無職無能の最強双剣士 ~圧倒的努力に勝る強さはない~ (虎上 神依)
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Chapter1 最強双剣士、旅に出る
Chapter1-1 超無能と呼ばれし者


 大陸の中でも人知れず隔離された場所に位置する樹海。

 一般の人が3年使っても数えられない程の幾多大木が連ねるその場所には一人の男が住んでいる。

 

「まさかこの近辺にシャークワームが出るとはな、面白え奴も居たもんだ」

 

 藍色のマントで身を包むその男――俺は肩に全長4メートルは下らない蛇型の魔獣を担ぎ、悠々と自宅を目指して歩いていた。

 とは言え4メートルもあるのだから体の一部分は地面を引きずってしまっているが……、別に問題はないだろう。

 

 

 シャークワーム 討伐推奨レベル146

 

 

 サメのような強靭な顎と太く長い身体を持つその蛇はあらゆる生き物に巻き付いて骨を砕いていは丸呑みするというとても恐ろしい蛇だ。

 しかもこの蛇は自分よりも弱い相手だと確信した場合例え、熊だろうと狼だろうとあらゆる手を使ってでも丸呑みする雑食性を持つ。

 そんな凶悪極まりない蛇を俺は平然とした顔で担いでいた。

 

 そもそも世界に3つある大陸の内の一つであるヒートアーストの半分を埋め尽くすこの樹海――通称、魔獣界『魔獣の巣』は超高レベルの魔獣の巣窟である。

 無論、本来であれば人間が近づく様な場所では無い。

 

 だがその恐るべき樹海に俺は住んでいる、俺と師匠の二人でな。しかし――師匠はちょっと旅行してくると言って5年ほど音信不通だが。

 だから今ここに住んでいるのは実質俺だけである。

 

 俺の名はゼルファ・ガイアール、とある貧乏な貴族生まれの三男だ。

 ちょっと緑がかっているとは言えありきたりな黒髪で藍色の双眸、歳は――21歳だ。

 身長は一般人よりもまあまあ高めで、体つきは一般人よりもちょっとばかしヒョロっとしている弱そうな見た目だ。

 

 そもそも一般人の定義というものが正確ではないから何とも言えないが、本で読んだ情報によるとそういうことになるらしい。

 その重要な情報源でもある本と生活の拠点である家も全て元々は師匠のものだ。

 だから実際外の世界がどうなのかは全く分からない。

 

 俺がこの樹海に迷い込み師匠に救われ、師事するようになったのは約15年前、それからと言うもの俺は人間の街に出たことはない。

 出ようとすれば出られるのだが……、樹海で暮らす方が楽しいと思ったからだ。

 

 師匠はともかく不思議な人だった、俺に武術の基礎を全て教えるや否や軽い荷物だけまとめて旅行に出かけるのだから……。

 普通であれば捨てられたと考えるのだが、師匠に限ってそれはないと結論づけられる。

 まあ、ちょっと出かけるわと言って世界一周してくる男なのだから仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 

 で――師匠が旅行に出てから5年間、俺はぼっちでこの樹海に住んでいるというわけだ。

 ……正確に言うとぼっちではないのだが。

 

「ご主人様、お帰りなさいマセ」

 

「すまない、ちょいと遅くなったチビミ、美味そうな魔獣が中々いなくてな」

 

 立派な木造である師匠の家の前でチビミが俺の事を出迎えてくれた。

 チビミ――名前と喋り方からすれば唯の人間に思えるがこの子は紛れもなく魔獣である。しかもミスリルスコーピオンという毒蟲として超危険極まりない魔獣だ。

 身体はほぼ全てミスリルで出来ている全長1メートルのサソリ、尻尾の先についている針の先には致死毒が申し分なく蓄えられていて刺されたら毒に耐性がない限り死に至る。

 

「いえいエ……、その肩に担いでいるのが今日ノ?」

 

「おう、そうだ。シャークワームは美味いって本に書いてあったから捕まえてきた」

 

「そうですか、では私が腕によりをかけて調理して差し上げまショウ!!」

 

 サソリとは思えないクリっとした目を輝かせながら両腕の鋏を振り上げるチビミ。

 傍から見たら俺が威嚇されているようにしか思えないだろうがこの仕草は間違いなくチビミが喜んでいる時のポーズだ。

 

「んじゃ俺は二階で待ってるわ」

 

「はい、おまかせ下さイ!」

 

 言って俺はチビミにシャークワームを渡すと二階へと上がっていった。

 

 

 

 

 この世界はステータスという摩訶不思議な概念が存在する。

 何故そんなものが存在するのかは俺も分からない、だが世間の常識じゃ神が世界を創りし時に作られたと言われている。

 

 そして――魔獣、いわゆる魔性を持つ獣、モンスターもこの世界が生まれし時に創り出された神の傀儡ぐくつである。

 その後、魔獣が世界に蔓延した所で魔獣と相成す者として人間と言う生物がこの世界に生まれたと言われている。

 

 だが無力極まりない人間はあっという間に魔獣に殺されて、全滅しかけたのだ。

 そこで神が平衡を保つために生み出したシステム、天恵、長きに渡って成長する力、その根本が――職業だ。

 そしてその職業と同時にステータスに成長の度合いとして追加された項目、それがレベルである。

 

 レベルは成長の度合いとして絶対的である。

 それが高ければ高いほど人は強くなる。だが、その一方でその分過酷な経験を積まなければならない。

 その経験を値化したものが経験値だ、経験値を貯めることによって人は強くなれる。

 

 巷でよく言われているのはレベルを上昇させるための経験値は、魔獣を倒すか、特訓をするかの二択で得られるという事だ。例外として精神的な変化やら成長やら身体的な成長などがあるが考慮にいれるほどではない。

 だから普通に考えて一番手っ取り早く経験値を得る方法は魔獣を倒すことだ。寧ろそれ以外にないだろう。

 

 だが、魔獣から得られる経験値には限界がある。例えばスライム、この魔獣から経験値を得られるのは、実質レベル5までが限界だ。何故ならスライムがレベル5の魔獣だからだ。

 一撃で倒せるからと言ってレベル6の者が幾らスライムを倒そうともそれ以上強くなることはない。

 

『経験値を得るならば、それ相応の過酷な経験を積まなければならない』

 

 その神の言葉でもある経験値の定義を人々は『経験値を得るならば、同レベルまたはそれ以上の魔獣を倒さならければならない』と解釈した、今では一般常識となりつつあるが。

 

 弱い敵を倒し続けていても、レベルは上がらない。強い者の力を借りて自分と同等の敵を倒していても、経験値は手に入らない。

 確かにそうだよな、経験値とは経験を値化した指標でしか無いのだから。

 

 そして職業、魔獣に対抗するため神が人間に与えた力だ。

 5歳以上になった子供は儀式を通じて神に職業を与えられる。

 そしてそれと同時にユニークスキルという職業に応じた個別のスキル、天恵が貰えるのである。

 無論、職業の種類は多種多様で戦士、武闘家、僧侶、弓師、商人、魔術師など色々と存在する。

 

 だが同時にこの職業は力を与えると共に人の差別化も生み出してしまった。

 職業には残念ながら当たり外れが存在する、例えば上位に位置する権力、力を持つもの――王族、貴族、勇者、賢者、闘匠、聖騎士などがある。

 だが一方で下位に位置するものとして――村人、商人、芸人などがあげられる、しかも運が悪いと盗賊、山賊などの職業が与えられ、街にすら入れなくなってしまう。

 

 無論、職業によって人の扱いも変わってくる。

 例えば勇者や賢者なら皆からもてはやされるが、盗賊をもてはやす人などそうそういない、寧ろ捕まえようとするだろう。

 

 大体この世界はおかしい。

 神は職業を俺らに与える、即ちそれは俺達の未来を制限、束縛するものである。

 生まれたその瞬間からその人の未来は決まる……、この腐った職業の名の下に――

 

 

 

 まっ、職業があるだけマシだよね。と俺はつくづく思う。

 職業があるというのは即ち神から力を与えられたという証拠なのだから。

 ユニークスキルに関しても同じである、それも神に与えられし力――運が良い人だと2つとか3つとか貰えて皆からもてはやされては一躍人気者となる。

 

 だが考えて欲しい。

 2つ、3つ貰える人がいるのなら、その逆もいるという事を――

 そう数百万に一人、ユニークスキルを一つも貰うことのできない無能という存在がいるという事を――

 同様に職業においても数百万に一人、職を貰うことの出来なかった無職という存在がいるという事を――

 

 なりたくてなったわけじゃないのにその職業によって人生が変わる。

 一体何の権利があって神は俺達の職業を決めるのか……。神ならなんでもしていいとでも思っているのか……?

 だが神は与える側であるのだ、与える側は与える側で難解な神の事情があるのかもしれない、仕方ないことかもしれない。

 だけど――俺はそれ以前の問題だった。

 

 俺は人一倍恨んでいる、この世界の腐ったシステムを、俺に一つも天恵、力をくれなかった神の存在を――

 そして更に憎いのは無職無能という最悪の状態である俺を蔑んできた――皆だ。

 

 

 二階でベッドに転がりながら俺はゆっくりとステータスウィンドウを起動させ静かに眺めた。

 

 名前:ゼルファ

 職業:無職

 

(省略)

 

 ユニークスキル:なし

 

「いつ見てもふざけてるよな、これ……」

 

 ゼルファ、その男はかつて数百万×数百万に一人という圧倒的な低確率で生まれた、無職無能という類稀な無能さにより『超無能』と呼ばれた最底辺の存在だった。



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Chapter1-2 樹海の遭難者

 剣と魔法の世界、その名をイマジナルという。

 この世界において数値と文字列によって構成されるステータスという概念は絶対的である。

 

 例えば体力ゲージ、通称HP、この世界でHPが0になることは死を意味する。だが逆に1でも残っていれば生きることが可能なのだ。

 その一方でHPとは所詮人の状態を数値化したものに過ぎない、それはステータスの項目全てに言えることである。

 しかしそれは人の状態をしっかりと狂いなく表している故に絶対だった。誤魔化しの効かないシステムである。

 

 だからつまり――職業も天恵と呼ばれしユニークスキルも絶対的なのだ。

 例えば、職業が戦士と言えども違う道を歩んだ所で何も問題がない、だが戦士としての力を与えられた事には変わりはないのだから戦士としての道を歩むのが妥当である。

 ユニークスキルに関しても神に与えられた能力を文字列化した物とは言え、実際その能力を持っている事には変わりはない。

 

 

 これでお分かりだろうか、ステータスの絶対的な概念に書かれている無職無能の情報は確実であるという事を――

 

 

 5際の時、俺は母親に連れられて神が祀られている神殿まで行き、儀式を受けた。

 周りでは色々な子が喜んだり、騒いでいるのを傍目に俺は呆然とすることしか出来なかった。

 ――そう、俺は神に何も貰えなかったのだから。

 

 それからの日々は俺にとっては地獄と何ら変わりないものだった。

 親の態度は完全に変わり俺を邪魔者扱いし始めた、日々虐待を受けては傷だらけにされて放置された。無論、二人の兄にも虐められ家に俺の居場所は無くなっていた。

 家だけではない俺が住んでいた街その物に俺の居場所は忽然と消えてしまっていた。

 

 家を追い出されて挙句、同年代の奴らからはとことん虐められて、助けを求めようにも誰も助けてはくれなかった。

 そして遂に心は折れた――俺は生きることを諦め、絶対に立ち入ってはいけないと言われている樹海に足を踏み入れた。

 

 ――どうして俺だけ無職なんだよ……。

 ――どうして俺だけ無能なんだよ……。

 ――こんな世界、耐えられないよ……。

 

 樹海に入り、魔獣にあえて襲われることによって自害しようと試みたのだった。

 

 で、俺はそこに住んでいた師匠に助けられて――

 

 

 

「ご主人様っ! 大変デスッ!」

 

 突如二階ドアが開き、慌てているチビミが部屋の中に突撃してきた。

 傍から見たら暴れまわっているサソリにしか思えないだろうがこの仕草は間違いなくチビミが慌てている時の物である。

 

「ん? どうしたチビミ」

 

「外に何者かがいマス! しかも感知の結果からして魔獣以外の者ノ!」

 

「何!? それは本当か?」

 

「ハイッ!」

 

 尻尾の先にある毒針でチビミは倒れている者がいるであろう方向を示した。

 直ぐ様精神を統一させて意識を外気の魔素の流れに集中させるスキル『魔力感知』を発動させた。

 

 確かに――チビミの言う通り家から30メートル離れた先に間違いなく人間の物と思われる弱々しい魔力が感じて取れた。しかも明らかに俺の師匠のそれではない。

 まさか……、人のことは言えないが足を踏み入れただけでも死を意味するこの樹海に人間が?

 

「分かった、ちょっと見てくるからチビミは家の中にいろ、俺が様子を見てくる」

 

「分かりましタ! 気をつけて下さイ!」

 

 チビミが尻尾を使って敬礼のポーズを取るのを見た後、俺は二段飛ばしで階段を降りた後、壁に立て掛けていた二本の剣をひったくって背中と腰に一本ずつ装着すると家を飛び出した。

 

 剣を構え、できるだけ気配を消しながらその人間に俺はゆっくりと近づいた。

 木の陰から魔力が感じ取れる方向を静かに見る。

 

 

 

 そこには見知らぬ人が倒れていた。

 いや、逆に知っている人が倒れていたらそれはそれで驚きなんだけどね。

 

 魔力の流れから大分弱ってはいるがまだ生きているようだった。

 直ぐ様俺はその人――彼女の傍らに跪く。

 見たところ彼女は凄く深刻な脱水症状を起こしているようだった。

 

「み……、水……を…………く……だ――」

 

 苦しそうに目を開けて喋った彼女は気を失ったかのように倒れ、目を閉じた。

 呼吸も丸でなっていなくて虫の息だ。このままではもう10分も持たないだろう。

 

 ――どうするべきだろうか。

 別にこのまま見捨てた所で俺の生活には何の支障もきたさないだろう。

 そう、助けた所で何の得もしない。人間を人一倍恨んでいる俺なら特にだ。

 

 だが、そんな考察をする以前に俺の身体は勝手に動いていた。

 剣を鞘に収め、倒れている彼女を静かに抱きかかえると俺は急いで家に向かった。

 まだ彼女が無職を差別する存在だと分かった訳ではない、それ以前に目の前で死にそうな人を放置するほど俺は人でなしではなかった。

 

 彼女の服は汗で相当濡れていて、体温も異常なまでに高かった。

 この樹海には湖というものが殆どと言ってもいいぐらい存在しない。強いて存在する水分と言えば雨ぐらいだろう。

 それにここ数日雨は降っていなかった、だから彼女は水分を確保する手段が無かったといえるだろう。

 

 因みに――水魔法で水分補給をするというのはアウトだ。最初のうちは感覚で誤魔化せるかもしれないが、魔法で創り出された者は魔素で出来た架空のもの、しばらくしたら消えてしまうのだ。

 だから水魔法で水を創り出して飲んだ所で水を補給することは不可能、寧ろMPの無駄だ。

 

「チビミ、今帰った!」

 

「ご、ご主人様! 大丈夫でしタッ!? って……、その子は?」

 

「あそこに倒れていた子だ! 今すぐ二階に寝かせて応急処置をするから何か冷たいものと水を――ッ!」

 

「承知しましタ!」

 

 チビミはサソリとは思えない頭の回転と思考の速さですぐに状況を理解し猛スピードで水を汲みに出かけた。

 流石は俺の従魔、頭がキレる事この上ないな。

 

「そうだな……、冷やすとしたら氷か!」

 

 彼女をベッドに寝かせると俺は直ぐ様、氷魔法を無詠唱で発動させる。そしてその氷を袋に詰めると彼女が着ている僧侶の法衣を脱がせた後に色々な箇所にそれを配置した。

 無論、魔素の効力が消えれば氷も消滅する。だが、俺の魔力であれば30分は持つし、何回でも繰り返して発動できるだろう。

 

 ……というか何の躊躇もなく女性の服を脱がしてしまったけど大丈夫かな?

 まっ、一応法衣の下に魔法使いが身につけるであろう若干の露出の多い白を基調とした服と動きやすさ重視の青の半ズボンを履いているのだから全然セーフだよね。

 寧ろこれを脱がせたら問題になるだろうけど。

 

「ご主人様ッ、浄化済みの水デス!!」

 

「浄化済みとマジ有能ッ! サンキュ、チビミッ!」

 

 俺はチビミから水がいっぱいに満たされたバケツを受け取ると中に入っている水をコップに注いだ。

 さてと……、ここからが問題だな。

 

「……飲ませないのですカ?」

 

「意識ない状態で飲ませたら、気道に入ったりとか危険だろ? だから気道に入らないように工夫する」

 

 コップに入っている水に俺はありったけの魔力を注ぐ、すると水は急に空中に浮かび上がり幾多の細かい粒状の物に変形した。

 それを上手く操りながら俺は彼女に水を飲ませてやった。

 

「……、なるほど直接胃まで送り込むと言う事デスか?」

 

「そういう事、ちょっと魔力使っちゃうけどこれしか方法ないし……致し方ない」

 

 こうして俺は何とか死に瀕した少女の命を何とか救ったのであった。



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Chapter1-3 その美少女は迷い人なり

 少女を救出してから数時間。

 未だに彼女の意識は戻らないものの呼吸はハッキリしたものに変わっていて体温も人間一般的な値にまで下がっていた。

 

「珍しいデスね、いつも人間の悪口ばかりおっしゃっているご主人様が倒れている子を助けるだナンテ」

 

「ああ……、そうだな」

 

 15年間以上、俺は師匠以外の人間との関わりを絶って生きてきたのだ。

 無職無能という不名誉な称号を背負って世界で生きていくのはもう耐えられなかったからだ。だから――俺はこの樹海に来た。

 元は自害するためだった。だが師匠のおかげでその考えは変わり、強さを求めるようになった。

 職業がなくても、天恵がなくても人間は強くなれることを証明するため、今まで俺を蔑んできた奴らをなんとしても見返すため、俺は今までを生きてきた。

 

 だから……、そろそろ潮時なのかもしれないな。

 もしかしたらこれは神が指し示したお告げなのかもしれない――宿命の元、世界に出ろという。

 

「ご主人様はこれからどうされますカ?」

 

「俺はひとまずこの子が起きるまでそばに居る事にする、様態が急変したら大変だからね」

 

「分かりました、ではご飯はコチラに持ってきますネ」

 

 言ってミスリルの身体を月の光で輝かせながらチビミは部屋を出ていった。

 そう言えば……、もうこんな時間か。回復魔法やら水を飲ませたりなどなんやかんやしていたらいつの間にか相当な時間が経っていたみたいだな。

 それにしてもチビミは何から何まで完璧だな……、これ以上の従魔は中々居ないだろうに――

 

 俺はベッドで寝ている少女に目を落とす。

 一応全身汗だくだったため身体を拭いてやったりとか氷を取り替えたりとかもしたから大丈夫だとは思うけどね。

 

 でも流石に服を取り替えるまではやらなかった……。いや、そもそも見知らぬ女性の体を拭く時点で結構マズいものがある気がするけど。

 幾ら命の恩人とは言え一線超えたらそこで人生終了だからな。

 

 不意に少女の豊かな胸に目がいきそうになり、気を紛らわすため窓から覗く月を見た。

 ――しかし、思っていたよりは柔らかかった事は真実……、いやもうよそう。

 

「ご主人様、お食事デス」

 

「ありがとう。所でチビミはもう寝るのか?」

 

「そうですね……、宜しければ代わりにその子を見てあげマスガ」

 

「いや問題ない。徹夜は慣れているから」

 

「分かりました、ではお休みなさい」

 

 ミスリル製の鋏でお辞儀のポーズを取るなり、チビミは一階へと降りていった。所でサソリの寝ている姿って意外と可愛いんだよね。

 そんな事を思うのは世界を探しても多分俺しかいないと思うけど……。

 

 俺はいい感じに温められている晩飯を食べながら彼女を軽く観察してみる。

 

 紫色の長髪で、会った時一瞬だけ見せた黒色の双眸、服の上からでも確かに分かる程度に胸の膨らみがあり、相当細身でスタイルも抜群な少女。

 外見からも体重の軽さが窺えるその身体は実際に持ってみても相当軽かった。

 背は俺よりも拳3つ分低く、容姿もどことなくあどけなかった、だがその一方で輝く宝石の様な端麗さも醸し出していて、すれ違う人々を振り向かせる程に美しくもある。

 その上に若干露出の多い魔道士用の服に、すらりと伸びている脚を魅せるような短い半ズボンを履いている。健全な男性なら見ただけでもドキリとしそうな見た目だ。

 

 それにしても不思議だな……、何でこんな美少女がこんな樹海に迷い込んだのだろうか。

 俺みたいに自殺を考えるのならまだしも服装からも魔力からも伺えるに彼女は間違いなくかなりの実力を持っていた。

 

 もしかして自分の実力を確かめるために入ったのか? それは傍から見ても無謀極まりない行為だと思うが……。まさか彼女がこの樹海のことを知らなかった訳あるまいし。

 

「……、考えても無駄だな」

 

 晩御飯を終えた俺は月明かりに照らされながら静かに本を読み始めた。

 

 

 

 

 

「……、ハッ!?」

 

 窓から差し込む光を見て俺は飛び起きる。太陽の位置からしてかなりの時間、寝てしまっていた様だ。熱血男たる俺が何という失態……。

 美少女ちゃんの方は――まだ起きてないな。

 俺は朝の挨拶をするために部屋を後にし、一階へと向かう。

 

「おはよ、チビミ」

 

「おはよう御座いマス、朝ご飯なら既に出来ていマスヨ」

 

「サンキュ」

 

「ところで人間の女性のご容態は?」

 

「まあまあ良好だ、まだ目は覚ましてないけどな」

 

 心配そうな表情をしているチビミから朝ご飯を受け取ると俺は少女が寝ている二階への階段を上がる。

 

「さて、後はいつ起きるかだな」

 

 そう言って俺は二階のドアを開ける。

 

 

 

「ふぇっ!? な、何奴!?」

 

 そこにはベッドから飛び起きたであろう美少女が木の棒を構えながら警戒心丸出しの状態で立っていた。

 

「なんだ……、起きてたのかよ」

 

「あ、貴方誰よ!? それにココはどこなの!? 私に何するつもりだったんですか!?」

 

「いや、何もしようとしていないんだが……」

 

「嘘っ! そんな事言って私の寝込みを襲って犯すつもりだったでしょ!? 私騙されませんからね」

 

いやいや考えがぶっ飛んでいるのは貴方の方だと思いますけど?

――大体、こんなコミュ障全開の男が見知らぬ女性の寝込みを襲うわけ無いだろ?

 

「犯すって……、そんな事するわけがないだろ? まあ、身体は拭いたかもしれないけど」

 

「身体を拭いたッ!? なるほど、自白しましたねこの変態ッ!」

 

「いやまあ、確かに傍からみたら変態的行為ではあるが……」

 

「どうせそんな事言ってABC全部したんでしょ!?」

 

「ABC以前に身体を拭く以外の行為はしていないんですけどっ! やれやれ……、命の恩人にそれはないんじゃないか……?」

 

「命の……、恩人? 私、貴方のような人に助けられた記憶なんて――」

 

「覚えてないのか? 君はこの『魔獣の巣』と呼ばれる恐るべき樹海のど真ん中に倒れていたんだぞ」

 

「倒れて――いた? 私がですか?」

 

 未だに警戒心をとかず木の棒を構える少女、だがそんな表情でも繊麗さを全く失わない少女に驚きながらも俺は食事を近くの棚の上に置くと事情を説明した。

 その少女は俺の話に耳を傾けながら「……そう言えば」と思い出したような素振りを見せてはへなへなとその場に座り込んだ。

 

「そっか……、私がこの樹海で迷っていた所を助けてくれたんだ……。はあー、警戒して損したー」

 

「無理もない、なぜなら見知らぬヒョロそうで小汚い男が急に現れたんだからな」

 

「――なんかごめんなさい。私、恩を仇で返すような事しちゃった……」

 

「ふっ、別に問題ない。俺は助けたいと思って助けただけだからな。それで俺が知りたいのは君がこの樹海に足を踏み入れた経緯だ、この樹海がどんな恐ろしい所なのか君は分かっているよな?」

 

「は、はい……、確か――」

 

 話を聞いてみる。

 どうやら彼女は冒険者になるため『始点の街』と呼ばれる街、ファスタットに向かう途中、行動を共にしていたパーティーの提案により近道をするためにこの樹海に足を踏み入れたそうだ。

 だがそのせいで彼女たちは大量の魔獣に襲われることになり、挙句の果てにはパーティーに裏切られ一人だけ樹海に取り残されたそうだ。

 ――この樹海にこんな可愛い少女を置いてきぼりにするとは……、何ともまあ酷いやつだな。

 

「なるほど相分かった、そう言えば自己紹介がまだだったな――俺はゼルファ・ガイアール、この樹海の番人――の代理だ」

 

 自称、樹海の番人と名乗っているのは師匠だからな。

 

「ふふっ、……代理なんだ。私はウルナ・ホメイロ、宜しくね」

 

「ウルナか、覚えておくとしよう」

 

「所で逆に聞きますけど、ゼルファさん――あっ言いにくいんでゼルさんにしますね。ゼルさんはどうしてこんな所に住んでいるの?」

 

「ゼルさん……。全然言いにくいとは思わないんだがまあいいだろう。俺はだな――強くなるためにここに住んでいる」

 

「強くなるため――ですか?」

 

「そうだ」

 

 この周辺には大量の魔獣が無限にポンポンと湧いて出てくる、その魔獣を外界に出さないために俺は師匠と共に毎日狂ったかのようにその湧いて出た魔獣をひたすら倒し続けているのだ。

 ――とは言っても、ここの魔獣が外界に出ることなんてあり得ないんだけどね。って師匠が言っていたけど。

 だから無職無能というこじ付け的な理由もあるとはいえ、実際は力だけを求めてここに住んでいると言っても過言ではない。

 

「初めて聞きました……、こんな樹海に人が住んでいるなん――」

 

「ご主人様ッ! 大変でス!!」

 

 突如二階ドアが開き、慌てているチビミが部屋の中に突撃してきた。この光景……、前も見た気がするんだが。

 

 

 

「ひっ……、き、キャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 

 状況はちょっとばかし違うけどね。



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Chapter1-4 異端者

「さ……、さ、さささささ――ッ!!」

 

「ちゃんとした言葉を話そうな、ウルナ」

 

「だ、だ、だって……、さ、さそ、サソリがぁ!!」

 

 ウルナはベッドの影でプルプル震えながら首を傾げているチビミをビシッと指差して言った。

 

「安心しろ、ミスリルスコーピオンのチビミは俺の従魔だ」

 

「はい、貴方に危害を加えるつもりはナイデス」

 

「じゅ、従魔っ!? 何それ!? 魔獣が人に懐くなんて聞いたことが……しかも喋ってるし」

 

「コイツはだな、俺のエクストラスキル『魔獣召喚』によるものだ」

 

「魔獣召喚!?」

 

 ウルナはベッドの影がひょっこりと顔を出しながら訪ねた。

 俺はそんな彼女にも分かるようにそのスキルを解説する。

 因みにエクストラスキルというのはユニークスキルとは違って職業など関係なしにレベルに応じて手に入るスキルの事を言う。

 それで、一般的にエクストラスキルは大体レベル100毎に一つ手に入ると言われているがこの『魔獣召喚』は例外的に俺がレベル20に到達した時に手に入れたものである。

 だから実質、このスキルが俺のユニークスキルみたいなものなのだ。

 

「『魔獣召喚』は契約した魔獣をいつ、どんな時でも召喚することの出来る凄いスキルだ。因みに契約した魔獣は一部を除いてこのチビミの様に言語を喋るほどまで知能指数が上昇して一緒に暮らすことが出来る様になる。まあ、契約するためには力を見せつけるとか仲良くなるとか色々な努力が必要だがな」

 

「な、何なんですかそのとんでもスキルは――というかそれってユニークスキルじゃないんですか?」

 

「……残念ながら違うんだよな」

 

「ご主人様は紛いもない無職無能ですカラ」

 

「えっ……?」

 

 ウルナは驚いたかのように目を見開きながら俺を見た。

 

「お、おいチビミッ! 何言ってんだよ!」

 

「ですが、どちらにせよいつか言わなければいけないことでショウ?」

 

「……、そうだけどさ」

 

 チッ、まさかこうも早く無職無能である事を知られてしまうとはな……。

 今の発言はよしてもらいたかったぞチビミ……。

 

「……、ゼルさん、本当に無職無能なの?」

 

「……ああ、そうだよ」

 

 辺りに微妙な雰囲気が漂った。

 それもそうか……、やっぱり無職無能の扱いなんてそんな物だよね……。

 

「――それはそうと、ご主人様ッ! 大変デスヨ!!」

 

「……、何が?」

 

「窓の外を見て下さイ!!」

 

 俺はチビミに言われるがままに窓の外を見る。

 ――なんか凄くでかいサイクロプスがのっしのっしと身体を揺らしながらコチラに近づいてきていた。

 

「な、な、な、何ですかあれは!!」

 

「あのデカさ……、ギガントサイクロプスかな」

 

「そ、そんなこと言っている場合じゃないですよ! このままだとこの家潰されてしまいます」

 

「だろうな」

 

「だろうなって……、ともかくゼルさんは下がっていて下さい私が倒します!」

 

 そう言ってウルナは俺が壁に立て掛けておいた彼女の両手杖を取ると寝起きとは思えぬ速さで階段を駆け下りていった。

 俺とチビミはその後に続くかのように彼女の後を追う。

 

「う、ウルナ! 倒すって、自信あるのか?」

 

「自信なんてありません! でも、この状況やるしかないじゃないでしょ! 大丈夫です、任せて下さい。こう見えても私、『大賢者』ですから」

 

 そう言って彼女は可愛らしくサムズアップした。

 なるほど……、大賢者だったのか。道理で相当強そうなオーラを彼女から感じた訳だ。

 だがそれ以前に――

 

「君は――俺を守ろうとするのか? 俺は無職無能だぞ?」

 

「当たり前よ! いくら無能でも貴方だって一人の人間でしょ!? それに私には貴方に助けられた恩もありますから!」

 

「なるほどな……」

 

 俺は人を守るため真剣にそのサイクロプスに立ち向かおうとしている少女を見て静かに微笑む。

 ――いるんだな、無職無能を差別せずに守ろうとする人も。中々面白いじゃないか。

 

 だけど……、その俺にとっては嬉しい勘違いも程々にして欲しいところだな。

 

 俺達が家を出る頃には既にソイツは家の前まで歩を進めていた。

 10メートルはある巨大なサイクロプスがニヤニヤと笑いながら一つ目をギョロつかせ俺らをジロジロと見ている。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 巨人は俺らを威嚇するかのように咆哮を上げた、そして右手で大きな棍棒を振り上げるような仕草をする。

 

「お、大きい……。でもやらなきゃっ!!」

 

 そう言うと彼女は数歩前に出て両手杖を左手に持ちながら杖の柄に魔力を込め始めた。

 どうせ威力の高い火魔法でも放つのだろうと家の扉の前でチビミと見守っていた俺は次の瞬間言葉を失う。

 

 彼女の右掌から出現したのは火でもない、水でも、はたまた風でも、雷でもない。

 

 

 

 それは漆黒の球体だった。

 

 黒い稲光を迸らせる邪悪なエネルギーの塊だった。

 その球体は彼女が魔力を込めるに連れてグングンと大きくなっていく。

 

「ご、ご主人様……、あれって――」

 

「あ、ああ。間違いねぇな、まさか本物を見ることになるとは――」

 

 俺はその魔法に覚えがある。

 そうそれは間違いなく禁断の魔術書に書いてあって特定の人しか取得することのできないそれ・・だった。

 俺の記憶が正しければその魔法の名は――

 

 

 

 

『邪魔法』

 

 

 

 

「漆黒の魔弾よ、全てを破壊しなさいッ!!」

 

 詠唱を終えた彼女の杖先からそれは発射された。

 漆黒の球がサイクロプス目掛けて一直線に飛んで行った。

 

 それはサイクロプスの腹に直撃すると減速するどころか何事も無かったかのようにサイクロプスを押し返しながら森の中へと飛んでいった。

 森の巨木をメキメキと折りながらサイクロプスはその漆黒の魔弾を止めようと藻掻いているのが見て伺える。

 

 そして刹那――黒い巨大な爆発が起こり、凄まじい黒煙が舞い上がる。

 

「すっげえー……」

 

「でしょでしょっ! このレベル88の大賢者ウルナ様に掛かればあんな巨人どうってことないわよ!!」

 

 両手杖を背中に背負うと少女は腰に手を当て、可愛らしいドヤ顔をしながら高らかに笑った。

 何というか――美少女って何しても可愛いんだね、すごいすごい。

 

「ああ、まさかいとも容易く邪魔法を扱うやつがいるとは思わなかったぞ……。感動した。」

 

 邪魔法――それはあまりにも強力な故神々が封印したと言われる禁忌の魔法だ。

 その魔法は物を創り出す聖魔法と相対するもので周囲の魔素を操り、邪悪なる破壊の力を生み出す。その破壊の力は結界や反魔法ですら効くか怪しいと言われているほどだ。

 一般人であれば暴走を招くことにもなりかねない禁忌の魔法だ、それを何気なく使うのは最早常人のそれを凌駕していると言わざるをえない。

 

「――知ってたの? この魔法が邪魔法だって……。」

 

「無論知っていたさ。こう見えても俺知的だからな。」

 

 ふっ、と俺は笑った。

 確かにこれはいいものが見れたかもしれないな、だが――

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 サイクロプスは再び起き上がり、怒りの咆哮を上げると鋭いギョロ目で俺らの事を睨みつけた。

 その目からして、あのサイクロプスの怒りはもう激怒の域を越えている。巨人である自分があの彼から見てとても小さな漆黒の魔弾に吹っ飛ばされたのが相当癪に障ったのだろう。

 

「う、嘘っ!?」

 

「まっ、まだ生きてるって知ってたけどね」

 

「ちょっと、知ってるんだったら早く言って下さいよ!!」

 

「いやー、実に愉快だったよ。だって倒した気満々であんなドヤ顔をするんだからさ」

 

「そ、それは……」

 

「はっきり言って超ダサかったぞ、ハハハッ!!」

 

 俺は久しぶりに大声を上げて笑った。

 そしてむくれながらも再び魔法の詠唱を始めようとするウルナの頭を軽くポンと叩いて上げる。

 

「因みにアイツ推奨レベル209な」

 

「に、にひゃくぅッ!? で、でもやらないと――私達死んじゃうじゃないですか!」

 

「いやいや無理すんなよ、病み上がりだろ?」

 

「で、でも――ッ!」

 

「安心しろ、俺がやっとくから。さて、こりゃ、ちょっとばかし燃えてきたな。チビミッ! ウルナたんの事頼んだぞー」

 

「はい、ご主人様ッ! ささっ、ウルナ様はどうか後ろに下がっていて下さい」

 

 言ってチビミは鋏と毒針を振り上げて威嚇っぽいポーズを取る、それ見たウルナは反射的に飛び退き、後ずさりした。

 

「……、で、でもっ! ゼルさんは無職無能――」

 

「はい、確かにご主人様は無職無能デス。ですがその一方でご主人様は最強に至りし御方でもありマス」

 

「さ、最強……?」

 

「はい、見ていればきっと分かりマスヨ」

 

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 サイクロプスが再び咆哮を上げその巨体からは考えられない速さで走ってきた。

 棍棒を高く振り上げ、怒り狂ったような表情を顔に浮かべている。

 見ただけであらゆるものが慄くであろうその巨人の表情を見て俺は不敵に笑った。

 

 

「ガアアアアアアッ!!!」

 

 

 巨人の茶色のトゲトゲとした混紡が猛スピードで俺に振り下ろされる。

 後ろで「イヤアアアアアッ!!」とウルナの悲痛の叫びが聞こえた。大方俺が今の攻撃死んでしまうとでも思っているのだろう。

 

 俺は振り下ろされる棍棒を注視しながら目にも留まらぬ速さで腰に付けている剣を抜く。

 

 刹那――長さ5メートル、太さ3メートルはあるであろう棍棒は斜めに一刀両断された。

 サイクロプスは突如軽くなった腕をものすごい速さで振り下ろすと同時に前のめりに体勢を崩す。

 

 

「重圧斬り」

 

 

 ただ平然と呟きながら俺は背中の剣を抜いて地面に突き刺した。

 すると俺の周りの重力が途端に重くなり、体勢を崩し巨体を揺るがせていたサイクロプスは自分の重さに耐えられずズゴンッと豪快に跪き半分に斬られた混紡を地面に落とした。

 

 

「ぐ、グガアアアアッ!!」

 

 

 サイクロプスは必死に足掻く、しかし恐るべき重圧に身体を動かすこともままならず遂にその場で突っ伏した。

 俺はそんなサイクロプスを見て乾いた笑みを浮かべながらゆっくりと近づいた。

 背中につけていた鞘を取り、身を包んでいたマントを投げ捨てて、オレンジを基調としたジャケットとグリーンの迷彩柄のズボンを露わにする。

 

 

「ぐ、グゴッ……」

 

 

「サイクロプスか……、もう少し骨のある魔獣だと思ったんだがな」

 

 左手の持つ剣の刀身にオレンジ色の光を放つ地属性の魔力を纏わせ、右手に持つ刀の切先から大気を揺るがすようなの風を巻き起こさせる。

 超重圧の中を何気ない顔で歩き、遂にサイクロプスの顔の前に到達すると涼しい顔で剣を構えた。

 

 

 

「地空双破」

 

 

 

 言葉が発せられるとともに地が割れ、空間が裂けた。

 風が容赦なくサイクロプスの肉体を斬り裂き、それに追い打ちを掛けるかのように大地をも斬り裂く斬撃が脳天から足元まで駆け抜けた。

 次の瞬間――サイクロプスは跡形もなく爆散、周りの大木を根っこから吹き飛ばし、地面にクレーターを生成する位の凄まじい余波を撒き散らしながら消えていったのだった。

 

 

「……、あのー、何があったんですか?」

 

「言ったでショウ? 大丈夫だって――」

 

「いや、それ以前にゼルさんは何をしたんですか!? 速すぎて何も見えなかったんだけど!?」

 

 

 俺は何事もなかったかのように地面に落ちている鞘とマントを拾って双剣を鞘に収めた。

 サイクロプス如きに驚いて、怯えているようじゃこの樹海では生きていけないからな。あんなレベル200の魔獣と遭遇なんて日常茶飯事だし。

 

「――ゼルさん、無職無能ですよね?」

 

「ああ、紛れもなく無職無能だぞ」

 

「嘘は……、ついていないですよね? 無職無能のそれには見えなかったんですが……」

 

 面倒くさそうに俺は頭を掻きながら片手でステータスの設定を弄って、頭上にカーソルを表示させる。

 ステータスの公開設定は個々で自由に設定することが出来る。レベルとパラメーターの一部を公開するものもいればはたまた自分が素晴らしい職業であることを皆に見せつけるものもいる。

 

 だが、俺が公開したのはレベルのみである。

 そもそも彼女は俺の職業――無職――を知っているので公開する必要性がないと判断したからだ。

 

 本来なら何も驚くことのないはずの情報、だがウルナはその数値と文字列・・・を見て目を見開き、今まで見た中で最大級の驚き顔を見せてくれた。

 

 

 レベル:999(暫定)

 

 

 そこには絶対にあり得ないであろう値と(暫定)という訳のわからない文字列が記載されていた。



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Chapter1-5 最強の無職無能と無能大賢者

「そ……そんな事が……あり得るというの?」

 

 今まで石化していたウルナはそのステータスを何度も見て震えながら言葉を放った。

 だが現にあり得てしまうからこの世の中は面白い。

 

 999(暫定)

 ――何ともまあ面白い響きだ、唯でさえ999というあり得ない値を表示しているのにもかかわらず(暫定)という言葉で更なる追い打ちを掛ける。

 この(暫定)という文字列は即ち、値として表示することが出来ないからとりあえず999と表示しますね、という意味合いだった。

 だから実際は俺のレベルは999ではない、恐らくそれよりももっと上だ。現に俺がこの境地にたどり着いたのは数ヶ月前、だから俺はもう既に――レベルを4桁で現すのであれば――1100はゆうに越えているであろう。

 

「無職……なんですよね?」

 

 ウルナは確認するかのようにそう言った。

 俺はまた面倒くさそうにステータスを弄って名前も職業もユニークスキルも公開する。

 

 

 名前:ゼルファ・ガイアール

 職業:無職

 レベル:999(暫定)

 ユニークスキル:なし

 

 

「な、何奴……」

 

「無論、書いてある通り落ちこぼれ貴族のゼルファ・ガイアールだぞ」

 

「それの落ちこぼれ貴族ってのも初耳なんだけどそれ以前に……、歴代最高レベル到達者を軽く越えてますよね?」

 

「歴代……? あー、そんな奴居たねぇ」

 

 確かかつての歴代最高レベル到達者は前代勇者だったはずだ。

 別名伝説の勇者と言われたその男のレベルは382、だったと思われる。

 だがその程度のレベルで歴代最高レベルと言うのもおかしな話だ、現に俺はそれを軽く凌駕できる境地まで到達したし、あの師匠だって確かレベル400は越えていたはずだ。

 

「まっ、つまり世界は広いってこった」

 

「世界は広いで済むようなお話ではないと思いますよそれ……、しかも同レベルの魔獣でも遥かに不利な戦いを強いられてしまう無職かつ無能の人が――」

 

「ただ単に見せつけてやりたかっただけさ。無職無能でも――強くなれるってことをな」

 

 右手に握り拳を作りながら俺は言った。

 

「……レベル999の無職かぁ。そっかぁ……、改めて考えると私の悩みなんてちっぽけな物なんだなぁ――」

 

「悩み……?」

 

「うん。私こう見えても――無能大賢者って言われていたのよ」

 

 ウルナは寂しそうな微笑みを浮かべながら自分の手を見つめていた。

 

「大賢者の癖にユニークスキルがないなんて駄目賢者だなって、皆にバカにされていたの。それに邪魔法に関しても皆から気持ち悪いって言われることが多かった。悔しかったし、悲しかった、特に無能だからって駄目賢者って決めつけられるのが。だから――私が住んでいた教会を抜け出してここまできちゃったわ、冒険者になるために。だから――無職無能の貴方がここまでたどり着けるんだから私にも出来るかなぁって……」

 

「ほぉ。つまり君の邪魔法も――」

 

「そう紛れもなくエクストラスキルよ、レベル25で取得したね……。だから私嬉しかったのよ、ゼルさんに凄いって褒められて――気持ち悪いって言われなくて安心しちゃった」

 

「当たり前だろ? 力がある分マシってもんさ」

 

「――そうね、アハハッ」

 

 玄関の前に腰を下ろしながら彼女は可愛らしい顔を綻ばせて笑った。この世界のあらゆる男を惚れさせ、落とす事の出来る最高の笑顔。

 それを見て俺は不思議と安心感を得た。

 恐らく、無職無能として差別されることを内心怖がっていたのだろう。

 

「でも改めて考えても凄すぎますね、一体どんな事したらそんな境地に至れるの?」

 

「――努力だな」

 

「努力……っ!?」

 

「そうだ、日々積み重ねる努力は絶対に裏切らねぇ、絶対にだ」

 

 俺は今まで文字通り死ぬ程努力をしてきた。

 まず、戦士や僧侶などの職業であれば始めから幾らか戦闘用のスキルを覚えている、だが村人などの非戦闘職、言うまでもなく無職は何もスキルのないゼロの状態から始まる。

 加えて個別に職業に沿って貰える――場合によっては相当強力な力を得ることのできるユニークスキル、それですら神から貰えなかったのだ。

 そう、何もない正真正銘のゼロの状態から俺の全ては始まった。

 師匠にあらゆる剣術や魔法、体術などを教えられては物にして幾多の強力な魔獣に立ち向かっては毎日、血だらけになるまで戦い抜き、強くなっていった。

 全ては――強くなるためだけに。

 かつて目の前で失った大切な人を守り抜けるような力を手に入れるために……

 

「なるほど――つまり簡単に纏めると熱血戦闘狂ということですねッ!」

 

「なぜそうなる、まあ否定は出来ないから何ともいいようがないけど。――でこれからウルナはどうすんの?」

 

「そうねぇ……、どうしましょ?」

 

 ウルナはその場であざとく首を傾げながら俺に聞き返した。

 

「俺に聞かれても困る。だけど確かウルナは冒険者目指してたんだっけ? んじゃ、ファスタットまで送ればいいか?」

 

「送ってくれるんですか?」

 

「当たり前だろ、この樹海は俺にとって庭みたいな物だから。それにファスタット位の近場なら多分今日中にでも着くぞ」

 

「ほ、本当に!? 良かったー、一瞬ここで暮らすんじゃないかって覚悟しちゃいました」

 

「ふっ、そもそも今の君には無理だ、諦めろ」

 

「何でそれを面と向かって言うの!? 地味に傷つきましたよ、グサッて!!」

 

 ナイフで心臓を刺すようなジェスチャーをしながら彼女は必死に訴えてきた。

 やっていることは一体全体全く意味が分からないが、傷ついたことはしっかりと伝わってきた。でもしようがないだろ?

 だって事実、敵を倒したと勘違いしてドヤ顔するような奴がこんな弱肉強食の世界で生きていくことなんて絶対に無理だ。

 チビミが二足歩行で歩けるようになるぐらい無理だわ。

 

「それじゃ、適当にファスタットの近くまで送るわ」

 

「あ、あのー、そのことで実はお願いがぁ……」

 

「ん? お願い?」

 

 ウルナは両手を豊かな胸の前でパシッと合わせると深々と頭を下げた。

 

「私と一緒に旅に来てくれませんか!?」

 

 顔を真っ赤にしながら彼女はそう頼み込んだのだ。

 

「えー、冒険面倒くさそう、この樹海で鍛錬した方が楽しい」

 

「そこを何とか……、お願いしますっ!! 」

 

「では俺のメリットを上げてみろ」

 

「私を守れること、私を鍛えることが出来ること、私の気持ち的に心強いこと」

 

「それは全て君のメリットだろ? 俺のメリットは何だと聞いているんだ」

 

「えーと……、可愛い美少女と旅できること?」

 

「――それはメリットなのか? 寧ろ厄介事に巻き込まれそうでデメリットにもなりかねないぞそれ。というか、自分で可愛い言うなや」

 

「ともかく……、お願いしますっ!! 」

 

 ウルナは更に頭を下げて丸で土下座をするかのようなポーズとなる、なぜ彼女がそこまで俺と旅することを望むのか正直全くと言ってもいいほど分からなかった。非常に見るに耐えない……。

 だがしかし、その一方でこれはいい機会だと俺は思った。

 最強の無職として君臨し力を世界に知らしめるチャンスなのではないかと――

 

 ……確かに面白そうだな。折角の機会だ、ここで世界に飛び出して思う存分暴れてやるとしようか。

 ゆくゆくはこの腐った世界をぶっ潰して改革でも起こしてやろうかな。

 魔族と人族が自分の誇りだけをかけて対立して不毛な争いをし合うこの世界を――ね。

 それにあれ・・も探さなければいけないし……。つまり潮時ってことだな。

 

「分かった、行くよ。だから顔上げろって」

 

「えっ、付いてきてくれるんですか!? マジの本当ですか!?」

 

「ああ、流石に美少女にそこまで頭下げられたらなぁ……、何か凄い惨めだったから」

 

「酷いっ! 私をそんな風に思ってたなんて――ッ!」

 

 言いつつ彼女は泣くフリをするが顔を隠す手の間から見える口角が少し上がっているのがバレバレだった。

 

 まっ、面倒くさそうだけど取り敢えずは守ってあげるとしますか。

 そんで――無能が故に何処かで苦しむ不幸な人々、能力という名のもとに縛り付けられている人々をいっちょ救ってやるとしよう。

 さて時は満ちた、今こそ――この世界に無職無能の力を見せつけてやろうじゃないか。

 

「んじゃ、適当に準備でも――」

 

「準備なら既に終えましたヨ、ご主人様」

 

「な、なんだとチビミ!? お前、速すぎるだろ!?」

 

「こうなることは私自身予測していましたので予め……」

 

 そう言ってチビミは俺の旅道具とウルナが持参していた荷物を手渡ししてきた。

 旅道具と言っても武器は既に持っているし、残るはちょっとした荷物袋と金貨袋だけだが……。

 因みに俺は所持品の殆どを空間魔法によって収納しているのでほぼ手ぶらでも十分なのだ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 そう言って彼女はチビミから受け取った白を基調とした法衣を羽織り、ポシェットを肩からかけた。

 

「チビミも来るか?」

 

「いえいエ、私はこの家で留守番していマス。どちらにせよ、ご主人様ならどこにいようとも私を呼び出せるのですカラ」

 

「それもそうだな、んじゃ行ってくるわ。留守番とこの樹海の管理、しっかり頼んだぜ」

 

「承知しまシタ、行ってらっしゃいマセ、ご主人様」

 

 チビミはいつもより大袈裟に鋏と毒針を地面につけて俺にアピールした、恐らく内心では俺が居なくなることを寂しがっているのだろう。

 できれば5年間一緒に住んでいる仲だし、ついてきて欲しいのだが、彼女が危険な魔獣である以上どうすることも出来ないのは事実だ。仕方がない事である。

 

「えっ!? もう行くんですか!?」

 

「当たり前だろ? 善は急げだ、今すぐに出発するぞ!」

 

 俺は今まで住んできた家とチビミに手を振りながらウルナと共にこの樹海から始まる未知なる世界への旅へと出発したのだった。



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Extra Chapter1 双剣士の過去 前編

 俺は憎んだ。ひたすら憎んだ。

 無職という職業を――無職無能を差別し、蔑む者達を――

 

 全ては5歳の時だ。

 神殿にて行われた儀式、そこで言い渡された絶望の言葉。

 

 ――君の職業は……、”無職”だ。そしてユニークスキルは……、なし。

 

 驚愕の表情の神官から発せられたその言葉は俺を絶望に陥れた。

 あり得なかった、いや信じたくは無かったのだ。自分が何も能力を持たない無能である事を。

 

 

 俺の夢は歴戦の戦士になることだった。

 すごい職業と能力を授かって魔物を沢山倒して、魔王を倒すパーティーに入って、世界を救った『勇者』になりたかった。

 だが、現実は甘くなかった。

 超無能という烙印を押された俺はその日から地獄の様な日々を送ることとなった。

 

「まさか……、私の子が無職無能だとはな……」

 

「あり得ないわ、こんな子が私の子だなんて……」

 

 無職無能である事が知れるや否や俺は早速、人間として扱われることが無くなった。

 

「はっ、まさか僕の弟が超無能だったとはね。見損なったぞ、ゼルファ」

 

「あーもうどっか行けよ、見てんだけで虫唾が走んだよ」

 

 親や二人の兄からは邪魔者扱いされ暴力的を振るわれ、家に居場所が無くなった俺は反抗することもせずただ外をほっつき歩く事しか出来なかった。

 だが家を出て、一人で街を歩いていたとしてその無能の波紋は収まることはなかった。

 

「あー? 何でこんな所に超無能がいんだよ」

 

「さっさとどっかに行ってくれ、見ていると目が腐る」

 

 俺が街を歩くだけでも周りの冷たい目線が全身に刺さり、乾いた嘲笑が耳に入り、視線が合えば腐った汚物を見るような目をされた。

 5歳まで普通に接していた街の人達は、俺が超無能だと知れ渡った途端に態度が変わった。

 

 家族にも捨てられている俺は街の中でもストレスのはけ口となっていて、俺を指差して「日頃の行いが悪いとああなるよ」と他の子供の見せしめにもされていた。

 

 だから俺はひたすら――魔獣を狩ることにした。

 八つ当たりなのは分かっているが、こうでもしないともはや生きていくことすらままならない状況だったからだ。

 

 その時の俺は無我夢中だった。

 必死になって魔獣と戦い続け、強くなろうとした。

 だけど――無能の限界はすぐに来てしまった。推奨レベル8であるコボルト、その大きな壁が俺の希望を打ち砕いた。

 

『経験値を得るならば、同レベルまたはそれ以上の魔獣を倒さならければならない』

 とあるその偉人の言葉が俺に重くのしかかってきていた。だから俺は同レベルかそれ以下の魔獣をひたすら狩った。

 ストレス発散のレベルでは収まらないほど魔獣を虐殺してただ強くなることだけを目標とした。

 いつか俺をあざ笑った全員に復讐してやる。

 そんな負の感情だけを原動力にして俺は動き、街を出ては魔獣を狩った。

 

 だがそれでも俺は一向に強くなることは出来なかった。レベル5の俺がそれ以上強くなることは無かった。

 だから俺はある日、遂に覚悟を決めた。

 

 安全第一という言葉を捨て、接近戦ではとても不利になると言われているゴブリンに対して特攻した。

 ひたすら木の棒で殴り、血だらけになるまで奮闘した。

 悔しかった――強くなることの出来ない自分が、コボルトやゴブリン如きに劣ってしまう自分が……。

 

 全身を自作の皮の防具で包ませながらも俺は木の棒で何度も何度もゴブリンを殴った。

 無論、ゴブリンの反撃で何度も何度も地面に転がり、内臓が潰れるような衝撃で血反吐を何度も撒き散らした。無職無能の圧倒的弱さを見せつけられた。

 それでも俺は何度も立ち上がってゴブリンに立ち向かっていた。

 認めたくなかったのだ、自分の弱さを。

 絶対に復讐するというドス黒い感情が俺を諦めさせなかった。魔獣の死体を何とか売って、自分でかき集めた回復薬を何度も使って小さな身体を起こし、何とか立ち上がる。

 

 そして――もう回復の手段もつき限界寸前となっていた俺が最後にはなった渾身の一撃がゴブリンを絶命させた。

 

「やった……、倒し、た……」

 

 次の瞬間――俺はその場に倒れ、気を失った。

 

 

 

 

 

 

「……きて、起きて……ッ!」

 

 身体を揺さぶられる感覚に俺はゆっくりと目を開けた。

 そこには心配そうに俺を見つめている少女の姿があった。

 見たところ年齢も然程変わらなそうな容姿、でもどことなく大人びていて美しいような雰囲気すら漂わせている少女だった。

 だが、それだけではなかった。少女の頭上からは二本の特徴的な角が生えている。

 人間にそっくりだがその角が生えている所から分かることはただ一つ。

 

 その子は紛れもなく魔族だった――。

 

「……良かった、気がついたんだね」

 

「……、君が僕を助けてくれたの?」

 

「うんそうだよっ! だって森のなかで倒れていたから」

 

 俺は直ぐ様、頭の上に表示されているであろうカーソルを見た。

 そこにはちゃんと『職業:無職』というステータスが表示されている。どうやら、設定を変更するのを忘れていたようだ。

 

「僕……、無職なのに?」

 

「んー? 確かにそうみたいだね、でも無職とか関係なくない? 私なら倒れていたら誰であろうと助けるよ」

 

「……、そうなんだ」

 

 俺はそれが嬉しかった、無職無能である自分を冷遇せず認めてくれたことを――

 

 話を聞くとその少女はここからちょっと離れた所にある魔族の村の子で、退屈なあまり村を抜けて外で遊んでいたようだった。

 

「助けてくれてありがと」

 

「うん! それじゃーねー」

 

 そう言ってその少女は手を振りながら去っていた。

 

 そっか、いるんだね。今みたいな子も―― 

 

 俺は自分を助けてくれた少女に感謝し、新たな希望を懐きながらもステータスウインドウを開いた――刹那、俺は石化したように固まった。

 

『経験値を得るならば、同レベルまたはそれ以上の魔獣を倒さならければならない』だからレベル5の俺がレベル4のゴブリンを倒してもレベルは上がらないはずだった……、なのに俺のレベルは6に上がっていたのだった。

 この時、俺は全てを悟ったのだ。

 

『経験値を得るならば、それ相応の過酷な経験を積まなければならない』

 

 その言葉の真の意味を――

 

 同じレベルの敵を倒し続けても経験値は入らない、それは絶対なる世界の仕組みであり、どうしようもない決まり事である。現に過去の偉人がそれを証明した本を書いていた気がする。

 だが……、その一方でもう一つ、経験値を得る方法が存在していたのだ。

 

 そう、過酷な経験――即ちレベル相応の死と隣り合わせの苦痛を味わって、経験を積めば、レベルも上がるのだ。

 

 なんだ……、簡単な話ではないか。俺はステータスを見ながらほくそ笑んだ。

 

 誰が同レベルの魔獣に命の危険が伴うような不利な戦いを挑んだだろうか?

 誰がそんな自ら死ににいくような挑戦をしただろうか?

 

 答えは否――誰だって死にたくないと答えるだろう。

 だから誰もがこの仕組みに気づかなかった。気づこうとしなかったのだ。

 

 

 そう、その時から俺の全ての物語は始まった。

 無職無能という圧倒的弱者による復讐譚が……。



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Extra Chapter2 双剣士の過去 後編

 この世界の仕組みに気づいた俺はそれをきっかけに今まで以上に魔獣を狩りまくった。

 時には血だらけになり、HPも2桁を切ることなどざらにあった。それでも強くなるため俺はひたすら魔獣に立ち向かった。

 全ては俺を嘲笑った人々を見返すため、復讐するためである。

 

 いつしか魔獣を殺すことに快感を覚え、出会う度に殺して殺して殺しまくる。

 ストレス発散のレベルでは収まらないほど魔獣を虐殺してただ強くなることだけを目標とした。

 そして6歳になる頃には俺はレベル18となっていた。当時の兄達のレベル、増しては父や母をも超える領域に俺は達していた。

 

 このまま行けば、世界最強も夢じゃない。

 無職による復讐という建前で世界の頂点に立つという目標を成し遂げるため俺は更に魔獣を殺すことに励んだ。

 

 しかし、ある日を境にその状況は変わる。

 

 俺は何とかこっそり村を抜け出していつも通り食料を得るため魔獣を狩っていた時だった。

 

「うわぁ~、凄いね!」

 

 とある魔獣を倒した直後声が聞こえたので振り返ってみるとそこには拍手している少女の姿があった。

 そう――あの時、俺を助けてくれた魔族の少女の姿がそこにはあった。

 

「大したことないよ……、僕はまだ強くならないといけないから」

 

「――でもそんな血だらけになって大丈夫なの?」

 

「うん……、僕は強くなるためならなんだってするから」

 

「ふーん……」

 

 少女は珍しい何かを見るような表情で俺を見た。

 

「もしかして――無職が関係していたりするの?」

 

 彼女ははにかみながら幼い笑顔を俺の目の前で見せてながらそう聞いた。

 ――図星だった。俺はただ何も言う事が出来ず彼女の姿を見つめていた。

 

「……、私時々思うんだ――何で人族と魔族が対立しているんだろうって」

 

 遠くを見るかのような目で彼女は言った。

 

「人族と魔族……、大した差はないのに種族が違うという理由だけで争ってばかり。そんなのっておかしいと思わない?」

 

「……、おかしい?」

 

「うん……、確かに人族と魔族は昔から対立し合っていた仲だけどさ、怒りや憎悪だけで争ってると――本当の敵が見えなくなっちゃうと思うんだ」

 

「本当の敵……?」

 

「そう、本当の目的を見失っちゃうってこと」

 

「へえ……」

 

 俺はその少女の言葉に不思議な感動を覚えた。

 それは彼女が種族や能力で差別するような人ではないという事を指し示しているようにも見えた。

 

「……君はどう思う?」

 

「え……?」

 

「差別されている側として……、どう思う?」

 

 俺をいたわるかの様な優しい表情を浮かべながら彼女は聞いた。

 

「……、分からないなぁ。でも平和が一番だと思う」

 

 無職無能を差別するようなクズ人間は許せないし、復讐したいけど……。

 

「ふふっ、そうだよね……。でも案外上手く行かないんだよねそう言うの。互いに負けを認める様な物だから」

 

「――そうなんだ」

 

「君とはなんか気が合う気がするな……、私はそろそろ行かないといけないけど、よかったら今度も話さない?」

 

「……うん、いいよ」

 

 これをきっかけに俺はその魔族の少女と話すようになった。

 暇があれば街を抜け出し少女との待ち合わせ場所に急ぐ。死に物狂いで魔獣を殺すことも忘れて……。

 

 そしてその少女いろんな話をした、好きな食べものや遊びから魔族の文化や魔法の事まで。

 本当に興味深い話ばかりだった。自分の知らない事、少女の知らない事を互いに教えあって話す、そんな些細な事に俺は喜びを感じ少女と話し続けあっという間に時間が過ぎていった。

 

 狩りも一緒にした、普段は狂気のままに魔獣を狩っている俺だったがその少女と一緒にいる時はなぜか不思議と狩りが違う意味で楽しく感じた。

 魔獣を倒した後にハイタッチをしたり、魔獣の肉を一緒に食べたりとあらゆることを少女と共有した。

 

 人間だろうが魔族だろうが関係ない。その日々は俺にとってとても幸せな日々だった。

 ――だが、そんな日々は呆気無く終わってしまった。

 

 それは空が黒く雨が降っていたどことなく薄気味悪い日だった。

 

 俺はいつもと変わらぬ日常を送るべく、皆に軽蔑の目を向けられながらも魔獣の素材を売っては回復薬を買うため街を歩いていた。

 だがその時――

 

「大変だッ! 魔族が……、魔族が来たぞッ!!」

 

「街の防壁は崩壊ッ! この街はもうすぐに制圧されます、逃げて下さいッ!!」

 

 その衛兵の声こそが絶望の始まりだった。

 そう、この街に突如、魔族が侵攻を始めたのだった。

 

 街の皆が逃げ惑う中、俺は必死に迫りくる魔族と戦った。

 街の人間は憎かった、憎くて仕方がなかった、だが――死んでほしいわけではなかった。

 一人でも多くの人を逃がそうと俺は衛兵に加勢した。

 

 始めは無職無能の俺を邪魔者扱いした、だが超無能に見合わない6歳の俺の圧倒的な実力に衛兵は皆驚き、邪魔と言う人は誰ひとりとしていなくなった。レベルもこの防衛戦だけでも10は上がった。買いだめしていた回復薬を使い切ってまで俺は皆のために戦った。

 

 だが――こんな小さな子どもが戦った所でいつか限界が来るのはもはや当然の事である。街の人がほぼ全員逃げた所で俺はとうとう魔族の連中に追い詰められてしまったのだ。

 

 殺される恐怖感が全身に戦慄を走らせた。それと同時に解放されるという安心感が俺を優しく包み込んだ。

 ああ、ようやく死ねるんだ。

 与えられた職業という運命をひたすら憎みながらも俺はただ殺される瞬間を静かに待った。

 

 

 

「やめてッ! 殺さないでッ!!」

 

 

 

 その時だった、あの少女の声が聞こえたのは――

 閉じていた目を開けるとそこには大きく手を広げて俺を庇おうとしている泥だらけのあの魔族の少女が立っていた。

 

 

「貴様……、魔族でありながら人族の味方をするつもりか!?」

 

 

「ゼルファは悪い子じゃない! だから殺す必要ないでしょ!?」

 

 

「何を言っている、人族は我ら魔族にとって絶対悪だ。排除せねばならない存在だぞッ!!」

 

 

「なんで……、何でそうなっちゃうのよっ。本当なら分かり合えるはずなのに……、どうしてそうなっちゃうのよっ!!」

 

 

 魔族の少女は必死に俺の事を庇ってくれた。

 無職無能の俺の事をよく知っていて、思っていてくれていた彼女だからこそ出来る行為だったと思った。

 

 

「何をふざけたことを言っている! さあ、早くそこを退きなさいッ!」

 

 

「嫌だ!! ゼルファは絶対に殺させないッ!! 殺すなら私を殺してからにしろッ!!」

 

 

 少女はステッキを腰から取り外すと構えた。

 そして自分と同じ種族である魔族と戦い始めたのだ。

 その子はとてつもなく強かった、当時の俺とは比べることが出来ないほどに――

 

 だが……、大勢の魔族の手前――彼女にどうにか出来る問題ではなかった。

 数十分戦い続けた後、その子は俺の前で無残な姿を晒しながら倒れる。

 俺は彼女の名前を叫びながら無我夢中で倒れる彼女に歩み寄ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那――少女の体は突き抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔族の持つ槍で――

 

 

 

 

 

 

 

 

「人族に味方した罪……、その生命で償ってもらうぞッ!」

 

 

 槍は少女の急所を正確に貫いていた。

 そして大量の血を胸から流しながら絶命していた。

 俺は最期のお別れも言うことできず――目の前でその子を失ってしまったのだ。

 

 

「ど……、どうし……て……」

 

 

「ッたく、魔族の誇りを忘れやがって――、本当にバカな野郎だ」

 

 

 

 

「あ……、あぁ――アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 

 

 

 目の前で起きた光景を信じることが出来ず俺は発狂していた。

 

 

 

 唯一俺を認めてくれた少女が目の前で殺された――

 

 

 

 それは俺の心の奥底に眠る凄まじい憎悪の感情を引き出すには十分すぎるほどだった。

 

 俺は恨んだ。

 何もできなかった自分を、臆病極まりない自分を――

 弱かったが故にただ見守ることしか出来なかった自分を――

 

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 込み上げる怒り、憎悪、哀しみ、それが全て入り混じって俺は負の感情に支配される。

 そして目の前は真っ白に染まり、信じられないほど発狂し俺の意識は飛んだ。

 

 

 

 

 

 再び意識を取り戻し、目を開けると目の前には原型すら残っていない街の残骸と無様な人間と魔族の死体だけが広がっていた。

 辺り一面焼け野原となっていて、焦げ臭い匂いが漂っている。

 ふと横を見るとそこにはあの魔族の少女が、苦痛で顔を歪ませた少女の死体が転がっていた。

 

 

「…………」

 

 

 俺は守れなかった、大切な人を――

 

 

「下らねぇ」

 

 

 人族と魔族の不毛な争いが――

 

 

「気に入らねぇ」

 

 

 大切な人を守れなかった自分の弱さが――

 

 

「分からねぇ」

 

 

 なぜ無職無能という肩書きだけ虐げられなければいけないのか?

 なぜ種族が違うだけでこうも争わなければならないのか?

 なぜ種族が違うという下らない理由で大切な人を殺されなければいけないのか?

 

 

「――どうして俺だけ無職なんだよ……」

 

 

「――どうして俺だけ無能なんだよ……」

 

 

 力が欲しかった、人を守れる力が――でも無職無能という壁が俺の欲望を容赦なく阻む。

 憎いのに、とてつもなく憎いのに――今の弱い俺には結局どうすることも出来なかった。

 

 

「……、こんな世界もう耐えられないよ」

 

 

 こうして全てに絶望した俺は自らの身を『魔獣の巣』として有名な樹海に捧げることにした。

 そして――魔獣に殺されかけた所を師匠に助けられるのであった。



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Chapter2 最強双剣士、冒険者になる
Chapter2-1 旅立ちの時


「よし、それじゃ出発ッ!」

 

「おーッ!! ……ってこの樹海をどう抜けるおつもりなんですか?」

 

 ウルナは心配そうな表情を浮かべながら首を傾げる。

 ったく、折角冒険への第一歩を踏み出したと言うのにノリの悪いやつだな。

 

「言ったろ? 俺にはこんな樹海、庭みたいな物だと」

 

「だけど一応、私この樹海で3日くらい迷った覚えが……、そもそもファスタットまでの方角分かるの?」

 

「ハハハッ、簡単な話ではないか」

 

 俺は左手を腰に当てながらビシッ、とどこまでも広がる雲一つない青空を指差す。

 

 

「空だ」

 

 

「はぁ……、空ですねぇ」

 

「空と言えば――?」

 

「空と言えば……? ハッ、まさか――」

 

 ポンと相槌を打ってウルナは納得した表情を見せる。ふぅ、ようやく分かってくれたようだな。

 

「ゼルさん、空中歩行できるんですね」

 

「はぁ!?」

 

「えっ……? だって空と言えば――空中歩行じゃない。私はもちのろんで不可能だけど確かにゼルさんなら出来そうね」

 

「いや……やろうとすれば出来るけど何でそんな面倒な事しなきゃいけないんだよ。大体、ウルナはどうやって付いてくるつもりだよ」

 

「えっ? 肩車やお姫様抱っことかで運んでくれるんじゃないんですか? あっ――でもちょっと恥ずかしいかも……」

 

 ウルナは自分で仕掛けた爆弾を踏んで自爆したのか一人顔を赤くしてモジモジし始めた。

 ――なんだコイツ……、ちょっと天然過ぎにも程が有るんじゃないか?

 

 

「はぁ……、こうすんだよ」

 

 

 そう言って俺は爪で右掌を軽く引っかき、少しだけ出血させる。

 

「えっ!? ちょっ、何してるの!?」

 

「うるせーよッ! ちょっと静かに見てろって」

 

 突然自虐し始めた俺に驚いたのか慌て始めるウルナをよそに俺はその血を右手の指に付けた。

 そして右手をパーの形に広げると、魔力を込めながら地面に思いっきり叩きつける。

 

「召喚ッ!! 天空の支配者――ホウオウッ!!」

 

 地面に複雑かつ繊細な魔法陣が描かれると俺達の目の前に全長4メートル程の巨大な鳥が現れる。

 しかも――羽は7色に輝き、目が潰れるぐらいの眩い光を放っている。

 だが実際よく見ると多くの羽が赤色の輝きを放っていて元々は赤色の鳥であったことを窺えるような容姿だ。

 嘴は黄色く、胴体はスラリとしていて如何にも威厳のある様な雰囲気を醸し出していた。

 

 

「お呼びですか? 我が主、ゼルファ様」

 

 

 どこぞの女神様の様な優しい声で思念会話の如く喋るホウオウは翼を器用に使って俺にお辞儀をした。

 まっ、ホウオウは元々から知能が高くて人の言葉を平然と喋る魔獣だからな。そんなに違和感はないけど――

 

「へっ!? ちょっ、ゼルさんなにこれぇっ!?」

 

「なにこれも何もちょいっとホウオウを召喚しただけよ」

 

「何そのちょっと遊びに行ってくるみたいな感覚で伝説の鳥召喚しちゃってるの!? 何者なんですか貴方!?」

 

 と言いつつも目の前に急に現れ、虹色に輝く美しい羽を広げるホウオウに見とれるウルナ。

 まぁ、ホウオウは幸せを呼ぶ鳥として有名だからな、きっと拝めて嬉しいのだろう。

 

「ところで、今回はどんな御用で私を?」

 

「あー、ちょっとこのお嬢ちゃんがファスタット行きたいて喚いているからそこまで連れて行ってくれないかな?」

 

「喚いてなんかいませんッ!!」

 

「御意。では私の背中にお乗り下さい」

 

 言ってホウオウは嫌がる素振りすら見せずその場にしゃがみ込む。

 そして俺は近所に停めてある船に乗るような感覚でホウオウの背中に飛び乗るとホウオウを見て固まっているウルナを見下ろした。

 

「あ? そんな所で何してんの、ウルナ。早く乗れよ」

 

「早く乗れって……、ホウオウにですか?」

 

「当たり前だろ? 空と言えば――飛ぶッ! それぐらい思いつけよな」

 

「えっ、えぇっ!? そ、それ、大丈夫なんですか? 落ちたりとか……、しませんよねぇ!?」

 

「落ちねぇよ……、しっかりと掴まっていたらな。でも心配ならホウオウに鷲掴みしてもらう?」

 

「その方が危険ですよッ!!! えー……、ど、どうしようっ?」

 

 一人その場で駄々をこねるウルナを横目に俺はホウオウに目で合図を出す。

 するとホウオウは嘴でウルナの服を咥え、ヒョイッと背中の上に放り投げた。

 

「きゃっ!? ちょっと、何するの!?」

 

「サンキュー、ホウちゃん。んじゃ、この娘が暴れる前にちゃっちゃと離陸しちゃおーぜ」

 

「御意、しっかりと掴まっていて下さい」

 

「え……、えっ! ちょっと、ストップストップストップッ!! まだ心の準備――キャアア――ッ!!」

 

 こうでもしないと多分乗らなかっただろうしな。

 と、俺は昼寝でもするかのようにホウオウの背中に寝っ転がると目の前にどこまでも広がる空を見た。

 やっぱりホウオウに乗ってみる空は格別だな、丸で違った世界を見ているみたいだぜ。

 

「いやあぁぁっ! 落ちちゃう落ちちゃう落ちちゃうぅ!!」

 

「うるせえな、静かにしとけ」

 

「何でそんな余裕ぶっこいていられるのよぉ!! あー、もう常識の範疇にし――きゃあああっ!!」

 

 ウルナはホウオウの身体が揺れる度に甲高い悲鳴を上げた。

 ――全くとんだ騒がしい奴が現れたもんだな。

 だが、彼女といて悪い気分はしない――寧ろ一緒に居て飽きなさそうで何よりだ。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~、すごおぉぉい! こんなに高い所から世界を見下ろしたの初めてよ!」

 

 物凄い速さで飛ぶホウオウの背中でウルナは恐る恐る下を見下ろしては一面に広がる絶景に興奮し、はしゃいでいた。

 さっきまで「落ちちゃう」を連呼しては絶叫していたくせに気の変わりが早いやつだな。

 ――いや、それ以前に

 

 

「さっきからなんで俺にくっついてんだよっ!!」

 

「うぅ……、こうでもしないと怖いからぁっ!」

 

「いや訳わかんないッ! っておい! 密着すんなって!!」

 

 

 ウルナは先程から俺の肩をギュッと掴んでは抱き寄せるかのように体を寄せていたのだ。

 恐らく――高所が怖いがために俺にひっついているのだろうが、如何せん俺の背中に柔らかく温かい感触が伝わってくるから落ち着けなかった。

 落ち着く以前に……、心拍数がやたらと早まって顔から火が出そうだった。

 

 

「ふふっ、ゼルファ様にもようやく春が訪れたようで何よりです」

 

「いやこれは違うからな、ホウちゃんッ! 断じて違うからなッ!」

 

「それにしてもゼルファ様は初めてお会いした時と相変わらずね、さてそろそろ目的地に着きますよ」

 

「えっ……、本当っ? あっ、もしかしてあの街っ!?」

 

「はい、目立つとマズいので少し離れた所に着陸しますが……宜しいですか?」

 

「構わねぇ、はぁー、やっと開放されるよ」

 

「うわぁ~、ここから私達の冒険生活が始まるのね……、よーしっ、じわじわ滾ってきたぁ!」

 

 夢を見るかのように目を輝かせながら、可愛らしくガッツポーズを決めていた。

 ――不覚にも少しドキリとしてしまった。いや、俺みたいな熱血男がやったらただただ暑苦しそうなポーズなのに美少女がやるとこんなにも可愛く映えるんだね。

 それにしても私達……、か。冒険者として世界を旅するつもりなんてさらさら無かったけど……、ちょっとは楽しんでもいいかもな。

 

 俺は変わらず片手で俺の肩をガッシリと掴みながら下を見下ろすウルナの横顔を見た。

 その表情はどことなくあの魔族の子を彷彿とさせた。

 

 ――不意に目に焼き付けられたあの残酷な映像が脳裏によぎる。

 

 そうだな……、これ以上あんな辛い思いはしたくないし、彼女の夢を壊させるわけにはいかない。

 折角分かり合える人が出来たんだ――やれることはやるとしよう。

 

 俺は強くなった。

 あの時の俺とはもう違うんだ。

 だから――守ってみせる、何もかも。二度と過ちは繰り返さない。

 もう何も失いたくないから……。

 

「……どうしたの? もしかして私の顔になんかついてる?」

 

「いや――ちょっと不覚にも見とれていただけさ。気にしないでくれ」

 

「ふぇっ? ……そ、それって?」

 

「んで、掴まらなくてもいいのか? 着陸するぞ」

 

 俺はニヤリと口角を緩ませながらホウオウに合図を出す。

 ホウオウの方は既にやる気満々で聖なる鳥とは思えない、明らかに意地悪そうな笑顔を浮かべていた。

 

「では――急降下します。しっかりと掴まっていて下さいね」

 

「はぁ!? ちょっ、ちょっと! 何する気なの!?」

 

「垂直落下だよ垂直落下、楽しいぞー」

 

「はっ、えっ、イヤアアアアアッ!!」

 

 俺達は突如猛スピードで落下し始め全身がフワフワと浮いているような浮遊感に襲われる。

 まあ、言うまでもなくウルナは今までで最大級の絶叫を発していたが。



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Chapter2-2 冒険の始まり

「いや、無理無理無理無理ぃッ!!」

 

「しっかり掴まっとけよッ!!」

 

 ファスタットから近いところになる海岸に向かってホウオウは体の角度を変えて、高速回転しながら墜落し始めていた。

 ウルナが俺の体をキツく掴んでくるのが分かる――が、しっかり掴まれというのは俺に掴まれという意味ではないんだが……。

 まっ、今回ばかりは許してやるとしようか……。

 

 ホウオウは海面スレスレで垂直方向から一気に体の角度を変えると今度は水平方向に飛び始めたのだ。

 そして徐々に減速しながら海の上を飛び、ちょうど海岸についた所でピタリと静かに止まる。

 

「はぁ……、はぁ……、死ぬかと思った……」

 

「中々スリルあって面白いと思わないか?」

 

「思いませんっ! ホウオウさんももう少し手加減して下さいよッ!!」

 

「錐揉みに手加減は無いと思われますが……」

 

「安心しろ、何回かやってたら慣れるから」

 

「もう二度とやりたくありませんっ!!」

 

 そう言ってウルナは未だにプルプルと全身を震わせながら俺から離れようとはしなかった。

 ……もう着陸したってのに何に怖がってるんだよ。

 

「よっしゃ、ホウちゃんマジサンクスッ! お陰で超早く着いたわ」

 

 俺は船から降りる感覚でホウオウの背中から飛び降りる。

 

「こちらこそ、久しぶりに人を乗せて飛べて光栄です」

 

 ホウオウは赤やオレンジ色の体毛に覆われている首と頭をゆっくりと地面近くまで下げて礼をした。

 傍から見たら異常とも取れる光景、だが俺にとって見ればこんなの日常茶飯事だった。

 

 なにせ樹海の中で育ったと言えども幾多の伝説と称される魔獣と出会ってきたからな。いや、寧ろ『魔獣の巣』と呼ばれるあの樹海に居たからこそ出会えたのかもしれない。

 俺が出会ってきた中で一番面白かったのが――次元龍アイザックだ。

 多分伝説の魔獣と呼ばれしものの中で一番訳の分からない奴と言っても過言では無いだろう。

 

 まずそいつはいきなり現れて、「この樹海を征服してやる」とか言って真っ先に俺に襲いかかって来たのだ。

 もしかしたら超強敵かもと俺はとても警戒していた。

 しかし、そんな事は全然なく五分で決着ついてしまう。

 で、挙げ句の果てには負けた癖に「俺の配下にしてやる」とか言って契約してきた。

 

 

 この時点で本当に訳分かんないわ。

 

 

「はあ……、頭がもうクラクラして――って、うひゃあっ!?」

 

 ホウオウの背中から降りようとしたウルナは足を滑らせ、落ちそうになった。

 演出しているのでは無いかと思える程のドジっ娘ぶりに半々呆れつつも、素早く彼女の下に周り込み、優しくキャッチする。

 

「大丈夫か?」

 

「えっ、あっ、ありがとう……」

 

 若干、頬を少し赤らめながらも彼女は頷く。ともかく、こんな所で骨折とかされてもコチラ側にいい事なんて一つもないからな。

 

「はぁ――、危なっかしいにも程が有るだろ」

 

「危なっかしいって失礼なっ! 私はこう見えても石橋を叩いて渡るタイプの人です!」

 

「いや、今にも壊れそうな吊橋を走って渡るタイプの人だろお前」

 

「そ、そんな事ないもんっ! というか早く下ろして下さいよ~ッ!」

 

 そう言って足をバタバタさせるウルナを俺は紳士な対応でゆっくりと下ろしてやる。何ていうか、やっぱり軽いんだよな女性って。

 いや、ただ単に俺の筋力がおかしいだけってのもあるかもしれないが……。

 

「……、今変な事考えてませんでした?」

 

「変な事……? 全くもって心当たりないが」

 

「嘘だぁー、絶対考えてたでしょ。顔赤くなってるわよ」

 

「気のせいだろ」

 

「ホントかなぁ?」

 

 美少女らしい意地悪そうな笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んでくるウルナに対して俺は仏頂面で顔を背けた。

 そんな一方で彼女は俺を「可愛いー」とか言ってクスクスと笑っているものだから、俺はただ戸惑うことしか出来なかった。

 

「……ゼルファ様の青春」

 

「黙れ」

 

 もうそんな歳じゃねぇよ。

 

 

 

 

 

 

「なんか暇だよねー」

 

 海岸から冒険者が多く訪れる始点の街、港町ファスタットに向かっている道中で、ウルナは手持ち無沙汰そうな様子で欠伸をしながら言った。

 

「暇ってまだ、あるき始めてから十数分しか経ってないぞ」

 

「はぁー、まだ着かないんですかねー」

 

「ふっ。じゃあ、あの死の樹海を3日歩くのと敵の少ない海岸付近を3時間弱歩くのどっちがいいんだ?」

 

「文句言って本当にごめんなさいすみませんでした」

 

 ウルナは顔色を変えながら表情を切り替えるとズバッと俺に頭を下げてきた。

 当たり前だ、別にあの死の樹海を3日歩いても問題はないのだが万が一の事もあるしな。どうせならホウちゃん様々にもっと感謝して欲しいところだ。

 

「それにしても……、綺麗な海ですね」

 

「そうだな……、そう言えばこうして近くで海見るの15年ぶりだな」

 

「15年間も見ていなかったんですか!? ゼルさん人生の半分損してますよッ!?」

 

「海如きでそんな損しないだろ。だが、こうやって改めて見ると綺麗なもんだな」

 

 俺はどこまでも続く地平線を眺めた。

 やっぱり世界は広いな……、俺が思っていた以上に。

 もしかしたら樹海なんて世界の中じゃちっぽけな物なのかもな。井の中の蛙大海を知らず、世界にはもっと強い魔獣がウヨウヨしているかもしれないな。

 そしてそいつらを倒して契約して……、ふっふっふっ、心が踊るぜ。

 

「――あそこに海竜がいたらもっと綺麗なんだけどなぁ」

 

「なっ……!? なに物騒なこと言ってるんですかっ! そんなのが泳いでたらこの綺麗な海が台無しじゃない!」

 

「えっ、そうかな? 俺は――ん?」

 

 

 

 

 

 突如、一面に広がる海の一部が大きく盛り上がる。

 そして次の瞬間――悍ましい形相をした水色の竜が海から顔を出したと思うと渦潮を作りながら海を泳ぎ始めた。

 

「おっ、噂をすれば――」

 

「えっ、ちょっとッ!! 何あのヤバそうな奴! どっから出てきたんですかッ!! もう、ゼルさんが変なこと言うからぁ!!」

 

 ウルナは大慌てで俺の背中に隠れ、プルプルと怯え始めた。

 ――海竜如きでそんなに驚いていたら今後の冒険者人生やっていけないぞ?

 

 

 

「グギャアオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 海竜は遠い海で咆哮を上げながら狂喜乱舞の如く勇ましくまた狂いながら舞い、綺麗な海を彩った。

 だが――

 

 

「声うるさいな、却下」

 

 

 俺は腰に付けている刀をソニックブームが巻き起こる程の速さで抜刀、目視できる程の空気の塊を海竜に向けて放つ。

 数秒後――遥か遠くの海域で見上げるほどの凄まじい水飛沫が上がった。

 そしてそれとほぼ同時に海竜も衝撃波で爆散し、俺達の視界から消え失せてしまった。

 何ともまぁ、儚い最期だったな。声を出さなければいいものを――

 

 

「ええぇ……」

 

 

 その天変地異とも思える異常な行動にウルナはかつてないほどドン引きしていた。

 

 

「おっと、海竜の血のせいでちょっと海が汚れちゃったな。これじゃあ綺麗な海が台無しじゃないか」

 

「貴方のその行為のせいで雰囲気が台無しですよ」

 

 

 ウルナは俺の背後から出てくるなり頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。

 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい……。やれやれこれだから女子は分からないんだよなぁ。

 

 

 

 また、この海竜が近頃海を荒らして数多くの漁船に迷惑を掛けていた討伐レベルS級の魔獣であったことを知るのは随分先のことである。



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Chapter2-3 大賢者の実力

「あのー、どうしてこうなったのかしら?」

 

「俺に聞かれてもなぁ」

 

 俺とウルナは始点の街近くの林のなかで3匹の魔獣に囲まれていた。

 名前はヒトクイグザ、ハエを食らう食虫植物が突然変異を起こし、進化して大きくなった食人植物だ。

 食虫植物独特の大きな葉っぱ型の口を持ち、加えて粘液がたっぷり付着している紅色の触手まで持つ始末。見た目からして最悪の魔獣だ。

 

「な、なんでこんな卑猥かつ気色悪い魔獣が始点の街の周りにいるのよ!? しかも三匹もぉッ!!」

 

 ウルナは早速俺の背後に隠れると目の前でうねうね動いている触手を見ながら嫌悪感で体を震わせていた。

 

「まぁ、いるの分かってたけどまさか狙われるとはね……。ウルナ差し出せば見逃してくれるかな?」

 

「さ、最低ですよ、ゼルさんッ!! こんなか弱い女の子を囮にするなんてっ! そもそもなんで言わないのよ!」

 

「なんか面白そうだったから」

 

 でも彼女の言う事も一理ある事には変わりないな。

 なぜなら、一応オーク、ゴブリン、触手系魔獣は一般的に女性の敵とも言われているからだ。

 実際極稀だが犯されたという前例もあるみたいだし、嫌悪感にかられても仕方ないだろう。

 

 だが――俺にとって、こんな魔獣を目にした所で道端に落ちている珍しい形の枯れ葉を見つけた時の感覚でしかない。

 俺には刀を持ちながら平然と横を通り過ぎただけでコイツらを倒せる自信あるぞ。

 

「さっ、無視して行こうか」

 

「はっ!? 何言ってるんですか、ゼルさんッ!」

 

「いや別に戦う必要なくない? あっ、もしかして敢えて戦うとか? なるほど、君にしては中々の発想じゃないか」

 

「貴方の言っている事の意味が分かりませんよッ! そもそもこんな卑猥な魔獣、放っておくわけにも行きませんから。戦いますよッ!」

 

「そんなに意気込む必要なくなーい?」

 

 俺は背中の長剣を欠伸をしながら抜き、魔獣二体を交互に見やる。

 感知できる魔力量からしても推奨レベル二桁程度の魔獣だろ、こんな奴らがさっきの推奨レベル100前後の海竜よりも強かったらそれはそれで怖いけど……。

 

「やっぱ面倒くさい、ここにいる美少女ちゃんと戦ってくれ」

 

 隣りで両手杖を勇ましく構えるウルナを指差しながら俺は魔獣に言った。

 

「ほ、本当に見捨てる気なのゼルさんッ! 酷い、酷すぎるっ、見損ないましたよっ!」

 

 ウルナは早速俺の暴挙にギャーギャー喚き始めた。

 魔獣は騒いでいる俺達から正体不明の謎のオーラを感じ取ったのか一瞬慄き後退する、だが一か八かと風魔法を放ってきた。

 その創り出された風の刃は俺の体を切り裂かんと物凄いスピードで襲い掛かってくる。

 

 だが、俺は再度欠伸をしながら伸びの要領で手を適当に前に出す。

 

「ちょっ、ゼルさん前っ!!」

 

 俺に向かって飛んできた風魔法に恐怖を感じたのかウルナは叫ぶ。

 

 しかし次の瞬間――彼女の目の前で更に信じられない出来事が起こる。

 

 

 

 

 パシュッ

 

 

 

 

 俺の手に当たった瞬間その風魔法はろうそくの火か消えて無くなるかのように消滅した。

 

 

「えっ――?」

 

「その程度の魔法が俺に通用すると思った?」

 

 

 ただ一言そう呟くと俺は先程の風魔法よりも速く動き、魔獣の後ろに回り込んだ。

 二体の魔獣達は目の前から突然消え失せた俺の姿を探すためウロウロし始めた、しかしその僅かな隙きを作った時点で――

 

「お前は死んだも同然だ」

 

 魔獣が後ろを振り向き俺の姿を目視した瞬間俺は長剣を大きく振りかぶった。

 これぞ、ゼルファ流――刹那の煌めきと軌跡から放たれる雷系剣撃

 

 

「雷牙絶閃」

 

 

 剣で敵を薙ぎ払った瞬間、剣先から目をくらますほどの輝きが放たれる。

 金色の軌跡、迸る稲妻、それらが全て、敵を破滅に追い込む衝撃波と成り代わった。

 一閃の瞬き、俺の放った一筋の光は魔獣だけではなく空気や魔素までも斬り裂き、グニャリと空間を歪ました。

 そして吹き荒れる凄まじい爆風――それらが全て収まる頃には俺の目の前から魔獣は消え去っているだろう。

 

 

「あはっ、ちょっとやり過ぎちゃったかな?」

 

 

 俺は目の前にできている大量の焼け木の残骸を見て、舌を出しながら言った。

 

「おーい、終わったか?」

 

「終わったか? ――じゃないですよっ! 貴方の動きが人間離れしすぎてて唖然としちゃいましたよ!」

 

「訳の分からんこと言うな。人間がやってるんだから人間離れなんてしてないだろ」

 

「そのめちゃくちゃ理論はなんなんですか……? じゃあ、ゼルさんは化け物という事で――」

 

「……、認めたくないが否定できないな」

 

 背中に長剣をしまうと俺は静かに頷いた。

 

「とりあえず、お手並み拝見といきますか」

 

「……、一応これでも大賢者ですからね。こんな魔獣に負けるわけにはいきませんよっ!」

 

 ウルナは改めて両手杖を構え、魔法の詠唱を始める。

 彼女の右手に徐々に魔法陣が描かれていき空中の魔素が集中し、大賢者に恥じないほどの魔力を帯びていた。

 

 だが、それより前に魔獣はウルナをロックオンし、触手を彼女に向けて猛スピードで伸ばしてくる。

 彼女は冷静な表情を崩さず、バックステップで後ろに退きながら詠唱を続ける。

 

「触手は女の子の敵ッ! 消えてなくなりなさいっ!」

 

 敵の触手攻撃は軽々と躱しながら彼女は右手から魔力を放った。

 

 

 ――それは黒き炎だった。

 

 

 火系の魔力を帯びているのにもかかわらずそれは光ではなく闇を放ち、邪悪なオーラを帯びている。

 そう、これが邪魔法の凄い所だ。

 邪魔法はあらゆる基本魔法――火、風、水、土など――と融合させて放つことが出来るのだ。

 

 黒炎の塊が猛スピードで魔獣に向けて砲撃され、あっという間に触手を燃やし尽くした。

 破壊の力によって出来た炎の燃焼力は伊達じゃないな。

 

 だが――その黒炎は致命傷には至らず魔獣は触手を無くした痛みで暴れだす。

 葉で出来た紅い口が薙ぎ払われるように振られ、幾つもの風の刃を生み出す。

 

 

「マジックシールドッ!」

 

 

 追撃してくる風の刃を彼女の容姿からは考えられない速さで躱しながら反魔法のバリアを展開させる。

 なるほど……、無詠唱で速度上昇の魔法を発動させたな。中々やるじゃねぇか。

 風になびく紫色の髪は彼女の存在を更に際立たせ、綺麗な華の如く舞った。

 

 

「これで……、トドメですッ!!」

 

 

 早口で詠唱を終えた彼女の両手杖の先には禍々しき漆黒の球体が高速回転しながら鎮座していた。

 黒い稲光を放っているその魔弾は衝撃波を発しながら砲撃、魔獣の口を貫通し、見事なまでに粉砕すえる。

 

 そして更に黒い魔弾は速度を緩めること無く少し横に傾けた俺の顔の真横を物凄いスピードで飛んでいった。

 刹那――後ろでちょっとした爆音が鳴り響く。

 

「あっ、ごめんなさいっ! 大丈夫……でした?」

 

「ああ、別に遅かったから問題ないぞ」

 

「全然遅くはなかったと思うんですが――って」

 

 ウルナは驚愕の表情で突然両手杖で俺の事を指し示しながら言った。

 

 

 

「何、平然とお茶飲んでるんですか!?」

 

 

 

「あ? いや、ちょっと遅かったから」

 

「遅かったからって人が戦っている間に和みながらお茶飲む人がいます?」

 

「ん、欲しいのか? ならあげるぞ」

 

 俺は自作の湯呑みにお茶を淹れるとウルナに丁寧に渡した。

 

「えっ……、あ、どうも」

 

「それはそうと、中々いい動きだったぞ。これは今後の成長に期待ですな」

 

「えへへ……、ありがとうございます。って話をすり替えないで下さいよ!」

 

 照れているのか頬を少しばかり赤らめながらも、両手杖を背中に背負い、湯呑みを持ち替えるや否や俺を再び指差した。

 

「まあまあ、和むのは大事だぞ」

 

「和むタイミングというものを考えて欲しいものです……」

 

 怒りつつもウルナは紫色の髪を片手で弄びながらお茶を静かに飲んでいた。

 すげーなー、美少女ってやっぱり何やっても可愛いんだね。――と両手でお茶を飲みつつ感心する。

 

「というか――お茶を飲みながら私の魔法躱したんですか?」

 

「目の前になんか遅いボールが飛んできたから反射的に避けただけだ」

 

「遅いを強調するの止めていただけますでしょうか……?」

 

「そうだな……、秒速100メートル越えたら中々だぞ」

 

「そんな頭のおかしい魔法を放てるのは恐らくゼルさんだけです」

 

 そんなこんなで樹海を出てからの初の戦闘は心機一転、お茶を飲んで終了した。



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Chapter2-4 ファスタット

 海岸沿いから森の中を歩き、人の手が入っていないような獣道を抜け辿り着くは開けた平野のような場所だった。そこそこ整備されていて人の姿もあちらこちらに見える。

 海岸に着陸してから3時間半、予定より少し遅くなってしまったが無事ファスタットの近くまで着くことが出来たみたいだな。

 見れば既に太陽は南高くまで上がっていて、この土地全てを明るく照らしている。もう昼か……、思ったより時間が経つのが早いな。

 

「ふっ、ようやく着いたな」

 

「ここが……ファスタット。賑やかな所ですね」

 

「まだ街の中には入ってないんだけどな」

 

「えっ? そう……、なんですか?」

 

「あぁ、子供の頃一回だけ訪れた事があるから少しばかり覚えている」

 

 それから更に歩くこと数分、高さ5メートル程の石塀に囲まれた街とその塀の真中にぽっかりと開いている門の様な場所が見えてきた。

 門の横には武装した衛兵が四人ほど立っていたが、俺達は何を言われること無く通過する。

 

「……、あの人達なんの為にいるんですか?」

 

「大方魔族、魔獣が来ないか見張るのと、盗賊を捕まえるためにいるんだろ? 今一瞬だけ盗賊限定の鑑定魔法を使われたし」

 

「えっ……? 今の一瞬で分かったんですか?」

 

「俺を誰だと思ってるんだ? 天下の無職無能様だぞ」

 

「その名前――物凄く弱そうなんですけど……」

 

「まっ、無職無能だって知られるとなんか面倒くさそうだからバレない程度に反魔法で弾き返してやったけどな」

 

「それもそうですね。やっぱりお互い様大変ですよね……」

 

「大賢者のお前にだけは言われたくない言葉だな」

 

 溜め息混じりに俺はそう言った。

 だがそんな言葉もあっという間に街の喧騒の中に溶け込んでいった。

 ファスタットは普通の街とは思えないほど賑わっていた、ずっと樹海にいたのであればもう二度と拝むことは出来なかったであろう量の人々が、街の中を千差万別四方八方に散らばりながらも歩いている。

 

「凄い……、これが始点の街、ファスタットっ!」

 

「ハハハッ、異常なまでに賑わっているだろ? ここは冒険者が集う街で有名だからな」

 

 周りを見回せば露店で働く者がいて、友人と会話する者がいて、物々しい装備を身に纏う者がいて――と服装まで千差万別だ。

 ごっつい剣を携える者もいれば、弓や槍を携えたもの、はたまたどうやって戦うのか分からない者までいた。

 俺はいつも通り藍色のマントに迷彩柄を主としたズボンと明るい色のシャツだが、ここまで軽装備な双剣士は中々いないだろう。

 とは言っても、見た目が軽装備なだけでこのシャツとズボンだけでも相当な防御力を持つ代物だが……。因みにこの服、自分でこしらえた戦闘服の中で一番の自信作である。

 

「さてと、まだ時間はあるし昼飯でも食ったらちゃっちゃとギルドハンター登録でも済ませますか」

 

「ゼルさん、面倒くさいって言っていた割には何だかノリノリですね」

 

「はっ、ちょっと調子に乗った奴をボコすのが楽しみでな」

 

「……変に暴れないで下さいよ?」

 

「わかってるって、君の冒険者人生には傷ひとつ付けないように努力・・するから」

 

「ぜ・っ・た・い、つけないで下さいっ!!」

 

 そんな怒っている様な表情を見せつつもウルナは今までに無い程に目を輝かせていた。

 やはり、大きな街に興奮しているみたいだな。

 

 

 ――と思ったその時だった。

 

 

 

「イヤアァ――――ッ!!」

 

 

 

 突如、甲高い女性の悲鳴が辺りを剣呑な雰囲気とさせる。

 俺は直ぐ様超広範囲魔力感知を起動させ、零コンマ数秒で状況を把握する。

 確かめるべく後ろを振り返ってみるとそこには荷台と商人を引きながら駆けている馬――のような友好的魔獣――に引かれそうになっている子供がいた。

 

 

 ――いけるか!? いや、いかねぇとあの子が……ッ!

 

 

 

「スプリントッ――」

 

 

 

 右足に出来る限りの力を込め俺は人の間を掻い潜りながら走り始める。

 いや、傍からみたら走っているというよりはワープしていると言っても過言ではないな。

 ギリギリ目視できる程度の人間離れしたスピードで俺は一気に道路上まで駆け抜け、尻もちをついて恐怖で怯えている子供を一瞬で抱きかかえると反対側の歩道まで駆け抜けた。

 

 

 

「ラッシュッ!!」

 

 

 

 俺が子供を助けた2秒後、馬が先程まで子供がいた場所を通過していく。

 ――あぶねぇ、あぶねぇ。あんなのに引かれていたら今頃血だらけだったろうに。

 

 

 

「「「おおおおおっ!!」」」

 

 

 

 辺りから俺の勇気ある行動に対して歓声と拍手が巻き起こった。

 子供を優しく地面に下ろした後に俺は右手を上げて軽く歓声に応えた。

 ――まさかここまでされるとは思ってもいなかったけど、こういうのも案外悪くないな。

 

 

「ユウヤっ! よかった……、無事でよかった!」

 

 

 どこからともなく駆けてきた母親が泣きながら子供を抱きしめる。そして呆然と立っている俺に対して何度も何度も礼をした。

 

「お兄ちゃん助けてくれてありがとっ!」

 

「本当にありがとうございます。でも一体どうやったらあそこまで速く――、丸で瞬間移動しているみたいでしたわ」

 

「あの……、お兄ちゃんはどんな職業なの? 武闘家? 剣士? それとももしかして勇者? 」

 

 子供は目を輝かせながらそう聞いてきた。

 俺はその子の前で跪きながら小さな声で呟いた。

 

 

「俺は――ただの無職さ」

 

 

「えっ?」

 

 その子は目を見開いて俺の顔を凝視してきた。それもそうだ――目の前に立っているヒーローがまさかの無職なのだからな。

 

「それじゃあな、もうあんな事は二度とすんじゃねーぞ」

 

 身を翻し、その子に背を向けると俺は静かに去っていった。

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ、街の名声獲得DA!」

 

「ふふっ、何よそれ。そんな事言ってるとメンツ丸潰れよ」

 

「はっ、知ったこっちゃねぇ。別に他人にどう思われようと今の俺にとっちゃ何ともないね」

 

 馬に引かれそうな街の子供を救うという英雄的行動をした後、俺はその一部始終を呆然と見守っていたウルナと合流した。

 まあ、女性の悲鳴が耳に入ってから経った1、2秒で子供を助けたんだからそれはビックリするよな。

 

「でも今のでちょっと見直しました。ゼルさんも良い所あるんですね」

 

「何言ってんだよ、死にかけの大賢者さんを救ってやったのは誰だと思っているんだ」

 

「勿論それも感謝してるわよっ! でも……、ゼルさんって思っていた以上に優しいんだなって」

 

 ウルナは両手を豊かな胸に当てながらそう言った。その時の彼女の顔はとても美しく、どことなく深みのあるような表情だった。

 

「無能だった私は昔から多くの人に蔑まれてきたわ、けどゼルさんはそれ以上に蔑まれてきたんでしょ? なのにどうして人に優しくできるの? 普通だったら――」

 

「俺のかつてのモットーが『目の前に困っている人がいたら絶対助ける。』だったからかな。それに人を恨んでばかりいたら『第三の敵』に気づかないから」

 

 ファスタット上空に広がる青い空を見上げながら俺は言った。

 

「第三の……敵?」

 

「あぁ……。無論、俺を蔑んできたやつは死ぬほど憎んでいる。それにこの街でも俺を差別するような奴と遭遇したら努力で手に入れたこの力であっと言わせてやるつもりだ。いや、あっとじゃすまねぇな。立ち上がれなくなるぐらいボコボコにしてやるつもりだ」

 

 一息つきつつも俺は続ける。

 

「だけど、このレベル999っていう境地にたどり着いてようやく見えてきたんだ。――俺の『第三の敵』がな。だから目の前の奴らを片っ端から憎んでいたらやっていられないって事よ」

 

「そうなんだ……、でも一体何なの? その第三の――」

 

「それは自分で確かめるこったな」

 

 ウルナの言葉を途中で遮りながら俺は言った。

 ――そう、これは自分で知らなければいけないのだ。自分で知らなければ絶対に信じることが出来ない。

 だから……、この『真実』は敢えて誰にも言わない。

 本当に伝える時が――来るまでな。

 

 ファスタットの街を歩きながら俺は青空を睨みつけた。



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Chapter2-5 双剣士、ギルドに行く

「ふぅ……、美味しかった」

 

「それじゃ、改めてギルドを探すとしますか」

 

 俺らは通りにあったレストランで食事を取った後、始点の街の冒険者ギルドを探すことにした。

 冒険者、通称ギルドハンターはギルドでしか登録することは出来ない、それに現在金が圧倒的に少ないので素材を買い取ってもらって金を稼ぐという目的もある。

 因みに――この世界の通貨の単位はエンドど言う。

 1エンドの鉄貨、100エンドの銅貨、1万エンドの銀貨、100万エンドの金貨、1億エンドのダイヤ貨、この5種類の通貨でこの世界のお金は管理されている。

 ダイヤ貨とか値段から見て分かる通りどう考えたって需要が無いのだが――やっぱりどこにでもお金持ちは存在するという事だろうなのだろう。

 余談だが一般の村人が魔獣狩りをしないで普通に稼いで手に入るお金が3枚の金貨分、即ち300万エンドだ。で今の俺の所持金――10枚の銅貨、1000エンドだ。

 

 

 

 ――このままだと本当に『エンド』を迎えてしまうぞ。(通貨のエンドは決して『終了』という意味ではありません。)

 

 

 

 という訳で今回は取っておきの素材を用意致しましたっ!

 詳しくはまた後ほどでっ!

 

「……一人で何やってるのよ、怪しまれますよ」

 

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 そんなこんなで俺達は街のハンターの流れだけを頼りにギルドを探した。どうせなら道行く人に訪ねても良かったのだが、俺のプライドが何故かそれを許さなかった。

 暫く歩くて目に見えて物々しい雰囲気のハンター達が出入りしている建物が一つ見つかる。

 入り口には前代勇者の像が飾られていてその容姿はどことなく師匠に似ていた。

 いや、そんな訳ないな――あんな白ひげ爺がこんなカッコイイわけないし。

 

 入り口の上には何か模様の描かれた赤色の旗と青色の旗が交差して飾られていて、剣が二本いい角度で飾られている。

 あの剣――中々味があるじゃねぇか、感心、感心。

 

 まあ、見た目からしてここが魔獣討伐ハンター育成・援助ギルド、通称冒険者ギルド、で――間違いないな。

 

「うわぁ――っ! すごい、すごいよゼルさんっ!」

 

 隣で紫色の頭髪をひょこひょこと弾ませながらウルナは目を輝かせて、そのギルドを眺めていた。

 ――だがその一方で俺達を眺めている冒険者も多数存在した。

 まあ、その殆どが俺ではなくウルナを見ているのだがな……。やっぱり美少女は辛かろうなぁ。

 ……もしかしたらこんな美少女ちゃんと旅できる俺も案外幸運だったりして。

 

「あれ……、どうかしました? 私の顔ジーっと見て――ハッ、もしかして卑猥なこと想像して……、何奴っ!」

 

「一人で勝手に話進めんな。単にいい夢持ってるやつは羨ましいなって思っただけだ」

 

「あっ、そ、そうなんだ……、えへへぇ――」

 

 ようやくはしゃぎ過ぎた自覚を持ったウルナは恥かしそうに頭をかく。

 

「でもウルナの気持ち、分からないこともないぞ。俺も認めがたいけどテンション上がってるみたいだし」

 

「そ、そこは認めるべきじゃないですかね……? これでも冒険者登録って人生で二度とない大イベントだと思いますよ」

 

「面倒な事に巻き込まれなければ俺もハッピーだ」

 

 そう言いつつも俺はその賑やかなギルドの中に足を踏み入れる。

 中では街中で見かけたハンターもとい冒険者達と似たり寄ったりの人々があちらこちらで話に花を咲かせていた。中にはテーブルに座って真剣に作戦を練っている者や、男三人で昼間から酒を飲んで馬鹿笑いしている者までいた。

 

「おいおい、見ろよ。あの子超可愛くね?」

 

「凄え、ちょう美人じゃん。あんな子もいるんだねぇ」

 

「隣の男は――なんかヒョロってしてて弱そうだな」

 

「おいおい、それは幾ら何でも失礼だろ」

 

 そうだぞ、見た目で判断する人はいつか酷い目に合うぞ。

 しかしコチラとしても失礼で申し訳ないが――始点の街とは言え、案外低ランクのハンターが多いんだな。俺の魔力感知がその現実を嫌というほど物語っている。

 ランクと言ってもギルドランクの事じゃなくてステータス的な意味でだがな。2桁がゾロゾロ、3桁ちらほら、200超えまさかのゼロ。

 

 

 ――レベル200以上どうしたッ!? しっかりしろぉ!!

 

 

「なぁなぁ、ウルナ」

 

「はいはい、お呼びでしょうかゼルさん?」

 

 俺はウルナに近づくと彼女の耳元で出来るだけ小さい声で言った。

 

「200以上がいないんですけどこれはどういう事でしょうか」

 

「……それは煽りと解釈しても宜しいですか?」

 

「えー? 別に煽ってないんだが」

 

「レベル200以上は1万人に1人いるかいないかの確率ですよ……? そんなにホイホイいる訳ないじゃないですか」

 

「なんだ、つまらん」

 

「はぁ……、レベル999は気楽でいいですねぇ」

 

 ウルナは呆れた様な表情を浮かべながら首を振った。

 なるほど、なるほど、つまりレベル999は変人扱いなんだな、いい勉強になったぞ。

 

「よし、行きますよ冒険者登録」

 

「うーす」

 

 俺達は受付のある方に進んだ。現在受付には4人のハンターが並んでいる。

 近づいてきた俺達に気づいた列、最後尾の男は、俺達の姿を見るやいなや鼻で笑った。

 

「子供かよ……。全く、最近よくいるんだよなぁ、調子に乗ってるガキ共……。世間知らずにも程があるぜ」

 

 聞こえない程度に小さく呟いているつもりなのかは知らないが生憎俺の耳は地獄耳――スキル補正によるもの――なのでな。

 そんな訳で今の会話、丸聞こえだぞ、レベル74のカスが。

 そもそも俺もう子供じゃねーし。

 

 俺は思念会話でそう言い返してやった。一方でウルナは全く気づいていないご様子だったが……。

 

 

 

 

 

 先程俺達の事で陰口を叩いていた暇人極まりない雑魚の男の用が終わり、遂に俺達の番が来る。

 

「あのー」

 

「初めての方ですね。登録ですか? それともご依頼ですか?」

 

 受付嬢は若干人見知りを発動しているウルナに対して営業スマイルで応接する。栗色の艶やかな長髪で、赤縁のちょっと派手な眼鏡を掛けている。

 見た目から相当仕事のできる雰囲気を醸し出しつつも、その白い肌とサファイアの様な綺麗な瞳による美人さを保っている。

 一見は一般的な受付嬢に見えるかもしれないが相当な美人である事には違いない。幼さと美しさのハーモニーを奏でているウルナには若干劣るけど。

 ふと胸に付けてあるギルド職員のプレートを見るとそこには『アイラ』と書いてあった。彼女の名前で間違いないだろう。

 

「俺とこの子の二人、ハンター登録をお願いします」

 

 出来るだけ無表情にせず、自然に言う。無論、ハンター登録の条件である15歳以上は見た目からもクリアしているのでアイラは断ること無く「かしこまりました」と言って書類とペンを渡してきた。

 そして慣れたような口調でハンターについて説明を始めた。如何にもマニュアルそのままのような説明だったが、噛み砕いて要約すると――

 

 第一にギルドは魔獣などの脅威を退ける為に全種族(無論魔族も含める)の同意の元設立された共同組合であり、魔獣を狩るハンター(冒険者とも言う)を育成、援助しているのだそうだ。

 まあ、要するに魔獣の脅威を退けたりハンターの為になるような武器や防具を作るための素材を集めるための依頼を受け、ハンターらに呼びかける事を主な仕事としている所だ。

 そしてハンターにはSSSからFまでランク付けされていてランクに応じて依頼や報酬なども変わっていくそうだ。

 

 ――こんな感じである。

 

「では、お名前と性別、職業、差し支えなければユニークスキルを書いて下さい。字を書けない場合は私が代筆します。また、この個人情報に関しては流出、漏洩等について適切な対策を講じていますのでご心配なく」

 

 

 ――えっ、職業も書くのかよ……。マジかぁ……。

 

 

 隣でウルナが心配そうに見つめる中俺はペンを握り静かに走らせた。



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Chapter2-6 双剣士、ギルドに舐められる

 一応字は書けるので、俺は自分でハンター登録に必要な情報を書き綴っていった。

 名前、性別までスラスラと記入し、ついにその項目がやってくる。別に無職がハンターになることは違反事項ではない、しかし嫌な顔をされることは間違いないだろう。

 だが――俺は恐れること無く職業の欄に『なし』と記入した。

 今の俺は過去のような弱者ではない、堂々と無職無能と言い張った所で何ら問題はないはずだからだ。

 ユニークスキルに関しても敢えて『なし』と書いてやった、持っていないのは事実だし、こうした方が後々の反応が楽しめる。

 

 アイラは俺達から用紙を受け取ると記入された項目を一つずつ目で確認していった。そして――予想通り俺の紙で手が止まる。

 

「……、ゼルファさんは――無職無能なのですか?」

 

 そら来た、絶対来ると思った。

 俺は用意していたかのようにステータス画面を指で滑らせ、頭上のカーソルに職業とユニークスキルの欄を表示してやった。

 

「何か……、問題でも?」

 

「いえ――規則上問題はありません。ですが、死の危険が人一倍高いかと」

 

「……そうですか。ですがコチラにも少々事情がありまして――」

 

「分かりました」

 

 彼女は俺の事を憐れんだような目で見るなり書類を整理し始めた。

 あっ、もうこれ完全に舐められましたね。これだから差別する人間は……。

 大方――すぐに死んじゃうんだろうなぁ、とか思ってんだろ? 分かってるんだからな。

 女性相手だが過去の苦痛が頭に浮かび、ぶん殴りたい衝動にかられながらも俺は自然を保ちつつアンナの話に耳を傾ける。

 

「では、ウルナさん、ゼルファさん。これからハンター証明書を発行するにあたってテストを行います。言わば、初期段階におけるハンターランクを測るテストですね、魔法型と武術型、二通りのテストがございますがどちらを希望しますか?」

 

 ほぉ、まさかのテストスタートとはギルドも中々便利になったものだな。師匠に聞かされていた話によるとテストの様な物は存在しないとか言っていたし。

 やはり時代に連れて変わるものなのだなぁ……。

 

「私は魔法型で……」

 

「んじゃ俺も」

 

 というか別にどちらでもいいんだが……

 

「予めお伝えして置きますが、このテストは悪く言えば加入試験みたいな物です。基本この試験に落ちるものはいませんが万が一・・・、今後の成長、功績が見込めないと判断した場合は証明書発行を許可できない場合がございますのでご了承下さい」

 

 へぇ……、なるほど、無能をギルドに入れないシステムですか。

 こんなに堂々とレベル999の異端者――自分で言うのもなんだが――に喧嘩を売ってくるとは貴方も中々ですねぇ。

 無論、その喧嘩買わせてもらう、その目にものを見せてやるよ。

 

 そしてアイラは別の職員とバトンタッチをし、俺らはその職員に「こちらです」と促されるままにギルドの奥に通され、何やら訓練場の様な場所に連れてこられる。

 

 そこにはかつて本を読んだ時に出てきた『射撃場』を連想するような構造で、部屋の奥には金属で出来た丸い大きな的のような物が用意されている。

 もう、だいたい把握できたな。あの的に向かって魔法を発動すればいいのだろう。

 だが……、あの的見た目からして脆そうだな。壊れないかとても心配だね。

 

「ではあちらに立って頂いて、あの的をめがけて魔法を3回撃ってください。必ずしも真ん中に当てなくてもいいですが、精度が高いほうが高ランクになりやすいですね。また、3回とも届かないとなると申し訳ありませんが、不合格となります」

 

 あっ、なるほど。つまりあのアイラさんっていう受付嬢は俺の魔法があの的に届かないだろうと言いたかったわけですね。

 あの距離5メートルしかない的に当たらないってか? ふざけんなやッ! あれぐらい目を瞑って横になりながらでも普通に届くわ。

 

 まず最初にウルナが指示された位置に立つ。

 

「では、どんな魔法でもいいのであの的を攻撃して下さい」

 

「わ、分かりましたっ!」

 

 職員の指示に従い、ウルナは魔法の詠唱を始めた。

 そして威力を弱めにした直径30センチ程の火球を的に向けた放つ。火球は少しもブレること無く的の中心に命中した。

 どうせなら邪魔法でやって欲しかったが彼女自身、嫌がられることを怖がっていたので仕方ないだろう。

 

 その後もウルナは詠唱を2回繰り返し、的の中心に火球を当てた。

 3回とも中心に命中――自他共認める完璧な結果だ。

 

「素晴らしいですね! 流石は大賢者様です、今後の活躍に期待できますね。では次――ゼルファさん……、お願いします」

 

 なんで憐れんだような目で俺を見るかなぁ……。俺そんなに可哀想に見えますかねぇ。

 

 俺は指示された位置に立ち、構える。

 問題なく当たるは当たるのだが――初っ端から的を壊したらなんか因縁つけられそうだな。じゃあ、まずはギリギリ程度でいくか。

 

 精神を集中させ右掌を的に向け俺は魔法を――放った。

 

 

 ――超小さい火の球を。

 

 

 

「はぇ……?」

 

 ――あっ、やべ。手加減しようと思ったら手加減しすぎたぁ!!

 

 だがその小さい火の球は問題なく、的のど真ん中に当たり消滅する。

 一応――条件は満たしているよな。ならこれでいいか。

 

「あ……、当たりましたね。見事です」

 

 職員は驚いた表情を見せながら頷いた。そして手に持っているノートに何かを書き始める。俺のテストの結果を計算しているだろうか。

 いや……、でもこれで通るのなら敢えて能ある鷹は爪を隠すの原理でいいんじゃないのか? 俺にとっては逆に的を壊さないほうが難しそうだし。

 

 

 ――と思ったその時だった。

 

 

 

「ちょっと、ゼルさんッ!!」

 

「は、はいっ!? こ、こんな時になんでございましょうか……?」

 

 恐る恐る後ろを見るとそこには腰に手を当ててかなり怒っているウルナがいた。彼女の怒号に職員も驚いてコチラを見ている。

 

「なんで本気出さないんですか!?」

 

「は、はあ?」

 

「なぜ本気をださなかったのかと聞いているんです!!」

 

「えっ、だって……、ねえ。的壊したらマズいかと――」

 

「ねぇ、勿論別に的を壊しても問題ないですよね?」

 

 ウルナは怒りの勢いを殺さぬまま職員にまで食い掛かる。

 

「え、えーと、はい。別に問題は無いと思いますが……」

 

「ほら、今の聞いたでしょ? だから本気出しなさいよっ!」

 

「……ああもう分かったよ、言っておくけどどうなっても知らないからなッ!!」

 

 言いながら俺は再び指定された位置に立ち、構える。

 集中力を高めながら静かに横を見やると、先程まで憐れんで俺を見ていた職員の瞳に少し怪訝さが入り交じっていた。

 当初の予定じゃ、一発目弱くして職員を油断させた所で次の強めの一発で的破壊して一気にどん底に落とすつもりでいたが――本気を出せと怒られたのなら仕方ないな。

 ウルナの望みどおり、本気で目にものを見せてやるよぉ!!

 これが――秘技熱血開放術じゃあ!!

 

 

 

「――『オーバーテンション』」

 

 

 

 全身に力を込めた俺は心底に眠っている力を解放した。

 地面に直径4メートルにも及ぶ魔法陣が描かれていき、俺の体は紫色の光で包まれる。

 刹那――凄まじい爆風が俺を中心として巻き起こり、訓練場愚かギルド全体をも揺るがす様な衝撃波を発した。

 

「ひっ、えっ、えぇっ!? きゃっ……!」

 

「ちょっ、ゼル……、さんっ!?」

 

 二人の悲鳴を無視しつつ俺は目の前にある的に再び右掌を向け、溢れんばかりの魔力を使って魔法を構築し始める。

 

「……所でお二人さん、そんな所にいたら――余波で大怪我しますよ?」

 

「ひゃいっ!? は、はいぃっ!」

 

「はい……? も、もうっ! 貴方に中間は無いの!?」

 

 ――中間って、本気を出せと言ったのはお前だろうがよ。

 俺は二人が怯えた表情を浮かべながらも範囲外に待避したのを見計らって手に集まった膨大な魔力を開放する。

 

 

「見せてやるよ、火魔法の真髄ってやつをなぁ!!」

 

 

 空気中の魔素の流れが一瞬にして変わり俺の前に飛んでもなく大きく複雑な魔法陣が現れる。

 次の瞬間――魔法陣は高速回転を始め、中心に魔力を集めていった。

 中央に鎮座する赤色の魔力の塊は徐々に凝縮されていき、火花をちらつかせていた。

 

 

「フレイム……ショットオォォ――ッ!!」

 

 

 俺が叫ぶのと同時に魔法陣の中央に鎮座する魔力は――火の原型を持たず、純粋な赤いエネルギーの塊となって照射された。

 レーザービームの如く放たれた俺の魔法は極光で辺りを眩しく照らしながら――的を破壊。

 いや、的だけではなかった。俺の右掌から放たれた魔力の射線上にある物はほぼ全て破壊された。

 無論、訓練場の奥には民家など建造物が石塀以外ない事を確かめた上での行為だ。問題ないだろう。

 

 

 刹那――爆炎が舞い上がると共に轟音が鳴り響き、人が立っていられるか怪しいほどの地震を起こした。爆風で髪は一瞬にして乱れ、壁の破片が俺の顔の横を音速と同じぐらいのスピードで通過していく。

 

 

「ふぅー、スッキリしたー」

 

 

 余波が収まった後手をパンパンと叩きながら後ろを見た。

 するとそこには驚愕の表情だけを浮かべて石化している人の姿が二人ほど見受けられたのだった。



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Chapter2-7 SSS確定

「あれ……、二人共どうしたの?」

 

 腰を抜かして、驚愕の表情を浮かべながら石化しているウルナと職員を見かねて声をかける。

 

「あ、あぁ……、もう無理……」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 持っていたであろう両手杖を手放し、上の空を見ているような放心状態のウルナ。

 職員に至っては何故か「ごめんなさい」を幾度も連呼している情緒不安定な極めて危険な状態となっていた。

 

「レイア、今物凄い轟音が聞こえ――な、なんじゃこりゃあ!!」

 

 音を聞きつけた他のギルド職員が一体何の騒ぎかと訓練場に駆け込んできて――訓練場を始点としてできた放物線状のクレーターを見て腰を抜かす。

 本気を出せと言われたから火魔法の究極奥義――魔力を数十倍にも凝縮してレーザーの如く放つというフレイムショットを補正なしで撃ったのだが、予想以上の被害だなこれは……。ギルドが円形であるこの街の端の方だったのが幸いだけど。

 訓練場に設置した的は勿論、ファスタットの石塀も貫通して、奥の森も一瞬で焼き払っちゃったみたいだし……。

 俺は直ぐ様ステータス画面を捜査して討伐リスト――自分が倒した魔獣などを自動記載するもの――を確認する、どうやら人までは殺していないようだな。

 一応念入りに確認し、大丈夫という確証ありでやったんだけどね――余裕で魔力感知範囲外まで到達しちゃったよ。今度から気をつけるとしよう。

 

「……これは、君がやったのかね?」

 

「あ、はい」

 

 不意に後ろからごっつい男に声を掛けられ考える間もなく即答する。

 

「おっと、申し遅れましたが私はガンガス。このギルドの長を担っているものであります」

 

 その男は見かけによらず丁寧な態度で頭を下げてきたので俺も出来るだけ礼儀正しく頭を下げておく。

 

「あー、そのー、なんかごめんなさいっ! やり過ぎちゃいましたっ! 直ぐに直しますんで!」

 

 流石にこの訓練場含め、射線上に出来た巨大なクレーターは地面の一部が蒸発して溶けていたり、ガラス状になっていたりと悲惨すぎる事になっているため、俺は出来る範囲で修繕魔法を起動させ、元通りにする。

 

「も、元に戻った……」

 

 ガンガスは呆れたような顔をしてその一部始終を見つめていた。別に余計なことはしていないと思うのだが、何か変なことしただろうか。

 

「あいつ何者なんだよっ!? 一体、どうなってるんだ?」

 

「わ、私……幻覚見てるのかなぁ?」

 

「コホンッ! えー、職員の皆さんは各自仕事に戻って下さい! また、今の轟音についてハンター達にも随時説明しておくように!」

 

 見物に来たギルド職員を解散すべく、ガンガスは咳き込んだ後、威厳のある野太い声を出した。

 そして――騒然としていた場から人はいなくなり、俺とウルナ、元いた職員――レイアというらしい――、ガンガスの4人だけとなる。

 なんかお騒がせして申し訳ございませんねぇ。

 

「所で、レイアさん、ガンガスさん。今のでギルド加入試験は合格ですよね」

 

「あ、え、えーと……」

 

 困っているレイアをガンガスは制すと落ち着いた表情で前に出てくる。

 ……、あっこれ、また因縁つけられるパターンか?

 

 

「無論合格だッ!! 君のような天才を採用しないわけがなかろう!!」

 

 

 ガンガスは目を輝かせながら俺の両肩にガシッと掴むと力強く言った。

 

 

「的を破壊、いやそれ以上にあの反魔法が張られている対魔獣用の石塀まで破壊したのだ。これは今までにない逸材だ、素晴らしいっ!!」

 

「で、ですがガンガスさん……、彼は一体どうやって今の魔法を?」

 

「ああん? そんなの彼の職業が凄いか、はたまたユニークスキルが――」

 

「彼は――無職無能ですよ」

 

「はあ!?」

 

 

 ガンガスは驚いた表情で俺を見つめてきた。

 止めて……、そんな近距離で俺の事を見つめないで下さい。

 

 

「ほ、本当なのかね……?」

 

「はい、無職無能ですよ。――レベル999のね」

 

 

 軽快な指さばきでステータス画面を操作するとカーソルに今まで表示していた職業とユニークスキルに加えてレベルも表示させてやる。

 その見たこともない異常な数値を目にした、レイアとガンガスは石化するのであった。

 

 

 

 

 

「まさかこんな実力を持った存在がいたとはな……、恐ろしい奴もいたもんだ」

 

「いやいや、恐れ多い限りですねぇ」

 

 俺は口では謙遜しながらも心の中では「ほれ見たか、ざまあみろぉ!」と歓声を上げていた。

 

「ですがこんな事が本当にあり得るのですか!? そのレベルって今のSSSランク5人衆を遥かに凌駕しているじゃないですか! 大体、レベルをカンストした事例なんて過去に一度も……」

 

「だが、ステータスカーソルがそのあり得ない真実をしっかりと物語っているだろう? 幾ら我々が疑った所で現実は変わらんよ」

 

「もしかしたらステータスを偽装するユニークスキルなんじゃ――」

 

「それはあり得ないね」

 

 比較的冷静な口調で俺はレイアの言葉を否定した。

 

「な、なぜです!?」

 

「ステータスは神に創られし絶対なるシステムだ、それを偽装する手段など存在するわけがないだろ? いや、偽装する魔獣なら一種類だけ知っている。だが、それは本来ステータスカーソルを持たない魔獣が自身に偽装したステータスカーソルをつけるという類の物で、かつその偽装したステータスカーソルはこの世に存在するものから写し取ったもので無ければならないんだよ」

 

「で、でもっ!」

 

「もう止せ、レイア。大体君は間近で見たのだろう? 彼が石塀ごと、この訓練場を破壊する所を。それが動かぬ証拠だ。ともかく、君は仕事に戻っていてくれ、俺はこの有望な子達と話をしたいと思う」

 

 そんなこんなで、波乱のギルド加入試験は無事終了し、俺とウルナはギルド長室へと連れて行かれることになった。

 一体、何を言われるのだろうか。

 

「さてと……、では早速本題に入ろうか」

 

 ガンガスは腕を組みながら俺とウルナを交互に見やる。

 

「……ウルナさんだったかな? 君は先程の試験で過去に事例のないほどの素晴らしい結果を残した、よって初心者では異例のCランクスタートだ」

 

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます」

 

「良かったじゃねぇか、ウルナ」

 

「はい! これからこのギルドに貢献できるように頑張りたいと思いますっ!」

 

 ウルナは満足そうな表情でガンガスに何度もお礼を言った。

 だが――それぐらいの事であればカウンターの受付嬢でも対応出来るだろう。

 もう思い当たりがあり過ぎて困るぐらいなのだが……、この流れ上呼び出されたのは明らかに俺が原因だな。

 

「さて……、問題はゼルファさんの方だが……」

 

 ガンガスは困ったように手を組みながら唸り声を上げた。

 

「もし、ランク的に評価するのであればこの場合どうなんですか?」

 

「あぁ。現在人族最強のハンターが『大勇者』のサイ、レベル352だ。そのサイのレベルの3倍もあるのだから、君は今後数年以内で間違いなくSSSランクトップまで上り詰めるだろうな。それに先程の試験で放った魔法の威力からしてもSランクは既に凌駕している、だからここは人族ギルド協会に連絡して超異例のSSランクスタート――」

 

「SSランクスタート!? す、凄すぎる……」

 

 ウルナが可愛らしく口に手を当てながら驚き、隣に立つ俺を見てくる。

 ……確かにSSランクスタートも悪くないけど、でもそれ以上に一緒に旅しているウルナに申し訳ないな。

 

「だったら面倒なんで、ウルナと同じランクからでお願いしますわ」

 

「「えっ!?」」

 

 ……何だ何だ? そんな驚くことでもなかろうに。

 どうせSSSまで上がるって分かってるんだったら、ウルナと一緒に上がりたいって思うのはフツーだろうが。

 

「だ、だが君の実力は」

 

「んな事どーでもいいんだよ。それにこっちとしては自分が弱く見えた方が無職無能っぽくて好都合なんで」

 

「……それってただ単に見下す人をぶっ飛ばしたいだけですよね?」

 

「いやぁ? それ以外にも理由はあるけど……」

 

 だがこの場で言うのはどうも気恥ずかしいからなぁ……、敢えて伏せておくことにしよう。

 

「分かりました、何か事情があるのでしょう。では――今日から貴方達をCランクハンターとして認めます。これからも世界の平和の為精進して下さい!」

 

「「はい!!」」

 

 世界平和か、人族と魔族が対立している以上そんな物は一生来ないと思うんですけどね。



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Chapter2-8 双剣士、素材を売る

 受付嬢のアイラがハンター証明書を作成し、カウンターの奥の部屋から戻ってくるまでは然程時間は掛からなかった。

 そして俺達はアイラからありきたりな証明書とありきたりなバッジを貰った。バッジにはCとだけ書かれている。

 取り敢えず、目立つと俺の都合上面倒なのでマントを外して、戦闘服であるシャツの裾部分にでも付けておく。

 

「これで晴れて冒険者ですね!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 嬉しそうに跳ねているウルナと話しているとアイラが申し訳なかったと言わんばかりに頭を下げてきた。

 

「この度、非礼なる振る舞いをお詫びさせて頂きます!」

 

「あ? アイラさんなんかしたか?」

 

「あっ、えっと……、その、実――」

 

「別にアイラさんは何もやっていないから謝る必要無いと思うぞ」

 

 大方、先程の轟音が俺のだと分かったから怖気づいたのだろう。

 本来なら「許すかバーカァーッ!」とか言っている所だがその美しい容貌に免じて許すとしますか、心の中でね。

 

「まっ、無職の扱いなんてこんなもんさ。だが――世の中例外もいることは知っておけよ。例えば、世間から見放されたが故に復讐心だけで成り上がった奴とかね」

 

「は、はいっ!」

 

 アイラは声を強張らせながら何度も頷いてきた。流石にこれ以上虐めるのは可哀想だからここらで止めておくとしよう。

 

「だがちょっと訓練場吹っ飛ばすのはやり過ぎたな、本当に申し訳ない」

 

「本当ですよ……、ゼルさんは手加減という言葉を知らないんですか?」

 

「お前が本気出せって言ったんだろーがよ」

 

「あ、あれは……、ゼルさんが弱い人だって思われるのが……、嫌だったから……」

 

 あ? 俺が弱い人だって?

 そんな事、別に本気を出さなくとも証明できるぞ。元々から的は跡形もなく破壊する予定だったし。

 

「と、とにかくっ! これからは気をつけて下さい!」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 本気を出せやら、手加減しろやらよく分からない奴だな、ちょっと理不尽すぎやしないかそれ。

 それならどれ位の威力の魔法を撃って欲しいのかもう少しハッキリと教えて欲しいね。

 

「そう言えばアイラさん、ここでは素材の買い取りも承ってくれるのか?」

 

「はいっ、勿論構いませんよ」

 

 アイラの対応が先程までと違って明らかに軽くなっていることを噛み締めながら俺は空間魔法による収納から一つの魔石と水晶を取り出した。

 その瞬間、ウルナとアイラは勿論後ろに並んでいた冒険者達の視線が魔石に集まって……。

 

 

 

「「「……はぁ?」」」

 

 

 

 ギルドの空気が一変し、凍りついてしまった。

 

「ちょっと待って下さい。それ何ですか?」

 

「何って、魔石だよ。見たら分かるだろ?」

 

「えっとぉ……、ゼルさん? す、すごく大きいですけどその石が魔石だと? 確かに魔石っぽいですけど」

 

「あのな、魔石っぽいもなにも正真正銘の魔石だぞ」

 

 俺は石ころでも投げる感覚でその直径50センチ程の魔石をアイラに渡す。

 

「で、ですがこんな大きさは……」

 

「キラーシャドゥパンサーズの変異体の魔石だ。中々大きいだろ」

 

「中々大きい? 『中々』って言葉の意味間違っていませんかねぇゼルさん?」

 

いや……、別に間違ってはいないと思うが。

仮に俺でも驚くほど大きい魔石があったとして、それを俺がみすみす売り払うとでも?

 

「……そもそも一体どこから出したんです?」

 

「空間魔法だ」

 

「も、もう一度お願いでしますか?」

 

 俺の返答を聞いて、顔を引きつらせながらアイラが再度質問する。

 

「空間魔法だ」

 

 平然とした俺の返答に遂にアイラは頭を抱え始めた。

 

「空間魔法……? あれって神話の魔法じゃ……、百歩譲ってウルナさんが身につけているような次元袋なら分かりますが、空間魔法って――」

 

「次元袋……、なにそれ?」

 

「ゼルさん知らないんですか!? これですよ、見た目はコンパクトですが中は次元が歪んでいて沢山の物を入れられるんです。限度はありますが」

 

「はっ、物の大きさによってMPの最大値を一時消費し、異次元に収納できる空間魔法の方が圧倒的に便利だな」

 

「そ、そうですねぇ! それを使える人間がまず貴方しか存在しないと思いますけどぉ!」

 

 ウルナは眉をピクピクさせながら愛想笑いを浮かべて言った。

 空間魔法を使える人間が俺だけ? まさか、そんな訳無いだろ。冗談も程々にしやがれ。

 

「ちょ、ちょっとお預かりしても宜しいでしょうか? 直ぐに調べるので……」

 

「あ、ちょっと待って。この水晶も売りたいんだけど」

 

「す、水晶ですか……?」

 

 俺はアンナにとても綺麗な紫色の大きさ10センチ程の水晶を差し出す、それは不思議な色合いで奇妙なオーラを放ちつつも宝石と同様の輝きを放っていた。

 よくよく見ると水晶の中には幾多の歯車の様な物が描かれていて、よりミステリアスさを引き立てている。

 

「うわぁ~、きれ~いっ!」

 

「す、凄えっ! こんな水晶見るの初めてだ!」

 

「一体こんなのどこで見つけてきたんだ?」

 

 ウルナを初めとし、並んでいた冒険者までもがその綺麗な水晶を一目見ようと覗き込んできた。

 因みにこの綺麗な紫水晶は、やろうとすればいつでも採取できるという代物だ。……ちょっと荒っぽい手段を使わなければいけないがな。

 

「こ、この水晶は一体……?」

 

「コイツはだな、次元龍の背びれについている時空に関するある物質が結晶化したものだ、名を『時の結晶石』と言う」

 

 

 

「「「……はぁ?」」」

 

 

 

 ようやく溶けてきたと思われたギルドの空気が再び凍りつく。

 

「えーとですね、次元龍って伝説の魔獣と呼ばれたあの?」

 

「そうだぞ」

 

「そ、そのですね、幾ら何でもそれは信じられないのですが……」

 

「別に信じなくてもいいよ、鑑定してもらうだけで十分だから」

 

「そうですか、分かりました。ではお預かりさせて頂きますね」

 

 言い終えるとアイラは魔石と水晶を持って小走りでカウンターの奥の部屋へと入っていった。

 

「ゼルさん……、幾ら何でも嘘はいけないかと」

 

「お前まで信じてないのかよっ! 全く、そんな事言うなら次元龍ここに召喚して――」

 

「それだけは止めて下さいお願いします」

 

 咄嗟に次元龍を召喚しようとした俺をウルナが懇願するかのように止めに掛かる。

 何だよ、どうせだから証言させてやろうと思ったのに……。

 だが、彼女の言うとおりあの伝説の魔獣の中で一番訳の分からないアイツ、召喚したら事態の収拾がつかないようなややこしい展開になりそうだな。

 いや待てよ、それなら武力行使で秒殺した後に脅して従わせれば――

 

「素材の鑑定終わりましたぁ!」

 

 そこに魔石と水晶を大事そうに抱えたアイラが小走りで戻ってくる。

 

「魔石はサイズ、純度共に最高レベル。よって鑑定金額は500万エンドです……、また水晶に関しては成分がどの様な宝石系素材とも合致しませんでしたので即ち未確認鉱石であることが判明……、この場では値段のつけようが無いので後日、研究者らにお渡しし再度じっくりと鑑定した後に競売にかけられる事になりました。よって結果が出次第、ハンター銀行に振り込みたいと思います」

 

 そのアイラの言葉を側で聞いていた冒険者達は驚きの余り、目を見開き、顎が外れそうな程あんぐりと口を開けていた。

 

「え、えぇっ!? 本当ですかアイラさんっ!?」

 

「はい……、今までに持ち込まれた事のないサイズだと、ギルド長も――」

 

「なるほど……、このギルドには銀行システムもあるのか、驚いたな」

 

「驚くところそこじゃなくない!?」

 

 そんな騒ぎを経ながらも俺達は何とか初めての素材の売却を終える。

 初っ端から金貨5枚分のお金が手に入るとは思わなかったが、これで数ヶ月分の生活は心配しなくとも良さそうだ。

 ふぅ、財産難で冒険者人生『エンド』にならなくてよかった、よかった。



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Chapter2-9 初心者絡み

「どうもありがとうございました」

 

 礼を言うと俺は後列の冒険者から注目を集めつつも、カウンターから去る。

 何というか、思った以上の収穫だったな。次元龍アイザックもたまにはいい仕事するじゃないか。

「ヌワハハッ! これが我の力だぁ!」とか言って自慢げに馬鹿笑いしているアイザックのドヤ顔が頭に浮かんできたが直ぐに魔力を行使して強制的に記憶消去する。

 

 ふと隣りにいるウルナを見ると何故か表情が強張っていた……、と言うより怒ってないか?

 

「どうかしたか?」

 

「どうかしたか? ――じゃないですよ! 何であんな魔石を平然と取り出すの!?」

 

「売りたかったからに決まってるだろ?」

 

「はぁ……、ともかくあんな巨大な魔石を見たら誰だって目を疑いますから気をつけて下さい。ゼルさんの超異常さは他の冒険者に悪影響を及ぼしかねませんから」

 

「巨大な魔石って……こんな感じの?」

 

 俺は空間魔法の収納から直径80センチ程でかつ球体に限りなく近い綺麗な魔石を取り出した。

 この魔石は今までの中でも手に入れた幾多の魔石の中でもベスト100に入るほど大きく、綺麗な魔石である。

 

「……だからぁ」

 

「だから?」

 

「だから出すなって言ってるでしょッ!!」

 

 案の定、ウルナにキレられたが……。

 

 

 

 

 

「ゼルさんといるとどれが常識でどれが常識じゃないのか感覚が狂ってきます……」

 

 怒り疲れたのか彼女は両手杖を立てながらと長い溜息をついていた。

 彼女曰く俺のする行動一々が他の人から見てみれば超異常の様だ。

 確かにレベル999に関しては異常である自覚はハッキリと持っているが、まさか魔石や素材がここまで流通していないとは思わなかった。

 次元龍の背びれである『時の結晶石』に関しても誰かしら取ってきている物だと思っていたのだが……、確かに相当なレア品でああるがまさか未確認素材だとはな。

 だって遊びの感覚で樹海滅ぼしに来てはボコボコにされる様な世界で一番キチ◯イな奴だから、世界中のどこでもそんな阿呆らしい事やっているものだと思っていたのだがどうやら違った様だ。

 

 即ち、あの樹海が相当おかしかったということだな。

 よって全てあの樹海のせいだ、俺は何一つ悪くないぞ。

 

「その内、慣れるさ」

 

「それは絶対に慣れてはいけない類の物だと思います……」

 

「俺も善処するとしよう」

 

「唯でさえ世界最強レベルで強いんですから……、気をつけて下さいね」

 

 世界最強レベルねぇ、確かに復讐心だけで成り上がってきたがこれで世界最強と言うのもどうもしっくり来ないな。

 いや――ただ単に俺が更なる力を欲しているだけか? 我ながら戦闘狂のような事を考えるようになってしまったのだな。

 

「さて、気をつけるとかどうとかは置いておくとして軽く依頼でも見てみるか?」

 

「そうですね、折角冒険者になれたんですからっ! 依頼を受けてみるのも――」

 

「おい、何でこんな所に無職がいるんだよ」

 

 突如野太い声が俺に浴びせられ、振り返ってみる。

 そこにはヘラヘラとした三十代半ばと思われる男が俺を馬鹿にするような目つきでこちらに近づいてきていた。

 やれやれ……、早速カモが出てきたか。

 

「ど、どうして――あっ」

 

 どうして無職と分かったのか、彼女は気になったのだろう。

 簡単な話だ、先程表示させてやったカーソルをレベル以外消さずに表示させておいたのだ。これなら今俺の目の前に立っているようなクソ野郎がよく釣れると思ってな。

 

 俺は呆れて、軽くため息をつくとその男たちのリーダーらしき人物を注意深く観察してみる。

 俺とは対称的にちょっとばかし筋肉質の体、腰には鉄の剣が鞘に収まった状態で付けられている。

 だが筋肉質の割には魔力が然程感じられない、全体的に評価するとすればレベル60前後。つまり大賢者のウルナたんでも余裕で勝てるような相手だ。

 どうせウルナや無職である俺が新米かつ弱そうだから話しかけてきたのだろう。

 

「ほぉー、君中々可愛いじゃんよ」

 

 なにも言わず静かに見ていると男は隣りにいるウルナにも絡んでくる。

 その言葉を聞いた瞬間彼女の周りの空気の流れが変わった。

 

「……私達に何か?」

 

 ウルナは冷酷な目でその男を睨む。と言っても見た目が可愛いから余り牽制には使えないんだよな……。

 ――って、おいおいマジかよ。この子邪気はなっちゃってんじゃん、凄え、たかが人を威嚇するだけで?

 因みに邪気とは邪魔法の一種で自らの威圧感を非常に高める魔法だ。戦闘向きではないがこの魔法は放つことで基本自分より格下の魔獣などを退ける事のできる優れものである。

 

「いやぁ、綺麗だなーって思ってさ。なあ、こんなクソ無職と一緒にいないで俺と食事でもしない?」

 

「お断りさせて頂きます。それに私の仲間をクソ無職などと侮辱しないでもらえますか?」

 

 未だに邪気を放ちつつウルナはきっぱりと言い返した。

 へえ、一応俺のこと庇ってくれるんだ、その気持ちちょっと嬉しいかも。

 だが……、これは俺が仕掛けたありきたりな罠だ。別にウルナが協力する必要ないんだぜ?

 

「ぷっ、ガハハハハッ!! なに言ってんだお嬢ちゃん、無職なんてクソ以外何者でもねぇだろ? 弱者だぞ弱者、世間の粗大ゴミィッ!!」

 

「ふっ、ふざけないで下さいッ!! ゼルさんは――」

 

「止せウルナ、ここからは俺の問題だ、下がってろ」

 

 俺は冷静さを保ちつつも、ウルナの制し、前に出た。

 男はその様子を見て「ああん?」と苛ついた様な表情を見せる。

 

「なんだぁよ、クソ無職。さっさとどっか行けよぉ! 見てんだけで虫唾が走んだよぉ!」

 

「クソ無職とは心外だな、それにまだ用事を済ませていないのにも関わらず立ち去ることは出来ないね、例え――貴方のような御方が居てもな」

 

「はぁ!? 無職如きがこのザーラ様に口答えしてんじゃねぇよぉ!」

 

 男は野太い声を一層あら上げてこちらの事を睨みつけてきた。目の釣り上がり様からして相当怒っているようだ。

 そんなに無職が嫌いか、救えない奴だな。

 

「なぜ俺が貴方のような赤の他人に敬意を示さなければならないんでしょうかねぇ。全くもって理解不能です」

 

「ハッ、神に見放された正真正銘のクズ野郎が何言ってんだよぉ? なんなら教えたろか、職業持ちの力をなぁ!」

 

 だが、その時だった横から一人の女性が間へと入ってくる。

 

「ちょっとアンタ達、ギルド内で喧嘩とか冒険者の名がすたるよ」

 

「ちぃっ、カゲヨか。テメェには関係ねぇだろ!?」

 

「関係ありありだよ。こんな朝っぱらからナンパして喧嘩とかホント笑える。もう少し先輩らしく振る舞えっての」

 

 そのカゲヨと呼ばれた女性は何処と無く本の中に出てきた『侍』の姿に似ている人だった。だが、話の中に出てくる侍は基本男である、そこの所を踏まえると彼女は女侍と言ったほうがしっくりとくるだろうか。

 茶髪のポニテールに茶色い澄んだ目、ちょっと露出のある防具に身を包み腰には古風な剣、いわゆる刀を付けている。

 スタイルはウルナには若干劣るもののかなり良く何より彼女からは他の人とは格の違うオーラが感じ取れた。

 ほぉ――このオーラ、レベル150以上と来たか中々面白いやつもいるじゃねぇか。

 

「アンタ達も少しは言葉を選びな、冒険者は弱肉強食の世界なんだからね。」

 

「……、はい」

 

 取り敢えず従っておくとしよう。このカゲヨとやらに逆らった所で何の得もないからな。

 

「ちっ、無職風情がわかってるようなこと言いやがって。所詮、無職なんて神に見放された雑魚。神公認のドン底のクソ野郎なんだよぉ!! 生意気な口聞きやがって、お前らクソ無職は奴隷が一番お似合いなんだよぉ!! 」

 

 男はギルド内で大声を上げながらそう喚き散らす。

 ダメだ、冷静になろうとしても出来ないや。自分で仕掛けた罠のくせに我ながら情けないな。

 俺は振り切った怒りのボルテージを開放しながらカゲヨの制止を無視して前に出た。

 我慢を止めた途端にとてつもない怒りと憎悪が込み上げてくる。

 

 

 

 無職だからって何なんだよ。

 無職だからって何がいけない。

 

 

 

 そんなの……、馬鹿らしいにも程がある。

 職業如きで人を差別して何が楽しいというのだ。

 だから――俺のような負の感情に染まり力だけを求める欠陥品が出来てしまうのだ。

 だから――種族間で起こるプライドだけを掛けたような不毛な争いが止まないんだ。

 

 

 だから――俺はこの世界をぶっ潰す。秩序を一から作り直してやるよ。

 

 

「お、お前! それは言い過ぎだ!」

 

「へっ、知るか! あのクソ野郎が無職に生まれたのが悪いんだよ! チッ、お前が間に入ってくるから面白くなくなっちまった。おい、お前らさっさと――」

 

「おい、そこのクズ人間」

 

 俺は自分でも驚くほどの殺気を放ちながら男を呼び止める。

 誰よりも平和を求めているはずなのに……。

 何故こうも人を憎んでしまうのか、何故差別する者を憎んでしまうのか、何故無職と蔑まれただけで激しく殺意を覚えるのか俺には分からない。

 だから――

 

「ああ!? 貴様ァッ!!」

 

「カゲヨさんって言ったか? なぁ、ギルドには舞台があるんだよな。」

 

「あ、ああ。そうだが」

 

「やるんだったらその舞台とかでやろうぜ」

 

「は……?」

 

「なんだ? もしかして怖いとか言わないよな?」

 

 こうなった俺を止められる手段は一つも思いつかなかった。



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Chapter2-10 決闘前

「おっ、おいアンタッ! それは幾ら何でも無謀すぎだッ!」

 

 先程止めに入ったカゲヨが再び俺と男の間に入ってくる。しかし、俺はそれを無視すると男の顔を我ながら鋭い目つきで睨みつけた。

 確かに人と争うのはよくない事である、しかしこればかりはこのクズ人間に見せつけなければならない。

 丁度いい機会だ、この際この街、ファスタットの冒険者にも見せてやろう。怒れる無職の真髄を――

 

「ぶ、舞台っ!? 一体どういうことですか!?」

 

 俺に聞いても耳を貸してくれないと判断したのかウルナが心配そうな表情でカゲヨに尋ねた、すると彼女は「知らないのか?」という怪訝そうな表情でウルナを見つめる。

 

「舞台というのはギルドに備え付けられている決闘の場、人と人がぶつかり合う場所だ。審判がいるとは言え、毎年何人もの死人が出ている場所でもある。それにこの場では例え相手を間違って殺してしまってもそれが問題になることはない。ただし、武器の使用は基本禁止とされているがな」

 

「……なるほど、そうですか」

 

 ウルナはようやく事を理解したかのようにニヤリと笑う。先程のテストの時からしても彼女とて――俺が弱者扱いされるのが気に入らないのだろう。

 

「へへっ、無職の癖に中々面白えこと言うじゃねぇか。その勝負受けて立つ」

 

「……ッ! ザーラ、アンタまで!」

 

「女は黙ってな、これは男と男との勝負だからなぁ! そうだろ、そこのクソ無職ッ!」

 

「ゼルファだ」

 

「ああ?」

 

「俺の名はゼルファだ、覚えておくといい。まあ、嫌でも覚えることになるだろうけどな、ザーラさん?」

 

 不敵に笑いながら俺は調子に乗っているザーラを見る。

 当たり前だ、本来であればこの世界に存在しないはずの『最強の無職』がここにいるのだ。この力を見せつければ嫌でも頭のなかに残るだろうよ。

 その――かつて世界を闇に包もうとした邪神ゼルフィーネが由来の俺の名前をな。全く、我ながら飛んでもない名前を付けられたものだ。

 

「チッ……、どこまでも気に入らねぇ奴だ。いいぜ、俺の力を嫌というほど見せつけれやるよぉ! おい、アンナちゃんっ! 舞台の準備を頼むぜ、そこのクソ無職が俺と戦いたいんだってよぉ!」

 

「はい――って、えぇっ!? そ、そこの無職無能ゼルファさんと戦うんですか!? 幾ら何でも――」

 

「はっ、強さなんて関係ねぇよ! この分からず屋にちと現実というものを教えてやろうと思ってんだ、それに規則上問題はないだろう?」

 

「で、ですが……、本当にやるんですか、ゼルファさん?」

 

「当たり前だ。だから舞台は頼んだぞ、アンナさん」

 

「……、わ、分かりましたっ! 直ぐに準備しますから」

 

 そう言ってアンナは再び小走りでカウンターの奥の部屋へと入っていった。

 周りの冒険者とギルド職員は騒ぎを聞きつけて、ざわざわし始める。

 

「うわっ、ザーラのやつ墓穴掘りやがった」

 

「ゼルファってさっき訓練場を一撃で破壊したヤバい奴だろ? あいつ絶対終わったって……」

 

「大体おかしいだろ、どうしたら無職無能があそこまで強くなれるのさ」

 

「でもザーラさん、最近調子乗ってたからいい薬になるんじゃなーい?」

 

 そんなギルド職員の話が聞こえてくる。

 無論、俺の地獄耳によって聞き取ったもののためザーラやウルナには絶対に聞こえてないと思うが。

 まっ、どうでもいいか。

 俺はこの男を思う存分ボコボコに出来たら十分だから。

 

「ゼルさん……、思い切りましたね」

 

「ああ、ちと俺を怒らせたらどうなるか講義してくる」

 

「――くれぐれも観客巻き込まないで下さいね? 貴方がやると二次災害が起きかねませんから」

 

「ふっ、善処するよ」

 

「ともかくそれさえ守ってくれればあんな奴、けちょんけちょんのギッタギタのメッタメタのボロ雑巾にしてくれても構いませんから! 何なら私がやりたいぐらいですっ!」

 

「サンキューな、ともかくじっくり甚振ってくる」

 

「ふふっ、いいですねぇ。無能の底力、思い知らせてちゃってっ!」

 

 ウルナが応援の意を込めたガッツポーズを決めながら言った。

 

「おしっ! 何か燃えてきたぁ!! あのゴミ人間ぶっ潰してやるっ!」

 

 傍からみたら悍ましいことこの上ない会話ではあるが、これが俺ら無能コンビのスタイルなので気にしない。

 さて、どう戦って相手をドン底に突き落としてやろうか……、心が躍るな。

 

 

 

 

 

 《Point of view : Uruna》

 

 私はゼルファと別れた後、舞台に備えられている観客席へと向かった。

 既にギルドに居た多くの冒険者がこれから始まるであろう決闘に期待を膨らませながら騒いでいる。

 

 舞台は円形の形をしていて、周りは内側から広い草地、観客席の順で構成されている。またそれに加えて草地と観客席の間にはしっかりとドーム状の見えない魔力のバリアが張ってあり、観客席に被害が出ないように対策してある。

 だが――ゼルファのことだ。あれぐらい破って当然とか言ってのけそうである。

 観客席も案外しっかりしていて200人は余裕では入れそうだ、そんな感想を抱きながら私は両手杖を背中から取り外して下に置くと舞台の観客席の最前列に静かに座った。

 

「……隣いいですかな?」

 

「はい、いいで――あっ、ガンガスさん。ガンガスさんもこの試合を?」

 

「左様。内の職員がゼルファが暴れるぞっ! って怯えていたから何事かと思ってきたら案の定こういう訳でしたか……」

 

「ハハハ……、内の仲間のゼルファがすみません」

 

「いえいえ、謝罪には及びませんよ。実を言うと私もこの決闘には賛成なんですよ、何故なら――無職無能という定義を改める事が出来ると思いましてね」

 

「無職無能の定義……?」

 

 首を傾げながら舞台をジッと見つめるガンガスに尋ねる。

 ガンガスは私を見て静かにうんうんと頷いた後、口を開いた。

 

「無職無能は決して弱者などではないという事です」

 

「弱者ではない……、ふふっ、そうですね」

 

「嬉しいのですかな?」

 

「えっ……? あっ、いや別にそんなんじゃ……」

 

「ハッハッハ、青春はいいものですねぇ」

 

 なぜかガンガスに色々な意味で勘違いされるが私は否定せず舞台の方に向き直った。

 そこにはマントを外してやる気満々のゼルファが立っているのが見えた。

 

「さてさて、一体どんな決闘をしてくれるんだろうねぇ」

 

「そうですねぇ……、ってカゲヨさん? いらしてたんですね」

 

「ん? あっ、アンタはあの無職の――」

 

 後ろを振り返った先にある一つ上の席にカゲヨは堂々と座っていた。

 

「ゼルファさんの仲間のウルナです、以後お見知りおきを」

 

「ウルナか。私の名前は知っているみたいだから自己紹介は割愛させてもらうが……、本当に大丈夫なのか、そのゼルファは?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「――なぜそう言い切れる?」

 

「その点は、私も賛成しておきましょう」

 

「ん? ガンガスのおっさんじゃないか、何でこんな所に」

 

「歴史的瞬間を見るためですよ――訓練場と石塀と森をたった一撃でふっ飛ばした最強とも言える存在が名を知らしめる瞬間をね」

 

「……どうやら中々面白いわけがありそうだな。ウルナ、よかったら決闘が始まるまで聞かせてくれないか、ゼルファがどんな人か」

 

「はいっ! いいですよ」

 

 こうして決闘が始まる直前まで私は今日一日のゼルファのあり得ない武勇伝をカゲヨに聞かせてあげたのだった。



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Chapter2-11 圧倒的強者

「試合時間は10分で、決着がつかなければ試合終了ですからね」

 

「分かってるっての、まっ十分も必要ないけどなぁ!」

 

 ザーラは言うと持っている武器を捨てて舞台へと飛び乗った。

 俺もそれに続くかのように背中の剣を静かかつ優しく置き、指をポキポキと鳴らして舞台へと上がった。

 観客席はいつの間にか全てが埋まっていて辺りから歓声が聞こえてくる。

 まさかこんなにも集まるとは――不本意ではあるが力を知らしめすぎて一躍有名になっちゃうかもな。

 

 と、その時である。

 俺が周りを見渡しているとザーラの後ろから連れが3人、舞台に飛び乗ってきたのだ。

 辺りから「ザーラそりゃねーぞッ!」などのブーイングが発生する。

 

「どういうつもりだ? 1対1でやり合うんじゃないのか?」

 

「へっ、誰が1対1なんて言った? だが安心しろ、コイツらはお前が怯えて逃げないようにするために監視役だからなぁ」

 

 へぇ、どんな卑怯な手を使ってでも俺に勝とうっていう算段か。なるほど、やる気はあるようだな、結構結構。

 だが少し数を間違えてしまったようだな。あのレベル40程度の監視であれば後1000人程必要だろうに。

 

「ではこれから試合を行います。制限時間は10分です。審判がどちらかが戦闘不能と判断した時点で試合終了です」

 

 戦闘不能と判断? ああ、なるほど、そういう事か。

 見た目だけで判断するのは少し安全性が足りないのではないかと思ったがどうやらあの審判も中々の鑑定魔法の使い手のようだな、それでHPの割合が少なくなった所で審判の判断の元戦闘不能とする、そんな感じか。

 鑑定魔法の強さからして割合は分かるが総HPの値までは見抜けていない程度だろう、しかし念のためHPの割合まではしっかりと見抜けるよう反魔法を緩めてやるとしよう。

 

 よっし、こっちも丁度熱くなってきたところだ、これで準備万全だぜっ!

 

 

 

「では――始め!」

 

 

 

 審判の声が舞台に響き渡る。

 だが、俺はそんな事を気にする素振りを見せずただ自然な姿勢で呆然――と見せかけているだけだが――と突っ立っていた。

 

「けっ、怖くて来れないのか? ならこっちから行ってやるよぉ!!」

 

 そう言ってザーラは俺に駆け寄ると同時に顔を殴りつけてきた。

 だが――

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 刹那――ザーラは顔を歪めると直ぐ様俺から飛び退く。

 会場は一体何が起きたのかとざわざわとし始めた。

 その一方で拳を痛めて苦痛の表情を浮かべているザーラを見ながら俺は愕然としていた。

 

 

 ――よ、弱すぎる。幾ら何でもこれは弱すぎるぞ。折角、仕掛けを施してやったというのに、あり得ねぇだろ。今の一発で俺の熱血鎮火したぞ、おい。

 

 

「な……、嘘だろっ? お前、その程度なのかよ」

 

「ッ――!!! 馬鹿にしやがって、今のはまだ本気じゃねぇよぉ!!」

 

 

 ザーラは一般人よりも少し高いほどの跳躍力で飛び上がると俺の顔に蹴りを放った。

 しかし俺は適当に腕を上げて蹴りを止めてやると逆に反動でザーラが吹っ飛んでいった。

 ……なにこれ。イージーゲーム過ぎだろ。つ、つまらないぞ。

 

 

「嘘だろ……? あのザーラが苦戦してるぞ!」

 

「というかアイツ試合始まってから一歩も動いてないよな、あり得ねぇだろッ!!」

 

「無職なのか? 本当にあの男は無職なのか!?」

 

「でも――あのステータスカーソルにはそう書いてあるわよっ!」

 

 

 会場は俺の圧倒的強さにどよめき、混乱し始める。監視の男達に至っては口をあんぐりと開けてその光景が信じられないかのようにプルプルと震えていた。

 一方で俺は静かに腕を組みながら地面に転がっているザーラを見つめる。

 

 

「クソ無職に傷一つ与えられない拳闘士か……。一体どんな二つ名がつくんだろうなぁ、ザーラさん?」

 

「チィッ、調子に乗ってんじゃねぇよぉ!! 無職如きがァ!! あぁ、もう怒ったぁ!! 俺の本気見せてやるよぉ!!」

 

 

 初めからそうしろよと内心毒づきながらもどんな大技が来るのか俺は期待の眼差しでザーラを見た。

 レベル88のウルナでさえ、あのデカい邪魔法を出せたのだ。ザーラもきっともう少しはマシな技が出せるのだろう。

 

 ザーラは先程の2、3倍ほど高く飛び上がると虚空で足を振りかぶった。

 そして――

 

 

「風神……蹴りぃ!!」

 

 

 足から空気を斬り裂くような風を纏った衝撃波が腕をクロスさせた俺に放たれる。

 中々の速度を保ちつつも襲い掛かってきたその衝撃波は服を少し破き、俺の右腕に長さ10センチ程の斬り傷をつけた。

 だが――その後、あっさりと消滅する。

 

 

「おっ、ようやく傷ついたな。良かったじゃないかザーラ、おめでとさん」

 

 

「な……、馬鹿な。俺の――渾身の風神蹴りが……」

 

「いやいや、でも中々いい蹴りだったぞ現に俺に傷一つつけたわけだし」

 

「あぁ……!? ふっ、ふざけんなよ……っ! お前は無職だ、無職がこんなに強いわけねぇ! イカサマだ! コイツイカサマしたぞぉ!!」

 

 

 ――うわぁ、ボードゲームとかで負けるならまだしも決闘で負けそうになっておいて「イカサマしただろ」とかもはや末期だろコイツ。

 

 

「というか喋ってばかりでいいのかよ? ほら、傷治っちゃうよ?」

 

 

「はあ……!?」

 

 ザーラは驚きの光景を目にして愕然とする。

 そう、俺の体に付いた傷が服と共にみるみると修復されていくのを彼は目にしたのだ。

 

「ど、どういう事だ!? ま、魔法は使っていないはずなのに……」

 

「嘘だろ? みるみるうちに治ってくじゃねぇかよ!」

 

「どうなってんだ!? 一体どうなってんだよぉ!」

 

 会場から戸惑いの声が上がり、誰もがその目を疑った。

 当たり前だ、この能力、いやスキルは俺専用のエクストラスキルなのだからな。

 そして俺はヘラヘラと笑いながら驚愕の表情で石化しているザーラに言った。

 

「お前には特別に教えてやるさ。これはな『自己再生』っていうスキルで、のべ20秒間に1%体力を回復させるっていうエクストラスキルだ」

 

 

「なっ……、エクストラスキルだとぉ!?」

 

 

 ザーラは目を見開いて徐々に回復していく俺の腕を凝視していた。

 

 

「エクストラスキルッ!? 無職がぁ!?」

 

「アイツ……、まさかレベル100超えッ!? あり得ない、あり得なさ過ぎて凄えよ!」

 

「もう呆れ通り越して感動するわ!」

 

 

 会場の流れは完全に俺の方へと向いていた。

 俺の圧倒的チート性を誇るエクストラスキル――レベルが約100上がるごとに取得できる個々人専用のスキル――の紹介のお陰で見事に会場はざわつきを増していた。

 初めからこれが狙いだったのだ、だから――あれを仕掛けてやったというのにアイツの攻撃が弱すぎてもはやお話しにならなかったな。

 

「ち、調子に乗るんじゃねぇえええ!!! 今だ、全員魔法を放て!!」

 

 ザーラの言葉を合図に「はあっ!」と何かに力を込める声が聞こえ、監視の男達が放った風魔法、火魔法、水魔法が俺をめがけて飛んできた。

 俺はその魔法をもろに――

 

 

 

 パシュンッ!

 

 

 

 握りつぶしたのだ。

 

 

 

「ハッハッハ! ざまぁみ――ハアアアアッ!!」

 

 

 ザーラ達はもう目の前に起きていることが信じられなさすぎたのか、今までに見たことがない驚愕の表情を俺に見せてくれる。

 フハハ、たかが魔素を握りつぶして無効化しただけなのにあの表情――中々滑稽じゃないか。これだから格下弄りは止められないな。

 

 

「なに今の? よく分かんないもの飛んできたから僕、手で握りつぶしちゃった、てへっ」

 

 

「ま、魔法を――手で握りつぶしちゃった!? 意味の分からないこと言ってんじゃねええぇぇ!!」

 

 

 ――ダメだ、コイツもう色々と末期だわ。

 ザーラは再び右拳を振り上げながら猛スピードで突進してくる。

 だがその渾身のパンチを俺は軽く片腕だけで受け止める。その衝撃で空気が多少ゆるぎ流れを変えたのが分かった。

 今のパンチは中々強かったぞ、レベル60にしてはの話だがな。

 

「なっ!?」

 

「遅すぎるよ、もう少し速く動かないとね。こういう風に――ッ!」

 

 直ぐ様横に回り込むと渾身の掌底を俺はザーラの腹に打ち、吹っ飛ばした。

 更にスキル『スプリントラッシュ』でザーラが吹っ飛ぶスピードより速く動き、続けざまに男を蹴り上げ、今度は上空に回り込んでかかと落とし。

 ザーラが舞台にぶつかると辺りが地震が起きたかのようにグラリと大きく揺れ、会場がどよめく。

 

 

「グ……ッ! ク、クソッ、もう一回魔法だ!!」

 

 

 その声を合図に再び魔法が三発俺に向けて飛んでくる。

 だが――俺はそれを全て手で受け止めるとちょっとばかり魔素を追加して投げ返してやった。

 ザーラの後ろにいる監視役三人の足元で、爆発が巻き起こる。

 

 

「「「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」

 

 

 三人は場外にふっ飛ばされるとそのままノックアウトした。あの程度の魔法に耐えられなんて――どんだけ弱いんだよアイツら。

 

 

「さてと……、残るは貴方だけですね。ザーラさん?」

 

「く、クソッ! どうなってんだよ! そ、そうだ、これは何かの間違いだ! そうだ、夢だ! これは夢だったんだ! 夢だ夢だ夢だぁ!!」

 

 

 どうやらあまりの衝撃に頭が逝ってしまったようだ。

 ならちょっとばかし衝撃を与えて頭を起こさせるとしましょう。

 

 俺はその場で両手を上げると直径3メートルは下らない魔法陣を生成、俺の頭上に直径4メートルは確実にあるであろう業火球を創り上げ「あらよっとぉ!!」と掛け声を上げながら垂直に空高く投げ飛ばした。

 観客が皆、無言で目と口を見開き、遥か高くに飛んでいったそのまあまあ大きめの火の球を見つめていた。

 

「さーてと、ザーラ君にはもう一ついいことを教えてあげましょーうっ!」

 

「は、はぁ……!?」

 

「実はね。俺、戦いの最初に『捨て身』っていうスキルを使ったんだ。因みに『捨て身』っていうのは一時的に防御と魔防を大幅に下げる代わりに攻撃と魔力を大幅に上げるスキルなんだ」

 

「え……?」

 

「まぁ、そんな状態で俺の体に傷を一つしか付けられなかった事自体驚きなんだけどね……、じゃあ今から本気で――ぶっ飛ばすッ!!」

 

 言い終えるや否や足に力を入れ、俺は空高く一気に飛び上がった。そして空中で落下している最中だった業火球よりも高い位置まで来るとそこから一気に急降下。

 右手で業火球を貫くとともに灼熱の炎を右手に纏わせた後に舞台に着陸する。そして――ザーラを睨みつけた。

 因みに右手に関してはとあるエクストラスキルを使っているため燃えて火傷を負うことはないのだ。

 

「ひっ……、ゆ、許し……」

 

 

 

 

「それじゃあねー、――業火正拳突きぃッ!!!」

 

 

 

 

 俺は右手を目にも留まらぬ速さで突き出した。

 刹那――龍のごとく畝る炎が右手の拳から放たれ、凄まじい爆音が舞台に響き渡る。

 荒くる爆風が観客席と草地の間にあったバリアを突き抜け、その猛威を振るった。だが、それは単なる演出である。その為、しっかりと同時進行で風魔法を発動し、爆風の勢いを二次災害が出ない程度に抑えておいた。

 ――我ながらちょっとやり過ぎたな。

 

 

 爆風の余波がようやく静まった頃、審判が怯えながら震え声で叫んだ。

 

 

「ざ、ザーラさんのせ、戦闘不能を確認! よって試合終了です!」

 

 

 観客は俺のまさかの圧倒的勝利に歓声を上げ、拍手を送ってきた。

 目立つのは好きではないがこういうのも……、悪くはないな。俺は歓声に応えるべく静かに手を上げた。



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Chapter2-12 夜のお楽しみ(?)

「だぁーっ! 疲れたぁ! 初日から何でこんな疲れんだよコンチクショーッ!!」

 

「仕方ないじゃない、樹海から抜け出してファスタット来て、ハンター登録して、あのクズ野郎をボコボコにしたんですから」

 

 あの後、俺は死にかけていたザーラを治療してやって決闘を終えた。

 ザーラは傷が治って俺を見た瞬間怯え、どこかの誰かさんのように「ごめんなさい」を連呼していた。

 あそこまで力の大差を見せつけてやったのだ、怯えたって致し方あるまい。だが今後二度と無職や無能を差別してくれるなと深く釘を刺しておいたがな。

 そして決闘を見て感動した色々な冒険者に囲まれそうになった所を一気に掻い潜って、ウルナとともに初の依頼を受けた後、ギルドを逃げ出してきたのだった。

 本当であれば――カゲヨさん辺りと話をしてみたかったのだが、それ以前に「力の秘訣を教えてくれぇ!」って冒険者が我こそはと襲い掛かってきたのでウルナを抱えながら『スプリントラッシュ』で逃げてやった。

 本当に『スプリントラッシュ』は使い心地のいいスキルだ、本来なら戦闘スキルなのにもはや生活スキルと化している。

 

 因みにまだ依頼の方はこなしていない、が内容からして大したことは無さそうだ。明日、朝早くちゃちゃっと終わらせて次の依頼に移るとしよう。

 

 それで俺らは夜ご飯を適当な場所で済ませ、適当な宿屋を取って、今に至るという訳だ。

 部屋の中は一般的な宿と言ってよいくらいの設備でまあまあ充実していた。

 何とか二人部屋は取れたが、流石に二部屋までは取れなかった。つまり俺とウルナは同じ部屋で過ごすことになる。ベッドは幸い二つに別れているが、だからと言って許させる行為ではないだろう。

 

「はぁ、それにしても何で二人部屋……」

 

「仕方ないじゃないですか、空いていなかったんですから……。こんな美少女と泊まれるんだからラッキーって思ってしまえば気が楽になりますよ」

 

「自分で美少女とかいうなや……」

 

「それにゼルさんの話によれば今朝だって同じ部屋で――」

 

「あれは看病しててつい寝ちゃっただけだ! ノーカウントだろ、ノーカウント! 全く、年頃の女子と同じ部屋って色々と問題ありまくりだろ……」

 

「あれ……? まさか、ゼルさんそんなハレンチな事考えてたんですか!? エッチッ! 変態ッ! 人でなしッ!」

 

 ウルナがニヤニヤと笑いながら煽るかのように枕を俺に投げつけてきた。俺はそれを仏頂面のまま片手でキャッチするや否やシレッと投げ返してやる。

 

「意味がわからないことを言うな。そんな事期待するわけがなかろう」

 

「そんな事言って……、本当は期待してるんでしょ?」

 

「期待してない」

 

「してるー、絶対してるーっ!」

 

「うっせ、そんな事考えられるかっての」

 

 増してやこんな美少女とあんな事やこんな事――考えるだけでも恐れ多いわ。

 というかこういう時って大抵女性の方が緊張するはずなのに大の男である俺が物凄い緊張している。なんか情けなくない?

 とりあえず、緊張の原因はウルナが美少女だからって事にしておこう。うん、そうしよう。

 結論、俺はなにも悪くない。

 

「でも久しぶりにスカッとしましたねぇ! この爽快感やみつきになりそうです!」

 

「だろ? あのザーラの引きつった顔はマジで笑えた。いやぁ、あそこまでボコし甲斐のある奴は中々いねぇよな」

 

「ホント、ホント! それに業火正拳突き――カッコよかったですよー、ガンガスさんやカゲヨさんが『スゲェッ!』って感動してました。私も、惚れそうになっちゃいました……」

 

 

 一人顔を赤らめながら俯いているウルナに対して俺は疑問を抱く。

 あんなカスみたいな技のどこがカッコいいのかと――

 

 

「ん? なに言ってんだ、フレイムショットの方がカッコいいだろ」

 

「――あれは二度と使わないで下さい、本当に……」

 

「わかった、今度はあれの上位互換フレイムバーストで街一つ吹き飛ばしてやる」

 

「マジで、止めて下さい」

 

 うわ、ウルナたんの真顔マジで怖い……。

 だが正直俺もあれは流石にやりすぎたと自覚している。だから今後は誰も居ないかまたは本当に撃たなければいけないかをしっかりと見極めた上で撃つことにしよう。

 あの火魔法究極奥義は――下手したら小さな都市一つ消し飛びかねないからね。

 樹海の中は樹海その物が異常な再生力を持っていたから別に何発撃った所で何も問題は無かったが。

 

 ふと俺は宿の窓の外から覗く月を眺めた。そう、あの時と同じ満月――

 あの地獄絵図の様な悲劇を生んだ夜と同じ月。俺の中の物語が始まった日と同じ月。

 

『超無能が生意気な口聞いてんじゃねぇよ!!』

 

 

『人間風情が調子に乗るな、この世界を支配するのはこの魔族なんだからな!!』

 

 

『魔族は悪! よって人間の敵! 兎に角魔族はひとり残らず殺せぇ!』

 

 

『生意気な口聞きやがって、お前らクソ無職は奴隷が一番お似合いなんだよぉ!!』

 

 

 ――本当に馬鹿らしいんだよね。そういうの。

 結局は皆やっていることは変わらないのだ。だからこそ俺はそいつらが嫌いだ。

 俺を無職無能だからと言って虐げ、ストレス発散の道具としたそいつらが。

 魔族を共通の敵と認識している人間が。

 もしくは人間を共通の敵と認識している魔族が。

 そして人間という枠組みの中でも種族や職業という絶対障壁を使って醜く荒らそう奴らが。

 

 種族や職業なんてどうでもいいって改めて思った。

 無職無能になってみて初めて分かる事、初めて見えてくる世界。

 俺が望むは生きとして生けるもの全てが平和に暮らす世界。

 何にも縛られず、全てが自由となる世界。

 矛盾しているかもしれないが――俺はその為に戦う。

 この腐り切った世界を、縛られた運命を、システムという名の束縛を――ぶっ壊す。そして暗躍する第三の敵も『真実』も――

 

「どうしたの? そんなに月をじ~っと見て……。もしかして考え事?」

 

「ああ、まあな……。」

 

 ウルナに向かって俺は静かに微笑んだ。

 ――あの時、あの場所で出会った、あの少女。その姿と被って俺の鼓動は早くなる。

 彼女もまた同じ無能、俺と同じではないが少なくとも同じ経験をした者なのだ。

 

 その時――俺の感情にあるものが芽生えた。

 

 彼女を守りたい、いや守らなければならない気がした。

 ――彼女との出会いが自分の行路を決める運命であるような気がしたのだ。

 

「所でゼルさん。幾つか聞きたいことがあるんですが……、いいですか?」

 

「質問の内容にもよるけど、別にいいぞ」

 

 ウルナは一息つくと真剣な表情で俺の顔を見つめる、そしてその可愛らしく艶やかな唇を開いた。

 

 

 

「どうやったらゼルさんのような境地までたどり着けるんですか?」

 

 

 

 彼女の顔は真剣その物だった。

 今まで俺の規格外な強さを目にしては呆れているようなウルナが……? 一体どういった風の吹き回しだ?

 

「質問を質問で返すのは悪いと思うがどうしてそれが聞きたいんだ?」

 

「……、私、強くなりたいんです」

 

「ほぉ……」

 

 ウルナは真剣な表情を崩さず続けた。

 

「私は幼い頃――駄目賢者だって皆にバカにされた、バカにされただけじゃない蔑まれもしたわ、邪魔法を習得してもその差別は続けられた。寧ろどんどん酷くなっていって――気づいたら死のうとしてた。崖から転落死しようとしてた。でもそんな時にとある魔族が助けてくれたの――君は死ぬべきじゃないって」

 

「魔族……にか?」

 

「はい、その人は一人暮らしでそこで暫く匿ってもらったいました。ですが……、ある日その魔族は強力な魔獣に襲われて死んでしまいました、未熟な私の前で。――守れなかったんです私はその人を……。だから強く決心したんです私は誰かを守れる位に強くなるって……。その後、私は神父様に引き取られて教会で住み始めたんです。それで――神父様に許可を貰って冒険者になる旅に」

 

「なるほどねぇ」

 

 その真剣な表情からこれは紛れもない彼女の真実の過去であることはピリピリと伝わってきた。

 そう彼女と俺はレベルは違うが、ほぼ同じ人生を歩んできていた。似た者同士だった。

 

「そうか……、よしじゃあ俺も面白い話をしてやるとしよう――」

 

 俺はウルナに俺自身が経験した壮絶な過去を語った、魔族の少女やシステムの穴、俺が師匠に出会うまでの全ての全容を――

 

 

 

 

 

「そっか……、そうだったんだ……。だからゼルさんは」

 

「そうだ。あの出来事が俺の全てを狂わせたと言っても過言ではないな」

 

 あの時――目の前で殺された、あの魔族の少女。彼女の引きつった顔は今でも鮮明に頭のなかにこびりついている。

 

「……似た者同士なんだね、私達」

 

「ふっ、そういうこったな」

 

「でもまさかレベルアップにそんな謎があっただなんて――なんで今まで気づかなかったんでしょう?」

 

「さあな、でも知っていた所で早々やる気にはならないだろうよ。余りにも過酷すぎて――」

 

「そうですね……、『努力』で強くなったって意味はようやく分かった気がします」

 

「その名の通り死ぬ位まで努力したよ」

 

 何というか、不思議な感覚だな。

 まだ会ってから一日しか経っていないというのにここまで打ち解けあえるなんて――やはり運命には抗えないのかな。

 

「よしじゃあ、明日から誠心誠意と燃え上がる熱血パワーを持って俺の力の秘密とやらを伝授してやろう。そんでもって強くなれるよう特訓してやるよ」

 

「ほ、本当ですか!? ゼルさんの熱血指導……き、厳しそうだけど頑張りますね!」

 

「はっ、どんと任せやがれ。直ぐにでもSSSにしてフレイムショット撃たせてやるからな」

 

「――それは伝授しなくて構いません」

 

 やはりウルナは今日のテストでフレイムショットが嫌いになってしまったようだ。

 



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Chapter2-13 武器選び

「さてと――まず特訓するにあたってだが……」

 

 俺はベッドの上であぐらをかきながらウルナがベッドの横に立て掛けていた両手杖をビシっと指差した。

 

「明日から両手杖は止めだ」

 

「はいはい、両手杖は止め――って、ええぇぇっ!?」

 

 ウルナは納得したかのように首をウンウンと縦に振ったと思いきや絶叫した、一体何がそこまで彼女を驚かせたのだろうか。

 

「りょ、両手杖を止めろとな!? な、何奴ぅっ!」

 

「何奴もなにも両手杖だと圧倒的に動きづらいだろうが、大賢者としての才能と利点を活かせていないぞ」

 

「で、でもこの杖は――神父様に貰った大切な杖なんですぅ!」

 

「別に捨てろとまでは言っていない、止めろと言ったんだ」

 

「捨てろと止めろってほぼ同意義ですよねぇ」

 

 恨めしそうなジト目で見つめてくるウルナを横目に俺は首を傾げる。

 両手杖は100%却下だが、それ以外で何かいい武器はあるだろうか。

 槍――は両手杖と全く変わらん、意味なし。鞭――いや、将来性が全くと言ってもいいほど無い。だとしたら魔力を高めてくれるステッキか……、或いは――

 いや、もしかしたらこの組み合わせでいけるかもしれないぞ。

 

「俺は右手で片手剣、左手でステッキをオススメする」

 

「け、剣っ!? なんで大賢者の私が剣を!?」

 

「軽くウルナの戦闘を見ていた感想だが、ウルナは遠距離かつ弾丸系の魔法が得意だよな?」

 

「な……、一日でよく見抜けましたね」

 

「それ以外で補助魔法やら、回復魔法やら、状態異常魔法やらの事情は全く分からんが、攻撃において遠距離が得意なのであればいざという時に近距離も鍛えた方が良い。遠距離ばかりに頼っているといざ敵に自らの懐へと入り込まれた時に対処する方法が見つからないからな」

 

「確かに……一理あるかも」

 

 そうだ、スキル的な観念から考えても彼女にとって魔法は職業が故にレベルが上がりやすい、しかし――武器系のスキルレベルは自ら特訓しなければ一向に上がらないのだ。だから――個人的にスキルレベルの上げやすい剣術は俺のオススメである。

 因みにスキルというのはあらゆる生物のステータスの一つであり、その生物が使える技、魔法などを記載するものだ。どういう仕組でそうなっているのか分からないし、気になるが、そういうシステムなのだと割り切ってしまえば然程問題はない。

 

 またスキルは自らの職業によって獲得出来るものが変わってくると巷で言われているが、実際は努力すれば、弓師であっても剣術を、剣士であっても魔法を取得することは可能だ。だが、職業は素質みたいなものでもある為努力する量は変わるが……。

 

 そしてスキルには個々にレベルが存在する。例えばスキル『剣術Ⅳ』、この『Ⅳ』というのはスキルレベルの事で熟練度が上がれば上がるほど上昇するレベルである。上限は『Ⅹ』であり、上限に辿り着くと同時に元のスキルは違う物へと派生していくのだ。また、派生した物で似ているものが集まれば勝手に統合され、ステータスを綺麗にしてくれる。

 例えるとすれば俺が持っているスキル『魔法創造』だ。元々は『極迅雷魔法Ⅹ』と『極氷結魔法Ⅹ』をはじめとするほぼ全ての種類の魔法がしっかりと記載されていたのだが、いつの間にか4文字にまで簡略化されていたのだ。

 

「で、ステッキは名前の通り魔力を高める武器だ、これは一見両手杖の劣化版にも見えるが実はこのステッキ、弾丸系魔法使いとはかなり相性がいいんだよ」

 

「相性がいい……? なぜです?」

 

「ステッキの一番の強みはその魔法の連射性だ。両手杖は魔力を貯めて強い一撃を放つことが出来る、だがその一方で弾丸系の強みである連射性を打ち消してしまっているんだ」

 

「でも――連射性を高めると逆に威力が落ちますよね?」

 

「無論だ、だから多くの魔法使いが両手杖を使っているんだ。だがウルナは他の皆が持っていない邪魔法を持っている。そこか鍵なんだ」

 

「邪魔法……? あっ、もしかして――」

 

「そう、邪魔法は名の通り物を破壊する魔法だ、それ故に元々から威力が高い。だから、魔力を溜めて一回撃つよりは連射するほうが強いんだよ」

 

「なるほどぉ……、それなら納得ですね」

 

 ウルナはウンウンと頷いた。良かった、納得してくれたのなら話は早いな。

 俺はとある物を取り出すため空間魔法を起動しようとした――その時だった。

 

「所で――話はずれますがゼルさんって一体どれだけの魔法が使えるんですか?」

 

「おっ、気になるか? 実はだな――俺が使える魔法は一つだけなんだ」

 

「一つだけ……? まさか火魔法だけとか――」

 

 

 

「俺が使える魔法は『魔法創造』だ! どうだ、凄いだろ?」

 

 

 

「あ、はい。やっぱりゼルさんはゼルさんですね」

 

 ……まるで意味が分からんぞ。

 ゼルさんはゼルさんですねってそのままじゃねぇか、大体『ゼルさん』はいつ形容詞(?)になったんだよ。

 

「さて――話をもとに戻すぞ」

 

 俺は改めて空間魔法を起動して収納からある物を取り出す。

 そして――それはウルナの目を点にさせるには十分な代物だった。

 

「な……、なんですかその如何にもヤバそうな剣は」

 

「コイツはだな、俺がまあまあ頑張って作った片手剣さ。素材はまず、剣を作る際には欠かせないヒヒイロカネ、そしてちょっとレア素材のオリハルコンとアダマンタイトを143:161で混ぜた超合金、アダマンランティア、白龍と言われているエレザードプラティナの爪で出来ている。その他にも魔法付与とか色々してるけどそれは割愛するね」

 

「……突っ込みたいことが幾つもあるんですが」

 

「ん? なんだ、素材が悪かったのか?」

 

「いえ、まず剣を作るには欠かせないとか言ってますがヒヒイロカネって何ですか? 聞いたことないですけど。次にオリハルコンは伝説の金属です、決してちょいレアな素材ではありません。後、アダマンタイトって架空の金属じゃなかったんですか? アダマンランティア? 聞いたこともないし意味分かりません。それと――素材に伝説の白龍の爪使わないで下さい」

 

「んあ? エレザードプラティナなんてどこにでもいるじゃん」

 

「いませんからっ!! いたら人間は既に全滅してますからっ!!」

 

「ふーん、まあ取り敢えずこれ上げるね」

 

「わーい、ありがとーっ ――じゃないっ! こんな明らかに聖剣よりもヤバそうな剣使えませんからっ!」

 

「いやいや、ちゃんと魔法付与で誰でも使えるようにする『イージーユーズ』を施してるから」

 

「なにその付与!? 聞いたことないんですけどっ!?」

 

 聞いたことない? 嘘つけ、ちゃんと本に書いてあったぞ。

 

「ともかく、ちゃんと使えるようになるから――自身持って」

 

「わ、分かりました……。やってみます」

 

 ウルナはおっかなびっくり剣を受け取ると鞘から抜いてみる。

 緋色と白銀の刀身が姿を見せ、彼女にとっては世にも恐ろしいほどのエネルギーを放っている。

 

「ひゃっ。す、すごい……」

 

「だろ? まっ、明日からソイツを相棒に頑張ってくれや」

 

「でも――本当にいいんですか? こんなもの貰って」

 

「当たり前だろ、仲間なんだから。 それに俺は俺でコイツらがいるからな」

 

 俺は壁に立てかけてある両手剣に限りなく近い長剣と如何にも国宝級の輝きを放っている刀を指差した。

 

「そ、それは――この剣よりもヤバいんですか?」

 

「ああ、アイツらは神話の時代に作られたガチな魔剣だ。こんな適当に作った剣とは訳が違う」

 

「そうなんだ……、やっぱりゼルさんだ」

 

 やはり意味が分からんぞ、その形容詞(?)は。



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Chapter2-14 ダンジョン行きません?

 ウルナの弟子入りが決定し、特訓を始めてから10日後のある日。俺らはいつも通り朝早く起きて特訓をしていた。

 特訓の内容は無論、剣術と片手剣とステッキの二刀流での立ち回り方だ。

 

 俺はこう見えても片手剣、両手剣だけでなくあらゆる武器の使い方、立ち回り方を師匠に叩き込まれた為、基本どんな武器であろうと使いこなすことが出来る。

 だが色々な武器を使ってみて最終的には自分に合っていると思った片手剣、二刀流で戦うことにした。

 片手剣でも極めれば近距離だろうと遠距離だろうと全てカバーできる様になるし、上手く扱えば剣先から魔法を放つことも出来る。

 言ってしまえば自分は片手剣のセンスがあると、そう感じたのだ。

 

 ウルナに特訓をつけた結果――彼女は片手剣のセンスがとても良かった、いや異常と思えるほどセンスが光っていたのだ。

 素振りの基礎的な型も既にほぼ完璧な状態まで出来ているし、動きも綺麗だ。美少女である彼女が一度剣を振れば、誰もが見惚れるほどだ。

 更にわかり易く説明するとデバフ――俺の基礎ステータスを5分の1程にする魔法――を掛け、左手のみで戦う俺相手で打ち合いをしても引けを取らないレベルまで上達していた。

 ――いや、全然わかりやすくなっていないか? ともかく、彼女は凄いのだ。まさか10日でここまで上達するとは夢にも思っていなかった。

 

「……踏み込み方も大分良くなってきているな、しかもフットワークも中々だ。ウルナやっぱ大賢者から大剣豪に転職してこいよ」

 

「そ、そんな事出来ませんって! 生まれた時点で職業は変えられないのに……」

 

「だが十分に才能がある。大体こんなデバフ掛けたとはいえ俺と打ち合える時点で相当だぞ、ウルナ」

 

「ムッ……。なんか癪に障る言い方ですね」

 

「事実だろ? 俺が何年間修行のために剣を振ってきたと思っているんだ?」

 

「うぅ、正論だけどなんか腹立つ」

 

「でもウルナなら案外5年以内には俺に追いつくんじゃないか? それぐらい凄いぞ、君は」

 

「そ、そうですかねぇ……。エヘヘ――」

 

 左手で髪を弄びながら頬を赤らめて目をそらすウルナ、褒めなれていなくて照れている彼女も可愛いな、見てて癒される。

 

「それに、そろそろスキルにも反映されてるんじゃないか?」

 

「えっ……? ほ、本当だ! スキルの欄に『剣術Ⅴ』が追加されてる!」

 

「――ちょっと待て、Ⅴなのか?」

 

「はい、間違いなくⅤですね」

 

 ウルナはドヤ顔で腰に手を当ててその豊かな胸を張り、俺にアピールしてきた。

 ――ここにも化け物がいるじゃねぇか。

 基礎スキルとはいえ、幾ら何でも始めて10日でスキルレベル『Ⅴ』まで到達する人間、初めて見たぞ。

 まあ、初めてとは言え元々俺は樹海に引きこもっていた人間だからもしかしたら案外普通なのかもしれないけど……。

 でも俺は初期武術系スキル、レベル1上げるのに5日かかってませんでした? あれぇ、おかしいですねぇ。

 

「『剣術Ⅴ』かぁ……、まさか特訓だけでここまで伸びるとは思いませんでした」

 

「スキルレベル上昇に影響する事しかやってないからな……。無駄なことはやるだけ無駄だから」

 

「――ところで、そんなゼルさんの剣術スキルはどれ位なんでしょうか?」

 

「俺か? 俺は『剣神Ⅳ』だな」

 

「け、『剣神』……? 何ですかそのヤバそうな名前」

 

「別にヤバくないと思うんだが……、武術系スキルは知っての通り数段階に分かれている、例えば基礎スキルである剣術に関しては下から『剣術』『剣豪術』『剣聖術』『剣王術』『剣帝術』『剣神術』と6段階に分かれているんだ。でも――15年やってたら『剣神』位フツーだろ?」

 

 因みに基礎ではないものには『魔法剣術』とか『剣閃』とか『衝斬撃』色々あるのだ、俺の場合はあまりにも多すぎて『特殊総合剣術』というスキルに全て統合されてしまったがな。

 

「わ、私、剣歴60年の歴戦の剣士が持つ『剣聖術』までしか知らないんですけど……?」

 

「はあ……? それはないだろ」

 

「そうでした、ゼルさんはゼルさんでしたね。常識が通用しないんでした」

 

「いや、案外王までは簡単にいける。問題は帝と神だな……、あれを上げるにはかなり時間がかかる」

 

「その歴戦の剣士60年分の努力を簡単にいけるの一言で済ませるゼルさんの感覚を疑いますね」

 

 呆れたかのようにウルナは「やれやれ」と首を振るや否や俺の怪訝そうな顔を見てクスリと笑った。

 

「でも――それだけ努力したからこそ、今のゼルさんがいる。そうでしょ?」

 

「良くわかってるじゃねぇか、努力だけは裏切らねぇ、強くなる最短ルートさえ見つけちまえば後は努力だけでどうにかなるんだよ! 熱くなれば何だって出来るッ、よって熱血最強説ッ!!」

 

「――ふふっ、相変わらずですね……、では続き始めます?」

 

 ウルナは特訓前夜にあげた彼女曰くヤバい剣を右手に、神樹の宝玉を中心にして俺が創作した、彼女曰くヤバいステッキを左手に構えた。

 俺が適当に暇つぶしで作った武器がまさか彼女の物になるとは誰が想像しただろうか。

 

「あぁ。んじゃ始めっぞッ! 上手くついてこいよ?」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 こうして再び剣の打ち合いが始まったのだった。

 朝早くに始まった訓練は太陽が完全に登りきる頃――ステータス24時間時計で言うと7時位――まで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、いい汗かきましたねぇ」

 

「そうだな。というかデバフ掛けてウルナと戦ったら何か経験値上がったんだが……」

 

「へぇー、人間相手でも上がるもんなんですねぇ」

 

「そこじゃねぇよ! 上がったって事は十分死ぬ可能性があったって事だぞ!」

 

「そりゃ……、私の邪魔法あんなに食らってたら――ねぇ」

 

「邪魔法恐ろしいな……、今度から剣で斬ることにするわ」

 

 訓練中、使い始めて10日でステッキをほぼほぼマスターしたウルナなら連射邪魔法魔弾を50発ぐらい被弾した。

 幸い俺ということも合ってデバフのかかっていないHPは異常なまでに高く体に傷がついても直ぐに治るためそこまで気にしてはいなかったが――そこまで命に危険がある魔法なのか、破壊特化の邪魔法は!

 

「でも……、ゼルさんでも経験値上がるんですね? レベル999だからてっきり頭打ちかと」

 

「ふっ、(暫定)を忘れたのか? 確かに表示はレベル999だが実力は無職レベル999のそれだとは限らないんだぞ? 実際レベル999なのには変わりないけど、経験値パラメーターがマックスになったら俺のステータスもこ――、いや上がるし、エクストラスキルも手に入るんだぞ」

 

「そ、そうなんだ。今の発言でゼルさんの規格外パラメーターが更に上がりました」

 

「なんだよ規格外パラメーターって――」

 

 訳の分からない単語に困惑しながらも俺は満足そうな笑顔を浮かべるウルナを見た。

 体の汗を拭いたタオルを首にかけながらウルナは服の襟を少し引っ張って手で中に風を送っていた。多少見え隠れする豊かな双丘が目に入った瞬間、俺は凄い勢いで横を向き体をタオルで拭く。

 そう言えば――ずっと戦闘服ってのもあれだし、そろそろ服でも買おうかな。

 一応、パジャマとかも持っているには持っているのだが……、原始的すぎてちょっとウルナの前じゃ着れない。

 

「そうだ! ゼルさん、今日は依頼じゃなくてダンジョン行きません?」

 

「ダンジョン?」

 

 何だその如何にも面白そうな名前の場所は?

 

「えっ、知らないんですか? 神に作られたと言われている様な自然出来る迷宮のような所ですよ。中にはダンジョン特有の魔素で出来た高レベルな魔獣がうようよしているんです」

 

「な、なんだそのレベル上げにはうってつけの凄そうな遊び場は!」

 

「いや……、冒険者の戦場を遊び場扱いしないで下さい! 因みにダンジョンではそこでしか手に入らないアイテムやスキルもあるみたいですよ! 行ってみませんか!?」

 

「――良し今日はそこに遊びに行こう! ふっ、燃えてきたぜ」

 

「だから遊びに行く感覚でダンジョン行かないでッ!!」

 

 ウルナも最近ツッコミが上手くなったようで――



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Chapter2-15 ダンジョンに遊び(?)に行こう

 俺らは雑貨屋や露店で食料とポーションを軽く買い込み、そのダンジョンという遊び場に向かうことにした。

 一応、回復魔法は何回でも使えるのだが万が一の事もある為、ポーションは持っていた方が良いそうだ。だが――俺はサバイバルで生き延びてきた野蛮人でもあるためいつもの訓練の要領で自らの回復薬所持を断固拒否、結局ポーションはウルナが全て持つこととなった。

 それにいつも思うんだがポーションって見た目が劇物にしか見えないんだよな。よくあんな飲み薬で体が瞬時に回復するもんだ。

 

「そう言えば、そのダンジョンってのはどこにあるんだ?」

 

「えっと……、ファスタットには街内部に4つあるみたいですね。中でも初級者と中級者と上級者用の3つのダンジョンが有名みたいです。どれに行きます?」

 

「ちょっと待て、何でしれっと1つ選択肢を外している?」

 

「ふぇっ!? ば、バレた……? でもあそこは――」

 

「あそこは?」

 

 ウルナはビクッと怯えた後にプルプルと体を震わせながら「あ、あそこはですねぇ……」と口ごもる。怪しい、非常に怪しい。

 

「なに、そんなにつまらない場所なの?」

 

「は、はいっ! そこは魔獣が弱すぎるので行っても意味が無いかとぉ……」

 

「よし、じゃあそこに行こう!」

 

「えぇっ!?」

 

 俺の決定にウルナが驚きの声を上げる。なんだ? 何か問題があるとでも?」

 

「で、でも――簡単ですよ?」

 

「ダンジョンは初めてだから簡単な方がいいと思ってな。そこなら経験も積めるんじゃないか……?」

 

「え、えっと……、その――実はですねぇ」

 

「ん? 何だね? 他に何かあるのか?」

 

 再び口ごもりながらも先程よりは顔色が良くなっていくウルナ。

 ――よく分からない奴だな、一体何がしたいんだよ。

 

「実は――ごめんなさい! 嘘つきました! そのダンジョンは超高難易度の未踏破ダンジョンなんです! だから余りにも危険すぎるんですよ!」

 

「……なるほど、未踏破ダンジョンか」

 

 コイツまさか初踏破者を横取りする気だったな? だから敢えて教えなかった。なるほど、けしからん。

 

「よし――じゃあそこに行こう!」

 

「いいですね、そうしま――エエエェェェッ!?」

 

「俺は決めたぞぉ! よしそこに行く、ウルナ一人に踏破者の称号を横取りされる訳には行かないからな! おっしゃぁ! ガンガン熱くなってきたぞッ!!」

 

「ちょ、ちょ、ちょっとぉ! 別に横取りしようとかしてないし! 第一初めてだから簡単な方がってぇ!! それにそこはレベル100超えの魔獣がウロウロしてて本当に危険なんです! だから――」

 

「嘘つけ、絶対横取りしようとしただろ!? そんな抜け駆けは許さんぞ、俺が初踏破者になってやる! テンションマックスだあぁぁッ!!」

 

「この人話聞いてなあぁぁい!! 誰か助けてぇ!!」

 

 一人喚くウルナを引っ張りながら俺はファスタットの町内地図で場所を確認しながらその迷宮の場所を探した。迷宮は珍しいことに4つとも一箇所に集まっていて街の中心部にある宿から歩いて10分程の場所にあった。

 ダンジョンと言うぐらいだからとんでもない塔のような物やピラミッドなどを想像したのだがそこには迷宮への入り口と入り口の奥にある結晶――恐らく転移結晶――だけだった。それが4つ不自然に並んでいる。

 

 そしてその入口には兵士らしき女性が槍を持って立っていた。肌はちょっと白っぽく、頭に被ってある鉄兜からはつややかで長い緑色の髪の毛がこぼれ落ちていた。口では優しく微笑みながらもそのエメラルド色の目は鋭く俺らのことを見ていて如何にもダンジョンの番人の様な雰囲気を醸し出していた。というか実際番人なのだろう。

 

「ど、どうもこんにちは」

 

 ジト目で見られるのが耐え難くなった俺がその緑髪の女性に挨拶をする。

 

「あらどうも、こんにちは。噂はガンガスさんから聞いていますよ、ゼルファさん、ウルナさん」

 

「ガンガスさんから? あの野郎――俺の秘密を喋りやがったな!」

 

 ギルドだから個人情報は守るとか言っておきながらしれっと広めやがって、許せん。

 

「噂……、とは言っても訓練中と塀と森を破壊したことやあのクソナンパ女誑しザーラを半殺ししたことぐらいですよ」

 

「そうなのか――はあ、よかった」

 

 というかこの女性今、シレッと笑顔でとんでもない悪口言わなかったか? あの優しそうな笑顔でぇ!

 

「それにしてもザーラは本当に許せないわね、無職だってゼルさんを弄った挙句にナンパしてきて……あんなクズ人間が存在するなんて、虫唾が走ります」

 

「ふふっ、あのダサい世間知らずのエロガッパザーラは私達ファスタット衛兵の中でも日頃の行いが悪すぎると有名でしたから」

 

 ちょっと、この人達怖い……。

 そんな笑顔で悍ましい悪口言わないで――自分の事言われていないのにも関わらず見ているだけで体が震えるから。

 

「折角ですから自己紹介させて下さい。私はこの街、ファスタットの衛兵団長を務めているアンナと申します。以後お見知りおきを……」

 

 そう言って緑髪の女性は深々とお辞儀した。

 なるほど、超毒舌のアンナさんね、しっかりと頭のなかに刻んでおくとするよ。

 

「だ、団長!? 凄い、凄い人に会っちゃった!」

 

「はい、恐縮ながら団長を務めさせて頂いております。元団長――いえ、副団長が役立たずのゴミ野郎だったので」

 

 ――やっぱこの人怖いわ。

 だが、衛兵団長――アンナからは一般人とは思えない凄まじいオーラを感じ取れる。

 レベル100、いや200は超えているか? まさかあのカゲヨよりも強いオーラを放つ人物がこの街にいるとは、やはり散策していない以上まだまだ強者は隠れているもんだな。

 

「さて、お二人とも迷宮に入りに来られたのですか?」

 

「ああ、そうだ! 未踏破ダンジョンこ――もごッ!?」

 

「アハハ~、私達上級者ダンジョンに潜ろうと思っていたんですよぉ!」

 

「お、おいウル――むごッ!?」

 

 俺が口塞ぐ彼女の手から逃れようとするとウルナは俺の口をグッと押さえ込むと馬鹿力で引き寄せた。

 って腕にその柔らかい奴当たってるからッ! それ元(樹海)引きこもり童貞にとって破壊力ヤバすぎるから!

 

「そうですか、では迷宮に行くなら気を付けてください。貴方達、特にゼルファさんがいるので大丈夫だと思いますが上級者迷宮であることもあって毎年死者はそれなりに出ていますからね」

 

「は、はい! 気をつけます!! で、では私達急いでますのでぇ!!」

 

 ウルナは俺の口を塞ぎながら女性とは思えない強い力で俺を引っ張って迷宮の前まで来て、周りに生えている木のおかげでアンナには見えない死角まで連れてこさせられる。

 

「ぷはっ! お、おいウルナ一体ど――」

 

「しーっ! 静かにしなさいよ! 未踏破ダンジョン行くんでしょ!」

 

「だ、だがアンナには――」

 

「初心者の私達がいきなり未踏破ダンジョンなんかに入ることを認められると思う?」

 

「……なるほど、確かに」

 

「あのダンジョンは本来ならハンターAランク以上または衛兵団に許可を貰った人間しか入れないの。それほど危険なのよ、あの未踏破ダンジョンは――」

 

「そうか……、事情は分かった――だが」

 

「それは悪かったからっ! べ、別に私だってやりたくてやったわけじゃないし……、それに貴方のことだからどうせ意思変えないと思って私も覚悟決めたんだからそれぐらい許してよね!」

 

「あー、分かった分かった。それで、どうすんの?」

 

「決まってるでしょ、今の内に入るわよ!」

 

 ウルナに連れられながら俺らは小走りで未踏破ダンジョンへと踏み込んでいった。

 

 

 

 

 ――その光景をアンナが魔力感知で見ているのを知らずに。



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Chapter2-16 未踏破ダンジョン『亡者の執念谷』探索編

 ダンジョンの中は墓場の様な場所だった。なぜか上空には薄暗い紫色の気味の悪い空が広がっていて、あたり一面の草原に幾多の墓がたてられている。

 ――ダンジョンってこんなに不気味な場所なのか?

 

「亡者の執念谷」

 

「えっ……? 亡者の執念ダニ?」

 

「そう、このダンジョンの名前。見ての通りアンデット系の魔獣が巣食うダンジョンの様ね」

 

 周りを見回しながらウルナは言った。

 ダンジョン――見た目が丸で別世界だ、いや別世界その物と言っても差し支えないだろう。

 個々に来る際に触った転移結晶が何よりの証拠だ、ここは元の世界とは断絶されている別世界、恐らくダンジョンと言うものが元の世界とはかけ離れた外の世界なのだろう。

 

「ダンジョンは幾つかの階層に分けられていてそれぞれで風景、地形が変わる。私達の目的はその幾多の階層を抜けて最奥部まで辿り着くこと」

 

「ほぉ……、それでその階層って幾つあるんだ?」

 

「未踏破なんだから分かるわけないじゃない! でも――文献によると少なくとも60階層はあるみたい。因みに初級が5階層、中級が10階層、上級が25階層よ」

 

「へぇ、聞いていると多いんだか少ないんだか分からないな」

 

「そうですね、強いて言うなら階層毎にそのダンジョン特有の大ボスがいますね。それで、奥の階層に行けば行くほど、敵も強くなるし、ボスも強くなる。難しい所だと道中に中ボスも登場するみたいね」

 

「なるほど――それを一気に踏破するのか。案外難しそうだな」

 

「いえ、一気に踏破する必要はないです。一度行った階層や入り口なら階層の入り口にある転移結晶でいつでも行けますから。無論、ダンジョンの入り口の結晶も含めてね」

 

「大体仕組みは分かった、んじゃ熱血鎮火しない内に行きますかね」

 

 俺は幾多の墓場で構成されているダンジョンを進み始めた。

 ダンジョン内には陽の光がない、しかしその代わりに紫色に光る光源が空中に多数浮かんでいて内部を少し明るく照らしている。

 だが――暗いことには変わりはない。敵を見つけるのであれば魔力感知か察知スキルを使わなければ無理だろう。

 

「……本当に気味が悪いですね」

 

「あぁ――ワクワクしてきた、燃えてきた、熱くなってきた」

 

「私、貴方の心情がたまに理解できなくなります」

 

 その時だった――墓の影から何かが沢山出てくる。

 それは紛いもなくスケルトンの集団、その物だ。だが――そこらにいるただのスケルトンではない、各々が片手剣や両手杖、斧、槍、鞭などの武器を持っていて俺達人間と同じような体格である。

 

「ヒッ……! で、出たッ!」

 

「出たも何もただのスケ――ダァーッ! 一々くっつくなっての!」

 

「だ、だってぇーっ!」

 

「アンデット系のダンジョン何だろ!? 慣れないと踏破出来ないぞ!」

 

「わ、私来る気なかったしぃ!」

 

「決意はどこ行った決意はッ!!」

 

 と、二人で騒いでいるその時だった。

 

 

 

 シャッ!!

 

 

 

 スケルトンの素早すぎる奇襲――少しもブレる事ない空気を斬り裂く音が聞こえる。

 通常のスケルトンとは思えない完璧すぎる奇襲。

 だがその時、俺は既にウルナを抱えつつも奇襲を避け、後ろに飛び退いていた。

 

 

「う、嘘っ……!」

 

「油断するなっ!! その一瞬の隙が命を奪い取る引き金になるぞ」

 

 

 もしあの場所にウルナ一人だけが居たとしたら――確実に殺されていただろうな。

 俺だったからスケルトンの動きを瞬時に判断できたが……、コイツは中々やり甲斐がある魔獣じゃねぇか。

 

 

 ――クレヴァスケルトン 推奨レベル93

 

 

 鑑定魔法で直ぐ様敵の情報を調べ上げる。

 一階層でいきなりウルナの格上か、確かに未踏破だけはあるな。

 

「ウルナッ! 一瞬も気を緩めるなよっ、今までやって来た特訓の成果を見せつけてやれっ!」

 

「はいっ!」

 

「後言っておくが俺の強さに期待はしてくれるなよ? 俺も経験値目当てでデバフ掛けて奴らに合わせて戦うからなっ!」

 

「ふぇっ!? ま、マジですか!?」

 

「そうしないとウルナの成長に繋がらねぇじゃないかッ! いいか? 世界は弱肉強食だ、食われる前に食らい尽くせッ!!」

 

 言い終えると俺はデバフを掛けて基本ステータスの弱体化を図る、そして一気に目の前のスケルトンの懐に飛び込む。

 刹那の瞬き、俺の長剣がスケルトンの肋骨を切り砕いた。

 力だけではない、全身とそのスピードの勢い全てを片手剣に乗せて速攻でスケルトンを吹っ飛ばし、絶命させた。

 

 

 カタカタカタ――

 

 

 仲間が殺られたことで怒りに火が着いたのか、墓の後ろから6体のスケルトンが俺らに向かってくる。

 瞬時の分析――剣系2体、槍や斧の中距離武器3体、両手杖メイジ1体。

 

 

「ウルナッ――真ん中の槍と斧狙えッ!」

 

「ハイッ!!」

 

 

 彼女は左手のステッキを逆手に持ち、一気に横に薙ぎ払う。

 杖先から10は軽く超えているであろう漆黒の魔弾が出現し、中距離武器のスケルトンだけを狙って発射される。

 その凄まじい魔力にスケルトンが一瞬慄く、その1秒も満たない時間がこの世界では死を意味する。

 

 

 ――驚くなら0.5秒以内にしやがれッ!

 

 

 デバフが掛かってる体なのにも関わらず俺は右手で刀を抜刀、音速の斬撃が前衛を一瞬で蹴散らした。

 美しく煌めく軌跡、それは確かに敵の骨を砕き余波である衝撃波を放った。

 そして固唾を呑みこむ前には既に中衛のスケルトンは破壊の魔弾の餌食となっていた。

 

 だが、それでも俺は気を一切抜かない。

 

 後ろに合図を送るとともに俺は爆風の中を駆け抜け後衛のメイジ役スケルトンの前に飛び出て、二本の剣を一気に振り落とす。

 いずれも刹那の出来事、だがスケルトンはそれを予想していたかのように両手杖で上手くガードし、剣を食い止めた。

 

 ――掛かったな、貧弱脳がッ!!

 

 

「今だ、斬り裂けぇ!!」

 

 

「ハアァッ!!」

 

 

 突如後ろから飛び出してきたウルナ、気迫の入った掛け声とともに振られる片手剣。

 ――それは美しく舞う花びらのような、一閃。スケルトンの急所を突き、絶命させるには十分すぎた。

 

 

「はぁっ……、はぁっ……、やりましたねゼルさん」

 

「ああ、にしても初っ端からこれか――心が躍るな」

 

「踊らせないでぇ……、私死んじゃうから……」

 

 

 死なせるわけないだろ、バーカ。

 

 

 

 

 

 

 それから1時間程経っただろうか、俺達は周りを見回しながら歩いては出てきた敵と戦い続けた。

 最初は少しデバフを掛けすぎたので少し緩め、俺はウルナのサポートをしっかりと務めた。

 一階層は出てくる魔獣は全てクレヴァスケルトンで、全く苦戦することはなかった。

 

 ただ――奇襲にさえ気をつければね。

 

 クレヴァスケルトンは基本、奇襲をメインとして相手と戦う魔獣のようだ。現に奴らと遭遇した時は100%の確率で奇襲をかけられる。

 でもそのおかげも合ってか、ウルナは奇襲を避ける技術を身に着けていた。奇襲を仕掛けられた一瞬で回避する技術だ。

 だが――問題としてはその技術は敵を事前に察知してないと発動できないのが難点である。

 不幸中の幸いというべきか彼女も魔力感知は多少出来るようなのでそれも込みで特訓させておいたが。

 

 そして俺達は今――階層のボスが待つ、ボス部屋と呼ばれている場所までたどり着いていた。正直、平原を唯突っ切ってきただけなので余り苦労はしなかったがこのダンジョンは何せ――広い、広すぎだ。異常だろ。

 

「ここが……、ボス部屋ですか」

 

「うわぁ、趣味悪すぎかよぉ」

 

 目の前に佇む大きな扉は腕や足の骨と頭蓋骨などで出来ている様で見た目から気味悪さ満点だった。

 アンデット系のダンジョンだからってこれはちょっと作った神のセンスを疑うぞ。

 

「ねぇ……、一緒に開けない?」

 

「ん? 別に構わないぞ」

 

「エヘヘー、ゼルさんと一緒ー」

 

「意味が分からん笑い方するな」

 

 そんな事を言いながら俺達はボス部屋の扉に手を掛け、一気に押す。

 そして待ち受ける暗闇の中へと歩を進めていった。

 

 広い部屋――足元すら見えない暗黒、だが俺の察知はしっかりと捕らえていた。奴の存在を――

 俺達がある程度まで進んだ所で、背後で扉がゆっくりと閉まる音が響いた。これ以上はこの部屋から逃げる手段はないのだろう。

 

 次の瞬間――暗く広い空間に不気味な青い光が付き、円形の舞台が姿を現す。

 俺らが入ってきた入り口部分の道は既に床が無くなっていて舞台の外は奈落の底。

 

 

 ――ガタガタガタッ!!

 

 

 スケルトンよりも重そうな骨の音が辺りに響く。

 目の前に鎮座するは一回り大きいクレヴァスケルトンが冠を被り、マントと王笏を持った魔獣。

 

 

 ――キングクレヴァスケルトン 推奨レベル108

 

 

 雑魚よりも一際強い、ボスのお出ましだ。



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Chapter2-17 未踏破ダンジョン『亡者の執念谷』VS骸骨の王編

 ガタガタガタッ――

 

 骸骨の王は玉座からゆっくりと立ち上がる、その姿は他のスケルトンと違って堂々たる物で推奨レベル差は10と言え、雑魚とは違うことをハッキリと示していた。

 

「『アッタクアッパー』『ディフェアッパー』『マジックアッパー』『マジックデフアッパー』」

 

 俺は早口で攻撃、防御、魔力、魔防上昇のバフ魔法を詠唱し、ウルナにかける。

 魔法の名前をただ読む一般的な基本詠唱だが、問題なく彼女のステータスを上昇させる、そして――

 

「【風よ、我らの身体を軽くし、疾風の如く素早くしたまえ】」

 

 想像詠唱で俺達の敏捷力を上昇させる。

 因みに魔法の基本詠唱は過去の偉人が研究して創り出した魔法陣を描くため、魔力の必要量、威力、効果など予め決められてしまうが想像詠唱だと自分の想像する通りの威力、効果を発動することが出来る、しかし、その代わりに魔力消費の割合も洗練された基本詠唱よりも多い。

 魔法学者が洗練された技術で魔法を放つなら話は別だが基本素人の想像魔法は魔法陣に無駄が結構あり、魔力の消費量が多くなってしまうのだ。

 俺とて魔法陣の技術は人一倍あるものの、数秒想像しただけで無駄なき魔法陣を描くことは不可能だ。偉人の傑作を更に効率化することは出来るが……。

 その為どういった場面で基本詠唱か想像詠唱か、はたまた想像力だけで行う詠唱無しの想像無詠唱のどれかである。

 

 また、自らが編み出した想像魔法に技名をつけて基本詠唱化する事は出来る――が、洗練されていない事に変わりはないため理論的には想像魔法と同じである。

 

 

「ありがと、でもあのちょっとデカい奴だけなんて案外楽ですね」

 

「まっ、まてウルナッ! 油断するなッ!!」

 

 ウルナが骸骨の王に向かって走り始めた時――王は骨を歪め、軋ませて「カタカタ」と笑うと王笏の石突でカンカンと地面を叩いた。

 すると次の瞬間、地面に無数の魔法陣が出現し幾多のクレヴァスケルトンが地面の下から這い上がってきて姿を現す。

 

「えっ、ちょっ、ヤアアァァッ!!」

 

 その悍ましい光景を見て走り始めたばかりのウルナは踵を返すと顔を真っ青にしながら逃げ帰ってきた。

 這い上がってきたスケルトン、その数は魔力感知で数えても100は下らない。しかも1階層にいた雑魚と同じで各々が武器を持っており、構えていた。

 

「流石は王キングだ、一筋縄ではいかないってか。こりゃ心が踊って燃え上がりますね」

 

「嘘でしょ! どんだけいるのよアイツら!」

 

「――デバフ弱めてちょっと無双するしかねぇな。ともかく攻めて攻めて、王キングの前まで行くんだ!」

 

「クッ……、やるしかないですねっ! 行きます!」

 

 俺とウルナは共に剣を抜くとスケルトンの軍勢に突っ込んでいった。

 

 まずは前衛の片手剣、そして中衛の槍と斧の処理だなっ!

 刀と長剣を交互かつ的確に振り回しながら俺はスケルトンを切り刻んでいった。

 無理な力の出し惜しみをして余裕ぶっている場合ではない、こんな数の奴らに襲われたら幾らデバフでステータス3分の1のレベル999でも一溜りもないだろう。

 

 肋骨を長剣で薙ぎ払い、刀で頭蓋骨を叩き割りとスケルトンを圧倒しつつも俺は着実に王

に近づく。

 その一方でウルナも片手剣で近くに近づいてきたスケルトンを倒しつつもステッキを薙ぎ払い漆黒の魔弾を神話の武器、マシンガンの如く放ち、地道にスケルトンの数を減らしていく。

 

 しかしそれを見て黙っている王ではなかった。

 再び骸骨の王はカンカンと地面を叩き、幾多のスケルトンを出現させる。

 

「ま、またぁ!?」

 

「コイツ……、無限召喚か? キリがねぇな」

 

 片手剣をクルクルと回し逆手に持ち変え俺は構えた、手前にいるスケルトンがそれを見てチャンスだと思ったのか一斉に攻撃にかかる。

 

 

 ――掛かったな、やはり貧弱脳ッ!!

 

 

 

「カウンターッ!」

 

 

 

 幾多の攻撃と魔法が一斉に弾かれ、周辺にいるスケルトンが吹っ飛んだ。俺はその瞬間を一切逃さない。

 構えていた片手剣を大振りで横に薙ぎ払い、空気の塊を周りのスケルトンに向けて放つ。

 そう――あの海竜を一撃で海の底に葬った剣技だ。

 

 

 

「ソニックブレード」

 

 

 

 超音波が凝縮された空気を伴って剣先から放たれ、スケルトンを一刀両断、一網打尽にする。

 そしてそれをチャンスと見たのか剣を素早く振っていたウルナが前に出て飛び上がる。

 

 

「タァッ!!」

 

 

 邪悪な魔力を帯びたステッキを持ったまま華麗に、横向きに一回転し、着地する。

 それと同時に凄まじい量の漆黒の魔弾がスケルトンの頭上から雨の様に降り注ぎ、あっという間に殲滅する。

 魔力を上昇させたとは言え、一度にあそこまでの邪魔法を発動させるとは――ステッキを使いこなしたも同然だな。

 

 

「一気に決めるぞッ!! 地割れ斬りッ!!」

 

 

「ええ!! 『エビルメテオ』ッ!!」

 

 

 舞台に亀裂を走らせながら放たれた地属性の斬撃。

 ステッキの先から放たれた火と地の混合魔法――メテオに邪魔法を付与したエビルメテオ。

 王の前のスケルトンの壁が消え去った瞬間を狙ってそれが同時に王へと襲いかかる。

 

 

 

 だが次の瞬間――

 

 

 

 王の目の前にスケルトンが出現し、俺の斬撃とウルナのメテオを防いだ。

 

 

「なっ、何それぇ!?」

 

「部下を盾にして自分を守るか……、えげつねえな」

 

 

 王は再び王笏をカンカンと鳴らして100体にも及ぶスケルトンを出現させる。

 もうこれではキリがない――やるなら一瞬で決めなければ。

 

 

「もぅ! 一体どうしろっていうのよぉ!」

 

「いや、まだ手はある……」

 

「えっ? 本当に? 秒速で攻撃するとかそういうのは無しだからね」

 

「ふっ――だがコイツは『共同技術(タッグアーツ)』と言って息を合わせなければ出来ないがな」

 

 

 ウルナが固唾を呑んで俺を事を静かに見た。

 まだ一緒に旅し始めて10日強だ、しかし――俺には彼女となら『共同技術』を成功させる自信があった。

 彼女――ウルナとなら出来る気がした。

 

 

「分かりました、それの作戦に乗ります」

 

「オッケイ、それじゃ早口で説明するからよく聞けよ?」

 

 

 俺は牽制の為に一度斬撃をスケルトンの足元に向けて放った後、ウルナの耳元で手短にその作戦を説明する。

 彼女はそれを聞いて静かに頷いた後、「やってみる」と言って剣とステッキを構えた。

 

 スケルトンが怯みから立ち直って襲い掛かってきた所で俺は素早く剣を振るい、スケルトンの攻撃を防ぎつつ――ソニックブレードを放った。

 そしてスケルトンが倒れたことによって出来た道を駆け抜けて王へと一気に距離を詰める。

 

 

「行くぞッ! 火炎斬ッ!」

 

 

 王の前まで迫り、俺は二本剣どちらにも火を纏わせ一気に横へと薙ぎ払った。

 だが、王笏のカンカンによって出現したスケルトンの壁によってその攻撃はスケルトンの命と対価に防がれてしまう。

 

 

「今だッ! 『スプリントラッシュ』ッ!!」

 

 

 俺は直ぐ様ワープするかのように素早く横に飛び退いた。

 そして――既に魔法の詠唱を終えているウルナに場を譲ったのだ。

 

 

「ハアァァッ!!」

 

 

 飛び退いた直後に放ったウルナの大きな漆黒の魔弾が道中のスケルトンを片っ端から破壊して王に迫る。

 しかし、それでも――

 

 

 

 王はスケルトンの壁によってウルナの魔弾を防いだのである。

 

 

 

「う、嘘っ!?」

 

 

 ウルナの顔が驚愕の色に染まる。

 王はカカカと笑った、自分には傷一つ付けられないと勝ち誇った。

 

 だがその一方で――驚きの表情をしている彼女の口角が静かに上がる。

 

 

 

「縮地ッ!!」

 

 

 

 王の目の前に突如俺が現れた。

 まさか俺が上空で待機しているとは思わなかった王は突然の出来事に慄き、体勢を崩す。それが――王の最期を決定付けた刹那だった。

 

「斬り上げッ!!」

 

 俺の長剣が下から上に向かって跳ね上げられる。

 剣先から巻き起こる風、それは王を上空高く吹き飛ばし、空中に舞わせた。

 

 

「ウルナッ!! 決めてやれぇ!!」

 

 

「ええっ!!」

 

 

 彼女の細い両手から直径3メートルはあるとても巨大な漆黒の魔弾が放たれた。

 王は何とか避けようと身体を拗じらせる、しかしその努力は儚く漆黒の魔弾は王に衝突。

 

 

 ガタタタタタタタタタタタタ……ッ!!

 

 

 刹那――黒い爆発がボス部屋の天井を埋め尽くした。

 荒れ狂う爆風、凄まじい衝撃波、それらは舞台のスケルトン全てを吹き飛ばし、奈落の底へと突き落とした。

 一方で俺達は互いに支え合いながらもその爆発の余波はやり過ごした。

 

 

「……へへっ、見たか俺らの『共同技術』、『トリプルシャドウムーブ』は!! 全く、骸骨は頭が弱くて可哀想だなぁ!!」

 

「やった……、やったッ!! 私達初めてボスに勝った!! しかも格上の!!」

 

「おうよ、ナイスだウルナッ!!」

 

「ゼルさんもさっすがっ!!」

 

 

 俺達は盛大にハイタッチしてキングクレヴァスケルトンに勝利した喜びを分かち合ったのだった。



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Chapter2-18 未踏破ダンジョン『亡者の執念谷』VS黒骨龍 前編

「さてと……、ようやく10階層までたどり着いた訳だが」

 

 俺は若干ため息をつきながらも前を静かに見た。

 なるほど、道理でいつもより広い空間だなと自然と思ってしまったわけか。

 

 ここに辿り着くまで幾多の魔獣――殆どスケルトン系だが――を倒し、キングクレヴァスケルトンを始めとする9体のボスを死という奈落に突き落としてきた。

 とは言え、苦戦したのは最初だけで2~9階層のボスは全くと言ってもいいほど強くなかった。

 6階層においては巨大なスケルトンが出てきたので重力魔法でふっ飛ばしてやったら足踏み外して勝手に奈落に落ちていったし。

 

 だが、ウルナ曰く10階層毎にとんでもなく強い強ボスが現れるらしい……。

 

「これは――中々倒し甲斐がありそうですね」

 

 ウルナも剣とステッキを構えながらも冷や汗をかいている。

 いつも通りの手順で鑑定魔法を起動――眼の前にいる巨大な魔獣を調べ上げた。

 

 

 ――ブラックスケルトンドラゴン 推奨レベル168

 

 

「なんか弱そうだな、だるそう」

 

「初見の感想がそれッ!? もうちょっと、こう……、大きなぁとかの感想はないの!?」

 

「だって真実だもの」

 

 目の前には全身黒い骨だけで出来た巨大なドラゴンが鎮座していた。胴体は軽く5メートルは越しているであろう。

 でも――あのサイクロプスよりも小さいな、じゃあやっぱ普通か。

 

 

「グオオオォォォォ――――ッ!!!」

 

 

 ドラゴンの咆哮がボス部屋一杯に響き渡る。

 その咆哮は大気を震わし、風を創り出す程だった。

 

 別に強敵とは思えない目の前の存在、だが――ウルナの特訓がてらデバフをかけて挑んだら十分強敵になるだろう。

 ドラゴンは体力の多さと基本攻撃力と火系魔法の威力が尋常ではない。そのレベルはハッキリ言って――レベル200の魔獣に相当する。

 しかしその一方で防御力と魔防はそこまで高くはないのだ、つまり多段攻撃が物を言う勝負になる。

 まぁ、極論当たらなければどうということはないがアンデット系なのもあって攻撃には恐らくデバフ効果が付いているだろう、十分に警戒して挑まなければ――

 

 

「ウルナ、俺も今回はサポートに回る。上手く立ち回って倒してみろっ!」

 

「了解っ、さあ一気に行きますよっ!」

 

 そう、今回のダンジョンの目的は飽くまでもウルナの強化、決して俺の無双ではない。

 つまりウルナが主体となって戦わなければ全くと言ってもいいほど意味が無いのだ。

 俺は基本的な立ち回りとしてはサポート、本当に死にそうになった時以外は全て援護に回るつもりである。

 

 

「立ち回りは基本、今までのボスと同じでいい。ただ、相手の戦場は空だ。それをどう活かすかが勝利の鍵となるはずだ」

 

「……分かりました、やってみますっ!」

 

 

 

「グオオオォォォォ――――ッ!!!」

 

 

 

 腐ってボロボロになった翼を動かし、遂に龍が動き出す。

 明らかにその翼では支えられないような巨体を重力を無視して空中に持ち上げながら高く飛び立った。

 上空20メートル程まで上昇するや否やこちらに一目送ると咆哮とともに翼を大きく広げ、回転しながら高速落下してくる。

 

 

「来るぞっ!!」

 

 

 俺は軽く飛び上がると空中で受け身の体勢を取る。

 ズバァンッ! と黒骨龍が着地すると共に、凄まじい衝撃波が爆風となって荒れ狂い、俺とウルナはあっさりと吹き飛ばされてしまった。

 だが、ここで踏ん張らなければボス部屋の使用上舞台の上から落下して奈落行きだ。それだけは何としても避けなければならない。

 

 

「攻撃は魔法主体だ! 近づいたらあの強力な攻撃が当たりかねないからなぁ!」

 

「言われなくても――ッ!!」

 

 

 俺とウルナは息を合わせて同時に攻撃を放つ。

 空を斬り裂くソニックブレード、黒く輝く炎――エビルファイアが黒骨龍にぶつかる。

 

 

 

「グオオオォォォォ――――ッ!!?」

 

 

 

 多少驚きつつあるが、俺らの攻撃を受けても尚ピンピンとしている黒骨龍。

 そして自らに仇なしてきた俺達を見て怒り狂い、翼を銀色に光らせ、剣のごとく横に薙ぎ払った。

 

 

「ウルナッ、気を付けろ!!」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 翼の描く銀色の軌跡が瞬き、大気を斬り裂く。その衝撃波が呆然とするウルナに向けて放たれ、音速と同じスピードで彼女に襲い掛かってきた。

 気づいたときには俺の足は動いていた、自然と『スプリントラッシュ』を発動させ、黒骨龍の前に躍り出るとウルナを抱きかかえ、横に受け身を取りながら転がる。

 

 

 

 ズガアアアアアアアアンッ!!

 

 

 

 と激しい爆音。地面には一筋の亀裂が走っていてそれはドラゴンの一撃の強さをしっかりと物語っていた。

 あのボロい翼からどうしたらあんな鋭い斬撃が放てるんだよっ! 脳筋野郎めっ!

 

 

「だ、大丈夫か? ――まさか遠距離物理も対応しているとはな、こりゃ中々面白くなってきたかもな」

 

「ありがとう……、ごめんね、これからは気をつけます」

 

「チッ、カスの癖にデバフかけたらコレかよ。ここまで面倒な奴だとは思わなかったな」

 

 

 俺はゆっくりと立ち上がるなり、両手を前に出して強く念じた。

 目の前には魔法陣が展開、掌に体内と空気中の魔力が集中していき、徐々に凝縮されていく。

 

 

「アイスバレットォッ!!」

 

 

 掌の先には魔力によって創り出された拳10つ分の大きさの氷の塊が宙に浮いている。

 それを更に魔力でヒビを入れ粉々に砕くとともに俺は黒骨龍に向かってその氷の礫を砲撃。無数の氷の刃が黒骨龍に襲いかかった。

 

 

 

「グオオォォォッ!?」

 

 

 

 得体の知れない攻撃に驚くと黒骨龍は素早く飛び上がり、空中高く舞った。

 無論始めからこの魔法の攻撃力に期待などしていない、これは所詮牽制に過ぎないのだから。

 

 

「地上からじゃ、危険すぎるな……よし、空中戦だっ!」

 

「なるほど空中せ――ええぇぇぇん!?」

 

 

 驚くウルナを無視しつつ俺はいつも通り右掌を左手で傷つけ血を右手の指先に付ける。

 そして魔力を込めながら地面に叩きつけて――例のポーズ。

 

 

「召喚ッ!! 音速の青隼――ブルーファルコンッ!!」

 

 

 地面に複雑かつ繊細な魔法陣が描かれ――出現したのは青色の体毛を持ったホウオウよりも一回り小さいハヤブサ。

 黄色と黒のグラデーションがかかった嘴と足と爪以外、全身隅から隅まで青色で、蒼色の輝きを放つ双眸を持っている。何とも美しく勇ましいハヤブサだった。

 

 

「我、ご主人様の命により――参上ッ!!」

 

 

 翼を大きく広げ、ビシィッとポーズを決めるブルーファルコン。

 いつ見てもカッコいいよなブルーファルコンのポージングは、熱血パワーが溢れていてかつ熱苦しくない、思わず惚れ惚れしちゃうぜ。

 

 

「久しぶりだな、ソウケン。元気そうで何よりだ」

 

「して――今回はどういったご用件で?」

 

「空に浮いている黒い物体があるだろ? その周りを俺とこのとっても可愛い子ウルナを乗せて猛スピードで旋回して欲しい」

 

「黒い物体――なるほど、状況は理解した! あの飛行物体の周りを旋回するのだな!」

 

「ああそうだ、ソウケンの飛行スピードはホウオウすらも上回るからな、期待しているぞ」

 

「有り難きお言葉ッ! では我に乗りたまえ!」

 

 

 バサッと一回右の翼を広げて身を翻すブルーファルコン、俺はその背中に乗って下を見る。

 そこには何故か顔を赤く染めて呆然と突っ立っているウルナがいた。

 

 

「おい、何をしている」

 

「ふぇっ? あっ、ああそうでしたね、ブルーファルコンの背中に乗るんでしたね」

 

 

 俺は彼女が乗りやすくなるよう手を差し伸ばし、一気に背中の上に引き上げ、俺の”前”に乗せた。

 戦闘中くっつかれてドギマギさせられては困りますからねぇ。

 

 

「で、でも空中戦って一体どうすれば――」

 

「簡単な話だ、奴を狙って邪魔法を連射しろっ! ブルーファルコンは神速だ、奴の攻撃がそう簡単に当たるわけがない、これは俺が保証する」

 

 破壊に特化した邪魔法、それに加えて俺の魔法攻撃も入れれば幾ら体力の多いドラゴンとは言え共ただでは済まないはずだ。

 それで、墜落して怯んだ所を一気に追い込む。

 

 

「……分かりました、こ、怖いけど、やってみますっ!」

 

「頑張って、高所恐怖症を克服するんだ! 熱血パワーだ、熱血パワー。ファイト、ファイト」

 

「ち、違います! ただちょっと――あ、あのドラゴンが怖いだけっ!」

 

 

 ウルナが大げさに手を振って違いますよアピールをする。だが、彼女の顔には「私、高い所がとても怖いです」と律儀に書いてあった。わかり易い奴だな。

 

 

「ウルナ様は高い所が苦手で御座ったか! 安心してくれ、我の超熱血飛行でそんな恐怖一瞬にして吹き飛ばしてくれようぞッ!」

 

「に、苦手なんかじゃ、な、ないしっ! そ、それに、べ、べ、別に、こ、怖くなんて、ないんですからね!」

 

「はいはい、わかりました。要するに怖くて仕方ないんですね。よっしゃ、頼んだぞソウケンッ!」

 

「燃えてきたあああああっ!! 我、発、進ッ!!」

 

 

 ブルーファルコンは俺とウルナを背中に乗せて黒骨龍が徘徊する虚空へと向かって飛び立った。



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Chapter2-19 未踏破ダンジョン『亡者の執念谷』VS黒骨龍 後編

「グオオオォォォォ――ッ!!!」

 

 

 黒骨龍が咆哮を上げながら幾度に渡って火の玉を吐き出し、虚空を高速で飛び回るブルーファルコンを狙う。

 だが俺の従魔、ソウケンがその程度の攻撃で倒される訳がない。そもそも当たるかどうかも怪しい所だ。

 ソウケンの神速は筋金入りだ、下手したら最高速度時速1800km、即ちマッハ1.5と同じだ。

『スプリントラッシュ』の様に一時的に音速に達するのなら分からなくもないが、ソウケンの場合は音速で数十分飛行出来るためとんでもなく速い。

 それに――飛ぶだけで衝撃波を放つ鳥はソウケン以外で見たことがない。

 

「ウルナ、絶対振り落とされんなよ!? 後、舌噛まないようにな」

 

「ひっ――は、はい!」

 

 ウルナは手を震わせながらもソウケンの身体をしっかりと掴む。

 横から襲い掛かってくる金赤色の火球と翼から放たれたであろう衝撃波を掻い潜りつつもソウケンは黒骨龍の周りを飛ぶ。

 

「連射魔弾ッ! 頼んだぞッ!」

 

「了解――ッ!」

 

 ソウケンが音速に届くか届かないかのギリギリのラインの速さで飛び回る中、ウルナはステッキを横に薙ぎ払い漆黒の魔弾を幾つも連射する。

 ウルナの後ろにいる俺もほぼ同時に電気を凝縮した球――エナジーボールを便乗するかのように連射。

 

 破壊を司る邪魔法で出来た漆黒の魔弾とそれを援助するかのように放たれたエナジーボールを全身に受け、黒骨龍は苦痛の悲鳴を上げる。

 魔弾は意図も容易く黒骨龍の翼を撃ち抜き、更なる痛みを与えた。だが激しく暴れつつも黒骨龍はまだ火の球を吐き出す事を止めず、しぶとく俺らを狙ってくる。

 

「うむ、敵も中々しぶといな」

 

「だな。やっぱりドラゴンは体力が多いから厄介だ。だけど、こうして入ればいずれ終わりは来るはず――」

 

「まってッ! あの骨ドラゴン、何かする気よ!」

 

 ウルナの忠告を聞き俺は直ぐ様中央を飛び回る黒骨龍に意識を向ける。

 黒骨龍は地面に着陸するとボロボロになった翼を広げ、天に向けた。すると――黒骨龍の傷がみるみるうちに癒え始めたのだ。

 異常な自己回復能力で魔弾が貫通した翼はあっという間に修復され、傷が殆ど完治してしまったのだ。

 

 

「は、はぁっ!? 天の恵み持ちとか聞いてねぇッ!」

 

「天の恵み?」

 

「『天の恵み』――天に祈ることで寿命を対価に体力を回復するスキルだ。自己回復能力の中ではご主人様が持つ『自己再生(オートリカバー)

』をも上回る最上級スキル、その力は回復魔法をも凌駕するのだ。それに黒骨龍はアンデット系の魔獣、既に寿命は来ているはずだ、つまり実質――」

 

「永遠に超回復する化け物って訳だ、なるほど実に面白い相手じゃないか。ボスはこうでなくてはな」

 

「ちょっ、それどうやって倒すのよッ! 手段絶たれちゃったじゃんッ!」

 

 

 

 

 

「グオオオォォォォ――ッ!!!」

 

 

 

 

 その時だった。

 何度も繰り出している火の球と衝撃波をいともたやすく躱され、尚且つ自分の身体に放たれる漆黒の魔弾に痺れを切らしたのか、黒骨龍は体勢を整えるなり魔法陣を構築、口に魔力を集中させ始めた。

 マズいッ! まさかアレは――

 

 

「ご主人様、ウルナ様、伏せたまえ! 急旋回するッ!」

 

「うっす!」

 

「ひゃえぇっ!? わ、分かった!!」

 

 

 ソウケンは突如スピードを上げてキイィンと曲がり始めた。

 

 刹那――黒骨龍の口から紅く光り輝いた奔流がブルーファルコン諸共俺らを破壊すべく極光となって伸びてきた。

 射線上の物全てを破壊しかねない規格外の真紅の光線が薙ぎ払われる。

 

「ヌゥオオオォォォ――ッ!!! ファイトオオオォォォ――ッ!!!」

 

 ソウケンは真紅の極光に追われながらもグングン加速して何とか振り切る、そして豪華に身を翻すなり翼を大きく薙ぎ払って魔力を帯びたかまいたちを生み出した。

 真紅の光線とかまいたちの刃が交わった瞬間、虚空で凄まじい爆発が起こる。

 荒れまくる爆風と爆発に伴って生じた黒煙の中、ソウケンはスピードを緩めること無く遥か高く空気が澄んだ所に飛び上がった。

 

 

「あ、あれって……」

 

「威力は弱けれど間違いなくガイア・フレイムショットだ。俺が訓練場を破壊したフレイムショットの下位互換で発動中に向きを変えることの出来る魔法だ」

 

「は、はぁ……、本当に心臓に悪いんですよあれっ! も、もう無理ぃ……」

 

「でも――不思議ですなご主人様。通常であらばガイアとは言えフレイムショットが使える魔獣の平均レベルは300のはずですぞ?」

 

「いや……、この魔獣が特別――この魔獣を創り出したダンジョンが特殊なんだろうな。鑑定じゃ、推奨160とかほざいてるがありゃ本来200超えてるぞ、化け物め」

 

「――ゼルさんが化け物って言っても説得力皆無」

 

「――我も同感」

 

「黙れお前ら」

 

 黒煙はまだ収まること無くもくもくと広がりつつある、気配からしても黒骨龍は煙に大分惑わされている事もあって暫く追撃は来ないだろう。

 

「うぅ……あんなのに一体どうすれば勝てるんですか?」

 

「ふっ、簡単な話じゃないか」

 

「簡単……?」

 

 ウルナは振り返るや否や、至近距離で冷酷な眼差しを送ってくる。

 なんでそんな目するのさ。別に実際、凄く簡単な話なんだからそんなに疑わないで貰えます?

 

 

「奴の体力を一瞬にして削り落とす、翼を大きく広げて天に祈る前にな。それに奴は祈りを完成するまでに俺達に3秒の隙を与えてくれるんだ、その間に邪魔すれば祈りは不完全、回復することもない。そう、至って簡単ッ!」

 

「――全然簡単じゃないじゃん」

 

「誰が実行が簡単な話といった? 理論的に簡単な話と言ったんだ俺は――」

 

「そう……、分かった」

 

 色っぽく考えるような素振りを見せた後でウルナはいつとなく真剣な表情で俺に言った。

 

 

 

「私に考えがある」

 

 

 

「ウルナ様、考えとは……?」

 

「自信はあまり無いけど――成功すれば身を挺してトドメを刺せると思う」

 

「……そうか、身を挺してという事は覚悟はそれなりにあるんだな?」

 

「えぇ、いつまでもゼルさんにばかり頼っていられないから」

 

 言い終えると彼女は可愛らしい小声で俺とソウケンに作戦を伝える。

 彼女の身を危険に晒す非常に無謀な作戦だった、だがあの黒骨龍に与えるダメージ量は半端ではなくほぼ確実に倒せると踏む。

 

 

 

 

「グオオオォォォォ――ッ!!!」

 

 

 

 怒り狂った黒骨龍が煙の中から飛び出すと俺達に向かって猛突進してきた。

 目は確実にブルーファルコンと俺達を見据えていて、一切迷いが無かった。

 黒骨龍にとって俺らは命を脅かす敵、または絶好の餌でしか無い。

 もともと魔獣には知能が無い、よって彼らは純粋かつ凶暴なのである。

 

 

「今よッ! お願い!!」

 

 

「任せとけってのッ!!」

 

 

「我承知ッ!」

 

 

 ソウケンが上空に向かって舵を切り物凄いスピードで上昇した所でその勢いに乗ってウルナは空中に飛び跳ねる。

 華麗に空中を舞う彼女を俺は見届けるなりソウケンと共に怒り任せに向かってくる黒骨龍に目標を移した。

 怯ませられればいいんだな? ならあの魔法だッ!! よっしゃ俄然熱くなってきぁ!!

 

 

「エレキスキャードッ!!」

 

 

 ソウケンの背中の上で俺は立ち上がると黒骨龍に向けて迸り、拡散する稲妻を放つ。

 雷のように空中を走り抜けるその稲妻は黒骨龍に当たると全身を痺れさせた。

 言うまでもなくこの魔法は敵にとって致命傷には至らない。だが空中においては十分すぎるほどに相手を怯ませることが出来る。

 そして俺は――次の作戦に移るためにソウケンの背中から飛び降りる。

 

 

 

「グギャアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 連続電気ショックに悲鳴を上げて墜落し始める黒骨龍。

 そしてそれを待っていたかのように魔法を詠唱して虚空に幾つもの魔法陣を構築し始めたウルナ。

 白色の法衣を華麗に舞わせながらもウルナは左手に魔力を集中させ、ある物を創り出す。

 

 

 それは――槍だった。

 

 

 漆黒に染まった禍々しい黒槍――それを左手に握ったままウルナは虚空の魔法陣から沢山の漆黒の魔弾を出現させた。

 そしてその魔弾がウルナが落下する射線上に集結し、一つの大きな魔弾となる。

 それは急に空中で停止し、黒い稲光を撒き散らしながら高速自転し始める。唯でさえ魔法は物理法則を無視するような物が多いが、邪魔法に関してはもうそんな法則すら破壊してなかったことにしているのかもしれない。

 

 

「漆黒のエビルスピアァッ!! トリャアアァァッ!!!」

 

 

 聞いていて癒やされそうな可愛らしい掛け声を上げながらウルナは虚空で華麗に舞いながら黒い槍を空中で自転し続ける漆黒の魔弾に向けて投げた。

 槍は高速回転しつつも唸りを上げて虚空を突き進んだ、そして魔弾を貫くと邪悪な魔力を更に増大させ黒骨龍に襲いかかる。

 

 

 その渾身の一撃は黒骨龍の頭蓋骨に見事ヒットする。

 そしてそのまま勢いを緩めること無く頭蓋骨始めとする肋骨、背骨、腕や足の骨を抉り、破壊してバラバラにした。

 黒骨龍は断末魔を上げること無く、ガシャガシャと骨の音を響かせながら身体を地面に打ち付け、見るも無残な姿で絶命する。

 

 

 

 我ながら中々激しい戦いだったな。

 予めソウケンの背中から飛び降りて地面に着地していた俺は自分の技の衝撃波に再び飛ばされたウルナを両手で衝撃を出来るだけ無くすようにして華麗にキャッチする。

 

「お疲れ、よく頑張ったな」

 

「うん、ありがと……物凄く怖かったけど、何とかなりましたね」

 

 ふと上を見るとソウケンが随分と満足そうな笑顔で翼を羽ばたかせながらゆっくりと着地していた。

 

「うむ、流石はご主人様の仲間ですなッ! 見事な魔法でしたぞ!」

 

「うん、ソウケンもありがと、エヘヘ……」

 

 照れ隠しに目を逸らしつつも嬉しそうにウルナは笑っていた。

 ――照れるウルナもマジ可愛い。

 ただでさえどんな表情でも美しく、可愛いのに俺の前でそんな照れ顔を披露されると危うく落ちそうになってしまう。

 本当に美貌は特権だよなってつくづく思うよ。

 

「……所でご主人様」

 

「ん? なんだソウケン」

 

 

 

 

 

 

「彼女を見ながらずっと優しそうに抱えている所からお見受けするとようやくご主人様の冬が終わったのですね?」

 

「はぁ……?」

 

 

 ソウケンの言っていることを理解するまで時間が掛かったが俺はそれ・・を自覚した瞬間頬が紅潮するのが感じて取れた。

 

 

「あのー。こうしてくれるのはとても嬉しいんですが、何だろう……何かそわそわするっていうか、心が騒ぐっていうか……」

 

 

 見るとウルナも同様に頬だけでなく耳まで真っ赤にして俯いていた。

 ――あら、この子凄く可愛い……。

 

 

「……どうせならこのまま宿まで持ち帰るか」

 

「それだけは止めて、恥ずかしいからぁっ!! もう早く下ろしてぇっ!!」

 

 

 子供のように足をバタバタさせる彼女を俺は優しく下ろしてやった。



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Chapter2-20 ダンジョンRESULT

 未踏破ダンジョン、『亡者の執念谷』に入ってから約12時間、俺とウルナは無事10階層を踏破して転移結晶で入り口へと戻ってきた。

 既に外は暗く、仄かな月明かりが街を綺麗に照らしていた。

 

「もうすっかり夜ですねー」

 

「あぁ、今日は久しぶりに戦った気がするぜ」

 

 俺が月明かりを浴びながら伸びをしようと思った――その時。

 

 

「そんなに大変だったのかしら?」

 

 

「はっ、まあな――て、うおっ!?」

 

 突然違う声が聞こえたと思って横を向くとそこには未踏破ダンジョンの入り口に腕を組みながら寄りかかっているアンナがいた。

 あっ――やべっ。見つかっちゃ駄目なんだっけ。

 

「あっ、アンナさん……」

 

「全く……、駄目ですよ? Cランクの君達がこんな危険なダンジョンに入っちゃ」

 

 鋭い目つきでアンナは前に出ると俺とウルナを代わる代わる見た。

 思いの外、無傷で出てきた俺達に驚いているのかアンナは静かにため息をつくとポケットから何やら取り出してサインする。

 あっ、これ絶対ヤバいやつ。

 もう未踏破ダンジョン入れないみたいな処置されちゃうやつだよコレッ!!

 

「アンナさん……、ごめんなさいッ! 勝手に入ってしまって!!」

 

 ウルナは心機一転、白を切る事無くズバッと謝った。

 あー、これ完全にウルナの冒険者人生に傷つけちゃったわ……、ごめんな。

 

 

「本当ですよ、入るんだったらちゃんとこれを衛兵団で発行しないと」

 

 

 そう言ってアンナはサインした物を微笑みながら俺達に一枚ずつ渡した。そこには『ファスタット超高難易度未踏破ダンジョン立ち入り許可書』と丁寧に書かれていて、ギルド長と衛兵団長のサインがしっかりと記入されていた。

 

 

「「へっ……?」」

 

 

 俺達の目が点になる、まさかこんな物が貰えるとは思っていなかったからだ。

 そもそも今の流れじゃこうはならないだろっ! どうなってるんだよ一体!

 

「あのっ……、アンナさんこれは――」

 

「一昨日辺り、ガンガスさんに頼まれたんですよ。アイツらそろそろダンジョンに行く頃だろうから念の為発行しておけって――特にゼルファさんはあらゆる手段でも使って未踏破に入りそうだからってね」

 

「ガンガスの野郎、俺をそんな風に思ってたのか。後でぶっ飛ばしてやる」

 

「そこは感謝すべきじゃないですかねぇ? でも――本当に良いんですか、アンナさん?」

 

「はい、ガンガスさんからゼルファさんは数年後にSSSになる男だから通さないわけには行かないと言っていましたので、それにウルナさんに関してもほぼ確実にAは越すととても自信を持っていました」

 

「アイツ……、結局個人情報ばらしてんじゃねぇかよ! ギルド法違反で訴えてやるっ!」

 

「そ、それはともかく――ありがとうございます、アンナさん」

 

「あっ、ああ、何か申し訳ないですね、変な真似してしまって……」

 

「いえいえ、それにその様子から見て貴方達なら十分戦えると分かりましたし――今日は一体どこまで?」

 

「はい、10階層まで攻略してきました」

 

「あら……、もう10階層行っちゃったの? 凄まじいペースですね、やっぱりガンガスさんの言っていた通りの期待の新人――もしかしたら貴方達なら踏破できちゃうかも、応援しているわ」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 

 一時期はその笑顔を崩さず恐ろしい勢いで悍ましい悪口を連発されるのではないかと怯えていたが、個人情報ばらし魔のガンガスのおかげで回避できたようだ。

 流石の俺でもあの悪口マシンガンを一度食らえば精神的に生きて帰れる保証は無いからな。

 そして俺達はちょっとばかし迷惑を掛けてしまったダンジョンの番人アンナに礼をすると帰路に着く。

 途中ギルドに寄って迷宮内で集めた珍しい素材や魔石を半分ほど買い取ってもらった後に適当な露店でご飯を済ませ、宿屋に戻った。

 

 しかし驚いたものだ、まさかダンジョンにはこんな強みもあったとは――

 ダンジョンの魔石はこの世界の魔石とは色に若干相違があり、込められている魔力も特徴が違った。

 元々の魔石は基本紫でこれと言った効果は無いのだが先程の『亡者の執念谷』の魔石は若干赤みを帯びていて+αで火魔法系、腐食系の効果を持っていた。

 ギルド員はそれに全く気づいている様子もなく普通に魔石を買い取っていたようだが、それも考慮して値段を付けて欲しい所だな。

 

 それにしても腐食系か……、これはもしかしたら素材の加工や効果付与に面白い物を付けられるかもしれないな、今後時間があったら試してみるとしよう。

 

「どうしたんですか? ボーっとして――ゼルさんらしく無いですよ」

 

「ん、そうか? 樹海に居た頃はこうやって動かず考えている時間も多々あったんだがなぁ」

 

「時間に追われちゃってる……、って事?」

 

「そうかもしれないな……、とは言え俺とてこの生活に退屈している訳じゃない。だから変な心配するなよ?」

 

「べ、別に心配なんてしてないし……、その、私が無理に連れ出しちゃったから――」

 

「それを心配っていうんだよ」

 

 毎度の如くパジャマに着替えた後、ベッドの上に座って足をぶらつかせているウルナに俺は軽く笑いかけた。

 所でいつも思うんだが、ウルナって戦闘服は同じでも部屋じゃ毎日違う服着ているよな、一体どこからそんな種類の服が出てくるのだろうか。

 それに対して俺は――戦闘服3着、素晴らしいセンスだね!

 

 俺はウルナのパジャマを見て堪能し、再び自分の世界へと意識を戻す。

 ……、しかしダンジョンがあんなにレベル上げ効率のいい場所だとは下手したら樹海の数倍は効率いいぞ。

 こんないい場所が設けられているというのにどうして皆、弱いんだ? 強くなりたいという気は無いのかね。

 

「なぁ、ウルナ。君は今日どれ位レベルが上った?」

 

「えっと、89だったのが――えっ……、えぇっ!? 98ッ!? くうじゅうはちぃ!?」

 

「なるほど、レベル9も上がったのか」

 

「う、嘘でしょっ!? どうしてこんなに上がっているのよっ!」

 

「大方今日のダンジョン内の魔獣が全てにおいてレベル的な格上だったからだろうな。それにウルナも傷だらけになるまで戦ってたろ? 俺が何回治療したと思っているんだ」

 

「そ、それは――そうだけど……。でも改めて考えるとある意味運が良かったのかもしれないわね、1階層のボスと10階層のボスにほぼ無傷で勝てたのは」

 

「だな、何だかんだで1階層と10階層が一番難しかった気がする」

 

 1階層ボス、キングクレヴァスケルトンの無限召喚部下盾戦法。

 10階層ボス、ブラックスケルトンドラゴンのガイア・フレイムショット。

 どれも推奨レベルからは考えられない程の超レアまたは超高難易度スキルだった。

 だがそれのおかげもあってウルナと初の『共同技術(タッグアーツ)』を成功させる事ができ、そしてウルナの渾身の魔法を見届けることができたのだ。それにウルナはレベル9も上昇、収穫は信じられないほど大きい。

 

「今日はもう遅い、ウルナはさっさと寝とけよ」

 

 俺は空間魔法を起動して収納から消音機能付きの鍛冶道具を取り出しながら言った。

 

「えっ、どうして私だけ――ハッ! まさか寝込みを襲うつもりじゃ、何奴ッ!!」

 

「襲わねーよ! んな事して何の得があるってんだ」

 

「美少女の処女を奪えるという得」

 

「得じゃねーし、それやったら男として人間として失格だわ」

 

「……別にいいんですよ? 本能の赴くままに襲っても」

 

「いや何襲われたいみたいな事言っちゃってんの? お前の謎めいたハニートラップには絶対引っかからないからな」

 

「ふふっ、冗談ですよ冗談っ! ゼルさんがそんな事する人だなんてこれっぽっちも思ってませんから」

 

 ウルナは美少女の最強の武器である幼っぽく、また可愛く屈託のない笑顔を見せながら言った。

 

 

「――ただ、タイミングを気にしない直球攻撃と女性に対してのこの上ない優しさは反則だと思います、ゼルさん」

 

「直球攻撃? 優しさ? 反則? 丸で意味が分からんぞっ!」

 

「それを自覚していないのも更に反則っ! そんな反則行為ばっかやって今後どうなっても知りませんからねーだ」

 

 頬を仄かに紅潮させながらウルナは言うと俺に背を向けて布団に入った。

 何というか――伝説の魔獣の性格レベルに訳わからん。何が優しくて何が反則行為なんだ? そもそも何のルールにおいての反則なんだよ。

 はぁ、これだから女子は――

 

 ベッドの上に素材や魔石を取り出し、鍛冶実験の準備を終えた後で俺は静かにウルナを見る。

 彼女は静かに肩を上下させながら少し身体を丸めて寝ていた。見てくれから可愛い小動物だな、流石は美少女。

 

 

「おやすみ、ウルナ。しっかりと寝ろよ」

 

 

 そう言って俺は今日ダンジョンで手に入れた魔石の鍛冶実験を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 この時の俺は知る由もなかった。

 俺に背を向けて寝ていたと思われたウルナは実はまだ起きていて「そう言うのが反則なんだよ」と小さく呟いたことを。



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Chapter2-21 休暇

 ダンジョン10階層踏破から数日後の事である。

 いつも通りウルナの特訓を終えて暫くした後、俺は彼女にとある話を持ちかける。

 

「ウルナ、今日久しぶりの休暇にしないか?」

 

「はい、そうですね――ってマジですか? ゼルさん」

 

「マジだ、今日は休暇にしないか?」

 

「熱血大好きゼルさんが休暇? ……風邪でも引きました? ハッ――、もしかしてゼルさんの偽物っ! 何奴ッ!!」

 

「本物だよッ! 今日は個人的に私服を買いたいと思ったから休暇にしようと思っただけだ!」

 

「なんだ、そうなら早く言ってくれればいいのに」

 

 今まさに言おうとしていたのだが……。

 俺は赤色のシャツと灰色を基調とした迷彩柄のズボンを見た。いつもの戦闘服、これに日々の気分次第でマントを付けたりするのだが――この街に来てからは不審者扱いされるのもあるのであまり着ていない。

 この戦闘服、一見は完全なる私服だがコイツは俺のとあるエクストラスキルと相性が良く、また破れたとしても時の結晶石の効果で自己再生する代物だ。

 それに加えてダンジョン産の火系&腐食系魔石を使って耐熱性とほぼ腐食無効の耐性を興味本位で付けておいた。無いよりはマシ程度の物だが。

 

「そうですねぇ……、私も買おうかなー、私服または戦闘服」

 

 ウルナはいつも着ている法衣と白色を貴重としたちょっと露出のある上着、そして蒼色を貴重とした半ズボンを代わる代わる見ていった。

 

「戦闘服もか? 良ければ俺が買った後に加工してあげるけど」

 

「ふぇっ!? まさかエッチ加工でも施すつもりですか!? とんだ変態ですね、ゼルさんは」

 

「毎度訳の分からない方向に話を持っていくな。ともかく出来ることなら面白い効果つけてやるよ、例えば自己再生能力とか」

 

「――その能力は遠慮しておきます……。少し耐性が付けば十分なので」

 

「なんだ? 便利だぞ、一生着れるし、燃えても平気だし」

 

「それ付けると服っぽく無くなっちゃう……」

 

 なるほど……、一理あるな。

 俺はファッションとか全くと言ってもいいほど気にしたこと無いがウルナは女子と言うこともあって色々な事に気を使っているのだろう。

 それに一般的に自己再生する服とか気味悪いことこの上ないしな。

 

「ウルナもファッション系女子か?」

 

「ファッション系女子……。うーん、ファッションには興味はあるけど育ちが教会だから基本聖職者用の服だったし、言うほど興味はないかな。でも――自己再生する服は断じて着たくないですね」

 

「そこ強調しなくて結構、俺もそれぐらいは理解したから。それにしても意外だ、沢山服持ってるから案外興味ありそうだと思ったんだけどな」

 

「人を雰囲気で判断しちゃ駄目ですよ~」

 

 と人差し指を左右に揺らしながら可愛い顔に華を咲かせてニッと笑ってみせた。

 やっぱりいつ見ても癒やされるな……。

 そうか分かったぞ、なるほど、なるほど――

 

「つまり、自分は可愛いから服で飾り付ける必要が無いってことだな」

 

「なっ、別にそういう訳じゃないしっ」

 

「無理に否定する必要もないと思うぞ? 実際可愛いんだし」

 

 俺は壁に寄りかかって手を組みながらそう言った。

 すると……何故かウルナは急に顔を赤らめ始めて俯いてしまった。

 

「――だ、だ、だから直球はぁ、は、反則……」

 

「はぁ?」

 

「だ、だから、そ、その……」

 

「良く分からない奴だな、可愛いのは事実なんだから堂々としたらどうだって言っただけだって」

 

「うぅ……、も、もういいですっ! 早く買い物行きましょっ!!」

 

 ウルナは耳の先まで真っ赤にして俺の手をひったくる。そして何故か怒っている彼女にひきずられる羽目となったのだった。

 

 

 

 

 

 朝ご飯をさっさと済ませ、俺達は街中で最大と評判の服屋へと向かった。

 この大陸ヒートアーストの中でも一番、二番を競うほどの規模だ、その服屋がこの街ファスタットで最大なのは周知の事実であろう。

 中に入り、軽く見回すとシンプル極まりない服からガッチガチの重そうな金属で出来た鎧まで、中には服の定義を逸脱している怪しげなものや、紐にしか見えない謎めいた服も売っていた。

 

「さて……、ここからが問題だな」

 

「問題って?」

 

「――どんな服を選べばいいのか、俺はさっぱり分からないッ!! 何故なら服屋に来たことが無いからなッ!!」

 

 5歳までは兄のお下がりを着ていたため服屋には一度も行っていない。そしてこの樹海に来るまでも服を買うくらいなら食料やポーションを買ったほうがいいと思っていたため服屋には近づいてすらない。

 つまり――俺は服屋未経験系男子なのだッ!!

 

「服屋に着たことが無い……? マジですか?」

 

「マジのマジだ。この戦闘服だって本の中で面白そうなのを真似ただけだし、俺に服を選ぶセンスなど欠片も存在しない。――終わったなこれ……、熱血鎮火しました……」

 

 俺は項垂れると共に膝から崩れ落ちた。これが外界から離された者の無知さか……、身をもって感じたぞ。

 

「そうですか――分かりました、ならば私が選んであげましょう」

 

「なっ……!? ほ、本当か!? ウルナたんマジなの!?」

 

「その”たん”と言うのはよく分からないですが……本当ですよ、いつもお世話になっていますから」

 

「おぉ、今までの中で一番ウルナが輝いて見える……。後で『封印されし禁忌の図書室(アナザータブーライブラリー)』の珍しい本を読ませてやるからなっ!」

 

「ハハハ……、その仰々しい名前の図書室はともかく――それには一つ条件があります」

 

「条件……?」

 

 俺の脳裏に物凄く嫌な予感が走り抜ける。

 ウルナは不気味み笑いながら俺を見下ろしつつ、ビシッと指させしてくる。

 

 

 

「ゼルさんの服は私が選ぶのでその代わりにゼルさんは――私の服を選んでもらいますッ!!」

 

 

 

「何か超難易度上がってね!?」

 

「敢えてゼルさんを苦しめることで服選びのセンスをレベルアップ・・・・・・させる。我ながら素晴らしい考えですねっ!」

 

「いや無理無理っ! ウルナ様の服を選ぶなんて恐れ多すぎて無理だから!」

 

 確かに苦労すれば苦労するほどレベル上がってステータスは上がるけど……。

 それは――人の強さや技能の話であって、そんなセンスは苦しんだ所でレベルが上がるとは思えないんですけど!?

 大体、こんな絶世の美少女様の服選ぶとかレベル300の魔獣倒すより遥かに難易度高い気がするんだが……。いや、そもそもウルナに合う服って何? 可愛い服って何? センスって何よ!?

 

「あのですね、ウルナさん……、まず服ってどう選べばいいんでしょうか?」

 

「ふふっ、大丈夫、案外簡単ですよ」

 

「ほ、本当か!?」

 

 俺は先程のオーバーリアクションで服についたゴミを払って立ち上がりながら言った。

 

 

 

「私に似合うと思う戦闘服を選べばいいんですよっ!」

 

 

 

「アドバイス性皆無なんですけど……」

 

 これは下手したら今まで一番難しい試練かもしれないぞ……。

 しかも……、ミスは絶対に許されない一発勝負の試練――色々と難易度が見合っていない感じがする。

 だがこれをやらなければ俺は今日――ウルナと過ごす休暇――を乗り越えることが出来ない、よって逃げる事は不可能。

 

 ……仕方あるまい。その試練、受けて立ってやる。パーティー崩壊の危機すらあるその試練をな。

 これは戦いだ、真剣に挑まなければ――試練に食い尽くされる、だから食い尽くされる前に食い尽くす……! 燃え上がってテンション上がれ俺ッ!

 

 そして――パーティー存亡が掛かった戦いが幕を上げた。

 

 

 

 

「あのー、ゼルさん。凄まじいオーラを服屋内で出すの止めていただけますか?」



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Chapter2-22 死闘(服選び)

「むむむ……」

 

 俺の隣で眉にしわを寄せながら唸るウルナ。

 男性用の服売り場にてウルナが多彩な服と真剣勝負を繰り広げていた。

 売り場を見回しては豊かな胸の下で腕を組みつついつとなく真剣その物な表情で服を一枚一枚吟味していた。

 ――ウルナでこんなに苦戦するとか俺だったらどうなるんだろうか……、考えるだけでも恐ろしい。

 

「ゼルさん、ちょっとこっちを向いて下さい」

 

「お、おぅ……」

 

 ウルナは右手を顎に当てながら俺の全身を見ては、幾多の服を見比べていた。

 何か相手に集中して見られるのって恥ずかしいな。

 そんな俺は自然とウルナから目線をそらしてしまっていた。

 

「……こんな時に何照れてるんですか?」

 

「照れてねぇ」

 

「ふふっ、安心してください、ちゃんと選んであげますから」

 

 ちゃんと選ばれたら選ばれたで後々のプレッシャーが半端じゃなく重くなってしまうから止めてくれ。

 ウルナはその後も服屋の中をぐるぐると回っては色々な服を見て回っていた。

 そして――俺の私服を探し始めてから30分。

 

「よしっ、これで完璧っ!」

 

 可愛くガッツポーズを決めるとウルナは俺に駆け寄ってきてその華奢な手に持っている服を渡してきた。

 

「どうですか? 似合ってると思いますけど……」

 

 俺はウルナが30分掛けて選び、持ってきてくれた服を見る。

 上は俺の髪の毛と似ている深緑を基調としたミリタリーシャツで、藍色のチェックが入った物である。

 そしてズボンはグレーのスリムパンツで特に目立つ感じもなく、深緑といい相性となっている。

 私服としては申し分ないほど良い組み合わせだと思った。

 

「凄くいいと思う、良くこんなに凄い組み合わせ見つけ出してきたな……」

 

「そうですか。良かった……、ゼルさんに喜んでもらえて」

 

「ああ、凄く嬉しいんだが……何でだ? 素直に喜べない俺がいるぞ……」

 

 こんなに可愛い子に服を選んで貰えたのだ、一人の男としてこれ以上に嬉しいことは無い。

 だが――待ち受ける強大な試練のせいで顔が引きつっていた。

 心臓の動悸が早くなって、身体が火照ってきて、緊張でどうにかなってしまいそうなそんな状態だった。

 

「で、でもありがとな。これ大事にするわ」

 

 俺は今できる精一杯の笑顔でウルナに感謝の気持ちを伝えた。これぐらいしなければ男として失格である。

 さて――ここからが問題だ。

 

 

「じゃあ、次はゼルさんが服を選ぶ番ですね」

 

「離脱してぇ!! 今すぐにでもこの場から離脱してぇ!!」

 

「そんな事したら条件を破ったという事で許しませんからね」

 

 ウルナは美少女が持つ最強の武器、可愛い笑顔でそう言った。だが――その武器は本来の効力を発揮していない、しかし俺は別の意味でしっかりと大ダメージを食らっている。

 

「……分かった、全身全霊を使ってウルナの服を選ぶわ」

 

「――物理的な意味では絶対に使わないでね?」

 

「あ、当たり前だろ? 服屋をふっ飛ばして何の得があるってんだっ!」

 

「……私、意識せずにその凄みのある覇気とオーラを放っているゼルさんがとても怖いです」

 

 

 

 

 

 

 難儀だ、俺にとっては難儀すぎる課題だ。

 ここは俺の熱血パワーで……、どうにか出来るものじゃねぇな。

 俺は魔力感知が自動発動するぐらいに鋭い眼光で売り場全体を見回す。

 

「……欲しいのは戦闘服だよな?」

 

「はいっ、ですがそこまで防御力が高くなくても大丈夫ですよ」

 

「分かった、死ぬ気で探してくる」

 

「――死なないで下さいね」

 

 そして俺は全精神力を使って女性用の防具売り場を駆け回った。

 ウルナに合うもの……、それを探せば良い。

 ひたすら防具を着ているウルナを姿を想像しては消去することを繰り返し、売り場を彼女と同じように何回も何回も回った。

 しかし――30分経っても尚、良い服を選べる気がしなかった。

 

 選択出来るものは既に決まっている、つまり……この中でマシなものを決めるつもりで選んだ方が妥当だ。

 だが――それが遥かに難しい。

 服選びって難しい、俺はそう確信した。

 よりによって異性の仲間のものとなると尚更である。

 

「……幾らなんでも難題過ぎるって」

 

「ゼルさん、何か良いもの見つかりました?」

 

 彼女は期待した様な笑みで俺の真剣その物の顔を覗き込んでくる。コイツ……、面倒事を押し付けたかっただけじゃないのか?

 

「ごめんな、まだ見つからねぇ。もう少し待ってくれないか?」

 

 俺は先程のウルナ同様唸っては服を見比べる事を繰り返しす。当初はこんな事になる予定ではなかったのだが、パーティー崩壊を避けるためにもここで失敗する訳にはいかない。

 なんとしても見つけ出さなければ――

 

 俺は吟味に吟味を重ねつつも全神経を使ってウルナの服を探し回った。

 そして――とうとう一つの結論にたどり着く。

 

 持ってきたのはジャケット、服、スカート、そしてハイソックスだ。

 上はゆったりとした白と水色を基調とした服で露出はそこまでなく見た目がとてもほんわかとしている、そして白色のシルクのような肌触りのジャケット付きだ。下は仄かに青みがかった戦闘型の半ズボン、腿までありそうな丈の白色のハイソックスだ。

 無論、見た目は柔らかそうだが防御力も申し分ない、それに俺の加工も加えれば鎧すら上回る戦闘服が出来上がるだろう。

 

「これが……、いいと思うんですか? 」

 

「いいというか……、ウルナには似合うと思うんだ」

 

 俺は若干ウルナの顔色を伺いながらそう答えた。

 吟味を重ねたとは言え、所詮は俺の感覚でしか無い。だが俺としてはこの服はウルナには間違いなく似合っているとは思う。

 彼女が気に入ってくれるかどうかは別としてだ。

 

「そっか……、そうなんだ」

 

 ウルナは目を少し細めた後、その服をギュッと抱いた。

 俺から見たら不思議と彼女が笑っているように見えたのは気のせいだろうか? いや、単なる気の迷いだろうな。

 

「よしっ、合格です! ゼルさんにしては中々良い物を選べたんじゃないんですかね」

 

「なんで上から目線なんだよ……、ともかくあざっす」

 

「ふふっ、ゼルさんが時間を掛けてしっかりと選んでくれた服ですから――大切に使いますよ」

 

「はぁ……崩壊回避、食い尽くされずに済んだわ」

 

 ウルナに無事合格を貰った俺は影で安堵の息を吐いた。

 どうやら気に入ってくれたようだ……、危ない危ない、ここで変なものを選んだら冷酷な目で見られて関係が崩壊しそうだったからな。

 ともかくこれでまた一つ困難を乗り越えられたという訳だ、良かった良かった。

 

「それじゃ、買って着てきますね~」

 

「はっ? 今着るのかよ」

 

「当たり前じゃないですかっ、ほらさっさと来て」

 

 ウルナに連れられて俺は会計の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 俺は試着室の前でウルナが出てくるのを待っていた。

 別に着て帰る必要は無いと思うのだが……、彼女がそういうのであれば否定するつもりはない。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

 

 そう言って出てきたウルナに俺は不覚ながらも一瞬思考回路が停止してしまった。

 超可愛い、俺の想像以上の可愛さだ……。

 俺が頑張って決めたかいがあったのかは分からないが、服やズボン、ジャケットが唯でさえ可愛いウルナを更に際立たせていて今まで見たことが無いような魅力的な姿をしていた。

 今のウルナはこの世の美を集約した超絶美少女その物と言っても過言ではないだろう。

 

 

「うん、可愛いな。こっちまで照れそうだわ」

 

 

「そ、そうですか? え、エヘヘ……」

 

 

 ウルナは照れたかのように頭を掻きながら俺に近寄ってきた。

 って自然な流れで近づいてくんなよっ! 俺の心が暴走しちゃうだろ?

 

 

「その……、選んでくれてありがとうございます。……凄く嬉しいですっ!」

 

 

「は、ハハハ……、いいって事よ」

 

 ウルナに面と向かってお礼を言われ、遂に俺の照れが最高潮に達してしまう。

 俺は最終手段として魔力を使って自らの興奮し暴れる気持ちをググッと抑え込む、だがそれは逆に俺を冷静にさせすぎてしまいかえって不自然になってしまった。

 はぁ、もうどうすりゃいいんだよコレ……。こっちの方が服を選ぶより遥かに難儀な課題だよ。

 

「ふふっ、何照れてるんですか?」

 

「断じて照れてない!」

 

「えー、絶対照れてたでしょ?」

 

 ウルナはずいっと俺に近づいてくると顔を覗き込んできた。魔力で気持ちを抑え込んだのにも関わらず俺は一瞬ドキリとして、狼狽してしまう。ここまで覗き込まれてしまったら最早、照れ隠しの方法など残されていない。

 

「ま、まぁ、似合ってるってことよ……、その服が」

 

「ぷっ、アハハハっ! ゼルさんって面白いですね、これで直球攻撃された私の気持ちも分かったでしょ?」

 

「は、はぁ……?」

 

「アハハっ! 何でもないですよっ。さっ、折角の休暇なんだしいっぱい楽しみましょ!」

 

 ケラケラと笑うとウルナは丸で子供のようにはしゃぎながら店の入口へと駆けていった。

 見たことがない程、嬉しそうに笑う彼女を見て俺の口元も自然と緩む。

 

 ――そんなこんなで波乱の服選びは無事幕を閉じたのだった。



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Chapter2-23 災厄な展開

 服の買い物を終えた俺はその後一日中観光やら買い物やらでウルナに振り回された。

 元々休暇は俺が求めた物なんだが……。しかし、子供のようにはしゃぎまくるウルナにはどうにも逆らえなかった。

 それに折角の休暇なのだ、これ位のハメ外しはいいかと俺も嫌がることなく付き合ったのだった。

 

 そして日が暮れて、最後に俺達が訪れたのはギルドだった……。どうやらウルナはギルドの中の酒場に興味がある様だ。

 一応先日の決闘の件やら、ウルナが可愛すぎるという懸念もあるので止めるよう説得はしたのだが彼女は納得すること無くギルドへと足を踏み入れた。

 で、今に至るというわけだ。

 

「すっごい賑わってますね~!」

 

「まっ、ギルド兼酒場だからなココ。」

 

 このギルドは昼間はギルドのエリアしか開いていないが、夜になると酒場も解放されるのだ。

 そして依頼や受付カウンターがあるギルドエリアいる俺達の所にも既に酒場特有の匂いが漂ってきている。

 

 酒場から漂ってくる酒の強い匂いに俺はちょっと鼻をつまんだ。

 耐えられない訳ではないが、あまり嗅いだことのない匂いだったためどうも慣れない。だが、一方でウルナは飲む気満々のご様子、本当に酒に強いのかコイツは……。

 

「おおっ! あれって『ザーラキラー』じゃね!?」

 

「あっ、あの有名な『訓練場キラー』じゃん!」

 

「隣にいるウルナちゃんスッゲー可愛いなぁ、いいよな美少女と二人旅って……」

 

「俺も『最強の無職』さんぐらい強くなってモテてぇよー」

 

 ……、やっぱ俺はどう頑張ってもこの雰囲気にはなれないなぁ。

 というか俺の二つ名ありすぎだろ、どれか一つに絞ってくれないとややこし過ぎて困る。

 そもそも『最強の無職』さんって何? それ絶対、適当にこじつけただけだよね?

 

「ゼルさん大人気ですねぇ」

 

「あからさまに目立つほど面倒なことは無いって……」

 

「それくらい我慢しなさいよね、ハンター登録初日に訓練場破壊してザーラ破壊したんだから」

 

「あー、時空魔法使えたらなぁ……。――ところでザーラって最早物扱いなの……?」

 

 一人ぼやきながらも俺は辺りを見回して酒場の開いている席を探した、だが皆がこちらを見るせいで席を探すことすら出来なかった。

 ナンパされやすいなどの理由でこの美少女ウルナをずっと待たせるわけにもいかず一人あたふたしていると不意に肩を叩かれる。

 

「やっ、あの時以来だね、ゼルファ」

 

 何処かで聞いたことがあるような声に俺は振り返ってみる。するとそこには茶髪の女性、カゲヨが歯を見せて微笑みながら立っていた。

 

「おっ、カゲヨじゃないか」

 

「ゼルファとウルナ、良かったら私と話でもしながら飲まないか?」

 

「え、いいんですか? カゲヨさん」

 

「ああ、それに『最強の無職』、ゼルファには興味があったからね」

 

 侍のような鎧と武器を外して赤色の男っぽいシャツに緑色の半ズボンというラフな格好になっているカゲヨは力強く頷いた。

 興味を持たれるのはちょっと厄介だが、別に彼女と話した所で退屈はしなさそうだ。それに彼女だってこの街じゃ間違いなく強いだろうし、これはいい機会かもな。

 

「じゃ、遠慮なく座らせてもらおっかな」

 

「分かった、んじゃアタシについて来な」

 

 こうして俺達はカゲヨに案内されながらも広い酒場の中を進んでいった。

 

 

 

 

 

「へぇー、あの『魔獣の巣』育ちねぇ、そりゃ規格外じみた強さを持っていてもおかしくないわな」

 

 カゲヨは酒を飲みながらも納得したかのように頷いた。

 特にこれと言って話すことも無かったし、いきなり強さについて語り出すのもあれだったので俺とウルナについて彼女に軽く話したのだ。

 

 彼女の胸には赤い文字でAと書かれたバッジが光を反射して輝いている。

 予想レベル150以上のカゲヨでAランクか、単純的なからしてもウルナが開始早々Cランクに抜擢されるのも頷ける。

 

「ホント、おかしいですよねこの人。あのレベル200、300の魔獣が平然と歩いているような樹海の中、努力と熱血だけで育ったって絶対どうかしてますよ」

 

「おい、遠回しに俺を侮辱してんじゃねぇよ」

 

「だってここに来る途中だって海竜を一撃で殺してましたからね、彼の強さは異常です、間違いなく」

 

「海竜を――殺した? それってあのSランク依頼の海竜か?」

 

「へっ……?」

 

 突然のカミングアウトにウルナの目が点になる。

 コイツ気づいてなかったのか? 俺はよく依頼を見ているから分かったけど、あの綺麗な海を血で汚した海竜はどうやらこの海域で暴れまわっては漁船に迷惑を掛けている問題魔獣だったらしい。

 それでかなり強いと予想したのかSランク依頼にされていたみたいだけど……、あの程度の斬撃一発で爆散する奴のどこが強いのやら。

 

「……最近出現報告が無いと思ったら原因はアンタか、ゼルファ」

 

「はい、間違いなく爆散させましたね。一撃で」

 

「――アンタ本当に何者なんだ? そこまで強いならまだしもそれで無職だからなぁ……、一体どんな苦労をすればそんな境地にたどり着けるのやら」

 

「カゲヨもあの樹海に10年篭もって熱血鍛錬すれば俺ぐらいにはなれるぞ?」

 

「いや……、遠慮しておく。そもそもアタシがあの魔獣界『魔獣の巣』で生きていけるとは思えない」

 

「Sランク依頼を……一撃? ゼルさん、何奴……」

 

「俺の熱血パワーは今に始まったことじゃねぇだろうが」

 

「意味が分かりません」

 

 ジト目で見つめてくるウルナをよそに俺も酒を飲んだ。

 樹海暮らしでは一度も飲んだことなかった、しかし匂いの割には案外いけるもんだな。

 だが酔ってしまっては大変なので量は出来るだけ控えておく。

 

「それにしてもとんだ強者が現れたものだ、アンタらの実力じゃ名が世界に公表されるのも時間の問題なんじゃない?」

 

「えっ、私も……ですか?」

 

「当たり前でしょ、アタシに見抜けないとでも思ってたの? 奥に眠る邪悪なエネルギーが」

 

 勝ち誇ったかのようにカゲヨは笑いながらジョッキに入った酒を飲み干した。

 ウルナが人目につかぬように隠していた邪魔法がこうもあっさりと露見するとは――中々の魔力感知だ。

 

「ふ、ふぇい!?」

 

「ハハハッ、図星のようだねぇ。アタシもそれが何なのかはこれっぽっちも分からないけど。まっ、ウルナならそのエネルギーを上手く使いこなせるだろうし別に詮索するつもりはないから安心しな」

 

「思いっきりバレたな、反魔法張ってないからだぞ?」

 

「あ、生憎ゼルさんのような技術は持ち合わせてないのでっ!」

 

 だが彼女は慌てつつもどことなく嬉しそうでもあった。

 良かったな、怖がられなくて……。まっ、無職や無能の事もそうだが……、あれだ、世界は広いってことだよ。

 俺も始めは絡まれたりとか大変だったが名が知れた後はこんなに広い街でも快適に過ごせている。だが――人気になりすぎて行き交う人によく挨拶されたりと面倒だがな。

 今俺がこの街に求めるとすれば……、人の二つ名はせめて一つに絞れっ!!

『ザーラキラー』『訓練場キラー』『最強の無職』『音速の貴公子』『神』などなど、多すぎるんだよっ!

 それにお願いだから『神』とか言って崇拝するのは止めてくれ、恥ずかしいから。

 

「反魔法か……、道理でアンタのオーラは見抜けなかったわけだ」

 

「フッフッフッ、俺の力は機密情報なんでそう明かすわけにはいかんのですよ」

 

「私には即見せつけてきた癖に」

 

「うるせっ」

 

 あれは見せつけないと行けない状況だったろうに……。

 

「でもアンタの魔力の技術ならSSSランクのグラヴゾンにも劣ら無さそうだな」

 

「グラヴゾン?」

 

 何だソイツ、残念ながら聞いたこともない名前だな。そもそも世間事情には相当疎いから――

 

「知らないんですか……? この世界にいるSSSランクの人族5人衆のうちの一人、『重力の神(グラビティーゴット)』グラヴゾン。この世界で一番の重力魔法の使い手よ」

 

「重力魔法の使い手か――重力魔法位なら俺も使えるぞ」

 

 

 

「「は……?」」

 

 

 

 ウルナとカゲヨの声が綺麗にハモる。

 

「ゼルファ、重力魔法使えるのか?」

 

「ん、当たり前だろ? それにウルナは一回見たはずだぞ、サイクロプス戦で」

 

「え……、でもあの時ゼルさんは剣しか――」

 

「覚えてるか? 重圧斬り。あれは一定の範囲内の重力を重くする剣技だぞ」

 

「そ、そうだったの!? というかゼルさん知ってます?」

 

 半面驚きつつも真剣な表情でウルナは俺に言った。

 

 

 

「この世界で重力魔法を使えるの数人しかいないって事」

 

 

 

 ……マジで? いやまさかそんな事ないだろ。

 だけどウルナとカゲヨの表情を見るとそれが嘘でないことがヒシヒシと伝わってきた。

 

「はっ? なに、あんな簡単な魔法も使えないの!? 世界遅れすぎじゃね?」

 

「えーっと、ゼルさん、重力魔法って普通ユニークスキルですよね?」

 

「なに言ってんだよ、あんなの基本中の基本スキルだろ?」

 

「あんな凄い魔法が基本スキルなわけないじゃないですかっ! そもそもゼルさんにとって重力魔法は基本スキル扱いなんですか? それが逆に恐ろしいんですけど……」

 

「こりゃ……、誰も勝てねぇだろうな」

 

 カゲヨがやれやれと言った表情で首を振っていた。

 まさか空間魔法だけじゃなく重力魔法ですら世界に殆ど認知されていないレアスキルなのかよ……、いやでも『世界魔法全集』にはしっかりと特訓方法も記載されていたし、普通に努力すれば習得できて当たり前の魔法だと思うんだが。

 よしこうなったらこの街で熱血重力魔法講座でも開いて――

 

 そう思った刹那だった。酒場に男の衛兵と冒険者と思われる男の二人が酒場に駆け込んできた。

 

「た、大変だ!! 災厄が……、災厄がこの街に……!!」

 

「「なんだって!?」」

 

 俺とカゲヨの声が綺麗にハモった。



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Chapter2-24 『災厄』襲来

 突如駆け込んできた男の叫び声に酒場がどよめき出す。

 この酒場にいたほぼ全ての人が反応したのだろう、その『災厄』という言葉に――

『災厄』それは至って普通でありながらも迷惑極まりない異常現象、その名の通り街一つの破滅にも繋がりかねないと言われているソレの名前は樹海に住んでいた俺ですら知っていた。

 いや知っていたも何も日常茶飯事で起きていたからな。それにレベル900代の俺ですら死にかけた事だってある。

 

「災厄って……、何ですか?」

 

「ウルナは『災厄』知らないのか?」

 

「はい……、聞いたことはありますけどずっと災害の事だと思ってて――」

 

「……実際自然災害その物なんだけど、『災厄』と言うのはだな、端的に言うとある魔獣の突然変異による同種の異常発生だ」

 

「それはつまり……、魔獣が突然変異したことで同じ魔獣が増えるってこと?」

 

「ざっくりと説明すればそうなる。魔獣の突然変異自体は良くあることなのだが稀に突然変異した際、魔獣が異常なほどにまで強くなってしまうことがある。そうするとその同種族の魔獣達がその突然変異体を敬うようになって大群をなす、そのちょくちょく起きる自然の異常現象を『災厄』っていうんだ。まあ、名前の割には毎年樹海のエリアを除いた世界のどこかで一回は起きるし、増しては樹海内じゃ小規模から大規模まで含めると一週間に一回はあったぞ」

 

「へ、へぇー、よく知ってますね」

 

「特にレベル500代のキマイラの『災厄』はヤバかった、あれは『魔獣召喚』無かったら今頃絶対に死んでいたと思う」

 

「……」

 

 ウルナが「やっぱりコイツ怪物だ」と言いたげな冷酷なジト目を向けてくる。

 おいおい、その目線心に深く突き刺さって痛いから止めてくれよ。

 だが、あの時は本当に死ぬかと思ったのは事実である。レベル500で当時の俺のレベルと差は400あるとは言え、俺は無職だ。そもそもの育ちが悪い職業なのだ。魔獣の基本推奨レベルの1.5倍が無職の推奨レベルとも言われている程、成長の差があるのだ。だから実際推奨レベル500とステータスに設定されている魔獣でも俺はレベル750以上無ければステータスで上回る事はできない。

 だが、あの時は――アイツがいてくれたから助かったんだっけ?

 

「この街にもとうとう来たか……、いつかは来るとは思っていたが――で、種族は何だ?」

 

「か、カゲヨさん! それが……、どうやらブルーリザードのようで……」

 

「ブルーリザードだと!? クッ、唯でさえ最初の街と言われて初心者がアチラコチラにいる街だというのによりにもよってあのブルーリザードか……」

 

 警備隊に駆け寄ったカゲヨは苦し紛れの表情で頭を抱え込んだ。その様子を見て周りの冒険者達がざわざわと騒ぎ始める。

 ブルーリザードは俺の記憶が正しければ推奨レベル50、だから規模にもよるけどその『災厄』と考えるとリーダーの相場は推奨レベル200と言った所だろうな。

 ――本当に申し訳ない。こんな深刻な雰囲気の中、俺は今一瞬楽じゃねと思ってしまったぞ。

 

「おい、そこの衛兵君」

 

 突如、野太い声が一人の衛兵に浴びせられる。俺は声がした方を見てみると一人の男が酒場の奥からこちらへと向かってきているのが見えた。

 青いツンツンとした頭髪の上から妙に熱血感を出している黄色いバンダナを付けていて、その下の双眸は三白眼の鋭い黒目、ちょっとばかし長めの鷲鼻、そして体躯は俺と同じくヒョロそうで何処と無く愛嬌のある男だったが、その胸についているAのバッジが彼の強さをハッキリと物語っていた。

 

「ざ、ザイルさん! 貴方も戻っていたのですか?」

 

「おう、まあな。ざっと帰省中って所だ。で、そのブルーリザードのボスの推定種族名は?」

 

「それがまだ不明なんですっ! もしかしたらかつての『災厄』を上回る大規模なものかと――」

 

「何……? あのアルティメットブルーリザードを超える魔獣が現れたってことか? そいつはまた厄介な奴が出てきてくれちゃたもんだねぇ」

 

 妙に尖っている頭髪をグシャグシャといじりながらザイルという男は面倒くさそうに言った。

 アルティメットブルーリザード、俺の記憶が正しければ奴は推奨レベル219の魔獣――そうか、つまりその『災厄』はかなりの規模という事になるな。下手したらボスはレベル300超え、部下にアルティメットブルーリザードを数体連れてくるという超異常現象にも成りかねないだろう。

 へぇ、中々面白そうな状況じゃねぇか。段々、心が踊ってきたぞ。

 

「衛兵からの要請です! 『災厄』の襲撃は今から2時間後と予想されます、しかし残念ながら衛兵だけでは力不足と判断し冒険者らに応援を要請いたしますッ!! どうか……、この街ファスタットを皆様の手で守っていただけませんか!?」

 

 衛兵の男の宣言は酒場中に響き渡り酒場の雰囲気は更に悪化する。

 ある冒険者は恐怖し、ある冒険者は関係ないという素振りを見せ、ある冒険者は戦うか迷っていた。

 無論だが俺はこの三択の内のどれでもない、心の奥から非常にワクワクしている。

 

「……何ニヤニヤしているんですか? 熱血戦闘狂さん」

 

「ふっ、経験値の大群がコチラに突撃してくるみたいだが……どうする?」

 

「『災厄』を経験値呼ばわりするなんて……やっぱりゼルさんですね。ですが、今回に限っては私も同感です」

 

「ほぉ?」

 

「これって私にも活躍の場が設けられたってことじゃないですか、最近ゼルさんばかり目立ってて私ちょっと嫉妬してるんですよ? だから、もう今からじわじわ滾ってきちゃってますっ!!」

 

 ウルナはそう言ってあざとくウィンクをキメる。

 別に目立ったっていい事ないんだけどな……。俺はそんなやる気満々の彼女を見て苦笑いしてしまった。

 

「あっ、滾るってのはゼルさん的な意味じゃないですよ? 熱血ゼルさんとは断じて違いますからね?」

 

「何だよそれ……、ほとんど同じだろ」

 

「違いますーっ! 滾る=熱血じゃないもん」

 

 と、滾ると熱血の関係性をジェスチャーを使ってひたすら否定するウルナに苦笑したその時である。

 今度は酒場の中に受付嬢アイラが駆け込んできて、手に持っている紙を広げながらこう言い放った。

 

「今回の『災厄』の対象に協力した人はブルーリザード一体に少なくとも1000エンドの報酬を差し上げます! どうか皆さん、この街を救うためにも協力して下さいッ!!」

 

 突然のギルド側の報酬宣言に酒場の雰囲気はガラリと変わった。

 

「おお! 待ってました!!」

 

「一匹につき銀貨10枚、面白そうじゃねぇか!」

 

「へぇ、報酬ありか、なら協力してみるかな……」

 

 酒場にいる冒険者達はそう口々に言い合っていた。

 報酬で釣られるのかお前達は……、攻めて街を救う姿勢ぐらいは見せて欲しいものだ。

 

「ゼルさんはどうします?」

 

「ふっ、そんなの言うまでもないだろ?」

 

 俺は腕を組みながらそう言った。

 この街には色々と縁ができてしまったからな、そう簡単に破滅してもらってはこちらとしても困る。

 だから――

 

「仕方ないから守ってやるよ、この街をこの手で」

 

「本音は?」

 

「経験値ザックザク、ウルナのレベル上げ出来そうだな」

 

「ふふっ、飽くまでも私優先なんですね。それでこそゼルさんです」

 

「いや、一応前者だって俺の気持ちの一部だぞ? この街、広いし、過ごしやすいし、皆打ち解けてしまえば優しいし、良い所じゃねぇか」

 

「そうですね……、じゃあ、準備します?」

 

「無論だ」

 

 俺とウルナは立ち上がると酒場の入口の前で衛兵と共に思案顔をしているカゲヨの肩を叩く。

 

「カゲヨ、俺達は一旦帰るからな」

 

 そう言って彼女の手に酒代の代金をポンと置く。

 

「……アンタはどうするつもりだ?」

 

「そんなの決まっているさ、ここで言う必要性もない」

 

 ただそれだけをカゲヨに伝えると俺達は宿へと向かった、2時間後始まるであろう激闘に心を踊らせながら、戦闘の用意をするために――

 



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Chapter2-25 無職無能&大賢者&狂戦士VS『災厄』Part1

 夜の帳が訪れ、月がはるか上空で輝いている頃。

 ファスタットの北側の石塀の前、そこには多くの冒険者と衛兵団全隊が集まっていた。

 

 街を囲むかのように広がる草原、そしてそのはるか遠くに広がる森林、その奥から青い大群がファスタットへとゆっくりと歩みを進めていた。

 森を燃やしては草を燃やして大火事になる程に火を吐きながら進むブルーリザード。

 ブルーリザードの集団の真中、一際目立つのはブルーリザードの十数倍の大きさはあるであろうアルティメットブルーファッツの集団。

 背中が青くお腹が黄色い四足歩行トカゲの魔獣であるブルーリザード、だがアルティメットブルーファッツはそのお腹が普通のブルーリザードよりも遥かに大きく、比べてみると月とスッポン位の違いはある。それ故に四足歩行で歩けなくなり、自然に二足歩行となってしまったのだ。そんな巨大なアルティメットブルーリザードが3体もいる。

 

 だが、それだけではない。

 そのアルティメットブルーリザードが囲むように守る更にそれの1.5倍以上大きい巨大な青蜥蜴。

 それは辺りのものに凄みを与え、恐怖を与え、威圧感を与えた。

 

 彼らはひたすら進んでいた。

 自らの力を皆に知らしめるため、自らの命を脅かす生命を排除するため。

 巨大な蒼色のトカゲの元、恐れること無く火を吐き続け辺りを燃やしては道を作りゆっくりと前進していた。

 その数は千を遥かに凌駕し、万を下回る程だ。

 

 

 

「グギャオオオオオオオオオ――ッ!!!」

 

 

 

 

『災厄』の主犯の青蜥蜴は目の前にある街に向かって大きく咆哮を上げる。

 空気は大きく揺らぎその振動は遠くにいる冒険者達や衛兵団の人々、街中まで響き渡る。

 

「避難は終わったのかしら?」

 

 華麗かつ優雅であり、先頭経験豊富な緑髪の衛兵団長、アンナは隣にいる副団長に聞いた。

 

「はい! 住民全て港付近に避難し終えましたっ!」

 

「分かったわ……。でも――本当にやれるのかしら、あんな巨大な蜥蜴……」

 

「団長のアンナさんがそんな事言ってどうするんです? なんとしても奴は食い止めなければならない、でないとこの街だけでなく大陸中に被害は広がる」

 

「勿論分かってるわ、だけど……この規模は予想以上よ」

 

 アンナは強敵を前にフッとため息をつきながらも自分の後ろにいる武装した衛兵団全隊を見渡した。

 皆、神妙な面持ちで目の前に立ちはだかる強敵を見ていた。

 そして横にいる冒険者の軍勢、その数は衛兵団に多少劣るが、一人ひとりが強者揃いで頼りがいがある。

 だが、その彼らを持ってしても今回ばかりは勝てるかどうかも分からない。

 

 

 衛兵の鑑定隊の偵察によると――中央の元凶は驚くべき数値を叩き出したのだ。

 

 

 ブルーリザード 推定レベル50

 オリゴンリザード 推定レベル89

 オリゴングレード 推定レベル125

 グランドオリゴンブルー 推定レベル178

 アルティメットブルーリザード 推定レベル219

 ブルーリザードの軍勢はこれらによって構成されている。

 

 

 

 そして『災厄』の元凶

 アルティメットオリゴンファッツ 推定レベル326

 

 

 

 唯でさえ魔族軍や王国軍の軍隊よりも恐ろしい軍勢がいるというのに中央に佇むのはレベル300を越えた化け物、タイマンで倒せるとしたら大勇者サイ、またはその相方大賢者メーア位しかいないだろう。

 そしてそれはこの街で有名な『女侍』カゲヨ、偶々帰省中だった『ザ・クラッシャー』ザイル、そして勇敢な衛兵団長『無双槍剣聖』アンナの3人を持ってしても勝機はほぼ皆無に近いだろう。

 

 だが――現在、この街には偶然にも約二名の規格外が存在する。

 ガンガスによりSSSが確約された『最強の無職』ゼルファ、そしてその旅仲間の『邪賢者』ウルナ。

 そう、彼らに掛ける他この戦いを制する手段はない。

 

 だが、それでもやるからにはどんな運命が待ち受けようともこの街を守り抜く。それがファスタット衛兵団の使命だった。

 

「皆の者、恐れず立ち向かうのだ! 全てはファスタットのために!!」

 

「「「ファスタットのために!!!」」」

 

 アンナの掛け声に反応して衛兵団全隊は武器を振り上げて皆叫んだ。

 

「行くぞ! 皆、私についてこい!!!」

 

「「「オオオオオオ――――ッ!!」」」

 

 そう言ってアンナは行進し続けるブルーリザードの大群に全力で草原を走り始めた。

 今ここにファスタットの民と『災厄』の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 

「おっ、どうやら始まったみたいだぞ。ウルナ」

 

 俺は森林の中にある大きな木の上から遠目に戦場を観察していた。

 あのブルーリザードの奴、火ばっか吐き出しやがっておかげさまで山火事になりかけたじゃないか。

 

「――何でこんなに巨大な山火事を一瞬で消火出来るわけ?」

 

「目障りだから努力で消した」

 

「もう言っている意味が怪物理論過ぎて理解不能ですっ! ねっ、そう思いませんザイルさん?」

 

 木の下にいるウルナは横で準備運動をしている青髪の男――Aランク冒険者ザイルに話しかけた。

 

「だね……、ウルナちゃん。噂には聞いてたけど、こんな規格外見たの初めてさ」

 

「それはともかく、数多いなぁ。心が踊っちゃうじゃねぇか」

 

「ゼルさん、申し訳ないですが、その思想が全く理解出来ません」

 

 そう、俺らは予め先回りをしてブルーリザードの軍勢の斜め後ろ辺りに待機している。

 俺が思いついた作戦は至って簡単だ、後ろから回り込み大量のブルーリザードらの不意をつくとともに一気に倒し、アルティメットブルーリザードの壁を一つ叩きのめす、そしてアルティメットオリゴンファッツと戦うことだ。

 アルティメットオリゴンファッツが後ろを向いて前進することを止めさせてしまえばブルーリザードの軍勢も歩みを止めるはず。

 だから何としても後ろを向かせ俺らに注意を向けてもらう必要性があった。

 囮と言っては何だが、非常に危険な作戦である。だからこそ、経験値が稼ぎやすい! こんな完璧な作戦は無いだろう!

 これで確実にウルナのレベルは15上がることが約束されました。はい、美味しすぎるっ!

 

 そんな適当な考えで来た訳だが、案の定同じ考えのやつが一人いた、それがこのザイルだった訳だ。

「あーれ? 君達も僕と同じ考えかい?」と言って近づいてきて向こうから勝手に合流された。だが、戦力が増える事は悪いことではない。寧ろ俺としては嬉しい。

 ザイルはカゲヨと同じくレベル150を超えているであろう数少ない冒険者の一人なのだ、そんな人が俺らと行動してくれるのであれば非常に心強い事この上ない。

 ――まっ、その気になれば俺一人でも何とかなりそうだけど。この『災厄』はね……。

 

 

 ここまで来て分かったことが一つだけある。

 それは――この『災厄』の不自然さである。

 確かにブルーリザードはここら周辺にいる初心者にとっては屈指の強魔獣だ、だがその魔獣が主に生息するのは『魔獣の巣』の近くである東側、決して北側ではないのだ。

 それに本来なら『災厄』の存在に気づくのはもっと早い気がする。

 『魔獣の巣』から出てきた軍勢なら話は別だが、『魔獣の巣』から魔獣が出てくる事は人間と同等の思考能力を持つ者でなければそうそうない。

 

 これは憶測でしかないが……、もしかしたらこの『災厄』は自然災害ではないかもしれないのだ。

 自然で無ければ何なのか、そう故意だ。

 この『災厄』は意図的に起こされた可能性がある、何者かの手によってね。

 

 ――だが所詮、可能性が少しあるだけだ……、そもそも『災厄』が人の手で起こせるなんて俺も聞いたことが無い。

 じゃあ魔獣がやったのか? 一理あるが、この世界に存在する意思ある魔獣の殆どは俺の従魔、アイツらがそんな事をするわけがない。

 可能性があるならまだ会ったことのない火神龍や水神龍か……? いや、プライド高き伝説の六龍がわざわざファスタットを滅ぼすためこんなまどろっこしい事をするとは思えない。

 

 ……もうどうでもいいや。

 妄想や考察なんてしている暇あったら敵倒したほうが話が早い、だが――余力は念の為残すべきだな。

 

「ねぇ、ウルナちゃん。その、握手してもらっても――」

 

「ここでナンパとは相当ですよザイルさん」

 

 キツい視線をザイルに食らわすウルナ、常識に照らし合わせて考えてもこの状況でナンパは明らかに頭おかしいだろ……、何かザイルといるとちょっと調子狂うぜ。

 俺は木の上からそんな茶番を見つつも飛び降りる。

 

「さてと、二人共。そろそろ行くぞ」

 

「おっ遂に来たか? あのブルーリザードの大群を――殺る時が」

 

 いきなりザイルの声色は変わり、顔に狂気のような影が差し込む。

 思った以上のギャップだなおい……、通りでクラッシャーという不名誉な異名を付けられているわけだ。

 

「ひっ……。あっ、す、すみません、行くんですねそろそろ」

 

 おいおい、ウルナもドン引きしてるじゃねぇか。そのギャップどうにかしろよ。

 

「あぁ、ともかく奴らの侵攻をさっさと止めないとな」

 

「そうだねぇ、奴らの侵攻劇を――血祭りに上げてやるぜ、ヒッヒッヒッ……」

 

 やだ、この人怖い。

 ザイルの言葉の端々から見た目から考えられない程の狂気が感じられる、いや感じられる以上に丸見えだ。

 二重人格者の疑いを掛けても成立するぐらいにギャップが激しすぎる……。

 

「んじゃ俺はそろそろ行くよ。BYE!」

 

 そう言ってザイルは物凄い速さで走り去っていく。

 ザイルの性格や凄まじい狂気はともかく彼の実力は確かだ。俺らがわざわざ手助けする必要もないだろう、だが――

 

「なっ、抜け駆けは許さんぞッ!! 行くぞウルナ!」

 

「はい! 全く、ナンパもいい加減にして欲しいですねッ!」

 

「それは自分の容姿見てから言おうな……」

 

 そして俺らも同時に地を蹴り、ザイルを後ろから追う形で走り始めた。

 待ってろ『災厄』、絶対にお前らの思い通りにはさせないからな。



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Chapter2-26 無職無能&大賢者&狂戦士VS『災厄』Part2

 どこまでも広がる草原の中、ブルーリザードの軍勢を追う3人の人影がそこにある。

 とてつもなく速いスピードで燃える草原を駆け抜け、ブルーリザードを倒すべく突き進んでいた。

 

「ほぉー、ゼルファ君はともかくまさかウルナちゃんまで僕の速さについてこれるとはね」

 

「Cランクだからって舐めないで欲しいですね、これでも私大賢者なんですから」

 

「大賢者かぁー、メーアちゃん意外に存在した事自体凄く驚きなんだけど、それはともかくレベルは幾つだ?」

 

「レベル98よっ!」

 

「レベル98……そんなに低いのか?」

 

「は、はぁ!? 幾らなんでもそれは失礼じゃないですかザイルさんッ!!」

 

「いやいやそっちの意味じゃなくて、そのオーラでそんなに低いのかと聞いているんだよ。もっとこう――レベル200位はあるものだと思ってたからねぇ。最近の冒険者は規格外が多くて困っちゃうなぁ」

 

 ザイルは胸の前で手を合わせて「すまんっ!」と謝ると背中に背負っていたドデカい斧を取ると担ぎ上げた。

 ウルナは怪訝そうに彼を眺めているが、ザイルの言うとおりだ。ウルナはこう見えても俺とは別の意味で規格外なのだ。

 あり得ない成長率、レベルに見合わないステータス、それが彼女最大の強みでもあるのだ。

 

「さて、軍勢にも大分追いついてきたみたいだしもっとスピードアップしちゃいますねー」

 

 そうウルナに伝えるとザイルは己に敏捷性上昇の魔法を掛けて隣を走るウルナをあっさりと突き放していく。

 

「ちょっ、魔法はセコいでしょ!?」

 

 彼の背中を見ながらもウルナは頬を膨らませ、ザイルと同様無詠唱で敏捷性上昇の魔法を掛け、彼を追いかけていった。

 しかし俺が選んだ白いジャケットを可憐に美しく舞わせるウルナを上空から見るのは格別ですなぁ、やっぱりウルナたんマジ可愛い。

 

「なっ、まじかよお嬢ちゃん!?」

 

「へっへーん、もう追いついたよーだ!」

 

 若干愛嬌のある山賊顔を驚きの色に染めるザイルにドヤ顔をキメてウルナはブルーリザードの群れへと迫る、その距離残り100メートルちょいだった。

 

「よーし、一番の――ッ!?」

 

 突如ウルナを上を凄まじい突風が吹き抜ける。

 それは目視することもままならない速さでブルーリザードの軍勢に向かって行き――刹那に放たれた白い衝撃波で最後尾にいたブルーリザード達を亡き者にしていった。

 

 

 

「「「ギィシャアアアアアアアッ!!!」」」

 

 

 

 悲痛な断末魔が響き渡る中、その影はワープでもするかのようにブルーリザードの群れの中を駆け巡っては残像から放たれる衝撃波でブルーリザードを空高く舞わせながらバラバラに斬り裂き、紅き鮮血を舞わせていた。

 瞬きする一瞬で何十体ものブルーリザードが絶命するその様子は地獄絵図その物、別の意味で『神』の所業である。

 ウルナとザイルは走りつつもその異様過ぎる光景をポカンと口を開けて見届ける事しかできなかった。

 

「……そう言えばあの規格外くんはいつからいなくなったんだ?」

 

「さ、さぁ――ずっと後ろから来ているものだと思っていましたけど」

 

 ウルナはチラッと後ろを見やるが無論、そこには既に俺の姿はない。

 草原を駆け抜ける突風は更にブルーリザードを蹂躙し虚空に舞わせ、斬り裂き、空間を歪ませ、爆風を撒き散らした。

 そして余波が収まる頃にその影が正体を現す――言うまでもなく俺、ゼルファだがな。

 

「はっ、この程度か。俺をもっと熱くさせてくれよ、まだまだ足りんぞ」

 

「ちょっ、ちょっと! いきなりやり過ぎでしょ!? というかどこから出てきたのよッ!」

 

「いやぁ、陸を走るのは遅いと思ったら――空走ってきたわ」

 

「もうマジで言っている意味が分からないわよっ!」

 

「まあまあ、そんな事言ってないでさ――これでも飲みなよ」

 

 

 

 

 俺はお茶を入れた湯呑みを渡した。

 

 

 

 

「うわぁー、ありがとーう――じゃないですよッ!! なんで街を救うための戦いの最中で平然と和んでるんですかッ!!」

 

 ウルナは腰に付けているステッキを抜くと草原に正座してお茶を飲む俺をビシッと指し示した。

 この下り、前もやった気がするんだけどなぁ。

 

「なにって、一旦鎮火して和みたかったら和むんだよ。ほらっ、ザイルもいるか?」

 

「この戦場の草原でお茶とか――正気の沙汰じゃないなぁ、ゼルファくん」

 

 そう言いつつザイルもシレッと俺の隣で静かにお茶を飲んでいた。

 やっぱり和むのは重要だよ。いつどんな時であってもね。

 

「……もう少しタイミングを考えて下さいよ」

 

「で? 飲むのか、飲まないのか? ハッキリしたまえ」

 

「飲みますよっ! 何か私だけ仲間はずれってのも嫌ですから」

 

 そしてウルナも同様消火済みの焼け野原の上に座ると受け取った湯呑みに入っているお茶を上品に飲んだ。

 ふと見るとブルーリザードの大群が身を翻して、殺気を出しながらもジーッとコチラの様子を伺っているのが見えた。

 

「ブルーリザードが揃いに揃ってでこっちを見ている……、こりゃいい風景画になるなぁ」

 

「こんな所で堂々と休憩している私達を不思議に思っているとしか考えられませんが……」

 

 ウルナがジト目で俺を見つめてる、その時だった――

 

 

 

 

「グギャオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 

「うっさい、死ね」

 

 和みの途中に咆哮を上げたブルーリザードに向かって俺は反射的に無詠唱かつ溜めゼロ秒でガイア・フレイムショットを発動させると紅く光り輝いた奔流を平然と薙ぎ払い、射線上のブルーリザードを破壊した上で凄まじい爆炎と爆風を撒き散らさせた。

 言うまでもなく俺達には被害が一切でないようにバリアを張った上での行為だ。

 

 

 

「「ええぇぇ……」」

 

 

 

 お茶を飲みながら俺の突然の所業にかつてない程ドン引きする。

 いやいや当たり前のことだろ? 俺は平然とお茶を飲みつつも2人の前でこう呟いた。

 

 

「熱血鎮火中の和みを邪魔する者は――万死に値するッ!!」

 

 

 その名言とも取れる俺の発言を聞き、ウルナとザイルは顔を真っ青にしながら只々頷いていた。

 ――この時、彼らが「お茶を飲んで和むゼルファを邪魔する事は死を意味する」と悟ったことを知るのは随分後の話になるが。

 

 

 

 

 

 

 《Point of view : Anna》

 

「な、何だ今の爆発は――」

 

 横にいる衛兵団副団長の男が唖然とした様子でその光景を走りながら見ていた。

 もしその爆発を起こしたのが人物である場合――思い当たる節は奴しかいない。

 この近辺で姿を見かけていない『訓練場キラー』、彼に他ならないだろう。

 

 それはブルーリザードの大群を迎え撃つ最中それは突然起きた。

 私達は迷うこと無くブルーリザードの大群に向かって走っていた。激闘になることはもはや不可避の状況で重症、もしくは命を落とす覚悟すらもしていた。

 だが、その意志は呆気なく裏切られる事となり、ブルーリザードの動向が変わった事で――

 

 火を吐きつつ前進していたブルーリザードの大群が突如進路を変え、後ろを向いたのだ。

 そしてその後に起こった凄まじい爆発、それを意味するものは一つしか無かった。

 

「……すごい派手にやってるねぇ。ザイルの奴、相変わらずセコいことしやがって」

 

「あら? カゲヨじゃない」

 

「久しぶりだね、衛兵団長さん。一時期はどうなる事やらと心配していたけどあれなら隙をついて攻撃できそうだ」

 

「それもそうですね……、でもまさか進路を変えるなんて思ってもいなかったわ」

 

「それだけ彼らにとって奴ら3人は脅威なんだよ、私達以上にね。まぁ、誰がやっているかなんて言うまでもないだろうけど」

 

「ゼルファ、ウルナ……」

 

 そう、この街を救うためのキーマンは既に予想を遥かに超える作戦で動き出していたのだった。

 

「この様子じゃアタシ達が着く前に終わるか……?」

 

「それは幾らなんでも――それに、このままと彼らを危険に晒しかねませんから、急ぎましょう!」

 

「そうだな、重力魔法を基本スキルって言うようなSSSランク確約の化け物がそうそう負けるとは思わないけど」

 

 カゲヨは人一倍自信のある魔力感知でブルーリザード大群の後陣で始まった規格外による激戦を見て苦笑した。



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Chapter2-27 無職無能&大賢者&狂戦士VS『災厄』Part3

「「ギャアオオオオオオオオオ――――ッ!!!」」

 

 アルティメットブルーリザードが2体が軍勢の親玉を庇うかのようにこれでもかと俺達3人に向かって叫ぶと、ほぼ同時にブルーリザードの群れがこちらへの進軍を始めた。

 多くのブルーリザードの大群も火を吐くのを止めガヤガヤギシャギシャと口々に叫び、凄まじい殺気を放ちながら歩を進めてくる。

 

「取り敢えず後衛の意識は完全にこっちに向いたようだな」

 

「じゃ、後は作戦通り――あのデカブツ2体を絶命させればいいんだな? ヒッヒッヒ……」

 

「そう言うこった、ウルナを気を付けろよ? 一応これでも『災厄』のほぼ全勢力を俺達3人で敵に回したんだからな」

 

「無論、ゼルさんの事ですからこうなるのは分かっていました。だから――私も私で全力を尽くしますっ!」

 

「よっしゃ、熱くなってきたぁ!! じゃさっさと片付けて親玉ぶっ飛ばすぞッ!!」

 

「「了解ッ!!」」

 

 俺とウルナ、ザイルは各々の武器を強く握りしめると大量のブルーリザードの軍勢に向けて走り出した。

 今の俺は和んたことで超絶好調、よって負ける気がしないっ!!

 

「気だけは一切抜いてくれるなよ? 魔法と武器、全部駆使して全力で生き延びる策を探せッ! 食らい尽くされる前に食ってやれッ!! 熱血パワーだ熱血パワーッ!!」

 

「野蛮人の発想その物ですからねそれッ!」

 

 俺は剣を大きく振りかぶると、一瞬その場で立ち止まり足に力を入れる。そして溢れんばかりの力を駆使して前に素早く飛び出した。

 横に居るブルーリザードの身体を斬り裂きつつもその場で半回転した後、一気に身を翻し剣を横に薙ぎ払う。

 

 

「紅蓮魔斬ッ!!」

 

 

 綺麗な半円状の軌跡を描く剣先から紅い波動が発せられ、前方にいるブルーリザードを瞬時に斬り裂き、吹き飛ばした。

 そして余波とは思えない程の灼熱の業火がブルーリザードの大群を包み込み、灰になるまで燃やす。

 

 

「エレ・エビルボールッ!!」

 

 

 虚空に飛び上がった彼女が必死の大声で叫ぶ音が聞こえた。

 見るとそこには幾つもの魔法陣を展開して無数の漆黒の魔弾を砲撃するウルナがいた。

 

 高速回転しながら衝撃波を放って虚空を突き進む魔弾は大気を吸い込んではブルーリザードの肉を斬り裂き、身体を貫通して、破壊したものを吸収してドンドン大きくなる。そして本来の2倍ほどの大きさになった瞬間黒き爆発を起こして、慌てふためく蜥蜴達を爆散させる。

 そのプロセスを踏む魔弾が無数に発射されてありとあらゆるブルーリザードを死の淵に陥れた。

 

 吹き荒れる爆風、身体の奥にまで響いてくる衝撃波、大気を揺るがすほどの魔力波それらが俺らを含めた辺り全員に襲い掛かってくる。

 

「こ、これがウルナの力か……。凄え、凄すぎるって! ヤバい、テンション上がってきたッ!!」

 

「ウルナちゃん中々やるねぇー、じゃあ僕も本気――見せてやるよ糞野郎どもがあああッ!!」

 

 ザイルは秘められた狂気を顔に露わにすると斧に闇を宿らせブルーリザードに襲いかかっていった。

 なるほど、ザイルは闇魔法の使い手か……。それに闇魔法を本来の力のまま完全に斧に宿らせるとは、やはりAランクは伊達ではないな。

 

 

「喰らえ、無影破斬ッ!!」

 

 

 闇を宿らせし戦斧を空中で横に薙ぎ払う。

 その戦斧が描く、無なる輝きの軌跡が光を食らい敵を深き混沌の闇へと誘う。

 突如現れる暗黒の竜巻、光無くリザードマンに襲いかかるそれは視力の悪い彼らにとって致命的な攻撃だった。

 

「さあ――、吹き荒れろぉ! ヒャッハ――ッ!!!」

 

 ザイルは顔を歪ませながら楽しそうに叫ぶ、もはや狂気を隠すつもりもさらさら無いようだ。

 

 その後も俺達は無限に湧いて出てくるブルーリザードの大群に立ち向かっては蹴散らしてを繰り返した。

 

 天変地異を意図的に起こしてメテオを雨の如く降らせたり、黒き太陽で骨まで残さず全て焼き払ったり、渾身の氷魔法で立ち向かってくる者全てを氷漬けにしたり、闇を纏いし斧で狂喜乱舞を披露したて滅多切りにしたりととことん暴れまくった。

 

 

 

「グギャアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 仲間が殺られることに対して怒りを露わにしたアルティメットブルーリザードの一声に同調して皆が同時に火の球を俺達に向けて砲撃。

 しかし――

 

 

「セブラルマジックシールドッ!!」

 

 

「ライトニングバリアッ!!」

 

 

 ウルナと俺の強力な反魔法に阻まれ、全て俺達に辿り着く前に消滅する。

 

「よし、そろそろあのデカブツをぶっ殺すッ!!」

 

「いよっしゃぁ!! 待ってましたぁ!! さあさあ、殺戮の時間の始まりだぜぇ!!」

 

 ザイルが斧をがむしゃらに振り回してはレッドリザードの亜種共を思いのままに薙ぎ払っていく。

 傍からは狂っているキチ◯イの様にしか見えないがザイルはきっちりとどこにどう斧を振るか瞬時に判断して攻撃している。

 ――現に彼の標的となったブルーリザードはほぼ確実に急所を突かれる、適当だなと一瞬でも油断している者は間違いなくザイルの餌食となる。それぐらい、性格とは打って変わって正確・・なのだ。

 

「道は作ったぞぉ! 規格外共ぉ!!」

 

「了解ッ、行くぞウルナッ!!」

 

「はいッ!!」

 

 ザイルが生み出したブルーリザードの死体で出来た一本の道、それを二人で駆け抜けながら後衛を指揮するアルティメットブルーリザードとの距離を徐々に詰めていく。

 

 

 

「ギャアアアアアアオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 アルティメットブルーリザードが叫ぶとブルーリザードが大急ぎで防御しにかかる、しかし俺らは迷宮で鍛え上げられた見事な連携プレイで防戦一方のブルーリザードを一気に蹴散らし、遂に指揮官の足元に到達する。

 

 

「行くぜッ!! 重圧斬りッ!!」

 

 

 長剣を地面に突き刺し、俺を中心とした一定の範囲内の重力を数倍にしてアルティメットブルーリザードの動きを鈍くする。

 だが言うまでもなくウルナとザイルはちょっと空間魔法を応用したバリアで範囲内に入れていない。それはつまり3人で動きの鈍くなった指揮官達を攻撃できる事を意味する。

 

 

「グギャオオオっ!?」

 

 

「この一撃で怯ますッ!! 絶影雷氷双破!!」

 

 

 空を斬り裂く斬撃は凍てつく吹雪となり、また一度当たれば破壊されかねない雷となり、放たれた。

 属性の違う2つの斬撃はXの文字の様に交わり合うと猛スピードでアルティメットブルーリザードに襲いかかり、斬り裂いた。

 

 

「今の私なら――いけるッ!! ハアアアアアアアッ!!」

 

 

 俺の放った全てを凍てつかせるほどの斬撃と破壊の超エネルギーを秘めた雷撃による一閃に続いてウルナが剣に魔力を込めながら空中高く飛び上がる。

 そして剣を大きく振りかぶり虚空で華麗に舞いつつも大上段に構える、そして2つの斬撃で怯んだアルティメットブルーリザードに止めを刺すべく斬りかかった。

 

 

 

 その――邪魔法が纏った邪悪なる剣で。

 

 

 

「絶対に、決めるッ!!!」

 

 剣を振り落とし、目の前に立ちはだかるアルティメットブルーリザードを真っ二つに一刀両断。

 そして――俺とウルナの3つの斬撃の余波だけで跡形もなく破壊した。

 

 

「や、やりましたよ、ゼルさんッ!!」

 

 

「よっしゃ、後一体――」

 

 

 その時だった――

 目の前に先程のよりも巨大な何者かが俺達の前に王者の如く立ちはだかってきたのだ。

 

 

 

 

「ギャアオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!」

 

 

 

 

 

 鼓膜が突き破れそうになるほどの爆音が地面を揺らし、新たなる衝撃波を生む。

 見上げるとそこには『災厄』の元凶であり街襲撃の主犯格でもあるアルティメットオリゴンファッツが威圧的な目線でこちらを見下ろしていた。



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Chapter2-28 父なる真蒼の大蜥蜴

「あらら。本命に目つけられちゃった……」

 

 俺は目の前に立っている青いデカブツを静かに見上げる。

 本来であればアルティメットブルーリザードを2体倒して防御を柔らかくしてから突っ込もうと思ったが、まさかそちらから来るとはな。

 これはつまり――この真蒼の大蜥蜴、アルティメットオリゴンファッツは自分が動かないといけない程、俺らに対して恐怖心を抱いていることになる。

 仲間が殺られる前に、俺らを真っ先に潰す。なるほど、流石は親玉、王者らしい風格と気品出しているじゃねぇか。

 

 

 

 

「ギャアオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!」

 

 

 

 

 再び地を揺らす咆哮が爆音となって俺らの頭上から浴びせられた。

 そして咆哮が止むと、真蒼の大蜥蜴は見るものを殺すかのような目で俺らを見下ろし睨みつけてくる。

 どうやら、俺達を食らおうという確固たる意思はしっかりと持ち合わせているようだ。

 

「さて……、完全に親玉にロックオンされましたけど、いかがなさいます?」

 

「――それってもう殺るしか選択肢残されていませんよね?」

 

「だな……、ここまでの風格を持つ魔獣は中々いねぇ、久しぶりに燃えてきたな」

 

「ゼルさんはいつも燃えていると思うんですが――」

 

「いや、これは強者に対する燃えだッ! 普段の熱血や燃えとは訳が違うッ!」

 

「私たまにゼルさんとの意思疎通が出来なくなるんですけど……これって私のせいですかね?」

 

 何意味の分からないことを言っている、熱血や燃えに種類があるのは当たり前の事だろう?

 俺はウルナの冷酷なジト目を回避しつつ、真蒼の大蜥蜴を見上げた。

 そう、動かないで睨んでいる所を見ると怒り狂っているとは言え彼だって怯えているのだろう、自分の渾身の咆哮を怖がらない俺達に――

 

「なぁ、ザイル」

 

「ああー? なんだよゼルファ」

 

「ちょっと周りの雑魚とアルティメットブルーリザード一体片付けてくれねぇかな? 俺達はこの元凶倒すからさ」

 

「――大丈夫なのか?」

 

 何故か一瞬、心が綺麗なザイルに戻った。

 

「あぁ、熱血パワーで何とかする」

 

「熱血パワーでどうにか出来る問題ではないと思うけど……。ともかく分かった、ゼルファくんとウルナちゃんを信じることにするよ。それじゃ――行くぜぇ、クソ蜥蜴共ォ――ッ!! ヒャッハーッ!!」

 

 ザイルは再び闇を纏った斧を振り回し、ブルーリザード達を蹂躙しにかかる。

 

 さてと――もうやる以外の選択肢は存在しなくなりましたね。

 

 

 

「『オーバーテンション』」

 

 

 

 いつも通り俺は全身に力を込めて、心底に眠っている力を解放する。刹那――凄まじい爆風が俺を中心として巻き起こり、大蜥蜴の咆哮と同じような地を揺るがす衝撃波を発した。

 ひとまずは『オーバーテンション』でやりくりするしかないだろうな……、次のステージは本当に心の奥底から気分が高揚して燃え上がった時しか発動できないから……。

 そう――残念ながらあの力はこの『オーバーテンション』の状態で本当に心の奥底からテンションマックスにならないと発揮できないのだ。こればかりは致し方ない。

 

「ゼルさん……、本気で行くんですね?」

 

「敵がレベル300超えたら『オーバーテンション』発動しないと少々ヤバいからな、それでウルナこそどうなんだ? 心の準備は――」

 

「いつでも大丈夫です、ゼルさんとは断じて同じではありませんが私も心底から滾っていますから」

 

「同じって言って欲しかったなぁ……、ともかく行こうかウルナッ!」

 

「はい、ゼルさんッ!」

 

 二人は地を蹴り、大きく口を開けて尻尾を振るい、二足歩行により退化した手を上げて雄叫びを上げる父なる真蒼の大蜥蜴――アルティメットアルゴンファッツへと立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 《Point of view : Anna》

 

「ふっ――!」

 

 私は爪を振り下ろしてくるオリゴングレードの横に素早く周り込み、腹を剣一振りで切り開いた。

 そして――止めと言わんばかりに怯むオリゴングレードの目に向けて槍を突き刺し、奥にある脳を破壊する。

 目の前にはグロい光景が広がっているが、こんなのを気にしている様じゃ全くやっていけない。

 もっと一杯倒さなければ――街を守ることは出来ないッ!

 

「アンナ団長ッ!!」

 

「こんな時になにかしら? 副団長さん」

 

「元凶、アルティメットオリゴンファッツの動向が変わりましたッ! 恐らく誰かと戦っている模様」

 

「誰かと……、戦っている?」

 

 次々と襲い掛かってくるブルーリザードを蹴散らしながらも私は見上げるほどの蒼色の大蜥蜴の巨体を見た。

 アルティメットオリゴンファッツは確かに咆哮を上げつつも何かと睨み合っている様に見えた。

 間違いないあの3人の内誰かがあの包囲網を突破し、元凶にたどり着いたのだ。

 現に魔力感知を使って観察してみると――あのレベル200の強敵アルティメットブルーリザードが一匹消え失せている。

 

「分かったわ、それなら――私はあそこにいるアルティメットブルーリザードを倒しに行きます」

 

「なっ……、一人でですか!? 幾らなんでも無茶としか――」

 

「でもやらなければ確実に街は崩壊してしまいます、それにあの一匹さえ倒せれば恐らくは――」

 

 敵の動向を伺う限りだともう一匹のアルティメットブルーリザードも何者かと戦っている。

 普通に考えるとしたら、元凶をゼルファとウルナ、そしてアルティメットブルーリザードをザイル。そうなるはずだ。

 

 

「ハァ――ッ!! 全く、多すぎるってんだよ、どこから湧いて出てきたんだコイツらは……」

 

 

 オリゴングレードの群れに囲まれながらもカゲヨは冷静に剣を振るい、一匹ずつ確実に仕留めている。

 彼女の得意な袈裟斬りを何度も繰り出しつつ、隙を作らぬよう的確に動いていた。

 

 ――そうね、もしかしなくともカゲヨなら……。

 

「カゲヨッ、ちょっといいかしら?」

 

「んあ? なんだよアンナ、今忙しいんだけどッ!」

 

「ここから右手側奥にいるアルティメットブルーリザードが見えるかしら?」

 

「……ああ、確かに見えるな。ってあれ? 何か一匹減ってないか?」

 

「カゲヨ、貴方はあれを倒してくれないかしら?」

 

「は、はぁ!? 一人でぇ!? そりゃアタシでも無理――」

 

「あそこでザイルが戦っているわ、多分――たった一人で」

 

「何っ……!?」

 

 オリゴングレードの群れを殲滅し終えたカゲヨは直ぐ様私のもとに近づいてきて胸ぐらを掴んでくる。

 

「どういう事だっ! 説明しやがれっ!」

 

「……、慌てた時に胸ぐらをつかむ癖は相変わらずね」

 

「あっ……、すまねぇ、ちょっと苛立っちまった。それで? どういう事だ」

 

「そのままの意味よ、後衛のアルティメットブルーリザードが一匹あの3人に討伐されたから、ゼルファ&ウルナペアとザイルに分かれて元凶ともう一匹を倒すつもりなんでしょうね」

 

「あの野郎……、狂い始めたらいつも後先考えず行動するんだからぁ!!」

 

「仕方ないわよ、それがザイルなんだもの。ともかくカゲヨは速く行ってあげて、私は――手前を倒す」

 

 ここから約500メートル離れた地点にいる巨大なアルティメットブルーリザード、私はそれを見つめながら言った。

 私はレベル200、相手もレベル200、頑張れば何とかなるはず。

 

「手前……か、まさかアンタも無茶するつもりじゃ」

 

「無茶しなきゃ、街は守れないでしょ?」

 

「……そうだな。分かった、アタシはすぐあの馬鹿狂戦士の所行くから後は頼んだよッ!」

 

「ええ、任せてちょうだい」

 

 そして私たちは別れた、各々の目的を達成させる為に……。



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Chapter2-29 隠された災厄の真実

「グギャオオオオオオオオオ――ッ!!」

 

 

 丸々と太った大きなお腹をタプンタプンと揺らしながら蒼色の大蜥蜴は長さ6メートルはある蒼い尻尾を横にゆっくりと薙ぎ払う。

 その尻尾はあまりの太さと長さ故に、周りのブルーリザードまで巻き込んでいた。

 しかしそんな事は一切気にせず俺達だけに標的を定め、その尻尾をぶつけようとしていた。

 

「チッ、仲間巻き込むとか、王の風格はどこ行ったんだよッ!!」

 

 その尻尾のあまりの太さに避けられないと判断した俺は反魔法を何重にも張った双剣でその尻尾を受け止める。

 

 

 ガキイィィィンッ!!!

 

 

 力は俺のほうが上、だが凄まじい衝撃波と共に黄色い火花が炸裂する様子は大蜥蜴の馬鹿力の強さをしっかりと現していた。

 

「今だッ、ウルナ!」

 

「了解、ハアアアアッ!!!」

 

 俺が尻尾を弾き返すと同時にウルナは多重魔法陣を遥か上空に展開して邪悪な炎を纏いながら燃える巨石を蒼色の大蜥蜴の頭上に出現させた。

 だが――大蜥蜴は体勢を崩しているのにも関わらずそれを物ともしない顔でその巨石――エビルメテオに向けて口を開ける。

 魔法陣が展開、口に膨大な魔力が凝縮されていき、それは業火から金赤色の炎、そして純粋な火魔力のエネルギーとなる。

 

 

「グオオオオオオオオ――――ッ!!」

 

 

 金赤色に輝く灼熱の炎が口から解き放たれ凄まじいエネルギーとなってメテオに直撃、あっさりと貫通させては紅き奔流に飲み込ませると一瞬で根本となる魔素まで溶かし、蒸発させた。

 

「あ、あれって――」

 

 ウルナが例によって身体をプルプルと震わせながらその魔法を見て言った。

 威力は俺のよりも低いがそれは間違いなく――

 

 

「フレイムショット、火系魔法で最高レベルの放出系魔法だ」

 

 

 なにせ相手はレベル300なのだ、それぐらい出来ても文句はない。ただ――そんな蒼い身体で平然と火魔法を使われても困るな、初見じゃ誰だって固定観念から得意分野が氷魔法だと思ってしまうだろうし。

 

 

「こりゃ、中々面白そうだな。腕が鳴るぜ」

 

「で、ですね……。こんな強敵、初めてですけど――不思議と怖くない、寧ろイケる気がする」

 

「ふっ、熱血パワーのおかげだな」

 

「それは無いと思います」

 

 

 俺は全力でオオトカゲを目掛け、駆け出し飛び上がる。

『オーバーテンション』のおかげで身体がさっきと違って軽い、流石は俺のエクストラスキルッ!

 

 

 

「グウゥゥゥ…………、ガアァッ!!!」

 

 

 

 再び口から灼熱の炎を吐き出し、俺を灰すら残さず燃やそうとする。

 だが残念ながら――相手はこのレベル999の俺なのだ、そんな魔法、通じるとでも?

 

 灼熱の炎に向かって長剣を斜め下から斜め上に斬り上げると同時に空気をも凍てつかせる様なブリザードを発生させる。

 竜巻となったブリザードは灼熱の炎を一瞬で飲み込んで凍らす、そしてその勢いを留めぬまま大蜥蜴に衝突し、全身の至る場所を凍結させた。

 

 

「グガアアアアアアッ!!!」

 

 

 悲鳴とも取れる叫び声は草原一帯に響き渡り、大蜥蜴はじわじわと広がっているであろう苦痛に地団駄を踏み暴れ始めた。

 俺は後ろでスタンバイしているウルナに対して目で合図を送る。

 ウルナは無言で「分かった」という表情を顔に露わにすると――右足で地面を蹴り飛び上がった。

 

 空中で俺の地獄耳でも一言一句正確には聞き取れないほどの速さで想像詠唱し、ステッキで空を薙ぎ払う。

 すると、それの先の軌跡に青と黒の光を宿らした氷の刃を幾つも出現した。その鮮やかかつ素早い動きからして、彼女のステッキはもう体の一部と成りつつあるようだ。

 

 

「行ってッ!!」

 

 

 ウルナの掛け声と共にその氷の刃はくるくると回転しながら大蜥蜴のあらゆる部分に突き刺さってはドリルの如く穴を開けた。

 唯の氷の刃ならともかくあれは破壊成分をたっぷり含んだ悍ましい武器、それに加えてウルナの魔力はレベル250程の一般的な魔法使いと同等かそれ以上はある。

 

 

 ――効かない訳がない。

 

 

 

 

「ガアアアアッ!!! ガアアアアッ!!! グガアアアアアッ!!!」

 

 

 

 大蜥蜴は更に暴れまわり、炎を辺りに撒き散らしながらドスンドスンと足踏みしては地面を揺らし、尻尾を地面に叩きつけて痛がっている。

 ここまで暴れるとはな……、何かちょっと滑稽に見えてきたぞ。

 

 

「これでも食らいなッ!!」

 

 

 俺は左手に持つ青い輝きを放つ刀を大蜥蜴の足元に向かって投げつける。

 刹那――辺りの地面は一瞬の内に凍りつき、滑りやすくなる。

 言うまでもなく、その場で暴れていた大蜥蜴は突如凍った地面に足を捕らわれ、体勢を崩して尻もちを付いた。

 

 

 

「グギャオオオオオオオオオ――ッ!!!」

 

 

 

 自らの醜態を辺りに晒し、屈辱で遂に堪忍袋の尾が切れ、怒りを爆発させる大蜥蜴。

 口を大きく開け、今までとは比べ物にならない程の膨大な魔力を集中させていく。

 

 

「うわっ、ありゃさっきのよりもヤバい奴来るぞッ!!」

 

「ちょっ、えっ、ど、どうするんですかッ!!」

 

「お、落ち着けってウルナッ!! フレイムショット如きで一々暴れんなってッ!!」

 

「だ、だってトラウマなんだもんッ!! 誰かさんのせいでッ!!」

 

「慌てすぎだっ、ちゃんと作戦はあるから――、ちょっと聞いてくれ」

 

「こ、こんな時に!?」

 

「ああ、早口で話すからよく聞け」

 

 

 俺は念の為ウルナに思念会話で作戦を伝える。

 

 

「危険だが……、出来るか?」

 

「……、分かりました。やります」

 

 決意を露わにしたウルナは力強く頷き左掌を前に出す。

 俺も自分の持つ双剣を構え、心の奥から煮えたぎって来る興奮を全て『オーバーテンション』――気持ちの高ぶりを力に変えるスキル――に注ぐ。

 

 魔力が、恐ろしいほどのエネルギーが集まってきては凝縮され赤く光り輝く魔弾となっていく。

 桁違いの魔力が大気を揺るがし、言葉にできない圧力がピリピリと肌に伝わってきていた。

 

 刹那――それは照射された。

 業火としてではなく純粋なエネルギーとして、白い極光、極太光線となって俺達に牙を剥き、襲い掛かってくる。

 その威力は今までの火の球や灼熱の炎よりも遥かに強く、原型は勿論、火系魔法の本来の効果――対象を燃やす事――すら発揮させずに破壊の超エネルギーとして大蜥蜴の口から照射されたのだった。それはもう、大蜥蜴にとっては一か八かの渾身の一撃である。

 

 

「エビルウェーブッ!!」

 

「零度氷結斬りッ!!」

 

 

 ウルナの左掌からは黒い稲妻を周りや中に駆け巡らせた極太の水鉄砲が、俺の剣からは全てを凍てつかせ斬り裂く白き衝撃波が発せられた。

 この攻撃はなんとしても耐えなければならないッ! 次の作戦へと繋げるためにもなぁ!!

 

 大蜥蜴が放った高音の不協和音を奏でながら迫る極光と、邪悪なるエネルギーの水鉄砲、凍てつく衝撃波が両者の中央で激突した。

 凄まじい衝撃波を放ちながら中央でぶつかりあった膨大なる魔力はエネルギーの流れがグニャリと変えて、その場で爆散する。

 

 

「……、今だ。行くぞッ!!」

 

「分かりましたッ!!」

 

 

 爆風が爆発による煙を払った所で二人は頷き会うと息ピッタリのコンビネーションで地を蹴っては同じスピードで走り始めた。

 ウルナの魔力残量から考えてもこれが最後の『共同技術(タッグアーツ)』になる、なんとしても決めなければッ!!

 

 

「行くぞッ、俺の肩を越えていけッ!」

 

「はいッ!」

 

 

 俺は素早くしゃがみ込んだ所でウルナが俺の肩の上に飛び乗った。

 次の瞬間俺は風魔法を使いながらも凄まじい力で空中に飛び上がりウルナを遥か空中に投げ出した。

 

 

 

「グゴアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 大蜥蜴はそのコンビネーションを見て怖気づいたのか、空を舞うウルナに向かって無数の火の球を飛ばし始める。

 

 

「【聖なる水よ、彼女を紅蓮の業火から守りたまえ】ッ!!」

 

 

 俺は一言一句噛まず早口で詠唱する。

 次の瞬間ウルナの周りに半透明の水が生成され、火の球を全て弾き返した。

 ウルナは火の球を気にすることなくあの破壊の稲妻を迸らせた漆黒の黒槍を左手に創り出し、渾身の一撃の準備を進めていた。

 

 大蜥蜴はその光景に生命の危機を感じたのか、遂に火の球ではなくフレイムショットを放とうとしていた。

 だが、そんな事――

 

 

「させるかよぉ!!」

 

 

 俺は作戦通り真紅の大蜥蜴の足元に上手く入り込むと、その太い二本の足を凍てついた双剣で薙ぎ払った。そして勢いを止めることなく何度も剣を振り回し大蜥蜴の皮膚を深く斬り裂いた。何度も何度も何度も蜥蜴肉を斬り刻み、大蜥蜴を絶叫させた。

 

 

 

「グギャアアアアアアアアアアア―――ッ!!!!」

 

 

 

 だが大蜥蜴は絶叫しながらもフレイムショットの溜めを止めることは無かった。

 しかし――もう遅い。遅すぎだ、トカゲさんよぉ!

 

 

「いっけええぇぇっ!! ウルナアアァァ――ッ!!」

 

 

「漆黒のエビルスピアァッ!!」

 

 

 虚空で華麗に舞いながらもウルナは渾身の一撃――既に漆黒の魔弾を吸収した黒槍を大蜥蜴の頭目掛けて投げた。

 放たれた槍は唸りを上げて虚空を突き進み、オオトカゲが溜めていた魔力を食らい、消し去るとそのまま奴の鋭い瞳孔に突き刺さった。

 

 

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」

 

 

 邪魔法により目をえぐり取られる衝撃と痛みに耐えられず大蜥蜴はその場に倒れると何とかその槍を抜こうともがき、あがき始めた。

 だが一度刺さった漆黒の槍は抜けること無くドリルの要領で眼球を完全に粉砕した後に眼孔の奥の肉をえぐり取ってはドンドン奥へと突き進んでいく。

 そして――その槍は生物にとって大切な器官、脳を破壊し、胴体を破壊し、大蜥蜴の原型すら分からなくなるほどまで蹂躙し尽くした。

 

 

 これが、突然変異して生まれた『災厄』の元凶の無残たる最期だった。

 

 

「いよっしゃぁあッ!! 勝ったぞおおぉぉッ!!!」

 

 

 俺は喜びの声を上げつつも空を華麗に舞いながら落ちてくるウルナを優しくキャッチする。

 

「……よくやったぞ。ウルナッ! 本当によくやったッ!」

 

「はいっ! ゼルさんッ!」

 

 ウルナは俺の腕の中で絶世の美少女に恥じないとても可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 ――こうして今回の『災厄』の元凶であるアルティメットオリゴンファッツが倒れたことによりファスタットと『災厄』の戦いは無事決着がついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『困るなぁ、俺の計画を邪魔してもらっちゃあ』

 

 

 

 

 

 

 ズガアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 ――ソイツは現れた、遥か空中から。

 ――ソイツは現れた、凄まじい唸りを上げる地響きと共に。

 ――ソイツは現れた、人々に絶望を与えるために。

 

 

 

 

 ……終わってなんかいなかった。

 ……そう、まだ始まってすらもなかった。

 

 

 

『あーあー、折角のプレゼントをこんなグシャグシャにしちゃってぇ~、どうしてくれるんだーい? 俺、怒っちゃうよぉ?』

 

 

 

 俺達の目の前で――その巨大な人面蜘蛛が毒々しい牙をギラつかせながら不敵に笑っていた。



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Chapter2-30 激昂魔将インセンド

 俺は愕然としていた。

 目の前に突如現れた巨大人面蜘蛛。

 人面とはいっても蜘蛛の頭部に悍ましい紅蓮のギョロ目と鋭い牙を覗かせている不気味な口を付けただけの物だが。

 胴体は朱と黒のストライプ、巨大な蜂を連想させるような見た目だ。

 体長は恐らく縦も横も15メートル、高さは10メートル前後はある、足は蜘蛛と同じく八本、しかし前の二本の先は鎌のようにギラギラ光っていて刃物その物である。そして刃の先には、強力な毒が申し分なく塗りたくられていて斬られただけで致命傷にもなりかねないものだ。

 

 だが、俺としてはその魔獣の見た目なんてどうでも良かった。

 俺が愕然するほどに驚いているのは――ソイツの圧倒的なオーラである。

 一言で言えば、信じられないほど悍ましく、邪悪で、凄まじいオーラだ。

 オーラから判断するに奴の推奨レベルは300どころではない、下手したら500、いや600位はあるかもだ。

 

 それに――魔獣には人一倍詳しい自信がある俺でも奴を見たことが無い、肉眼だけでなくいかなる本や情報においてもだ。

 こんなオーラを放つのは伝説の魔獣しかあり得ない、しかしこの世界の伝説の魔獣にはこんな人面蜘蛛はいなかったはずだ。

 じゃあ、何者なんだ……?

 

「な、何あれ……、ゼルさん、何なのアイツ……」

 

 既にウルナは奴の強大過ぎるオーラに打ちのめされていた。体は痙攣するかのように震え、眼は泳いで焦点が合っていない。

 

 

『ゲハハッ、そのアホ面、気に入らんな。俺、怒っちゃうぞぉ?』

 

 

 人面蜘蛛はウルナを抱きかかえる俺を見下ろしながらそう呟く。

 そして右前足を振り上げて――

 

「――ッ!? 危ね――ッ!!」

 

 目に留まらぬ速さで振り下ろされた前足は地面に深く突き刺さると共に、数十メートルに及ぶ地割れ起こし、ソニックブームを発する。

 今の軽い一撃だけで射線上にある物は全て切断された。

 

 俺は何とかウルナを抱えつつも『スプリントラッシュ』で回避、スライディングの要領で地面を滑りながら減速した。

 直ぐ様ウルナを下ろし、剣を鞘から抜いて構える。

 パワーと速さ共に桁違いだ、コイツ今まで合ってきた魔獣の中でも屈指の超強敵かもしれない。

 

 本来であればここで俺は強敵に会えた嬉しさから燃え上がっていただろう、だが――コイツは違う。見ているだけでも心の中が変にざわつき俺を焦燥感に駆り立てた。恐怖よりも悍ましい負の感情を浮き彫りにされているような気分だった。

 

 

「ぜ、ゼルさ――」

 

「ウルナ、下がってろッ!! コイツは今までの奴とは次元が違うッ! 前に出てみろ、直ぐにでも殺されるぞッ!!」

 

 

『ゲッハッハ、そんな野蛮な事はしませんよぉ、俺は寛大だからねぇ』

 

 

 どこが寛大だッ! 戦闘開始直後、顔が気に入らないだけで地面にヒビ入れたやがった癖にッ!

 俺はその巨大で恐ろしい人面蜘蛛を睨みつける。見ただけで足が竦み、逃げたいという恐怖に駆り立てられる。

 だが――ここで逃げた所で、俺達が生きて街に戻れる保証はどこにもなかった。

 

『テンション』さえ貯まれば……、何とかなるかもしれない。

 エクストラスキル『オーバーテンション』は元々は『テンション』――俺の心の活気や興奮――を消費してステータスを上昇させるスキルだ。

 だがこの『オーバーテンション』の本当の力――それはこのスキルを発動した状態で興奮や気持ちの高ぶりが一定値を越した時にようやく発揮される。そしてその次のステージこそが俺の第二形態でもあった。

 だが逆に心の活気や興奮が無くなった瞬間、このスキルの効果は切れ、数時間程発動することができなくなる。

 無論、強制的に『テンション』を上げる方法は一応存在する、だがこの状況でその手段を取るとしたら少なくとも3分は必要だ。

 その3分間――奴が「はい、そうですか」と言ってなにもせずに待ってくれるわけがない。

 

 

 クソッ、何か手段はなのか?

 

 

『うん……? その女。まさか――』

 

 

 人面蜘蛛が俺のウルナの姿を舐め回すかのように見る、そしておどろおどろしい表情でほくそ笑んだ。

 嫌な予感が俺の脳裏を走り抜ける。

 

 

 

 

『クッ、ゲハハハハハハッ!!! まさか、こんな場所で出会えるとはなぁ、ウルナ・ホメイロッ!! 探していたぞ』

 

 

 

 

「な……、なんだと!?」

 

「――ッ!!?」

 

 俺はその人面蜘蛛の言葉を聞いた瞬間、悪寒が背筋を走り抜け、体が凍りつくような感覚に襲われた。

 コイツ……、ウルナを知っているのか?

 

「ウルナ、コイツ知り合いなのか……?」

 

「――ううん、知らない……、私こんな蜘蛛知らないッ!!」

 

 怯えきった表情でウルナは何度も首を横に振った。

 

 

『さて……、そこの無職の男よ、その女――ウルナ・ホメイロをこちらに渡すのだッ! さすれば、このファスタットは見逃してやろう』

 

 

 奴は――俺が最も警戒していた言葉を人面蜘蛛は俺達を見下ろしながら平然と言い放った。

 ウルナを渡せだと……? 俺はその言葉に全身が総毛立ち、冷や汗を流した。

 そうか……、状況から判断するに奴はファスタットを滅ぼすついでにウルナを探していたのだろう。

 奴がファスタットを滅ぼそうとしする目的は分からない、だが彼女を狙う理由は間違いなく禁忌の魔法、邪魔法だ。それが分かっただけでも十分である。

 ならば――やることは一つッ!!

 

 

「仲間を渡せと言われて、はいそうですかって言う奴がいると思うか?」

 

『ほぉ……?』

 

「答えは否だッ! ウルナを、俺の仲間を、お前なんかは渡さねぇよッ!!」

 

『ほほう。無職の男よ、貴様は相当――死にたいらしいなぁ!!』

 

 

 左足の鎌がゆっくりと振り上げられ――俺達に向かって振り下ろされた。

 空を斬り裂く衝撃波、それを防ぐかのように俺は双剣を横に薙ぎ払い、衝撃波を生み出す。

 目視できる2つ衝撃波が俺達の中央でぶつかり消滅し合う、だがその代わりに宙に浮く細かな土埃さえも綺麗さっぱり吹き飛ばすほどの凄まじい爆風が巻きおこる。

 

 

『無職でこの力――フハハッ! 鑑定魔法を弾かれたからまさかとは思ったが、俺の一撃を跳ね返すとは――激怒したぞぉッ!!』

 

 

 人面蜘蛛はいきなり形相を変え、見るものを全て怯えさせる程激怒した。

 尋常ではない覇気が焼け野原となった草原を駆け抜け、大気を大きく揺るがす。

 

 

『殺してやる、殺してやるぅ!! お前ら全員地獄行きだぁ!! ゲハハハハハッ!!!』

 

 

 醜悪な笑みを浮かべ、見ることすらはばかられる程の形相で人面蜘蛛は動き出した。

 

「逃げろ、ウルナッ!!」

 

「……ぜ、ゼルさん?」

 

「速く逃げろって言ってんだよッ!! コイツはマジでヤバいッ!!」

 

「う、うんっ!!」

 

 ようやく正気に戻ったウルナは全速力で走り始めた――だがその時だった。

 

 

『逃がすかぁッ!!』

 

 

 人面蜘蛛はその大きさからは考えられないスピードでウルナを追い越し、前に立ち塞がってくる。

 

 

「あ……、あぁ……っ!!」

 

 

『貴様もここで痛めつけて、回収してやるッ!! デッドポイズンレインッ!!』

 

 

 両前足を手の前に掲げ、直径5メートルにも及ぶ紫色の塊を創り出した巨大蜘蛛はそれを遥か空中に投げ飛ばす。

 刹那――その塊は虚空で分裂し、幾多の針となってウルナの頭上に降り注いだ。

 

 

「い、嫌アアアァァァッ!!!」

 

 

 彼女の心の叫びを聞き俺は反射的に体を動かし始める。

 させない、あの時の様な事には絶対にさせないッ! 彼女は――ウルナは俺が守るッ!!

 

 

「させるかあああああッ!!!」

 

 

 言葉を言い終える前に既に足は動き出し、呆けた顔で立っているウルナを押し倒し、空中から降り注ぐ毒針の雨から彼女を守る。

 

「グッ……、カハァッ!!!」

 

 深く突き刺さった毒針が燃えるような激痛を引き起こし、背中に悲鳴をあげさせる。俺はその痛みに思わず吐血する。

 

「ぜ……、ゼルさんッ!?」

 

「う、ウルナァ……、お前だけでも――逃げろッ!!」

 

 彼女の無事を確認し、安堵すると共に俺は空間魔法から時の結晶石を取り出して、彼女の手に握らせた。

 彼女を助けるには――もうこれしかない。

 

「……えっ、ゼルさ――」

 

「【結晶石よ、彼女を二時間前にいた場所に】」

 

 俺が魔法の詠唱を終えた瞬間、時の結晶石が輝き始め彼女を紫色の光で包み込んだ。

 こんな所でウルナを死なせるわけにはいかない、世界に名を連ねるであろう金の卵を――ここで失うわけにはいかない。

 

「この蜘蛛は俺が命を掛けて止める、もしかしら勝てずに死ぬかもしれない。だけど――君は生き残ってくれッ!!」

 

 

「ぜ、ゼルさんッ! ちょ――」

 

 

 ウルナは俺に何かを伝えようと口を動かした。だが彼女が言葉を言い終える前に、ウルナは紫色の淡い光だけを残して俺の前から一瞬にして消え失せる。

 また……、役に立っちまったな。次元龍アイザック産のアイテムが――

 

『貴様……、ウルナをどこにやったッ!!』

 

「お前なんかに……、答える義理はない」

 

 背中に刺さっている毒針を全て抜きながら俺は言った。幸い、俺は全状態異常に耐性があるため致死毒を受けた所で何とも無いが、こんな物が一般人に刺さったら……、想像もしたくない。

 

「さて――これで一対一だな」

 

『……クックック、自ら一人になるとは哀れな男よ』

 

「お前がこの『災厄』の元凶なのか……?」

 

『その通りだ。あの蜥蜴は全て我らの魔力で創造した無の幻覚、クックッ……』

 

 人面蜘蛛は笑いつつも、ウルナを見失った苛立ちを露わにしていた。

 お前なんかにウルナを渡してなるものか、ウルナは――俺の大切な仲間だ、互いに分かり合えた仲間なんだ。

 

 

「お前にはどっちも渡さねぇ、ウルナもファスタットもッ!! お前ぶっ倒して、平和を勝ち取るッ!!」

 

 

『いいだろう、その心意気、今すぐにでも捻り潰してくれるわぁッ!!』

 

 

 人面蜘蛛は凄まじく邪悪な覇気を撒き散らしながらも俺を醜悪な形相で睨みつけてきた。

 俺は恐怖で冷や汗をかきつつも人面蜘蛛と対峙しながらも思考回路を巡らせ、勝つための方策を練り始める。

 正直今のままでは勝機は皆無だ、勝つとしたら必然的に『テンション』を溜めて第二形態になる必要がある。

 ――燃えろ、燃えろよ俺ッ! よっし、やる気出てきたッ! 俺は心中で自分を励ましながらも二本の剣を静かに構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺は人面蜘蛛を睨みながらも鑑定魔法を起動し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬にして背筋が凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……ッ!? う、嘘だろッ!?」

 

 

 鑑定魔法の結果を見た俺は――驚嘆した、心臓が止まるほどに。

 そしてその瞬間――俺の頭の中を閃光が電光石火の如く駆け抜けた。

 俺が過去に見てきたありとあらゆる事象――それが歯車のように繋がり、動き始めた。足りなかったピースが一つ埋められ、俺が求めて止まない『真実』に近づく。

 その衝撃の事実に俺は体を震わせながらも人面蜘蛛を睨みつけ、言い放った。

 

 

「……、お前。何者だ――」

 

 

『ああん?』

 

 

「――お前は何者だと聞いているんだッ!!!」

 

 

 鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする人面蜘蛛――そしてニンマリと不敵に笑う。

 

 

『そうか――貴様、真実を知る権利を持つものだな?』

 

 

「ああ……、そうだ」

 

 

『ふっ、ゲハハハハッ!!! 面白い、面白すぎて激怒したぞッ!! 良いだろう、貴様には特別に教えてやる俺の名は――』

 

 

 

 

『――激昂魔将インセンドだ』



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Chapter2-31 起死回生の切り札

 《Point of view : Anna》

 

「おい、一体どうなっているんだ」

 

「わ、私に聞かれても困りますっ!」

 

 場は剣呑な雰囲気を醸し出しながら騒然としていた。

 皆が口々に何が合ったのかと言い合い、不安を募らせている。

 

 それは数分前、突然と起きた。

 私達が『災厄』と戦っている最中の事である。

 その時、私はアルティメットブルーリザードと死闘を繰り広げていた。

 レベル200VSレベル200、力はほぼ互角だ。

 巨体を揺るがしている青色の大蜥蜴相手に私は剣を振るって、槍を突き刺しとあらゆる方法を使って相手を翻弄した。そして遂に怯ませ、止めを刺そうと思ったその時だった。

 

 目の前にいたアルティメットブルーリザードが忽然と姿を消したのだ。

 

 アルティメットブルーリザードだけではない、この草原にいたブルーリザードの群れ全てがものの一瞬にして何処かへと消え失せてしまったのだ。

 

 そして――突如、鳴り響く地響き。吹き荒れる衝撃波。

 前を見ると先程まで『災厄』の元凶がいたであろうそこには悍ましい姿の人面蜘蛛が鎮座していた。

 そのあまりにも恐ろしすぎるオーラと威圧感に衛兵や冒険者達は混乱を起こし、今に至るというわけだ。

 

「あんな魔獣――見たことも聞いたこともねぇよッ!」

 

「何だあれは……、一体全体何があったっていうんだ? 『災厄』は? 蜥蜴は?」

 

 皆動揺して、現状収集できず混乱しているようだが――1つだけ、周知の事実がある。

 

 

 

 あの――人面蜘蛛が今回の『災厄』の本当の元凶であった事。

 そしてその人面蜘蛛は只者でなく、ファスタットに仇なす物である事。

 

 

 

 

 こんなにも離れているのにも関わらずヒシヒシと伝わってくるこの悍ましく、人の生気を奪う様なオーラはこの草原にいる人々全員を苦しめていた。

 

「おーいっ! アンナァ!!」

 

 聞き覚えのある声に反応して私は振り返る、そこには予想通りカゲヨとザイルが肩で息をしながら困惑した表情で立っていた。

 彼らは冷静な表情を保ちつつも突然と現れた強大な力を持つ敵に心を取り乱している様にも思えた。

 

「な、何なんだよあの化け物ッ!!」

 

「いきなりブルーリザードが消えたと思ったら今度は人面蜘蛛かぁ? もう訳分からないったらありゃしないよ、アンナちゃん」

 

「――実は私も全く状況が把握できてないの、でも一つこの現状から考えられる事があるわ」

 

 私は冷静に呟きつつも、ここからかなり遠く離れた所にいるであろう人面蜘蛛を見た。

 かなり遠く小さく見えるのでよくは分からないが、動き回っている奴を見る限り、間違いなく何者かと戦っている事を窺える。

 

 その僅かな情報から考えられる結論は一つ――

 

「間違いなく戦っているわね」

 

「ああ、戦っているな」

 

「そうだねぇ、間違いないよ」

 

 人面蜘蛛と――最強の無職ゼルファが。

 

 

 

 

 

 

 《Point of view : Zerufa》

 

『――激昂魔将インセンドだ』

 

 

 人面蜘蛛――インセンドはそう言い放った。

 激昂魔将、インセンドだと? なんだそのどこぞの将軍のような名前は……。

 だが、鑑定魔法で名前を・・・調べられなかった・・・・・・・・以上、この名前で奴を呼ぶ以外他ないだろう。

 

「インセンドか……。その名前、しっかりと頭に刻み込んだぞ」

 

『それは光栄な事だ、だが無駄なことよ。貴様はここで――死ぬ運命なのだからなぁ!』

 

 刹那――音なく振り下ろされた鎌と音速で空を裂いて衝撃波を放った長剣が交差し合う。

 互いの鋭い一撃がぶつかり合い、恐るべき金属音が鼓膜を突き刺す。俺はその音に目を細めつつもインセンドから飛び退き、魔力を込めながら剣をゆっくりと横に薙ぎ払う。

 

 すると――幾多の魔法陣が出現し、その一つ一つが膨大な魔力を魔法陣の中央に集中し始める。

 

『ゲハハハッ!! 調子に乗るな、無職の男よ! 貴様の無力さ、身をもって知るがいいッ!!』

 

 インセンドも同様、鎌に成り代わっている前足を顔の前に掲げ、感知するのも悍ましい膨大な魔力を集中させる。

 

 

 

「フレイム――バーストオォォッ!!」

 

 

 

『無の勾玉ッ!!』

 

 

 

 次の瞬間――竜巻のように渦巻く紅蓮の業火と色を持たない闇の光線が両者の中央でぶつかり合い数秒せめぎ合う。

 だが魔力が膨れ上がると。凄まじい爆発と強力な衝撃波を放って2つの魔法は互いに相殺し合った。

 

『ゲハハ、面白い、面白い、面白いッ!! 気分は激おこぷんぷん丸だぁ!!』

 

 インセンドは怯む隙すら与えず、致死毒たっぷりの両鎌を俺に向けて振り落としてくる。

 しかし、俺はその鎌の動きを見切っては瞬時に躱し、インセンドの胴体の下に上手く入り込む。

 

 

「炎氷無双ッ!!」

 

 

 右手の長剣に火を、左手の長剣に氷を――

 2つの相反する属性を剣に付与した後、俺は目にも留まらぬ速さで剣を振り始める。

 下から上に斬り上げては右から左に薙ぎ払い勢い殺すことなく左上から右下に斬り刻んだ。

 超高温と超低温の斬撃がインセンドの胴体を襲い、一撃が生物を焼き殺す程もしくは凍死させる程に重い上に連続して放たれるその連撃は容赦なく蜘蛛の胴体を焦がしていきながらも、凍りつかせた。

 

 

『グッ、グアアアアッ!! 調子に――ノルナァァァアアッ!!』

 

 

 俺の剣から第二十四撃が放たれる直前にインセンドは絶叫しながらも巨体からは考えられない跳躍力で飛び退き、苦虫を噛み潰したかのような表情を見せた。

 

 

『無に消えろ。フゥオオオォォォォ――』

 

 

 突如インセンドは俺に向けて口を大きく開けた――その瞬間、口の中は色を持たない闇によって埋め尽くされる。

 

 

 なっ――まさかッ!?

 

 

『ガアアアアアァァァ――ッ!!!』

 

 

 雄叫びと同時に口から凄まじい質量を持った混沌の闇が放たれ俺の視界を塗りつぶした。

 そして――気づいた時には俺は宙を舞っていた、地と空が交互に映され暫くした後、鈍い痛みが全身を襲う。

 いや、それだけではない。体全身が痺れ、燃やされる様な激痛が走り、耐え難い頭痛が俺を支配し始める。

 

 

「ぐ、グガァッ!?」

 

 

『クッ、他愛もない。この程度の人間が俺に歯向かうなど――ッ!?』

 

 

 敵が一瞬見せた隙だけで俺の長剣はインセンドの右足を切断した。

 鎌の形の右足が虚空をクルクルと舞って、サクッと地面に突き刺さる。

 

 

『な――、腕がああああッ!!』

 

 

「ふっ、油断するからそうなるんだぞ」

 

 

 俺は冷酷な視線を奴に送りながら全身痺れるような痛みに耐えつつも双剣を構えた。

 無論、こんなに簡単に終わるわけがない。奴の魔力量から考えたらどうせ――

 

 

『腕が、腕が、腕がああぁぁぁ――生えたああああッ!! ゲハハハハハッ!!!』

 

 

 突然、切断面から新たなる鎌が姿を現し、インセンドは右足を切断される前の姿へと戻った。

 やはりな――それにしてもとことん気持ち悪いやつだ。切断されてから数秒後に腕が生えてくるとか聞いたこともねぇよ。

 

 

『ゲハハ、ゲハハッ!! しかしここまでやるとはなぁ……、こりゃ殺すのが惜しくなってきたわ』

 

 

 インセンドは醜悪な笑みを浮かべつつ、そう言った。

 笑みから察するにインセンドの奴、とてつもなく悪い事考えてやがるな?

 クソッ、今度は一体何を――

 

 

『クックックッ、行け、俺の下僕達よッ!!』

 

 

 そう言ってインセンドは腹部の先を空中に向けると幾多の魔力の塊を空に打ち上げた。

 ……俺の下僕達? コイツ、一体何をする気なんだ?

 

 俺は空中に発射された魔力を見据えながら剣を構え、いざという時の為にスタンバイした。

 だが、その魔力は俺に向かって落下することはなく、逆にインセンドの周りに向かって落下していった。

 そしてその魔力が地面に着弾すると――

 

 

 

 

 その地点から本体の10分の1サイズの小さなインセンドがわらわらと出現したのだ。

 

 

 

 

『ゲハハハハハッ、見たか! これが俺の下僕達だぁ!!』

 

「うわっ、きっしょッ!! きっしょおおおッ!! 気持ち悪過ぎだろぉ!!」

 

 

 改めて見ると既にインセンドの魔力から生まれたミニインセンドは500匹近く集っていて皆、「ゲハハ」「ゲハハ」とやたら高い声で喚いていた。

 こんなにドン引きする程、気持ち悪いものを見たのはかなり久しぶりだぞ。

 というか皆コイツと同じ性格だと思うと――いや、もう考えたくもない、考えるだけで悍ましい寒気が走る。

 

 

『ゲハハッ!! さあ行け、俺の下僕達よッ!! あそこにいる冒険者達を蹂躙してこいッ!!』

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 コイツ――、なんて卑怯なことをッ!!

 魔力感知から推測する限りではあのミニインセンドは一体一体が推奨レベル200代の化け物だ、そんな奴が500匹で襲い掛かってきたら――衛兵、冒険者は愚か街の人達までも危ないっ!

 俺は直ぐ様持ち前の超速でゆっくりと進軍し始めるミニインセンド達を蹴散らそうとソニックブレードを放つ、しかし――本体であるインセンドがそれを許してはくれなかった。

 

 

『ゲハハハハハハハッ!!! 残念だったなぁ、貴様の相手はこの俺ダアァァッ!!』

 

 

 インセンドは俺の目の前に立ちはだかると両鎌を残像すら見えなくなる位速く、交互に前に出して致死毒の鎌を俺に当てようとする。

 幾度と前に出される鎌を俺は躱し続けるが、余りの速さと鎌が生み出す衝撃波のせいで、俺の体に切り傷が何箇所も出来る。

 

 

「グッ……、ク、クソォッ!! 何が下僕だ、ふざけんじゃねぇっ!!」

 

 

 俺は両鎌を双剣でようやく受け止め、弾き返した後、インセンドに空間をぐにゃりと曲げるほどの魔力を込めた火炎斬、雷撃斬、水流斬、大地斬を順番に食らわせた後に後ろに飛び退く。そして――双剣に全精力を使うほどの魔力を込めると俺は2つの剣を振りかぶった。

 

 

「剣奥義――シャイニングスラッシュッ!!」

 

 

 小さく呟いた次の瞬間――凄まじい剣気が辺りを揺るがせ、青色に光り輝く双剣は振られた。

 

 極光がインセンドを巻き込みながら空間をまるごと両断した。

 放たれた極光は辺りを白く塗りつぶし、世界をズラし、射線上の全てを破壊しようとする。

 大気が歪曲するほどの余波が爆風となって荒れ狂い、周囲のまだ残っている草を根こそぎ吹き飛ばし、一つ残らず粉砕した。

 

 

 

『ぐ、グワアアアアアアアッ!!! 体が、体がぁ!!』

 

 

 

 よっし、今がチャンスだ!! もう一切考える余地は残されていない。呼び出すなら――そうだ、アイツだ!!

 俺は体に付着している血を右手の親指に付けると大きくパーの形に開き渾身の魔力を込めて地面に叩きつける。

 

 

 

「召喚――ッ!! 八神獣――夜狼神ヤシャ・フェンリルッ!!!」

 

 

 

 これが――今の俺に出来る起死回生の最終手段だッ!!



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Chapter2-32 夜狼神ヤシャ・フェンリル

 《Point of view : Uruna》

 

 ふと私は凍えるような冷気に体を震わせ目を開ける。

 そこにはいつもの宿屋の天井――ではなくどこまでも広がる暗い夜空が合った。無数の星が瞬きながら私達を見下ろしている。

 突然身体中を走り抜けていく鈍い痛みに顔をしかめつつも私は起き上がり、辺りを見回してみた。

 そこは――紛れもなくファスタットの北の門の前であった。

 

「どうして私は、こんな所に――?」

 

 怪訝に思い曖昧な記憶を巡らせる。

 ゼルファと共に無事、アルティメットオリゴンファッツの討伐を無事成功させる。

 そして――その直後に現れた巨大な人面蜘蛛。私はその蜘蛛の圧倒的なオーラに叩き伏せられ、ただ恐怖に怯えていた。

 蜘蛛が私の名前を読んだ瞬間――、頭の中は一瞬にして真っ白に染まり、何が起きているかもどうすればいいかも分からなくなった。

 そこでゼルファの言われた通り逃げようとして――蜘蛛に攻撃されて、庇われて――

 

 

『【結晶石よ、彼女を二時間前にいた場所に】』

 

 

 私の意識が途切れる寸前に放たれた彼の言葉が自ずと蘇ってくる。

 そうか、だから私はこんな所にいるんだ……。

 

 苦痛で顔をキツく歪ませながらもニカッと歯を見せて笑うゼルファの顔が浮かんできた。

 沢山の毒々しい紫色の針が背中に深く刺さった状態でも、吐血するほど痛くても、私の前で呑気に笑った彼の姿がフラッシュバックした。

 

 彼なら確実に避けられた攻撃を――致命傷にも至りかねない重症を負ってまでゼルさんは私の事を――

 胸の奥が不思議な気持ちで熱くなる。気づくと私の頬を大粒の涙が流れていた。

 

 それは丸であの時全く同じ光景を繰り返し見ているようであった。

 言うまでもなく教会で引き取られる直前に起きたあの出来事と明らかに類似していた。

 

 あの時も――私は何も出来ず逃げることしかできなかった。ただただ襲い掛かってくる恐怖からひたすら逃げることしか。

 そのせいで私は大切な人を失った。当時、唯一の心の拠り所だったその人を失ってしまったのだ。

 だから私は――

 

「行かなきゃ……」

 

 どこまでも広がる草原の奥を見つめながら私は呟いた。

 もう、誰も失いたくない。後悔なんてしたくない。

 もう――将来の有望性などと言った理由で自分だけ守られるのは懲り懲りだった。

 

 二度と想像もしたくない残虐な光景が頭の中に浮かびあがり、全身が総毛立った。

 何も出来ないくせにこんな事を思うのはつくづく自分勝手だ、でももう少し守られる側の気持ちも考えて欲しい。

 特に――守られる側故に大切な人を失ってしまった時の気持ちを。

 

 

 行かなきゃ、何があっても絶対に行かなきゃ。

 

 

 ゼルさんの元へと……。

 

 

 

 

 

 《Point of view : Zerufa》

 

 

「召喚――ッ!! 八神獣――夜狼神ヤシャ・フェンリルッ!!!」

 

 

 これが――今の俺に出来る起死回生の最終手段だッ!!

 全魔獣の中でトップ10に入る神獣、その一匹をありったけの魔力を注ぎながらも呼び出す。

 ホウオウやソウケンとは比べ物にならない程、巨大な魔法陣が俺の目の前の地面に描かれ、膨大な魔力が故に凄まじい爆風を巻き起こす。

 

 

 そして――俺の手前、その少年・・は現れた。

 

 

 

「ウオ――――――ンッ!! 紅き月の下に漂う混沌の闇を聖なる光で照らす者、聖獣夜狼神参上だぞっ!」

 

 

 

 夜狼神を名乗った白髪金眼の少年――フェンは右目を手で抑えながら格好を付けて現れた。

 身長はウルナよりも低く、見た目は10歳前後の男の子だ。服とズボンはやたらと文字の入った見るも痛々しい物を着ていて首には十字架のネックレスを付け、右目には痛々しい眼帯を付けている始末。

 また頭には白狼特有の獣耳と、後ろには白い尻尾がついているという可愛いらしい一面もあるが、頭についている十字架のピンと尻尾についているドクロ柄のベルトが全てを台無しにしてしまっている。

 

 

 フェンリルの特徴:圧倒的な厨二病である。その重度さは禁忌の図書館で薄い本を読み漁る師匠やテンションを上げるためによく痛々しいワードを叫ぶ俺をも超える程である。

 

 

 だが――強さは魔獣のトップ10に君臨する八神獣と言われているだけあって尋常ではなく、推奨レベルは500を超える正真正銘の化け物だ。

 そう、確かに化け物なのだが……。

 

 突如現れた激昂魔将インセンド、つまり奴は神獣をも凌駕する可能性があるほど強大であるという事だ。

 レベル999を越えた俺ですら勝機があるかどうか分からないのはその理由からである。

 

「久しぶりだなフェンッ! 急に呼び出しておいてなんだが力を貸して欲しいッ!」

 

「大体把握したぞっ! あっちに走っていく大量の人面蜘蛛をオラのホーリーノヴァで蹴散らして、この街の皆を逃がせればいいんだな?」

 

「……まだ何も言ってねぇぞ?」

 

「へんっ! オラのこの右目の聖気眼を舐めてもらっちゃあ困るぞっ! この混沌より引き出した聖なる力を使えばゼルファが考えていることなんてお見通しなのさっ」

 

「あー、そう言えばお前、『読心』持ちだったな」

 

 因みに『読心』とはその名の通り警戒心のない人の心を読むことの出来るスキルである。断じてフェンの右目に宿りし聖気によるものではない。

 

 

『体がぁ! 体がああぁぁぁ――治ったぁぁあああっ!!! ゲハハハハハ――ハァ?』

 

 

 インセンドが先程と全く同じネタを披露し一人で勝手に笑っている所を俺達は冷ややかな目線で見守ってやった。

 言っておくけどそのネタ全く面白くないからな、寧ろキショい。

 

 

『……おい、貴様何者だ? どっから出てきたぁッ!! 』

 

 

「オラは誇り高き東八神獣の一匹っ! 聖獣フェンこと、夜狼神ヤシャ・フェンリルだぁ! オラの友ゼルファとの血の盟約に従ってここに参上したぞっ! さてはお前が――激昂魔将インセンドだな? ファスタットを潰し、ウルナを強奪しようとするオール・コズミックの敵めっ! 今すぐにでもこの神から授かった神聖なる魔性でディス・ワールドからフェードアウトさせてやるっ!」

 

「決め台詞長えよッ! それに後半、半分ぐらい意味不明だからッ!」

 

「んじゃ、後は任せたぞっ」

 

「言うだけ言って実行しないんだな……」

 

 そう言ってフェンは軽く手を振って、目にも留まらぬ速度で走り去っていった。

 ――ああ見えてもフェンの足は速い、人化した状態でも100m走で1.59秒という異次元の記録を叩き出した実力者だ。

 

『八神獣だとっ!? グッ、待て――ッ!?』

 

「『お前の相手は俺だ』とさっき言ったよなぁ? その言葉、そっくりと返させてもらう」

 

『――ふん、何が神獣だ。頭が舞い上がった人間の子供如きに何が――』

 

「知らないのか? 神獣は基本、人間の姿なんだぞ?」

 

『――何だとッ?』

 

「神獣――それは魔獣の中でも殆ど覚えることが無いと言われているスキル『人化』を持つ集団だ。だから昔と違って人間が多いこの世の中、基本神獣は人間の姿で日々を過ごしいている」

 

『ば、馬鹿なッ!?』

 

 インセンドは先程走り去っていった少年――フェンの姿を見ようとする。

 だがそこには――既に少年フェンの姿はなく、代わりに聖なる暖かな光を帯びている一匹の白狼、聖獣フェンリルが焼け野原を猛スピードで駆けていた。

 ――因みに神獣は魔獣化または人化する際に服も一緒に変身するようになっているため、決して服が破れることはない。

 

「そういう事だ、本当なら知り合いの神獣全員呼び出したい所だが生憎俺のスキルにも制限があってなぁ」

 

 そう、俺の『魔獣召喚』はいつ何度でも召喚できるわけではなく、召喚したらその召喚した魔獣によってクールタイムが生じる。

 だから今回の場合は――少なくとも10時間は召喚出来ないだろう。

 

『スキルだと? 貴様、一体何者――?』

 

 俺はミニインセンドに向かっていくフェンリルの姿をしっかりと見届けた後、不敵に笑いながら向き直った。

 フェンリル召喚のおかげで俺のテンションは徐々に上がりつつある。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったな、名乗ってもらったのにも関わらず失礼した。俺はゼルファ・ガイアール、スキル『魔獣召喚』を持つ最強の無職無能だ」

 

 瞬間――俺は残していた『テンション』を全てステータス補正にまわし、今発動できる最大の力を引き出す。

 紫色のオーラが俺を包み込み、覇気とも取れる凄まじい衝撃波を放った。

 まだ『テンション』最大値には届かない、だがこれなら――いけるかもしれないッ!

 人の気持ちはちょっとした出来事だけで変わる。すこし気を緩め、リラックスするだけでも不思議とやる気が出る。

 だからこそ――伝説の魔獣という変人ならぬ変獣集団を召喚するのは別の意味で起死回生の手段にもってこいなのだ。

 

『ゼルファ……。ふん、覚えておいてやろう。墓に貴様の名を刻むためになぁ!』

 

「墓まで作ってくれるのか? ありがたいなぁ。んじゃ、もう――お遊びは終わりだ」

 

『クッ、ゲハハハハハハハッ!!! 最高だ、今俺は最高に激怒しているッ!! 殺すのは惜しいがもう限界だッ!! 今すぐに地獄に落ちろッ!!』

 

 そして――最強の無職無能と人面蜘蛛は互いに大地を揺らすほどの覇気を放ちながら鎌と剣でぶつかり合った。



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Chapter2-33 立ち上がれ冒険者達よ

 《Point of view : Anna》

 

「うわあああああッ!!」

 

「だ、誰かっ! 助けてくれぇっ!! まだ、まだ死にたくないっ!!」

 

 衛兵や冒険者の悲痛な叫びが絶えず聞こえる。

 何もかも消え去ったはずの草原は辺りは一面、気色悪いミニ人面蜘蛛に埋め尽くされていて「ゲハハ」「ゲハハ」と聞くだけでも寒気がするような高い笑い声を上げながら私達に襲い掛かってきていた。

 

 それに――気色悪いだけならまだしもそのミニ人面蜘蛛は異常なまでに強く、既に多くの負傷者が出て、士気がガタ落ちした衛兵と冒険者らの前衛は崩壊しつつあった。

 

「アンナちゃんッ! これはマジでヤベえぞッ!」

 

「クッ、ゲハハゲハハ笑いやがって煩いんだよっ! アンナ、これは撤退を考えた方が妥当かもしれない」

 

 ザイルとカゲヨは鎌となっている前足を振り回してくるミニ人面蜘蛛相手に健闘していた、だが既に二人はかつてない程に傷つきいつ倒れてもおかしくない状態となっていた。

 ――加えて、私も彼ら二人とほぼ同じ状況だ。目の前の視界はくすみ、鎌で斬られた時に傷口についた毒が既に体の中に侵入して回り始めている。

 解毒魔法を使いたくとも体内の魔力は殆ど残されていない、かなり絶望的な状況だった。

 

「アンナさんッ! 負傷者200人以上、この戦場にいる戦士の5分の1を上回りましたッ! 幸いまだ死者は出ていないものの、今すぐ撤退した方が宜しいかと――ッ!」

 

「言われなくとも分かってるッ! だけど、この状況でどう逃げろって言うのよッ!」

 

 目の前のミニ人面蜘蛛を蹴散らしながらも私は目に見えるほど怯えきった副団長に向かってそう叫んだ。

 私だって逃げたいわよ、こんなキショくて悍ましくて見るだけで吐き気がする様な人面蜘蛛と戦いたくなんてない。

 でも――今逃げたとしてもあのミニ人面蜘蛛の集団に追いつかれるのは火を見るより明らか、だったら戦うしかない。

 見ただけでも足がすくみ、恐怖に駆り立てられる、しかしそれを押し殺してでも私は無限に湧いて出てきているようなミニ人面蜘蛛に立ち向かった。

 

 

「あぁ……、もう終わりだぁ! この街はもう――終わりなんだぁ!!」

 

 

 副団長は絶望に染まった表情で人面蜘蛛から逃げつつ、隙を見て攻撃していた。だが――そのへっぴり腰からして殺られるのは時間の問題。

 

 

「クソッ――蜘蛛如きが調子乗ってんじゃねぇッ! 見た目からしてキモいんだよッ!」

 

「落ち着けザイルッ! 取り乱したってもうどうにもならない……。アンナ、ここはアタシ達が時間稼ぐ、だから――」

 

 カゲヨが必死の表情で伝えようとした、その時――

 

 

 

 

 

「ウオ――――――――ンッ!!!」

 

 

 

 

 

 透き通った狼の遠吠えが辺り一帯に響き渡った。

 その声に衛兵や冒険者は愚か人面蜘蛛までもが動きを止め、その声の主を探し始める。

 

「今のは――遠吠えよね?」

 

「ま、まさかこんな状況で狼の群れが攻めてきたんじゃないだろうなッ!」

 

「ねぇ、ザイル、アンナ。あそこを見てみな」

 

 私とザイルはふらつきながらもカゲヨが指差す先を見た。そこにはまばゆい光を放つ全長5メートルはある白狼が聖なるオーラを漂わせながらゆっくりとこちらに歩を進めていた。

 その威厳ある勇ましい姿、近くにいる者を癒やす様なオーラ、そして迷いなき金眼、それら全てがその白狼が只者ではないことを証明していた。

 

「な、なんだあの狼……、ちょいと神々しすぎやしないか?」

 

「あの姿、色、そして金眼……、間違いないよ。あれは――」

 

「――聖獣フェンリル」

 

 私は神獣が放つに相応しいその眩しい金色の光に目を細めながらも言った。

 

 

 

「オラは聖獣フェンリル――、闇を照らす神獣なり」

 

 

 

 神獣には見合わない一人称と少し子供っぽい声なのにも関わらず、凛と響き渡るその声に私は背筋が一瞬ゾクッとした。

 信じられない――、まさかあの八神獣を目にする日が来ようだなんて。

 

 

 

「今、オラの友ゼルファの盟約に従って――ここに参上したッ!!」

 

 

 

 ――――えぇっ?

 

 

「「「「ぜ、ゼルファッ!?」」」」

 

 

 フェンリルから放たれた驚きの一言に皆がその者――最強の無職の名を口にした。

 あ、あのゼルファがフェンリルの友達? フェンリルと盟約を交わした?

 あの規格外双剣士――、一体どんな境地にたどり着いたらそんな事が出来るのかしら? 神として敬われるようなフェンリルと友達程度の関係で交流をはかるなんてあの男は本当に人間なの?

 

 

「皆の者、今すぐにファスタットへと逃げるんだっ! ここはオラが時間を稼ぐっ!」

 

 

 そう言ってフェンリルはとてつもない跳躍力で飛び上がると人面蜘蛛の大群の真ん中に着地し、神に匹敵するような力で蹂躙し始めたのだ。

 まさか――神獣に力を貸してもらってるとは言え、ゼルファはたった一人でこの街を守る気なのかしら? そんな……、無茶にも程があるわ。

 だけど、あの人族最強とうたわれた勇者をあっさりと抜かしたあの規格外ならやりかねないわね……。

 だが神獣とて相手は予想推奨レベル200位の人面蜘蛛500体、明らかに分が悪く、本当に時間稼ぎであることを痛感する。

 

「――アンナさん、皆怯えに怯えきってこれ以上は無理です。撤退しましょうっ!!」

 

「あぁ、そうだな。皆の者ッ!! 今からこの場を神獣フェンリル様に任せ、我々は街に撤退するッ!! 繰り返すッ、今からこの場を神獣フェンリル様に任せ、我々は街に撤退するッ!!」

 

 

 

 

 

 フェンリルが500体程の人面蜘蛛をひきつけて進撃を防ぐ中、私の指示で総計1000人程の衛兵と冒険者達はファスタットへと向かって前進し始めた。

 皆相当疲労しているのか、足元はおぼつかなく、進むスピードはかなり遅かった。だか、既に戦場からは300メートル以上は離れていた。

 

 

 ――だが、本当にこれでいいのだろうか? 神獣様は逃げろっとおっしゃったが本当にこれでいいのだろうか……?

 

 

 私は残った魔力で解毒治療を施した後、人面蜘蛛がこちらに襲いかかってこないか最後尾で警戒しつつもファスタットへの帰路についた矢先――

 

 

 

 

『皆さんッ!!! 待って下さいッ!!』

 

 

 

 

 拡声魔法で大きくされた少女の声が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 《Point of view : Uruna》

 

 

「こ、今度はなんだ……?」

 

「女の声がしたぞ? 一体誰の……?」

 

 皆が騒然とする中、私は限られた魔力で声を拡張して投げかける。

 

 

『まだ戦っている人がいるんですッ!! どうか、力を貸して下さいッ!!』

 

 

 私は今まさにファスタットへと撤退しようとしている冒険者と衛兵にそう投げかけた。

 その言葉を聞いた冒険者達は目を見開いてコチラを見る。

 

「あれって……、ウルナちゃんじゃねぇか?」

 

「ど、どうしてあんな所に――? そもそも戦っている人がいるってどういう事だ?」

 

「戦っている人って……、そんなの、いるわけ無いだろ」

 

「……こっちだって傷だらけなんだ、今更そんな事――」

 

「無理だよ……、あんな見るだけでも怖い人面蜘蛛に立ち向かうなんて――」

 

 口々に騒ぎ立てる冒険者達の前で臆することなく私は続ける。

 

 

『まだゼルファさんが希望を捨てずに戦っているんですッ!! 聖獣フェンリル様だっているし、まだ勝てる希望はありますッ!! だからどうか、力を貸して下さいッ!!』

 

 

 誰か賛同してくれることを祈りつつ私は声を張り上げた。

 だが誰一人として手を上げる者は出ず、一度は足を止めたとは言え、聞かなかった振りでもするかのように足を進め始めた。

 ――でも、諦めない。ゼルさんは一人でこの街を守るため一生懸命戦っているのだ、それをただ指を咥えて見ているなんてもう出来ないッ!

 それに皆が束になってかかれば、敵が幾ら強かろうと絶対に勝機はあるッ!

 

 

『皆さん――何で撤退するんですか? 確かにそこのフェンリル様に撤退しろとは言われました。だけどそこで、はいじゃあ撤退しますって言って撤退して――悔しくないんですか?』

 

 

『まだ――、まだゼルファさんは希望を捨てずに、たった一人で、自分の持てる全ての力を出せるだけ使って、この街を守ろうと必死に頑張っているんですッ!! そんな中皆だけ撤退して――恥ずかしくないんですか!?』

 

 

『ゼルファさんは無職無能ですッ!! 本来なら誰よりも弱いはずの超無能なんですよッ!? そんな彼があの奥にいる巨大な人面蜘蛛と――たった一人で、血だらけになりながら戦っているんですッ!!』

 

 

『彼は言っていました、コイツは今までの奴とは次元が違うって――、勝てずに死ぬかもしれないってッ!! でもそんな悍ましい相手なのにも関わらず彼は命を投げ出す覚悟で戦っているんですッ!! このままじゃ――、ゼルファさんはこの街のため、自らの身を犠牲にするでしょう。それを――黙って見守ってていいんですかッ!?』

 

 

 私の横を通り過ぎて、撤退しようとする人達に向かって必死に叫び続ける。だが皆、彼女の言葉を信じる素振りすらも見せず、無視して歩いていった。

 いつの間にか私の目からは大粒の涙が溢れ出ていて、頬を伝っていった。

 ――どうして信じてくれないの……? どうして皆協力してくれないの……? 自分さえ助かれば街を、ゼルさんを見捨ててもいいって考えなの……?

 ファスタットへ撤退する集団の中、呼びかけるのを諦めかけた――その時だ。

 

 

「おい、テメェらッ! レディが泣いてまで頼んでるのに無視ってどういう事だぁ!!」

 

 

 私の肩を叩きながらその男は怒号を張り上げながら前に出た。

 聞いたことがある声、見たことある姿。

 忘れるわけがない、何故ならファスタットに訪れた初日に――ゼルさんを散々バカにした挙句ボコボコにされた、有名な女誑しなのだから。

 

「――ザーラさん……?」

 

 突如現れた街一番のトラブルメーカーに釘付けになる冒険者達――ザーラは私の前に堂々と立って彼からは考えられない程の正義感を放ちながら言い放った。

 

 

「それに――テメェらッ!! あのクソ無職に負けたままでいいのかよぉ!! 無職如きに最強になられて悔しくねぇのかよッ!!」

 

 

「無職無能は神から見放された存在だッ! 何も力を与えられずに儀式を終えた落ちこぼれなんだぞッ!! それなのにもあのクソ無職、ゼルファは俺らより遥かに強くなって最強に君臨しやがったッ!! 元は何の力もなくゼロの状態から始まったのにも関わらずだッ!」

 

 

「そんなクソ無職があの恐怖と絶望が渦巻く戦場で――今フェンリルが戦っている場所より更に奥で希望を捨てずに巨大な人面蜘蛛と戦っている。見えるか? 見えねぇとは言わせねぇぞッ!! 嘘なんかじゃねぇ、逃げているだけで今まで気づかなかったかもしれないがあのクソ無職はマジで戦ってやがるッ!!」

 

 ザーラは遥か遠くで繰り広げられている戦いを指差しながら言った。

 彼が指差す先を冒険者達が見つめる先、フェンリルとミニ人面蜘蛛達がぶつかり合っている地点よりも更に奥、そこではゼルファと人面蜘蛛による激闘が繰り広げられていた。

 

「あそこにゼルファが……? 嘘だろ?」

 

「いや、あの速さの人影、そして派手すぎる剣技、凄い見えづらいけど、間違いねぇよッ!」

 

「あれ――何次元の戦いだよ、レベルが違いすぎるだろ」

 

「でも……、臆することなく、あの人面蜘蛛相手に一人で戦ってるわ……」

 

 冒険者達が遥か遠くで繰り広げられているゼルファと人面蜘蛛の戦いを唖然として見守る中、ザーラは続けた。

 

「――おかしくないか? 無職があんなに全力で戦ってるのに、神から力を貰った俺達が何であっさり諦めて撤退しようとしてんだよッ!! 俺は行くぞ、あのクソ無職に負けたままは嫌だからなぁ!! そうだろぉ? お前達ッ!!」

 

 

 ザーラは大声で誰かに呼びかけた。

 すると如何にも悪者の様な存在感を放つ、気性が荒そうな冒険者がゾロゾロと現れ、ザーラの後ろにつく。

 

「当たり前でぃっ!」

 

「あっしはザーラが善人になろうとも一生ついていきまっせぇ!!」

 

「――と、まぁこんな感じだ、ウルナちゃん。これで協力者20人弱と言った所だぜ」

 

「ザーラさん……ッ! ありがとうございますッ!」

 

 かつて反発し合っていた相手に私は深々とお辞儀した。

 そして――この街で一番人助けに無縁だと思われていたザーラのまさかの宣言に続くように我こそはと冒険者と衛兵が名乗りを上げた。

 

「ザーラが行くんなら、行かないわけにはいかねぇ……、俺も協力するぜッ!!」

 

「私も協力させて頂くわ、この街を、ファスタットを乗っ取られる訳には行かないものッ!」

 

「無職に負けていられるかぁ!! 俺も行くぞッ!!」

 

「まだ頑張っている奴がいるのにそれを見捨てるのは――流石に酷だったな。すまねぇ、俺も協力するぜ」

 

 

 

「皆さん――、ありがとう、本当にありがとうございますッ!」

 

 

 

 そして撤退しようとしていた冒険者達は次々と集結していき、遂にその数は500人を越えた。

 私は感極まって再び、涙を流してしまった……。

 だが――、こうして皆を集わせてくれたのはザーラの一言があったからである。女誑しの悪者から突然として正義のヒーローに成り代わった彼は皆の声援を受けて更に全体の士気を高めていた。

 

「やりましたね、ウルナさん」

 

 不意に聞き覚えのある声を掛けられ、私はそちらを振り向いた。

 見ると傷だらけのアンナ、ザイル、カゲヨが感心した様な表情で周りの冒険者達を見回していた。

 

「アンナさん……」

 

「ウルナさん、よくぞ怖気づく皆さんに勇気を与えてくれました。衛兵団長として心からお礼申し上げます」

 

「――私のおかげじゃないですよ……、皆さんを無事集められたのはあの人のおかげです」

 

 私は冒険者に囲まれているザーラを指差しながら言った。

 

「まさかザーラがあんな事を言うとはな、流石のアタシも驚いたねぇ」

 

「はぁ――あの気色悪い蜘蛛とまた戦うと思うと気が重いけど、ウルナちゃんの頼みだ、断るわけには行かねぇよッ!!」

 

 皆がこれから始まる第二ラウンドに向けて猛々しい咆哮を上げる中、アンナが大声で再び指揮を取り始める。

 

 

 

「ここに集いし勇気ある者達ッ!! 今こそ、ファスタットを守るため再び立ち上がる時だッ!! 蜘蛛などに臆するな、そして我々を逃してくれた神獣フェンリル様と強大な敵に一人立ち向かう最強の無職ゼルファを助けに行くぞッ!!」

 

 

 

「「「「オオオォォォォッ!!!」」」」

 

 

 

 一度は怖気づき諦めかけた冒険者が、衛兵が、再びファスタットの為に士気を高め、盛大な雄叫びを上げて、団結した瞬間だった。



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Chapter2-34 最強の無職の元へ

 辺り一面草が吹き飛んで草原の原型すら残されていない焼け野原の中央、肉眼では数えられない程の人面蜘蛛に囲まれている一匹の魔獣がいた。

 体に幾多の傷を付けつつも神々しい光を放ち続ける白狼――フェンリルは金眼を輝かせながら周りを見渡していた。

 始めは500体以上いたミニインセンドも既に半分以上を処理した。しかしそれでも尚、100以上は残っているという始末だ。

 

 

「まさかこれ程だとはね、オラちょっと驚いたぞっ!」

 

 

 一度に大勢のミニインセンドで前足の鎌を振り上げて襲い掛かってくる。聖獣の為、状態異常無効の効果を常時発動しているとは言え、あの鎌で斬り裂かれては堪ったものではないだろう。

 フェンリルは振り下ろされる無数の鎌を掻い潜りつつミニインセンドの大群の外に出る。

 

 聖なる力を高め、目の前に白金色の魔法陣を描き、そこから無数の白き極光を放つ。

 身を翻して、「ゲハハ」と笑いながら距離を詰めてくるミニインセンドの体をフェンリルの聖なる光線が貫き、元の魔素へと離散させる。

 このミニインセンドは所詮は魔素から生まれた傀儡でしかないのだ、だから――魔法のコアを破壊して魔素の結合を保てなくすれば勝ちである。

 とは言え、数が多すぎるが故にフェンリルの被弾は避けられない。ミニインセンドから放たれる数多の色無き魔弾を胴体に掠め、フェンリルは顔をしかめる。

 

 

「クッ……、こうなったら遥か昔の混沌より覚醒された聖なるアビスを見せてやるッ!!」

 

 

 フェンリルの勇ましき咆哮が鳴り響くと、口に桁違いの魔力が集中していく。

 聖光が凝縮され、放たれる前から空間を歪曲させはじめていた。周囲の石や土埃が舞い上がり、全て口元に留まりし白魔力に吸い込まれていく。

 

 

「アウォーク・ホーリー・アビス――――ッ!!」

 

 

 白金色の煌めきが一瞬にしてミニインセンドを薙ぎ払い、獰猛に貫き十数体の胴体を魔素へと戻し、空中に散りばめた。

 刹那――白い爆発がミニインセンドの集団を吹き飛ばし、大きなクレーターを創り上げる。

 

 

「はぁ、はぁ――、後もう少しだ――、後もう少しで」

 

 

 推奨レベル500の聖獣ですらたった一匹で500体のミニインセンドを全て蹴散らすのは非常に難しく、彼の体力はもう限界に近くなっていた。

 その時だった――ミニインセンドの不気味な笑い声とは違う喧騒が……、魔獣の寄声とは全く異なる咆哮がフェンリルの耳に届いた。

 それは一者から放たれたものではなく、明らかに複数の者によって奏でられている雄叫びだった。

 

 そして次の瞬間――幾多の爆発がミニインセンドを吹き飛ばし、人間の大群がコチラに向かって――正確にはミニインセンドに向かって――押し寄せてきていた。

 

「み、皆っ! どうしてここにいるんだっ!? オラ逃げろって言ったのに――」

 

「逃げてなんかいられるかぁ!!」

 

「フェンリル様が命を掛けて戦っていらっしゃるんだ!! 俺らが戦わなくてどうするっ!!」

 

 その皆が団結した光景を見た瞬間――苦痛で顔を歪めていたフェンリルの表情に生気が宿っていき、聖なるオーラの力が増幅する。

 

「皆の者、恐れることはないッ! 今の我々ならあの蜘蛛の集団など――敵ではないッ!」

 

「ゼルさんはもっと強い相手と戦ってるッ! それに比べたらこんな蜘蛛、雑魚でしかないですからッ!!」

 

「よっしゃあッ!! テメェらぁ! こんなキッショい、クソ蜘蛛の集団今すぐにも蹴散らしてやろうぜぇ――ッ!!」

 

「「「オオオォォォォッ!!!」」」

 

「「「俺らのファスタットを守るぞぉぉぉッ!!!」」」

 

 ザーラ、ウルナ、アンナを先頭とする冒険者の集団――この街を救おうとする者達が遥かレベルの高いミニインセンドに立ち向かっている。

 数段階は格上であろう悍ましき相手に立ち向かう彼の勇姿はフェンリルの心を大きく動かした。

 

 

「――凄い、皆凄すぎるよ……」

 

 

「貴方やゼルさんが勝機が皆無のような強大過ぎる相手に恐れることなく戦っていたからですよ……、聖獣フェンリルさん。皆始めは怖気づいて撤退しようとしていました、けど貴方達の勇姿が私達の士気を高め、奮い立たせたんです」

 

 ウルナは唖然として冒険者の奮闘を見守るフェンリルに近づいてそう言った。

 

「……。君がゼルファの仲間、ウルナだね?」

 

「はい、そうです」

 

「どうして、ここに来たんだい? 君はあのインセンドに狙われているんだぞっ!」

 

「――自分が本当なら逃げなきゃいけない存在なのは分かっています。現に私も怖くて仕方ありません。だけど――、それ以上にゼルさんを失うのが怖いんです。ただ守られるだけの存在なんて、私は耐えられないです! もう誰も失いたくないんですッ! だから……、私はゼルさんを助けに行きます」

 

 決意を露わにしながらウルナは真剣な表情でフェンリルに言った。

 

「――そうか。ゼルファ、君はとても良い仲間を持ったんだね」

 

 フェンリルは静かに微笑むとその場にしゃがみ込み、輝く金眼でウルナを見つめた。

 

「乗って……。君をいち速く彼の元に――」

 

「はい……、ありがとうございますッ!」

 

 

「――クウゥゥゥッ!! オラ段々力が身なぎてきたぞッ!!」

 

 ウルナが己の背中に乗ったことを確認したフェンリルは虚空に向かって大きく吼え、体に纏う白金色のオーラを冒険者達の頭上に撒き散らした。

 

 

 

「皆――、我が底に眠るホーリーオーラを受け取るといいぞっ!!」

 

 

 

 次の瞬間――冒険者達全員にフェンリルの聖なる加護が掛かり、ステータス補正が発生すると同時にHP、MPを抜く全ての値が急激に上昇する。

 

「こ、これがフェンリル様の御力……ッ!」

 

「スゲえ、体の奥から無限に力が漲ってくるみたいだ――っ!」

 

「いける、今の俺達なら絶対にいけるぞッ!」

 

 白金色の光に包まれた冒険者達は歓喜の声を上げつつも、迫り来るミニインセンドを片っ端から叩き潰しにかかった。

 

 

「フェンリル様の加護を貰ったんだぁ!! こんな奴、最早敵じゃねぇよなぁ? さぁ、今からこのミニ蜘蛛野郎を秒殺しにかかるぞぉ!!」

 

 

 ザーラの気合の入った叫びが響き、空を斬る音、爆音、蜘蛛の断末魔が幾度に渡って聞こえ、蜘蛛の死骸が空中を舞っては爆散していった。

 ある者は剣を構え、ある者は早口で魔法を詠唱し、ある者は槍で敵を突き、ある者は斧を振り回し、ザーラとアンナに続くようにして、自分よ格上のミニインセンド達に戦いを挑む。

 

 街も守りたいという強い信念と気合によって幾度と繰り出される冒険者達の猛攻によってミニインセンドの数は目に見える程に減っていった。そんな先ほどとは打って変わった光景を見ながらもフェンリルは大きく頷き、ゼルファとインセンドが戦う森の方を見た。

 

 ここまでヒシヒシと伝わってくる生き物とは到底思えない程のオーラと覇気が空間を幾度となく歪曲させて、何度も生み出される衝撃波と爆風で常時向かい風が発生している状態だった。

 

「あれが――ゼルさんと人面蜘蛛の本気……」

 

「インセンドの方は知らないけど、ゼルファに関してはまだ本気を出せていないと思うな。やっぱり変に焦りすぎて『テンション』を上手く溜めれてないね」

 

 フェンリルは真剣な表情で身をその規格外の戦場へと向け、足を踏み出し始めた。

 

「さあ、ウルナ。ゼルファの所に行こうッ!」

 

「はいっ! お願いね、フェンリルさん」

 

「フェンでいいんだぞっ! よし、しっかり掴まっているんだぞっ!」

 

 そう言って聖獣はウルナを背中に乗せて激戦地へ向かって走り始めた。



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Chapter2-35 決戦 VS激昂魔将インセンド 前編

 ファスタットから北に数km進み、草原を抜けた先にある森の中にそびえ立つ大きく高い崖、その麓で俺とインセンドの激闘が繰り広げられていた。

 幾度に渡ってぶつかり合う強大な力によって平らだった地面は大きく抉れ、ヒビが無数に入り、周りの木は殆ど薙ぎ倒されていた。

 

 

『デス・ポイズンサイズ――ッ!!』

 

 

 致死毒と魔力を纏ったインセンドの鎌による斬撃が空をシュッと斬る。

 紅紫色の衝撃波が俺に向けて放たれ、音速をも上回るスピードで地面に亀裂を入れながら襲い掛かってくる。

 

 刹那の判断――、俺は凍てつく覇気を纏った刀を斜めに振り下ろし衝撃波諸共周囲を凍りつかせる。

 水色の波動が冷気を生み出し、抉れた地面や岩、木を一瞬にして氷の彫刻へと変化させながらインセンドに襲いかかる。

 だが、インセンドは激怒の色で染まった顔で歯ぎしりしながらも黒の反魔法を展開し、凍てつく波動を弾き返す。

 

「へぇ、今の攻撃をあっさり防ぐか」

 

『ゲハハハハッ! この程度の攻撃で俺を倒せると思うなよ?』

 

 夥しい瘴気を放ちつつも奴曰く――黒の虚無から生み出された黒い魔弾を宙に創造し、俺に向けて砲撃する。

 あのウルナの漆黒の魔弾連射魔法よりも遥かに上回る威力と数でどの属性かも判別不可能な魔弾が不協和音を奏でながらマシンガンの如く、空を貫く。

 

 属性不明とか――マジ訳分かんねぇんだよッ!

 どんだけこの世界の常識を覆せば気が済むんだこいつは。

 

 溢れる程の魔力を双剣に注ぎ込みつつ、出せる限りの全力で剣を振るった。

 緑色の風魔法を纏いしブレードから放たれた空を切る斬撃は宙を突き進む魔弾を一刀両断しつつも竜巻を生み、地面を揺るがす。

 

 しかし魔弾は竜巻など物ともせず容赦なく俺の肉を削ろうと飢えた獣のように大気を突き進み襲いかかる。

 俺は竜巻を生み出した初撃の勢いを保ったまま脳の回路が悲鳴を上げるぐらいに剣を振り回し、俺に当たりそうな魔弾を一つ残らず斬り裂いた。

 

「はぁ……、はぁ……、見たこともない姿、見たこともない属性の魔力、そしてこの世界には見合わないほどの力、オーラ、覇気、全部何もかも逸脱している、……一体どこから何しに来たってんだ」

 

『クックックッ、俺の目的はこの世界を乗っ取り、支配すること――それ以上も以下もない』

 

「はぁ、はぁ――下らねぇ。そんな自分勝手な理由でお前らは生きる者を殺し、絶望に陥れるのか?」

 

『ゲハ、ゲハハハハッ! そうさ、俺らが求めるのは他者の絶望、絶望こそ格別の甘味だッ! 有を無にする時の快感――、想像するだけでも激怒するぜぇ! ゲハハハハッ!!』

 

 笑いながらも振られるインセンドの鎌から放たれる斬撃の衝撃波を避けつつも、俺はインセンドの周囲を旋回し始める。

 

 

 ――悪だ、紛うことなき悪だ。

 人の絶望を傍からみて喜ぶような奴でここまで腐った野郎はいないだろう。

 

 インセンドは世界を乗っ取り、支配する事が目的と言っていたが――それは恐らく誰もが推測できない程の深い意味を持っている。

『真実』を知る権利――、俺が持つその権利により知った一つの事実が彼の目的の真意を示している。

 恐らく残された謎とこの世界の存在意義を知った瞬間――俺は最後の結論に辿り着くことが出来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 本来であれば鑑定失敗とだけ表示されるはずだった。

 だが極める所まで極めつくした俺の鑑定魔法は奴の情報をこう提示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――【鑑定不可。対象の生物はこの世界のデータに存在しない物です】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これらの文字列が意味する事。

 それは奴こそ――俺が探し求めているものの鍵を握る種族、即ち俺が本当に倒さなければいけない『第三の敵』である事を示していた。

 まだ分からないことは多い、だが奴がこの世界に来て征服行動を起こした時点で奴らが俺らにとって何者であるかは想像がつく。

 

 だから――奴にファスタットを滅ぼさせる事とウルナの身柄を奪われる事は何としても防がなければならない。

 下手したらこの街や世界だけでなく――世界を超越する何かまでも全て奴らの手に落ちる。

 それだけは絶対に防がなければならないッ!!

 

 

「エクステンドスラッシュッ!!」

 

 

『虚無の死鎌ッ!!』

 

 

 俺とインセンドの攻撃が交差しあい、凄まじい覇気と突風が周囲の何もかもを吹き飛ばした。

 両者の斬撃は激突した後に拮抗、だがそれは一瞬のことで――不可解なエネルギーによって俺はインセンドの凶悪な鎌に弾き飛ばされた。

 

「――ッ!?」

 

 直ぐ様受け身を取ろうとするものの、身体に力が入らず地面を転がった。

 鈍い痛みが突き刺すように駆けめぐり、見ると左肩から右横腹に掛けて太く深い斬り傷が刻み込まれていて、そこから鮮血が湧き水のごとく流れ出ていた。

 

「ガッ……、く、くそぉ……、力が入らねぇっ! だが……、まだだッ!」

 

 痛みで力が入らなくとも足元がおぼつかない状態でも俺は剣を地面に突き刺すとゆっくりと立ち上がった。

 全身から血が流れ出ているがそんな事を気にしている場合ではない……、自己再生能力が少しずつ俺の身体を治しているのを噛み締めながらも剣を構えた。

 

『ゲハハハハハハッ!! 愉快ッ、実に愉快だぁッ!! その顔が絶望に染まる瞬間が楽しみで仕方がないぞぉッ!!』

 

 再びインセンドの凶悪な両腕の鎌が俺に向けて振り下ろされた。

 全力でその鎌を受け止めようとするものの、力の差は明らかだった――俺はあっさり押し切られ、再びその鎌によって身体を切裂いた。

 意識が遠のきそうになりながらも再び全身を地面に強打して転がった。

 最早、起き上がる力すら残されていない。だが俺は最後まで諦めようとしなかった。

 

 右掌をインセンドに向けて無詠唱でフレイムショットを発動する。

 極太の火の光線がインセンドの鎌に直撃し、インセンドの巨体ごと遠くへとふっ飛ばした。

 だが決定打に欠けるその魔法はインセンドの体力を少し削る程度で収まる。

 

 

『クックッ、最後まで足掻くか……。だが無駄なことよ、その圧倒的な無力、絶望的な無力を痛感するが良いッ!!』

 

 

 インセンドは前足を頭上に掲げ、膨大な魔力を集中させ始めた。

 俺を絶望へと陥れようとする強大な一撃が今放たれようとしていた。

 

 

 ――あの魔法を食らえば、今度こそ確実に死ぬ。避けることは不可能。ならば……、奴を巻き込んで自爆するのみ。

 

 

 

 

『無の勾玉――ッ!!!』

 

 

 

 

 正体不明の魔力によるあらゆる色彩を塗りつぶした様な虚無が俺に襲い掛かってきた。

 俺は左手に持つ刀を己の心臓に向け、突き刺そうとした。

 

 

 

 だが――その矢先、虚無の光線はどこからともなく飛んできた邪悪なオーラを纏った巨大な漆黒の邪槍に防がれた。

 

 虚無の漆黒と邪悪なる漆黒がインセンドと俺の中央で激しくぶつかり合い、拮抗した。

 凄まじい速度で回転する黒槍はその虚無ですらも破壊し始め、黒に塗りつぶされた膨大な流線を徐々に飲み込んでいく。

 

 

 

 その果て――

 

 

 

 凄まじい衝撃波を伴って漆黒の爆発が巻き起こり、インセンドと俺を吹き飛ばした。

 だが――俺は虚空を虚しく舞った後に何者かにぶつかり、支えられた。

 頭に弾力のある柔らかい感触が伝わり、仄かな甘い香りが俺の鼻をくすぐる。

 そして背中を何者かの小さな手に支えられて、俺は無事どこも叩きつけることなく受け止められたのだ。

 

 何者かに優しく地面に下ろされた俺は先程伝わってきた頭の感触に少し驚きつつ、静かにその何者かの方を向いた。

 

 

 

 

「ウルナ――?」

 

 

「助けに来ました、ゼルさんッ!」



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Chapter2-36 決戦 VS激昂魔将インセンド 中編

『クッ……、ゲハハハハッ!! 遂にノコノコと現れたな、ウルナ・ホメイロォッ!!』

 

 怒りで醜悪な表情に歪んだ顔を更に歪ませんながらインセンドは怒号を上げた。

 

「ウルナ……、どうして――?」

 

 なぜ彼女がここにいるか、どうして逃げなくてはいけない彼女がここまで戻ってきたのか理解できず、唖然としながらウルナとインセンドが対峙するその光景を眺めていた。

 

『感謝するぞ、わざわざ捕まりに来てくれてッ! おかげさまで探す手間が省けた。さて、その肢体をバラバラにしてでも貴様をあの方の元へ強制連行してやるッ!!』

 

 インセンドが再び前足を振りかぶり、鎌の刃に魔力を集中させ始めた――その瞬間だった。

 突如現れた一筋の閃光が電光石火の早業で鎌を受け止め、黄色い火花を散らせた。

 

 

『な、なにぃッ!?』

 

 

「どうだい? オラのホーリー・ジャスティス・クロウを食らった感想はっ! サンクチュアリィ・ノヴァッ、正義執行じゃあっ!」

 

 厨二病全開の格好をした白髪の少年が魔力で創造した聖光を放つ爪でインセンドの鎌を受け止めていた。

 そして次の瞬間――少年の爪からまばゆい光が炸裂し、生み出された衝撃波がインセンドの巨体を軽々しく押し退けた。

 

「フェンッ!?」

 

「待たせたんだぞっ、ゼルファ! ウルナ――、オラが今からインセンドと戦って出来る限りスタリングするから回復頼んだぞッ! 何としても、彼らが到着するまでホールドアウトゥッ!!」

 

「……大体分かったわッ!」

 

 フェンは、眼帯を付けた右目を抑えながらインセンドを睨みつけた。

 

「疼くぞっ、この聖気眼が邪悪なる力に呼応して疼いているっ! さぁ、ゼルファの次はオラが相手だっ! 聖なる炎に焼かれて――死ぬがいいっ!」

 

『黙れぇ、このクソガキがぁ!! 今すぐにその肢体、骨、臓器諸共全て八つ裂きにしてくれるッ!!』

 

 フェンの右掌から放たれた光り輝く聖火とインセンドの口から砲撃された毒々しい色を帯びた魔弾が衝突し、爆風を撒き散らす。

 その隙にウルナは俺を戦闘の影響が及ばない離れた所まで引きずると俺の傷に手を当てて治癒魔法を詠唱した。

 

「待ってて下さい、今すぐに治しますからっ!」

 

「なんで来た――」

 

「はい……?」

 

「なんでここに来たんだ? 言ったはずだぞ、逃げろって――」

 

 先程までとは違って迷いが見られない真剣な面持ちで一生懸命両手に魔力を集め、傷を癒やすウルナに俺は質問した。

 

「じゃあ逆に聞きますが、なんで勝機があるかどうかも分からない悍ましい敵に一人で挑むような無茶をしたんですか?」

 

「あの状況で俺以外にファスタットを滅ぼそうとしている奴を止めることの出来る可能性がある者がいなかった、だから――」

 

「だから……命と引き換えに街を守ろうとしたんですか? 自分の身を犠牲にしてでも私を助けようとしたんですか? 衰弱している冒険者達を巻き込まないようにあの場所で戦ったんですか?」

 

 ウルナは美しく端麗な顔を歪ませて俺の顔を見た、彼女の涙袋は膨らんでいて今にも泣き出しそうな表情だった。

 

「ああ――そうだ。奴がファスタットに到達すれば大量の死傷者が出る、だか俺が戦えば多くて俺の命だけで済む」

 

 既にインセンドと俺に仕込んだ自分の死と引き換えに奴を道連れにする魔法の術式を感じながら言った。

 

 いざという時は躊躇なく発動するつもりだった。仲間、知り合い、街の人々の命と自分の命を天秤にかけて考えても答えは明らかである。

 元より覚悟は決まっていたのだ、勝てる可能性が少しでも残されていたから諦めなかった。

 

 だがもしもの場合――

 南と西が海に面しているファスタットに逃げ道なんてほぼ存在しない、船という手段があっても街の人全員が乗れるわけではない。つまり――奴がこの街に侵入した時点で誰かが確実に死ぬこととなる。だから――もし勝てなかったら死んででも奴を倒そうとしていた。

 

「俺の命だけって――じゃあ、ゼルさんは考えましたか? もし、自分を守ってくれる大切な人が自分を庇って敵に殺されたとしてその庇われた人がどんな気持ちになるか、今後その人がどんな闇を抱えるようになるか!!」

 

「……俺なんかが死んだ所で悲しむ奴なんてたかが知れているだろ――」

 

「ふざけないでッ!!」

 

 

 ――乾いた音が俺の耳に響いた。

 頬を中心として一瞬で広がる痛みに、思わず叩かれた頬を手で押さえる。

 ウルナの突然の行為に俺は唖然とする事しか出来なかった。

 

 

「ゼルさんが死んだら……、私は……、私はどうすればいいんですかッ!? 唯でさえ、一度大切な人を失っているのにっ!!」

 

 

 彼女は治癒魔法を片手でかけつづけながらも頬を伝う大粒の涙を拭った。

 

 

 

「確かにゼルさんが私を守ってくれることに関して、私はいつも感謝していますし、助けられた時は凄く嬉しいですよ? でも――命と失ってまで庇われたくないッ! もう、守られるだけの存在は嫌なんですッ!!」

 

「――――ッ!!」

 

 

 

 俺の顔を見ながら泣きじゃくるウルナ。そんな彼女にかける言葉が思いつかなかった。

 今まであっただろうか? ――ウルナの気持ちをしっかりと考えたことが。

 彼女がどんな状況でどのように考えるか、俺は考えていただろうか……?

 

 

「グァッ――――!!」

 

 

 突如――身体中に傷を負ったフェンが俺の横に転がってくる。その様子からしてかなり深刻な状況のようだ。

 

 

「くっ……、こいつ強すぎるんだぞっ!!」

 

 

『ゲハハハハッ!! 無力、無力、無力無力無力無力無力ッ!! 絶望的に無力過ぎるッ!!』

 

 

 インセンドが残酷な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらに近づいてくる。

 俺はまだ動くことが出来ない、ウルナは治癒魔法を俺にかけている最中、フェンは重症――これは詰んだか?

 

 

『どうだぁ? 絶望の縁に立たされた気分は』

 

 

「絶望? ふふっ、笑わせないで下さい。私たちはまだ諦めてなんかいませんよ」

 

 

『――ッ!? 貴様……、もう一回言ってみろ』

 

 

「だからまだ諦めてなんかいませんから、絶望するにはまだ早すぎる」

 

 

『ウルナ……、もう――怒ったぞッ!! 殺してやるっ、殺してやるぅっ!!』

 

 

 既にスタンバイされていた、前足の鎌をインセンドは怒りに任せてウルナと俺の頭上に振り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが――

 

「破空連突ッ!!」

 

「袈裟斬りッ!!」

 

「闇斬りぃ! ヒャッハーッ!!」

 

 疾風の如く現れた3人がインセンドが振り落とさんとした鎌に向かって斬りかかり、拮抗させる。

 暫く互いにせめぎ合った後に両者共弾かれ合い、インセンドは衝撃を弱めるため後ろに飛び退いた。

 

 

「うわー、こりゃ気持ち悪いわぁ……」

 

「こりゃ、幾ら士気が上がっている状態とは言え、いざ目の前にすると何故か力が漲って震えちゃうな。怖くは無いんだが……」

 

「カゲヨ、それは武者震いというのよ」

 

 

「ザイル、カゲヨ、アンナッ!!」

 

 眼の前に現れた3人を見上げると俺は何か不思議な温かい感覚に襲われ、身震いする。

 

 だが、それだけではなかった。

 俺がどうして3人がここに来たかを聞くよりも早く、複数の人間が放つ咆哮が耳に響いてきた。

 その数は100人、いや100人どころではなかった。

 少なくとも300人はいるであろう人間の大群が猛々しい叫び声を上げながら驚愕の表情で固まっているインセンドに立ち向かっていたのだ。

 

 

「こ、これは――ッ!?」

 

 

「一人で勝てないなら、皆で戦えばいいのよゼルさんっ!」

 

 

「ウルナさんが無我夢中で撤退しかけていた冒険者達に呼びかけて集めたんですよ、まだゼルファさんが一人で戦っているってね」

 

 

 この数の冒険者をウルナが……?

 全ての事情を理解した瞬間――全身を駆け巡るような喜びと感動に俺は思わず苦笑してしまった。

 ――ここに来たってことはあの蜘蛛軍団も倒したんだろ……? 全くとんだ無茶をしてくれたもんだぜ。

 ウルナの魔法を経て傷を半分ほど回復させた俺が起き上がろうとしたその時だった。

 

 

「あぁッ!! こんな所にいやがったかクソ無職ッ!!」

 

 

「ザーラッ!?」

 

 

 特徴的なドスの効いた低い声に俺は飛び起き、周りを見渡す。すると俺の後ろにザーラが腰に手を当てて怒りを露わにしながら立っていた。

 次の瞬間――ザーラはウルナの治癒魔法によって傷を回復したばかりの俺の胸ぐらを掴んだ。

 

「おい、テメェ!! この街のアイドル、ウルナちゃんを泣かせるとは何様のつもりだぁ!!」

 

「は、はぁ――!?」

 

「事情は聞かせてもらったぞクソ無職ッ! なんかよく分からない石使ってファスタットまで彼女の有無も聞かずにワープさせたらしいなぁ! そんでもって自分の命と引き換えに街を守ろうとか、調子乗ってんじゃねぇ!!」

 

 そして彼からは考えられない程の優しさで俺の胸ぐらを離した後、ザーラは右手でサムズアップし――ひっくり返した。

 

「例え街が守られたとして、テメェが一人で強敵挑んで死なれても誰も喜ばねぇんだよッ!! そこんところ分かってんのかぁ?」

 

「「「そ~だ、そ~だッ!!」」」

 

 ザーラの後ろにいる如何にも悪そうな奴らもサムズアップをひっくり返し、ブーイングを始めた。

 

「……こんな時に何だお前ら」

 

「つまりあれだ、俺はお前に人の強さは職業やユニークスキルで決まるものではないことを教えられた。だから――今度は俺がお前に仲間の定義を教えてやろうと思ってな」

 

 ザーラはブーイングサインを下ろすと再び腰に手を当てていった。

 

「仲間ってのは守るものの事を言うんじゃねぇ、互いに信じあう事のできる関係を言うんだ。互いを信用して初めて真の仲間になれる。ただただ守っているだけじゃそれは仲間とは言わねぇ、そりゃ用心棒のやっていることと全く同じだ。今のお前は一匹狼過ぎるんだよ、もう少し俺達冒険者を頼れってんだ」

 

「ザーラ……、お前いつからそんな良い奴になったんだ?」

 

「元々から善者だバーカァ!!」

 

「「「そ~だ、そ~だッ!!」」」

 

 再びブーイングの嵐が発生するが無視して沢山の冒険者と戦っているインセンドを見やる。

 彼らとインセンドのレベル差は言うまでもなく明らかだ。だがインセンドは冒険者達の勢いに押されて、かなり苦戦していた。

 鎌はタンクと高レベル者が束になって防ぎ、発射される光線は何重にも張られたバリアによって防いでいた。

 もう少し冒険者達を頼れ……か。

 確かに――これならいけるかもしれないッ!

 

 

「皆ぁ!! 聞いてくれぇ!!」

 

 

 俺はインセンドと戦う冒険者達に向かって叫んだ。

 

 

「3分だッ!! 3分、時間を稼いでくれぇ!! そうすれば――、奴を倒せる勝機があるッ!!」

 

 

 今までに無いくらい士気を上げて強大な敵に挑む冒険者達が皆、各々に頷いて、雄叫びを上げた。

 嬉しかった――心の底から燃え上がってくる歓喜が全神経を伝って全身を駆け巡り、奥から無限の力が湧き上がってくるようだった。

 

「聞いたか、皆の者ッ!! 今から3分間、ゼルファを奴の手から守るんだッ!! 今まで一人で戦ってきた彼の勇姿に応えてッ!!」

 

「「「「オオオォォォォッ!!!!」」」」

 

 アンナの掛け声に応えて、冒険者達は咆哮を上げ、各々の武器を構えながらインセンドに立ち向かう。

 

 

 

「頼んだぞッ!! ハアアァァァ――――」

 

 

 

 俺は地面に巨大な魔法陣を描き強制的に『テンション』を溜めるプロセスに入った。



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Chapter2-37 決戦 VS激昂魔将インセンド 後編

『人間如きが調子に乗るなァァ!!』

 

 インセンドの怒りは最高潮に達し、顔の形相は醜悪かつ凶悪な物へと変化していく。

 自分の分体が滅ぼしたと思っていた冒険者達が平然と生き残り今自分を倒そうと立ち向かってきているのが何よりっも許せなかった。

 黒光りする凶悪な鎌を何度も振り回し、斬撃特有の衝撃波を生み出しては500人程の冒険者達を蹴散らそうと試みた。

 しかし――

 

「前衛後退ッ! タンク隊前進ッ! バリア展開ッ!」

 

 鎌が振り下ろされる前のアンナの聡明な指示によってゼルファですらも苦しんだ衝撃波を冒険者達はいともたやすく受け止めた。

 爆風が巻き起こるものの誰一人として傷つくものは出てこない。

 

「今だぁ!! 野郎共ぉ!! ――風神蹴りッ!!」

 

「ヒャッハーッ!! 闇夜破ッ!!」

 

「ハアァァッ!! エビルメテオッ!!」

 

 ザーラ、ザイル、ウルナの3人を始めとした攻撃に特化した前衛が前に出てインセンドに多段攻撃を浴びせる。

 風を斬り裂くような鋭い蹴りから生まれた衝撃波、闇色に光り輝く斬撃をインセンドは両鎌で何とか防ぐ、だが――その後に砲撃された漆黒の炎を纏いし岩石はインセンドの顔面にクリーンヒットし、15メートル以上はある巨体をふっ飛ばした。

 

「ウルナに続けぇ!!」

 

「今の俺達なら出来るぞぉ!!」

 

 ファスタットを守る為、気合と根性と団結力の元、皆が一丸となって突き進む彼、彼女らは最早レベルの概念など適用されていないかのような力を生み出し、インセンドを翻弄した。

 そう、この場で誰一人として気にすることのない効果――だがそれは自然と意識することなく発動して皆のステータスに多大なる補正を施していた。

 

 複数人で発動する技術『共同技術(タッグアーツ)』の上位互換――『超多数共同技術(ロットアーツ)』

 それがこの場にいる全ての冒険者500人によって何の前触れも、打ち合わせもなしに発動して、彼らの力に大きな影響を及ぼしていた。

 それに加えて――フェンリルの加護、ホーリーオーラがまだ持続している。

 

 

 

 今、ファスタットの冒険者と衛兵達は向かう所敵なしの最強の軍隊になっていた。

 

 

 

『グググ――ッ! 小癪なぁ!!』

 

 

 

 インセンドは口から紫色に光る直径数メートルの得体の知れない魔力の塊を吐き出すと遥か空中に向かって投擲――デッドポイズンレインの上位互換、リーサルポイズンレインを発動する。

 

 冒険者達500人の頭上に刺さっただけで死に至る危険がある恐ろしい事この上ない毒針が大量に降り注ぐ。

 だが――その矢先、毒針の雨に向かって空中に飛び出す白髪の少年の姿が見受けられた。

 

 

「オラに任せるんだぞっ! ホーリーアンチアブノーマルッ!!」

 

 

 致死毒の雨に向かってフェンはその神々しい魔法を放つ。

 次の瞬間、空一面に広がっていた毒針は一瞬にして白の輝きを放つ聖水となって皆に降り注いだ。

 そして――聖水の雨を被った冒険者達は毒に侵されるどころか、HPとMP共に回復させ、更に士気を向上させた。

 

『なぜだ? なぜだ!? なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだぁぁッ!!』

 

 インセンドは狂う程に激怒し、誰もがすくみ上がるようなドスの効いた咆哮を空に向かって放ち、荒れ狂う爆風を創り出した。

 眼は既に白い部分が無くなるほどに紅く染まっていて、無数の牙の間から質量を持った思い瘴気が吐き出される。

 

 

『虚無の死鎌ッ!!!』

 

 

 空間を歪曲させる程の渾身の斬撃が冒険者を斬り裂くため右鎌からとんでもない質量を持って放たれた。

 あの斬撃をまともに食らえば、例えステータスが上昇している冒険者だとしてもひとたまりもないだろう。

 

「させる――ガッ!?」

 

「ウオリャアアア――ゴフッ!?」

 

 その斬撃を防ぐためザーラとザイルが右鎌に向けて渾身の一撃を放つ。

 だが――それでも尚インセンドの虚無から生まれた死の斬撃は勢いを殆ど緩めることなく2人の包囲網を突破した。

 

「ハァァ――――……クッ!?」

 

「絶対止めて――グァッ!?」

 

 アンナとカゲヨも止めに掛かるが、その努力も虚しく死の斬撃はあっさり2人を突破した。

 

「ホーリー・テンペラーッ!!」

 

「エビルスピアァ――!!」

 

 フェンの聖なる魔弾とウルナの漆黒の邪槍が4人の命懸けのブロックによって勢いを弱めつつある死の斬撃に衝突。

 凄まじいせめぎ合いが起こり、火花が散りばめられるが――死の斬撃はそれでも尚、2人の魔法を貫通して冒険者達に襲いかかる。

 

 

「皆の者ッ!! 魔法を放てッ!!」

 

 

「オオオォォォォッ!!!」

 

 

 アンナの叫び声に応えるかのように大量かつ多種多様の魔法が生きているかのように空を裂きながら進む死の斬撃に向かって放たれる。

 刹那――巨大な爆発が起こり、死の斬撃と大量の魔法が衝撃波を持って相殺されあった。

 

 インセンドの渾身の斬撃――それは500人が束になってようやく防ぐことが出来るほど強力だった。

 今までインセンドを翻弄していたとは言え、根本的な強さは変わっていないのだ。幾ら人数が増えようとも無謀であることには変わりない。

 だが――そんな状況でも冒険者達は逃げることなく立ち向かった。

 

 

 何としてもゼルファが要求した3分を稼ぐため。

 唯一、一人でインセンドに対抗できた男を助けるため。

 

 

「おいテメェらぁ!! あんな斬撃に気後れしてんじゃねぇぞッ!」

 

 

「皆――残りあと少し、踏ん張るわよッ!!」

 

 

「例えどんな手段を使ってでも――時間を稼ぎますよッ!!」

 

 

 指揮を取る3人の叫び声に励まされつつも冒険者達はインセンドに臆することなく再び立ち上がる。

 

 

『ゲハハ、ゲハハハハハハハハハッ!!! 貴様達人間は絶望的に無力ッ!! 力なき存在なのだよッ!! そんな奴らにこの俺が負けると思うなぁぁ!!』

 

 

 再びインセンドは両前足を頭上に掲げ、正体不明、不可思議、奇々怪々な魔力を凝縮し始めた。

 魔力が放たれる前から空間は歪曲、衝撃波を生み出し、覇気を発した。

 ここにいる者全てが感じたことがない程の強大なオーラが渦巻き始め、物を虚無の中に吸い込むほどの質量を持ち始めた。

 

 そのあまりにも膨大過ぎる力にザーラ、ウルナ、アンナを始めとする全ての冒険者達が各々の武器を構えながら固唾を呑む。

 

 

「ほ、本当に防げるのかよ、こんなの……」

 

 

「いや……、防げるかじゃない、防ぐんだよザーラ」

 

 

「狂戦士の割にはいい事言うじゃねえか、見直したぞ」

 

 

「ファスタットを守るため。いえ、この世界を守るため。あの魔法、絶対に防ぐわよ」

 

 

「もう誰も失いたくないから――ここは何としても持ちこたえて見せる」

 

 

「クウウゥゥ――オラ、段々ワクワクしてきたぞっ。絶対止めてやる、夜狼神の名に掛けて――」

 

 

 

 

 

 

『暗黒虚無の勾玉ァ――――ッ!!!』

 

 

 

 

 

 刹那――インセンドの前足から凝縮されていた黒いエネルギーの塊が目の前の物を全て破壊するべく照射された。

 その威力は先程の『虚無の死鎌』すら比べ物にならない程で、目の前の光を全て飲み込み、皆を深き暗黒へと誘った。

 

 ザーラ、ザイル、カゲヨ、アンナ、ウルナ、フェンが射線上の全ての物を無に還す光線を止めるために前へ踏み込んだ――その時だった。

 

 

 

 

 ザシュッ――

 

 

 

 

 インセンドが放った渾身の光線は何者かの手によって一瞬にして薙ぎ払われ――跡形もなく吹き飛んだ。

 

 

 

「「「「「「はぁ――ッ!?」」」」」」

 

 

 

 6人の呆けた声が聴こえると同時に今までで一番の突風が吹き荒れ――立っていられなくな程の地面を大きく揺るがした。

 爆発に伴って放たれた極光が辺りを照らすと同時に一つの黒い人影を映し出した。

 

 

「よお、待たせたな」

 

 

 金色のオーラを纏い、髪の毛が逆立った最強の無職――ゼルファが何食わぬ顔でそこに立っていた。



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Chapter2-38 覚醒ビーストモード

『ば、馬鹿なっ! 俺の渾身の光線が一瞬で――』

 

 目の前で起きた出来事が信じられず、ただ唖然とするインセンド。

 確かに強い光線だ、『オーバーテンション』を使って全気力を力に変換させた俺でもそれを確実に止める事は出来ないだろう。

 だが――今の俺は違う。

 

「ゼルさんッ!」

 

「ふっ、予想よりも早く済んだからちゃっちゃと参戦しに来たわ」

 

 俺は一旦後ろを向いて自分の為に命懸けで時間を稼いでくれた冒険者達を見渡す。

 そして――、一際大きい声で叫んだ。

 

「皆――ッ! 時間稼いでくれてありがとなぁ!! 助かったぜッ!!」

 

 

「「「「オオオォォォォ――――ッ!!!」」」

 

 

 ヤバい、俺の声に皆が反応してくれてる。

 生まれて初めてだ、こんな大勢の人々の優しさと勇気と熱気に触れたのは……。

 最高だよ――、こんなに最高だって思ったのは21年間の人生で初めてかもしれない。

 ――燃えてきた、心の底から力が煮えたぎってくるのが分かる。熱血パワーで全身が満たされていくのが分かる。

 もう、誰にも負ける気がしない。

 

 

「『超オーバーテンション』――ッ!!」

 

 

 興奮と気合いを溜めに溜めて行き着く先。『オーバーテンション』の最終完成形、また同時に俺が所持するあらゆる身体または能力強化スキルの基盤でもあるスキル。

 遂に第二形態へとたどり着いた俺が過去最凶の敵、インセンドの前に立ちはだかる。

 

 

『な、何なんだこの溢れんばかりの魔力はッ!? あり得んッ! こんな事絶対にあり得んぞぉ!!』

 

 

「あり得ないあり得ない言ってたって目の前の状況は変わりはしないぞ? いい加減、現実見ようぜ」

 

 

『許さん……、許さん許さん許さん許さん許さんぞおおおおおっ!!』

 

 

 インセンドは自分の両前足に悍ましい覇気を纏わせると巨体を揺るがせながら高く飛び上がり黒光りする鎌を大きく振りかぶった。

 その高さ約20メートル――このままただ単に落下してきても負傷者が出そうな重量なのにも関わらず、インセンドは自分の鎌を顔面の前で交差させると高速回転しながら俺に向かって落下してきた。

 

 

『ブラックポイズンマッシャーッ!!』

 

 

 相変わらずセンス皆無の技名だな。

 俺はフッと軽く溜息をつきつつも長剣を上空に掲げた。長剣は蒼く淡い光を放つと途端に眩しい閃光をその剣身に宿らし始めた。

 

 

「七星剣オーガダウン――俺に力を貸してくれ」

 

 

 蒼い閃光が一瞬にして俺を包み込む、しかし何も慌てる必要など無い。

 長剣――七星剣オーガダウンは俺の腕に力を与え、青い色に輝く魔力で想像された小手を出現させた。俺はその魔力変換小手を通じて凄まじいエネルギーを七星剣に送り込み、かつて魔獣の一種であるオーガ族が剣に封じ込めた恐るべき力を開放した。

 

 刹那――インセンドを含めた一部の空間の時が止まった。

 空中で何故か静止するインセンドに冒険者達が驚きの声を上げる中、俺は無造作に七星剣を横に薙ぎ払った。

 

 

「アナザーディメンションフォース」

 

 

 俺がそう呟いた次の瞬間――インセンドの前足は切断され、跡形もなく消し飛ぶ。

 この世界とは別の異次元ベクトルから繰り出される斬撃はインセンドの鎌切断だけに収まったがその代わり、インセンドを空高く飛ばした。

 何が起こったのか分からぬまま宙を舞うインセンド、そして大きな地響きを起こしながら背中から着陸した。

 蜘蛛にとって仰向けにされる行為は絶体絶命のピンチである事は認知している、だから――敢えて前足だけにしてやったのだ。

 

 

『グオアアアアアアッ!! クソッ、クソッ、クソオオオオッ!!』

 

 

「皆、俺に続けぇええええっ!」

 

 

 再び七星剣を高く掲げて高らかに叫んだ後、走り始めた。

 後から多くの冒険者が続いてくるのを見てにやけながらも俺は次なる強化・・・・・の準備に取り掛かる。

 

 

「獣王刀ヒュナプス――俺に力を貸してくれ」

 

 

 七星剣とは相反する紅紫色のオーラを仄かに照射する獣王刀。

 瞬間、紅紫の奔流が全身を包み込み俺を中心として立体魔法陣が形成される。

 紅紫色のオーラに続くように全身は金色の光に包まれた。そして俺は――

 

「なっ、立体魔法陣っ!?」

 

「おいおいゼルファくん、マジかよ。今度は何するつもりなのさ」

 

 後ろから走ってくるザーラとザイルの声を聞きつつも俺は全身にまとわりつく黄金色のオーラを弾き飛ばした。

 

「ハァァアアアアッ!?」

 

「えっ――ぜ、ゼルファさんっ!? ゼルファさんなの!?」

 

「す、凄い……、凄いとしか言えないです」

 

 女子3人組の驚嘆の声を聞きつつも、俺は軽く全身を触って――確かめる。

 耳には例のごとく猫っぽい獣耳が、そして背骨の付け根から生えている細長い黄色と黒の縞々模様の尻尾。

 うむ、どうやら変身成功のようだな。

 

 

「モードチェンジ――覚醒ビーストモード」

 

 

 これぞ、『超オーバーテンション』の状態に更なるステータス補正を加えた俺の第三形態の姿だ。

 

「よお、遅えぞお前ら」

 

「く、クソ無職が……」

 

「ね、猫になっちまった」

 

 ザーラとザイルが走るのすら止めてポカンと口を開けながらそう言った。

 

 

「猫じゃねぇッ!! 虎だよ虎ッ!!」

 

 

「ぜ、ぜ、ゼルファさんっ! 可愛い、可愛すぎますっ!」

 

「――獣人気違いのアンナじゃねぇけど、不覚にも可愛いって思ってしまった……」

 

「ゼルさん……容姿変形技は反則ですっ」

 

「黙れぇッ!! 今はそんな事よりあの人面蜘蛛だろうがッ!!」

 

 今にも起き上がりそうなインセンドを指差しながら俺は言った。

 

「ハッ、私はこんな時に何を――、耳モフりタイムなら戦闘後でも十分にできるというのに」

 

「――やっぱこの人怖いよっ!!」

 

「そ、そんな事より人面蜘蛛でしょっゼルさんっ!!」

 

「あ、あぁ――そうだな。行くぞお前らッ!! 今度こそインセンドをぶっ潰すッ!!」

 

「「「お――ッ!!」」」

 

 そして俺ら7人はほぼ同時に走り始めた。

 この街を脅かす『災厄』――激昂魔将インセンドを倒しこの戦いに終止符を撃つために。

 

 

『クソが……、クソ人間が……。激怒だ、激怒したぞ、もう誰も俺を止めることは出来んッ!!』

 

 

 インセンドが例の如く怒りで表情を歪ませながら突進してきた。

 だが――

 

「風神蹴りッ!!」

 

「無影破斬ッ!!」

 

 ザーラとザイルの攻撃がそれを阻む。

 本来なら力負けするはずの2人だが皆の力が合わさった『超多数共同技術(ロットアーツ)』が発動している今、彼ら1人の攻撃はレベル300の者が放つ攻撃に匹敵している。

 

『グオオオオッ!?』

 

「行けぇ、テメェ達ッ! ザーラ軍団の恐ろしさを思い知らせてやれぇッ!!」

 

「「「へぇいッ!!」」」

 

 街の問題児の集団――ザーラ軍団が各々に武器を構えながら怯んだインセンドに襲いかかる。

 彼らは特に強い力を持っているわけではない、だがその人数の量からして今のインセンドにとっては十分驚異的な存在となっていた。

 

「アンナッ、今こそあれを使うよッ!!」

 

「ええ、良いわよカゲヨ」

 

 ザーラ軍団の横から飛び出してきた女侍と衛兵団長は息ピッタリのコンビネーションでインセンドを正面から十字形に斬りつける。

 

「「ソードクロスッ!!」」

 

 2人の『共同技術(タッグアーツ)』が炸裂、そしてそれに便乗するかのように俺はザーラ軍団を飛び越えてインセンドの下に入り込む。

 

 

「断罪の雷――コンビクションサンダーッ!」

 

 

 七星剣と獣王刀を同時に振り上げ、地獄から引き寄せた雷をインセンドの腹部に直撃させる。

 瞬間――インセンドの腹部をあっさりと貫通し、白い稲妻が奴の全身を駆け巡った。

 蜘蛛の口から吐き出された凄まじい悲鳴を適当に流しながら俺は次の者に場を譲る。

 ――まあ、次誰が来るかわ大体分かっているけどね。

 

 俺は崖の上を眺めながら言った。

 先程からいなかった奴がそこに立っている。

 

 

「オラの渾身の一撃――カオスより生成されしホーリーライトッ、暗黒と深き闇を消し去るこの――神獣の裁きを受けるが良いッ!!」

 

 

 フェンは崖から飛び降りると空中で聖獣フェンリルの元の姿に変身、身体を丸めて縦に高速回転し始めた。

 それは白狼の剛毛な体毛とこの世界では誰にも負けない神速から生まれる自然のカッター。

 名付けて――フェンリルカッター。

 

 

『調子に――乗るなぁぁああああッ!!』

 

 

 胴体から再び前足を出現させたインセンドは直ぐ様身を翻し、崖の上から飛び降りてきたフェンリルを両鎌で受け止める。

 しかしその隙が――新たなる攻撃チャンスとなってしまった。

 

「行くぞ、ウルナッ!」

 

「はいっ!」

 

 俺は彼女の肯定の意を聞いた後、微笑を浮かべながら腰を低く落とした。

 直後、その場にいる全ての者を仰け反らせ、吹っ飛ばさせる程の風圧を生み出す程の力で地を蹴り、垂直方向に高く飛び上がった。

 その速度は人間が出せるであろうスピードを遥かに超え、大気も地面も魔素も、何もかもを揺るがすほどの衝撃波を放った。

 

 

「ハアアァァァッ!!! 頼みましたよっ、ゼルさんッ!!!」

 

 

 今までのとは比べ物にならない程の大きさの漆黒の魔弾を生み出したウルナはそれを虚空を舞う俺に向かって投擲――弾丸の如く彼女の手から撃ち出された。

 

 

「いよっしゃあっ!! 燃えてきたぜえええええッ!!」

 

 

 俺は虚空で身体を半回転させ、地上から放たれた漆黒の魔弾に向かって落下し始める。

 そして伝説の魔剣本来の力を開放した双剣でその漆黒の魔弾を貫く。

 

 双剣に――凄まじい威力とエネルギーを秘めた邪魔法が纏わり付き、唸りを上げて暴れまわっていた。

 

 

 

『グオアアアアアアッ!! この俺が、俺が、卑しき人間なのに負けるわけがねぇえええええッ!!!』

 

 

 

 フェンリルのカッターを最後の力で押し退けたインセンドは空中から落下してくる俺に向かってあの自称虚無から生まれた光線を放った。

 尋常ではないほど太い光線は不協和音を奏でながら上空に放たれ、今まさに俺を飲み込もうとしていた。

 

 

「ゼルさんっ、行っけえええええッ!!」

 

 

「見せてやるッ!! これが俺とウルナの『共同技術(タッグアーツ)』――『グランドエビルクロス』だッ!!」

 

 

 虚無の光線が俺を包み込んだ刹那――信じられないほどの邪悪なエネルギーが炸裂し、放たれし光線を破壊しながらも虚無から生まれた暗闇の中を突き進んだ。

 そして遂に――その双剣はインセンドの鎌に衝突する。

 

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! なぜだ、なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだぁぁぁあああああッ!! なぜ貴様らの様な卑しき人間に、無力な人間にぃぃいいいいいいッ!!!』

 

 

「簡単な話じゃねぇか、お前が俺達に劣った理由は――」

 

 

 邪魔法を纏った七星剣、獣王刀が巨大なインセンドの身体を紙を裂くかのように一瞬で一刀両断した。

 音速を超え、破壊の力を得た双剣の切っ先から世界を斬り裂く真空の衝撃波が生み出され、インセンドをものの一瞬で爆散させた。

 そしてその衝撃波と共に空中に投げ出された俺は軽く身体を回転させた後、静かに着地する。

 

 

「――頼れる仲間がいなかったからだ」



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Chapter2-39 勝利の祭

「勝った……のか?」

 

 インセンド爆散の余波がまだ静まらない内に聞こえたザーラの一言。

 俺はフッとため息をつき『オーバーテンション』を解除すると静かに剣を鞘に収めた。

 ようやく終わったのだ、恐らく世界最凶だったであろう人面蜘蛛との戦いが……今ファスタットの勝利という結果で幕を閉じたのだ。

 

「ああ、俺達の勝ちだな」

 

「――よっしゃああああああああっ!! 勝ったぞ、テメェらぁ!!」

 

「「「うおおおおおおおおっ!!!」」」

 

 至る所から冒険者、衛兵の歓声が聞こえてきた。

 俺達は遂に勝ったのだ。あのインセンドという悪魔に。

 心の底から喜びと燃え上がる気持ちが湧き出てきて『オーバーテンション』を解除したというのに俺は今までで一番熱くなっていた。

 全くとんでもない相手だったな、『超オーバーテンション』使わないと勝てない相手とかちょっとやり過ぎはしないか?

 だが、いい勉強になった。今度から敵と戦う時は予め『テンション』を溜めた状態で挑むとしよう。うん、そうしよう。

 ……って戦いの考察なんかどうでもいいか、今は――

 

「やったぁ――ッ! ゼルさんが勝ったぁ――ッ!」

 

「ああっ! やってやった――うぉっ!?」

 

 後ろを振り返った瞬間、ウルナに抱きつかれた俺は思わず驚きの声を上げてしまう。

 

「やった……、勝ったんだねっ! ゼルさんっ!」

 

「ちょっ、お前なあっ!! というか何でさも自分がやったかのように喜んでんだよ、この野郎っ!」

 

「アハハハッ!! だって、ゼルさんが勝ったんだもんっ!!」

 

 最高の笑顔を浮かべながら俺の顔を上目遣いで見ているウルナ、そんな彼女を見て俺はニカッと笑った。

 ――インセンドの戦いで俺が再度立ち上がって前を向けたのも、最後の渾身の一撃も全て彼女の力あってこその結果だ。

 それに……、皆が3分間時間を稼いでくれなければ俺は勝てなかった。

 だからこの勝利は、戦いに参加したファスタットの冒険者、衛兵全員で勝ち取ったものだ。

 皆で協力して得た勝利――これ以上に清々しく爽快で気持ちのよい物はないだろう。

 

「オラも混ぜて欲しいんだぞっ!」

 

「はぁ!? ちょっ、お前何して――」

 

 人間の姿となったフェンが俺の背中に飛び乗ってきて一瞬呼吸が止まる。

 だが――それだけで、この喜びの嵐は終わらなかった。

 

「さあさあテメェら、この街を命懸けで救ったクソ無職を胴上げするぞッ!!」

 

「「「へっへっへっ、待ってましたぁ!」」」

 

「えっ、ちょっと待て待て待てっ! 何する気だっ!!」

 

「あぁ? 勝った祝いに胴上げするって言ってんだよッ! クソ無職ゼルファ、覚悟しやがれッ!」

 

「オラも手伝うぞっ!」

 

「おいっ、ザーラっ! フェンっ! 止めろって!」

 

 しかし、抵抗する間もなく俺はザーラ軍団達に担がれると空高く胴上げされた。

 ――生まれて初めての感覚。胴上げされる喜びと下から聞こえる「わっしょい、わっしょい」の掛け声をしっかりと噛みしめる。

 もう既に明るくなりかけている空、それはまさしく闇を照らす光で俺らの勝利を祝っているかのように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 《Point of view : Anna》

 

「ようやく肩の荷が降りた感じね……」

 

「ああ、そうだな」

 

 ザーラ軍団を中心として皆に胴上げされているゼルファを眺めながら私とカゲヨは言った。

 いつの間にか人間の姿となった神獣フェンリル――フェンと呼ばれている――やウルナ、そして一番関係ないであろうザイルまで胴上げされている始末だ。

 それは丸でこれからファスタットの街で始まるであろう宴と馬鹿騒ぎの開始の合図のようだった。

 

 私も皆と同じでとても嬉しかった……、だがここで衛兵団長が馬鹿騒ぎするのは何だか場に合わないような気がする。

 そんなこんなで私は10分前から行われているこの謎極まりない胴上げ祭りを傍から見ていた。

 

「実を言うとアタシ、あの人面蜘蛛と対峙した瞬間に諦めかけちゃったんだよな。あんな悍ましい奴に勝てるわけがないって――」

 

「そうね……、推奨レベル不明。こんな敵は恐らく世界でも初めてよ」

 

「でも――まさか勝っちまうとはねぇ、やっぱりゼルファは化け物だわ」

 

「ふふっ、彼の化け物っぷりは今に始まったことじゃないでしょ? それに――彼があそこまで苦戦する事に衝撃を受けたわ、あの顔面土砂物の赤黒カマキリに」

 

「カマキリ――クッ、アハハハッ!! だよな、アイツ蜘蛛というよりもカマキリだもんなッ!」

 

 既にいなくなった敵に対してシレッと悪口をすらすらならべる私に対してカゲヨは大笑いしていた。

 私の悪口癖は我ながら相変わらずだ、特に今回のようないつも以上に緊張や恐怖などでストレスが溜まるような敵に対しては容赦するつもりはない。

 本来ならここでストレス発散がてら悪口大会を開くのだが――それ以前に私はある事にとてつもなく惹かれていた。

 

「……それよりも早くモフりたい」

 

「アハハハ――――ハァッ?」

 

「今私はかつてない程にゼルファさんの獣耳を触りたい衝動に駆られています。ああ……、触りたい、今すぐにでも触りたい、触れなかったら死ねる」

 

 私はゼルファを見ながら今にも昇天しそうな幸福顔で手を組みつつ空に向かって祈った。

 何を祈っているかは、最早言うまでもない。何故なら私はこの街、屈指の獣人好きであり動物や魔獣をモフるのが大好きなモフリストであるからだ。

 カゲヨからは獣人キチガイやら獣人フェチやらと呼ばれているが別にそんな事はない、ただ純粋に獣人が好きなのだ。特にあの耳は溜まらない……っ!

 最近は亜人を奴隷にする街や国が増えてきているが、無論私はそれに対して強い反発心を抱いている。

 何故あんなに可愛い人達が奴隷にされなければいけないのだろうか、頭がどうかしているのではないだろうか? 魔族と少し関わりがあるというだけで大袈裟過ぎると思う。

 

「あぁ――、ゼルファの事だし何度か本気で頼み込めば触らしてくれるんじゃねぇか? ……というかゼルファの奴いつまで獣人でいるつもりなんだ?」

 

「願わくば一生あのままで」

 

「……そりゃねぇと思うけどな」

 

「確かにそりゃねぇと俺も思うな」

 

「そうだな……、ん? ザーラっ!?」

 

 突如隣に腕を組みながら現れたザーラにカゲヨは驚嘆する。

 

「さて――カゲヨ、アンナ。テメェらも胴上げだが覚悟できてるだろうなぁ?」

 

 ザーラは不敵に笑いながらそう言った。

 これは――チャンスッ!!

 

「いいでしょう、では出来れば獣人ゼルファさんの隣で」

 

「あ、アンナ……、アンタねぇ」

 

 ……一体何が悪いというの、獣人好きとして当たり前のことでしょう?

 

「……というか、ザーラ。あ、アタシもなのか?」

 

「当たり前だろ? さあ我がザーラ軍団ッ! カゲヨとアンナを連行したまえッ!」

 

「「「うっすッ!!」」」

 

「ちょっ、はぁ!? 待て待て、おーいっ!!」

 

 こうして私とカゲヨも抵抗する間もなくあっさりとザーラ軍団によって胴上げ祭りに強制参加させられる事となった。



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Extra Chapter3 師匠との出会いと禁忌の図書室

 故郷の街が魔族に襲撃され、その街が地図から消えた日。

 俺は生きる事を諦めて樹海へと足を踏み入れ、目論見通り魔獣に襲われて意識を失った。

 

 だがその翌日――俺は一人見知らぬベッドの上で目を覚ました。

 自分が生きていることに驚きを感じつつも俺は辺りをキョロキョロと見回す。

 こじんまりとした家だったが何故かただならぬ雰囲気を醸し出していた、だかそれとは対称的に心を安らがせてくれるような暖かく包み込む優しさも感じ取れる。

 自分の身体には昨日、魔獣や魔族に襲われて出来たと思われる軽傷が幾つか残っていた。しかし、それ以外の重度な傷は全て治っている。

 一体誰が俺なんかを助けたんだ……? その時の俺はそう思った。

 

「目を覚ましたか、坊主」

 

 ふと声のした方を向くとそこにはかなりガッシリとした体つきの男がタバコを咥えながら座っていた。見た目からして40年代半ばぐらいで体躯から分かるように相当な実力者だと俺は直ぐ様感じ取った。

 

「……おじさん、ここは?」

 

「会ってそうそうおじさん扱いか……。まあ、それぐらいの見た目ってこったな、仕方ねえ。坊主、ここはおじさんの家だ」

 

「おじさんの家……?」

 

「ああ、樹海『魔獣の巣』の中にひっそりと立っているおじさんの家だ」

 

 その男は自慢げにそう言った。

 当時の俺は信じられなかった、まさかこんな樹海の中で生きている人がいるなんて……。だが――窓の外から見渡せる木々の数々はここが樹海である事をしっかりと証明していた。

 

「で、坊主名前は?」

 

「……ゼルファ」

 

「ゼルファ・ガイアールだな?」

 

「……何で知っているの?」

 

「鑑定魔法は既に使ったさ、一応念の為呼び名が変わっていないか確認したまでだ」

 

 俺はその男から目を逸らして俯いた。

 本来であれば名字は名乗りたくなかった、知られたくなかった。

 そう、あれを家族だと俺は認めたくなかったからだ。ゴミでも捨てるかのように自分を見捨てた親を――

 

「じゃあもう一つ聞くぜ? 坊主はどうしてこんな足を踏み入れる事すら恐れられている樹海に来たんだ? 流石に知ってるよな、この樹海の噂は」

 

「……その樹海に住んでいるおじさんの方がよっぽど不思議だよ」

 

「う、まぁそれは置いておくとして――、差し支えなければ答えてくれるかな?」

 

「……うん」

 

 本来なら話したくなかった、だがこの人なら話してもいい気がしたのだ。

 俺は今まで何があったかを全て話した、無職無能の事も、魔族の少女の事も。

 その男は俺の話を静かに聞いてくれた。それだけでも俺の心は自然と安らぎ、不思議と涙が流れた。

 

「そっか、坊主……。そりゃ辛かったろうな」

 

 その男は俺の頭を優しく撫でてくれた。

 今まで人に撫でられた経験が殆どなかった俺はこの時初めて本当の愛情というものを理解した、様な気がした。

 そう、今まで蔑まされてきた分、その男が優しく接してくれた事がとても嬉しかった。

 

「だったら坊主、これから死ぬ気でこの樹海で強くなっていかねぇか?」

 

「えっ……?」

 

「見返したいんだろ? 坊主を無職無能って笑ったやつを、だったら努力あるのみだ。幸いこの家には食材やポーションからあらゆる武器、防具まで基本全て揃っている。だが、その代わりこの樹海で生きるにはそれ相応のサバイバル力が必要だ。無論死にかけることだって何度もあるだろう。どうだ? こんな樹海で生きていく覚悟が坊主にはあるか?」

 

「…………」

 

「無理にとは言わんぞ、その時は近くの街まで送ってやろう」

 

 俺は考えた。これはひょっとしたらとても素晴らしいチャンスなのではないかと。

 強くなりたい、強くならなければならない。

 俺は恨んでいた、自分の弱さを、臆病さを、無力さを――そのせいで俺の大切な人は死んでしまったのだから。

 

「強く……なりたい――ッ!!」

 

「よく言った!! ならば明日から剣術から体術、魔法なにやらまで叩き込んでやる。おっと無職だからって心配するこたぁねぇ、無職だって努力すりゃあ武器だって極められるし魔法だって使える。寧ろ、この世界努力していない人が多すぎているだけだ」

 

 そしてその男は俺の頭をなでて言った。

 

「――改めてここで修行するか? ゼルファ」

 

「は、はい……ッ! お願いします、師匠ッ!!」

 

「ハッハッハ!! こいつは鍛えがいありそうだな、よしまずは俺についてこいッ!」

 

 そう言って師匠は1階への階段を降りていった。俺は師匠の後ろをおっかなびっくり付いていく。

 見たこともない素材から出来ているこの家は本当に興味深い事この上なかった、一体どうしたらこんな家が出来るのかもいつか知りたい。当時の俺はそんな事を思っていた。

 

 師匠は1階に降りた後に一見何もない様に見える壁に手を当てて合言葉らしきものを言った、するとその壁が動き、なんと地下への階段が姿を現す。

 

「……弟子になった祝いだ、いいもの見せてやる」

 

 師匠はそう言って階段を下っていく。

 怪訝に思いながらも師匠に付いていくと――そこにはあり得ない光景が広がっていた。

 

 

 

 螺旋階段を降りていくと途中から視界が広がった。

 周りには無数の本が円形になるように並べられていて、その螺旋階段を囲うかのように出来た直径10メートル以上は有りそうな円形の本棚は高さ40メートル以上はある。

 その10メートル毎に足場が付けられていて本を取りやすくしているのが見てわかった。

 

 

 

「す、凄い……、なにここ?」

 

「本来なら誰にも見せちゃいけねぇ場所だが、弟子の坊主は特別だ。――ここは『封印されし禁忌の図書室(アナザータブーライブラリー)』。過去から現在までの世界のあらゆる本がここに収められている」

 

「こ、こんな数一体どこから……?」

 

「新しい本ができればここの本も増えるという禁忌の魔法を使った仕組みだ。この図書館に無いものはない、故に物凄く広いのだ。因みにこの場所だって図書室の一部に過ぎん、地下には無限に本が広がっている」

 

「う、嘘でしょ……。凄い、凄すぎるよ、師匠ッ!」

 

「ハッハッハッ!! 今から坊主にでも読めそうな本や、魔術書がしまってある場所に案内してやろう。無論、ここの本はいつでも幾らでも読んでいいからな。ロックされている場所は除くが」

 

 俺は歓喜で心が満たされていた。

 こう見えても俺は大の本好き、よってこんな図書室を見て興奮しないわけがない。

 その後、俺は師匠に案内されて『封印されし禁忌の図書室』を巡った。

 恐ろしく広い場所だったが何とか地図を頭のなかに記憶する。

 因みに師匠がこれは面白いと勧めた本はライトノベルという小さな小説本だったが当時の俺には全く内容はわからなかった。

 このライトノベルという類の本に俺がハマったのは当時から数年後のことである。

 

 

「よし、ではあらかた図書室も紹介し終わったし。そろそろ特訓始めるか。ゼルファ、これから俺の技術やこの無限の本を利用して最強を目指すんだ。無職の限界を打ち破る挑戦をしようではないかっ!」

 

「はい、師匠っ!!」

 

 

 こうして俺の最強を目指した樹海での生活が始まったのであった。



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