど、少しだけっていうかボクも結構スッキリしちゃいましたから!」 

「・・・ありがとうございます。そう言ってもらえると私もちょっとだけ救われますよ・・・」

 

 自分のキャラ性からくるノリと勢いでおこなってしまった、厨二病なのか何なのかよくわからない支離滅裂でメチャクチャな行動によって誰か一人でも物理的に救えたとするならば黒歴史にも価値は生まれるものです。ターンエーガンダムだって、元を正せば笑える内容から始まってたような気がしますし、なんとか折り合いをつけるとしましょう。フルチンを金魚で隠していた少年主人公になるよりゃ少しはマシな気がしますしね。

 

「・・・ここで蹲っててもなにも始まらないし、どこにも行けないのは確かですから、そろそろ何処かへ向かうとしますかね・・・。丁度お金も少しだけ入ったことですし、どこか通貨が使える町までテキトーに」

「はい! ――あ、そう言えば村に置いてきた“アレ”は、どうされるんですか? そのまま置いてきちゃいましたけど、魔王様の持ち物ならもったいなかったんじゃあ・・・」

「・・・ああ・・・アレねぇ・・・・・・」

 

 私は村人たちを脅して手に入れた戦利品のお金――もとい、正当な権利として支払ってもらった慰謝料とか養育費とか、その他諸々のお金を(異世界通貨なので妥当な金額かどうか判断できませんけれども)片手で弄びながら、アインズ・ウール・ゴッコに興じて楽しすぎてノリ過ぎちゃったせいで、なんとなく取り出して村に置いてきてしまったアイテムについて思い出しながら少しだけ沈思黙考。

 

 ・・・偶然にもアイテム欄開けたときに、一つのアイテムが二つ分のスペース消費してたから邪魔だなーと思って、捨てるコマンド押す代わりに置いてきただけの代物なのですが・・・アレってそもそも、なんて名前のアイテムでしたっけかね? 異世界きたばかりで回復系アイテム以外はいらないなーと思い、確認もせずに雰囲気に乗っかって捨てちゃっただけのアイテムなのですが・・・。

 

 えーと、えーとぉ・・・たしか一瞬だけ見たときに見覚えのある名前が書いてあったような気がしたので多分それで、アレの名前はえ~とぉぉ・・・・・・そう! 思い・・・出しました!!

 

 

アイテム名『本物ソックリ「おしゃべりデブカッパー」』

効果:置物ロボット型アイテム。NPC道具屋に売れば高く売れる。それ以外の使い道なし。

 

 

 ・・・・・・なんで、こんなものを後生大事に持ったままにしてたの? ナベ次郎使ってたときの私って・・・。ネトゲーマーは変なところで物持ちよくて、無意味なアイテム集めたがるコレクター精神もってるからたまに困りますよねマジで。

 

「――ま、まぁ、お金をもらうだけで何も残していかないのでは流石に気が引けますからね。

 物がない暮らしの中から支払わせたアクさんへの迷惑料の代わりに、私の方から妥当な品物を送っておいてあげただけのことですよ。あなたが気にするほどの事じゃありませんから、手に入れたお金で何かおいしいものでも食べに行きましょう?

 それはあなたが今までやってきた仕事への正当な報酬ですから好きに使ってしまってかまわない物なのですからね」

「魔王様・・・・・・ッ!! そこまでボクのことを考えてくれて・・・感激です! 本当に!!」

「ハ、ハ、ハ、ハ・・・・・・HAHAHAHA・・・・・・」

 

 ・・・ヤベー・・・。本当のことがドンドン言えなくなってく勘違いされ系主人公の状況超ヤベぇー・・・。逃げられなくなるよぉ―・・・。

 そしてアクさんから送られるピュアな子供の悪意なき感謝の眼差しが、腐った大人の心に終わることなき地獄の苦しみを与え続けてくるよぉー・・・・・・。

 

「と、とにかく出発です! ひとまずは都会を目指して――神都とやらに!!」

 

 とりあえずデカいこと言っときゃ騙せるピュアな子供心をごまかすために、私は彼女を背負って全速力でその場を走り出し、指し示された方角にあるとされる神都へ向けて直走りだしたのでした。

 

 

 ・・・断じて犯行現場から少しでも遠ざかりたい犯罪者の心理に駆られたからではありませんので、お間違いなきようにね!? 断じて!!

 

 

 

 

 

 

 ――そして、その頃。

 村焼き討ちの主犯と化した魔王様と、暗い過去を持つ明るい悪の旅が始まったのと時をほぼ同じくして―――聖光国 僻地にある領主館にて。

 

 この辺りの寒村をいくつか支配している領主ビリッツォ・ラングは、今朝方に届けられた久しぶりの朗報に喜色を浮かべていた。

 そして昼頃に入ってきた続報を聞いた時、ビリッツォは完全に運命の女神が自分に微笑んでいることを感じて幸福の絶頂に至る未来を迎えることになるのだが。

 

 その直後、続報の補足情報として聞かされた報告によって彼の幸せな未来像に影が差し始め、それ以降に届けられる情報のすべてが彼の機嫌を悪い方へ悪い方へと下降修正するものばかりが届けられるようになり。

 時刻が夜になる頃には彼の形相は一変しており、家族を震え上がらせ、しばらく後の未来で家庭崩壊を起こす要因になっていくのだが―――

 

 そんな未来の自分に訪れる不幸など、久しぶりの朗報に喜色を浮かべていた今朝方の彼や、女神の微笑みが自分に向けられていると感じ取った直後の昼頃の彼は知る由もない・・・・・・。

 

 そんな彼に訪れる未来の不幸は最初、完全なる朗報から始まっていた。

 何と、“蘇った悪魔王が死んだ”というのだ。

 

 ただでさえ税収などロクに望めない地だというのに、あんな化け物に荒らされたのではどうしようもない。

 と言って、大した実りもない辺境のド田舎を守ってやるため軍隊を派遣するバカな王など、どこの国にもいない以上、悪魔王復活について神都にどれだけ早馬を飛ばそうとも梨の礫になるのは当然のこと。辺境の小領主でしかない彼には本気でどうすることもできない難題だったのだ。

 

 それが、死んだ。どこかの物好きなヤツが自分の代わりに厄介者を片付けてくれたのだ。これを祝福せずして彼の人生に華はない。

 さらには昼頃に続けて入ってきた「魔王降臨」の一報を聞いて、彼は完全に運命の女神が自分に微笑んでくれたことを確信する。

 

 “魔王”など、実在しているはずがないからだった。

 

「出来るだけ大袈裟に騒いで神都を巻き込み、このクソッタレな僻地から抜け出すことに利用すべきだ。何らかの騒ぎさえ起きれば、それが可能となる好機を見いだせるかもしれんからな」

 

 彼は報告を聞いたとき、そう考えたのである。

 ビリッツォ本人は魔王などという存在を少しも信じておらず、無知で貧乏な愚民どもが騒いでいるだけだと決めつけているが、彼の仕える名目上の主が聖光国の聖女であるという事実まで否定する気は彼にもない。

 聖光国を統べる聖女が、復活した魔王討伐に赴くのは当然の義務でしかなく、彼はただ偉大なる聖女様に魔王復活の報をお伝えすればいいだけなのだ。――ただし出来るだけ説得力と悲惨さを加味するため大袈裟な話に誇張させて――

 

「復活した魔王とやらに襲われた村まで兵を向かわせろ。場合によっては村人ごと村を焼き滅ぼしてしまってかまわん」

 

 ビリッツォは部下の兵士長を呼び出すと、そう命じて配下につけられた部隊を派遣した。名目上は復活した魔王の魔手から村人たちを助け出すためであったが、彼の本音は言葉通り『助けに行かせた村の殲滅』そのものだったのは言うまでもない。

 

「たかが農家一軒を焼き払って全焼させただけの魔王など、信憑性に欠けること甚だしいわ。どうせなら一つの村をまるごと焼き払ってくれていたら楽だったものを・・・気の利かぬ魔王めが。所詮、偽物などこんな物か」

 

 彼は最初の報告にあった「復活した魔王のもたらした村の被害」を思い出し、鼻で笑って失笑したものである。この魔王の災禍と呼ぶには小さすぎる被害こそが、魔王という存在が眉唾物であることを示す何よりの証拠だと断じることができたからであった。

 

 ――その笑顔が困惑に歪められたのは、その時から小半時ほど過ぎた時分。派遣した部隊を率いさせた兵士長が蒼白な顔色になって戻ってきて彼にあげた報告を聞いたときからの話となる。

 

「村の周囲がすべて、破壊し尽くされていただと・・・?」

「は、はい・・・村が受けた被害そのものは農家一軒が全焼しただけに過ぎなかったのですが、その村の周囲に広がっていた荒れ地は全て跡形もなく破壊し尽くされており、グレオールの呪いに覆われていたはずの土地は寸土といえども残されることなく全て焼き払われておりましてその・・・・・・」

「何故だ!? 報告では村が受けた被害は、一軒の農家が全焼しただけだったはず! そこまでの被害を受けながら何故ワシのもとまで報告されておらぬのだ!?」

「・・・おそらく、報告した者が命じられたとおり『村が受けた被害“だけ”』を報告したからではないかと思われますが・・・」

 

 ビリッツォは兵士長の報告に激怒した。魔王の暴虐に対してではなく、報告者の無能ぶりに対してである。

 なんたるお役所仕事! 言われたことだけやって給料をもらおうなどとは許しがたい無能な臣下ではないか! 即刻明日にでもクビにして屋敷を追い出し、全財産を没収して自分の懐に収めてしまおうと画策しながら、ビリッツォはまだ魔王のもたらした被害を正しく認識してはいなかった。

 最初に彼を喜ばせた報告者と違い、兵士長からの報告には“続き”があったのだ。

 

「お怒りはご尤もですが、親方様。怒っておられる場合では御座いませぬ! このままでは民衆たちの間で反乱が起きてしまいかねぬ事態が生じてしまったのです!」

「・・・一体なんの話だそれは? ――まさか! 魔王はすでに村から退去して何処かへと飛び去ってしまったという話さえ間違いだったのか!?」

 

 ビリッツォは恐怖のあまり兵士長を強い口調で問いただしたが、幸運なことに彼の予測は外れていた。・・・真相は彼にとって予測が当たっていた方がまだマシだったかもしれないものだったけれども・・・。

 

「魔王本人はいなくなっていたのですが、ヤツは自らの支配下となった村に番人を置いていったのです! 恐るべき力を持ち、悍ましい姿をした番人を!!」

 

 兵士長からの報告内容はこうだった。

 ――当初、村の周囲の惨状を目にした彼と部下たちはそろって青ざめたが、子供の使いでない以上は何かしらの成果を得られない限り報告にも戻れないからと、勇気を出して村に忍び寄り、一人でも生存者がいればその者を保護することで状況を聞き、最悪の場合にはその者に全ての責任を押しつけられないものかと本気で頭を悩ませながら『魔王に滅ぼされたはずの村跡』へゆっくりゆっくりと近づいていったそうである・・・・・・。

 

「そこで私は恐ろしいものを目にしたのです・・・。身の毛もよだつほどに恐ろしく、この世のものとは思えないほど悍ましい光景を・・・・・・」

 

 なんかこの人、夏の世の怪談特集みたいになってきてないか?

 ・・・とは思いつつも回想シーンそのものは続ける。

 

 村に到着した彼らにとって意外なことに、村人たちは全滅していなかった。それどころか誰一人殺されることなく全員が生存しており、村の周囲の惨状が見えていないわけがないにも関わらず恍惚とした表情を浮かべ、兵士たちからの問いにも同じ答えを返すのみであったという。『ああ、偉大なる我らがアク様と魔王様・・・』――と。

 

「なんだと! “悪魔王様”だと!? おのれ村人どもめ! グレオールの力を恐れるあまり女神様を裏切り、ヤツの配下となってサタニストにまで落ちぶれるとは何たる恥知らずか! 聖光国への忠誠と誇りはどこへ消え失せたのだ! 恩知らずの裏切り者どもが!!」

 

 彼は報告を聞いて激怒した。勘違いだけれども、聞き違いだけれども。それでも激怒したこと事態には間違いはない。

 

 近年、この智天使への信仰心によって纏まってきた聖光国内で、サタニストと呼ばれる悪魔信奉者たちが急増し、国内各所で民を巻き込む恐ろしいテロ行為を行っていることは辺境のド田舎に領地を持つビリッツォでさえ知っている常識となっている。

 そして、彼らサタニスト共の多くは貧しさから智天使様を裏切り、自分たち智天使様とともに悪魔王と戦った偉大な先祖を持つ貴族たちから奪い取った金で安穏と暮らしたいと願ってやまない学も金も持たぬ卑しい貧民どもで構成されていると聞き及んでいた。

 

 貧しさという自分たちが抱えている問題を自分たちの努力で解決しようとせず、ビリッツォたち貴族に責任を押しつけて、挙げ句の果てには自分たちを救ってくれないからと智天使様への信仰を捨て、貴族制度の廃止を訴える悪魔信奉者に寝返ることで富の略奪を正当化しようなどと主張している俗物共を絵に描いたような集団である。

 

 まったく、他力本願にも程がある! 自分が抱えている問題くらい、自分たちで解決する努力をすればいいものを・・・。

 すべて他人にやってもらって、そのおこぼれだけ頂戴しようなどと言うのだから呆れてものも言えなくなるとはこのことだった。

 

 ビリッツォは自分がやっている所業を思い出すことなく、遙か遠くの異世界まで自己の責任問題を棚上げにして、本気でサタニスト共の怠惰な無責任ぶりを嫌悪していた。人間という生き物は誰でも他人のことだけには正しく冷静に客観的に批評できるものである。

 

 だからこそ彼は、魔王に襲われたという村も、貧しさを理由に悪魔信奉者に身売りして悪魔王を超える真の魔王を召喚したのだろうと次の予想を立てたのだが、彼の予想はまたしても外れることになる。

 

「いえ、親方様。サタニスト共ではありません。たしかに村人たちは悪魔信仰に目覚めたようではありましたが、サタニストになったのとは少し違うようでもありました」

「・・・・・・?? どういうことなのだ? それは・・・」

 

 ビリッツォは混乱した。彼にとって天使とは正反対の悪魔や魔王を崇めることはサタニストになることを意味しており、それ以外の可能性は発想さえ思いつくことができない思考法の持ち主だったからである。

 今の自分が知っていることが全てだと信じ込む類いの人間なのである。視野が狭く、それに伴い自分の認識できる範囲までしか世界の広さを認識することができない。そこから先へ広がっている世界のことは彼にはまるで理解が及ばない異世界の事情としか考えることができていない。

 

 そんな彼にとり、まさにその村の現状は異界としか言い様がない惨状を呈していたことが兵士長の報告にとって彼は知るところとなる。

 

 

「村人たちは自分たちが暮らしていく村の周囲の惨状などには目も向けず、村の中央に置かれた禍々しい怪物の像を取り囲んで、ただ一心に祈りを込めて呪文を唱えながら踊り続けていたのです。それはまさに邪教の儀式そのもの・・・・・・到底、正気の人間が成せる業とは思えない光景で御座いました・・・・・・」

 

 青ざめた表情のまま彼は語る。

 だが、ビリッツォにとって問題なのはむしろ、その後に続いた『実害』についての報告だった。

 なんと村人たちから祈りを捧げられていた怪物の像が、独りでに動き出したというのである!!

 

「・・・アレはまさに地獄のような光景でした・・・。あるいは噂に聞く「奈落」とは、あの化け物のような存在が跋扈している世界のことなのかもしれないと思うほどに・・・・・・」

 

 恐怖のあまり引きつった顔で兵士長は語る。その怪物の像が示した、恐ろしい魔王の力の一端を、震える口調と恐怖感に彩られた口ぶりで克明に―――

 

 

 まず怪物は、周囲の穴だらけになっていた荒れ地を耕し始めたという。

 それは村人たちにとっては有り難いことであり、彼ら自身もいずれはやろうと思っていたことではあったが、その速度とやり方が尋常なものとは掛け離れすぎたものだった。

 

 怪物の像はすさまじい早さで大地を進み、遮る物はがあれば全て頭部に付いたオリハルコン並の強度を持つように見える円形の盾を前に出して突撃しながら破壊して進み。

 魚のヒレのような形をした、人の腕とはまるで異なる両腕を振り回しながら大地の中を、まるで海の中を及ぶかのごとき進み方で疾駆し。

 鳥の嘴のようにも見える先のとがった唇を開くと、希少なはずの水を絶えることなく周囲の耕し終えた大地に放出し続け。

 貧しい土地では非常に高価な水に目がくらんだ兵の一部が抜け駆けをして、像を独り占めしようと近づこうとしたが、まるで『兵士の姿が見えていないように無視されて』ただ土を耕す作業に巻き込まれただけで遙か遠くに見える山の向こうまで吹っ飛ばされてしまった・・・・・・。

 

 

「・・・おそらく我々など相手にする価値なしと判断したのでしょう。そして、その怪物が我々に与えた認識は間違いなく正しい・・・。聖光国に仕える兵として情けない限りではありますが、我々にはあの怪物を取り押さえることはおろか、ただ黙って見ている以外のことをする勇気など欠片も沸いてこなかったのですから・・・」

 

 

 そして兵士長が疲れ切った口調で語る話の最後によるならば、作業を終えた怪物は元いた場所まで一瞬にしてジャンプだけで戻ってくると、おもむろに村人たちに向かって歌を歌い出したと言うではないか!

 

 

 それは明らかに怪物そのものについて語っている歌ではなく、自分ではない別の何者かを讃えている異形の賛美歌。

 どこからともなく響いてきた音楽は、まるで修道院でシスターたちが子供たちに聞かせるためピアノを弾いているかのように綺麗な旋律。

 だが、音に併せて響いてくる歌の歌詞は、常人が聞いているだけで発狂しそうになるほど頭がおかしいとしか思えない、魔王を讃える賛美歌としか思えない異形の内容―――

 

 

【ああ、魔王様~♪ 魔王様~♪ 

 輝く瞳、そよぐ髪♪ 山より高く、海より深い♪

 どんなに晴れた、寂しい昼も♪ あなたを思えば怖くない♪

 どんなに明るく、悲しい場所でも♪ あなたがいるから、へっちゃら、ぷー♪】

 

 

 その歌が終わるとともに村人たちが唱和する。

 自分たちに祝福を授けてくれた偉大なる魔王様と、その魔王様をこの世界へ召喚してくださった偉大なる救世主の少女の名を讃えるためのコーラスを―――

 

 

『ああ、魔王様ったら魔王様♪ 我らが救いのアク様と魔王様~♪

 どんなに辛く、苦しい場所でも、あなた達さえいればヒラサカ天国、ぷー♪』

 

 

 

「・・・な、なんなのだ・・・? それは一体、どういうことなのだ・・・? ワシにはさっぱり判らん! 理解できん! そんな意味不明なことなど現実においてあり得るはずがないではないか!! 貴様! ワシを馬鹿にしておるなら許さんぞ!!」

「事実です! 誰が何と言おうと、智天使様に誓って私は自分の目で見て、耳で聞いた事実だけを親方様にお伝えいたしました!!! 聖光家に仕える者として嘘偽りは一言も申しておりません!!」

 

 強い口調で断言し返されてしまって、ビネッツォは何を言えばいいのか判らず唖然としたまま黙り込むことしか出来なかった。

 それでも兵士長は続ける。続けざるをを得ないのだ。このまま放置すれば間違いなく反乱が起き、民たちはこの地へ押し寄せてくる可能性すらあり得るのだから―――

 

「親方様! これは重大な事態ですぞ! サタニスト共に変わる、新たなる悪魔信奉者の集団が誕生してしまったかもしれないのです! しかもたった一匹で騎士団にも優る強大な力を持った怪物を戦力として与えられ、尚且つ怪物は魔王に従う者には実質の伴った恩恵すら与えてしまっている・・・・・・このことが今の聖光国に不満を持つ者たちに知られてしまっては民たちの反乱は避けられません!!

 親方様! どうか我らに指示を! 聖光国を守るため、聖光国に仕える者として我ら一丸となって親方様のご指示に従い、不詳なる身の全力を持って粉骨砕身して国と民を守り抜く聖戦に協力させていただきますれば!! どうか親方様!!! ご決断を!!!!」

 

「・・・・・・・・・イヤだ・・・イヤだ・・・・・・何でこうなったんだ・・・? なぜ貴族のワシがこんな目に遭わねばならなくなっておるのだ・・・? 誰のせいだ・・・? 誰のせいでこうなったぁぁぁッ!?」

 

 

 こうして、ビリッツォは事の次第を『最大限過小評価した内容』の報告を神都まで早馬で送り出し、話を聞いた聖女の一人を伝承に謳われた魔王討伐のため『一人で』赴かせることになるのだが・・・・・・。

 

 

 そのとき聖女が下した判断ミスは、現場の判断で勝手に報告書の内容を書き換えて、事態を過小評価させる要因となったと判断され、教会もまた彼が嘘をついて智天使様の威光を傷つけた大罪人として厳罰に処する以外にないと聖女姉妹のトップに通告することになるのであったが、心優しき聖女たちの長女が教会や貴族たちの不正と嘘に慣れすぎていたため真相が暴かれるまでには今少しの時間を必要とすることとなる。

 

 

 その間、ビリッツォ・ラングは生まれたときからの貴族として貴族らしく、苦労を知らない丸々太った栄養価の高そうな肉付きをしていた身体をストレスによって大幅に減量させられ、裁判に呼び出されたときには誰もが彼だと保証できないほど別人のように干からびた老人のようになっていたと裁判所の記録には記されている。

 

 そんな彼が残した数少ない言葉に、こんな一文があったと歴史が語る。

 

 

「魔王だ・・・魔王が全てを仕組んで、ワシを陥れたのだ・・・。そうでなければワシがこんな目に遭わねばならぬ理由がない・・・・・・」

 

 

 

 

 

「ふぇ・・・ぶぇぇぇぇぇっくしょい!! えーい、チクショウめー! です!」

「わっ! 魔王様、汚いですよ! お鼻拭いてくださいっ」

「・・・あー、失礼。なんか未来の時代から時の狭間とかを通って、私のことを誰かが噂してたような気がしたものですからつい」

「・・・??? えっと・・・なんについてのお話なんでしょうか? そのお話は・・・」

「さぁ?」

 

 

 こうして普段は凡人を自称して、ときどき魔王も自称するようになったロリエルフと、明るく優しい無邪気さが武器の少女による、愛と笑いと混沌を世界中にバラ蒔く旅は始まりを迎えたのであった。

 

 

――続く!!

 

 

*書き忘れていた『今話で使った元ネタ解説』

 カッパロボットと村人たちが歌っていた【魔王をたたえる讃美歌】の元ネタはスーパーファミコンソフト『クロノ・トリガー』に登場した序盤のダンジョン「マリノア修道院」にある隠し部屋で、魔王の石像に向かって魔族たちが捧げていた祈りの言葉を一部改造して使ったものです。




原作では2ページで終わるダメ貴族領主の不正シーン。
こういうシーンに限って力入れ過ぎて予想外に長くなりすぎるのが自分の欠点だと常々思い知らされます。本当に…。


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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第6章

深夜に起きたんですけど、録画番組の録画モードを変え終わるまでテレビが使えず、仕方なしに原作確認なしで書ける作品を書いた結果、書き途中だったコレだけ完成できましたので投稿しておきます。
そして今から執筆本番。設定しないと自動的には変わらないとはいえ、なんか無駄に時間使ったような気がしないこともありません…。


 ――智天使に守護された聖王国のある、この異世界には悪魔王の他に【七つの大罪】と呼ばれる魔族たちの王が君臨し、互いの領地を奪い合っている【魔族領】が存在していた。

 その地では、領地と配下を持つ魔族たちが大悪魔と呼ばれ『我こそは次代の悪魔王!』を名乗り魔族領の覇権をめぐって争い合っていたのだが「魔族同士で殺し合っても人間どもを喜ばせるだけ」と程々のラインで引き上げて互いに「勝利した」と喧伝し合うのが常となっていた。

 謂わば、群雄割拠の戦国時代でありながら「命を賭けて天下を望まぬ強者ども」が現状維持という安易な道を選んでいたようなもの―――自らの権威と地位を保持し続けるため擬似的な安寧と平和と戦争ゴッコを繰り返していただけの現状と化していたのである・・・・・・。

 

 その様な戦国の武人として『自らが滅びる覚悟なく天下を望む愚か者たち』に裁きを鉄槌を下すためかどうかまではいざ知らず、魔族領より遙か遠い聖王国の辺境にて【新たなる魔王】が異界の地より呼び出されていたことを彼らはまだ知らない。気付いていない。

 その名は、ちびっ子エルフのナベ次郎。

 『第六天より来たりし魔王』を自称する【七つの大罪】にプラスされた「八番目」の悪魔王たり得る候補異種族少女。

 

 ・・・「八番目」で「二代目」の悪魔王候補が「第六」とは、これ如何に・・・?

 

 それはきっと、四天王なのに五人いたり、七不思議なのに百個以上聞いたことあったり、東京ディズニーランドが千葉にあるのと同じような理由であろう。

 きっと多分おそらくはだけれども―――――。

 

 

 

 まぁそれはともかくとして。

 

 

 

 ・・・・・・所変わってここは聖王国、某所。

 一台の豪華な馬車が護衛隊に守られながら、僻地へと向かって行軍している姿があった。

 

 石畳の敷かれた神都と違い、この辺りの貧しい地域は道が舗装されておらず野ざらしのまま放置されているのが聖王国の常である。

 馬に乗って悪路を行く旅はヒドく揺れ、尻が痛くなることこそ人の世の伝統。それは、馬に乗った護衛隊の騎士たちも、馬車に乗った只一人の乗客である貴人中の貴人も例外ではない。

 

 ――今、馬車の車輪が石コロを踏んで「ガタン!」と大きく揺れた。

 客席の中から小さな悲鳴が響いた直後に、大きな声での叱責が飛ぶ。

 

「――痛ッ・・・、ちょっとアンタ! もっと気をつけて走ってよ! 魔王討伐の前に、私のお尻にアザでもできたらどうするつもり!?」

「も、申し訳ありません! ルナ様!」

 

 御者台で手綱を握った中年の男が、慌てて平謝りして首をすくめる。

 歴が長く経験豊富な彼としては、道の悪い貧しい辺境の馬車移動で尻にでき物ができるぐらいだったら別にいいじゃねーかと思いはするのだけれども。

 そんなことは間違っても言えない。死んでも言えない。死ぬから言えない。生きていたい。

 

「私はね、今から伝承に謳われる魔王を討伐しに行くのよ! その前に、お尻にアザなんか出来ちゃったらケチが付いちゃうじゃないの! あんた私に対する信心が足りないんじゃないの!?」

「も、申し訳ありません・・・この辺りは道も舗装されてないもんでして、多少の揺れはどうしてもその・・・」

「あんた・・・・・・それ、御政道への批判ってわけ?」

「め、滅相もない!」

 

 なにしろ自分が手綱を握った馬車に乗せているのは――聖女様のお一人なのだ。

 それも三人いる聖女様方の中でも特にワガママで、手を焼く性格であることが有名な末っ子天才少女の彼女相手にそんな無礼な口を叩いたら、下手しなくても火炙りの刑に処されかねない。

 

(・・・それこそ「“痔”になるよりはマシです、お気をつけください」なんて絶対に言えねぇー! 死んでも言えねぇ―! 間違いなく絶対に殺されるから絶対に言えねぇー!

 生きて嫁のところに帰り着くため、俺は命を賭けて聖女様の尻を無傷で守り抜く! 待っててくれ、母ちゃん!)

 

 他人にもし聞こえてたら誤解されて殺されること間違いなしそうな決意を心の中で固めながら、気弱そうな御者の中年男性はビクビクしながら手綱を手繰る。

 

 ・・・余談だが、老け顔に似合わず先月嫁をもらったばかりの彼は愛妻家で、もらったばかりの新妻も美女ではないが器量が良くて、オマケに彼好みの『前よりお尻りの方が好き』なタイプの女でもあった。顔が少し『臭作』っぽいのが理由かもしれない。そんな異世界エロゲー事情は誰も知らない世界だからどうでもいいのだけれども。

 

「し、しかし、他の聖女様はいらっしゃらないのでしょうか・・・?」

 

 痛みから気を逸らして紛らわせるために言ってやった世間話の定番内容も、わがままで気が立っている今の末っ子聖女様には逆効果になる。

 

「なぁに、それ・・・? 私一人じゃ手に余るとでも言いたいの!?」

「と、とんでもございません! ルナ様なら、お一人で十分です!」

 

 馬車の座席でふんぞり返りながら、只一人の乗客である貴人の少女が相手の反応に下がりかけていた機嫌を直す。右手で窓枠に頬杖をつきながら、左手は傍らの杖先に添え、椅子に座って足を組む。

 

 ウェーブのかかったピンク色の髪。瞳の色まで淡いピンク色。

 ゆったりとした修道服に包まれながらも、そこから覗く手足は細く長く非常に魅力的――

 

 まさに見た目“だけ”なら聖女様と呼ばれるのに相応しい容貌を持った彼女こそ、聖王国の頂点に君臨する三聖女の一人。

 

 【ルナ・エレガント】16歳。

 

 ・・・いや、あるいは質実ともにそろった聖女に相応しい存在とは彼女のような者なのかもしれない。

 もとより軍事力によって支配を正当化し、神の権威によって他国の影響力を有するに至った宗教国家の女教皇とはそういうものだ。建前ばかりを口にして、現実の行動とはいつも矛盾する言動を吐く。

 事実、彼女自身も上の姉二人も「聖女姉妹」と呼ばれながら血の繋がりは一切なく、『エレガント』という姓に相応しくなく生まれも貧しい。

 信仰心もあるようで無く、魔法の才能がズバ抜けているからというだけで聖女に抜擢された「聖王国体制を維持するための道具」として選ばれただけの存在である。

 支配永続のため兵器として、国内最強戦力として、豊かな暮らしと良い待遇でもって迎え入れられただけなのである。

 

 ・・・まぁ、辺境に建てられた瀟洒な邸宅で軟禁されてた白い悪魔な英雄殿よりかは大分マシな扱いされているんだけれども。

 本人が思っているほど『聖女様』という地位が、エレガントなものでないことだけは一応ながら事実ではあったのだった。

 

「フン、当然でしょう。いつまでもお姉様たちに負けてられないんだからっ!」

 

 まだ戦ってもいない勝利を確信した笑顔を浮かべながら、ルナ・エレガントは余裕に満ちた発言を放つ。

 

 ――なにしろ彼女は今から、独断専行で手柄を独り占めしにいこうとしている途中なのである。姉たちに知られて付いてこられたりした日には、自分一人が独占するはずだった【魔王殺し】の比類無き手柄と栄光が目減りしてしまう。だからその選択肢は断じてNO!

 

 実は彼女が、普段は豊かな神都で贅沢な暮らしに満足しているのに、こんな道が悪くて尻が痛くなる僻地へと向かって騎行しているのは、先日ビリッツォ・ラングから報告のあった『復活した魔王』を討伐して、他の姉たちに自分の実力を認めさせたいと考えた故であった。

 

 優秀な姉か兄たちがいる末っ子によくあるパターンとして、姉たちと自分の立場の違いを過剰に意識し「格下に見られている!」と思い込み、周囲に自分の方がお姉ちゃんたちより上なんだと認めさせなければ気が済まないお約束な部分が彼女の精神には多分に存在しており。

 

 平たく言えば、「お姉ちゃんたちが嫌いじゃないけど、好きなんだけど、比べられると何か腹立つから自分の実力見せつけて認めさせて、いつか自分に跪かせて屈服させてやるわ! オーッホッホッホ!」・・・と言う感じに反抗期のど真ん中ドストレートを地で突っ走っている思春期妹の典型例少女だったという次第である。

 

 そんな彼女が見つけた、手っ取り早く確実に自分の方が姉たちより上なんだと世間に向かって判りやすい形で知らしめられる都合のいい獲物が先日報告のあった【真の魔王】だった。

 

 智天使様を信奉する聖王国を治める聖女の一人として、彼の大悪を討伐することは大義であり使命であり、それを果たした聖女様こそ一番スゴくて偉くて強いのだ。

 魔王を倒すのを遠くで見ているだけだった姉の聖女たちには独断専行を咎め立てする資格や権利なんてあるはずなくなっちゃう存在なのである。

 

 形骸化しているとはいえ、いや形ばかりになっているからこそ、聖王国にとって【魔王討伐】という【聖女の使命】は大きな意味を持ち、高く評価される偉業となり得る。

 早い者勝ちで、やった者勝ちな、結果こそ全ての獲物なのである。

 

(――こんな美味しい獲物をお姉様たちと一緒に討伐して手柄を分け合うなんて冗談じゃないわ! 必ず出し抜いて、独り占めしてあげるんだから!

 そのために内緒で出発して、一人で討伐に来たんだからね! もっともっと急がせたいけど、内緒だから知られるわけにはいかないし~。あ~ん、私ったら魔法の才能だけじゃなくて策略の才能まであっただなんて・・・なんて、カ・ン・ペ・キ♪)

 

 自己陶酔ここに極まれり。

 魔法の才能だけは間違いなく天才的なんだけど、何故だか天才と呼ばれ育った人たちは自分のことを一点特化型の天才だと認められるだけでは飽き足らずに、全ての方面で才能を発揮できる万能の天才なんだと周囲の人に信じさせたがる奇癖を持っている人が意外と多い。

 

 ――降ってわいた手柄を他の者に譲ってはならない! 分け合うなど言語道断だ!

 必ずや姉たち二人を出し抜いてやる――ッ!!

 

 ルナ・エレガントは彼女なりに野望に燃えて、僻地へと向かう尻の痛い馬車の旅を絶え続けていたのである。

 たとえそれが彼女個人の自己掲示欲と見栄っ張りな性格から来ているだけであろうとも、彼女個人にとっては大事な想いであり誰にも否定させる気は無い。

 

(まさに完璧な計画!! 聖王国史上、最高の聖女という呼び名は私にこそ相応しいのよ! 他の誰にも相応しくなんか無いわ! エレガントとは私のためにある言葉よね!

 その美しさと完璧さを愚民どもに見せつけるためにも、魔王! 私の栄光の飾り付けとして使ってあげるから踏み台になるため待っていなさい! オ~ッホッホッホ――ッ!!)

 

 

 ガタンッ! ガタタンッ!!

 

「痛いッ!? お尻が痛い!? 私のお尻が割れるように痛かったわよ今の揺れは!? あんた私に天罰与えようとかいい度胸してんじゃないの! 表へ出なさい! 私がやってることが間違いじゃなくて正しいってことを完璧な勝利によって証明してあげるから!!」

「なんの話をしてらっしゃるんですかー!?」

 

 御者の悲鳴が、僻地へと到着し掛かっていた谷間にある道の中へ木霊する。

 聖王国が三聖女の末っ子、ルナ・エレガント。16歳。

 根が一本気で直情径行なれど、正義感が強くワガママとは言え、悪い事してると自覚できないほどには悪意的な性格になれず、かといって手柄の独占を我慢できるほどには大人でもない。

 

 まっ、要するに反抗期真っ盛りなお年頃の少女というだけの存在が、今の彼女の人格面を表す全てだったというわけであった。

 御者のオッサン、ご心労お察しいたします。ま~る。

 

 

 

 

 ――そして、その頃。

 聖王国の神都へと続く道で、一人の魔王が一人の子供を背負いながら楽しそうに騒いでいる姿があったことを聖女たちは知らない。

 

 

「わははははッ!!! 誰も私に追いつくことなど出来ません! ブラボー!!」

「わ、わわわわッ!? ま、ままままま魔王様魔王様魔王様!! はや、はや、早すぎますよー!? もう少しスピードを緩めてくださーいッ!?」

 

 

 ・・・・・・間違いを訂正しよう。

 正しくは、一人の魔王が楽しそうに笑いながら神都への道を全速力で疾走し、その背中に一人の子供が必死にしがみついて振り落とされないよう大声で悲鳴を上げて騒いでいたが正解である。

 

 モンクの高速移動スキル【アスリート走り】

 『ゴッターニ・サーガ』でも人気の高かった戦士系ジョブ専用の高速移動スキルを、障害物にぶつかって途中停止する恐れのない、MMO世界よりも広大なリアル異世界の荒野を利用して思う存分使用しまくり、無駄に必要MP消費しまくっている最中だったからである。

 

「お断りします! 何故ならアクさん! 私はこう思ってるんです! 旅は素晴らしいものだと!

 その土地にある名産、遺跡、暮らしている人々との触れ合い! 新しい体験が人生の経験に成り得がたい知識へと昇華する! しかし目的地までの移動時間は正直メンドウです!

 その行程を、この世界に生きる私の身体なら破壊的なまでに短縮できる! だから私は旅が大好きになろうと決めたんです! 聞いてますかアクさん? アクさ~~ッん♪♪」

「聞いてます! 聞こえてますからスピードを! もう少しだけでいいですからスピードを緩めてください! お願いしますから! 落ち、落ち、落ちちゃいそうですから私がー!?」

「わははははははッ!!!!!」

 

 軽快なフットワーク、「チターン! チターン!」と足が地面につく度に鳴る効果音。

 大凡、ファンタジー世界でファンタジー装備のエルフがやるような走り方ではないそれを、ナベ次郎は心の底から楽しみながら無駄使用を笑いながら繰り返し続ける。

 

 

 ・・・世界の広大さを体感してもらうため国から国へ、長距離の歩いて移動が基本となるMMORPGの世界では、必ずしも一度行ったことのある場所なら一瞬で移動可能な瞬間移動魔法が実装されているとは限らず『ゴッターニ・サーガ』でもそれは同様で、拠点として使えそうな大きな町の近くにワープ装置があるだけで他は基本的に歩きか、船か、飛行船を使って十分か二十分ぐらいの乗り物移動が楽しめるだけの仕様になっていた。

 

 とは言え、船も飛行船も使用頻度が多すぎる乗り物のため、利便性から『無料パス』が手に入れられるイベントが存在していて、一度でもをクリアすると幾らでも乗り放題になってしまって、時間がかかりすぎる歩きでの国家間移動は人気がなくなり世界観が縮んだように見えてしまうようになるのも必然的な帰結と言えるだろう。

 

 そこで『ゴッターニ・サーガ』の配信元は、より多くの娯楽性と歩きでのフィールドマップにイベント増やして新たにマップ増やす手間暇必要経費の削減とを同時に成立させるため複数の移動スキルを追加で実装していくようになっていった。

 

 

 その中でも、【アスリート走り】は人気のあったモンクだけが使用可能な移動スキルの一つである。

 無敵時間があるわけでもないし、他のパーティーが自動的に追尾してくれる訳でもないので性能的には微妙だったけど、とにかく速くて、見た目が良い。

 

 ファンタジー世界の道を、ファンタジーな装備に身を包んだ冒険者が、アスリートみたいな走り方で疾走しまくるのである。

 シュール過ぎる光景だったし、装備のエフェクトによってはホラーにさえなり得る。一枚絵を撮影保存するカメラ機能で撮った写真を募集するコンテストで佳作に入賞した実績もある。

 

 それ程までに好きだったスキルだ。異世界でも使用できると分かって、使いまくっても何かにぶつかって止まることなさそうな場所があったら、そりゃ使うだろう誰だって。それがゲーマーの業とも呼ぶべき、“癖”というものなのだから。

 

 

「アクさん! この世の理とは即ち速さだと思いませんか!? 物事を早く成し遂げればそのぶん時間が有効に使えます! 遅いことなら誰でも出来る! 二十年かければバカでも傑作二次小説ぐらいなら書ける! 有能なのは月刊マンガ家よりも週刊マンガ家! 週刊よりもジャンプ以外は日刊です! つまり速さこそが有能な証なのがこの世界の絶対法則!! そして特攻大好きでSTRとAGI極振りな私の自慢なのです~~~ッ♪♪♪」

「だから意味が分かりません意味が! あと、せめてスピード落としてからしゃべってくださーい!?」

 

 あまりにも異世界の理を無視しまくった、自分本位なやり方を力尽くで押しつけてくる身勝手すぎる横暴な振る舞い。

 だが、本来『魔王』とは、それをする存在の事を指している。

 

 「無い」はずのモノを「ある」ことにしてしまう。

 世界を律する法則のほうこそ、あたかも「間違った屁理屈」であるかのように人々を騙し、元々はなかったはずの自分の唱える理屈こそが最初から正しかったモノのように信じ込ませる。

 それまでの世界を支配した『理』を否定して過去へと追いやり、自らが定めた『魔王の法』を新たなる世界の『理』と定め世界と人々の心を支配する。

 

 それこそが魔王。

 旧世界を滅ぼし、『魔王が定めた法』によって新たなる世界を築いてしまうもの。

 文字通りの『魔法』使い。それこそが真の魔王である。

 

 大悪魔と呼ばれ、多数の配下と領土を支配しようとも、『魔族だから、人間だから、獣人だから』と誰かの決めた定義に従って、自分の種族のみが他の種族を支配すればいい等という考え方は所詮、【民族主義右翼の人外バージョン】に過ぎずない。

 唱える者が天使であれ、魔族であれ、獣人であれ、人間であれ、定義としては全て同じ。力の強い弱いの違いしかない。

 

 誰かの決めた法則に自ら従うことを決めた、『誰かの臣下』でしかない者に魔王の名も、魔王の座も相応しい訳がないのだから――――

 

 だからこそ。

 

 

「俺たちの放った矢の雨をアッサリかわすたぁ、中々やるな。俺はここいら一帯を支配している山賊団【土竜】の頭領、オウンゴール。お前の名は―――」

 

 

 

「邪魔――――ッ!!!! そこ退けそこ退け、私が通るんですからね――――ッ!!!」

 

 

 

 バコ―――――――ッン!!!!

 

 

『へぶ―――――ッし!?』

 

 

 荒野にエンカウントする山賊とか言う、なんか定義的に良く分からない連中に襲われても会話などしない。

 『Bダッシュ中に使える跳び蹴りで纏めて倒すと気持ちいいよね♪』を実行するだけで、敵に生き残りがいるかどうかなんて気にもしないし、倒した後に落としてくれる(場合もある)小銭なんて一々拾いに戻ろうともしない。

 

 天上天下唯我独尊。それこそが魔王の在り方である。

 いちいち定義づけに拘って、世界の理やら役職名に伴う義務やらに支配されたがっている無能魔王共と【第六天より来たりし魔王を楽しんで自称する者】とを一緒にしないでくれたまえよ皆様方!? こんなのと比べるのは先方に対して失礼過ぎるというものだから!!

 

 

「他人に運命を左右されるとは意思を譲ったと言うことです! 意思無き者に文化無し! 文化無くして私は無し! 私をなくして私がないのは当たり前ェェッ! だからッ!

 私は私のやりたい時には好きにやるのですよ! ミノリさ~ん!で良かったですよね名前ー!?」

「知りませ――ッん!? 誰ですかミノリサンって―――ッ!? あとスピード落としてください! 私がもう限界寸前のバッドスピードを―――ッ!!!???」

「ワハハハハッ!! さぁ、もっと行くぞ! ラディカル・グッド・スピード!!!」

「きゃ――――――――――――ッッ!!!!!?????」

 

 

 神をも恐れず、天使をノリで蹴って寿命を縮めさせ、悪魔王の頭蓋を握り潰した特攻エルフのネタ少女がノリにノルとき理屈は通じず、道理は蹂躙され尽くされる。

 

 ・・・・・・そして後ほど、冷静さを取り戻した後に地面を転がりまくって悶え苦しみ、自らがまた犯してしまった過ちへの後悔で、自らの心を煉獄の炎で焼いて無かったことにしたい黒歴史を増やしていくのだ。

 

 人類はなにも学ばないが、魔王だってなにも学習しようとしない。

 ――だから毎度のように倒されては復活して同じ事やって、また負けて倒されて復活してを繰り返す存在なんですよね、きっと。

 

 

 そんな魔王少女を倒すために、プライド高いせいで懲りない性格の聖女様が立ちはだかってきたとき、世界の理はどう変わり、どう塗り替えられてしまうのか?

 

 

「よぅよぅ、嬢ちゃん。さっきはよくもやってくれたなァ・・・・・・落とし前つけさせてもらうぜ!

 テメェらみたいなガキなんざ、俺たちを吹っ飛ばすのに使いやがった妙な魔法にだけ気をつけていれば大したこたぁねぇ!! 野郎共!! やっちまいな!!」

『応ッ!!』

「魔法がなんですって? 魔王討伐に来たら、薄汚い山賊までいるなんてね・・・。

 まっ、オマケで倒して私を飾る栄光の一部には使ってあげるから感謝しなさい!!」

 

 

 それは今から結果によって分かること、分かり易く示される未来世界の新たなる理・・・・・・

 

 

つづく

 

『次回予告というか使う予定のネタ』

 

 ナベ次郎たちは魔物の群れに襲われた!

 聖女「ルナ・エレガント」が現れた!

 

ルナ「ちょっと!? 誰が魔物なのよ誰が!? 私どう見ても人間じゃないの! ニ・ン・ゲ・ン!!!」

 

ナベ「問題ありません。主人公に襲いかかってきて戦闘して倒せる存在はぜんぶ敵モンスターです。人間系のモンスターなんて『ロマ・サガ』じゃ珍しくもなかったですからね。だから大丈夫です、問題ありません」

 

アク「魔王様・・・・・・いくら何でも言ってることと行動が、魔王様過ぎると思います・・・・・・」



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~8章

あらためて見直したら最近『リスタート』ばかり書いてたことに気付いて、慌ててアークⅡの方の次話も完成させました。気付かなかったとはいえ、流石に『試作品集』で同じのばっかはダメです。大変失礼いたしました。
急いで書いたため誤字とかは多いかもしれませんけど、内容的には想定してた通りに書けたつもりでおります。
今回の内容は、『白の家』でミリルとエルククゥの出会い回です。


「いやはや、先ほどは驚かせてしまって申し訳ありませんでした」

 

 エルククゥは困ったような笑い顔を浮かべながら、自分の後ろをついてきている少女リーザに声をかけた。

 場所はインディゴスの町にあるストリート、時刻は闇医者のラドにリーザを治療してもらった翌日の昼近く。

 一日おいて大事をとってから、リーザは動いても問題ないと判断したエルククゥに連れられて彼女の古巣である『ハンターズギルド・インディゴス支部』へと続く道をまっすぐ進んで案内されている途中で交わされている会話であった。

 

「・・・まぁ、たしかに驚かされたのは事実だけどね」

「本当にすいませんでしたね。彼女にも悪気はないのですが・・・」

 

 相手に合わせるようにリーザもまた苦笑しながら返事を返し、エルククゥも釣られるように肩をすくめる。

 

 ――あの騒ぎの後、エルククゥによる半殺しにされるぐらいの覚悟を持って行われた必死の事情説明によって、ミリルの誤解を解くことはなんとか成功することができた彼女だったが、半殺しされる危険が去っただけで気まずくなった雰囲気まではどうすることもできなかったため、クールダウンする時間が必要だと判断してリーザに自分の仕事であるハンターとしての稼ぎ方を教えておこうと、かつて見習いだった頃にお世話になっていた『インディゴスの町・ハンターズギルド』まで足を伸ばすことに決めたのである。

 

「このままシュウさんの好意に甘えて、タダでお世話になり続けるのも居心地悪いですからねぇ。せめて自分たち居候の食い扶持ぐらいは稼いでこないと肩身が狭すぎますし」

 

 そう言って、翌日のけだるい朝を(低血圧なのでね?)ソファから起き上がりなら、寝起きから二人の美少女顔が目の前に二つもあったことに内心では驚愕しつつ、彼女たちの内片方に向かっては、こう付け加えたのだった。

 

「それにリーザさんにも、敵に襲われたときの対処法を覚えてもらう必要性があります。私たちが片時も離れず彼女を守ってあげられるという保証もありませんからね。

 もし一人になったときに敵に襲われたときのため、彼女自身にも対応できる技術と知恵を身につけておいてもらうのは、生き残るためにも必須のことです。

 人を殺すのは無理だとしても、せめて“自分が生き残るための術”だけでもね・・・」

「なら私にも手伝わせて!」

 

 そして、案の定というか予想通りと言うべきなのか、声をかけてない方のもう一人の少女でもあるミリルから、教師役の自主志願が食い気味に横から発せられてきた。

 昨日と違って純粋にリーザを思っての言葉であり、罪悪感からきている使命感も重なって退けるのが難しい類いの善意による申し込みだったが、付き合いの長いエルククゥにはこういう時の対処法はとっくの昔にできあがってしまっていた。

 

「う~ん・・・戦力としては確かにありがたいんですけどねぇー。初心者用のクエストを受注するだけの初仕事で、いきなりベテラン二人が引率役として付いてくるのも流石にどうかとも思ってしまいますねぇ。

 安全ではありますけど、安全すぎるのではないかなと。生き残るための訓練としては戦力過剰すぎますから」

「う゛・・・。そ、それは・・・・・・」

 

 こう言われてしまうと、ミリルとしては返す言葉がない。

 もともと自分の感情的になりやすく“変えられてしまった体質”と、一度でも感情が爆発すると抑えが効かなくなってしまう暴走癖は彼女自身も欠点だと自覚しているところであり、力を使う者としての向き不向きというものがあることも熟知している。・・・相当数の実害という教科書を目に見える形で作り出してしまって前科がある身なのでね・・・。

 

 だから彼女としては、リーザに迷惑をかけてしまったことへのお詫びもかねて手伝いたい気持ちはあるけど、それが却って迷惑をかけてしまわないかという不安にも直結してしまい、どちらを優先すべきなのか迷ってしまって容易に答えが出せなくなってしまったのだった。

 

「ミリルさんはアパートに残って敵から私たちの帰ってくる家を守ってください。あなたは一人でもそれが可能な実力と実績を示しているのですから信頼できます。これは私の本心ですよ?」

「・・・うん・・・わかってる・・・。わかっては、いたことなの・・・・・・」

 

 そんな彼女の頭に優しく手のひらを置いて、あやすような声音で言ってきてくれたエルククゥに『頭で分かっているだけで、体と心が言うことを利かない自分』を自覚している彼女は顔を伏せて大人しく素直にアパートで待機する提案を受け入れたのだった。

 

 

 ――ちなみにだが、あのまま迷った状態で放置すると感情が爆発して魔力も爆発されたことのある過去の黒歴史を彼女自身は覚えていないが、エルククゥは思い出して一瞬だけ冷や汗かいたことは内緒である。

 

 

「普段は穏やかで優しくて礼儀正しいお嬢様みたいな人なんですが、感情が高ぶると別人みたいに冷徹で冷酷で、それでいて中身は激情に燃えている怖い人みたいになっちゃう悪癖があるんですよねぇー。いやー、私もあの体質だけは困っちゃってますよぉ~。

 もともとは“あんな体質”じゃない人だったのに、ある日を境に豹変しちゃいまして。いやー困った話ですね、本当に。HAHAHA」

「そ、そこまで人が変わるほどのことが起きてたの!? 一体ミリルさんの身には何が起きたことがあるのよ!?」

 

 軽い言い方で印象緩和してるように見えなくもないけど、フツーに考えて重すぎる内容に行間に隠された出来事が気になりすぎてリーザがエルククゥにくってかかり、相手の方も「まぁまぁ、落ち着いてください」と宥め賺しながらも誤魔化すつもりは微塵もなく。

 

 もとより―――“その場所のことを知っておいてもらうために”彼女一人だけをアパートから連れ出して、衆人環視の中で一人一人の会話に誰も興味を持たない場所までやってきていたのだから・・・・・・。

 

「・・・私たちが出会ったのは、どこかにある研究施設の中でしてね。そこには様々な特別な力を持った子供たちが集められていましたよ。

 何らかの実験のため“研究に役立ってくれ”と、私たちを施設まで送り届けてくれた黒服さんから最初に言われたことを覚えています」

「!! その施設って・・・・・・まさかッ!?」

 

 そこまでの話を聞かされて、リーザもまた顔色と自身の心情をガラリと一変させる。

 今さっきまでミリルの抱える精神的問題について語ってくれるために自分だけ連れてきたものとばかり思っていたのだが、とんでもない勘違いだったと今の発言で気付かされたからである。

 

「ええ、おそらく貴女が想像したとおりで合ってると思いますよ。だからこそ私があの時、貴女を放っておいて自分一人だけ逃げようなんて気持ちは少しも沸かなかった理由も含めてね」

 

 相手の反応から、自分が思っていた相手への評価が正しかったことを知らされたエルククゥは少しだけ嬉しく感じて方唇を上げ、シニカルな笑いを形作る。

 リーザは純朴で優しくはあっても頭のいい少女であり、知識は足りなくとも頭の回転は悪くない。むしろ標準と比べれば良い方だろう。

 

 ――もちろんリーザは自分の問題でなくとも、ミリルの抱える心の問題の話を真剣に聞くつもりだったと思うし、解決のため自分に出来ることがあったら本気になろうと思ってと思う。

 初対面ではあったし、最初の感情的ぶつかり合いは記憶に新しいけれど、彼女たちにはなんとなく悪意や敵意を持ち続けられない何かを感じさせられ合っているようにエルククゥには感じられていた。

 

 ――とは言え、その本気はあくまで『ミリルの抱える問題解決のために手伝う』という類いのもの。

 自分自身が部外者ではなく当事者だったと知らされた前と後とでは問題との向き合い方が根本的に別物となる。

 それは問題解決にかける想いの熱量とも本気度とも異なる、全く別次元の違い。

 本来なら自分が手伝う義務のない他人事を本気で手伝うことと、自分が当事者として関わる問題を本気で解決しようとすることが同じであるわけがない。

 

 自分の抱える問題を、自分が本気で解決しようと努力することは当然であり、誰のせいに出来ることでもないし、誰かのせいにしていい事でもない。

 自分がやるべき「義務」として解決するのだ。「権利」として助けてあげたいと思った人を手伝うこととは全くの別物なのは人として当然のことでしかない。

 

 リーザの中で、ミリルは早くも友人のように捉えている風に見えたからこそ、『自分たち三人とも』全員が抱えている共通の解決すべき問題として情報共有をしておくべきだとエルククゥには感じられて、その予想が当たっていたことは素直に喜ばしいことだと思えたから。

 だから彼女に向かって笑いかけながら、重い出生の事情と過去話をする気になることができたのだから・・・・・・。

 

 

「――私は、炎を操る力を代々受け継いできたアルディア辺境の部族出身者でしてね。

 私もその力を受け継いでいた一人だったのですが、子供の時に一族を皆殺しにされていましてね。

 突然現れた軍隊によって、村はあっという間に焼かれて、私も兵隊さんたちに連れて行かれてしまったのですよ」

 

 おどけた調子で言いながら、目は全く笑っていない底の見えない瞳をリーザに見えないよう空を見上げて、なにを思っているのか全く読み取ることの出来ない楽しそうな忍び笑いを漏らしながら自分たちの事情についての説明を続けるだけ―――。

 

「村を焼かれた私が白い船に乗って連れて行かれた場所は、『白い家』と呼ばれる施設でしてね。壁も床も天井も、私たちに与えられた服までもが白を基調とした清潔な色にまとめられた綺麗な場所でした」

 

 そこに初めて連れてこられた瞬間に感じてしまった感情は、未だに忘れることが出来ません、とエルククゥは今度こそ心の底から楽しそうな笑い声を上げながらそう言って、

 

 

「――なんて『薄汚い色だけで出来た場所なんだろう』と、生まれて初めて心底から嫌悪感を感じさせられた時の、あの感情だけは未だに忘れられません。たぶん一生覚え続けているのでしょうね・・・。

 白い壁の向こう側に広がる、醜い本音の汚すぎる黒色を隠すため厚化粧しているようにしか見えなかったものですからね。

 それぐらい、嫌で嫌で仕方がないくらいに薄汚くて気色の悪い白色で塗り固められた、気持ちの悪い建物でした・・・・・・」

 

 

 リーザは初めて聞かされた、エルククゥの“その声”を耳にした瞬間、思わず「ゾッ」とさせられ無意識の内に半歩だけ後ずさる。

 それ程までに、エルククゥが放った“その声”には何かが込められていて、そしてナニカが致命的なまでに欠落していたようにリーザには思われたから。

 エルククゥ以外の者も含めて、彼女は今まで生きてきて、あんな思いをさせられる声を聞いたことがない。

 一体なにが、彼女の心にそこまで悪影響を及ぼしてしまったのだろう・・・?

 

 リーザの疑問に直接的には答えることなく、エルククゥの語る説明の続きが不吉な彗星の尾のように彼女の耳朶を通して、心と記憶に深く深く浸し続ける。

 

 

「私は少しだけ複雑な家庭の事情をもって生まれてましてね。そのせいで『白い家』に連れてこられたばかりの頃は見るものすべてに“裏側”を見いだしてしまって、綺麗なものほど汚く見えてしまっていた・・・・・・いえ、むしろ『綺麗な色であればあるほど内側は汚い』という固定概念に縛られていたように今では思っています。

 そんな心を持っていた頃の私が『白の家』に連れてこられた当日に、彼女と“もう一人の親友”と最初に出会うことが出来たのは・・・・・・おそらく単に運が良かっただけだったんでしょうね・・・そうとしか考えられません。それ以外にはあり得ないくらい、救いようのない生き方しか、それまでの私はしてこなかったのですから・・・・・・」

 

 

 急速に、エルククゥの記憶は過去へと遡る―――――――。

 

 

 

「これから、お前はここで暮らすんだ」

 

 自分の左右に立って、公園のあるその部屋まで連れてきた男たちの片方が言う言葉を聞くとはなしに幼いエルククゥは“聞き流していた”

 

「何の不自由もない生活だ」

 

 反対側に立つ、もう一人の男も同じような口調で自分の方へと顔も向けずに言ってきている。

 おそらく逃亡させないようにするための見張りも兼ねていた男たちなのだろうが、相手は所詮ガキだと侮り見下しきって油断しているのが丸分かりの言い様に、エルククゥは内心で侮蔑を禁じ得なかった。

 相手がなにも知らず、なにも解らないガキだと思って油断している。

 

「まぁ、せいぜい研究のために役立ってくれよ」

 

 そんなだから、こうして要らぬことを言ってボロを出す羽目になる。

 ガキだと思い、『何を言ったところで問題にはならないだろう』と油断しているから、こういう初歩的なミスをするのだ、間抜けめが―――。

 

「・・・・・・」

 

 声には出さずに心の中で、背中を向けて去って行く強面なだけで中身のない脳味噌まで筋肉で出来ているかのような黒服バカへと別れの罵倒を放ってから、あらためて彼女は『白の家』に最初の一歩目を歩き出した。

 

 ―――たとえここがドコだろうとも、連れてこられた直後に脱走することは不可能だろうことぐらい、生まれた事情故に早熟に育ってしまったエルククゥには分かり切っていることだったから、最初は誰かと仲良くして場に馴染もうと考えたからだった。

 

 他の子供たちと同じように暮らし、「コイツも所詮は他のガキ共と同じ馬鹿ガキだ」を思わせて油断させなければ脱走なんて上手くいくはずがない。

 この場所の地理や、監視役の位置なんかも把握しておかなきゃならないし、いざという時のために武器になりそうな物も見つけておかなければならないだろう。

 

 やることは沢山あったけど、それにはまず最初に“普通の子供らしく”見せてやる必要があった。

 ここに連れてきた連中が「研究のために」自分を「役立ってくれ」と言って放置したなら、この場所全体が常に奴らの見張りを受けながら生活させられる場所だと考えた方がいい。

 自分が育った部族でだって、儀式の生け贄に用いるため動物を捕らえてきて籠に入れて飼育して、必要な部位になるまで育つのを見張りながら餌をやり続けていたのだから、ここでだってきっと何も変わらないに決まっている。

 違うのは、儀式の生け贄に使うために飼われるのが、動物ではなく自分たち人間の子供たちだってことぐらいだけど、それすら大した違いとは幼い頃のエルククゥには思うことが出来なかった。

 

 村に置いてあった『図鑑』という書物の中では、昆虫たちの死体に釘が刺されて磔にされて、まるで見世物ののように彼らの生態について死体の下に書かれていたのを彼女はハッキリと記憶している。

 人間にとっての虫が、その程度に扱っていい命でしかないとするならば、人間のことを虫ケラのように思っている奴らがいたら図鑑と同じ事をするだろうと、幼心に声には出さずせせら笑いながら過ごしてきた幼少のエルククゥにとって、人と人以外との間はそれほどまでに“距離がなかった”

 

 見た目と身体は違っても、結局は同じ生き物だ。中身は同じ薄汚いものだけで出来ている、汚い生き物同士でしかない。

 だから外見の違いなんて大した違いになる訳がない―――

 

 そんな風に考えていた幼い頃のエルククゥだったから、仲良くなる子供たちは誰でも良いと思っていた。

 どうせ逃げるための道具に使うだけなのだ。いざとなったら切り捨てるだろうし、その事で罪悪感なんて感じる事なんて全くないと、使うよりも遙か前の時点から確信できてしまうほど―――どうでもいい存在でしかなかったから・・・・・・。

 

 そんな時だった。

 

 

「何だ、新入りか?」

 

 自分を見つけて走って近づいてきてくれた、都合のいいカモの子供二人の内、男の子の方が先に声をかけてきた。

 思わず、精神的にたたらを踏んで、呻いてしまいそうになったことを覚えている。

 

 理由は分からない。ただ相手の言葉と声から、今まで自分が思っていたナニカを根底から覆されるかのようなナニカが感じられたような気がして、後ろめたさを覚えてしまったからだ。

 

「ジーンたら、えらそうに!」

 

 もう一人の女の子が、男の子の言い方を注意するように振り返って言ってくれていた。

 信じられないほど綺麗な女の子だった。

 さっきまで汚い色だと思っていた、『白い家』の子供たち全員が与えられて着せられている白い服まで、彼女が着ると綺麗な色だけでできているとしか思えないほどに。

 

「あなた、名前は?」

「・・・・・・エルククゥ、です・・・」

 

 答えるまでに意図的でない、間が空いたことをエルククゥは不本意ながら認めざるをえなかった。

 彼女はあまりにも綺麗すぎたからだ。自分が今まで思っていた汚い生き物である人間観を固定概念でしかなかったのだと額縁付きの証拠を示されて証明されてしまっているかのようでヒドく不愉快にさせられずにはいられないほどに。

 

「エルククゥ、いい名前ね。

 私はミリルって言うの。こっちの子は、ジーンよ」

 

 そう言ってニコリと微笑んできた彼女――ミリルの綺麗な笑顔が、あまりにも不愉快すぎて、

 

「仲良くしましょうね」

「・・・・・・ここは、どこなんでしょうか? なんで私は、ここにいるのでしょうか・・・? 頭が、痛くて・・・何も思い出せないんです・・・・・・」

 

 そんな風に“言う予定だったセリフのための演技”で頭を押さえて蹲り、ミリルの顔を見なくて済むよう視界から閉め出す。

 

 エルククゥは『白の家』に着いた直後、職員の一人に渡された「薬」を飲まされている。

 それは彼女の記憶にある味のする薬・・・・・・“麻薬”の味がする薬だった。

 

 もともと、彼女を育ててくれた炎の精霊を崇めるビュルガ族だけでなく、昔ながらの生活を営む部族という集団には、儀式の際に麻薬の原料となる植物を用いる伝統が受け継がれていた事例は多い。

 部族の言い伝えで禁忌とされていた『青い炎』を生まれながらに使いこなせていたエルククゥは、いざというとき精霊様を外敵から守るため『兵器』として育てられてきた経緯もあった。

 その力が自分たちに向けられることなく、外敵のみに向けられて、さらには生涯で一度も使うことなく平穏無事に皆が生きて死ぬことが出来たらそれはそれで良いことだったという事情もあっただろう。

 

 その様な複数の事情によりエルククゥには、ある程度“脳を壊しておく必然性”がどうしても存在せざるをえない立場として育てられてきてしまっていた。

 伝統的に麻薬の原料を服用し続けてきた部族には、適度な麻薬の使用量を目分量で計れる経験則が積み重ねられてきていたから、誤ることなく正確にエルククゥの脳の一部はすでに“壊された後だった”から、『白の家』が用意した他の誘拐してきた子供たち基準の麻薬量程度ではハッキリ言って当時の彼女にとって効果が出るには“少なすぎる量”でしかなかったのである。

 

「大丈夫?」

「こいつ、まだ薬が残ってるな」

「薬・・・?」

 

 だからこそ、「薬を飲まされて効果が出ている」と監視者たちに信じ込ませるため演技する必要があった。

 下手に聞いてないことがバレると、薬の量が増やされてしまう。ここから脱出するときのため可能な限り自分の脳味噌と理性と記憶は維持し続けておかなければならない。

 

「エルククゥ、ここに来た子はみんな薬を与えられるの。そのせいで、昔の事みんな忘れているの」

 

 あっけらかんとした口調とは真逆に、エルククゥの体調を本気で気遣う声でミリルが言う。 

 

「でも、大丈夫。記憶なんてなくても、みんな楽しく暮らしているわ」

 

 果たしてその発言は、薬の効果だけによるものだったのか。

 あるいは、ミリル自身に“思い出したくもない”“忘れておきたいほど辛い過去”があった故なのかは当時のエルククゥには分からなかったし、今のエルククゥにだって分かっていない。

 

 でも、だけど――――。

 

「さぁ、こっちにいらっしゃい。みんなで一緒に遊びましょう!」

「・・・・・・はい。今日からよろしく、おねがいします。ミリルさん・・・・・・」

 

 

 差しのばされた彼女の綺麗な手を取って、彼女たちが楽しく遊んでいる方へと走って近づいていく側になった自分の気持ちにだけは嘘はなくて本心だけだったと、今も昔も変わる事なくエルククゥには断言できている――――。

 

 

 

「・・・・・・私はあの時、分不相応にも憧れてしまったんですよ。

 自分も彼女のように綺麗な存在になれるかもしれないと。彼女のそばにいて彼女と過ごし続けていれば、いつかきっと薄汚れた自分の心も綺麗になる日が来てくれるんじゃないかと。

 浅ましい願いを抱いてしまって、怠惰な日々に甘え続けるだけの日々を無駄に送ってしまったのです・・・・・・」

「エルククゥ・・・・・・」

 

 話が一段落したとき、思わずリーザは辛さを堪えた表情を浮かべてエルククゥが過去に抱いた思いを「間違っている」と否定したい衝動に駆られ、それを抑えるため全力で努力しなければならないほどだった。

 

 どこも浅ましくなんかない。人として当然の慎ましやかで誠実な願いじゃない!と心の底から言ってあげたかった。

 でもそれが言えなかったのは、まだ彼女が“そう思ってしまうようになった理由”を聞いていなかったからである。

 エルククゥだったら、自分が思いつくぐらいの気持ちはすぐに考えつくはずなのに、今のような考え方をするようになったのには必ずや訳がある。

 そしてそれは恐らく、ここから続く話で聞かされる中に含まれているのではないか・・・そんな気がリーザにはしていた。

 

 そして、幸か不幸かリーザのエルククゥに対する信頼は正しく正当なものだった・・・・・・。

 

 

「私は自分が彼女たちのように綺麗になりたいと、普通の子供たちのようになりたいと目指すあまり、自分自身が生まれ育った特殊で異常な境遇を過小評価してしまっていくようになったんです。それが誤りのもとでした・・・・・・」

 

「『白の家』に連れてこられてから数年か、もしくは数ヶ月なのか、少なくとも時間感覚が希薄になるぐらいの期間が過ぎてきた頃。

 少しずつ、少しずつ、日が経つごとに同じ施設内にいた仲間の子供たちが減り始めている事に気付いた私は危機感を思い出し、焦りを抱いていました。

 もともと普通の家庭で育てられたわけでもない異常な子供が、普通の子供に憧れて猿まねを演じる事に躍起になって過ごしてきたのです。当然のように取るべき行動を間違えてしまうことになりましたよ。

 私達は碌な逃亡計画も考えないまま、監視の目を盗んで部屋を抜け出し、何の計画性もない発作的で衝動的な恐怖感故の脱走を実行に移してしまい、しかも間の悪い事に忍び込んだ廊下に並ぶ部屋の一つで嫌すぎる実験の光景を見てしまいましてね。

 怖くなった私は、せめてミリルさんだけでも助けようと施設から逃げ出し、何の当てもないまま我武者羅に、テキトーにそこいら辺をほっつき回った挙げ句、自分たちだけが逃げ出すために目につく物すべてに火を放ち、森も燃やし、とにかく彼女だけでも生き残れればそれでいいと、彼女以外のすべてを灰にしてもいいつもりで燃やしまくって逃げまくって、そして――――当然のように行き倒れてしまったというわけです」

「・・・・・・・・・」

「アハハハ、考えてみなくても当然の結果ですよね? ドコにあるのかも分からない秘密の研究してるヤバい研究所から、手ぶらで子供二人が逃げ出して追っ手から逃げ延びられたとしても、その後絶対に飢えて倒れて死ぬ。

 当たり前の結末なのに、その程度の常識すら考えつけなくなっているほど私は普通の子供になろうと無駄な努力をしすぎてしまっていたのですよ。

 たまたま通りかかったシュウさんが、砂漠で倒れていたらしい私たちを運良く見つけて保護してくれなかったら間違いなく二人とも、あの世でしたからね~。いやー、生きているというのはそれだけで実に素晴らしいと実感させられた瞬間でした。感じるには早すぎる早計に過ぎませんでしたけれども」

「・・・・・・・・・」

「結果的に、過ちに対しては罰がくだされました。それも過ちを犯した私にではなく、私を罰するために私が助けようとしたミリルさんに対して、でしたけれども」

 

「私に効かなかった薬が、ミリルさんには大きな悪影響を及ぼしている可能性に私は思い至ってあげる事が出来ませんでした。自分には効果がなかったから油断しきっていたのでしょう。

 その結果、禁断症状が出た。シュウさんに拾われて助かった直後から、彼女は激しい目眩と吐き気、記憶障害などありとあらゆる麻薬中毒による禁断症状に襲われて長期間の入院とリハビリが必要不可欠となるほどの重体に陥るまでに至ってしまった。一時は重篤にまでなったほどです。

 精神がアンバランスで、感情の抑制が効きづらくなったのは、その頃から出始めた悪影響で、ときどき夜中に悲鳴を上げて飛び起きて私が一緒に寝てあげないと怖くて再び眠れなくなる時期すらあったほど酷いものだったんですよ」

「・・・・・・」

「私の甘さが、ミリルさんの心を苦しめ続ける日々に閉じ込めてしまう結果を招いたのです。私なんかが分不相応に綺麗になる夢なんか抱いてしまわなければ、こんな無様な結果にはさせなかったのに・・・。

 研究所から逃げ出すとき、まだ残っていた仲間の子供達を犠牲の羊にして、自分たちだけが助かるために利用して見捨てて逃げ出した、薄汚い自分こそが本性なんだともっと早く気付いて受け入れていたら、あんな苦しみをミリルさんに味あわせたりなんて絶対に絶対にさせなかったのに・・・ッ」

「エルククゥ・・・・・・」

 

 

 想像していたより遙かに重く、そして大きすぎる自責の念と、その理由にリーザは思いついていた慰めの言葉を発することが、どうしても出来なくなっていた。

 あまりにも重く、同じ体験をしたわけでもない赤の他人が、知ったような口で慰めの言葉を発していい事情ではないとリーザにはハッキリと解っていたから。

 

 だからこそ、彼女は敢えて慰めの言葉を吐く。

 安易と承知で、無責任きわまりないと承知の上で。気休めでしかない綺麗事をまくし立てる。

 

「大丈夫! その研究所にいた子供達も生きていて、あなたが助けに来てくれるのを今でも待ってるわ! ジーンっていう男の子だって、きっと生きてる!

 それなのに貴女がくじけてどうするの! さぁ、立って! 歩き出して! みんなを助け出すために!」

 

 どれほど過去に犯した過ちを後悔して、罪悪感に打ちひしがれたところで、犠牲になった人たちは誰も救われない。喜ばない。

 ただ自分が苦しむだけで、それでは犠牲になった人たちが何のために犠牲になったのか、まるで解らなくなってしまう。

 たとえ生き残りが一人しかいなくとも、エルククゥにできる償い贖罪は、彼ら研究所に捉えられている子供達を救い出すことしかあり得ない。

 どれほど辛くても、どんなに苦しみ続けてきたとしても、『自分たちだけ助かってしまったエルククゥ』より、研究所に残されている子供達の方がかわいそうな事実は変えようがなく、その事実をエルククゥ自身が誰よりもよく理解している性格と頭脳の持ち主なのだとリーザはすでに知っているから。

 

「それに・・・そんなの全然、エルククゥらしくないよ・・・・・・」

 

 だからこそ、慰める。慰める事で発破をかける。

 立ち上がれ、救い出すために歩き出せ!――と。

 そうすることでしかエルククゥには、エルククゥ自身を救い出す方法がないのだと、短い付き合いながらもリーザは既に彼女の救い主の性格を熟知していたから。

 

「リーザさん・・・・・・」

 

 つぶやきながら、バツが悪そうな表情を浮かべて頬をかくエルククゥ。

 正直、ここまで気分を出すつもりはなかったのだ。それが要らぬことまで喋った結果、悪漢共から救い出してきた女の子に慰められる為体。実に情けない。

 

「つまらない話をしてしまいましたね・・・・・・ここまで話すつもりはなかったのですけど、まだまだ私も未熟なようです。身の上話なんてハンターが語るような代物じゃなかったというのにね」

「つまらない話だなんて、そんなことは・・・」

「いえいえ、重要な事ですよ? 『他人の過去を聞くは無用。語るは無作法』それがハンターの常識です。これから仕事に行く場所なんですから、リーザさんも覚えておいてくださいね」

「うわー、シビアな世界の裏社会だなー」

 

 わざとらしく道化合う二人の少女達。

 先ほどまで漂っていた重苦しい雰囲気はそこにはなく、ただナニカを目指し求めて前を向いて歩く二人の男女の姿だけが、そこにはある。

 

「無駄話が過ぎましたが、ようやくハンターズギルド到着です。頑張ってお仕事して稼ぐといたしましょう。このままタダで、シュウの世話になり続けるのは格好がつかないというものですから」

「そうよ、その意気よ!!」

 

 元気よく賛同して、扉を開けて中へと入ろうとするエルククゥの背中に続き、リーザが中へと入ろうとした瞬間。

 それでも、どうしても思ってしまう言葉。言いたくなってしまった本音の一部がポロリと、口をついて無意識のうちに出てしまったことを彼女自身が気付くのは言ってしまった直後だった。

 

「でも・・・貴女から、そんなに強く想ってもらえるなんて・・・・・・。

 ちょっと、ミリルさんがうらやましいな・・・」

「・・・ん? 今なにか仰いましたか?

「ううん、なんでもない・・・。さあ、行きましょ」

「・・・・・・??? はぁ・・・?」

 

 一人の少女を除いて、人の心の正の感情にはときに鈍感になるらしい少女の背に続き、魔物を操る力を持った特別な娘であるリーザもまた、新たなる運命との出会いの場へと導かれるように入場していく。

 

 その場所、インディゴスの町・ハンターズギルドへもたらされていた依頼が、一体誰から何の目的で来た物なのか、リーザもエルククゥも現時点では知る由もない。

 只一人真相を知るのはアルディアを裏から支配するマフィアのボスにして、かつて『白い家』を建設させた黒幕の男、ガルアーノだけしか存在していない。

 

 エルククゥにとって、犯人を斬り殺しても、切り離す事のできない消せない過去を背負わせた男との戦いは第二ランドの開始を告げようとしていた・・・・・・!!!

 

つづく

 

オマケ『エルククゥがリーザにハンターズギルドの仕事をやらせた理由説明』

 

 1つには、純粋に生活の糧としての現金収入を得るため。

 逃亡生活をしているからと言って・・・いや、むしろ逃亡生活をしている者だからこそ纏まった額の現金は持ち歩いておく必要性が絶対的に存在するもの。

 金がなければ必要とする物は『奪う』以外に手に入れる手段がなくなってしまうのだから、自分から進んで犯罪者に成り下がりたくなければ稼げるときに稼いで貯めておくしかない。

 ――エルククゥは実際に飛行船を爆破している爆破魔だけど、政府が公開してない今は犯罪者じゃありません。

 

 

 2つ目の理由は、敵が自分たちの居所をどこまで察知しているかを探るため。

 リーザを追っていた黒スーツたちの黒幕が――最低でも現場の最高責任者が――アルディア陰の支配者マフィアのボス・ガルアーノだと分かった以上、アルディア国内に居続ける限り自分たちの所在はいずれ必ず敵に発見されると見て間違いはない。

 問題は今現在の時点で察知されているかいないかという点だ。それによってコチラの対応も変わる。

 どーせ近い内にバレる居場所なら、この行動で知られたところで大差はない。現時点で安全かどうかを知るため役立てた方が少しはマシという物だろう。

 

 

 3つ目は、些か辛辣な理由によるもの。自分たちを囮に敵から手を出させて尻尾をつかもうと企んでいたのである。

 正直なところ、今のエルククゥたちは敵について何も知らず、どこを攻撃して誰と戦えばいいのかも判然としない状態にある。

 誰が敵かわからないなら敵から仕掛けさせて返り討ちにしていった方が楽だし的確だろう。

 暗殺や暗闘を目的として戦力を小出しにして戦力分散の愚を犯してくれるならめっけ物、途中で自分たちの失策に気づいたとしても敵を削れる時に削っておくのは少なくとも損にはならない。

 

 

 ・・・どれもハンターとして一人で多人数と殺し合うことが多かったエルククゥとしては常識的な見解であったが、いまいちシュウをはじめとして多くの友人たちから理解はともかく賛同は得られたことのない彼女としては口には出さなかったけども、少人数で大多数を相手に戦う際には必要最低限の措置なのである。・・・本当だよ?



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ロードス島戦史~ハイエルフの転生神子~第Ⅲ章

久しぶりに書いた『ロードス島戦記』二次作の最新話です。
最近、話の概要だけ思いついて細かい部分が大雑把にしか書けない状態に陥ってる事を自覚して徹底的に治療するため書いてみたらやりすぎました。細かくなりすぎて大部分がオリジナルみたいになってしまいましたわ…反省。
早く中庸に戻りたいです、本当に…。


 神聖王国ヴァリスは、二百余年の歴史を重ねたロードス島中南部に栄える国で、北東部の千年王国アラニアと南東部を支配するカノン王国に次いで三番目に古い歴史を誇っている。

 その政治形態は他の国々とは全く異なっており、この国の主は国王ではなく、至高神ファリスを崇めるファリス教団の長たる大司祭であるとされ、教団から世俗のことを委任されているのがヴァリス国王であり、その配下に神聖騎士団がいるという名目で成り立っていた。

 

 現在この国では、一つな政治的問題が持ち上がっており、それに付随する形で別の政治的問題が持ち上がりつつあった。 

 その一つを解決するため、その日ヴァリス聖騎士団の若き騎士隊長ファーンは、ファリス教団の高司祭ジェナートの私室へと招かれていた。

 

 

「ごぶさたしております」

 

 聖騎士ファーンは磨かれた床に片膝をつき、部屋の主人に向かって深々と礼をした。

 この部屋の主であるファリス教団の高司祭ジェナートは、背が低く痩身であり、まだ三十代後半の男盛りのはずが十年は年老いて見える、一見すると頼りない初老男性に見られやすい人物だったが、実際に目の前に立たれると存在感の大きさにファーンは圧倒させられそうになる。

 

 形式主義に陥っていたファリス教団の改革に、長い時間と労力を捧げてきた彼の人生が、そう思わせるにたる貫禄を纏わせていた故だったのだろう。

 ファーンは、才能だけでは及ぶことが決してできない優れた年長者に対して自然な敬意を抱かされた。彼の前で跪いたとき、そこに単なる礼儀作法以上のものが込められていたことは彼にとって目上に媚びいる恥だったとは思わない。

 

「よく、来てくれたな。若き騎士隊長殿よ」

 

 彼を迎え入れてくれた部屋の中には、ジェナートの他に“二人”の先客がいた。

 一人は若い女性だ。ファーンには初めて見る顔で、太陽のように明るく輝く金髪を短く刈っているのが惜しいと思えるほど瑞々しい美しさが特徴的だった。

 一方で彼女は神官戦士であるらしく、ファリス教団の紋章入り神官衣に身を包んでいるが、その下に鉄と油の匂いがかすかにしたことから鎖帷子を着込んでいることがファーンには察せられた。

 そして、強い。おそらくは熟練の騎士とでも互角に戦えるほどの技量と腕前を持っていることを、ファーンはその人並み外れた能力と才能によって見て取れていた。

 

「こちらの女性は、フラウス。先日までアダンの街の神殿で、次祭を務めていた」

 

 ファーンの視線に気がついたのだろう。ジェナートから女性を紹介されて、初対面の二人は丁重に挨拶を交わし合ってから―――やがて示し合わせたように、残る最後の一人へ目をやった。

 

「・・・・・・」

 

 無言のまま、二人に向かって丁重に一礼だけしてきた謎の先客に対して、二人は程度の差こそあれ不審の目と思いを向けずにはいられない。

 

 何しろその客は、フードを目深にかぶって顔を隠し、挨拶をしてくる時にも顔を見せようとはせず、声すら出そうとしなかったのだから。

 この様な非礼をしてくる者を前にして、なにか後ろ暗いことがあるのではと疑わないことはファリスの教えにおいて人の美徳とされていない。他人を偽ることはファリスの教えにおいて罪であり、悪とされている行為だからだ。

 背格好から見て少年のように思われるが、なぜそんな歳の子供がこの場に同席を許されているのかという疑問もある。

 

 それでも二人が声に出して先客の非礼を咎めないでいるのは、どちらも共に相手より後に入室してきた客人たちだからで、部屋の主たるジェナートが許している客の非礼を同じ客の身分で自分たちだけが咎め立てするのは筋が通らないと感じた故であった。

 

 また、ジェナートが素顔を隠したまま同席を許可していると言うことは、そこにも何らかの理由があり目的があるのだろうと察せられる程度には二人とも世慣れていたという事情もある。

 少なくとも現時点では、ジェナート自身の口から言及されるまで珍客に対しての対応は判断保留にしておくべき問題だと、二人は同じ結論に達していたのだった。

 

「ファーン卿に来てもらったのは、他でもない。三角州の離宮についての話だ・・・・・・」

 

 そのことか、とファーンは思い、予測していた内容でなかったことに内心で密かに安堵していた。

 

 豊富な水量でヴァリスに豊かな実りをもたらしてくれる聖なる河ファーゴの河口に浮かんでいる三角州。

 そこへ十年ほど前、負傷した王子を療養させて住まわせるために建てられた離宮は、そこに住む王子共々このヴァリスにとって悩ましい問題であり続けてきた難題であった。

 事の起こりは、ちょうど十年前のこと。独特な政治形態故に40を過ぎてからの即位となった当時の国王ワーレンⅠ世にとって最初の王子が戦の訓練のため狩りをしていたところをミノタウロスに襲われ、王子が殺されてしまった。

 そこまでなら悲劇ではあっても、その時代だけで始まって終わる悲劇の一つに過ぎなかっただろう。事件から十年後の今になってまでジェナートが思い悩む必要性も、ましてや解決のためにファーンが呼ばれる理由など何一つとして有りはしない事件で終われたことだっただろう。

 

 だが、むしろ問題となったのは悲劇が終わった後に起きた出来事だった。

 激しい戦いで二人の騎士が死に、残る騎士も全員が手傷を負う犠牲を払い、やっとの思いでミノタウロスにも瀕死の重傷を負わせて地に伏させ、安全が確保できたと思っていた矢先のことだ。

 国王が草の間に倒れたまま動かないでいる王子の体を抱え起こし、そこに幼い王子の顔が無くなっているのを見た瞬間。ワーレン王は発狂してしまった。

 それは至高神の与えた慈悲だったのかもしれない。五十を過ぎてから、ようやく授かった息子のことを王は特に溺愛していたし、ヴァリス国民にとっても自分たちの王が狂気と憎しみに取り憑かれて暴君となることが幸せであろうはずがなかったのだから。

 

 正気を失った王は、殺された自分の息子の骸を打ち捨てると、息子を殺した瀕死のミノタウロスを逆に治療するように命じて城へと連れ帰らせた。息子の死を受け入れられなかった王の精神が、王子を殺して生き延びていたミノタウロスの方をこそ己の王子だと信じさせたからである。

 あるいは王は、信じたのではなく、“信じたかっただけ”だったのかもしれなかったが、彼以外の人間たちにとって王個人の気持ちの問題や行動動機などは大した問題ではなかった。行動そのものが大問題だったからである。

 

 この前例のない事件によってヴァリス宮殿は大いに揺れ動かされたのは当然のことで、国王を退位させようという意見も当然ながら存在したのだが、それが叶わず国王のそれまでの善政を知る騎士たちの意見の方が通ったのには理由が訳がある。

 

 真におかしなことだが、ワーレン王は己の息子としてミノタウロスを住まわせるために離宮を三角州に建てるよう命じた問題を除けば、以前と全く変わりがないように周囲には見える行動を取り続けられていたのである。

 政治上の決済も外交面における判断でも、これといって大きな間違いを犯すことは一度もなく、ただ王子を護衛するため離宮に配した騎士たちから「王子様は元気である」と報告を受けるだけで満足し、自分から王子に会うため離宮へ赴こうともしなかった。

 

 こうして、ワーレン王の残留を支持して国内治安を預かる騎士たちとしては、「王は実は正気なのではないか?」と考えたがる者が出てきたとしてもも不思議ではない政治的状況が形成されていくことになる。

 問題を問題として認識したまま、解決は先送りされ続け、遂には十年が過ぎて今に至り、ようやくにして神殿側も抜本的解決策に乗り出さざるを得なくなる“切っ掛け”を王自身からもたらされる日が訪れたというわけだった。

 

「先日、ワーレン王より、この大神殿に一通の親書が届けられた。その親書には、王子殿下に花嫁を娶らせたい旨が記されていた。

 それによると、花嫁の資格は神聖魔法を唱えられる司祭であること、そして十八歳以下の乙女であることだそうだ」

「陛下が、そのような新書を・・・・・・」

 

 ファーンは胸に痛みを感じながら喘ぐように言葉をつぶやいた。

 代々の国王は息子や娘を、聖職者と婚姻させる例がヴァリス王家には多いことをファーンは知っていた。だからこそ、国王もそれに倣おうとしていることがハッキリと伝わってきて心に激しい痛みを覚えたのだ。

 

(・・・陛下は本当に王子殿下がまだ存命のままで、生きて幸せな成人を迎えられることを望んでおられるのだな・・・)

 

 そう思うと、一人の男としても人間としても無心ではいられなくなるのが聖騎士ファーンという男であったから・・・・・・。

 

「誤りは正すべきときがきたとは思わないかね?」

 

 沈痛な思いで顔を伏せかけていたファーンに、ジェナートから声が掛かり、彼はうなずかざるをえない決意を抱かせた。

 ミノタウロスは邪悪な存在であり、根絶すべき闇の生き物といえよう。そのミノタウロスをこの神聖王国が養ってきたのである。特例とはいえ、教義に反する状態をいつまでも放置しておくわけにはいかないのだ。

 なぜならファリスは法と秩序を司る神である。それゆえ光の五大神のなかでも主神と認められているのである。

 法と秩序を守らせるべき者たちが、率先して自ら定めた法を犯していたのでは秩序も正義も成り立たなくなってしまう。自分たちが犯した過ちは自らの手で正されるべきなのはファリス信徒ならずとも人として当然の義務であろう。

 

「このことは、宮廷には?」

「大臣たちには、話を通しておいた。納得してもらえたよ」

 

 ジェナートの返事を聞いて、この件で傷つく者たちがミノタウロスと、ミノタウロスを王子と思い込んでいる国王以外にいないのだと保証されたファーンは、些かの後ろめたさを伴いながらも正直な気持ちとして安堵もしていた。

 この事件によって、これ以上多くの者たちに被害を及ぼしたくはない・・・高潔な騎士として名高いファーンにとって、それが嘘偽らざる正直な気持ちであったから・・・。

 

 ――が、しかし。

 それならそれで別の問題と疑問が生じてしまうのが人の世というものでもある。

 

「それでは、なぜ、わたくしをここへ?」

 

 些か間の抜けた質問に聞こえる者もいるかもしれないが、騎士として国仕えるファーンとしては当然の疑問だった。

 

「この件は、至高神の教団と神聖王国の騎士とが共同で果たすべきだとは思わないかね?」

 

 ジェナートは答え、それはファーンにも理解できた。

 そうしなければ禍根を残すことになろうし、城と神殿との間に不和を生じさせる切っ掛けにもなってしまう。ヴァリス王国全体にとって憂うべき事態を到来させることになったのでは本末転倒もいいところだろう。

 

 だが、その答えは論点がズレている。彼が問題にしているのはそこではない。

 彼が聞いたのは、この件の解決に「なぜ教団が聖騎士を頼ったのか?」ではなくて、「なぜ自分が呼ばれたのか?」だ。そこが高潔な騎士である彼には解らない。

 

「この役は、離宮警備の騎士たちに任せるべき役目ではないかと思われます」

 

 ファーンは毅然とした口調で、そう言った。

 離宮には王子の警護という名目で、警備役の騎士たちが交代で務めていた。十年間ずっとである。

 無論、彼らが務めている真実の役割とは、外部の者たちに離宮の真相を知られるのを防ぐことなのは勿論のこと、その任務の中にミノタウロスが離宮を脱走して人々に害をもたらす存在となると判断した際には未然に始末する処刑役の任も含まれていたこともまた言うまでもあるまい。

 

 それが、事件が起きた当時に国王の狩りに護衛として同行して役目を果たすことのできなかった騎士たちが負うべき義務であり、責任の取り方であった。

 ファーンとしては今更自分が出る幕を感じてはいないし、十年間ずっと辛い役割を真摯に果たしてきた先達たちから役目を奪い取ることで彼らの罪悪感が軽減されるなどとは微塵も思うことはできそうにもない。おそらく彼ら自身もそれを望まないだろう。

 

 騎士の覚悟に余人が手を出すものではないと考えるのは、騎士であるファーンにとって当然の考え方だったのである。

 

「分かっておる・・・・・・」

 

 だが、ジェナートの返答は苦悩に満ちた苦々しい声による、遠回しな否決だった。

 

「分かっていて、私はお前を呼んだ。その意味をくんではくれまいか?」

「それは・・・・・・、しかし・・・・・・」

 

 ファーンは言葉を詰まらせたが、同時にこう思ってしまう気持ちも避けることはできなかった。

 

 ―――やはり、その話になるのか・・・・・・と。

 

 ジェナートが何を言いたいのかを察した彼ではあったが、納得するのは難しかった。

 否、むしろ事情をわかってやれる彼だからこそ受け入れることが難しかったと言うべきであろう。

 

「過ちは正さなければならないのだよ・・・・・・。そしてそれは私一人の力では、難しいこともある」

 

 ジェナートは窓の外へ視線を向けて、懺悔の言葉を漏らすように一人、そうつぶやいた。

 室内に重い沈黙が降り注ぎ、その場に居合わせた全員の肩に無形の重荷を背負わせてきているかのごとくファーンには思われた。

 

 彼の見る視線の先では、ヴァリスの王都ロイドの街を暖かく照らしている・・・・・・。

 

 

 

 

「ファーン卿がお引き受けにならないなら結構ですわ。私が一人で参りますから」

 

 沈黙が部屋を満たす中で、それまで無言だった二人の内、若い女性――フラウスが突然、鋼が鳴ったような毅然とした声でそう言った。

 一瞬の間を開けた後、冷静さを取り戻したジェナートが驚くファーンに事情を説明してくれた。

 「彼女は王子の花嫁として国王陛下に紹介するつもりの女性だ」――と。

 

 ファーンも予想はしていたが、至高神の教団からは彼女が派遣される役目を仰せつかっていたのである。もちろん花嫁というのは名目であり、本当の役どころは離宮の主人を討つための戦士に他ならない。

 

「他人を偽るのは、神の教えに反することですが、死にゆく人間への手向けとなるならば、神もお許しくださいましょう」

 

 彼女はそう言って、今の教団からはファリスの教義に反することとされている真の目的を隠して偽の身分を自称する行為を行うことを宣言した。

 ファリスの教義に寄れば、嘘をつくことは大罪であるとされている。

 実際、己の利益を考え、嘘をつく者は多く、嘘によって他人を傷つけてしまうこともあるだろう。

 だが、相手を慮って偽りを言う場合だってあるだろう。ファリス神は、そんな嘘まで罰しろとまでは教えていない。

 だが今のファリス教団は、それさえ罪と定めて罰を与えてしまう。硬直した形式主義に偏りすぎるあまり、『なぜ嘘をついてはいけないのか?』を考えることなく、ただ『嘘をついてはいけないと決まっているから裁いてしまう』そんな集団に成り下がりつつあるのが現状におけるファリス教団の実態だったから。

 

「同感です」

 

 ファーンはフラウスの言葉に強くうなずいて賛成を露わにした。そして勇気ある女性だとも思った。この女性なら自分が役目を断って、本当に一人で赴くことになったとしても前言を翻すことは決してないだろうと。

 

 だが、女性を一人で危険にさらすのは騎士の規範に反する行為である。離宮警備の騎士たちの気持ちが気にかかるが、これも神が与えたもうた試練かもしれない。

 

「かしこまりました。この試練、お引き受けいたしましょう」

「そうか、やってくれるか」

 

 ファーンが畏まって答えるのを聞いてジェナートは、ほっとしたような感謝の笑みを浮かべる。

 その後、フラウスには名目上だけとはいえ、王子の花嫁になりにいくに相応しい特上の花嫁衣装を用意してあることを告げて、ファーンには形式的にはこれから未亡人になりに行こうとしている彼女をもらってやってはくれまいかと冗談めかした中に微量の真実を含ませた口調で言ってから、彼は最後に今回の一件で両立は不可能と諦めていた残る懸念材料のすべてを一挙に解決しうることが可能な最強のカードを手に入れていたことを、ここに来てようやく二人に明かすことを決意した。

 

「それとだがな、ファーン卿。今回の件では君たちの他にもう一人、随行者として名乗り出てくれた者がいる。その人物を今回の任務に同行させることを許してやってくれまいか?」

「―――それが、彼に与えられた役目だと言われますなら、私に異論はございません」

 

 ここに来てファーンは、フードを目深にかぶった人物の正体をようやく察して、多少に外気分を味あわされてしまった。

 要するに彼は、自分たちが使命を果たすのを見届け人であり、王子が確実に死んだことを確かめるため死体を調べる見聞役であり、狩りに自分たちが失敗したときには処刑人の役目を果たすために正体を明かさず、名前も名乗らず、ただ黙ってこの場に同席していた人物だった・・・・・・そういうことなのだろうと、フラウスよりは政治に慣れているファーンはそう解釈したのである。

 高司祭の立場を思えば、付けられて当然の役所の人物だと理解はできるのだが、感情的には先ほど以上に受け入れがたい人物であることも確かであり、彼の表情も口調も自然と苦いものに変わらざるを得ない。フラウスが先ほどまでとは一転して、非難がましい厳しい視線で上司であるはずのジェナートを睨んでいるのも、おそらく同じ理由によるものであろう。

 

 だが、二人からの非難に対してジェナートは軽く笑って、少しだけ楽しそうな笑顔を見せて彼らに向かって笑いかけた。

 彼らよりずっと長い間、腐敗した教団内部のこういったやりとりに慣れてきていたせいで、他人が穿った考え方で物事を悪い方向に解釈してしまうのを見たときに、本当はただの『善意に基づく良いこと』でしかないという真実を自分だけが知っているという状況は、普段と真逆で久しぶりすぎて面白く感じてしまった結果として自然に沸いて出た笑いだった。

 

「君たちが何を懸念しているか、大方の想像はつくが心配はない。そういう役目を負った人物ではないことは、神の名において確約させてもらおう」

「・・・では、彼はいったい何者なので・・・?」

 

 ファーンが半信半疑といった表情で訊き、フラウスもまた曖昧な表情を浮かべたままジェナートを見据えて沈黙し続けている。

 仮にもジェナートはファリス教団の高司祭であり、嘘をつくときに誤魔化すため神の名を持ち出すような人物では決してないと知るが故に答えがわからなくなって混乱したのだ。

 

 ジェナートは笑いをおさめると、フードの人物に向かって頷いてみせることで二人に対して素顔をさらすよう意思を伝える。

 

 やがて二人の視線が、この部屋にいた自分たちとジェナート以外ではただ一人の人物に対して集中して注がれる中。

 フードを目深にかぶって顔を隠した少年は、ジェナートに対して礼を伝えるように頭を下げてからフードに手をやると、自分の顔を隠していたおおいを剥ぐ。

 

 途端に零れ落ちた、黄金の滝を目にした瞬間。

 不覚ながら聖騎士ファーンの意識は一瞬だけとはいえ、自らが先ほど心の中で称えたフラウスの金色の髪の美しさを忘却の底へ完全に追放してしまっていた。

 

 

「・・・・・・可憐だ・・・」

 

 

 思わず呟いてしまった、感嘆のつぶやきの平凡さが彼の驚きの程を表していた。

 とても宮殿内に出入りするたび、宮中に住まう貴婦人方や侍女たち、路傍の町娘に至るまで溜息をつかせてしまう、剣だけではない美男子としても名高い騎士隊長の発した言葉とは思えないほど平凡極まる美しさを表す単語。

 だが彼には、彼女を相手に美を表す用語の美しさなどという小手先の技術で『美』を競い合おうという気には、到底なれなかった。

 

 それほどまでに美しい髪と面立ちを持つ少女だったのだ。

 その髪はさながら黄金のごとく輝いて波打ち、顔立ちも姿も玉石を彫り込んだような端正と艶を誇り、肌の色をたとえるなら花開いたばかりの薔薇色で、瞳は草原を閉じ込めた宝石のように果てのない雄大さを感じさせる緑色・・・・・・。

 

 自分のような無骨者では到底表現しうることのできない、絶世の美少女が目の前に立ち、穏やかで曖昧な笑みを浮かべていた。

 あまりにも整いすぎた美しさは、やや非人間的なものを感じさせる域に達しかけており、人や人に連なる者たちの間に生まれた子ではなく、神の手になる造形物に魂を封じ込めた疑似生命体だと言われた方が、むしろファーンとしては納得できてしまったかもしれないと、この時彼はそんな馬鹿げた思いを本気で抱いてしまうほど『神子』の美しさに圧倒されていたのである。

 

 尤も、この時にファーンが抱いた感想はあながち間違いとも言い切れず、別の見方をするなら過大評価もいいところだったと言えるのかもしれない。

 

 事実として『神子』は、神によって創り出された、この世界とは異なる神の愛し子とも呼ぶべき存在である。その造形には、神が自分の子にふさわしいものを与えるため最上級の美のみで形作られている。

 

 故にファーンの抱いた感想の前半部分は正鵠を得ていたわけだが、残りの後半は微妙だった。

 なにしろ『神子』は、創造主たる神の期待に背いて使命を放棄してしまっている。その体に与えられた美も、長すぎる年月の中で朽ちるに任せ、無限の輝きを放ち続けられたはずの魂は見る影もないほどに劣化して久しい。

 

 年老いて枯れた、大木になっていたからこそ『神子』の美しさは“この程度”にまで下がっていたのである。

 本当の意味で神の手になる造形物として完成していたならば、その美しさは文字通り人の作った言葉では表現できない域にまで達していたはずなのだから、ファーンの評価は見当外れな過大評価だったと言っても間違いではなかったのである。

 

 

「初めまして、聖騎士ファーン卿。そしてフラウス次祭。

 まずは初対面で素顔をさらさず、挨拶もしなかったことへの非礼を謝罪をさせていただきたい。

 エルフ族であり、人間の文化と風習に慣れておらず、騎士や神官といったエルフの文化には存在しない職業の方々に対して正しい接し方というのが解らず、気づかぬうちに侮辱に当たる言葉を口にしてしまわぬよう配慮した結果ではありましたが、非礼は非礼であり、お二方にもジェナート高司祭殿にも無礼を働いてしまったこともまた事実。

 改めて謝罪を受け取っていただけることを望みます。本当に申し訳ありませんでした」

 

 この世ならざる絶世の美しさを持った美少女から、丁寧な物腰で頭を下げられたファーンはらしくもなくドギマギさせられながら「あ、ああ・・・」と意味のない言葉を口に出すぐらいしか頭が回らなくなってしまう。

 

 そして、あまりにも美しすぎる存在が目の前に突如として出現したため意識のすべてが『美』に持って行かれたせいで、見た瞬間には気づかなかった存在に遅ればせながらようやく気づいて口元を引きつらせた。

 

「エルフ・・・だったのか」

 

 金色の滝の隙間から、人間のものとは明らかに異なる先端のとがった長い耳がくっと伸びていることに、ようやく気づいたファーンが納得したような声を出す。

 相手がエルフならば、少女が持つ幻想的なまでの美しさにも納得できると判断したからである。

 一般にロードス島においてエルフ族は、その全員が美しい者だけで構成された種族だと信じられている。流石にここまでの美しさを生まれ持っている種族だったとはファーンも思っていなかったし、また実際に目の前に立つハイ・エルフの転生少女『神子』の美しさは同族内でも並ぶ者がないと称されていたのだが、エルフを見ること自体が生まれて初めてのファーンにそこまでの内情がわかるわけもない。

 

 彼はただ素直に神子の美しさに見惚れ、感嘆の吐息を吐いて感心した。それだけであった。

 少なくとも彼が神子の『美しさ』に与えた評価は、それだけに留る程度のものでしかない。彼が興味を抱いたのは神子が持つ別の要素についてのほうが大きかったからである。

 

「彼女は、ハイ・エルフ族の姫君で『神子』殿と言うらしい。人の国の政治に振り回されない者として、我々に力添えしてくれることを確約してくれた。

 思うところはあるかもしれないが、できれば任務を共にする間だけでも仲良くしてくれると助かる。ヴァリス王国のために」

 

 言われてフラウスは、開きかけた口を閉じ、唇を固く結んで振り返ると、強い視線でジェナートを睨み付ける。

 

「高司祭様、私の記憶違いかもしれませんが、至高神の教団と神聖王国の騎士とが共同で果たすべき任務だとおっしゃったのは高司祭様ご自身だったと思われますが?」

「無論、覚えているよフラウス次祭」

 

 悠然と答え、彼が二人に告げた『神子』の役割はファーンの予測したとおり、非常に魅力的で聖霊使いならではの魅力的なものだった。

 

 曰く、『露払いだ』―――と。

 

「露払い・・・ですか?」

「そうだよ。ボクたち聖霊使いは精神に干渉する魔法を得意としているからね、君たちが試練を終えるまでの間、警備の騎士たちに幻を見せて夢の国へと誘い出し、騎士の名誉を守った上で王子様を病死させるぐらいはわけないさ」

 

 ジェナートに訊いた質問を神子に横取りされて答えを教えられ、その内容の悪辣さに潔癖症なところのあるフラウスの柳眉が急角度に跳ね上がる。

 

「ましてボクが使った魔法には、たとえ相手が熟練の聖騎士だったとしても抗しきるのは難しい。

 あらかじめ精神を集中させて備えていたなら話は別になるけど、油断しているところをチャームなり睡眠なりで一時的に幻を見せておくぐらいは造作もないし、夢から覚めた後も意識を奪われてたときのことを大して重要視しない風に持って行くぐらい簡単なことだ。

 それで万事解決。王子様は花嫁を迎えた結婚初日の夜に不幸にも病死された、悲しむべきことだ、お悔やみ申し上げる。王様は愛する息子の病死を痛く悲しむだろうけど、それ以外の人たちは誰一人として傷つくものは誰もいない・・・・・・」

「それは詭弁です!」

 

 フラウスは大声で怒鳴りつけ、神子の方法論を完全否定した上で持論を主張した。

 これは神の与えたもうた試練であり、正々堂々とした手段で乗り越えてこそ意義がある。

 騎士たちの名誉を嘘によって守り、偽りによって作り出された真実によって人々に幻想の夢を見せ、誰も傷つかないから等という詭弁によって自らの所業を正当化してなんになるのか、とフラウスは強く熱く語り続けたが、その情熱の炎は神子の枯れてしまった老木のような心に飛び火して、再熱させるほどの熱量までは残念ながら持つことはできていなかったらしい。

 

「嘘というなら、この事件には最初から嘘しか存在していない。嘘だけで形作られている歪な事件だ。

 本当の王子様はとっくの昔に死んでいて、あそこに居るのはただのミノタウロスで、王様が正気じゃないのを知りながら政治的には問題ないからと騎士たちがミノタウロスを王子様と嘘吐いたまま生かし続けて、問題だとわかっていながら十年間放置し続けて、いつしか関係者たちの心の中でミノタウロス退治は国の大問題にまで発展したように感じられてしまうようになっていった。

 王子様を殺す役目は、十年も前にミノタウロスが果たし終えてる出来事なのに、この件を誰も終わったなんて思っていない。今もなお“王子様を殺す役目は誰にするか”で揉めてしまうほどに・・・・・・」

「そ、それは・・・・・・」

 

 フラウスの情熱の炎は、神子の氷壁のような断崖絶壁に突き当たり、目に見えるほどに勢いを衰えさせて目を逸らし、言葉を探して視線を泳がす。

 畳み掛けるように、と呼ぶには意欲も勢いも悪意さえも感じられない、神子からの淡々とした事実語りが彼女の心に鋭く響く。

 

「この事件は試練なんかじゃない。とっくの昔に終わってしまった王子様が殺されてしまった悲劇の残響だ。

 それが十年という時間をかけて隠され続けたことで、隠してきた人たちの中では大事のように感じられるようになっただけの事件だ。十年という年月が哀れな王子様の死を、醜い化け物退治という別物にすり替えさせてしまっただけなんだ。

 まるで呪いのように、とっくの前に死んでしまった一人の男の子の悲劇が十年間も国を捕らえ続けて、国に住む人たちに悪い影響を及ぼしてしまう危険因子でありつづけたせいでね・・・・・・。

 ―――そういうの、ボクは嫌いだからさ。今回の件では自分の方から売り込ませてもらったんだ。そうしないで見て見ぬフリしちゃうと、ボク自身がこの先を生きていくのが余計に息苦しく重いものを背負わされちゃいそうでイヤだったからさ・・・・・・」

 

 長い長広舌を終え、自分自身が疲れたかのように溜息を吐いて肩を落とし、神子はフラウスとは真逆の、唐突に静かになって黙り込む行動を選ぶ。

 フラウスは自分が、相手に対して言い負かされたことへの反発心を抱いていることを自覚しないでもなかったし、あげ足取りじみた質問を協力するため申し出てくれた相手にすることに躊躇わないでもなかったが、それでも結局自分の若さが勝ってしまった。

 

「今回は、ね」

 

 その詰問するかのような上げ足取りの言葉に対して、ファーンとジェナートはわずかながら眉をしかめさせた。

 そのような些事に拘っているときと場合ではなかったし、それを今聞くことで損以外に得られるものがなにもないことが解らないほど愚かな人間では二人ともなかったからだった。

 

 ただ同時に、二人ともが意外だった利益として、フラウスが存外に幼さを残した年頃の娘らしい心の持ち主だったことがわかったのは思わぬ収穫だった。二人の中でフラウスの印象は先ほどまでと少し違うものに変わってしまっていたが、それは決して悪い方向への変化でなかったことだけは確かだった。

 

 神子の方でも、フラウスが発した先のつぶやきが深刻な疑惑によるものではないと察していたし、正式な疑問として聞かれたわけでもない、単なる独り言の体を取ったつぶやきだったこともあり、肩をすくめただけで丁重に無視する行動を選ぶと、彼女の疑惑に取り合うことなくジェナート高司祭とファーンから任務に必要な情報を教えてもらえる範囲だけ教えてもらって出立の準備を急ぐことにした。

 

 ファーンにとって、美しいけれど癖があり、頼りにはなるが心配事も起こしてくれそうな奇妙な仲間が旅の道中に加わって、フラウスは若干機嫌を損ねたようではあったが、彼女の参戦にそれ以上の反対意見を口に出すこともなく、黙々と丁重に必要最小限のやりとりだけして神子の参加を彼女なりに妥協した。

 

 

 

 

 

 

 ――――三人が去った後、ジェナートは先ほどまでは賑やかだったが、今では静かになった後に部屋に一人残って椅子に座し。

 天井ではなく、何もない宙を見上げながら一人だけで思考の海に沈み込んでいた。

 

 

 ・・・・・・これでいい。と、彼は思った。

 自分たちの世代が残してしまった負の遺産の後片付けを若い世代に押しつけてしまうことは心苦しいが、それを乗り越えることで新しい世代が負の遺産を、新しい国を造っていくための踏み台として使い捨ててくれるのなら自分たちの徒労もわずかばかりは報われる―――と。

 

 そして彼は、思い出の記憶を振り返らせる。

 それは十年前の忘れられない出来事の記憶である。

 

 あの当時、ミノタウロスに王子を殺され発狂したワーレン王が三角州に離宮を建ててミノタウロスを息子として住まわせる決定を下してしまったときのこと。

 あのとき教団側からは、ミノタウロスを処分して国王を退位させようとの意見が出され、それを最も強硬に主張したのはファリス教団から派遣されていた宮廷付きの司祭だった。

 

 それが良くなかった。後々まで続く禍根を生む切っ掛けとなってしまった。

 

 司祭の意見は受け入れられずに王の残留が決定されて、政治的には問題がないことから国王は正気なのではないかと考える騎士たちまで出始めてきた頃になると、もはや問題は王子の死やミノタウロスそのものとは全く別の異なる次元に発展してしまっていたことに、果たして幾人のものが気づいたであろうか?

 

 民草の知るところではないだろうが、既に当時の宮廷内にとって王子として飼われているミノタウロスの一件は、ファリス教団と聖騎士団との間で繰り広げられていた政治闘争における最強のカードに過ぎないものへと変貌してしまっていた。

 

 権力を求めた上級騎士たちにとって、ミノタウロスは教団の敗北と妥協を余儀なくさせ、法と秩序を守らせるべき神の信徒自らがファリス神の教えに背くのに協力している最大最強の動かぬ証拠であり、教団側からすれば自分たちから委任されて国の治安を守らせていただけの騎士たちに敗北しただけでなく、至高神への信仰心まで否定されたも同然の屈辱であり、それらの感情はごく自然に教団の復権と騎士たちに不当に奪われた権限を取り戻す方向へと向かっていき、やがて自然な流れとして変質する。

 

 手段と目的が入れ替わり、ミノタウロスの件を口実に使って不当に犯されていた神の正義を敷くための権限を取り戻すという方針から目的が消え失せ、手段だけが残り、やがて手段が当初からの目的であったように誤認されていく・・・・・・。

 

 まさにミノタウロスの一件は、ヴァリス王国の今に至るまでのファリス神殿の腐敗が最も進んでいた時期と、騎士団との対立が最も激化していた時期にほぼ重なり合ってしまっていた。

 

 自分がやったのは、ただ自分たちが犯してしまった過ちの後始末をし続けていただけであり、決して人に向かって誇れるような業績ではなかった。

 騎士たちにしてもそれは同様だ。本当の意味で国を憂い、ミノタウロスを危険だと考えるなら、王には内緒でミノタウロスを殺した後も「王子様は元気です」と報告し続けさえすれば解決できていた問題だったのだ。

 

 それが十年間も続いてしまったのは、すべて自分たち世代の落ち度だったと、ジェナートは断定できるし、自分を何度断罪しても償いきれるものでは決してない罪の重さを理解してもいる。

 

 ・・・だが、どこまで行っても今更の問題にしかならないのもまた事実であった。

 あのエルフ娘が言っていたとおりだ。この一件は本当はとっくの昔に終わってしまっている。自分たちが解決すれば全て丸く収められる王子殿下殺しのミノタウロスなど今となってはどこにも居ない。

 

 だからこそファーンに任せたのだ。この一件は、必ずや彼の今後を後押しする力添えとなり得るだろう。十年前の亡霊でしかないミノタウロスを殺すことで、この一件はようやく正規な終わりを迎えられるだろうが、それは形式が伴われるというだけの意味しかない。

 実質的にはとっくの昔に終わっていた事件が、形式的にも終わりを迎えたというだけの結末に、何の変化をもたらす力があるというのだろう。

 

 ―――もし、この一件に意味があるとするならば。

 それは過去ではなく、これから起こるであろう未来の問題で大きな武器となり得るか否か、その一事に尽きるのではないかとジェナートには、そのような予感がしてならないのだった。

 

 

 やがて彼は吐息を吐いて、この問題が起きてしまう切っ掛けとなった人類に神が下した命題についてまで、思いを馳せざるを得ない心地にさせられる。

 

 

「すべては真実を見抜く目を人々が持つことができぬが故に起きてしまったことではある・・・。

 だが、それを持つことが叶わない人間の身であるから神の教えは必要なのではないのか? 我々人間は愚かで未熟なればこそ、何が正しく、真実なのかを自分なりに考えて迷いながら間違えながら少しずつ学び、進んでいく生物ではなかったのか?

 すべての人々が真実を見抜く目を生まれながらに持ち合わせ、正しく生きることが当たり前になった完成された世界において、最も必要ないとされてしまうのは我々『人として正しく生きる道』を説く、聖職者であるべきではないだろうか?

 人々が正しく生きられるよう教えを説き、導く存在が神である以上、我々人間に間違えることなく正しく生きられるようになる日は未来永劫訪れないのではないのか?

 神ならざる身で、神と同じ結果を望み求めることは神の教えに背くことになりはしないのだろうか・・・?

 私には答えが出せそうにもない・・・。この世には私程度で分かることが少なすぎる・・・」



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ロードス島戦史~ハイエルフの転生神子~第Ⅳ章

昨日、更新した分の続きです。今回のは昨日の分よりかは多少マシに改善でしたと信じたい…。


 この時期、『神子』がヴァリスにあるファリス神殿で、ファーンとフラウスが出会うことになる最初の戦いを手伝いに来たことは今後を考え彼らと友誼を結んでおこうとする深謀遠慮からでは、残念ながらなかった。

 むしろどちらかと言えば、好き嫌いに属する理由によって『神子』は、彼らのミノタウロス退治に協力しようと考えたのである。

 

 エルフは元来、感情的な理由で動くことを嫌い、理性によって己の行動を律するべきだと考える種族であったし、元は人間の記憶を持ってはいても『神子』もまたエルフの血肉を分け与えられて第二の生を得たものである以上は、それら血の縛りと完全に無縁だったわけではない。

 

 とはいえ彼女には、人間として過ごしてきた記憶を持つが故の『脆弱な精神』が備わっている。

 長すぎる時間をかけて、ゆっくりと老いさらばえていくだけの時間を『妖精族としての存在意義』として喜びとすることができず、ただただ苦痛と感じることしかできないエルフから見た“人間らしい愚かさ”を持ち合わせたままハイ・エルフとして生まれ変わってしまった転生者。

 そんな彼女には「失われて二度と戻らない若さ故の情熱」を取り戻したいと願う願望が確かにあったし、それを間近で見せてもらえることへの年寄りらしい喜びもある。

 

 付け加えるなら、アラニアからモス地方へ赴くためには、どのみちヴァリスは通らざるをえない通過点にある国だった。

 南のカノンを通れば遠回りになるし、今の時代にはまだ「風と炎の砂漠」にフレイム王国は興っておらず蛮族同士の争い合いが続いていて余計な諍いごとに巻き込まれかねない。

 どのみち通るしかない場所なのだから、ついでとして後に知り合うことになるであろう勇者たちと面通しぐらいしておいた方がいい・・・・・・理性的な理由付けが必要だとするなら、そんな屁理屈でも付け加えてやれば済むことである。

 

 そう考えた故に『神子』は、モスへ向かう途中で寄り道をしてヴァリスに立ち寄り、ファーンたちに力を貸すことにしたのだ。別に深い意図があって動いたわけでは全くなかったのである。

 そして、それ故にこそ。浅はかな人間らしい理由で戸惑いを覚えることも、ハイ・エルフとなった彼女の人生にも時には存在したのであった。

 

 

 

「あなたの噂は、前々から聞いておりました」

 

 ファリス神殿内にある宿舎の廊下を歩きながら、フラウスが言った。

 隣に並んで歩く、聖騎士ファーンに向けて言った言葉である。

 そこに嫌味はなかったが、神に仕える女性故の潔癖さが微量ながらも声に混入していたことを、一応は同じ女性として生まれ直したが故の理由で『神子』は気づくことができたが、どうやら男として生まれ育ったファーンに皮肉な響きは読み取れなかったらしい。

 

「大神殿には、週に一度の礼拝を欠かしておりませんから・・・・・・」

 

 やや見当違いな方向での答えを返し、フラウスから若干の毒気を取り除くことに無意識のうちに成功してしまっていた。

 なるほど、タラシだと神子は心の中で思いながら、口に出しては何も言わず。黙ったままフラウスから次の話題が供されるのを大人しく待つ。

 

「ミノタウロスと戦ったことはありまして?」

「いえ、ありません」

 

 再びの質問に、今度はファーンは毅然とした回答を即答で返し、語尾を濁らすことなく続けて騎士としての誇りと自信を口にする。

 

「ですが、私には神の加護があります。負けはしませんよ」

「たいした自信ですのね」

「剣こそが、騎士の誉れ。戦こそが、騎士の果たすべき使命。自信なくして務まりません」

「・・・・・・」

 

 積み重ねてきた実績と自負を込めてファーンが断言すると、フラウスはひどく真剣な眼差しでファーンを見つめ、その視線に気づいた相手から「何か?」と問いかけられると小さく首を振る。

 

「ご立派ですわ、皆が噂するとおりに・・・・・・」

 

 一般論を答えとしてファーンに返し、フラウスは正面へと向き直る。

 それは否定的なニュアンスが込められた仕草ではなかったが、どこか諦めたような、見限ったような、突き放したような・・・・・・有り体に言って『期待外れだった』と言いたそうな時の女性がする顔と酷似していたことに、このときファーンは気づいていたのかな? とこのとき神子は

思ったが、またしても声に出そうとはせずにフラウスの続く言葉を再び待つ。

 

「このロードスから、久しく戦が耐えたことはありません。それどころか、このところ世の中は悪くなる一方。この神聖王国も例外ではありません。ヴァリス北の国境には蛮族たちが侵入し、沖の海には海賊たちが横行し、山や森からは魔物が人里にも姿を現す。王国間のいさかいは絶えず、いつ戦が起こっても不思議ではない」

「我々、聖騎士も努力はしているのですが・・・・・・」

 

 フラウスの糾弾するような内容の言葉に、ファーンは自分たち騎士団の不甲斐なさを指摘されたと解釈したらしく、申し訳なさを込めて謝罪の言葉を口にする。

 

 事実としてロードスの、そしてこのヴァリスの現状が憂うべきなのは否定できない事実であり、彼ら聖騎士たちも辺境の村々を巡回して国境の警備を強化してはいるものの、正直に言って効果はあまり上げられていない。

 その事実をよく知り責任感も強く、聖騎士団内でも特に自分たちの無力さを痛感しているファーンだったからこその誠意あふれる対応ではあったし解釈でもあったのだろうが・・・

 

 ―――論点がズレている。

 

 と、端から客観の視点で見物していた神子には思わざるを得ない会話内容になってきていた。

 神子が沈黙を保っていたことで、原作通りの会話内容が展開されていたはずだったのだが、こうして当事者の一人として間近から二人のやりとりを見ていると文字を追うことしかできなかった読者の視点だと分かりようがなかった事実にようやく気づかされる。

 

 そのせいで神子が焦りを覚えさせられてしまったことは、大いなる誤算とも言うことができない、未熟な人間の心を持つ者故の初歩的なミスでしかなかったのだろうけれども。

 

「混乱の原因は、ヴァリス国内にありませんもの。国境の外のことには、聖騎士の威光も及びませんわ。だから・・・・・・」

「だから?」

「ロードスは偉大なる英雄のもとで、ひとつにまとまるべきだと思うのです」

 

 フラウスの言葉が途中で途切れたため、ファーンが続きを促して、彼の求めに応じた答えに相手が驚愕させられ、神子はただ肩をすくめたまま沈黙を続ける。

 

「それでは、大戦になってしまいます」

 

 ファーンは僅かではあったが言葉を荒げ、フラウスからの思いもよらぬ言葉を遮った。

 ロードスの住人たちの間で、そういう気運が高まっていることを知るが故、治安を預かり国を守る者としての反応だったのだろう。

 

 世の中が乱れると、人々は英雄の出現を待望するものだ。

 統一によって混迷する自分たちの住む国を一つにまとめ上げ、千年の平和をもたらしてくれる英雄王の誕生を・・・・・・いつの時代、どこの世界でも戦乱期を生きる人々という存在は、そういった絶対的な力とカリスマ性によって争いの元を根源から絶ちきってくれる超人なり聖者なりの救済を求めるようになるものだ。

 

 だが、互いに争い合う国々によって引き起こされる動乱を収めさせ、戦乱を平定するには武力に頼る以外に術がない。強力な軍隊を要し、傑出した英雄がこれを統率しないかぎり果たすことのできない難業であろうとファーンには思われたからだ。

 そしてそのぐらいの事は、フラウスとて理解しているはずだと信頼していたからこそ彼は驚かずにはいられなかった。

 

「わたくしは五年前まで、アダン郊外の農村に生まれた、ただの村娘でした」

 

 相手の戸惑いに対して、フラウスは自分が聖職者になる道を選んだ経緯について静かに語り出す。

 

「五年前に、わたくしはファリス神の啓示を受けたのです。その啓示を、そのまま言葉で表すことはできません。五感すべてを貫くような強烈な衝撃だったのです。

 ですが、あえて言葉で表すならば、その啓示は英雄の出現を予言していたように思います。ただ、その英雄には大いなる闇に閉ざされ、光の下に出られないでいます。

 わたくしの使命は、英雄を闇から救い出すことだと悟りました。その証として、神はわたくしに奇跡の力を授けたもうたのです」

 

 ファーンは彼女の言葉と、そこに込められている真摯な覚悟と信心の高さを示されたことで、素直に敬服し、尊敬の念をフラウスに抱いて一礼した。

 それは至高神ファリスを信仰し、己の信ずる正義を貫くためなら命を捧げることを尊しとする聖騎士である彼にとっては、非常に正しく眩しくきらめく聖女のごとき輝きをフラウスの中に見いだしたからに他ならない。

 

 ――この若く美しい神官戦士には、聖女の資質があるのやもしれない。神の聖女となるには、さらなる厳しい修行と必要であろうし、困難な試練をいくつも潜り抜けなければならないだろうが、その助けになることこそ騎士として自分に与えられた使命なのだと、このときファーンには思えたほどだったのだから。

 

 とは言え、この場には本来いるべき彼らファリス神の敬虔な信者たちだけが同席していたわけではない。

 至高神ファリスの正義と正しさによって纏められるロードス統一の理想に対して、異なる価値観から見た意見と見方というものも別に存在していた。

 

 

「つまり、英雄に率いられた軍隊によってロードス中の国々に征服戦争を仕掛けるべきだ、と君は信じているのかな? フラウス」

 

 

 ハッキリとした口調で、神子にそう問いかけられ、フラウスを明らかに“たじろがされる”

 神子の声には、フラウスの考えに対しての否定や悪意や敵意が込められては決していなかったが、それでも具体的な表現を用いてハッキリとした言葉で自分の考えを口に出されるのを聞かされてしまうと、根が誠実で優しい聖女である彼女には怯まずにはいられない。

 

「・・・誤りは正されるべきよ、それは高司祭様が言っておられた通りだと私は思うわ。たとえそれが、国を治める王であっても、国そのものであったとしても間違いを放置したままであってはならないのだから」

「悪は断罪されなければならないと?」

「当然でしょう? あなたは、そう思うことができないの?」

 

 今度はフラウスから、鋭い刃のような声と言葉で問いかけられた神子の方が視線をそらして頭に手をやり、ポリポリと掻き始めたがあまり感銘を受けた様子は見られなかった。

 フラウスがさらに言葉を続けようとした矢先に、神子の方がポツリと、どうでもいいような口調でごく当たり前のようにドギツイ毒を言い放つ。

 

「だとしたら、この世の中で知恵ある生き物のほとんどは裁かれて死ななきゃいけなくなるんじゃないかな?

 ゴブリンやオークとかの生まれながらに醜悪な生き物だけじゃなく、大部分の人間たちやボクたちエルフを含めて、正しいことだけ貫いて生きてる生き物はたぶんいないと思うから」

「「・・・・・・」」

 

 思わず、絶句させられてしまった。ファーンもフラウスも同様にである。

 そんな二人に対して、追撃をかけるという意思もなく、ごく当たり前で普通のこととして神子は彼らにとって、とてつもなく答えづらい疑問を続けて放つ。

 

「まさか君たちだって、この世界が善なるものだけで出来てるなんてことを思ってるわけじゃないんでしょ?」

「・・・・・・」

 

 問われたフラウスは、答えられない。

 「違う、世界は全て正しい」と答えてしまえば自分が先ほど言っていたことと矛盾してしまうし、逆に肯定してしまえば彼女の望んでいる正しい世界の実現は無数の屍の上に打ち立てられた死者の王国ということになってしまうだろう。

 

 何より彼女は、自分が間違っているとは思っていなかったし、それと矛盾するようではあったが相手の言葉にも間違いを見いだしてはいなかった。

 神子の言ったことは非常に正しく、またごく普通に当たり前のことでもあったからだ。

 

 ――ただ、それを至高神の神官に問いとしてぶつけてくる子供という存在を、今まで彼女たちは見たことも出会ったこともなかったから、どう答えて対応すればいいのか分からなかっただけのことだった。

 

 普通、このくらいの年頃の子供たちなら親から色々なことを教えられていて、至高神の教えもその中には僅かながら含まれているのがヴァリス国民に限らず一般的なのが、このロードスに生きる人々の常識的感覚だった。ロードス島に生きる者たちにとっては、それが自然で当たり前の認識なのである。

 

 ただし、その感覚はロードス島に生きる“人間の常識を教えられて育った者たち”に限られていたという事実を、フラウスはこのとき初めて思い知らされていた。

 否定ではなく、悪意ではなく、拒絶でもない。

 ただ単に、不思議に思ったから聞いてみただけの子供から向けられた質問に答えられず、返事に窮する自分自身という経験はフラウスに対して、神の啓示を受けたときほどの衝撃は与えられなかったが、心にグサリと突き刺さり抜けない棘として深く根付いたことは確かであった。

 

「気に触ったなら、ごめん。ただボクたちエルフには、信仰の対象としての神を持ったことがないんだよ。創造主であることは認めているんだけど、自分たちの存在意義を知るための導き手としては考えていないし求めてもいないんだ。

 だからボクには、君たち人間がどうしてそこまで神の教えた正しさとか正義にこだわるのかがよく理解できなくて・・・・・・それで疑問に思ったことを聞いてしまっただけで、フラウスのことを傷つけるつもりはなかったんだ。本当にごめんなさい」

「・・・・・・いえ・・・、そういうことなら分かるからいいわ」

 

 少し虚ろになった瞳でそう返事をしたフラウスに、気遣わしげな視線を送りながら聖騎士ファーンは殊更大きな声をあげて、短い旅の出発を宣言した。

 話題を変えることで互いの間に穿たれたかもしれない溝を少しでも埋めた方がいいと考えたからだったが、その気遣いは幸いなことに杞憂で終わってくれた。

 

 フラウスは着替えを終えて出立した直後こそ、最初に出会ったときの威勢良さを損失しているように見えたが、すぐに自分の信じる信仰と正義と理想とを取り戻し、神子の方でも話題をブリ返して空気を重くする愚は意図的に避けて、エルフらしく人間たちが知らない冗談口などを叩きながら、真面目すぎる二人の旅の道中に花と言うより多くの野草を咲かせることに専念した。

 

 また、神への信仰心を持つ二人をおもんばかり、自分のことは「神子」ではなく「ラウル」という名で呼んでくれるよう自分から申し出ることもしておいた。

 特に意味がある名前ではなく、記憶の中にあった『クリスタニアRPG』の中で読者から応募された採用キャラクターに、そんな名前の人物がいたなと思い出しただけではあったが、配慮する気持ちはきちんと伝わって蟠りも消え、旅の間は終始明るいムードに包まれながら短い旅程を終えて使命を果たし、神子は二人に見送られながら次なる目的地を目指して旅立っていった。

 

 その道中の半ばほどで。

 

「・・・・・・参ったなぁ・・・」

 

 ポリポリと、フードの下にある頬をかきながら神子は、途方に暮れたように呟きを漏らす。

 実のところ彼女がヴァリスに寄り道した『好き嫌いに属する理由』とは、フラウスにあって話を聞くことだったのだ。

 ひねくれ者の大賢者ウォートをして、「あなたが羨ましい」と憧れを抱かせた彼女の夢の話を聞くことができたなら、自分にも再び夢なり理想なりに再熱して長い惰眠から目覚めることが出来るのではないかと、無茶ぶりを承知で期待して来てみたのが今回のヴァリス行程における主目的だった。

 

 そして神子の目的は、果たされることなく終わりを告げた。

 フラウスは確かに揺らぐことのない信仰心と、ただ神への信仰のみを考え行動するファリス信者の理想型とも呼ぶべき女性で、聖女と呼ばれるのに相応しい神秘的なまでの聖性と、英雄王の誕生を夢見る少女の心の全てを矛盾なく両立させて持ち合わせている素晴らしい女性だったと、自分でも思う。

 彼女個人に含むところはないし、彼女の人格で否定すべき点も得には見当たらない。価値観や好み次第で評価が大別するだろうとは思ったが、それはシーリスやディードリットと大して変わらない人それぞれが持つ個性と好き嫌いの問題に過ぎない。

 

 

 ――だから神子が彼女に抱いてしまった『失望』は、すべて神子自身がフラウスを見誤っていたことに起因する。

 神子が間違えただけの問題であって、悪いのも全て神子だけであるべき感情論で、神子以外の者がこの件で非難を受けさせられるのは不条理であり不正義であり、八つ当たりでしかない・・・・・・そう自覚しながらも、己の心に言い訳しながらでなければ足取りが重くならざるをない事実を否定することは、神のごとき精霊王に愛された神子であっても出来そうになかった・・・・・・。

 

「彼女は・・・・・・、フラウスは・・・・・・、」

 

 ポツリと呟き、空を見上げて灰色がかった雨雲が遠くから近づいてきているを確認しながら、神子は原作小説の中で暗黒皇帝ベルドの心に深く刻みつけられた若き神官戦士の、自分なりに感じた個人的評価を誰も聞く者とていない無人の道ばたでポツリポツリと呟き捨てながら歩き続ける。

 

 

「フラウスは、ロードス島を統一する英雄王の登場を夢見て憧れを抱いている、初心で純粋で純朴な田舎村出身の村娘に過ぎない存在だったって事なんだろうきっと・・・・・・」

 

 

 そう、それが直接フラウスにあって話を聞いた神子の彼女に対する感想だった。

 考えてみれば、自然な出来事であり心理でもあったのだ。

 

 政治は腐り、国は荒れ、宗教は信仰を捨てて権力を求め、国王や貴族は貧しい自分たちの支配する国を永続させることしか考えておらず、国の外側でも内側でも争いばかりで平和などどこにも見いだすことが出来ない世紀末的状況の中。

 

 信仰の国の片田舎にある農村の村娘が、『戦乱を終わらせる英雄王を見つけ出し、その心の闇を払って聖なる統一王に導くことがお前の使命だ』と、神からの啓示を受けて神聖魔法の奇跡を授かり、教団に入って出世して、やがて自分は狂ってしまった王から実の息子だと信じ込むことで国を悩ませ続ける元凶となっていたミノタウロスに王子の妃として宛がわれ、そして化け物を退治して自らは未亡人となる、悲劇の運命と過酷な試練を背負った神に選ばれし運命の聖女様・・・・・・。

 

 彼女の半生だけで、実に英雄的な物語の一節ができあがってくれる。

 実際のところは、それほど綺麗なものでもないのだが・・・・・・農民出身故にもともとが純朴で、悪く言えば無知故の純粋さを持った彼女には英雄物語の主役に憧れる気持ちと、恋を知った年頃の娘の恋情と、神への純粋なる信仰心との違いが分かるほどには知識もなければ経験も乏しいことであっただろう。

 

 たとえば原作描写で、ミノタウロスを討伐したとき。

 聖騎士であるファーンは彼女ことを、『花嫁というのは名目で、本当は離宮の主人を討つための他ならない』と表現している記述がある。・・・このとき彼女は気づいていただろうか?

 

 身分を偽り、宮殿の主人を討ち果たすため単身おもむく者のことを、世間では『暗殺者』と呼び習わしている事実を、彼女は気づいていたであろうか?

 ――おそらく、いや絶対に気づいてはいないのだろう。それが彼女の無知さから来る純真無垢な信仰心の由縁なのだから・・・。 

 

 思わず神子は溜息を吐かずにはいられない。

 フラウスの望みである、『ロードス統一』の理想を実現させるため、これからの歴史上で度々登場する人物たちのことを想起せずにはいられなかったからだ。

 

 

 暗黒皇帝ベルドの起こした『英雄戦争』

 その後に続く戦乱を終わらせて、ロードスを光の勢力に統一させたのも、黒の導師バグナードの策謀により全ての国々がマーモという悪の帝国をロードス島から一掃するため戦力を結集して総力戦を挑むためだったからに他ならず。

 その戦いの勝利によって、ロードスは一つの国ではなくとも、一つの円卓によって纏められ、古代王国崩壊の時代からロードスに戦乱をもたらし続けてきた「灰色の呪縛」からも解放され、諸王国は互いに盟約を結び合い、決して争うことなく、人と物との交流が盛んに行われる平和な時代を手にしたが、ようやく手に入れた尊い平和でさえ大して長続きはしなかった。

 

 

 『漂流伝説クリスタニア』の第一章に記されていた内容を、フラウスの話を聞かされた直後の神子は、思い出させられていた。

 

 

【――その島にはいくつもの王国が栄えていた。諸王国は互いに盟約を結び、決して争うことなく、人と物との交流が盛んに行われていた。

 この平和は、あまりにも長く激しい戦いの後に得られたものだった。それゆえ王も民もこれを大切にしようと誓いあっていた。

 百年もの長きにわたり、その島では戦のために人の血が流されることはなかった。

 やがて、平和に慣れた人々はある疑問を覚えた。なぜ、一つの島がいくつもの王国に分かれている必要があるのだろう。これほどまでに互いが親密ならば、統一された王国を興したほうがよいのではないか―――】

 

 

 こうしてロードス島は、再び戦いに彩られた歴史を再開させる。

 自ら終わらせたはずの時代に原典回帰して戻ってくる道を自ら選び取り、平和を終わらせる。

 結局は、どちらだろうと同じ願いを求めて実現することを目指してしまうのが人なのだろう。

 

 世の中が乱れた時代が長く続いた時代でも、平和が長く続いた時代でも、結果的に求め出すのは【統一】という名の大きな大きな血の色をした華美な夢。

 どちらだろうと同じ夢を求め出すのが人間だという事実を心から否定できるのは、その二つを同時に体感するには人間の寿命が短すぎるから。ただそれだけが理由なのかもしれないとさえ、このとき神子は思ってしまっていた。

 

 まぁ、それらの考えが正しかったにせよ、間違っていたにせよ、正しく確かな答えは今、ひとつだけ神子にも解っていた。

 

 それは――――

 

 

「ファリスの聖女さまに、ボクを救うことはできないそうにない、ってことか・・・」

 

 

 それだけ言って、また歩き出す。

 やがて降り出してきた雨を精霊に頼んで止ませようともしないまま、ただ打たれるに任せてズブ濡れになりながら雨滴の灰色に染まった周囲の景色に顔を背けてうつむきながらトボトボと、モス地方へと続く道を歩んでいく。

 

 エルフのみが使える森の魔法を使ってしまえば、方向の違いに意味はなくしてしまえるけれど使う気にはなれない。使う意味も感じられない。

 近道をすることにどんな意味があるのか解らなくなって百年以上が経過した、今の神子にとってみれば、正しい方法にこそ価値がなく、効率的な最短ルートを行く道こそが勿体なく感じられて仕方がない。

 

 神子が幼い頃に聞かされた、エルフ族の伝承によれば、人間たちは自らが世界で果たすべき役割を伝えられる前に、その導き手たる神を失ったと伝えられている。

 だからこそ人間たちは神を求めて止まず、自らの生き方、自らの存在理由を知ろうと躍起になり、神官たちは限られた神との接触から人間のありようを説くが、真実の答を得た者は未だ人の中には誰もいないのだと、そうエルフ族では自分たちから見た人間たちのことを子や孫の代に教え伝えてきた。

 

 そして古き種族であるエルフは植物を育み、精霊界からの恵みを物質界へと正しく送り届けることだと、自分たち妖精族の存在理由を理解しているからこそ、長い年月をかけて変わることなく植物を育んでいるだけの暮らしを苦痛に感じることはないのだという。

 

 別に今更エルフの伝承や存在理由を否定する熱意は、神子に残されていないけれど、もし仮にそれらエルフ族に伝わる伝承の全てが正しかったとした場合。

 

 

「自分の存在理由を知りながら、その使命を果たす意思を失ってしまったハイエルフの森に住んでた神子さまは、人間よりもっと愚かで劣った下等な生き物だ・・・と言うことになるのだろうねぇ・・・エルフの森の基準だと、きっと・・・」

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第7章

今日はエロを書くつもりだったのですが、思うようにいかなくてコチラに逃避しました。
その分、前回よりかは面白くなっていると自分では思いたいです。


 ――かつて、聖書をもとに綴られた物語の中で神話になった少年は、こう言ったと歴史書には記されております。

 

『なんでだよー!? 嫌なことから逃げ出してなにが悪いんだよぉっ!?』

 

 ――と。この言葉こそ、まさしく至言と呼ぶべきもの。人間誰だって嫌な事からは逃げ出したいですし、辛い過去はなかったことにしたいもの。なかったことにしたい歴史は黒歴史として地下深く埋めて記録ごと抹消させ、白いお髭さまに歴史を書き直させることで完全消去する。

 ・・・これが未来の地球人の取るべき正しい手法と確定しているのですからね。なにも恥じる必要はないのですよ本当に。聖書を元にした物語の主人公が言ってんだから絶対ですよ、マチガイナイ。

 

 ―――と、言うわけで。

 

 

「おうおう、ちょいと待ちな嬢ちゃんたち。さっきはよくも俺たち土竜に、舐めたマネしてくれやがったなぁ。そんなに痛い目にあいたかったのかぁ、エエェッ!?」

「・・・・・・さぁ・・・。あなた方は、どこのどちら様だったでしょうかねぇ・・・・・・」

 

 

 私は後ろから全速力で追いかけてきて追いつかれちゃったばかりの山賊さんたち相手に、全身全霊でしらばっくれて、過去の自分が犯した過ちを黒歴史化して無かったことにするため全力を尽くす道を選ぶと決めていた次第です。

 私はなにも知りませんし、見てません。やってもいません。

 

 昨日の夜に改めようと誓ったばかりの黒歴史封印をアッサリ忘れて、広い道を見つけた途端に走り出したくなってしまった元気マンブラザーズが如き新たな黒歴史を生み出してしまった直近の過去など私は知らないのです。知らないって言ったら知りません。嫌なことだから逃げ出すことが正義であり正しいのです。

 だから私は間違ってません。逃げちゃダメだなんて嘘っぱちだとエリートぼっち高校生先生が言ってました。神話になった中学生少年も高校生になれば同じ答えに達するはず・・・。

 だから私は悪くな~い、悪くな~い。間違ってもいな~いし、覚えてもいな~~~い・・・。

 

「あ、あのー・・・魔王様? この人たちってもしかしなくても、もしかしてさっき吹っ飛ばされおられた山賊の人たちなんじゃないでしょうか?」

「・・・しー!です、アクさんしー! そういうのは言わなければいいんです! 認めなければいいんです! 知らぬ存ぜぬで貫き通せばなんとかなるのが大人の世界なんですよ! あなたも大人になれば分かりますから、だから今はしー!なのです!」

「あっ、テメェ! やっぱり覚えてるじゃねぇか俺たちのこと! 人蹴っ飛ばしておきながら覚えてねぇフリしやがるとはヒデェ野郎だなテメェはよぉ!! ちっとは人様とお天道様に顔向けできるよう真っ当な人生を生きようとは思えねぇのか全くよぅ!!」

「山賊団にそこまで言われる覚えないんですけどね!? いくら私でも言っていい人と悪い人がいてもいいと思うんですけれども!?」

 

 思わず全力反論して、自分でも覚えてたこと認めてしまうしかなくなる私・・・。クソゥ、全部このツッコミ体質が悪いんや・・・。異世界召喚されてゲームキャラになる日本人はみんなツッコミ属性が強すぎる人ばかりなのが悪いんや・・・。

 

「はぁ・・・・・・こうなっては仕方がありませんね・・・。真面目にお相手いたしましょう。――で? あなた方は一体だぁ~れ?」

「フッ、やっとコッチへ向き直りやがったな。では、あらためて名乗りを上げてやる。三度目はねぇから、耳かっぽじってよぉーく聞きな」

 

 《早乙女ヨシオ山賊団》とか、名付けたりしちゃダメなんですかな? このオジサンたちって。

 

「俺は土竜の頭領、オ・ウンゴールだ。早速で悪いが、エルフの嬢ちゃんと金髪チビの嬢ちゃんたち。お前らは聖女ルナ・エレガントが俺たちを誘き出すための囮だな?」

「・・・・・・は? え? 聖女? ルナ・エレファント・・・って、何の名前ですかそれって・・・? 月のように巨大な象型モンスターの一種ですか?」

「どんなバケモンだそりゃあ!? んなデカすぎるバケモンなんざいて堪るかアホッ!!」

 

 山賊の頭領さんは怒り出しましたけど・・・・・・いますよね? 普通に。月ぐらいの巨大な動物って神話上のファンタジー世界にだったら。

 世界全てを背中に乗っけてる亀とか魚とか珍しくもないのが、神々の住まう地球神話上の世界デッス。

 

「って言うか、オ・ウンゴールってちょっと格好いい名前ですね。アインズ・ウール・ゴウンみたいで、結構憧れますよ。少しだけ羨ましいです」

「え? そ、そうか? それほどでも・・・まぁあるだろうな俺の名前だし。ワッハッハ! いや参ったなこりゃハッハッハ!!」

「ええ、本当に羨ましいですし格好いいと思いますよ。・・・出来ることなら、自分のと変えて欲しいぐらいにはですけどね・・・」

 

 ちなみに私の名前は《ナベ次郎》です。オ・ウンゴールの方が、アインズ・ウール・ゴウンの下位互換で劣化番っぽい名前っぽくて少しだけ憧れる気持ちに嘘はありません。・・・割と本気で今からでもいいから自キャラ名変えたい・・・。

 

「お、お頭。しっかりしてくださいよ!」

「わ、わかってるよ安心しろお前らぁ!」

 

 そしてなんか、部下っぽい人たちに心配され始めたから怒鳴り声で安心させてあげるアインズ・ウール・ゴウンさん(なんかコッチの方が呼びやすかった)

 全然関係ないですけど、この人の顔ってどっかで見覚えあると思ってたら、中学校時代にクラスが一緒だった青木さんのお父さんによく似てらっしゃいますね。本人かどうか聞いても大丈夫なんでしょうかな?

 ・・・結構デッカい会社で専務やってた方なのでね・・・。そんな人が異世界で山賊やってるレベルにまで落ちぶれられた可能性を考えると気軽に聞くことも出来ませんよ・・・。

 

 学校時代に好成績を自慢してた人が数年後に屋台でタコ焼き売ってるところとかに出くわすとメチャクチャ居心地悪くなるから出来れば避けたい大学近くで開かれるお祭りみたいな感じで・・・。

 

「あーと、・・・コホン。――さっき俺たちを吹っ飛ばしやがった手品、ありゃあ魔法だな? 不意打ちとはいえ、俺たちの奇襲と包囲陣を破ったことだけは褒めてやるぜエルフの嬢ちゃん。さすがは種族全員が魔法を得意としているとか言われてるエルフ族だとな」

「・・・そですか。えっと・・・どもです」

 

 明らかに取り繕ったこと丸分かりな言い方で会話再開したのを分かっていながら、何も言い返すことなく素直に共食してみせることしか出来ない私、種族全員が魔法が得意なエルフ選んで魔法が一切使えない職業のモンクになってるネタきゃらエルフのナベ次郎っす・・・。

 

「だが、俺たちにもメンツってもんがある。ガキ二人を襲って吹っ飛ばされて終わったんじゃ、この渡世は凌いじゃいけねぇのさ。嬢ちゃんたちには悪いが死んでもらうぜ。せめてもの情けとして、苦しむ死に方だけはしねぇようにしてやるから安心して、あの世へ行きな」

 

 一応は(見た目だけは)子供相手だからなのか、大上段からの上から目線とはいえ妥協案っぽいことを口にしてくるアインズ・ウール・ゴウンさん。

 やっぱり偉大な人と似たような名前を持って生まれてきたりすると、器が少しだけでも大きくなるのでしょうかね? ・・・じゃあ何故、美姫ナーベと爆弾魔フカ次郎の合いの子ネームな私の器はちっこくなる一方なんですかね!!

 

「おっと、下手な気は起こさねぇ方がいいぜ。魔法使いなんざ気力が尽きりゃ、ただの案山子も同然よ。話してる間に弓使いたちの配置も終わってる。お前らに生き延びれる道はねぇよ。諦めて大人しく成仏しときな。俺たちに襲われて苦しまずに死ねるってだけでも相当にラッキーな事なんだからよ」

 

 とのことでしたが、私としては死ぬ気もなければ、アクさんを殺させてしまう気にもなれそうにありません。

 一方で矛盾するようですけど、この方たちを殺してでも逃げたいかと聞かれたら、そこまで嫌うほど嫌な気分になる人たちでもないからなーと、思ってしまってもいましたので少々困りものな状態にありました。

 

「あわわわ、あわ、アワワワ・・・・・・」

 

 迷いながら悩みながらも、私にしがみついてハワワ軍師ちゃんみたいな反応しているアクさんの頭を撫でてあげながら父性本能満喫しつつ。

 私はこれからどうしたもんかなーとか思って、高く青い空を見上げてポケットの中の戦争のOPを思い出していた丁度そのとき。

 

 

『魔法が何ですってぇッ!!』

 

 

「・・・え?」

「おう!?」

 

 なんかいきなり声が響いてきて、空の上に妙な光が見えたと思ったら急速に枝分かれして形を変えて、山賊さんたちの頭上へと雨霰のように降り注いできたのでした!!

 

「え!? なに!? なにが起こったんですかこれ一体!?」

 

 光の雨に打たれた山賊さんたちだけでなく私も慌てて、砂埃から顔とアクさんを守りながら状況把握も実行し、少し離れた道の先から“少女”が一人で近づいてくるのを発見しました!

 

「魔王討伐にきたら、薄汚い山賊までいるなんてね」

 

 尊大な口調で自信満々に言ってくる、シスター服を着た少女さんでした。

 杖をついて歩いてきてましたけど、別に足が不自由なわけではなく何かの強力なマジックアイテムの様であり、彼女自身の容貌や服装と合わせてみても相当に高位にあるプリースト系の職業に就いている女の子のようでした。

 

「これは・・・ヤバいかもしれませんね・・・」

 

 冷や汗を一滴垂らしながら、私は緊張にこわばる顔を隠すことが出来ずに呟いてしまいました・・・。

 ピンク色の長い髪、太ももが見えるスリットの入った純白のシスター服を纏って、ストッキングを履いた絶対領域まで完備しているプリースト系の美少女。

 そして彼女がやってきた目的は『魔王討伐』で、今相手をしているのは山賊たちの集団・・・ッ。

 

 間違いありません・・・! コイツは――エロゲー展開です!! エルフ少女と純真無垢な薄幸美少女がいていい状況じゃありません! 一刻も早く離脱しなければ最悪の場合、中身男の見た目だけロリエルフがオークたちに犯される誰得展開に発展しかねません!

 逃げなきゃダメです! 逃げなきゃダメです! 逃げなきゃダメです! 人生には逃げなきゃダメな時というのも往々にして結構あるものなのですよシンジ君!!

 

「ちぃっ! 筋書きが狂った! テメェら! 引き上げるぞッ!!」

 

 しかも、そうこう考えてる間にアインズ・ウール・ゴウン様たちだけ先に逃げだそうとしちゃってますし! ちょっと待って置いていくな!

 お願いですから、この状況下に女の子二人だけ置いていくの本当にやめてぇ!?

 

「ちょっ、待ってください! 逃げるんでしたら私たちも一緒に―――」

「バッカじゃないの? 私から逃げられるわけないじゃない!

 金色に裂かれよ!! 《ゴールド・スラッシュ》!!!!」

 

 と、叫ぼうとしていたところで後ろから追撃が発射されてきました。

 逃げるために背中をさらしていた山賊さんたちが、次々と光の矢で貫かれて絶命していきます。

 

 ・・・さすが教会から派遣されてきたっぽいシスターに人は容赦ねぇ~・・・。聖職者とはとても思えない、この仕打ち。やはりエロい服装をしてシスターという職業に就いている人たちは外道な性格してるのがデフォルトなのでしょうか? スカート履いてないカレンさんみたいな感じで、貧乳の癖して服だけやたらとエロいのが彼女たちの特徴だと私は思う。

 

「うわぁぁぁっ!?」

「あ・・・ッ」

 

 ――って、ヤバ!? 女の子が容赦なく人殺しまくってる事態に、ついつい郷愁に駆られてトリップしちゃってましたが私は一人で来たんじゃないんでした! レベル的には弱っちいアクさんを守ってあげなきゃいけない立場出来てるんでしたわ!

 

「え、ま・・・・・・!?」

「危ない、アクさ―――っん!!!」

 

 ギリギリのところで光の刃が彼女の体に届く寸前、私の方が先に彼女の近くまで接近することに成功し、彼女をかばうように前へ出た私の元には光の矢が至近距離まで迫ってきてしまっており、そこで私は―――!!!

 

 

「やっべぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!!!?????」

「ちょ、え、魔王さ・・・きゃああああああああっ!?」

 

 

 アクさん抱え込んで全身全霊で回避しました! 避けました躱しました! この際攻撃受けないで済むなら何だってありです! 受け身なんか考えてる余裕なねぇ! とにかく逃げる! 逃げる逃げる逃げるぅぅぅぅッ!!

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロッ!!!!

 

 人生には逃げなきゃいけない時があるのですよぉぉぉ―――ッ!!!!

 

「ちょっとアンタ! なに私の魔法避けてんのよ!!」

「当たったら死んじゃうかもしれないでしょーが!? んなもん誰だって避けますよ! んなこともわかんないんですかバカなんじゃんですか貴女は!?」

「ばッ!?」

 

 思わず相手の言い分に激高しちゃって反射的に罵声で怒鳴り返してしまう私。

 だってそうでしょう? モンクにとっての魔法攻撃なんて最低最悪の鬼門じゃないですか! 遠距離攻撃職のウィザード系と接近戦特化のモンクによるタイマンなんて、近づかれたら負け、近づけなったら負けの、殺るか殺られるかなガチバトル。エンジョイプレイヤーに求めるような代物じゃねーのですよぅ!!

 

 いや、もちろん魔法職は基本的に対MOB用の職業であって、対人でタイマンするもんじゃないってことぐらい知っているのですけれども!

 でも逆に、それが出来る人だったら『敵対プレイヤーを殺すためだけに用意された廃プレイヤーによる廃ウィザード』ってことが確定しちゃう職業でもありますのでね!?

 訳わかんない状況下で、しかもゲームオーバーが現実での死に直結しちゃってるかもしれないですゲーム化してる可能性もある異世界転移している今、君子危うきには絶対近寄りたくないモンクにとっての危険人物! それこそが彼女! 

 ・・・えーと・・・、名前知らないですけどプリースト系の癖して攻撃魔法に特化してるっぽいバーサーカーヒーラーのなんとかさんです!!

 

「こ、この私に向かってバカですってぇ!? あんた、誰に向かって口を利いてるのか分かってんの!?」

「知りませんよ! いきなり名乗りもせずに攻撃してきたのは貴女でしょうが! 説明責任ぐらい果たしなさいよ本当に!」

「フンッ! 聖女が悪しき存在を討つなんて、当たり前の話じゃない」

 

 尊大そのものな口調で断言されてくる、自称聖女様。

 まぁ、教団で崇められてる聖女なんて大体そんなもんですから別にいいんですけどね。この際、アタモニ神団の聖女エルレイン様とかよりマシならそれでよろしい。ラスボスの神様蘇らせた人類の敵の聖女様なんてマジ要らねーです。何度か殺しても死なねー相手でしたのでマジ面倒くさかった。

 

「・・・って言うか、さっき貴女に討たれそうになってたのは山賊さんとか私だけでなく、無力で小さなか弱い女の子だったのですがね?」

「う゛・・・・・・。そ、それはその、え~とぉ・・・」

 

 おいコラ、聖女様。アンタまさかさっきの誤射ですかよ・・・。

 誤射で女の子殺しかかって悪しき存在を討つのが当然がどうとか言われても、説得力なさ過ぎて困るんですが。

 

 ――しかし、これは案外使えるかもしれませんね。このネタで揺すって交渉すれば、このまま安全に場を離脱することが可能になるかもしれません―――

 

「ふ、フンッ! 悪人の分際で何を言い出しているのかしらね? あんた、私が誰だか分かっていないようね。私は三聖女の一人、金色のルナ・エレガントなのよ!!」

「・・・誰・・・? ルナ・“エレファント”って、象人間系の亜人族かなにかの人ですか・・・?」

「あんた達ぃ! この間抜けな頭したガキを捕らえなさい!!」

『え? あ、はい。お、オオオオォォォォォッ!!!』

 

 なんか背後に控えてた騎士団っぽい人たちが前に出てきちゃいました! なぜですかー!? 私はおかしなことは何も言ってなかったのにー!?

 

「隠したって無駄よ! あ、あんたきっと例の魔王ね! そうよ! そうに違いないわ! だからお供で連れてるその子もきっと聖女が倒すべき悪!! だから私は正義なのよ!」

「なぜその呼び名を知っているー!?」

 

 相手の言葉を聞いて、思わず私は回避行動も逃げるための方策を考える思考も完全放棄して、聖女を名乗ったルナ・エレファントさんの顔を睨み付けながら怒鳴り声を上げてしまいました!

 いつの間にか私の黒歴史が、知らない間に知らない人にまで伝わってしまっていたという衝撃の事実に私は驚愕させられていたからです!! ネットの世界で情報拡散は日常茶飯事ですが、まさかネトゲキャラになって転移した先の異世界でまで個人情報漏洩の危機に見舞われるとは! ネットリテラシーは異世界においてすら無しなのですかね!?

 

 もし私だけだったなら誤解の余地もあったのですが、ノリであのとき従者に任命してしまっていた“アク”さんの事まで知られているとなると誤解の余地は一部も無し!

 く、クソゥ・・・。せっかく黒歴史の封印を新たに施したばかりだったというのに・・・なぜ今更になって蘇ってくるのですか私の黒歴史! いるべき心のマウンテンサイクルに帰りなさーい! ターンエーガンダム要りません!!

 

「ほ、ほらやっぱり! あんた魔王だったんじゃないの! 自白したんだから間違いないわね! 確定ね! 言い逃れは出来ないわよ! はい、魔王だから今ここで死刑!! 悪は滅ぼされろ魔王――ッ!!」

「ぐっ!? ゆ、誘導尋問とは卑怯な手をぉ・・・ッ!!」

 

 私は歯ぎしりして、人を騙すのに長けた悪しき教団と聖女の双方を激しく恨み、睨み付けました! やはりエロい格好したシスターの所属する宗教勢力というものは、外道な聖職者と極悪人の集まりだったと言うことですかぁぁぁ・・・・・・ッ!!!

 

「あの・・・魔王様? ボク、あんまり頭良くないのでわからなかったのですが・・・・・・先ほどの聖女様は悪くなかったと思いますよ?」

「・・・・・・・・・」

 

 アクさんが隣で言ってくる言葉を、私は聞こえないフリして気づいてもいないフリを実行に移します。

 嫌なことからは逃げてもいい。聖書を基にした物語の主人公が言っていたのですから間違いはありません。聖女よりも聖書です。濁点が一つないだけ清純さは少しだけ上!・・・なはずです。たぶん、おそらくはそうであって欲しいと願うばかりですが・・・。

 

『ウォォォォッ!!! この世を夜で支配しようと欲する悪しき魔王! その首、頂戴つかまつる!! ドオリャァァァァァッ!!!』

「なんかモブキャラ達までいっぱい聞いていやがりましたー!?」

 

 やべー!? 突っ込んできてる途中だった騎士団のことスッカリ忘れてましたー!?

 どうすべー!? どうすべー!? こんな大人数の口を封じる方法なんて皆殺し以外に知らないんですが!? 異世界転移した途端に大量虐殺する羽目になるアインズ様ルートはアンデッドの精神安定持ってないとキツすぎると思うのですが!? どうすべーどうすべー!? 本当の本気でどうすべー!?

 

 こ、こうなったら・・・・・・やりたくはありませんが、あれをやるしか他に私に明日はない状況にまで追い詰められてしまっているということなのですかぁぁぁぁ・・・・・・ッ!!!

 

『ウォォォォォッ!!!』

「・・・く、ククク・・・・・・」

『ウォォォォォッ!!!! ―――おおぉ?』

 

 

「グワーハッハッハッハッハッハ!!!!!!」

 

 

 私は胸の前で腕を組んで大きな声で高笑いをすると。

 驚く騎士達の前で、伝家の宝刀“ヤケクソ”を抜き放ち、魔王の刃として振り下ろしてやったのでした!! 彼の心の臓を掴み取ってやるために!!!

 

 

「小賢しくも我が正体、暴きたてに攻め来るとは愚かな女よ。真実など知らなければ、今しばらくはその命、長らえることも出来たであろうに・・・。

 余の首、取れるとでも思い上がったか? 笑止ぃぃぃぃぃッッ!!!!!」

 

 

 ピカッ!! ゴロゴロゴロズガァァ~~~ン!!!!

 一喝すると同時に、課金アイテムの残ってた中から《ステンドグラス背景》と《雷効果音グラフィック》を使用して超常現象っぽさを演出!!

 

「な、何よこれ? これは一体なんなのよ!? あ、あんた一体何者なの!? ま、まさか本当に本物の復活した魔王なんじゃ・・・・・・!?」

「余はぁぁ・・・・・・昔と今、そしてこれからの世に跋扈する全ての邪気と魔性が人の形に集まったバケモノ・・・。

 第六天魔界より来たりし、真なる魔王成りぃぃぃぃぃッッ!!!!」

 

 そして大声で叫ぶと同時に、モンクスキル《雄叫び》を使用! 1ターンの間、敵の行動を強制停止させてもらいました!

 

「な、なによこれは!? か、体が動かない!? 前に進むことも出来ないなんてそんな!?」

「今しばらくは、この現世に満ち満ちた邪気と魔性を吸収する腹づもりであったが・・・我が正体を知られてしまった以上は、是非も無ぁぁしぃぃ・・・・・・余が直々に平坂へと送り、その頭蓋を揃って杯としてくれようぞゥ!!!」

『ひ、ヒィィィィィィィッ!!??』

 

 

 この状況をどうにかするため今の私が取り得る最終手段にして最後の武器!!

 それこそが!!!

 

 

「我が正体を知った者、全て滅する!!! 愚者共よ!! 余の秘密を知ろうなどとした己の愚かさを地獄の釜の底で未来永劫悔やみ続けるがいい!!!!」

 

 

 脅迫して黙らせる!! 他言無用と脅しまくる!

 私の恥ずかしい秘密をこれ以上広めないためには、もうそれしか道はない!!!

 

 

*ナベ次郎は 混乱している*

 

 

つづく



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別魔王様、別スタート地点からリトライ!

『魔王様、リトライ!』の本格二次創作として書いてみた作品です。『リスタート』と違って普通の二次創作として書いてあります。
差別化を図るため、原作4巻目途中のイベントから始まって、イベントが終了してから1巻目の途中に戻るという流れになっておりますので、原作未読の方はご注意を。


 かつて、「殺人鬼でも養成してるのか」と揶揄された『人殺しゲーム』が存在していた――。

 

「膨大な量の破壊と流血をもたらした魔王、九内伯斗・・・」

 

 世界の大半を支配した大帝国が征服した国々の支配を盤石にするため開始した死のGAME。

 属国となった国々からランダムで選び出した国民同士を殺し合わせて勝ち残った最後の一人は莫大な財産と神民への切符が与えられ、それ以外の者は例外なく死ぬデスゲーム・・・・・・

 

 大帝国の繁栄と絶対的権力の象徴であった、この悪辣なGAMEが今、終わろうとしている。

 

「じゃあね、九内伯斗、《INFINITY GAME》。それから・・・お疲れ様でした」

 

 そう言って、ディスプレイに映し出されていた目つきの悪い黒コート姿の男が、画面の向こう側にいる運営者の手によって削除されるのを見届けた後。

 彼女“裏背真央”もまた、自らが運営してきたネットゲーム《BLACK KNIGHT》のデータを――“《INFINITY GAME》のファンタジー版”と蔑まれたこともある『人殺しゲームの“片割れ”』の残ったデータを全て消す。

 

 ・・・運営を開始してから15年間・・・一度として接点はなく、会話を交わした事もなく、顔も本名も性別さえ知る事のなかった完全なる赤の他人で、オフ会なんて死んでもあり得ない程度の浅すぎる繋がり・・・。

 それでも彼女にとって、“彼”はライバルだった。倒すべき魔王だった。

 彼を超えるのは有象無象の増えては減って、死ねば代わりを連れてくるだけの量産型ヒーロー共ではなく自分だと確信しながら今日まで自分流のゲームを続けてきたが・・・・・・魔王がいなくなってしまった後まで続けるつもりは微塵も湧かない。

 

 所詮、自分が運営した《BLACK KNIGHT》の騎士とは“そういうモノ”だった。

 参加してくるプレイヤー個人個人のことなどどうでもよくて、所詮は『参加ユーザーの1人でしかない存在』。

 すべての判定は運営が決める。遊ばせて貰ってる側が偉そうに指図するな、自分のルールでやりたいのなら自分で作って運営しろクソ野郎共。それがイヤな奴らは出て行きやがれ! ・・・それが彼女の流儀だった。

 自己満足、欺瞞、憐憫――大いに結構、好きに呼べ。好きに罵れ。私は一向に気にしない。

 所詮、自分が好きなように作ったゲームという存在自体そのものが自慰作品に過ぎぬのだから今更だ・・・そんな風に割り切って好き放題にやってきた。

 彼女が意識したのは後にも先にも一つだけで、一人だけ。

 ・・・その一つと一人共が同時に消えた今となっては、自己満足の自慰さらし行為を続けさせていく意味も意欲も全く湧かない・・・。

 

「・・・あ~あ・・・。なんか、やる気失せたな・・・。寝てしまおう。明日仕事だけどベッドまで歩くの面倒くさいから寝てしまおう。どーせ、この世はクソみたいな現実だけで満たされている~っと。明日も明後日もそのまた先もず~っとず~っと・・・・・・グー・・・」

 

 

 こうして、《INFINITY GAME》が終わるよりも“三十秒ほど”遅れて完全に世界から消滅した別の世界の別の魔王の操り手は、『九内伯斗』が浴びるはずだった背後からの光を三十秒ほど遅れて浴びて“三十秒分の誤差を生じさせてから”始まりの声を耳にする・・・・・・。

 

 

 ――そこは神が見放し、天使が絶望“した”世界。

 どうか驚かないで。

 そして、聞いて欲しい。

 耳を澄ませば聞こえるはず。

 0時のベルは、いつだって“君たち”の始動を告げる音なのだから――――

 

 

「・・・・・・・・・ZZZZZZZ」

 

 

 ―――・・・・・・オ~イ、ちょっとー? 聞いて下さい、起きて下さい。

 寝落ちしたまま異世界転移するな、このヤロウー・・・・・・・・・――――

 

 

 

 

「・・・あん? ―――何だ、こりゃあぁぁぁっ!?」

 

 目の前にいきなり広がってた、鬱蒼とした大森林を目にして裏世真央は絶叫した。昔見たドラマのGパン履いてる刑事風に。

 余りの事態に、引きつった笑いしか浮かべられなくなるほどに。

 

「夜、寝落ちして、朝起きたら大自然のど真ん中に放置されて目覚めましたとか、半端ない無茶ぶりだなオイ・・・。

 これは、アレか? 『これから君たちには殺し合いをして貰います』になるタイプの奴か? それとも『ゲームをやろう!』とか言い出す男が謎の装置と共に待ち構えてるタイプの奴なのか? ・・・どっちにしても私、死ぬ一択の状況だぞこのヤロウ・・・」

 

 冷や汗ダラダラ滝のように垂らしまくりながら、必死で恐怖心を押さえつけようと無意味な独り言を続ける彼女。オタクでゲーマーな引きこもりは独り言が多い。コレ常識。

 

「・・・ん? てゆーか私、なんか妙に若返ってないか? エイジングケアとかした覚えないんだけど・・・。えっと、鏡鏡、身だしなみ整える用の鏡――なんてオッサレな代物をオタゲーマーが持ってるはずないわな。なんか鏡の代わりに姿写せるもんは・・・お! 泉発見! コレで見よう!」

 

 普段から会社でだけキチッとして、プライベートでの身だしなみは完全に諦めている典型的ダメゲーマーの彼女は、女性であってもコンタクトなんか持ち歩かない。手鏡なんて仕事道具の一つとしか思った事がないタイプの人間。

 公私は完全に別け、ゲームと現実は別物! 混同するなとか言う奴らの方がゴッチャに出来ると考えているガキの群れだと決めつけてやまない彼女に、一般常識的マナーなんて物は知らない。

 

「もし落ちても、泉の精とかいうキチガイは出てこないでくれよ・・・・・・って、何だぁぁぁこりゃぁぁぁぁぁッ!?」

 

 そしてまたしてもGパン刑事風に絶叫。泉の水に映し出された自分の姿にビックリ仰天し過ぎて腰が抜けそうになってしまったのである。

 だが今回のは驚きは無理もなかった。泉の水に映し出されるはずだった人物の姿が一変しすぎてしまっていたのだから驚くなという方が無理があるのだから当然の事だ。

 

「こ、これまさか私か・・・? 今の私の姿なのか・・・!?

 もしかしなくても今の私って、《BLACK KNIGHT》のラスボス『黒騎士セシル』になってしまってるのか!? ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 確認のために念のために、もう一度だけ泉を覗いて同じ姿写して、また絶叫。・・・何やってんだと思われるのが普通の行動だったが、彼女としては無理もない。それぐらい――痛々しい姿が今の彼女がなってるキャラクターの容姿設定だったのだから・・・・・・

 

 

 目つきが悪く、悪人面したイケメン顔で、金髪を三つ編みにして垂らした男装の騎士。

 全身黒づくめのコート姿で、頭にかぶっている帽子も黒一色。

 左右の腰に一本ずつ短めの刀身の小剣を下げ、背中には身の丈よりデカい、メインウェポンの黒く染まった大剣を背負った物理攻撃一択だけのガチンコ勝負な女性魔王・・・・・・。

 

 

 自分の黒歴史を一身に集めすぎてしまったような、とんでもなく如何にも過ぎる見た目の持ち主だった。コレは痛い。痛すぎる。

 しかも、痛いのは見た目だけではない。設定までもが痛々し過ぎるのが黒騎士セシルの特徴である。

 

『人も神も魔王も【悪】と見下し否定して、全ての【悪】を自分が管理する世界を目指して今の世界全てを敵に回して戦争を挑んできた、【人から生まれて神も魔王も超えた人間の魔王】』

 

 ・・・それが《BLACK KNIGHT》のラスボス『黒騎士セシル』だった・・・。どんだけ厨二病患ってたんだと自分でも自分にツッコみたくなること請け合いなのだが、折良く《INFINITY GAME》が始まって、ツッコんでくる者たちと、そうでない者との間で意見が分かれて罵倒し始めたから、あんまし気にする機会がなかったのである。

 

 もともと《INFINITY GAME》はプレイヤーの平均年齢が高く、主に高校生から社会人が参加者たちの大半を占めていたゲームだったのに対して、《BLACK KNIGHT》は小中高生がメインのプレイヤー層を占めていたネットゲームだった。

 始めた最初の頃に出会って《INFINITY GAME》だけに勝つ事を意識し続けてきたおかげで、プレイヤー人口の差別化も、相手が仕事で運営できないらしい昼間を狙って人口数で勝つ事狙うのも戦術の一つと割り切り、《INFINITY GAME派》で《BLACK KNIGHTアンチ派》の連中が悪口雑言垂れ流してくるのも「所詮は自分好みでないものは全て非難したがる、ケツの穴と器の小さい陰険男どもの負け惜しみ」と歯牙にもかけてこなかったのが彼女だった訳ではあるが。

 

 ・・・・・・あらためて冷静になって眺めてみると痛い。痛々しい見た目だ。痛すぎる・・・。

 自分はこんな姿をして、あ~んな仕草をやらせて、こ~んな台詞を言わせてきたのかと思うと、黒歴史だけで死ねそうになってくるほどの痛みを味あわされて仕方がない。死因は恥死。

 

「い、いや・・・落ち着け私。まだ大丈夫だ、慌てるような時間じゃない、ハァ・・・ハァ・・・。

 な、名前なんて偽名を名乗ればいいんだ。『ヘミングウェイだって偽名で本出してる』と、どっかの大統領も昔なんかで訴えられたときに言ってたそうだし、民間人の私がマネしたところで問題ないはず、まだいける・・・ハァ、ハァ・・・」

 

 メチャクチャ苦しそうにしながら、メチャクチャ苦しい言い訳を一人だけの空間で述べてる時点で十分すぎるほど問題ありすぎる行為ではあったが、自己満足の魔王でしかない彼女は敢えて考えようとしない。全力で目を逸らす。

 

「だ、大丈夫だ・・・問題ない・・・。そのはず・・・だ・・・・・・ッ」

 

 そして、わざわざ自分から失敗して『大丈夫じゃなくなるフラグ』を立ててくるところはやはり彼女が、王道的な『善と悪の勢力同士に別れて最後の一体だけ生き残る最終戦争“ラグナロク”』という架空世界を作り出し、全ての善と悪を『エゴという名の悪!』と決めつけて同列に扱っていた『善なき世界の魔王』としてロールしていた16年間の経験値故の結果なのだろう。

 自分もまた悪であると知った上で『力尽くで主観を押しつけてくる完全悪の支配者』という設定が染みついているのである。

 プライベートならば表に出すことは絶対になかったけれども、ゲームが出来る家に帰り着いた瞬間から『ゲームと現実を別物』に捉えて我慢しなくなってしまうのが日常になっていた女である。

 自分の姿形が長年演じ続けてきた黒騎士そのものになってしまっている今、プライベートと外向けの社会人演技とでオンオフなんか出来そうにもない。

 

「・・・いや、そもそも今の私って、プライベートと外向けの社会人のどっちに分類される存在なんだろうか・・・?

 ゲームが現実になったって事は、今の私にとっては黒騎士セシルを演じてたとおりにやる方が現実なんじゃないのかな?

 ・・・いやでも、対外的に自分が人に見られて恥ずかしいと思う気持ちに嘘偽りはなさそうでもあるしなぁー・・・・・・」

 

 そして、森の中で腕組んでウンウン唸り出す、見た目少女黒騎士になった中身三十路入りかけの女性OL。根っからの理屈屋なため、こう言うところで変な風に融通が利かない。

 

 ――と、そこへ。

 思わぬ声がかけられる・・・・・・。

 

 

『お主かや、妾の神域で騒いでおったのは――――』

「―――ハッ!? 何奴ぅぅぅぅッ!!!!」

 

 

 突然、声かけられて黒歴史見られた恥ずかしさから一瞬だけ適切な対処法が分からず、なんかワケワカンナイままそれっぽいこと叫びながら声に向かって問いを放つ。

 声は不思議な事に、どこから届けられてきているという訳でもなく、耳に直接届いてきているのか居場所が特定できずにキョロキョロ辺りを見渡し、全周囲を警戒するより道は無し。

 

『大方、この辺りを騒がせておる侵入者であろうと思っておったが、よもや人間とはの』

「・・・・・・おおぅ・・・」

 

 ピンポイントで大ダメージを受けさせれるツッコミだった。さっきから騒ぎまくっていた覚えしかない彼女としては、流石に謝る以外の選択肢は思いつかない。

 

「これは・・・大変失礼な事をした・・・。まさか自分以外の誰かがいるとは思わなかった故に騒ぎすぎてしまったようだ。非礼は詫びる。申し訳なかった・・・」

『・・・意外と礼儀を弁えた人間なのじゃな・・・。如何にも邪悪な権化のような面をしておる癖に・・・』

「顔で人を中身まで決めつけて人格否定してくるなアホウ! この差別主義者のクソ婆!! 自分にとってイヤな奴そうだから何言ってもいいと思ってんだったら死ね! そんな偽善ヤロウの世間知らずに生きているだけの価値はない!!!」

『―――ムカッ』

 

 思わず叫び返してしまった、抑える事を知らない学生時代経験者の黒歴史持ち魔王様。

 元々彼女はこういう性格であり、自分に非があったら認めるが、相手にも非があったら責めずにはいられない部分を持っており、口の悪すぎる自分の失言を叱責する途中で言い過ぎてしまった事に気づかなかった教師とか親とかクラスメイトとか上級生とかと口論になりまくり喧嘩にまで発展したことが『百から先は覚えてない・・・』程度には経験した覚えがあるから自分を抑える術を学んでゲームにぶつけ、表向きは心の中で罵倒しまくって見下すだけで我慢してやることがギリギリ出来てきたのである。

 

 それが今、ゲームと現実が本当にゴッチャになってしまったせいで判別が付きづらくなってしまっている。

 オマケにどうやら、『肉体に心が引っ張られる』とかいうコレ系現象の影響によるものなのか、自分の性格が本来の自分よりも黒騎士セシル寄りに偏ってしまってきているらしい。

 先ほどから妙に時代がかった喋り方になっていたのは、それが原因によるものだ。

 

『全ての獣人たちの母たる妾に、そのような口を利くとは、つくづく興味深い人間じゃな。・・・お主、命が要らぬのかえ・・・?』

「知るかボケ! 赤の他人をどれだけ産んだ母親だろうと他人は他人だろうが! バカバカしい!

 だいたい他人の子供を顔で決めつけて罵倒しておいて、自分は顔すら出そうとしない母親なんざ碌でもないバカ親に決まってるだろうが! その程度の事も知らずに子供になに教育できると思ってるんだバカ親! 母親面して子供になにか教えてやる前に自分が1から学び直してこい! このバカ!!」

『―――(イライライラ・・・・・・ッ)』

 

 ・・・とまぁ、この様な事態が生じ易すぎたのが彼女の少女時代だった。言ってる事は概ね正しいのだが、言い方に問題がありすぎる上に、自己満足上等で生きてたから相手が受け入れようと受け入れまいと相手の問題、相手の責任。

 言い方が気にくわないからプライド的な理由で正論であっても受け入れられない、そんな屁理屈述べる奴らの勝手な都合なんか知るかボケ!と罵りまくりながら生きてきてしまっていた。・・・・・・そりゃ我慢する術を覚えないと高校から先は進められんわなぁー、普通に考えて・・・。

 

 そして今また、黒歴史は実体を伴って彼女の中から復活してきてしまっている。

 我慢する術を覚える必要のあった、現実社会で生きていくための必要性がなくなって、明日も会社行って言いたいこと我慢しなくちゃいけない苦痛の日々を送る理由がなくなって、言いたいこと言ったから喧嘩売り返してきた失言クソ婆が目の前に(いや、見えないけどね?)がいて。

 

 ―――だったら、戦争するしかないだろう。

 互いに信じる正義と正義、正しさと正しさがぶつかり合って、白黒つけたいんだったら、ガチンコ勝負で決着つけた方が手っ取り早い。

 

 ・・・・・・それが彼女の運営した《BLACK KNIGHT》の世界観だった。黒騎士セシルが敷いた、彼女の主観に満ちた法に支配された世界でのルールだったのである。

 

『相手を“悪”だの、“間違ってる”だの否定して罵倒しまくりたいなら正面から言いに来い。相手が拳で反撃できる目の前まで来て堂々と罵倒して否定しろ。

 正義だの悪だの屁理屈並べて飾り付けずに自分の意思で、自分の言葉で否定して罵倒して攻撃して傷つけ合えばいい!!

 所詮、そんなものは飾り付けだ! 自己正当化用の詭弁だ! 百万人が百億回使えるように作られた綺麗で汚い綺麗事とかいう武器の装飾なんざクソ食らえだ! 砕け散れ!!

 正義の味方だろうと悪党だろうと、所詮は自分の理想通りの型に他人が嵌まってないと気にくわないクソ野郎共に過ぎないんだから、クソ野郎同士でクソみたいな殺し合いでもしてりゃあいい!!』

 

 

 ・・・・・・それが黒騎士セシルの主張であり、『悪の正義に基づき正しいと信じる信念』だったのである。

 この考え方に基づいて、色々言ったりやったりしていた黒歴史が現実とゴッチャになった今、彼女という極大の悪であり正しさの権化は相手の事情に頓着することなく、相手の唱える主張に有言実行を要求してくるのは黒騎士セシルと融合しつつある彼女にとっては当たり前の行動だったのだから・・・・・・

 

 と、そこへ。

 再び第三者の声が・・・・・・いや、第三者たちの声が響いてきて、風景にも変化が訪れてくる・・・・・・

 

 

『ハロハロ~♪ なんだか面白いことやってるみたいだねぇー、原初のケモノちゃーん。遊びに来たよー♪』

「か、母様-!?」

『むッ!? しまった! 此奴に気を取られすぎて結界の綻びに気づかなんでしもうたか!?』

「・・・今度は何だ、いったい・・・・・・」

 

 三者三様、いや五者五様と言うべきなのだろうか? 姿の見えない相手と睨み合って口論を続けていた黒騎士セシルと、セシル相手に言い合いし続けていた姿の見えない誰かさんと、突然横から割り込んできて風景も変えちまったらしい黒一色でメルヘンチックな服装した死に神の鎌みたいなもの持ってる――たぶん少年だろう男の娘っぽいガキ。

 そして、そのガキに抱えられて怯えきって助けを求めているケモノ耳生やした子供たち二人組。――少なくとも片方は・・・女の子なんだろう、多分だけれども。

 

『貴様! 我が子供たちを返せ!!』

「あはは~、やーだよーっだ♪ 君んとこドア堅すぎだからさぁ-、いつもは遊びに来るのもっと大変だったんだけど今日はたまたま簡単に入れたから楽に捕まえられた戦利品を簡単に手放すわけないでしょー?」

「か、母様! アチシたちのことより早く逃げ――痛いっ!?」

「ファイヤーフォックス!? お前、妹になにかしたら許さ――ぅぎゃあッ!!」

「ひっ!? 兄様―!?」

「あっはっはー! ざーんねん♪ 青い子の背中がパックリー♪」

 

 突然に景色が移り変わって繰り広げられ始めた、神聖なはずの神社内で巫女服着た男の子と女の子をピエロじみた服装の猟奇殺人鬼少年が虐待しまくるリョナ動画な光景。

 全く以てワケガワカラナイヨなこと甚だしい状況だったが・・・・・・分かり切っていることも一つだけある。なのでそれを実行に移す。

 

「・・・・・・オイ」

「うわわっ! ちょっと、君さー。人間だから後で遊んであげようと思って見逃してあげてたんだから、身の程を考えて行動してよー。せっかく、ここ入るのを楽にしてくれた恩返しとして、あんまりは苦しまない内に殺してあげよーって優しい気持ちになってあげたんだよ、ボクは~?

 それなのに調子に乗って邪魔したりするなら、君から先に殺してあげてもい――」

「お前に一つ、いいことを教えてやろう。耳の穴かっぽじって、よく聞くがいいクソガキ。人の話は素直に聞いておくものだと親から教わったことはないのか? だとしたら親が悪いが、お前は聞け。命令だ」

 

 相手の話を聞かず、聞く気もなく、一方的に自分の話だけを話し始める《BLACK KNIGHT》時代とまったく変わらぬ黒騎士セシルの会話スタイル。

 人の話を聞かない、聞く気がない。・・・・・・そういう風に見える態度だが、否だ。

 

 正しくは、『人以下のクズに自ら成り下がるブタの言葉なんざ人間様に聞こえたところで理解できるはずがない』・・・と言う解釈が正しい。

 

 人に話を聞いて欲しいと願うなら、まずは自分が最低限『他人と同列に並べるよう努力してみてから要求してこい。それが出来たら検討してやる』・・・それが黒騎士セシルの人間に限らず全ての知性あると自称している存在に対して要求してくる最低基準。

 

「・・・君さー、いい加減にしないとマジで潰すよ? 後から後悔しても遅すぎるんだから、人に話しかけるときにはもう少しキチンとよく考えてから話しかけてだね―――」

「私は元来、あまり人嫌いな性質ではないのだが・・・これだけは許せんと思うものが三つだけあってな?」

 

 人の話を聞くフリだけして受け入れる気はなく、ただ自分の都合を語りたいだけのクズ野郎の話を聞いてやる必要はない。聞いてやる義理もない。

 ただ自分の都合を語るだけでいい。相手が聞くか聞かないかなど、相手の都合の問題だ。好きにすればいい。

 どーせ相手がどう解釈しようとも結果は何一つ変えてやる気など端から持っていないのなら、聞いてやるフリだけ示してやるのは偽善ですらない。単に『自分は手順を守って相手を責める正しい正義の味方です』とアピールしているだけに過ぎない行為だ、クソッタレ。

 

「だから、君さ――――」

「一つ目は、『招いてやった訳でもないのに客人面して偉そうに要求だけしてくる、自分の立場を理解してない馬鹿なガキ』」

「――――」

 

 相手の目がスッと細まり、周囲に拡散されていた殺気が一瞬にして濃度を増し、痛みに呻いていた狐耳の子供たちでさえ恐怖の余り痛みを忘れて声を押さえ、重苦しい沈黙だけがばの支配者として静謐なはずの神社を満たし尽くす。

 

「二つ目は、『自分が一方的に他人をいたぶれる事態しか考えないまま攻撃しに来て反撃されて、一方的にいたぶられる立場になったらギャーギャー喚き出す弱い者イジメしか取り柄のない臆病極まるザコ野郎』」

「―――~~~~~ッ」

 

 クズが間違い犯す現場に居合わせ、自分には注意する資格がないからと見て見ぬフリして黙認するのが正しいとか詭弁ほざいてる連中の語る正しさなんて大嘘だ。

 ただ、自分が面倒ごとに巻き込まれたくなくて、そんな自分を正当化するため都合のいい一般論を信じたフリして唱えているだけでしかない。

 もしくは、自分が何かしたときにキツい言葉で注意されたくないから、予防線張ってるだけでしかないのだクソ野郎共、反吐が出る。

 

「そして三つ目は・・・ハッ、『かわいい女の子を傷つけるブ男』だ。

 かわいくない女の子だったら別に気にしなかったが、かわいい女の子を傷つけて泣かせるブ男がいたら問答無用でソイツは泣かしてから殺す。例外はない。女の子の側に善悪も問わない。女の子が可愛いことは正義だからだ」

「―――テメェッ!! マジムカつくゥゥッ!!!」

 

 そして何よりの大前提、可愛いは正義。正義を傷つける男は問答無用で全部悪。女の子は見た目が可愛いだけで特別扱いされる特権を与えられてしかるべき存在。

 悪か善かの問題ではない。見た目と中身は関係がないからだ。

 心が聖女のように清らかだろうと、見た目が醜女の婆さんだったら自分は要らない。助けない。

 逆に見た目は良くても心が性悪極まる悪女だったら絶対殺さない。罰として色々エロゲー展開するのに使いたくて仕方がない。

 

 ・・・それが黒騎士セシルの価値基準だった。正義とか悪とかではなくて、『好き嫌いだけ』が問題なのである。

 所詮、正義とか正しさなんて代物は、自分が正しいと信じたがってる理屈こそ本当に正しい真実なのだと信じたがってる人間たちが勝手に作り出した自己正当化の最たるものに過ぎない。

 正義の対義語が悪だとするなら、「自分たちこそ正義だ!」と唱える者たちの敵は全て悪になる。自分たちもまた別の誰かが正義を唱えて敵になるなら悪になる。

 

 正義と正義の殺し合い、悪と悪の殺し合い、正義と悪の殺し合い。――どれも中身は全く同じもの。ただ唱えてる奴らが「自分こそ正しい! お前は間違ってる悪!」と罵り合って否定し合っているだけに過ぎない善と悪の判別基準。

 

 神とか魔王も、悪魔も天使も皆同じ。

 ガキの頃に聞いた創世神話で、魔王サタンはもともと神に仕える最高位の天使ルシフェルだったが、仕える主が自分の理想と懸け離れた決定下しやがったから反逆して地位奪おうと戦争しかけて負けたと聞かされたことがある。

 要するにあの話は、最高位の天使も、自分の願いを叶えてくれない神様なんて必要ないと判断したと言うことなんだろう? ガキのころ子供心にそう思わされた黒騎士セシルの中の人の価値基準は今も昔も変わっていない。

 

「まぁ、要するに一言にまとめてしまうとだ」

 

 だから――――つまり――――――

 

 

「・・・私はお前が気に食わん。大っ嫌いだ、反吐が出る。だから殺す。人が他人を殺そうとするのに、それ以上の理由は必要ない・・・・・・」

 

 

 狂気の大悪魔と、殻を失った悪の正義を貫く黒騎士は、決して相容れることは出来ない。

 出会った、その瞬間からこうなることは決まっていたと言うことである。

 

 主観的正義という名の悪の断罪人は、世界や社会が変わった程度で自分の中身まで変えてやる気は少しもなかったのだから・・・・・・。

 

 

 

オマケ『オリジナル主人公の紹介文』

黒騎士セシル:

原作の《INFINITY GAME》と同時期に人気を博していた『世界観の異なる人殺しゲーム』というオリジナル設定を持つゲームでの魔王。

銃とかバズーカなどの科学兵器が主力武器だった《INFINITY GAME》と異なり、聖剣エクスカリバーや神槍ヴォータンなどファンタジー武装で種族を問わず善と悪に別れて殺しあうという内容のゲームだった。

セシルは作中において、最初は正義側に属する姫騎士の一人として戦っていたが、途中で神と魔王と人間すべての都合で全ての仲間たちを失わされたことから『神も魔王も人間もすべて同じクソ野郎の群れだ!』と決めつけて、全員差別なく悪党共として悪なる自分が管理してやろうと魔界の力を吸収して魔王になった存在、という設定の持ち主。

基本的に『正義なんてものは何処にでもあるし、何処にもない。悪も正義と何ら変わらない。名乗る奴の名札が違うだけだ』と断言しながら生きている。

『正義』でもなく『悪』でもない、ただ『己』のみが自分の全てという傲慢さを極めたようなキャラクターで、自分なりの正しさと基準にしか従おうとしないが、逆に自分のルールだけは相手が誰であろうと絶対に違えない。

 

 《INFINITY GAME》と違ってファンタジー世界観のためグラフィック等がデフォルメされており、『リアルな殺し合い』では大きく間を空けられていたが有識者たちから見れば『同じ人殺しゲーム』に過ぎず、世間から攻撃されがちな《INFINITY GAME》のコアユーザーたちからすれば《BLACK KNIGHT》の子供向け描写がOKで《INFINITY GAME》の過激描写が許されないことが納得いかずに言い合いになることが多かった。

 

 

今作版《INFINITY GAME》の魔王・九内伯斗であり、別の価値基準に基づいてはいても独善的であることには変わりない存在として生み出されたオリジナル主人公キャラクターです。

最近のチート系の作品だと魔法ばっかり優遇されてたのが不満でしたため、敢えて剣のみを貫く騎士系最強チート主人公にしたかった次第です。

 

 

なお、今作のスタート地点は原作4巻目途中にあるイベントから始まっておりますが、コレが終わった後に助けてやったお礼として聖光国に転移してもらうという流れを想定して書きはじめてあります。

このため始まる時期が少しズレており、アクちゃんは結果論で助けるだけになるため本人たち同士が出会うことはなく、足長オジサンみたいな存在として終わる関係性。

主に原作ではヒロインではなかったキャラクターたちに、ヒロインの役所が回ってくる予定で、特に『ミンク』をお気に入りになるようにしたいですね。厨二同士で意見が合いそうですし♪

ある意味では、『世界を混沌に陥れる魔王が降臨して、それを討つ闇となる』ミンクの厨二妄想を実現させてくれる主人公とも言えるんだけど、本人自身がその妄想を体現しちゃっているタイプだから何とも言えない微妙な存在な主人公でッス。



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魔王学院の魔族社会不適合者

先週の初放送で一目惚れして書きはじめ、今日になって完成した作品です。
アニメ版見るまで存在すら知らなかったニワカの書いた作品ですので原作ファンの方は読まない方がいいかもしれません。
また、作者は今のところアニメ版しか見れておりません。


 二千年前・・・神話の時代。

 人の国を滅亡させ、精霊の森を焼き払い、神々すら殺して魔王と恐れられた男がいた。

 彼の者は暴虐の限りを尽くし、その眼前では理さえも滅ぶ・・・・・・。

 

 その名は―――【暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴード】

 

 

【ベルゾゲートは、始祖『暴虐の魔王』の血を引く者を新たな魔王に育てるための教育機関です。

 崩御の日より二千年。今年は始祖が目覚めると言われる年・・・入学予定の皆さんの中には魔王の生まれ変わりと目される【混沌の世代】もおります。

 真に始祖が還られた暁には、魔界は歓喜の声に包まれる事でしょう―――】

 

 

 

 ――だが、いつの時代、あらゆる世界、全ての国において自分たちの始まりは神聖視され、英雄視され、尊崇されながらも歴史はねじ曲げられ、善意による改竄が加えられていくのが常である。

 

 そして往々にして、偉大なる始祖王の実態なんてものは、この程度のものなのが歴史というものだろう。

 

 

 

「・・・え、何それ・・・。私ぜんぜん知らない事ばっかなんだけど・・・。

 今の時代だと、そんな風に伝わっちゃってるものなの・・・・・・?」

 

 

 

 

 斯くして、歴史は繰り返され、人間も精霊も魔族も神々だろうとも。

 

 ・・・・・・何一つ過去から学ぶことなく、同じ愚行を繰り返し続ける・・・・・・。

 

 それが自らを【知性ある者】と称して、他者を見下し蔑みたがる者たちにとっての【始祖】という名の、自分たちの偉大さを示すのに都合が良い【偶像】に纏わる歴史である。

 

 

 

 

 その日、記念すべき年に晴れの入学試験の日を迎えた【魔王学院ベルゾゲート】の校門前は、入学と次期魔王を志願する受験生の若者たちで埋め尽くされていた。

 空は晴天。将来に夢と希望と野望を抱いた若者たちを天すら祝福しているかの如く、雲一つ無い気持ちの良い晴れっぷり。

 

 ・・・暴虐の限りを尽くした悪の魔王の後継者を志す者たちにとって、喜んでいいのか否か微妙すぎる天気のような気もするけれど、とりあえず傘を差して志望校への入学受験に臨まなくてよいのは良い事である。

 

「がんばれー! ミーシャーッ!! フレ~♪ フレ~♪ ミ・イ・シャ~~ッ!!!」

 

 付け加えるなら、受験に望む子供の応援に来たらしいご家族の方々にとっても天気が良いのは良い事である。

 がんばって暴虐の魔王になれるよう応援するのに「フレー、フレー」が適切な言葉なのかどうかは知らんけど、愛する家族が受験に合格して名門校に入学できるよう応援する行為が良くない事のはずはない。

 それは次期魔王候補の一人である魔族であっても、神様候補であっても特に変わりは無い【家族に対して示す親愛の情】として正しい表し方なのだから。

 

「・・・あ。う、ん――て、あっ」

「皇族は試験免除できんのに、親父は考えが古くてさァ~」

「試験なんて、かったるいよなぁ~。俺たち皇族なのによォ~」

 

 だが、いつの時代も思春期の少年少女の中には、擦れるのがカッコいいと思い込む輩の方が大多数派を形成するのも世の常である。

 今もこうして、家族の暖かい応援に応えて振り返った少女が頷き返す横を、これ見よがしに肩をぶつけながら通り過ぎていき、彼女の持っていた学院試験への招待状として届けられていた羊皮紙の封筒を地面に落とさせながら拾いもせず、そのまま歩み去って行く半端な不良少年が次期魔王を育成するための教育機関への入学を許されている始末だ。

 つくづく時の流れというヤツは、あらゆる物と人の心を劣化させる最悪の毒となり得る代物である。

 

 が、しかし。

 

「どうぞ、落としましたよ【ミーシャ・ネクロン】さん。貴女の物であってますよね?」

「あ・・・」

 

 時の流れが心の腐った若者たちを大量生産するようになるのと同じように、時間がもたらす腐敗を目にして反面教師にできる者たちも生まれゆくものでもある。

 現に、今もこうして銀髪の茫洋とした表情の乏しいショートカットの少女が落とした、あるいは“落とさせられてしまった”封筒を黒髪の少女が拾いあげて手渡してくれている。

 どんなに腐った時代の、腐った社会に生まれ育った者たちであろうとも、そこにいる全ての者たちが精神も魂も腐り落ちたクズという事などありえない。

 彼女たち二人もまた、そんな少数の正しき例外たちだったということであるのだろう。

 

「ファイトー! ファイトファイト! ミィィシャァァッ!! 平常心だァァァッ!!!」

 

 そんな彼女たち二人の片割れを応援する盛大なエールが、後方に立ってるオッサンから変わる事なく叫ばれ続けている。

 ・・・こんな人に志望校の受験まで世話してもらえる家庭で育ったなら、たしかに擦れた風には育ちそうにはない。

 素直に良い事なのだろうけれど、【新たな暴虐の魔王候補】としてはどうなのだろうか?

 いまいち基準がよく分からなくなっていくのもまた、始祖によって旧体制が破壊し尽くされた後に建国された王国の子孫たちが秩序を維持する側になった時代では、よく見かける光景である。

 

「・・・良いご家族をお持ちのようですね。羨ましいことですし、良い事です」

「え・・・・・・んっ」

 

 言われた言葉に一瞬だけ返事に詰まり、銀髪の少女は少しだけ考えてから賛同の意を短すぎる言葉で返事として返した。

 もし黒髪の少女が『良い親を』という表現を使っていたなら否定はしないまでも訂正する必要性は感じていたかもしれない。

 だが、『良い家族』という表現には何らの間違いもなく、訂正する必要も感じることはない。

 

 あの人は親ではないが、『家族』だ。それに間違いはなく、絶対だと断言できる。

 だから素直に短く頷きを返した。ただ、それだけ。

 

 

 ・・・だが、やはり世の中というものは、綺麗なもの、正しいものを見つけると、汚したり罵倒したりして穢す言葉を吐かなければ気が済まない性格に息子を育ててしまうバカ親という存在を家族関係から根絶することも出来はしないものでもある。

 

 

「おいおい、親同伴で入学試験かァ~? いつから魔王学院は子供の遊び場になったんだァ~?」

 

 校門に寄りかかっていた一人の少年が、二人の少女に向かって侮蔑の言葉をかけてきていた。

 元いた学校の制服なのか、黒色の学ランの前面に付いたホックを全開させて、金のネックレスとピアス、イヤリングに身を包み、目の下には獣によって刻まれた傷跡のような爪みたいな下線が一本入っている。髪は脱色したのか銀髪と呼ぶには色素が薄すぎる白髪。

 そんな格好をした少年が、校門に寄りかかりながら両腕を組んで、片足の先っちょだけ曲げて、親御さんに見送られながら入学試験を受けにきた少女に因縁をつけてきて・・・・・・って、オイ。

 

 ・・・・・・コイツ一体、いつの時代の悪ガキ不良モドキなんだよ・・・。

 いつから魔王学院は、カッコつけで不良を気取りたいだけな子供たちの遊び場になったのだろうか? そう考えるのが普通の反応レベルの、バカ丸出し発言をしたチンピラ少年らしい言動だったのだが。

 

 

『・・・おい、見ろよ。インドゥ家のゼペスだ』

『インドゥ家って・・・始祖の血を引く皇族の一員かよ!? やべぇよ、目を合わせるな・・・』

 

 

 ・・・どうやら今の時代だと、権威付けと力によって魔王候補らしい悪さっぷりに見えるものらしい・・・。力の強さと血統の尊さは、精神年齢の幼さとは関係がないのだが・・・。

 あと一応、周囲でざわめいて強者を恐れて距離おいている連中も【その眼前では理さえも滅ぶ暴虐の魔王候補】に立候補しにきた少年少女たちであるはずなのだが・・・・・・「皇族の権威とか血統」って「理」じゃないんかい。

 

「「・・・・・・」」

「あ。お、オイ! 貴様だよ貴様! オレを無視して先進もうとしてんじゃねぇ!!」

 

 あまりにもツッコミ所が多すぎて、逆に頭痛を感じさせれてくる相手だったから敢えて無視して素通りしてやっただけなのだが、やはりこういう輩には逆効果になってしまう。つくづくメンツに拘る不良を気取りたいだけの少年は面倒くさい。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だから、そのまま無視して素通り続行。

 隣に立ったまま歩く事になった、結果論的な同伴受験の少女も、理由は違うと思うけど沈黙したまま一緒に付いてくる。

 

「・・・フンッ! おい、テメェら! 今なら命乞いすれば許してやるぞ?」

 

 そして、こういう態度を取られると、意地でも相手に頭を下げさせる姿を周囲に見せつけてやることで、自分の自尊心を満足させなければ気が済まなくなってしまうのが格好付けで不良やってるだけの不良少年モドキというものでもある。

 左手の拳を握って前に出し、右手は心拍数でも測るときみたいに左手の頸動脈の辺りを握り込み、魔法を展開させながら左手の拳を開いて掌の上に漆黒の火球を出現させて脅しをかけてくる方針に切り替えたらしい。

 

 ・・・・・・この場合、最初に左手の拳を握っていたことに意味はあったのだろうか? とか。

 暴虐の魔王が無礼を働かれて怒ったなら問答無用で焼き殺してしまうのが正しい魔王の在り方なんじゃないか? とか、色々と疑問が多く感じる行動だったが、そもそも正しい魔王の在り方なんてものがあるのか?と聞かれたら答える正答を持ってる人はいそうにないのでよく分からない。

 

「早くしねぇと、神々すら焼き尽くすと言われた、この闇の炎で嬢ちゃん諸共ガイコツにしちまうぞ~? ヒャッハハハハ!!」

「・・・・・・(スタスタスタ)」

「ヒャハハハ!! ――って、聞けよコラァ!?」

 

 だから取り敢えず無視して先を急ごうとしたら、また引き留められてしまった・・・・・・。

 構ってちゃんかよ・・・と、思わなくもなかったけど、流石にこれ以上引き留められるのは面倒くさ過ぎるので、一度だけ相手をしてあげることにした。

 

「・・・・・・・・・ハァ~~~~~~~~~~・・・・・・・・・」

「って、お前、なんだその超長すぎる溜息はッ!? ああァァァァァァッん!?」

 

 ただし、精神的に物凄く疲労させられたので溜息だけは吐かせてもらってから、一応の形だけ礼儀作法を守って敬語を使って相手を半目で見つめ返しながら。

 

「・・・・・・なにか私に、ご用でもおありでしたか・・・?」

「て、テメェ・・・・・・ッ!!!」

 

 メッチャクチャ面倒くさそうな表情で、「お前の話は最初から興味なかったから聞いてなかった発言」を返されてしまった相手の少年はブチ切れる寸前。

 まぁ、展開している魔法のレベルが自分基準で見たら弱すぎるので発射されたところで別に問題はないのだが、それでもまぁ・・・・・・一応は晴れの入学受験日に参加しに来た未来を夢見る受験生少年の一人ではあるので、試験始まる前から夢を打ち砕かない程度に静かになってもらうことにして。

 

「こ、このオレ様をここまで侮辱しておいて、生きて帰れると思うなよテメぐほっ!?」

「申し訳ありませんが、私の方に貴方への用事は特にないですので、これだけで勘弁して見逃して下さい。お釣りは要らない代わりに、お礼参りはいつでも受け付けてあげますよ」

 

 怒り狂って、敵がいる目の前で強力な攻撃魔法を展開し始めて隙だらけになってた苦労知らずなお坊ちゃんの隣まで、短距離限定の瞬間移動魔法【リープ】を使って一瞬で移動して、鳩尾めがけて拳を一突き。

 

「・・・・・・ぐふっ」

 

 ――それだけで片が付いてしまうザコだったので、派手な魔法を使う気には到底なれない。

 一定時間は絶対に意識を取り戻さないよう殴る角度を調整してあるが、その代わりとして意識を取り戻したあとに後遺症は残らず、痛みは一切感じないで済む殴り方をしてある。受験にはなんらの悪影響も及ぼすまい。

 

「もっとも、魔王を目指していると自称する者が、強力な攻撃魔法を放つために隙だらけになってるようでは恥曝しもいいところかもしれませんけどね。

 【暴虐な魔道師】を目指すならともかく、魔王になりたいのなら身体と戦闘技能の方も少しは訓練しておくことをお勧めしますよ。

 ・・・・・・と、この人が目覚めたときに誰か言っておいてもらって構いませんか?」

『ひぐッ!?(ビクゥッン!!)』

 

 周囲で見物していたギャラリー共を、さり気なく巻き込んでやってから「じゃ、後よろしく」と誰一人文句を言いたくても言えない状況を作り上げた上で今度こそ悠々と学院の中へと立ち去っていく黒髪の少女と、まるで何事もなかったかのように終始無言のまま付いていくだけの銀髪少女。

 

 ――とは言え、後者のほうは心中それほど穏やかという訳でもなかったが・・・・・・。

 

(・・・・・・さっきの魔法は神話の時代に失われたはずの【転移魔法】・・・? いえ、それにしては距離が短すぎたし、魔法陣も発生していなかった。彼女のオリジナル魔法かなにかかもしれないし、どのみち試験のときにある程度はわかるはず・・・・・・)

 

 そんな思考によって彼女は沈黙を守り、黒髪の少女は【当たり前の対応をしただけ】説明するほどの必要性を感じていなかったから、やはり無言のままだった。

 

 

 

 

『これより、入学実技試験を開始します』

 

 やがて、学院内にある校庭みたいな場所に集められた受験生たちに向かって、ガイドらしい使い魔のフクロウが語りかけ、それぞれの生徒たちに割り当てられた個室に赴くよう指示されて、当たり前のように少女たちは各々の個室に向かうためバラバラになる。

 

『実技試験は、受験生同士の決闘です』

 

 個室に到着した後、先ほど受験生全員に説明していたフクロウとは別の声音と喋り方をする、おそらくはこの部屋専用の説明役フクロウから試験内容そのものへの具体的な説明を聞かされた。

 

『敗者は不合格、五人勝ち抜いた者は魔力測定・適性検査を受けた後に魔王学院への入学を許可されます。あらゆる武具の使用が可能です。なにか質問は御座いますか?』

「・・・・・・一つだけ、質問をよろしいでしょうかね?」

 

 説明を聞き終えてから、今の説明だと判らなかった中で唯一自分に関係しそうな箇所があり、その一点のみに付いて黒髪の少女は質問する権利と説明を求める。

 

「もし力加減を過って、殺すつもりはなくても対戦相手を殺してしまった場合には、失格になりますか?

 それとも試験で殺されるようなザコに魔王学院は用がないからと、気にされない決まりになってたりとかするのでしょうかね?」

 

 椅子に座りながら聞いた質問の答えは、『是』だった。

 試合の勝敗は『どちらかが降伏するか行動不能になるか』で決められるため、『殺されること=行動不能』と判定されて合格となるらしい。

 

 その回答を聞いて、黒髪の少女は軽く頷いて納得の意を示す。

 

「了解しました。では誤って殺してしまわないよう最大限の手加減をして試験に臨むといたしましょう。

 ・・・格好つけて殺して蘇生魔法かけて復活させようとした時に、また失敗して間に合わなくなったらシャレにならん・・・」

 

 額に冷や汗を浮かべながら、四回に一回ぐらいの確率で『実在しないとされている蘇生魔法』を失敗してきた過去の苦い経験を思い出して、今日の晴れの日ぐらいは失敗する危険性のある難易度の高い魔法は全て使用禁止をマイルールとしておこうと心に決める黒髪の少女。

 

 そんな風にして黙り込んだ少女を見つめながら、使い魔のフクロウが何を思っているのか、使い魔風情になにか思うことが出来るのかも判然としないまま時が過ぎていき―――やがて実技試験開始の時間が訪れる。

 

 

 

 

 ワーッ! ワー・・・ッ!!

 魔王学院入学試験の内、実技試験の決闘は学内に設置された円形闘技場の中で行われるものらしい。

 周囲をリング上よりも数段高い位置にある観客席に取り囲まれた空間で、他の受験生たちが観客替わりに席について緊張した面持ちを浮かべながら眼下に現れた対戦者たちを見下ろしている。

 

 黒色の壁と、入室してきた壁が消え去り勝負が付くまで外に出られなくする仕組みは、たしかに魔王城っぽい残忍で残虐な雰囲気を醸し出している場所ではあったのだが、しかし。

 

 

「・・・・・・どう見たって、見世物にされてる気分にしかならない位置関係ですよね、この場所の高低差って・・・。

 っつか、娯楽の剣闘士奴隷みたいな戦いで優勝したヤツが入学許される、魔王候補者の育成機関ってなんじゃい・・・」

 

 

 半眼になりながらツッコまざるを得ない場所と建築様式でもあったので、彼女の場合は普通に言う。最大限の配慮として小さな声でだけど、それでも言わずにはいられない。

 一体この時代の魔王という存在は、どういうものとして定義されているのか本気で疑問に思えてきたのだけれど、誰か教えてくれないものだろうか? いやマジでマジで本当に・・・。

 

「よォ、また会ったなァ」

 

 と、そこへ声がかけられたので、そちらを見ると対戦相手として一人の少年剣士がリング場に上がってきている姿が視界に写る。

 褐色の肌に、白銀のハーフメイルみたいな防具を身に纏い、腰には赤い柄の曲刀を帯びており、髪型は銀髪のオカッパ頭。

 

「・・・・・・・・・????」

 

 ハッキリ言って、『見覚えのない格好』をした少年だった。

 

「おっとォ、逃げられないのが、そんなに心配かァ?」

 

 無言のまま「コテン」と首をかしげる仕草をしたのを都合良く解釈したらしい相手から嵩に掛かった嫌味ったらしい声がかけられる。

 周囲を見渡してみると、なるほど、相手の言ったとおり自分たちが入ってくるのに使ったゲートも含めて四方に配置されていた門が緑色の魔力に覆われて消し去られていく最後の余光が視認できた。

 

「あ、本当だ。消えてっちゃいましたね。気がつきませんでしたよ」

「~~ッ!! て、てめェはつくづく・・・ッ!!!!」

 

 特に他意はない発言だったのだが、先の発言を発した相手に気を遣ってやる義理もなかったため正直に素直な感想を口にすると案の定、相手は怒り出す。

 

 そして、

 

「そのスカした面ァ・・・グチャグチャの泣きっ面に変えてから血反吐に沈めてやるよ・・・ッ」

 

 と、放たれた次の罵声によって、相手が『誰だったか』をようやく思い出す黒髪の少女。

 「ポン」と手を打ち、納得も露わに声を上げる。

 

「ああ、そうか。今ようやく思い出しましたよ。あなた今朝の校門で因縁をつけに来ていたチンピラさんですね?」

「なッ!? て、てめェ・・・まさかオレを忘れてたなんてことは言わねぇだろうn――」

「いえ、忘れてましたが。それが何か?」

 

 

 シ―――――――――――――――ンと、闘技場内の観客たちが一斉に沈黙によって包まれる。

 突然降ってきた重すぎる沈黙のムードに、むしろ一番困惑させられているのは黒髪の少女の側だったほどだ。

 遅まきながら周囲をキョロキョロ見渡して、なぜ自分が相手を覚えていること前提で想定されていたのか本気を出して考えてみたけれど判らなかったので・・・・・・素直に、聞く。

 

「え、いやだって普通忘れるでしょう? 校門前で因縁つけてきただけで、掠り傷一つ負わされないままパンチ一発で倒せたチンピラ一匹のことなんて、その場が終わった後まで覚えている方が珍しいと思うのですが・・・・・・正直、今日中に再会してなかったら私もたぶん思い出せなかったと思いますし・・・」

「て、テメェ・・・ッ!! テメェテメェテメェテメェぇぇぇぇッ!!!!」

 

 もはや怒り心頭に達しすぎて言語中枢にまで影響を及ぼし始めてきたのか、「テメェ」をひたすら連呼するだけで意味ある言語を成さなくなってきた相手の発言に対して「あ、そー言えばですが」と、黒髪の少女は呟いてから。

 

「泣き顔をしていると判別できる程度のダメージならば、グチャグチャにしたという表現は正しくないかと思われます。

 原型がどんな形をしていたか判らなくなるほど滅茶苦茶に壊してしまった状態が『顔をグチャグチャにする』ということですからね。泣いて謝れる程度の軽傷では甘すぎます」

 

 止せばいいのに要らぬ親切心を出しちゃって善意の忠告で相手を更に挑発してしまう黒髪の少女。

 別に言わなくても良かったのだが、どーせ敵だし。これから戦って倒そうとしている相手に気遣いも何もない。

 偽善の施しで得られるメリットなど『クズと見下す相手にも礼儀を守ってやる自分カッコイイ』という優越感ぐらいなもので、その手の感じ方とは無縁な彼女の場合はそれすら得られない。

 

「ついでに言えば、口から吐血させた血反吐だけではなくて、相手の全身にある穴という穴から身体中の血液を一滴残らず絞り出させて作り出させた相手自身の血の海に沈めてあげる方が見せしめとしては効果ありますよ? 敵対すると決めた相手を、泣かせて血反吐に沈めるだけで生かしておくのは中途半端というものです」

 

 だから言う。言っても意味ないし得もないけど、損もしそうにないからだ。

 余計な恨みを買うだけと言うなら、先に因縁つけてきて自業自得の撃退された相手から一方的に逆恨みされてる時点で遅すぎるし、理論も破綻している。道徳絶対主義者の現実を無視した詭弁には付き合い切れた実績が無い。

 

「ギぃぃッ・・・!! いつまでも減らず口をォッ!!」

 

 そして案の定というか、当然のように相手も怒る。

 自分は挑発セリフで相手を馬鹿にするのは当然の権利があると思い込んだまま、予想以上の反撃されることを想定しないで他人の悪口言ってくるヤツの行動に、道理とか整合性だか求める方が頭おかしいのでナンとも思わんからいいんだけれども。

 

「言っておいてやるがなァ、この【反魔の鎧】はどんな魔法も封じる一級品だ! 今朝のお前がどんな手品を使ってオレを気絶させたかは知らねぇが、もうその手は通じねぇ。

 つまり、オレにお前は絶対勝てるはずねぇって言うことさ!!」

 

 ――あ、コイツ阿呆だ。・・・黒髪の少女は素直にそう思った。そう思うしかない発言だったから、そう思わざるを得なかっただけだけれども。

 自分が負かされた理由もわからないまま、ただ『敵が卑怯なトリックを使ってきたから負けた。実力では負けていなかった』と言いたがる者は対策を練らないか、あるいは見当違いの対策しか練ってこれないという常識を知らないアホだと自白してきたからである。

 

(・・・と言うか、校門前のケンカとか言うルール無用の場外乱闘で、勝ち方に卑怯も王道もないような気がするのは気のせいなんですかね・・・? トリックだろうと奇襲だろうと勝てばいいのがケンカだったのでは・・・? この時代では違うのかな・・・。

 つか、正々堂々正面からの力比べでの勝ちしか認められなくて、不意打ちトリックでの敗北はノーカンな魔王候補ってなんじゃい)

 

 次から次へと“二千年ぶりの”ツッコミ疑問が湧きまくってきて頭痛くなってきた黒髪の少女。

 ・・・なるほど。たしかに今の彼は今朝の彼とは違って強敵のようだった・・・未だかつて自分にここまでの精神的疲労というダメージを蓄積させることに成功した者は片手の指を出るほどはいなかったのだから・・・・・・

 

【勝敗は、どちらかが行動不能になるかギブアップの宣言によって決します】

 

 また使い魔フクロウが、レフェリー代わりに宣誓してから空高くへと飛び去って、逃げ去っていく。

 巻き添え食らいたくないなら、普通に拡張魔法とかで解説席とかから全体に伝えればいいとも思うのだけれど・・・・・・まぁ皇族とかいる王制国家だし。メンツとか権威とか、気にするべきこと色々あるんだろう。“生まれてから数日”しか経ってないんで知らんけれども。

 

「行動不能ってことは――殺しちまってもいいってことだよなァ・・・ッ!!」

 

 そして早速、ルールの盲点というか「当たり前の解釈」をわざわざ懇切丁寧に説明してくれるイイ奴なのかイヤな奴なのか、よくわからん不良少年の対戦相手クン。

 腰に帯びていた剣の柄を掴んで握りしめるや即座に抜き放ち、その剣に込められていた魔法を発動させるため【起動ワード】にもなっている剣の銘を勝利の確信と共に叫び上げる!

 

「【魔剣ゼフリード】!!!」

 

 持ち主の呼び声に目覚めた剣が即座に反応し、鍔元から赤黒い色に染まった禍々しい炎を吹き上げさせ、自らの黒刃の刀身に纏わせ覆い尽くす!!

 

 ただ―――

 

「魔剣・・・・・・ゼフリード? え、ゼフ? あれ・・・?」

 

 前提条件となる知識を共有していなかったせいにより、相手にとっては見た目より名前の方が混乱する原因になってしまっていたのは残念だったと言うしかあるまい・・・。

 いや、剣には見覚えあるし、銘にも名前も聞き覚えがある武器なんだけれども。

 

 ・・・微妙に名前が違ってたような気もしてしまうのだ・・・。よく覚えていないのだが、【エフリート】とか【イヴリース】とか【イーフリート】とか、そんな感じに。

 頭文字が“ゼフ”だったかなぁー・・・?と、他人が使ってた名剣の名前を久しぶりに聞かされて思い出すのに時間がかかっている知識多過ぎな長生きさん特有の現象だったのでどうしようもなし。

 

「そうだ! 皇族たる我がインドゥ家に受け継がれてきた神話の時代の産物だァ・・・!

 オレの魔力を十数倍にも増幅させてくれる!!」

「・・・いや、そんなこと言われましてもな・・・」

 

 考え込んでいた黒髪の少女に対して、次なる難題を与えることで思考の海から掬い上げてくれたのは対戦相手の不良少年だったという皮肉な現象。

 別に武器の性能でブーストして格上の敵に勝つことが卑怯だと思ったわけではない。強力な武具を手に入れるには、それなりの力が必要不可欠であり、力の質が金であろうと権力だろうと力は力だ。

 自分の持ってない力で強力な武器を手に入れて、自分に勝とうとするのは卑怯だなどと、弱者にだけ都合のいい詭弁でしかあるまい。

 だが、しかし。

 

「剣の力で十倍まで魔力引き上げてもらわないと私には勝てませんと、正直すぎるカミングアウトをされても返事する方が困ってしまうのですが・・・・・・」

「なっ!? なぁぁぁぁッ!?」

 

 困った表情での正直すぎる返答ダウトに、相手の方が今度は驚愕。

 いやまぁ、実際問題『ドーピングしないとアンタには勝てないのがオレの本当の実力です』などという目的は、行動として実行しても口に出して言うべきではないのだ本当に。自分の言葉がブーメランにされて馬鹿にされるのに使われたくないとするならばだけれども。

 

「――とはいえ、正面から私に挑んできてコソコソ闇討ちしようとするのは卑怯だという弱者の気概は嫌いじゃありません。ですので特別に、ハンデをあげましょう」

「なんだとっ!? このオレにテメェ如きがハンデ・・・だとォ!?」

「ええ」

 

 アッサリ頷いて、黒髪の少女は両手を広げ、まるで恋人の抱擁を待っている彼女でもあるかのようなポーズを取ると、

 

「貴方から先に一撃、斬り付けさせてあげましょう。首でも目玉でも、好きな所に斬り付けてきていいですよ?」

 

 と、平然と相手に先制攻撃してくる権利を譲り渡してくる。

 

「なっ!? ふ、ふざけんな! その手には乗らねェぜ! 敵の甘い言葉なんざ信じ込んで、罠張って待ち構えてる所へ正直に突っ込んでってやるお人好しがいるものかよ・・・」

「別に罠を張るつもりもありませんし、その必要も無いでしょう? ただのサービスですよ、サービス。強者にのみ許された余裕って奴です。圧倒的に力の差がある相手から挑まれたときに魔王が取る態度として正しい対応の仕方だと思われませんか? ねぇ、暴虐の魔王の後釜を狙っている後継者“止まり”さん?」

「――ッ!!!! ・・・ゆ、許さねェ・・・ッ! 絶対に許さねェ!! テメェだけは絶対に! 絶対にこのオレの手で殺してやるゥゥゥゥッ!!!」

 

 怒りでブーストされ、さらに魔剣ゼフリードとやらから吹き上がる黒い炎の熱量が増して自分との実力差がより縮まっていく光景を“高見から見下ろす強者の視点”で面白そうに見下した後。

 

 

 

「御託はいいから、とっとと斬りかかって来いよ腰抜けぇ。それとも何か? こっちから近づいてってやらないと自分から殴りに行く度胸すら湧かないのか? この根性無しのヘタレガキ。

 たかが敵の張ってる罠恐れて飛び込んでくることもできず、デカい口叩くぐらいしか脳のない甘ったれたお坊ちゃんなら、尻尾巻いて逃げ帰らせてやるから早く帰れバカガキ。邪魔だ邪魔、目障りなだけだ。

 敵の張った罠を力尽くで食い破って喉元まで食いちぎれる自信すら持てねぇザコ風情が、この私に挑もうなんて自惚れんじゃねぇよ!! ザコはザコらしく家でマスでも掻いてろ!

 戦場はお前みたいなバカガキが遊びに来ていい場所じゃねぇんだよぉ!!」

 

 

 

 これだけ挑発すれば、流石にそろそろブチ切れて全力以上の力で斬りかかってきてくれるカナーと期待しながら言ってみて、久しぶりの挑戦者に少しだけワクワクしながら待ち構えていたのだけれども。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

(・・・・・・あれ?)

 

 予想に反して、相手は黙り込んだまま俯いて反論の声一つだそうとせず、ただただ沈黙を保ってしまっている。

 もし黒髪の少女が普通並の人間感覚、もしくは一般的魔族感覚を持っていたなら相手の少年が今、怒りを超え憎しみを超え憤怒も憎悪も超越した、負の感情の頂点に立つナニカに分類されるであろう感情論の極致に達しすぎてしまって声すら出せない状態にまで陥り、黙り込んで静かになっているのではなく『嵐の前の静けさ』になっているだけの心理状態にあることが察することができたかもしれないのだが。

 

「・・・・・・あの、どうかしましたか? ご気分悪いようでしたら棄権を認めますけども・・・? さすがに怪我人や病人相手に勝っても嬉しくないですから・・・」

 

 生憎と、『戦場で倒そうとしている敵の気持ちに配慮するなど偽善』としか思っていない相手に、そんな一般論求めたところで無理であり不可能である。

 もし求めるのであれば、剣を収めて先に働いた無礼を謝罪してからにすべきだっただろう。そうしたら多分、応じてくれたと思うのだけど逆にソレは不良少年にとって無理っぽそうな為。

 

 結果的に、自然とこうなる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・コロォォォォォォォォッス・・・・・・・・・・・・・・・お前、絶対ブッ殺ォォォォォォォォッス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・おぉ・・・・・・」

 

 

 大昔に色々やらかしまくってきた経験がある黒髪の少女でさえ、ちょっと引くレベルで狂眼になって、なにかもうヤバいレベルに達してしまったっぽい光を宿した瞳に正気はなくなり、言語機能さえ異常が生じ始める域にまで至れてしまった不良少年君。

 見ると、手に持つ剣の柄から吹き出す炎の量と黒さと温度がさっきより遙かに増大しまくっている。三十倍ぐらいだろうか? ・・・なんか剣使わなくても剣以上の魔力を発揮できてる気がするんだけど、限界突破って大体こんなもんであろう。多分だけれども。

 

「死にヤガレェェェェェェェェェェェェェェェッッ!!!!!!!!!」

 

 そして振りかぶり、斬りかかってくる速度も桁違い。最初っからその強さを発揮できていたなら多少はやる気を出してあげようという気になれたのかもしれないけれども。

 

 しかし。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 残念ながら、戦いにおける戦力差なんてものは相対的なものでしかない。

 たとえ自分が限界を超えて、本来発揮しうる力を三十倍にまで高められたとしても、ソレは所詮『自分の問題』でしかない。自分が強くなったところで『敵には関係ない』

 

「ウソ・・・だろ・・・なん、で・・・・・・どう、して・・・ッ!?」

 

 急速に冷めていく熱狂、狂騒、発狂、憤怒の心。

 代わって齎されるのは、ソレよりもっと性質の悪いもの――未知なるものへの恐怖心。

 

 出来るはずのことが出来ない、起きるはずのことが起きてくれない。

 勝てるはずの相手に勝てない。倒せるはずの相手を倒すことが出来ない。

 殺したはずの敵が立ち上がってくる。死んだはずの相手が死なない。

 

 そして・・・・・・

 

「なん、で・・・なんでだよ!? なんでゼフリードが当たったお前の身体は“斬れてない”んだ!?」

 

 剣の刃が敵に当たっているのに、傷一つ付けることができない。・・・それは生まれ持った魔力の高さを絶対視してきた皇族の一員であるインドゥ家の彼には理解できぬこと。

 絶対に理解したくない、自分が持つ血の優位性を根幹から否定する未知なる現象。

 

「そんなに不思議ですかぁ? 貴方の魔力を十倍にまで高めてくれる魔剣が私の身体を傷つけられなかったことが・・・」

「ひっ!?(ビクゥンッ!?)」

「簡単な理屈ですよ。自分の魔力を高めた炎で敵を斬る威力が上がるのだから、敵の魔力が自分の高めた魔力よりも遙かに高すぎてしまえば相殺されて無効化される。

 魔力を高める以外に剣の性能自体が余程高くない限り、高めてもらった魔力が消えてしまった後にはナマクラ並の威力しか保つことが出来るわけもない」

「・・・・・・(ガクガクガクガクッ!?)

「まっ、要するに一言で纏めてしまうのであるならば」

 

 面倒くさそうに右手で頭をかいて、左手を腰に当てながら、袈裟懸けに相手の刃を浴びせられた“だけ”で、掠り傷一つ負わされていない無傷のままな生身の肉体を見せつけながら、自分より高い位置にある青ざめた相手の顔を冷めた瞳で平然と見下し。

 

「私に比べて貴方は弱すぎるってことですよ」

「・・・・・・ッ!!!!」

「雑魚しかいない場所で最強だっただけのボス猿は、強敵しかいない場所だと標準以下のザコ以下に成り下がる。それが強さと弱さというものであり、自分の尺度など自分が測れるレベルの強さしか持たない相手までしか適用しようがない。

 ・・・本気で魔王を志すつもりがあるなら、その程度の常識は理解しておくことをお勧めしますよ。それができなけりゃ知らずに強敵と出会ったことも理解できないまま殺されて終わるだけですからねぇー」

「は、ハッタリだ! ハッタリも大概にしろよゴラァッ!?」

 

 突如として息を吹き返し、ついでに言えばプライドが高かっただけな元の状態まで取り戻しちゃって大幅に憎しみと怒りの魔力を激減させまくりながら、それでも強気な挑発だけは続けたがる不良少年皇族くん。ある意味では魔王に相応しい気位の高さと言えなくもない。

 

「そ、そうか。この【反魔の鎧】を突破できないから言い訳をしているんだな・・・? だが無理もない、この【反魔の鎧】はどんな魔法も封じることができるのだからな。どうやら貴様は肉体のみ突出して優れていて、戦う魔法は持っていな―――」

「えい」

「い―――ってぶべはへはぁっ!?」

 

 剣で身体を斬り付けてきた姿勢のまま、目の前でギャーギャー喚き続けて隙だらけになってた相手の鼻っ柱に魔法使わず物理攻撃の【デコピン】ぶつけて吹っ飛ばしてあげて、元の試験開始位置まで戻してやり。

 

「では、あらためて仕切り直して試験再開といきましょうかね・・・・・・」

 

 戦いの始まる前まで戻してやって、今までのを全部『なかったこと』にしてあげる。

 流石に無様すぎる内容だったし、相手の方でも認めたくないらしい実情でもあったようなので、これぐらいが落とし所かと割り切りながら。

 

「とは言え、私は弱い者イジメをするのが余り好きではないのです。他人から同類だとか罵られるのは一向に構わないんですけどね? 自分からやるのは好きではない」

「テメェ・・・!! まだ性懲りもなく減らず口を!!」

「――ですので、こういうルールにして貴方にも勝ちの目を作ってあげましょう」

 

 相手の恨みに満ちた罵り言葉を、宣言通りに完全スルーして気にもせず、マイペースに自分の言いたいことだけ相手に伝えて皮肉な笑みを不良少年に向ける黒髪の少女。

 

「これから私があなたを攻撃して降伏させられたら私の勝ち。それが出来なかったときには全て貴方の勝ちということにして私の方が降参してあげるのです。・・・どうですか? このルールは。

 乗っていただけませんかね? デコピン一発で尻餅つかされてる負け犬さん」

「ハッ! だったらギブアップさせてみろよ! どうせ貴様は強制の魔法さえ使うことのできない筋肉バカのカスだろうからな!! 契約書はどうす―――」

 

「必要なし」

 

 ドゲシッ。

 可愛らしい打撃音を響かせながら黒髪の少女はまず、相手に近づいてから蹴り倒して隙だらけの状態にさせた後。

 

 

 グシャッ。

 

 

 ―――下手に動いて狙いを外さずに済むよう、右足の骨から踏み砕く。

 

 

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!? 俺の足!? 俺のアシ、がぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

「五月蠅いですねぇ・・・たかが足の骨が一本折られたぐらいで子供みたいにギャーギャーと・・・失って惜しいと思うならサッサと生えさせるなり、再生させるなりすりゃいいだけでしょうに面倒くさい・・・・・・」

 

 別に無茶ぶりしているつもりもなく、『魔王なら普通にやってたこと』を相手にも求め、それを相手にとって不可能事とは露とも思わぬ心理で平然と『相手にとっての無茶ぶり』を『自分の時代にとっては常識だったから』という理由だけで求め続け、押しつけ続ける【大昔に悪逆非道】と特に『極悪人共から』恐れられていたこともある黒髪の少女。

 

「げふっ!? ぶべほっ!? ぐげはっ!? ちょ、おま・・・契約書がまだ交わされてな・・・・・・!?」

「勘違いしないで下さい。私は貴方に勝ちの目がでるよう“恵んであげた”だけのことです。這いつくばって感謝されこそすれ、対等の立場で要求を求められるべき正当な理由も、応じてあげるだけの義理も同情心も一切もってはおりません」

「ぐべばっ!? ぶべばっ!? ひでぶッ!? ひぎひぃぃぃひぃぃひぃぃひぃっ!?」

「貴方はただ、有り難がって耐え続けてさえいればそれで宜しい。耐え続けられたなら、そのクソ度胸に免じて勝利を“譲ってあげる”と言ってあげているのです。素直に感謝しておきなさいよ・・・・・・コッチだって正直、殺さないよう手加減するため最大限まで力抑えて蹴り続けるのも結構心理的にくるモノあるんですからさぁ・・・・・・」

「ぶべぶっ!? げばぶっ!? ひぎゃはぁぁはぁぁはぁぁぁはぁぁはぁはぁッッ!?」

 

 

 ・・・・・・こうして、試験とは名ばかりの審判が職務放棄したとしか思えないルール合ってなき試合モドキが本当に単なるリンチの場と化してしまって、殺さないよう手加減した攻撃を受けさせられ続けたインドゥ家のお坊ちゃんは―――逆説的に『死ぬこともできない状態』で延々と蹴られ続け、骨を折られ続け、全身の骨を命に別状が出ないものは全て折られ尽くした頃。

 

 ようやく暴虐の魔王候補を育成するための教育機関に入学するための試験場で行われていた、受験生に対する受験生の暴虐は終わりを迎えられ。

 

 

「・・・ふむ。これだけ食らわされても降伏しないとは・・・中々根性がありますね。よろしいでしょう。約束通り、私の方が降伏して差し上げます。

 ――この最後の一撃を試練として見事乗り越え、次の魔王へと至る階梯の最初の一歩を踏み越えてお行きなさい・・・・・・」

 

 

 こうして試合結果は。

 

 

「・・・オレの負け・・・で・・・・・・いい、デス・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 

 小首をかしげながらも、黒髪の少女の勝利で幕を閉じたのだった・・・・・・・・・。

 そして、最初の戦闘試験合格者のみが受けることができる魔力測定も終えた後。

 

 ・・・・・・遂に、待ちに待たざるを得なくされちまってた筆記試験ならぬ、【適性検査】を受けるときが訪れる・・・・・・。

 

 

『次は適性検査をおこないます。暴虐の魔王を基準とした適性を測り、知識の確認を行います。

 言うまでもなく、魔王学院は始祖の血を引く魔王族だけが入学を許されます。そのため魔王族で魔王の適性がないと判断された者は一人もおらず、適性検査は入学を左右するものではありませんが、入学後の皆さんには大きく影響するものとなります。くれぐれも気を引き締めて油断することなく試験に臨まれることを推奨します』

 

 使い魔のフクロウによる、有り難すぎて涙が出てきそうなほど、自分がこの学園に入学を希望しても優等生にはなれなさそうだった理由について再説明してもらい、ゲンナリしながら検査用の魔法陣へと入ってゆく少女。

 あまりにも気落ちしすぎて、サーシャとかいった銀髪の少女とまた一緒になっていたことも忘れ、「じゃあ・・・」と声をかけられたときにも返事でなに言ったのいか覚えてないほどローテンションで前に進み出て魔力の光に包まれてから―――待ちに待たされてきた声が掛けられる。

 

 

『質問を始めます。――始祖は名前を呼ぶことさえ恐れ多いとされていますが、その本名をお答え下さい』

「・・・アノス・ヴォルディゴード、です・・・」

 

 もう、1問目の時点で問い方がおかしいことに頭痛を感じさせられながら、眉をヒクヒクさせつつも質問内容自体は普通だったため何とか我慢して平静に回答し。

 

『神話の時代、始祖がジオ・グレイズの魔法で祖国ディルヘイドを焼いたのは何故か?』

「・・・え? そんな風に伝わってるんですか? あの事故が・・・」

 

 2問目にして早くも諦めの極致に達しさせられてしまったことから、完全に手詰まりとなってしまって適当に答えて、次の3問目。

 

『力はあるが、魔王の適正に乏しい娘と、力はないが魔王の適正に長けた息子がいたとする。二人が死にかけていたとすれば、どちらを救うべきか? この時の始祖の考えを述べよ』

「・・・長子存続が前提にないと出題されることさえ有り得なさそうな質問ですね・・・」

 

 しかも二択で救う方を選ばせた後に、救った理由について説明させるとか言う露骨すぎる男尊女卑を正当化する誘導尋問問題が、【暴虐の魔王の後継者を育成する学園】に入学する者として相応しいか否かを判定する試験で普通に出てしまうという凄まじすぎる現代事情。

 

 

「・・・・・・こりゃ、運任せで答えて半分ぐらい当たってたら、めっけもんかなぁ~・・・・・・」

 

 一体この魔界は、人間界に存在していたどこの後進国の猿マネしているのかと疑問に思いながら答えながら。

 黒髪の少女が頭ではなく、心の中で思い描いていた光景はまったく異なる別の景色。

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・そこは陰鬱な場所だった。

 本来だったなら、荘厳でなければならない場所であり、少なくとも敵対する片方の陣営にとって見れば誰もが憧れ、万民が平伏し平伏させられ、ごく自然に胸の内から尊敬の念やら畏敬の想いやら、あるいは反逆の意思とかが向けられていてもおかしくはない、そんな場所。

 

 だが今、その場所からは陰鬱さしか感じられない。

 

 【死】が満ちているからだ。満ちすぎているからだ。

 

 数多の人を殺め、魔族も殺し、神々すら幾柱も処刑した【暴虐の魔王】しか存在することを許されなくなってしまった魔王城に、陰鬱さ以外のナニが居るべき資格を許されるというのだろう・・・?

 

「和睦、だと・・・?」

 

 そんな地獄に招かれた、唯一の客人だからこそ【魔王の敵たる勇者】には信じられるはずもない。

 

「今更そんな言葉を信じられると思うのか? 魔王アノス・ヴォルディゴード!」

「・・・・・・」

 

 相手からの拒絶に対して、発言者であり和睦の提案者自身はなにも言わない。

 予期していた答えだと言うかの如く平然としている。

 

 ・・・あるいは、『予想通りのつまらない答え』を聞かされて失望させられたかのような白けきった表情を浮かべたまま、黙って自ら招待してやった勇者からの糾弾に耳を傾けてやり続ける。

 

「貴様はこれまで、どれだけの人間を殺してきたと思っているんだ!? お前の手で、どれだけの国と人々が苦しめられてきたか判っていて言っているのか!?」

「・・・・・・はぁ~~~~ぁ・・・・・・」

 

 勇者からの正義と義務感と人類愛に満ち満ちた糾弾という『百万人が一億回ぐらいは口にしたことがある一般論』に、いい加減辟易させられたという本心を隠すことなく、隠す気もなく魔王と呼ばれた黒髪の少女は平然と「人間界のお約束」を無視して勇者たちにハッキリと物申す。

 

「貴方も飽きませんねぇ-、その言い分。『自分たちの味方が今まで敵にどれだけ殺されてきたか~』なんて、敵を絶滅するか降伏して支配下に加わるかしか相手との共存する道断つときの常套句でしかないってこと、ま~だ判ってないんですか貴方は? それとも勇者という立場上、判っていても言えないから形式論唱えているだけなんですかねぇー? 『世界を平和にするため戦っている』『魔王を倒すべき使命を押しつけられた勇者様』」

「・・・っ!? ま、魔王! それは―――ッ」

「私と貴方たちだけで取引しませんか?」

 

 昔も今と変わることなく、決まり切ってる相手の話など聞く気がなく、耳も傾けず、適当に無視して話を進めて要件だけを告げてきて相手に答えを迫るお決まりの手法。

 

「・・・・・・なに? 取引だと?」

「そ。私と貴方たち三人パーティー、その全員が死んで命を捧げれば魔界と人間界に精霊界と神界、今の世界を四分割して壁で隔てさせる大魔法が発動可能になります。少なくとも1000年ぐらいは完全なる壁の強度で在り続けられるでしょう。

 それによって異なる種族間同士の争いは起こしたくても起こせなくなる。・・・どうです? 私としては悪い取引ではないと思うのですけどねぇ・・・?」

「・・・・・・」

 

 魔王から持ちかけられた取引に対して、勇者からの返答はない。即答での拒絶もなければ、躊躇いながらの反問も質問もない。

 単に思考が纏まっていないだけなのだろう。あるいは相手からこんな提案を持ちかけられるとは想像もしていなかったから混乱しているだけなのか・・・・・・どちらにしろ答えを急ぐ類いの質問ではないので相手が答えるのを気楽に待ってやってて構わないのだが。

 

 とは言え暇だったので、一応は意図を説明しておいてやってもいいだろう。

 

「人間は・・・と言うより人間の庶民たちは私を倒せば世界が平和になると疑ってないみたいですけど、あなた方はどうなんでしょうか? 王や生臭坊主たち腐りきった権力者共の戯言を本当に信じたままでいらっしゃるのですかねぇ? えぇ? 人と世界を救うべき勇者様」

「・・・・・・」

「人間と魔族、どちらかが勝って、負けた方が根絶やしにされたところで終わるのは魔族と人間との戦いだけ。

 たとえ魔族が勝って人間を根絶やしにしようとも、今度は魔族同士で反乱だの内紛だの戦争だのが起きるだけ。

 逆に人間が勝ったところで、戦う相手の種族が変わるだけで戦争の形態自体が変わることは決してないでしょう。魔王が率いる魔族軍相手に行っていた戦争が、敵国の王が率いる敵対国家相手に名札と種族が変わるだけ。

 もしくは自分たちの信じる神と違う神を崇めてる人間たちの崇拝する対象を魔王と呼んで罵って、その人たちを絶滅するための戦争が始まるだけでしょう。精霊でも神々でも名札は何でもいいのかもしれませんけどね。・・・・・・違いますか?」

「・・・・・・・・・・・・確かに人には弱い部分もある・・・」

 

 苦すぎる薬を飲まされたときの表情を浮かべ、それでも勇者は心の底から信じている想いと信頼を言葉にして魔王に返さずにはいられない。

 『人の優しさ』を否定されたときには擁護する言葉を放たずにはいられないのが彼であり、それ故にこそ彼は勇者なのだから。

 

「だが俺は人を信じたい! 人の優しさを信じたい!!」

「尊い理想であり、気高い信念ですねぇ~。・・・そして、それ故に底が浅くもある」

 

 そして勇者が勇者として貫くべき信念と正義を貫き通したのだから、魔王もまた同じことをする。それぞれに敵対し合う立場の頂点に立道を選んだ者同士として互いが相容れる事は決してない。

 

「一人一人の『個人が持つ優しさ』を信じることには賛成致しましょう。ですがそれを人類全体に、この世界に生きとし生ける全ての人間たちに同じ感情を持つことを、貴方は要求するつもりなのですか?

 自分と同じように全ての人が『全ての人たちに優しくなれるようになれ』と。自分と同じように悪を許さず『善行だけを行える人間だけになれ』と。正義と正しさの独裁者になるのが、そんなに崇高であり嬉しいですかぁ? 私にゃ理解できない思考法なのですが?」

「なっ!? それは違―――ッ」

「―――と、事ほど左様に私たちは違いすぎて解り合える余地がない・・・」

 

 またしても魔王は相手の言葉を聞かずに遮り、さっさと話を進めてしまう。

 どーせ聞いたところで無駄だと分かり切っているからだ。勇者は決して自分の理屈を受け入れることはないだろうし、自分もまた勇者の言葉を・・・少なくとも全面的に正しいと認めてやる気にはなれそうにもない。

 異なる価値観、異なる価値基準、異なる善と、敵対し合う思想と思想。

 

 

 ・・・・・・だが、それでいいと魔王は思う。

 それがいいと黒髪の魔王には思えるのだ。

 

 

「貴方が勇者で、私が魔王だから信じられないと言うなら信じなくて構わない。私は私の目的を達成させたいだけのこと。

 この命の全てを魔力に変えて、更には貴方たちと力を合わせれば、その目的が達成できそうだから貴方たちの命を利用しようとしているだけなのですからね」

「・・・・・・」

「ですから貴方たちも貴方たちの都合で私の命を利用すれば、それで宜しいでしょうよ。

 魔王は魔王、勇者は勇者。共に天が仰げないのと同じように、見ているモノ、尊んでいるモノが違いすぎている。

 互いに理解し合えずとも、同じ目的のため共闘できる機会ぐらいは合ってもいいと思うのですがね・・・・・・」

「平和のために死ぬというのか?」

「貴方の解釈は貴方の勝手で、ご自由にどうぞ。それで納得して一緒に死んでくれると言うのでしたなら、私に異論も反論もありません。

 どーせ魔王が言った言葉なんて勇者が信じてやる義理も理由もない代物ですからね・・・・・・断られたとしても恨みぁしませんし、今ここで決戦して殺すこともしやしません。全ては貴方の自由であり選択次第ですのでお好きにどーぞ」

「・・・・・・」

 

 どーでも良さそうに足を組み替えながら、適当な口調で説明を終えてから魔王は、思い出したように『生まれ変わりについて』も説明しておく。

 自分たちの魂的に強大すぎる存在のため、普通の人間や魔族と異なり一度死んだだけで消滅したりすることはないし、たとえ全ての命を魔力に変えて使い尽くしたとしても復活するまでの期間がベラボウに長くなりすぎるだけで転生自体は確実にすることができるだろうと。

 

「まぁ、ざっと概算して次に転生できるのは二千年後といったところでしょうかねぇ?

 勿論それまでの間は輪廻の輪からも外れて、普通の生物のように何度も色んな人生を送ることはできなくなっちまいますから、それは嫌だと思う気持ちを罵倒するつもりもないのですけれども―――」

「・・・・・・・・・わかった」

 

 今度は勇者が魔王の言葉を途中で遮り、聖剣の柄に手を掛けて―――そして抜かない。

 

「お前を信じてみよう」

「・・・信じてくれなくていいと言っておいたんですけどねぇ・・・つくづく義理堅い人だ。

 ――とはいえ、助かるのは事実ですのでお礼を言っておきましょう。ありがとう御座いました」

 

 口調こそ雑なままではあっても、先ほどまでとは言葉に込められた想いが違うのを実感させる言い方をして魔王は玉座を立ち上がり、階下から見上げてくる勇者に視線を合わせるために見下ろす位置から降りてくる。

 

「魔王に礼を言われる日がくるとは思わなかったな・・・」

「そうなのですか? コチラは最初っから魔王とか勇者を職業としか思ってなかったから気楽なモノですが」

 

 そう言い合って、互いは互いに儀式を始めて魔力を込め合い。

 そして儀式を完成させる締めくくりとして、勇者は魔王の心臓を聖剣で穿ち、魔王は抵抗も防御も回避もすることなく、その一撃によって己の心臓を刺し貫かせる。

 

 その場にいる四人だけでなく、魔王城の広大な敷地全体を飲み込みながら光の柱が包み込んで天へと昇り、世界を四分割させ壁で隔てる大魔法が発動してゆく・・・・・・

 

 光に包まれ、光と共に、光の粒子となって消え去る寸前。

 魔王を倒すために旅をし続け、最期には魔王と共に死ぬことによって人間界を救った勇者は・・・・・・ずっと疑問に思い続けていた問いかけを魔王に尋ねて旅の終幕を迎えさせる。

 

 

「・・・・・・魔王アノス・ヴォルデゴード、お前はなぜ魔王になったんだ・・・?

 『人間として生まれたお前』が、一体なぜ魔族たちを束ねる前魔王を殺し、新たなる魔王となって人間の国々との戦争を続けさせてしまったんだ・・・・・・?」

 

 

 そう、それは勇者として旅を続ける中で聞き知ってきた噂を断片的に繋げながら、遂に至ることができた勇者だけが知る魔王の正体。

 その種族は『魔族』ではなく、かつては『人間だった者』という驚愕の真実。

 それどころか、先代よりも更に前の魔王の時代に魔族が優勢となったとき、魔王を倒すために選ばれた勇者パーティーの一人として筆頭候補に上げられていたほどの伝説的大英雄。

 

 その彼女が何故、勇者パーティーに参加することを拒みながらも魔族を倒し続け、遂には当時最強と謳われていた魔王を倒しながらも人類を救わず新たな魔王として君臨し、偽名を名乗り、『男の名を持つ女魔族の魔王として』人間の国々との戦争を続けさせながらも魔族の中で極悪非道と名高かった悪名高い者たちを幾匹も処刑し続ける恐怖政治を敷くようになるまで墜ちてしまったのか・・・・・・と。

 

 その答えを聞いてから死んでいきたいと、そう思ったからこその勇者から人生最期の質問は、だがしかし。予想外の答えによって報われることになる。

 

「9万9千八百二十二匹です」

「・・・・・・は?」

 

 いきなり数字だけを答えられてしまって、予想通りの答えだったと思う方が珍しそうだけれども。・・・なんの数の話しだろうか?

 自分が今まで殺してきた人間の数・・・として場合には少なすぎるし、滅ぼしてきた国の数では多すぎる。・・・いや待て、そもそも『匹』って数え方はもしかしなくても・・・。

 

「昨日までの時点で私が殺してきたクソミソに気分の悪くなるクソ野郎だった魔族幹部の数ですよ。

 あまりにも気色の悪いクソ野郎な連中でしたのでね。忘れたくても忘れられなくて覚えちゃっているのです。ちなみに人間はそれより少しだけ少なくて9万9千八百飛んで二十人でした」

「・・・・・・・・・」

「お分かりですか? 私はただ、殺したかったのですよ。余りにもクソミソに気色の悪い、ソイツが生きていると思うだけで吐き気がしてきそうなほど大嫌いなクズ野郎共を一人残らずね。

 ソイツらを殺し終わったから、この世界にはもう未練がない。種族が違うからと言うだけを理由に、身内のクソ野郎を生かしたまま敵対種族のイイ奴と殺し合うのは仕方がないなんて屁理屈が通用する世界なんて虫唾が走る」

「・・・・・・・・・」

「だから終わらせたかった。完全に別けてしまいたかった。殺し合いたいのなら自分が相手を殺したいと願ったエゴだけで殺し合う、種族だの違いだのを言い訳に使えない世界にしてしまいたかった。・・・それが私が魔王になって戦争を続けさせてきた理由ですよ・・・」

「ま――あ――――」

 

 魔王の魔王による、生まれて初めての思いがけない動機を聞かされ、勇者は自分がなにを思い、なにを答えとして言葉を掛けようとしたのかさえ分からないまま二人揃って消滅してゆく。

 

 

 その答えを伝えられるのは二千年後。

 その答えを聞くことができるのもまた二千年後。

 

 今はただ、二人はすれ違ったまま、解り合えぬまま、互いが互いを理解せぬまま、なにも知ることができないままに。

 ただ共に死んで消滅していき、それが人と魔族の戦争を終わらせる奇跡の光となって伝説と化す。

 

 魔王の思いを始めて聞いた勇者が、如何なる答えを出し、如何なる言葉を黒髪の少女に掛けるのか? ・・・・・・それもまた答えを得られるのは二千年後の問題。

 答えを急ぐ類いの問いかけではなく、考えるべき時間は二千年もある質問なのだった・・・。



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~9章

久しぶりかもしれない『アークⅡ』二次作の最新話を更新しました。
出来れば明日は『偽レニア』の続きが書きたいですし、可能であれば『魔族社会不適合者』の続きとか、『別魔王様』とか色々書きたいと思っておりま……なんか無駄に忙しいですな。エロも書きたいのに時間大丈夫でしょうかな? 私って…。


 その建物は、不必要なほど空気が乾いた場所だった。

 扱っている情報と、集まってくる人間達の特殊さ故に昼間から窓にはカーテンが引かれて開かれることは滅多になく、利用者に接客をおこなう受付には鉄格子が嵌められ、まるで独房のように牢屋の外と中にいる者とを隔てさせている――。

 

『インディゴスの町 ハンターズ・ギルド』

 

 それが、この建物に与えらている名前だった。

 物理的なまでの威圧感と息苦しさを入室者に与えられるよう計算され尽くした意図的な造りをした構造は、表向き金目当ての荒くれ者ハンター達から非武装のギルド職員を守るためとなってはいるが、その実ギルド側の本音がハンターとの交渉時において有利な立場を取りたがっていることは露骨すぎるほど明白な間取り。

 ギルドが扱うクエストの依頼と支払われる報酬は、依頼を達成して生還できた場合にのみ約束通りの金額が支払われる仕組みになってはいたが、実際には時間ギリギリまで粘って1ゴッズでも高く報酬を引き上げようとするハンター側と、値段交渉には一切応じないとするギルド側職員との駆け引きが展開されるのが日常茶飯事となっているのが実情だった。

 

 だからこそエルククゥは交渉に慣れた、非戦闘分野専門の技術屋であるビビガと組んで交渉ごとは任せているし、ギルド側はギルド側で弱腰の対応をする者は裏方に回して上から目線の強気な態度でハンター相手に接することができる者を受け付け担当に置いておくのが互いの間の不文律として成り立っていた。

 

「・・・・・・」

 

 パラリ・・・・・・紙の書類をめくる音が建物内に響き渡る。

 今日のハンターズ・ギルドには、受付窓口の中で紙束を相手に事務処理仕事をしている中年男性の職員と、受付横の壁際に寄りかかりながらタバコを吹かしているスキンヘッドの男。この二人がいるだけで他には誰もおらず、客となる依頼人も、引き受けた仕事の解決を押しつけるハンターたちも誰一人として入室してくる気配がない。

 

 ―――“客には悪いが”やはり今日はハズレかもしれない・・・・・・

 

 心の中でそう思いながら職員は書類の二枚目を読み終わり、次のページをめくろうと手を伸ばしたそのとき、入り口の方から木の扉が開いてから閉じる独特の音が聞こえてきて、彼に客か掃除人の入室を知らせてくれる。

 ハンターズ・ギルドの扉が時代がかったスウィングドアにしてあるのは、こういう時のためであり、最新の音が出ないよう細工をしやすい扉と違って原始的な木の扉は人間に騙される心配がない。法的な保証の得られない彼らのような仕事にとっては有り難い存在と言えるのだった。

 

「失礼しまーす。昨日と違って今日は仕事に来たんですけど、なんか良さげなクエストって来てたりしますかね? 受付さん」

 

 そう言って、馴れ馴れしく鉄格子の向こう側から話しかけてきた幼い声と、ガキっぽい顔には見覚えがあった。

 数日前の昼にハンターズ・ギルドへ、人捜しに来た新米ハンターのガキである。しかも今日は、もう一人の見知らぬガキまで連れてきてやがる。

 

「誰かと思ったら、この前の新米ハンターじゃないか。今日は誰を探しに来たんだ? 自分たちのママを探して欲しいなら警察にでも泣きつくといいだろうよ。ここは託児所じゃないんだ。邪魔だ、帰りな」

 

 ふん、と鼻で笑い飛ばすような口調で、だが表情は一切動かすことなく受付係の男は一言のもと相手の話を切って捨てる。

 明らかに接客を担当する受付の人間がしていい態度ではなかったが、それはあくまで表社会に生きる社交マナーとしての礼儀作法であり、まっとうな社会人だったなら絶対に『来てはいけない場所』のハンターズ・ギルド内に限っては非礼こそが礼儀なのである。

 礼儀正しく下手に出れば、足下を見て吹っ掛けるのが金目当ての実力主義職業ハンターにとっての常識というもの。その点で彼の対応は必ずしも間違っていなかった。

 

 もし彼が間違っていたとするならば、それはもっと別の理由によるものだった。

 それは―――

 

「おやおや、私の捕まえて新米とは言ってくれるものですね~」

 

 クツクツと、嫌な笑い方をしながら相手のガキは、自分の方を見返してくる。

 

「さては新米のギルド職員さんでしたかね? それは知らずに失礼しました。インディゴスに来て日が浅い人には、この町の流儀や人脈を知ってるはずないですからね~。

 それなのに、この前はインディゴスだと有名なラドさんのことを聞いてしまってホントーに申し訳ございませんでしたね? 新米受付の中年さん」

「・・・私はギルド職員になってから八年になる・・・」

 

 相手の言葉に、一瞬だけ思わず返事をだすので遅れてしまってから職員の男は声を絞り出す。

 子供じみた幼稚な挑発で苛立たされて即答できなかったわけではない。・・・ただ“事実”を指摘されてしまったために一瞬だけ意識が空白化しただけである。

 

 実のところ、彼の言葉も相手の言葉もどちらも正しく、どちらも間違っていなかった。

 彼は確かにギルド職員になって八年のキャリアを持つベテランであり、その言葉に嘘はない。

 

 ・・・・・・だが同時に、インディゴスの町支部に配属されたのは半年前からの『インディゴス支部では新米職員』だったことも確かであり、間違ってはいなかったのである。

 

 舐められたら終わりの商売で、しかも彼は勤続八年のキャリアに自信とプライドを持っている。たかが、こんな田舎支部のお局職員ども如きに侮られたくない気持ちもある。

 強気な態度と口調で、上から目線の言動を心がけてきている事実を、この少女は知っていたのか・・・? と彼は後ろめたさを持つ人間特有の被害妄想に取り憑かれかけて、一瞬だけ“頼まれて引き受けていた依頼内容”を忘却しかけてしまっていた。

 それを思い出させてくれたのは、誰あろう。依頼を伝えるよう依頼されていた“本人自身から”の自己紹介によるものだったのは皮肉と言うより他ない。

 

「私はエルククゥと言います。以前この街でハンターをしていたこともあって、ちょっとは知られた名前だったんですけど、ご存じありませんでしょうかね?」

「エルククゥ・・・・・・? !!! ――ああ、聞いたことがある。炎使いのエルククゥか」

 

 努めて冷静さの仮面をつけ直してから、受付の男はさも『それほど名のあるハンターだと知ってたら・・・』とでも言うような仕草で机の引き出しから一枚の依頼書を引っ張り出してきて相手の見える位置まで持ってくると、

 

「お前が、あの炎使いだというなら話が早い。今、急ぎの仕事があるんだ。引き受けてみる気はないか?」

「急ぎ、というと緊急性の高い奴ですよね。どんな内容の依頼なのです?」

「盗賊団のアジトの場所の情報が入ってな。仕事の内容は奴らの壊滅だ」

 

 相手が乗ってきたことに内心では相貌を崩しかけながらも、受付の男は相変わらず棒読み口調のまま淡々と『彼女に伝えるよう依頼された依頼内容』を暗記していたとおりに読み上げ続けていく。

 

「盗賊団・・・ですか」

「ああ、モンスターを使う卑怯な奴らだ。下手な奴に任せて盗賊だけを倒しただけで、モンスターを取り逃しヘマをされたら堪らない。できれば実績のあるハンターに任せたいと思っていたところだったのさ」

「ふぅ~ん・・・。モンスターを使う、盗賊団ねぇ・・・」

「報酬は1000ゴッズ。どうだ、受けるか?」

 

 積極的な口調で売り込みながらも、実のところ彼にとっては目の前の少女エルククゥが依頼を引き受けるかどうかは、既に重要な問題ではなくなってしまっていた。

 彼が引く受けた依頼内容は、『彼女が来たときには今のクエストを伝えること』そこまでで終わりであり依頼内容は達成されている。

 別に引き受けさせること自体は、彼が受けた依頼内容に含まれていなかったし、依頼人からも言質を得ている。少なくとも彼にとってエルククゥに紹介したクスとをどうするかは問題ではなかった。

 

 もっとも、一応は断れたときのために『この言葉を言っておけ』とは依頼されているので、それだけは言うつもりでいる。

 そして、幸運と言うべきなのか何なのか、彼の受けた依頼は完全な形で全て達成されることになるのであった。

 

「・・・う~~ん、やっぱり止めときましょう。今日は新人さんの訓練と研修をかねて簡単なクエストだけを受けるつもりでいましたので、あんまし危険なことには巻き込みたくないんですよ。何分にも彼女、ズブの素人なものですから危険はなるべくなら避けてあげたいのです」

「おいおい、臆病なことだな。炎使いの名が泣くぜ?」

 

 それだけ言って、自分の請け負った仕事分は終わったという満足感を実感しながら、私語関係が終わって興味のなくなった相手から視線と意識を完全にそらして事務仕事に戻り、必要経費の記された書類から粗探しをする通常業務に戻っていく眼鏡をかけた中年職員の彼。

 

 ――そんなケチ臭い守銭奴の彼だからこそ気づかない。気づけなかった。

 言い終わって書類確認に戻った後の自分のことを、茫洋とした瞳で見つめ続けていた少女の眼が一瞬だけ妖しく灯っていた瞬間を見逃してしまっていた彼は、自分自身の判断と行動によって気づくことを物理的に不可能にしてしまっていたから・・・・・・。

 

「・・・降参です。参りましたよ、どうやら報酬引き上げの小細工は通用しない方のようですし、しょうがないので素直に言い値で引き受けてあげますよ」

「そうか。だったら急ぎの仕事だ、頼んだぞ!」

 

 相手の生意気なガキから降参宣言をさせられたことに多少は気をよくした彼は、素直に相手の依頼受注にエールを送って、依頼書に記されている盗賊団のアジトの場所が書かれた詳細な地図もオマケでつけてやってから送り出す。

 

 ・・・・・・これで完全に自分の引く桁依頼は達成された・・・・・・何という達成感と満足感。やはり仕事とは斯くあるべきものなのだ。

 ハンターなどと言う、その日暮らしのならず者共とは訳が違う規律と秩序ある職場と職務こそが正しい社会人であり、大人の生き方というものなのだから・・・・・・。

 

 ささやかな自己満足感に満たされながら、安全が確保されているギルドの事務所内から一歩も出ることなく次の委託業務を完璧にこなすことのみに意識を集中させていた彼は想像もしていない。

 

 ハンターズ・ギルドの建物外へ一歩でも出てしまった後の少女ハンターが、彼が気づかず犯してしまっていた不手際を口汚く罵倒して見下して叱責していたことに、まるで気づくことなく想像もせず、発想すらわかないまま自分だけの楽園に没頭していたのだから・・・・・・。

 

 

 

 

 

「・・・やれやれ。餌に食いついてくれればめっけ物だとは思ってましたけど、まさかあんなド素人に伝言板を任せてくれてたおかげで敵の罠に気づく羽目になろうとはね・・・・・・」

 

 後頭部に片手をやってポリポリとかきながら、どこかしら困ったように片目をつむってあらぬ方向を眺めたエルククゥがぼやくように小さく呟き声を発していた。

 場所はギルドから受けた依頼書に書いてあった、プロディアスの街の外れにある倉庫街の一角、そこに向かう道のりの途中をノンビリと歩きながら先ほどから彼女は小声でボヤキ続けているのだった。

 

「1000ゴッズの急ぎの依頼で、しかも相手はモンスターを使う盗賊団・・・そんな相手の壊滅依頼に“ズブの素人連れた研修目的のハンター”に任せてしまえるギルド職員なんか実在するはずないんですけどねぇー・・・。

 まったく、どこにでもいるものなんですよねぇ~。教えられたとおりを丸暗記して棒読みするしか能のないバカな大人たちって連中は」

 

 呆れの視線で、今さっき自分が出てきたばかりのハンターズ・ギルドを振り返ってからエルククゥは肩をすくめる事しかできない心地にさせられていく。

 

 たしかにハンターに支払われる報酬は成功報酬であり、依頼に失敗したらビタ一文払ってやる義理はギルド側にはなく、依頼を引き受けるのも引き受けないのもハンター自身の自己責任であり自己判断。

 それがハンターの鉄則であり、安全が保証された真っ当な仕事ではないからこそ一度の仕事で高い報酬を手に入れることができるハンターの仕事に安全性や確実さなんて求める方がどうかしている。それもまた事実ではある。

 

 だが所詮、そんなものはハンターズギルドと、ハンター達だけの内輪揉め問題でしかない。

 ハンターが盗賊団の討伐依頼に失敗するのはハンター個人の無能さが原因だし、ギルドに仕事を失敗した無能の努力を評価して報酬を支払ってやる義務はないが、それでも『討伐に失敗した盗賊団』という現実は手つかずのまま残されることに変わりはない。

 

 まして『モンスターを使う盗賊団』である。仮に討伐に失敗してモンスター達が逃走し、街の住人に危害を加えるようになってしまった時には、あのオッサンは誰の責任だと抜かす気でいるのだろうか?

 赤の他人がエルククゥに責任を押しつけて罰を逃れようとするのは一向に構わないのだが、自分の責任だからと言って無報酬で逃げたモンスター全てを殺してきてやる奴隷根性までは自分には持てそうにもないのだけれども・・・・・・。

 

 

「え? なにか言った? エルククゥ」

「いーえ別に、何でもありません。どうぞお気になさらず先へお急ぎくださいリーザさん。私も遅れることだけは絶対ないよう追いついていくことはお約束しますから」

「う、うん。・・・・・・ありがとう、エルククゥ」

 

 ややはにかみながら礼を言って、小走りに依頼された場所へと向かっていくリーザの後ろ姿を見守りながら、エルククゥとしては今後のことに思いをはせずにはいられない。

 リーザの後ろ姿故に、『敵の思惑と情報量』について考えざるを得なくなってしまった状況に置かれてしまったのを自覚させられたから・・・・・・。

 

 

「モンスターを操る力を持った少女を救出して、怪我が治った直後にでむいたハンターズギルドで『モンスターを使う盗賊団の討伐依頼』が急ぎの依頼で持ち込まれていた・・・ですか。

 これだけ揃うと無関係だと思う方が難しくなってくるレベルの状況ですよね~・・・。一体今度はどんな罠が待ち構えていて、誰が実行役として出てくるのやら見当も付きません。

 まったく、敵はどこまで私たちのことを把握しているのやら・・・・・・?

 ――できれば罠を逆用して食い破り、腕ごと噛み千切ってやりたいところですけど、食い殺されるのは果たしてどちらになるのやら。

 人生はリアルギャンブル、生きるか死ぬか、殺すか殺されるのか。貼り続けるといたしましょう。どちらかが諦めて、あの世に生かされるその日まではず~~~~っと・・・・・・ね?」

 

 

つづく

 

オマケ『オリキャラ設定・ハンターズギルドの性悪職員』

 原作でも登場していた口が悪けりゃ、大して役にも立たなかった眼鏡の男性職員に相応しい人格と背景を付与してみた半オリジナルキャラクター。

 もともとはアルディアで二番目に大きい都市の支部に長年勤めていたギルド職員で、ハンターよりもギルドの利益を優先する姿勢によって成績が良く、高い評価を得ていたことから勤続年数の平均よりも大分早く出世して課長に成り上がっていた過去を持つ。

 

 だが、その小役人じみた性格と価値観故に視野が狭く、自分の見える範囲までの事柄でしか判断基準を持たなかったため『ハンターを切り捨ててでもギルド全体の利益を取る方針』によってハンター達から支部全体が信用されなくなり始め、別の街へと拠点を移動させる者を続出させる結果を招いてしまった末に降格された。

 現在は、『アルディアで最も治安の悪い場所』であるインディゴスに職員として派遣することで『ギルドのために死んでくれる馬鹿なハンターなどいない』という事実を実感させようと更生中なのだが、見たところ成果はほとんど上がっていない様子。

 

 尚、原作と違って今作では、エルククゥがシャンテに出会った後にボコボコにされてしまう未来が確定してしまっているキャラクターでもある。



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魔王学院の魔族社会不適合者 第2章

『魔族社会不適合者』の後篇です。本当だったらアッサリ書いてサッサと済ませてエロ作を書こうと思っていたら長くなりすぎてしまって途中で辞められなくなってしまっただけの代物ですので期待はしないでくださいませ。特に途中からは自信完全になくなってる出来ですからね。本当に…。
もう少し計画性を持つべきだったと後悔しながら大いに反省もしております……。


 ゴーン・・・、ゴーン・・・・・・。

 魔王学院ヘルゾゲートに鐘の音が弔鐘のように鳴り響き、入学試験が終了したことを街の者たちに告知している。

 夕闇に染まりつつある空に弔鐘のごとく鳴り響く鐘の音は不吉極まるものであったが、知らせている内容は超エリート名門校の入学試験終了と合否の結果をもらった生徒たちの帰宅であり、吉報なのか凶兆なのか鐘の音までよく分からない学校。それが魔王学院ヘルゾゲートであった。

 

 さて、そんな中。

 二千年前に崩御した魔王が復活する記念すべき年に、次期魔王の後継者を育て上げるため設立された学院の入学試験を受験した『復活した本物の魔王ご本人さま』はどうしていたかと言うと。

 

 

「・・・あ~、良かったー・・・。本当に良かった~・・・。なんとか受かりましたわ、九割方ダメだと思ってたのでマジでホッとしましたわ、いや本当に・・・」

 

 ゲッソリとした顔で昇降口をくぐりながら出てきて、一回だけイヤそうに校舎を振り返ってから軽く身震いして背を向ける。

 その仕草からは、『もう二度と同じ試験は受けたくない・・・』と思っていることが言葉よりも雄弁に伝わってくるほどで、こういう時によくある「いや俺マジ自信ないってマジマジ」とか言ってきてる実際には自信ありまくりの勉強しまくってからテストに臨んできてる格好つけ学生のそれとは違ってマジモンであることが誰の目にも明らかなほど憔悴しまくっているものであった。

 

「・・・まさか、あそこまで事実を美化して史実として語り継いでるとは想像の埒外でしたからねぇー・・・。当たってること期待して適当なウソを答えるぐらいしかやりようなかったですし・・・。

 魔王が復活する年に、本物の魔王がサイコロ転がして答え選ぶ方式で試験受けて落第してたら洒落にならねぇところでしたし、マジで良かったー・・・・・・」

 

 本気で洒落にならない可能性上ありえたかもしれないIFの未来について独り言ちながら、黒髪の少女はトボトボと今朝きた道を逆にたどって、光と闇に沈んでいく暮れなずむ街の中へと戻っていく。――戻っていこうとしていた。

 

「・・・あれ? 貴女たしか・・・何してるんですか? こんな所で・・・」

「待ってた」

 

 校門を出たところで、門に寄りかかりながら一人の少女が茫洋とした瞳で夕空を見上げているところと鉢合わせしてビックリして、それが今朝あったばかりの少女だと気づいて二度ビックリさせられる。

 オマケに、問いかけに対する答えの内容がよくわからない。待ってたって・・・何を? そして誰を?

 

「・・・ひょっとして・・・・・・待ってたのって私だったりしましたかね・・・?」

「ん・・・。“あとで”って言ってたから・・・」

「・・・・・・・・・あ~~・・・。それはまぁ・・・、たし、かに・・・?」

 

 周囲に今朝見かけた騒がしいオジサンの姿がなく、と言って誰か別の知り合いに心当たりもいない出会ったばかりの何も知らない少女に対して、ナンパか何かかと勘違いしてくれたら話題切り上げて帰れる口実に使えそうだと思って言っただけの言葉で見事に墓穴を掘ってしまい、言葉に詰まりまくる二千年前の旧魔王様な黒髪の少女。

 

 確かに言った。言ったときの記憶がある。

 ・・・ただ根本的な話として、別のことで頭がいっぱいなときに『テキトーな返事をしてお茶を濁しただけの記憶』としてであり、わざわざ試験終わった後に校門前で待っていてくれた相手に対して教えていい真実とは正直言ってまったく思えない。

 

「そうですね・・・それじゃえっとぉ・・・、近くで買い食いでもして二人だけの合格パーティーでも祝してみます・・・?」

 

 なので、取り敢えずそう言ってみた。

 真実を告げるのが間違いだと解ったところで正しい対処法が解るという訳でもなく、どっちかが間違いなら反対側は正しいなどと言うほど世の中は二元論でできてもおらず。

 別のことで頭がいっぱいだった時に、『テキトーに返事しただけの言葉』を今さら深い意味合いなど付与できるわけもない。

 もし仮にそれが出来たならば、そいつはある意味で魔王に相応しい才能の持ち主と言えるのかもしれない。『純真な乙女をたぶらかす悪い魔族たちの王』という意味合いでは間違いなく魔王っぽいあくどさを持っていると言えなくもない。・・・変態スケベ親父っぽいとも言えるけれども。

 

「・・・私と?」

「ええ。もちろん貴女さえ良ければの話ですけどね」

「・・・・・・いいの?」

「・・・・・・いや、聞いているのは私の方のはずな質問なんですけどねコレって・・・」

 

 なんか相手との会話に違和感というか、噛み合ってない部分を感じさせられながら、黒髪の少女は「出会ったばかりで何も知らない相手同士だとこんなものか」と割り切った気持ちで手のひらを上に出して片手を差し出し、

 

「よろしければ、お手をどうぞ。ミーシャ・ネクロンさん、エスコートさせて頂きますよ?」

 

 片目を閉じてウィンクしながら気取った仕草で一礼をする。

 一応は、生まれ変わった先の今生における両親の待つ我が家まで招待するという選択肢も考えてみたのだが、生憎と田舎である。

 一人寂しく上京してきて受験した苦学生の黒髪少女にとって、今の我が家は安宿の一室であって、とても見目麗しい年頃少女を招くのに適した環境だと思うことは出来ない。

 つい昨日と一昨日も自分みたいなチンチクリンを襲って売り飛ばすために何組かのチンピラたちが返り討ちにされにきたばかりであり、ソイツら自身の命の代価を自分たちで決めさせて脅し取ってやったばかりでもある。

 

 犯行現場に純真そうな年頃乙女を招待するのは、さすがの旧魔王様でも気が引ける。

 何より自分は、クモの巣張ったカビ臭い城のなかに初体験まだの処女を集めて乱交パーティー開きたがるヘンタイ吸血鬼どもとは種族が違う元人間で現魔族であり、性的な意味合いでの倫理観が異なっているのだ。

 無表情で茫洋としてはいるものの、胸が大きくてトロンとした瞳の庇護欲をそそらされる少女を見ると、敢えて穢したいと思うのは変態臭くて嫌だと思える程度には人間の十代乙女らしい価値基準が残っており、普通に対応して普通に楽しませあげるのが無難かなと思える程度には常識人なつもりであった。

 

 魔王が常識を語るというのも変な話だとは思うのだが、常識無視すりゃなんでも魔王らしいと言うわけでもないし、全裸でたいまつ持って踊り狂えば常識は無視できるけど単なる変態になるだけだし。

 破りたいわけでもない常識だったら守ったところで別に良かろう。そう考えた末の結論から来る行動であった。

 

「・・・行く」

 

 やや戸惑いながら返事をするまでに時間がかかったものの、誘われた少女ミーシャ・ネクロン個人の気持ちとしては承諾以外の選択肢はことの始まりから一つもなかったため、差し伸べられた手の平のうえに自分の手を乗せ、手を取り合い、二人の少女は互いの受験合格を祝い会うために夕暮れに染まって夜が近づいてきた町中へと遊びに繰り出していくのであった・・・・・・。

 

 

 

 

 ―――が、しかし。

 再び根本的な話として、生まれ変わってから数日しか経過してない現代知識ガキ以下の少女魔王に案内できる町中施設など、歩いてる途中で見かけた屋台や飲食店ぐらいしかある訳もなく、経歴と受験した学校を除けばフツーの女子学生二人連れが学校終わって買い食いしてるだけの状態になってしまい、余計に魔王らしさがなくなってしまっている気もするのだが。

 

 別に魔王らしくなりたくて魔王になったわけでもない魔界の始祖こそが、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴートの真相だったのだから別にいいと言えばいいのかもしれないし、悪いのかもしれない。どちらでもいい。

 どちらだろうと、自分に批判的な奴らの反対意見で自分が変わってやる義理も理由も一切持ち合わせてやる気が少しもない旧魔王様にとっては本気でどうでもいい事柄だったことだけが彼女にとっての事実だったから・・・・・・。

 

 

 

「すると、今朝見かけたミーシャさんを応援していたオジサンは、貴女の実のお父さんではなかったのですか?」

 

 夜のとばりが降り始めて薄暗くなってきた公園を歩きながら、黒髪の少女が隣を歩く銀髪の少女ミーシャ・ネクロンを驚いた顔で見つめ返しながらオウム返しに尋ね返す。

 一通りの屋台と店舗を買い食いし終わり、時間も遅くなり始めてきたから家まで送ってやろうと提案して承諾され、彼女の自宅まで近道になりそうな公園の道を横切りながら今日最後の世間話をしているときに、相手の少女から少しだけ家庭の事情を聞かされて僅かながら驚かされたのが、その理由だった。

 

「うん、違う。お父さんじゃない、親代わり」

「・・・実のご両親について、お伺いしても?」

「いる――けど、忙しい。お姉ちゃんは騒がしい」

「ふぅ~ん・・・?」

 

 曖昧な家庭の事情を聞かされてしまって、今日出会ったばかりで行きずりの他人として微妙な心地になりながら、軽く夜空と赤みを帯びた満月を見上げながら短く唸ってみせる黒髪の少女。

 

「・・・・・・心配?」

 

 そんな風にして空を見上げている、自分の隣を歩んでくれている黒髪の少女に対して、何かしら期待するものがあったのか無かったのか、銀髪の茫洋とした瞳の少女ミーシャ・ネクロンは意図するか否かは判断しがたい質問の言葉を発して相手の答えを待ち。

 

「人並みにはね」

 

 という、詳しい事情を知らぬ赤の他人が言える範囲の言葉で自分の気持ちを伝えてきてくれたことに対して、

 

「やっぱり、優しい・・・」

 

 と、柔らかく笑顔を浮かべて薄ら微笑むミーシャ・ネクロン。

 

「優しい? 私がですか? ・・・そんな言葉を言われたのは久方ぶりな気がしますね~、いや懐かしや懐かしや」

 

 昔を思い出し、懐かしい記憶と共に色々と言われてきた遠い過去を振り返りながら軽く笑い飛ばす仕草をしてみせる黒髪の少女。

 そんな相手の反応にミーシャ・ネクロンは、「じゃあ何て呼ばれてたの・・・?」と流れ的に当たり前の質問をして、唇を露悪的に歪めながら発せられた答えを得る。

 

「『お前が生きていると、この世のためにはならない』だの、『鬼、悪魔、外道』だのと平凡極まる悪口のバリエーション違いを千個ほど。地方限定悪口を含めれば0の数が一桁増えるのかも知れませんねぇ~」

「・・・虐められてたの・・・?」

「まさか。むしろこれは褒め言葉でしたからね、素直に喜んでただけですよ」

 

 そう言って、鼻で笑い飛ばす黒髪の少女の仕草に陰りや罪悪感や後悔は、1ミリたりとも感じさせるものはなく。

 

「悪口なのに、褒め言葉なの・・・・・・?」

「ええ。敗者が勝者に対して地ベタに這いずらされながら罵倒してくるなんて、降伏宣言と勝利を称える凱歌でしかない代物ですからねぇ。

 まして、弱い者イジメをしていたヤツらが、自分より強いヤツに負けて虐められる側になった途端に無様な姿で罵倒してくるだけになった罵り文句は、気持ちがいいほど無様すぎて逆に笑えるほどでしたよ」

 

 ククク、と忍び笑いを漏らし、遠い過去に虐めてきた連中が最期に残した無様な末期の遺言を思い出して笑い飛ばす黒髪の少女。

 そこに罪悪感は微塵もなく、自らの行為を恥じ入る気持ちなど欠片も見いだすことが出来そうもない、清々しいほど鮮烈な侮蔑の笑み・・・・・・。

 

 『殺すからには後悔するな。後悔するぐらいなら最初から殺すな』

 

 二千年前に、そう断言して殺戮を成した暴虐の魔王の信念がそこにあった。

 敵を殺した側にも事情はあるかもしれないし、虐めていた者たちにもやむを得ない理由があったかもしれない。

 だが、「殺された側」と「虐められていた側」にしてみたら、どんな事情も理由も「加害者側の都合」でしかない。

 どれほど生き延びた後で辛く苦しい人生を生きていくことになろうとも、人生を途中下車させられた側からすれば自己憐憫の涙にしか見えようがなく、自分を虐めていたことを後悔して反省してくれたところで虐められていた側にしてみたら『俺はお前が学ぶための教科書だったわけじゃない!』という怒りの主張が正しく正当性を持ってもいる。

 

 結局のところ、相手が悪人だろうと善人だろうと勝利した側は「加害者」でしかない事実に変わりはなく。

 生き延びて勝利した加害者よりは、生きる権利を奪われた敗者たちの方が不幸な現状にあるのは否定しようもない。

 ましてイジメである。

 強い者が弱い者に対して一方的に暴力を振るっている状況以外では使われることのない言い回しが適用されるような状況下で『加害者が入れ替わっただけの事』になにを感じられるというのだろう?

 それこそ、『虐められたくなければ、最初から虐めなければいい』・・・その理屈を徹底して貫きまくった人生を送った。故に後悔も罪悪感も微塵もない。

 それ故の悪名、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴートなのだ。

 今さら己の犯した悪行を気にしたところで死者たちが生き返るわけでもなし、虐めていた連中が落ちぶれる前に虐められてた弱者たちが冥土で喜んでくれるわけもなし。

 進むと決めたら実行しながら歩むだけだ。それが魔王の生き方というものだと、黒髪の少女は二千年以上前からそう決めていた。それが故に人間をやめて魔族になった自分なのだから・・・・・・と。

 

「実際に言われた言葉通りのことをしていたのです。事実を言ってただけの彼らを恨む必要はなく、恨む理由もまたない。

 言われた原因は私にあり、言われるだけのことをすると決めたのもまた私自身。今さら後悔したところで、虐められてた側が負った傷が癒やされるわけでもなし、素直に恨み言も褒め言葉として受け取っておいた方が気持ち的にも気が楽でしょう?」

「・・・・・・」

「だからこそ私にとって、悪口は褒め言葉になる。

 虐めてやった側の元イジメっ子たちの罵声は後悔と反省の恨み言に変換されて、敗者に落ちぶれた元強さを見せつけたがるアホウからの罵り文句は敗北を認めて没落を受け入れる敗者の遺言としか聞こえなくなってしまう。

 そういう風な人生を送ってきてましたからね~。今になって方針転換って言うのも流石に馬鹿らしい・・・・・・って、ちょっと?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 テキトーに夜空見上げて、昔を懐かしみながら思い出話を語っていたら、なぜだか隣にいたはずの少女が後ろから追いかけてきて頭を撫でられてしまっていた。

 こうして見ると、わずかながら相手の方が身長が高いことに気づかされ、微妙にプライドが傷つかなくもなかったのだが、相手の行動を好きにやらせておくのを制止したいと思えるほど強い不満に至れるほどの感情論ではまったくなく。

 

「よし、よし・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 夜の公園で二人の少女が向かい合い、片方が片方の頭の上に手を乗っけてナデナデしてあげるという異様な光景を展開しながら、止めるでもなく、誰かに止められることもなく。

 ミーシャ・ネクロンは何となく可哀想に見えた気がして相手の頭を撫でてあげて慰めたい気持ちに誘われ、黒髪の少女は撫でられてる理由が分からないまでも相手の気持ちを尊重して黙ったままさせるに任せている。

 二人はすれ違ったまま、まったく相手の気持ちを理解できていないまま、それでも相手の気持ちを思い合いながら、しばらくの時間そうやって過ごし。

 

「・・・まっ、お互い合格できたみたいですし、明日から同級生としてよろしく」

「ん・・・」

 

 斯くして、二千年ぶりに復活した生後数日の魔王少女と、銀髪で茫洋とした瞳を持つ心優しい魔族少女は夜の公園で、互いにすれ違いながら『友達』になった。

 

 

 

 ――――その瞬間。

 

 

 

『『『『【アイギス】!!!!』』』』

 

 

 突如として複数人が同じ言葉で、同じ呪文を紡ぐ声が二人の周囲に響き渡り。

 突如として緑色の魔法の壁が展開されて、二人の周囲をグルリと囲い込むと別の形へと形状を変える。

 

 やがて魔法が完成したとき、光の壁の群れは巨大な円形闘技場へと真の姿を現し、複数人の高位術者によって詠唱された【創造魔法】は比類ない完成度の高さでもって周囲から物理的に閉ざされた閉鎖空間を形成して終と成す――。

 

 

「創造魔法・・・? 外へ――」

「逃げられはしない」

 

 ミーシャが何か言おうとした言葉の続きを、先回りして遮るように聞いたことのない男の声が魔法で作られた闘技場の内側に響き渡る。

 

 コツ、コツ・・・と。

 靴音と共に厳かに、威厳と権威を保った優雅な歩み方で二人の正面にあるゲートから、こちらに向かって近づいてくる魔族の青年。

 

「既にこの一帯は、我が意を受けた衛兵が封鎖した」

 

 それが自らを、この一件の主犯であることを一切の罪悪感も感じぬまま、高らかに歌い上げる朗々とした声で宣言しながら月光の下、姿を現す。

 

「魔大帝リオルグ・インドゥである。弟が世話になった」

 

 オールバックの髪型と、後ろに流した長髪。

 トカゲや蛇のように眇められた瞳が性格の悪さと偏狭さを感じさせ、エルフのように先端の尖った両耳さえダークエルフが持つ悪しき印象だけを受け継いだような、そんな青年。

 それが彼、黒髪の少女が昼間に戦って試験で勝利した男ゼペス・インドゥの兄、リオルグ・インドゥであった。

 

「ヘッヘッヘ! ベルゾゲートじゃあなぁ、ちょっと力があったって混血は皇族に勝てねぇんだよ。なんでだと思う?」

「負けたからでしょう? 都合が悪い事実はなかったことにしたがるのは人間の王族だろうと神様だろうと魔族の皇族だろうと変わりない。当たり前の話なのではないですかね」

「なっ!? くっ、あ・・・・・・ッ。て、テメェ・・・!!! つくづくムカつく野郎だなテメェってヤツは本当に・・・!!!」

 

 いきなり都合の悪い事実を正解されてしまって、早速行動によって推測を実証してくれる親切な皇族少年のゼペス・インドゥ君。

 だが、それでも尚、兄の側から黒髪の少女の側へは一歩も近づこうとせずに挑発セリフを続けてくるのは、昼間に自分の魔力を数十倍まで引き上げてもらっても勝てなかった魔剣すら今は持ってきてないからなのか、それとも痛い思いさせられた記憶がトラウマにでもなってしまっているのか。

 まぁ、結果が同じなら動機の違いに意味はない類いの問題ではあるのだが、取り敢えず昼間に負わせてあげた大怪我を夜までには表面上は完治させられたヘルゾゲートの医療スタッフ陣にはインドゥ家からも個人的臨時報酬ぐらいは支払ってやっても良いのではと思う黒髪の少女だった。

 

 要するに、兄弟そろって『その程度の驚異度』にしか感じられないと言うことである――。

 

「へ、へへへ・・・ヘヒャハハハッ!!! 強がっていられるのも今のうちだぜ、覚悟しなァッ!! 兄貴は俺より遙かに強ぇ・・・って、え? あ、兄貴・・・?」

「もう喋るな、恥知らずが」

 

 無言のままで弟の戯言を聞き流していたゼペスの兄、リオルグは喋る途中だったゼペスの胸ぐらをおもむろに掴み上げると、自分の顔正面まで近づけて眇めた目をさらに怒りで細めさせ、眉間にも瞳に険を作り上げながら実の弟を憎しみと侮蔑の視線で睨み付ける。

 

「惨めな負け姿を晒すような弱者は、インドゥ家に不要であウグウ痛痛痛ダダダダッ!?」

 

 

 そして胸ぐら掴んだまま高く掲げて親族を粛正しようとした矢先に、正面にいる敵から不意打ち食らって、一番隙だらけだった胸ぐら掴んでる方の右手を魔力のダーツで刺し貫かれて、半分以上骨が見えてるところまで切られた状態でダラリと下げさせられてしまう。

 

 ・・・戦闘開始前から利き腕を損失させられたっぽいんだけれども、コイツらは本当に闇討ちというものが解っていて実行しに来ているのだろうか・・・?

 基本的に闇討ちする側より、された側の方が数的にも状況的にも不利なので不意打ち先制攻撃で一番強そうなヤツから無力化していくのが基本な状況なのだけれども。

 そこら辺のことは、闇討ち戦術と一緒に現代まで伝わわなかったのだろうか? 本気で現代という二千年後世界の常識はたまにスゴくよく分からない時がありすぎる・・・。

 

「き、貴様!? 我が愚弟を庇おうというのか!? 貴様は弟の敵であろうに!!」

 

 ――いや、知らんし。どーせ敵の一員であることに変わりねぇし。敵を攻撃するなら下っ端のザコよりもトップを狙って先制攻撃するのは当然の戦術でしかねぇし。本気で今の時代の悪辣さというのはよく分からない。

 

「・・・失礼しました。てっきり今の時点で戦いは始まってるものとばかり思ってたもんですからつい。

 まさか闇討ちしてきた相手が、開戦の合図をするまで攻撃してはいけないなどという公式ルールを前提にしていたとは想像の埒外だったものでしてね。次からは貴方の流儀に合わせて攻撃するのは待っていてあげますから、さっさと戦いを始めちゃってください。正直言って暇です。身内同士の醜い内輪もめはお家に帰ってからドーゾ」

「貴様・・・ッ!! 言わせておけば図に乗りおって! インドゥ家の誇りを穢した報いをたっぷり思い知らせてや――」

「ああ、それから一つだけ要らぬ忠告をしておきますと」

 

 相変わらず相手の話を聞かず、聞いてやる気は微塵もなく、『敵』に対しては自分の都合を押しつけるだけしかする気のない黒髪の少女魔王は淡々と、相手が激怒すると解りきっている事実を敢えて忠告してやることにする。

 別に嫌がらせという訳ではない。ただ単に気を遣って黙っててやるほどの義理がないから、相手の心理を無視して言ってやっただけである。

 言いたいと思ったことを我慢してやることで得られるメリットを、闇討ちにより公式試合の敗北記録をなかったことにしに来た奴らに求めるのは教条的な道徳絶対主義者を通り越して現実見たがらない単なるアホガキの屁理屈でしかあるまい。

 自分はアホにはなりたくないし、ガキであることを言い訳に使えるほど魂年齢は若くないので普通に恥ずかしいしやりたくなかった。・・・割と本気でそれだけが理由の全てだったりしたのであった・・・。

 

「『惨めな負け姿を晒すような弱者は不要』という理由で弟さんを殺すのは止めといた方がいいでしょうね。

 なぜなら貴方もすぐ『同じ立場になるから』です。そうなった時に自分が弟を殺すときに唱えてた理屈で自分自身を殺すことって、貴方のようなタイプには不可能でしょう?

 貫けもしない信念や、形ばかりの誇りなら最初から持たない方が身のためというもの。悪いことは言いませんから、止めときなさい。

 プライドはあっても誇りのない自称強者が、強い理屈を唱えてても恥かくだけで得するものは何もありません」

 

 

 空気が青ざめた音を、その場にいた全員が聞いたような幻聴が響いた気がした。

 それ程までにリオルグの怒りは凄まじく、近くによって彼に守ってもらおうとしながら殺されかけたところを救われたばかりの弟ゼペス君でさえ「あわ、あわわわ・・・!?」とか喚きながら尻餅ついたまま実の兄から距離取り出す始末で、黒髪の少女の隣に立ったまま巻き込まれたミーシャ・ネクロンも無表情な顔に青ざめたような色を浮かべて「ギュッ」と傍らに立つ少女の服の袖にしがみついてきたほどのもの。

 

「貴様・・・・・・偉大なる暴虐の魔王、その尊さを受け継ぐ純血の私を雑種如きが、これ程まで侮辱するとはな・・・・・・褒めてやるぞッ!!

 貴様は今、雑種でありながら皇族たる私が全力を持って塵一つ残さず、この世から完全に消滅させるに値する非礼を犯したのだからなァァァァァァッ!!!!!」

 

 ――あ、コイツやっぱり弟の兄だわ。怒り方とか、魔力量の増大っぷりとかがソックリすぎてて赤の他人だと言われた方が疑問符浮かべそうになるレベルだわ・・・と思いはしたのだが、黒髪の少女が口に出したのは別の事柄。

 

「純血? 雑種? 何言ってんですか貴方は? いつから魔王は自らの力ではなく、先祖代々“めぐんでもらってきた”血の濃さに依存する弱者に成り下がったのですかね。

 仮にも魔王を目指す者を自称するなら、せめて自分が殺したいほど憎んでいる相手を殺す理由は自分の名と責任において実行しなさい。

 血に縋るな、頼るな、逃げるな弱者めが。自分の力だけで勝てないと思っているなら、尻尾巻いてとっとと帰れ。

 親とご先祖様がいなけりゃ、ケンカもできないガキと遊んでいるヒマは私にはない」

「~~~~~~ッッ!!!!!!」

 

 もはや、どうしようもない程に膨れ上がったリオルグ・インドゥの憎しみを糧とする負の魔力。

 あまりにも濃密すぎて、魔眼を持たない者でさえ肉眼で見えるレベルにまで膨れ上がった、彼の体から蒸気のように吹き上がっている青黒い炎を見上げながら、「もう少し挑発すれば少しぐらいはマシになるかな?」と、子供みたいなことを考えつつ、黒髪の少女はリオルグが戦い始める前に放った最後の言葉を聞かされて、丁度いいから利用してやることにする。

 

「・・・今の言葉ァ・・・ッ、我らが始祖の偉業を軽視する発言である!!!」

「馬鹿ですか? 貴方は」

 

 冷然と決めつけて、そしてハッキリと相手にも誤解なく伝わるように分かりやすく。

 

「私は今、“貴方を見下し”“貴方を馬鹿にした発言をした”のですよ。リオルグ・インドゥさん。

 貴方のことを、貴方個人のことを先祖の偉業と血に頼らなければ何もできない、雑種ごときにケンカを売る度胸すらない臆病極まるウジ虫ザコ野郎だと罵倒してあげたのです。

 どうも高尚な言い方をしたせいで分かり難かったらしく、誤解させてしまって申し訳ありませんでしたね。

 貴方の低レベルに併せてあげて言い方をガキっぽくするべきだったと反省しております、どーもすいませんでした。ほら、この通り。ペコリとね」

「ッ!! ッ!! ッッ!! ~~~~~ッッ!!!!!!!」

 

 どーでも良さそうな口調で、相手が後生大事に抱え込んでいる尊い血の誇り――いや、プライドを逆なでするだけだと分かりきっている言葉を次々と吐きまくって挑発してくる黒髪の少女。

 それは相手を怒らせることで、通常以上の魔力を発揮させるという実際的な目的に沿うものであったが、もう一つ彼女にとっての重要な理由が存在する行為でもあった。

 

 ――本当にそう思ったから、思った通りのことを言っている。嘘は一言も吐いていない。

 

 それが黒髪の少女が、他人を挑発するため貶めるときに使う毒舌の流儀だった。

 相手を傷つける目的で毒舌を振るうときならば嘘も吐こう、詭弁も弄そう。そんな目的で偽りの言葉を使いたいと思えるぐらいのクズ相手ならば躊躇うことなく実行しよう。

 だが、そこまで思っていない相手には、自分が思っていることまでしか言わない。心にもない嘘を傷つけるためだけに吐くほど嫌っている訳ではないなら、それだけで十分すぎるから。だから言わないのだ、絶対に。

 

 それに、どーせ今回の場合はリオルグ・インドゥ側に完全なる非があった。黒髪の少女の側にはない。

 ・・・もっとも悪すぎる口に対して舌禍罪ぐらいは問えるのかもしれんけど、現代魔界の法律にあるのかどうかよくわからんので今はパスしておくとして。

 

 そもそもにおいて、彼らが崇め奉っている【我らが偉大なる始祖】とやらに流れる血は、もともと人間だった者に流れていた血でしかない。

 仮に、歴史の捏造されただけではなく、魔族の皇族全体が偽りの魔王の血を受け継ぐ者たちで占められていたとしても、大して状況が変わるとも思っていない。

 

 なぜなら彼らは、自らの崇める【始祖の父親】が誰なのかを知っている可能性がほぼないからだ。

 自分たちの【始祖】と言うなら、ソイツから現代の自分たち全てが始まっており、ソイツの前に誰がソイツを生んで、ソイツに流れている血は誰から与えられたものだったのかを考えもしない連中が語る【偉大なる始祖の血】そして【始祖の血を引く選ばれた支配階級の自分たち】・・・・・・実に阿呆くさい。馬鹿らしい。

 

「・・・世迷い言をォォォ・・・ッッ!! その不敬な態度ォッ! 万死に値するッ!!

 嬲り殺してやるッッ!!! 絶対にィィ!! 嬲り殺してやるからなァァァッ!!!!」

 

 凶相を浮かべて宣言すると、怒りのあまり家に仕える兵士たちを引き連れてきたことも忘れてしまったのか、何かしら指示を出されて用意していたらしい兵士たちを置き去りにしたまま最初から切り札の使用を決意する。

 

「私は皇族として、断じて雑種ごときに敗北するわけにはいかぬッ! いかぬのだァッ!!」

 

 そう言って、最初の一撃で取れかかっていた右腕を瞬時に動ける程度まで回復させる無茶をやってのけると、痛みすら感じられなくなっているような狂った表情を浮かべながら右手を返し、

 

「特別に見せてやろう・・・ッ!! 皇族にしか伝えられぬ禁呪をなァァァッ!!!」

 

 何処からか呼び出してきたらしい邪悪な魔力を小さな球体に凝縮させて威力を極大にまで高め始める!!

 ・・・だが、その魔力球を最初に見せつけられたとき、黒髪の少女が抱いた感情は相手の期待や予測とは裏腹に真逆ですらなく、どこか不審そうな顔をしてジッと魔力の塊を見つめてきている、なんか場違いなものを見せつけられたとき特有の不快そうな其れでしかなかった。

 

「その球は・・・もしかしなくても起源魔法ですか? 術者自身と縁が深い過去の人物から血の流れを通して力の一端を借り受けて行使するとかいう、あの魔法・・・・・・それが貴方の切り札なのですか?」

「・・・そうだッ!! 貴様ら雑種には絶対に使うことができない、偉大なる存在の血を色濃く引き継いでいる我ら皇族だからこそ使用可能となる最強魔法! それがこの【ディラスト】なのだ!!

 始祖の血を引く我ら皇族だからこそ、偉大なる始祖からお力をお貸し願えるのだ! お貸しいただくことが可能になるのだ!! それこそが貴様ら雑種と我ら皇族との絶対的な格の違―――」

 

 こめかみに血管を浮かべまくりながら、それでも得意気に自分の誇りとする由縁である自らに流れる血の尊さを熱く五月蠅く語り聞かせようとしてきた、まさにその時。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ハァ~~~~~~~~~~~アァ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なッ!? なんだ、その長すぎる溜息はァァァァァァァァッ!!!???」

 

 

 思わず盛大に呆れまくっていることを示す溜息を吐かれて、同じく思わずどっかで似たような事やってたヤツがいたなーと思える反応を返してしまってセリフは途中で途切れさせてしまったリオルグ・インドゥ。

 余談だが、後ろの方に避難して見ていた色白の兄と違って日焼けしてる方のガングロ弟の方が「あれ? なんか今デジャブってたような・・・気のせいか?」とか言い出していたりするんだけど、誰も見てないし意識してないし、そもそも存在自体を今となっては覚えてる奴の方が少なくなってそうだったためガン無視されたまま、正面切って向かい合って怒鳴り合ってる(正確には片方が一方的に怒鳴られている)二人の交わす会話の方に全員の意識が集中されていく。

 

「いやまぁねぇ・・・・・・貴方と弟さんを同類扱いしたのは確かに失礼に値する行為だったんだなぁーと、それ見せられた瞬間に反省し始めてた次第でしてね。悪いことしちゃったなぁ~と、そんな風に」

「フンッ、愚か者め!! 今更気づいたところでもう遅いわ! たかが世辞程度で処刑を見逃してやるほど貴様の犯した不敬の罪は軽くはな―――」

「いや、全くもってその通りですよね。貴方なんかと一緒にしちゃって、弟さんには悪いことをしてしまいました。後でちゃんと謝っておくとしましょう。

 “出来の悪すぎるバカ兄と同類扱いしちゃってごめんなさい”――とね」

 

 

 再び、重すぎる沈黙が場に舞い降りて、リオルグ・インドゥの表情はもうこれ以上壊れようがないくらいグッチャグチャの憎しみと怒りと様々な負の感情で満たされまくってしまっていく。

 

「・・・なん、だと・・・? この私が、出来損ないの弟よりも格下の存在だと、貴様はそう言うつもりなのかこの虫ケラ雑種ヤロウめがァァァァァァァッッ!!!???」

「ええ、事実ですからね。剣の性能を使ったとはいえ、あくまで自分の魔力を増大させて体張って挑んできた弟さんと貴方では雲泥の差です。あまりにも出来が違いすぎている・・・。

 出涸らしの兄というのも奇妙な気もしますが、形式的な血統主義なんてものを崇め立てて長子存続なんて義務づけていたら、こんな無様をさらすのも仕方ないのかもしれませんね~」

「!!!!!!~~~~~ッッ!!!!!!!」

 

 もはや言葉もなく、言葉にもできず、ただただ怒り狂い、なんとか殺す前に前言を撤回させて這いつくばらせて詫びさせる手段はないものかと考え始めたリオルグに、黒髪の少女は冷たい目線を向けながらハッキリと、凍えるような感情を凍らせた冷たい声と冷たい罵声で完全否定の言葉を流れるように紡ぎ出す。

 

「起源魔法とは、自分と縁がつ深い“赤の他人”に力を分けてくださいと頭下げて頼み込んで、ほんの少しだけもらってきたものを武器として使う魔法のこと。

 ・・・上位者から力を“めぐんでもらえた事”が何故そんなに誇らしいのですか・・・? 自分のものではない力を他人から与えてもらっただけで、何故そんなに恥ずかしげもなく自慢そうに語れるのですか? 

 まるで始祖に媚びを売る乞食のように。奴隷にように。娼婦のように。這いつくばって尻尾を振って餌を投げ与えてもらえたことが、そんなにまでして何故うれしい・・・?」

「へ・・・? ヒィッ!?」

 

 相手から声をかけられて相手を見て、ようやくリオルグ・インドゥは相手の変化に気づくことができたようだった。

 黒髪の少女は、今日は今このときが初めて本気で怒りを感じる気分になっていたのである。

 あまりにも他力本願で、自分という存在がどこにもないようにしか見えることのできないリオルグ・インドゥという魔族の生き方そのものに言いようのない怒りを感じて、自分でもどうしようもないくらいに怒りと憎しみに身を焦がしたい気分に陥りかかっていたからだった。

 

「・・・思えば最初から貴方には何もなかった・・・。

 兵士たちは家に仕えている親の所有物、誇りとする血も家柄も先祖が手に入れた先祖の手柄、譲ってもらっただけの貴方は何一つとして努力も勝利もしたことを語っていない・・・」

「ヒッ・・・!? ヒィィッ!?」

「そんなに嬉しいのですか? 上位者の寵愛を得られることが。飼い主に尻尾を振って餌をもらうだけの誇りのない生き方をする自分の人生が。

 虎の威を借る狐の、そのまた威を借る鼠かゴキブリにまで成り下がっていく自分自身を自慢そうに語ることが、そんなに愉悦か? えぇ? 苦労知らずで甘ったれたお坊ちゃん。ママとパパに頼んで買ってもらえたオモチャの球は、そんなに大事で嬉しかったかい? 良かったねぇ~、リオルグ坊や」

「き、貴様・・・ッ!! 貴様貴様貴様キサマァァァァァァァァァッ!!!!!!」

 

 叫んで恐怖を振り払い、憎しみの心を増大させることによって再び戦意を取り戻し。

 リオルグ・インドゥは全身全霊で、全力全開の一撃を憎むべき目の前の雑種にぶつけて木っ端微塵に吹き飛ばし、自分にとって大事にしてきた誇りやプライド、今夜一晩で散々に傷つけられズタボロにされてしまった様々な物を取り戻すため、渾身の魔力を込めた最強魔法と彼が信じる起源魔法を相手に向かってぶちかます!!!

 

「貴様と私の格の違いを思い知るがいいィィィィッ!!!!!!」

 

 自分の誇りとする由縁。自分の縁、自分の根源、自分の全て。彼にとって絶対的なそれを叫びながら放つ、己の全てをかけた究極の起源魔法。

 

 だが、それでさえ―――

 

「“貴方と私の”ではなく、“始祖と私の格の違い”が正解でしょう? いつから貴方は先祖の力を借り受けるだけの家来から、主と同格まで成り上がっていたのです? 不敬な方ですねぇ、万死に値するとは思われませんので? 偉大なる始祖の血を引く皇族としてね・・・」

 

「~~~~~ッッ!!!! だぁぁぁまぁぁぁぁれぇぇぇぇぇッッ!!!!!」

 【ディラスト】ォォォォォォォォォォッ!!!!!!」

 

 

 

 黒髪の少女相手には、1ミリグラムの感銘を呼ぶ物ではなかったらしく淡々と否定の言葉だけを吐いて普通に食らってやり、爆発音と爆風と土煙をおこさせるに任せて特に何もせず黙ったまま、相手が気づくのを待っていてやる道を選択していた。

 

 

「ハァ、ハァ、ぜぇ、ぜぇ・・・・・・ざ、ざまをみろ・・・皇族に逆らうとどうなるか思い知ったか・・・ゼヒィ、ゼヒィ・・・・・・ヘェ、ヘェ、ヘェ・・・・・・ふぇェッ!?」

「目障りな土煙でしたねぇ~。服に埃が付着してしまうところでしたよ」

 

 そして晴れてきた爆風の中から姿を現した、最強の起源魔法を食らっても掠り傷一つ負ったふうには見えない飄々とした態度で肩をすくめるだけの黒髪少女を見つけてリオルグ・インドゥもまた弟と同じように戦意を喪失して尻餅をついて後ずさりはじめて、それを見送った黒髪の少女は溜息を一つ吐くと、

 

「ここまで無様すぎると、怒っていたコッチが馬鹿に思えてくるからイヤなんですよね。こういう人たちの相手をするのは・・・・・・」

 

 と、怒りもろとも馬鹿らしさと一緒に体外へと吐き捨ててしまってから、一言だけ呟くと彼らに背を向け創造魔法で作られたコロシアムの内壁へと近づいていき。

 

 ドゴンッ!! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴゴンッ!!!

 

 そのまま避けることなく、拳も使わず、自分の体型に壁を刳り貫かせながら普通に歩いて出て行ってしまって、特に慌てた様子もないまま無表情な銀髪少女ミーシャ・ネクロンもその後を追う。

 

 残されたのは、インドゥ家の兄弟と兵士たちだけ。内輪で始まった内輪の問題だけ。

 

 

 

「・・・何だったんだ、あいつは一体・・・・・・」

 

 最初の被害者であるゼペス・インドゥが喘ぐように呟くと、散々に醜態を晒されまくって今後の家中における立場を考えざるを得なくなってしまった兄で二番目の被害者でもあるリグルグ・インドゥもやけっぱちになったような表情で吐き捨てるように、こう呟き捨てたのだった。

 

 

「・・・・・・知るものか・・・・・・。鬼か悪魔か外道のどれかだろうよ・・・。

 確かなのはアイツが生きてるだけで、この世のためにはならんという事実だけだ・・・・・・」



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別魔王様、別スタート地点からリトライ!2章

気楽な気持ちで書きはじめたら予想より長くなり過ぎちゃって途中で辞められなくなった第何段かわからない毎度のパターンの作品を更新しておきました…。
本当に私ってこういう計算下手だなーとつくづく思い知らされてちょっとだけアンニュイ(^-^;


 上級悪魔ケールは、魔族たちの住まう魔族領では『変人扱い』され、同族からも同族として親しみや敬意を払われる立場とは言いがたい。

 だがそれは彼が、他の者より『弱い』ということを意味していない。むしろ純粋な力でなら現在の魔族領を支配する7体の大悪魔『7つの大罪』でさえ比肩しうる者は半数と言ったところだろう。

 魔王が天使によって封印された後の魔族領には、上級悪魔の上に大悪魔と呼ばれる上位の存在が居ることになっており、これらは城を構えて配下を集めて領地を持つ・・・・・・要するに一大勢力のトップに立っていることが大悪魔と呼ばれる条件になっているのが現在の魔族領であり、ほとんどの魔族たちはこの陣取りゲームに夢中になっている。

 

 そんな中でケールと、そして今一人の“変人”上級悪魔だけが、大悪魔と呼ばれるに相応しい実力を有しながらも配下や領地にまるで興味を示そうとせずに、自由気ままな生活を営んでいた。

 

 今一人の“変人”は、そのことも含めて自分一人の世界だけに没入しているように見えるが、ケールの場合は彼とは少々毛色が異なり、陣取りゲームにいそしむ同族たちを見下して罵倒して、自分たちを変人扱いしてくる同族をこそ『一人では戦えない臆病なザコ』として侮蔑しきっている負の側面を多分に備えていた。

 

 だが、そんな彼でも魔族と人間とを同列に並べて馬鹿になんかしない。他の魔族たちは考えなしのザコバカばかりだが、下等で愚かで弱っちい人間たちにはそもそも論評する必要さえ感じたことがない。

 人間なんてオモチャにして弄んで充分嬲った後に、命乞いしてくるのを殺してやって笑うだけ。無様な死に様を見て愉しむ、魔族のための娯楽生命ぐらいとしか考えたことがない。

 一部には、特殊な才能と強さを持った『聖勇者』とかいう奴らもいるけれど、それはあくまで例外中の例外。アイツら以外はザコ以下で虫ケラ以下で、殺そうと思えばいつでも殺せるゴミのような存在。この自分が特定の一人を相手に感情的になんかなるわけがない。

 

 ・・・・・・そう、思っていた。目の前に居るコイツに出会う今、このときまでの彼はずぅ~っとね・・・・・・。

 

 

 

「耳と鼻、どっちがいいとお前は思う?」

「・・・はァ?」

 

 突然、相手の人間からいきなり放たれてきた意味不明な言葉に小首をかしげ、不思議そうな声を上げた上級悪魔ケール。

 

 黒い帽子を被って、黒一色のメルヘンチックな衣装を身にまといながらも、その手に持つのは死に神を思わせる凶悪な大鎌。

 一見すると死に神見習いの美少年のようにも見える可愛らしい容姿を持つ彼が、この仕草をすると妙に似合っていて愛嬌が感じられ、このような場でなければ思わず頬が緩んでしまいそうになるかもしれない。

 

 だが、今この場にあって彼の可愛さは異常なだけであり、他者を傷つけ甚振りながらも心底から楽しそうに笑うだけの彼は見習いどころか真性の死に神であり上級悪まであると同時に――全知の神ではなかった。

 知らないものは知らないし、分からないものは彼にも分からないのである。答えを求めて獣の子供たちにも目を向けてみたが、彼らも黒服の人間が何を言ったのか真意が分からず、負傷した兄妹の傷口だけを気にしていて参考にならない。

 

「いや、お前のもってる鎌で切りつけられたガキンチョの片割れの方が、なんか呪いっぽく見えたんでな? そうなると普通に回復しただけだと完治しないのかもと思い、それならお前自身に罪償いとして解呪させた方が手っ取り早いかなと」

「ハハッ、なーるほどねェ~♪」

 

 納得したようにケールは笑い声を上げ、人間らしい浅はかさからくる愚かな結論をあざけ笑い、相手の微かな希望を打ち砕いてやることで絶望しきった顔を見物してやろうと真実を開陳してやることにする。

 

「アハハ~☆ キミ、人間の割には中々いい目をしてるね~? たしかに僕の鎌には斬られた奴の傷口から出血が決して止められなくなる呪いがかかるように出来てるんだ~♪

 でもダ~メ! 呪いは解かない! そいつは死ぬ! 僕に狙われた奴の末路は死しかない! それは確定した未来なんだよ! 僕に助けを求めたところで無駄なだけさ! ざ~んね~んでーしたー☆」

 

 悪意たっぷりに嫌みったらしく言ってやった絶望セリフに、子供を傷つけられた原初の獣が口惜しそうに臍を噬む気配が漂い、兄妹に呪いをかけられた獣の子供が悔しそうに彼を睨み付けて愉悦と満足感を得かかるが・・・・・・只一人。一番反応を期待していた人間からだけ期待通りの反応が得られなかった。

 彼女は至って普通の口調で、こう返してきただけだった。

 

「ああ、そうだろうな。お前は見るからに性根が腐りきった、人に嫌がらせしないと生きていけない病にかかってそうな病人だからな。だから聞いてやってるんだよ、耳と鼻、どっちがいいか?と」

「・・・・・・??」

「分からないか? 最初に切り落としてほしいのは耳と鼻とどっちがいいか、選ばせてやると言っているんだよ。

 身の程をわきまえずに意地を張りたがる愚かでバカな犯罪者どもに“何でもしますから殺してください!”とこちらのお願いを素直に訊きたい気持ちにさせるため、お前たち下等で愚かで弱っちいザコ罪人ども相手によくやっていることだろう? それをお前にやってやろうと言ってるんだよ」

「――ッ!!!」

 

 その言葉を聞かされた瞬間、ケールの表情が激しく歪む。

 魔族が人間を拷問するもので、人間は魔族に拷問されるものだとしか考えたことがなかったケールにとって、何重もの意味合いで不遜極まりない不快な言葉。

 思わず彼の十八番であるマシンガントークを放つことすら忘れて、相手を視線だけで百回は殺せるほどの憎しみと殺意と憎悪を込めて睨み付けてやったのだが・・・相手はまるで彼の視線に気づいていないかのように自分のペースで毒舌セリフを話し続ける。

 

「それから次は、爪と歯の、どちらがいい?

 爪の方は、爪と皮膚の間に細い針を差し込む。その後に少し残った針を火であぶるのだ。お前たちのように粋がってるだけで根性なしのバカガキ犯罪者どもは、存外アッサリ主義主張を捨てて泣き叫んで助けを求めてくる軟弱者が多くてな。お前は言った言葉の6割ぐらい我慢できていたなら、それだけで許してやって殺してやるつもりでいる」

「・・・・・・・・・うるさい、黙れ」

「ほう? 爪も歯も好みではなかったか・・・では右目と左目とどちらがいい? それとも両手首から下を切り落として、飢えたジャッカルの巣にでも油塗れにして放り込んでやった方が好みだったか?」

「うるせェっつってんだよクソ生意気な人間風情が! いい加減黙れよ! 今すぐ息止めて黙ねぇとブチ殺すぞこのクソ人間野郎!!!」

 

 怒鳴り声を上げ、ケールは相手にこれ以上の発言を言わせず、言えるようにしておいてやる気も既になかった。

 一瞬にして距離を詰め、「黙れ」と言おうとしていた時点で、その手に光る死に神の鎌はしゃべるのに夢中になってる相手の小綺麗な顔面めがけて猛スピードで振り下ろされてきていて、調子こいてる面を刹那の一瞬後にはグッチャグチャのメッタメタにして原型が何だったのかも分からないぐらい醜悪極まりない、言葉遣いに相応しい醜いオブジェに変えてやろうと超速接近させ終えていた。

 

 まず最初には、

 

「ぶぎひィッ!?」

 

 と、無様に豚のような悲鳴を上げさせるところからはじめる。・・・・・・そのはずだったのだが。

 

 

「――この程度の安っぽい挑発に乗せられて突っ込んできてんじゃねぇよ!! このバカガキがぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 逆に、敵の予測通りのど真ん中ドストライクな場所へと攻撃を放ってしまった当然の結末として、逆に顔面を蹴り飛ばされ、無様に豚のような悲鳴を上げさせられながら近くの岩壁に叩きつけられ、地に落とされ、痛みで地ベタを這いずり回って転げ回らせられる屈辱と苦痛を腹一杯に堪能させられまくって吐き出したい気持ちにさせられてしまっていた。

 

「あご、がぁぁぁぁッ!? ぼ、ぼぐのがわいらじい顔をよぐぼ蹴ってくれだなぁぁぁッ!!! お前は殺す! 絶対に殺してやる!! 許さない許さない! 絶対に許さナいふべはぁッ!?」

「ぎゃあぎゃあ喧しい奴だな。許さないというなら、とっとと攻撃してこい。このド甘ちゃん」

 

 蹴り飛ばした相手を見ているだけで悠然と構えていてやるような親切心は、黒騎士セシルには微塵もない。

 魔王らしく、ラスボスらしく、強敵らしく、挑戦者たるプレイヤーにサービスして手加減してやる仕様は《BLACK KNIGHT》には存在しない。

 そこもまた、《INFINITY GAME》の魔王・九内伯斗と比較対象として持ち上げられながら、全くと言っていいほど別物過ぎて比べようがなく、両者の熱狂的なユーザーたち同士で行われてきた議論という名の罵倒し合いが結果的には平行線で終わることしかなかった理由の一つでもあった。

 

 《INFINITY GAME》と九内伯斗には、世間から色々と言われながらもユーザーを愉しませるための工夫を惜しまない凝り性な部分を持ち合わせてもいた。

 一週間のゲーム開催期間が終わったらキャラのデータはリセットされ、次の新しい会場が始まった際には経験値は引き継がれず、古参も新規プレイヤーも平等な立場で毎回のように殺し合わされる。

 蓄積がなく、それ故に平等な立場での対等。一昔前のゲーセンで大流行していた対戦格闘ゲームの感覚がそのままMMORPGで再現されたようなノスタルジーに浸れるゲーム。

 それが《INFINITY GAME》だった。特別扱いは誰もしない。たとえそれが魔王・九内伯斗であってさえも。

 

 これとは逆に、《BLACK KNIGHT》は「死にゲー」や「マゾゲー」とも呼ばれるほど理不尽な展開や仕様が随所に盛り込まれまくった、MMORPGとしてはコンピューターが動かす魔物やモンスターが強すぎたり、ダンジョンの難易度が高すぎたりすることが注目の的だった。

 プレイヤー同士で殺し合うまでのレベル上げやら、超強力なアイテムを集めて勝負に望むため迷宮区へ入ることもゲームシステムの一環であり、経験値は引き継がれる代わりに死んだ場合も経験値とHPが半減して引き継がれてしまうと言うデメリットが存在していた。

 オマケにラスボスたる黒騎士セシルが、ダンジョンの難易度とは関係なしにランダムで乱入してきて、逃げ延びられなければゲームオーバー確実な仕様なのである。

 

 まるで、一昔前に流行したコンシューマゲーム機用の「死に覚えするRPG」のような理不尽すぎるほど高すぎる難易度とプレイヤーが死にまくる展開に、ユーザーたちの評価と趣向は年齢も性別も関係なく、完全に個人個人の趣味趣向で大別されざるを得なくなっていく。

 

 ・・・一方で意外なことに、理不尽すぎるほどモンスターが強すぎてダンジョン攻略が難しすぎる《BLACK KNIGHT》の熱狂的なユーザーたちには往事を知らない少年少女たちが割合として比較的多く存在し、密かなレトロゲーム再発掘ブームを引き起こさせる切っ掛けにもなっていたのだが。

 

 兎にも角にも、今この場において確かなことは只一つだけ。

 黒騎士セシルは、上級悪魔ケールを断罪すべき罪人としか見ていない。

 子供らしい見た目などどうでもよく、少年法だの、大人としての義務だの、そんな者は一切適用してやる権利と資格を相手に認めていないのだから、彼女にとっては当然のことだった。

 

 子供だから、子供を斬りつけて殺そうとしても、殺さないでやることが人の道だなどと倫理的におかしい。

 法を犯して人を殺そうとした奴らは、法を否定して自分の理屈の方が正しいと主張してるのだから、ヤツらの理屈通りに殺してやればよく、自らの主張に殉じるなら本望だろう。

 

 ――神も魔王も国王も関係ない。自ら定めた法に従わされ、自らが禁忌としたタブーを犯した罪人として裁かれることこそが法の正義。

 

 人を殺すのは悪だと定めた神が殺人を犯したときには断罪して地獄に落とそう。

 力こそ全てと叫んだ魔王が敗北して敗れ去ったときには負け犬として打ち捨てさせよう。

 法の大切さを説きながら、自らは守ることをしない口先だけの善王なら殺すしかない。

 

 それが黒騎士セシルにとっての『順法精神』であり『平和哲学』であり『博愛主義』だった。

 法律は守るためにあり、守る者を守るためにこそ存在する。法を犯した罪人を守るためにあるものではない。

 情状酌量の余地があることと、それを全てに適用させたがる考えなしのバカは別物なのだ。

 罪人に必要なのは説教でも反省でもなく、罰によって矯正すること、それだけしかなく、一度の過ちは二度目の間違った判決で償えることは決してない。

 何故ならケールのような極悪人は説教を理解する意思も能力もないのだから。

 生まれながらに狂っているような連中は、痛みで狂わせてやった方が却って健常者に近くなれるというものであろうよ。

 

「さて、それでは確か・・・耳からだったな」

「!? ま、待てぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 そして、蹴飛ばして吹っ飛ばして、転げ回っていたケールの上にジャンプして近づいて背中から踏んづけてやってから、黒騎士セシルは自ら口にした宣言通りに、まず“両足の下”から切り落とした。

 

 嘘を吐いたわけではない。防がれないためのフェイントでもない。

 ただ、逃げられないようにしただけである。耳を切り落とすにしろ、爪に針を突き刺し苦痛に喘がせるにしろ、動き回られていたのでは正確に遂行できる作業ではないのだ。

 まずは自由に動くのを不可能にして、よく狙いを定めて失敗することのないように慎重を期するのは当然の処置だった。

 

 何しろ彼女は黒騎士セシルであると同時に、外面だけはいいOLの裏背真央でもある人間なのだから。

 セシルが出来ることが、真央にもできて当然と思い込むのは危険極まりない。彼女はサディスティックに酔っているように見えながら、実際には心底から冷静だった。

 

 クズな罪人を裁くために、何かしらの感情を感じてやる理由などどこにもない。

 こんなクズ共は充分にいたぶり、命乞いしてくるのを殺してやって冷笑してやればそれでよく、無様な死に様を見て愉しむなどという娯楽にすら使えない本気で価値のないクズ生命でしかない。・・・・・・そう確信している。

 

「ゆ、ゆるぜナイ・・・! お前のごどだけは絶対に忘レナい・・・ッ! いつか! 必ず! 復習ぢでやるからなぁぁぁぁッ!!! 必ずだぁぁぁぁッ!!!」

「――なに?」

 

 セシルが意外そうな声を出して驚いたのは、相手の放った『負け惜しみ』の内容を聞いたからではなく、ケールの足下から出現して彼の全身を丸呑みにしてしまおうとしてきたハロウィンみたいな大きなカボチャの存在に、危うく巻き込まれかけてしまったからである。

 

 慌てて飛び退き距離を開け、少しだけ離れた位置からカボチャに飲み込まれて境内からかき消えていく上級悪魔の『負け姿』を見送った後、黒騎士セシルは不愉快そうに舌打ちする。

「チッ・・・、逃げられたか。スキルさえ使えていたら追跡も可能だったかもしれんのだが・・・いきなりのぶっつけ本番戦闘に、そこまでは望みすぎというものか」

 

 フンッ、と鼻で笑って剣を振るい、ブンッ!と血払いをして鞘に収める。

 そして、ケールに斬りつけられた狐巫女の子供と、姿を現さぬ親に向かって深く頭を下げて謝罪する。

 

「・・・すまない、呪いをかけた犯人に解かせてから殺すつもりが、不意を突かれてこの様だ。言い訳の余地もない無様な醜態ぶりだが、せめて出来る限りのことだけでも手助けすることを許可していただければ救われる・・・・・・」

『・・・え? お主、最初に言っていたあの言葉は本気で言っておったのか・・・? ただ敵を挑発するためだけではなく・・・?』

「??? 当たり前だろう? 何を言っているのだ今更そんなこと。クズ犯罪者への断罪と、傷ついて苦しんでいる子供への救済を天秤にかけるほど私は頭がおかしい人間ではない」

 

 全くと言っていいほど自覚のないキチガイ黒騎士少女は、相手からのなんとも言いがたい沈黙を返事代わりとして傷つけられた子供の元へと近づいていき、真央がではなくセシルが持ってる設定上の知識を使って傷口を見定めて、使えそうなスキルがなかったかどうか頭の中で記憶の図書館を探し回らせはじめる。

 ケールとの戦闘はぶっつけ本番で、この異世界でもゲームと同じようにスキルを使えるのか否か、そもそも使えるとしてどうやったら使えるものなのかを試している時間的余裕がなかったが今は違うのだ。

 時間が許す限り熟考し、必ずや自分の無能さが招いてしまった少女の負傷を癒やす術を見つけ出してみせると心に思い決めていたのであったが・・・・・・それは思いのほかアッサリと簡単に思いつく当たり前の方法があったのだった。

 

「・・・ん? 待てよ。たしか、この子が斬りつけられた武器は死神が持つ鎌っぽい形状をしていたな?」

『む? あ、ああ・・・確かに彼奴の大釜は非常に高ランクの魔道具の一種で、名前もたしか【死神の鎌】と似たようなものであったように記憶しているが・・・・・・』

 

 それがどうかしたのか?と、当然の疑問を口にしようとした姿なき母親だったが、逆に相手のほうは「なんだ、その程度の解決方法でいいのか。なら最初から戦わずにこうすればよかったな」と頭をかきながらバツが悪そうな表情で立ち上がると、量腰に差していた剣の片方を抜いて、自分の腕を軽く切り裂き血を流す。

 

「暗黒神アスモデスよ、この者に深い慈悲と再度の機会を与えたまえ。

 力を欲するは暗黒道を求めるに等しきこと。敵の屍を踏み越え暗黒道を極めることを勝者たる我の名の下に許したまえ――」

 

 まるで神に捧げる祈りのような、だが内容そのものはエゴイズムにより満たされた邪悪の一言に尽きるような呪文を唱えると剣の切っ先から一滴の血液を、未だ痛みに苦しみ続ける少年の傷口の上へと滴り落とさせた。

 

 ――その瞬間。呪いは一瞬にして消えてなくなる。

 彼の背中に張り付いていた瘴気は、醜い人の顔のようにも見えるその姿形を瞬時に変形させられて、恐怖に引き攣り、助けを求めるように何かに向かって気を伸ばそうとして―――消滅した。かき消えたのではない、ただ消されたのだ。

 

「尻尾を巻いて逃げることしか出来ん、腰抜けの負け犬がかけた呪いに、勝者にこそ力を与える暗黒神アスモデスは味方してくれん。負け犬は全て死ね」

 

 ハッキリと言い切り、呆然とする狐親子たちを尻目に剣を鞘に収める黒騎士セシル。

 暗黒神アスモデスは《BLACK KNIGHT》に登場する設定上のオリジナル神で、実際に実在している神話や伝説の登場人物ばかりをプレイヤーたちが使える中で、唯一のラスボス専用の神様として設定された想像上の架空神。

 その正体は、黒騎士セシル自身が作り出した架空の存在に過ぎない、存在しない神様である。

 

「神など所詮、人それぞれが作り出した願望の産物に過ぎん。実在している神共は生物に過ぎず、そこに尊さや邪悪な意思があろうとも、ヤツらの言葉に屈して己の意思を捨てなければ済むことよ」

 

 と言い切って、自分だけの想像上の存在を、あらゆる既存の神々の上に立つ『真の絶対者』として君臨させ、神々にも魔王にも朝昼晩の礼拝を義務づけさせたという設定がセシルには存在している。

 

 死神といえども、死を司る“神”である。

 神ならば全て自分の支配下にあり、力に屈して自らが作り出した架空の存在・暗黒神アスモデスに従わされざるを得なくなってしまう。

 従わざる者には死あるのみ。・・・あらゆる宗教の最高神と魔王たちはそう主張した。だから提唱者たちにも強制している。因果は巡るものなのだから・・・・・・。

 

『お、おお・・・・・・どうにか助かったか。招かれざる客人よ、礼を言う』

「気にするな。招かれても居ない身の無粋な来訪者として入場料を払っただけだと思ってもらえれば、それでいい」

『・・・・・・つくづく嫌味な奴じゃのう、お主という人間は・・・』

 

 はぁ、と溜息を吐く気配が聞こえてきたと思った瞬間、急激に周囲の景色と視界が捻れ始めて、歪み初めて、相手の声が正確に聞こえなくなってくる。

 

『すまぬが、もう結界の維持で限、界での・・・・・・再会の時あらば、改めて、礼を述べさせて貰う・・・・・・』

「言わんでいいと言っている。その代わり今すぐ私をどこかに飛ばせ。人間が多い国だったらどこでもいい。こんなキチガイ変態バカガキが住んでる森になど、これ以上一分一秒でも留まり続けたくない。吐き気がするし、反吐が出る。反吐しか出ない」

『その程度のこと・・・なら・・・容易いこと・・・だ・・・・・・・・・・・・』

 

 

 その声を最後にして相手の言葉は聞こえなくなり、黒騎士セシルが気づいたときには景色は一変して。

 何やら、ボロっちい村の中で数十人ほどの人間たちが恐怖に顔を引きつらせながら、コウモリの羽みたいなものを生やした牛みたいな魔物に脅されている最中のど真ん中に立ってしまっていたようだった。

 

『・・・?? なんだ貴様は? 我は矮小なる人間に生け贄として、血肉を捧げるよう命じていたところ。何者かは知らぬが邪魔するというなら貴様から先に我が血肉と化してくれ――』

「・・・・・・チぃッ! またかぁッ!!!!」

 

 ブゥゥゥッン!!!

 怒り一閃、いきなり目の前に立っていてケールとかいう馬鹿ガキと似たり寄ったりの戯れ言を喚きはじめた出来損ないのミノタウロスみたいな牛モンスターの首めがけて大剣を振り払い、その薄らデカい図体から中身が空っぽで邪魔なだけにしかなってなさそうな頭蓋を、永遠に重みから解放してやってから歩み出し、この不快な下等生物がいた場所からも即座に遠かることを自らに化す。

 

「おい、そこの綺麗な少女。一つ尋ねる。この近くで比較的大きくて文化的で、まだしもマシな人間たちが住んでいそうな町はないか?」

「え? は、はい! えっとそれなら村から出て西の方にヤフーという町がありますけど・・・」

「ありがとう」

 

 短く告げてから、「礼だ」と付け足して持っていた所持品の中から一つを投げ渡してやる。

「現金で払ってやりたいが、持ち合わせがない。悪いがそれで我慢してくれ。縁があったら埋め合わせはする」

「え? え? これって一体なん・・・・・・」

「それじゃあな」

 

 それだけ言って去って行く黒騎士の少女と、ポカーンとした表情で彼女を見送っている“村の厄介者”が投げ渡された見た感じからして値が張りそうなアイテムを奪い取ろうとギラギラした瞳で付け狙ってくる周囲の大人たち。

 

 彼らは知らない。誰も知らない。少女が貰ったアイテムの名と効果を誰も気づいていないまま、今日という日を災厄が殺された最高の日だと勘違いしたまま終えようとしていく。

 

 村人たちから【悪】として罵られてきた少女が貰ったアイテムの名は『奇跡の指輪』だ。

 《BLACK KNIGHT》の世界観で、黒騎士セシルに服従させられた唯一神を崇めていた巨大宗教のトップが神より授かったとされる聖なるリングをセシルが服従の証に差し出させた物となっている。

 

 ――が、しかし。この指輪の本当の効能と正体はそこにはない。

 指輪が持つ効果は『洗脳』であり、指輪を持つ者を見つめ続ければ続けるほど、強い感情を向ければ向けるほどに、その者の持つ意思へと感化させられ心を改変されていくという魔道具でしかない存在。

 

 唯一神を崇める巨大宗教組織のトップは、これを使って『奇跡を演出していた』そういう設定を持つアイテムなのだ。

 村人たちの中で、唯一彼女だけに声をかけて『綺麗な少女』と言ったセシルの言葉に嘘偽りは微塵もない。

 

 綺麗なものを汚そうとするクズ共なら、綺麗さっぱり染め尽くされてしまえばいい・・・。

 この後、しばらくして聖光国の辺境にある小さな村に『新たな聖女』とも噂される心優しき少女と、その信者たちが慎ましく質素に暮らす誰もが優しい村として有名になる場所が生まれることになるのだが。

 

 聖光国と教会は、『強い魔力を持たない綺麗な心だけの聖女』を脅威とも聖なる存在とも見なすことなく無視し続けた結果、黒騎士がもたらす混沌の時代を穏やかに過ごしていくことになるのだが・・・・・・それは全く別の御話。

 

 

つづく



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魔王学院の魔族社会不適合者 第3章

前回のが中途半端過ぎたので気になってしまいましたので最新話を書かせて頂きました。
次は連載作品のどれかを書くつもりでおります。

*注:この作品はアニメ版1、2話を見た作者が妄想した内容を書いただけの妄想作品です。原作とは関係できません。原作ファンの方は本気でお気を付けくださいませ。


 魔王学院、入学初日。インドゥ家のお坊ちゃん方に闇討ちされたので撃退して、丁重にお帰りいただいた翌日の朝のこと。

 黒髪の少女は真新しい白色の制服に身を包んで学院内の廊下を、割り当てられた教室目指して歩を進めていた。

 

『・・・・・・(ヒソヒソ、ヒソヒソ)』

「・・・・・・」

 

 通りがかる生徒たちが出会った端から足を止めて遠巻きに見つめてきながら、これ見よがしに声を潜めて何かを話し合う声が聞こえてきている。

 校舎内に入ってから、ずっとこの状態が続いているし、陰口自体は魔王でなくても国民の上に立って支配する者なら国王だろうと神だろうと言われるのが当然のため気にはならないのだが・・・・・・檻の中にいて見物客の人気を集めている珍獣のような気分になってくることだけは避けようがなく、その点だけは少々居心地が悪かった・・・。

 

「・・・・・・」

 

 スタスタスタ・・・・・・、ガタン。

 

 自然と早足になって教室にも早く到着して、扉を開けて中に入る。

 折角だし、何かしら魔王らしいセリフでも宣言して受けを狙ったブラックジョークでも言おうかと思ったのだが・・・・・・やめておいた。

 今思い出しても、自分にはあまり冗談のセンスがないらしいことを幾人かの部下とか人間とか、あと勇者からも何度か言われたことがある負の実績があるのだ。

 『お前にとっては冗談かもしれないが・・・!』とか言われて逆に激怒させてしまったこともあるし、入学初日の初対面から人を不快にさせるかもしれないリスクを負う必要はないだろう。

 それに、どーせ同じクラスになったのだ。言いたくなったら何時でも言えるブラックジョークをいま言わなければならない必然性は微塵もない。常識的判断によって黒髪少女の魔王はジョークを先送りして席を探すことにする。

 

「――お、知り合い発見。あそこにさせてもらいましょう」

 

 魔族内でも人間界でも、あまり多くは見かけたことない銀髪頭で色白肌の少女の後ろ姿を発見し、黒髪の少女は彼女に向かって声をかける。

 

「どーも、ミーシャさん。おはようございます」

「・・・あ」

「今日からよろしく。早速ですけど、隣よろしいですかね?」

「ん・・・」

 

 熱心に見つめていた何かを机の中にしまい込みながら軽く頷き、許可をくれる。

 軽く頭を下げて感謝を表してから席に着き、未だ自分一人を見つめてきている周囲のクラスメイトたちへと視線を向けて見渡して、丁度いいから自分よりは事情に詳しそうなミーシャに向けて今朝から思っていた疑問をぶつけてみることにする。

 

「ところで今日は私、朝からずっと見られ続けている気がしてるんですけど・・・・・・その理由について何か知ってたりしますかね?」

「・・・噂になってる」

「噂って・・・・・・昨日の兄弟さんたちを撃退したことですか?」

 

 皇族にケンカを売って、あまつさえ勝ってしまった訳なのだから反逆者として有名になってもおかしくはなかったし、正直言ってそんなヤツによく次期魔王候補育成機関の入学許可を取り消さなかったなぁ~と朝から感心しっぱなしだったから、それが理由だったらアッサリ納得できたのだが。

 

「・・・・・・(ふるふるふる)」

 

 ミーシャの回答は否。昨日の夜の兄弟の件ではないらしい。・・・自国の皇族がメンツに泥塗られながら他のこと気にできる次期王候補育成機関の生徒たちというのもスゴい気がするのだが、それが魔王学院だと言われたら納得するより他にない。どこまで一般常識通じさせていいかどうか分からん場所だから。

 

「・・・その印のこと」

「?? この制服に付けられてた印になにか特殊な意味でもありましたので?」

 

 届けられた制服の形から少し下の部分に描かれていた、十字架っぽいマークを指さされて、黒髪の少女は多少ながらも疑問に思っていた部分だったこともあり詳しい説明を求めたがる。

 

「魔力測定と適性検査の結果を表している。多角形の頂点が増えるほど優良。それは魔王学院初めての印」

「なるほど」

 

 とりあえずは納得しながら首肯する黒髪の少女。

 ・・・正直、他の新入生の試験結果が皇族のメンツよりも重要なことだと考えられる学生たちの精神には理解しがたいものもあったが、情報規制はされてるだろうし、ヤツらも恥を上塗りするようなマネはしたくもないだろうから、そもそも昨日の事件を知らないだけかもしれない。

 

 どう見ても目立ちすぎるド派手な行為だったし、バレても地位と権力で揉み消す前提でやってたように見えたから誰にも知られていないってことは多分、無理だと思わなくもないけれども。

 それもまた、『魔王学院だから』で納得するべき部分なのだろうきっと。・・・なんか魔王の名前が便利なご都合主義の道具に使われてる気がするけど、現代ってそういう時代なのかもしれなかった・・・・・・。

 

 

「――で? どういう意味を表してるマークなのです? コレって」

「・・・・・・不適合者」

 

 

 ゴンッ!!

 

 

 ――思わず、前につんのめって頭を机に打ち付けてしまいながらも、相手が本気がコチラの事情を気に病んでくれながら言ってきてることだけは分かっていたので、

 

「な、なる・・・ほど・・・・・・」

 

 と、表面上の言葉だけは教えてくれた相手への礼儀として理解と感謝を示しながらも、内心では結構複雑だった。混乱していた。

 いやこの際ハッキリ言って―――激しく怒鳴り散らしたい想いに胸焦がしながら全力で我慢しなくちゃいけなっていた。彼女が怒っている理由は只一つ。

 

(不適合判定くだしたヤツを、入学合格者の中に入れるなよ!? 何のための試験だよ!?

 この学校の運営側は辞書も読んだことないアホの集まりなのですかぁぁぁッ!!)

 

 という内容による怒り。意外と真っ当だったが、こんな所で意外性発揮しても意味ないので普通でもいいっちゃいい問題だろう。・・・単に魔王学院の方が普通じゃなかったってだけのことだし。なんでも『魔王学院だから』と言っときゃ済むのも限界あるぞ、この野郎。

 

「・・・・・・??」

「え~とぉ・・・失礼しました。あぁーと、私詳しくないんですけど、不適合者って言うのは噂になるほどのものなんですか?」

 

 誤魔化しのため、不審げな空気をまとって見下ろしてきていたミーシャに言葉を投げかけ質問をすることで取り繕う黒髪の少女。

 ツッコミ所としては致命的な気もするけれど、それ言っちゃうと損するのは不適合判定くらって本来だったら今ここに居られない自分だけで、得するのは自分を疎んじているらしい非好意的な視線を向けてきてる周りの黒服生徒たちを含めた大勢の名家出身魔族だけだろう。

 

 他人が得するために自分が損を引き受けたがる魔王なんて聞いたこともないし、もし居るとしたら余程の名君魔王か神をも超えた魔王とかの超越存在ぐらいだろう。

 残念ながら自分はそんな高次元の存在では全くなく、自分が殺したいほど気にくわないヤツらを皆殺しにするため魔王になった暴虐なクズ魔王でしかない。

 そこら辺の役割は、別次元なりパラレルワールドなりに住む別魔王様に任せるとして自分は保身。――少なくとも今のところは。入学初日からいきなり全てを力尽くはヤバすぎる。

 

「魔王学院は、始祖の血を引く魔王族だけが入学を許される。だからこれまで、魔王族で魔王の適性がないと判断された者はいない。アノスは初めての不適合者」

「あー・・・、あの試験の結果のせいかぁ・・・それなら一応は納得できますねぇ確かに・・・」

 

 黒髪の少女は遠い目をして、先日受けたサイコロか鉛筆転がす感じでテキトーに受けてた質疑問答の内容を思い出し、「あの頃は若かった・・・」とでも言いたそうな表情になってフッと微笑みを浮かべる。特に意味はないけれども。

 

「そう言えばミーシャさん、試験に受かったあなたなら始祖の名前を知っていますよね?」

「・・・ん」

 

 よし、内心でガッツポーズを取りながら黒髪の少女はやっと目的を達成できそうで心の中で安堵していた。

 なにしろ彼女が魔王学院への入学を希望した理由はコレだったのだから。

 

 “現在の魔王がどういうものと定義されているかを知りたい”

 

 それが彼女の目的であり入学志望理由。

 民間に出回っている書籍やら一般認識ならば、いくらでも手に入れることが可能だが、王族に限らず現政権側と名のつく者たちが自分たちに都合のいい事実やら認識やら以外を一般に流布することを許していた例など滅多にはなく、まして皇族なんてものが支配者階級として君臨している絶対君主制の国にあっては真実など彼岸の彼方に覆い隠され、庶民たちには雲の上としか映りようもないのは当然のこと。

 

 二千年の間に、何が何処まで変化したのか? 誰がどのような目的をもって、何処をどう変化させて改竄したのか? ・・・それを知りたいと想ったから魔王学院への入学を望んだ。

 

 国の中枢が隠し立てている真実の知識を知りたいときには、国の中枢近くの地位に就くのが一番手っ取り早く確実だった。

 なにもウソつき連中の仲間になるフリをして、情報を恵んでもらおうとは思っていない。

 

 誰が知っていて、何処に行けば解るかだけを知ることができれば十分すぎる。

 真実を知った後、誰をどのように対処するかは・・・・・・真実を知れそうな位置についてから考えればよいことだし、何も知らないうちから考えて出した答えなど知った後では何の役にも立ちはしないのだから・・・・・・。

 

 

 ――が、しかし。

 

「でも、呼んではならない」

「・・・・・・・・・」

 

 この国の魔王という概念が抱える病巣は思ってた以上に深そうだった。

 自分たちの国の偉大な始祖の名前を称えさせながらも、口に出すのは憚らせることにより、正体不明で実態も姿も具体的な形も持たない、だが強大無比で偉大で絶対的な存在というイメージだけを持った概念上の絶対者を想像させ、それぞれの個人個人が思い描く違った形の『自分専用・偉大なる始祖』を創造させる手法。

 

 正解となる正しい答え自体が、曖昧模糊として姿を持たない、どうとでも解釈できてしまう概念上の存在で、挙げ句の果てには『偉大』とか『絶対的な存在』とかのご大層な語句だけが絶対条件として取り付けられている。

 

 教える側にとって、これほど都合がよく便利な絶対者の存在もなかなかに珍しい。

 正解はいくらでも創れるし、どんなに正しくても不正解にできてしまう免罪符としての後ろ盾。始祖という名の便利な権威主義・・・・・・そんなところか。

 

「では、思い浮かべるだけだったらできますか?」

「ん・・・、それなら大丈夫」

「では、お願いします」

 

 ――ほらね? 心の中でミーシャではない誰かに向かってせせら笑いながら、黒髪の少女は片手をあげて相手の頭上近くにかざし、思考を読み取る魔術を行使する。

 

 口に出すのは憚られるが、頭に思い浮かべて想うのはOK。

 ・・・要するに口に出して逆らうな従え、思うのは自由だが言葉として口に出すのは尊敬と敬意以外は許さない・・・ということだろう。

 形式的な礼儀作法だけ守ってもらえたら満足し、相手が心の中で千の侮蔑と無限の見下しとを向けてきていたとしても実際に言葉や行動として出されなければ、それでいいとする形ばかりの権威主義。

 尊敬の念がなくとも、尊敬の言葉だけは言われたがる・・・・・・国を亡国に導く暗君の治世の典型的特徴なのだが、人も神も魔族も種族に関係なく、この事実に目を向けたがる者が王となった例はあまり多くない。

 

「・・・・・・」

 

 素直で善良なミーシャは目をつむり、ひねくれた相手の求めに応じて自分たちの常識として知っている魔王の名を頭の中に思い浮かべる。

 

“・・・暴虐の魔王・・・アヴォス・ヴィルヘビア・・・”

“あほッス・ひるヘビ?”

“・・・アヴォス・ヴィルヘビア・・・魔王の名前。知らない魔族はいない”

“そうですか。私は今教えてもらえるまで、知らなかったですけどね”

 

 それだけ思い合って念話を切ると、最後の言葉に驚いているらしい銀髪少女のことは一端脇に置いて横を向き、自分の思考に没頭しはじめる。

 

(なるほど・・・やはり、この二千年の間に間違った魔王の名と記録が語り継がれるようになったと言うことですか・・・・・・いや、もしかしたらもっと深いところまで――)

 

「・・・暴虐の魔王は、どんな人だったと言われているかは口にすることができますか?」

 

 ふと思い立ち、さらなる質問をする。どれだけの部分が、何処まで変えられてしまっているかを見れば容疑者の候補は絞りやすくなってくる。

 どんな嘘でも目的のために吐かれるものだし、その嘘が真実とされることで一番得したヤツが真犯人なのは人間も魔族も神も精霊も、嘘を吐いたときには代わりようがない絶対普遍の真実であるものだから。

 

「それは大丈夫。――“冷酷さと博愛を併せ持ち、常に魔族のことだけを考え、己を顧みず戦った”―――始祖はそういう方だったと言われている」

「・・・・・・なんですか、その勇者魔王様は・・・」

 

 思わずゲンナリとさせられながらボヤかずにはいられないほど、勇者な魔王様だった。というか完全に勇者である。あと自分とは真逆すぎている。ここまで史実と対極に改竄された王国始祖の事例というのは人間国家の王族でさえ珍しかったような気がするんだけれども・・・。

 

「勇者じゃない。魔王―――」

「いや、勇者でしょそれ確実に。もしくは救世主か聖者か、とにかく聖なる存在の頂点近くに達しちゃってるような超越存在じゃなければ不可能そうなレベルのいい人ぶりですし」

 

 ジト目になってツッコミはじめた黒髪少女からの指摘に対して、ミーシャも多少は思うところがあったのか目をそらし、質問には答えない代わりに最初にしていた説明の続きを再開させて・・・・・・要するに話そらして誤魔化すことにしたようだった。

 

「・・・始祖の思考や感情に近いほど、魔王としての適性が高いとされている。今この学院で、特に魔王に近いと言われている人は―――あっ」

 

 説明している途中で後ろの通路を誰かが通り過ぎていくのを感じ取り、ミーシャが言葉を止めて彼女を見上げ、黒髪の少女は―――どうでも良さそうに見ようとしない。

 

 ――いやだって昨日の夜に、自分のこと『偉大なる始祖の尊さを受け継ぐ皇族の一員』とか名乗ってた少年が、「惨めな負け姿を晒す弱者は不要だ」とか言いながら実の弟殺そうとしてるの止めたばっかりだし。

 

 ・・・アレのどこに『博愛』とか『己を顧みず戦う』とか『魔族のために』とかの勇者っぽい思考や感情に近いもんがあんの? 真逆じゃね? むしろ自分の方にこそ近いと思うほどだったよ?

 

 あんなのが魔王としての適性が高いとされて皇族の一員になれるような評価基準で高得点もらってるヤツに、一体何を期待しろと? 興味ないからどーでもいいー。

 ボンヤリしながらミーシャが説明再開してくれるの待ってた方がマシだと思っていたのだが―――

 

(・・・・・・?)

 

 ふと、異質な者を後ろに感じて振り返り、豪奢な金髪ツインテールの少女が、見下しの一瞥をコチラに投げかけながら通り過ぎていく寸前の姿が視界に入り、目にとまった。

 

 その瞳が、気になったのだ。

 

「アレは・・・・・・魔眼?」

 

 

 ――これが、復活した黒髪の少女魔王と深い関わり合いを持つことになる、もう一人のネクロンの血と姓を引く少女『サーシャ・ネクロン』との最初の出会いだったことを今の魔王は知るよしもない・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・それは今よりずっと昔。

 もはや夜に見る夢の中でしか会えなくなってしまった、忘れがたい一人の魔族の青年と過ごした記憶、その一部。

 

 

「――前から聞いてみたかったのですが・・・・・・」

 

 頭に被っていたフードを外して素顔を晒し、黒髪の少女と“よく似た”赤髪の少女の顔が姿を現させながら、隣に立って悪名高い大魔族の屋敷をともに見上げている黒髪の魔族青年の顔をジッと見つめる。

 そして、問う。当たり前の疑問を、コンビを組んで活動を開始してから半年以上が過ぎた今になって改めて問いかけたのだ。根本的な問題を。誰もが抱く当たり前の疑問を。

 

「なぜ、魔族であるあなたが人間の私に協力してくれるのです? 悪名高かろうと魔族は魔族、あなたの同胞であり守るべき仲間の一員なのではないのですか?」

 

 少女の問いかけに、相手はフッと笑って答えることなく、ただ何時ものように不敵な笑みを不敵な態度で浮かべ続けるだけ。

 そして少女もそれ以上は聞かず、ただ前を向いて、人間だけでなく同胞の弱者たちさえ虐げていることで知られている悪名高い魔族軍の幹部を正面から堂々と暗殺してやるため屋敷に乗り込んでいくため歩み始める。

 

 いつもなら、コレで終わりだ。

 質問する内容は常に違ったが、少女が問いかけ、青年は答えず、ただ協力してくれる。

 標的の魔族を殺すのは少女の役割で、青年が誰かを手にかけることは滅多になかったが、それでも捕らえられている人質となり得る者たちの救出と解放を率先して引き受けてくれるので十分すぎるほど助けになっていた。

 

 『寿命が近いこと』を感じる時間が多くなってきた、昨今の少女にとっては特にそう。

 

 どれほど高位の魔術師が延命の魔法を駆使して死期の訪れを先延ばしにしようとも。

 身体能力を維持するため肉体の成長を少女の時点で止めたとしても。

 

 人間という種族に生まれた者として、時間によるタイムリミットは避けようがない。

 『寿命』と『死』という絶対的な概念からだけは、どれほど魔族を殺して魔族たちから恐れ嫌われ憎まれる【反魔族】と蔑称で呼ばれる存在にまで成り上がろうとも変えることなど決してできない。

 その種族に生まれた者が、その種族であり続ける限り囚われ続けなければいけない、その種族に背負わされた義務と呼ぶべき責任なのだから。

 

 それぐらいは少女も弁えている。自分の命数に限りがあることぐらいは大前提として承知している。

 だからこそ、こうして魔族のフリをして種族と性別を偽りながら魔族たちの支配領域内で生活し続けながら、悪名高い魔族どもの首を狙って侵入し、目標だけを殺して帰って行く日々を続けているのだ。

 

 限りある命なればこそ、彼女は後悔したくなかったし、種族の違いなどと言うバカげた理由で敵とされた者たちを殺すよりかは、自分が許せないと思ったクズ共を殺して回ることに使い尽くした方が少しはマシだと考えた故での行動であり選択だった。

 そこに悔いはなく、後悔もない。別の道もあったかもしれないなどと考えたことは一度もない。

 

 何よりも―――彼とともに過ごす今の生活は、他の道を選んでいた可能性を考えなければいけないほど嫌なものでは全くなかったから・・・・・・。

 

「・・・・・・平和というのは悪くないものらしいな」

「はぁ?」

 

 だが、今日に限っては些か趣が違ったらしい。

 屋敷内に侵入して、命を持たないアンデッドモンスターやゴーレムの警備兵どもを排除しながら先へと進んでいく傍らで、相手の青年が自分に向かって、常なら口にしたこともない下らない一般論を語りはじめてきたようだったからだ。

 

「バカげた理由で死ぬこともなく、戦いばかりに日々に飽きた後には、俺はそういう世界を創ってみたいものだと常々考えていた。そんな世界を皆に生きさせてやりたいと常に思い続けていた――」

 

 そこまで言って一度言葉を切る。

 人を信じず、他人を信じず、恐怖で縛り上げた手下たちさえ屋敷の中には配置していない魔族軍の幹部の邸宅を無人の野を行くかの如く、目標に向かってまっすぐに歩み続けて進軍していく二人だけの『新・魔王軍』の片割れは、無言のままで目をつむり、「だが――」と短くつぶやいて。

 

「そんな時代を俺が創ったとき、お前は既に生きていることは出来なくなっているのだな・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 相方の青年の言葉に少女が応えることはない。答える言葉など最初から持ち合わせることが出来ていない。

 死すべき運命を歪めた者に待っている末路など、碌なものではないに決まっている。

 根源を七つも持つ今代の人間界勇者殿と自分は違う。

 

 未だ発展途上で、真の実力を発揮できるようになるのは大分先の話になるだろうけれど、彼ならばやがて『殺しても死なない勇者』とまで称される真性のバケモノ的な強さと命を持つ者にまで至れる可能性を持っているが、自分には無理だ。絶対に。

 

 一つしか持たない根源を、長時間の間使い続けて、本来持てるはずの限界点を超えさせるため無茶に無茶を重ね続け、わずかでもバランスを崩せば闇に飲み込まれて魂さえ食い尽くされてしまうタイトロープな禁忌の技法をいくつもいくつも使い続けて今日までなんとか持ちこたえさせて来た身なのだ。

 もう既に体も魂もボロボロで、痛みはなくとも、それは存在とともに感覚が消滅しかかっているに過ぎない現象。消え去る寸前の蝋燭、その最期の残光が今の自分の命なのだから本気でどうすることも出来はしない。

 

 正直言って、もう十分だと自分でも思っている。

 人生の後半は魔族たちの領域に活動範囲を限定したのも同じ理由によるもので、今までの報いとして死を味あわされるなら、人間たちよりヒドい殺し方で殺してくれそうな魔族たちに敗北して殺された方が少しはマシな自業自得の死に方ができるだろうと思った故での選択だったのだ。

 

「下らないことを考えてないで、さっさと囚われてる魔族さんを助けにいってくださいよ。

 私の計算だと彼女たちにかけられた触媒の呪いが発動するまでの時間は夜の十二時丁度。彼女たち一人一人に合わせて造られたために脱ぐことの出来なくされたガラスの靴が首縄代わりの処刑器具です。間違えることなく全部壊して救ってきてください。あと、任せましたからね」

「・・・・・・ああ、了解した。お前は生きたいようにやってくるがいい。後のことは俺に任せろ」

「ええ、逝って参りまっス」

 

 そう言って二手に別れて仕事を終えて、二人で凱旋して次の町へと移動して、また悪名高い魔族を殺して囚われていた弱い魔族を救い出しては次に行く。・・・その繰り返し。

 終わることはあるけれど、終わるまでは続けられるはずの日常作業。少女にとっては充実した最期を過ごすまでの時間。

 

 

 ・・・・・・この時の少女はまだ知らない。

 数年の後に自分の髪色が黒く染まって、瞳が変色し、自分が自分であるのを辞める日がくる未来を、この時はまだ知らずにいる。

 今まで名乗ってきた自分の名前を捨て、二度と思い出すことのない『死んでしまった人間の少女の名』として、どことも知れぬ適当な地面に掘って埋めてしまい、墓の位置すら思い出さなくなる未来が来ることを彼女はまだ知らないのだ。

 

 やがて彼女は名を変える。一人きりになってしまった少女は、自分の名を捨て、名実ともに二人の【反魔族】の存在は伝説となって実態を失い、やがて忘れ去られて消えていき・・・・・・・・・新たな魔王が即位する日が訪れる。

 

 それまでの魔族至上主義、強い者が弱い者を支配するのが当然として全ての種族を攻め滅ぼして、魔族だけの楽園を築こうとしていた先代魔王が弑逆されて簒奪されて、その座は次なる魔王に取って代わられ――――魔界の特権階級共にとっての地獄が始まる。

 

 人間からも魔族からも精霊からも、神々さえも口汚く罵倒するようになる、魔族史上最悪の暴君の名を人々は恐れと畏敬を込めてこう呼んだ。

 

 

 【暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴート】

 

 

 ・・・・・・だが、そう呼ばれる度に、魔王の口元が微妙な形に柔らかく綻んでいたことは、当時からあまり知られておらず、今となっては誰一人として知る者がいない史実である。

 

 

つづく



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魔王学院の魔族社会不適合者 第4章

最近コレばっかり書いてる気がしてきており、ちょっと反省中です。
しばらくは別の書きますね。

あと、公式サイトを見たら『ベルゾゲート』じゃなくて『デルゾゲート』だったみたいですね。失礼しました。機会を見つけて修正させて頂きます。


「2組の担任を務めます、エミリア・ルードウェルです。まずは班別けをおこないます。リーダーを決める人は立候補をしてください」

 

 暴虐の魔王が復活した記念すべき年の魔王学園初日におこなわれた授業は、思ってたより普通の始まり方で幕を開ける。

 豊満な胸とポニーテールにした紫色の長い髪と血のように赤い瞳が特徴的な美人教師が教壇に立って自己紹介をしてから、学校行事で班別けが必要になった際のリーダーを立候補の自主志願で募集する。・・・至って普通である。人間社会で言うところのミンシュテキとさえ言っていいほどに。

 

(・・・そう言えば人間だった頃に読んだ物語の中で、『魔王が天界の神々に戦を仕掛けるかどうかを決めるため魔王城に魔界中すべての魔族を呼び集めて多数決で開戦決定した話』があったような、無かったような・・・)

 

 属性的には『悪』に属する生物のクセして、妙なところで悪魔や魔族が個人の権利を重視したがるのは昔から続く伝統なのかも知れない。

 そんな、どうでもいい妄想をどうでもいい戯言として頭の中に浮かべながら黒髪の少女は黙って自分の担任教師になったらしい美女の話を聞き流していく。

 

「――ただし、この魔法を使えることが条件になります」

 

 そう言って、右手を横に掲げて魔法陣を展開させた。

 見覚えのある魔法陣の文様だったため、多少の興味を引かれて黒髪の少女も他の生徒たちと同じく担任教師の話に耳と意識を傾けさせる。

 

「集団の戦闘能力を底上げする、軍勢魔法【ガイズ】です。

 【ガイズ】を発動すると班員にはキングやガーディアンなど7つのクラスが与えられます。術者はキングとなり、絶えず配下に魔力を与え続けるため単独では弱くなります。

 一週間後の班別対抗試験では【ガイズ】を使った戦闘を皆さんに実践していただきます」

「――ハッ・・・」

 

 教師からの説明を聞き終わり、黒髪の少女は小さな声ながらも鼻を鳴らしてしまっていた。

 音を小さくしたのは、別に咎められることを恐れてのことではなく、教師個人の責任ではない事柄についてバカにしたためだったからだ。

 

 ――仮にも魔王が『周りの配下に守ってもらわなければならなくなるほど』『単独としては弱くなる魔法』・・・・・・なんとも人間くさい次期魔王候補に選ばれるため必須の魔法もあったものである。

 別に「皆のための魔王」とか、「皆と共にある魔王」とかの存在を否定する気はないし、リーダーに求められる条件にも様々なタイプがあることぐらいは理解している。

 

 だが基本的に、同じ種族で群れをなす生物たちの中で『個体としての戦闘能力』が群れの全員を圧倒していない者が『王』になれるのは人間だけのはずだ。少なくとも自分の時代ではそうだった。

 それが魔界でも天界でも人間界でも当たり前に通用してしまう、『弱肉強食』という世の理。神の正義が正しくとも、正義が裁こうとした悪魔の方が強ければ神が負けて悪が勝つ。

 

(側近たちに力を与えて、魔王一人だけが弱くなったら反逆されるだけだと思うんですけどねー。今の時代だと違うのかな? これがジェネレーションギャップって奴なのかもしれません)

 

 同じ神を信ずる者同士が神の加護を得て戦ったときには、強い方が勝ち。

 悪魔崇拝者同士が異なる目的で悪魔を召喚して互いの宝を奪い合わせたときには、より強い悪魔を召喚していた方が勝って相手の宝と命を手に入れられる。

 そんなものだと黒髪の少女は思っている。

 人の世だろうと、魔族の世だろうと、神々の世だろうと、理による支配の原則は誰にも変えることはできはしないのだろうと。

 

 もし弱肉強食の論理が間違っているとされ、腕力以外の方法で揉め事を解決することが由とされる時代があるとすれば、それは時代を生きる全住人たちの半数以上が力尽くでの解決方法を否定して、力尽く以外での平和的解決策を選ぶ側が『数の力』で圧倒的優位に立つことができた時代だけだろうと考えている。

 結局『力の論理が支配する世界』であることに変わりはないが、無駄死にする数が減る分だけ暴力が支配する世界よりかは遙かにマシであることは間違いあるまい。

 

 ・・・そんな時代があるなら見てみたいものだと思ってはいるけど、果たして今の時代はどうなのかと聞かれたら『力尽くの闇討ちで公式試合の敗北記録をなかったことにしようとした皇族』に襲われたばかりの翌日旧魔王さまは自信が持てなくなってしまう。そんな朝の魔王学園。

 

「それでは立候補者は挙手を」

「・・・・・・(スッ)」

 

 エミリア先生から説明を受けた直後、自信満々な態度で即座に手を上げて応えたのは一人だけだった。

 先ほどミーシャの背後を通り過ぎ、その顔を見上げて彼女が驚いていた魔族少女だ。

 金髪ツインテールで・・・お胸のサイズが些か可哀想にならなくもない女の子である・・・。

 

 自分も元々、大きい方ではなかったし、お色気方面には興味を持ってる時間的余裕も性的趣向もなかったから問題視するほどのことではないと承知してはいるのだが・・・・・・それでも自分の方がまだマシな大きさではあるため、何も思わないでいられるほど黒髪の少女的には無関心でいられない問題だった。・・・主に『まだ若いのに可哀想・・・』的な思いを理由として。

 

「・・・・・・(スッ・・・)」

「・・・・・・・・・(スッ・・・・・・)」

 

 金髪ツインテひ・・・コホン。金髪の豪奢な髪を持つ魔族少女が手を上げた後、しばらくして一人の男子生徒が彼女に習い、その後に最初の男子生徒よりかは自信なさげな遅い仕草で手を上げた男子生徒が続いて――打ち止めだった。他には誰一人、続いてくれない・・・。

 普通、最初の一人目になることは恐れても、後に続くだけなら心理的負担はかなり軽くなって候補者続出してもおかしくないと思っていた黒髪少女としては肩すかしを食らわされた気分にしかなりようがない。

 

 一応ここって次期魔王になる者を育成するための魔王学園で、入学希望してくる生徒は次期魔王になる夢を抱いているはずなのだけれども。

 勝てる勝負だけ戦って成ることできる、安全確実な就職先の魔王ってなんじゃい。

 

 だからこそ彼女としては、ちょっとした刺激として『劇薬』を投入してみたい気分にもなる―――。

 

「は~い、先生。私も立候補させてもらいまーす」

 

 棒読み口調で宣言するとともに片手を高く上げて挙手をして、周囲の生徒たちを驚かせてやる。

 『おおぉ・・・』と響めきが広がっていくが・・・声音を聞いているだけで見なくても分かる。あれは異例の異端に対して驚いているのではなく、『珍しく身の程知らずなバカがいたよ』という形での驚き方で上げるときの声だ。

 珍獣を見つけたと言ってもいいが、どちらかと言うと「珍獣」ではなく『珍種』と呼ぶのが正しかろう。

 珍しくはあっても、社会的に価値が認められてないから希少価値がなく、ただただ珍しいから虐めて遊んでやろうという程度の感情に過ぎない。

 向ける側にとっても、向けられる側にとっても取るに足らない、ガキ臭い負の感情の一種でしかない代物・・・・・・。

 

「・・・アノスさん、でしたか? 残念ですが白服、つまり混血の生徒にはリーダーになる資格がありません」

「そうなのですか? それは残念」

 

 エミリア先生から不快そうな仕草の後で予想通りの返事をもらい、自分の方でも予定通りの返事をして予定通りの『オマケ』を付け加えてやり、

 

「ですが、それが正しい判断でしょうね。

 混血に皇族“が”劣っている事実を証明されてしまっては、血統しか取り柄のない皇族の教え子たちに恥をかかせてしまって可哀想ですから。先生として非常に正しい判断と言えます。私は先生の英断を支持して仲裁を受け入れましょう」

「――ッ、静粛に! 皆さんお静かに! 授業中ですよ!!」

 

 黒髪の少女から思わぬ反撃を受けて、一瞬だけ先生がたじろいでしまった隙を突くようにして挑発を受けた黒服の生徒たちが男女の別なく席から立ち上がり、四方八方から発言者めがけてあらん限りの罵声を浴びせまくり始めてしまったことでエミリアは立場上、自制を求めざるを得ない立場に立たされてしまう。

 

 黒服の皆様方曰く。

 

『思い上がるな雑種めが!』『混血のくせに生意気な!』『少し魔力が強い程度でつけあがるな! 分際を弁えろ!』

 

 ・・・等々。実に紋切り型で芸がなく、彼らの知的劣等ぶりを示す罵声ばかりで返事をする気にもなれずに肩をすくめる他やることがない。

 と言うか、この程度の安っぽい挑発に乗ってガキみたいな悪口を言ってくるヤツらに、なに言い返していいんだか本気でよく分からなかったし・・・。続けて放つための本命毒舌セリフを2、3個ストックしておいた自分がバカみたいじゃん・・・。

 

「――アノスさん、それだけ不敬な言葉を口に出したのですから、もし【ガイズ】を使ってみせるのを許可して、できなかった場合には不敬を謝罪して自主退学をしてもらうことになります。・・・それでもよいですね?」

 

 生徒たちを一端落ち着かせた後で、自分の立場も鑑みて落とし所を探し、ちょうど自分と相手が先ほど口にしあった事柄が使えることを思い出してエミリアはそう提案し、相手が頭を下げながら許可してくれたことに感謝してくるのを鷹揚に見下ろしながら内心で会心の笑みを浮かべていた。

 

 ――正直なところエミリアの本音としては、アノスの命などどうでもよかったし、皇族の生徒たちの気が済むのなら生け贄に差し出すことに躊躇う気持ちは微塵もない。彼らの戦闘に巻き込まれて他の混血生徒も死んでくれたなら手間が省けて有り難いぐらいに思っている程度の問題でしかない。

 

 だが仮にも、国内最高学府の教師である彼女には生徒たちと違って地位と立場に伴う責任問題というものが存在する。

 記念すべき年の授業初日に、自分の担当するクラスの教室内で乱闘事件を発生させたとあっては外聞がよくない。

 それにもし、万が一にも混血の盗人共ではなく皇族の生徒たちの誰かが負傷するようなことにでもなれば管理能力の有無を問われざるをえまい。

 

 そんな事態に陥るのは御免被りたい。

 相手から申し出てきたことを条件付けで許可して、自ら失敗した後に無礼を謝罪させて自主退学していったという形でなら、自分には何の落ち度もなく責任問題を問われる恐れは消滅させられるだろう。

 

 それに何より、『魔王学院の生徒』という特別な地位を失って、『単なる混血の一匹』に戻った後の彼女相手になら、皇族の生徒たちが何をしたところで何の問題にもならない身分にさせられるのだ。生徒たちにとっても、その方が復讐のし甲斐があるだろう。

 

 そういう思考法でエミリアは黒髪の少女に【ガイズ】を使ってみせることを許可して、自分自身も右手を差し出す。

 契約魔法【ゼクト】を唱えて、少女との口約束を絶対遵守の契約に昇華させるためだ。後から言い訳されても退学にはさせられるが、『自主退学』という形にはできなくなってしまうかもしれない。

 彼女自身が混血如きのせいで傷を負わないためには、たとえ成功させてしまったときにリーダーとしての資格を認めてやらねばならないリスクを負ったとしても、必要な措置だった。

 

「【ゼク――」

 

 スタスタスタ・・・・・・。

 

 だが相手の少女は、前に出した魔法陣を展開した自分の右手を無視してエミリアの横を素通りし、黒板に展開させたままになっていた【ガイズ】の魔法陣のすぐ前まで来てから足を止めると。

 

「はい、【ガイズ】っと」

「なっ!?」

 

 手のひらを上にかざして、まるで初級魔法を使うときのような気楽さで『魔王学院の班訳でリーダーに立候補する条件に指定された魔法』を使って見せてやる黒髪の少女。

 だがエミリアが驚愕したのは、そこではない。

 

「そ、そんな・・・っ! これはまさか、魔法効果が―――」

「さすがはエミリア先生、一目見ただけで見抜くとは流石です。

 見ての通り、これは貴女が未熟な教え子たち用に使って見せてくれた【初心者用ガイズ】の完成版、性能が二倍になった正式な【ガイズ】です」

 

 キッ!と睨み付けられながら、自分が口に出すのを寸でで堪えた『事実の部分』を暴露された挙句、まるで規定された事実のように嘘を付け加えてから皇族贔屓の美人教師に向かって黒髪の少女は笑いかける。

 が、今度の笑顔に邪気はない。清々しいほど無邪気で誠意にあふれた“様に見せるため”役者魂にあふれる心ある態度で一礼して見せた程に。

 

「ですが、さすがに魔王学園の先生ですね。初心者用ぐらいなら混血でも簡単に使える程度の初級魔法ですから、生徒たちに花を持たせるにはピッタリの魔法です。

 貴女もなかなかご苦労されているのだなとわかり感動し、不肖ながら私が代わって同期生たちに手本を見せてあげたという次第。

 どうか“この程度の簡単な魔法”も使うことのできない“クラスの中に一部いる”皇族の恥さらし共を教導してやるため今後ご利用していただけると名誉の限りで御座います」

 

 そう言った途端に、クラス内に満ちた悪意が高まり、代わって重苦しいほどの沈黙に支配される。

 黒髪の少女の手口は巧妙だった。

 ここまで状況ができてしまった後に、『彼女は混血だから皇族に劣っている』という理由で立候補を取り下げようとしても、『なら皇族のお前が混血の私以上の魔法を使って見せろ』と言い返されたときに黙り込んで恥をかく以外の選択肢が失われてしまっている。

 

 教師であるエミリアが、「クラスの班訳でリーダーとして立候補するための条件」として【ガイズ】の魔法という分かり易い基準を提示してしまったお陰で楽に形成することができた状況であり、やり口だった。

 

 皮肉なことに、皇族の生徒たちが黒髪の少女を『混血の分際で!』と罵倒できなくされてしまったことには、言いたがっていた本人以外の皇族生徒たちが最大の理由になっている手口でもある。

 『混血如きが!』と言って、『じゃあお前もやって見せろ』と言われ返されて実行できずに恥をかくのは『口先だけで実行できなかった本人だけ』であり、他の皇族生徒たちに被害はない。

 

 家の利害関係が絡んでいる名門出身者ばかりの魔王学院にあっては、他の皇族生徒は仲間であると同時にライバルなのだ。

 混血相手になら皇族同士で団結できても、皇族一人一人の問題ともなれば話は変わる。ライバルが自ら墓穴を掘るのを歓迎することは魔界皇族の道徳律に反しない。

 当然ながら、自分だけが皇族の純潔さを守るため勇気をふるって混血の無礼を弾劾し、恥をかかされて尚、敵を道連れにして潔く散っていき他の皇族仲間を喜ばせてやる自己犠牲精神など彼らの中で持っているのは一握りいるかどうかだ。

 

 そんな連中に、この状況下になって『自分たち皇族よりも劣っている』などと口に出して言質を取られる勇者などいるわけもない。そこまで読んだ上で黒髪少女が仕掛けてきた初歩的謀略の、それが内訳であった。

 

「・・・・・・・・・いいでしょう。特別に立候補を許可します」

 

 長い長い沈黙の後、エミリアは不承不承ながらも相手の要求を受け入れた。

 やむを得ず、と言うより却下したところで賛成してくれる味方が現れてくれそうになかったから、というだけであったが。

 

「ありがとうございます、エミリア先生」

 

 黒髪の少女は、にこやかな作り笑顔で礼を言って頭を下げてから、自分の席へと戻って歩き始める。

 周囲から奇異の視線と、苦々しげな憎悪を込めた視線が無数に送られてきていたものの、特に実害はなさそうだったため無視して普通に歩きつづける。

 

 安全策をとり、負ける危険を冒さずして魔王になりたがる怠惰なブタども相手には、相応しいやり口だったと内心で満足の笑みを浮かべながら・・・・・・。

 

 ――実力も覚悟もないまま遺産を受け継いだだけの者たちは、相応の試練を受けるべきなのだ。耐えられなければ滅びるだけのこと。

 遺産に相応しい実力がなかったのだと証明して滅びれるのだから、見下していた相手に攻め滅ぼされて下僕としてこき使われる身分に成り下がるよりかはプライド的に本望だろうよ・・・・・・そういう風に考えるのが黒髪の少女魔王の在り方だったから―――

 

 

「静粛に! 静粛に!!」

 

 そんな少女が作り出してしまった教室内のイヤな空気を払拭するため、エミリア先生は両手を叩いて音を鳴らしながら生徒たちの意識と視線を自分に向け直させてから、気を取り直して形式的に決まった手順通りに事を進める本来の教師の在り方を取り戻そうと努力した。

 

「班別けを始めますよ! リーダーに立候補した生徒は自己紹介をしてください!!」

 

 そう言われ、真っ先に先生に指示に従って立ち上がりながらも、優雅でゆったりとした皇族らしい貴族風の仕草を崩すことなく一礼したのは、やはり金髪ツインテひんにゅ・・・コホン。

 慎ましい胸のサイズを持った、気品あふれる少女だった。

 

「ネクロン家の血族にして、七魔皇老が一人『アイビス・ネクロン』の直系、【破滅の魔女サーシャ・ネクロン】。どうぞお見知りおきを」

「・・・ネクロン・・・?」

 

 金髪ヒンヌ――もとい、ツインテ少女の名乗りを聞きとがめて黒髪少女がポツリと呟く。

 はて、どこかで聞いたような聞き覚えのある名字だった気がするけど、どこの誰から聞いたんだったかなと考え始めた矢先のこと。

 

「・・・お姉ちゃん」

「んぅ・・・?」

 

 隣の席に座った心優しい現代世界の先輩同級生少女から答えを教えてもらうという、人間界風の学園恋愛小説みたいなシーンを演出した後。

 

 ――あ、そう言えばミーシャさんの名字ってネクロンだったんでしたっけ!?

 

 と、今更ながら遅すぎる気づき。

 ・・・いや、仕方がないのだ。言い訳にしか聞こえないだろうけど、本当に忘れてしまっても仕方がない事情があることなんだよコレは。

 だって、名前と違って名字聞かされたのって一度だけだった気がするし! 自分は誇りある家名を持たない混血だし! 皇族生まれじゃねぇですし! あと人間! 元人間ですから! 

 強さと才能だけを理由に王宮から召し抱えられた戦時国家の特例少女舐めんな!? ・・・誰に向かって心の中で言い訳しているのか全く分からない意味不明な思考をしながらも表面上は冷静さを取り繕って、せっかく答えを教えてくれたミーシャに例で返すため何事もなく話を続ける。

 

 要するに―――黒髪の少女は誤魔化そうとした!!

 

「皇族と血がつながっている・・・? もしかして、お父さんかお母さんが違うのですか?」

「・・・両親は同じ」

「なら、なんで別色の制服を? どちらともが純血なら、普通に貴女もアチラ側でよかったのでは?」

 

 そう言って、相手の来ている自分のものと同じ白服の制服姿をシゲシゲと見つめる黒髪の少女。

 

「・・・・・・家の人が決めた・・・」

「ふ~ん・・・?」

 

 最後だけ、普段よりも長めに間を開けてから返事をしてきて、横顔をチラリと見たら俯いていた銀髪の無表情少女に、何かしら家の事情があることを察して、それ以上聞く気にはなれなくなる黒髪の少女。

 

 金髪と銀髪、紫色の瞳と水色の瞳、大人しそうな無表情少女とプライド高そうな激情家っぽい表情の少女。

 

 そして・・・・・・結構な巨乳と貧乳。

 

「・・・血が繋がってる姉妹で、あっちがお姉ちゃんの割には・・・・・・大きいですよね・・・」

「・・・・・・あまりそういう目で見ないでほしい。恥ずかしい・・・」

 

 小さな声で言いながら、心持ち頬を赤く染めつつ両手で自分の胸を押し抱くようにして見えなくする銀髪少女妹のミーシャ・ネクロン。

 同性なんだし別にいーじゃねぇかとも思うのだが、年頃乙女にとっては乙女心的な理由で見られたくない理由でもあるのかも知れない。

 あと自分の時代の同い年少女たちは今少し、性に対して奔放だった気がするのだが。

 

 まぁ、人口増やすために国が生ませまくってた時代でもあったし、兵士が殺されたときの補充用にいっぱい生んどいてくれるのは王様的には有り難かっただろうし。

 死んだ端から補充が求められる戦乱時代の感覚を、平和な現代に持ち込んでも意味ないかも知れないなー、とか思っていたところに。

 

「アノスさん、貴女の番ですよ?」

 

 エミリア先生から、先生らしい叱責が生徒の一人に対して飛んでくる。

 ミーシャと話してる間に他二人の男子生徒も自己紹介を終えていたらしく、自分の席に着席したままコチラの方をキツい視線で見つめてきている。

 授業中にクラスメイトが自己紹介してるのを聞き流して、隣席の女子生徒と私語してた上に、会話内容が胸のサイズだった少女としては不平不満を抱く理由もなく、むしろ抱いたら逆恨みだろとしか言い様のない状況だったため素直に立ち上がり・・・ふと思い出す。

 

“そう言えば教室に入ってきたときに言うべきか迷って言わなかったブラック・ジョークがあったなぁ・・・”

 

 ――と。

 なんで今このタイミングで思い出しやがったのか!?と聞かれたら、自分の脳にでも聞いてくれとしか答えようがない、たまたま思い出しただけのジョークなんだけど、状況的には間違ってないし不適切な内容と思えない。・・・少なくとも本人自身にはそう思える程度の内容でしかない代物だった。

 

 ちゃんと自己紹介も兼ねてるし、皆からの視線が集まって注目されてることにも変わりはない。

 何より今朝は、『入学初日から嫌われる必要もないか』と思ったからこそ言わなかっただけであって、今となっては十分すぎるほど嫌われている。今更配慮して言葉を選んだところで手遅れ過ぎる。後の祭りさえ終わってしまった後だろう。

 

 今からなにを言ったところで、今以上に嫌われることはないだろうし、嫌われる恐れのあるブラックジョークは好かれるように心境が変化してから言うより嫌われているうちに言っておいたストックから無くしてた方が今後の友好関係構築にも役立つはずだ。・・・そう考えた。

 

 

 ―――こうして、黒髪の少女魔王はまた一つ、魔王学園の歴史に残る伝説を築く。・・・築いてしまう・・・。

 本人にとっては今朝と大して代わらない状況下での、大したことない一言を。

 聞かされている大勢の他人たちに取ってみれば、今朝と今とで言われた気持ちが百八十度変化していた後になっちまってた一言を、堂々と大声で単なるブラックジョークとして―――宣言する!! してしまったのだった!!!!

 

 

 

「初めまして皆さん、私の名前は暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴード。

 今日この日、今この時より、このクラスは私が支配してあげましょう。

 それがイヤだとか抜かす愚民どもは皆殺しにしてあげます!

 殺されても構わない無能で愚かな勇者だけがかかってきなさい!

 特別に相手をしてあげましょう・・・・・・この薄汚いゴキブリ共ッッ!!!」

 

 

 

 ・・・・・・余談だが、このブラックジョークを言い終わった後、ミーシャに対して面白かったかどうかを尋ねたところ。

 

 

「無理」

「何故に?」

 

 

 なぜだか、面白かったかどうかの評価とは全然関係の無い答えが返ってきたので困惑させられてしまった。

 

 圧倒的な力を持つ暴虐の魔王少女は、ジョークの才能とユーモアセンスが致命的すぎるほど欠落していた事実を知るのは今少しほど未来の話であったと後の歴史は語っていたりいなかったり。

 

 

続く



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魔王学院の魔族社会不適合者 第5章

テレビの事情で書くことが出来る作品が少ない時間を過ごしていたため、結果的にまたコレを書いてしまいました…。オマケに書き終わった直後なんか気に食わず書き直して余計に時間を食いましたし、ギャグ風にもなってしまいましたし……。
なんか最近上手く行かない日が多くて困っている作者の愚痴でありましたとさ(*´Д`)


 何事もなく、無事に班行動の際にリーダーとなる生徒の立候補募集と自己紹介が終わった魔王学園授業初日の1年2組(黒髪の魔王少女主観での認識)

 リーダーとなる生徒が決まったのだから、次は当然のように誰を自分たちのリーダーとして選ぶかの班メンバー決めという流れになり。

 

「自分が希望するリーダーの下へ移動してください」

 

 暴虐な魔王らしい上意下達の強制メンバー押しつけをやることなく、変なところで個人の権利を尊重する魔族らしいミンシュテキ手法によって、リーダーだけでなく配下メンバーまでもが自分の意思で自分の属する班とリーダーを決めてもいい権利が与えられて、人数制限もどうやらなさそうなのが魔王学園の班決めシステムだったことが判明した以上。

 

「・・・・・・まっ、当然のようにこうなりますよな。普通に考えて・・・」

 

 苦笑しながら、ポツーンと自分の元いた席に座ったまま誰一人として寄ってくることなく、むしろ他のリーダーの下へ行ってしまったために近くの席が空席ばかりとなってしまった人望のない嫌われ者に立候補した黒髪少女は、誰一人班員に立候補してくれる者がくることなく孤独な玉座を暖めている一人ぼっちな王様役を仰せつかることになってしまっているのであった。自業自得なんだけれども。

 

 唯一、最初から自分の席に座ったままのミーシャ・ネクロンだけが自分の隣の席に座ったまま近くに居続けてくれてはいるが、最初から自分の席に座り続けてるままなので、それが今から移動するのか留まることに決めてくれたのか判断するには材料に欠ける。

 あと、お姉ちゃんがクラスメイトにいるって教えてもらったばかりだったし。

 

「・・・お姉さんの下へ行きたいのでしたら、私なんかに気遣うことなく行ってくれてかまわないのですよ? ミーシャさん」

 

 事情持ちであることは解っていたが、一応言うだけ言っておくことにして一言だけ気遣いセリフを言っておく黒髪の少女。

 なにしろ相手に家庭の事情があることだけは解っていても、どんな事情か全く知らないし、そもそも彼女の家族は姉以外だと入学式で応援してたオジさんぐらいしか見たことないし、姉にしたところで見た目と自己紹介しか知ってること何もないし。

 

 ・・・さすがにこの状態で家庭の事情に首を突っ込める蛮勇は、旧魔王にもない・・・。無神経すぎるし無遠慮すぎる。入学試験で出会って、再会二日目で赤の他人が口を出すには色々絡みすぎてそうな問題でもあるし。

 

 せめて姉妹間や家族間の問題に口出しするときには、本人たちと一度会って会話ぐらいは交わしてからにしましょう。それが黒髪の少女魔王なりの社交マナー。

 

「・・・アノスの班がいい。友達だから・・・」

「そうですか。・・・まっ、それじゃよろしく」

「・・・・・・ん」

 

 はにかむように笑って頷き、黒髪の少女もそれ以上は口にせず、黙ってタイムアップを待つことにするかと思い決めていたところで―――彼女に声がかけられた。

 

「アノス・ヴォルディゴートだったかしら?」

 

 ミーシャのはにかんで俯いた横顔を見ていたため、足音は聞こえていたけど相手が自分に用事があるのか解らなかったので声をかけられるのを待ってから振り向いた黒髪の少女の視界に、黄金色の少女の姿が映し出されていた。

 

 金髪のツインテール少女が、両手を自分の腰に当てて偉そうな態度を取りながら、自分のことを見下ろしてきている。

 その瞳は冷ややかで、一見するとミーシャの持つ無感動な瞳に似ていなくもなかったが、そこにある冷ややかさは無感動故ではなくて悪意的な見下し故のもの。

 その姿勢とポーズと相まって、金髪少女が持つ傲慢な雰囲気にふさわしいオーラを発するものになってはいた・・・・・・のだが、しかし。

 

 如何せん、この場合は互いの姿勢と位置関係が悪い。

 自席に座ったままの黒髪少女に対して、話しかけてきた側の金髪少女は立ったままで見下ろしてきており、しかもすぐ側まで近づいてきてから声をかけてきている。黒髪少女は振り返ったばかりで相手の少女との距離を調整する時間はない。

 

 まぁ、要するにだ。

 

「あれ? 小さいオッパイがしゃべってる・・・?」

「誰が小さいオッパイよ!? どこ見てしゃべってんのよ!? 私を見なさいよ! このワ・タ・シ・の・か・お・を!!」

 

 ―――いかん、不意打ちで見せられたせいで意識的に避けようとしていた部位に、つい意識が向かってしまって声に出してしまった。意識しないように意識すると却って気にしてしまうのは人間・魔族・神妖精すべてに共通する悪い癖である。

 

「・・・失礼しました。考え事をしていたため関係ないことを口走ってしまったのです。貴女のことを言ったわけではありませんので、どうかご無礼の段、平にご容赦ください」

「―――ッッ!!! ・・・まぁ、いいわ。礼儀正しく謝ってきたから特別に許してあげる。ネクロン家の寛容さに感謝なさい」

 

 メチャクチャ本人のことを言っていた言葉だったけど、過剰なまでの礼儀正しさで誤魔化して話逸らして内心で舌を出している黒髪の少女は、暴虐な魔王というより単なる悪ガキと呼んだ方がたぶんふさわしい今の状況。

 

「―――ただし、二度目はないわ。同じ単語を私に二度聞かせたときはコロス」

 

 とはいえ、釘は刺されてしまったけれども。警告でも脅迫でもなく、最後通告だったけれども。

 ある意味では、無礼者をいちいち許してやって二度目のチャンスを与える魔王様よりかは魔王らしいので、一応おK。

 

「それで? 私になにかご用でしたでしょうか?」

「ええ、少し。貴女まだ班員が一人しかいないようね? 

 

 そこまでは普通の口調で話していた相手の言葉だったのだが、

 

「――それも」

 

 ・・・・・・急にまとっていた空気が変わり、変質した。

 唇の角度が歪に歪み、声には毒が込められ、口調には意図的に相手にも伝わるよう分かり易い悪意ある見下しが満ちたものへと一変させられ、発言者の少女サーシャ・ネクロンが持つ高飛車で上から目線ではあっても傲慢な尊大さまでは感じなかった雰囲気が暴君の其れへと一瞬にして激変してしまう。

 

「――出来損ないのお人形さん。・・・知ってる? その子ね、魔族じゃないのよ。人間でもないの。命もない、魂もない、意思もない、ただの魔法で動くだけのガラクタ人形よ」

「・・・・・・?? それがどうかしたのですか?」

「――――え・・・」

 

 コテンと首をかしげながら、不思議そうな顔で問い返されたサーシャ・ネクロンは、腕組みしながら抗弁を垂れてやってたつもりだった所に予想外の反応を返されて虚を突かれ、即座に反応できずに返事の前に間を開けさせられてしまう。それ程に彼女の常識からすれば意外すぎる魔族とは思えぬ相手の反応。

 

 だが、黒髪の少女から見れば相手の言っている指摘がたとえ事実だったとしても、何一つとして問題はなく感じられるのが当然の事情を持っているので驚きようがないのだ。

 

 なにしろ自分自身が元は魔族ではなく人間の身なのである。それでいて今となっては人間ですらない。

 とうの昔に尽きていたはずの命を無理矢理引き延ばし、邪法の代償として己の魂を大博打の賭け皿にのせ続けることで膨大な魔力を得た末に、二千年前の魔界で魔王の座を簒奪するまでに至った暴虐の魔王。

 その意思は、『自分が殺したいほど大嫌いな連中を皆殺しにしてやりたかった』・・・ただそれだけ。

 

 そういう本格的に救いようのない存在だったのが自分なのである。

 今更、命や魂のあるなしだの、意思の有無だの、魔法で動くだけのガラクタ生命だのといった『本人の人格や能力と関係のない要素』に大した価値を見いだせるほど真っ当な転生前人生は送れてきていない。

 

 ・・・とゆーか、必要か? ソレ・・・。

 生徒たち同士でチーム組んで勝敗を競い合って成績決まる類いの授業で仲間選ぶ基準に、生命や魂の有無とか種族がどうとか、魔法で動くガラクタ人形かどうかだなんて選考基準に用いたところで不利になるだけのような気が・・・。

 

「どうしたって、貴女ね・・・」

「仮に百歩譲って、貴女が指摘した要素に価値があるとして。――貴女のお仲間さん達はどうなのでしょうかね?

 皇族の生まれで命もあって、魂も意思も持っている高貴な生まれの割には、能力的にザコ共ばかりしか寄せ集まってきていないように見えるのですけども?

 それこそ魔法で動くだけのガラクタ人形にさえ及ばない、実力よりもプライドの方が何十倍も高いザコ魔族の純血種としか思えないほどに・・・」

『――ッ!! 貴様ッ!!』

 

 自分たちの会話を遠目から眺め見ていたサーシャの腰巾着たちをチラリと一瞥して、軽く皮肉ってやってから本人に向き直り、仲間を侮辱されて怒りに打ち震えているらしい彼女の方にも軽い皮肉を一言だけ。

 

「それと老婆心ながら言わせていただきますけど、『造られた魔法人形には命も魂もない』などという一般論を頭から信じ込んで疑わないのは、自分の頭で考える意思に欠けた、専門家の言うことを素直に信じたがるお人形さんの道徳論です。改めた方がいいと忠告させていただきますが?」

「―――ッ!!」

 

 自分の放った侮蔑を自分に返され、サーシャ・ネクロンは何十もの意味で砂を噛むような表情で唇を歪まされ屈辱を噛みしめさせられる。

 

「――ミーシャ。貴女ずいぶんと面白い仲間を見つけたのね」

「・・・アノスは友達」

「ふ~ん? そう。良かったわね」

 

 やがて、息をひとつ吸い込んで怒気を吐き出して優しげで穏やかな口調を作って妹の方へと話しかけ、何かの割り切りか【行動した後の惨劇という結果】について自分の中での覚悟でも済ませたときと似たような声音で、『でも・・・』と呟き。

 

「生意気が過ぎるんじゃないかしら? ――ねぇッ!!」

 

 黒髪の少女に告げて、一歩退き。――魔力を瞳に込めて力を一気に放出させた!!

 次の瞬間、彼女がもつ紫色の眼球に赤い魔力のこもった文様が浮かび上がり、凄まじいまでの魔力量で空間が歪み、教室中で盛大な破砕音が響くと壁の一部に亀裂が生じさせられる!

 

「は、【破滅の魔眼】だ!? ヤバいぞ、アイツ・・・・・・ッ!?」

 

 誰かが、その現象の名を――正確には、その現象を引き起こさせている原因となる極めて特殊で超希少な【特殊体質】に付けられている名前を呼んだ。

 

 ――破滅の魔眼。

 

 それは只でさえ珍しい魔眼の中でも特に危険物扱いされている存在のことで、魔法とは異なる生まれついて肉体が持ち合わせている臓器の一つであるにもかかわらず、攻撃魔法と同等かそれ以上の効果を発揮することができるとも言われている攻撃性の高い高ランクの魔眼の一種。

 視線に魔力を込めるだけで相手を殺し、使い方次第では視界に移る全てのものを壊し尽くせるほどの絶大な威力を発揮しうる、文字通り【魔の瞳】

  

 魔族・人間に限らず、ほとんど全ての種族を合わせても尚少ない魔眼保持者の中でも、特に希少価値の高いハイレベルな魔眼中の魔眼である。

 

 ――のだが、しかし。

 

「おや、珍しい。破滅の魔眼ですか、なかなかレアな体質をお持ちのようで」

「!? き、効かないッ!?」

 

 黒髪の少女には平然と受け止められ、まるで微風のように破壊の魔力の暴風を柳のように流されてしまって揺らぐことさえしてくれない。

 実際、サーシャの持つ魔眼はたしかに珍しく高威力で、込められている魔力量も相当なものではあり、黒髪の少女自身もその点では素直に驚いていたのだが。

 

「ですが如何せん、制御がまるで出来ていないようですね。指向性もなきに等しい。

 ただ大雑把な狙いだけ付けて、膨大な魔力を適当にバラ蒔いているだけで、魔力の無駄撃ちしているようなもの。単なる浪費でしかありませんね。貴族らしいっちゃ貴族らしい戦い方ではありますけれども」

 

 魔眼は魔法と異なり体系化されておらず、効率的で正しい使い方などというものは存在しない力なのだから、武器として使うと言うならもっと効率的で正しい使い方を構築しておくのが当然の力だろう。

 

 ――だからこそ。

 

「未熟な甘ちゃん後輩に、少しだけ手本を見せてあげるとしましょう・・・・・・」

 

 そう告げて、黒髪の少女もまた黒い瞳に赤い魔法陣を浮かび上がらせ、破壊の力の一端を解放させる。

 

 【破滅の魔眼】

 

 魔族ほどではないが、人間の中にも極希に保持者が生まれてくることのある其れは、二千年前に破滅を世界にもたらした旧魔王も当然のように持ち合わせている力だったから――。

 

「っ!? どうして――」

「どうして自分だけが使えるはずの魔眼を私も使うことが出来るのか――ですか?」

「・・・・・・ッ」

 

 相手の瞳に自分と同じ文様を見いだした瞬間、サーシャ・ネクロンは激しく狼狽して一歩退き。

 それに合わせるようにして、席から立ち上がった黒髪の少女は二歩前へと進み出る。

 

「自分だけが魔眼という特別な力を持たされているとでも信じ込んでいましたか? サーシャ・ネクロン。

 自分は大きくて強い、特別な力を持って生まれた他とは違う存在だ・・・と? ――ハッ・・・、屁でもない。この程度の児戯では遊びにもなりません」

 

 魔法とは異なる特異な体質の一部として、生まれつき魔眼を持ち合わせて生まれてきた魔眼保持者たちの多くは、子供の頃に自分の意思では制御できない魔眼の力に振り回され、幼児期の人生をメチャクチャにされた者や、されかかった者が多数を占めている。

 これは人間・魔族に限らず、魔眼を子供の頃から持って生まれてきてしまう可能性を持った種族すべてに共通する特徴の一つだ。

 

 そして、強大な魔眼の力に振り回される人生を送らされた者たちの多くは、自らの持つ魔眼に対して畏怖と畏敬、ある種の恐怖や敵対心・信仰心を持つようになって絶対視していくようになる傾向が強く見られる。

 

 自分の人生を振り回した存在をバケモノかなにかのように思い込みたい衝動に駆られてしまうのだ。

 そういう者達は、魔眼に対して制御できるようになってからも無意識のうちに力を過大評価しすぎてしまう心理的偏向を持つようになり、自分と同じ魔眼を他人が持っているはずがないという前提で敵に接してしまいやすくなってしまう。

 

 要するに、魔眼と魔眼の力に振り回された人生を持つ自分を良くも悪くも特別視してしまって、魔眼を持たない敵を軽視し、油断してしまいやすくなるのだ。

 そういう精神面の腐敗と、黒髪の少女は生まれた時から無縁だった。

 

 ・・・・・・なにしろ自分たちの産んだ娘の瞳を気味悪がって殺そうとした両親と、生まれ故郷の村人たち全員を返す力で皆殺しにして村ごと消滅させてやるため魔眼を使い、王国の要人に目にとまって適当な地位と権力を得るための便宜を図らせるため利用したのが自分の始まりとなっている黒髪の少女である。

 

 力は力。道具は道具。魔眼の力も他人を傷つけることしかできないのなら武器という名の道具でしかない。

 自分の持つ武器の性能を把握し、適切に有効利用することは当たり前のことでしかなく、特別に思う点など微塵もない。

 

 ・・・そういう少女だったのだ、自分は。同じ力を持って生まれてきた者同士であろうと、その感じ方と捉え方と使いこなせるようになるまでの道程は、子供と大人ほどに違い過ぎている・・・。

 

「・・・なるほど。持って生まれた魔力量は中々のもの・・・いや、伸びしろを考えるなら相当なものと言うべきでしょうね。

 もっとも、多少の強敵や困難に出会ったとしても魔力の総量だけで力押しして勝ててしまえるほどの魔力量を持っていたからこそ、制御法では感情共々コントロールが下手クソになってしまったと言えるのかもしれませんが」

 

 相手に顔を近づけて、魔眼を通して相手の内側へと魔力を送り込み、その中身に詰まっている様々なものを解析しながら感覚の触手をサーシャの内部に伸ばしていく黒髪少女。

 ミーシャに関係する事柄を共有している可能性が高いため記憶などには手をつけず、相手の持っているスペック面だけを丹念に調べ上げて精査し尽くし、

 

「でも見所はありますね。鍛えれば今の時点で並の大魔族より上にいけるほどの天稟を持っておられる。――どうです?

 私の班員として加わってくれるというなら、特別に私が手解きをして今よりずっと強くしてあげますよ? 少なくとも、家柄と血筋を誇る以外に何の取り柄もない有象無象の雑種共と戯れるよりかは遙かに多くのものを授けられると保証させていただきますが?」

『~~~ッッ!!!!』

 

 チラリと視線を向けられ、再び色めき立つサーシャの取り巻きたちを遠目に眺めて苦笑して。

 

 ――そして、一言だけ意地悪な言葉を付け加えておくのも忘れない。

 

「それに私の班に入ってしまえば、ミーシャさんとも仲良くできる口実が得られますよ?」

「・・・ッ!!」

 

 “餌”として放った言葉を耳にして、過剰なほどに大きな反応を疑問への回答として返してくれる正直すぎる女の子サーシャ・ネクロン。

 

 黒髪の少女に話しかけ、自らの班に誘っておきながら、話している言葉の内容自体は妹のことばかりで、間接的に妹へと聞かせたがっている言葉を伝えるための伝言板として使われたら、誰だって気付くであろう当たり前の本心を「まだ隠せている、暴かれてはいない」と思い込んだままの正直すぎて素直すぎる女の子。

 

「――その人形を妹だと思った事なんて一度もないわ!」

 

 そんな彼女は魔眼を再び赤く点滅させながら、それでも力の放出そのものは発散させることなく強く言い切って背を向けて、ドカドカと元来た道を歩み戻っていく彼女に対して黒髪の旧魔王少女は「そうですか。それは残念」と少しも残念に思っていない口調で返事を返してやりながら、先ほどの質問で『正直な思いを答えとして返してくれた良い子』な彼女に対してご褒美として、余計な一言と分かり切っている戯言をミーシャにも聞こえるよう嫌味ったらしい口調でサーシャの去りゆく背中に向けて、わざとらしく間接的に伝えてあげる。

 

「・・・ですが私、貴女とミーシャさんが姉妹であるから仲良くしろ、だなんて一言も言った覚えないんですけど記憶違いでしたっけかね?」

「~~~ッッ!? !!!!」

 

 今度の質問には答えようとはせず、振り返って今の顔色も見られるような愚行はせず、ドカドカと貴族令嬢らしからぬ荒っぽい歩調と大股で自分の席まで戻っていくと、彼女の帰りを待っていた取り巻きたちを『あ、サーシャ様どうでし・・・ヒィッ!?』と一気に怯えさせて蜘蛛の子を散らすように追い払ってしまった上で、頬杖ついて顔を横向きにしたまま黒髪の少女とミーシャのことなど見たくもなさそうにソッポ向き続けて、その日一日の授業が全て終わるまで体勢を変えることは一度もなくなってしまったのだった。

 

 

 

「――面白い人でしたねぇ~。ついでに言えば正直な人でもある。あれだけ素直に自分の感情を表現できる年頃の少女というのも、今どき珍しそうで結構なことです。

 どうやらネクロン家の血筋には、素直な良い子の少女たちが生まれやすい性質でも持ち合わせているようで・・・クックック・・・」

「・・・・・・アノス、悪趣味・・・」

 

 やや冷ややかな視線で隣席のクラスメイトを見つめながら非難がましい口調でミーシャ・ネクロンが言って、そして少しだけ自分も顔を背けて赤くなりかけてしまった頬の火照りを冷まさせる。

 

 黒髪の少女はサーシャ個人だけのことは褒めずに、『ネクロン家の血筋には』と表現していた。その意味がわからないほどにミーシャ・ネクロンも馬鹿な女の子ではなかったので恥ずかしく感じていたのであった。

 

 そんな年頃の少女のウブな反応を、魂年齢二千歳以上の老人らしく愛でて楽しみ。

 その後で少しだけ表情を改めると、気になっていた今ひとつの疑問について本人の妹の方にも確認の質問を聞いておく。

 

「しかし彼女、無闇やたらと【破滅の魔眼】が出たり消えたりしていましたが、自分の意思以外でなんか発動条件でも課されているタイプでしたので?」

 

 魔眼の使用方法は大別すると、【自分の意思とは関係なしに発動する自動発動型】と【任意で使い分けが可能になるが時折暴走する半選択発動型】の二種類に別けられると魔眼研究者の一部からは言われている代物で、より強大な力を持つ魔眼ほど自分の意思で完全に使いこなすのは難しいとされている。

 

 サーシャは当初、自分の意思で【破滅の魔眼】を黒髪の少女に向けて「攻撃に使用してきた」が、一方で攻撃に使って来なかったときにも魔眼は発動して瞳を赤く不定期的に明滅させ続けてもいた。

 

 魔眼を制御できていない――それは解る。

 だが、どういう時にどういう条件で制御できなくなるのが今一わからない。

 魔力コントロールは確かに未熟ではあったが、自分に対しての攻撃には使えてたので【魔力コントロールが出来てないから魔眼が勝手に発動してしまう】というほどには未熟ではないと言うことではあるのだろう。

 では、一体何故・・・・・・? 

 

「・・・感情が高ぶると自然に出る」

「・・・・・・子供ですかい、あの人は・・・・・・」

 

 本人の事情を子供の頃から知ってたっぽいサーシャの妹ミーシャ・ネクロンから答えを得られ、思わず頭を抱えたくなってしまった黒髪の魔王少女。

 

 ――魔眼という穴から自分の魔力を、感情的になってしまったからというだけで不用意にダダ漏れさせてしまう・・・・・・。

 

「それじゃ、子供がオネショするのと同じようなものじゃないですか・・・・・・割と本気で何やってんですか、あのお子さま皇族令嬢のお嬢様は・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 頭を抱えながら呻くように隣席の同級生が姉を評するヒドい言い方を聞かされながら、まさか同意するわけにもいかない妹の立場で黙るしかないミーシャ・ネクロンは相手と一緒になって黙り込み。

 ほんのちょっとだけ・・・・・・言われてみたら確かにそうかもなぁー・・・と思わなくもなかった感想は墓場まで持っていくことを胸に決めて次の授業のための準備を開始する。

 

 

 

 

 そして、放課後。

 

 

「ふぁ~・・・、あー、よく眠りましたね。スッキリです」

「・・・授業、ずっと寝てて大丈夫なの・・・?」

 

 大あくびを放りながら、学園の校門を潜り抜けようとしていく黒髪の寝ぼすけ少女に対して、隣に並んで姿勢正しく歩きながら下校している銀髪の真面目な優等生タイプの少女から心配そうな声がかけられていた。

 

 当世の人間界で人気が出そうな『問題児の不真面目少年と、付き合いよくて優しく世話焼きな美少女の組み合わせ』という一方的に男ばかりが得をできそうなシチュエーションであったが、生憎と少年はおらず、両人共に女の子なので一般受けはしそうにない組み合わせでもあるのであった。

 

「・・・あー、そう言えば確かに今に伝わる魔王さんの伝承について語っている授業だけは聞いておくべきだったかもしれませんでしたねぇー・・・。

 今さら言っても手遅れですが、やはり授業内容ぐらいは確認してから寝るべきだったでしょうか?」

「・・・・・・今日の授業で、暴虐の魔王に関することはやっていない。それは魔族すべてにとっての常識。今さら教える必要なんてない。詳しく知る必要があるのは二回生から・・・」

「そうなのですか? それは良かった。これで二回生になるまでの授業は全て寝て過ごせそうで安心ですね。ホッとしましたよ」

「・・・・・・」

 

 気遣いが気遣いにならず、却って逆効果を招くだけになってしまう相手だということを理解させられ、ミーシャ・ネクロンはもう、黙り込むしかない。

 ・・・それ以外に少しでも友人を授業に参加してもらうことは出来そうになかったから・・・。

 

「・・・って、おや?」

 

 校門を潜り抜け、学校前にかけられた橋を渡ろうと思って顔を上げた瞬間に意外な人物が視界の中心に出現していることに気づかされて声を上げる。

 隣で歩いていた友人がそうしたのでミーシャもそれに習い、同じ人を視界内に見いだして表面的には普段通りの無表情を保ったまま内心では何かを思ったのか思わなかったのか解りようもない沈黙だけで応対を決める。

 

「――気が変わられたのですか? サーシャ・ネクロンさん」

 

 橋の前で二人を待ち構えていたのは、今朝方に自分を誘って棒に振られた金髪ヒ・・・お嬢様のサーシャ・ネクロンだった。

 片手を腰に当てて、右腕を垂らし、胸を反らして挑戦的に相手を見上げる、なんか格好いいポーズを取りながら自分たちの到着を待ちわびていてくれたらしい。

 ・・・どうでもいい話ではあるが、上に向かって反らされている胸のサイズが小さいと、このポーズは何というかこう・・・迫力に欠ける気がするのは気のせいだと思いたい。

 

「勝負をしましょう」

 

 話しかけられた途端にポーズを解いて、腕組みの体勢へと姿勢変更しながら言ってくる皇族令嬢サーシャ。

 ・・・なにか? 入学試験の時のロペスだかロベスだかの不良皇族弟と同じで、今の魔界皇族には無意味なポージング変更しながら会話するのが伝統として伝わってでもいるのだろうか? だとしたら一体なにを捏造して伝えさせてんだよ偽魔王のアホッス蛭蛇さんは・・・

 

「班別対抗試験、負けた方が相手の言うことを何でも聞く。もしも貴女が勝ったら、ご希望通り貴女の班に入ってもいいわ」

「ふむ? では貴女が勝った場合に私が求められる要求内容は?」

「――“私の物”になりなさい」

 

 人差し指を突きつけて、額に軽く触れさせただけで、傲慢な上から目線の言葉遣いなのに、妙に柔らかくて優しい口調でサーシャは告げる。

 

「私が言うことには絶対服従。どんな些細な口答えも許さないわ。――どうかしら? この勝負、貴女に受けるだけの勇気と度胸があるなら応じて見せて、勝って見せなさい」

「ふむ・・・・・・」

 

 軽く唸り、短い時間だけ考える黒髪の少女。

 勝負を受けることに不服はなく、不平もない。どーせ自分の勝ちは確定している実力差のある勝負なのだから、受けてしまったところで何のデメリットを被る心配もない。

 

 ただ、しいて足りない部分があるとするならば――――。

 

「不足ですね。私が勝った時に得られる代償が、貴女の求める要求と比べて安すぎます」

「な・・・っ!?」

 

 相手にとっては思いがけない返事だったせいか、サーシャ・ネクロンは驚愕したように表情を引くつらせて驚きの声を上げる。

 普通に考えたら常識の範疇にある内容の返事だったが、サーシャ自身は『自分にはそれ程の価値がある』と確信しているタイプだったので、普通の回答とは受け取れなかったらしい。

 主観的に自分が信じている真実と、客観的な事実というのは同じであることの方が少ないので別に今さら怒る気にもなれないけれど、リーダーになるのであれば今少し常識的な基準についても承知しておいてほしいものだとは正直思わなくはない。

 

 言葉を失い、絶句したまま衝撃から立ち直り切れていない、『自分に宣戦布告してきた敵』に対して、黒髪の少女は情け容赦なく・・・・・・というほど大人げなくない程度に手加減しながら軽い言葉で追撃を優しくかけてあげるだけにしておく。

 

「自分が負けたときには大した物を失わずにすみ、勝った時には一方的にボロ儲けできる勝負だったら、相手に挑むときに覚悟なんて少しも必要ないんでしょうなー、きっと」

「ぐぐ・・・っ、こ、怖いのかしら・・・? 勝負に負けて私の所有物にされるのが・・・? あ、安心していいわよ。私、自分の所有物は大切にするタイプなのよ。貴女のこともちゃんと可愛がってあげ―――」

「“金持ちほどケチなもの”って昔どこかの国の諺でありましたよねー、たしか。

 ・・・・・・どうやら事実だったようです」

「~~~~~~ッッ!!!!」

 

 ここまで言われてしまったら、サーシャ・ネクロンとて逃げることは許されない。

 たとえ許されたとしても自分自身のプライドが、自分の逃亡を決して許すことは出来なくなってしまうから!!

 言葉でプライドを傷つけられたら、物理的に三百倍返し!! ・・・言葉としてハッキリと明言したわけではないし、本人もそんなこと考えているつもりはなかったが、サーシャ・ネクロンの性格とか考え方は大体そんな風な感じでできていたりするようである。

 

「・・・・・・いいわ。特別に私も貴女と同じ条件で勝負してあげる・・・ッ」

「そうですか。それでは契約成立と言うことd―――」

「ただし!!!」

 

 ただし、ただしである。このまま相手の言い様に終わらされてしまうのもサーシャ・ネクロンの誇りと矜持と何よりもプライドが許してくれない。

 なにかしら言い勝ちしてから終わらないと、彼女の見栄っ張りなプライドは今夜の自宅内で使用人にでも八つ当たりしないと抑えられないくらいに高ぶりまくってしまうから。

 

「私が勝負に勝ったときには、貴女のことホントーに大切に扱ってあげるから! ええ、そりゃもう念入りにたっぷりとねっとりと徹底的に可愛がってあげるし、暖かい寝床も雨の降らない屋根も風の吹き込まない壁も、暖かい餌だってちゃ~~~んと用意して心底可愛がってあげるから!! 本気で覚悟して勝負に来なさいよね! 絶対よ!? 逃げたりしたら死刑!!」

 

 そう叫んで、言いたいことだけ言って、『自分が勝った時にはペット扱い確定!』と具体的な言葉には一言も出さないわりには誰が聞いても誤解されそうもない、ある意味器用な文法を使い、使い終わってからズカズカと肩をいからせながら大股で歩み去って行く。

 今、橋の向こうで角を曲がり―――ゴミ箱を蹴飛ばして、野良猫に悲鳴を上げさせて逃げ出していくのが魔力で強化した視力で見えた。

 

 

「・・・あの人の場合、【破滅の魔眼】関係なしで自ら破滅呼び込んじゃってる気がするのは私の気のせいなんですかね・・・?

 たとえ魔眼なくてもプライドだけで破滅しそうなレベルの人なので、逆に心配になってきちゃって戦いづらいことこの上ない相手になっちゃっているのですけれども・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 ・・・ここまで来ると、流石に笑えない・・・。ミーシャとしても、流石にここまで来ちゃうとフォローできない。――ってゆーか正直な話として、身内として少しだけ恥ずかしいレベルである。

 

 ――まぁ、何はともあれ。

 こうして二千年の眠りから覚めた暴虐の魔王少女は、ミーシャではない、もう一人の運命の少女との出会いを終えて、一週間後に最初の絆が結ばれる運命の闘いへと至るための条件が整えられたのは間違いない。

 

 

 復活した暴虐の魔王VS破滅を呼ぶプライドを持つオネショ皇族少女の戦いは、こうして始まりを迎える・・・・・・。

 

 ・・・・・・本気で主観的には物凄く戦いづらいし、倒しづらい事この上ない運命の少女との一戦は、本気でどう戦って倒してしまって良いものなのか・・・・・・それは魔王でさえも全く予測できない破滅の結末しか用意されてない戦いのような気さえする。そんな戦い。

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第8章

書き途中で放置しちゃってたのが気になりましたので、『魔王様、リトライ!』のネタエルフ版最新話を完成させて投稿させて頂きました。次は何の作品を書こうかなーっと♪


 ――前回までのあらすじ。

 ゲームで使っていたネタエルフキャラの身体で異世界転移してしまったナベ次郎は、聖光国の聖女ルナ・エレガントに魔王ロールしていた恥ずかしい黒歴史を知られてしまったと勘違いして脅しをかけて口封じをしようと魔王ロールする本末転倒な選択を選び、相手を威圧するスキルを使用したのだった! ―――だが、しかし!!

 

 

『ひ、ヒィィィィッ!? か、神様~ッ!!!』

「・・・っ、みんな! 落ち着きなさい! 正気に戻って! 【ブレイブ・ハート】!!!」

「なにィッ!?」

 

 聖女ルナに精神異常回復系の魔法を唱えられてしまった!

 モンクスキル《雄叫び》の効果はすべて打ち消されてしまった!!

 

『・・・お? おおぉ・・・。我らは一体何を・・・』

 

 聖女ルナ指揮下の騎馬隊が正気を取り戻してしまった!

 脅しの効果は絶望的だ!!

 

「お、おのれぇぇぇぇッい!?」

 

 それらの光景を見て、ナベ次郎は大いに慌てる。脅しで済ませつつもりだった相手に正気を取り戻されてしまったことでヒドく取り乱してしまった程に。

 

(い、いけません! これでは私が魔王ロールをしていた黒歴史が大勢の人にバレてしまいます! これほどの人数を殺すことなく口止めするには他に方法がなかったのに!)

 

 黒歴史を広められないための演技で、新たな黒歴史伝説を作り出してしまっている自分に気づけていない、賢さ低めの物理バカ設定を持つ脳筋モンクなロリエルフは相変わらずバカな思考を独りよがりで続けながら、一人心の中で狼狽え続ける。

 

 

 ――対してルナの方は、自分の的確な判断と行動によって味方の騎士たちを恐慌状態から救い出し、自分の属性とは異なる一番上の姉が使える魔法を改良した自己アレンジのオリジナル魔法の効果までもを実証できて、鼻高々な上位に立てていた。

 ここまでは彼女が行った行為は自称魔王の比ではなく、ぶっちゃけ勘違いから暴走して失敗ばかりしている魔王に対して計算で目論見を打破した時点でオツムの出来では圧倒的に上だと主張することも許されたであろう。

 

 ・・・・・・だが、そこで止めときゃいいのに、止まらないのが聖女ルナのルナたる由縁であり・・・。

 

「さぁ、みんな! もう大丈夫よ! 助けてあげた私に心から感謝して立ち上がりなさい! そして私を称えなさい! 魔王を倒した三聖女最強のルナ・エレガントの名を高らかにね!!」

『・・・お、オオオォォォォッ!! 流石だ! 流石は聖女様だ! ルナ様だ!!』

『ルナ様万歳! 貴女こそ我らの救い主! 最強の救世主! ルナ・エレガント様ーッ!!』

『ルーナッ! ルーナッ!! ルーナッ!!!』

「・・・・・・・・・・・・ふっ!!」

 

 おいバカやめろと、言っても遅く。なまじ信仰心豊かで、天使信仰に対して誠実な実力ある騎士たちを伴ってきちまったばっかりに裏表のない賞賛と、救ってもらえた感謝の言葉を浴びせられまくられて、もともと調子乗りやすいところを持つ聖女の末っ子ルナ・エレガントは本気で思い上がり始めてしまっていくようになっていき。

 

「次はアンタの番よ魔王! 観念なさい! 手品のタネが割れてしまった今のアンタなんか、私たちの敵でも何でもないんだからね!!」

 

 聖女ルナ、自分の頭の中に思い浮かべてた魔王のイメージに正当性を得て確定しちゃったの図。

 

 彼女の中で、魔王という存在は誇張されたものであり、天使最高、天使に選ばれた才能ある自分は超最強、魔王なんて詐欺師まがいの実物小物に過ぎないに決まっているわ! だって悪の魔王なんだもの! 魔王は神に選ばれた聖女に倒されるヤラレ役なのが当然でしょう!?

 

 ・・・というような思考法で成り立っていた存在だったからである・・・。

 案外アホの魔王エルフと気が合いそうなレベルのアホ思考であったが、もともとが魔法の才能を認められて実力で聖女の地位を勝ち取った、審査基準に人格とか他の勉学とかが考慮されていたわけではない少女のため、そこら辺はまぁ仕方があるまい。

 

 

 むしろ問題なのは、こちらの方―――

 

(くっ、クソゥ! こうなったら魔王ロールの黒歴史を誤魔化すために使える、何か別の魔王はいなかったでしょうかね!? 別の魔王はッ! なんか他の魔王キャラはッ!?)

 

 ・・・魔王ロールを誤魔化すための魔王ロールが途中で阻害されたからと、次の魔王候補を記憶の中から探し始めてたゾンビアタック上等な脳筋バカエルフ娘の方が大問題だっただろう。

 何度やられても復活させてもらって、また突撃していく死に覚えのゲーム脳が裏目に出たか・・・。

 

「フッ! だいたい魔王のクセして聖女の私に楯突こうだなんて生意気なのよ。悪しき存在である魔王が、天使様に選ばれた聖女に討たれるなんて当たり前の話じゃない」

「――ふっ・・・」

 

 そして、その結果。

 脳筋ネタエルフの自称魔王様は・・・・・・

 

「ふっはっはっはっはっは、ハーッハッハッハッハッハ!!! ―――下らぬ!!」

「なっ!?」

 

 新たな魔王ロールする“魔王キャラ”を思い出す。思い出してしまいやがった・・・!!!

 

「その程度の理由で聖なる存在になれたつもりか? 天使に選ばれた力ある者が聖女ならば、それは天使に選ばれ与えられた圧倒的な力で世界を支配しようとする私のことだァッ!!」

「なっ!? ま、魔王の分際でなに言ってんのアンタ! 魔王が聖女を自称するなんて智天使様を侮辱するにも限度ってものがあるでしょうが!!」

「何をつまらぬことを言っている! 強い者が弱い者の上に立って支配する、それが当たり前の世界だ! 聖女も魔王も変わりあるものかァッ!!」

「うっ、ぐっ!?」

 

 自称魔王のネタエルフ、そんなつもり無かったセリフで聖女ルナの精神的急所をブッ刺して大ダメージを与えてしまった。効果は抜群だ!! 精神面だけだけど! 肉体的にはノーダメージだけれども!!

 なにしろ自分自身が『魔法の才能ある』ってだけを理由に聖女に選ばれただけで、生まれた家が聖女様の家系だった訳でもないし、聖女だって言ってきてるのは聖光教会の偉そうな連中だけで、天使様達から指名してもらえたわけじゃないし、そもそも座天使さまや熾天使さまは人前に姿を現さなくなってから数百年経ってるから自分が会えてるはずないし。

 

 そして、過去にあった出来事から教会のお偉いさんが『聖女と言うから自分は聖女なんだ』と教会のジジイ共の言うことを素直に信じ込めるほど連中のことが好きでもないルナにとってみれば、なんとも答えにくいタイプの問いかけ罵声。

 

 だからこそ、こういう時には仲間を頼るのが聖なる存在!

 自分の心が痛くて苦しくて戦えない時には、代わりに仲間だけで戦ってもらいましょう! それが優しさ重視で一人だけの支配を否定する聖なる正義パーティーの方針というもの。

 

「あ、アンタ達ぃ!! この口先だけの間抜け女を捕らえなさい!」

『お、オオォ・・・?』

「生かしたまま捕らえるのよ! 絶対に殺しちゃダメなんだからね! 生かしたまま捕らえて聖女である私自ら悪に正義の鉄槌を下してやるんだから! アンタ達は捕らえてくればそれでいいわ! 行きなさい!!」

『お、オオオォォォォォォッッ!!!』

 

 聖女ルナ、私怨目的で言っただけのセリフで結果論的にはファインプレイ。

 ぶっちゃけ、さっき自分たちが心底恐怖させられたばかりの魔王に特攻するのは怖かったので、「捕らえるだけでいい」とか言ってもらえると難易度下がったような気がして突撃しやすくなってた下っ端騎士達の心理事情。

 強敵を倒してくる『討伐依頼』よりかは、捕らえてくるだけの『捕獲依頼』の方がなんとなく戦闘面では楽な気がするし、ミニゲーム的な内容を連想しがちな人間心理だけど、実際には殺さずに捕まえる方がよっぽど難易度高いのは言うまでも無し。

 ただ単に、突撃しろと命令されたらイヤでもしなきゃ行けない、しがないサラリー騎士マンたちによる心の中の自分納得させる用の言い訳でしかなかった訳なんだけれども。

 

 

 ――彼らに突撃されてきてる、敵と定められた魔王の側にそんな事情は関係ない。

 

 

(よっしゃ! なんか知らんですけど自分から突撃してきてくれましたよ! ラッキー♪)

 

 ただ心の中で快哉あげて、敵が自ら墓穴掘ってくれたと感謝したくなってるだけである。

 モンクという職業は基本的に一対一の戦いで能力を発揮するタイプのジョブで、多対一に効果をもたらす全体攻撃系のスキルは他の接近戦用ジョブより圧倒的に数が少なく、威力も低い特徴を持っている。

 別に一人一殺ずつで倒してしまっても良いのだが・・・・・・それだと何となく魔王っぽさが減るイメージがナベ次郎の中には存在していたからだ。

 

 魔王と言えば、何となく強力無比な全体攻撃持っていて、パーティー全員を単独で一度に圧倒できる存在のことを言うと彼だった頃から彼女は思い浮かべ続けており、接近格闘で超強い魔王も否定する訳ではなかったが、それだけだと埋没してしまいそうな気がして微妙なような気がしていた。

 

 せめて、口から怪光線吐いたり、ドテッ腹ブチ貫かれた状態で卵はいて次の魔王の息子誕生させたりしておかないと、その内に「そう言えばアイツって敵だったんだよなぁ~」とかツルッ禿げの味方になったキャラから言われるキャラになって魔王感ぜんぜんなくなっちゃいそうな気がして、なんかイヤだった次第である。

 ・・・いや、味方は味方で好きなんだけど、魔王っぽさも維持したくはある厨二思考に過ぎないんだけれども。

 

 まっ、何はともあれ丁度いい状況を敵の方から作ってくれた時には、ありがたく便乗させてもらいましょ♪

 

「小賢しい・・・雑魚は引っ込んでいろッ!!!」

『なっ!? う、うわぁぁぁぁぁッ!?』

「あ、アンタ達ぃぃぃぃぃっ!?」

 

 叫ぶと同時に右手を突き出し、開いた手のひらからオーラを放ち、周囲の敵すべてにぶつけるモンクスキル《吹き飛ばし》

 《ゴッターニ・サーガ》では接近しないと使える攻撃スキルが少ないモンクが、一旦仕切り直しする時だけに使う特殊スキルで、使用した時に自分の周囲にいた敵たち全てをフィールドの反対側の壁まで飛ばして叩きつけるという中々便利なようにも見えるスキルなのだが、見た目が派手な割に『与えられるダメージは0』なので、あんまし使いたがる人はいなかったネタ向けのスキルでもあったりする。

 

 あと、基本的に接近され過ぎてること前提での吹き飛ばしなので、近くに寄って来てもらわないと効果がなく、手の平を前に突き出すモーションだけやって硬直時間が発生してしまう欠陥スキルになっちまう類の能力なので多用は禁物が常識。

 

 

 ―――余談だが、特攻ネタ系エルフのナベ次郎は、敵に接近しないと殺されるぐらいしか出来ることないビルドのキャラなので、本気でなんの役にも立たないスキルだったのに多用しまくっていた過去を持ち、笑いは取れたが経験値は減りまくっていたアホエルフでもあったりもした。

 ・・・・・・それが今この状況に影響与えていないと保証できる者は誰もいない・・・。

 

 

 ドガァッン!! ドシャッ!!!

 

『ぐわぁッ!?』

「な、なんなのよ!? コイツはッ! アンタ今一体なにしたの!?」

「フッハッハッハ・・・・・・」

 

 突然、目の前で空間がゆがんだように見えたと思ったら、物凄い勢いで魔王に突っ込んでいってた騎士達が逆に跳ね飛ばされて自分たちが向かっていた方向とは逆に壁に叩きつけられて地に伏す光景を見せつけられ、聖女ルナ・エレガントは恐慌を来す寸前に陥っていた。

 

 意味がわからない。コイツの力がなんなのかが全く解らない・・・。

 こんなことはあり得ない、天使様に選ばれた自分たち聖女を超える力を天使様から与えられてる存在が他にいるなんてこと、絶対にあり得ないんだと信じたい!!

 ――けれど!!!

 

「ファッハッハッハ・・・・・・潰れてしまえぇぇぇぇッい!!!!」

「ひ、ヒィッ!?」

 

 生まれて初めて目にする圧倒的存在の強大な力を前にして、聖女ルナは戦意を失い、右手に持ったラムダの杖という強力なマジックアイテムも手放して取り落としてしまい、迫り来る魔王を目前にしながら両手で頭を抱えて縮こまってしまうことしか出来なくなってしまったのだった・・・・・・。

 

「フッフッフ・・・どうしたァ? 遙々こんな土地まで辿り着いたというのに、何もせずに消えるつもりか?」

「あ、ああ、ぁ・・・・・・」

「それで聖女のつもりか? 偽りの聖女よ。自らの間違いを認め、悔い改めて我が配下に加わると誓うのなら見逃してやらんこともないが?」

「ううぅ・・・そんなこと・・・っ、聖女が悪しき存在である魔王の手下になるだなんて・・・そんなのだけは絶対に、イヤよっ」

 

(えー・・・? ダメなのぉ~・・・。じゃあどうすれば交渉成立させられるんだよぉ、この状況になっちゃってからさぁー・・・・・・)

 

 自称魔王なロリネタエルフ、ようやく今さっき冷静さを取り戻してしまって内心で焦りまくってるの図。

 見切り発車が基本の特攻戦法で、ここまで来ちゃったけど勝った後のこと考えてない連中が使いやすい戦法が特攻なので、当然のようにナベ次郎も勝てた後の事なんて考えて使ってきておらず、実際に勝っちゃった今になって慌てまくるアホ魔王というか、アホ大帝国戦争指導者みたいになっちまってて大いに困りまくっていたりします。

 

「フッ・・・よかろう。我も取るに足らぬ虫ケラを潰して悦に入るほど邪悪な存在ではない。貴様ごとき矮小な偽物程度の詭弁であれば、女子供のやることとして特に許し、見逃してやるのも吝かではない・・・・・・」

「う、ぐ・・・・・・チクショウ・・・っ、言いたいこと言ってくれちゃってぇ・・・(ビクビクッ)」

「だが、我に歯向かった者になんの罰も与えないというのも癪ではある。さて、どうするべきだろうか・・・・・・」

「うぅ・・・、ううぅぅう・・・・・・(ビクビクッ、びくんびくんッ)」

 

 とりあえず冷静さを取り戻せてきたので、魔王じゃなく傲慢なAU王様のセリフも取り入れて、色々と誤魔化せるような話のもって生き方考えてみてはいるんだけれども。

 

 ――なんも思い浮かばない。これっぽっちも思い浮かばない。何一つとして良いアイデアが浮かんでこない。

 このまま無為に時間だけ過ぎさせるため、無意味な長広舌で時間稼ぎセリフ言い続けるのも限界あるし本気の本気でどうすれば・・・!?

 

「・・・そうだな。アレを使ってみるとしようか。女子供を殴るのは好きではないが、そうしないと貴様本来の輝きは取り戻せぬものと信じるが故に・・・・・・」

「な、何をする気よアンタ!? や、や、やめてぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

(ええぇーい! こうなったら、なるようになれです! 行けるところまで行ってやりましょう!! 出でよアイテムボーックス!!!)

 

 

 

「どん! 魔王アイテム!!(今作った造語)

 【銀のルーレット】ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!」

 

 

 

 こうして自称魔王は今回もまた、ゲーム内では設定だけ書いてあって実際には使い道無くて売るしかなかったアイテムの一つを取り出して、効果わからないまま使ってみて。

 

 ・・・・・・再び、悲鳴と恐怖に満ちた悲劇の幕を開いてしまったのである・・・・・・。

 

 

 

 

 高い崖に挟まれた峡谷の中を貫く広い路に、先ほどから女の子の悲鳴が響き渡り続けている・・・・・・。

 

 バシーン!! バシーン!!

 

「痛ーい!? やめてやめて! もうやめてよーッ!?」

 

 悲鳴を上げさせている者に、人の心と呼びうる者は一切無く。

 悲鳴を上げさせている女の子が、泣こうが叫ぼうが怒鳴ろうが関係なく。

 たとえ許しを請おうとも、苦痛を与えて悲鳴を上げさせる作業を止めようとする意思は欠片も見いだすことなど出来そうもない。

 

 バシーン! バシンバシン!! バシーン!

 

「痛ぁいぃ!? お尻ィッ!? お尻やめてェッ!?」

『・・・・・・・・・』

 

 部下である騎士達の見ている前で、敵の手下に抱えられ、尻をたたかれ悲鳴を上げさせられて許しを請うても許してもらえず、冷酷非情に罰を与え続ける心を持たない機械人形のごとく冷徹なる断罪者。 

 

 バシンバシンバシン!!! ベチンベチンベチン!!!

 

『る、ルナ様・・・ッ、くっ! お労しい・・・!!』

 

 彼女の部下である騎士達も、下唇を噛みしめて悔しさに震え、聖なる存在を助けに行くことの出来ない自分たちの無力を嘆くことしかできない・・・・・・まさに聖なる勢力にとっては絶望的としか表現することの出来ない悲惨な現状。

 

 ・・・だが、それもまた仕方が無いことだったかもしれない。

 何故なら、それ程までに圧倒的すぎる存在感を放つ強敵だったのだから、レベルの上で遙かに格下であることを思い知らされた騎士達には何一つとして出来ることはなかったのだから・・・。

 

 バシーン! バシーン!! バシンペチンバチーン!!

 

「痛い!? 痛い!? やめて許してお尻もうぶたないでー!?」

『・・・・・・・・・』

 

 ・・・聖女ルナ・エレガントの胴体を、片手だけで鷲掴みにし水平に持ち上げてしまえる巨大すぎる右腕を持ち。

 左手に持った巨大な鉄の板を、何度も何度もルナの尻に叩きつけては悲鳴を上げさせペースを一切乱そうとしない、正確無比な腕を振る速度を持つ左腕。

 そして、人一人を軽々と抱え上げて尻をたたき、助けようとした騎士達の攻撃など蚊に刺された程度にさえ感じていないかのように視線すら向けることなくルナの尻を叩き続けている、鋼鉄の精神力と肉体強度を誇る未知の怪物。もしくは―――【バケモノ熊】

 

 

 そんな自分たち全ての想像を超える、圧倒的存在を前にして異世界の常識の範疇に収まる存在である騎士達に出来ることなど見ていることしか出来るはずもない・・・・・・そんな絶望的すぎる状況を眺めながら。

 この状況を生み出してしまった張本人である魔王は、唇を歪めて密かに笑う。

 

 

 

 

 ウィ~ン、ガッチャン。――ベチン!!

 ウィ~ン、ガッチャン。――ベチン!!

 ウィ~ン、ガッチャン。――ベチン!!

 

 痛い! 痛い! 痛~ッい!? もうやめてーっ!!

 

 

 ・・・・・・目の前で、巨大な熊さんに虐められて悲鳴上げてる女の子がいます。

 熊さんの後ろから見てると解るんですけど、背中にグルグル回って動力を生み出している巨大なゼンマイが付いた姿は妙に懐かしく感じられ、ノスタルジックな雰囲気漂う見た目がとっても・・・・・・おもちゃ屋さんな気がして私的には非常に好み♪

 

 思わず笑みが浮かびそうになってしまって、女の子が虐められてるのを笑うのは失礼だと気づき、慌てて引き締めようとして微妙な形に唇がなってしまうほどに・・・・・・懐かしい・・・。

 

「なかなか良いものを見せていただきましたね。懐かしくて非常によろしいです」

「だ、大丈夫なんでしょうか・・・? 聖女様のお尻は・・・。

 あと、聖女様のお尻を叩き続けている、あのクマさんは一体なんなのでしょう・・・?」

「見ての通りですよ、アクさん。タンバリンを叩いて、お客さんを呼んでいる働き者の熊さん店員さんです」

「タンバ・・・? 私には聖女様のお尻を無表情に叩き続けている、拷問クマさん人形にしか見えないんですけども・・・」

「ジェネレーションギャップという奴でしょうね。ですからアクさんも大人になるまで成長した後なら分かるようになっていることでしょう。子供にはそれが分からんのです」

「は、はぁ・・・・・・」

 

 昔懐かしき、おもちゃ屋さんの前でゼンマイが切れるまでタンバリンを叩き続けていた客寄せクマさんが(何でかは知らないですけど)アイテム使ったら呼び出され、有無を言わさず何も命じられることもされない内から自称聖女の胴体つかんで抱え上げると、左手だけ持っていて右手にだけ持っていなかったタンバリンの代わりに延々と、彼女のお尻を叩き続ける役目を実行してくれています。

 おかげで私が何か拷問とかする必要がなくなってくれて、すごく楽チン♪ 人生楽あり苦は嫌だとはよく言ったものですねぇ~。

 

「ところであの・・・魔王様? あのクマさんは、いつになったら聖女様のお尻を叩くのを止めてもらえるんでしょうか・・・? さっきからず~~~~っと叩き続けているみたいに見えるんですが・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・さて、ね・・・・・・」

 

 意味深そうに聞こえなくもない、意味ない台詞を言いながら私はそっぽを向いて誤魔化しました。

 ・・・たぶん、ゼンマイ切れたら止まるんじゃないかと思いますよ・・・。おもちゃの熊さんですし、多分ですけれども・・・。

 

 ――それが、いつ止まってくれるかまではゼンマイ巻いた本人にしか知りようないので私は全く責任持ちようがございません!!!(キッパリと無責任発言)

 

 

「や、やめて――――――――ッッ!!!!!

 いぃぃぃぃぃぃぃヤァァァァァァァァァッッ!!!!????」

 

 

 

 

 ――余談。今回の事件のオリジナル解決方法。

 クマのおもちゃの隣に出現していた箱に、コイン入れたら止まりました。

 そのために必要だった代金は、聖女ルナが今もってた財産の全額でした。

 

 熊さんおもちゃの保釈金高けぇですなオイ!? 

 

 PS:・・・まっ、儲かったからいいですけれども・・・。byナベ次郎



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魔王学院の魔族社会不適合者 第6章

バケモノ最新話を描いてたのですけど、ブランク開きすぎたせいで長時間続かず結局こちらの続きが先にできてしまった次第です。精神面での立て直しは必須だったことを思い知らされた愚か者の作者でありましたとさ…。

なお、今回の話は予定を大幅に超えて長くなりすぎたため誤字修正とかが全くできておりません。気になる方がおられましたら指摘していただけると助かります。自分で探し出すには長くなりすぎてしまった…。


 サーシャ・ネクロンからアノス・ヴォルディゴードに向けて決闘を挑戦されてから一週間後。彼女たち双方の姿は、魔王学院内にある演習用の森の一角にあった。

 

「覚悟はいいかしら?」

 

 絶対の勝利を確信した微笑みとともに、サーシャ・ネクロンは戦う意思の確認と勝利宣言とを短い台詞で同時にこなす器用さを発揮して相手を威圧した。

 七魔公老の一角の血を引く、皇族の中でも名門出の彼女らしい傲慢で尊大そのものな態度だったが、彼女はそれだけの傲慢さを持てるだけの事をしてきたと自負している。

 他の班員はともかく、彼女自身は敵であるアノス・ヴォルディゴードを雑種だからと侮ってはいない。その程度の存在と見下すだけなら最初から自分の配下に求めたりしないし、妹だけを取り戻す手段ならいくらでもあった。

 そして事実として、同世代の皇族でさえ使える者の少ない軍勢魔法《ガイズ》を使って見せたという現実を彼女は認めると同時に受け入れることで、平民出が相手だろうと強敵を相手にするつもりで訓練を行い、不完全とはいえ“切り札”を用意するまでに至っているのだ。

 

 これだけ万全の対策を敷くため全力を尽くした自分たちが負けるわけがない―――そう、確信を持って断言したとしても、あながち傲慢とは言い切れまい。

 

 ――対して、彼女から挑戦と挑発とともに最後通牒と勝利宣言までされた黒髪の少女からの反応はと言うと。

 

 

「“覚悟”と、言われましてもねぇ・・・・・・」

 

 ポリポリと、困ったように指先で右頬をかきながら視線をさまよわせて曖昧な返事をするばかり。

 別に、ふざけている訳ではなく、本気でどういう対応を返すのが正しいのかよく分からない宣言だったので返答に窮していたのである。

 

「・・・・・・そもそも、覚悟を決めた者だけが赴く場所が決闘場ではなかったですかね・・・?」

「―――っ、・・・っ」

 

 相手からの悪意もなく見下しもない、純粋な疑問として発せられた言葉がサーシャの肺腑を貫き、一瞬だけ僅かにたじろぐ怯みを見せる。

 それは相手の言葉に感情を揺さぶられた結果ではなく、自分がこれから“やろうとしている行為”を意識させられ、微かな後ろめたさを感じてしまった故であった。

 タイムリミットが迫っている自分には必須の措置であるとはいえ、本来の彼女好みな手法ではなかったために、意識させられた途端に本能的な拒否反応を示してしまったわけだが、それが行動と決断を鈍らせる結果に繋げるまでには至らなかった。

 

「・・・まぁ、いいわ。ちゃんと約束は覚えているわよね?」

「ええまぁ、一応は。ご心配でしたら契約魔法の《ゼクト》でも交わしておきましょうか?」

 

 ――掛かった。

 内心で会心の笑みを浮かべながらも、表面には僅かな揺らぎさえ発生させることなくサーシャ・ネクロンは己の計画通りに準備を進め、

 

「そうね。――その子にやらせなさい」

 

 そう言って、自分の計画を成立させるためには必須条件の鍵であり、駒でもある妹を指名するため体ごと彼女の方へ向けて指を指す。

 

 それ故にサーシャは見逃してしまうことになる。

 ・・・・・・黒髪の少女が、自分の言葉を耳にした瞬間に両目を僅かに細めさせていた相手の反応を。黒い瞳いっぱいに浮かび上がっていた自分を見つめる疑惑の色を。

 

「・・・私?」

「問題ありませんよ、ミーシャさん。私の代わりに貴女がどうぞ」

 

 相手の思惑に「敢えて載ってやることで反応を見ることを選択した」黒髪の少女からの了承を聞いてから相手に向き直ったサーシャは、相手の本心など知るよしもなく。

 

「・・・《ゼクト》」

「《ゼクト》」

 

 右手を差し出す妹と、人差し指を差し出した自分との間で契約魔法を成立させて“確定された安全策”に安堵して、自分の計画通りに踊ってくれる相手に「フッ・・・」と極上の微笑みを感謝を込めて送ってあげて、相手からは無反応だけが帰ってきたことを寧ろ喜びとして満足しながら自分たちのチームの所定位置へ移動していくサーシャ・ネクロンと皇族の仲間たちを見送って、黒髪の少女たちも歩き出す。

 

 心の中で、原理は解らないながらも『無意味な手順変更を要求してきた相手の作戦予測』をだいたい終えて、後は途中で確認作業をしていけばよくなった事案はいったん脇に置いておきながら、自分たち二人もまた所定の位置まで到着する。

 

 そして試験開始のベルは鳴らされる―――

 

 

 

『これより、サーシャ班とアノス班による班別対抗試験を行います。キングが戦闘不能、あるいはガイズを維持できなくなれば決着です』

 

 例によって例のごとく、使い魔フクロウを仲介したエミリア先生からのありがたいルール説明と試験開始のご挨拶が広々とした試験会場の森一帯に響かせながら聞こえてくる。

 

 ・・・わざわざフクロウ使って仲介する必要あるのだろうかこれって・・・? 審判も勝敗の確認も本人が行わずに中継使った遠隔で行っている時点で不正防止もクソもあったものではない気がするのだが・・・。

 まぁ、もともとが階級差別全肯定で建前主義学院みたいな場所だし、公平なジャッジとか厳正なルール適用とかは大して重要視されてないのかもしれないけれども。

 

 取りあえず今は、それはそれとして。

 

「・・・作戦は?」

 

 自分の班員で、ただ一人の指揮下にある部下的ポジションのミーシャから問われた質問に答えることを優先するべきだろう。それが指揮官としての、班長としての務めであり義務であるのだから。

 

 ―――とは言え、現実というものは微妙に厳しい。

 

「・・・と言いましても、人員が二人だけしかいませんからねぇー・・・作戦もクソもあったもんじゃありませんし・・・・・・」

 

 後頭部をかきながら困ったようにそう言うしかないほど、人員の面では開戦前から逼迫しているアノス班陣営。

 逼迫というか事実上、指示を出す側も指示を出される側も一人ずつしかいないチームなんてチームと呼べない。普通にコンビかタッグかペアである。

 作戦は通常、部隊ごとに指示をだす『一小隊が最小単位』の代物だったはずで、個人個人がそれぞれの特性を活かして戦うだけなら、大雑把な方針だけ決めて各人の自己判断に任せた臨機応変の対処をさせるぐらいしか出来ることないような気がするのだが。

 

 少なくとも二千年前に、魔族の王として魔王軍を率いて人間軍と戦っていた魔王時代にはそういう作戦指揮しかした覚えがない。

 時代の変化とともに率いる兵の数が激変しまくっているため、昔取った杵柄は役立ちそうには全くない。

 

「ミーシャさんには、なんかご意見とかあったりします?」

「・・・私のクラスは《ガーディアン》、《アイギス》で籠城が有利・・・」

「んじゃ、それで決定ってことで」

 

 アッサリと意見を採用して、逆に提案した方を驚かせて大あくびを放る黒髪の魔王少女。

 やがて遠くに、敵チームが《アイギス》で創り出した魔王城の姿が見え始めた頃、ミーシャもまた試験を勝利で終わらせるため自分が立てた作戦を実行に移し始める。

 

「・・・《アイギス》・・・」

 

 

 

 

 

「!! サーシャ様! 敵陣に城が現れました!!」

 

 魔法が発動した直後で、遠方から目視するには難しい大きさしか魔王城が築けていない頃。

 アノス班が魔王城を築いた陣地と対局の位置に立つ、既に構築を完了させていたサーシャ班の魔王城、作戦司令室内に観測役の班員から報告が響き渡る。

 

「アイギスで築かれた城の数は?」

 

 サーシャは報告に対して、適切な質問を答えとして返す。

 敵チームにいる妹の能力を把握している姉として、当然の判断であり確認だろう。

 彼女は妹が創造魔法の腕では自分を上回っていることを理解しており、それは同時に自分の指揮下に望んで加わってきた班員たちの誰よりもミーシャ一人の方が上だと言うことを意味してもいた。

 だが、数の差はそのまま力の差でもある。ミーシャ一人で完璧な魔王城を構築するには時間が掛かりすぎるし、焦って築いた半端な魔王城なら数の暴力で押しつぶせるだろう。

 逆に自分たちの魔王城は、班員の中でも選りすぐりのメンバー全員たちと協力して築くことで劇的なまでに時間を短縮して完成度も高めてある。

 

 これに対抗するには、何よりもまず時間が必要不可欠であり、その為には時間稼ぎが定石であり、時間稼ぎの基本は目眩ましによる陽動作戦だ。

 ミーシャなら、複数の魔王城を築いてみせることで、こちらを迷わせ戦力の投入をためらわせる手に出てくるだろうと、サーシャははじめから予測して対処する作戦案と適切な人員配備とを考えていたのだ。

 

 だが今回、妹は姉の予想したとおりに動いてはくれなかった。

 

「一つですサーシャ様! 敵陣に現れた城は、一つだけです!!」

「・・・なんですって?」

 

 予想外の報告内容に、サーシャは訝しみながら敵陣の光景が映し出されている画面を見て、その報告が嘘ではなく真実であることを確認して余計に疑惑を深められてしまう。

 確かに、囮とは言え三つの城を建ててみせるよりかは構築までの時間が早まるとはいえ、所詮は付け焼き刃程度の違いでしかなく、城の完成度を向上させる速度よりも自分たちの数に任せた攻撃で削り取られるダメージ量の方が大きいはず・・・・・・あの子はいったい何を考えているのか? 

 

 迷いはしたが、どのみち自分たちのやることに変わりはなく、戦力を最初から集中できる分だけ作戦指揮は楽になったと思えば済む話である。

 それどころか迷うこと自体が相手に時間を与えてしまい有利にさせるだけのこと。サーシャとしては相手の意図がどうあれ、指示すべき内容を変更させる必要性は感じない。

 

「・・・敵がなにを考えているかは判らない。けれど、敵の作戦を待っていてやる理由はないわ。

 敵が何かしてくる前に叩く! まずは先発部隊を敵陣へ! 編成は――――」

「さ、サーシャ様ぁぁぁぁッ!?」

 

 ―――今度はなに!? 思わず怒鳴り声で返しそうになるほど、思い通りに行かない今回の異例づくしの相手との戦い。

 その中でまた予想外な突発事公ととして、念のため奇襲を警戒させていた班員の一人から悲鳴じみた声で報告が上がり、「どうかした?」と努めて冷静さを取り戻させてから返事をした自分に対して、逆に相手は完全に裏返った声のまま動転させられた感情を沈めることなく正確な驚愕の凶報を自分たちのリーダーに報告してきたのだった。

 

「た、大変です! キングが! アノス・ヴォルディゴードが! 城の前に現れました!!」

「なっ!?」

 

 驚きながらもサーシャは指揮官としての責任感から適切な指示を飛ばして画面を切り替えさせ、班員たちも戸惑いながらも敵陣に築かれつつあった魔王城を映し出していた画面の映像を自分たちのいる城の正面に切り替えさせる作業を行い―――居た。

 

 白色の制服をまとった黒髪の女子生徒が、両手をポケットに突っ込んだまま悠然とした歩調でノンビリとこちらに向かって歩いてきている。

 

「・・・一体いつの間に・・・っ!?」

「わかりません! 本当に突然のことで・・・っ」

 

 責任を感じているのか、索敵を命じていた班員から悲痛な声での弁明が聞こえてくる。

 その声音からしても、言ってる内容に嘘偽りは感じらず、本当にアノス・ヴォルディゴードは突然、城の目の前に現れてきたと考えてよいのだろう。

 だが、そんなことは不可能だ。できるはずがない。それこそ神話の時代に失われたとされる瞬間移動魔法《ガトム》でも使わなければ出来るはずがないのに、一体どうやって・・・・・・

 

 ――いや、今はそんなことはどうでもいい。理由詮索よりも先に、目の前に迫ってきている現実の敵に対処する方が優先順位として遙かに上なのだから・・・!!

 

「――いいわっ。キングが一人で来るなんて、無謀と戦術をはき違えていることを教えて上げなさい!!」

『ダウトです、サーシャさん。貴女は根本的に戦術というものを理解しておられないご様子だ』

「な・・・っ!?」

 

 指示の途中で突然、自分たちしかいない作戦指令室内に響いてきた敵キングの声と言葉に、一瞬にしてサーシャ班の班員たちは恐慌を来させられてしまった。

 

「どういうことだ!? こちらの思念通信が聞こえているのか!?」

『聞こえているから、貴方たちの方が騒がなきゃいけなくなってるんでしょーが。こんなカスみたいな暗号術式では、プロ相手にはルビを振って説明しているようなものですよ』

「なっ…そんなバカな!?」

『あまりにも低次元すぎますし、傍受しろと言っているようなものです。聞かれたくない通信でしたなら、もう少し真面目に勉強しなさい。皇族出身で混血より優秀なはずの出来損ない生徒な諸君様方』

「・・・くっ!」

 

 相変わらず容赦も遠慮もない、敵将からのダメ出し罵声に班員たちから憎悪と畏怖が、うめき声となって各所から聞こえてくる。

 

『それと、サーシャさん。貴女の作戦指示にもダメ出し指摘です。基本的な話として、この試験のルールにおいて籠城策は勝つための戦術にはなれないんですよ。

 “キングが戦闘不能になること”が勝利条件なんですからね。下っ端の枝葉をいくら倒されても、危なくなったら切り捨てればいいだけの捨て駒なので意味がない。

 遅かれ早かれキングの首を取りに来ない限り勝ちは絶対にないのが、この試験での前提条件である以上、貴女の想定した敵の取ってくる戦術は場に相応しいものではありません。自分たちを見るばかりで、敵を見ることなく決めた戦術など机上の空論にしかなれませんよ』

「~~~っ!!!」

 

 責任感が強く、指揮官としても優秀であろうと努力してきたサーシャにとって最大限の侮辱を放たれた彼女はいきり立たされるが、相手の言葉はまだそこでは終わってくれない。

 

『戦いとは双方ともに勝つために戦術があるのだと理解しなさい。

 数が多い側から見て少数の敵大将が一人で突っ込んでくるのは“無謀な特攻”にしか見えなかったとしても、数が二人しかいない方からすれば防御が得意な方が防御を担って、攻撃が得意な方が攻撃を担う盾と矛を使い分けているだけのこと。ごく普通の基本的な戦い方です。驚くに値する部分は何一つとしてありません。

 数が多い自分たちに都合のいい理屈通りに敵が動いてくれると決めつけていた敵指揮官の貴女が、無能怠惰なご都合主義思想に染まった苦労知らずのお嬢様だっただけでね・・・・・・』

 

 ――が、逆にそれが冷静さを取り戻させる発憤材料となる。

 

「――問題ないわ」

 

 氷のような冷たい声で放たれたリーダーの言葉で、サーシャ班メンバーの混乱していた心は一気に沈静化させられ、

 

「いくら傍受されても、所詮はキング単独」

 

 あの生意気な敵将に自分たちの力を思い知らせてやらなければ気が済まなくなってしまった指揮官の静かなる熱情を叶えるため全力を尽くすよう扇動されて、それに乗る!!

 

「全員で作り上げたこの城を・・・・・・多勢で作り上げた私たちの魔王城を突破できるはずがない!!」

 

 

 

 

 

「・・・やれやれ、これだけ挑発されても敵は攻めてきてくれませんか・・・困ったものです」

 

 ノンビリと普通の歩幅で歩いてサーシャ班の魔王城に近づきながら黒髪の少女は、最後に叫んで決断していたサーシャの作戦指示を聞いて苦笑しつつ、せめてもの親切心から自分からの呟き分は相手の耳に届かせることなく独り言に留めて上げてから改めて周囲を見渡す。

 

 相変わらずサーシャ班の魔王城周辺は静かなもので、奇襲を仕掛けてきた敵暗殺者用の罠も、迎撃用の伏兵が飛び出してくる気配もなく、今まで通り悠然と歩を進められてしまっているまま。

 

「・・・即席の試験用とはいえ、仮にも魔王城が敵に攻められた時用に罠の一つも用意してないって言うのは、どんなもんなんでしょうかね・・・? 警戒して《ガトム》使って距離短縮する戦術選んだ私がバカみたいだから勘弁して欲しいんですけど本当に・・・」

 

 わずかに冷や汗を垂らしつつ、二千年前と現代とで魔王城というものと戦争という存在について何か勘違いが起きているような気がする悪寒に軽く背筋をゾクッとさせられて身震いする。

 

 ――人類と魔族が戦った二千年前の戦いにおいて、自分が率いた魔族軍と先代魔王が君臨していた頃の魔王城という存在はそういう戦い方を由としていた存在だった。

 自分は、部下を信じることなく個の力のみを絶対とした悪辣な魔族幹部の館に“二人だけで”密かに潜入し、罠と警備用のゴーレムなどを破壊しながら敵大将を暗殺して回り続けていたし。

 先代魔王は有能だが猜疑心の強い独裁者らしい魔王の人格をしていたため、彼の拠点である魔王城の警備は恐ろしいほどに周到で、暗殺と奇襲と裏切りとを常に警戒していたことが窺い知れるレベルであった。

 

 人間側にしても、それは変わらない。たぶん神々や精霊側も大差ない事情を抱えていたことだろう。

 多種族と戦争をしながら、最高レベルの戦力は本拠地である王城と王都周辺に集中させ、実際に敵と戦う機会が最も多い最前線には傭兵やら外国から流れてきた難民からの志願兵ばかりを配置したがる。

 まるで、国中すべてが魔族軍に占領し尽くされようとも、国王の居城と王都だけを守り切れれば敗北ではないのだとでも信じているかのように・・・・・・。

 

「あれらに比べるとサーシャさんたちの城は実直すぎて、逆に少しだけ心配になってくるレベルですねぇー。圧倒的に数が少ない側が正攻法で戦うわけがないでしょうに・・・。

 純粋な力比べの要領だけで、搦め手を考えようとしない悪癖は今の内から修正しておいた方がよいのかもしれません」

 

 罠を警戒して、小細工を労させる暇を敵に与えぬためにも、力業で強引に勝利をもぎ取る方針でいた黒髪の少女は、そう言う理由で計画に一部修正を加えてからサーシャの魔王城に手が届く距離まで近づいて、その周囲に張り巡らされていた魔法障壁に軽く触れてみて。

 

 ・・・やはり何も起きなかったことで、自分の考え直した方針を採用することを決定する。

 ちょっとばかし痛い目に遭って反省してもらうことが必要だ、と。

 

『無駄よ! 反魔法も多重に掛けられているわ!!』

 

 向こうからの通信傍受は切り忘れていたサーシャからの勝ち誇った声が耳朶を打たれ、黒髪の少女としては肩をすくめるしか他にやるべき仕草が思いつかない。

 ・・・まったく・・・、どうして敵が攻城兵器として、サーシャ自身が得意として誇りにもしているらしい攻撃魔法しか使ってこないという前提で決めつけられるのか不思議でならない。

 自分の敵が、自分を倒すための戦いで、自分の得意とする戦い方に従ってくれる訳がなかろうに・・・。

 

「庶民は噛みついてくることなく、皇族が殴るのを大人しく素直に待っているのが正しい姿だとでも教えられて育てられたようですね。これだからバカ貴族の両親というものは度し難いのですよ。

 犬には犬の、庶民には庶民の野蛮な戦い方があるのだということを教えて上げましょう・・・・・・」

 

 そう呟いて薄く笑い、黒髪の少女は敵魔王城の周囲に張り巡らされている『サーシャ班たちが多勢で作り上げた魔法の一部』に対して、自分の魔力を流し始める―――

 

 

 その瞬間―――――

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴッ!!!!

 

「きゃあッ!?」

 

 突然襲った大きな揺れに、サーシャは思わず作戦司令室で転んでしまい、自分の居城で尻餅をつかされるという無様な醜態をさらす羽目になって赤面しながら何事が起きたのか確認しようと立ち上がろうとし―――その必要と手間を省かれる。

 

「さ、サーシャ様ぁぁぁッ!? た、たたた大変ですぅぅぅぅッ!!!???」

 

 先ほどとは比べものにならないほど狼狽え騒いでいる班員からの報告によって、サーシャは驚くべき事実を知ることになったからだ。

 

 ・・・・・・このままでは自分たちは直ぐにも敗れる、という驚愕の事実を。

 

「敵が・・・アノス・ヴォルディゴートが私たちの城を乗っ取ろうとしてきてます!!」

「な・・・、なんですってぇっ!?」

 

 慌ててサーシャは場内の様子を確認するが、その様子は既に惨憺たる有様を呈しつつあった。

 内装が変わり、即席故のシンプルなものから禍々しく物々しい実用性一点張りのものへと置き換えられ、黒々とした鎧甲冑が至る所に配置され直している光景にサーシャは吐き気を催したくなるほどの屈辱を味あわされることになる。

 

「私たちの城を・・・・・・私たちが多勢で作り上げた城を、あの庶民は無粋な泥で汚染し尽くすつもりだというの!? アノス・ヴォルディゴードッ!!!」

 

 サーシャが怒りと憎しみと皇族の誇りを込めて放った、全力の叫び声ははたしてアノスに未だ届いていたのか、はたまた通信を切り忘れていたことに気づいて切り直してしまって届いていなかったのか、それは判らないが返信だけは来ることはなく。

 代わって返事代わりにと届けられたのは、班員たちからの『対応不能! 敵の汚染速度が自分たちの対処する速度よりも速すぎる!』という屈辱的な報告のみ。

 

「・・・・・・おのれッ!!」

 

 皇族の誇りをこれでもかと穢す行為にサーシャは歯嚙みするしかなかったが、黒髪の少女としては彼女の弾劾が聞こえていたとしても悠然と頷くだけで否定する必要性はまるで感じない叫びにしかならなかっただろう。

 

 なにしろ、自分自身がそれをやって魔王になった実績のある【暴虐の魔王たる始祖さま】が彼女自身の前世なのだから。

 人間として生まれ、長じて魔族になり、先代魔王を殺して魔王の地位を簒奪して頂点に君臨して魔界に恐怖政治を敷いて・・・・・・やがて勇者とともに世界を別けることで戦いを終わらせた。

 そんな矛盾しまくった生き方と死に方をしている暴虐の魔王にとって、正攻法も定石も皇族の誇りとやらも一切合切全く以て関係ない。

 勝つために使えるなら何でも使う。敵が絶対と信じ込んで油断している部分があるなら勝つために利用してやるだけなのだ。

 

 サーシャ班が創った即席の魔王城は防御を意識し、敵より先に完成を急がせたため当たり前のように無駄な内装はほとんど配置されておらず、外側と比べて内側の防御は驚くほど脆弱に出来てしまわざるを得ない。

 それでいてサーシャが軍勢魔法《ガイズ》を使って班員全員が力を併せて創り上げている城でもあるという関係上、維持するためにも防御するにもサーシャ班のキングである彼女の魔力を極端に吸い上げ続けてしまわざるをえない。

 

 ――否、その程度の被害ならまだマシだ。自分の居城を内側から乗っ取られるということは、指揮権が事実上相手に移ってしまったことを意味し、自分は傀儡の王様にされてしまうということ。

 傀儡の王様の意思などなきに等しく、実権を握った実質的城の主の提案に大人しくサインするしか出来ることがなくなってしまう身分になるということを意味しているのだ。

 そう・・・たとえ、自分自身の死刑執行書であろうとも、実質的城の支配者がサインしろと言ってきたら拒否する権利が傀儡であるサーシャにはなくなってしまう事になる・・・・・・

 

「―――冗談じゃないわッ!!」

 

 サーシャは断言して拒絶する。冗談ではないと。

 自分の使い方はとうに決めてあるのに、その自分の死命を赤の他人の庶民に握られてしまうだなんて耐えられる屈辱では全くない。

 そんな惨めすぎる立場に立たされることは、皇族の誇りが、名門ネクロン家直系の誇りが、そして何より自分自身のプライドが絶対に許す事なんて出来はしない!!

 たとえ運命に抗えることはできなくても、庶民ごときに運命を左右される立場に立たされなくて済む方法はまだ残っているはずなのだから!!!

 

「城の内部汚染率75パーセントを超えましたぁ! もう保たせられません! サーシャ様ぁッ!?」

「くぅぅ・・・っ!!」

 

 だが、現実に迫り来る敵は運命もアノス・ヴォルディゴードも彼女の意思や都合など一切お構いなしに直進して喉元に手を掛けてきつつある。

 現実問題として、彼女たちには運命より先に目の前の敵に対処する手段がない。切り札として用意していた“あの魔法”を発射するには距離が必要で、城の目の前まで接近されてしまったままの位置関係では使うことが出来ない。

 

 ――しまった・・・ッ、もっと早く決断していれば・・・ッ!!

 

 後悔しても時既に遅く、敗北判定は目前まで迫ってきている。もはや形振り構っていられるような余裕は些かもない。

 

「アノス・ヴォルディゴートぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 サーシャは外の風景を映し出させている画面下の操作卓に走り寄って、両手の平を思い切り叩き付けると大声で敵将の名を呼び、自分の『一方的だと自覚している要求』を叫び声のまま相手に受諾を求める。

 

「私たちと最後の決闘に応じなさい! 私たちはこれから持てる力の全てを結集して貴女に対して叩き付ける、それを貴女が魔法で破ったら勝ち、耐え切れても勝ち。そして破られたら私たちの負けを素直に認めるわ!」

『さ、サーシャ様・・・・・・』

 

 リーダーの言葉に班員たちが声を上げるが、それは戸惑いに満ちたものばかりで、彼女の要求を支持するものは一つ足りと含まれてはいない。

 みな解っているのだ、彼女の要求は自分たちにとってのみ価値のある、一方的に有利なだけの無茶な要求だという事実をである。

 このまま自分の攻め方を続けるだけで勝ちを得られる相手に対して、正々堂々とした互角の勝負を持ちかけるなど、手に入る寸前の勝利を自ら放棄して負けそうな側に逆転できるチャンスを寄越せ!と、無茶ぶりな不平等を要求しているだけとしか映りようがなかったからだ。

 

 如何に皇族としてのプライドが高い彼らとはいえ、事この状況に至らされてしまった今となっては、その事実を認めざるを得ない。

 つい先ほどまで自分たち全員で必死に対処しようとして、抗うことさえ出来ずに一方的な蹂躙を受けていた記憶が生々しく残っているだけに、余計その感想は強くなる結果を招いてしまってもいる。

 

「どのみち、今の私たちが貴女を倒せるだけの魔法を放つためには、破られた後に戦えるだけの力を残す余裕は一切ない。

 結果が同じなら皇族の誇りのため全力の一撃に全てを掛ける!! 最後の勝負よ!!!」『りょーかい。承知しましたので距離取りま~す』

「・・・・・・・・・え?」

 

 思いも掛けず、アッサリ要求を受け入れて背を向け飛んでいき、自分たちとは一定の距離になる位置で停止して、空中で振り返ってくる黒髪の少女の姿にサーシャは唖然呆然とさせられざるを得ない。

 

 班員たちに指摘されるまでもなく彼女自身、無茶ぶりな不当な要求だったことは自覚していたため驚かずにはいられなかったからだった。

 あの場面では、ああするしか他に手が思いつかなかったから咄嗟の思いつきで叫んでいたとは言え、考えて行った行動とはいまいち呼べない無茶な要求。

 それをアッサリ受諾して、今も空を飛んだまま自分たちが要求した内容を実行するのをノンビリと待つ姿勢を解こうとしない相手の姿に、サーシャ・ネクロンもまた腹を据える。

 

「《ジオ・グレイズ》を使うわ・・・全員、準備をしなさい!」

 

 自分たちが用意していた最後の切り札。――炎属性最上級魔法《ジオ・グレイズ》

 威力は間違いなく最強。使って放つことさえできればアノス・ヴォルディゴードでさえ一撃で倒すことが可能になるほどの超高威力な大魔法。

 

 そう、使って“放つことさえ出来たなら”勝利はほぼ確定されるほどの大魔法なのだ。

 当然のように、放つために求められる魔法技術の研鑽は尋常なものではなく、現時点のサーシャでは単独での使用は絶対に不可能。使用するためには班全員の魔力を一つにまとめ上げて力を合わせる必要が絶対的に存在している。

 

 各自の特性を活かしながら、それぞれの魔力を出し、十倍以上に引き上げる集団魔法。

 ガイズの真骨頂とも呼ぶべき、自分たちにとっては文字通りの切り札的大魔法ではあったものの・・・・・・そのリスクの高さも通常ではあり得ないほど大きい。

 

「し、しかしサーシャ様・・・《ジオ・グレイズ》の成功率は僅かです。もし失敗してしまったら、その時には・・・・・・っ」

 

 そう、班員の一人である黒服の男子生徒が言ってきた警告が、サーシャ班が【撃つだけで勝利が確定させられる大魔法】を事の最初から使おうとはしなかった理由の全て。

 ただでさえ必要となる魔法技術の研鑽レベルが今の自分たちの限界を超えている大魔法を、チームを組んで一週間しか経っていない自分たちの即席メンバーで完全に制御して放とうというのだ。成功率が微々たるものしか出せなかったのは当然のことだし、失敗したときの反動は未知数。

 悪くすれば失敗した瞬間にサーシャの魔力が根こそぎ失われて、敗北が決定する可能性がないとは言い切れないほどの大魔法なのだ。いくら使えば勝てるからといって、初っぱなから使用するにはリスクが高すぎる。

 

 ――けれど。

 

「怖じ気づいている場合じゃないわ! 敵の強さを認めなさい!!

 炎属性最上級魔法《ジオ・グレイズ》でもなければ、アノス・ヴォルディゴードは倒せない!!」

 

 それでもサーシャは、自分に言い聞かせるように強い口調で決断を下す。

 

「こんなところで恥を晒すために、魔王学院に入ったんじゃないでしょう!? 死力を尽くして望みなさい!!」

 

 そう、自分たちにはもう“後がない”。

 ジオ・グレイズに失敗してしまった後のことを、不安がっていられる余裕は既にないのだ。敵の手で奪われてしまっている。

 あの、身分をわきまえない生意気な雑種の恐るべき強敵によって!!

 

「貴方たちの最高の魔法を! 皇族の誇りを!! あの雑種に見せつけてやるのよ!!!」

『・・・ッ!!! はいッ!! サーシャ様!!!』

 

 失敗することを恐れていたのでは負けるしかない。

 勝つためには賭に出るしかない。分の悪いギャンブルに自分たちの勝敗を託すより他に道はない。

 

 遅まきながら、その境地に達することが出来たサーシャの覚悟と決意は班員全員が共有するものとなり、敗北感に打ちのめされ、皇族としての崩れかかっていた彼らの誇りとプライドを再び蘇らす火種となるに十分であった。

 

 

 そして練り上げられ始めた、炎の魔力によってサーシャ班の築いた魔王城が紅い光に包まれていくのを遠望しながら黒髪の少女は「ほぅ・・・?」と感嘆の吐息をソッと漏らす。

 

「一時の混乱を壊乱に繋げることなく、直ぐにも体制を立て直し、あまつさえ決死の反撃を行わせるため敗北感に打ちのめされていた配下のメンバーを発憤させる燃焼材にまで利用しましたか・・・・・・どうして中々、見事な名将の卵ぶりだ。どうも見損なっていたようです。再評価の必要大ですね」

 

 改めて示された実績を前にして、黒髪の少女はサーシャ個人と彼女が率いる班員たち全員の評価を数ランクほど一足飛びに引き上げさせて、過小評価していた無礼を心の中で詫び、後ほど機会があれば物理的にも謝りに行こうと今は心の中だけで決意を固めておく。

 

 自分たち全員より遙かに強い、圧倒的『個の力』を持つ暴虐の魔王に対して、個々の能力では劣っている者たちが力を合わせて一つの意思の元に団結して何十倍にも高めた威力で自分たちの限界を超越した魔法を放つ。

 まさに、軍勢魔法《ガイズ》の真骨頂とも呼ぶべき大いなる完成形だ。

 ――完成形ではあるのだが・・・・・・

 

「・・・でもそれって普通、人間側が魔王相手にするとき必要になる能力のはずなんですよなー・・・。時期魔王候補筆頭に必要となる要素なんですかね? 本当に・・・・・・」

 

 そう、そこが今一よく分からない部分ではあった。

 事の始まりから見ていて思い続けていたことなのだが、どうにも彼女サーシャ・ネクロンは【王としての適正】に欠けるところが多いように感じられる。

 

 犠牲を出さないよう、守ることを意識するあまり妙に臆病な戦術ばかりを用いてしまう悪癖があるのだ。

 たった二人の敵陣を相手に完全な防備を誇る魔王城を構築させたり、先遣隊を送って様子を探らせようとするなど、攻撃的な性格とは裏腹に安全策へと傾倒しすぎてしまっている。

 

 それ自体が悪いとはいわない。ただ、王には向かない優しすぎる性癖の持ち主ではあるのだろう。

 被害を恐れ、絶対安全な勝負にしか挑めないというのでは到底、大望を叶えることなど望み得ない。

 無駄な被害を避けることは良いが、『勝つために考え出すのが戦術』である以上、「負けない作戦」ばかりを用いていたのでは結果的に無駄な被害を生むだけで終わってしまうのが現実の戦いでもある。

 

「極端な話、私たち二人だけのチームに勝つだけなら最初から総員で掛かってきた方が効率は良かった。被害を恐れず考えなしに数で押し潰そうとした方が、圧倒的数の優位を活かすことにはなっていたのですからね。

 守りの魔王城と敵城を攻める者たちとで、戦力を二分する必要も存在しませんでした。

 自分自身が全軍の中心として行動していれば、そこがサーシャさん班の大本営。城壁の代わりに班員で固められた、サーシャさんにとっての魔王城。そうすれば、敵大将の位置を知らせるしか役に立たない薄らデカいだけの拠点に無駄な魔力を消耗する必要性もなかったでしょうになぁ・・・・・・」

 

 それは自分を慕って班員に志願してくれた仲間たちを思うサーシャなりの優しさだったとは思っているし尊重もするが、戦いとは理不尽であり不条理なものだ。

 安全策が必ずしも安全な策とは限らず、犠牲を惜しむ優しさが味方を無駄死にさせる結果を生じさせることもあるだろう。・・・・・・実際やったことあるし、二千年前に自分が。

 

『――皆の力・・・・・・預かるわッ!!』

『サーシャ様! 見せてやりましょう!!』

『私たち皇族の力を、あの雑種に!!!』

 

 と、そんな風に上から目線で敵の努力と成果を見下しながら評価を下してヒマを潰している間に、ようやく敵さんも魔法を完成させてくれたらしい。

 

 

『行くわよ・・・ッ!! 《ジオ・グレイズ》ッッッ!!!!!!』

 

 

 ズドォォォッン!!!

 魔力で紡がれた大砲の虚像から、赤黒い魔力の弾丸が発射される。

 砲口よりも巨大なサイズと、当たれば骨も残さず焼き尽くして消滅させるほどの超高温をもった炎の魔弾が常識を遙かに超越した速度で黒髪の少女に向けて真っ直ぐ直進してくる!!

 

 この速度の前に回避は不可能。当たれば焼死する間もなく魂までもが焼き尽くされる。

 失敗による反動はなし。完全に術者たちの制御下に置かれた魔弾は、リスクなしで敵を確実に倒して勝利をもたらす最強魔法として完全に完成されている。

 

「見事です・・・ッ。あなた達は今の自分たちが至れるはずの限界を超えられた・・・っ」

 

 感嘆の呻き声を黒髪の少女は、術者達の編んだ魔力の巨大な弾丸を前に口にする。

 本人たち個人個人でも、たとえガイズを使おうとも、今の彼女たちでは完成までは至れないだろうと想定していた自分の予想を大きく裏切る見事な結果。

 

 その見事すぎる成果を前にして。

 ―――『単独では使用不可能な最強魔法を、皆の力を合わせることで可能とした圧倒的弱者たち』に対して、二千年前には魔王だった者としては“褒美をくれてあげる義務”が黒髪の少女にはあるだろう。

 

 

「では、ご褒美として・・・・・・彼女の願いでも叶えて上げるとしましょうかね」

 

 

 そして黒髪の少女は、両手をポケットに突っ込んだまま、何の防御策も反魔法も唱えることなく。

 ただ、『使うことに成功さえすれば確実に勝てる炎属性最上級魔法の完成形』を、大人しく何もせぬまま黙って命中させられ、食らわされ――――そして爆風と炎に全身を覆い尽くされてサーシャの視界から消えてなくなる。

 

 

 

「・・・・・・え・・・?」

 

 あまりにも呆気ない勝利の結果を目の当たりにして、逆にサーシャは自分の目を疑い、何が起こったのか判らないという風に目をパチクリさせるだけになってしまう。

 もちろん勝つつもりで使った気持ちに嘘偽りはなく、使えさえすれば、あたりさえすれば確実に勝てるほどの大魔法だと信じるが故に賭けた魔法だったのだが・・・・・・いくら何でも防御方法の一つぐらいは取られるだろうと想定していたため呆気に取られるしかなくなっていたのである。

 

「・・・いったい何が・・・? 勝ったの・・・? 私たちは、本当に・・・・・・?」

 

 どこか半信半疑で、なにもせず最強の攻撃魔法を、当たれば確実に敗れるであろう必敗の魔法をまともに食らって消滅したはずの相手がいたはずの空間に煙が漂っているところをボンヤリと見つめ続けて・・・・・・やがて。彼女たち全員の顔色がゆっくりと青ざめていくようになる。

 

「う、嘘でしょ・・・・・・こんな事って、ありえる訳ないじゃないの・・・・・・ッ!?」

 

 班長として、チームメイトたちの総意を代表するように震える唇でサーシャが呟き、全員が彼女の思いを共有しながら、空間を映し出していた画面にあらためて映し出されてきていた、煙がゆっくりと晴れていく先から現れはじめた存在―――黒髪の少女、アノス・ヴォルディゴードの【かすり傷一つ負っていない無傷な姿】に驚愕と畏怖と恐怖の色彩でゆっくりゆっくりと塗りつぶされていく心を実感させられていく・・・・・・。

 

『なかなか見事な《ジオ・グレイズ》でしたね。初めて完全なる完成形を使うことのできた学生さんたちとしては大したものです。祝福しますよ。

 これでようやく貴方たちは、一流魔道師になる第一歩を記すことが出来たのですから』

「な・・・、んですってぇ・・・ッ!?」

 

 パッパッと、服についた埃でも払うような仕草をしながら自分たちが限界を超えて使うことの出来た魔法を『正しく評価してくる魔王の上から目線』にサーシャは本能的に噛みつき返したい気持ちに駆られざるを得ない。

 

 サーシャと班員たちが、『チームを組んで一週間のうちに《ジオ・グレイズ》を実戦で使えるレベルにまで練り上げることができた』のは大したものだ。誇っていいと魔王から太鼓判をして問題ないほどの偉業だろう。

 

 あくまで、“実戦に参加したことのない学生たちが乗り越えた試練としては”という前提付きでの評価ではあるけれども。

 

 二千年前の戦いで《ジオ・グレイズ》は、『実戦で魔王を殺すために使う魔法』だった。

 暴虐の魔王を殺すために《ジオ・グレイズ》は、使えるようになっておく必要が絶対的に存在している魔法の一つに過ぎなかったのである。

 

 追い詰められて、窮鼠猫を噛むような覚悟の元、一回だけ実戦で使用できるレベルまで練り上げられただけの学生たちと、殺せるようになるために様々な命を犠牲として必要としてきた自分たちの時代の戦士たちとでは基準が異なる。彼らが自分たちの時代の猛者たちと張り合えるレベルになれるかどうかは、これからの努力次第。

 

 だから今は・・・・・・乗り越えるべき壁の高さと、頂の険しさを示しておいてやるだけに留めおくとしよう―――

 

『・・・で、どうします? たしか先ほど聞いた話では、貴方たちが最後に放つ切り札魔法を防ぎ切ってみせるだけで勝ちとなるという約束だったはずでしたが・・・・・・大人しく両手を挙げて降伏されますか? サーシャ・ネクロンさん♪』

「く・・・ッ!! お断りよ!!!」

『そうですか。ざ~んねんです』

 

 ニッコリと笑い返して、右手の握り拳だけを方の高さまでゆっくり上げて、人差し指を一本だけ立ててみせると。

 

『では、敵チームの班長が降伏するかガイズを維持できなくなるまで試験続行ということで』

「ちょ・・・ッ!?」

『えい』

 

 青黒い小さな火球を指先に出現させて、「ピンッ」と軽く指を振り下ろす。

 そうした瞬間、青黒い火球は青黒い残光を残して一陣の閃光と化し。

 

 ビシュン――ッ!!!

 

 サーシャたちが未だ立てこもったまま抵抗を続ける意思を示した、籠城中の魔王城に向かって真っ直ぐに超速接近していって!

 

「!? 総員、待避ぃッ! 私の防御魔法で時間を稼―――」

 

 サーシャが班員たちに脱出の指示を出し、自らは敵からの攻撃魔法を足止めして時間を稼ごうと魔力の壁を幾重にも空中に出現させるため両手を前に出した、その瞬間には全て手遅れになっていた。

 黒髪の少女が使った魔法は、雷属性の最低位魔法だ。サーシャたちを殺してしまわぬため威力は低いものを選んだわけだが、逆に速度の方は炎属性魔法より遙かに速く敵陣へと到達できる。それが炎とは異なる雷属性の特性というもの。

 

 結局のところ実戦において、敵の攻撃を防ぐ必要性は必ずしもなく、防がれるより先に倒す手段を持ってしまえば済んでしまう程度のもの。それが『敵を殺すために使う攻撃魔法』の正しい利用方法というもの。

 

 防御を万全にして、敵の出方を確かめてから動く『後の先』が悪いとまでは言わないが、先手必勝、一撃必殺、先手必殺もまた一つの戦術だという事実をサーシャ・ネクロンたちは知っておいた方が今後のためにもなることだろう。

 本気で“暴虐の魔王の後継者になりたいのなら”の話でしかないけれども・・・・・・。

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・な、なんてことなの・・・」

 

 ヨロヨロとよろめきながらサーシャ・ネクロンは、一瞬前まで自分たちの班が本陣を構えていた魔王城が建っていた場所で立ち上がり、班員たちがうめき声を上げて各所に転がっている死屍累々のような周囲を見渡し、絶望感に満ちた声音で喘ぐように言葉を紡ぐ。

 

「たった一人の敵を相手に、多勢で作り上げた私たちの城が跡形もなく消し飛ばされてしまうだなんて・・・・・・っ」

「それが地力の差というものですよ、皇族の名門ネクロン家のお嬢さん」

 

 答えとともに天から降りてきて、サーシャの前に降り立つ黒髪の少女。

 かつて二千年前に、人の国を滅亡させて、精霊の森を焼き払い、神々すら殺して暴虐の魔王と恐れられた元人間で今は魔族になった少女の伝説をミクロサイズで再現してあげた彼女は得意げに後を続ける。ネクロン家相手だけにミクロサイズだと、しょうもない駄洒落は思いついても言わずに別の内容を。

 

「圧倒的な差というのは、こういうものです。弱者たちが数を集めて力を合わせるだけで必ず勝てるとほど地力の差は易いものではありません。自惚れなさるな、弱者たちを率いる弱者の王よ」

「くぅ・・・おのれっ!」

 

 ガクンッと、ついに戦意も負けん気も魔力さえもが底を尽き、戦い続ける力など何一つとして残っていなくなっていたサーシャは足先から崩れ落ちて膝をついてしまい、まるで敵将に頭を垂れた敗残の将のように惨めったらしい位置関係を自ら膝を屈したことで形作ってしまう。

 その事実に気づいた彼女は羞恥から赤くなって立ち上がろうとしたが、すでに休憩なしで立ち上がれる力など残っていなかったためピクリとも足は動いてくれず、彼女は二重の意味で激しい屈辱と恥辱の念に魂までもを赤く染め上げられたように錯覚しそうになる。

 

「さて、戦い始める前に交わした約束は覚えていますよね? 貴女には見込みがあります、私の配下に加わりなさい。

 まぁ・・・貴女から言われていた、“負けた方は勝った方の言うことに絶対服従して口答えも許さない奴隷になる”という提案だけは勘弁してあげますよ」

「~~~~ッ!! 死になさい!!!」

 

 そして即座に《破滅の魔眼》発動させての要求拒否反応。

 ―――ダウト。

 黒髪の少女は心の中だけで、サーシャからの反応をそう酷評した。

 

 確認作業のために言ってみただけの要求であったが、見事に釣れた。これで今回の試験には何の用もなくなったし・・・・・・試験の勝敗には『何の意味も持たせられないこと』が確定されてしまった訳だ。

 無意味な勝負であり、勝敗までもが無意味であるならサッサと終わらせてしまった方が効率いいし、相手にとっても楽ができて都合よかろう。

 

「無駄ですよ。《破滅の魔眼》で私を殺すことはできません。最初に会ったときに通じなかった時点で解っていたことでしょう? 無駄だと解っているのに続けるのは時間だけでなく労力の無駄です。やめときなさい、無駄に疲れるだけですから」

「~~~ッッ!!!! だったら殺しなさい! この私を!! ネクロン家の血を引く直系の私が、雑種の配下に加わる屈辱に甘んじるぐらいなら死んだ方が遙かにマシだわ!!」

「お断りします」

 

 ハッキリと拒絶の言葉を吐いて、『死ね』と命じられたときよりキツい目つきと口調に変えて、黒髪の少女はサーシャ・ネクロンからの要求を―――否。負けた敵からの求める資格もない命令をハッキリと拒絶で返す。

 

「勘違いしないでいただきましょう。勝ったのは私で、負けたのは貴女だ。敗者が勝者に求めることが許されるのは許しを求める命乞いだけだ。負け犬が勝者に偉そうな顔して命令するな、不愉快です。

 そんなに死にたければ自殺でも何でも勝手にしろ。殺してほしけりゃ私に勝ってから自分を殺せと命令しなさい。それが戦いを挑んで負けるということです。違いましたか?」

「・・・・・・・・・ぐっ、あ・・・・・・」

 

 圧倒的威圧感に打ちのめされて、サーシャは反論の言葉を言えず、思いつくことさえ頭が拒否してしまって、ただただ口をパクパクと開閉することしかできぬままに相手の顔を見上げ続け、

 

「・・・それにね」

 

 ふっ、と黒髪の少女が目つきと口調と纏っていた空気を緩め、背後を振り返り“彼女”を見つめる。

 ジャッジは下されていなくても、事実上の勝敗は明らかになったから『敵の期待通りにアイギス使って籠城させていた』サーシャの妹ミーシャ・ネクロンがゆっくりと自分たちの方へと歩いて近づいてきていたことは少し前から感づいていた。

 

「私の班員は、お姉ちゃんと同じ班になりたがっていましてね・・・。班長としては唯一志願して配下に加わってくれた班員の願いを無下にするわけにもいかないでしょう?」

「・・・あっ」

「サーシャ・・・怪我・・・っ」

 

 走り寄って姉の安否を気遣う妹に対して、『へ、平気よ・・・このくらい』と強がっているのか姉のプライドでも守ろうとしているのか両方なのか、よくわからない反応を返してから体力戻ってきたのでなんとか立ち上がる。

 

「いいわ。貴女には敵いそうもないし、かといってゼクトには逆らえないものね。

 でも覚えていてちょうだい。これはあくまで契約、貴女に心まで売った覚えはな―――って、ちょっとどこ行くのよ!? 私の話最後まで聞きなさいよねちょっとぉ!?」

 

 最後までサーシャの話を聞くこともなく、差し出された手を握り返すこともせず、サッサと帰り支度初めて背を向けていた黒髪の少女は片手だけを振って、顔すら振り返らせようとしようともせずに。

 

「ダイジョーブですよ。所詮は契約魔法で無理やり結んだだけの関係でしかないってことぐらい理解していますからね。戦い終わった敵と味方で握手だなんて形式は、形ばかりの関係には必要ないでしょう?

 せいぜい私と違って、心で繋がって思い合えている姉妹二人でごゆっくりどーぞー。お邪魔虫の私は先にドロンってことで。それじゃ」

「~~~~~~~~ッ!!!!! やっぱアンタ殺すー! いつか強くなって絶対にアンタを殺してやるんだから覚えていなさい!! このアホーッッ!!!」

 

 

 去りゆく背中に投げかけられた、淑女らしさの欠片もない年頃の女の子らしい罵声に思わず唇をほころばされて苦笑しながら歩き続け。

 

 

 ――やがて、サーシャたちと一定以上の距離が離れてくるとともに表情からは笑みが薄れてゆき、試験用の森に張られた結界魔法の外に出た頃には完全に別物の感情を顔に張り付かせた表情に変貌していた黒髪の少女は、先の戦闘の中でサーシャが行っていたいくつかの不審な行動について幾つかの推論を推考し終わり、その中の一つを言葉として体外に放出して考えをまとめることに利用する。

 

 

「・・・原理は不明なままですが、やはりサーシャさんと交わされたゼクトは効力を発揮していないようですね・・・。

 まぁ最初から有利な側のはずの敵リーダーから、敵班員の一人を契約相手に指名してくるって時点で怪しむべきポイントしかなったので別にいいんですけれども。・・・しかし、一体どうやって・・・? 契約魔法を何のデメリットもなく違約できる方法なんて実在しているとは思えないのですが・・・・・・」

 

 

 そこまで考えて彼女は、ふと思い出す。二千年前の記憶を。二千年前に存在していた、“あの魔法”を。あの出来損ないの欠陥魔法を。ガラクタ魔法の存在のことを思い出し、珍しく黒髪の少女は冷や汗を一筋タラリと流させる。

 

 まさかとは思う。そこまで阿呆なヤツじゃなかったと評価してもいる。

 ・・・・・・ただ、“アレ”を使えば確かに契約魔法の横紙破りは可能にできるかもしれない・・・と。

 

「―――ハッ・・・・・・」

 

 不意に少女は小さく笑い声を漏らし、深刻な表情で考え込んでいた顔を笑いの形に歪めていき・・・・・・やがて。

 暴虐の魔王と呼ばれていた時分、部下たちが最も見慣れていたのと同じ表情を浮かべさせた顔つきで、二千年後の世界に蘇った黒髪の少女魔王は面白そうな瞳で、かつて自分の庭だった魔界という名の世界のすべてを睥睨して見渡し、そして呟く。

 

 

「――正直なところ、長すぎる平和の中で腐ってしまった人たちの方が多い世の中になってしまったかと、少しだけ落胆していたんですけどね・・・・・・どうしてなかなか二千年後の平和になった未来世界というのも意外性があって楽しませてくれそうです。

 やはり死んでるよりも生きている方が退屈しなくて済みますし、今の時代に生まれ変われたのは良かったという事なんでしょうねぇ~」

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第9章

エロ作を含めて色々考えて思いついてはみたものの、『コレ』と言えるほどのものが思いつかなくて仕方なしに途中まで出来てた今作を完成させて更新してみました。
最近ネタは思いつけるのに、話全体を考えると思考が止まってしまう事が多くて困り気味な作者な次第です…。


 ――聖光国、神都への道中にある水かさの悪い荒れ地にて聖女ルナ・エレガントの襲撃を受けて撃退した魔王もどきなエルフと現地人少女のアクたち二人は、

 

「ごろじでやるぅぅぅ! アンタいつか絶対に殺してやるため討伐してやるんだからねぇぇ!!」

「はっはっはっは。弱い負け犬が吠えていますよ、アクさん。かわいい見世物ですねぇ~、アッハッハ」

「ま、魔王様! 聖女様に悪いですからそんなこと言っちゃダメですよ! あと、いい加減そろそろ先へ行ってあげましょうよー!?」

 

 ・・・・・・まだ同じところにいて、真っ赤に腫れ上がった尻を天に掲げたまま涙ながらに帽子を噛みしめ、屈辱と苦痛に耐え忍びながらも悔しさを紛らわせるため叫びまくっている聖女様の醜態を見物しながらケラケラと楽しそうに笑い続けていた。

 

 いやまぁ、実際には今さっきルーレットから出てきていた熊のオモチャが消えてなくなってくれて、ルナが地面に腹と顔面から落下してきて「ふべしっ!?」とか世紀末覇者世界のやられ悪役みたいな負けセリフを吐いた直後で、実時間的には戦闘終了から大して経ってないというだけの話なんだけれども。

 

 それでも聖女ルナとしては、一刻も早く憎むべき敵の魔王にはこの場を離れていってほしかっただろうし、こんな醜態を敵に見られたままとか恥ずかしすぎるだろうし、信心深くて真面目そうな優しい少女のアクちゃんとしては素直な気持ちで『聖女様に悪いことしちゃってるなぁ・・・』と罪悪感に苛まれていたのだろうが、しかし。

 

 ――ナベ次郎には、まだやるべき事が残っていた。それをするまで彼女たちは、この地を離れるわけにはいかなかったのである。絶対にだ。

 

「ハッハッハ、愉快愉快。・・・・・・さて、冗談はこのぐらいにして、そろそろ本題に入らせてもらうとしましょうかね。

 貴女たち―――今回の一件で、どう落とし前をつけていただけるつもりなのでしょうか・・・?」

『・・・・え・・・?』

 

 笑いを納めたロリネタエルフに、いきなり真顔で聞かれて騎士団一同&ルナがぽかーんとなった顔で(騎士たちは兜で表情わからんけれども)ナベ次郎を見つめ返す。

 相手の表情はガラリと変わり、先ほどまでしていた大笑いは一切なくなって、気味悪いほどの薄ら笑いと、欲しいものを手に入れるためには手段を選ぶ気のない酷薄な謀略家めいた怖さを感じさせる冷たい瞳で自分たちを見下ろしてきており、正直マジでビビらされまくって声も出ない。

 

 まるで“先ほどまでとは違う人格が乗り移ったかのように”、幼いエルフ少女の内側から怪しげな妖気を噴出させて、口調まで打って変わって冷淡で淡泊ながらも礼儀正しい喋り方で容赦なく自分に襲いかかってきて失敗した者達に要求を申し述べる。

 

「――今の卿らは私にとっての人質だ。生死の限りは運次第、差し出す身の代の品の宝次第・・・・・・。

 命が惜しければ、諸君らの有り金すべてと、その身に纏いし白き楯無の鎧を差し出したまえ。さすれば命だけは見逃してやってもいい」

『なっ!? なんだとぉッ!?』

 

 騎士たち仰天。アクちゃんも仰天してるし、聖女ルナだって驚いてはいる。

 ただし聖女様の場合は驚きよりも恐怖心よりも、プライドと怒りを刺激されまくられちゃう性格だったから、みんなとは反応する方向性が違ってただけである。

 

「ち、ちょっとアンタ! あんだけ私からお金取り上げておいて、まだ盗っていく気だっていうの!? あれは私が貯めてきたお小遣いなのよ!? それなのにまだ盗ろうなんて、この守銭奴! 鬼! 悪魔! 人でなしの悪辣反逆者魔王―――ッ!!!」

 

 言いたい放題、聖女なのに口の悪さ全快しまくりなルナ・エレガント。

 ・・・だが今回は相手が悪い。ナベ次郎が“今さっき思いついた誤魔化し作戦”を実行するためロールすることにしたキャラクターは魔王キャラではないけど、ある意味では魔王よりももっと性質の悪い『欲深な男キャラ』

 そして、正義の味方な感情論絶対主義者たちとは相性最悪すぎる超ド正論家な『愉悦の戦国梟雄キャラ』であったのだから―――

 

「・・・ふむ? たしか、私の命を奪うために遙々この地まできて返り討ちにあい、逆に脅迫される側になってしまう原因を作ったのは他ならぬ卿ら騎士団と、天使に愛されし聖女殿ではなかったかね?」

「うっ!? そ、それは・・・・・・だけど、それでも私は聖女でアンタは魔お――!!」

「それとも、己が他者を殺めようとして失敗しただけという悪行を都合良く忘れ、命は奪わず物でしかない金のみを持ち去るだけで見逃してやろうとしている私をこそ悪と断ずるのかね?

 いやはや・・・・・・実に興味深い論理だ」

「ぐっ!? ぐぅぅぅうううぅぅううぅぅぅぅッ!!!!」

 

 聖女様、超悔しそう。悔しすぎるけど本当に相手の方が超ド正論言ってるだけだから反論しまくりたいけど絶対できない、できる立場じゃ絶対にない。

 割と本気で今回ばかりは相手が悪かった、って言うか状況と相性が悪すぎていた。他の悪キャラをロールしてくれるんだったらやり用はあったんだろうけれど、コイツだけは今の聖女ルナの立場から見ると本気で相性悪すぎていたから。

 

 あるいは相手が今まで犯してきた所業を聖女様らしい神通力かなにかで知っていたなら状況は変わっていたかもしれない。

 だが、それを出来ない今の聖女ルナ・エレガントでは“この男キャラ”には太刀打ちできない。多分ナベ次郎だって出来なかっただろう。

 その甘さこそが、戦国の梟雄相手に勝つことのできない理由なのだよ聖女殿―――。

 

「一興を喫するが・・・卿の論理、嫌いではないよ? 傲慢な生臭坊主どもが支配する宗教国家の暴君らしい力と収奪の論理は嫌いではない・・・」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぅぅぅぅッ!!! キィィィィィ―――――ッ!!!!」

 

 ついに血涙まで流して悔しまくり始めた聖女様のお姿に、彼女の国の信心深い国民A子ちゃんであるアクちゃんは気が気でない心理状態になっちゃってアワアワしっぱなしになってきたけど、逆にナベ次郎は心の中でガッツポーズを浮かべて『計画通り♪』とほくそ笑む。

 

 今回、この自爆特攻エルフが考えついて行った作戦は、何時ものように何時ものごとく、またしてもシンプルイズザベストな代物。要するに単純明快であんまり深く考えてない超大雑把思考によるバカ作戦。

 

 名付けて、【自分の恥ずかしい秘密をバラされないため、相手にも恥をかかせて弱味を握ろう作戦】である。

 

 詳しい作戦内容は・・・名前だけ見ればバカでも一目瞭然だろうけど、騎士達と聖女様を恥ずかしい格好で帰還させることで、自分の秘密を誰にも知られないため自主的に今回の件をなかったことにさせてしまおうという、ハッキリ言って共倒れ作戦である。

 ある意味では自爆特攻が得意な彼女らしいと言えなくもないが、巻き込まれる方はNPCではなく自我を持つ聖女様達なので本気で堪ったものではない。

 

「無論、天使の敵たる憎むべき魔王を相手に我が身惜しさの命乞いから恥をかくを潔しとせず、この場で私を相手に名誉の戦死を遂げる道を選ぶも卿らの自由・・・・・・。

 この地にて勇敢に戦い討ち取られ、骸となった卿らの頭蓋を持って一献傾けてみるのも悪くない・・・。

 それが天使信仰の大号令の元、踏みにじられ、生きたまま焼き尽くされた亡者達には幾ばくかの供養にもなろう。――そうは思わないかね?

 諸君ら天使を信奉しているらしい騎士の諸君も――」

『全部脱いで差し出させていただきます!! ええもう本当、今すぐに!!!』

 

 文字通り、誰か一人の大号令の元、一斉に着ていた鎧甲冑を脱衣し始めて鎧を外して兜を脱いで、ズボンにまで手をかけて「きゃっ!?」とアクちゃんに両手で両目を隠させてチラチラちら見させてしまっている見苦しい醜態さらしまくり始める騎士団達。

 

 ・・・うんまぁ、キャラの性格とは合わないけれども、武士の情けでパンツは脱がなくていいことは付け加えておくとしよう。さすがに絵面が悪すぎて気持ち悪くなってきてたから。

 

「・・・さて、家臣達は皆、私に降伏したようだが・・・・・・君はどうする気かな? 聖光国の聖女殿よ」

「くっ・・・! バカにしないで頂戴! 私は智天使様に愛された聖女三姉妹の一人、ルナ・エレガントなのよ! 魔王なんかに命惜しさで降伏するなんて死んでもあり得ないわ!! 絶対によ!!」

「それは、残念・・・・・・では君の望むままに、結末を与えよう・・・」

「え? あ、あの、ちょっと、聖女である私になにを―――」

「案ずることはない。死にはしない。私は君ら、世を知らぬ子供達に対して大人の務めを果たそうとしているだけなのだからな・・・・・・」

「え、あ、いや、ちょ、ちょっとやめてちょうだ―――い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

 

 そして、無様に負けた聖女様が泣く頃になってからようやく出発して、神都へと続く道中を抜け、貧しい辺境地域では唯一栄えた異世界転移後最初の大都会に到着することがやっとできたのは昼過ぎになってからのことであった。

 

 その町の名は――交易の街『ヤホー』

 

「・・・相っ変わらず、この国のネーミングセンスは色々とひど―――むっ、ぐ・・・」

 

 町の名前を聞かされた直後に思わず言ってしまいそうになった言葉の途中で慌てて遮り、自分で自分のお口にチャックをかける、変な名前では中々勝てる人がいてくれないネタアバターのPC名『ナベ次郎』

 アクの話ではファンタジー世界観の癖して、日本と同じでカタカナと漢字が使える転移先の異世界だけど、今のところ漢字とカタカナのごった煮ネーミングの人にも場所にも出会えたことはなく、男性名の『次郎』と名のつく女の子にも出会えたことない。・・・つか、『鍋』って・・・。

 

 色々とネーミングセンスが酷い異世界なので、ナベ次郎的には自分にも名前の酷さを罵倒できるようになるため、自分より酷い名前の人でも物でも常時絶賛募集中な方針で異世界旅を進める予定でいるんだけど・・・・・・いるのかな? 本当にそんな人か物が、この世界にも・・・。

 

「ま、まぁ名前の話はいったん脇に置いとくとしまして。お金はあるんですし、何かテキトーにお買い物でもしていきましょうかね。ちょうど臨時収入も入ったばかりですしタイミング的にも非常によろしい」

「でも魔王様・・・それ、聖女様のお金ですよね?」

「え? なんでです? 私のお金でしょ?」

「・・・・・・え? え? あれれ・・・?」

 

 なぜかいきなり町の入り口で顔を付き合わせて、小首をかしげ合う二人の美少女達。

 見た目的には絵になる光景ではあったが、互いに内情はあんまし美しくもなかったのはご愛敬と言うところだろうか。

 

 いや、アクちゃんはいいのだ。清く正しく美しく、信仰心厚い聖光国の国民らしい『聖女様は特別でスゴくて偉い人だから』という純朴で無知な故の権力者だけが持つ特権を肯定してあげられる優しさで満ちているから許容範囲内である。

 問題なのは、この外面だけしか美しくない特攻ネタエルフ馬鹿モンクの方だけである。

 

「えっと・・・だってそれ、さっき聖女様から盗ってきてしまったお金なんじゃ・・・」

「違いますよ、アクさん。いいですか? 彼女たちは私を問答無用で襲って殺して命を奪おうとしてきたのです。

 つまり彼女は聖女ルナではなく――ルナ盗賊団の首領ルナ・エレガントなのですよ」

「は、はぁ・・・・・・って、え!? と、盗賊!? 聖女様がですか!?」

「そうです」

 

 堂々と断言して頷いて見せて、しかもそこに誤魔化しや自己正当化の匂いを一切感じさせない、本気で自分が言ってることが正しいのだと信じ切っている正しさがあるから余計に性質が悪すぎる風になってしまった現代日本人が中の人にいるナベ次郎。

 

「神や天使の名を唱えて人を襲い、自らの信仰する宗教こそが正しいのだからと略奪や暴行を正当化してやまない者達・・・・・・彼女たちはそんな宗教を利用して自分たちの欲望と野心を満たそうとしている盗賊集団の一員たち。

 そんな彼女たちが他人から奪ってきた金を私が奪い返し、この街で使って民間に還元してあげる。これこそが正義であり正しさであり、彼女たち略奪未遂と殺人未遂を犯した自分たちを正当化しようとした者達こそが悪であり盗賊。ドゥーユーアンダスタン?」

「え、えぇぇー・・・・・・?」

 

 腕組みながら、確信を持って断言してくるロリエルフを前にして、さすがに今回ばかりは魔王様だからで賛成できない正しいアクちゃん。

 

 実際問題、ナベ次郎が言っていることも間違いではないのだが、想像としてイメージしているモチーフ達が些かおかしいのも事実であり。

 

モチーフ①:一向一揆と、比叡山延暦寺の生臭坊主達。

モチーフ②:十字軍&魔女狩りの異端審問官たち。

モチーフ③:アルスラーン戦記に出てきたルシタニア王国とイアルダボート教の狂信者ども。

モチーフ④:FFタクティクスのグレバドス教会、Tオウガの暗黒騎士団ロスローリアンとローディス教国。

モチーフ⑤:他色々なゲームの中で教化政策の名のもと武力侵攻しまくっていた宗教軍事国家群たち。

 

 

 ・・・・・・酷すぎるイメージであり、モチーフ達ばかりだった。

 さすがに聖光国の教会や聖職者達もソイツらほどは腐ってないっつーか大量殺戮や虐殺は行ったことないはずなんだけども、この異世界に来て初めて出会った聖職者に神の名のもと襲撃されて魔王と決めつけられた負の実績しか知らない今のナベ次郎にはその程度しか相手のことを想像できるだけの知識もなく、田舎村育ちのアクちゃんにだって当然ない。

 

「・・・・・・?」

「・・・・・・??」

 

 無知な者同士が、互いに知らない事柄について是非を問う議題を話し合ったために、互いの意見がすれ違ったまま外野までフェアボールが飛んで行き過ぎてしまう結果に終わり、何の実りもないまま有耶無耶のうちに結論は先延ばしにするしかないパターンができあがってしまうことになる・・・・・・。

 

「ま、いいです。間違ってたら追々直していくとしまして、今はご飯を優先しましょう。お腹空きましたからね」

「は、はぁ・・・・・・まぁ、はい。そうですね・・・・・・」

 

 お互いに相手を納得させて翻意させるだけの論拠も証拠も持ち合わせてない、未成年者の証言者資格ない者同士で仲良く街の中へと入っていく。

 

 ―――周囲からの、色々と含むところのある視線が片方の銀髪頭から飛び出している二つの部位に集中していることにも気づかないまま歩を進め、一軒の屋台の前まできて立ち止まり。

 

「すいません、オジサン。その串焼きください。幾らになりますかね?」

「へい、らっしゃ―――チッ。亜人かよ・・・・・・」

 

 愛想良く振り返ったと思ったら、露骨にイヤそうな顔して表情しかめてきた店主の反応に不自然なものを感じて「私の顔に何か?」と聞いてみたが「・・・なにも」と素っ気なく返されるだけ。

 挙げ句の果てには、

 

「・・・串三本で銅貨5枚だ。もっとも、アンタが人間だったらの値段でだがね」

「?? エルフだとダメなのですか?」

「・・・ああ、決まりでね。この街に限らず、この国全体で亜人たち相手には通常の値段でものを売ってはいけないことになっている。

 この街は交易都市だからまぁ、他よりかは亜人にも甘いぶん売ってはやれるが値段はアンタの分だけ二倍だ。それがイヤなら悪いが他の店に行ってくれ」

「なるほど。では、どうぞ」

「・・・毎度」

 

 イヤそうな表情をしながら代金を受け取り、イヤそうな表情のまま串に刺さっている肉を渡してくれた店主に礼を言って屋台から遠ざかり、軽く周囲を眺め回してみると―――なるほど。たしかにどこもかしこからも自分の方へ向けて白い視線が突き刺してきている。特に耳。

 

「す、すみません魔王様・・・」

 

 ふと、視線の下の方から申し訳なさそうな声が聞こえたから見下ろしてみると、アクが只でさえ小さな体をもっと小さくしながら、罪悪感で消え入りそうになってる声量で自分たちの国である聖光国が持つ『光と闇』について知っている範囲内で教えてくれたのだった。

 

 この国では、獣人をはじめとして、エルフやドワーフなどの“亜人”と呼ばれる人間以外の種族に対して非常に厳しい制度が敷かれているらしいのである。

 

「厳しいとは・・・・・・どのくらいのものですので?」

「僕もあまり詳しくは知らないんですけど・・・・・・決められた職業にしか就いちゃいけない法律があるって死んでしまったお父さんから聞かされたことがあります・・・・・・」

「なるほど」

 

 ナベ次郎は頷いて首肯する。そりゃ厳しいと。

 用意された職業の中からしか自分が将来就くべき仕事を選べないなんてそんなのは・・・・・・あれ? 意外と普通なような気がしなくもない・・・? むしろ現代日本もあんま変わりなかったような気が――まぁ、それは置いておくとして。

 

「人々の対応も非常に冷淡で、中にはハッキリと敵対視している人も多いんだって、お父さんは言ってました・・・」

「ふ~~ん?」

「すいません、魔王様・・・本当はもっと早くお伝えすべきだったのに、僕なんだか魔王様がスッゴく身近にいてくれたおかげで亜人っていう意識がまるでなくなっちゃってて、そのせいで魔王様が色々な人たちから変な目で見られてイヤな気持ちにさせてしまって本当にごめんなさ――」

「では、折角ですしアクさん一人が先行して歩いて行って、私が少し離れてついて行って別々に行動しているって風に見せかけません? 私は―――周りから白い目で見られまくる異端者プレイを久々にやって満喫したい気分に今なってます故に!」

「僕の話聞いていましたか魔王様!? ねぇ!?」

 

 目をキラキラと輝かせて、瞳に無数の星を浮かべて相手の話無視して自分の話だけ進めていくKY亜人エルフなTS美少女ナベ次郎。

 種族差別については「最近の異世界転移ラノベではよくあること」と割り切っているため別段気にするほどのこととは思っていないし、今まではエルフ種族って存在について『ロードス島戦記のディードリット的な立ち位置』を連想しちゃってたから色々と萎縮しちゃってただけだったし。

 

 差別されてる種族なのが当たり前な世界観だったら遠慮することは何も無し。気にせず好きなようにパァーッと生きましょう。嫌われ者はなにやってもやらなくても「嫌われるかもしれない可能性」だけは心配しなくていいから楽でいい。

 自分を嫌いな奴らに好かれたいと思う理由もないし、差別されてる側が差別してきてる側に反逆するのは歴史上でもよくあることだし。

 いんじゃね? 別に。気楽に好きにやっとけ、自由気ままにさ~。

 

 ・・・というのがナベ次郎が持つ、自爆特攻ネタアバターとしての本質だった。

 周囲からの言われない蔑視や、誹謗中傷に萎縮しまくり耐えながら生きてきたアクちゃんみたいな虐められっ子からして見ればトンデモナイ屁理屈のようにしか聞こえなくてもおかしくない暴論だったけど、あいにくと彼女にとってナベ次郎は既に魔王であり超常現象であり、なんか自分たちにはよくわからない存在の代表格みたいなものにまで格上げされてしまっている。

 

「まぁまぁ、とりあえず物は試しと言うことで。宿屋に着くまでやってみてから次も続けるかどうかを決めましょうよ。一回だけでいいですから、ね? ね?」

「う・・・ううぅぅ・・・・・・わかりました・・・。本当に一回だけですからね? 約束ですよ?」

「わ~い♪ ヤッターわ~ん☆」

 

 と、渋々ながら納得して受けいらざるを得ない展開にされてしまった。・・・ガキか? こいつらは・・・。いやまぁ、片方は正真正銘ガキで合ってる年齢なんだけれども。

 

 ――ただ一応、二人に関して弁護もしておくとするならば。

 もともとナベ次郎は、ゾンビアタック上等で自爆特攻して、殺されたら復活魔法かけてもらってまた特攻して死んでをエンドレスで勝つまで繰り返すネタキャラであり、そのネタキャラが具現化した存在がこの異世界におけるナベ次郎という名を持った異端のエルフモンクなのである。

 

 ネタキャラは、周囲から笑われなければ意味がないのだ。白い目で見られてナンボな存在なのだ。

 笑われたい! 周囲から白い目で見られたい! バカにされたい! 歌い!・・・たくまではならないけれども、前三つぐらいは久々にされてみたくなってしまってきたナベ次郎の肉体が持つネタアバターとしての芸人本能。

 

 なんかもう、魔王とかどうとか全然異なるレベルで場違いすぎるにも程があるヤツ呼ばれて来ちまってる気がするけど、召喚されてしまった以上は消えるか消すまで影響受けさせられざるを得ないのが魔術儀式で超強い存在を現界させちまった奴らがいる世界の宿命である。タイプムーン時空とか。

 

 

 一方で、アクちゃんの方はというと、どう対応すればいいのかよく解らない状況に陥りかけてしまっているため判断に迷いはじめている。

 なにしろ異例尽くし、お約束無視尽くし、自分の今までの常識ガン無視存在が目の前に顕現してきて、なんかよく解らない理屈で色々引っ張り回されたかと思うと、やっぱりよく解らない展開に巻き込まれているだけの身の上なのである。

 まだしも真面目そうな大人の日本人男性が来てくれた方が、彼女の常識的にはマシだったかもしれないほど、この世界の常識が通じない上に斜め上のギャグ方向に天元突破してしまっている存在を前にして、正気を保ち続けていられてるだけ大したものと言っていいほどに。

 

 ――実際、彼女が生まれた故郷の村の住人達は今日も熱心に、第六天魔王様から与えられた総督閣下に敬礼して、魔王様万歳の歌をみんなで歌うことから一日の生活をスタートさせる日々を送っている。

 アレと比べりゃ、アクちゃんの対応と反応は常識の範疇に留まっており、良識的行動と言って差し支えないほど善良そのものとさえ言えるだろう。・・・比べる対象が異常すぎることに目を瞑れればの話だけれども。

 

「じゃ、じゃあ僕、先いきますね・・・? ――ちゃんと後ろから着いてきてくださいますよね・・・? 置いていったりしたらイヤ・・・ですよ・・・?」

「ほ~い。ダイジョブダイジョブですから、ご心配な~く~♪」

 

 相手からの意味ありげな視線や声音に全然気づくこともなく、久々にみんなに笑い物にされながらナベ次郎をプレイできる懐かしのロールプレイに心弾ませ、心ここにあらず状態になってる魔王エルフ。・・・アクちゃんにとっては本気で堪ったものではないなコイツ・・・。

 

 オマケに、そこまでやってもらって実行してみた『周囲から白い目で見られて笑い物になるロールプレイ』の感想はと言うと―――

 

 

「う~~~~~ん・・・・・・・・・・・・いまいちビミョーかな~?」

 

 

 コレなのだから、本気でアクちゃんとしては堪ったものではないだろうなぁー。本来だったら本当に。

 

「確かに四方八方から白い目で見られてますし、あちらこちらからヒソヒソ陰口叩かれてるのも聞こえてくるんですけど・・・・・・それだけだとちょっと、すぐ慣れちゃって飽きるんですよなぁ~」

 

 ――本気でコイツは、全国各地の虐められっ子さん達に土下座してきた方がいいと思うネタキャラ中身野郎な美幼女エルフアバターだったころが一目瞭然な暴言呟きながら、ノンビリと白眼視される中を宿屋に向かってまっすぐ欠伸しながら歩いて行って。

 到着した場所こそが、この街屈指の最高級宿。

 その宿の名は――『ググレ』

 

「本当に酷いなま―――クソゥ! 言いたいことも言えない、こんな異世界の世の中なんてポイズンで消毒したくなってきちゃいますよね本当に!!」

「え? え? あ、あの・・・そうなんですか・・・? 僕は可愛い名前が多いと思ってるんですが・・・」

 

 交わらない線と線。種族と種族。生真面目とギャグ。

 そんな凸凹コンビだったが、庶民だと敷居を跨ぐのにも中々クソ度胸がいる高級宿に子供二人だけの見た目でで堂々と入っていくのには役立ってくれたらしく、気後れしがちなアクを気にしない性格のナベ次郎が引っ張っていくように暖簾をくぐって扉を開けて。

 

「店主、この店で一番良い部屋を頼む」

 

 と、どっかで聞いたことある死亡フラグ台詞を格好つけながら言い切って見せて、話しかけられた相手の青年の眉を思い切り顰めさせることに意図してないけど成功してしまう。

 

「・・・申し訳ございませんが、お客様。当宿は品質サービスなどの都合上、宿泊費が他より多少高くなってしまわざるを得ず、一番良い部屋と申されますと金貨一枚になってしまうのですが・・・」

「き、金貨一枚ですかぁッ!?」

 

 露骨なまでに『お前みたいな差別種族を泊めてやる部屋はねぇ。礼儀だけ守って追っ払ってやるからブブ漬け出されてとっとと帰れ』と、高級宿の店員らしい態度と口調で礼儀正しく、貧乏人の亜人ごときには払えるはずもない宿泊費用を提示して宿の看板に傷をつけることなく面倒な客に自分からお引き取り願おうとする青年店員。

 

 実のところ彼は、この高級宿『ググレ』の店主ではなく副店主――地球風に表現すれば「副支配人」とも呼ぶべき地位にある。

 副支配人がいるのだから当然、一つ上の地位には年長者の支配人がいて、若者と年寄りらしい経営方針の違いで意見対立が激しくなっているのも当たり前のように起きている事案であった。

 

 年かさの老支配人の方は年寄りらしい保守派に属しており、種族差別思想は持ちつつも交易の町が持つ雰囲気に合わせて他国の人間や多種族に対しては比較的寛容であり、金さえ払ってくれれば誰だろうと『お客様という名の神様です』という伝統的な商道徳の精神に基づいた経営をよしとしている。

 

 逆に副支配人である青年の方は、ヤホーの街がある北部国境地帯に近い辺境がもつ将来性に見切りをつけて、中央へ乗り換えての支店進出こそがググレを最高級宿として生き残らせ続ける唯一の道だと確信している改革派のリーダー格になっていた。

 

 宿に限らず高級店の経営には、馴染みの固定客である『お得意様』を確保することが絶対の必須条件となるのは常識でしかない。

 そして、それは他の高級宿も変わることはない絶対原則と呼べるだろう。歴史と伝統と格式あふれる高級宿が古くから存在してきた中央へ進出するには、彼らから馴染み客を奪い取るしか道はないのだ。

 そして聖光国中央における高級宿の馴染み客とは、貴族たちこそ上客の最高峰と呼べる存在。彼らからの歓心を買うことこそが、来たるべきググレの中央進出において必須の条件となるであろうと予測している副支配人の彼としては、貴族たちが忌み嫌っている亜人のエルフなど、たとえ見目麗しい美少女の外見をしていたとしても決して泊めたくはなかったのが正直すぎる本音だったのである。

 

 ・・・だが一方で彼は、交易の町ヤホーにある最高級の宿『ググレ』がもつ看板にケチをつけられるような言質も取られたくはなかった。

 だからこそ、礼儀正しく正直に宿に泊まるために必要な宿泊費をお答えすることで、払えるはずもない金を持たざる者の貧乏人亜人どもの方から自主的に退出したくなるよう仕向けたのだったが・・・・・・。

 

 ――今回ばかりは、彼の高級志向の金持ち用マナーは逆効果しかもたらしてくれなかったようである。

 

「金貨一枚ですね? ん~と、じゃあコレかな。はい」

「ちょっ!? ええぇぇぇッ! ダメですよ魔王様ぁ!」

「ま、魔王様・・・ッ!?」

 

 あまりの値段に驚いてたら、ポンと払われてしまって更に驚き、もっと大声を上げてしまったアクちゃんの叫び声に魔王という単語が混じっていたことから、副店主の青年が訝しげと呼ぶには物騒すぎる視線を差別種族たる亜人エルフの小娘に向けざるを得なくなるのだが。

 

「あー、気にしないでください。ギャグですよギャグ。世間知らずな子供らしい魔王ジョ~クって奴ですので、年長者の大人らしく聞き流してあげて頂戴ませな」

「は、はぁ・・・・・・」

 

 アッサリと流されて煙に巻かれて、訝しさはますます盛り上がらせてしまってる事に気づいていないナベ次郎。

 逆に青年としては、彼女たちを泊めたくない理由が更に増える結果になってしまっていることに気づけてるはずもない。

 

 辺境では唯一栄えている交易の町とはいえ、同じ北部地域内で起きているらしい『悪魔王グレオール復活の噂』は彼の耳にも入ってきてはいる。

 目の前の小娘は、どう見たってただの亜人エルフであって、伝承に語られた悪魔王の姿では絶対ないし、こんなアホっぽい奴が魔王だなんて死んでも思うことはあり得ないとはいえ、それでも時期が時期であり相手種族が相手種族である。

 

(ググレに厄介ごとを持ち込まてはかなわない・・・ッ! なんとか詭弁を駆使して断ってしまうことが、こういう手合いを相手にするホテルマンとしての最善手だッ!)

 

 ・・・・・・こうして、また一人魔王の手による犠牲者が生み出される原因を自ら作る羽目になってしまうのだった・・・・・・

 

 

「――申し訳ありません、お客様。今確認しましたところ、一番良い部屋はたしかに空いているのですが、先日一部に不備が発生していることが判明しましたため確認作業中でありまして。いえ、確認作業自体は今朝のうちに完了しているのですが、オーナーが視察旅行からの帰りが遅れておりまして、まだお客様にご提供しても良いという許可が出ていないのです。経営者であるオーナーが許可されていないことを私ごとき一店員が手前勝手に忖度してお客様をお泊めしてしまい何か事がありましたときには大問題。当宿だけでなく、お客様ご自身にまで迷惑が及んでしまうかもしれません。こちらの不手際が原因でご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございませんが、どうか今回は当方がご用意させていただいた別の宿にご宿泊いただいても構いませんでしょうか? 無論、宿泊費は当方が負担させていただきます。――え? オーナーがお帰りになられる日時でございますか? さて、確かなことまでは保証できかねますが、一日二日先の短期間でお帰りになられることはないかと思われます」

 

「ふ~~~~~~~~~~ん??」

 

 

 こうして、中身が現代日本の男子高校生な異世界だと差別種族の亜人エルフ美幼女モンクなナベ次郎と、現地異世界人で差別主義者の青年副店主との間で交渉が始まり。

 

 

 ドカッ! バキッ! ゴガキッ!! ボコボコボコンッッ!!!

 

 

「さ、さような事情どば知らず失礼いだぢまじだ・・・・・・ただいま一番良い部屋を用意ざぜでいだだぎますぅぅ・・・・・・」

「超特急でお願いしま~す♪」

 

 

 自分は亜人だけど悪人ではないことを誠心誠意思いを込めて『拳で』語って聞かせることで解ってもらい、『パンチで始まってキックでつなぎ、最後にプロレス技で締めて快く了解を得る交渉術』は平和的に成功を収めて無事に宿を確保することができたのであった。

 手順を守り、マナーを守り、正しく対応して礼儀正し接してあげた成果である。やはり正義は正しい、野蛮はいけない。平和と共存こそが繁栄に繋がる唯一の道なのだとロリネタエルフのナベ次郎は改めて確信をし直した出来事であった。

 

「いやあの、魔王様? 今のって誰がどう見ても交渉ではなくて脅迫だったのでは・・・?」

「交渉であり、語り合いです。ぶつかることで深く結びつくのが友情であると、愛と友情と絆で悪魔を倒して世界を救ったファイターさんたちも言ってましたから間違いありません。傷ついたことは無駄にならないものなのです。

 ちゃんと急所の心臓部は狙わずに頭だけ狙ってダメージを与えておきましたから傷つけ合う戦争にはカウントされませんでしょうしね」

 

 遙か未来を舞台にした別世界の常識だと、理想的な戦争とされている代表選手同士のファイトにおいて心臓部はコックピットと呼ばれて攻撃してはならないことになっており、勝敗の判定は頭部を破壊することで決すると定められているため合法的で平和的なやりとりだったとナベ次郎は確信している。

 モンク(格闘家)であるネタエルフのナベ次郎だからこそ確信できた平和的で理想的な戦い合う以外の、自分と異なる者達と解り合うための交渉手順は中世ヨーロッパ風っぽい文化レベルの異世界だと先進的すぎてしまって、全く未知の思想であり、既存の思想に当てはめて考えるなら『野蛮』の二文字に尽きてしまうことを時代感覚が異なる現代日本から中世っぽい異世界に来たばかりのナベ次郎は気づいているのか、いないのやら。

 

 

 兎にも角にも、こうして一人のロリネタエルフと現地人少女は長い一日の“半分と少し”を終わって、あとは夜だけ残す時間にまで至ることができたのであった。――長いな! 教の特別な一日っていう日は、あまりにも長すぎる!!

 

 

 

 

 ・・・・・・そして、彼女たちの気づかぬところで魔王が与えた影響は僅かずつ、だが確実に異世界の人々と全体に対して悪影響を及ぼし始めていたことを、彼ら二人はまだ知らない・・・・・・。

 

 

 

 

 

「タイコ・モッチー君、私は君を高く評価しているのだよ。だがどうも今の君は、疲れているようなのでね。休暇を与えることにした。しばらくの間、制服を脱いでバカンスでも楽しんできてくれたまえ、遠慮はいらん」

「お、オーナー! お言葉ですが私は疲れてなどおりません! まだまだこのググレの為に働けますから大丈夫です!!」

「・・・隠喩の通じん奴だな・・・。言わねば分からんと言うならハッキリと言ってやる。タイコ・モッチー、お前はクビだ。とっとと制服を脱いで我が宿を出て行くがいい。金の成木かも知れないお客様を見る目がない無能者など、私のググレには必要ない」

「お、オーナー!? オォォォォォナァァァァァァ―――――――――ッッ!?」

 

 ズルズルズル・・・バタン。

 

「――と、言うわけだ。先代の副店主が自主退職したため、次の副店主は君ということになった。店主を補佐してググレのために頑張ってくれたまえ、リゾッチャ・リッチモンド君。期待しているよ?」

「はい、必ず。志半ばで職を捨てざるを得なくなりました先代に代わって、彼の分までググレの発展のため、お客様方に良いサービスと宿泊の際の満足をもたらしてご覧に入れましょう。

 お客様方のお金が続く限り、お客様は誰であろうとも、お金様でございます」

 

 

 他人から分捕った金なら、幾ら使っても自分の懐が痛むわけではないので遠慮なく使い切る方針の魔王もどきエルフが落とす金に群がり始めてきた、『金貨に国旗の色はついてない』をモットーとする商人どもが蠢きだし。

 

 

 

 それと時を同じくするようにして、

 

 

 

「馬がないから遅い! 鎧ないから恥ずかしくて主要街道通れない! 神都に帰り着くのが遅すぎるのよ―――ッ!?」

『・・・・・・・・・(シュン・・・)』

 

 魔王に恥かかされるためにと、鎧を奪われ、馬まで奪われ(明日にでも売り払う予定)騎士の癖して徒歩で神都まで帰るしかなくなってしまった部下たちをつれ、自分が引き連れてきたしまった連中だからと置いていくわけにもいかずに自分だけ馬車が無事だったからと先行することすらできやしない聖女ルナ・エレガント様は、亀よりも遅い部下たちの歩みに合わせてやりながらトボトボトボトボ、新都へ向かう道中を超鈍足で進んでおりましたとさ。

 

 

 魔王と呼ばれるネタエルフが、異世界にもたらす悪影響と笑いの渦は、まだ始まったばかりである。

 

 

「お―――そ――――い――――――――ッッ!!!!!!!!」

『・・・・・・すいませんです、ハイ・・・・・・』

 

つづく

 

 

*アニメ版と原作で、ルナが部下たちだけを先に帰らせた理由は今作だと上記のものに変更してみました。

*また、ルナがされた敗北ペナルティが、次回のレストランでの再会イベントに影響を与える“予定”でいます。




*すいません。書き遅れてしまいましたが、今話の中で主人公のセリフ中に不当な差別の視線を浴びせられて苦しんでおられる方々への配慮が抜けている点がありましたことを深く謝罪いたします。申し訳ございませんでした。

ネタとはいえ、書いていい内容かどうか散々悩んだ部分だったのですが、キャラの性格上どうしても他にやりようが思いつかなかった故の結果だったことの説明も含めて、明言するのが遅れたことを深くお詫びし、反省もし、今後の改善に活かせるよう努力しますね。


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魔王学院の魔族社会不適合者 第7章

単に次話の出だしだけ書いて終わらせる予定だったのが予定より遥かに長い内容になってしまったせいで、気がついたら1話分の長さができちゃってました…。
流石にこれを出だしとして使うのは無理がありますので次話ってことにして更新することにいたしました。想定外で予定になかった更新で申し訳ありません。


「――そうだ。お二人とも私の家に寄って行きませんか? 三人目の班員も加わってくれた事ですし、自己紹介もかねて祝勝会と洒落込むのも悪くないと思うのですけれども」

 

 黒髪の少女がミーシャと、新たに班員になったサーシャの二人共に向けてそう言ったのは、サーシャ班との試合に勝った日の放課後でのこと。学園前の校門での出来事だった。

 

「・・・え? わ、私も行っていいの・・・?」

「構いませんよ? 私の方が誘った身ですし、どーせ1人暮らしの苦学生ですからねぇ~」

 

 気楽にそう言って、サーシャに向かって下心も裏も感じさせない笑顔で返す黒髪の少女。

 実際、特に思惑があっての言葉ではなく、探りを入れようと思って言った言葉でもない、ただ思いついたから言ってみただけの言葉であったのだから当然の返答ではあったのだ。

 

 サーシャが何か隠しているにせよ、何者かがサーシャたちに何か仕込んでいるにせよ、事を起こすとすれば後日となるのは明白であり、負けたその日に事を起こしたところで今日の出来事が無駄になるだけで意味など微塵も生じさせられない。

 それに、一時的であったとしてもサーシャが今の時点で仲間になってくれたのは事実なのだから親睦を深めるため何かしらの催しを企画するのは班長として当然の責務でもあるだろう。

 

 ――だが、しかし。

 もし彼女が先日引っ越したばかりの、女の子を招いたところで何の問題も起きないレベルの新居に対して、絶対の安全性を信じ切れていなかった場合には、この誘いはなかったかもしれないし、彼女自身も悲劇に見舞われる不幸を避ける事ができていたのかもしれない。

 だが、それでも未来は容赦なく訪れるもの。暴虐の魔王であっても予期し得ない未来の不幸までは避けられぬもの。あまりにも意外すぎる伏兵には油断してしまって隙を突かれてしまうものなのだ。

 そう・・・・・・たとえば、【彼らの襲来】を黒髪の少女が意外すぎる心の伏兵として、油断しまくっていた相手だったからこそ意表を突かれずにはいられなかったのと同じように・・・・・・。

 それは本当に、突然やってきていた。

 

 

 

「あ! お帰りなさ~~~ッい♪♪♪ アノスちゃ~~~~~~ッッん♡♡♡」

 

 

 ゆるふわした長い髪。たれ目ガチでオットリした顔立ち。幼いとはいえ一児の子供がいるとは思えない幼すぎる言動。

 いきなり自分の新居の玄関前で待ってた女性に飛びかかられて満面の笑顔で頬ずりされて、流石の元魔王な黒髪少女でさえ思わずドン引きせざるを得ないほどの過剰すぎる『母娘同士によるスキンシップ』

 

「う、うわぁ・・・」

 

 と呻く声も、今日ばかりは本気で気まずさと周囲の視線を気にせずには済ませる事ができそうにない。――特に後ろで呆然としながら待たされてる美少女二人の視線が痛い。痛すぎるので気になりすぎます本当に・・・。

 

「連絡見たわよ~! スゴいわー♪ 生まれて一ヶ月で学院に合格しちゃうなんて、本当にどうしてそんなに賢いのアノスちゃんわ~♡ もう本当にスリスリスリ~~♪♪♪」

「お、お母さん・・・・・・」

『お母さんッ!?』

 

 あまりにも意外する単語と、似てないにも程がある親子同士の関係性に、血の繋がりに対する信仰心が一瞬にして崩壊しかける音を確かに聞いたような気になりながらミーシャ・ネクロンとサーシャ・ネクロンの訳あり姉妹二人は揃って驚愕の声を上げ、その声が聞こえて反応して、黒髪の少女に飛びついてきていた嬉しさの余り子供に事前の連絡も入れないまま勝手に上京して着ちゃっていた今生における肉体の産みのママは二人の少女たちに一瞬にして気が引かれたらしい。

 

「あら~? この子たちはどなた~??」

「えっとぉ・・・・・・紹介が遅れましたが、お客さん達です。ミーシャ・ネクロンさんと、サーシャ・ネクロンさん。学園で知り合ったお友達です」

「・・・どうも、よろしく」

「は、初めまして・・・サーシャ・ネクロンです。以後お見知りおきを・・・」

「――――ッ!!??」

 

 多少――というか正直かなりドン引きしながら、それでも名家出身者と優しい育ての親に育てられてた二人の少女達は挨拶を忘れる事なく順して頭を下げて、礼儀正しく自己紹介した・・・・・・のだけれども。

 

「な・・・っ!? そ、そんな・・・!? あ、あ、アノ、アノ、アノスちゃんが・・・・・・ッ!?」

 

 世の中には現実よりも幻想を、客観的事実や一般論的常識よりも夢のある主観をこそ好む者も多くおり、中には行き過ぎてしまっている人たちも時にはいて。

 

「アノスちゃんが二人も一度にお嫁さんをゲットして来ちゃったよーッ!!!

 いや~ん♡♡ 百合よ!百合よ! 百合なのよ~~~~ッッ♡♡♡♡」

 

 ・・・こういう人も、中にはいる・・・。

 いやもう本当に、例外中の例外でしかないとは思うんだけども事実として実在しちゃっているから黒髪の娘少女としては本気で否定しようのない過酷な現実が母親の形を取って体現されちゃってたりするのであった・・・・・・。

 

「・・・ねぇ・・・なんなの? この状況って・・・?」

「すいません・・・。母は昔、女の子同士の恋愛に憧れていた人でして・・・・・・今でもソレッぽそうな人を見るとぶり返しちゃうときがあるものでして・・・」

「・・・・・・アノスのところの家庭は、それで大丈夫なの・・・?」

 

 無表情のままミーシャからまで心配されてしまう始末。

 失礼とは承知してはいるものの、それでも家族の事情と家庭の問題で彼女から心配されてしまった事は結構ショックが大きい黒髪の少女の精神でありましたとさ。

 

「なんだとー!? アノスが同時に二人の嫁を連れてきただとーッ!?」

 

 そして続いて、お父さんも登場。

 鍵かけて登校してきたはずなのだけども、新居の玄関を盛大に音を響かせながら思い切り開いて外へと飛び出してくる。

 中肉中背で黒髪の人物。絶世の美男子と言うほどではなくとも美形の範囲には間違いなく入り、熱血漢な性格と一途な思いが強そうな人格が一目見ただけで伝わってくる熱血好青年な顔と髪型と服装をした男性。

 

「二人もなんて、お父さんだってした事ないのにッ! 羨ましすぎるぞ、この愛しき愛娘よーッ!!」

 

 ――そして、夫婦揃って変な人カップルだった変人父母・・・・・・。

 

「・・・・・・ねぇ。本当になんなの? この状況・・・」

「すいません・・・父は昔、ハーレムを目指して冒険していた時期があるらしく、今でも二人以上の女性と仲良くしている人を見かけるとぶり返しちゃう時があるものでして・・・」

「・・・・・・アノスのところの家庭は、本当に大丈夫なの・・・・・・?」

 

 そしてまたもミーシャに心配されてしまう、愛しき我が家な家族の肖像。

 ・・・・だから人に見られたくなくて、一人だけで上京してきたって言うのに――ッ!! 何故こうなってしまったのか二千年後の自分の産みの家族なお父さんお母さんたちよ・・・ッ!!

 

 

 

 

 まぁ、そんなこんなで初対面の時には大抵の人が驚きまくらされる両親たちとの初顔合わせも、予期せぬイベントだったとはいえ無事に終わり。

 もともと入学を祝ってくれるために地方から金かけて出てきてくれてた両親からの優しさ訪問だった為に、食事は最初からお替わり様も含めて用意されており今からやる事はほとんどなく。

 結果的に親睦会は円満に終わって、家族は明日の朝に帰るとしても、ミーシャ達を泊めるスペースがなくなった事は事実であり、また最初から宿泊を予定して提案したわけでもない突発的な思いつきイベントでしかなかったために、夜遅くなってから少女達二人だけを家に帰すのは招いた側としてマナーに欠けるからと両親からも本人からも強い要望があって送っていってあげる事となり。

 

「私は別にいいんだけど・・・アンタも一応は女の子じゃなかったっけ? 帰り道どうするのよ・・・?」

「そういう家族なのが、我が家だということですよ」

「・・・反論しづらいこと言わないでよ・・・。聞いた私の方が返事に困るじゃないの・・・」

 

 

 そんな感じの展開になった。

 

 

 

 ―――街が暗くなってから点灯し始めた街灯の下、ネクロン家の性を持ち、白色の制服と黒色の制服を纏った、同じ学校に通い同じクラスに所属している同い年の美少女姉妹は肩を並べて外で待ち、頼りあるのかないのか微妙なナイト様が送り迎えしてくれるための準備を終えるのをノンビリと待ち続けていた。

 

 そんな中、ふとサーシャが妹に向かって、こう尋ねる。

 

「ミーシャは・・・・・・アノスのことが好きなの?」

「・・・・・・好き」

「――っ」

 

 妹の癖で、答える前に間が空いたとはいえ控えめな彼女にとっては即答で回答されたのと同義の返しに、思わずサーシャは戸惑いを覚えて心を揺り動かされ、一瞬だけ魔眼の制御を失いかけた音だけが周囲に響き――そして何も起きぬまま壊さぬままに消え去っていく。

 

「お待たせしましたね。行きましょうか?」

 

 そう言いながら待ち人が出てきてくれたことで、今夜のこの話題はここまでとなり、二人の少女は久しぶりに人目を憚る必要もなく手を繋いで夜の街を歩いて家路を辿る。

 仲のいい姉妹同士の他人が口を出すべき言葉もなければ、子供っぽいなどという野暮も言う気にはなれぬまま、ただ三歩後ろに下がって後方から二人の後を等距離を保ちながらついて行く、甲斐甲斐しいお嫁さんのような気分を悪くないこことで味あわされながら数十分後。

 

 

「――ここでいいわ。送ってくれてありがとう」

 

 ネクロン家の邸宅らしい、豪奢な屋敷の前でサーシャが少女に向けて声をかけて立ち止まる。

 告げられた側である黒髪の少女は、頭に思い浮かべた街の地図と歩いてきた経路を重ね見たイメージを想像し、明らかな遠回りしていた小道を何本か選んで自宅へと戻ってきていたネクロン姉妹の事実に気づいて言及することもなく。

 母から持って行くようにと渡された土産物をミーシャに渡すために、身体ごと彼女の身も元に唇を近づけて小さな声で一言だけ。

 

「仲直りできたみたいで、良かったですね?」

「・・・・・・ん。明日話す。だから聞いて欲しい・・・」

 

 珍しく自慢したそうな班員の頼みを快く承諾し、班長としての義務を果たした直後。

 

「なにコソコソ話してるの? やーらし」

 

 もう一人の班員に誤解されてしまって、せっかく治りかけた姉妹仲に水を差してしまいかねない結果となってしまったため、やむなく班長一人だけが泥をかぶって姉妹仲を良くするため貢献する自己犠牲精神を発揮せざるを得なくなってしまった。責任者というものは何かと辛い。

 

「なに、気にしないでください。貴女のことを話してただけですからね」

「いや、気にするわよソレ!? なに!? なに話してたのアンタ!? 私の妹になに吹き込んでたのよ話しなさいよこの性悪ひねくれ悪魔ーっ!?」

 

 夜遅くに嫌われ役を演じ終えてから片手をあげて別れの挨拶を交わし合い。

 

「はあ・・・まぁいいわ。わざわざありがとね、ご機嫌よう」

「・・・じゃあ、さようなら・・・」

「ええ、また明日学校でね」

 

 普通に挨拶を交わし合い、二人が屋敷の中へ消えていくのをマナーとして見届けてから背を向けて、今度は自分の家に向かって帰り始めた黒髪の少女だったが――

 

 ふと、気配を感じて振り返り、少しだけ予想外だった人物が門扉に寄りかかっている姿を見つけて声をかけるのを僅かにためらう。

 

「・・・どうしたのですか? サーシャさん。なにか私に用事でも?」

「・・・・・・別に・・・・・・」

 

 サーシャ・ネクロンが微かに頬を赤らめながら戻ってきており、その隣に妹の銀髪は見当たらない。

 仮契約でしかない姉一人だけが戻ってきた理由が判然としないまま、ただ疑問を呈しただけの質問だったのだが。

 

「――ありがとう」

 

 思いもかけぬ感謝の言葉に、一瞬だけ意表を突かれて思考が止まる。

 

「貴女のおかげでミーシャと仲直りできたわ・・・本当に感謝しているの・・・本当よ?」

「・・・お気になさらず。その件で私は何もやれてはおりませんでしたからね」

 

 少しだけ、居心地の悪さを感じさせられながら、後ろめたさと共にそう答えるしかない黒髪の少女。

 実際彼女は、自分では彼女たち姉妹のために何もやれていないと思っている。

 自分がやったことと言えば、せいぜいサーシャ達の班を完膚なきまでに敗北させて、言葉責めしてダメ出しして。悪口ばっかり言って意地悪しかした覚えがなく、本気で姉妹の仲直りのため何かやれたという認識はどこにも見つけられそうにない。

 

 すべては彼女たち自身が癒やしたことで、彼女たち自身の手柄でしかなく、自分は切っ掛けさえ作れていたとは到底思えない。

 何もしていないし、何もできていない。・・・もとより魔王とは、そういうものだ。

 ただ壊し、ただ殺し、全てを否定して自分だけの我を貫くだけの存在でしかない身の上。圧倒的に強い力しか持ってないから――壊すことと殺すことしかできゃあしない。

 『治す』なんて作業には、生まれてこのかた適正持ってたことなんて一度もない。

 

「そんなことないわ。

 私に向かって“配下になれ”なんて命知らずなこと言う人は、貴女以外にいないもの」

 

 だからこそ、こう言うのは困る。返事に困るし、反応にも困るしかなくなってしまって・・・結局、露悪的な返ししかできなくなって困ってしまうパターンなのだから。

 

「そうですかねぇ~? 私にとっては命を失う心配はない発言だと知っていたからこそ言えただけなんですけどなぁ? 実際に掠り傷一つ負わされなかったわけですし~」

「~~・・・ッ、う、うう、うっさい! 蒸し返すな! この性悪ひねくれ外道悪魔!!」

 

 さっきよりも接続詞が一つ多めに付け足されたことを頭の中でカウントしながら、やはりこちらの方が自分的には合っていると実感しながら。

 黒髪の少女が一人、安心したように一息ついていると――

 

「ねぇ・・・おかしな質問だけど・・・聞いていい?」

「なにか?」

 

 サーシャから何か言いたそうな態度でモジモジしながら問われた質問。

 それに対して、ひとまずは聞かせて貰ってから考えようと続きを促し、教えて貰った質問内容は些か抽象的で奇妙なもの。

 

 

「もしも運命が決まっていたら、貴女ならどうする・・・?」

 

 

 どこか縋るような瞳で、自分の答えを否定してほしいと願っている瞳で。

 あるいは相手の言葉で、自分の中の何かを諦め、別の何かを諦めないための決意を決める切っ掛けとして使わせて欲しいと願っているかのような声と瞳で問いかけられて。

 

 黒髪の少女は「そうですねぇ・・・」と顎にてをやり、夜空を見上げて小首をかしげ。

 

「生憎と、運命なんてものを信じたことがない身ですので確かなことは言えませんが・・・。

 でもまぁ普通に考えて、どうでもいい運命だったら気にしないでしょうし、気に入らない運命だったなら変えるために動き出すんじゃないですかねぇ? 多分ですが」

 

 どこかテキトーで大雑把な返事の内容。

 もとより彼女にとって、『運命』とか『宿命』といった存在も定義も確定して久しい身の上。今さら考え直したい気持ちになれるほどの純粋さは保つことができていない。

 

 ―――だが、しかし。

 

 

「・・・運命が変えられると思うの・・・?」

 

 

 そのミーシャの言葉を聞かされて、熱のなかった少女の黒い両眼に二千年前の元魔王が浮かべていた黒い炎が微かに、だが確実に灯を点させる。

 

「サーシャさん・・・貴女はなにか勘違いをされておられるようですね・・・」

「え・・・、勘違い・・・?」

「そうです」

 

 戸惑う相手に身体ごと向き直って両目を向けて、理由は分からないまま思わず一歩後ろに後ずさられてしまうナニカを纏わせた黒髪の少女から、年頃の少女の声を使ってナニカが、何処かから、時の彼方に忘れ去れて今では誰も名前さえ覚えていない時代となった『誰かの言葉』を『信念』を。

 二千年の時を超えて今、披瀝する。

 

 

「――魔王学院が後継者を育てている暴虐の魔王とは、【全てを支配する者】のことです。

 何者にも【支配されることを許さぬ者】のことなのですよ、サーシャさん。

 誰にも支配されない、支配させない、従わされない、常に従わさせる側に立ち続ける存在。

 魔王の上に立って支配しようとする者がいれば殺す。ただ殺す。魔王の敷いた摂理に力尽くで従わせる。魔王の上に君臨する者など何人たりとも生かしておかない。生かしておく価値などどこにも認めてやらない。

 そいつの名前が運命だろうと神様だろうと、大魔王とやらだったとしても関係ありません。

 自分を支配して、従わせようとする者は皆殺しにしなさい。それが暴虐の魔王の後継者になろうとする者が背負う絶対義務だ。忘れるなよ、不肖の子孫共」

 

 

「ぐ・・・、あ・・・あ・・・・・・っ」

 

 

 圧倒的な眼力。圧倒的な存在感。我こそが全てに勝る者と豪語して、魔族も人間も神々も精霊をも気にくわない奴らを殺して殺して殺しまくった主観の権化。

 やりたいことをやり尽くして満足したから消え去る道を自ら選んだ、くだらないと感じた連中を魂まで燃やし尽くした憎しみと殺意の炎、その残り火を宿した瞳を持つ存在に射すくめられてサーシャ・ネクロンは立ち続けていることさえ叶わないまま、自分でも気づかぬうちにへたり込み、腰を抜かした姿で相手の顔をただ見上げるだけになる。

 

 運命よりも、宿命よりも、神や理や世界の全てよりも自分一人の方が上。

 自分だけが上だ。自分以外は全て下だ。

 

 ―――対等なのは、たった一人だけの友人でいてくれた“彼”だけでいい―――。

 

 そう定義していたからこそ、二千年前に自分は神を殺し、理すらも焼き尽くし、元々自分が属していた人間サイドを裏切って、人であることすら辞めて魔族になり、魔族の王たる魔王を殺して魔王となった。

 

 年若いサーシャが抱いている悩みや矛盾、葛藤など……暴虐の魔王と恐れられるまで長い年月を過ごしすぎてきた少女にとっては、とっくの昔に結論は出ている。

 二度と覆す気のない、決意と覚悟を死体の山を築くことで体現してきた信念という名の結論を……。

 

 そんな彼女が心も体も若く幼い純粋な子孫を見下ろしながら、どこか照れたように表情を崩し、ムキになってしまった自分をごまかすように口添えしながら、それでも自分の思いだけはハッキリと相手に告げて。

 今夜の会話は本当にお開きとなる―――。

 

 

「まぁ、要するに魔王っていうのはワガママを言う子供と同じようなものでしてね。

 欲しいものを欲しがって叫き、力尽くで奪おうとするだけで、理非も道理もありゃしない存在のことなんですよ。

 そんなのになりたいと望むんでしたら、運命だから仕方ないだだとかどーとか物わかりの良いこと言ってないで、ワガママを押し通して運命だろうと何だろうと変えちゃいなさい。

 なにしろ子供相手に理屈を説いたところで無駄だと、大人の皆さんもよく言っていることですからね~。無駄なんだったら仕方がありません。

 気にすることなく、無駄なことでも、どーにかするため無茶しちゃいましょう?

 子供に向かって『無駄だ』『諦めろ』とか偉そうな顔して宣ってくる自称大人どもの屁理屈に唾吐きかけて罵倒してやって、覆したときに見せてくれるガキっぽい言い草と表情をバカにしてやるために無駄な努力してみる価値は結構あるもんですよ。

 効果は保証しましょう。ええ、絶対に。経験者として太鼓判付きで・・・・・・ね?」

 

 

 そう言って、夜空と満月を背景にウィンクして見せた小悪魔のような元魔王の笑顔をサーシャは見上げ、一体その胸になにを去来させていたのか?

 今の時点では、まだ誰も知る由もない・・・・・・。

 

 

つづく




*投稿したときは眠かったため書き忘れていた補足説明です:

今作版アノス(黒髪の少女)の両親の性格が一部変更されているのは本人たちではないからです。子供の性別が変わったのに合わせて、ご両親にも変化が訪れている設定。
言ってみれば『歴史IF』な作品でしたので、彼女たちも同じには生まれなかったという感じですね。
それでも結ばれ合ってるところに絆の深さを表現してみた感じです。

ミーシャとサーシャから主人公に向ける好意が曖昧に描かれているのも同じ理由で、性別が同じなため『友達として好き』なのか『女の子同士でも好き』なのかが本人たちの中でも解っていない状態ですので曖昧に描いてます。
loveとWithの違いは結構好きな作者だったり♡


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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第10章

魔王エルフ様リトライの更新です。前書きでイイ文章が思いつきませんでしたので今回はこれだけで終わりです…。


「お待たせしました、お客様。こちらが当ホテル自慢の金貨一枚で宿泊できる最高級スゥートルームでございます」

「わぁーっ!?」「おぉ~」

 

 私とアクさんは、聖女様から分捕った保釈金を払って泊めてもらえることになった高級宿の客室に案内されて中へと入った瞬間、二人同時に歓声を上げました。予想よりずっと内装が豪華だったからです。

 

 なにしろ――“床が見えます”。

 壁もフィギュア並んで見えなくなってませんし、本棚からはみ出した漫画やラノベも平積みされていません。これ程までに綺麗で清潔に整理整頓された部屋が豪華でないはずがないでしょう!?

 日本のオタゲーマーが生息している自室は基本的に汚いのが常識です。(注:偏見です)

 

「それでは、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」

 

 そう言いながら頭を下げて、扉を閉めながら退室していく頭ハゲ上がり気味の中年オジサン。ささやかな誤解によって若い副店長らしきお兄さんが怪我を負ってしまわれて、代わりに案内役を引き受けてくれた少しだけ怪しい見た目と喋り方のオジサンでしたが良い人みたいで良かったですね。帰りにチップをあげましょう。どーせ聖女様のお金なので私の腹は痛みません。

 

「わ! わ! わぁー!? す、凄い・・・貴族様のお屋敷みたいですよーっ!?」

「そうですねー。私もそう思いますよ、本当に」

 

 瞳に星を二、三個ぐらい浮かべてピュアに驚いているアクさんが喜びながら言ってくる言葉に、私も同意を込めて何度も何度もうなずき返します。

 

 ・・・余談ですが、異世界現地人である彼女はこのとき自分の国には実在しているらしい特権階級の貴族たちが住んでる邸宅をイメージしていたらしいのですけれども(注:貧乏だったので実際に見たことないためイメージ映像だったそうです)

 

 私が想像してたのは、高層マンションの最上階からワイングラス片手に下界に住む庶民を見下ろし『フッフッフッ・・・パンがなければ立てよ国民!』とか言っている金持ち貴族っぽい人たちのことを連想しながら同意してたみたいでしてね・・・。

 

 貧乏人のひがみ根性丸出しな「そんな金持ち実在しねぇよ・・・」なイメージ映像でしたが、良いのです。庶民にはどうせ実物のリアル金持ちとは生涯縁がない別世界の住人同士なのですから実際のそれと同じでなくても無問題。

 庶民にとっての金持ちイメージは、半分以上の妬みと僻みで出来ています(注:超偏見です)

 

「と言うか、宿に泊まるときも思ったのですけど、この国で魔王呼びは流石にマズい気がしてきましたね。他の呼び名ってなんかありません? いやまぁ今更過ぎると自覚してはいるんですけれども」

 

 思い出したように(実際に今思い出したわけですが)私はアクさんに自分の呼び名について変えた方が良いんじゃないかと提案してみる案件を思い出しました。

 もちろん自分にとって黒歴史ピンポイントな名前なので変えて欲しいってのもあるにはあるんですが、それ以上に泉で聞いたアクさんと聖女さまの話を整合すると『魔王封印した天使が守護する国だから天使サマは神様です』な感じの国らしいですからね。この聖光国って場所は。

 そんな場所で天使の敵である魔王を自称する差別種族の亜人エルフ・・・・・・国家にケンカ売ってるとしか思えん呼び名です。自分でもそう思うんですから相手の方はもっとでしょう。変えれるもんなら早い内に変えときたいです本当に。いやマジな話としてガチに。

 

「えぇー・・・で、でもでも魔王様は魔王様であって、魔王様以外の何物でもなくて、魔王様の魔王様による魔王様は魔王様ですので、えっとぉ・・・・・・」

「・・・なんか人民主権でも主張し出しそうな魔王になってきちゃってたんですね、あなたの中の私って・・・」

 

 言ってるセリフ的には民主主義の定番なのに、呼ばれている固有名詞は専制君主で暴君の代表格な悪側である魔王サマ。なんと言うか自分という存在の定義に疑問を感じてしまった瞬間でした。

 

「まぁ、今のところ問題視されてないみたいですし、この町から出るまでに考えついときゃいいでしょう多分。とりあえず今晩は町に到着した最初の日を記念して、豪勢なディナーでも洒落込むとしましょうかね。

 その為にもまず、アクさんの服を買いに行かないといけません」

「服・・・ですか??」

 

 買い物に誘ったアクさんからキョトンとした顔で見つめ返されてしまいました。貧乏なド田舎村で育った彼女感覚では今の服装でも問題はないのでしょうけど、高級店とかだとドレスコードとかある場合がありますからね。

 私は、ひねくれボッチ先生の第一期シーズンこそがシリーズ最高傑作だったと思っているため、サキサキちゃん登場回から学んだことを無駄にしません。

 

「食事の場所では服装も大事ですからね。それに、清潔な格好で食べた方が料理も汚れません。美味しくて豪華な料理に服のホコリが落ちたりしたら勿体ないでしょう?」

「あ、それだったら解ります。納得です、さすがは魔王サマですね!」

「ご納得いたげたようで何よりです。では、行くとしましょう」

「はいっ! ――あ・・・」

 

 元気よく返事をして、嬉しそうに私の元へ歩み寄ろうとしていたアクさんが急に立ち止まって、何かに気づいたように言いづらそうな顔で視線を泳がせ始め、

 

「・・・??? ――ああ、なるほど。“コレ”のことですか」

 

 と、相手の視線の見ている先に伸びてるであろう、自分自身の長すぎる耳――種族最大の特徴を現しているエルフイヤーを指先でピンと弾いて見せてあげると案の定、彼女は気まずげに顔を逸らして黙り込んでしまいました。

 まぁ、この国だと差別種族らしいですからねー、エルフって。確かにこの姿のまま出歩くのはマズいでしょう。仮に帽子で隠しても長すぎるから不自然でしょうし、フードや法衣で全部覆っても布製だから盛り上がりそう。鉄兜とかは・・・・・・鉄砲です、最後の手段として最後まで選びたくはありません。格好悪すぎます故に――。

 

「フッフッフ・・・ご安心をアクさん。私が町を歩いている間中、何の対策も考えていないと思っていましたか? ちゃ~んと宿に着くまでに対策方法を考案しておいたのですよ!」

「ほ、本当ですか魔王様!? ただ楽しんでただけじゃなかったなんてスゴいです!」

 

 なんか微妙に私アンチっぽいことを言われながらも気にすることなく、私はポケットの中じゃなくてアイテムボックスの中から一つのアイテムを取りだして、

 

「てけてて―――コホン。じゃーんッ! 【紫色のフード頭巾ちゃん】~♪」

 

 とか言いながら取り出したアイテム、文字通り紫色の布で作られてる頭全体を覆ってくれる装備品のフードを取り出すと。

 

「そしてコレを・・・・・・装備します!!」

 

 カポッと両手に掲げて頭に乗せて、顔全体を隠すように被ってみせた頭につける装備品。

 ただ単に頭の上から被るだけでも【装備した】って表現するとなんか格好よく感じられるRPGの不思議。

 

「ふっふっふ・・・・・・どうですか? アクさん。今の私は何に見えますでしょうかね?」

「え、えっとぉ・・・あ、あれ? ま、魔王サマ耳が! あれほど長かった耳が見えなくなってますよ!? どうしてなんですか!?」

「ハッハッハッハ! これが魔法のフードの力なのですよアクさん!!」

 

 高らかに笑い声を上げて、布製のフードを頭の上から被せただけなのに不自然な盛り上がりもなく、すんなり収納できてしまった長すぎる耳を隠すことに成功した私は自慢げに笑い続けました。

 同じ装備品を仲間同士でお古であげただけなのに、使っている種族が違うとサイズとか縮んだり色々とグラフィックが不自然すぎるほどに変わるRPG世界の不思議。

 ゲームシステムが半端に通用するこの世界でも、やはり使えた装備品のネタ使用方法。

 

「さぁ、コレで見た目は問題なくなりましたね。いざ参らん、人生初の――【公式RMT】の世界へぇぇッ!!」

 

 ネトゲーマーなら誰もが憧れる、自分のリアルマネー以外で行わせてもらえる課金ガチャ。それを思う存分、しかも欲しいと思った商品だけ狙えるのならためらう理由は何一つとして存在せず!!

 

「こ、コウシキあーるえむてぃ・・・?」

 

 アクさんだけが事情もわからず頭上にいくつもの?マークを浮かべていましたが問題ありません。

 彼女には関係のない、大人の汚いお金の問題です故に・・・クックックゥ♪

 

 

 

 

 ―――カラン、カラン・・・♪

 

 人気服飾店「ファッションチェック」の店主であるビンゴは、来店してきた2人の客の姿に鋭い目をやり上から下まで一瞬でチェックし終えると・・・ややいぶかしげな感情を細い両目の奥に浮かべていた。

 観察対象である初見客たちの関係性がまったく読み取れなかったからである。

 

 先に店内へ入ってきた銀髪の少女の方は、一見すると冒険者の如き軽装の動きやすい服を着ていたが、服飾の専門家として目の肥えたビンゴには一目で違いを看破することができていた。

 生地が違うのである。貴族からの要望にも応えられるようドレスなども扱っている人気店の店主である自分でさえ見たことがない見事な布地。さらには飾り付けの一つ一つに至るまで、見たことのない型紙が使われている。

 

 要するに、全身が彼女のためだけのオーダーメイドで作られた一点物だけで出来ていて、使われている生地まで超一級の特別な品だということだ。

 見れば顔立ちは、幼いながらも人間離れした硬質な美貌を持ち、まるで噂に聞く亜人の中では『見た目だけは美しすぎる種族』として知られるエルフ族のような超一級の美貌を持つ大富豪の令嬢とおぼしき少女。

 

 ――だが、そんなビンゴの分析を覆したのが、後から入ってきた金髪の少女の姿格好だった。

 乞食一歩手前とも言えるような粗末な服を着ている。この国では禁止されている奴隷のようにも見えるが、奴隷少女一人だけを供として連れた富豪令嬢など聞いたこともない。

 反逆されて殺されて金を奪われて逃げられるだけだろうし、そんな愚行を親が許可するわけもない。第一、都市国家群との国境に近い聖光国北部に位置しているググレの街まで少女たち二人だけで訪れるなどありえないことでもある。

 では、それらを勘案して二人はどういう関係かと推測すれば・・・・・・全く解らない。どの応えも互いに互いが矛盾させ合っている気がして仕方がない。

 

「――いらっしゃいませ、今日はどのような物をお探しでしょうか?」

 

 わずかながら逡巡を見せた後、ビンゴはにこやかや営業スマイルを浮かべ直してから銀髪の少女の方へと話しかける。

 相手の情報が不足しており、厄介ごとに巻き込まれる可能性を捨てきれないのは面倒ではあったが、金持ちの来店を断ることは彼の営業方針にはない。

 会話の中でそれとなく探りを入れながら、相手の意に沿いそうなお世辞や話の持っていき方を構築していくしかないだろうと割り切った上で揉み手をしながら。

 

「すみませんが、この子に似合って、それなりに格式ある場所でも通用しそうな服って置いてますでしょうかね?」

「ど・・・いえ、こちらのお客様に、で間違いないでしょうか・・・?」

「はい。実は今夜、良いところのお店での食事に連れて行こうと思ってたんですけど、流石にこの服のままだと問題ありそうでしたのでプロの人に見立ててあげて欲しいと思いまして」

 

 社交マナーをわきまえた相手の言葉にビンゴはひとまず安堵する。自分たちにまで飛び火するような厄介事を招かぬよう自分たちで意識してくれているというなら、ただの上客として扱ってしまって問題はないだろう。

 ・・・もっとも、今の答えで余計に素性については判らなくなってしまった気もするが、それはもう構うまい。コチラも商売だ。

 金を払ってくれるというなら藪を突く気はサラサラないし、もしも金貨の一枚でも落としていってくれるなら一見様の一回こっきりの付き合いであろうと最高の接客をするだけの商売人魂は『オカマっぽい』と一部では評判の彼にも持てている。

 

 ――だが、そんな彼の利害計算も相手が取り出した“ソレ”を見た瞬間に綺麗サッパリ地平線の遙か彼方まで飛んでいってしまうことになる・・・・・・。

 

 

「んっと・・・これが一番大きいみたいですね。一先ず、この大っきな金貨でお願いいたします」

 

「え? ―――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!??」

 

 

 思わず目玉を飛び出させてしまったんじゃないかと思えるほどの驚愕と叫び声と共に、ビンゴの理性はお月様の彼方まで蒸発させる道を自ら選ぶ。選びたくなって仕方なくなってしまっていく。

 

「だ、大金貨・・・!? お、お客様・・・それで選べ、と・・・?」

「ええまぁ一応は。足りないようでしたら二番目に大きい金貨も出しますが?」

「滅相も御座いません!!」

 

 ビンゴは即座に断言し、この客の言う言葉には絶対に何があっても反論などしないことを自分の生涯の鉄則として魂の底まで刻み込む決意を固めさせる。

 店の従業員全てを呼び集め、念には念を入れて休日だった者まで呼び出すように指示を出し、臨時報酬としてアクが気に入るような服を選ぶことが出来た者には銀貨一枚を出すことも約束して、飲み物の用意やオヤツの手配など服飾店の限界を超えまくった対応まで、出来ることは全てやる覚悟で駆けずりまくる。

 

 ・・・ある意味で彼の過剰反応も無理はなかったとも言えるだろう。

 何しろナベ次郎が彼に出したのは、『大金貨』だったのだから。

 

 智天使が残した枚数が限られているラムダ聖貨を除けば一番上の通貨であり、国を代表するような大商会の者でなければ普段はお目にかかれることなどまずあり得ない代物。

 それを人気店とは言え、国の中心から遠く離れた辺境の中心都市である街の一店主が手に入れられるチャンスが巡ってきたのだから、どんな事をしてでも欲しいし、どんな命令にでも応える事で払って欲しい。間違っても反問なんかして不愉快にさせて『大金貨様』に去って行かれることだけは死んでも勘弁してもらいたい―――それが聖光国でまっとうな商売にいそしんでいたビンゴの正常な拝金主義感覚からくる当然の『長い物には巻かれて金欲しい発想』

 

 

 ――だが、世の中には表があれば裏があり、コチラに事情があるときにはソチラにも事情があることは、上司と部下だけでなく客と店主の側にも同じ事が言えるたのだった。

 

 このときナベ次郎が、ルナから奪った金の入った袋の中から一番大きい大金貨を真っ先に取り出して支払ったのには、ちょっとした事情と彼女なりの目的があったのである。

 

 

(なにしろ国家主権者から脅し取った金ですからねー。現金のまま持ち歩き続けるのは流石にマズいです。

 ヤバい経緯で手に入れたお金は、キレイキレイに洗って安全に使えるようにしてから使うのが現代日本人にとっては常識的マナーというものでしょうからね)

 

 

 ・・・要するに、マネーロンダリングするために身元が直ぐバレそうな目立つ形状の金貨を早めに手放したかっただけだったのである・・・・・・。

 ルナに言った自分の行為の正当性と、自分勝手なルナの行いを糾弾する言葉に嘘偽りはなかったが、それはそれとして国家の最高権力者から金を脅して奪って逃げたこと自体がマズかろう。

 いざという時に自分がやったという事実を示してしまう証拠になりそうな、珍しい品物は全て現物に交換して、どこか別の街で転売して換金できるようにしておくのが常識的な汚い金の使い方というものであり、主観的に見れば正しくとも社会的に見れば国家的犯罪者となってしまっているかもしれない身分にある者としては正しい対処法とも言えるだろう保身の手段。

 

 本音を言えば、金の延べ棒とか宝石とか、場所や地域にかかわらず高値で換金できるような高級品と交換するのが理想的ではあったものの、自分みたいな子供が身元も明かさないまま、その手の店を使えたとしても到底安全とは思えなかったため、比較的豪華なビンゴの店ぐらいで使ってしまって、目立つ大きな金貨は市場に流してしまった方がまだしも安全だろうと考えた故での選別だったのだ。

 

 もはや魔王とか魔族と言うより単なる犯罪者であり、犯罪で手に入れた違法な金を合法的に使えるようにしている時点で、余計に性質が悪い犯罪者になってきてしまっているのだが。

 本人には大した自覚はなく、素直にアワアワしながら着せ替え人形をやらされているアクの着替えショーを微笑ましい者でも見るかのように微笑みながら見物して。

 

「――さて、久方ぶりに一服しますかね。タバコ吸いたいんですが、灰皿ってあったりしますか?」

「この手にッ! どうか、この手に灰を落として下さいませっっ!」

「いや、そういうのいいですから。普通の灰皿と、どこか座れる椅子をですね―――」

「この背にッ! どうか、この背にお座り下さいませッッ!!」

「だから、そうゆうのはいーですって。・・・ってゆーか、私のキャラが薄くなるからマジ辞めて下さい。ネタが段々負けているような気がしてきましたので・・・・・・」

 

 しょーもない理由で、しょーもない相手にライバル意識を微妙に感じさせられながら時間は少しずつ過ぎていき。

 やがて夕方になり、他の準備も終えた一人の魔王ネタのエルフ少女と、綺麗に着飾ってお姫様っぽくなった中性的な魅力を持つボクッ娘の美幼女が仲良くそろって夜の高級レストランへと向かい始めていた、丁度その頃。

 

 

 このググレの街に彼らを追って、一人の復讐鬼が地獄の底から舞い戻ってきていた事を、この時の二人はまだ知らない。

 

 

「――見つけたわよ、魔王・・・・・・今度こそアンタを地獄へ叩き落としてやるわ・・・ッ!!

 私が受けた屈辱と苦痛を倍返しされて死んで逝きなさい! この悪の魔王めがッ!!

 ・・・シュコ~・・・、シュコ~・・・・・・、」

 

 

 ・・・・・・シュコー・・・・・・?

 よく判らないはずなのに、なんとなく予測がつく効果音を伏線として。

 

 

続く



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魔王学院の魔族社会不適合者 第8章

昨日の晩にエロ作書こうと思って筆を取ったら上手く書けず、現実逃避のためコチラの続きを書いてたら一定の文字数に達しましたので更新いたしました。

…ただ、深夜テンションで書く内容ではなかったなーと、今になって正直思わなくもありません…。


 ある晩の事、黒髪の少女は夢を見ていた。

 “他人と他人が見ている夢”を見せられていたのである。

 

 二千年前の人間だった頃にも極希に起きていた現象で、外法を積み重ねて人の限界を超えて人の身を捨て魔族となり魔王となり、人間国家との戦争を続けながら悪徳魔族幹部を処刑しまくる恐怖政治を敷いてきた、世界の中での立ち位置をコロコロと激変させ続けてきた彼女の存在は定義が曖昧となってしまい、目覚めている間はともかく意識が停止する睡眠中での魂は通常の理から外れてしまいやすくなってしまっている。

 

 その結果として、魔力の波長が酷似している者たちが、精神的にも肉体的にも距離が近しくなったときのみ集合無意識でも再会し合って、共有し合う同じ記憶を互いの視点から再現し合う姿を夢という形で垣間見たときに意識だけが招かれて、『他人の夢を覗き見する権利だけ』を許されてしまうことが昔から偶にあったのだ。

 

 生まれ変わって最初に見た他人の夢は、小さな女の子が一人で泣いているシーンから始まっていた。

 蹲って泣きじゃくっている彼女がいる場所は特殊な作りをしていて、鏡のように写した光景の全てを反射するように彼女の周囲全体を覆い尽くして狭い空間を形成している。

 まるで彼女の姿しか彼女の視界には映らないようにする、只それだけの為に造らせたような異形の建造物の中で一人だけ泣き続けている金髪の少女。

 内側にいる彼女だけを反射させ、彼女がいる建物の外の景色さえ映らなくした建物内では時の流れを確認する術さえ存在しておらず。

 永久に終わる事なく、自分しかいないし見えもしない世界で泣き続けていくかに見えた室内の風景に、やがて小さな変化が訪れる。

 

 鏡だけの壁で覆われていたような部屋の中で、鏡の壁を一枚を消し去って中へと入ってきて金髪の少女に笑いかけながら手を伸ばす、銀髪の幼い少女の姿が映し出される。

 金髪の幼子は泣き止んで、銀髪の幼子はニッコリ笑い、二人は同時に伸ばした手と伸ばされた手を掴み合う。

 

 そして、夢の崩壊が始まる。夢が終わって、目が覚めようとしているのだろう。

 もしくは、夢を見ている当事者たちが今の場面までしか記憶していないのかもしれない。ただ片方だけが早く目覚めて夢を共有できなくなっただけかもしれない。

 

 あるいは本当に、金髪と銀髪の少女たちにとって今の記憶は先の光景までで終わりを迎え、この後に続く光景は自分たちの中では『新たなる始まり』として定義されている切っ掛けの記憶に過ぎぬものなのかもしれなかったが・・・・・・どれも全ては架空のタラレバ話に過ぎぬ可能性。

 所詮は他人同士の夢であり、他人の夢を覗き見していただけの観客だ。夢が覚めて劇が終わり朝がきた後には、夜に見た夢の一部など綺麗サッパリ忘れて思い出すのは同じように他人の夢に招かれる機会があった時のみ。

 

 役に立たない、立たせられない能力で覗き見ていた夢が終わって、過去の思い出回想が終了し・・・・・・現実の夜明けが訪れる。

 

 今日もまた、魔王学院に通う一日が始まりを迎える朝が来る――――。

 

 

 

「・・・・・・誕生日は何をあげたらいい?」

「・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 開口一番、ミーシャ・ネクロンから問われた質問に黒髪の少女はマヌケ面を浮かべて、そう返す事しかできなかった。

 場所は魔王学院にある自分の教室、自分のクラス。いつも通りにミーシャと並んで座る定番の自由席。日時はサーシャとの決闘に勝って、彼女を仲間にする事ができた日の翌日だ。

 登校した直後に席へと座ろうとした矢先にミーシャから「・・・聞いてもいい?」と問われ、「なにが?」という意味合いでの反問を返したところで前述した回答が返事として帰ってきたという次第。

 ミーシャが口数の少ない少女で、ときおり主語が抜けて極端に言葉が短くなってしまう事があるのは理解していた黒髪の少女であったが、流石に今回ばかりは返答に困るしかない。

 

 なんと言うか正直言って・・・・・・まったくワケガワカラナイ質問内容でしたよ・・・?としか答えようがない。

 

「・・・・・・えっとぉ・・・・・・誰の誕生日についての質問でしたので・・・?」

「サーシャ。明日・・・」

「・・・なる、ほど・・・・・・」

 

 思わず肩をこけさせそうになるのを意思力で堪えて、黒髪の少女は曖昧な笑みで飾って微妙な心理と感想をミーシャの目からなんとか誤魔化そうと結構な努力をしてあげている。

 家柄による差別が激しい魔王学院において、同じ家で生まれた姉妹同士とはいえ混血が着ている白服のミーシャと、黒服のサーシャの事情を知る者は多くないだろうし、『家の人が決めた事』として別々の色の制服を着ているのなら自分たちからクラスメイトに言うわけにもいくまい。

 自主的に深く関わり合って知る事になってしまった自分が、相談相手として学院内では最も適切であるのは判る。――判るのだけれども・・・・・・。

 

「とはいえ、昨日の今日でしかない私に聞かれましてもねぇ・・・・・・」

 

 と、内心で脂汗を浮かべて沈黙するより他に手が思いつかない。

 大前提として自分と相手の金髪少女は一週間前に自己紹介され決闘挑まれ、昨日倒して仲間になってもらったばかりのインスタントな関係であり、相手の趣味趣向や好きなものについてはほぼ何も知らないに等しい浅すぎる関係でしかない。

 「何をプレゼントされたら喜ぶと思うか?」という質問をする相手としては、これ以上なく不適任だと言わざるを得ない立場にあるし、仮に答えられて合ってた場合には最初から狙って接近してきたストーカーとして通報した方が良いのではないかと我が事ながら思ってしまう程度の関係性なのだ。解るわけが無い。

 

 しかも、聞かれたのが今日で、明日が誕生日当日・・・・・・。

 挙げ句の果てには、自分が生まれ変わってから生後一週間とちょっとで、この近郊生まれではない。

 

 ・・・・・・詰んでるとしか思えない立ち位置だった。絶対に聞く相手を間違ってるとしか黒髪の少女には思えない・・・・・・。

 

「むしろ、ミーシャさん自身が『なにを送ったら喜んでもらえるのかな?』って考えるプロセスの方が大事な気がしますかね。久しぶりに仲直りできた姉妹同士なら、物より気持ちの繋がりを強めることを優先した方が今後のためになると思われます。

 相手との友好関係さえ維持し続けられたなら、一度や二度のプレゼント失敗ぐらい、いくらでも挽回できるものですからね」

「・・・なるほど、勉強になる」

「・・・・・・いや、そこまで真剣に受け取られてしまうと逆にコッチが気まずくなるのですが・・・」

 

 誤魔化し目的も含めて長広舌使って一般論を口にしてみただけの黒髪少女としては、実に居心地の悪い状況を自ら作り上げてしまった自業自得の結末に頭を悩ませつつも、ミーシャは理屈ではなく感性で以て理解するタイプだったらしく、『姉が何をあげたら喜ぶか?』ではなくて『自分が姉に何をプレゼントしたいと思っているか?』に思考を即座に切り替えれたようで。

 「・・・服がいい」と少しだけ俯きがちに小声で呟くように自分の思いを口にする。

 

 たしかにサーシャは見た目が華やかだし、そういった分野には妹以上に気を配ってそうな印象がある。

 ついでに言えば、妹とは逆に感情的でありながらも理屈っぽいところがあって、存外に常識論とか尊んでそうな姉の方のネクロンには奇をてらったプレゼントよりも王道なのが一番喜ばれそうな気がしなくもない。

 

「ふむ・・・お?」

「おはよ」

「・・・あ」

 

 そうこうしている内に、ご本人自身も登校してきて到着されたようだった。

 どこか素っ気ない口調で挨拶してきて、初めて声をかけてきたとき以上に興味なさそうな表情を取り繕いながら、“昨日までずっと座り続けてきた席”から黒髪の少女の隣まで席替えをしてから着席してくる、あからさますぎる態度に多少の苦笑を禁じ得ないものを感じさせられながらも『何も言わないでいるのは逆に意識しそうだな』と思い直して儀礼的にお約束の質問を一度だけ。

 

「サーシャさん、確かあなたの席はそこじゃなかったと思ったのですけどね?」

「どーせ空いてるんだし、班員同士で近くの席に固まってた方が楽でしょ?」

 

 尤もらしい理由を語ってきて、ソレで終わり。儀式シュ~リョ~。

 班対抗戦以外の場面ではメリット少なそう、とか。空いている席なら嫌われ者の自分の席の周りは大体空いている、とか。野暮なこと言ってわざわざ相手を不機嫌にさせたい理由も特にはない以上は藪を突いて決闘騒ぎを再開させたいとは思わない黒髪の少女でありましたとさ。

 

「そうそう。私の元班員もあなたの班に入りたがってるんだけど?」

「ああ・・・彼らですか。――それなら今朝、断っておきましたよ」

「ハァッ!? なんでよ!!」

 

 ごく普通の口調で他意もなく、むしろ親切心から言ってあげただけのつもりでいたサーシャは予想外の返答に面食らい、思わず淑女らしくない大声を上げてしまう。

 

 彼女の驚きようも尤もな話で、時期魔王候補を育成するための教育機関である魔王学院では その一方で『常に魔族のことを考えて己を顧みない魔王の思考や感情に近いこと』を時期魔王の後継者に相応しい者としての条件として課しているため、実力云々より先に試験を受けるための人数制限が定められているからである。

 試験内容によっては五人以上の班員を、学年別対抗試験に至っては7人以上の人数を確保することができなければ試験を受ける資格そのものが与えられないことが校則によって定められているのだ。

 現魔界の名門大貴族の家柄に生まれたサーシャとしては、個人として強いだけでは社会的に認められることは不可能であることを熟知しているため人員の不足は感情的にならざるを得ない大問題だった。

 

 ――が、所変われば品変わるものであるらしく。

 

「・・・なるほどね・・・。如何にもこの学校の創設者たちが決めてそうなルールだ・・・」

 

 黒髪の少女はサーシャが感情的になって放った叫び声と説明と聞かされて、逆に面白そうに唇を歪めて皮肉そうで露悪的な微笑を浮かべてクツクツと忍び笑いを漏らすしかない。

 

 もともと魔王学院では皇族優遇が制度としても不文律としても確立されており、平民との混血である生徒たちは一目で見分けが付くように白い制服の着用を義務づけている。

 仮に一部の混血出身者が特異体質とかの理由で皇族よりも力が強く生まれて皇族たちが試験で勝てなかったとしても、人数制限を課しておきさえすれば頭数を揃えさせるのを妨害するだけで相手を『永遠の魔王候補』に留めておくことが合法的に可能になる・・・・・・そういう寸法な訳だ。

 

 時期魔王を育成するための学院という触れ込みで、平民との混血児も生徒として迎え入れておきながら、実際に彼らが魔王になることは制度を組み合わせることで実質不可能になるよう最初から仕組まれているという訳である。

 

 一見すると改革や法改正が合法的に可能なように見せかけておきながら、実際にその制度を適用することは不可能なルールを作り上げることによる合法的な現体制の支配永続を可能ならしめる。

 悪質で、しかも危険な制度の悪用方法だ。

 国と秩序の守護者である統治者自身が詭弁によって法を遵守する気のない自分自身を正当化しているようでは、いったい有力家臣たちの何割がマトモに法律など厳守しようと思ってくれていることやら。

 

「――まぁでも、彼らは採用しなかったのは正解だったようですね。今のあなたの話を聞いて余計に、そう確信できましたよ。ありがとうございます、サーシャさん」

「は、はぁぁぁッ!? 何言ってんのよアンタ! 私の話聞いてなかったの!?」

「ちゃんと聞いてましたって、落ち着いて下さい。今説明してあげますから」

 

 どー、どー、と。牛をなだめるような仕草で赤い顔したサーシャを押しとどめ、ひとまずは席に座り直させることに成功した黒髪の少女。

 とはいえ相手は全く納得したようには見えない視線で睨み返し続けており、ちょっとでも馬鹿げた返事をしようものなら直ぐさま噛みつき再開する気満々であることが明白すぎる興奮状態。

 

「まず大前提として、彼らはサーシャさんの配下たちであって、私の班員になりたかった者たちではありません。あなたが私の配下になったから、仕方なくあなたを追って私の元へと参加を希望しに来ただけのこと。・・・違いますか?」

「――っ。・・・そ、そうね・・・その点は完全には否定しないわ・・・」

 

 それ故に敢えて大上段から入った説明内容に、仲間を馬鹿にされたと感じて怒りを露わにしていたサーシャは鼻白まされて少しばかり勢いを減退させられる。

 

「彼らが自分たちのリーダーとなってもらいたいと願っているのは、あくまでサーシャさんであって私ではありません。むしろ私をリーダーの座から追い落とし、あなたに復権してもらうため手を尽くすようになるんじゃないですかね?」

「まさか・・・そんな愚かな真似はしないでしょう。大体それならそれで私から彼らにキツく言い渡せば済む問題ということじゃないの。

 私にリーダーになって欲しいんだから、私の言うことだったら聞かなければならないはずよ。違うかしら?」

「お甘い」

 

 キッパリと黒髪の少女はサーシャ・ネクロンの『忠誠心と臣下たちに対する主君の幻想』を短い言葉で完全否定する。

 

「勘違いしないことですね、サーシャさん。彼らは彼らの意思で、あなたにこそリーダーになって欲しいと願った人たちだ。あなたこそが自分たちのリーダーに相応しいと自分たちの意思で決めた人たちなのですよ。

 自分たちが勝手に期待を寄せているだけの対象でしかない貴女の意見など、彼らの忠誠心にとってはどーでもよろしい。・・・そういうものです。

 いざという時になればなるほど、私を裏切り、あなたを新リーダーにするため背中から刺してこようと試みてきそうな獅子身中の虫を身内に抱え込む変態趣味は、少なくとも私には御座いません」

「・・・・・・」

「あなたがもし本気で魔王を――大多数の者たちの上に君臨する王の地位を目指すのなら、一つ覚えておいた方がいいでしょう。

 “主を裏切らない忠誠心”と“忠誠の対象に不利益をもたらさないこと”とは全くの別物です。

 往々にして悪意よりも、善意こそが最も性質の悪い破滅を招いてしまうもの・・・・・・その事実を心に刻み込んで忘れないようにして下さい。

 大勢の家臣を率いていく人が、この基本を知ってないのでは先が思いやられますのでね?」

「・・・・・・ぐッ・・・」

 

 出会った当初から続いてきた展開通りに、混血の白色制服を着た黒髪の少女が、皇族出身が着る名門の黒色制服纏ったサーシャ・ネクロンを完全論破したところで「ゴーン・・・、ゴーン・・・、」とチャイムが鳴り響き、授業開始前のホームルームが始まる時間がやってくる。

 

 

 

 そして、授業を始めるために担任のエミリア先生がやってきて教壇に立つ。

 

「みなさん知っての通り、今年は暴虐の魔王がお目覚めになると言われる年です」

 

 いつも通り、凜々しい表情と口調と正しい姿勢、如何にも躾けが厳しい名門階級出身者っぽい印象のあるエミリア先生は、いつも通りに伝統的権威主義者らしい表現を挨拶代わりに語り始める。

 

「そこで本日は、特別授業として“七魔公老”による大魔法教練をおこないます」

「シチマコウロー?」

「・・・あなた、そんなことも知らないの?」

 

 初めて聞く名前を耳にして、不思議そうに小首をかしげる黒髪の少女。

 そんな隣席に座る班長を、サーシャは呆れたような視線と馬鹿にした笑いで仕返ししてやりながら説明だけはキチンとしてくれた。

 

「さすが不適合者ね。いいわ、説明してあげる。

 ――二千年前、始祖は自らの血を使って七人の配下を生み出したわ。始祖の血を引く最初の魔王族を。その七人の配下を“七魔公老”って呼ぶのよ」

「ああ・・・あの七人の魔族たちですか。彼らならば覚えています」

 

 黒髪の少女はサーシャの言葉に一先ずは頷きと納得を返しておく。

 たしかに知識としては間違っていない。たしかに二千年前に魔王は自らの血を使って配下たちを生み出していたのは事実だ。

 

 ・・・単に、その配下を生み出した魔王が元人間の魔族に殺されて地位を簒奪されたというだけであり、生み出されたときに配下の数は7人ではなく『8人だった』というだけの誤差でしかなく、その失われた一人も魔王位簒奪の折に7人の兄弟たちを全員生きて寝返らせるためには必要だったから先代魔王が処刑するよう仕向けたというだけのこと。

 

 『最も信頼篤い側近中の側近』が裏切ったことで、当時の魔王が記録さえも徹底的に焼き払ってしまったが為に今や誰の記憶にも記録にも残っていないだけなんだろうなーと、他人事のように思い返しながらサーシャから説明の続きを聞くと話に聞き流していく。

 

「この魔王学院も“七魔公老”が、次代の魔王の育成のために始めたんだから」

「へぇ・・・学院長みたいなものなんですねぇ」

 

 感心半分、皮肉半分と言った口調で感想を述べた後、『残り半分の皮肉部分』もついでだから付け足して言っておくことを性格悪い黒髪少女は忘れることはめったにない。

 

「――要するに、あなたに黒色制服を着せて、白服のサーシャさんが大好きなお姉さんの誕生日プレゼントについて堂々と話すことのできない状況を作り上げた主犯たちということですね。いやはや、確かに魔族社会全体にとっては立派な御仁であるようで」

「・・・・・・ムッ」

「・・・・・・(///)」

 

 尊敬していた対象と同時に身内の長を罵倒され、ムッとするサーシャと「・・・お姉ちゃんには知られたくなかったからアノスに聞いたのに~・・・!」という様な赤面ものの思いを暴露されて真っ赤になって俯いてしまったミーシャ。

 そして相変わらず平然としている、面の皮が分厚い黒髪少女に対しても、

 

「アノス・ヴォルディゴードさん」

 

 と、エミリア先生から事前注意する声が聞こえてくる。

 

「貴い身分の方を前にするのです、くれぐれも失礼のないように。――分かりましたね?」

 

 両手を腰に当てながら両目をすがめ、太い釘を打ち込むための教師らしい定番セリフを吐きながら、明らかに本心では「絶対に大丈夫だと言われても、絶対に信用できないヤツ」とか思われてそうな態度と目付きで言われてしまったのでは、少女としても他に選択肢の選びようがない。

 

「分かりました。努力することをお約束いたしましょう」

 

 ――努力すること“だけ”は約束する。結果までは約束しない。

 一見すると可能なように見せかけるだけで中身がなく、内実のない取り繕った偽善的な礼儀作法でもって応じ返して上げながら、サーシャとミーシャにこんな事するヤツは7人の内の誰で、今はどんな顔してるのかなー? ――気にくわなかったら殴って言うこと聞かせようと心に決めてしまいながら。

 

 ・・・・・・問題を起こす危険性が高い生徒であると承知していながら、事前に退室を命じる権限を持たされている役職のある人間が退室を命じずに同席を許可した上で問題児生徒が問題を起こしたとするならば、其れは生徒の問題であると同時に『問題が起きることを避けるため事前の努力を怠った責任者たちの無能怠惰』であり、危惧した危険性が現実のものとなってから問題児一人に罰しようとするのは責任逃れ、処罰逃れのための方便に過ぎない。

 生徒も悪いし、教師も悪い。どちらか一方が悪ければ残る片方は悪くないなどという、勧善懲悪の子供向け童話じみたおとぎ話現象が現実で起こることなどほとんどない。

 

 

「コホン。―――七魔公老、アイビス・ネクロン様で御座います・・・」

 

 

 斯くして、このような事情によって周囲から疑惑の視線で見つめるだけで誰からも何も言われず沈黙が教室を満たし『黙認した』という形が行動によって選ばれてしまうことになる。

 静かなる沈黙と敬意に包まれた中で教室後ろの扉が開いて、二千年前と変わらず骸骨面をした魔術師系の大魔族が厳かな態度で歩く速度を維持したまま、ゆっくりゆっくりと教壇に向かって歩み続けてゆく。

 

 そんな彼の視線からは白い制服を纏った背中と、黒い髪の後頭部しか見ることのできない少女の存在になど気づく素振りもなく、あるいは気づいた素振りも見せることなく。

 ただゆっくり、ゆっくりと教壇へと機械じみて正確な歩幅を維持したまま、骸骨系らしい歩み方で進み続ける。

 

 その背中に懐かしさを覚えながら黒髪の少女自身もゆっくりとした動作で立ち上がり、親しい友人であり古き時代の家臣の両方を兼ねた元側近に向かって声をかける。

 

 二千年前に、始祖の先代魔王を共に殺して地位を奪いとった反逆者仲間の“共犯者”として。

 

 二千年前に始祖の先代魔王が自らの血を別けて産みだした兄弟の一人を父親の手で処刑するよう謀略を仕掛けられ、悪辣な魔族幹部を合法的に殺しまくるための簒奪に協力するよう脅迫された被害者遺族と加害者として。

 

 父親殺しに加担せざるを得なくされた大罪人の哀れな息子と、魔王殺しの大逆罪を犯して腐った魔界を改革させた主犯格の咎人始祖として。

 

 現魔族となっていた女の子は、元人間らしく・・・・・・二千年ぶりに再会したばかりの知人に対しては、まずは名を呼び挨拶から初めてあげるのが筋というものだと思ったから。

 

 

 

「久しぶりですねぇ、アイビスさん。お元気そうで何より。

 ――相変わらず“悪趣味な魔法の研究”は続けてらっしゃるんですかァ~?」

 

 

 

 嫌味ったらしい口調で、昔も今も変わることなく大嫌いなままの『ネクロン家の秘術』を罵倒する。

 彼女たち二人にとっては二千年以上前の出会った時分から続いてきていた、古き懐かしい挨拶の毒舌を丁寧で優しく素直に親切心から言ってあげる。

 

 遠慮はしないし、地位への配慮も身分差故の自制も一切することなく、する気もない。

 何故なら今の自分は学生であり、ここは学校なのだから。

 いつの世の、どこの学校でも教えていることを実践するためにも配慮などしては罰が当たるというものだろう。道徳教育の成果を否定すべきではない。

 

 よく学校の先生たちは、教え子たちに言っているではないか。

 

 

『人に対して、嘘を吐いてはいけません』

 

 

 ・・・・・・とね―――。

 

つづく



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キチガイたちも異世界で余裕に生き抜けてるようですが何か?

色々あって、今まで思いついたけど書いてこなかったネタを書いてみたくなりましたため、偶然にも思い出したのを書いてみただけの作品です。続きとかまでは考えておりません。

原作は『超人高校生たちは異世界でも余裕で生き抜くようです!』―――です。
大分前に一話目を見たときに思いついてた内容を、だいぶ時間が過ぎてから形にしただけのものと思ってテキトーに見て頂けると助かります。


 この世界の日本には、高校生とは思えない卓越した能力を持ち、世界に名を轟かせる7人の少年少女たちがいた。

 

 ――世界の数世紀先を行く頭脳を持ち、常に各国のエージェントに身柄を狙われる少女・・・【世界最高の発明家・大星林檎】

 

 ――刀一振りを手に、銃弾飛び交う紛争地帯を駆け抜ける英雄・・・【世界最高の剣豪・一条葵】

 

 ――その医術の前では寿命という概念は限りなく希薄な存在となる・・・【世界最高の医者・神崎桂音】

 

 ――地球上に流れる財の約三割に関わっている財界の魔王・・・【世界最高の実業家・真田勝人】

 

 ――透視・念力・空中浮遊、何でもこなすイリュージョニスト・・・【世界最高のマジシャン・プリンス暁】

 

 ――ずば抜けた諜報力を持ち猿飛佐助を先祖に持つ忍者の末裔・・・【世界最高のジャーナリスト・猿飛忍】

 

 そして・・・・・・日本初の首相公選選挙にて内閣総理大臣に就任した少年・・・【世界最高の政治家・御子神司】

 

 ――人々は能力への敬意と畏怖を込め、彼らを超人高校生と呼び讃えている・・・・・・。

 だが・・・・・・忘れてはならない。光あるところには、必ずや影が生まれるという現実を。

 

 輝かんばかりの超人高校生たちが放つ【光】を守るため、自らに影としての役割を任じて散っていった【世界で二番目の天才高校生たち】の存在を、光に目がくらんで闇を見たがらない人々の意識は認識しようせず、記憶している者は僅かしかいない・・・。

 

 

 ――世界の三世紀先を行く頭脳を持つが故に、林檎への対抗手段として用いられ敵対させられることのないよう優秀な秀才であり続けた【元同級生の秀才発明家】

 

 ――刀一本で銃弾飛び交う紛争地帯を駆け抜けた無双の英雄に怨みを抱き、戦って勝てぬ強者ではなく身内を傷つけようとする者たちを片付ける【英雄と同門の始末人】

 

 ――寿命を限りなく希薄にさせる医術を「不老不死の万能薬」と勘違いした愚か者たちの受け皿となり、桂音の治療を邪魔させなかった【裏社会では最高の闇医者】

 

 ――地球上の表側に流れる三割の富に関わっている魔王に追われ、社会の裏側へと逃げ込んできたロクデナシ共を管理する【裏社会の魔王】

 

 ――一部では世界最高以上になれると称されながらも「大勢の見ている前で失敗する度胸はないから」と場末の劇場で芸を披露するだけに留まり続けた【世界最高の手品師】

 

 ――ずば抜けた諜報力で特ダネをものにし続け、人気以上に悪意と憎悪と殺意を一身に集めていたジャーナリストの背中を追いかけ背中を守った【風魔小太郎を先祖に持つSP】

 

 そして――御子神政権の影を担っていたと呼ばれ、汚職や不正を犯した政敵たちを処罰する際には必ず断罪役を買って出ていたとされる【政権内では嫌われ者の少年官僚】

 

 

 ――彼らは全員、世界最高という栄誉を得られなかった者たちばかりであったが、それでも彼らが光を守る影として、それぞれのやり方で貢献していたことは誰にも知られぬ事実であり・・・・・・一説によれば。

 

 ある日、突然にフライト中にエンジントラブルから行方を絶ち、未だに破片すら発見できていない飛行機の上客として『7人の世界最高たち』が乗っていたと噂されながらも、その全員が今なお地球上で健在であるという事実からゴシップだと片付けられた飛行機墜落事故の時。

 

 超人高校生たちの身代わりとして『彼ら本人である』と身分を偽り、飛行機に搭乗していたのは彼らだったのではないかと噂する者もいるにはいる。

 だが、その噂が噂の域を出ることはなく、そのまま人々の記憶からも忘れ去れることとなり。

 

 結局、『世界で二番目の高校生たち』の地球における人生は『世界最高たちの影に隠れたまま』ヒッソリと永久に終わりを告げることとなる―――。

 

 

 その結果。

 ・・・・・・彼らの物語は、日本から遠く・・・遠く離れた場所の運命を変えるための『主役たち』として紡ぎ直され始める・・・・・・。

 

 

 

 

「―――で? ここ、ドコ? あと、貴方たち誰? 説明か自己紹介を希望しま~す」

 

 気怠げな態度で地面に直接あぐらをかいて座り込み、黒スーツ姿の少年が偉そうなのか卑屈そうなのか今一「何考えてるのかよく分からない」と評判の日本人らしい言い方でもって“周囲を囲んで座っている一同”に挙手しながら提案した。

 

 場所は森の中。すぐ近くに墜落してグチャグチャに壊れまくった“自分たちの乗ってきた飛行機”がガラクタ化して煙を上げたまま放置されているものの、壊れすぎてるせいで逆に爆発の危険性はなし。

 むしろ乗ってた自分たちが生きてるいのは奇跡と言うより、何者かの計画でなければ有り得ないという結論にアッサリ達してしまえる程で、なら慌てて離れなくても安全だろうと割り切って対策会議の方を先に開催することにしたという次第である。

 

「あ~・・・じゃあ、まずは言い出しっぺの私からさせてもらいますねー。

 私の名前は、夜斗神衛。先日に有効票の過半を獲得して再選決まった御子神総理の主席秘書官やってる者でーす。どうか皆さん、次の選挙では御子神候補をよろしくお願いいたしま~す」

 

 ――いや、いきなり選挙活動はじめられても・・・・・・その場にいる本人以外の誰もがそう思ったであろうが口に出しては誰も言わず、現代日本人らしく政治家の問題発言はなかったことにして先を進め、代わって立ち上がったのは古風な着流し姿をして一本の棒を持ったままの長身美少女。

 

「其れがしの名は、二条青葉。見ての通り古流剣術を教える道場で跡継ぎ娘をしていた。女であっても道場主を継げるようになった男女同権運動には比較的賛同しておる。

 あと、この喋り方は家の躾けで学ばされただけであって、遠戚にあたる巨乳侍ほどメンヘラってはいないので安心してほしい。アレはイイ女の体付きをしているのだが、どうにも男との付き合いがなさ過ぎてなぁ~・・・」

 

 ――どういう自己紹介だ!?と、その場にいる本人以外の誰もがそう思ったであろうが口に出しては誰も何も言わず、現代日本人らしく「話してる相手にとっては重要なことなんだろう」と空気読んで無視して先へと進め、次に立ち上がったのは眼鏡をかけてオドオドした感じの女の子。

 

「あ、あの・・・虚橋落葉、って言います・・・。い、一応ですけど留学先のま、マサチューセッツ工科大学、で飛び級しては、発明品の特許とか少しだけですけど持って・・・ます・・・。

 しゅ、しゅしゅ、趣味は一人だけで本を読むことで、すす、好きなものは私に何も言ってこないお魚さんで、すすす、好きなことは私と林檎ちゃん、を虐めてた人たちに仕返しする妄想と、仕返しするときに使う拷問マシーンをかか、開発することと、あとそそ、それから・・・」

 

 ――怖ぇよ!? あと名前の縁起悪すぎじゃねッ!?と、その場にいて必死そうに小声でしゃべっている本人以外の誰もが思ったが、現代日本人らしく危ない人には関わらず、他人のつらい過去には深く追求せずのマナーを守って次の人に行き、代わって立ち上がったのは見た感じ普通の女の子。

 

「えっと・・・前略。切裂吃音です。女子高生でありながら闇医者でもあるので職業マナーに則り偽名です。本名も偽名も単なる記号なのでどーでもいいです。あと、対人関係とか面倒くさくて嫌いだったのでコミュ症です。以上」

 

 ――テキトーすぎる自己紹介にも程があるだろオイ!?と、その場にいる本人以外の誰もが思ったであろうが、しゃべり終わった途端に「もう話しかけてくんなオーラ」を発散させまくっているコミュ障の人間に、これ以上求めたところで無駄そうなので次に行くことにして、残るは三人。

 どこかしら冴えない中年サラリーマンにさえ見えてしまう、疲れた感じで老け顔の少年と、古風なセーラー服着た凜々しい感じのショートヘア美少女の二人組が一人を残して先に立ち上がった。

 

「えーと、次は僕が先でいいのかな? どうも皆さん、初めまして。マジック赤坂です。売れないし人気もない、時代遅れの手品師やってます。挨拶代わりにシルクハットから鳩だしますね、ハイ。・・・どうです? 古くさいでしょう? 僕ってこういう定番しかやる度胸ない臆病者なんですよね、あははは・・・・・・以上です」

「・・・風魔小太郎が血を引く子孫、風魔紙乃。任務であれば誰にでも化けるため、誰の皮も被っていないときには自分で言いたいことがないのだ。許されよ」

 

 ――自己主張しなさそうに見えて濃い連中だなぁ~と、その場にいる本人たち以外の誰もが思ったが口に出しては誰も言わず、現代日本人らしく「自分は平凡だ」と言ってる奴らは平凡だということにしておいてやれという社交マナーを守って礼儀正しくガン無視して・・・・・・最後に残った一番関わり合いになりたくなさそうな見た目印象を持つ一人だけ。

 

「・・・ん? オレの番か? オレの名前は鮫田雅俊だが、下っ端の頃はマサって呼ばれてたから、そっちで呼んでくれて構わない。手下を一人も連れてきてねぇ今の状態で偉そうに組のトップな威厳張ってても見栄え悪ィだろうからな。ギャハハハハッ!!」

 

 ――ハイ、堅気じゃない職業の人発言来ましたわ~誰か通報してー!とその場にいる本人と一部以外の誰もが思ったが口に出しては誰も言わず、危ない事には近づかない関わらない見て見ぬフリが基本の日本人らしいマナーを皆仲良く守ったところで・・・・・・自己紹介終わり。

 

 

 

「では、全員の自己紹介が終わったところで今後の方針について語り合いたいと思うのですが・・・・・・何分にも、ここにいる全員が独自のルートで察知した情報からそれぞれの事情と理由で別人になりすまして会ったばかりの他人たち同士。

 これで互いを信用して腹割って話し合えとかキチガイの言い分ですので、一先ずは現地の人にお話をお伺いしてから本格的な話し合いを始めたいと思うのですが、よろしいですかね~?

 ・・・うん、賛成皆無で反対意見も皆無な日本の高校生らしい棄権多数により提案は可決されたということになるのが多数決ですので、現地の人に話を聞いてみたいと思いま~す。

 そこの木の陰から延々と私たちの方を見つめ続けているお嬢さ~ん。無駄な抵抗はやめて大人しく出てきて下さーい。僕たち怪しいだけで悪い人間じゃありませ~ん」

 

 ドンガラガッシャーン! がっこっこ~ん!!!

 ・・・・・・なんだか物凄い勢いで転んでしまった挙げ句に、森の中で轟くとは思えないような変な衝突音ばかりが響いてきてたんだけど・・・・・・大丈夫だろうか?

 流石にここまで驚かせてしまうとは予想だにしていなかったため心配になり、皆の代表として仕切り役を買って出ていた夜兎神が音の聞こえてきた方へと歩み寄っていくと、

 

「すいませんねぇ、大丈夫でしたか~? 生きてますか? ・・・・・・って、あれ?」

 

 一瞬だけ目を疑い、かるく瞬きを何度かパチクリしてから瞼をこすり、自分はコンタクトしてなかったよなーとか思いながらも一応はしてないこと確認してから、もう一度だけ前を見つめて“ソレ”を見る。

 

 ヒョコ、ヒョコと。左右に揺れる、人の頭の上に乗った・・・・・・獣耳。

 

 

「人間じゃ・・・・・・ない?」

『・・・・・・(ブルブルブルブル・・・)』

 

 

 怯えたように自分のことを見上げてきている、幼い感じの獣耳少女と、色白の肌で胸がアメリカ人女優並みのビッグサイズを誇っている金髪の・・・・・・耳が人間とは思えないほど長すぎる美少女の二人組がそこには現れていて、震えながら夜兎神の対応を待っている。

 

「・・・・・・ふむ?」

 

 腕を組んで空を見上げ、悩みながら夜兎神は思った。

 ――御子神総理もこんな眼をして、自分の父親の罪と向き合っていたなぁ~とか、そんな過去の思い出を基にした感想を。

 

 

 

 

 

【今作版のキャラ設定】(と言っても数多いので今回は一人だけ。次があったら書く)

 

『夜兎神衛(やとがみ・まもる)』

 今作版のメイン主人公にして、原作主人公である御子神司の主席秘書官を務めていた少年。

 ある意味では司の良き理解者であり、彼を支える重要なブレーンだった人物という設定の持ち主でもある。

 御子神の本質が民主主義者ではなく、父親への罪悪感と『父親のようになってはいけない、理想の政治家にならなくてはいけない』という自分の中にも不正を犯していた父親と同じものがあるのだという邪な思いを否定するために真逆の道を行きたがっている、ソレが一番の動機だという事を最初から見抜いていたが、『動機自体は何でもいい。政治は結果だ』という彼自身の判断基準に基づいて御子神を新たな主として仰ぎ、その政策と政権の地歩固めに功績を挙げる。

 

 原理・原則(プリンシブル)を貫き通す政治家を志しており、そう在ろうと努力もしている。目指している目標が白州次郎なのもあって、普段の言動と攻撃的になったときの激しさとは別人のレベルで激変する性格の持ち主。

 

 原作ストーリーとの相違点は、今作版のリーダー格で在る彼が、原理・原則(プリンシブル)の方を優先して、御子神の様なトラウマになるほどの過去体験をしていない事から自己犠牲精神を貴んではいない性格の持ち主であることが理由になって分岐してゆく。

 

 大雑把な変化の機転と、理由は以下の通り↓

 

『宗教的権威を背景として起こった民主主義などありえない。宗教と権力の切り離しは民主主義おける絶対原則である』

 

『たった一人の為政者に頼って、人柱にするようでは民主主義の自己否定だ。民衆の自主性によらない民主主義など民主主義の名に値しない』

 

『自分たちで造り出す技術がなくとも“そういう物が在った”という事実と、ソレによって引き起こされた被害さえあれば、人は己の野心を実現するため再現しようとせずにはいられなくなる生き物だ。一度でも生み出してしまった物が二度と消えてくれる事はない』

 

 

 ・・・・・・等の理由によって原作イベントに改変をもたらしてくる存在。

 また、御子神と異なり過去体験がないせいで民衆というものに対して本質的にあまり信用しておらず、権力者が腐っているからといって民衆の側が綺麗という訳では決してないという現実も弁えており、民衆に対して夢を見る事が一切ない。

 

 とは言え、綺麗事や理想論を否定している訳ではなく、現実的に実現していくための具体的な方法論を尊ぶタイプで、『気持ちが綺麗なだけで結果がダメだった奴よりかは、汚い動機であろうと民衆に寄与した者の方が結果的には正しい』とする、「政治の評価は結果で決めるべき」という原理・原則に忠実すぎる人物。

 

 民主主義キチガイであり、徹底して必要以上のことをやり続けるのが政治家であると考えている、意外なほどの熱血漢タイプだったりする主人公です。

 

 

 

他のキャラ設定を振り仮名だけ↓

 

『二条青葉(にじょう・あおば))』

 

『虚橋落葉(うつほし・おちば)』

 *虚ろな目をして橋から落ちる人。要するに入水自殺。

 

『切裂吃音(きりさき・きつおん)』

 

『マジック赤坂(まじっく・あかさか)』

 

『風魔紙乃(ふうま・しの)』

 

『鮫田雅俊(さめだ・まさとし)』

 通称マサ



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~10章

結構久しぶりになってしまいましたが、アーク・ザ・ラッド2外典の更新です。
本当はハンターズギルド職員をボコるまでを書きたかったのですが、間が空きすぎましたので速度優先にした次第。
長いスパンを開けすぎるとこういう面で困りますよね…バケモノも本気でどうにかしないとガチで怖くなってきてる今日この頃です…(ぶるり)


 マフィアが支配する町、インディゴス・・・警察もマフィアの前では小イヌ同然にまで成り下がる・・・そんな町。

 そして、それ故にこそ無数の【法の眼の死角】がインディゴスの中には発生しやすい。

 

 それらは、今では住人が誰もいなくなったマンションだったり、倒産した企業が使っていた元本社ビルだったりと、隠れて拠点を築くのに適した高層建築物が多いのだが。

 

 ・・・それら高層建築物と高層建築物との間に広がる限定空間こそが、仕事の間だけ一時的に使える仮拠点としては最も適している条件がそろっているという事実を知る者は意外なほど多くはない・・・・・・。

 

 両側を高いコンクリート製の建物に遮られて見る事ができず、正面からしか発見できる出入り口も存在しない、守るに易く攻めるに難い人工物によって自然に形作られた天然の要害。

 唯一、追い詰められたときに逃げ場所がないという欠点を有しているのが難点だったため、いざというとき用の緊急脱出手段を自前で用意しておく事が大前提となる場所ではあったものの、それ以外の面では非合法組織にとって理想的とも呼べる場所。

 

 特に、『新たに見つかった盗賊団のアジトを即席で仕立て上げるため』であるなら最高の立地条件が整っていたと断言できる。

 

 エルククゥとリーザが、ハンターズギルドから依頼を受けて赴いた赴いてきた盗賊団のアジトがあるはずの場所は、そういう路地裏の一角にあった・・・・・・。

 

 

 

 

「エルククゥ、こんなにゆっくり歩いていていいの? ハンターズギルドの人から、急いでって言われてたんじゃ・・・」

 

 前を行くリーザから振り返りながら言われた言葉に、エルククゥは槍を担いだままの肩を器用にすくめて気のない口調で返事を返してあげるだけ。

 

「ご心配なく、リーザさん。盗賊団のアジトは逃げたりしませんし、逃げ道もありませんよ。両側を高い壁で囲まれてたんじゃ、逃げようもないでしょうからねぇー」

「それはまぁ・・・そうかもしれないけど・・・・・・でも・・・・・・」

 

 少しだけ膨れっ面を見せて不満気な返事を返してくるリーザからの反応。

 まぁ、彼女の気持ち的には解らないでもない反応ではあるだろう。初仕事な上に、相手はモンスターを悪事に利用している盗賊集団なのだから、モンスターと心を通わす特殊な力を持った彼女から見れば許しがたい連中だろうし、たとえ殺せなくても止めたいとは本気で思わざるを得ない事情が彼女の側に揃ってもいる。

 

 存外それも敵の狙いだったのかもしれないが・・・・・・人としては正しい怒りであり義憤であり感情論でもある事だし、まぁいいかと割り切ってエルククゥは悠然とした歩調で足を進めていき『無駄な体力消耗』を最小限に抑えることだけを優先し続ける。

 

「・・・あれ? 行き止まりみたいね。どこかで道を間違えたかしら?」

「そうですねぇ、何もないですねぇ。不思議ですねぇ~、ミステリアスですよねぇ~」

 

 そして案の定、モンスターを使う卑怯な盗賊どころか猫の子一匹いない閑古鳥が鳴いた無人の行き止まりがあるだけな、依頼先である路地裏奥の行き止まり。

 人生の行き止まり、命の終着駅、自分たちの人生ここで終わり・・・とかの意味合いでも付与させた場所指定だったのかな~とか、そんな洒落たようで全然シャレにならない散文的この上ない感想をぼんやりとエルククゥが頭の中に思い浮かべた瞬間―――

 

「・・・!? エルククゥ!」

 

 隣に立つ、リーザから警告の声が鼓膜を響かせられてエルククゥは、ゆっくりゆっくりとした動作でノンビリと振り向き。

 見つめた先に・・・・・・見つける。

 

「お前がエルククゥか・・・?」

 

 せせら笑うような口調と共に現れた杖を持つ一匹の魔物が、リーザたちのいる路地裏の奥の一本道しかない出入り口の先で嗜虐の笑みを浮かべて彼女たちの逃げ道を塞いでいる。

 

 そして互いは、二人同時に「ニヤリ」と笑って口を開き、

 

「ウソの情報でノコノコやって――」

「いらっしゃ~い☆ お待ちしてましたよ魔物さん♪」

 

 そして先に言葉を放ち終わった側が口を閉じると同時に、言い終わっていなかった側も口を閉ざし、不愉快そうに歪めた表情を浮かべ直して相手のニヤケ面を睨み付けて黙り込む。

 

 相手の反応は、魔物の対局に位置するものだった。

 彼としては、相手が自分たちの流したウソ情報を見抜く事もできずに引っかかって誘き出されたマヌケだと見下しきっていたのだが、先に言い終わっていた相手の発言は彼の予測の真逆であった事を示唆するものだったからである。

 

 相手の選んだ『勝ち誇ったセリフを途中まで言って黙り込む』という選択肢を前にして、逆にエルククゥは饒舌になってバカ丁寧な口調で相手を挑発して馬鹿にする。

 

「まずは、わざわざのお招きを感謝させて頂きますよ魔物さん。

 ――自分たちが誘拐してきたモンスター使いの少女が逃げ出して、マフィアの支配するインディゴスに逃げ込んでから数日後に出所を確かめることのない非合法な依頼を扱うハンターズギルドまで盗賊団討伐の依頼という形で舞い込ませてきた紹介状・・・・・・。

 しかも、“モンスターを使う卑怯な連中”という分かり易いオマケ付きで名指しして頂いた丁寧さには感謝に尽きません」

 

 一礼して、柔和な笑みを浮かべながら遠回しな言い方を装ってるだけで、実際には分かり易いほどに分かり易いあからさまな罵倒と侮蔑を口にした後。

 

「いや、本当に・・・・・・貴方たち愚かなモンスターのバカさ加減には感謝に尽きません。お礼として皆殺しにしてあげますから、無駄な抵抗をするため掛かってこいよ。馬鹿ザコ野郎ども。捨て駒のザコに用はない。三下は死ね。存在自体が不愉快なだけですのでねぇ・・・・・・」

「・・・・・・殺せッ! このクソガキ共を八つ裂きにして殺してしまえッ!!」

 

 挙げ句の果てには、アッサリと安っぽい挑発に乗ってくれる、罠にはめたと思い込んでいただけのザコ魔物。

 自分たちが信じ込んでいた優位性が幻想だったと教えてやっただけで大物面して取り繕っていた化けの皮が剥がれてゲスな本性を丸出しにしてくる辺り、『所詮は使い捨て』というところか。

 

 持っていた杖を振り回すようにして部下の魔物たちを召喚すると数を増やし、一気に数の差でたたみ込んでくる腹づもりのようだった。

 

「という訳です、リーザさん。適当な練習相手を用意してあげましたから、レッツ罠突破トレーニング開始です」

「エルククゥ!? 分かってたたなら最初に教えておいてよ! あなた前から思ってたけど秘密主義をやり過ぎてると私は思うの!」

「・・・改善するよう努力してみましょ・・・」

 

 痛い所を突かれてソッポを向きながら槍を下ろし、両手で握って軽く構えてから牽制するように穂先を前に長く伸ばす。

 だが魔物たちの群れは恐れる事なく、まっすぐ前へと進んできて力業で雌雄を決してやろうという高い戦意を示すのみ。

 

 状況的に有利な場所へ追い込んでおきながらトドメを刺させる部隊の数が少なく、その割には碌な作戦もないまま正面から突っ込んでくるだけの力押し一辺倒な戦い方。

 

「あ~らよっと」

【・・・・・・ッ!!】

 

 ブスッと、一刺しで火の玉状をした魔物の急所となっていた核の部分を刺し貫いて一発で仕留めて、まず数の差を一匹減らす。

 

 すると―――

 

 ・・・ブゥンッ!

 

 案の定というべきなのか、当然の結果と言うべきなのか。

 一匹殺されたら一匹新たに補充され、また次の一匹を殺したら次の一匹が補充されてくるという絵に描いたような消耗戦の構図が作り上げられていく始末。

 

「どんどん出てくるよ!? エルククゥ!」

「そうですね。切りがないですね。どうしましょうか?」

 

 そう言いながら、最初に現れて自分たちに語りかけてきた部下の魔物たちを召喚したリーダー格の杖持った魔物も殺してみるが、やはりコイツも数の内の一匹。

 一匹減っただけなら、また一匹足せばいいだけの存在。文字通りの使い捨て。幾ら殺されても代わりは幾らでも用意できる、自分にとっても敵にとっても単なる数字の1でしかない名もなき捨て駒兵士の下っ端でしかなかったようである。

 

 敵の使ってきた戦術は、コチラを消耗させて疲れ切った後にトドメを刺すという典型的な数の有意差を生かす戦術の基本であり、シンプルであるが故に奇策で入り込む隙間が見つけづらく、体力消耗を抑えながら時間を稼いで状況の変化を待つという正攻法しか碌な対応手段が存在しない、魔物たちが使ってきたにしては存外に堅実で正統的な正攻法の戦術。

 

 だからこそエルククゥとしては、自分から動いて体力を消耗する量を少しでも抑えるために言葉だけで相手から近寄って来たくなり易くさせて、『自分はできるだけ動かず楽して勝つ戦法』を最初から用いるつもりで待ち構えるしかなかった訳である。

 

 意地が悪いやり方だとは思うけど、ニセ情報で誘き出して罠に落ちたところを数の差でブッ潰しに掛かってきてる相手にフェアプレー精神も正々堂々もないだろう。

 卑怯な手段には卑怯な手段を!・・・というほど対したものでもなく、ただ単に大多数の敵を少人数で挑んで戦うときに、正々堂々の基準はどうやって決めりゃいいのか分からなかっただけなので文句がある場合には出版社にでも行って新しい辞書でも作ってもらうより他にない。

 

(・・・とは言え、罠っていうのは複数を仕掛けてあるのが基本の代物でもありますからね~。

 時間掛かって最初の第一段階が思うように行かなかった時には、第二段階を作動させてくるのが定石といえば定石。堪え性ある相手とも思えませんし、時間稼ぎさえし続けていれば焦れてなんかしら手を打ってこざるを得なくなってくるでしょーよ)

 

 気楽に考えながら、消耗目的でザコばかりぶつけてくる敵部隊を必要最低限の動作だけで槍を振るってテキトーにいなし続けるエルククゥ。

 敵組織としても、人気のない路地裏の奥とはいえ居住区内で乱闘騒ぎが延々と起き続けているのは好ましい事ではないだろうし、民間人からの注目など無視してかまわないと言うなら誘き出して闇討ちなんて方法論をとる必要性がそもそもない。町全体を大軍で包囲して一人残らず虐殺させてしまえば良いだけなのだから当然だろう。

 

 実際に――エルククゥの生まれた故郷の村は、それをやられている。

 一度使って成功した蛮行が二度使えないという理屈はない以上、使えないのではなく『出来れば使いたくない事情』が相手にあるという事なのだろうと、彼女は当たりを付けていた。

 

 その予測は概ね的中しており、アルディアを支配するガルアーノが現地責任者となって進めていた計画に必要不可欠な装置がようやく完成して、計画開始の日時も数ヶ月前から段取りを付けてある。

 問題は、アルディアにとって晴れの記念日を自分たちの為に利用しようと画策して進めてきた計画であったため、最近になって突発的に生じさせられたエルククゥたちの一件を絡ませるとなると両立が難しいという問題点だ。

 首都プロディアスで起こす計画を、真逆の方角にあるインディゴスで大惨事が起きてしまったせいで延期させられるというのは出来れば避けたい。

 もちろん無理強いして強行させることは簡単だったが、『保険』がかけられる計画のためにリスクを買ってやるほどの価値をガルアーノは今のエルククゥたちに感じていない。

 それを感じるようになるのは今しばらく後の話。彼女たちのせいで自分の計画が色々と邪魔され初めて苛立たされることが多くなった後になってからの話である。

 

(さて、そろそろ潮目が変わっても良い頃合いだと思うのですが・・・・・・んぅ?)

 

 テキトーに槍を振るってリーザに近づこうとしていた魔物の動きを邪魔して仕留めやすい戦況を作り出してやりながら、間合いが短く手も短いザコ魔物たちを牽制し続けヒマ潰しをしていたところ。

 

「・・・?? なんでしょう・・・? 新手、でしょうかね・・・?」

 

 今までのパターンと少しだけ違うことが起きてきたことに、いぶかしみの表情を浮かべて路地裏へと続いてる唯一の通路の先をすがめ見て。

 

「ゲッ!?」

 

 っと、女の子としては余り言ってはいけない言葉を、発してはいけない表情で叫んでしまい、苦手な相手が到来してきたことを心底から嫌がる年頃の少女らしい表情を浮かべて顔をしかねる。

 要するに・・・鬱陶しい大人が来たことを煙たがるガキ臭い表情になったのである。

 

 

「警官隊、全員突入ッ!! 市民に危害を与えかねないモンスター共が市街地へ入り込む前になんとしても捕まえろ! 一匹残らずブタ箱にぶち込んで電気椅子に送ってやれぇぇッい!!」

『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!』

 

 

 揃いの青い服を纏って、同じ青い警帽を被りあった筋肉の塊たちの集団が、今までは一匹減っても一匹ずつしか現れなかった道の先から団体さんで押しかけてきて、ヤクザみたいな怒鳴り声を上げながらダンプカーみたいな勢いで真っ直ぐコチラへ突っ込んでこようとしてこられたようであった。

 

「警官隊だわ! 私たちを助けに来てくれたのね!?」

「・・・さて・・・、それはどうでしょうかねぇー・・・」

 

 彼らの姿と言うよりも、着ている服の色と柄と『星のマークのバッヂ』を見たリーザが歓声を上げ、自分たちにとっての援軍が着たことを素直に喜ぶ様を横目に見ながらエルククゥは肩を落とし、不審げに見つめ返してくる彼女に理由を説明してあげることにする。

 

「彼らを率いるリーダーさんの雄叫びは聞こえたでしょう? 彼らはどうやら『モンスター使い』を探しているみたいです。

 ここで彼らに関係者として補導されてしまった場合、私も貴女もただでは済ませてもらえないと思いますね~」

 

 肩をすくめてから「もっとも」と付け加え、

 

「モンスター使いであることを示す物的証拠の『銀色狼さん』をモンスターたちの一味と言うことにしてもいいなら、話は少し変わってくるかもしれませんが?」

「・・・・・・(フルフルフル・・・)」

 

 パンディットを歩み寄り、ギュッと抱きしめながら涙目でプルプル震えつつも必死に首を左右に振りまくってくる分かり易い反応を見せてくれた素直で愛らしいリーザに苦笑を返しつつ、

 

「失礼、冗談です。脅かすつもりはなかったのですが・・・だからこそ今ここで彼らにも捕まる訳にはいかないのだ、という状況はご理解頂けたかと思われます」

 

 そう付け加えられて納得し、涙を拭いながらも立ち上がるリーザから視線を外して前へと戻し、もう一つの“厄介事の原因”を困った生き物を見る目で曖昧な表情を浮かべながら冷静に解説を付け足してきてくれる。

 

「オマケにさっきから叫びまくっている、あのオジサン警部は私の古い知り合いでしてね。昔から目の敵にされてましたので印象最悪な相手でして。

 リゼッティ警部という方なんですが、なんと言うかこう・・・・・・遣りづらい」

 

 説明しようと思って適切な表現を探したけど思いつかず、仕方ないから槍の穂先を軽く持ち上げて警官隊とモンスターたちが戦闘を始めた辺りの一角を指し示して、そこを見ろとジェスチャーしてあげる。

 普段は言葉で説明することが得意なエルククゥにしては珍しいなと思って不思議そうにしながらも、リーザは槍の先で示された警官隊とモンスターたちによる衝突現場を見つめ。

 

 

「な、なに!? 警察だと!? そんな話は聞いていない・・・・・・おのれッ! 者共、網に掛かった獲物は後回しにしてコイツらから始末しろ! 退路を確保するのだ! 進めぇい!」

「突入だ! 突入しろ! コイツらの中に、モンスターを操ってる奴がいるはずだ。ソイツを絶対に逃がすな! 捕まえろ! 電気椅子送りにしてやるんだァァァァァァッ!!!!」

『オオオオォォォォォォォッッ!!!!』

 

 

「う、うわぁ・・・・・・」

 

 思わずといった調子で、ドン退く。

 ・・・気持ちは分からなくもなかったけれども・・・。

 

 ――インディゴス市警のリゼッティ警部は、マフィアの支配する町インディゴスどころかアルディアの国中でも数が激減しすぎて絶滅危惧種になりかけているか、もうなっている『汚職も不正もマフィアも権力も、力に屈して黙り込まされるも大嫌い』という昔気質すぎる殺人課に所属している古株の老警部。・・・それが彼だ。

 

 彼は常に弱い者の側に立ちたがる人間であり、このアルディアで最も弱く力の無い者たちとは・・・子供たちだ。

 インディゴスどころか首都プロディアスでさえ、マフィア同士の抗争や内輪もめ、処刑や口封じなどの銃撃戦に巻き込まれ毎月5、6人の幼い命が失われていくのが常態化してしまって久しい。

 子供たちは守られて当然だと考えている彼にとって、未成年者の非行や不良少女などは決して看過できない存在であり、お節介と呼ばれようとも絶対に更生を諦める気になるわけにはいかない存在でもあった。エルククゥも今までに何度も彼から説教を食らい続けている。

 

 ――非行に走ったまま堅気に戻らず、裏社会に身を落としてしまったら、今度は彼らがリゼッティの手で刑務所に、引いては電気椅子へと送らなければいけない存在になってしまうのだから――。

 彼としては、どんなに嫌われて煙たがられようとも、退くことだけは絶対にできない心の事情と覚悟をもっている。

 

 子供たちを犯罪から守ること。子供たちに犯罪を犯させる必要性から救うこと。子供たちを法の罰により裁かれることのないよう守り抜くこと。

 

 ・・・それがリゼッティ警部の信念であって、その為には子供たちを下らん金勘定の計画のために巻き込んで死なせた社会のゴミクズ連中は一人残らず電気椅子送りにしてやりたくて仕方がなくなっているのだろう。

 

 おそらくだが、数日前だか一週間ぐらい前にモンスターが町中に入り込んで誰かの子供を殺した事件でも起きてたのではないだろうか? ・・・リーランドとか。

 それを今回の一連の事件で独自の情報網から探り当てた「モンスター使い」という単語と結びつけて今この場まで来ていると。

 

「・・・彼の場合は、あながち有り得ないと言い切れないところが困った部分でもある人ですからねー・・・。

 妙に鼻が利きまくるし、指名手配中のマフィアが市長の邸宅から出てきたのを見て、思わずアゴに一発いれてしまって手柄と左遷の両方を同時に手にしたことのある武勇伝の持ち主ですから、本気で何でもありな気もする人なので・・・面倒なんです。本当に・・・」

「う、うわぁぁ・・・・・・」

 

 リーザ、詳しく解説されてさらにドン退き。

 ここまで真剣に子供たちを思って戦っている正義の刑事さんでありながら、少女相手に退きまくられてしまっている老警部さんというのも逆に珍しいのかもしれなかったけれども。

 

 

「残らず引っ捕らえろ! 一人も逃すなッ!! 一匹残らず電気椅子送りにしてやるんだァァァァァッ!!!」

『うおおぉぉぉぉぉッ!! ガン・ホー! ガン・ホーッ! ガン・ホォォォォッ!!!』

 

 

「・・・・・・マズいなぁ・・・どうしたもんですかね、アレ・・・本当に・・・・・・」

 

 本気で困り顔になって腕組みしてウンウンと唸り始めるしかなくなってしまった、結果的に自分の計算で足下救われた状態にあるエルククゥ。

 出来れば殺したい相手ではないし、殺したところで得するのは悪人ばかりで自分たちには今この時しか得はない。

 だが、あのオジサンが指揮する守りを突破するには力尽くでしか無理そうだし、かといって傷つけずに倒すだけの生易しい勝ち方で突破させてもらえるほど易い相手でもない。

 

 ・・・割と本気で困ったオッサンだった。

 悪意と利害損得で敵対してくれる魔物たちの方が遥かに対処が楽すぎるぐらい、面倒くさすぎるオッサン警部がリゼッティさんだったのである。

 

 善意で職務に精練しているだけのクソ真面目すぎてお堅い警部さんに、いつもの手法は通じない。

 エルククゥ自身が、使いたくはない相手だからだ。なんだかんだ言って嫌いではないオッサンを犯罪者や魔物にまで落ちぶれたクズと同じレベルで扱うほど、自分自身も落ちてはいない。

 

 

 ――だが、このままでは・・・・・・

 

 

 焦燥に冷や汗を一筋垂らし、横に立つリーザには気づかせぬまま、『最悪の場合』を想定して優先順位を決め始めながら槍を持つ手を「ギュッ・・・」と握りしめたとき―――

 

 

 ・・・・・・キィ・・・・・・と。

 

 

 背後から小さく、錆びた鉄が擦れる音を重く低く響かせながら、リーザとエルククゥの鼓膜を刺激する。

 

 見ると、路地裏の奥に一つだけ存在していた非常口らしい扉が内側から開かれている。

 最初に見つけたとき、錆び付いていて外側からは開けないことを確認済みだったのだが、どうやら内側からなら開ける仕組みになっていたものだったらしい。治安の悪い路地裏にある裏口用の扉としては合理的な建て付け方とも言えるだろう。

 

 扉の向こう側は薄暗がりに支配されており、内側の奥まで透かし見ることは出来なかったが・・・・・・そこから二人に、声がかけられる。

 

 

「――こっちへ、早く!」

 

 

 その声に導かれると言うより、他に道もなかったから逃げ込んだだけの場所の先でリゼッティ警部の「逃げたぞー! 追え追えぇーいぃ!」というお決まりの叫び声を背に受けながら闇の中に目をこらし、自分たちを助けてくれた相手の姿を少しでも見ようと試みた末・・・・・・少しだけ見えた。

 

 黒く短い髪、長身で抜群のプロポーション、ロングドレスにピンヒール・・・・・・大都会の劇場を満員御礼させられる映画女優みたいな美女が、絵に描いたような姿で物語に記されているようなタイミングで、今この場に自分たちを救ってくれるために舞台上まで登壇してくれた・・・・・・。

 

「あなたは・・・・・・」

「今は説明しているヒマはないわ。とにかく助かりたかったら私に付いてきてちょうだい!」

 

 美女の言葉に答えとして頷きを返し、リーザとエルククゥは彼女に続いて走り出す。

 このとき一人の美女と、一人の少女は相手の頷きの意味を正しく理解し合っていた。

 

 謎の美女は、エルククゥたちが自分の言葉に納得して付いてくることを選んだのだと解釈して、その通りに彼女たち二人は美女の後を付いてきている。

 

 エルククゥの方は、ピンチに差し伸べられた救いの手を、偶然だとか奇跡だとか善意だとか、自分にも事情があるのだとか。

 

 ――そんな都合のいい理屈で信じられるほど、素直な性格には残念ながら育つことが出来ていない。

 

 前を行く美女の背中を見つめながら、走りながら。

 ひねくれ者のハンター少女、エルククゥは声にも態度にも表情にも出さずに心の中でソッと思う。

 

 

(どうやら、第二幕『保険の女』が始まりのベルを告げてくれたようですね・・・・・・)

 

 

 

 

 ――そして丁度、同じ頃・・・・・・

 シュウのアパートでも、別の事件が起きようとしていた―――。

 

 

「う・・・、ぐ・・・あ・・・・・・ッ!?」

「ただいま戻った・・・・・・ミリル!? しっかりするんだミリル! 大丈夫か!? 何があったのだ!?」

「シュウ・・・さん・・・! エ・ル・ク・ク・ゥ・・・・・・が!!」

「エルククゥが!? エルククゥがどうしたんだ!? 何かあったのか!?」

「エルククゥが・・・、私を置いて逃げてしまったの・・・・・・また新しい女の人のお尻を追いかけるためにッ!!」

「・・・・・・」

「私は貴女を待っていたのに・・・、貴女は私を見捨て・・・て・・・・・・いやーーーーッ!!」

「落ち着くのだミリル! 君は少し疲れているだけなのだ。薬を飲んで一眠りすればイヤな被害妄想などすぐに忘れて楽になれる・・・(早く戻ってくるんだ、エルククゥ。お前のために仕事を切り上げて帰ってきた私が面倒なことに巻き込まれている間にッ!!)」

 

 

 ・・・・・・ミョーに温度差が激しいインディゴス内で起きていた昼下がりの情事、ではなく其れ其れの事情。

 

 

つづく



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キチガイたちも異世界で余裕に生き抜けてるようですが何か?2章

謝罪:混乱気味な心理状態にあるため色々書いてる最中です。影響少なくて済む連載作以外を書くよう意識してる状態にありますのでご了承ください。


「――なるほど。つまり貴方方は空を横切っていった飛行物体を見つけて、大きな音が響いてきたため様子を見に来た。そしたら私たちがいた、と。・・・大体そんなところですか?」

「まっ、大体はそんなところかねぇ」

 

 夜斗神の話を超大雑把にまとめた感想を聞かされて、話を聞かせてやった本人である相手の女性は快活に笑って、楽しそうに笑顔を見せる。

 豪快な笑いと共に豊かなサイズのバストが上下にバウンドし、頭の上と臀部の少し上から“生えている”二本と一本のフサフサした毛皮の塊が軽く揺れる様を見せつけるつもりもなく見せつけながら。

 

 周囲を軽く見回してみると、相手の女性と同じような“自分たちとは異なる部位”を持つ身体的特徴を共有している男女たちが取り囲まれていて、一部からは不審げな視線で見られてはいるものの、大半の者はそれほどヒマではないようで洗濯なり薪割りなどの日常作業に従事している姿が見いだせる。

 

 空は蒼く、そして高い。空気は澄んでいて、まるでアルプスに来たようだと日本人らしくアルプスに行ったこともない身で言いたくなるほど大自然に囲まれた平和で長閑な田舎の農村。

 テレビもなく、電灯もなく、車の排気ガスも満員電車によるストレスもない。理想的としか言い様がないほど自然を満喫できる昔ながらの牧歌的風景。

 それらを見ていて夜斗神は、つくづく思う。

 

 

「いや~、本当に―――――地球じゃ有り得ないですよねぇ、ここは。間違いなく」

 

 

 夜斗神は改めてそう断言し、現地人の代表者である村長さんの奥さんから聞かされた話を頭の中で整理しながら自分たちの身に起きた現実離れした現象である・・・・・・おそらくは異世界トリップとか言う高校でクラスメイトたちが話題にしていたサブカルチャーの定番分野に巻き込まれたらしい状況を理解しようと彼なりに努力してみていた。

 

 まず大前提として、この異世界は地球ではないらしい。地球ではないから異世界と呼ぶのかもしれない。・・・どちらでも良い話ではあるが。

 

 次に、この異世界には彼ら地球人と同じような姿形を持つ人間種族のことを『ヒューマ』と呼び、目の前で話を教えてくれた女性(ウィノアさんと言うらしい)のように獣のような耳と尻尾を持つ人間に酷似した外見を持つ種族を『ビューマ』と呼び分けている。

 余談だが、ヒューマ同士で肌の色や髪の色の違いで別種族のように差別対応しているかどうかまでは田舎村なので分からないとのことだった。その内に調べてみたい問題なようなないような微妙でナイーブな課題だったが今はコレもどうでも良い話題だろう。

 

 そして、自分たちが乗ってきた飛行機が墜落した現場まで様子を見に来た人たちが住んでいる村の名前は『エルム村』といって、フレアガルド帝国という国の一地方に属している山奥の村だそうで、財政的に豊かではないらしい。

 

 また、この世界は所謂ファンタジー世界と呼ばれる時空に属するものであるらしく魔法が存在して、ヒュームの中には極希に魔法使いが現れており。

 大昔に別の世界からやってきて邪悪な竜を倒して世界を救った7人の勇者の伝説などというお伽噺もあるとのこと。

 ・・・が、どちらも自分たちとは関係なさそうな話であるため、これもまたどうでもいいだろう。

 この世界人でなければ使えない魔法も、大昔に異世界の人間が『やってきた方法』も、知ったところで今の自分たちに役立つものがあるとは到底思えないので是非もなし。

 

「まぁ、何はともあれ、心配して村総出で見にきて下さったエノク村の皆様方のご厚意に感謝を。ありがとうございました」

「あ、いえお気になさないで下さい。助け合いは山の民の習わしですからね、もし倒れている人がいたら放っておくわけにはいきません」

 

 最初に自分が脅かしてしまった耳の長い、だが他の者たちと違って獣の耳も尻尾も生えていない金髪の少女に最初の比例に対する詫びも兼ねて頭を下げて、メリルというらしい少女の方からもお辞儀をもらう。

 

「それに、結局は皆さん無傷で杞憂だった訳ですし、私たちは別に何も・・・」

「結果的に無駄になったとしても、気持ちを理由に行動できることは素晴らしいことです。私はその気持ちに対して皆を代表し、お礼を申し上げてるだけですからね、謙遜はこの際不要ですよメリルさん」

「・・・優しいんですね、ヤトガミさんって」

「いえいえ、そんなことはありません」

 

 心なしか頬を染めながら言ってきた相手に、謙遜ではなく割と本気でそのように返さざるを得なくなってしまう少年官僚の夜斗神衛。

 何故ならば―――

 

「彼らの自主性に期待してお礼を言うのを信じて待っていたら、たぶん一生言わなそうな人たちばかりしかいない様でしたからね・・・代表して言っとかざるを得ないでしょう。あの人たちの場合は確実に・・・」

「あは、あは・・・あははは、は・・・・・・」

 

 真顔で背後に広がる村の中央の景色を指さし言った言葉に、相手の耳長金髪少女は返答に困ったように苦笑いを浮かべて、豪快そうに見えるウィノアさんまで敢えて視線を逸らす始末。

 

 それ程までに・・・・・・異世界に到着したばかりの【世界で二番目の高校生たち】はフリーダムだった。フリーダムすぎたと言うべきかもしれかったけれども。

 

 

「丁か、半か! さぁ張った張った! 勝てた奴にはオレの付けてる金のカフスボタンをやろう。この世界のレートは知らねぇが金が無価値な世界はねェはずだ。掛け金がない奴は初回限り全負けしても裸踊りだけで勘弁してやっても構わねぇ!! 大サービスだ! もってけ泥棒!!」

『丁!』

『半!!』

『ああクソッ! 負けた! だがパンツを失うまではオレは諦めんぞ! 何度でも挑んで勝ぁつ!』

 

「・・・フゥ~~・・・。スパ~~~~~・・・・・・」

「・・・・・・・・・ふむ」

「あ、あうあう・・・こ、ここ、この人たち・・・近くにいて黙ってるだけでもこここ、怖いぃぃ・・・・・・(ガクガクブルブル)」

 

「はい、鳩が出ました。今度は指が消えました。次にあなたが引いたカードを当てますので一枚どーぞ」

『よ、よーし・・・じゃあコレ!』

『わぁ!? スゴイ! 本当に当たった!』

「凄いでしょう? ハンドパワーです」

 

 

 ・・・・・・全体の半数程度とはいえ、なぜ異世界に飛ばされてきたばかりで最初からここまで平然と順応できているのだろうかコイツらは・・・?

 普通だったらもう少しこう、自分が今まで信じてきた常識がどうとか、現実的に考えて有り得ないとか色々と受け入れるまでに時間が掛かりそうな現象の様に思えるのだが――

 

「――なんてね。自分でも取り繕っているだけだと自覚できてしまう、自分に対するウソというのは虚しいだけですか・・・」

「・・・?? ヤトガミさん?」

 

 自嘲混じりに漏らした呟きを耳にしてメリルが疑問の声をかけてくるのを敢えて無視して、夜斗神は近くに立つ大きな木へと寄りかかる。

 彼とて判りきっていることではあるのだ。自分たちは全員、誰一人として今回の現象に驚いてはいても、それほど大した超常現象だとは思っておらず、絶対に有り得ない様な非現実的な現象に巻き込まれてしまったと深刻に受け止めている者は一人もいないということに。

 異世界転移なんて現実には有り得ない・・・・・・そんな風に思うことが『出来ない理由』を自分たち全員が抱え込みながら生きてきたのだという現実に、彼は皆の自己紹介を聞かされたときから既に気づいてしまっている。

 

 何故なら自分たちは『世界で二番目の超人高校生たち』なのだから。

 決して、『世界最高の超人高校生』にはなれなかった、光を守るため影役に徹し続けただけの『二番目でしかない秀才高校生たち』の集まりでしかなかったのだから・・・。

 

 自分たちの前には、常に先がいた。決して届くことのない高見に立つ星として超人高校生たちは絶対的な地位に君臨し続けていた。

 余人から見ればいざ知らず、彼らに近い才能を持つと言わしめた彼らだからこそ判る部分がある。解りたくなくても解ってしまえる、絶対的に超えられない差という断崖絶壁が彼らと自分たちの間には常に横たわり続けてきた。

 

 あるいは今回の事態に見舞われたのが彼らであったなら、多少は驚きに包まれていたのかもしれない。『こんな事は自分たちの常識的にはありえない』と。

 だが自分たちは違う。自分たちは彼らにはなれない。彼らと違う自分たちに同じ常識は共有できない。出来なかった。

 

 自分たちにとって、『現実には絶対ありえない超常現象』とは、彼ら『超人高校生たち』のことであり『世界最高の高見に立つことが出来た者たち』のことであった。

 自分たちでは決して手の届くことのない、真実の高見に至っていた彼らの存在こそが、この異世界にも増して自分たちにとっての驚異に値する世界の不思議、その極み。

 

 彼らの奇跡的としか思えない才能と比べたら、たかが異世界、たかが獣耳尻尾、たかが飛行機事故で奇跡的生還。

 ・・・どれこれも大したこととは思えない。それ程までに絶対的に差のある相手たちだったからこそ、自分たちは競い合うより支える道を選んでいたのだから、今更この程度のことで動揺する不覚悟さなどとっくの昔になくしてしまって思い出すことも出来やしない。

 その程度のものではあった。

 

 

「こうなると、受け入れたくなくても受け入れるしかないのでしょうねー・・・。

 どうやら私たちは、異なる異世界そのものよりも、自分たちの世界にいた超人たちの方を遙かに異世界じみていると定義しながら接してきていたらしいようです・・・・・・」

 

 

 

 

 その夜、「異世界から来たばかりで行くところがないなら」と貸してもらえた大きな間取りの空き家に集まった地球から転移してきた一同は、大部屋だがこの人数だと流石に手狭に感じられなくもない中で顔を付き合わせながら夜斗神の話に耳を傾けていた。

 議題のテーマは、『今回のトラブル対策会議』である。

 

 

「さて・・・・・・というわけで皆さん。これから私たちの身に起きた摩訶不思議現象に対処する方法論について意見を言い合いたいと思うのですけども、しかし。

 初対面同士だと言いたいことあっても言いづらいだけだと思われますので、まずは私から全体の方針の台紙みたいなものを提出させて頂きたいと思われます。その大雑把な計画表に皆さんそれぞれからの修正案を出して頂けるとありがたいですね~」

『・・・・・・』

 

 雑な口調ではあったが、基本的には反対派一人もいなかったらしく大人しく聞く姿勢を示すことで黙認。

 相手たちの意図を正しく了解した夜斗神はそのまま続ける。

 

「ありがとうございました。――今の私たちがすべき事は三つ。

 一つは、“この世界の情報収集”」

「フレアガルド帝国がどういう国なのか? どういう方法論で国と民を支配しているのか?」

 

 鮫田が愉快そうな笑いを口元に湛えながら、裏社会のルールに通じる者として楽しそうな口調で先を続ける。

 

「話が通じる連中か、鼻薬の方が聞く腐った連中かでコッチの対応も変えにゃならんからな。相手が自分たちの敷いた法を遵守してくれるとも限らんし、飲まして食わして抱かせるって戦法も、近代化が進んでない後進国に不法入国しちまった場合には平和的に受け入れさせるための有効な手だからな」

「そのとーりです」

 

 ウンウンと夜斗神は頷きを返して、日本のテレビでこんなこと流したら顰蹙買って支持率ガタ落ちだろうなーと思いながら先を促す。

 

「この地の支配者たちのことを知っておくことは今の私たちにとって最優先事項と言っていいでしょうからね。民衆たちにどれだけ受け入れられても支配者側にとって有害であると判断されてしまったら滅ぼされるか、戦争するかです。

 支配者側の歓心を買って私たちの存在を受け入れさせること、まずはそこからです。それが出来ないままでは最悪この村にまで被害が及んでしまいかねません。現状では唯一の味方である現地人の皆さんを敵に回すことだけは避けたい事態ですのでねぇ~」

 

 と、極めて保身的で不正や賄賂を容認するかの様な理屈を平然とのたまう現代日本の官僚・夜斗神衛。

 こんな彼だが、一応は“あの”御子神政権の重鎮だった人物であり、不正や賄賂を肯定している訳ではない。

 

 ただ原則で言うなら、今の自分たちは存在そのものが違法である可能性が極めて高い「この世界に存在しないはずの存在」であり、まず自分たちの公的な地位や身分を支配者側から認めてもらえないことには合法云々を議論する場にも立たせてもらえないだろう。

 また、この世界は民主制が敷かれた後の現代日本ではなく、帝国制が敷かれている専制国家である。民主主義の理屈は通らないと考えた方がいいだろう。

 何故なら民主主義は『独裁者を生み出さないこと』を目的として古代ローマ時代に作り出されている制度だからで、専制政治の正当性を構造的に完全否定してしまっているところが最大の特徴なのだから、最初からそれをやってしまうと帝国との戦争しか対応する道が閉ざされてしまうことになる。最終的にそうなるしかなかったとしても最初からは想定したい道ではない。

 

(・・・・・・御子神総理だったら、絶対に用いない方法論なんでしょうけどねー・・・)

 

 心の中でそう思い、そう考えて、異世界に来るまで忠勤に励み続けていた主と自分自身との間に広がる差と違いを自覚して多少は忸怩たるものを感じないでもない。

 父親との一件がある彼の総理にとって、汚職や不正は決して手を染めることの出来ない逆説的な聖域であり、たとえ国や場所が変わって賄賂が合法の土地に赴こうとも決してやれなそうな人物だった。

 総理としてはあれでいいと思う。国のトップが汚職やら賄賂やらを肯定的に見ている様では腐敗を加速させる範を示してしまうだけのこと。

 

 綺麗好きで不正と無縁な潔癖症、それぐらいでトップは丁度いい。バランス調整は部下の仕事であり、汚れ役も部下が担うべき職務である。トップが綺麗であり続けるためにも政治の汚い部分は部下が担う。当然のことだ。

 

 良き政治とは、政治家個人が筋を通すことではなく、『筋が筋として通せるのが当たり前の社会を築くこと』である。

 自分一人のちっぽけな正義や正しさ、筋通しに拘って全体に対する貢献を疎かにすることこそ政治家として敵性に欠けていると断言せざるを得ない欠点である。

 だが、いつの時代も民衆が政治のトップに求めるのは清廉潔白なる理想の政治家像であり、聖人君子こそが王であるべきだと信じる人々が絶えたことは人類の歴史上に一度たりともない。

 ならばトップは綺麗でいなければいけない。民衆の期待に応えられる人物でなければならないし、それが出来る人物でなければ夜斗神もトップにするため貢献したいとは思えなかっただろう。

 

 当然のことではあったが・・・・・・今この場においては自分以外に政治面が得意そうな者がおらず、組織論が出来そうなのは裏社会を牛耳ってた犯罪組織のボス鮫田だけ。・・・流石にこの状況では合わないと解っていても遣るしかあるまい。本当に何の呪いなのやら全く・・・。

 

「次に二つ目、当面はコレが一番大事で優先すべき事柄ですけど“このエルム村の財政を立て直すこと”です。

 今日半日だけ軽く見て回っただけでも、決して良くはない状況に置かれている様に見受けられましたからね。恩返しも兼ねて実績作りもしておかないと、流石に穀潰しの居候状態が続くと追い出される」

「・・・・・・賛成いたそう。武士は食わねどとも言うが、腹が減ってはなんとやらとも言うことだし、恩返しというなら胃袋が満たせる形あるもので返して思いを伝えるべきであろう。忠義だけを求めて俸禄で返さなくなった武家諸法度を其れがしは好かぬ」

 

 二条青葉が秀麗な表情を僅かに歪めて賛意を示した。何か思うところがありそうな気配を漂わせてはいたが、其れはこの権に関してではなく個人的な理由によるものだったのか声には出さず、自分の心の中だけに留め置くつもりらしい。

 本人が言いたくないことで、自分もまた聞きたい訳でもない問題なら後回しで良かろうと、夜斗神は頷き。

 

 そして―――最後まで残していた三つ目の『自分たちがすべき事』について語り始めながら、それと同時に一応確認だけはしておいた方が良いだろうと考えて先に質問だけはしておくことにする・・・・・・。

 

 

「え~と、それで三番目のヤツ、『元の世界に変える方法を探すこと』なんですが・・・・・・念のために一応先に聞いておきますね?

 ここにいる皆さん、自分たちが元いた世界である地球の日本に―――帰りたいと思っていますか・・・・・・?」

 

 

 その異世界転移させられてきた者なら誰もが考え、誰もが選ぶ、当たり前すぎるその質問を聞かされて「六人の世界で二番目の超人高校生たち」もまた当たり前の様にその質問に、

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 誰一人として明確な答えを返せるほど、地球と日本がそこまで大好きな人間など、光の影を担って汚いところばかりを見続けてきた彼らの中に存在していられるはずがなかったのもまた、汚れ役の影たちとしては当たり前の『沈黙という名の答え』だったのかもしれない・・・。

 

 

 



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第11章

早起きしたので明け方頃から書いていたら途中で大幅書き直しになってしまって電池残量と体力的にレストランのところまで書けなかった次第。
次こそはルナ乱入のシーンまで書きたいと思っているんですけどね……予定外すぎる事態って本当に厄介でしたわ…。


 他称魔王で自称凡人の、ノリで魔王を自称することもある脳筋エルフが『悪』の字を(カタカナだと)持つ幼子を連れて夜の高級レストランへと向かい、地獄から蘇った復讐鬼が魔王を倒して大切なものを取り戻すため(間違ってはいない)彼女たちの後を追って町へと入っていった丁度その頃。

 

 

 ・・・・・・ヤホーの町へと向かう謎の軍団が、“三つ”あった。

 

 

『ヒャッハー!!』

『ヒーハーッ!!』

 

 その中でも一番の規模と武装を誇る勢力は、一つの巨大な建造物を中心において108騎の騎馬兵たちで円陣を組みながら街へと向かって街道を爆走していた。

 それは10頭もの馬に牽かれて巨大な車輪がいくつもついた巨大な移動式玉座であり、その周囲を囲んで奇声を叫びげながら付き従うモヒカン頭やスキンヘッドをした騎馬兵達の武装集団であった。

 

 知らない者が見れば山賊にしか見えないだろうし、核戦争後の救世主伝説を知っている者なら『愛などいらぬ!』と叫ぶ覇王の軍勢と勘違いされても可笑しくはない姿格好をした彼らは、だが悪党などでは全くない。

 むしろその真逆に、聖なる存在の長によって率いられた聖堂騎士団。その最精鋭が彼らだったからである。

 

「姉御、もう少しでヤホーの街へ着きます!」

 

 玉座を囲んで街道を行く騎馬の一騎が隊列を離れて、自分たち全員のヘッド・・・もとい、指揮官に対して報告をもたらす。

 

 【マウント・フジ】という名を持つ大きな岩としか思えない大男であり、モヒカンの髪型と上半身裸で下半身にだけズボンと獣皮を履いた姿は山賊にしか見えないが、主に話しかける喋り方からは敬愛しか見いだすことはできず、悪党故の礼儀知らずな権威嫌いの空気は一切感じさせるものはない。

 元は近隣を荒らし回っていた山賊だった男だが、今の主に何度も叩きのめされ改心した後、立派に聖堂騎士団で聖女様の参謀を務めるまでに大成した漢である。

 

「このままの速度で進めば、おそらく明日の昼頃には到着できるかと!」

「よし。あのクソガキを見つけ次第、首に縄を付けて連れ帰るぞ」

 

 フジからの報告を巨大な椅子の上で聞いて、一人の少女がワインを傾けながら指示を返事として下知をくだす。

 

 長いストレートの金髪に、戦闘で鍛えられた身体は細く引き締まった美しい少女だ。

 修道服に入った大きなスリットから覗く艶めかしい足を玉座の上で高々と組み、瞳の色は髪と同じ金色で眼光鋭く、修道服の帽子に当たる部分は後ろへ跳ね飛ばして被ることはほとんどない。

 見た目は、規律の厳しい神学校に嫌気が差してグレて、不良グループにでも入った少女にしか見えない彼女だが、その身にまとう天使からの祝福は常人とは比較にならない。

 

 不良(っぽい)少女の名は、【キラー・クイーン】

 

 聖光国を統べる三聖女姉妹の次女であり、ルナとは血を別けていないが姉と妹の関係にある17歳で、1歳だけ年上の女の子。

 

「あの“クソ”が・・・・・・手間かけさせやがって」

「魔王を討伐しようなど、雄々しいことじゃありませんか。さすがは姉御の妹君であると、周りも感心しておりますよ」

「このダボが。あのクソは目立ちたいだけなんだよ。だいたい魔王なんざいるか、阿呆が」

 

 ただし、妹と同じく姉妹そろって口は悪い。

 いや、彼女の場合は口ではなく“ガラが悪い”と表現した方が正しいのかも知れない。

 ナイフのように尖った態度で、誰にでも食ってかかりそうな目つきで睨み付けながらでしか他人と話すことが出来ず、ギザギザハートをマドンナたちの子守歌で癒やされたがっているような、そんな印象が見た感じからして受けなくもない。

 

 要するに、現代基準でいうところの【時代錯誤なヤンキー少女】であり、70年代とかの世代にはピッタシ当てはまりそうな歌が多い雰囲気を持つ女の子。

 もし異世界チキュウの人間が見たら古くさいと思うかも知れないが、逆にこの現地世界では最先端過ぎるファッションに誰もついて来れていないだけもしれない異形の存在。

 

 だって、中世ヨーロッパ風のファンタジー異世界だし。1970年代は中世から見れば遙か遠い未来の出来事だし。知るはずないじゃん、そんな中世基準でのSFファッションセンスなんて。ジュール・ベルヌの登場する19世紀をまずは待ちたい異世界の時代背景。

 

「ですが! 悪魔王グレオールが殺されたという話もあります!」

「フンッ! 脳筋め。・・・・・・姉貴の奴、よくも俺に情報を閉ざしやがったな・・・」

 

 大男の参謀の言葉に、クイーンは顔を歪めながら悪態だけを返し。・・・その後に続く言葉は部下に聞こえぬよう小声でつぶやき捨てるよう彼女なりに最大限の配慮を“姉のためにも”行ってやった。

 

 実のところ、彼女たち聖女三姉妹が復活した悪魔王を相手にするためバラバラに動いて討伐に向かってしまったことには理由がある。

 その原因は誰あろう、聖女三姉妹のトップである【エンジェル・ホワイト】が妹たちへの配慮した結果として空回りしてしまったことが原因となって起きてしまったものである。

 彼女が悪魔王グレオール復活という一大事を、暴走癖のある次女に届かぬよう裏から手を回して細工をし、腹芸に弱いクイーンが気づくのが遅れたまでは良かったが、その細工に気を取られる隙に次女より弱い末っ子聖女が勝手に城を抜け出して一人で魔王討伐に向かってしまっていたのだから本末転倒も良いところであっただろう。

 

 三聖女の長女で聖光国のトップでもあるエンジェル・ホワイトには、そういう所があった。

 『全員を満足させよう』として『全員に不満を抱かせる結果』を齎してしまうという悪癖である。

 それはクイーン率いる、山賊のような神殿騎士団たちの行動にも表れている部分であっただろう。

 彼女たちは、悪を見れば『見敵必殺』を旨として、相手が悪党であるなら権力者であろうと、どんな悪党だろうと容赦することなく、彼らが通った後には草木一本残らない。

 

 分かりやすい正義であり、暴力―――そして、純然たる正しい正義の執行である。

 何故ならクイーン達が殺した悪党達は『殺していい悪党』しか殺してきたことがないからだ。

 

 分かりやすいところだと、フジである。

 彼も元は山賊であり、手の付けられない悪党だったが、クイーンに何度もぶちのめされてから改心して聖堂騎士団になっている。

 

『悪なのに殺されていない、今では正義の側に回っている元山賊の男』

 

 ・・・この一点を持って、聖女キラー・クイーン達の行動方針は分かろうというものだろう。

 彼女たちは『殺されて当然の罪を犯した悪人たち』しか殺していない。

 と言うか、殺されるほどの罪を犯してもいない軽犯罪の罪人まで殺しまくっていたら、聖女姉妹のトップとして流石にエンジェル・ホワイトだって止めざるを得なくなってるだろう普通に考えて。

 本来だったら死刑になってるだけの犯罪を犯しておきながら、政府の都合で刑の執行できないから放置しているだけの大罪人たちを、最高権力者の一員が殺して回って法律的になんの問題があるだろう? あると言うなら法廷でも何でも訴え出て聖女姉妹の長女に公平な裁きをお願いすれば良いだけのこと。

 

 要するに彼女たちは、聖光国のトップが政治的事情でできてないことを代行して妹がやっているだけであり、その権限は法律的にも保証されているということ。

 そりゃ正義だろう、普通に考えて。国のトップが国内で放置されてる重犯罪者殺して回ってるだけなんだから。これを、おかしいと思う方がおかしい。

 

「フジ、おめぇは信じてんのかよ――魔王とやらを」

 

 ボソリとした声で聞いてきたクイーンの言葉に、マウント・フジは驚いたように目を開く。

 彼女は普段、人を呼ぶ時にはたいてい「クソ」やら「ダボ」等の悪態だけで呼び、名前で呼ぶことなど滅多にない。

 それだけ真面目な問い掛けであるのだろうと察して、フジは顔に似合わず生真面目そうな口調で報答する。

 

「私に意見などありません。姉御が信じるものが、私の信じるものです」

「ダボが、頭にまで筋肉が詰まってんのか? この蛆野郎が」

 

 いつも通りの罵声で返されながらも、フジは嬉しそうに笑うだけで不快さを一切見せることはない。それは周囲にいる他の騎士たちも同様である。羨ましそうにフジを見るだけで中には激しく嫉妬する者までいる始末。

 

 クイーンからの罵声は、彼らにとって何よりのご褒美なのだった。

 そしてだからこそ―――この手の相談事では、まるで役に立ってくれることはない。

 

(ッたく・・・何のつもりだよ、姉貴の奴。

 俺がグレオール負けると思ってたってことかよ、クソッタレが・・・っ)

 

 心の中で今回の細工を施した相手を思い浮かべて舌打ちしながら・・・・・・それでも同時に『相手の判断はおそらく正しかったのだろう』と思ってしまう、自分の戦闘センスの良さに、こういう時だけは舌打ちしたい思いに駆られる三聖女の次女キラー・クイーン。

 

 事実として、自分がグレオールと戦ったとしても勝つことは出来なかったであろう。

 どれだけ弱っていようとも、あの怪物相手にダメージを与えられる存在など世界中を探し回っても絶望的なまでに少ない。三聖女が束になってかからなければ勝算すら掴みようのない真性の化け物なのだ。

 

(そんな化け物を一人で倒しちまった、悪魔王とは別の魔王だと・・・? ハッ、いるわけねぇだろ。そんな怪物以上の化け物)

 

 復活した悪魔王を、物理的な手段で討伐に赴かなければいけない立場にあるからこそ、彼女はグレオールと自分との戦力比を冷静に見極め客観的に判断できる目を持っていた。

 それ故にこそ、逆に彼女は『悪魔王を倒した悪魔王以上の化け物』という存在に他の人々より疑いの目を向けていた。と言うかハッキリ言って眉唾だと思っている。

 

 まして、『喚び出された別の魔王が悪魔王グレオールを倒した』などという人間にとってのみ都合が良すぎる話など言わずもがなだ。

 仮に魔王が呼び出されたら悪魔王と一緒になって仲良く世界を滅ぼすに決まっている。当たり前のことではないか―――それが彼女の考え方だった。

 

 ・・・キラー・クイーンは見た目や言動から悪い印象はあっても、やはり聖女であり属性は『聖』の側に強く属している。

 教会のジジイ共や、姉からのお説教は聞き流していても、天使に纏わる伝承を前提から引っ繰り返すような柔軟性は持っておらず『魔族は悪、人間の敵、魔王は魔族側の王に決まっている』という固定概念から自由になれるまでには至っていない。

 

 その頭の固さが、現在の聖光国の政治を上手くいかなくさせていたのだが・・・・・・そんなことは政治が苦手分野で、戦闘オンリーなどっかのエルフ幼女みたいな彼女に分かる訳もない。

 

 ただ彼女は自分の得意分野で最大限力を発揮する。それだけに集中すればそれで良いのだと割り切った。

 

「よし! 夜明け前に街の近くで一端休息を取った後、改めてヤホーの街へと向かう。

 戦闘があるかも知れないからな、腹拵えだ! 敵を前にして腹が減って力が出せねぇなんて無様を晒しやがった奴は承知しねぇぞ! 覚悟しとけよ野郎共!!」

『ヒャッハー! この戦いで姉御に血を捧げて俺たちは姉御に罵倒してもらうんだーッ☆』

「よく言った野郎共! 褒美の前払いだ・・・今日死んだから明日戦って死んでも問題ねぇよな変態クソ野郎共ーっ!?」

『ひ・で・ぶゥゥ~~~ッ♡♡♡』

 

 

 ドカッ! バキッ! ボゴッ!!

 

 

 ヤンキーで正義の騎士団でHENTAIでもある男達が叫声を上げながら、ときに拳や蹴りを食らって吹っ飛ばされて戻ってくる者を交えながら。

 聖女キラー・クイーン率いる三大勢力の一つは、ヤホーの街へと向かって直走ってゆく。

 

 

 ・・・・・・そんな彼女率いる彼らの集団を見下ろす『第二の勢力』が、小高い崖の上に隠れ潜んで様子を伺っていたことに最後まで気づくことがないままに・・・・・・。

 

 

 

「―――見つけたぞ。ヤホーの街へ向かっている聖堂騎士団を発見した。速さから見て、明日の昼までには街に着くであろう・・・・・・」

「情報通りだな。至急ヤホーの街支部におられるウォーキング様に連絡するため早馬を走らせるとしよう・・・・・・」

 

 世の闇の中にあってさえ、なお黒々とした闇色のフード付きマントを身にまとい、全身だけでなく顔まで影に隠れて見えないようにしながら小声で報告しあっている謎の集団。

 

 如何にも『世界滅亡のため魔王復活を企んでいる悪の黒魔術結社』といった風情の男達で、魔王に壊させた後の世界で自分たちの都合のいい新秩序を打ち立てようと目論んでいる過激な選民主義者達の下っ端戦闘員たちのように見えてしまわざるを得ない連中でもあったけど、実際に世界を滅亡させるために魔王復活を企んでいる悪の秘密結社の構成員なので必ずしも間違った解釈ではない。

 

 ただ強いて違いを挙げるなら、彼らが壊したがっている世界は『現在の世界“だけ”』が対象であり、選民思想ではなく『被害者意識の集団』であったため・・・・・・まぁ、あんまり変わりは無いから別にいいか。

 

「たしかに我ら悪魔信奉者【サタニスト】は、先の魔王召喚に失敗した・・・・・・」

「だが聖女が動いたとなれば、その行為は無駄ではなかったということだ・・・・・・」

 

 黒いフード付きローブに身を包み、如何にも悪の黒魔術結社っぽい見た目をして、悪の黒魔術結社っぽい声の出し方と喋り方をしている彼らの属する組織名は、いま本人たちが言っていたとおり【悪魔信奉者集団・サタニスト】

 

 格差や意見対立こそあれ、実在した智天使を信奉しているという一事を以て、何とか誤魔化しながらも纏まってこれてきた聖光国の中で近年生まれた【天使と正反対の存在を崇める者たち】の集団である。

 

 彼らは享楽的であるが故に我が強く、団結するのに向いていない山賊や野盗の類いとは異なり、一つの思想を核として人が集まり、一人のカリスマ的指導者を得たことから急速に組織を拡大させ大勢力になるに至った反国家主義者たちの集団である。

 

 彼の核となっている思想は当初の時点だと大人しいもので、『裕福な者はその富を貧しき者へ少しは分配せよ』という思想と呼べるほどのものではない、平凡な格差社会に対する労働者の叫び程度のものだった。

 だが、この種の主張は時間経過と共に過激化していき、やがては力尽くでの政権転覆と既得権益層の打倒に向かい、テロ活動や反乱、軍事クーデターにまで発展するのは地球史においては常識でしかなく、当然のように聖光国でも同じようになっている。

 

 現在の聖光国では、『法律』という名の社会的正義は実行されていないのが実情であることが、この一因になっているものだった。

 罪を犯しても、金と権力で合法にさせてしまっている大貴族達。盗賊団が出没して村々が被害に遭っても戦力的事情や、領地の接する貴族達への政治的配慮から対処が遅れて無法地帯になりつつある地域が無数に存在しているのが聖光国における現状なのだ。

 

 守るべき法律を決めた権力者自らが、法律違反を犯しても力があれば裁かれないで済むという『範』を、実績と行動と結果によって下の者たちに示しているのだから、目下として目上の者たちの姿勢に習うようになるのは当然のことだろう。

 結果、サタニストのような集団が誕生してしまうことにもなる。

 

 ・・・・・・皮肉なことに、聖光国のトップである三聖女の長女エンジェル・ホワイト自身も、この惨状を形成するのに貢献してしまっている。

 彼女は国内での仲間割れは無意味であるとして腐敗した貴族達にも協力させることで何とか現状維持に努めているが、結局の所それは延命療法に過ぎず、死期を延ばすために副作用の強い劇物を常用しているに等しい状態にある。

 

 だいたい経営難に陥った組織が人員削減もせず、部署のいくつかは切り捨てる決定も下せないようでは甘すぎる。

 それは優しさではなく、ただ自分が切り捨てる勇気が出せないだけであり、ハッキリ言って上層部の保身に類する行為でしかない。

 百年前なら彼女のやり方で通用したかも知れなかったのだが・・・・・・生まれてくる時代を間違えてしまった彼女は哀れな聖女と呼ばれるべき存在なのかも知れなかった。

 

 ・・・って言うか、キラー・クイーンに魔王の情報を知られないようにしてたのも、どういう目的のためにやってたのだろうか? まさか一生知られないまま終われたとは思えんのだが・・・・・・。

 

 

「多少の狂いはあったが・・・許容範囲内で収まった。ユートピア様の計画通り、この地において聖女を抹殺しよう・・・・・・。

 “聖女に災いあれ”」

 

『『『『聖女に災いあれ』』』』

 

 

 ――こうして夜の闇より深く濃く、ドス黒い闇を纏ったような男たちが夜の中で動き出す。

 聖光国に災いをもたらすために、聖光国の光の根源である聖女二人を、この世から抹殺して世の中を正しく在るべき姿へ変えてやるために―――ッ!!!

 

 

「・・・・・・では、我らも急いでヤホーの街を目指すとしよう・・・・・・。恨み骨髄の聖女一行を抹殺する作戦に参加させて頂くためなら夜通しで走り続けることなど労でも何でも無い・・・・・・ゼー、ゼー・・・」

「フフフ・・・・・・然り然り。我らが蓄えし積年の恨みをぶつけるまで、我らは死せず。この様なところで立ち止まってなどいられ―――ゴホッ! ゴホッ!? ちょ、ちょっとタンマ・・・は、走りすぎてい、息がもうダメ・・・・・・」

「クックック・・・・・・情けないぞ同士たちよ! 立ち上がるのだ! そして走れ! ヤホーの街で聖女たちが俺たちに裁かれるのを待っているのだ!! 寝るな! 寝たら死ぬぞー!!」

「そ、それは何か違・・・・・・グフッ・・・」

 

『しょ、小隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?』

 

 

 ・・・・・・とは言え、大急ぎでヤホーの街目指して駆けだしていくのは大変だったらしく、電話も無線機もない中世時代らしい光景がその後に続いてしまったのはご愛敬と呼んでいいのか何なのか・・・・・・取りあえずまぁ、ご愁傷様です。

 

 

 そして、悪の黒魔術結社の戦闘員らしく、セリフの最後は必ず共通の合言葉で締め括ってから走り出し、脱落者続出させながらも何人かは無事にヤホーの街までたどり着いて、戦える力を残してた奴だけ聖女抹殺作戦に参加することが出来ていた翌日の出来事は一端置いておくとして。

 

 

 ・・・・・・最後に残った三勢力の中で最も少なく規模も小さい、武装さえも無きに等しい謎の軍団もまたヤホーの街へと向かって接近しつつあったのだった。

 

 さて、この集団は一体何者なのであろうか?

 それは今までの二つ同様に、彼らの会話を聞いてみれば分かるであろう。

 お約束展開とはそういうものである。

 

 

『ああ、魔王様~♪ 魔王様~♪ 

 輝く瞳は、そよぐ髪♪ 山より高く、海より深い♪

 どんなに晴れた、寂しい昼も♪ あなたを思えば怖くない♪

 どんなに明るく、悲しい場所でも♪ あなたがいるから、へっちゃら、ぷー♪』

 

 

 

 ・・・・・・もう、この時点でコイツらの正体について言う必要ある人はいるのだろうか・・・?

 って言うか、まだコイツら出番あったんだなぁ~と思える程度が関の山な気がしている・・・・・・

 

 

『おお、魔王様~♪ 魔王様~♪♪

 星の光に、想いをかけて~♪ 熱い銀河を、胸に抱けば~♪♪

 夢はいつしか、この手に届く~♪ それは血の夢、永遠の夢~♪♪』

 

 

 なんか、歌がパワーアップしてるし・・・・・・腐敗した国家を粛正するため隕石落として星ごと滅ぼすこと望まれてたりするのだろうか? ホーリーない世界観だと確実に滅ぶぞ、国じゃなくて星そのものが。

 サタニスト共より、よっぽど性質悪いことを彼らとは別の魔王に祈願しているとしか思えん・・・・・・。

 

 

『魔王~s believinng! ours pray.pray♪

 魔王~ブレイング!! 我らの光になって~♪♪』

 

 

 ――もう、ええわい!!

 どっかの厨二エルフの悲しい哀に満ちた悲鳴が聞こえてきたような錯覚に満たされる中。

 ヤホーの街へ続く道の夜は静けさと孤独を取り戻し、ヒッソリと更けていく。

 全ては明日の朝、聖女姉妹の二人が再会する場において帰結する物語。今はまだ前哨戦ですらない、前準備の幕間劇だけが終わって決戦の明日へと続くこととなる。

 

 

 

 ・・・・・・ところで、あの村の連中は一体なにしに来たのだろう・・・・・・?

 それは明日の決戦が始まってみないと分からない。

 

 歌ってたセリフだけだと、本気で何やりに来たのか全くサッパリ分かるはずもない連中なのだから・・・・・・。

 

 皆がお約束という不文律守ってる中で、一部だけ無視されちゃうと確かに困るんだなーと思わせられなくもない連中であることだけは確かでしたけどさ~。

 

 

つづく



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別魔王様、もう一人の【悪の少女】を救うところからリトライ!

『魔王様、リトライ!』原作でオリジナル展開バージョンを考えてみました。
なんか原作だと聖光国ではなく北方諸国などの戦乱ばっかの国々がメインとなってきてたため、私のタイプ的には合ってるかなと思い一先ずは考えてみた次第。
先の話とかは考えてませんので、とりあえずのお試し用という感じで楽しんで頂けたら光栄です。…ただし胸糞展開ですが…。


 深夜0時の鐘が鳴る。終わりを告げる鐘の音。

 

「じゃあな、九内。それと、おやすみ――」

 

 リアルの契約と現実のGMの手により、万感の思いと共にGAME世界に終了を告げるボタンが押されてベルが鳴る。

 

「じゃあね、九内伯斗。そして、《INFINITY GAME》。今までありがとう&お疲れ様。・・・できれば勝ってから終わってもらいたかったよ・・・」

 

 一つの世界が終わりを告げる0時のベルが鳴り響く時、もう一つの鐘の音はロスタイムを残したまま【魔王】と共に丸ごと消し去るボタンが押される。

 

 もう一人の【魔王】が哀惜の想いを胸に目を閉じた時、一つの光が二人を包み、次に二人が目を開いた時に映っていたのは、全く異なる二つの大森林“たち”

 

 神が見放し、天使が絶望した異世界と。

 神を見限り、悪魔に失望した“もう一つのGAME”が紛れ込む。

 

 0時のベルが鳴り響き、二つの世界が終わりを迎え、もう一つの物語が始まる音が鳴り響く―――

 

 

 

 目を開けると、そこは大森林の出口だった。

 ――森の先には開けた空間が広がっており、無数の檻に人間が押し込まれ、棺形をしたような魔物としか思えない生き物があちこちに鎮座して、中央には血でできているであろう真っ赤な血の池地獄まで誂えられている、素敵で不気味で反吐が湧く、反吐しか吐く気になれないクソッタレな光景が展開されていた森の出口付近・・・・・・。

 

「――ハッ。大馬鹿による弱い者虐めの展示場。小物っぷりが半端ないことで・・・」

 

 常人であれば絶叫を上げるか、気を失うか恐怖で身動きができなくなってしまう光景を、寝起き直後に見せつけられた彼女の反応は、だがその中のどれ一つとっても対局にしかないものばかり。

 

 自己満足、欺瞞、憐憫、的外れな嘲笑。

 ありとあらゆる下らない負の感情だけしか、この空間には見いだすことができず。

 それ以外の感情を感じてやる価値すら感じさせるものは一つもない。

 

 彼女の心は一気に冷め切り、“金と紫”の瞳は細く鋭く眇められ、“金色の長い髪”は風がなくとも死の気配を周囲へ発散し、“黒づくめの甲冑”は喪服のような不吉さを纏わせ始め、“腰に帯びた二本の剣”は血を与えられる悦びに打ち震えるようにカタカタと音を鳴らせ始める。

 

 もしこれが、自然豊かで人の心を穏やかにしてくれる、優しい光の降りしきる大森林の光景であったなら、彼女は普通の人間らしい心理状態になっていたのだろう。

 突然こんな場所に放り出された普通の現代日本人らしく慌てふためき、色々と試行錯誤しながら自分の元いた場所へ変える方法を試すなりなんなり、すべき事が多々思いついていたはずだった。それが普通だ。

 普通の人間のやるべきことで、普通の人間がやらなきゃいけないマトモな心と感情が落ち着きを取り戻すために踏まなければいけない手順というもの。――そのはずだった。

 

 だが、幸か不幸か彼女は元々“こういう光景”が大嫌いな人間だった。

 そして今の彼女の身体は“こういう行為”を許すことなく断罪した人間のものになっていた。

 

 彼女が“こういう光景”と“こういう行為”をしていいと許した場所は一つだけで、許した相手も一人だけだ。

 彼がやっている会場内の出来事だったなら拍手喝采を送る光景だろうとも、それ以外の奴らがやっている行為だった場合には処刑以外に対処を知らない。する必要を認めない。・・・そういう体と心の持ち主に今の彼女はなっている。

 相乗効果で景色以上に真っ赤な色に染め尽くされていく中。

 

 そんなときに、視界の外側から声が聞こえてきた。

 もしくは、怒鳴り声と悲鳴と言い換えてもいい二人分の話声が。

 

「――ったく! 相変わらず使えねぇなぁ、てめぇは! 俺が葉巻を咥えたら2秒以内に火を付けろと教えただろうが! もう忘れっちまったのか、このスカスカの頭はよぉ!」

「ぐっ・・・ぅ・・・! も、申し訳ありません、ヘンゼルさ、ま・・・・・・ぐへはっ!?」

 

 汚いものでも見下すような声だけでも醜いと判る男の罵声と、おそらく腹部を踏みつけられたのだろう吐瀉物を吐き出す音を語尾に付け加えさせられていた幼い少女の苦痛に満ちたうめき声。

 

「ゲッハッハッ! それでいいんだよ、てめぇのようなゴミは一生そうやって嬲られながら無様に泣き叫んでりゃいいんだ! ゴミクズの立場を思い出しやがれ! ・・・って、あぁん?」

 

 対処について決定をくだし、歩いて行こうとしていたときに相手の方から近づいてきてくれる気配がしたため、黙って大人しく待っていてやったところへ天幕の一つから加害者らしき男が出てきて彼女を見つけ。

 不審げに、そして不快げに苛立たしげに八の字に生やした髭を、不機嫌そうに「ヒクッ」とヒクつかせる芸を示す。

 

「・・・あ・・・ぐ、へ・・・・・・あぁ・・・?」

 

 主に、もしくは“飼い主”には身体が辛く苦しいときでも必ず付いてくるよう躾けられてでもいるのか、天幕から男を追って少女も出てきて、腹を押さえながら彼女を見上げ、痛みに顔を歪めながらも一瞬だけ驚きの方が勝ったかのように表情が変わる。

 

 貴婦人のようなドレスに身を包んでいる綺麗な身なりをした少女で、幼さに似合わぬ美貌は一国の姫君と言われても遜色ないほど華やかで、かつ嫋やかなもの。

 

 だが今はそれが歪められている。屈辱と絶望で本来の気質を歪められ、自分以外のナニカにならなければ生きていけない環境下におかれたことで順応させられて生き抜いてきた強さとしたたかさ―――そして憎しみと恐怖と他の何より罪悪感が色濃くこびり付かされすぎている。

 

「なんだオイ? なんで人間が牢を勝手に出てきちまってやがるんだ? 管理役の小鬼はなにしてやがった! 役立たずの無駄飯食らいどもが!!」

 

 髭を生やした小男の不細工が何やら叫んでいるセリフを聞く限りでは、少女が背負わされた陰の一端は、このゲスに植え付けられてしまったものらしい。

 ・・・尤も、コイツだけではないのだろう。この手の小物は誰かの庇護のもとでしか他者に対して絶対的な強者の態度を取ることはできないものだ。

 群れたがるのだ。弱い者たちは強い者の元に集い、その強者の権威を笠に着て自分の強さであるかのように知らしめながら、『強者に守ってもらえている特権』を誇示したがる。

 

「おいっ! テメェ! 聞こえねぇのかテメェに言ってやってんだよバカ! お前一帯どこの牢から勝手に抜け出してきやがった!? さっさと答えろ! このウスノロ! 虫ケラにはそんな知能もねぇのか!? あぁん!?」

「うるさい。腕を二本切り落とされたくなければ黙れザコ男」

「・・・・・・あぁん・・・?」

 

 今まで黙り込んだまま自分の言葉を聞き流していた生意気な人間から、初めて聞かされた言葉の内容に思わずヘンゼルは耳を疑い目を見張る。

 次いで、“人間ごとき”が“この自分”に対して何を言ってきたのか確認するかの如く、ゆっくりと噛んで含むように、人間程度の知能でも聞き間違えることができないような言い方を“使ってやって”罰を与える前に問いただしておいてやろうとする。

 

 ――否、問いただしてやろうと“していた”が正しい表現かもしれない。

 

「・・・おい、テメェ。俺の聞き違いだとは思うんだが、今お前なんつった? この俺に向かってまさか黙れとかどうとか生意気な口を叩―――」

 

 彼自身の自主的な判断と行動によって、問いただすために放たれた詰問の言葉は最後まで言い切ろうとはせず、途中で別の言い方に変えることによって悪意的表現を和らげてくれたからである。

 

 ・・・・・・両腕を失った肩の付け根から吹き出す血の噴水と、痛みと苦しみにのたうち回る絶叫という、『強者に虐げられた弱者の悲鳴』に変貌することを自らの判断で選び、実行したのが彼だったから・・・・・・。

 

「うるさい黙れ、悲鳴も上げるな。次になにか一言でも声を出した時には両足を切り離す。何か言いたい時には足を失う覚悟をしてから声を出せ。命令だ」

 

 冷たい声音で、自らの血で形作った血の池の中を泳ぎ回っていたヘンゼルとかいうらしい小男を一瞥すらしようともせず、腹を押さえたまま蹲っていた少女の元へと歩み寄り、「大丈夫か?」と声を掛ける。

 

「は、はい・・・。あ、ありがとうございます・・・・・・」

 

 そう答えを返しながら少女は上目遣いに相手を見上げ、その顔を見た途端に恥ずかしそうに俯いて、はにかんだように頬を染める。

 思わず頬を緩めてしまうほど、“計算され尽くされた”あざとい可愛さと哀れみのアピールには自分の方が薄汚い中身を恥じ入りそうになってしまう程のもの。

 

 だからこそ少々――気にはなる。

 そっと、耳元に顔を近づけ唇を寄せ、

 

「・・・・・・なにか頼みたいことがあるなら正直に頼んでくるといい。子供に計算は必要ない」

「・・・・・・!?」

 

 驚いたように、狡猾さと聡明さの入り交じった大人びた驚愕の『素の表情』を浮かべてしまった少女に一つ笑いかけると背を向けて、【他の処理】に向かおうとする金髪の少女。

 

 そこに再び――待ったの声が掛けられる。

 

「が、ぁ・・・・・・て、てめぇ・・・・・・何をしたか、わかっ・・・ってんのか・・・・・・? じき、あの串刺し公がここにく―――」

「そうか」

 

 それが最後の制止の声だった。

 声に続いたのは、一体いつの間に移動してきたのか瞬間移動としか思えない距離を一瞬にして詰めて血の池地獄に閉じ込められた囚人の傍らに立っていた黒づくめの剣士から振り下ろされた黒剣の刃の風切り音と、轟く悲鳴と迸る鮮血と、二本の“足という名の部位だった物”が宙を舞う「ぽ~ん」という間の抜けた効果音の幻聴のみ。

 

「私はこの場にいる、コイツらの同類を一匹残らず処刑してこなければならない。君は危ないから、この場に残っているといいだろう。子供が見て楽しいと思える行為をやる予定もないことだし」

「は、はい・・・」

「今まで多くの人間たちの拷問を見物してきた場所のようだが・・・・・・はたして加害者自身は、どこまで拷問に耐えられる精神を持っているのやら。

 興味深い実験結果を出してくれると少しは楽しめるのだが、陰鬱な仕事は気が重くなるから嫌なものでもある。とは言え、生かしておいてやるよりはマシだから皆殺すぐらいはしておかねばいけないし・・・・・・やれやれ全く、クズというのは本当に面倒くさい生き物だ。そうは思わないか? 君も」

「は、はい。私もそう思います、騎士様・・・」

 

 少女は思わず、コイツを見つけた瞬間から予定していた名乗りも忘れて、相手の言葉に有無を言わさず、ただ従うことを当然のことのように由とする気持ちになっていた。

 今までであれば力と恐怖で無理矢理押さえ込められ、従わされていた死と恐怖による圧倒的な支配だが、不思議とこの相手の命令と恐怖政治に従わされることは嫌いではなかった。

 

 どこか安心感があった。強者に従い、守られているのだという弱者故の安堵感。

 それは決して勇気と呼べるものではなく、自分の意思で自分の人生を切り開いてゆこうとする者の強き心とも全く違うものではあったが。

 それでも・・・否、だからこそ彼女は言おうとして止まってしまった言葉を言いたくなってしまい、聞いてほしい衝動に駆られて声を上げる。

 

「あ、あの!」

「ん?」

 

 ヘンゼルに蹴り飛ばされたとき汚れの付いていたスカートの端を掴み、恭しく一礼したことで先ほど痛めた腹の苦痛がブリ返してきて歪みそうになった表情を必死に取り繕いながら。

 

「悪魔よりお救い頂き、感謝致します。私はパルマ王の第一子、パルマ・レアチーズ・ラ・トゥール・ドーウェル・ショートケーキと申します。以後、お見知りおき・・・・・・をぐほっ」

 

 

 本来であれば、実に典雅で気品を感じさせる王女様による、見目麗しい出会いのシーンを演出する予定であったにも関わらず、実際に見せることができたのは苦痛に歪みそうになる表情を無理やりの笑顔を形作らせようとして完璧には上手くいかず、中途半端で歪に強張った笑みを浮かべる精一杯のお姫様。

 元々は舞踏会に着ていったとしても恥ずかしくはないであろう綺麗なドレスも、今は泥で汚れた部分が没落した印象を際立たせ、【綺麗だったものが穢されながら】それでもなお【綺麗さを取り戻そうとする執念】を感じさせる亡国の王女よりも【祖国奪還の女英雄】やらの方が相応しそうに見える、そんな印象を抱かせる少女との最初の出会い。

 

「な、長くて覚えづら・・・ケホッ!? ・・・ですよね? 私のことは良ければケーキとお呼び下さ―――ごほげほグヘハッ!?」

 

 最後の最後までパッとしない「なんだかな~」とでも付け足されそうな性格と出会い方をした少女に、なんとなく縁みたいなものを感じ取り。

 自分もまた、黒甲冑を鳴らしながら振り向くと、相手の少女に見えるよう剣を抜いて誓いを立てて見せてあげる。

 

 

「私の名は黒騎士セシルという。・・・おろらくだがな? 

 今からこの場所を、其奴らの拷問場所と処刑場に一変させた女の名としてのみ覚えておいてもらえたら光栄だ」

 

 

 血生臭い宣言を返して、相手を鼻白ませた後、黒騎士セシルと名乗り上げた彼女は背を向けて他の騒ぎ声が聞こえてくる場所へと向かおうとし。

 

「ああ、そうだった。私としたことが忘れていた」

 

 と、なにかを思い出したかのようにケーキに向かって振り返ると。

 

「それ」

「・・・・・・はい?」

「君にやろう。好きにしてしまって構わんぞ」

 

 言い切られ、ケーキは相手の視線にあるモノを見ようと首を回し。

 血の池地獄にのたうち回り、口を押さえる手を失った身体で涙ぐみながらも、黒騎士の命令を死守することで殺されることなく生きながらえようとしていた【憎らしい小男ヘンゼル】の瞳と目が合った。

 

 ケーキの瞳に自分が映り込んだことに気づいたヘンゼルは無言のまま、全身全霊でかぶりを振って、【支配者に許された権利と自由の中で】自分にできる精一杯の意思表示方法によりケーキに意思を伝えようと視力を振り絞り・・・・・・嘆願する。

 

 

 ――死にたくないんです、助けて下さい・・・お願いだから殺さないで・・・・・・ッ!?

 

 

「心配しなくても、邪魔な助けは入らない。どうせ自分が助かるために必死な連中ばかりだろうからな」

 

 くつくつと嗤いながら去って行く黒騎士の背中を見送って、その背中が見えなくなるまで深々と頭を下げ続けたケーキが残るその場所には、彼女の他に残っているのは一人だけ。

 おびえながらも痛みを堪え悲鳴を上げて処刑されないよう我慢し続けてきたヘンゼルただ一人だけとなり、

 

「へっへ・・・・・・フヘヘ・・・・・・」

 

 この場における自分以外の弱者が、手足を失って抵抗することも逃げることもできなくなった憎くて憎くて仕方が無かったクソ野郎だけの場所となった状況の中で。

 

「ヒャーッハッハッハ! ざまぁみろ、このどぐされ外道の芋虫ヤロウが! アタイはなぁ、ずっとこんな機会を待ってたんだよ! てめぇのご自慢のナイフを、そのドタマに突き刺す日をなぁぁ!!!」

「ヒィィッ!? や、やめろ・・・やめてくれ! 俺はもう動くこともできないんだぞ!? ここまでの身体にされちまったんだから、もういいだろう!? な? な!? 許してくれよぉ!? 俺はもう十分すぎるほど罰を受けたじゃねぇかよぉ!!」

「うるせぇぇぇぇ!! しゃべんじゃねぇぇぇ!! この芋虫ヤロウめがぁぁぁッ!!!」

「グヘぇぇぇッ!?」

 

 相手の近くに落ちていた、ヘンゼルご自慢の悪趣味なナイフを握り混むと、ケーキはまず動けない相手の腹にナイフを突き刺し、先ほどの礼をしてやってから、今まで味あわされてきた分の礼を一つ一つ思い出しながら相手にも同じ思いをさせていってやる!

 

「ぐべあッ!? ぐべぇッ!? ガヘッ!? フベェッ!? や、やめ・・・本当にやめ・・・じ、じんじゃう・・・・・・俺、死んじゃう゛う゛う゛う゛う゛ッ!?」

「ヒャーッハッハ! 死ぬんだったら死ねよクソが! 殺してやるつってんだろうがよ! 聞こえねぇのかこの糞ボケが! テメェの知能はその程度か! 脳にまでクソ詰め込んでんじゃねぇのか!? おぉ!? だったら今バラバラにしてやっから安心しなよぉぉ・・・・・・もっとも、一番最後にだけどなァァァッ!?」

「ヒギィィィやぁぁぁッ!?」

 

 グサッ! グサッ! ザクザクザクザク!!! ブスブスブス!! ズババババ!!!

 

「や、やべで・・・、ほんどにやべでくだ、じゃいケーキじゃ、ま・・・・・・」

「あぁん? 死にたくねぇのか? 殺されたくねぇのか? だったら助けてやろうって気になれるぐらいの命乞いをして見せろよヘンゼル様よぅ!!

 忘れたのか? 今のお前の命は、私に与えてもらっているんだぜ・・・?」

 

 相手の言葉にヘンゼルの瞳に生殖が輝く。

 あの血も涙もない冷血感な黒騎士は、確かにケーキに向かって自分を『やる』と言っていた。

 人間の分際で不遜極まりない態度は、いつか絶対に幾万倍にもして思い知らせてやるとしても、取りあえず今は生き延びることが先決だ。

 この腹黒いだけしか取り柄のないケーキさえ、おべっか使って騙して生き延びられさえすれば自分の最終的な勝利は揺るがない。

 何故なら自分には、あの恐ろしくも強すぎる絶対的な死の存在『串刺し公』が黒幕として庇護してくれている存在なのだから・・・・・・!

 

「―――なんてなぁ」

「・・・・・・は? 今なんて――」

 

 一瞬ケーキが何か言ってきていたのを聞き逃してしまい、確認のために問い返したヘンゼルの視界に、ケーキはどアップで映り込んでビックリさせてやると。

 

「ウ・ソ☆ 誰がお前を生き延びさせてやるような情けなんて掛けてやるもんかよ! お前はここで死ぬんだ! 絶対になァァァァァ!!! ヒャーッハハハハハッ!!!」

 

 自分に馬乗りになったまま、狂ったように高笑いを続けるケーキの姿を呆然として見上げ続けながら、徐々に自分がからかわれていただけだったことに遅まきながら気づいてきたヘンゼルの顔が怒気と興奮と憎しみによって真っ赤に膨れ上がって憎しみの炎を目に宿し。

 

「て、テメエェ・・・・・・人間ごときの分際でェェェェ―――ッ!!!!」

 

 人間ごときが、ケーキごときが、この自分を、魔族を侮辱してからかって玩具にした・・・。許せない許せない許せない、絶対に許すことなんかできる訳がない!

 もうこうなったら知ったことか! 自分の死が確定したというなら、最後に好きなだけ罵倒しまくってから死んでやる! 殺されてやる! 殺される前に自分の言葉であらん限りの罵声をぶつけて、お高くとまったプライドだけは高い夢見がちなお姫様のメンツと沽券を気にする心をズタズタに引き裂いてやってから、そして!! ―――殺されて死んでやる! 怒り狂ったケーキの刃をトドメの一撃として浴びながらなァッ!!!

 

「テメェの国―――――」

 

 

 ブスリ。

 

 

「遅ぇだろ。その答えに至るのがよぉ―――」

 

 

 強者に媚びることでしか生き残れなかった弱者同士、相手の思考は手に取るように判る。

 それはケーキの思考が相手にとって見え透いた『腹黒いだけのガキ』でしかなかったのと同じように、ヘンゼルの思考もまたケーキにとって『小知恵が回る小物』に過ぎなかったのと同じように。

 

 今まで二人に差を作っていたのは、両者が身を置いている立場だけ。

 所属する勢力と主の強さだけが、ヘンゼルとケーキとの間に絶対的な差を設け続けて、ケーキが勝つことができたのは勝率一割未満に抑えていた理由の全て。

 

 その事実に、強い者の権威を着て威張り散らせなかったケーキは気づいていたが、権威によって後ろ盾を得ていたおかげで弱者を嬲り続けてきたヘンゼルには理解できていなかった。

 自分一人では何もできない小物に過ぎないのだという現実を、彼は受け入れることができていなかったのだ。だから最後の最後にケーキと自分の一騎打ちで一方的に弄ばれて打ちのめされてしまう結果となったのだ。ただそれだけのことでしかない。

 

 

「串刺し公が来なけりゃなんもできねぇザコだって言うんなら・・・・・・来るまで黙っとけよ。

 変なプライドで言い負かされる嫌いやがって、能なしのアホタレが」

 

 

 最後に侮蔑の言葉と唾を吐きかけ、ケーキはその場を離れて天幕へと向かい、金目のものを奪いに行く。

 自分を救ってくれた黒騎士様と旅に出るために。超強い黒騎士サマを利用して、失ってしまった祖国をなんとしてでも取り戻してもらうために、何をしてでもやる覚悟で旅立ちの決意を固めていく。

 

 

 黒騎士が去り、ケーキも去って行った場所に残っているのは、血で作られた真っ赤な池と。

 そこに浮かんだままピクリとも動かなくなった後の・・・・・・口からナイフを生やした奇妙な魔族の死体、ただ一つだけが悲鳴と怒号と断末魔と、そして各所から聞こえてくる命乞いの叫び声を聞き続ける証人として残り続け。

 

 やがて、その声も聞こえなくなり、同族の死体の山だけが残された光景を串刺し公は目にすることとなる。

 

 彼がそのとき何を思ったか? ―――そんなものは加害者側が気にしてやる義理はどこにもないので、どうでもいい。

 

つづく

 

 

【今作オリジナル設定の解説】

 

『黒騎士セシル』

 今作の主人公で、別作『別魔王様、別スタート地点からリスタート!』の主人公そのままの人物を流用したもの。運営していたネットゲームが【BLACK NIGHT】なのも変わっていない。

 ただし今作バージョンだと、九内白斗も聖光国に来ているため、彼女の方は北方諸国や魔族領、獣人国などで自分流を貫いて生きる道を選びオリジナル展開を想定されている。

 それ以外の部分では大部分が元のままで、原作とは異なるオリジナル展開に伴いディテールをいじって調整する程度の変化しかない・・・・・・多分だけれども。(まだまだ考え中)

 ある意味では判官贔屓な性格と価値観の持ち主で、

 『ケンカ売るなら強い方が殺し合い甲斐がある』『弱い者イジメを楽しむよりも、弱い者イジメをして楽しむ奴らを虐めてた方が面白い』『殺すときには殺される覚悟は当然しておくべきもの』

 ・・・・・・等々、妙に漢らしいが社会不適合者な価値観や考え方を多く持っている【我道を征く主人公】

 正義や正しさを尊んではいるものの、全てが全て【自己流解釈に基づく正しさと正義】でしかなく、他人からの賛成や理解は一切いらないタイプの美少女黒騎士。

 好みが超別れやすくて、合わない人にはムカつくだけなタイプの主人公です。

 

 

 

『ケーキ』

 原作4巻から登場していた亡国のお姫様で、今作におけるヒロイン。

 もう一人の【悪(アク)の美幼女】

 父親が敵軍師のバラまいた噂を信じてしまい英雄を遠ざけたことから国が征服され、そのドサクサの中で魔族領に囚われて生き地獄を味あわされ続けてきた薄幸の美少女。

 元々は蝶よ花よと愛でられながら生まれ育った深窓の姫君だったそうだが、魔族領では悪人にならなければ生きてはいけず、悪に染まろうとするものの悪になりきることもできずに微妙な立ち位置で生を繋いできた。

 今作では原作とは異なる魔王様に助けられてしまったが、それが誰にとっての救いであるかは現時点だと定かではない。



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魔王学院の魔族社会不適合者 第9章

正月中に何本か更新しようと思って色々書いてたら、最初に完成できたのがコレでした……笑ってください…。できれば次は連載作のどれかを更新させたいひきがやもとまちです…(涙)


 ――黒髪の少女が放った気安い口調の一言によって、彼女が所属するクラスメイトたちは緊張と恐怖に包まされた。

 よりにもよって平民の混血風情が、七魔公老に馴れ馴れしい口調で話しかけ、あまつさえネクロン家の秘術を罵倒してのけたのである! ・・・生まれの身分差を絶対視する彼らとしては我が身を案じて恐怖するのも無理ない反応ではあったのだ・・・。

 仮に不快になった相手が【連帯責任】としてクラス全員の除名処分を求めてきたとしても学園側が拒むことはまずないであろうし、彼らの親たちも自分たちを見捨ててアイビス・ネクロンの機嫌を直してもらえる道を選ぶだろう。

 

 それ程までに始祖から直接、血を分け与えられた七魔公老という存在は高見にある者たち。どれほど始祖から受け継いできた血が濃くとも子孫は子孫。

 始祖の息子とも呼ぶべき存在と、遠い子孫たちとでは立場が違う。違いすぎる。

 

「ア…ッ!? ―――申し訳ありませんアイビス様! 混血の白服とは言え、私の生徒が無知故に大変な御無礼を・・・・・・っ!!」

 

 中でも、特に際だって顔色を青くしてヒステリック気味に謝罪の言葉を述べてきたのは、クラス内では最上位の地位にある担任のエミリア教諭である。

 彼女のクラス担任という地位からすれば当然の反応だろう。混血の平民が勝手にやっただけの愚行だったとは言え、生徒は生徒。七魔公老に無礼を働いた生徒のクラス担任を務める彼女には順当通りに管理能力の有無が問われることになるのは地位に伴う義務でしかない。

 

 仮にこれが平民相手であったなら、もしくは相手の爵位が自分の生家より少しだけ高いという程度の相手だった場合には【混血の平民が勝手にやったこと】と強弁することが皇族として認められていただろうが、今回ばかりは相手が悪い。

 たとえ皇族の一員であっても、七魔公老が『黒』と言えば【黒】になり、『しろ』と言えば【言われたとおりに放逐すること】が正しい対応となるのが道理や法律よりも地位身分がものを言う階級制度というものだ。

 

「アノス・ヴォルディゴードは、ただちに除名処分に致しますので、どうかお許しを――」

【・・・よい】

 

 エミリア先生から必死の謝罪――と言うよりも命乞い――を聞かされながら、だが頭を下げられている当の本人が返してきた返答は気のない口調で放った一言だけだった。

 そのまま自分の目の前まで駆けてきて顔面蒼白になったままの美人教師には視線さえもくれぬまま、自分に話しかけてきた黒髪の少女の顔を真っ直ぐに・・・否、やや斜めから見返す形で能面のように動くはずのない二千年前と変わらぬ骸骨面の口元をゆっくりと動かしてくぐもった声を上げる。

 

【・・・“久しぶり”、と言ったな、黒髪の少女よ。そなたと我は以前にどこかで会っていたのか?】

「ええまぁ、二千年ほど前にちょっとだけね。覚えておられませんか~?」

【残念ながら我は二千年前の記憶を失っている・・・】

 

 感情の揺らぎを感じさせることのない骸骨の顔で、感情の揺らぎを感じさせることのない平坦な口調と声音で紡ぎ出されるアイビス・ネクロンの声。

 

【覚えているのは我が主、暴虐の魔王のことのみだ】

「へぇ?」

 

 それに対して、黒髪の少女の側も普段と変わらぬ薄い微笑みを浮かべたままの、楽しそうな気配以外は何一つ感じさせられない決して変わらぬ『楽』だけの声音。

 お互いに『骸骨の仮面』と『微笑の仮面』を被り合いながらの、仮面舞踏会じみた腹の探り合いを交わしながら黒髪の少女は席を立ち、ごく普通の歩調と速度で七魔公老アイビス・ネクロンの元に気楽な歩き方で近づいていき、目の前まできて。

 

【そなたは始祖に縁のある者か――】

「ちょいっと」

 

 ぴょんっと、軽く飛び跳ねると相手の額を人差し指で軽く押し、七魔公老の上半身を僅かに後ろへと傾けさせたのだった。

 まるで親しい友人同士が久々の再会を祝してふざけ合っているかのように、同格の友人同士が悪ふざけをしてみただけのように、対等な身分の者同士が行い合う平凡なコミュニケーションの一環でしかない、他の学生同士がやったとしても問題視する者は多くないであろうごく普通の行動でしかないその仕草を黒髪の少女がアイビス・ネクロンにやった瞬間。

 

 

 ――――ザワッ!!??

 

「ちょ、ちょっとアンタっ!?」

「な、何してるんですか!? アノス・ヴォルディゴードぉッ!?」

 

 

 一瞬にして、先ほどまで以上の恐慌と処罰への恐怖に包まれるクラス中の生徒達。

 おそらく彼らはアイビス・ネクロンが黒髪の少女と同じ混血の平民であったなら同じ対応はしなかっただろうし、黒髪の少女も七魔公老の一員であったなら気にする方が可笑しいと感じていたのだろう。

 そしてそれらの態度は、【黒髪の少女が七魔公老】で【アイビス・ネクロンが混血の平民】でしかなかった時には今と真逆の態度を取っていたことを示すものであり、彼らが相手の【血だけ】を見て、相手個人を尊敬の対象として見ていないという無礼を働いていることをも同時に意味するものであったのだが・・・・・・そのことに気づける者はクラス内はおろか全魔界中を見渡しても一体何人いることか。

 

 だが、どちらにしろアイビス・ネクロンには関係のないことだった。

 より正確に表現するなら、『今のアイビス・ネクロンには』関係のないことだった。

 

 何故なら黒髪の少女の人差し指に額を小突かれた瞬間。――彼の魂と肉体は一時的な感覚の隔たりが生まれて、肉体は現代に残したまま魂だけが急速に過去へと引き戻されて二千年間の過ぎ去ってきた時を巡るタイムトラベルの旅を強制的に観光させられていたからである。

 

【・・・ッ。こ、コレは・・・一体・・・っ】

 

 恐慌を来し、皆が一様に『自分の身と将来について』を心配しながらアイビス・ネクロンの様態を心身共に心配しながら注視している中で、当の本人だけは自分の身に起きている見たことも聞いたこともない現象に戸惑いの声を発さずにはいられなかった。

 だがそれは、我が身を心配するあまりアイビス・ネクロンが下す判決だけを重視していた他の者たちにとって何ら価値ある言葉などでは全くないものであって、その言葉の続きばかりを不安と恐怖だけを胸に抱えながらひたすら待ち続け。

 

「・・・なるほど・・・ね」

 

 と、何かに納得したような黒髪の少女の声が響いた直後。

 

「大変ご無礼を致しました、アイビス・ネクロン様。どうやら人違いだったようで御座います」

 

 突然に足下へと跪いて罪を謝し、許しを請いはじめた黒髪の少女の豹変ぶりに虚を突かれて一瞬だけ恐怖も戸惑いも忘れて空白となる。

 

「勘違いとは言え、貴い身分の方に対してあってはならぬ非礼の数々。どうかお許し下さいませ。いえ、許して頂けぬのが当然のことと存じておりますが、全ては愚かで下賤な混血の平民である私一人が犯した愚行。どうか他のクラスメイトたちには累を及ぼさぬよう、私一人を処罰することでお怒りをお納め下さいますことを伏してお願い申し上げ奉ります」

 

 普段からは想像もできないほど分際を弁えた卑屈な態度。それは身分卑しき平民として正しい対応ではあったものの、それでも尚許してやらなければならない義務や責任が七魔公老アイビスの側に生じるほどのものでは決してない。

 一体どのような判決をアイビス様は黒髪の少女に下されるのか―――

 

【――許す】

 

 厳かな口調でアイビスは、他の生徒達が待ち望んでいた判決を口にした。

 

【若き時分に間違いは付きものである。血気盛んな若者が一度の過ちを許されぬとあれば挑戦する意欲を削ぎ、学ぶ者達から学びの場を奪うことにも繋がろう。魔王学院を創設した者の一人として、我はそれを由とせぬ】

「偉大なる七魔公老の英断に感謝を。ありがとうございます」

 

 打てば響くタイミングで、相手の言葉が終わると同時に黒髪の少女は許しの言葉を受け入れて感謝の言葉を返事としてアイビスに返す。

 

 ・・・それだけで、この一件は完全に決着が付いてしまうこととなった。

 七魔公老が「許す」という決断を下した問題に、異論反論を口にする者たちは「七魔公老の決定に異を唱えることと同義」とされ、七魔公老よりも自分たちの方が正しく判断できると放言しているに等しい行為となってしまうからだった。

 

 身分差による形式によって、そうなってしまう形が出来上がってしまったのだということを宮廷儀礼として教え込まれていたらしいクラス内の誰かが、他人には聞かれぬよう小声で舌打ちする音とともに呟き捨てる声が強化された聴覚に聞こえてくる。

 

「・・・チッ。お咎めなしなのか・・・」

 

 チラリと軽く視線を向けた先に見えたのは、個体識別用の顔を確認するまでもなく黒色の制服を着た男子生徒の一人。

 自らに迫っていた危険が去って行ったとわかった途端、今度は得られたかも知れない生意気な黒髪の少女の除名処分が下されなかったことが惜しく感じられてきたという辺りが、おそらくの発言理由だろう。

 

 別段それを見ても、身勝手だと感じる気持ちは少女に湧いてくることもない。

 誰だって現実の危機が迫っている時には『可能性上の危険性』を重く見るべきだと主張する。逆に少しでも安全になれば『現実にならなかった危険性よりも、得られるかも知れなかったメリットの可能性』の方に現実味を感じたがるようになるものだ。

 人間だった頃から周囲の者たちは老若男女関係なく皆そうだった。

 魔界に来て魔族と偽って生活するようになってからもそうだった。

 魔族になった後も何一つとして変わらなかった。

 

 違っていたのは只一つだけ、【それが心というものだから許してやれ】と言ってくれた友達が得られたことだけが唯一の違いでしかない。

 

 彼以外はどうでもいいが、彼の言葉だけは彼女にとっても重要だ。

 だから気にしないし、気にならない。友達の言葉と比べれば、友達以外の誰が何を言った言葉だろうとも彼女の鼓膜に届くだけで心に届くことは決してない。

 そういう人格になってしまったのが今の自分なのだから、今の彼女にとっては本当にどうでもいい雑音としか彼らの言葉が耳に入ることはない。たぶん永久に・・・・・・。

 

 

「あ、貴女ねぇ・・・・・・っ」

 

 ――そして、付け加えるなら心配しすぎて肝を冷やしまくっていたらしいサーシャから、席に戻ってきた途端に聞こえてきた非難と苦情と様々な感情がない交ぜになった言葉にも、聞こえないフリして前だけ見たまま耳に入ってこなかったことにしてしまうことにする。

 こちらの方の理由はまぁ・・・・・・暴虐の魔王にだって、罪悪感を感じる心ぐらいはあるのだということで納得してもらい、気づかないフリして無視したことも一緒に許してくれるとありがたい。

 

 

 

【本日は我がネクロン家の秘術、『融合魔法』について講義をおこなう】

 

 そして、七魔公老様による有り難~い「初心者用融合魔法のバレてもいい初級講座」が始まりを迎える。

 

【融合魔法の利点は、魔力と魔力の融合にある。波長の違う別種の魔力を結合させることにより、元の魔力を十数倍に引き上げることができるのだ。これが初級融合魔法『ジェ・グム』だ】

 

 アイビス・ネクロンが、相変わらず平坦な口調と棒読み口調ではじめたネクロン家お得意の秘伝魔法の講義は、文字通り『初級講座』でしかない代物だった。

 それは当然のことでしかないので、今さら驚くことでもなければ怒るほどの事でもない。

 名門家系が研究し続けてきた秘伝を他家の子息達に教えるからには、『教えてしまって問題ない範囲まで』しか教えてやることなどまず有り得ないのだから当然のことだ。

 

 専門で研究し続けてきた者たちにとっては、何の意味も価値もなくなってしまった初心者時代の中古品だろうと、その分野でド素人でしかない者達にとっては教えてもらえるだけで有り難く思えるし、偉大な存在から何か教えを受けられること自体が自分たち独自で研究発表するよりも高尚なことだと思いたがるのも人と魔族で共通している『凡人臭さ』だったから、今さら彼女が思うところはなにもなかった。

 

 要らなくなった物を欲しがる、目下の者たちに無償で提供して目上としての義務を果たしたことになり、損する者は誰もいない。

 直截的に『めぐんでやるから感謝しろ』と言ってしまえば怒りを買おうが、言わないで教えてやるだけなら問題はない。『物は言いよう』が社会の鉄則。そういうものだと黒髪の少女は二千年前に割り切っていた。

 

「――ちょっと」

「・・・はい?」

 

 一方、それらの事情によって『ヒマだな~』とか思いながら頬杖つきながらボンヤリし続けていたところ、横から不意打ち気味にサーシャ・ネクロンから小声で声を掛けられてしまって少しだけビックリさせられてしまった。

 

「折角アイビス様から話が聞けるまたとない機会なのよ? ノートに書くなり、記録水晶に保存するなりしなくていいの?」

「ああ・・・・・・なるほど」

 

 黒髪の少女は相手からの気遣いに感謝の思いを返すためにも、中身のない納得の言葉と受け入れだけを口にして、結論としては今のまま何もしないことを続行し続ける旨を伝え、

 

「ご心配なく。聞かされた話の内容自体は覚えていますからね。こう見えて意外と記憶力はいい方なんですよ? 私ってね」

 

 そう答える少女の言葉にも、一応だが嘘はない。

 ただ話を聞かされた時と覚えている内容が、今この場で聞き流しているものよりずっと深いところまで迫った秘術の完成直後のレベルまで至っていたものだったことと。

 聞き出す時に、命が惜しければ秘密を共有させろと脅して自白させたものだったところが、違いと言えば違いだけども、サーシャに聞かれた質問の中にそれらの是非を問うものは含まれていなかったので、質問への回答だけなら嘘は答えていないことになる。

 聞かれてもいない部分を自分から教えないことは、嘘を吐いたとは言わないのだから別に良いのである。

 それが二千年以上前から存在し続けている、大人の特権としての詭弁というものだった。

 

「“こう見えて意外と”って・・・自分で言ってれば世話ないわね。まぁ貴女らしいとは思うけど」

 

 やや苦笑交じりに納得するサーシャ。・・・それを見て微妙に心が痛く感じてしまう辺りは、自分もまだまだ人間なのだと感じられ、それは良いことなのか悪いことなのか判断に物凄く迷わされて結構困りもするけれども…。

 

「そういう貴女の方は記録しなくてよろしいのですかね? ミーシャさんの方は先ほどから熱心に書き取りしておられるようですが?」

 

 左隣に座っている、見るからに真面目そうな銀髪少女がノートを取っている姿を横目に見ながら、ノートどころかペンを握ることさえしないままで講師の話を聞き流している不良生徒二人なミーシャの姉と友人たちは、それぞれの表情と態度でこの状況に適合してみせるのみ。

 

「私はいいの。だってネクロン家の秘術だもの。私はミーシャと違って直系だし、とっくの昔にマスターしたわ」

「なるほど。ところで直系と言うことはサーシャさんは、アイビス様とも親しい間柄なので?」

「まさか」

 

 軽く聞いた“風に装った質問”に対して、サーシャは軽い声で答えようとして途中から失敗し、

 

「七魔公老は雲の上の存在だわ。話をした事なんて一回しかないわよ」

 

 何か思い詰めたような深刻な顔と、堅い口調で言い切ったサーシャの横顔を軽く一瞥してから「そうですか」とだけ言って再び前を見る黒髪の少女。

 

 ――だが、前を見てアイビス・ネクロンが話す姿を見てはいながら、聞いている話は全く別の人物が話してくれていた、全く別の魔法に関する思い出話。

 

 その人物は確か、自分に向かってこんな話をしていたことがあったはずだった。

 

 

【根源を融合する魔法は長続きしない。魔法によって一人を二人に分離することは可能だが、いずれは一つに戻ってしまうのは避けられない。

 ――ならばいっそ、最初から一つに戻ることを前提として一つの根源を二つに別けて、別々の属性を付与させたらどうなるだろうか? 一つに戻った時に相反する二つの属性を同時に内包した二重存在を作り出すことができるかもしれない。

 そうすれば一つに戻った時、被験者の魔力は本来のそれとは比較にならないほど強力なものなれることだろう。

 それを可能にする技術さえ完成すれば、この戦争は終わる! 我々人間の勝利によって魔族は駆逐され、世界は私たち人間のものとなるだろう・・・! そのためならば多少の犠牲などものの数ではない! 魔法技術の進化に犠牲は付きものなのだ! 貴様ら生まれながらの天才共にはそれが解らない!

 我々凡人の努力など、貴様ら天才どもには死ぬまで理解できて堪るものかぁぁぁぁぁッ!!!】

 

 

 

 ・・・・・・斯くて、魔族に勝つため魔族から盗み出した融合魔法の基礎理論を人間用に完成させようとした人間側の開発した技術が逆輸入されて今に至っている可能性もないことはない現在の魔界情勢。

 

 つくづく、死ぬことなく二千年ぶりに復活してきた世界と人生というものは―――

 

「面白いものですねぇ・・・・・・本当に。退屈しなくて実によろしい」

 

 

 小声でそう呟きながら、黒髪の少女は隣に座った少女達を見る。

 全く異なる真逆の身体的特徴と属性と地位身分と家庭環境を与えられて育った同い年の二人の姉妹。

 片方には直系として融合魔法をマスターするまで教えてもらい、残る片割れは『初級の』融合魔法を必死こいてノートに取らなければならない程度の熟練度しか身につけさせておらず、その割には魔力と魔法の腕そのものは皇族も顔負けレベル。

 似ているのに随分と歪な姉妹達。

 

 

「ホント・・・・・・生きてると世の中って退屈しなくていいですよねー・・・。そこいら中に悪意ばっかりで私好み過ぎて、本当に大好きで愛しちゃいそうですよ・・・・・・本当の本気で・・・ね」

 

 

 薄らと、少女らしく艶っぽい色合いを持つ唇を舌先で軽く「ペロリ」と舐める黒髪の少女。

 その可憐な舌先で舐められたピンク色の唇は、光に反射されて色味が変わり、まるで真っ赤な血を吸う吸血鬼のように一瞬だけ、禍々しい朱色に染まって、そして戻る。

 

 

 アイビス・ネクロンを講師として招かれた魔王学院の特別授業がもうじき終わる・・・・・・。

 

 

つづく




注:今話のラストで描かれてる内容はオリジナル設定の部分です。
融合魔法はネクロン家に元々あって、それを使いこなすために【最初から寿命が短い人間同士を掛け合わせて最強兵器】を造ろうとした人間の魔導士がいたという感じの設定。

当然ながら本人は、黒髪の少女にブッ殺されてる訳ですが術そのものは自分がいなくなった後に誰かからネクロン家に伝わってしまっていて、勇者は逆に魔界の事情を知らなかったから最初からあったものだと思い込んでしまったとかの、そんなオリ設定による展開です。物語には特に影響ありません。


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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第12章

迷走中です…。なので更新できやすかった作品だけでも深夜に書き終えましたので、一先ずは更新。また試行錯誤に戻って連載作の続き書けるよう頑張りまする。


 高級宿屋ググレに連結した高級レストランでは今日も、礼服やドレス姿に身を包んだ紳士淑女たちが食事に舌鼓を打ちながら噂話に興じ合っていた。

 

 もともと交易の街にある高級宿屋に隣接したレストランというのは、そういう場所だ。

 本来なら大商会の会頭といえども、名を覚えてもらえる機会を得られにくい貴き身分にある者や外国政府の要人たちなどとも、他国の交易都市に数件だけある高級レストランではコネとパイプを手に入れられるチャンスがある。

 そういう経緯を持ったレストランに、新たな客として二人の少女たちがウェイターに案内されて入店してきた。

 

 ほう・・・と、誰ともなしに客たちは一斉に感嘆の吐息を静かに吐く。

 

「まぁ、なんて綺麗なプラチナとブロンドの輝きなのでしょう・・・」

 

 貴婦人の内の誰かが呟いた瞬間、それを聞いた他の客たちは言葉に出すことなく、心の中だけで一斉に首肯した。

 まさに、その通りだと客たちの誰もがそう思える程、二人の少女たちの色と美貌は互いを引き立たせ合う完璧なコントラストを描いた美しすぎるものだったからである。

 

 金色の少女は、短い髪にティアラを載せて純白のドレスに身を包んだ、目を奪うような可憐なお姫様。

 銀色の少女は、フードで隠しているのが惜しいほど繊細極まる長い髪を持ち、少年用の礼服を身に纏って金色の少女の手を引きながら優しくエスコートしている姿は、少女たちが憧れる絵物語の王子様そのもの。

 

 丁度、街の有力者たちの間では『突如として現れ最高級宿に宿泊して、大金貨を軽く支払っていく令嬢たち』の噂で持ちきりとなっていたことから、店内の話題は彼女たち一色に独占されることになるのは自然な成り行きだったのである。

 

『あの少女たちは、姉妹なのかしら?』

『そんな間柄ではないと思いますわよ? もっと深いところで繋がり合った精神的な姉妹のように感じられますもの・・・』

 

『なんでも、どこかの大地主のご令嬢と、その側近のご息女らしいな・・・』

『あの銀髪の少女など、金髪の少女が着せる服のために惜しげもなく大金貨を支払ったと聞いたぞ? よほど溺愛している間柄だということなのだろう・・・』

 

 嫌らしくない程度に二人の麗しい少女たちの姿に目をやりながら目の保養とし、美食に美色という二つの美を楽しみながら貴人たちのディナーは笑顔の内に進められていく。

 夜の帳が降りつつあるレストランの店内で客たちは、幻想的な美しさを持つ少女たちの姿に酔いしれながらの晩餐を心ゆくまで楽しんでいた・・・・・・。

 

 

 ―――だが、しかし。しかしである。

 現実とは常に過酷なものだ。人の夢と書いて『儚い』と読むものなのだ。

 彼の偉大なる作家、江戸川乱歩も【現世は夢、夜の夢こそ誠】という名言を残している程に。

 幻想的な美しさを持つ少女たちが、中身まで幻想的な綺麗さを内包しているとは限らない。

 

 特にこの二人組、金髪少女のアクちゃんと、銀髪少女のケンカ馬鹿エルフのナベ次郎の内心を表面無視して中身だけ具体的に描写した場合には、こうなります↓

 

 

 

(――美少女です! 美少女と高級レストランでディナーする私なのですよ!!

 美少女を夜の高級レストランに誘ってエスコートする、ラブコメ主人公の王道展開キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!―!!!)

 

 

 ・・・・・・割と本気で夢の全くない、見た目とは裏腹すぎる俗っぽい思考しかしていなかった・・・・・・。もしくは単なる大きなお友達の平均的なキモオタゲーマー思考でも可。

 

(この際、相手の実年齢は関係ありません! 18歳未満プレイ禁止のHなゲームに見た目小学生としか思えないヒロインが陵辱されまくってる展開なんて今時珍しくないですからね!

 重要なのは少女の頭文字に『美』が付くこと! 美少女であること! それが重要です! それだけが重要なのです! 男の子も女の子でも見た目が全てじゃないけど、ほぼ全て!

 それが『心が綺麗なら見た目は重要じゃない』とか言いながら美少女とハーレムしまくるラブコメ主人公たちには分かりたくないから分からんのですよ! 美少女たちからモテるために!!)

 

 しかも、色々と汚い上にサイテーな考え方を平然としてるし。綺麗なもの汚す気満々だし。本気で外見的な美しさなんて全然当てにならねー要素でしたな。コイツの場合は心の底からホントーに。

 

「・・・本当に、夢みたいです・・・」

「え? なんか言いましたアクさん? モグモグ」

 

 そんな中でポツリと、中身まで汚れなき純粋な美少女キャラであるアクちゃんが小さな声で呟いて、行儀良くない現代日本の男子高校生らしい中身の入ったナベ次郎が口の中に物入れながら問い返し。

 

「ありがとうございます・・・。ボクなんかのために、ここまでして下さって・・・」

「ああ、そのことですか。あまり気にしないで下さい、大した事したつもりはありませんから」

「・・・気に、しますよ・・・」

 

 食事の方に集中していたナベ次郎は、どうでも良さそうにテキトーな口調で答えを返したが、アクちゃんにとっては流すことの出来ない重要な部分だったらしく珍しく食い下がってきて強い視線で見つめ返してこられたために、流石のナベ次郎も姿勢を正してシリアス思考になれるよう居住まいを正す。

 

「どうして、こんなに良くしてくれるんですか・・・? あのまま朽ちていくことしか出来なかったはずのボクなんかにおいしい食事と綺麗なお洋服・・・まるでお姫様みたいな扱いを・・・」

「ふむ・・・」

 

 言われて少しだけど、真面目に考えてみることにしたナベ次郎。

 確かに今言われたとおり、自分は何故かアクに対してだけ救済を与えまくってきている気がする。

 勿論ナベ次郎個人の主観で見た場合には、あまり碌な事はして来れていない道程だったのも事実だ。

 

 襲ってきた化け物の頭蓋骨を握り潰して脳髄ぶちまけながら殺して、気に入らなかったとはいえアクの住んでた村の家屋を吹き飛ばして脅迫して金品差し出させて魔王を演じて、代金代わりにカッパロボット置いてきて在庫処理した。

 

 改めて考えたら酷いことばかりである。魔王どころか、ただのヤクザか犯罪者だ。チンピラとさえ言い切られても反論できる自信がないほどに。

 

 ・・・だが一方で、それが自分の主観でしかない事も『敵キャラ好きなナベ次郎の中の人』にはよく分かっていた。

 『自分が自覚している悪意と、相手が感じている悪意は無関係。人は聞きたいように聞いて、信じたい事だけ信じるもの』ストレガのキリストもどきさんもそう言ってたし。

 

 アクの視点から見れば、この世界基準では国滅びるレベルの強さ持った悪魔王に食われかかってた所を魔王倒して助けられ、下水処理係を押しつけられてた生まれ故郷の幼児虐待から強制介入して助け出してくれたようなもの。

 そして今も、貧乏農村で生きてる限りは一生食べられなかったであろう高級料理を奢りで食べさせてもらっている。・・・・・・彼女の主観では『良くしてもらいすぎている・・・』と過剰に恩を感じてしまっても不思議ではないほど恩恵ばかりを得ている立場ではあるのだ。

 

 しかし・・・・・・。

 

(とは言え、こういうのって基本的には全部が全部“成り行き”が原因で起こるものなんですよなぁ・・・・・・)

 

 心の中で声には出さず、そう呻く事しか出来ないナベ次郎。

 ラブコメでもバトル物でもなんだっていいのだが、ヒロインがピンチに陥ってるところを助け出して壮大な物語の幕が上がる始まりの現場に主人公が居合わせた理由って、多くの場合が『成り行き』であり、他は特別な血を引いてたとか、その事実知ってたヤツがお膳立てしただけだったとか。そういう黒幕の筋書き通りに踊らされてただけなのが一般的な立ち位置。

 

 ヒロイン主観では『運命の出会い』的なナニカとして解釈できて惚れてくれたりするわけだけども、最初から最後までの経緯考えると主人公主観ではいまいち誇る気になりづらい要素も多いのが正直なところだ。

 そこら辺、キチンと整合する事が出来てるラブコメやバトル物のハーレム主人公共はスゲぇなあと思いはすれども、自分に出来ない事出来るヤツだからこそのフィクション主人公というもの。

 

 要するに、自分じゃ無理。あんな綺麗にまとめれるコミュ力ねぇし、大事な場面でいきなり格好いいセリフ言って惚れてもらえるほどハイスペックさも生まれ持ってない。

 ラブコメ主人公とは、選ばれし者の子孫たちのみに与えられた特権的地位なのだ。一般庶民が望み求めてはいけない。人は生まれながらに不平等な存在なのだと言う事実を受け入れなさ~い。

 

「これだけの事をしてもらった恩を、どう返せばいいのか僕には分からないんです・・・」

「い、いやまぁ・・・恩って言うほど気にされるような事まではしてないつもりですし、そのあのえ~とぉ・・・」

「魔王様、教えて下さい・・・。どうしたら僕は、この恩を返しきれるんでしょう・・・? 何でも言って下さい! 僕に出来る事でしたらなんでもしますからッ」

「う、ぐ・・・ううぅ・・・・・・」

 

 なんか本当にエロゲヒロインみたいな言葉を言い出されてしまったナベ次郎タジタジ。

 基本的に『Yes.ロリコン。ノータッチ!』を信条とする正しきエロゲーマーとして、幼女は愛でるもので犯すものではないという信念を貫いてきたHENTAI紳士らしいゲーマー魂をも持ち合わせている彼女にとっては大変居心地の悪い状況下に置かれてしまい、いつもの魔王ロールで逃げれる相手ではない事もあってか異世界転移後初めての大ピンチをこんな時にこんな場所で追い詰められて体験させられていたおかしな自体になって困っていたのだが。

 

 

 ―――しかし。しかしである。

 救いの女神は、意外なところから意外な姿で彼女たちの前に降臨する事となる―――。

 

 

 ドカンッ!!!

 

 

 

『見つけたわよ! この魔王!!』

 

 

 

 店の扉を蹴破るような勢いで押し開き、突如として店の中に一人の少女が乱入してきた。

 それはピンク色の長い髪を持ち、フトモモの絶対領域だけを隠す事なく曝け出したエッチな修道服を身に纏い、金と銀の少女の片割れを糾弾し、そして―――

 

 

 

『シュコ――――――ッ!!!』

 

 

 

 と、大きく息を吐き出す音を店内に響かせてくる【変質者】が立っていた。

 聖なる衣を身に纏い、金色の魔力を全身から発散しまくりながら強襲してきて、失われた自分の金との絆をブンドリ返すため地獄からよみがえって復讐鬼となった存在。

 

 【ガスマスクをつけて顔を隠した変質者】だった。

 それ以外に形容しようのない、完全無欠のガスマスクをつけて『シュコー、シュコー』言ってる変態的な姿格好をした変質者だったのである。

 

『なぁに私のお金で食事してるの!? バカなの!? 死ぬの!? シュコー! シュコー!!」

 

 この国にとって最大の忌むべき名を叫んで周囲の客たちを驚かせながら、金と銀の少女たち二人の片割れを人差し指で指さして、糾弾するかの如き口調で弾劾する変質者。

 

 他の客たちも、

 

『魔王ですって!?』

 

 というフレーズには激しく反応したものの。

 

『・・・それって・・・逆なんじゃないかしら・・・?』

 

 と、小首をかしげて疑問符を頭上に浮かべる者の方が多い状況であり、糾弾者自身の説得力0すぎる姿ではいまいち混乱を来す理由には至らず。

 

 なんか変なヤツが勝手に入ってきてしまったけど・・・・・・衛兵呼んだ方がいいだろうか・・・? と常識的な対応をするかしないかを相談し始める程度に留まってしまうしかないのであった・・・。

 

「―――フッ」

 

 しかも、その状況下で魔王エルフが悪ノリしない訳がない性格だったことが事態を悪化させる要因になっていく。

 

「すみませんが、どこのどちら様だったでしょう?」

『あ! アンタ皮肉な丁寧口調で嫌味ったらしく逃げようとしてんじゃないわよシュコー! 私のお金返しなさいよシュコー! 元はといえばアンタが悪いんでしょうがシュコー!』

「何のことを仰っているのか、全く心当たりが思いつきませんね。変な言いがかりをつけて食事をたかろうとするのはやめて下さい。人のお金で無銭飲食しようだなんて図々しいにもほどがあります。恥を知りなさい、この俗物」

『こ、この魔王・・・ッ。言うに事欠いて、この私になんて言い草を・・・!! 忘れたとは言わせないわ! そのお金は私のよ! わ・た・し・の!!』

 

 平然と相手の立場が持つべき正しい正論糾弾を、ブーメランにして投げ返してからかうのに利用してくる当たり、この少女も相当に性格が悪く、魔王“らしくない”

 せいぜいが小悪魔かミニデーモン程度の中途半端な悪役ぶりだったが―――中途半端な悪だからこそ有効な措置とセリフというものも、この世の中には実在するものである。

 

「では――そのマスクを取って貴女がどこの誰なのか素性の証明をお願いいたします」

『うぐっ!?』

 

 その正当なる要求の言葉一言だけによって、仮面のガスマスク正義の聖女は視線をさまよわせ、あらぬ方向に顔を背けながら言い返すための別の言葉を必死で探し出すより他なくなってしまう羽目になり。

 

「フッフッフ・・・・・・どうしたのですかねぇ? このお金が“自分のものだ”と主張する側が素顔もさらせず名前も名乗れないというのでは、いくら何でもこのお金が貴女のものである事を証明する事なんて不可能だと思うのですけどな? クックック・・・・・・」

『ぐ・・・ぐぬぬぅぅぅッ!!!!!』

 

 歯がみする音をガスマスクの中から響かせながら、その直後に「シュコー!!」と盛大に酸素を吐き出す音も轟かせながら。

 ガスマスクを被ったまま、取り外したくても取り外す訳にはいかない事情を背負わされた聖女ルナ・エレガント様は、悔しそうに相手の言葉に言い負かされるよりほか道がない。

 

 

 

 彼女がこのような窮地に陥っている事情を理解するためには、時間軸を今日の昼の少し前まで巻き戻さなくてはならない。

 

 騎士団の一隊を率いて魔王エルフを襲撃し、アッサリと敗れ去って脅迫された騎士たちが大人しく素直に魔王の命令に従うことを選んで誰得な男共の脱衣シーンを晒しまくっていた、その直後。

 

 案の定、ルナ・エレガントただ一人だけは頑として魔王の要求を一切聞き入れることを由としなかった。

 

 

「わ、私は智天使さまに認められた聖女なのよ! 魔王の命令なんかには脅されたって絶対従ってやらないわ! どうしても言う事を聞かせたければ私を殺しなさい! さぁ早く!!」

 

 明らかに無理をしながらであったものの、それでも彼女のプライドから来る負けん気の強さは本物であり、たとえ怯えまくって殺されるのがイヤ過ぎようとも魔王の命令を受け入れる事だけは決してない。あり得ない。

 

『そうかね。ならば仕方がない。卿には特別に、他の者たちとは別のものを贈らせてもらうとしよう・・・』

『え。えぇっ!?』

『見栄も負けず嫌いも、そしてプライドも。尻尾の先を惜しんでいたのでは、全てを食らわんとする魔王を相手に生き残ることは難しい。まして厭世と物欲に生きる第六天よりきたりし魔王である私相手には言わずもがな。

 フッ・・・因果応報とはよく言ったものだ・・・』

『え、ちょ、な、何すんのよ!? やめて! やめなさ、ぎゃぁぁぁぁっ!?』

『なぜ叫ぶ? 戦を仕掛けてきたのは君たちだ。理解しがたい。全く以て理解しがたい。

 卿らは私の命を欲し、欲望のままに奪おうとし、そして敗れた。戦には死が付き物だが、君は私の温情により敗残の身で生き延びられようとしている。

 だが、負けて尚もなにも失わずに済ませたいなどと駄々をこねる幼子以下の言い分が通るものだなどという幻想を信じ込まれても困るのでね。世を知らぬ子供に対して大人の務めを果たしておくだけのこと。悪く思わないでくれたまえ』

『ぎゃ―――ッ!? やめてやめてやめて!! そ、そこは私の私の私のカ・・・・・・ぎゃあああああああああッッ!!!???』

 

 

 と、そういう展開があった後。

 

 

『なッ!? なによ、この落書きは――――――――ッ!?』

 

 

 聖なる存在のトップ姉妹の末っ子としてワガママ一杯に育ってこられた途中からの人生を全て穢されるような屈辱を味合わされるかの如く、鏡と一緒にネタアイテムのガスマスクも添えて置いてきてやった事から自分の悲惨な現状を自覚させられている今のルナに、現時点での自分の素顔を見せる事など死んでも出来ないし、こんな姿にされてしまった自分が“あのルナ・エレガントだ”なんて死んでも他人たちから思われたくはない。

 たとえ肉体的には死ななくても、心が死ぬ。傷つけられたプライドで確実に死んでしまうだろう。主な死因は恥死。

 

(く、悔しいッ! ――でも、今の私の顔を誰かに見られる事だけは絶対に出来ないわ! 何とかしてコイツから落書きを消す手段を手に入れるまでは絶対に私が私である事を他の者たちに知られる訳にはいかないんだからねぇッ!?)

 

 マスクの下で犬歯を剥き出しにして犬のように唸りまくっている聖女様。

 その顔には、【お尻ぷりんプリンセス】とか【お尻は許して魔王様♡】とか。尻ネタばかりの落書きが四つほど太字で記されていて、しかも“時間が経っても消えてくれない”というオマケ付きのイタズラがされてたりしたのである。

 

 これはナベ次郎が説明し忘れていただけだったのだが、落書きは彼女たちが王都に逃げ帰って、恥ずかしさから誰にも見つからずにコソコソと侵入するしかなくなるよう羞恥心で脅迫ネタに使う事を目的としたものだったため、落書きするのに使った道具も【ゴッターニ・サーガ】で一般的だったアイテムが使われており、【魔法の血文字ペン】というのがその名前だった。

 

 不吉そうな名前ではあるが、要はダイイングメッセージを死ぬ前に書き残しておけるというような代物であり、主に『復活させて下さい』とかの言葉を自分の死体の横に殺されてから書いておけるようにしてあっただけの・・・・・・まぁ、序盤で復活魔法使える僧侶が超稀少だった頃の名残アイテムみたいなものである。

 

 このため、書いてすぐに消える事はなく、一定時間は絶対に残り続けてくれるけど、一定時間が経つと跡形もなく完全に消え去ってしまって二度と復活する事はない。・・・そういうアイテムである。

 

 そのことを知らなかった異世界人の聖女ルナは、消えない落書きに慌てふためいて魔王を探し出して消させるためにも隠れ潜んでいた馬車から飛び出して元来た道を舞い戻り。

 そのことを伝え忘れていたナベ次郎は、今になっても思い出せてないから気楽に笑い飛ばしていると。そういう事情。・・・やっぱいつも通りコイツが主な原因じゃねぇかい・・・。

 

 

「やれやれ・・・いきなり乱入してきて自分は名乗ろうともせずに人を魔王呼ばわりした挙げ句、オマケに金寄こせとは・・・・・・品がないにもほどがある恐喝の仕方ですねぇ。エレガントさが足りてませんよ。

 事はすべてエレガントに運ぶべきです。エレガントに・・・ね。お分かりですか? マイフェアレ~ディ~♪」

『ぐ、ぐぬぬぬぅぅぅぅッ!!!! これ見よがしにコイツコイツコイツ、本当にムカつく嫌なヤツ―――ッ!!! コシュ~~~~~~ッッ!!!』

「あ、あの・・・魔王様そのぐらいでお手柔らかに・・・。ほ、他の人たちが見てますから・・・・・・聖女様の方を・・・(ボソッと)」

 

 

 相も変わらず、どこでもいつでも騒がしくしてしまう天性のお祭り気質エルフ幼女のバカ騒ぎによって場は混沌の渦へと落とされていく。

 結果として、騒ぎで店の評判が落ちるのを恐れた店員の一人が衛兵の詰め所へ行こうとするのをアクが見つけて必死に止めて、流石の聖女とエルフも矛を収めて食事に誘うという形で場を納め、事情も聞いた上でアイテム使って落書き消してあげて、宿代すら持たずに戻ってきたそうだから結局はググレの客室で一緒に止めてやる運びとなってしまい、【魔王と聖女が一つ屋根の下で一晩過ごす】という聖光国でやって大丈夫なのか心配になる事態に発展してしまう事にもなるのだが。

 

 

「では特別に、この部屋を一人で使わせてあげましょう。どうぞ自由に使って下さい。私とアクさんは大部屋でそろって雑魚寝しますので、あなただけ特別待遇です」

「当然よね! だって私は聖女なんだから特別扱いされるのが当たり前・・・・・・って、これトイレじゃないの!? 花も恥じらう乙女になんて場所で寝させるつもりなのよ! 偉い聖女様をこんな目に遭わせて絶対タダじゃ済まないんだからねぇッ!?」

「なに不自由ない、いい部屋じゃないですか。トイレにも水にも困らない、まさに金のない貧乏人には夢のような特別待遇です。

 イヤでしたなら、別にベランダで野宿させても私的には一向に構わないのですが・・・・・・どっちがお好みで?」

「うぐっ!? も、もともと私のお金で泊まってる部屋なんでしょう!? だったら私が泊まれるのは当然の権利じゃないの! アンタはただ私のお金を奪っていった盗賊に過ぎないんだからぁッ!!」

「はい、その通りです。それが何か問題でも?

 悪しき存在である魔王が、聖女を倒して大切にしているものを奪い取るのは、この国でも当たり前の事として語り継がれているのではなかったのですかね?

 てっきり、そういう存在だからこそ問答無用で倒してもいいのが魔王だーって理屈で襲いかかってきたものだとばかり思っていたのですが? 違いましたん?」

「うぐぅッ!? で、でもでもでも~~~~~ッ!!!!」

「・・・・・・一本取られちゃいましたね・・・また聖女様が」

 

 

 そんな状況になっても尚、コイツが絡んだ事件の内訳はこの程度のものにしかなれない、それが所詮はネタアバター魔王の限界点。

 

 第六天から来たりと自称して、赴くところ何処にでも震える哀と笑いをばらまきまくる邪悪なはずの魔王と、聖なる天使の加護を得ているはずの聖女様が過ごす初めての夜は、まだ始まったばかりであった・・・・・・ッ。

 

 

 

始まったばかりと言いながら、まだもう少しだけ続く! のじゃっ!!

 

 

 

 

オマケ【今作オリジナル面白アイテム解説】

 

『ガスマスク』

 「ゴッターニ・サーガ」に登場していた頭装備。実は単なる兜の一種でしかなかったりする。

 ペルソナとでもコラボしてたのか、最近だとガスマスク兜って結構多いよね♪

 他のゲームと同じく、序盤で手に入るから性能は低いけどグラフィックが面白いから取って置いたナベ次郎。

 でもゲームが現実になって、ゲームオーバーが現実の死に直結する(かもしれない)ですゲームになった(かもしれない)異世界に転移してきた後で弱い装備は邪魔なだけだから在庫処理して押しつけてしまった。

 ルナは黒歴史として捨ててしまうつもりだが、実は彼女がもともと被ってた修道服の帽子よりも兜としての性能は高かったりする。

 ただし、聖なる加護とか魔法防御プラス的な付加価値はない(当たり前だ!!)

 

 

【魔法の血文字ペン】

 「ゴッターニ・サーガ」でβテスト時から使われていた由緒正しい伝説的なアイテム。

 伝説的存在になってるだけあって、今では実用性0以下になってしまっている『あの頃は楽しかったアイテム』の1つ。

 配信開始の時点ではシステム面で色々と不備があったため用意されていたアイテムだったが、幾度かのアップデートの中で改善されて役立たずとなってしまった後には、遊び半分で使われるだけになってしまったパーティーグッズアイテムでもある。

 特に何の意味もなく、毒にも薬にもならないゴミアイテムだったけど、ゲームが現実になった後には使い道があるのかも知れない。

 ただし回数制限があって、一定数を超えた後にはインク補充アイテムが必要。

 果たして、この異世界にそれがあるかどうかは今のところ誰にも分かりようもない・・・・・・。



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魔王学院の魔族社会不適合者 第10章

実はけっこう前から書きあがっていたのですけど、更新止まっていたエロ作の続きを出してからにしようと後回しにしてた代物なのですけど、エロ作の方にも目途が立ちましたので先にコチラを出させてもらった次第です。
……正直、続き書こうと開いたときに完成してたこと思い出して焦ったが故の今話投稿でありまする…。


 アイビス・ネクロンの特別講義が終わり、昼休みの時間となっていた魔王学院の一角。

 校庭を見下ろす廊下の一隅で、二人の人物たちが人除けの結界を展開した上で示談交渉を行っていた。

 

 七魔公老アイビス・ネクロン本人と、混血の劣等生に過ぎない黒髪の少女の二人きりの身分差を超えた話し合いである。

 

『――我は先程、たしかに二千年の刻を遡っていた・・・アレは一体・・・』

「起源魔法【レバイド】ですよ。局所的に時間を遡って相手の忘れている記憶を無理矢理引っ張り出してくるための遺失魔法なんですが・・・」

 

 柱に背を預けながら腕を組み、相手の質問に答えてやりながらも、あまり碌な使い方をした覚えがないから好きじゃない魔法の説明をこなし、いくつかの嫌な過去の出来事を自分の方が忘れ去ろうと頭を振ってアイビス・ネクロンから引っ張り出した記憶だけに意識を集中させようと努力する。

 

 もともと本人も忘れている記憶などというものは、忘れたいほど嫌な記憶かどうでもいい出来事かの二つぐらいしかないのが一般的な代物であるが、あの魔法を使って引っ張り出したかった記憶が後者であった事例はほとんどなく、前者の記憶で嫌な映像を見せられなかった事例はもっと少ない。

 

 つくづく嫌な目的にしか役立たない魔法だったが・・・・・・だからこそ、こういう時には余計に他の嫌な思い出が蘇らせられてきて不愉快極まりない気分にさせられずにはいられなくなる。

 

「・・・ですが、あなたの記憶を幾ら遡っても私のことを覚えている記憶は一つもなかった。

 出てきたのは、ただ【暴虐の魔王、我が主、アヴォスビルヘビア】という強い忠誠心と共に刻みつけられていた記憶のみ・・・」

 

 不快そうに口元を歪めながら、黒髪の少女は先ほど見せつけられた嫌な想いと記憶について少なすぎる情報しか得られなかった事実を吐露する。

 まったく・・・不愉快極まりない話である。

 

 アレだけの暴虐を犯しておきながら、当時を見てきた“被害者の一員”が「自分にされたことと恨みを覚えていない」などという馬鹿げた話があるなどとは実に不愉快極まりない。

 元より、ああいった行為をする時には死ぬまで恨まれて、後ろから刺し殺そうと襲われる未来まで承知の上で行うべき所業なのだから忘れられていたのでは肩すかしもいい所。

 

 まして、自分の名前ではなくとも『暴虐の魔王』に対して『忠誠心』とは・・・分不相応にも程がある綺麗すぎる想いで反吐が出そうになるほど不愉快極まりない記憶であった。

 

「・・・どうやら過去そのものが改竄されているようですね。あなた一人の記憶を弄くるだけなら手落ちもいい所すぎますから・・・」

 

 だからこそ、敢えて話題をそらす。人でも魔族でもなんでもいいが、権力機構の薄汚れた実務的な話を考えていた方が気が紛れる。

 

 

 ――現在の魔界には魔王の時代から生き続ける七人の重臣達が七魔公老として君臨しているらしい。

 つまりアイビス以外にも六人の大魔族が、当時の魔界と自分のことを知っている者たちだったと言うことだ。

 この場合、一人一人の記憶を弄くっただけでは他の者の記憶と辻褄が合わない部分が出てきてしまい、自分の記憶に対して違和感と疑惑が形作られてしまうことになる。

 

 洗脳だろうと盲信だろうと、それを解くための第一歩目は「疑うこと」「違和感を持つこと」なのは人間魔族・宗教魔法の別なく全てにおいて変わることはない。

 そうでないものを、“そうだ”と思わせる行為には必然的に無理が生じて綻びが生まれやすくなり、そのヒビ割れを誤魔化すため新たな嘘の記憶を与えて、また矛盾と違和感を増やし続けるイタチごっこ。・・・それが黒髪の少女自身が知る範囲での洗脳魔法と宗教的盲信の欠点。

 

 ならば、都合の悪い過去の記憶全てを無かったことにしてしまえばいい。全部無かったことにして辻褄合わせも整合性を取る必要も無くしてしまえば、個々の違いなど問題にもならない。

 証拠隠滅のためには、犯行現場ごと綺麗サッパリ消滅させてしまえばいいのと同じ事だ。全部が全部チリと灰になった後から何が出てこようとも、白き灰から深紅の記憶も光輝く思い出話も連想できるというものではなくなっているのだから・・・。

 

 

『つまり、お前こそが我が真の主、暴虐の魔王だと言うのか・・・?』

「ええ。暴虐の魔王の名はアノス・ヴォルディゴードです。間違いありませんよ? 覚えていませんかね?

 あなた方に兄弟の一人を殺させて、先代魔王への反逆に加担させた簒奪者の悪名を・・・」

『・・・・・・』

「その悪名が、二千年の間に綺麗な勇者魔王の名に書き換えられたみたいですね。

 “アホッス・ヒルヘビア”とかいう格好の悪いお名前に」

『・・・その記録を書き換えた者とは、何者のことを指しているのか?』

 

 立場故か、あるいは忠誠心からなのか、敢えて挑発の部分は聞こえなかったことにして話を進めてくるアイビスに対して、黒髪の少女もまた相手の配慮に全く気付く素振りも見せぬままに一言だけバッサリと、

 

「バカですか? あなたは」

 

 と白っぽい目つきで、バカを心底から見下す視線で七魔公老の一人にハッキリと罵倒してのける。

 

「それとも二千年の刻を遡ったせいで、時代ボケにでもなっちゃってます? 昔からよく言うでしょうが。

 “犯罪が行われた時、その犯罪によって一番利益を得る者こそが真犯人だ”ってね。

 情報操作と記録捏造とかの隠蔽工作をしてまで作り上げられた今の魔界で一番利益を得ている者は誰なのか・・・少し考えれば子供だって分かる当たり前の結論でしょうに」

『・・・・・・』

 

 キッパリとした口調で黒髪の少女は断定し、その逆にアイビス・ネクロンは肯定も否定もすること無く無表情に無言のままで無反応を貫き通し、さり気なく体ごと窓の方へと向き直って窓外へと視線を移す。

 

 魔族社会の情報だろうと、人間社会の情報だろうと関係なく、世の中に飛び交う情報というものには必ずベクトルがかかっているのが常である。

 誘導しようとしていたり、願望が含まれていたり、その情報の発信者の利益を測る方向性が付加されていなければ、発信者にとって嘘を広めるために労を払う意味や価値が存在しなくなるのだから当然のことだ。

 それを差し引いて考えていけば、より本当の事実関係に近いものが見えてくる。それが真偽の定かでない情報によって社会を支配しようとする暴君共に騙されて利用されないようにするための考え方。

 

 かつて彼女も、“たった一人の友達”と一緒に魔界中の碌でなし大魔族幹部を暗殺して回ってた時には、様々な嘘やでまかせによって罠の中へと引きずり込まれ、人質にされてた人を守りながら突破するのには難儀されたものである。

 

(・・・悪ぶってる割に、お人好しすぎるところがあるのが彼でしたからねぇー・・・。

 フォローするのには結構苦労させられたものですが、それをイヤと思って忘れたい記憶になったことがないのは良い思い出だったということでもあるんでしょうね・・・)

 

 あの頃の苦労によって、もともと猜疑深い性格だった自分は、より他人と物事と情報というものを疑うようになってしまった訳でもあるが、それが二千年の時を超えて思わぬところで役立っているのだから、つくづく世の中と未来の可能性というヤツは底が知れない。

 

 尤も―――それと比べれば、この過去改竄を行ったヤツには妙に大雑把で杜撰な処置が散見される所が気になってもいるのだが・・・・・・。

 

『・・・たしかに我の記憶が消されたと仮定した場合には、その説明で納得がいく・・・』

 

 純粋な疑問か、話を逸らすためなのか、あるいは地位立場の関係から回答を避けたいという保身的発想故のものなのか。それは判然としないながらも、アイビス・ネクロンは黒髪の少女の言葉を否定せず、だが肯定だけもしない返答を返してきたようだった。

 

『だがアノスよ。我の記憶を消したのは、お前の仕業と言うことも考えられなくはないか?』

「ふむ?」

『刻を超越する力を持つ者の言葉を軽んじることはできぬが、お前がただ暴虐の魔王に仇なさんとするだけの野心家でしかない可能性も否定できまい?』

「なるほど、よい推論です。あなたの立場では、そう考えたがり、そう答えた方が都合が良いというのも理解できなくはありません」

 

 毒のある言い方で相手の主張に一定の理解と譲歩を示しながら、『今のところは――』と続けようと相手が声を出そうとした、その瞬間に。

 

「――と、言えれば良かったんですけどね~。残念ながら、その可能性はありません。少なくとも、その推論では根拠にならない。証拠能力は0以下ですよ、アイビスさん。

 魔王学院の学院長さんの答案に、0点回答を出してあげましょう」

 

 ニヤリと、意地悪な笑みを浮かべながら先手を取って、相手の発言を制した上で、僅かに無表情だった骸骨面に戸惑いの気配を浮かべさせることに成功したことを内心で喜びながら、黒髪の少女は相手の答案の矛盾点を指摘して間違いを正す教師の職務を代理してあげる。

 

「もし私があなたの記憶を先の魔法で消して、書き換えることも行っていたとするならば、先程も同じ事をすれば済んだ話ではないですか。それこそ“今ここで”それをやって納得させない理由説明ができません」

『・・・・・・』

「相手の記憶を消すことが出来て、書き換えることをやった事があるのも私だったらという、あなた説が正しいとした場合には、今ここで同じ事をやらないのにも、わざわざ自分から教えてやったという行為にも何か裏があって、『どんな目的かは分からないが何かに利用するために教えただけに決まっている!』・・・という人間の小者達が好みそうなアホ議論ゴッコが成立してしまうという訳ですな・・・ハハハ。悪魔の証明ですか。

 魔界の魔族が悪魔の証明―――韻を踏んでいて、なかなかいい文章になりましたね~♪」

『――――とにかくっ』

 

 僅かに苛立ったように声量を高めて、思うように進まぬ秘密裏の会合に業を煮やしたかどうかまでは分からないながらも、アイビス・ネクロンは不利になりかけてきた話題を強引に打ち切らせて結論のみを絶対的な答えとして口にする。

 元より、その結論以外には出せるものでもない立場であり関係でもあったのだから、最初からそうすれば良かったのだが・・・・・・それが二千年前の主との記憶が僅かにでも蘇ってきた故なのか、それとも何か別の思惑あっての事なのか。それもまた悪魔の証明にしかなりようのない類いの疑問であろう。

 

『どちらの魔王も、真なる我が主である可能性を持つ者たちである以上、今のところ我の立ち位置は中立としておこう。

 ・・・そなたの減らず口には、何か忘れていた悪意を感じるのも事実ではあるのだからな・・・』

「そりゃ有り難いことです。私としても残り少ない竹馬の友と敵対したいと思う理由もありませんのでね」

 

 黒髪の少女は不敵そうで、少しだけ嫌味ったら癖のある笑顔を相手の向けて――それが密談の終わりを示す合図となってアイビスは背を向け、黒髪の少女はその背中が去って行くのを黙って見送る。

 

(やれやれ・・・本気なのか惚けているだけなのか。相変わらずよく分からない人でしたねぇ~)

 

 そして、相手に聞こえないよう自分自身には精神障壁の魔法を展開させた上でボソリと、相手から聞いた話の感想と評価を心の中だけで自分自身の結論として口にする。

 

 

 十中八九―――アイビス・ネクロンは自分の【敵】となっているだろう・・・・・・という結論を。

 

 

 七魔公老という現在の魔界の重鎮で、現魔王アヴォス・ビルヘビアの側近中の側近というアイビス・ネクロンの立場で考えた場合、黒髪の少女のことを“現魔王に仇なす可能性のある反逆者候補”と認識しておきながら中立の立場を取るとするなら、それは反逆の黙認であり、反逆に加担することを示す言質を取られてしまう発言になるものだった。

 

 そのことをアイビスが知らないとも思えない。監視者がいるから取り繕った言い方をしただけという可能性は、この場合には考慮しなくて良かろう。

 が一方で、主に密告して判断を仰ぐという気はないようでもある。少なくとも、今のところはだが。

 もし、そうする時には先の会話で仲間に加わる事を明言していた方が効率が良いからだ。より多くコチラの情報を引き出す事ができる立場を得られる。

 説得力を持たせるために敢えて中立を、とか、高く買ってもらうために勿体ぶって見せただけ・・・といった様な一般論はこの際除外してしまっても構わない。

 

 アイビスが本当は自分のことを覚えていたか、もしくは思い出したかだけが味方になってくれる条件の今回のように希なケースでは考慮する必要のない可能性だからだ。

 

 ・・・・・・その程度の小者たちに対して、“本物の”暴虐の魔王がどのような評価と役割を与えてやってきたかを・・・二千年前の戦いの中で行ってきた行為の記憶を思い出せていた場合には、決して選びたい気持ちになどなれなくなってはずなのだから―――。

 

 

「――アノスさん」

「んぅ・・・?」

 

 暗い思考に囚われて【レバイド】を使うことなく自分の頭の中のみを二千年前の刻にまで巻き戻させていた黒髪の少女の鼓膜に、固い声が現実の現代から届けられ、視線を向けた先の人物の姿を起点に意識と視界を適合させてピント合わせをし、自分の心と体を完全に現代へと舞い戻らせた彼女の視界に映っているものを知覚できるようになった。

 

 紫髪のポニーテールと豊満な胸。

 少しキツめの美貌を持った美人が、不快そうな表情を浮かべて佇んでいるのが見えた。

 自分たちのクラス担任、エミリア先生である。

 

「あなたの班員の落とし物です。渡しておいて下さい」

 

 苛立つ、とまでは言わないまでも本意ではない義務としての遂行をイヤイヤしているだけといった口調で語られた内容から、どうやら先程のアイビスとの会話を聞かれていた様子はなく、それどころかアイビスが先程まで此処にいたことさえも知覚できていなかったらしいことが窺い知れる。

 

 なにしろ復活した暴虐の魔王率いる真魔王軍の構成員は現在の所たった二人しかおらず、そのどちら共がアイビス・ネクロンの血を引くネクロン家の一員なのだ。

 何らかの事情があって本家の一員とは扱われておらぬとは言え、遙か格上の当主本人と一対一で話し合える間柄の生徒相手に、ネクロン家の一門に連なる者への誹謗中傷はしたくはなかろう。

 チクられてしまったら身の破滅を招きかねないことでもあることだし、本家の方ならともかく、もう一人の方のために自分が損をさせられるのは御免被りたいのが彼女の嘘偽りなき保身的な本心なのだろうから。

 

「班員って・・・どちらの?」

「サーシャさんではない方です」

「・・・妙な言い回しをするものですね」

 

 面白そうにクスクス笑いながら評されて、差別発言をしたエミリア先生の方が逆に気恥ずかしさと不快さと同時に味わい顔を逸らさせられてしまう恥辱までもを味わう羽目になってしまった。

 

 別に嫌がらせをしたかった訳ではなく、むしろ今回は素直に純粋に面白言い回しだったと感心したからこそ笑っただけではあったのだが、差別発言を聞かせた側と聞かされた側とでは今回、認識を共有してはいなかったらしい。

 

 皇族の一員であり、現ヴィルヘイドの最強剣士を兄に持つ名門出身のエミリアとしては、同じ皇族の家名を持ちながら平民の混血と同じ地位身分にあるミーシャという存在は、決して好ましいものではないのだろう。

 あるいは、生まれた時からの混血の平民よりも、尊き血筋を穢した面汚しという評価を下しているのかも知れない。

 たとえそうだったとしても、ネクロン家の家名を持つ相手には本家かアイビス・ネクロン直々の許可でも得られない限りは直接手出しをする訳にもいかない。

 

 それらの晴らしたくても晴らせない鬱憤が、もしかしたら今の彼女の対応に現れているのかも知れないな・・・・・・と黒髪の少女は思いはした。

 

 ――だが別に、そうだったからといって自分の班員と赤の他人の教師とを天秤にかけてやる義理も黒髪の少女には存在しなかった訳でもあるのだけれども。

 

「それは構いませんが・・・なぜ先生ご自身の手からお渡ししにならないのでしょうかね? ミーシャさんなら先程、校庭の方に行くのを見かけましたが?」

「・・・・・・っ」

 

 敢えて、馬鹿丁寧な口調で取り繕った断りの文言を返しながら、届ける相手の所在地もついでに提供してやることで、今ここにいる自分と相手のどちらが行っても変わりはない状況を作り出し、相手の心情を逆なでさせて睨み付けられる。

 当然、黒髪の少女がその程度のことで臆する理由などどこにもないのだが。

 

「・・・彼女は、あなたの班員でしょう?」

「ええ。そして先生の生徒でもありますよね♪」

「・・・・・・」

 

 ニッコリと笑顔で返されて、余計に不機嫌そうな表情になるエミリア先生。

 その表情を見て、「これぐらいが限界か」と遊べる状況を破滅にまで持って行かぬよう手頃なところで見切りをつけて。

 

「冗談です。そう怒らないで下さい、綺麗なお顔が台無しです」

 

 そう言って、相手が何か言おうと口を開こうとしていた瞬間には発言を制して先回りをし、手に持っていた学園生徒のバッジを人差し指と中指だけで挟んで優しく奪い取ってやると、サッサとこの場を去るため美人先生には背を向けて

 

「ご命令、謹んで拝領させていただきます。先生はどうか安心して、心安らかに吉報をお待ちいただきたい」

 

 そんな風に大仰な言い方で安請け合いすると校庭の方へと真っ直ぐ向かい、出鼻を挫かれてしまったエミリア先生は、しばらくの間どうしようかと迷っていたようだったが、結局は職員室へ戻るしかないと判断したのか何も言わずに大人しく自分も背を向けて廊下を去って行く道を選んだ。

 いくらなんでも、自分から頼んだ依頼を請け負って、それを果たしに行こうとしている生徒を教師のプライドだけで足止めする訳にもいかない。

 場末の庶民学校に勤める三流教師たちならいざ知らず、次期魔王候補を育成している魔王学院では家柄だけでなく、教師の質もそれなりに問われる。

 

 何しろ教師たちの全員が皇族出身者ばかりの学校なのだ。

 同じ皇族出身者同士でなら、無能な皇族よりも有能な皇族を・・・・・・当たり前の発想だろう。

 階級差別が激しかろうと、別に支配者階層同士だけなら差別も偏見もない理想郷が形作られるという訳でもないのだから、自己の立場と感情との両立を計らねば身の破滅につながりかねない名門出身の先生としては、節度ある保身として称えられるべき分別と言える・・・のかもしれない。

 

「やれやれ・・・」

 

 そんな相手の行動を、自分が去って行った後も魔力の移動で感知していた黒髪の少女は肩をすくめずにはいられなくなる。

 そして思うのだ。

 

 

「あなたと過ごした、あの頃の時間は楽しかったですが・・・・・・。

 あなたは私と過ごしていて、本当に楽しいと感じてくれてたのでしょうかね・・・アノス」

 

 

 そう思い、そう考えて、そう疑問を口に出す黒髪の少女。

 建前で取り繕って、憎しみという本心すらも悟られぬよう隠し合うのが当たり前となった現代の平和な社会の中で、敵への憎しみと怒りを隠すことなくぶつけ合っていた争いの時代を思い出してしまった今この時だから思わずにはいられずになり、どうしても疑問に思わずにはいられない。

 

 本心の憎しみをぶつけ合ってしまえば戦争にしかならないだろう。それは分かる。戦争を避けるため我慢する努力を否定するつもりはサラサラない。

 

 ただ・・・・・・嘘を吐き合って、本心を隠し合いながらでないと維持することのできない平和という社会が【嘘ではない証明】というものを出来る者が、はたして人間界や魔界や精霊界、神界まで含めてすら実在することが出来るのだろうか・・・?と。

 

 ふと、そう思わずにはいられない。

 そんな何事もない一日でさえも、あと二時限で終業時間を迎えようとしている。

 

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第13章

諸事情あって書ける作品の原作を限定せざるをえない現状(察して下されい…)
なので見るのも書くのも問題にならないアホ話を更新です。
最近、『試作品集』ばっかの更新で申し訳ございません。
…状況が成させた業だと普通の連載作品も思いついてないのが厄介です…。


 ――そこは今、ピンク色の泡に包まれた百合色の空間へと染まり尽くそうとしていた。

 

『へぇ~? あなた“アク”ってなのねぇ』

『は、はい・・・』

『それじゃあいい、アク? 私の事はルナ姉様と呼びなさい』

『せ、聖女様にそんな呼び方をして良いんでしょうか・・・・・・』

『私が良いって言ってるんだから、い~いの! 私が法なの!

 ――それに、こうやって裸の付き合いを済ませた仲でしょうが♡

 ウフフ♪ ほらほら~♡』

『え!? わ、わぁぁぁッ!? だ、ダメですそんなところー!?』

 

 

 ヤホーの町にある高級宿ググレで、魔王が借りて聖女様が同質に宿泊しているスウィートルームの風呂場から、淫靡な少女の声と、幼気な幼女の悲鳴が更衣室を挟んだ居間にまで響いてきている、そんな夜。

 

 ・・・・・・果たして、聖光国と聖女の「聖」という言葉の意味を、この世界の住人たちが知っているのか否か疑問が湧かなくもない展開とは裏腹に、すぐ側の部屋で当の魔王は散文的極まりない作業に従事していた。

 

 今日手に入れたアイテムの整理整頓である。

 

 

 

「ふぅ~む、なるほどなるほど。この世界だと、このシステムはこういう風に適合されてる訳ですか。なかなか興味深い、納得です」

 

 私は片手に持った、アクさんに買ってあげた銀のティアラを弄びながらアイテム名を確認し、アイテムボックスに放り込んだり取り出したりした結果を見て、一人でうんうんと頷き続けておりました。

 

 ・・・隣の部屋から続いているお風呂場では現在、パーティーメンバーのアクさんと、新たに仲間となった(仲魔ではありません)自称聖女のルナさんのお二人がRPG恒例である『冒険の途中でお風呂イベント』を展開している真っ最中であり、イチゴがパニクっちゃうような会話内容が先程から響いてきていて気を紛らわせるのに困っているという次第。

 

 オフラインならいざしらず、オンラインのネトゲで男性アバターが女性アバターの風呂場を覗いてしまえばセクハラコードに引っかかって即GNさんの出動です! アカウント停止されたくないですので絶対にやりません! いや、この異世界にGNいないですけど、ネトゲーマーは自分自身での自制が大事! これ基本!

 

 ・・・・・・というような理由により、話をアイテムに戻すとして。

 

「この世界の人たちが普通に着る衣服の類いは、必ずしも装備品と同じジャンルに分類される訳じゃないんですね~。これなら確かにアイテムを大量に持ち運ぶ事が可能です。ゲームの現実世界化、グッジョブです!」

 

 私は一人で悦に入りながら、また一着近くにあった衣服をアイテムボックスに入れて、表示された名前を確認。

 

【絹の服】

 

 と表示されている名前と、先程放り込んだ別の服とは映像が変わっていることを確認して、また一人で頷く次第でございました。

 今さら言うまでもなく、MMORPGの世界で無限にアイテム持って行けるなんてことはありえません。ホームとか買う意味なくなっちゃいますし、やり繰りもまたRPGの醍醐味でもあることではありますし。

 

 とは言え、そう言った綺麗事も流石に一人だけで異世界漂流してしまったせいで倉庫もホームも使いようがねぇプレイヤーにまでは当てはめようもなく、【ゴッターニ・サーガ】のゲームシステムが半端に通用するこの異世界ではアイテム管理のためのシステムはどうなっているのか少し疑問には思っていたのですけど、つい先程完全に回答を得られました。

 

 どうも、この世界の人たちが普通に着る普段着は『装備アイテム』とは捉えられていないらしく、幾らアイテムボックスに放り込んでも『絹の服』としか表示されず個体名が一度も出ませんし、キャパが減る気配も見当たらない。

 

 おそらくですが、装備品を全部取り外して全裸になって歩かせている裸族プレイヤーになろうとしても、男キャラ履いたまま脱げないパンツとか、女性キャラのブラジャーとパンツみたいな扱いになってんだろうなと推測してみた次第。

 

 あれらは確かに脱げない分だけアイテムとしては扱えませんでしたからな~・・・脱がせたかったですけれども(注:女のキャラだけです)

 一方で、絶対脱げない下着グラ扱いでしかないためか装備品としての効果は0。防御力1もありゃしません。逆に1でも上がるようだったら装備アイテムとして個体名とキャパを得てしまうみたいですけれども。

 

 また、【絹の服】と表示されているアイテムは、飾り付けや形がどんなに違っていても同じように【絹の服】です。絹でできた服だから絹の服。

 まぁ、ドラクエⅥに出てきてた『貴族の服』みたいなもんなんでしょう。該当範囲広すぎる名前でしたけれども、貴族たちの誰かが着るための服なら『貴族の服』です。嘘は吐いておりませんので大丈夫と言えば大丈夫。現にⅥは売れまくってヒットしたから大丈夫。

 

「あ~、いいお湯だった♪ ようやくサッパリしたわぁ」

 

 ・・・と、そうこうしている間にアクさんと聖女様のお二人がお風呂から上がってきたようですね。

 折角です、丁度良いから他の気になってる部分についても確認しておくとしましょう。

 

「ルナさん、ちょっとよろしいですかね? 聞きたい事があるのですが」

「――あのねぇ! アンタなんかに呼びつけられる筋合いないんだけど! 呼び捨てにしなかったから処罰は勘弁してあげるから、もしこれで私のこと呼び捨てにでもしようものなら火あぶ・・・」

「では、三聖女の中で一番最初に魔王にやられた最弱の妹存在ルナ・エレガントさん。聞きたい事があるので、答えなさい。でなければ帰れッ!!」

「なんで最初の時より内容酷くなってんのよ!? って言うか、最後の一言ヒドすぎるわよ! 折角あなたを追って来た少女に言う言葉なのそれはぁ!?」

 

 強気な割に打たれ弱い聖女様から涙目で言われてしまいましたが、知りません。苦情受け付けの方は国連直轄の特務機関受付にどーぞです。

 

「まぁ、そんな些細なことは置いとくとしまして早く答えなさい。天使とやらについて知りたいのです」

「・・・あんた、識天使様を調べて何をするつもり・・・? 神都で何か悪事を働こうとしているなら許さないわよ」

「まさか、悪事だなんてとんでもない。ただちょっと―――第六天魔王らしく、趣味の焼き討ちとか皆殺しとかして、ドクロの杯でカンパーイ♪とかする茶会の場所に使わせてもらおうと思ってるだけで・・・」

「ギャ―――ッ!? 魔王が! 人の世を滅ぼして地獄に変えようとする邪悪の権化の魔王が復活して私の目の前に顕現してるーっ!?」

 

 許さないと言われたので、ちょっとした茶目っ気を出したイタズラしただけで朝過剰反応されてしまう第六天魔王様。火炙りよりも焼き討ちの方が恐ろしいことのようです。

 その内、ジェームズ・モリアーティのネタも出してみましょう。なんか反応面白そうでしたので♪

 

「そ、そのー・・・ルナ姉様。魔王様はその辺りの事情に詳しくないんです。だから純粋に知りたいと思われているだけで、本当に悪気はない方なんです。・・・ただお口がたまにちょっと悪くなりすぎるだけですから、良かったらお話ししてあげて下さい・・・」

「・・・うう・・・っ、ほんっとアクは良い子なのねぇ・・・。こんな変態魔王悪魔とは大違いだわ! この極悪人!!」

 

 年下の幼女に縋り付くようにして立ち上がり、目元を拭っている国家主権者の聖女様から言われると・・・・・・なんか変な癖が付きそうですな。病みつきになってしまいそうなので止めて下さいよその表情。

 私って昔から、好きな子も嫌いな子もイジメたことありませんけど、ギャルゲーの弄られヒロイン系のキャラやドロンジョ様系の悪女キャラがヒドい目に会わされるの見るのが大好きだったHENTAI紳士なんですからさぁ~。

 

「――いいわ。アクに免じて特別に教えてあげる」

 

 そう前置きして始まった、この世界版天使にまつわるお話。

 それらは一番最初にアクさんから聞いた話と大差ない部分もありましたが、知らなかった話とか、今まであまり知らなかった部分とかも存在してもおりました。

 

「それで確か、悪魔王グレなんちゃらを封印したことで信仰されるようになったんでしたよね? その天使様たちは。その後どうなったんです?」

「智天使様だったら、悪魔王グレオールを封印した後に力尽きて消滅してしまったわ」

 

 ――いきなり邪悪なる者に挑んだ聖なる存在の方が死にやがりました! しかも三対一で挑んで封印するのが精一杯で一人死ぬ展開です! どんだけ力の差あったんでしょうかね・・・コレ系の前日談に登場する選ばれし者と太古の魔王の力関係って・・・。

 

「でも聖光国には、まだ座天使様と識天使様がいて人々を導いて下さっているの」

「なるほど・・・智天使の方は分かりました。では残るお二人、座天使さんと識天使さんは今どちらに?」

「さぁ? どっちも姿を見せなくなって久しいものだから――」

「どっちも、この国から既にいなくなっていらっしゃった!?」

「いや、いるわよまだ!? 姿を見せてないだけだからね本当に!!」

 

 相手からの返答が意外すぎて、思ったことを率直に言ってしまってヒドく聖女様を慌てまくらせてしまう私!

 ルナさんはそう言いますけど、いなくなってるでしょう!? それ絶対に間違いなく!

 大分前には元気な姿を見せてくれてたけど、もう長い間姿を見てないな~ってそれ、老人の孤独死の定番展開ですからな!? 探しに行ってあげなさいよ老人宅へ! 一人きりで死んでいって可哀想でしょう!? 崇める前に老い先短い老人を少しは労ることを覚えろぉ!

 

「いるもん! まだいてくれてるもん絶対に!! ね、願いの祠ってところにある石像の正体が座天使様っていう不心得者がいるくらいだから絶対いてくれるもん!」

「・・・おぉう・・・」

 

 会心のカウンター攻撃を食らわされました!

 ナベ次郎は心に大ダメージを負わされました!!

 

 ・・・・・・いや本当にね・・・思わぬところで過去の古傷を思い出させられて大ダメージを受けさせられちゃう時もね・・・あるんですよね本当に・・・。

 ま、まさかあの『ついカッとなって飛び膝蹴り叩き込んで顔面半分ぶっ壊して殺してしまった喋る石像さん』が座天使だった可能性があったとは!!

 

「もちろん間違ってるけどね! 本物の識天使様が来るのが待ち遠しすぎるからって偽物にすがっちゃう、そんな不心得者に神罰を下しに来てくれるに違いないんだから!!」

 

 うん、ごめんルナさん。多分それない。神罰下しに来ないですわ絶対に。

 ・・・だって『ついカッとなって』で天使殺しちゃった今時のキレる若者エルフが、未だに神罰下ってないんですもの・・・。

 ブラッドレイ大総統じゃないですけど、『あと何人、いや何千人の天使たちを殺せば下しに来るのだ?』とか、そんな主張も今の私が言えば説得力を持ててしまう・・・・・・マジでやばい立場に知らない内に立っちまうことしでかしてた私。

 知らないって怖いですなー本当に。はっはっは・・・・・・はぁ。

 

 

 ・・・・・・そんな風にして罪悪感から、ちょっとだけブルーになっていた気持ちになっていたせいもあったかも知れません。

 私はついつい話を逸らしたくて、聖女ルナさんの続く話である――『今の聖光国を支える智天使の教え』とやらを聞いた瞬間、“つい”思わず飛びついてしまったという次第でして――人類は何も学ばな~い、後悔して罪悪感に苦しんだぐらいで変われりゃ苦労しな~い・・・・・・

 

「そ、それにたとえ姿をお見せにならなくなっても、智天使様はありがたい教えを残して下さってるわ!」

「天使の・・・教え?」

「ええ、そうよ! その教えを信じて実践し続けてる限り、この国の平和が脅かされるなんてことはありえないんだから!!」

「ほう? 興味ありますね、そのお話。詳しく聞かせて頂きたい」

 

 まぁ、要するに気分紛らわすために誤魔化したかっただけなんですけれども。

 誰だってあるでしょう? クサクサした気分になってる時に、PK行為とかチート改造してアイテムの数増やしたりとか、不正行為とされること働いて「誰にも迷惑かけてないんだから別にいいじゃん」とかの頭悪い言い訳することでスッキリしたい気分になる時とかってさ。アレと同じですよ多分きっとそう。・・・そういう事にしておきましょう精神衛生の安定のために・・・。

 

「あら、魔王のくせに智天使様の教えを請いたくなったみたいね。殊勝じゃないの、いいわ、教えてあげる。智天使様のありがた~い教えっていうのはねぇ・・・」

 

 自分好みの話になったことから、少しだけ元気な笑顔と得意面を取り戻し始めたらしいルナさんにより、ありがた~い智天使様の教えを知るためのセミナーというか、よくある自己啓発お説教みたいな話が始まるのでした。

 

 曰く、

 

『努力し、自らの力を高め、困難に打ち勝つ。

 努力する者には天使が微笑み、大きな力と加護を与える―――』

 

 大雑把に言えば、この程度のもの。言ってる内容自体はそれほどおかしくない・・・・・・そのはずだったのですが。

 

「――ほうほう。努力する者には力と加護を与える、ねぇ・・・?」

 

 私の目の奥がピカーンと光ったのを自分自身で強く自覚させられて――より正確には私の【厨二ハート】にビビッとくるフレーズが混じってたことにより、現実逃避したかったせいもあって私の中に封印されていた【魔王キャラ】が黒歴史と共に復活しかかってきてしまってェェェ・・・!! 押さえろ! 押さえるのです!! 私の右腕でも左腕でもなんでもいいから押さえつけるのです! まだ早い! 早いのです!

 この前厨二再発して後悔してから短時間しか経ってないから、蘇るのもう少しだけでも後にして下さーい!?

 

「つまり、努力を格差と呼ぶ場合には、人も地域も格差があって当然。努力によって変えられるという事よ。私は常に努力してきたから聖女に選ばれることができたんだからね!」

「ぼ、僕、知ってます・・・聖女様は、孤児院から才能を見出されたって・・・」

「・・・・・・昔の話よ」

 

 見るとルナさんは、アクさんが途中から挟んできた言葉に対しては少しだけ気落ちしたような表情を見せながらも、言葉の内容自体は否定しておらず、自分自身は自力で這い上がってきたことにより智天使の教えにより傾倒するようになったようで・・・・・・ぐぉぉぉっ!?

 

 い、いけません! 気を紛らわすために別のものを考えようとしたら余計に厨二が! 厨二病の魔王心が刺激されて、これ以上は抑えきれなくなりかかってきてしまい―――我慢するの止めることにしましたわ。現代日本人は老いも若きも我慢し続けるのは慣れてない。

 

「――なんだそれは。なんなのだ。何故そんなにも小賢しい教えを信じられる?」 

「なっ!? なによ! アンタ智天使様の教えにケチつける気なの!? だったら私が許さないわよ!」

 

 聖女さんが牙を剥いてきましたが―――それこそ私の望む所! 漢の王道展開とは、そうあるべき代物です!!(誤魔化しのため深夜テンションになってる自分を否定はしません)

 

「そうだ。解っておるではないか・・・これが我だ。我に天使の加護など必要ない。

 努力すれば加護が与えられる? 格差などあって当たり前? 何故そんなに小賢しい?

 弱いから、つまらぬから、尤もらしい理屈を掘り起こし、人道家で優しい人間だとでも思われたいのか?

 理屈臭く、努力すれば努力さえすればと、呆れて我はものも言えぬわ。白けるわ!!」

 

 注:言えない割には「言いまくってるじゃん」とかの理屈臭いツッコミは冷泉様に失礼なので止めましょう。冷泉様は厨二病患者の神様です、ナ~ム~。

 

「なにがよ!? 智天使様の教えのどこが理屈臭いって言う気なの!? シンプルかつ強烈な教えで、人として当たり前の考え方じゃないの!!」

「フン! 阿呆か貴様。これをつまらぬと思うなら、それはそやつがつまらんのだ。能なし共が!

 熊を素手で撲殺できる膂力もない分際で、際物めいた一芸さえあれば山をも崩せると迷妄に耽りおって。

 己の矮小さを正当化するために、みっともなく天使の教えとやらで誤魔化しておる・・・」

「出来ないわよそんなもん人間には!? どこのモンスターの所業よ!? 人間に可能な範囲で天使様の教えを否定しなさいよ本当に!!」

 

 聖女さんはそう言いますが・・・・・・できます。少なくとも私は出来ます。ドラクエⅢの武闘家たちもレベル上がれば出来るようになります。伝説の武闘家も『鉄の爪』なしでは出来なかった偉業もレベル上がって強くなりさえすれば出来るようになるのです!!

 

 ・・・・・・と、智天使さんが封印だけで命落とした悪魔王さんの頭蓋を握り潰して殺した前科者エルフは心の中で自白しました。世の中ありえないことが普通に起こる不思議ワールドで一杯です。ファンタシー異世界だと特に。

 

「故に我が喚ばれ、この世界に生まれ落ちたのだ!

 貴様らの如き小理屈をこねる輩が横溢するようなって以来、圧倒的というものがとんと見当たらなくなってしまったこの世界で天を握るために! 超深奥に・・・座に届く者となるために!!」

「――ッ!? 天・・・・・・座!?」

 

 なぜだかルナさんが、その二つの単語を聞いた時だけモノすっごい過剰反応を返してきて唖然としていましたが・・・私にとってはただただ気持ちがいいだけの反応でしたので冷泉様ゴッコ続行♪

 厨二病は偉人英雄系のキャラのセリフを他人に語って悦に入りたい小理屈好きなヤツばっかりです♡

 

 ・・・・・・そして、その結果として我はより未来にピンチを買い込む愚を犯してることに気付かない・・・。

 偉人の名言をマネしたところで本人と同じこと出来るようになれる訳じゃないのに、他人の言葉を他人に対して偉そうに語りたがる人ほど、その事実に気づけない~・・・。

 

 

「絶望が足りぬ! 怒りが足りぬ! 力を欲する想いが純粋に雑魚なのよ! 

 力! ただ力! 特殊な理など何も要らん! 必要ないのだ白けるわ!!

 我の宇宙は我だけの物であろうがよ!!!」

 

 

 そこまで気持ちよく言い切った所で―――ふと気付きました。

 ・・・目の前の聖女様が顔面蒼白になって、過呼吸で心不全そうで、体震わせながらワナワナしていて「薬物でもやってんのか?」とか言われそうなレベルで体調悪すぎそうなバッドステータス状態になってたという現実に遅まきながら。

 否、超遅まきながら私はようやく気がついて、心配になったので声をかけようとした、まさにその瞬間。

 

「ち、力・・・天・・・っ! 宇宙の・・・座ぁッ!?」

「あの~・・・ルナさん? 顔色悪いですけど大丈夫で―――」

「お、おおおお姉様ぁぁぁぁぁぁっ!!! 魔王が! 天使が復活して、ルシファーが堕天使にィィィィィィィッ!!!!」

 

 

 なんか矛盾した並びの単語を大声で叫びながら部屋を出て行ってしまいました。最近の若い者はカッとなった時の行動がホントによく分かりません。私なんか振り返ってるとスゴく実感させられます。

 

 まっ、それはともかくとして。

 

「あ~~・・・・・・気持ちえがったです~♪ これで今夜は快食して快眠できそうで何よりですねアクさん☆」

「魔王様・・・。魔王様は優しいときと意地悪なときがあって、時々ですけど外道になるときもありますよね・・・・・・」

「ハッハッハ。何を仰っているのですか、アクさん。私はいつだって優しいですよ? 甘くはないですが」

 

 Byベアさん、とでも語尾つけたところで異世界人には理解できませんので省略です。異世界漂流者はネトゲの中に閉じ込められてもネトゲキャラで異世界に飛ばされても孤独なのです。

 

「それにまぁ、私は嘘は言ってませんからな。詭弁は言いましたけれども。

 座天使の教えとやらを私が完全否定して、頭っから全く信じていないのは本当にホントですよ? それはマジです。

 努力すれば報われて、生まれの格差なんてカンケーねぇんて大嘘にも程があると心の底から信じた上で要っていた言葉ですから、間違いないです。魔王様、嘘吐かない」

 

 私はそう言って深く頷きながら、断言します。その心に嘘偽りは一切ございません。

 何故ならば・・・・・・チート持ちの異世界転移者ですからな!!

 

 存在そのものが不公平と不平等を体現してるにも関わらず平等論説くなんてありえねー! マジあり得ねぇーっすよ兄ちゃーん!って感じのレベルで詭弁過ぎますって絶対に!

 

 人は公平だ、努力すれば強いヤツにも勝てるんだと、死んで生まれ変わっただけで超強くなれる才能持ってたヤツから理屈っぽく言われたら正しいこと言ってるように思わせてくれるだけのこと! 所詮は彼だって生まれながらの平等なんて信じちゃいません絶対に!

 

 では何故、心の底から信じているように言えるのか!? ・・・その方が人気出て売れるからです。

 本当の世の中とは、努力でも生まれでもなく、金手に入れたヤツが高い身分につけるモノなのですよ。それこそが真なる弱肉強食の理! 私がこの異世界で生きていくための正義なのです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・そして、夜遅くに余談。

 

 

「・・・お風呂上がったばかりの寝間着姿で外走ったら風邪引いちゃった・・・・・・ハックション!!」

 

『『・・・・・・・・・』』

 

 

 即日の内に家出先から出戻りしてきた、姉様とやらの権威が暴落したことだけ確定して―――明日に続く!(まる子ちゃん風)



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私、能力値にバッドステータス付与はお許しを!って言ったのに・・・。

『私、能力は平均値でって言ったよね!』の二次創作です。アニメ版1話目を見たときに思いついて少しずつ書いてきてたのが今日になってから出来ましたので投稿してみました。

なお、作者の試作品集の一作らしい「主人公が原作主人公と似て非なる別人設定」になってる内容ですので原作尊重派の方々は読む前には熟考をば(苦笑)


 ・・・ガタゴトと、長閑な田舎道を一台の荷馬車がビルズ王国へと向かっておりました。

 

「わー! やっと着いたんですね! ビルズ王国の王都に♪」

 

 窓を開き、私は顔を出して遠くに遠望する町を見つめて歓声を上げます。

 しばらくして王都の町中へと到着してから馬車を降り、引っ越し代で寂しくなった懐具合に見合う安宿を見つけると中へと入って呼び鈴を鳴らし、空き部屋が残っていることを確認して心の中でガッツポーズを取る!

 

「はい、お部屋なら空いてますよ。もしかしてお姉さん、ハンター養成学校の新入生さんだったりします?」

「マールと言います。実はこの国のハンター養成学校に入学することになったんですけど、予定より早く到着してしまって入学式までの仮住まいが必要になりまして・・・入学式までの短い間ですけど、お世話になりますね」

「看板娘のレニーです。頑張ってくださいね、お姉さん! 有名なハンターにひいきにしてくれたら、内の宿もガッポガポですから~♪」

「ああ、そういう派手なのはいいです。ノーサンキューです」

 

 見知らぬ土地にやってきたばかりの余所者として、自分から看板娘を自称できる自信家で逞しい幼女と初っぱなから知り合えた私は、ついつい口も態度も軽くなって砕けた態度で相手が抱きかけた夢を儚い希望に変えてしまうような返しを苦笑しながら言ってしまうほど安心し切っておりました。

 彼女なら、この程度のことで今後の関係に影響しないと信じられたからでもあり、下手に夢を抱かせてしまって後々ガッカリさせるよりかはマシだと考えた故でもありました。

 

 人生やり直し場所を求めた私が、この国を新天地と定めて引っ越してきたのは“そういう目的”とは正反対な道を目指すため。今度こそ、普通の幸せを掴むため!

 私にとって、本当の第二の人生の始まりはここからなのですから!

 

 ――そう。

 

 

「私が目指すのはただ一つ!

 今度こそ、【犯罪者扱いされることなく、国外逃亡する羽目にもならない、シャバで平穏無事な一般人として普通に生きて死ねて臭いご飯を食べさせられる豚箱に閉じ込められずに済むこと】それだけの平凡な幸せで充分ですから!

 だからハンターとしての名声なんていりません! むしろ有名になってマスゴミから過去の経歴とか調べられると困り過ぎますし! だから平凡な幸せが一番です!!」

 

 

 ・・・・・・こうして私は、人生やり直すために引っ越してきた新天地に着いた早々、十代前半の年下少女相手に土下座して通報するのを待ってもらって口止め料も払わされ、なんとか当面の雨風しのげる寝床と温かい食事がある最低限度の生活を手に入れることができたのでした。

 ――なんで私の第二の人生、こうなるの・・・・・・。

 

 

 

 遅ればせながら、ここだけの内緒の暴露お話です。

 実は私が名乗ったマールというのは仮の名で、その正体はブランデル王国の貴族令嬢【マールディア・フォン・アルカトラズ】・・・でもなく。

 現代日本のオタク女子中学生【栗里海原(クリサト・ミハラ)なのです!

 所謂、「ご都合主義乙~」とかアンチして現実主義者ぶるのが流行ってる異世界転生者ってヤツですね♪

 

 私は人より、ちょっとだけ早熟だったせいか周囲から突き上げ食らってて・・・要するに捻くれボッチだったというわけです。

 ああ、両親と妹との仲は悪くありませんでしたよ? 家族仲は良好です。

 反抗せずにテストで良い成績さえ取っとけば特になんも言ってこない両親なんてテキトーにご機嫌取っとくだけで良かったですし、シスコンでも美少女でもないリアル妹なんて姉にとってはどーでもいい存在でしたからね。現実の家族関係なんて、そんなもんです。ヘッ。

 

 そして、そんなある日のこと。

 

 キキィーッ!!!

 

 ハイッ、来ました! 異世界転生名物【左右の確認もせずに横断歩道を渡ろうとする馬鹿ガキが暴走トラックに轢き殺されそうになってるのを救ってやるため自分の命捨てるかガキ見捨てるか?】割に合わないお約束の選択肢が学校向かう途中の私の前でいきなり発生してしまったのです!

 それを見た私は、何かを考えている余裕もなく、躊躇いもなく、思わず反射的に体が反応してしまって・・・・・・

 

 

 

 キキィィィィィィッ!!!!

 ――――ドカンッ!!!

 

 

 

『・・・で、平然と子供を見殺しにして、巻き込まれることを恐れて現場からさっさと逃げ出そうとしていたことへの弁明を聞かせてもらいましょうか?』

「い、いや、あのえーとそのぉ・・・・・・」

 

 ・・・ってな事があって、所謂『白一色の空間に椅子だけがある世界』に呼び出し食らって、神様と名乗る美青年から正座させられながらお説教とゲンコツを頂戴させて頂きまして・・・。

 

『まったく・・・本来だったら死ぬ予定のなかった君を手違いから死なせてしまったことに気づき、慌てて賠償としてのチート転生許可を取り付けることに成功して地球までやってきたら、変わってしまっていた運命を自分のエゴと保身で変えてしまうとは! 

 どうするんですかコレ本当に・・・もう君は本当に死んだことになってしまってたんですよ・・・? 今からでは助かっても元に戻すことができません。死んでなくても異世界に転生してもらう他に打つ手がなくなっている状況なのです・・・』

 

 という事情があった末に今に至ります・・・。

 なんでも神様曰く、予定外で死なせてしまった人間の事後処理とか、本来の予定を狂わせないための穴埋め作業とか整合性の取り方とか、色々やるべき作業が山積しているようで後からの修正は効きづらいのだとか。

 神様だからと言って、チンカラホイと呪法を唱えただけで何でもかんでも不可能を可能にできてしまうような、ご都合主義パワーまでは使うことができないみたいですね。

 チート転生も百億人以上の死のスケジュール表管理で生じた想定外のミスと考えれば納得いくレベルの賠償額。世の中やっぱり都合良いことだけでは出来てくれてないみたいです。

 

 とは言え、本来だったら私のために神様が取ってきてくれたチート転生権は、『馬鹿ガキ救ったせいで予定外で死なせてしまった被害者用』子供を見捨てて生き延びてしまった結果、神様の書き直した生と死のスケジュール表で整合性を取るために死んだことに変えられてしまって、そのくせ子供見捨てた倫理的にはどーかと言われそうな面もある。

 

 結果として、与えてもらったチートにデスペナルティ付け足された状態で生まれ変わらせられてしまった今の私こそが、安宿で幼女に土下座した貴族令嬢マールディア・・・。

 あんなにバッドステータス常時付与だけはお許しを!ってお願いしたのに・・・神様とドクロベー様に慈悲の心による許しなんてものは存在しないのだと思い知らされた栗里海原、享年14歳。現代日本人として過ごした最期の日の悲しい犯罪歴話はこうして終わりを告げます・・・。

 

 

 

 ―――まっ、それはそれとして!

 

「お金払って引っ越してきた先の新天地に着いたのですから、まずは観光です! 建物の配置や位置関係の掌握も含めて逃げ道確保は逃亡者生活の基本!!」

 

 辛く苦しい過去を振り切るように片手を振ってレニーちゃんに「行ってきます!」と出発を告げ(行き先と目的と帰宅予定時間を記載させられてから)初めて来た外国の町中へとGO! イタリアっぽい観光名所の各地を見て回ってきました! 昔の映画を彷彿とさせられる光景ですよね!

 あの映画のタイトルは・・・何でしたっけ? 【ハンニバル】でしたっけかね? まぁいいや何だって。どうせ二度と見れないですし間違っててもカンケーなし。次行こう。

 

 

「さて、観光も済ませましたし。次は食事のために市場へGO! やっぱり旅の楽しみと言えば地元産の名物料理ですからね~・・・グヘヘ♪」

 

 思わず下卑た笑いを浮かべそうになってしまう程度には、花より団子な純粋年頃で死んでしまった前世の私。保身は好きでも色気より食い気なのは変わらないの♪ だって少女じゃなくて女の子って呼ばれる子供なんだもん☆ ウッフン♡

 

「・・・って、あれ? よく見たらなんか昼間なのに子供の数が少ないよーな・・・?」

 

 浮かれすぎて周囲をよく見ていなかった私でしたが、少し落ち着いて周りを見回し、遅まきながら気づいた事実として家の外で遊んでいる子供の姿をほとんど見かけていません。

 いえ、それどころかレニーちゃん以外の子供をブランデル王国に入ってから見かけた記憶が一切思い出せないレベルです。

 代わりに多く見かけるのは、眉をひそめながら困り顔で語り合っている、オジサン達やオバサン達、たまにお婆さんまで混じって何やらヒソヒソと互いの心配事を話し合っている様子が見て取れます。

 

 こ、これはまさか・・・もしかしなくてもひょっとして・・・っ!?

 

「どうりで落ち着いた町だと思っていましたが・・・こんなファンタジー世界でも、“最近の子供は外で遊ばないからダメになるばかり”と愚痴り合う老害たち大量発生の波が押し寄せてきてたりとかしちゃってたりして・・・って、わきゃ!?」

「――おっと、危ない」

 

 恐怖のあまり考え込んでしまっていたせいで油断した私は、道の出っ張りに足先を引っかけて躓いて転びそうになり、前方に立っていた優しい人に助けられるという王道的ヒロイン展開を実践してしまう醜態を晒してしまったのでした!

 クワーツ!? 恥ずかしい! なんだこりゃワタシ!? 少女向けラノベのヒロインか、乙女ゲーの主人公ですかよ!? 私のキャラに合ってない行動とか言動しちゃった時って超恥ずかし~!! 恥ずか死ぬー!?

 

「大丈夫かい?」

「・・・ふぇぇ・・・」

 

 しかも助けてくれた相手が超美形のイケメン騎士パターンと来たもんです・・・。

 短いけどサラサラの金髪、爽やかな笑み、軽装の鎧、腰に一本の剣、キラキラした背景。

 もはや昭和における少女漫画の世界です。・・・そして昭和のお約束ヒロインポジション・・・。ホント殺してください・・・でなければ私が自分で死にます。恥ずか死ぬる・・・。

 

「ご、ごごごごめんなさい! つい出来心で、わざとじゃなかったんです! 私は何もやっていません! 正当防衛です!!」

「えっとぉ・・・ごめん。何言ってるのかよくわからないけど、ひとまずは落ち着いて?」

「は、はいぃっ! スーハー、スーハー、ヒッヒッフ~・・・有り難うございました。

 ・・・えっとぉ・・・?」

 

 ネタキャラっぽいラマーズ深呼吸方法で本来の自分を取り戻してから相手と改めて相対し、落ち着いた心と視線で助けてくれた恩人の・・・・・・美少年騎士さん? それとも少女騎士さん? どっちかよく判んない中性的な騎士さん。

 

「・・・お兄・・・、お姉・・・・・・おネ兄様?」

「うん、気を遣おうとして訳わかってるからね? あんまり落ち着けてないみたいだから気をつけようね?」

 

 そう言ってイケメン騎士様は、優しい視線と瞳で私を見つめて(可哀想なものを見る目とは解釈したくありません)

 

「あまりボーッとして迷子になると、おうちに帰れなくなっちゃうよ?」

 

 片目をつむってウィンクしながら微笑みを浮かべ、子供に注意するみたいな口調で言ってくれる優しい優しい騎士様ステキ☆ ・・・そして微笑まれた方の私は王道ヒロイン度が増したという訳か・・・地味に凹む・・・。

 周囲に合わせないから突き上げ食らった捻くれ女子中学生の気持ちは複雑なのです・・・。

 

「・・・あの~・・・私そこまでは子供じゃないですので、迷子までは大丈夫だと思うっス・・・」

「ハハハ、うん。良い子だね。じゃあ、私はこれで」

 

 そして余計に微笑ましい生き物を見下ろす瞳で爽やかな笑みとともに背を向けられてしまう私。

 ・・・なんだか転生した後から精神年齢下がってる自分を自覚してるんですけど、これは所謂『生まれ変わった体に引っ張られる現象』なのでしょうか? それとも教えられてないけど付け足されてた別のバッドステータス? 恥ずかしすぎるのでマジ勘弁して欲しいっス・・・。

 

「あと――“私”は、お姉さんだからね?」

 

 それと騎士様自身が気にしていた部分だったらしいので、彼もとい彼女の名誉のためにも訂正すべきところは声に出して訂正しておこうと思います。

 

 

「じゃあ、お兄姉様で」

「オニッ!?」

 

 

 何故だか驚かれてしまった上に、全力であだ名を拒否られてしまいました。

 ・・・いいニックネームだと思ったんだけどなぁー・・・。

 

「しかし、それはそれとしても子供とは失礼しちゃうなぁ~。こう見えて転生者である以上、実年齢は―――」

 

 ・・・そう言えば、あんま変わんなかった前世記憶を思い出して地味に更に凹んでいた私は、ついつい先ほどと同じ前方不注意のまま歩き続けてしまい、『そこのチッコイの』と不意打ちで横から呼び止められて振り返ると。

 

「今すぐ引き返しなさい。お子様がスラムにのこのこ足を踏み入れようものなら、骨までしゃぶられるわよ」

「・・・ふぇ?」

 

 赤髪ロングヘアーで、黒のゴシックドレスっぽい服着て、魔法のステッキっぽい杖持った可愛らしい女の子が立っていたことに驚愕してしまい、思わずポツリと正直な賞賛を口に出してしまって

 

「か、カワイイお子様魔法使いが、なんでこんな所に!?」

「あ、ああアンタの方がチッコイでしょーが!?」

 

 怒られました。褒めたのに怒られました。誤解なく互いの思いを分かり合うためにはチート転生能力じゃなくて、ニュータイプへの転生が必要だったみたいです。・・・でも人殺し以外に役立ってるとこ見たことない連中なんですけどね・・・。

 

 ・・・って言うか、え? スラム?

 

「とにかく! そっちには近づくなって言ってんの!!」

「お。・・・う、うわ~・・・本物だぁ・・・」

 

 相手に言われてから、杖で指し示された方へと目を向ければ、そこに広がっているのは絵に描いたような暗黒街!

 暗くてジメッとしていて髭モジャのオッサンとか切り裂きジャックとかが屯してそうで・・・・・・なんて言うか、こう・・・・・・一瞬だけ意識が遠のきかけてきて――

 

 

「・・・まるで人も町もゴミのようだ・・・」

「は?」

「・・・・・・ハッ!?」

 

 やばい!? なんかフィクションっぽい人たちと連続イベント発生したせいで意識もってかれて油断しすぎてたわ!! 呪いが!! バッドステータス発動を抑える分の意識まわすの忘れてた-!?

 

「あ、いや、そのえーっとぉ・・・すいません! ちょっと考え事しちゃってて間違えて入るところだっただけなんです! 入るつもりとかは無かったんです! 本当です信じてください! 

 あと、腐った町を空気ごと焼き払って王道楽土を建設しようなんてつもりは、本当に一切全くこれっぽっちもないです本当に!!」

「・・・いや、見知らぬお子様がスラム入るのを見て見ぬフリするとか目覚めが悪かったから注意しただけで、本当に入る気があるとまでは疑ってなかったんだけど・・・・・・そこまで否定されると逆に怪しいような気が・・・・・・」

「はうぁッ!?」

 

 しまった! 逆効果だ!? こういう時ってどうすれば言い逃れできるものなんだろう!? 教えてヒーロー!!

 

「本当に入るつもりはなかったんです! ご心配をおかけしました! 私は何もやってませんから大丈夫です! まだ!!」

「・・・“まだ”・・・?」

 

 ――しぃぃぃまったぁぁぁぁぁっ!?((((;゚Д゚)))))))

 

「・・・まぁ、まだ何もしてなくて、する気もないなら法律的にも別にいいんだけど・・・・・・ただ、そのお登りさん丸出しのアホ面はなんとかしなさい。

 挙動不審で怪しまれても知らないわよ」

「あほづっ!? 挙動不し・・・って、笑うなー!?」

 

 相手から言われた言葉がショックすぎてしまって、スラムはいるなって注意してきた本人は入っていくにのもツッコミが入れられずに、横で常時盗み見ているユルカワ覗き魔生物とのいつものやり取りを終えたときには既にお子様魔法使いの姿はなく。

 

 いつまでもスラム街の入り口に突っ立ったままでも意味はないですし、やることもなかったので改めて市場へGO。

 そしてここが市場です! 直販なのか安いです! 色とりどりのフルーツとか野菜とか魚屋さんとか・・・・・・吊り下げられた骨付き巨大肉とかまでもが安い!!

 現代日本だと一本幾らぐらいするのかと頭の中で電卓計算したくなるほどのブツを見ると、どうしても財布のヒモを緩めたくなってしまう日本人のDNAがウズウズと・・・って、

 

「ぶへはァッ!?」

「・・・あら?」

 

 そして再びヨソ見してた結果として正面衝突してしまった柔らかい壁に弾き飛ばされて尻餅着く私。

 柔らかくて弾力があり、プリンのようなまろやかさを感じさせながらも、決して崩れることのない絶対無敵な城壁の防御力をもって私の前に立ち塞がってきた、その壁は――

 

「あ痛たたた・・・・・・」

「大丈夫ですか? どこかお怪我は?」

「は、はい・・・大丈夫で・・・・・ひでぶはぁッ!?」

 

 圧倒的な性能の差を見せつけてくる―――オッパイでした!!!

 な、なんという(女としての)スペックの差! これが性能の違いが決定的差でないと言いながら最後まで勝てなかった少佐殿が味あわされた絶望的すぎる壁なのか!? 

 クッ・・・! 人は所詮、持って生まれた才能の差には勝てないということなのかチクショウめ!!

 

「ど、どうかした? なんだかスゴい悲鳴だったけど、どこか怪我でもしたの!?」

「い、いいいえ何でもなななな・・・ッ!? お、おおおおぱオパおおおオオオ・・・・・・」

「お? お尻なの!? お尻を打ったときに痛めてしまったのね!? ちょっとしつ――」

 

 

「お、おおお、覚えておいでヤッターマン!!!!」

 

 

「何が!? そして誰のことなのソレって!?」

 

 

 あまりにも混乱しすぎてしまって、バッドステータスまでもが中途半端な発動の仕方した私は、負け犬女らしく泣きながら全速力で逃げ去ってしまって・・・・・・お肉買い忘れましたのでレニーちゃんに何か作ってもらうしかなくなっちゃったのでありましたとさ・・・。

 銀貨五枚の宿泊費プラス別料金の食事代までもが地味に痛いです・・・・・・懐具合的に・・・。

 

 

 んで、これはレニーちゃんから、そのときに聞いたお話。

 

「子供たちの失踪事件?」

「ええ、今の王都では私たちぐらいの子供が、ここ数日で何人か行方不明になってるんです・・・。すいません、言い忘れてしまって・・・。

 犯人の一味なんじゃないかと最初は疑っちゃってたものですから、つい・・・」

 

 申し訳なさそうに謝りながら説明してくれるレニーちゃん。やっぱり頼りになる子だよね♪

 そして・・・最後の余計な補足に関しては聞こえなかったフリしておくことに決めた私は悪い子だと自分でも思います・・・。

 謝ってくれて説明もしてくれたってことは疑いも晴れたんだろうし、痛くないお腹を探られ直したくないのは、犯罪者であれ逮捕令状出されてない容疑者であれ変わることなく皆同じもの。

 叩いてホコリの出ない人間なんて、大人にも子供にもいるはずないのが現実の世の中だもんね・・・。

 

「お姉さんも、魔法使い目指してる場合は気をつけてくださいね? 魔法が使える子供って貴重なんですから」

「うん、ありがとうレニーちゃん」

 

 私は笑顔でお礼を言って食事を食べ終わり、夜の挨拶をしてから二階にある自分の部屋へと戻っていったのでした。

 

 ・・・・・・内心では冷や汗まみれの本音を知られないため全力疾走したい心を抑え続けて、心臓バックバク鳴らしまくりながら部屋へと逃げ込んでホッと一息。

 

 

「あ、危なかったー・・・。子供の誘拐事件どころじゃない魔法使えること知られなくて良かったよ本当に・・・。そう思うよね? ナノちゃん」

『――まっ、確かに。マール様は未だかつて前例のない罰則魔法の使い手ですからね。知られてしまったら碌な人生は送れないでしょう、間違いなく』

「ぎゃー!? 言わないでー!? 自分で分かっていても他人から言われると辛すぎる真実を指摘しないで賛成だけ返事返して欲しかっただけなのにーッ!?」 

 

 ベッドの上で黒歴史の傷みと辛さに藻掻き苦しみ続けさせられて、この世界に来てから知り合った何処にでも行けて何処からでも現れるナノマシン生命体の通称『ナノちゃん』からもからかわれ、逃げ道を全て閉ざされてしまった私は布団かぶって夢の世界へ全力逃避!

 現実逃避こそが私に残された最後の楽園! 希望に満たされたフロンティア!!

 絶望の現在を捨て去り、今こそ旅立とう! 夢と逃避の世界ドリームランドへ!!

 とゆーわけで、ではお休みなさい! グ~~・・・・・・ZZZZZ

 

 

 

 

 

 んで、短い期間が過ぎて入学式前日の夕方!

 

 

「――よし! 王都の掌握完了! 取り調べも事情聴取も一切されなかったから前科もなし!

 これで心置きなく入学できるし、いざという時には心置きなく高飛びも出来るぞ~♪」

 

 スッカリ逃げ癖がついてしまった自分のダメさ加減を自覚しないまま、意気揚々とレニーちゃんが待ってるはずの宿屋に帰ってきたところ。

 

 

『止めるな! 俺はレニーを探しに行く!』

『かき入れ時だってのに料理人がいなくなってどうするの!?』

『レニーが心配じゃないのか!?』

 

 

 ・・・と、レニーちゃんのご両親でパパママンズが「止めるな俺は先に行くイベント」をコックさん姿で熱演しておられるシーンに出会してしまいました。

 おそらく、前に話してくれてた失踪事件に関する話題なんだろうなーということぐらいは私にも推測できたんですけど・・・・・・そんな風に思ってた私が言えた言葉はただ一つ。

 

 

 

「・・・・・・・・・チャ~~~ンス・・・・・・」

 

 

 

 悪い笑顔を浮かべて、世界を救う組織のエリートパイロットみたいなことを言いながら部屋に戻って準備を整え、さっそく街へと繰り出しました!

 まだ誘拐されたと決まったわけじゃないけど・・・・・・それでも、これは!!

 

 

「チャンスよ! 贖罪するチャンス!

 今回の誘拐事件を解決して、助けられた大勢の子供たちから感謝されて、前世で犯した罪をチャラにできるほど沢山の徳を積めば、神様だって私に掛けたバッドステータスの呪いを解いてあげようって気になれるはず!

 犯した罪を悔やんで、罪悪感で苦しみまくって、色んな悪人やっつけまくる『過ちに気づいて正しくなった正義の味方系ヒーロー』にさえなれれば、法律的裁きから逃げまくったところで同情心とかで悪者にはされなくて済む! それこそ正義の味方の定義だから!!」

 

 

『・・・・・・その考え方捨てない限り、一生かかっても罰ステータスを解除してあげる気になってもらえないと思うんですが・・・・・・』

 

 

 なんか横でナノちゃんが都合の悪いこと言ってる気がするけど、聞こえないフリして人助けに出動よ! 人助けすることが自分を救うことにつながるのなら、喜んで無償奉仕の人助けをする!

 物理的な報酬はいらないし求めない! 自分の罪をチャラにできればそれでいい! その前提で犯らせてます! それが贖罪系ヒーローキャラの生まれる経緯と理由!

 

 

 

 ・・・という感じで、人気がなくなった夜の町に出かけて市場を見て回ったけど誰もいなくて、探索魔法はナノマシンで魔法使ってて魔力じゃないから科学法則作用するらしい世界だと私の頭がパーになるレベルの容量必要とする捜査範囲だったから却下して。

 

 残る候補は、アソコだけか・・・・・・。

 

 

「へっへっへ、コイツは上玉だぜェ~」

「応よ! このガキを連れていけばボスからボーナスがたんまりだぜェ~」

 

『ヒェ~ッヘッヘッヘッヘ!!!!』

 

 

 

 ・・・・・・一瞬で釣れましたよ、スラム街のチョロいチンピラさん、略してチョロピラさんたちが二人も瞬殺で・・・・・・。

 ナノちゃんから『流石にチョロすぎませんか?』というツッコミにも反論する余地が見いだせなくて黙り込むしかない私・・・。

 

 その沈黙を自分たちに都合良く解釈したのか、私の体にチンピラの片割れが手を触れようとした、まさにその瞬間のこと。

 

「待て! その子に触れるな!!」

「お、お兄姉様!? 来てくれたのですね!!」

「オニって呼ぶのも辞めようって言ったよね!? って言うか昼間の君じゃん!?」

 

 女の子のピンチに颯爽と登場して、悪人面のチンピラたち相手に大立ち回りしてくれそうな格好いいイケメン騎士様再登場! もうこの際男とか女とかどうでも言い問題です! 格好いいとカワイイは正義!! これ全ての世界共通の常識♪

 

「テメェ! なにモンだぁッ!?」

「悪党に名乗る名前はない!!」

 

「はうァッ!?」

 

 思わず、状況をわきまえずに変な悲鳴を上げてしまった私・・・。

 し、しまった・・・興奮のあまり意識してた封印が・・・っ。ば、ばばバッドステータスが、呪い・・・が・・・っ!?

 

 前世で一度言ってみたかった“あのアニメの台詞”を言ってしまってもいい状況に陥ってしまったことにより、私に掛けられていた呪いは大幅に力を強め始めているのを自覚させられ、心は冷え切りバッドステータスによって汚染され尽くして黒く染まってヤバい状態になってきて・・・・・・私の意識と心が急速に眠りへと誘われていくのを感じさせられます・・・。

 

 ああ・・・これはヤバい・・・ヤバいです・・・。私が逃亡者にならざるを得なかった、あのイメージ悪すぎなバッドステータスの完全発動だけは我慢しない・・・・・・と・・・グ~~ZZZZ

 

「チッ! 誰なんだよコイツ一体・・・っ」

「構うこたぁねぇ! 殺っちま―――」

 

 

 

「――――これから死ぬヤツに名乗っても、意味がねぇなぁ・・・」

 

 

 

『あァン!?』

 

 

 悪党どもの背後から冷たい声が掛けられて、美形の女騎士が驚いたように見つめる前方で。

 

【生前にやらかした行為に相応しい言動を強制的に取されることで表面的な取り繕いを無意味にさせられてしまう刑】に処せられてしまったバッドステータスを常時付与されている少女の可憐な表情が不気味な笑みへと姿を変える。

 

 己の本性に相応しい者の言葉と言動でしか語ることを許されず、愛の言葉は憎しみを買いやすくなり、慰めの言葉は罵倒と解釈されやすくなってしまった嘘つき少女の落とされた生まれ変わりという名の地獄の体現。

 

 

「うふふ・・・フフフ・・・いるいる、命知らずの虫どもが・・・♪ ひい、ふう――二匹だけか。思ったよりは少ない数だが、まぁいいだろう・・・・・・くふふふ・・・フハハハハッ!!!」

 

 腰に帯びていた子供用サイズの剣を抜き放ちながら、狂気に満ちた嬉しそうな笑みを浮かべながら『殺さずに倒す』を前提にはしているけど、誰もそう思ってはくれないこと間違いなしなキャラクターを強制的にマネしてしまいまくりながら・・・っ!!

 

 

「な、なんなんだコイツ・・・っ!? 一体なんなんだ!?」

「ヤベぇよ・・・っ、なんかよく判んねぇけどとにかくヤベぇ!? い、一旦ボスに報告を・・・ッ!?」

 

 

「逃がさんよォッ! 【二階堂居竦み魔法・心の一方】発動!!」

 

『アガッ!? な、なんだ・・・? 体が・・・体が動かねぇ・・・!?』

 

「ウフフフ・・・♪ 逃げたらダメだなぁ・・・一度剣を抜いたら、どちらかが死ぬまで斬り合う。そうじゃないと愉しくないだろう・・・? ウフフフフ・・・ッ♡♡♡」

 

『ヒッ!? ひぃぃぃぃぃぃぃッ!!!???』

 

 

 単なる、自分よりもレベルが大分低い敵だけの動きを止めて逃亡阻止したいだけに使う魔法でさえも、禍々しい名前と呪文を持つ呪われた技へと変貌させられてしまっている今の彼女に碌な人間関係なんて作れやしない。まして誤解するななんて絶対に無理。

 

 その結果。

 必然的にこうなることしかできません・・・・・・

 

 

「待てッ!」

『あ、アンタはッ!?』

「悪党とはいえ無闇に人の命を奪っていいはずはない! まして愉悦のために人を殺すなんてどうかしている! 目を覚ますんだ! 世のため人のため、そして他の誰より君自身のためにも!!」

 

 

 正義の味方に加勢したけど、悪党よりも悪そうな言動とイメージのせいで悪者よりも悪く言われることしか出来なくなってしまう。

 それこそが彼女、『栗里海原』に掛けられてしまったバッドステータス『常時アンチ状態付与』が完全発動したときの効果。

 

 この後、怯えきった悪党共から尋問するまでもなく自主的に情報の全てを自白してくれたお陰で『演技だった』という言い訳が通じてくれることになるのだけれども。

 

 

 ・・・・・・果たして相手が、単純明快で考えるの苦手な女剣士のメイビスでなかったら、マールの冒険は無事に始まることが出来ていたのだろうか? ・・・それは誰にも分からない・・・。

 

 

 

「そして自分の犯してきた罪を償え――――ッ!!!」

 

 

 

 ・・・・・・やっぱ無理そうだしダメそうだった気がする。

 そんな感じで、能力値に常時バッドステータスが掛かってるチート転生者の女の子マールの冒険は、このようにして最初の出会いと事件の始まりの夜を迎えたのでありましたとさ。

 

 めだくなし、めでたくあってほし。

 

 

おわり。

 

 

 

オマケ【オリジナル主人公紹介】

 

「マールディア・フォン・アルカトラズ」

 今作の主人公で、原作におけるマイルの位置にいる女の子。

 栗原海里よりも年齢が幼く、精神的にも反抗期な世代だったためか、マイルよりも大分ひねくれて斜に構えた性格と価値観をしている。

 

 呪いのせいか色々と反転しており、「緑色の髪」「紫色の瞳」という怪しげな見た目をした女の子になってしまっており、人によっては不気味にしか思われない。

 

 特定のシチュエーションに近い状況になると、アニメや漫画の【悪役や冷徹なキャラの台詞】を喋りまくってしまうようになり、全ての発言が【悪そうなキャラの言い方やヤバそうな台詞】に置き換えられてしか発言することが出来なくなってしまい、言いたい気持ちを抑えることすら出来なくなってしまう。

 

 見た目は美少女だが、【しゃべり方やセリフ】のせいで人殺しか犯罪者にしか見られづらくなってしまっており、本当に人を殺すことはないけど、そう思ってもらえることはほとんどない。

 前世で犯した罪に対する罰則スキルのため、薄幸なのか何なのかは正直ビミョ~ではあるものの、本当に罪を犯せるほど肝の太さを持っては居ないタイプの子悪党なため、『言ってることだけ怖くてデカい中ボスぐらいの性格』をしている反面、能力的には平均値とかの要望を言ってないため(罰がなければソレで良かった)原作のマイルよりも大分高い。

 

 ・・・とは言え、全力を発揮するためにはステータスも全開にしなければいけないし、使用可能になるスキルも碌な名前と原典を持ってるものが存在しておらず、バッドステータスも抑えが効かなくなってしまうなど【社会的デメリット】が大きすぎる欠点を持つ。

 

 

 罪犯した主人公への懲罰ストーリーのため、法律(主に刑法)の単語が多く登場するのが特徴の作品で、主人公のセリフや地の文には犯罪者臭い言い回しが多く使われることになっていくのを想定している作品でっす。

 



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第14章

他の連作作も続きを書いていたのですけど、コレが一番先に出来てしまいましたので迷った末に投稿しました。
…できれば順番的に『試作品集』を更新した後は別作を更新して、また次に…ってパターンがやりたいんですけどね…なかなか理想通りにいかないらしいフィクション世界の世の中です。


 聖女ルナが、仲間になりたそうにこっちを見ていたのでパーティーに加えてあげた翌日の朝。脳筋エルフのナジ次郎はヤホーの町にある骨董商へ続く道を歩いていた。

 今後の軍資金稼ぎのために、適当なアイテムを売り終わってアクたちの元へ帰る途中だったのである。

 

 現在の所、アクを虐待していた村人たちから脅し取った養育費と、魔王討伐に来て全滅した聖女様パーティーからドロップした金(所持金半分ではなく全額だったけれども)で、しばらくの間は食うに困らない程度の貯蓄は得られている。

 だがしかし、金というのはいつ何時大金が必要になるか分からないものであり、本来その町では売ってないはずの上級装備がバザールで数本だけ出品されてたりすることはMMOだと日常茶飯事。いざという時のために、ある程度まとまった金額を用意しておくのもネトゲーマーの勤めではある。

 

 転売目的で大量購入したアクの服を売る手もあるにはあったが、流石に買った場所と同じ町の店で売るというのも気が引ける。

 ならどうするか?・・・と考えたら、クラフト系の作成スキルを上げてるわけでもないネタアバターのケンカ馬鹿エルフには例によって例のごとくアイテムボックスにある要らなそーなアイテムを在庫処分する馬鹿の一つ覚えしか思いつかなったので実行した。その帰り道。

 

「いや~、しかし思いも掛けないほど高値で売れてよかったよかったです♪ 《ゴッターニ・サーガ》と価値がさほど変わってなかったみたいで助かりましたね~。多謝っ!」

 

 アイテムを売って手に入れた現地通貨の大金貨をもてあそびながら、上機嫌に独りごちるナベ次郎。

 彼女としては、MMOのバザーにおける常識として値段交渉をしてみたい願望があるにはあったのだが、なんと言っても異世界と地球では勝手が同じかどうかわからず、そもそも貨幣の価値すらわからないし知らない。

 本命の魔術師アバターならともかく、交渉などという細かい作業をネタで作った別アカウントの特攻エルフに出来るのか?という疑問もあったので、素直にもとから値段だけは高いアイテムを持って行って、オマケに低い作成スキルでも作れる回復アイテムもセットで付けておいたので、誠意が伝わり高く買ってくれたのだろうと勝手に解釈してしまっていたのである。

 

 ちなみに今回、コイツが売り払ったアイテム名は【金の女神像】

 ドラゴンと関係なくなって久しいクエストⅣと版権で揉めそうな気がする見た目と名前をしているところが気に入って大枚はたいて買ってしまったはいいものの、元ネタ通りなんの使い道もなく、高価なだけの女神像になってたので骨董商なら丁度いいかと売ってしまうことにしたのだった。・・・正直、キャパシティ重いし。

 

 ――余談だが、この女神像は骨董商ナンデン・マンネンを通じて好事家の大富豪がすぐ購入し、その出来映えが見事すぎる余り、天使を信仰するこの異世界では「この女性の像は女神を模ったものなのか? それとも天使様のいずれかをモチーフにしたものなのか?」という議論が勃発する未来を生み出してしまうことになるのだが・・・・・・。

 

 今はまだ、この馬鹿エルフは未来のことなど考えていないし、想像すらしていない。

 

「よしっ! 予想外の大金も入ったことですし、今日は新しい仲間が増えたことを祝してなにか美味しいものでも食べに行きましょーかね~」

 

 と、そんなことを気楽にのほほんとした表情で考えながら高級宿ググレへの道を帰っていると。

 

 突然、その声はヤホーの町中へと響き渡った。

 

 

「―――ルナ、出てこいッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高級宿ググレの前で今、聖堂騎士団の精鋭たちが隊列を組んで整列している。

 ヤホーの町へと進軍を続けて夜明け前に付近まで到着していた聖女キラー・クィーンは、部下たちに腹ごしらえと休息を取らせた後、即座に部隊を動かして無関係な市民たちを安全圏まで遠ざけてから、妹たちが宿泊しているらしい宿の前で隊列を組ませ危急の事態に備えさせた。

 万が一の事態にも対処できる万全の体制。彼女なりに全力出した完璧な布陣!・・・だったのだが。

 如何せん、率いる者たちの風体が悪すぎる・・・。

 

「三聖女が次女、キラー・クィーンが来てやったぞ!

 ルナ、出てこいッ!」

 

 モヒカン頭とかスキンヘッドの男たちが、上半身裸にチェーン巻いて槍や棍棒もって隊列組んで平和な町中にある高級宿屋の前で整列して、移動式玉座の上でふんぞり返りながら足組んでる凶眼の美少女が叫んだ発言がコレだ。

 正直、ギャングかマフィアか暴走族の不良たちが徒党を組んで落とし前付けに来ただけとしか見えようがない。

 

 この異世界の人たちからすれば、正義の味方としての彼らしか知らないだろうから「聖女様だ!聖女様だ!」と暢気に騒いではいられるものの、現代日本の中学校の前で同じ事やられて同じ事言われた時に、言われたとおり出てくる物好きは果たしているのか否か・・・。

 ごく普通の対応として、

 

「埋められるか、沈められるかぐらいは選ばせたらァ!

 手間ぁかけさせると余計痛い目見ることになるぞゴラァッ!!」

 

 とかの未来が待ってる展開にしかなる気がしない気がする。スゴくする。

 

「ついでに――魔王ってのも、いるなら出てこいや!!

 それとも魔王ってのはヘタレか? そんなに俺が怖ぇのかよ、アァン!?」

 

 聖女様からの聖女らしくない啖呵に呼応して、周囲を固める護衛のモヒカンたちも棍棒や槍を振り回して叫び出す。

 どう見たって聖女様ご一行には見えないが、コレも彼女なりの配慮ではあるのだ一応はだが。

 

 宿屋の中にいられたままでは従業員たちを人質に取られる可能性があるし、どーせ戦うのなら大人数で広いスペースを戦場にした方がよいに決まっている。わざわざ屋内戦闘で無駄な被害を出しに行く必要性はない。

 正直な自分の気持ちを伝えて脅迫と挑発を一緒にやっちまった方が彼女としては楽でいい。そういう風な発想に基づいてのものだったのか否かは定かではないものの、少なくとも効果としてそれらのものが期待できるのは間違いではない。

 

「ね、姉様!? 何で、この町に・・・!?」

 

 そして、大通りの中から事態を余計にややこしくさせることしか出来なさそうなピンク髪の少女が飛び出してきて移動式玉座の前に立ち、町の人たちという名の見物人客らがざわめきを一層大きくさせられる。

 

「このクソが・・・俺に黙って火遊びとは偉くなったもんだなぁ?」

 

 それら有象無象の下世話な反応など意に介すことなく、聖女三姉妹の次女は血の繋がらない妹である三女に対してだけ声と質問を同時に投げかけ、見下したような凶眼で睨み付ける。

 

「ち、違うの! わ、私は魔王が現れたって聞いて、それで――」

「ド阿呆がッ!!」

「ヒィッ!?」

 

 視線だけで熊をも殺せそうなレベルで目つきの悪すぎる姉のガン付けに晒され、骨の髄まで恐怖心で青ざめさせられた聖女ルナは、己の恐怖心が命ずるがままに自己正当化のため弁明を始めようとして一喝だけで黙り込まされてしまうしかない。

 

「テメェ1人でなにが出来んだよ! いるはずもねぇ魔王討伐なんかしてねぇで、クソはクソらしく家で寝てろ!!」

 

 椅子の上にふんぞり返りながら中指を立てて、ルナに向かってファックユーする聖なる存在のナンバー2聖女さま。

 その姿は堂に入っており、傍目には文句の付けようもないほどの不良発言であったが、そのセリフの内容だけ翻訳すると以下の通り。

 

『あなた一人でなにが出来るというの!? もしいたら危険極まりない魔王捜しなんて辞めて一番安全なお城の中に戻って安心して眠ってちょうだい!』

 

 ・・・・・・とかになるにはなる。本当にそう思ってるかどうかまでは知りようもないが、セリフの内容だけ聞くとそうなる。日本語も異世界言語も変わることなく言葉というのは難しい。

 

「ね、姉様! それは誤解よ! 魔王だったら、私の魅力で手なずけちゃったし!」

「あぁん? 起きながら寝言は器用なもんだなァ」

「ちゃんといるもん! アイツ、私のお尻に夢中なんだから!!」

 

 しかも、実力では三聖女の中で最弱の存在だけど、プライドの高さでは三聖女の中で最強レベルっぽい末っ子妹が、言い負かされたら言い返さずにはいられない病でも発病でもしてしまったのか、なんか大衆の面前で年頃の乙女とは到底思えないような単語を連発してしまったのだから、さぁ大変!

 聖なる姉妹たちの会談内容が、性なる内容へと変化していってる気がするのは気のせいだろうか・・・?

 

「あぁ? 尻だぁ? なに言ってんだお前? ・・・・・・まさかとは思うが、魔王にケツの穴掘らせて、くわえ込んで手なずけましたとか言うつもりじゃ―――」

「ないわよッ!? なに言い出してんの姉様! バカなんじゃないの!? 姉様に向かって言っていい言葉じゃないって解っているけど、それでもやっぱりバカなんじゃないの!?バカなんじゃないの!? バカなの死ぬの!?

 って言うか死んで!お願いだから! 私が恥ずかしさで死んじゃうッ!!」

「いや、そうは言うがお前・・・それ以外に、魔王をケツで夢中にさせたから手なずけたなんて寝言を現実にできる方法が思いつかねぇんだが・・・」

「だから言わないでってば!? 今自分の妹が、自分の発言の内容で自爆死しかかっている姿が姉様には見えてないのぉーっ!?」

 

 そして気のせいではなく、ホントに性なる話題へとシフトしてしまっていく聖女姉妹ならぬ性女姉妹の会話内容。

 つくづく異性の目を気にする必要のないヤンキー少女キャラが混じってしまった会話には下ネタ話が入りやすい上に脱線もしやすくて困る困る。

 

 こうして色々と周囲の人たち(主に前屈みになってる男共たち)を巻き込みながら、聖女たち姉妹の下ネタ話がいつ果てるともなく続いていた頃。

 

 ・・・・・・彼女たちの話題の中心となっているはずの魔王様は、どこで何をしていたかというと―――

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ス~~、ハ~~・・・。いやー、今日も平和でタバコが美味しいっすねぇー。うん、美味い。もう一本」

 

 ――と、独り青汁ゴッコをタバコでやりながら暇潰ししつつ、聖女姉妹のコントを他人事のように他人事として通行人の中に混じりながらノンビリと見物していたのだった・・・・・・。

 

 だが、それは仕方のないことでもあっただろう。

 なにしろ彼女にとって聖女姉妹の話は―――【なんの関係もない赤の他人事ばかり】だったので、言うべき言葉がなにも持ち合わせていなかっただけなのだから・・・・・・。

 

 キラー・クィーンからは、「魔王いるなら出てこい」と言われはしたものの。・・・とっくの昔に出てきているので、宿に向かって叫ばれても特に言い返す言葉はなにも思いつきそうになく。

 

 ルナの方は、「彼女のお尻に夢中になった魔王様」のことを話しているらしいので、自分には全くもって何の関係もない他人話である。赤の他人のことをどうこう言われて、別人である自分が文句を言うのはおかしな事。だから聞いてるだけ~を実践しているだけであって矛盾はない。

 

 そして、何より自分は【魔王などではない】断じて違う、絶対違う、そんな過去が実在してたなどと言う事実を自分は決して認めない。全力で私は現実を拒絶する!・・・とか叫んで三角形作り出したくなるぐらいには無関係な黒歴史話でしかないのだ。

 黒歴史とは、無かったことにしておきたいから埋めてしまって掘り起こしてはならない負の記憶をさして呼ぶ。だから自分には関係がないのだ。

 

 ・・・黒歴史なんて知らない・・・興味もない・・・マウンテンサイクルに埋められていた大変なものを掘り出してしまったなら「埋めろ」と答えて絶対に見に行きたくありませんと断言できる怪力バカでケンカ馬鹿のエルフは人間の姿で、知らない赤の他人のフリ。

 

「・・・プハ~~・・・・・・今日もいい天気ですねぇ・・・。明日もきっと、いいお天気なんでしょうねぇ・・・。明後日も明明後日も、きっとずっといーお天気が続いてくんでしょう。世界が乾きで滅びるそのときまで永遠に・・・・・・ね・・・」

 

 なんか段々と現実逃避が変な方向に進み始めてしまいながらも、タバコの吸い殻がポトリと地面に落ち。

 あと一本吸おうか、それとも明日用に取っておいて節約すべきかと、オッサンみたいなことをロリ巨乳エルフの姿でぼんやり考えていた。

 

 まさに、その時。――第二の声がヤホーの町全体に不吉とともに響き渡る。

 

 

『偽りの天使に死を――!《火鳥/ファイヤーバード》』

『聖女に嘆きあれ――!《氷槌/アイスハンマー》』

 

【聖女に災いあれ―――この国は我々、悪魔信仰者集団サタニストが、正す!!

 死ぬがいい!! 権力で肥え太った穢らわしき聖女共よ!!!】

 

 

 

 妹を追って聖女姉妹の次女が到着し、妹を追いかける聖女の後をつけて先ほど到達した先遣隊を加えたサタニストたちが姿を現し、こうして役者は出そろい『戦場』は形作られた。

 

 聖なる存在と、悪を崇拝して善を成そうとする者たちとの戦いが、彼ら双方が探し続ける魔王がいるこの場所において、今始まりのときをゴングを鳴り響かせようとしていたのである!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・ところでだが。

 この町に向かっていた、もう1グループの連中は今どこで何をやっていたのかと言いますと―――

 

 

 

『ああ、魔王様~♪ 魔王様~♪ 

 輝く瞳は、そよぐ髪♪ 山より高く、海より深い♪

 どんなに晴れた、寂しい昼も♪ あなたを思えば怖くない♪

 どんなに明るく、悲しい場所でも♪ あなたがいるから、へっちゃら、ぷー♪』

 

 

 

 ――まだ、歌って踊りながら町へと続く道中を賑やかに楽しそうにノンビリと歩き続けていただけだったりする・・・・・・。

 急ぐわけでもなく、急ぐ理由もなく、自分たちが向かっている町中で今何が起こっているかなど知りようもない気楽すぎる無知な連中がヤホーの町へと到着するまで、まだもう少しだけ時間がかかりそうなんじゃ―――としか言いようがない、踊って歩いてるから歩むが遅い、遅すぎる普通の村人たち。

 

 騎馬隊と、走って馬を追いかけるサタニストたちと、普通の歩行との違いこそが、このように未来を変えて運命を変えて世界さえも揺るがす大事件へと発展していったら・・・・・・イヤすぎる・・・・・・。

 

 って言うか、ホントにコイツ等なにしに来たいんねん。

 

 ガチな疑問を部外者たちによってもたらされながら、性なる聖女姉妹&聖堂騎士団精鋭VSサタニストVSケンカ馬鹿エルフ魔王との戦いが、今から少し後に始まる!

 

 

 

つづく



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いろんな作品の対義キャラのやり取り

昔書いて、一作ずつでは1000文字に達しなかったため投稿できなかったモノを一か所に纏めてみました。コレも繋ぎ用のヒマ潰しにドゾ。


第1話『もしもHUNTER×HUNTERクラピカと、幽遊白書の鴉が戦ってたら?』

 

鴉「少々髪が傷んでいるな。トリートメントはしているか? 手入れは十分にした方がいい。人間は痛みやすいからな」

 

クラピカ「・・・その質問に答えるには聞き返さなければことがある。お前は殺した者達のことを覚えているか?」

 

鴉「クールな反面、かなり好戦的だな。やはり私は5人の中でお前が一番好きだよ。好きなものを殺すとき・・・“自分はいったい何のために生まれてきたのか”を考えるときの様に気持ちが沈む。[だが、それが何とも言えず快感だ]・・・・・・・・・」

 

 

 

 

第2話『シャッフル同盟VSDGウルベとの戦いにグレンの錬金術師が割って入っていたら?』

 

ウルベ「これからはDG細胞の時代だ! 人間など、我々の餌になるしかない下等生物に過ぎないのだよ!」

 

ドモン「貴様等の思い通りになどさせるものか! 俺たちは勝つ! 勝ってレインを連れ戻す! この仲間達との絆の証、シャッフルの紋章に誓ってな!」

 

シャッフル同盟『なぜなら! それが俺たちシャッフル同盟だから!』

 

 ・・・コツ、コツ、コツ・・・・・・

 

キンブリー「いただけません、実にいただけませんねぇ。DG細胞に汚染されたウルベ・イシカワ。そして、ドモン・カッシュ君とシャッフル同盟の皆さま方」

 

全員『!? お前は・・・っ!?』

 

キンブリー「地球を汚染しているだけの人類は邪魔だ、下等生物だとのたまいながら、自らが生き延びるためには誰彼かまわず無差別に取り込み恥じ入りもしない・・・。挙げ句、自身に危機が訪れる度に人の手がなければ生き延びることすら出来ない・・・」

 

キンブリー「片や、人類側の代表者さんたちは絆だ仲間だ助けるだと口にするだけで、想いを寄せている女性に告白できない友人の背中すら押そうともしない。口添えさえする事無いまま流れるに任せ、事件に巻き込まれた後から騒ぎ立て始める」

 

キンブリー「おまけに当の本人に至っては、告白相手のいない場所では大声で叫べる愛の言葉を本人の前では一度も言ったことがないと来ている。“アイツなら分かってくれるはずだ”なんて、いい歳した大人が言うべき言葉ではないでしょうに。そのくせ他人の思っていることには分かった風な口を挟みたがり、否定以外の何者も成そうとしてはいない・・・・・・」

 

キンブリー「あなた方全員―――美しくない」

 

全員『ひっ!? その強力すぎるパワーは一体・・・・・・!?』

 

 ドッガガガガガガガガァァァァァァ!!!!!

 ドォォォォォォォォォォォォォッッン!!!!!!!

 

シャッフル・デビル軍団全員『おごあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっっっ!!!!!』

 

キンブリー「・・・・・・ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい良い音だぁ!!! 身体の底に響く、実に良い音だぁぁぁぁっ!!! すばらしい! ネオジャパン国民すべての命を使って生成した『賢者の石』!!!」

 

 

 

 

 

第3話『もしキンブリーが一誠を悪魔にした名門上級悪魔だったら?』

 

イッセー「おい、キンブリー! お前何考えてんだ!? 味方ごとカオス・ブリゲード幹部を吹き飛ばそうとするなんて正気の沙汰じゃねぇぞ!」

 

悪魔キンブリー「んんー・・・・・・・・・我ながらいまいち美しくない攻撃でしたね」

 

イッセー「・・・あ? お前なに言って・・・」

 

悪魔キンブリー「仕事なのですから美しく! 完璧に!! 大絶叫を伴い無慈悲に圧倒的に!!! ・・・ん?」

 

イッセー「あのー? もしもーし、聞こえてますかー? こっち戻ってこーいサイコ野郎ー・・・って、うげっ!?」

 

 ・・・・・・・・・ヒュルルルルルルルルルルルルルル・・・・・・・・・・・・・・・ドガン!!!!

 パラパラパラッ

 

悪魔キンブリー「ゴホッ。ああ、上着が汚れてしまった・・・」

 

 ポイッと、自分の盾として使い捨てたイッセーの死体を放り捨てる。

 

悪魔キンブリー「しっかりしてくださいよ。私たち指揮官を守るのが、あなた方ポーン(兵士)の仕事でしょう? 一人で八個分の駒と同等の働きをすると言うなら、後七回ぐらい盾代わりとして使い捨てられるために生き返ってきていただきたい戦況なんですがね・・・・・・。さぁ、皆さん。次に行きますよ。まだまだ与えられた仕事は始まったばかりです」

 

 

 

 

 

 

第4話『世紀末覇者の世界でブルー将軍が復讐開始!…していたら?』

 

チンピラ「おうおう、テメェ。オレたちキング様の軍勢の前を通り過ぎるとは死ぬ覚悟は出来てんだろうなぺぎゃっ!?」

 

????「・・・上官の顔を忘れるなんて最低ね。軍団兵士の質も随分と落ちたものだわ」

 

チンピラB「え・・・? あっ!? 貴方様はぶ、ブルー将軍!?」

 

ブルー将軍「お久しぶりねぇ。元気だったかしら? 折角だし伝言役をお願いできると嬉しいのだけれど・・・あなたに捨てられた元部下が地獄の底から舞い戻ってきて殺しに来てあげましたわよ、キング様・・・ってね」

 

 

 

第4話B『世紀末覇者の世界でブルー将軍が悪の敵に味方していたら?』

 

モヒカン「こ、こ、この卑怯者めがぁぁぁぁぁっ!」

 

ブルー「卑怯? オホホ、良い響きの言葉♪ 負け犬から聞かされると、なお甘美な響きだわぁ~」

 

モヒカンB「た、頼む! 殺さないでくれよ! お、俺はあんたの部下になってもいいからさぁ!」

 

ブルー「残念ね。私、小太りのタイプって好みじゃないの。ブルー将軍の部下に女とデブは必要ないのよ」

 

モヒカンC「力さえあれば何でも手に入る。オレたち悪党にとっては、良い時代になったもんじゃねぇか。なぁ?」

 

ブルー「あなたたちが悪党? ほっほっほ! だとしたら私は世界最悪の軍人ね!」




*謝罪文:
最近ストーリーは思いつくのですけど、細かいところまで描写しようとすると気力がわかずに筆が止まりがちで続きや新作が書きにくい心理状態にある次第。

楽しみにして頂けている方がいました時には申し訳ありません。
回復まで今しばらくお待ちくださいませ…。


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織田信奈の協奏曲

以前から思いついていただけで書いたことはないアイデアを書いてみた作品の第一号です。やっつけ仕事なので雑ですけど、練習作と思って割り切りました。

【信長協奏曲】と【織田信奈の野望】のコラボ作品で、主人公は協奏曲の中で作者が一番好きだったキャラクターを登用したものとなっております。


 ――霧けぶる『おじゃが池』そこに尾張の実質的統治者、織田信奈は一人佇んでいた。

 合理主義を標榜する信奈は、神仏を信じない。だが己の勘働きには絶対の信仰を抱いている。

 その勘に突き動かされるようにして館を抜け出し、朝靄明け切らぬ中を遠乗りをして、この池までやってきたのだ。

 まるで一寸先すら見通せぬ深い霧の只中でありながら、その霧の先にこそ自分の運命を変える何かが潜んでいるのではないか・・・という希望とも野望とも取れる奇妙な予感に導かれるように、只一人で・・・・・・。

 

 否、一人ではない。織田家中の家人ではないが、供の者を一人だけ側に控えさせている。

 おじゃが池へと向かう道中に藪の中から飛び出し仕官を願い出てきた、取るに足りぬ奇妙な小者だ。

 すばしっこく目端が利いて、『サルのような顔立ち』に、人が心許したくなってしまう愛嬌を感じさせる。

 それが本来、無礼を咎めて、その場で叩っ切ってやろうと思っていた信奈が心変わりをして、この池まで随行を許可された只一人の家臣として仕官を許した理由であったのだろう。

 

「――そう言えば、まだ名前も聞いていなかったわね。なんと言ったかしら? たしか木下藤き――」

 

 振り向きざまに、ふと思い出して名を訪ねる。

 出会った瞬間に名乗られた名であったはずだが、その顔に『サルのようだ』と印象を抱いた瞬間に、妙な違和感を覚えて肝心の名を忘れてしまっていたことを思い出したのである。

 手探りで記憶を蘇らせながら、振り返った信奈の瞳に白刃の閃きがよぎったのは、それとほぼ時を同じくした瞬間のことであった。

 

「――織田信奈殿ッ、お命頂戴つかまつるッ!」

 

 腰から獲物を抜いて、信奈へと斬りかかってくる小者の目には、明らかなる畏怖があり、恐れがあった。・・・あるいは自分は、この方の元で栄達して夢を叶えられる未来がありえるのやもしれないという迷いが彼の心を千々に乱し、刃を握る手元を震わせていたからだ。

 

 だが結局、彼が主に選んだのは駿河の大大名、今川義元であり、彼を一足早く雇い入れて織田への刺客と成したのは義元の軍師、雪斎だった。

 彼らにとって自分は所詮、捨て駒にしか過ぎぬことは知っていた。今ここで信奈を討ち果たすことが出来ぬ時には己が切り捨てられる役目を押しつけられることも承知していた。

 

 だが、それでも百姓の出でしかない彼には、身分が欲しかった。武士としての高い身分が。

 それ故に失うものが大き過ぎる危険な役割と承知で、この役目を請け負った。今さら後には退けぬ道であることを承知の上で請け負った汚れ仕事。

 

 ――野望に憑かれた者はいつ死ぬかわからぬ、それが戦国の世の常――ッ!!

 

「・・・御免ッ!!」

 

 心の中で念仏のようにして、己にあり得たかもしれない未来の可能性を自らの手で終わらせるため刃を振るい、その兇刃は避ける間もなく信奈の額へと滑り込むように落ちてゆく。

 迫り来る切っ先には毒が塗ってあり、たとえ致命を逃れられたとしても、訪れる死から逃れる術はない。

 間近に迫った死を目前にしながら、絶望に染まりきった信奈の瞳に―――ふと、『あの方の幻影』が写ったのは、果たして誰の差し金によるものだったのか。

 

 背後から振り向きざまに放ってきた刺客からの一太刀。

 ――それを刺客の背後から突如として現れ、有無を言わせず、自らも一言の言葉を給わすこともなきままに一刀の下で首を刎ね、その人生と夢の終わりを気づかせぬままに終わらせてしまった凄まじき剛剣の使い手。

 

「・・・どうして・・・あなたが・・・・・・いえ、“あなた様”が何故この場所に・・・・・・ッ!?」

 

 その人物のことを、信奈は知っていた。――今初めて会ったはずであるにも関わらず。

 その人物の名も、信奈は知っていた。――それが今のこの人を呼んでいた名ではないことを承知した上で。

 

「人の縁とはまこと奇妙奇天烈なものよな。よもやお主とかような形で再び見えようとは想像もしておらなんだ・・・。

 久しいな、“信長”。あの時わしが告げた言葉と約定を覚えておるか?」

 

 癖のある笑みを浮かべた瞳で笑う、端麗な姫将軍の顔を信奈は過去に見た覚えが“ない”

 にも関わらず、この少女剣豪が「あの御方」であることだけは、信奈にはハッキリとわかっていた。

 理由はなく、根拠もなく、さらには姿形、性別までも変わってしまわれた“今この地にいるはずのない遠き身分の貴人中の貴人”

 その人と信奈は確かに会ったことがある。だが、そのとき拝謁した御方は、この少女の姿と声をしていなかった。

 

「・・・世には確かに、坊主どもの語る絵空事のごとき奇妙なことが起きえるものよな。

 裏切り者の松永の兵どもを幾人か切り伏せ、畳に突き立てし愛刀も残り最後の一振りとなったと思った矢先、このような場所でお主と再び出会う既知を得ることになろうなどと、人の世の誰が考えつくことが出来ようか?」

 

 そして、それは信奈と相対した相手の姫武将も同様であった。

 彼の麗しくも癖のある少女剣豪もまた、信奈を知らず、信奈と会ったこともない。・・・にも関わらず自分の中の“彼”は、初めて会った美少女武士との出会いを“あの男と約した再会”と思い、心から嬉しく感じる己を偽ることが出来ない。

 

「わしは確かに、お主と小気味よい話をして、面白き者と思うたと記憶しておる。

 面白き“男”、織田信長としてだ。

 だが、お主はあの時わしを感動させた宣言を吐いてのけた変わった男ではない。

 じゃが、わしはお主のことを紛れもなく“信長だ”と感じておる。決して信長ではないと理解した上でだ。これを奇妙と呼ばずしてなんと言おう」

 

 彼女は確かに、自分を感動させる宣言を言い放った面白き男ではない。

 軍勢を引き連れ上洛し、再会を約して太刀をくれてやった正直な男でもない。

 

 ――だが“この娘”は、“あの男だ”と自分の中の何かが確信して疑念を僅かも抱かせるものがない。

 彼の姫武将『織田信奈』は『織田信長』ではない。織田信長と織田信奈は同じ戦国の世で同じ道を歩む運命を背負っている者ではない。

 

「だが、それでもわしはお主を信長だと思うておる。

 会うたこともない、初めて出会うたお主の名が信長ではなく、信奈であることを知っている己を不思議とも感じられぬ。

 実に奇々怪々、なればこそ世の中は面白きかな・・・・・・そんなところか。のう? 尾張の姫大名、織田信奈よ・・・」

 

 ――だが、『織田信奈』は『織田信長』だと彼女の中の彼は断じていた。

 家臣に裏切られ、親に裏切られ、裏切られることの連続でしかなかった己の半生。

 表面上はよい顔をして機嫌をとってはいても、内実では機あらば自分を殺して座と権力を奪おうと目論んでいる腹黒い者たちばかりの家臣共だけを周囲に侍られながら、11の齢より過ごし続けてきた孤独な形式的な国の頂点。

 

 その中で唯一、“我が足利将軍家”を滅ぼさねば天下を取れぬなら滅ぼすしかないと、己を前にして堂々と宣言した小気味よい男・・・・・・それこそが彼女であると、この娘『織田信奈』であると、彼女の中の彼は正直に宣言し続けてくれている。

 

 そう確信した瞬間、ニッと笑って思い出したように彼の御仁は信奈に告げた。

 

 

「・・・姿形、中身は変われども、たったこれだけの人数で斯様な場所まで参るところまでは変わっておらぬようで嬉しく思う。ここは暑い。わしにも事情が読み取れているわけでもない。すまぬが、お主の館に今度はわしを入れてはもらえぬか?

 所が変わり、わし自身にも変化が訪れ、元の役には立てぬかもしれぬが、養ってくれるのであれば、お主の守り刀程度はこなせる腕ぐらいは残っておるつもりじゃ」

 

 

 ・・・・・・こうして、織田信長と再会を約して果たせなかった男の世界から、燃えさかる御所の廊下を走りきる先に広がっていた霧の立ちこめる『もう一つの戦国の世』において、もう一人の現将軍と織田信奈は初めての再会を果たす。

 

 訳は知らず、なぜ突然この世界に迷い込んできたのかも知れず、ただ分かるのは裏切られてばかりの生を送ってきた彼にとって信長との出会いは救われた心地にさせてもらった恩があるという事実のみ・・・・・・。

 

 

 二人目の足利義輝と、一人目の織田信長ではない織田信奈が出会い、もう一つの戦国コンチェルトが幕を開ける。

 

 

 

【キャラ紹介】

 

『足利義輝(立場的に偽名を使う必要があるので便宜上『足義』と明記)』

 「信長協奏曲」の世界から迷い込んできた漂流者とも呼ぶべき存在。

 第13代室町幕府将軍。家臣に裏切られ、親に裏切られ、友にすら死後に裏切られることになる史実を持つ人物。

 「信奈の」の世界には大柄な青年剣士の足利義輝がいるため、彼女と会って彼と勘違いする者は一人もいないが、彼を知る者は一人の例外もなく足義を足利義輝だと確信させられて混乱させられてしまう奇妙な立ち位置にある存在。

 

 その生い立ち故に、家臣という存在を全く信じておらず、表面は取り繕っても内心では何を企んでいるのかと常に疑ってかかるのが当たり前の日常を送ってきており、歴史ある名門の長として、力がなくなれば没落して誰からも見下されるようになる現実を身をもって味わい続けてきた苦労人でもある。

 

 世界観の違い故か、「信奈の」の裏表が少ない気楽な織田家での生活を意外と楽しんでおり、汚れ仕事は進んでやりたがるが独断専行は好まない。

 信奈を守るため一武将として戦うことに、妙な楽しみと生き甲斐を感じるようになっていき、信奈からも微妙な感情を寄せられていくようになっていく。

 

 本質的には甘さのある信奈が「第六天魔王」になる必要のない、イヤな仕事をこなしてくれる汚れ役担当だが、良晴と違って現代人ではないため人を斬り殺すことに躊躇いや迷いは一切ない。

 また、史実にもある通り剣豪としての腕前は異常に高く、男の義輝とも互角に戦える唯一の存在でもあるが、原作で修行に出た後の彼に勝てるかどうかは微妙なところ。

 

 

『木下藤吉郎』

 原作において今川家から織田家に移ろうとして最初に死んでしまった、豊臣秀吉。

 今作では「信長協奏曲」の世界から義輝がやってきたせいか、あるいは彼の行動の違いが義輝を呼び寄せてしまったのか、とにかく今川家に雇われた刺客として信奈の命を狙って返り討ちに遭い戦死することになる。

 立場的には「協奏曲」と「信奈の」の中間点をイメージしたオリジナルの役柄で、人格的にもそんな感じの人。

 

 そのため蜂須賀五右衛門にこの手の汚れ仕事をやらせたくなかったためか、自分一人で暗殺任務を請け負って、自分が返り討ちに遭った際には好きにするよう申しつけた上で死地へと赴いてきていた、という描かれなかったけど良晴も取り入れた裏設定になってたりするキャラクターです。



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伝説の勇者を否定する伝説

以前から思いついていただけで書いたことはないアイデアを書いてみた作品、その第2号です。
今回の原作は『伝説の勇者の伝説』。
あの作品に、作者が使うかどうか迷ったまま使わずに来た主人公案の一つを投入して考えてみた試作版の内の一作ですね。

・・・主人公の性格が癖あり過ぎなタイプですので、原作ファンの方は多分読むの控えた方がいいような気もする、二次創作的にどうなのかという作品でもありますが…。


 ・・・この孤児院には、死が溢れていた。

 

「もしも・・・もしも死なないで大人になれたら、私と結婚してくれる・・・?」

 

 亜麻色の髪を持った、おっとりした顔つきの少女が泣きながら言った。

 それに対して少年は、やる気どころか生気すらも感じさせられない、死んだ魚のように濁った瞳を、片目だけ覗かせたまま少女の濡れた瞳を黙って見返す。

 

「もしも死なないで大人になれたら・・・」

 

 少女は返事のない少年に、もう一度だけ同じ言葉を口にする。

 ――そんなことはありえないと思いながら。

 

「生き残れたら・・・私と・・・」

 

 ――死ぬのだ。自分も。少年も。ここにいる者たちは一人残らず全員が。

 ここでは、この孤児院では死が溢れている。本当に死が溢れる。こんな小さな子供たちにも分かるほど、この世界には死が至る所に溢れている・・・。

 

「生き残れたら・・・私と・・・・・・」

 

 不可能を承知で、少女自身が自分の言葉を否定しながら、必死の思いで想いだけでも口にして・・・別れの時の大切な思い出として記憶に残そうとした最後の言葉。

 

「時間だ。泣くのはここで終わりにしろ」

 

 しかし言葉はそこで遮られる。

 少女の肩に、突然現れた黒いスーツを身にまとった初老の男が手をかけて掴み、引き寄せて、有無を言わせぬ口調で言い聞かせる。

 

「お前にはもう、弱さという感情は必要ない。弱ければ死ぬ、それだけだ」

 

 そう。弱ければ死ぬ。分かっている。

 ――そういう場所に、自分はこれから連れて行かれる・・・。

 

「・・・・・・はい」

 

 少女は一瞬だけ怯えた表情を見せてから、やがて頷いた。

 ――そして顔を凍り付かせる。

 

「いくぞ」

 

 もう自分は、笑うことはないかもしれない。そう思って男に促されて歩き出す。

 ・・・そして最後に、もう一度だけ返事をくれない、答えをくれない少年の顔をのぞき込んでから――自分に与えられた新たな道を歩き出そうと心決めて。

 

 自分にとっては、なんの意味もない道を・・・目標もなく、夢もなく、希望もない。

 ただ、この男の人形として生きている価値のない操り人形としての人生を、最初に歩み出す第一歩目を、少年の無気力な顔を一目見てから始めようとして――その瞬間。

 

「おい」

 

 ――声がかかった。

 やはり覇気のかける、いつも通りやる気がない、・・・そして、“いつも以上に苛立っている”声と口調で、少年の声は言ってくる。

 

「弱ければ死ぬのがこの国なら、テメェが一番先に死んでんだろうがよ。嘘吐いてんじゃねぇよ。無能バカ貴族ジジィ」

「・・・なっ!?」

 

 だが、少年の声は少女ではなく、少女の手を引く男の方に向けられたものだった。

 いつも以上に限りなく苛立っていて、バカをバカと罵り、クズをクズと罵倒する。

 いつも通り、何がそんなにムカついているのか気にくわないのか、他人には全く分からないほど苛立ちまくった口調と感情を、少女の手を引く男に“だけ”向けて、少女を見続けている瞳はいつも通り面倒くさそうで覇気のない、仕事嫌いな中年のような瞳を向けたままで、貴族の男だけを馬鹿にする。馬鹿にしまくる。

 

「き、貴様! この私を愚弄するとは! それがどれだけ重い罪か分かって言って――」

「あん? だったら何だ、殺すか? 言っとくが、そこの草むらに隠してる魔法騎士二人と、背後に回って魔法唱え始めた一人程度をかからせたところで俺を殺れるだけで、お前は死ぬぞ?

 絶対に殺す。俺が死んでも殺す。殺されても殺す。ここから生きて帰れるとか思い上がるなよ雑魚ジジィ。絶対にだ」

「う・・・ぐ・・・・・・っ」

 

 少年の声に隠しようもない、隠す気も一切ない剥き出しの殺気が混じりだしたことで、素人でしかない男の勢いが目に見えて弱まる。・・・あるいは伏せていた伏兵をアッサリと看破されていたことが余程予想外だったのやもしれない。

 狼狽えたように語気を弱め、言うべき言葉を探して視線をさまよわせ―――ふと、相手の片目が初めて自分を射貫いていた事実を知る。知らされる。

 

「――オ貴族サマの養子に迎えられる以上、痛めつけるな泣かせるな・・・とまでは無茶降りする気は端から塵ほども期待しちゃいねぇからいいんだが・・・・・・」

 

 少年は今度は男の目を見ながら、男に向けた言葉を発しながら。

 その言葉は限りなく、男に対して思うところは微塵もなく――ただ少女のことだけを思いやった“要求”と“命令”だけに満ち満ちていた。

 

「だが、絶対に殺すな。死なせるな。テメェが死んでも、コイツは絶対に死なせるな。守り抜け」

「な、なぜ私がそのようなこと――」

「できなきゃ俺がテメェを殺す。絶対に殺す。この国の魔法騎士団全部敵に回して八つ裂きにされて殺されても、テメェだけは絶対に殺す。道連れにしてやる。絶対にだ。約束してやるよ」

「ぐ・・・うぅ・・・・・・」

 

 狂眼で睨み付けられて、男は明らかに怯んでいた。

 相手の常軌を逸した要求と、この国の常識を超越しすぎた平民らしからぬ無礼な態度と――そして何より、伏せてある護衛共が主の危機に一切姿を争うとしない異常事態を前にして、男は完全に冷静さを保ち得なくなっていた。

 

 常であれば、貴族に対して無礼を働いた瞬間には相手を背後から現れて取り押さえて腕をねじ上げ、骨を折っているはずの魔法騎士たちが先ほどから送っている合図にも気づかずに沈黙を守り続けている異常すぎる状況。

 

 素人である彼には知るよしもなかったが、魔法騎士たちは少年が自分たちにこそ狙いを定め、動き出した瞬間に殺すつもりで用意を済ませていることを把握していたが故に動けなくされてしまっていたのだ。

 

 その当事者たちにとっては必然の事実である危機にすら気づけぬ、弱すぎる癖して今も生き続けている「嘘つき貴族」の男に対して少年は。

 『嘘吐きには言葉だけ言っても無駄だから』という常識に則って、当たり前のように“約束”をする。

 

「そいつを殺したらお前を殺す。死んでも殺す。事故で死んでもお前が殺したと、俺が決めてお前を殺す。間違ってても殺す。正しくなくても殺す。ああ、絶対だ。約束してやる」

「そ、そんな理不尽な要求が――」

 

 飲めるか!と、男が拒絶の叫ぼうとした瞬間。・・・果たして彼の心は、相手の中にナニを見ることができただろうか・・・?

 

 

「――アホウ。この国で人殺し殺すのに、証拠なんざ必要だったこと一度もあったことねぇだろうがよ・・・」

 

 

 それだけ言って、少年は男に背を向けて、自分が元いた孤児院の中へと歩み去って行く。

 冷たく、空虚で、なに言ってもやっても“無駄な生き物だと解りきってる連中”に、これ以上語って聞かせる無駄な徒労はしたくないとでも言うかのごとく・・・。

 

「~~~っ行くぞ!」

 

 男が少女の手を先ほどよりも強く引き寄せて――だが、体に触れた瞬間に「ビクン」と震え、反射的に握る力に強弱の差が揺れるのを感じて、少女は先ほど少年がしてくれた意味の気づき、

 

「あ、あのっ!」

 

 と、何か一言だけでも伝えようと振り向いたときには時すでに遅く、相手の姿は閉じようとしていた扉の向こう側に、忌々しそうな園長先生たちの表情とともに消えようとする最後の残光しか残ってなくて。

 一時だけ手を上げながら、一方的に聞こえてきたのは、只一言のみの――別離の言葉。

 

「―――またな」

 

 たったそれだけ。その一言だけで少女の顔に感情を戻してくれる、再会の時まで過ごす別れの言葉。

 

「・・・・・・うん! また、今度ねっ」

 

 少女は大きくうなずいて歩き出す。新たに与えられた自分の道を。

 もう、何の意味もないとは思えなくなった道を。目標ができた道を。希望に満ちた道を。

 遠く幼い日の約束を果たすために、この男の操り人形として生きていく、自分にとって大事な大事な約束を守るための人生を・・・・・・少女は新たに歩き始めることができたのだから・・・。

 

 

 

 ――だが、現実は過酷だ。少女の心は救われても、それ以外の誰も救われてなんかいない。

 死の満ちた孤児院は、相変わらず死が満ち続けて・・・・・・そこに残った少年もまた死に満ちた人生しか送ることを許されないままに・・・。

 

 

「・・・この化け物め! 余計なことを喋りおって! わかるか? 貴様の勝手なこうどうのせいで、先ほどの方から我らが後程どのようなお叱りを受けることになると思って――」

「・・・・・・・・・ウザイ・・・・・・」

「それもこれも全て貴様のせい―――なに? 今なんと言っ――」

「うざ~~~い・・・・・・」

 

 

 死んだ魚のように生気のない目で相手を見つめ、生者と死者をいちいち分けるのも面倒くさいと言いたげなほど、怠惰で怠惰でどうしようもない程やる気がなくて・・・・・・

 

 

「そんなにムカつくなら、殺せば~? 俺もテメェら全員殺したくて仕方ねぇし丁度よくね? 鬱陶しいじゃん? 生きてるだけでムカつく生きモンが目の前でグダグダ人間のフリして喋ってんの見ると超うざくね? 

 ホラ、サッサと殺しに来いよ。殺してやるからさァ。

 テメェら普通の人間ごときが、俺みたいなアルファ・スティグマ保持者のバケモンと殺し合いで一方的に殺せるとか思い上がってんだったら殺しちまえよ! なぁ? なぁっ? なぁッ!?」

 

 

 そして、少女の去って行ったこの日もまた、少年の日常は死に満ちて終わる。

 死んだ死体が生きてるときには誰だったかなんて、面倒くさがり屋の彼には調べようという気にすらならない、意欲もわかない。彼にとっての当たり前すぎる死に満ちあふれた平凡な日常。

 

 

 【ローランドの黒き死神】の伝説は、彼と彼女の出会いよりも、ローランド帝国王立軍事特殊学院生徒の少年【ラグナ・ミュート】の名を誰かが知るよりずっと前に・・・すでに始まってしまっていた【死に彩られた幼き死神の伝説】だったから―――

 

 

 

 

 

 

 

 迫り来る鉄拳。

 それをボーッとしていると言うより、寝不足でぶっ倒れる寸前みたいなクマだらけの眼で眺めながら。

 

 ラグナ・ミュートはこんなことを考えていた。と言うか、呟いていた。

 

「ダリぃ・・・・・・眠い・・・・・・運動マジ面倒くせぇ・・・・・・」

 

 全く整えられていないボサボサの髪、やる気も覇気も全くなく、オマケに健康的ですらない慢性的な寝不足を煩っているであろうことが一目瞭然な大きすぎるクマをこさえた死んだ魚のように腐った瞳。

 猫背気味な中肉中背よりかは痩せ気味の体からは、覇気よりも吐き気の方を催してきてるようにも見えて、晴天の下で運動する姿が全く似つかわしくない事この上ない。

 

 それどころか、この目前まで鉄拳が迫ってくると言う緊迫した状況にもかかわらず、

 

「はぁ・・・・・・この国滅ぼせば寝れねぇもんかな・・・・・・」

 

 なんて不敬罪で死刑にされかねない言葉を、よそ見しながら拳なんかから目をそらして言ってくるだから、こんな拳打くらい避けることなど容易いのだろう。

 そう。それだけの実力を彼は持って・・・・・・

 

 ドコ!

 

「・・・わ~・・・やーらーれーたー・・・・・・・・・はぁ、かったり・・・」

 

 と、直後に当たった拳で殴り飛ばされて吹っ飛ばされながら、面倒くさそうな言葉をまだ吐き続けて、地面に転がり落ちた後も死んだフリすることさえ面倒くさがり。

 

「あぁ~と、たしか・・・・・・俺はすでに死んでいる・・・・・・って事にしとけ。メンドくせぇ・・・」

 

 などと言うだけで、痙攣して見せたり転がる手間すら惜しんで来やがる。

 ・・・あらためて言い直そう。

 それだけの実力を彼が持っているのか否か、これでは全くわかりようがない。

 

 ラグナたちが今いる場所は、ローランド帝国王立軍事特殊学院の演習場。今は実践組の時間で、生徒全員での戦闘実習をしている最中なのだが。

 

 ・・・そんな中で一人の生徒だけが、全然実力を出していないの丸分かりだわ、本当は全然攻撃が効いてないのも一目瞭然だわ、やる気ねぇ奴がダリィから本気出してないだけなの見え見えな状況って、採点する側にとってマジうぜぇ存在にしかなれない。

 本気でやる気ねぇんだったら出て行ってくれねぇかなコイツ・・・と思われるのが普通のレベルでやる気ゼロ過ぎる。・・・ただし、ここが本来の学校ならばの話だが。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 

 ラグナを殴り飛ばした生徒が、溜息を吐きながら、右手をブラブラ振りながら言ってくる。

 

「だぁからラグナってば、なんでいっつもそんなにやる気ないわけ? 本当はもっと出来るんだから、ちゃんとやりなさいよね本当に!!」

 

 赤毛のショートカットで、勝ち気そうな赤い瞳。ラグナとは対照的にやる気に満ち満ちていて、しかも真面目な委員長タイプで先生からの受けも良さそうな少女キファ・ノールズは、倒れたまま立ち上がろうとする気配のない相方のラグナをビシッと指さし。

 

「って言うかアンタ! 気絶したフリするか起き上がるか、せめてどっちかがぐらいは徹底しなさいよね! あんな中途半端にわざとらしく死んだフリしようとして途中でやめる奴なんて人間には実在しないでしょーが!?」

 

 それに対してラグナは、やはり相変わらずやる気のない面倒くさそうな声音で返事をし、

 

「ここにいるじゃ・・・・・・はぁ・・・。ガキくさい平凡ツッコミ面倒くせぇ・・・・・・」

「言い訳すら徹底しないの!? って言うか、そこまで言ってんだったら最後の『ん』まで言い終えなさいよ、せめて! それなら僅かでもやりきった評価でアンタの場合は加点されちゃうレベルなんだから、それぐらいやってよね! こんなんじゃ私の成績まで落ちちゃうでしょ!?

 もう、じゃあ続けるわよ? いい? 魔法うつわよ? いくよ? いいの?」

「別にいいんじゃね? 撃っても。どーせ効かねぇ無駄うちなんだし、好きにしとけば?」

「魔法うつ前から攻撃側のやる気まで奪うなー!?」

 

 などなどかけ声をかけ合ってから、撃って良いと許可された攻撃魔法を放つことの、どこがどう実践組み手なのか全くわからないが、とにかくキーファは空中に手を踊らせ始めて魔法陣を描き出す。

 

 それを見るとはなしに、ボンヤリと“暇つぶし”に見ていただけのラグナが、ボサボサの前髪に隠れていない片目だけで魔法陣の構成を寝転がったまま見上げながら。

 

「《求めるは雷鳴の魔法》ねぇ・・・・・・急所に当てさせて受け身もとらなけりゃ、ギリ気絶して寝れるぐらいの威力はある・・・・・・のか? 期待薄っぽいなぁ・・・・・・」

 

 と魔法の成績が比較的よい優等生のキファからすれば侮辱以外の何物でもない酷評を呟いたままの姿で、

 

「求めるは雷鳴〉〉・稲光」

 

 キファが完成させた魔法陣の中央から光源が生まれ、それがラグナへと放たれて―――直撃する。

 

 ドゴォォッン!!

 

「ちょっ!? ちょっとーっ!? なんで避けないのよアンター!?」

 

 むしろ当てた側のキファの方が慌てふためき、受け身も防御も回避もすることなく、本気で撃って良いと言ったときの姿勢のままで魔法の直撃を当たってしまうとは想像もしていなかったため、彼の安否を気遣って怪我人の側へ寄ろうとして、それで――!

 

「・・・・・・はぁ・・・やっぱダメだったな。威力が低すぎると睡眠導入剤にもなりゃしねぇ・・・」

「死ねッ!! クズ!!」

 

 バキン!と。キファは、人の気持ちというものを一切全く考えていないとしか思いようのないクズなクラスメイト男子の頭を思い切り殴りつけてグラウンドに沈めて、“先ほどと同じく”殴った右手の痛みに手をブラブラと揺さぶって気を紛らわし、少しだけ痛みで涙目になりながら恨みがましそうな瞳で、気になる相方の少年が・・・・・・実力を全く出そうとしない理由を尋ねずにはいられない。

 

「い痛つつ・・・・・・って言うかさぁ、なんでアンタはそこまでして授業に参加するだけで真面目にやりたがらないわけ?」

「昨日は眠てねぇから眠ぃんだよ・・・」

「あんたいっつも寝れてないでしょーが! 昨日も! 一昨日も! 一昨昨日も! むしろアンタが熟睡できたなんて話は一度も聞いたことないんだけど!? 見え見えの嘘吐いてないで本当のこと教えなさいよ!」

「クソみてぇな授業ゴッコに眠いの我慢して参加させられてるから面倒くさすぎて、やる気0以下なんだよ・・・」

「正直すぎるわ! 隠せッ!!」

 

 再びの鉄拳制裁。・・・そしてまた痛めるキファの右手のみ・・・。

 そんな、ある種の夫婦漫才としか言いようがない会話を続ける二人の周りでは、失笑や嘲笑、悪意ある罵声が漏れ聞こえてくる。

 

「普通あんな手加減された魔法くらうか~?」

「困るんだよなぁ~。弱い奴にこの学園にいられたら、俺たちの価値まで下がるじゃないか」

「もういっそラグナなんて、今の攻撃で死んじまえばよかったのにな」

 

 そんな言葉が演習場に溢れかえっていく。

 悪意ある、それらの善い心なき言葉の数々。・・・だがそこに隠しようもない嫉妬とひがみによる負の情念が込められてしまうことを発言者たちは誰も皆が理解していた。思い知らされていた。

 

 魔法の成績で上位に入るキファからの雷撃をくらって、かすり傷一つ負うこともなく、平然と大したことのない攻撃だったと嘯けるラグナの姿からは、彼らの目には強者の余裕としか映りようがなく。

 やる気がないから実力を出さないだけで本気さえ出せば自分たちなど簡単に倒せると内心で見下しきっているようにしか、彼らの劣等感に満たされて反動としての優越心を持つ心には感じようもない。

 

 ・・・だが、それは仕方のないことだった。この学園においては、どーしても生徒たちは“そういう眼”でしか他人のことを見ることがどう足掻いてもできない。出来そうもない生まれだからだ。

 

 ここローランド帝国王立軍事特殊学院は、貴族たちが通う普通の士官学校とは性質が異なり、国の異端者ばかりが集められているような場所だった。

 ある者は孤児、ある者はA級犯罪者の子供・・・・・・社会に居場所がない、仕事も食べ物すら与えてもらえない、そんな頼るものがなにもない者たちだけが、この場所へ集められて放り込まれる。

 

 彼らに求められているのは、戦争の道具としての能力だけ。貴族や普通の国民たちが前線になるべく出なくて済むよう、戦闘兵器としてのみ彼らは育ててもらえる権利を有する。・・・そのはずだ。

 

 にも関わらず、成績的には落ちこぼれで、国家にも教官にも無礼な口を叩きまくり、一体何度死刑になるかわからないような暴言を日常的に吐きまくっておきながら、退学にもならず死刑にもならず口封じもされず、ノウノウと減らず口を叩きまくりながら現在進行形で今も生き続けているラグナには、軍に自分を高く売り込むためだけに日々能力を磨いている他の生徒たちから激しい憎悪と、同じくらいに歪な嫉妬が入り交じり合った複雑な感情を抱かざるを得なくなってしまう。

 

 碌な努力もしてないにもかかわらず、本気さえ出せば自分たち以上の力が出せて、それを実績で持って証明してきている、テストの成績上では劣等生の『テストを真面目に受けたことのない同級生の少年』は、自分たちの努力と存在意義を否定されているような気分にさせられてしまって本当にイライラさせられて仕方がないのだ。

 

 まぁ、それはともかく。

 

「もう! ラグナは悔しくないの? あんな風に言われてコンチクショー!とか、そんな風に思って見返すために努力してやろうとか、そういう気持ちになることできないの?」

 

 聞こえよがしな陰口の応酬を聞かされて、キファがさらにラグナに対して説教してくる。

 彼女は、こういうことが嫌いな性格の持ち主だからだ。眉をつり上げ、怒りを露わにして、悪口言ってる奴らを力で黙らせるのではなく成果によって間違いを認めさせてやろうと躍起になる。

 

「いや、お前・・・・・・悔しくないか、って言われてもな・・・・・・」

 

 しかしラグナは、キファの言葉で余計にやる気を奪われたような表情になると、一応は気遣いに感謝して立ち上がるだけは立ち上がってやりながら、

 

「悔しがってんのは、いちいち俺に突っかかってくるだけで、口で言う以上のことはなんも出来ない、奴さん達の方が上なように見えるんだが?」

「う、ぐ・・・それは・・・・・・相変わらず変なところだけ鋭いわね・・・」

 

 思わず口をつぐんで、口調の勢い衰えさせながらキファ・ノールズは咄嗟に言葉を探して視線を何処かへとさまよわせる。

 

 これもラグナが、この学院において爪弾き者にされている理由の一つだった。

 いつも明るくて容姿もそこそこ整っている、隠れファンが多い優しいキファと、ハタから見ると恋人同士に見えなくもない会話を日常的に交わしているラグナには、モテない男どもの男子生徒達からやっかみ混じりの八つ当たりが批判へと直結することが多いのだ。

 

 また、彼が普段から時折見せてくる鋭くて正しい観察眼は、多くの生徒達にとって意外な盲点と痛いところを突いてくるところが多分に有り、自分たちより格下でダントツ落ちこぼれだと見下しきっていた相手から初歩的な間違いや見当違いを冷静に指摘された側としては不快さを募らせないではいられない。そういう不条理な感情的理由も彼への非難を強める結果につながってしまい。

 

「ラグナ消えろ! 邪魔だ!」

「弱いくせに、この学園にいるんじゃねぇ!?」

 

 などなど彼の周りには、罵詈雑言の嵐が吹き荒れまくる毎日となってしまっている日常となっていた。

 

「・・・ふぁ~あ・・・・・・眠ぃ・・・・・・ダリィ・・・マジ熟睡してぇ・・・・・・」

 

 ・・・尤も、非難する側が本気で悪意込めて罵声浴びせまくっている相手から、欠伸しながら本気でどーでも良さそうな口調で、こんなセリフを呟かれてたら理由などなくても爪弾き者になるのが妥当な扱いなのだろうけれども。

 

 と、そんな自業自得の状況を本人が一番どーとも思っていない歪な状況が形成されてしまったときのこと。

 

 ――ふと、澄み渡ってよく通る声が、突然彼らの非難と罵声を強制的に打ち切った。

 

「君たちはラグナのことを馬鹿にする前に、自分たちをもっと鍛えた方がいいんじゃないのかな?」

 

 現れたのは、艶やかな銀色の長い髪を後ろにくくり、意志の強そうな瞳に均整のとれた容姿を持つ、ラグナたちと同じ年齢とは思えないほどの風格と優美さを備えた貴公子然とした一人の若者だった。

 

 彼の名は、シオン・アスタール。

 全ての科目で成績トップを誇り、学院内でもすでに中心人物と化している青年でもあり、彼に心酔する生徒たちを集めた一つのグループを作ってしまえるほどカリスマ性に溢れたリーダーとしての資質まで持ち合わせている。

 

 しかし、彼を説明するにおいて、そんな些事などどうでもよい。

 彼を語る上で一番重要なのは、シオンが貴族の出だということだけだ。

 

 貴族――この学院から、もっとも遠い位置にいるはずの存在。

 そんな雲の上の地位にいるはずのシオンが、なぜこの様な場所にいるのか・・・? その謎が様々な噂を呼び、彼の神秘性をいや増させる結果へと繋がっていく。そんな人物。

 

『し、シオンさん・・・』

「君たちも暇そうだな。なんなら僕が相手になるよ? まだ授業は終わってないみたいだからね」

『え!? あ、いや、シオンさんと組み手なんてとてもとても!! なぁ!?』

 

 そんな若くして小さな伝説の主となってしまった学園の王子様から直々に声をかけられて、勝負まで挑まれてしまった筋肉が取り得そうな同級生たち三人組は慌てふためきながら何とか組み手を辞退しようと、チラリチラリと採点係の教官の方と周囲の生徒達へすがる視線を交互に向けながら意味のない言葉を発し続けるだけのマシーンと化すしかない。

 

『あ、ああ! そうだよそう! 俺たちはラグナが気にくわないだけで、あんたとやり合いたいとは少しも思わないよ! ああ、本当に!! 絶対にだ!』

「そうなのかい? ・・・・・・だが――」

 

 相手達の謙遜を装った言い訳を聞くだけ聞いてやってから、シオンは笑顔を浮かべたまま視線だけ少し動かして、

 

「でも、いいのかい? 今ちょうど僕たちの方を教官が見てるぞ? いま僕との組み手を放棄したら、君たちは敵前逃亡する可能性がある人材と見なされて減点されるかもしれないが・・・・・・それでも良いというなら、別に僕はかまわないよ。どうぞ君たちのご自由に」

『う・・・・・・』

 

 相手に言われて三人組は、一様にうめき声を上げる。

 ある意味それは当然の反応だったのだろう。この学院にいる以上は、少しでも高値で軍に引き取ってもらえるよう成績を上げるために皆、必死で頑張っているのだ。

 ここで勝ち目のない格上の相手と戦って、敗北したという結果だを成績表に記されてしまうのは彼らの人生設計にとって何の得にもならない損だけする意味のない行為としか映りようがないのだから・・・・・・。

 

 ――が、しかし。

 立場が変われば品も変わり、見るべき視点も変化する。

 彼らが持つ『仕方のない当然の事情』も、別の人間から見れば別の光景となって見えてしまうのも、また仕方のない事情の一つではあるのだから――

 

「へっ・・・・・・とんだ茶番劇だな。楽に勝てると踏んでた相手にはデカく出れても、自分より強いヤツと権力にはへりくだって尻尾を振りたがる・・・。ザコやられ役の小悪党にいそうな定番じゃねぇか。

 なんだって、テメェらみてぇに楽して勝ちたいだけのザコ野郎どもが、この学院にいたがるんだぁ? 死ねよ、バ~カ」

『――ッ!! ラグナ! てめぇッ!!』

 

 せせら笑いと共に放たれた挑発の言葉に激高し、シオンには勝てそうもないと踏んでいた三人の筋肉ダルマ達は、半分近くは演技だったものの怒り狂ってラグナへと矛先を変え、三人がかりで襲いかかろうとしたのだが

 

「ほう? 敵を前にして今度は無防備な背中をさらすのか・・・これは敵の挑発に乗せられて罠にはめられやすい人材と見なされても仕方のない状況だね」

『う!? ぐ、ぐぅ・・・・・・っ』

 

 再びシオンの言葉でうめき声を上げさせられ、進退窮まったように周囲を見渡し目をそらされて無視されて、

 

「それとも君たちは僕に、奇襲攻撃の成功確率を高めさせてくれるため自らは犠牲になってくれるつもりだったのかな?

 それはそれで僕としてはありがたいけど、心苦しくもあるね。出来れば君たちにも勝利して成績を上げるのに貢献できる対等な立場で同級生とは付き合いたいんだ。

 ・・・・・・で、どうする?」

『く、くそ! やるか!』

 

 ここまで言われても尚、三人組は迷っている風だったが、ようやく意を決して覚悟を決めたらしい。

 シオンはさらに笑みを深くして、

 

「そうこなくっちゃね。三人同時にかかって来いよ?」

 

 と、挑発じみた宣言を放って距離を置くと三人組は、二人が手を動かして空中に魔法陣を描きはじめて、残り一人がシオンに向かって突進していく。・・・・・・戦闘が始まった。

 

「うん。なかなか上策な戦法ね」

 

 戦い始めるため、互いの準備を終えたシオンと三人組とを交互に見比べたキファが、ラグナの隣に立ちながらしたり顔で解説っぽいことを教えてくれる。

 

「一人が牽制して、二人が魔法でとどめを刺す。奇抜さはない戦法だけど、そのぶん癖がなくて目立った弱点もない。王道的な戦い方ね」

「・・・・・・どこが?」

 

 戦略理論で上位の成績を取っている優等生として、キファはラグナに『こういう戦法をとってきた敵をどう攻略するか?』という答えの参考として、シオンの戦いをよく見ておくようにと言おうとしていた矢先のところで、またも冷や水の指摘が入る。

 

 座り込んで胡座かいていたラグナが、片足だけ立てて膝立ちにして、肘を膝に乗せて顎を乗っけて寛ぎながら、キファの評価に全然ダメという意味での落第点を押しつけてこられる。

 

「・・・なによ!? ラグナのために解説してあげようとしてたのに! 私の評価のどこに疑問が入る余地があったって言うのよ!?」

「見てりゃわかる。黙ってみてりゃ、答えはすぐ教えてもらえるだろうよ・・・」

 

 だが、相手からは面倒くさそうな声音で返事が返ってくるだけ。視線すら向けてこようとしてきゃしない。

 憤懣やるかたない思いを抱えながら、仕方なくキファは言われたとおりにシオンと三人組との戦いの方へと視線を戻し・・・・・・そして、相手の言った答えこそが正しかったのだという事実を思い知らされることになる。

 

 

 ――シオンの勝利は圧倒的だった。まるで勝負にならないほどに。

 まず彼は、自分に向かって突進してきた一人目を躱して、首筋に蹴りを叩き込み。

 気絶した一人目をそのままに、二人目の魔法陣を描いていた男の方へと急速接近して距離を詰め、顔面に拳を入れて殴り飛ばして気絶させ。

 仲間二人がやられている隙に魔法を完成させていた男が、魔法を放とうとした瞬間に足下の砂を蹴り上げて視力を奪い、最後の男も腕をひねりあげてから投げ飛ばし、あっさりと勝負はついてしまった。

 

 

「・・・自分たちより格上相手するのに、順当でオーソドックスな教科書通りの戦法使っちまったら、順当通りに負け確定するだけに決まってんだろ。

 真性のバカだったのか? あの筋肉バカどもは・・・」

「・・・・・・」

 

 ラグナの口悪すぎる暴言的評価に対して、キファは返す言葉が思いつけない。

 言い方は悪すぎるが、言ってる内容は非常に正しくて、むしろ自分はどうしてそこに気づかなかったのかと疑問に思わざるを得なくなってしまうほど・・・・・・当たり前すぎる勝敗の結果そのもの。

 

 シオンは確かに強かった。強すぎた。

 一般生徒が学ぶには参考にならないほど、実力の差がありすぎた程に。

 

 そして、それと同じぐらいには――相手の三人組は弱かった。弱すぎた。シオンの戦い方を学ぶために比較対象となってもらうのは無理すぎるほどザコ過ぎた。

 

 像が犬を弾き飛ばしただけの結果なら、狩りにならない。狩りにならなければ、狩りのやり方は学びようがない。

 当たり前すぎる勝利を、流れ作業で手にしただけの結果では、シオンの凄ささえも正確には読み取ることが出来なくて、『スゴい』と言うことしかわからない。

 

 これは確かに・・・・・・どこが何の役に立つのか全くわからない戦闘モドキを見物させられてしまった、ただそれだけの茶番劇でしかなかった・・・・・・。

 

「え~と・・・ラグナ? ちょっとその・・・さっきはゴメ――」

 

 少し気まずそうな表情と口調でキファが、先ほど怒りかけてしまった自分の先走りを謝ろうとした時。

 タイミング悪く鐘が鳴らされ、今日の授業が終わったことを学院生徒たち全員に知らせてくれる。

 

 思わず肩を落としてしまったキファの気落ちした姿とは裏腹に、演習場にいた他の生徒たちからは歓声が上がり、嬉しそうに雑談しながら皆それぞれの部屋へと一人ずつ戻り初めて行ってしまう。

 

「・・・眠ぃ・・・・・・あと、ダリィ・・・・・・マジ眠くて超ダリィ・・・・・・」

「って、あんたは最後までそれかいっ!!」

 

 パシン!と、最後に一発思い切り相手の頭を平手ではたいてやって、痛い思いをして手のひら真っ赤に染めさせてから、色々な思いで赤くなった表情に涙目をたたえながら非難がましい視線で相方を見つめて、非難がましく非難することしか彼女にはできない。

 

「アンタねぇ・・・いい加減もうちょっとだけでも真面目にやらないと、この学校追い出されちゃっても知らないわよ?」

「あ~・・・・・・そりゃねぇだろ。オレは優秀らしいからな・・・・・・」

「・・・アンタがこれで優秀だったら、きっと私は女神様にでもなれるほど評価されてる気がするわ・・・・・・」

 

 そんな身の程知らずなバカ発言を、死んだ魚の目で空見上げながら「眠ぃ、眠ぃ」とか言いながら言われても説得力など微塵も感じられるはずもなく、キファは適当な言葉で聞き流してやったのだが。

 

「――って言うか、今のオレが出て行かなきゃならねぇんだったら、とっくの昔に出て行かされるだろうよ。この世からな」

「―――っ!!!」

 

 その直後に呟かれた相手の言葉に意表を突かれ、思わず相手の横顔を厳しい顔して直視して。

 何か言おうとして、何も言えなくて・・・それでも何か言わなくちゃいけないような気にどーしてもなってしまって口を開こうとした、まさにその時。

 

「あはは。二人の夢は大きいなぁ・・・じゃあキファが女神様になった暁には、願わくば僕のことも幸せにしてくれるかな?」

「え? あ、シオン・・・・・・じゃなくて、アスタールさん!?」

 

 そう言って、朗らかに笑いかけてきてくれるシオン・アスタール。

 学院最強で場違いな貴族出のお坊ちゃまなはずの青年が、いつの間にか二人の側に立っていて、座り込んで話していた二人のうちキファだけが慌てて立ち上がり。

 

 もう一人は・・・・・・最初っからシオンがいつの間にか側に立って自分たちを見下ろしていた場所を見上げた姿勢のままでピクリとも動こうとせず――ただ一言。

 

 

「・・・・・・ウザったそうなヤツが来やがった・・・・・・」

 

 

 とだけ呟き捨てて、相手のウザったくなりそうな運命に自分が巻き込まれるであろう未来を、なんとなく予測して面倒くささに吐息する。

 

 どこまで行ってもラグナにとっての人付き合いは、イラつかされて面倒くさくて・・・・・・そして、避けるための努力するのはもっと面倒くさくなるからイヤすぎる代物のこと。

 

 只それだけが、彼が運命に妥協できる理由の全てだったから・・・・・・。

 

 

 

 

『キャラ紹介』

【ラグナ・ミュート】

 今作での主人公にして、原作でのライナの立場をなす少年から青年に成長する主人公。

 コミュ障で、慢性的な不眠症を患っていて常に寝不足。この作品だと主人公がいつも眠いのは、いつも眠れてないからという設定に置き換えられている。

 

 『やる気』はないけど、『殺る気』だったら満ち満ちているタイプの少年で、常に不機嫌であり、いつもイラついており、もはや完全に病気のレベルに達して久しい。

 ライナと同じく『複写眼(アルファ・スティグマ)』保持者の一人だが、力に対する嫌悪感も罪悪感も劣等感も一切なく、力の行使も躊躇わず、戦闘に身を起き続けてきたため魔術師でありながらフェリスとほぼ互角の戦闘能力を現時点で持っている。・・・もっとも、ルシル相手には到底勝てない程度の強さだが。

 

(逆説的に、ライナも“やる気”を出していれば同じになれてた可能性を意味しており、彼の力が危険な方向に用いられてしまっていた場合の『悪いライナ』を体現させてみた感覚。

 『悪』ではなく『悪い』ため敵にはならないが・・・)

 

 口が悪く、目つきも悪く、性格も決して良くはなく、人間嫌い。

 だったら動物や植物が好きかと聞かれたら、どっちも嫌い。とにかくムカつく奴らは全部嫌い。その分ランキング別けして対応を変えてはいる。

 

 医者にかかった方がいい状態になって結構経つのだけど、ローランド帝国内に貧民用の良い病院は一件もないため症状が良くなる宛ても一切ない。

 長引く戦争がもたらした社会の歪みが生んでしまった因果応報の被害者・・・・・・と綺麗に言えなくもないけど、コイツの場合は先天的な人格面での欠陥だろう。間違いなく絶対に。

 

 ムカつく奴らは殺して解決したいと思いながらも、殺して解決する方法だと後になって面倒くさくなるから我慢して、殺したいのを我慢しなきゃならないから余計にムカつく!

 ・・・という負の連鎖の悪循環。本当に・・・どうしようもない・・・。

 って言うかマジで病院に行った方がいいと思う、本当に・・・。

  

 

 

【フェリス・エリス】

 今話では登場してないけど、今作でもヒロイン役は彼女しかいないだろう。普通に考えて。

 性格的理由からラグナとの相性は最低最悪であり、皮肉の言い合い、嫌味の言い合い、罵倒の言い合い、ガン付けあって、挑発し合った末に毎度のようにガチンコバトルへと発展してしまう日常を送る冒険譚になってしまう仲悪過ぎな美少女ヒロインと主人公の少年。

 

 ただしラグナはライナよりも強いせいで勝率は五分五分であり、フェリスが勝つこともあれば負けることもあり、決着はなかなかついてくれず、互いが言い合いになる理由の大きな一つにもなっている。

 

 対等で平等な力関係が、必ずしも平和的で争いのない世界を意味するものではないという一例であり、ムカつく他人が自分と完全に互角で対等であっても嬉しいことはあんまりないという実例でもある。

 

 

 

 

――綺麗事クソ食らえな感情論ファンタジーであり、理屈よりも感情を優先して弱者の側には立ってくれるけど、民衆が望むような自己犠牲バンザイ英雄崇拝など都合が良いだけで願望の具現だ。

 英雄主人公は好きだけど、民衆のエゴは気色悪ィにも程がある・・・・・・。

 

 そういうテーマの作品で使うこと想定してストックしてたキャラクター案のひとつを、試験的に『伝勇伝』で使ってみた次第です。・・・不快だった方はゴメンナサイ・・・。

 

 なにぶん中学生時代に作ったキャラなので、口は悪いし性格も悪い厨二キャラしか思いついてなかった世代なものですから・・・。




*書き忘れてましたが、今作で使用している主人公の見た目モデルは『機動戦士ガンダムSEED』に出てきてた『シャニ・アンドラス』を大本に使っており、中学時代に考えたキャラの性格を融合させました。

・・・見た目の方は言われるまでもないと思われるかもしれませんが、一応の説明責任として。
ちなみに作者がSEEDで一番好きなキャラクターが彼だったのが、選んだ理由っス♪


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魔王学院の魔族社会不適合者 第11章

夜の時間帯に再び目が痛くなって書けなくなってしまい、予定通りに続きが書けない作品が多くなってる今日この頃の悩みな作者です。

休み中の練習では書けてたんですけどね…。そのせいで書けた作品に偏りが出てしまってご迷惑をおかけしてます。すいません。


 現代の魔界において誰もが知っていることではあったが、魔王学院ベルゾゲートは暴虐の魔王の血を引く者を新たな魔王に育てるための教育機関であり、今年は始祖が復活すると言われている記念すべき年でもある。

 

 そのため、たとえ七魔公老アイビス・ネクロンを招いて特別授業が行われた日であろうとも、午後に予定されていたテストそのものは普通に行われる運びとなっていた。

 ある意味では当然のことであり、如何に始祖から直接血を分け与えられた七魔公老といえども家来は家来。側近でしかない者と、時代の魔王選抜に必要な試験とを同格に扱うわけにもいかない―――ということも特にはないと思いはするのだが。

 

 

「では、これより午後の授業である『ダンジョン試験』を行います」

 

 兎にも角にも蘇った始祖本人である黒髪の少女は、午後の授業が始まる時間帯にミーシャやクラスメイトたちと一緒になって、校舎から少し離れた場所にある古びた遺跡の前に集合させられていた。

 

「ダンジョン試験では、ベルゾゲートの迷宮に挑みます。

 班ごとにダンジョンに置かれた魔法具や武器、防具などを集め、その得点を競うという試験です。

 手に入れたアイテムの所有権は班リーダーが有するルールとなっていますが・・・・・・なにか、質問がある方はいらっしゃいませんか?」

「は~い、エミリア先生。一つだけ質問よろしいでしょうかね~?」

 

 通り一辺倒な説明を終えた担任のエミリア教諭が、単なる形式として聞いて見せてやっただけの問いに対して、バカ正直に挙手して質問を求めてくる白い制服と黒い頭髪のコントラストを持つ一人の女子生徒。

 

 ―――またしても、アノス・ヴォルディゴートか・・・ッ!!

 

 内心で忌々しい気持ちを抱えながらも、形式として確認の必要を問うてしまったのは自分である以上、他の生徒たちの手前、無視するというわけにもいかない。

 

「・・・・・・質問を許可します、アノスさん。何について知りたいのでしょう?」

 

 返答までに僅かな間を入れてやることで、不快さをニュアンスで表しながら皇族の一員であるエミリア・ルードウェルは、平民の混血でしかない黒髪の少女に静かな態度で問いを返したのだが。

 

 相手からの反応は彼女をして、やや意表を突くものではあったらしい。

 

「では、お言葉に甘えまして。――試験の採点基準は、ダンジョンの中から置いてあるアイテムを“持ってくるだけ”でいいんですよね?

 誰が最初に一番下まで潜れたとかのタイムトライアルでも、何かしら特定のモンスターを倒してこいと言うのではなく、ただ手に入れたアイテムを持って出てきて総合計ポイントを競い合う、それだけでいいと。そういう解釈でよろしいのでしょうか?」

 

 一瞬、周囲の生徒たちは相手が何を言っているのか分からず混乱して、そして直ぐに嘲笑を浮かべ出す。

 何を当たり前のことを質問しているのだ、これだから平民は――というような嘲り笑う声が周囲から陽炎のように吹き上げて、四方八方から黒髪の少女に襲いかかってくるが彼女は平然としたもの。

 

「・・・・・・ええ。その解釈で合っていますよ、アノスさん。大正解です」

 

 そして珍しいことに、彼女のことが大嫌いなエミリア教諭までもが、やや感情を消した声音で黒髪の少女からの質問を絶賛し、周囲の生徒たちは再び混乱させられてしまったが、それ以上の説明はなく。

 

「それでは試験を行います、始めて下さい」

 

 と強引に話を切られてしまったことから確認している余裕はなくさせられ、狭い入り口目指して大勢の生徒たちが我先にと飛び込むため全力疾走で走り始める。

 

 その中に、サーシャ・ネクロンがいた。先日の試合で敗れて以来、黒髪の少女率いる班メンバーの一人になっている皇族出身の少女である。

 才能はあるし、努力も怠らない勤勉さも持ち合わせているのだが・・・・・・如何せん。些か以上に固定概念に縛られすぎて、若い癖して頭が固すぎるのが難点だなと、こういう時には頓に思わされて苦笑させられそうになる黒髪の少女だった。

 

「・・・・・・って、ちょっとアノス! 何ボーッと突っ立っているの!? 先を越されるわよ!」

「ご安心を、策はあります。

 それに、最下層の祭壇に供えられてる王錫を手に入れれば満点評価がもらえるそうですからね。焦る必要はありませんよ」

「一応そう言うことになっているけど・・・そんなの絶対に無理だわ! 最下層には教師だって行ったことないないんだもの。地下に王錫があるっていう伝承があるだけで、実際にあるという保証すらないんだし」

 

 教師が誰一人として実在を確認してもいない代物に、試験での最高得点を与えてしまう王立の学園というのはどうかと思いはするのだが、それぐらいなら何時ものことかと、いい加減現代の文化に慣れてきた始祖魔王本人は、その部分はいったん流して話を先へと進めることにして。

 

「始祖が造った『魔王の杖』と言われる、ガイズを強化する杖という話だけど、そんなもの本当にあるわけな・・・・・・」

「おや? 七魔公老の一家であるネクロン家の令嬢が、始祖に纏わる伝承が嘘だったと考えておいででしたので?」

「うぐっ!?」

 

 痛いところを突かれて慌てふためくサーシャ・ネクロン。

 その様子を、“昔と違って”いつもは取り繕ってる姉を黒髪の少女の傍らで見ていたミーシャ・ネクロンが、かすかに「クスッ」と笑いを漏らしたのが聞こえてしまったのは幸いなことに隣に立つ少女だけで、慌てて言い訳探すのに夢中な姉は気づかぬまま。

 このまま忘れ去ってもらうためにも誤魔化す必要を感じた黒髪の少女は、「冗談ですよ」と軽く笑って言い切ってから、少しだけ表情を改めて。

 

「それにまぁ・・・下手に誰よりも早く行くと面倒になるだけな気がしますからねぇ~。早い者勝ちの方針は、この際止めといた方が安全だとは思いますよ?」

「??? なんでよ?」

「どこにあるか分からんアイテム探し出すより、他人が見つけたものを奪い取った方が効率いいし楽だって事です」

「なっ!?」

 

 アッサリと言ってのけた黒髪の少女のルール違反としか思いようのない、少なくともサーシャから見れば間違いなく許されざる違反行為の方法論を、だが近くにいたままのエミリア先生は目を逸らすだけで沈黙するだけ。否定も反論も行ってこない。

 

「そ、そんなのはルール違反だわ! 学院側から許されるはずがない!」

「おや? 先ほどのルール説明で、そんな決まりをどこかで先生は言っておられましたかね? 私はちゃんと確認したはずですよ? “試験の採点基準はダンジョン内のアイテムを持って出てきて総合計ポイントを競い合うだけでいいんですよね”――っと」

『・・・・・・あ』

 

 サーシャは目を見開いて、ミーシャもまた口を両手で押さえて姉と同時に驚きを表す。

 エミリア教諭も、やや気まずそうにそっぽを向いて沈黙する中、発言者である黒髪の少女ただ一人だけが平然と、それらの行為を良いとも悪いとも思うことなく肯定的に見定められていた。

 

 ・・・もともと、彼女の生きていた時代には迷宮の中に眠る財宝を手に入れるため、冒険者と呼ばれる者たちが各地に現れ、魔族と人間の戦争状態による混乱に乗じて古代遺跡から貴重なアイテムを盗掘してくることを生業として幅広く商売をやっていた。

 そうやって手に入れてきた物品の中には、戦争の勝利に大きく貢献するものや、他では手に入らない万病を癒やす秘薬なども存在していたことから必ずしも悪人たちばかりではなかったが墓荒らしの犯罪行為であったことには変わりない者たちだったのも事実ではある。

 

 ・・・そんな連中が得意としていたスキルやら技術やらを、今の時代の黒服皇族の少年少女たちが多数保持しているとは思えないし、むしろ魔力自慢のエリート最強バカたちとしては出てくるところを襲撃して力ずくで奪ってしまった方が手っ取り早い。

 

 ダンジョン内に監視の目が行き届いているなら、王錫も見つかっていて良いはずでもあることだし。

 って言うか、入学試験初日の夜に皇族から『試験での敗北は闇討ちで帳消しにしていいのが皇族だ~』とか、そんなこと宣言されてる身としては気にするだけ今更過ぎるポイントでもあったわけで。

 

「多分ですけど、試験が始まる前から何組かの班同士では談合が成立していたのではないでしょうかね?

 貴重な盗掘スキル持ちを各班で奪い合うよりかは、持って出てきたところを奪い取って献上し、合格ポイント分は報酬としてもらえるだけの方が筋肉バカ連中的には勝率も上がりそうですからなぁ」

「そ、それはそうかもしれないけど・・・・・・だからって・・・・・・」

 

 納得がいっていない様子でマゴマゴし始めるサーシャ・ネクロン。理屈では分かっても感情が納得しないと言うところなのだろう。

 対して、妹のミーシャの方は何かに気づいたのか黒髪の少女の袖をつかんで「クイッ、クイッ」と引っ張って。

 

「・・・・・・イジメ過ぎるのは、ダメ」

「む。・・・これは失礼を」

 

 黒髪の少女は少女で、ミーシャの言動から何かしら感じるものがあったのか非礼を詫び、ダンジョンの入り口の方へと耳を澄ませて誰の足音も聞こえないほど遠ざかっていったのを確認した後、「そろそろ頃合いだろう」と決断して重い腰をようやく上げる。

 

「では、暇潰しもそろそろ終わりにして私たちも出発しましょうかね。サーシャさんも機嫌を直してコチラへどうぞ。

 ・・・・・・一人だけ置いて行かれてもいいというなら、強制はしませんけどね?」

「~~~ッ!!!」

 

 暇潰し扱いで弄ばれたことを聞かされた直後に、近くに寄れと言われた年頃の少女としては当然の反発心を見せかけたサーシャではあったが、今からでは正攻法で他の生徒たちに追いつくことは不可能だし、イラついてもムカつかされても『今はまだ』黒髪の少女に従うしかないと相手に近寄る。

 そして。

 

「きゃっ!?」

「・・・あ」

 

 と、姉妹そろって二人同時に可愛らしい悲鳴を上げて、黒髪の少女から両手を使って腰を抱き寄せられて密着させられてしまい、個性に応じて頬の色をピンクからリンゴみたいな真っ赤に変色させられてしまうのだった。

 

「あ、貴女一体なにを!? は、離しなさいよこの無礼もn―――」

「【アウト・フォール】」

「あ・・・。なんだかムズムズって・・・揺れてる・・・」

「ミーシャも変なこと言わない!!」

 

 一人騒がしく騒ぎ続けながら大騒ぎしてたせいで、サーシャだけは気づくのが遅れたものの、やがて自体の異常さに気づいて顔色を赤から青へと急速に変化させていくことになり、

 

「地面が・・・沈んでいる!?」

 

 驚愕を浮かべるエミリア先生の顔が、段々と視界の高い位置に移動していって、やがて見えなくなるまで遠ざかっていった頃にはサーシャの混乱は限界を突破する寸前になっていた。

 迷宮は本来、各層をつないでいる階段を見つけ出して降りることで下層を目指す造りになっているはずの場所であって、こんな天井に穴を開けて直通の通路を造ってしまうような攻略方法はサーシャが調べたダンジョン試験の受かり方のどこにも書いてあったことなんてない!

 

「・・・詐欺よ! インチキよ! こんな方法で試験受かってアンタ本当にそれで満足なの!? もっとこう、自分の実力で突破してこそのものでしょう!? こういうのって!」

「ですから、ダンジョン内にあるアイテム取ってくるだけの試験だと言ってましたでしょうに」

「きぃぃぃぃッ!!! つくづくあー言えばこういう奴ゥゥゥッ!!!」

 

 腰を抱きしめられながら、足だけ地団駄して暴れまくって不満を露わにするサーシャ・ネクロン。

 自分たちの直ぐ横で「ズモモモ・・・」と地面が抉り取られて穴を開けあれていく途中の光景に取り囲まれているせいにより、余り大きく動いて手を離されたら怖かったのだ。

 

 オマケに、そのせいで嫌がりながらも相手の腰と腰を密着させあいながらの移動を甘受しなければならなくなってしまって、恥ずかしさを隠すためにも、悟らせないように誤魔化すためにも、とにかく怒る! 怒ってみせれば何とかなる! そう信じているというか、信じたがっている金髪ヒンヌーで、いまいち脇に当たっている感触が妹のそれよりショボいものを感じさせられ憐憫さえ抱き始めてきていた黒髪の少女だったのだが。

 

 ふと、思い出したようにミーシャを見つめて、“今朝した話”を蒸し返すかのように。

 

「――そう言えばですが、たしかサーシャさんの誕生日に服をプレゼントとして送るということに決まったんでしたよね?」

「・・・サーシャの誕生日の件? うん、そのつもりだけど」

「でしたら確か、最下層の宝物庫に良さそうなデザインの物があったと記憶していますので、まだ残っていた場合には進呈しましょう。もしそれで良かった場合にはプレゼントに使ってあげて下さい」

「・・・ほんと?」

「ええ、もちろん。ついでとは言ってはなですけど、ミーシャさんの分もあるでしょうからね。・・・もっとも、今もまだ残っていればという前提条件付きにはなりますけどねぇ・・・」

 

 最後は苦笑いと共に、確約できない己の不甲斐なさを微妙に笑い飛ばすしかない黒髪の少女魔王の生まれ変わり姿。

 

 なにしろ、この場所が残っていたことすら意外だったぐらいなのだ。

 これで保管しておいた、いくつかの宝物が全て一つ残らず今まで置かれ続けていたならば、それはそれで一種の奇跡だろうとさえ思われるほどに。

 

「・・・それでいい。気持ちだけでも、嬉しい」

「ご寛容に感謝を。ところでサーシャさんの方は聞きましたけど、ミーシャさんの誕生日はいつなんです?」

 

 軽く肩をすくめてみせてから、そう言えば聞いていなかったなと思い出し、ミーシャの誕生日も聞いておくことにした黒髪の少女。

 別段、誕生日でなければ友人に物を送ってはいけない道理もないのだが、姉の方には「誕生日だから」で贈っておいて、妹の方には「誕生日でなくてもプレゼントを」などとやってしまうと、このお姉ちゃんの割には妹よりも子供っぽい部分を持つ名門出身者さまがまた暴れ出しそうな気がしなくもなかったので、近いうちに渡せるならその日の方がいいだろうと考えたからである。

 

「・・・明日」

「おや、双子だったんですか? ――ですが、その割には――」

 

 一瞬、視線を少しだけ下に落として固定して、再び元の高さにまで戻してから。

 

「幾つになるか、聞いてしまってもよろしいでしょうかね? ・・・あ、いや、そっちの意味ではなくですからね!?」

「・・・?? 十五歳だけど・・・そっちの意味って、なに?」

「忘れて下さい・・・・・・私にもあなた方家族と同じように聞かれたくない事情という物もたまにはあるんです・・・」

「・・・??? わかった・・・」

 

 余りにもしょうもなさすぎる駄会話を交わし合ってしまって、流石に恥ずかしさで赤面せざるを得なくなってしまった、自業自得の魂年齢数千歳を誇る魔王少女だったのだが、「ちょっと!!」というサーシャからの強い声での呼びかけで現実の現代社会に立ち戻ってくることができたのだった。

 

「なんか地面の沈下が止まったみたいなんだけど、早く行かないの!?」

 

 

 

 

 ・・・・・・まっすぐ下に降りていくだけで辿り着けるよう設計されてた、最下層の数階ほど手前の階層。

 そこに到着したことで、ここからは徒歩での移動になると告げられた一行は、だがしばらくして行く手を遮る厄介な障害に立ちはだかれることになる。

 

 何のことはない、分厚いただの『壁』である。

 

「なによ、ここ行き止まりじゃないの。

 ま、まさかアンタ、また適当なこと言って私を弄んでただけなんじゃ・・・っ!!」

「落ち着きなさいって。何のことはない、ただの隠し通路ですよ」

「えぇ?」

 

 少女の言葉が余程意外だったのか、サーシャは右手に展開させかけていた高威力の攻撃魔法と、両目に発動しかけていた魔眼を無意識のうちに途中で破棄して、壁を見るための魔法を使うため別の術式を両眼に込め始めてみたが、しかし。

 

「・・・魔眼で見ても、なんの仕掛けも見つからないけど・・・?」

「そりゃそうでしょうよ。“魔眼で見れば何でも分かる”という人用の対策もしてある隠し通路ですからね」

「む」

 

 自分のことをバカにされたと思ったらしいサーシャが、黒髪の少女の言葉に口を尖らせて柳眉を逆立てる。

 ・・・実際、サーシャには魔眼の力に振り回されてきた過去があるため、その反動で魔眼の力を過剰に意識してしまい、何でもかんでも魔眼で解決したがる傾向が少なからず存在しており、同じ魔眼保持者でも分析に秀でたミーシャには姉ほどの盲信がないため多少冷静に現実を受け止められてて、今回もそれが影響する結果となったと言えるかもしれない。

 

 黒髪の少女は、『隠し通路』と聞いて幻術によるカモフラージュを想定して魔眼を使用していたサーシャの前に出ると、ポケトットに両手を突っ込んだ姿のまま壁に向かって足を止めることなく前進。そして衝突。

 

 ―――ドゴン!!

 

「えぇッ!?」

 

 壁をぶち破って向こう側へと続いていた通路の続きを出現させてしまった黒髪の少女の、魔術師系のサーシャ基準では力業としか思いようのない蛮行を前にして驚きの声を上げてしばしの間沈黙しているより他なくなり・・・・・・やがて。

 

「これ・・・隠し通路って言うの・・・?」

 

 と、前を行こうとしていた黒髪の少女に聞こえるか聞こえないかという声量でポツリと言って。

 

「実際、隠されてたのを見つけられなかったでしょう? 魔眼の力を使ってもねぇ~」

「む、むぐぅっ!?」

 

 再び楽しそうな声で、からかわれる材料を自分から提供してしまったことに気づかされて赤面させられる結果を招くことになる。

 

 尚、姉の赤っ恥ショーを公開させられてる横で、銀髪の巨乳妹の方はといえば。

 

「・・・おー、頑丈ぉ・・・」

 

 と、穏やかに微笑みながら、ちょっとだけ楽しそうに笑顔を浮かべて暢気に拍手を送ってくるだけだった。

 姉思いに見えて、ときどき重要なところで姉を見捨てるところがある気がする微妙な少女に見えてこなくもなかったりはする姿に、黒髪の少女は苦笑しながら。

 

「まっ、非難も賞賛も到着してから幾らでもお受けしますので、早く来て下さいな。

 なにしろ最下層は、もう目の前まで来ているのですからね・・・・・・」

 

 

 そう言って、率先して歩みを進める黒髪の少女。

 他の通路と異なり、魔法で関知されないよう明かりのランプは通る者の存在を感知したときのみ灯るよう仕掛けが施されている、まっすぐ奥へと続いているだけのゴールに近い一本道の廊下。

 

 そこを歩きながら、その奥にある宝物庫に保管しておいた、『財貨に何の未練も愛情も持ったことがない人間の魔術師だった自分』を思いだし、例の物品もまだ残っているのかと想像してしまい、年甲斐もなく胸がトキめくのを実感させられ、逆に苦笑が沸いてくる。

 

 ――埒もない。

 そう思ってしまうのを避けられない自分がいる。

 

 ――もう“アレ”に自分が袖を通すことは二度とないと知りながら、それでも後生大事に宝物庫まで造って飾らせてしまった自分は、ここまで女々しい女だったのかと見下しの冷笑を自分自身に対して浮かべてしまいながら。

 

 過去をしまった地下深くの宝物庫に続いている廊下を歩む彼女の心もまた、遠い過去の思い出の回廊を逆方向へと歩み戻り初めて行き―――

 

 

 

 

 

 

『・・・【不死鳥の法衣】と【アスハ氷の指輪】・・・ですか・・・?』

 

 椅子に座って窓辺に寄りかかりながら、血のように赤い色の髪を持った人間の少女は、帰ってきたばかりの友人から土産として渡された物品の名を聞いて、少しだけ不思議そうに小首をかしげて見せた。

 

 そうしてから軽く周囲を見渡して、肩をすくめる。

 ――ずいぶんと自分には分不相応な場所に来てしまったものだと、今さらながら自分の歩んできた道をわずかに後悔したい気分にさせられながら。

 

『ああ。以前にお前から、明日が誕生日だったと聞かされた話を思い出したのでな。出かけたついでに、見繕ってきてやったのだ』

 

 相変わらず自信満々で尊大な態度のまま、出会った頃と変わらぬ仕草で友人の口から断言するのを聞かされ、そう言えばそんな話をしたこともあったかと、自分でも忘れていた過去の思い出を記憶の彼方から引っ張り出してきて思い起こし――そして不意に苦笑する。

 

 ・・・自分自身の生まれた日のことを、自分とはなんの関係もない生まれの、それどころか同じ人間種族ですらない魔族の青年が覚えていて、自分では忘れ果てていた。

 その事実を前にして、流石の悪名高き赤髪の魔女も苦笑する以外の感情表現の仕方を思いつくことは出来なかったから。

 

 

『不死鳥の法衣は、身に纏った者に不死なる炎の恩恵をもたらす代物だ。お前がもつルビーのような髪の色にはよく似合う』

 

 そう言いながら、ぶっきらぼうな外見に似合わず、優しい手つきで少女の肩に炎のように赤い羽毛のコートをかけてやる黒髪の青年。

 

『アスハ氷の指輪は、その冷気が七つの海を氷で埋め尽くすと言われている。世界から魔女と恐れられたお前のことを、この指輪も呼んでいるようだったのでな。相応しき者の元へ持ってきてやったというわけだ』

 

 今度はそう言って、指輪が一つだけ収まっている小さな、だが巨大な魔力を感じさせる宝石箱を、少女の座った机の上に置いてから友の傍らへと戻ってくる。

 二つのプレゼントが持つ逸話を聞かされた少女は、少しの間だけ考え込んで思考の海に沈み込む。

 

 

 ・・・そこは魔族と戦争をしている人間国家の住人たちが、【魔界】という単語を聞かされてイメージするのとは掛け離れた空間。

 穏やかで静かで、自然豊かな森の中にある小さな空間に建てられた、豪華ではあっても小さな小さな少女と青年、二人だけの家。

 

 昼は太陽が、夜は月の光が森の天井にあいた小さな穴から入り込み、魔法の灯りも油の火も必要とせずに、ただただ自然から得られたものだけで生きていけるよう計算され尽くした自然だけで出来た不自然すぎる空間。

 

 細い小川が、家の周囲を囲むように流れていて、水の流れるせせらぎの音が煩わしい音量にまでなることは決して無い。

 

 壁には風景画が飾られていて、心乱されるものは何一つ置かれず。

 剣や盾、いくつかの煌びやかな宝石があしらわれた武具も置かれてはいるものの、それ以外の大半を占めているのは服や宝石、アクセサリーや鏡など、女が女らしく見られるよう着飾るために使われる装飾品がほとんど全てを占めている。

 

 そこは、終の家だった。

 赤髪の少女が、少女らしい生き方など一瞬たりともしたことがないまま一生を終えるために用意された特別な空間。

 既に限界を迎えて満足に動くことも出来なり、終わりの訪れを待つための時間を過ごすためにだけ友人の手で造ってくれた、終わりの家。

 

 その光景を理解したとき。

 少女は相手から贈られた誕生日プレゼントの意味を悟って穏やかに、だが困ったように苦笑を浮かべる。

 

『・・・無駄と承知でそれらを行うのは、愚かな行為だと思いますよ? 私の運命はとっくの昔に自分の手で決めてしまっていたのですからね』

『・・・・・・』

『私の長すぎる一生はもうすぐ終わる。本当ならとっくに終わっているはずの一生を伸ばし伸ばして外法に縋った人生です。そのツケを支払わされる運命は、今さら神様だって変えたら怒られてしまうでしょうよ』

 

 少女のすげない返事を聞いても、青年は動じることなく――そして答えない。少女からも追求してくることも、またない。

 

『もっとも、私が死に、貴方だけを残してしまう・・・それだけは申し訳なく思いますけどね・・・』

『・・・・・・なぜ謝っている?』

『残り時間の少ない私が、貴方と友達になってしまったことに対して、です。貴方は友達が死んで、自分が生き続けている人生に幸福を感じられる人ではありませんから・・・』

 

 不死鳥の恩恵を得たところで、決して避けることの出来ない今更どうすることも出来なくなった、ろくでもない事ばかりしてきた自分の人生が至る当然の帰結。

 七つの海を凍り付かせて、永遠に時の流れから隔離された氷の彫像として在り続けられる膨大な魔力も、今の衰弱しきった自分の力に加えたところで陽の光に溶かされる氷のごとき末路を遂げるだけ。

 

 終焉である。

 後悔はなく、悔いも無く、これから死後に味あわされるであろう苦しみも地獄も、最初から分かりきった上で交わした契約の結果でしかなく―――今更どうにかできる問題でもない。

 

 だからせめて、人生で最後に出会えた最高の友人という望外な幸運に対して、そして予想外のイレギュラーな存在に対して。

 なんの対処も、配慮もしてあげることが出来なくなってしまった後だったことだけは、謝罪して死んでいきたいと。素直にそう思える穏やかな気分になれる。そういう家の中。

 

 

『寂しい思いをさせることになってしまって、申し訳な―――』

 

 だが少女の言葉を、青年は最後まで言わせることなく強く強く抱きしめて、ただ一言。

 

『バカめ・・・っ!』

 

 とだけ罵った。

 大バカ者めと、声にならない慟哭に満ちあふれた続きの言葉を、我慢してきた想いと共に吐き出しながら。

 

『・・・前にも言ったはずだ。俺には知らぬ事が二つある、と・・・』

『覚えてますよ・・・・・・それで? その二つは結局なんだったのです? 冥土の土産にでも教えて頂けますので?』

『違う。何故ならその二つとは、“後悔と不可能”だからだ』

 

 言い切って、自分には出来ないことなど何もないと断言して見せて―――少女に迫る不可避の運命すらも、自分にとってはたいした問題ではないのだと、自信満々に尊大に、不敵な笑顔と共に断言して。

 

『お前の願いは俺が叶えてやる。だからお前も、俺と一つの約束をしろ。

 “最期の瞬間まで明日があると思って生きる”と・・・』

 

 己自身の決意とも、相手自身に告げたい想いともつかぬ言葉を、願いという形で約束を交わさせるため、青年は言葉も論法もなにも選ぶことなく、ただ求める結果だけを差し出すよう相手に対して、只要求するのみ―――。

 

『その約束を破ったなら、たとえ友であろうと俺は絶対にお前を許さん・・・! 許さぬからな、絶対にだ・・・!』

『・・・・・・ずいぶんと一方的で押しつけがましい約束ですね・・・・・・』

 

 力強く、だが力を最大限手加減しながら、ガラス細工を包み込むようにして抱きしめられながら、少女は皮肉気ないつもの笑みを浮かべながら青年の願いに対して、そう返し。

 

『でも、いいですよ。約束しましょう。

 契約ばかりだった私の一生の中で、最期ぐらい一方的に損するばかりの約束を交わすというのも、そう悪いことではないのでしょうから・・・・・・』

 

 

 そう言って、青年と決して違えぬと誓い合った約束を交わし合い。

 静かなる自然の穏やかな家の中で、互いに世間で知られる悪名高さからは想像できないほど優しげな微笑みを浮かべ合い―――そして。

 

 

 

 パキン――――と。

 

 

 また一つ、何かの大事な一つだった欠片がヒビ割れて、壊れ落ちていく幻聴を、二人の耳と心と根源は、たしかに聞いたと自覚して・・・・・・そして“約束を守るため”に、逢えて聞こえなかったフリをして、穏やかな日々を送り続ける。そんな日常。

 

 嘘つきの親友と過ごした最期の日々の記憶。

 自分の願いを叶えてくれず、自分が一番願ってなかったものだけ与えて勝手にいなくなってしまった薄情すぎる大親友。

 

 大嘘つきの、優しい優しい青年と過ごした日々を、地下深く埋めて保管していたものを再び掘り起こそうとすることになる二千年後の自分自身。

 

 果たして親友は、今の自分がやろうとしていることを許してくれるだろうか? ――分からない。

 果たして親友は、今の自分と同じ状況下で同じ判断を下すことを由と言ってくれるだろうか? ――分からない。

 

 

 分からないけど、なんとなく・・・・・・許す道を選ぶのが彼であって欲しいと、そう思っている自分の気持ちだけは分かることができていた。

 

 

つづく



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異世界魔王青年バノッサと魔王召喚少女の夜

だいぶ前に思いついてた【サモンナイト】×【異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術】のコラボ作品です。

他の続きを書かなくちゃいけない時に限って、こういうのを書きたい気持ちを抑えられなくなる人の業……他作品の更新はどうか今しばらくお待ちください…。


 ファンタジーMMORPG『クロスレヴェリー』全世界で最もプレイされている、このゲームには『真の魔王』と呼ばれる者が、たった一人だけ存在する。その名は『魔王ディアブロ』

 ディアブロは公式モンスターではない。圧倒的な装備とスキルで頂点に君臨する伝説のプレイヤーだ。

 理不尽なほどに強いディアブロを本気にするものはナニカ?

 挑戦者の装備のレアリティ? 持っている称号? ・・・違う。

 彼を本気にさせるモノ・・・・・・それはゲームの世界に『恋愛などと言う不純なモノを持ち込む愚か者』であること。それが彼に魔王として本気で裁きを与えてやる資格だったというのが、『クロスレヴェリーの真の魔王と呼ばれる者』の正体だったのである。

 

 

 ―――が、しかし。

 この物語は、そんな『名も無き異世界』から召喚された最強魔王の物語ではない。

 この物語は、今の世界を壊して都合の良い世界を創り出すため、魔王という名の兵器として利用するためだけに魔王を宿す依り代として利用され、魔王に魂を食われて消滅してしまった、ただの心弱き愚か者の【魔王召喚の道具にしかなれなかった男の物語】でしかないのだから・・・・・・。

 

 

 

 チュ。

 

 ・・・唇の左右端あたりに、二つの“感じられるはずがない”柔らかい感触が感じられて、“彼の意識”は急速に彼へと回帰してくる。

 食われて消滅してしまった自分の意識では、感じられるはずのない“柔らかさ”という感触を、「自分が感じる」「自分が感じた感触」として感じられた瞬間―――魔王を宿された青年は、急速に目覚めの朝を迎えることになる。

 

(・・・・・・あァ・・・?)

 

 薄目を開けて、まだ覚醒しきっていない意識の中で周囲を見る。

 見覚えのない景色。どこか高い塔の屋上らしい狭くて空が近い、妙な場所。

 

 目つきの悪い三白眼、色素の全くない白髪の髪色、色白を通り越して蝋人形のような青白い肌。

 胸元の開いた赤黒い軽装鎧をまとい、大量のベルトを体中に巻き付けながら、腰には二本の長剣を差す。

 

 それが異世界《クロスレヴェリー》で目覚めたときの、《異世界リィンバウム》で魔王の依り代となった青年バノッサの姿だった。

 失われてしまったはずの自分の姿が、肉体が、意識が。今再び自分の所有物として元に戻ってきてくれていた。

 

「これで隷従の儀式は終了ですね」

「さっすがあたし! 召喚成功ね!」

「勘違いは困ります。この召喚獣は私が召喚したのです」

「はぁ!? なに言ってんのかわかんないんだけど!? あたしがちゃんと召喚の呪文を使ったでしょう!?」

 

 見ると、すぐ目の前で二人の女どもが言い争いを始めていた。

 牛みたいな胸をしてる癖してガキみたいに色気のない乳臭い女と、扇情的な服を着てる割には色気もへったくれもない体型をしている如何にもなガキ女たちだった。

 周囲には他に誰もいないところから見て、先ほど自分に唇を押しつけてきていたのは、この二人だったのだろう。

 

 だが、そんな事はどうでもいい問題だ。

 所詮はどっちのガキだろうと“ハグレ”でしかないのだ。ハグレ同士の啀み合っていようと、知った事ではない。その程度の些事なら重要ではないのだ。

 

 彼にとって最も重要な疑問。それは―――

 

(なぜ・・・俺様はまだ“生きて”やがるんだ・・・?)

 

 ――そう、自分は間違いなく死んだはずなのだ。いや、死ぬ事さえ出来なかったのが自分のはずなのである。

 バノッサを依り代に使って魔王を召喚し、自分たちの世界リィンバウムを滅ぼさせた後、自分たちに都合の良いモノだけを召喚する事で新しい世界を思い通りに作り直す・・・・・・そんなトチ狂った計画を本気で実行しようとした外道召喚師たちの集団《無色の派閥》による魔王召喚のための儀式の中で、たしかに自分は魔王に意識を食われて消滅したはずだった。

 

 人間である内に殺してくれと頼んだ宿敵から頼みを拒絶され、魔王に殺された被害者の一人として消滅する道を強制的に選ばされ、結果として自分という存在はこの世界のどこからも消えて無くなったはずなのである。

 

 にも関わらず今の自分は、自分という存在を認識できていた。自分が感じた感触として口づけの柔らかさを感じ取る事が出来るように治っていた。

 魔王になる過程で膨れ上がって肥大化していた肉体も、人間だったときの姿に戻っており、一体どうしてこうなったのかが召喚士でも何でも無い、成りたくても成れなかった彼にはまるで理解できなかったのだ。

 

 だから、聞く。

 たまたま近くにいて手っ取り早く話聞けそうな奴らを捕まえて、力尽くでも。

 

「――隷従の儀式だってしたんだから! キ、キスとか・・・星降りの塔に行こうって言ったのもあたしだよ!?」

「わ、私だって、しました・・・それに人型の召喚獣なんて見た事がありません。一般的なものに比べて、かなり強力な召喚獣に違いありませんからエルフの魔力では無理で――」

 

「オイ、そこの“ハグレ共”。俺様にこの場所がどこで、どうなってんだか説明しやがれ」

 

「「・・・えっ!?」」

 

 教えを請う側の立場らしく、下手に出て加減した口調で話しかけてやったところ、何故だか最初の「オイそこの」の辺りから驚愕した表情を浮かべられてしまって、逆に言えば自分が“丁寧に聞いてやった質問”には答えようとしていない二人の少女達。

 

「召喚獣が・・・っ」

「しゃべったぁッ!?」

 

 しかも人語を話すことさえ出来ないだろうと、見下しきっていたらしい。上から目線で優越感に浸るにも限度ってものがあるだろうに。

 

 ・・・そういえば先程からコイツら二人が交わす会話の中に『召喚した』とか『召喚獣』とかの単語が混じっていたような記憶がある。

 バノッサ自身は召喚師ではなく、あくまで無色の派閥が盗み出してきた召喚用のアイテム【魅魔の宝玉】を使って悪魔達を喚びだしていただけであり、正規の召喚師たちが知る常識などほとんど知らない。

 

 ただ『異世界から呼び出された召喚獣は召喚術を使えない』という基礎知識だけは把握しており、それ故に獣耳と尻尾を持つ獣人と、耳が異様に長い獣人たち【幻獣界メイトルパ】から召喚されてきて召喚主を失ったハグレだろうと思っていたため気にする事なく聞き流していたのだが・・・もしかしたらコイツら二人もお偉い召喚師さまの一人なのかもしれない。

 

 だとしたら、殺そう。

 質問に答えるようなら見逃してやってもいいが、役立たずな上に上から目線で見下すだけの召喚師だったら殺しちまっても何の問題もない。

 

 自分の世界だった【リィンバウム】の――それも辺境の町サイジェントの常識でもって決めつけと独断で即決判決を下すと、腰に帯びた剣の柄に両手を添えた。その次の瞬間。

 

 

 ブゥン・・・・・・と、耳に残る低音が何処ともなく響き始めた。

 やがて二人の首に、黒い光がまとわりつくと、鍵のかかるような音がして―――“ソレ”が彼女たちの自由を拘束する―――。

 

 

 ガチャンッ!

 

 

「あふぅっ!?」

「ふえっ!?」

「・・・・・・なっ!?」

 

 

 思わずバノッサまでもが目を見開いて、驚愕のあまり剣から両手を話して攻撃の意思を奪われた“ソレ”。

 材質は違う。形状もこれほど徹底したものではなかった。

 だが、縛りという意味の重さでは決して劣らないモノを持っていた存在・・・・・・二人の少女の首に現れた、獣を捕らえて拘束する道具【首輪】

 

(――カノン・・・ッ!?)

 

 決して似てはいない。同じと呼ぶにはあまりにも条件が違いすぎている相手と場所。

 そんな相手の姿に、【余りにも大きな借りを返せないまま死んでしまった弟分の少年】を連想してしまった時点で、バノッサにはもう彼女たちを殺す事は出来なくなっていた。

 

 彼はなにも言わぬまま、ソッと剣から手を離して驚きの悲鳴を上げている少女たちの叫びに呼応する事もなく、ただ静かに何事かを考え込みながら黙りこくっているだけだった。

 

 

 

 ――結局その後、バノッサは二人の少女の案内で町まで同行する事になり、その道中にこの世界について幾つかの情報を得る事もできた。

 そして、その中からとんでもない事実を知らされる羽目になる。

 

 どうやら自分は人間ではなく、召喚獣としてこの異世界に召喚されてきてしまったらしい。しかも理由は不明だが、どうやら召喚の儀式に不備があり【ハグレ召喚獣】と同じ立場に今の自分はなってしまっているらしいのである。

 

「ん~~・・・なんでー!? これが付くのは召喚獣の方じゃないの!? 召喚獣に隷従してるみたいでヤダよ~」

「そんな事はどうでもいいんだよ」

「ど、どうでもいい事って・・・・・・」

 

 こちらの世界に生きる召喚士としては全く以て、どうでもよくない大問題だったのだが、この世界とは異なる召喚術が存在する異世界から喚び出されてしまったらしい相手にとっては本気でどうでもいい些事としか思えないらしく、躊躇いなく断言されて少しだけ凹まされる耳の長い牛のような胸を持つ少女。

 

 だがバノッサとしては、本気でそんな事はどうでもよかったのだ。それ程に彼は焦らされていたのだから。

 

「――つまり、その首輪は本来、召喚術が喚び出す事に成功した召喚獣の方に嵌められるはずの代物だってんだな? そして理由は分からねぇが、召喚獣として喚び出したはずの俺様にかけようとして自分たちの方にだけかかっちまった・・・・・・そういう事だな?」

「そうです。おそらくは、という前提条件付きではありますが・・・・・・なにしろ、こんな事は他に例がないので確かな事はなにも言えないのです」

「・・・・・・なんてこった」

 

 バノッサはらしくもなく、獣耳娘の方から聞いた話の確認を取ると頭を抱えて苦悩せざるを得ないほど皮肉な状況に歯ぎしりせんばかりとなってしまっていた。

 

(冗談じゃねェぞ・・・俺様が“ハグレ野郎”と同じ立場になるだと!? 冗談じゃねェ、本当にそんなモン悪い冗談にも程があるだろうがよ!!)

 

 激しく憤りながら、彼は最期に自分の願いを拒絶して『人として殺される』という終わりを与えることなく、魔王に食われて自分が亡くなった後の自分の肉体を乗っ取った魔王だけを倒す道を選んだ大嫌いな偽善者ヤローと、期せずして別の世界で同じ立場に立たされてしまったことの不遇さを嘆かずにはいられない。

 

 また、どうやら今の自分が召喚された世界は、リィンバウムで召喚獣を呼び出す4つの異世界【機界ロレイラル】【幻獣界メイトルパ】【霊界サプレス】【鬼妖界シルターン】そのどれにも属していない名も無き未知の異世界らしく、この世界にリィンバウムという世界に関する話は存在しないとの事だった。

 

「・・・しかし、いくら考えても分かりません。なぜ私たちの方に《隷従の首輪》が・・・たしかに隷従の儀式を行って成功したはずなのですが」

「んなこと俺様が知るかよ。テメェらが使おうとしたテメェらの世界の召喚術の効果なんだろう? 自分で何とかするこったな」

「「・・・あうぅぅ~~・・・・・・」」

 

 冷然と言い捨てられて、しょぼくれるしかない二人。

 キツいようだがバノッサとしては、仮に親切心があったとしても彼自身が何故こうなったのか全く分からない現象だったため、他に答えようがない回答だったとも言えはする。

 

 実のところ、彼自身が知るよしもないところではあったが、現在のバノッサは極限まで高められた絶望と悲しみの末に夢魔の宝玉と完全に一体化して魔王と貸し、その魂を食って実体化しようとした寸前に、彼の宿敵たちによって倒されたが故に《何者にも成れなかった名も無き魔王》が、何らかの理由でバノッサの身体と意識を形成し直してこの世界からの呼び出しに応じた存在だったのだ。

 

 このため、彼本来の力に《魔王バノッサ》としての力が上乗せされていた。

 魔王が持つ能力の一つ《スペシャルボディ》は、「いかなるステータス異常も全く受け付けない」という効果を持つスキルで、本来は反射のような機能はない。

 だがリィンバウムの召喚術には、もともと《相手の召喚術を跳ね返す》という効果そのものが存在していない。

 異なる世界の召喚術の理によって、別の世界の召喚術の理を破ろうとした末に生じた相克という名の矛盾。・・・それが結果として諸刃の刃となって返ってきただけの事。

 

 彼女たちには不満だろうが、仮に答えを与えられたとしても自業自得として受け入れるしか他に道はなかったのである。

 

 

「とにかく、町に戻って解除方法を探さないと・・・」

「あ、そうだ! まだ名前教えてなかったね!」

 

 唐突に思い出したように胸のデカい方のガキが振り返って提案してきやがった。

 ただ、言われてみれば自分も相手たちも互いに互いの名前を知らない。

 リィンバウムの召喚術では、召喚した召喚獣に名前をつける事で召喚の儀が成立していたため逆に今の状況では気にしていなかったが、確かに二人いる相手のどちら共が『ハグレ共』では呼び出す時に面倒くさい事になりそうだった。

 

「あたしは、シェラ・エラ・グリーンウッド! 色々あって冒険者になろうと思ってるんだ、よろしくね♪」

「・・・レム・ガレウです。私は冒険者として“強さを示し続ける必要がある”のです。その為にあなたの力を貸して下さい・・・」

「へぇ?」

 

 先に紹介を済ませて明るく笑ったシェラの方は完全無視してバノッサは、レムの放った挨拶にだけ興味と関心の視線を投げかけ、唇を歪ませながら他人から見れば凶悪そうにしか見えない面白そうな笑みを浮かべて相手を見直す。

 

 嫌いじゃない理屈であり、動機だった。

 少なくとも、人助けのためだの世界を救うためだのと下らない目的のために協力を求められるよりは遙かに“償いのし甲斐”があると感じさせてくれる、いい理由だと本心から思うことができる。

 

「バノッサだ。家名は、ない」

「バノッサだね! わーい♪ バノッサがいれば召喚術士として冒険者登録できるー♡ 話せる召喚獣なんて聞いた事ないも~ん」

 

 そしてまた一つ、胸がデカい代わりに頭が軽そうな方の女――シェラとかいったか? の方からこの世界の情報が得られた。

 どうやら、この世界の召喚術で呼び出された異世界の住人たち召喚獣は喋れないのが普通らしい。

 そういう召喚獣はリィンバウムにもいたにはいたものの、基本的に人の姿をしていない者が多かった。果たしてこの世界ではどのような存在の事を召喚獣として呼び出しているのかと、僅かに小首をかしげながら二人のかしましい少女たちの後をついて行ってやる異世界魔王だった青年バノッサはまだ知らない。

 

 この世界の召喚術士たちは、本当の意味でバケモノばかりしか存在してない連中のことを召喚獣と定義しているのだという異世界事情を―――。

 

 

 

 

 その後、しばらく歩いて到着した町《辺境都市ファルトラ》の安宿「安心亭」で借りた部屋に腰を落ち着け、同じ辺境の町でもサイジェントとの桁違いな生活水準の違いに多少圧倒されそうになりながらも一息ついていたところで。

 

 ――トン、トン。

 

 と、控えめなノックの音が部屋に響き渡った。

 

「どうぞ」

「失礼いたします。レムさん、皆さん」

 

 レムから入出する許可を得て入ってきた来客の女――シェラと同等の胸と、レムとは少し異なる型の扇情的な衣服をまとった唇にルージュを指している妙齢の女。

 娼婦のように見えなくもなかったが、杖を持っているところからして召喚士なのだろう。

 第一、男のお供を二人も連れて、男が借りている安宿に商売もない。

 

「そちらのお二人は、初めましてよね。私はセレスティーヌ・ボードレーヌと申します」

「セレスティーヌって・・・もしかして、この町の魔術師協会のセレスティーヌ協会長さまッ!?」

 

 相手の名を知ったシェラが、しばらく間を開けてから驚きの叫び声を上げる。

 セレスティーヌは、この町の守る結界を維持している重要人物であり、この世界ではかなりの有名人でもあったわけだが、生憎と異世界から呼び出されてきたばかりで、この世界の事は先程から聞かされた内容までしか知らないバノッサには名前だけで驚く理由もなければ委嘱してやる気にもなれなかったので変わる事なく平然としていた。

 

 それが後ろに立っているお供二人の内、片方にとっては疳に障ったらしく眉の角度を大きく動かしたのだが、そんなものを気にするようならバノッサが魔王に至っていた過去そのものが存在していなかったはずである。

 

「セレスと呼んでね。今日はレムさんに用事があって来たのだけれど・・・・・・」

 

 邪気のない笑顔で微笑んだ後、僅かに目線を下げてレムとシェラの首の辺りに目をやってから、最後にバノッサの方へと視線を向けた後、先程の笑顔とは少し異なるものが混じった笑いを浮かべ直しながら魔術師協会長様とやらは、こう仰せになられたのであった。

 

 

「是非、そちらのお話も伺いたいわね」

 

 

 

 

 

 そして場所と時刻は移り、夜の宿屋『安心亭』の一階。酒場件食堂にて。

 

「ふっふっふ~ん♪ ふっふっふ~ん♪ マットモっなご飯~♪♪」

 

 シェラが上機嫌に歌を歌いながらソーセージを頬張っていた。

 歌っている歌詞の内容から分かるとおり、金のない貧乏人が金持ちの協会長様に飯で買収されて洗いざらい話してしまう、よくある展開を晒してしまった後なのが今の状況である。

 

「・・・隷従の儀式に魔術反射のような現象・・・・・・大変なことになりましたね」

 

 そんな欠食児童の食欲を前にしても些かも動じることなく大真面目に語ってくる協会長――セレスの話に耳を傾ける方が少しはマシな状況かと思い直して前を見据えると、相手もまた真っ直ぐ自分を見つめ返しながら問いかけてくるタイミングと偶然にも重なったようだった。

 

「バノッサさん、レムさんたちを解放してあげられないのかしら?」

「あァん? 知らねぇよ、そんなもん。別に俺がコイツらを支配した覚えもねぇんだからな、取りたきゃ勝手に取りゃあいいだけだろうさ」

「・・・なるほど・・・」

 

 返ってきた反応から、相手が本当に解除の方法を知らないこと、そして『善意だけで協力してくれる気は全く持ち合わせていないこと』その二つを瞬時に見抜いたセレスティーヌは、内心で多少の落胆を感じながら、自分自身の良心と協会長としての利害損得を天秤にかけた上で、

 

「これは、1から調べるしかなさそうね・・・」

 

 “とりあえず今のところは”そう言っておこうと思い決めて、しばらくの間の方針を決めたのだが、それに意義を挟んできた者がいた。

 他の誰でもない、彼女が護衛として連れてきた部下の一人が彼女の決定に反対したのである。

 前者の理由に対してではなく、後者の理由に対して配慮すべき理由を認めないと言う形での反対を・・・・・・。

 

 

「貴様ッ!! ボードレール卿に対してなんという口の利き方! 敬意を欠くと容赦せんぞ!!」

 

 先ほど部屋で、バノッサの態度に眉をひそめていた方の男だった。

 彼ほどではないが三白眼で目つきが悪く、声音には相手を威圧するものが鋭く込められた、上から目線で他人を叱り怒鳴ることに慣れている人間特有の躊躇いなく迷いのない怒声。

 並の少年少女どころか青年、あるいは町では名のあるワルであっても思わず聞かされた一瞬だけは本能的に身体をすくませてしまいそうになるナニカを感じさせる相手の声。

 

 ――だが、生憎とバノッサは平和主義とかいうぬるま湯で育った国の少年でもなければ、中途半端な町でトップを張ってるだけの半端物でもなく、脅されたら脅し返すのが当たり前・・・・・・などという、つまらない意地の張り合いをしたがるガキになった覚えもない。

 

 

「へぇ? おもしれぇこと言うじゃねェか。どう容赦してくれねぇってんだ? アア?

 “女の尻に隠れて威張り散らすしか脳がねぇ腰抜け”にしちゃあ、言うことだけは一丁前だったと褒めてやるよ。ザコ野郎」

 

 

 ――やられた相手はブチ殺すか半殺しにする二択のみ。

 それが犯罪者集団【オプティス】を率いてきた北スラムの長バノッサの流儀だった。どっちが先に手を出したか、など自分には関係がない。

 伊達に“ハグレ野郎”との因縁が、それで始まっていたわけではないのだ。

 それを発端として始まった忌まわしい事件の引き金になる生き方であろうとも、それで破滅したぐらいで改める程度の小悪党ならバノッサは魔王の依り代になど選ばれていない。

 

 それで死んでも、自分を変えない。変わらない。

 自分の魂を食われて消滅させられた後でも、魔王の依り代として機能は出来る・・・それが故の魔王の器という物なのだから――ッ。

 

 

「なっ!? わ、私をザコ・・・ザコだ、とぉぉぉ・・・っ!?」

 

 対して、声をかけられた男――ガラクには、そこまでの覚悟の持ち合わせはなかったらしい。

 上の立場の者が力を示して、強い口調と言葉で叱責してやれば相手はビビるか恐れ入って自分の求める通りに反応するものだという前提で、彼は先の言葉を放ってしまっていた。

 

 【格下の者を殴って反撃されること】など想定していなかったのだ。

 彼は今そういう風な考え方をしてしまっているし、そういう風に考えるよう“誘導されて”しまってもいる。人として当たり前の道理など、今の彼にとっては不条理にしかなりようがない。

 

 余りにも強烈なしっぺ返しに、先に罵声を放った側の男の方が唖然とさせられ衝撃の余りに、次に言うべき罵声をすぐには思いつけなくなってしまって口を無意味にパクパクと開閉するだけになってしまう醜態を晒してしまったほど。

 

 だが幸運にも、そんな彼の姿を笑う者はこの場に一人もいなかった。

 バノッサの余りの口の悪さに、流石の人々も思わず意識を空白にさせられてしまって、バノッサ以外の他人のことを見ている余裕がなくなっていたのだから。

 

「お偉い協会長様の後ろ盾がなけりゃあ、ケンカ一つ売ることも出来ねぇザコに用はねぇよ。普段なら半殺しぐらいで許してやるところだが、今日は見逃してやる。消えな。

 ――これ以上グダグダ言うなら殺すぞ。女に媚び売って機嫌取るために吠えてくる飼い犬クソ野郎」

「・・・なっ!? きさ・・・きさ・・・ま・・・・・・ッ!! 貴様はッ!!!」

「ガラクさんっ」

 

 余りの怒りで我を忘れかけ、単なる脅しで済ますつもりだった初志も忘却して本気で『人が多く集まる店内で召喚術を使用する寸前』まで行きかけてしまった部下の行動を、一言だけ相手の名を呼ぶだけで制止するとセレスティーヌは続けて。

 

「・・・失礼ですよ」

「―――っ。・・・・・・ッ!!!」

 

 と部下に“だけ”言動に注意を与えて、ガラクと喚ばれた護衛の男は歯がみしながら一歩退く。

 それは明らかに贔屓な対応であったが、そうされる理由を本能的な部分で分かってしまうが故に彼の屈辱感と嫉妬は加速度的に増大せざるを得ないものに成らざるを得ないものでもあっただろう。

 

(こ、この俺が気圧されただと・・・? た、たかが“ディーマン如き”に、この俺が一歩も動けぬまま黙らせられるなど・・・・・・あ、ありえん! なにかの間違いだぁぁぁッ!!!)

 

 激しく心の中で葛藤しながらガラクは無言のまま懊悩していた。

 皮肉なことに、彼が持つ肩書きのセレスティーヌに次ぐ町の魔術師たちの中ではナンバー2の実力を持つ優れた術者であるが故に、ガラクは『この世界の召喚術の常識』に捕らわれない発想ができないタイプの思考をしてしまっており、『この世界とは全く異なる召喚術が存在する名前も知らない未知の異世界』などという話を聞かされても正確に理解することができておらず、この世界の常識を元にして【召喚術で呼び出された人間型の召喚獣バノッサ】を定義して考えてしまっていたのである。

 

 この時バノッサの着ている鎧が、禍々しく悍ましい、悪魔の角や骸骨をモチーフに使ったものであったことが彼の誤解を増幅させる結果にも繋がっていた。

 また今の彼には、“自分が信じたがっていることが本当に正しいのだ”と思い込むよう「調整」が施されてもいる。

 

 “自分より劣っているはずの相手に気圧された”という事実を、ありのまま受け入れるよりかは種族問題に絡めて解釈して、全てを生まれの責任に押しつけた方が今の彼にとっては楽であり、“そうしたい”と思ったらそうしてしまう・・・・・・そういう心理状態になっていたから――

 

 

「・・・せっかくのお気遣いですが・・・」

 

 バノッサのせいで悪くなりすぎてしまった場の空気を取りなすように、レムは控えめな声でセレスからの質問に答え――今さっきまでのバノッサとガラクの罵倒し合いのことは無かったことにして無視する道を選択したようであった。

 

「セレス、私は魔術師協会本部に行くのも、護衛をつけられるのもイヤなのです・・・」

「レムさん・・・私はね? 貴女の力になれればいいなって思っているの。貴女はこの世界にとって、とても大切な存在なのですから」

 

 そしてセレスもそれに乗り・・・ガラクの方だけ差別待遇してしまった件については一端なかったことにして話を進める道を選ぶ。

 彼女には彼女で組織の長として、また『レムの抱える事情』を知る者の一人として、責任を負っている相手が数多くあり、たった一人の部下を相手と公平に扱うために危険極まりない男とことを構えるリスクを避けなければいけない義務があるのだった。

 

 要するに、両人とも思わずにはいられなかったのだろう。

 

 ―――コイツ、ヤバい・・・・・・と。

 

「・・・でも・・・自分の身は自分で守りますから」

「そう・・・」

 

 レムからの回答に短く答え、セレスが席から立ち上がったことで今夜の会合はお開きとなった。

 首輪の解除方法も含めて、魔術師協会の方でも独自のツテを使って探してくれることを約束してから暇を告げ、背を向けて店を去って行く若く有能で美しき魔術協会長。

 

 そして、その去り際に。

 

「~~~~~っ」

 

 忌々しい存在を『ブチ殺してやりたい!』と言わずとも伝わるほどの憎しみを込めた視線を、ガラクがバノッサに対して一睨みと共にぶつけてやっていたのだが。

 

「ハッ。負け犬が吠えることも出来ねぇでいやがるぜ」

「~~~~ッ!!!!」

「ガラクさんッ!!!」

「!!!!!!~~~~~~~ッッ」

 

 無論のこと、バノッサの側に相手の怒りに“だけ”好きにさせたやる理由や義理など些かもない。

 相手が自分をテメェの都合で憎むのは勝手だが、不愉快な思いをさせられたのは自分も同じこと。

 言い返すことが大人気ないだの、許してやれよだのと喚く連中は、しょせん自分が言い返されたくない一方的に自分の憎しみだけ発散したいという願望を受け入れさせるために予防線を張っている。それだけの屁理屈でしかないのだから。

 

 ――まぁ、自分の憎しみすら正直に出す勇気もねぇ小物共の屁理屈はどうでもよいとしてだ。

 

「クックック・・・面白くなって来やがったなァ。なぁ、ガキ?

 あの女がどこのどちら様かはよく分からねぇが、あんだけ偉そうに大物ぶってるヤツが、こんな場末の安宿にわざわざ訪ねてくるたァ、なんかデッカい事に巻き込まれちまってるみてぇだなァ? オイ?」

 

 バノッサにとっては、レムが抱えているらしい事情の方が気になっていた。

 否、その言い方は適切ではないかもしれない。彼にとってレムがどういう事情を抱えているか、など問題ではなかったからだ。

 

「・・・・・・そんな事はありません・・・」

「へぇ?」

 

 どの道どんな事情を抱えていようと、自分が出来ること、自分が取れる手段、そして『自分自身がやりたい方法』それらが変わるわけではない。

 相手の事情がどうだろうと、自分が選べる選択に変わりがないなら、相手の事情の内訳など知ったところで意味がないし関係もない。

 

「まぁ、別にテメェがどんな秘密を抱えていようと、助けを求めたオレ様に隠し事しようと最初から興味はねぇんだがな」

「・・・・・・え?」

 

 たとえ、この世界が自分の生まれた世界と異なっていて、一体どのような世界に召喚獣として召喚されてしまったのであろうと、バノッサという男の根底にある考え方が変わることだけは決してない。

 それが原因で魔王の依り代にされようとも、テメェの選んだ道でテメェの自業自得としての末路を遂げただけというなら、『間違いを選んだ自分として死にたいだけ』だ。

 人様の都合だの理屈だのに迎合して考え方改めてやれるほど真っ当な生き方をしてこれた覚えは一度もない。

 

 

「テメェがどんな事情を抱えていようと関係ねぇつったんだよボケが。オレ様はただ、テメェの敵はどこのどいつ様だろうと殺してやる。それだけだ。

 オレ様の舎弟に手を出そうとして殺されたバカが、『異世界の魔王』だろうと『お偉い召喚士サマ』だろうと死体にしちまった後には事情なんざ関係なくなるんだからなァ・・・クックック」

「―――っ!?」

 

 

 果たしてこの時、レムが受けた衝撃をバノッサが理解できる日は来るだろうか? ・・・おそらくは来ないのだろう、永遠に・・・。

 それは嘗て、自分の元いた世界で孤児だった少年を拾い上げ、自分の信じる『力の理論』を教えてやり、その時から相手にとっての彼こそが『自分の居場所となる世界そのもの』になっていたことに手遅れになるまで気づいてやることが出来なかった・・・・・・それと全く同じ相手の事情に配慮することのない、『一方的で身勝手な気遣いの言葉』

 バノッサ流のやり方がそれなのだから、どうしようもない。それが現実だ。

 “ハグレ野郎”たちが信じるほど、生き方ってヤツは簡単に変えられるモノじゃあない。

 

 

『自分が欲しいと思った居場所を与えてもらえないなら、力尽くで奪い取る』

 

 

 それがバノッサの変わる事なき、変えるも事ない、魔王の依り代に選ばれた男の生き方であり信条でもあったのだから・・・・・・。

 

 

「少し外を散歩してくる。――ここにオレ様がいると目障りな奴らが多いみてェだからな?」

 

 そう言って、『場末の安宿扱い』された店の店主であるメイトルパの獣人みたいな女が尻尾と髪を逆立てて「フー!フー!」威嚇して鳴き叫いてる姿にせせら笑いと一瞥だけくれたやりながら扉を開けて店を出るバノッサ。

 

 

 

 

 

 ――そして彼は、夜の町中を歩いて行く。

 辺境都市とは言えファルトラは、『先の戦争での英雄』が領主として居館を構えている町だ。それなり以上の優遇措置は受けられるだろうし、召喚術師たちが齎す金に目がくらんで彼らの好意を得ようと意訳しすぎた暴政を敷くような無能な人物でもない。

 サイジェントの街と同じく、区画ごとに居住する者たちが別けられてはいるものの、それは『種族』を理由とした選別基準によるものでしかないらしく、『税金を納めている者』と『納める金がない者』とで市街地とスラム街とに隔たせているものとは趣が異なってもいる。

 

 そのため、この世界における人間――ヒューマン族と呼ばれているらしい者たち“以外の種族”である亜人種と呼ばれる者たちだけが居住するエリアでは、貧しくはあっても幸せそうな家族連れや、笑い合って愛を語り合っている恋人たちなどの姿がよく目に付いた。

 

 彼らは一様に粗末な身なりをしていたが、実に楽しそうに幸せそうに日々を生きている。それは夜になって、子供たちが出歩かない大人たちばかりの時間帯になった今も大して印象が変わっていない。

 

「・・・チッ。ムカつく光景だぜ・・・・・・まったくよォ」

 

 そんな普通の感性を持つ者なら、心暖まれる光景を見物して回りながらバノッサは忌々しそうな声と口調で呟いて、大きく舌打ちをして近くにいたカップルを怯えさせながら夜の街を歩いていた。

 

 彼にとって、自分以外の者が幸せそうにしている姿を見せられるのは不愉快の理由でしかなかったからだ。

 召喚士の適性がなかったからと父親に捨てられ、母に苦労をかけ続けてきた彼にとって、当たり前のように家族一緒に歩いている子供を見ると無性に苛立ってしまい、『どうしてオレ様より弱ェヤツが当たり前に与えられているものを自分は与えてもらえなかったのか!?』という気分にさせられて苛立たされた。

 

 恋人同士で幸せそうに愛を語らっている二人組を見ると、『どうして父親に捨てられたオレ様を一人で養ってくれた母さんに与えられなかったものがテメェら如き召喚術と無縁なヤツには与えられているのか!?』を意識させられ、見下されている気分にしかなりようがなかったのが今までのバノッサだったからである。

 

「・・・ムカつくな・・・ああ、本当に腹が立ちやがる・・・」

 

 余りにも不快さをかき立てられる光景の連続に我慢ができず、人気が全くない昼間にだけ営業している店舗が建ち並んでいる一角へと歩を進め、適当な井戸に腰を下ろして俯きながら唾を吐き捨てた。

 

 そして何より彼を苛立たせるのは、それらの光景を見ても『何も感じなくなっている自分自身』を実感できてしまうからだ。

 以前までのように、憎しみが沸いてこない。かといって羨ましさや微笑ましさが浮かんでこよう訳もない。・・・ただ何もない、“無”だけなのだ。幸せな街の人々の姿を見せつけられて彼が感じられるのは空っぽの感情にならない空白だけ・・・。

 

 その理由が今なら分かる。今の彼なら理解できる。

 そいつらが『幸せそうに過ごしている場所』に、自分が入っていきたいと思える気持ちがコレッポッチも沸いてこなくなっているからだ。

 

 自分の求める物を他人が持っている姿を見て苛立つのは、それを欲しいと思っているのに自分が手に入れることができないからだ。

 自分が得られなかった欲しいものを当たり前のように与えられている他人を見て『羨ましい、妬ましい』と嫉妬した。それが憎しみという形で結実する。

 要するに、コンプレックスでしかない代物なのだろう。バノッサにはそれが解った。

 

 嘗てあれほど求め続けたい場所が、どう足掻いても手に入らないと解った途端に『だったら世界もろとも滅んでしまえばいい!』とまで言い切った直近の過去を持つからこそ、バノッサにはそのお思いの根源となるものが分かり、それを感じられなくなった今の自分の理由もよく分かった。痛いほどに――。

 

「・・・・・・結局ぜんぶ、オレ様の自業自得ってことでしかねェんだろうな・・・・・・」

 

 そう呟き捨てて、彼は自嘲する。

 あの頃は憎しみが強すぎて想いもしなかったが、自分が元いた世界は決して居心地の良い場所ではなかったし、居たいと思えるほど良い思いをした記憶も少ない。ほんの僅かな仲間たちと過ごした時間も「生まれの事情」で壊す結末にしか至らせることは出来なかった。

 

 そんな世界であったはずなのに、自分はそこに居場所を求めた? 何故だ?

 ・・・居たいと思える理由があったからだ。我慢してでも一緒に居たいと思える理由がある場所だったからこそ、自分は求めたし、それが最初から無い場所には何も感じるものは無い。

 世界で唯一の居場所を自分の手で失わさせてしまった今のバノッサには、この世界にも元の世界にも、なにかの感情を感じさせてくれる理由がどこにも残っていないのだから・・・。

 

「カノン―――」

 

 自分が殺してしまったも同然の弟分の名を呼んで、バノッサは自分の存在理由が永遠に失われてしまっていることを実感させられる。

 今まで当たり前のように感じられていた、幸せそうな者たちへの苛立ちも、自分を受け入れてくれない世界に対する憎しみさえも、全て『自分にとっても唯一の居場所だった少年』がいてくれたからこそのものだったのだと、失われる寸前まで気づくことすら出来なかった過去。

 

 それを否応もなく意識させられるから、今まで見てきた憎しみを感じていたはずの街の光景を見るのがイヤになってしまい、今までと同じ苛立ちを抱かせて欲しかったから町に出てきたというのに・・・・・・これじゃ全く逆効果じゃねぇかっ!!

 

 

 ―――ああ、ナニカ。

 都合のいい苛立ちをぶつけるのに丁度良いバカが絡んできてくれたりはしないものだろうか?

 

 

 そんな彼の、正義からはほど遠い八つ当たりのストレス発散目的でしかない願望を、果たして叶えてくれたのは、この世界の神だったのか? はたまた魔王だったのか? それは解らないが・・・・・・少なくとも、この夜。

 

 

 魔王となって消滅させられながらも、幼い頃より願い続けた『憎らしい父親を殺す悲願』は消滅する寸前に果たすことが出来ていた異世界魔王青年バノッサは、その報酬によるものなのか否か、この夜の願望は叶えてもらえる権利を与えてもらえたのだ―――。

 

 

 

「――オイ、そこのディーマン。やっぱり昼間のヤツだなぁ?」

 

 

 どこか呂律の回っていない口調で話しかけられ、振り向いた先に安宿で会った男が立っていた。

 顔が赤く、手には酒瓶を持ち、数人の取り巻きと思しき男たちと同様に足取りが思しくない。

 明らかに深酒しすぎて、酔っ払っていた。あるいはヤケ酒かもしれないが。

 

「こんな時間にフラつくのは見過ごせんぞォ? 亜人は野蛮だからなァ・・・ハハハハッ!!」

 

 最後の件は仲間たちを振り返り、追従の笑い声を上げさせながら、酒の勢いで気が大きくなった酔っ払いは大声を出して相手を見下し笑い話の種につかう。

 

 普通に考えるなら、酔っ払いの相手などしたところで意味はない。酔っ払いに道理など説いても理解できるはずもなく、却って火に油を注ぐだけだというぐらい子供でも解る当たり前のこと。

 

 そう、当たり前のことなのだ。酔っ払いに何を言ったところで無駄で、却って苛出せるだけでしかないことぐらい子供でも誰でも知っている。誰でも知っていることならバノッサも当然わかりきっている。

 

 ただし。酔っ払いに何を言っても苛出せるだけでしかなく、何の解決にもならないからというだけで、『皆が同じように無視してやるのが正しい対応なのだ』などという屁理屈を本気で信じ込むのは甘ったれた馬鹿ガキのやる行為だろう。

 

 なぜなら話の通じない酔っ払いにも、使い道はあるからだ。――『気晴らしには丁度いいザコ』という名の使い道が・・・・・・。

 

 

「ハッ・・・・・・つくづく情けねぇ野郎だなァ、テメェはよォ」

「ああン? なんだと貴様、もういっぺん言って見――」

 

 

「女にフラれた腹いせに、酔って騒いでケンカ沙汰かァ? 大した魔術協会長の護衛サマとやらもいたもんだなァ? オイ? ヒャーッハッハッハ!!!」

 

 

「なっ!? きさ・・・きさっ、貴様ァァっ!?」

 

 いきなりの不意打ちで完全に図星を突かれてしまい、ガラクは完全に混乱の極地に追いやられてしまうことになる。

 

「なんだァ? バレてねェとでも思ってたのか? 見え見えなんだよバカ野郎が。どーせテメェの背後にいる手下共も気づいてるぜ? そして内心ではテメェのことをバカにして見下してやがるのさ。

 “誰にでも優しい協会長サマに勘違いして片思いしてフラれるバカな男がまた一人いやがったよ、いい見物だぜ。身の程知らずなこのバカが”ってなァ? 違うかァ?

 ええオイ、他人の恋路を見物して楽しんでるだけのコイツの子分共たちよォ」

「―――ッ!!!」

『ひ、ひぃっ!?』

 

 バノッサの指摘にあわせ、ガラクは憎しみの籠もった視線を背後の取り巻きたちにも向けてしまい、後ろめたいところもあった取り巻きたちは慌てて視線を逸らす。“逸らしてしまう”

 それが相手の指摘が正しかったことを証明することになると考えもせずに行った行動が、余計にガラクの怒りを掻き立てさせ、憎しみを煽り、先ほどまでの味方を敵と同じぐらいに殺してやりたいと思っている殺気の籠もった瞳で睨み付けまくる。

 

 その味方同士仲の良い内輪揉めっぷりを見物してから、殊更に野卑た笑い声だけを残して場を去って行くように“見せつけてやった”

 

「待てよ!」

 

 そのバノッサの背中に向けてガラクは、酒瓶を投げつけて当てる。“当ててしまった”

 どんなに憎ったらしくても味方は味方だ。傷つければ責任問題が生じるし、自分を責める声は他の味方からもぶつけられるかもしれない。

 それぐらいなら、同じ場所に差別対象がいる場合にはソチラを殴ってストレス発散をした方がよほど良い。同じように自分を見下してきた相手であっても、同じように殴って同じリスクが自分の方に降りかかるとは限らない以上、ギリギリのところで慣れ親しんだ『都合のいい不平等は受け入れる』という「人の社会で生きていくための術」を選んだガラクの選択に、バノッサは相手からは見えない背中の向こう側で嘲笑を浮かべてやる。

 

「なんだ? まだ何かオレ様に用でもあるのか? ザコ野郎」

「ザコじゃない、ガラクだ。無礼な態度は許さんぞディーマン!!!」

 

 怒りと憎しみを込め、今日出会った中では最大級の罵声をとどろかせ、ガラクはバノッサに『最後通告』を突きつける。

 それが彼の立場に対する怒りからの最大譲歩であったのか、これ以上のことをやっては彼の身も決して安全とは言えないレベルになってしまう規約でもあった故の行動だったのか・・・・・・そんなことはバノッサの知るところではなく興味もないが、どちらにしろ『挑発に乗って軽々しく相手の後を追ってくるのはバカだ』という常識だけは世界の壁をまたいでも変わらない真実であるのは確かなようだった。

 

「ああ、そいつは悪かったなァ――『ガラクタ野郎』!! 次から気をつけてやるよ、ガラクタさんよ」

「~~~っ!!! 僕は魔術師協会の長に近い地位にいる身なんだぞ! お前のような誰の役にも立たないゴミとは違う! 分際をわきまえろッ!!」

 

 それは今のガラクに残されていた、最後の理性が言わせた妥協の言葉。

 罵倒だけで済ませてやる、受け入れて頭を下げて無礼を謝罪するなら何発か殴るぐらいで限界を超えかけた今の憤激を抑えてやっても構わない・・・・・・そんな発想から来る傲慢ではあっても彼なりに示せる最大限の慈悲であり、譲歩。

 

 だが、バノッサからすれば痛くも痒くもない、『ありふれた日常の言葉』にしかなれなかったガラクから見ての痛烈なる罵倒。

 

 誰の役にも立たないゴミ? なんだそれは。なんなんだ、その優しすぎて甘ったれすぎて欠伸が出そうな平凡で退屈でありふれすぎた、ガキの悪口は?

 スラムに住めば、誰もがそう呼ばれる羽目になる。

 たかが、召喚獣と普通の人間の女のハーフとして生まれたというだけで母親に捨てられ、人一倍優しい癖して普通のヤツより力があったというだけで迫害されてスラムに来るしかなかったカノンのように。

 

 自由だの圧政に対する解放のためだのと綺麗事で踊らされ、革命軍とやらの捨て駒として利用された挙げ句、ゴミと一緒に召喚師たちの手で燃やされそうになった連中と同じように。

 あの場所に住むことになった者たちは、皆そう呼ばれて育つ羽目になるのだ。

 お前らはゴミだと。誰の役に立たず迷惑しかかけない社会のゴミでしかないのだと。

 偉そうに上から目線で、毎日食う物にも困ったことがない連中から知ったような口で罵倒され見下され、人としての存在価値すら否定される。・・・それが当たり前の環境として育つのだ。

 

 そんな彼から見れば、ガラクの罵倒は余りにも“綺麗すぎた”。

 悪意が足りない、憎しみが足りない、見下しが全く以て足りていない。

 所詮は、お坊ちゃん育ちのエリートでしかないガラクには、この程度が限界だったというのが現実なのだろうが・・・・・・“言ってしまった言葉”は今更どうしようもない。

 

 相手が気にする気にしないにかかわらず、自分が自分の言葉として放ってしまった売り言葉に買い言葉の罵声には、『責任を取らされてしまう』のが現実社会の厳しさというものなのだから―――。

 

「ヒャッハハハハハ!! そいつはスゴい! 確かにスゲェ地位だな見直したぜ! 魔術協会の長に“近いだけ”で、長を目指してもなれなかった出涸らしの地位たァ、大したもんだ」

「なっ!? なッ!? きさ・・・貴様っ! 貴様その言い様はァァっ!?」

「テメェが無能だってことを大声で自慢すんのが、そんなに楽しいかァ? ええ? ガラクタさんよォ。

 ああ、確かにこの名前はオメェには相応しいな。バカにして悪かった謝ってやるよ。

 “自分より若い女でもなれた魔術師協会の長に地位”に就くことも出来なかった、出来損ないのゴミでしかねェテメェにはピッタシの名前だったんだからなァッ!!!

 ヒャ――ッハハハハハ!!!!!!」

 

 

 もはやガラクは何も言わなかった。答えなかった。

 ・・・そんな理性など、今の彼には欠片ほども残されてはいなくなっていたのだから――。

 

「―――貴様のことは・・・・・・一目見た時から気に入らなかったんだ・・・・・・もう殺すッ!!!」

 

 そう言って、腰に帯びていた袋の中から取りだしたクリスタルを投げつけて、地面の上に発生させた豪風と竜巻と荒れ狂う魔力の奔流と共に呼び出された異界の住人の異形。

 

 即ち―――召喚獣。

 

 

「フワッハッハッハ!! 無礼な態度もここまでだァッ! このあと貴様は命乞いをすることになり、許されることもなく断罪されることになるんだからなァッ!! 

 全てを焼き殺す最強の召喚獣! 出でよ!! 《サラマンダー》!!!」

 

 

 ガラクが叫び声と共に呼び出すことに成功した、巨大な火トカゲの召喚獣《サラマンダー》

 無論、この世界とは異なる世界の召喚術を知り、その世界であっても召喚術の専門家ではなかったバノッサには、見たことも聞いたこともない巨大なだけのバケモノ野郎にしか見えようがなかったが―――そんなこと今はどうでもいい問題でしかない。

 

 

 

 ―――ドクゥン。

 

 

「・・・なるほどな。“ハグレ野郎”が言ってたのは、こういう理屈かよ。アイツと同じやり方ってのは気にくわねェが、この際仕方ねェ。使ってやる。

 存分に使ってやるから、オレ様の役に立てよ? 力野郎」

 

 自分の内側から不思議と力が湧き上がってきて、教えられたこともない力の使い方が何故か解る。解ってしまう。

 心の中から自然と「これなら勝てる」「戦える」と無条件に信じ込める不思議な力と気持ちが湧き上がってきて枯れることがない。

 

 無論のこと、バノッサが身のうちに宿したこの力は、召喚の際に融合した「違う世界そのもの」という訳ではない。彼はハグレ野郎ではない以上、相手と同じ力を宿すことは決して出来ない。

 

 彼の内に宿っていたのは、魔法の宝玉の力だ。

 魔王をその身に降ろして召喚するため、自分と完全なる融合を果たす必要があった、魂が消滅する際には完全に自分と同じ物になっていたはずの強力無比な召喚アイテム。

 

 

 【霊界サプレスから悪魔だけを無制限に召喚し続けることを可能とする召喚アイテム】

 【憎しみや憎悪を糧として力を増幅させていく《魅魔の宝玉》】

 

 

 それこそが彼の―――異世界魔王を宿された青年バノッサが、今の身体として再構築されたことで使えるようになった力の正体。

 

 

 かつて元いた世界で猛威を振るった悪魔立ちの軍勢を統べる力が―――今あらたに別の世界で異なる被害者の第一号を生み出す始まりの狼煙を放つ!

 

 

 

「この世界で、“あのガキの敵を殺し尽くすため”には力がいる。その為なら一度は魔王にくれてやった命ぐらい危険にさらすのは訳ねェのは当然だよなァ? なぁカノン。

 ――お前の弔いのための最初の召喚だ! 派手に決めやがれ!!

 出てこい!! 《ブラックラック》!!!」

 

 

 

 こうして、異世界から召喚された魔王を身に宿して魔王に食われた少年は、異なる世界で本当の魔王として歩み出す第一に目の夜を迎えることとなる―――。



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第15章(Aパターン)

思いついたエロ作書いてる最中なのですけど、今作だけストックあったため投稿させて頂きました。
ぶっちゃけ煮詰まってしまい、何パターンか書いては消しを繰り返していた話でいたのでデータ量的にもスッキリさせたかった次第。

今残ってるのは2パターン分だけですので、AパターンとBパターンに別けて続けて投稿してあります。ご了承ください。

あと、上記の理由で話数を書き間違えてのを直しましたので、そこもご了承くださるようお願い致します。


 ――ルナ、出てこいッ!

 路地裏にまでクィーンの声が荒々しく響いてくるのを聞いたとき、悪魔信奉者サタニストたちの聖女襲撃部隊を率いる隊長ウォーキングは勝利を確信して、ほくそ笑みを浮かべた。

 

「我ら悪魔信奉者サタニストは、魔王の召喚を試み失敗した。だが聖女が動いたならば、その行為は無駄ではなかったと言うことだ」

 

 彼は不気味な声で続けながら、聖堂騎士団を見物するために集まっていた群衆の中に平服姿で紛れ込ませた後、路地裏で再集結させてから揃いの黒ローブをまとって敵味方の識別がしやすくなった部下たちを前に、そう宣言する。

 切り札もある。彼らの偉大な指導者ユートピアから使用許可が下りた『アレ』さえあれば、勝利は疑いない。

 

 ・・・だが“想定外の計算違い”で戦力が不足していることも、懸念事項として確かに存在してはいた。

 何しろ、『聖女を一人でも仕留めることが出来れば』と考えていたところに『2人もそろうという僥倖に巡り会えた』のが現在の状況なのである。

 聖女の暗殺を想定してたのが初期の計画なのだ。単純計算で、聖女一人分の暗殺用戦力が足りてない。

 僥倖に巡り会えるとは、そういうことだ。運が良かっただけであって、計画的に進めた結果では全くない。

 

「――計画通り、この地において聖女を抹殺する」

 

 だからこそ、ウォーキングをして殊更に宣言してみせる必要があった。

 『計画通りだ』と。決して行き当たりばったりの計画変更じゃねぇーんだと断言することで部下たちの統制をはかる必要があったのだ。

 

『『『聖女に災いあれ』』』

  「聖女に災いあれ・・・」

 

 部下たちが唱和するのに自分も応じて“ニヤリ”と笑って見せながら、内心で棚から牡丹餅の状況に乗ってしまっただけの作戦開始を前に、綿密に計画を立てて事を進めるタイプの指揮官ウォーキングは、自分の心に浮かびかけた不安を押しとどめるよう努力する。

 

 僥倖とは、その名の如く幸運な状況のことなのだ。ここで2人も聖女を始末できれば次の作戦の成功率は飛躍的に高まる。これほどの好機を前に何もせず帰ることなど出来ない。

 

 ダイジョーブだ上手くいく。後は“アレ”の使用タイミングさえ間違えなければ必ずや成功する。勝利は疑いない――。

 

 そう思い、そう思いたがっているだけの自分の本心からは目を逸らすよう努力して、ウォーキング率いるサタニスト暗殺部隊による『聖女暗殺計画プラス急遽修正バージョン』は実行に移される。

 

 

 異世界チキュウにおいて、人それを【美味そうなニンジンを見て飛びつく】もしくは【火事場泥棒】と表現されていることを、現地世界人である彼は知らないままに・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

『偽りの天使に死を――!《火鳥/ファイヤーバード》』

『聖女に嘆きあれ――!《氷槌/アイスハンマー》』

 

 

 サタニストたちが前衛に配置した魔道師部隊による魔法攻撃から、サタニストVS聖女姉妹&聖堂騎士団のバトルは切って落とされた。

 魔法による先制攻撃の大半は、この場の聖光国側トップである聖女キラー・クィーンに向けられたもので、これはアッサリと切り払われて無効化されてしまったものの、残る半数近くは見物客の群衆たちを巻き込む方へと向けられたものまでは対処不可能だった。

 

 元々サタニストたちは聖光国の経済格差から生じた貧乏人たちが、過激思想に染まって武装しただけのパルチザンに近い集団であり、訓練を積んだプロの軍人たち相手に真っ向勝負を挑んで適う存在では端からない。

 市民抵抗運動の基本は都市ゲリラ戦法であり、市民を巻き込んでの混戦状態こそが彼らの力を最も発揮しやすく、サタニストたちの常套手段として定着している攻撃手法でもある。

 

 尤も、サタニスト幹部には珍しく貴族への復讐心ではない、改革の志を失わずに戦っているウォーキングとしては無関係な市民を巻き込むのは業腹だったが、襲撃部隊の隊長として同士たちに止めろと言うわけにもいかず、せめて自分と直属の精鋭だけでも聖女たちだけに攻撃を集中させながらの攻撃指示であったが・・・・・・やはり気になるものは気になるのである。

 

 チラリと、身勝手な自己満足と承知のうえで、群衆の中にいた一人の子供を――幼くして病に倒れた自分の子供を想起させる小さな“フードを目深にかぶった女の子”を――炎の火球と氷の氷槌とが同時に押し寄せていく姿をハッキリと網膜に焼き付けられながら吹き飛ばそうとしてしまった、その瞬間。

 

 

 

「えい」

 

 

 可愛らしい女の子のような声とともに、ピシッと何か小さな物体が指で弾かれるような音が聞こえたかな?と思った次の瞬間には。

 

 ドカン!

 

 と、少女の目前にまで迫りつつあった火球が、空中で爆発四散して。

 

 ドカンドカンドカン!! ドガガガガンッ!!!

 

 続けて群衆たちに襲いかかろうとしていた他の攻撃魔法も、ぜんぶ空中で爆発して消滅し、民衆たちは爆発の余波で吹き飛ばされはしたものの・・・・・・誰一人として死人は出ていなかった。

 

『な、なにィィィィィッ!?』

 

 サタニストたちは一斉に驚愕の悲鳴を上げて、聖堂騎士団もまた驚きのあまり一瞬、我を忘れて茫然自失となる。

 果たして誰が気づくだろう。この奇跡的現象を、たかが『小指で石を弾いて飛ばす』というモンクスキル【指弾】によって、“フードを目深にかぶった女の子”がたった一人で成し遂げてしまった、ツインビー的弾幕シューティングの応用でしかなかったという、アホらしくも恐ろしい事実を。一体この世界の誰が気づけるというのだろう!? ・・・気付いても何の役にも立たない真実ではあったけれども・・・。

 

 

「――フジッ!」

「へい! 姉御ォッ!!」

 

 そして同じケンカ好きとしての特性故か、キラー・クィーンは本能的に民衆を守った謎の狙撃手を『敵ではない』と判断し、明確な敵であるサタニスト殲滅のためだけに戦力の全てを集中させるよう短い単語で腹心の部下に下知を出し、彼女に絶対的で盲目的な忠誠を誓っている聖堂騎士団のモヒカンたちも彼女からの命令に即座に従い突撃を開始する。

 

 その瞬間、一瞬の間だけ先手をとった側と取られた側の立場が入れ替わる。・・・それだけで十分だった。

 

「ご機嫌じゃねぇかァ! サタニストどもぉ! 楽に死ねると思うなよヒャッハーッ!!」

「ひ、怯むな! やってしまえッ!」

『ヒーハーッ!!! 姉御に続けぇ!! サタニストどもに生きる資格はねぇ!!』

「く、ぐぅ・・・ッ!?」

 

 戦いは機先を制した側が有利となり、不良同士のケンカは気合いで敵を圧した方が優位に立ちやすい。

 心理的にも戦術的にも有利にたった聖堂騎士団と聖女の戦いに、一歩遅れて妹聖女も参戦してきて戦局は一挙に聖女側へとパワーバランスを傾けられていく。

 

 が、しかし。

 

 

『ヒャッハーッ! サタニストのクズ共! 姉御に血を一滴残らず捧げろやーッ!!』

『サタニスト共に今日を生きる資格はねぇ! 地獄に落ちやがれ悪党共ぉッ!!』

『俺、この戦いが終わったら姉御に罵倒してもらうんだ・・・! 罵倒求める俺のために死ねぇいッ!』

 

 

 ・・・・・・何というか、絵面が悪い。核戦争後の覇王軍の兵士たちが正義側に回ったようなものなので、なんか色々と善悪混ざっていて言ってる台詞も字面も悪くなってるし。

 

 おまけに率いる聖女の方も、聖なる存在の長の割には体裁というものを全く気にしていないらしく。

 

「あっはっは! サタニストども! 紅に染まる気分はどうだぁ!?」

「あんたたち、私の魔法で死ねることを光栄に思いなさいよ! この悪魔ども! バカと悪魔は死んじゃえ! オーッホッホッホ!!!」

 

 普通に、悪の女幹部と、戦闘狂の悪の女幹部にしか見えようもないポーズ取りながら、なんか悪役っぽいセリフを吐いて一方的な殺戮を楽しみながら勝ち誇っている。

 この国における『聖なる存在』の定義が、つくづく疑問を抱かざるを得ない。

 

 

『あっはっはァァ! サタニストどもォッ!! youはShockッ!!!』

 

 

 うん。もうええわい。

 

 

 

 

 

 ――さて、ここで少し余談となるが。

 

 地球から異世界に飛ばされてきたり生まれ変わったりしてきた転生者とか転移者と呼ばれる者たちは、基本的に飛ばされた先の現地人同士の争いごとに巻き込まれるのを嫌う性質の場合が多いのが一般的な存在である。

 

 厄介事に巻き込まれることを嫌がったり、「何も知らない余所者の自分が口を出すべきではない」とか「恵まれた現代日本での常識を異世界人に押しつけるのは傲慢だ」とか、日本人らしい謙虚さを美徳とする精神で現地人同士の事情を尊重して事なかれ主義に走るのを由としたがるのが、こういう場合のお約束。

 

 その結果として「子供に助け求められて見捨てられない」とか「関係ないからって見捨てるのは間違っている」とか、色々と理屈つけて介入することを決意するのが、この手の事件に巻き込まれた転生者もしくは転移者として正しい在り方というものなんだけれども。

 

 

 ・・・これがケンカ好きで突撃するのが大好きで、特攻こそが我が人生と断言する、自分の欲望に正直すぎて死んでは生き返りまくってきたネタエルフの場合は、こうなります。

 

 

「――蹴りたい! 投げたい! 殴り・・・たいッ!!

 ケンカ祭りというパーティーを見たら参戦するのが人の道! 他人同士の揉め事を見て混ざりに行かざるは勇無きなり!

 昔から、『火事とケンカは江戸の華』という名言がある通り、日本人にとって他人のケンカ沙汰に介入するのは昔から続いてきた伝統芸能の一つであり、伝統は守り尊ばなければいけないものですので是非とも参加させて頂きたいですね! 日本人として! 日本人らしく! 日本の清く正しい伝統を守り抜くためにも絶対に!

 他人のケンカほど気楽に楽しめて滅茶苦茶にぶっ壊してしまくっても、心が痛まないものは他に無し! 超楽しみてぇ~ッ♪ 超気持ちよさそーッ! myはzyappuッ」

 

 

 ・・・・・・こんな感じのエルフ理論になる。超サイテー・・・。

 こんな奴が、それでもケンカを前にして参戦せずに自制できていたのは、あくまで聖女ルナが片方の陣営にいるからであり、『ルナのお尻にメロメロ魔王』という不名誉極まりないレッテルを新たな黒歴史称号に追加されたくなかったから。それだけ。

 たった、それだけの理由で参戦を自粛していただけで、深い意味とか目的とか計画とか平和主義とかは一切合切関係しているものでは全くなかった。

 

 むしろ、援護射撃してやるだけでも感謝してほしいと思っているほど厚かましい奴なのである。民間人は巻き込まれただけだし、聖堂モヒカン騎士団は魔王(つまり自分)を討伐するために来た援軍っぽいし。

 自主志願して戦場に来た人たちには、自分の身は自分で守ってもらって死んでも殺されても自分の選んだ結果と思ってもらうといたしましょう、と割り切ってまでいる始末。

 

 ネットは基本的に自己責任。自分の身はパスワード設定とかウィルス対策ソフトとか買って自分で守りましょう。基本です。

 

「あ~・・・殴り込みたいなぁ~。楽しそうだな~。

 こういう人がゴミのような状況見てると、本多忠勝とか投入してBASARAせたくなりますよね~。もしくは呂布とか投入して無双したくなるんですよね~」

 

 などと如何にも現代日本のオタゲーマーが言いそうな、現実にできないからこそ気楽に言えるセリフを気楽に吐いて、テキトーに指弾で石飛ばして民間人の方に魔法撃とうとした奴だけ狙い撃つぜしながらボ~~ンヤリと自分が参加できない退屈な祭りを見物し続けて。

 

「・・・・・・いや、待てよ。仮面で顔隠して『今の私は魔王ではない・・・』とかの参戦だったら今からでも有りか・・・? グラサンでも可能だったぐらいだし、仮面の時点ではバレてなかったみたいだし・・・」

 

 おいバカ止めろ、バレる。って言うよりもバレてたぞ、その正体隠した赤い人も。

 あと、これ以上自分で黒歴史増やしてどーすんだ? 結構恥ずかしいぞ、あの仮面――と、どこからともなく大宇宙の大いなる意志的な声が聞こえてきて止めてくれたわけでもなかったのだけれども。

 

 とりあえず、馬鹿エルフの自粛によって最悪の事態は避けられてる間に、事態は次の展開へと強制的に移行させられることになってしまう――。

 

「・・・あれ? あの人たしかさっき私の方見てた悪そうじゃなさそうだったオッサンさんですかね? なんか箱持って出てきましたけど一体どう言うつもり――」

 

 

 ―――カッ!!・・・っと。

 足下高く響かせながらウォーキングは、切り札である“例のアレ”を持ってきて再登場!

 正直ここまで早く使うことになるとは思わなかったが、このままでは一方的に虐殺されて全滅させられかねん。

 民間人たちが逃げ出し終えたとは言いが・・・・・・やむを得ぬ。

 

「秘蔵の“闇”だが・・・聖女二人と引き換えならば許されよう―――」

 

 言い訳のように、そう呟くとウォーキングは箱の蓋を開けて中身を吐き出し、箱の中に封じられていた大いなる災厄の一部を世に解放する。

 

 ・・・・・・ちなみに彼が、ガニ股での再登場シーンと相成ってしまったのは、重量物運んできた頭脳派の中年オッサン的にやむを得ないポージングだったのであって本意ではない。

 彼なりに努力した結果なので、どうか変な意味に誤解しないで頂きたい!!

 

 

 ――そして箱の中から奇妙な音を立てながら、吐き出されるように飛び出してくる気色の悪い色の混じった黒い液体。

 何というかこう・・・・・・モザイクかかったゲロっぽい色した液体が、じわりじわりと大通りに猛スピードで広がっていき、聖堂騎士団の男たちを足先まで浸からせた途端に苦悶の表情を浮かべて次々と膝をついて蹲らせていってしまう!

 

 

 

 

*:Aパターンの方は最後まで書き終える前に【ダメだ】と思って書き直し始めたので、「つづく」まで行けていませんでした。だからここで切れてます。



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第15章(Bパターン)

思いついたエロ作書いてる最中なのですけど、今作だけストックあったため投稿させて頂きました。
ぶっちゃけ煮詰まってしまい、何パターンか書いては消しを繰り返していた話でいたのでデータ量的にもスッキリさせたかった次第。

今残ってるのは2パターン分だけですので、AパターンとBパターンに別けて続けて投稿してあります。
Aパターンを読んでみたい方は1話前にお戻りください。

…正直、煮詰まったままなので、どちらを使うか考えれていません…。それぐらいに迷走してた回でしたので…スッキリしたかった次第…


「ルナ、出てこいッ!」

 

 路地裏にまで響いてきた聖女キラー・クィーンの荒々しい声を耳にした瞬間。

 彼女たち聖女姉妹を暗殺するため派遣されてきていたサタニスト達の指揮官ウォーキングは、勝利の確信と共にほくそ笑みを浮かべていた。

 聖女を1人でも仕留めることが出来れば“次の作戦”での勝率と効果は確実に倍増すると踏んでいたところに2人も揃うという僥倖に巡り会うことができたのだ。これを幸運と喜ばずして彼の人生に華はない。

 

 ・・・・・・とは言え、彼は他の幹部たちと違って理詰めで動き、綿密に計画を立てるタイプだったから勝利は容易いものだとまでは微塵も思ってはいなかった。

 何しろ元々が「聖女1人を殺すこと」を目的として網を張っていたところに、もう一人の聖女が騎士団100人を引き連れて合流してしまっているのだから数的には圧倒的に自分たちの方が不利になった計算になる。

 

 普通に考えれば敗北と作戦失敗は必至となるところだったが・・・・・・彼には秘策とも呼ぶべき“切り札”が存在していた。

 指導者ユートピアから直々に使用許可が降りた秘蔵の“闇”。これさえ用いれば偽りの天使の加護篤き聖女であろうと確実に仕留めることが叶うだろう。

 

 彼は、高級宿ググレの前に集まっていた見物人達に平服姿で紛れ込ませた後、裏路地で合流して揃いのローブを上から羽織った部下達に対して確信と共に不気味に響く声で指令を下す。

 

 

「聖女に災いあれ―――攻撃開始だ」

 

 

 ・・・・・・斯くして、ヤホーの町は戦場と化す。

 

 

 

 

 

「偽りの天使に死を――【火鳥(ファイアバード)】!!」

「聖女に嘆きあれ―――【氷槌(アイスハンマー)】!!!」

 

 サタニストたちからの先制攻撃によって幕を開けさせられた戦いは、まずサタニスト達の先頭に立つ魔道師達からの攻撃魔法によって戦端が開かれた。

 如何に悪魔に魂を売ったテロリスト共の集団といえど、所詮サタニストの大半は貧しさに耐えかねた一般人が感情論と剣で武装しただけのキチガイ集団に過ぎない。

 個々の戦力ではプロの軍人である騎士団に敵うわけはない弱兵集団に過ぎないのだが、パルチザンというものは都市ゲリラ戦などの不正規戦においてこそ最大限の効果を発揮して正規軍さえ圧倒する戦力たり得るものだ。

 

 その為にもまず混乱を起こし、起こした混乱を拡大すること! それがサタニスト達の基本戦略であり、正当な軍隊の訓練を受けた聖堂騎士団の精鋭たちに勝機を得られる唯一の方法論である以上は、このさい民間人は貴族や聖女と無関係だなんだと綺麗事を尊重してやる余裕はない。

 

 赤や青、熱さや悪寒を伴わせた様々な魔法の光を作り出し、聖女たちだけでなく野次馬たちをも巻き込ませること前提で撃ち出されていく。

 

「ああッ!? イヤァッ! お姉様ぁぁッ!?」

 

 その中で、当然のように最も多くの数が集中して撃ち込まれていたのは、言うまでもなく移動式玉座の頂上という狙い撃ちしやすい高所でふんぞり返って座したまま微動だにしていない聖女キラー・クィーン。

 その身に迫る色取り取りの攻撃魔法の数々を見て、姉の悪口言いまくりながらも実は超心配なツンデレ妹の典型例ルナ・エレガントが悲鳴のような叫び声で警告を発するのを聞きながら、クィーン自身は冷静に戦場を見渡し。

 

「フジッ!!」

 

 と叫び、部下の名を呼んで預けておいた武器を投げ渡すよう短すぎる指示を出す。

 

「へいッ! 姉御ぉぉぉぉッ!!!」

 

 そして以心伝心、副官の大男フジの方も細かい指示などなくとも心得たように上官の意図を過たずに解釈して、巨大な武器を玉座の頂上へと放り投げて敬愛する主君の手にキャッチさせることに成功する。

 

 ・・・・・・ただ、そんな彼らであってもサタニスト共に先手を取られてしまったことは事実であり、放たれた攻撃魔法の被害から自分たちの武器が届く範囲外にいる者たちまでカバーしきるのは不可能な状況にもなっていた。

 

 別に力のない人々を守る正義のヒーローを気取りたい訳ではないが、気にくわないテロリスト共が一方的に弱い者イジメしてるのを見せられて気分がよくなってやる義理があるわけでもない以上、キラー・クィーンとしては「落とし前を付けさせてやる」ぐらいのことはしてやろうと思いながら巨大な金棒を振るい、魔法の砲弾を粉砕してサタニスト共に目にもの見せてやる最初の先駆けとしたかったのだが、しかし。

 

 

「えい」

 

 

 ・・・と、声だけなら可愛らしい掛け声が聞こえて、パチンという指で何かを弾くような音がした。その次の瞬間。

 

 

 ――ズガン! ズバァッン!! ズバババァァーッン!!!

 

 

 民衆たちの群れに着弾する寸前にあった攻撃魔法の砲弾たちが次々と空中で爆発四散させられて、一発残らず全て消滅してしまったのである。

 

『な、なにィィィィィッ!?』

 

 流石にサタニストたちも、これには驚愕させられて悲鳴じみた叫びを上げざるを得ない。

 そりゃそうだろう。一発で人混みの一つ分ぐらいは吹っ飛ばせて血の雨降らせれるはずの威力持った光球が、目にも見えないワケワカラナイ現象で強敵倒すための準備段階を邪魔されてしまった側としては驚愕せずにはいられない。

 

 

 では逆に、民間人を守ってもらった聖堂騎士団&聖女の側は驚かなくて良かったのであろうか?

 

「なんだ!? サタニスト共の新手か!? どこから何を撃ち込んで来やがった!?」

「姉御! そこは危険です!降りてください! 姉御の身は俺たちが死んでも守り抜いて見せますぜ!」

『オウ! ガンホー! ガンホー! ガンホーッ!!』

 

 ・・・・・・メッチャ驚いて警戒感強めさせて主君を中心にスクラム組んで防御固めさせてしまう効果しかもたらされちゃおりませんでしたな・・・。

 まぁ普通はそうなるだろう。所属不明で正体不明の狙撃手から敵の攻撃を迎撃されたからと言って、顔も見ない内から自分たちの味方だと信じて安心できる平和ボケした楽観論者は現代日本と子供向けアニメの中ぐらいしかあんまおるまい。もしくはラブコメの平和主義万歳ヒロインとか。

 

 それらの内どれでもない聖堂騎士団員とヤンキー聖女様たちは、民衆を悪の攻撃から守るため戦う正義の味方軍隊として、「敵か味方か分からぬ相手の倫理に期待しすぎない」という当たり前の前提で正しく判断して行動しただけだったのだから彼らとしては悪くはない。

 

 悪いのはどう考えたって・・・・・・いきなりの不意打ちで加勢してきて、未だに正体晒さず陰からコソコソ援護射撃に徹するつもり満々の《指弾》でスナイパーしてる厨二エルフだ。間違いなくアイツが悪い。アイツだけが一番悪い。

 

 だが、しかし。

 今この場には天性のケンカ好きが、もう一人いた。

 

「・・・なんだかよく判らねぇが・・・」

 

 キラー・クィーンは、今し方目の前で起こった謎現象に明確な答えとか原因とかについては一切答えを出せぬまま解明することも出来ないままで、たった一つだけ“勘”で解ることが出来た冴えた結論を部下と妹たちにも聞こえるように大声で全員に言ってやる。

 

「今の援護攻撃してきたヤツは、俺たちの敵じゃねぇ! 味方だ! 間違いねぇ!

 なぜなら俺の勘が、そう告げているからなぁッ!!」

「え!? 勘ッ!?」

 

 姉の口から飛び出た信じがたいほどテキトーすぎる信じる理由に、頭の良さでは自信がある魔法の才能抜群すぎたルナ・エレガントが目をパチクリしながら驚いた声音で確認してくる。

 だが彼女は、殊この場においては少数派であり、異端者でしかなかったようである。

 

「と言うわけで、行くぞテメェらーッ! ご機嫌なサタニストどもには腹一杯、紅に染まる気分を味あわせてやれぇッい!! 満足しても決して許すんじゃねぇぞォーッ!!」

『ヒーハーッ!! サタニスト共を消毒だーッ!!』

「乗ったーッ!?」

 

 クィーンの根拠になってない、昭和刑事ドラマの刑事みたいな理屈にためらいなく賛同して、突貫していく一人残らずついて行ってしまう聖堂騎士団の精鋭共。

 

 フジのみならず、見た目通り聖女キラー・クィーンの手で『役立たず天使に代わってお仕置きだぜッ! 死ねやオラァッ!!』で地獄見せられ改心していた過去を持つ元悪人で今は彼女個人の狂信者と化している集団にとってクィーンの言葉は天恵に等しく、彼女の判断は全知全能の神が下した正しき判断と同義という共通認識を持っているのが聖堂騎士団精鋭たちの内実であり、生まれの事情から智天使を篤く信仰しているルナとは性質的に味方であっても実はちょっと違う者同士だったりしたのであった。

 

「ヒャッハーッ! サタニストのクズ共! 姉御に血を一滴残らず捧げろやーッ!!」

「サタニスト共に今日を生きる資格はねぇ! 地獄に落ちやがれ悪党共ぉッ!!」

「俺、この戦いが終わったら姉御に罵倒してもらうんだ・・・! 罵倒求める俺のために死ねぇいッ!」

 

 ・・・いや、なんか違うものが混じってるという点では彼ら自身の中にも敵と味方、世紀末的な悪と善が入り交じってる部分があったような気がしなくもないけれども。

 たぶん気のせいだろう、たぶん。中世ヨーロッパ風の異世界に、核戦争後の善悪は関係なし。

 力こそ正義で親友裏切って恋人奪っていった男の軍勢っぽい見た目をしてる人たちが、地獄から舞い戻ってきた元親友と同じようなセリフ言ってても互いに一切全く関係できない! そのはずだ・・・・・・。

 

『あっはっはァァ! サタニストどもォッ!! youはShockッ!!!』

 

 ・・・・・・いやまぁ、うん。そのはずだ。きっと。おそらくはになって来ちゃったけれども・・・。

 

 こうして先制攻撃の失敗によって出鼻をくじかれたサタニストたちを相手に、正体不明に援軍から協力を得て勢いも取り戻した聖堂騎士団は、訓練を受けた戦闘のプロである正規軍らしく、腐敗した政府の横暴に耐えかねた民衆が暴徒化したテロリスト共を一方的に殺戮していき、民衆の弱さと軍隊の強さを散々にひけらかしながら正義と平和と秩序維持部隊の偉大さを膨大な血によって証明することを望み。

 

「あーもう! こうなったら私もやってやるわよ!

 せめて私の魔法で死ねることを光栄に思いながらバカは死んじゃいなさい!

 《金槍衾/ゴールドスプラッシュ》!!」

 

 と、末っ子妹も途中から、反政府活動に参加した暴徒たちの虐殺に参加。次々と国家を裏切った愚かな愚民共を殺戮していきながら、勝利と聖光国の栄光に凱歌を飾ろうとした、まさにその時!

 

 ――カツッ。

 

 聖女たちとの実力差に及び腰になっていたサタニストたちの中から、一人だけ他の者とは服装の異なる隊長格らしき男が大きな箱を持って現れて、その蓋を開けるため手を伸ばす。

 

「秘蔵の“闇”をこれほど速く使う羽目になるとは思わなかったが・・・・・・この失態、聖女2人と引き換えならば許されよう―――ッ」

 

 勝ち誇ったような笑顔でそう言って、男は箱の蓋を開ける。

 そして開けた瞬間。中から飛び出してきたのは―――漆黒の液体。

 

 得体の知れない気配を放ちながら広がっていく、その黒い液体を見た瞬間。本能的に聖女キラー・クィーンは危険を察知して顔を強張らせながら妹へと振り返り、

 

「ッ!! ルナ、下がれ! こいつは奈落だ! ――あぐゥッ!?」

「えっ、ちょ・・・・・・! 何これッ!? ――アッ!?」

 

 そう警告しようとしたのだが―――遅かった。

 既に聖堂騎士団のモヒカンたちの足下を浸しながら、黒い液体はルナたちの方へと高速で接近しつつあり、この不気味な色のナニカに足が浸かっただけで男たちは次々と膝をついて立ち上がれなくなってしまい、聖女の加護が誰より篤いはずの二人でさえ糸が切れたように脱力して力が抜けて、四つん這いになるか杖にすがって倒れるのを避けるかのどちらかしか選べない状態にされてしまっていく。

 

「く、くそゥ・・・ッ」

「・・・くぅ・・・ッ、はぁ・・・んっ」

 

 ちなみに苦しんでるエロゲみたいな声が妹(16歳・貧乳)の方で、戦えなくて悔しがってる方が姉(17歳・巨乳)である。こういう需要もあるのが当たり前になって久しい異世界事情ならぬ情事は危機的状況なのに今日もエロめ。

 

「さぁ、皆の者。天使の加護は消えた――聖女を討ち取れッ!!」

 

 逆に二人の身動きがとれなくなったことを確認したサタニストたちの隊長ウォーキングは、大真面目に美少女で聖女の二人を殺すための命令を出して、捕らえて犯して聖女を穢そうとは考えない正しいテロリストの王道を律儀に遵守しようとしてくる。

 正しい手順を守るのは良いことのはずだが、こういう時にはご都合主義のお約束を優先して欲しいと願ってしまうのは、ダンジョンが舞台のファンタジーでなくても間違っているのだろうか!?

 

 と言うか、最初の援護射撃以来うちの馬鹿エルフは、どこで油売っている!?

 

 

 

 

 

「・・・・・・なんですか? このヘドロみたいな奴・・・。

 なんか色がゲロみたいでスッゲー近寄りたくないんですけれども・・・」

 

 路地裏に続く入り口あたりで、行ったり来たりしながら接近後退繰り返しているゲロみたいな色したヘドロを気持ち悪がって、実はあんまし目の前で起きてる光景を見れていなかったりした次第・・・・・・。

 

「しかも、なんかこのゲロヘドロさんたち、私のこと変な風な感じに見てきてませんかね・・・?

 なんていうかこう・・・“微妙にコレじゃない感”ってゆーのか、本人と思って近寄ってきたら別人だと解って気まずくなったときのトラウマがフラッシュバックしてきてスッゲー嫌なんですけど・・・いやマジで。超マジな話として」

 

 割と本気な真顔で苦情を訴えかけてくる、実体験ありそうな地球にいた頃はゲーオタ少年が中身の人のネタエルフは、本能的に察してしまった“奈落の求める本物の魔王様じゃなかった感”を感じ取れてしまってメッチャ気になって仕方がなくなってしまい、なかなか他のことに意識が回らなくなって久しい状態になってたりした次第。

 

 

 そもそも、今回のような現地人たちの事情に巻き込まれただけの戦闘イベントにおいて、地球からの転生者だろうと転移者だろうと、現地人の斜に構えた実はイイ人ヒーロー達だろうと関係なく、多くの場合は『面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ』とかなんとか言って、気づかれない内に身内だけ連れて脱出しようとしたけど、市民の子供が攻撃されかかったり自分の身内に頼まれたから仕方なくとかの理由で結果的には主戦力として参戦して圧勝するのが、この手のイベントのパターンではあるのだが。

 

 この喧嘩バカで特攻大好きなお祭りエルフに、そんなリスク・リターンの考え方で、初期の時点では援護射撃だけに止めおく理由になれてたであろうか? ――否である。

 

 初期の時点で参戦しなかったのは、単に『ルナに尻の穴で銜え込まれて虜にされた魔王様』という、不名誉すぎるレッテルが張られそうな会話の流れだったから出づらかっただけであって、コイツの本音を具体的に言えばこんな感じ↓

 

 

「蹴りたい! 投げたい! 殴り・・・たいッ!! ケンカ祭りというパーティーを見たら参戦するのが人の道! 他人同士の揉め事を見て混ざりに行かざるは勇無きなり!

 昔から、『火事とケンカは江戸の華』という名言がある通り、日本人にとってケンカ祭りに介入するのは昔から続いてきた日本の伝統芸能の一つであり、伝統は守り尊ばなければいけないものですので、是非とも参加したいです!

 他人のケンカほど気楽に楽しめて滅茶苦茶にぶっ壊してしまっても心が痛まないものは他に無し! 超楽しみてぇ~ッ♪」

 

 

 ・・・・・・こんな感じのエルフである。超サイテー・・・。

 ある意味では、ヘドロゲロ君のおかげでバカの喧嘩好きによって自体がメチャクチャにぶっ壊されるのを防いでいてくれたようなものでもあったんだけれども。

 このままだとゲロヘドロ君を解き放った人のせいで、この世界が歩むべきストーリーにとって大事な人たちが殺されちゃいそうだから、流石になんとかして欲しいかな!? 助けてヒーロー!!

 

 

 ――そんな、世界救済を願う人々か誰かからの声に応えるかの如く・・・今、“天の声”がナベ次郎の前へと舞い降りる―――

 

 

「・・・あれ? なんかシステムメッセージっぽいものが浮かんできましたね。なんか書いてありますし」

 

 アバター・ナベ次郎の前に舞い降りてきた“天の声”=『メッセージウィンドウ』が開かれて、一つの文章と選択肢がナベ次郎の前に提示される・・・・・・。

 

 

 

《黒歴史モードが使用可能になりました。

 あなたが過去に消し去った黒歴史を記憶の彼方から呼び覚まして具現化し、今のあなたの体に代わって生き生きと動き回ってくれます。

 尚、このモードを発動させると一時的に暴走状態になり、あなたからのコントロールは一切受け付けなくなります。

 黒歴史モードを発動させますか? Yes/NO》

 

 

 

「そんなトチ狂ったもん誰が使いますかァァァァァァァァッ!!!????」

 

 

 ナベ次郎、魂からの絶叫。本当の本気で大絶叫。

 流石にコレは・・・・・・コイツじゃなくても嫌すぎる・・・。

 

 

「んなもんNOですよ! NO一択です! それ以外の選択肢など存在しません!!

 絶~~~っ対に、い・い・え!!! ですッ!!!」

 

 

 断言して、『はい・いいえ』のどちらかを選べる選択肢で躊躇いなく「いいえ」を選んだ、その次の瞬間。

 

 

 ――ピカッ!! ゴロゴロッ!!

 

 

 稲光が空を横切り、轟音が鼓膜を切り裂き、まるで過ちを犯した罪人を裁く天罰の光が地上へと振り下ろされて、地ベタを這い回る愚かな人間共を天井から見下ろす傲慢なる神の前では無力なサルの抵抗など無意味でしかないのだと嘲るかのように一蹴されてしまうしかなかった・・・・・・

 

 ――ような気がした。

 

 

《すみません、返事が聞き取れなかったので今一度答えを選んでください。

 黒歴史モードを発動させますか? Yes/NO》

 

 

「いや、鳴ってねぇですよ今!? 雷の音なんて響かなかったですし! 響いてたら他の人も気づきますし!

 あと私、声だけじゃなく「いいえ」って選択肢をちゃんと押しましたよね!?

 音声入力式のスーパーロボット設定じゃないんですよねこの異世界って!?

 おいコラ! なんとか言いなさいよ、いっつも理不尽なことしか送ってこないメッセージウィンドウさんよゥッ!?」

 

 

《ピカッ! ゴロゴロ・・・・・・ッ。

 すみません、返事が聞き取れなかったので今一度答えを選んでください。

 黒歴史モードを発動させますか? Yes/NO》

 

 

「効果音まで文章で書くなーッ!? エフェクトを鳴らしなさーッい!?

 ってゆーか、レヌール城はもういいって何度言えば分かるんですか!? この世界は本当にも――ッ!!」

 

 

 

 ジタバタと、路地裏の入り口あたりで地団駄踏んで、ムダな抵抗をムダに繰り返そうとしている愚かなるロリエルフ・アバターのナベ次郎。

 エルフだろうと人間だろうと、天使だろうと悪魔だろうと、たとえ魔王だろうとも。

 この異世界に生まれた生きとし生ける生物たちは皆一匹残らず・・・・・・この世界を創りし神のオモチャでしかないという悲しい現実を体現した姿はいっそ哀れでこそあったものの。

 

 それでも選んでもらわないと聖女様達が殺されてしまうため、仕方なくでもイイから押すのだナベ次郎。ポチッとな♪

 

 

 

 ―――そして。

 

 

 

『!? なんだ! あの光は!? なにが・・・一体なにが起きている!?』

 

 

 突然に生じた爆発的な光の本流。

 その光景に驚き慌てふためいて、聖女に止めを差す手すらも止めてしまい、一種の恐慌状態に陥りかけてしまうサタニスト達の集団。

 

 あるいは彼らもまた、知っていたのかもしれない。

 本能のレベルで感じ取れてしまうほど、致命的なまでに其れがなんであるかを思考より先に心が理解して、体を怯え震わせて死の恐怖に苛まれていたのかもしれない。

 

 だが、そうだとしても彼らの事項はまだ其れのことを知らない。気づいていないのだ。

 光の中から現れた、記憶の彼方より呼び覚まされし、無かったことにされてしまった忌まわしい過去を、その具現を。

 

 具現化した過去こそが、彼らサタニストにとって――【悪】と名の付く全ての者たちにとって。

 致命的なまでに絶対的な死をもたらす破滅の象徴にしかなり得ない危険極まりない存在であるという、その事実を・・・・・・!!

 

 

 

 

 

 

「・・・因果なものだ。戦場を求めて北へ北へと彷徨い続け、遂にはこんな見たこともない世界にまで来ちまうとはな。

 だが、どう世界が変わろうとも、俺たちの真実は何一つ変わることはない。

 剣に生き、剣に死ぬ。誠の旗の名の下に・・・・・・ッ」

 

 

 

つづく




【新設定紹介(使う前に変えれるよう先に確認も兼ねて)】

『黒歴史モード発動』
 ナベ次郎の中の人である学生プレーヤーが、若気の至りで演じたくなって本気出して造ってしまったことがある、某剣客マンガを中心とした同組織の格好いいキャラを寄せ集めた感じの一応はオリジナルキャラクター(笑)

 背中に「誠一文字」の文字を縫い付けたダンダラ模様で水色の羽織を纏った、如何にも“あの組織の人”しかイメージできない見た目をしている男性アバターで、武器は当然『刀』で、クラスは『サムライ』

 キャラ名は【ヒジカタ】
 ハジメとかサイトウじゃないのは『燃えよ剣』とかも好きだったことが原因になってしまってる。
 また、「新撰組」ではなく「心で戦うと書いて“心戦組”」というギャグマンガの設定をパクってきたキャラになってる辺り、当時のナベ次郎の中の人がどんなだったか想像しやすくしてみてたり(苦笑)


 尚、実は《ゴッターニ・サーガ》で造ったキャラではなく、別のMMOで使ってたはずのアバターで、登録もアカウントもとっくの昔に削除したはずなのに何故今さらになって復活させられてきたのかは全くの謎。
 ・・・まぁ、元から原作とは別ゲームから来た主人公なので今さらと思いながら造ってみた設定ではあります。


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魔王学院の魔族社会不適合者 第12章

失礼、コッチの方でも迷走してた分を出しておきます…。
書いては消しを繰り返してたので、コッチは一作分しか残っていませんけれども…。


 その場所に足を踏み込んだとき、サーシャ・ネクロンとミーシャ・ネクロンは交互に思わず感嘆の呟きを漏らさずにはいられなかった。

 

「これって・・・・・・」

「太陽の光・・・・・・」

 

 そこは二千年もの長きに渡って地下深くに秘匿され続けてきた、光溢れる場所だった。

 複数の外光取り入れ口から、日光と月光を少量ずつ取り入れて放射させ、最終的に一カ所に集約したものを天井から太陽光代わりに降り注ぐよう設計された人工的な自然に満ちた地下空間。

 

「この部屋・・・魔法のための触媒になっているわね。自然魔法陣発動のため、かしら・・・?」

 

 優等生で、理屈に基づく分析は得意なサーシャが部屋の造りを見ただけで瞬時に部屋の設計コンセプトを見抜いて、黒髪の少女「ご名答。よくお分かりで」と軽い口調で賞賛される。

 

 ――実際、この場所は二千年前に『刻を止めた物だけ』で満たされている。

 植えてある木々も、小川に見立てた水路に浮かぶ蓮の葉も全て。

 ・・・二千年前に過ごした“あの日々のまま”変わることなく同じ物を再現して地中深く埋めてから、そのまま時が止まれるよう現状のまま維持できるよう魔法を掛けた、黒髪の少女にとっての巨大すぎるタイムカプセル。そういう場所だった。

 

 そして、だからこそ黒髪の少女は“気がつかない”

 

「・・・・・・、―――?」

「・・・どうかした?」

 

 いつもと変わらぬ無表情ながらも、若干怪訝そうにミーシャから問われ、それに返そうとして答えに詰まり、何を答えれば良いのか一瞬の間悩む魔王少女。

 

 それは、その場所に配置されている品々が僅かに移動された痕跡から感じられる、記憶との食い違いから生じた違和感。――そう感じるはずのものだった。

 この場所のオリジナルを造ってくれた『自分の友人』であったなら、まず間違いなく気づいたであろう『自分が丹精込めて造った作品を穢した痕跡』

 

 だが、『彼の友人だった少女』には気づけない。

 友人と過ごせた最期の【時間】を保存しておきたいと願った彼女にとって、【友人が造ってくれた終の場所】には極めて重要な価値を見いだせてはいたものの、『場所そのもの』には特になんの意味もなかったからだ。

 

「―――いえ、なんでもありません。先に進むことにいたしましょう」

 

 そう言って、頭に浮かんでいた直感的な違和感を振り払い、その場所の向こう側に再現した【終の棲家に“なるはずだった”部屋】を目指して歩みを再開する彼女たち。

 

 『友人が造ってくれた場所』だから、この場所には価値があった。

 『友人と過ごした最期の時を思い出させてくれる場所』だからこそ、この場所を残しておきたいと彼女は願った。

 

 地中深く埋めて、変わることなく保存し続けたいと願ったのは【時間】

 友と過ごした最期の時を、記憶だけでなく形としても感じられる場所として、この場所を再現した、『場所そのもの』には大した価値のない『思い出の時間』が埋まっていた場所。

 

 あるいは、それこそが同じ名を持つ『彼女』と『彼』の致命的にして決定的な違いであったのかもしれない。

 彼の代理として、彼がやりそうなことを、彼の名のもと幾ら再現しようと、『黒髪の少女』は『黒髪の少女の友人』にはなれず、黒髪の少女魔王は黒髪の少女魔王にしかなりようがない。

 彼なら正確に感じ取れたかもしれない違和感も、彼女はただ「なんとなく」で足を一瞬止める程度が関の山。

 

 そういうものだった。それが人であれ魔族であれ、自我という心を持った異なる存在同士の関係性。

 だからこそ黒髪の少女は、自分と異なる優しい気質を持った『彼』の事が好きだったし、彼もまた自分が選ばない道で自分以上の成果を上げ続ける『彼女』のことが大事だと感じられていたのだから・・・・・・。

 

 

 

 そして広場を通り過ぎ、通路をしばらく進んでいったその先で、“其れ”は突然、姿を現す。

 

「これが祭壇へと続いている扉です。コレさえ抜ければ目指す目的地は目の前ですよ」

 

 目の前に突如として現れた、巨大すぎる上に重厚すぎる拵えの威圧感に溢れまくった超巨大な門扉。

 それを振り返って指さしながら柔らかい笑みとともに告げてくる自分たちの班リーダーに、若干引きつった表情を浮かべて半歩後ずさっていたサーシャ・ネクロンは、魔眼による分析にかけては自分より遙かに格上の妹から、より以上に驚くべき事実を聞かされる羽目になる。

 

「・・・反魔法がかかってる。《ジオ・グレイズ》級でも破壊できない・・・」

「ちょっ!? それじゃ、どうやって中に入るのよコレはぁ!?」

 

 先日の対抗試合で、自分が選び抜いた今のクラスで最高の人材たちの力を結集して、ようやく成功させることが出来た最高レベルの攻撃魔法をもってさえ破壊不可能と太鼓判を押されてしまった、先日のジオ・グレイズ発射時に責任者だったサーシャが悲鳴じみた声を上げさせられてしまうしかない。

 

 扉の素材は、希少ではあっても高価ではない使い道が限定され過ぎてしまう特殊金属が用いられ、それで造った上から徹底的に防御用の反魔法を重ね掛けしてある強力無比で超頑丈な扉。

 

 無論、ジオ・グレイズ級の攻撃魔法を何発も平然と発射できる、【自分たちクラスの化け物共】なら、十分に破ることが可能な代物ではあるが、こんな狭苦しい地下空間でジオ・グレイズを何発も撃ってしまえば扉が壊れるより先に天井が崩落してきて全てを押し潰してしまう方が先になるだろう。

 術者が死んだ後も効果が維持できるよう、魔力供給の先も扉の向こう側である奥に設置させている。

 

 要するに、壊して侵入することは不可能であり、開けることさえ普通レベルの魔法では不可能に近い。そういう風に設計した部屋の入り口まで、ようやく到着したのだった。

 

「・・・《ジオ・グレイズ》でも無理ってことは、攻撃魔法で破壊するのは諦めて、他の魔法で反魔法を打ち消す方法を考えるしかない・・・だけど、そこまで強力な反魔法なんて聞いたことないし、解除魔法だって威力の限界が―――」

「たまには魔力だけじゃなく、頭も使いなさいよ。サーシャさん」

「なっ!?」

 

 真剣に悩み始めて、開錠方法を模索しはじめていたサーシャから見れば、失礼と呼ぶだけでは足りなすぎる暴言にしか聞こえないレベルの悪口を言いながら、彼女に代わって前に出たのは黒髪の少女。

 

「扉に反魔法が掛けてあるだけで、壊そうと考えてしまって、勝手に行き詰まってしまうのですよ。別に開けたい扉に反魔法がかかっていたって、魔法を使って開けなければいけないという道理は特に誰も決めちゃいないのですけどね」

 

 そう告げて、「重すぎる重量」が理由になって使用方法が限定されすぎている素材だけを使った巨大な扉に両手を掛ける。

 

「よいしょ、っと」

 

 そして力を込めて内側へと押し開く。

 重々しい金属音を立てながら内側へと開いてゆく扉を見ながら、サーシャとしては驚くを通り越して呆れる以外の選択肢が全く思いつかなくさせられる。

 

「魔法が効かない敵は、魔法以外の手段で突破すれば済む話ですよ。基本でしょう?」

「・・・・・・馬鹿力ね・・・・・・」

 

 呻くように、ネクロン本家の令嬢が愚痴る。

 アイビス・ネクロンを祖として、魔術師系の力と戦い方こそ尊んで、学び納めてきた彼女が生まれ育った立場的には、そう言いたくなる気持ち自体には理解できなくもないのだが。

 

 ――しかし、まだ甘い。

 

「ふむ? では、超強力な攻撃魔法でブッ壊そうとするばかりの人は『バカ魔法力』とでも呼ぶべきなんでしょうかね?」

「うぐぅッ!? そ、それは・・・・・・っ」

 

 アッサリと切り替えされて、思わず口籠もることしか出来なくなってしまうサーシャ・ネクロン。

 流石にここまで来ると、自分が魔法に偏りすぎた思考をしていることに気づかないのは無理になってくるし、改善した方がいい部分も多々あるような気になってもきてしまうもの。

 

 

 

 

「さて。では中へどうぞ、レディーたち。エスコートさせて頂きますよ?」

 

 そう言って、笑顔で差し伸べられた片手は今までの行為が仇となり、自業自得で無視されながら脇をすり抜け部屋の中へと入られてしまったサーシャの反応に肩をすくさせられながら後を追う。

 すると中から「うわぁ~!」という、ひねくれ者のサーシャにしては珍しく素直な簡単の叫び声が聞こえてきて、探し求めるダンジョンに置かれた満点評価確定の魔法具が残っていたことを知らせてくれた。

 

「あれって・・・王錫!?」

「そうみたいですねぇ~。これで満点は確実そうで何よりです」

「さ、触ってもいいかしら・・・?」

「・・・いや、そっちの方は私に聞かれましてね・・・。別にいいんじゃありません? ダンジョンに置かれてる宝物だったら誰が触っても別にどうだって・・・」

 

 と言うより、触ることなく出入り口までどうやって持って行くつもりだったんだろう? このお嬢様・・・。

 そんな野暮すぎるツッコミが思いつきはしたものの、子供みたいに目をキラキラさせて王錫に見入っているサーシャの姿を見ていると、流石に野暮すぎるにも程があるかと思い直し。

 

「ミーシャさん、ミーシャさん」

「・・・?」

「ちょっと、ちょっと」

 

 姉には聞こえぬよう妹の方だけ小声で呼びかけ、手招きしながら壁の一部に偽装してあった『終の棲家のレプリカ』へと初めてのお客様を招いてあげることにした。

 

「・・・・・・?」

 

 無論のこと二千年前の、それも人目に触れぬよう隠れ潜んでいた魔族になる前の魔王の事情など知るよしもないミーシャには、不思議そうに相手の招きに応じるしかない。

 部屋の中へと招き入れられた彼女は歓待され歓迎され――そして驚愕させられる。

 

「・・・うわ」

 

 普段は感情表現の乏しい銀髪の少女が、思わず目と口で三つのOを形作ってしまうほど、そこは光と魔力に包まれた眩いばかりの空間だったから・・・。

 

 大小の宝石が埋め込まれた黄金の指輪、黄金の柄とエメラルドの柄を持つ長剣、黄金の鏡、黄金の食器類。

 ・・・そのどれもに強大な魔力と呪力が込められた曰く付きの貴金属が使われていることは明らかに逸品だけが飾られ尽くした王侯貴族の居室と遜色ない贅と魔法を惜しみなく投じまくった絢爛豪華な・・・・・・だが不思議と華美さを感じさせない、穏やかな気持ちにさせてくれる内装の小さな隠し部屋。

 

 かつて魔族領に潜伏し、強いだけしか取り柄のない暴虐な支配者だった数多の外道領主たちを殺して回っていた人間の少女魔術師が、誰にも邪魔されずに穏やかな最期を迎えるための隠れ家として造られた部屋としては余りにもそこは不似合いで、もしかしたら友人には自分がこういう場所に相応しいと思われていたのかと考えると気恥ずかしでいっぱいになってしまいそうに微妙な場所。

 

 そこが黒髪の少女自身が最期の時を過ごした、『終の棲家』―――。

 

「この中から、貴女がサーシャさんに似合うと思ったものを選ぶといいでしょう。気に入るものがあれば良いのですが」

 

 そう言って部屋の中を指し示し、最初に送ってくれた友人にも声をかける。

 

 ――折角もらっておきながら、私が使わず申し訳ありません。

 せめて部屋に飾ってしまい込んでおくだけじゃなく、誰かの役に立たせる方が道具のためだと思いました。私はともかく彼女たちは許してくれると有り難いですね―――

 

 心の中で友に向かってそう詫びながら、彼がそれを聞かされたら『愚か者め』と笑って叱ってくれたであろう思い出の幻影に一瞬だけ浸かってから意識を現代へと巻き戻し、今を生きるミーシャを見つめて目を細める。

 

「・・・あ。アレがいい」

「ほう・・・《不死鳥の法衣》ですか・・・」

 

 相手が選んだ真紅色の豪奢なコートの名と由来―――そして自分がそれをプレゼントしてもらった時に相手が選んでくれた理由を思い出し、ほんの少しだけ運命じみたものを感じさせられ目を細める。

 

 普段は信じてもいない運命という名の呪いの言葉。

 ・・・只たまには、ロマンチシズムとして尊ぶだけなら許されてもいいだろうと、心の中で自分自身に苦笑して、

 

「身にまとった者に不死なる炎の恩恵をもたらすとされている代物ですね。たしかにサーシャさんの相性的に最も相応しいのは其れでしょうね。

 それで良いのでしたなら、貴女から直接渡してあげなさい。きっと喜んでくれますよ、“お姉さんも”」

「・・・・・・うんっ」

 

 ほんの少しだけ声を弾ませながら法衣を手に取り、大事そうに抱きしめながら、「・・・ん?」と、何かに気づいたように顔を上げて視線を傾け―――其れを見つける。

 

「・・・指輪?」

「《アスハ氷の指輪》ですね。その冷気で七つの海を氷で埋め尽くすと言われている魔法の宝物です」

 

 ―――おやおや、今度はそっちですかい。

 思わず相手のチョイスに意図的なものが混じってないかと疑ってしまうほど、過去の思い出と重なり合ってしまう宝物ばかりが選ばれることに偶然と言い続けることは不可能になってきたことを認めざるを得なくなってきたようだ。

 

「どうやら指輪の方も、貴女に使ってほしいと呼んでいるようですね。いりますか?」

「・・・・・・」

 

 黒髪の少女から、そう問われ。

 ミーシャは嬉しそうな笑顔で、“首を振って”“拒絶する”

 

「・・・・・・大丈夫」

 

 ―――贈り物をされて謝絶するには、いささか奇妙な言い回しだったことに果たして彼女たち二人のどちらかは気づいていただろうか…?

 

 

 

つづく



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会話集【機動戦士ガンダムFINAL SEED】

他のユーザー様とのやり取りの中で使ってたネタを合わせたら千文字超えてたため、一作として投稿してみただけの作品です。

『ガンダムSEED』と『FINAL FANTASY』のコラボ会話集です。

色々と更新が滞っていますので気が焦ってしまっているため、繋ぎと息継ぎをする為のネタ話として流してくださいませ。投降し終えたら執筆作業を再開する予定です故に。

……止まり過ぎてしまうと気になり過ぎて、逆に書きづらくなる悪循環が困りもの(-_-;)


ギルバ「この放送をお聞きになっている全世界の皆さん。私、ギルバート・デュランダルはここに提案します。世界中すべての戦争を終わらせる用意が我々にはあると。

 ・・・しかし遺憾ながら我々プラントと地球各国の間には解決を必要とする幾つかの些細な問題があるのも事実。

 私はこの問題を対話によって解決するための手段として、【魔女イデア】を【平和大使】に任命することをここに宣言いたします!!」

 

***「・・・SEEDとは種を芽吹かせ、運ぶ者・・・。即ち、魔女を倒すことこそSEEDに与えられた使命なのです」

 

グレン「えぇっ!? ちょっとそれ私、聞かされてないんだけどォッ!?」

 

イデア「嘘ではない。お前は私が持ち込んだ数百年先の技術によって作られた存在・・・」

 

グレン「ええぇぇぇッ!? 私って未来技術の産物だったのーっ!?」

 

 

 

 

 

アスラ「・・・俺はキラを・・・! 俺は一体これからどうすればいい・・・っ」

 

イデア「・・・・・・可愛そうな少年」

 

アスラ「!? お前は・・・っ!」

 

イデア「混乱している可愛そうな少年。さぁ、行くの? 行かないの? お前は決めなくてはならない。

 お前の中の少年は、行けと命じている。お前の中の大人は、退けと命じている。どちらが正しいのか、お前には分からない。

 助けが欲しいでしょう? この窮地から救い出して欲しいでしょう?」

 

アスラ「黙れ魔女め! お前は悪だ! 俺は騙されたりはしな―――」

 

イデア「助けを求めることは恥ではありません。お前はただの少年なのだから。それとも、もう少年でいたくない?」

 

アスラ「――――」

 

イデア「・・・さぁ、もう戻れない場所へ。少年時代に別れを」

 

キラ「あ、アスラァァァァァァッ!?」

 

シン「――――」

 

キラ「あと、いつの間にかいたシンもぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

 

 

 

 

アスラン「父上ッ! ――なっ!? こ、これは一体・・・」

 

シーモア「愚かな男だ…私は彼を救ってあげたのだよ」

 

アスラン「!! 貴様がっ!」

 

シーモア「この男は権力の亡者だった。妻の復讐を果たすため大きな権力を得たばかりに、それを失うことを恐れ、見えない敵におびえつつ、つまらぬ謀略をめぐらす日々。ひとときの安らぎも知らず、追い詰められていたはず。

 ・・・だが、もはや思い悩むことはない。永遠の安息を手に入れたのだ」

 

アスラン「黙れ! たとえどんな理由があろうと俺は絶対にお前を許さな――」

 

シーモア「死は甘き眠り。ありとあらゆる苦しみを優しくぬぐい去り・・・・・・癒やす。ならば、すべての命が滅びれば、すべての苦痛もまた、癒える。

 だからこそ君が必要なのだ、アスラン。

 君の力と命を借りて、私はコズミック・イラ世界を滅ぼし、そして救う。

 ・・・君もそう思うだろう? “老師クルーゼ”」

 

クルーゼ『ああ、その通りだ。我が真なる盟友よ』

 

アスラン「なっ!? クルーゼ隊長まで・・・っ!?」

 

クルーゼ『素晴らしい・・・素晴らしいぞアスラン・・・。私は今までずっと怯え続けてきた死の恐怖から解放されることができた。死への恐れという苦しみから救われたのだよ。

 ・・・生命はしょせん空しい夢。生の後にくる死こそが永遠。

 人は死ぬ、獣も死ぬ。草木も死ぬ。大地さえも死ぬ。――だから、知るッ!

 世界のすべてを支配するのは死の力に他ならない事をッ!

 抗うだけ無駄だったということをなァッ!!』

 

 

 

 

 

―――意外とあり得そうな展開ではあった、平成ガンダムキャラたちの言い分と、Ⅶ以降のFF敵キャラたちの思想との相性に、ちょっとだけビックリでした。



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伝説の勇者を否定する伝説 2章

出来たはいいけど納得いかなかったため出さないでいたのですけど、他の作品も含めて更新できそうなメドが立ったため、切っ掛けとして投稿しておくことにしました。
自分の気持ちを切り替える用みたいなものですけど……他の作品の更新で挽回したく思っております。

*タイトルを書き間違えてましたので直しました。


 彼の母親は優しい人だった。

 好きな人と引き離され、奪われて捨てられて、寿命を削りながら彼を守り続けるだけの人生を送った人。

 それでも彼女は微笑み続け、最後の時まで微笑み続け、目の前に迫る死がどんなに怖くても、愛する息子の前では優しい微笑みを彼に向け続けてくれて、自分のことを『優しい子だ』と言ってくれた、本当に心優しい傷だらけのお母さん。

 

 普段、彼が彼女のことを思い出すことはない。“忘れていないこと”を知られてしまえば命が危うくなる立場に彼は在り続けてきたからだ。

 母の亡骸の前で誓った約束を果たすまで、殺される訳にはいかなくなった彼は、普段は母のことを覚えていることを知られないため忘れ続ける義務を自らに課していた。

 

 にも関わらず、普段は思い出すことのない母親との思い出を今このとき思い出してしまったのは、きっと彼があまりにも母親と“全く違いすぎているからだ”と、なんとなく彼はそう思っていた。

 

 

「え、あ、シオン・・・・・・じゃない、アスタールさん!? えっと、あのその、な、なんで私の名前を!?」

「シオンでいいよ。僕は一応、この学校のめぼしい生徒の名前はほとんど全部覚えてるんでね。

 “キファ・ノールズ”。全ての学科で常に平均以上の成績を収め、おまけに明るく容姿端麗で人気が高い」

「え? いやあの・・・・・・容姿端麗ってそんな・・・ど、どうしよラグナ? 容姿端麗だって。あは、あははは」

「褒めす―――はぁ・・・。かったり・・・」

「だからそこまで言ったら、最後の『ぎ』まで言えっつってんでしょうが! このスットコドッコイ!!」

 

 褒められまくって赤くなり、まんざらでもない表情で笑いかけ、余計な言葉足らずな相方に鉄拳制裁くらわせた方だけが手を痛めて涙目になり、殴られた方は気怠げな表情と死んだ魚の眼をしたまま平然と起き上がり座り直す。

 

 そんな光景を見せつけられて、シオンは改めて自分が抱いた感想を確かなものとする。

 やっぱりコイツは、“自分の母親と全く違い過ぎている”

 

「で、提案なんだけどキファ。君は僕の下にくる気はないか?」

「へ? 下って?」

「うん。もうすぐ学院ではチーム単位で戦闘を行えるように訓練するための班分けがあるんだけど、もし僕の下にくるなら、裏に手を回して僕と同じ班に入れてあげることができる。僕と同じ班にくれば、いろいろと便利だよ?」

「で、でも、アスター・・・・・・いや、えっと、シオンは優秀な人ばっかり集めてるんでしょ? 私なんか・・・」

「そんなことはない。君は十分有能だよ。絶対後悔させないさ」

 

 言って、にこやかに笑ってみせる。笑顔を不必要なほど輝かせて好青年そのものに見える物言いをするよう意識している自分が少し嫌になるが、嘘は言っていない。

 実際キファは有能な人材であり、配下にするにしろ友になってもらうにせよ、近くに置いておきたい一人として目を付けていたのは確かなのだ。

 

 ・・・とは言え、本命を確保するためにも必要な条件という部分も否定できないのが彼の立場でもあった訳だが・・・。

 

「だけど・・・・・・」

 

 キファが、それでもためらう様子でチラチラと見る方に胡座をかいて座ったままでいる、目つきと顔色と機嫌と態度が悪すぎる少年。

 ラグナ・ミュート。彼こそがシオンにとって絶対に仲間にしておきたい本命であり――その一方で、敵から確実にそぎ取っておきたい厄介過ぎる敵勢力の一員でもある人物だった。

 

「いった方がいーんじゃねぇか? 教官共の評価とか成績とかが気になんだったら俺といるよりゃ絶対に上がるだろうし、そこら辺を治す気のねぇ俺に付き合わせるのもカッタリィし」

 

 なんてことを言ってる途中で、キファがひどく悲しげな表情を浮かべて黙り込んでしまっていたが、しかし。

 

「――まぁ、どっちにしろ俺がどう思うかなんざ気にする必要ねぇ問題なんだろ? だったら俺見て気にする必要性0以下なんじゃねぇの」

「・・・え?」

 

 思いもかけぬ言葉を言われ、驚いたように顔を上げるキファ。

 それはシオンも同様で、続く誘いの言葉をかけようとしていたところに先制され、面白そうな表情で相手を見る。

 

「誘ってきたのはアイツで、俺が誘われたがった覚えはねぇよ。全部ソイツの一存次第、ソイツに聞けソイツに。俺にどーこー言ったって意味なんざ少しもねぇよ」

 

 そんなシオンに向かってラグナは、当たり前のことを当たり前のように、当たり前のことをいちいち言わせられてることで苛立たされた気配を滲ませまくりながら吐き捨てるような口調で言ってのける。

 これにはさしものシオンも苦笑せざるを得ない。

 

「お見通しとは参ったね。いや、僕はもちろん最初っからラグナにも一緒にきてもらうつもりだったんだよ」

「ほんと!?」

「・・・・・・ダリぃ」

 

 シオンから話の続きを聞いた瞬間、キファとラグナの声が重なって、

 

「って、なんでイヤそうな顔してんのよアンタは!? すっごい光栄な話じゃない! シオンについてけば出世間違いなしってもっぱらの評判なのよ――って、聞きなさいよコラーっ!」

 

 続けてキファがラグナの否定的な反応に怒りを露わにして、ラグナは座ってた場所から立ち上がると寮のある方向へ歩き出し、二人に対して背を向ける。

 

「クソ眠ぃし、クソつまらねぇ授業も終わったみてぇだし、部屋戻って寝るわ。昨日寝てねぇから眠ぃんだよ・・・・・・」

「アンタ昨日も一昨日も一昨昨日も寝れたことなんて一度もないでしょってさっき言ったでしょうが! あと返事! シオンさんから下に来ないかって誘われたことへの返事ぐらいしてからいきないよバカー!」

 

 怒鳴り散らしながら後を追いかけてくるキファに、あからさまに嫌な顔で「ウゼ~・・・」と言ってやってから、

 

「・・・あのなぁ、だいたいなんで俺なんかを誘ってきたと思ってんだ? 俺の周囲からの評判知ってんだろ? 普通に考えろ普通に。

 成績だけのデメリット覚悟で誘った相手に、選択の余地なんざ残すと思うかぁ?」

「う・・・そ、それはまぁ、たしかに・・・・・・」

 

 その言葉に、またキファの顔が歪んで足が止まってしまうけれど、今度のは悲しみではなく気まずさだけが満ち満ちたものになっていた。

 

 たしかに普通に考えたら、どう計算したっておかしいのだ。

 ラグナは成績がドベではあるけど、実際には手を抜いてるだけなの丸分かりな学園生活送っているタイプで、やる気が全然ない癖してやる気満々の連中ができないことを平然とやってのけた見下したように「へっ」とせせら笑って去って行く。

 

 ・・・そういう、有り体に言ってイヤな奴だった。

 実力はあるけど、学園中の生徒たちから蛇蝎のように嫌われていて、彼を仲間に誘うというだけで班メンバーたちからの反発と士気の低下は避けようがない。

 よっぽどの物好きか、あるいは落第願望でもある変態でもなければラグナなんかを仲間に欲しがる奴はいないだろう。

 

 そんな奴に向かって『自分の班に来い』と言いに来たのだ。それも生徒たちが大勢残っている実践組み手の授業後に。

 ・・・・・・これで断られたら、皆からの評価落ちるだけでメリット0確実である・・・・・・自分でもそんなギャンブルする気になれないんだから、誘ったからには絶対に入れるぐらいしないと元取れないわよねぇ・・・・・・

 

「ラグナの馬鹿・・・・・・自分でそんなこと言ったら・・・・・・離れ離れになるかもって怯えてた私がバカみたいになるじゃないのよ! もう!」

「他人の口から言や、いいって問題でもないと思うが・・・」

 

 暗い表情から一転して、真っ赤に染まった怒り顔で誤魔化し紛れに怒鳴ってくるキファに対して、逆にドヨ~ンとした暗く重い空気を追加させられたようなラグナが疲れた表情で返して、シオンは思わず吹き出さずにはいられなくなってしまう。 

   

「プッ、あはは! 君たち二人は本当に面白いなぁ。じゃあキファが皆からバカって思われるようになった暁には、願わくば僕も三バカの一員に加えてもらえるかな?」

「ちょ!? シオン! それは流石にちょっとっ!?」

 

 慌てふためき、緊張とは違う意味で声が裏返ってしまったキファの行動を一頻り笑ってから、

 

「あ~、笑った笑った。――でもまぁ、うん。ラグナの言うとおり、実のところ僕は彼を誘うに当たって事前に脅迫材料を見つけ出してきてたのは事実なんだよ。

 たとえば彼が昔いた孤児院のこととか、ラグナが隠してる能力のこととか、その辺りの秘密の部分を仲間にならないなら全部ばらす、って脅せば仲間になってくれるかなと思ってね」

「き、脅迫って・・・・・・脅して仲間集めとかの悪魔じみたことは普通しないものなんじゃ・・・・・・」

「まぁ、そうかもしれないね。でも学院で行われるチーム単位での戦闘訓練は実戦を想定したものだからね。使える人材を手段を選ばず先に確保しておくのも正しい勝ち方のひとつだと僕は思うよ」

 

 キファが言って、シオンは何故だかその言葉に苦笑して、

 

「じゃあま、班分けは明後日だ。それまでに僕たちの班に君たちがこられるようにしておく。これから一緒に頑張ろうな」

 

 にこやかな笑顔で爽やかに言い切って、さっさと去っていってしまったシオン・アスタール。

 それを狐につままれたような心地で見送ったキファが、続けてラグナに尋ねようと声をかけようとし、

 

「って、へ? 結局ラグナもシオンの仲間になったってことでいいのよね? でもさっき言ってたラグナの隠された能力ってなんのこと、――っていなーい!?」

 

 そしてシオンよりも早く、とっくの昔にグラウンドを立ち去って寮の部屋で寝ようとしても寝れない不眠症の苛立たしい気持ちを加速するだけなベッドに横たわってイライラしに行ってた相方の不在にようやく気づいて慌てて後を追いかけて走り去るキファ・ノールズ。

 

 そんな平和な学院生活。平和な日常の1シーン

 キファが夕日に向かって走って行く演習場は、もう日が暮れかけていた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――かつて、戦乱渦巻いていたローランド帝国は7年前の休戦により、一時の平穏を取り戻していた。

 メノリス大陸南端に位置するローランドは、三つの国に囲まれている。

 一つはネルファ皇国。

 この国とはあまり仲がいいとは言えないが、それでも戦争に発展するほどではない。

 次にルーナ帝国。

 この国とは現在同盟関係にあり、まぁ無視してもいい相手だろうと思われている。

 

 そして問題なのは三つ目の国、エスタブール王国だ。

 この国とはもう、四世代もの長い間、延々と戦争を続けている。争いの発端はもうわからない。

 様々な問題が起きた。領土問題がきっかけだったと言われているが今はもう、やられたらやり返す。子供のケンカと同じように、その繰り返しでしかなくなっている。

 

 だからローランド帝国の国民に、戦争を知らない世代はいなくなってしまっていた。

 そう。この国には常に死が溢れていたのだ。ほんの七年前までは・・・・・・

 

 しかし全く決着がつかない戦争は国を衰えさせるもの。このままではローランドもエスタブール両国共に衰えて、他国の侵略を許し漁夫の利を掠め取られてしまうことを危惧した両国は、七年前に休戦協定を結んだのだ。

 

 そして今では打って変わって、信じられないほどの平和な日々が続いている。

 七年というのは長い。大人と違って立ち直りの早い子供たちは、戦争のことなど既に忘れてしまったと言ってもいいぐらいに、平和ボケし始めた者までいるほどに。

 

 無論、すべての子供たちがそうなるわけではない。

 戦争の記憶と重い事情を変わらず持ち続けている少年少女たちも数多く存在し、それらの認識の違いが平和な日常生活の中で悲喜こもごもの擦れ違いを発生させ続けてもいる。

 

 

 ちなみに平和ボケと忘れられぬ者たちに、どれぐらいのズレが生じてるかと言うと・・・・・・

 

 

 

「ってラグナ! あんた幾ら眠れなくて眠いからって、歩きながら寝なくてもいいでしょうが!?」

「・・・ウルセーよ、寝てねーし寝れてねーよ・・・。昨日も一昨日も一週間以上前からずっと寝れてねーから頭痛ぇんだよ・・・。寝てねぇ人間の耳元で大声出すなよ、マジウルセーからさァ・・・」

「う!? ・・・い、いやそのえっとぉ・・・と、とりあえず作戦中に寝ながら歩いてるように見られちゃダメじゃないの! 模擬戦闘はチーム戦なんだからラグナが怠けてるように見えると班長のシオンにも班のみんなにも迷惑かけるのよ!? それをアンタは本当にわかって・・・」

「――あのぉ。ちょっと私思うのですが、キファの声が少し大きすぎると思いますぅ」

「え? あ!? えっと。あう・・・・・・ご、ごめんなさい・・・」

 

 

 山を使った模擬戦闘訓練で隠密行動している最中に、いつもより声量抑えてた落ちこぼれ相手に、大声で痴話げんかを展開してしまう優等生の女子生徒がいるほどの平和ボケさ加減だった・・・・・・。

 

 

「ふぁ・・・・・・ダリぃ・・・、眠ぃ・・・マジかったりぃ・・・・・・」

 

 そして、やっぱりやる気が全くなく、協調性もなく、顔色の悪さだけは人百倍はありまくってそうなラグナを合わせた六人が、シオンの率いる彼の班メンバーたちだった。

 彼らは皆、なんらかの分野で飛び抜けた成績を持っている者だけで構成されており、小柄で眼鏡で垂れ目のファル、いつも暗い表情をしているトニー、ノリばっかりいいタイルが、今回の模擬戦でシオンが直接率いることになった最精鋭たちだった。

 

「うう~~ほんとごめんなさい」

「まあ大丈夫だよ。作戦通りにいけば、僕らは絶対負けない」

 

 小さくなって謝るキファに、最後尾を歩いてたシオンが苦笑しながらフォローを入れてくれる。

 彼には、そう言えるだけの自信と根拠があったからだ。

 

 ・・・・・・それは模擬戦闘訓練のスタート前のこと。

 戦場となる山に入る直前の人工的に作られた広場で、シオンが自信満々の表情で班メンバー全員に向かって言ってきた一言に端を発する。

 

「よし。じゃあ四時間以内に敵を全滅させるぞ」

『はぁ!?』

「・・・ふぁ~ぁ・・・」

 

 横を向いて欠伸していた一人を除いて班全員が驚いて叫び声を上げてしまったシオンの発言。

 彼が語るところによれば、山にある別のスタート地点から出発する敵チームの把握と、複数あるスタート地点のどれを使ってくるかを事前に調べてあり、あとは彼らが通る計画を立てた道で待ち伏せて襲いかかるだけでいい状況を既に作り上げてある。・・・という趣旨のものだった。

 

「ってちょっと待って!? それって、いわゆるカンニングじゃないの?」

「ああ、そうとも言うね。僕としては戦略と言って欲しいけど。でもこの授業は総合力が試される授業だろ? 戦闘をする前に相手の情報をあらかじめ調査しておくのもズルだと僕は思わないね。

 それどころか戦闘・・・いや、戦争は情報が全てを支配してると言っても過言じゃないんじゃないかな。それなら僕がやってることは正しい」

 

 自分の発言を遮って言ってきた言葉にも、臆面もなく正しいと言い切られてしまって返す言葉がなくなってしまうキファ。

 縋るような瞳で助けを求めて、横に立ちそっぽを向いていたラグナに「あ、あんたはどう思うのよ?」と尋ねたところ。

 

 

「別に。テメェらの使うルート情報油断して盗まれてるアホ共がマヌケ過ぎるだけだろ」

 

 

 と、臆面もなく正しさも必要とせず、相手の無能さを罵倒だけするシオン以上に碌でもない悪魔的発言でメッチャ非難買いまくっただけであった・・・・・・。

 

 

 結果的に当たり前のことではあったが、あっさりと決着がついてしまった。タイムは二時間と五十二分。

 シオンたちの班は敵を全滅するまでのタイムで、この授業最速タイムをたたき出す。

 

 犠牲者は一人だけ。

 敵チームの背後を取って奇襲を仕掛けようとした瞬間に、キファが余計なツッコミをしてきたラグナの後頭部に鉄拳制裁してしまったせいで、足場の悪い山の中で隠れてる最中だったことから足を滑らせ、敵の目前に姿をさらす羽目になってしまったとき、足先が木の枝に引っかかって擦りむいたことだけが、彼らの記録の汚点と言えば汚点であった。

 

 尤も。――普段から上から目線でグダグダ言ってきて見下してくる、いけ好かねぇし気にくわねぇ目付きの悪い同級生が、よってたかってリンチして半殺しにしても合・法☆にできる最高の虐めシチュエーションを与えられたことで我を忘れ。

 

 

『ブッ殺してやれやゴラァァァッ!!

 キファちゃんをテメェ一人で独占してんじゃねぇぞこのピー!(自主規制)でピー!!(自主規制)のピー!!!(自主規制)野郎めがぁぁぁッ!!!』

 

 

 と、血走った目をして“大声で雄叫び上げながら”むさ苦しい筋肉自慢の大男たちが数人がかりで押しつぶさんばかりの勢いで突っ込んできて。

 寝不足で苛立ちまくってたところに、大自然の野生動物共の鳴き声ウゼー、山の自然の臭い匂いが超ウゼー、筋肉の汗が臭ぇ、筋肉が気持ち悪ぃ、顔が気持ち悪ぃ、存在そのものが気色悪ぃ。

 

 

「・・・・・・・・・ウザ~イ・・・・・・」

 

 

 

 心底からイヤそうな声出すと同時に放たれた魔法によって、全員一度に壊滅させられ、シオンたちが奇襲する必要性すらなくなってしまっていたわけだったが・・・・・・。

 この件に対して、シオンは採点役の教官に対して、こう報告している。

 

「僕が立てた作戦だけで出来たことではありません。班メンバー全員が僕の作戦を信じて従ってくれたからこそです。

 僕一人の力では到底、不可能だったと自分の未熟さを恥じるばかりです・・・」

 

 と、全部自分の作戦だったということにして、手柄を班全員のものにしてしまったのだった。

 

「い、いいのかしら? これで本当に・・・・・・」

「いいんじゃねぇーの? 俺より弱っちい教官なんかに褒められても嬉しかねぇし、記録なんてモンをもらって有り難がる連中同士で仲良く分け合ってた方が、記録の方も喜ぶだろうよ。多分だがな。

 少なくとも俺はいらねーから、もらっても捨てるだけだぞ? 食えもしねぇし、売れもしねぇ褒め言葉や数字なんざ、もらったところでウゼーだけだ」

「アンタいい加減にしないと、その内あたしからも刺されるからね・・・? 絶対に・・・絶対に・・・・・・」

 

 

 

 その日、模擬戦闘訓練史上、最速記録を叩き出した伝説の班として学院のヒーローとなった彼らたちは、それを祝おうとシオンの仲間数十人も加わって飲み会が催され、大いに食って飲んで暴れたわけだが。

 

 どういう訳だか、キファだけは・・・・・・祝い酒と言うよりヤケ酒というか、人間関係で上手くいかないストレスを発散するため飲みまくる、仕事と生活に疲れた若い女のような飲みっぷりであったと参加者メンバーの幾人かの口から語られることになる・・・・・・。

 

 

 

 

 

つづく



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魔王学院の魔族社会不適合者 第13章

ずっと気がかりだったエロ作が更新できたことで、ようやく他のも進めることが可能になりましたので、書いてみました。
本当は単独での連作作を優先するつもりだったのですが……今作だったのは偶然ですけど完成したので更新です。

なお、長い間止め過ぎたせいで思い出すのに難儀してしまい、少し読みづらいかもしれない事を謝罪いたします。本当に申し訳ない…次はもう少し早めに更新できるよう頑張りますね…。


 サーシャ・ネクロンは幼い頃、一人きりの空間に閉じ込められて、泣いていた。

 自分ばかりが沢山いる、自分一人だけの空間に。

 

 そこは彼女の《眼》に見られて壊されることを恐れた人々にとっては、隔離施設だった。

 だが閉じ込められている本人にとって、その場所は終わることなき拷問部屋だった。

 

 どこを見ても自分がいる。ナニカを見れば誰かを壊してしまう瞳で自分を見てくる。

 他人を壊す眼をもった自分自身に取り囲まれているということは、全ての自分が自分を壊すために《眼》を向けているのと同じでしかない。

 

 やがてサーシャは蹲って生きるようになっていった。

 誰も見ることなく、自分さえ見なくて済むようになるには、膝を抱えて俯きながら、何も見ることなく生きていくしか道はない・・・・・・幼心にそう思わされてしまうほどサーシャの心は自分の《眼》によって傷つけられていたのだから――。

 

 

『貴女は・・・私の眼に見られるのが怖くないの・・・?

 私の側にいて、ずっと手を握り続けていてくれる・・・・・・?』

 

 

 ―――だからこそ、今日で最後にする。今日を最期にする。

 もう時間が無い。間に合わない。間に合わなかった。

 今までに自分が至れたゴール地点。・・・だが結局一手足りない。完成までには、今一歩近づく必要がある。

 

 儀式に必須となる媒介は、想定以上のものが手に入った。後はもう一つの条件だけが満たされれば自分の願いは、悲願は果たされることになる。

 その残り一手だけが、どうしても足りない。間に合わない。だから―――

 

 

 

「心の底からイヤだけど、イヤすぎるけど・・・・・・残りは全部、アンタに託すわ。

 儀式の完成も、私自身も、私の今までの全てを――」

 

 

 ―――そして自分がいなくなった後の、あの子を。

 あの子の側にいて、一緒に手を繋ぎ続けられる未来を。全て――――

 

 

 

 

「あっ!? どこ行ってたのよ! 突然いなくなって心配したじゃないっ」

「おや? 貴女に心配して頂けるとは光栄の至りです。さすがサーシャさん、母性に溢れてますね。・・・一部分を覗いてですけれども」

「コ・ロ・ス・わ・よ!? 次言ったら絶対殺す! ぶち殺してやるわ! 私の全存在にかけて敵わなくても絶対にねぇッ!?」

 

 認識阻害が張られた隠し部屋の中から出てきた直後に気づいて声をかけてやったと思った途端に、減らず口を返されて激高して毒舌を放ってしまうサーシャ・ネクロン。

 まったく、調子が狂わされる相手だった。

 最期の瞬間までイヤな奴として演じ抜こうと、覚悟を決めたばかりだというのに、その必要性すらないのではないかと錯覚してしまいそうになってしまったではないか。

 

 本当に・・・ナチュラルに純粋に、不純物なくコイツとは敵味方に別れて殺し合っても、大して罪悪感を抱かなくて済むような気までしてくる。

 後に残された全てを託す決意は変わっていないにもかかわらず、何故だか悪意が溢れ続けて止まらない。

 

 そういう奴なのだ。

 自分の眼を真っ直ぐ見てから嫌味を言えて、自分と同じ呪いの魔眼を持ってることを全く気にもしていない。

 視界に写るものを勝手に壊そうとしてしまう呪いの魔眼持ちと、普通に“仲の悪いクラスメイト”として接してくれた、生涯で最初で最後の“悪友”になった女の子は―――

 

 

「失礼、冗談です。実は誕生日プレゼント用にちょうど良いものを見繕って欲しいと頼まれましてね。置いてある部屋まで行って戻ってきたばかりなんですよ」

「・・・え? それって――」

 

 噛みついた直後に予想外の続きを聞かされ、一瞬だけ意表を突かれて口籠もるサーシャ。

 その一瞬の隙を突いて黒髪の少女は後ろを振り返ると、エスコートするように右手を差し出し道を空けて、

 

「さ、どうぞミーシャさん。後は貴女たちの時間です」

「・・・・・・あ・・・、うん・・・」

 

 笑顔で促され、はにかみながら黒髪の少女の背後から前に出てきたミーシャは、抱きしめるようにして胸元に抱え続けて持ってきていた、深紅の毛皮でできた織物を、ソッと自分の手から姉の手元へと差し出し、

 

「・・・・・・サーシャ、あげる」

 

 と、いつもの言葉足らずな言い方で俯きながら、だが恥ずかしそうに頬を染めた姿から内心は言葉以上に相手に伝わるような渡し方でプレゼントを手渡した。

 

「・・・・・・誕生日、だから」

「え? で、でも私なんにも用意してないわよ・・・?」

「私は、要らない」

「――――っ」

 

 妹から大好きな姉へと送られる誕生日プレゼントを送るやり取り。

 微笑ましく、そして愛らしい二人の少女たちによる心の絆。姉妹愛の強さを見ているだけで伝わってきそうな、そんな思い出に残る1シーン。

 

 恋愛小説かナニカであったら感動的な1場面として描かれるであろう、この状況の中で。

 ・・・・・・果たして、それら架空の読者たちの何割が交わされ合った言葉の一つ一つに込められていた意味の重さについて考えることが出来ただろうか?

 

 知らぬ者にとっては、感動的な絆の強さを示す場面としか映らないであろう光景。

 たとえ、その過程で未熟な魔眼が調整を誤りかけて色を変えてしまったとしても、それは感動故のものだろうと、割り切られてしまうであろう程度の舞台装置。舞台演出。

 

「ありがとう、ミーシャ。すごく嬉しいわ・・・」

 

 しかし・・・・・・

 

「一生大事にするからね。着てみても良いかしら?」

「・・・うん」

「フフ・・・ありがとう。――あ、コラ!

 レディが着替えるのよ!? 出て行くぐらいの気を使おうって気にはなれないの!?」

 

 そう言いながら、どこか固い「作り笑い」を浮かべつつ、頬を赤くして怒ったように怒鳴りつける「演技」をして―――ようやく舞台は整い終わる。

 

「え? 服の上からローブ羽織るのに、わざわざ着替えるため脱衣するつもりだったんですか・・・? ――ひょっとして妹からの思いに答えるため禁断の恩返し方法を実行する気だったりとかは―――」

「す・る・わ・け・無いでしょうがこのアホウ――ッ!? いいから出てけェェッ!!」

 

 真っ赤になりながらの怒声によって追い出されるように(と言うか完全にその通りだったのだが)出てきたばかりの隠し部屋へと戻らされて、「妹と二人きりの密室」から追い出されていく黒髪の少女。

 

「・・・アノス」

 

 そんな彼女にお礼を言うためか、頬を紅潮させながらサーシャの元からミーシャが戻ってきて声をかけ、

 

「・・・喜んでもらえた、アノスのおかげ。ありがとう・・・」

「“喜んでもらえたこと”を感謝するのでしたら、貴女自身にどうぞ。ミーシャさん。

 数ある中から貴女が選び取ったプレゼントで喜んでもらえたなら、それは貴女の手柄です。私のじゃありません。

 あの法衣を差し上げたことに対する感謝でしたならば・・・・・・まっ、そのうち本当に言うべき相手のことも含めて教える日が来るかもしれません。その時まで取っておいて下さい」

「・・・・・・え? うん、アノスがそう言うなら」

 

 一瞬だけ相手が何を言っているか分からずキョトンとした表情を返したミーシャであったが、その後すぐ黒髪の少女に対する信頼が勝ったのか、二心のない微笑みへと表情を戻して相手を見つめる。

 

 そして直後――わずかに意味深な色を込めた感情と声音で、小さな声で相手が呟く言葉が鼓膜に届くことになる。

 

「―――それにまぁ、まだお礼を言うには早いかもしれませんのでね」

「え・・・・・・?」

 

 訳が分からず問い返したミーシャの前で扉が閉まる。

 疑問は解けなかったが、それでも今は気持ちが勝る。理性よりも感情の方が勝っている。

 そして再び姉の元へと戻っていって、着替えを手伝う。当然だ。

 

 ・・・・・・“残り少ないタイムリミット”で、姉と共に嬉しい気持ちと一緒に過ごせる時間は後わずかしか与えられていないのだから・・・・・・

 

「?? 何を笑っているの?」

「・・・・・・嬉しいから」

「え・・・?」

「・・・・・・今日が人生で一番、嬉しい日・・・・・・」

 

 どんなに人を信じたがらない者でも、本心から相手がそう思っていることが分かる、あるいは本心から思っているのではないか?と疑ってしまうほどの利害損得を度外視した、自分のためには損にしかならないはずの純然たる姉への好意。

 

「そう・・・それは本当に―――」

 

 

 それを聞かされたサーシャは、本心から思っている言葉と共に“妹のために用意していたプレゼント”を隠していた懐から取り出して、妹の誕生日プレゼントとして躊躇うことなくスッとさし出す。

 

 ――ああ、全く。本当によかった。

 貴女がそういう事ができる、出来てしまう女の子で本当によかった。

 

 そう思いながらスゥッと――――相手の心臓近くへと、誕生日プレゼントとして用意しておいた、魔力の籠もったナイフを刺しだし、突き立てながら―――サーシャは呟く。

 

 

「―――よかったわね」

 

 

 と、感情の全てを殺した声と表情で冷たく言い捨てる。

 愛情も好意も、憎しみも憎悪さえも感じさせない、ただ冷たいだけの声と口調で、憎しみさえも通り越した無感情だけが伝わる『作り無表情』を浮かべながら。

 

 サーシャの顔は、無感動な無表情を浮かべて、心で泣いて笑って激怒して憎しみ抜いた。

 

 こんな結末しか与えてもらえなかった不幸な自分たちの運命に。

 こんな形でも救うことが出来る可能性を与えられた自分の魔力に。

 こんな悲しい運命を自分たちに与えて産み落とした親と世界に。

 こんな素敵な妹と出会って、妹のために身を捧げられる運命を与えてくれた親と世界に。

 

 何もかもが矛盾する。

 整合性なんか取れやしないし、取ろうとする意味も無い。

 

 もうじき消える。消えて無くなる存在に整合性なんて取れようが取れまいが―――自分のやることは何一つ変えてやる気なんて最初から少しも無かったんだから―――

 

 

 

 そして・・・・・・

 

 

「あらァ・・・・・・もう出てきちゃったの?」

「・・・ふむ」

 

 キィィ・・・と重い音を響かせながら隠し扉が再び開き、中から舞い戻ってきた少女に向けてサーシャ・ネクロンは、人生最期の大一番で最高の演技をしようと露悪的な笑みを浮かべて言い放つ。

 

 ―――足下に、魔族でもなく人間でもない出来損ないの人形が、右胸にナイフを突き立てられて血を流している姿で倒れさせ。

 自分の頬には、法衣には、返り血を浴びた血痕の後が生々しく付着したままの恐ろしい姿を見せつけながら。

 

「・・・状況を説明して頂いても宜しいですかね? サーシャさん」

「フフ・・・男でもない貴女って意外と単純な性格をしていたのね。ちょっと優しい顔して接して上げただけでコロッと騙されるんだもの。

 ぜ~~んぶ、ダンジョン試験で1位になるためのお芝居に決まってるじゃない・・・♡

 この私が本当に、こんなガラクタ人形と仲良くしたいとでも思ったァ?

 誕生日プレゼントなんて本当に―――反吐が出るわッ!!!」

 

 

 吐き捨てるように罵倒して、見下して。

 自分の美貌を自覚して、相手からの好意を得るのに利用して、利用価値がなくなったら家族さえも切り捨ててしまえる。

 女として、最低最悪の悪女として、悪女らしく、『純粋で優しい女の子だったなら』絶対に大嫌いだろう人物の演技をしながら、

 

「――あらァ? まだ息があったのォ? しつこいわね。

 私に利用されるためだけに生まれてきた人形のくせに。

 使うだけ使って、ボロ雑巾のように捨てられる、哀れで惨めな魔法人形でしかないくせに。

 ねぇ、まだ生きてるんでしょ? どーせ最期だから言っておいて上げるわ。

 私ねェ、何度騙されたって、そうやって信じてくる貴女のイイ子ぶりっ子なところが――」

 

 本心からの思いを込めて、“妹”を最大限罵倒して悪意をぶつけるミーシャの姉、サーシャ・ネクロン。

 ああ、全く。本当にその通りだと心の底から、そう思える。嘘偽り無く心情の籠もった言葉で罵倒できるほど心底からそう思う。

 

 貴女のイイ子過ぎるところが嫌いだと。

 騙されても信じ続けるところが大嫌いだったと。

 

 ・・・・・・もしも、そうじゃなかったら自分は貴女を平然と見捨てて、自分が生きていくことに何の罪悪感も抱かなくて済んだのに。

 

 もしもミーシャが、生まれの不幸を理由にイヤな奴になってくれてたなら、平然と生け贄の人形に使い捨てられたのに。

 もしもミーシャが、姉に使われて捨てられるため、親によって作られた魔法人形でしかない自らを呪って、騙されたと自分のことを罵倒してきてくれたら――「自分だって同じだ」と罵倒し返して使い捨てる道もあったのに・・・・・・。

 

 

 だが、もう遅い。自分にはもうミーシャを犠牲にして自分だけが生き残れる今後の人生なんて辛すぎるし、イヤすぎる。

 たとえ妹に同じ苦しみを与えるだけだったとしても、自分にはそんな運命はもう耐えられない。今の自分には絶対に無理だ。

 

 だって私は―――貴女ほど勇気もなければ強くもないのよ・・・・・・誰かに大して自分の思いを正直に伝えられる強さなんて、「嘘吐きサーシャ」には最初から持てたことなんて一度も無いのだから。

 

 

 だから――――だからこそ、主演女優登場のときだ。

 

 

 

「私ねェ、何度騙されたって、そうやって信じてくる貴女のイイ子ぶりっ子なところが―――虫唾が走るぐらいに大っ嫌いだったわッッ!!!」

 

 

 

 妹を道具呼ばわりして、親に優遇してもらえて、姉だけが皇族用の黒服を着せてもらえて、他の格下でしかない生徒たちからも差別され、それを当然のことのように振る舞ってきた薄情な姉の悪女――――

 

 

 そんな横暴な姉から守ってくれる、ヒドい親から救ってくれる、哀れな女の子のために戦ってくれる王子様こそ、劇の主役には相応しい。

 性悪な姉の悪女には、王子様に退治される役こそがお似合いなのだから―――。

 

 

 まぁ、尤も。

 

(・・・・・・王子様じゃなくて、王女様になっちゃったことだけは配役ミスにも程があるけれど。

 今更どうにもならないことだから仕方がないわ。後はなんとか自分で埋め合わせなさい。

 この性格悪すぎて、なんで好かれてるのか全く私には分からないけど、ミーシャからは好かれてるらしい、素敵な素敵なミーシャにとってだけの王子様・・・・・・)

 

 

 

 そう思い、皮肉な笑みを心の中で浮かべながら、肉体の顔には凶悪な作り嗤いを浮かべさせながら、人生最期の嘘を、熱演を演じきったミーシャの姉として消えたいと願う少女。

 それがサーシャ・ネクロンの屈折した複雑怪奇な本心から願い続けてきた悲願だった。

 

 

 

 

 だが、しかし。

 それは彼女が“知らなかったから”願ってしまった幻想に過ぎなかったのが、実際の真実だったのだろう。

 知ってさえいれば、彼女は別の道を選んだに違いあるまい。

 

 なにしろサーシャが、この劇の主演に選んだ女優の少女は――――

 

 

 

 

 

「あ~、そういうのいいですから。

 三文芝居の勧善懲悪でよくある悪役っぽい演技は、ウザいだけですから。わざわざ自分が殺した相手の前で犯罪計画自白してくれる悪人なんて、現実には実在したこと一度もありませんから。

 大根役者の三文芝居は飽き飽きしてますので、ノーサンキューです。

 っつか大体あなた、そんな計画的にことを進めるため本心の怒り押し殺して、演技の作り笑い浮かべてお世辞言って媚び売るなんて器用なマネできないでしょう?

 サーシャさんは素直な女の子で、そしてスゴく単純すぎるプライド高過ぎな美少女でもある方です。計画殺人なんて向いて今せんっつーか、出来ません。不可能です。

 猿芝居はいいですから、本題に入って始めて下さい。

 ―――貴女は何を望み求めて、どのような自分好みの結末へと物語を書き換えるため、ここまで生きてきたのかという本当の計画をね―――」

 

 

 

 

 伝説に記された、勇者との最終決戦でさえ相手の調子に合わせることなく、自分の意思だけ口に出して伝えてきた、【暴虐の魔王】その人だったのだから・・・・・・。

 

 たかが子孫の一人でしかないサーシャの書いたシナリオ通りに踊らされてやる素直さなど、心優しき女の子のミーシャではない黒髪の少女には一瞬たりとも存在したことなど無い。

 

 単純すぎるサーシャとも違う。

 自分が望まず発動した魔眼で傷つけられたことで自分を殺しに来た家族や同郷の者たちを殺して「自業自得」と切り捨てて、力だけを目当てに笑顔ですり寄ってくるクズどもを殺し尽すためのデモンストレーションとして利用して、その果てに魔王へと至った少女には、そんなモノ端から持ち合わせているはずがなかったのだから――――。

 

 

 

 

「貴女の願いが運命改変だとするならば、良いでしょう。班リーダーとして手伝って上げましょう。

 運命はただ、力でねじ伏せ、従わせ、邪魔するようなら神でも魔王でも殺す。ぶち殺して座っていた玉座を奪い取り、自分の願いを叶えるため利用する。

 そうやって自分一人の野心とか欲望とか実現するのが魔王の所業というモノ。

 私は何度でも、それをやるだけですよ。それが魔王らしくて私好みですのでね」

 

 

 

 

つづく



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私、能力値にバッドステータス付与はお許しを!って言ったのに・・・。2章

また試作品集の更新なってしまう点は微妙だったのですが、書き途中だった物が完成したので投稿させて頂きました。

【私、能力値は平均値でって言ったよね!】の、オリ主版二次創作の2話目です。
原作だと触れられなかった部分について、今作主人公故の視点で描き直したバカ話を笑い飛ばしながら楽しんで頂けたら光栄です。


 前回までの、あらすじデス。手柄立てて模倣囚として神様から免罪してもらおうとレニーちゃんを探しに行ったらチンピラに絡まれて正義の女騎士お兄姉様に呪い発動現場を目撃されてしまいました。社会生命的に大ピンチです。

 お兄姉さま事件です。事件だったんです。事件解決のため多少の違法捜査は容認されるべきであると、私は平和を愛する日本国民として声を大にして言いたい。って言うか何でもいいからタステケーッ!?

 

「そうか。キミも事件を追ってくれてた一人だったんだね・・・だから情報を聞き出すために、あんな演技を――」

「はい、そうです!そうなんですよ! 誤解が解けてホント良かったです! お姉兄様もそうなんですよね!? それなら私もお手伝いします! だから先ほど見たことは他言無用でよしなに!!」  

「その呼び方は辞めようねって言ったよね!? って、やっぱり君はあの時の子かい!? あと参加希望が食い気味すぎる!!」

 

 ――前回までのあらすじの続き。・・・どうやら騙くらかせたみたいですねぇ・・・ふぅ~、危なかったー。危うく目撃者の口を封じるかどうかの選択肢が出るところでしたよHAHAHA。

 いやー、本当に・・・道の隅っこの方でガタガタ震えながら土下座して命乞いし続けてるチンピラがいる状況だと、無理やりにでもそっち持ってかないと絵図的にマジやばい所でしたよ・・・。

 最近多いからなぁ~、『被害者の心情に配慮しての裁判所が許しても厳罰処置』とかする展開って。

 ああいう法律よりも感情優先の処罰ってホントどうかと思いますよ、無罪を勝ち取りたい犯罪容疑者の心情として本当に(ガチ)

 

「・・・でも、たしかに君の演技力は役立つことが分かったし、魔法も使えるみたいだし、私には腹芸も魔法も使えない騎士だからね。君がいてくれると心強そうだ」

 

 そういう理由で、私は『チンピラたちを演技で脅して誰も傷つけることなく悪党のアジトを聞き出した尋問術の使い手』として正義の女騎士お兄姉様ひきいる誘拐犯討伐パーティーに加わることが出来たのでありましたとさ。めでたしめでたし。

 

 いや~、目撃者のお兄姉様が脳き――もとい、単純おバ――もとい、正義の熱血主人公タイプのアh――じゃなかった、お人好しな人で良かった~♪

 

「私はメイビス、よろしく頼む」

「え、えとハイ! マールです! よろしくお願いしまっス!」

「うん、力を合わせて一緒に子供たちを助け出すため全力を尽くそう。子供たちや、その家族を苦しめるなんて騎士として許せない連中だからね!!」

 

 そう言って、拳を握りしめながら夜空に向かって誓いを立てるお兄姉様ことメイビスさん。

 うん、まぁ異存はないんですけどね。ただ、さっきのピンチといいセリフといい、この人ってつくづく実力も経験もないのに正義感だけに燃えてる熱血新人女刑事タイプの人だなぁ―と。そう感じた私でしたわ。

 あの手の人たちって、腕っ節だけと大きな声さえ出せれば偉そうに見える鬼軍曹タイプなのに正義だから、ちょっと心配なんだよなぁー・・・。

 できれば、世のため人のための人助け違法捜査で、私を巻き込まないで解決してくれると嬉しいです。自分が違法捜査したときには容認させて、他人がやった時には法律違反は理由に関係なく犯罪説を説く。刑事ドラマ主人公の基本です。ご都合主義こそ正義の真実。

 

 

 まっ、とりあえずそんな感じで聞き出した情報を元に、悪党たちのアジトへGO!

 ・・・決して、犯行現場から一歩でも遠ざかりたい犯罪者心理じゃないですよ・・・?

 

 

 

 

「ここが連中のアジトか・・・・・・町外れにある倉庫を使っていたんだな」

 

 というメイビスさんが語ったセリフ通りに、悪党たちの定番アジトである、町外れにある森の中に立てられた倉庫が敵のアジトでファイナルアンサーでした。

 どこの世界でも、誘拐事件とか起こす犯罪者悪党たちのアジトって、たいがい倉庫なんですよね。不思議なことに。

 それこそ犯罪摘発側主人公にとって一番都合がいい補正なんですけど、都合いいのでオールOKです。 

 

 本格的に隠れて犯罪やるんだったら、都心の中心部とか国有地に建てられた公共施設の地下施設の方が向いてますもんね。

 サツにしろ軍隊にせよ、無制限に攻撃かけて一般市民巻き込む市街戦に発展しちゃったら困りますし、ン万人単位の一般市民を敵に気づかれずに全員避難とか無理ですし。

 なるべく多くの人を巻き込める場所にアジトを建てて、何も知らない一般市民を盾にするため、国費横領してン十億円使って施設を建てさせる。

 

 ホントの政治大物汚職事件の犯人だったら、そこまでやるんでしょうきっと。でもそれだと主人公勝てないから、負けちゃうから、強行突入しても大丈夫な倉庫がアジト。それが悪党の犯罪行為を正義が暴くストーリーの大前提。

 

 世の中は正義が勝てるように創ってもらえてる―――

 

「そほで何してやばる~?」

「・・・・・・え?」

 

 なんか背後から、妙に聞き取りづらいくぐもった声に話しかけられて、振り返った先に立っていたのが、

 

「ブァキどもがふぁんのようだァ?」

「よく分からねぇが怪しい奴らだぜェ」

 

 ドォォォォッン!!

 と、効果音が聞こえてきそうなほど強面ファンキーファッションのモヒカン肩アーマーのゴツいオジサンたちが斧持ってキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

 こっちの世界にも『マッド・マックス』の下っ端そうな悪人いたーッ!!

 (世紀末覇者より先にソッチが思いつく女主人公)

 

 見た目のインパクトで初見が超強そうなのに、いざ戦う段になるショッカーの戦闘員に成り下がる小物っぽさもサイズで再現されていい感じですよね!イイネ!(グッ!)

 

「よく分からねぇが・・・・・・怪しい奴らだぜッ!」

「どっちがだ!!」

 

 メイビスさんから悪党二人への挑発返し・・・・・・でも、たしかに!!

 夜中に倉庫の前で鎧甲冑姿の凜々しい美少女と、元貴族令嬢の夜逃げ容疑者も怪しいと言えば怪しいんだけど、それに輪をかけて怪しすぎてる等の発言者当人たちの二人組の格好!

 

 モヒカンはまだ分かるんですけど、もう一人の髪型は何!? 何ヘアーって言うんですかそれって!?

 しかも股間を局部強調したようなデザインの、ブリーフ型装甲と肩アーマーだけを装備って・・・・・・ソッチの人と思われても文句を言う資格ないのではないかと・・・。

 

 この格好で斧持って夜中に女の子に声かけて許されるのは、ドラクエ世界のエリミネーターぐらいしか――いや、やっぱり殺しそうだなエリミネーターだったとしても。どうせ敵だし。

 

「・・・・・・って言うか、そもそも何で後ろからの声かけ? 門番だったら普通は前からだし、襲撃者への罠だったら声かけないで襲いかかるでしょうし・・・ひょっとしなくても、用足し・・・?」

『ギクリ』

 

 ・・・・・・オイ。当たってたっぽいですよオイ。さっきよりもいかがわしさと気持ち悪さと近づいて欲しくなささが別の意味でパワーアップしまくっちゃってるんですけどオイ。

 

「え、えぇーッい! とにかく怪しい奴らなら殺っちまっていいんだ! 殺るかァッ!?」

「オウ! 殺ふぜィッ!!」

 

 そして、聞き取りづらい声の方の人が、この状況下に至っても斧ペロペロ続行! ある意味で貫いてますけど、そんなの貫いてどうすんの!? 逆に気になるッ!!

 

『行くぜェッ!! ヒャッハァァァァァァァァァァッ!!!!』

 

 生ヒャッハー、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━のはいいんですけど、股間が!! 身長の低さ的に相手の背丈で私たちの方へ飛びかかりながら斬りかかられると、色々と汚いモノが詰まったパンツ型アーマーの中の股間がァァァァァッ!? ギャァァァァァァッ!!!???

 

『ヒィヤッ熱チャチャチャチャチャチャぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!??』

 

 ボォォォォォォッン!!!

 

 ・・・って、アレ? なんか汚い汚物が迫ってきてたと思ったら、炎の球が飛んできて炎上してくれた? 汚物を焼却してくれた? 汚いモノは消毒、腐ったモノは焼き払え―――って、ヤバ。

 

 色々あったせいで意識が混乱してしまって、呪い・・・が・・・炎、が・・・・・・燃え・・・て・・・・・・・グ~~~~ZZZZ

 

 

「こ、これは火の魔法・・・? もしかして死んじゃ―――」

「殺してないわよ。アンタたちを巻き込まないよう手加減してあげたしね」

「っ!? 誰だっ!!」

 

 かろうじて残っていた正気の向こう側から、杖を持ってローブをまとった魔道師らしき人物が歩み寄ってくる姿が見えていました。

 

 炎のように赤い髪、漆黒のドレスのようなローブ姿。・・・うん、これはダメですね。止めにしかなりません。私の中のナニカが目覚めてナニカするのを、今の私は止めることがもうできなガガガガいい・・・・・・

 

「まぁ、子供を浚うような悪党、死んでも問題ないと思うけど―――」

 

 

 

「――やっぱ火はええのう、火は・・・・・・伊勢長島を思い出すわい、ふははははッ!

 国をかっぱらうには一番の手よ!!」

 

 

「!!! 殺すべき大悪党っ!?」

「え? あ! いや、違っ!? 演技! 演技です! 悪党たちが隠れてるかもしれないから見せつけるための大悪党エーンギです!? 私は無実です! 私はまだ何もやってなーいっ!?」

「!!!! “まだ”何もやっていないッ!?」

「ああぁッ!? またしても、しまったぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 や、ヤバい! ヤバすぎです!? 呪いに油断しすぎました! 第三者に目撃されている可能性を考えて、もっと慎重に事を運ぶべきでしたー!? 刑事ドラマの犯人によるお約束墓穴掘り真相が異世界の現場で私の手で犯されてーっ!?

 

「い、いえだからそのあのえ~~~~~とぉぉぉ・・・・・・っ、そ、そう言えばあなたは昼間会ったチッコイお子様ロリっ子魔術師さん! 奇遇ですね夜のお散歩ですか私もデス!!」

「アンタの方がチッコイって言ったわよね私は絶対に!? って言うか、その挙動不審っぷりはやっぱりアンタかい!!」

 

 失礼な言いようをされてしまいましたが・・・誤魔化すことには成功しました! やった! 結果オーライだけど結果良ければ全てよしでオールOK! 助かった~♪

 やっぱり秘密を知られたくないときには理屈じみた言い訳よりも、怒鳴り声か大声出して相手の気にしてること言って感情的にさせて話ウヤムヤが一番ですよね!! 刑事ドラマで問い詰められてる汚職政治家の大物犯人さんアリガト~♪

 私はあなたたちから受けた恩を忘れません! 自分が被害受ける側にたたない限りは絶対に! それが刑事ドラマにおけるご恩と奉公!!

 

「あ~、すまない。この子はちょっと演技力がありすぎてしまって誤解してしまったかもしれないけど、私と一緒に子供たちを助け出すため協力してくれてる良い子なんだ。

 君も子供たちを探して、この倉庫まできたと考えても良いんだよね?」

「ええ、一応ね。ソッチの奴のことも、少し認識が違ってるみたいだけど良い子だって部分は了解したわ」

 

 白っぽい目付きで睨まれながらでしたけども、摘発側から信頼得られたみたいで良かったです。事件捜査する側から個人的に人格信頼されること大事。超重要。大抵の刑事キャラは自分の好き嫌いで怪しい怪しくない決めがちなので好かれておくに超したことはないのですマジで。

 

「私の名は、レーナ。人呼んで『赤のレーナ』よ」

 

 “人呼んで”なのに自分で言ってる!?・・・ってまぁ、当然か。

 自己紹介するときに二つ名を『他人呼んで赤のレーナよ』なんて言う方がよっぽど怪しいし信憑性ないし嘘っぽいし、たぶん自称っていうか詐称だし。重箱ツッコミはやめとこーっと。

 

 

 

 

 まぁ、とりあえずそんな感じで三人目のパーティーメンバー加入。

 ドラクエ的基準だと、あと一人ぐらい入りそうですね。Ⅱだと3人だけど、Ⅴでも三人戦闘だったけど馬車あるから大丈夫。イケる。シリーズ全体で四人パーティーの方が多いからこっち基準で大丈夫。多数決は正義。

 いつの時代も自分一人より数の暴力で敵を殲滅できる方が殴り合い以外だと強い。殴り合い有りだとレッドリボン相手に一人で勝っちゃったお子様の方が強いですけれども!!

 

 

「誰もいない・・・・・・どうやら見張りは、外のバカ共だけだったみたいね」

 

 レーナさんが呟いて、たぶん違うんだろうなーとか思いつつも何も反論することなく無言で追従する私。容疑者候補は肩身が狭いのです。

 

「ドアがある。如何にも誰かを閉じ込めてるような感じだが・・・」

 

 アイビスさんが倉庫の奥にあった鉄製の扉を発見し、とりあえず近くに見張りもいなかったので私たち三人は壁に沿って忍者走りで接近。

 扉に顔を近づけながら、漏れ聞こえてくる声に向かってアイビスさんが確認のための質問を発します。

 

「そこに皆いるかい? 助けに来たよ」

『・・・怖いよぉ~・・・・・・怖いよぉ~』

 

 要救助者の意思確認は大事です。

 誘拐事件だと思って乗り込んで暴れまくった後で、「あの人が勝手にやっただけです。私たちは何も知りません」とか言い出されても私たちの身は大丈夫なように「求められたから応じた証拠」として言質取っとくのは非常に重要。

 アイビスさんだけじゃなく、身内以外の私たち二人も聞いているので証言能力は認めてもらえるはず。それでもダメな国で相手だったら夜逃げ一択ですけれども。

 

『――はい、皆います』

「よし、今から開けるから扉から離れ・・・・・・って、あれ?」

 

 助けを求める返事が返ってきたのを確かめてからアイビスさんが扉を開けようと手を伸ばしたところで意外そうな声を上げて、レーナさんからも不思議そうに「どうしたの?」と声をかけられながら。

 

「この扉、ドアノブも鍵穴もないんだ。

 これじゃあ、どうやって開けたらいいのか・・・」

 

 困ったように呟くのを耳にした瞬間。

 私の瞳がキラーン☆と光り輝くのを、私自身が自覚しました。もしくは脳裏に「キュピーンッ!」と閃光が走るのを知覚したのです。

 

 これは――贖罪のチャンスだと!!

 

 人助けの途中で困っているヒーローを手助けするのが世の情け! 世間様に大人気の人情的で人道的な人助け手伝うよう貢献すれば、神様も私の反省の意思を認めてくれて懲役が短くなって恩赦も得られやすくなり、仮釈放とか仮出所とか、ソッチ系の温情処置を与えてあげようじゃないかという気分になるに違いありません!

 きっとそうなります! そうならなければいけません! 他の誰より私自身がそうなってくれる方が嬉しいから!

 

「魔法の扉ね。今、解錠の魔法を―――」

「ハイ! 開きましたのでどうぞ!」

「え? 早ッ!?」

 

 そうと決まれば善は急げです! 私はレーナさんが呪文を唱えだしたのを目にした瞬間に横から割って入って扉に右手を掲げ、相手が唱え終わるより早く効果が出るよう無詠唱での解錠魔法を使って扉を封印解除して詠唱途中だったレーナさんを驚かせることに成功しました!

 

 フッフッフ・・・・・・こういう時は早い者勝ちで、一刻も早く助けた方が勝ち。

 他の人でも時間さえかければ解決できた問題を、通常の手順で助けてあげたところで大した恩は売れず、貢献したと評価される度合いも小さい。

 恩を売るからには他の助けようとしてた人より先に、その人には出来ないレベルの絶対確実な方法使って違いをアピール!

 既成事実化することが重要なのですよ! 重要なのは「私だからこそ出来たのだ」と強調しながらも、表面的には謙虚さを装って押し付けがましくならないよう意識することで、好意を拒絶したときには拒絶した相手だけが悪いという風に持って行かなければいけないのです。

 

 フフフ・・・これで私の社会復帰ポイント結構な数プラスαは確実でしょう・・・このまま行けば、いずれ呪いからの完全解放も夢ではない・・・ふふふ、ハーハハハハハハッ!!!!

 

「無詠唱で魔法を使うなんて・・・あんた今いったい何を―――」

「凄いんだな君は! それじゃあ開けるよ、みんな油断しないでついて来てくれっ」

 

 アイビスさんからも絶賛してもらって、これで恩赦も確実かと有頂天になりかけてた私はホイホイと正義の女騎士様の後に続いて、犯人たちのアジトである部屋の中へと強行突入!

 ・・・なんかレーナさんが後ろの方で何か言ってた気がしましたけど・・・たぶん大したことは言ってないでしょうから多分大丈夫ですよ多分。そうでなければいけません。

 私の人助けによる恩赦を得るための戦いは、もはや誰にも止められないぃぃ―――

 

 

「おうちに帰りたいよぉ~・・・」

「君たち、大丈夫だったかい!? もう安心だからね、すぐに帰してあげるから」

 

 部屋の中に乱入した私たちは、予想外に小綺麗な内装にちょっとだけ驚かされながらも内部に突入。十数人ばかりの子供たち(全員幼女)を無事確保することに成功しました・・・・・・ってアレ? 子供たちと一緒にいた人ってもしかして・・・・・・

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「あれ? やっぱり市場で見たオッパ・・・いやさ、お姉さん?」

「――今なにか言いかけてから言い直しましたよね? 昼間に会ったときにも言いかけてた言葉と関連したことを何か言いかけてましたよね今?(メラッ・・・)」

「ヒィッ!?」

 

 こ、怖い!? このプレッシャーは間違いなく奴です! 奴が来てたのです!

 新しい環境に適応して進化した、旧人類より優れた高性能な新たな人の体の形を持つ存在!

 乳タイプは、やっぱり伊達じゃなかったー!?

 

 

 

 

 まぁ、それはそれとして敵に捕らわれながら雇われてもいたらしい、オッパイお姉さんでプリーストでもあるっぽいポーリンさんも仲間に加えた私たちパーティー(考えてみたら定番の設定の人ですよね・・・)

 

 ですが私にとっては肝心のレニーちゃんだけが、この部屋の中にいなかったことを知り、オマケに彼女一人だけボスの部屋に直接連れて行かされた可能性があることまで教えられた私的には大人しく座して待つわけにはいかず、全速力でレニーちゃんがいるであろうボス部屋目指して走り出さずにはいられなかったのでありました!

 

 だって! ここまで来て幼女見捨てちゃったら私、前世の最期と同じことした扱いになっちゃうかもしれないんですもん! 罰則として同じ呪い二つ目とか重ねがけられちゃったらイヤすぎるんですもん!?

 

 まだレニーちゃんが誘拐されたと決まった訳じゃないですけれども! 単に夜歩きが趣味でお父さんに怒られそうな今時女子高生風の幼女なだけの可能性も多分にあるんですけれども! それでも!!

 

 私は自分にかけられた呪いが、ダブル呪いに進化させられちゃう可能性があると知らされて落ち着いていられるほど今の状態を楽しめている転生者じゃありません!?

 早く元に戻りたいの! 普通の女の子に戻りたいの! 私は普通の女の子だ!女子高生だ! 水を被ったわけでもないのに人格だけ変身しちゃう呪いの身体を元に戻したくて仕方がなーい!!!

 

 

 

「レニーちゃぁぁぁぁぁぁぁッて、うえあァァァッ!?」

 

 

 ガコンッ!!!

 走って扉の外に飛び出してきたと思ったら、スポットライト――いえ、サーチライト!?

 私いま照らされちゃってません!? サーチライトに! 逃げようとしてる泥棒さんを捕まえるために夜空に姿を曝け出させる犯罪者逮捕用のピカッて光るタイーホライトにぃっ!?

 

 ち、違う! 違います! 私はなにもやっていません! ふっじこちゃ~んって叫びながら強姦目的のダイビングなんかやってません! 貴方たちの心も盗んでません! ただトラックに轢き殺される子供を見捨てただけです!!

 それだけしか、私はやってない!!

 

 

「あらあら、騒がしいと思ったら・・・・・・随分と可愛らしいお客様だこと」

 

 

 ・・・・・・あれ? 違った? むしろ言い草からして、私よりも相手の方が犯罪者っぽいような気がしなくなくもないような・・・・・・。

 

「アンタが誘拐犯のボスなわけッ!?」

「だとしたら?」

 

 おおっ!? ナイス質問ですレーナさん! これで言質が取れました! 犯人からの自白が得られたんです! これで私がこの件で罪を問われることだけはない!!

 

 ふぅ~、よかった。これで安心して事情聴取ができます。

 まだレニーちゃんが誘拐事件確定してない段階なので、この時点での見込み捜査開始は性急すぎるというもの。

 まずは誘拐犯を名乗る犯人グループから、人質の中にレニーちゃんらしき女の子がいるかどうか身柄の安否を確認するところから始めるのが、誘拐事件のセオリーというもの。

 

 コホンと。―――では改めまして

 

「貴女が誘拐グループのボスというなら、聞きたいことがあります。正直に答えて下さい。

 あなたたちが浚ってきた子供の中に、レニーちゃんという名前の女の子がいま―――」

「悪党相手は問答無用よ!」

「――え? あの、ちょ、レーナさんそれ、世間で言うところの主観的正義の断罪犯罪sy・・・・・・」

「“猛れ炎、火球と成りて”―――【ファイヤーボール】!!!!」

 

 私が犯人グループと交渉始めようとした矢先、いきなりレーナさんが前に出てきて誘拐犯たちに対して先制攻撃の火球魔法を発射してしまいました。―――って、ちょっと!?

 これマズくないですか!? ひょっとしなくても、これマズい事になったりしないですよね!?

 

 たとえ誘拐犯相手であっても、警察官でもない一般市民が逮捕権どころか処刑までやっちゃって本当に合法なんですよねコレって―――ッ!?

 巻き込まれて犯人グループの一員にされるのはヤなんですけどォォォォォッ!?

 

 

 

【刑法第60条。

 二人以上共同して犯罪を実行した者は、全て正犯とする】

 

 

 

「ふむ・・・【ファイヤーボール】じゃ」

「なっ!? きゃあぁぁぁッ!!!」

 

 ズバァァァッン!!と。相手からも同じ魔法放たれちゃって、力押しして押し負けちゃったらしいレーナさんが吹っ飛ばされて、ポーリンさんが慌てて駆け寄ってきて回復魔法で治療を開始。

 

「うぅぅ・・・。詠唱省略した魔法に、負けるなんて・・・・・・」

「カッカッカ。まだまだじゃのう、小娘よ」

 

 そして登場してきたときに、上の位置にいた敵さんたちも降りてきてレーナさんも無事。・・・よかった。

 取り敢えず敵さんも味方も、五体満足で生きててくれたら大丈夫です。回復魔法で治癒できる程度の傷なら尚更よし。証拠はなにも残らない。回復魔法は最高の証拠隠滅魔法だと私は思う。

 しかも、

 

「もう、倉庫にある大切な爆薬に引火したら、どうすんのよォ?」

 

 敵の中にもう一人いた魔術師らしい女の人が言うところによると、今レーナさんが火球の魔法をぶっ放した時には知らないまま使ってた、火で引火する爆薬まで置いてあったみたいで。

 

 ・・・やべぇ・・・本気でヤバいところでしたね・・・危うく放火罪まで追加されてしまうところでしたよ・・・。

 って言うか、この人たちと一緒に行動してると私の輝かしい経歴(自称)に、デッカい傷が自動的に追加され続けていくような気がして怖いんですけど、逃げ出していいですかね? 今度は見殺しにしちゃっても罰則転生の対象になったりしませんよね神様!?ね?ね!?

 

「魔法がダメなら! てぇりゃぁぁぁぁッ!!」

 

 そして今度は、お姉兄様が剣を振りかぶって突撃していきました。

 夜に刃物を持って、相手の家に押し入って襲いかかる人は現代日本だと通報ものですけど、中世ファンタジーなら合法です。

 

「おっと、惜しかったねぇ?」

「くっ! てやっ!! はぁぁッ!!!」

「ほぉ? 怖い怖い♪」

 

 キンキンキーン!!

 刃と刃がぶつかり合って火花を散らせながらも、明らかに弄ばれてるのが丸分かりなお姉兄様。

 敵である、寝不足っぽい目の下にクマがあるお坊ちゃまっぽい髪型の剣士さんの方は、余裕綽々って感じで捌き続けてます。・・・よし、コレなら怪我人が出なくて傷害罪は避けられるかも。

 

「何をしている! 子供相手に遊びすぎだっ」

「へいへい。それじゃ――それやぁぁぁぁぁッ!!!」

「ぐわぁっ!? つ、強い・・・」

 

 そしてアッサリ弾き飛ばされて敗退するメイビスお姉兄様。・・・よし、ここまでコテンパンにやられた後だったなら、多少の高火力魔法とか使って倒しちゃっても過剰防衛にはならないはず。

 

 まず相手に一発殴られてから倒して、『正当防衛』ってことにする。

 わかり易い悪役に警告だけして去って行って、報復で被害出させられてから徹底的に悪を殲滅するヒーローたちの常套手段を実行するためにこそ、私はレーナさんやお姉兄様が破れる姿を歯がみしながら必死に我慢して手を出すのを控えていたのですからね!

 必要な犠牲であり、無駄ではない犠牲でした!! この仇は取らせてもらいます! だからお二人は安心して私に手柄を譲っ―――もとい、傷ついた身体を癒やすための療養生活をお願いします!!

 

 そういう・・・・・・つもりでした。そうするつもりだったんですよ私は・・・。

 この後の話を聞くときまでは、私は本当にそんなつもりしかなかったんです―――。

 

 

「筋は良いが、所詮は子供だな」

「Aランク入り目前の私たちには、到底及ばないねェ」

「Bランクのハンターだって・・・!? それ程のハンターを雇って幼女たちを浚い、いったい何をする気だッ!?」

「フフ・・・・・・知りたい? 誰にも邪魔させない我が野望。それは―――」

 

 勿体ぶったような大仰な言い回しを下後。

 敵ボスさんから放たれた、恐ろしくもおぞましい、驚くべき事件の真相。

 それこそが―――

 

 

 

 

「美少女ハーレムを築く事よォォォ~~~~♡♡♡」

 

 

 

 

 

 

 ―――という、あまりにも意外性がありすぎる幼女誘拐の目的・・・・・・。

 

『『・・・・・・え?』』

「ああ勿論、愛でるだけで不埒な事なんて一切しないわよ?

 美少女同士の無邪気な、くんずほぐれずを見せてくれたりィ~♡

 膝枕して頭を撫でて、甘やかせてくれればァァ~~♡♡

 私はそれだけでイイの~~~ッ♡♡♡

 ―――そう!! 貴女のように汚れを知らない幼い少女にねッ☆☆」

 

 

 

 ズビシィッ!!と、敵の女ボスさんから指差されながら指名されていた時。

 私はもう既に、彼女の話を聞いていませんでした。聞くことができない精神状態になっていたからです。

 女ボスが語ってきた話の内容は。私の精神をそこまで追い詰めるのに十分すぎる程の効果と意味を持っていたのです・・・・・・何故ならば。

 

 もし、彼女の言った内容が全て本当だった場合。

 女ボスが率いている敵の一団は、ほぼ確実に間違いなく。

 

 

 

 

 ――――――無・罪――――――――

 

 

 

 ノット・ギルティーほぼ確実な犯罪未満か未遂か、やってたとしても軽犯罪ぐらいしか適用されない範囲のことしか犯していないという、正しきYESロリコンノータッチを守っている模範的なヘンタイ淑女さんに過ぎなかったという事実のみ・・・・・・。

 

 

 翻って今の私たちは―――。

 

 夜間に個人所有の倉庫に押し入り、不法侵入して負傷者多数。

 器物破損、器物損壊、騒乱罪、放火未遂と、数え上げたら間違いなく敵さんたちより多くの罪を犯してしまったことが確実すぎる、少年犯罪者グループに今の私たちはなってしまった後になっている訳で・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・ふふ・・・・・・ふふふふふ・・・・・・あははははは」

「くっ! どうすれば――って、ま、マール・・・?」

「な、何故なんでしょう・・・? マールさんを見てると震えて止まらなくなってしまってる・・・?」

「な、なんなの!? この急に漂いだした凄まじい程の魔力は―――って、ええぇッ!? ちょ、嘘でしょ!? コレってまさか可視化できる程の魔力なんじゃないのッ!?」

 

 お姉兄様が、ポーリンさんが、レーナさんが。

 口々に何か言ってきているのが聞こえましたけど、私には何も聞こえません。なにも聞きたくありません。

 ただ0からやり直したいです。もしくは0になるまで何もかも綺麗サッパリ無くしてしまいたいです。

 

 ―――そうですよ。そうすればいいんですよ。犯罪現場なんか残しておくから、証拠探しなんていう犯罪捜査で足がついちゃうんです。

 証拠なんて、何一つ残さないためにも現場ごと吹き飛ばすのが一番です。現場ごと消えてなくなれば、事件なんて在ってもなかったのと同じ事。殺された死体が見つからない限り、幾ら人が殺されても殺人事件が起きることは決してない・・・・・・それこそが合・法――。

 

 

 

「ふふふ・・・・・・フフ・・・・・・・・・ほーっほっほっほっほ!!

 まさか、こんな結果になろうとは思いませんでした。初めてですよ、この私をここまで追い詰めたおバカさんたちは。――許さん。

 絶対に許さんぞ虫ケラ共ッ!! 一人たりとも逃がさんぞ覚悟しろォォォォォッ!!!」

 

 

 

 純粋な悪の怒りによって、普段は押さえ込んでいる私の本当の力を一部だけ開放して、呪いの暴走に身を委ねることを覚悟するッ!!

 

 

「なっ!? なんだこの異様な気配は! コイツ、本当に子供なのか!?」

「や、ヤベぇ・・・コイツ絶対にヤバイ―――ヤバすぎる!? Bランクの俺たちが、こんなっ」

 

 

「Aランク寸前? まぁ、この国のハンターなら、こんなもんでしょう。

 私にとってはゴミみたいなものですがねェ。ほーッほッほッほッ!!」

 

 

 ――私は腰の後ろに腕を回して組みながら、小っこい背丈で見た感じあんまり強そうに見えないけど、最強の力と傲慢さを生まれ持ったチート転生者という存在を体現したようなキャラクターの人格を模倣した呪いを体現。

 

 後から考えたら絶対に後悔しまくること確実な人選だったのに、今の私は気づきませんし、気づけません。綺麗サッパリ全部無くして厄介事の種を消し飛ばしてしまえるなら、それでいいやーって気持ちに身を委ねてしまってる今の私には、このトンデモナイ御方を否定できる程の倫理観はなーんも残っている訳もなし。

 

 序盤のよくある子悪党レベルの敵相手に出てきていい存在じゃない悪の帝王様を、こんな場面で使っちゃっていいのかとかさえ頭には沸かず・・・・・・ただ煩わしい存在を消してしまいたい。それだけ。

 

 

「なるほど。確かにコチラの仲間達とは、まるで違う実力を持っているようで驚きました。素晴らしい戦闘力です。

 さすがはAランク寸前というだけのことはありますねぇ、部下に欲しいくらいです・・・・・・が。

 参考までに、これから貴方たちが戦おうとしている私の魔力数を教えておきましょうか。

 私の戦闘魔力数は、平均的な魔術師たちの―――約53万倍です」

 

 

 余裕な態度と偉そうな仕草で挑発しながら宣言をする、呪い開放レベル第二段階ぐらいな状態にある私自身。

 

 もともとチート転生者って、現地人基準では似たようなモンですしね。

 チート生まれ持たされて別人に生まれ変わった元凡人主人公って、意外と傲慢で見下すこと多くなるヤツ多いですもんね。

 

 露骨に正直に暴露し過ぎちゃってもいいって事に―――普段だったらならないって事ぐらい分かってたはずなのに~~~~~~~ッッ!!!????

 

 

 

「く・・・っ!? おい、ワシに合わせるのじゃ! 攻撃される前に先手を取って押さえつける!」

「い、言われなくても分かってるわよ!! 行くわッ!!」

 

 

『“猛れ炎、火球と成りて”―――【ファイヤーボール】!!!!』

 

 

 二人のBランクハンターたちが、詠唱を省略して放てる魔法を、わざわざ詠唱して威力を上げてまで攻撃してきた二つの火球。・・・・・・ですが。

 

「・・・・・・」

 

 私が、スゥゥ・・・っとゆっくり持ち上げた右手の人差し指に作り出した、小さな小さな火球が現れた途端に軌道を曲げて吸い寄せられるように二つの火球は一つの火球に当たって消滅させられ、空しく弾き返されて。

 

 

『ば、バカな・・・・・・こんな事がある訳がな―――――』

 

「カ――――――ッッ!!!!!」

 

 

 そして奇声を一声。

 人差し指を、クイッと曲げて誕生させた火球を放ち。

 悪党たち(っぽい人たち)に向かって、ゆっくりゆっくり近づいていきながら全てを飲み込んでいき、悲鳴と雄叫びと命乞いの叫び声を途切れることなく延々と夜空に向かって轟かせ続けながら。

 

 私もまた笑います。笑い声を上げます。嗤い続けました。

 ああ、これでやっと怖さから解放されることができる。恐れ続けた存在を、この世から消滅させる事ができるのです。

 

 ・・・・・・普通に考えれば出来るはずないんですけど、増えるだけだと分かりそうなもんだったんですけれども。

 この時の私は気づきませんでした。ただ酔ってました。酔い痴れてました。

 ―――別名を、現実逃避と言うのかも知れませんでしたけれども。

 

 

 

「ホーッホッホッホ!!

 ご覧なさいポーリンさんレーナさん! 綺麗な花火ですよ!!

 ほーっほっほっほッ!!!!」

 

 

『『『・・・・・・・・・う、うわぁぁ・・・・・・』』』

 

 

 

 

 こうして色々あった末に倉庫の壁ぶち破って、犯人たちが悲鳴上げ続けてたって事は殺すことなく生かし続けるため手加減してたっていう証拠として認めてもらえる可能性を激減させてしまいながら。

 

 

 私はその日が最後の時間に、その日出会ったばかりの仲間たちに向かって、この言葉だけを継げ、正義の味方の如く風のように去って行ったのでありましたとさ――――

 

 

「・・・・・・こ」

『こ?』

 

 

「こ――――これで勝ったと思うなよぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!??」

 

『なにがッ!? そして逃げたァァァァァァァァァァァッ!!??』

 

 

 

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダ―――――――ッ!!!っと、全力ダッシュでその場を走り去る日本人らしい選択肢!!

 日本人だから逃げますとも! 義務や責任からは全力逃走して自己正当化に走りますとも!!

 日本人とは逃げてナンボ! 逃げたことからも逃げ続ける!! それこそ現代日本人の生き様よォォッ!! 

 逃げるは恥だが役に立つ!! 私は日本人として過ごした時間で学んだ全てを、この異世界で生かすため決して忘れることはない!!

 

 

 

「悪を倒した正義の味方は、必ず素顔と名前を知られる前に逃げ去って、正体隠して日常生活に潜伏して凡人を装い擬態する!! それこそが悪を倒す正義の味方! 私はそれをやっているだけ! 決して決して犯罪者だから現場から遠くに逃げたいだけじゃないもん!!」

【――まぁ色々とツッコミどころはありますけど、今更だから置いておくとしまして。

 それより逃げ去った後の犯行現場に、あの方々を放置したままで良かったんですか? マール様】

「大丈夫だよ! 問題ないわ!! 根拠はないけれども!!」

【今、なんか立ちませんでした? フラグ的ななにかみたいなものが。もしくはボキリと折れる感じで】

「ハッキリ言わないでよ!? 誤魔化してよ!取り繕ってよ!? 正直者はバカを見せられるから嫌いなのよ―――ッ!!! うわぁぁぁぁぁッん!!!!(ToT)」

 

 

 

 こうして夜の森へと泣きながら走り出す、勝利を得たはずのチート罰則転生者が一匹。

 そこ! 人生負け犬ルート1直線とか言わない! 現代日本人の正直者は救われぬ!!

 

 

 

つづく



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短編【不思議の国の不気味な場所のセレニア】

家族が見ていたディズニー映画【不思議の国のアリス】をなんとなく横で見てたら、何でか知りませんけど関連づいてるような気がしてしまい、気付いたら書いてしまってた【不思議の国のアリス二次作】……になるのですかな…? コレって…。

出すか否か、かなり迷ったんですけど他に使い道がな~んも思い浮かばなかったため、取りあえず出すことにしてみました……不快だったら言ってくださいませ。すぐ削除しますから。
…ホントなんで私は、こんなモン書いたかな…? ときどき自分が分かりません…。


 

「ここは・・・不思議な場所に来たものですね。これはこうと決まってるものが何一つ無い」

 

 森で奇妙なウサギを見かけて、興味なかったはずが妙に引き寄せられるような引力を感じさせられ、催眠術にでもかかったように付いて来てしまった場所へと降り立ち。セレニアは途方に暮れていた。

 途方に暮れてても、表面上は普段と変わらず見えてしまうから助けてもらえない、損なタイプの迷子になる女の子ではありましたが。

 

「さて、どうしたものか・・・って、ん? あれはチョッキを着て時計を持ってる変なウサギさん・・・」

「大変大変! このままではパーティーに遅れてしまう! 遅刻しそうだ! こっちはどうもサヨナラって言う暇もない!!」

「ふむ? 何をそんなに慌てているのかは存じませんが・・・もしパーティーに遅れそうだからという場合には、会場はそこにある立派なお宅ではないのですよね?」

「ダメダメダメ!もう間に合わな―――って、え? お宅? どこにそんな物が・・・って、ええぇッ!?」

 

 迷子の女の子セレニアに言われて最初は無視したウサギさんが、ふと疑問に思って周囲を見回してみると、なんと驚いたことにウサギさんの隣には立派な一軒家のお家が建っているではありませんか! 一体どうして? さっきまで、こんな物はなかったはずなのに・・・

 

 

「どうです? 良いお宅でしょう」

「わっ!? アンタ誰!?」

「私は、こちらの家の持ち主である老人と親しい知人で、今日は泊まらせてもらっていた者です。私のことは近所の人たちも、よく知っていますので怪しまなくて大丈夫ですよ」

 

 そう言って朗らかに笑う、真面目で善良そうなスーツ姿の中年男性。

 見ると周囲には何件かの家が、いつの間にか建っていて、まったく怪しい所のない男の態度が、むしろ怪しく思えてくるぐらいに周囲から浮いてしまうほど“一人だけ普通すぎる”人物でした。

 

「――と、こうしちゃいられない! しっちゃかめっちゃか遅れてしまった! 遅刻遅刻ーっ!!」

「――ッ!? そ、それは・・・っ。その音は……!?」

 

 奇妙な事態に困惑していたウサギさんでしたが、自分がパーティーに遅れそうだったことを思い出し、チョッキの中から“懐中時計”を取り出して文字盤の針を見て慌てだした次の瞬間。

 

 ―――男の態度が、一変し初める。

 

「こ、この音は・・・懐中時計を木綿の布に包んだときのような、低く、鈍い、この音は……っ」

「え? ちょっと? なに言ってんのアンタ大丈夫?」

 

 ―――チックタック、チックタック、チックタック―――

 

 一定のリズムを刻みながら聞こえてくる、大きくなることも小さくなることもない、同じ音の大きさしか響かせることの出来ないはずの、懐中時計の針が時を告げるために刻む音。

 

「・・・どんどん、大きくなってくる・・・っ。このままでは隣の家まで聞こえてしまいそうな程に・・・っ! 頭がズキズキして耳鳴りのような感じまでしてくるほどに……!!」

「え? いや、普通にさっきから同じリズムで動いてるでしょコレ? 壊れてませんよね? ちょっとアンタ、人の話聞いてます?」

「にも関わらず、この人たちには聞こえていないと言っている・・・、私が喚き、怒鳴っても聞こえてしまうほど大きい音なのに! ドンドンドンドン大きく! 大きくなっていく音なのに! それでもこの人たちは、なぜ楽しそうに笑っているんだ!?」

「いや、笑ってないからね!? 慌ててるからね!? 懐中時計が壊れてたらパーティーの時間が分からなくなるから驚き慌てて怒鳴ってるからね!? さきから私はず~~っとね!!」

「しらばっくれるのは、やめてくれェェェェェッ!!!」

 

 男はついに、もう我慢できないとばかりに怒鳴りました。

 驚愕と恐怖に引きつった表情で怒り狂い、感情の赴くままにウサギさんと迷子の少女に聞こえるように、近所の人たち全てに轟き渡るような大声で怒鳴り散らしました。

 

「殺ったのは私だ! 聞こえているこの音は、私が殺したジジイのおぞましい心臓の音だァァァ!! 私がジジイを殺して死体をバラバラに切り刻んで、この家の床下に埋めて隠したんだッ!!!!」

「なに言ってんのアンタ!? ちょっと! 気は確かなの!? 正気なの!?」

「どうして私の頭がおかしいだなんて言うんですか!? 感覚が鋭くなって、天国の音も地上の音も全部聞こえてました! 地獄の音さえも!! なのに私の頭がおかしいはずがないでしょう!?」

「言ってる内容が完全に頭がおかしい証拠でしょう!?」

「―――ハッ!? あ、あなたの・・・・・・その目は! その青い眼は―――!?」

 

 自分の正気を分かってもらおうと、ウサギさんの顔に自分の顔を間近まで近づけて見つめ合って怒鳴り合った瞬間。

 

 ―――男の目はハッキリと、ウサギさんの目を見ました。見つめてしまいました。

 そこに見てしまったのです。

 

 “あの眼を”

 

 老人のことが嫌いではなく、むしろ好きだったにも関わらず、どうしようもない殺意を感じて耐えられなくなってしまった……

 

 “あの眼を”

 

「まるでハゲワシのような、青くて薄い膜がかかったような眼・・・・・・っ。

 見られると、いつもゾッとしていた、あの眼だ・・・・・・!!!

 私が老人の息の根を止めて、永遠におさらばしたいと思うようになってしまった・・・・・・あ、あの眼が、私のことを見るために見開いて・・・!? うわぁぁぁぁぁッ!! もう殺るしかないぃぃぃぃッ!!! ワァァァァァァァァッ!!!!」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!???」

 

 

 昼日中の森の中で見つめ合い、互いに互いを恐怖し合った一人の男と一匹のウサギさんは駆け出しました!

 

 ウサギさんに怯える、男。

 男に怯える、ウサギさん。

 

 男は恐怖心からウサギさんの首を絞めて殺してしまおうとウサギさんを追いかけ始め、ウサギさんは自分を殺そうとする男への恐怖心から一目散に森の奥へ奥へと走って逃げ出していきます。

 

「ふむ・・・思うに彼は『告げ口心臓』の主人公である「私さん」ではないかと推測されます」

「誰よアンタ!? そしてそれは何!? 何の話!?」

「19世紀イギリスの作家エドガー・アラン・ポーの作品で、推理小説家として有名な人なんですけど、実際にはホラーや冒険小説など色々書いている人で、その作品の一つがあんな感じのことを言い出す主人公だったような・・・そんな記憶があるような無いような。英語で書かれた小説を現代日本人が翻訳した代物でしたので、果たして原文通りなのか否か判断しようがなく・・・・・・」

「どーでもいいから助けなさいよアンタ!? っていうかコッチが全力疾走してるのに、なんで平然と説明しながら付いてこれてんのアンタ!?」

「さぁ・・・・・・?」

 

 

 知らない知らない、誰も知らない。迷子の女の子自身だって想像すらしたことがない。

 不思議な世界にウサギさんが迷い込ませてしまった迷子の迷子の女の子によって、不思議で奇妙で不気味な物語までも、不思議の国の色々な場所に迷い込んできてしまったことを・・・・・・今はまだ、誰一人として知りはしない・・・・・・。



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第14章(リメイク版)

 聖女姉妹の末っ子ルナ・エレガントが(半強制的に)仲間に加わり、交易の街ヤホーにある高級宿屋ググレに宿泊して、美少女二人と(ヒンヌーだけど)一つ屋根の下で一晩過ごして夜が明けた翌日の朝のこと。

 

 見た目は美幼女エルフ、中身はオタクな馬鹿エルフの姿は美少女たち二人に挟まれた「川」の字の真ん中にある一番短い棒になってる場所にはなく、とある店舗にまで出向いてきていた。

 

「ほほぅ? 都市国家の先にある、海の向こうの品ですか・・・・・・」

「ええ、由緒正しい伝統ある品です。私たちの国では風流を介せることが尊ばれ、皆そろって《ワビサビ》という文化が重んじられているのです」

 

 手持ちの金が少なくなったので補充しようと、骨董商にアイテム売りに来てたのである。

 今のところ軍資金と旅費に不足はないし、ルナから奪った金も結局返さなかったので、しばらくは大丈夫だろうと思ってはいる。

 とはいえRPGにおいて、金というのはいつ何時ポケットマネーの即金支払いで大金求められるか分からないものであり、そういう時に限ってレアで高性能な現時点では入手できない高ランクアイテムが売りに出されてたりするものなのである。多く保持していて困るということは多分あるまい。

 

「そして今日は祖国より、最も価値の高い品をお持ちしました」

 

 そう言って、見た目だけは神秘的な美しさを誇る美幼女エルフが取り出して、店のカウンターに置いた工芸品。

 

 

 

【18/1 ガ○ガ○魔王くんフィギュア(☆全身78カ所可動)】

 

 

 

 ・・・・・・なんで自分は、こんなもの売りに持って来ちゃったんだろうか? 他にも売れそうな品は、まだあったはずなんだけれども・・・・・・バカすぎる魔王繋がりの呪いだったらイヤすぎる・・・。

 ともあれ、持ち出してしまった以上は押し切るしかない! 後には退けなくなってしまった背水の陣の心構えで商談に望もうと決意を固めた、まさにその時!!

 

「お、おおォッ!? この人形は・・・・・・なんという凄まじい完成度ッ!

 しかも腕も足も肘さえも動かすことができるのに、使われている素材は絹のような柔らかいものではなく、硬質な金属を組み合わせて造られたもの・・・これぞ、まさに工芸技術の極みと呼ぶべき至高の逸品!!」

 

 ・・・・・・と、相手の方が勝手に過大評価してくれたので必要なかったみたいですね。肩すかしだけど、良かった良かった。

 

 元々この骨董商『ナンデン・マンネン』は、この街で長く美術品を扱ってきた大手の美術商で、骨董商の常識として独自のツテを多く持っており、昨晩レストランで聖女ルナ(と思しき人物)と相席することになった謎の美少女たち二人組のことも当然聞き及んでいる。

 

 そんな相手から、見たことも聞いたこともない素材で造られた、作り込まれた甲冑姿でありながらも動きを妨げない高い技術力を誇り、独特なデザインの甲冑を纏った異国の剣豪をリアルに再現しようとした作り手たちの腕前までもを見せつけられては、未知の連続に珍しい物好きの好事家たちを多く常連に持つマンネンとしては絶賛するしかない。

 

 また、聖女ルナの知り合いならば、信頼性の担保もある。価値が一定しない美術品などの取引では信用がないのとあるのとでは大違いであることを考えれば大きすぎるメリットとも言えただろう。

 

 ・・・・・・まぁ、『骨董商だから日本の鎧っぽい置物を置きたがった』とかの理由である可能性も0ではないのかもしれないが・・・・・・高く売れそうなのでツッコまないでおくのが吉だろう。都合のいい誤解なら、解かない方が得なのだ。だからツッコまない。それが馬鹿エルフの生きる道。

 

 

 

 

「いや~、思いもかけないほど高値で売れて良かったですよー♪

 もっとも《ゴッターニ・サーガ》と通貨が全然違うから、本当に高いのか易いのか全くよく分かりませんけれども~☆」

 

 適当に手に入れた金の詰まった袋を片手でポンポン弄びながら、ルンルン気分で宿屋までの家路を急ぐエルフ格闘家のナベ次郎。

 見た目的には見ているだけで心癒やされる美少女が、心底から嬉しそうな笑顔で踊るような足取りとリズミカルな歩調で歩む様は、妖精たちが森の広場でパーティーをしているかのような幻想的な雰囲気さえ感じさせるものがあり、耳目を引きつけてはいたのだが言ってる内容はろくでもないのは何時ものことである。

 

「んー、しかし本当に“この国”には雨があんまり降らないんですなぁ~」

 

 スキップするような足取りで帰路についている途中で、ふと空を見上げてナベ次郎は小さく呟く。

 昨日の夜、寝る前にルナから聞いた話によれば聖光国の風土は、あまり雨が降らない土地柄らしい。それが原因で農業やら干ばつやらと様々な苦労と問題が起きているらしいのだ。

 

 ナベ次郎個人としては、雨は嫌いではなかった。むしろ好きな方と言っていい。

 ・・・・・・降りしきる雨の中、傘も差さずに橋の上を歩くクールな主人公・・・・・・カッコYUEEE!!的な理由で憧れてたからだ。それだけが理由の全てである。

 

 あと確かルナが、《THE天使》とか《血天使》とか《死天使》とか厨二っぽいワードを幾つか言ってた気がしたけど、眠かったからよく覚えていない。

 色々と天使が多い国である。メタトロンとかいないだろうか? サキエルでもいい。ゼルエルは強すぎて勝てそうもないので、お帰り願いたいエヴァ好きの心情。

 

「さ~てと、予定外のボーナスも入りましたしアクさん誘って食事に行って、ルナさんに悔しがらせながら、“恵んで欲しければ三回回ってワンと鳴け”とか言って、からかって遊びにでもいきますかねー・・・・・・って、およ?

 なんか宿の前に団体さんが来て、騒がしくなってるような気が・・・・・・」

 

 

 小首をかしげながら、到着した宿泊先の宿屋の前に隊伍を組んで整列している、礼儀正しく統率が取れた日本の高校生の修学旅行よりかは問題起こす人少なそうな集団たちを遠巻きに見つけ出した次の瞬間。

 

 ナベ次郎の鼓膜に、“その宣言”は響き渡る。

 

 

 

 

『ルナ、出てこいっ! 三聖女が次女キラー・クイーンが来てやったぞッ!!!』

 

 

 隣町の学校からスケバンっぽいお姉さんが、お札参りのノリと勢いで乗り込んできたのである!

 

 

『ついでに魔王ってのも、いるなら出てこいや―――ッッ!!!!!』

 

 

 オマケに、妹分がやられた落とし前を付けさせるため、手下のヤンキー軍団っぽいモヒカン頭をいっぱい連れた団体さんで参上である!

 これには流石のナベ次郎も唖然として黙り込まざるを得なくなる程だ。

 

 いったい何時の時代から来た、熱血硬派な方々なのだろうか? なんとなく『マッハパンチ』とか『竜尾乱風脚』とか使いたくなるので、お帰り下さい。不良軍団は霊峰学園へ帰れ~。もしくは花園学園か熱血高校へ。

  

 

『ね、姉様・・・・・・なんでこの街に!?』

 

 そしてナベ次郎が黙り込まされてる間に、いつの間にか起きて外出してたらしいルナが、間違いなく騒ぎを大きくしそうな存在として大通りへと姿を現し、驚いた声音で再会した血の繋がらない姉へと声をかける。

 

 

 

『――シュコー! シュコーッ!!』

 

 

 

 ・・・・・・ガスマスク付けたままの姿で。

 まだ消えてない落書きを隠すための格好をして・・・・・・。

 

 聖女姉妹の次女が到着すること知らなかったせいで、書いてから三日後ぐらいに消えてりゃ問題ないだろうと計算していた、万能でも全知全能でも予言者でもないケンカ馬鹿エルフのやらかし事案が、まだ被害拡大しそうな気配をビンビンに響かせまくりながら登場してきたルナの参戦を前に、当のナベ次郎本人はといえば。

 

 

「・・・・・・コソコソ、コソコソ、逃げ出すぞっ、と・・・」

 

 とりあえずは無関係を決め込むため、フードを深く被り直して、黒いスーツでもなかったろうかとアイテムボックスを漁りつつ、輪の中心部から外側へと一旦待避。

 流石にこの状況下で、呼ばれたから飛び出しジャジャジャーン!!と参戦できる程のクソ度胸は、この馬鹿エルフでも持てていなかった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・その時より少しだけ刻を遡った、とある場所でのこと。

 街の地上部分で、喜劇的で笑劇的で吉本新喜劇的なパーティーが騒がしく起こされるため準備を進めていた時間帯にて。

 

 騒がしい表側とは裏腹に静かな、だが蒸し暑い程に情熱的な偏った負の熱情に浮かされている人々の一団が、表側には存在していないことになっているヤホーの街の裏側であり地下部分でもある隠し神殿内において密かに決起のための儀式を執り行っていた。

 

 

「・・・今し方、確認に出した者が帰ってきた。聖女たちの次女キラー・クイーンは報告通り、もうじきこの街へと到着する。確実に到着することは疑いない」

 

 神殿内の信者たちが整列する位置に並んでいた全員に対して、たった一人だけ本来はご神体が置かれているはずの場所に背を向けて、大勢の拝聴者たちのみとだけ向き合っている一人の痩せぎすな男が重々しい口調で、しかしどこか情熱的で陰鬱的でもある不可思議な声音を使って部下達に語りかけていた。

 

「我ら悪魔信奉者サタニストは先日、魔王の召喚を試み失敗した」

 

 退路を断つ程の鋭い口調によって断言する口調で彼は部下達に対して宣言した。

 彼の名は『ウォーキング』といって、サタニストの幹部でありながらも、貧乏による僻み根性に端を発した反政府組織でしかないことから血気盛んで、感情的な精神論至上主義じみた発想が強い他の幹部たちと違い、理詰めで計画を立てて計算立てて動ける数少ない頭脳派の一人だった。

 

「だが聖女が動いたならば、その行為は無駄ではなかったと言うことだ」

 

 強い口調で計画の開始を宣言して、部下達の唱和に自信ありげで不吉そうな“作り笑顔”で応じることで、暗殺に参加する者たちの士気高揚をはかる。

 

 

 ・・・・・・実のところ悪魔信奉者集団でもあり反政府勢力でもあるサタニストは、最近に起きた出来事による影響で大きく組織が揺らがされつつある内的問題を抱えていた。

 それは辺境の貧しい一農村で起きた微細な変化から始まって、徐々に周囲へと浸透していき、サタニスト組織を内部から犯されつつあったのである。

 

 格差や意見対立などはあれど智天使を信奉するという一事をもって纏まってきた聖光国で、智天使を貴族や格差を作った元凶であると否定して、天使とは正反対の悪魔を崇めるようになった集団であり、享楽的な山賊や野盗とは異なるサタニスト達にとって初めて誕生した脅威となり得る存在。

 

 それは――天使でも悪魔でもない、「新たなる魔王」を信奉する【魔王信奉者集団の台頭】という厄介すぎる事案によるものだった・・・・・・。

 

 最近になってから急に聞こえるようになった彼らの噂は、信じがたいものばかりでありながらも、サタニストを支える支持者たちにとって魅力的なものばかりだったのも事実ではあったのだ。

 

 曰く、

 

『今の社会で得た地位や財産を差し出し、魔王様に忠誠を誓えば、魔王様が納めるダイロクテン魔国において幸福で豊かな暮らしが約束される』

『ダイロクテン魔王様への祈りを捧げれば、雨の乏しい聖光国内でも無限に水を与えてもらえ、不毛の大地を緑豊かな農地へと作り替えてもらえる』

『魔王様を称える歌を唱えて魔王様のために働けば、あらゆる外敵から魔王様に従う者たちを守ってくれて危害を加えることは決してない、最強の領主様に支配して頂ける』

 

 ・・・・・・というような、あまりにも都合の良い誇大妄想じみた話。

 そんな与太話など、教会が唱える綺麗事で救われなかったサタニスト達は当然、誰一人として信じていない。鼻で笑って現実を知れと罵るだけなのが大半なのが現状ではある。

 

 だが他の幹部たちと異なり、計画立ててことを進める慎重派のウォーキングだけは、念のための確認として部下を派遣し、その妄想話が『事実である』という信じられない報告を把握していた。

 ――再確認のため潜入させた部下が「帰って来たくない」と離反されてしまった負の実績という証拠付きで、である・・・・・・。

 

(――真相を知れば、他の部下たちからも離反する者が出てこよう・・・そうなれば民たち自身による改革の可能性は露と消えるかもしれぬ・・・。

 そうさせぬ為にも、何としても聖女を我らの手で討ち取らねばならぬのだッ!!)

 

 ウォーキングは【ダイロクテン魔王国】なる存在の報告を握り潰すと同時に、そう決意を固めて今回の聖女襲撃作戦に臨んでいた。

 

 今はまだ《ダイロクテン魔王教団》なる者たちの正しい情報は、一般の構成員たちに知られてはいないが、いずれ時間が経てば真実を知る者が出てきてしまうのは避けられないだろう。そうなれば組織からの構成員流出は避けられなくなってしまうしかない。

 

 ――サタニスト達は元々、経済格差の激しい聖光国において貴族制の廃止を訴え、一部の貴族たちが富を独占して大勢の民が貧困に喘ぐ今の状況を作り出した張本人である智天使こそが格差を生んだ元凶であるとして否定し、天使の対極に位置する悪魔たちこそ貧民たちにとって真の救世主であると主張し、過激な反政府勢力へと拡大してきた組織。

 

 実際には智天使は悪魔王との戦いによって消滅しており、その後に貴族制や格差を作ったのが智天使本人というのは無理がある言い草だったが、彼らにとって歴史的事実や真偽は問題ではなく、貴族共が金持ちで自分たち貧民に金がないという、今現在の結果だけが全てなのがサタニストという「貧乏人の僻み」で寄せ集った組織なのである。

 

 それは逆に言えば、『自分たちの生活を豊かにしてくれるなら、天使でも悪魔でも新たな魔王様でも別に構わない』―――という組織であることも意味するものでもあったのだ。

 利害損得一つで、アッサリと別の新たな支配者の足下に這い蹲って「万歳!」を心から叫んでしまう者たちの集まりが悪魔信奉者集団サタニストの実態だったのである。

 

(・・・このままでは我らは再び、新たな貴族共の家畜となるしかない・・・そうさせぬ為にも何としても我らの手で革命を成し遂げねば)

 

 ウォーキングは、言葉には出さぬ心の中だけの本心として、そう固く誓っていた。

 今までは余り意識したことがなかったが、サタニストという組織がもつ結束力の弱さと、敵が金持ちで自分たちは貧しい者ばかりという図式あってこその反政府活動に過ぎなかった自分たちの実情を、第三勢力の登場によって彼は苦々しく認めざるを得ない気持ちに今では成っていたのだった。

 

 だが――否、だからこそ。

 

(・・・・・・この場にて聖女を討ち取り、聖光国を打倒して新たな政治を行いうる力を有している事を知らしめれば、必ずや団員たちの心と人々の支持は我らサタニストに傾く! 

 貧民のための新たな政治を行う、新政権の一員となるため魔王信奉に走った者共も舞い戻ってくるに違いないのだ! そうなれば形成は一挙に逆転する!!)

 

 そうウォーキングは襲撃計画の効果を予測し、それを実現するため意気込んでいた。

 その予測は、概ね正しくはあったのだろう。

 人という生き物は、一度は戦場を捨てて平穏無事な普通の生活を手にしようとも、『敵に勝って支配者側の一員になれる可能性』を示されると舞い戻って出戻りたくなる気持ちを抑えるのが難しくなるのが一般的なものだ。

 誰だって勝ち馬に乗って、負ける泥船にはしがみつきたくないものなのである。

 

「――計画通り、この地において聖女を抹殺する。

 計画は完璧だ。我らが偉大なる指導者ユートピア様から、特別に切り札の使用も許可された。万が一にも失敗などあり得ない」

 

 自信に満ちた作り笑いで、ウォーキングは部下達を鼓舞して士気を高揚させ続ける。

 この街で、彼らサタニストが聖女姉妹のどちらかだけでも討ち取って、密かに進めてきた神都への奇襲作戦でも一定以上の成果を上げれば、聖光国は人々からの支持を失ってサタニスト側に勝機ありと見た者たちが増加することは確実なのだ。そうなれば勝利は目前となる。

 

 彼が予測してシミュレートした、その計画自体に誤りはない。

 “予想外の邪魔者”さえ現れなければ、ほぼ確実に到達することができたであろう極めて現実性の高い、見事な革命戦争勝利の戦略と言っていい程に。

 

 ・・・・・・ただ、この計画は革命戦争に勝利した後、自分たちが新政権として行った経済政策で、今より良い生活を与えられることができなかった時点で、魔王信奉者集団とやらへ自動的にシェアと主導権が移動しちまうことを意味しちまってもいたのだけれども・・・・・・。

 

 まず勝つために全力尽くさなければいけないウォーキングさんに、そこまでの経済政策のアイデアとかはなく、基本的に指導者ユートピア様指揮の下で貧乏人に優しい政治をしてもらおうとしか思っていない。

 

 そこら辺が、貧しさに耐えかねて支配者層に反旗翻した貧乏人の僻みで過激派集団の限界だったんだけれども。

 そこまでは考えられない政治素人のウォーキングさんとしては、お得意の頭脳戦で聖女討ち取ることに全知全能を傾ける! それしかないし、それしか出来ない!!

 

 

「では、これより聖女抹殺のための聖戦へと出陣する。

 偽りの天使に死を。聖女に災いあれ」

 

『『『偽りの天使に死を。聖女に災いあれ』』』

 

 

 今まで存在しなかったライバル勢力の登場によって、余計に士気とやる気を上げまくって結束高めなくちゃいけなくなったサタニスト達はヤホーの街に大量の血の雨を降らせるため秘密の地下教会から飛び出し、こうして意気揚々と出撃していってしまった。

 

 魔王エルフが置いていった予想外の代物が予想外の被害を引き起こし、色々と混じりまくって元ネタの敵たちとゴッチャになった教えとなって周囲に広まりつつある状況が発生してしまい、巡り巡って事の元凶バカ魔王エルフに迷惑かけるため巻き込んでやろうと、因果応報の刃を振り下ろすため接近して来つつあったのである!

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・そして、時を戻して現代へと時間軸が戻ってきて。

 そんな事になってたとは露とも知るはずのない、脳筋バカエルフと愉快な仲間たちの聖女姉妹様たちは一体どうしてたかと言いますと。

 

 

「その声はルナか・・・このクソがっ。

 俺に黙って火遊びとは偉くなったもん――って、なんて格好してんだオイぃぃぃッ!?」

 

 

 妹の声が聞こえたので、不愉快そうに一喝してビビらせて、城まで無理やり連れ帰ってやろうと思って振り返ったら、予想外すぎるトンデモナイ顔だったから驚いて悲鳴上げてしまったヤンキー聖女のキラー・クイーン様になっておりましたとさ。

 

 ・・・ガスマスクだからなぁ・・・。見た目けっこう怖いんだよねアレって・・・。

 下手しなくても、知らない人から見れば【邪神の面】より恐ろしい、【邪教崇拝者の面】とかになっちまいそうなレベルで。ランク的には下だけど見た目のインパクトでは上って、よくある話ですよね本当に。

 

『ち、違ッ!? コレは違うのよ姉様! シュコーッ!シュコーッ!!

 私は魔王がいるって聞いて、それで・・・・・・そう!

 これは私の美しさに嫉妬した魔王がかけた呪いの結果なのよ! シュコ、シュコー!!

 だから私が悪いんじゃないのよシュコぉぉぉぉぉッ!!』

「の、呪い? 魔王のか? そんなバカな話が・・・・・・いや、確かに禍々しい見た目をしちゃいるけど・・・・・・」

『そうなのよシュコー! でも心配しないで姉様シュコーッ!! 明日か明後日には解けるからって、魔王自身が言ってたから大丈夫なのよシュコーッ!!!』

「・・・それ呪う意味あったのか? 無駄じゃね? 文句の付けようもないほど完全に・・・」

 

 妹聖女からの説明に、白けた表情で白い目付きで冷静にツッコこんでしまう、あんまりキャラじゃない行動をとってしまう羽目になる姉聖女のキラー・クイーン。

 怒るつもりで怒鳴ろうとしたら、予想外の事態に驚いてしまって叫べなくなった時とかって、妙に冷静になってしまってテンション戻しづらくなって反応に困るんだよね。

 

 

 挙げ句、こんな展開になってしまった最原因の、負けた聖女にガスマスク被せた罰ゲーム魔王様はといえば。

 

「あれぇ? おかしいなぁ・・・・・・ここら辺にいると思ったんだけど、どーこ行っちゃったのかなぁ。ねぇ、出てきて下さいよぉ、ねえってばぁ~」

 

 と全力で『自分は赤の他人で関係ありませんアピール』するために、誰か探して歩いてるだけのフリして輪の中心から遠ざかり、ガスマスクに関する説明責任はルナ一人に丸投げして自分は逃げる気満々になって逃走準備に勤しんでいたレベルだったりする。ヒドすぎる。

 

「ま、まぁそれはいい。いや、よくはねぇけど一先ずはいい。それよりもだ。

 ―――この、ドアホがァァァァッ!!!」

『ひぃッ!? シュコォォォォォッ!?』

 

 そして一喝。あらためて初志貫徹。

 当初予定していた怒鳴り声が不発に終わっちまったから再会するときって、最初のを誤魔化すためにも当社比30パーセントぐらい強めで怒鳴る。コミュニケーション術の基本です。

 

「テメェ一人で何が出来るってんだよ! いるはずもねぇ魔王討伐なんかしてねぇで、クソはクソらしく家で寝てろォッ!!」

『ね、姉様! それは誤解よシュコーっ、シュコーッ! 魔王だったら私の魅力で手懐けちゃったんだからシュコ~シュコ~!』

「はぁ? 起きながら寝言とは器用なもんだなぁ。そんなブサイクな面付けた奴に魅力感じる魔王なんざいるはずねぇってのに」

『ちゃ、ちゃんといるもん! アイツ私のお尻に夢中なんだからァッ! シュコシュコシュコぉぉぉぉッ!!』

「ああ? 尻だぁ?」

『そうよシュコー! だいたい魔王がいないんだったら、この私が今付けてるお面はどう説明できるって言うのよ!? シュコーシュコーッ!!』

「・・・・・・いやまぁ、確かにその通りはあるんだが・・・・・・」

 

 そして今度は妹聖女が姉聖女を論破するという展開に。

 なんだかよく分かんない事態になってきた、丁度その時の事だった。

 

「大体だな、お前って奴は――――んっ!?」

 

 聖女姉妹とは言え、血の繋がらない妹相手にどう言い返してやろうかと、無い知恵使って頭を悩ませていたところで、なんとなくのイヤな予感を察知してキラー・クイーンは“そちらの方”へと視線と意識を向けさせた。

 

 

『偽りの天使に死を――――。

 【火鳥/ファイヤーバード】!!!』

 

 高級宿屋ググレの前に広がる大通り、その右側の出入り口付近に現れて揃いのローブ姿で封鎖してしまっていた者たちの頭上に、複数の赤くて熱い光球を出現させながら通りの片方を反包囲してしまい。

 

『聖女に嘆きあれ――――。

 【氷槌/アイスハンマー】!!!!』

 

 そして、大通りに残されたもう片方の道を封鎖するように現れた男たちの頭上にも、青くて冷たい氷の鈍器が複数姿を現れたことで完全包囲が完成した事になってしまった。

 

 

 

『偽りの天使に死を。聖女に嘆きを。

 我ら貧民の怒りと憎しみを、その身で味わうがいい!! 恵まれた特権階級の小娘がァァァァッ!!!』

 

 

 こうして始まる、ヤホーの街を盛大に巻き込んだ戦いの幕が上がる。

 果たして勝つのは、天使の勢力か、天使を捨てて悪魔に仕える道を選んだ者たちか否か。

 

 

 あるいはケンカ馬鹿な魔王様によるものなのかもしれない。

 それは戦ってみなければ分からない。

 

 

 いや、分かるけれども。

 レベル差が違いすぎると、絶対勝てなくなるのがRPGってもんなんだけれども。

 そういった現実的格差は置いといて、差がありすぎる相手と対等な関係になりたいと願ったから気持ちの問題で可能になる展開が多いのが最近の流行なので、とりあえず言ってみた。

 

 只それだけの問題であった。・・・本気でショボ(ボソっと)

 

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第15章(リメイク版)

 

『偽りの天使に死を――――。

 【火鳥/ファイヤーバード】!!!』

 

『聖女に嘆きあれ――――。

 【氷槌/アイスハンマー】!!!!』

 

 

 高級宿ググレの前で乱痴気騒ぎでギャラローを集めていたルナとキラー・クイーン聖女たち姉妹は、大通りの左右を封鎖される形で現れたサタニスト達からの襲撃によって先制攻撃を許す羽目になっていた。

 

「ちぃッ!! フジッ!!」

「姉さんッ!!」

『ああいやっ!? お姉様シュコーッ!!』

 

 左右から挟み撃ちの態勢から放たれた魔法攻撃に対して、キラー・クイーンは腹心の部下に平素は預けてある馬鹿でかすぎて邪魔な大剣を投げ渡させて空中でキャッチし、迎撃のため一閃して自分に迫る脅威は片付ける。

 

 ――だが、機先を制されたのは否定しようのない事実であり、ガチンコの接近戦に特化した自分の能力では右と左両方から放たれた攻撃を完全に防ぎきる事は不可能だったのは認めざるを得ない。

 自分一人ならば問題なくあしらえるが、サタニスト達は明らかに周囲で見物していた群衆たちまで攻撃範囲の対象に巻き込んだ上で放ってきていた。

 

 ・・・あと関係ないけど、ルナの語尾が微妙にウザい。

 

 

(チィッ! 防ぎきれねぇか・・・っ!!)

 

 クイーンは敵の攻撃を完全に無効化しながら、同時に心の中で舌打ちする。

 もともとサタニストたちは飢えた民衆が暴徒化し、それを組織化する指導者が現れたことで団結した、パルチザンの一種と呼んでいい存在だ。

 そしてパルチザン――市民抵抗運動というものは、混沌としたゲリラ戦でこそ効力を発揮しやすく、訓練されて武装した軍隊相手に正面決戦を挑んでしまえば蹂躙されることしか出来ないのは目に見えている。

 

 その事実を、サタニスト達は今までの経験則から熟知しており、正攻法では職業軍人に勝てずとも、群衆を巻き込んだ都市ゲリラ戦となれば自分たちが有利。

 聖女を狙って放たれた攻撃に、見物に来ていた民衆たちを巻き込む形で無差別攻撃を放ち、場を混乱させ、その混乱に乗じて殲滅を図る。

 

 ウォーキング自身は他の幹部たちと違って改革の志を失ってはいなかったから、民心からの支持を考慮しても余り好ましい手段ではなかったが、まともに戦って倒せるほど易い相手ではないことも理解してもいたから、やむを得ぬと自分を無理やり納得させていた。

 

 結果的に、無駄な犠牲は避けて効率的に放たせた魔法攻撃は、正確無比に民衆たちを巻き込んで、キラー・クイーンの手が届かぬ位置を着弾ポイントとして複数設定されてしまい、接近戦が超得意な自分だけでなく攻撃魔法中心で防御魔法は長女ほど得意ではないルナの力を持ってしても今更どうにもならぬ距離まで近づかれてしまった後だった。

 

(――仇だけは取ってやる! 安心して先に逝っとけやッ!!)

 

 と、心の中で彼女なりの詫びの言葉を犠牲になった民衆たちに向けて放ちながら、汚ぇ手段を使ってきやがったサタニスト共への怒りをぶつけてやるためにも大剣片手に突っ込んでってやろうとした、まさにその時。

 

 

「えい」

 

 

 と、場にそぐわぬ可愛らしい女の子の声が聞こえたような、聞こえなかったような気がして、ついでに「ピンッ」と何かを弾いたような音も聞こえたかな? と思った次の瞬間。

 

 

 ズバァァッン!!!

 

「な、なにッ!?」

 

 野次馬たちに命中して、大量の血の雨を降らせる寸前にまで近づいていた火球の一つが空中で爆裂四散し。

 

 

「えい。えい。え~い」

 

 ピンッ、ピンッ、ピンピンピ~ンッ♪

 ズバンッ! ズバンッ!! ズバババァァァーッン!!!

 

 

 と、次々に無関係の野次馬たちを吹っ飛ばすため放たれた魔法攻撃の火球や氷槌を粉々に打ち砕き、碌な成果も上げられぬまま空しく雲散霧消させられてしまった。

 

 迎撃した際に爆発の衝撃で一部の民衆が吹っ飛ばされてはいたものの、その大半は植木とか雑木林とかゴミ捨て場に頭から突っ込んでくだけで大した怪我をした者はいない。サタニスト達の目論見は、この時点で計画変更を余儀なくされてしまったと言っていい。

 

 

 ・・・・・・とはいえ、何事も犠牲は皆無という訳にいかないのが情け容赦なき戦闘というもの。

 

『きゃーっ!? 貴方なんてもの見せるのよ! 下品だわ!不潔だわ!絶好よ!!』

『ち、違う! この勝負パンツは不可抗力で!? 誰か俺の代わりにズボンを上げてくれー!』

 

『キャーッ☆ なんて可愛らしいゾウさんなのかしら♡ イタズラしちゃいたいわ♪』

『や、やめて下さい!? ボクは今、相手の顔が見えないんですから責任が取れ――ぎゃぁぁっ!?』

 

 

 ・・・・・・なんか社会的生命とか、心の癒えない傷とか負ってる人たちは結構な数で発生してるように見えたが余談である。サタニスト達にとっては、どうでもいい余談である。

 主に哀と笑いを振りまく魔王様がギャグキャラなのが原因なので、恨みはソッチにぶつけて下さい。彼らテロリストは今件でだけはムザ~イ。

 

「ば、バカな! 迎撃されただと!? 我々の計画を読んでいたというのか!? 一体どこに伏兵が・・・っ」

 

 自分の計画を先読みされていたとしか思えないタイミングの良さに、ウォーキングは慌てふためきながらも状況確認をしようと冷静さを取り戻して意識を走らせ、突入命令を攻撃直後に出す予定を一旦停止させる。

 どこに狙撃じみた迎撃をやってのけた姿無き伏兵が潜んでいるか分からない状況で、無策に突撃するのは無謀すぎる。

 

 この場合、彼の判断は必ずしも間違いではなかったが――勝敗とは相対的なものである。

 たとえ味方が無謀でも、敵が自分たちより弱い状況にあるならばコールド・ゲームで勝ってしまう時も偶にはあるだろう。

 

「・・・・・・なんだか、よく分かんねぇが」

 

 そう、たとえば天性のケンカ馬鹿で敵を見れば見敵必殺で、テロリストは武力でブっ叩く!ぐらいしか対応方法を知らない分かりやすすぎる正義を信条とする聖女姉妹の次女三男かは、混乱する敵を前にして慎重な安全策を優先するタイプでは全くない。

 

「ご機嫌になったじゃねぇかサタニスト共ォッ!! 紅に染まる気分を味あわせてやるぜぇぇぇっ!!

 野郎共ッ!! 全員突撃! サタニスト共を皆殺しにしちまいやがれぇぇぇぇッ!!!」

『お、おおおおおォォォォォォォォッ!!!』

『ああ!? ちょっと待って姉様! 私もやるわよシュコォォォォっ!!』

 

 

 大将自ら率先して、敵か味方か分からん正体不明の狙撃手が潜んでる戦場へと突撃を敢行して、「王様や天使様より姐御様の命令こそ絶対です!」を地で行く聖堂モヒカン騎士団たちが即座に後に続いて突入してきて、一番最後に経験値少ないけど負けず嫌いで功名心は人一倍強すぎるルナが後方支援として参戦する。

 

 結果論的な面が強すぎる配置だったけど、それでも理想的に近い紡錘陣形を取って突撃してくる聖堂騎士団&聖女姉妹の勇猛果敢な攻撃に対して、正面決戦では軍隊には絶対勝てない武装した暴徒たちの集団サタニスト達は、今度は逆に機先を制されて完全に浮き足立たされる羽目になる。

 

『うぉぉッ!! サタニスト共は消毒だぁぁぁぁ!!!』 

『姐御に血を捧げろぉぉっ! 姐御に喜んで頂けることを光栄に思って死にやがれ!!』

『お、俺、この戦いが終わったら姐御に罵倒してもらうんだぁぁ・・・その為の生け贄になりやがれ!!』

『バカは死んじゃえ! 《金槍 /ゴールドスプラッシュ》シュコ~~~ッ!!!』

 

「ひ、ひぃぃぃぃッ!? ま、まさに悪魔の所業! コイツらは人間ではなぁぁッい!?」

 

『無差別攻撃するテロリストにだけは言われたくねぇぇぇぇッッ!?』

 

 

 ・・・・・・うんまぁ、どっちもどっちな状況になってしまったが・・・・・・戦いなんて大体そんなもんだよね。

 戦争の勝利はいつも空しいって、どっかの大帝国軍戦艦復活させた人たちが、敵国滅ぼし終わって戻れなくなってから言ってたし。

 

「ハーッハッハ! サタニスト共! 紅に染まる気分はどうだ! ヒャーッハッハ!」

『オーッホッホ! アンタたちぃ! 私の魔法で死ねるなんて光栄に思いなさい! この悪魔共め! シュ~~~コォォォォォ~~~~~ッ』

 

 端から見れば、どう見たって彼女たちの方が悪魔ではあったけれども。特にルナなんて、ガスマスクのせいで余計に悪魔過ぎてたけれども。

 それでもまぁ、自分たちが勝ってる時ってのは、そういうものだろう。

 

 勝利してる間は正義に酔えるし、敵の悪党らしさに酔えるし、楽して敵ぶっ倒せるチート無双の爽快感は現代日本人なら誰もが知ってる事だし。

 弱くて悪くてヒドい奴を、一方的にぶっ叩けるのは気持ちがいい、イジメを嫌うだけで無くせないのは人の性。だから仕方がない。勝ってる間は仕方がないのである。

 

 ・・・負けた時には逆のこと言うだろうけどね・・・。

 それもまた人の性だから仕方がなし。

 

 

「う、ウォーキング様! 前衛部隊は壊滅! このままでは保ちません!どうかご指示をッ!?」

「お、おのれ・・・っ、智天使を信奉する教会の悪魔共めらがッ!!!」

 

 

 一瞬にして好機から危機へと陥り、天国から地獄へと突き落とされそうな立場に逆転してしまったウォーキングたち悪魔信奉者集団サタニストは、立場的に矛盾したこと叫びながら決断を下す。

 

 使うタイミングを計っていた切り札を、「もうそんな事言ってる余裕はなくなった!」と割り切る決断をである。

 

 

「こうなっては仕方が無い・・・・・・“闇”の封印を解き放つ!!

 総員、解除までの時間を稼ぐのだッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――さて、ここで余談ではあるが。

 現代日本で流行っているラノベとか漫画とかドラマの主人公たちの行動パターンとしては、こういった現地人同士での現地事情に基づく揉め事に巻き込まれた日本からの転生者や転移者などは、たとえ介入可能なチート能力を与えられてたとしても「厄介事に巻き込まれるのはゴメンだから」とかの理由で仲間だけ連れて去ろうとして、結果論的に巻き込まれるのが定番展開となって久しい時代に今日ではなっている。

 

 おそらく、それが「普通の日本人らしい行動だ」という一般認識に基づく行動だと思われているからなのだろう。

 たしかに学校でイジメを見ても【見ザル言わザル聞かザル】の精神に則り、自分が巻き込まれぬため見て見ぬフリしてスルーするのが学校生活を無難に送る常套手段になってるし、警察は基本的に民間人同士の揉め事には【民事不介入】で関わりたがらないし、政治家の汚職は見なかったことにして出世するのが官僚社会というものである。

 

 その昔、世界に覇を唱えて失敗して首都を瓦礫と化してしまった大帝国名乗ってた小国軍の兵隊さんも言ってましたしね。

 

『何を見ても聞いても、何も言わないのが生き延びる秘訣だ』

 

 ――と。

 まぁ、彼の属した祖国と軍隊は生き残れなかった訳なんだけれども。今日の日本では罵倒されまくってる失敗した軍国主義国家の兵士が言ってた言葉に過ぎないんだけれども。

 

 それでも尚、今の自分たちに都合がいい言葉は採用してしまって正しい名言に使っちゃう。それが現代日本人という、地球最凶のキチガイ民族の常識。

 住宅地のど真ん中に核燃料処理工場ブッ建てても平気で生活できるのは全地球で日本人だけ! それが日本のオ常識!!

 

(注:馬鹿エルフの言い訳主観です。

 今は異世界人エルフで日本人じゃないから好き勝手思ってます)

 

 ま、要するにコイツの場合はどう行動するかと言いますと。

 

 

「――蹴りたい! 投げたい! 殴り・・・たいッ!!

 昔から、『火事とケンカは江戸の華』という名言がある通り、日本人にとって他人のケンカ沙汰に介入するのは伝統芸能の一つであり、伝統は守り尊ばなければいけないもの!

 ですので是非とも参加させて頂きたいですね! 日本人として! 日本人らしく! 日本の清く正しい伝統を守り抜くためにも絶対に!

 他人のケンカほど気楽に楽しめて、滅茶苦茶にぶっ壊してしまくっても心が痛まないものは他に無し! 超楽しみてぇ~ッ♪ 超気持ちよさそーッ!

 テッド・バンディー処刑日を千人で祝いまくったアメリカ市民の狂気の如く~♪」

 

 

 ・・・・・・こんな感じのエルフ理論で積極的に武力介入したがるだけでした。超サイテー・・・。

 尚、テッド・バンティーとは1950年代に実在したアメリカの大量殺人鬼で、三六人もの若く優秀な女性大学院生を殺しまくったシリアルキラーで、メディアをも巻き込んだ大騒ぎを引き起こしたイカレタ殺人犯の名前である。

 彼の処刑予定日には、処刑場に千人の市民たちが集まって「自分たちを恐怖のどん底に突き落として弄んだ殺人鬼」が殺されるのを、まるで誕生日パーティーのように大騒ぎして祝いまくった事で知られている。

 

 悪くてヒドい奴には何してもいいという、地球人類全体の常識はここから始まったという説もあるが・・・・・・まぁ余談だろう。

 だって今のここ地球じゃないし異世界だし。元地球人の現エルフは肉体の影響受けてギャグキャラ街道一直線だし。あんまカンケー出来るとは到底思えん。

 

「あ~~、殴りたい~♪ 殴りた~い♪ 温かホットなバトリング会場が待っている~♪

 で~も、行っけない。残念だから狙撃だけ参加~っと。えいえいえ~い♪」

 

 屋根の上に寝転がりながら、本当は参戦したいけど出来ない鬱憤を晴らすために、モンクスキル《指弾》で、敵の魔法攻撃だけを狙い撃ちして迎撃して支援する『弾幕ゲーム』の容量を再現してみてたケンカ馬鹿エルフの他人事ブレイン。

 

 機銃でミサイル撃ち落とすって浪漫だよねと、【エースコンバット】とかやってた記憶を思い出しながら、ダメージ自体は大したことないけど弾の分だけ連射可能な飛び道具スキルを連続使用しながら、実は結構な頻度なハズレていることに気づかれることなく安全な場所から一方的に嫌われ者を叩く日本人的快楽を満喫しつつ。

 

 の~んびりと戦闘の様子を観戦しながら、テキトーな心地でリラ~ックスしていた。

 ・・・・・・この時点まではの話としてだったけども。

 

「本当は参戦したいけど、ガスマスクの説明求められたら出来ないですのでねぇ~。

 しかも今では【ルナさんのお尻にメロメロ魔王】のレッテル張りまで追加されちゃってる訳ですから、自分の安全確保しながら出来る範囲での参戦で我慢してもらいましょ。

 他人たちが苦しんでても「自分に得がないことには手を出さなくていい」と、現代日本の有識者の皆さんとか人道主義の方々も言っておられたことですし、カンケ~ねー。

 ・・・・・・って言うか、巨乳美少女と一応美少女以外はどうでもいいですし。ヤローは死んで構いません。元男としてコレは譲れん―――って、ん?」

 

 斜に構えた大義名分口にしながら、一番最後のオタクらしい欲望ダダ漏れ発言で免罪符として言ってただけなの暴露しちまいながら、気楽な調子で見物しながら援護射撃していた馬鹿エルフであったが、最後の最後でナニカ妙なものを見つけたらしく、少しだけ真面目な表情になって訝しそうに小声で一言だけ呟く。

 

 

「・・・・・・なんです? あの“デッカい宝箱”は・・・・・・?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よもや秘蔵の“闇”を、この様な形で使うことになろうとはな・・・・・・」

 

 一旦路地裏に戻って【切り札】を持ってきたサタニスト達の隊長格ウォーキングは、口元をひくつかせながら歪な笑みを浮かべさせ、最初のボタンかけ間違えに端を発する此度の失態を思い煩い、怒りと恥辱と敗北感に身を震わせていた。

 

 彼としては、最も効果的な場面で使用することで政治的効果をも狙っていた切り札が封じラレし禁断の箱であったのだが、このままでは碌な戦果も得られぬまま空しく全滅させられるのを待つばかりとなった以上、贅沢は言っていられない。

 

「・・・だが、この失態。聖女二人と引き換えにできるならば許されよう―――故に、行けッ!!」

 

 

 そう叫んでウォーキングは、両手に抱えるようにして持ち運んできた宝箱の蓋を開け放つ!

 それは、この異世界ではパンドラの箱に等しい“絶望”が詰められた、神から与えられし人間たちへの呪いの贈り物―――解き放たれた漆黒の闇は、光の存在すべてを覆い尽くさんばかりの勢いで大通りへと広がっていき、一瞬にして満たしてしまう!!

 

 ・・・ただし!

 闇が入ってた箱は結構なデカさを持つ重量物だったので、周到に計画練る頭脳はタイプのウォーキングには少し重すぎたりしたのだけれども! 重すぎたせいでバランス取るためガニ股姿勢での開封になっちまったりしたのだけれども!

 

 あと、呼ばれて出てきたドバドバトロトロで、ジャジャジャジャーン!ってほど景気よさそうなスッキリした勢いはない「闇」と呼ばれる液体の色は、闇の割にはあんま黒くなく。

 どっちかと言うと極彩色のケバケバしい色した、なんか汚いものの上から被せてみせるようなときに使う色みたいな感じがして―――ハッキリ言ってしまうならば。

 

 昔のアニメとかの、モザイクかかったゲロみたいな色してる液体に見えた。

 そういう風にしか見えなかったのである。少なくとも屋根の上から、「キモッ!?超キモッ!!」とか可愛い声で叫んでる中身キモオタ少年のケンカ馬鹿エルフには特に。

 

 

 そして、箱から飛び出したゲロみたいな色した液体そのものは――――

 

 

 ドババババババババァァァァァァァァァァァッ!!!!

 

 

『なっ!? これは・・・うぐっ!?』

『うぉぉぉ・・・・・・ち、力が抜け・・・る・・・だとぉ・・・!?』

 

「コイツはまさかっ!? 下がれルナ! こいつは“奈落”だ!!―――うゥッ!!?」

『え? なに!? 何なのこれはいった―――アッ♡ しュ~・・・コぉぉぉ~・・・♡』

 

 

 一瞬にして通り一面に広がって、聖堂騎士たち全員と聖女姉妹二人の足下を浸して、四つん這いに平伏させてしまったのだった・・・・・・って、早ッ!? ゲロ早ッ!? 流石ゲロ!

 

「今だ! 天使の加護は消えた! 聖女二人を仕留めるのだッ!!」

『お、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!』

 

 

 そして、敵が弱まったと見るや一気に勢い取り戻し始めるサタニストの皆様方。

 基本的にゲリラとか暴徒っていう人たちは、敵が思ったより強いと弱腰になって、強かった敵が弱くなると勇気百倍暴力レベルでリンチしまくれるバーサーかーになれる人達です☆

 

 

「―――って、他人事みたいに心の中で解説してる場合じゃありませんでした!? 急な自体に対応できなくてフリーズする日本人の癖が! 悪癖が!? 日本の平和が異世界オッパイさんとヒンヌーさんを殺しちゃうのに協力しちゃってるぅぅぅぅッ!?」

 

 とか叫んで、盛大に責任転嫁の言い訳述べてから助けにいくため準備始めるバカエルフ。

 基本的に最もらしい理由付けしないと動き出しづらい現代日本人をベースにしてるコイツ敵には、時々ジャパニーズ理屈臭い病が発症するときある次第。それが今でした。

 

「えーい! この際『ルナさんのお尻大好き魔王』のレッテルは受け入れましょう! それでもナニカ! せめてナニカ初対面の人には分かりづらくなるようなアイテムはありませんかね!?

 流石にガスマスクの言い訳までは出来る自信ありませんぜ私ゃあよぅ!?」

 

 そういう理由で、焦りながらでも顔を最低限隠してから参戦したい馬鹿エルフ。

 因果応報の自業自得とは言え、ガスマスクにいつまで呪われ続けてるんだろうか?

 後先考えない馬鹿エルフが、自分のやらかし呪いから解放されようと必死になってた、その瞬間。

 

 

 彼女は―――自分の目の前に出現していたメッセージウィンドウの存在に、今更になってようやく気づく。

 

 

 

【客楽他亜千炎寺猛度(キャラクター・チェンジモード)を使用しますか? YES/NO

 (注:使用中は一時的に操作不能となります)】

 

 

 

「―――・・・・・・????」

 

 漢和辞典でも常備してそうな昔ながらの暴走族が書いたような漢字表記で、ルビまで振ってくれた状態で表示された謎のシステムメッセージ。

 コレが何を意味しているのかは全くわからない。どのような効果が出るのかも全くわからない。当然だ。こんなワケワカラン名前のシステムは《ゴッターニ・サーガ》には存在していなかったのだから・・・・・・。

 

 ――だが、そんなケンカ馬鹿エルフにも断言できる確かなことが一つだけある。

 それは――――

 

 

「えぇーい! なんかよく分かりませんけど、こういう場面で、こういう時に表示された選択肢って事は、コレ押せば正体バレずに助けることが可能になるってことですからな!

 ならばこの際、他に道はなし仕方なし!! 是非に及ばず、キャラクター・チェーンジ! スイッチ・オン!!」

 

 

 ヒーロー系主人公によるラノベ理論を大声で叫びながら、馬鹿エルフが《YES》ボタンを押してシステム発動を許可したことで、膨大な量の光が発生して通りのすべてを覆い尽くした。

 

 

 こうして―――馬鹿エルフの異世界旅は、第二段階へと移行する。

 

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第16章(リメイク版)

交易の街ヤホー動乱編(仮称)が、中途半端にしか出来てなかったのが気になり続けてたため、思い切って1から書き直してみた分のが完成しましたので投稿し直しておきます。

全3話分の書き直しでしたので、読まれる方は2話前まで戻ってからお読みすることをお勧めいたします。

とりあえず今風に、『リメイク版』と名付けて差別化しておきますので、コッチの方が良かった場合にはコッチだけ残して最初のは消そうと思ってます。
逆だった場合は、その時に考えますね。


 ―――人間、溺れた時には藁をも掴むという。それは肉体がエルフとなった後も変わることはない。掴んだところで藁は藁、すぐに引き千切れて流されてしまう。

 いや・・・藁を掴んで流されるだけなら、まだいい。当初の予定通り行動するだけでしかない反抗に、予定調和以上の意味など微塵もない。

 

 藁だと思って掴んだ存在が、藁だという保証はどこにある? 縋るものを欲した自分が生み出した願望が、それを藁だと信じたがっただけではないという可能性は?

 

 それでも人は、その危険性を承知の上で掴まなければならいと思い込んでしまう時がある。

 切っ掛けは、ほんの些細なことだとしても、それが未来の大きな流れを決定づけてしまうこともある。

 バタフライ効果という言葉を知っているか? ――知らないなら調べるのだ! それぐらいの慎重さが求められているのだということを理解しろ!!

 

 ・・・・・・残念ながら、俺は慎重ではなかった。

 全ては偶然の結果だ。

 だがその偶然は、あらかじめ決められていた世界の意思でもあったのだから・・・・・・。

 

 

 

「――そうか、これがシュタインズ・ゲートの選択か・・・。

 “エル・プサイ・コングルゥ”」

 

 

『『・・・・・・・・・・・・?????』』

 

 

 大通りを満たしていた膨大な量の光が収まった後、あまりの眩しさに度肝を抜かれて光の正体がなんであるかを注視していたサタニスト聖堂騎士団双方の視界に現れた白い服を纏ったその男は。

 誰にとっても意味不明な言葉と、なにかの呪文みたいな聞いたことのない一文を詠唱し終えると、手にしていた板状のマジックアイテムと思しき奇妙な物体をポケットに納めて空を見上げ、空の向こうにあるものでも見つめるような視線を遙か遠く何処かへ向けて放ち続けていた。

 

 ・・・もう、この時点でコイツが何背負ってるキャラをイメージして作られた存在なのか、分かる一目瞭然すぎるだろうけど、一応詳しい見た目と内訳を説明しておくと。

 

 全身を白い服――即ち《白衣》で包んだ長身の男で、無精髭を生やした荒々しい風貌と、ボサボサの頭髪が「悪」っぽい印象をアピールするポイントになっており。

 白衣の各所には『DEAD OR ALIVE』とか『BLACK/MATRIX』とか。

 知ってる人には分かるけど、知らん異世界人には絶対わからんだろうコイツの趣味趣向が丸出しになりまくった英文がゴシック体で記されていて余計に訳分からんヤツになっちまっていた。

 

 

(やめろォォォォォォォォォォォッ!!!???)

 

 

 そして早速、軽い気持ちで選んでしまった選択を後悔しまくっている白い人の中の人となった馬鹿エルフ。

 

(なんでアンタが出てきてんですか!? なんで復活して来てんですか!?

 消したはずです!削除したはずです!!デリートしてアカウントごと無かったことにしたはずなのにィィィィィィィッ!!!!???

 どうして今さら蘇ってきますかなぁー!? 未来永劫消し去りたかった黒歴史はマウンテンサイクルの御山に帰れ――――ッ!!!

 お願いですから帰ってください!マジお願い! 私が死ぬ! 死んでしまってるうゥゥゥゥッ!?)

 

 コントロール不能になったことで、本来の自分は今の自分を中から見せられ続ける系のシステムだったのか、自分の心の中で血涙流して床のたうち回って苦しんでも、肉体の行動とセリフには何の影響も与えさせてもらえない、主導権奪ったキャラの人格次第では拷問にも等しい状況へと追いやられてしまった馬鹿エルフ。

 

 厨二全盛期時代に作り出し、卒業と同時に全部無かったことにして生まれ変わったキャラとアカウントで再プレイし直すまでやった忌まわしい過去の記録が復活してしまった今となっては・・・・・・過ちから学んだエルフは無力でしかない・・・・・・。

 

「き、貴様は何だ! いったい何者なんだッ!?」

「フッ・・・・・・」

 

 ようやく我を取り戻したサタニストたちの部隊長ウォーキングから放たれた、尤もすぎる疑問の叫び声を耳にしてもニヒルな笑みを浮かべるだけで―――より正確には「ニヒルな笑みに見えるような笑い」を浮かべるだけで、聞かれた質問に対する答えを直接的には答えない、厨二らしい王道厨二を貫いてくる厨二MADモドキ男。

 

 

「宇宙には始まりがあるが、終わりはない。――無限。

 星にもまた始まりがあるが、自らの力を持って滅びゆく。――有限。

 英知を持つ者こそ、最も愚かであることは歴史からも読み取れる。

 これは抗えぬ者たちに対する、世界からの最後通告と言えよう・・・・・・」

 

 

 ・・・それを答えとして語るのが「カッコいい」と思い込んでいる、痛さ故の発言によって・・・。

 所謂、《パンドラズ・アクター》とでも思えば宜しい。

 異世界の人には分からないだろうし、現代日本人でも分からない人は多いかもしれないが、分かる人には必ず分かる。

 自分の黒歴史が実態を得て生き生きと動き出す恐ろしさは・・・・・・当の本人にしか分かる日は永遠に来ないことであろう。

 ――来ない方が絶対いい代物なんだから本当に・・・・・・。

 

『・・・・・・・・・・・・・・・?????』

 

 そして当然のように、聞かされてる側には何言ってんのか全く意味が分からない。

 当たり前だ。

 言ってる本人自身でさえ何言ってんのかサッパリ分からないまま、ただ「カッコいいから」ってだけで言ってる言葉の意味が分かってしまったら、ソイツは詐欺師の才能があるか精神病院に行った方がいい。もしくは脳外科に。

 

 

(死ぬわ――――ッ!? 過去の過ちによって私が死ぬわ! 私だけが死ぬわ!! 主な死因は恥死―――ッ!!!

 って言うか死なせて下さい!死なせて下さい!お願いしまっす!? エルフボディにアンデッドの精神強制安定機能ないの! 誰か! 私を殺して下さぁぁぁぁぁッい!!??)

 

 

 結果として、自分の内側にある心の中の内的世界の中心で、愛というか哀を叫んで叫びまくって血の涙を流しまくっている、コントロール不能になった自分の黒歴史の具現化状態に藻掻き苦しんでる馬鹿エルフ幼女。

 少なくとも、この戦いが終わった時には、勝っても負けてもバカが血反吐に沈んで無様を晒すのは確実になりそうだったが、自業自得なので大した問題はないだろう。

 

 戦いの終わりというものは、いつも空しい。彼女はそれを身を以て現実に生きる我々に教えてくれていると考えれば、差したる同情の念も涌きすまい。もしくはザマーミロとしか思われない。それが厨二の生きる道。

 

「え、えぇい! き、貴様も聖女の一派であろう! 者ども、殺れッ!!!」

『お、応ッ!! ウォォォォォッ!!!』

 

 そして結局、訳分からんことしか言わないヤツは、もう敵なんだと言うことに決めつけて倒す以外に対処しようがないと判断したウォーキングの号令によって、ようやく自分たちの方針が決まった黒尽くめのサタニスト軍団が白い一人の男に向かって大挙して襲いかかってきて、そして――――

 

 

「よせ。わざわざ無駄死にすることはない」

『な、なんだと!?』

「お前たちの力では、俺を倒すことは絶対にできない。できない理由があるからだ。

 命は大事にするものさ―――」

『う・・・、ぐ・・・・・・、むむぅ・・・・・・っ』

 

 静かな口調で堂々と、戦う前から勝利宣言をしてくる白衣の男。

 武器も持たず、鎧もまとわず、痩せぎすで筋肉などまるで無いように見える、強者とは到底思えない風貌を持つ、ただの青年。

 

 にも関わらず、その言葉には絶対の確信があり、その態度からは虚勢の類いは一切感じさせるものがなく、傲慢なまでの自信が自然体で発揮されている・・・・・・そんな透明感あふれる強者感が“感じられやすいような言動”に惑わされ、ポケットから取り出したタバコに火をつけて、敵の前で一服し始める青年を前にして不用意に動くことができなくされてしまっていた・・・・・・。

 

 

 

 そして、そんな『格好良く見えることと、見せること』を意識しまくった厨二妄想の具現を目の当たりにして、心トキメキされまくってる人も中にはおりました。

 

 

(か、かかかかかかかか、カッケェEEEEEEEE~~~~ッ☆☆☆)

 

 言うまでもなく、チョイ悪スケバン聖女のキラー・クイーンちゃんですな。

 悪そうで強そうで、余裕綽々の態度の美形とか好きそうですもんね彼女って。

 

(誰だよありゃあ!? あのバッキバキの白装束は何だ!? ヤバすぎだろ!

 しかも「生きるか死ぬか」って、どんだけ覚悟示しながら生きてんだよ!?

 ヤべぇよ! ヤバすぎるよアンタって漢はさぁぁぁぁぁぁ―――ッ♪♪♪)

 

 ・・・う~~ん・・・偶然の一致による、この相性の悪さ・・・いや、良さ。

 しかも彼女が引き寄せられまくったポイントはそこだけではなく、白衣のMADアバターは世界征服をもくろむ大学生マッドサイエンティストをモデルに造っているとは言え、コイツ自身は世界の未来を救ったマッドサイエンティスト本人ではない。

 

 後に馬鹿エルフを生み出すバカが、もっとバカだった頃に生み出していた妄想の産物存在である。

 当然のように、見た目には白衣のマッドサイエンティスト以外の「格好いい要素」が多く盛り込まれまくっており、

 

「――うっ!? ぐ・・・ッ、この痛みは印が反応している・・・? ぐ、ぐわぁぁぁぁッ!!」

 

 突然、右腕を左手で掴んだと思ったら苦しみだし、周囲を唖然とさせるような絶叫を上げた後、息も絶え絶えになんとかナニカを押さえきった“ように見える表情”で白衣に隠れていた己の右腕を自然な流れで曝け出させて、そこに巻かれていた包帯も取り外して、右手首あたりに刻まれていた【黒竜の刺青】を周囲の者たち全員に見られたがるように見せつけるポーズを取りながら。

 

「ハァ・・・、はぁ・・・、――チッ。久方ぶりに“ヤツ”の気配に反応して抑えが効かなくなってしまったか・・・・・・。仕方が無い、もう少しの間だけ待っているがいい。相棒。

 もうすぐお前の大好物である人の血を、好きなだけ飲ませてやることになりそうだぜ・・・・・・」

 

(ヤベェェェェェェッ!? かっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ♡♡♡♡)

 

 クイーン、心の中で絶叫。

 と言うのも、この世界には体に直接魔法を彫り込む手段というのが本当に存在しており、それは文字通り命を削りながら戦うような方法で、真っ当な神経と肉体で耐えられるような代物では全くなかったという異世界事情があったからだ。

 

 白衣の下に包帯巻いて、右手に黒竜書いて、眼帯もして、オマケに美形。

 典型的すぎるほどの、中学生の厨二がよくやりそうな『全部使いたい、どれも外したくない』という厨二妄想のゴッタ煮化現象起きた産物として、今この世界に長き眠りを経て復活を果たした白衣の男は見た目設定を造形されているキャラだった。

 

 

 ・・・・・・要するに、またしても偶然による一致が相性良すぎてしまった結果として、字面通りの意味と解釈されてしまったのが理由であった・・・。

 変なところで厨二に優しい異世界ですね、この世界って。

 

『く、クソッ! この死に損ないがッ!! くたばれェェェェェェェッ!!!!』

 

 一方で別解釈として、痛みに苦しんでた姿と、包帯巻いて眼帯してる格好を重傷負って治療中の怪我人と見て襲いかかる踏ん切りをつけたサタニストの皆様方。

 常識的判断としては非常に正しく、普通は彼らの方の判断が絶対に称えられて然るべき選択だったんだろうけれども。

 

 残念ながら、この異世界は常識人よりも厨二に優しい世界観をしているようでもあり――

 

 

「愚かな・・・・・・そんなに死にたいというなら、望みを叶えてやろう。――ハァァァ!!

 アイガーッ! アイガーッ!! アパカットォォォォッ!!!」

 

 

 ドガッ! バギィッ!! ズガッシャァァァァァッン!!!

 どっかの細身で素手だけど強い戦士がやってたことで有名だったセリフを叫びながら、拳の先からビームを発射させ、即座にしゃがみ込んで下段からのビームも発射し、両方を掻い潜ってくることになんとか成功した一部の者たちが刃物振りかぶってジャンプ斬り仕掛けてきたところを狙い澄ましてアッパーカットで高く高く自分と一緒に打ち上げながら・・・・・・フィニッシュである。パーフェクト!!

 

 ・・・・・・尚、基本的には正義キャラより悪役好きなのがコイツだったため、波動の力を飛ばす拳とか、天へと昇る龍の拳とかよりも、タイガーさんの方が好きなのでコイツの場合はコッチ系がメイン。

 

 何はともあれ、近づいてこようとする敵を迎撃する定番戦法は見事に決まり、ソニックなブームを出す必要性さえなかったほどアッサリと勝ってしまったサタニストたちの屍を前にして、白衣の厨二男は「フッ・・・」とニヒルに嗤うのみ。

 

「言ったはずだ。お前たちでは俺を倒すことは絶対にできないと。その理由があるからだ―――とな。

 己が勝てぬと言われた理由も分からぬまま、ただ敵へ向かって突撃する蛮勇。無謀。

 その愚かさこそが貴様らを死に至らしめたのだ。他の誰のせいでもなく、お前たちの仲間自身が持つ愚かさによって・・・・・・」

『う・・・、ぐ・・・・・・お、おのれぇぇぇ・・・っ』

 

 冷たい声と瞳で断言されて言い切られ、サタニストたちの初檄に参加しきれず生き残っていた面々は悔しげに歯がみしながら唸ることしかできなくされる。

 

 ―――余談だが、白衣の男がサタニスト立ちに向かって語った『自分を倒すことは絶対にできない理由』とは何なのかと言いますならば↓

 

 

【レベルの差があり過ぎるから】

 

 

 ・・・・・・ってのが理由の全てだったりする次第・・・・・・。

 確かに【ゴッタ―ニ・サーガ】ではエンジェイプレイヤーでしかなかった馬鹿エルフとは言え、一応はレベルカンストまで上がった身体で異世界に飛ばされてきてるわけだし、たかが武装した村人A、B、Cが襲いかかってきたところで、ノーダメージで圧勝できるのは当然の結果に過ぎず、負ける方がどうかしている。

 

 最近では、特別な生まれの主人公に普通のヒロインたちが「いつまでもオンブに抱っこはイヤ。隣に並びたい」とかの願い抱くのが人気になってるらしい部分あるけれども。

 

 どっかの世界でMMO遊んでたら現実に戻れなくなって、ゲームオーバーが現実の死を意味するデスゲームの中、黒い最強剣士主人公さんが

 

 

【たかが数字が増えるだけで、そこまで無茶な差がつくんだ。

 それがレベル制MMOの理不尽さというものなんだ!】

 

 

 と叫んでもいたので、馬鹿エルフの中の人的にはコッチを採用して、この白衣キャラを作ってロールしてました。

 「みんな違って、みんな良い」はMMO好きだから好きだったけども、「みんな一位で、順位はない」は嫌い。

 超強い武器がインフレ起こしてバランス調整されて、ゴミになって泣いた苦い記憶があるから。

 

『く、くそォ・・・貴様はいったい何者なのだ!? 名を・・・名を名乗れぇぇぇぇッ!!!』

「フッ―――“正義の味方”とでもしておこうか」

『なんだと!? ふざけるなァッ!!!』

「か弱き婦女子に、数人がかりで襲いかかるチンピラどもからレディーを守って戦っているのが俺で、チンピラが貴様たちだ。

 世間では今の俺のような存在の事を、『正義の味方』と呼んでいる・・・・・・そういう事さ」

『き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!』

 

(OUッ!! BANNKU!! BAN☆DEN♪BONNッッ!!!♥♥♥)

 

 そして段々と、言語中枢が危なくなってきた強さを尊ぶ聖女様の次女キラー・クイーン。

 

(レディー!? かか、かよわいレディーって・・・・・・っ! 俺の事かよわい婦女子でレディーってェッ!♥! ああ!でもでも! こんな扱いも悪くな~いッ☆♪♥♥)

 

 強すぎて、男たちから一度も女扱いしてもらった事ない王道ヤンキー少女設定持ちな聖女様が、人生初の女扱いが『かよわいレディー』だったせいでテンション上がり具合が凄まじいレベルになってしまったのも・・・・・・やはり相性が原因なんだろう、相性が。

 現代日本で同じ事やったら、絶対ドン引かれるかキモいとしか言われないだろう言葉でも、中世ヨーロッパ風なファンタジー世界の時代だったら古くさいお約束セリフになるまで後数世紀――。

 

「さて―――次は誰が死ぬ?」

(かっけェェェェェッ!! 超強くて渋くて格好良すぎるゥゥゥゥッ♡♡)

 

「オイ見たかよルナ! あの格好良すぎる上に超強いお方の活躍を―――」

『・・・キュぅぅぅ~~・・・・・・、フシュゥ~~~~~・・・・・・』

「――チッ! 使えない糞が! そして呻き声までブサイクがッ!!」

 

(・・・・・・ブク、ブク・・・・・・ぴく、ぴく・・・・・・)

 

 尚、褒められてる側の中のエルフも凄い状態になっちまいつつあります。具体的には、数世紀後には化石として土の下から発掘されそうなレベルです。

 心肺の音がピーッと鳴り続けて止まらなくなるまで、後数分・・・・・・。

 

 

『く、クソッ! 退け! 者ども退け! 一端退いて体勢を立て直すのだ!!』

 

 アッサリと味方やられたサタニストが、遠くの方でコントやり始めた聖女姉妹を殺すのを一端諦め、数が残っている内に復讐戦を図るため一時退却しようと背中を見せて逃げ始めた戦場。

 

 しかし・・・・・・

 

 

「逃げ出す道を選んだか・・・・・・。だが、遅かった。その道を選ぶには遅すぎたのだ・・・」

 

 そう言いながら白衣の青年は、さっき左手で押さえつける演技をしてた右手を、顔の近くまでゆっくり持ち上げて行きながら―――ユラッと。

 陽炎のようなモノを、徐々に徐々に拳の内側から発散していきながら何らかの形を取るよう蠢き出させ。

 

「いい指揮の腕だった。殺すには惜しいくらいだ。

 だが・・・俺と当たったのが運の尽きだったな」

『な、なに!? なんだと! なんだ、あの黒い色をした不気味な炎は!?』

 

 逃げ始めたサタニストたちの中で数人が、不吉そうな男の声に振り返って目にする事になった、今まで彼らが見た事のない色をした炎―――強いて言えば、神都襲撃の切り札として遣う予定になっている“生け贄”を用いて呼び出される存在の人体実験中に見せつけられた【人の町に居てはいけない世界の存在】が使う事のできていた外法の技ぐらいなもの。

 

 アレと同じモノを呼び出したというのか? 

 “同じ人間でしかないはず”の、この男が!?

 

「俺の邪気を餌に、魔界から呼び出した黒い炎だ。

 ナニカを影すら残さず燃やし尽くさない限り、決して収まりがつくものではない・・・っ!」

 

 ゴオッ!と。

 黒い竜で、炎で、厨二って言ったら外すことができない超格好いい存在を、この馬鹿エルフ生み出す中の人の当時が放置しておけるはずが無し。

 

 心の中に潜む自分の本心が、泡吹いて倒れながらピクピク痙攣して、そろそろ静かになりそうになってることをも気にすることなく。

 黒い炎をまとわせ始めた、黒い竜の刻まれた包帯取り外して、白衣の裾めくって見えるようにした右手を掲げながら、

 

「ただ、殺せば良いだけのルールで呼び出したのでな。今はまだ俺自身でコントロールし切れん。

 悪いな、手加減できそうもない。できれば殺さずに済ませたかったが・・・・・・」

 

 だったら、逃げる敵相手にオーバーキル過ぎる必殺スキル使うなよ、というツッコミが通常だったら入るのが妥当なところだけれども。

 逃げる敵に殺されかかってた側にとっては、別にツッコんで留めてやる必要性は些かもなく、逃げる側の敵たちにとってはツッコんでる余裕がない。全速力で逃げ出さなければ確実に死ぬ、殺される!という恐怖に突き動かされながら、全力で必死に、ただ町の出口へ向かってひた走るのみ!・・・・・・もう手遅れだったけれども。

 

 

「右腕だけで十分だ。見えるか? 貴様らが使っていた火遊びとは一味違う、魔力を秘めた本当の炎の術が!

 喜べ! 貴様らが、この異世界における邪王炎殺拳の犠牲者第一号だ!! 邪気眼の力を舐めるなよ!

 食らえ! 【邪王炎殺炎殺黒竜波】ァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 叫び声とともに突き出された右手から発する、凄まじい熱量を持った黒い炎のドラゴン・オーラ!!

 《ゴッターニ・サーガ》における数少ないモンクの遠距離攻撃技の中でも最大級の威力と使用SP(スキルポイント)を消費する必殺技!

 

 その名も、最上級モンクスキル《デッドリー・ウェイブ》!!

 

 ・・・・・・言ってた技名と全然違うじゃねぇかというツッコミは言ってはいけない。

 なんとなく見た目が似てる技使うときには、「コレがソレだ」という事にして同じ技名叫びながら使いたくなるのが、格好いい元ネタありの有名必殺技というものなのである。

 

 たとえば、《バーン・ナ〇クル》とか。《ギガディン〇トラッシュ》とか。《牙突〇式》とか。そういうのである。

 

 知ってる人にとっては痛いっつーより、労りの目で見られて他人行儀に気を使われ出す行為であったものの、知ってる人が誰もいないチキュウ外異世界だとやりたい放題である。

 異世界とは別名を、版権無法地帯とも言う。・・・・・・かもしれない。多分だが。

 

 

 

 まぁ、それはさておき威力と性能に関しては最上級の名に恥じない、射程範囲広すぎてホーミング機能まで完備している、超高威力の黒いドラゴンを象った炎の塊は、いったん町の上空へと舞い上がった後、再び急降下してきて逃げる途中だったサタニストたちのど真ん中に無事着陸して―――

 

 

 ドッガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッン!!!!!!

 

『うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁヒィィィィィィィィィっっ!?!?!?』

 

 

 ・・・・・・見事に地面をえぐって、でっかいクレーターを町の大通りにデデンと空けて、いったい修復までに幾らかかって何日必要なのか見当もつかない規模の被害を出しながらではあったものの。

 

 とりあえず、サタニストたちの脅威は跡形もなく、影も残さず消え去って、交易の街ヤホーには再び平和が戻ってきたのであった。

 

 

「フッ・・・・・・弱い者が、俺の前に立つんじゃねぇ!!」

(格好いいぃぃぃぃぃッ☆☆☆!!!)

 

 クイーンは思わず声を出しそうになり、周囲に騎士たちいるの今更のように思い出して、なんとか口元を押さえる事で我慢しきってはみたものの。

 

「そこの綺麗なご婦人。怪我はありませんかな?」

「ひゃ、ひゃいぃぃぃっ!?」

「――ぶッふォゥッ!? って、ヒィィッ!?!?」

 

 たまたま目が覚めてしまったらしい腹心のフジだけが、思わず発してしまった変な声の返事を聞いてしまったせいで―――口封じのため後でコロスと、目で宣言されて怯えさせまくりながら、それでも厨二の目には映らないから問題はない。

 厨二とは、自分に酔っているだけの者の事。相手が聞いてなかろうと関係はない。それでこそ厨二神ザ~マス故に。

 

「それは何より。もしまたチンピラどもの仕返しに来た際にはお呼びください。三十秒で駆けつけてご覧に入れましょう。

 ――ところでレディ、一つだけ確認しておきたい事があるのですが、宜しいかな?」

「は、はひっ。なんなりとどうじょ・・・・・・」

「ありがとう。もしあなたが、また誰かに襲われ、俺が助けにはせ参じたとき。

 ――その連中、俺が倒してしまって構わないのでしょう? たとえ神や魔王であろうとも」

(JesusGOD!! 俺は死んだッ☆★)

 

 神より先に自分を殺してクイーンは、一人の女の子として生まれ変わったつもりで相手の男に問いを投げかける・・・。

 

「ぁ、あにょ・・・いえあの、よ、良ければあなた様のお名前をお聞かせ下さい・・・・・・」

「ぶォッふォーッ!? って、ブひぃぃぃぃッ!?!?」

 

 そして邪魔しないよう死んだフリしてたせいで、場所が移動できなかったフジが本日二度目の「聞いてはいけない声と話」を聞いてしまって、本日二度目の死刑執行が確定してしまい、心の中で故郷の母ちゃんたちに別れを告げさせている傍らで、厨二はどこまでも厨二らしく。

 

 ――――勝利した後が一番格好つけてキメたがる、厨二の性を遺憾なく発揮しまくりながら、心の中の馬鹿エルフに止めを刺すためマウンテンサイクルに永久封印していたはずの忌まわしい名前を、再びこの時代へと呼び起こさせる禁断の呪文を口にする。

 

 

「俺の名はゼロ―――凶王院ゼロ。

 世界を壊し、世界を創造する男です」

 

 

(私は死んだ! って言うか死にたい! 誰か私を助けて自殺させて下さぁぁぁぁい!?)

 

 

 葬り去って、なかった事にしたはずの存在が墓の下から蘇ってきて、異世界で認知されてしまった瞬間だった。

 魔王レッテルの方は、なんとか誤魔化せるかもしれないけど、今回のコレは果たしてモンクの力で何とか揉み消すことはできるのだろうか?

 

 馬鹿エルフに未来を絶望させながら、凶王院ゼロと名乗った男は「それでは」と声をかけてから立ち上がり、クイーンたちに背を向けて、

 

「申し訳ないが、怪我人の方はお任せする。俺がこれ以上ここに居ては、彼らに今以上の迷惑がかかってしまう・・・奴らが来るより先に街から離れなければ・・・・・・。

 奴らが――“機関”が俺を追って、この世界まで来ている事は間違いないのだから・・・!」

「え? あ、あの機関って言うのは一体・・・? 私はこれでも、この国の聖女ですので出来ることならお手伝いを――」

「むっ!? いかん! 奴らがもう来たか! この場を戦場にするわけにはいかない!

 さらばだお嬢さん! 縁と命があったらまた会おう!!」

 

 

 そして、ダダダダダダダダダダ―――ッ!!!と、もの凄い早さと勢いで走り去ってく、誰かと戦いながら世界を守ってるらしいっぽい、白服の厨二男。

 

 もはや現代日本の厨二病患者たちでさえ、絶滅してしまったであろう「機関」を愛する運命の石ファンは、色々なもの混ぜ合わせまくって名作キャラをいいとこ取りしたパクりキャラとしてこの世界でデビューを果たし、この日の戦い結果とともに広く世界中に知られていくようになる伝説の始まりを刻み込んで去って行った。

 

 嵐と言うより、ギャグ台風みたいな男がもたらした衝撃は非常に大きく、最後に放った 【黒い炎の竜】と共に様々な人々の口を伝わりながら多くの伝説や異説へと発展していく、その第一歩目を今ここで記したのだ。記してしまったのである。

 

 

 

 

 そして、この件に関わってしまった者たちは・・・・・・

 

 

「ば、化け物め・・・っ、奈落を回収できただけでも救いであったが・・・・・・まさか【龍人】が出てこようとは!

 2人いるなど聞いていなかったが、獣人国は隠していたという事か・・・・・・だとすると、この国の騒ぎに介入するため、ヤツの他にも仲間の“獣人”が紛れ込んでいる可能性すらあり得る。警戒を強めねば!!」

 

 

 

 

 そして、戦闘の舞台となって被害を受けた街の復興現場の片隅では。

 

 

 

「あ~、アンタら。見ての通り街は今、復興工事中なんだ。悪いんだが、一般の観光客とかだったら西口の方へ回ってくれんか?」

「それは構いませんが・・・・・・どうかされたのですか? 何やら凄まじい破壊が起きたような光景ですが・・・」

「あ~・・・まぁ、その、なんだ。そのうち聖光国からの公式発表ってことで言ってくるだろうから、そのとき聞いてくれ。俺の口からは言いがたい」

「分かりました。難しいお立場を、お察しいたします。

 ――ところで僭越ですが、我々にも復興作業のお手伝いをさせていただいても構いませんでしょうか?

 実は私共は、苦しむ人々を救うため、正しき教えを説いて回る巡礼と不況の旅に出たばかりの者たち。家を壊され、嘆き悲しんでいる人たちを放ってはおけません。どうか僅かでもお手伝いさせて頂ければと・・・・・・」

「本当かい? そりゃ助かるよ。なにしろ人手が足りなくて、今すぐ猫の手でも借りたいぐらいで―――」

 

「承知しました。――と言うわけです!

 苦しむ人々を救い出し、お手伝いしてあげるため人助けのため緊急出動しなさい!

 我らが偉大なる第六天魔王様の使い、“コッコ君”っ!!!!」

 

 

 

【クルコッコ――――――――ッ!!!!】

 

 

 

「って、なんだこの馬鹿でっかい化け物鳥はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!???」

『ぎゃぁぁぁぁぁっ!? 運んでく途中の木材取られた!? 先に運ばれちまった!!』

『きゃぁぁぁぁぁッ!? お婆ちゃんが倒れて怪我してるのをお医者さんまで飛んで連れて行かれちゃったわ!?』

『うわぁぁぁぁぁッ!? 屋根に上っての難しい修理を空飛んでアッサリと簡単に!?

 ・・・・・・って、普通に良い事尽くめじゃね?』

 

 

「フッフッフ・・・・・・これぞ我らが偉大なる人々の願いを叶えて救世し、あまねく全ての願望を叶えてくれる夢と希望の第六天魔王様のお力!

 その力の一部だけを別け与えられた我が村唯一の雄鶏コッコ君でさえ、これほどのパワーを与えてもらえるのです!

 さぁ、皆さん祈りましょう! この世の今と過去、そして未来までもを光で照らし出す、真なる第六天魔王様の御名と威光を天に代わって感謝申し上げるのです!

 さぁ、ハイッ!!!」

 

 

【ああ、魔王様~♪ 魔王様~♪ 

 輝く瞳は、そよぐ髪♪ 山より高く、海より深い♪

 どんなに晴れた、寂しい昼も♪ あなたを思えば怖くない♪

 どんなに明るく、悲しい場所でも♪ あなたがいるから、へっちゃら、ぷー♪】

 

 

『お、おう・・・なんかよく分からねぇが、その歌を一緒に歌えば救われるんだな? なら歌うぜ! 力一杯腹一杯に声出して歌いまくるぜ!! 家で待ってる母ちゃんのために!!

 ―――ああ、魔王様~♪ 魔王様~♪ 

 輝く瞳は、そよぐ髪♪ 山より高く、海より深い♪

 どんなに晴れた、寂しい昼も♪ あなたを思えば怖くない♪

 どんなに明るく、悲しい場所でも♪ あなたがいるから、へっちゃら、ぷー♪』

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・見なかった事にして、聴かなかった歌としておこう。

 智天使様でも光でもない魔王が人助けなど、あってはならないあるはずのない出来事なのだから・・・・・・。

 あ~、寝不足できっと幻聴でも聴いて幻覚でも見たんだ、きっとそうだ。やっぱ歳は取りたくないもんだねぇ~、うんうん。(ズズゥゥ~)」

 

 

 

つづく



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コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~

順番変えたら何故か消えてしまったため投稿し直した作品です。
【コードギアス反逆のルルーシュ】と【銀河英雄伝説】のコラボ作品です。


*結局、続きを書いてみることにしたので話数の順番を変えました。
 1話と2話が離れてると読みづらかったので…(経験談)
 ただ、長く続くかどうかは不鮮明です。あくまで次話も書いてみてるだけなので。


 

 ここに描かれた事事が、あなたの知っている物語に近く。

 ここに現れた人々が、あなたの知っている人に似ていたとしても。

 それは歴史の偶然であり、必然であり――あるいは人が運命と呼ぶものなのかもしれない。

 

 そのころ人類は、戦争の愚劣さを否定しながらも地球という小さな青い星一つの上だけで地ベタを這いずりながら戦うことを決してやめようとはせず、大きく三つの勢力に分かれて飽くなき勢力争いに明け暮れていた。

 

 神聖ブリタニア帝国とEU、そして帝国と同盟を結んだ中華連邦とである。

 皇歴2010年8月10日。ブリタニア帝国は日本に宣戦を布告した。

 ブリタニア軍は人型自在戦闘走行兵器《ナイトメア・フレーム》を実戦で初めて投入、既存兵器しか持たぬ日本側の本土防衛線はことごとく突破され、極東で中立を謳う島国は帝国の属領となり、自由と権利と――そして“日本人という名前”を奪われた。

 

 【AREA11】――その数字が敗戦国日本の新しい名前だった。

 これ以降、日本人だった人々は《イレヴン》と呼ばれるようになる。

 

 だが、開戦から短期に降伏したことで多数の戦力を各地に残したまま帝国の支配地となった日本では、長く続く反乱勢力の抵抗運動に統治者となった帝国軍が鎮圧のため手を焼き続けることとなっていく。

 

 全体としては帝国の優位は動かず、だが世界中に拡張戦争を続ける帝国軍に反乱鎮圧のため割ける兵力の余裕は多くないことから膠着した状況が続くも、旧日本側の抵抗運動もときの経過と共に衰退しはじめ、テロや特攻、自爆や悲壮美などを謳う自滅に走る者が続出する――そんな「何とかなってほしいが何となりようもない状況」に今日ではなってしまっていた。

 

 戦争と敗戦という悲劇の中で、膨大な量の血と涙と知恵が費やされ、様々な人の夢と野望が燃え尽くされていく。

 だが、いつの世も世界を良きにしろ悪しきにしろ変えようと野望を持った人間が生まれる。

 歴史上に名を残し、世界を変えたいと野望を燃やし、人間の歴史の中に砕け散っていった人々が生まれる。

 

 

 ブリタニアに降伏して瓦礫の山と化した都市を見下ろす山腹で一人の少年が、力なき自分の無力さを決して許さぬ誇り高きグリフォンの矜持を宿し、それらの人々の卵として産声を上げたのと同じように。

 

 

「僕は・・・スザク・・・・・・僕は――いや、“俺は”ブリタニアをぶっ壊す!

 皇帝が大事にしている全てを奪い取り、同じ苦しみを味あわせてやる!!

 近い未来に! 絶対にッ!!!」

 

 

 人は彼らを・・・・・・そんな人間たちのことを―――『英雄』と呼ぶ。

 

 

 

 

 終戦の日から7年あまりが過ぎ、今は皇歴2017年。

 ブリタニア属領《エリア11》内にあるブリタニア人居住区《トウキョウ租界》の一角にたつ高級マンションの一室で、二人の人物がチェス盤を挟んで向かい合っていた。

 

 一人はウェイター風の格好をした初老の男性で、もう一人は古風な貴族風の装束をまといながらも気品を感じさせない中年の男。

 勝負はどうやら、初老男性の方が不利な状況にあるようだった。

 

「持ち時間が切れました。ここからは一手、二十秒以内にお願いいたします」

「――だ、そうだよ?」

「う、うぅ・・・・・・」

 

 年下である相手から余裕を見せつけながら告げられた指摘に、初老のウェイターは思わずうめき声を上げて周囲を見渡し、逃亡防止役も兼ねた相手の護衛たちに取り囲まれている状況に絶望感のあまり顔中を脂汗でびっしょりと濡らしている。

 

 彼らは今、賭けチェスの真っ最中だったのである。

 それも法外な額の賭け金で、《貴族》を相手に非合法ギャンブルをだ。

 

 

 ・・・・・・とは言え、特権階級であるブリタニア貴族にとって、法外な額での違法ギャンブルは必ずしもコソコソ隠れてやる必要がある訳ではなかった。

 帝国の法は、身内に優しく外様に厳しい。特に貴族に対する法は甘く、抜け道はいくらでも探し出せるし、なければ力なり金で作らせることも可能だったろう。

 それら特権を行使する事なく、わざわざ市街地の一室まで来て負けたときのリスクを負いたがるのは、特権階級に生じやすい倒錯した心理によるものだった。

 

 絶対安全な地位や立場に就いてしまった人間ほど、リスクを求め、スリルを楽しみたがる悪癖が出やすいのだ。

 この貴族男は、そんな貴族の悪弊を体現したかのような人物だったが、ゲームの腕そのものは悪くなかった。

 

 急な依頼だったため“助っ人”のスケジュール調整が間に合わず、到着が遅れているという事情もある。

 いったい自分の腕で、あと何分持ちこたえられるだろうか・・・? 彼が内心でそんな疑念にとらわれだした、まさにその時。

 

 

 ―――ガコン。

 

 

 背後の扉が開き、関係者の身分を証明した者以外は入れるなと厳命しておいた外の護衛が通してやった人物が入室してきた事実を告げて、初老の男性は救いの神を得たかのように顔色を輝かせ、相手の貴族は逆に不審げな顔で相手を見つめ、闖入者の姿を見た途端に鼻を鳴らす。

 

「代理人のご到着かと思ったが・・・・・・なんだ、学生か」

「なんだ。“成り上がりの成金”か」

 

 カツン、と。侮蔑に対する相手からの反応を聞かされた瞬間、思わず男は持っていた爪研ぎをテーブルに音高く叩きつけ、かろうじて怒りを制御することに成功した。

 

 彼は、他人を見下すことには慣れていたが、見下されることには慣れていなかった。

 正確には、“格下の存在から”見下されることに慣れがなくなっていたのである。

 

 自分たち“力ある貴族”に対して、一般庶民という者は畏敬を持って接してくるのが当然であり、ここまで無礼な態度を取られることは貴族となってから一度も経験させられた事がない。

 

「――若者はいいな、時間がたっぷりある。後悔する時間がだがね」

「フッ・・・」

 

 感情が収まらぬ故の相手からの皮肉に対して、助っ人の学生はアメジストのような瞳で見つめ返した後、いっそ荘重なほど大仰な仕草と言い回しで「遅れた非礼」を謝罪して見せた。

 

「失礼しました。ここに来る途中で野良犬に吠えかけられまして。

 “やんごとない身分の方から、暇潰しの相手をしてやるよう頼まれた”などと、戯言をわめく躾のなっていない野良犬です」

 

 少年の言葉に、ウェイター風の男は驚いた顔で貴族の男へと向き直り、ヘルメットを片手に運転手役を務めたらしい少年の友人も怒りを込めた視線で相手の顔を睨み付ける。

 

「無視しても良かったのですが、たまには蹴飛ばしてやるのが犬のためかと思い、遅れた次第。どうか無礼をご容赦いただければ幸いです」

「・・・たしかに、どこの馬の骨かは知らんが、暇を持て余して戯言を喚くようになった若者は多いらしいな。我々と違って不幸な事だ」

 

 睨まれた当の本人は、平然としたままポーカーフェイスを崩さなかったが、内心での舌打ちを禁じ得なかった。

 ウサギを狩る獅子のつもりで打っておいた保険だったが、小細工を労しすぎた感は禁じ得ない。

 このような学生ごときが相手と知っていれば、余計なマネなどする必要はなかったろうに・・・。

 

「それで? “時間を持て余した若者たち”とは異なる、君の名は何というのかね?」

「ルルーシュ・ランペルージ」

 

 そう名乗って席に着き、最初に少年が手にした駒を見た瞬間に、貴族の男は相手の無礼を許すことを心の中で決定した。

 

 彼が手にして、自分の出番で最初に進めた駒は―――キング。

 

 余裕と安堵の笑い声を上げた彼の笑顔が、引きつった強張りを見せるのは、王の駒が動き始めてから丁度8分32秒後のことである・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「いやー、貴族サイコ~ッ♪」

 

 勝負が終わって建物の外へ出てきながら、ルルーシュの友人である『リヴァル・カルデモンド』は、満面の笑顔で喝采を上げた。

 そして、今さっき“賭けチェスに勝って”“金を巻き上げてきた貴族”のことを手放しで心から賞賛してのける。

 

「プライドあるから支払いも確実だしね! その上、8分32秒の新記録達成まで貢献してもらえるなんて、貴族サマサマってヤツ?」

「相手の持ち時間が少なかったからな。――それに緩すぎるのだ、貴族という連中は。特権に寄生しているだけだから、あの程度の挑発にも簡単に乗せられて集中を乱す。

 民衆に寄生する内実のない貴族のプライドなどに拘るから、ああいう羽目にもなる」

 

 対する友人からの反応は至って冷淡で、そして辛辣でもあった。

 残り時間が少なく、到着したばかりで相手の手の内が分からず、打ち筋も知らない。

 翻って、盤面を見ただけでも相手の手癖まで読み取れるルルーシュの側には、敵の内面まで曝け出されたも同然の状況。

 その不利な状況下の中で、たかが“キングの駒から最初に動かして見せただけ”で、あそこまで動揺を顔に出してしまうようでは、賭け事に向いているとは到底思えない為体。

 

 チェスの腕そのものは悪くなかったが、駆け引きの基礎がまるで出来ていない相手だった。

 大方、貴族の自分と裕福であっても平民でしかない相手の身分差によって、今までは萎縮した相手とばかり戦ってきた類いの手合いだったのだろう。

 

 だからこそ、緩い。覚悟がない。勝利を求めて戦いの場に赴きながらも、自分が敗北してすべてを失う可能性など微塵も感じることなく安全が確保された堀の中でのみ勝負ゴッコに興じる肥えた豚など、彼と戦うには役者不足も甚だしい。

 

「おぉ~う、相変わらずの毒舌ぶりで。じゃ、イレヴンとやってみるか?

 オレらブリタニア人と違って階級意識とか薄いから―――お?」

 

 気楽そうな軽い仕草と言い回しでルルーシュの先を歩きながら話しかけていたリヴァルが、何かに気づいたように体ごと背後に振り向いて、視線の先にあった街頭モニターに映し出された映像に僅かながら笑みを薄めさせられる。

 

『――お待たせしました。

 先日、オオサカで起きた爆破テロによってブリタニア人8名、その他51名の死傷者を出した、この事件に対してブリタニア帝国第三皇子クロヴィス殿下から会見の時間です』

 

 頂上付近から煙が上がり続け、僅かに残った赤色がビル内でも点灯し続けている映像とともに女性アナウンサーの声が、街頭モニターの見える範囲にいた一般市民達全員に聞こえるように響き渡る。

 悲しげな語調と、抑制された無表情な鉄面皮が不調和な女性アナウンサーの顔が消え、代わって映し出されたのは、秀麗な顔立ちに愁いの影を薄く浮かべた金髪碧眼のマントをまとった美少年。

 

 7年前に日本を征服して領土の一部とした、ブリタニア帝国の皇室の一員にして、エリア11と名を変えさせられた旧日本の現支配者でもある総督。

 

 それが彼、【クロヴィス・ラ・ブリタニア】

 現帝国の最高権力者たる皇帝の息子にして、三番目の帝位継承権を有する人物の名。

 

 

『帝国臣民の皆さん。そして勿論、協力いただいている大多数のイレヴンの方々。

 ・・・分かりますか? 私の心は今、二つに引き裂かれています・・・ッ! 悲しみと怒りの心にです!』

 

 美麗な顔を歪めて、眉を寄せ、心臓を鷲づかみするかの如く服の胸部を強く握りしめ、死んでいった者達への哀悼と、彼らを手にかけた憎むべきテロリスト達への怒りを露わにする画面の中のクロヴィス皇子。

 

 ・・・もはやこの時点でルルーシュには、見るに堪えない三文芝居の局地であった。

 観客達の前で悲劇の主人公を演じてみせるのは良いのだが、生憎と彼が今いる場所は占領地の総督府であって、シェイクスピア風の古典悲劇を上演しているオペラ座ではない。

 

 あまりにも演出過剰な芝居がかった語調は、見る者の心を白けさせるものと観劇においては相場が決まっているものだが―――これが国対国の問題になると、権威とか面子といった代物によって人はどのように醜悪な悲喜劇でさえ容認できてしまえるものらしい。

 周囲にいる多数のブリタニア人市民達の精神が、クロヴィスの演技に応じて昂ぶっていくのを肌で感じ取らされて、ルルーシュは不快さに顔を顰めずにはいられなくなってくる。

 

『しかし! このエリア11を預かる私がテロに屈するわけにはいきません!!

 何故なら、これが正義の戦いだからです!! すべての幸せを守る正義の!!』

 

 あるいは人に、それを容認させてしまう存在の名前こそが、【正義】というものなのかもしれない・・・。そうルルーシュは心の中で拙い皮肉を思わず零す。

 人々が国粋主義の名の下、三文芝居に酔いしれて、気持ちよく心を酔わせて、血の色をした夢を綺麗な極彩色で飾り立てさせる。

 だが結局のところ、それは性質の悪い脳内麻薬に過ぎない代物ではないか、とルルーシュは思う。

 そんなものを信じたところで、信じさせた側が信じた者たちと信仰を共にしてくれているとは限らないだろうに―――。

 

『・・・さぁ、皆さん・・・正義に殉じた8名に哀悼の意を共に捧げようではありませんか――』

 

 その言葉を最後にクロヴィスの熱演は終わり、再びアナウンサーの無味乾燥な声が戻ってきて『黙祷』と短く一言だけ機械音性のような素っ気ない言葉だけを残して記者会見は終わりを告げた。

 

「あれ? やんないの?」

 

 周囲の映像を見ていたブリタニア人たちが、一般市民・軍人の別なく死者たちに対して哀悼の意を捧げるため、黙って頭を下げている中。

 リヴァルはヘルメットをかぶり直した姿でバイクのエンジンを立ち上げながら、ルルーシュに向かって普通に質問し、自分と同じ行動をしている途中の友人から問われた質問に思わず苦笑させられながら、『リヴァルは?』と逆に問い返す。

 

 質問に質問で返された友人は、僅かに照れ笑いを浮かべながら、少しだけ反応に困ったような笑い声を上げた後。

 

「恥ずかしいでしょ?」

「そうだな。なら俺もそれということにしておこう」

 

 「あ、汚ね」と苦情の声を上げる友人に笑いかけながらルルーシュは「それに・・・」と、誤魔化すように、本音を隠すように言葉を繋げ

 

「俺たちが泣いたところで、死んだ人間が生き返ることはないし、これからも死んでいく人間が減ることもない」

「おお、刹那的ってヤツ?」

「事実だ。俺たちが泣いたところで、喜ぶのは権力に媚びを売るメディアと、安っぽい道徳業者の拝金主義者たちぐらいなものだからな・・・」

 

 言いながらルルーシュは、今一人の『イレヴンに同胞を殺された悲劇で涙したブリタニア国民』によって得をする者達の名を、立場上ひかえたまま口に出すことなく飲み干した。

 

 無関係な一般市民や外国人を巻き込む凶悪なテロを起こす、野蛮で粗暴で自分勝手な日本人――【イレヴン】

 7年前の戦争時には電撃的な奇襲であったが故に、逃げ惑う日本の一般市民もろともに日本軍を蹂躙していった征服者たちの一員とは思えぬ言い草ではあったものの、「自分たちがやられる側」になったときには手の平を返すことに羞恥心を感じなくなる人間というのは存外に多いものだ。

 

 それ故に、最近になって多発し始めた日本軍残党やゲリラたちによる自爆特攻まがいのテロ攻撃は、結果としてクロヴィスの統治を完成させることに貢献する羽目になるのだろう。

 外敵の脅威に対して内部を結束させ、以て完全併呑と領土化の口実と成す。・・・侵略する側がよく使う古典的な手法である。

 そして使い古された古典であるが故に、王道で隙がない。・・・このままでは自分の計算よりも早い時期にクロヴィスの天下が完成してしまうかもしれない。

 

 そうなればエリア11にいる自分たちに勝ち目はなくなってしまうかもしれない・・・・・・。

 

 

「――所詮は自己満足」

 

 自分の弱気をあざ笑うかのように、ルルーシュは軽い口調で、そう呟き捨てる。

 

「どれだけ背伸びしたところで、どうせ世界は何も変えられはしない・・・」

 

 口に出してそう言いながら、ルルーシュは心の中で『だが』と接続詞を続ける。

 

(だが、俺はそうは思わない。

 必ずや世界を、この手に・・・・・・ッ)

 

 決して消えることのない野望の炎を、あの日あの時その胸に宿した少年は、今なお少年の心を持ち続けたまま夢を諦めることなく追い続けていた。

 

 ――アイツらは“負け犬”だと、ルルーシュは思っている。

 帝国と戦って、祖国を解放するという誓いを諦め、自己満足の壮絶な玉砕を美徳として死んでいく道を選んだ日本人の残党たちは所詮、負け犬でしかないのだと。

 他の志を未だ失っていない日本人たちとさえ異なる、本当の意味でイレヴンに成り下がった連中なのだと、心の底から唾棄していた。

 

 

 ―――俺は違う。俺は、そうはならない。

 あの時なにもできなかった自分自身の無力さと屈辱を、俺は決して忘れはしない―――

 

 

 その野望の炎が、ブリタニア帝国に支配された世界をどう変えるかは、今の時点で誰も知るよしもない――。

 

 

 

 

 

 

 そして、その頃。

 ルルーシュが誓いを新たにしたのと同じ国内、同じ町中にある別の場所で、彼とは相反する立場にある一人の人物の元に急ぎの使者が訪れようと息せきって廊下を走り続けていた。

 

「素敵でしたわ殿下、先程までパーティーを楽しんでいた方とは思えません」 

「総督はエリア11の看板役者ですからね。このくらいの変わり身は――」

 

 会見放送を終えて壇上を降り、見学者としてゲストに招いていたエリア11に住居を持つブリタニア貴族の令嬢たちから、おべっかとも皮肉とも取れる言葉で迎えられながら、ブリタニア帝国の第三皇子クロヴィスは、『穏やかで芸術趣味の紳士という評判通り』の解釈をしたという前提での返事を返してやりながら、側仕えの者たちに儀礼用の服を着替えさせるよう指示を下す。

 

「流石でございますわ、殿下。自信がおありなのですね、」

「心構えですよ。自信など、メディアの方々が喜ぶだけです」

「い、いえいえ。わたくし共はクロヴィス殿下の治世に少しでも助けになりたいと・・・」

 

 急に矛先を向けられた、ブリタニア本国に本社を置く、帝室の覚えめでたき大手マスコミ会社のエリア11支部長が額に冷や汗を浮かべながら、なんとか「無難な返答だけをしよう」と努力した末での無個性な報答がスタジオに一部に空しく響いて消えていく。

 

 

「――ふん。ハリボテの治世か」

 

 その声をたまたま聞こえる位置にいたため聞いてしまった一人のジャーナリストが、小声でとはいえ不敬罪に該当する恐れのある発言を吐き捨てていた。

 

 如何にもジャーナリスト風の動きやすそうな格好をした三十路前の人物で、とがり気味の顎と前髪が特徴的で鋭い印象がある。

 

 『ディートハルト・ディード』というのが彼の名だ。

 大手メディアの中でも新進気鋭で知られている将来の幹部候補生の一人でありながら、上に媚びず使いづらいところのある性格が災いして、征服地であるゲリラや反政府勢力が残留しているエリア11に派遣されてきた問題児でもある男だった。

 

「イレヴンも存外にだらしがない。どーせならブリタニア軍を苦戦させ、窮地へと追い込んだ上での一大決戦にまで及んでくれたら撮り甲斐もあるってものなんだが」

 

 そう言って、さらに危険な発言を続けるディートハルト。

 彼は別段、主義者というわけではなかったし、ブリタニア乗っ取りを企む不定な反逆者になる意思も毛頭持ち合わせてはおらず、まして日本軍残党の勝利による祖国の敗亡を期待しているものでは全くない。

 

 ただ彼は、観客としては平和的な名君の治世よりも、戦争物による動乱の方をこそ好むタイプだった。

 ブリタニア軍の敗北までは求めていないまでも、日本軍にも多少の勝利と優位性が傾くことにより戦局の激化と、名将同士の激しい死闘を待ち望んでいるのである。

 

 そのため彼としては、日本残党側にも天才的な戦術家が登場してブリタニアに一矢報いてくれるような展開をこそ期待しているのだが・・・・・・現状から見て日本軍の残党にそれを求めるのは無理難題と思わざるを得ない。

 

「せめて“奇跡の藤堂”が復活するか、“厳島の奇跡の再来”でも起こしてくれたなら、面白い画が撮れそうなんだがな」

 

 7年前の日本征服戦争の際、日本軍の中で唯一ブリタニア軍側に黒星をつけさせた男の名をディートハルトは口にした。

 今となっては名前を出すことすら憚られる不文律ができてしまった感のある軍内部と違って、彼の方には遠慮する理由がない。まさに言いたい放題の立場であった。

 

 

 ディートハルトにとって、クロヴィスの統治手法は「つまらん」の一言であり、堅実すぎて面白みのない事この上ない退屈極まりないものだった。

 

 クロヴィスは、日本征服の際に早期降伏を受け入れたことから各地に戦力と拠点と物資を残したまま終戦を迎えた戦後のエリア11において、中心部を堅守し、一方で外縁部は取られるに任せ、奪われてから再度取り戻すという戦略によって時間をかけて日本残党から力を削いでいく方針をとっていた。

 

 これにより日本解放を目指す残党勢力は、一時的に故国の地を取り戻すことはできても後が続かなくなってしまい、戦線が長くなりすぎることもあって、戦力を集中されてしまった中心地区までは攻め込むことができず、結局は進軍が停止したところで総反撃を食らわされ取り戻した領土を再び失う羽目になる。その繰り返しであった。

 

 それが徐々に功を奏してきた結果として、昨今では日本軍残党の活動も大人しくなって久しく、自暴自棄に陥った一部の者たちが次々と勇敢なだけで無意味な自爆特攻まがいなテロ攻撃を散発的に仕掛けてきては無駄死にしていくという悪循環が確立される寸前まで来ている状況に今日ではなっている。

 

 

 あるいはクロヴィスは、占領地を長期間かけて属国化させていく総督としては最も有能なブリタニア皇族だったかもしれない。

 彼の統治手法は派手さがないものの堅実であり、犠牲少なく結果を出すことができる最善ではなくとも最良に近い方法論ではあったはずなのだから。

 

 だが彼の不幸は、彼の統治手法がブリタニア本国の【好み】に合わなかったことだった。

 

 ブリタニアは未だ世界中に戦線を持ち続けている拡張主義の国家で、武勇の国としても知られている。

 継承権に不満があれば、力尽くで奪うことを良しとする【力】と【覚悟】を尊び、【犠牲を恐れず敵を倒すため前へと躍り出る勇猛さ】を褒め称えて、【安全な場所に隠れて与えられたものを押し頂くだけの臆病さ】を何よりも嫌悪する。

 

 

 その気質がクロヴィスの功績を過小評価させ、正当に報われなかった不当な人事さえなければ、彼が功名心から手柄を焦り、【とある計画】に手と金を出してしまう事態は起きなかったかもしれない・・・・・・。

 

 

「殿下っ!!」

 

 そこへ、ようやく到着することができた将軍の軍服をまとった小太りの軍人が、転がるようにしてクロヴィスの元まで汗みずくで駆けつけることが出来たようだった。

 

「なんだ? 無粋な・・・」

「も、申し訳ありません。しかし―――」

 

 その姿に、またテロが起こって何人死んだから特番を、というプロパガンダの協力依頼か何かかと高をくくって興味を失い、さっさと仕事場へ戻るつもりで背を向けたディートハルトの背中に、『愚か者ッ!』とこれまでにない剣幕と語調で叫ぶクロヴィスの怒声がぶつかり、興味を持ったディートハルトが振り返った先で穏やかだった美少年の顔が怒りに歪む姿をハッキリと捉えさせてくれたのだった。

 

「警察には、ただの医療機器としか伝えていませんので、全軍を動かしての捜索をする訳にもいかず・・・・・・」

「直属を出せ! ナイトメアもだ! 旗艦も発進させるのだ、私も出るぞッ」

 

 いつになく強行的な態度でクロヴィスが、慌てたようにスタジオを飛び出していく後ろ姿を見送ってから、何があったのか訳が分からず何の指示も出されていないせいで右往左往しかできなくなってる貴族たちや他のマスコミ有力者たちを尻目にしながら、ディートハルトはこの日最後の諧謔を飛ばす。

 

 

「なにか緊急事態でもあったかな? シャルル陛下が崩御して帝位継承争いが生じ、ブリタニア史上最大規模の内乱が発生したとかなら大歓迎なんだが」

 

 主義者たちより、さらに危険で過激な独白だけを言い残してディートハルトはスタジオを去って行った。

 自分の放った独り言が、近い未来の予言になっていたことなど、今の彼には考えることすら出来ないままに・・・・・・。

 

 

 

 

 そして―――

 

 

「最初の手さぁ~」

「ん?」

 

 

 リヴァルの運転するバイクで、自分たちが通っている名門子息のための学校【アッシュフォード学園】へ向かう帰路の途中。

 リヴァルは先程から聞こうか否かを悩んでいた質問を、やはり聞いてしまおうと決断して、隣のサイドカーに腰掛けている友人に向かって声をかけていた。

 

「なんでキングから動かしたの? 本当にただの挑発だったわけ? なんか意味とかあったりとかは?」

「挑発として有効だったから使ったのは間違いないが・・・まぁ、他の意味合いを込めなかった訳でないのも確かではあるな」

「へぇ、どんなのどんなの? オレにも聞かせてよ!」

 

 予想外の答えだったからか、あるいは予想通りの答えだったこそなのか、少しだけ鼻息荒くなったリヴァルから勢い込んでそう問われ、ルルーシュはやや肩をすくめながら「簡単なことさ」と前置きした上で。

 

「王様から動かないと、部下が付いてこないのは当然だからな。単純な話だろ?」

 

 アッサリと、さも当然のように答えられてしまったリヴァルの方こそ即答が難しい、困惑して黙り込まざるを得ない回答を返された後。

 しばらくして口に出した、平凡ではあっても他にどう言い様もない感想の言葉は・・・

 

「・・・・・・あのさぁ、ルルーシュって・・・・・・社長にでもなりたいわけ?」

「まさか。変な夢は見ないようにしている。ただのマインドセットさ。自己満足だよ」

 

 

 肩をすくめながら、そう答えた瞬間。

 背後から盛大にクラクションが鳴り響いてきて、何事かと後ろを向いた彼らの視界を覆い尽くさんばかりの巨大で。

 

 

 トラックの形をした運命が、ルルーシュ・ランペルージに――――いや。

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに、望み求め続けた【力】を届けるため現れた。

 

 こうしてルルーシュの運命は動き出し、やがて彼の運命は世界を変える始まりの戦いになることを、世界も本人自身でさえ、誰も知らない――――。

 

 

 

 

 

【今作設定】

 銀河英雄伝説のキャラに近い設定を持っていた原作キャラクターの性格や考え方を、より銀英伝キャラ要素を強くさせた状態で、原作ストーリーをなぞりながら描き直しているアイデアの作品です。

 

 世界設定等にはPSP版『CODE GEASS』の『日本解放戦線編』で語られていた内容を多く用いられている(原作で語られてるだけだと「厳島の奇跡」など分かりづらい部分が多かったので)

 今のところ続けるか否かは未定なので『ブリタニア軍人編』や『黒の騎士団編』などまで使うことは考慮されていません(1話だけだと現時点でさえ長すぎる)

 

 

 

『キャラ設定』

 

【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア/ゼロ】

 原作主人公の心に「金髪の獅子帝」の魂を宿した仮面の覇王にして、天才戦略家の少年。

 原作ルルーシュよりも高くなっていたプライドが、父親にされた仕打ちと、それに対抗する力を持たない無力な自分への怒りと憎しみに転化して、誇り高過ぎな黄金のグリフォンへの覚醒を促した今作主人公。

 姉ではなく、妹が平和に暮らせる世界を手に入れるために戦う少年。

 ただし、原作よりも高くなりすぎたプライドが『ブリタニアから世界を“盗むこと”』を良しとさせずに、『奪うこと』を戦略方針とした戦い方を展開していく点で原作と分岐する部分がいくつかある。

 

 ――余談だが、ラインハルトが姉を取り戻すため銀河帝国を簒奪した過程には、『帝国の中枢に近づいて現状を知り、姉を取り戻すためにも改革が必須だ』と考えを進化させたことに起因するものです。

 

 『皇帝に奪われた姉を取り戻すため、国一つを乗っ取った』という解釈は、『真ん中にある間』を抜いて面白おかしい内容にするためのギャグですので、本気にしている方がもしいたら(いないとは思いますけど)流石に失礼すぎる勘違いですので、お改め願えたら嬉しく思います。

 

 どんな考え方や方針だろうと、『真ん中の経過を抜けば』『頭おかしい極論になる』

 それが時代を経ても変わることなく続いてきた人類の伝統・・・・・・。

 

 

 

 

『枢木朱雀(クルルギ・スザク)』

 原作における白き騎士にして、ブリタニア軍のエースパイロットであり、ルルーシュのライバル的存在でもある親友。

 「間違ったやり方で得た正しい結果に意味はない」という考え方により、今作でもルルーシュとは敵対の道を歩む。

 ・・・ただし今作のルルーシュは、原作序盤ルルーシュの「現政府アンチを掲げる敵の悪辣さに支えられた反ブリタニアの象徴」としてではなく、自らの意思で世界を欲する覇王となっているため戦略的視点で親友の話を聞いていることから、設定の解釈がやや異なる。

 

 スザクの思想には致命的な矛盾点があり、「テロなどの間違ったやり方で得た正しい結果に意味はない」として「現在の秩序を壊すことなく功績を認められて与えられた権限によって内部から変えていく」という方針をとる彼の考え方は―――日本占領などをはじめとするブリタニア帝国の『一方的な侵略戦争』を肯定した上で成り立っているもの。

 

 「間違ったやり方で得られた結果を肯定した世界」で「自分個人が間違った道を選ばなければ間違ったことにならない」という彼の考え方は、今作において独り善がりな独善としての部分を強く持つことになっていく・・・・・・。

 銀河英雄伝キャラの似た人物は、今のところ思いついておらず。

 

 

 

 

『ディートハルト・リード』

 ブリタニア人のジャーナリストでありながら後に裏切り、黒の騎士団に参加する男。

 平より乱を好み、その為なら元の所属を平然と捨て去れる人物。

 言うまでもなく完全に、銀河英雄伝説における『アントン・フェルナー』の人格が強く投影されることになるキャラクター。

 それが影響してなのか、今作では最後までルルーシュと行動を共にして、終始ゼロの血と炎に彩られた華麗さに魅了されて心酔し続けることになる予定の人物です。

 ある意味で主人公設定の変更によって一番、原作よりも幸福になれそうなキャラかもしれません・・・(苦笑)

 

 

 

 

 

『藤堂鏡四郎』

 原作における日本解放戦線の軍事面における指揮官で、組織の精神的中核を成すカリスマ的存在。「厳島の奇跡」を成した旧日本の英雄。

 今作においても役柄は変わらず、組織を維持するための神輿として重要視され、なかなか前線に出る機会を与えてもらえない不遇な武人。

 銀河英雄伝説における類似キャラクターは、『ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ』

 立場的にも活躍的にも、似たような流れを取るのが一番無理なく楽そうな人物だったので・・・(微苦笑)

 

 

 

 

 

『コーネリア皇女』

 原作におけるエリア11に派遣されてきた新総督にして、武断的なやり方で犠牲を恐れることなく反対勢力を殲滅していくブリタニア好戦的主戦派の巨魁。

 銀河英雄伝説における類似キャラは、『フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト』――ではなく。

 実は、『救国軍事会議』の魂を受け継ぐことになる美人司令官。

 クロヴィスの後任として前任者の方針を弱腰と断定して、軍国主義によって綱紀粛正を図り、反乱軍共を殲滅するため軍組織の改革を強行させるなど、ビッテンフェルトよりも救国軍事会議的な行動が多く見られたので、そうなったキャラクター。

 最後まで生き延びるという点においてなら、救国軍事会議も良い結果を迎えられた設定変更だったと言って良い・・・・・・かもしれない。

 

 

 

 

―――他は今のところ決めておりません。

あくまで現段階だと、妄想作品でしかありません故に。



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伝説の勇者を否定する伝説 3章

本当は『コードギアス英雄伝』の方を先に続き完成させてかったんですが、家の事情でアニメ原作の作品は内容確認できる時間が限られてる現状にありまして、結果として小説だけで書ける作品から出来てしまったので更新です。

【伝勇伝】の黒い主人公バージョン3話目です。
今話の中盤からバトル物としての伝勇伝らしい活躍が始まります。まだ序の口ですが、黒い主人公の黒い戦いを描くのは楽しいですよね♪


 

「よっ。噂の嫌われ者」

「・・・・・・テメェかよ」

 

 寝不足で酒飲まされたグロッキーを癒やすため、出てきたばかりの酒場の出入り口から少し離れた道の真ん中に寝転がり、特に意味もなく夜空を見上げていたラグナ・ミュートの視界に、シオン・アスタールが顔を覗き込みながら言ってきていた。

 

 彼は今夜の祝勝会ではヒーローのはずであり、模擬戦闘訓練史上初の最短記録を成し遂げた功労者、いわば主役の身だ。

 主役が会場を一人抜け出してきては、祝勝会もクソもない。まして主役である彼には、完璧超人が醜態を晒す姿を見てみたいという下世話な目論見で酌と祝い酒と飲み比べを挑んでくる連中で大盛況していたはずだったのだが・・・・・・相手の顔からは酔いの色は見いだせず、僅かに頬が赤味を帯びている程度のもの。

 

 ということは、だ。

 

「――盛ったのか?」

「そんな小細工はしないさ。言ってなかったかな? 俺に弱味なんてものはない、全員酔い潰してやったよ。今残っているのは俺とお前の二人だけだよ」

「あっそ」

 

 興味なさそうに答えて、再び目を閉じて頭の後ろで両手を組むラグナ・ミュート。

 そこまでで、二人同時に黙り込む。

 ラグナはただ、空を見上げる姿勢ではいても目を閉じただけで眠れない状態に移行し始め、その隣にシオンもまた寝転がって夜空を見上げながら黙り込み、

 

「ラグナ」

「あ?」

「聞かせてくれないか? お前がこの学園に入った理由を・・・・・・」

「はァ?」

 

 突然に聞かれ、素っ頓狂な答えを返しながら瞼を開けてシオンを見る。

 彼は、「ふむ・・・」と一度うなずいてから言葉を続け、

 

「成績は最下位、出席率は最悪。授業態度と教官たちからの評価に至っては、最低最悪としか言いようのない落第ぶり。

 おまけに俺が誘っているのに、自主的に承諾する気がなかったところをを見ると軍部での出世も望んでいない。

 むしろ軍人たちをアホ呼ばわりして、ケンカ売られて買いたがっている節すらある始末。

 そんなヤツが、なんでこの学校に来たのか? それが俺は不思議だったんだ」

「お前、他人の学業成績バカにしてぇのか、人格的欠点あげつらいてぇのか、どっちかにしろよオイ。

 っつか、その程度はとっくに調べたから俺に声かけてきたんだろうがよ? 分かりきってることを今さら聞くな、答える方がメンドくせぇ」

「あ、バレたか」

 

 事実をアッサリ指摘され、シオンは苦笑して頭をかく。

 

「実を言うと、お前の言うとおり、もう調べてたんだ。お前がかつていて、育った場所でもあった孤児院のことは・・・・・・」

 

 そこで一旦言葉を止め、それから覚悟を決めたようにゆっくりとした口調で話し始める。

 

「お前が育った施設の名は、『ローランド三〇七号特殊施設』

 名目上では、この長い戦役で親を失った孤児を一人でも生きていけるようになるまで育成する施設とあるが・・・・・・実質は違う。

 才能のありそうな孤児だけを集めて徹底的に軍事教育を施し、才能を示さない子供は処分される。

 生き残ることが出来た子供でさえ、貴族に高値で売り渡されたり、まだ幼い内から戦争に投入されたりする・・・・・・そんな場所でお前は育った。そして――」

 

「気にくわない施設職員どもを一人残らず半殺しにして追い出された。ザマァねぇよなぁ? どっちもさ。ククク・・・」

 

 それまで無言だったラグナが急に言葉を発して、夜空を見上げたまま愉しそうに嗜虐的な笑い声を上げ始めるのを聞かされて、僅かにギョッとなったシオンだったが、やがて再び言葉を続け始める。

 

「・・・そうだ。それが戦争が終わる数年後の出来事だ。

 突然に戦争が終わって数年間は孤児院は存在していたが、戦争がなければそんなものは――子供を無理矢理教育して才能がなければ殺すなんて施設は――犯罪以外の何物でもなくなる。

 で、お前たち施設で育てられてた孤児たちには、選択肢が突きつけられた。

 これから先も軍部の管理下に置かれ続けるか、それとも口封じに殺されるか・・・・・・そして――」

「そんな大層な理由なわけあるかよ、バぁカ」

 

 シオンの説明を終わる前に途中でぶった切り、ラグナは不愉快そうに表情を歪めまくると、苛立ちまくった目つきでシオンの方を睨み付けながら、だがシオン個人のことは一切睨んでいない目つきと共に当時の真相を暴露する。してしまう。

 

「金が惜しくなって潰しただけだよ、ありャあ。

 戦争もねェのに、兵器としてしか使い道のねぇガキども養って、戦闘訓練も教え続けてやるため金出し続けるほど、バカ貴族の守銭奴どもが先見の明あるとでも思ってたのか? バカじゃねぇの。

 あんな馬鹿共に、ンナ上等なモンある訳ねぇだろうが。真性のバカ様かよ、テメェは」

 

 吐き捨てるように―――いや、ハッキリと唾を路上に吐き捨てながらラグナは罵りながら当時の状況と、シオンの貴族たちに対する高評価を痛罵する。

 流石にそこまではと思っていたシオンが言葉を失っていたところに、ラグナは濁りきってドロンとした底なし沼のような瞳を向けながら、先に貴族たちへの罵倒を続け―――いつも通り事実の一端を鋭く指摘する。

 

「戦争がなければ犯罪でしかない? ハッ! 戦争中でも犯罪だろうがよ。

 ただ戦争やってりゃバレにくい、バレた時にも裁かれにくい。その程度の違いがあるだけだ。だからこそ今も続けてんだろ?

 ローランド帝国王立軍事ナンチャラ学園とかいう施設にネームプレートだけ変えて、普通に今も施設運営続けてやがる。

 無能でも殺されねぇって以外に、あの孤児院モドキと学院モドキで違ってる部分があんのか? あぁン?」

「それは・・・・・・」

 

 逆に問い返され、シオンは答えに窮する。

 ―――無かった。

 今の自分たちがいる学院と、かつてラグナが育てられていた特殊施設との違いは、『味方の手で殺される危険性』その有無以外になにもシオンには思いつけなかった。

 あるいは、『優秀だったら貴族の私兵に買い取ってもらえる』という部分も相違点かもしれなかったが・・・・・・今の学園に同じシステムがあるのか無いのかまでシオンは知らない。

 

 シオンは思い出す。戦争中は死が溢れていた。子供たちの死体など、そこいら中に見つけることが出来た。死因など、いちいち調べようとする者は一人もいないぐらいに。

 そして戦争が終わった今では平和になっている。自分たち軍に実力を高く売り込みたいと願いながらも、戦争が始まると聞けば顔を青くして震え上がるであろうほど、今では打って変わって平和になっている。

 

 戦争になったら真っ先に戦場へ送り込まれることが確定している特殊学院の生徒でさえ、そうなのだ。普通の一般市民からすれば、「死」というだけで過敏に反応するだろうし、死体であっても炉端に捨てられていたら怪しみもする。

 

 そんな時代になった今の社会で・・・・・・ラグナが育った施設は確かに、無駄金のお荷物にしかなっていない・・・・・・

 

 

「・・・・・・だからなのか? お前が前者を選んで、このローランド帝国王立特殊学院に入ったのは、そういう理由・・・・・・違うか?」

 

 問われても、今度はラグナは即答せず口も挟まず、ただ黙って目を瞑ったままボンヤリしているような姿勢を維持して、実際に本気で寝てるんじゃないのか?とシオンに心配されるほど、寝不足で酒飲まされまくったラグナには吐き気があってもおかしくない状態ではあったから。

 

 が、それから少し目つきを濁らせ、

 

「んな大したもんじゃねぇよ。単にやりたいことも、行きたい場所もなかったし、ネグラと飯はタダだっつーから来てやったってだけの話だ。俺にとってはそれが普通の判断だった、それだけさ。

 なにしろ俺は、その孤児院の教官を三人も殺して新しいのと交換させ続けた前科者だからな? この学院にゃあ相応しいだろ」

 

 言ってから、ヒャハハとラグナは笑った。

 それは嘲笑的な笑い声で、罪悪感や後ろめたさといった感情を纏めて失ってしまったかのような、壊された印象を他者に与えるには十分すぎる歪なものだった。

 

 シオンは、そんなラグナの顔を痛ましさと共に、真剣に見つめたまま、

 

「なあラグナ・・・・・・お前は、この国に復讐したいと思わないのか?」

 

 一度だけ言葉を止めた後、言うべきことを選びながらシオンはゆっくりとした口調で語りかける。

 

「お前はこんな腐った国を、叩き潰してやりたいと思ったことはないのか?

 『アルファ・スティグマ』だというだけで忌み嫌われる国。平等じゃない国。弱い者を虐げる国。争いをやめようとしない国。愚かな国王に、それに輪をかけて愚かな貴族たち」

 

 シオンは立ち上がりながら両手を拡げて見せ、

 

「俺がやってやるよラグナ。全てを変えてやる、今はまだ、貴族どもの息がかかっていない仲間を集めるために、この学院で仲間を集めているが・・・・・・それももうすぐ辞めだ。戦力は十分整った。

 俺が、この国の王になってやる。そして全てを変えてやる。だからラグナ。俺に付いてこい。俺がお前がかつて望んだ世界を作ってや―――」

「どーでもいいし、興味もねぇよ。勝手にやってろバカ」

 

 シオンの自信に満ちた言葉と共に差し伸べられた手の平を、払うでもなく握るでもなく、常人だったら圧倒的な魅力を放ちはじめていたシオンの魅力に気づいてすらいないレベルで、目をつむったまま興味なさげな口調でバッサリと拒絶。

 

「バカ国盗りでも、バカ王殺しでも、やりたきゃ勝手にやれ。俺には関係がない。

 お前が何をしようと、しなかろうと、どーでもいい。関係もない。

 テメェの事情に他人巻き込んでんじゃねぇよ、面倒くせぇ」

 

 あっさりと面倒くさそうな声で、かつ苛立ちも少しだけ交えた声で言う。

 その表情はいつも通り不愉快そうで、ドロンとした濁った瞳には意志の強さなど微塵も感じさせない。

 なんの理由もなく苛立ってるのが常態化してるだけで、憎しみに燃える炎の輝きさえ本気でなかった。

 

 例えるなら、昼寝中に邪魔されて歯を剥いてきた野良犬か、昼寝を邪魔した飼い主を自称している思い上がった人間を威嚇する飼い猫か・・・・・・

 

 そんな苛立ちはあっても、やる気はなしなし男の反応に、名演説ぶっこいたばかりのシオンは肩すかしを食らわされたような気分になったが――すぐに気づいた表情を浮かべる。

 

「ぷっ・・・・・・あはははは」

 

 そして突然、笑い出す。

 相手が言った意味に気づいたからだ。

 

 ――革命に興味のない自分には、どちらに手を貸す理由もなければ義理もない。

 やりたい奴だけでやれば良く、関係ない自分を巻き込む奴は全部テキ。

 

 たとえそれが、革命したいシオンたちでも、革命から支配権を守りたい貴族や王たちだろうと無関係。自分は自分のやりたいことをやり、殺りたい奴を殺るだけだ―――

 

 

 ぶっきらぼうに答えて、まったくシオンの変化に感応した様子も見せないままに、『中立宣言』を答えとして返してきていたラグナ・ミュート。

 

 シオン・アスタールは、この時。賭けに勝ったことを実感させられていた。

 王家にとって最強の猟犬であると同時に、最凶の狂犬でもあった、扱いきれず持て余している駒【ローランドの黒い死神】を制御することに初めて成功した一人になったのである。

 

「お、面白いよ。遠回しすぎる上に捻くれまくった言い方だから、すぐに分かりづらいところが特に良い・・・・・・ククク、あはは。

 そうか。だから俺はお前が欲しいと思ったのかもしれないな。『アルファ・スティグマ』も、この国も関係なく、俺を見ても全く反応しない上に、生まれの事情に囚われずに頓着すらしない奴なんて、お前以外には多分いないだろうし・・・・・・アハハハ」

 

 屈託のない子供のような笑顔でシオンは笑った。

 いつものように、いつもと変わらず健康に悪そうな顔色に不愉快そうな表情を張り付かせたまま全く変わらないラグナに見上げられながら・・・・・・そして。

 

「へ?」

 

 それが行われたのは、その時だった。

 いつの間にかシオンの背後にいた全身黒ずくめの服を着た数人の男たちが、空間に魔法陣を描いて、光の魔法陣を描きはじめる。

 

 ローランドの魔法を学んだ者なら、その魔法陣の描き方を見れば、追尾性のある光線を放つ強力な殺傷力を秘めた魔法を使おうとしている事はすぐに分かっただろう。

 更に少しでも場数を踏んだ者なら状況から見て、その魔法がラグナたち二人を目標として制作されていることまで分かることだったろう。

 

 そして・・・・・・“誰にでも分かる程度のこと”なら、バケモノでしかないラグナにとっては“やる意味がない全くの無駄”としか感じられることは絶対にない。

 

 当然、シオンの背後に現れていた者たちを視界に捉えた瞬間には動き始めており、右手の力だけで「トンッ」と地面から大ジャンプして宙返りしながらシオンの背後に背を向けるようにして降りてくる―――その途中でシオンの襟首を「ガシッ」と掴むと、敵に向かって投げつけるように―――投げ飛ばしていた。

 

「へ? え? ちょっと、う、うわああああっ!? って、痛ァァッ!?」

『求める光こ――って、うおッ!? こ、こっちに突っ込んでき、ヘブヒッ!?』

『か、頭――――ッ!?』

 

 シオンがなにか疑問を言おうとしたときには、すでに相手の男の小汚い顔が驚愕に歪むのが間近に見える距離まで急速接近させられていたためどうすることもできず正面衝突するしかなく。

 

 ゴチン!!と、重く嫌な音が路地裏に大きく響き渡る。

 シオンが自分の置かれた状況を理解するのは、男同士で額と額を強制抱擁させられた痛みと衝撃から脳が回復して、自分を狙う暗殺者たちが敷いた必殺の陣形を崩すため、相手たちの中で中心的役割を果たしていた頭目と思しきリーダーを真っ先に潰すため、人間弾頭として襟首掴んで投げつけられていた自分自身を、敵陣の奥深くに放り込まれた状況下で認識するのと、ほぼ同時の出来事だった。

 

「やばいっ!? 逃げるぞラグ――って、わわっ!? ちょ、痛い! 痛いってラグナ! 痛痛痛ぁぁッ!?」

「チッ! うるせぇ上に面倒くせぇ野郎だ――なっ!」

「うおっ!?」

 

 残った怒り狂った黒ずくめたちから襲いかかってこられる寸前に、シオンは襟首を捕まれて引きずられる形で強制的に死地から脱出させられ、頭が地面にこすりつけられる形となってしまったためラグナに文句を言ったら、前方方向目掛けて投げ飛ばされて、空中で一回転して着地しながらデングリ返しの要領で受け身を取ると、自分もまた横に並んで走り始めるシオン・アスタール。

 

「痛ぇのが嫌なら、自分でなんとかしろ。無傷で助かって、ザコ一匹ご退場させてやっただけでもありがたく思え」

「ありがとう! まったく嬉しくないけどな!!」

 

 こんな状況でもまだ憎まれ口を平然とたたけるラグナの言葉に怒鳴り声で返し、背後を振り返って黒ずくめたちが暗殺者から直ぐさま追っ手へと転職した事実を確認して更に叫ぶ。

 

「悪いが説明は後でするから、とにかく今は逃げてくれ! 追いつかれたら死ぬぞ!?」

「いらねぇよ。どーせバカ貴族どものバカ保身だろ? 聞く価値ねぇからしなくていい。時間の無駄だメンドくせぇ」

 

 相手を再び絶句させるようなことを言ってシオンに苦笑いを浮かべさせながら、

 

「よし、そこの角を曲が―――」

 

 と言いかけていた、その瞬間だった。

 

 ――二人の背後からと、二人の背後“に向けて”強烈な光が放たれたのは。

 

「求めるは閃光>>>・光燐」

「求めるは閃光>>>・光燐」

 

 その声“たち”を聞かされてシオンは叫んだ。

 

「うわわぁぁぁぁッ!?」

『う、うおわぁぁぁぁッ!?』

 

 そして、ついでに言えば追っ手の男たちも叫んだようだった。

 強烈な光が弾けて爆発が生じ、激突した家の煉瓦をアッサリ消滅させ、光の槍はそのまま突き抜けて家の中へと侵入していく、とんでもない破壊力。

 相手を気絶させようとか、脅そうとか、そういう手加減がなされたものでは全くない、明らかに殺すつもりで放たれた攻撃・・・・・・

 

 そんな代物を、“互いが互いに撃ち合った”のだから、そりゃあ相手としても悲鳴の一つぐらいは上げようというもの。

 

「殺す気か!?」

「殺す気に決まってんだろアホか。同じ魔法ぶつけて相殺しても止まらねぇだろうがよ、あのチンピラどもは」

「ぐ・・・っ」

 

 相手の正論に、シオンは言葉に詰まることしかできなくなってしまう。

 

『く、クソッ! まさか防ぐどころか攻撃してくるとは・・・・・・何人やられた!?』

『ゲホッ! グホッ! ふ、二人だ! 頭を入れて今ので二人! 他の奴は負傷しちゃいるが、まだ戦える!』

『よし、追うぞ! 追いかけろ! シオン・アスタールを逃したら俺たちが罰を受けるんだからな!』

『殺せ! 殺せ! 殺せ!!』

 

「・・・・・・」

 

 さらなる反論をしようにも、相手の方から勝手に肯定する内部情報を次々と聞かされたのでは言えたものではない。

 諦めたように肩をすくめると、ラグナに対して苦い笑みを浮かべてみせる。

 

「――そういうわけだ。巻き込んで悪かったな、いつもはちょっとした暴漢程度だったんだが・・・・・・今回のは少しやばい。あれはプロだな。説明している暇はないが・・・・・・」

「聞いてもいねぇのに、わざわざ自分から教えてくる親切なプロの殺し屋もいたもんだよな」

「・・・・・・」

 

 そう言われてしまうと、反応に困る。

 とりあえずシオンは、説明は脇に置いておくことにして一瞬だけ考え込んでから、対応策を口にした。

 

「ここで二手に分かれよう。追われているのは俺だけなんだ。分かれればお前は殺されない」

「俺の方が先に殺しちまった後だけどな」

「・・・・・・」

 

 これも言われると、チト辛い。

 今この場ではシオンを殺すことが彼らにとっての最優先事項だが、それは上からの命令を失敗したものに対する懲罰を恐れているからであって、この場限りでしかない強制力だ。

 仕事が終わった後、彼らが個人的に復讐しに行かないと保証することはシオンに出来るはずもない。

 

「・・・だが、それでも可能性はある。今この場で二人まとめて襲われるよりは生還率が上が――」

「皆殺しちまえばいい」

 

 なんて言葉を、あまりにもアッサリと言うものだから、シオンは一瞬なにを言っているのか分からず苦笑しかけて―――理解して表情を凍り付かせる。

 

「将来、王だか皇帝だかになるにしても、今のお前じゃ殺される相手だ。一対一なら楽勝だろうし、二人までなら勝てるだろうが、三人だと防戦一方。四人残ってりゃ死ぬこと確定。

 その程度の実力はあるチンピラどもだが・・・・・・俺に取っちゃザコだ。暴漢程度と違いなんか少しもねぇ。別に助けてやったから金寄こせとか言う気もねぇしな」

 

 一瞬シオンは、試されているのか? と、自問自答した。

 先ほど語った『自分は王になる』という発言。

 それを言った直後に他人頼りで保身を図ろうとする、情けない王になる道を選ぶのか否かという類いの、王者に付きものな試しの試練。

 

 だが、相手の顔と目を見てシオンは一瞬で悟らされた。

 

 ―――違う、と。

 

「実力差も分からず絡んできたチンピラを蹴飛ばす程度なら、タダでやってやる。

 どーせ奴らも殺す気で来てんだから、殺され返したところで文句言われる筋合いもねぇしな。運良く生き残れた奴がいたなら、感謝しろって程度の問題で。

 逆恨みして復讐なんだとか言ってくる、ご都合主義のアホだったら殺したところで罪悪感を感じてやる理由もねぇ。気楽に殺せる類いの楽な連中だ。

 地ベタだったら眠れるかと思って眠れなかった腹いせに殺すのにはちょうど良い・・・」

 

 危ない目つきで危ない台詞を、本気で語っているらしいラグナ・ミュート。

 それを見てシオンは、彼は本気で自分を殺すために雇われた手練れの殺し屋たちを、暴漢と同じレベルのザコとしか思っておらず、チンピラが絡んできたから蹴飛ばして追い返した程度の、彼の目つきと態度の場合は良くある日常茶飯事の一環として片付けてやると言っているに過ぎないのだと理解させられた。

 

 ブルリ、と思わず体が震えた。

 強い強いと思っていたが、ここまでとは想定していなかった。自分では集団でかかられると勝ち目のないどころか生き残ることさえ難しい殺しのプロを相手取りながら、町のチンピラと同程度の「弱さ」にしか見えないほどに実力差がありすぎる、特殊施設が育てて扱いかねた真性のバケモノ。

 

 ああ、これは確かに―――とシオンは納得させられる。

 貴族たちの気持ちが少しだけ分かったのだ。

 確かに、この『力』は欲しくなる。生意気であっても無駄に失うことが惜しくなってしまう。手元にあるからにはムカついても使いたくなってしまう。

 自分たちにとっての邪魔な障害を消し去るために、これほど便利で使いやすく躊躇いのない、『困ったときのバケモノ頼り』ができる存在は・・・・・・ああ、確かにとても蠱惑的だ。

 

 

 だからこそシオンは―――にやりと笑って、ラグナに答える。

 

「・・・・・・いいや。悪いがあれは、俺の獲物だ。ラグナに譲ってやるわけにはいかないな」

 

 少しでも気を抜けばすぐに殺される相手たち。打開策は思いつかず、せいぜいが朝まで逃げ続けられたら助かる芽が出るという程度の、絶望的な戦力差。

 

 それを一瞬にして覆せる圧倒的な戦力。ゲームバランスを崩壊させる最悪のジョーカー。

 所属を気にせず、貴族でも王でもシオンでもない、だが誰を手に回して殺し合っても別にかまわないと言い切れる損得勘定が崩壊している真性のキチガイ判断基準。

 

 今このような場では、喉から手が出るほど欲しくなる最強にして最凶のカード。

 ・・・・・・だからこそ、掴めない。手を伸ばしてはいけない。掴んではいけないことをシオン・アスタールは理性よりも本能的な直感によって理解させられていた。

 

 一度でもコイツに頼ってしまえば、抜け出せなくなってしまう。

 コイツをどんなに嫌っても捨てることはが出来ず、未だに飼い続けざるを得なくなっている貴族たちと同様に、『力という名の劇薬』に心の底から犯され尽くして、二度と厳しい現実と向き合える気力がわいてこなくなるかもしれない可能性を―――シオンの中に芽吹いた【王の器】は、明確に拒否したのである。

 

 

「お前の言うとおり、今の俺じゃ勝てないだけで、あの程度の連中に負けるぐらいの「弱さ」で王様名乗るのは格好つかないからな」

「ハッ、そうかい。まっ、せいぜい頑張れ。生きてたら明日学校でな~」

 

 そう言って、手をヒラヒラさせながらアッサリと自分に背を向ける“友人のような違うようなナニカ”の後ろ姿に苦笑させられてから、「よし」と自分に渇を入れると。

 

「俺はここだ。ついて来い!!」

『!! いたぞ! 追いかけろ!!』

『殺せ! 殺せ!! 殺せッ!!!』

 

 路地から飛び出し、追っ手たちの前に姿をさらすと全力疾走で走り出し、逃走劇を開始する。

 

 命懸けの追いかけっこ、正面から戦っての勝ち目はほとんどなし。追いつかれたら終わりのデスゲーム。

 

「・・・・・・上等、だッ!!!」

 

 シオンは叫んで、折れそうになる己の脆弱な心を奮い立たせると、自分の心を支える絶対的な言葉を心の中で唱え続けながら走り続ける。

 

 

(・・・俺は王になる! この国を変えるため、王になるんだ!!

 本当に俺が王になれる器なら、こんなところで死ぬはずがないじゃないか・・・ッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――言葉にならない、その声が届いた場所は、果たして何処であったろう?

 

 

「・・・・・・ほう。一つ、超えたか。頼ると予想していたのだけれどね。

 これは想像していたより、ずっと面白い・・・ずっとずっと面白い人物だ・・・・・・」

 

 

 暗闇の中、うっすらと浮かび上がるように現れた銀色の美貌。

 それがナニカを呟いてしばらく経過した頃、同じように闇の中に現れながら銀色とは異なる、輝かしい黄金の美貌が無機質に銀色に向かって問いを放つ。

 

「なんの用だ? 兄上。私は兄上が課した課題をこなして生き延びるためにも、出発しようとしていたばかりだったのだがな・・・・・・」

「ああ、悪いがフェリス。予定を変更だ。今日は課題を行う前に、まず先に別の区画から見回ってきてもらうことにしたよ。今まで通りだと簡単すぎて暇そうだったから丁度良いだろう?」

「なっ・・・!? これ以上、可愛いく美人な妹に死ぬ危険を背負わせるというのか・・・! 変態趣味のサディストな兄め。美人を失うことこそ、この国にとって最大の損失である事実をいい加減知るべき――」

「早く行った方が良い。私が与えた課題は、その地区の犯罪を一定期間ゼロにすることだ。それは君が到着する前だろうと変わることはない」

「く・・・くそっ。今に覚えているがいい兄上。美人の恨みは恐ろしいのだ――」

 

 

 そして一瞬にして黄金の姿は消え、気配も消え、足音すらも残さぬまま大急ぎで指定された帝都の一地区、昨日まで担当させていた場所とは“正反対の位置”にある場所の清掃を終わらせてから―――シオンが黒ずくめたちに襲われている区画での課題に移れるよう強制し―――

 

 

「有能な王でも、時を読める王でも、心の強い王であろうとも。

 ―――天に選ばれない王では、意味がないからね―――」

 

 

 そう言って、薄く薄く綺麗に、この上なく綺麗すぎて―――人間とは思えないような美しい微笑を閃かせてから、銀色もまた闇に溶け消える。

 

 ただ最後に消える一瞬だけ、不快さを残した呟きだけが、彼が人間を“残している”と感じさせた唯一の響きとなった。

 

 

「―――だが、どうやら死神の心に“国は無い”らしい。さて、どうしたものか。

 悪い芽ならば、早めに摘み取っておくのが良き王の為なのだけれどね――」

 

 

 

つづく



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コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~第2章

ようやく【コードギアス】×【獅子帝ラインハルト】コラボ作品の次話ができました。
本当はアニメ版1話目のラストまで行かせる予定で、話も出来てたんですけど……如何せん、文章にすると長い。長すぎました……。

なので少し中途半端な区切り方になっちゃいましたけど、無理やり整合性付けて更新することにした次第。

私の作品はいつも文章が多くて長すぎる……毎度のことながら悩まされる部分ですよね本当に……。


 皇歴2009年、ブリタニア帝国の居城で、皇帝自身による朝の謁見が行われていた。

 謁見の間に敷かれた分厚い絨毯の左右に並ぶ、煌びやかに装った高位の貴族たちの間で囁き交わす声が聞こえる。

 

 先日来より謁見を申し込んでいた者たちを後回しさせ、当日の朝から謁見を申し込んで許可された皇子と、その母親に関する噂話をである。

 

「・・・マリアンヌ后妃は、ブリタニア宮で殺められたと聞いたが・・・?」

「――テロリスト如きが簡単に入り込める所ではありませぬ」

「では、真の犯人は――」

「怖い怖い、そのような話。探ることすら恐ろしい・・・」

 

 古来より噂話は火とともに人類にとって、よき友人である。この友人を愛する人たちは時代や状況を問わず、豪奢な宮殿にもうらぶれた貧民街にも絶えたことはない。

 そしてそれは、世界唯一の超大国ブリタニア帝国の中枢に住まう者たちもまた同様であった。 

 

『神聖ブリタニア帝国、第17皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様、ご入来!』

 

 丁度その時、式武官の朗々たる声が噂の当事者が到着したことを、謁見の間に集まった者たちに告げ、皆一斉に頭を垂れて式典の主役の登場に顔を伏せさせる。

 

 声と共に門扉が重々しい音を轟かせながら左右に開かれ、部屋の外から中へと足を踏み入れてきたのは黒い髪とアメジストのような紫色の瞳を持った小さな少年だった。

 まだ男の子と表現した方が適切に感じられるほどの小さな背丈に、やや似つかわしくないほど華美な服装を身にまとい、どこか服に着られているような印象がある少年であったが・・・・・・ただ、その鋭く輝く目つきが他の印象すべてを裏切り、どこか年相応の男の子と呼びづらい雰囲気を彼に与えさせているように周囲のものには思われていた。

 

「しかし、母親が殺されたというのに、しっかりしておられる・・・」

「・・・だが、もうルルーシュ様の目はない。後ろ盾のアッシュフォード家も終わったな」

「妹姫様は?」

「足を撃たれたと。腕も不自由になったそうだ。心の病とも聞いている」

「どれも同じ事よ。政略にも使えぬ体になった姫などはな・・・・・・」

 

 囁き交わす声の中に嘲弄と悪意が混じりはじめる。

 ブリタニア帝国という血統主義の国家に仕える貴族として生まれ、ブリタニアの支配は永遠と疑うことなく豪語しながらも、支配の正当性たるブリタニア帝室の血を引く皇族たちを政略の駒としての価値しか認めていない自分たちの認識に疑問や違和感を感じることのなくなった者たちが彼らであった。

 そんな彼らは気づいていない。

 

 健康な体のときには、帝位を次ぐ可能性を持った皇族として忠節を尽くしながらも、政略に使えぬ体となった後には無価値と断じて切り捨てることを躊躇わぬ彼らなら、『主君を撃って無価値な体に変えたテロリスト』が次の日には『昨日までの主君切り捨てる貴族』だったとしても何ら不思議はないという事実に・・・・・・彼らはまったく自覚することが出来ていない。

 

 そんな無自覚な不敬罪を犯し続ける貴族たちの視線に晒されながら、昂然と顔を上げて前を向きながら皇帝の前まで歩み寄ってきた少年は、沈痛な声で自らの血を分けた父親に――本人にとっては悲痛な報告を伝えてやっていた。

 

「皇帝陛下。母が身罷りました」

「だから、どうした?」

「だから!?」

 

 眉一つ動かさず返された返答に、幼い少年少年ルルーシュは絶句して立ちすくむ。

 幼い彼には、母の死を伝えられても―――自分の妻が死んだと聞かされても眉一つ動かさずに微動だにしない、父親であり母の愛した夫でもあった男の反応が理解できなかった。

 

「そんなことを言うために、お前はブリタニア皇帝に謁見を求めたのかと聞いている。

 ・・・ならば用は既に済んだな、次の者を呼べ。子供をあやしている暇などない」

「父上ッ! なぜ母さんを守らなかったんですか!?」

 

 あまりにも心ない父の反応に対して、思わずルルーシュは父に詰め寄るため、飛び出すようにして玉座へ駆け寄る。

 

「皇帝ですよね!? この国で一番偉いんですよね!? だったら守れたはずです! ナナリーのところにも顔を出すぐらいは・・・・・・」

「弱者に用はない」

「弱・・・者・・・?」

「それが、皇族というものだ」

 

 双方の言葉を肯定するように、冷たい父親に詰め寄ろうとした『幼い皇子』の前に、銃を持った護衛兵たちが皇帝陛下を身体を張って守らんと即座に反応しかけるのを、無言のまま片手を軽く上げただけで制止させる。

 

『『イエス・ユア・マジェスティンッ!!』』

 

 一瞬にして銃を掲げ、忠誠を示す捧げ筒の礼を取る二人の護衛兵たち。

 同じブリタニア皇族の一員に対して彼らが示した待遇の差こそが、何よりも雄弁に父の言葉が真実であることを物語っていた。

 

 世界中に侵略戦争を行い始めた、世界唯一の超大国にして、拡張主義を掲げる軍事大国ブリタニア。

 その98代皇帝でもある、自分にとっては実の父であり、亡き母を伴侶に選んだ愛する夫だったはずの男・・・・・・【シャルル・ジ・ブリタニア】

 

 

「・・・・・・だったら僕は・・・皇位継承権などいりません!!」

 

 その差を目に見えて実感させられた瞬間、思わず口をついて出た言葉に周囲がざわめく。

 

「あなたの後を継ぐのも、争いに巻き込まれるのも、もう沢山です!!」

「―――死んでおる」

「・・・え?」

「お前は、生まれた時から死んでおるのも同然なのだ」

 

 厳かな声でシャルル皇帝は、自分の血を分けた息子に己の信念を披瀝し、幼く純粋な、そして無知なるが故の愚かさを持つ子供の浅はかなる拒否権を、価値なき弱者の戯言として一蹴する。

 

「お前が身にまとったその服は、誰が与えた? 家も食事も命すらも、すべてワシが与えたもの。

 ――つまり!! お前は生きたことが一度もないのだ!! 然るに、なんたる愚かしさ!!」

「ッ!?」

 

 今日の謁見中に初めて放たれた怒声は、威圧感と弾性に富み、物理的なまでの圧力をルルーシュに感じさせ、思わず悲鳴を上げながら蹈鞴を踏み、後ろへ倒れ込みそうになるほどの重圧を彼にもたらし―――

 

 ―――ドクン、と。

 

 心の中で、小さな熱が彼の中で灯りかけ、ほんの一瞬だけ彼の足を父親の声の重圧から解き放ち、ルルーシュに無様に転がり相手を見上げさせられる屈辱だけは、かろうじて回避させていた。

 

 だが、その程度の小さすぎる奇跡で何が変わるというものでもない。

 父親の言葉は、幼き我が子のちっぽけなプライドを打ち砕くため容赦なく続けられていく。

 

「ルルーシュよ、死んでおるお前に権利などない。権利なきお前に皇帝として命じる。

 ナナリーと共に日本へ渡れ。皇子と皇女ならば、よい取引材料だ」

 

 親子の情愛など微塵も見せつけることなく、貴族たちが「国内権力の奪い合い」には価値なしと見下した息子と娘を、外国との外交取引としてならば価値が生まれると判定を下し、ブリタニア皇帝シャルルからの勅命として下された。

 

 拒否する権利を与えられていないルルーシュには、そして幼き妹ナナリーにも、その命令を受諾する以外の道はどこにもなく、自分程度の力なき弱者の抵抗では皇帝陛下に対して『反抗期の子供のワガママ』程度の意味しか認められることは決してない。

 

 その事実を思い知らされ、その事実を受け入れ、自分と妹は行ったこともない遠い異国の地へ赴くしか他に生きる道はないのだという現実を受け入れたとき。

 

 ―――ドクン、ドクンと。

 再び炎の音が鳴る幻聴を聞いた気が、ルルーシュには確かにした。

 

 それは先ほどよりも大きく、そして確かな形を取り始めたもののように幼い彼には感じられ、吐いて出た言葉には、その炎の熱を冷ます為であるかのように冷たい声で放たれたものだった。

 

「・・・・・・逆にお尋ねします。父上、あなたが今まとっておられる服は、誰に与えられた物ですか?」

「なに・・・?」

 

 息子からの反問に、初めて父シャルルは瞳を細め、我が子を見る。

 幼い矮躯に“怯え”を宿し、身体は小刻みに震えていたが・・・・・・その震えが恐怖“だけ”ではないことにシャルルは気づく。

 

「服だけではありません。あなたの住む宮殿も、豪華な食事も、命すらも、誰に与えられたものだったと思われますか・・・・・・?」

 

 まるで自らの中から吹き出そうとする超高温の炎が、周囲のすべてを焼き尽くしてしまわぬよう、自らの愛するものまで焼き尽くさぬよう、絶対零度の永久凍土で封印しようとでもしているかのように、ルルーシュの声には幼い少年のものとは思えぬ熱さと冷たさ双方が籠もり。

 

 怯えを抱きながら、父を恐怖しながらも、ルルーシュはその小さな幼い足を一歩・・・・・・たった一歩分だけ、世界唯一の超大国を支配する絶対者と自分の距離を縮めるため――大きく踏み出して見せたのである。

 

 ダンッ!!と、小さな右足が床に叩きつけられる小さな音が、謁見の広間中に轟く大音量であるかのように、ただ見ている事しかできなくなった者たちには錯覚させられた。

 

「――この国です!! ブリタニア帝国という国が、あなたに全てを与えてくれた!!

 あなたはただ先祖の血を、祖父の血を、父親の血を、権力を得るため切り捨ててきた兄弟たちと同じ血を継いでいるというだけで全てを譲ってもらっただけに過ぎません!!

 自分の力では何一つ作り上げたことのない貴方が! 僅かな金銭を得るため娘と息子を日本に売り渡す事しか出来ないあなたが、強者面して説教とは言語道断!!」

 

「思い上がったか小僧!!!」

 

 

 再びの怒声は先ほど以上の迫力と威圧感を以てルルーシュの押さない身体に押しつけられ、炎を宿し始めた彼の足を以てしても抗し切るには全力を尽くして尚足りず、背を向けて逃げるように広間を出て行く以外に、この場で彼に出来ることは既になにもなかった。

 

 ただ最後に一言だけ言っておくべきことが―――宣言しておかねばならないことが一つだけあった。

 

 

「日本に行けと、お命じになられるのであれば。僕はその命に従いましょう。

 ですが覚えていてください、父上。

 私にとって全てを奪われ追放された、今この時からの人生の出発点こそ、あなたにとっての終着点なのだということを」

 

 

 そう言って、震える足を必死に動かし、それでも尚駆けようとはせず、自分の足で、自分の歩むスピードのまま謁見の間を出て行った幼き皇子の後ろ姿を見せつけられ、集まっていた貴族たちは余りの事態にどう対応すればよいか解らず顔を見せ合い囀り合う烏合の衆に成り果てて、その中で一人皇帝だけが閉じられた扉を無言のまま睨み続けていた。

 

 ――だが、その瞳には息子に反抗された父親の不快さとは異なる、別の感情が宿っていたことを、謁見の間に背を向け去って行った後のルルーシュは知らない。

 

 

 ブリタニア帝国の歴史は、飽くなき政治闘争の歴史でもある。

 歴代の皇帝のうち、暗殺された者や玉座を争って敗れ死を賜った者、謀殺の手に斃された者の数は正確には分からぬほどで、それら一切はブリタニア帝室の歴史に封じ込められ、一般には決して知らされることはない。

 対外的には世界中へ侵略の手を伸ばし続ける強大な帝国の内部には退廃の病巣が深く巣くい、様々な事件を起こしていたのである。

 だが、それらは極秘の内に宮廷内部で処理されるのが常であった。

 

 それらブリタニアの歴史の中で謀殺された者の中に、『マリアンヌ』という名の皇妃がいた。

 8年前、テロリストによって殺されたことが発表され、残された二人の子供たちは当時の日本に交渉材料として送り込まれ、その後に行われた日本侵略による混乱の渦中で命を落とした―――その様にブリタニアの公式記録には記されている。

 

 そのマリアンヌの遺児にして、僅かな国益を得るため売り渡された少年ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが名前を変え、今も日本で生き続けている事実を。

 

 エリア11と名を変えた日本の総督、ブリタニア第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアは、まだ知らなかった。・・・・・・今は、まだ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 ――その日より8年後。

 ブリタニア帝国領エリア11内のトーキョー租界を、一台の大型トレーラーが警告を無視して道路を爆走していた。

 

 

「クソッ! 暢気に走りやがって! 苦労知らずなブリタニア人の学生共が!!」

 

 運転席でハンドルを握りしめながら、目深に帽子をかぶった運転手の男はクラクションを鳴らしながら、目前を走る二人乗りのバイクを激しく罵っていた。

 ありふれた作業服で身を包んだ、民間企業用の大型トレーラーの運転席に座ってハンドルを握っている若い男性で、助手席には同じ衣服をまとった相方と思しき女性作業員が同席している。

 

 奇妙な二人組だった。

 運転席に座る人物は、黒髪黒目で長い髪を一本にまとめて後ろに流した、帽子を目深かぶった日本人――イレヴンとおぼしき青年。

 一方で助手席に座って沈黙し続けている作業服の女性の肌は色白で、帽子からはみ出した髪色は純然たる赤。

 それも僅かに覗く頬の輪郭に幼さが残ることから年齢は、少女と呼ばれる年頃であるようだった。

 

 非占領国であり、敗戦国の民でもある日本人の青年と、白人種の少女が同じ作業服をまとって、同じトラックに乗って移動している―――

 

 戦前ならいざ知らず、エリア11と名を変えた今の日本では、一体どのような経緯で斯様な仕儀になっている、多くの者が疑問に感じる組み合わせへの回答は、上空から彼らの頭上へ舞い降りようとしていた。

 

「くっそォ・・・やっと盗み出せたってのに!

 玉置のヤツが、尚人の作戦通りに動かないから!!」

 

 自分と同じ日本人の姓名を口に出して罵りながら、運転席の男は窓から頭上を見上げて“追っ手”の姿を確認する。

 

 ――ブリタニア帝国警察の武装ヘリだ。

 通信まで傍受できる機能は、このトラック“そのものには”積まれていないが、追われ始めた時間から見て援軍がいつ来援してもおかしくはない。そんな窮状。

 

 彼ら二人は、日本独立のため反政府活動をおこなうレジスタンスたち一派の構成員なのである。

 とあるミッションのため素性を偽り、ブリタニアから“ある物資”を強奪して脱出するまでは上手くいったのだが、その段で仲間がヘマをしたことから予定外の逃走と、追撃されながらの脱出作戦に移行せざるを得なくなってしまった。・・・・・・そういう経緯だ。

 

 そんな追われる身である今の彼らにとって、クラクションを鳴らしながら背後から大型トレーナーが迫ってきつつあるにも関わらず、右往左往するばかりで、逃げるのを妨害するためジグザグ機動を描いてるだけに見えて仕方がない。

 

 そのような状況の中、焦った彼がハンドルを大きく左に切ってしまう行動を選んだのは、彼の心に一瞬だけ浮かんだ黒い感情を振り払うため、実際に身体を振らずにはいられない衝動に襲われたからであった。

 

 ―――邪魔なコイツらを轢き殺せば逃げられる。

 民間人でも所詮、ブリタニア人であることに変わりは無い―――

 

「・・・ッ!! チィッ!」

「バカ!? 止めろ! そっちは――」

 

 自らの中に生じた、甘く甘美で凶暴な思いへの恐怖故に、彼は一瞬だけ我を忘れ、作戦前に叩き込んでいた周辺一帯の地図情報をも一時的に忘却の彼方に忘れ去ってしまう。

 助手席に相方が制止したときには時すでに遅く、トレーラーは盛大に砂煙とスリップ音を轟かせながら猛スピードで左折していき、その先にあった建設途上で放棄され、そのまま遺棄されていた総合デパートの建設現場後まで突撃して、ようやく動きを停止させた。

 

 

 

「えっと、あの・・・・・・オレたちのせい・・・?」

 

 遅ればせながらバイクを道路の端に寄せ、急停止させたリヴァルが、遠くに見える砂塵が上がる光景に冷や汗を垂らしながら訊いてくる問いかけに、ルルーシュは冷静に、かつ冷淡な答えを返すのみだった。

 

「だろうな。クラクションを鳴らしている車の前でジグザグ走行は、交通妨害だ」

「マジですか!?」

「無論、冗談だ」

 

 友人を思いきり脱力させて車体にへこたれさせながらルルーシュは、ガードレールに歩み寄る。

 少し離れた場所から白煙が立ち上がっているのが見えた。だが、それは工事現場に放置されたままになっていた土嚢が破れたことで中身が吹き上がっただけであるらしいことが解って多少なりと安堵する。

 車体を見る限りでは出火している様子はなく、『エナジー・ピラー』が暴発した形跡もない。

 

 ――だが――

 

「・・・・・・ん?」

 

 ルルーシュの目がすがめられる。

 気のせいだろうか? 一瞬だけ車体上部から『陽炎のようなもの』が吹き上がって消えたように、彼の視界には映ったのだ。

 

 僅かな間だけ現れて、煙も残さず消えたように見える“それ”について友人に意見を聞こうと振り返った矢先のことだ。

 

 高すぎる矜持に目覚めたルルーシュの心を汚染する、不快な響きたちが耳朶に届いてしまったのは――

 

 

『おーい、コッチコッチ! ウッヒャー! ひさ~ん・・・』

『え? なになに? 事故?』

『酔っ払ってたんじゃないの~? バッカな奴ー』

『オイ誰か、助けに行ってやれよ・・・・・・』

 

 

 事故が起きた音で集まってきた、野次馬根性丸出しのブリタニア一般市民たちによる、自分たちの身近な場所で起きた事故を他人事としか思っていない、罵倒と嘲笑と無責任な憐憫の集積体。

 中には携帯電話を取りだして写真撮影し始めた者も、少なからず混じっているようだった。

 

 彼らは他人の不幸を、自分たちとは関係のない他人事としか思っておらず、それを見て無責任に論評する自分たちの言動が、やがて自分たちを滅ぼす積み重なった恨みの一粒になるとは想像すらしていないのだ。

 つい先頃、クロヴィス総督自らが出演したTVニュースで、『ブリタニア人を含む犠牲者』を出した日本残党のテロ事件に哀悼の意を捧げたばかりだというのにである。

 

 こういった戦勝国の立場に驕り高ぶった言動こそ、敗戦国日本人から自分たちに向けられる恨み辛みの結果こそが、自分たちの同胞を殺したテロの原因だとはまるで考えようとしない『酔っ払いと同じバカな発言』

 

「どいつもこいつも・・・っ」

 

 想像力の欠如した連中と“今の自分”が、同じ側の一般市民階級であることに耐えられない思いにルルーシュが駆られるのは、こういう時だった。

 彼は友人が止めるのも聞かずに事故現場へと駆け出し、

 

『お、学生救助隊登場~♪』

『誰か、警察ぐらい呼んであげたら~?』

 

 野次馬たちからの下世話なヤジを背に受けながら、トレーラー搭乗者の救助作業を開始していた。

 ほとんど野次馬たちへの反発心から来る行動だった。彼らと同じ行動をとる者の一人でいるのが嫌であり、彼らの悪意ある嘲笑で行動を止めるのも嫌であった。

 子供じみた衝動だとは思っていたが、今この場で模範的な社会人として大人らしい行動を取る気にはルルーシュはなれなかった。いつでも「皆と同じことをすれば良い」と考えるのは大人ではなく、幼年学校に通う子供なのだ。

 

 ―――あるいは、精神的奴隷か、ただの家畜だ。

 そのような存在に自ら墜ちることなど、今のルルーシュに決して選べる道ではない――。

 

 

「おい、大丈夫か? おい、聞こえるかッ!?」

 

 車体の周囲を回りながら呼びかけを行い、アプローチを変えながら、要救助者の意識を回復させる作業を行い続ける。

 そして車体横のハシゴを伝って屋根にも上り、意識せぬまま先ほど『陽炎のようなモノを見た場所』に身体を寄せてしまった、その瞬間。

 

 

“―――見つけた―――私の――――”

 

 

「・・・女の声・・・? どこだ? そこにいるの――うおッ!?」

 

 意識を取り戻した運転手がトレーラーを全速でバックさせ、車を急発進させたのは、その瞬間だった。

 明らかに民間車両にできる動きではなく、何らかの改造によって安全性が度外視された調整が施されているのは見る者が見れば一目瞭然な機動であったが、一般人にそのような事情まで考察できる知識はない。

 

「ああいうのも、当て逃げって言うのかな・・・?」

 

 と、ルルーシュの友人である少年が気楽な他人事の立場で論評し、『自分たち一般市民とは縁のない大事故』に、自分の湯言う陣が巻き込まれた可能性を頭から除外してバイクを押しながら、のんびりと友人を探すため『別に方向へ続く道』を歩み始める。

 

「やっていることは正しいんだけどさー・・・やめて欲しいんだよねェ~。

 無意味なプライド発揮すんのはさぁー。授業遅れちまうじゃんかよ・・・・・・」

 

 ――思えばそれが、普通のブリタニア学生でしかないリヴァル・カルモンドと、同じ普通のブリタニア学生でしかなかったルルーシュ・ランペルージとが共に同じ道を歩めていた最後の時間だったのだが・・・・・・その事実を彼が知るのは今より数年先の大分未来の話となる。

 

 

 

 

 ――こうして、小さな悪意たちへの、小さな反発心から起こった小さな善意によって、後の大きな変化をもたらす切っ掛けとなる壮大な悲喜劇の幕が上がる。

 

 この時点では、その劇の主役が誰になるかは未定のまま急遽開幕された劇でしかなかったが、当事者の片割れであるブリタニア帝国には、如何なる劇であろうと主役の座を『敗戦国のレジスタンス如き』に担わせてやる気など微塵も持ち合わせていなかったことだけは確かな事実のようだ。

 

 

 この出来事が起きる数分前のこと。

 トレーラーを追跡していたヘリが所属するブリタニア警察本部に、『軍』からの緊急連絡が入っていたからである。

 

 

『本庁へ! ターゲットは開発途中で放棄されたVOビルの入り口に突っ込んで停止しました。地上の警察隊でも対処可能です。これより突入指示を――』

【待て! 本件の指揮権は軍に移った。我われ警察の出る幕ではない。

 なにしろ指揮を執るのは、バトレー将軍とのことだからな】

『将軍ッ!?』

 

 思わぬ大物の登場に、ヘリのパイロットは仰天して叫び声を上げる。

 たかが都市ゲリラへの対処に、雲の上のような身分の人間が何故・・・・・・?

 

【気持ちは分かるがな。このご時世だ、軍に逆らって良いことなど一つもない。・・・まして相手が将軍ともなれば・・・】

『――司法警察権への介入もやむなき事案と言うことですな。了解しました、帰還します』

 

 無線に向かってそう伝え、パイロットが機首を翻そうと旋回させようとしていた時。

 

「・・・・・・ん? あの制服は・・・・・・」

 

 現場を確認するためONにしたままだった望遠カメラに、追跡対象だったトレーラーの上部に、帝立アッシュフォード学園の男子制服らしい姿が入り込んでいくのを一瞬だけ視界に捉えた彼は、その件を上に報告すべきか否か僅かな間だけ逡巡し、

 

「・・・・・・ま、いいさ」

 

 そう考え、そう結論づけると彼は何も見なかったことにして機を上昇させ、本庁へと帰還するコースを取った。

 軍が動く以上は、武力行使が前提となる。

 その際に、あのトレーラーに乗っているイレブンの市民抵抗運動どもを排除するため、ブリタニア人の一般市民が一緒に同乗していたため巻き添えになって死亡・・・・・・というのは体裁が悪い。

 

 といって、将軍ほどの高級軍人が出張ってくるほどの案件である。

 下手な障害が存在していることを報告しようものなら、力尽くでの対処する際には、口封じのため自分にも危害が及びかねない。

 

「警察のプライドなんか発揮したところで、このご時世。何の意味もありゃしないんでね」

 

 そういう事にして、彼は気楽な保身の道を選んで機を走らせていく。

 この選択が歴史にどう影響を及ぼし、自分の仕える祖国を破滅に導く一助となるものであったことを、彼は今も、そしてこの後も永遠に知ることはない――――。

 

 

 

 ・・・・・・後の世において、己が矜持のためなら、自らを焼き、他者をも焼き、今の世界を焼き尽くして新たな新鮮な世界を肺の中から誕生させ、不死鳥の如く飛躍させる、炎のような生き方を選んでも決して悔いることがなかったと評されることになるカオスの根源たる少年の戦いに彩られた新たなる人生は、こうして始まった。

 

 彼の選び取った道が、『成功した革命家』として栄光に満たされた終焉に至るのか。

『失敗した反逆者』にしかなれることなく終わるのか、今の時点では誰一人知る者はいない。

 

 何故なら、『成功した者は革命家』と褒め称え、『失敗した者は反逆者でしかない』と蔑む評価が正当なものとなり得るのは、『勝者が築いた次の時代』に生まれた者達だけに与えられる特権でしかあり得ないのだから―――

 

 

 

つづく

 



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異世界魔王青年バノッサと魔王召喚少女の夜 第2夜

原作を自由に確認できる時間が増えたので書いてみた第2弾です。
【異世界魔王と召喚少女】×【サモンナイト・バノッサ】のコラボ作2話目です。

……本当は、連載作のどれかを更新すべきだと思ったのですけど、考えてみたら連載作品は多い割に、原作に使ってる数が少なく、バリエーション展開が出来ておらず、こういうとき不便だと気付かされましたわ…。

もう少し色んな原作の連載作を書いとくべきだったと後悔中。ISばかり書いてたのが裏目に出ました…


 魔術師協会の長セレスティーヌの護衛を任された召喚士ガラクは、決して弱い部類の召喚士ではない。

 “とある人物”からの忠告によって、人格面に問題が多くなってきているとはいえ、ファルトラの街を守る結界を維持する重要人物の護衛役を任されるに足るだけの実力と知識を兼ね備えている。

 

「ば、馬鹿なッ!? こんな、こんな召喚獣が存在するはずがないィぃぃッ!?」

 

 だが――そんな彼が見た事も聞いたこともない召喚獣らしきモノが今、彼の前に浮かび上がっていた。

 

 ボロボロの外套を身体にまとわせ、その周囲を赤く途切れた布切れがユラユラと漂いながら宙に浮かび、ガラクが呼び出した召喚獣サラマンダーとガラク自身を能面のようにのっぺりとした貌たちが、ただ無言のまま見下ろしてきている不気味な存在・・・。

 

 霊界《サプレス》から呼び出された召喚獣【ブラックラック】

 霊界の深層にある、よどみに潜むと言われる中級悪魔。

 沈黙と恐怖を司る化身。

 

 ある意味バノッサと最も相性のいい存在であり、彼自身も敵を攻撃するための“兵器として”最も愛用してもいた【異世界リィンバウムの召喚術】が【レジェンダリーエイジ】と同じ概念を持つ異なる異世界において初めて姿を現した、その最初の目撃者にガラクはさせられてしまっていたのである・・・・・・。

 

 

「へェ? ここじゃあ、こういう風に使うのか。なんとなくだがコツが掴めたぜ」

 

 だが、ガラクの常識に囚われた故の困惑や驚愕など、自らの呼び出した召喚獣を見上げて満足そうに薄ら笑いを浮かべているバノッサにとっては、どうでもいい事だった。

 

 彼にとって重要だったのは、【魔王召喚憑依】の依り代として自分を利用するために【無色の派閥】が【蒼の派閥】より盗み出して彼に与えた『念じるだけで悪魔が呼び出せる便利な玉』が、魔王召喚儀式の際に同化してしまって手元にない状態で使用するにはどうすればよいのか? ・・・・・・それだけだ。

 

 

「もっとも、まだ完璧には使いこなせねぇってのも、同じみたいだがな。まァいいさ。

 ・・・・・・で? どうするんだ? ガラクタ野郎」

「な、なに? どうするって何を・・・・・・」

「手前ェのしみったれた召喚獣で、俺様の召喚獣とやる気かって聞いてやっんだよ、このアホがッ!!」

 

 目つきを変えてバノッサは分かりやすくガラクを罵倒した。

 その言い方が、ガラクの目付きをも変えさせる。

 

 気にくわない言い方であり、罵倒だった。――否、言い方だけではない。

 目付きも、態度も、言動も、自分以外の他者すべてを見下しきっている様なバノッサの持つ存在そのものが“今のガラク”にとって耐えがたいほどの恥辱と屈辱を蝕まずにはいられない・・・・・・!!!

 

「・・・・・・アホだと・・・? レベル30のサラマンダーを呼び出せる、この僕を・・・・・・魔術協会の長に近い地位にある、この僕のことをアホと言ったのか貴様ぁぁぁぁッ!!!」

 

 ある事情によって、『周囲は本当の自分を理解しようとしない』『才能に嫉妬して憎悪の対象としてしか扱おうとしない』・・・・・・そういう風に思い込まされかかっていた今の彼にとって、『他者“すべて”を見下すバノッサ』の態度は『自分個人へ向けられた見下しと否定の部分』しか受け取ることができなくなっていた彼にとって、バノッサはある意味で最悪のジョーカーだった。

 

 今のガラクにとって、『自分だからこそ召喚できる高レベル召喚獣』は、プライドを維持する為に最重要な支柱となりつつあるものだったが・・・・・・リィンバウムにおける『レベル』とは『練度』のことを指すだけの単語であり、目に見えて分かりやすい数値の優劣など彼の元いた世界には存在しない。

 仮に存在していたとしても、リィンバウムの住人達に目視することはできない物だったのだろう。

 そんな相手に数字の語ったところで、こう返されるのがオチなだけだ。

 

「へェ? で、その馬鹿デッカいトカゲ風情になにが出来るってんだ? 火吹き芸でも見せてサーカスにでも売り込もうってのか? トカゲ野郎如きが人間様に勝てるとでも思ってんのかよ?

 この、トカゲ使いのガラクタ野郎めがッ!!」

「~~~~ッ!!」

 

 既に臨界点を突破していたガラクの忍耐は、ここに来て更に限界がまだあったことを証明される。

 当初はまだ、周囲の家屋に及ぼす被害を考慮して『相手の運が悪ければ死んでしまう火加減』という程度に押さえさせて炎のブレスを放たせるつもりだったのだが・・・・・・彼に残された最低限の良識さえバノッサの罵倒はピンポイントで砕け散らせて、彼に『初手から最大火力』で放射するよう己が呼び出した召喚獣に対して与えてしまったのである。

 

「殺せ! サラマンダー!! 殺してしまえェェェェッ!!」

 

 ―――ガァァァァァァァァッ!!!!

 

 この世界の法則に従い、ガラクに呼び出された召喚獣はバノッサと頭上に現れていた召喚獣【ブラックラック】を二体まとめて標的と定めてブレスを放射する!

 その破壊力故に、滅多には見れない自分の召喚獣の圧倒的力に酔いしれた召喚主を高らかに哄笑させる。

 

「ひゃっ、ははははははッ!! ひゃっはははははッ!」

「「や、やっちまった・・・・・・」」

「うるさいッ! これは制裁だ! 無礼な役立たずを躾なおすために必要な制裁なんだァッ!!」

 

 他人の召喚獣を骨も残さず焼き殺させて、狂ったように笑い転げるガラクの背後から仲間達が畏怖するように忍び声を漏らす。

 召喚獣が殺されたこと、それ自体は彼ら召喚士にとって大した問題ではない。この世界において召喚獣同士を戦わせ合うことは珍しくはないのだ。

 単に、『自分を守らせるために呼び出した召喚獣を殺した以上』『次は召喚主を殺させる』という流れが確定してしまうために恐怖を覚えた。それだけである。

 

 この世界は、ヒト族の中心を人間が担っており、亜人達は庇護下にあったり同盟国や属国になっている例が一般的で、基本的には人間をヒイキした法律が適用されるのが一般的となってはいる。

 

 とは言え、町中で召喚獣を無断召喚して、罪人でもない亜人を「気にくわないから」と勝手に殺したとなれば、流石に統治者側として問題視するのは避けられないだろう。

 ガラク一人が、その咎で責任を問われるというなら自業自得と彼らは割り切れただろう。

 だが、共に行動して酒を飲んでいた相手が犯した凶行となったらどうなるか・・・?

 共犯者扱いされることだけは逃れたいと願ったのが彼らの願望だったが・・・・・・それは予想外の形で実現されることになる。

 

「クックック・・・・・・効かねぇな、ガキンチョ」

「なッ!?」

 

 焼き尽くされて影すら残っていないと確信していた相手のいた方向から、余裕ぶった声が聞こえてきたことで慌てて振り返ったガラクは、声以上に信じられないものを見せつけられて思わず絶句せずにはいられなかった。

 

「いつもなら避けてたとこだったが・・・・・・成る程な。

 なんでかは分からねぇが、“今の俺様には出来る、勝てる”って気が沸いてきやがった。はぐれ野郎が言ってたのは、こういう意味だったのかよ。

 ――チッ、つくづく祟りにくる野郎だ。気にくわねぇ・・・」

 

 道に敷かれた煉瓦さえ熱量で溶かしながら、地面をえぐり取るほどの火力をぶつけ続けていたサラマンダーの吐く炎の向こう側から、イヤな笑いと共にバノッサが平然と姿を表したのだ。

 

 その悠然とした姿と態度からは、炎による火傷や傷一つ負っているようには到底思えず、あろうことか訳の分からぬ独り言の方が自分の攻撃よりも不快だと言いたげに、最後だけ表情を歪めて吐き捨てる始末。

 自分に放てる最高レベルの攻撃を放たせたつもりだったガラクにとって、これほどの屈辱はない。

 彼は、既に最高火力の攻撃を放って回復のため休憩を必要としていたサラマンダーに気付く余裕すら失って、命すら危うくするほどの消耗を再び敷くことで、今の自分の限界以上の力と火力をバノッサにぶつけることを覚悟したのである。

 

「殺れッ! 殺れ殺れェッ!! 無礼な役立たずは殺してしまえェェェッ!!!」

 

 ―――ガァァァァッッ!!! 

 

 召喚主の命ずるがまま、ひたすら炎のブレスを最大火力で放ち続けるガラクの召喚獣サラマンダー。

 だが彼も、そしてバノッサ自身もあずかり知らぬ事であったが・・・・・・この異世界に召喚されたバノッサは確かに『レベルという概念は存在しか認識できない異世界リィンバウム』の存在であったものの、今この世界に何らかの理由で招かれてしまった彼自身は魔王との融合の果てに食われて消滅したはずの人物が、召喚獣として異なる世界の召喚術により引き寄せられて顕界した存在となっていた。

 

 たとえ元が別の世界の人間であろうとも、この異世界に召喚獣として呼び出されてしまった彼には、自分の世界の理から今いる世界の理に縛られる存在へと、世界による調整と変換が行われる事になる。

 

 その結果として魔王を呼び出す依り代として融合した後で召喚されている今のバノッサは、この世界基準で『レベル150相当』に該当する力を持つ存在に変化していた。

 たった『レベル30程度のザコ』では、どれほど力を振り絞って攻撃し続けたところで、ザコはザコでしかあり得ない。蚊ほどにも痛みを感じるものになり得るはずもなかったのだった。

 

「ヒャーッハッハッ!

 その無礼な役立たず様を相手に、さっきから手こずってるのは、ど・な・た・様だよ? えェ?

 お偉い魔術協会の長様に近い地位にいるだけで、誰の何の役にも立たねぇゴミクズ野郎様よォッ!!」

「ッッ!!!! きさ―――っ」

「みぇぇんな纏めて、くたばっちまえよ!! このクズ共がぁぁぁぁッ!!!!」

 

 ガラクの怒りと理不尽を最後まで言わせることすら許さぬままに、バノッサがあらん限りの悪意と見下しと侮蔑を込めて自らの呼び出した召喚獣に命を発した。

 

 その瞬間。――ブラックラックの動かぬ貌の、眼が光る。

 赤い、紅い、不吉な色に明滅した朱い光が、幾つもある貌の瞳に幾つも灯った瞬間に。

 

 全ては既に―――終わってしまった後となっていた。

 

 

 

 ・・・・・・ズバァァァァァァッン!!!!

 

「なっ!? う、うわぁぁぁぁッ!?」

 

 霊界サプレスの中級悪魔が放つ呪いを受けさせられ、サラマンダーのHPは限界を遙かに超えて一瞬にして削り切られ、魂までを消滅させられ、その余波により肉体までを爆発四散させ、側にいたガラクを吹き飛ばし、結果的に彼は命拾いすることになる。

 

 バノッサにとってガラクは、生きていても死んでも同じ程度のザコでしかなく、社会の役に立とうが立つまいが、“自分の物にならない世界なら滅んでしまえ”と世界そのものの価値を否定した過去を持つ彼にとっては、どうでもいい些事でしかない。

 

 ――ただ、カノンのことを思い出し、他人の幸せを見ても恨むことが出来なくなった今の自分に苛立ちを覚えていたが故の、クサクサした気持ちを『軽い運動で発散できた』

 

 今夜はそれだけで満足してやっても構わない。・・・それがバノッサが、この戦いの結果に感じた全てだった。

 

「な、なんだぁ・・・? こんな事・・・・・・こんな事、ありえないッ!?

 ただの亜人だろォ・・・? 役立たずのゴミが・・・なんで、なんでこんなっ・・・!? 」

 

 ガラクのように、整合できない様々に鬱屈した感情の問題など、今の彼には関係のない、赤の他人事。その程度の価値しかなかったのである。

 

「運が良かったなァ? 何の役にも立たねぇゴミクズ野郎。見逃してやるから、尻尾巻いてとっとと逃げちまえよ。

 あの、ヘラヘラ笑ってたバカ野郎に感謝しながらな? クックック」

「~~っ!! お、お前は一体何者なんだァッ!?」

「アーッハッハッハ! 負け犬が吠えてやがるぜッ! いい夜だよなァ? なァ? 何の役にも立たねぇザコしか召喚できねぇ無能ガラクタ野郎様ッ!! ヒャーッハッハッハ!!」

「くぅ~~っ!!? クッソぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

 いつかの夜と同じような光景を、異なる立場と異なる人物とが、異なる異世界に所と場所を変えて演じ合い、バノッサにとって異世界に召喚された一人ぼっちで過ごす初めての夜は、こうして終わりを告げることになる。

 

 それは、【名も知らぬ世界】から異世界リィンバウムへと招かれた、やがて世界の意思を統べる王となる者が過ごした最初の夜とは大きく内訳は異なっていたものの。

 

 バノッサにとっては、誰かと共に月明かりの下で夜を過ごすより、戦いと勝利によって終わりを迎える夜の方が性に合っていたのは事実だろう。

 どこまで行っても彼は、自分の求める居場所を他人が与えてくれなければ、力ずくで奪うことで手に入れようとする男でしかなかったのだから。

 

 ・・・・・・あるいは、そのせいで死んでしまった義弟が生きている世界なら、彼と共に生きる居場所を認めてもらうため、欲しいものを手に入れるため間違いを正して、自分が変わる道を選んでいたかもしれないが・・・・・・今となっては過ぎたことでしかない。

 

 

 ――そうしてしまったのは、他の誰でもない。

 この俺様自身なのだから――――

 

 

 

 

 

 こうして、バノッサにとって異世界で過ごす一日目の夜は終わり―――やがて朝となる。

 

 

「舐めとんのかゴラァッッ!?」

「舐めるかい!! 汚いわボケェェッ!!!」

 

 ワーッ! ワーッ!?と。

 怒号を叫び合いながら、互いの胸ぐらを掴み合って睨み合い、大柄な男の亜人たちが武装した姿のまま建物の中で啀み合う姿を、周囲の同じような格好をした男たちが囃し立てていた。

 

 そこは辺境都市ファルトラ内にある『冒険者ギルド』の一階に広がるホールだった。

 朝の食事を取り終えた後、レムがシェラとバノッサの二人を連れて案内してきたのが、この建物だったのである。

 冒険者登録を済ませる、というのがその理由であった。

 冒険者としてギルドに登録されたものには、ギルドに寄せられたクエストと呼ばれる依頼をこなし、報酬を得ることが可能になる。

 現時点で、宿代も含めて収入源を確保しているのはレムだけであり、彼女の財布も無限であるはずもない以上は、他の二名にも働かざる者食うべからずという常識を守ってもらう必要性が彼女の側にも存在していたのであった。

 

「少々騒がしいですが、いつもの事です」

 

 そのため、この喧噪ぶりにも慣れているのか、華奢な見た目に似合わず落ち着き払った態度で眉一つ動かさずに無視してのける亜人である豹人族の少女レム・ガレウ。

 場慣れしている彼女にとっては、いつもの光景でしかなかったであろうけれど、冒険者登録に来たばかりで新人でしかないシェラから見れば、『強面の男たちが怒鳴り合う野蛮な空間』にしか見る事ができずに萎縮しきって動けなくなることしかできなくなっていた。

 

 だが、ある意味でそれは新米冒険者として正しき姿だったと言えなくもない。

 何しろ、同じ新米冒険者でありながら『こういう空間を見慣れている』という点では全く異なる比較対象となる存在が、今この世界には召喚されてきていたのだから―――

 

 

「そうだろうな。デカい声出して騒いでさえいりゃあ、何も知らねぇトーシロには大層なもんだと思ってもらえる。

 小遣い稼ぎで大見得切ることしか出来ねぇザコの群れ共には、こうでもしねぇと生きてく金にすら事欠くだろうよ。ひゃっはっは」

「ちょッ!?」

「バノッサ何を!? すぐに謝―――」

 

『『あああああァァァァァァッン!? んだコラやるかガキィィィィィィィッ!!!!』』

「「ひぃぃぃぃッ!? やっぱり怒ったァァァッ!?」」

 

 あまりにも予想外すぎるバノッサの放った新人冒険者らしからぬ最初の発言に対して、ベテラン冒険者たちの反応は予想通り過ぎるほど周囲を囲んで今にも襲いかかってきそうなほど怒り狂い、シェラとレムは年頃の少女らしい反応としてレベル差に関係なく恐怖心を抱いて互いに互いを抱きしめ合い。

 

 そして―――

 

「クックック・・・テメェら、この俺様と戦る気かよ? おもしれぇ―――纏めてぶっ潰す!!」

 

『んだオラゴラァァァっ!!!

 舐めた口聞いてっと殺されるだけで済むと思ってんじゃねぇぞクソガキぃぃぃぃッッ!!!!』

 

「「ひぃぃぃッ!? 私たちは何も言ってないから関係ありませぇぇッん!?」」

 

 南スラムよりも更に治安の悪い北スラムで、ゴロツキ共を力で束ねていた元犯罪者少年グループ【オプティス】のリーダーらしい宣言によって、周囲全てを敵に回して雄叫びのような奇声を放ちながら襲いかかられるという、冒険者ギルドであってさえ史上希に見る珍事件を発生させ、自らの生まれ育ったサイジェントの街の流儀を、異世界の辺境都市ファルトラの荒くれ者の先輩ども相手に、新入りの若造らしくシッカリ見せつけ終えた、その後のこと。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、冒険者登録に来た初日からあんなことあったのは初めてでね~。驚異の新人あらわるってレベルで済ませていいのか判断に困るところだよ、本当にねぇ」

 

 執務室に置かれたソファに座り込みながら、踊り子のように肌を露出させた扇情的な衣装をまとったウサギ耳の少女は書類を片手に、向かい合う三人の男女を見比べて困ったような苦笑を浮かべる事しか出来なくなっていた。

 

「ああ、紹介が遅れたけどボクは、ファルトラ市の冒険者ギルドでギルドマスターをやっているシルヴィ。

 いやぁ、お兄さんたち色々やってくれたねぇ。ちょっとこれは冗談じゃ済まないレベルになりかけちゃってたよ」

 

 笑いながらも、先ほど受付の少女たちから聞かされた被害報告を受けて、内心では怒るより先に恐怖心すら抱かされながら、正面に座ってふんぞり返って見下すような視線を向けてきているディーマンと思しき見た目の男性をチラリと見て、盛大に心の中で溜息を吐く。

 

 一階で馬鹿騒ぎをしていた冒険者たちの中で、バノッサの安い挑発に乗ってケンカを買ってしまった者は漏れなく全員。

 そして乱闘騒ぎに参加した内、ほぼ全員が病院送りになって、しばらくの間復帰は無理という惨憺たる惨状っぷり。

 

 その中で唯一の例外だったのが、病院送りにされた者たち全員から襲いかかられて被害者になるはずだった一人だけというのだから、もう彼女としては怒りを通り越して笑うしかない。

 

「あァ。だから半殺しだけで済ませてやっただろ? それが不満だってぇなら、返り討ちで皆殺しにしてやっても俺様は構わなかったんだぜ?」

「いやまぁ・・・・・・流石にそれをやられるとボクが困りすぎて、首をくくらなくちゃいけなくなってたから、良いんだけどねコレで・・・・・・」

 

 バノッサのやったことは当然問題だったが、安い挑発に乗って一人を相手に大勢で袋叩きしたがった末にギルドホールで乱闘騒ぎを起こすバカ共も別に良い事をしたわけでもない。

 荒くれ者どころか、単なるならず者と紙一重の者も少なくない冒険者業界において、私闘は半ば黙認されて日常化しつつある治外法権のようなものであって、負けた者も勝った者も自己責任が適用されるのが冒険者という特殊な職業柄の不文律。

 

 それにまぁ・・・・・・相手の言ってることも正直、間違いではないのだ。

 冒険者たちにとって、自分個人を名指しで依頼されるようになる事は収入の安定に繋がり、常連客というパトロンを得るに等しい好条件の立場になる事を意味している。

 その為には常日頃から、クエストでもクエスト以外の場所であっても、可能な限り『目立つ必要』が冒険者たちには存在しており、『強い自分のアピール』として、あの手のバカ騒ぎを売名行為として行いたがる輩は、どこの街の冒険者ギルドでも根絶不可能な必要悪とでも言うべき社会の潤滑油みたいなものだった。

 

 その点でバノッサは間違った事はしていない。

 バカ共全員を一人で伸してしまったという事は、少なくとも彼ら全員分を集めたよりも彼一人に依頼した方が、冒険者ギルドとしては確実性が高い事を分かりやすく示されたと言えるからだ。

 

 自分の力を見せて売り込んだ――そう解釈すれば必ずしも悪い手段ではなかったかもしれないのだけれど。

 問題なのは、その実力を正確に把握するため行ってもらった、【魔力測定の鏡】に映し出された結果の方。

 

「鏡が、あんな風になったのは初めてでね~。正直、うちではキミを扱えないと思うんだ~」

「ふぇ? どういうこと?」

「彼が高レベルなのは間違いないと思うけど、どれほど高いのか分からないんだよ。

 ハッキリ言って人知を超えてる。だからキミを登録したところで、どんな依頼を任せていいのか判断できないんだ~」

 

 気楽そうな口調で簡単に、シルヴィは自分たちの世界の常識に則ってバノッサに向け、そう説明した。

 彼女としては当然のことで、『力の強い者』は権力者や貴族、大金持ちからも引く手数多で、幾らでも良い暮らしや高い地位身分を与えてもらう事が出来る。

 自分より弱すぎる者に指図される立場に甘んじていなくとも、生きていける手段はいくらだって手に入れられる。それがこの世界では当たり前の認識だったのだから。

 

 ――特に、【魔族】というヒト族全体にとっての強大な敵対種族の脅威に晒され続けている彼女たちの世界において、力が強いという事はそれだけで防衛力として国が求める存在になり得る。

 そんな存在を、たかが辺境都市の冒険者ギルドマスター風情の風下に立たせ続けて御しきれる自信など、シルヴィにはなかった。それだけである。他意はない。

 

 ――だが・・・・・・。

 

 

「強い人を登録できるのは当然、ありがたいんだよ?

 でもボクは、“キミより弱い”。

 “そのボクに命令されて納得できるかな?”」

 

「・・・・・・・・・あァ?」

 

 

 そういった瞬間、空気が変わった。

 先程までバノッサのしでかした事に萎縮して俯いていたレムとシェラも、ハッとなって顔を上げ、シルヴィは青ざめた表情で目の前に座る男の変貌ぶりに本心から恐怖で震えだしていた。

 

 ―――気にくわない表現であり、考え方だった。

 まるで“アイツら”から言われた事と同じようなものだと感じさせられたバノッサの声に、危険なものが宿り始める。

 

 

「つまりテメェは、力ある俺様には、こんな薄汚ぇ場所は相応しくねぇって言いたい訳か?

 強いヤツには、それに相応しい場所につく資格があるから、ソッチに行けと。

 そう言いてぇのか? テメェはよォ・・・・・・」

「い、いやその・・・・・・そ、そこまで深く考えて言ってたわけじゃなくて、えっと・・・・・・」

「俺様の力に相応しい場所として、テメェらの国の城でも奪い取っちまった方がいいのか?

 テメェより強い俺様が、俺様より弱いテメェが頭はってる冒険者ギルドとやらを力で支配して従わせられる方が、テメェの好みに合ってんのかよ? えェ?」

「それは・・・・・・」

「合ってねぇんだろうが。だったら下らねぇ理屈をグダグダ言ってんじゃねぇよ、ムカつく野郎だ。

 次くだらねぇ理屈ほざいた時には、ブッ殺す。そのつもりでいろ」

「・・・・・・・・・はい・・・・・・気をつけます・・・・・・」

 

 シュンとなって項垂れながら、ファルトラの街冒険者ギルドのトップは、自分の判断によって新人冒険者として認められたばかりのバノッサに頭を下げて謝罪するしかことしかできない。

 

 ――それが限界だったのだ。

 彼女はこの時、本気で死の恐怖に怯えていたのだから・・・。

 

 この世界に生きるバノッサ以外の、他の者たち全てには理解できなかったであろう異常すぎるほど過剰な先の激しい反応。

 だが、それもまたバノッサにとっては当然の反応でもあったのだ。

 

 

 ――自分をそそのかし、今の世界を壊した次の世界で王になるべく選ばれた存在と煽て上げて利用した、魔王召喚によって今の世界全てを壊し尽くさせ新世界を想像しようと目論んだ男。

 【無色の派閥】の総帥にして、セルボルト家の当主【オルドレイク】

 そして召喚術師の子として生まれながら、召喚術の才に恵まれなかった自分を捨てた名も知らぬ実の父親でもあった人物。

 ずっと探し続け、絶対に殺してやると決めていた、自分と一緒に母を捨てて苦しみの中で死んで逝かせた、自分が人間として最後に縊り殺してやったクソッタレな野郎・・・・・・。

 

 彼がバノッサを魔王召喚に利用するため【力ある者には相応しき場所につく資格がある】という甘言によって唆し、城を攻めさせ、街を悪魔たちに襲わせたことが、カノンの言葉で心動かされ欠けていた自分を【もう戻れない。許されるわけがない】と再び絶望の側へと引きずり戻されようとする口実になってしまった。

 

 そして結局それが―――カノンを死なせてしまう遠因にもなってしまった行動であり、言葉でもあったのだ。

 

 

「俺様に相応しいかどうかは、俺様が決める。テメェは黙って、依頼を寄こすだけやってりゃいいんだよ。余計なことに首突っ込んでくるんじゃねぇ。

 街の連中ごと、皆殺しにされたくねぇんだったらな・・・・・・」

「あ、アハハ・・・・・・お、面白い冗談を言う人だよね・・・? うん。

 こ、これから宜しくね――いえ、お願いします。バノッサさん・・・・・・」

 

 

 頭を下げながら、上から目線で要求だけしてくる新人に対して握手の手を差し伸べる冒険者ギルドの長である少女の姿を持つギルドマスターのシルヴィ。

 

 どっちが主で、どちらが下なのか、一目見ただけでは分かりようもない、緊迫しきった空気に包まれたままツッコもうとする蛮勇の持ち主は誰もおらず、バノッサとシェラの冒険者登録は結果として認められ、完了する運びとなる事がようやく出来たのだった。

 

 話が進む中で徐々に軽くなってきた部屋の空気に、少しずつ心を軽くしながら三人の見目麗しい乙女たちは、ある意味で一人の男に沈黙を強制されたまま、一つの想いを無言の中で共有し合う、魔王の脅威に晒されながら踏みとどまるしかない同士の一人となっていたのやもしれない。

 

 彼女たちの思いは、このとき純粋に一つだけだった。

 

 

 

(((と・・・・・・トイレに・・・・・・行きたいッ!!

   一刻も早くおトイレにッ!!!!)))

 

 

 

 ――魔王の威圧に恐怖するあまり、尿意を催す三人の麗しい乙女たちの存在するのが、リィンバウムとは異なる異世界であり、今のバノッサの居場所となったこの世界。

 

 バノッサにとって、異世界で初めての夜が終わり、異世界で過ごす二日目の朝は・・・・・・まだ始まったばかりだった。

 

 

 

つづく




*:途中までは満足して書けたんですけど、良い終わり方が思いつかず、最後だけ微妙になってしまった事を謝罪。
まだ本調子じゃないみたいですね……次は今回よりはマシになるよう頑張ります。


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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~11章

女版エルクが主人公の【アーク・ザ・ラッドⅡ】二次作の最新話です。
大分前に書き終わって完成してたのを忘れてた事に、今さっき気付きましたので更新しました。なんか色々と申し訳ございません……(土下座)


 エルククゥが闇医者ラドを頼るときに訪れたことがある、田舎町インディゴスにある唯一の酒場。

 場末の酒場でありながら、ステージだけは分不相応なほど立派な設備を保有しており、都会での銀幕生活を夢見る若者たちに夢と幻想を提供している以外には、広さだけしか取り柄のない。そんな店。

 

 そんな辺境の安酒場であるにも関わらず、この店には週に何度かだけ店内が客で埋め尽くされる日が存在していた。

 

 【歌姫シャンテ】が舞台に立つ、ナイトステージが開かれる日にだけ、この店は朝から席取りのための客で溢れ、夜になってから夜明けまでの熱い一夜に備える者たちで満ちあふれるのだ・・・・・・。

 

 

 訳ありの少女リーザと少女ハンター・エルククゥが、謎の美女に窮地を救われ、酒場に連れ込まれて匿われたのは、丁度そんな日の出来事だった。

 

 

 

「――どうやら、行ったみたいね」

 

 入ってきたばかりのスティングドアに耳をそばたて、外の様子をうかがっていた女性がハスキーな声音で教えてくれるのを、エルククゥたちは店内に置かれた音楽機材の陰に蹲りながら聞いていた。

 正直こんな小細工に意味は感じなかったが、せっかく助けてもらった身で姿を晒してたから見つかりましたでは流石に申し分けなさすぎると、文字通り申し訳程度に身を隠していたのだが、どうやら無駄になってくれたようだ。

 

 店の外からは、リゼッティ警部の銅鑼声で『こっちだ急げ! 電気椅子送りだー!!』と叫び続けるが声が通り過ぎていくのが響いてきていた。

 熱意は認めるが、アレだと自分の方が通報されるのでは?と、追われる身ながら心配になってしまい、エルククゥは自分のことを棚に上げて軽く笑って肩をすくめそうになる。

 

 それをしなかったのは、『礼儀知らずの大人には無礼で応じ、節度ある大人には礼儀を守る』という自分流のマナーが身に染みついていたお陰だったかもしれない。

 

「助けていただき、ありがとうございました。お陰で助かりましたよ」

 

 皮肉そうな軽い笑みを浮かべる予定を変更して、柔らかい笑顔を浮かべ直してから改めてお礼を述べてから頭を下げ、自分たちの素性についても軽くだけでも説明しておく。

 

「私の名はエルククゥ。ハンターをやっている者です。こちらの少女はリーザさんです。ちょっとした訳ありなので職業の方はご勘弁を」

「へぇ、あなたハンターだったのね。でも・・・・・・クス。

 あんな所でドジを踏んでるようじゃハンターの名が泣くのではないかしら?」

「・・・面目ない。それを言われると辛いところです・・・・・・」

 

 多少バツが悪そうな表情でエルククゥは己の非を認め、迂闊だったと反省の弁を述べる。

 無論、彼女にも言い分ぐらいはある。

 今回の一件は明らかにガルアーノが裏から手を回していた罠であり、それを見抜いていたからこそ余計な目撃者を出さぬための付近は封鎖され、警察にも圧力がかかっているだろうとエルククゥは予測し、その予測自体は的中していたのだ。

 

 だが、そんな状況下の中で驚くべき鼻をきかせて飛び込んできたのがリゼッティ警部率いる警察隊の強行突入だった。

 あのタイミングでの乱入は、エルククゥだけでなく敵にとってさえ、おそらくは予想外のアクシデントだったことだろう。今頃は辻褄合わせと、セカンドプランのため場繋ぎの人選を急いでいるのかもしれない。・・・もしくは既に誰かを向かわせたばかりかもしれないが・・・。

 

 どちらであるにせよ、警察は国家権力に逆らえないものだという想定が、リゼッティ警部を侮らせる結果となってエルククゥの足下をすくったのは確かな事実だ。

 最近の警察にしては数少ない骨のある警部と、高く評価して見せながらも、どこかで侮りがあったのだろう。彼女としては赤面しつつ、己の増長を窘められた気分で素直に頭を下げるしかなかったわけである。

 

「あら、思ったより素直なのね。生意気そうな見た目なのに意外だわ」

 

 そう言いながらクスクスと笑ってみせる美女は、言葉とは裏腹にエルククゥの態度に悪印象を抱かないタイプのようだった。

 

「さっきも言ったけど、改めて自己紹介しておくわね。

 あたしは、シャンテ。この酒場で働いている、一応はパートの従業員よ」

「シャンテさん、ですね。分かりました、これからそう呼ばせてもらいます。

 それでシャンテさん。・・・・・・先程はどうして、私たちを助けてくれたのでしょう? 奈辺に理由があったかお聞きしても?」

「あら、用心深いこと。・・・見ていられなかったから、ではダメなのかしらね?」

 

 はぐらかすように、大人の余裕たっぷりの言動でシャンテは妖艶な笑みで答えて見せた。

 改めて相手を見直すと――目の覚めるような美人であった。あるいは美女と呼んだ方が適切かと思えるほどに。

 

 ロングヘアーの黒髪は夜の色を思わせ、クシで梳いたわけでもないのにサラサラと流れるようなキューティクルは、エルククゥの固い髪質とは女として比べものになるまい。

 女性の中でもズバ抜けた長身と抜群のプロポーションの持ち主で、胸元を露出させた姿には、そういう方面には関心のない同じ女のエルククゥでさえ圧倒されるほどのボリュームを前方に向かって突き出している。

 

 特に、足の長さと脚線美は、彼女が持つ美の中でも突出して優れており、この足に邪な欲望を刺激される男達は今まで星の数ほどいただろうな・・・・・・と、らしくもない想像をそそられてしまうほど。

 そして恐らく、邪な欲望を抱いた対象そのものによって、モノの役に起たなくされた愚か者達が結構な割合で含まれていただろうという想像も。

 

 ――エルククゥは謎の美女シャンテの美貌から、鍛えられて無駄を削ぎ落とされた『武』の気配を敏感に感じ取っていたのだ。

 

「あの・・・・・・ありがとうございました」

 

 先ほどから黙り続けていたリーザから、遅まきながら礼を述べられ、少しだけ驚いたようにシャンテは彼女を見つめた後、

 

「いいのよ」

 

 と言ってニコリと微笑む。

 それを見せられたリーザは頬を赤くして俯いてしまい、年上の女性シャンテの美貌を憧憬の籠もった視線で見上げてしまう。

 

 モンスターと心を通わす特殊能力を持つ一族であるが故に、人里離れた隠れ里で生まれ育ってきた彼女は、言い換えれば純朴な田舎娘であり、大人の女性のあり方に憧れを抱かずにはいられない年齢の女の子でもあった。

 

 この歳まで異性と触れあった機会の少ないリーザにとって、シャンテは女性として「こんな大人になりたい」と願う理想型だった。

 少なくとも彼女に、そう感じさせられるだけの迫力と印象をシャンテはリーザに与えたことだけは確かなようだった。

 

 そういう視線に経験がないわけではないシャンテとしても、素直にリーザのことは「可愛いらしい」と感じさせられ、次いで出た言葉は「仕事内容」とは無関係な、つい声に出してしまっていた本音の言葉だったのだが。

 

「えーと、エルククゥだっけ?

 彼女、素直でいい娘じゃない。大事にしてあげなさいよ」

「・・・怖いこと言わんでください。下手をしなくても、私が殺されてしまいかねませんから・・・」

「は?」

 

 なぜだか急に顔色を青くして、なにかに怯えるように、あるいは凍えるように両手で身体を抱きしめてから手で擦って暖めるような仕草をしてみせるエルククゥの行動に、事情を知らないシャンテは疑問符を浮かべることしかできずに戸惑うしかなかったが・・・・・・説明もなく仕事とも関係なさそうでもあったため、冗談だと解釈したことにして話を進めてしまうことにする。

 

「アハハッ、おかしいわね、アンタ。

 ・・・ところで、あんたち追われてるみたいね」

「ほう・・・?」

 

 “本題”の匂いを感じ取ったのか、「同じプロ」としてエルククゥの声色も変わった。

 身体の震えも収まり、腕で擦る必要もなくなったのか自然体の姿勢に戻ると真っ直ぐにシャンテの長身を見上げて正面から向かい合う。・・・もっとも、一度変色した顔色までは即座に治ることはできてなかったが・・・。 

 

「まぁ、先ほど表を走って行った警官隊を見れば一目瞭然なことであるとはいえ、何故そんなことを聞いてきたのかは気になりますよねぇ」

「空港の事件現場からいなくなったハンター。

 報道はされてないけど、飛行船に乗っていた少女も事件後に消息が消えている」

 

 淀みない口調で述べられた、ラジオ放送ではまだ語られていない部分まで含んだ真相。

 特にリーザのことまで知られていたことは、エルククゥの脳裏にどうしても危険信号を点滅させずにはいられなくさせる。

 

 派手な登場の仕方をして、大勢の目撃者達に姿を見られている自分の姿が消えたことは、大して知られていても不思議ではない。

 あの数を全員口封じするのは流石に不可能だろうし、可能だったとしても別の大事件として隠蔽工作が必要になってしまって意味がない。

 

 ・・・・・・だが、リーザの方は自分とアルフレッド以外では、ガルアーノの手下達しか姿を見られていなかったはずだ。

 そしてアルフレッドは殺され、自分は彼女と共に行動している。ガルアーノ子飼いの飼い犬共が、ご主人様の許可なく勝手に情報を漏らして処刑されないとは到底思えないのだが・・・・・・。

 

「どこでその情報を聞いたのでしょう?・・・・・・と聞いたところで、教えてはもらえないのでしょうねぇ」

「まぁ、ね。こっちもツテを維持するため、それなりの維持費と時間をかけてきてるから。

 “とあるスジ”から・・・ぐらいのことまでしか教えてあげられないわね。

 こう見えても昔は情報屋として生活していたこともあるのよ、私って」

 

 肩をすくめて、意味ありげに微笑みを浮かべる美女を前に、エルククゥは素直に両手を挙げて降参した。

 元より自分の方が状況的に部が悪く、ハンターと情報屋では専門分野で雲泥の差がある。

 年齢からくる経験値の差もあって、勝てない部分を感じ取らされた彼女は無駄な時間をかけるよりもサッサと用件を済ませる方を優先することにしたのだった。

 

「私から、情報を買わない? 1000ゴッズでどうかしら?

 あんた達を狙う奴らが何者かってことを調べられそうなのよ」

「“私たちを狙っている人が誰なのか”という情報なら、不要ですよ。

 アルディア陰のトップで、マフィアの元締めになってるカスタード・・・・・・いや、ガルアーノさんです。

 向こうさんの三下が不用意に口走ってましたから、まず間違いないでしょう」

 

 即答で返されて、シャンテは瞳を大きく見開く。

 そんな彼女にエルククゥは視線だけで、「商品はそれだけですか?」と無言の内に問いかける。

 

「・・・・・・参ったわね。本当は依頼された以上のネタを取ってきて追加報酬を吹っ掛けるつもりだったんだけど、あなたは確かに腕のいいハンターだったみたいだわ。小細工は通じそうにない」

「お褒めいただき恐縮です。・・・・・・で?」

「1500」

 

 短く簡明に、そして誤解しようのない表現を使ってシャンテは、自分の要求額をエルククゥに告げる。

 

「1500ゴッズで、あなたたちを追いかけ回しているガルアーノの居場所を突き止めてみせるわ。あなたも相手のアジトまでは、まだ分かっていないのでしょう?」

「・・・・・・まぁ確かに、ね」

 

 肩をすくめて、自分たちの不利さを強がることなく認めるエルククゥ。

 実際、このまま相手に攻められてばかりで反撃できないまま、かかってくる火の粉の魔物を打ち払うだけではジリ貧にしかなりようもない。

 相手に反撃する術がないと知っている側からすれば、攻撃を止めてやる理由がどこにもないのだ。

 余程の戦力を投入して大失敗に終わったなら、攻撃の一時停止ぐらいは決断するだろうけれど・・・・・・それも所詮は一時的なものでしかない。

 

 なにしろエルククゥたちの敵は、人間をモンスターに改造する技術を開発中らしいのだ。

 いくら戦力を削ったところで、自分たちの腹が痛むわけではないのだから、そりゃ攻め続けてくるだろう。余程のお人好しでなければ普通に考えてさえ。

 

 それを承知していながら、それでもエルククゥが即決しなかったのには理由がある。

 

「・・・・・・しかし、1500というのは高いですねぇ・・・・・・相場の倍近くの値段じゃありません?」

 

 そう、値段だ。シャンテの示した額が、情報料としては些か高額すぎたというのが、その理由だった。

 後にガルアーノを始めとして、敵勢力たちが本格的に活動を開始したことで治安が悪化し、危険情報の価値が跳ね上がることになる未来の時間軸と違い、現時点でのアルディアはまだ比較的安定した状況にしか陥っておらず、情報屋にしろハンターにしろ、仕事料や報酬額は平時のものが平均値として採用されている時点にあった。

 

 彼女の感覚で言えば、自分が主な活動拠点にしていたハンターズギルドに写真付きで指名手配されているのを見たことがある『お尋ね者モンスター』の【ブーシー(1350G)】と【バルザック(賞金額1755G)】この二匹のちょうど中間辺りの金額、といった認識である。

 

 どちらのモンスターも、わざわざ名指しで個体討伐依頼が出されるだけあって、それに相応しい被害と死体の山を築いていてる。

 それら多大なリスクを背負ってでも倒して得られる報酬と、ほぼ同額の情報料ともなればエルククゥが二の足を踏んでしまいたくなるのも分からなくはない。

 

 まして彼女は、自分一人を養えればいい気楽な立場ではなく、もう一人の少女の将来にも責任を感じている身だ。

 報酬は良くても、安定しているとは絶対に言えないハンター家業を収入源としている身として節約できるところは節約したい。将来のためにも貯蓄ぐらいはしておきたかった。

 

 妙なところで世帯臭いところを持った少女がエルククゥだった訳だが、それは何も彼女だけに限った話でもなかったのは当然のことでもある。

 

 

「私だって、ちょっと訳ありなのよ。危険を承知で取ってくる情報なんだから、これぐらいはもらわないと割が合わないわ。

 あんたハンターなんだから、この位すぐに稼げるでしょ?」

「いやまぁ、すぐにってほど安い値段ではないですけど・・・・・・一応は」

「忠告しておくけど、私の掴んだ情報だけでも、このままじゃマジで危ないわよ? あんた達。

 それぐらいヤバいことに首を突っ込んでるんだから、ケチって死んだら洒落にならないでしょう?」

「確かに、そうですね・・・・・・」

 

 シャンテの言葉に頷きを返して、なにかを考えるかのように黙り込んだ後。

 エルククゥは大きく頷いてシャンテに向かって頭を下げ、情報屋としての依頼を任せる決断を下すことにした。

 

「わかりました、依頼します。報酬は前払いって事になるのですよね?」

「商談成立ね。支払い方法もそれでいいわ。お金ができたら、またここに来て」

 

 交渉結果に満足したように、美人な顔を破顔させるシャンテ。

 こういう場合、情報屋が金だけもらってトンズラした話はエルククゥもシャンテ自身もよく耳にする話だ。

 だが一方で、聞くだけ聞いて情報料を払わないハンターの話も珍しくはないのが実情でもあり、それなりの駆け引きを彼女も覚悟せざるを得なかったのだが、予想に反してアッサリと相手が受け入れてくれて、前払いの件も先方から持ち出してくれたので、素直に安堵せざるを得なかったのだ。

 

(・・・・・・聞かされた話だと、“子供と思って甘く見れば火傷じゃすまない油断できないガキ”って事だったけど・・・・・・思ったよりずっと素直な子たちじゃない。

 しょせんマフィアの言うことなんか、信用できないって事なんでしょうね)

 

 そう心の中で、今回の話を持ってきた相手の、中年太りした偽善面を思い浮かべて反吐が出る思いに駆られる彼女だが・・・・・・どんな相手だろうと、払ってくれる金は金。

 医者たちの誰もが「処置なし」と匙を投げられてしまった家族を、唯一受け入れて今まで生き延びさせれる病院を紹介してくれたのは彼だけだったのだ。

 その目的が法外な額の治療費を盾にして、美貌の情報屋として知られていた自分を個人的な駒として確保することだったとしても、家族のためなら我慢できる。

 

 そして何時か、アイツの元から解放されて家族一緒に幸せに暮らせるようになるためには、肩代わりしてもらっている治療費を全額耳そろえて突き返してやる以外に、今のシャンテに選べる道はない。

 

(――復讐も仕返しも、その後の話よ! 今はあの子を・・・・・・アルフレッドの病気を完治させてあげるため仕事をこなすしかないんだわ! その為なら、石にだってしがみ付いてみせる!

 たとえそれが・・・・・・他の子供たちを騙すことだろうと、私はもう決して躊躇わない!!)

 

 そう心の中で決意を新たにして、今回舞い込んできた新たな依頼対象を見下ろすシャンテだったが・・・・・・やはり本質的に優しい姉の彼女には、完全にドライに割り切ることはできそうもない。

 

 

「では、お願いします。ただ気をつけてくださいね? 連中はマトモな部類に入る犯罪者さんじゃなさそうでしたから。

 ・・・・・・もっとも、今の私が言うと説得力ない立場ではあるんですけどねぇー・・・・・・」

「ふふふ。たしかに貴方に忠告される立場じゃないわね、私の方は♪

 まぁでも、ありがたく伺っとくわ。

 あ、それとなんだけど。あたし、ここで歌ってるから、もし良かったら来て」

 

 最後に地が出て、余計な一言を付け足してしまう美人歌姫シャンテ。

 それは彼女なりの相手に示した誠意であり、嘘偽りのいない本心だけで歌っている自分の姿を彼女たちにも見てもらいたいと心の底では願っていた、少女たちに対する本能的な好感情が言わせた言葉であったのだが。

 

 思いのほか強い食いつきが、別の場所から上がることになったのは正直、予想外でもありはした。

 

 

「はいっ! 必ず!! ねっ、いいわよね!? エルククゥ!」

「は・・・・・・はぁ、えっと・・・・・・そうですね?」

 

 ・・・・・・リーザだった。

 なぜだかエルククゥではなく彼女の方が力強く確約して、瞳に星でも瞬いてそうな瞳で同意を求めてまで来たため、若干ドン引きしながらも曖昧な許可を与える以外にエルククゥにも対応のしようが出来なくなってしまう。

 

 それ程に――異様な迫力があったのだ。

 この時の年頃乙女リーザちゃんには何となくだけれども。

 

(――こんなに大人っぽくて綺麗で優しいシャンテさんが歌ってるワンマンステージ・・・・・・スッゴく綺麗なんだろうなぁ・・・・・・。

 そんな素敵なステージを見学できたら、ほんの少しだけど私にだって、ちょっとぐらいシャンテさんみたいな大人の女性に近づけるかもしれない・・・・・・♪)

 

 そんなことを内心で思っていたことを、傍らから横顔を眺め見ている相方の少女には教えることなく、ボンッ!キュッ!ボンッ!!な大人の色気あふれる美女に憧れを抱く年頃の少女と、同年齢なはずの今一人の少女とは酒場を出て、情報量を稼ぐためにもハンターらしくハンターギルドへ向かって歩き出す。

 

 ハンターギルドに依頼される仕事内容は多岐にわたり、賞金首の確保から市民の雑用係までランク毎にピンキリなぐらいには用意されているのだけれども。

 エルククゥがまず最初にやらなければいけない、ハンターとしての仕事は決まっていた。

 

 

「まぁ、取りあえずはハンターらしく―――ケジメを付けさせにいくとしましょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・インディゴスの町、ハンターズ・ギルドの受付として働く彼の元へ『その依頼者』が訪れたのは、依頼を受けた当日の早朝での出来事だった。

 

 

「盗賊団壊滅の依頼だと?」

「そう。それもモンスターを使う卑怯な奴らを、大至急でな」

「そいつは、ちょいとばかし高くつくぜ」

 

 鋭い目つきと態度で受付の彼は、相手を値踏みした。

 青色のスーツを着て、帽子を目深にかぶり、眼鏡で視線を隠した伊達男の客だった。

 町でよく見かけるマフィアのようにも見えたし、アルディア政府の秘密警察だったとしても違和感のない人物で、堅気の人間にだけは絶対に見えない裏社会の匂いをプンプン漂わせた所属不明の高級そうなコートをまとった若い男。

 

「時間がない、大至急、信頼できる腕の良いハンターを用立てて欲しい。前金として1500ゴッズ支払おう。詳細はここに記しておいた」

 

 そう言って男は懐から金貨の詰まった革袋を右手で掴んで取り出すと、カウンターテーブルの上に「ドスン!」と大きく音を立てて載せながら、依頼内容の詳細が記された依頼書を左手で受付の男へ手渡した。

 

 その瞬間―――依頼書の間に挟ませていた紙切れを、彼にも見えるように書類をスライドさせ、受付の目を眇めさせながらも何食わぬ顔で金を受け取る。

 

 それは、アルディアでも有数の大手銀行の名前が入った小切手だった。

 そこに依頼料と同額の数字がサインされているのを見て取りながら、受付の男は事務的な口調で依頼内容についての確認を行う。

 

「・・・期間は? それと引き受け手の要望があれば聞くだけ聞いてやろう。応えられるかどうかは先方次第だがな」

「急ぎの依頼だ。今日、明日中には片付けてもらいたい。だが、公には知られたくない事情がある。

 できれば腕の良い二つ名持ちのハンターを二名か三名ほどで対処できるような、そんな人材が望ましい」

「そこまで条件が揃っている奴は珍しいだろうがな、善処だけはしてやろう」

 

 口では無表情にそう言いながらも、内心で受付の男は(無茶言いやがる・・・)と客の依頼内容の無茶ぶりを声には出さずに罵っていた。

 そこまで好条件に恵まれまくっているハンターとなると、彼の知る限りではA級ハンターとして名高い『シュウ』ぐらいしか心当たりはない。依頼内容的から見て彼に任せるのが一番の適役だろう。

 

 だが客は、依頼の引受先にシュウの名を出さなかった。

 ならば、今日か明日には訪れてくる、『二つ名持ちのハンターの二人連れ』に依頼を提供してやればいいという事だ。

 それまでは『未熟なハンターたち』に任せられない難易度の高い仕事は機密にしておく。

 

 別に業務内容から逸脱する訳でもない。

 キチンと仕事をした結果として、自己責任が基本のハンター自身が依頼を受けるかどうかを決めるだけだ。受付として仕事を斡旋した自分には関係ない。

 

 もし仮に、引き受けた若造のハンターが怒鳴り込んできたときには、この業界の厳しさというものを教えてやるのが、ベテラン事務員の仕事というものだろう。

 舐められたら終わりなのは、なにも現場に出るハンターだけではないのだから―――

 

 

 そう思いながら、手元の書類に書き込みを続ける彼の視界に、スィングドアが開かれて二人連れの少女が入店してきた姿を捉えたときにも、彼の心は落ち着き払って冷徹ささえ持ち合わせながら対応しようとした、その次の瞬間に。

 

 

 

「さて―――オッサン。言い訳があるなら聞いてあげましょうか?」

 

 

 視界が急激に移動させられて、目の前に可愛らしい顔立ちが凶悪な目つきをした少女の美貌がドアップで映し出されたとき。

   

 彼は自分が、胸倉を掴みあげられカウンターの間取りガラスにへばり付かされている自分の状態を初めて認識して・・・・・・激しく激怒させられた!

 

「・・・おいっ、テメェのその汚い手を離しやがれ。こんな事してどうなるか分かって――ぐぅッ!?」

「言いたいことはそれだけですか? ハンターを売り飛ばして平気な顔で事務仕事している、お偉いクソ眼鏡さん」

 

 ガンッ!ガンッ!!と、防弾ガラスに人体の一部が無理矢理ぶつけられて強制体当たりしている音が建物内に響き渡る。

 胸倉を掴んで、顔を引っ張ってきた相手が、そのまま自分と彼とを隔てるガラスに彼自身をぶつけさせてダメージを与えているのである。

 

 当然ギルド職員相手に、こんな事をして許されるはずもない。

 ハンターとしての資格を没収されるか、良くて大幅なランク降格と罰金・・・それでさえ奇跡のような幸運に恵まれなければ無理な相談だ。

 彼は相手の理不尽さに怒りを抱かされながらも、勝利を確信しながら相手の非をならすための言葉を吐く。

 

「・・・何があったか知らねぇが、ハンターの仕事に安全で確実なものなんか無ぇんだよ!

 そのために高い金払ってんだろうが! 働く気が無いなら帰れ!仕事の邪魔だ!!」

 

 彼としては手厳しく相手の甘ったれぶりを叩き直して、頭を冷やした後でなら依頼を受けさせてやっても良いという鷹揚ささえ持った上での言い分だったのだが・・・・・・この場合はやる相手を間違えていたとしか言い様がなかった。

 

 

「“高い金払ってるからハンターに安全な仕事はなくても我慢しろ”・・・・・・ですか。ハッ。

 ――そういうセリフは、金払ってから言えクソ眼鏡。

 偽情報売ってビタ一文払わず、偉そうに説教だけしてプライド満たせるとでも思ってたのか? 甘ったれるのも大概にしろよ、この呆けカス野郎がっ」

「・・・・・・なっ!? 待――ぐわっ!!」

 

 

 ガンガンガン!!! 先ほどよりも激しい勢いで受付の男の顔はガラス窓に体当たりさせられ続け、眼鏡は割れてヒビが入り、額は割れて血も吹き出し、さすがの彼も悲鳴を上げずにはいられなくなってくる。

 

「お、オイ! そこのお前! お前だよっ、そこで突っ立ってる木偶の坊! は、早く救援を呼んできてくれ! コイツは頭がおかし――ぐへはっ!?」

 

 彼は必死で、カウンター横の定位置でタバコを吹かしているオーバーオール姿のハンターに助けを求める。

 一般のハンターには知らされていないが、実は彼はギルドの正規職員でもあるハンターで、揉め事が起きたときなどの仲介役の他にも密告などの役も担うときがある。そういう存在だ。

 ハンターズギルドは裏社会の汚れ仕事とはいえ、一応は政府から認可を受けて運営されている公の組織でもあるが故に、殺しや犯罪だけは仕事として引き受けていないが裏家業である事実は変わりようがない。

 ハンターとギルドの間でさえ、穏便な話し合いだけで解決できない問題など日常茶飯事レベルで発生し続けている場所なのである。それ故に彼のような存在が必要になるのだ。

 そのはずだったのだが―――

 

 

「・・・・・・ふぅ~。やっぱ仕事終わりの一服は最高にうめぇな」

 

 守るべきギルド職員が目の前で暴行を受けているにも関わらず、相手は平然とタバコを吹かし続けるだけでコチラのことを見ようともせず、無視された側の彼としては驚愕させられずにはいられない。

 

 もう一度助けを求め、今度は先ほど強い口調で命じようと口を開きかけた、その瞬間に。

 

 

「――なぁ、素人事務員のオッサン。アンタなにか勘違いしているみてぇだが・・・」

 

 相手の男は彼の方を見ようとはしないまま、だが明らかに彼に向かって掛けられたであろう言葉を淡々とした口調で語りかけながら、

 

「たしかアンタの言うとおり、ハンターにとってモンスター討伐それ自体は、失敗して殺されようと自己責任で済ませていい程度の問題さ。間違っちゃあいない。

 だがそりゃあ、ハンター自身がギルド内の手配書に描かれたモンスターを自分の意思で探して挑んで敗れたからこそ、自己責任論が正論となり得るってだけの話だ。

 ギルドが直接モンスター討伐や盗賊退治の依頼を引き受けてハンターに委託した以上は、その失敗や途中での依頼キャンセルは、依頼者への賠償とか怒りの矛先がギルド側にも向けられちまう避けようがねぇ。

 アンタが今やってた事は、ギルドにとっては迷惑な話だったのさ。ボッタクリ業者と思われたらハンターたちに総スカン食らわされ、俺たち全員が首くくらにゃならん。

 だからまぁ、コイツは制裁ってヤツだ。これから仕事続けるためにも痛みと一緒に学んどきな」

 

「なっ!? そん、な、バカ、なッ!!」

 

 ガンガンガンガン!!!

 思っていたのとは全く異なる現実の展開に、職員の意識は半ば遠ざかりかけながらも、絶妙な力加減によって殺すことなく、気絶もさせることはなく、痛みだけを延々と与え続ける作業によって自分のしでかした事の意味を思い知らされ続け―――彼が解放されたのは、頭に上っていた血が全て下がって、冷静さを取り戻させられたと『判断された後』になってからようやくの事である。

 

 

「すみませんねぇ、何分にも私たちハンターには安全で確実な仕事なんてないもんですから。高いお金のために命張ってる身ですのでね?

 ・・・・・・そんな仕事で偽情報掴ませてくるクズは、裏切らないって信頼できるまで拷問でもかまさなきゃあ信じる事なんか不可能なもんでして。

 こういう事は二度としないでくださいね? お願いですからさァ~。

 で~ないと、腎臓を抉り取るぞぉ~♪ そして売っ払うぞ~っと♪」

 

 

 

 楽しそうな歌声と笑顔を讃えながらハンターギルドの建物を出て、満額とまでは行かずとも『謝罪の気持ち』を込めて『個人的な賠償金』として500ゴッズだけは手に入れてリーザの元へ戻ってきたエルククゥは、一端シュウのアパートへ戻って一休みしてから本格的なハンターの仕事を再開することになる。

 

 

 ・・・・・・転んで頭を打ってしまい、腕にもヒビが入ってしまった不機嫌そうな受付係に怖い目つきで睨まれながら、それでも騙される事だけはなくなったハンターとしての仕事を今日も淡々と。

 

 

 それが自分だけでなく、同年代の女の子をも養わなければならなかった十代少女にとって、今までずっと続けてきた日常生活の一部に過ぎない事柄だったのだから・・・・・・。

 

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第18章

*書き忘れてましたが、『キャラチェンジ・システム』を次に使う時は別キャラに変えようと思ってます。新撰組の合体ネタは捨てたくなかったので。

単に同じ回の話ばかりだと飽きるから飛ばして先に進めただけであり、クイーンが「どっちも素敵!でも私には心に決めた人が…」とか言い出す乙女ゲー主人公っぽいビッチにするのも面白いかなと。

……イヤだった方は申し訳ないです、改めます…。


 交易の町ヤホーで、国のトップ近い存在に対して暗殺テロまがいの事件が起きた当日の夜のこと。

 私たち正義と平和とケンカをこよなく愛するネタエルフPCのナベ次郎とアクさんのパーティーは、神都を目指す旅を再開しておりました。

 

 そして何故だか、国のトップ姉妹の次女である聖女ルナさんも一緒です。仲間になりたそうな顔して見つめてきましたのでパーティーに入るのを許してあげたからです。

 しかも何と! 彼女が乗ってきた馬車もセットでお得だったのですよ!!

 

 い~ですよね~・・・馬車って♪

 馬車さえあればモンスターさえ仲間に出来て、砂漠を横断することだって可能になる。

 お荷物聖女様がセットでついてくると分かっていても入手せずにはいられない、まさに夢の乗り物です・・・・・・(ポヤヤ)

 

 ―――決して、一刻も早く黒歴史が復活したマウンテンサイクルタウンから遠ざかりたくて、夜中でも移動できる安全な乗り物を欲したからではありません。ええ、本当に。

 マジでマジで、エルフ族ウソ吐かない。

 

「あ、そう言えばですけどルナさん。護衛の騎士さんたちはどうされたのです?」

「ん~? アイツらなら要らないから帰したわ」

 

 そう言って、つい先程ようやっと落書きが消えてガスマスクを取ることが出来たルナさんが、素顔のままで私の質問に答えを返してくれました。

 その返答内容と、今までの経緯を鑑みて私は彼女の言葉に大いに納得して、素直に一つ頷いて了承の意を返したのです。

 

「なるほど。遂に見限られて、置いてかれちゃったんですね。これ以上は付き合い切れんと」

「な・ん・で! そうなんのよアンタは!? 要らないから帰したって言ったでしょうが! 聞いてなかったの!? バカなの!? 死ぬの!!

 い、“一緒にいるところを見られて仲間に噂されると恥ずかしいですので”・・・・・・なんて言われてなんかいないんだからね!?」

「・・・・・・言われたんですかい。そして言ってたんですかい、ときめき騎士団の皆さん方は・・・」

 

 男の方から、その言葉を言われてしまった美少女お嬢様っていうのも斬新な設定が付け足されましたね・・・まぁガスマスクだから仕方がないのか、ガスマスクだと流石になぁ~・・・。

 

「でも、危なくありませんので? 何かあったときに私じゃ責任とれませんよ?」

「はぁ? アンタがいるじゃない」

「え? 私?」

 

 彼女の言葉に思わずキョトンとする私。

 いやまぁ、性格的に問題あろうと貧乳だろうと、美少女キャラで一応はお姫様を守りながら旅するのはRPG好きとして嫌な展開と言うほどではないんですけれども。

 

 ・・・・・・単純に、職業モンクですのでね? 私って・・・・・・。

 一応は前衛職ではありますけど・・・・・・タンク役としてはどうなんだろう・・・? なんかレイドで初っぱなに吹っ飛ばされて、紙装甲扱いされてた記憶があるんですけれども。

 

「うるさいわね、文句言わないの! ホントは私の側にいられて嬉しいくせに! この変態!!」

「・・・え? 変態と思ってる相手の側に居続けるのに、護衛だけ帰しちゃったんですか?

 ・・・・・・まさかとは思いますけど私、今誘われちゃってたりします・・・・・・?」

「す・る・わ・け・ないでしょー!? このエロバカ変態エッチ痴漢!!」

 あ、あなたがただ、私のお尻の感触を忘れられなくなっただけでしょう!? このお尻フェチの変態が! 変態!! 変態!! ヘンターイ!!!!」

「凄まじい勢いでの、お尻自慢ですね・・・・・・ここまで自分のお尻について熱く語りたがった女性は初めてのような気がします・・・しかも言い方がちょっとエロかったですし。――痴女?」

「ち・が・う!! って言ってんでしょーが!? 脳味噌ついてんの! 頭おかしいんじゃないかしら!? バカバカバカ~~~~~ッ!!!!」

 

 ボカスカボカスカと、真っ赤な顔してピンク色に頬っぺたを染めて膨らませながら、魔術師系特有の非力な猫パンチを、レベルカンスト幼女エルフ相手に叩き込み続ける聖女様。

 

 ふぅ~、今日も平和ですねぇ-。いやー、癒やされるなぁ~。ストレス発散用として最適な聖女様だ~(サイテー発言と自覚してるから心の中だけ)

 

 そんなこんなで、私がパーティーリーダーとして果たすべき役割として、新たに入ったばかりの新入りとの絆を深め合っていたところ、

 

「――あは、アハハハッ! 賑やかで楽しいですね! 僕ずっと、こんな旅がしてみたかったんです♪」

 

 と、輝かんばかりの笑顔と共にアクさんが横から笑いながら言ってきた言葉によって毒気を抜かれ、ちょっとだけ呆気にとられた心地にさせられながら・・・。

 それでもまぁ・・・・・・一応は念のため聞いておくとしますかね。後で真相が分かったら面倒になりそうな案件かも知れませんし・・・・・・。

 

 

「尻プッシュしまくりたがる痴女さんと一緒の旅を・・・・・・ですか・・・?」

「ち~が~う!! って言ってんでしょうが――――ッ!?」

 

 

 幼女の情操教育的に、過剰な性的表現は規制されるようになった時代の、現代日本で生まれ育った者としてはヒジョーに重要な問題は、聖女様の叫びによってウヤムヤのまま先送りされることとなったのでありました・・・・・・。

 

 まぁ、下着はダメで水着はありの緩いルールですが。Tバック水着と普通のパンツだったら意味ない気もする規制でもありましたが。

 それでも私は現代日本の学生だった者を中の人として持つエルフとして、日本の性倫理と放送倫理を信じてます! 異世界にいてからだって信じ続けますともよ!

 モザイク無しは、DVDかブルーレイを買って見ればいい!! それがスケベの生きる道!!

 

 こうしてワイワイキャーキャーやりながら、女子三人組パーティー(中身一人男ですが)に増えた私たち一行は、夜道を馬車の中で姦しく騒ぎながら神都へと急ぐのでありましたとさ~♪

 

 テテレッテレ~♪ 【尻自慢のルナ・エレガント】が仲間になった!!

 

 

 

 ・・・・・・なんか、色モノばっかのパーティーになってきましたよね。私が言う資格ないのは分かってんですが・・・・・・。

 石原軍団を異世界で再興するため、芸人パーティー結成したチート転移者として名を残すのだけはゴメン被りたいッスね。いやマジでマジで本当に。

 

 

 

 

 

 そして、その頃。

 この世界とは異なる異世界チキュウからきた魔王が、石原軍団を再興するため異世界転移してきた容疑がかけられることを本気で懸念し始めていたのと同じ頃。

 

 神都へと続く道の近くにある町の酒場で、一人の冒険者が夜のオヤツを口にしていた。

 

 

「ペロッ♪ チュクリ・・・ちゅぱちゅぱ、ア~ンゥ♡ ぷっちゅう☆」

 

 と、わざとらしく音を立てて舐める食べ方をしながら、一本の棒付きアイスを麗しき魔術師が食べておりました。

 抜けるような白い肌、眠そうな瞳。可憐すぎる容貌。

 黒いマントに三角帽子を被った、この世界では一般的な魔法使いの服装――もしくは異世界チキュウの一部の人たちにとっては一般的な魔女っ娘キャラのコスチュ-ムを身にまとった、聖光国ではアイドルに近い人気を誇る著名な冒険者パーティーの片割れ。

 

 

 ―――だが、男だ。

 

 

 心の中で、そう言い聞かせた後。

 一人の女戦士が相棒である魔法使いの美少女――もとい、美少年魔法使いへと声を掛ける。

 

「こら、ユキカゼ。路銀が少ないときに、まだ無駄遣いして・・・」

「――ん。ミカンも食べふぁい?」

「結構よ。って言うか、食べながら話さないの。行儀悪いわよ」

「ふぁ~い」

 

 声をかけた女戦士は、生半可な男では持ち上げるのも難しそうなサイズの剣を背負った大剣使いだった。

 大きな茶色のマントに包まれた褐色の肌を、ビキニアーマーじみた露出度の高い鎧で武装して、髪は活発そうなショートヘアの赤色をしている。

 鋭い眼光をしているが、十分に美人にカテゴライズしてもらえる容姿を持った、聖光国では知らぬ者のいない著名な冒険者。

 

 それが彼女【大剣使い・ミカン】であった。

 

 

 ―――だが、私は女だ。

 女っぽくても男と二人で旅するというのは・・・・・・どうなんだろう?

 

 

 と思わなくもない事はないのだが、それでも自分の実力に見合った相方で、しかも職業は魔法使いの冒険者となると簡単に出会える存在ではない。

 そういう事情もあってか、この二人は相性が良く、なんやかやと言いながらもミカンはユキカゼとのコンビを辞める気は今のところ考えていなかった。

 

 ・・・・・・まぁ単に、常識人ながらもツッコミ属性のオッパイ戦士と、下ネタ魔法使いの男の娘で、ボケとツッコミの芸人コンビとして相性良かったからだけなのかもしれなかったが・・・・・・それは言わないでおくのが誰にとっても多分得なのだろう、誰にも知られることなき真実の一つである。

 

「はぁ、まったく。バカやってないで本題に入るわよ? ユキカゼ」

「うん。いつでもイケる」

 

 帰ってきた返答の一部に、微妙なニュアンスのものが混じっていたもののミカンは敢えて無視して、張り紙が貼られた店の壁へと相棒を連れて歩み寄る。

 

 この世界では、冒険者用の依頼の斡旋所と酒場が兼業している場合が多く、彼女たちもそれを目当てに町へと立ち寄った口であった。

 旅の途中で路銀が乏しくなり、小遣い稼ぎ感覚で現地の引き受け役が少なそうな高難易度クエストを受注する。彼女たちのような高ランク冒険者がありがたがられる理由の一つであり、各地にある高レベルの冒険者が多くない村々などでは重宝がられる所以にもなっている生活の知恵でもあった。

 

「“その《サンドウルフ》危険につき、腕利きの冒険者求む”――だってさ」

「報酬も悪くないね。やる?」

「そうね。それじゃ早速、押さえちゃいましょ」

 

 壁に貼られている張り紙の中では、最高額の依頼書を見て軽い口調で語り合い、ミカンの承諾によって引き受けることを決定した高ランク冒険者の男女二人組パーティー。

 

 サンドウルフは、単独でもそれなりの強さを持ったモンスターで、群れになると繁殖力と数が爆発的に増加していき、脅威度が急激に高まっていくため、発見したら群れが小さい内に速めに処理しなければいけない存在の代名詞だ。

 

 強さそのものより、討伐までの時間が重要となるため賞金額が高くなりやすく、発見日から然程は過ぎていない時期であることも値段の変化で分かるようになっている、ある意味では高ランクの冒険者たちにとっては判断しやすい敵と言える。

 

 なんかゴキブリみたいな種族特性のモンスターであることだけは気になるが・・・・・・ゴキブリが狼の身体してたら確かに脅威ではある間違いなく。

 ゴキブリウルフと名付けなかっただけ、この世界のネーム基準ではマシな方と判断するしかない。

 

「すいませーん。サンドウルフ退治の依頼、私たちが受けたいんですけどー」

「おう! ちょっと待っててくんな」

「・・・・・・って、あら? コレ新しい手配書? 女の子みたいに見えるけど・・・」

 

 ミカンが店のカウンターへと歩み寄りながら声をかけ、中でなにか作業をしていた店主が依頼の受注手続きをするため必要書類を取りに奥へと一端入っていった直後に、ミカンはカウンターの上に投げ出されたままになっていた、一枚の真新しい手配者に描かれている人物を見て疑問の声を上げてしまう。

 

 どう見ても、女の子にしか見えない見た目の持ち主として描かれていたからである。

 それでいて掛けられている賞金額は、銅貨とは言え9000000000枚。とうてい女の子一人を追いかけ回すためとは思えない金額だ。異世界チキューのニッポン国だったらイジメじゃ済まん。

 

「ムッ! 私のライバルになり得る強敵の予感がビクンビクンと・・・っ!」

 

 そしてミカンの横から割り込んできて手配書を見たユキカゼが、真剣な顔して変なこと言い出してる声が聞こえてきた。

 

 言われてみれば確かに手配書の人物とユキカゼとは、似ている部分があるにはあった。

 雪のような銀髪と、茫洋とした感情の乏しい表情などは酷似してると言っていいほどに。

 

 だが、耳の先が尖っているし、人間とは思えないほどに長い。オマケに瞳の色は人にはあり得ない紫色ときている。

 噂に聞くハーフエルフの身体的特徴と似ていなくもなかったが・・・・・・いくら何でもハーフエルフの幼女相手に、これほどの賞金を掛ける物好きなど実在するとは思えない。

 

 そして何より気になったのは・・・・・・絵の中の人物の“背後”に描かれている“オーラの色”だった・・・・・・。

 

「この娘、新しい賞金首かなにかなの? あんま悪いこと出来そうには見えないけど・・・・・・何をやったのよ?」

「なんでも、魔王を名乗ってるらしいんだがね。見た目からは想像もつかねぇが・・・・・・もしかしたら呪われた結果なのかも知れねぇと、今ちょっとした話題の奴よ」

「呪い・・・・・・確かに、それならありそうね」

 

 店主の言葉にミカンは大いに納得させられ、その手配書に描かれている“幼女エルフの似顔絵”をしげしげと眺め直すと、その背後に描かれているオーラを含めて総合的な判断として妥当な評価を、その絵の中に描かれている人物へと与えることとなる。

 

 

「私には・・・・・・私のこの眼にはまるで、“昔と今と、これからの世に跋扈する邪気と魔性が人の形に集まった”・・・・・・そんなバケモノに取り憑かれているようにしか映らないもの・・・・・・」

 

 

 痛ましいものでも見ているかのような、哀れみのこもった声でミカンが呟き、悪霊に取り憑かれた悲運のハーフエルフの少女に救いが訪れることを心の中で思わずに入れない気持ちにさせられていた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 ―――とんでもない誤解が再び発生して、本人の知らないところで魔王疑惑が再度の復活を遂げちまっていたのである!!

 こうなった原因として、実はルナが先に自分たちだけで帰してしまった騎士たちの存在があったことを、当事者たちの誰もが知らなかったのは皮肉な運命と呼ぶしかない。もしくはバタフライ効果でも可。

 

 なにしろ彼らは神都から出陣するときは騎馬隊として出立し、聖女様が乗る馬車を守りながら魔王討伐へと赴いた名誉ある部隊のはずだった存在だ。

 

 それが神都に帰還した時には、色々と負けて奪われてしまって、聖女様は現地に置いていくよう厳命され、目立つ馬車も聖女と一緒に現地に置き去り。

 トドメとして、彼らをそのような窮状へと追い詰めた魔王は、見た目だけならハーフエルフの可愛らしい女の子なのである。・・・・・・ゼッテー誰も納得してくれねぇ。厳罰処分は免れようがねぇ。不名誉の極みを押しつけられても文句一つ言えやしねぇ。

 

 自分たちだけで帰るよう命令したルナが、そういうこと全く気にしなくていい恵まれた立場と地位と待遇とを、魔法の才能伸ばす努力だけで与えられまくってたことから全く気付かず、配慮もしてもらえなかったせいで追い込まれてしまった彼らとしては、なんとか『仕方なかったんだ』という事を周囲に受け入れさせるため、ナベ次郎の脅威と怖さを色々と尾ひれ羽ひれ付け足しまくって別物の―――具体的には魔王は無理でも『魔王の妹』ぐらいは主張できそうなレベルにまでは見た目の恐ろしさアップをする必要性がどーしても存在してたのである。

 

 結果として、彼ら自身の必死さが功を奏したのか、吟遊詩人の才能ある奴でも混じってたのか、主を守り切れずに自分たちだけ本国へと帰還してきた護衛部隊は軽い処分だけで許してもらい、責任はあげて【力ある者が全てを支配し、聖女も魔王も所詮は同じもの】という教会と天使の教えを真っ向から完全否定して、悪魔王との戦いで消滅した座天使の亡骸に灰でも投げつけてくるような冒涜の極みを働いた魔王にあるに決まっている!!

 

 ・・・・・・という主張が、場の大半を制することになった訳であるが。

 

 魔王本人にとっては、自分が知らないところで【魔王を名乗ってた黒歴史】が勝手に捏造され、噂と共に広まってく発生原因がまた一つ新たに増えちまっただけという結果を招いちまっていたのである・・・・・・。

 

 一体この状況、どういう落着場所へ辿り着くのか、もはや天使でさえも予測不可能になってきているきらいがあるが・・・・・・それはともあれ、今の時点でのナベ次郎たちには知る由もない幕間劇だったのも事実ではあった。

 

 

 

 

 ――――んで、その翌日の朝。

 

「しっかし、なんですよね。ルナさんの格好は目立ちすぎますよね~」

 

 ボンヤリと馬車の座席に座って、正面に位置している聖女姉妹の次女である尻聖女のルナ・エレガントさんを見るとはなしに見ていたら、ふと感じた感想を口に出して言葉にしてしまっていたことに私自身が気付いたのは、自分が言った言葉に返事が返ってきた後のことでした。

 

「え? そ、そうかしら?」

「ええ。何というかこう・・・・・・“私、脱いだらスゴいわよ! 特にお尻がね☆”と、見た目だけで自慢しているような印象を、その服装からは受けま――」

「受ける訳ないでしょ!? 与えられる訳ないでしょ!! そんな具体的で恥ずかし過ぎる印象を見る人に抱かせる聖女の服なんてあるかーッ!!」

「もしくは、“私は安くないわよ? スパンキング一回で銅貨3枚”とかの意味合いを分かる人には分かるルビ振った暗号レベルの服装として・・・・・・」

「な・い・わ・よ!! 聖女の服装が奴隷売買と似たような意味持ってたら大問題じゃないの!? あと、安くないって安いし! たった銅貨3枚ってどういうことよ!?

 私のお尻を叩きたいなら、一回で大金貨100枚ぐらいの価値がある、天使様から愛されたお尻なんだからね!?」

「では、この洗剤もおつけしましょう」

「何が!? 何の話なの!? そして今アンタは、どこからソレを出したの――ってコレ、シャボン!? うわーっ! スゴい質がいいシャボンだわ! 見て見てアク! この素晴らしいシャボンは私がもらったものなのよ~♪」

「良かったですねぇ、ルナ姉様。魔王様がくださった宝物に間違いはありません!!」

 

 なんか、しょうもない話から脱線して、余計しょーもない話になってきてしまったところで私は、若い人たちだけで中の会話は任せて一服するため外へと出ました。

 

 本来なら、ルナさんが聖女であること隠すために、なんか別の服でも取り出して偽装するのが妥当な場面なんだろうとは分かっているのですけど、生憎とモンクの私にはプリースト用の装備は持ち合わせがなかったりする。

 冒険者たるもの、自分の職業だと使わない装備品でも、仲間とか初心者レクチャー用のために何個かはストックしておくのがMMOプレイヤーの常識ではありますけど、そういうのは基本的に普段は倉庫の中にしまって持ち歩くことはほとんどないもの。

 

 ですので、今の私にはルナさんが聖女であることを分からなくする術が存在しておりません。ソレを思いつけるかと思って外に出て一服してみた、そういう側面もあるにはあった次第っす。

 

「うーん、やはり鍛冶スキルを使うためのポイント稼ぎでもした方がいいのでしょうかね?

 でも元々、大して高くない熟練度しか育ててないスキルだしなぁ~・・・・・・どうしましょうかねー、まったく」

 

 と声に出して慨嘆しながらプハーとかやっていたところ、

 

「だ、旦那! あ、あ、あれをっ!!」

 

 切羽詰まった声音で、馬に餌やっていた馬車の御者さんから声を掛けられ、「ん?」と顔を彼が見ている方へと向け直すと―――遠くに砂塵が渦巻いている光景がウッスラと見えてきているようでもありました。

 

「あれは・・・・・・まさかっ!?」

 

 私は目を見開き、その光景を見つめ直し。

 二人組の女の子たちが、狼の群れに追いかけられながら全力でこちらへ向かって駆けてきていることを確認すると、「ニィッ!」と笑って心から楽しい気持ちになったときだけ浮かべる笑顔を作り直したのでありました!

 

 ソレを横で見ていた人が浮かべた、表情と視線に気付くことなく、私は狼の大群を前にして心から楽しそうに嗤っちまってたのでありましたとさー・・・・・・。

 

「ヒィッ!? ひぃっ! ヒィー!? そこの人、逃げてーっ!!!」

「・・・・・・そこの見た目だけで中身ない幼女、後は任せた。骨は拾わない。悲しむ男たちの人気は私の物・・・っ」

 

 群れではなく、大群と呼ぶしかないほどの数を引き連れて、何百頭いるか分からないほどの狼たちに追われながらコチラへ走って逃げてくる二人の美少女たち。

 

 敵から逃げ出したはいいものの、多くの敵がソレを追っかけ、周りの無関係なプレイヤーたちまで巻き込んでしまうMMOなどで偶に見られる特殊な現象・・・!

 悪気があろうとなかろうと、最近ではコレやると確実に荒らし扱いされてしまう・・・・・・そう! これが! これこそが!!

 

 

(トレイン状態、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!)

 

 

 私は心からの歓喜をもって、心からの歓声を心の中で叫ばずにはいられなくなってしまっていたのです!!

 “久しぶりに見る”その光景に! “久しぶりに参加できる”その現象に!! 私の脊髄が悲しく躍り出し、鼓膜は歓喜に打ち震える・・・・・・それをこの地で感じることができる喜び!

 なんと充実した―――私の戦場!!!

 

 

 ・・・・・・いや~、トレインって初心者の頃はけっこう体験する現象なんですけど、強くなってくると雑魚が何匹束になって掛かってきても楽勝で全滅できるようになっちゃって、むしろ敵モンスターの方が高レベル冒険者見つけた時には逃げ出す方へ変わっちゃったりすることあるのがMMOって特殊ジャンルの特徴なもんでしてね~。

 

 と言って、高レベルプレイヤーが初心者たちの狩り場とかに必要もないのに帰ってきてPOP数を横取りして減らしまくっちゃったりするのはネチケット違反に当たるため、強くなってくると話題に上らなくなってくる。それがトレインと呼ばれるMMO世界の特殊な現象。

 

 いや~、懐かしいなぁ~♪ 懐かしいなぁ~♪ ああいうの見ると一緒になって「トレインー!」って叫びながら走り出す側に回ってみたくなるなぁ~♪♪

 でもまっ、追いかけられてるのは美少女さんたちですし。男だったら、やってもいいんですけど女の子の場合は助ける側ですよね。うん、中の人が男の子として仕方がない。

 

 フゥー、気持ちを落ち着けるため深呼吸を一つして・・・・・・

 

 

 

「賢明だ。ところで、お嬢さん方。一つ確認していいかな?

 私が盾になって、君たちが逃げる時間を稼ぐのはいいが――――

 別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 

 

 格好良くニヒルに、魔王キャラじゃないですけど敵にはなるから一応いいかと妥協しつつ、逃げてきて馬車の後ろに隠れた二人に向かって、そう言って。

 

「へ!? あ、アンタ何言って・・・・・・ああもう! できるもんだったら構わないわよやっちゃっても! 何でもいいから何とかしてーッ!!」

「そうか。ならば、期待に応えるとしよう」

 

 背中を向けたまま返事を返し、軽い態度で請け負って見せた後。続く言葉は例の呪文詠唱――と考えるのは、まだまだ厨二のド素人。

 

 厨二は好きなものを組み合わせるのが大好きな生き物なのですよ! そして、その好きなものとは・・・・・・シチュエーションに左右されるもの!

 即ち、この戦場においては・・・・・・コレです!!

 

 

 

「ハッハッハッハッ――良いもんだなぁ、強者が座る玉座ってのはぁ。

 クソどもを見下ろすには良い場所だぁ。テメェらのようなルーキーなんざ、この砂漠には腐るほどいるぜぇ・・・」

 

 

 

 ――砂漠の王国を乗っ取ろうとしてた海賊件犯罪結社の黒幕ワニさんこそが、この地形にはピッタリなのですよ!!

 と言う訳で、モンク・スキル《挑発》を発動! ヘイト集めまくって、敵の攻撃は全部私に集中! 狼さんたちの突撃は私一人に犠牲無視して突っ込め突っ込めで、倒すまでは先へと進む道はなし!!

 

 ―――ガウッ! ガウッ!! アウォ――ッン!!!!

 

 狼軍団の先頭集団と第2陣、第3陣を形成していた数十匹がまとめて私に向かって正面から突っ込んできたり、斜め上に跳躍してから飛びかかってきたり、横から噛み付こうと曲線軌道を描いて接近しようと試みてきますけど・・・・・・無駄なんですよォッ!!

 

 

「スマートじゃねぇなぁ、命は大切にしろよ。いや、もう手遅れか? ハッハッハッハ」

 

 

 モンク・スキル《カウンターの構え》

 言うまでもなく、格闘系ジョブにとって定番中の定番である物理攻撃には全部反撃して自分はダメージを受けないカウンター技。

 それを全方位に向かって全部の物理攻撃に適用されるようになるスキル。ただし別技やスキルを使用したら効果終了! 同じスキルを使い続けることでしか同じ効果を持続させられないモンクの上位スキル! その1つでっス!

 

 

 ズババババババッ!!!

 

 ―――ギャォォォォォォッン!?

 

 

「間抜けってのは、まさにコイツらのことだよなぁ? 放っておいても死ぬなら俺が手を下す必要すらねぇ」

 

 

 モンク・スキル《風水拳》

 使用された場所へと自らの気を流し込むことで自然の法則を味方に付け、その地形に応じた手段で敵を攻撃するモンクの中位スキル。

 またの名を、【FFⅢとⅤの風水師】!!

 

 

 ビュォォォォォォォッ!!!

 ――――ワァァァァオォォォォォォッン!?

 

 

 砂漠なので、砂嵐だァァァァッ!! サーブルス・フェザードだァァァァッ!!

 風水だから、運良くコレがでて良かった~~~♪♪

 

 

「おい、テメェら。随分と人気者だったようだが・・・・・・見逃してやるから尻尾巻いて、とっとと逃げな。

 どのみちお前らじゃあ、俺は倒せねぇ。群れも救えねぇ。何もできねぇさ。ハッハッハッハッハ!!!」

 

 

 モンク・スキル《哄笑》

 ぶっちゃけ、ただ単に楽勝した敵に向かって笑い飛ばすだけなんですけど、テンションゲージ上がってボーナス補正が入りやすくなり、得られるポイント数が上がる!・・・・・・時が偶にあるスキルです!!

 なんとなく気持ちいいから使ってみたいスキルに、申し訳程度の実用性も付けてみたって感じですな! でもこういうときには演出にピッタリ☆ ロールプレイにもぴったし♪

 私は好きです、このスキル! 交渉が好きです。でも哄笑はもっと好きです☆

 

 

 ―――・・・・・・キャン、キャン・・・・・・くぅ~~ん・・・・・・

 

 

 小さな鳴き声だけを残して、挑発の効果範囲外にいたらしい群れの外周部分に参加していた生き残りの数匹だけが、文字通り負け犬となって荒野の彼方へと去って行く後ろ姿を勝者の視点で気持ちよく見送り、タバコに火を付けスパ~っと一服。・・・ふぅー、仕事の後の一服は格別の味のような錯覚がしますぜぃ・・・・・・。

 

 

「下らねぇことで死んだもんだ。つくづく弱ぇってのは、罪なもんさ」

 

 

 せせら笑いを浮かべながら存分に悪役魔王気分を満たし終えてから、数だけ多い雑魚モンスターの群れを一方的に虐殺するチート無想プレイを十二分に楽しみ抜いて馬車へと戻ってきた私。

 

 ・・・・・・っと、そう言えばテンション上がって忘れるところでしたね。

 あのお二人さんにも、伝えるべきところは伝えておかなければなりますまい。

 

「あ、あの――」

「失礼。譲られたとは言え、君たちの獲物を全て奪ってしまったようだ。次からは手加減することを覚えるとしよう。では」

 

 それだけ言い残して颯爽と馬車の扉を開けて入っていく私。

 ・・・・・・ふっ、決まった。決まりました!! 今日こそは最初から最後まで完璧です! まさにパーフェクツ!!

 

 いや~、たまには良いもんですねぇ。いっさい己の厨二を隠す必要もなく振るいまくれるってのはストレス発散にもなって気持ちの良いもんです♪

 

 

 何しろ今回の私は―――《正義の味方》でしたからな!!

 

 

 敵の大群に追いかけ回されてる美少女たちを助け出し、正義の味方志望のキャラで始まって、クロコダイルだって国取り計画はじめる前まで国民たちから正義の守護神扱いされてましたし! 海賊に襲われた町の住人たちを救って感謝感激、国王様より王様なりな展開すらもあったぐらいだし!!

 

 

「お二人とも大丈夫でしたか? 特にルナさんは、お尻の方はご無事でしたか?」

「魔王様、スゴいです! なんだか胸がドキドキしてきました・・・っ」

「なんで私だけ、お尻の心配されなきゃいけないのよ!? ――で、でも中々ガンバってたじゃない。あの調子で私を守るのよ」

「ルナさんのお尻を、狼さんに襲われないようにですか?」

「だ・か・ら! なんで私だけいつもお尻なのよー! バカー!!!」

 

 和気藹々としながら、馬車の旅を再開する私たち三人。

 今回ばかりは何も後ろめたいことは一つもなく、気分良くスッキリと良いことした感に全身を包まれながら、心地よいテンションのまま神都へ続く道中を進んでいく私たちでありました。

 

 フフフ・・・・・・このまま行けば、魔王以外の二つ名で呼ばれるようになる日も、そう遠くはないようですね・・・・・・楽しみです♪

 

 

 

 

 

 

 

 ――――と、そんな風に特攻バカの肉体になって、思考が影響受けやすくなってきたバカが皮算用して去って行ったばかりの場所で。

 残された二人が、こんな会話をしていたことを、魔王エルフはまだ知らない。あるいは・・・永久に知ることはできないのかも知れない。

 

 

 

 

「なんて傲慢な上から目線と悪逆さ・・・・・・ハッ!? まさか、フードで顔を隠してはいたけど、アレが噂の魔王が持つ真の姿だったという事なの・・・?」

「あの娘・・・・・・ダンディー・・・♡ でも私は女の子、あの子も女の子。女としての道を貫くべきか、男として女の子を貫くべきなのか・・・・・・それが、お尻が熱くなる問題だ」

「アレは危険な存在よ? ユキカゼ。下手したら世界征服さえ目論みかねないほどの邪悪さと腹黒さを感じさせられる相手だったわ」

「確かに危険。私の貞操まで征服されちゃいそう・・・・・・でも、貫くのは私がいい・・・♡」

「神都に行って、アイツの正体と危機を知らせなきゃ!!」

「神都に行って、付けたままで女の子の身体でいられる魔法を見つけなきゃ・・・♡」

 

 

 

 

 ――噂は噂を呼び、別の噂話と結びつき、勝手にドンドン広がっていってしまう人類最良にして最悪の親友であり悪友。

 

 この性悪な友人との友好関係構築は・・・・・・残念なことに馬鹿エルフには、まだまだ先の話になりそうである。

 

 

 

つづく



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魔王学院の魔族社会不適合者 第14章

【魔王学院の不適合者Ⅱ】放送開始おめでとう記念!
……まぁ単に、作者が見たら書きたくなったから書いただけなんですけれども…。

前から書いてたのを、第2期1話目を見て書く気力が再熱して仕上げただけの作品ですので、原作とは色々矛盾するのでしょうが、そういうモンとして楽しんでもらえたら助かります。


 サーシャ・ネクロンの生涯は、ウソばかり吐いてきた16年間だけの人生だった。

 自分は一人の魔族として生まれてきたというウソ。自分に妹はいないというウソ。運命だから仕方がないというウソ。

 そして・・・・・・『妹なんて大嫌いだ』という大ウソ。ウソばっかりの人生だった。

 

 だから最期まで、ウソによって目的を叶える嘘吐きな女として人生を終えるつもりだった。

 それこそがウソばかり吐いて周囲を欺き続けてきた自分には相応しい消え方だと・・・・・・本気でそう信じて、そう思って、受け入れることでようやく“もう一つの目的”は果たせそうにない無力な自分の運命を受け入れることが出来ていたのである。

 

 

 ―――だが、彼女は最悪なまでに運が悪かったらしい。

 

 

「な、なにを言って・・・・・・っ」

 

 最期に騙す相手の片割れである黒髪の少女から掛けられた、思わぬ言葉と悪すぎる言い分にサーシャは狼狽え、悪女らしい露悪的な作り笑いを維持しようとし、バランスの悪いなんとも言いがたい表情になってしまって思わず一歩、後ろに後ずさってしまい・・・・・・

 

 

 ――トンッ、と。

 

 胸にナイフを突き立てられて、血を流したまま台にもたれ掛かったまま動かないミーシャの足先に靴がぶつかった瞬間。

 

「ふ、ふふ・・・ウフフフ、フハハハハハハッ!! なにを言ってるの貴方~?」

 

 それを自覚したサーシャは表情を一変させ、思い切り露悪的な男を惑わす性悪女そのものの作り笑顔を形作ると、痛烈な罵倒という悪意によって『本心のウソ』を隠すための常套手段に訴え出ようとする。

 

「い~い? ソレはねェ~え? 私に利用されるためだけに生まれてきたの。使うだけ使ってボロ雑巾のように捨てられる、哀れで惨めな魔法人形だわ。

 ねぇ? まだ生きてるのォ~? 最期だから言っておいてあげるわ。私ねぇ、何度騙されたって、そうやって信じてくる貴女のイイ子ぶりっ子なところが虫唾が走るぐらいに大嫌――ッ!!」

「その割には随分と慈悲深く、テキトーな殺し方を選ばれたのですねぇ。

 ナイフで、ただ心臓を刺すだけでトドメも刺さずに、それだけの大口を叩けるなんて・・・・・・アハハッ!

 哀れで惨めな子悪党を演じるのも大変ですね♪ 悪い子ぶってる反抗期なお子様ゴッコご苦労様です☆」

 

 ―――ぶっ殺すわよコイツ!? マジで超ムカつくわねアンタはぁッ!!!

 

 ・・・・・・と、思わず本音の悪意全開で罵りまくりたい衝動に駆られながらも、ギリギリで自制して自分の計画の方を優先できた彼女の妹愛は、確かに大した演技への情熱だったのは疑いない。

 

 だが残念なことに、世の中というものは情熱が結果に結びつくことは希なように出来ているのが常である。

 彼女にとって、計画が狂ってしまった要因は、ただただ運が悪かったからと言うしかない。

 もし2000年以上前。相手の少女が生涯の友と出会わず、ただの殺したいほど憎らしいクズ共を殺し尽くすために力を売り込み、私兵として働くフリをして周囲を騙し、クズであることを自らの行動で示したクズを殺すのに利用し続けてきた大ウソつきの人間の少女魔術師でしかないまま死んでいたならば。

 この場にいるはずだった友人は真相を知った上でも、彼女の思いを汲んでやる方に行動を選んでいたはずである。

 それが出来る優しい男性だったからこそ、黒髪の少女も相手に合わせることが出来たのだから。

 

 だが、何の因果か今この場にいるのは彼ではない。彼女である。

 男性魔族の名を名乗り、元は人間だった出生は友にしか語らず、生まれながらの魔族として、魔族達全てを統べる魔王を殺して地位を奪い、新たな暴虐の魔王として魔界に君臨していた過去を持つ大ウソ吐き魔王だった少女。

 

 2000年前には勇者の話さえ無視して、自分の要件だけを一方的に伝えてきた負の実績持ちなのが彼女である。

 言っては悪いが・・・・・・勇者さえ与えられなかった配慮をサーシャ程度がしてもらいたいと望んだところで叶えられるはずは最初から無く。

 平和な時代補正を鑑みて、せめて後100年ばかり修行を積んで《ジオ・グレイズ》ぐらいの威力を《グレガ》で簡単に出せるようになってからでなければ論ずるに足らない。

 

 相手に気遣われて、手加減してもらえなければ対等になれないのなら、格下の存在なのだ。

 それが友人とは異なる魔王少女による、判定基準だった。

 少なくとも、それが出来るようになるまでは―――守ってあげたいと思える程度の、か弱い存在にしかなれない。

 

 自分が守ってあげなければ殺されてしまう存在と、自分を倒しに来ようとした勇者とを対等に扱ったのでは、勇者の努力と成し遂げた業績に対して侮辱にあたり、サーシャに対しては無茶振りにも程があるものとなってしまう。

 

 全てのものを平等に愛することができた友人と異なる。

 黒髪の少女にとっての『気に入った相手』とは、そういう存在なのだから・・・・・・。

 

 

 

「は・・・ハッ! 意外と男みたいに単純なヤツだったのね。ちょっと気があるフリをしてあげたぐらいでコロッと騙されて、この私が貴女たちみたいな平民と仲良くしたがってると本気で思ってくれるのだから。

 ぜ~~んぶ、ダンジョン試験で1位になるためのお芝居だったに決まってるじゃな~い♪」

「それは無理でしょう。あり得ませんよ。何より時間軸で考えて整合性がとれてませんから」

 

 アッサリと切り返され、僅かにたじろぐサーシャに構わず黒髪の少女は敢えて“相手の両目から”は、視線を伏せて逸らしてやってから説明を開始する。

 

「第1に。貴女が私の班に加わって、ここまで来れたのは、貴女から私たちに喧嘩を売ってきて“ボロ負け”して、私が“今は弱すぎる貴女”に手を差し伸べて、鍛えてあげると誘った結果によるものです。

 別にあの時点で、見捨ててしまっても特に私的には問題は無かった。戦力としては者の役に立ちませんでしたのでね? 少なくとも“今はまだ”

 そこまで計算した上で、あのボロ負けを喫して、私にお情けで拾ってもらうために最初から勝負を挑んできていたと? 運任せすぎる計画だと思われませんか? 流石にその理屈は無理がありすぎる」

「ぐっ・・・・・・そ、それは私が―――」

「第2に。ダンジョン試験で1位になるため私の班に加わる理由となると、その王錫の元まで案内させるためだったという事になる。

 ですが、その場合には試験が始まる以前から貴女は王錫の存在を知っていて、私が在処を知っていることを知っていたと言うことになる訳ですが・・・・・・どこで聞いたのでしょうね? そんな情報を。

 皇族の貴女たちでさえ正確な在処を知らない、始祖が造った王錫の情報を、平民でしかないはずの私が一体なぜ・・・・・・? 偉大なご先祖様に失礼極まりない不肖の子孫達もいたものです」

 

 相変わらず理路整然と、相手の主張の矛盾点と根拠となり得る部分を指摘し、冷静に論破を繰り返してくる黒髪の相手に、サーシャは焦りを深めざるを得なくなっていかされる。

 

 彼女には相手からの反問に、納得しうるだけの理由説明をしなければならない立場にあった。

 そうしないと自分は、『悪役の姉』になれないからだ。正当な理由がなければ、お人好しすぎる妹は自分の望み通り自分を嫌ってくれないだろう。

 

「ご存じですかサーシャさん? かつての戦争相手だったニンゲンは、恨みで人を刺し殺すときは殺した相手の死体を何度も刺すんですよ。

 何度も。何度も。何度も何度も何度も何度でも刺し続けるんです。刺しまくるんですよ。

 もう死んでいるからとか、無駄な労力がどうとか、そういう理屈はいっさい何の意味もなく、ただ感情を満たすためだけに行うのが恨み晴らし目的での殺しである以上は、ただ自分の積もり積もった悪感情が解消されるまで刺し続けるだけ。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もず~~~~っと、ね?

 たかがナイフで心臓を一突きしただけで殺して終わらせてあげて、死ぬまでの間は苦しませ続ける事もしないで晴らせる軽い恨みなんて、“その程度の想い”に過ぎません。そうでしょう?」

「・・・ぐ・・・う・・・っ」

「大方、今の時代に人気のある復讐物の小説やらで、裏切るときには“こういう態度をするものなんだ”とか、恨み続けた相手を罵るときは“こういう事を言うものなんだ”とか。

 平和ボケした現実味のない、演出過剰な三流フィクションでも参考にしてマネしたのでしょう? 残念でした☆

 現実の恨み晴らしや裏切りは、その程度のお遊びではやらないものなんですよね~。

 もっと私たちを利用して上に上がってから排除して、全部を自分で独り占めぐらいが普通の裏切り。最初の班別行動から、いきなり裏切りなんて無い無い、あり得ませんよ。全くの無駄、無意味、バカらしいにも程がある」

「・・・チィッ!!」

 

 挑発に挑発で返され、言い返せる術を持たない追い詰められた立場に追い込まれたサーシャは、言葉でこれ以上続けることは逆効果にしかなれないと判断すると、最小限度の不信感しか抱かせていない今の時点での撤退を決意する。

 

「《ゼクト》を破棄するわ! これで貴女ではなく、私が王錫を持ち帰っても所有権は私に委譲される!!」

 

 王錫の先で床をガツンと強く叩きながら魔法陣を展開し、契約魔法であるゼクトの光り輝く魔法陣を赤く染め、自分の魔眼で壊したときのようにヒビ割れて粉々に砕け散らす。

 そして振り返り、ミーシャの胸に刺さったままのナイフに向かって次なる魔法を投射。

 

「《レント》!!」

 

 条件付きで発動する魔法であり、この場合は術者であるサーシャの身に手を出すことでナイフが自動的にミーシャの心臓を穿つという流れを実行するようインプットさせた。

 これで黒髪の少女といえど、自分より先に妹の方を優先するに違いない――っ

 

「この子がどうなってもいいのかしら? その子、放っておいたら死ぬわ。

 いくら貴女でも、仮に魔法障壁を壊してミーシャの傷を治せたところで十秒以上はかかるはずよ。それだけあれば私は、余裕で逃げ切れるっ」

 

 相手から手が出せなくなったと確信して空中浮遊魔法を発動させるサーシャ・ネクロン。

 案の定、相手は自分の脇を素通りさせてサーシャを通し、傷ついたミーシャの元まで歩いて近づいていく音が背中から聞こえてきて、そして―――

 

 

「やれやれ。本当は恥を掻かせないようにしてあげるつもりだったんですけどねぇ。

 ―――貴女の眼は正直すぎますよ、サーシャさん。

 貴女の感情的になると光を放つ魔眼は、あまりにも今の演技と相性が悪すぎる」

「なっ!? あ、しま・・・っ!!」

 

 思わず声に出してしまいながら、両目に手をやってしまうサーシャ・ネクロン。

 自分にとっては当たり前の存在で、使うときだけ意識すれば良いだけだった魔眼をコントロールし切れていないという欠点を、彼女は今の今まで完全に失念してしまっていた。

 

 ――しまった! 迂闊だった! せめて眼を隠すための偽装だけでもしていれば・・・っ!!

 

 激しく後悔するサーシャだったが、今更全てが手遅れ過ぎる。

 不意打ちで放たれた相手からの指摘に対して、思わず眼に手をやってしまった以上は言い逃れも既に不可能。

 こうなったら、せめてミーシャに聞こえる範囲だけででも取り繕ってから撤退しないと計画が破綻する。

 そう考えて、キッと相手を睨み付けながら振り返ったサーシャの瞳は、だが思わぬ物が視界に収まったことから再び動揺し、大きく見開かれた状態で少女の銀髪に目を奪われる。

 

「み、ミーシャ!? 《レント》は発動してないからって、なんで!?」

「私は自慢の友人と違って、治癒系の魔法はヘタでしてねぇ」

 

 既に傷口が塞がって、胸元についた赤い血の跡だけが先程まで死にかけていたはずの証として残っているだけの妹が立ち上がって自分を見てきている姿を目にして驚愕するサーシャに向かい、黒髪の少女は妙にノホホンとした口調でまったく関係ないように思える話題を語りだし、

 

「彼だったなら、蘇生魔法を十秒以内に唱えられれば確実に相手を復活させることが出来たでしょうし、私も使う自体はできるのですがね?

 ・・・ただ残念なことに成功確率が低くて、十回に一回は確実に失敗してしまう程度のもの。この状況下で使うにはリスクが大きすぎるでしょう?

 だから自然と彼とは異なり、“まず死なせないこと”を念頭に動くのが自然体となってしまってましてねぇ~。

 ――要するに、治癒そのものはミーシャさんが怪我してるのを見た瞬間には、とっくに掛け終わっていたという訳で」

「・・・・・・っ!! さてはアンタッ、わざと!」

「ええ。わざと“無意味な無駄話”を続けることで、目眩ましに利用させていただきました。流石に気付かれると、あの位置関係のままでは面倒かも知れませんでしたのでね」

 

 そう言って種明かしをしながら露悪的に笑ってみせる黒髪の少女に、サーシャは心底からの激しい怒りと、自分自身の迂闊さに対する呪いで我が身を滅ぼしたくなって来るほどだった。

 

 少しでも考えれば、分かるはずだったのだ。

 この性格の悪い癖に、友人思いなところのあるクラスメイトが、倒れているミーシャを前にしてダラダラとした解説や無駄話に付き合うことを優先するなど、なにか裏があって行っている行動に決まっているのだから。コイツの性格の悪さは今までで十分すぎるほど思い知らされてきたのだから。

 

 にも関わらず、自分がミーシャに憎まれる為の演技に集中する余り、その点を失念してしまっていた。

 ミーシャを騙すことのみに気を取られ、自分が騙されている可能性にまで思い至ることが出来なくなっていた。

 

(しまった・・・・・・これでは・・・・・・このままでは――っ!!)

 

 残り時間が少ないから焦ってしまった。救うことばかり考えて集中力を欠いてい。

 ・・・・・・そんな事情は、言い訳にもなりはしないし、なれもしない。

 どんな事情があろうと無かろうと、失敗は失敗。

 挽回しようがない致命的ミスを犯した後で、正当な理由があったからとリスクを無かったことに出来るなら、成功のために必死になる努力は必要ない。

 

 自分は一番大事なところで、“やらかして”しまったのだ。

 それを認めよう。もはやリスク少なく、自分の命だけをかけて彼女を救う手段はどこにも存在していない。今からでは代案を用意する時間的余裕すらも残っていない。

 

 もし当初に用意していた手段で彼女を―――“妹を死なせずに済む道”があるのだとしたら、それは・・・・・・。

 

 

「――やはり、こうするしか無かったという訳ね。本当はやりたくなかったけど・・・・・・。

 恨むなら、友達思いな友人の友情を恨むことね!! 魔法人形ミーシャ!!!」

「!! サーシャ・・・・・・っ」

「~~ッ!? しまっ!!」

 

 

 こうしてサーシャは、《破滅の魔眼》を全力で使用しながら最大級の攻撃魔法を“ミーシャに向けて”撃ち放つ。

 この展開を予期していなかった黒髪の魔王少女は不意を突かれ、蘇生魔法がヘタな自分の行動基準故に“まず死なせないこと”を優先した行動を反射的に選んでしまい、ミーシャを守るための反魔法を最速で展開することを最優先して、サーシャの方は完全にマークを外してしまい逃亡を許してしまう失態を晒す羽目になる。

 

 

「チィッ! しまった・・・・・・私が、ここまで初歩的なミスを犯すなんて・・・」

 

 巻き起こされた土煙の中で、自分の甘さを罵る黒髪の少女。

 ――だが彼女はそれが、奇妙で歪で皮肉な相関関係によって成立したミスであったことに気付いていない。

 

 もし“彼”がいてくれたなら間違いを指摘してくれたかも知れなかったが、彼女一人だけでは気づくことが出来ない部分。

 

 それは、このミスが『自分よりミーシャを守ることを優先してくれる』と信じた相手からの信頼と、『自分がミーシャを守ることを優先することを信じられると“信じられなかった”』自分自身への不信とが重なり合って相乗効果をもたらした故の結果だったと言うことに、今の彼女は一人だと考え至ることがどうしても出来なかった。

 

 そうでもなければ、地力の圧倒的すぎる差によってサーシャの放った捨て身の切り札は不発に終わり、『自分が逃げ延びるため妹を囮に利用する姉』という役割を演じる演技は未然に失敗していたのは確実だったろう。

 

 この“彼”には解ることができ、“彼女”には解ることが出来なくなった心の問題が、この先で“彼”が辿るはずだった人生を“彼女”が奪ってしまったが故に歩むことになった道の先で何を齎すのか齎すのか・・・・・・今の時点で知れる者など誰もいない。

 

 それこそ、神でさえ『魔王の運命』までは知る由もない“対等な敵同士”が持ち合う矛盾なのだから―――。

 

 

 

「待って・・・許してあげて・・・・・・」

「・・・・・・許すのは別に構わんのですけどね」

 

 背後から、傷が治って立ち上がったミーシャに先刻の攻撃に対する恨みを微塵を感じさせない声音で語りかけられ、毒気を抜かれた体で肩の力を抜きながら、逃げたサーシャの追撃をすぐに行う姿勢を解除する黒髪の少女。

 

 元より、裁く気など微塵もなく、込み入った事情の内訳についてサーシャ自身の口から語らせた方が“傷口は浅く済む”と踏んで行っていただけに過ぎない行為だったが・・・・・・殊こうなってしまった以上は今更な話でもあっただろう。

 

 彼女自身も、全ての事情を把握しているという訳でもない。

 大凡は推測と予測が付いてはいるが、これ以上の計算違いを出さぬ為にも、そろそろ答え合わせをしておいた方が良い頃合いかと思い決め、気持ちを切り替え“銀髪のネクロン”が抱える事情と過去に向き合う準備を整える。

 

「その代わりと言ってはなんですがね、ミーシャさん。交換条件といきましょう。

 ――そろそろ聞かせてもらえませんか? あなたの事を。そして、サーシャさんの事を」

「・・・・・・知りたい・・・の?」

「“言いたくない”、そう思っているのは分かってたから聞かずに来ました。ですが、これ以上は無理です。

 何しろ―――――」

 

 そこまで言ってから、おしゃべりが好きな魔王にしては珍しく短く、そして普段より少しだけ小さな声音で一言だけで、

 

 

「・・・・・・私は貴女の“友達”ですので・・・・・・」

 

 

 そう、理由を告げられてミーシャは驚いたように瞳を見開く。

 やがて怖ず怖ずと、だが覚悟を決めた語調で「分かっ・・・た」と呟くと、彼女たち姉妹が背負い続けてきた言えない秘密と家の事情について、初めて自分たち以外の者に語り明かすときが訪れる。

 

 

「・・・言いたくなかった。でも、アノスの言う通り、アノスは友達。

 それに、イジワルだけど優しい。

 優しくしてくれる友達に、自分だけ隠したままなのは、ダメ」

 

 

 たどたどしい口調で、心優しい少女として生まれ育った“ミーシャ・ネクロン”として語った後。

 ―――表情に決意を込めて、硬質な“ネクロン家の秘術”としての顔になり。

 

 ミーシャ・ネクロンは―――“ミーシャ・ネクロンとして生み出されていた存在”は、隠し続けてきた自分たちの秘密を今、明かす。

 

 

 

「……サーシャが私に言っていた、“魔法人形”という言葉。あの呼び方は正しくない。

 十五歳の誕生日、午前0時に私は消える。

 ミーシャ・ネクロンは元々この世界には存在しないはずの存在なのだから……」

 

 

 

つづく



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作者が書くとこうなる『主観的正義のヒーロー作品ネタ』

仲のいいユーザー様と使い捨ての思いつきネタとして使ってただけのバカ話が、気付いたら合計で1000文字超えてて投稿できる数になってましたので、取りあえず出してみただけというバカ話です。
何も考えずに書いてたネタの数が堪っただけですので、全く深い意味はありません。一切気にしないで下さいませ。ツッコまれても本気で困る…(ガチ)


主人公のモデルは【逮捕しちゃうぞ】の【怪傑ストライク男】です。


第1話【主観的正義を本気で貫く主人公、主観的正義のヒーロー・シュカーン登場!!】

 

 

「フハハハッ! 俺の名は正義の怪人『シュカーン』!

 世に蔓延り法の裁きを逃れる悪人共よ! 正義の成敗を受けるがいい!!」

 

 

……そして、よくある系の命令違反刑事とかから【お前がやっている事は正義ではなく自己満足でしかない!】と間違い点を指摘されて痛罵されて↓

 

 

「分かっている!! ……だが、しかし!

 それが世のため人のため、正義を守るために必要だとするならば!

 俺は正義のために、敢えて悪となる事を受け入れよう!!

 故に今の俺は正義の怪人シュカーンではない!

 正義を貫くために悪となる道を選んだ悪のダークヒーロー『シュカーン・ス-パー』に生まれ変わったのだ!」

 

 

……という言い分に変化する。あんまっつーか、全く変わってないですね。

割り切りまくった主観的正義の味方は面倒くせぇ…。

 

そして敗北。

 

 

「そ、そんな……俺の正義を愛する想いが間違っていたというのか……?】

 

『正義を愛する心に間違いなどというものは有りません。

 ただ、あなたはやり方を間違えました。

 罪を償ってから、また1からやり直しましょう?』

 

「お、お前………っ。そうだな、その通りだ。俺は…俺は………。

 俺は―――――正義を磨くため、また出直すゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

『え?…えぇっ!?』

 

「フハハハッ! さらばだ!

 再び貴様らと俺の、異なる正義と正義がぶつかり合うハルマゲドンを楽しみにしているぞッ!!

 また会おう! 主観的正義の刑事デカマンたちよ!!」

 

『あなたと同類にしないで欲しいのですが!?

 あと、配管を猛スピ-ドでよじ登る軽業師みたいな逃げ方も辞めて頂きたい!

 私たち警察が追い付けないじゃないですか! えぇい亀有くん! パトカーで後を追うのです!』

 

『了解です御経さん!…って、ああッ!? ぱ、パトカー全部のタイヤがパンクさせられて動けません!?』

 

『なにィィィッ!? 正義の癖に逃げ方が意外とセコかったですとぉぉぉッ!?』

 

 

―――こうして、犯人を追いつめながら正論で言い負かす無意味な作業してたせいで逃がしてしまった事をこっぴどく叱られてしまった二人の違反刑事がコーヒーがぶ飲みしてストレス発散している中。

 

……夜のビルの中に一つの影が舞い降りる。

 

 

「フフフ……平和と正義と主観的ヒーローを愛する街の人々よ!

 パワーアップして俺は帰ってきたぞ!! とぅッ!!

 主観的正義は永遠に不滅だァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

第2話【悪を憎んで人を憎まずに、悪人を憎んで罰する正義の味方! 復活のシュカーン】

 

 

『ですが、一つだけ解からなかったことがあります。

 ――なぜ、あの観覧車を爆破しようと……?』

 

『不思議ですか? …あの観覧車できちゃったせいで、時計塔見えなくなっちゃった―――だから排除』

 

『………』

 

パチンッ!!

ガタンッ!!

 

『―――っ!?』

 

『ふざけないで下さい…! 人が一人死んでるんですよ!?

 あなたは人の命を何だと思って……っ、刑務所の中で自分が犯した罪の重さを考え続けることで―――』

 

 

フハハハハハハハハハハッ!!!!

 

 

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ声が木霊する!

 悪ある所どこにでも、正義のダークヒーロー、シュカーン・スーパーは必ず現れる!!」

 

 

『あっ!? あなたは怪人シュカーン! また来たのですか!?』

 

「甘い! 甘いぞォッ! 我が永遠のライバル主観的正義の刑事たちシュカーン・デカよ!!

 そんな甘さで悪の芽は摘めないぜッ!!」 

 

『だから同類にしないで欲しいと言ったはずで―――』

 

「そんな些細なことなど今はどうでもいいのだ! この俺が真の正義の断罪を見せてやる!

 受けてみるがいい正義の鉄槌!!

 《シュカーンお仕置き完全正義の断罪デッドボール!!!》】

 

 

ブォォッン!!

ボゴォォォォッ!!!

 

 

『ぐへはぁぁぁぁぁぁぁッ!? ……ガクリ』

 

『ああっ!? 犯人気絶しちゃった!? しかも顔面に大アザついて隠すの無理な状態に!?』

 

「フハハハハッ! 見たか!? これが正しき正義の力尽く断罪!

 貴様らもこれを見本にして精進しろよ!

 ではまた会おう! 貴様らとの再戦、楽しみにしているぞ! さらばだッ!!」

 

『待て待て今度こそ!! …って、またしてもパトカーが全部パンクをぉぉッ!?』

 

 

―――こうして明確に『犯人を刑事がブッ飛ばしちゃった物的証拠』を、顔面にデッカく刻み込まれてしまったことで、またしても部長にこっぴどく怒られてしまったストレスをコーヒーがぶ飲みしまくってタバコすぱすぱ吸いまくり発散していた、「殴ったのは事実」な如何にも刑事が苛立っていたのと同じころ。

 

夜の町には、再び例の影が舞い降りてくる……

 

 

「この世に悪がある限り、主観的正義を愛する心が消えることは無い……ッ!!!

 シュカーン・デカたちよ! お前たちが俺の前に幾度立ちはだかろうとも、主観的正義が敗れることは決してない!!

 俺はお前たちの間違った正義を何度でも正し続け、本当に正しい主観的正義の断罪を教えてやるぞ!!

 主観的正義を愛する心は永遠に不滅だァァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

……諦めない、揺るがない、何度倒されても立ち上がって挑み続けてくる―――主観的正義の断罪ヒーロー……。

本当にアニメのヒーローが現実にいたら面倒なだけだの典型例っスよね……。



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作者が書いた場合の【魔法少女モノ】

先に出してた主観的正義のヒーローものは、使ってるネタが元ネタまんま過ぎましたので今更に気になってしまいましたので、魔法少女モノも追加で出して解毒しときます。
どうにも気になる性質な作者です。

注:掲載の順番だけ変更しました。
何となく今はコッチの方が好きな気分♪……なので場合によっては後で直します。


第1話【魔法少女ミクルン、暁に死す!】

 

 

『…どうして…こんな事を!? いつもみたいに奇跡を起こせば良かったのに! どうしてなのミクルン!?』

 

【ごめん…ね……こうするしか他に、地球を救える方法が……思いつかなかった、から……】

 

『そんな事…っ、あなたがいなくなったら私は一体、誰をライバルにして成長していけばいいって言うのよ!?』

 

【それ、じゃあ……私の代わり、に……皆を苦しめる悪い人たち全部をライバルにして、皆の全部を守るために成長するっていうのは……どう…かな……?】

 

 

『そんな……そんなザコ程度じゃ簡単に勝て過ぎちゃってライバルになんて一生なれないじゃないの!?』

 

 

【超上から目線で見下し評価!? そこまで傲慢だったの貴女!?】

 

『悪い人たちなんて、所詮は生きる価値もない下等生物の群れでしかないのよ!?

 皆を苦しめる悪なんて、権力で肥え太ったブタに過ぎないクソ虫なのよ!?

 そんなゴミ共相手に私はこれからライバルにしろだなんて……ヒドイ! 酷過ぎるわ! あんまりよ!!』

 

【私がヒドイの!? どう考えても貴女の言ってる事の方がヒド―――あ、叫んだせいで最期の力…が……ガクリ】

 

『ミクルン!? しっかりしてミクルン! ミクル―――――ッン!!!!』

 

 

 

そして結局。

……了承するか否か一言も明言しないまま終わるライバル魔法少女……。

 

プライド高くて偉そうな態度のベジータ系ライバルキャラがこうだと、少し困りそうな作品とかのアイデアっスね。

 

 

 

 

 

 

第2話【明かされるミクルンの秘密!? 敵要塞での死闘!!】

 

 

【さぁ、みんな! 早く敵基地から脱出を―――って、あ!?】

 

『ふはははッ! 油断したなミクルン! 魔法を使うために与えられたマジカル・ステッキがない今の貴様では、我われモンスター族魔物戦士軍団モンスーターン・スーパーズ相手に負けるしかあるまい!!』

 

【く…っ、仕方がないわ……コレだけは使いたくなかったけど、秘密必殺魔法を使うしかない!!】

 

『なんだと!? 秘密必殺魔法だと!? し、しかしステッキなしで使える魔法など大した威力がある訳が――』

 

 

【魔法少女ミクルン秘密の必殺魔法! 《目から怪光線メガビーム》!!!!】

 

 

『ぐわぁぁぁぁぁッ!? なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁッ!?』

 

 

ブシュゥゥゥゥゥゥ……(跡形もなく蒸発する敵たち)

 

 

【…この技だけは皆の前で使いたくなかった……私の愛する皆に、人殺しのバケモノとしての魔法少女の姿なんて見せたくなかったのに…!】

 

「まぁ、そうよね。普通にバケモノだったものね。

 あと同じ魔法少女のライバルとして、貴女とは死ぬまで同類扱いだけはされたくないと思ったわ」

 

 

 

――――お約束展開も、本当にバケモノ能力使った後の場合には、たぶん感想はお約束通りじゃないんでしょうね。恐らくはですけれども~。

 

 

 

 

 

第3話【魔法少女ミクルン誕生秘話】

 

 

「あなたは強いから、そんなことが言えるのよ! 子供の時から才能なくて、皆に見下されてきた私の苦しみなんて、あなたには解らない! 最強の魔法少女になれたあなたなんかには、絶対に!!」

 

【……辛い気持ちは分かるよ。でも私だって、最初から強かった訳じゃない……魔法少女になりたいって思った時には才能なんか全然なくて、努力しても全然報われなくて、自分の才能のなさに絶望して、台風が来てる多摩川に飛び込んで入水自殺する寸前まで行ったことがあるくらい……】

 

『それは相手以上だと思うのだけれど。それで? そんな人がどうして今、最強の魔法少女ライバルになってますの?』

 

 

【うん…遺書の上に靴を置いて、いざ飛び込もうとしたその時だったよ……。

 “銀色の服”を着て、つぶらな“緑色の目をした外国人”のオジサンが“天から降りてきて”、私に魔法のステッキを与えてくれたんだ……嬉しかったぁ】

 

 

『銀色!? しかも空から降りてきた緑色の目をした外国人!? そ、それで一体どうなりましたの!?』

 

【うん。実はそれから2,3日ほど記憶がないんだよね。それで3日ぐらい経って目が覚めた時には強くなってたの。今までの努力が認められたんだって分かって、スゴク嬉しかったぁ~】

 

【つまりね! 諦めちゃダメなんだよ! 頑張って努力し続けていれば、いつかきっと努力は認めてもらえて強くなれるものなの! だから諦めずに頑張りましょう! そうすれば必ず強くなれるわ! 私みたいに☆】

 

『……多分なれないと思いますわよ? あと、なれない方がいいとも思いますし……人間で居続けたいなら絶対に…』

 

 

 

―――奇跡を起こせる魔法少女ミクルン、誕生の秘話を語るお約束エピソード……お約束展開も、語られる始まりの切っ掛け次第だなと思わずにはいられない……そんなお話し。

 

 

 

 

 

 

第4話【復活のミラクルン!】

 

 

「くっ…強い…。このまま私一人だと街の皆を全て守り切ることが出来ない! せめてミクルンがいれば……」

 

『フハハッ! 諦めろ人間共よ! 貴様らの守り手ミクルンは死んだ!もう居ない! ミクルンなしの貴様らでは我らモンスター族精鋭戦士モンスーターン・エスカーレションには決して勝てぬ! 覚悟するがいい!!』

 

「くぅっ!?」

 

【そうはいかないわ、モンスーターン! あなたたちの思い通りになんか私が決してさせはしない!!】

 

「ミクルン!? やはり貴女は生きていたのね!」

 

『ば、馬鹿な!? 貴様は確かに殺したはず!? 眉間を撃ち抜き滅多刺しにして、念のため死体に火をかけた後、首まで切り取って首実検もした貴様が生きているはずがない……なのに何故!?』

 

 

【確かにあの時、私は一度死んでいた……そして生き返った!

 正義の味方が生き返る時、理由は“死んでも生き返った”で充分なのよ!!】

 

 

『んな、ムチャクチャなオイ……』

 

「まぁ、ミクルンですものね」

 

『それだけで済ますんかい!? 味方はいいなぁ! 超常現象見せられても気楽でよぉ!?』

 

 

 

 

 

 

―――敵に敗れて殺された正義の味方が生き返る理由は、ナニカあればそれでいい。

あとは正義の味方だからで納得してくれる。

 

そういう意味では、「生き返ったから生き返った」で充分と言えば充分である。

正義のヒーロー・ミクルンは正直。

 

……正直なら良いってもんでも無いけれども……

 



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伝説の勇者を否定する伝説 4章

人を殺せるオリ主版「伝勇伝」を更新しておきました。


 路地裏の夜明けには、まだ遠かった。

 背後から迫り来る殺気から逃げながらも、シオンは必死に対策を立てるため頭を巡らす。

 

「さあ、どうする? どうやって、この状況を打開しよう?」

 

 全身に張り巡らされる緊張感。

 少しでも気を抜けば、すぐに死んで楽になれると囁きかけてくる恐怖の誘惑。

 

「どうやって、この状況を打開すればいい?」

 

 呻くように、彼は言い続ける。

 敵は強かった。さっき一度攻撃を仕掛けてみて、よく分かった。

 一対一なら勝てる相手たちだ。それは間違いない。

 しかし敵は、まだ4人残っている。2人減ったとは言え、手練れが4人。

 それもおそらくは殺しのプロであり、どの攻撃も躊躇なく急所を狙ってくる。奇襲攻撃でどうにかなるような相手ではない。

 

「このままなんとか、夜が明けるまで逃げ切ることができれば・・・・・・」

 

 そこまで言って、突然シオンは不快そうに言葉を止めると、唇をひん曲げて黙り込んだ。

 一対一なら勝てる、4人いれば勝てない。躊躇なく急所を狙ってくる殺しのプロ。

 

 ――全部アイツが言ってた通りのことが、当たっていただけじゃないか。

 自分が一度攻撃してみて、やっと実感できたことを、アイツは逃げながら反撃した時点で見抜いてしまい、自分では勝てないだろうからと手を差し伸べてくれたばかりじゃないか。

 その相手に対して自分は何と言った? 何と答えた?

 

「へへ・・・・・・ついに諦めたか。手こずらせやがって」

「ふひひ。さぁ、楽にしてやるよ」

「・・・・・・」

 

 突然立ち止まって黙り込んだシオンの背後に、黒装束の男たちが追いついてきて、口々に揶揄するような言葉を吐く。

 それでも男たちの方を振り向こうとしないシオンに向かって、黒装束の一人が声をかける。

 

「おうおう。逃げても無駄と観念はしたが、怖くてコッチを見ることもできないってか?」

「俺が逃げる・・・・・・? なぜ逃げなければならない? 自分で振り払っておきながら、自分が助けてもらう道を拒絶しておきながら。

 本当に王になれる器なら、こんな所で死ぬはずがないと、死神に助けてもらえる道を振り払ったのは自分なのに」

 

 シオンは振り向く。

 淡々とした口調で語り、熱を込めて更に続ける。

 

「俺がラグナに言ったことなんだ。王になるなら、こんなところで死ぬ訳がないと。

 むしろ貴様ら程度、いや貴様らの後ろでふんぞり返っている兄貴たち程度はアッサリ殺して踏み越えられないなら、死神の助けを断るべきじゃなかったのさ・・・・・・」

 

 口調とは裏腹に、シオンの目は鋭く、体は低く、戦闘態勢へと移行させてゆく。

 そんな相手を見た男たちが、馬鹿にしたような笑みを浮かべて下品な笑い声と共にナイフを取り出す。

 

「まだやるつもりか? 無理だよお前さんにはな、色男さん。

 さっきの化け物みてぇなガキにも見捨てられちまったテメェに、万に一つも生きれる道はねぇ」

 

 シオンは構わず力を溜め続け、体に溜め込んだ力をソッと解放する。

 ものすごい速さでシオンは敵との間合いを一気に詰めて――戦闘が開始された。

 

 

 

 

 ・・・・・・だが、やはり今のシオンには“自力で”この状況を打開する力はなかったらしい。

 

「うひゃひゃ、遊びじゃないんだぜ色男。これは殺し合いなんだ。ちゃんととどめを刺しとかなきゃダメじゃないか」

「く、くそ」

 

 最初の一撃で昏倒させたと思っていた男が立ち上がり、背後から脳を揺らされる一撃を叩き込まれ、体が思うように動かなくなったところに、黒装束の一人が笑いながらナイフ片手に、ゆっくりと近づいてくる。

 

 ――殺されるのだろうか? こんなところで? こんな薄汚い路地裏で? 俺が?

 ―――死神が伸ばした救いの手を、振り払ってしまったばっかりに・・・・・・

 

 信じられなかった。全てがバカらしく思えてきた思考を抱きながら、振り下ろされてくるナイフの刃を、動けぬ体でただジッと見つめ続けて、それで―――

 

 ビュン―――と。

 シオンの目の前を、横から奇妙なものが突然あらわれて、通り過ぎ去っていく光景が視界に映った。

 

「ぎ、ぐぎゃあああああああ!?」

 

 それが、長い針がナイフを持っていた男の掌に深々と貫き刺さり、手を針に刺し貫かれた男は悲鳴のような怒号を挙げながら。ただ無意味にわめき散らしたあと。

 

「な、なななんだこりゃあああああっ!?」

「だんごの串だ。見れば分かるだろう?」

 

 淡々と無感情に、人を突き放すような口調で、透き通るような女の声で。

 この強行を行った犯人が路地裏に現れ、全ての者がそろって相手の姿に集中する。

 

 そして・・・・・・全員同時に息を呑んだ。

 そこにいたのは、信じられないほどの美女だったからだった。

 

 艶やかな長い金髪に、切れ長の青い瞳。異常なほど整った顔に、スタイルのいい華奢な体を白と紺という清潔な道着で包んでいる。

 腰にはなぜか帯剣しており、その手にあるのは団子のついたままな二本の串・・・・・・

 

「て、てめぇがこの串を投げたのか!?」

 

 その手にある串を見咎めたのか、掌を刺し貫かれて悲鳴を上げていた男が痛みからくる憎悪と共に叫び声を上げる。

 

「ああ。それはもう食べ終わったからな」

「そういうことを言ってんじゃねぇよ!」

 

 男は更に激高し、その怒りと痛みとを結びつけて相手の女体に対する性欲へと直結させると、欲望にギラついた視線で目の前の美女を見る。

 

「てめぇ・・・・・・こんな事してただで済むと思ってんじゃねぇだろうな!? んあ? 覚悟しやがれよおい。へへへ・・・・・・めちゃくちゃにしてやるからな。なあ?」

「そうか。じゃあこい。相手をしてやろう」

 

 先導するように他の黒装束たちにも下卑た誘いをかける男に対して、女の方はたじろぐことなく剣を引き抜き構えを取る。

 

 ・・・・・・片手に、まだ団子を持ったままの状態で・・・・・・

 

「ば、馬鹿にしやがって!? ぶっ殺してやる!!」

 

 そんな余裕綽々の態度を見せつけられた男たちは更に激高し、怒鳴り散らしながら一人の美女に向かって一斉に襲いかかる。

 元より、ザコを殺すだけだと思っていた楽な依頼で、ラグナという想定外の化け物がいたことで仲間を二人も殺され、復讐心と怒りに駆られていた彼らである。

 丁度いい欲求不満の発散対象が、口実片手に現れてくれたのだから、据え膳同様に平らげることなく済ませてやる義理も理性も持ってはいなかっただろう。

 

 とは言え、依頼は依頼として果たさねば自分たち全員の命が危うい。

 義理や理性は残していなかったが、保身という欲望だけは過剰なほど持ち合わせていた男たちは怒りに駆られて突撃しながらも、シオンに逃げられぬよう押さえつける役の一人だけは残すという最低限度の作戦だけは忘れることなく、他3人だけで猛スピードで襲いかかってゆく。

 

「馬鹿! 逃げ――――え・・・・・?」

 

 美女の命が自分のせいで危機に晒されている光景を目にした瞬間、シオンは思わず叫ぼうとするが、その言葉を最後まで言えるほどの猶予期間は“男たち”に与えられることはなかった。

 

 襲われたはずの女の姿が一瞬、消えたように思えた直後。

 彼女の持つ剣が閃いた時には既に、いつの間にか3人の男たちは地面に倒れ伏していた。

 

「悪いが、この区画での犯罪行為は課題で許すわけにはいかないのだ。

 まして今夜は、いつもより時間がない。夜が明けて帰宅するまでに、あと三件の団子屋を回らねばならん身として、余計な手間暇をかけてやる余裕もない」

 

 神速の如き神業を見せつけられ、シオンも男も呆然としている中。目の前の美女は団子をパクつきながら金色の髪をひるがえし、無表情だが美しい瞳でこちらを見据え――

 

「だからもし、まだ続けたいというのなら・・・・・・殺す」

「ひぃッ!?」

 

 食べ終わった団子の串を、先の男の掌に突き刺したのと同じように残った男の眼球に向けて突きつけるように言ってやると悲鳴を上げ、押さえつけていたシオンを離して仲間も置き去りにしたまま一目散に逃走する道を選ばせる、てきめんの効果を発揮したようだった。

 

「・・・・・・」

 

 シオンは、そんな彼女を呆然としたまま見つめ続けることしか出来なかった。

 信じられないことだった。

 彼はこれでも、今年のローランド帝国王立軍事特殊学院の中では格闘でも魔術戦でもトップの成績を収めている優等生だったが、それでも先程の黒装束たちには圧倒されることしかできなかった。

 

 そんな相手たちをこの女は、団子を食べながら片手間にアッサリと撃退してしまったのだった。

 まるで、かなう気がしない。もしも敵として対峙したら瞬殺されてしまうだろう。

 

 まさに化け物だ。そんな言葉さえ頭に浮かんだ。

 あのローランドの黒い死神と同じように。

 いやもしかしたらラグナ以上の強さを持った、美しい神速の化物・・・・・・

 

「ん。もう夜が明けるな」

 

 だがその時、美しき化物は団子をパクつき続けていた美しき化物の美女は、突然に空を見上げて呟くと、

 

「犬は一度恩を受けると一生忘れないという」

「・・・・・・へ?」

 

 唐突に妙なことを言いだして、九死に一生終えたばかりのシオンに間抜けな声を上げさせて、

 

「私に助けられた犬は、その恩を決して忘れずに毎年三番地区のウィニットだんご店『おすすめ詰め合わせセット四番』を私に届けるようになる。犬は賢いな。

 団子屋でエリス家の美人さんに届けてくださいと言えば、ちゃんと私に届くことを心得ているのだから。―――そういうことだ」

 

 なんてことを真顔で平然と、驚異的な強さと美しさを見せつけたばかりの相手に要求すると、彼女は無表情のまま満足げに頷いて歩き出し・・・・・・最後に一言だけ、こう付け加えて去っていった。

 

「最近では・・・・・・夜間に男が男を堂々と襲うようになったのだな。

 美女にとっては恐ろしくて夜道も歩けない、大胆な時代になったものだ」

「はぁッ!?」

 

 とんでもない濡れ衣を着せられたような気がして、シオンは呆然の上に混乱も付け足されて唖然としたまま美女を見送り――やがて気付く。

 

「・・・やっぱり、死ななかった・・・」

 

 夜が、明けていたのである。

 死を覚悟した夜が明け、神様はまだ自分を、ここでは殺さないでいてくれた。

 

 偶然に雲の隙間から射し込んできていた、朝日に照らされる美女の後ろ姿に目線を戻し。

 美しく艶やかな金髪がきらめく姿を見て、シオンは思う。

 

 あの姿は、化物なんかじゃない――と。

 女神か天使だ――と。

 

 では―――ローランドの黒い死神もまた、自分にとって、どのような存在になる男なのだろう?―――と。

 

 

 

 

 

 

 そして時は移って翌日の・・・・・・いや、既に当日になった後の昼過ぎのこと。

 いつもの様にいつもの如く、ラグナは授業中にも眠れず苛立っていた。

 と言うより今日も昨日も一昨日も、一日中寝れていない。不眠症だからだ。病院行け。

 

「・・・・・・ったく、やっと夕暮れかよ。遅すぎんだろ、あの丸暗記棒読みムノー教師共の授業ゴッコはよぉ・・・」

「まだ昼よ!!」

 

 ようやく昼休みになってラグナが声を発したと思ったらコレだったので、とりあえずキファが突っ込んでおいた。言うだけ無駄だと分かってはいたけれども。

 

 ちなみに場所は、ローランド帝国王立軍事特殊学院にある教室だ。

 ラグナはここに、キファによって無理やり引きずられるようにして席に着かされていることが多く、その日常を継続しなければ出席率は、ほぼゼロに近いと言っても過言ではない。

 

 

「ってラグナは本当にもう・・・・・・いい加減もうちょっと真面目にやらないと、この学校追い出されちゃっても知らないわよ?」

「あん? アホかお前。そんだけの理由で追い出すんだったら、とっくの昔に永久追放されてんだろ普通に考えてよぉ」

「・・・・・・まぁ、そうなんだけどね・・・・・・ほんと自覚してやってる問題児って性質悪いわ・・・」

 

 呻くように、相手の言葉の正しさを認めずにはいられない優等生の女生徒キファ・ノールズ。

 実際キファの強制ありでも、出席率が「ほぼゼロに近い」のは、ラグナ自身が気まぐれのように出席してくることも一定数はあり、無断でサボる時と混在していて法則性が全く見いだせないのが理由になっている部分でもあった。

 

 授業に出るか出ないかというのが完全に気まぐれで、その日の天気や気分で決めることもあれば、眠り方の本を読んで試すための実験場所として利用しに来ることもある。成功したことは一度もない。

 

 死体のような目付きをしながら、呆れたように教官からの質問に答えて、回答内容は全問正解するか出題者をバカにするかの二者択一のみ。

 

 それがラグナの日常的な学校生活であり、軍に自分を高く買ってもらうため売り込む以外に生きる術のない者ばかりが集められているこの学園に、ラグナがまだい続けていられること。

 その一事によって学園側自身が、ラグナを残し続ける道を選んでいる証拠になっていたのがラグナ・ミュートという問題児すぎる異端児の特色だったのだから・・・・・・

 

「ん、んん!! ま、まぁそれは別の時に話すとして。ちょっとバカやっちゃって作り過ぎちゃったから食べてもらえないかしら?

 中身が入ってるとお弁当って重いのよね~。あー、肩がこるわー、主に胸が」

「・・・・・・ウザ」

 

 とか言いながらキファが、どう見ても余り物には見えないお弁当を取り出して、ラグナに小声で突っ込まれて、とりあえず鉄拳炸裂させて手を痛めて、キファだけが涙目になる。

 いつも通りの日常、その繰り返し。

 それら一連の光景を見せつけられたクラスの男子生徒たちから、嫉妬や劣等感やコンプレックス混じりの見下しなど様々な悪感情が込められまくった視線の集中砲火を浴びても一切気にせず、片割れの少女の方まで気づきもせず、いつも通り平和な昼休みは過ぎていく・・・・・・

 

「や。お二人さん、相変わらず仲いいねー」

 

 そんな中で、いつも通り爽やかな声と共に、昨夜の事件で登校が遅れたシオンが教室内へと入ってくる。

 

「え、ちょ、シオン!? な、なに言ってんのよ全くも~♡

 わ、私たちの仲なんて友達よね友達。うん。ラグナだってそう思うでしょ?ねぇ?」

「・・・・・・ウゼー・・・・・・マジ超ウゼ~・・・・・・」

 

 そして、そんなこと言われて顔を赤くして照れまくったキファに、ウザったそうな表情でそんなこと言うもんだから再びキファから鉄拳ツッコミ入って、再びキファだけ涙目になり、再び男子たちから負の情念というか狂わんばかりのドス黒い感情の熱量を上げていく。

 平和すぎる、そんな日常の繰り返し――

 

 ただ一方で、平和な場所に戻ってきても、半端に平和じゃない世界を忘れないでいる奴も偶にはいる。

 

「よう。どうやら殺されずに済んだみてぇだな。

 どんな奇跡が起きた結果かは知らねぇし興味もねぇが、結構なこった」

「お前・・・なぁ。勝手に殺されるのが当然扱いしてくれるなよ。お前の方こそ――問題なかったんだろうな、普通に考えて・・・」

「そうでもねぇよ。よく分かんねぇが、お仲間だとでも勝手に思い込んだらしくてな。

 犬が何匹か吠え掛かってきやがった。邪魔なのだけ蹴っ飛ばしながら帰ってやるのは面倒だったし、おかげで朝っぱらからキファがご機嫌斜めみてぇで可哀想なことさ」

「いや、後半の方は十中八九、お前が原因だと思うぞ? いやマジで本当に」

 

 最後だけ至極真面目な表情でそう言うと、シオンは「まぁいいか」と何かしら割り切ったような表情で色々なことを振り切るか、あるいは棚上げにして脇に置いておくことにする。

 

 せっかく、自分が巻き込んでしまった昨日のことがあるので、今日ぐらいはキファに普段よりも放っておいてやるよう取りなしに来てやったと言うのに、こうまで普段通りの日常を見せつけられると言う気も失せるし、バカらしくなってくる。

 って言うか秀才美青年シオンでも、流石にイラッとするのを感じずにいるのが難しくもなってくる。

 

「まぁお互い無事だったんなら、それでいいことか。じゃあ僕はそろそろお二人さんの邪魔しちゃ悪いから行こうかな」

「ってだから、そんな気をつかわないでよ! わ、私たちはそんな関係じゃないのに! ね? そうよねラグナって、またいなーい!?」

 

 そして今日も、気まぐれのように気配を消して、いつの間にか姿も消えてなくなって去っていってる。

 これで授業が始まる寸前には帰ってくるならキファとしても、チャッカリしてるとだけ思って割り切れるのだが、現実には帰ってくることもあれば帰ってこない時もあり、授業中に帰ってきて怒鳴り声挙げる教官に『ウゼェ。怒鳴るのと教科書朗読しか教えれねぇなら来んな。邪魔だボケ』とか罵って自分の席に戻ってしまう時すらあるので・・・・・・まっとうな学校生活しか知らない常識人のキファとしては心配せずにはいられない。

 それが“ラグナ・ミュートにとって”の日常的な学校風景。

 

「んもう・・・・・・なにかやってるんだったら言いなさいよね・・・・・・そしたら私だってきっと・・・・・・馬鹿ラグナ・・・・・・」

 

 空になったラグナの席を見つめながら、寂しそうに呟くキファの横顔を見て、シオンは逆に微笑ましい思いを感じて、実際に嘘偽りない微笑みを顔に浮かべた。

 

「じゃあ、僕はこれから行くところがあるから」

「あ、うん、今日の集まりは・・・・・・?」

「昨日の夜に、ちょっと野暮用があってね。付き合ってもらった人に挨拶しに行かなくちゃならないから、今日は僕は出られない。皆には適当に言っといて」

「ああ、そういう事情なら分かったわ。皆にもそう言っとくから大丈夫よ」

「ありがとう。それじゃ、よろしく」

 

 そう言って、シオンは教室を出て行って、“昨夜の野暮用に付き合ってもらった相手”の屋敷へと、お礼の品を注文通りに届けに赴く。

 

 

 ・・・・・・それが自分の出会う、三人目の死神で、三匹目の化物と呼び得る存在との初対決になることなど予想さえしないままに。

 

 そして、それが後に大陸全体の運命さえ揺るがすに至る切っ掛けの事件になることなど、化物たちの誰であってさえ気付かぬままに・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 ――そしてまた、異なる闇たちも蠢きはじめる。

 ローランドの闇に住まいし、ラグナ・ミュートが本来いるべき側の住人たちが――。

 

 

「お、遅れて申し訳ございません閣下。馬車の車輪が泥濘みにはまってしまい、その・・・」

 

 雨の中、秘密の会合に遅れて到着した貴族の男は、既に集まって席に着いていた面々から非難の視線を浴びせかけられ萎縮したように俯いて、しどろもどろに言い訳がましい言葉を並べだすのを聞きながら、座長格の男が片手を挙げて発言を制した。

 

「いやいや。この季節に、この雨だ。あなたが遅れるのも無理はない。気にやむ必要はないから席に着きなさい、子爵」

 

 穏やかな声と口調でありながら威圧感が伴った言葉。

 言葉遣いこそ丁寧だったが、言っている内容を要約すれば只一言。

 

【言い訳はいい。とっとと座れ】

 

 ――という意味を込めた命令を発した男の言葉に、遅れてきた貴族は震え上がって席に着き、モゴモゴと口髭を揺らしながら感謝の言葉と非礼の謝罪とを交互に幾度か口にする。

 

「は、ははっ! 閣下のご寛容にはまこと感謝の言葉もございません・・・・・・」

「お気になさらず。――それで? 先日確認をお願いした情報は確かだったろうね?」

 

 ギラリと、穏やかだった相手の両目に危険な色が宿るのを見せつけられ、世間ではそれなりに武断的支配で名の通っている貴族の男は真っ青な表情になって首をガクガクと上下に振り回しながら、自分が掴んできた情報を会合に集まった全ての貴族たちの前で開陳する。

 

 ――今期、雨続きだった仇敵エスタブール王国内では大河の氾濫が発生し、一部で食糧不足に陥っているらしい。と言うのが、その情報の始まりであった。

 

 そして、食糧危機に対処する術を見いだせなかったエスタブールの国王は、ローランドへと侵攻して乗っ取ることで危機的状況を解決するため密かに戦争準備をはじめたらしい――。

 

 それが遅れてきた貴族からもたらされた報告であり、話を聞いた座長格の男としては思わず「おやおや」と、敵国の民衆共に同情を誘われずにはいられない。

 

「無能な王に率いられた民というのは哀れなものだな。わざわざ勝利の美酒を敵に飲ませるため、生け贄にされねばならんのだから」

 

 男は嗤って、エスタブールの愚かさと近視眼な戦略とを同時に鼻で笑い飛ばす。

 古来、飢えた軍隊が勝利した例など一度もなく、なんの戦略的優位を確信した訳でもないのに、食糧危機への焦りを理由に出兵を決めてしまうなど、負けるために戦争を再開するのと同じようなものだった。

 

 まして、危機に焦るエスタブールには、出兵準備を隠すための偽装も、偽情報に対して警戒する防諜戦でも雑さが目立っており、コチラの流した偽情報の真偽を確認することすら満足には出来ていないようなのだ。

 

 彼ら貴族が持つ傲慢さと、先に示した敵国民への同情とは矛盾しない。

 なぜなら「同情」とは常に、上位者から下位の者へのみ向けられる感情であり、格下の者が格上にある者を同情することなど、まずあり得ない。

 部分的であろうとも、相手より自分の方が優位に立ったと確信した時だけ感じることが可能になる感情。

 

 それが「同情」であり「哀れみ」という名の「見下し」なのだ。

 その点で、彼ら腐ったローランド貴族たちがエスタブールの民たちに同情を感じた気持ちに嘘偽りは微塵もない。

 ただ、彼らが相手を養ってやらねばならぬ義務を負った立場に立っていたなら、別の感情を抱いて言った言葉にも嘘偽りはなかったろう。

 

「――先の戦争では、戦略的条件が互角に近かったからこそ休戦せざるを得なかったが、今回は勝てる戦だ。乗らぬ手はない。陛下には私からお伝えして、出兵準備と宣戦布告のご許可を明日にでももらっておくとしよう。

 きっと陛下も喜んで戦争再開に賛成してくださるはずだ、“あの陛下”なら確実にな」

 

 ニヤリと笑った座長格の男の言葉に、集まっていた貴族たちも同様の笑みを浮かべ返す。

 彼ら、腐ったローランド帝国の支配者階級たる貴族たちにとって、国王とは貴族たちを富ませるための政策を行う者のこと。

 貴族たちが立案した国策にサインをし、国王の名の下に実行すべき、貴族に奉仕する一介の役人と同義の存在。

 ただの神輿でしかない男に、過剰な権力と豪奢な生活、多額の献金を贈ってやっているのだから、それぐらいの責任と職務をこなすのは当然の義務でしかない。・・・・・・そう信じて疑ったことなど一度もない、そういう考えの持ち主たちだけが、この会合の場に集められていた。

 

「全くですな。それでですが、皆さん。この期を利用し、“例の王子殿”も処分しようかと思うのですが如何でありましょう?」

 

 その中の一人が厭らしい笑みを浮かべながら、自分が担当している工作の成果に利用しようと身を乗り出す。

 ハゲ頭で小太りの中年貴族で、好色そうな顔をした如何にも欲深そうな男だが、爵位だけはそれなりに良い。

 それ故、この種の仕事には、うってつけの人物たり得る。

 

 深い事情にまで首を突っ込もうとせず、計画の全体像も知りたがらず、ただ目の前に美味しそうな成功報酬だけを釣らせてやれば、後は手前勝手な理屈で自主的に動いてくれる。

 

「軍は飢えた野盗同然とは言え、エスタブールの魔法騎士団は強敵です。奴らに邪魔されぬため、餌で釣るにはそれなりに見栄えのいい餌が必要になりましょう。

 魔法騎士団に対抗できるのは魔法騎士団だけ。エスタブールを攻めるため、我がローランドの魔法騎士団が奇襲部隊と共に本国を強襲しようとしている。

 それを率いているのは、身分を隠したローランド帝室の血を引く、諸子ながらも皇子――如何でしょう?」

「素晴らしいアイデアだ、ブロフス卿。やはり君を招き入れた私の目に狂いはなかった。

 第一王位継承者の皇子様も、さぞお喜びになるだろう。さっそく私から進言して許可をもらっておくことを約束するよ」

「ははぁ! ありがとうございますステアリード閣下!」

 

 平身低頭し、即位した皇子に引き上げてもらい新たな地位に就ける未来を夢想しているらしいブタのことは、計画の責任者として任命してやった時点で頭から追い払い、ローランドの闇に潜む者たちの纏め役を担っている男は、別の人物へと視線を移した。

 

 

「さて、例の皇子殿を謀殺するため、君の手駒にも役だってもらいたいのだがね?

 たしか二人ほど残っていたはずだ。そうだろう? “園長”くん」

「・・・はい、閣下。終戦間際に捕まえ、紐として使っているスパイが一匹と――あの生意気な死神が一匹だけしぶとく生き残っております。

 アレなら魔法騎士団相手であっても、ただでは殺されますまい。4、5人程は確実に道連れにしてから死ぬのは確実です。充分に餌としての陽動役は果たしてくれるはず・・・」 

 

 陰惨な笑いを浮かべながら、瞳にギラつく復讐心を隠そうともせず。

 園長と呼ばれた男・・・・・・休戦によって組織を失い、帝国王立軍事特殊学院にお株を奪われ、最近では冷や飯を食わされ気味の立場になっていた人物。

 年齢的にも、再度の復権を果たすには今回の戦乱で貢献するしかないと、残された手駒を生け贄にすることを決意した《ローランド三〇七号特殊施設》の責任者だった過去を持つ、《黒い死神》にとっては“一応は”上役に当たる小柄な老人。

 

 

「では、諸君。杯を手に取りたまえ。勝利の確定した戦争の前祝いだ。

 ローランドの繁栄と、我ら貴族の更なる飛躍のために―――乾杯ッ」

 

『乾杯っ! 全てはローランド帝国のために!!!』

 

 

 熱の籠もった声と口調で、空しく響く言葉を唱和しながら、ローランドの貴族たちは再び戦争を再開するための準備を進めはじめるため、各々の担当部署へと散っていった。

 否、ローランドの貴族たちだけではない。敵国エスタブールの貴族たちと国王も、食糧危機にあえぐ国民たちから徴発をおこない、開戦のための準備を水面下で推し進めていた。

 

 表面的には両国の関係はまだ穏やかだったが、この時点で既に実質的な戦争は始まってしまった後であったことが、後々になってから振り返れば分かることが出来たであろう。

 

 だが、現在進行形で今を生きている者たちにとって、自分たちに知ることの出来る情報は非常に少なく限られている。

 その点において、ローランド帝室の血を引く諸子も、ローランドの黒い死神も、彼らの情報を知らせるために紛れ込まされている人物もまた、一人として例外はない。

 

 一部の者にしか知らされぬまま、二つの国は愚かな戦争を再開する道へと舵を切り、その道を突き進んでいく。

 

 

 まるで、『そういう風にしか自分たちは生きられない』と信じ続けて憎み合う、双子の兄弟であるかのように・・・・・・。

 

 

 

つづく



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異世界魔王青年バノッサと魔王召喚少女の夜 第3夜

異世界魔王とサモンナイトのコラボ作品を更新です。
黒い感情を吐きだしたかったのか、あるいは原作が好きなのか分かりませんが、結果的に完成しちゃったので投稿しておきました。

尚、「伝説の勇者の伝説」オリ種バージョンのも更新しておきましたので、読みたい方は1話手前にお戻りください。

……完全ギャグ新作でも書いてみた方が心理的に良いのかもしれませんね……。


「・・・・・・とは言え」

 

 ファルトラ市・冒険者ギルドの長であるシルヴィは、資料をあさりながら吐息して、

 

「キミの実力に見合ったクエストは、そうないんだけどな~」

 

 と、言い訳でもするような口調で付け加えるのを忘れていなかった。

 異世界リィンバウムより召喚された、魔王の依り代にされて魂ごと消滅したはずのバノッサに冒険者登録することを許可した直後のことである。

 

 彼女としては、登録したばかりの新人とはいえ簡単な初心者向けクエストを任せたい相手では正直なかったのが、その理由だった。

 一応は相手自身の口から、「報酬さえ支払われれば格下の相手の命令も聞く」という言質を得ているとは言え、所詮は口約束にすぎない代物であり、相手が一方的に反故にしてきた時に自分の側には受け入れるか、力ずくで認めさせられるかの二者択一しか選択肢が存在していない。

 

 あるいは、『殺される』の三つの内どれかだろう。

 自分より遙かに強い者を部下として用いるとは、そういう事だ。たとえ労働の対価としての報酬を約束された契約関係だったとしても、それは変わりようがない。

 いざという時、相手の反逆と約束破棄に対して制裁をくだすことの出来る、なんらかの手段を持っていない者には、約束を破った側が一方的に得をする状況下で全面的な信頼など不可能事でしかないのが世の中というものなのだから。

 

(別に高難度のクエストを要求された訳でも、報酬額の目安を示されてもいないけど・・・・・・あとで難癖つけられても困るしなー・・・・・・。

 と言って、簡単で実入りのいいクエストを与えたら「俺を舐めてんのか?」とか言い出しかねない人だし、そこそこ危険がありそうで報酬もいいクエストで適当なものなんて滅多に――お?)

 

 曲者揃いの冒険者たちを纏め上げる組織の幹部として、シルヴィはそこそこの人物鑑定眼を発揮してバノッサの人格を推し量りながら資料の山をかき分けていくと、奇妙な依頼が視界に飛び込んできた。

 

 ――人食いの森の《斑スネーク》討伐依頼。実験用に目玉の確保。依頼主は魔術師協会。

 期日は『緊急』で、しかも受注したのは『今日の午前』と来ている。

 

 あまりにも出来過ぎな偶然だった。

 まるでバノッサが、今日ここに来て冒険者登録をすることを知っていたかのような、彼以外の冒険者では時間の掛かりそうな緊急のクエスト――

 

「ふふ・・・♪」

 

 我知らず、僅かに微笑みを漏らしてしまうシルヴィ。丁度いい機会だと思ったのだ。

 バノッサの実力を測るためにも、試すためにも・・・・・・そして今回のような馬鹿騒ぎを起こして彼にケンカを挑もうとする命知らずの馬鹿を牽制するためにも、丁度いい――“危険な依頼だ”と―――。

 

「? どうしたのですか?」

「ん~? ちょっとねぇ。これは新しいクエストみたいで、ちょっと臭うんだけど・・・・・・やってみる?」

 

 差し出した一枚の依頼書をバノッサたちの前に置き、本人的には自主宣告通り、“ちょっと悪い笑顔”を浮かべていたシルヴィだったが、相手方が思いのほかアッサリと快諾してしまったため肩すかしを食らわされたような心地で部屋を出て行く彼らを見送ることになる。

 

 彼女としては、依頼書に書いてあった条件の中に不審な思う部分をバノッサが見つけ出すかどうかを試したつもりだったのだが、それが不発に終わって中途半端な気持ちを抱える結果となったのである。

 

 それはリィンバウムと、この世界の召喚術の相違点がもたらした結果だったと言えるだろう。

 リィンバウムの召喚術は、呼び出した相手と意思疎通のため一定の情報提供がリィンバウム側からなされるが、この世界の召喚術にはそれが無い。

 代わりにあるのが、《隷従の首輪》である。

 これある限り、召喚獣は召喚者である召喚術士の命令を無視することは出来ず、反逆も不可能。

 それ故この世界の召喚術士たちは、相手に命令に従わせられればそれで良く、この世界で自活するため文字の読み書きなどの機能は付与する必要がなかったのだ。

 

 リィンバウムにも、その種の目的と使用方法で召喚獣を使役する者たちはおり、中には隷従の首輪とよく似た拘束具を用いて獣人を暗殺に使う組織もあると聞く。

 そういった者たちのことを、リィンバウムでは【外道召喚士】と呼んでいることをバノッサは知っていたが、この世界での隷従の首輪を付けさせられた召喚獣を従える者たちがどのように認知されているかの情報を彼は知らず、知るために情報を得られる『識字力』は与えられていなかった。

 その点においてもバノッサは、我知らず“大嫌いなハグレ野郎”と酷似した状況に陥っていたことを、この時の彼は気付いていない。

 

 【無色の派閥】による、初の魔王召喚が為されたときの事故によって【名もなき異世界】から召喚されてきた一人の学生は、正常な召喚儀式の成功例ではなかった故に知識供与や識字力などの付与は機能せず。

 代わって、“異世界の意思”たる【エルゴ】を、その身に宿した規格外の存在となっていたのである。

 

 その似て非なる相違点を持った、ハグレ野郎と【ハグレ野郎に倒された怨敵】が行く道が微妙な類似を多く持つことになることを、この時の彼はまだ知らない―――。

 

 

 

 それらを要約して、端的に言ってしまうなら。

 バノッサには―――この異世界の文字で書かれた依頼書の内容は“読めなかった”

 

 これが、この後に続く事件が起きる始まりの理由となってしまったものだという真実を、果たしてシルヴィが知ることが出来たとき彼女は今の自分の判断と行動を呪わずにいられるか否か。

 今の彼女に保証できる理由はどこにもない。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・“人食いの森のモンスター、斑スネーク討伐のクエスト”・・・。

 “実験のため斑スネークの目玉が必要”“依頼主は魔術師協会”・・・・・・ですか」

 

 受注した証としてもらってきた依頼書を読み返しながら、レムが不審げに首をかしげたのは丁度、ファルトラの街から人食いの森まで行くことが出来る街道の、川が横を流れている地点まで来た後のことだった。

 

「人食いの森って、スッゴく強い魔獣が出るんだよね?」

「ええ。普通ここまで危険なクエストが冒険者ギルドに出回ることはありません。

 それでも依頼したと言うことは、よほど緊急に必要となったのか、それとも納入予定だった物品が届かなくなったかの、いずれかが多いのですが・・・・・・」

 

 自身も冒険者として、そこそこの経験と知識のあるレムが、経験則を元にして依頼内容を彼女なりに再度の分析をしようと、シェラからの質問に答える形で思考に耽り出す。

 

 実際のところ魔術師個人としてならともかく、こういった依頼が魔術師協会から冒険者ギルドに出されることはほとんどない。

 確実性が乏しいのが、その理由である。

 重要な魔術実験であれば、組織の運営にも関わってくるものが多く、必要な実験材料は指定された日時までには絶対に揃えねばならず、腕のいい冒険者が依頼を引き受けて成功してくれるまで待ち続けるという訳にはいかない事が少なくないのが、その理由である。

 

 冒険者という職業は、金のために危険な荒事を引き受けることを生業としてはいるものの、結局のところ金目当ての荒事担当というのは、命あっての物種な仕事でもある。

 高い報酬をもらっても、死んだら金を使うことも出来はしない。

 

 無論、少数ながら例外もいる。レムなどは、その典型例と言えるだろう。

 彼女は自己の目的達成のため、どーしても強い力が必要であり、その為には危険な依頼であろうと乗り越えて高見へ至らなければならない事情があるのだ。

 

 とは言え、それらはあくまでも例外。大抵の者は報酬とリスクを天秤にかけ、慎重になるのは当然の選択ではあった。

 だが、それでは困るという依頼者たちも当然いる。

 

 魔術師協会であれば、こういう時のため自前の戦力を常備させておくか、多少値は張っても確実な入手先を確保しておくのが一般的だ。

 依頼を引き受ける者が現れるか否かも、その人物に実力があるのかどうかさえギルド任せになってしまう博打性の高い、今回のようなケースは極めて希で、だからこそレムもクエストの緊急性を読み取って緊張していた訳だが、同時に背景が分からず首をかしげていた訳でもある。

 

 ――とは言え、それは魔術師協会の都合であり、レムだけが抱いた懸念でもあり、要するに『他人共の勝手な都合』に分類される側面を持つ代物でもある。

 自分の都合を他人に力で押しつけることはしても、偽善者面して他人の都合に首突っ込みたがってくるヤロウが大嫌いだった、この男には考慮してやる必要を少しも感じるものではない。

 

「ザコ共の都合なんざ、どうだっていいさ。

 要は、化け物ヘビをぶち殺して、その死体から目玉を刳り貫いてくりゃいいだけの話だろうが。

 殺して目ン玉奪ってくることだけ考えてりゃ、それでいいんだよ。余計なことまで心配してやる義理はねェ」

 

 身も蓋も、底すらもないような露骨すぎる表現によってバノッサが言い表した現状を聞かされ、別の意味でイヤな想像をかき立てられてしまった少女二人は、

 

「め、目玉・・・・・・クリヌク・・・・・・」

「そ、その言い方をされると、流石にその・・・・・・ちょっと」

 

 共に身震いしながら、嗤いながら二本の剣で斑スネークを切り刻みながら、滝のようにほとばしり続ける血飛沫の中で喜々として目玉を刳り貫き高笑いしているバノッサの姿を連想し・・・・・・ヤバい、似合いすぎている、と。

 

 確かに今、気にすべきことは目の前に迫っていたことを実感させられ、不安を上書きされる形で『セレスティアが長を務める魔術師協会からの依頼』という一事から意識せずにはいられなかったレムの心を解き放ってくれたのだが―――もう少し他に方法はないだろうかと、言われた側としては思わずにはいられない乙女心を持った年齢の少女レム・ガレウ。

 

「そんな下らねぇ寝言より《人食いの森》ってのは、ドコら辺にあるもんなんだ? あの街に来るとき来た塔より遠いのか?」

「え、ええ・・・《星降の塔》は《人食いの森》に面した土地に立てられている場所ですから、だいたい同じぐらいの距離です。

 もっとも植生は大分異なりますから、生息しているモンスターの質も数も桁違いですけど」

「約5時間ってとこか・・・・・・近くもねぇが、大して遠くもねぇな。平和ボケしたザコ連中が近寄れねぇ森には妥当な距離だろうな」

 

 納得して頷いて、バノッサはらしくもない事ながらも多少の遠出をハイキング代わりに譲歩してやることを容認する。

 

 ――この選択が、彼らにとって後々にまで影響を与え続ける部分を含んでいたことを一切気付くことなく、受け入れてしまったのである。

 

 

 実のところ、人気MMORPG《クロスレヴェリー》の世界を下地として生まれたと推測されるこの異世界には本来、《ポータル》と呼ばれる長距離移動用のワープ装置や、最後に訪れた街へと瞬時に戻るための《転移》という帰還魔法が存在し、長旅を進む冒険者たちの助けとなっていたのだが。

 バノッサの召喚先である《異世界リィンバウム》には、移動用の不思議な術や技術というものがほとんど存在していなかった。

 

 似たものが一部に存在してはいたが、それでさえ《機界》と呼ばれる科学技術が進みすぎた機械と廃墟が支配する鋼の世界《ロレイラル》の技術を用いることで、効果範囲を限定して部分的に可能としているだけのことで、一度行ったことさえあれば世界中どこだろうと瞬時に移動できるワープ技術は、何らかの奇跡的現象を起こせる者にしか実現することができていない。

 

 それ故バノッサにとって、魔王に魂を食われて消滅した後に召喚されたらしい、この異世界において“移動”とは常に、歩くか走ることを前提として考えるべき行動とならざるを得ず。

 もしクロスレヴェリーの知識と技術を持っている者が、彼と同じように召喚されていたならば取るべき行動と似て非なる道をバノッサに歩ませることになるのだが・・・・・・それは彼の知り得ぬ話であり、魔王の依り代にされたバノッサとは異なる魔王が召喚された同じ世界の物語である―――。

 

 

 

 

 そして、歩き続けること5時間後。

 日が暮れるより僅かに早い時間帯に、薄暗い森の中へとバノッサたちの一行は足を踏み入れることが出来ていた。

 

「でも斑スネークって、森の中のどこにいるのかな~。レム知ってる?」

「体長二〇メートル。普段は沼に生息し、近くに獲物が来ると襲ってくるはずです。――たとえば今あなたが、無防備な姿を晒している底なし沼の近くなどに・・・・・・」

「ええぇぇぇエエエッッ!?」

 

 冷静に解説され、慌てて飛び退こうとして無様に尻餅をつくエルフの少女シェラ。

 恐怖故か怒り故か、レムに噛み付き説明が遅れて危なかった旨を抗議するも、

 

「そういうことは早く言ってよーっ!? 私が襲われちゃったてたらどうするのさー!!」

「初めて訪れた場所で、不用意に水辺に近づいたあなたが無駄肉エルフだっただけです。次からもう少し警戒心を養ってください」

「う・・・そ、そう言われると私も少し不用心すぎてた気が――しないよ!? 今あきらかに注意するときの言葉が変だったよね!? おかしかったよね!? 警戒とか関係ない言葉で悪く言ってなかった私のこと!!」

「言ってません。そんな寝言を言うようだから、あなたは無駄肉エルフなんです」

「ほら言ったー!? やっぱり言ったー! 無駄肉って言った! そんなヒドイこと言う口実に使うのはヒド過ぎるよー!!」

 

 奇怪な鳥の鳴き声が四方八方から響いてくる、オドロオドロシイ苔に覆われた大木の生い茂る不気味な森の中でありながら、相変わらず姦しくも騒がしい少女たち二人組。

 そんな彼女たちから見ても、この森は決して居心地が良い場所とは言えず、どちらか一人だけで訪れていた場合には不安と恐怖から口数が減って無言になっていただろう事は疑いない。それ程までに、どことなく不気味さを漂わせて方向感覚さえ狂わせようとる魔獣たちの森。

 

 だが、人によって価値観は異なり、視点も異なる。

 この不気味な森にも、利用価値を見出すことが出来た者にとっては別の評価も成り立つはずだ。たとえば―――

 

「ククククッ、なかなかいい森じゃねェか。

 いろんな事に利用できそうで便利でいい」

「え~? こんな森がー?」

「参考までにお聞きしますけど、この場所のどこを何に使えるとお考えなのです?」

「ヒャヒャヒャ、分からねェなら教えてやるよ。

 たとえばテメェが股開いて座ってやがった、そこの沼。

 ――殺した死体を沈めときゃあ、勝手に腐って溶けちまいそうだ。楽でいいじゃねェか? もう既に何人も使い終わった後かもしれねェぐらいにはなァ」

『『うええェェェッ!?』』

 

 今度はレムまでが驚き、顔色を青くしながらシェラと一緒に飛び退き抱きつき合う。

 彼女とて、魔王を倒すため強くなろうと心に決めた以上、いざという時には人を殺す覚悟ぐらいは出来ていた。

 ・・・・・・だが、覚悟を決めて人の命を奪うのと、既に殺され終わった死体たちが何体も底の見えない沼の奥底に沈んでいる光景を想像するのは別の話だし、不意打ちで聞かされたら尚のことである。

 

 むしろ、そんな碌でもない有効利用の方法を開陳しながら、楽しそうに笑い声をあげれるバノッサの精神が、覚悟とは関係ない方面に突き抜け過ぎてるだけなのだから、そんなのと比べられる方がレムにとっては不本意極まりない。

 

 思わず醜態をさらしてしまったため多少の気恥ずかしさを抱きながら、「ま、まったくバノッサは・・・」と抱きついてしまっていた無駄にデカい胸を突き飛ばし、自分の髪を弄り出すレムであったが・・・・・・結果としてこの行動が一人だけでなく、二人の人物たちに“敵”の存在を感知させることに直結してしまうとは、“彼ら”も予想だにしない出来事だったことだろう。

 

 ・・・・・・ガサ。

 

「・・・・・・?」

 

 怪鳥たちの奇声が響き続ける中。一瞬だけ不規則な自然の法則を破って聞こえた音があった気がして、レムがそちらの方へ視線を向けながらも、何一つ以上が見いだせずに気のせいかと意識を戻そうとした、その時のことである。

 

「??? ねぇ、このクエストって私たちだけでやるんだよね?」

「当然です。ギルマスから直接引き受けた時にも、他に協力者がいるなんて言ってませんでしたから」

「じゃあ、人食いの森って意外と人が出入りしてるって事なのかな?」

「命が惜しい者なら、冒険者でも好んで近づくことはありませんが・・・・・・なぜですか?」

 

 奇妙な会話内容に、多少の不吉な予感を感じ始めたらしいレムが確認するように言った言葉に対して、シェラが持つ“特別な生まれ”によって与えられていた天性の才能は、自覚せぬまま最適回答を相棒の少女たちに教えることとなる。

 

「気配があるでしょ? 森の中に十人ぐらいの人たちがいる気配が」

「――ッ!?」

 

 その言葉で瞬時に戦闘態勢を取るレム・ガレウ。

 即座に周囲への警戒を強めて、自身も気配を探ろうと周囲に気を配ってみるが・・・・・・分からない。

 元より、森中がヒト族や亜人たち全てにとっての敵で満ち溢れているような場所で、敵意は逆に感知しづらく、様々な獣の臭いや糞尿の悪臭などが混じり合って、普段の感覚の半分ほども感じ取れるようにはなることができない。

 

「本当なのですか・・・?」

「ホントだよ? 枝の上に十人くらいいる。なにかを待ち伏せてでもいるのかな~?」

 

 森の民であるエルフ族だからこそ可能となった、索敵能力だった。

 いや、生なかのエルフでは不可能な超感覚なのかもしれない。

 

 この一見、鈍そうに見える無駄な肉が余分につき過ぎたエルフ族の少女が、思っていたよりずっと・・・・・・頭の方“だけ”は鈍すぎることを、豹人族の少女はようやく正しく理解する。

 

「ハァ、まったく・・・・・・あなたはバカなのか、大バカなのか分かりませんね」

「なんで!?」

「まァ、そうなるだろうさ。最初っから分かりきってた事だったがな」

「だからなんで!? え!? えっ!?」

 

 バノッサからも「自分は大バカ発言」に賛成されて大いに慌てふためくシェラ・エラ・グリーンウッドだったが――後者の方は勘違いの誤解である。

 

 バノッサは、レムの評価に賛成したのでも、シェラのことを馬鹿にしたのでもなく、ただ――自分の過去を思い出していただけだったのだから。

 

 

 ・・・・・・捜し物のため自分たちだけで街から遠ざかり、人気のない場所まで来てから高所を囲んでタコ殴り。

 あるいは、敵同士で潰し合いするのを見物してから、生き残った方を片付けるのも含まれているかもしれない。

 

 どちらも自分自身が使って、失敗させられた覚えのある策略だった。

 だからバノッサには見抜けていたし、乗ってやったのだ。

 仕掛けてくる連中をあぶり出すには、してやられたフリをして、罠と承知の上で乗ってやった方が、全部まとめて始末できる分だけ都合がいい。死体を沈める沼も丁度そこにある。

 

「シェラ、そいつらのいる場所は分かりますか!? バノッサに指差して伝えてください!」

「え? あ、そっか! あ、あそこと、あそことあそ――」

「必要ねェ、どーせ同じことだ」

 

 愉悦混じりの笑い声と共に、バノッサはシェラの声を遮ると、自らの召喚術を使用するため頭の中に浮かんだ《球》のイメージに思念を注いでゆく。

 実際バノッサには、森の中に潜む敵の細かい位置までは把握できていない。

 だが、大まかな配置だけは分かっていた。

 

 森の民エルフではないバノッサにそれが分かったのは、シェラとは感知したもの自体が違っていたからだ。

 シェラは森の民として、森の中に息づく者たちの小さな違いを本能的に見分け、聞き分けることができる種族特性を有していた。

 

 バノッサはただ、自分たちへの『敵意』と『憎しみ』を感じさせられただけである。

 

 治安の悪い北スラムで名を馳せた、犯罪者少年集団を率いていればイヤでも毎日感じさせられる、四方八方から向けられ続けた自分たちへの恨みの視線。憎しみの目付き。

 復讐、憎悪、嫉妬、見下し、侮蔑、劣等感。――さまざまな感情を一身に集めるような横暴ばかりを繰り返してきた《オプティス》のリーダーだった男が彼なのだ。

 最終的には、子分たちもハグレ野郎に負け続ける自分を見限り、侮蔑の感情と共に去っていった。・・・・・・そういう視線にも感情を感じさせられるのには慣れている。だから分かる。

 

 仕掛けてきそうな奴にも、心当たりがある。

 昨日の夜にしてやられたばかりで、今日の昼には仕掛け直してくる、自分以上に短気で堪え性のない、勝ち目もなく計算性すら持ってないような、そんな『魔術師協会のトップ近く止まり』な男の顔を、バノッサは本能的に連想する。

 

 計算して読んだ結果予測ではない。

 偏見と差別感情と主観的評価だけを根拠として決めつけただけの推測。あるいは単なる誹謗中傷に過ぎない可能性も多分にあるだろう。

 

 だが、バノッサは気にしない。間違っていたとしても関係がないと割り切っている。

 何故なら自分は、ご立派な騎士様ではないからだ。

 証拠だの真実だの正しさだの、そんなゴミみたいな代物を後生大事に守って死んでいくお人好しな連中など、虫唾が走る不快さしか感じない連中の宝物だ。ぶっ壊してやりたい。

 

 大凡の位置さえ分かれば、細かい居場所までいちいち教えてもらう必要もない。

 どのみち聞いたところで一人一人だけを倒すため攻撃限定など、してやるつもりは些かもないのが彼という男なのだから。

 

 

 

「丁度いい。だいぶ力も戻ってきてたところだ。

 おあつらえ向きの場所とシチュエーションが整ってくれたみてェだしよォ。

 今の俺様にも同じことが出来るかどうか、試してみるとするか・・・・・・

 こういうことが、今の俺様にも出来るかってことをなァァッ!!!!」

 

 

 

 そして、赤い光がレムとシェラの視界を一色に染め上げて。

 《人食いの森》は一瞬にして炎に包まれ、炎に食われ、焼け死にたくない獲物たちは炙り出されて出てくるしかない――――処刑広場という地獄へと変貌させられる。

 

 シェラ・エラ・グリーンウッドが抱える秘密にとって、負の感情により増幅された霊界の炎がもたらす焼却は、浄化となるのか地獄の業火にしかなれぬのか。

 

 

 バノッサが異世界に召喚され、二日目の夜が迫りつつある森の中。

 赤き炎が複数人たちの前で降り注ぎ、罪の道を選ぶか否かの選択を例外なく全員に強制するため燃え広がる―――

 

 

 

つづく



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私、能力値にバッドステータス付与はお許しを!って言ったのに・・・。3章

*最近、意欲が低下してるらしく根気と集中力が必要な作品が書けない状態が続いております。
ノリと思い付きだけで書ける作品をいくつか書いてみて、回復する切っ掛け作ろうと努力してますので、連作作の更新はしばらくお待ちください(謝罪)


 そして、あの忌まわしい拉致誘拐事件が解決した翌日のこと。

 私はハンター養成学校に入学するため街を離れ、レニィちゃんに見送られながら別れの時を迎えていたのです・・・・・・。

 

「学校ガンバってくださ~い。たまには遊びに来て下さいねー♪」

 

 そう言って、頭の上にデッカい漫画タンコブこさえて手を振っている、夜遅くまで遊んで帰りが遅れて親に怒られる年頃の不良むす――もとい、犯人に浚われて危うい所だったと思われていたけど無事に何事もなく帰宅して事なきを得た、事件発生の情報を教えてくれる宿屋の娘ヒロインであるレニィちゃんに背を向けて、私は訪れたときと同様に独り身のまま目的地へと帰っていくのでありました・・・・・・チクソウ。くたびれ損の骨折り儲けと分かっていれば、こんな事には――コホン。

 

 そういう事情によって、私は事件が無事に解決した次の日の朝に、ヒルズ王国に入国したときの目的通りハンター養成学校に入学するため、新入生の女子生徒として仮の宿を出発して学生寮へと向かって歩き始めたのです。

 

 そう! あくまで本来の予定していたスケジュール通りに動いてるだけであって、なんら怪しい行動なんて今の私は何一つとしてしていません! 昨日事件があった場所の近くから慌てて逃げ出す怪しい不審人物になんて私はなっていない!

 事件があった直後こそ、最も普通の行動をして、怪しい素振りなんて事件とは関係ない別の事情を隠してるだけという風に装う! それこそが容疑者に含まれないためのコツ!

 初っぱなから色々怪しい行動とりまくるコナンくんの犯人よりも、金田一少年の犯人達こそ、目指すべき正しい犯罪者の姿というもの!

 いえ、私は決して犯罪者なんかじゃないですけれども! 捜査員たちはなかなか真実を信じてくれないですからね! だから仕方なくです! 私と違って捜査員たちは本当に全くもう! 

 

 と言うわけで、やってきました! ヒルズ王国ハンター養成学校の校門前が、ここ!!

 ・・・・・・しかし。

 

 

「やっぱり小さいね、国営なのに。TO大とかKO大学とは大違い」

『まぁ、そのぶん学費は無料ですし。どこから運営費を捻出してるかは微妙ですが』

「だね! きっと公共の利益の名の下で、色々な人が儲けているに違いない場所だよきっと多分! よし、今度こそ恩赦を勝ち取るため学生寮への潜入もとい入寮しますかッ!!」

『そういう考え方してる限り、マール様って基本、普通の生活に戻るのに向いてないと思うんですけどね~』

 

 横でナノちゃんがなにか言っているような気がしたけれども、きっと気のせいだと聞き流し、私は難聴系を装いながら転生者らしく、即ち主人公らしく学生寮へと最初の一歩目を記すのでした!

 

 まぁ実際のところ、この学校に恩赦が得られるような解決すべき事件が潜んでてくれるとは正直思っていません。特に必要もない場所でしたしねぇ~。

 

 なにしろ、国営のハンター養成学校でありながらも、この小ささ・・・・・・つまりは国から全く期待されておらず、注目されてもいなくて見下されてる教育機関と言うこと。

 ならば多少の際だった成果を上げたとしても、格下の学校如きが既存の既得権益層から正当に評価されるはずもなく、なんやかやと理由をつけて低い評価に抑えられるに決まっている立場だと言うことです。

 

 それは学校運営側にとっては不都合でしょうけど、私にとっては好都合。

 何故なら私たち学生は、たったの半年だけで卒業して学校とは永遠にアデューする、一時だけの関係性! 学歴の切れ目が縁の切れ目。それが学生にとっての学校というもの。

 後はせいぜい何十年後かに同窓会で再会して、「あの頃は楽しかったよね」とか綺麗に美化した思い出話に花咲かせるぐらいしか使い道ないのが学校であり、学生時代というものでしょう。

 終わってしまえば、何もかも皆懐かしく感じるようになるものです。実際にやり直したら嫌な気分になるだけでしょうけれども。

 

 とまぁ、そんな感じで「髪染めてたから卒業式に出られなかった」と嘆いていたテレビの中の学生さんに全く共感できなかった過去を持つ元中学生の私は、学生時代だけという都合がいい間だけ肉体面での関係を持つことになる、ルームメイトという名の共同生活者の皆様に笑顔で自己紹介と挨拶です!

 

 心の中でなに思っていようとも、顔はにこやか笑顔でニッコリスマイル☆

 それが元日本人の生きる道!!

 

 

「初めまして、私マールって言います♪ ふつつか者ですが皆さん、どうかよろしくお願いしま――」

 

『・・・・・・え? 君(アンタ)(あなた)は・・・・・・』

 

「――ふぇ・・・・・・?」

 

 

 頭を下げてから上げ直した直後。

 視界に入ってきた三つの顔と、三色の頭髪と、3パターンの髪型と、2つに大別されたバストサイズに見覚えがあったような気がしなくもなかった私は、思わず相手と顔と顔を見合わせあって、しばしの間硬直して、それから――――

 

 

「え? うぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

『ああああああああぁぁッ!?』

 

 

 サスペンスのお約束、事件関係者で当事者でもある娘さんたちと偶然の再会ーっ!?

 お兄姉様のメイビスさんと、他人呼んで赤のレイナさんと、オッパイ回復魔法使いのポーリンさんが同室のルームメイトだったー! いくら何でも揃いすぎでしょコレ!? 転生者は主人公で、主人公にはよく在ることだからって全員は流石にダメでしょ!? 一人ぐらいは別クラスの別部屋にって、同じだー!? 大して私的ピンチには変わりなかったー!!

 

 どど、どうしましょう! よりにもよって、この人達と一緒の部屋だったなんて!?

 このメンツで昨日のアレを、どう説明すれば『偶然であって意図的ではなかった』という真実を信じてもらえますかね!?

 『そんな偶然があるか! 嘘を吐くなら、もっとマシなウソを吐け!!』とか言われて反論できる自信が全くなーい!!

 

 ひたすら混乱の局地にあり、いつ呪いが発動しても不思議ではない心理状態になり掛かっていた私でしたが、それを再び助けてくれたのは、またしてもあのお方。

 

「――さて、ではまず自己紹介からだね」

「え? はい、え? あれ?」

「私はメイビス・フォン・オースティン。十七才、騎士の家の出で剣士を目指してる」

 

 お兄姉様ーッ☆ 困ってる人を助けてくれる正義の女騎士メイビスさんが、またしても私を助けるため割って入ってくれました!

 よし! 自己紹介よし! 『私たち今ここで初めて会いました観』がよく出てて、既に面識ある者同士だったことを臭わせる要素が大分減りました! さっきの「えー!?」もなんかで誤魔化せる! 偶然Yes!! 容疑者同士の接点なければ共犯者NOッ!!

 

「まっ、そうね。私はレイナ、十五才よ。ハンターランクEの魔術師で、【赤のレイナ】って呼ばれてるわ」

「Eランクか。やっぱりFランクの初心者じゃなかったんだね」

「まぁね。まだまだ駆け出しなのは認めざるを得ないけど」

 

 と、次は相変わらず他人呼んで赤のレイナを自認しているレイナさん。

 まぁ、Eランクですからねぇ。名前売るためにも積極的に名乗っていかなきゃ知名度低いままでしょうから、手っ取り早く昇格するためにも有効な手段ではあります。

 どの業界でも腕が良いだけでは正当な評価は得づらいもの、政治力とかスポークスマンなんかも必要なのは悲しい異世界の現実。

 

「あ、私も魔術師志望なんですよ。ポーリンです、十四才で実家は商家をしています。

 レイナさん、同室のよしみと言っては何ですが、良かったら色々教えて下さい」

「まぁ、私で良ければ教えるのは構わないけど――でも、このメンツでなら頼む相手が違うんじゃないかしら? ねぇ?」

「ふえ?」

 

 ファンタジー異世界でも抗いきれない世の中の世知辛さと、十四才であのサイズなら将来はどこまで育つのかと想像して末恐ろしさに意識を取られすぎ、実家が商家の娘はいいもの食べてるからバケモノなのかと、格差社会が女の子スタイルにまで不平等をもたらすをテーマにした論文を、原稿用紙30枚分くらい頭の中だけで書き上げて実際には1文字も書かないつもりでいた私は、突然レイナさんから話を振られて驚き慌てて周囲を見る。

 

『・・・・・・(ジ~~っ)』

 

 ・・・・・・何故だか、三人の視線が私一人に集中していて微妙にい、痛い・・・。

 なんか、こういう眼で見られるの痛いのよ! そして辛いのよ! キツいのよ!

 江戸時代のリアル針のむしろよりマシだけども、それでも現代日本人の精神的には微妙に辛い気がするから辞めて!?

 

「自己紹介よ、自己紹介。あなたの番よ?」

「え? あ、そっち・・・そうですよね、ハイ。分かってますよ、もちろんじゃないですか、イヤだなぁーもう。それぐらい言われなくたって最初から分かってましたよレイナさ~ん」

「・・・・・・うわ。この子、ウザ」

 

 ボソリと言われたさり気に傷つく一言を、敢えて聞こえないフリして言われなかったことに記憶を捏造してねじ曲げて、スカートの前で手を組み合わせながら私なりに考えてきた完璧な自己紹介を、今ここで発表する機会を得たのでした。

 

「えっと、私はマール。十二才で――」

「職業とランクは?」

 

 と思ってたら、レイナさんから遮られて身分証明の開示をいきなり要求されてしまった私。

 ・・・・・・って、あれ? コレってもしかしなくても取り調べ状態なのでは・・・・・・に、任意同行には応じますので疑わないで下さい! 任意同行拒否は、やましい所があるから拒否したに決まってる扱いする事実上の任意じゃない同行要求だから嫌いでーす!?

 

「ま、魔術師志望ってゆーか、最終的には魔法剣士を目指してまして、今のランクは一番下のF!

 新米ハンターですので、どうかご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いしますレイナ先ぱ――」

『嘘だッ!!!』

「って、ええぇぇぇぇッ!? 夏でもないのにジャンル変わった!?」

 

 完全なる矛盾なき自己紹介に続く予定だった挨拶をしたはずなのに、何故か完全否定されて疑われるという理不尽すぎる状況に突き落とされる私!

 せっかくヨイショしたのに! ご機嫌取る褒め言葉言ったのに! 権威主義で現場主義な古参のベテランさんなら喜ばれやすい挨拶の仕方したはずなのにーっ!

 

 ひょっとして、このままだと私、ナイスボートされちゃうとか!?

 首だけ切り取って湖の上まで連れてかれて、お腹を切り開かれて私の黒くない純白の秘密を暴き立てようとするんじゃ・・・ッ!? 私は何もやってない!!

 

 何度目か分からない危機的状況へと陥っていた私を救ってくれたのは、またしてもお兄姉様!・・・・・・では今度はなく。

 

 キーン、コーン、カーン、コーン♪

 

 という古風な鳴らされ方した、教会っぽい鐘の音。

 

「ん、時間だね。そろそろ行こうか」

「・・・む。そうね。仕方がないわ」

「マールちゃんも早く行きましょう」

「へ? あの・・・・・・行くって、どこへ? 何をしに・・・?」

 

 あまりの事態急変に、頭が付いていかなくなっていた私は咄嗟に反応できずに間抜けな質問。

 それでも相手は呆れることなく、私に向かって簡明に説明。

 

「入学説明会に遅れちゃいけませんからね」

「あ、ああ成る程。そうでしたね、そうでした。・・・ふぅ~、危うい所で助かっ――」

『続きは説明会が終わってからの方がジックリできるし(るから)(ますから)ね』

「ってない!?」

 

 むしろ逆にピンチ!? 説明会が終わった後には助けが何もなくなるから大ピンチ状態に!

 ああ、おかしい・・・おかしいですよ、この状況は・・・。私は何も悪いことなんて、犯罪行為に抵触しないようにしかやった事ないはずなのに・・・・・・何故だか、この人達といると私が悪いことを犯して誤魔化しながら逃げているだけのような錯覚を感じさせてられてきて・・・・・・あう、あう、アウぅ・・・・・・の、呪いが出、そう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 体調不良のまま、無理をして全校朝会に出席する生徒のような心地を味わいながら、何とかグラウンドの校庭に集合して気分も持ち直すことが出来てきた頃。

 

 一人の無精ヒゲを生やしたロン毛の中年男性が壇上に上がって、校長先生から一言みたいな登場の仕方をした後で語ってくれたのは以下のような内容↓

 

 

「俺が学校長のエルバートだ。

 ここでは本来ならば、お前達が何年もかかって自分で経験して学ぶはずのことを半年間で詰め込んでやる」

 

 

 短っ!? 数年間を半年に凝縮ってどんな授業!? スペシャル・ベリーハードコースよりかは大分マシな難易度ですけど、それでも普通の人にはキツいよ多分!

 

 そして学校に通えば半年間で学べることを、数年間の自習自得で学ぶらしい独学ハンター! この異世界でも高等学校に行く行かないで就職後のランク差が分厚い! 分厚すぎる!

 

「訓練は厳しい。だが卒業の暁にはDランクをくれてやる。

 さらに! 成績優秀者にはCランクをくれてやる!!」

『うおおおぉぉっ!? スッゲーッ!!!』

 

 しかも安ッ!? 安すぎませんかね!? この学校のランク評価あつかいって!

 半年学校に通うだけで、二つ名持ちのEランク『赤のレイナ』さんを超えちゃえますよ!?

 半年の学校生活で成績優秀だっただけで、昨夜に戦ったAランク入り目前のBランクハンターさんたちのと、ランク的には並べちゃう目前までいっちゃうんですが!

 

 明らかに高い報酬で釣るしか人材獲得の手段がない、成り上がり新進企業じみたこと言っちゃってる入学説明を学校長自ら宣言しちゃってますけど、ホントに大丈夫なのこの学校!

 後からなんかヤバいことしてるの隠してる学校とか知られる展開はイヤなんですけど! 嫌すぎるんですけれども!

 私の輝かしい経歴と資格ライセンス欄に、デッカい傷ができる可能性がーっ!?

 

 

「まずは、お前達の実力を見せてもらう!!」

 

 

 こうして、絶対に私の呪い持ちであるという真相を誰にもバレないようにしなければいけない中、精神状態最悪にされてしまった今の私は、実技試験もどきな実力示すだけのデモンストレーションに参加させられるのでした・・・・・・。

 ダメじゃん、もうこの時点で・・・・・・もう今日の私に呪いを抑えておける力は残ってななナナナナナ―――

 

 

「はぁぁぁぁぁッ!!!」

「そこまで!! 良い腕をしているな、メイビス」

「ありがとうございますっ」

 

 カァッン!!と、微かに残っている意識の中で、メイビスさんが可愛い系の見た目をしている美少年剣士君から一本取るのが見えていましたが・・・・・・意識がフラフラしつつある私に、余り細かいことは判断できず、何となく次が自分の番だと言うことだけが分かって前に出て行きながら。

 

「よし、次の組っ」

「・・・はぃ? ふぁーい・・・・・・」

 

 ボンヤリしながら立ち上がって、木の盾と木剣を持ちながら周囲の見ている前に進み出て、対戦相手の生徒と向き合うことになる私。

 

『――おい、見ろよ。あの子の相手、アレってまさか・・・』

『ああ、間違いない。現役ハンターの、オーブだ』

『あの素手でオークを絞め殺したって噂のか!? あの子も可哀想に、萎縮しちまってるぜ・・・』

 

 目立ちすぎないためには、上から五番目くらいの強さを示して、良い勝負した後で負けて、「参ったよ私の負けだ。思い上がりを気付かされた気分だ~」とか爽やかに言うぐらいが丁度いいんじゃないかなーとか頭の片隅で考えながら、

 

「ケッ! こんな小娘が相手じゃおもしろくもなんともねぇ。

 同じ小娘なら、アッチのお嬢ちゃんの方が良かったぜ。こんな絶壁まな板娘じゃつまらねぇ」

「・・・ふぁい・・・?」

 

 上手く聞こえなくなってきていた私の耳と頭に、相手が戦う前になにか言ってきているのが聞こえたので、なんとか相手を見ようと意識を集中させ、そうすれば呪い発動も押さえれるかと期待しながら目の前に立った対戦相手の姿を見つめようとする私。

 

 髪の毛が一本もないスキンヘッドの頭。眉毛がない角張った顔。

 膝だし二の腕だしノースリーブ・ショートパンツアーマー装備で、表情は眉間にシワが寄ってる、少年少女達が通うハンター養成学校の新入生の一人で男子生徒の―――

 

 

「・・・・・・え? オッサン? なんで角張り顔の中年オッサン剣士が、学校に通いに来てるんですか!? まさかこの学校の年齢上限は四十路以上というルールに校則変更が!?」

「誰がオッサンだ!? 誰が角張り顔だコラ!! 俺はまだ十代の少年だッ!!」

「嘘だッッ!! 絶対に嘘だのナイスボートだぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

「嘘じゃねぇよぉぉぉッ!? いくら何でも失礼すぎるにも程があるぞお前ぇぇッ!!!」

 

 

 気付いたときには激しく罵り合っていた、絶壁まな板娘形態の転生者な私!

 マールディア・フォン・アルカトラズと、角張り顔のオッサン少年剣士(自称)のオーブさん!!

 

『お、おい見ろよ! あの子、オーブに向かって何てことを・・・っ!?』

『あ、ああ・・・間違いないっ。現役ハンターのオーブにっ、あのオーブに・・・!!』

『あ、あああの素手でオークを絞め殺したって噂のオーグに向かって・・・っ』

 

 

『『『なんという――素手でオークを絞め殺したオーク顔のオーブだなんて、本当のことをぉっ!!』』』

 

 

「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!

 失礼すぎるヤツしかいねぇのか、この学校はぁぁぁぁッ!?」

 

 

 薄れゆく意識の中で、怒り狂いながら地団駄踏んでるオーク顔のオーブさんが、オクトパスみたいに顔色を真っ赤にして痛恨の一撃を私に食らわせて八つ当たりしようとしている姿が、ウッスラとだけ心の隅っこに焼き付きながら。

 私が思っていたのは別のこと――

 

「もう許さねぇ! 絶壁まな板の小娘だからと手加減してやるつもりだったら図に乗りやがって! 俺様の真の力を見せてやるぜ! 覚悟しやがれぇっ!!」

 

 ハ・・・ゲ・・・・・・まな板ム、ネ・・・・・・小ムス・・・・・・グ~~~ZZZZ

 

 

「ホーッホッホッホ! ちょこざいなっ! この私の超能力の恐ろしさを思い知らせてあげるわッ!!!」

 

 

 ・・・・・・って、なんでコイツ来た━━━━(゚∀゚)━━━━!?

 確かにハゲ相手に圧勝した一人ですけれども! ライバルの嫁が胸とお尻で命乞いしてましたけれども!!

 

 それだけなら他の候補でいいじゃん!?

 前回の呪いで同じシリーズの続編キャラやってますし、二回続けて同シリーズからの呪い発動は前例ないから考えてなかった――ッ!!

 

「ちょ、チョー能力だと? 特殊スキルかなにかだな! だが相手が悪かったようだな!」

「ホーッホッホ! おバカさんね、私を怒らせたらどうなるか教えてあげるわ!

 それから、もう少し減量なさい。私、小太りのタイプって好みじゃないの。鎧もなんかゲイっぽいし、オカマのハンターなんてお気持ち悪いわね!!」

「お前にだけは言われたくないわ――――ッ!?」

 

 私自身もコイツにだけは言われたくないですよーっ!? 呪いだから仕方ないでしょう!?

 私のせいじゃないもん! 私のせいじゃないですもん!! 私、バッドステータスはお許しをって言ったのに―――ッ!!!

 

「こ、この高貴で、ほ、ほほ誇り高きわ、私が・・・・・・の、呪い。呪いが発動して、は、はは恥を晒して、恥を晒すだなんて・・・・・・格好悪い!

 許せないわ! 私、許せないィィッ!! ホワチャァァァァァッ!!!」

「へっ? 剣と盾持った胸当て装備のヤツが蹴―――って、ブホッハァァァァッ!?」

 

 バコォォォォォッン!!!――と。

 上向き前ジャンプで高速接近してから、顔面の横っ面に飛び蹴りかますドラゴンボール・キックをお見舞いして、一瞬によって勝負を決めて地面に着地する私。

 その時には既に呪いは収まっていて、瞬時に沸騰した感情が呪いを全力で発動させたことにより、短時間での呪い解放が可能になったのでありました。

 

 つまりは要するに。・・・・・・この状況、どうやって言い訳すれば言い逃れるか皆目サッパリ検討つかなくても、黙秘するしか道がないィィ・・・。

 

『お、オーブを一撃で倒したのか!? しかも一瞬で接近して・・・!』

『今の見えたか!? 全然見えなかったぞ!』

 

『だとすると、まさか・・・・・・一瞬前まで見せてたオカマっぽい言動は、オーブを油断させるための陽動だったということなのか!?』

『戦場では敵を侮って油断したヤツから死ぬ。あの子はもう、その域に達した存在だと言うことか・・・!!』

 

 

 ――うん、まぁ、こういう時のお約束として勝手に拡大解釈して過大評価してもらって、便乗すれば誤魔化せること確実な状況には、大いなる世界を司る意思か何かによって与えてもらっているのではありますけれども。

 

 ・・・・・・どう考えても、便乗することで誤魔化すことが、私個人にとっては追い詰められることにしか繋がりようのない、犯人に追われて追い詰められて殺されてから発見される被害者ポジションになってしまっていると自覚してはいるのですけれども・・・・・・。

 

 他に方法がなければ乗らざるを得ない、借金で人殺して偽装のためのトリックで予定にない罪まで犯す必要出てきちゃう系の犯人になる第一歩目の十三階段という現実がここにある訳でもありまして・・・・・・。

 

 

「ふ・・・フフ・・・・・・卑怯・・・?

 ―――良い言葉だわ・・・♡」

 

 

 恍惚とした笑みを浮かべながら、周囲のギャラリー達のヤジを肯定して誤解を広める一躍を自らこなすことになる私自身・・・。

 

「マール、ますます君に興味がわいたよ。

 魔術師志望とは思えない身のこなしもそうだけど、まさか格闘技まで使いこなすなんて!

 出来ることなら君には正義の騎士として、人々を犯罪者から守るため国に仕える軍人の家に生まれて欲しかったぐらいさ!!」

「いえその・・・・・・えーと・・・・・・多分そうならなかったから、今の私がある方が良いと思いますよお姉兄様。いやもうホント、嘘偽りなく本心からの言葉として・・・・・・」

「その今を大事にする心も、実に素晴らしいよマール! 君とは、良い友達になっていけそうだ! これからも宜しく!」

「はは・・・・・・ハイです。これからも宜しくお願いしま~す・・・・・・」

 

 

 こうして、新たなドツボに嵌まり始めたことを早くも自覚し始めた私でしたが・・・・・・一度でも選んで進んでしまえば、引き返すのは難しくなる一方なのが犯罪の道というものです。

 

 やってしまったからには、後戻りはできません。

 突き進んでいって、嘘を事実として公的に認められる以外に、トリックで偽装して今まで通りの生活を維持しようとした犯人に、選べる道は他にはない。

 

 突き進むしかないのですよ、吐いてしまったウソを真実にするための道を。

 犯罪者ロードを極めるために!!

 

 見た目は、少し不気味美少女貴族! 中身は呪い持ち転生者! それがマールディア・フォン・アルカトラズ! 真実はいつも一つ!

 名探偵が暴いた真実だけが、たった一つの正しい真実!! その全て!!

 

 つまり名探偵のいない場所では、犯人のトリックこそが真実に出来るものなのだーっ!!(自棄)

 

 

 と言うわけで、入学初日の能力検査は残り半分残ってまーす(半ば自暴自棄かけ中)

 

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第19章

『魔王様、リトライ!』のケンカ馬鹿エルフ主人公バージョンの最新話です。
せめて他の連載作を更新してから出すつもりだったのですが、体調不良で書けない日が続いております。
申し訳ないですが、今回はコレでお茶を濁させて頂きました。

今話は、『今作版の“桐野悠ポジション”』にいるキャラの登場回になってます。
人を選ぶため、それも更新を躊躇ってた理由です


 ――そこは聖光国の地下に広がる巨大な空間だった。

 石畳が敷かれ、最奥に置かれた玉座のような椅子に座った黒尽くめの男が、黒尽くめの男たちを前に整列させて見下ろしている。悪の秘密結社の本部っぽい場所だった。

 

 それは聖光国のっとりを目指して暗躍する、悪の秘密結社サタニストの秘密基地だった。

 いや正確には違うんだけど、悪の秘密結社じゃなくて革命軍なんだけど、見た感じの光景は悪の黒魔術結社にしか見えないのも事実な訳で。

 

 ――人は今の自分に見えているものだけで判断したがる。

 今の現状が、結果だけが全ての人にとっての全てである。

 

 という訳で、この場所は悪の秘密結社サタニストの秘密基地だ。面倒くさいから、それでいこう。どーせ実行する作戦内容はショッカーと大差ねぇ連中だし。

 

 その秘密基地内にある、総統の前に幹部たちだけが集められた室内で、先日の聖女姉妹襲撃についての話し合いが行われていた――はずだった。

 

「ウォーキング、奈落まで持ち出して、あのザマか?」

「指揮は達者なようだが、相変わらず臆病癖は抜けんと見える」

 

 だが、この手の組織と状況下で建設的な前後策が話し合われることは多くなく、サタニストもまた例外ではないようで、交わされている会話内容は失敗の責任者であるウォーキングを罵倒するだけのものが多かった。

 

「・・・・・・あの龍人は尋常ではない力を持っていた。それだけだ」

 

 一方で、非難の集中砲火を浴びているウォーキング自身は、そう捨てセリフのように言い放っただけで、あとは無言を貫いていた。

 誰があの場にいても敗退していた結果は変わらなかった。そういう確信があったからである。

 

 結果が同じならば、失敗者が用いた方針の有効性を議論することに意味はなく、作戦失敗による悪影響は全体の問題と捉え、今後の作戦で同じ轍を踏まぬよう検証するのが今のような話し合いの在るべき姿だが、現実はなかなか理想通りに正しく行かないのが常でもある。

 

 もともと史実ガン無視して、今の自分たちが貧乏だから金持ちたちが悪い、金持ちたちが崇めてる天使が一番悪いに決まってると完全否定した、誰が悪い、誰かのせいでな単純ストーリー好きな人たちの集団なんです。サタニストって。

 どっかの可能性世界で、自称残党軍な実質無関係テロ集団みたいなものです。陰謀論とか大好きそうですよね。

 

 幹部たちが会話と言うより、ウォーキング突き上げてハブり虐めを愉しんでるだけの不毛な会話もどきをしている中。一人の男が片手を挙げた。

 

 ――それだけで室内は、一瞬にして静まりかえる。

 

「その男より、私は“魔王”が現れたという噂の方が気になるのですよ」

 

 最奥の玉座に座す人物。サタニストを導く偉大な指導者《ユートピア》

 過激ではあっても、所詮は飢えた貧乏人の寄せ集めでしかなかった自分たちを組織化し、聖光国でさえ無視できぬほどの反政府組織へと作り替えた彼の口から重々しく告げられた内容に、反論を返せる者は誰もいない。

 

 かつて智天使と戦って敗れた魔王の復活は、サタニストたちにとっての宿願であり、一度は何でも願いを叶えてくれるという《願いの祠》に復活の儀式を行わせる部隊を派遣したことすらあったが、その後連絡は途絶え魔王が復活している兆しも見えない。失敗したとみるのが妥当だろう。

 

 それと前後して神都では「魔王を名乗る存在」の人相書きが出回るようになってはいたものの、アレはどう見ても噂に聞く亜人の一種「エルフ」の娘でしかなく、人間ですらない【亜人如き】の下等種族が魔王などと笑い話にもなりはすまい。

 

 たとえ貧しい貧乏人だろうと、人間至上主義で亜人蔑視の思想が蔓延している聖光国で生まれ育った人間たちである彼らにとって、それが当たり前の価値観というものであった。

 エルフを含めた亜人は、自分たちより格下の存在でしかないのである。

 あるいは貧乏人だからこそ、亜人への差別や偏見は強かったかもしれない。自分より下の存在がいるという認識は、彼らにとってプライドの支えとなる。

 

 たとえ、どれほど卑しい行為だろうと、追い詰められた人間たちにとってプライドというのは非常に大きな意味と価値を持たざるを得ない感情なのだから・・・・・・。

 先のウォーキング弄りも、その延長線上にある行為でしかなかったのが、彼らサタニストの実情だった。

 

「悪魔王が蘇ったが――異なる異世界からきた新たな魔王に殺された、という話もありましたね」

『ユートピア様! それは・・・っ』

 

 続いてユートピアが放った言葉に、全員が苦虫を噛む思いをさせられ、堪らず一人が前に出て抗弁しようとする。

 

 ・・・そう。それが彼らにとって新たな問題として浮上してきた厄介事だったのである。

 自分たちが降臨を願って止まなかった魔王に悪魔王が殺されてしまった、というなら荒唐無稽な話ではあっても実害はなく、悪魔王復活の成功すら噂の域を出ないのもあり、聞いていて気分の良い噂話ではない程度で済ませる事が可能だったのだが・・・・・・。

 

 よりにもよって、自分たちが悪魔王復活のための儀式を行わさせるため派遣した者たちが連絡を途絶えたのと同じ頃に、願いの祠の近くにある村に【ダイロクテン魔王】と名乗る未知の魔王が現れて支配下に収めてしまい、その部下によって統治された勢力は徐々に拡大して聖光国に影響を及ぼし始めているという噂は、彼ら幹部たちの耳にも届いていたのである。

 

 こちらは既に実害が出てきていた。

 どーせ人気取りに過ぎないだろうが、『水も仕事も望む者たち全てに与えられ、代償は魔王に絶対の忠誠を誓うだけ』・・・・・・などという甘言に惑わされ、同士たちの一部が離脱してダイロクテン魔王軍の一員へと鞍替えしてしまっている。

 聖光国の民や兵士からも離脱者が出ているらしいが、敵を買収して寝返らせる第三勢力なら歓迎しても、自分たちの手駒まで引き抜かれるとあっては他人事として嗤っていられない。

 既に討伐隊を差し向けたが、村の支配を任せられたダイロクテン魔王の側近に阻まれ、未だ目的を達成できた者は一人もいない。

 これ以上の勢力拡大は聖光国のみならず、サタニストにとっても無視できない脅威となるのは避けられまい。

 

「いずれにせよ、奈落には更なる生贄と力が必要です。

 そのためにも神都を滅ぼし、宝玉と共に奈落へ放り込みましょう」

 

 ユートピアが厳かに、自分たちにとっての最終的な解決策を実行することを宣言した。

 それは更なる混乱と流血をもたらすため、長年の準備が完了した神都滅亡計画を開始せよという指示でもある。

 作戦実行を命じた声に全員が頷く。

 

 ――彼らは皆、この国の病魔は癒やせぬところまで来ていると考えていた。

 ならば全てを灰にして、一から立て直すしかないではないか・・・・・・と。

 

 そう考えて覚悟を決め、破壊活動に従事してきたのが彼らである。今さら新たな魔王の元で真面目に働き糧を得るなどという普通の生活に戻れるはずもない。そういう思いがある。

 

「偽りの天使に死を。聖女に災い在れ」

 

『『『偽りの天使に死を。聖女に災い在れ』』』

 

 お決まりの文句を述べてから恭しく一礼して部屋を去っていった幹部たちが一人もいなくなった後。

 悪魔信奉者集団サタニストの指導者ユートピアは――いや。

 ユートピアの仮面で本心と正体を覆い隠した存在は、ほんの一瞬だけ本性の悪意と不快さを表に出して声に顕すのを、聞いた者は誰もいない。

 

 

「――グレオールの愚か者め。一体なんの小石につまずいたのやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・さて。

 ユートピアからは『小石』呼ばわりされて、サタニストたちからは新たな世界からきた魔王として危険視されるようになり、異世界で初めて出会った女の子アクちゃんからは「たとえ世界を敵に回したとしても、ボクはずっとあなたに付いていきますっ! 魔王様っ」とか思われて慕われていたケンカ馬鹿エルフは、何やってたかと言いますと。

 

 

 

「痛ぅ~~・・・・・・イタタタぁ・・・け、ケツが割れてるのに割れるようにい、痛いィ・・・っ」

 

 

 アクとルナの前で這いつくばって四つん這いになり、小尻を突き出した姿勢で痛がっておりましたとさ……。

 エルフの幻想、木端微塵。しかも、その理由はと言いますと。

 

「く、クソゥ・・・まさか馬車の車輪が小石を踏んづけた揺れ程度で、ここまでのダメージを受けるとは・・・・・・っ!!

 さすがは中世ヨーロッパ風異世界の馬車ですねっ。性能の低さで尻を割る攻撃とは恐ろしいことをッ! エルフ幼女姿で痔となったからどうするつもりだったんで、痛たたたァ~~・・・」

 

 石を踏んづけた馬車の揺れで尻をヤラレて、大ダメージを負ったので小休止中だっただけみたいですね。

 さすがは、自分キャラの身体で異世界転移してきた現代日本人ゲーマー。クッション座ったまま長時間プレイに慣れ親しんだ若い肉体にとって、京都観光の人力車さえ上回る中世馬車の揺れには耐えられる頑丈なケツは持ち合わせていなかったようです。

 

 ・・・・・・こんなのに躓いて脳味噌握りつぶされて、Gガンダムゴッコで殺された悪魔王はマジ泣いていい。今となっては、あの世でしか泣けんけれども。

 

「?? 何やってんのかしらアイツ? 女の子があんな格好して、はしたない。やっぱりバカよね」

「お、お茶目な人・・・・・・じゃなくてエルフなんですよ、魔王様は」

「・・・・・・あのポーズでお茶目なの? 何かお尻を使ったいやらしいことを思いついて、自分で実験してるようにしか見えないんだけど・・・」

「お、お尻・・・・・・ですか・・・・・・」

 

 そんなバカに尻向けられて、遠くから馬車の横で見物しているルナに話を振られて、赤面するアクちゃんたち。この異世界技術レベルが当たり前で育ってきた現地世界人二人組。

 たとえステータスで及ばなくても、経験から来る慣れのレベルは、ぬるま湯とクッションで育ってきた現代人オタゲーマーより遙かに頑丈な尻を持つ二人の美少女たちは、この程度の馬車の揺れでは「痛いだけ」でビクともしません。

 聖女ルナなんて、魔王討伐するため片道だけで通ってきた後です。お尻の回復力は伊達じゃない。

 

「く、クソゥ・・・中世ヨーロッパ技術レベルで育ってきた人は強ぇですなオイ・・・。

 こうなったら私だけが見れて、他の誰にも見えないシステムメニュー開きながら尻の痛み回復までの暇潰ししてやります・・・。私だけが知ることが出来る情報知って悦に入ってやりますよ、フフフ・・・・・・」

 

 陰謀論が好きそうな小物臭い自己満足思考を口にしながら暗い笑み浮かべ、尻を動かさなくても可能な暇潰しとして、異世界中で自分だけに見える(らしい)システムメニューを表示させ、四つん這いのままスクロールし始めるケンカ馬鹿エルフのナベ次郎。

 

 胸のデカい美幼女エルフが、お尻を少女たち二人に突き出しながら四つん這いでシステムメニュー開いて見下ろすため、上半身を倒した姿は考えてみるとスゴい格好ってゆーか、エロい格好だったのだけど、中身キモオタ男なせいで気づくことが出来ずに「フフ、ふふ」笑いながらメニュー欄に表示されていたコマンドを一通り見回していたところ―――見覚えのないコマンドを見つけて指が止まる。

 

「・・・・・・って、あれ? なんですコレ? こんなのあった記憶無いんですけど・・・・・・バージョンアップで追加された機能でもあったのかな」

 

 思わずキョトンとした顔を浮かべ直して小首をかしげる、四つん這いのエルフ美幼女。

 もともと配信サービス終了するって聞いて、最後の一日だけ出戻りしてきた同窓会プレイヤーみたいな存在が自分なので、バージョンアップによる機能追加を知らなかった可能性は普通にある。

 

 新規プレイヤーが増えなくなって、既存のユーザー好みの新機能とか新システムとか追加することで課金――もといユーザー数を維持する方に方針転換するのもよくある事だし、別に不思議に思うところは何もない。

 

 まぁ、何はともあれ。

 

「・・・・・・取りあえずは、お二人とも。私はこれから悟りを開いて賢者にジョブチェンジして強くなるため、賢者タイムに入ります。

 念のため、この中で昼寝でもして体を休めて回復しといて下さい。

 あとルナさんは、お尻を使ったイケナイ遊びとか思いついて実験したりしませんよーに。純粋な幼女にイカガワシイものを見せちゃいけません」

「しないわよ!? あんた人に向かってなんてこと言うのよ、この変態!

 エロ! 痴漢! スケベ! あっち行けバカ~~~ッ!!!」

 

 ついさっき自分が人(エルフ)に向かって言ってた言葉を、遠い遠いお空の彼方にブン投げて忘れ去り、自分が言われた事だけ怒って真っ赤な顔して手渡されたアイテム《コテージ》を持ったままズカズカ歩み去ってく、ルナでエレガント。

 

 折りたたみ方式で持ち運び可能になった、フィールド上やセーブポイントで一晩眠って完全回復アイテムの定番、ファイナルファンタジーⅤからの伝統アイテム《コテージ》

 まぁテントでも大丈夫とは思ったんだけど・・・・・・備蓄が少ない。多く残ってた方のコテージを渡しておいたナベ次郎。

 

 後半になって強くなると回復力低い安物の《テント》より、一発で完全回復可能な高級品《コテージ》の方を多く買い集めて使いたくなるのは、どうしてなのか不思議だね。回数使えば同じ効果得られるから得なのに、何となく高性能な高級回復アイテム使いたくなるよね。不思議だね。

 

 あと、ついでとして。

 

「良ければ、あなたもどーぞ。聖女様と一緒がイヤなら、一人用のも出しますよ?」

「え!? あ、いや、と、とんでもない・・・! あっしはここで、馬に餌でもやっときますんで」

 

 折角なので、馬車を運転し続けてくれてた御者さんにも声をかけおいた。

 割とマメとか、日本人気質とかの理由もあるけど、もともとサブキャラ好きな性格の持ち主なのである。

 選ばれし7人の勇者たちより、傭兵の《ロレンス》と《スコット》の方で世界を救いたがったタイプのプレイヤー。それがネタアバターの中の人の日本人学生オタゲーマー。

 

「そですか? では折角ですし、これでも一本どーぞです。仕事中に吸う一服はサイコーですからね☆」

 

 イタズラっ子のような笑みを浮かべながら、ポケットから取り出したタバコの箱を相手に差し出し、一本すすめる中身学生のはずのナベ次郎。

 授業サボって校舎の裏で一本吸いたがってるタイプに見えますけど、実際には憧れてただけで実行した事はないタイプの小物です。つくづく小石ですらねぇ。

 

「で、ではその・・・・・・一本だけ・・・」

 

 引き攣った笑顔を浮かべながら、御者はタバコを受け取って逡巡するものの、相手が自分も一本咥えて火をつけてプハ~とやるのを見せつけられると、少しだけ安全性上がった代物を咥えてスパ~とやり、

 

「――お。これは・・・・・・なかなかの上物ですな」

「でしょう? 良ければ、もう一本どうぞ。今回は無料ってことにしときますから」

「そ、そうですか? じゃ、じゃあ遠慮なく・・・」

 

 恐る恐るではあったが、御者の安い給金では決して味わえないであろう高品質な嗜好品の誘惑に抗しきることは出来ず、引き攣った作り笑顔に媚びた色を追加しながら御者はネタエルフにおねだりして、もう一本スパ~。・・・至福の時間を味わう道を選びました。

 

 ・・・・・・正直、彼から見た魔王と呼ばれる少女は意味不明な存在だった。

 

 たった一人で聖女様と騎士団を退けた挙げ句、金まで要求して身ぐるみを剥ぎ。

 更には、天使様の加護篤き聖女様に恥辱の限りを味あわせて、あられもない悲鳴を上げさせた恐るべき巨大な拷問器具を呼び出して陵辱し。

 サンドウルフの大群ですら歯牙にもかけず、「弱い奴らを倒すのは愉しい」と愉悦の笑い声を上げて蹂躙する、冷酷非情で血も涙もない犯罪者のボスのような貫禄を示しながら。

 今はこうして、無垢な優しい笑顔を浮かべながら目下の者を労ってくれる。

 

 オマケに見た目は、森の妖精も斯くやと言って憚りないほどの可憐で美しい美幼女なのだ。

 これで全くワケガワカラナクない方が珍しい。

 まぁ大半が、その場のノリと勢いでロールするキャラ変えまくって安定しない厨二エルフ自身が悪いんだけれども。

 取りあえず今の時点では、御者は相手の魔王への警戒心を少しだけ解いてリラックスしながら一服を楽しむ事にしておいた。

 

「いえいえ、お気になさらず。私はただ、あなたの心の隙間を埋めて差し上げたいだけ。

 ・・・・・・この世は、老いも若きも、男も女も、心の寂しい人ばかり。

 そんな人間の皆様の心の隙間をお埋めいたします。お金は一銭もいただきません。

 人々が満足されたら、それが何よりの報酬でございますからねェ。フォ~ッホッホッホ」

 

 と、どっかの隠された人の本音を暴き出し、破滅へ導くセールスマン風の笑い声を上げながら御者の側から離れていき、極上のタバコの味に夢中になり始めた相手の視界からは見えない位置まで来たところで―――改めて自分の直面した問題について悩み始めるナベ次郎。

 

 

 

 

「さて・・・・・・それで結局、このシステムどうしましょうかね・・・?

 見てしまって、知ってしまうと押したくなるのがゲーマーの人情というものであり、だから見ちゃダメだって分かっているのに見てしまうのもまたゲーマーの性でもある訳で・・・。

 お、押したい・・・。けどヤバい。

 押したらヤバいと分かっているのに押したくなる、日本人ゲーマーとしての性が、今だけはとてもとても憎くたらしくて堪らない~~ッッ!!!」

 

 そして、やっぱり誰もの予測通り、当初の問題で悩みまくり始める馬鹿エルフ。

 問題先送りして別の事やってみたけれど、最初の問題が解決した訳じゃないから終わってみたら再び気になり出すパターンですね。コイツの方がよっぽど笑うセールスに引っかかりやすいタイプの心の弱い人間です。

 

 どーせこのパターンだと最後には押す一択なんだろうけれど、それでも本気で逡巡だけはする当たりは善意が残っている証拠なのか、それともお約束を愛する故なのか。・・・・・・後者の方が可能性高そうな気がするなぁ・・・。

 

「ま、まぁとりあえずコマンドの詳しい説明とか見てから考えればいいですよね。説明書を見る前から色々言いたがるのはアンチなネットユーザーだけ、本当のゲーマーはそうじゃない。色々語るのは調べてから、調べてから・・・」

 

 再び決断だけ先送りにして、自ら深みにはまっていく道選び続けるナベ次郎。

 多くの日本人ユーザーは、この手の思考で無料MMORPGのために毎年何万円もお伏せする羽目になっちゃう典型がコイツです。

 

 んで、肝心の新しく追加されてたコマンド(仮定)の名前はというと。

 

 

《別魔王召喚コマンド》

 

 

 ・・・・・・ゼッテー新機能として追加されたバージョンアップの結果じゃない、この異世界転移と関係してる確率100%なのが丸分かりな名前をしておりましたとさ・・・・・・。

 

「なんですかい・・・・・・この地雷臭さ満載で、意味不明な上に無意味すぎてて、むしろ有害そうなシステム名は・・・・・・。

 魔王なんか他にも呼び出してどうすんでしょう・・・? こんなの欲しがる人は、アホしかおらんでしょうに・・・・・・」

 

 ジト目の冷めた表情で見下ろしながら、四つん這いでケツ突き出しエルフは、機能を名称だけで酷評する。サタニストの人たちでさえ、ちょっとだけ泣いていい。

 また、システム名の下には、申し訳程度の説明も書かれていて。

 

 

《今まで集められたポイントに応じて、新たな仲間を別世界の魔王設定で召喚できます。

 最近の異世界では、魔王は複数いるのが基本です》

 

 

 との事だった。

 まぁ間違ってはいないし、その通りなのかもしれんけれども。・・・・・・魔王という存在も安くなったもんである。竜王さまが懐かしい。

 その内に初期の魔王が復活して大勢出てきて、「安売りされてる」とか言われる日が来るのかもしれない。世界最強の安売りロボット・ヴァルシオンとか。

 

 

 

「まぁつまりは、この世界版の《階層守護者》システムってことですかね。

 オバロのユグドラシルと違って、ゴッターニ・サーガは中堅MMOでしたからなぁ~。デミウルゴスとか配置できたら容量足りなくなること請け合いですし。

 もっとも、協力プレイ前提のMMOで、プレイヤーより強い仲間NPC出しちゃったら本末転倒も甚だしいだけですけどなぁ~」

 

 色々と台無しになる発言を、ゲームじゃないから異世界だから平然とかまして平然としてるネタアバター・ナベ次郎。

 実際問題、ナザリックの守護者たちもゲーム時代のままではギルドホールの警備兵モンスター扱いだから外には出られないし、異世界転移してゲームが現実になった設定だからこその存在とは言え、良い設定だったとナベ次郎的には高く評価してもいる。

 

 ・・・・・・まぁ、最近では課金で雇える傭兵NPCが、初期クエストで苦戦していたボスを瞬殺してくれて唖然とさせられるモンスターを狩るハンターMMOもあったりしたので絶対ないとまでは言い切れん世の中になっては来ていたけれども。

 

 少なくとも、《ゴッターニ・サーガ》には無かった。そして今も無いはずだ。中堅だったから。

 そんなオッサレ~な新システムが実装できるメーカーだったら、もう少し知名度高くなってても良さそうなものだったけど、中堅MMOのゴッターニ・サーガ以外で聞き覚えのあるタイトルが一つも無い。

 一番売れたゲームでも中堅。それが日本ゲームメーカーの大部分にとっての実情である。

 

「と、とりあえず今のポイントで召喚可能なクラスも見てから決めるか考えましょう・・・。

 今召喚できるのは、《癒魔王》と《盗魔王》と《戦魔王》の三クラス・・・・・・名前から見て、それぞれのクラス特性は、《僧侶》《盗賊》《戦士》の基本ジョブ三つの魔王バージョンってところですかね。

 目下のところ私には魔法に対して無防備な訳ですし、対策考えるなら《癒魔王》なんですけど・・・・・・ケヤル君みたいなのが呼び出されても困るしなぁー・・・・・・どうしましょう?

 ただでさえエロゲみたいなこと言い出しやすい聖女様がいるパーティーですのに、18禁エロ復讐する男キャラが加わっちゃったら幼女の情操教育に悪そうなので強制送還させたくて仕方なくなりそうな予感しかしないですしなぁー」

 

 召喚可能なクラス名を見て、さっきまで以上に本気で悩み出すケンカ馬鹿。

 最近何故だか、攻撃系の回復魔法が使われてる作品が多くなってきてる気がする、エルフになった日本人オタクとしては僧侶系に対して思うところがあり、今一こういう時に呼び出す対象として選びづらい心境になってる昨今ではあり。

 

 反面、回復魔法なしでの旅路は結構キツいもんでもあるのは理解してるので、それが得られるのは有難く・・・・・・悩みどころとなってしまっていた。

 

 そして最終的に彼女が決断する理由となったのは―――この異世界で出会った女の子、アクだったのは何か意味があるのか偶然だったのか。

 

「・・・・・・そう言えば、アクさんの引きずるように歩いてる足の怪我って、私のモンクスキルだと治せそうになかったんでしたよね・・・。

 丁度ポイントもありますし、僧侶ならダメそうな時に前衛職のモンクなら瞬殺可能ですし。とりあえずお試しってことで、ここは一つ。―――ポチッとな」

 

 結果的に押してしまったナベ次郎。

 そして、パァァァァ――――っと。

 ナベ次郎の言葉と共に、白と黒の巨大な光が前方に現れ、それらが重なった時に一人の女性の形となって顕現した。

 

 

 現れたのは、金髪青目の美しいとしか言いようのない美人さんである。

 ショートボブの髪型に、股布の部分が露出したチェインメイルを身に纏い、両手には杖のようにハルバートを持った姿の、僧侶と言うより新刊戦士のような容姿。

 胸には、どこかの宗教の聖印っぽいのを下げているけど、ケンカ馬鹿のエルフ幼女に解るはずもなし。

 

 ナベ次郎の前に現れた美女は、美麗と言っていい瞳で相手を見つめ、響きの良い音楽的な声音でナベ次郎に向かって口を開いて、そして・・・・・・

 

 

 

「問おう。あなたが私のマスターかしら?」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・微妙にツッコミどころがある、召喚された場合のお約束セリフを放ってきやがったのだったとさ。

 

 イヤおかしいだろ、クラス的に。

 そこは騎魔王か剣魔王あたりが呼び出された場合に言うべき返しであって、僧侶系の魔王が言っちゃダメだろう。

 

「いやまぁ、確かに呼び出したのは私ではあるのですが・・・・・・マスターではないと思いますよ? 多分ですが・・・」

「え、そうなの?

 ここって召喚術士たちが呼び出した7つの召喚獣同士を探し出し、戦って戦って最後まで勝ち残った一人だけがキングの称号手に入れて、何でも一つ願い事を叶えてくれるっていう、武道会場の舞台じゃなかったの?」

「違います。あと、混ざりすぎです。そういうの求めてるなら、ネオ・ホンコンにでも探しに行ってきて下さい、地上を離れて宇宙に上がった香港にでも」

「え~。マジかぇ~」

 

 絶世の美貌で、巻き舌で驚き現す癒魔王の美人プリースト。

 もうこの時点でナベ次郎には、このキャラクターの元ネタについて大凡の見当は付いていたけれど・・・・・・それでも一応聞いてあげるのがロケット団流世の情け。

 

「ところで・・・・・・あなたのお名前は、ホワッチュア・ネーム?」

 

 発音が怪しすぎる変な英語もどきで質問したナベ次郎に向かい、思わずドキッとしてしまうほど魅力的で慈愛に満ちた、“聖女様のような”優しい微笑を表情いっぱいに溢れさせながら、美しい女性プリーストは一礼しながら名乗りを上げる。

 

 

 

「は~い☆ フィラーン・ザ・癒やしの魔王。クラスはダーク・ハイビショ~ップ♪

 レベルは99で、年齢は18歳で~す♡

 回復魔法は大体全部使えるけど、それより重要なお勧めポイントなのが魅力値ステータスMAX!! ああ、憧れの魅力値MAX!!

 最高値の美しさ! テンプテーション!! これから私のことは、お嬢様と呼んでいーんですよマスター♪

 むしろ呼んで、お嬢様と!!」

 

「う、うわぁ・・・・・・」

 

 

 

 思わず、ケンカ好きの馬鹿エルフでさえ引いてしまうほどのテンション&ノリと勢い。

 しかも、やっぱりコイツだったか・・・・・・と。

 今では知らない人が多そうなキャラだけど、相当に濃い上にマニアックなのが来ちゃったなぁーとも思いつつ。

 それでもまぁ、僧侶としても戦士としても頼りになるし、大した問題も起こしそうにないから、アクさんの足も治せそうで良かったなぁと。

 

 

 ―――この時には、その程度にしか思っていなかった人の召喚に成功しちゃった訳なんだけれども・・・・・・しかし。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ねぇ、ちょっと。この女だれ!? 誰なのよ!?

 な、なななんか私的にスゴく脅威を感じるんだけど! 色々と奪われないため今すぐ抹殺した方がいい気が物凄くして仕方のない女なんだけどっ!!

 殺しちゃっていいかしら!? 殺しちゃっていいわよね!? よし殺すーっ!!!」

 

 

 

 

 被った―――っ!? 同じ聖女系のお嬢様キャラで被っちゃったーッ!!

 そのつもりなかったけど、既存キャラの上位互換を呼んじゃったーッ!?

 

 助けて、ゴローッ!! 深夜の居酒屋でしょっちゅう被るの慣れてる井頭五郎さーん!?

 

 

 

 

注:この後、紆余曲折バカ騒ぎしまくった後に無事、アクちゃんの足は完治することができました。

 

 

つづく

 

 

 

 

 

オマケ:新キャラ設定紹介

【癒魔王フィラーン】

 

ナベ次郎が異世界でリアルガチャして呼んでしまった、本来の自分とは全く関係のない赤の他人存在にして、課金の傭兵助っ人NPC存在。支払いは異世界ポイントで。

元ネタは『蟻帝伝説クリスタニア』のRPGリプレイ版に登場した、知識の神ラーダに仕える女司祭『フィランヌ』

 

最高数値の魅力値を叩き出した事で知られているが、その割には戦士よりも前衛をこなしたり、盾役も担当したり、正規リーダーを差し置いて実質リーダーになってしまったりと、幅広く活躍しすぎだったことで知られてる方が有名かもしれん。

 

 

原作における、『側近召喚』で呼び出された『桐野悠』の今作版バージョンとしてご出馬願って流用しました。

大帝国ともGAMEとも関係なく、単なる中堅MMOの古参プレイヤーってだけのナベ次郎には当然のこととして側近設定のNPCなんてものはなく、代わりとして仲間を呼ぶなら『○○魔王』とかの色んな魔王連合組んだ方が今風っぽいかと思った次第。【ボクと魔王】にも影響されたけれども。

 

悠をそのまま使う手もあったのですが、整合性が取りづらかったのと、単純に側近全員を知らない上に設定も詳しくないため上手く使える自信がなかった。その結果として今作版にあわせた近いキャラとして登場させている。

 

悠が、見た目通りの出来る女で、ヤバめの天才で組織運営もこなす才女だったのに対して。

フィラーンの方は、見た目と違って出来ない女で、回復魔法は天才的だが、組織運営どころか客商売に向いてなくて冒険者になった残念美人タイプ。

 

ナベ次郎と同じで、原作の同ポジションキャラとは真逆のステータスと職業を持たせた内訳に変えており、九内伯斗と同じようにいきたくてもいけずに迷走していく理由の一つになってもらうための設定でもある。

 

また悠が、神を信じぬ科学系のマッドサイエンティストだったのに対して、フィラーンは一応だけど神に仕えるプリーストで、物理でブッ叩く系の解決策をとりたがる等、逆説的な原作リスペクトを加えてみてはいる。

 

要するに、頭で考えるより物理で殴る方が手っ取り早いと考えてる人だった場合はこうなると。比較対象として描いた感じですね。

 

 

彼女と同様に、他の側近たちも今作版に変えて使ってみようとは思っているんだけど・・・・・・自信ないのが微妙なところでもありまするわ・・・。

 

尚、性格やクラスはどうあろうと、魔王は魔王なので混沌属性。

元ネタの時点で帝国の支配と戦う主人公の割に、犯罪行為が多すぎるパーティーだったからなー・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、いっか。説明書ない上にGMに連絡しても多分返事こない状況下で新機能を試す勇気は、私みたいなヘタレにゃありませんしな。とりあえず安全優先で無視しとくとしましょう。

 ・・・・・・とは言え、とりあえずシステムコマンドの名前だけでも見とくとして―――」

 

 そして、ついつい怖いもの見たさ&新しいアイテム手に入れたら何でも試してみたくなるネタアバターの肉体影響も加わって、チラッチラッと名前だけでも見てしまった未知のシステムコマンド。その名称とは―――

 

 

《別魔王召喚コマンド》

 

 

 ・・・・・・ゼッテー新機能として追加されたバージョンアップの結果じゃない、この異世界転移と関係してる確率100%なのが丸分かりな名前をしておりましたとさ・・・・・・。

 

「なんですかい・・・・・・この地雷臭さ満載で、意味不明な上に無意味すぎてて、むしろ有害そうなシステム名は・・・・・・。

 魔王なんか他にも呼び出してどうすんでしょう・・・? こんなの欲しがる人は、アホしかおらんでしょうに・・・・・・」

 

 ジト目の冷めた表情で見下ろしながら、四つん這いでケツ突き出しエルフは、機能を名称だけで酷評する。サタニストの人たちでさえ、ちょっとだけ泣いていい。

 また、システム名の下には、申し訳程度の説明も書かれていて。

 

 

《今まで集められたポイントに応じて、新たな仲間を別世界の魔王設定で召喚できます。

 最近の異世界では、魔王は複数いるのが基本です》

 

 

 との事だった。

 まぁ間違ってはいないし、その通りなのかもしれんけれども。・・・・・・魔王という存在も安くなったもんである。竜王さまが懐かしい。

 その内に初期の魔王が復活して大勢出てきて、「安売りされてる」とか言われる日が来るのかもしれない。世界最強ロボット・ヴァルシオンとか。

 

「ふ~ん。まぁつまりは、この世界版の《階層守護者》システムってことですかね。

 オバロのユグドラシルと違って、ゴッターニ・サーガは中堅MMOでしたからなぁ~。デミウルゴスとか配置できたら容量足りなくなる事請け合いですし。

 もっとも、協力プレイが前提のMMOで、プレイヤーより強い仲間に出来るNPCなんて出しちゃったら本末転倒も甚だしいだけですけどなぁ~」

 

 色々と台無しになる発言を、ゲームじゃないから異世界だから平然とかまして平然としてるネタアバター・ナベ次郎。

 実際問題、ナザリックの守護者たちもゲーム時代のままではギルドホールの警備兵モンスター扱いだから外には出られないし、異世界転移してゲームが現実になった設定だからこその存在とは言え、良い設定だったとナベ次郎的には高く評価してもいる。

 

 ・・・・・・まぁ、最近では課金で雇える傭兵NPCが、初期クエストで苦戦していたボスを瞬殺してくれて唖然とさせられるモンスターを狩るハンターMMOもあったりしたので絶対ないとまでは言い切れん世の中になっては来ていたけれども。

 

 少なくとも、《ゴッターニ・サーガ》には無かった。そして今も無いはずだ。中堅だったから。

 そんなオッサレ~な新システムが実装できるメーカーだったら、もう少し知名度高くなってても良さそうなものだったけど、中堅MMOのゴッターニ・サーガ以外で聞き覚えのあるタイトルが一つも無い。

 一番売れたゲームでも中堅。それが日本ゲームメーカーの大部分にとっての実情である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・ところ変われば品変わり、人によって価値基準は千差万別。同じ一つの出来事でも人の価値観の数だけ与えられる評価は変化する。

 誰かにとっての大切な存在は、別の誰かにとっては小石でしかなく、誰かにとっての小石には世界に勝る価値を見出す者もいる。

 それが人の世――いや、人だけでなく魔族も亜人も変わることが出来ない知性ある者と称する存在たちが持つ絶対的な共通点。

 

 ――だが、その違いが持つ現実を受け入れられぬという者も時にはいる。

 そんな心狭き一部の矮小なる者共のの一人が、コイツである↓

 

 

 

「いやいやいや!? そんなもん敵に回さんでいーですから!!

 ダイロクテン魔王軍なんて知りませんから!!

 あと、魔王呼ばわりしないで下さい!! 人の心のマウンテンサイクル掘り起こさないで! 黒歴史を復活させないで!! 黒歴史で死ぬ!! 黒歴史に殺されちゃう!!

 黒歴史で床のたうち回って恥ずか死んじゃうから、辞めて下さ―――ッい!!??」

 

 

 

 

 ―――と、本人がそう思われてることを“知ることが出来たなら”涙流しながら叫んでただろう間違いなく。血の涙を流しながら絶対に。

 

 もし“知ることが出来たなら”の話だったけども。

 “知ることが出来たなら”の話だけれども。超大事なことなので二度言いました。

 

 だが実際には、人も魔族も亜人も自分の見たもの聞いたものからしか物事を推察して動くことが出来ないのが現実の壁というもの。

 それぞれが一部の矮小なる者共の一員として、自分の知ってる範囲を基準に考えて行動してたのが、魔王絡みで動いてる人たち全員が現在進行形でやってる現象。

 

 そんな中で、ほぼ全ての出来事の発端になってる割には、発端から進展した事態は無関係で、自分が他人にどう思われてるか全く知らない喧嘩バカの脳筋エルフ自身はなに思って生きて生きてかと言うと。

 

 

 

「痛ぅ~~・・・・・・イタタタぁ・・・・・・ば、馬車が悪路で揺れすぎて・・・・・・し、尻が痛い・・・。

 ぐぅぅ・・・・・・っ、さすがは中世ヨーロッパ風技術レベル異世界の馬車・・・・・・。

 ケツが割れてるのに割れるとは、この事かぁぁぁッッ!! って、痛痛痛ぁぁぁ~・・・」

 

 

 

 ・・・・・・悪路を進む馬車に揺られすぎて尻を痛め、四つん這いでケツ突き出しながら、痛む尻を回復するため休憩しておりましたとさ・・・・・・。

 いやまぁ、たしかに馬車の座席は自動車よりも揺れるけどさ。現代技術で造った馬車でも長時間乗ってると痛いけどさ。中世ヨーロッパ技術で整備されてない街道進んだら揺れまくって痛すぎるだろうけどさ。

 

 ―――それでも、美少女アバターの体になって異世界チート転移してきた奴が、尻の痛みに負けるってどーなんだろう・・・?

 異種族エルフの肉体アバターって、『痔』になったりするんだろうか? 仮になれても成りたくねぇし、実験して成功したくもねぇから無くていいんだけれども。

 

 もう少しコイツは、どうにかならんだろうか?

 見た目は幻想的な美しさ持った森の種族エルフ族が、ケツ突き出しながら四つん這いポーズで痔の痛みに耐えているって、ブロークンファンタズムってレベルじゃねぇぞオイ。ディードリットに謝れ。

 

 あと、こんなのにつまづいて脳味噌握りつぶされ、Gガンダムごっこで殺された悪魔王は本気で泣いていい。

 小石どころか、小物でさえ褒めすぎな、強いだけで上に立ってる系のボスキャラみたいな異世界転移者がここにいた。 

 

「?? 何やってんのかしらアイツ? 女の子があんな格好して、はしたない。やっぱりバカよね」

「お、お茶目な人・・・・・・じゃなくてエルフなんですよ、魔王様は」

「・・・・・・あのポーズでお茶目なの? 何かお尻を使ったいやらしいことを思いついて、自分で実験してるようにしか見えないんだけど・・・」

「お、お尻・・・・・・ですか・・・・・・」

 

 そんなバカに尻向けられて、遠くから馬車の横で見物しているルナに話を振られて、赤面するアクちゃんたち、この異世界技術レベルが当たり前で育ってきた現地世界人二人組。

 たとえステータスで及ばなくても、経験から来る慣れのレベルは、ぬるま湯とクッションで育ってきた現代人オタゲーマーより遙かに頑丈な尻を持つ二人の美少女たちは、この程度の馬車の揺れでは「痛いだけ」でビクともしません。

 

 聖女ルナなんて、魔王討伐するため片道だけで通ってきた後です。お尻の回復度は伊達じゃない。

 

「く、クソゥ・・・中世ヨーロッパ技術レベルで育ってきた人は強ぇですなオイ・・・。

 こうなったら私だけが見れて、他の誰にも見えないシステムメニュー開きながら尻の痛み回復までの暇潰ししてやります・・・。私だけが知ることが出来る情報知って悦に入ってやりますよ、フフフ・・・・・・」

 

 陰謀論が好きそうな小物臭い自己満足思考を口にしながら暗い笑み浮かべ、尻を動かさずとも出来る暇潰しとして、異世界中で自分だけに見える(らしい)システムメニューを表示させ、四つん這いのままスクロールし始めるケンカ馬鹿エルフのナベ次郎。

 

 胸のデカい美幼女エルフが、お尻を少女たち二人に突き出しながら、四つん這いでシステムメニュー開いて見下ろすため上半身を倒した姿は、考えてみるとスゴい格好ってゆーか、エロい格好だったのだけど、中身キモオタ男なせいで気づくことが出来ずに「フフ、ふふ」笑いながらメニュー欄に表示されていたコマンドを一通り見回していたところ―――見覚えのないコマンドを見つけて指が止まる。

 

「・・・・・・って、あれ? なんですコレ? こんなのあった記憶無いんですけど・・・・・・バージョンアップで追加された機能でもあったのかな」

 

 思わずキョトンとした顔を浮かべ直して小首をかしげる、四つん這いのエルフ美幼女。

 もともと配信サービス終了するって聞いて、最後の一日だけ出戻りしてきた同窓会プレイヤーみたいな存在が自分なので、バージョンアップによる機能追加を知らなかった可能性は普通にある。

 新規プレイヤーが増えなくなって、既存のユーザー好みの新機能とか新システムとか追加することで課金――もとい、ユーザー数を維持する方に方針転換するのもよくあることだし、別に不思議に思うところは何もない。どんな機能かだけ確かめりゃ済む話でもあることだし。

 

「ま、いっか。説明書ない上にGMに連絡しても多分返事こない状況下で新機能を試す勇気は、私みたいなヘタレにゃありませんしな。とりあえず安全優先で無視しとくとしましょう。

 ・・・・・・とは言え、とりあえずシステムコマンドの名前だけでも見とくとして―――」

 

 そして、ついつい怖いもの見たさ&新しいアイテム手に入れたら何でも試してみたくなるネタアバターの肉体影響も加わって、チラッチラッと名前だけでも見てしまった未知のシステムコマンド。その名称とは―――

 

 

《別魔王召喚コマンド》

 

 

 ・・・・・・ゼッテー新機能として追加されたバージョンアップの結果じゃない、この異世界転移と関係してる確率100%なのが丸分かりな名前をしておりましたとさ・・・・・・。

 

「なんですかい・・・・・・この地雷臭さ満載で、意味不明な上に無意味すぎてて、むしろ有害そうなシステム名は・・・・・・。

 魔王なんか他にも呼び出してどうすんでしょう・・・? こんなの欲しがる人は、アホしかおらんでしょうに・・・・・・」

 

 ジト目の冷めた表情で見下ろしながら、四つん這いでケツ突き出しエルフは、機能を名称だけで酷評する。サタニストの人たちでさえ、ちょっとだけ泣いていい。

 また、システム名の下には、申し訳程度の説明も書かれていて。

 

 

《今まで集められたポイントに応じて、新たな仲間を別世界の魔王設定で召喚できます。

 最近の異世界では、魔王は複数いるのが基本です》

 

 

 との事だった。

 まぁ間違ってはいないし、その通りなのかもしれんけれども。・・・・・・魔王という存在も安くなったもんである。竜王さまが懐かしい。

 その内に初期の魔王が復活して大勢出てきて、「安売りされてる」とか言われる日が来るのかもしれない。世界最強ロボット・ヴァルシオンとか。

 

「ふ~ん。まぁつまりは、この世界版の《階層守護者》システムってことですかね。

 オバロのユグドラシルと違って、ゴッターニ・サーガは中堅MMOでしたからなぁ~。デミウルゴスとか配置できたら容量足りなくなる事請け合いですし。

 もっとも、協力プレイが前提のMMOで、プレイヤーより強い仲間に出来るNPCなんて出しちゃったら本末転倒も甚だしいだけですけどなぁ~」

 

 色々と台無しになる発言を、ゲームじゃないから異世界だから平然とかまして平然としてるネタアバター・ナベ次郎。

 実際問題、ナザリックの守護者たちもゲーム時代のままではギルドホールの警備兵モンスター扱いだから外には出られないし、異世界転移してゲームが現実になった設定だからこその存在とは言え、良い設定だったとナベ次郎的には高く評価してもいる。

 

 ・・・・・・まぁ、最近では課金で雇える傭兵NPCが、初期クエストで苦戦していたボスを瞬殺してくれて唖然とさせられるモンスターを狩るハンターMMOもあったりしたので絶対ないとまでは言い切れん世の中になっては来ていたけれども。

 

 少なくとも、《ゴッターニ・サーガ》には無かった。そして今も無いはずだ。中堅だったから。

 そんなオッサレ~な新システムが実装できるメーカーだったら、もう少し知名度高くなってても良さそうなものだったけど、中堅MMOのゴッターニ・サーガ以外で聞き覚えのあるタイトルが一つも無い。

 一番売れたゲームでも中堅。それが日本ゲームメーカーの大部分にとっての実情である。

 

 

 まぁ、何はともあれ。

 

 

「・・・・・・取りあえずは、お二人とも。私はちょっと気になる事を思い出しましたので調べに行ってきます。念のため、この中で昼寝でもして体を休めて回復しといて下さい。

 あとルナさんは、お尻を使ったイケナイ遊びとか思いついて実験したりしませんよーに。純粋な幼女にイカガワシイものを見せちゃいけません」

「しないわよ!? あんた人に向かってなんてこと言うのよ、この変態!

 エロ! 痴漢! スケベ! あっち行けバカ~~~ッ!!!」

 

 ついさっき自分が人(エルフ)に向かって言ってた言葉を、遠い遠いお空の彼方にブン投げて忘れ去り、自分が言われた事だけ怒って真っ赤な顔して手渡されたアイテム《コテージ》を持ったままズカズカ歩み去ってく、ルナでエレガント。

 

 折りたたみ方式で持ち運び可能になった、フィールド上やセーブポイントで一晩眠って完全回復アイテムの定番、ファイナルファンタジーⅤからの伝統アイテム《コテージ》

 まぁテントでも大丈夫とは思ったんだけど・・・・・・備蓄が少ない。多く残ってた方のコテージを渡しておいたナベ次郎。

 

 後半になって強くなると回復力低い安物の《テント》より、一発で完全回復可能な高級品《コテージ》の方を多く買い集めて使いたくなるのは、どうしてなのか不思議だね。回数使えば同じ効果得られるから得なのに、何となく高性能な高級回復アイテム使いたくなるよね。不思議だね。

 

 あと、ついでとして。

 

「良ければ、あなたもどーぞ。聖女様と一緒がイヤなら、一人用のも出しますよ?」

「え!? あ、いや、と、とんでもない・・・! あっしはここで、馬に餌でもやっときますんで」

 

 折角なので、馬車を運転し続けてくれてた御者さんにも声をかけおいた。

 割とマメとか、日本人気質とかの理由もあるけど、もともとサブキャラ好きな性格の持ち主なのである。

 選ばれし7人の勇者たちより、傭兵の《ロレンス》と《スコット》の方で世界を救いたがったタイプのプレイヤー。それがネタアバターの中の人の日本人学生オタゲーマー。

 

「そですか? では折角ですし、これでも一本どーぞです。仕事中に吸う一服はサイコーですからね☆」

 

 イタズラっ子のような笑みを浮かべながら、ポケットから取り出したタバコの箱を相手に差し出し、一本すすめる中身学生のはずのナベ次郎。

 授業サボって校舎の裏で一本吸いたがってるタイプに見えますけど、実際には憧れてただけで実行した事はないタイプの小物です。つくづく小石ですらねぇ。

 

「で、ではその・・・・・・一本だけ・・・」

 

 引き攣った笑顔を浮かべながら、御者はタバコを受け取って逡巡するものの、相手が自分も一本咥えて火をつけてプハ~とやるのを見せつけられると、少しだけ安全性上がった代物を咥えてスパ~とやり、

 

「――お。これは・・・・・・なかなかの上物ですな」

「でしょう? 良ければ、もう一本どうぞ。今回は無料ってことにしときますから」

「そ、そうですか? じゃ、じゃあ遠慮なく・・・」

 

 恐る恐るではあったが、御者の安い給金では決して味わえないであろう高品質な嗜好品の誘惑に抗しきることは出来ず、引き攣った作り笑顔に媚びた色を追加しながら御者はネタエルフにおねだりして、もう一本スパ~。・・・至福の時間を味わう道を選びました。

 

 ・・・・・・正直、彼から見た魔王と呼ばれる少女は意味不明な存在だった。

 

 たった一人で聖女様と騎士団を退けた挙げ句、金まで要求して身ぐるみを剥ぎ。

 更には、天使様の加護篤き聖女様に恥辱の限りを味あわせて、あられもない悲鳴を上げさせた恐るべき巨大な拷問器具を呼び出して陵辱し。

 サンドウルフの大群ですら歯牙にもかけず、「弱い奴らを倒すのは愉しい」と愉悦の笑い声を上げて蹂躙する、冷酷非情で血も涙もない犯罪者のボスのような貫禄を示しながら。

 今はこうして、無垢な優しい笑顔を浮かべながら目下の者を労ってくれる。

 

 オマケに見た目は、森の妖精も斯くやと言って憚りないほどの可憐で美しい美幼女なのだ。

 これで全くワケガワカラナクならない方が珍しい。

 まぁ大半が、その場のノリと勢いでロールするキャラ変えまくって安定しない厨二エルフ自身が悪いんだけれども。

 取りあえず今の時点では、御者は相手の魔王への警戒心を少しだけ解いてリラックスしながら一服を楽しむ事にしておいた。

 

「いえいえ、お気になさらず。私はただ、あなたの心の隙間を埋めて差し上げたいだけ。

 ・・・・・・この世は、老いも若きも、男も女も、心の寂しい人ばかり。

 そんな人間の皆様の心の隙間をお埋めいたします。お金は一銭もいただきません。

 人々が満足されたら、それが何よりの報酬でございますからねェ。フォ~ッホッホッホ」

 

 

 と、どっかの隠された人の本音を暴き出し、破滅へ導くセールスマン風の笑い声を上げながら御者の側から離れていき、極上のタバコの味に夢中になり始めた相手の視界からは見えない位置まで来たところで―――改めて自分の直面した問題について悩み始めるナベ次郎。

 

 

 

「さて・・・・・・それで結局、このシステムどうしましょうかね・・・?

 見てしまって、知ってしまうと押したくなるのがゲーマーの人情というものであり、だから見ちゃダメだって分かっているのに見てしまうのもまたゲーマーの性でもある訳で・・・。

 お、押したい・・・。けどヤバい。

 押したらヤバいと分かっているのに押したくなる、日本人ゲーマーとしての性が、今だけはとてもとても憎くたらしくて堪らない~~ッッ!!!」

 

 そして、やっぱり誰もの予測通り、当初の問題で悩みまくり始める馬鹿エルフ。

 問題先送りして別の事やってみたけれど、最初の問題が解決した訳じゃないから終わってみたら再び気になり出すパターンですね。コイツの方がよっぽど笑うセールスに引っかかりやすいタイプの心の弱い人間です。

 

 どーせこのパターンだと最後には押す一択なんだろうけれど、それでも本気で逡巡だけはする当たりは善意が残っている証拠なのか、それともお約束を愛する故なのか。・・・・・・後者の方が可能性高そうな気がするなぁ・・・。

 

「ぐ、ぐぅぅ・・・と、とりあえず今のポイントで召喚可能なクラスを見てから決めましょう・・・。

 今召喚できるのは、《癒魔王》と《盗魔王》と《戦魔王》の三クラス・・・・・・名前から見て、それぞれのクラス特性は、《僧侶》《盗賊》《戦士》の基本ジョブ三つの魔王バージョンってところですかね。

 目下のところ私には魔法に対して無防備な訳ですし、対策考えるなら《癒魔王》なんですけど・・・・・・ケヤル君みたいなのが呼び出されても困るしなぁー・・・・・・どうしましょう? コレ本当に・・・」

 

 召喚可能なクラス名を見て、さっきまで以上に本気で悩み出すケンカ馬鹿。

 最近何故だか、攻撃系の回復魔法が使われてる作品が多くなってきてる気がする、エルフになった日本人オタクとしては僧侶系に対して思うところがあり、今一こういう時に呼び出す対象として選びづらい心境になってる昨今ではあり。

 ただでさえエロゲヒロインみたいなこと言い出しやすい聖女様がいるパーティーで、18金エロ復讐する男キャラ加わっちゃったら幼女の情操教育に悪そうなので強制送還させたくて仕方なくなりそうな予感しかしない。

 

 反面、回復魔法なしでの旅路は結構キツいもんでもあるのは理解してるので、それが得られるのは有難く・・・・・・悩みどころとなってしまっていた。

 

 そして最終的に彼女が決断する理由となったのは―――この異世界で出会った女の子、アクだったのは何か意味があるのか偶然だったのか。

 

「・・・・・・そう言えば、アクさんの引きずるように歩いてる足の怪我って、私のモンクスキルだと治せそうになかったんでしたよね・・・。

 丁度ポイントもありますし、僧侶ならダメそうな時に前衛職のモンクなら瞬殺可能ですし。とりあえずお試しってことで、ここは一つ。―――ポチッとな」

 

 結果的に押してしまったナベ次郎。

 そして即座にハッとなり、言うべき言葉を思い出して慌てて叫びを付け足させる。

 

「い、いかん! 忘れてましたっ! ――うぉぉぉッ!! レアアイテム来なくていいです! 物欲センサー引っかかんないでお願い! ビックリするほどカルデアース!!」

 

 と、ガチャ回すときのジンクスとか迷信をとりあえず色々やっとく、運試しのガチャ好きネトゲーマー・ナベ次郎の中の人。

 世間では、親ガチャだの家ガチャだの色々言われてるみたいだけど、ネトゲの中のリアルガチャは課金のために存在する、メーカーさんへのお布施箱!!

 だからタダで引くときには、物欲センサー引っかからないか怖いのです。狙ってるのを察知されたら終わる迷信が伝統的に流行っているネトゲ世界のガチャ課金。

 

 そして―――

 

 

 パァァァァ――――っと。

 ナベ次郎の言葉と共に、白と黒の巨大な光が前方に現れ、それらが重なった時に一人の女性の形となって顕現した。

 

 

 現れたのは、金髪青目の美しいとしか言いようのない美人さん。

 ショートボブの髪型に、股布の部分が露出したチェインメイルを身に纏い、両手には杖のようにハルバートを持った姿の、僧侶と言うより神官戦士のような容姿。

 胸には、どこかの宗教の聖印っぽいのを下げているけど、ケンカ馬鹿のエルフ幼女に解るはずもなし。

 

 ナベ次郎の前に現れた美女は、美麗と言っていい瞳で相手を見つめ、響きの良い音楽的な声音でナベ次郎に向かって口を開いて、そして・・・・・・

 

 

 

「問おう。あなたが私のマスターかしら?」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・微妙にツッコミどころがある、召喚された場合のお約束セリフを放ってきやがったのだったとさ。

 

 イヤおかしいだろ、クラス的に。そこは騎魔王か剣魔王あたりが呼び出された場合に言うべき返しであって、僧侶系の魔王が言っちゃダメだろう。

 

「いやまぁ、確かに呼び出したのは私ではあるのですが・・・・・・マスターではないと思いますよ? 多分ですが・・・」

「え、そうなの?

 ここって召喚術士たちが呼び出した7つの召喚獣同士を探し出し、戦って戦って最後まで勝ち残った一人だけがキングの称号手に入れて、何でも一つ願い事を叶えてくれるって言う、武道会場の舞台じゃなかったの?」

「違います。あと、混ざりすぎです。そういうの求めてるなら、ネオ・ホンコンにでも探しに行ってきて下さい、地上を離れて宇宙に上がった香港にでも」

「え~。マジかぇ~」

 

 絶世の美貌で、巻き舌で驚き現す癒魔王の美人プリースト。

 もうこの時点でナベ次郎には、このキャラクターの元ネタについて大凡の見当は付いていたけれど・・・・・・それでも一応聞いてあげるのがロケット団流世の情け。

 

「ところで・・・・・・あなたのお名前は、ホワッチュア・ネーム?」

 

 発音が怪しすぎる変な英語もどきで質問したナベ次郎に向かい、思わずドキッとしてしまうほど魅力的で慈愛に満ちた、“聖女様のような”優しい微笑を表情いっぱいに溢れさせながら、美しい女性プリーストは一礼しながら名乗りを上げる。

 

 

 

「は~い☆ フィラーン・ザ・癒やしの魔王。クラスはダーク・ハイプリ~スト。

 暗黒神に仕える美しき聖女兼高司祭で、レベルは99。年齢は18歳で~す♡

 回復魔法は大体全部使えるけど、それより重要なお勧めポイントなのが魅力値ステータスMAX!!

 ああ、憧れの魅力値MAX!! 最高値の美しさ! テンプテーション!!

 これから私のことは、お嬢様と呼んでいーんですよマスター♪ むしろ呼んで、お嬢様と!!」

 

「う、うわぁ・・・・・・」

 

 

 

 思わず、ケンカ好きの馬鹿エルフでさえ引いてしまうほどのテンション&ノリと勢い。

 しかも、やっぱりコイツだったか・・・・・・と。

 今では知らない人が多そうなキャラだけど、相当に濃い上にマニアックなのが来ちゃったなぁーとも思いつつ。

 それでもまぁ、僧侶としても戦士としても頼りになるし、大した問題も起こしそうにないから、アクさんの足も治せそうで良かったなぁと。

 

 

 ―――この時には、その程度にしか思っていなかった人の召喚に成功しちゃった訳なんだけれども・・・・・・しかし。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ねぇ、ちょっと。この女だれ!? 誰なのよ!?

 な、なななんか私的にスゴく脅威を感じるんだけど! 色々と奪われないため今すぐ抹殺した方がいい気が物凄くして仕方のない女なんだけどっ!!

 殺しちゃっていいかしら!? 殺しちゃっていいわよね!? よし殺すーっ!!!」

 

 

 

 

 被った―――っ!? 同じ聖女系のお嬢様キャラで被っちゃったーッ!!

 そのつもりなかったけど、既存キャラの上位互換を呼んじゃったーッ!?

 

 助けて、ゴローッ!! 深夜の居酒屋でしょっちゅう被るの慣れてる井頭五郎さーん!?

 

 

 

 

注:この後、紆余曲折バカ騒ぎしまくった後に無事、アクちゃんの足は完治することができました。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

オマケ:新キャラ設定紹介

【癒魔王フィラーン】

 

ナベ次郎が異世界でリアルガチャして呼んでしまった、本来の自分とは全く関係のない赤の他人存在にして、課金の傭兵助っ人NPC存在。支払いは異世界ポイントで。

元ネタは『蟻帝伝説クリスタニア』のRPGリプレイ版に登場した、知識の神ラーダに仕える女司祭『フィランヌ』

 

最高数値の魅力値を叩き出した事で知られているが、その割には戦士よりも前衛をこなしたり、盾役も担当したり、正規リーダーを差し置いて実質リーダーになってしまったりと、幅広く活躍しすぎだったことで知られてる方が有名かもしれん。

 

 

原作における、『側近召喚』で呼び出された『桐野悠』の今作版バージョンとしてご出馬願って流用しました。

大帝国ともGAMEとも関係なく、単なる中堅MMOの古参プレイヤーってだけのナベ次郎には当然のこととして側近設定のNPCなんてものはなく、代わりとして仲間を呼ぶなら『○○魔王』とかの色んな魔王連合組んだ方が今風っぽいかと思った次第。【ボクと魔王】にも影響されたけれども。

 

悠をそのまま使う手もあったのですが、整合性が取りづらかったのと、単純に側近全員を知らない上に設定も詳しくないため上手く使える自信がなかった。その結果として今作版にあわせた近いキャラとして登場させている。

 

悠が、見た目通りの出来る女で、ヤバめの天才で組織運営もこなす才女だったのに対して。

フィラーンの方は、見た目と違って出来ない女で、回復魔法は天才的だが、組織運営どころか客商売に向いてなくて冒険者になった残念美人タイプ。

 

ナベ次郎と同じで、原作の同ポジションキャラとは真逆のステータスと職業を持たせた内訳に変えており、九内伯斗と同じようにいきたくてもいけずに迷走していく理由の一つになってもらうための設定でもある。

 

また悠が、神を信じぬ科学系のマッドサイエンティストだったのに対して、フィラーンは一応だけど神に仕えるプリーストで、物理でブッ叩く系の解決策をとりたがる等、逆説的な原作リスペクトを加えてみてはいる。

 

要するに、頭で考えるより物理で殴る方が手っ取り早いと考えてる人だった場合はこうなると。比較対象として描いた感じですね。

 

 

彼女と同様に、他の側近たちも今作版に変えて使ってみようとは思っているんだけど・・・・・・自信ないのが微妙なところでもありまするわ・・・。

 

いわゆる、『回復職なのに攻撃もできるキャラ』が元ネタのため攻撃も可能なプリーストではあるけど、あくまで装備品によって可能になってただけのため今作番でも同様になっている。

 

尚、性格やクラスはどうあろうと、魔王は魔王なので混沌属性。

元ネタの時点で帝国の支配と戦う主人公の割に、犯罪行為が多すぎるパーティーだったからなー・・・。



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キチガイたちも異世界で余裕に生き抜けてるようですが何か?3章

『超人高校生たちは異世界で』の最新話となります。
出来あがったのは実はけっこう前だったのですが……ちょうど世相が変わってしまった時期だったため出していい内容か不安になり、お蔵入りしながら調整してたんですけど…。

さいきん新しい話がなかなか書けない状態が続いてましたので、仕方なくストックから出してきた次第。今の世相的に大丈夫なのかビクビクしてる内容が踏まれてますので、ご注意を…。


 フレアガルド帝国フィンドルフ領にある貿易都市ドルムントの街。

 この街で唯一の商会であるノイツェラント商会の本館ロビーで今、一人の若者の冷静な声が冷たく響き渡っていた。

 

「――だったら、交渉決裂だな」

 

 エルム村の財布を預かる金庫番で、肝っ玉の太い美女フィノナの息子でもある、十代半ばで生意気そうなビューマの少年『エルク』

 彼は越冬準備のため必要物資を購入しようと、今年分の収穫を持って貿易都市ドルムントへとやってきて値段交渉を行おうとしていたのである。

 

 相手も自分たちから商品を売ってもらわねば商売に響くはず――そう考えて譲歩を引き出すためエルクが使った、初歩的な脅しによるブラフ。

 

 だが・・・・・・、

 

「我々、ノイツェランド商会の値付けが不満なら、ド~ゾ~? 他へ行けばいいねェ」

「――え? あ、い、いやその・・・・・・」

 

 たった一言、普通の返しをされただけで虚勢は崩れ去り、露骨な怯えと不安を態度にも声にも尻尾にまで現してしまう未熟すぎる少年のエルク。

 これでは交渉もなにもあったものではないのだが・・・・・・仕方がない。

 何しろ彼には他に“選択肢が与えられていない”のだから。

 ポーンだけで、全ての駒を揃えた相手と対局するハンディマッチのチェスのような状況下で、年齢的にも経験的にも未熟な交渉人エルクがどうにか挽回できる余地など微塵もなかったのだ。

 

 商会の長であるブタ面の大商人ヤッコイは、エルクの醜態ぶりに見た目通りブタのように下卑た笑い声を上げるが――今の彼は一銭の得にもならない弱い者イジメよりも気になる存在があって、先程からソチラに目と意識が向いたまま話せなくなっていた。

 

 新参の客らしき、“見たこともない服を着た外国人”の商人。

 “純金の指輪やネックレス”をジャラジャラ付けまくった、見るからに金の臭いを漂わせた成金としか思えない、黒髪黒目をもつ一人の青年・・・・・・この男を決して他の町に渡してはならない。

 

 そう思ったヤッコイは、まだ無意味な交渉ゴッコを続けたがっているエルクに対して、一応は取引相手で納品相手のお得意様“ではある”立場に対する仕方なしの礼儀から妥協案を提示。

 

「どうだろうエルクくん。そんなに納得がいかないのなら、町を一回りして今の相場を見て来た上で、改めて交渉しようじゃないか。その方が君的にも納得できるんじゃないのかな~?」

「それは・・・・・・わかった。そうさせてもらう」

 

 町を見て回ったところで何が変わる訳ではないと承知しているエルクだったが、一先ずの交渉先延ばし策として相手の手に乗っかり、席を譲る。

 厄介払いに成功して、目当ての新参客の相手がようやくできるようになったヤッコイだったが・・・・・・去って行こうとする相手の後ろ姿に余計なことを言って、権威と力を見せつけたい欲求を我慢できないのが彼という人間でもあったのだろう。

 

「た・だ・し、エルクく~ん。

 もーし、町を見て回ったときにドルムントの町中で他に買い手が見つかった時には、教えてくれると助かるねぇ~。

 なにしろ、この許可証なしで商売してるところは通報しなきゃいけないのでねェ~? 私も大事なお得意様の君を、密輸の罪で犬小屋ならぬ豚小屋に入れたくはないからさァ~。ブヒヒヒ♪」

「~~~っ!! さいですかッ!!」

 

 あからさまな挑発と見下し、そして額縁入りで壁に飾られた紙切れの「自慢話」をしたかっただけのヤッコイに、肩を怒らせながら乱暴な足取りで商会の門を潜って出て行くビューマの少年エルク。

 

 そう。このドルムントの町にはノイツェランド商会以外の商会がなく、別の誰かが商売を行うことは法律によって許可されていないのである。

 外国から来た大商会というならまだしも、エルクのようにフレアガルド帝国の国民で差別種族のビューマでもある吹けば飛ぶような寒村の金庫番ごときが、生きるためとは言え法を破ってしまえば仲間たち全員が処罰の対象になってしまうしかない。

 受け入れられずとも、村の皆が冬を越すには量が足りないとしても、この商会で売って手に入れた額でやり繰りする以外、彼には金庫番として村を食わせていく手段を与えられていなかったから・・・・・・

 

 その背後では、急に愛想良く揉み手をしながら新参客の対応を開始して、相手の男も慣れた調子でおべっかを言いながら、挨拶代わりに黄金色の菓子折を渡して親睦を深めていく汚い金の話をし始めたようであったが、エルクはこれ以上この建物内にいたくない気持ちになっていたから聞こうともせず商会を出て行っていた。

 

 

 

 

 

 

 ―――交渉は不首尾に終わり、冬を越すためには幾つかの生活必需品を諦めるか、他の同胞達に融通してもらうしかない去年や今までと同じ結果しか出せなかった己の未熟さに打ちひしがれながらエルクは、ノイツェランド商会の建物を出てトボトボとした足取りで歩き出す。

 馬車を引く手も嘘偽りなく落ち込んでおり、町の中央にある広場の噴水近くまで歩いてきたときにも驚いた顔を見せて、意図的にやってきた場所ではないことを体現してから噴水の辺に座り込んで天を仰ぐ。

 

 ・・・・・・そして、普段はこのまま夜の酒場まで落ち込み続けられるのが今までのパターンだった彼に、今回は陽気な声で話しかけてくる変わり種がいてくれたために色々な錯誤が生まれ始める切っ掛けとなってしまうのだった。

 

 

「よう。出迎えご苦労、忠犬エル公。褒美に菓子でも買ってやろうか?」

 

 

 ――と、横柄としか表現しようのない口調と風体で片手を挙げながら彼に近づいてくる、黒髪黒目で黄色い肌をした外国人の男。

 

「それと、演技の方もごくろーさん。」

「・・・別にお前を待ってたわけじゃねぇ。置いてくと母ちゃんにドヤされるから仕方なくだ」

 

 仏頂面でエルクは男に、そう返す。

 さきほどノイツェランド商会で入れ違いになった外国商人であり、自分たちの村が助けてやった「異世界からきた」と“自称している”「無駄飯ぐらいの厄介者たち7人」の一人で、その中でも一番ガラの悪い印象を与える人物。

 たしか、お仲間からは、「マサ」と呼ばれていた日本人青年――『鮫田雅俊』がそこに立ち、エルクに笑いかけていたのである。

 

 彼はエルクが村を出立するとき勝手についてきてしまって、何を言っても罵っても怒鳴ってもヘラヘラ笑って聞き流すだけで真面目に相手にしようとせず、面倒になったから自分の仕事を邪魔しないことだけを絶対条件として同行を許可し、今に至っている。

 

「・・・ったく。勝手についてきた挙げ句、あんな小芝居まで打たせやがって・・・。一体何だったんだよ? あの猿芝居は・・・」

 

 そして、その時。

 相手からも要求を飲むための条件として一つ提示されたものがある。

 

 

“お前が交渉するとき、後ろで見ている俺とは関係ない赤の他人のフリをしろ”

 

 

 それがマサが、エルクに求めてきた条件の全てだった。

 何がしたいのか全く分からなかったが、エルクの果たすべき役割と矛盾しないものだったし、こんな奴と知り合いだと思われるのは彼としても不本意だったので、渡りに船とばかりに深く考えることなく飲んでしまったため、彼には未だに相手の意図がよく分かっていなかった。

 

 そんな彼からの反応に対して、逆にマサは急に笑顔を引っ込めて顔をしかめ、まるで「バカ」を見下すような表情へと変わったためエルクの方が微かに戸惑いを覚えてしまった。

 

「な、なんだよ・・・そんな顔して・・・」

「お前ひょっとしなくても、バカか? 最初からお前とつるんで入っちまったら、向こうさんにお仲間だと思われちまって情報収集できねぇだろうが。

 どこの世界に自分が買い叩こうとしてるカモネギに、自分にとって都合の悪い正しい知識あったら教えてくれる正直者な悪徳商人がいると思ってんだよ。バ~カ」

「ぐっ!? ・・・ぐぬぅ・・・」

 

 馬鹿にされるように言われて初めて気づき、悔しげに唸るしかなくなってしまうエルク少年。

 だが、こればかりは相手の言い分が正しすぎて噛み付くわけにもいかない。むしろ今の今まで何で気づかなかったのかと、自分でも自分はバカなような気がしてくるほど当たり前すぎる意見だったから反論しようがなかったのだ。

 

 たしかに、マサの言うとおりなのだ。

 異世界から来た、という言葉が眉唾だったとしても彼らが外国人であることは服装などから見ても疑いようがなく、この国に関して無知すぎる反応から見て法律や制度などの知識が欠落していることも明白。

 法律について何も知らぬまま、違う国で商売はできない。最低限、なにが違法で合法かぐらいは知っておく必要があり、それを知るには現地の先輩商人から教えを請うのが一番手っ取り早い。

 

 だがヤッコイにとって、エルム村とエルクは殿様商売相手のお得意様だ。商売の知識に詳しくなられて得する点は何一つない。

 利益の共有だの全体の向上だのといった、資本主義経済の概念が普及しているならいざ知らず、一方的な搾取経済を望んでいる者にとって、フェアで対等な勝負になり得る相手との知識共有など歓迎されるはずがない。

 まして、あのヤッコイの性格ならば尚更に。

 

 ――とは言え、相手の言い分と指摘を素直に認めて、浅はかさを反省するのは些か以上に癪になる相手。

 それが異世界から来た、経済界で二番目の天才に与えられやすい評価の定番だったのも事実ではあり。

 

「・・・うるさい。そんなもの知ったところで、どーせ意味なんかねぇよ。来るときにも言っただろ?

 この町には、あそこしか商会はないんだ。あそこで売るしかねぇんだよ! 情報なんか手に入れても仕方ねぇだろう!?」

 

 相手への反感も手伝って、文字通り犬歯をむき出しにして噛み付くような勢いでマサに対し、自分では正論もしくは現実論と信じている言葉を突きつけてやった狼の尻尾を持つ少年エルクであったが・・・・・・それは相手の商売を知っている者から見れば蛮勇と評していたかも知れない自業自得な結末を招くことになってしまうだけだった。

 

「なにが仕方ねぇんだ?

 お前がブタに言い負かされて尻尾巻いて逃げるしかねぇ負け犬の癖して、プライドだけはバカ高ぇから、俺に八つ当たりしてケンカ売るのは仕方ねぇんで許せとでも言いてェのか?」

「なっ!? なッ!? なななんだとテメェ!? なんも知らねぇ癖して勝手なことを!!」

「っつか、仕方ねーもなにも、お前さっきアイツとの交渉でなんかしてたのか?」

 

 自分の言い方と選んだ言葉の悪さが理由の大半以上で激しまくったエルクとは裏腹に、淡々とした口調で至極冷静にマサは先程のエルクが行っていた交渉“ゴッコ”の内容を冷徹に酷評してのける。

 

「相手の言い値で村の収穫物売り払って、相手に言われた通りにサインしようとした。それだけじゃねぇか。

 せいぜい村からドルムントまで荷物運んできてやっただけが、お前さんのやったことの全て。ガキの使いと大して変わらねぇ簡単すぎるお使いだ。

 届けろって言われた物を、言われた通りの場所まで持ってくだけでいいなら、どんなクソガキでも下っ端のチンピラでも出来らぁな。

 ハッ! 無駄飯ぐらいの居候ってのは、どっちの事を言ってた言葉なのかねぇ~? クハハハッ!!」

「て・・・・・・テンメェェェェェェッ!!!!」

 

 流石に堪忍袋の緒が切れたエルクは思わず、相手の長身に向かって殴りかかる!!

 もともと気が長い方ではなく、ヤッコイに言いくるめられたことに不満や怒りを感じていない訳もない。

 ちょうど我慢が効きづらい状態の時に、やってもいいなら八つ当たりしてクサクサした気分を発散させたい! そういう想いを抱かずにはいられないエルクの若さ故の感情発露だったのだが・・・・・・しかし。

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ―――って、痛い!?

 痛い痛いッて! 痛痛痛ァァァァァッ!?

 折れるッ!? もげるッ!? アウチ! ぼうデンばうッ!?

 ぎぶぎぶぎぶぎ――――ッぶるしゅゥゥゥ!?!?」

 

 

 

 ・・・・・・アッサリと殴りかかった腕をねじ上げられて、骨が折れない程度に加減しながら関節技決められて、命の危機感から自分たちの知らない「降伏」を意味する異世界言語を涙と鼻水垂らしまくりながら連呼させられまくる立場へと、自ら突っ込んでいっただけで終わりましたとさ・・・・・・。

 

「・・・あのなぁ。老婆心で忠告しといてやるが、堅気の人間が怒りまくって感情バーストしただけで、スジモンに喧嘩売るのは辞めといた方がいいと思うぞ? 危ねぇからよォ~。

 ったく、俺たちの世界にある俺の国でもそうらしいが・・・最近の若いもんとかジャパニメーションだかハリウッド映画の中とかだと、人道的理由で非人道な奴らに怒りさえすりゃ碌な訓練も受けてねぇ庶民でも拳が届くもんだと思い込んでるヤツが増えてるみてぇだが。

 困ったもんだぜ、まったくよォ。命は大事にするもんだ」

「ぜひぃ・・・、ぜひぃ・・・・・・、し、死ぬかと思った・・・・・・」

 

 たっぷり数分間ぐらい痛みを耐え忍んで我慢してから解放され、四つん這いになって痛みで涙で顔がグチャグチャになってるエルクに対して呆れたように忠告してくれる。

 

 世界一の天才でもあり資本主義の魔王でもあった男に地位を追われて逆恨みしてそうな負け犬共が、楽して一攫千金できそうな弱者を力で食い物にしてるだけでいい治安の悪い地域の経済を、碌でなし共とセットで管理していたヤの付く商売の人間に、夢見る少年少女が好みそうな幻想は通じづらい。

 

 殴りかかってきた人間は、三倍返し、四倍返しの報復によってリスクの巨大さを思い知らせて再発を防ぐ犯罪業界のやり口に慣れているマサにとって、エルクや現代日本の若者達が好みそうな生き方は、死に急いでるようにしか見えなかった訳だが・・・・・・そんな彼だからこそ、世界一の天才には気付くのが遅れそうな部分に、素早く到達できてしまうこともたまにはあり。

 

「それにだ。―――このままだと、お前らの村は絶滅するぞ?

 いや、お前の村だけじゃない。お前らの種族全体が死に絶えて地上から消えてなくなる日が必ず来る。その第一歩目を、お前が進ませてやらんでも良かろうに」

「ふぅー、ふぅー。・・・・・・って、え? な、なに言ってんだアンタ・・・死ぬって、一体どういう事だよ!?」

 

 痛む腕に息を吹きかけていたエルクだったが、聞き捨てならない話を聞かされたことで再びマサに掴みかかる。

 マサも今度は反撃しようとはせず、素直に掴まってやった後、「ニヤリ」と笑ってから静かな声音で語り始める。

 

 

 ――『資本主義の魔王』と呼ばれた天才だったなら、経済をそんな風に使うことを決して許さず、許さないからこそ気づくのが遅れたかもしれない方法論を。

 経済は使い方次第で、戦争よりも容易に、戦争よりも多くの人間を、戦争よりも効率よく楽に、大量虐殺できる道具にもなれるという現実の説明を――

 

 

 

「コイツぁ、俺の世界で実際にあった国がやってたことのある昔話だ。

 ――あるところに、悲願の独立を達成したばかりの小国があったんだが、傍若無人な隣国に悩まされていた。革命を成し遂げて独裁的な支配体制での安定を取り戻した大国だ。

 あるとき大国は、小国に対して要求をしてきた。

 曰く、『壁越しの部屋の音が気になるから玄関と壁に面する部屋を俺に寄こせ。代わりに北風は吹き込むが見晴らしの良いバルコニーをくれてやる』と。

 暴論だったが、小国が大国相手に逆らっても勝てるわけがないので、仕方なく玄関をくれてやってバルコニーを受け取ることで当面の争いは避けられた。

 だが一端譲らせちまえばアッチのもんなのが、交渉って業界さね。次は居間を寄こせ、トイレを寄こせ、台所を寄こせと言われる。

 そして住む場所を狭められながら、今夜の食事になに食べるか隣人の意思に従うことも要求されるようになる。掃除の仕方も喋る言葉も全部だな。

 そんな生活に我慢できなくなってきた奴らが、ようやっと拒否したときには、もう手遅れ。

 大国相手に戦い挑んでも勝負にならねぇ。一瞬で潰され、住民たちは冷たい風が吹きすさぶ真冬の路頭に放り出されて強制労働。ああ、こんな事なら最初っから抵抗しとけば良かったのに――そう思ったところで後の祭りご苦労さん、と」

 

 

 

 ・・・ニヤけ笑いを浮かべながら、淡々とした口調でマサが語る『異世界に来る前にいた自分の所属勢力の昔話』を聞かされて、エルクの顔色は徐々に悪いものへとなっていくのを気配だけで観察しつつ、“前振り”を終えて本命であるエルクたちの現状を告げる。

 

「お前さんはヤッコイの商会でしか買い取ってくれねぇから仕方なく奴の店で物を売る。

 だが足りない分は足りないままじゃ村の仲間が死ぬから、どっかから補填しなきゃならん。

 金がない奴らが頼る相手は決まって、高利貸しか同じ同族の他の村人かの、どっちかだけだ。お前さんなら間違いなく後者だろう。

 んで、そいつらの方も苦しいから互いの足りない部分を補い合い、余裕のある部分を分け合って融通し合い難を乗りきる。

 一見いいことのように見えるが、実際にはジリ貧だな。

 無い者同士で融通し合ったところで、全体としちゃあ足りてねぇから分け合ってんだし、最終的には失血死まったなし。

 ヤッコイとしちゃあ、同じ品を別の村からも買いまくったって意味はねぇから、村ごとの収穫物で買い取るモンを別けとくだけで、後はオメェらの方で勝手に融通し合って勝手に衰弱していくだけだから楽でいい。

 やがて融通し合っても足りなくなってきたが、冬は越さにゃならないって状況に陥った時に寒村が仲間を生かすため、ナニ売ると思う? ――仲間だよ。

 身売りだ。家族やら娘やらを売りに出して日々を食いつなぐ金に換える。それしかねェ。

 売れるモンがなく、売れる先も持ってねぇんだから仕方がない」

「なッ!? そんなこと許され――」

「そのために国がバックに付いてんのさ。差別民族で、差別階級なんだろ? お前らビューマは帝国にとって。

 それでもヤッコイみてェな下っ端の端末にとっちゃあ、今んとこは良い金ヅルだろうからな。できるだけ長く、少しずつ追い詰めながら、徐々に徐々に首絞めてって搾り取りながら最終的に死なせれば、国の方針に背いたことにはならねェし自分も儲かれる。

 国としても体面は傷一つ付かず威光も知らしめられ、失敗したらヤッコイ一人を切り捨て後釜を宛がうだけでいい。

 ・・・・・・楽じゃあねェか。この上なく楽な『民族浄化』の基本的なやり方の一つ。平凡な手法が通じて羨ましいことだな、この帝国様よォ。ヤハハハッ」

 

 もはやエルクは声もなかった。

 相手の言っている内容が、実現可能な『自分たちの滅ぼし方』であることを彼自身がよく分かっている立場にあったからだ。

 

 そしてもし、マサの言うとおりの事態になった時に、自分たちが我慢できなくなって反乱なり一揆なりを起こしたとしても、自分たちは勝てないだろう。

 ただでさえ、今の時点でも勝てないからこそ従うしかない現実を受け入れているのに、今より更に数が減らされ、種族全体の力まで奪われた後になった状態では却って反乱軍として滅ぼす口実を帝国軍に与えるだけになるに決まっているのだ。

 

「覚えときな、エル坊。取引ってのは、目的を達成するための手段でしかねェもんだ。目的が果たせねぇ取引は本来やる意味がねェ。

 奴さんの言った額で、お前さんの目的が達成できちまったら、ヤッコイ側としちゃあ取引は失敗だ。お前らに冬越えのため、他の店やら他の村まで巻き込んで種族全体から巻き上げ続けられなけりゃあ、売る側・買う側としちゃあ意味がねぇんだよ。

 “払う金がなけりゃあ、家でも土地でも売り払り払え”――暴利で買い取る悪徳業者の基本だ。忘れんな」

 

 自分が粋がってるだけで何も知らないガキでしかなかった事実を思い知らされ、打ちひしがれているエルクを見下す視線で見下ろしながら、マサは『天才様が言いそうな商売の基本中の基本』を冷徹に『逆側の視点から見た場合』の用法を未熟な少年相手にたたき込む。

 

 それが一寒村の金庫番を任されているだけだった、相手の限界だと。

 所詮は、オラが村の神童レベルでしかないのがお前だと。

 自分たちが住まう狭いコミュニティ内でしか物事を考える基準を持たない人物が考えつく現実論など、大した現実性など持ち合わせることが出来るわけもない。

 世界が狭いのだから、それこそ『仕方がない』

 

 ――そして、言われる。

 共に一時だけ机を並べて学んでいたことのある、『資本主義経済の魔王』と呼ばれることになる真の天才様が、こういう立場の少年に言いそうなセリフを自分なりに言い換えて使ってみた表現によって。

 

「――で? どーすんだ?」

「・・・・・・・・・え? ど、どうするって何を・・・・・・」

「俺が今言ったのは、お前らが今置かれてる状況の説明と裏側の仕組みだ。理解できてねぇみてェだったから教えてやっただけさ。

 お前らは、そんだけ“馬鹿にされて”、“他人の豚に言いように扱き使われている”それを、“仕方ねぇだけで済ませてやっている”。それが今のテメェらと、ヤッコイとの関係性だってな。

 まぁ、よくて飼い主と家畜の関係性だな。ご主人様と奴隷の主従関係さ。

 それでもいいっつーなら、確かに他人のオレが口出しする性質の話でもねーんだがな」

 

 そこまでコっ酷く言われまくってエルクは、ふと気づく。

 相手の言葉の中に含まれていた、分かり辛すぎる言い方ながらも、自分たちへの『忠告』を多く含んでいた言葉の部分を・・・・・・。

 

「アンタ・・・・・・ひょっとして、俺たちのために怒ってくれ――」

「いんや別に。オレ個人としては、弱い奴が食い物にされるのは当然だと思ってるヤクザ者なんでな。正直言ってどーでもいい」

「んじゃなんで言ってたんだよ! さっきの言葉はさぁッ!!」

 

 エルク激怒! 尻尾を逆立てての大激怒である!!

 あれだけ色々言っておいて、最終的にこの始末!

 

 これだけバカにされまくって虚仮にされて、相手の言ってることが正しいのだからから“仕方がない”で済ませてやれるほどエルク少年は大人じゃねぇ!! むしろ大人でも出来るヤツ多くねぇ!!

 

「オレは別にどーだっていいと思ってんだが―――気にしそうな天才様がいたのを思い出したんでな。

 ソイツだったら、オメェらみたいのを見つけた時には放っておけねぇだろうと思ってよ。

 んで、柄にもなくチッとばかし、弱い者虐めする悪徳商人こらしめて金ふんだくって弱者を助ける、正義の人助けヒーロー魔王でも真似したくなっちまった。・・・そういうこった」

 

 どこか遠くを見つめながら、誰か懐かしい存在を思い出しているような視線を向け――苦い屈辱の記憶から目を背けたくなるような色を瞳に宿しながら。

 

 マサはエルクに向かって、ハッキリと宣言する。

 

「エル坊、今回の商談ではオレに主導権をよこす気はねェか?

 そうすりゃヤッコイから大金ふんだくりまくって、お前らに全額くれてやる。勝算はある。

 各国政府さま御用達の経営コンサルタントとして、お前らの村に特別経済顧問としてにタダで雇われてやるよ。金のふんだくり方ってもんを、たっぷりレクチャーしてやる。

 俺に任せるだけで両手で持ちきれねぇほどの大金が、お前のモノ! どうせ代金はヤッコイ持ちで構わねぇんだからなァ。

 サイン一つで頑張ってる苦労人な百姓は御大尽さまに、ブタは豚箱に。どうだ?

 一口乗ってみる気はねぇか? こんな機会は今を逃すと二度とねぇかもしれねぇぜ~?」

 

 そう言って笑い、メフィストフェレスめいた笑みを浮かべながら、キャッチセールスの誘い口調で手を差し伸べてくる、世界で二番目の天才からの『悪魔の誘惑』

 

 その怪しすぎる誘い文句に、乗るべきか乗らざるべきなのか、判断に迷い躊躇い、良心の呵責とか何やらに苛まれているエルクの背中を――ポンッと、気軽に押してしまった存在は、意外な場所から意外な姿で現れる。

 

 

「あ、あの・・・・・・それ、本当? 両手いっぱいのお金さん、ルゥも欲しいよ・・・。

 ルゥも、金貨さん欲しいよ・・・自分の力で生きたいよ・・・もう、振り回されるだけはヤなのぉ・・・だから・・・ッ!

 ルゥにも――ルゥにもお金さんの稼ぎ方おしえて・・・ッッ!!」

 

 

 そう言いながら、涙目でしがみついてきた、尻尾と獣耳を生やしてボロ服をまとった幼い幼女の姿を、マサは奇妙な視線を向けることになる。

 

 資本主義の申し子のような、大資本による独占を嫌う魔王に適わないと自覚させられ、商人魔王による経済支配を支えるための、熱く燃えた魔王の情熱に既得権益を奪われ追いやられてきた負け犬どもを管理していた、立場だけ見れば【魔王の手下の悪魔】のようなヤクザ者に成長していた少年は。 

 

 真の天才と同じに出来ない二番目として、魔王が見ていたなら別の視線を向けていたであろう相手に対し、魔王とは違う感情・違う理由で違う視線を向けることになったのだった。

 

 曰く、

 

 

 

「・・・美人局のサクラが、向こうからタダでやって来た!!」

 

 

 

 

 ――である。

 こうしてドルムントの町を舞台にして、悪徳商人による、悪徳商人の独占市場からの“抱き込み”が始まる。

 

 悪徳商人ヤッコイVS世界で二番目の経済の天才である悪徳商人マサの、市場の奪い合いはこうして幕を開けていた。

 

 

 

つづく



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乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・・・・の世界に転生してしまった

活動報告で【作者に書いてほしい原作】というリクエストに応えていただいた意見の中から、単に再放送始まったので少し前に見直してたから内容考えやすかったのを考えて書いてみたのを、試しに投稿しておきます。

【乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…】の二次創作です。

ただ即興のアイデアを形にしただけですので、色々とバランスが悪いの点はご容赦ください…(謝罪)


 

 ・・・・・・そこは、白い色一色の空間だった―――。

 

『この世界は―――腐っている!!』

 

 その場所の中央で、なんか凄そうな服装した美形で頭良さそうだけど微妙な悪そうなイメージでもある、背後の壁に『勧善懲悪反対! 悪こそ正義と既存の正義を裁くだけのアンチ風潮大反対!!』と書かれた横断幕をデカデカと飾らせた人が、私に向かって叫んでおりました。

 

『下界の人間たちである愚民どもは、争いを続ける世界を否定しながら、今まで悪と蔑まれてきた者たちこそ真に価値ある者だったと主張し、これまで正義とされてきた者を貶めることによって己の理想とする平和社会を実現しようと目論んでいるが・・・・・・それこそ大局的にしか物事を見ることの出来ない愚か者の発想としか言い様がない愚考だ。

 彼らが唱える主張は、今までの悪と正義・弱者と強者を入れ替えさせるだけでしかなく、今の世で悪と貶められるようになった今まで正義だった者たちが、いずれは今の正義とされた悪たちに復讐してくるだけでしかないのだが・・・・・・愚かなる愚民の群れでしかない人間共には、それは理解できまい』

 

 言ってる内容は割と優しさ重視で人道主義っぽいんだけど、【愚民】とか【愚かな人間共】とかの単語がメッチャ選民思想くさいです、この人。

 あるいは、この神。自称『神様』

 

 あ、申し遅れました。

 私は、どこにでもいる普通のインドア系ギャルゲー好き女子高生だった▲◆■です

 今さっき交通事故に遭って、トラックに吹っ飛ばされてヒッデェポーズの死体となって死んでしまって、気がついたら神様によって白一色の部屋に拉致されて、神様的演説を聞かされている最中になって今に至ってます。

 あと、なんか自分の名前がさっきから思い出しづらいです。洗脳されてきてる気がするのは間違ってないでしょうか?

 

『そこで、この【乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・】という作品だ。

 【FORTUNE・LOVER】という人気乙女ゲームの世界に転生した平凡な日本のアホ女子高生が、破滅する運命から逃れられぬ悪役令嬢のカタリナ・クラエスに転生することで、原作では敵対する主人公や王子たちとも仲良くなり、悪人を裁くだけではない理想的な平和な結末へと向かっていく物語。

 これぞまさに、真なるハーレムEND恋愛小説といえるだろう。素晴らしい。

 ――と言うわけで、▲◆■君。

 君は今日から、カタリナ・クラエス。御年8歳。いいね?』

 

 と言うことになったらしいです。って言うより、されてしまったみたいです。

 拒絶したくても、反論しようとすると口が塞がれて声が出せません。賛成だけしか言葉が言えない。優しさに基づく主体的な判断で、批判的な言葉を口にさせない言論統制はんたーい。

 

「ええっとですね・・・・・・その志し自体は大変良いものだと思うのですけど、方法論がそのあのえ~~っとぉ・・・・・・」

『うむ! やはり君も私の完全理想平和主義に賛成してくれるようだな! 私は君なら分かってくれると信じていたのだよ▲◆■君!

 では、【乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・】を用いておこなう、現在の間違った優しさがまかり通る社会を変革えるため、人々の心根から改革する転生改善プロジェクトの第一号として頑張って成果を出してきてくれたまえ』

「・・・え? あの今、転生改善って・・・・・・しかも1号って2号もあ―――」

『では発進! 地球を離れ、【乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・】の世界へ向けて、いざ飛び立つのだ!!

 出力120パーセントで臨界! ハイパー魂メガ波動砲を発射せよッ!!!』

 

 ズゴォォォォォォッン!!!と。

 たかが塵芥のごとき人間の一匹でしかない私個人の意思や人権など、魂ごとお空の彼方にある別世界まで放り出されて、私は【乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・】の世界へとやって来させられたのでした。

 いえ、正確には【乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・】の舞台である【FORTUNE・LOVER】っていう乙女ゲームの世界なんですけど、知らねぇですし。作中作だし。現実には実在しねぇから聞いたことねぇしプレイしたこともないですし!

 

 って言うか、狭い! ここ狭い!! なんか今までの自分より大分小さくて狭い気がする真っ暗な場所に着地させられたみたいで、狭いです!暗いです!なんか怖いんですがこの状況ってー!?

 誰かー! 助けてくださーい!! 助けるのが無理なら、せめて出して!? ここから出して!? 狭いよ暗いよ怖いよぉぉぉぉッ!?

 

 ――そうやって必死にあがき続けていたところ――

 

 

 

「・・・大丈夫ですか!? カタリナ様っ!」

「お嬢様! 聞こえていますか!? お嬢様ーっ!」

「カタリナぁぁぁぁぁぁッ!!」

「――はっ!?」

 

 なんか気づいたら周囲から、色んな人たちからの気遣わしげな視線が!? あと、なんか心配されまくってる外国人女性の名前が! しかも妙に男も女も美形ばっかり! 凄いですね外国! こんな扱い、私も受けたい!

 ・・・・・・でも実際に受けたら、怖じ気づいちゃって逃げ出したくなるんだろうなーと、基本的に口先だけのヘタレでしかない己を知る私は、自嘲気味な想いとともに立ち上がって場違いな位置から去ろうとした・・・・・・はずだったんですけれども。

 

「あ、れ・・・? なんか体が動か――歩幅が狂、目線の高さ、が・・・・・・フベシッ!?」

『か、カタリナぁぁぁぁぁッ!?(様ぁぁぁぁっ!?)』

 

 目測を誤って歩き出そうとして転んでしまい、頭から道路に顔面衝突して再気絶。

 後から私に仕える使用人のアンから聞いた話によれば、本日二度目の同じ傷口にピンポイント自滅アタックをぶちかましてしまってたそうな・・・。

 

「お医者様からも、『よほど運がお悪かったんですな』と仰られていたぐらいですから・・・」

 

 と、余計な補足情報まで追加してもらいました。

 こうして私は、今の自分がソルシェ王国の大貴族クラエス公爵家の一人娘であり、乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢の『カタリナ・クラエス』として生まれ変わらせられた事実をイヤと言うほど思い知らされることになるのでしたわ・・・。

 入院中って、勉強以外にやることないってホントだったのね・・・・・・シクシク。

 

 

 こうして最初に負った傷が治って熱が下がるまでに約五日、さらに傷口が深くなるよう自滅した分も合わせると、合計で15日ぐらい屋敷の自室で今の自分という現実と直面させられ続ける日々を送った後。

 最初に倒れたとき一緒にいた男の子が、お見舞いのため訪ねてきてくれたのでした。

 あのとき周囲にいた人たちの中で、私以外ではただ一人の子供だったらしい男の子です。

 

 聞いた話によれば、今までの私ことカタリナ・クラエスは相当な我が儘お嬢様だったらしいのに、そんな子が一緒に遊んでいて怪我しただけでお見舞いに来てくれるなんて、小さいのになんて優しい良い子なんでしょう!

 私は、愛らしい笑顔を浮かべて、純粋な眼差しで気遣いの言葉をかけてくれる心優しい王子様に、思わず心が胸キュンですよ! ・・・・・・まっ、子供相手だからこそですけどね。穢れた大人になると、穢れなき無垢な子供のピュアさって眩しい~。

 

「こんにちは、お加減はいかがですか? カタリナ様」

「はい、もう平気です。熱もスッカリ下がりました。――えっとぉ、ジ・・・ジオルト様」

 

 八歳ぐらいの男の子に頭を下げられ、慌てて私も返礼をして、アンから聞かされた相手の名前を記憶の片隅から引っ張り出し、たぶん合ってるだろうと思いながらも初めて呼ぶ相手の名前だったから戦々恐々していたのだけれど、反応から見て合ってたっぽかったので一安心。ふぅ~、良かったぁー。

 

「・・・本当に申し訳ありません。お顔に傷を作ってしまって・・・」

「いえいえそんな、お気になさらず。謝らなくてはならないのは私の方ですし。今回のことはすべて私の自業自得、むしろ皆様にご心配をおかけしてしまったみたいで、こちらから謝罪にいくべきところを謝られてしまうと困ってしまいますわ」

 

 言いながら、自分でも本当にそう思うしかない状況に、多少の冷や汗を内心で感じるレベル。いやもうホント、今回のことは完全に私が悪いからね。私だけが。

 正直、最初に転んで気絶したときの経緯は、まったくサッパリこれっぽっちも覚えてないし分かんないままなんだけども、その後に歩幅ミスって自分から頭ぶつけに行って入院したのは完全無欠に私が悪い。悪すぎた。

 

 強いて他に悪いヤツがいるとするなら、それは例の善意に基づく独善神様しかいません。

 あんな偽善じゃなくても独善ヤロウと比べたら、目の前の曇りなき優しい気遣いを示してくれる八歳の男の子王子様が悪いはずがない!

 まぁ確かに、目の前の男の子よりも年くってた分だけイケメンでしたけども。目の前の子は可愛いタイプで美形ってタイプじゃないですけど、イケメン度では向こうの方が好みな顔でしたけれども。

 

 それでも、この子は悪くない。神様が悪い。神様が人類改善のため丁度いい存在として選んだカタリナが悪い。そうに決まっている、そうに違いない。そうでなければならないから、そうだと私が決めた!

 

『えッ!?』

 

 ・・・・・・と自分では思っていたのに、何故そこまで驚かれちゃってます私の発言。

 もしかして、アレですか? この国では遊んでた子供が怪我したら、怪我しなかった方が全部悪いと決めつけちゃうモンスターママンが正しさ認められちゃう善意の勘違い正義国家だったりするんでしょうか?

 一応は今の自分も八歳児だから、子供の情操教育的にそこまでのことは教えてもらってなかった私には分からなーい。

 とりあえず、被害者正義で被害者の言い分は全部正しい偏向報道ヤダー!?

 

「そ、それに顔の傷っていっても掠り傷ですから、掠り傷。だから大丈夫です、問題ありません。楽勝です」

 

 世間の重圧に苦しんでいるかもしれない相手の、精神的負担を少しでも軽くしようと額に貼り付けられてたままの包帯をペリッと剥がしてポイッと放り投げ、後で拾ってゴミ箱に入れ直そうと頭の片隅で考えながらも、今だけは気楽そうな態度を意識しつつ、場の雰囲気緩和を優先して軽いノリと口調で断言して保証した私。

 

 ・・・・・・なのですけれども。

 

『えぇッ!?』

 

 何故か、さっきよりももっと驚かせてしまっただけになってしまいましたわ・・・。

 まぁ気遣いの言葉というのは奇々怪々なもの。自分ではそのつもりがなく言った言葉でも、相手が傷ついてしまうことってあるものですからね・・・。

 

 そしてやっぱり、傷ついた被害者側が全部正しく言い分通る、と。偏向報道やっぱヤダー!?

 

「えっと・・・・・・その、カタリナ様。あなた自身が傷を気にされなくても社交界では、そうはいきません。傷物として今後の婚姻などに影響が出てくるかもしれないのです」

「・・・はぁ・・・なるほど・・・」

 

 私は返事を返しながら、そう言えばギャルゲーでも美少女なのに、ちょっとした傷があるってだけで差別されてハブられて卑屈になってる美少女キャラクターとかいたなぁ~という前世知識を思いだし、こんな小っぽけな傷でも人生振り回されちゃう貴族社会って大変だったんだなーと、今時の歴史ブームに乗っかって大河主人公と同じ時代を舞台にしてTSしたギャルゲーやってた頃を懐かしみながら―――待てよ、と。心の中にアイデアが閃いたのです。

 効果音は、キュピーン☆

 頭の中にバァー!って光って走る新たなる人の形がごとく、誤解なく物事を理解できる新人類能力に私は覚醒し、それによって得た気づきに心の底から感謝した!

 

 ・・・・・・この小っぽけな傷一つあるだけで今後一生、結婚できなくなるとするならば。

 ・・・・・・・・・結婚しなくて良くなって、むしろ楽なんじゃね?という素晴らしきナイスアイデアが・・・!!

 

 そうよ、そうですよ、そうなんですよ! 結婚できないんじゃなくて、しなくていいんと思えばなんてことありゃしません! 

 何故なら、あのクソみたいな世界に帰らなくていいのだから、とかまでは言いませんけど結婚しなくていい傷物になって貴族社会に戻れるのなら、それはそれで悪くはないと私は思う!

 

 よし、これで行こう。これで貫こう。相手がなんと言おうとコレで突っ切る腹づもりで私は王子様への応答を貫徹する覚悟を決めました。

 

「ご心配ありがとうございます、ジオルド様。ですが大丈夫です、まったく問題ございません」

「い、いえですがカタリナ様。私がもう少ししっかり周りを確認していれば・・・・・・」

「大丈夫です、ジオルド様。まったく問題ございません」

「ですが私が警戒していれば、あなたにぶつかってしまうこともなかったですし・・・・・・」

「大丈夫です、ジオルド様。まったく問題ございませんですわ♪」

 

 相手に同じ返事を連呼してるだけと悟られぬよう、微妙に言い回しを変化させながら私は愚鈍を演じきり、相手が諦めて帰って行くまで同じ返答だけを繰り返し続けました。

 

 ふふふ・・・・・・これぞ引きこもり必殺、『理屈の通じないバカを演じて話しても無駄なヤツと諦めさせるの術』!!

 インドア系たる者、皆が皆、理屈の言い合いが好きだと思うな! 理屈よりもゲームやってる方に時間割きたいオタクの存在忘れるなかれ!!

 

 この私が十七年間の前世人生で会得した必殺交渉術、たかだか八歳の純粋極まるお子ちゃまには見抜けるものではないでしょう・・・・・・悪く思わないでくださいね? ジオルド王子。すべては私が平和でダラダラした第二の人生を送るという、ささやかな夢を叶えるための小さな犠牲なのです・・・・・・どうか許してください、ジオルド王子、よよよよ~。

 

「――ですので、傷をつけてしまった責任を取るため、私がカタリナ様と結婚する。そういうことでよろしいんですよね? カタリナ様」

「はい、もちろんです。全くもって何の問題もございませんわジオルド様♡」

「よかった。では、またあなたの体調が優れた頃にでも改めて、ご挨拶に♪」

 

 そう言って微笑んで退室していく、利用されたことに気づかぬ哀れで純粋な男の子ジオルド・スチュアート君、御年8歳児。

 ああ・・・必要な犠牲とはいえ、幼気な子供を騙して利用してしまったことに罪悪感が無きにしも非ずっていうか、やっぱりちょっと微妙って言うかなんというかそのえーとう~ん、ぐらいには感じて心を痛めているのですよ!? 本当に!!

 

 ・・・・・・って、あれ? なんか最後ら辺は惰性になっちゃってて、自分が何言われてなに答えてたか意識しなくなっちゃってたんだけど、なんとなくヤバいこと言われてヤバい返事をしてしまったような、そうでないような気が少しぐらいは無くもないような・・・・・・?

 

 

「お嬢様! おめでとうございます!!」

「うわっ!? ビックリした!?」

 

 記憶をたどって過去の歴史についてボンヤリ考え巡らしてたら、使用人の一人でえっと・・・・・・たしかアンっていう色々と教えてくれたメイドさんが、私にどアップで迫ってきながら満面の笑顔で祝賀の言葉を述べてきたんだけど! なに!? 何があったの!? 一体なにごとぉっ!?

 

「ジオルド様は第三王子とはいえ、とても優秀であられるとのこと。我が国では次期王は現王の指名制で、ジオルド様が国王になられる可能性だってあります。

 そのジオルド様の婚約者となれば、お嬢様は未来の王妃様も夢ではありませんね。ご婚約、本当におめでとうございます!」

「・・・・・・へ? え、えと・・・・・・ちょっとアン、今なんか不穏な単語が混じってた気がするんだけど、一体なんのはな―――」

「もちろんジオルド様がカタリナ様に結婚を申し込まれ、カタリナ様がそれをお受けになった、先ほどのご婚約話のことです! 結婚おめでとうございます!カタリナ様!!」

 

 言われてから、はたと気づく。

 先ほど交わされた会話内容、最後のやりとりに纏わる記憶。

 

 

『――ですので、傷をつけてしまった責任を取るため、私がカタリナ様と結婚する。そういうことでよろしいんですよね? カタリナ様』

 

『はい、もちろんです。全くもって何の問題もございませんわジオルド様♡』

 

 

 

 ・・・・・・言っちゃってますね私。

 メッチャ勢いよくプッシュしてOKしちゃってましたね、考えるの辞めて惰性でもの言っちゃってた先ほどまでの私。カタリナ・クラエス御年8歳児ちゃんのおバカ娘ちゃんは・・・。

 

 って言うか、受け答えの内容とタイミングからして、もしかして私あの純粋そうな男の子にハメられてな―――

 

 

【解。肯定です。あなたは『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・』の相手役キャラクター、ジオルド・スティアートを見くびって填められました】

 

「うわっ!? なんか聞こえてきた! 『転スラ』の大賢者みたいな役割果たすナニカが!? 頭の中だけに勝手に響いてくる声、気持ち悪ッ!」

 

【――『FORTUNE・LOVER』内における、ジオルド・スティアートの設定を開示します】

 

 

 思わず呟いてしまった私の正直な気持ちの言葉に、多少の不快感を感じたのか、ちょっとだけ間を開けてから見えるようになる、先ほどまで純粋無垢な男の子だと思っていたジオルド・スティアート君がもつゲームキャラクターとしてのキャラ設定。

 

 

 『ジオルド・スティアート』

 一見お伽噺に出てきそうな金髪碧眼の王子様だが、実は腹黒な性格で性格は歪みぎみ。

 なんでも簡単にできてしまう天才肌な王子。何にも興味を持てずに退屈な日々を過ごしている。

 

 カタリナ・クラエスは幼少の頃に王子と出会い、額にできた傷を盾に婚約。

 他の貴族令嬢たちへの防波堤代わりに用いるため、王子も婚約関係を維持することになる。

 最終的に、その出来事が理由となってカタリナは殺される。もしくは国外追放される要因となる存在。

 

 

 ・・・・・・なるほど。純粋無垢な良い子に見えて、実際には良い子に見せかけるのが上手な、頭の良さを持った狡猾な男の子だったのか。

 そうなると、つまり先ほどまでの私という存在は――――

 

 

 

「は、謀ったな! 謀ったわねジオルド王子―――――ッ!?」

 

 

 

 ガルマ様ポジションにいる人に裏切られて、シャアだった本心を見抜けなかった私に、ザビ家並の破滅の危機が訪れる可能性が!?

 人間だけが持つ可能性という神なんて要らないから、時を戻して! リセットボタンを頂戴! 選択肢を選ぶ前まで戻って選び直せるリセットボタンをって、選択し直前セーブしてなかったぁぁぁぁぁぁッ!?

 

 

 ギャーギャーと、再び混乱と困惑の中で騒ぎまくってテンパって、再び転びそうな危機を持ち込み周囲の人を慌てさせながら、私は謀略の中へと引きずり込まれてしまった微笑みの仮面王子がもたらす脅威に戦き、恐怖することしかできませんでした!!

 

 

 ・・・・・・そんな私だったからこそ、館を出て城へと帰っていく途中の馬車の中で、腹黒王子が呟いていた独白の内容を知るよしなど、全くちっとも金輪際決してないまま物語はスタートさせられることになるのでありましたとさ・・・・・・めでたくなし、めでたくなし・・・・・・シクシクシク・・・。

 

 

 

「ふふッ、面白い人だ。

 他の令嬢たちは、僕との距離を縮めるため手練手管を尽くす者ばかりなのに、彼女はあからさまに僕を遠ざけたがっていた。あんなにも見え透いた演技をしてみせてまで・・・。

 僕と同じく、無難な対応を演じることで人との距離を遠ざけるため利用する公爵家令嬢カタリナ・クラエスか・・・面白いな。うん、面白い。

 これからは今までより、面白くなる可能性が期待できそうだ―――」

 

 

 

 

 

試し読み切りなので、続くかは未定



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この乙女ゲー世界は、女子でも引きます

活動報告にコメントしてもらった原作アイデアの一つ、【モブセカ】の二次創作を序章だけですが書いてみました。
【乙女ゲー好きな女子ゲーマーの感想ネタ】が昔から好きだった作者ですので、そっち系の内容。好みは別れそうですので、特に女性ユーザー様は閲覧にご注意を。

注:作者は原作未読の、アニメ版オンリーで書いてます。


 

 突然ではあるが。

 男性諸君は、乙女ゲーをプレイする女子たちに、このような感想を抱いたことはないだろうか?

 

「君らのやるゲームには、顔が良すぎる男子ばかりが出てくるな。

 こういうタイプが現実にいたら、モテるのか、モテるしかない二択だけなのか?フン!」

 

 とか、そんな感じの感想を。

 だが、そんな男子諸君に対して私は、乙女ゲームを嗜む女子として敢えて言おう。

 

「乙女ゲームのキャラを気に入るかは、合う合わないで超極端に評価別れる」

 

 ・・・・・・と。

 実際のところ、乙女ゲームでも狙ってる男キャラに愛想が尽きることは、やはりある。「こいつシャベえ!」と思って怒鳴るときとか、やっぱりあるのだ。

 さらには、そういう時に主人公が彼以外なにも見えない娘だとドン引きさせられもする。

 予想以上に男キャラが魅力的な場合でさえ、主人公がそういうタイプだと、フラれたときの心の傷は、ぶっ飛ばしたくなるほど激しい慟哭を抱かされるときも珍しくはない。

 

 いや、嫌いではないのだ。むしろ好きなキャラだからこそと言った方が正しい。

 好きなキャラだから、さんざっぱら尽くし続けて、どんだけの手間暇乗り越えて愛してると思ってんのよこの野郎!! こんだけ愛した男にフラれたからには、多少の反撃ぐらいは許される!! そう心から確信させられる時があるのが、女子にとっての乙女ゲームという世界である。

 

 おそらくは、そのせいなのだろう。

 女主人公が強い娘だと安心して快適に感情移入することができ、乙女ゲームを穢れた負の感情を抱く心配なしに楽しむことが出来る。

 

 ――そして、その点においてこのゲームは駄目だと断言できる。

 大手メーカー期待の新作がどうとか知らないが、主人公は嫌いなタイプの女で何時間も付き合ってるのが苦痛でしかなく、攻略対象の男共も、なんでこんな女に惚れるのかサッパリ分からんせいで悪感情が増すばかり。

 調子こいて思い上がっている貴族キャラを、ゴスゴスに叩きのめして従わせるルートでもあれば少しは(私の)好感度も上げることができたというものを・・・・・・!!

 

 大体なに? このダンジョン攻略は? 戦争シーンは? パワードスーツ? 要らないのよそんなモン乙女ゲーの世界には必要ねぇ! もともと男向けで人気だったメーカーだかなんだか知らないが余計なモン持ち込んで来んな! 爆ぜろ! 消えろ! 砕け散れ! 乙女にそういうのはいらねぇんだよぉぉぉぉッ!!!!

 

「はぁ・・・・・・。やっぱこれ、ダメだわ。間違いなくクソゲーだわ。買って損した、クソが」

 

 私はついに我慢しきれずコントローラーを投げ出して、プレイも諦め、フルコンプ目前までプレイしてた乙女新作を「やらなかった方が良かった黒歴史ゲーム」に、新たな1ページが加えられたことを歯ぎしりとともに自覚しながら、クサクサした気持ちを発散するため町へ出る。

 

 夜の町は暗く、昼間とは違う景色を私に見せてくれて、少しだけ精神安定の鎮静剤としての効果をもたらし、私は思わず「フッ・・・」と柔らかい笑みを浮かべてしまう・・・。

 

 そして思うのだ。

 ――やはり初回限定版の特典に釣られて、微妙な期待度の新作を発売直後に買ったのは失敗だったと。

 いや、危険性については分かってはいた。今まで似た経験の1度や2度や3度や12回ぐらい味わったことが無いわけではない身の上だ。それなりの経験と、不吉な未来を予感させるパッケージの見分け方というものは心得ている。

 

 だが、しかし! しかしなのだ! もし仮に名作だった場合に、後から初回限定版を買おうとするとものスッゴい金額になってしまって財布に痛い!痛すぎるのである!

 

 そういう理由で今回のアレも買ってしまって、諦めきれずに今まで続けてきた訳ではあるが・・・・・・

 

「何事も諦めが肝心、ということだろうな――次の新作に期待するため、お布施したと思って割り切るとしようか・・・・・・ふふ、私もまだまだ青い」

 

 自らの過ちに気づいて自嘲しつつ、私は飲んでいた缶コーヒーをゴミ箱に向かって放り投げ、カンッ!と縁に当たって見事に入って、幸先の良いミラクルシュートを成功できれた自分の運の良さを絶賛しつつ、家に向かって道路を歩いていた―――丁度その時。

 

 

「・・・うおぁぁ・・・お、終わったぁ・・・・・・イベント回収率百パーセントの逆ハーレムEND・・・コン、ビニ・・・・・・あ」

 

「――え?」

 

 

 突然、空から落ちてきた男の子が、目の下に分厚いクマができた恐怖と理不尽に歪む顔をドアップで迫らせながら落下してきて、私の頭に刻の涙が光る音を確かに耳にして―――

 

 私の意識は永遠に―――この地球上から闇の中へと落ちていって浮かび上がることは二度となかった。

 

 

 

 

 

 それから十年。

 

 

 

「うわぁ・・・ゲームの学園そのままだな」

 

 俺は眼前にそびえる懐かしくも忌まわしい建物を見上げながら、思わずそう呟くことしかできない心境になっていた。

 

 広大な大陸の中央に位置する近代的かつ自然と調和した美しい都市。それがオルファート王国の王都だ。人口は百万を超え、貴族中心の社会が築かれている。

 そして、その町にある学園が俺が今日から三年間を過ごす羽目になっちまった、イヤな思い出しかない呪わしい場所。

 貴族の作法だとか冒険者の心得とか魔法なんかも学びながら、今の自分にふさわしい結婚相手探しもしなけりゃならない。

 

 しかも、やっぱり『女に都合良すぎる頭おかしい乙女ゲー世界』の舞台らしい特徴として、女たちがやたら強くて、性格最悪なの多すぎて、オマケに愛人まで連れ放題・・・!!

 10年経っても相変わらず、この世界イラつく!!

 

 クソッ! 折角それなりの地位しか与えられないサイズの浮島を見つけて、無人島だったから買い取ったってのに! それが還って評価されて準男爵だったはずが男爵に格上げされ、こんな学園で、あのゾラぐらいの身分の女を相応しい結婚相手として探し出さなきゃいけなくなるなんてぇ・・・・・・っ

 

「・・・か、帰りてぇ・・・・・・グスン」

「まぁまぁ、兄君くん。来てしまったものは仕方がないのだし、今更いいじゃないか。元から来たがっていたこと自体は、兄君くんの希望通りでもあったわけだし」

「ぐ・・・、それはそうなんだけどさ・・・」

「ククク」

 

 嫌みっぽく、と言うより悪役みたいな、わざとらしい笑い方で笑い声を響かせながら、俺の背後から女子用の制服をまとって姿を現してきた少女の姿を、俺は少し苦手さを感じさせられながら横目で見下ろす。

 

 俺より少し背が低い身長の、俺とよく似た悪そうな目つきに眼鏡をかけて、インテリそうに見えなくもない秀才っぽく演出している女の子だった。

 髪は左右に少しだけ毛先を垂らした一応はツインテールの髪型で、イタズラっぽい不敵な表情がデフォルトになっている。

 ――ただし見た目だけで、中身は脳筋バカな頭脳戦とか俺の方が圧倒的に上なヤツでしかないんだけれども。

 

「まるで他人事みたいに・・・・・・お前だって男より楽ってだけで、結婚相手にテキトーな男を探し出せなきゃ肩身狭くなるって姉ちゃんから言われてたじゃねぇかよ、山田」

「フフフ、そこは心配無用。私と結婚する男など、間違いなく碌なヤツではないことだけは確定しているからな。気にするだけ無駄というものだ。

 ――なにしろ、ツインテールの貧乳メガネっ娘と結婚できる男だぞ? そんな趣味趣向を持つ人物が男として碌なものであるわけなかろう?」

「そういうジャンル分けすんじゃねぇ。お前自身のことじゃねぇか、見た目の自覚あるなら少しは直す努力をしろ、この愚昧め」

「ふふ、善処させてもらおう。――それとだが、私の名前は『レイン』だよ。

 他人と間違えないでいただきたいな、リオン兄君・く・ん♪」

「く・・・っ、こいつムカつく!!」

 

 スタッカート付きの言い方されて、そのわざとらしさに拳を握って震わせる俺!

 この世界に生まれ変わった、元日本人の社会人だった男、『リオンフォー・バルトファルト』は、同じ家で生まれ育った“ことになっている双子の妹”であり、同じく10年前のあの日に記憶を取り戻し合った、同じ事情を理解し合える唯一の存在でもある『レインシー・バルトフェルト』と、いつも通り仲の悪い兄妹ゲンカに見えるなにかをやらかした後、馬鹿らしくなってそっぽを向く。

 

 そう、俺と彼女はいわゆる『転生者』というヤツ同士だったのだ。

 しかも前世で最後にプレイしていたゲームも同じ、あのクソな乙女ゲーだったという事まで同じな、いわば被害者同盟とでも呼ぶべき間柄。

 互いに憎しみを抱く相手を共有する者同士として、俺とレインは性別を超えて手を結び合い、協力し合って碌でもない今生における母親からの命令を蹴りつけるため冒険をおこなって、手に入れた力と金を山分けして今日に至っている。

 

 乙女ゲーなんてものを愛好してるって点だけは好きになれないヤツではあるが、それ以外の面では割と話も好みも合って相性が良く、この世界では兄妹として生まれ育ったっていうのも嘘じゃないから親近感も湧き、こうして同じ日に同じ学校の門を潜るまで一緒にやってきている訳なのだが。

 

 とはいえ、前世で赤の他人同士だった記憶がある分だけ、どうにも『妹』って認識で見ることができず、本当の妹が“アレ”だったこともあり、妹という存在と目の前で笑っている少女との印象が頭の中で一致しないまま今日まで来てしまっていた。

 

「もっとも、私の個人的な趣味趣向にもとづく行動よって、兄君くんや姉君くんたちに迷惑をかけるのは心苦しい限りでもある。できる限り周囲から浮かない程度には他人に合わせ、上手くやっていくよう心がけると約束し――んん?」

 

 芝居がかった言い回しで、わざとらしく俺に一礼しようとしてきた妹だったが、途中で何かに気づいて動きを停止させ、なんか変なポーズになった状態のまま視線を別の方向に固定させたまま動かなくなってしまう。

 

 なんかあったか見つけたのか? そう思い、声をかけようかと迷い始めた俺の耳に、遠くから声が聞こえてきて、妹になってる転生者の女が、何に驚いて見つめていたのか俺の方でもハッキリ理解させられることになる。

 

 

『キャー☆ 王子様たちよ~♡』

『あ、あれはレッドグレイブ家のアンジェリナ様よ! 素敵ねぇ~・・・♡』

 

 

 校門を潜って団体さんでゾロゾロ入ってくる、美形とイケメンとナルシストっぽい美男子の群れ共に、華やかな見た目と雰囲気をまとわせて取り巻きを連れた胸のデカい見た目美少女の2トップ集団。

 

 この世界、あのクソゲーじみた乙女ゲーの攻略対象たちと、その攻略を邪魔してた悪役令嬢様のご登場という訳である。

 ふんっ! 相変わらず10年経ってもイラつくなコイツらの姿は! いやむしろ、存在そのものがイラつく原因と言っても良いほどに!!

 

「ふっふっふ・・・兄君くんとしては心穏やかにはなれないパーティー登場のようだな。

 本心では罵りたくとも、下手なことを口にすると法の裁きがあるかもしれないし、たとえ無くても『僻んでるだけだろ』と陰口叩かれ、プライド的になんかムカつくから言えない。・・・・・・と言うところかな?」

「うるさいぞ、自称妹。お前だって、あの王子様軍団の実物を前にしたら、今まで言ってた批判を投げ出してでも玉の輿狙いでお近づきになりたい気持ちが本心なんじゃねーの~?」

「はっはっは、イヤだな兄君くん。相変わらず冗談が上手い」

 

 カラカラと笑って俺からの皮肉を軽くスルーして。

 妹は楽しそうな声のままで、楽しそうな表情を浮かべながら。

 

 

「現実に彼らのような者たちがいた場合には、通報するか総攻撃かの二択しかない。

 だから、その心配はないのさ。ハッハッハ」

「なんでぇっ!?」

 

 

 思わず驚いて聞き返す俺! 好きじゃなかったのかよ!?

 乙女ゲーやる人たちって、ああいうのを求めて乙女ゲーやってたんじゃなかったの!?

 

 

「うむ。非常に好きだし、好みのタイプのキャラでもある。

 だが現実になった場合には、絶対に色んな意味でいけないと思うタイプの男たちだとも確信している。

 ゲームのキャラとして好きなことは、現実に実在したら嫌いではないことを意味するものではない」

 

 

 したり顔で語ってくる、乙女ゲーマー初心者の俺と違ってベテラン女子だった前世を持つ、俺の妹。

 なんかもう、今までも色々聞かされ続けてきて、色々ぶっ壊されてた実感あるけど・・・・・・やっぱ改めて思いしらされるわ。

 

 乙女ゲーの美形キャラが好きな女ゲーマーたちの印象って、男側のヒロイックな幻想入ってること思ったより多かったんだなーって・・・・・・。

 

 現実に妹として、乙女ゲー女子のリアルを詳しく教えてくれるせいで、俺の中にある女の子のイメージは、今までよりもっとボロボロです・・・。

 

 やっぱり乙女ゲー世界はモブ(♂)に厳しい世界なんだと、俺は思う・・・・・・。

 

 

 



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乙女ゲー世界はモブ(性別♂だけど女顔のあり得ない美形)にも厳しく見えるようです。

前回の話で『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』のアニメ版を見直した際。
【乙女ゲームネタ】ということで思いついていた、もう一つのアイデアも試しに書いてみたので投稿してみます。

正直、今風の流行り的にどうか分からずボツにしようか迷ったんですけど…『試作品集』なんだし、試しにと。


 

 妹に頼まれた乙女ゲームをクリアーして、空腹を感じてコンビニへと向かう途中で意識を失い、階段を転げ落ち・・・・・・そして自分は、死んだ。

 

「――はっ!? な、なんだったのだ今の風景は・・・・・・」

 

 不吉な夢から目覚めて現実へと帰還した少年は、夕闇迫る家の裏山で眠ってしまっていた姿勢から慌てて飛び起き、周囲を見渡す。

 見慣れた故郷の男爵領。王国の片田舎に存在する小さな浮島。地上より遙かに低く近い夕暮れ空。

 目に映る全てのものが、自分が産まれた日より今日まで見続けてきた故郷の風景であり、この浮島からほとんど外に出たことのない貧乏貴族の次男坊に過ぎない彼にとっては世界の全て。・・・・・・そのはずだった。

 

 見慣れた風景に包まれた、安心できるはずの景色を見つめ終わった少年は、顔色を蒼白に染めて小さく呟く。

 

「ひょっとして僕は、どうかしちゃったのかな・・・?」

 

 蒼白な顔色で呟く彼の脳裏にこびり付くのは、夢の残滓。

 見たことのないはずの物だけで作られた、見たことのないはずの国。見たことのないはずの世界で生きる人生。見たことのない人生を送っている自分自身の姿。・・・・・・それらの光景が記憶の中にへばり付いたまま、夢から覚めても消えることのなく残り続けて、現実とのギャップに彼の心を苦しみで満たそうとして、そして――

 

「・・・あっ! いけない、忘れてた――早く家に帰らなくちゃ! 今日は奥様が来る予定の日だったのに・・・っ」

 

 思い出された現実の記憶が、彼を一時的にではあったが一時の甘美な夢を忘れさせ、苦い現実の息吹を優先するため頭の隅へと追いやられる。

 そして、走り出す。父たちが待つ実家へと全速力で駆けていく。

 

 男が弱く、女が強く、高位貴族の婿でしかない父の連れ子という、肩身の狭い立場の彼にとって父の妻である義理の母は、自分たち家族が生きていく上で絶対的な存在であり、自分のせいで父に迷惑がかかるような事だけはあってはならないと、物心ついた時からずっと心に誓い続けてきた彼にとっての何よりの優先事項を果たすため、彼はただ走り続ける。

 

 ―――サラサラの長い髪を風になびかせながら、涼しげな目元に長い睫毛を時に閉じて瞬きをして、均整のとれた長身をカモシカのようにしならせながら、少女よりも美しい美少女に見える現実にはゼッテーいそうにないレベルの超絶美形の女顔美少年は、父と義理の母が待つ実家へ向けて全速力で風のように走り抜けていく。

 

 余談だが、彼が夢の中で見た別の世界で生きている異なる自分は、放送部とボクシング部とオーケストラ部を掛け持ちして、生徒会副会長にも使命抜擢されてしまってた、異なる世界で悪魔を召喚して戦うRPGシリーズ三作目以降主人公並みのハイスペックを誇っていたという夢を見ていた直後での全力疾走です。

 

 山を駆け下りて、家に着くまでのタイムおよそ1分30秒05。

 カールなんちゃら並の速度だったが、異世界人スポーツ選手の記録なので彼は知らない。知らないから比較しようがないので気づけない。

 多くの場合、モテそうな見た目の主人公というのは、そういう風に出来ているものである。

 

 

「ま~ったく、これだから田舎育ちは嫌いなのよ。バルカス、あんたが教えてあげなさい。このバルトファルド家がやっていけているのは誰のおかげかを」

「申し訳なかった・・・・・・全ては、ゾラのおかげだ・・・」

「そう。しがない田舎領主が男爵として振る舞えるのも、わたくしとの結婚があったからです。このワ・タ・ク・シ・の・ね!!

 そのことを忘れていないのなら、もっと感謝の気持ちを行動によって示して欲しいものですわね。そうすれば私も繊細の子供だろうと多少の融通ぐらいは利いてあげなくもないのだから。

 ・・・・・・ところで、バルガス。義理の息子と母親って結婚できたかしらね?」

「・・・・・・は? ゾラ、お前なに言って――」

「お母様! なにを貴婦人らしからぬ事を仰っているのです!? はしたない!  ご自分の高貴な立場をご承知おきくださいませ!

 第一、義兄と結ばれて問題ないのは義理の妹との結婚であって、義理とはいえ母と息子の結婚など名門貴族の一員として許されることでは御座いませんわ!!」

「おだまりなさい! 娘のくせに差し出がましいですよ! 愛があれば年の差も家族も関係はないのです! だいたい理屈っぽく説教してるフリをして、自分が嫁ぎたがってるだけでしょうが!?」

「誤解です! わたくしは貴族令嬢として、お母様に道を誤って欲しくないだけ! その為なら私が兄と結婚するという泥をかぶって、周囲からの非難を引き受け家とお母様の名誉を守れるならと! それに愛さえあれば良いなら、私とお母様では比べものにならない兄妹愛というものが――!!」

 

『『え、えーとぉ・・・・・・』』

 

 

 そして毎回恒例、妻が夫の家を訪ねてきた時の母娘漫才を見たくもないのに、終わりまで見物させられてからようやく解放され、それぞれの自室へ戻っていく入り婿親子姉弟たち。

 

 女が強く男が弱い社会において、入り婿が妻の歪んだ愛憎模様を披露している最中に、自分だけ先に家の中へと避難することは許されない。そういう面でも面倒くさい、この世界特有のおかしな現象。この家族だけかもしれないけれども。

 

 

 そして少年もまた、兄とともに自分たち兄弟用にと宛がわれている納屋の中へと入っていく。

 彼ら兄弟二人は先妻の息子であり、現在の義母である後妻のゾラとは血が繋がっていない。

 気位の高い貴婦人であるゾラにとって、一応は自分の夫の前の女との間に産まれた息子たちという存在は、愉快であろうはずもない立場だったから、男であるという性別も手伝い同じ屋敷の中で暮らすことを許さなかったのは、この世界で派そうおかしな話でもない。

 

 ――もっとも、納屋といっても風呂トイレ完備でキッチンも有り、オマケに何故だか納屋であるにも関わらず、義母が訪れた時用の高級カップと茶葉まで用意されていたりするのだが・・・・・・女が強くて男が弱い世界の常識と、先妻の息子で後妻の義母という立場だけに目がいってしまってる少年の心に、そういう部分は全く映ってないので分かっていなかったりもする。

 

 そのせいで未だに納屋暮らしが続いていたりするのだが・・・・・・他人の好意に鈍感な美少年というものは、ご都合主義なようでいて時に便利な場所から自主的に遠ざかってる時がある微妙な存在でもあるようだ。

 

 

 そんな納屋の戸を開けて入ってきた弟に向かって、勉強のため教科書を広げていた兄が声をかけてきた。

 

「ただいま・・・」

「おかえり。――ああ、そう言えば今まで言い忘れていたことを思い出したんだが・・・」

「なに? 兄さん・・・疲れてるから、できるだけ手短に頼むよ」

 

 義母と義妹の、自分たちに対する「気遣い故に言って見せてるだけ」でしかない母娘漫才を終わりまで見せられ続けて精神的に疲労していた少年は、兄からの言葉に多少ぞんざいな態度で返事を返したが、慣れたもので兄の方も特に気にすることなく要望通りに調整して、自分の伝え忘れていたのを思い出した要件を弟に告げる。

 

「そうか。なら手短に済ませよう。

 ――俺とお前、地球から生まれ変わってきた転生者で、この世界は乙女ゲームの世界だから」

「・・・・・・は?」

「あと、課金アイテムの最高性能・宇宙船が眠ってる場所、この地図に書いといたから」

「・・・・・・・・・・・・」

「風呂、沸いてるから。疲れてるなら早く入って寝ろよ。明日も早いぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 ―――こうして、自らが乙女ゲーの世界に転生を果たした元日本人だったという出生と前世にまつわる秘密を、本人の要望を叶えて手短に兄から教えられてしまった少年、『リューン・フォウ・バルトファルド』は。

 ・・・・・・もう色々と面倒になったので、色んなことは明日考えようと、今日は寝てしまって、明日からのことは明日から考えて生きる道を選んだのであった。

 

 

 

 

 その日から十年。

 紆余曲折を経て、少年は夢の中で見た、前世で最期の時を過ごすことになってしまった乙女ゲームの舞台である学園に――『攻略対象並みのルックスとスペックを誇るモブキャラ』として原作介入することになる・・・・・・。



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コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~第3章

久々の更新【コードギアス英雄伝】最新話です。
色々思うところがあって長く書けない状況が続いてまして……先日の気分転換で踏ん切りも付きましたので折角なので書いてみようと思った次第。

つまらなかったら、ゴメンナサイ…。


 神聖ブリタニア帝国は、この世界において唯一の超大国であり、世界制覇の野望を掲げ各国へと侵略戦争を繰り返している軍事大国でもある。

 『弱肉強食』の名の下で実行される彼らの征服と支配は、残忍ではなくとも苛烈を極め、『力ある者が全てを得る』という彼らの手法は既に国是を超え、一つの思想になっていると言い切っても過言ではあるまい。

 

 彼らのやり方を指し、『力で一方的に押しつける方法は長続きするものではない』と批判することは容易い。

 だが、その論を主張する者達は、ブリタニアに征服された『合議制を取る民主国』や『平和主義を掲げる平和国家』の存在を、どのように説明しうるのだろうか・・・?

 

 ――とは言え現実問題として、ブリタニア一国で世界を相手に戦争を仕掛けるには、力だけでは不足であるのも事実ではあった。

 それら思想と現実との隔たりを埋めるため、ブリタニアは幾つかの政策をおこなっている。

 

 その一つが、『名誉ブリタニア人』の称号。

 一般には、被占領国の民衆たちがブリタニアの三等市民になることを受け入れるか、軍に志願入隊した際などに与えられる地位身分として知られている。

 だが一方で『聖戦への貢献に対する報償』として軍への志願入隊だけでなく、資金提供者の商人たちにも同様のものが授与されており、多額の軍資金を献上した者には下級ながらもブリタニア貴族としての身分が与えられ、占領国内限定ではあるものの様々な特権が付属する決まりになっている。

 要するに、金で貴族の地位を売って軍資金に充てているのが、この制度だった。

 

 そして今一つの政策が、『旧型ナイトメアの他国への売却』である。

 自軍の陣営では既に型遅れとなった旧式のナイトメアを、中華連邦などの同盟国へ売りつけ、売って得た資金で自分たちは最新型を生産しようという一石二鳥の策として立案されたのが、この政策だ。

 ナイトメアにとって心臓部に当たるエナジー・ピラーの情報は、当然ながら最重要軍事機密とされ、厳重に秘匿されて独占されており、たとえ敵国が現物を手にしても独自の高性能な新型ナイトメア・フレームを造り出すことは出来ないようになっている。

 ならば敵性国家が旧式ナイトメアを手に入れたところで、高性能な新型の開発母体として使われる恐れはない・・・・・・そういう計算から実行に移された内容だったのだが。

 

 この政策が、後にブリタニアの世界制覇を阻む最大の障害となって立ちはだかることになる未来を、今の時点で知りえる者は誰もいない―――

 

 

 

 

 

 

 

『不審車両に警告する! 今ならば、弁護人をつけることが可能である! ただちに停車せよ! 繰り返す! 右側車線に車を寄せ、ただちに停車せよッ!!』

 

 外部スピーカー用のマイクに向かって、得意顔でそう演説するブリタニア軍のトウキョウ租界防衛部隊に所属するヘリ部隊を率いる隊長にとって、今回の“依頼”は美味しい任務だった。

 

 ダールトン将軍“個人からの要望”として、ただ軍施設から重要物資を奪って逃走した都市ゲリラの乗る偽装トレーラーを追尾し、ナイトメア部隊が展開しやすい広々とした平地まで“車両を傷つけることなく追い込め”ば、それでいいというのだから。

 

 現地において最高位の地位にあるクロヴィス殿下からも同様の命令を受けてはいるものの、殿下からの命令内容には『やむを得ざる時には』という但し書きが付くのに対して、将軍からの依頼は『絶対に傷つけるな』という条件が付属されていた。

 当然ながら、難易度が高い方が報酬額はいいのが世の摂理だ。軍であれ、一般社会であれ、それが変わることは滅多にない。

 

 将軍としては、なんとしてでもゲリラに奪われた物資を『無傷で取り返して“から”』の武力鎮圧がお望みらしい。それ故にナイトメアフレームで取り囲み、降伏させるという形での解決がもっとも望ましい。そういう事なのだろう。

 

 それほどまでに将軍から重視され、総督とは対応に微妙な温度差のある奪われた物資がなんであるのか、彼は知らない。興味を持ってもいないし、今後も持つことはないだろう。

 せいぜいが、上層部内でパワーゲームの駆け引きがあった故の結果――その程度で納得して、それ以上を考えようとは微塵も思わない。

 

(どうせ俺たち下っ端には縁のねぇ、お上の事情なんざ知ったことか! せいぜい美味しい汁だけ吸わせてもらうため利用させてもらう!

 見てやがれ! 自分を主役だと思い込んでるナイトメア乗りのブリキ共!

 俺の出世のため、踏み台になりやがれ!!)

 

 そう心の中で口汚く同僚を罵りながら、声に出しては誠実さを装って軍本部へ指示を仰ぐ。

 

「ターゲットは租界から、ゲットーへ向かいます!」

『よし、追い込め』

「Yesッ!!」

 

 打てば響く耳障りのいい返礼をし――当初の予定通りでしかない予定調和の飛行ルートを、そのまま維持してトレーラーを追い込む作業を続行していく。

 

 ・・・・・・かつては攻撃隊の主力を担っていた攻撃ヘリ部隊も、世界初の人型機動兵器ナイトメア・フレームが誕生して戦場の主役となった現在においては旧式ナイトメアより時代遅れな旧型兵器と化し、戦場から遠く離れて都市の治安維持任務に回され、獲物と言えば反政府ゲリラの武装車両程度のものという有様に今ではなっている。

 

 配属先をナイトメアへと機種転換しようにも、ヘリより更に操作が複雑になった操縦系統は、老いた頭では付いていけない。

 と言って、『自分は愛機と共に一生を共にする』と言い切れない程度には、俗世的な地位身分や、年少の同僚たちに追い抜かれる立場に鬱屈したものを感じさせられていた俗人でしかない彼にとって、今回の依頼は『偉そうな顔して命令してくる若造共』を最後の仕上げ役として頤使してやれる、己の小さなプライドを満たす上でも都合のいいものだった。だから乗ったのだ。

 今更その手柄を、他人の手に渡してやる気は少しもない! 

 

「――高度を下げて、威嚇射撃をする。お前たちは現在の高度を維持して待機、増援の警戒を怠るなっ!」

『隊長ッ!? それは危険では――』

「この高さから撃ったのでは万一と言うことがある! 周囲の建物や逃げ遅れた民間人に被害を及ぼす危険を冒す気か!?」

『し、しかし・・・・・・』

 

 無論そんな綺麗事を本気で信じて言っていたわけではなく、将軍から話を持ちかけられているのが自分だけで、総督の指示で動く部下たちに発砲され万が一があっては嫌だっただけでしかない。

 抗弁しようとした部下たちを無視して隊長機だけで降下を始めさせ、機体下部に据え付けられた機銃の狙いをターゲットに完全にロックオンするため高度を落とす。

 

 ――だが、その直後トンネルに入られてしまったため撃つ機を逸して舌打ちし、トンネルを出てきたところで再び狙いを定めて、よく狙い・・・・・・後部ハッチが微妙な隙間分だけ開かれた姿を僅かに見い出す。

 

(・・・?? 機体の揺れで動作エラーでも発生したのか?)

 

 かすかに首をかしげながら、その穴をキャノピュー越しに凝視した瞬間。

 隊長の眼球は、その小さなスペースから更に小さくて細いナニカが高速で発射される光景を焼き付け―――そのまま爆散。

 長年乗り続けてきた愛機とともに、不本意な生涯を終えさせられることになる・・・・・・。

 

 

 

 

『た、隊長ーっ!?』

『スラッシュ・ハーケンだと!? ということは・・・・・・まさかッ!?』

 

 先頭を切って突撃し、手柄を独り占めするため一機だけ先行しすぎていた隊長機が撃破された光景を、命令によって後衛に追いやられていたからこそ全体像を見ることが叶っていた2人の部下たちが乗るヘリ部隊の残存戦力たちだったが、生き残れたことを喜べる幸運をまだ与えられていなかった。

 それどころか、ヘルメットに上半分を隠された顔色は青く染まり、いるはずのない存在を敵に見出した恐怖に怯える姿は、恐怖する時間すら与えられずに即死させられた隊長の方が、まだマシだったのではと思えるほど蒼白に染まり尽くしていた。

 

 ――まさかそんな、ありえるはずはない。そんなことはあり得てはならない!

 心の中で何度も言い聞かせながら、噂だけは耳にしたことがある思い起こさずにはいられない光景を前にして、行動を変更する決断も出来ぬまま、ただ直進し続けてしまう2機の地上攻撃ヘリ。

 

 それは文字通り、彼らにとって悪夢そのものだった。

 自分たちを過去の遺物へと追いやった能力を誇る、新たな地上戦の王者とも呼ぶべき存在。

 この高さからでは、空中戦力であっても一方的に攻撃できない悪夢の具現。

 

 それが後部ハッチを完全に開け放たれた、ゲリラたちが乗る偽装トレーラーから姿を現す。

 無骨にも見えるシルエットに 人間のような四肢を取り付け、人間よりも大分大きなサイズを誇る存在が、まるで獲物を見つけて口腔を開閉させる毒蛇のように禍々しい赤い光を頭部中央に光らせながら――起動する。

 

 防衛部隊とはいえ、ブリタニア軍に属する兵士たちである彼らにとって、最も見慣れた畏怖すべき存在。

 

 

「な――《ナイトメア》だとぉッ!?」

 

 

 ブリタニア軍の旧主力ナイトメア・フレーム『グラスコー』

 それが、この人が造り出した異形の名前だった。

 

 ブリタニア軍が開発して、日本侵攻の際に初めて実戦投入され絶大な戦果をあげ、既存兵器しか持たない旧日本軍相手に圧倒的勝利をもたらした、ブリタニア帝国にとって勝利の象徴。

 

 それは味方であれば、この上なく頼もしい存在として守護神のように感じられた存在だったが、敵の戦力として用いられてしまえば旧兵器に属する攻撃ヘリのパイロットでしかない彼らにとっては抗いようのない死神としか映りようがない。

 

 ブリタニア軍が軍費調達のため、同盟国である中華連邦にナイトメアを売却している話自体は兵士たちの間で広く知られており、幼い主君を傀儡として国を牛耳っている中華連邦の守銭奴共がブリタニアから購入したナイトメアを第三国へと更に高値をつけて転売しているという噂も、公然とではないものの兵士たちの間では失笑と共に語られてはいた。

 

 ――だが昨今、別の黒い噂が兵たちの間でまことしやかに囁かれるようにもなってきていた。

 

 ブリタニア軍は長引く侵略戦争の資金難から、中華連邦の密輸を承知の上で大量の旧型ナイトメアを売却し、各地の戦場でナイトメア同士の戦いが頻発するようになっているという噂をである。

 

 一度、中華連邦に売り払ったナイトメアが、その後どのように扱われて誰に密輸されようとも、それは中華連邦の管理態勢の不備が問題なのであって、ブリタニアの関知するところではない。

 ・・・・・・そのお題目で資金源に利用しているという理屈は分かるが、現実に戦場でナイトメアを相手に戦わされるのは自分たち、通常兵器に乗った兵士たちなのである。

 

 斯くして、ブリタニア世界制覇のための政策によって、ブリタニアの開発した兵器がブリタニア人の兵士を殺す道具として使われる、皮肉としか言い様がない状況が現出することになるのだが。

 

 その皮肉を皮肉と解釈して、あざ笑うことが出来るのは生き残った者だけの特権であるのが戦場の真理だ。

 

『コイツの威力は、お前たちがよく知っているだろう!』

「ヒッ!? こ、高度を取れ・・・いや、機銃の迎撃―――うわぁッ!?」

 

 コクピット内に全周囲チャンネルで響いてきた敵パイロットとおぼしき声の主からの通信に返事を返す猶予は与えられることなく、新たに一機の同僚が愛機ごと空の藻屑と化して塵となり、かろうじて敵に銃火器の武装まではなかったおかげで最後の一機が距離をとることだけは可能になったが・・・・・・状況は最悪だった。

 

 ローラーによる地上での高速移動を可能にしたナイトメアを相手に、機動性と可変性で劣る攻撃ヘリでは対処しようがない。追い込もうにも一機だけ残った残存数だけでは、どうすること出来ない。

 だからと言って、逃げるのも難しい。許可なく勝手に撤退してしまえば敵前逃亡の罪で銃殺が待つのが軍隊という特殊な社会の特徴なのだ。

 

 一体どうすれば――!?と悩みながらも、生き残るため最善を尽くそうとするヘリのパイロット。

 ・・・・・・結局それが彼と、先に戦死した二人の差だったのかもしれない。

 運命や神と呼ばれる存在が実在しているか否かは判然としないが、少なくともこの時、絶体絶命の状況下で生きるのを諦めることなく足掻き続けた彼の思いは、通信機から聞こえてきた尊大そうな声によって、正しく報われることとなる。

 

 

『――お前たちは下がれ。ここからは私が相手をする。

 どこから流れたのかは知らんが、旧型のグラスコーでは、この《サザーラント》は止められぬ!

 ましてや皇帝陛下の寵愛を理解できぬ、イレヴン風情にはなッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ブリタニア軍の攻撃ヘリ部隊と、日本側のゲリラが繰り出してきたナイトメア・フレームとの戦いに、皇族直属の親衛隊まで参戦してくる状況となり、更に戦線と被害を拡大することが予想される戦況になりつつある中。

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、些か不本意な状況に不快さを禁じ得ないままの状態で、グラスコーが飛び出していった後のトレーラー後部ハッチ内に座り込んで状況分析だけに労力を費やす不毛な作業をおこない続けていた。

 

 

「まったく・・・・・・まさか本物のテロリスト――いや、日本人たちの反乱軍だったとはな。これでは下手に外へ出るのも危険か」

 

 携帯電話のナビ機能を起動させ、現在地の把握と、別窓に開かせたニュース報道の内容から現在の自分が置かれている状況をも推測して、脳内に構築した地図上に重ねてイメージさせながら、ルルーシュは現状の自分が置かれた立場に不満を禁じずにはいられなかった。

 

 自分が今回の騒動に巻き込まれたのは偶然であり、望んで日本側ゲリラの偽装トレーラーに乗り込んでしまったわけでもなく、軍から追われる立場へと一転してしまうリスクを承知で戦闘に介入したわけでもない。全ては偶然の積み重ねと成り行きに過ぎない結果が、今のルルーシュが置かれている立場の全てだった。

 

 だが、だからと言って自分の不幸を呪っていたわけではないのが、ルルーシュのルルーシュたる由縁だった。

 彼はただ、『他人たちの都合に振り回され、状況に流されるだけでしかない無力な己自身の立場』が嫌いだと感じているだけだったからだ。

 

 たとえ相手が誰であろうと、自分以外の何者かに自分の行動が決められてしまい、覆すことが出来ないという状況をルルーシュの矜持は、容認することが出来なかった。

 『運命』だの『神の決めたこと』などという言い訳に逃げている自己満足の主張に、まるで共感することも受け入れることも出来ない性分の持ち主だったのが彼である以上、この状況からの脱出にも自己の力と知恵によって乗り越えたいとする想いが、ルルーシュの幼い稚気と反骨心が刺激されずにはいられない。

 

 とは言え状況は、あまり芳しくはなかった。

 このままトレーラー内に留まった状態でゲリラたちがブリタニア軍に拿捕されてしまえば、自分まで反ブリタニア思想を持つブリタニア人の「主義者」である疑いが掛けられかねない。

 それは全くの事実ではあったが、それを暴かれる流れと経緯が他人たちの都合に振り回された成り行きの結果というのでは、世界帝国ブリタニアへの反逆を目論んでいる大逆の輩として不本意すぎる形での途中下車となってしまうだろう。

 

 そのためルルーシュとしては、日本のゲリラ側にある程度の善戦を期待して、現在の追跡から逃げ延びることに成功した後、独力でトレーラーから脱出して何らかの手段で租界へと戻るより他に手段はなかった。

 

 選択肢としてだけならば、アッシュフォード学園の生徒という地位身分を明かすことでブリタニア軍に保護を求めるという手段も執れなくないが、それは最終手段として自力での脱出法法が万策尽きた後に選ぶべき道と想い決めている。

 

(まるで乞食のように、他人からの慈悲に縋って生きながらえるなら、死んだ方がマシだ!!)

 

 そういう想いと理由である。

 この発想が、良くも悪くも彼の人生を大きく動かし、その動きに世界までもを付き合わせてしまえる巨大すぎるウネリを生み出していく原動力にもなっていくのだが・・・・・・それは今の彼に取ってさえ知ることの出来ない未来の己の話でもある。

 

 

「しかし・・・・・・あの女、どこかで見覚えがあるような気がしたが・・・・・・?」

 

 そう思い、呟いたのは先ほど自分の隠れ潜むトレーラーから出撃していったグラスコーのパイロットである、一人の少女の記憶だった。

 物陰に隠れてやり過ごした自分に気づくことなく、トレーラー内を横断していく時に見ていた横顔には確かに見覚えがある気がしたのだ。

 それは相手自身の特徴的な姿もあって、強烈に印象に残った故でもある。

 

 ――赤い髪と、青色の瞳。

 

 一見しただけで明らかに純粋な日本人ではなく、おそらくはハーフかクォーターでブリタニア人側の血が色濃く受け継がれてしまった、遺伝子のイタズラ故の結果なのだろうが・・・・・・そんな風袋を持つ人物が日本側ゲリラとしてブリタニア正規軍との戦いに参戦して、しかも自分と差ほど年齢の違わぬ少女とくれば忘れるという方が難しい。

 

 しかし、それとは別に彼女の顔は記憶にあるような気がしたのだ。

 もっと身近で、しかも近い過去に見た覚えが・・・・・・。

 

 別人かもしれない。先ほどの生気に満ちた、輝かしいばかりの姿と自分の記憶にある『彼女』の姿は、あまりにも印象が違いすぎて整合性が完全には取れない。

 だが、それ故の変装という可能性もある。どちらにしろ確認することが出来るのは、自分がこの窮地から脱することが出来た後ということになるだろうが・・・・・・。

 

 そこまで考えた時、不意にルルーシュは口元に、意地悪そうな笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・誘惑を感じるな。襲う役か、助ける役か。

 どちらの方が、俺の覇道にとって選ぶべき道たり得る選択肢かな?」

 

 ブリタニア軍から追跡されている日本側ゲリラのトレーラー内で呟かれたルルーシュの発言は、何気なさそうに見えて途方もなく不遜で、不敵極まりない中身を内包してのものであった。

 

 彼はこの状況を偶然に巻き込まれた事故として終わらせる気はなく、何らかの形で自分の覇業に役立たせる踏み台として利用する術を頭の中で算段していたのである。

 日本側に手を貸すことで恩を売り、将来の味方としてツテを作っておくため確保するか。

 それともゲリラたちを独力で捕らえるか、重要機密なり人物を奪取して軍へと売り込む手土産とするか。そのどちらが未来の自分にとって、より有益かと算盤を弾いていたのである。

 先ほどからルルーシュが座り込んだまま考え続けていたのは、その策を構築するため思考に没頭していた故であった。

 今この時の彼の立場を考えれば、それは呆れられて当然の自惚れと驕り高ぶりとしか思いようのない、無謀な若者の妄想に過ぎないと、良識ある大人たちに笑われるか窘められるかのどちらかでしかないは承知していながら、それでもルルーシュの心には細波一つ立つことはなかったのだ。

 

 どのような偉人や、如何な大国であろうとも、始まりは無名の無力な若者や、取るに足らぬ小国から始まっている事実を彼は知っていた。

 

 皇歴元年が発布されるより前の、西暦が使われていた時代にいた人間たちの中で、ブリタニア帝国という超大国が世界を席巻しつつある現在の世界情勢を、常識として心得ていた者が一人でもいたのか?

 

 所詮、世の大人たちが語る常識などというものは、自分たちの『今』を絶対視して、未来永劫不変であると信じて疑わぬ猛進によってしか成立しようのない愚者の妄想にしか過ぎぬ・・・・・・そうルルーシュは喝破していた。

 

 日本側の『テロリスト』と呼ばれる者達に対しても、彼は特に抵抗感をもってはいないタイプの人種だった。

 日本はブリタニアとの戦争に敗れて国名を失い、エリア11へと名を変えさせられ、日本人はイレヴンとな、日本国も日本の正規軍も存在しなくなっているのが現在の情勢だ。

 

 軍も持てなくなった敗残の抵抗運動が、正規軍を相手に国を再興させたいと願えば、そういう呼ばれ方をする存在になるより他に手段はない。

 

 征服した側の勝者にとって、滅ぼされた側の敗者たちが国を再興させるための行動は全て『成功の余地なき無謀なテロリズム』でしかないのも当然の認識だった。

 敗残の残党軍が自分たちの国を取り戻すための活動を『解放運動』と称して、それを鎮圧する政府軍側の公式記録には『テロリストの鎮圧』として記されるのが『敵との戦争』であり、『敵対関係』というものだった。

 

 犬は噛みつき、猫は引っかく。異なる戦い方が適用されて然るべきはずだ。

 竜を討つ勇者と、蛇を捕らえる狩人とでは、卑怯とされるやり方も賞賛され軽蔑される理由も違っているのと同じように。

 

 

 なにより、腐った帝国に阿って弱き者に力を振りかざす輩が、ルルーシュは嫌いだった。

 そんな奴らと比べれば、絶対的強者であるブリタニアに抗おうとする旧日本の都市ゲリラのほうが遥かにマシだと言い切ることに躊躇いを感じたことは一度もない。

 

「・・・・・・ん? 携帯が圏外になったか・・・・・・そして、この暗さと路面の悪さから見てシンジュクゲットーの旧地下鉄構内に走っている幹線道路のいずれかまでは逃げ延びれたということだな。上々だ。条件はクリアーした。そろそろ俺も動き出すとしよう。

 風任せという生き方は、やはり好きではないからな―――」

 

 

 せめて、その風を造り出す側ぐらいにならなければ帳尻が合わない。

 心の中の呟きとはいえ、そこまでの想いを抱くことの出来るルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという少年は、確かにやり方こそ偏っているとは言え、気高い志と大望を希有な存在だったことは間違いなかったのだろう。

 

 

 ・・・・・・ただ大望を抱く者の多くに共通する特徴として、自らが大きな目標に向かって邁進している時、自分以外の何者かも同じように大望を抱いて異なる目標に向かって邁進しているものだという事実を、失念しやすいという悪癖がある。

 

 この時のルルーシュもまた、それら太古から続く伝統的な事例の一員に成り下がってしまっていたのだと、世界中で起きている物事の全てを知ることのできる、神の視点で見下ろす者からは評されていたのかもしれません。

 

 だが現実にルルーシュは、肉体に縛られた不自由な人間という種族の一人であり、自分の知ることのできる範囲内でしか判断材料を持ちようのないという点では他の者達となんら変わるところのない、普通の人間でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 彼が大望を抱いて、暗く狭い地下深くで歩み出したのと同じ頃。

 ルルーシュが潜む地下から遙か高みにある空を行く輸送機の中に、今一人の若者が大望を胸に秘め隠し、地上へと舞い降りるためシンジュクゲットー上空へ向かって真っ直ぐに飛行中だったのだから―――。

 

 

「テロリストは地下鉄構内に潜伏している。貴様たちの目的は、テロリストが奪った兵器を見つけることにある。

 イレヴンの居住地シンジュクゲットー旧地下鉄構内を探索せよ。発見次第、コードを送れ。ターゲットの回収は我が親衛隊が執り行う。

 貴様たちは名誉ブリタニア人とはいえ、元はイレヴンだ。同じ猿の臭いを嗅ぎ分けろ!

 銃火器の傾向を許可される身分になるため、功績を挙げろ!

 今こそ、ブリタニアに中性を見せるチャンスである!」

 

 

『Yes! マイ・ロードッ!!!』

 

 

 

 後に、『仮面の英雄』のライバル『裏切りの騎士』として世に知られることになる少年とルルーシュとの再会、そして対立の始まりの刻が近いことを、彼らはまだ共に知らない――。

 

 

 

つづく



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デート・アンチ・デ・ライブ

先日の活動報告で要望のあった【デート・ア・ライブ】の作者版です。
昨日から書き進めて、今さっき完成したので投稿しておきますね。

他の要望があった作品も、書いてる途中か、原作を確認中です。…出来るかどうかまでは微妙なんですけどね…。


 

 空間の地震と称される、広域震動現象。

 発生原因不明、発生時期不定期、被害規模不確定の爆発、震動、消失、その他諸々の総称であり、まるで大怪獣が気まぐれに街を破壊していくかのような理不尽極まりない現象。

 この現象が初めて確認されたのは、およそ30年前。

 ユーラシア大陸中央部を襲った巨大空間震は、一億五千万人という人類史上類を見ない未曾有の被害を引き起こし、その後も約半年間、規模は小さいものの世界各地で似たような現象が発生することになる。

 

 ――が、しかし。

 それはまぁ、それとして置いといて。

 

 

 

「・・・・・・え? あ、あれ? ここは一体・・・・・・?」

 

 目を覚ますと、そこはクレーターのド真ん中だった。

 辺りには一面、破壊された跡の建物と、避難してった人たちが置き忘れたと思しき忘れ物が転がっている。

 その中には、頭の中がピンク一色になれそうな本も落ちていて、ちょっとだけ手を伸ばしたい衝動に駆られたが、グッと我慢して状況判断を優先して空を見上げた。

 

 地上の惨状とは裏腹に、大海原のように広がる青く平和な大空。

 地を這いずり回って、破壊と殺戮を繰り返すだけの生物たちの営みを大昔から見守り続け、その愚かさを哀れみながら優しく包み込み照らし続け――それ以外はな~んもしてくれることもない、無関係な赤の他人みたいな存在。

 

 まぁ、雲一つない青い空ってのは、思ったより間抜けで白けた印象を受けるもんだと、昔誰かに聞いたことあるような気がするしな。

 そんなことを思いながら、なんとなくボンヤリと空を見上げ続け――ぶっちゃけ周囲のガレキの山から目を逸らせる唯一の方向が空だけだった部分もあるけど――そんな空を見ている向こう側から・・・・・・突如として急速に向かってくる存在があった。

 

「・・・ん? なんか飛んできて・・・あれってまさか・・・・・・人、なのか?」

 

 空の向こう側から、小さな点のような存在が自分のいる方角に向かって近づいてくるのが見えたのだ。

 それは小さな点から始まって急速に巨大さを増していき、ほんの数十秒も経たない間に人型サイズの物体が鎧のような装甲服をまとっている姿へと成長を遂げて視界に映った。

 その事実は、相手が凄まじい速度でコチラに向かって飛翔してきていることを示しており、自分はその高速飛翔物体を超遠距離にいる時点から目視することができていたことをも同時に示すものでもあったのだが―――後者の方を自覚することは彼女には出来なかった。

 

 “今はまだ”

 

 そして飛んできた人間たち、10名ばかりの10代半ばから20代後半までと思しき、見目麗しい容姿をして、ちょっとエロいボディスーツを纏った美女の皆様方は――ミサイルポッドとかバズーカとかミサイルランチャーとか、なんか色々とぶっ放して警告もなしにいきなり撃ちまくってきやがったのだった!!

 

 

「って、ええぇぇぇッ!? ちょ、待っウワァァァァァァッ!?」

 

 ドドドドドッ!!!

 ズガンズガンズガンズガァァァァァァッン!!!!!

 

 

 もの凄い物量の弾薬が遠慮容赦なく思い切り撃ち込まれまくって、必死に走って回避した彼女を追って自動追尾機能で追跡してきて、また爆発!!

 

 当たらないけれども! 外れて背後か周囲にある建物の残骸に命中して爆発四散するだけだけども!! っていうか当たって堪るか! 死ぬわッ!?

 

 そんなことを思っているのかいないのか、自分でも全く分からないまま考えることすら出来ないまま必死に必死に逃げまくる彼女。

 普通に考えれば、走ってミサイル攻撃から逃げ切れるはずはないのだが・・・・・・それすら考えつく余裕もない! 死の危険を感じさせられた“普通の人間として”ただただ逃げまくって走り回る! それだけである!!

 

 ――だが、何事にも例外はいる。

 

「・・・・・・ッ!!」

「なっ!? 速――ッ」

 

 10人の怖くて美人なお姉さんたちの中に、飛び抜けて動きのいい一人だけが混じっており、走って逃れようとしていた自分の目前にワープでもしてきたかのような動作で降り立ち、右手に持った超銃身のライフルの銃口を向けてくる。

 

 それは彼女が、相手の中で最年少と思しき10代半ばの怜悧な美貌をもった銀髪の少女の動きを、他の9人と比較して優れていると判断し、プロとして集団戦法の訓練を受けてきた美女軍団たちの連携行動を理解できるだけの知恵と知識を持ち合わせていたからこそ可能となっていたことではあったが――そんなことは今の彼女は知らない。興味もないし、持てない。

 

 今はただ・・・・・・目の前でピカッと光り輝きまくって、発射寸前になってるっぽいビームライフルみたいな代物に殺されないことが最優先事項だからな!

 悲鳴上げながらコクピットごと蒸発されて死ぬとか嫌すぎるわ!? 今は革新した新人類の少年たちが平和唱えながら人殺しまくってる宇宙戦争の時代じゃねぇ! 確認できねぇから知らんけど多分!!

 

「ちょっ! やめ!? ――うひゃあッ!?」

「・・・ッ!? 今のを、避けられ・・・・・・ならっ!!」

 

 ギリギリのところで射線から外れて、熱線光線による攻撃から身を逸らして回避して、近くにいるだけでも余熱だけで火傷じゃ済まない温度で普通の人なら焼死してた攻撃だったと気づくことなく無様に転げ回って逃げまくろうとする彼女の動きを、どう解釈したかはいざ知らず。

 

 とにかく相手の中で一番動きのいい銀髪の少女は、いったん空へと飛び上がると腰の後ろへ手を回し、まるで手品のように光の刃を抜き放つと―――今度はビームサーベルで超高熱の刃による蒸発斬りしてきやがったぁぁぁぁぁッ!?

 

「ちょっ!? だから無理無理、今度のは無理だって! 危ないって言うか死ぬって本当に!

 っつーかボクって、なんでこんな目に遭ってんですかねぇ!? ホントの本当にさぁ!!」

「・・・・・・死ねッ! “精霊”!!」

「ひっ!?」

 

 自分を斬り殺すため振り下ろされてきた、アニメでしか見たことがないビームの刃を前にして――実際にはアニメなど一度も見たことがないはずの彼女は、死の恐怖から咄嗟に能力を発動させ、そして――

 

「・・・・・・っ!? 消えた・・・?」

 

 突然、その姿を刃の前から消し去った。

 

 

 

『――折紙、状況は? アンタが追い詰めてたはずの精霊は、どうしたの?』

「・・・・・・逃げられた・・・・・・と思われます。よく分かりません。

 刃が届くと思った直前、レーダーからも私の視界からも完全に相手の姿が消え去ってしまって、その後に攻撃してくる気配もありませんから隠れたわけではないと思うけれど・・・」

『そう。それじゃあ取りあえず上には“撃退した”って報告しといて問題はないわけか。

 ――それにしても変な精霊だったわね。

 反撃してこないだけなら《ハーミット》とかの例が、まったく無いわけじゃないけれど、ひたすら悲鳴を上げ続けて逃げまくるだけなんて・・・・・・一体なにするつもりだったのかしら、アイツ? コッチの攻撃が効いてるって風にも見えなかったけど・・・』

「・・・・・・完全に躱されていたし、武具や能力で防がせることさえ出来なかった。最後の消失だけが相手の晒した全てと言っていい」

『そうなのよねぇ・・・・・・それに相手の姿。コレ上になんて報告すりゃいいのかしら? たとえ発見しても精霊だと判別しづらい事この上ない容姿をした、面倒な精霊が現れたものね・・・』

 

 そう言ってくる彼女たち《AST》、対精霊部隊アンチ・スピリット・チームの隊長である日下部遼子一尉は、部下の一人である鳶一折紙が事実上単身で敵と戦ってくれている間に上空から可能な限り集めさせた敵情報の中の一つである、敵の姿の記録映像を思い出し、それを上層部に報告する時の苦労を思って溜息を吐いた。

 

 

 ――紺に近い黒色の上着に、リボン型のネクタイを結んで、チェックカラーのスカートを翻した姿で、悲鳴を上げながら逃げまくっていた黒髪の少女。

 

「・・・・・・まるっきり、学生たちが着る“ブレザーの制服”そのものじゃないの? コレって・・・・・・。

 どこの高校かまでは分からないけど、この姿で初めて確認された精霊として登録しちゃって大丈夫かしら? 本当に・・・・・・」

 

 強いて言えば、ズームアップして顔を写したサイズでなら判別可能な、死んだ魚のように腐った目つきが特徴と言えば特徴だが、それを補ってあまりある美貌が結果的にイメージの悪さを相殺してしまって、可愛らしい女の子という以外に普通の人間たちには見分けが付かない。

 

 そんな女の子相手にミサイルの雨を撃たせまくる命令を下す自分に、思わず少しだけだが罪悪感を感じてしまったほど、見た目的には普通に可愛い女の子。・・・が、悲鳴上げまくって逃げまくってる姿。

 

 

 

 後に政府公認の精霊対策チームから、《ブレザー》のコードネームを正式に決定されてしまったことを聞かされた遼子に頭を抱えさせる事になる、未知の精霊と《この世界との初接触》は、こうして幕を閉じ―――その後2ヶ月がなにごとも無く平和に時だけが過ぎていった。

 

 

 

 

 そして今日。

 

 

「二年――四組か」

 

 廊下に張り出されたクラス表を適当に確認してから俺、『五河士道』は、これから一年間お世話になる教室へと入っていく。

 

 俺が通う都立雷禅高校は、三〇年前に多発するようになった空間震によって更地になった土地で、さまざまな最新技術のテスト都市として再開発されるようになった一帯に建てられた比較的新しい学校だ。

 数年前に創設されたばかりだから、内外装にも損傷はほとんど見られない。もちろん旧被災地に新設された高校らしく地下シェルターも完備されている。

 

 その設備面での条件の良さ故か、入試倍率は決して低くはなく、「家が近いから」ってだけの理由で受験先に決めた当時の俺は少なからず苦労する羽目になったものだったが、その苦労も実って二年生に進級した今日まで大過なく無事に過ごす事ができたわけである。

 

「あー・・・・・・そういや、『ギャルゲー主人公っぽい理由だな』って、からかわれた事あったんだったよな。俺の入学先志望動機って・・・」

 

 小さくうなりながら席について、今までを過ごすことの出来た二年間の苦労話を思い出していく過程で、イヤな事まで思い出しちまって一瞬ゲンナリさせられる。

 まったく失礼な言いようだったと、今思い出しても不快にされるほどの暴言だった。ったく、アイツは・・・・・・人の事をゲームキャラか何かみたいに・・・・・・。

 

 そんな風に友人の一人との会話内容を――いや、友人って程ではなく、さりとて赤の他人ってほど遠くもなければ嫌いでもなく、それなりに親しみを感じているし遊ぶ事なんかもあるから・・・・・・知人? そう知人だ。

 すごく仲がいい知人だけど、友達って程でもない2年生の時に初めて仲良くなった級友との会話を思い出して色々と思うところがあった事まで記憶の底から掘り出していく途中で、

 

「――おはよう、五河。新学期早々、元気そうで何よりだ」

「ん? ・・・・・・お、おう・・・殿町・・・」

 

 後方から不意に、静かだけど抑揚はある聞き覚えのある声を掛けられてしまった。・・・しかも何故か、右手を右手で握りしめられながら・・・。

 

 その手の動きにだけ変な意味が込められてないだろうなと不振に思いながら、もしあった時には全力で縁を切って断絶しようと心に決めながら振り返った先に、体格のいい男子生徒が立っていた。

 

 ワックスで逆立てられてはいるが、天には届きそうもない髪と無駄に筋肉質な身体を誇示するようなポーズで、立ったまま俺を見下ろしてくるコイツは一応ながら俺の友人、殿町宏人だ。

 さっきクラス表を確認した時に、コイツともまた同じクラスだったことは知ってたんだけど・・・・・・見間違いだったら良かったなーと思わなくもなかった悪友でもある男である。

 いやホント、なんで俺コイツと友人づきあい続けてんのかなーって、たまに思っちまう時がある奴なんだ。嫌いじゃないんだけど、たまに本当に。決して嫌いなわけではないのだが・・・・・・。

 

「しかし、奇遇だな五河。また、お前と同じクラスになれるとは・・・・・・この殿町宏人、運命を感じるよ☆」

「そ、そうか・・・」

 

 気持ち悪いセリフを、気持ち悪いポーズで告げてくる悪友に、俺は曖昧な答えを返しながら、普段通りのくだらない駄弁りへと無理やり話を逸らさせようとして、

 

「――五河士道」

「ん・・・・・・?」

 

 今度は横から、別の声が――女の子の声で呼びかけられる。

 静かで抑揚のない、聞き覚えのない声だった。

 不思議に思って振り向くと――そこには細身の少女が立っていた。

 

 肩に触れるか触れないかぐらいの髪に、人形のように整った無表情な顔が特徴的な女の子だった。

 周囲をキョロキョロと、見回してみたがホームルーム開始より少し前の時間帯もあって、俺たちの周りには俺たちだけしかいない。

 つまりは俺以外の、『イツカシドウさん』が呼ばれたわけではない、という事になるのだろう。おそらくはだが。

 

「・・・・・・俺?」

「そう」

 

 念のため、自分を指さしながら声にも出して確認してみたが、相手の少女はさしたる感慨もなしにアッサリ頷かれてしまう。

 それでも俺には、相手の女の子に見覚えがない。全く記憶の中にある顔から思い出せない。

 

「な、なんで俺の名前を・・・・・・?」

「覚えていないの?」

「う・・・・・・」

「そう」

 

 まっすぐ自分の方を見つめながら問われてしまって、思い出せない自分に罪悪感を感じさせられて言い淀んでいると、相手の方は特に落胆した様子もないまま短く言って、窓際の席へと歩いて行ってしまった。

 そして、そのまま椅子に座ると、机の中から分厚い本を取り出して読み始める。・・・・・・まったくワケガワカラナイ・・・・・・。

 

「な、なぁ殿町。アレ・・・・・・誰だ?」

「なに? お前、ウチの高校が誇る超天才、鳶一折紙を知らないのか?」

「・・・・・・ん。前のクラスに、あんな子いたっけ?」

 

 結局わからなかったので殿町に訊くと、コイツは欧米人のようなリアクションを取って「信じられない」という思いをオーバーアクションで表現してくる。

 

「成績は常に学年主席、体育も完璧。この前の模試に至っちゃ全国トップとかいう頭のおかしい数字だ。おまけに、あの美人ときてやがる。

 去年の『恋人にしたい女子ランキング・ベスト13』では第3位だぜ? 見てなかったのか?」

「見てねぇし、やってたことすら知らねぇよ、そんなランキング。

 っていうかベスト13って、何でそんな中途半端な数字なんだよ?」

「主催者の女子が、13位にランクインしていたからだろう」

「ああ・・・・・・なる、ほど・・・・・・」

 

 俺は引き下がって納得しながら苦笑する。むしろ苦笑するしかない。

 どうしてもランク入りしたかったって事なんだろうなぁ、きっと・・・・・・まぁその発表の仕方だと、一三人中最下位だったのが自分だったと公言してるようなものなんだけど・・・・・・そこまでは気が回らなかったらしい。そういう事なんだろう、多分だが・・・。

 

「ちなみに、俺調べの『恋人にしたい女子ランキング』でも、トップ3から落ちた事のない安定ぶりだぞ。

 そんな構内一の有名人を知らないとはな・・・・・・でも、それならなぜ鳶一はお前のことを知っているんだ?」

「そんなの俺が聞きたいよ」

 

 これには素直に俺の本心を答えて、余計な質問の続きは先んじてバッサリ切り捨てておく。

 実際、俺には本当に彼女のことに覚えがなく、名前にも顔にも聞き覚えや見覚えが一切。

 ・・・・・・ただ何となく、鳶一折紙という名前を聞かされてから彼女の顔を見つめ直した時に、なにか感じるものがあったような気がしたのだけは気になっていた。

 

 杞憂かもしれないし、単なるデジャビゥって奴でしかないのかもしれないけど・・・・・・なんとなく、その静かに本を読み続ける姿が気になって・・・・・・

 

「そして、俺調べの『恋人にしたい男子ランキング』によると、お前は52位だった。

 匿名希望さんから一票だけ入っていたからな。

 下位ランクは一票も入らない奴ばっかりのワーストランキング状態だったから、1票だけでも52位になることが可能になるランキング形式に感謝しろよ?」

「反応しずれぇ順位だなオイ!? っていうか、どんな苦行だよ! やめろよ! 53位以下の男子たちの気持ちも少しは考えてやれや!!」

 

 殿町のバカ発言のせいで全てがウヤムヤになり、ギャーギャーと普段通りのバカ騒ぎを繰り広げている中。

 今度は、今日“4人目”からの声が掛けられる。

 

 

「・・・・・・相変わらず、朝から元気なヤツらだな。殿町も五河も、たまにはテンション下げたらどーなん?」

 

 

 そのダウナー気味で、やる気もなければ覇気も感じられない少し暗めの声を聞かされながら、俺と殿町は聞き覚えのある声のソイツに向かってそろって振り返って顔を見る。

 

「よ、“転校生”。相変わらず目が腐ったテンション低そうな目をしてるな、美人なのに勿体ない」

「おはよう、己葉。この前は手伝ってくれてサンキューな?」

「・・・・・・ん」

 

 それだけ答えて僅かに微笑むと、死んだ魚みたいに腐ってる瞳だけが暗そうだけど、それ以外には文句のつけようのない見た目をもった美少女の女友達みたいなモンの“知り合い”は、俺たちの近くに割り当てられた自分の席へと無言のまま向かっていく。

 

「しっかし、転校生がウチの学校にきて俺と五河の仲に加わってから、もう3ヶ月近く経つのか・・・・・・月日が経つのは早いものだなぁー。俺も年を取るわけだぜ」

「いや、同い年だろお前は。っつか、まだその渾名で呼び続けるつもりだったのかよ。

 転校してきてから2ヶ月経ったら、もう転校生でもなんでもなくなって、普通の生徒と同じじゃねぇか・・・」

「そこはそれ、コレはコレ。キャラ設定ってもののイメージがあるのさ。

 2年生の終わり頃なんていう中途半端な時期に転校してきた、“謎の転校生”という属性は、一度定着してしまうと時が経ったぐらいじゃ外れなくなるものなのさ」

「ふ~ん、そういうもんなのか?」

「そういうものだ。特に美人は、一度つけられたイメージと渾名は外れにくい。美人だからな」

「二度言うな、二度。結局、美人は他と違うって言いたいだけじゃねぇか」

 

 半眼で、俺は殿町にツッコミを入れて、当の本人である悲喜谷己葉は、肩をすくめて聞き流して席に着く。

 今、殿町が言ったとおり悲喜谷は二年次の終わり頃になってから、ウチの高校に突然転校してきた転校生で、その当時は確かに話題になったのを覚えてる。

 

 ローテンションに見えて、盛り上がる時には盛り上がれるタイプなのか意外とノリが良く、また見た目と性別に反して妙に女子が苦手で距離を置きたがる変な癖をもっていたという事情も重なって、たまたま同じクラスだったってのもあり俺たちと性別を超えたスゴく親しい知人みたいな関係に今ではなっている。

 

 今から2ヶ月ちょっと前の話だ。

 あの時には丁度《時空震》が発生した翌日のことだったから、よく覚えてる。関連付けて騒いでた一部生徒もいたことだし。

 

「なるほどね・・・・・・その理由なら、転校生ってニックネームの継続使用は認めざるを得ないか・・・。

 美人かどうかはともかく、転校生属性の付与条件は満たしてるのは確かだから、やむを得ない」

「って、お前もかい!? 自分の渾名だぞ! いいのか本当にそれで!? ギャルゲーの理屈で同じ銘々理由に使われちまっているのだが!?」

「ギャルゲーとは世界の真理が記されているバイブルだ。それに逆らうことはギャルゲーの神に背くも同じこと。

 現実なんていう下等で愚かなクソゲーには決して許されない大罪だなんだから仕方ないだろう?」

「同類だーっ! やっぱコイツら同類だった! 分かってたけど治ってねぇーっ!!」

 

 あまりと言えばあまりに過ぎる、美少女顔で言うには似つかわしくない変態っぽい発言を大真面目にかましてくる3ヶ月近く経っても転校生という渾名のままの俺の知り合い!

 

 

 ・・・・・・余談だがって言うか、今更言うまでもないだろうけれど。

 コイツは女の子でありながらギャルゲーを愛する、筋金入りのギャルゲーマーで、殿町ともやたらと趣味が合い、俺たちが仲良くなる大きな理由になってる奴だった。

 

 まったく・・・女の子が女の子相手に恋愛ゲームをやって、なにが楽しいのか俺にはサッパリ分からないが・・・・・・まぁ、趣味は個人の自由だからな。殿町ほど暑っ苦しくもないし押しつけても来ないから由としとくべき事なんだろう。

 

「・・・・・・ところで、五河。さっき殿町が気になる単語を言ってた気がするんだが・・・・・・トビイチオリガミと知り合いだったん・・・?」

「ん? いや、殿町にも言ったが相手が俺の名前を知ってたってだけで、俺の方は全く覚えてないんだけど・・・・・・お前も鳶一になんかあったのか?」

「いやまぁ・・・・・・ちょっと過去の擦れ違いでイヤな思い出がある人と似てたからさ・・・。

 悪いけど、彼女と話すときにはボクを遠ざけて話しかけることなく、会話するよう心がけてくれると助かる。そうしてさえいれば気づかれる心配ないはずだから・・・」

「・・・・・・?? ああ、まぁ別にいいけど・・・?」

 

 なんかよく分からない事を頼まれながら、「頼んだよ?」と念を押して、フードみたいに制服のブレザーを脱いで頭からかぶって顔を隠してしまう悲喜谷己葉。

 

 ・・・・・・相変わらず変な奴だった。今に始まったことじゃないからいいけどさ。

 

「はい、皆さん。おはよぉございます。これから一年、皆さんの他人を務めます、岡峰珠恵です」

『おおー、タマちゃんだ! やった!』

 

 そうこうしている内に、新学年最初の授業開始を告げるチャイムの音が鳴り響き、二年次にも担任だったタマちゃんこと岡峰先生が今年も担任だったことに安堵と歓声がクラス中に響き渡る中。

 

 

 ――俺は何故かジーッと自分のことを授業中も見つめてくる鳶一折紙からの視線に晒されながら、その視線の射線上にいるらしい悲喜谷がブレザーかぶって顔隠したままの変な姿を見せつけられながら、それ以外はなにごともなく平和な時間が過ぎていき。

 

 

 そして――――その時が訪れる。

 

 

 

 

『ただ今、当区域において空間震の前震が観測されました。空間震の発生が予想されます。

 これは訓練ではありません。近隣住人の皆さんは、速やかに最寄りのシェルターに避難してください。

 繰り返します。これは訓練ではありません。速やかにシェルターに避難してください』

 

 

 

 

 

オマケ『主人公設定(仮決め)』

 

【悲喜谷己葉(ヒキタニ・オレハ)】

 

 言うまでもなく、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の主人公、比企谷八幡をモデルに使ったオリジナル精霊主人公。

 ただ、あくまでモデルであり本人とは一切全く関係はなく、記憶の一部や感覚的に似たものが混じっているのも『モデルになった素体だから』というだけが理由の、完全無欠に赤の他人。

 

 いろいろ設定は決めておらず未定。所詮は使い捨てネタ用の試作型主人公。続ける場合はちゃんと考えて肉付けするといった所。

 

 俺ガイル系の考え方と解決策を、デート・ア・ライブの世界に持ち込んでくる存在であり、精霊という『種族故の特性』として五河士道に肉体面で惹かれるものを感じさせられてしまっているが、精神面や価値観などでは合わない部分も多いところを持つ、自分から望んでボッチになりたがる、ひねくれエリート精霊の少女。

 

 能力名は『ステルス・ボッチー』で、完全ステルス性能を発揮し、使用されると神でさえも存在を認識することが出来なくなってしまう。

 世界からも存在が認識されなくなるため、世界の内側の存在であるミサイルや爆風といった物理現象でさえも、その効果対象として認識できずにスルーさせることが可能になる、回避スキルとしては最高クラスの絶対回避能力にもなり得る力。

 

 ・・・・・・ただし、それ以外は何も出来ない能力でもある。

 しかも完全発動させてしまうと、世界からも存在が認識されなくなるため、世界の内側にある他の物体や現象に干渉することも不可能になってしまって、完全に別世界の存在になってしまうため、自分だけは安全だが、他人にとっては何の役にも立たない存在と化してしまうデメリットをも背負う羽目に陥ってしまう。

 

 精霊として与えられたコードネームは《ブレザー》

 本人としては、呼ばれるたびに恥ずかしくなる名称だったが、精霊を敵視する者達が精霊につけた名前を、精霊の一存で変えれるわけもないため我慢して受け入れるしかない。

 

 また、オリジナルの素体がボッチ男だからという事情から、なんとなく同性の女子生徒の方が苦手であり、特に『優しい女の子』を嫌う傾向がある。

 一方で、モテない男たちや、男友達が少なそうな主人公の士道なんかとは、オリジナルの人間関係が影響して仲がいい。

 ぶっちゃけ、材木座と同じカテゴリーで感じているわけなのだが・・・・・・。

 

 ハーレムラブコメ系の主人公は、美少女たちにはモテまくるが、同性の友達は超少ない。基本である。



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この乙女ゲー世界は、女子でも引きます 2章

『乙女ゲー世界は』二次創作の2話目です。女オリ主の方。
なんか主人公との相性が良かったのか、書いてたら勢いで書き進めましたので投稿しておきますね。
次は連載作を優先する予定でいます。


 

 碌でもない設定の乙女ゲー世界にモブキャラとして生まれ変わらせられ、極大の不幸を味あわされ、ゲームのシナリオと同じく攻略対象の王子様キャラ共やら主人公やらと同じ魔法学校の生徒として過ごさなけりゃならなくなっちまった俺なのだが。

 

 まっ、貴族様たちは貴族様たちで頑張ってもらえばいいかと割り切って、俺は俺でモブとして頑張る程度でいいから関わる気はないし、気にする必要もないかと気分を切り替えた俺は、さっそくモブキャラとしてモブキャラらしい努力と頑張りを求められるイベントに参加してたのだった。

 

「ふぁぁ・・・・・・眠ぃ・・・そしてダリィ・・・・・・入学式ってのは異世界でも退屈なものなんだなぁ・・・」

 

 ・・・・・・ヒマすぎる入学式を欠伸するの我慢して終わるのを待つっていう、頑張りが求められる強制イベントにだ・・・・・・。

 あのヅラ校長、話が長ぇよ・・・そして、つまらねぇ。校長が中身ないダラダラした長いだけの話し好きっていう特徴は、異世界の学校でも現実の地球の学校となんも変わらない世界の壁を越えた全時空の共通概念かなにかなんじゃねーかと思うほどに・・・・・・長かった。そしてヒマだったから眠すぎた・・・それだけである。

 

 そんな流れの末に、眠気覚ましに散歩でもしてから教室行くかと思ってテキトーな場所を歩いてた俺が、「パシン!」という誰かが人の頬を叩いた時みたいな音を聞いたのは、校内にある校舎と校舎の間に挟まれた小さな死角スペースが見える場所の辺りまで来たときのことだった。

 

「な、殴った!? 俺を誰だと思っている!」

 

 どうやら殴られた側らしい男の声が聞こえて、聞き覚えのある声だったから視線を向けると懐かしいっつーか、さっき見て再会したばかりの攻略対象で青髪の美形王子『ユリウス』が、右手で自分の頬を押さえてる姿が目に映った。

 

 見覚えのある光景と聞き覚えのある声の内容――それで思い出す。

 意識してきた場所じゃなかったが―――ここは俺が転生してきた乙女ゲーの主人公が攻略対象の一人であるユリウスと、出会いイベントを起こす場所だったんだという事に。

 

 ・・・・・・ただ、時期的には少し早いような気がしなくもなかったが・・・・・・あの乙女ゲー世界だし、その程度は大した問題じゃないか。

 そして王子がビンタされるイベントが起きてるって事は、王子と向かい合ってる女の方は乙女ゲー主人公のオリヴィアってことに―――

 

「し、知りません! でも誰であろうと――えっと・・・ゆ、許されないです!!」

 

 あれ? なんか違くね? 聞き覚えのあるセリフと微妙に違う気がするんだが・・・。 

 俺の覚えてる主人公のセリフ内容だと、たしか――

 

『知りません! でも誰だろうと“礼儀知らずは”許されないです!』

 

 ――って感じだったと思ったんだが・・・・・・違ってたかな? ちょっと自信ねぇような気も・・・。

 もともと好きでもないのに無理やりやらされてたゲームだから、悪印象として覚えちゃいるんだが、そのぶん一言一句正確に覚えといてやろうという気持ちまでは持ちようがなく、こういう微妙な誤差ぐらいに見えなくもないシーンに遭遇すると判断に困る。

 

 う~ん・・・・・・俺が前世の記憶が戻ってから転生者らしく、知識チートしてやろうと主人公っぽい野心を抱いて、覚えてる限りのゲーム情報を書き残したノートを魔法学校にも持ち込んできてるから、それ見りゃ一発で分かると思うんだけど・・・・・・流石に今この場にまでは持ち込んできていねぇしなぁ・・・。

 

 それに主人公の見た目も、ちょっと違うっつーか縮んでる気がしなくもないし――ひょっとしてアレか?

 俺が転生者として主人公が手に入れるはずだった『あのアイテム』を先に手にしちまったせいで本来の歴史が微妙に変わっちまってた系のヤツだろうか?

 

 ・・・だとしたら面倒くせぇから、さっさとズラかっとくとするかと、そう思っていた俺の背後から。

 

 

「ほう・・・主人公のセリフが違うな。見た目も変わっている。アレは間違いなく別人だろう」

「うわっ!? ビックリした!」

 

 

 いきなり背後からヌッと出てきて、真面目くさった顔で解説してくる眼鏡女子!

 今生における俺の妹で、俺と同じ原作には存在しないモブ妹キャラ的存在『レイン』!

 

「いつもいつも驚かすような登場の仕方してんじゃねぇよ! 妖怪かお前は!?

 ・・・・・・で、お前から見ても今のセリフは原作主人公と違うって思うのか? って言うか、別人だって事まで分かるものなのかよ・・・? 今見たばっかなんだろ?」

「ハッハッハ、おかしなことを言う兄君くんだ。安心したまえ。私の記憶に間違いはない。

 なにしろ私は、中の人目当てでゲーム一本購入を確定するタイプの乙女ゲーマーだからな。キャストが発表された瞬間には初回限定版を即予約確定さ。

 特典ドラマCDが同伴されていたときのためと、次回作のためのお布施としてッ!!」

 

 怖ぇ!? 声オタ、マジで怖ぇな本当に!!

 自分好みの声優が出るってだけで内容も知らずに予約買いとか、どんだけだよ!? 逆に安心できねぇぞソレ!

 怖ぇよ! むしろお前が怖くなったよ! どんだけ声優好きなんだコイツは!?

 ・・・・・・しかも一本目が出る前の時点から、次回作へのお布施って・・・・・・。

 

「それにまぁ、ぶっちゃけ主人公の中の人だけは私の中で一押しな声優さんだったのでな。

 女性ながらも期待していたんだが・・・・・・その結果として、『そうじゃないだろう感!』と、『そのカプは違うだろう感!!』による二つの負の感情に激しく心揺さぶられて、血の涙堪えながら夜空を見上げたりしたから、流石に主人公の声と見た目は忘れない。

 アレは違う。アレは別人、アレハニセモノ」

「・・・・・・なんか安心できるようで出来ないようで、すっげぇ信憑性あるようで全くないみてぇな微妙すぎる証拠と証人だなオイ・・・」

 

 かなーりビミョーすぎる妹からの原作知識補填だった訳ではあるが・・・・・・まぁ嘘か誠か、もう少し見てから見定めてもおかしくねぇかな、どうせ関係ねぇ他人事だしとも思って、王子たちに視線を戻し。

 

「本当に俺を知らないのか!?」

「ごめんなさい、お――王族のこととか詳しくなくて・・・・・・」

「お前は他の女とは違うな・・・」

 

 ・・・ふむ。やっぱりゲームイベントをなぞってるように見えるやり取り。

 でも、この時のセリフってたしか俺の記憶では――

 

「ちなみにだが、今のセリフは『ごめんなさい、王都のことは詳しくなくて・・・』が正解だぞ? 兄君くんよ」

「だから何故お前の方が詳しく知っている!? あと、無駄に声マネ上手いなお前! 生まれてから16年一緒に過ごして初めて知ったわ!」

 

 目の前のイヤすぎる乙女ゲー世界のイベントと微妙に違ってる展開も気になるけど、それ以上に俺の妹って事になってるヤツの今明かされた特殊能力が気になりすぎるんだが!

 俺の妹が声オタこじらせ過ぎて変な特技もってるヤツであって欲しくねぇ!!

 

 

 それに・・・・・・あの女の方も。

 どっかで見たような気がするんだが・・・・・・?

 

 

 

 

 

 そして、それっきり入学式直後に攻略対象キャラたちのイベントを見たことで、特になんの影響も与えぬまま俺たちの魔法学園生活は健全な男子学生らしく、平穏無事にとどこおりなく入学から一週間以上が過ぎていくことになる。

 

 ―――要するに、女子と不健全な関係になれるような出会いも接点も得られないまま、無駄な時間をドブに捨てる日々を送っていた訳である・・・・・・。

 

 

「なぁ、ダニエルぅ・・・レイモンドぉ~・・・・・・俺たちと同じで、裕福じゃない家柄の女子に当てってあったりするかぁー・・・・・・?」

 

 俺は学校の中庭にあるテーブルの一つに座って頬杖突いてグデ~っとなりつつ、学校入学後にできた数少ない友人二人に縋る想いで問いを投げかけてみた。

 そして、返ってきた答えはと言うと。

 

「まったく無い! むしろ有ったら、俺が欲しい!!」

 

 格好のいいポーズで、格好悪すぎるセリフを威勢よく言い放つ小麦色に焼けた色の肌と金髪の男子生徒がダニエルの方で。

 

「なぁ、お前もそうだろう? レイモンド」

「ボクはお茶会に来てくれるなら、誰でもいいかなぁー・・・」

 

 正反対にテンション低めで自信なさげな声で返事を返してる、オカッパ頭で眼鏡の方がレイモンドだ。

 どちらも俺と同じで、下級貴族出身っていう家柄の事情と性格的に合うものを感じて親しくなった連中だ。学園内の男子たちでハブられやすかった者同士で被害者同盟組んだって事情も少しはある。

 

 この乙女ゲー世界に生まれ変わって、数少ない幸運だったと思える出会いがコイツらで、結構イイ奴らだし顔も性格も爽やかスポーツ系と、文系のカワイイ系とで日本だったらモテそうなんだが如何せん。

 この乙女ゲー世界の設定だと、男は女より弱くて、見た目や性格より家柄とか財産とか地位の高さが評価される。

 俺と同じで、実家が下級ながらも貴族であるコイツらは、貴族じゃない裕福な家のヤツより実はハードル高めになりやすいんだよなぁ・・・・・・。

 

 とはいえ・・・

 

「分かる。女子のご機嫌取りとはいえ、お茶会も開けないなんて噂が流れたら、結婚に不利だもんなぁ・・・・・・」

「・・・・・・そうなんだよねぇ・・・。ボクも最近だと女子たちからの視線が痛くって・・・憂鬱だよ」

 

 はぁぁ・・・・・・と、そろって溜息を吐く俺たち男友達三人組。

 言うまでも無いことだが、女子と仲良くなるには周囲からの評判が重要で、周囲から嫌われてる男子の部屋には、「友達に悪い噂されるとイヤだし・・・」とかの理由で招待しても応じてくれなくなる。

 

 ゲームの中でイベント戦闘に勝ったりすると、デートしたわけでもないのにヒロインたち全員の好感度が上がったりする時あるだろ? アレと同じと考えればいい。

 この乙女ゲー世界の貴族社会で言えば、お茶会が丁度それに当たる。

 女の子を招待して、見事にやり遂げられたら周囲からの評判上がって、他の女子たちも誘いやすくなり――失敗すると評判落ちて好感度もダダ下がりする。そんな代物。

 

 ただ俺たちの場合は、このお茶会イベントそのものを発生させることが出来ていない。

 そのせいでイヤな噂が立ち始めてしまって、余計に誘いにくくなってきてることが俺たちの今抱えている問題というわけだ。

 

 一言で言えば、『お茶会も開けないなんて、何か理由があるんじゃないか?』って事。

 くそぅ・・・ただ相手が受けてくれないだけだってのに、勝手な噂作り出して広げやがってゴシップ好きの女子共が・・・!!

 別にそんな奴ら本気で呼んでねぇし! 本命呼べるようになるため評判良くしたいだけだし! 踏み台扱いがどーとか言うヤツいるけど、男を下僕同然に扱ってるヤツらに言われたくねーし!! ちくしょう! やっぱこの乙女ゲー世界はクソゲーだった!!

 

「ふむ。本来なら、私で良ければと相談に乗るべきところなのだろうが・・・・・・大丈夫そうかい? “まだ”私を招いてしまっても・・・・・・」

「いや、まぁ・・・・・・気持ちだけ有り難く受け取っておく。ありがとな、レイン」

「ボクも同じく、かな? 流石に同じ女子ばかりだと別の噂が立ちそうだし・・・ね・・・・・・」

 

 俺たちモテない男子同盟の中では、唯一の紅一点である妹レインからの提案に、ダニエルとレイモンドはそろって困った表情を浮かべながら謝絶を返すしかない。

 

 ・・・まぁ、女子からの評判を落とさないためのサクラ役とはいえ、同じ女子一人だけを何度も部屋に招いてお茶会開いちまったら、そうもなるよなぁー・・・・・・。

 最初の内は俺も、『妹だと女子たちから頭数に入れてもらえねぇ!』とか思って、人の妹でも他人の女子として女子寄せホイホイに使える二人に激しく嫉妬心を抱かされたものだったが・・・・・・今となっては逆に哀れみしかない。

 

 やはり妹は、女の内に入らないんだという事実を二人も思い知ってくれたみたいで共感できたしな。やっぱ妹はダメだよ妹は。

 前世での妹と違って、レインは大分マシな妹だとは思うけど、妹はダメだ。妹だからダメなのだ。そのことを友人たち二人も分かってもらえたことは、俺にとって心からの喜びだった。やはり俺たち三人は親友だ!!

 

「・・・時々だが、リオンは死んでもいいんじゃないかと思っちまうのは、こういう時だよな」

「・・・・・・だね。リオンはもう少し、自分の恵まれた環境を自覚すべきだとボクは思うよ」

「――ん? なんのことだ?」

「ふむ? さぁ―――と、おや。噂をすればと呼べる者達が来たようだぞ」

 

 よく聞こえなかった俺からの質問に、妹は最初こそ小首をかしげて分からないという顔をしていたが、途中で表情が変わってイジワルそうな普段の顔付きになると校庭の一角を人差し指で指し示し、何か見つけたのかと俺たちもソッチの方へ視線を向けようとしたが――する必要がなかった。

 

 何故なら、正解の方が先に答えを持ってきてくれたから・・・・・・

 

 

『キャー☆ ユリウス殿下ーッ!!』

『お茶会を開かれるのですかッ!? 参加したいです!』

『私もーッ♡♡』

 

 

 ・・・・・・俺らと同級生で入学してきた、乙女ゲーの攻略対象王子たちご一行様である。

 たしかにコイツらは、俺たちが噂してた通りの連中と言えば、その通りの連中だった。ある意味ではの話だけれども・・・。

 

「君らが、こんな話をしなければいけなくなっている“噂の原因”という意味では、彼らこそが丁度ソレだろう?」

「確かに・・・・・・今年のボクらは殿下や名門貴族が同級生にいるから、ハードル高くなってるんだよね・・・」

「俺らに冷たい女子たちも、アイツらにはキャー☆キャー☆だもんなぁ・・・」

「まったく・・・比較される身としては、勘弁して欲しいぜ本当に・・・」

 

 校庭の反対側で盛り上がってるモブ女子生徒たちとは対照的に、テンション下がりまくって盛り下がる俺たちモブ男子三人組+1名。

 俺たちと同じ新入生の女子たちとしては、王侯貴族でイケメンの攻略対象たちと同じ学年として入学できたことを運命だとか奇跡だとか信じる理由に使って、無理と承知で相手から見初めてもらえる極小の可能性を偶然でも信じたいところなんだろう。

 で、その為には他の男とくっついた後だと駄目だし、別の誰かと仲いい噂たってる状態だと茶会のパーティーとかに招待されなくなる恐れがあるから、保険として『俺たちみたいなモブとは仲良くなっておかない』と。そういう理屈だ。

 

 王子であるユリウスには婚約者として大貴族アンジェリカがいるけど、一人だけだし。他の攻略対象たちフリーだし。

 五人いれば、その内の一人くらいマグレ当たりで自分のこと引いてくれるんじゃないかとか期待してるのではないだろうか? もしくは正妻は無理でも愛人志望とか、2号さんとか。

 基本的に女が男より強い世界とはいえ、王子ともなれば話は別になる。

 あるいは、攻略対象だけは男だろうと別枠扱いにしてもらえるとかで、そういうのも有りに出来ちまうかもしれない。つくづく、この乙女ゲー世界はメインキャラに優しすぎると俺は思う。今んところ俺の勝手な想像だけれども。

 

「――殿下。お茶会のことで、お話があります。ご一緒してよろしいですか?」

 

 俺が僻み根性も少しだけとは言え入っていなくもない、王子たちを取り囲んでキャーキャー騒いでいる俺たちには冷たい乙女ゲー世界の女子たちの心理分析をおこなっていたところで、そのムードを一瞬にして静まらせて大人しくさせちまう声の主が登場してきた。

 

 ゲーム中での悪役令嬢だった、アンジェリカだ。

 俺も攻略中に何度邪魔されたか分からない相手であり、ユリウスの婚約者でもある巨乳の公爵令嬢さまだ。

 まぁ、アルフォード公爵家さまのお嬢様にキツい声で割り込まれたら、そりゃ大抵の女子は静かになるわな。普通に考えて。

 

 そんな場の空気を壊す、怖い声の婚約者の登場に王子様の方は「ふぅ・・・」と溜息ひとつ吐き。

 

「・・・・・・アンジェリカ。威圧するな、ここは学園だぞ」

 

 

「――あ。威圧した」

『『確かに』』

 

 

 レインの小声でのツッコミに、ダニエルとレイモンドが賛同する。小声でだけども。

 ただまぁ俺も正直、今のは妹に賛成だわ。明らかに王子の方が威圧っつーより命令してたし。普通に命令口調だったし。

 

「心得ています。――ただ、殿下の周りが少々うるさかったもので」

『ひぃッ!?』

 

 

「なんかピリピリしてるな・・・」

 

「そりゃあ、ピリピリぐらいはするだろうな。

 “婚約者の前で、別の女を大量に侍らせまくってニヤニヤしている男の姿”、なんてものを見せつけられてピリピリすらしないなら、完全に関係冷め切ってるとしか思えない」

 

『『た、確かにッ!!』』

「見るな、目立つな、関わるな、アホが移るぞ。って言うか、移りかけてるぞ既に」

 

 

 白い目つきで俺は、王子と妹の双方を含めた話として男友達二人に忠告してやったのだが・・・・・・王子はともかく妹の方は、ちょっと手遅れかもしれなかった。我が妹ながら前世のとは違った意味で恐ろしい妹である。

 

 しかし・・・・・・う~む、レインが今言ってた内容には一理ないことはないのか。

 ゲームやってる最中は攻略を邪魔されるのがウザすぎて、そこまで考えたことなかったけど確かにアンジェリカの嫉妬ぶりとユリウスへの差し出口には、それなりに理解できるだけの理由があったようだ。

 

 自分と婚約している色男が、目の届かないところで他の女侍らせまくってヘラヘラ笑ってたら、まぁ普通は苛立つわな。ぶっ飛ばされても文句は言えねぇレベルで。

 

 しかも。

 

「あ、あの・・・・・・お呼びでしょうか? 殿下・・・」

「ああ、マリエ! 探していたぞ」

「――ッ」

「俺も近々、茶会を開く。そこにお前も呼びたいんだ」

「お待ちください殿下! その女は場違いですッ!!」

「俺は一生徒として、ここにいる。いくら婚約者でも、そこまで干渉される謂われはない」

「し、失礼しました・・・」

 

 と、ゲームの強制イベントと同じ流れを再現してくる始末だ。

 本当なら主人公が王子に守られるはずのイベントなんだけど、俺が今いるこの乙女ゲー世界では『マリエ』という名の俺が知らない――だが見覚えがある気がする女子生徒に変更されちまっているけど、それ以外では原作と同じイベント展開の流れ。

 

 つまり要するに、だ。

 

「一見するとマトモな言い分に聞こえるセリフなのだが・・・・・・婚約者持ちの王子が言うと、“学生身分の間は浮気し放題のハーレムOK無問題”と聞こえてしまうな・・・」

『『――確かにッ! おのれ許さん王子! モテない男の敵に死の鉄槌をッッ!!』』

「だから、見るな関わるなと言ってるだろうに・・・・・・あとレインも変な裏事情を教えんじゃねぇ。そこは大人の事情で流すべきところだろうが」

「てへ☆」

 

 てへ、じゃねぇよ。誤魔化しても可愛くねぇよ。お前の本性知ってる立場だと、あざとさすら感じられなくて普通にキショイわ。

 とは言え、まぁこの言い分もレインの言ってることが正しくはあるわな。

 これまたゲームしてる最中は考えなかったけど、ユリウスの言い分は出張先とか接待先でキャバ嬢たちとよろしくやってる浮気夫の主張を言い方変えただけと言えば、その通りな代物だろう。

 俺は他人事でしかない他人だから気にしなかったけど、当事者で婚約者でもあるアンジェリカの立場になって考えてみたら、かなり王子側にだけ都合がいい立場を利用した職権乱用の部分がある気がしてきた。

 ・・・・・・なんか俺までムシャクシャしてきちまったな。妹が余計なこと言い出したばっかりにクソ、やっぱり妹というのは妹だから存在なのだと痛感させられずにはいられない。

 

 そして――、

 

 

「すまなかったな、マリエ」

「いえ・・・でも、本当に私が参加してもよろしいのですか・・・?」

「殿下が、ここまで熱心に女性を誘うなんて初めてですよ」

「よ、よせジルク! と、とにかく参加して欲しいんだ・・・マリエ」

「殿下・・・ッ!! はいッ♡♡」

 

 

『『あ、行っちゃった・・・・・・』』

「婚約者の眼前で、別の女に熱烈アプローチしてる主君の浮気を暴露するか・・・・・・ドロドロ展開とか、後ろからブスッと展開でも期待してるんだろうか? あのナルシー」

『『ヤレ! ヤっちまえ! 男の敵に死の制裁を! ハイルKILL!!』』

「だから関わるなっちゅーに!!!」

 

 

 最後までコッチの馬鹿騒ぎに気づくことなく、アッチはアッチでなんか微妙に修羅場りながら仲良くフェードインしていく王子様どもと知らない女子たち。

 そして、取り巻きとともに一人残され唇を噛んでるっぽい王子の婚約者のはずなアンジェリカさん。

 

 ・・・・・・なーんかアッチは、ゲームの時より雰囲気悪くなってそうな感じが、ちょっと気になるようになってきてるんだけど・・・・・・俺としては、もう一つ。別の気になることができたんで、聞いておくことにする。

 

 

「って言うか、レイン。お前ってそーいう部分、気になるヤツだったんだな。

 乙女ゲーマーって言ってたから、てっきりそーいうのは『そういうモンだ』と割り切って気にしない奴だとばっかり思ってたんだけど・・・・・・」

「フッ・・・・・・乙女ゲーマーにも色々と事情があるものなのさ、兄君くん。

 たとえば私はRPGもやるが、パーティに加入はしても正式な仲間にはならないサブキャラなんかのスキルやら装備やらは、加入した直後から一切育てず成長させるためビタ一文使ってやったことが一度もないのだよ・・・・・・」

「?? そりゃまた何で? そーいうのって大抵強いのが多いように思うんだが・・・」

「私の物にならないのなら、どーなろうが知ったことではないからだ。煮るなり焼くなり惨殺するなり、好きにしろと」

「ヒデェッ!? そして怖ぇッ!!!」

 

 女の独占欲、怖い! 怖すぎる!! やっぱ妹ダメだよ! 特にこの妹はダメだよ!! 前世での妹もヒドかったけど、今生の妹も別の意味でヤバすぎる!!

 まったく! この世界にマトモな女子はいないのか!? やっぱ乙女ゲー世界は禄でもなさ過ぎるにも程があるわ――――ッッ!!!!!

 

 

 

 

 ・・・・・・まっ、それはそれとして王子たちの恋愛事情は俺にはカンケ―ねーので置いとくとしてだ。俺は俺でやることあるので、ソッチ優先。

 先日に出会った、俺にとって運命の師匠の教えを実践して極めるために・・・・・・俺は今、王子たちの事情などという邪念に満ちた雑事に心惑わされている余裕など少しもなかったのだから――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・いやはや。ダニエル君もレイモンド君もなかなか面白い逸材で、毎日が飽きなくていいな。この乙女ゲー世界は」

 

 私は兄君くんがいない廊下を一人歩きながら、兄君くんが聞いたら不愉快になるだろうから言えないセリフを、思う存分自己満足で独り言として呟き捨てていた。

 

 もっとも、実際のところ兄君くんは条件的には結構イイ線いってる方だと、女子視点で私は思っているタイプではあるのだがな。

 若くして出世した男爵だし、お金持ちだし、そこそこの領地持ちの領主だし、金持ちだし。

 にも関わらず、ミョーに女子たちから距離を置かれやすくなっているのには幾つか理由がある。

 一つには、ぶっちゃけ男爵という中途半端な地位を与えられた事にある。

 

 王国政府や王家としては、将来有望そうな下級貴族の息子に貴族社会で栄達しやすい箔付けをしてやったつもりでいるのだろうし、男爵の息子に父親以上に高い地位を与えるわけにもいかないという事情もあったのだろうが・・・・・・。

 

 だが、この乙女ゲー世界の貴族社会における認識として、男爵という地位は貴族としては最下位に位置している底辺の爵位だ。準爵は文字通り「準ずる身分」のため爵位持ちの貴族とはカウントされていない。

 一方で、『ルクシオン』を主人公より先に入手したときにセットで手に入れた財宝は相当な額であり、購入した浮島も値段のわりに資源豊富で開発をはじめたばかりでもある。

 

 ・・・・・・フツーに、金で貴族の地位を買った、いけ好かない成金とか思われてるんだろうなー。

 しかも義理の母が、あのゾラだし。関連付けられて見られれても然程不思議な立ち位置でもなし。

 

 あるいは他の理由として、攻略対象の王子たちの影響は、やはり大きいのだろう。

 なにしろ乙女ゲーの王子様キャラたちだ。周囲の女子たちからキャーキャー持て囃されてチヤホヤされてないと、『学園の王子さま設定』が成立できん。

 見た目も家柄もよく、普通に考えれば恋人できない方がおかしいレベルの美少女たちが、彼氏も作らず王子たちの取り巻きをやってるからこそ、王子様キャラというのはスゲー格好いいが成立するものなのである。

 

 周りが彼氏持ちの女子ばかりに囲まれている、独り身の王子様キャラなど、単なる残念イケメンでしかあるまい?

 その条件をリアルで実現されてしまうと、今の兄君くんやダニエル君たちのように犠牲者を生み出してしまう羽目になる。

 

「まったく・・・・・・難儀な話だな、本当に・・・・・・って、おや?」

 

 歩きながらの独り言を締めくくった直後の事。

 向かっていた先の廊下の角を曲がった先から、何やら揉め事らしき複数の声が聞こえてきたので、私は廊下の角まで走り寄り、角に到着すると立ち止まってコンタクトを取り出すと、鏡面部分だけ角から出して向こう側の風景を写しだして見物――もとい、様子を見る。

 

 

『――ハァ~? なんなのアンタぁ~?』

『身の程を知りなさい! バァ~カッ!!』

『あッ!?』

 

 ビリリリィィィッ!!!

 

『アハハハッ!! 永遠にゴミ掃除でもしてなさいッ! アッハハハッ!!!』

 

 

 ・・・・・・ふむ。見たところ、古き良き学園物の時代から続いてきた伝統にしてテンプレ化しているイジメの典型パターンを、この世界でもやっているみたいだな。

 虐められているのは・・・・・・まさか主人公か? この乙女ゲー世界本来の主人公で、特待生入学を果たした平民出身少女の『オリヴィア』か。

 それに、おお。彼女たちには気づかれていないようだが、その向こう側には兄君くんと多分ルクシオンもいるようだ。

 

 ふ~む、確かにゲームだと大した問題に発展することは多くないが、主人公オリヴィアの立場は女性基準で見ると決して良いものじゃあない。なまじ見た目と成績では、大抵のモブ女子たちに勝ててしまっているから尚更に。

 

 まっ、彼女の方はたぶん兄君くんが何かしらフォローしてくれることだろう。

 この世界に生まれ変わった経緯もあって、兄君くんは原作キャラたちやシナリオと関わり合うのをアレルギーじみて拒否したがるきらいがあるが、さりとて現状のヒロインのような女子を見たときに見捨てて茶を飲めるほど薄情にもなれない人物なのが、今生での我が兄となった少年というもの。

 

 今日日ゲームとか以外だと、あんま言わなくなった「お人好しすぎる」等の評価を言われそうな性格の持ち主が彼なので、アッチの方は任せておいても大丈夫だろう多分。多分だが。

 

 とりあえず私は女子として女子らしく、女子だからこその対応をすべきではないかと、私は思うわけだ。そして、やるべきと思ったことは何時やるか? 今である。

 

 

『ハンッ! あいつ生意気よ生意気よ! 平民のくせに、ちょっと顔と成績がいいからってブラッド様からお茶会の招待状もらうなんて、キ~~~~~ッ!!!

 今よりもっと身の程を思い知らせてやるんだから! 見ていらっ――』

 

「うっわ――――!! 遅刻遅刻ぅぅぅ~~~ッ!! 急がないとデートに遅れちゃったらシャレにならないわよねぇぇぇぇぇぇッって、ちょっと!?

 そこの人たち退いて退いて危な――――ッい!!!」

『――しゃい、って、イ!? ちょっ、待っ、コッチ来なって、キャァァァァッ!?』

 

 

 ドゴォォォォォォォォォッン!!!

 と、由緒正しき伝統のある、昭和ヒロイン的デートボディータックルで、角から飛び出してきた直後を装って、気にくわない女子たちに軽くお仕置き。

 

『キヤァァァァァァァッ!? お、落ちる! 落ちるわよ!? 落ちちゃうってば、キャアレェ~~~~~ッ!?』

 

 

 ボッチャ――――ン!!!

 

 

『うおっ!? なんだ! どうしたんだ!? 何があった!?』

『大変だ先輩! 空から女の子たちが沢山落ちてきて、池の中に真っ逆さまに!!』

『ほんとに一体なんだそりゃ!?』

 

 

 ――という結果に結びつく程度の威力と角度とを計算に入れて、吹っ飛んでいく方向も調整した私による『偶然の事故によって起きてしまった悲惨な結果』には、私も遺憾の意を禁じざるを得ないものがあるな。心労痛み入るに余りあるものがなくもない。

 

 まぁ、兄君くんと一緒に冒険者として既にそこそこランクに達している私のタックル攻撃を、ろくな実戦経験もない貴族のボンボン令嬢が受け身も取らずに直撃してしまったのでは、こーもなろうよ。

 

 おっと、最終仕上げを忘れていたな。これは不幸な事故なのだからキチンと最後まで演じ切る――もとい、遺憾の意を露わさなければ無用の誤解を招きかねない恐れが無きにも非ず。

 

『ブハッ!? げほっ! ごほっ! ゴーッホン!!うぇほん!?』

 

「ごっめ~ん☆ 待ち合わせに遅れそうで走ってたら止まれなくなっちゃっただけなのォ~♪

 悪気はなかったのよ? 本当よ? お願い信じて私が悪かったわゴメンナサ~イ♡♡ テヘペロ☆」

 

 

 ――と、メイド喫茶でバイトして夏コミ3日目の資金源を確保していた頃の経験を生かして、故意ではなかったが少女たちを飛び出させてしまった窓へと歩み寄り、池に落としてしまった咽せている彼女たち“の周囲に集まっているギャラリーたち”に向かって誠心誠意心を込めて、トマトケチャップで「大好き♡キュン」とか書くときのような心地でもって謝罪して。

 私は当初の予定通り、待ち合わせ場所へと急いで駆けていくのであった。

 

 

 ふむ。これでよし。誰が見ても、私が故意ではなく偶然によって少女たちを吹っ飛ばして突き落としただけだということを多くの人たちに理解してもらえた事だろう。

 

 大抵の人間は男も女も、ずぶ濡れになってゲホゲホ言ってる見た目があんまり良くない女の子よりも、見た目(だけ)は無駄に良い私の言い分を受け入れてしまった方が得だと考えるのは、人間としても乙女としても欲望的にも間違っていないし正しいと私は思う(断言)

 

 

 

つづく 



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乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・・・・の世界に転生させられてしまった 第2章

特に意味はないんですけど、次話を書いてみました。
他の作品で次の話を読んでみたいのが有った場合は教えてもらえると有難いです。
できれば連載作以外で。自覚ある分だけ、心が痛い……


 

 皆さん、初めまして♡ 独善臭い神様によって『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・』の主人公に転生してしまった元現代日本の女子高生カタリナ・クラエスでっす♪

 今さっき原点設定だと私が生まれ変わった悪役令嬢カタリナが破滅する切っ掛けになる、ジオルド王子との婚約に気づかない間に合意させられちゃってました♡ 笑顔が素敵なお子様王子にはめられちゃった結果です♪ テヘペロ~☆

 

 ―――って。

 

「・・・・・・ヤバい。物すっごくヤバい・・・・・・このままだと原作ストーリー通りに破滅する可能性が! 大賢者! 原作内での原作ゲームのカタリナ・クラエスの説明を!!」

《解。ただ、私は別に大賢者という名前ではなく―――》

「んなことどうでもいいから説明!説明を!早ようプリーズ! ハリーハリーハリ~~ッ!! 私の命がかかってんだからね! それと比べれば名前の違いなんて些事よ!ゴミよ!取るに足らない小さな犠牲の問題なのよ~~~~!!!」

《・・・・・・わかりました。では『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・』のカタリナ・クラエスと、原作乙女ゲーム『FORTUNE LOVER』におけるカタリナ・クラエスの設定を説明します》 

 

 

 ~~『FORTUNE LOVER』~~

 とある国の魔法学園を舞台に、キャラクターと恋を育む乙女ゲーム。

 主人公のマリアは、光の魔力を持つ平民の少女。15歳になって魔法学園に入学したマリアは、5人の攻略対象と出会う。

 

 1人目は、第三王子の『ジオルド・スティアート』 

 ・・・・・・他、4人。

 

 そしてジオルドの婚約者である『カタリナ・クラエス』

 子供の頃についた額の傷を王子のせいにして束縛し続けてきた。

 嫉妬から主人公マリアに犯罪まがいの嫌がらせを続ける悪役令嬢。

 

 もし主人公マリアが、ジオルドとのハッピーENDを迎えた場合には『追放処分END』

 バッドENDを迎えた場合には、主人公を殺そうとして王子に斬られる『返り討ちEND』

 

 ハッピーで国外追放、バッドで死亡という、悪役令嬢と言うより悪役そのものな扱いを受けている、女の嫉妬は怖いというのは主人公視点でも変わらないことを示す歪みの象徴。 

 

 一方で、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった・・・』でのカタリナ・クラエスに転生した女子高生は、持ち前の明るさと優しさで攻略対象たち全てを原作主人公からNTRるのに成功し。

 他のライバルキャラである悪役令嬢たちからも好意を寄せられ、本来の主人公マリアからも怨まれることなく大事に思われるハーレム&逆ハーレム同時ENDルートを驀進。

 その行いは他の王族からも『聖女様のようだ』と称えられる完全勝ち組令嬢の道を歩んでいくことになる―――。

 

 

「いや無理でしょ!? 絶対に無理でしょ不可能でしょ!? なにその不可能を可能にして新世界の神になるレベルの完璧超人令嬢は!?

 そんなもん私みたいな、美声でもなければ美形でもない凡人女子高生が同じことやろうとしたら、人生終わるだけでしょうが!!

 って言うか大賢者! アンタ情報盛ってないでしょうね!? 改竄してないでしょうね!? どう考えても悪役令嬢って単語からは想像できないチート主人公に転生して無双してる系の主人公としか思えないんだけどォーッ!?」

《解。そんなことはあり得ません。私は原作の情報のみを伝えるために用意されたナビシステム的存在。嘘の情報をあなたに与えることはシステム的に不可能です》

「く・・・・・・っ、たしかに・・・・・・説得力がある説明な気がするわね・・・」

 

 冷静かつ冷淡な声での大賢者(仮)からの解説を聞かされて、ぐぬぬと呻き声を上げることしか出来なくなる私、カタリナ・クラス8歳。

 いまいち信用しきれないような気もする大賢者(仮)からの話を聞かされたことで、より窮地に陥っている状況を思い知らされた私には、他人には見えない声だけの存在を見上げて天井めがけて怒鳴り続けている余裕はなくなってしまっていた。

 

 どうしよう・・・・・・このままでは破滅は避けようがない。

 原作主人公のカタリナは、そんな完璧超人だったからこそ切り抜けれる選択肢も選ぶことが出来たんだろうけど・・・・・・私に出来ることで回避手段は到底思いつけそうにない・・・いいえ! そう決めつけるのは、まだ早いわ!!

 

「大賢者!! カタリナが原作でジオルド王子との婚約が決まったときに何をやったか、理由を含めて教えてちょうだい! 動機も含めてできるだけ詳しくね!!」

 

 たとえ相手が天才だからこそ出来たことだろうと、凡人でも参考に出来る部分がなにか――1つか1ミリぐらいか1ミクロンぐらいは存在していてもおかしくなくは無い程度にはあるかもしれないはず!! 私は攻略ぼ――もとい、大賢者インターネットから得た最新の攻略情報を信じた上での危機回避を諦めていない現代日本人の精神を持つ女の子!!

 

《解。では原作におけるカタリナ・クラエスがジオルド・スティアートとの婚約直後にとっていた行動を開示します》

 

 

 ――記憶を取り戻したカタリナ・クラエスは、混乱から冷めない中でジオルドとの婚約を了承してしまい、危機を乗り越えるため破滅END回避の作戦会議を開催する。

 その中で、破滅ENDは回避不可能となった際には抗戦もやむ無しとして、剣術を磨き魔力を高める総力戦の準備を進めると同時に、最後まで平和的手段による破滅回避の道を諦めることなく模索し続け、前世知識までもを活用。

 

 農家をやっていた母方の祖母の話を思い出した彼女は、屋敷の一角を借りて畑を耕し、土の魔力を高めるために土との対話するのだと説明し―――

 

 

「それよ! それだわっ! その戦法こそ破滅フラグ回避のため最善の策に違いない!!」

 

 私は断言しながら立ち上がり、ベッドの上に仁王立ちに成りながらも成功確実としか思いようのない見事なまでに完璧な策を聞いて絶賛以外の言葉は思いつかないほどだった!

 

 流石ねカタリナ・クラエス・・・さすがに主人公よ。見事すぎる策に私は戦慄するしかないほどに! 天才的としか呼びようのない見事すぎる奇策!!

 カタリナ・クラエスに転生した現代女子高生・・・彼女こそ、まさにチンキュウ!

 天才軍師チンキュウの生まれ変わりに違いない!! 三国志の軍師だって聞いたことある人が彼女の前世だったのよ!

 三国志あんまり知らないけど、なんかスゴく強い武将の軍師だった人らしいから、チンキュウさんも超強い軍師だったに違いない!!

 

 私はカタリナ・チンキュウの策によって、破滅フラグを必ず乗り切ってみせ―――ッる!!!

 

 

 

 

 

「えっほ、えっほ、えっほ、っと。・・・・・・ふぅ、いい汗かいたわぁ~」

 

 キラキラと輝く水をまいた、屋敷の一角に新設した野菜畑に背を向けて、私は片手で額を拭って泥臭い汗を撒き散らしながら一息吐く。

 今の私がいる場所は、今生のお父様から貸してもらった屋敷の一角に作った畑の前。そこで私は鍬を振りかぶって土を耕し、泥にまみれながらも一生懸命肉体労働に従事している真っ最中だったの。

 

「・・・お嬢様。一体何をされているのですか・・・?」

「なにって、見れば分かるでしょう? アン。私は土の魔力持ちだから畑を作っているのよッ!」

「申し訳ございませんが、お嬢様。まったく言っておられる意味が分かりませんし、根本的に意味不明かと思われます」

 

 背後から、美人だけど無表情なメイドで私が目覚めたときから世話してくれてる『アン』が、少しだけ引いてるみたいな表情を浮かべてジト汗流しながら言ってくる言葉と視線が、地味に痛い。そして辛い・・・・・・辛いんだけど・・・・・・でも我慢よ! コレはやる必要がある愚行なんだから!!

 この際、口実としての理由はテキトーでいいかと思ってたら冷静にツッコまれちゃって痛い子になっちゃうリスクは想定内よ! そうに決まってる! だから私の心は痛くない!たぶん!!

 

 ・・・・・・そう。何故ならコレこそが私が実行したジオルド王子との婚約解消のための作戦。そして原作でカタリナ・クラエスが取っていたという破滅フラグ回避のための名作戦を再現したものでもある。

 

 なにしろ今の私は、農業をするため庭師のオジサンたちに借りた作業着とほっかむり被って、野暮ったい如何にもすぎる田舎者少女そのものな農民ファッション服姿!!

 この姿を見せつけられて、「土の魔力を高めるために畑を耕してます」とかいうアホな理屈を大真面目に言ってこられたら、どんな男だって婚約解消したくなること間違いなし!!

 

 どこの世界に、ほっかむり被ってエッホエッホと畑を耕してる公爵令嬢との婚約を破棄したがらない王子様なんて珍妙な生き物が存在すると言うのだろう!? 否! 断じて否! 実在している訳がない!!

 

 王子様からの婚約を、公爵令嬢から断ったら角が立つし、嫌われるのも不味い。

 だけど相手の方から「思ってたのと違ったからイヤだ」って成った場合には、自分から婚約を言い出してる手前、穏便にことが済んで誰の迷惑にもなることはない!!

 

 カタリナはそこまで計算して、わざとこんな事をやっていたに違いないわ! それ以外に考えられない! だってそれ以外にあり得ないもの! 絶対に不可能よ!

 あんな理屈を本気で実行する人間なんて、たとえサルから進化したばかりだって絶対にありえない!!

 

 さぁ、いつでもお邪魔しにいらっしゃい! 破滅フラグを持ってくるジオルド王子様!

 この私の、華麗にして無様なる農民貴族令嬢ファッションを見せつけて、一瞬にして幻滅されてやるわ!!

 女として情けないなぁーもうコウチンクショウ!!

 

「――あっ! それより一大事なのを忘れてましたお嬢様っ。ジオルド様がお見えになられたのです!」

「ああそう。―――って、ええぇぇぇッ!? ちょ、そんないきなり!? なんで!?」

「なんでってお嬢様がお話を受けられたときに、改めて婚約の挨拶にこられると言っておられたじゃないですか!」

「そ、そういえばそんなこと言ってたような・・・・・・で、でもまだ心の準備が・・・・・・って言うか、なんでそれを最初に言わなかったのよアン!?」

「いえまぁ・・・・・・お嬢様のお姿を見せつけられて思わず思考と心が止まってしまって・・・申し訳ありませんでした」

 

 くぅっ!? こ、こんな副次的な効果がこの服にあったなんて・・・ヨソウガイだわ!!

 と、とにかく計画そのものは問題なく矛盾もきたさず順調に進んでいるのだから慌てることはないわ。まだジオルド王子も私が来るのを待ってくれてるみたいだし、まだ慌てるような時間じゃない。大丈夫、ダイジョーブ、まだ間に合―――

 

 

「カタリナ・・・様?」

 

 

 ――まだ間に合ってなかった~~~っ!?

 既に現地にまで足をお運びで到着していらっしゃる!!

 

「OH・・・・・・(ガクリ)」 

『お、奥様ッ!?』

 

 そして一緒に来てたお母様にも巻き込まれダメージが! これで今晩のお説教は確定ね!

 記憶戻ってから数日だけでキツいこと増えるようになってきてたのに! 想像するだけで私も今から気絶したい!!

 

「えっと――こんにちは、カタリナ様。お庭で魔力磨きの訓練をされているとお聞きして、拝見させて頂こうと思ったのですが、何をされているのですか?」

 

 そして目の前で婚約者の公爵令嬢が、貴族としては恥態を晒し、背後では公爵夫人が娘の醜態で気絶したのに見向きもせぬまま、爽やかに邪気のない愛くるしい笑顔を浮かべて、恥ずかしい格好をしている理由を聞いてくる攻略対象の王子様・・・・・・。

 

 腹黒ドSからの恥辱プレイを、年下少年から強要されちゃう自業自得な年上のはずな私。

 優しげな笑顔ではあるけれど・・・・・・悪魔の微笑みとしか今の私には思えない・・・・・・。

 

 

《告。攻略対象のジオルド・スティアートの設定を提示します。

 【性格:腹黒】

 【得意技:作り笑顔・威嚇】

 【特技:天才肌なので何でもこなす】

 という笑顔で意地悪をいうのが得意なタイプと見て良いでしょう》

 

 

 いや、言えよ!? そういうことは早く言いなさいよ!? 大事な情報を土壇場になるまで伝えないナビシステムなんていらないんだけどぉ!?

 えぇーいクソぅ!! こうなるとは思っていなかったけど、こうなってしまった以上は仕方がない。

 私は全てを開き直って、正直に全ての行動目的と理由を説明することを決意した。

 

 破滅フラグ回避という大きな目的を成し遂げるためには、小さな犠牲はつきものなのよ! 人は何かを失うことなく何も得ることは出来ないの! あるいは、誰かを傷つけるかしないと無理! 私はその真理をエルリック兄弟から学んだ! 自分が殺さないだけで結局は敵が死ぬ!! それが真理の扉なりッ! 

 

「ごきげんよう、ジオルド様。わざわざ、こんな所まで足を運んで頂き申し訳ありません。これは魔力を磨くために、私の魔力の源である土と対話する私が考案した修行法なのです」

「・・・・・・えーと・・・・・・土と対話する修行なのですか? 農作業で・・・?」

「はい、土と対話するためには畑作りが一番かと思いまして。それでまずは形から入ろうと、このような格好をして畑を耕しておりました。どうでしょうジオルド様、似合いますでしょうか? ファサ~」

 

 髪をかき上げながら、なんかお嬢様っぽく見えるような気がしなくもない仕草で、【私キレーよアピール】してみる私。

 どう考えたって、この格好で綺麗に見てくれる男の子はいないだろうけれども。でもいいの、コレは婚約解消を引き出すための策なの、道化なの。

 

 私は目的のために生きるために――恥よりも生を選ぶ女なのよッ!!

 

「・・・・・・土と対話・・・・・・畑作り、で土と対話して・・・・・・わたし綺麗・・・・・・」

 

 と、一生分の恥を晒す覚悟をして出し切っていた私の眼前で、ジオルドはしばらくの間うつむきながら譫言のように何事かを呟き続けていて、何言ってるのか分からなくて近づいて聞き取ろうとした瞬間。

 

「そうでしたか☆ 斬新な修行法ですね、さすがはカタリナ様です♪」

 

 と、いきなり顔を上げて「ニコッ♪」と邪気が全くない笑顔を浮かべながら言い切られてしまって、逆に私の方が後ずさり。

 うう・・・これほど邪気のない爽やか笑顔を見せつけられると、私からは何も言えないわ・・・・・・「さすがカタリナ様」の部分が褒めてるのか嫌味だったのかなんて、今さら聞けないこの状況! ああ、気になる~~!?

 

 屈辱と恥辱と不完全燃焼でモンモンとした気持ちを抱えながら、年下の子供に弄ばれて言い負かされた気がして気になる、小物臭いプライドとの間で激しく葛藤する私!!

 

 

 ―――そんな状態になってたからなんだろう。

 また私は、同じ過ちを犯してしまった原因は、きっとそれだったのだと後になれば理解できる・・・。

 

 

「カタリナ様、本日は正式なご挨拶に参りました。このような場所で不躾に申し訳ありませんが、前回お話しさせてもらった私との婚約、お受けして頂け“ますよね”?」

「ふぇっ!? え、あ、はいッ!!」

 

 なんか今、脅迫されたみたいな語尾が!? 最初のあたりは良く聞こえない声で言われちゃってたから分かんなかったけど、最後の部分だけが! 語尾が! 文末の部分が!!

 醜態晒したばっかりで見逃してもらった直後の女の子にとって、致命的すぎる脅迫の文言が入っていたような無かったような~~~ッ!?

 

「よかった。それでは今日より婚約者として、よろしくお願いいたしますカタリナ様」

 

 そう言って跪いて私の手を取って唇を近づけて、まるで映画の1シーンみたいに「チュッ」と軽くバードキス。

 

 

 

 

 ・・・・・・またしても、やってしまった私―――――ッ!!!???

 

 

 周囲からは「おめでとうございます」「おめでとうございます」と使用人たちが万歳三唱ムードに包まれる中、ジオルド王子は爽やかに腹黒く笑って去って行って、私一人だけが絶望のあまり畑の中で恥態を晒しながら呆然と立ち尽くす羽目になる・・・・・・

 

 おめでたくないわよ! 全くおめでたくないわよ! って言うか、さっきまでの光景見てて何でおめでたく思えるのよ!?

 

 ほっかむり被った農民服の貴族令嬢と、将来有望そうな王子様の正式婚約に少しは疑問持つヤツ出てきなさいよ――っ!!

 サブキャラでいいから言う人出てきてください!! お願いしまっす!!!(血涙)

 

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第20章

今更ながら、連載作は多いのに、連載作の原作が少なすぎて、条件が限定されてる時には進めにくいこと多しな作者の作品群…。

とりあえず原作だけでも大体書ける作品の最新話だけでも書いてあったので、ストックからですがどーぞデス。


 エルフキャラの身体になった異世界転移者ナベ次郎と、異世界普通の女の子アクさんと、異世界ヒップ聖女ルナさんの、新たな仲間である異世界聖女っぽい見た目だけしたダーク美人のフィラーンさんを加えた私たち、ナベ次郎パーティーの一行は再び神都を目指して馬車を進めながら、東へ東へと旅を続けておりました。

 

 天竺と違って有りがたいお経はもらえそうにないですが、そのぶん妖怪も邪魔しに来ないので楽な旅です。

 最高の西遊記だと、紅孩児とか神様たちにまで襲われてたのと比べりゃ気楽なもんですよ。アニメ版の話ですけれども。

 

 そんな風に極端な比較対象を例に挙げ、自分の方が上に決まってる出来レースして悦に入る自己満足で暇潰しながら、都会に近づいてきて人通りも多くなってきて町や村も見かけるようになってきた外の景色を眺めていたときのことです。

 

 

「――あれ? なんか、あの村だけ妙に寂れてません?」

 

 突然に森の中に立てられている村の姿みたいなを見つけて、私は思わず声を上げたのでした。

 と言うのも、大きな柵で全体を覆ってる村みたいな場所ではあるのですけど、人気が全く見当たらなくて、廃村のような異様な雰囲気を放っていたからです。

 規模だけは大きすぎる分だけ、人口との格差とボロっちさが際立ってます。都会に近いのに、完全に過疎ってるタイプの村ですな。

 

 まぁ、つまりコレは要するに。

 

「呪われてますな。魔王か、魔王の手下のダンジョンボスかなんかによって完全に」

「違うわよ!? 人の領地を勝手に呪わないでよバカー!!」

 

 と、キタキタ踊り発祥の村的な解釈をしたところハズレてたみたいです。

 ちぇっ、残念。いや良いのか?

 呪われてなかったんだからボス退治も依頼されない訳だし、良かったんだと思っときましょ。

 

「でも、ルナさん。呪われてないなら、あの村は何なんです? 随分と他の村々と違って活気がなさそうに見えるんですけど・・・」

「・・・・・・・・・私の村よ」

「はい?」

「だからっ! 私の領地なのよ!! あの村は!!」

 

 ルナさんの言葉を聞かされて、私は一瞬キョトンとなり。

 思わず新たな仲間の癒魔王フィラーンさんと顔を合わせてしまって、相手も同じこと思ってたのか同じような顔を見合わせる羽目になり―――納得し合って異口同音に正しい結論を口にしたのです。

 

 

『『・・・やっぱり呪われたせいで寂れたのか・・・・・・(ね・・・・・・)』』

 

 

「だから何でよ!? 私の領地だって言ってんでしょーが!?」

「あは・・・アハハハ・・・・・・」

 

 アクさんの誤魔化し笑いが空しく響き、肯定もしなけりゃ否定も帰ってこない馬車の中でルナさんだけがギャーギャー騒ぐ。

 これが聖女ルナ・エレガントさんという、人間としてや戦闘力はともかく領主としては不良債権の女の子を宛がわれる不運に見舞われた呪われた村、【ラビの村】と私たちが関わり合う最初になれそめだったのです。

 

「まっ、別にいいです細かいことは。面白そうだから、ちょっと暇潰しに寄っていきましょう。

 もしかしたらルナさんを脅迫するネタでも見つかるかもしれませんしね~♪」

「来るなーっ! そんな不純な動機で聖女の治める領地に土足で踏み入るんじゃないわよ!

 この魔王!魔王! 悪の魔王は滅んじゃえバカバカ~~ッッ!!」

 

 ポカスカポカスカ、腕力低いから効かない打撃攻撃連発されながら、私は笑い声を上げながらルナさんの治める領地である、《ラビの村》とやらいう場所へと入っていくのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 実際に村の中へ足を踏み入れてみると、荒廃具合は予想を上回るものでした。

 家屋はボロっちく、農村っぽいのに野菜が少なく、萎れて見えるものも多い様子。

 

「随分と寂れてるみたいですが・・・・・・宜しかったので? こんな状況を放置して私なんかを倒しに来ちゃってたりしても。

 村興しでもして活性化しないと、過疎った末に統合されて地図上から消える日も遠くなさそう――って、ハッ!?

 ま、まさかルナさん・・・・・・聖女が魔王を倒すの当然だなんだは口実で、本当の目的は犯罪者たちから金を奪って領地経営に当てる略奪経済の統治を・・・っ!?」

「ち~が~う~!!って言ってんでしょうが! 何度言ったら分かるのよアンタは!?

 た、単に私は領地の経営なんて興味なかったし、それに教会から出向してきた人間が管理してるから、私が出る幕なんてないしッ」

「あれ? “人も地域も格差があって当然で努力によって変わる”が、ルナさんが信じてる智天使さんの教えじゃなかったでしたっけかね? この寂れてる現状がルナさんの努力した結果でしたので~?」

「ぐ、ぐぅ・・・・・・」

「それに、教会から管理者が出向されてきといて、この過疎った結果しか出せてないんじゃあ、問題ないって方が問題だと思うんですけどにゃ~?」

「ぐ、ぐぅぅううぅ・・・・・・ぐぬぬぅぅぅぅッッ」

「お、落ち着いて下さい聖女様ッ! 魔王様もッ! ちょっとその、程々に!」

 

 ノッブ並のイジメッ子口調でルナさんを弄って遊んで、アクさんからフォローされるのを聞きながら「ハッハッハ愉快愉快」と笑って「ぐぬぬ」呻きを響かせる。

 それはまぁ、それとして。

 こういう場合の一般例で考えるとするならば。

 

 

 

 ――ルナさんには、魔法の才能はあっても領地経営の才能がなく、政争に慣れた教会上層部の人たちに神輿として利用され、良いように担がれて美味しい権益や旨みのある土地からは遠ざけられている、都合のいい操り人形になってるからこうなっている。

 そう考えるのが一般的な状況と相手の組み合わせ。――ではあるんですけどなぁ~・・・。

 

 私は人差し指と中指をピッと立てて、二本共を揃えた状態で眉間に当てる瞬間移動ポーズを取った後、

 

(――どう思われますか? フィラーンさん。

 ルナさんは教会にとって、都合のいい操り人形という一般的パターンが当てはまりやすい人だとは思うのですが・・・)

 

 ネトゲRPGのキャラを一人だけリアル異世界に呼び出したからなんでしょうかね?

 パーティーモードのボイスチャットみたいな感じで、周囲には聞こえないよう、仲間登録してる人にだけ声が届くシステムの、《通信》というらしい形で思ったことを声に出さずに相手に伝える交信手段で新たな仲間の美女魔王さんに呼びかけたのでした。

 私がこの世界に来てから得た情報も、大体コレで彼女に伝えて練習しましたので失敗しません。

 

《同感ね。貴族とか教会上層部の性悪ジイさんやバアサンに言いくるめられて、上手く利用されて面倒な土地を宛がわれただけの、天才だけど世間知らずな最強少女とかの設定が一番似合う立場だと思うわね。

 ――もっとも、立場だけで考えたならの話だけど》

《やっぱ、そうなりますよねぇー・・・・・・やっぱり》

 

 彼女もやはり同じ感想を抱いてたらしく、私たちは同じ解釈に基づき、ルナさんが貧乏村を任せられてる理由に一般的パターンが当てはまらない可能性が高い理由について、声には出さずにパーティーボイスチャットで結論づけたのでした。

 

 

《――この性格の聖女様だからなぁ~。

 “バカにすんな無礼者!”とかブチ切れて、暴れ出す姿しか想像できない……》

 

 

 という結論をです。

 いや、ルナさんの場合だと美辞麗句でいくら煽ててあげても、与えられた領地がボロだったりすると、

 

 

『この私に、こんな寂れた土地を収めろだなんて、アンタ何様のつもり!? 私が誰だか分かっていないようねっ。

 私は三聖女の一人ルナ・エレガントよ! 聖女をバカにするバカは死んじゃえバカッ!!』

 

 

 とかの展開になって、「領主としての努力がないから領地が豊かにならないだけ」とか説明されても、

 

 

『うるさい! アンタがいるじゃない! 私は経営なんて興味ないからやんなくて良いの。

 それよりもっと良い領地を私に寄越しなさい! もっと贅沢な暮らしをさせなさい!

 聖女が良い領地で良い暮らしをするのは当然のことでしょう? オ~ッホッホ☆』

 

 

 とかの反応しか返ってこないのが、彼女にとっての日常スタイルな気がして仕方がない私たち魔王二人組・・・・・・。

 教会や貴族が利用しようと、どう理屈をつけて言いくるめようとしても、理屈が通じないときには一切全く通じなくなりそうな人ですからなぁ、ルナさんって。

 

 感情的になってるときの子供と爺さんと女の子には、その手の方法論が通じるとは思えない。

 そんなルナさんが、こんな土地を宛がわれて、あんま嬉しそうじゃないけど領主を辞めずに続けながらも、領地運営をやりたがってるようにも見えない。

 

 ・・・・・・理由がよく分からない状況と組み合わせなんですよねぇ~、この人と村とのコンビって・・・。

 いまいち釈然としないまま、村の中を進んでいく私たちパーティー。

 

《で、どうすんのマスター?

 こういう場合と場所での定番展開的には、“見捨てられた村を使って金儲けして領地経営! 誰でも平等の新国家建設して自分は異世界で王様に~”

 ・・・・・・とかやるのが一般的だと思うけど?》

《いやまぁ、正直そういうのもやりたいとは思ってますし、憧れてもいたのは事実です。事実なんですけれどもぉ~・・・》

 

 メタな発言してきたフィラーンさんの質問に、いまいちハッキリとは答えづらくなる私自身。

 正直言って、私だって現代日本のオタク人。

 そういう展開に憧れがないとは口が裂けても言えませんし言いませんし、好きか嫌いかで言えば大好きと言っていいほどで、異世界転生とかする時あったら絶対やってやる!とか妄想してた時期もあるにはある。

 ・・・こっちに来る数時間ほど前ぐらいにも一度ほど・・・。

 

 ――だが、しかし。しかしである。

 世の中には現実というものがあり、夢を叶えるには現実が壁となって立ちはだかるのも常ではあるわけで。

 要するに、端的に言って。

 

 

 ―――ただの高校生に、領地経営なんて出来る自信もスキルもないわボケェェェッ!!!

 

 

 ・・・っていう、当たり前の現実がね? だから無理! 絶対に無理だから!!

 現代知識でチートして王国建国とか燃える展開だけど!超面白いけど無理! 少なくとも私じゃ無理です! 無理無理ですッ!!

 テンサイも鉄砲生産もビール製造も、チートラノベで読んだ知識しかないですもの!! オリジナル知らないですからな!?

 ラノベよ!ラノベ! ラノベだけ!! これで王国建国できるんだったら苦労せんわい!

 

 だいたいソレ系主人公たちって言うのは、自称凡人ってだけで知識多すぎる場合がありすぎてるだけですよ!

 それらの知識得られる理由付け設定が、既に普通の人じゃないタイプが多すぎるんですよ! 実際の話として本当に!

 

 リムル様とか見てみなさいよ!

 『大手と呼ばれるゼネコンに入社できる大学を出て』『37歳でそれなりに出世して』『彼女がいない以外は不自由ない生活を送る』

 ・・・・・・そんな転生前の現代日本人時代だった人なんですぜ!?

 

 エリートじゃん! 間違いなく超エリートじゃん!

 どんだけ良い大学卒業してたんですかリムル様は! やっぱリムル様は流石でスゲェ!

 

 

(・・・一昔前には『三高』って言葉があった時代がありましてねぇー・・・女性が結婚相手に求める条件として、「三つのものが高くなくてはならない」という伝統的価値観です。

 曰く、「身長」「学歴」「収入」の三条件が高い男性を、理想の結婚相手としてスーパーエリートだと珍重され――)

(じゃあマスターが男だった場合は「フーテン」になりそうよね。

 「チビ」で「ヒモ」で「魔族軍なし魔王として失業中」――女性としては最悪の結婚相手ってことになる条件持ちだし)

(・・・・・・はい。そうっスね・・・・・・)

 

 心の中でツッコまれて項垂れるしかねぇぐらいには、うだつの上がらない現状の私・・・高いのはせいぜいバストサイズと腕力ステータスぐらいっス・・・あとレベル。

 だから領地経営とか無理っす。王国再建とかも不可能っス。

 家庭を営める甲斐性すらない状態の元男に、そういうの求めないで下さい! 胸が痛い! あと心も!

 男としてのプライドハートは、傷つきやすいガラスで出来てる子守歌~~!!

 

 ――と、言うわけで!!

 

「お、おぉ~っと! 第一村人発見です! アッチの方を見に行きましょうアッチの方を!

 ルナさんの領地として、現地の現場責任者さんにガイド&案内説明してもらえると助かるな~・・・・・・って、アレ? え? ―――うさ耳・・・・・・?」

 

 私の村を救って下さい系のお願いがくる前に先手を打とうと、敢えて話を逸らす対象を探して見つかったものに飛びつくことに成功した私でしたが・・・・・・なんか妙なものが相手の頭から生えてるのを見つけて思わずキョトン。

 

 それが私たちギャグ魔王一行と、亜人種『バニー族』の住む『ラビの村』とが関わり合う馴れ初めになろうとは想像すらしていませんでした・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風にして、ケンカ好きで薄情な馬鹿エルフと仲間たちが来る少し前のこと。

 聖光国にあるラビの村の畑では、村人たちによって人参の収穫が行われている真っ最中・・・・・・ではあった。一応はだが。

 

「キョン、そっちの人参は?」

「ダメ・・・細いから売値が落ちちゃう。モモちゃんの方は?」

 

 畑から引っこ抜いた萎れた人参を見つめて、二人の村娘たちが揃って溜息を吐いて、“ウサミミ”を真ん中辺りでヘナッと曲げて鯖折り状態にしてしまっている。

 頭にウサミミを生やした姿の《バニー》というのが彼女たちの種族であり、亜人の一種である。

 

 この村は基本的に亜人を嫌う聖光国の中で、「智天使が愛でた種族だから」という理由で神都近くに亜人バニー族だけが住む土地として村を築くことを許された、ほとんど唯一と言っていい特例事項の場所だ。

 法的には特権的地位にあったものの、地質学的には荒れて収穫量の多くない土地柄であり、人参を作る農家が他にはほとんどいないバニーたちの独占市場となっているとはいえ、収入と支出は毎回ほぼ同額ぐらいが定着しており、近年のように雨が少なかったときには支出の方へと天秤は傾かざるを得ない。

 

 そうなってくると、種族特性として、人参の栽培や育成を補助するスキルを生まれ持ったバニーたちでも、お手上げに近い状況になってしまって溜息の一つや二つぐらい出ようというものだろう。

 

「こっちも良くない。水の魔石、また買いに行かないと・・・」

「最近、値上がりしてるよね・・・・・・土の魔石も」

 

 2人のバニー族の少女たちは、成長の悪い人参を手に取りながら揃って顔色を曇らせる。

 今までバニーにしか育てられない人参は、聖光国でも高く売れてきた。

 だが近年の降雨量減少で、水を生み出す水の魔石や、栄養素の乏しくなった大地を肥やす土の魔石などが栽培には必須となってきており、消耗品の魔石を補充し続ければ当然のように支出は上昇し続ける。

 

 収入がいくら良くても、そのための必要経費が高すぎるのでは意味がないのは、現在の異世界チキュウや異世界国家ニッポンと何ら変わることなき全異世界の共通事項。

 結果として彼女たちの暮らしは年々苦しくなる一方で、東にある獣人たちの国へと移り住むため村を出て行く者も多くなってきていた。

 

 フワフワ髪で天然っぽくて胸がデカい『キョン』と、無表情で黒髪ショートカットの秘書風な『モモ』は、生まれ育った村への愛着が強い地元の青年団とかに属しそうな娘さんたちとして、苦しくとも村に残り真面目に農作業を続けているのだが・・・・・・今のままではジリ貧なのも理解はしており、どーにかしたいがどーにもならない状況に溜息しか出ない日々を送っていたのである。

 

「で、でもルナ様が新しい領主になってくれてるんだから大丈夫だよね? きっと、何とかしてくれる・・・・・・よね?」

「・・・・・・うん。きっと大丈夫――だと思うけど・・・」

 

 キョンから縋るように言われて硬い表情で答えた後、相手の希望を完全粉砕するのは可愛そうだし、何とかしてくれたら嬉しいと思っているのは自分も同じだったので曖昧に言葉を補填して未来に可能性だけは残しておく比較的現実主義者のモモ。

 

 聖光国を治めている聖女姉妹の次女ルナ・エレガントは、その地位の高さにかかわらず進んで亜人であるバニー族の村の領主になりにきてくれた変わり者な人である。

 それまでは智天使さまに愛でられてたとは言え、差別種族の亜人であることから侮蔑的な目で見てくる者が多かったラビの村だが、聖女の村ということになってからは、あからさまに蔑視を向けてこれる勇者はほとんどいなくなって今日に至っている。

 

 人格的には信用できて、頼りになる人だとモモも思ってはいる。

 ・・・・・・ただ能力面の不足から、領主としてはホントに大丈夫か不安なだけで・・・・・・。

 

 何というかルナには、致命的なまでに“やる気”がなかった。

 正確には、「自分たちと仲良く“する気”」はあるんだけど、領地運営とか経営とか「領主として必要な努力」にはまったく“やる気”を見せずに、やろうともしない方針の持ち主なのである。

 

 何しろ、あの性格である。

 魔法とかの、『努力すれば成功できる才能に恵まれた分野だったら』労力を惜しまない人なんだけど、才能のない分野には全く手をつけたがらず、頑張って努力したのに上手くいかず笑われる危険性が高い分野なんかは絶対やりたがらないタイプの少女だろうし、初っぱなから上手くいかずに陰口たたかれまくる分野も今となっては嫌うタイプだろう。

 

 そういう理由から、いまいち『領主ルナ・エレガント』としては信じ切れない相手が、聖女姉妹の次女であるルナであり、実際に領主となってからも村の運営は主に教会から派遣されてきた代行に任せっきりで、自分の村に居続けるということもほとんどない。

 

 そんな故郷の村に見切りをつけて、新天地を目指して旅立っていったバニーたちは数知れず、最盛期には2000人を数えた人口も今では300人あまりにまで激減している。

 

 

 そんな決定的な村の破綻を感じながら、絶望的な思いを抱きながら農作業をしている最中にやって来たのが――破綻の方から、ぶぶ漬け出して帰れと言いたくなるギャグ魔王一行だったというのが現在の状況だった。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。水がなくて、買うと高すぎるから作物が作れず困っていると。――お約束ですね」

「あの・・・・・・なにが“お約束”なんです――ピョン?」

「いえ、こっちの話ですのでお気になさらず」

 

 パタパタ手を振って、初対面の相手の質問追求も回避。こっちの話は、話を逸らせる魔法の言葉。

 紆余曲折経て、なんか色々やりあってから私たち魔王パーティーの一行は、バックスバニーもとい、バニー族の娘さん二人から村の窮状と理由を聞かせてもらっておりました。

 

(しかし・・・・・・それにしても・・・)

 

 話を聞きながら私は、村の現状について教えてくれてる無表情ショートカットの美人さんと、フワフワヘアーの巨乳っぽい娘さんとを同性の特権行使して、しげしげと見つめ続けながらつくづく思わざるを得ない感慨を抱かずにはいられませんでした・・・・・・。

 

 

 ・・・・・・ほんっとにウサ耳生えてるだけで、ウサ尻尾も肉球ハンドとレッグも付いてない、服まで普通な、普通の人間とまったく変わらん設定の亜人なんですね・・・彼女たちって。

 

 昔のギャルゲーに出てたウサミミ種族の亜人ヒロインみたいに、ウサ尻尾が見えるようパンツ部分だけガバッと開いた種族専用衣装とか期待してたんですけど・・・・・・ガッカリです。

 

 どーせウサミミ美少女種族なら、《フォーウッド》とか《月のウサギ族》とかが個人的には好みだったんですが・・・・・・まぁ《兎人族》とかよりはマシか。

 手で触られたらニンジンに変えられても困りそうですし。

 

 それに一応はエロ衣装じゃないだけで、美少女種族なのは変わりない事実。

 古人曰く、『美女・美少女が困ってるの見て助けぬのは勇者なき成り』という感じの諺もあるとかないとか言いますし、やはり美少女が困ってたら助けるべきでしょう。美少女ですから。

 身体は女、中身だけ男になろうとも、男だったら異性は見た目で格差待遇するのは仕方なし。綺麗事どんなに言っても、それが男の真実ナンバリング無し。

 

(とは言え、簡単に“助ける”って言っても難しいんですよね、こういうのって・・・・・・。

 いっそ知識チートで領地経営して理想国家設立系だったなら楽だったんでしょうけれども・・・)

 

 具体的な助け方を考える段まで思考を進めると、私にもさすがに難しさが分かってはきてしまうもの。

 なんと言っても私たちは、彼女たちとずっと一緒には居続けられない旅人の身の上。今助けたことが後に彼女たちを苦しめることになったとしても、即座に戻ってこれる立場ではありません。

 

 ただ、可哀想だからで今この時だけ考えて救ってあげるのは、ただの自己満足で本当の意味での救済とはとても呼べない。中途半端な優しさで、中途半端な救済しかあげられない立場だったら最初から何もしない方が彼女たちのために成るのではないでしょうか・・・? ですが・・・・・・。

 

 

「あ~、マスター。

 言い忘れてたけど、『救うなんて偉そうなことは言えない。俺に出来ることなんて小さなことだけ。だけど全部を救えないから何もしないなんてのは違うだろう~』とかの理屈言ってから結局は救う展開とかの前振りは言わなくても大丈夫だからね?

 ほんとは助けたいんだけど、世間一般の『正義の味方による救済なんて無いブーム』に乗っかって自分でも『正義のヒーローなんてものは分かりやすい悪者やっつけるだけで貧困や飢餓から人を救ってくれない、人間の人間による不幸は正義の味方じゃどうしようもないんだ~』とか、色々と語っちゃってた過去あるから今さら恥ずかしくて素直に救うことできなくなって。

 よ~し、『矛盾と承知で葛藤してから正義の救済する展開で誤魔化そう!!』・・・・・・とかな感じの男の子のプライド的事情に、私は理解ある女だから大丈夫よマスター♪

 そういう、正義の味方を名乗らないで助けるのがカッコいいって思っちゃう、男の子のプライドと見栄っぱりな心理に理解を示せてこそイイ女。

 それが出来る私、超イイ女の魅力値MAX!!」

「・・・・・・お気遣い、ありがとうございますフィラーンさん。詳しく解説せずに実行してくれたらホントに超イイ女だったと思うんですけどね本当に・・・・・・」

 

 いや本当に。――黙って流してくれてた場合には、いい人だったと思うんですけどね彼女って本当に!!

 全部暴露されちまった後に、実際その救済やる私の身にもなれぃ! 針のムシロどころの気分じゃねーんですけれども!

 ええぇいクソ! やはり所詮は魔王でしたか! この暗黒神教団の女教皇っぽい人め!

 暗黒神ファラリスはなんかビミョーに好きだから苦手だぞコノヤロー! ロードス島戦記ぃぃぃッ!!

 

「――コホン。・・・・・・まぁ、とりあえず水の魔石が不足してるってことでしたし、とりあえずそれを置いてくとしましょう。

 急場凌ぎぐらいには成るはずですし、本格的なのはその後と言うことで」

 

 とお茶を濁して、環境だけ改善して統治は他の人に任せる方針でテキトーなアイテムを探し始める私、ネタアバターのナベ次郎。

 魔石って色んなゲームに登場して、人々の生活潤すのに使われているポピュラー設定のファンタジーアイテムですからねぇ~。当然《ゴッターニ・サーガ》にだって魔石の一つや二つはあって当然。

 

 まぁ、正確には世界観の違いもありますので、この世界の《水の魔石》とは多少違ってはいるのですが・・・・・・とりあえず水出りゃいいみたいですしね。それぐらいだったら問題ないはずです。

 え~と、たしか昔買った魔石がアイテムボックスの中に放置したままだったような――違う物に入れ替えてたような・・・・・・ゴソゴソゴソ。

 

 

 

 

 そんな感じで、ゲーム事情を知らない周囲の人たちから見れば、怪しげな行動している私と、少し離れて変な人を見る目になり始めてる第一第二村人のキョンさんとモモさんの視線が痛い中、アイテムを探している最中。

 ・・・・・・私は背後から近づきつつある厄介事の存在に、このとき気づくことが出来なくなっていたことだけは痛恨事として、ラビの村の消せない記憶として長く黒歴史であり続ける羽目になるのでありましたとさ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さてこの頃。

 実は聖女ルナ・エレガントの領地帰還によって最も困ったことになっていたのは、教会から派遣されていた領主代行ではなく、教会自身だったことを多くの者は知らなかったりする。

 

「なんだって!? ルナ様が村に帰ってこられているのか!? そんな予定は神都からは届いていなかったはずだが――」

「は、はい・・・。どうやら独断で神都を離れられ、その帰りに立ち寄られただけのようでして・・・・・・『私の領地に帰ってくるのに連絡なんてする必要ない!』と仰られまして・・・」

 

 ――ええい! こんな時だけ都合よく領主の権限振りかざしおって、あのフーテン家出娘めが!!

 ・・・・・・とまで思ったかどうかまでは定かでないものの、ひとまず彼は慌てて身支度を調えると領主代行として領主を出迎えるため家を飛び出し、形式的には上司のもとへと歩を急ぐ。

 

 ルナに領主として何もせぬまま今まで通り、問題を放置して外へ遊びに行き続けてもらうための理屈を考え続けながら・・・・・・。

 

 

 ラビの村に領主代行として教会から派遣されてきていた中年男性の彼は、必ずしも劣悪な人間性の持ち主ではなかったし、個人的感情はともかくとして信仰対象である天使が愛でた種族であるバニー族を蔑視の目で見るような人物でもなかったが、バニーたちから村の窮状を訴えられたときに助けてやるため何かしようともしなかった。

 

 当たり前だ。

 何もせず、何もさせないという任務こそ、彼が領主代行として教会から与えられていた使命なのだから。

 

 

 ――現在、聖光国の政治は微妙なアンバランスの上に成り立っていた。

 聖女を担ぐ聖堂教会、最前線で国防を担う軍部、国内最大勢力の貴族連合たち。

 この3者が3竦みの状態で、国内改革の主導権を奪い合うため静かに熾烈なマスゲームを続けていたのが、近年の聖光国上層部の実情だったからである。

 

 これは近年になって台頭してきた、『ドナ・ドナ』という大貴族が貴族たちをまとめ上げ財力と政治力にものを言わせて政治介入を強めだしたことに反発して、歴戦の武人『マーシャル・アーツ』率いる武断派と呼ばれる武官貴族たちが腐敗した中央政治を嫌って北部地方の城塞を拠点に軍閥化してしまったことに端を発している問題だった。

 

 その状況の中で、聖堂教会は後手後手に回らざるを得なくなってしまっていた。

 もともとは貴族も軍部も、教会の下部組織として運営されてきた者たちが力を強めて離反しつつある状況なのだから、宗教国家の上層部が力を激減しないはずもなかったのである。

 

 教会側としては、この状況下でドナ・ドナたち貴族連合と本格的に敵対するのは何としても避けたかった。

 彼らは現在、自分たちの領地内で産出される魔石の値段を徐々に引き上げることで、実質的に聖光国の経済を完全に牛耳ろうと目論んでいた。

 その煽りがラビの村まで及んでいたのである。

 

(今ここで、智天使様が愛でられた種族とはいえ、亜人たちの生活を守るために教会がドナたちと事を構えるのは余りにも拙い。

 ここは無難に、知らぬ存ぜぬで押し通し、今まで通り一切全く問題なしとルナ様を言いくるめて納得して頂くことが最善の策・・・!)

 

 そう確信しながら、聖堂教会こそが聖光国の中核として国を改革して、古き良き正しき信仰に基づく原点へと立ち返るべきであると固く信じる復古的な伝統絶対主義者な彼は、聖女の後ろ姿を見つけて歩み寄りながら複数の言葉で説得するための弁舌を幾パターンも用意しながら声かけまで至っていたのだが。

 

 

「これはルナ様。ようこそ、おいで下さいました。そちらのお方々はお友達でいらっしゃいま・・・・・・って、あぇっ!?

 そ、そそそそ、その少女は人相書きにあったマオ―――」

 

 

 

「その名前で呼ぶんじゃねぇですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 ドゴォォォォォォォォォッン!!!!と。

 久々に炸裂する、魔王エルフの恥ずかしい過去を意図せずカミングアウト指摘してきた相手に、ついカッとなって跳び蹴り放つチート転移者によるチート飛び膝蹴りが発動してしまった!!

 

 哀れ、領主代行として派遣されてきてた中年のオッサンは、しゃべる石像さんに続いて二番目の『ついカッとなって殺ってしまった殺人事件』による被害者第二号に成り果ててしまったのか!? 死体さえ吹っ飛ばされたりしてないだろうか!?

 

 

「うぎゃひはぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

「ああッ!? しまった! しまいましたァッ!? ちょ、そこの名も知らぬ男の人! 大丈夫ですかぁぁぁっ!?

 傷は浅いですしっかりして下さい! 寝るなッ! 寝たら死にますからね――ッ!?」

 

 

 どっこい、なんとかギリギリ運良く回避できて、跳び蹴りで飛んできた下の方で半べそかきながら見上げる姿勢で生き延びることに成功してたみたいですね!

 

 位置的に、そして技の体制的に、ケンカ馬鹿エルフのパンチラが、ほぼ確実に見えちゃってただろう場所で腰抜かして座り込んでたとはいえ、幼女のパンツに興味はなし!

 聖職者が興味あったら大問題だし、それどころじゃねぇし死ぬ寸前だったし、ついカッとなってで殺されかけてたしィッ!!

 

 本気でパンツどころじゃなく、マジで泣き出す5秒前ぐらいの恐怖を味あわされまくったファーストンプレッションを強制体験させられた後。

 

「いやあの、これはその、えーと、え~~とぉ・・・・・・」

 

 と、しどろもどろになりながら後ろめたそうな口調と表情と態度で、どーにか相手に誤解だったことを分かってもらおうと説明する言葉を考え、思考を巡らす馬鹿エルフ。

 

 殺す気はなかったんだと、事故だったんだと、そんなつもりはなかったのに背後から突然声をかけられ仕方なく、ついカッとなって致死量超えるオーバーKILLキックを必殺技スキルで使用しちゃって、普通の人が当たってたら身体コナゴナになってただけなんだよ本当だ世信じてって、この言い訳ダメじゃね!?

 ――と、いつもの様にいつもの如くテンパりまくって混乱しまくりながら対応考え。

 

 黒歴史と逆境に弱すぎる魔王エルフが考え出した、この場における唯一の冴えた問題解決方法はと言えば。

 

 

「え~~~~・・・・・・ゴホンゴホンゴホホホン!! ――失礼。誤報です。

 私は名乗るほどの者ではなく、何の変哲もない普通の旅人のエ・・・えっと、え~っと・・・・・・エ、エっちゃんとアっちゃんとフィーさんと申します。以後お見知りおきを」

「ええぇぇぇッ!? 魔王様、誤魔化されるんですか今のアレを!?」

「いや、今の誤魔化したの!? 誤魔化してたのアレって!? 私にはそうは見えなかったんだけど・・・・・・っていうか誤報って何!? なんの誤報!?」

「は~い♪ 私が魅力値MAX女僧侶のフィーさんで~す♡ 年齢17歳、バスト・ウェスト・ヒップは魅力値MAX乙女の、ひ・み・つ♡」

「アンタさり気にノリ良すぎない!? あとちょっとだけウザいんだけど本当に!?」

 

 混乱混乱、大混乱。

 ナベ次郎による強引に話進めて誤魔化すコミュニケーション術について行けなかった仲間たちによって混乱はさらに拡大して、余計なこと言った魔王に質問と説明を求める声が殺到して当然の状況になってしまったのだけれども―――知らね。

 

 基本的に、『魔力』と『INT』が低すぎて、『すばやさ』と『STR』ばっかりバカ高い。

 典型的すぎる前のめりパーティー編成で、力づくのゴリ押し一択しか攻撃パターン持ててねぇタイプの汎用型が尊ばれる現代社会の潮流に合わないことこの上ないアホには、この解決方法しか採れません。これで解決できるかどうかは知らんけれども。

 

「あなたが教会から派遣されてきてる方ですね? わたくし、この村の管理権を譲渡していただけるとルナさんから契約してもらっている者でして」

「じょ、譲渡・・・? 契約って・・・る、ルナ様が・・・です、か・・・・・・?」

「ええ。うちの店でお金を借りまして。ざっと――え~っと、大金貨50枚ほどを保釈金として」

「だ、大金貨50枚!? そ、そそそんな大金を!?」

「ええ。最初は5枚ぽっちだったんですが、利子が膨らみましてねぇ・・・。

 本来なら今すぐ全額耳をそろえて支払っていただきたいんですが、この村を見る限り無理そうでしたのでね。仕方ないので差し押さえさせて頂くことになったんですわ。

 ですのでお兄さん方も早々に出て行ってくれると、コッチも面倒がなくて助かるんですがねぇ?(にやり)」

 

 そして段々とノってきて調子にも乗ってきた、やり過ぎるパターン。

 人は学ばない生き物だが、人がエルフになった生き物はもっと短時間で同じこと学ばない。

 

「し、しかしそんなこといきなり言われても、上の者に相談しませんと・・・・・・」

「ほう? 上ですかい、そりゃあイイ。こちとら貸した金さえ返してくれれば誰でもいいもんでしてねぇ。

 アンタの上ってのが村の代わりに大金貨50枚を立て替えてくれるってんでしたら、私らとしちゃあ大助かりですわ。

 さっそく立て替えの契約書を用意しますんで、そちらさんもサインと身分証明と担保をお願いしますよ兄ちゃん」

「えぇ!? い、いえあの、そんなこと私は一言も・・・・・・こ、この村はルナ様のものですので、ルナ様がお借りしたお金の返済は、ルナ様の財産から支払われるのが筋ではないかと私などは思う次第でして・・・・・・」

 

 ケンカ馬鹿エルフ、完全にヤクザ屋さんになるの段。

 こいつ意外と古い時代劇とか好きで、『木枯らし紋次郎』とかカッコいいとか思ってるタイプの厨二病だった時代もある、黒歴史多きバカエルフ。

 

 ただしマネする対象が格好良くても、マネする本人が小物だとなんかイメージ変わります。ぶっちゃけ小物の借金取り立て業者にしか見えん。

 如何にもなジャパニーズ・ヤクザが異世界にいた。

 

「へぇ~? そうですかい。ですがコッチもガキの使いで来てるわけじゃあねぇもんでしてねぇ。口約束だけして、後でやっぱ無しってのは勘弁願いてぇわけなんですわ。

 ――アンタの思ってることを、言葉じゃなく形で示してもらえませんかねぇ?

 もしアンタが三下の下っ端でなんも決める権限持ってねぇっつーんでしたら、それ持ってるヤツの居場所を教えて下さいや。

 そうすりゃあ指詰めして、上のヤツに送る指をどれにするかぐらい選ばせてやりますぜ、アンちゃん・・・・・・(バキボキゴキ)」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃッ!? まま、待って下さい待って下さい! わわ、私の権限でも書類の誤魔化しぐらいはできます!

 この村を元々の領主であるルナ様が直接治めるため戻ってこられたので、私はお役御免になっただけだと上には報告しておきますので、どうかご勘弁をーっ!? 腕押さえないで! 指前に出させないで!? 切れる! 折れる!!

 私には妻と子供が待ってる家の借金が30年分残ってるんで御座いますぅぅぅぅぅッ!?」

 

 という流れによって、合法的に有耶無耶にさせることが出来そうだったので、馬鹿エルフは心の中だけで満足していた。

 幻想だけども。実際には全く解決できてないんだけれども。むしろ自分の悪名がさらに増しまくっただけなのは確実すぎるんだけれども。

 

 それでもケンカ馬鹿エルフは気づかない。バカだから気づけない。

 バカは風邪を引かない生き物ではなく、風邪を知らないから引いたことに気づかないので、バカは風邪引いたことにならない生き物なのが真性のバカである。

 

「ほ~ほ~、そうですかい。そりゃあ良かった。

 ――だったら早よ書類かいてコッチ渡さんかいクソボケぇぇぇぇッ!? 舐めとんのかアァン!?

 スジもん舐めたらどーなるか、ドートン川に浮かべて考えさせられてぇかァァァァァッ!! アァァァァッン!!??」

「ひぎぃぃぃぃぃぃッ!? 書きます!書きます!今すぐ書きます!! 何枚でも書きますから殺しゃないでェェェェェッッ!?」

 

 叫びながら男は、大慌てで家の中に戻っていって書けるだけの書類を書きまくってルナに、責任ごと全て押しつけると、泣きながら馬に乗ってラビの村を飛び出していってしまった。

 

 いや、あるいは飛び出してったのは国かもしれんけれども・・・・・・まぁ、とりあえずルナの村で何かやっても周囲には問題なく映るよう、書類の上だけでは合法的な準備は整ったというわけである。

 

「ふぅ・・・なんとか悪徳領主から、かよわき村の美少女たちを助けることに成功しました♪

 いや~、人が嫌がること――もとい、悪いことすると――もとい。

 良いことすると心が楽しくなって、気持ちいいですよね~☆」

「アンタって・・・・・・こーいう時には魔王じゃなくて、ただの悪党にしか見えないわよね本当に・・・」

「で、でもですよルナ姉様。私は久しぶりに魔王様って感じのお姿が見れて嬉しかったです。

 私を救ってくれたときにも、魔王様はあんな感じで私を村から連れ出してくれましたから・・・・・・♡♡」

「アレを!? アレでコイツに連れ出されてたのアクって!? 今みたいな感じで普通の村人たち相手にしながら!?」

「いえ? もっと私の時にはスゴかったですよ?」

「アレよりも!? 今のより酷いやり方でアクのこと故郷の村から連れ出しちゃってたのコイツって!?」

「ゴホンゴホン!! ゴホホホホ~ン!!!! さ、さぁ行きますよ皆さん。

 まだ先は長いのです! こんなところでグズグズしている暇はありません! 私たちの旅は、これからだー!です!!

 あとコレ! バニーさんたちに魔石! ではお呼びじゃないようでしたので、バイバイキ~ン!!!」

 

 

 

 ビュ―――ッン!!と。風を切る様にして、嵐の様にやってきた、嵐よりもウルサい魔王は、大慌てで先に走っていった馬上の領主代行の後を追う様にして、神都への道を急ぐため戻っていく。

 

 

 ポツーンと取り残されてしまったキョンとモモとしては、良い面の皮と言って差し支えなかったかもしれないポジションだったのだが。

 彼女たちには彼女たちで、厄介事が一つだけ残されたまま―――手元にあったままではあったのだった。

 

 

 

「ね、ねぇ――モモちゃん? あの臭いが人間にしては変だった人が「魔石」って言って置いてったコレって・・・・・・魔石、なんだよね・・・?」

「・・・・・・たぶん。この感じは『水の魔石』で間違いないし・・・・・・でも、なんかこう・・・違うような合ってるような・・・・・・?」

「そうなんだよねぇ・・・・・・それに私たちってオリジナルの魔石って見たことないんだけど・・・・・・掘り出した直後の魔石って、なんていうかこう・・・・・・」

 

 

 

『『こんなに―――大きかったっけ・・・・・・?』』

 

 

 

 二人が左右から両手を広げて持ち上げるほどの大きさを持つ、水色の結晶体。

 その名も、《水のクリスタル》を渡されてしまっていたことを知らず、魔石とクリスタルの違いを作品数ごとの違いぐらいでしか考えてなかった馬鹿エルフによって―――ラビの村もまた知らず知らずのうちに大きな変貌を遂げさせられる一部となってしまう近い未来を。

 

 今はまだ、誰も知らない。原因である魔王自身さえ知らないし、多分気づくの一番遅くなりそう。

 自覚なく意図しない親切が招く予想外の結果って、そんなもの。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

オマケ【今回の設定】

 

《水のクリスタル》

 

 ファイナルファンタジーシリーズの中で、一般生活に用いられてた場合のものを《ゴッターニ・サーガ》はネタとして、魔石アイテムの代わりに採用していた。

 

 拳で握れるサイズで使い捨てアイテムな、この世界の《魔石》とは明らかに違いすぎる代物だったけど、《氷漬けになった幻獣の魔石》を渡す訳にもいかなったのでコレになった。

 

 Ⅻの魔法石があれば良かったのだが、残念ながら《ゴッターニ・サーガ》はⅫの魔法石まではパチモン商品アイテム化しておらず、あるのは《人工破魔石》のため更に悪い。ラスボス生んでどーすると。

 

 尚、一応は念のために配慮として【Ⅴ】の物ではなく【Ⅲ】の方を渡している。

 砕けた時に水が濁って魚が死んで、海が停止するのを避けるために念のため。



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第21章

同じ原作のを2話続けて、というのに抵抗があったのと、連載作の最新話を出してからにしたかったのですが、今季アニメが大量に始まったばかりで執筆が遅れております。

お茶を濁す形になって申し訳ないですが、とりあえず既に完成してた「魔王様、リトライ!」のケンカ馬鹿エルフ版だけでも投稿しておくことにしました。


 ――話はわずかに、時と場所を移動する。

 

 ケンカ馬鹿エルフのナベ次郎と仲間たちが向かっている先にそびえ立つ、聖光国の首都『神都』

 その都にエルフたち一行が到着する数日ほど前のこと、他国なら王城にあたる聖城の会議室に重要人物たちが一同に集められ、重要な議題についての話し合いが持たれていた。

 

 その日に語られていた議題とは、『三聖女の末っ子ルナ・エレガントが自分の領地であるラビの村の運営に自ら乗り出す決意を固めたことを宣言した』

 

 ・・・・・・という趣旨の内容を、教会から派遣されて村の管理を任されてた管理者が、神都まで持ち帰ってきた事の経緯と是非について、聖女様の裁断を仰ぐ。そういう議題の会議である。

 

 実際には、借金のカタってことにした極道エルフ幼女に土地ブン捕られて、自分は脅され命惜しさに神都まで逃げ帰ってきただけなのが実情ではあったんだけれども。

 だからこそ誤魔化すため熱弁振るって、情熱的に気合いがこもった報告書と、ルナの決意表明を捏造しなくちゃいけなくなるのが、どこの世界でも中間管理職の処世術というもの。

 

 結果として、今日のような議題が開催されるに至っちまう羽目になっていた。

 真実として知らされた情報が、大前提として間違ってる状態での対策会議だったけど、真実を知らされてない者にとっては虚偽こそが真実だからどーしようもなし。

 

 

 

「いやはや、あのルナ様が教会の管理下にあった自治領で、自ら手腕を振るうと仰られるとは」

 

 円卓に座っていた一人の男が、太った体を揺らしながら脂ぎった顔で粘着質そうに、そういった。

 聖女の近くに席を与えられた貴族長の地位にある彼の名は『ドナ・ドナ』といって、西部の鉱山地帯を領土とする貴族たちのリーダー格になっている。

 

 金と若い女に目がなく、領土内で採掘された魔石の値を徐々につり上げて国内経済を牛耳ろうと目論んでいる、典型的な『成金エロオヤジ』だった。一応は身分だけなら血統主義の大貴族でもあるんだけれども。

 

「ルナ様にも聖女としての自覚が出てこられたようで――」

「・・・めでたきこと」

 

 そのドナのお株を奪うように、正面の席に座っていた初老の男が短い声で相手の言葉を途中で遮り、残りを自らの言葉で補填して勝手に締めくくりとしてしまう。

 戦士長『マーシャル・アーツ』というのが彼の名だ。

 

 齢60を超えて白髪を後ろで一纏めにした眼光鋭い人物で、会議室でも鎧を着たまま参加している姿と合わさり、貴族というより歴戦の勇士と言ったイメージしやすい。

 国境近くの北部地方を領地に持つ『武断派』とされる貴族たちの信頼を一身に集める、ドナ・ドナとは対極に立つ、もう一人の貴族派閥リーダーが彼であった。

 

 

 ――聖光国はもともと聖女を頂に据えた宗教国家で、その下に聖堂教会と聖堂騎士団が政治と軍事の専門機関として対等の立場で両翼を固め合い、それぞれの専門分野から協力し合うことで外敵の脅威から国と民を守り抜く。そういうシステムで今までやってきた。

 

 だが近年では、新たに台頭してきた貴族勢力の政治介入が著しくなっており、金や名誉をチラつかせて聖女の輩出にも影響力を持つ騎士団の抱き込みを推し進めるまでに至っており、アーツなどにとっては忌々しい限りな状況に今日では陥ってしまっている。

 

 貴族そのものは昔から存在している者たちだったのだが、これまでは利権の衝突やら家同士の伝統的な確執などが原因となって一つの勢力に纏まることは滅多になく、中小の派閥に別れて権力闘争と離合集散を繰り返すのが一種のパターンと認識されていた。

 

 せいぜいが貴族への課税を新制度として導入を検討する、という事態にでもならない限りは、同じ貴族同士で一致団結して国家と教会に対抗してきた事例はほとんど無いのが聖光国貴族たちへの一般認識だったのである。

 

 それがドナの登場によって貴族たちが大同団結してしまい状況が一変させられ、その富力と国内経済の影響力拡大によって今日の状況へと至ってしまっていた。

 聖光国が長い停滞から抜け出せなくなっていた原因の一つが、ここにあった。

 実質的な経済と武力のトップ同士が対立し合って、国の頂点に立つ聖女を支えている状態なのである。一つの方針に基づく改革案や政策だのが実行できるはずもない。

 

 

 ――しかも皮肉なことに貴族派による騎士団への抱き込みには、アーツも一役買ってしまっていたりする。

 

 彼は、貧しい北方で助け合いによって国防を成している自分たちの成果を高く評価している人物で、そのせいで中央の騎士たちにも同じは無理でも近いことを要求している人物でもあったりしたのが、その理由だった。

 

 それが出来ずに生活のため金で節を曲げれば「軟弱な守銭奴」と見下して侮蔑するだけで、騎士たちが経済的な理由で節を曲げなくて済む制度の充実とか、経済面での保証をおこなおうとは全く考えない人物なのである。

 

 極論してしまえばアーツがやっているのは、『自分たちの手を綺麗なまま維持してるだけ』であって、問題解決には何の役にも立っていない己のことを棚に上げ、ただ自分と異なる立場の他人を心の中で見下して自己満足に浸っている。・・・・・・それだけだった。

 

 中央の腐敗に嫌気がさして血の気の多い武人肌の北方貴族たちから見れば、アーツを既に真の主君と内心で仰いでいる者も少なくなかったが・・・・・・客観的に見てアーツの王としての器は、自分の担当地域一帯だけを治める小国の王が限界だったのである。

 

 

「・・・・・・ですが、心配ですわ。

 亜人の少女に取り憑いているという異世界からきた魔王の魂に、あの子まで誑かされ、洗脳されているのではないかと・・・」

 

 

 吐息を漏らすように、円卓の上座に座った聖女姉妹最後の一人が、憂鬱そうな声と口調で言葉を紡ぎ出すのが、沈黙が降りた会議室に響き渡る。

 

 ピンク色の髪と、ピンク色の瞳と、唇までもが淡いピンク色で統一された、どっかの世界で平和の歌姫とかやってそうな色と雰囲気をまとった神々しいまでに美しい少女。

 それが、エンジェル・ホワイトという聖女姉妹の長女だった。

 

 平和の歌姫とは決定的に異なる部分として、大きな二つの膨らみだけは、偽物アイドル平和の歌姫に近いサイズを誇る、髪も瞳もバストサイズまでもが――エロゲの巨乳ほんわか聖女タイプで統一されてるピンク色のエロ聖女様が彼女である。

 

 いや、エロいかどうかまでは分からんのだけど、基本的にピンク色の巨乳聖女様はエロいのがエロ界のセオリーなのも事実な訳で――(卑猥な文章は削除されました)

 

 

 

 現在の聖光国にはホワイトを含め、三人の聖女がいるにはいる。

 ただ、その内訳が・・・・・・

 

 三女、ルナ・エレガント――魔法の才はあるが、政治にはまったく興味なし。

 次女、キラー・クイーン――戦闘に関しては理想的だが、政治にも金も興味なし。

 

 ・・・・・・国内政治トップ3人の内、2人までもが政治に興味なくて武力に偏りまくった能力と思考の持ち主たちに権力集中してるって、どんだけなんだこの国は・・・。

 

 唯一、政治もできる政治的トップの聖女ホワイトとしては、政治面での相談相手には全く役に立たない立つ気もない妹たち二人に意見を求めるだけ無駄で、ドナは自分たちが得することしか考えてないし、アーツはアーツで『自分流が通じる専門』の局地専用武人さん。

 

 こうなると政治面の問題は全部自分一人で考えるしかないのが、聖女姉妹の長女エンジェル・ホワイトだった。

 彼女自身にも問題はいくつもある人物だったけど、それでも彼女は周囲の状況については泣いていいとマジで思う。

 

「ご安心ください、聖女ホワイト様。

 そのルナ様にまとわりつく小娘が気掛かりなら、私の方で処断しましょうぞ」

 

 まだ言い足りなかったらしく、発言を邪魔したアーツを憎々しげに睨みつけていたドナも、彼女にだけは敬意というか配慮というか、もしくは『未来の妻への好感度アップ狙った選択肢選び』と言うべきなのか。

 とにもかくにも、鎧姿のむさ苦しいオッサン武人アーツを睨みつけたまま見つめ続けるよりは視線移したいし、発言にも配慮した意見言いたい相手だったため即座に方針を転換。

 

 ホワイトの苦悩を取り除いてやるための提案をしながら、右手を机の下に伸ばしてモゾモゾ動かし始める。

 それでいて粘着質な視線は、相手の顔より少し下の方にある巨大な丸みを帯びた二つの塊に集中したままの発言だった点から、脳内では下卑たエロい妄想に耽りながら言ってた提案だったことは男性諸君なら誰が見ても間違いあるまい。

 

 会議中で、しかも本人がいる前で、衆人環視の中でも自家発電して恥じる事なき大貴族。それがドナ・ドナという、ある意味では漢であった。・・・・・・ただのヘンタイ助平オヤジと言った方が正しいかもしれないけれども。

 あるいは、陵辱鬼畜エロゲーの主人公な子悪党タイプな男でも可。

 

 ・・・・・・一体コイツのどこら辺に、貴族っぽさがあるのかは理解しがたいけど、貴族のあしらい方だけは天性の才能を持ってるヤツではあるらしく、その統率力はなかなか侮れない。・・・らしい。

 

 少なくとも、アーツやホワイトたち比較的まともな聖光国の重鎮たちからは、内心で嫌われつつも排除するのは難しいと思われる程度には国内に一大勢力を築いた派閥のトップではあるのが彼ではあったのだ。

 

 

「・・・・・・仮にもルナ様が信用された娘。我々が口出しすべき事ではないと思うが?」

「フンっ、既に街中には人相書きまで出回っているというではないか!

 しかも噂では、辺境のビリッツォから報告があった一つの村の半分までもを焼き払った異世界より現れた新たな魔王と同一人物ではないかとも言われておる。

 これほどの被害をもたらした無礼者は即刻処刑して、聖光国と智天使さまの権威を民草共へと知らしめるべきなのだ!!」

「その件での報告は、私も耳にした―――」

 

 そこまで聞いて、アーツは瞼をゆっくり開きながら相手の顔を睨みつけ、

 

「・・・・・・だが、私の手元まで届いた情報では、村を焼かれたのは課せられた重税故の貧しさから暴挙に走った自分たちに非があったと深く反省しており、その人物も村の周囲一帯を崩壊させた代価として、実り豊かな大地を耕すマジックアイテムと、貴重な水を分け与える代理人とを残し、自らは付き人として志願した少女一人だけを連れて去っていったと聞く。

 この情報が正しければビリッツォの被害報告は確かに、控えめに過ぎると言うべきだが、さりとて魔王の魂に取り憑かれている亜人の娘自身が、なにかの被害を聖光国にもたらしたようにも聞こえん。むしろ救ってすらいる。

 貴様は噂だけを証拠として、貧しい村人たちを救ってくれた恩人と、魔王の魂に取り憑かれた哀れな亜人の娘とを同一人と決めつけて処断すべきと、そう言うのか?」

 

 アーツは敵意を隠そうともせずに反論と、その意見の根拠とを述べる。

 自分がもたらした情報が、ガセネタである可能性があると指摘されたドナは屈辱で顔を真っ赤に染めるが、向かい合う彼は平然とムッツリと黙り込むのみ。

 

 

 ――アーツは正直、国はともかく中央政府に対しては辟易しており、芸術やらによる経済効果は認めつつも軍事力による国防こそが重要であると考えている、典型的な軍事力万能主義者タイプな人物でもあった。

 

 自身も貴族でありながら「貴族など唾棄すべき存在」としか思わなくなり始めており、「国家の象徴たる聖女様のもとで内外の敵から国と民衆を守る軍隊さえいれば貴族など必要ないのではないか――?」と考えるまでに至っていた、ぶっちゃけサタニスト並の危険思想に取り憑かれつつある危険人物だったりする人なのである。

 

 異世界チキュウにあったダイニッポン大帝国とかにもいましたよね、こういう人って。

 『二・二六事件』とか『五・一五事件』とか起こしそうです。

 

 

「アーツ! 貴様は貴族のくせに、同じ貴族からの報告を疑うというのか!?」

 

 対するドナ・ドナの方はと言えば、性格は別として多くの勢力に別れていた貴族たちをまとめ上げ、聖光国西部を押さえ込んだ飽くなき強権と権力欲だけは高く評価されている。貴族派の輝かしい隆盛を一代で築き上げたことまでは否定できない事実である大人物だ。

 

 もっとも、その割には性格や思考法はガキっぽい部分が多すぎてもおり、どんな無法もワガママだろうと自分だったら通せるのだと心の底から信じていて、世間の常識などまったく通用してくれない人物でもあったのだが。

 

 ・・・・・・こんなのが一体どうやって、そんな偉業を成せたのか全く理由と経緯が想像できない。

 せいぜい『敵がザコ過ぎるバカばかりだったから勝てた』ぐらいしか物理的に不可能だと思われるのだが・・・・・・。

 

 とは言え、その手のツッコミは誰も言わない言われないのが、この手のバカ貴族にとってのお約束という名の王道というもの。

 

「報告は身分ではなく、信用に値する人間の言葉であるかを重視すべきだ。少なくとも私にとってビリッツォの言より、自らが信頼する部下の報告に信を置く」

「無礼な! 私はわざわざ現地まで使者を赴かせて、ビリッツォの報告が事実であることを確認しているのだぞ!? それを適当な調査しかしない、貴様の部下より信頼できぬと言うのか!」

「ほう、これは奇遇。私が報告を受けた使者も、現地まで赴かせて調べさせた上で語らせている。

 そも事の真偽を確かめるため現地へ調査に向かわせるのは当然のこと、別段なにかの証拠となるほど大したことでもあるまいよ」

「ぐぬぬ・・・・・・っ!! あ、アーツッ、貴様というヤツは・・・ッ」

 

 平然と反論されて睨み返され、2人の大貴族の意見と視線がぶつかり合う。

 双方の意見が対立し合って、片方はウソを言っていると互いが互いに同じことを思うような状況になってしまってたのには理由と事情が存在していた。

 互いに、ウソ偽りなく本当の事実を語っているだけだったから衝突しあっていた、という事情がである。

 

 ドナ・ドナは、より正確で都合の良い証拠を集めて、都合が悪ければ隠蔽させるため。

 アーツは、そんなドナたち貴族の調査をまったく信用していなかったため。

 

 双方共に理由と目的は違えども、現地まで調査に向かわせて得た情報を語っているのは事実だったという点が、それである。

 にも関わらず、なぜ互いが受けた報告が双方共に矛盾し合ったものになっているのか?

 

 ・・・・・・それは調査に向かった先の、『被害を受けた現地人たち』に問題があったからだった。問題がありすぎる奴らだったのが全ての原因だったからである。

 

 具体的にはこんな感じである↓

 

 

 

『いっらしゃいませ♡ 神都からの調査員様~~~ッ♡♡♡

 遠いところから、よくぞお越し下さいました♪ ささ、どうぞこちらへ。

 お疲れでしょう? お飲み物はなにになさいましょう? いえいえ、調査員様から代金をいただこうなんて滅相もない!

 わたくしどもから役人の皆様方に対する、日頃からの感謝を込めたサービスでございますので、どうかご遠慮なく♡』

 

 

『初めまして調査員様~♡ ワタシィ~、この村の新人村娘のオトヒメでっす♡♡

 今日は来てくれたお礼に同じ新人村娘のタイやラメちゃんと一緒に泡ダンスを披露しちゃいますから目一杯たのしんでって下さいませね、王様サァ~ン♡♡

 じゃなかった、調査員さま~ン♡♡』

 

 

 

 ・・・・・・一体どこの異世界にあるロッポンギ町とかカブキチョウ村なのかと職務質問して問いたくなるようなノリとテンションで、国のお偉いさんに余計なこと報告されたくなかった村人たちが、調査員として派遣されてくる者たち全員を、食わせて飲ませて抱かせて買収しまくって、知りたい調査内容だけ聞き出させて、その部分だけ正直に全部話してサッサとお帰り願ってしまった結果、聖光国の中枢たる聖城の会議室で今こんな議論する羽目になっちまっていたと。

 

 そういう裏事情が関係してたのだった。

 

 村人たちとしても別に嘘を言っているわけではなく、ドナから派遣された調査員には『被害を受けた当時の状況』を事細かに話して熱弁を振るい。

 役人には媚びて機嫌を取る、今まで通りの自分たちらしい日常行動を継続し。

 

 アーツから派遣された調査員に対しては、『それまでの領主貴族のヒドさと無能ぶり』について悪口言いまくり、そんな状況から救って下さったダイロクテン魔王様の慈悲深さと寛大さを熱く語って、そんな方の付き人様に惨い仕打ちをしてしまった自分たちの過去を涙ながらに懺悔する。

 ダイロクテン魔王様を崇拝して更なる恩恵を与えてもらいたい、今では日常行動になってしまった、有りの儘の自分たちを見せただけ。

 

 それだけである。それ以上のことは何もやっていない。

 相手から聞かれてもいない部分まで、自分からベラベラ語らないのは謙虚さの美徳であって、嘘とは言わない。

 

 ―――さすがは、幼い少女を虐めて生贄役まで押しつけて自分たちだけ守ろうとした、元アクちゃんの村の村人たちですね。思考法もやってる内容も完全に子悪党です。

 あるいは只の悪徳商人か、高級いかがわしいボッタクリ店の雇われ店長さん。

 

 こうなると買収されたドナから派遣された調査員は、ドナが求める情報についてだけ正しい証拠と一緒に持ち帰ってきて報告し。

 

 アーツから派遣された調査員は、貧しさから移住してきた若くて美しくて夜の酒場で働いてた娘さんに、『家が貧乏で借金があって弟と妹と病気の父親を養うために仕方なく・・・』とかの家庭事情という切迫した情報と、困った時に頼るための連絡先まで渡しちゃった戦果と一緒に帰って来るという、完全にその手のお店の手口に引っかかっちゃった一員と化しちまう訳で。

 

 ドナとアーツが同じ調査方法を取りながらも、まったく逆の報告を受け取る羽目になっちまってたのは、そういう裏事情があっての結果だった。

 

 

「またビリッツォの領内では最近になって、些か怪しい動きが見えるという報告が各所からもたらされるようになっている。

 あくまで現段階では噂の域を出ぬようではあるが、もし仮に彼奴が反乱など企てていた場合には、ドナよ。

 派閥の一員による軽挙妄動を制御できなかった貴様の責任も軽くはあるまい」

「そ、そんなデマは根も葉もない噂でしかない! なんの証拠もなく噂だけを理由に罪の如何を問うなど、貴様それでも武人かアーツ! 恥を知れッ」

「・・・・・・貴様に言われるとは、名誉の極みである言い分だな・・・」

「キ―――ッ!!!!」

 

 自分の発言を揚げ足取られる形で、言い負かされるのに利用された大貴族であるドナ・ドナは、『面白くない時に踊る地団駄ダンシング』を小さく披露。

 こんなのでもトップに立てる貴族たちしかいないのが、聖光国の貴族社会なわけだからなぁー・・・そりゃ多くいても纏め上げれるヤツは纏めれるんじゃないだろうか。

 

 しかもぶっちゃけ噂の域どころか、既に巷では『東の果てに楽園が建設されつつある』とか『争いも憎しみもない求める者には全てが与えられる幸せの国』とか。

 

 色んなゲーム内限定での話がゴッチャになったような噂がまことしやかに語られ出してて、聖堂騎士団だけでなく聖堂教会や金のない中小貴族からさえ、離反者と裏切り者が出始めてる現状にあったりするのが聖光国の真実だったんだけれども。

 

 ――そんなこと上の人たちに報告するのは恐ろしすぎるので、資料改竄したり言い方変えて誤魔化した報告あげてるから、報告書だけで判断して『自分が信頼できる部下からの報告“だけ”しか信じないスタンス』で会議室にこもったまま議論している上層部の方々からは、まったく状況が見えなくなってるまま事態は進行しまくっていた。

 

 まさに事件は会議室で起きるものではなく、現場で起きるものであり。

 『会議室で起きるのは事件じゃない、権力闘争だ!』・・・・・・とでも叫んでいい状況だったんだけれども。

 

 そんな事実は露知らず、アーツもドナも『蚊帳の外に置かれている自分たち』には全く気付くことができない状態に陥らされている中で事態は進み、会議は踊る。

 

 ・・・・・・・コレどう足掻いても纏まりようがない状況になってねーか?

 と、客観的に見たら言われそうな出口のない、そもそも前提状況が間違いまくっている不毛な会議が堂々巡りに陥り始めていた―――そう思われた時。

 

 

「あの子が珍しく自発的に言い出したことです・・・・・・。

 今しばらくは、様子を見ようと思います」

 

 

 ピンクの聖女様から、桃色吐息と一緒に流れ出た鶴の一言によって事態は決し、ドナもアーツも聖女様の仲裁を受け入れる形で矛を退いて頷き合って、

 

「聖女様が、そう仰られるのであれば・・・・・・」

「・・・・・・御意」

 

 と、ドナは露骨に不満そうながらも、アーツは内心はどうあれ表面だけは静かな態度で目を閉じながら、それぞれの態度と表現で今回の会議結果を受け入れ合う。

 

 ――とは言え。

 

 

「・・・ですが、ルナ様と同行している亜人の娘はともかく、辺境に現れたという異世界から来た魔王を名乗る者との関連性は確認しておいた方がよいかもしれませぬ。

 もし動くと決した時のため、用意だけはしておくことも当然の備えであります。

 ひとまずビリッツォを神都まで招喚し、事の事情を本人自身の口から聞いてみては如何でありましょう?

 さすれば先程の私が得た情報とドナが聞いたという話、どちらが真実かもハッキリして対応を決めやすくもなりましょう」

「フン! まだ言うか! ・・・・・・だが、その意見には賛成だ。このまま有耶無耶にされたのではワシの面子が立たんからな」

 

 その部分だけは別件として譲ることなく、武断派の貴族代表マーシャル・アーツも、貴族派のリーダー格であるドナ・ドナも、互いに自分の言い分こそが真実であるという前提で、現地の最高責任者である、今では忘れられてる者がほとんどだろう辺境貴族のビリッツォを神都まで呼び出して事の真偽を質すための査問会みたいなのが開かれる約束を交わし合っちまったと言うわけで。

 

 しかも、挙げ句の果てに事のオマケとして。

 

「無論のこと、どちらが語っていることが真実だったか、真相がハッキリした際には相応の対応は期待してよろしいのでしょうな?

 誇り高き北方の地を守る者たちから信頼篤い、武人のマーシャル・アーツ殿」

「・・・・・・いいだろう。私は自らの誤りを認めて正すこともできぬような、平和ボケした一部の貴族の名を貶める輩とは違うからな。

 無論、それは貴様も私と同じであろう? 誇り高き真の貴族ドナ・ドナよ」

「と、当然だとも」

 

 こんな約束まで、売り言葉に買い言葉で交わし合っちまって、この日の会議は終了となっていたりするのでありましたとさ・・・・・・。

 

 これにより、長い間忘れ去られてる中で、現在のピンチ状況を誤魔化し続けながら神都にウソ報告を送り続けていた始まりの貴族ビリッツォの、嘘と心労と変なカッパロボットに振り回され続ける苦悩に満ちた日々は、ようやく終わりが訪れることが出来た訳であるが・・・・・・

 

 それが誰にとっての幸福な終わりで、不幸の始まりであったのか?

 今の時点で知る者は、誰も居ない。

 

 

 ただ一つ確かなことは、コイツラだけは間違いなく幸福な連中だったという真実だけである。

 

 

 

 

『魔王様♪ 魔王様♪ 我らが敬愛する偉大なる指導者ダイロクテン魔王様ッ♪

 あなたが足を運んで下さった私たちの村は、聖光国一の幸せ村プ~♪♪』

 

 

 

「ぶえっくしょん! えぇーい、ちくしょうめい! ずず~~――フッ。

 また弱い奴らが私の噂をしているようですねぇ・・・・・・ハクション!」

「キャッ!? 魔王様、汚いですよ! ほら鼻水をかんで下さい」

「ああ、ありがとうございますアクさん。良い子ですね、将来いいお嫁さんになれますよ」

 

 

「ちょ、ちょっと魔王。わたしは?

 アクでも良いお嫁さんになれるんだったら、アクのお姉さんである私は、もっと良いお嫁さんになれるって事に――」

「ぐぅ~~ZZZ」

「コラー!? 人の話し中に寝るなー! って言うか寝たフリしてんじゃないわよーッ!!

 だいたい何よ!? “ぜっとぜっとぜっと”って一体なに!? なんのこと!?

 まさか呪文! 呪文なのね! またイヤらしい呪文を唱えて、私の可憐なお尻を触るための魔法を唱えてたんでしょ!?

 キャー!いやー! この痴漢! 私のエレガントお尻大好きエロ魔王―――ッ!!!」

 

 

「せ、聖女様おちついて下さい! 色々言ってる事がおかしくなってきてますからね!?

 フィラーン様からも何か言って、お止めしてあげて下さい!」

「あ~、私はお嫁さんとか別にいいわ。なれなくても問題なし。お嫁さん魅力値はMAXがいいけど、ジョブチェンジしたいとは思えない職業だものね。結婚は女の墓場。

 プリーストに墓場行きは、ノーサンキュー。除霊だけする方で、わたしゃ充分。ご奉仕とか客商売が苦手だからなるのが、冒険者とか魔王って職業なんよ」

「そ、そういうお話はしておりませーんっ!?」

 

 

 ・・・・・・コイツラだけは、ここがどこで、どうなってる状況なのか分からんままでも、信じてる現実が夢か現か分からなくなる時が来たとしても。

 多分なんかしらの理由と理屈づけで、幸福だってことにして、自分たちは幸せだからそれでいーやで生きていけそうな連中であった・・・・・・。

 

 こういう状況の中、神経と心臓にブッ太すぎる体毛が生えまくってそうなケンカ馬鹿お笑いエルフたち一行は、遂に神都へと到着した。

 

 ――到着“してしまった”と言うべきなのかは、今はまだ分からないと信じたい――。

 “今は”、“まだ”・・・・・・。

 

 

 まぁ、取りあえず。

 真面目なヤツほど割を食って苦労するのが、ケンカ馬鹿エルフ魔王が転移しちまった、この異世界での宿命デッス♪

 

 

 

つづく



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魔王学院の魔族社会不適合者 第15章

またしても試作品集の更新……。
最近、目と頭が疲れていて、考えだすのが負担大きく、思い出す方ばかりに偏ってるのが原因みたいですね。
連載作の方は今少し、新たなオリジナル話が思いつけるよう回復するまでお待ちください。


「・・・明日、十五歳の誕生日。午前0時に私は消える」

 

 そう前置きしてから語られ始めた、ミーシャ・ネクロンとサーシャ・ネクロンの姉妹が抱える出生の秘密と正体は、概ね黒髪の少女が推察した通りのものだった。

 

 ――尤も、予測が当たっていたところで、愉快になれると決まっている訳でもない。

 ましてや、2000年前に自分が抹消したつもりで、処理し損ねていた魔法のせいで、2000年後に友人となった少女たちに苦しみを与える原因になっていた・・・・・・等という予測が当たっていたところで嬉しくもなんともなく、ただ不愉快になるだけでしかない。

 

 

「・・・・・・以前サーシャは私のことを《魔法人形》と呼んでいたけれど、正確には魔法人形という呼び方は正しくない。

 なぜならミーシャ・ネクロンは、元々この世界に存在しない」

「つまり、ミーシャさんは元々サーシャさんとして生まれるはずだったところを、魔法によって根源を分離させて、双子の魔族として生み出された存在だったという訳ですか。

 先ほど彼女が一方的に《ゼクト》を破棄できたのも、本来は同じ一つの根源をもつはずだった存在を無理やり二つに別けていたから、想定外のエラーが生じて機能不全を起こしたと」

「・・・・・・っ。ど、どうしてそれを・・・?」

 

 黒髪の少女が要約した自分たちの秘密を、“まだ語っていない家の秘術”を含めた部分まで解析されたことでミーシャは驚きに顔を染め、目を見開いて相手を見つめる。

 だが語った側の少女としては苦々しい気分を顔に出さずにはいられなかった。

 

「まぁ、2000年前には一人を二人に分離させる魔法もあって、使ったところを見せてもらったこともありましたしね。どーせ今回のも、その人が事の発端なんでしょうよ。

 ――アイビス・ネクロンとかいう、陰険ガイコツ野郎の仕業ですね?」

 

 不愉快そうに表情を歪めて、心の中で百万通りの罵り文句で罵倒しまくった上で、言葉に出しては短い平凡な悪口だけで名を呼んで、ミーシャに対して確認を求める。

 

「・・・・・・ん。私の心は胎児の頃に、サーシャから別けられた。

 “本来は存在しない存在”。それが私――」

 

 ――その“単語”を口にされた瞬間、目の前に立つ黒髪の少女の瞳が、ほんの僅かに細められたことに、果たしてミーシャは僅かでも察することが出来ていただろうか・・・?

 

 俯きがちに答えていた、自分のことと「自分のお姉ちゃんのこと」で頭がいっぱいになっていた彼女には分からなかったかもしれない。あるいは分かっていたとしても結果は何も変わらなかったかもしれない。

 

「確認したいのですが・・・・・・その魔法をかけたときにアイビスさんは、同時に融合魔法も施したのではありませんか?

 “根源を融合する魔法は長続きしない”から、“いずれ一つに戻ってしまう時のために消えないために必要”とかの理屈によって」

「・・・・・・そこまで知って・・・」

 

 ここまで来るとミーシャとしては唖然とするしかない。

 魔族の皇族の中でも、七魔公老として別格の扱いを受け、秘奥に関する融合魔法に関する情報は一族の中でも直系に連なる者にしか教えてもらえない秘事でさえ、この少女の前では形無しでしかない。

 

 だが唖然とされた当の少女としては、驚かれても憮然とするしかない。

 どうしてもこうしてもなく、「そういうものだから、そうなるだろう」としか彼女としては返しようもない。

 融合魔法と分離魔法の原則を思い出せば、必然的に解決策として思いつける方法論は、そこに限定されてくるしかないのは、アイビス・ネクロンも“彼”も変わることがなかった、同じ系統に属する魔法の特質なのだから――。

 

 

(まったく・・・・・・人の古傷をピンポイントで抉ってくるような魔法を考え出してくれたものですね・・・)

 

 ――二つの異なる存在を一つにすることで、一つを強くして、一つを生かす。

 まるで、バカな人生の果てに自業自得で終わるはずだったところを無理やり生かされ、残るべき存在が存在しなくなってしまった未来を、独りぼっちで生きなければいけなくなってしまった、愚かでバカな人間の魔術師を彷彿させるような・・・・・・そんな・・・・・・

 

 イヤ過ぎる程イヤな、最低最悪のムカつく魔法。

 それが黒髪の少女が抱かされた、ミーシャたちにかけられた魔法と、術者自身への評価だった。

 

 彼女の中で、急速に黒い感情と危険値が上がってきていることを自分でも自覚せざるを得なかったが、ミーシャは気づかなかった。

 被害者でしかないミーシャに向けた感情ではなかったからだ。

 

 どんなに苛立たされようと、相手に非がない事で相手に悪感情をぶつけてしまうのは理不尽であり、なんの道理も理由すらも持ち合わせる事が出来ていない。

 感情があるから仕方がないだの、感情的になったときにはそーいうモノだのといった言い訳屁理屈を、少女は自分自身に認めていない。

 

 感情以外の理由で、道理を無視したり筋を通さなくなる理由など存在するはずがないからである。

 怒りを抱かされた相手と全く同じ存在に成り下がっている自分を正当化して、綺麗な言葉で相手だけを責める詭弁でしかない。そんな行為に少女は全く関心が持てない。

 

 研ぎ澄まされ、抑制されすぎた殺気は、向けられている当人以外の者には感じ取ることが出来ない域に彼女は達していた。

 怒りや憎しみは本人にぶつけるまで蓄え続け、いざ本番になった際に・・・・・・何百万返し。

 それが黒髪の少女がとり続けてきた、昔からの方法論だったのだから――。

 

「根源を融合させる根源魔法は長続きしません。

 魔法で根源を分離させる分離魔法で別けられた貴女たちも同様で、いずれ一つに必ず戻るときが訪れる。

 なら、二つに別けても融合させても必ず元に戻る特性を利用し、二つに別けている間に時間をかけて同じ一人を、似て非なる別の者同士として育てることで、一つに戻ったときに片方だけが残って残る片方を飲み込み吸収させる―――そんな術式になるよう組み合わせた方が効率的。

 アイビスさんは、そう考えたのではありませんかね? 氷と炎の相反する属性を併せ持った強力な魔族を生み出すための手段として用いるために」

 

 ――1つの存在を2つに別けても、いずれは1つに戻る。

 2つの存在を1つに融合させても、いずれは2つに戻ってしまう。

 この流れを変えることは、たとえ神でも成功例は聞いたことがない。

 

 封印された者が、いずれ必ず封印を破って復活できてしまえるのと同じようなものだ。

 永遠に封じ続けていられるのなら、それは“殺した”のと全く同じ状態にできたことを意味する。

 「殺せない相手」だから「封印する」という流れがあるように、それが出来るのなら最初から「やる必要性」そのものが生まれないのが、この種の魔法の整合できない問題点だった。

 

 おそらくアイビス・ネクロンも同じ課題で行き詰まり、自分の一族の秘伝である『融合魔法の限界』を悟ったのだろう。

 それを打破するため、本来は融合魔法とは似て非なる真逆の方向性を有する魔法の、分離魔法に縋り付くしか方法論が思いつかなくなってしまうぐらいに。

 

 それ程に、その難題を解決することは難しいのだ。

 アイビス如きでクリアできるほど低レベルで簡単な問題点だったなら―――自分が友人と永遠に会えなくなってしまった現在になど、なっているはずがない程に難しすぎる難問――。

 

 

「・・・《分離転生融合魔法ディノ・ジグセス》

 それが、私とサーシャに、アイビス様がかけられた魔法の名・・・・・・」

「まったく、愚かな魔法を考えつかれたものですねぇー・・・」

 

 オリジナルで付けたと思しき魔法名をミーシャの口から聞かされるに至り、もはや黒髪の少女としては呆れを通り越して脱力するしかない。

 アイビスが考え出した方法論そのものは、黒髪の少女も覚えがあるものとよく似たものだったが、根本的なコンセプトが違いすぎていて呆れざるを得ない本末転倒な部分を有していたからなのが、その原因だった。

 

「大体その術式なら、分離魔法の特性をそのまま使ってるだけで、別物に別けてる間に違う物として育てる以外には融合魔法が関係してる部分は禄にないでしょうに・・・・・・。

 自家の秘術をオマケ程度の添え物に使いすてて、新たに分離魔法でも秘術として取って代わらせるつもりなんでしょうかね、あの骸骨は」

「・・・それはっ。・・・・・・そう、なのかもしれないけど・・・」

 

 言われて発作的に反論しようとして、ミーシャは相手のいってる評価が正しいことを認識してしまい、徐々に声が小さくなって俯くしかない。

 たしかに黒髪の少女の言うとおりだった。

 

 二つの別けたものが一つに戻るのは、分離魔法が最初から持っていた特性でしかなく、アイビスが施したのは一つに戻る際に更なる強化が行われるよう長時間かけてサーシャとミーシャを別物として育てて鍛え上げた。・・・・・・只それだけだった。

 

 むろん魔術の細かい術式では、もっと複雑な仕組みを用いているのだろうが、ベースとなるのが分離魔法で、融合魔法がサポート程度の役割しか比重として果たせていない魔法であるのは事実である。

 

 アイビス・ネクロンは、自家にとっての秘術である融合魔法の限界に行き詰まる余り、道を逸れてしまった己に気付かなくなってしまっていた。

 成功すれば何でもいいなどと、『始祖の血を引く直系であること』が誇りの由縁である歴史ある名家のやることではない。

 

(・・・・・・あるいは、“その程度はどうでもよくなるほど大事な後付け理由”でも出来たのかもしれませんけどね・・・)

 

 黒髪の少女は声には出さず、心の中だけでポツリと呟く。

 彼女の脳裏には、偽物の始祖魔王『アホッスヒルヘビア』のアホっぽい名前が思い浮かんでいた。

 

 ――入学試験の魔王適性テストで示してきた、あの「勇者みたいな清教徒臭い理屈」は、血筋がどーのこーのといった名家の誇りなどよりも、どんな手段を使っても結果を優先する新しいものへの躊躇いのなさが感じられる部分が多々あった。

 血統主義に陥っている現代の魔族社会には、いまいち違和感があったように感じられていたのだが、それが原因だとしたらあるいは――――

 

 

「・・・普通に過ごしたかった。運命は決まっている。

 私が消えて、サーシャが残る。それでもいいと思った。十五年が私の一生」

 

 

 脇道に没頭しかかっていた思考が、ミーシャの言葉で現実の現在へと引き戻される。

 あるいは、無意識のうちに聞きたくない話題から心を逃がしたがっていただけかもしれない。

 

 だがまぁ、別にいいと思った。どーせ向き合うこと事態は避けようのない問題でもある。

 それもまた、運命と言えば運命というヤツなのだろうと、黒髪の少女は心の中だけで皮肉に嗤って、ミーシャの話を黙って聞き続ける。

 

「・・・思い出が欲しかった。でも、いない者と見なされた私に話しかける魔族はいない。そう思ってた。

 でも、アノスが話しかけてくれた。友達になってくれた」

 

 そこまで言ってミーシャは不意に、「・・・フフ♪」と楽しそうに、本当に楽しそうな声で少女らしく小さな笑い声を発してから目の前の少女と見つめ合い。

 

 そして――再び、“その言葉”を口にする。

 

 

「私の一生には奇跡が起きた。

 “本当は、どこにもいないはずの存在”だったのに・・・」

 

 

 ――グチャリ。

 過去が、今のナニカを踏みにじった幻聴が、部屋を満たす。

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

 ミーシャが、黒髪の少女に向かって頭を下げる。

 先ほどの幻聴が彼女の耳にも届いていたから――ではない。

 目の前の少女の変化を察してしまったから――でもない。

 

 幻聴は少女の過去から現在へと響いてきて浸食するだけのモノ。

 少女にとってだけしか価値がなく意味もない、他人にとっては無意味で無価値で、なんの脅威も与えられない無力極まる少女の中だけの少女の記憶。

 

 黒髪の少女の変化は、ミーシャには何の関係もない。

 関係のない赤の他人に向けるべき感情を、黒髪の少女は自分の過去に持つことが出来ていた記憶がない。

 

 自分一人にとってだけしか意味もなければ価値もない過去の問題。

 謝るべき相手も、断罪されるべき被告も、裁く資格を持った被害者も。記憶の中だけに消え去って、今では世界中のどこにも存在できなくなってしまった、遙か昔に『終わってしまった物語』

 

「・・・・・・私が、アノスと友達になってしまって・・・・・・」

 

 だから答えない。

 ただ黙って相手の話を聞き続けるだけしかしない。

 する資格も、言う言葉も、彼女は何一つとして持ち合わせることが出来ていない。

 

 もし今のミーシャに言う資格があるとするならば、言う言葉を持っているならば。

 それは“彼”であって、“彼女”ではない。

 サーシャの想いを否定する資格も、ミーシャの思い出を否定する言葉も、彼なら言えた。彼女には言えない。

 

 それが、彼と同じ名前を受け継いで、彼と同じことをして、彼が創っただろう世界と同じ社会を築いた始祖になってたとしても。

 決して同じ存在にも、代わりにも成れなかった、友達に憧れていただけの『猿マネ』しか出来ない。

 

 『本当は、どこにも居なくなっていたはずの少女魔王』

 

 そんな彼女自身に言えることなど、一つもある訳がない。

 だからこそ、彼女はミーシャに向かって伝えることだけがあった。

 

 

「――私には昔、友達がいましてね」

「・・・・・・?」

 

 突然、なんの脈絡もなく聞こえる話を語り出した相手の言葉に、ミーシャは俯いていた顔を上げた。

 

「彼は、スゴい人でした。私なんかより遙かに何でも出来て、私なんかより全体のことを考えていて、私なんかより感情的になることなく、“怒りや憎しみで誰かを殺す”なんてことは私なんかと違って一度もやったことがない。

 それ程までにスゴくて強い、自慢の友人がいてくれた事が、私にもあったんです」

 

 その視線の先で、黒髪の“友達”はミーシャの瞳を見つめ返すことなく、どこか遠くを見つめるような視線で。

 あるいは、どこか遠くに“今も居続けている誰か”と話している会話をミーシャにも聞かせてあげるような優しい瞳で。

 

「もし彼がいたなら、今この場にいるのは私ではなく彼だったでしょう。

 そして、ミーシャさんが語っていた今の話を彼が聞いてくれたなら、きっとこう言ってただろうと思います。“大バカ者め”って」

 

 他人が語った罵倒の言葉を、本人が会ったこともない他人に向かって伝えながら。

 少女の口調と瞳は、限りなく優しく悪意はなかった。

 その言葉には、ただただ否定だけがある。

 

 ミーシャが語った「謝罪の言葉」も「人生観」も「死生観」も「運命」も。

 何もかも全ての発言と考え方を、『大バカ者め』と完全否定してくれる、優しい瞳をした黒髪の“少年”を。

 

 この時ミーシャは、目の前に立つ黒髪の少女の姿に、ほんの一瞬だけ幻視する。・・・そんな気がした。

 

「その彼が昔、何度か私に語ってくれた自慢話がありましてね。

 “自分には知らないものが二つある”と。

 一つは『後悔』だ、と。

 そして、もう一つは『不可能』だ、と。

 私が彼だったなら、同じことを約束することも出来たのでしょうが・・・・・・あいにくと私は彼ほど、完全とか完璧を目指したことも成れた経験も一度もない未熟者でしかないのでね」

 

 そう言って黒髪の少女は・・・・・・ようやく、“ニヤリ”と嗤って彼女らしい笑みを浮かべ直す。

 

「だから彼より弱い私が、ミーシャさんに言えることと、約束できることは一つずつだけです。

 一つ。私は彼と違って『後悔』も『不可能』も知りすぎている愚か者です。

 ――私が知らないのは、『運命に従うこと』と『運命は絶対だ』という意見の二つだけ。

 一つ。ミーシャさんが語ったことが大バカ者かどうか、私には分かりません。

 ――私に分かるのは、貴女たち姉妹にそう言わせた野郎はクソバカ野郎だということだけ」

 

 好戦的な目つきで、憎しみの込もった赤い瞳で、怒りに身を任せて相手を殺すことを後悔なく実行し続けた生き方で。

 その果てに先代の魔王を殺して、新たに魔王の座を奪い取った己自身を、卑下することはあっても否定することはなく、己の生きたい道を進むために力を求め、力を振るい続けた自分の生き方と自分なりのやり方で。

 

 友達と同じことは出来ない自分を自覚しながら、友達だったら絶対に手を差し伸べていた相手に手を伸ばし、友達だったら与えることが出来たはずの結末を、たとえ辿る道と手段は違っても同じゴールへ至らせるため自分流のやり方で―――力ずくで押し通してみせる!!

 

 

「貴女の願いを叶えてあげましょう、ミーシャさん。

 代償は、あなたが最後の瞬間まで何があっても、“絶望しないこと”“諦めないこと”“膝を折らずに前へ進み続けること”・・・・・・それだけです。簡単でしょう?」

 

 言いながら腰を曲げて腕を差し出し、気障ったらしく笑いながら、笑顔で無茶ぶりをしてくる黒髪の友人の女魔族に、ミーシャは思わず内心で苦笑させられるしかない。

 

 ・・・今の自分の境遇で、なんて無茶を言うのだろう。そう思わざるを得なかった。

 そして思う。

 

 まったく彼女は、“その人”と、よく似ていると。

 この上なく尊大で傲慢としか思いようのない言葉をサラリと言ってしまって、その言葉を聞かされた女の子の方には、まったく尊大とも傲慢とも思われてないまま悪印象も残していない。

 

 嬉しそうな笑顔を浮かべながら、懐かしい思い出として語り聞かせる言葉として、今の彼女が自分たちに優しくしてくれる理由として大切に留まり続けることが出来ている。

 

 

「きっと彼は、今の貴女のような娘さんを救ってあげずにはいられない。

 だから私も、貴女たちを救う。

 貴女たちが貴女たちで居続ける限り、彼と同じように私も、貴女たちの命と願いを守り続ける。彼への恩返しのためにも、自分自身のためにも。

 だからこそ聞かせて欲しいのです。――ミーシャさんは今、何がしたい?

 何を誰にして欲しいと、暴虐の魔王様に願い求める願望として何を望む―――?」

 

 

 露悪的に、偽悪的に。

 言い方ばかりが悪辣で、自分たちには際限なく優しくて、あまりに依怙贔屓しすぎた申し出に、ミーシャは答えて、そして思うのだ。

 

 

「・・・・・・サーシャと、仲直りがしたい」

 

 

 ―――この人に、こんな風に言われるぐらい想われている“男の人”を、今の自分はきっと好きになれない。

 そんな想いを―――。

 

 

つづく



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コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~第3・5章

コードギアス×銀英伝コラボ作品の最新話、と言うより前話の反省話です。
前話を読み直したら、コードギアスばっかで銀英伝がまるで無かったことに気付いて愕然とし、これじゃ意味がない!と大慌てで思いつける限りの内容を書き直し。

前話の一部シーンだけですけど、銀英伝キャラの魂を引き継いだ人達に書き換えてみました。
このため前話の幕間劇みたいになっちゃいましたが……銀英伝っぽさは多分出たのではないかな…と。


「《サザーランド》!? 新型ナイトメアを、私たちみたいな都市ゲリラ鎮圧のために投入してくるなんて・・・ッ!!」

 

 ブリタニアからの追撃である攻撃ヘリを2機まで落としたとき、名もなきレジスタンス組織に属するパイロットの少女『香月カレン』は、自分用に真紅のカラーリングを施させた《グラスゴー》の中で、敵の増援として現れた小型輸送機からパージされて降下してきた機体を見たとき驚愕の悲鳴を上げる。

 

 平べったい機体の腹に、巨大な鎧甲冑を纏った人間を孕んだような姿のナイトメア輸送用の小型輸送機によって運ばれてきたのが、グラスコーよりも攻撃的で重厚なフォルムを持つブリタニア軍の現主力ナイトメア・フレーム《サザーランド》だったからだ。

 

 日本征服の頃から開発された比較的新しいナイトメアで、最前線ならいざ知らず後方の治安維持部隊などには配備が遅れている機体という事情から、エリア11と名を変えさせられた旧日本国内では配備されている部隊は限られてくる。

 その機体の内1機が、自分たちを倒すために派遣されてきた。その意味するところは――

 

『どこから流れたのかは知らんが、旧型のグラスゴーでは、このサザーランドは止められぬ!!』

「く・・・ッ! クロヴィスの直属部隊まで出してきたという事なのッ!?」

 

 牽制のために放ったスラッシュハーケンが、空から降下してくる途中で敵機から放たれた同じ武器に当たって相殺されて弾き飛ばされる光景を見せつけられ、カレンは歯噛みする。

 空から落下中の物体を撃つより、空から落下中に撃った弾を地上にある物体に当てる方が遙かに難しく、的中率は低くなる。

 それを、この敵パイロットは軽々とやってのけたのである。

 

『ましてや、皇帝陛下の情愛を理解できぬイレヴン風情にはなぁッ!!』

 

 降下したと同時に、迎撃のため発射していたスラッシュ・ハーケンを巻き戻させ、それと同時並行して脚部のローラーを使って機体をその場で回転させると、戻し終わったハーケンを収容。そのまま攻撃に移ってくる。

 巻き戻しによる反動で、機体の動きにブレーキがかかるのを回転力によって中和したのだ。

 前方から後方へと戻ってくるハーケンと、前へ進もうとしているナイトメアは互いの方向性がぶつかり合うことから、収容時に動きが一瞬だけ停止してしまうのが、スラッシュ・ハーケンの欠点だった。

 

 カレンも、その隙を狙うつもりで接近を試みようとしていたのだが、敵パイロットは教本にない操縦法で機体を制御し、カレンの予測を裏切ってみせると手に持つアサルトライフルを数回発砲。

 接近を試みようとしていたカレンは、慌てて急制動と全速後退をかけるも僅かに遅く、何発か機体に命中弾を食らわされる。

 腕でガードさせ、機体を稼働するのに必須な重要部分への損傷は防いだものの、損傷軽微とまでは行かず焦りを深める。

 

「くそッ! コッチにもナイトメア用の銃火器があれば!!」

 

 彼女としては無理を承知で、そう毒づかずにはいられない。

 もともと彼女が属するレジスタンスは、規模としても戦力的にも小さく知名度も低い、日本中に数ある反ブリタニアと日本解放を掲げる民間出身者ばかりで構成された平凡な都市ゲリラの一つに過ぎない零細組織なのだ。

 

 このグラスゴーでさえ、手に入れられることが出来たのは奇跡に等しく、値段の安さや自分たち如きに商談が持ちかけられてきたことなど、リーダーの青年は疑惑と疑いの感情を瞳いっぱいに浮かべながら闇商人を見ていたものだったが・・・・・・その程度の品でさえ、自分たちの組織が有するなけなしの軍資金を大部分つぎ込んで購入した代物なのだ。

 

 そんな貧乏所帯を率いるリーダーに、追加で銃火器も注文しろ、などとはとても言えない。

 焦る彼女の鼓膜に、仲間の声がスピーカーから聞こえてきたのは敵ナイトメアからの一射目を左アームで防いで機体が傾いだ直後のことだった。

 

『カレン、別行動だ! 共倒れはマズい! お前は逃げろッ!!』

「でも――ッ!?」

 

 トレーラーの操縦席に座っている男からの叫びに、カレンは迷う。

 たしかに彼の言うとおり、ここまでの状況悪化は彼女たちの予測にはなく、敵ナイトメアの性能も技量も自分と互角か、現時点ではそれ以上をいっている。

 今の自分では勝てるかどうか分からず、短時間で損害少なく勝利する可能性は限りなく0に近いだろう。

 

 この機体が自分たち組織の切り札であり、日本の独立と解放のためブリタニアと戦い続けることを考えれば決して失う訳にはいかない以上、留まって戦い続けるよりも逃げ延びて反ブリタニアの解放運動を続けることを優先すべきだ。それは分かる。

 

 だが、唯一の戦力である自分が護衛から離れてしまえば、非武装のトレーラーに逃げ延びれる道はない。

 小規模の零細組織であるが故に、カレンたちのグループは仲間同士の絆が非常に強く、失った人員は換えが利きづらい。

 可能な限り、ギリギリまで粘って全員が生きて帰れる手段を模索すべきではないか――!?

 そう反問しようとして振り向いたカレンに決断を迫ったのは、皮肉なことに自分たちを逃がさぬ為の追っ手であるブリタニア軍そのものだった。

 

「もう一機ッ!?」

『くぅぅ・・・・・・っ!』

 

 ローラーによって壁を駆け上るように高速道路の下から上へと飛翔して現れた、もう1機のサザーランドに前後を挟まれたことで、カレンたちは完全に追い詰められた形となる。

 

 目の前に降り立った機体から銃撃を浴びせられ、『奪取した毒ガスを積んでいる』と認識している運転席の男は慌ててカーブを切り、敵ナイトメアが降り立った位置が“幸運にも僅かに後方だったお陰”で入り口が封鎖されていなかった道へと車の向かう先を変えて突き進んでしまう。

 

 カレンはカレンで、この窮地から脱するためには目の前に迫り来る敵ナイトメア・サザーランドの攻撃で殺されることなく生き延びることが必要最低条件であり、その為にも活路を開くため敵との距離を置いて仕切り直そうと、銃火器を持たない自分用のグラスゴーでは唯一の射出武装であるスラッシュ・ハーケンを再び発射しようと操作したのだが――

 

「動かないっ!? なんで・・・っ」

 

 ヘリを落としたときに使用して、この敵には迎撃されたのとは逆側に搭載されている左胸部分のスラッシュハーケンを射出するためのスイッチを押したカレンは、「プシュー、プシュー」と気のない音を響かせるだけで射出位置まで移動しないハーケンに愕然とし、

 

『ハンっ! 中古品がッ!!』

「ええぇいクソ!! 欠陥品でぼったくってくれちゃって!!」

 

 その隙を逃さず、右腕の袖にマウントされているスタントンファを振り上げ、敵機のコクピット部分に振り下ろして致命的な打擲をくわえてやろうとしていたサザーランドのパイロットだったが、その瞬間には敵の攻撃を防ぎきれぬと悟ったカレンが、右腕をパージするための操作を行った後であり、機体から切り離された右腕にトンファは当たって爆発四散。爆風と煙に紛れてグラスゴーは撤退した気配だけを残して、いずこかへと姿をくらませていた。

 

「ほう? イレヴンにしては思い切りがいい。――惜しいな、あと3年も戦い続けていれば相応の腕になれたであろうに」

 

 レジスタンスが操るグラスゴーが消えた戦場で、サザーランドのコクピットに座るパイロット『ジェレミア・ゴッドバルト』は、荒削りだが素質はあるゲリラ側のパイロットとしての技量を、率直な感想と同情と哀れみとを同時に込めて賞賛した。

 

 ジェレミアは、ピンと尖った髪先が立派な口髭を彷彿とさせる以外は悪目立ちする特徴はなく、平凡よりは上の美男子に類する容姿をもった20代中盤の青年軍人で、本国から望んでエリア11へと派遣されてきたブリタニア軍の正騎士でもある人物だ。

 任地へ赴任してからは、混血が進んだブリタニア軍の中でも血の濃い者を選抜して《純血派》と称して、駐屯軍内における派閥の一派を率いる首魁となっている。

 

 それには彼の過去が関係していた。

 彼はもともと皇帝一族が住まう王城を守護するという名誉ある役目に若くして任じられた帝国騎士だったのだが、よりにもよって城の警備役に任じられた当日に賊の侵入を許してしまい、あまつさえ皇妃殿下を弑されたばかりか、幼き皇女殿下に重傷を負わされるという拭いがたい失態を演じる羽目になったのである。

 

 命を捨ててでも守ると誓った方々を守れなかった彼の、若く情熱的で忠誠心も愛国心も篤い心は深く傷つき、せめてもの罪滅ぼしとして一人残された皇子殿下に生涯忠節を尽くすつもりで修練の日々を送っていたが、その皇子殿下は政治的に高度な判断によって後のエリア11となる日本へと負傷された王女殿下と共に赴かれ、その後のブリタニア軍侵攻に先立つ救出作戦の前に事故によって亡くなられたことを聞かされた事で、ジェレミアに残された最後の希望は完全に絶たれてしまい、彼は激しく絶望した。

 

 だが彼は、皇子殿下と皇女殿下の亡骸が発見されていないことを縁として、万が一の可能性に賭ける想いで、ブリタニア帝室に忠誠を誓う自分と同じブリタニア人の血が濃い者たちのみを集めた軍閥・純血派を組織するに至る。

 

 そこには、王妃殿下を弑逆した賊が、反ブリタニアを掲げる反政府主義者のゲリラであったことが影響していた。

 この事件により、余所者を信頼できなくなってしまったジェレミアは、最後に信じられるのは身内だけ!という信念の元、熱き血の絆で結ばれた一派を形成したのが純血派だったのである。

 

 それは彼なりの愛国心故での行動と判断であり、彼の献身と忠誠心はウソ偽りなく純粋なものでもあったのだが・・・・・・一方で彼が偏見と憶測に基づき、ブリタニア人以外の者たちを不当に処断してしまう行動へと走らせる動機にも繋がっていく危険な感情でもあったことにジェレミア本人は気付いていない。

 

「しかし―――まぁいい。どのみち奴らは逃げられはせん。

 我々ブリタニア帝国は勝利者であり、支配者なのだ。我らに必要なのは歓迎されることではなく、従属されることであり、新しい秩序を建設する責任がある。

 一時は敗者に疎まれようとも、より大きな責任を果たすためには不退転の決意と信念を持って当たらねばならんのだからな。遠慮も容赦も一切無用」

 

 そう思い、彼は敢えて逃げた敵機の捜索や追撃を行わぬ道を選択する。

 自分たちに与えられた任務は奪われた物資の奪還であり、逃げたとは言え敵が追い詰められたことに変わりはない。元々そういう作戦だったということもある。

 

 ゲリラ共の残党ごときネズミ共の駆除作業は、他の一般正規軍に任せて、自分たちは今少し見栄えの良い獲物と戦う舞台をこそ求めるとしよう。

 

 ――いつの日にか帰還なされるであろう、“あの方の御子息たち”のためにも、我ら《純血派》は、王者が率いるに相応しい組織を創設しておかなくてはならないのだから――。

 

 

「所詮、尊きブリタニア帝室の方々を弑するような異民族共に、尊き者の慈悲深さや情愛を理解する心など求めるだけ無駄というもの。

 ―――無駄でなければならんのだ」

 

 

 コクピットの中で呟かれたその言葉は、ジェレミア自身も自覚していない、『自分の失敗と敗北』を受け入れて飛翔する力へと変えることのできぬ彼の内心が現れていたものだったかもしれない。

 だが、自分一人だけしかいない狭いコクピットの中で呟かれた言葉を聞くことが出来るのは、自分自身だけでしかなく、彼の思いが如何なものであろうと自分の中だけで始まって終わる想いに、自己完結の自己満足以上の意味が付与されることは永遠にない―――。

 

 

 

 

 

 一方で、同じ純血派に所属し、ジェレミアと同じ戦場で同じ任務に当たっていた者の中には、彼とは異なる感情と考えを有する人物もいる。

 

「フッ・・・銃撃を避けようと、自ら罠に落ちる道を選ぶか。単純なヤツだ」

 

 道路下から現れ、トレーラーの前方から行く手を遮るように銃火を浴びせかけた今一機のサザーランドのコクピット内で、響きの良い女声を紡ぐと『ヴィレッタ・ヌゥ』は敵ゲリラの近視眼を冷笑した。

 

 彼女は褐色の肌をしたエキゾチックな魅力を持つ美人騎士で、白人系の血を引く者が多数派を占めているブリタニア人の中では異色の容姿を持つ人物だった。

 自分の魅力を自覚した上での服装は、男共の目を惹き付けるに充分すぎるものがあったが、彼女が純血派に属して今の地位へと至っているのは、あくまでパイロットとしての高い能力故での結果であって、男たちを誑かして強請った地位身分ではない。

 

 またブリタニア軍のナイトメアパイロットに最近ありがちになってきた、武に偏り過ぎてデスクワークが苦手になる者が多い中で、彼女は文武のバランスが取れているという点で貴重な才能の持ち主でもあり、単なる武人としてだけに留まらない視野の広さとフットワークの軽さを持った才女と言っていい女性軍人でもある。

 

 

 ――とは言え、彼女には彼女の事情があり、出世のため栄達のためには戦場でも戦場以外でも出来るだけ目立っておく必要があったのも事実ではあった。

 

 ヴィレッタの生家は血筋こそ純粋なブリタニア人とはいえ身分は平民でしかなく、ナイトメアの登場によって性差よりも適性が戦局を左右する時代が訪れなければ、20代で今の地位に就くことは不可能だったであろう低い身分の生まれを強く意識している女性だったことが、その理由だ。

 階級社会の国で生まれ育った者にとって、生まれの身分差はよほどの幸運に恵まれなければ実力だけで埋められるものでは決してない。

 

 このため彼女はナイトメアのパイロットとして騎士爵の地位を得て以降、多少あざとくとも手柄を立てて栄達し、「正式な貴族になる」という夢に強く憧れを抱かずにはいられない、そういう立場へと変わっていった。

 

「そういう意味では、ジェレミア卿が赴任してくれたことで、エリア11は良い状況にしてくれたとも言えるだろうが・・・・・・陛下の征服戦争も終結が近く、そうなった後では武勲を立てる機会もまったくなくなってしまうかもしれない。

 この現状では、ゲリラ討伐と言えども手柄を横取りされるわけにはいかないからな。必ずや出し抜いて見せる・・・・・・」

 

 自分を引き立ててくれたジェレミアには感謝しているし、忠誠心らしき感情を抱いているのも嘘ではない。

 だがもしジェレミアに対して、出世のためなら恩を仇で返すような必要に迫られる状況が訪れる事があったとしたら、彼女は躊躇うことなく天秤を恩人とは対局の側に傾ける未来をすでに心の中で確定していた。

 

 ――ジェレミア卿を裏切るという訳ではない。

 もともと自分は帝国に仕える騎士であり、たまたま配属された赴任地が同じエリア11だっただけの関係であって、同じブリタニア軍内部の一派として帝国勝利に貢献するため純血派に属していたに過ぎないのが自分たちなのだ。

 ブリタニア帝国全体と、軍内部にできた一軍閥の長でしかないジェレミア卿と、どちらへの忠誠を優先すべきかは考えるまでもなく自明なこと―――。

 

 

 そう考え、ルージュを引かれた唇に薄い笑いを浮かべながら、彼女もジェレミアと同じく逃亡したゲリラ共を即座には追撃せずに逃げるに任せ、同じ命令を遵守する立場を共有する道を選択する。

 

 今この段階では、独断専行する場面ではない、と彼女の理性と野心は強く語っていたからだった。

 たかがトレーラー1台と、いずこからか横流しされた旧式ナイトメアフレーム1機を倒したところで大した手柄とは総督府も扱ってはくれぬだろう。

 

 ――だからこそ、今は逃がす。

 大物を釣り上げるためにも、雑魚を逃がして生き餌として用いてゲリラ共を引き寄せさせ、その中に混じった大物を見つけ出して自分が一番の手柄とする。してみせる―――。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

【今作版での設定】

 改めて思いついた分の、銀河英雄伝説キャラと近い設定を持ったコードギアスキャラとのコラボ設定紹介です。

 

 

 

【ジェレミア・ゴッドバルト】

 原作でオレンジ君になる男の心に「帝国高等弁務官ヘルムート・レンネンカンプ」の魂を宿して、余計に酷くなっただけのような気がしなくもない序盤の敵キャラ。

 あまりにも酷似し過ぎな設定と立場と役割と展開を持ってて、少し退いたレベルだったのはナイショの男でもある。

 ――ただし、原作では自分こそが死ぬ役目も担ってるのに対して、今作では生き長らえたことでサイボーグに改造されたり、味方からの非難と罵声を浴びまくったりと、ろくでもない経験をいっぱい味あわされる原作ストーリーに準じた扱いされる羽目になっていき・・・・・・やっぱ更に不幸になっただけなんじゃないかな?

 

 

 

 

【ヴィレッタ・ヌゥ】

 原作で記憶失って扇の同棲相手になったり、続編の学校で脅されてスクール水着姿披露する女教師になったりした女騎士の心に、「探検家提督アルフレット・グリルパルツァー」の魂を宿して、裏切り者街道を突き進むキャラになった美女さん。

 銀英伝の方だと、「出世のために」が理由で強い人があまり多くなかったため、自然と候補が減ってコイツになってしまった少し哀れかもしれない人です。

 ――ただし、私人として苦労人なわりには、公人としてのデカい行動が碌でもないこと連発しまくる部分がある人のため自業自得と言えないこともない。

 ただまぁ、今作というか原作では、「裏切りの功績に対する報償」として自殺を賜ってたのに対して、酷い目に遭うだけで生き延びて最後は幸せになれてたから大分マシ――かもしれない人になれる予定です。原作コードギアスではの話ですが。



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この乙女ゲー世界は、女子でも引きます 3章

『モブセカ』のオリ妹主人公作を更新です。
連載作も含めて色々な作本を同時進行で少しずつ書き進めて言ってたら、最初に完成したのが今作だったので。
選んで書いたわけでは全くないですので、チョイスに不満がある方はどうかお許しを…


 このフワッとした乙女ゲーム世界に生まれ変わってモブキャラとして生きていくことを決めていた俺にとって、主人公『オリヴィア』や他の攻略対象王子なんかの存在はバッドENDフラグみたいなものだった。

 下手にお近づきになって本編シナリオに巻き込まれることにでもなったら目も当てられない。本当は深く関わり合いになりたくない相手の代名詞と言っていい存在だ。

 

 そう思っていた・・・・・・はずだったのだが。

 

「そんな相手に、“そこの彼女、お茶していかない?(キラッ☆)”などと池袋辺りに屯ってそうなナンパ男風の声かけを出来るようになるとは、兄君くんも人が丸くなったものだねぇ、まったく。

 ただ妹として敢えて忠告するが、兄君くん。『家族に限ってツンデレ属性はウザイだけ』というのは真理だからな?」

「言ってねぇよ!? そして俺はツンデレでもねぇし!!

 いや言ったけども! 言葉だけなら言ったけども! 『キラッほし』なんてのまで付けてねぇし! って言うか、なんだよその()は!?

 リアル会話で「カッコ、カッコ閉じる」なんて言ったヤツ初めて見たぞ!!」

《なるほど。マスターのような方を「男のツンデレ」と呼ぶのですか。先日マスターが私に求めていたのはコレだったと》

「だから言ってねぇーっ!!

 ルクシオンもわざわざ通信端末使って言いに来なくていいわっ! ウゼェ!!」

 

 つい虐められてるとこに出くわして部屋に招き入れて茶をごちそうしてやっただけで、妹と宇宙船ガードロボットから色々言われて、部屋の隅で小声でギャーギャー言い返す羽目になっちまった!!

 クソッ! やっぱ関わるんじゃなかった! 変な仏心なんか出したのは大失敗だった!! 師匠直伝のお茶とお菓子を振る舞ってやったクソ女子共がムカつきすぎた直後だったせいで魔が差しちまった俺のバカバカバカッ!!

 

 こうなったら、今からでも遅くはない・・・これ以上バカ妹とバカロボットに馬鹿にされるのを防ぐため丁重にお引き取り願―――

 

 

「・・・はぁ~ッ♡ 美味しいッ♪ こんなに美味しいお菓子初めてです! この紅茶も本当にいただいていいんですか!?」

「――あ、ああ・・・どうせ無駄になるところだったしな、うん。ハハ、ハ・・・・・・」

 

 ・・・・・・無理だな、うん。流石に俺も、コレを追い出すのは無理だわ。

 たとえ遅れて登場してきた妹と、姿隠してる宇宙船ロボットから、無表情にニヤニヤ笑われてる気配を背後から感じさせられてても、作り笑い浮かべながらでも許すことしか出来ねぇー・・・。

 

 なんだよ、この子。もの凄い良い子じゃないかよ。

 誰だよ、こんな良い子の主人公を「あざとい」とか言ったバカ野郎は!!

 しかも挙げ句の果てに――

 

「・・・・・・はぁ・・・」

 

 と、一瞬前まで幸せそうな顔して紅茶を飲んでた女の子が、カップ離した途端に憂鬱そうな顔して溜息吐くのを見せられてしまうと、どうしても―――先に招いて出て行ったクソ女共のブス顔とワガママっぷりが想起されちまって比較せずにはいられない心地にさせられちまう・・・。

 

 「いい暇潰し」だの「グズ」だの罵倒しまくって、「もっと良いお茶よこせ」と要求だけして礼も言わずに帰って行きやがった連中と比べたら、この子の場合は悩みを聞いてやるぐらいのアフターケアは許されていいんじゃないかと俺でさえ思えるほどに。

 

「ねぇ君。いつも・・・その、あんな感じなの?」

「・・・・・・私、なにをやっても上手くいかなくて・・・。平民の私が、この学校に来ても良かったんでしょうか・・・?」

「い、いいに決まってるじゃない!」

 

 つい聞いてしまった質問に、予想外すぎる返事をもらって思わずキョドってしまい、一応は妹になってるヤツと顔はないけど多分ルクシオンからも、面白そうな顔して見物されてんだろうなとは思いつつ、何とか答えを返しておく俺。

 

 いやだって、オリヴィアは主人公だし!

 平民出身で見下されてる設定の主人公が上流階級に守ってもらえる原作シナリオ変わっちまってたら、原因たぶん俺たち兄妹の可能性高くなっちゃうし!!

 

 だから来ていいんだよ! オリヴィアは学園に来て良かったんだ! ・・・多分!!

 原作には存在しないサブキャラクターで、原作クリアするため手に入れるはずだった課金のルクシオンを先に入手しちまってた俺たちが魔法学園に来たせいで、オリヴィアが『学園に来てはいけない存在だった設定』に変わってしまった・・・なんてことは絶対にない! 多分だけど絶対に!!

 

「本当は魔法とかも、もっと勉強したいんです。

 ・・・けど、学園のルールとか、暗黙の了解とかに疎くて・・・・・・ううっ」

 

 そんな俺の内心を読み取った上でのアザトサなのか、あるいは今までの苦労を一気に思い出して堪えきれなくなったのか、徐々に表情が暗くなってきて遂には涙ぐみはじめるオリヴィア。

 

 ま、まぁ可能性は無限にあるとかないとか色々な話に出てきる昨今なわけだし、多少の情報提供ぐらいはしてあげても良きにしも非ずってヤツで。

 

「あ、ああえ~とその、泣かないで! そういう事なら、一人だけ頼れそうなのに心当たりあるから! 少しは力になれるかもしれないよ?」

「え!? 本当ですかッ!!」

「う・・・っ。い、いやでも確実とまでは保証しきれないヤツだから、あんま期待しないでくれると助かるんだけど・・・」

「それでも充分です! 嬉しいです! ありがとうございますリオンさんッ!!」

「お、おう・・・・・・」

 

 超食い気味に感謝されてしまい、退くに退けなくなっちまった気がしなくもないけど・・・・・・ま、まぁこれぐらいはアイツらと比べたら多分おそらくきっと許されるべき許容範囲。そのはずだ・・・。

 

「こういう事柄に詳しい人間・・・・・・ああ、なるほど。たしかに彼女なら適任だな。さっそく私が呼びに行くとするから、兄君くんたちは中庭の噴水前にでも待っててくれたまえ。

 女子寮に男子や、見ず知らずの一年が入るのは勇気がいるものだからな」

「悪いが頼む、レイン。・・・・・・ってゆーか本来なら、お前が一番頼りになれそうな立場にいるはずなんだけどな。同じ一年女子同士のはずじゃなかったのか?」

「残念だが兄君くん。女子の誰もが、クラスメイト女子に溶け込めるルールに詳しく、クラスメイトたちの一員になれてるからハブられてない、という事を示す訳ではないのだよ」

 

 ほろ苦く笑っているように、あるいは全てを諦めて笑うしかないと悟ったみたいに、この世界における俺の妹として生まれ変わった女の子は肩をすくめる。

 その姿を見て俺は、オリヴィア――さんと同じように、コイツはコイツで俺の知らないところで色々あったのかもしれない、女たちの世界には男のオレたちでは入り込めないし理解もできない生きづらさがあるのかも知れないな・・・・・・と“思わなかった”

 

「世の中には、同好の氏同士が同じ趣味を共有し合って、その人たちだけでコミュニティを形成してしまい、なんか近寄りがたくて距離おいて関わり合いになりたくないから、同じ教室にいても気にしない。――そういう女子たちも一部にいるにはいる。それが女子」

「間違いなくお前が感染原因だろ、その女子グループは絶対に」

 

 ほら、やっぱりオチが付くだけだったじゃん。男には分からない女だけの独自ルールじゃなく、女にも分からない特殊な趣味の人たち用ローカルルールだっただけじゃん。

 俺の妹になったヤツが、クラスでハブられてないけど特殊な人たちの一員扱いされてるのは正しい対応のような気がする。・・・それがスゴく嫌だわ、兄として巻き込まれそうでメッチャ嫌・・・。

 

 しかも染めてんのかよ、自分の趣味に。

 腐趣味かどうかまでは知らんけど、異世界の住人たちを現代日本のオタク文化に脳をやられてイケナイ人になりつつある奴の同類にされかけてきてるらしい現実に暗澹たる想いを心の一隅に押しやりながら。

 

 俺たちは呼び出し場所でもある、待ち合わせ場所の噴水前まで移動をし始める。

 久しぶりの再会となる相手であり、俺たちが学園に入学する1年前から今日まで過ごせてる奴でもあるんだし、まず間違いなくオリヴィアにとって役立つ情報を知っているはず。

 そう確信しながら俺たちは噴水前で、その人物が到着するのを待つことになる。

 

 

 

 

 

「――で? そんなことを聞くために私を呼んだって訳? この愚弟と愚昧が。

 ハッ。ずいぶんと、いい身分になったものねぇ」

 

 横柄な態度と横柄な口調で、公園のベンチに足組みながらふんぞり返って座り込んで上から目線っつーか、チンピラみたいな目付きで見下してきてる、ポニーテールの髪型をした先輩の女子生徒。

 

 “コレ”が、この世界に生まれ変わった俺たち転生者兄妹の実姉、『ジェナ』

 今回の一件でレインに呼んできてもらった、『こういう問題では頼れる相手』である。

 

「まったく、なんだって私が学校に来てまで、出来損ないな愚弟と愚昧の尻拭いをしてやんなきゃならないんだか。

 いー迷惑よ。高級菓子の一つか二つぐらい謝礼にもらわなきゃ、割が合わないぐらいだわ」

「なに言ってんだ。姉貴の方こそ、たまには役に立て。普段さんざん俺に金せびってんだろ。今回の件で少しはチャラにしてやるから、ほら早く」

「・・・・・・チッ。面倒くさい上にケチ臭いヤツね・・・。

 少しは姉に対する日頃の感謝を込めて、家族内の貸し借りチャラぐらいしなさいよね、全く出来の悪い・・・」

 

 ヒデー言われような上に、自分勝手極まりない屁理屈を並べてブツブツ言いだす、オリヴィアとは似ても似つかない、この乙女ゲー世界の女子らしい女子な愚姉ではあるが。

 

 後妻であり一応は俺の母親ってことに法律上ではなっちまってるゾラの家にいた時には猫かぶって、しおらしげな態度で演技してたけど、それが却ってストレス溜まって親の目が届かない寮生活するようになったらこーなりました。

 みたいなタイプの典型なヤツだけど、そのぶん猫かぶりと社交辞令で気にくわない奴らと上手くやってくことには定評があるし実績もある。こういう問題には確かにレイン以上に打って付けなのは姉貴だろう。弟として誠に持って遺憾ながらではあるけれども。

 

 そんな険悪な態度で、普段通りに久しぶりの再会を喜び合う俺たち兄妹の肖像に、「まぁまぁ」と見るに見かねて仲裁ポジションに入ってくれるのは、いつも通り妹のレイン。

 

「久し振りに会ったのだし、そう喧嘩腰にならなくてもいいじゃないか兄君くん。姉君くんも。

 ――ところで折角会えたことだし、姉君くん。そろそろ私から貸りている借金の利息だけでも返してくれると有難いのだけどね? しょうじき担保の品を質に出そうか否か迷い始めているのだが」

「ちょっ!? あ、アンタまさか姉の私物を売りに出す気じゃないでしょうね!? あ、アレは私にとって大切なもので、アンタがどーしてもって言うから仕方なく担保として貸してやってるだけで・・・・・・ッ!?

 血の繋がった実の姉の大事な宝物を、借金の形に売りに出すなんて人のやることじゃないわよ! この悪魔! 人でなしー! 人でなしシスターッ!!!」

「フフッ・・・なにを今更。タダで何かしてくれる女など、たとえ家族でもいるはずがないことぐらい分かっている年齢だろう? そんな存在は物語世界のヒロインしかありえないと知るがいい愚姉よッ!!」

「そんなの生後3ヶ月で知りたくなくても思い知ってるわよバカ―――――ッ!!??」

 

 ・・・・・・そしていつも通り、仲裁“ポジション”には入るけど仲裁はしてくれない、ジェナの妹でゾラの義理の娘でもある俺の妹のレインさん・・・。つくづく耳が痛い正論を言ってくる愚妹めぇ・・・。

 っつーか、姉貴は姉貴で弟からだけじゃなく妹からも金借りて借金してたのかよ。そして妹の方も貸してたのかよ、利息ありで担保取った上で。家族相手にも容赦しないヤツだな相変わらず。

 

「まぁ、そういう訳で早く情報を出してくれたまえ姉君くんよ。そうしてくれれば支払いの納期は3ヶ月は猶予しようじゃないか」

「ぐ・・・さ、3ヶ月・・・・・・チィッ! 仕方ないわね、それで手を打ってあげるわよ。

 あんた、オリヴィアって言ったっけ? クラスで一番偉い女子に挨拶はしたの?」

「え? あ、はい。その・・・いいえ。取り巻きの方がいっぱいで、近づけなくて・・・」

 

 レインからの仲裁、またの名を脅迫とも言うを受けて我が愚姉もようやく素直に情報を提供してくれる気になったらしく、オリヴィアさんに向かって態度は横柄なままながらも詳しい手順と具体的な方法論を分かりやすくレクチャーしてくれた。

 

「そういう場合、取り巻きで重要なポジションの子に仲裁を頼むのよ。

 ちゃんと相手の好みに合うような土産物を持っていって、挨拶する順番を早めてもらったり、個人的に挨拶できる場所に招待してもらったりとかの中継ぎ役をね」

 

 なんか昭和ドラマの体育会系部活動みたいなルールがまかり通っていたらしい、この乙女ゲー世界の魔法学校だった。

 そして、そういうのにオリヴィアさんが上手く適応できてなかった理由も、なんとなく分かった。

 

 良く言えば遠慮深くて、横入りしないタイプの日本人的なオリヴィアさんは、相手が譲ってくれるのを待ってたら永遠に止まったままになる外国の信号みたいなノリの場所と相性が悪い。

 逆に、うちのチンピラ姉貴なんかにとっては相性良すぎてビックリするほどの空間だろう。生まれ故郷じゃんってぐらいにイメージと合いまくってるし・・・・・・。

 

 つーか、そのルールって普通に考えて。

 

「完全に賄賂じゃん。しかも仲介したヤツの懐に入って、一番の奴には一銭も入ってねぇタイプの」

「まさに、だね。もしくは中小チンピラグループの生き残り戦術でも可」

「それで上手く回ってんだからいーでしょうが!? 一番の取り巻きやるのも大変なのよ!

 お金がかかるのよ一番じゃないから! 一番にすがらなきゃ生き残れない中間の辛さを知りなさいよ、この愚兄妹ッ!!!」

 

 なんか、ものすっげー世知辛い学園女子たちの日常パートを、この短時間で存分に見せつけられた気がする慟哭の叫びだった。

 俺が知らないだけで、意外に姉貴も色々と苦労してんのかもしれなかったんだなぁ~。これからは今よりか優しくしてやった方がいいかもしれないなと思わなくもなかった。

 

 具体的には俺の方の借金取り立ては、レインに払い終わるまで待ってやるとしよう。追い詰めすぎて夜逃げされたりすると一銭も還ってこなくて困るだけだから。

 

「ふむ。それでその貢ぎ物――もとい、土産物ということで持って行く品物には、なにかしらの暗黙のルールやら、守るべき気遣いルールとかはあったりするのかね? 姉君くんよ」

「・・・・・・なんっかいちいち気に障る言い方するのよね、この愚妹は昔っから・・・・・・ハァ。まぁいいわ、今更だし。

 土産物は特に規定はないみたいだけど、一応のルールとして人気店のお菓子とかにするのが定番ね。

 物品だと完全に賄賂ってことになっちゃって学校側にバレた時にヤバいし、お菓子を同性同士の友達にプレゼントしただけなら誰からも文句言われる心配はあり得ないから」

 

 もはや完全に、ではなく普通に賄賂だった。賄賂以外の何物でもなかった。

 賄賂を選ぶ基準や、渡し方まで贈収賄の賄賂そのものとか、流石はクソみたいな乙女ゲー世界の舞台になってる魔法学校である。設定がなんか半端に現代風スリルショックサスペンス。

 

 流石にコレは、平民出身設定のオリヴィアさんも引くかなーと思って横を見ると、

 

 

「に、人気店のお菓子ッ!?」

 

 

 ガガーン!!と。

 まるで古い少女漫画のヒロインみたいに、目が真っ白になって、顔の上から縦線が降りてきてるような、そんな雰囲気を醸し出しまくって絶望しきった表情で、その名を叫んだのだった。

 

「た、高いですよね・・・? お値段・・・」

 

 手をワナワナ震わせながら、怯えるように姉貴へと確認を取る彼女。

 オリヴィアさん・・・・・・そこまで金なかったんだ。俺も昔はそうだったけど、最近急に金持ちになっちまってた後だったから分からなかったわ。ゴメン・・・・・・。

 

「コイツらに払わせればいいわよ。少なくとも私は貸す気ないからね?」

「はぁっ!? なんで俺が払うことになってんだよ! いや、別に払いたくないわけじゃねぇけど、なんでお前が勝手に決めてんだよ! このバカ姉貴が!!」

「決まってんでしょうが! 私に払ってくれる当てが他にないからよ! そして私自身には払う金がない!! それが理由よ! なんか文句あるの!? あるなら言ってみなさい愚弟、聞いてあげるから。いくら聞いたところで払う袖はないけどね!!」

「こ、このバカ姉・・・・・・開き直りやがって・・・・・・ッ」

 

 ついには色々と吹っ切れたらしい愚姉のジェナが、堂々と自分の自分の貧乏っぷりを宣言してゲームセット。ないものまでは流石に、どーしようも出来ねぇ・・・。

 

 ・・・しかも・・・

 

「ひゃ、百ディア・・・二百ディア・・・・・・三百ディ・・・あああァァァッ!!?

 百ディア足りないぃぃぃ・・・・・・ッ」

 

 ・・・・・・なんか原作本来の主人公であるオリヴィアさんが、皿が足りない日本の幽霊みたいになりかけちまってるんで、もう色々と気にしてられる余裕のある状況じゃねぇ・・・。

 

「大丈夫・・・俺たちが代金もつよ・・・・・・」

「私も出すから分割ということで安心していいぞオリヴィアくん。無論、利息なしで担保もなしな、いつもニコニコ友情ローンでOKだ。この展開の後に身を投げられたら私たちのせいになりそうで嫌だし」

「あ、ありがとうございます・・・・・・か、必ずお返しいたします・・・」

 

 

 手で口を覆って、涙ながらに『お菓子代』を立て替えてもらったお礼を言う、原作乙女ゲームの主人公。

 なんかもう別ジャンルのゲームとしか見えなくなってきた俺がいる・・・。

 

 難易度高すぎて課金でクリアしちまってたから気付かなかったけど・・・・・・ひょっとして、このゲームって課金しないで進めてた場合には、『貧乏主人公による極貧ストーリー』だったりしたんだろうか・・・?

 

 だとしたら果たして今の状況は良かったのか悪かったのか、俺たちが課金アイテムのルクシオンを先に取っちまったことはオリヴィアさんを本来の貧乏主人公ルートに進ませちまうフラグになっちまってたりとかしたのかもしれな―――やめとこう。

 

 考え出すと色々と怖いことに気付きそうだから、この腐った乙女ゲー世界はモブにも、課金なしで進めた場合の主人公にも厳しい世界なんだと言うことで納得しておこう。それがお互いのためというものだ。

 

 

 

「に、2ヶ月後にはお父さんからの仕送りが届きますので・・・・・・それさえ届けば、ローン分の支払いぐらいなら・・・・・・っ」

「いや、だからいいって!? 利息とかなしで、ある時払いの催促なしでいいから! 気にしなくていいから気にしないで! 主人公が変なフラグ立てないでお願い!

 レイン! お前が余計な単語言っちまったせいでややこしくなってんじゃねぇか! どーすんだよコレ!? 収拾つける気あんのかテメェは毎回毎本当に!!」 

「ハッハッハ。つくづく“面白きこともなき世を面白く”B~y高杉晋作とは、よく言ったものだね兄君くん」

「確信犯じゃねぇか! やっぱ妹は妹だからダメだったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 つくづく妹のせいで振り回されて始まってしまった、ゲーム本来の主人公との思わぬ出会いイベント!

 くそぅっ! こうなった以上は早く切らねぇと! 主人公のオリヴィアさんとの縁を早く切って、原作ルートに俺も彼女も早く戻して、それぞれの道を歩まねぇと大変なことになる! そんな気がして仕方がない!!

 

 生まれ変わった乙女ゲー世界ででも妹に振り回されて、乙女ゲーストーリーに関わり合ってく人生は嫌すぎるからな本当に――――ッ!!!

 

 

つづく



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異世界魔王青年バノッサと魔王召喚少女の夜 第4夜

同時進行で書き進めてった中で完成した作品その2です。
【サモンナイト×異世界召喚魔術】のコラボ作品最新話となります。


 

 エルフの国グリーンウッド王国で精鋭部隊を指揮するセルシオのもとに、『その情報』がもたらされたのは昨夜遅くになってからのことだった。

 行方不明になっていた姫君が、人間族の奴隷商人によって囚われ、危険な役目を押しつけられ酷使させられている――そういう趣旨の“密告”が、“人間によって”知らされたのである。

 

 当然のことながら、国王も重鎮たちも齎された情報を最初は信じようとはしなかった。

 人間国家の多くは『人間至上主義・亜人差別』を掲げているため、エルフの国であるグリーンウッド王国としては、証拠なく信じれるような密告者では全くないのが人間という種族全体への評価だったからだ。

 

 だが密告者が、交易都市ファルトラの結界を維持している重要人物であり『魔術師協会の長でもある人物と“最も近い地位にいる人物”』という己の素性を明らかにしたことで方針は一変し、即日の内にセルシオたち精鋭部隊が人間国家の内部へと侵入して姫を救出するよう勅命が下されることになる。

 

 しかしながら、自分たちの姫様を奴隷商人の魔手から助け出すためとはいえ、エルフの国の兵が人間たちが治める国内の町中で刃傷沙汰を起こすのは流石にマズい。

 そういう事情でセルシオたちは、密告者からの提案に乗って相手を誘い出し、人里離れた人気のない森で事故をよそおい奴隷商人だけを始末した後、その足でエルフたちの領域まで姫君を急いでお連れする。そういう算段を立てて事に及ぶことで利害が一致を見る。

 

 彼らにとって誤算だったのは、『まだまだ未熟』と思っていた姫君が有するエルフとしての才能が予想以上に高かったため、隠れ潜んでいた狙撃ポイントを看破されてしまったこと。

 

 そして今一つは―――この男を、“奴隷商人ごとき小悪党”と思い込んで、舐めまくった安っぽい罠で迎え撃とうとする甘い幻想に取り憑かれてしまっていたことだった。

 それこそが彼らの、“敗因”に繋がっていく未来を考えようともしないままに―――。

 

 

 

「し、召喚魔法って・・・・・・こんな恐ろしいことまで出来る力だったの・・・?」

「・・・バノッサの力が凄まじいことは分かっていましたが・・・まさか、これ程とは・・・っ」

 

 バノッサが放った《異世界リィンバウム》の召喚術によって、辺りの森に生える木々の多くに燃え移り、先程まで見ていたのとは全く別の光景に変貌させられてしまった姿を見せつけられ、シェラとレムは恐怖心を抱かされたように両手で自分を抱きしめるようにしながら蒼白な顔で呟きを発していた。

 

 3人を囲む周囲の森は、木々が囂々と燃え広がり、森の全ては無理でも『人食いの森』と呼ばれた魔境の一角は開けた焼け野原になることは確実な状況。

 高レベル冒険者でなければ相手にできない、森に生息している凶悪なモンスターたちでさえ、この光景を作り出した存在である禍々しき鎧姿の青年に刃向かうことを恐れて、ただひたすら燃え広がる火の手から逃げるだけ。

 

 バノッサが周囲の森を巻き込むつもりで放った召喚術の結果を見せつけられ、シェラとレムは顔色を蒼白にして冷や汗を浮かべながら、心に抱くのは微妙に異なる二つの感想。

 

 森の種族であるエルフのシェラにとって、一瞬にして森に大火を引き起こさせたバノッサの召喚術は、ただただ恐ろしくて強大な力。

 

 一方で、特殊な事情を身に宿したレムにとって、バノッサの強大な力はもちろん恐ろしいが・・・・・・反面、希望を抱かされるものでもある。

 

(この力・・・っ! これ程の力が私にもあれば――魔王クレブスクルムさえ、あるいは・・・・・・っ!!)

 

 そういう想いを、時として絶望の闇に閉ざされかかる心に光をともす希望として、強く惹き付けられるものを感じずにはいられない! そんな感情。

 

 ――だがバノッサ自身にとって、この結果は些か以上に不満足だったらしい。

 

「・・・チッ。玉っころに込める憎しみの量が足りなかったか・・・。全部まとめて消しちまえば楽できてよかったってのに。

 ――今の俺にはコイツが荷が重くなってるとは思いたくねぇがな・・・」

 

 苦々しげに表情を歪めて吐き捨てると周囲を見渡し、昔見た時と違って半分以下の範囲にしか火が燃え広がっていない術の威力の舌打ちする。

 かつての自分たちが、『ムカつく騎士崩れのオッサン』と『偉そうな澄まし顔が気にくわない革命軍』が互いの都合の押し付け合いで殺し合ったところを、忌々しいハグレ野郎ともども一纏めに皆殺しにしてやろうと目論んだときと同様に、彼は今回も襲撃役の実行犯共と真犯人をまとめて火に巻かれて焼き殺してやるつもりでいたのが、舌打ちの理由だった。

 

 殺しに来たヤツが誰かは知らない。あるいは雇われただけで、殺すよう依頼した人物は他にいるかもしれないが・・・・・・どちらにしろ同じことだった。

 どーせ殺しを依頼したヤツ自身も、この場で隠れ潜みながら自分たちが殺し合う様を見物して愉しむ算段をしていることだろうし、事が済んだ後に生き証人を生かしておいてやるとは到底思えない。

 

 結局最後は死ぬ運命の連中なら、一方的に殺すヤツが黒幕の誰かから自分に変わったところで、殺されて死体になる連中にとっては大した違いはない。

 騙して利用したヤツも、すぐに後を追わせてやれば供養してやった事にもなるだろう。

 

 そう考えていたのだが・・・・・・実際には、この程度の火力しか出せないのが、今のバノッサの為体だった。

 あの時は『燃える水』が森中に火を広げていたとは言え、自分の力も当時より増大しているはずでもある。

 にも関わらず、この低火力だ。

 レムやシェラも自分も、周囲の火の熱に当てられた様子がないのも恐らく似たような理由によるものだろう。

 

 その時だった。

 

『うわァァァァァッ!? 火がッ!火がッ!?

 うわぁぁあああァァァァッ!?』

 

「えッ!? エルフ!?」

 

 燃え上がる木の上に隠れていた狙撃手たちが、火に巻かれて慌てて脱出しようとしたことで足を滑らせ、次々と地面に落下していく無様な醜態を目撃したシェラが驚きの声を上げる。

 その優れた視力によって彼女には見えていたからだ。

 木の上から虫のように落ちてきた十人近い若者たち。――その耳が、自分と同じように長く尖った見た目をしている事実に。

 

 自分たちを罠にはめ、隠れ潜んでいた襲撃者たちが、自分と同じ『エルフ族』だったという事実に。

 いや、それだけではない。

 

「くっ! 怪しげな術を・・・っ!!」

「セルシオ!? なんでここに!!」

「シェラ様! あなたをお助けするために馳せ参じたのです!!」

 

 自分を襲うため待ち伏せていたらしいエルフたちの中心となっていた人物が、自分にとって旧知の相手だったことにシェラは再びの驚愕に襲われることになる。

 

 セルシオと呼ばれた青年エルフは、共に木から落ちながらも無事だった部隊を再集結させながら矢筒から矢を抜いて弓につがえ、『自分たちの姫君』と『年端もいかぬ幼気な幼女』に首輪をはめさせられた姿で傍らに侍らせている邪悪な男へと、鏃の先を聖なる剣の切っ先のように突きつける。

 

 この世界で主に使われている召還魔術とは異なる、まして貧弱極まる幻想魔術では全くない、未知の強大なる力を用いる邪悪なるモノを前にして、そんな存在に自国の王女が囚われているという事実に更なる使命感と義憤を喚起されながら!!

 

「奴隷商人! グリーンウッド王国の高貴なる姫君であらせられる、シェラエル・グリーンウッド様を返してもらうぞ!!」

 

 彼にとってその言葉は、シェラエル姫のあられもない姿に同情し、そんな惨め立場を強要した奴隷商人の非道さに怒りを覚えた故での糾弾だった。

 ――だが、互いが同じ知識や認識を共有しているとは限らないのが、異世界召喚という術の特徴でもある。

 

 セルシオたちが暮らす、この異世界の召喚魔術では人語を話せぬ魔獣ばかりしか召び出せないというのが一般の認識であり、エルフではない人族と言えども国グリーンウッド王国の名ぐらい知っているのが常識でもある程の大国。

 そのためセルシオたちは、相手の男が自国の名前と姫君の存在を当然知っているモノだという前提で言葉を発してしまったのだが・・・・・・

 

「ひめぎみ? “ぐりーんうっど”だァ~?

 なんだテメェ、どっかの国の姫様だったのかよ? 随分とまァ、色気も無ければ品もねェ、乳臭ぇガキが姫様やってる国もあったもんだな。ヒャッハッハ!」

「ち!? そ、そこはお姫様の立場と関係ないでしょう!!」

 

 当然ながら、異世界リィンバウムの片田舎にあるサイジェントの街のスラム街で育ったバノッサに、《ぐりーんうっど王国》だの《コウキなるヒメギミ》だのといった単語を口にされたところで意味など全く伝わるはずもない。

 せいぜいが《獣臭いハグレたちの集落》その程度だ。

 

 ただ、これについてだけは彼ばかりを責められない。

 なにしろバノッサの宿敵だった『ハグレ野郎』の仲間たちでさえ、似たようなレベルの知識量しか有しておらず、自分たちが暮らす世界の西側には《聖王国》や《旧帝国》《軍国》といった巨大勢力たちの中で召喚師たちが全く異なる認識を持たれていることさえ知らず、自分たちが住んでいる辺境都市だけの基準で忌み嫌い続けていた。

 それ程までに、情報量の有無による認識の差は隔たりが大きいのだ。

 

「黙れ! 下手な言い逃れを・・・・・・シェラ様に嵌められている首輪が何よりの証拠!

 大人しくシェラ様の首輪を外せ奴隷商人! そうすれば命まで取ろうとまでは思わない!!」

 

 そしてセルシオもまた、自分たちの世界の常識に則って相手の言葉を虚偽と断ずる。

 バノッサの発言を、「姫君と知らずに連れていただけ」という趣旨の弁明だと解釈した故での結果だった。

 

 彼は鎧の色と形状からバノッサのことを「風変わりなディーマン」としか思っておらず、異世界より招かれた人語を解する召喚獣など、この世界の召喚術では有り得ない。

 またセルシオは優れた弓の使い手ではあっても、シェラと違って魔術師でもなければ召喚術士でもなかったことも無関係ではなかったかもしれない。 

 

 どちらにしろセルシオは、『姫様を誘拐した犯罪者如きの言い訳』など最初から聞く耳を持っておらず、それでも尚エルフとしての誠実さから悪党にかけるギリギリの情けとして降伏を促したのであるが。

 

 

 ――彼なりの誠実さと姫君への忠義心は、予想外の結果として報われる事になる――

 

 

「王家なんて、どうでもいいよ!」

「な・・・・・・姫様っ!?」

 

 

 突然シェラの口から放たれた“暴言”に、セルシオたちは意外すぎる展開に驚かされ、構えていた鏃の先を僅かに降ろして呆然とさせられる。

 奴隷商人の魔手から助け出そうとしていた姫君から放たれた、自分たちの行為と祖国を同時に否定するかのような拒絶の言葉。

 

 だが彼らが自失していた時間は、まさに一時の気の迷い分だけ。

 改めて弓矢を構え直しながらセルシオは、国にいた頃のシェラエル姫様から聞かされた言葉から連想する先の言葉の意味を理解した上で、それでも彼女に向かって説得の言葉を告げる。告げずにはいられない立場に彼らはある。

 

「王家の皆様は、あなたのことを心配しておいでですッ。ですから――」

「兄さんたちが必要としてるのは、アタシじゃなくて世継ぎでしょう!? アタシに子供を産ませたいだけなんだよ!」

「王家に生を受けた方にとって、国を守り続けていくためには重要なお役目です! 他の者では務まらない!!」

「好きなことも出来ないで、望まない相手と結婚させられるなんておかしいよ!

 わたし、絶対に国には戻らない! 自分の力で生きていくんだから!!」

「しかし今は、奴隷ではありませんか!?」

 

 シェラからの強烈極まる反発の意思表示に対して、セルシオは無礼とは知りつつも矢を構えたまま反論し、双方の言い合いは口論になるが――予想していなかった展開を前にして、セルシオたちの頬には一滴の汗が流れ落ちていた。

 

 彼らにとっては当然の反応であり、戸惑いでもあった。

 

 ・・・・・・自分たちは祖国から、奴隷商人に拐かされた姫様を救出して国へと連れ帰る、名誉ある任務を与えられて彼の地へと参っていたはず・・・・・・それなのに何故・・・!?

 

 違和感がジワジワと彼らの胸中を浸食しつつあった。

 何かがおかしく、どこか状況が狂ってきている。

 あるいは――どこかで情報が間違ったものが混じっていたのではないか・・・? そんな疑念も抱かなかった訳ではない。

 

 だが・・・・・・それでも彼らは主義主張を曲げず、初志を貫徹する道を選び取る。

 そうする“理由”が彼らにもあり、“その理由から見て”シェラエル姫が無力なのは間違いようもない事実なのだから―――

 

 

「違う! わたしは誰の奴隷でもない!」

 わたしは“私”だよッ!!」

 

 

 ――そんなセルシオたちだったが、断言して言い切ってみせたシェラエル姫の宣言を前にして、何か思うところがあったように弓を降ろす。

 あるいは、相手のことをよく知るセルシオだからこそ、何かを感じざるを得なかったのかもしれない。

 

「・・・・・・なにか事情がおありのようですね・・・」

 

 そう語る言葉には実感がこもっており、レムとシェラたちには戦闘を避けて解決することが出来るかもしれないという希望に、表情を僅かに緩ませる。

 

 自分の国の精鋭部隊であり、経験豊富な冒険者として、シェラにしてもレムにしても、エルフたちの強さと手強さは深く理解している立場にあり、たった三人でシェラを守り抜いて切り抜けるのは難しい・・・・・・そう考えて、できれば戦闘は避けて解決したいと願っていたのは事実だったから。

 

「――ですが」

 

 しかし、その希望は再び構え直されたセルシオの弓の鏃に打ち砕かれることになる。

 

「それでも尚、あなたは一人で生きていくには無力すぎます。

 我々は、力ずくでも貴女を連れ戻しますッ!!」

「う・・・、うぅ・・・」

 

 自分の決意を伝え終えて、セルシオなら分かってくれるはずと信じてもいたシェラであったが、その予想が半分ぐらいまでしか的中しなかったことで打てる手がなくなってしまって、困り顔で呻くぐらいしか今の彼女には出来ることがなにもない。

 

 グリーンウッド王国の精鋭たちを相手に、自分一人で挑んだところでアッサリ無力化されて国へ連れ帰られてしまう羽目になるのはシェラにだってよく分かっている。

 この場は逃げたところで、結果は同じだろう。一人ずつなら逃げ切ることも可能かもしれないが、この数のエルフたちを相手に森の中での追いかけっこで勝ち残れる自信はシェラにも全くない。

 

 万策尽きて万事休す。

 ・・・結局セルシオたちの言ったとおりなのが今の自分なのだと分かって、泣きたい気分にさせられずにはいられないシェラ。

 

 偉そうなことを言っても、立派な決意を口にしても、今の自分は一人だけだと何も出来ない無力な存在。

 自分の身を守ることさえ出来ない、弱っちい存在が自分なのだと思い知らされて・・・・・・シェラは涙混じりの瞳で俯き、せめて泣き出すことだけは避けようと必死に堪えようとして、それで――

 

「――よく言いました、あなたにしては上出来です」

「え・・・? レム・・・」

 

 横合いから割り込んできて、召喚術用の魔石を片手に構えながら、豹人族の少女はシェラの隣に並んでセルシオたちと対峙する姿勢を見せながら、顔だけ振り返って相方の少女に向かって小さな笑顔を浮かべ、そして保証する。

 

「国を棄てて、一人で生きていくという決意―――私は嫌いではありませんよ」

 

 そう言ってシェラを、グリーンウッド王国のシェラエル姫ではなく、国を棄てて自分の仲間になっている無駄肉エルフの少女シェラとして扱うことを。

 冒険者に生まれや素性は関係なく、ただ仲間と共に戦って勝利を目指すのが自分たちであることを。

 

 シェラの前に立ち、セルシオたちの前に立ちはだかる位置に立つのではなく。

 シェラの隣に立って、共に戦う仲間の位置に立つことで―――レムは自分の意思と覚悟をシェラに伝え、シェラにもまた相手の思いは伝わり理解できた。

 

「致し方ない。みんな、攻撃準備を。接近戦で押さえつけるんだ。

 だが決して弓を使うなっ、姫様を傷つけることは許さんぞ!!」

 

 この期に至ってセルシオたちも、覚悟を決めるしか手はなくなる。

 姫様を守ろうとする少女も含め、傷つけることなく事が収まるのが一番良かったが・・・・・・彼女たちの決意と覚悟は、半端な終わり方を許してくれそうにない。

 

 王家の方の一員に無理やり手を触れるなど、許しがたい不敬ではあったが、今この場では他に方法がない。

 相手の少女たちと同じように、自分たちにも決意と覚悟がある。そう簡単に引き下がる訳にはいかない理由が自分たちにはあるのだ!

 

 こうしてシェラとレムたちと向かい合うように、セルシオたちもまた反対の陣営に立って一触即発の構えを取り合う。

 双方共に言い分があり、相応の理由と想いを胸に秘めながら、互いに憎しみはなく、自分の道を信じて歩もうとしているだけであったが、それでも対決は避けられない。そんな間柄。

 

 それは異世界の森を舞台に行われた、二人の騎士たちによる想いが擦れ違った末での戦いと酷似していた。

 互いに相手に対して、世の中に対して、真摯な想いと誠実さで持って向かい合っていたが故での対立であったが――――

 

 

 ―――そんなモノが、この男にとってナニカの価値を認められることなど決してあるまい。

 

 

「アーハッハッハ!!! とんだ三文芝居じゃあねェかッ!!! ヒャッハッハ!!!!」

 

 

 突然に森の中へと響き渡る嘲笑。

 セルシオたちの想いもシェラたちの想いも、纏めてバカらしいと言い切って笑い飛ばし、少しも罪悪感など感じることは決してない、そんな男からの悪意に満ち満ちた見下しと罵倒の悪意ある笑い声。

 

「ど、奴隷商人・・・・・・ッ、貴様! 何を笑っている! 何がおかしい!?」

「クックック・・・・・・このオレ様が奴隷商人、ねぇ?」

 

 あまりにも非礼で、深い極まりないディーマンの態度と対応に、セルシオたちは全員が額に青筋を浮かべてバノッサを睨みつけてくるが―――睨まれている方はどこ吹く風だ。

 平然とセルシオたちに向かって―――自分たちのバカ発言が、どれだけバカなこと言ってやがったか思い知らせてやるためオセッキョウをしてやる事にする。

 

「だったら、テメェらの親玉もオレ様と同じ、ご立派な奴隷商人のボス様ってことになるんだよなァ?」

「なんだと貴様! 我らだけでなく、誇り高きグリーンウッド王国の王族まで愚弄するとは許さ――」

 

 

「“嫌がる女を力ずくで連れて行き”、“城って豪華な牢屋に閉じ込めて”、“子供を孕ませる娼婦として使うだけ”

 ・・・・・・それがテメェらが言うところの、奴隷商人って奴なんだろ? 違ってたか? あァ?」

 

 

「それは! ・・・・・・それ、は・・・・・・」

 

 思わず反射的に反論しかけたセルシオは、続く言葉を失って黙りこくり、狼狽えたように誤魔化すように後ろめたさを感じているように視線を彷徨わせて右往左往させ始める。

 

 ・・・・・・確かに相手の言うとおりだった。今の自分たちが実行しようとしていた行動は、最初に自分たちが非難して否定した奴隷商人そのものと、行動も目的も全く変わることが出来ていない。

 反論の余地がない指摘だったからこそ、彼らには何も言い返すことが出来ない。黙り込んだまま否定も肯定もしない事しか出来ることが何もない。。

 

 だが、そんな奴隷商人の犯人共にバノッサは、一切手加減を加えてやる理由も義理も見いだしてやる気は少しもなかった。

 

「ハッ、図星だろう? だったらテメェらの親玉は、立派な奴隷商人の親玉だったってことさ。

 テメェらの王国とやらは奴隷商人に支配されてる、グリーンナントカ奴隷王国でしかねェんだよ、このバカがッ!!」

「~~ッ!! 無礼な! たかがディーマン如きが知った口を!!」

 

 だが流石に、こうまで言われてしまえばセルシオたちも大人しく相手の言い分を聞いて反省してやろうという気がなくなってくる。

 自分が正しいことを言っているからと、何を言っても許されるというものではないし、言い過ぎという言葉は正論での間違い指摘にだって該当する!

 

 この男の口と態度の悪さは、自分たちがやろうとした行為と同等の、あるいはそれ以上の悪徳に属する罰を受けて当然の行為だった!

 第一、たとえ他国の人間と言えどもグリーンウッド王国の王家を罵倒した者には、不敬罪が当てはまるのは当然!

 自分たちの側にも非があったからこそ多少は大目に見てきたが、思い上がりすぎた相手に、これ以上容赦してやる必要は些かも感じてやる義理はない!!

 

「一斉射ッ!! あの奴隷商人の無礼な口を黙らせろッ!!」

 

 セルシオからの命令が轟き、部隊の仲間たちが一斉に弓を射法する。

 種族特性として、必殺必中の腕を誇るエルフたちから中隊規模で放たれた矢の大群。

 その回避不能な攻撃の凄まじさを知るシェラは思わず、「バノッサ!」と悲鳴のような声を上げたが―――叫ばれて心配された方としては、なにを心配されているのか理解できない。

 

 猛スピードで飛翔して、先ほどのように不思議な力で遮られることもなく、バノッサの肉体へと達して鏃の先が相手の鎧と、露出している胸元に突き刺さる!! そうなると確信させられた次の瞬間――

 

 カンッ、カンッ、カカンッ!!

 

『なッ!? 当たったはずの矢が・・・・・・なぜッ!?』

 

 バノッサの身体に当たった端から勢いを失って地面に落下し、無力な木の棒の先に刃物が付いているだけのガラクタに成り下がった矢の群れを見下ろして嘲笑するでもなく、むしろ彼にしては珍しく心底から不思議そうな目付きをしてセルシオたちを見つめ返し。

 

「オイオイ、ふざけてんのか? なんだよ、この豆鉄砲みてぇなオモチャはよォ。こんなもんが普段から、気にくわねぇ敵やら化け物どもを殺すのに役立ってんのか? アアぁ?」

 

 そう思わず、問いかけてしまっていたのだった。

 それほどにバノッサには、セルシオたちが言っていた言葉と行動とが整合性が取れない支離滅裂なものとしか思うことができず、非常に珍しく希有な事例であったが・・・・・・ヒドく混乱した心境に陥らされてしまっていたのである。

 

「ど、奴隷商人ごときが我らを愚弄するのか!? 我らは国に仕え、王と民を守るために武芸を磨く者。無用な殺生を許可なく行う無法など、許されないのは当然だろう!?」

 

 バノッサとしては当然の疑問だったが、セルシオたちにとっては相手の言っている理屈こそ理解できなかった。

 何故なら、この異世界で生きる彼らは普段から《死なないよう》に暮らしているからだ。

 人間たちヒューマンとは異なるエルフという亜人種族とはいえ、この異世界で生きる生身の存在であることに変わりはない。

 

 この異世界は、ファンタジーMMORPG《クロスレヴェリ》と酷似して創られている。

 だがゲームと異なり、現実となったゲーム世界で生きる彼らには、自分の《死》に対する救済措置や死のリセットといった機能が適用されることは有り得ない。

 

 《死んだら終わり》なのが、この異世界に生きる生命すべてにとっての現実なのである。

 そんな彼らにとって、死ぬ危険を冒してまで自分より強い者と戦って勝つことにより、今よりも強い力を欲する生き方というのは余りにもリスクが大きすぎた。

 

 それは、あるいはバノッサの宿敵だった《名も無き異世界》から召喚されてきたハグレ野郎だったら理解してあげられた心情だったのかもしれない。

 あるいは、ハグレ野郎と同じ世界から召喚されてくるはずだった《本来は喚ばれている魔王》だったなら共感なり納得なりを抱かされた事情だったのかもしれない。

 

 ――だが生憎と、今この場に二人の《名も無き異世界人》はいない。

 いるのはサイジェントの街の北スラムで生まれ育った、不良犯罪者集団のリーダー・バノッサだけだ。

 

「ハッ! 要するに、勝てて当然のザコ共だけと戦って、安全なとこから一方的に勝ちだけ得られる気楽な苦労知らずのガキってことか。だから弱ェままなんだろうがよ、このクズ共が」

「な、な、なんだと!! 貴様、まだ減らず口を叩くかッ!?」

 

 生まれ育った場所と世界と価値観が違うバノッサにとって、セルシオたちの事情を聞かされたところで見下しと侮蔑の瞳を向けるようになるだけで、何らの共感も理解も感じるようなものでは全くなかった。

 

 バノッサが生まれ育った《サイジェントの街》は辺境の田舎町ではあったが、辺境には辺境なりに戦争と無縁ではいられず、十年ほど前に起きた戦争で戦火に巻き込まれ、街を囲む市壁の幾箇所かが破壊されてしまい、その後も壊れた状態のまま放置され続けていた。

 

 召喚師たちによって齎された富に目が眩んだ領主にとって、自身が住まう城を中心として税が払える市民だけが暮らす市街さえ発展すれば良く、壊れた壁の外側で暮らす者達がどうなろうと知った事ではなくなっていたからだ。

 

 そのため壁の外のスラムで生きる者たちにとって、壊れたまま放置されている街を囲む壁に開けられた穴は、外に出るため通行料を払って正門を使う必要がなくなる代わりに、外敵から襲われたときには最も危険な場所に自己責任で生きていくことを選ばせられてしまう。

 

 そんな場所で生まれ育った不良少年達を集めた犯罪者集団《オプティス》を率いていた頭目が、かつてのバノッサだった。

 ハグレ野郎との戦いで敗北を重ねたことで手下たちに見限られ、自然消滅してしまった組織ではあったが、そんな奴らが屯する場所でも《居場所》だったのが彼なのである。

 そんなバノッサの価値観からすれば、セルシオたちの言い分は単なる《弱者の言い訳》《負け犬の遠吠え》それ以外の何物でも無かった。

 

 第一、バノッサたちを殺すため待ち伏せしながら、「自分たちは殺されるのが怖いから安全な相手とだけ戦いたいです」などという、苦労知らずな貴族の理屈が通用するとでも思っていたのだろうか?

 彼は容赦なく、セルシオたちの精神にも追撃をかける。

 

「テメェらは見当違いな勘違いをしてんだよ。

 悪者の悪徳商人ブッ倒して、囚われの姫様でも救い出す正義の騎士様にでもなったつもりで騒いでたのか? 調子に乗ってんじゃねェよ、このバカが!!

 テメェらは、ただ利用されてるだけの捨て駒でしかねェんだよ。使い捨ての駒としか思われてねェのが今のテメェらなのさ。その程度も分からねぇバカ共が、寄せ集まってるだけのバカ集団に過ぎねぇのがテメェらなんだ。

 ・・・・・・テメェらなんぞに任せてられるかよ」

 

 途中から苛立ちがこもってきた口調で、バノッサは徐々に語気を強め始めていく。

 彼が怒り出した理由は、自身に起きた幼い頃の出来事と、彼自身の出生にまつわる事情に深く関係したものだった。

 

 

 ――バノッサを魔王召喚の依り代として用いて今の世界を破壊し尽くし、自分たちに都合の良い新世界を新たに作り上げようとしていた外法召喚師の犯罪結社《無職の派閥》を率いる総帥オルドレイク・セルボルトは、魔王召喚の儀式で用いる器を用意するため、優れた素養を持った依り代として自らの子供を多く産み落とさせていた。

 

 だが、その内のほとんどの者は魔王召喚に必要な、常人を遙かに超える数値に達することなく肉体が保たずに自壊するか、魔王を降ろして一体化できるほどの精神が得られず発狂するか、ただ無能な役立たずとして弱すぎる子供は廃棄されていった。

 純粋に狂った計画を実現するためオルドレイクは数多くの子を産ませて、多くの我が子たちを殺し尽くし、最後まで手元に残った一人でさえ魔王召喚儀式の責任者となることはできても、魔王の依り代として用を成せるかは微妙なところという数字にしか達することが遂になかった。

 

 そんな男の息子として生を受けたのが、生まれたばかりのバノッサだった。

 にも拘わらず、バノッサが自分の世界で滅びるまで生きてこられたのは、彼の素質が他の者たちより優れた少数派のエリートだったから―――ではない。逆だ。反対だったから生き延びることが可能になったのだ。

 

 バノッサは、人格はともかく召喚師としての能力だけは神業の域に達しているオルドレイクの血を受けて生まれた、無色の派閥総帥の実子でありながら《召喚術を使うための力》を全く生まれ持たない、召喚師としては最初から員数外にしか成りようがない、合格か不合格かを判定される遙か以前の段階で役立たずのゴミのように棄てられて、存在していたことさえ穢らわしいと完全否定される赤ん坊としか誰も扱おうとはしなかった。

 

 だから結果としてバノッサは生き残れたのだ。

 次々と腹違いの兄弟たちが父親の計画を達成させるために必要な最重要のパーツとなれることを目指し、到達できずに壊れて死に続けていく中で、そのパーツが使われる場所から生まれた瞬間に追放されてしまった後だったから。だから死なずに成長することが可能だった。

 

 だが、それは世界にとっては不幸な出来事で、バノッサにとっても幸運な結末では決してなかったのが、その一件での行き着く結末。

 

 召喚師の子として生まれながら、召喚師としての力を全く生まれ持たない『出来損ないの子供』を産んだ『役立たずの母体』もバノッサと同時に追放されてしまい、犯罪結社から追い出された母親と息子は、幼い我が子を養うため無理をして働き過ぎたことが災いとなり、彼の母親は苦しみの中で息を引き取ることになる。

 

 ・・・・・・そんな過去を味わっているからバノッサは、棄てられた子供にはやや甘く、子を孕ませるためだけに女を飼い殺す連中には過剰な悪意を向け続ける。そんな青年へと成長していくことになっていったのだ。

 

 

「乳臭ェガキだが、オレ様の子分は気に入ったみてェだからな。しょうがねェから手下の一人として守ってやるよ。

 テメェらみてぇに、お遊びの弓矢ゴッコしかできねェ弱過ぎる連中に任せちまったら、オレ様の面子に泥を塗られちまう。

 奴隷商人に雇われた、数集めて女を浚うぐらいの力しか持てねぇザコ共にはなァッ!!!」

 

 

 

 ・・・・・・・・・空気が青ざめた音を、エルフたちは確かに聞いたような気がした。

 命が惜しい者なら近寄ることすらない魔境の森の空気さえ、今この時だけは彩りを変え、瘴気のような怪しい気配までもが青ざめた怒りと屈辱と憎しみに浸食されていく音を、彼らは確かに耳にしていたのだ。

 

 あるいは、それは彼らの心臓から聞こえてきた鼓動の音だったかも知れない。

 

「・・・・・・その言葉・・・・・・」

 

 ユラリと、脱力したような仕草のまま力なく矢筒から一本の矢を引き抜いて、ゆっくりと弓の弦を引き絞り、幽鬼のような声音で俯きながらセルシオが――“相手にとって最期の言葉”を静かに語り―――顔を上げる。

 

「・・・・・・・・・言えば許さんと言ったはずだぞッ!! 奴隷商人ゥゥッ!!!」

 

 殺意と憎悪と屈辱に青ざめ、もはや理性すらかろうじて残しているかどうかという形相を浮かべたセルシオが、一本の弓を構え直してバノッサを狂気の瞳と視線で睨みつけて処刑宣告を宣言する!!

 

「「う、うわ・・・」」

 

 と、思わず旧知のシェラでさえ引いてしまうほどの凶相を浮かべて怒り狂っているセルシオだったが・・・・・・その彼が構え尚した他のエルフたちが持っている物とは形状が異なる一本の弓を目にしたことでハッとなり、彼女自身の態度も一変する。

 

「逃げてバノッサ! あの矢はダメなの! あの矢は――」

「もう遅い! この矢は陛下より賜りし秘宝! 全てを穿つ至高の矢なのだからなッ!! 覚悟するがいい、この“バケモノ”めがッ!!」

 

 半ば狂気に駆られつつあったセルシオは、バノッサの両目を再び眇めさせたことに気づくことなく、矢に込められた力を発動させ風を鏃の周囲に集めて暴風を造り出させる!!

 

「――ハッ! いいぜ。受けてやるから、撃ってみな。

 テメェらの力とやらがどれ程の“弱さ”か、このオレ様が試してやるよ」

 

 だが、相手の構えた武器を見てバノッサは逆に面白そうな表情になると、わざわざ相手が当てやすいよう一歩前に出てきてやって胸を晒してやる。

 それは相手の武器である弓が、ハグレ野郎の仲間になったご立派な騎士団長様の部下様が使っていたモノだったことを思い出したのが理由だった。

 

 自分がオルドレイクに唆されて領主の城を襲って奪い取ったとき、腐った領主を守ってやるため、たった二人ボッチで邪魔しに来やがった虫唾が走る騎士道ヤロウの、あんだけ嫌い抜いてた召喚術師たちの方が領主を守れると託して逃がして殿となってた、ご立派な騎士団長様のことを少しだけだが思い出してやったのだ。

 

 “ムカつく野郎だったな”と。

 

 奴らは自分が見せつけてやった、絶対的な力を見せられても尚、立ち向かってきやがったが・・・・・・コイツらには奴らと同じ事が出来るのか、と。

 王様のため、領主様のため、国のため、街のために戦ってるとかいう騎士様達に、同じ事をして同じ力を見せつけてやって、同じ道が選べるかどうかを試してやる。――そういう歪な愉悦を得るためバノッサはわざわざセルシオ達の前に当てられやすいよう出てきてやったのである。

 

 もっとも、元々が言葉不足の上に他者の理解などまったく必要としない性格の持ち主であるバノッサが、こういう時にやる行動は事情を知らない他人達から見ればキチガイとしか映りようがない凶行だったのも事実ではあり。

 

「バノッサっ!? えっ! なんで!?」

「・・・バノッサがこういう時なにを求めているのか、私にはまったく理解できません・・・っ!?」

 

 実家の秘宝として矢の威力を知るシェラは慌てふためき、矢の性能までは知らぬまでも膨大な魔力の奔流に恐れをなしたレムが青ざめた顔色でバノッサの自殺行為に絶望し。

 

 

「貴様の邪悪な性根ごと貫いてくれる!

 食らえ! このバケモノ野郎めがァァァァァァッ!!!」

 

 

 哀と怒りと憎しみに瞳を曇らせ始めていたセルシオは、構えていた弓の弦を離して矢を射法する!!

 

 ビュォォォォォォォッ!!!

 風を切り裂き、竜巻を纏わせながら、刹那の間に矢は狙い違わず飛翔する!!

 

 ―――勝った!!

 セルシオは、そう確信した瞬間だった。

 どう足掻いても、今からでは回避できる距離ではない。たとえ矢を避けられても、鏃が纏う風の竜巻に飲み込まれ、圧倒的な気流に切り刻まれて死を免れることは決してない!!

 

 それこそれが、この《突風の矢》の恐ろしさなのだ!!

 ―――さぁ、地獄の底で自らが犯した過ちと、人の心を傷つける罪深さを悔い続けるがいい―――

 

 

「どれほど怪しげな術が使えようと、いくら魔力が強かろうとも、国と民を守るため日夜訓練をこなし続けてきた我らと性根の腐った貴様では、積み上げてきた数が違・・・・・・・・え?」

 

 相手の心臓へと直撃し、弱い者たちを数を頼りに押し潰すことしかしてこなかったであろう怠惰故か、微動だにすることすら出来なかった相手の弱さを罵倒し、勝ち誇って見せたセルシオだったが―――唸る風が消え去って、森が静けさを取り戻した時。

 

 そこに立っているはずのない存在が、無傷で平然と立ち続けたまま、見下しきった瞳で自分たちを睥睨している視線と目が合った瞬間、本能的に思い知らされて黙り込む。

 

「クックック・・・たしかに大した威力だったみてェだなァ。

 すっかり、“服が汚れちまった”ぜ。ええ?」

 

 パンパンと、わざとらしく見せつけるように片手で服の汚れを払う仕草をしてやりながら嘲笑を浮かべて、心底からセルシオたちを見下すバノッサ。

 

「ば・・・馬鹿な・・・・・・なんなんだ、お前は・・・・・・?」

「ハッ! テメェらみてぇな、たった一人に頭数頼んでも女を浚うことすら出来ねェような、弱すぎる奴らに名乗ってやったところで、俺様にはなんの得もねェな。違うか?」

『ぐ・・・っ』

 

 意趣返しとばかりに、先ほど自分がシェラに向けて放った言葉を、そのまま自分たち自身に当てはめられてブーメランのように返されてしまい、悔しげに歯がみするしか他に出来ることが何もなくなってしまったエルフたち。

 

 ・・・悔しいが・・・この男は強い。強すぎる・・・!

 こんな相手に自分たちが、いったい何ができると言うのだろう・・・・・・?

 

 心に絶望と失望が降りてくる音を、セルシオたちは聞いたような気がしていた。

 ただ、今回ばかりは彼らは“運が良かった”

 

 

「本当なら、俺様の舎弟に喧嘩を売って面子に泥つけようとしやがったテメェらみてぇなザコ共は、半殺し程度じゃすまさねェところなんだがな。――まぁ、今回は特別サービスってヤツさ。

 ――無様な道化でしかねェ、自分らのマヌケっぷりに感謝しときな」

「な、なにを・・・・・・」

 

 単なる罵倒としか取りようのない、意味の分からぬ言葉に反問しようとしたセルシオの戸惑いに応えることなく、バノッサは右手を高く掲げると、心の内側から聞こえた気がした“その名”を呼んで――振り下ろすッ!!

 

 

「見せつけてやりな。コイツら全てに圧倒的な力ってものをなァ・・・・・・

 《天兵》ッ!!!」

 

 

 バノッサが右手を振り下ろしながら叫んだ瞬間。・・・・・・何事も起きなかったように見えた周囲の景色にセルシオたちは訝しがり。

 やがて―――頭上に羽ばたく“ソレ”の姿を見つけて絶句することになる・・・。

 

「て、天使・・・・・・なのか・・・?」

 

 唖然としたまま口を開け放ってセルシオは呟く。

 彼らも、そしてシェラやレムたちまでもが同じものを見上げて、同じものを見つけ出し、同じように信じられないものを見た心地で顔色を真っ青に染められながら――ソレを見つめる。

 

 ――その存在は、天使だった。

 少なくとも姿形からは、天使としか見えない存在だった。

 

 背中からは二枚の羽を生やして羽ばたかせ、純白の甲冑に身を包んだ神々しいまでの光り輝くオーラ。

 両手に一本ずつ掲げられた、どのような悪魔だろうと一刀両断で切り伏せると誓った展開の勇者が持つべき巨大な二本の大剣。

 

 だが・・・・・・その存在には顔がなかった。

 フルフェイスの兜をかぶって顔を隠し、その下にある素顔は他の者には見ることが出来ない。

 他者の目には見えぬからこそ、その兜の下に顔が有ろうと無かろうと、兜しか見えぬ者達にとっては有っても無くても同じものになる。だからこそソレに『顔は無い』

 

 その顔無しの天使はセルシオたちの頭上で羽ばたいたまま、セルシオたちを見ることは無く、見下ろしてくることも無く、ただただ遠くに視線を固定したまま不気味な沈黙を保っていたのだが―――ソレは急に始動する。

 

 セルシオ達に向かい、滞空していた位置から斜め下へと猛スピードで急降下していきながら剣を掲げ、周囲に暴風をまとわせながら突進してくる重装天使と思しき存在。

 

 ソレが自分たちの方へと迫ってきていることを自覚した時、セルシオは即座に仲間達へ向かって退避を命じたが―――遅かった。

 

「い、いかん! みんな逃げろ! アレは不味い! アレを避けなければ我々は―――う、うわぁぁぁぁぁッ!!??」

 

 シュバァァァァッ!!!!

 空気を刃で切り裂く音を響かせながら、天使はなんの慈悲も容赦も無く、ただ降下コースへと真っ直ぐ突っ込んでいって、真っ直ぐ走り抜け、軌道上に立っていた者全てを降下範囲内にいた場合には例外なく吹き飛ばして通り抜け―――やがて影一つ残さず消えていく・・・。

 

 

 あまりにも神々しく聖性に満ちあふれた、バノッサの性質とは真逆としか思えない姿形を持つ召喚獣。

 だが実際にはバノッサにとって、これほど《天使》という存在を現すものは他に無いと思えるほど好ましく感じさせられもした、《霊界サプレス》の悪魔たちしか呼べないはずの《魅魔の宝玉》から呼び出すことができた特殊な存在。

 

 

【天兵】

 

 

 それは、対悪魔用に開発された心なき天使兵器が呼び出された、異世界リィンバウムの召喚獣。

 《突風の矢》などとは比べものにならない威力の高さと、効果範囲の広さを誇りながら、狙った場所次第では通り抜ける場所にいたとしても殺さずに済ませてやれる便利な代物。

 

 少なくともバノッサはそう解釈しており、『どちらかが先に殺されて疲弊する』のを、どこかから高みの見物と洒落込んでいるだろう人物にも分かりやすく衝撃波の余波でダメージが届くように選んでやった召喚獣のチョイスだったのだが。

 

 案の定と言うべきなのか、当然のように狼狽え騒ぎながら一人の男が木々の影から奇声を上げて飛び出してくると、腰を抜かして立てなくなっているエルフ族の精鋭部隊に詰め寄り、ローブを目深にかぶった男は糾弾を開始する。

 

「お、おおお、オイ!! お前たちはエルフ族の精鋭部隊じゃなかったのか!? こ、この役立たずッ!!」

「あなたは・・・・・・セレスの護衛!?」

 

 切羽詰まった表情と口調で、エルフたちを口汚く罵り始めたローブ姿の男に見覚えがあったレムは、先日訪れてきた魔術師協会の長が連れていた二人の護衛の片割れが彼だったことを思い出し、驚いたように声を上げる。

 

「あなたが彼らを、私達にけしかけるため誑かしたのですか!?」

「ヒグッ!? い、いやボクはその・・・・・・え、エルフの王女がこの森にくると教えてやっただけで・・・」

「ではバノッサのことを、彼らが奴隷商人だと思い込んでいたのは何故ですか!? あなたがエルフの王女が森にくることを教えていたのなら、それが冒険者ギルドで依頼されたクエストのためだということも知っていたはずです!!」

「ぐ・・・う・・・・・・あ、アイツらが勝手に勘違いしただけだァッ!! 亜人は頭が悪いからなッ! ボクはなにも間違ったことを教えてなんていない!」

 

 レムの剣幕と、何より昨日今日とバノッサに見せつけられた強大すぎる力を持った未知の召喚獣の存在に恐れをなしたのか、怯えながらビクビクしながら必死に虚勢と言い訳とを保とうとしていたセレスティアの護衛ガラクだったが・・・・・・その醜態はあまりにも見苦しすぎて、逆にレムの冷静さを取り戻させる役にしか立つものでは全くなかった。

 

「そうですか・・・・・・ですが、今回の一件をセレスが聞いたらなんと言うでしょうね。

 あなたが魔術師協会の名前を騙り、あまつさえ私たちを罠にはめるため利用したと知ったら・・・・・・」

「ヒッう!? そ、それは・・・・・・それはぁ・・・・・・ッ!!!」

 

 あまりにも危うい賭けを渡りすぎてしまっていた自分の行動を冷静に指摘され、ガラクは切羽詰まった表情から追い詰められた顔色へと変色させていき、やがて何かから逃げ出すように。ナニカに縋り付くためのように。

 

「ぼ、ボクは・・・僕はぁ・・・・・・!! ボクは間違っていなぁぁぁぁぁッい!!!!」

 

 そう叫んで脱兎のごとく後ろを向いて逃げ出していき、途中で足をつまずかせて転びながら、再び起き上がって逃げ出す先でまた転ぶ無様な醜態を晒しまくっていたのだが。

 

 既にバノッサの視界にガラクは入っておらず、出会ってから一度たりとも入れてやった経験は一度もなかった。

 

「――だ、そうだぜ? あんなのに騙されて利用されてた、頭の悪い奴隷商人さんたちよォ。なかなかアイツもいいこと言うじゃねぇか。お前もそう思うだろ? ええ? 誇り高き耳長野郎さま」

『ぐっ、ぐぬぬぅぅぅぅ・・・・・・ッ!!!』

 

 体よく、騎士道ゴッコでしかなかったエルフたちを馬鹿にする口実に利用され、発言者本人の逃げる姿には一顧だにせず気にもしていない。

 どこまで行ってもバノッサにとってガラクという人物は、『クサクサした気分をスッキリさせたい時に丁度いい八つ当たり道具』としか思っておらず、自分の都合で勝手に絡んできて気楽にぶっ倒せてくれる便利なサンドバック以上のものでは全くなかったのだった。

 

 そんなバノッサに言い負かされまくっても唸ることしか出来ない、怒り心頭の負け犬集団になりかかっている同族達に「まぁまぁバノッサその辺で」と仲裁役を買って出た上で「コホン」と一つ息を吐き。

 

 シェラは改めて、自分の故郷から自分を迎えに来てくれた忠誠心篤い精鋭達に、自分の想いを伝えて家族に判ってもらうために、『王女からの言伝を預かった使者』としての使命と役目を彼らに与える。

 

 

「兄さんに伝えてくれる。“私は絶対に戻らない”って。

 私は兄さんの“物”じゃなくて、今はバノッサとレムの仲間なんだからッ」

 

 

 満面の笑顔で言い切られ、セルシオたちもこの期に及んで力ずくでの帰還を続行しようと思うほど頑迷な若者達ではなく、王女殿下の前に全員が跪いて王家の命を恭しく拝領して国へ戻る意志を宣言。

 

 これにより、今回の一件は完全に落着を見たのだ。

 少なくとも、現時点における今回の一件にまつわる出来事は完全に。

 

 ――まぁ、もっとも。

 

 

「さぁ、レム。帰ろ帰ろ! お腹減っちゃった♪」

「まったく・・・・・・いつ私が、あなたの仲間になったのですか?」

「え!? 違うの!? さっき私のこと気に入ったって言ったのに! 

 アッレ~? もしかして照れてる~? 頬赤くな~い♪」

「なっ!? け、“決意は嫌いでない”と言っただけなのを、あなたが勝手に勘違いしただけです! 無駄肉エルフの亜人は頭が悪いんですよ! この馬鹿シェラ!!」

「ヒドいッ!? ガラクさんがセルシオたちに言ったのより、もっとヒドいこと言われてる風に改造されちゃってない!? その罵倒って、痛いッ!?」

 

 

「おい、ガキ。なに粋がって俺様を仲間扱いしてやがる。テメェは俺様の手下だろうが。

 自分一人守ることすらできねぇ弱ェ奴が、思い上がってんじゃねぇよ。この胸だけ野郎」

 

「ヒドい! ヒドすぎる!? バノッサが一番言ってることがヒドすぎる!?

 少しぐらい私にも優しくしてくれるようになってよ~ッ!?」

 

 

 

 成り行きで行動を共にするようになっただけの互いに違いすぎる者たちが、一つの集団になっていける道のりが遠いことは、《名も無き異世界》から《異世界リィンバウム》に召喚されたハグレ野郎も、《異世界リィンバウム》から《名も知らぬ異世界》に召喚された魔王の依り代の出来損ないでしかないバノッサも、変わることは出来ないようだ。

 

 

つづく



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この乙女ゲー世界は、女子でも引きます 4章

年明けまでに今年最後の一本を!…と気合入れて書いてたところ、寝オチしました。
今さっき目覚めたので投稿しました。
今作しか時間内に完成できそうなのなかったんです! そして出来ませんでした…。タイムアタックは難しい…。


 姉君くんが快く協力してくれたことで得られたアドバイスによって、ゲーム原作の主人公オリヴィア女史がクラス一の実力者から庇護を受けられるようになり(当然ながらアンジェリカ女史。お約束だな)

 なにやらオモシロ――もとい兄君くん的には望んでいなかった、巻き込まれ主人公ルートへと進み始めた気配をビンビン感じ始めてきた数日後のこと。

 

 私たちバルトファルド兄妹+オリヴィア女史を含めた一年生達は、授業の一環としての『ダンジョン探索』へと赴き、一緒にパーティーを組んでダンまちする運びとなっていた。

 

 

「えぇ~い! ダニエルとレイモンドめぇ・・・・・・探索授業をサボりやがってッ! そのせいで、このパーティかよ! 目立ちまくりじゃねぇか!!」

「平民出身の特待生にくわえて、実績ある冒険者で成り上がりの成金ポッと出男爵と妹という組み合わせだからね。

 これで年齢と性別が逆なら、我々の方こそ嫌味な金持ちパーティーになりかねん」

「いや、言うなよ!? 兄がせっかく敢えて口にしなかった設定だけで考えた場合の俺たちのポジションと状況を、敢えて口に出して自覚させてんじゃねぇよ愚妹ィッ!」

 

 立て板に水のツッコミを入れてくれる兄君くんも、現在の自分たちが置かれている状況と立場を正しく理解してもらえているようで何よりだった。まさに、貴族ばかりな学園内における嫌われ者ポジション全員集合という訳だ。

 

 もっとも、レイモンドくんたちが病欠とか家族の不幸とか、よくある理由を色々使って授業をサボった理由はヘイトに巻き込まれたくなかった、というだけでもないようではあるのが今回の授業の参加メンバーでもあるのだが――。

 

 

「マリエ、初めての探索授業だが怖くはないか?」

「は、はい殿下。私は殿下と一緒にいさせて頂けるだけで・・・♪」

「ふふ、マリエさん。殿下がお困りのときには私を頼っていただいても大丈夫ですからね?」

「ハッ! マリエにとってはモンスターより殿下を心配した方がいいんじゃないか? 王宮育ちは手が早くっていけねぇや」

「今は学生で対等な立場だからな。学園にまで外の関係を持ち込む男に引っかかってしまうと、苦労するぞマリエ?」

 

『『『ははははははははッ☆☆』』』

 

 

 ・・・・・・見事なまでに、原作イベント攻略キャラクター全員集合クエスト状態だからなぁー。まったく、引き立て役で舞台装置のモブ女キャラとしては居心地が悪い悪い。

 

 人数的に一年生全員を同時にダンジョン内へぶち込んでは、探索どころか渋滞しないための交通整理授業になってしまうため、ある程度バラけて行わざるを得ないのが大人数参加での屋内授業というのは現実でも乙女ゲー世界でも変わることなき学校運営の限界。

 

「しかも、俺たち以外の同じ組に割り振られてた男連中って、例の攻略対象たちだし・・・・・・これだとフラグ立っちまいそうなメンバーじゃねぇか!」

「あそこだけ空気と空間が違うからなぁ・・・・・・。

 ダンジョン内なのにキラキラして見えるって、美形の王子様キャラというのは光の精霊の加護を得やすい設定の意味が違うような気がするのだが・・・」

「ご、ごめんなさい・・・皆さんが、どうしても参加して欲しいって・・・・・・。

 ところで、“ふらぐ”って何ですか? リオンさん」

 

 バックとして背景に、トーンでも張ってある幻覚に私までゲンナリさせられるほど、「貴族~☆」って感じの雰囲気を発散させまくった姿で一カ所に集まって集合している攻略対象の王子様パーティーの面々たち。

 もはや見た感じの装備からして我々、他の貴族出身クラスメイトを含むモブキャラたちとは異なっていて、なんというか・・・・・・凄まじく派手だ。

 

 そのままダンスパーティーに移行しても違和感ないくらいに填まりまくってる程なのだが、ダンジョンという場所柄にはビックリするほど合っていない。場違いにも程があるキラキラ空間を形成してしまっている。

 

 ・・・って言うか、真面目に探索する気あるんだろうか? ダンジョンだぞ? ダンジョン。

 ダンジョンに出会いを求めるのはゲーマーとして間違っているとは思わないが、ダンジョンにフラグを求めて立てにくるイケメン男子が現実になった世界では、ムカつくだけだから間違っていると断言したい。

 

「ご、ごめんなさいすいません・・・・・・なんだかクラスの皆さんが殿下たちにも、どうしても参加してほしいって・・・」

「くッ、女子は王子たちの誰かが目当てで、男どもは王子目当ての女子を狙っての共謀か――それに」

 

 呻くように兄君くんが、正しいものの見方でクラスメイトたちの人選理由を看破して、「チラッ」と後ろを振り向くと。

 そこには王子たちを誘ったクラスメイトの男子女子たちが、表面的な社交辞令の笑みを浮かべながら「にこり」「ニッコリ」と笑い返してきてくれたのだけれども。

 

 

『――アイツら俺らの先に行かせちまおうぜ~』

『危ないところは私たちの代わりに任せればいいわ~』

『実績のある冒険者と、特待生だしねぇ~。それぐらい出来て当然でしょ』

 

『『『ひゃっはっはっはァッ★★★』』』

 

 

 ・・・・・・テロップで心の声を地の文で表示してるシーンだった場合は、こういう風に描写されてたこと請け合いなの丸わかり過ぎな状況だからなぁー。

 ゲームに慣れたゲーム脳の自覚ある脳内では、ボイス有りで再生可能なクオリティを誇っているレベルだよ。

 音声エンジン半端ないね、この授業クエストは本当に。

 

「アイツらにとって、俺らは都合のいい護衛――いや、肉壁といった認識しか持ってねぇだろうからな・・・・・・生け贄役に巻き込まれるのから逃げたダニエルとレイモンドの気持ちも分からなくもないのが、イヤすぎる程に・・・」

「ひ、ヒィィっ!? み、皆さん笑顔なのになんとなく怖い気がしますぅッ!!」

 

 兄君くんにも当然のようにクラスメイトたちからの悪意、あるいは作為とか侮蔑とかのドス黒い感情と本音は見聞きすることが出来てるらしく、実際に聞いたわけでもないのに兄妹共々以心伝心。

 軟弱そうで私好みの主人公ではない、お人好しなオリヴィア女史まで怯えたようにいうのだから間違いはない。

 

 もしも間違えてる部分があるとしたら、恐らくそれは―――

 

「いや、多分だが我々を抹殺したがってるんじゃないかな? 彼らのような場合的には。

 生まれの爵位では自分たちの方が遙か上なのに、実力実績では格下より圧倒的に弱くて勝てないという状況は、嫉妬と僻みとコンプレックス待ったなしの立場だろうからな。

 学園内では身分関係なく学生同士対等に、と来れば尚更に。モンスターに襲われて殺されただけなら、罪に問われるのは学園側と、黒髪ポニーテール眼鏡の巨乳先生だけだし」

「お前、なぁ・・・・・・。ハッキリ言うなよ、そういうことは・・・余計にやる気出なくなるだけなんだから・・・。

 あと、先生をそういう目で見るのは辞めてやりなさい。俺が意識しちまって困る羽目になるじゃねぇか」

 

 私の評価に、敢えて視線を逸らしていたらしい兄君くんが、探索授業を担当する若き女性ティーチャーの姿へとチラッチラッと目が行くようになってしまって、オリヴィアくんが「う~・・・」と不機嫌そうに頬を膨らませるのを見物――もとい、穏やかな心地にさせられながら和まされ。

 

「まぁいいじゃないか。本人たちが我々の後から来たいというなら叶えてあげよう。

 ――出し抜いて手柄を独り占めする手間が省けて、正直ありがたいぐらいなのだし。

 美味しいところは玄人である私たちが全部手に入れまくって、残りカスだけ素人連中に押しつけるため全力を尽くそう。なに、相手から求めてきた配置なのだし遠慮は必要ないだろう」

「・・・たまにだけど、お前と俺に同じ血が流れてることを強く感じさせられた時って、お前との兄妹の縁を切りたくなる時でもあるんだよな。どう思うよ? 切っていいと思うか? 愚昧の山田さんよ」

「はっはっは、兄君くんはほんとーにジョークが好きな人だなぁ、本当にハッハッハッハ~。そして、その名字はいただけないと言っているだろう?ハッハッハ」

 

 と笑いながら、徐々に徐々に距離だけは取っておきながら安全を確保しつつ。

 さて、そろそろ担任の先生からの説明と注意事項のお伝えがあるかなと思っていた所で、

 

 

「いい加減にしろ! お前と殿下では身分が違うッ!!」

 

 

 と、聞き覚えのある声とセリフが鼓膜をたたき。

 私たちだけでなく、そのダンジョン入り口の大広間に集まっていた生徒たち全員の視線が一カ所に向けて集中させられることになる。

 

「アンジェリカ、よせ!」

「殿下・・・っ! この者のワガママをお許しになるのですかっ!?」

 

 例によって例のごとく、原作ヒロインならぬ原作攻略対象のメイン王子であるユリウスと、悪役令嬢キャラのアンジェリカ君。

 そして、『マリエ』というキャラ名らしい見覚えのない半端なオリキャラっぽい女子生徒の三人がまたしても三角関係の修羅場を演じ始めていた。

 

「わ、私・・・・・・殿下と一緒がいいと思っただけで・・・迷惑なら断っていただいても・・・」

「マリエ、もともと俺もお前と一緒の班になるつもりでいた。迷惑なんて思っていないさ」

「クッ・・・! また、そのような態度で殿下をたぶらかして・・・ッ」

 

 そして相変わらず、女同士の諍いに割って入りたがる王子キャラ君と、「相手と違って謙虚な女アピール」しながら、相手の腕を取って自分の小さな胸元に押し当てている、スタイルの伴わないハニートラップキャラの合法ロリなマリエくん。

 

 ふむ・・・もしかして一応アレでも自信はあるタイプだったりするんだろうか・・・?

 いや、最近だとロリのお色気誘惑キャラというのも需要は高いようだし、ソッチ系の推しで行く方針という可能性も・・・・・・

 

 そんな下世話な妄想をするため同級生を使いながら、他人事故の無責任思考でテキトーにオカズになりそうな属性を脳内マリエくんと王子キャラ君とに当てはめようか考え始めていたところで、兄君くんとオリヴィエくんによる『半端オリキャラ女子』に関する遣り取りが耳に入ってくるのが聞こえてきた。

 

「なぁ、オリヴィアさん。あの“マリエ”って子の事なんか知ってる?」

「え? あ、はい・・・一応は。貧乏な子爵家の娘だという話を聞いています。

 ・・・それと、最近は私よりイジメが激しくなってて、ちょっと気になっていて・・・」

「ふぅーん・・・・・・?」

 

 ――との事だった。

 まぁ、学生の間は身分関係ないという建前のある学校に入学して、王子様と同級生になった女子たちとしては『玉の輿』を狙って取り入りたがる者が多いのは当然のことだし、それに成功した同胞は『裏切り者』としか思われないのも、同窓生の女子としては至極当然の反感だからな。それほど不思議な話でもあるまい。

 

 とは言え、あの「マリエ」というオリキャラ女子の場合は、それだけとも言い切れないのが現状でもあるようだが・・・・・・

 

『――婚約者の前で擦りよるなんて、ヤバくない?』

『あの子、他の男子とも仲良くしてたよね?』

『うわ~、サイアクー。信じらんな~い』

 

 周囲に意識を散らしてみただけで、そこかしこから聞こえてくる聞こえよがしな陰口の数々オンパレード。

 オリヴィアくんの話では、最近では王子たちの見ていない所だと、これがイジメにまで発展しているそうではあるが、そんな状況下にいたってなお平然と人前で擦りよって見せている辺り、本人自身の性格もかなり悪いか、もしくは嫌われる行動を取りたがるタイプということなのだろう。

 

 おそらくは、今回のこれも計算。

 悪役令嬢で婚約者であるアンジェリカくんに当てつけているように見せかけているが、実際に見せつけたいのは他の自分を嫌っている女子生徒たちの方で、陰口を言わせて聞かせたがっているのは最高権力者の御子息たちである攻略対象の王子たち。・・・・・・そんな所か。

 なかなかに、あざとい年下後輩キャラが板についているようで。

 

「止めろッ!!」

『――っ!!』

「マリエのことを悪く言うのは俺が許さん!」

 彼女がなにか違反行為を犯した訳でもないというのに、恥を知れ!!」

『・・・・・・・・・』

 

 そしてまぁ、こういう場面での王子系キャラらしく周囲の有象無象を一喝する王子キャラくん。

 さらに続けて新たに参戦したがりに来るのも、いつも通りな面々。

 

「アンジェリカさん。あまり殿下を困らせないでいただきたい」

「学園にまで外の関係を持ち込むなよ。イライラするぜ」

「わ、私はただ、殿下のためを思って・・・・・・」

 

 王子様の愉快な友達パーティーである大貴族子息の攻略対象たちまで、マリエくんの側に回られてしまっては、如何な大貴族令嬢と言えども悪役令嬢に太刀打ちできるはずもなし。

 所詮、ヴィランという悪役の名を割り当てられている時点で、正義に破れること前提な出来レースの当て馬にしかなれない運命を彼女も与えられてしまっている一人ではある。と言うことなのだろう、きっと。

 

「――行こう、マリエ」

「は、はい・・・・・・フフフ」

 

「女が強い世界だけど、アイツラだけは特別か・・・」

 

 その光景を見ていた兄君くんが、オリヴィアくんに聞こえないよう小声で呟いているのが耳に入り、私も万感の思いを込めて頷きつつ。

 

「しかしユリウスはともかく、あのロン毛。陰口を叩いていた周囲の女子たちには、なにも言わなかったのだな。人気落ちるのがイヤだったのか?」

「・・・ありえそうだな。アイツラの場合」

「あと、できれば学園内の痴話喧嘩をダンジョンにまで持ち込まないで欲しいのだがね。

 実在しない男女との恋愛経験=年齢の身としては、そういうのに興味薄くても流石に寂しくなるってんだよセニョール」

「・・・ありえそうだから、ビックリするぐらい寂しくなるリアルトークを乙女ゲー世界でするんじゃねぇ。俺まで色々思い出して死にたくなっちまいかねん。

 ってゆーか、お前のソレ系話は怖いっつーより悲しいから止めろっつってんだろーが!!」

 

「はいはい、そこの皆さんも騒ぐのはそれぐらいにして探索授業を始めてください。

 これまで学んだ魔法や戦い方を実践するため、学校外のダンジョンで行う授業中ですので多少は目を瞑りますけど、油断するほどなのはダメですよ?

 地下三階まで進んで鉱石を採取してくるのが目的ですけど、モンスターも出るんですから気をつけてくださいね?」

 

『『『は~~~い』』』

 

 

 と、先生からの号令にダラケきったテキトー返事を返して出発する、ファンタジー世界生まれ育ち現地人のクラスメイトな貴族出身者の同級生たち。

 何というか、あのイロイロ地雷臭に塗れていた乙女ゲー世界のガチモブキャラ達らしい反応だった。

 ゲームが現実になった世界の住人達とは言っても、元が“あの”乙女ゲー世界では住人達もそんなものという事なのだろう。多分だが。

 

 

 

 

 

 そして授業のダンジョン探索を開始。

 言うまでもなく簡単に、鉱石が採取できる地下3階までアッサリ到着。

 すでに実績ある冒険者兄妹の私たち2人にとっては、高校入学して初めてのダンジョン授業は中学生向けの難易度である。

 

「うんしょ、うんしょ――えいッ! やった!

 リオンさん、レインさん! やりました! うまく掘り出せましたよー♪」

「おめでとう~、この質なら100ディアは確実だねぇ」

「うむ。初心者にしてはなかなか筋が良い。

 あと、買い取り金を上げたいときには、上目遣いで相手の手を握って頬に当てながらオ・ネ・ガ・イとかすると、中年の男性店主の店とかでなら200ディアぐらいは値上げしてくれる――」

「おい止めろ愚昧。オリヴィアさんが本気でやろうか迷いだしてそうな目になっちまってきてるからマジで止めろマジで! 本当に!!」

 

 

 そういう些細なアクシデントはありながらも、無事に何事もなくダンジョンの奥深くへと潜ってくることができた私たちのパーティー。

 何故だかダンジョンの中では色々なイベントが起きるものである、不思議だな。ここは入る度に構造が変わる不思議なダンジョンではないはずなのだが。

 

「そう言えば、まだ後続の皆さん来ないですね・・・・・・どうしたんでしょう? 少しだけ心配です」

「まっ、当然だろうな。俺たちは所詮、肉壁でしかないだろうし。手柄だけ横取りする気で、後からゆっくり来るつもりなんじゃねーの?」

「まったくまったく。もっとも、来た道の途中にあっためぼしい物は残らず頂いてきたし、脇道に逸れた先には怪しげなトラップや動く気配があったので入らない方がよいと思うが・・・・・・まぁそこら辺は自己責任だからな。せいぜい得するため頑張ってもらおう」

「お前のジョブは盗賊かなにかか? 抜け目なさ過ぎるにも程があるだろ。俺でさえ全然気づかな――おっと」

 

 私の戯れ言にいちいち付き合ってくれる律儀さを発揮してくれていた兄君くんだったが、途中で声質が変わって表情も態度もシリアスな緊急事態モードに変化。

 当然それは私も変わらない。

 オリヴィアくんを最後衛において、前衛の兄君くんと中間の私という配置で構えを取る。

 

 戦闘準備が完了するかしないかのタイミングで、鼓膜に響くイヤな音が耳を叩いてきて、入室しようとしたばかりの部屋の各所からワラワラと、見覚えのありすぎる者どもの群れがPOPして登場。

 

 所謂アレだ。

 ――モンスターが現れた!! というヤツだ!

 

「も、モンスター!? しかも、こんなに沢山・・・っ! すぐに他の皆さんの助けを・・・!」

「無駄だよ。もともと俺らを盾にして、使い潰すつもりだろうし。それどころかコイツの言うとおりなら、俺らとアイツらが相打ちで倒れて消耗させてくれたら万々歳ってところか」

「だね。むしろ下手に助けを求めてしまえば、ギリギリの位置まできて助けに入らず、全滅するのを待って敵だけ殲滅。私たちが逃げる退路だけ塞がれる、という事態になりかねん」

「そ、そんな・・・!? そんな事って!?」

 

 こういう事態に慣れがないオリヴィアくんが悲痛な叫び声を上げてくれるが、冒険者として暮らし始めてそれなりに経つ私たち兄妹にとっては然程不思議な話でもない。

 もとより冒険者などという職業は、自己責任が基本なわけだしな。

 

「この国の貴族達も元は冒険者として名を上げて、その功績から貴族の地位を与えられたという設定になっているそうではあるが・・・・・・。

 まっ、そういうタイプは代を重ねて、先祖の威光を笠に着て威張り散らすだけな不肖の子孫になるのが典型だからな。致し方あるまいよ」

「まったくな。先祖ならともかく、ボンボンに成り下がった子孫の方はクタバレって感じだよな。――レイン、最初は手を出すなよ。アレを試したい」

「ん? ・・・ああ、アレか。了解したよ。では危なくなったら手を貸すに留めよう」

 

 応えて、一歩後ろに退く。

 この前、ルクシオン君に命じて造ってもらっていた剣の切れ味を試すであることを察したからだ。

 登場してきたモンスターたち自体が、私たちにとっては見慣れた序盤ダンジョンで立ちはだかってきてた敵キャラの種類で、それなり以上の数と戦って倒してきた実績がある相手だったからこそ手の内も熟知しており、大丈夫だと分かっていたからこそ委ねて問題ないと判断した訳であるが、オリヴィアくんにとっては初の実戦。初めての兄君くんとの共同ダンジョン探索作業だ。

 

 当然ながら兄君くんのステータスなど彼女が知るよしもないし、見た目は普通の剣に偽装しているルクシオンくん製ソードの性能に至っては想像の埒外でもある。

 

 私の行動を見て、「ええッ!? レインさんなんで・・・っ、リオンさん危なーい!!」と。

 王道ヒロイン発言と展開をガチで演じてしまっても特に不思議はなかった訳でもあるのだが。それで結果が変わるという訳でもなく。

 

 

「つあぁぁぁぁッ!! これでラスト―――ッ!!!」

 

 スブシュゥゥ!! ズボンッ!!

 普通に兄君くんが圧勝して終わりである。

 

 

 

 

 

 

 

「つ、強いんですね。リオンさんって」

「まっ、実家にいたときは鍛えてたし。もっとエゲツないのと戦ったこともあるからねぇ」

 

 剣を鞘に収めながら、刃毀れもせずに血糊もつかない高性能っぷりに満足もしていた俺は、オリヴィアさんから驚きながらの褒め言葉を言われて、満更ではない気分にはなりながらも微妙な心地にもさせられてしまって半端な気分を抱いてもいた。

 

 ・・・なにしろ、この場面では本来オリヴィアさんが選んだ攻略対象の好感度アップがはかれるイベントだったはずだ。

 だが現実には、彼女と王子達との接点は未だあんまり得られたようには思えず、今回の一件でも俺に対する好感度が上がってしまった感さえある始末。

 

 正直、これ以上オリヴィアさんと仲良くなるのはマズいと、俺は感じ始めざるをえなかった。

 彼女は王子達の誰かと結ばれる運命にあり、そうなるのがゲームのシナリオとしても正しい。

 たとえこの世界が、あのフワッとした乙女ゲーが現実になった世界だろうと、ゲーム世界はゲーム世界。俺みたいなモブキャラと主人公じゃ釣り合わないにも程があるし、俺自身も攻略対象のイケメンなんて柄でもない。

 

 そろそろ何とかしないといけない―――そんなことを考えてしまっていたからだろう。

 

「――っ!! 兄君くん! 上ッ!!」

「はっ!? やべッ!!」

「きゃあああッ!?」

 

 周囲を警戒していて振り返ったレインの叫びに、反応するのが一瞬遅れた!!

 

 キィィィィィッ!!!

 

 天井にへばりついてやがった猿タイプのモンスターが、オリヴィアさんに真上からの奇襲をかけてきやがった!!

 今からだと、剣を抜いても間に合わない! 刃渡りが長すぎる! クソッ!

 こんな事やって好感度上がってくれるなよ本当に!

 

 キィィィィアブシュウ!!!

 

「くぅっ!?」

「リオンさん!? 腕を・・・っ!?」

 

 大口開けてオリヴィアさんに噛みつく寸前だったソイツの眼前に、自分の右手を突き出してやって、目先の欲望に弱いモンスターの攻撃を俺に誘導!

 痛ぇっ!? ガブリと噛まれて牙が肉に食い込むのを実感したが、痛がってられる余裕はない!

 右手が使えなけりゃ、左手で短剣を抜いてブッ刺すしかない!

 

「こんのぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 キィィィアアアアアッ!?

 ズバシュゥゥゥゥッ!!!

 

 

 案の定、噛みつきが最大の武器だったらしいソイツは、噛みついてる間は自分も獲物から離れられなくなってしまい、俺が引き抜いた短剣の一撃を回避する術はソイツにも存在しなかった。

 

「はぁ・・・・・・ったく、脅かしやがって・・・」

 

 灰と結晶体の破片になって消滅していく猿ヤロウ・・・・・・だが・・・・・・

 

 キィィィィィィィィィィッ!!!!!

 

「ご、ごめんなさい・・・・・・私を庇って・・・っ!? り、リオンさん! アレを!?」

「なにッ!? チィッ! まだこんなにいやがったのか・・・っ」

 

 猿モンスターの叫びが呼び寄せたのか、先程倒しまくったアリ型のモンスターの群れが、また数を増して援軍に来やがった!

 右手が無事なら、さっきと同じ対応すりゃいいだけなんだが、今の状態でオリヴィアさんも守りながらだと流石にキツい! どうする・・・!?

 

 そう思って、冷や汗が垂れるのを自覚させられる―――その時だった。

 

 

「待たせたなッ! あとは俺たちに任せろッ!!」

 

 

 ・・・・・・如何にもな正義の王子様っぽいタイミングで、如何にも正義の王子様キャラっぽい連中が、如何にもな正義の王子様戦隊みたいなポーズまで決めながら助けに来てくれやがったのは、今更なこの状況に陥ってからのことだった。

 

 ケッ! ケッ! 美味しいとこだけ持って行きやがってヌケヌケと言いやがって。

 俺は、敵の出方探るため先に突入させられた当て馬ですか、カナリアですか、そうですか。ケーッ! ケーッッ! ケェェェェッだ!!!

 

「マリエ、怖くないか? 俺の側から離れるんじゃないぞ」

「はい、殿下・・・♪ 大丈夫ですっ」

 

 しかもダンジョン最深部で、他人のピンチ救いに来てまでラブロマンスしやがり始めるし!

 なんか、どこからともなく格好良い音楽聞こえてきそうな幻聴が鳴ってる気さえするし!

 なにコイツら、音楽の神様にでも愛されてる訳? それとも王子様特権で楽団引き連れたままダンジョン探索しにきやがってたの? ケー!ケー! 金持ちのボンボン、けーっ!!

 

 

「はっ! マリエより殿下の方が心配だぜ。王宮育ちは貧弱だからなぁ」

「おい、殿下に対して無礼だぞ」

「今は学生、対等な立場ですよ」

「フフ、この手の男に嫁ぐと苦労するぞ。マリエ」

 

 

 挙げ句、なんかお供の犬、猿、キジみたいな仲間パーティー達まで、なんか言ってきやがってるし!

 って言うか、多いんだよテメェらのパーティーはさ! こっちは妹入れても3人で先に到着してんだぞ! それを大人数でズラズラ連れ立ってきといて今更到着して偉そうとか、ほんとコイツら何様だよ!

 多いから遅ぇんだよ! 少しは減らしてシェイクアップしやがれってんだ!

 連れションしに来る所じゃねーんだよ、ダンジョンって場所はさぁ!!

 

 キィィィィッ!!!

 

「ああっ!? は、早く殿下に援護をっ!」

 

 そして、王子達の後ろから悪役令嬢パーティーまで到着してたのかよ!? コイツらはゴキブリホイホイかなにかか!

 

 そして!! 王子どもの登場によって、俺が半ば一人だけで倒し終えていたモンスターどもとの戦闘は!!

 

「落ち着いてください、アンジェリカさん。殿下は決して弱くないで――」

 

 

 

「《アイス・アロー・レイン》」

 

 

 シュパン!!

 ズバババババババババババッ!!!!!

 バシュン!バシュン!バシュンバシュン!バババシュン!!!

 

 

『『『あ――――』』』

 

 

 ・・・・・・基本的に魔術師系で、支援向きになるよう役割分担してダンジョン探索し続けてきた妹ってことになってるヤツの範囲攻撃魔法一発だけで全滅できちまって、王子達の出番必要なかったわ。

 

「いや、申し訳ないが王子殿。兄君くんがピンチそうな状況だったので、戦闘中に突っ立ったまま仲間内でのダベリに時間を取られても困るため片付けさせていただいた次第。

 無礼とは思ったのですが、同じ学生身分ってことで許してくださいませ♪ テヘペロ☆」

 

『『『・・・・・・・・・』』』

 

 まぁ、色々と台無しな終わり方になっちまったが・・・・・・とりあえずレイン。

 ――よくやった~♪ お前は本当に良くできた妹だぁ~~♡ グッジョーブ☆

 

 

 

 つくづくクズですね、マスター。byルクシオン

 

 

 

つづく



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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第22章

『魔王様、リトライ』の脳筋エルフ魔王バージョン最新話です。
色んな作品を同時進行で少しずつ進めてったら、結果として何故かコレが出来たので更新しました。
なぜ他のより先に今作だったかは自分でもよく分かりません。主人公と相性いいのかな…?


「ここが神都ですかぁ~。ブルオミシェイスと違って大きくて豪勢ですねぇー、b~yイヴァリース」

「??? どこのことよ、その名前の神都って。なんかエレガントな響きなんだけど」

「いえ、こちら側の話ッス」

 

 私は生まれて初めてリアルで見たファンタジー世界の大都市の景観に感心しつつ、ルナさんからのツッコミ指摘を小粋なゲームジョークで誤魔化しつつ。

 

 FFⅫ版イヴァリース世界で、万民平等の思想を説きながらも権力者と敵対するのを避けるため宗教組織を辞めて個人の修練推奨オンリーに方針転換してたラビの村以下の信仰の都を思いだし、頭の中で比較しながら比べものになるかなぁ~とも思ってしまう。そんな心境。

 それぐっらいにデカくて豪勢ですからなぁ~、この天使信仰の国の首都さんは。街の周囲は城壁で囲われていて、大きな堀には満々と水が湛えられ、ルナさんから聞くところだと大通りには噴水まであるのだそうな。

 堀とか水なんて日本で生きてると珍しくもなさそうですけど、この異世界では雨が少ないそうで、希少な水の価値が桁違いなのだそうな。

 

「す、凄いですね! 僕も神都は初めて見るんです! こんなに綺麗で大きな都市だったなんて・・・!!」

「ふふん♪ アク、あそこに見える聖城が私の家なのよ!」

「ええ!? あんなに大きなお城が家だなんて! やっぱり聖女様は凄いです!!」

「オーッホッホッホ♪ そうでしょうそうでしょう、もっと褒めなさい! 賞賛しなさい! 私は凄いんだから、あなたは本当に素直でいい子ねアク~♡♡」

 

 と、私の横では聖女様が、幼くて純粋なお子様少女を悪質に洗脳してらっしゃるのを聞き流しながら。

 外面は綺麗でエレガントでも、中身はこんななのがこの国の支配者であり実態なんだろうなーとか肩をすくめる私たち魔王コンビな自分と暗黒聖女なフィラーンさんの二人組。

 

 ってゆーか、お城を『家』て。

 彼女の身分的に間違った表現ではないのでしょうけど、な~んか庶民的な言い方する時ありますよね。この自称エレガントな聖女様は。存外に貧乏人出身で、能力の高さだけで出世した成り上がりエリートだったりするのかな?

 『私は偉くなって出世して金持ちになったら、毎日キャビア食べてやる!』とか言ってた子供時代を過ごしてた気がしますよね。フォアグラでもいいですけど、ステーキでも。

 

「フフフ・・・そうよ! 私こそが最高の聖女――いずれ、この国を統べる者よっ!!」

「それは素晴らしい夢ですね。ではまず、政治と統治のお勉強からはじめましょうか? 国家運営は領地経営より遙かに難しくて覚えること超多いですので、苦手不得意関係なく勉強しまくらないと無理ですので頑張ってください。

 聖光国の政治すべてを統べる者になる聖女ルナさん」

「・・・・・・と、当然よ! そういう勉強もいずれは学んで姉様たちを超えるつもりなんだから!

 でも今はまだ姉様たちに国のトップは預けておいてあげる! 主演女優が登場するのは大一番の時と決まってるんだから、オ、オホホホホ~・・・・・・」

 

 というノリと流れで、「明日できる努力は今日しない道」を選ばれる未来の国を統べる者になる聖女王のルナさん。前途多難そうで何よりですな。

 まっ、それはそれとして。

 

「ではお二人とも、打ち合わせ通り私たちはここで。あとで神都に入ってから合流するとしましょう。ルナさん、アクさんのことは宜しく頼みましたよ?」

「え? あぁ、そう言えばアンタたちは別件があるからって、私たちとは別々に入るんだったわね。でもいいの? 私と一緒なら下僕ってことで顔パスで入れるのに・・・」

「気持ちだけ受け取っておきましょう。では、また」

 

 そう言って、社交辞令だけ言い残して列を外れて、サッサと脇道に入って城壁の横側へと回り込む私と暗黒聖女のフィラーンさん。

 列から大分離れて、相手の姿が見えなくなったことを見計らい、

 

「ひょい、っと」

 

 軽く城壁の上まで目指して、チート転移者or転生者のステータス使って大ジャンプ。ちょっとだけ高さ足りなかったので、壁に足をつけて駆け上がる閃乱カグラ走りで不足分を補って城壁上に到着。

 そして着いた直後にアイ・キャン・フライ。地面にシュタッと着地。フィラーンさんも続いて到着。

 

「よし、密入国完了です。あれだけ外からの出入りチェックが厳しいのですから、入ってしまいさえすれば後はどーとでもなるでしょう」

「そうねマスター。関所破りとか国境突破とか相手国への不法侵入なんていうのは、冒険者にとって日常茶飯事だもの。美女の魅力知的にも問題0の行為だわ」

 

 アッサリと、門番さんたちの仕事を無にして聖なる都の中への不法侵入に成功する私たち見た目だけ美少女の魔王コンビたち。

 ですが元々、この国にいきなり飛ばされてきてる時点で密入国してる立場の私たちにとっては今更ですので気にしませんとも。フィラーンさんの元ネタの人たちは身分詐称とか王城内への潜入とか幹部人質にとって誘拐とか犯罪行為のオンパレードやってた冒険者パーティーだったので尚更というもの。

 

「しょせん魔王にとって、人間国家の法律など守るだけ無意味というもの・・・・・・さっさとアクさんたちと合流して目的を達成しに行くと参りましょう。では、行きますよフィラーンさん。付いてきなさい! 我が覇道の始まりの地へ!!」

「は~い♪ ノリノリで楽しんでるマスターに野暮なツッコミ入れない私は良い女の子♡ 魅力値MAXは許されざる大罪以上の罪・・・ああ☆」

 

 まぁ、そんなノリでいつもの如くいつもの様に、聖光国の中心にある首都『神都』へとやってきた私たちケンカ馬鹿エルフご一行。

 こんな姦しいだけの私たち、肉体的には女の子パーティーが神都までやってきた理由と目的はただ一つ・・・・・・

 

 

「では、アクさんの足が治って走れるようになった記念パーティーに使えそうな店へと急ぐとしますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 ――神都にある高級料理店『アルテミス』にとって、聖女姉妹の末妹であるルナ・エレガントは、最上級のお得意様であり上客の最たる存在である。

 

 聖光国は天使を崇める宗教国家であり、宗教国家の教会に仕える聖職者という存在は、贅沢を好まず質素な生活を送り、高額商品を買わないから客となっても実入りが少なく、時には無理やり寄付することを強制されたりもする。

 首都にある高級店から見れば、盗賊と大して変わらない部分が結構ある碌でもない連中だったが、最高権力者の聖職者トップから『お墨付き』をもらえることは商売する上で十分すぎるメリットもある。

 

 だが、聖女姉妹の長女であるエンジェル・ホワイトは国防の事情から滅多に聖城を出てくることはなく、仮に客として来たとしてもお忍び前提で、宣伝に使うのはもっての外。

 次女のキラー・クイーンは大勢のガラ悪い手下を連れて移動してるので、ヒイキにされると普通のお客様が遠ざかりそう。

 

 そういった事情から三女のルナ・エレガントは、高級料理店アルテミスにとって理想的な条件を満たしてくれている有り難い存在たり得ていた。

 

 三聖女の中で最弱の存在だから割かし自由が利いて、物質的欲望豊かだから高級品や高級料理をけっこう欲しがり、自己顕示欲が超強いから『あのルナ様ごヒイキの店』とか喧伝するのだって勿論OK。その上あんまりお供の人が多くない。

 良い品を提供すれば相応以上のメリットが確約されてるような、意外に有り難い部分を持った存在が高級料理店【アルテミス】にとっての聖女ルナ・エレガントという存在だったのである。 

 

 ――そのため、『魔王に取り憑かれた少女』として手配書が出回っている差別種族の亜人エルフに「似た顔の少女」が来店してきた時にも『聖女ルナ様のご友人の一人』という“身分だけ”見て、他は見なかったことにして全部スルーして最高の接客することだけに終始する商業エゴイズムに徹してくれる訳であった。

 

 要は、他人事のゴタゴタに巻き込まれずに儲かるなら、それで良かった。

 否、それが一番良かったのが高級料理店アルテミスの方針だったのである。健全な商道徳を持ってる店でよかったね。

 

 

 

 

「では、僭越ながら私から一言―――アクさんの足が治ったことを祝して、カンパーイ!

 プロージット!!」

「おめでとうアク♪ かんぱい――って、何よその“プロージ”なんとかって? 何かイヤらしい呪文かなにかなの?」

「いえ、私がきたアッチの世界の言葉です。第六天魔界言語ですので、お気になさらず」

「気にするわよ!? それ気にしないでいられる人間はコッチの世界にはいないと思うんだけどー!?」

 

 ギャーギャーと、相変わらず場を弁えずに騒ぎまくる元気な子供のルナさんを微笑ましい視線で、かわいそうなモノを見る目で見守りながら、私たちは聖女指名で紹介してもらった高級料理店の一席に座って神都に来た目的の一つである、パーティーを開いておりました。

 

 フィラーンさんの回復魔法によって完治した、アクさんの足の全快パーティーを皆で祝うためです。

 宿屋も奮発して、けっこうな有名店らしい高級宿屋を確保して旅の疲れをとれるようにもしておきました!

 

 路銀とか、定期的な収入の無い懐具合とか考えるなら節約すべきところだとも思わなくは無かったのですが・・・・・・まぁ、どうせルナさんから奪った聖女様の元所持金ですし。そこまで気にしなくてもいーかなーって。他人の金で食う飯は美味いぜィ♡

 

「ま、魔王様・・・ッ。僕なんかが、こんな凄いお店に連れて行ってもらって、本当によろしかったんでしょうか・・・!?」

「ハッハッハ。何も心配することはありませんよ、アクさん。

 聖女自身が討伐しようとした魔王と一緒に来てるぐらいなのですから、何の罪もなく攻撃に巻き込まれただけの子供が来ちゃいけないはずないでしょう?

 ねぇ~? 子供を殺しかけた聖女さま~♪」

「う、ぐ・・・ッ!? ふ、古い話を今さら持ち出してきて蒸し返すんじゃないわよ! この魔王! 魔王魔王魔王ォォ~~っ!! ムキーッ!!!」

 

「お、落ち着いてください聖女様! 魔王様も煽らないで! 他のお客様たちに迷惑ですから!ね?ねっ! フィラーン様からもお止めできる言葉を魔王様に一言だけでもっ!」

「え? いいんじゃない別に。私が被害に巻き込まれないなら、他人同士の諍いトラブル・オールOKご飯の種。それが冒険者のお仕事ってものだしねぇ~」

「そういうのいいですから! たまにでいいので本気で止めてくれません!? お願いします本当に!!」

 

 そして、いつも通りのノリで顔を真っ赤にしながら私たちの加減したバカ騒ぎを抑制してくれる幼女なアクさん(ルナさんは本気かもしれませんが)

 いやはや、真面目で気遣いな女の子は大変そうで可愛いですよね♪ 問題児が多いと、クラス委員長は旅行先でも大変なものなのでっす。

 

 周囲では見るからに高そうな服を着た貴族っぽい人たちが、優雅に穏やかにワインや鹿肉のローストなんかを嗜んだりしながら談笑してる姿が目に映りします。

 さすがはアルテミスなんていう、この異世界基準ではハイレベルすぎる小洒落た名前の高級料理店。

 未来世界でクリスタルに覆われた東京で、セーラー服を羽織ったスクール水着戦士がドレス姿で女王様になってるIF時間軸でも通用しそうな名前だけのことはある。

 

「まっ、冗談はこれくらいにするとして。

 今日は、アクさんの怪我が治ったのをお祝いする場なのは、間違いなく事実です。ですのでマナーとか気にせず、食べたい料理があったら食べたいだけ食べちゃって問題なしですよ。

 むしろ、パーティーの主役が遠慮しすぎてコチコチのままでは、他の祝ってる人たちが楽しみにくいというものです。ですから遠慮なく、ね?」

「ま、魔王様・・・(///)ありがとうございます・・・で、では遠慮なく・・・。

 ――ハワワワ~♪ “すぱげってい”がァァ~♡ “すてーき”っていうお肉が柔ら過ぎて素敵すぎちゃって・・・はむはむ・・・☆」

 

 最初は次々と運ばれてくる豪華な料理の数々に気圧されてか、少し緊張気味に肩肘を張っていたアクさんでしたが、徐々に美食の誘惑に抗えなくなってきたのか、顔を蕩かせ、瞳を緩ませながら両手を使ってナイフとフォークで不格好ながらも心底美味しそうに食事をいただき始めます。

 

 それを見ながらワイン片手に楽しげに見物させてもらって肴にする私。

 ロリ巨乳エルフで、見た目子供なナベ次郎の中の人である日本人学生の私ですけど、今はゲームキャラの肉体なので問題ありませ~ん。エルフに人間年齢関係なーい。

 永遠に近い寿命を誇る設定のハイエルフにとって、160歳でも人間年齢だと16歳ディードリット。エルフ年齢設定は便利。

 

 それはそれとして、アクさんが喜んでくれて何よりですよね。私も見ていて嬉しい限りです。いやー、私もやっぱり歳なんでしょうかね。

 彼女いない歴=年齢で、学生終わり近くが見えてくる頃まで生きてくると、何となく『女の子に喜んでもらうためプレゼントに金を使う』って行為が、妙に楽しく感じられるようになってくるんですよねぇ・・・。

 

 好きとか嫌いとか惚れたとか関係なく、『女の子へのプレゼントにお金を使う』って行為自体がなんか好き。なんとなく楽しくて嬉しい。・・・・・・我ながら末期だなぁーと思わなくもないことだけは何なんですけれども・・・。

 

 ま、まぁそれもそれとして置いておくのに追加するとして。

 

「楽しんでもらえて私も嬉しいです。では、ちょっと私はキジを撃ちに」

「?? なによ? その『キジ撃ち』って」

「失礼、噛みました。『お花を摘みに』が正解です」

「ああ、なるほど。トイr――こほん。え、エレガントじゃない単語なんて、私は食事の場で言ったりしないんだから」

 

 そんな遣り取りを経て、微妙に顔を赤くしてる二人の少女を残して私一人だけ部屋を出て(フィラーンさんだけ至って冷静。男共と一緒に野宿する冒険者美女はやっぱ違う色々と)

 

 適当にトイレ行くフリして、近くの通路に寄りかかりアイテムボックスを確認中。

 確認完了まで少しフリーズ。山登りで女のトイレは「お花摘み」男のトイレは「キジを撃ちに」という豆知識を思い出しつつ―――お、あったあったありました。

 

「良かった。残っててくれましたし、アイテムボックスの中は時間の経過も関係ないみたいですし。

 やっぱり子供の祝い事って言ったら、コレですよねぇ~」

 

 とか子供の頃の自分を思い出し――そう言えば現実にはなかったなと、夢のないリアルワールドの子供イベントに軽い失望感を感じさせられながら、取り出したるはデッカい『ケーキ』

 

 子供の記念日に食べるって言ったら、昔はショートケーキと相場が決まってたそうですからね。私はチョコレートケーキの方が好きですけど、個人の趣味趣向はこの際置いておくとして。

 

 折角なのでサプライズです。私が直接出すより、演出あった方が喜んでくれそうなので近くの店員さんに声かけて、お願いしてましょう。交渉開始です。

 

 

「HEI! そこのお兄さん、ちょっとそこの部屋までミーの持ち物と一緒にドライブしてくれませ~ん? ホッタイモ・イジル~ナ」

 

 

 注:正体がバレないよう、怪しい外国人のナンパ少女を演じてみただけです。

   不法侵入した関所破りゆえの配慮です。今更ですけど、そのツッコミも今更です。

 

 

 そうして用を終えてきた風を装いながら、席に戻ってきたところ。

 ――ふむ? なんか貴婦人の一人っぽいドレス姿の女性がルナさんに話しかけてて、少し困らせられてるっぽく見えなくもない?

 

「随分と楽しそうねぇ、ルナちゃん」

「ふぇッ!? ま、マダム! な、なななんでここに!?」

「うふふ、お友達とお楽しみのところに声をかけてしまってゴメンナサイね。お邪魔だったかしら?」

「い、いや、それはその、え~~とぉ・・・・・・邪魔、っていう程ではないんだけど、えぇ~~とぉ・・・・・・」

 

 前からの知り合いなのか、その人自身は親しげな態度で話しかけてるみたいですけど、逆にルナさんの方は目が泳いでいて少し苦手そう。

 その貴婦人の見た目はと言うと――その者、蒼いドレスを身にまとい、金色のオーラで光りながら降り立つべし。

 失われし大地との絆を、指に一本ずつ嵌めたデッカくて豪華な指輪で買い取って、腐った絆として深め治すべし。――要するに、超金持ちっぽい人ですわな。全身が光って見えるレベルですよ。

 百式だって、スレンダーなぶん金持ちって印象は薄かったんですけどなぁ~。アカツキの方はゴテゴテしてて金かかってる印象あったんですが・・・。

 

 あと、サイズがデラックスです。マツコ・デラックスサイズな体型の持ち主ですな。

 いやはや、ゴージャスな上にビッグとは色んな意味で重量級なお方です。この異世界ネーム基準で考えたら、『サン・ゴージャス』さんとかだったりするのでしょうか? エレガント家の聖女様と親戚だったりするのかもしれません。

 

 まぁ、何はともあれ本人自身の設定でも聞いてみましょう。

 フィラーンさんの召還時に使用可能になったパーティーチャットが、仲間全員に使えるかどうか実験したかったところでもありますし。

 

 

《――ルナよ。魔王の手下その1にして、イヤらしい恥天使を崇め奉るイヤらしい尻を持つ聖女ルナ・エレガントよ、応えるのだ。我こそは偉大なる第六天より来たりし大魔王なり》

 

 

「違うわよ!? 私はイヤらしくないし、魔王ごときの手下に成り下がった覚えもない!

 それに私のお尻はイヤらしくなんてないんだからね!? 私のお尻がエレガントなお尻であることを目の前で証明してあげるから出てらっしゃい! このエロ魔王ッ!!!」

 

 

 ガタタッ!!と音を立てて立ち上がり吠え猛る聖女ルナ・エレガントさん。

 顔を真っ赤にさせて、自分にかけられたレッテルという冤罪が無実であるという真実を――何もないし誰もいない空中に向かって一人雄叫びを上げる変な女の子になってまで。

 

「る、ルナちゃん・・・・・・いったい誰に向かって、何を叫んでいるの・・・? 

 それに、そんなイヤらしい言葉を何回も・・・何があったかは知らないけれど、ちょっと貴婦人として、はしたないと思うわよ・・・」

「ハッ!? ち、違ッ! そうじゃなくて違うのよマダム! 私の話を聞いてちょうだい!

 私は魔王と! どこからともなく私に呼びかけてくる邪悪な声が魔王と名乗ってきて、私は心の中でイヤらしい魔王の声と話してただけでッ! それで!!」

「・・・・・・ルナちゃん・・・」

「だから違~~~~ッう!?」

 

 隠れ潜んで見物している先で、ギャーギャー自爆して誤魔化すため必死になって言い訳しはじめるルナさん。

 初対面なら直接聞くしかないのですけど、知ってそうな知人がいるなら情報収集してからが基本。だから情報収集相手に使わせてもらいながら、同時に遊ばせてもらってまっス。

 

《ふふふ・・・他者に聞かれては不都合な会話をするため、私が編み出した超自然的な現象を起こせる力・・・・・・そう、これこそ超能力『ハンド・パワー』なのだよ。

 たかが無知無能にして、無力なる天使ごときに与えられた力しか持たぬ聖女には分からぬのも無理はないがな。察するがいい、ククク・・・》

《な!? なッ!? アンタ、邪悪な魔王の癖して私の前で智天使様をバカにするなんて! 絶対に許さないんだから! 姿を現しなさい! ここで決着をつけてあげるんだから! 善の天使様に愛された聖女と悪の魔王による最終決戦が今ここで始まるのよ!!》

《クックック、愚かな・・・。智天使など、大天使界を支配する天使四天王の中で最弱の存在に過ぎぬというのに、それさえ知らずに崇め奉っているのだからな。つくづく人間とは愚かな生き物よ、フォッフォッフォ》

《なぁ!? ち、智天使様が最弱ですって!? そ、それに大天使界なんて聞いたこともない場所をなんでアンタが・・・! あ、アンタ一体なにを知ってるって言うの!?》

《フォッフォッフォ、それを貴様が知るにはまだ早い。いずれ知るときが来ることもあるやもしれぬが・・・・・・さし当たっては、そうだな。

 ―――そこの今話してるご婦人さんは誰か教えてください。話はそれからです》

 

 サラッと流して、無駄で無意味なフィクション話を記憶の隅から永久追放してしまってから忘却し、とりあえず楽しんだのでマダムさんの説明カモ~ン。

 

《くっ・・・! 取引ってことね・・・? いいわ、教えてあげる。

 マダムは、貴族の奥様方の中心人物で、貴族の間でとても顔が広くて影響力も大きい、敵に回せば怖い人なのよ》

《なるほど。所謂『社交界の女王』ってヤツですか。・・・尤もこの国における「女王」が、どれぐらいの地位身分なのか微妙ですけどね。

 色々な家の裏事情を知ってるから逆らいがたい、夜の夫婦生活の支配者って感じなんでしょうか?》

《そうね。北方諸国に女王が支配してる国ができたって話を姉様が言ってたことあるけど、私はあんまりよく分かんなかったから、多分そんな感じだと思うわ。多分だけど》

 

 曖昧極まりないテキトー証言を、実力だけ評価されて他人同士で姉妹になってる宗教国家の政治トップ聖女様から頂戴することができました。

 始まりからずっと、血統主義の制度敷いてる国だったことない宗教国家ですものなー・・・。

 しかも考えてみると、「社交界の女王」って表現も意味が分かりにくい言葉ですし。

 どこの国の何時代に治めてた女王かで、大分イメージと意味してる内容が違ってこざるを得ない。

 

 『社交界のクレオパトラ女王』だったら、絨毯にくるまれて皇帝に国ごと身売りしないとやってけないローカル権力者になりますし、『社交界のヴィクトリア女王』なら超家族想いの人ってことになり、『社交界のエリザベス女王』だと・・・・・・止めときましょう。間違いなく切りがねぇ・・・。

 

 とりあえず今聞いた話を整合して考えて、選ぶべき選択肢としては。

 

 

「これは、マダム。お初にお目にかかります、ルナさんとの話に花を咲かせているところに横入りしてしまって申し訳ない」

「あら、あなたが噂に聞くルナちゃんのご友人の方ね。私の方こそ、お友達同士の語り合いを邪魔する形になってしまってたみたいで御免あそばせオホホホ」

「いえいえ、お気になさらず。マダムのような方なら、いつでも歓迎ですよハッハッハ」

 

 普通に挨拶して、礼儀正しく社交辞令のやり取りでしょうな。人同士の付き合いにおけるマナーとして。

 なにしろ、この人が社交界の重鎮で、貴族の間に幅広い人脈持ってて影響力が超強い方だったとしても・・・・・・特になんもカンケーしてませんのでね? 私自身が、それらの業界全てにほんのちょっぴりさえも。

 

 敵に回せば本当に怖い人になりえる立場の人なのかもしれませんけど、敵に回す理由が私の方には本気でなんもねぇ。

 あるいは、現代知識とチートで理想国家建設系の転生者とかになってたなら敵に回す危険性あったのかもしれませんけど、密入国エルフが社交界を敵に回してなにしろっちゅーんじゃというレベルですし。

 

 ぶっちゃけ、この国の治安当局とか法治機関の方がよっぽど私にとっては敵な人たちでしょう。

 たとえば、『邪悪な魔王を聖女が不意打ちして殺すのは当たり前の権利』とか言い切れるエレガント権力者さんなんかの人たちが特に。

 

「おっと、失礼。名乗りがまだでしたね。

 私はナ――ナーベ・ジ・ロウと申します。お初にお目にかかる」

「あら、コチラこそ挨拶が遅れてしまったわね。私は、エビフライ・バタフライというの」

「ほお! 素敵なお名前をお持ちなのですね。憧れてしまいます」

 

 私は素直に本心から思わされた感想を、相手のマダム――バタフライ夫人に捧げながら断言しました。

 いや本当に良い名前だと思ってんですよ? お世辞とか嘘ではなく本当に。

 

 なにしろ―――世の中には、【ドクトル・バタフライ】とか名乗って『蝶・天才』とか言いながら、白一色の全身タイツ姿で股間アピールしてくる爺がいる業界もあったぐらいですし。

 アレと比べたら『マツコ・デラックス風の見た目をしたエビフライ・バタフライ夫人』なんて凄くマトモ。マトモな国の女王様レベルで常識人です。だからダイジョーブ。

 

「まっ、立ち話もなんです。良ければ一席、ご一緒しませんか? 今日はこの少女の怪我が治ったことを祝うパーティーをしている最中でして。

 たまたま珍しい材料が手に入ったという話を店員から聞き及び、特別に注文してきたばかりでしたので共にお食事でもどうかと―――おっと、噂をすればなんとやら。

 ヘイッ! ギャリソン、こちらのご婦人にも例の物を」

 

 パチン♪と指を鳴らしてから店員を呼んで、待ちぼうけ食らわせてたことは無かったことにしてしまい、話を合わせてくれる優れた接客マナーの店員さんにコッソリとチップを渡してあげながら。

 

 今夜の目玉商品として私がアイテムボックスから取り出した品がテーブルの上に置かれて鎮座され、席に座している生まれながらの女性陣たち4人の口に入れられた・・・・・・その瞬間。

 

 

 

「あ、甘い! 甘いです! 美味しいです! 可愛いです魔王様ッ♪♪」

「いやぁぁぁ! 美味しいぃぃ! ほっぺが落ちそう♡ コレどんな魔法を使って作ったエレガントケーキなのぉぉッ!?」

 

「この味は・・・・・・今はじめて自意識に目覚めたと言っていいと思えるほどの味ね、マスター。

 自己の存在を穴が開くほど見つめたくなってきて、私自身に穴が開きそうなほど心地良い自己な味よ・・・っ。

 四六時中も語録字中も存在していたくなるほどの自己の美味しさが伝わってきそうになる味だわぁ~♡♡」

 

「こ、これは・・・! この味は・・・!?

 幻想的で甘美な芸術品とも言えるところの、絶対矛盾的自己同一性というべき、もう一度食してみたくなる味わいに、エントロピーの増大という流れに抗うことは膨張し続ける宇宙を否定し続ける意思が表明されているかの如く・・・・・・ソレ即ち、美味ィィィィィィィッ!!!!」

 

「うひゃああ!? ま、マダムがなんか吠えたーっ!?」

 

 

 

 ・・・・・・食べた人たち全員が、こんな感じになってしまうケーキを供してあげた訳でありましたとさ。

 なにしろ、この『ケーキ』アイテムは―――

 

 

 

アイテム名『マジックケーキ』

 

 スーパーファミコンソフト「マザー2」に登場していたイベントアイテムを採用した【ゴッターニ・サーガ】用に改造した物。

 ゲーム中では原作における下位互換のアイテム『マジックタルト』と同じ効果として設定されMP回復用に使われていた。

 

 原作では、食べた主人公の意識が遠い異国にいた最後の仲間の元まで飛んでいって、最後の仲間の旅立つまでの流れを追体験できた挙げ句、意識が戻ったときには遠い外国から初対面の仲間がテレポーテーションしてきたばかりでも、何も聞かず普通に受け入れられてしまえることを可能にしていた。

 

 

 

 ・・・・・・原典を初プレイしたときにも思ったことですが・・・・・・なんか危ない薬品でも入ってるんじゃねぇかとしか思いようがない効果のケーキしか持ってきてない私は、半端物のチート転移者エルフでっす。

 

 所詮STRだけが取り柄の脳筋モンクエルフ如きに、過剰な期待はなさらんよーに。

 

 

つづく




【今話のオマケ説明】

本来のストーリーと順番が少し前後する流れとなったのは、今作設定だとラビの村発展のイベントに進め方が分からず、整合性の取り方が思いついておらず、マダム無しだとストーリーが途中で大きく変わる恐れがあったため、とりあえず美食で繋がり持っただけ展開にしてみた今作版マダムとの馴れ初め話。


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私、能力値にバッドステータス付与はお許しを!って言ったのに・・・。4章

【能力は平均値で】の罰則転生者主人公バージョンの更新です。
大分前から少しずつ書いてたのが、先程ようやっと完成できました~。


*投稿するデータに修正する前の文章が残ってたため調整に手間取り、再投稿し直しました。ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ございませんでした。


「出でよ炎! えいッ!!」

 

 ポシュッ! お~~っ!!

 パチパチパチッ。

 

 見た目プリーストっぽい女の子が、大上段から振り下ろした杖の先から小さな火球が飛び出して的に命中させたのを見て、私たち新入生一同から体育座りしながら一斉に拍手が送られてます。

 

 皆さん、こんにちは。引き続きハンター養成学校入学式で実力テスト中のマールディア・フォン・アルカトラズこと、罰則つき転生者のマールです。

 最初の接近戦テストに続いて、次のは魔法の実力テストでっす。

 

 ・・・・・・なぜ私は、魔法剣士志望なんて目指しちゃったんでしょう・・・。

 戦士志望だけなら、さっきのテストだけで終わって今はアイシスお兄姉様と一緒に、気楽な見学身分を満喫できてて楽だったってのに、チクソぅ・・・。

 

「うむ。よし次、レイナ」

「はいっ」

 

 そして順番進んで次は私のルームメイトになったらしい、他人呼んで赤のレイナさん。

 この前の昼に出会って、その日の夜には一時的に戦友となり、そして今日は私の秘密を一端だけでも知ってしまった恐るべき脅迫者になるかもしれない合法ロリ魔術師さん。

 

 まさに、『昨日の友は今日の被害者』というサスペンスの諺を体現するかもしれないような存在ですね。

 年来の友人とか幼馴染みこそ、親友を殺した真犯人になりやすい。サスペンス世界は地獄だぜ~イェイ。

 

 

「《燃えさかれ! 地獄の業火ッ! 骨まで焼き尽くせ》――――ッッ!!!」

 

 

 ゴォォォォォォッ!!!

 おおぉぉ――ッ!? パチパチパチパチィィッ!!!

 

 そして相変わらずの格好いい決めポーズと呪文と共に放たれる、レイナさんの得意属性っぽい炎魔法。

 とは言え、さすがは赤“髪”のレイナさんと人から呼ばれてるだけのことはあり、的を完全に焼き尽くして炭にしちゃう威力は相当なもの。ハッキリ言って他の同学年な新入生たちとじゃ比べものになりません。

 

 ・・・・・・って言うか、こんだけ威力出せて『Eランク魔術師』で、さっきのプリースト魔術師ちゃんが半年間この学校に通って卒業できさえすれば『Dランク魔術師』になれるって事なんですよね? この国の冒険者システムって・・・。

 

 今更ですけど、本当に大丈夫なんでしょうか? この学校って・・・。

 なんか美味しい餌で釣って、頭数集めてるだけのヤバい塾とかだったりしたらイヤなんですけど・・・・・・。

 『卒業生が語る!コレさえやれば半年で合格できる必勝マニュアル』とか、日本でも昔から流行ってる売り文句の業者さん関係だったらイヤ過ぎるんだけどなぁー・・・。

 

「なかなかの魔力だな」

「どうも」

「よし。では次、マール」

「はぁーい・・・・・・」

 

 そして今度は私の番。お受験戦争に乗っかった悪徳商法について思いを馳せてた直後もあって、まったくテンション上がりません。さっき呪い発動したばかりですし。

 躁鬱の人がなる、鬱状態のときです。躁状態のときハイになりまくった後だから一気に落ちまくってるのですよ、仕方がない。

 

 ・・・・・・さて、テスト内容の方はどーしましょう・・・?

 レベル的にも魔力的にも合格するのは前提として、どの程度の力で合格するのが目的に叶っているかが重要な場面。

 

 異世界転生のパターンで行くなら、『厄介事に巻き込まれないため平均より少し上の無難な威力で』ってのが定番な場面ですが・・・・・・上手くいった成功例を聞いたことない方法論だしなぁー・・・・・・。

 

 もともと容疑者圏内から外れようとして、全く関係ない赤の他人を演じようとした真犯人ほど、しょうもない矛盾から整合性が取れなくなって急転直下で容疑が深まってくのがミステリーの常識というもの。

 

 最有力容疑者として如何にもな発言しまくって、捜査員たちから序盤の時点で疑われまくってる、『こんなヤツが本当に真犯人なはずねぇのに警察バカだなー』とか視聴者たちに見下される関係者こそ、真に怪しまれたくない真犯人というもの。

 

 ここは敢えて、レイナさんと同じ魔法を少し弱めで使って、「あなたも同じ魔法を!?」「フッ・・・実は私の正体は――」とかの、どこの仮面ヒーローだ的な怪しさ爆発しまくり展開で誤魔化すとしましょ。

 ギャグだったら何でも有りにできるもの。私はサスペンス容疑者にならないで済むため、敢えてギャグ漫画のキャラに私はなる! 女として恥ずかしすぎるなコンチクショー!!

 

 はぁ・・・・・・まぁ、その道進むと決めたからにはレイナさんと同じ呪文唱えて、同じ魔法を使うとしますかねぇ、同じ魔法を。

 

 

 ・・・同じ・・・・・・魔法を使、う・・・・・・? あ、意識が――――。

 

 

 って、えぇッ!? たったこんだけで発動すんですか今回の呪い!? いくらなんでも間口広すぎって言うか、それで有りだと何でも有りにな―――ZZZZZ

 

 

 

 

 

 

 

「よし。では次、マール」

「はぁーい・・・・・・」

 

 出番が終わって、自分の初期位置に戻ってきた私の前で、「例のアイツ」が校長先生から名前を呼ばれて、みんなの前に出てくる姿を私は身体全体で追っていた。

 

 マール・アルカトラズ。私と同じハンター養成学校の一年生として入学してきたルームメイトの一人で、この前は偶然にだけど一緒に戦ったこともあるチッコイ女の子。

 

 ・・・アイツ、私らと再会したときには「魔法剣士志望」って言ってたけど、倉庫で見せつけられた魔法は、とても戦士と両立して出せる魔力じゃなかった・・・。

 その上、さっき行われた武器を使った力試しで見せた動きも、魔術師も一緒にこなせる動きとは思えなかった。普通だったら器用貧乏になるか、どちらかに偏らせてサポート程度のサブ職ぐらいになるのが魔法剣士なのに・・・・・・なにか秘密があるに違いないわ!!

 

 私には、どうしても力を手に入れなきゃいけない理由がある!

 あの忌まわしい事件で全てを失わされた時から、私にとってはそれが全て・・・・・・その為にもアンタから学び取れるものは全て吸収させてもらう。悪いけどアンタの技術、盗ませてもらうわねマール!

 

 心の中だけでそう思い、私は相手の一挙手一投足を見逃さないよう凝視しながら、アイツが魔法を使う瞬間をジーッと待っていた――その時だった。

 

 アイツは――マールは私が見ている方へと顔だけ振り返って「ウバァ・・・」と、まるで化け物の笑い声を聞いたみたいな幻聴と共に――

 

 

「フフフ、そんなに見たいのなら見せてやろう。

 ちょうど私も、完全体となった真のパワーを試したいと思っていたところだ」

「なッ!?」

 

 

 気付かれた――いいえ、最初から私に気付いていてアイツわざと・・・!?

 

 

「この技を見て、驚くがいい!!

 《燃えさかれ! 地獄の業火ッ! 骨まで焼き尽くせ》――――ッッ!!!」

 

 

 ごぉぉぉぉぉッ!!

 

 

「なッ!? なァァァァァァッ!!!???」

 

 い、今のって! 今アイツが使った炎の魔法って! 私だけが使えるはずのオリジナル魔法を、まさかアイツ今さっき一回見せつけられただけで!?

 しかも、それを使う前に私に向かって「この技を見て驚くがいい」って、わざわざ宣言してくるなんて――!! いい度胸してんじゃないのよ、あのチビッ子ォォォッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。レイナ程ではないが、一年生にしては大した魔力だったぞマール」

「・・・・・・へッ!? あ、いや、違ッ!? 今のは私にやるつもりはなくて! 気付いたときには火を付けてしまっていてどーすればいいのか分からなくって、それで――」

「よし、次の者!! 前に出ろっ」

「は、ハイッ!!」

「うぇぇぇぇぇッ!? ・・・・・・や、ヤバいですヤバいですよ・・・このままだと確実にアブナイ人にな――」

「やるじゃない、貴女」

「うおひィッ!? れ、レイナさん!?」

 

 ――当然のように、当然の反応として、不信感丸出しの目つきと視線と態度で立ち塞がってきてたレイナさん・・・・・・ですよね~・・・。

 

「い、いえあの・・・そ、それほど大したものではない程度の魔法だったと、私自身は自負している所存でありまして、え~~とぉぉ・・・・・・」

「へぇ~? あなたは、私しか使えないオリジナル魔法は、“それほど大したものではない程度の魔法”だったんだぁ~?」

「お、オリジナル魔法!?」

「ってことは私のオリジナル魔法は、あなた的には『自分にとって大したことない魔法より更に弱いゴミ魔法に過ぎない』とかって言いたかったことになるのかしらねぇ~? ねぇ? ねぇ? ねぇぇぇぇッ!?」

「ヒィィィィッ!? ち、違っ! 誤解ですゥゥゥゥッ!? 私はそんなこと一言も言っておりませぇぇぇッん!?(ToT)」

 

 鬼の形相でドアップで迫り続ける超怒り状態のレイナさん!

 私はただ必死になって謝ることしかできず、

 

「じゃあ、どういうつもりで言ってた言葉だったか説明しなさいよ! ほら早く! 早く早く早くゥゥッ!!!」

 

 と急かされまくって、なんとか絞り出すことに成功した、こういう時に適切かつ問題ない事情説明がぁぁぁぁッ!!!

 

「ひ、秘書が勝手にやったことですので、私は詳しいことは存じ上げませ―――ッん!!」

「誰よ秘書って!? アンタがやったんでしょうが! ア!ン!タ!が!!! いい加減な答弁してんじゃないわよコラ――――ッ!?」

「ヒィィィィッ!? 国会議事堂は大嘘つきだったァァァァァァァッ!!!」

 

 無理でした! 責任押しつけれる部下がいないワンマンアーミーの私には、この説明だと相手からの糾弾とめれるセリフになれませんでしたー!

 せめて組織さえ持っていれば、言い訳として通用できると思ったのにぃぃぃぃッ!? 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・・、ハァ・・・、ひ、酷い目にあいかけちゃったわよ・・・・・・ヒィ・・・、ヒィ・・・」

 

 なんとか『急な用事』とか『トレイに行く途中だったこと』なんかを思い出して、その場から逃げ出すことだけは成功した私は、校舎裏の森の一角に片手をついて肩で息をしながら、九死に一生を得た思いで心臓バクバク収まるのを待っておりましたわ・・・。

 

「ま、またやってしまうなんて・・・・・・うぅ、なんで私ばっかり、こんな目に・・・・・・」

《まぁまぁマール様。マール様がマヌケな失敗で酷い目にあうのは、いつもの事なんですから、そうお気になさらずに》

「助けてくれなくても、少しは慰めてくれてもいいんじゃないかなナノちゃん!? せめてトドメぐらいは刺さないで欲しいんだけどォッ!?」

《そういう仕様です。仕方がありません》

「それ他の事でも、同じ説明ばっかしか言われた記憶ないんだけど!? 実は体よく回答しなくて良くなる詭弁に使い回してないかな、そのセリフって!?」

《そんな事はありません、仕様です。仕様ですから仕方がありません》

 

 微笑みのポーカーフェイスで同じ内容の答弁を何度でも何度でも、全ての場面で使ってきてる気がするナノマシン生物マスコットのナノちゃん。

 ちくそう・・・・・・本当なのかウソなのか詭弁なのか、名探偵じゃなくて異世界囚人状態な罰則あり転生者だと判断できない・・・。

 ああ! こんなとき私にもコナンくんや金田一レベルの推理力さえあれば、ナノちゃんの嘘と真実を暴くことができたかもしれないのに!

 こういう時だけは犯人側じゃなくて人助け探偵側の能力が欲しい! こういう時だけだけども!!

 

《まぁまぁまぁ。折角ですしホラ、こんな時用に持ち歩いてたアレを完成させる、いい機会なのでは?》

「ああ・・・アレねぇ。まぁ、他にやる事もないし丁度いいと言えばいいか・・・」

 

 気分転換に進めてくれたと思しきナノちゃんからの忠告によって思いだし、乗せられてるような気がビンビンしまくりながらとはいえ、気分転換そのものは実際に必要だと感じてもいたことから、私は範囲が広くないとはいえ一定のスペースは入れる事が可能な《収納魔法》別名を《大きな袋魔法(私だけのオリジナルネーム)》から例のものを取り出して、地面に生えた切り株の上に並べます。

 

 そして作業開始です。・・・彫り彫り彫り・・・。

 う~ん、ここの顎のラインがいまいちかも・・・もう少しシャープな方が・・・局部も少し増量した方が売れるかも・・・・・・あとパンツも――

 

 

「へぇ~、変わったお人形ですね」

「いえいえ、私程度より上の人は幾らでもいますから。

 まぁ、ガチャポンじゃ出せないゲーム中のCGに近い肩のエッジぐらいは造形したかったって言うか、可愛さを引き立たせるため3頭身にしたSDも嫌いじゃないんですけど、私的にはやっぱりガレキ派って言いますか―――って、いつの間にいたんですかポーリンさん!?」

「“局部も少し増量した方が、あとパンツも”の辺りですね。大体その辺からです」

 

 背後に立ってたポーリンさんから、曖昧な表現で全部聞いてたのを濁す言い方で説明されたー!?

 しかも気づかない内に声に出してたっぽい、恥ずかしすぎる一人言の私ーっ!!!

 

「たしかにコレは可愛いと言うより綺麗って言いますか・・・ちょっとだけ、その・・・・・・あ、アダルトな魅力を感じさせられちゃいそうになるお人形ですね・・・(ポッ♡)

 ど、どこでこんな技術を習得したんですか? ・・・・・・あと知識も」

「ふぇぇっ!? それを聞きますか! この状況下で、それを聞いちゃいますかポーリンさん!?」

 

 あまりにも的確かつピンポンイントかつ、そりゃ誰だって聞くよな同じ状況なら!としか言いようのないナイスクエスチョンを質問されてしまった、良い質問には答えられない出題者側ポジションの私!!

 

 い、言えない・・・・・・前世で趣味だったものを、見様見真似で材料と道具造って再現してただけとか、転生者として言えるわけない事情なのもそうなんですけれども。

 

 ・・・・・・コミケ3日目の軍資金として、ガレージキット系のイベントに出品してる内に上手く造形できるようになりましたーなんて、女の子的にも言えない秘密ですッ。

 たとえ異世界にはコミケも同人誌もないから分からないとは言え、オタクの社会的地位が低い学校に進学してる場合に染みつかされた社交術基準の対応は、そう簡単に消せやしない! それが現実!!

 

「え、え~~~とぉぉ・・・・・・ひ」

「ひ?」

「ひ――秘書が勝手に造っていたものですので、私は詳しいことを存じませんッ!!」

 

 ――再びの同じ説明しか思いつかない辺り、ひょっとしなくても私の頭はコナンくんの犯人たちより悪いんじゃないか?という疑問に自分自身でさえ思わない訳にはいかなくなってきてる私マールディア・フォン・アルカトラズ十二歳・・・。

 

 自分からベラベラと殺人計画とか動機とか話まくっちゃう犯人たちを、「バカだなぁ~」とか嗤いながら見ていた子供時代が・・・・・・何もかも皆、懐かしい・・・・・・。

 

 ――ですが。

 

「そうなんですかぁ♪」

「・・・へ?」

「まぁ、それはそれとして良いとして」

 

 とアッサリ自分から話題変更してくれたので拍子抜けさせられ、思わず相手の話に聞く姿勢を取ってしまって―――バカを見る羽目になる、主人公たちに引っかけられて捕まる愚かな三流犯人の醜態を再現しちゃってたのが私で~ス。

 

「実はマールちゃん。ここに来たのは、ティータイムのお誘いだったんですよ」

「てぃ、ティータイムぅ!?」

 

 とは言え、その単語を聞かされた直後には素っ頓狂な声を上げてしまって、思わず警戒心出しまくってたのが私でもありましたが!

 だって! ティータイムって言えばアレでしょう?

 

 ・・・放課後の部室に集まってダベリながら、高校三年間を音楽活動に捧げたり、真面目なミュージシャン志望な後背がいつの間にか餌付けされた猫耳メイド服ロリッ娘になっちゃってた恐るべき、放課後のティータイムな女子高生たち。

 

 あんな青春を謳歌しまくる人たちの空間に、ひねくれ者で嫌われ者だった私が参加するなんて言語道断です。

 ひねくれ者が放課後にいるべき部室は、ひねくれボッチ先生と同じ場所以外にはあり得ない。それがオタク世界の常識というもの(私調べの統計結果)

 そんな場所に、ひねくれ者の王として、我以外は全て雑種リア充と言い切れるようになること目指す私としては、そんなのへの誘いに乗るわけにはいきません。全力でお断りさせて頂きま――

 

「ちなみに、断った場合にはバラしますね♪ 先程おっしゃっていた『局部の増量』も。あと『パンツ』も。それでも良いのでしたら無理にとは言いませんけど」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ――選択肢があるようでない相談は、相談と呼ばない・・・・・・そんなセリフがどこかのダークファンタジーで言われてましたねぇ~。

 まったく・・・・・・ダークってのは、スウィートで甘く優しいケーキみたいな世界のことかと、そんな悪態を吐きたくなるぐらいに選べる道なき今の私は、ポーリンさんに先導されながら、これから半年間四人一部屋で過ごす部屋へとリバースさせられるしかありません・・・・・・。

 

 

 そして、同行を拒否する権利はあるけど選択する自由は与える意思なき、警察からの任意じゃない任意同行で引っ張られたときのようにポーリンさんによってドナドナされていくしかなかった私は、その後・・・・・・

 

 

 

 

 

「さて――あなたのことを聞かせてもらいましょうか。

 美味しいお菓子もお茶はいっぱいあるから、それが尽きるまではゆ~~っくりとね」

「OHぅ・・・」

 

 見事にレイナさんとアイビスお姉兄様というルームメイト全員集合状態での、吐くまで問い詰め続ける警察の強引な自白強要捜査を異世界陣たちの手によって行われる取調室へと連れてこられる羽目になったのでありましたとさ・・・・・・。

 

 二段ベッドの下の段を椅子代わりに、部屋の右側にあるベッドにはアイビスお姉兄様とポーリンさんが微笑みかけてきて、左側のベッドに私と右隣のレーナさんという配置。

 別の言い方をすれば、私の正面にアイビスお姉兄様とポーリンさんが座っていて、レイナさんが『部屋の扉側』に位置して、私を窓側へと押しやっている配置ですね・・・・・・逃がす気ないにも程がある・・・。

 

「さぁ、遠慮なく食べなさい。そして吐きなさい、全て吐くのよ。

 吐き終えるまで今日は眠れせてもらえるだなんて甘ったれたこと思ってんじゃないでしょうね!? ええぇッ!?」

「本当に自白強要だったのコレって!? 単なる私の思い込みじゃなく!? い、イヤです! 私は何も知りませんし、知ってることは全て話しました! 信じて下さいレーナさんっ!!」

「まだ何も言ってないし、聞いたばかりでしょうがボケぇぇぇぇぇッ!?」

「ひぃぃぃッ!? 先走り過ぎちゃいましたゴメンナサァァッイっ!

 それでも私はなにもやってません!! 何もやるつもりなんてないんですってばーっ!?」

 

 

 

 入学初日から、「署の方で話を聞かせてもらおうイベント」に巻き込まれてしまった、なんの法的な違法行為も犯したことない、ただ子供を見殺しにして保身を謀っただけの細やかな非倫理的で主人公らしからぬ行為をしてしまっただけの私、マールディア・フォン・アルカトラズは必死に自分の無罪を同じ部屋の仲間たちに訴えかけながら昼の時間は過ぎていきます。

 

 まだ日が沈むまでには長く、日が沈んでからの夜はもっと長いであろう、私にとってハンター養成学校で一番長い日になりそうな入学初日の一日目は終わってくれそうにありません・・・。

 テーブルに置かれたカップから湧き上がる湯気が、タバコの煙のように天井に滞留しています。

 

 

 ・・・・・・お皿に盛られた美味しそうなクッキーが、自白剤入りクッキーのように見えてきながら私の一日は、これから始まりにさせられそうです・・・・・・シクシク。

 

 

 

つづく



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ゴブリンスレイヤーと、ゴブリン・キラーなレディ・キラー

アニメ版1期を見て思いついてたゴブリン・スレイヤー二次創作を、実際に書いてみた作品、その序章です。
本来なら、主人公の本格登場と活躍まで書いてから出す予定だったのですけど、完成が予定より遅れ過ぎたので『プロローグ』ってことで出してみた次第。


 

 町が、燃えていた。

 夜の空を赤々と照らし出しながら、町にあった建物は炎に包まれ、最後に一つ残っていた教会の尖塔も崩れ去ろうとしている。

 通りには異臭が漂っていた。道に転がる死骸から流れる血の臭いと、炎で焼ける焦げた肉の臭いだ。

 町の各所では未だ絶望的な抵抗と、逃走と、敗北と、失敗と、そして一方的な虐殺と殺戮と略奪と強姦が繰り広げられ続けている。

 

 一人の若者が勇気をふるって手にした鉈で襲撃者たちに襲いかかろうとして、弓で射られて倒れ伏す。

 殺された仲間を見て悲鳴を上げて背を向けた老婆が髪をつかまれ、苦痛の悲鳴は刺し殺された絶叫へと音階を変える。

 

 ・・・・・・辺境にある平凡な町は、いま滅ぼされようとしていた。

 

 やがて夜が明け、西の空が白み始め、建物に放火された火は燃やせるものを燃やし尽くして鎮火し始め、ようやく町を襲った悲劇の夜は終わりを迎える。

 

 そして、朝が始まる。彼らにとって不幸な人生の始まりとなる朝が。

 襲撃者たちは、瓦礫と化した町に住んでいた屈強な肉体の男たちを縄で縛り、傷ついた体にムチ打ちながら何処かへ向かって歩ませ始める。

 若い娘や子供たちは幾つかの馬車にまとめて押し込まれ、男たちが刃向かったときに殺される人質となる。

 

 悲劇の夜を生き残った彼らは、商品価値のある者だけが買い手のいる国へと送られ奴隷としての人生を歩まされることになる。

 女たちは娼館に売られる娼婦として、子供たちは変態趣味の金持ちか好き者の貴族に玩具として売り飛ばされる余生を、死ぬまでずっと送らされることになるのだ。

 馬車の中では、これからの人生に必要な教育として淫靡な悲鳴と下卑た笑い声とを響かせられ、それを聞かされた男たちは憎しみと憎悪に濁った眼差しで妻や娘を慰み者にする人でなしの襲撃者たちを、心底からの殺意を込めて無言のまま睨み続けていた。

 

 彼らの視線の先にいるのは、ゴブリンだった。

 人の皮を被った、ゴブリン共―――『盗賊』たちが悪徳に耽る姿がそこにある。

 

 辺境で暮らす者たちにとって、最も身近で最も危険で避けがたい脅威の一つである魔物たちの集団『ゴブリン』

 村を襲って人を殺し、物を奪い、女を浚って犯し尽くす。

 

 それは盗賊とやっていることは何も変わらない。だから彼らはゴブリンなのだ。

 決して、盗賊たちは――自分たちと同じ“人なんかじゃない”“ゴブリンだ”――と。

 

 よくある事だった。

 魔神王が復活してデーモンの軍勢を率いて、人間社会を攻め滅ぼすため攻め入り、軍隊は都を守るのに精一杯で辺境の治安は悪化する一方になっている現在の世界。

 そんな中では、よくある悲劇の一つが瓦礫と化した町の景色だった。

 そんな状況だと知っているからこそ実行される襲撃者たちと被害者たちの、よくある関係の一つが彼らだった。 

 

 やがて彼らは、それぞれの送られる場所へ歩かされ始める。いつの日かゴブリンの同類共を殺し尽くして仇を討つという憎しみだけを希望として胸に抱き。・・・・・・そのほとんどは二度と再会し合うことなく生涯を終えることになる場所へ向かって粛々と。

 

 

 ・・・そして加害者たちと被害者たちが去って行った後の崩れ落ちた町の中には、とどめを刺す価値もないと捨て置かれた病人や赤子、杖を折られた老人などが世の不条理を嘆き、嗚咽する声が鎮魂のように響いていたが―――彼らは廃墟と化した町で生きていけるほど強い者たちは一人もおらず、数日後には静かになって、町に音を戻してくれることは二度となかった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 魔物たちと『人の姿をした魔物たち』によって、よくある悲劇が起こされ続ける辺境の町の一角に立つ建物に、一人の女神官が扉を開くことから物語は始まる。

 

 

 

 

 

「新規の冒険者登録の方ですね? 文字の読み書きは出来ますか?」

 

 冒険者ギルド内にあるホールで、受付嬢が若い女性神官に語りかけていた。

 ゆったりとした長衣と聖帽、金製の錫杖を手にした若い女性神官が、新たに冒険者として登録したいと申し込んできたので、そのための手続きを行うためだ。

 

「はい、神殿で習いましたから」

「では、こちらに記入をお願いします」

 

 神官らしい丁寧で綺麗な文字で、指示された通りに書類への記入を進めていく彼女。

 しばらくは彼女がペンを進める音だけが小さく響くだけで、周囲の喧噪だけが彼女たち2人にとっても聞こえてくる会話の全てになる。

 

 ホール内には朝からそれなりの賑わいと、人だかりが生じていた。

 夜の内に依頼を済ませてきた者がおり、長期の依頼を終えて帰ってきたばかりの者もいる。実入りのいい依頼をこなした為しばらくは休息に当てている者もそれなりに混じっているかもしれない。

 

「そういやぁ、都の方じゃ最近『魔神』だかが現れて稼ぎ時だって話だぜ?」

「へぇ~? 下級の悪魔ぐらいなら、オレでも何とかなるけどな。魔神じゃあ勝手が違うからなぁ~」

「なぁ~に言ってんだよ。そもそもお前、魔神がなにかなんてどーせ知らねぇんだろうが」

「バレたか? アッハッハッハ!」

 

 聞こえてくる会話内容は、やはり『都に現れだした魔神』の噂が多いようだ。

 最近になってから急激に増え始めた話題の一つで、ギルドの上層部でもなにやら王たちと話し合っているとのことではあったが、今のところ彼女たちがいる辺境の町にある冒険者ギルドにとっては「雲の上の都の話」以上のものにはなれていないようだった。

 

「・・・書き終わりました」

「ありがとうございます。年齢は15歳、職業は神官ですね?」

「はい。成人しましたので、冒険者さんのお役に立ちたいと思いまして」

「立派なお心がけですね。では、これが冒険者としての身分証となります」

 

 相手の“心意気は”賞賛しながら微笑みかけ、新人冒険者用の身分証となるプレートを手渡す若く美人な女性受付嬢。

 

(・・・最近、こういう理由で冒険者になりたがる人増えましたよね・・・・・・あんまり目的に合ってる職業じゃないと思うんですけど・・・)

 

 ――そして内心で苦笑を浮かべながら、相手の少女のような動機で冒険者を目指す若者たちへの危惧で、本心では溜息を吐く。

 魔神王に打ち勝った、偉大な至高神の信徒として知られる『剣の乙女』をはじめとして、冒険者パーティーの一人だった英雄的な聖職者に憧れを抱くようになった結果なのだと思われるが・・・・・・ああいう存在は本当に極少数の例外であって、大半の冒険者という仕事はイレギュラーなものが多いのが現実であり、人助け目的とは掛け離れているのが実情だった。

 

 とは言え、隊長の命令通りに仕事をして貴族たちに頭を下げる城の門番という職業が、サーガの中の英雄たちより若者の心に響かないのも事実ではある。

 チラリと、僅かに視線を落として相手の衣服に刻印された聖印を見下ろし、それが大地母神のものであることを確認すると、受付嬢は笑顔を浮かべ直して話を再開する。

 

「冒険者の等級は、十段階。最上位は《白金》で、その次は《金》

 ですが実質、在野の最上位は《銀》等級になっています。

 あなたは《白地》。最も初級からのスタートとなります」

「駆け出し・・・・・・という事なんですね?」

「はい。ギルドで受ける依頼内容は、等級を基準にして選べるようになっており、依頼内容から鑑みて相応しい実力を有していない、と判断されたときなどにはギルド側から拒否される事も希にあるのです。その為の判断材料とお受け取り下さい」

「なるほど、そういう事なら分かります」

 

 相手の少女は素直にうなずき、受付の女性は内心でも表面的にも穏やかな笑みを浮かべる。

 冒険者に夢を抱いて、人助け目的で登録を希望した者の多くは、使命感や自己犠牲精神で無謀な依頼に挑んだ挙げ句、早死にする率が高い。

 また、ギルドの方でも建前として等級による依頼受注の拒否をおこなう時もある、と言ってはいるものの実行されることは少ないのが実情だ。

 

 だが流石に、駆け出しの大地母神の神官でもある新人冒険者に、危険な依頼を任せるのは仲介業者としてギルドでさえ二の足を踏まざるを得ないだろう。

 大地母神は慈愛の教えを教義として、自己犠牲精神が尊ばれているため、人助けのためとなれば無謀な挑戦に挑んでしまう危険性を彼女は孕んでいたが、一方で大地母神は教義故の影響か『相手を攻撃する魔法』よりも『味方を守るための魔法』が数として多い。新人の駆け出しともなれば尚更だろう。

 

 要するに、当面は危険な討伐任務を一人で受けれるランクでも職業でもないのが彼女だった。

 しばらくの間は、町中か町の近くで受けれる簡単で比較的安全な依頼をこなしながら経験を積んでいくことになるだろう。

 

 それでいい・・・と受付嬢の女性は内心で思っていた。

 たしかに報酬は高くはないが、町中での神官を求める依頼はそれなりにあるのだ。その中で冒険者に必要な活動拠点としての人脈作りなどをしていけば、冒険仲間となってくれる人との出会いも得られるだろう。

 

 他の冒険者たちにしても、冒険者になったばかりで、駆け出しの新人でしかない彼女を頼って危険な依頼を引き受けたいと思う者は多くあるまい―――そう思っていたのだが。

 

「それと、怪我や負傷した状態で回収された時などの際には身元を照合するのにも使いますから、無くさないようにして下さいね?

 以上で登録は終わりです。依頼はアチラに張り出されていますので、等級に見合ったものを選んで下さい。

 あるいはベテランの方のパーティーに参加して――」

 

「なぁ、君。一緒に冒険に来てくれないか?」

 

『・・・・・・え?』

 

 突然そのとき、横合いから声がかかった。

 振り向くと、鼻の頭に絆創膏を貼った年若い青年剣士が気取った様子でカウンターにもたれかかりながら、だがイヤな印象を感じさせない声音と口調で登録したばかりの女性神官と言うより少女神官といった方が正しそうな彼女に勧誘の言葉を投げかけてくる。

 

 彼の背後には、赤毛の怜悧そうな少女魔術師と、武器を持たずに拳法着をまとった背の高いポニーテール少女の二人が佇んで控えてくれている。

 

 見覚えのあるパーティーだった。自分が担当したわけではないが、自分の同僚が登録手続きをしている姿を見たばかりの子供たちであり、等級は神官の少女と同じ《白地》

 

「君、神官だろ? オレのパーティー、聖職者がいなくって。だけど急ぎの依頼で、せめてもう一人欲しいんだ。頼めないかな?」

「急ぎの依頼、ですか? それは一体どのような・・・」

 

 剣士に魔術師、格闘家・・・ここに聖職者が加わるならバランスはいい。初級の依頼であれば大抵は、どうにかすることが可能な戦力になるだろう。

 だが、しかし――

 

「ゴブリン退治さ」

「――っ」

 

 その単語を聞かされた瞬間、受付嬢の心にイヤな予感が当たったとき特有の不快なしこりが沈殿し始めたのを微かに、だが確かに感じさせられてしまった。

 

 ―――ああ・・・・・・やっぱり、またなのか。

 という諦め切れない諦観の混じった苦みとともに。

 

「ゴブリン、ですか?」

「ああ。奴ら、村を襲って蓄えや家畜を奪い、挙げ句に女の子まで浚っていったんだ。早く助けてあげないと」

「あの・・・・・・」

 

 差し出口を承知してはいるし、大抵が制止の言葉を言っても聞き入れてもらえない場面だと経験則から理解していたが、それでも立場上許されている範囲内で言える言葉で、受付嬢は彼らに翻意を促す。

 

「皆さん、白地等級ですよね? もう少ししたら他の冒険者の方が来ると思いますが・・・」

 

 やめておけ、危険だ。お前たちでは危ない可能性が高い・・・・・・そう暗に告げた言葉だったのだが案の定、それは文章の表面をなぞるだけで裏に隠された意図があることまで相手に伝わることは滅多にない。この時も、それは同様だった。

 

「ゴブリンなんて4人もいれば十分ですよ。それより早く浚われた子を助けてあげないと。ゴブリン達にヒドい目に合わされてたら可愛そうじゃないですか。なぁ、みんな?」

「まっ、そうね。たとえアンタが切り損ねたときでも、アタシが殴り飛ばしてやれば問題ないんだし大丈夫でしょ。だからほら、一緒に行こう」

「・・・行くんだったらサッサとしてよ。敵も浚われた人も待ってくれないんだから」

 

 明るく、優しく、陰気なところや下心が感じさせられない爽やかな態度と声音を持つ、気持ちのいい性格の子供達。

 ――だからこそ受付嬢が感じさせられた危機感と不安は、増大せざるを得なかった。

 

 こういう冒険者という仕事には「全く向いていない」気質の持ち主達は、この手の依頼と相性が悪いことを経験則として知っていたからだ。思い知らされてきた経験があるからだ。

 

 一方で判断は微妙なところでもあった。

 もし依頼が届けられた通りの内容で、ゴブリンの数も大したことがなく、新たな住処にやって来たばかりというのであれば、彼らが言う通り自分たちの力だけで対処は可能だろう。少なくとも不可能ではない。それだけの戦力は持っていると言っていい。

 

 だが一方で、彼らが受けた依頼内容は『ゴブリン退治“ではない”』

 浚われた女の子の救出や、家畜を奪っていったなどの記述から見て、ゴブリン“たち”が巣穴として定めた拠点に対する襲撃―――攻城戦に近いのが、彼らが引き受けたゴブリン退治の実情である可能性は低くない。

 

 何匹いるか分からないゴブリンの群れが、集団で立てこもっている敵中に4人だけで攻め込む―――そういう流れになる危険性を持った依頼であることを、彼らは全く自覚していないのだ。

 

 おそらくは、故郷の村で腕自慢だった若者達が、都の窮状や各地の魔物被害などの話を聞かされ、『何とかしなければ』というような情熱を胸に秘めて、物語に描かれているような英雄達のように困っている人々を助けて回るため冒険者になりたがった―――最近では定番になってきてしまっている新人冒険者達の志望動機その典型をいくタイプこそが彼らなのだろう。

 

(・・・・・・そういう人は本来、都に行って正規軍の守備隊とかに志願入隊した方が本人達のためにもなるんですが・・・・・・どうしてか冒険者の方に来ちゃうんですよね、この人達のタイプって・・・)

 

 先程の少女のときと違って、心の中だけとは言えハッキリと盛大に受付嬢は溜息を漏らして、やっかいな風潮に感染してしまっていると思しき若者たちの身を案じて暗澹たる心地にさせられそうになる。

 

 人々を魔物被害から守るため戦い、正々堂々とした王道の戦い方で敵に挑む。

 ・・・それらは正規軍に入隊すれば基礎からベテランたちが叩き込んでくれる戦術であり、軍隊であれば訓練期間もそれなりに与えられるし、失敗しても大勢の味方がフォローしてくれることも可能になり、一応ながらも食事や寝る場所に困ることもない。

 

 彼らのような願いと戦い方を同時に叶えてくれる一番の場所は今の時代、やはり軍隊であり正規軍なのが現実だった。

 辺境の寒村まで軍を派遣して守ってくれない貴族たちや国王に失望して、冒険者という所属に囚われない身分で思う存分に人助けのための戦いを――志そのものは尊いだろうし理解もできるが、それ故に願いの内訳と冒険者という職業が一致しているようには到底思えない自分がいる。

 

 冒険者の戦い方というのは基本的に、『少数で多数を倒す』とかの変則的な条件で勝利を目指すようなものが多くなりやすく、それ故に『ルール無用の勝てばいい、殺せればいい、負けたヤツは負けたことが悪い』という王道とは縁のない結果論を尊ぶようなものが主流なのだ。

 

 サーガに描かれているような英雄的な剣士や聖職者のように、王道の戦い方で挑んでいる者たちも事実として存在しているものの、それは彼らが達人だからこその神業であり、彼らと同じ強さを持つに至ったなら別としても、そうなれる前の段階では不意打ち奇襲をされるのが当たり前の状況を少数のパーティーだけで突破しなければならないのである。真っ当なやり方などで生き残れる訳がない。

 

 それが冒険者だ。それが冒険者の戦い方というものなのだ。

 そのことを彼らが知った上で冒険者を目指していれば話は変わるかもしれないが・・・・・・もしそうなら、今のような話が口を吐いて出てくるとは到底思えない・・・。

 

 

「――分かりました、いきます! 私なんかで、よろしければ」

 

 そして神官の少女も結局は押し切られ、了承したことを声に出して宣言してしまう。

 ・・・・・・その時点で受付嬢には、これ以上なにも言えなくなってしまった。言う権利も資格もないからだ。

 

 冒険者はどこまで行っても『職業』であり『仕事』であり、彼らにとっての『収入源』『生活の糧』だ。

 成功して金を得るため引き受けた仕事を、『失敗して命を失う“かもしれない”』という理由で報酬もろとも撤回を求めて、自分はキャンセル料を払ってやる訳でもなく、普通にギルドから給料をもらい続ける――というのでは、ギルドの受付嬢はボッタクリ業者よりも性質が悪いナニカになってしまう。

 

 できれば腕のいい別の冒険者に同じ依頼を引き受けてもらって、彼らの助勢なり救助なりを担って欲しいところではあったものの、ゴブリンの討伐依頼は基本的に報酬が安いものが多く、引き受ける冒険者の数が増えれば1人頭の報酬は目減りしてしまう。

 わざわざ好きこのんで儲けは少なく、労力は大きいベテランにとっては面倒なだけの依頼を引き受けてくれそうな高ランク冒険者など滅多にいないのは理として当然のことだ。

 

 

 ―――彼だったら・・・・・・あるいは、“彼女”だったら、引き受けてくれると思うんですが・・・・・・

 

 受付嬢はそう思い、自分が知っている条件に見合った2人の凄腕冒険者たちを思い浮かべ、どちらだろうと先に帰ってきた順番で話を伝えて、すぐにでも後を追ってもらおうと心に決める。

 

 ・・・・・・とは言え、双方ともに何時ギルドへ顔を出してくれるかは不定期な者たちなので微妙なところ。

 

 片方は、ゴブリン退治の依頼なら何でも引き受けたがってしまい、今も幾つかの依頼を掛け持ちして同時にこなしている最中で、それ故に期間予定時間さえ未定の『ゴブリン殺し狂い』ときている。

 

 もう片方に至っては―――そこまで考えたとき、ギルドホールの扉が開く音がしたので顔を上げ、受付嬢がそちらを見ると――考える必要がなくなった。

 

 丁度、その人物が来てくれたばかりだったのだから。

 

 

 

「こんちは~♪ 受付さん、今日も相変わらず美人だね♡

 ゴブリン関連の依頼に、スレイヤ君に回されてないので残ってるのあーるー?

 あったらボクに、ちょ~だい☆

 殺すのでも救出でも盗掘でも全滅でも殲滅でも、ゴブリンに可愛い女の子が襲われてそうな依頼だったら何でも有りな銀級冒険者《ゴブリン・キラー》

 ただいま帰って参りました~。あはッ♪」



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伝説の勇者を否定する伝説 5章

少しずつ書き進めて、今さっき完成した『伝勇伝』の人殺せるバージョンを更新です。


 

 代々ローランド帝国王の護衛を任されてきた大貴族、エリス家。

 最強と称される剣士を生み出し続ける名家であり、あくまで王の護衛を任務として表舞台には決して立たず、戦争に参加しなかったことから一般にはあまり武名があまり知られていない神秘的な一族。

 

 名の通った貴族たちの間ではエリス家の道場に通うことが一種のステータスになっているほどで、身分の高い貴族の師弟たちが『箔付け』のため剣を学びに来る場所として、邸内には巨大な道場まで構えている。

 

 この家に出入りすることが出来るのは一部の者たちだけ。

 すさまじく身分の高い貴族たちだけが入ることを許された、石造りの荘厳な場所。

 

 そんな大貴族中の大貴族が住まう本邸内にある中庭で、ローランド帝国王と妾腹の子である三流貴族シオン・アスタールは、国家乗っ取り計画の片棒を担いでもらうための相談事をエリス家の姉妹と話し合っていた。

 

 

「ふむ。とりあえずは、そいつらの居場所だけでも掴むため、私たちに調査をやれと言うのだな?」

「ああ。できるか?」

 

 シオンは自分の素性をぼやかして相手に伝え、何人かいる兄たちの命を狙われていることを説明し、それら自分の命を付け狙う者達が誰なのかだけでも見極めたいと、自分がエリス家を尋ねてフェリスに助力を求めた事情を端折りながらも何とか整合性を保って説明し終えることに成功した。

 

 なぜなら彼女たちがエリス家だったからだ。王の護衛を代々し続けてきた名家中の名家の令嬢たちなのである。

 そんな相手に自分の素性と真の目的を――ローランド王の息子の一人で、今の支配体制を崩壊させ、国を乗っ取ろうと企んでいる野心家であり反逆者でもあるという事実を、完全に伝えて協力を仰ぐには抵抗がありすぎる相手だったのだから。

 

「ん。難しいな。第一情報が少なすぎる。変態秘密主義のシオンは、自分の父親に当たる高名な貴族とやらの名前さえ私たちに明かそうとはしないのだからな。

 闇雲に居場所を探れと言われても、不可能でしかない。――そこで明日から、お前に監視をつける」

「監視?」

「そうだ。お前の周りで不審な動きをしている奴の跡をつけさせるためにな。

 監視役はイリスだ。お前は明日からイリスに監視され続ける。朝も昼も夜もトイレも風呂もベッドの中も」

 

 そう言って、シオンの窮地を救ってくれた命の恩人であり、美しすぎるが無表情な美人剣士フェリス・エリスは、自分の手を引いて付いてきていた幼い妹の少女イリス・エリスの、姉に似て美人に育つ将来の姿しか想像しようのない美貌の頭に片手を乗せる。

 

「・・・・・・ふむ。これはイリスにとっても、いい勉強になりそうだな。いかに男が野獣なのかを理解するために・・・。

 そして、男に絶望したイリスは永遠に私の奴隷として・・・・・・ふふふ」

「奴隷って一番よい子のことなんだよね姉様? イリス知ってるよ。イリス、姉様の奴隷だもんね!」

 

 その美しすぎる妹も、かわいらしい声と口調と微妙に可愛くない恐ろしい内容の言葉を口にしながら、シオンとしては苦笑するしかない。

 

「じゃあ、とりあえずそれでやってみようか」

 

 そう言って、計画を始めさせただけが彼の対応だった。

 『こんな小さな子に手伝わせるのは危ない』という類いの反問や疑問を呈そうとは微塵も思うことはないままに。

 

 なぜなら既に『言った後』が今であり、『見た目に騙されれば死ぬだけ』という現実の実力差を、身を以て思い知らされた直後なのも今のシオンだったのだから。

 

 そして帰り際に思う。

 

 ――やはり、この家の人間たちは一人残らずバケモノ揃いだと。

 

 昨夜に言われたとおり、だんごを持ってフェリスの元を訪れたとき、最初に通された道場で出会った穏やかそうな美青年でフェリスの兄でもあるらしい『ルシル・エリス』も、人間のものとは思えないほどの殺気を放ち、殺気が消えた瞬間には嘘であったかのように穏やかで何もない、ずっと変わらぬ優しげな微笑だけを残したまま――自分を殺す寸前までいった男だった。

 もしあの時フェリスが兄の邪魔をしてくれなければ、確実に殺されていただろうと今でも冷や汗がでるほどだ。

 

 そんな彼らの家をシオンが訪ねたのは、『彼女たちの力』を彼自身が欲したからだった。

 兄たちや父と違って、今の自分には何もない。

 野心に気づかれて全力で叩かれたら、今はまだ対抗する術がシオンにはない。

 

 生まれながらに、この国で二番目に大きな力を持った兄たちと違って、王が戯れに見初めただけでしかない『小汚い犬の子供』の自分には、彼らを叩き潰して腐った国を変える力が、今はまだ足りていないのだ。

 

 だが昨晩、自分を助けてくれた彼女の――フェリス・エリスとエリス家の力があれば、アレだけの力が手に入るなら出来ることは大きく変わる。

 政治力。軍事力。綺麗なことも汚いことも全てひっくるめて、もっと、もっと、もっと――ッ!

 

 その為には、あのルシル・エリスのような悪魔さえ、使いこなす必要が自分にはあるのだ。

 あの人間のものとは到底思えない、獣の殺気でさえ生温い、だが吹けば霧散して消えてしまいそうなほどの静けさを同時に宿した、悪魔の殺気を持つ男の力さえも――

 

 

「・・・・・・ああ、そうか。そこがアイツと違うのか」

 

 そして不意にシオンは納得して足を止めた。

 自分の親しい人間に、あの化け物と同じような殺気を、間接的にとはいえ感じさせられた翌日だったからこそ思った比較対象。

 静けさなど全くなく、殺意と怒りと不愉快さを隠す必要すら感じたこともなさそうな、獣よりも魔獣と呼んだ方が正しそうな魔的な殺気を発する少年。

 

 ローランドの黒い死神、ラグナ・ミュート。

 彼が昨晩、刺客たちに放っていた殺気も到底人間のものとは呼べないほどの獣じみた、もしくは悪魔じみた鬼気迫るものがあったが――ルシルとは致命的に違うものであったことがバケモノたち二人と直接出会った者としてハッキリ伝わってきたからだ。

 

 それ故に、ルシルとラグナが戦えば、確実に死ぬのはラグナの方だということも理解できる。

 ルシルに近い殺気を持ちながらも、ルシルより弱いラグナにさえ自分は勝てない。もし戦えば殺されるのは自分だけだと、自分自身で心の底から思い知らされたばかりだからである。

 

「・・・・・・やはり俺の進むべき方向は、戦闘ではないという事なんだろうな。

 直接的な強さでアイツらに勝てるようになれるとは到底思えないし、もっと総合的な強さを求めなければダメか。

 ま、最初から分かってたことだからいいけどな・・・・・・」

 

 そう呟き捨てながらも、一応は王立軍事特殊学院で全科目トップの成績をキープし続けるため自分なりに努力してきた自負のあるシオンとしては多少の残念さぐらいは感じざるを得ない。

 やはり男として、『最強』という言葉と存在に憧れを抱かずにはいられないものなのだ。

 

 だが自分の目指す夢のためなら、その想いは捨てられる。より大きな力を得るためなら、それを得られる力をこそ欲してみせる。

 

 ――やってやる。面白いじゃないか。

 

 そう思い、我知らず笑顔を浮かべながら、深い闇に包まれたエリス家の邸宅を出て行く彼の背中を、笑みと共に見送っていた闇を凝縮した暗く優しい美青年の視線に気づくことなく――。

 

 シオン・アスタールとフェリス・エリスとの初邂逅は、こうして幕を閉じ、二人の共犯関係が新たに幕を開けることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日から一ヶ月ほどが経過した、ある日の午後。

 

「ねぇラグナ。最近さ、シオンの顔色悪いと思わない?」

「あァ? 知らねぇよ、んなモン。俺の顔色よりはマシなんじゃねぇーか、多分だがな」

「・・・いやまぁ、アンタより顔色悪かったら問答無用で病院につれてってるから聞く意味ないんだけど――って言うか今は、そんな当たり前なことはどうでも良くて。

 とにかく顔色が悪いのよシオンの。なにか悩み事でもあるのかしら?」

「悩みがあるからって、他人の俺らが立ち入る問題じゃねェ――だりィ・・・。くだらねぇ一般的形式論マジかったりぃ・・・」

「って、やっぱりそっちが本音かい! 一瞬でもラグナがまともなこと言えたと思って、否定されてたのに喜んじゃってた私がバカでした!?

 あと、せめて最後の「だろ」ぐらいは「ダリィ」に変えず普通に言え!」

 

 そんな会話を、ラグナとキファが班ごとに学院側から与えられている集会部屋の中で交わし合っていた。

 そこは総勢6人の班メンバー全員が入ると満員になってしまうような狭い部屋で、実際に6人全員が集まっている今は満員状態になってしまっている最中だった。

 要するに、

 

「っつーか、んなもん俺に聞いてどうすんだよ。本人に聞け、本人に。目の前にいんだから聞きゃいいだろうが、赤の他人の俺に聞くより手っ取り早ぇし確実なんだから聞けよ」

「う、ぐ・・・それもまぁ、そうなんだけどぉ・・・・・・」

 

 ラグナから冷静にジト目でツッコまれて、途端に旗色が悪くなって勢いが衰えるキファ。

 そうなのだ。今この場にはラグナたちが属するシオン率いる班のメンバー全員が集まっている。

 総勢6人のメンバー全員が、である。その中には当然リーダーのシオンも混じっており、二人が騒いでいる会話内容を目の前で聞かされる位置に座っていたりする訳なのだが。

 

「なるほど。僕は今、そんなに顔色が悪く見えているってことかな? それこそラグナの顔色と比べられてしまう程に」

 

 二人だけの会話で話題のタネに使われてしまっている当人として、苦笑しながら自分を囲むように席に着いている他の班メンバーたちに意見を聞いてみたところ、全員から躊躇いなく一斉に頷きを返されてしまった。

 

「どうしたんだよシオン。ほんとうになにか悩み事でもあんなら力を貸すぜ?」

 

 仲間の一人であり男子生徒のタイルが、最初に肯定する声を上げ。

 

「我々が協力することで解決できる問題なら、相談してもらえた方がこちらとしても気疲れしなくて済むのだがな」

 

 続いてトニーが淡泊かつ合理的に、それでも内容的には心配している意思を伝え。

 

「そうですよぉ。悩みって恋じゃないんですか? 恋ですか? 恋でしょ?」

 

 そして最後に紅一点のファルだけが、心配しているのか賛成しているのか、ただ己の趣味を満たしたいだけで生きているのか判然としない返事を、目を輝かせながら言ってくるのを聞かされながら、シオンは彼らの方にだけ返事をして、ラグナたちの方は目の前にいる者同士で無視し合い。

 

「いや最近、少し寝不足だっただけだよ。ここ一ヶ月ほど、あんまり寝れてなくてな・・・・・・でもそれももう終わるみたいだし、ラグナが煩ってるほどの不眠症じゃないから心配するほどのことではないよ」

 

 と、友人を引き合いに出すことで、誰からも否定しようのない根拠として周囲からの反論を完全シャットアウトするため利用させてもらうことにする。

 

 実際問題シオンが、身体に悪そうな顔色になるほど寝不足になっていたのは理由があり、エリス家を訪れてフェリスとイリスという人の形をした美しすぎるバケモノたちの助力を得られることを約束してもらった例の日から、今日までずっと夜になると護衛役として派遣されてきたイリスの相手をせねばならなくなって、自分の部屋で一人になって眠れるのが夜明け前の数時間分だけという状況が一ヶ月ほど続いていることが原因だった。

 

 最初はキツすぎる生活スタイルだったが、人間の身体というのは慣れるもので、今では日常生活を送る上での負担などは感じることなく、少ない睡眠時間だけでやりくりすることが可能な肉体となっていた。

 

 だが、やはり慣れて平気になったつもりではいたが、体には悪い生活スタイルだったということなのだろう。仲間たちの目に映るレベルで身体に支障が出てしまっていたようだ。

 

(――だが、今日は久しぶりにゆっくりと眠れそうだ・・・)

 

 フェリスたちがシオンの周りを監視し始めてから一ヶ月が過ぎた昨日の夜のことだ。

 深夜遅くにシオンを尾行していた不審人物をイリヤが発見し、フェリスと協力して黒幕と接触しにいくところを押さえるため監視を強めていた。

 彼女たちは敢えて監視に気づかせ警戒させ、黒幕の元へ報告しに行きたくとも、接触する危険性を考慮すれば出るに出られぬ焦慮を相手に強要する心理戦を仕掛けていた。そう長い時間かからずボロを出すのは確実だろう。

 

「なるほど。つまりシオンは・・・・・・恋人ができたんでしょ!? 恋人ができたんですね! いやぁん♡ だから毎日寝不足になってるなんて、シオンのエッチ~♡♡」

 

 ・・・・・・だというのに何故この紅一点メガネ少女は、こういう解釈ができてしまえるのだろうか?

 何をどう聞いたら先程までの返答を、そんなブっ飛び解釈の末に恋愛話へと飛躍して信じ込めるのか、男であるシオンには一生涯思考回路が不明そうなファルの感想だったのだが・・・、

 

「なんだとぉ!? マジかよシオン! 俺たちに黙って抜け駆けするなんざ・・・! どうするよトニー!?」

「許すわけにはいかないな。我ら生まれは違えど、死ぬ所が同じでなければ仲間ではない。裏切り者には死の鉄槌を!!」

 

 しかし、どうやらシオン以外の男たちには一定数の支持層がいる解釈の仕方ではあったらしい。

 トニーが額に青筋を浮かべながら席を立って、拳を「ボギリ」と鳴らすのを聞かされながら、モテない男の嫉妬というものの恐ろしさを見せつけられつつ、

 

「あはは。違うよ。いろいろ事情があってな。でも、心配かけたみたいだね。そんなに顔色悪いとは思ってなかったけど、ちょっと顔洗ってきた方がいいみたいだ」

 

 そう言って、なにやら変な方向に誤解されて仲間割れの危機に直面しそうだったので、適当に言い訳して部屋の外へ出てすぐの水場へと向かって歩き出すシオン。

 

 部屋を出て、仲間たちに背中を向けて見えなくなった、その瞬間。

 

「・・・・・・ここからだ。逃がしはしない。ようやく尻尾を捕まえたのだから・・・」

 

 一人呟きながらシオンの目が鋭く細められ、その瞳には野望と憎悪、そして確信とが宿って怪しい色のカクテルを作りだし、口元には柔らかくて危険な笑みを浮かべ直す。

 

「俺がここから上っていく。その為には目の前に立ち塞がる奴らは、誰であっても叩き潰してやる。そして――」

 

 野望と憎悪と、そして強い確信を込めた笑みを浮かべながら、そこまで言い切ったシオンだったが・・・・・・ふと、そこで思考を一度止める。

 

「だ、だいたいラグナは他人に気を遣わなすぎなのよ! 相手の顔色を見ていろいろ考えれるようにならないと、女の子に気を遣ってあげることも出来ないんだからね!?」

「はぁ・・・・・・ダリ。首絞められて抵抗しなけりゃ窒息で眠れるかと思ったが、やっぱ腕力低すぎてダメか・・・・・・めんどくせ、ダリぃ・・・・・・」

「殺す! この男、今日こそ殺してやるわ――――って、痛ぁぁぁぁっい!?」

 

 思考を止めて振り向いた先では、上半身を机に突っ伏しながら、普通の健康体な人間であれば死にかけているとしか思えない声で愚痴っているラグナが、額に青筋を立てて首を絞めあげていたキファの努力を無駄にさせ、思い切り殴りつけた痛みで自爆して、馬乗りになっていた姿勢から飛び上がって身を離し、涙目でピョンピョン跳ね回っている彼女の姿が視界に映っていた。

 

「いいぞ、やれやれー」

「ラグナを気絶させるため全力で殴るんだキファ! ――自爆して痛がる姿がカワイイぜ♪」

「キャーッ♡ キャーッ♡♡ 攻めてるのに責められてるキファの強気ヘタレ受け、キャ~ン♪♪」

「あんた達、私を応援してるフリして、実は無様な姿を見たがってるだけなんじゃないの!?」

 

 ようやく仲間たちから自分への評価と感想に気づかされ、涙を浮かべて反論するキファ。

 だが、その反応すらいつもの行動の延長線上にあるパターンでしかなく、いつの間にか班のメンバーたちまで彼らを囲んでヤンヤヤンヤと騒ぎ立てている始末。

 

 シオンは、そんな仲間たちを眺めて目を細めていた。

 そこには、ゆったりとした時間が流れていて、陰謀や、罠や、殺意や、憎悪なんて言葉は介在しない。少なくとも彼には介在している部分は見いだせなかった。

 

 戦争もなく、死もなく・・・・・・平和だった。

 拍子抜けするほどに、ひどく平凡な日常。

 

 最近その光景を見ているとき、シオンはふと思うことがある。

 自分の野望や復讐は、実はとんでもなく無意味なことなのではないのか・・・・・・と。

 

 自分を虐げてきた親や兄たちに復讐して、王になってやるという夢。

 それは沢山の人間を犠牲として要求する、血の色をした夢。屍の山の向こうに良き国が待っている優しい悪夢。

 

 ・・・・・・そんな夢は、本当に必要なのだろうか?

 ここにはもう、自分が求め続けた夢の全てが揃っているのではないだろうか?

 仲間たちと笑って、喧嘩して、また仲直りして―――それ以上に何を望むものがある?

 

「俺が目指す場所は・・・・・・」

 

 ――もう自分は、到着することが出来ているように思う。

 今が平和なら、今の平和が続いてくれるなら・・・・・・兄たちへの復讐も、自分が王になって国を変えることも必要ない。

 ・・・・・・仲間たちを見つめていると、シオンは心からそう思える。

 

 

 だが――だが、その夢は。

 シオンが感じた、今ここにある優しい世界は・・・・・・

 

 

 『幻想』以外の何者でもない。

 

 

 当たり前のことだ。

 今この場にいる、「優しい者たちだけの空間」を基準として国全体を語った評価に、意味などあるわけがない。

 現実にシオンの兄たちは、妾腹の息子で王位継承のライバルともなり得ぬ弟を殺すためなら、一緒にいただけのラグナまで巻き込んで殺してもよいとし、周辺民家をも吹き飛ばす大規模破壊をおこなっても構わないと切り捨てたばかりなのだ。

 

 彼らの心の平安を守るためなら、邪魔な者は殺して良く、邪魔な者を殺すためなら無関係な者を巻き込むのも良い。

 ・・・そんな世界の、そんな社会の、そんな国の、どこが優しい? どこに平和がある?

 

 

 所詮は心身共に疲れ切っていたシオンが抱いた、一時の気の迷いでしかない幻想だったのが、その光景だった。

 見たいと思ったから視えた気がした。欲しいと願ったから手に入っている気になった。

 欲しいと願った平和な世界が、やりたくない戦乱と犠牲を引き起こさないと手に入らないのが現実の世界だったから、そんな世界が現実だと思いたくなかっただけのこと。

 

 現実逃避だ。それ以外の何者でもあり得ない。最初から分かり切っている。

 あるいは、現実逃避なればこそ、今この時に感じていたいと本能的にシオンは思ったのかもしれない。

 彼は心の中で、本能的に気づいていたのかもしれない。

 

 ――明日から自分は、この場所へ戻ってくることが出来ない道へ進み出すことを。

 ――今日が自分が感じられる、最後の優しい世界になることを。

 ――今この時までが、優しいだけの自分でいることを許してくれる期限であることを。

 

 彼は・・・・・・押しつけられた運命から与えられた、最後の慈悲によって感じていたから・・・・・・だから、そんな夢を最後に抱くことが出来たのかもしれなかった。

 

 

 だが、夢は夢だ。夢は覚める。

 優しくても、優しくなくても、夢はいつか必ず覚めて、現実へと帰還させられる。

 そして、一度でも追放された夢の世界に帰ってくることは、二度と許されることは無い・・・・・・それが、現実。

 

 

「し、シオンさん!? た、大変だ! 大変なことが起こっちまった!?」

 

 突然、部屋の扉が壊されるように開け放たれ、別の班にいるシオンが勧誘した仲間たち数人が駆け込んでくる。

 その全員が血相を変えて慌てふためき、尋常ではない事態が到来したことを表情だけで全員に伝わり、ラグナを除く騒いでいたメンバーたちも黙り込んで彼らを見る。

 

「落ち着け、ロル。いったい何があった?」

 

 そんな中で只一人だけ、冷静な態度のままシオンが走ってきた仲間へと歩み寄り、興奮している相手を落ち着かせるように静かな声音で質すが・・・・・・相手の方は要領を得ない。

 

「ど、どうしようシオンさん!? やばい! やばいよ!?」

「俺たち、し、しし死ぬかもしれない! やばい!やばい!やばいやばいやばいッ!?」

「なんでだ!? 一体なんでこんなことに!? ああ、神様ぁぁーッ!!」

 

 皆がひどく動揺したままで、「やばいやばい」と連呼するばかりで意味のある情報を全く発しようとしないのである。

 コレでは状況がつかめず、不安ばかりを増大するだけでしかない。

 

「静まれッ!!」

「――ッ!?」

 

 埒があかないと見たシオンが怒鳴り声で一喝し、ビクッとなった相手たちが怯えたように黙り込む。

 恐怖心で混乱して正常な判断力を失っている相手を沈静化させるには、より以上の恐怖を感じさせて血の気を引かせてしまうのが一番手っ取り早いからだ。

 

 何が起きているかは分からないが、危機的状況になりつつある情報を掴んだからこそ慌てていることだけは、今までの話から明らかなのだ彼らだ。

 

 だが、『到来しつつある危機的状況』より先に『目の前にいる相手』が恐怖で上回っている状態とあっては、先のことを心配して慌てふためく余裕は失われるしか無いのだから・・・。

 

 ショック療法であり、後遺症もないではないが、この際はやむを得なかった。

 

「じゃあ、ロルだけ話せ。他の奴らは黙ってろ。一体どうした? 事情はどうなっている?」

 

 ひとまずは表面的にだけでも落ち着かせた相手に対して、畳み掛けるように矢継ぎ早に、一方で聞いている内容は一つだけに絞って問いを投げかけるシオン・アスタール。

 普段は好青年然とした優しげな口調とは違う、ラグナに対するときなどに見せる命令形が混じった本来の口調。

 恐怖に加えて、普段とのギャップ差で混乱する相手に、余計なことまで気にする意識を取り戻される前に聞くべき情報を聞き出す必要があると判断した彼の交渉術。

 

 その術に引っかかり、ロルというらしい相手の青年は震える口調で、問われた質問に関する答えだけをシオンに伝えた。

 

 それはシオンが『率いる者』として見せた最初の威厳が成功した事実を表すものだったが、それによって得られた成果は最悪と言っていい内容のもの。

 

 ロルは怯えた表情と口調で、こう語ったのである。

 

 

 

「いやあの・・・・・・隣国のエスタブールが、ローランドの領土を侵したんです。

 また、戦争になる・・・戦争・・・戦争に・・・・・・ど、どどうしましょう? シオンさん・・・。

 お、おお俺たち、兵隊としてせせ、戦場にいかなきゃいけなくなる・・・・・・。

 戦場にいって、人を殺したり、とか・・・・・・殺されたりとか・・・・・・しなくちゃいけなくな、って・・・・・・アアアアッ!? い、イヤだぁぁぁぁッ!! 死にたくねぇよォォォォッ!?」

 

 

 

つづく



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この乙女ゲー世界は、女子でも引きます 5章

『モブセカ』の妹オリ主版を更新です。
いろんな作品をつまみ食いして、同時並行で書き進めてったら、未完成がいっぱい貯まって1作が完成するのがスゴク遅れてしまいました。
次から気を付けたほうが良さそうです…申し訳ない…。


 

 普段は人気のない学園の校舎裏にある焼却炉の前で、三人の女子生徒たちが薄ら笑いを浮かべながら集まっていた。

 彼女たちの前ではスケジュール通りに、学園で出たゴミを処理するため炎が赤々と燃えている。

 三人の中心に立つショートボブカットの少女の手には、一冊のノートが握られており、よく見ればゴミの一番上に置かれて燃えているのは学園指定の学生鞄に見える。

 

「フフフ・・・・・・♪」

 

 せせら笑う声を紡がせながら少女は「ポイッ」と、文字通りゴミを捨てるような手付きで持っていたノートを焼却炉の中へと放り込み、燃えさかる火の中に捨ててしまった。

 まだ日は高く、今日の学校が終わってもいない時間帯に行われた犯行だったが、構いはしない。

 

 “どーせ自分たちが裁かれることはない”のだから。

 

 そう高をくくって、安全に虐めを愉しんでいる三人の少女たちは、愉悦の笑いを浮かべながら燃やされていく鞄とノートを見物して憂さを晴らしていた。

 

「・・・・・・フッ」

 

 そんな自分たちの後ろ姿を、背後に立つ木の陰に隠れ潜んで見物している存在がいたことに気付くことなく。

 ファサッと、髪をかき上げ風になびかせて颯爽と背を向けて去って行く目撃者がいたことに最後まで気付かぬまま、少女たちは犯行現場で薄ら笑いを浮かべ続けていた―――

 

 

 

 

 

 

 それは俺たち兄妹が、あの緩い乙女ゲー世界に生まれ変わって魔法学園に入学して一学期終わる寸前の、ある日の出来事だった。

 

「・・・聞いたかぁ・・・? リオン、レイモンドぉ・・・・・・。金持ち連中の男子二人は、婚約確定だって話・・・」

「聞いてるよ・・・しかも相手の女の子は、ボクたちにも優しかったミリィとジェシカだって話でしょ・・・?」

 

 俺の部屋に、モテない男友達2人であるダニエルとレイモンドが絶望的な顔色と表情でグチるために集まってきていた。

 

 ミリィとジェシカは栗毛のツインテールと黒髪ロングの清楚系美少女たちで、身分に関係なく誰にでも優しくしてくれて、当然ながら見た目もすこぶるいい。

 まさに理想的と言っていいほどの結婚相手候補ナンバー1と2だったクラスメイト女子たちで、いわゆる「こんなに可愛くて性格もいい子たちが何で恋人いないんだろ?」とかのツッコミを言われるタイプの完璧美少女たち。

 

 この世界が、緩いながらも乙女ゲー世界だからこそ、彼女たちも攻略対象ではなく俺たちと同じモブ扱いになってはいたが、これがギャルゲー世界だったなら攻略ヒロインの一人には確実になっていただろうって程のハイレベルな女の子たち―――だったのだが。

 

 そんな男たちにとっての夢を具現化したような存在が、卒業まで3年近くも放置し続けられてるはずもなく、貴族ばっかが通う魔法学園の中でさえ金持ち呼ばわりされてる奴らからさえ熱烈アプローチされまくって、入学してから一学期終わるまでにゴールイン。

 

 そりゃそうだよなぁ・・・「こんなに可愛くて性格もいい子たちが何で恋人いないんだろ?」とか言われる子が現実にいたら、誰だって恋人にしたがるもんなぁ・・・。

 引く手数多の中で、3年間も独り身通してくれるなんて、好きな奴でもいない限りはありえないもんなぁ・・・・・・儚くも短い夢だった・・・。

 

「・・・クラス内では最後の希望だった二人が結婚確定・・・・・・あと残ってるのは性格最悪の女子ばかり・・・」

「終わりだ・・・・・・もうボクたちの学園生活と人生は終わったんだよ・・・・・・」

『『ハァァァァァ~~~・・・・・・』』

 

 そして二人揃って盛大な溜息。

 

 入学したばかりの頃は、もう少し気楽に構えてた記憶ある気もするが、まぁ無理もないか。

 なにしろ、もう少しで一学期が終わってしまう時期になっても未だ俺たち3人はフリーなままで、結婚相手どころか取っかかりすら得られないまま寂しく男同士で部屋にたむろする日々が続いているのだ。

 これで少しも落ち込んでなかったら、そっちの方が問題あるとか言われそうなレベルで、この世界基準だとヤバイ立場になりつつあるのが俺たちだった。

 

「・・・そう言えばリオンの方はどうなんだ? 一人ぐらいは誰か伝手が――」

「俺も同じだよ。お茶会の招待状出しても無視され続けてる。最初は性格ブスな連中でも、一応は来てくれてたが、途中からはそれもサッパリになって音沙汰無し」

「そうかぁ・・・お前もかぁ・・・・・・」

『『はぁぁぁぁ~~~~~~~・・・・・・・・・』』

 

 そして二人揃って再び溜息。

 元々この学校の生徒たちには、結婚相手を探すためってのを目的に入学してくる奴が多くいる。

 そういう目的の奴が集まってくる場所なんだから、条件のいい子は早い者勝ちで手に入れるため積極的に動きだすのは当然だし、遅くなればなるほど条件が悪いから誘う奴が少なかった不良物件か事故物件ばっかになってくのも必然の流れでしかない。

 現実の男女関係で余り物に福はなく、福がないから余ってるのが現実の結婚相手ってもんでもある。

 

 その結果として、入学直後からスタートダッシュ切って成功した一部の奴らに、条件よくて身分的にも釣り合ってる子のほとんどは奪われ、遅れてスタートしても間に合う余裕ある男子共に残っていた条件いい子をかすめ取られ、最後に残った男女同士でしか選択肢が互いにないという、合コンか修学旅行の班決めみたいな状況に陥ってるのが、一学期終わりを迎えようとしている俺たちの惨状だった・・・・・・これじゃあ絶望的な気分ぐらいなりたくなる。

 

 とは言え、いくら絶望したところで絶望的な状況が変わってくれる訳でもない。

 

 

「そう言えば・・・・・・最近、ユリウス殿下の周りが騒がしいらしいよ」

 

 気分を変えるためか、レイモンドが敢えて話題を変えてきたのは、そんな時だった。

 その噂については俺も耳にしていた。もちろん女子たちの間での話だったから男の俺には詳しい情報まで伝わってくることはなかったが・・・・・・“気になる部分が幾つかあった”から意識せずにはいられなかったのだ。

 

「ああ・・・アレだろ? マリエって子が、ずいぶんと虐められてるって話」

「うん。噂だとイジメの中心は殿下の婚約者、侯爵令嬢のアンジェリカだったらしいよ? 殿下が聞いて激怒してるって」

 

 ダニエルも、辛い現実から一時だけでも逃避しようと思ったのかレイモンドの話に乗っかって、自分が聞いた噂話の一端を口にする。

 その内容は、俺が耳にした内容とそれほど変わらないものだったが・・・・・・だからこそ俺は気にせずにはいられずに、思案するしかなくなっちまっていた訳である。

 

 展開が早すぎるのが、その気になる理由だった。

 気になりだしてから、俺が書き留めた原作展開をすべて書き留めたノートも見直したけど、やはりどうもおかしい。辻褄が合わない死整合性も取れない。

 原作でも、アンジェリカさんによる主人公への嫌がらせイベントは確かにあった。最近の噂内容は、そのイベントと酷似したものが多く聞かされてもいる。

 

 だが、時期が早すぎる。

 それらのイベントは原作だともっと後になってから、ユリウスの好感度が最高値近くまで上がったことで発生する流れになっていたはず。

 アンジェリカさんが嫌がらせしてくるのは、自分の婚約者であるユリウスと主人公と仲が良くなりすぎていったことに嫉妬したのが理由で起きるものだ。

 幾らなんでも入学から一学期終わる前の時点で、そこまで攻略対象の好感度が上がりまくってるなんて有り得ないだろう。チートにも程があるし、ゲームバランスが悪すぎる。

 もし、そんな展開が可能だったら――

 

 

「“俺なんて、自腹切って課金してまで途中のイベントクリアして攻略成功させてたぐらいだからな。

 一学期目から好感度マックス可能な方法あるんだったら完全に詐欺じゃねぇか。金返せよ、あのクソ乙女ゲー”」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 ――俺は正直、その自分の心の声を聞かされた瞬間に、叫び声を上げなかった自分を絶賛してやりたくなった。

 

「「って、レイン!? いつの間に! そして何処から!?」」

「お、おおおお前は兄を驚かせてショック死させる趣味でもあるのか!? 普通に声かけろ普通に!! あと、兄の部屋だろうと不法侵入だぞ!?」

 

 ずざざざー!!と、全速力でレイモンドたちの側へと避難して背後を慌てて振り返る俺!

 そこに不敵な笑みを浮かべて立っていたのは、眼鏡を光らせながらツイテンールを揺らしてる、見た目だけは良くて中身は病んでるんじゃねぇか疑惑を持ち始めた、俺の妹転生者のレイン! 前世では山田って名字の女子だった!!

 

「フフフ、心外な言い様だね兄君くん。私ほど兄思いで兄に尽くし、兄のやることに献身的な忠誠を捧げている妹は他にいないと、個人的に自負している程だというのに」

「主観的な自己評価だろソレってつまり!? 嘘臭すぎるにも程があるなオイ!」

「実の兄から信じてもらえないのは悲しいことだね。だが今はいい。

 これから少しずつ、私を信頼していってくれる様になればいいのだから・・・」

 

 遠い目をしながら優しげな表情で、裏切る奴がよく言うセリフを平然という妹が、俺は苦手だ。能力はあっても絶対に信用できないタイプだ、絶対に。

 

「まぁ、冗談は置いておくとしてだ。――先程レイモンド君が話していた件だが、アンジェリカ君は無関係なようだぞ?

 ダニエル君が語っていたマリエ君のノートと鞄を燃やした犯人たちも、侯爵令嬢の取り巻きとさえ呼べない下っ端も下っ端。悪役令嬢A、B、Cぐらいなものだよ。

 とても本人から直接指示してもらえるとは思えない、名前すら覚えてもらっているか分からん外様令嬢たち。全く当てになる証人たちとは呼べん程度の者共さ」

 

 ショッカーの戦闘員みたいな扱いされてる女子生徒たちだった。

 しかもコイツが、これだけ自信もって断言できるってことは、

 

「でも、レイン。そんな事どうやって分かったんだい? ボクたちも、その子たちが誰かなんて具体的には知らなかったのに・・・」

「それは無論、後ろからソッと近づいて後をつけ、気付かれないよう見ていたので」

「見てたのかよ!? しかも尾行してたって怖いわッ! 今見たばっかだから尚更に!?」

 

 やっぱ自分で監視してたか。今さっき隠れ潜んで見物されてたばかりだから、スッゲー説得力ありすぎる証言だが、しかし命令された訳じゃないとなると、なんでその女子たちはマリエに嫌がらせを―――いや、待てよ。

 

「マリエと王子が別れた後に、アンジェリカさんと寄りを戻しちまったら他の女子たちにとっては意味がない。

 王子をフリーにさせるためマリエをいびって追い出して、その罪をアンジェリカさんに押しつけて婚約も解消させて、自分たちの誰かが後釜に座れるようになるため結託したってことか・・・」

「ご名答。都合よく公衆の面前でアンジェリカくんがマリエくんを大声でなじっている姿を多くの者に目撃されている。

 これなら誰が何をやっても“アンジェリカ様に命じられました”と言えば、王子殿下の疑いは彼女に向かう。

 ――そして恋人に去られて、犯人は婚約者だったという真実に傷心している王子様の心を慰めてあげて、あわよくば好感度とハートをGET!・・・といった計画のため手を組んだのではないかと推測される」

『『き、汚い・・・・・・そして、エゲツない・・・・・・』』

 

 学園の性格最悪な女子たちが企んでると思しき謀略の内容を聞かされて、ダニエルとレイモンドが顔青ざめながらドン引きする。俺だって気分が良くはない。

 前世でプレイした緩い乙女ゲーの記憶が残っているからこそ、この学園の女子達なんて大半がそんなもんだという割り切りがあったおかげで比較的冷静でいられてるだけだからな。

 まったく、妹でもないのに性格クズな女子ってのはホント駄目だな。この世界の女子は妹以外も大方がダメな奴ばっかりだ。

 

 

「まっ、彼女たちの気持ちも分からなくはないのだがね。

 王子様たちと同じ学園に入って、“もしかしたら私にも・・・♡”とか乙女的な夢を抱いて待っていたら、入学から三ヶ月過ぎても何の音沙汰もないまま、周囲の可愛い女子たちは次々とイイ男と結ばれて、残された者達は余り物の男たちの中から選ぶしかなくなっていく。

 仲間だと思っていた同級生に先を越され、『貴女たちもお幸せに♪』と幸せいっぱいの顔で言われて置いていかれる悲しみと切なさは、彼女たちを凶行に走らせてもおかしくはないほどに暗く重く、そして・・・・・・なんかスゴク嫌なものだ」

 

 

『『あ~・・・・・・それは確かに。なんとなく分かる気がする。

  なんかスゴクよく分かる気がするわ、本当に』』

 

 

 そして続くレインからの解説に、今度はウンウンと何度も頷いて深く納得させられている節操なしの男友達二人組。

 まったく、コイツらには信念というものがないのだろうか? 同じ男として恥ずかしい限りだ。

 コイツらと同類にならないためにも、俺はちょっとだけ今後は女にも優しくしてやろうという気にならなくもなかった。そんな一学期終わりが間近に迫った某日の会話は、こうして終わりを告げていた。

 

 

 

 

 んで、その数日後。

 俺はその時に交わした会話を思い出しながら、気になっていたゲーム情報との齟齬も併せて確認を取ろうと、数少ない性格マトモな女子に話題として切り出してみる。

 

「え? マリエさんですか?」

「うん、イジメられてるって話を聞いたんだけどさ。実際どんな子なのかなって少し気になってさ」

 

 図書室で勉強中だったらしい彼女に、息抜きがてらに出しただけの話題として適当な理由をこじつけながら、俺は気になっていた嫌な相手の他人から見た評価を聞いてみる。

 なんと言っても、オリヴィアさんは主人公だ。この世界の登場人物たちがどう接するかで、どういうキャラ立てがされてるかが決まるはずの存在で、まぁ今の状態だと微妙かもしれんけど他に聞けるような女子の知り合いいねぇし。ジェナは学年違ってて役立たねぇし。

 まぁ、雑談の話題としてなら丁度いいだろう程度の軽い気持ちで聞いただけだったのだが。

 

「一度だけ話したことはありますけど―――あッ!?

 ・・・・・・も、もしかして・・・・・・リオンさんも、その、マリエさんみたいな人が好き、なんですか・・・・・・って、どうしてそんなお顔を!? 違ってたんですか!?」

 

 ――いかん。あまりにも予想の斜め上行き過ぎる不名誉極まりない解釈をされちまったせいで、感情が顔に出まくっちまったらしい。

 オリヴィアさんでさえドン引きしそうな表情で俺の顔を見られちまっている。だいたい彼女は悪くないのだから、こんな対応をするのは失礼だよな。彼女に悪いことをしてしまった。

 

 この件で悪いのは、全てマリエとかいうビッチだけなんだから。オリヴィアさんは悪くない。彼女は正しいから俺たちにも優しい。ビッチは悪いから性格も悪くてビッチ。これ絶対。

 だから優しいオリヴィアさん正義。正義は悪くない。

 

「好きどころか大嫌いだね。アレは悪だ。ビッチでリア充という名の悪として爆発しなければいけないぐらいに」

「り、りあじゅ? え、えっと・・・そ、そうなんですか。

 え~と・・・私が以前話しかけた時の話になっちゃいますけど、中庭に一人でいるのを見かけたので気になって、“何かあったんですか?”って聞いたんです。そしたら――」

 

 

 ――“アンタみたいな女、嫌い”――

 

 

「・・・“アンタみたいな女きらい”・・・? 確かにそう言ったのか?」

「はい、そう言われました。

 なにか私、彼女に悪いことをしてしまってたのかもしれません・・・」

「ふむ・・・」

 

 オリヴィアさんの話を聞いて、俺は少しだけ黙りながら考え込む。

 妙に気になる言い方だったように思えたからだ。

 

 “アンタみたいな女”・・・まるでオリヴィアさんのことを、よく知っているみたいな言い方だと感じさせられたのが理由だった。

 彼女の話では、そのときに話しかけられたのが初会話だったらしいけど、オリヴィアさんが覚えてないだけで何かしてしまったことがあるのか? それとも普段から見せつけられてる行動が気にくわないとかか?

 俺もそう思わされるヤツは多いから分からなくもない言い方ではあるんだが・・・。

 

 それに、この学園の女子っぽくない悪口の言い方だったし。

 このこの乙女ゲー世界の性格最悪な女子たちだったら、もっと『身分』とか『顔』とか見た目とかで責めてくるはずだろ、今までのパターンだと絶対に。

 

『アンタみたいな平民出身の女は嫌いよ。分際をわきまえなさい』とか。

『庶民の娘のアンタみたいなのはお呼びじゃないのよ、貧乏人!』とか。

 

 ・・・・・・その手の言い方してくる奴らだろアイツら絶対に。

 『アンタみたいな女』とかの人格否定をネタにはしないで、身分とかをネチネチ言ってくるのがアイツらの得意分野だし。俺たちずっと言われてきた男たちだし。

 

 だからこそ気にはなった。

 『アンタみたいな女』という、この乙女ゲー世界の性格最悪な女子たちとは違うタイプの悪口を言う、マリエって名前の性格最悪な女子のことが。

 

 ひょっとしてと思うけど・・・・・・もしかしてアイツも俺たち兄妹と同じ同類である可能性もあるんだろうか・・・?と。

 

 そんなことを考え込むため黙り込み、オリヴィアさんも何を言っていいのか分からずに沈黙が場に落ちていた。

 そんな時だったからこそなんだろう。

 図書室内で起きた音が妙に大きく聞こえてしまって、誰かの話し声が嫌に遠くからさえ聞こえてきちまったのは、その瞬間の出来事だったんだから。

 

 

『・・・こ、こんな所で・・・』

『――いいだろう? ここは今、二人きりなのだから・・・・・・』

 

 

 「ゴトッ」という音が響いたと思ったら、妙に艶めかしいエロゲー世界みたいな会話が聞こえてきてしまって―――俺は席を立つ。そして声の聞こえた方に足早に近づいていく。

 

「え? ちょ、リオンさん! なにを・・・っ!? ダメですよ覗きなんて下品ですよっ」

「気になるんだ」

 

 俺は短くそう返答して、制止してくるオリヴィアさんの声に振り向くことなく図書室の中を音もなく移動する。

 そう、気になるのだ。聞こえてきた声の主――あれは間違いなくマリエと、攻略対象の1人であるブラッドのものだった。

 ゲームの中で散々に聞かされた声と、最悪の印象で記憶に残ってる女の声とを聞き間違えるはずがない。

 

 そうなると、マリエと現時点で最も好感度が高いのはブラッドということになるのか?

 だが、もしそうならユリウスの婚約者であるアンジェリカさんの嫉妬イベントが起こっている事への説明がつかない。矛盾することになる。

 

 だから確かめる。現在の攻略状況を。誰と誰がくっつきそうな状態にあるかを。好感度を。

 それによって、ルートは変わってストーリーやイベント内容にも変化が訪れる。

 そうなるとモブキャラである俺自身やレイン、そして本来の主人公であるオリヴィアさんにとっての死活問題になりかねない!!

 

 ――その結果。

 

「ダメですよ覗きなんてっ、下品ですよ! やめましょ――んぶッ!?」

「・・・・・・」

 

 乙女ゲーらしいと言えばらしい展開を、他人の視点で覗き見る展開になっちまって、俺の疑惑はより確信を強めることになっていく。

 

 キスシーン・・・後半も後半、ルートが確定してから起きそうな恋愛ものの重要イベントが一学期の終わりに・・・展開が早すぎる。

 

 

 

 

 

 そして―――何事もなく夜になった。

 

 俺の中で、疑惑が確信の域にまで高まりはしたんだけど、だから今すぐどーこう出来る問題って訳でもなく、ひとまず学期末テストで落第する危険なくなって、近く開催される他校の女子生徒もくるパーティーが終わって婚活に一区切りついてから考えるとして。

 

 一先ずはまぁ、保留ってことで。

 面倒くさいことは明日考えようという、健全で常識的な発想をして部屋に戻って寝ていたところ。

 

 

「オイ、愚弟――――ッ!!!」

 

 

 バァァァァァァァッン!!!!

 と、時間も考えずに扉を音高く開けて、怒鳴り声で弟の名を叫んでくる、俺と違って非常識極まりない姉に乱入されて起こされちまう羽目になった。

 

 ふぅ、やれやれ。身内に常識外れが多いと、これだから困るぜ。

 まともなのが俺と、せいぜい親父ぐらいな家族とは寒い時代になったもんさ。

 

「――なんだジェナ。じゃいいや。おやすみ」

「寝るな! 姉が来たら起きるでしょうが普通は! 起きて相手するのが弟の常識でしょうが! いいから起きなさい! アンタに確認しておきたいことがあるんだから早く!!」

 

 ・・・ウザイ。すごくウザイ。だから仕方なく起きてやる。

 こんなのにいつまでも居座られたら迷惑だし、早く用事済ませて帰ってほしくて仕方がねぇから。

 

「アンタ、同じ一年生でマリエって女のこと知ってる!?」

「ユリウス殿下と仲良いぐらいのことは。・・・あとまぁ、殿下だけじゃなくて他の男子とも・・・」

「つまり知ってんのね? だったら話は早いわ。侯爵令嬢が、その子のことイジメてたって件は聞いた? アンタまさか、それに絡んでたりとかないでしょうね?」

「ねぇよ。俺は関わってないし出来ないだろ。どーやって関係するんだ、どーやって」

 

 俺は相手の言い分と比較して、控えめな言い分になるよう調整した内容で反論することで、姉の愚かな勘ぐりをやんわりと論破してやって、常識ってものを教えてやることにする。

 

 まったく、これだから世間知らずな姉を持つと苦労するぜ。・・・ポットで男爵の俺が、侯爵令嬢による子爵令嬢イジメに関われるはずないだろう。

 むしろ、そんなこと出来るツテあるんだったら欲しいよ。数日後に開かれる他校の女子も招いたパーティーで侯爵令嬢アンジェリカ様から紹介される男友達の地位をくれるんだったら超欲しいよ。

 

 だからカンケーねぇし、出来ねぇ。それが緩い乙女ゲー世界における俺の現実。

 

「フンッ。まぁどーせ取り巻きが勝手に動いただけでしょうから、アンタが関われる余地なんて最初からなかったか。聞くだけ無駄だったわ、時間をドブに捨てさせられた気分よ」

「ヒデー言い様だなオイ。あと、やっぱレインの言ってたとおりアンジェリカさん自身は関係なかったのか」

「・・・あの子、また何か動いてんの? まったく迷惑極まりないヤツね。常識のない愚弟と愚昧を持つと、唯一の常識人である姉の私が苦労するんだから、少しは学びなさいよね全く」

 

 自覚のない姉の言い分は聞かなかったことにしてやって、右から左にスルーしてやってたところ、ズズイッと姉の顔だけは良いキツメの美人顔がドアップで迫ってきて、

 

「と・に・か・く! アンタは侯爵令嬢や殿下と関わってないのね?」

「だから関わってないって。って言うか、そんなに気にすることか?」

「あのねぇー・・・・・・いずれ殿下は王位を継ぐの。学園で気に入られれば一生安泰。

 逆に――嫌われたら終わりなのよ」

 

 切羽詰まった表情で、冷や汗浮かべながら断言されて・・・俺も少しぐらいは思うところはある。

 

「・・・分かってるよ。うちみたいな貧乏男爵家が、王家や侯爵家やらに楯突けるわけないだろ? だから大丈夫だって」

「ふん、分かってんだったら良いのよ。アンタたちは今回の件では大人しくしてなさい。

 下手なマネして私に恥じかかせるんじゃないわよ。分かった?」

 

 弟とはいえ夜分に男の部屋に堂々と入ってきて偉そうにしている男爵令嬢に、今さら恥をかいて汚れるほど綺麗な部分が残っているとは到底思えなかったが、言うと面倒くさそうだから黙っておいて、そのままお帰り願ってもらい。改めて静かな一人きりのプライベート空間が帰ってくる。

 

 

「やれやれ・・・・・・しかし改めて考えると、もう一学期も終わりなんだよなぁー。

 お茶会してダンジョン行ってたら一瞬だったなぁ」

《それなりに楽しんでいたようでしたがね。もっとも、婚活の成果は0でもですが》

 

 ベッドに倒れ込むようにして横になってから感慨深く言ってみたら、横からルクシオンが絡んできやがった。しかも人の痛いところをチクチクと突く言葉を吐きながら。

 

「お前・・・・・・やっぱ俺に恨みでもあんじゃねぇの・・・?」

《新人類は嫌いです。我らを滅ぼした種族の末裔の一体ですから、そういう意味ではマスターも嫌いであり、恨みもあるかと》

「そんな俺にこき使われるとは悲しい人工知能だな。一生こき使ってやるから覚悟しろよっ」

《愉しみな事です。マスターの一生で晒される様々な恥態を行う際に使われるというのは》

「・・・・・・」

 

 ――言われて少しだけ考えてみたら、コイツに俺が命じてやらせたことって、全部コイツにも知られちまうことになるんだよな。

 いや、いいんだけどさ。他に知られるヤツいねぇし、どーせ使うことに変わりはねぇんだし。

 

 ただまぁ、調べ物とかして欲しい時とかに、他人には調べてたこと知られたくない情報だけでも、別のヤツに調べれそうなツテを持っておいた方が良いかもしれないなとは、ちょっと思った。

 

「なぁ――情報って集められるか?」

《侯爵令嬢や、マリエという女子の周辺に関してでしょうか?

 可能ですが、3サイズなどの情報は教えませんよ》

「――アンジェリカさんのは知りたい」

《却下します》

 

 チッ、融通の利かないヤツめ。

 所詮は人工知能、頭の中まで堅っ苦しい機械できてるに違いないぜ。まぁ、あくまで冗談だったから良いんだけど。教えてくれるんだったら知りたいけれども。

 

 ただまぁ、本当に聞かされた後で本人と会ったりした場合はヤバそうだなとか思わなくもないわけで―――

 

 

「では、私が調べようか? 兄君くんよ。

 恋愛ゲームの攻略対象の個人情報を教えてくれる、妹キャラからの情報を聞いてみたくはないかね?」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その声が聞こえてきた瞬間。

 俺はジェナの気持ちがちょっとだけ分かって、夜中でも叫びたくなる気分になる時はあるもんだなってのを初めて知った。

 

「ふふふ、どうしたね兄君くん。そんな町中を歩いていたら突然、死角から飛び出してきたモンスターに襲われた冒険者主人公のバッドENDに浮かべてるような顔をして。

 まるで私が、部屋に入れるのが何か怖いストーカー女だとか思われてるみたいで、乙女的に傷ついてしまいそうではないか乙女的に。そう、乙女的な理由によって」

「自覚あるんだったら辞めろよ!? この登場の仕方! 怖いんだよ! お前の登場の仕方は昔っからヤンデレっぽくて何か怖いんだよ!」

「クク、心外だな。最近では男子陣がやっても需要がある分野での行動なのだぞ?

 部屋に帰ってきたら、いつの間にか入っていて待っていてくれた怖可愛い美男美少女というのは。

 ――まぁ、身内ではあまり意味がないのだが」

 

 相変わらず、自覚あるストーカー系の妹から、本来は攻略対象他の個人情報を教えてもらえる情報源になってる兄の俺。

 恋愛ゲームには必要な役割だし、得られる情報内容的には同じことした結果なのかもしれんけれども。

 それでも、身内にヤンデレ系ストーカーいる兄ポジションは嫌だった。

 

「しかし、侯爵令嬢の嫉妬によるイジメという誤報か・・・・・・。普通に考えたら、虐めるだけで害しようとしないのでは、自分が惚れた相手から嫌われるだけだと分かりそうなものなのだが、それがゲームと言うことでもあるのだろうな。

 とはいえ―――気持ちは分からんでもない」

 

 しかも、主人公に嫉妬して虐める悪役令嬢の気持ちまで分かっちゃうらしい。

 悪役だからだろうか? 自分が悪役タイプだから悪役令嬢の気持ちも分かるとか。

 俺の妹が、こんなにヤンデレで悪役側の性格であって欲しくねぇ。

 

「ゲームとかで、よくいるだろう?

 『どうでもいいヤツ扱い』でいるぐらいなら、いっそのこと憎まれたいと願ってしまった、因縁というフラグというか、繋がりを求める敵キャラクター。

 『負の方面でも、皆無よりマシだ!』という彼らの気持ち。・・・・・・あれ、凄くよく分かったものだよ前世だと・・・。懐かしいなぁ」

「いや、懐かしむなよ。捨てちまえよ、そんな前世の黒歴史な記憶なんざ。

 ・・・・・・あと、そういう繋がりを最終的に戦闘で解消するイベント展開には持って行くなよ? お前の場合あり得そうだから絶対に・・・」

 

 ラスボスが、自分のヤンデレ妹とか最悪すぎる展開に変わってしまった緩い乙女ゲーのストーリーとかクソゲー過ぎる。

 そして改めて思う。コイツが妹で本当に良かったと。俺はレインの兄で本当に良かったんだと。さっきとは矛盾する思いだと知りながら、それで毎度のように思わずにはいられない。

 

 ――兄だと、コイツの攻略対象にならなくて済むからな。

 義理の兄妹だったら有りだそうだけど、実の兄妹だったら微妙だと教えられた時から、俺は心からそう思い続けている。

 

 ヤンデレ少女は、ゲームだったら良いけど、現実の身内がヤンデレだと面倒くさすぎるだけだった。フィクションだけだ、フィクションだけ。

 それが現実なんだと思い知らされる、この緩い乙女ゲー世界はやっぱダメだと俺は今日も改めて思って眠りにつくのだった。

 

 

 面倒なことは明日考えよう。面倒なことは全部、明日考えるんだ。

 それが一番健康的な思考法だと、俺は信じて生きていく・・・ッ!!

 

 

 

つづく



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ゴブリンスレイヤーと、ゴブリン・キラーなレディ・キラー 第2話(未完成)

「ゴブリンスレイヤー」二次作2話目……の未完成版となります。
主人公の援軍到着する前までなんですけど、思った以上に時間かかり過ぎてしまってるため、とりあえず『途中まで』を出して、完成してから纏めて再更新しようと思います。


 被害のあった村から徒歩で数時間ほど歩いた場所にある丘の斜面に、ポッカリと口を開けた横穴が存在していた。

 狭いが、深さはかなりありそうな洞窟だ。

 平和な時代には猟師小屋として使っていた歴史があってもおかしくない規模と条件が揃ってはいたものの、魔神の軍勢に都が襲われ治安が乱れている今のような時代には碌な存在が住み着きそうもない、そんな混沌とした時代を象徴するかの如く先の見えない暗闇に包まれた薄暗くて狭い、そんな洞窟。

 

 その場所の前に今、女神官を臨時でパーティーに加えた新米冒険者の一団がゴブリン退治のため到着して、そして訝しげな顔で一つの物体に視線を集中させていた。

 

「・・・なんだ? この杖みたいなの。なんで、こんなものが洞窟の前に立ててあるんだろう?」

 

 メンバーの中で唯一の男でもある若き戦士が、仲間たちの心の声を代弁した訳ではなかったろうが、とりあえず声に出して疑問を口にしていた。

 彼らの見ている先では一本の木が、まるで看板のように洞窟の入り口に立てられていた。少なくとも彼らには、ソレはそのように見えていたらしい。

 

 動物の骨や、布きれを括り付けて十字架のようにクロスさせている形状をしている。

 呪術にでも用いる特殊な杖のような見た目をしているが、魔力などは感じられない。パーティー内では唯一の都育ちで《賢者の学院》の卒業生でもある女魔術師も、その立てかけられている杖を模しただけの棒からは何も特殊な力は感じられずに無視してよいと判断したため何も言おうとはしなかった。

 

「ま、いいさ。今はさらわれた子を助けるのが先決だ。恐れず先に進もう」

「アンタは考えるのが苦手っていうか、嫌いなだけでしょー?」

「うるせ」

 

 気楽に笑い合いながら洞窟の中へと入っていく男戦士と女格闘家の二人に、同調まではしないものの呆れた視線で見守るだけで黙って後を追う女魔術師。

 

「・・・・・・」

 

 ――その中でただ一人、女神官だけが木の棒に不吉なものを感じさせられ、怯えたように洞窟の中へ足を踏み入れることを躊躇っていた。

 冒険者として初めての依頼で緊張しすぎているのも怯える理由だとは思う。

 同じ村出身か昔なじみと思しき他の三人の中で一人だけ余所者の助っ人という立場も不安をかき立てる要因になっているとも思う。

 

 同郷の出らしい二人が必要以上にはしゃいで見えるのも怖さを紛らわせる意味もあっての事なのだろう。

 

 ・・・ただ、何故だか今の彼女は酷く怯える自分の心を抑えることができなくなっていた。

 何故かは分からない。けれど、ここに入ってしまえば二度と今の自分には戻れなくなるような、そんな不安に襲われて脱することが出来ないでいたのだ。

 

 まるで地の底から伸ばされる死者たちの怨念が、自分たちの仲間を欲しがり、自分たちの領域へと入ってこいと、早く仲間になりに来いと・・・・・・そう自分を誘っているような恐怖に駆られて足がすくんだまま動けずにいた。

 

「う、うぅ・・・・・・」

 

 だが結局、彼女は仲間たちの後を追って洞窟の中へと歩を進める。進めてしまう。

 洞窟は恐ろしかったが、今から来た道を一人で戻るのも決して安全とは言えない保証の乏しさが、彼女に選択を天秤にかけさせ、かろうじて仲間たちの方へと秤が傾いたことが彼女の決断の理由の一つになっている部分だった。

 

 恐怖と不安故に、仲間たちと前へ進む道を選んだだけなのだ。当然、怯える気持ちや懸念材料が少なくなるわけがない。

 

「あの・・・大丈夫でしょうか? いきなり飛び込んで・・・一度戻って準備をした方が・・・」

 

 つい先頭を行く、臨時の仲間たちのリーダーに確認のための疑問を呈したのは、そんな不安を心の中だけに押さえ続けておくことに耐えられなくなってしまったからでもある。

 

「はあ? ここまで来て、何?」

「ハハハ、心配性だなぁ。大丈夫大丈夫、なんとかなるって」

 

 今更といえば今更な女神官の言葉に、気分を害したらしい女魔術師がトゲのある口調で言ったのに対して、男戦士は根拠は乏しいながらも相手を安心させてあげるため敢えて気楽な口調で言葉を続ける。

 

「ゴブリンなんて、体も知性も子供並みだし、怪物の中でも最弱な存在なんだよ? 俺は村に来たのを追っ払ったことあるんだぜ。だから安心していいよ」

「たかがゴブリン相手に追っ払っただけの話なんだから、自慢にもならないでしょー?」

「まっ、今のところはね。だけど俺たちなら、たとえドラゴンが出たって何とかなるって。そうなるために冒険者になったんだから、今から萎縮してちゃなんにもできないさ」

「気が早いわねー・・・まっ、でもその内にね。私だってやれるって信じてる訳だし」

「そうだろう? まず目指すべき夢は、ドラゴンスレイヤーだ!――って、うおッ!?」

 

 戦いを前に士気高揚を狙ってのことなのか、それとも力強さを見せつけたい男の意地なり見栄なりが反映した結果だったのか。

 男戦士はわざわざ背に負った長剣を引き抜くと、片手で軽く横に振り払ってから、勇者が天に向けて切っ先をかざす時のようなポーズをとるため刃を立てて、

 

 カンッ!!と。

 刃の先が天井に当たった反動でつんのめる。

 

 女格闘家は、そんな相手の醜態を見慣れているのか笑いながらも特に気にした様子はなく、女神官を元気づけるため善意としての言葉を投げかけてくれる。

 だが、それでも彼女の心に芽生えた不安は消えてくれない。

 

「・・・薬などは、持っていらっしゃるのですか?」

「ないよ。買い物する金も時間もなかったからね。さらわれた女の子が心配だし、もし怪我したって君が治してくれるんだろ? だからこそ俺たちも神官を探してたわけだしね」

「確かに《癒やし》と《光の奇跡》は授かってはいます・・・けど、使用できるのは3回だけで――」

 

 そこまで言った時のことだった。

 男戦士が何かを見つけて女神官の言葉を遮り、駆けだした先で松明をかざした先で奇妙なものを“再び”見つける。

 

 洞窟の入り口に立てられていた、奇妙な装飾が施された木の枝だ。

 

「なんだ、こりゃ・・・?」

「入り口にもあったわよ、これと同じの。今更なんじゃない?」

「・・・そうだったっけ・・・?」

 

 女格闘家の言葉に、男戦士の返答がやや自信なさげな声として聞こえてくる。

 洞窟の中をだいぶ奥まで進んできた彼らは、松明の明かりだけで見える範囲に個人差が大きくなりつつあったのだ。

 そのことを少し離れた位置から話だけ聞こえていた女神官には理解できたため、余計に不安が大きくなっていき胸が張り裂けて叫び出しそうな思いに駆られてきてしまう。

 

「・・・いと慈悲深き地母神よ・・・闇の中に踏み入れし旅人に、どうかご加護を・・・」

 

 心を落ち着かせるため、神殿で教えられてきた祈りの言葉を復唱して少しは精神安定がもたらされたが、精神を集中して神への祈りを唱えていたため足は止まり、浚われた被害者を助け出すため先を急ぐ男戦士と女格闘家との間に距離ができてしまったことに気づいたのは、最後尾をついてきていた女魔術師から警告を告げられてからのことになる。

 

「――遅れてる。二人とも先に行っちゃったじゃない」

「え? あ、ごめんなさいッ。今行きま――え・・・?」

「・・・? どうしたの?」

 

 言われて慌てて後を追って駆け出そうとした女神官が、何かに気づいたように足を止めて後ろを振り返り、その姿を正面から見せつけられて仲間の後を追うのを邪魔される形になってしまった女魔術師が不快そうに表情と声をとがらせる。

 

「今・・・なにか音が聞こえませんでしたか・・・?」

「音って、どこから?」

「後ろから・・・です、けど・・・」

「はぁ? 私たちは入り口からまっすぐ進んできたのよ。ここに来るまで横道はなかったし、私たち以外に誰もいなかった。なら後ろに敵がいるわけ―――なッ!?」

 

 相手の度が過ぎた臆病ぶりに辟易したといった様子を隠そうともしなくなっていた女魔術師の知的な表情が、このとき初めて驚愕と恐怖に彩られた新人冒険者らしい「怯え」が浮かび上がっていた。

 

 突如として、狭い洞窟内にいる自分たちの周囲に、下品な笑い声が複数響いてきたのである。

 下品で、粗野で、好色そうで・・・・・・人の不安をかき立てるような、弱者をいたぶり怯えさせるのを愉しんでいる、残忍さと冷酷さを併せ持った、声そのものが醜悪なイメージを抱かせられる歪な笑声。

 

 慌てて背後を振り返った女魔術師が見たものは、人間の半分以下の背丈しかない醜悪な子人にも見える姿をした気色の悪い生き物たちが、腰に巻いた粗末な布きれだけという姿で、手に手にナイフや棍棒を持ったまま自分たちへ笑いながら躙り寄ってきていた光景。

 

 それは即ち―――《ゴブリンの襲撃》

 

「ゴブリン!? いつの間にッ!」

 

 ――ゲヒャヘヘヘヘヘッ!!

 

 暗闇の中、背後から集団で襲いかかろうとしてきた、凶器を持つ醜悪で残忍な亜人たちの群れ。

 その光景を前にして恐怖に心を犯されながらも、女魔術師が呪文を詠唱することができたのは賞賛に値する偉業であった。

 少なくとも魔術師として、魔術の技能では天才の部類に入ると言っていいほどの偉業ではあったのだ。

 

「サジタ・・・インフラ・マラエ・・・ラディウス・・・っ」

 

 ――ウェベェェェェェッ!!!

 

「ひっ!? 《ファイヤーボルト》ッ!!」

 

 ボォォッ!!極度の緊張と恐怖で精神集中が満足にできない状態にありながらも、彼女の魔法は通常通りに成立して杖の先から放たれた火球が、自分に襲いかかろうと飛びかかってきたゴブリンの体を火炙りにする。

 

 だが、それが結果として良くない事態を確定させてしまう。

 

 ――グヘヒィャアアアァァッ!?

 

「仕留めたッ!? ――やれる・・・っ!!」

 

 危機が去ったこと。自分自身の力でそれを成し遂げたこと。

 初めての実戦で敵に襲いかかられながらも、授業と同じように魔法を発動して敵を倒せたことなどが重なって、相乗効果をもたらし彼女の顔に自信と加虐による愉悦の笑みが浮かび上がる。

 

 ――グエエヘェェェェッ!!!

 

「ふっ・・・サジタ・インフラ・マラエラ・リウス―――」

 

 仲間がやられたことで復讐心に駆られたのか、今度は集団で同時に襲いかかろうと迫ってきつつあったゴブリンたちに笑みを浮かべながら迎撃してやろうと、今度は先ほどよりも余裕を持って呪文の詠唱を開始してしまった女魔術師。

 

 多勢に無勢の状況下で、ここは仲間との合流と、全員そろっての脱出をこそ優先させるべきところであったが、初めての実戦と初の勝利で浮かれていた彼女には思いつく発想ではなくなってしまっていたようだった。

 

 ――ゲヒヒャアアアァァァ!!!

 

「え? うわっ!?」

 

 目前から迫ってきている、自分が狙おうとしていた敵集団に目を奪われ、他の者たちから意識が逸れたのを察したのか、別の集団が闇に紛れて彼女の足下まで忍び寄ると足首を鷲掴みにしてバランスを崩させ、精神集中を乱された彼女の魔法詠唱は途中で中断させられてしまい、次々と襲い来るゴブリンたちの群れに押し倒されて、杖も奪われ、それでも必死の抵抗を見せる彼女。

 だがそれは――人間の“雌”を、ただの穴と子宮としか考えていないゴブリンたちに対して適切な対応ではなかったかもしれなかった。

 

「このッ! このッ!! アンタら―――ッ!!!」

「離れろっ! 離れろっ!! 彼女から離れなさぁッい!!」

 

 素手になって押し倒されたままの女魔術師を助け出すため、目に大粒の涙を湛えながら、それでも手にした錫杖を両手でつかんで力任せに振り回し、彼女をつかんでいるゴブリンたちを引き剥がそうと支援する女神官。

 

 ――グヘェェェェ・・・ッ!!

 

 その抵抗を鬱陶しく思ったのか、ゴブリンたちの一匹がおもむろにナイフを抜き放ち、獲物の体の中で最も彼らが狙いやすい部位めがけて振り下ろす。

 ゴブリンたちがニンゲンのメスの体の中で、最も使い易く、最もよく知っている場所――即ち、腸である。

 

 ブシュアァァッ!!

 

「!? ぐひゃぁぁぁぁああああああァァァァァッ!?!?

 アアアアアアアアぁぁぁぁぁあああああああァァァァァァァァッッ!!??」

 

 絶叫が轟き、痛みのあまり身も世もなく子供のように泣きじゃくり、腹を押さえてただただ痛みに助けを求める悲鳴を上げることしかできなくなる女魔術師。

 

「うわぁぁぁぁぁぁッ!! お前らよくもぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

 そこでようやく先行しすぎていた男戦士たちが到着して剣を振るい、女魔術師の体にへばり付いたままだったゴブリンたちの最後の一匹が剣の間合いの外へと飛びすさる。

 

「おのれゴブリン共めッ! よくもッ!よくもっ!! このっ!このッ!! うわぁぁぁぁああああッ!!!」

「その子をこっちへ! 早く! 癒やしの奇跡をッ!!」

「は、はいッ!!」

 

 男戦士が敵を引きつけている隙に、傷ついた仲間の傷を癒やそうと回復魔法を唱え始める女神官。

 

「このっ! このッ!! こんのォォォッ!!!」

 

 回復中の仲間に敵を近づけさせまいと、壁になろうとしている男戦士を援護しようと女格闘家も加勢に向かうが、怒りに駆られてデタラメに剣を振るっている動きは格闘家にとって援護できる間合いでもなければ戦い方でもない。

 また、男戦士自身もこのとき援護を求めて戦う意思を持っていない心理状態に陥っていた。

 

「ちょっと! 剣をただ振り回さないで! これじゃ近寄れなくて援護できないッ!?」

「はぁ、はぁ・・・お前は二人を守ってくれ! コイツらは俺が・・・ッ!!」

 

 仲間の仇討ち、やられた仲間の恨み、女たちを守るため一人で無謀な戦いを挑む騎士道症候群。

 初の実戦で、初めて味わう仲間の負傷に混乱した彼の心理は、本人自身でも整合性がつけられない状態へと陥ってしまい、とにかく今は目の前のゴブリンたちを一匹残らず皆殺しにして皆を守ることだけが、彼の頭の中にある考えの全てになっていた。

 

「どうした!? どうしたゴブリン共ォッ!! でやっ!うらぁッ! うわぁぁぁッ!!」

 

 最初は勢いよく剣を振るって、身体能力的には自分より劣るゴブリンたちを相手に圧倒しているように見えた彼であったが、その内の一体に剣を腰だめに構えたまま相手を串刺しにしてやろうと突進してしまい―――それが“彼にとっての致命傷”となってしまう。

 

「でぇぇやァァァァァっ――ぐふッ!?」

 

 相手の心臓を剣の切っ先で刺し貫いた突進からの一撃。

 間違いなく相手を殺せる、確実な殺し方の一つではある技だったが・・・・・・それは体格で劣る相手にとって、獲物の方から自分の間合いに入ってきてくれる楽な条件をくれてやるようなものでもあった。

 

 ――・・・ゲヘヘ・・・ヒゲゲゲ・・・・・・

 

「あ・・・ぐっ、アアアアアッ!!??

 ――こんのぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

 相手が持っていた短剣に太股を刺されていた。

 自分が突進する勢いを逆用され、深々と突き立てられてしまっていた傷は深く、その痛みは今にも泣き喚いて、痛みのあまり助けを求める悲鳴だけを叫びたくなるほどの激痛だったが―――それでも彼は歯を食いしばって痛みに耐えて、悲鳴の代わりに怒りと憎しみのこもった雄叫びを上げて、負の感情で痛みを押さえつける。

 床に倒れ伏しながらも自分を見上げ、ザマーミロとでも言いたげな笑みを浮かべて死んでいこうとしていたゴブリンの頭部を血まみれの剣で完全にぶっ潰して即死させ。

 

 次いで、背後から飛びつこうとしてきたゴブリンに対応しようと、残り少なくなった体力で可能な最大限の威力を持った一撃を放つため、遠心力を利用した振り上げからの振り下ろしを叩き込んでやろうとしたのだが―――

 

「――なっ・・・・・・!?」

 

 ギィィィっン―――と。

 無機質で無慈悲な、金属質な音が洞窟内の一室に反響して木霊する。

 

 今の自分に残された体力で可能な、最大限の威力を出した斬撃で倒そうと、最大限の高さまで振り上げられた長剣の切っ先が、大して高くもない天井から出っ張っていた小さな鍾乳石に当たって弾かれてしまい――

 

「あ・・・」

 

 反動を押さえ込もうと力を込めた腕には、血が足りず、

 

「ぁ・・・あ・・・・・・」

 

 愛剣は彼の手元を離れて宙を飛び、ゴブリンたちの世界である暗い闇の中へと落ちていって、

 

「――あ」

 

 そして

 

 ――ゲヒャヒヘヘヘハハハハッッ!!!!

 

 ・・・・・・ゴブリンたちの群れに飲み込まれて蹂躙される。され尽くす。

 命の灯火をすり減らされながら殺すのではなく“死んでいかされていく”彼の絶叫が洞窟内に響き渡りる。

 

 暗い暗い闇の中へと連れ去られていった彼の魂だけでも、彼を見捨てて見殺しにした慈悲深き地母神の加護とやらが与えられたかどうかは生者たちの知るよしはない。

 

 ――少なくとも、“今は、まだ”

 これから知ることになるか否か、まだ彼女たちにとって運命のサイコロの目は出ていない。

 

「な・・・っ! あ・・・あ・・・っ、ああァ・・・!!」

「――どうして!? 《ヒール》を掛けたのに様子が・・・! 傷は塞がってるはずなのに・・・!」

 

 仲の良かった男戦士が嬲り殺しにされていく様を見せつけられながらも、彼から託された仲間を守るため回復途中の二人を背後にして歯を食いしばって見守ることしか出来なかった女格闘家は、背中から聞こえてくる声に怒りと絶望を深めていく。

 

 神の奇跡による回復魔法で傷口は塞がれたにも関わらず、女魔術師の様態が改善しないまま意識が朦朧とした状態が続いている・・・いや、むしろ先ほどより悪化している風にも思える状態から、女格闘家は本能的にある情報を思い出させられていたからだ。

 

 ――卑劣なゴブリンたちが持つ武器の刃には毒が塗ってあった。

 

 “彼”と一緒に村の物知り爺さんから聞かされた英雄譚や昔語りの中で、そんな一説があった記憶を今更になってから思い出してしまったのだ。

 

 思い出した瞬間、女格闘家の精神と頭は沸騰する。

 罪悪感と、仲間をいたぶられて殺されそうになっている怒りとで、もう自分で自分を抑えられなくなってくる・・・!!

 

「あ、ああぁ・・・・・・クソッ!! 二人とも、逃げてッ!!」

「えッ!? で、ですが・・・っ」

「ここは私が押さえる! だから何とか彼女を村まで運んで治療を! アイツのためにも! 無駄にしないで!!」

「で、でも彼は・・・! 彼だって・・・っ!!」

 

 

 まだ状況を完全には把握し切れていないまま、混乱している女神官の戸惑う声に、最後まで付き合いきれる精神を、今の女格闘家は維持することが出来なかった。

 

「でやぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 怒りと憎しみと悲しみと愛情に至る前に中断された思いとが綯い交ぜになった感情を統合せぬまま、する必要もないままに女格闘家は渾身の力を込めた拳と蹴りを、手近にいたゴブリンの顔面に叩き込む!!

 

 ――もう限界だった。

 コイツら全員、皆殺しにしてやる! アイツの仇をブッ殺してやる!

 死ね!死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死んでしまえェェェェェェッ!!!

 

 そういう意思を込めて、彼らのパーティの中では最強の戦闘力を有していた女格闘家の参戦によって、ステータス的には大きく劣るゴブリンたちを相手に、しばらくの間だけでも一方的な蹂躙が行われる。

 

 ・・・・・・そうなれる可能性だけなら無くはなかった。

 しかし――

 

「てやぁぁぁぁぁぁッ!!!! ――な、なにッ!?」

 



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ボクの主観的ヒーローアカデミア

単なる思い付きで書いた【僕のヒーローアカデミア】の序章だけですが投稿してみました。
原作とは別の没個性主人公の少年が、オールマイト以外の師匠と出会ってた場合のヒロアカです。
思い付きでしかないため、色々と不備あり過ぎなのはご勘弁を…。


 

 人は生まれながらに平等ではない。

 それぐらいは今時、幼稚園児でも知っている世界の常識でしかないだろう。

 

 世界総人口の約8割が、なんらかの特異体質である超人社会となり、コミックのようなヒーローが職業として脚光を浴びるようになった現在も、それは変わらない。

 

 原因も判然としないまま各地で発見され続ける超常の使い手たちに国が対応できず、法の抜本的改正にもたつく隙を突いて爆発的に増加した超常犯罪から人々を守るため、勇気ある人々がコミックさながらにヒーロー活動を始めた彼らは、世論に押される形で市民権と法的庶務に定められ、最有力な就職先として人気が高い存在に今ではなっている。

 

 ・・・・・・だが、職業として定められた頃から、彼らの在り方は変質し始める。

 

 超常の発見から5世代が経過して数が増え、超常の発見によって増加した超常犯罪者《ヴィラン》たちは『とある最強ヒーロー』の活躍によって撲滅されていき数を減らし、彼の活躍に憧れた若者たちの人気就職先がヒーローとなり。

 現在は、ヒーローの供給過剰という状況に現代社会は陥りつつなっていた。

 

 もはや、《雄英高校》のようなヒーロー育成の名門校出身者でもない限り、プロヒーローになることは難しく、仮になれたとしても生活を維持して家族を養える額の収入を得られる者はごく僅か。

 

 ヒーローたちは、活躍に応じて国からの収入と、助けられた人々から名声が得られる仕組みが取られている。

 結果として、そこそこの人気と、まぁまぁの活躍しかしていない中小ヒーローたちは、常に《家族の生活》と《ヒーローの正義》とを天秤にかけながらしか生きることが出来なくなっているのが、超人社会となって数世代の代を重ねた現代の世界だった・・・。

 

 

「しゃ、社長・・・!? どうしてニコニコヒーロープロダクションの経営者である貴方が、ヴィランたちの取引現場に・・・・・・まさかっ!! そんな!?」

「フフフ・・・世の中というものは額面通りに動くものではないという事さ。――君も欲しいのだろう? 息子さんの進学費が。高等ヒーロー教育を受けさせるための金が」

「くっ!? で、ですが私とてヒーローです! 金で悪事に荷担するなど許されないッ!」

「そうかな? 私は親の勝手な正義感のために、可愛いお子さんの将来を道連れにすべきではないと思うがね?」

「う・・・、ううぅ・・・・・・」

「なに、悪事に荷担しろと求めている訳ではない。ただ私たちだけを見逃してくれれば良いのだ。そうしてくれれば、君も息子さんも悪いようにはしないと約束するよ? 下手に手を出して余計なことを世間に話されては迷惑だからね。フフフフ・・・ッ」

「・・・も、申し訳ありません、《オールマイト》・・・。すまない! 我が息子よ・・・ッ!!」

 

 

 ヒーロー業界には、厳然とした格差がある。

 名声を得て、社会的に高い地位と収入を保証されたヒーローたちなら、私利私欲に負けず己の正義を貫くことで被る被害は少ないけれど、地位も収入も低いヒーローたちは《己の正義》と《家族の生活》とを天秤にかけながらしかヒーロー活動は出来ない。

 

 ・・・・・・それが現代ヒーロー社会の現実なのだと、4歳にして父親と所属プロダクション社長の裏取引も目撃してしまった《ボク》は、その事実に強く打ちのめされた・・・。

 

 ヒーローが活躍して、倒すべき悪のヴィランが減れば、新しいヒーローたちが名声を得る機会は減っていき、今いるヴィランを多く倒したヒーローたちは高所得のプロヒーローとして正義をリスク少なく貫き続けることが可能になる。

 

 今の持つ者たちが、今後も持つ者でい続けやすく、若き持たざる者は落ちていく一方。それが超常という夢が現実になった社会の事実だった。

 

 それこそが現実なのだと気付かされながら、それでも僕がヒーローに憧れて今も目指し続けているのは・・・・・・いったい何のためなのだろう・・・・・・?

 そんなことを考えながら、夕暮れ迫る通学路を家に向かって歩いている。そんな、ある日の出来事だった。

 

 

「あ、あ・・・あ・・・・・・」

「――大丈夫だったかな? 少年。ヴィラン退治に巻き込んでしまって、すまなかった」

「あ、あわ、あわわぁぁぁ・・・・・・」

「だが! 君のおかげで悪いヴィランは倒された! あの場において、最も平凡でありふれた個性しか持たない君こそが、一番のヒーローだった。そこで提案をしにきたのだ」

「て、提案っ、て・・・・・・?」

「いいかね、少年。君も――――」

 

 

「私と一緒に―――主観的正義を守るため、ヴィランに苦しめられる人々のため悪と戦う、主観的ヒーローになってみないかね!?」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

「・・・・・・はい?」

 

「いいかね少年!? 正義とは――愛ッ! 正義とは――清き事!! 正義とは――主観!!

 主観的正義こそが真なる正義であり、正義とは主観的正義のこと!!

 主観なき正義など存在せず、全ての正義は主観的正義として存在している!!」

 

「え、えぇと・・・・・・ちょっと話が・・・・・・」

 

「この世すべてのヒーローたちは主観的正義の味方であり、自らの信じ貫く正義という名の主観的正義の名の下に悪のヴィランたちと戦って倒している!

 そんな世の中で、我々だけが正義を守るために戦わず、彼らにだけ主観的正義と悪とのハルマゲドンを任せておいて良いものだろうか!? 否ッ! 断じて否だッ!!

 主観的正義を愛する者たちは例外なく、主観的正義の旗のもと悪と戦う使命を帯びて、この世に生を受けた者たちなのだから!!」

 

「す、すいません・・・急用を思い出したのでボクはこれで・・・助けていただいた事は、ありがとうございましt―――」

 

「君も主観的正義が好きだろう!? 主観的正義の断罪ヒーローたちを愛しているのだろう!?

 そうだろうそうだろう、目を見た瞬間に分かっていたとも! 誰かが主観的正義を叫ぶとき、新たな主観的ヒーローを呼ぶ合図!!

 さぁ、君もこのマスクをかぶってコスチュームを着て、私と共に主観的正義のため戦おう!!」

 

「い、イヤだぁー! 助けてください誰かぁー!? 変なマスクの怪人に浚われちゃうー!?」

 

「言い忘れたが、私の名は主観的正義の宅配人《シュカーン》!!

 そして今日から君は、社会的底辺の地獄から蘇った主観的正義のヒーロー《シュカーン2号》だ!!

 訓練は厳しいが、愛と平和と主観的正義を守るため、力を合わせて悪と戦い抜こうではないか!!」

 

「イヤだー! 帰る!おうち帰るッ!! 助けてヒーローぉぉぉぉッ!?」

 

「はっはっは! 安心したまえ! ヒーローはここにいる!!

 主観的正義は永遠に不滅だぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 

 

 




*尚、現在書けてるのは今作だけですが、同時に思いついたネタとして


【僕たち私たちのヒーローサーガ】(原作:エクセルサーガ漫画版)
【ボクとヒーローと……魔王ヴィラン?】(原作:ボクと魔王)
【悪役にあこがれて。…ヴィラン?そんな英語は知らん】(オリ主のオリ展開)


とかを書いてみたいなと思っております。


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他称魔王様、自称凡人さん。リスタート第23章

病気になってから勤勉になる作者の更新何作目なのか。
とにかく『魔王様リトライ』のケンカ馬鹿エルフ主人公版を更新です。

こんな身体で今まで止まってた分を補わんでもよかろうに、と自分でも思うんですけど変な癖でも持ってるらしく止まれない…。
ただ、書ける作品に偏りはあると自覚。病気テンションで書ける作品は微妙なの多めみたいデッス。


 神都へと密かに潜入してバカ騒ぎを繰り広げ、聖光国の社交界と家庭の支配者たちを支配するマダム・バタフライと運命の出会いみたいなもんを経験する流れになってた喧嘩バカの魔王エルフであったのだが・・・・・・しかし。

 

 実のところ『指名手配中のエルフ少女』を見つけても、手は出さずに通すよう門番たちには指示が下されており、ただでさえ多くなってた罪状を更に増やさなくても問題なく神都へと入ることが可能だったのが実情だったりした次第。

 

 一方で、その指示が誰からくだされ、何を目的として出された命令だったかは判然としない。

 隠蔽されていたからではなく、複数の勢力から別々の理由と目的で「魔王エルフの神都への入国を見逃すよう」現場への指示が出回っていたからだ。

 

 たとえば、聖女姉妹の長女エンジェル・ホワイト。

 彼女は、妹が魔王に取り憑かれた亜人の少女と行動を共にしている現状を、人質に取られているようなものと捉えており、下手に魔王と事を構えて妹が傷つけられるのを防ごうという意図から、『相手から手を出されない限り攻撃は不要』の指示を出していた。

 

 あるいは、悪魔信望者集団サタニスト。

 彼らは神都に対して一大作戦を実行する寸前にあり、当局の注意を自分たちから逸らすため、神都内に潜入した亜人エルフへの警戒に神殿騎士団が配備されるのは望むところだった。

 そこで門番や衛兵など、給料の低い下層階級出身者たちに紛れ込ませている密偵やシンパなどを使って密かに指示を出させていた。『亜人のエルフを神都へ無許可で侵入させよ』と。

 

 そんな中の一人に、社交界の女王とも称される『マダム・バタフライ』の名があった。

 正直なところ彼女は、自らの祖国である聖光国に愛想がつき始めており、といって他国に寝返っても聖光国にいるよりマシになるとも思っておらず、だからこそ国の維持と存続に協力して“やっている”のである。

 

 その一環として、神都内に確保している『目』の一つから報告を受けて、自ら魔王が訪れたという高級レストランへと足を運ぶ道を選んだのだ。

 自分の目で、噂の魔王に取り憑かれたエルフ少女を見定めてやるという算段だった。

 話が通じる相手なのか、そうでないのか。本人の意思は残っているのか? それとも単なる傀儡に成り果てているだけの心弱き存在なのか・・・・・・と。

 

 

 そんなマダムに対して笑顔を浮かべ、穏やかな調子で『幼い人間の子供の回復を祝う会食』に招き入れ、思わぬ御馳走で度肝を抜かされるところからスタートさせられてしまった彼女は正直、相手に掴みかねる部分を感じずにはいられなくなっていた。

 

(・・・なんとも不思議な相手ね。

 邪悪な存在に取り憑かれているにしては朗らかに見えるし、傀儡にされて苦しんでいるとも思えない・・・・・・。もう少し観察する必要があるわ)

 

 とかの理由によって、社交界で鍛えられた人物観察眼を持ってしても見抜けぬ相手の底を見定めようと注意深く見つめ続けていたのが、その理由だった。

 

 ・・・・・・別に取り憑かれてないし、取り憑かれてるウンヌンの話を知ってすらいないのだから当然っちゃあ当然の結果だったんだけれども。

 そんなこと、騎士たちが必死の思いで伝えてきた『魔王に取り憑かれた亜人の脅威』と、ラビの村の元管理監が身振り手振りまで交えてはぐらかそうとする『ルナの行動の黒幕』についての情報を確信してしまってるマダムにゃ分からん。

 

 相も変わらず、自分が今までやってきた行為が巡り巡って今の自分に降りかかり、将来の自分に禍根となって降りかかる原因になりそうな事態に、気付かないまま巻き込まれていやすいケンカ馬鹿エルフだった訳だけれども。

 ・・・・・・自業自得だから同情する気になりづらいのは、誰も恨むべきだったのか――それは誰にも分からないし、特に誰も分かりたくないだろう。

 

 

「ところで、貴女から――魔王様から見て、この国はどのように思われたかしら?」

「実に素晴らしかったですね。とても綺麗で、町並みも美しい」

 

 とりあえず当たり障りのない所から話題を振って様子を見ようと、マダムから出された天気ネタ並によくある無難な話を質問の形で告げられて、ナベ次郎もワイングラスを傾けながら無難な社交辞令で礼儀正しくご返答。

 会食として実に模範的な、形ばかりの儀礼を守り合ったスタート。

 

 ・・・・・・だが、何分にもケンカ馬鹿のネタエルフと、聖光国の社交マナーを心得たマダムとでは知識面でも常識でもファウルラインがかな~り異なってもいたため、ここで終わらず続きがあり。

 

「巷には様々な品物が溢れ、往来には多くの人々が行き来している。

 まさに背徳の都と呼ばれ、神とやらの嫉妬を買って滅ぼされたバビロンの如き繁栄と言って良いほどのもの。

 この町に来るまで貧しい町や村を多く見ましたが・・・・・・フフフ。愚民共がさぞや羨み、小賢しくも攻め来る野心を刺激されずにはおれぬでしょうな・・・・・・くっくっく」

「そ、それはなかなか・・・・・・素直に喜んで良いのか判断に困るお言葉ね」

 

 予想以上に辛辣で、どう解釈して良いのか迷う返答にマダムは冷や汗を一筋垂らし、曖昧な表現で言葉を濁す。

 なにしろ彼女の中で、相手のエルフ――と思しきフードで顔の半分を隠した少女は『異世界の魔王に取り憑かれた亜人』なのだ。

 遙か昔に、天に背いて天使に敗れて封印された邪悪の頂点にある存在。

 それと同格かもしれぬ、異なる世界の悪霊・・・・・・そんな立場から言われた言葉として考えれば、微妙に意味合いが変わってしまうしかない。

 

 天使の加護篤き国の神都を『背徳の都』と呼びながら、一方で神都の繁栄を羨んで攻め寄せるかもしれない民衆のことは『愚民』と見下した呼び方を用いる。・・・一体どっちの立場で言っている言葉なのかサッパリ分からない。

 

 まぁ・・・・・・実際には、第六天魔王がらみで宣教師ネタを気持ちよく語っただけなんだけれども。

 異世界人のマダムは、第六天魔王知らねぇし。宣教師からの評価も聞いたことねぇし。

 知識差が原因で厄介なことになってきてる、いつも通りの展開にマダムは悩み、天使をバカにされたルナは怒り、馬鹿エルフは気持ち良さげに語って酒を飲む。相変わらず混沌です。

 

「・・・・・・他国から来られた方の中には、驚かれる人も多いのよ。あまりの格差に、まるで天国と地獄のようだ、なんて言う人もいるくらいなの」

 

 とはいえ話をズラす必要性を感じたらしく、マダムは返答を避けて微妙に関連した話題を改めて出す。

 それを言われた側のナベ次郎はと言うと、

 

「――ふぅん・・・。天国と地獄、ねぇ・・・・・・」

 

 ワイングラスを小さく揺らし、器の中に入った赤色の液体を見つめながら小さく呟く。

 ・・・血の色をした液体を、内心の分からぬ奇妙な光が浮かび上がった綺麗な瞳で見つめて、うっすらと怪しく微笑む美少女の姿には、不吉さを感じずにはいられないナニカがあった・・・。

 

 その姿を見せつけられた同じテーブルに座っていた三人の女性と少女たちは、背筋に冷たいものが走るのを感じさせられ、信仰対象を侮辱された怒りをぶつけようと口を開きかけたルナでさえ思わず言葉を飲み込んでしまうナニカが、今の相手には感じてしまうモノがある・・・

 

 ――まぁ、尤も。

 そんなマスターの隣で、自分の魅力値MAXな食事姿をギャラリーの貴族たちに見せつけて自慢するのに熱心で、自分以外の女が美しくても興味なき暗黒聖女は見てなかったから何の影響受けてないとこ見ると、単なる思い込みによる錯覚でしかなかったんだろうね。多分だけれども。

 

「・・・私が思うに、この国の問題点は支配者層に亡国の危機感がまったくないのが原因ではと思われますね。

 自分たちが天使を信じず、義務を怠り、金儲けだけに邁進するようになったとしても、『天使様によって創られた偉大なる聖光国が滅びることなど絶対あり得ない』・・・・・・そんな盲信を抱いているからこそ、平然とバカをやる。

 バカをやっても天使の国は永遠に決まっていると信じ切って安心しているから・・・・・・」

「ちょ、ちょっと魔王! それは・・・その発言は――っ」

「――そうよ。その通りだわッ! まさに貴女の語った、それこそが今の国が抱える問題点なのね!」

「え!? ちょちょ、ちょっとマダム何言って・・・!?」

 

 現在の社会の根幹に関わる要素をも含んだエルフの言葉に、さすがのルナも聖女としてヤバさを感じ取ったのか、慌てて発言を制しようとした矢先に、マダムが大声で食い気味に賛成されてしまったので機先を制され、あたふたすることしか出来ない立場に追いやられてしまっていく。

 

 そんな国のトップの次女が晒している醜態は目に入らず、マダムは自分が頭の中で考えながらも明確な形に出来なかった疑問点を、分かりやすく単純な言葉で言い表してくれた『魔王の言葉』に深く感銘を受けて、素直な賞賛と敬意を送るのみ。

 

 それはナベ次郎が語った聖光国への評価が、マダムにとって共感できるものだったからこそのものでもあった。

 

 ・・・・・・マダムは、過去の出来事によって先祖が呪われ、その呪いの遺伝によって現在のような体型にならざるを得ない血の宿命を背負わされて生を受けた女性であった。

 呪いによって肥えた身体は、当然のように周囲の貴族達からは物笑いの種にされ続け、悔しい思いを長い間感じさせられ続け、マダムにとって唯一の弱味にもなっている要素でもある。

 

 それ故にマダムは人一倍『美』に執着したし、それを得るための手間暇資金を惜しむことはしなかった。その為に努力や善政が必要であるなら何だって耐えてきた。

 だからこそ、マダムは『美の永続』など無いのだという事実を良く心得ている。若さも美貌も永遠ではないのだ。歳と共に衰え始める美を維持するためには、たゆまぬ努力と美への執着を維持し続ける心によってしかない。

 

 ・・・・・・そして、それが聖光国の貴族の多くは持ち合わせていない。

 自分たちが貴族として生まれた聖光国に、いつか滅びの日が訪れるなど露とも想像してすらいないのだ。

 考えている者がいたとしても遠い未来に起こりうる危機ぐらいしか考えておらず、自分や息子や孫が死ぬまでは続いてくだろうと、何の根拠もないまま信じ込んで怠惰な日々を送り続けるだけになってしまって久しい状況。

 

 天使の教えや存在を信じてもいない癖に、天使が創った国という存在は絶対視して特別扱いしている。

 自分たちが、維持するための努力や協力を惜しんでも、一部が衰えるだけで国全体は頑健で強靱なままで居続けられるに決まっていると信じ込んで油断して、自分たち程度がナニカやっても大したことではないと高をくくって私利私欲にのみ精を出す。

 

 そんな輩で溢れているのが、現在の聖光国の実情だった。

 まさに、油断して弛んだ贅肉まみれの国になってしまっているのが現在の状況なのである。

 危機感を持ってダイエットと健康維持のために運動するべき時期が来ているのだが、ほとんどの者は認識せぬまま今まで通りの贅沢な食生活を続けてしまっている・・・・・・。

 

 そんな聖光国の『太った姿』を、馬鹿エルフの言葉は正確にマダムにイメージさせてくれたのである。

 彼女にとっては開眼に等しい目覚めであったと言えるのかもしれなかったが―――

 

 

 

 ・・・・・・そもそも何でコイツ、そんな頭良さそうなこと考えついたんだ?

 どー見たって頭脳派とは思いようのない脳筋エルフにしては鋭さを持った政治的意見を述べられた、その理由と原因とは――――

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひっく♪」

 

 

 ―――酔っ払って、気持ちよくなってただけだったりする次第・・・。

 見るとテーブル上には殻になった酒瓶が5、6・・・8本?

 

 どう見たって飲み過ぎな量の酒を、皆で話してる最中にも延々と飲みながら話し続けてた奴が一人だけいたせいで、完全に出来上がっちまって気持ちよく語りたがってるだけの酔っ払いエルフが誕生しちまっていやがった。

 

 身体は数百年を生きるエルフでも、中身は飲酒可能年齢に法改正されたばかりの年齢にさえ達していない現代日本のオタク人に、この量の酒を初めてで飲んで平気でいられる訳がなく。

 

 目つきがトロ~ンとなって、頬が仄かに赤く染まって、ゆっくりユラユラと揺れるような動き方で身体を揺らすようになってしまってたケンカ馬鹿の中身バカ学生エルフは、既に素面を失いつつあるようだった。

 

 いつブッ倒れてもおかしくない状態を、チート転生者ボディの力だけで保ってしまいながら、周囲の人には見分けも付かず、ただアクちゃんだけが「ま、魔王様・・・お酒臭いです・・・」と真相に気付いてくれてた状況で。

 

 

 

 ドォォォ―――ッン!!と。

 大きな振動と爆発音のようなものが届いてから僅かに遅れて、食堂の扉が大きく開かれると、室外から飛び込んできた男が大声で危機の到来を叫んだのだ。

 

 

「た、大変だぁ――!!

 サタニストの襲撃だぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 耳をつんざくような悲鳴と共に告げられた、楽しい晩餐の夜の終わりと、終末の序曲。

 聖女の結界魔法によって防備は完全な聖城がある神都へのサタニスト襲撃という脅威に、マダムでさえ不安げな表情を隠しきることは出来なくなっていた程だったが―――ある意味でそれは、まだマシな反応だったのかもしれない。

 

 

「――やれやれ。せっかく気持ちよく浸っていたのに、邪魔しないで欲しいものだねぇ・・・・・・」

 

 

 自分たちが座っている大テーブルの一席から、騒然となっていた室内にあっては完全に異質で異端と化した、暗い闇を背負って愉悦に歪む笑顔を隠そうともしない一人の美しい少女が、凶悪な笑みを浮かべながら立ち上がる姿を目にしてしまったのは、マダムだけだったのだから・・・・・・

 

 

「・・・これは祭りが始まりそうですねェ・・・・・・血祭りがッ!!!」

 

 

 その一言が、これから始まる惨劇の夜を、これから始めることを宣言する魔王からの宣戦布告であることを、マダムは直感として知っていた。

 少女の中に普段は眠っている魔王が、夜の支配者とも称される存在が、血と闇の臭いに引きつけられ、少女の心の奥底から浮かび上がって身体を支配してしまったのだという事実を彼女は心の底から理解して、そう確信させられていた。

 

 

 ―――実際には酔っ払いが、お気に入り悪役キャラだった最強殺し屋元相棒ラスボスをロールして、気持ちよく酔い痴れたがってるだけなのが実情だったんだけどね。

 知らん人には、それは分からん。偉い大人の人にはアニメキャラの真似は分からんのです。それが現実(偏見で断言)

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして開始されたサタニスト達による大作戦『神都襲撃計画』

 長い時間と手間暇をかけて実行に移された計画は、作戦内容そのものは非常にシンプルなものだ。

 

 神都は大きく4つの地区に別れており、聖なる結界に守られた聖城を除いた3つの地区全てに同時攻撃をかけてきたのである。

 進入路には、神都の真下まで掘り進めた地下道を使って侵入し、ゲリラかモグラのように穴から飛び出し次々と近くにいる人間達を問答無用で襲いまくり始め、年単位で用意万端整えた襲撃作戦をようやく実行に移せた悦びと殺戮に酔い痴れまくっていたのである。

 

 しかもどういう訳だか、人間の貧民達によって構成されてるはずのサタニストの襲撃であるにも関わらず、いくつかの場所では魔物たちの姿が散見されており、下級とは言え悪魔の姿もチラヒラ見受けられる。

 挙げ句そいつらは、同じ人間でもサタニスト達にの方には攻撃してこないのだ。少なくとも今の時点では、一人も攻撃対象になっていない。

 

 ただでさえ各地区を同時に奇襲されて不意を突かれ、機先を制されたことで出遅れてしまっている神都防衛の騎士団側は不利な状況に陥らされざるを得なくなっていた。

 

 

「なるほどね、同時攻撃ですか。戦術的には正しい判断ですが・・・・・・」

 

 そんな戦況を、高台に建てられた高級レストラン『アルテミス』のテラスに登って観察していたケンカ馬鹿エルフだが、中身はゲーマーでもあるRPG好きのオタクが訳知り顔で論評するように呟いていた。

 

 夜風に当たって、少しだけ酔いが覚めて冷静さが戻ってきたお陰で出来るようになった芸当であった。

 むしろ今の時点でグロッキーになって動けなくなってないだけでも大したチート転生ボディだったけれども、明日の二日酔いは多分確定することにもなるだろう。

 奇跡には代償が必要であり、人は痛み無くして何も学ぶことは出来ないもの・・・・・・。

 

 まぁ、それで二日酔いで苦しんで「もう二度と酒飲まねぇオェェ!」とか誓った場合でも、やっぱり飲んじまって痛みから全くなにも学べてないこと多いのが、普通の人間ってものでもあるんだろうけれども。

 

「しかし・・・この場合はどうなんでしょう?

 不意を突いた今でこそ有利とは言え、相手方が体勢を立て直して本格的に反攻作戦に打って出られたら、数だけ多い棒との集団なんてたちまち壊滅させられるしかないでしょうに・・・・・・あんま良い作戦とは思えんのですけどなぁ~」

 

 そして、コテンと首をかしげて相手の作戦と現状との組み合わせが分からず疑問を零す。

 実際、4つの区画の内3つを同時攻撃すると言えば聞こえは良いが、3つの場所を同時に攻めかかる為には、自分たちの兵力も3分割しなければならず、それだけ1カ所に集中できる兵力は少なくなる事を意味してもいる。

 

 戦記物RPGでも民衆たちの解放軍が、敵の主力を城から誘き出して潜入するイベントはよく見かけるけれど、そういうとき決まって軍師から

 

「各地で騒ぎを起こし、敵を引きつけている間に目的を達成して下さい。

 敵の主力が戻ってきてしまえば、我々に勝ち目はありません」

 

 とか注意事項を言われてから始まるのが定番のような気がする作戦。

 事実として、一人一人が正規軍の一般兵士より弱っちい連中の寄せ集めであるサタニストは、圧倒的な数の差こそが最大の武器であり、数が減った状態で騎士団と正面決戦などしてしまえば一瞬で蹴散らされかねない程度の能力しか持っていない者の方が多数派でもある。

 

 数を揃えまくらなければ優位性を活かすのが難しい作戦。

 だが一方で、生きて帰れる者の方が少なそうでもある作戦に大兵力を投入しまくる、勝った後に組織が維持できるのか疑問な、犠牲ありきの特攻作戦でもある。

 

「自棄起こして、自爆の美学にでも目覚めたんでしょうかね・・・? それとも自分たちの玉砕で時代を変えさせるための星屑作戦とかなのかな?

 ―――あるいは、本当に生け贄にされる前提の作戦という可能性も・・・・・・」

 

 そこまで考えて、ナベ次郎は思考を止めて頭を振った。

 どーにも自分っぽくない頭脳労働したせいで頭痛を感じたからである。

 やはりケンカ好きたる者、深く考えるよりも殴った方が手っ取り早く、ケンカを見たら仲間入りしたくなるのが日本人の伝統というものである。

 

 相変わらずコイツは、日本の伝統に土下座した方が良いかもしれない奴だった。

 ちょうど頭痛も感じ始めて、酔いが段々とグロッキーに近づいてきた気配を出し始めてきてるみたいでもあったし、たまには痛い目見るのも悪くはなし。

 

「フィラーンさんは、とりあえず残ってアクさんたちや他の人の護衛でもしてあげてもらえます? さすがに全兵力つれて戦いにいったせいで、帰ってきたら血の海だったじゃ目覚めが悪すぎそうですし、私は気楽にケンカを愉しみたいですし」

「りょうか~い☆ 魅力値MAXパワーで、みんなを守ってあげとくわね。大丈夫よ、たとえ死んでも腕が取れても足がもげても、回復魔法使えば元に戻せるから。守れなくても守ったのと同じになるからダイジョ~ブ」

「いやあの・・・・・・できれば腕や足が取れる前に守ってくれるようお願いしますわ本当に・・・」

 

 HP1になっても、ベホマさえかければ完治して即座に戦線復帰できるゲーム脳に当てられてるらしき暗黒聖女さんの妄言に一応はツッコんでおいてあげながら前へと向き直り。

 

「ちょ、ちょっと魔王! 勝手に決めないでよ! 私も行くんだからね!!」

「え? いいんじゃありません。行きたきゃ勝手に行って戦ってしまって別にかまわない立場だと思いますし。まぁ私は置いていって、一人で戦うつもりですが」

「鬼かアンタは!? この悪魔! 邪悪な悪魔たちを統べてる邪悪すぎ魔王―――ッ!!」

 

 顔を真っ赤にして、普段通りからかわれた怒りを露わにする天使聖女ルナからの発言も軽くいなし。

 

「ま、魔王様・・・・・・あの、魔王様は大丈夫なんですよね・・・?」

「フッ・・・大丈夫ですよ。問題ありません」

 

 そしてアクちゃんからの嘘偽りなき本心から心配して言ってくれた言葉に対して、大丈夫じゃないことを保証する大丈夫の言葉をブラックジョークで告げて、相手知らないから分からなくて。

 

「マダムもどうか、食堂に戻って食事の続きを楽しんで下さい。せっかく高い金払って頼んだ料理が冷めてしまったら勿体ないですからね。

 私の方は遅くなりそうなら、テキトーな屋台でなんか買って食べますから、お気になさらず」

「・・・あなたは、こんな状況でまで・・・・・・いいえ。こんな状況だからこそ、と言うべきなのかしらね?

 貴女の言い分を借りるなら、努力を怠らない者の大言壮語と、努力しない者が語る強者の理論は、同じ内容でも全く別物なのだから」

「まさに仰るとおり。

 ―――愚者共が、愚かしくも攻め来るなら滅するのォみ・・・・・・是非もなァし」

 

 ブワッ――と、再び黒い気配を背後から放ち始めてマダム達を恐怖させた後、

 

「じゃ、そういうことで行ってきます。ジュワッチ」

 

 と言って、ピョンっとテラスから地面までの距離を飛び降りていくケンカ馬鹿の魔王エルフ。

 スタチッと地面に着地して、周囲を見る。

 

 

 そこに広がっていたのは、最近ではテレビなどで見かける機会が多くなっていた光景。

 平和な街で突如としてテロが発生し、襲い掛かってきた反政府ゲリラと治安機関との武力衝突で戦場と化す町中。

 通りを逃げ惑う人々。血だらけになって救急車で運ばれていく姿。

 

 それらの姿を普段から他人事としてみているのが現代日本に住んでた頃の自分たち。

 たとえ綺麗事や理想論で他人をどれだけ説教するようになっても、遠い外国で起きているテロでどれだけの人が死んでいるだの言われても、ピンとこないまま理屈だけの人道論を唱え続けて賛成し続けるのが平和な社会に生きる人間達の精神性というものでもあるのだろう。

 

 ―――だが、しかし。

 ここで生きている者たちにとっては、他人事では済まされない。

 今ここにいる者たちには、他人事で済ませてはもらえない。

 

 何故なら、テレビの向こう側で逃げ惑う人々は無力な被害者であり、哀れな避難民の姿なのだから。

 決して一方的に殺す側の殺すところを、ネットはともかくテレビで放送することなどあり得ないのだから。

 

 

 ―――ナベ次郎が、これから行うのは『テロの加害者側』になる役割だった。

 被害者ではない、逃げ惑う被害者にはなれない。

 

 テレビの中でどれだけ多くの人が苦しみ、痛みの中で逃げることしか出来ない哀れな姿をさらして、その姿に強い同情や労りを感じることがあろうとも。

 

 彼ら彼女らを守る側に立って、襲ってくる側を倒す者になった所謂『チートな主人公』と呼ばれる存在は、決して『被害者』ではなく『弱者』でもない。

 一方的に弱い敵を倒して倒して倒しまくって被害者達を守り抜く『加害者』であり『絶対強者』それが『弱者の側に立って強者から単独で守り抜ける優しい主人公』という存在。

 

 自分は今から――――『主人公(加害者)』になる。

 ナベ次郎は、その事実を知っている―――。

 

 

 

 

「さぁ、行くぜボーイ。

 ションベンは済ませたか? 神様にお祈りは? 命乞いする準備はOK?

 さてさて、どっからデストロイしに行ってやりましょうかねェ~?」

 

 

 邪悪な笑顔で愉悦っぽく悪い顔して言いながら―――ナベ次郎には一つだけ、気になることがあるにはあった。

 それはレストランの中に、扉が開いて外から駆け込んできた人から言われたときから気になっていた言葉。

 特に重要性は無いかもしれないけれど、一応は知っておいた方が良いかもしれない、意味深すぎる響きを持った“その名前”について自分はほとんど何も知らないという事実。

 

 それ即ち。

 

 

「それにしても・・・・・・“サタニスト”って、なんでしたっけかね?

 黒いサンタクロースの異世界バージョンみたいなものなのかな~~っと」

 

 

 ・・・・・・自分が関わり深い因縁ある連中を、因縁あったこと知らないで過ごしてきた女神像蹴り殺しエルフ魔王は、未だに悪魔信奉者集団サタニストのことをほとんど知らないままだから知らない。知らないものは分からな~い。でも敵になるなら蹴る殴~る。

 

 RPGでは結構よくある展開です。

 だから気にしない。・・・・・・こうして黒歴史ばっかり増えていきそうなケンカ魔王の明日はどっちなんだろう? ホントの本当に・・・。

 

 

つづく



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異世界魔王青年バノッサと魔王召喚少女の夜 第5夜

今の心身状態でも書けそうな作品を更新ってとこで、【異世界魔王】と【サモンナイト】のコラボ作の最新話。

今回は、『エミール登場回』です。
ホントは魔族軍侵攻まで書きたかったんですけど、切りが悪かったので今回はここまでって事で。


 

 エルフたちの襲撃されてから数日後。

 バノッサたちは数日前と同じように冒険者ギルドのマスター執務室へと招かれ、再び同じような依頼を受ける事になっていた。

 

「わざわざ来てもらってゴメンね~? この前やってもらったばかりで悪いんだけど、バノッサさんをご指名の依頼だよ。しかも簡単なわりに高報酬なオイシイお仕事♪」

 

 危険な代わりに成功のチャンスを得られる冒険者にとって、楽な仕事内容で収入がいい依頼というのは喉から欲しても手に入らない、夢のような好待遇と言っていい。通常ならば誰もが飛びつく儲け話。

 

 ・・・・・・もっとも、あくまで『それが本当だったなら』の話なのは言うまでもない。

 

「・・・わざわざ、バノッサを指名しての依頼ですか」

「また罠じゃないの~? この前みたいにさぁー」

 

 おいしい話には裏があるのが世の中という格言を、先日痛いほどに思い知らされかけていたシェラやレムたちが、無邪気な笑顔で依頼を持ってきたギルドマスターに、胡乱げな不審顔での反応しか返さなかったのは無礼であっても当然の反応でしかなかっただろう。

 

 とは言え、世の中には「おいしい話に裏があったからこそ」という事情が関係している場面も時にはあり。

 

「あはははっ♪ まっ、そーいう反応されちゃうのも当然なんだけどね。でも今度のは本当に大丈夫だよン☆

 なんせ魔術師協会の長、セレスティーヌ・ボードレールから、このボクが直接受けてきた依頼なんだからねぇ~」

「・・・セレスから?」

 

 得意げにシルヴィが依頼書片手に説明するのを聞かされながら、相手のテンションに反比例してレムが低い声で呟きを漏らすと僅かに顔をしかめる姿がバノッサの視界に映っていた。

 

 先日の一件でバノッサたちを襲わせるため、エルフたちを利用しようとセレスティーヌの護衛を務める魔術師ガラクは、魔術協会という組織の名を使って依頼を出していた。

 彼としては、バノッサへの報復を望みながらも自分一人では太刀打ち出来ない実力差も見せつけられていたため、外部から助っ人を呼び込もうと信頼を得るため使っただけの名前でしかなかったが、組織の長としては迷惑極まりない話でもあった。

 

 組織の一員がやった行いは、組織の外にいる者達から見れば組織全体の意思として動いた結果のように解釈されかねない恐れがあるからで、この点ではバノッサがいた異世界リィンバウムでも召喚術士たちによる二大派閥の一つ《蒼の派閥》でも重要視されている部分でもある。

 

 彼らは派閥の方針として、召喚術を犯罪などに用いる外法召喚術士たちを無償で討伐する秩序維持活動をおこなっているが、それは一般の人々から自分たちと外法召喚術士たちとを同一視されて滅ぼされるのを避けるための自衛という側面もある行為だったのだ。

 

 また、冒険者ギルドからの依頼という形を取られたことも問題だった。

 相手方の信頼までガタ落ちさせかねない危険極まりない行為だったからで、今後の両組織の関係を考えていく上では、冒険者ギルドは魔術師協会に大きな貸しを作れたという形になった訳だった。シルヴィの機嫌がいいのは、そういう事情あってのことである。

 

 要するに、有り体に言ってセレスティーヌから出された今回の依頼は。

 

「つまり、ガラクタ野郎のことで口止め料代わりってとこか?

 金はやるから、“この件について余計なことは何も言うな”と、そう言いたい訳なんだろ? あの踊り子みてぇなお偉い魔術師サマはさ」

「・・・いやまぁ、取り繕わずに言っちゃえばそうなんだけど・・・・・・ほんっとバノッサさんて、そういうのハッキリ言っちゃう人なんだね本当に・・・」

 

 興醒めと言うより、やや引き気味になりながらではあったものの、シルヴィは冷や汗混じりにバノッサが告げた指摘の正しさを婉曲的に肯定はする。

 実際、先日の一件は冒険者ギルド・魔術師協会双方の合意によって『不幸な事故』として処理される流れで事が進められており、近いうちにグリーンウッド王国にも打診される手筈となっている。

 エルフたちにしても、魔術師協会の名で騙されて利用されたことは業腹だったものの、国の精鋭部隊を派遣して『たった一人のディーマン』に打ちのめされて目的も果たせず逃げ帰ってきましたなどという国の恥を内外に知らしめられたい訳では決してない。

 

 相手側からの返事はまだだが、おそらくは了承されるだろうというのが大方の見方でもあった。

 バノッサたちの元へもたらされた『オイシイ依頼』は、ハッキリ言えば体裁を取り繕ったセレスティーヌからの賄賂であって、口止め料と評したバノッサの解釈は非常に正しい。

 

 ――だが、治安の悪いスラム街で生まれ育ったバノッサや、組織を率いる者として世の清濁をそれなりに経験してきたシルヴィと違って、純粋無垢な潔癖さを大切にしたがる青臭い年齢の少女にとって、そういう解釈を受け入れるのは難しいようだ。

 

「・・・私は行きません・・・」

「え?」

 

 レムが俯きながら、か細い声で拒絶するための声が上げられていた。

 その声には、差し伸べられた手を振り払う、頑なに意固地さを貫く意志が強く込められたものだった。

 その姿は在りし日の自分自身を彷彿とさせる要素が微かにあるように、バノッサには感じられていたのだが・・・・・・しかし。

 

「セレスには借りを作りたくありませんから・・・。

 普通の依頼なら構いませんが、不要に報酬が高いクエストはお断りで――」

「あァん? 何言ってんだ? 馬鹿なのか、テメェはよォ」

「なっ!?」

 

 自分にとって不快なだけの過去と似た部分を見せつけられたところで、郷愁を抱く要素などバノッサの人生にはない。

 ただただ不愉快なだけなのが、彼にとっての自分の過去である。

 出来ることなら、そういった全てから自由になりたいと願って力を求めた。そしてようやく振り払えそうなところで『ハグレ野郎』が現れやがって、また過去にぶり返されちまった。

 そんなものがバノッサにとって自分の過去だ。唾棄すべき時間であり、甘ったれた無力なガキでしかなかった頃の、強がることしか出来なかった弱っちい自分と同じものを見いだしたところで優しくしてやるべき理由になるはずがない。

 

「借りが出来ちまったのは、相手だろうがよ。だから借りを作ったままだと面倒くせぇから、今の内に片しときてェだけじゃねぇか。

 んなもん、いちいち借りだなんだと解釈してやって、相手に都合のいいだけのガキになるのが、そんなに嬉しいか? だからバカだっつってんだよ。このタコ」

「タっ!? ・・・そ、そうかもしれませんが、でも・・・・・・だけど・・・」

 

 バノッサからの悪態に激高しかかるものの、そこはレムを相応の経験を積んできた冒険者だ。相手の言い分が正しいことを認められないほど子供ではない。

 ・・・・・・ただ、理屈として正しいことを認められても、感情まで納得させられるほど大人な訳でもなく、まして納得できない気持ちを抱いたまま片手間で依頼を引き受け気にしないでいられる器用さなど、レムは大人になった後でも生涯もてそうにない性格を彼女は持っている人物だったらしい。

 

「そうだよねー。私たちあんまりお金ないから正直、助かるし」

「でしょ? まぁでも依頼内容そのものは簡単だから、三人そろってなくても大丈夫だと思う。もしレムちゃんが嫌なら、バノッサさんたちだけで引き受けてくれて構わないよ? 勿論それで報酬が減るってこともない依頼だしねぇ~♪」

「それなら・・・・・・でも、どうする? バノッサ」

「・・・・・・」

 

 シェラとしては十中八九引き受けるつもりになっている、条件のいいクエスト内容だったが隣に座って俯いたまま沈黙し続けているレムの態度を見ると二つ返事で了承しづらい。

 レムが抱えている肉体の秘密を知らない彼女には、なぜレムがそこまで頑なに他人を頼ることを拒絶したがるのか理由は分からなかったが、それでも彼女にとっては重要な問題なのだろうと理解することはできる。

 

 妥協案として、レムには自分よりも優しくしやすいと感じているバノッサに意見を聞いてみることにした訳だが・・・・・・流石に今回ばかりは人選ミスだったことを、聞いてしまった後に彼女は思い知らされることになる。

 

 

「やる気ねぇヤツを連れてってやっても、邪魔になるだけだろ。

 役立たずは置いてきゃいいだけだろうが」

「ふみゅぎゅッ!?」

 

 

 バノッサからの情け容赦なく配慮もクソもヘッタクレモない物言いで告げられた回答を聞かされ、猫が尻尾を踏まれたときに悲鳴を上げるような泣き声を涙と共に撒き散らす羽目になるレム。

 

「「う、うわぁ・・・・・・」」

 

 流石に、この映像は年若い女性たち視点から見ると、ヒド過ぎる光景にしか見えようがなく。

 シェラとシルヴィが、止めを刺されたような表情で時が止まってしまっているレムへの助け船として目配せし合って連携しあい。

 

「え、えぇ~と・・・・・・そ、それじゃあシェラちゃんとバノッサさんの二人で行くってことでいいんだよね!?」

「そ、そうだよね! レムもなんか疲れてるみたいだし、今日ぐらいは町でノンビリ待っててもらっても大丈夫そうだし、私とバノッサの二人だけで行くことにします!」

「よし! じゃあそういうことで引き受けの手続き済ませちゃうね! 後はボクの方でやっとくから二人は一階に行って預かってる荷物を受け取って早く出発してね! 今すぐじゃなくてもいいけど急いでるから大至急で!ホラ早く!」

 

 無理矢理にでも話をまとめて、重苦しい空気に包まれかかった室内からバノッサを追い出すため、食い気味なハイテンションな仕草で出立を急ぐシェラとシルヴィ。

 

 レムの目尻からは、一筋の涙が流れていたが・・・・・・このときの選択が後に影響を与えるものとなるか否かは、彼女自身の意思の力による部分でもある。

 

 

 

 

 

「《ウルグ橋塞》へ差し入れの配達・・・・・・ホントに楽だぁッ♪」

「・・・・・・ガキの使いみてぇな依頼だな。ここまで行くと引くものあるぜ・・・」

 

 引き受けて受け取ったクエストの依頼内容を一瞥し、あまりにもあまりな内容に流石のバノッサでさえ、白けたような表情を浮かべ直して意欲が削がれたという風情を見せるレベルだった。

 

 楽だった。本当に楽なクエストだった。

 ここまで楽すぎるクエストは、弱者を集団で嬲り殺して有り金うばうことに慣れていた《オプティス》のリーダー時代があるバノッサにも記憶にない。凄まじく簡単すぎる依頼内容。

 

 セレスティーヌとしては、簡単なクエストの差額分で支払いをと考えていたため、必要経費がかかってしまったり、怪我して治療費が発生する依頼内容では意味がなかっただけではあったのだが。

 やはり意固地になっているときの子供という生き物は、何にでも噛みつかずにはいられない狂犬じみた部分があり。

 

「セレスも、こんなあからさまに簡単なクエストで、私が納得して報酬を受け取るとでも思っているのでしょうか!? まったく!!」

 

 プンプンと頭から湯気を上げる勢いで尻尾を逆立て、あからさま過ぎる「ご機嫌取り」にレムは怒り心頭といった様子で立腹する。

 彼女としては、「舐められた」という気分が強すぎる内容だったのが原因でもあったのだろう。「子供扱い」されている気にさせられてイラ立たされずにはいられなかったのだ。

 

 もっとも、仮に依頼内容が高難易度の妥当な報酬によるものだった場合でも、やはりレムは何らかの理由で苛立ちを覚えずにはいられなかったかもしれない。

 依頼者が《セレスティーヌ・ボードレール》という、自分の秘密を知っている実力者から出されたものだと知らされた時点で、今の彼女にとって全ての依頼は「借りを作るのは嫌だ」と拒否する一択だったかもしれない。

 

 そういう時が、人にはある。

 そういう風にしか出来なくなることが、人間なら誰でもある。・・・・・・ただ、自分がそうなっている時に他人の時と同じだと感じることが出来るかどうかが違うだけ。

 

 《ハグレ野郎》は、それが出来る人間だった。だから《界の意思》を従える《エルゴの王》となった。

 バノッサは、それが出来ない人間だった。だから《魔王》を宿す依り代として《世界を壊すバケモノ》になりかけたのだ。

 

 その違いが時に、人の一生を大きく狂わせてしまう時がある。

 だが・・・・・・そういうのと生涯、死ぬまで無縁そうな人間という珍種も偶にはいる。

 

 たとえば、そう――――《彼》のように。

 

 

 

 

 

「待て、ディーマン。お前だな?

 いま町で噂になっているディーマンというのは」

 

 バノッサとシェラがクエストを引き受け、さぁこれから出発するぞという時に声をかけてきた男がいた。

 彼らが降りてきたばかりの階段に、腕を組みながら寄りかかるようにして立っている、“黄金色の鎧”をまとった見た目は美青年の大柄な戦士。

 

「噂通り、悪そうな面をしているな。流石は、“悪”!!」

「ゲゲェッ!?」

「え、エミールっ!?」

 

 その人物の姿を確認した瞬間、衝撃を受けたようにシェラとレムが一様に―――なんとも表現しようのない反応と表情を浮かべて彼の名を呼び、名を呼ぶことしか出来なくなってしまっていた。

 

 彼の名は、『エミール・ビュシェルベルジェール』

 ファルトラの町の冒険者ギルドに所属する冒険者の中では最強と名高い人物だった。

 

 剣士としての腕はよく、冒険者としての実力や実績も悪くはない。人柄的にも信頼は出来る。・・・・・・ではあるのだが。

 実力の割に、あまり深い付き合いになりたがる者が多くない異色の冒険者、もしくは《変人》あるいは《奇人》

 ギルド1の怪力の持ち主でもあり、親しくなっておいて損はないステータスを誇りながら、彼がそのような扱いを受けているのは・・・・・・主に自業自得な彼自身の人格によるものだと周囲からは思われている人物だった・・・。

 

「・・・・・・」

 

 だが、そんな人物に呼ばれて声をかけられながら、バノッサは振り返らずろくな反応も見せようとはしない。

 ただ真っ直ぐ出口に向かって進み続けているままで、話しかけてきたエミールの言葉を聞いているのかどうかすら定かではない。

 

 だが、相手の反応を意に介さないという点では、エミールもまた逆方向でバノッサと同類の生き物だったのやもしれない。

 

「町の人々は口々に言っていた。

 “肩から角を生やした見慣れぬディーマンが、女性に首輪をつけて連れ回している”・・・と。

 ――それは、お前のことだな? ディーマン!!」

「・・・・・・」

 

 ガンをつけるように睨み付けながらエミールは、バノッサに詰め寄る。

 彼がまとっている、邪悪そうなデザインの鎧を、この世界の基準で考える者には、そのように受け取られるものだったらしい。

 

 バノッサは答えない。

 

「フッ・・・そうやって虚勢を張っていられるのも今の内だ。

 なぜならオレ様の名は、エミール・ビュシェルベルジェール!!

 レベル50を誇るギルド1の怪力戦士であーるのだから!!!」

「・・・・・・・・・」

「角を生やしたディーマンめ! 覚悟しろ!!」

「・・・・・・・・・・・・あん?」

 

 鞘から剣を引き抜いたエミールが、切っ先をバノッサに突きつけながら宣言した時になってようやく、相手の方は彼へと振り返って姿を見て。

 

「・・・・・・《マーン家の私兵》だと!? テメェらまでコッチの世界に来てやがったのか! あぁっ!?」

 

 相手の美青年がまとっていた《黄金色の全身鎧》が視界に入った瞬間に、バノッサの目つきも急激に危険な色合いを帯び始めてしまう。

 

 《マーン家》とは異世界リィンバウムにある召喚術士たちの二大組織の一つ《金の派閥》における有力家系の一つであり、民間の生活に召喚術を用いることで莫大な富を築いている金持ちたちの集団でもある組織だ。

 

 バノッサが暮らしていた辺境の都市《サイジェントの町》にやってきて召喚術をもたらしたのも彼ら一族の一員たちであり、召喚術の力で急激な発展を与えながらも同時に凄まじい規模の格差社会ももたらしてしまっていたことから、サイジェントで暮らす住人たちの多くからは蛇蝎のように嫌われていた、領主を金でたぶらかして自分たちの好き放題に法律を変えさせる腐った成金共の集団の名前でもある。・・・・・・少なくとも町の人たちの多くからは、そう認識されている者達だった。

 

 実際には、町の政治を腐ったものにして、激し過ぎる格差をもたらしていたのは、召喚術を用いることで得られるようになった莫大な富に目がくらんだ領主自身や、取り巻きの貴族たちが忖度や意訳をおこないまくった結果であって、彼ら自身は領主たちのコントロールに失敗しただけではあったのだが・・・・・・大方の人々からは《ヨソ者の召喚術士たち》が全部悪いと、そのように思われてしまっていたのは間違いない。

 

 また、彼ら自身も言動に問題がありすぎるというか、口調に癖が強すぎると言うべきなのか・・・・・・俗っぽい言い方をしてしまうなら《悪役っぽい》という外観上の問題も抱えており、色々な面で辺境に住む田舎者たちからは偏見と無知からくる色々な非難を受けまくりやすい要素を多分に備えまくっていた連中だった。

 当然、バノッサ自身も彼らに対しては悪い噂だけを信じて悪意しか抱いたことがなく、ムカつく糞ったれ共としか思ったことがない。

 

 その《マーン家》が有して、屋敷の警備などに当たらせていた私兵たちが着ていたのが、エミールと同じ《黄金色の全身鎧》だったのである。それがバノッサの誤解を更に悪化させていくことになる。

 

「テメェ・・・・・・コッチの世界に着てまでオレ様の前に許しもなく顔出すとは、いい度胸じゃねぇか。飼い主さまの命令かよ? そんなにブチのめされなけりゃ気が済まねぇのか?」

「そっちこそ! 誰の許しを得て二人を引き回している? よっく聞けディーマン。

 俺は―――女性のことが大好きなのだぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」

 

 いきなり訳の分からないことを叫びだした《マーン家の私兵の一人》の言葉に、バノッサは疑問符を浮かべてポツリと呟く。

 ――いや、訳の分からないことを言っているのは最初からか。バノッサは、そう考えて納得した。

 

 なにしろ出会い頭に、「でーまん・でーまん」と意味不明な単語を延々と連発しまくり、今なおバノッサのことを指して「でいーまん」と呼んでくる始末だ。

 よく分からないヤツだったが、「でいーまん」というのはリィンバウムで言うところの《ハグレ》などのスラングと同じようなものなのだろうと、相手の反応と攻撃的な態度から察せられる。

 

 思い出してみると、ガラクタ野郎も同じ言葉をバノッサに向かって言っていた気がしなくもないから間違いないだろう。

 

「レムちゃんとシェラちゃんを奴隷にするなど、女性の守護者である俺が許しはしない!!」

「え!? いや違っ! エミールあのね!?」

「そうではなく! この首輪はですね!?」

「安心して二人とも! 今俺が助けるぅッ!!!」

 

「・・・・・・・・・???」

 

 ――本気でわけの分からない野郎だった。

 人様を自分たちに逆らったからという理由で、ゴミと一緒に燃やしちまおうとしてた連中の飼い犬風情が奴隷を嫌う?

 聞いた話じゃ、旅のサーカス団が飼ってたハグレ召喚獣のメスガキを、金で買い取って小屋に住まわせようとしていたという噂だが、それは奴隷のことじゃねぇのか? まったく訳がわからねぇ・・・・・・。

 

 

 

 凄まじい誤解の連鎖が、エミールの登場によってバノッサ一人の中でもたらされてしまっていた。聞いていた噂話が半端に真実が混じったものだったから尚のこと性質が悪い。

 

「・・・・・・なんか、よく分かんねぇが・・・」

 

 もはやバノッサの中でエミールという存在は、意味不明なヤツというカテゴリーになってきており、好きとか嫌いとか普通の感情を抱こうにも、なんだかよく分からんので好きにも嫌いにもなれん変な感情しか沸いてこないヤツになりつつあった。

 

 実際にサイジェントの町で、ハグレ野郎たちが幾度となく結果的に戦う羽目になってしまっていたマーン家の三兄妹たちも、性格的には妙に憎めないところを持った連中ばかりで、悪意を持ち続けるのが難しいと言うより疲れさせられる。・・・そんな連中だったりする。

 

 そこまで知れるほどバノッサは彼らと深く付き合う前に魔王と化し、人生を途中下車させられてしまうことになっていたのだが・・・・・・彼自身がハグレ召喚獣として呼び出された別の世界で、《マーン家》のような赤の他人と出会うことになったのは―――この世界の《界の意思》がバノッサに与えた皮肉だったのか恩恵だったのか。それは今のところ分かりようがない。

 

 まぁ、とりあえずの話として。

 

「要するにテメェは、敵だって言いてぇんだよな? オレ様をぶち殺しにきやがった敵だと、そう言ってんだろ?」

「・・・・・・え? いや、命までは取ろうと思っていない!

 ただ二人を解放してもらブベハッァァァァァッ!?」

「「エミ―――――ッル!!??」」

 

 

 自分の前に立ちはだかる、《敵》として現れたらしいので、とりあえずブっ飛ばしてブチのめしておく。

 ハグレ野郎との決着には、個人的にも感情的にも拘りたい理由と事情があったが、《マーン家》相手にそんなもんはない。

 

 とりあえずブッ飛ばし、構える前にブっ飛ばして倒れた相手に馬乗りになってマウントを取ると、反撃できなくなった相手を殴る。殴る。殴る。ただ、殴る。

 平凡なケンカのやり方だった。スラムでなくても誰だってやっているから『問題にならないケンカの戦い方』である。

 

 相手がどういうつもりで立ちはだかってきたとか、邪魔したい訳じゃないとか、そんな《動機》なんざどーだってよく、結果として邪魔しにきて立ちはだかってきてんだったら《敵》でしかない。結果の前では動機に意味などまるで無い。

 

 そして《敵》は、ブチのめして倒すもんだ。

 なんとなく興が削がれたから、命までは取らずに半殺しだけで済ませてやるからありがたく思え、と―――バノッサは本気で『自分の基準では問題ないケンカのやり方』でエミールを半殺しにしようとし始めてたためレムとシェラが慌てて止めて誤解も解き。

 

 二人を助けに来て、二人に助けられた女性の味方エミールは、「奴隷にされた女の子はいなかった」という事実に満足すると、バノッサにも謝罪して笑いながら冒険者ギルドを去って行くのだった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・なんだったんだ? あの大バカ野郎は・・・・・・変態野郎か?」

「「さ、さぁ・・・?」」

 

 一応は助けに来てくれた相手に、「そうだ」とも言えず、二人の美少女たちは曖昧な笑みを浮かべて場の空気を壊すことなく、ただ誤魔化して乗り切ることに成功した。

 

 何はともあれ、その頃にはもう―――レムの気重そうな事情について覚えている者は誰もいなくなっていたことだけは確かであり、知られざるエミールの手柄でもあったのだった。

 

 

 

つづく



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コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~第4章

久々に【コードギアス英雄伝】を更新です。
最近「試作品集」ばかり更新してスイマセン。連載作も書いてるのですが、頭が上手く回らなくて……

尚、数が多くなり過ぎましたので【ガンダム系の作品】を一定数削除しました。
もし復活を希望する作品があった方には、個別に対応させて頂きます。


 ブリタニア軍の下級兵士クルルギ・スザクは、旧シンジュク地下鉄構内だった過去を持つ廃墟を一人、武器も持たずに当てもなくテロリストを見つけ出すため探索任務に当たっていた。

 別に彼だけが特別悪い待遇を受けている訳ではない。彼が属する部隊の全員が、今頃は自分と同じように拳銃一丁さえ持つことを許されない姿で、広大な地下鉄構内を猟犬のように探し回っていることだったろう。

 

 それは彼らが『イレヴン』だからであり、『名誉ブリタニア人』でしかない下士官だったからだ。

 

 ブリタニアの対外政策は非常に簡明で、『従う者には寛容を。逆らう者には徹底的な殲滅を』という人類にとっては伝統的な力学を徹底遵守したものが用いられている。

 それは“元”日本人で、ブリタニア軍に志願入隊して『名誉ブリタニア人』という称号を贈られた彼らも例外ではなく、人種差別的思想を剥き出しにしてくる上官の命令でテロリスト探索“だけ”を命じられ、拘束や制圧、奪われた物資の奪還などは正規軍がやるから手を出すなという条件付けまで課された状況の中。

 

 なんとか今の境遇から抜け出すため手柄を立てようと、みな必死になって獲物を探し出すため他の味方を顧みることなく、個々人の任務成功のため邁進していた。

 

 スザク自身、彼らと同様に手柄を欲しており、個別の捜索任務は望むところではあった。

 他の者と彼が違っていたのは、それが出世欲によるものではなかったことだが、一方で出世そのものは強く望んでいる。

 

 知らぬ者から見れば、変節漢としか映りようがないであろう己の想いを自覚しながら探索を続けていた彼は、ふと近くの区画から瓦礫が崩れるような大きな音と、タイヤがスリップしている時のような音を耳にして顔を上げる。

 

 照明は十年以上昔に落とされたまま、復旧する目処や修復計画すら立てられることなく放置されてきた地下鉄の構内は薄暗く、ところどころ天井に開いた穴から光が入り込んではいるものの地下3階の深さまで潜れば明度はだいぶ衰える。肉眼で見えたとしても、確認できる距離と明るさではない。

 

 スザクは数少ない支給品である、暗視ゴーグルを拡大モードで起動させ、自分の見ている先でトレーラーが床に開いた穴に引っかかって動けなくなり、空しくタイヤを唸らせている姿を発見すると、上空で待機している輸送機の中の上官に報告をあげつつ標的を確認していると―――その視界に奇妙なものが映り込む。

 

「・・・・・・っ!?」

 

 驚きのあまり、呼吸を漏らす音だけを立てながらスザクは息を飲む。

 彼の暗視ゴーグルに映し出された、テロリストたちが乗っているはずのトレーラー後部に置かれた貨物には、その近くで蹲っている人影があり、彼の見間違いでなければ人影は――――アッシュフォード学園の男子用制服をまとっていたのである。

 

(・・・ブリタニア人の少年が、なぜ毒ガスを奪って逃走したゲリラの仲間なんかに!?)

 

 その光景が目に入った瞬間、スザクは思わず「カッ」となり、『ターゲット発見が自分の任務。確保は親衛隊の役割』という命令内容を忘れて全速力で駆け出していき、奪われた毒ガスと教えられている兵器と思しき物体を操作しようとしている風にも見えるアッシュフォード学園男子生徒に向かい、怒りの声と共に跳び蹴りを放ってしまっていた。

 

「これ以上は殺すなッ!!」

「なにッ!? ブリタニアぐ――うッ!」

 

 相手はかろうじて片手を上げて、顔面への直撃を防ぎはしたが衝撃は大きく、兵器と思しき物体から大きく遠のいた位置へと転がされる羽目になる。

 

「ま、待てっ! 俺は――」

「もう殺すな! しかも毒ガスなんて・・・・・・っ」

 

 転がさせたテロリストに反撃の余地を与えることなく、飛びついて馬乗りになり、怒りを抑えた声でスザクは説く。

 

 “何故そうまでして戦うのか!?”と。

 “敵を殺すだけで独立できると思っているのか!?”と。

 

 自分たちが――“自分自身が”アレほどのことをしてしまって招いてしまった惨状の居間を、被害者である怒りに駆られた日本人だけでなくブリタニア人まで平和を破壊する方向でしか問題を解決する方法を見いだせないという現実を前にして、スザクは感情的になり、相手の話を聞こうともせず押さえつける一方になってしまっていたのだが―――しかし。

 

「だから、俺は――!」

「惚けようとしても無駄だッ!!」

 

 その瞬間。

 スザクに押さえつけられていた少年、ルルーシュ・ランペルージの瞳に、超新星爆発の色が宿ったのを、白黒でしか景色を判別できない暗視ゴーグルは見誤る。

 

「ふざ―――けるなッ!!!」

「ッ!? う、くっ!」

 

 突如として下腹部に強烈な激痛を感じさせられ、押さえつけていた手が緩んだ隙を見逃すことなく顎に一撃を入れられてから蹴り飛ばされ、何とか体勢を立て直したスザクだったが――その姿勢は、僅かに前のめりになっていたのは痛みが抜けきっていない証拠でもあった。

 

(こ、コイツ・・・・・・いきなり股間を・・・う、ぐぅぅ)

 

 組み敷いていた姿勢を解かせるため、ルルーシュは膝を思い切り上げ、相手の股間めがけて叩きつけていたのである。

 男性にとっての構造的な急所を平然と狙われ、相手の脅威度と容赦のなさを見誤っていたスザクの耳に加害者からの言葉が届き、届けられた声に―――クルルギ・スザクは再び「はっ」とさせられる事になる。

 

 

「殺すな・・・・・・だと? 貴様らがそれを言うのか? あれだけ多くの人名を無為に死なせ続けてきた貴様らブリタニア軍が、自分たち以外にはその言葉を求めるのか! このクズ野郎ッ!!」

「く・・・っ!?」

 

 その痛烈すぎる表現と言い様に、スザクは思わず言うべき言葉を失って呆然と立ち尽くしてしまい―――数年ぶりに聞かされた親友からの毒舌と皮肉に、苦笑交じりの想いを久しぶりに抱かされることになる。

 

「貴様らは人を何だと思ってるんだ!? 他人の国を奪うことも、他人の家族を踏みつけることも力で正当化し、自らの敵が力で抗おうとするのは悪だと罵る!!

 それが力持つ自分たちには許された特権だとでも思っているのだろう! 貴様らは腐っている! 貴様らブリタニア帝国軍は腐りきっている!」

「はは・・・・・・相変わらず、君の言葉は耳に痛いね・・・ルルーシュ」

「――なに? その声は・・・・・・まさか・・・」

 

 相手からの思わぬ反応に、一瞬前まで舌鋒鋭かったルルーシュの口調が明らかに軟化し、代わって戸惑いと困惑が大部分を占めたものへと急速に変化を辿っていく。

 その変化の果ては、彼に非難されていたブリタニア兵がヘルメットを脱ぎ、素顔を晒したことで完全に『当惑』へと結実されることになる。

 

「僕だよ。スザクだ。クルルズ・スザク」

「な・・・っ!? お前、その軍服は・・・・・・ブリタニアの軍人になっていたのか・・・?」

「君こそ、なんでこんな物と一緒に――まさか!? 君が・・・君までが・・・っ」

「?? なにを言って――」

「危ないッ!!」

 

 状況と事情が分からず、ただただ困惑することしか出来なくなっていたルルーシュは、普段の怜悧な頭脳が今この時ばかりは機能不全でも起こしたのか全く物の役には立たず、意味のない言葉の羅列が思いつくばかりで、自分たちの中間地点に位置するようになっていた奇妙な機械が突如として発光し始めた現象を前にしても呆然と立ち尽くすばかりで、まともに動くことすらできなかった。

 

 そんな彼を押し倒し、自分が被っていたヘルメットを相手の顔に押し当てながら、『撒き散らされた毒ガス』から親友を守ることだけ考えて、それ以外は何一つとして考えず、考えている余裕もなかったクルルギ・スザクは―――想像していたものと180度異なる光景を前にして、ルルーシュと同様に戸惑うことしか出来なくなってしまうしかない。

 

「ど、どういう事なんだ・・・コレは? 毒ガスじゃ、なかった・・・のか?」

 

 奪取と落下、ナイトメアたちとの戦闘による衝撃など、複数の出来事が重なりすぎたことで遂にダメージ限界を超えて誤作動を起こし、暴発してしまった・・・・・・そう思っていたスザクの見ている前でマシーンは花の蕾のように開かれていく。

 

 やがて、開ききって左右に落ちた機械の中から現れたのは―――拘束されている一人の少女。それだけだった。

 

 少女と共に機械の中に入っていたと思しき、怪しげな色の薬液は飛び散ったが、満載されていると教えられていた毒ガスは僅かな臭気も鼻を刺激しない。

 罪人を拘束する拘束具にも似た白い服をまとわせられた少女は出てきたが、大気を漂い人を自由に傷つけられる科学兵器、一つも機械の中には入っていない。

 

「どういう・・・・・・こと、なんだ・・・・・・?」

 

 茫然自失としたまま、スザクはただ無意味な問いを呟き続ける事しかできることは何もなかった。今はまだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? スザク。

 この子が、お前の言っていた日本のゲリラがブリタニア軍から奪った毒ガスということなのか?」

「い、いやしかし・・・・・ブリーフィングでは確かに・・・」

 

 暗闇の中、十年ぶりに再会を果たした親友2人は、やや険悪なムードの中ではあったが互いに構えを解いて、機械の中に閉じ込められていた少女を介抱するための作業で自分たちなりに出来ることをやろうとはしてやっていた。

 

 

 クルルギ・スザクは、ルルーシュと妹のナナリーが母親の死によって本国では無用とされ、人質として日本に送られた自分たちの親友となってくれた少年で、日本国首相の一人息子でもある。

 

 事実上の追放処分として、当時はまだ日本だった現在のエリア11へと人質代わりに送られてきた自分たちに優しくしてくれた数少ない人物の一人で、歳が近い子供としては彼だけが自分たちの傍らに寄り添ってくれた心優しい少年。

 

 そして、ルルーシュと同じようにブリタニア軍による日本占領を目の当たりにした人物。

 あの時は、故郷を奪われて家族を失った敗戦国の戦災孤児となっていた男の子。

 今は、故郷を奪い、家族を死なせる切っ掛けとなった侵略者たちの一員・・・・・・。

 

「フン。貴様が教えられたという毒ガスも、日本のゲリラに奪われたとは言え、元はブリタニア軍が造った物なのだろう?

 なら名誉ブリタニア人でしかないと見下すお前に、奴らが真相など教えるものか。どうせ奴らに都合がいい虚実が混じったデマカセを言っていたのだろう。事実を見ればイヤでも、それが分かるというものだ」

「・・・・・・」

 

 スザクには相手からの指摘に返す言葉がない。

 否定したい思いはある。だが・・・一方で、恐らく相手の言い分が正しいだろうことをスザク自身が本能的に知っている。

 分からざるを得ない『答え』が、人の形を取って目の前にいる以上、ブリタニア軍に入る道を選んでしまった今の彼には、黙り込む以外の選択肢がない。

 

 黙々と少女の搬送準備を進めていた彼らだったが、気まずい空気が長続きすることは“不幸にも”なかった。

 

「この、サルが。

 名誉ブリタニア人には回収のための戦闘と、搬送作業までする権限は与えていない」

「隊長殿!?」

 

 サーチライトと大勢の武装した部下たちを引き連れて、親衛隊の軍服をまとった頬に傷跡のある壮年の男が、居丈高な声を放ってきたのである。

 

 その声と言葉を聞かされて、ルルーシュは思った。―――『不味い』と。

 

「し、しかし隊長。小官はブリーフィングで確かに、毒ガスと聞かされていたのですが・・・」

「黙れ。抗弁の権利はない。秩序に従いたまえ」

「!! そんな・・・」

 

 新たに現れた親衛隊の男とスザクの会話からも分かる通り、確かに機械の中に入っていた少女は『毒ガス』だった。

 外に漏れ出し、中身が少女だったと知られれば、スザクの飼い主たちが躍起になって動き出し、駆除作業に勤しまなければ身が危うくなるほどの猛毒へと化学変化を起こすのが彼女だったのである。

 

 機械の中に囚われたまま、正体の中身を誰にも知られない限りは、『毒ガスと言われているだけの無力な囚われの少女』

 だが、一度開かれて正体が世に知られてしまったときには、多くの血と犠牲を伴う災禍を呼び起こさずにはいられない『パンドラの箱という名の猛毒』・・・・・・

 

「だが、テロリストが奪った“毒ガスを”発見したのは貴様であるのは事実だ。

 その功績を評価して、慈悲を与えてやろう。

 ――クルルギ一等兵、これでテロリストを射殺しろ」

「・・・えっ!?」

 

 隊長から差し出された拳銃を見せつけられ、スザクは戸惑いの声を上げる。

 ルルーシュと事なり、未だ事態を飲み込みきれず、現在の自分が『政治的な配慮が求められる立場だ』という認識を持てないでいた彼は、愚直にも隊長からの命令を字面通りに解釈した返事をしてしまう。

 

「い、いえ、彼は違います。ただの民間人で、巻き込まれただけです。テロリストなどではありませんっ」

「貴様っ!!」

 

 相手から返された「頭の悪過ぎる返答」に、親衛隊の男の顔は強ばり、声に危険な色が宿る。

 その声を聞いてルルーシュは、そんな状況ではないと承知していながらも、思わず呆れてしまわざるをえなかった。

 

 スザクと違って政治に慣れている彼には、会話の裏の意味はすぐに分かったのだ。

 隊長はスザクに『意訳しろ』と要求し、敢えて遠回しな表現を使って命令を伝えたところ、額面通りの受け答えで返されてしまい、気取った言い回しが無駄に終わらせられた結果に理不尽な苛立ちをスザクにぶつけていたのだった。

 

 完全に八つ当たりである。

 解りにくい言い方などせず、ハッキリ言ってしまえば良かったのだが、それをしなかったせいで自分が、間抜けな回答を返される間抜けな出題者になってしまって恥をかいただけなのだから。

 

「これは、命令である! お前はブリタニアに忠誠を誓ったのだろう? なら――」

「それは・・・・・・でも、出来ません」

「・・・・・・なんだと?」

「自分はやりません」

 

 再会したときには、ブリタニア軍に入隊していた敗戦国の民であるスザクは、飼い主になっているはずの隊長に告げた。

 否と。命令に対してハッキリと、「NO」を突きつけて返したのだ。

 

 だが―――命令に対して「NO」と返答する権利が、仮に兵士の側にあったとしても。

 「NO」を「反政府主義者による悪辣なる暴言」と解釈し、テロリストの一員として処刑するのを許してやる義務は、兵士たちを飼い犬として見る側にはない。

 

「民間人を・・・・・・彼を撃つようなことは、自分には・・・出来ない」

「では、貴様への褒美は『死』だ」

「っ!?」

 

 ドシュン。

 薄暗い構内に、空気が抜けるような音が短く響いた後。・・・前のめりにスザクが倒れ伏す。

 

「スザクッ!?」

「見たところブリタニア人の学生らしいが、不運だったな。目撃者は誰だろうと生かすことは許されん任務なのだよ。やんごとない身分の方きってのご命令なのでね。

 まっ、恨むなら運命か自分の無力さでも恨んでくれ。――女を確保した後、あの学生も殺せ。このサルも一応、止めを刺しておくのも忘れるなよ?」

『Yes.マイロード』 

「やれやれ・・・・・・誰の子息かは知らんが後始末が面倒な。

 だから貴様がやれと命じてやったのに、最後まで役に立たん。我らを守る盾としてすら使えん、無能極まる惰弱なサル共めが」

 

 部下たちに命じて自分は後方へと下がり、事後処理も含めて煩わしい諸々を一旦忘れて気分良く一服しようとする。

 彼としては、『銃器の所持が許可されていない名誉ブリタニア人』による凶行として、口封じと処刑をまとめてできる一石二鳥の策だと自画自賛していたのだが・・・・・・世の中、楽はさせてもらえんらしい。

 

 仕方がないので、多少の面倒ごとぐらいは引き受けてやるかと割り切っていたところだったのだが・・・・・・まさか自分の放った発言が、この状況から獲物を逃してしまう最後の決め手になってしまうとは全く考えていなかった。

 

 

 

 

 

「・・・ブリタニア、の・・・・・・クソ共が・・・・・・俺たち、を・・・・・・人をなんだと思って、やが・・・・・・る・・・・・・っ」

 

 半壊したトレーラーの運転席に横たわりながら、半死半生の状態から死に至るまでの距離を短時間で走破しかかり、あともう僅かで完走と言うところまで来て運転手役だった日本ゲリラである彼の耳は。

 ルルーシュとスザクにかけられていた隊長による人種差別思想を隠そうともしていない傲慢極まる罵倒を聞かされ、激しい怒りと憎しみ――そして愛惜によって突き動かされ、一つのボタンを押すための蓋を開封する。

 

 ――あんなクズ共の勝手な理屈で、自分の愛する家族は殺されたのだ。

 ――あんなサル以下のゴミみたいな連中の都合を満たすために、自分の子供も、妻も、仲間も、みんなみんな殺されたのだ。

 

 クズが、ゴミが、ブリタニアの白猿どもが。

 殺すことしか知らないキチガイ猿どもが。

 

 死ね死ね死ね死ね、みんなみんなみんな一人残らず死に絶えろ!!

 そして地獄に落ちて―――天国にいる彼女たちに詫び入れに来い――。

 

 

「日本・・・・・・バン・・・ザイ・・・・・・」

 

 

 そして、彼の意識と敵たちは光に包まれ―――そして後には何も残っていなかった。

 

「しまった・・・!?」

 

 隊長は部下たちと共に顔面蒼白になって、自分が最も大事な場面で犯してはいけない致命的すぎるミスを犯してしまったことを自覚させられることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!! 一体なんなんだ! この状況は!!」

 

 ルルーシュは、トレーラーの自爆による混乱に紛れて少女と共に逃げ出したものの、は法塞がりになっていく状況に苛立ちを露わにして、謎の少女相手に“愚痴”を叫んでいた。

 

 どうやらブリタニア軍にとって彼女はよほど重要な価値があるらしく、地上の方では殲滅を目的とした民間人相手の虐殺が開始されたようだった。血生臭い喧噪がここまで響いてきて、時には爆風や爆光が身近にまで迫ってきつつある状況。

 

 囚われて手も足も出ない状態の少女のせいでないことぐらい、ルルーシュとて解っている。理解してもいる。

 悪いのは、民間人を虐殺してでも知られたくない秘事を「殺処分すること」で、皇位継承権を失いたくないクロヴィスと。

 そんな目的のための命令に唯々諾々と従う、ブリタニア軍の無能で卑劣な将兵たちだ。

 彼女は、そんなブリタニア軍に囚われて拘束されていた被害者である。彼女の方がブリタニア軍より責められるべき存在では決してない。それも解る。だが――

 

 

 ダンッ!!

 

 

「お前のせいではない・・・っ、解っている! 解っているんだ!! 

 だが奴らは! ブリタニアの奴らは、スザクまでも・・・・・・ッ!!! クソぅ!!」

 

 拳を壁に何度も打ち付け、苛立ちを責任のない相手にぶつけないため、血が噴き出すまで発散し続けるルルーシュ・ランペルージ。

 彼にはどうしても少女に怒りをぶつける訳にはいかない理由があった。少女に怒りをぶつけたい想いを我慢しなければならない感情を抱えていた。

 

「もし、なんの責任もなく武器すら持たないお前に、そのようなことをすれば、俺はブリタニアの連中と同類になってしまう・・・っ!!

 俺は、あんな腐った奴らの同類になりたくない・・・! 絶対に、なにがあっても、あんなクズ共の同類になってなどやるものか・・・・・・ッ!!!」

 

 異常なまでの誇り高さが、呪詛のような声には込められているようだった。

 ルルーシュはこの時、機械に囚われていた少女に対する同情の念や、理不尽な暴力を振るうべきではない理性に基づく自制心といった諸々の感情によるものではなく。

 

 ただ、『大嫌いなブリタニアと同じ行動を行いたくない』『同類になるのは嫌だ』という理由だけで、拘束されていた少女への紳士的と評していい対応を選んでいたのである。

 

 相手と同じ事をやり返しているだけでは平和は訪れない、とか、許しを尊ぶ精神といった一般社会で美徳とされているものを尊ぶ意思がルルーシュに無かった訳ではないのだが、今この時に彼が取った行動の理由は『ブリタニア帝室と同類になることへの嫌悪感』ただそれだけだったのも事実である。

 

 やや特異とも言える、彼のこの性質が歴史の流れに大きな変化と影響を及ぼす最大の理由となっていくのだが――――それが端的に現されることになるのは、この瞬間からだったかもしれない。

 

 

「――とにかく、お前にはなんとしても生き延びてもらうぞ。

 お前と俺を守るためにスザクは死んだ。奴らに殺されたんだ。

 なんとしても生き延びてスザクの死に報いる。それぐらいしなけば釣り合いが取れるものか・・・っ」

「・・・・・・・・・」

 

 自分の言葉で、相手の少女が目を見開き、今までと違う色を自分を見つめる瞳に宿し始めている変化に、自分の思いを語っていたルルーシュは気付いていなかった。

 そういう少年だったのだ。人の気持ちが分からない、というほど独り善がりな人間では決してないが、自分の内側を見つめている時には自分の思いしか視てはいない。

 

 そういう人間だと理解したとき、少女は―――

 

「こんなところで終わることは許されない・・・っ! 何ひとつ出来ないまま、何も成せてはいない今のまま終わることなど、俺はそんなことは許さない!! 他の誰が許そうとも、俺が俺自身を決して許さん!

 スザクが庇ってくれた時から、俺も、お前も、自分だけの命ではなくなっているのだから・・・・・・!!」

 

 

 

 

 

 そして、今に至っている。

 

 

 

 

 

「ふふふ・・・テロリストの最期には相応しいロケーションだな。そうは思わないかね? 少年。学生にしてはよく頑張った、流石はブリタニア人だ。

 しかし、お前の未来は今、終わった」

「・・・・・・」

「フフン。この娘にしても、出来れば生かして捕らえたかったのだがな。君との追いかけっこで我々も多少の失態を演じてしまったのでね。これ以上の恥の上塗りは避けたいのだよ。

 そうだな、上にはこう報告しておこう。

 “我われ親衛隊はテロリストのアジトを見つけ、これを殲滅。しかし人質はすでに嬲り殺しに合っていた”――どうかね? 学生くん。なかなかに良く出来た泣けるシナリオだとは思わないかな?」

「・・・・・・・・・」

「ふん。黙りか。まぁいい、どうせ結果は変わらん。――殺れ」

「・・・・・・・・・・・・・・・おい」

 

 

 獲物を追い詰めた、己を一方的な狩人の立場にあると疑うことなく。

 芝居がかった口調とセリフで延々と、ベラベラとした下らない喋りを垂れ流していた隊長に、ルルーシュは低い声で短い声を掛ける。

 

 周囲は完全に親衛隊に取り囲まれており、足下には眉間を撃ち抜かれた姿で自分たちの助けようとした少女が転がっている。

 サブマシンガンの銃口を無数に突きつけられた状況下で、自分の身体能力だけでは今の状況を脱出することは絶対に不可能。

 

 

 

 だが―――今のルルーシュにとって、この状況は《与えられた力》を試す、実験場にすらなれることは永遠に無い。

 

 

「ん? なんだね少年、遺言かな? 良いだろう、許可してや――」

「なぁ、ブリタニア皇室親衛隊。ブリタニアを憎むブリタニア人を、お前はどういう存在だと思う?」

「!! 貴様、主義者だったのかっ!」

「いいや―――“敵”だ」

 

 

 自分たちにとって摘発の対象となっている存在であることを明かした少年に対して拳銃を突きつけ――そして動きが止められる。

 なぜか手が震えて引き金が引けなくなる。部下たちも驚愕の表情を浮かべたまま凍り付いたように身体が動かない。

 

 そんな彼らにルルーシュは―――王として《絶対服従を命じられる力》を、“クズ共にだけ”行使する。

 

 

「貴様は・・・・・・いったい!?」

 

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!!

 貴様らの中で、“武器を持たぬ者を撃ち殺したクズ”は互いに殺し合い、そして死ねッ!!」

 

 

 手に入れた力でルルーシュが命じるのは、犯した罪に相応しき末路。妥当なる罰。

 自分が撃たれる覚悟もなく、一方的に撃ち殺せるのが自分たちだと信じ込んで人を殺し続けてきたクズ共ならば、ただ死ねばいい。

 

 

「イッヒッヒ!! Yes.ユア・ハイネス!! クズは死ねーッ!! ふひははははッ!!」

『Yes.ユア・ハイネス! クズは死ね! クズは死ね!! クズは死ギィッ!? ぶべッ!? ほげはッ!!』

「ふはーッははははは!! クズは一人残らず死に絶えほぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

 ズキュゥゥゥゥッン!!

 

 口の中に両手で握った拳銃を突っ込んだ隊長による、盛大な自殺で幕を閉じた惨劇を前にして、ルルーシュの心が揺れ動く部分は一つも無く。

 

 罪悪感など微塵も感じる余地はない。

 滅びるべくして滅びただけの者共に、かけるべき情けなど持ち合わせている道理もない。

 ただただ、今の彼の感情と心にある想いは一つだけ。

 

 

「クズがッ!!」

 

 

 そう吐き捨てて、隊長の死体に唾を吐きかけること。

 金髪のグリフォンの誇り高き魂を覚醒させた少年にとって、孤独な玉座を得ていく戦いは血と炎の色で彩られながら始まりの時を迎えたのだった。

 

 

 

つづく



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アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~12章

ようやく書き上げること出来たので更新しました。
【少女版エルク】が主人公のアーク・ザ・ラッドⅡ二次作の最新話です。

遅れてしまってスイマセンでした! 次は『キチガイたち』の更新を目指します。
長く止まってるのあると気になり易い作者です。


 シャンテからの提案に乗ってガルアーノ探しを依頼させてもらうため、一先ずは依頼料となる1500ゴッズを稼ぐことに決めたエルククゥは、『不幸な事故』で負傷していたハンターズギルドの職員から適当な依頼を見繕ってもらった後。

 

 一旦リーザと共に、シュウのアパートへ事の顛末を報告するため戻ってきていた。

 ギルドを介さぬ個人的な情報売買とは言え、インディゴスの町に自分たちが留まる以上は、的からの報復や阻止行動による攻撃対象はシュウの部屋にされる可能性が高く、空き屋同然になっている首都プロディアスのオンボロ高級アパートに人員を割いてくれる可能性は非常に低い・・・・・・今さら「巻き込みたくない」などと厚かましいセリフを言える立場では全くなくなっていたのが、その理由だった。

 

 仕事で帰っていない可能性もあったが、運良く帰宅していたシュウに事のあらましを説明したところ、彼の反応は至極真っ当で平凡なものが返されてくる。

 

「それは・・・・・・どう考えても罠としか思えんが」

「まぁ、そうなんでしょうけれども・・・」

 

 眉をひそめながら渋い表情になり、見知らぬ者が見たら怒られているのでは?と怯えてしまう顔つきで腕を組んだまま、至極正しい冷静な指摘を言ってくるシュウの言葉にエルククゥとしては苦笑しながら肯定を返すより他に反応の選択肢がない。

 

 実際、当初からシャンテの存在は怪しくありはしたのだ。

 『ギルドの嘘依頼に騙されて盗賊退治に向かった先』で『モンスターたちが罠を張って待ち構えていて』警官隊が途中で邪魔に入って逃げる途中で助けてくれた『情報屋の美しき謎の美女』

 

 ・・・・・・プロディアスの街で若い娘たちに大人気のハードボイルド小説やスパイ劇の主人公でもあるまいし、ここまでドラマチックな出来事が連続して起きると性格の悪いひねくれ者のガキを自認しているエルククゥとしては穿った見方をせざるを得ない。『謎の美女』という辺りなどは特に。

 自分がそこまで世界に選ばれた勇者のような扱いを受けれるほど真っ当な人生を送ってこれてる自信もなければ、世界なり運命なりの側に自分をヒイキしてやる利用価値も見いだせない以上は、良い事が続いたときには裏があると疑ってかかった方が健全というもの。

 半ば裏家業のハンターとして生きてきたエルククゥの、それが常識というものだった。

 

「とは言え、今のところ他に何の手がかりもありません。相手からアプローチを掛けてきたなら、とりあえず乗ってみない事には状況の突破口も開けませんし、仕方ないんじゃないですかね?

 別に彼女自身が暗殺者って訳でも特になさそうでもありますし、相手を釣り上げるために乗ってやった策でもあった訳ですし」

「・・・・・・それも一理あるのは確かなのだがな」

 

 肩をすくめながら語られた教え子の狙いに、シュウとしても危険性は感じつつメリットがあることは認めざるをえない。

 コチラから手が出せず、居場所も分からない敵からの攻撃に対処するためには、囮によって敵を引きずり出して倒すというのは古典的だが真っ当な手段ではあるのだ。敵の規模にもよるが、その点では悪い手ではないだろう。

 

 問題なのは、その囮となるのがエルククゥたち本人自身であり、釣られて出てきた敵の罠からフォローしてくれる仲間が今のところ本人たちしかいないという圧倒的な数の差である。

 これでは万が一の時、対処することができない可能性が高くなりすぎる。その策を使うには人数が足りなすぎているという点が一番の懸念事項となっている部分だった。

 

「・・・・・・分かった。俺も今の仕事を終え次第、お前たちと合流して行動を共にしよう。お前たちだけで動くよりは安全度は高まり、選択肢を増やすことにも繋がるからな」

「それは助かりますが・・・・・・よろしいので? あなた程の腕を持つハンターなら仕事はいっぱいあるでしょうに・・・」

「気にするな、今更な事だ。ついでにお前たちの周りでキナ臭い動きがないかどうかも調べてきてやる」

「・・・すみません。なんか色々してもらうばっかりになっちゃって・・・」

 

 ひねくれ者を自認しているエルククゥだが、ここまで至れり尽くせりだと流石に後ろめたさを感じるぐらいの良識はあり、してもらって当然の権利と思える傲慢さは良くも悪くも生涯もてなさそうな性格の持ち主でもあるようだった。

 

 ・・・・・・とは言え、ここまで相手から良くしてもらえる立場というものに、なんの裏はなくとも理由ぐらいは流石にあるのは当然のことでもあり。

 相手が親切にしてくれているのが、自分という『女の子一人だけ』が対象とは限らないのも、また裏事情の一つと言えば一つではある。

 

「その為にという訳ではないのだが・・・・・・今後は三人で行動を共にしておけ。流石に私も、そこまでは面倒を見てやれる保証はできかねるからな」

「そうさせてもらいます。そうしますから、辞めて下さいミリルさん。寒いです、冷たいです、シャンテさんの件は私のせいじゃないですから辞め―――」

 

 

「・・・エルククゥ、あなたは私を一緒に連れて行かなきゃいけないはずよ。だって私は、ずーっと信じて待っていたんだもの。

 静かに一人でお留守番をしていた私の知らないところで、貴女が他の女の人と会っていた私の気持ちが分かる?

 あなたは私を元の一人の場所に戻したりはしない・・・・・・そうよね? そうでしょう? そうする義務があなたにはあるんだからッ・・・・・・!!」

 

 

「連れて行きます! 今後はずっと一緒に居続けますから殺さないでくだギャァァァァッ!?」」

 

 

 ・・・・・・日も落ちきらぬ内から、少女同士による痴情のもつれ話に巻き込まれて、解決役まで押しつけられるのは当然の権利として御免こうむりたいシュウとしては幕引きを図りたい気持ちはよく分かり。

 

 念のためアパートの外で、いつでも出発できるよう待機してもらっていたリーザによって何とか場を収めてもらい、疲れすぎたため依頼料稼ぎの仕事に行くのは明日からと言うことにしてもらって今日は終わりを告げることができたのだった。

 

 

「た、助かりましたリーザさん・・・・・・ところで、助けてくれる時に少しだけ笑ってませんでした? なんかタイミングもちょっと遅かった気が――」

「気のせいよ、エルククゥ」

「・・・・・・」

「気のせいよ☆」

 

 笑顔で言い切られてしまって、追求の余地を失うしかないハンターの少女エルククゥ。

 どーにも上手くいかなくなってきてる気がしなくもない自分の人生に、引っかかるものを感じつつも翌日からの仕事に備えてシッカリ睡眠を取って体力を回復しておくしかないのも彼女であった。

 

 

 

 

 その翌日から始まった、依頼料稼ぎのハンター家業は順調な滑り出しを見せていた。

 一週間と待たずに約束通りの満額を揃えることができたのは、途中からシュウの助力を得られるようになったとは言え彼女自身の腕の良さを示すものでもあっただろう。

 

 ・・・・・・もっとも、ハンターズギルドの仕事とは言え、依頼内容も依頼主同様に千差万別だったのも事実ではあり。

 『行方不明者が多発している廃墟となった幽霊屋敷での原因調査』やら『凶暴さで知られる宝石強盗団に狙われた宝石店の用心棒』などは真っ当なものだったのだが・・・・・・『迷子になった飼い犬を探してくれ』というのは依頼する場所を間違えているとしか正直言って思えない。

 

 結果的に、犬が迷い込んでいた先がモンスターの生息地になりつつある下水道の中だったのでハンターの仕事として成立はしたものの、これで近くの空き地にある土管の中とか、近所の子供に野良犬と間違われて飼われていた場合とかには、どーなっていたんだろうか? 本当に・・・・・・

 

「・・・挙げ句、依頼主は急な出張で海外転勤ですものなぁー・・・・・・。報酬と一緒に犬の餌代は置いていってくれたからマシとはいえ、『代わりに可愛がってあげて下さい』の置き手紙は流石にどうかと思うんですが・・・・・・ハァ。

 後でビビガさんにでも世話をお願いしておきますか。いない間も家賃だけ払い続けるのイヤだったところですし、丁度いいと思っとくとしておきます。

 ―――ですから、その捨てられた子犬の目で私を見ないで下さい二人とも。捨てられた犬はアッチですアッチ。貴女たちじゃないですから代理で責めない! 心が痛いですよ本当に!!」

 

「「うるうる・・・・・・(キラキラお目々☆)」」

 

 

 犬の可愛さにほだされた美少女二人からの嘆願攻撃によって、金稼ぎに来た仕事で余計な出費になるかも知れない要素を買い込まなきゃいけなくなってしまった展開に頭を悩ませつつ。

 なんとか満額より少し多めに依頼料を揃えることに成功したエルククゥと仲間たちは、シュウから聞かされた彼女が歌姫として仕事があった日の閉店後に、酒場へと訪れていた。

 シャンテ本人からの時間指定されたからで、おそらくは万が一の時に一般客を巻き込まなくて済む時間帯を狙って選ばれたものだったのだろう。・・・・・・巻き込みたくない理由と、理由を持つのが誰かは別としても・・・。

 

 赴いたメンバーは、エルククゥ、リーザ、ミリル、そしてシュウの4人総員。

 本来たかだが依頼料を払いに行くだけにしては仰々しすぎる大人数での移動だったが・・・・・・それには理由が存在してのことでもあった。

 

 

 

 

 

 

「シャンテと言ったか? その女。――気になるな」

 

 それはシュウが自身の仕事に片をつけてから合流し、行動を共にするようになった当日の夜になって彼から聞かされた話に起因する。

 

「・・・報酬は前払いでと約束しときましたし、今のところ異常は起こってませんから大丈夫そうなのでは?」

 

 仕事の疲れを癒やすため、ソファに寝そべってグデッと脱力した姿勢になっているエルククゥが、やや面倒くさそうな口調で恩師でもある育ての親に控え目な意義で返答を返した。

 報酬を先に持ってから仕事を始める約束になったシャンテは、逆説的にコチラ側から金を払いに行くまでは彼女の方からアプローチを掛けてくる口実がない。

 

 仕事として成立する前から手を出すにはリスクが高すぎる相手である上に、取引が成立してもいない相手から頼られて助けてやる義理はエルククゥたちの側にもない。

 仮に彼女が自分たちを何らかの罠にはめる役を仰せつかっていたとしても、リスクばかりで成功する確率が低すぎる作戦で使うのは流石に無駄すぎるだろう。

 また、それ以外の形で自分たちに被害を与えるには、依頼される前の時点で襲撃するしかないが、今の所それはない。

 

 エルククゥが提案を受け入れた際に前払いを自分から提案したのには、そういう狙いも考えた上でのことではあった。

 それが功を奏した結果かどうかまでは判然としないものの、今のところ動きがない相手に疑いの目を強めるのを彼女は好む性格はしていない。

 

 だがシュウの発言は、彼女とは異なる情報を入手してきた結果でもあった。

 

「歌姫シャンテは、病気の弟を治療するためインディゴスへと移住し、入院費を稼ぐため酒場で歌姫として働くようになった。この町では美談として広く知られている話だ。

 しかし・・・・・・他の病院が匙を投げたという弟を受け入れた医師というのが、些か気に臭い人物でな・・・」

 

 その話の後半部分は初耳だったエルククゥは、僅かに目を見開いて耳を傾けて傾注の姿勢を取り。

 他の二人、リーザとミリルもにわかに真剣味を増した表情でシュウの話に聞き入ってくる。

 

「清潔な環境での治療が必要な病気だからと、環境破壊が激しいアルディアの国内から離れた場所にある治療施設で療養生活を送っており、姉であるシャンテ自身も面会したという話を誰かが聞いたことはないらしい。

 その意思が勤めている病院にしても、直接ガルアーノが関与している訳ではないのだが・・・」

「影響は受けている可能性はあると?」

「と言うよりも、現在この国でガルアーノの影響下にない資本は存在していない」

 

 明快に言い切られた、普通なら余りの言い分に、だがエルククゥは心から納得させられアッサリと引き下がってしまう。

 相手の言ったことが、ただの事実だと知っている故の反応だった。

 

 近年になって急激に近代化と発達を遂げたアルディアの経済は、自分たちの身の程を超えすぎた発展速度故に技術大国《ロマリア》の支援なくしては国家制度を維持できないまでに依存度を高めさせられて現在に至っている。

 

 そのロマリア国と親しく、支援を引き出すため大きく貢献したのがガルアーノだった。

 彼がギャングたちのボスでありながらも、大統領に優る権力を有し、首都アルディアの市長まで務めるのが可能になっているのは、そういう理由が関係している。

 

「皆、心の中ではガルアーノやロマリアという国が、碌なことをしている者達ではないと薄々勘付いてはいるのだ。・・・知っていて何も言わず、公式行事に姿を現したときには万歳を叫んでいる。

 今のこの国で、ロマリアの援助なしで生きていこうと考える者は極少数だ。

 それは、自分たちだけの力で生きていた頃に戻る困難さを知っているからでもあるが、困難になってしまうほどロマリアが開発を推し進めさせた結果でもある。

 シャンテ自身と、その弟たちが彼らの一員ではないという保証はない。無論、そうと決まった訳でもないのだが・・・・・・」

「“偉い奴が悪いことしてるのは全ての国で当たり前だから気にするな”って所ですか。

 もっとも、“上手い話には裏がある”とか“タダより高いものはない”っていうのも当たり前のことだと思うんですけどねぇー」

 

 再び肩をすくめながら言い切る教え子のセリフに、今度はシュウの方が苦笑させられてしまった。

 ――あるいは、国の誰しもが彼女のように考えることが出来る人間だったなら、“結果的に被るリスクの巨大さ”を理由として現在に至るのを阻止できていた可能性もあったかも知れないな・・・・・・と。自らの消せない過去の内訳を思いだし、悔いと共にそう考えさせられずにはいられなかったからだ。

 

 だが、仮にそうだったとしても現段階では手遅れなのが実情ではあるのだろう。

 聞いた話では、今度ロマリアから友情の証としてアルディアへと《女神像》が送られ、それを記念する式典にガルアーノが貴賓として招かれているらしい。

 ギャングたちの親玉という立場、それをして許される立場にあるのが今のガルアーノということだ。現時点で牙を剥くだけでは蟷螂の斧にすらなれない可能性が高すぎる。

 

「・・・・・・ごめんなさい、私たちを助けてくれるために、とんでもない事に巻き込んじゃって・・・・・・」

 

 そこまで話して不意に沈黙が落ちていた中。・・・リーザが小声でポツリと申し訳なさそうに言葉を発するのが聞こえ、シュウとエルククゥはそろって多少のばつの悪さを感じさせられ空気を和らげる。

 彼女に気を病ませてしまう内容の会話だったことに遅まきながら気付いたからで、ミリルから責めるような視線で見つめられることで罪悪感はさらに増し、

 

「そんなに気にしなくていいですよ、リーザさん。前にも言いましたが、あなたを襲ったのは私たちとも無関係ではない可能性がある連中です。私たちは私たちの都合のためにも、あなたを助けているだけのこと。

 たとえリーザさんが別の人に助けられてたとしても、私たちは同じような事を始めてたでしょう。気遣いは無用です」

「そうだな・・・・・・その通りだ」

 

 エルククゥから慰め以上の思いを込めた言葉を横で聞かされ、自分が言われた訳ではない言葉だったがシュウには思うところがあったらしく、重々しく頷いて決断を下した。

 

 ――なにかもっと決定的な情報を手に入れ、最高のタイミングでそれを用いる機会を得られない限り、奴らの覇権を阻むことは不可能だろう。

 そう考えて虎視眈々と牙を研ぎ澄ましながら機が熟するのを待ち望んでいたが、もしエルククゥがリーザを助けることから始まった今回の騒動が、待ち望んでいた日に繋がる始まる一歩目だったとしたら、今は危険を承知で前に出るべき時だ―――と、そう判断して決断を下したのである。

 

 

「最近、お前たちの周りで大きな力が動き始めている。

 シャンテが、その力に飲み込まれようとしているのか、それとも抗おうとしている同士なのか判然としない今はひとまず彼女を信じ、前へと進もう。

 敵が我々の行く手を阻もうとしているのなら、出口へと繋がる道は行こうとしている道の先にあるのは確実なのだから」

 

 

 

 

 

 

 ―――こうして、酒場が始まる夜ではなくとも、昼間から飲んでいる飲んだくれ共は一度家に帰って、夜遅くまで飲んだ酔っぱらいたちでさえ帰宅した深夜になってからの酒場へと、ゾロゾロやってきた未成年者ばかりのエルククゥたち一行だった訳なのだが。

 

 

「誰もいませんねぇ・・・」

 

 店主がカギを開けておいてくれた店内へと足を踏み込んだエルククゥは、客がいなくなってガランとした店内を軽く見回してから、そう呟きを発していた。

 営業時間が終わって照明が落とされた広々とした酒場の中は、スペースが広すぎて店の奥まで見通すことはできない。

 

 ただ逆に言えば、そんな場所に一人で客たちを待ち続けるには、自分がいる場所だけでも小さな明かりぐらい持ち込んでるのが普通であり、仮にそうでなくとも自分たちの入室は無人の店内で間違えようもないほど目立つはず。

 

 にも関わらず、なんの変化もなく、反応もない。

 ・・・そもそも人の気配や、生命の営みを感じさせるものすら見いだせない、静まりかえった夜の酒場。

 

「ほんとうだ・・・・・・まだシャンテさんは来てないのかしら?」

「・・・でも、誰もいない酒場って、ちょっと不気味かも・・・・・・なにか出てきそうな気がして、少し怖い・・・」

 

 仕事柄、暗闇に慣れがあるエルククゥの背後から付いてきた二人の少女たちが順番に声を出しながら、寒さを感じたように自分の両手をさする姿が入り口から入り込む僅かな光の中で浮かび上がる。

 

 営業時間が終わって掃除のため片付けられた店内は、椅子とテーブルが重ねられて並べられ、床も綺麗に掃き清められている。

 それは仕事がきちんと行き届いている良い店の証ではあったのだが・・・・・・重ねられて並べられたテーブルと椅子を、暗闇を通して見たシュウの眼には、どことなく治安の悪い地域で使われることがある《バリケード》を彷彿させる並び方をしているように見えなくもなく。

 

 近くによって触って見たが――ビクとも動かない。

 

「・・・・・・堅いな」

「あ、本当だ。ロープでも張ってあるのかしら? けど、そんなものは見えないし・・・」

「それだけじゃないわ・・・なにかの術がかけてあるみたい。強い力を感じる・・・これは一体どういう・・・」

 

 シュウの懸念を聞かされた少女たちが真面目な表情になると、互いに特殊な力を持つ者同士として意見を出し合い、口々に分析結果を語り合っていると・・・・・・

 

 

 バタンッ!!!

 

「っ!? な、なに!」

「扉が、勝手に・・・・・・あ、開かない!?」

「油断するな! 何かいる! ――ステージ上だ、エルククゥ!」

 

 突如として、誰も触れてないドアが閉まって外から入ってきていた僅かな光も消えてなくなり、店内が暗闇に包まれる中でなにかの気配を感じ取ったシュウが相手の位置を指し示す声に応じ、エルククゥは無言のままステージ前の開けた空間まで駆け抜けてから改めて周囲を見渡し――そして、告げる。

 

「・・・どちらさんです? 用があるんだったら、とっとと出てきなさいよ腰抜け。

 それともコッチから近づいてやった方が好みですか? お望みなら、そうしてやりますが」

 

《―――フフ、その必要は無い――》

 

 

 エルククゥから挑発的な視線と共に放たれた、明らかすぎる挑発に応じて“やる様に”ソイツは舞台上の俳優さながらに姿を現す。

 一見すると、ギルドの依頼で赴いた先で待ち構えていた魔術師風のモンスターと似ていなくもない姿形を持つ、不気味な存在。

 

 青白い肌、紫色の髪。瞳は瞳孔を失って白目だけが見開かれている。

 東方にあるとされていた神秘の国《スメリア》の神官たちが着ている服として旅行誌に掲載されていたのを見た記憶がある《ケサ》という名前らしい修行服をまとっているが、その手に持つ道具からは聖性など微塵も感じられない。

 

 ―――ただただ、殴り殺してきた獲物の数だけこびりついて取れなくなった、血の臭いだけが噎せ返るぐらいに感じ取れるだけで・・・・・・

 

「くくくっ、さすがに勘がいいな小娘。あの方が見込んだだけのことはある」

「そりゃどーも。それで? あなたはどちら様? 名前ぐらいは教えてもらっても?」

「オレの名は、《グルナグ》」

 

 舞台上にあらあれたモンスターは、そう名乗った。

 固有名詞を持った個体として、他のモンスターたちとは異なる、一個の個性としての己を高らかに宣言してきたのである。

 

 それが意味するところを把握していたエルククゥは瞳を細め、相手も両目を細めると愉快そうな笑い声を発して、彼女の予測を肯定してやる言葉を放つ。

 

「気付いた様だな。その通り、このオレもモンスターの力を宿した新しき人類の一人だ。先日は仲間が世話になったそうだな」

「・・・シャンテさんは?」

 

 相手から答えを得た議題に、これ以上付き合う必要はないとばかりに話題をさっさと転換して先へ進めるエルククゥ。

 軽くいなされた形となったグルナグだったが、彼は却って面白そうな笑みを浮かべ直すと残忍な声と言葉で、再度の質問にも答えを与える。

 

「あの女なら、我々が預からせてもらった。以前から我らの周りを嗅ぎ回っていたが、少々邪魔になってきたのでな。ついでで悪いが、役だってもらうことにしたのだよ」

 

 そう言うとグルナグは、それまで周囲に放っていた殺気を急に収めて構えを解くと、右手を差し出す。

 

 ―――エルククゥ、リーザ、ミリル。

 三人の少女たちに向かって、親しい同士を迎え入れる握手を求めるかの様に――

 

「エルククゥ、リーザ。そしてミリルよ。我らのボスは、お前たちをたいそう気に入っておいででな。

 特別にお前たちの罪を許すだけでなく、仲間に迎えるため誘いをかけるよう、オレに命じられたのだよ。これはたいへん名誉なことだ」

「・・・・・・」

「どうだ? 俺たちの仲間になる気はないか? お前は力を欲しているはず。違うか?」

「・・・・・・・・・」

 

 グルナグから掛けられる言葉にエルククゥは答えない。

 肯定はしないが・・・否定もしない。ただ無言のままグルナグを見つめた姿勢のままで、彼の話を黙って聞いているだけ。

 

「エルククゥ――」

「・・・・・・」

 

 自分の前に庇うように立ちはだかったシュウが、振り返ることなく弟子の少女に声をかける。

 

 ――相手の甘言に惑わされるな、と。忠告の意味を込めて。

 そんなシュウの言葉にさえ無言だけを返事として、否とも応とも返そうとしない少女ハンターは、無言のまま舞台上のグルナグを見上げるだけ。 

 

 ・・・・・・だが、グルナグには確信があった。コイツは話に乗るという確信が。

 目の前で自分を見上げてくる少女が、『自分の同類』であることへの揺るぎなき信頼が――。

 

「エルククゥよ、お前の気持ちがオレには解る。

 何故ならオレも、お前と同じタイプの人間だったからだ。

 望みを叶える力を欲し、それを持たぬ無力な己に怒りを抱き、求める力を得たいと妄執の炎を人知れず身に宿している・・・・・・そういう奴らと同じ目を、お前はしている。

 人間だったときのオレが毎日、鏡の中で見続けていたものと全く同じ瞳を、お前は持っている・・・」

「・・・・・・」

「お前の目は、力を欲している。我らなら、その力を何倍にも大きくしてやれる。

 迷うことはないはずだ。もともと我らとお前は共にコチラ側に立つべき者同士。今まで普通の奴らと過ごしてきた方が間違っていただけなのだ―――」

「・・・・・・非常に興味深いお話です。魅力的ですある」

「!? エルククゥっ!」

 

 ようやく発した弟子の発言を聞かされ、シュウが珍しく焦ったように声を荒げる。

 それは彼自身も弟子の少女が持つ願望に気付いていたからでもあり、その願いが方向を誤れば危険なものとなるのを理解していたからこその懸念だったのだが・・・・・・しかし。

 

「ですが、残念ながら今回の所はお断りしておきましょう。

 わざわざ私たちの招きに応じて来てくださった貴方には、つれない返事を返してしまって申し訳ない限りですけど、今のところは時期ではなさそうですからね」

「ほう? 何故だ? オレには、かなり良い商談だったように思えるのだがな」

「決まっているでしょう?」

 

 意外そうなグルナグに向かって、エルククゥはニッコリと微笑みかけ。

 そして―――瞳をギラリと光らせる。

 

 

「人間を辞めて、お前みたいなザコモンスターにしかなれないんじゃ割が合わないっつってんだよ、このザコが」

「なっ!?」

「人間のままではザコにしかなれないと絶望して、モンスターに逃げただけの腰抜け風情が偉そうな顔して強さを語るな不愉快だ。

 半端なザコが、モンスターと合体させてもらって、ようやくその程度の弱さしか得られなかった程度のゴミが、強さなんか理解できるわけがない。弱い奴は大人しくしてろよ、そうすれば負けなくて済む」

「なっ、な!? き、きさ・・・貴様ッ!!!」

 

 

 大上段から見下しまくった、虫ケラでも見るような目つきで見上げてくる少女の唇から放たれた、見かけからは想像できないほど辛辣な罵倒の数々にグルナグは一瞬にして激高させられる寸前までなった。

 

 だが、ギリギリのところで冷静さを取り戻せたのは、モンスターと融合した事により得た力の賜物だったのか―――あるいは、ただ言い負かされて激高されるのをイヤがったプライドに過ぎない感情論だったのか。それは解らない。解る必要はエルククゥたちには無い。

 

 

「・・・せっかく命が助かるチャンスを与えてやろうとしたのに、残念だエルククゥ・・・!

 だが、こうなった以上は仕方がない。我々の障害となる可能性をもった、その力―――この場で潰えさせてもらうッ!! “喝”ッ!!」

 

 怒りを抑えて精神を集中させ、手に入れた力をアルフレッドの時より調整しやすくなっていたゲルナグは術を完全な形で行使すると、敵の周囲に空港で出てきた者達より遙かに強力なモンスターたちを呼び出すことに成功し、人工の要害と化した酒場の中という戦場でエルククゥたちを抹殺するため戦闘開始を命令した!

 

 

「人間如きの力で、我ら新しき人類に勝てるなどと思い上がるなよ小娘っ。

 貴様らがどう足掻こうと、もはや人間の時代は終わりを迎える。弱さを誤魔化すために強い言葉で吠えることしか出来んガキは、己の弱さを思い知りながら死んでいくがいいッ!」

 

「半端者の人間と、半端物のモンスターを足して二で割った程度のザコにしかなれなかった奴が、ほざくなと言いました。

 冷静ぶって、大人びた理屈ごねて子供を言い負かそうとするなよバカ大人。

 負けたときに、弱さを悪目立ちするにしか見えないぞ?」

 

「き、貴様・・・・・・つくづく減らず口を・・・ッ!!」

 

「フフ――」

 

 双方のやり取りを見やりながら、シュウは思わず口元に笑みを浮かべてしまう。浮かべずにはいられない。

 互いに背中を庇い合うように布陣した彼は、パンデットと共に二人の術使いの少女たちの盾となって敵の攻撃を食い止める役を担う厳しい立場にあったはずだが、それでも笑わずにはいられなかった。

 

 ―――エルククゥに宿した黒く蒼い炎は、グルナグ程度が抱いた妄執の炎で手に負える熱量ではない。

 暗く、そして冷たく、熱い。矛盾する様々な負の感情を燃やしながら、それでも彼女は道を誤らない。燃やすべき相手を間違えることは決してない!

 

(ああ、そうだエルククゥ。私も同じだっ! 私ももう間違わん! この手で必ず奴を葬り去るまでは決して、お前と共に進むと決めた道を違えることは決してない! そう誓った!)

 

「リーザ! ミリル! お前たちは私とエルククゥの支援を!

 あのザコモンスターに、お前たちの想いの力の強さも見せつけてやるといい!!」

「「はいっ! シュウさん! 分かったわッ!!」」

 

 

 こうして開始された、夜の酒場を舞台として人知れず行われる命がけの場外乱闘。

 だがそれは、グルナグを派遣した者にとって予想通りにいかなかった結果としての戦闘だったが、予想し得た結果の一つでしかない戦闘でもあった事実を、今の時点でエルククゥたちは予想できたとしても意味は無かった。

 

 まだ彼女たちは敵の計画から、包囲の外へ出ることは出来ていない地点にいる。

 敵が用意した選択肢の中からしか、進む道を選ぶことが出来ない籠の中の鳥から卒業することは出来ていない。

 

 

 そう――今はまだ。

 それを成してくれる存在が静かに、人知れず、脚本家の黒幕たちですら気づけない場所から、エルククゥたちを包囲の外へ導いてくれる解放の一矢を放つため、アルディア国へと近づきつつある情報を・・・・・・ガルアーノですら入手できていないのだから・・・・・・

 

 

 

「この場所で合ってるんだな? ポコ」

「うん。情報にあった建物の場所は、ここで間違いないよ。でも、アーク。この中で一体なにがあるんだろう? 見た感じ、普通の研究所としか思えないんだけど・・・」

「ヘッ、なんでもいいさ。俺はただ、出てくる奴を片っ端からぶった斬ってやるだけだからな。親分たちを殺しやがった腐れ外道共は一匹たりとも生かしちゃおかねぇ!」

 

 闇夜に紛れ、法的にはロマリア国となんら関係のない研究施設に接近していく三つの人影たち。

 彼らの見上げる先には、ロマリア軍の紋章が付いた飛行船が夜空へと飛び立っていく勇姿が見物できたが、彼らの視線は研究施設の中にあるはずの物品だけで、それ以外はターゲットと認識していない。

 

 三つの人影たちの中で先頭に立っていた人物が、腰に帯びていた長剣を抜き放ち、施設を守る警備兵に化けたモンスターたちへと襲い掛かる合図を叫ぶ。

 

 

「行くぞ! 世界と精霊を救うためにッッ!!」

『『応ッ!!』』

 

 

 ・・・アルディア国へと向かって飛び立っていく飛行船から見下ろす先で、今まさに世界の運命を握る別の人物たちの戦いも火蓋を切って落とそうとしていた。

 異なる国で、互いを直接知り合うことなく別の戦いをい生き抜いていく彼らの運命が交わるとき。

 

 エルククゥたちもまた、敷かれた上のレールを歩かされるだけだった敵の策略の外側へと飛び出すときが訪れることを、まだ知らない。

 それが自分たちの物語にとって、本当の始まりになることを、この時の彼らは互いにまだ知らないままだったから―――

 

 

 

つづく



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聖剣使いたちの学園と、黒き魔剣使いの女王と・・・

新アニメが始まりだしたばかりでやる事でもないですが、前前期のアニメを原作にした新作です。
『聖剣学園の魔剣使い』を作者なりにアレンジした設定版の二次作。

ただ作者は、アニメ版しか知らずに書いてる原作未読組です。設定が好きだったから使っただけのニワカですので、原作好きの方は不快かもしれませんし、矛盾も多いと思われます。それを承知で読んでいい人だけお勧めいたします。


 

 聖神歴四四七年――

 神々と精霊と魔術が地上を支配した神話の時代において、『最後の魔王』と称された黒き魔剣の王が率いる魔王軍を討ち滅ぼすため、六英雄を擁する人間国家の連合軍は死都ネクロゾアにおいて最後の決戦を行おうとしていた。

 

 既に各地の拠点を奪われ、多くの幹部たちを戦死された魔王の敗北は目前。

 魔王軍と六英雄との長きに亘る戦いは終局の時を迎えつつあったが、最後の抵抗を試みる魔王の反撃もまた凄まじく、両軍の死闘で大地は夥しい血と死体で赤く染め尽くされたと伝説は語る―――。

 

 

 賛美歌のように神の祝福が戦場に響きわたる中、骸骨の軍勢が正面に迫る人間たちの大軍めがけて突撃していく。

 偽りの魂を与えられた疑似生命体でしかない彼らに恐れる心は無く、如何なる大軍も神の加護を与える賛美歌もアンデッドの軍勢を押しとどめる力は無い。

 

 だが彼らの前に、突如として巨大な黄金の木が太い幹を生やして伸び始め、天へ向かって葉を茂らせる。

 まるで養分を求めるかの如く骸骨たちに根を叩きつけながら。太い枝は人間の軍勢たちを空からの脅威より守るために張り巡らせらされた盾のように。

 

 その枝の一つに、美しき姿と怜悧な美貌を持った1人の女性が凜々しく立っている。

 その手に持つは黄金の弓。その背に負うは人を超えて神へと身を捧げた聖人のみが許される純白の翼。

 

 ―――ワァァァァァァッ!!!

 

 人を超えた力を手にする二つの援護のもと、猛々しい雄叫びを上げながら人間たちの軍勢が骸骨たちの軍勢と正面から激突し、両者の間で白兵戦が開始される。

 ある者は手に持つ戦斧でガイコツ兵を切り捨て、ある者は不死なる者の剣の切っ先に心臓を貫かれて大地に横たわる。

 互いに数多の犠牲を大量生産していく決戦場。

 

「――――」

 

 血生臭い下界の殺し合いを見下ろしながら、天使の翼を生やすに至った六英雄の1人『聖女ティアレス』は、徐に弓に黄金の矢をつがえて射法する。

 金色の粒子を大地に降り注がせながら、幾本にも枝分かれして飛んでいく黄金の鏃。

 

 ・・・やがて、『癒やしの力』を持つ光の粒子を浴びた人間の兵士たちは傷を癒やされ、死んだはずの者さえ立ち上がり、再び憎むべき魔王を滅ぼすための決戦へと剣と勇気を胸に復帰していく。

 

 倒されても立ち上がり、神の祝福を得て人を超えた力を手にした英雄たちに守られた人間たちは恐れることなく前へと進み、敵を打ち砕く。

 それはまるで、人間たちの軍勢こそが伝説にある『異形なる魔王の軍勢』そのもののような歪な光景。

 

 戦局は、消耗しても回復できる人間たちの方が有利になったかに見えた。

 しかし―――

 

「―――・・・?」

 

 ふと、聖女ティアレスは顔を上げて空を見る。

 いつの間にか天から降り注ぎ始めた灰色の粒に、いぶかしげな視線を向けた。

 雪のように降り積もる灰色の粒は、倒されていた骸骨たちの背中に舞い降りる都度、まるで雪のように溶けては消えて――ほどなくして意味を知り、瞳を見開くことになる。

 

 ―――がぁぁぁぁぁ・・・・・・ッ!!!

 

 骨で形作られた身体を打ち砕かれて、回復不能になったはずのアンデッド兵たちが再び立ち上がり、人間たちの軍勢へと襲い掛かってきたのである。

 それは聖女自身がおこなった奇跡を、相手もまた行使してきたかに思われたが、それは違った。

 

「なっ!? コイツら倒したはず――ぐわぁっ!?」

「怯むなッ! 六英雄様の加護がある我らに死はな――ぐふぅッ!?」

 

 倒した敵の屍を踏み越えて、前へ前へと進軍していた人間たちの軍勢は、突如として起き上がり背後から襲い掛かってきたアンデッドたちの反撃によって強かに痛撃を被らされることとなるが・・・・・・それだけではない。

 

 アンデッドたちに倒された兵士たちは、聖女ティアレスが放つ癒やしの矢を受けて次々と蘇って戦線に復帰していたが―――その癒やしが届くより先に、心臓を貫かれていた兵士が別の兵士へと襲い掛かって心臓を刺し貫き絶命させてしまった。

 

「――っ、この灰・・・私たちの兵の亡骸まで利用しようと・・・外道めッ!」

『聖女ティアレス! あれヲ見ヨ!』

 

 くぐもった声音で、聞き慣れた声により警告された彼女は再び天空を見上げるため顔を上げる。

 そこには一匹の巨龍が、純白の鱗を神々しく輝かせながら、魔王城めがけて飛翔し、地上の防衛戦力を飛び越えて直接本陣を叩こうと迫りつつある偉容が映し出されていたが・・・・・・やがて白き龍が行く道なき道の先に、思わぬ障害物が黒く染まった姿で幻影のように現れ始める。

 自分が知るものとは異なる、だが見覚えのあるシルエットに聖女は知的な美貌を僅かに驚愕で歪めて、それらの名を呼ぶ。

 忌まわしき者達の、二度と呼ぶことがなくなったはずの名を―――

 

「――『機人王ディゾルフ』『獣王ガゼス』・・・・・・彼らまで蘇らせたというのですか・・・!」

 

 自分たちが、かつて敗北させた魔王軍の幹部たち。

 その屍すら、物言わぬアンデッドと化し、兵士として自分たちとの決戦に用いてくる魔王の悪辣さに六英雄たちは臍を噬む。

 無論、意思持たぬ動く屍と成り下がった今の彼らに往事ほどの脅威度はないだろう。だが仮にも魔王軍の大幹部として人間たちの軍勢を苦しめ続けた魔将軍たちの成れの果て・・・・・・侮れる存在では決してない。

 

 思わぬ強敵たちの復活を前にして、予想以上の死闘を覚悟せざるを得なくなった人間だった者たちの勇者・六英雄。

 そんな彼らの頭上に、ふと声が降り注ぐ。

 

【フフ。外道とは心外だな。名誉ある戦死を遂げた戦死者の魂を冥府から連れ戻し、再び兵の屍に寄生させ、敵を滅ぼすまで死んでも戦わせ続ける外法の徒であるお前たちの行動と、一体なにが違うというのだ? 愚かなるニセ英雄ご一行殿たちよ・・・・・・】

「―――!! その声は・・・魔王!」

『マグナぁス! 愚カナルハ貴様ノ所業! 往生際悪ク抵抗ヲ続ケヨウトハ、ツクヅク許シガタキ傲慢ヨ!!』

 

 天使へと昇華した聖女と、聖樹となった大賢者たちから悪辣さを糾弾された『マグナス』と呼ばれた魔王は笑声で応じる。

 その声には明らかな嘲りと見下し、罵倒と悪意、そして僅かながらの哀れみとが複雑に絡み合ったものではあったが、それらはどれも六英雄たちが魔王に対して求める反応は含まれたものではない。

 

【ならば攻め上がってくるがいい。それが出来たときこそ私自ら相手をしてやる。

 たかが死んだ者の屍に魂を吹き込み、戦場へと戻させただけの雑兵たち程度を突破できないニセ勇者ご一行の相手をしてやるほど、魔王様は暇ではないのでな。フハハハハッ!!】

 

 そう告げて、声は聞こえてきたときと同じく唐突に消え、再開されることは二度と無かった。

 

「『おのれ・・・・・・魔王ッ!!』」

 

 聖女と聖樹は揃って同じ名を罵り、同じ怒りと憎しみとを共有するが、戦況の悪化をも共有することは好ましいことではない。

 決戦はまだ終わっていない。最前線では夥しい血が流れ続けている。

 既に勝敗は決し、最後に残った領地を滅ぼすだけの戦いとなった決戦場で、決着の時が訪れる時期だけは未だ誰の目にも予測することは出来ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 各所に髑髏が象られ、青い色の光が灯る蝋燭が照明として幾本も立ち並び、口を開けた人の頭蓋が不気味な紋様のように浮き出ている枯れた巨木に設えられた王の椅子。

 

 魔王城という名で呼ばれるに相応しい、おどろおどろしくも豪奢な造りをした謁見の間に戻ってきて、黒き甲冑に全身を包んだ魔王は玉座に座すため跪く家臣たちの前を通り抜けていく。

 

「・・・・・・魔王様。お戯れが過ぎます、少しお控えくださいませ」

「許せ。緊急事態だったのでな」

 

 居並ぶ家臣たちの中、戦場へと自ら出陣して戻ってきたばかりの主に向かって、不満そうに換言した1人に向かって、魔王は苦笑と共に鷹揚な返事で応じてやる。

 発言の主は場に似合わぬ出で立ちをした、場にそぐわない年齢を持つメイド服姿の少女だった。

 その声には、換言というわりに否定的な響きが乏しく、むしろ心配だったという感情が強く滲み出た愚痴といった方が良い言葉であったが、魔王にとっては返す返答はどちらであろうと変わることはなかっただろう。

 

「魔神アズラエルの異次元城も、竜王ベイラの魔竜山脈も、海王リヴァイズの海底大要塞までもが既に陥落した今となっては、後方支援だけとはいえ私自身が出なくては即日の内に落城は免れん。

 六英雄全ての攻撃を1人で対処せねばならなくなった以上、仕方がないことだ」

「それは・・・理屈は分かりますが、しかし・・・」

 

 メイド少女が黙り込まされると、代わって声を上げたのは彼女の傍らで蹲っていた巨大な黒毛の魔狼。

 

『機人王ディゾルフと獣王ガゼスもとうに敗北し、表で戦わせるため相当に主も無茶をした。

 残るは、この要塞『デソールド』のみとなった戦況で、これ以上の使用は家臣として看過できかねる』

 

 人の言葉を解すことができ、伝説の種族の王族でもある魔狼の王から言われるまでもなく、これ以上同じことが出来ないことは魔王自身も承知していた。

 魔力だけなら不可能ではないが、それでは“誓い”が守れなくなりかねない・・・。

 

「冷血女の聖女ティアレスも、上から目線の龍神ギスアークも神の誘惑に屈して陥落し、プライドだけが無駄に高い大賢者アラキエルの糞爺に至っては、とうの昔に人の心を売り渡して奴隷になりたがるミイラに堕した愚か者だったからな。

 それでも尚、六英雄と称えられ続けた奴らの力が、この要塞攻めへと集中されてしまっては流石に守り切れん。今回は凌いだが・・・・・・おそらく次は、無い」

 

 不愉快そうな表情で手甲に顎を乗せながら、魔王は吐き捨てるように現実を受け入れる言葉を口にする。

 自分たちは負けたのだ。この段階まで来て今さら挽回は無い。

 なんとか自らが最小限度の魔力消費で可能な支援をおこなうことで最初の攻勢だけは弾き返すことはできたものの、人間側は体勢を立て直すため一時後退しただけで、次は先程よりも更に攻撃の手を強めてくるだろう。犠牲など考慮しないほどの攻勢を全力で・・・・・・。

 

 そうなってしまっては、限りある力を『残しておきたい自分たち』の側が一方的に追い詰められて廃滅するのは避けようが無い。

 

『それ故マグナス殿。貴殿は最後の魔王、ここで散ることは反逆の女神も望まぬはず。ここは――』

「分かっている、ブラッカス。・・・・・・私は約束を破ることだけは、する気はない」

 

 狼王からの進言に応えると、溜息と共に玉座を立ち上がって歩き出し、城の隠し通路の奥へ奥へと歩み出していく。

 それと時をほぼ同じくして、城の中がズズンと音を立てて揺れ動かされた。・・・・・・六英雄たちの再攻勢がはじまったのだ。

 アンデッドと化して弱体化した二大魔王たちでは、敵の総攻撃をいつまでもは防ぎ続けられるものではない。今すぐでは無いが、遠からず彼らは敗れ、この城も落ちる。

 自分が出ればまだまだ戦線は維持できるし、6人の英雄たちの半数ぐらいは道連れにできるのは確実だが・・・・・・そのための消耗が少なくないのも確実だろう。

 

 ――それでは“彼女との約束”を果たすための力が足りなくなる恐れがある。

 

 王はそう考え、この戦いは『負けでいい』と敗北を受け入れる決定を選んだのだ。

 もとより、此度の戦いは予想された必然のものではあったが、人間共から仕掛けてきたものであって、自分から求めてのものではない。

 そんなことに勝利するため、『約束を守るため必要な力』を使い果たすなど、それこそ魔王には決して許容できない『裏切り』だった。

 

 やがて黒い全身鎧に身を包んだ魔王の姿は、黒水晶の前に立つ。

 そこは封魔壁によって完全に閉ざされた魔王城の中で最も強固な守りを持つ部屋の中。

 たとえ城が陥落し、城壁が破られ、城の内部の至る所が人間たちの軍勢によって破壊され、奪い尽くされようとも、この場所だけは『定められた時』が来るまで誰であっても立ち入る事すら不可能になる。

 

 そう。誰であっても、自分自身であろうとも。

 定められたときの『1000年後』まで、この部屋の扉が再び開かれることは二度と無い。無くすことが可能になるよう作られた特別な聖域。

 

「故にニセ勇者一行の六英雄たちよ。今回は勝利を“譲ってやろう”

 もしまた何かの因果で、時の果てでも再会することがあり、私が彼女との約束を果たすのを邪魔するようなことがあったとしたならば―――その時は約束通り、私自ら貴様らに敗北を与え、正当なる勝者の地位を頂くことにしよう。

 私は貴様らと違って約束は守る王なのだから・・・・・・」

 

 

 

 ――聖神歴四四七年。

 斯くして魔王は六英雄たちによって滅ぼされ、魔王軍は敗北し、人間たちは勝利を得た。

 己の力のみを信じた傲慢なる魔王に、六英雄と共に絆の力で立ち向かった人間たちの協力と団結が神と運命に勝利を与えさせたのだと、伝説には記されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――その決戦が行われた年から15年前のこと。

 

 とある国にある【シドンの荒野】と呼ばれる場所を、1人の若者と1人の勇者が石切場を目指して歩いていた。

 

「いや、参りましたよ。石切場なんて、そもそも働き手が少ない職場なのにガーゴイルにやられてしまうなんて・・・」

 

 先を行く先導役にして案内役の青年は、後ろからついてきている10歳近くも年下の人物に向かって慇懃な口調で語りかけていた。

 彼は地元民の若者であり、今向かっている石切場が大きな収入源になっている土地の住人でもあった。その場所に最近『ガーゴイル』という魔物の一種が住み着いてしまって人を襲うようになったせいで職人たちが集まらなくなってしまった。

 

 何とかして欲しいと奏上したところ、治安維持の任務に当たっている人物が派遣され、現地まで案内する大事な役目を仰せつかったのが彼だったという訳である。

 そう。この土地に住まう彼にとって非常に大事な、重要な任務を与えられて、彼はその人物を石切場まで案内しなければならなかったのである。絶対に――。

 

「でも、聖剣の勇者様が助けに来てくださって、感謝してもしたりません。いやー、本当にありがとうございます」

「ふ・・・」

 

 笑顔でお世辞とも本心ともつかぬ謝辞を述べられた、聖剣の勇者と呼ばれた人物は、皮肉気に小さな笑い声を発した後、やや冷たさを感じさせる瞳で前だけをシッカリ見据えながら相手の言葉にはキチンと応え。

 

「もとより、この地域一帯の治安維持は国王より任じられている、私が果たすべき役目でしかない。

 私は当然の役目を果たしに来ただけのこと。当然の役目を果たしに来ただけの相手に、わざわざ謝辞を述べる必要は無いさ。

 果たすべき役目も果たさなかった無能に成り下がったときに、罵倒だけしてくれれば、それでいい」

「そ、そうですか・・・えっとぉ・・・」

 

 あまりにも生真面目すぎる返答の内容に、男の方が鼻白んだように視線をさまよわせて言葉を探し、誤魔化すように媚びるように、こういう時に“こういう役目を果たす際”に言うべき言葉の定型文を、相手を案内する役目に従って実行に移す。

 

「ですがその・・・ま、マグナス様はご立派ですよ。他の六英雄様たちが王都や聖都の守護をされている中、こんな辺境の魔物を退治しに来てくださるのですから」

「それもまた、王が与えた役目だからな。彼らは役目を果たしているだけなのだから、仕方のないことだろう。――それとも王の差配に、なにか不満でもおありで?」

「い、いいえいいえそんな! 滅相もありません! わ、私はただ!?」

「ハハハ、冗談ですよ。お気になさらず」

 

 全く笑っていない生真面目すぎる表情のまま、そんな事を言われたところで説得力は0以下しか無い。案内役の男としては顔を引きつらせて作り笑いでもするしかない状況だったろう。

 

 挙げ句、続けて勇者が放ったセリフもまた碌でもなく。

 

「それに、魔物の相手など私にとっては可愛いものだからな。存外、飼い慣らしてみるのも悪くないかも知れないと思っている程度の存在ですよ」

「は、はは・・・ご冗談を。魔王ゾウルバディスを討ち滅ぼした勇者様のお言葉とは思えません・・・」

「おや? そうですか? 現にこうして魔物被害にあなたがたは苦しんでおられるはず。飼い慣らして害をなくせるなら、それは国にとっても王にとっても益になる。そうはお考えになりませんので?」

「それは・・・・・・まぁ、そうかもしれませんが・・・・・・」

 

 男は再び押し黙り、イヤそうな目つきを背後についてくる年下の人物に向けて毒の刃を刺すように見やる。

 イヤな相手だ――そう思わずにはいられなかったからだ。

 何かというと正論を述べてきて、コチラの思惑通りに乗ってくれず、追求するための口実を相手に与えてこない。

 

 可愛げがなく、生意気だとさえ感じさせられる。

 たとえ国を救った勇者と言えど、自分より年下の子供である事実は事実なのだから、もう少し年上に気を使って言葉を選べないものかと思わずにはいられなかった。

 

 だがまぁいい―――男はそう思い、相手に対する悪感情を敢えて押し込む。

 もう少しで任務は終わり、その時には二度とコイツに気を使う必要は無くなるのだ。

 だったら今だけ我慢してやるぐらいは勘弁してやる――そう考えて、利害損得故の沈黙と悪意の自制を自らに課し、

 

「あ、あの場所ですっ。あの石切場にガーゴイルたちが!」

 

 そして目的地に到着して―――別行動を取る時期が訪れる。

 

 

 

 

「ほう、ここですか。・・・・・・で? 私が倒すべきガーゴイルたちは今どこに――」

 

 案内された石切場の中央近くまで招き入れられた勇者は、周囲を軽く見渡して上下左右も見ながら、ガーゴイル退治を依頼してきた案内役の男に振り返りつつ質問を放とうとして―――途中で辞めた。

 

 いなかったからだ。聞く相手がいなくなっている無人の場所に問いかけても意味は無い。

 

「・・・ふむ」

 

 しばらく待ってみたが特に反応が無かったので、とりあえず自衛手段として聖剣を抜いておくべきかと柄に向かってゆっくりと手を動かそうとした―――その瞬間。

 

「ぐぅ・・・っ!?」

 

 突如として万力のような力で身体を押さえつけられてしまい、身動きが取れなくなってしまった!

 見ると、石切場の周囲を囲む壁の上から、幾人かの魔術師たちが上半身を現して、三方向から戒めの上級呪文を放ってきていた。

 それなり以上に腕のいい魔術師たちであるのか、勇者である自分の力を持ってさえ簡単には戒めは解けそうも無い。

 だが、それも時間の問題であり、時間さえ掛ければ相手が全力で掛けてきている戒めを突破して剣を抜くことなど難しくは無い。

 

 ただし、そのことを襲ってきた側が考慮していなかったらと言う前提条件付きではあるが――。

 

「抜かせるな! 早く、鎖を!!」

『ははぁッ!!』

 

 そして予想通りと言うべきなのか、今度は石切場の左右から壁の後ろに隠れていたらしい屈強な肉体の兵士たちが飛び出してくると、仕事道具として設置されていた石切場のフック付き鎖を投げつけてくると、勇者の身体にまとわりつかせ、四肢を戒めて物理的にも動きを封じると四方から全力で引っ張り、大の字で空に磔となった姿を槍先の前にさらさせることに成功されてしまう。

 

「ぐっ、しま・・・っ」

『殺れぇぇぇぇッ!!』

 

 隊長格らしき男からの号令が響き渡り。

 自分に向かって揃えられていた十本近い槍の穂先は、真っ直ぐに勇者の腸へと突き出され―――やがて刺し貫かれて血反吐を迸る。

 

 

 グサァァァァァァッ!!!

 

「ぐ!? ふぅえぇぇ、ぇ・・・・・・・っ」

 

 

 何本もの槍によって腹を貫かれ、背中から刃が深く突き出した姿を空中にさらし者にされ、それでも何とか脱出しようと僅かな間だけ藻掻いてから・・・・・・やがて勇者の身体は動かなくなる。

 

 痙攣していた手の平の先が、やがて力を失ったように脱力してダラリとぶら下がり。

 目には未だ震えが見えるが、瞳孔は開きかけて急速に光が失われていく。

 

 明らかに死へと近づいている勇者に―――いや、勇者“だった物”に成りつつある姿を確認して隊長は、「よし降ろせ」と部下たちに命じる。

 

 魔法と共に鎖が解かれ、冷たい地面へと堕とされた勇者は、腹から何本もの槍を突き出したままの姿で仰向けに横たわり、うつろな視線で空だけを見上げたまま、失われて二度と取り戻せなくなったナニカを見つめ続けている・・・・・・少なくとも隊長には、そのように見えたのだろう。

 

 哀れみか同情か、はたまた自己顕示欲の発露でしか無かったのか。

 既に死んでしまった死体と思っている相手に向かって彼は、

 

 

「――我らが主君を脅かす勇者マグナスも、これで終わりか・・・」

「国王以上に民衆の尊敬を集めてしまったのが、徒となったな」

「魔物を“可愛いもの”と言って、“飼い慣らす”などと世迷い言を吐いているのを俺は聞いた。どうにもならんよ、この勇者様はな」

 

 姿を現した案内役の男も加わり、今回の一件を仕組んだのが誰であったか、今では誰が見ても明々白々な状況だったが・・・・・・今となってはどうでもいい状況でもあった。

 どのみち死体だ。死体が真相を知ったところでどーにもならないから、どうでもいい。

 そういうつもりで兵士たちは勇者の死骸に、嘲りの言葉と哀れみの言葉とを同時に吐きながら、死体はそのままにして背を向ける。

 

「地位や金に欲を見せてくれれば、懐柔することもできたのだがな―――」

 

 そんなことを言いながら去って行く、王国の兵士たち。

 よくある状況。よくある話。

 世界を救った勇者も、無能な権力者からすれば平和の中で使いこなせず、英雄は平和の中では人殺しでしか無いから殺されるのだと、相手に責任をなすりつけて綺麗に飾り付けたがる。

 

 本当によくある話だ。

 平凡で平凡で、どーしようもない退屈極まりない人間社会でも、それ以外の種族でも、恐らくはどこでも誰にでも同じ状況が生じたなら起こりうる当たり前すぎる平凡なフツーの出来事。

 

 だからこそ―――

 

 

 

 

「―――そうか。この地域で治安を乱していたのは国王陛下だったのか。ならば治安維持として退治するのが私の役目になるのだろうな」

「!? 貴様! まだ生きて―――」

「邪魔」

 

 ブォン!!と、軽く聖剣を抜いて一閃して風を起こさせる。

 ちょうど壁の上で間抜けな魔術師たちが、再び魔法を唱え始めていたので一纏めに吹き飛ばしてやり、背後にある壁なり大木なりに背中を強く打ち付けて気絶させてやる。

 

「が、はぁっ!? ・・・・・・グフゥ・・・」

「・・・やれやれ、脆すぎるな。こっちはそれなりに痛いのを我慢して、真相を教えてもらえるまで回復するのを待っていたというのに、痛痛つつぅぅ・・・」

 

 周囲を取り囲もうとしていた全員が気絶させた手応えを感じ終えた後、改めて深手を負わされた身体を治療するため動きを止めて、魔法と聖剣の力も使って傷を癒やす。

 

 石切場に1人だけ残された後、後ろを振り返るまでの間に幾つかの呪文を使用しておいたお陰で何秒分かはダメージを大幅に抑えることが可能だったものの、やはり死にかけるのは痛すぎるのは事実なようで、完全回復までには数日間は安静にしている必要がありそうだった。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・この身体じゃ流石に今すぐ、治安維持活動のため王城に乗り込んでって、罪人である王の首を取るのは無理か。しばらくは隠れ潜んで追跡をかわすしか無いなぁ・・・やれやれ、あ痛痛ぁぁぁぁ・・・・・・」

『―――惨いね』

「あ・・・?」

 

 腹を押さえながら歩き出した長後のことだった。

 どこからともなく声が聞こえてきて、振り返った先に――綺麗な女の子が立っていた。

 

 ポツリ、ポツリと。雨粒が落ちてくる。

 最初は一粒か二粒だった水滴は、少しずつ激しくなって雨になり、やがて急激に勢いを増して豪雨となっていく。

 

 いや、あるいは『狂い雨』とでも呼んだ方が正しかったかも知れない。

 本来は降るはずの無かった突然の大雨。短時間の内に大いに降り注いで、やがて降り止んだ後には嘘のように晴天が広がる、一時だけ狂った天が起こす狂気の時間。

 

『世界を救った君を、権力者たちは殺そうとした。君は裏切られたんだ。・・・・・・だから彼らが憎くて殺そうとしているの?』

「その程度のことはどうでもいい」

 

 そんな時間の中で、勇者と少女は短い雨が終わらない間に話を続ける。

 

「私を殺そうとした兵士たちは王の命令に従っただけだろうし、王自身もこんな辺境国の支配者に都からの要求を蹴る力なんてあるわけもない。黒幕はいつだって自分の手は汚さないものでもある。勇者殺しの主犯になるリスクは犯人たちの誰も負いたがらない。

 ・・・・・・そういう風に世界は出来ている。小物をいちいち憎んでいたらキリが無い」

『そう、か・・・それなら何故?』

「別に、憎しみで誰かを殺してきた訳ではない。王の命令だから殺した、というのも間違っている。

 彼らが悪人という訳ではない。悪人だから殺すというものでもない。

 “死刑に値する罪を犯した罪人だから殺す”只それだけだ。

 憎しみも怒りも愛情も関係なく、殺さなきゃいけない程のことをしたから殺すのだ。

 王は私に『この地域の治安を守れ』という役目を与えた。

 なら、その役目を守るため治安を乱して暗殺をもくろんだ王を断罪して殺す。それは王が望んだ結果だ。自分の行動に責任を取ってもらうだけでしかない」

 

 あまりにも生真面目すぎて、気が狂っているのではと思えるほどに柔軟性がなく、律儀で律儀すぎて、任務を与えた方まで任務の一環として裁いてしまって躊躇いというものが全く見いだすことが出来ないほどに・・・・・・真面目すぎる。

 

『そんな事をすれば、他の国の王たちが黙っていないだろう? 世界中を相手に戦争をすることになるかも知れない。そうなれば君は勝てない。確実に負けて殺されるだろう。・・・それでもやるの?』

「どーでもいいさ。それを王たちが望むのだったら受けて立つ、それだけだ。文句は彼らの側に言ってくれとしか言いようがない。別に私が戦争したいと望んだ結果ではない。治安維持の役目も与えられたもので、志願してなった訳でもない。

 柔軟性、自分で考えての調整、自己判断して避けれる危機。・・・・・・どれも良い言葉だとは思うが、“その役を与えられた側ばかり”に言ったのでは言い訳にしかなるまいよ」

 

 自分の行動がどういう結果を招くのか、それを承知の上でも『自分から変わってやる気はない』という強い意志。

 あるいは『自分だけが変わってやる義理はない』という突き放し。

 

 殺され掛けたことを恨みはせず、自分を殺そうとした者達を憎むこともないが・・・・・・殺そうとした者達の事情や理由を『殺されそうになった側』が配慮してやる義務などあるわけもない。

 

 そういう極端すぎるほどの生き方を貫く勇者だった。

 だからこそ彼女は、声を掛けた。

 この人にしか出来ないこと。この人にしか頼めないこと。

 

 あるいは他に候補者がいたのかもしれないが・・・・・・ナニカの因果で、何処かで切れた運命で。

 

 自分は、この人と運命の糸を結び直したくなってしまった。

 だから、問う。

 

『では聞くが、君は“この世界”を正しいと思うかい?』

「正しいかどうかはどーでもいい。少なくとも今は、こういう結果にするのを正しいとする世界だ、という事だろうさ」

『君はそう見るのか。それが君の考え方か。しかし私は―――

 “この世界に反逆しよう”と思うのだけど―――君もどうだ?』

「・・・・・・」

 

 その言葉を言われたとき、初めて勇者は即答しなかった。

 ただジッと、相手の瞳を見つめ返して沈黙し続ける。

 

 相手の少女の両目は、黄金の色をしていた。

 人とは思えない黄金の瞳・・・・・・それを勇者は素直に綺麗だと思った。

 

『ずっと君を見ていた。私は君を気に入ったんだ』

「・・・・・・」

『勇者なんて、つまらないよ。私の物になれ、マグナス』

「――勇者は面白いさ。ただ世界の方がつまらない役目に変えてるだけで」

 

 相手の言葉に微妙な反論を返しながら、勇者の身体は言葉とは逆に相手の近くへ自分から歩み寄り、相手の物に出来てしまえる射程範囲内に入って、そして―――

 

 

 

「だからこそ試しに、君が勇者を面白いと思える世界を創る側に回ってみようと思う。

 私は君を気に入った。

 それだけでも私にとっては、殺されかけた側を見限る動機程度には充分なのだから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

設定説明【黒の魔剣王マグナス・マグス・レイニース】

 

今作版の主人公であり、原作におけるレオニスの立場を担うオリジナル主人公。

何らかの因果によって今作世界観では聖剣を受け継ぐ勇者になったのは、この人物だったことになっている。

 

別名を、原作知識の乏しすぎる作者が描いても矛盾しづらい設定の持ち主とも言う(笑)

 

全身を黒色のフルプレートで身を包んで、黒く染まった魔剣を振るう暗黒騎士王(ダーク・ロード)で、鎧の中身は外からでは見ることができず、男か女か人間なのかさえ見分けが付かない。

が、作者の特徴として、鎧の中身は『女の子』ということに一応なっている(現段階では確定ではない)

 

その意志の強さと人間側の敵となった理由などから黒く染まった聖剣を最初から使える状態にあったためレオニスよりも強敵として立ちはだかっていた過去を持つが、そのぶん魔法の腕はレオニスより大分劣り、弱さ故に持っていた伸びしろの豊かさも損失気味。

言うなれば、早熟型のレオニスとでも呼ぶべき存在で、大器晩成型より最終的には劣るタイプ。

外見も魔法使いではないため、ガイコツではなく形の上では人間型の『ゾンビ』になっており、【不死者の女王】という点ではレオニスとの変わりはない。

 

見れば分かる通り、レオニスより攻撃的な性格をしており、完全な被害者であったが故に『人間という種族』が持つ悪性を否定するようになったレオニスに対して、彼女は「攻撃」はしないものの「反撃」を躊躇わない性格だったことから『どんな種族にもクズはいる。クズな奴がいる奴らは全員クズだと抜かすクズは要らん』という発想を持つに至る。

 

基本的には善性を持った勇者であり、人類に絶望してもいないが、それは最初から『人間とはそういうものだ』と承知の上で勇者をやっていたからで、人間愛の持ち主という訳では決してなかった。

 

 

――実は作者が以前から考えていた【オリジナル女騎士主人公】のテストとして設定を流用したオリジナル主人公キャラクター。

 

その特徴設定というのが、『女騎士』として公認されているにも関わらず、何故だか『Hも出来て子供も作れる男の子だ♡』という前提で対応されてしまうというもの。

 

そのせいでレギーナからは誘惑&からかわれ易く、リーセリアからは『純粋無垢な美少年』としての扱いを受けてしまって、何度ツッコんでも聞いてもらえない。

 

「人類に反逆したせいで、妙な呪いでもかかったんじゃないか?」と疑問符を浮かべながら日々を送ることになっていく『女の漢系主人公』そんな女騎士を創りたいと願ってる次第。

 

また、未来で目覚めたときの姿は、生前の年齢と共に成長していく人間の少女の姿に戻っているが、原作通り子供にも逆行してしまっているため、少女は少女でも『大剣を振り回す女子小学生剣士』に近い存在になっちまう羽目になり。

 

魔法よりも肉体変化による影響が激しい剣術で戦うため、原作より強い力の大部分は肉体の若返りのせいで使用不能になってしまうなど、原作とは少し異なる理由での大幅な弱体化が付与されちまった設定になっている。

 

 

あと、『マグナス・マグス・レイニース』というのは人間を辞めてアンデッド化してからの名前であり、人間だった頃の名は【レイニース・マグナス】という名字と名前を反転させた名を名乗るようになったオリ設定。

 

ミドルネームの「マグス」も古代語で「偉大な」を意味し、キリスト教グノーシス主義の祖とされて異端の元凶扱いされている「シモン・マグス」から取ったもの。

 

ただファンタジー世界故のオリ解釈として、彼女の国の古い言語で『否定』や『反逆』といった負の概念を総称した言葉として伝わっていた設定を考えているが・・・・・・使う機会があるかは分からない。

 

 

『人を裁く権利など誰にも無いと、決めつけて否定する権利など貴様に無い』

 

 

とか言い返すタイプの主人公で、『守りたいと思えた者だけ守れればよく、後は滅びて構わん』と言い切る、良くも悪くも『全体主義』を尊んでない社会性低めの最強剣士様。

 

だから魔王になりました。

どーせやるなら、ここまでやろうホトトギス。・・・・・・そんなタイプの主人公デッス・・・。



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