死神狩猟生活日記〜日々是狩猟也〜 (ゾディス)
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ある日の鎌使いの日常

 ヒュンッという風切り音とともに、風が私の髪をわずかに揺らす。閉じていた目を開けると、そこに恐ろしいモンスターの姿はなく、1人の狩人の姿が映っていた。

 

 その人は振り向き、へたり込む私に手を差し出すと、「大丈夫?」と、声をかける。驚いたことに、かけられたのは女性の声で、目深に被ったフードの中からのぞくアメジスト色の瞳が特徴的だった。

 コクリと頷き、その手を取る。少しばかりひんやりとしたその手は、背中の得物()を握り続けてきたからか女の人の手にしては少しゴツゴツとしていて、それがかえって力強さを感じさせた。

 

 私を力強く引っ張って立たせると、さっと私の体を見て、大きな怪我がないことを確認し、BC(ベースキャンプ)のある方角を示して、彼女の知り合いへの言付けとともに私を送り出した。

 

 歩きだした直後、少しだけ気になって後ろを振り向く。しかし、すでにその狩人の姿はなく、次の獲物を仕留めるために走り出した影が見えた。

 

 

 私は前に向き直り、BCへの道を走り始めた。

 

 家に帰ったら、まずは筋トレでもしてみよう。木刀があるなら素振りをしてもいい。そんなことを考える。今この瞬間、私が初めて抱いた夢を大切にしたかった。

 いつか大きくなって、あの人くらい鎌を上手く扱えるようになったら、あの人に私の鎌さばきを見せたい。そして、胸を張ってこう言うのだ。

 

「あなたに憧れて、あなたにもう一度会いたくて、ここまでやってきました」と。

 

 私がこの世界に入ったきっかけ。

 今の武器を手に取ることになるきっかけになったあの日。

 その思い出は、いつまでも私の宝物だ。

 

 

 ◇◇◇

 

 大きな橙色の体。四肢をひくつかせ、()()()()()()()()()頭部からは血がドクドクと流れ出ている。少しして、体を支える力を完全に失ったドスイーオスの倒れた音が洞窟内に響き渡った。

 取り巻きのイーオスたちは、最初はボスを殺した私を激しく威嚇していたけれど、やがて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 

「……ふぅ」

 

 その様子を見て、私は小さく溜息をついた。同時にやってくる、とてつもない疲労感。

 どさりとその場に腰を下ろす。張り詰めた気が一気に緩んだせいか膝が笑ってしまっているけれど、そのことが逆に今回も無事に目的を果たすことができたと実感させてくれた。

 

 最近、沼地を根城とする大型のモンスターが狩猟され、イーオスたちを脅かす存在がいなくなったことが、この依頼の発端だった。大型モンスターが不在になったことで、抑制されていたイーオスが一気に増えた。さらにはドスイーオスまでもが現れ、近隣の村や商人への被害が予想されたのだ。

 クエストを受注した私は、迷わずドスイーオスに狙いを定めた。

 

 

 ドスイーオスの統率力は近縁種のランポスやゲネポス種の首領(ボス)のそれを大きく上回る。優秀な指示役の元、彼らは的確に、狡猾に獲物を仕留めにかかる。

 しかしドスイーオスを多大に信頼するあまり、ボスを失った途端に彼らの統制は一瞬で崩壊、他の二種と比べて酷く臆病になる傾向にある。生まれてからドスイーオスに遭遇したことのない野良イーオスは別だろうが、一度群れに加われば必ずと言って良いほどその傾向が現れる。

 故に、イーオスの大きすぎる群れを駆除したいならば、まずはドスイーオスを狙うべし。

 

 

 と、いつぞやの『狩りに生きる』に書いてあったからそうしただけなのだけれど。

 あの記事を書いたのは高名な鳥竜種研究の学者サマだったはずだから、多分間違いはないだろう。事実、ドスイーオスを失ったイーオスたちはかなり混乱したようだったし。

 やがてあの群れは自然崩壊するだろう。そうなれば、沼地近くの人たちも沼地付近での活動を再開できるようになるはずだ。クエストの目的は十二分に達成されたとみて間違いないはず。

 

 そんなことを考えていた時、

 

「フェイー! 気付け薬ポーチに入れるのを忘れるんじゃないニャー!」

 

 洞窟の入り口の方からペタペタという音とともに私を呼ぶ高い声が聞こえてきた。その声を聞いて、私は無意識に苦笑を浮かべるのを感じ取った。彼に注意されるのはもう何回目だろうか。

 

「ごめんごめん。ありがと、シルヴィ」

「全く。何度言っても忘れるんだからニャ……はい、元気ドリンコ」

 

 白というよりは銀に近い毛が特徴のこの(アイルー)の名はシルヴィ。私の狩りを時に落とし罠や閃光爆弾でサポートしてくれる頼れる相棒だ。

 シルヴィは呆れ顔を隠そうともせず、私への小言を続けた。

 

「フェイの狩りは他のハンターさんの何倍も神経キリキリになるやり方なんだから、もっと気をつけなきゃダメって何回も言ってるニャ。フィールドには他にもモンスターがいるんだから……」

「分かってる分かってる。だけど、シルヴィがしっかりしてくれるから、こうやって忘れ物しちゃうんだよ」

「……フン」

 

 シルヴィの小言にちょっとだけ誇張した本音で返してやると、シルヴィは照れたのかそっぽを向いて黙ってしまう。してやったりとばかりにニヤニヤしながら元気ドリンコを一息に飲み干す。まぁ嘘はついてないし、本当に感謝してる。

 

 

 シルヴィの言った通り、私の狩りはちょっと普通じゃない。普通じゃないというのは密漁とかそういう意味ではなくて、その狩猟方法にある。

 

 一言で表すなら()()()()、あるいは()()。普通の狩りとは真反対の、まさしく異端。

 一瞬で仕留められるけれど、その代わりと言うべきか、緊張感は普通のそれとは比べ物にならない。何しろ、気配すら勘付かれてはいけないやり方なのだ。息を殺し、気配を消し、自分がいないかのような状態を仕留めるその時まで保たなくてはならない。仕留めた後は後で、張り詰めた気が一気に緩むせいで立つこともおぼつかないほど。

 

 故に、私は気付け薬代わりに元気ドリンコを携帯するようにしている……のだけれど、シルヴィがいるからついつい忘れてしまう、というのがどうも彼の機嫌を損ねているらしい、というか損ねている。

 

「神経キリキリ」になる理由はもう一つあるのだけれど、そっちは正直知られたくない。知り合いにつけられた異名(あだな)とあまりにも合わなくて、よくからかわれるのだ。

 

 ようやくちゃんと歩ける程度まで回復した私は、ドスイーオスの亡骸から何回か素材を剥ぎ取る。

 あとはギルドの人が処理をして、ある程度の素材が市場へと流通するだろう。素材は取り過ぎないようにし、自然へと還すのがモンスターへのせめてもの礼儀というもの。そして、剥ぎ取った素材を人のために役立たせるのが命を奪う仕事に関わる人の義務であるとも思う。

 最後にドスイーオスの亡骸にそっと手を合わせてから、私はやって来たギルドの迎えの方へと歩きだした。

 

 

 ◇◇◇

 

「今回のクエストの契約金300ゼニーの倍額 600ゼニーと、報酬の4800ゼニー、そして使用したネコタクの代金3200ゼニーを引いて、合計2200ゼニーになります。素材はいつも通り後ほど。……まぁたやっちゃったね、フェイ?」

「……うっさい」

 

 顔なじみで友達かつギルドガールのセラのニヤつく顔に、私は小さく言い返した。

 普段なら多くのハンターがクエストからギルドに帰ってきたり、逆にこれからクエストに出かけようとするハンターが賑わっているギルドだけど、今の時間はたまたま人がほとんどいなかった。少しやかましいくらいの方がクエストの失敗とかをすぐに忘れさせてくれるから今日とかはその方が良かったのだけど、私がクエストで何かしら失敗する日は大体人が少ない。もっとも、人が多い日でもシルヴィに水さされて気が沈むのが恒例。

 そのシルヴィはといえば、今日は先に帰って寝ると言っていた。彼は健康優良児なので、夜遅くまで起きていることは少ない。

 彼の不在、すなわちブレーキ係も不在。ブレスワインでも黄金芋酒でも飲んで、食えるだけ食ってやる。なんて、そんなことを考えつつギルドの食事エリアへと向かうと、見覚えのある男がテーブルに突っ伏していた。

 

「何してるのよ、グレイ」

「ん……? あぁ、フェイか……いやさ、ギルドの事務処理きつくて……」

 

 赤い騎士風の服に身を包んだこの男はグレイ。最近まで同じ狩人仲間だったはずなんだけど、いつの間にかギルドの事務処理係になっていた。別に体力がないとか筋力が足りないとかではなかった、というか普通のハンターと比較しても腕は確かな方だと思っていたのだけど。本人曰く「狩りに縛られるのが嫌」なのだとか。つくづく変な男。

 当の変な男は、毎朝めちゃくちゃやる気を出して職務に励んでいるのだが、夜になると大概ギルドに併設された食堂で酔いつぶれている。マダオにしか見えない。

 

「昼間に妙な仕事が入っちゃったのよ。キングロブスタを大量に密輸したとか何とか」

 

 そんなマダオを見下ろしていると、仕事が終わったのか私服に着替えたセラもやってきた。状況が掴めないから、それっぽいことを聞いてみる。

 

 

「ガノトトスか何か釣ろうとしたの……?」

「さぁ? ま、そんなこんなで取り調べやら購入先の調査やら。余計な仕事やらされたんだから、こっちもたまったもんじゃなかったわよ」

 

 そう言いながら腰を下ろすと、セラはブレスワインをオーダーして頬杖をついてため息を吐き出した。

 何も頼んでいなかったことを思い出した私は、同じくブレスワインと、シナトビウオの落花生衣揚げをオーダー。食べるだけ食べるとは言ったけど、もう夜遅いし。私も女だし、当然カロリーは気にする。

 そもそも夜に食べなきゃいいってツッコミはご法度。

 

「まーまー。とりあえず飲もう? 飲んで忘れよ?」

「誰かさんのネコタク利用とかもこっちが処理してるんだからね?」

 

 労ったはずなのに嫌味が返ってきた。悲しい。

 運ばれてきたブレスワインと衣揚げに手を伸ばしながら、私は小さくため息をついた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 まさか2時間も愚痴に付き合わされるとか誰がわかるのだろう。

 目の前に広がる地獄絵図に、私はもう呆然とするしかなかった。

 

「だいたいさー、エビごときで釣られるとかガノトトスもラギアクルスもアホよねー! ガノトトスはエビとか食べそうだけど、ラギアクルスなんてあだ名に〈大海の王〉とかあるのに、あんなちっこいエビ食べるのよ? 大海の王とか、なにそれウケるんですけどアハハハハ!」

「ほら、ラギアクルスの食べた大型魚類のエサがキングロブスタだったのかもしれないし……」

「あ、そっかぁハハハハ!」

 

 ご覧の通り、セラは笑い上戸。昼間のキングロブスタ事件で愚痴を垂れ続けるとは思ってなかった。しかも同じ内容しか言わないし。途中から笑い上戸になったけど、相槌打ったりするのに飽きた私は悪くない。

 笑い続けるセラから目をそらしたと思えば今度は泣き上戸のグレイが目に入る。

 

「だからあの先輩は嫌いなんだ……、自分の面白そうな仕事しかしないくせに、いざめんどくさくなると全部俺に丸投げ。一回文句言ってみたけど『お前さんならできるできる!』とか言ってはぐらかして……。お偉いさんからもいい加減落ち着けって言われてるのに、あちこち遊びに行って……それに憧れたから先輩の言うことを信じてこの職場入ったのに、いざ入ってみれば全然自由なんてないし、先輩は仕事しないし……なぁ、聞いてる?」

「はいはい、聞いてる聞いてる……」

 

 彼をこの業界にスカウトした先輩は、何というか自由の象徴のような人だ。キャラバンを設立して各地を旅して回ると同時に、その他の環境調査をしているのだとか。まぁその仕事はもっぱら放り出しているようだけど。一度会ったことはあるけれど、気持ちのいい人だ。仕事はサボることを考えなければ。

 酒が入るとこの二人はめんどくさい。仕事帰りの疲労もあって、思わずため息が漏れた。

 

「そういや、フェイも昼間の忙しさに拍車かけてるのよねー」

「わ、私は悪気があったわけじゃ……それに、ネコタク使用料は一応契約金に含まれてるわけだし……」

 

 ため息を聞かれたのか、セラの愚痴の矛先がエビから私に変わる。というか、ネコタク云々を言っているのなら、そっちは仕事の内容なんだから文句は勘弁してほしい。私も悪いのは事実だけど。

 とか思っていたら、グレイの愚痴まで私に向き始めた。

 

「そうは言うけど、ネコタク使わせてもらうのも大変なんだぜ……わざわざフィールドまで行って、野良アイルーにわざわざ頼むんだから」

「そ、そうなの?」

「そーよー。しかも、モンスターのいるところに突っ込んで行くわけだから、保険料とかも意外とかかってます。契約金? 足りない足りない、もっと持ってこいっての、アッハハ!」

 

 思わぬ事実に動揺する私をセラが追い討ち。知らないところで妙に世話かけていたようで、どんどん私の立つ瀬がなくなってきた。

 そんな私を見て、セラがニヤリと笑うのが見える。嫌な予感しかしない。

 

「あー、こうなったらフェイにも働いてもらわないと気が済まないなー」

「……働くってなにを?」

「あんたはハンターなんだから、やることと言ったらクエストに決まってるじゃなーい。大丈夫? 酔っちゃった?」

「目の前で酔っ払ってるアンタよりは酔ってないわ。水ぶっかけてやろうか」

 

 ちょっとイラっとしてしまって暴言が出た。でも、私、頑張ったよね、よく耐えたよね……?

 もっとも、セラには全く効いてないらしく、足元のバックからゴソゴソと何かを取り出そうとしていた。

 

「めんどくさい依頼入っちゃってさー、でもフェイならできるでしょ?」

「依頼内容にもよるよ……てか、私受けるなんて言ってないんだけど」

「……ネコタク」

「分かったわよ、受ければいいんでしょ!?」

 

 グレイがボソッと呟いた一言に、私はヤケクソ気味に叫んだ。もう知ったこっちゃない。

 

「んじゃこれね。ヨロシク〜♪」

 

 差し出された依頼用紙を見て、頭を抱えることになったのだけれど。

 

 ◇◇◇

 

「朝帰りとは良い度胸だニャ」

「私のせいじゃない……」

 

 帰ってくるなりベッドに倒れこんだ私に、シルヴィから呆れた声がかけられた。

 

 結局受注させられた私は、知り合いの加工屋まで行って武具の整備を頼んできた。狩猟対象のモンスターは大したことないモンスターと言っても過言ではないのだけれど、私の場合、念には念を入れておかないといけない。

 

 うつ伏せになりながら、依頼書を差し出し、私はシルヴィに告げた。

 

「4日後、雪山に行きます」

「ニャ?」

「クエストです」

 

 その依頼主は──

 

「ニャ……あの第三王女……」

「とんでもないクエ受けちゃった……」

 

 無茶、横暴、ワガママの権化。それがこの国の第三王女だ。その依頼は大抵ロクなものじゃなく、受けたがる人もいない。

 

「フェイって定期的にバカになるニャ」

「私悪く無いもん……」

 

 なのに引き受けざるを得なかった理由はもう一つある。

 

「アガり症の『死神』ってバラすってセラが……!」

「あー……セラらしいニャ」

 

 実際の私は極度のあがり症で、クエストでネコタクにお世話になる理由はだいたいこれにある。

 そんなザマからセラがつけたあだ名こそ「あがり症の死神」。これが最近広まりつつあって、ギルドの中では度々笑い話に取り上げられているのだ。私だと知られた日には家に引きこもる自信がある。

 

「バレるわけにはいかないの……!」

「もうバレてるんじゃないかニャ」

 

 シルヴィの呆れたツッコミが家の中で反響した。




Twitterでやり取りをしているうちに「モンハンオンリーで書くことから始めるべきでは」と思い至り投稿するに至りました。後悔はしてないけどビビリまくってます。
先人達に負けないくらいに頑張って参ります。


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姫様は純白がお好き

のんびりしすぎワロタ(真顔)
のんきに書きすぎて文体統一できてるか疑わしいとか微塵も笑えないよ()


 ランポス皮製のベストとパンツを着て、縫い付けられている鞘に剥ぎ取りナイフを差し込む。さほど大きくないポーチに薬類と砥石、食料を軽く詰め込み、抜けが無いか確認。問題なし。

 ベストの上から防具というにはあまりにも軽くて柔らかな、さながら漆黒のローブのようにも見えるそれを羽織る。狩場では、モンスターから姿を隠してくれる効果を持った特別なもの。シルヴィと同じくらい私の狩りを助けてくれる。ローブに腕を通して、革製の籠手とすね当てをつける。

 最後に、立てかけてあった得物を手に取る。愛刀ならぬ愛鎌の切っ先は鋭く輝き、一点の曇りもない。今日の仕事にも十分貢献してくれるだろう。

 

「よし、準備完了!」

 

 得物を背負って、ドアを押し開ける。バルバレの空は雲ひとつない晴天だ。今日は仕事もうまくいく気がする。

 そう思った矢先だった。

 

「どーこが準備完了なんだか。また元気ドリンコ忘れてるニャ」

「ごめんなさい……」

 

 っていうのは気のせいかなぁ……

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ヘッ、ヘックシュッ!」

 

 かすかに雪の吹雪く音以外は全くの無音だった雪山に特大のくしゃみの音は大きく響く。まして、耳のいいアイルーからしてみれば騒音もいいところなのだろう。顔を顰めて耳を押さえたシルヴィが、私のことをジロリと睨んでいた。

 

「みっともない……フェイも女の子なんだから、もう少し慎みのあるくしゃみはできないのかニャ」

「アンタ、ネコのくせに人間のオカンみたいなこと言うわよね」

「フェイがもっとしっかりしてくれれば、そんな風にならずに済むんだけどニャ」

 

 ぐうの音も出ない。

 あまりの寒さにホットドリンクを飲んでいても少し震えが走る。一応外套は着ているけれど、防寒用のものではないので大した効果はなし。まして、私の狩猟法はアクティブじゃないので余計に寒い。

 

「うぅ、凍え死ぬ……」

「だから言ったニャ、トウガラシ多めにしておくといいって。今日はこれからもっと吹雪くらしいニャよ」

「だって、トウガラシ辛いじゃない……」

 

 辛いのはニガテなのだ。美容にいいとか言われても苦手なものは苦手なのです。私、チゲ鍋とか食べられないもの。というわけで、ホットドリンクの効果上昇は諦めました。

 けど、今回のターゲットのことを考えるとシルヴィの言う通り多少の辛さは我慢すべきだったかもしれない。あのモンスターはとても耳がいい。今の特大のくしゃみも聞かれていたかもしれない。

 

「ま、やっちゃったものは仕方ない。最終的に気づかれなければオッケー!」

「そう思ってるならもうちょっとボリューム下げるニャ、うるさい」

「ハイ……」

 

 ま、気づかれてないから大丈夫……多分。

 小さく咳払いをして気持ちを切り替えると、持っていた携帯食料を一つ口に放り込みつつポーチから双眼鏡を取り出す。それに倣い、シルヴィも双眼鏡を取り出し、あるエリア、正確にはそこにいる一体のモンスターに目を向ける。

 

 私たちが今いるのは雪山、その山頂。

 クシャルダオラの抜け殻に見守られながら、私は今回の狩猟対象を注視する。

 

 白い体毛、ずんぐりとした体つきに、何よりの特徴である長い耳。

 駆けるように雪原を滑る白い兎のようなモンスター──白兎獣 ウルクススだ。

 

 ◇◇◇

 

 4日ほど前、泣く泣くクエストを受ける約束をさせられた私は、酔いの覚めたセラから正式にクエストを受領した。

 酔い覚めついでにクエストのこともアルコールと一緒に吹っ飛んでいてくれることを願ったのだけど、残念ながら忘れていなかった。もちろん、あがり症であることをばらすことも。あの悪魔め。

 

 まぁ、もう文句を言ったところでどうにもならないと腹をくくり、改めて依頼の詳細を伺ったわけなんだけども。

 

「いつもはラージャンの毛皮の外套を着用するところじゃが、たまには趣向を変えても良いかもしれないと思ったのじゃ。 そこで、今回はウルクススの毛皮で外套を作ろうと思う!」

 

 この時点で、「マフモフシリーズあたりでも着てろよバカ王女」とかツッコミたいのだけれど、それはいつものことなので我慢する。

 

 ウルクススの素材から作られた防具は確かに暖かい。防寒性もそこそこに優秀で、マフモフシリーズほどでは無いにしても、ラージャンの外套よりかは妥当なところだとは思う。王族である手前、庶民の着ているマフモフシリーズでは威厳が保てない、というような意味合いもあるのかもしれない。

 もっとも、ウルクススの素材を使った防寒具も庶民には馴染みのあるものなのだけれど、まぁ、それは置いとこう。

 

 しかし、依頼の理由こそめちゃくちゃだけれど、この時点では何らおかしな点はない。なら、なんで他の皆は受けるのを拒否しているのか。

 首を傾げながらその下の一文を見て、我ながらどデカイため息をついたのをよく覚えている。

 

「あの王女、一回殴ろう」

 

 依頼文の最後にはこう書いてある。

 

「できる限り傷をつけずに狩猟せよ! あの真白い毛皮を赤く染めるなど無粋の極みであろう!」

 

 つまり、普通の狩猟法で狩って血みどろの毛皮になってしまうのは、王女のお気に召さないらしい。

 

 洗えよ。

 

 そう思った私は悪くない、悪くないはず……!

 

 ともかく、こうして特殊依頼は出来上がった。酔っていようがいまいが、セラは本当に頭を抱えていたんだと思う。こんな依頼は普通のハンターなら受ける人がいるはずがない。

 じゃあ、()()()()()()()()()()は受けるのか? 答えはノー。当然受けない。

 

 普段なら、ね。

 

 

 ◇◇◇

 

「あの王女、バカの歴史をどんどん更新していくニャ……たまにはまともな依頼でも出せないのかニャ」

「まぁ、いつものことだし」

 

 ウルクススを観察しながらシルヴィが呆れた声で言う。悲しいことに、その声のトーンは元気ドリンコを忘れた私に対するものと同じだった。今の私の評価はあの王女と同等なのかもしれないと思うと涙が出そうになる。

 ただまぁ、あの王女のトンデモ依頼に、ハンターの皆は()()()()()()()感がある。なんせ、「魚拓勝負で勝ちたいからヴォルガノスを狩ってこい」とか「リオレウスを城で飼いたいから捕まえてこい」とか言い出す人なのだ。

 もっとも、今回の依頼ばかりは皆驚いた(そして呆れた)のだろうけど。

 

「ま、なるようになるか。喉笛をさっくりいけばどうにかなりそうなんじゃないかニャ?」

「んー、そうだねぇ……、さすがに腹甲を外套に使うとは思えないし」

 

 雪の下からアオキノコらしきものを掘り起こして、のんびりとお昼を食べるウルクススに心なしか癒される自分に驚きつつ、シルヴィの見立てに賛成する。

 

 

 

「ウルクススの特徴は?」と聞かれると、たいていの人は「大きな耳」と答えると思う。通称名に“兎”と付く所以でもあるし、妥当なところ。

 

 けれど、ハンターからしてみれば特徴はそれだけにとどまらない。私なら耳の他にもう一つ、その強固な「腹甲」をあげる。

 ウルクススは基本的に四つ足歩行だけど、狩猟時にはその腹甲を活かした突撃を仕掛けてくる。腹甲には細い縦溝があって、それのおかげで雪の上で音を立てずに猛スピードで突撃することを可能にしているのだ。

 そして、この腹甲はとても硬い。ホント硬い。岩石並みに硬い。バサルモスとどっこいどっこいなんじゃないかってくらい硬い気がする。防具にこそ使われるかもしれないけれど、外套にはとても使えた代物じゃない。

 何が言いたいかというと、「腹甲は外套には使われないから、血がついても大丈夫」ってこと。喉笛を狙えば、ある程度は汚れるかもしれないけど、大部分は腹甲にかかって事なきを得るだろうという考え。今回の依頼の攻略の鍵、というか打開策はここにしかない。

 

 ここまで観察してきた様子だと、この後はエリア8にいくはず。けれど、あそこは遮蔽物が少ないし、好ましくない。誘導して場所を変えさせる。

 仕留める場所はエリア6。エリア南部に多数存在する氷柱の影で私は待機。合図を出して、シルヴィが音爆弾を使った瞬間に飛び出して、のけぞったウルクススの喉元を頚椎ごと断ち切る!

 

「よしっ。エリア6(となり)で仕留めるよ」

「了解。音爆弾とかは持ってきてるけど、使うのニャ?」

「合図出すから、そのタイミングでよろしくっ」

 

 私は立ち上がり、羽織っていたローブ——“誘死の外套”のフードをかぶる。私の気配が一瞬で薄れ、周りの景色と同化しているかのようになる。

 この誘死の外套は、着用すると隠密効果を発揮する。他にも最初の一撃だけ攻撃の精度を引き上げてくれる効果を持つ特注品。代償として、武器の切れ味が落ちやすくなる上に、効果を活かすために他の防具を身につけられなくなるのだけれど。

 

 荷物を纏め、愛鎌——ダークサイスSを手に取る。こちらも通常のダークサイスとは異なり切れ味に特化させた特注品だ。と言っても、こっちは研ぎ方を変えているだけなんだけどね。

 

 同じく荷物を纏め終え、ベリオネコ防具で身を包んだシルヴィがナルガネコ手裏剣を背負う。

 

「それじゃ、一狩り始めようか!」

 

 

 ◇◇◇

 

「力を込めすぎず、だけど相手に痛みを与えるように……ニャッ!」

 

 エリア8と呼称される雪原をのっしのっしと歩いていたウルクススのうなじに、僅かな、しかし確かな痛みが走った。ウルクススが何事かと辺りを見渡すと、彼の数メートル先にブーメランを受け止めたシルヴィの姿があった。シルヴィの手にした武器から自らへの敵意を見て取ると、ウルクススは唸り声を上げる。

 

「よしよし、血は流れてない。全力で投げられないってめんどいのニャ」

「グルルル……ヴォオオオ!」

「なのに敵意は十分と。ホント面倒だニャ」

 

 やれやれ、とため息をつくシルヴィに対し、ウルクススは腰を低くし、力を溜める。滑走突撃の準備だ。

 数瞬の間の後、ウルクススが猛烈な勢いで飛び出す。すさまじい速度の滑走だったがシルヴィはひらりと躱す。だが、ウルクススも諦めるつもりなど毛頭なく、すぐさまシルヴィに向き直ると、再び滑走突撃の構えを取る。

 

「良い感じニャ。さあ、ついてこい!」

 

 再度こちらへ突っ込んでくるのを確認したシルヴィは、手裏剣を納め、滑走から逃げるように走り出した。滑走をギリギリのところで躱し、力加減をしつつ手裏剣を放つ。傷つけないように身を掠めるくらいの距離を狙うため、ウルクススにはシルヴィの手裏剣が鬱陶しくてしかたがない。だが、自慢の滑走はひょいひょいと避けられてしまう。そして、煽るかのように再び手裏剣がその身を掠める。ウルクススの頭には血がのぼり、興奮のあまり鼻息が荒くなる。

 

「ヴォォォオオオ!!!」

「怒った……あとはっと」

 

 ウルクススが怒ったことを確認したシルヴィは、ただ闇雲に逃げるのではなく、エリア6の方へ誘導するように後退し始めた。

 途中、雪玉を投げてきたりと、興奮している割には絡め手も用いてきたが、シルヴィはバックステップやサイドステップで悉く躱す。

 そして、エリア6との境目ギリギリまでくると、敢えてウルクススの視線と真正面に立ち「どうぞ狙ってください」とばかりに仁王立ちして構えた。

 人間なら怪しく思うところかもしれないが、頭に血の登ったウルクススにはシルヴィが観念したかのようにしか見えない。腰に力を入れ、力を溜める。そして、滑り出す瞬間に後脚で地面を強く蹴る。ウルクススとシルヴィの距離がぐんぐんと近づいていき、衝突する瞬間──

 

「今ニャッ!」

 

 シルヴィの叫びとほぼ同タイミングで、ウルクススの巨体がシルヴィのいたあたりを走り抜けた。

 

 

 ◇◇◇

 

 ウルクススは一体何が起こったのか理解できなかった。自分は確かにアイルーに突進したはずなのに、当たった感触がなかったのだ。しかし、当のアイルーの姿は見当たらず、静けさだけが残っている。

 加えて、煩わしいネコがいなくなった清々しさが大きい。あの程度のやり取りは、腹が膨れていたウルクススにとって丁度良い運動程度でしかない。

 煩わしい外敵(ネコ)がいなくなったのならそれで良いではないか。寝床に戻ろう。

 

 そう踵を返した時だった。

 

 

 ウルクススはエリア6に漂う違和感を感じ取った。一見おかしな点は何一つ無い。せいぜいいつもはブランゴがいるところに今日はブルファンゴが居座っている程度で、それも大した変化では無い。では何が違和感を感じさせるのか。

 殺気だ。フィールドに漂う空気、死の空気が、悪寒となって彼の身体を包んでいる。得体のしれない殺意に彼の生存本能が警鐘を鳴らしている。

 

 このエリアに己を狙う者がいる。殺気に背を向けて移動しようものなら、この命は即座に失われるだろう。滑走すれば追いつかれることはそうないとは思うが、滑走するためには力を溜めるという行為をしなければならない。その隙に殺されてしまう。

 ならば、この場で逆に仕留めてしまおう。

 

 本能的にそう判断したウルクススは、後ろの二本足で立ち上がり、自らの優れた聴覚と嗅覚、視覚を頼りに、あたりを警戒し始めた。見慣れた雪原の中、わずかなりとも引っかかる場所を探す。

 すると、エリアの隅、暗がりの方から「コンコン」という小さな音が響いてきた。

 

 あそこにいるのか。

 

 そう、視線を向けた瞬間だった。

 

「食らえ、音爆弾ッ!」

 

「ヴォァオウ!?」

 

 

 ウルクススの真下からシルヴィが飛び出し、音爆弾を炸裂させた。音爆弾の発した快音はウルクススの脳髄を貫き、脳を襲った音に意識を朦朧とさせる。

 

「今ニャ、フェイッ!」

 

 シルヴィの呼び声とともに、氷柱の後ろから黒い影が飛び出す。フェイだ。

 飛び出したフェイはダークサイスSを携え、猛然とウルクススの元へと駆ける。

 朦朧とする頭でなんとか逃げようとするウルクススだったが、脳は働かず、体は言うことを聞かない。焦点も未だはっきりとしない。

 

 そうこうしているうちに、フェイが鎌の届く距離へと到達し、鎌を振り上げる。彼女の脳裏に「失敗したらどうしよう」と、一瞬そんな考えが頭をよぎるが、自分なら大丈夫だと言い聞かせ、意識を標的に集中させる。

 未だウルクススは混乱から回復していない。意識を研ぎ澄ませた一撃は狙いから一寸ともブレてはいない。ダークサイスSの切っ先が白い首筋へと突き立たんばかりに空を裂く。

 

()った!)

 

 フェイは自分の勝ちを確信する。一方でウルクススは、焦点の定まらない視線でその鎌の切っ先を追いかけ、なんとかして死を免れようと体を動かそうとする。

 果たして、その軍配は——

 

「避けたッ!?」

 

 ウルクススに上がった。

 フェイの鎌が喉を裂く寸前、気を取り直したウルクススが、死の刃を避けるべく本能的にその身を反らせたのだ。一瞬の迷いが、フェイの鎌を振るうタイミングを一瞬だけ遅らせた。その結果、1秒にも満たない僅かな差が生まれ、ウルクススに攻撃を避けさせたのだ。

 攻撃をかわされたフェイは途端に窮地に立たされる。

 

(もう奇襲は効かない……!)

 

 フェイのやり方は最初の一撃で決めるのがセオリーであり、それも不意打ちを前提としたものだ。このやり方において、自らの位置を相手に知られた状態で挑むのは愚策でしかない。加えて、今回は狙える位置も限られているので、とっさの判断で目標を達成することは至難の技だ。

 

 加えて、誘死の外套は抜刀直後の攻撃()()を強化する。そのあとの攻撃は全く強化されないばかりか、切れ味が落ちやすくなるデメリットまで存在するのだ。

 現段階で、フェイがウルクススを仕留められる可能性はなきに等しい。

 

 撤退。

 

 そう判断するや否や、真っ先にシルヴィが行動を始める。一度失敗するとすぐさま第二第三のポカをやらかすのが主人(フェイ)なのだ。必然的にフォローを入れるタイミングも早くなる。

 

「目ェ抑えるニャ、フェイッ!」

 

 直後、放られた玉から強烈な光があふれる。閃光玉だ。その強烈な光は目を庇わなかったウルクススの目を焼き、視界を奪う。

 

「ヴォアゥッ!?」

 

 フェイを殴り飛ばさんとしていた体制が崩れ、隙ができる。ウルクススが闇雲に暴れている間にフェイを退かせて撤退しようという考えだった。

 

「シルヴィゴメンっ」

「もう慣れたニャ、さっさと戻ってくるニャ」

(慣れたとか聞きたくなかったなぁ)

 

 とほほと内心涙を流すフェイと、呆れ顔で撤退準備を進めるシルヴィ。

 だが、シルヴィは大切なことを忘れていた。

 

「っ!? フェイッ、そっちはダメニャッ!」

「え? ……あっ」

 

 

 ズンッという衝撃がフェイを襲い、力の働くままに彼女は宙を舞う。それを見てシルヴィはようやく思い出す。

 

(フォローをあっさりと無意味にする天才だったニャ、このご主人(バカ)は)

 

 フェイは焦るあまり、確認もせずに自らウルクススが暴れている方向へと回避してしまったのだ。

 誘死の外套に防御力はほとんどない。すなわち、衝撃はほとんど緩和されずに本人に入るわけで。

 

 横っ腹からすくい上げられ、ドサッという音とともに墜落したフェイを上からのぞき込むと、案の定(いつも通り)失神していた。

 シルヴィはため息をつきながらネコタクに合図を送り、今なお暴れているウルクススにペイントボールを投げつけて撤退した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「辛い……匂いだけで舌が痛くなるぅ……」

「文句は自分に言うこったニャ」

 

 シルヴィがにべもなくそう言う。分かっちゃいるけど言い方ってものがあるじゃない?

 

「いい方もキツくなるってもんだニャ。どっかの誰かさんがあそこでしくじらなければ、僕もこんな重装備で唐辛子エキス煮詰めてたりしないのニャ」

「悪かったけどナチュラルに心を読まないで!?」

 

 またやらかしてしまった私が目覚めたのはお馴染み雪山のベースキャンプ。何やらスパイシーな匂いがすると思ったら、シルヴィが唐辛子を煮詰めてました。

 アイルーに唐辛子は危険だとわかっているので、彼もマスクにゴーグルと完全武装。ホントにごめんなさい。

 でもさ、私もわざとじゃないんだよってゴメン睨まないでください!

 

「……ウルクススは?」

「ニャ……多分エリア7かニャ。さっきあそこで仕掛けたから、アイツも警戒してるのニャ」

「う……」

 

 再びじろりと睨まれ、思わずたじろぐ。シルヴィとは長い付き合いだけど、これじゃあどっちが主人なんだか。

 

 しかし困った。広大な雪山であっても、ウルクススが行動するのは山頂付近のエリア6、7、8のみ。そして、遮蔽物足り得るのはエリア6の氷柱だけときた。エリア7にはテントの残骸があるけど、遮蔽物としては到底役に立たない。

 

「どうしようか……」

「もう物陰からの奇襲は無理ニャ。アイツも今度はしっかり反応してくるし、きっと音爆弾も効果が薄れてる」

 

 モンスターだってバカじゃない。罠とか音爆弾にも耐性をもつようになる。狩人(ハンター)としてはいい迷惑なのだけれど。

 と、シルヴィから赤い液体の入った小瓶が渡される。色合い的に見てホットドリンク……なのだけれど、これは。

 

「シルヴィ? トウガラシどれくらい入れたのこれ……」

「いつも調合で入れる量の倍だニャ」

「私辛いの苦手だって知ってるよね!?」

 

 いいからとっとと飲めと言わんばかりに、シルヴィが仁王立ちし私を見ている。きっと、辛さで悶絶する私を見て笑おうって魂胆だ。

 だけど、私にも意地って物があるぞ、絶対耐えてやる。

 

 そう覚悟を決めて、一気に中身を飲み干す。途端に辛さがやって──

 

「……こない」

 

 いや、確かに普通のホットドリンクより強い辛味がある。あるにはあるのだけれど、思ったよりずっと辛くなかった。

 

「驚いたニャ?」

「まぁ……うん」

 

 すると、シルヴィは満足げな顔になって頷いた。

 

「効果がなくならない程度にハチミツと砂糖を混ぜたんだニャ。フェイがしっかりビビってくれて何より」

 

 なんだろう、納得がいかない。もう一回山頂に登ったら後ろから 「わっ!」って言ってや……山頂?

 

「どしたニャ?」

「あのさ、こういうのどうかな……」

 

 思いついた案を話したら、思いっきり「何考えてんだコイツ?」って顔されたけど、採用されました。

 

 ◇◇◇

 

 雪山の山頂部、所謂「エリア8」は、雪山の中では開けたエリアの一つとして知られている。エリア6の方が面積的には広いが、あちらは天井が存在するため薄暗い。対してエリア8は山頂部の外周。昼でも夜でも視界がある程度確保されている。つまり、フェイのやり方とはもっとも()()()()()()エリア。

 そして、「開けた場所」と認識しているのはモンスターも同じ。ウルクススも本能的にこのエリアでの不意打ちが厳しいことを感じ取っていた。

 

 しかし、その予想は裏切られる。

 

「毎回思うニャ、仕える主人を間違えたって……」

 

 再びシルヴィが目の前に現れたのだ。シルヴィを認識した途端、ウルクススは再び警戒態勢をとる。それも先程以上に気を張り詰めて。

 

(かなり警戒してる……さっきの(奇襲)が効いてるみたいだニャ)

 

 それも当然だと認識をただす。あと一歩のところで首が飛んでいたともなれば警戒心が強まらないわけがない。

 その影響なのか、ウルクススも今度は体制を低くして低く唸るばかりで、自慢の滑走攻撃をしてこない。この状態ではフェイも喉笛を狙えず、作戦が停滞してしまう。

 ならばどうするか。

 シルヴィは懐から小さな玉を取り出し──

 

「こっちが有利になるように追い込んでやればいいだけの話だニャ」

 

 ウルクススに向かって放り投げた。

 放られたそれ──音爆弾は、ほどなくして空中で炸裂。快音があたりに響き渡る。

 だが、今度はウルクススにもさほど効果がない。つい先ほど経験したばかりなのだから当然だ。

 ウルクススも小さく首を振り、衝撃の残滓を振り払う。そして、効かないぞとばかりに上体を起こして威嚇の体勢をとる。

 

 だが、それは迂闊な行為であった。

 

 なぜなら、フェイはずっと彼らを見ていたのだから。ウルクススの喉笛を掻っ切れることができるただ一瞬を待ち構えて。

 そして、上体を起こしたときほど、喉笛を狙いやすいタイミングは他にはない。

 

 故に、フェイはウルクススが上体を起こした瞬間に()()から猛スピードで駆け下りた。

 刃を振るう。今度は躱す暇も与えぬように、銀色の風のごとき疾さを以って、死神の鎌となる。

 ウルクススが彼女の存在に気付いた時にはすでに遅く

 

「獲った」

 

 既に刃は振るわれていた。

 

 視界がぶれる。感じたことのない浮遊感。首を飛ばされたウルクススは、痛みを感じる暇もなく、その意識を手放した。

 

 

 ◇◇◇

 

 バルバレのギルドでクエスト完了の報告をした私は、外で待っていたシルヴィと合流した。

 

「……受理されたかニャ?」

「まぁ……一応……」

「セラにも?」

「あがり症広めるのはやめてくれるって」

「報酬は?」

「えっと、王女サマが認めてくれれば、狩猟報酬とは別に納品報酬が支払われるって」

「ふーん……」

 

 そう、セラの依頼はきっちり達成したので、私はあがり症とばらされずに済んだわけなんですが。

 

 空気が、痛いです。

 なんかもう、ピリピリっていうよりヒリヒリする感じ。

 そんな空気を作り出しているのは紛れもなくシルヴィで、原因は間違いなく私です。

 怖くて顔が上げられません。

 

 ふぅ、と、ため息をつく音。

 

「フェイ」

「は、はいっ」

 

 ドスの利いた声に思わず顔を上げる。シルヴィは紛れもなく――

 

「我が家の家計は火の車って分かってるニャ?」

「すいませんすいません!! ビビって勢いつけ過ぎて、首切断しちゃってすみませんでしたァッ!!!」

 

 ド怒りでした。

 

 

 

 王女様はつまるところ「毛皮に血のりがつかないように仕留めろ」って依頼だったわけで、だからこそ私は喉笛を狙ったわけなんだけど。

 

「首を切り落としたせいで血がドバドバ出て! そのまま王女に献上するわけにもいかないからって洗う羽目になったニャ! あの寒い雪山の川で! ボクが! 一人で!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさーいッッ!!」

 

 首から上を失った結果、あふれた血液は体全身を伝ってしまった。

 この時点で「血のりがつかないように仕留めろ」って条件に引っかかって、クエスト失敗の可能性が出てきた。クエストを受けるにもお金がいるし。

 

 それでも、付着した血を洗い流せばどうにかなるかもしれないとシルヴィは考えた。

 けれど、元凶の私は、山頂から走り降りてなおかつ鎌を振り抜くまで気を張ってたせいで疲労困憊で昏睡。

 現地アイルーたちに頼むにも彼らにメリットとなるようなことがなくて頼めずじまい。

 結果、シルヴィは一人で毛皮を洗う羽目になった。極寒の川辺で。

 

「あれから、体の調子が変なんだニャ……」

 

 そんなことを言われたら、もう私は平伏するしかなかったのでした。

 ただ、狩猟そのものは達成したので、ある程度は報酬は払われるんだとか。それだけが唯一の救いかもしれない。

 

 そんなこんなでシルヴィに謝り続け、ようやく許してもらったところで、我が家が見えてきた。

 あぁ、はやくベッドで寝たい……

 そう思いながらドアを開けると──

 

「なに、これ……!!」

 

 家の棚はことごとくひっくり返され、あたり一面にその中身がぶちまけられている。

 

(まさか……っ!)

 

 家の奥のとある引き出しの中を確認する。

 やはり無い。()()()

 

「フェイ、まさか」

「うん、そのまさかだよ……」

 

 ゆっくりとシルヴィに振り向き、何が起こったかを簡潔に告げた。

 

「家の鍵かけ忘れて、空き巣に入られました」

 

 絶句するシルヴィ。やがて肩を震わせ始める。

 

「この……」

「この……?」

 

「こンのバカ主人がァァァァアアアアア!!!!!!!!」

「ごめんなさーーーーーい!!!!!!!!」

 

 一難去って今度は三難やってきました。




というわけでウルクススさんでした。
バルバレなのに雪山? ってなるかもしれませんが、バルバレは移動拠点ですし、おかしくはないかな? なんて。
ホットドリンクのアレンジは別作品にも出てそうで被りを恐れてたりします()

なにはともあれ、今回も読了いただきありがとうございました!
感想・評価・誤字報告、頂けると嬉しいです。


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完全なる鎌を求めて

あけましておめでとうございます(特大遅刻)
やっとこさ色々と落ち着きまして、ようやく投稿となりました。
今年が昨年同様忙しい年になるのか、はたまた楽しい一年となるのかはまだ分かりませんが、今年もよろしくお願いいたします。


 大陸各地を移動し、時に「地図に載らない町」とまで呼ばれる移動拠点、バルバレ。

 各地を移動するという性質がゆえに、物資や情報だけでなく人の出入りも激しい。

 そんなバルバレだが、そこでは常に一つの噂が出回っている。

 曰く、

 

「バルバレには死神がいる」と。

 

 その狩人は巨大なモンスターの首を強靭な骨ごと両断する。

 モンスターは首が飛んだことに気づかぬまま、その命を終える。

 狩場に残る血痕はただ一箇所、血の池が残るのみ。

 

 唯一の手掛かりは「黒い外套を纏い、大鎌を担いでいた」という目撃情報だけ。

 

 その素顔を見たものは誰もいない。

 故に、「死神」は少年だという人もいれば、壮年の男性だという人もいるし、少数ながら女性だとか、果ては本当の死神だとか言う人もいる。

 どれが真か、あるいは全てが嘘なのか。真実を知るものはごくわずか。

 知るものも皆、誰一人として真実を明かさない。知らぬ存ぜぬを突き通し、誰も語ろうとはしない。

 こうして、死神の噂はバルバレとともに各地を飛び回るのである。

 

 

 その死神()()は、今──

 

 

 ◇◇◇

 

「お金を、貸していただけませんでしょうか」

「研磨依頼のお金を払うどころか、逆にお金要求されるとはこれ如何に」

「お願い! 残ってたお金もなくなって、もう何も食べるものがないのよ!!!!」

「そうはいっても自業自得なわけだしなぁ……」

 

 バルバレの往来、その一角に居を構える鍛冶屋の前で、私は私史上最高のDOGEZAを披露していた。

 目の前で私を見下げながらため息をつく友人の視線がつらいです。

 

 雪山で第三王女の無茶振りクエストをこなしてから四日。

 空き巣に入られて全財産を失った私は、隠し持っていたヘソクリでどうにか凌いでいました。

 が、遂にそれもつき、食費すら枯渇。というか、家には生活費としては十分な蓄えがあったので、ヘソクリなんてあんまりなかったというのが本音。

 

 ともあれ、いよいよその日暮らしすら危うくなってきました。

 っていうのも、ハンターって家より狩り場にいることの方が多いから、家に食材がほとんどないんだよね。あっても食べる前にダメにしちゃうし。

 家賃のこともある。今住んでいる家はバルバレギルドから貸し出されたもので、月に一度は25,000ゼニーを納めなければならない。

 

 というわけで、我が家に食材は皆無。けれど腹は減る。家賃も払わねばならない。

 おまけに、ダークサイスSの研磨は時間がかかる。ちょっと特殊なやり方で研磨してもらっているのだけれど、それができるのは彼女──クラリスと、彼女のお師匠さんしかいないから。

 で、研磨作業が終わったのが今日。同時に朝飯を食べたことで残っていたお金も尽きて、クエスト受注金すら失ってしまったというのがことの顛末。

 

 ちなみに、セラとグレイにはすでに頼み込んだ。結果は言わずもがなでした、あの鬼どもめ。

 で、友達でもあるクラリスにお金を貸してもらえないか直談判してみたというわけです。

 目の前のクラリスはと言えば、どうしようか悩んでいる様子。これは助かったのでは……?

 

「フェイはお金が欲しいんだよね?」

「う、うん」

「なら——」

 

 これは勝った。そう思った矢先。

 

「はい」

「ありが……とう?」

 

 ポンと渡されたのはわずか600ゼニー。

 これじゃ節約しても一日しか持たない、と文句を言おうと口を開きかけた瞬間。

 

「『働かざる者、食うべからず』ってね」

 

 にっこり微笑まれた。目が笑ってないぜクラリスさん。

 契約金はやるから仕事しろってことですねわかります、面倒見てもらえると思ってた私が甘かったです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ちょっと変な依頼なのよね、コレ」

「どういうことよ?」

「うーん……」

 

 所変わって、バルバレギルド。

 クラリスから依頼が指定されていると聞いて薄情者(セラ)に確認してみたところ、難しい顔をしながら一枚の紙を取り出した。

 パッと見、普通の納品依頼の様だけど。

 

「一応、受理されてはいるんだけど……ただ素材を持ち帰ってギルド経由で納品するんじゃなくて、取ってきた素材を自分で持ってこいって言ってるの」

「なんで?」

「さぁ……」

 

 なんだかまためんどくさい依頼の予感……

 

「依頼主の名前は?」

「えっと、グラジオさn「よし、他の依頼にしよう!」なによ急に?」

「なに? じゃないよ! グラジオって、めちゃくちゃ気難しいって有名なあのグラジオさんでしょ!?」

 

 どうしてこうもめんどくさい人からの依頼が回ってくるんだ私は!?

 

 クォーツ・グラジオさん。

 大陸の中心部に存在する、大都市ドンドルマ。ハンターの町といってもいいその町において、最も優秀な腕前を持つと言われている鍛治師さんだ。

 100歳を超えるご長寿で、片足が動かなくなってしまったというお話も聞いたけれど、その腕前は今でも全然落ちていないとか。

 ただし、彼はとても気難しいことでも有名で、いつも眉間にしわを寄せていると言われてる。

 その顔つきと腕前から、いつしか付いた異名が「鍛冶神(ヘファイストス)」。

 

 そんな人が出した依頼、それも納品クエストだよ?

 もうね、先行きに不安しか感じないってもんです。

 

 

「ちなみに、報酬は素材の状態次第。状態がいいほど報酬アップだって」

「う、ぐ……っ」

 

 お金ないんだし、この素材なら問題ないでしょと言われ、うまく言い返せず。

 

 依頼書に書かれている納品素材は「鎌蟹の爪」、つまり鎌蟹の()

 私の場合は頭から両断するだけで良いのだし、今回みたいな依頼なら鎌の根元から切断するだけでも事足りるのだから、()()()調()()()()だけなら傷一つつけずに納品することは難しいことじゃない。

 もっとも。

 

「アレに傷がないってかなり珍しいんだけどなぁ……」

 

 ショウグンギザミにおける鎌とは、私たち人間にとっての手に等しい。

 そして、刃とは使っていけば少しずつ()()がつくもの。

 さて、どうすれば傷の少ない鎌を手に入れられるだろう?

 

 ◇◇◇

 

 ショウグンギザミ。通称名の示す通り、鎌のような爪が特徴的なモンスターだ。

 近縁種であるダイミョウザザミとは対照的に、ショウグンギザミは軽快な動きと鋭い切れ味を持つ鎌でハンターを翻弄する。前者を鉄壁の守りとするなら、後者は万物を断つ刀と言うべきか。

 通称名の通り、ショウグンギザミの腕は鎌のようになっており、その切れ味は、岩をもたやすく切り裂くほど。

 故に、ハンターの武器だけでなく、日用品にも使われる。当然値は張るが、それだけに使い勝手は申し分ない……らしい。

 

 グラジオさんの依頼文によれば、今回は包丁にするんだとか。店に卸すのだそうで、だから傷が少ない方が好ましいというわけ。

 

  ところで、私たちは今どこにいるかと言いますと。

 

「さて、クーラードリンク大丈夫だよね、シルヴィ?」

「クーラードリンクも元気ドリンコも、もちろん家の戸締りも大丈夫ニャ」

「いらん事思い出させなくて良い!」

 

 シルヴィから渡された小さな小ビン。その中に入った白い液体を飲み干すと、身体中にひんやりとした冷気がまとわりつくような感覚を覚える。

 

「さ、行こうか」

「転んで溶岩に落ちたりなんかしないよう気をつけるニャ」

「私そこまでドジじゃないよ!?」

 

 今回の狩場はラティオ活火山。大地が生きていることを強く感じるこの過酷な場所が、今回の舞台です。

 

 

 

「けど、火山は久しぶりだわ。……他のハンターさんは大変だろうなぁ」

「他のハンターさんは皆、防具着てるしニャ……その点、フェイは大分楽なはずニャ」

 

 先ほど飲み干したのはクーラードリンクと呼ばれるもの。調合素材がにが虫と氷結晶という、中身を知ると飲みたくなくなる飲み物筆頭なんだけど、飲むと不思議と暑さに強くなる便利アイテムっていうニクいやつ。

 火山のような焦熱地帯では必須で、これを飲まないと暑さで満足に動くこともできない。

 

 けど、クーラードリンク飲んでもじんわり暑いのよね……実際動きやすさと耐暑に関して言えば、私は外套だけなんだし他のハンターさんよりはマシだとは思う。

 

「で、どうしてそんな火山に来たのか、説明がまだなんだけどニャ?」

「あー、うん、それはねぇ……脱皮だよ」

「脱皮?」

「そ。殻からスポンって抜けるアレ」

 

 甲殻類、つまりカニやエビは成長するにつれて脱皮を行う。それは同じ甲殻類であるショウグンギザミ(とダイミョウザザミ)も同じで、若い個体は何度か脱皮をすることが確認されている。

 で、その脱皮がどう関係するかと言うと。

 

「脱皮直後なら鎌にも傷はないはず、ってことかニャ?」

「そゆこと。で、脱皮直後を狙うなら沼地よりもこっちの方が良さそうだって思ってね」

 

 ショウグンギザミはこのラティオ活火山の他にクルプティオス湿地帯、俗に言う沼地にも姿を見せる。

 しかし、沼地は火山に比べて危険度が低く、沼地に出現する個体は既に脱皮をしなくなった老個体であることの方が多い。

 対して、火山は危険度が非常に高い。環境も相まって、生命力の高い若個体が出現することの方が多いのだ。現に、これまでに観測された脱皮跡は火山地帯を中心に発見されることが多い。

 

 とまぁ、これはセラの豆知識だったりするわけだけど。

 

「ともかく、今回私達が探すのは若い個体。大きさを見れば分かるから、シルヴィは見つけ次第私に合図すること」

「おうともニャ。けど、そこまで数いるかニャ?」

「時期的にはいてもおかしくない……と、思うんだけど」

 

 少なくとも、この時期が産卵期だと聞いたことはないから、一匹も居ない、なんてことはないと思う。

 ま、いなかったら沼地の方に行くしかないかな。

 

「いなかったらその時はその時で。とりあえず、エリア4から回って行こうか」

「隠密行動?」

「当然」

 

 地図をポーチにしまいながら、私達はベースキャンプを後にした。

 

 そんな私たちは気づくはずもなかった。

 

 

 ゴァァアアアアッ!

 

 

 この日に限って、とあるモンスターがいることに。




ザザミギザミはいつ頃産卵するのだろう(疑問)
現実の蟹、およびその他甲殻類は成体になるまでの間に何度か脱皮をするということだったので、彼らにもそれに倣ってもらうことにしました。ショウグンギザミが脱皮するか否か、正確な情報をお持ちの方がいましたら、どうか教えていただけると助かります。
しっかし、今回短いなぁ……それでは。


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荒ぶる剛鎚

 煮えたぎる溶岩の池の側。エリア4を探索していた私とシルヴィは、鈍く赤い光に照らされたソレをまじまじと見つめていた。

 

 紺に近い青い甲殻、背部にある黒い球体のような部分、そして──長く鋭い鎌。

 

「間違いなくショウグンギザミだニャ」

「賭けには勝った、のかな」

 

 見事なまでのショウグンギザミの脱皮跡。しかも、まだ朽ち始めてすらいない比較的最近のもの。それを確認した私は小さく息をついた。火山を歩き回ること4時間半、ようやく鎌蟹の存在を確認できるものが見つかった。

 

「は〜……。すっごい力抜けた」

「気持ちはわかるけどそれはダメだニャ。フェイは特に」

「わかってますー、ちゃんと注意してますー」

 

 言葉とは裏腹に気の抜けた返事をするとシルヴィに睨まれました。ほ、ホントだよ、完全に気を抜いたわけじゃないからね?

 

 実際、安堵しているのは本当。見つかって良かった良かった。

 火山と沼地じゃ環境が違いすぎて、今の荷物じゃ沼地に直行とはいかず、荷物の入れ替えが必須だろうからね。今から戻ってそれやるのは面倒だし。

 

 やれやれと首を振りながら、シルヴィが甲殻にそっと触れる。

 

「……冷たい。流石に直後のものってわけじゃなさそうだニャ。この感じだと、うーん、二日三日ってところか」

「及第点かな。グラジオさんにもある程度は妥協してもらわないと困る」

 

 脱皮の直後ともなれば、彼らの甲殻も軟化していて、ある意味一番危険な状態でもあるはずだ。わざわざ自ら危険に突っ込むとは思えない。

 逆に言えば、二、三日後からは行動を開始するとも言える。甲殻は元の強度を取り戻す頃だし、そうとなれば息を潜めている必要もない。

 

「よっし、それじゃあ追跡といこうか。シルヴィ、お願い」

「もうやってる。……エリア3に向かったみたいだニャ。そのあとは多分、エリア7か?」

「オッケー。じゃ、まずはエリア3を目指そう」

 

 甲殻からの匂いを辿り、シルヴィがショウグンギザミが向かった先を予測する。それに基づいて、私たちは追跡を開始した。

 

 しかし、エリア7にたどり着くまでもなく、私はまたしても悩みのタネを抱えることになる。

 

 ◇◇◇

 

「こ、れは……」

「ニャんてこったい。まさか──」

 

 

 震える大地。波打つ溶岩。

 エリア3に到着した私たちを出迎えたのは、砕け飛び散った岩の破片と、無残にもへし折れ、宙を舞う()()()()()()()

 

 ゴァアァァァァッ!

 

 ガキンガキン! と地面を打ち据えながら、()は勝鬨をあげる。

 

「主任がいるとはニャ……」

 

 爆鎚竜 ウラガンキン。鉱石の宝庫たる火山の番人にして、守護者。どうでも良いことだけれど、火山の麓の民からはよく「主任」と呼ばれている。

 

 体表殻は非常に堅牢で、生半可な攻撃では通じない。体重も獣竜種の中ではトップクラス。代名詞たるその顎から繰り出される一撃は岩をも砕く、文字通り鎚のごとき破壊力を誇る。

 

 けれど、彼自体はさして問題にはならない。まぁ無視しちゃえば良いんだから。

 

 問題はショウグンギザミは軽快な動きと絶え間ない攻撃で翻弄するタイプであり、ウラガンキンとの相性が最悪であることだ。

 

 ショウグンギザミは素早く動き回り、鎌による攻撃を的確に獲物に当てていくことによって仕留める。

 

 しかし、速さに特化するあまり攻撃には重み、つまり破壊力は皆無だ。それは体表殻の硬いウラガンキンとの相性は非常に悪い。

 ショウグンギザミは攻撃を躱せるけれど、自分の攻撃は通じないし、その上、最大の武器である鎌を摩耗させるだけになる。

 さらに、不意をつかれて反撃されてしまうこともある。今さっきショウグンギザミの鎌がへし折られたのはそういうことなのだろう。

 

 今なお、ウラガンキンによるショウグンギザミへの猛攻が続いている。ショウグンギザミはなんとか躱して、逃亡を狙っているみたいだけれど、手負いの彼がそう上手く逃げおおせるとも思えない。

 

「まずいな……このままだとせっかくの獲物がぶんどられちゃう。しかも最悪の形で」

「この場合、獲物をぶんどるのはこっちだけどニャ。まぁ確かに、このままいくと折角の鎌がボロボロニャ」

 

 幸運にも、まだ出会ってさほどの時間は経っていないらしい。へし折られていない方の鎌やショウグンギザミの甲殻を見る限り、まだ傷らしきものは見当たらない。

 しかし、このまま争いが続けばショウグンギザミが押し負ける。

 

 この状況を打開するには、ウラガンキンをどうにかして撃退、ないしは狩るしかない。

 

「シルヴィ、毒投げナイフあったよね」

「支給品ボックスの中に5本だけ。多分前使った人の忘れ物だけどニャ」

「後始末しっかりしなさいよ……ま、今回はそれに感謝だね」

 

 ウラガンキンは毒に弱い。毒が回ると動きが鈍り、隙ができる。

 が、愛鎌ダークサイスSは毒属性を持たない。さらに言えば、非常に刃が脆いためにウラガンキンのようなモンスターとの相性は最悪。基本、私はウラガンキンに対して勝つことはできない。

 

 けれど、この投げナイフがあれば話は変わってくる。素早く動き回ってナイフを当てれば、毒状態にした上で私に注意を引きつけることもできるはずだ。

 シルヴィから投げナイフを受け取り、ポーチに収める。

 

「じゃ私がウラガンキン。シルヴィはショウグンギザミの誘導をお願い。イーオスくらいなら問題ないから、バサルモスとかいた時はそれとなく誘導よろしくね」

「バサルモスは多分大丈夫だと思うニャ。壁に刺さった鎌は放置?」

 

 そう言うと、シルヴィは岩壁に突き刺さったショウグンギザミの鎌を指し示した。刺さり方は甘く、それでいてまっすぐ刺さったようなので、シルヴィだけでも抜こうと思えば抜けるはずだ。

 

「……一応。もしかしたら素材として使えるかもしれないし」

「了解ニャ」

 

 鎌は回収してもらうことにして、シルヴィに防刃の袋を手渡す。ゲリョスの皮で作られたこの袋は、いかに鋭いものでもそうそうは破れない優れものだ。

 

「それじゃ、ちょっとめんどくさいことになったけど」

 シルヴィは鎌の方へ、私は2体のモンスターへと向き直り。

 

「クエストスタートだ」

 

 同時に駆け出した。

 

 ◇◇◇

 

 誘死の外套のフードを外し、フェイはポーチから投げナイフを三本取り出した。

 狙いは腹部。ウラガンキンの数少ない柔らかい部分。喉元の方が毒が回りやすいけれど、顎に当たると弾かれるため狙わない。

 

 ショウグンギザミが左右後ろへと必死に動き回る。それを追うようにウラガンキンは攻撃しているので、フェイは全く目に入っていない。

 

 いつもならそれで良い。

 けれど今回はフェイに()()を向けさせなければならない。

 

 だから、狙いはもう一箇所、絶対に自身に殺意を向けさせられる大本命。

 

eins(ひとつ)!」

 

 一本。小さな刃がウラガンキンの腹部へと突き刺さる。

 ウラガンキンはまだ彼女へと殺意は向けない。

 

zwei(ふたつ)!」

 

 けれど、気にせずフェイはナイフを投げつける。二本目の刃は少しずれて喉元に。まだ向き直るようなことはないけれど、動きが少し鈍ってきた。

 

drei(みっつ)!」

 

 続けてもう一本。今度は一本目の隣に突き刺さる。突き立った所から血が滴る。

 ついに、彼女へ()()()()()

 

ende(とどめ)ッ!」

 

 四本目のナイフもまた、ウラガンキンめがけて飛んでいく。

 そして──

 

「ガゴァァアアッ!?」

 

 突き立つ刃、尋常でない量の鮮血が溢れ流れ出す。左眼を襲った鋭い痛みに、ウラガンキンは声をあげ、小虫(フェイ)へと向き直る。残った右目で彼女を睨みつける。

 

「よっし……こっち向いたね」

 

 先ほどまでとは違い、殺意までもがフェイに集中しているこの状況。ショウグンギザミを逃すには十分な時間が稼げるはずだ。

 だが、フェイが取れる手段はもうほとんどない。動きが鈍っている所からすでに毒投げナイフは十二分に効果を果たし、「物陰から急所を両断する」といういつもの狩猟は実行できない。

 

 故に……

 

「サヨナラっ!」

 

 フェイはもと来た道へ全力で引き返したのである。

 

 

 ◇◇◇

 

 怒り狂ったウラガンキンがフェイを追いかけてエリア4へと向かい、傷ついたショウグンギザミが地中へと潜ってから数分後、誰もいなくなったエリア3の物陰からこっそりとシルヴィは姿を現した。

 

「なんだかニャー……フェイの出来ることを考えたら、あの行動は間違っちゃいないはずなんだけど」

 

 脳裏に浮かぶのは洞窟の出口へとひた走る主人の姿。女子らしからぬ悲鳴をあげて、

 

 我が主人ながら、なんと情けない姿だろうか。

 

 言葉には出さないし、ハンターとして「撤退」という行為はなんら恥ずべき行為ではない。狩りによって得るものがなんであれ、命あっての物種だ。

 

 しかし、あのウラガンキンの小さな目に投げナイフを寸分違わず投げつけられるなど、生半可な技量ではなし得ないはずなのだ。

 

 それをあっさり決められる腕を持っておきながら、そのあとは悲鳴をあげて逃走するフェイ。正直ダサいとしか言いようがなかった。

 

「よいせ……っと、これは厳しいかな?」

 

 壁に突き刺さった鎌を慎重に抜き出す。

 見たところ、刃の部分自体には傷が走り、折れ目からのひび割れもあって、耐久力など皆無だろう。刃物としての価値は皆無だ。

 

 しかし、一応は素材。それ以外にも価値があるかもしれない。

 そんなことを思いながら鎌蟹の鎌をゲリョスの革製の袋へと入れる。

 

 

「さてと……どうするかニャ。フェイの指示通りショウグンギザミを追いかけても良いけど……」

 

 

 何より、「フェイが一人」というシチュエーションが不安でしかない。いつ何をやらかすか分かったものではないのだから。

 

「フェイの方かな。しばらくはペイントももつし、ショウグンギザミはそれで大丈夫か……」

 

 ウラガンキンとショウグンギザミの交戦中にこっそりとペイントボールを投げつけておいたから、二体の位置はわかる。ショウグンギザミはエリア6にいることから、おそらく休眠しているのだろうことはわかる。シルヴィとしては、誘導する手間が省けて何よりだった。

 ウラガンキンは言わずもがな、エリア4にいるはずだ。というか、いてくれないと困る。

 

 袋を背負い直し、まずはベースキャンプへと向かう。

 あんな主人(フェイ)に仕えると、どんな時でも失敗した時のフォローを先にしておかないといけなくなるのだ。

 そう、もっとフェイがしっかりしていれば──

 

「……いけないいけない。それは考えない」

 

 ついそんなことを考えてしまう。けれど、今の彼女のあの性格はもうどうしようもないものだ。「もしも」なんて考えるだけ無駄だ。

 

(シビレ罠とけむり玉は持っていくべきかニャ?)

 

 次に考えたことは、いかにしてフェイの優勢を取り戻すか。

 

 無駄な思想はすぐに捨て去り、道すがら現状打開の手段を練る。

 ()()彼女は、それくらいしないとすぐに死んでしまうから。

 

 銀色のアイルーは小さく溜息をつきながら歩き出した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 エリア4。爆破岩がゴロゴロと転がっているお陰で、フェイが身を隠す場所に困ることはなかった。

 

 エリア3から猛追するウラガンキンとこのエリアで何分か逃げ回り、隙を見て岩陰に隠れた。一度見失われれば、再び誘死の外套の隠密効果が発動する。ウラガンキンは、フェイの姿を突如見失って困惑しているはずだ。

 

「ハァ……ハァ……ふぅ。逃げおおせたは良いけど、ここからどうしようかな」

 

 かといって、フェイの状況が良くなったわけでもない。

 毒によるダメージは間違いなく入っているだろうし、すでにショウグンギザミとの戦いで少なからず体力を消耗しているはずだが、それでも撃退には遠く及ばない。

 

 担いでいた大鎌を手に取る。溶岩の鈍い光を受けて暗く光る刃には一点の曇りもない。クラリスの修繕に抜かりがないことの証だ。

 

 ダークサイスSはとても繊細な武器だ。最初の一太刀こそ凄まじいが、それはたった一度きり。二太刀目にそれほどの鋭さはない。

 今回のメインターゲットがショウグンギザミの鎌である以上、それをウラガンキンに対して使うことは避けるべきだ。

 だが……

 

「多分あのショウグンギザミ、手強い……」

 

 逃亡を図る直前、ちらりと見えたウラガンキンの顎。正面からではわからなかったのだが、その顎はやけに平らだった。ショウグンギザミがその顎を切り落としていたのである。

 

 残念ながら戦意を喪失させるには至らず、むしろ刺激してしまったわけだが、ウラガンキンの硬い顎を両断できるとなれば相当な強さであるのは間違いない。

 そんな相手をこのウラガンキンという不安要素がある中で狩るのは、フェイにとっては避けたいところだ。

 

 おそらく、あのショウグンギザミは放置してもさほど問題はない。今は弱っているが、イーオスやウロコトル程度であれば敵にはならない。

 

 が、ウラガンキンは別だ。もう一度あの二体が対峙したなら、ショウグンギザミの負けは必至だ。

 

 ならば、獲るべき相手はウラガンキン。ショウグンギザミを確実に獲るためには彼を狩猟するべきだ。

 

 気配に勘付かれぬよう注意を払いながら、岩陰からウラガンキンを覗き見る。すると、鼻息荒くエリア内を歩き回っている様子が見えた。次第にこちらへと近づいて来ている。やがては今フェイが隠れている爆破岩の元へもやってくるだろう。

 

(勝負は……距離5メートルを切った瞬間)

 

 フェイがウラガンキンに勝つためには、ウラガンキンの懐、体の下から腹部を狙うしかない。

 だが、懐に潜り込めたなら確実に獲ることができる。

 

 だから、勝負はフェイが飛び出す瞬間に決まる。

 

 息を殺し、気配を殺す。心を鎮め、殺意を隠す。

 

(残り、8メートル)

 

 近づく足音。

 

(7メートル)

 

 震える大気。

 

(6メートル)

 

 伝わる殺意。

 

 フェイはそれらに臆することなく待ち続ける。

 己が殺意を

 

(今ッ!)

 

 この一瞬に叩きつけるために。

 

 地を駆け、愛鎌を抜き放つ。下から振り上げられた鎌が、ウラガンキンの腹部へと突き立つ——直前だった。

 

 

 ドゴッ!

 

 

(え——?)

 

 気づけば、フェイは宙を舞っていた。否、フェイだけではない。ウラガンキンもまた、下からの衝撃に突き上げられていた。

 

「ぁ……っ」

 

 とっさに受け身を取ろうとするも失敗し、体を強かに打ち付ける。

 それでもなんとか気を保ち、自分たちが元いた場所を見やる。

 

 そこには、新たな敵対者に怒りを露わにするウラガンキンと地中から這い出す()()()

 

「ショウグンギザミ……!」

 

 

 鎌蟹 ショウグンギザミ。先程とは別の個体だった。

 

 怒りに猛るウラガンキン、全く疲弊していないショウグンギザミ。

 

(最悪だ……!)

 

 打つ手を完全に無くしたフェイは、ポーチから戻り玉を取り出して地面に叩きつける。

 

 この日、二度目の撤退を選択したのだった。

 

 




さて、想像以上に長くなりましたショウグンギザミ編。
いやですね、ほんとは2話くらいで終わると思ってたんですよ。
そしたら、ウラガンキンが思いの外自己主張してきましてね(震え

「というか、死神らしさなくない?」

そう思ったあなた、間違いじゃない。じゃないけど次回はちゃんと頑張らせるから……! なのでもう少し待ってくださいね()

というわけで次回、ショウグンギザミ編完結(予定)です。読んでくださっているみなさんにはもう少しお待ちいただければと思います。

それでは。


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相性の問題

長らく、長らくお待たせ致しました……(土下座)


「あーっ、あっぶなぁ……」

「な、なんニャ、突然戻ってきて……ボクの方こそビックリして、危うく船から海へすってんころりんするとこだったニャ」

「すってんころりんって可愛い言い方するわねアンタ」

「皮肉ってんだニャ気づけ」

 

 私だって精神的に疲れてんのよ許して。

 

 怒りに猛るウラガンキンと、突如として現れた二体目のショウグンギザミ。モドリ玉でベースキャンプまで戻って来たは良いものの、正直どうしたものだろうか。

 ウラガンキンを狩ると決めたものの、同じ狩場に三体ものモンスターがいるとなると、迂闊に手は出せない。特に私の場合は、一対一での狩猟以外は非常に相性が悪い。私ではなくて武器がもたないからだ。

 

「けむり玉でも分断は難しそうかなぁ……」

「一旦引き返すのは?」

「経済的に却下。ネコ飯代もかかるし、移動費だってかかるからね」

「進退窮まってるじゃニャいか……」

 

 狩りをしようにも難しく、帰ろうにも帰れず。どうしたったろうかホント。これも全部空き巣犯が悪いんだ。お金さえあれば引き返すところだもの。

 

 まぁそんな現実逃避はさておいて、私はベースキャンプに残しておいたアイテムを補充する。と言っても、気休めの保険程度のための強走薬と砥石くら……あれ?

 荷物を入れるためにポーチを開こうとした時、私はあるものがないことに気づいた。

 

「どうかしたニャ?」

「え、あ、うん? あれ?」

 

 焦る気持ちを押さえつつポーチを漁る。

 おかしい、()()がない。たしかにポーチに括り付けておいたはずなのに。

 すると呆れ果てたような顔つきでシルヴィがため息をついた。

 

「……今回は何やらかしたニャ?」

「……多分家の鍵落とした」

「バカも休み休みやるニャ、なんでそんな大切なものを置いていかないかニャこのバカ主人は」

「うぐ……」

 

 ぐうの音もでないとはこういうことを言うんだなって。

 

 

 

 数分後、私達はエリア4にて岩陰から密かに二体のモンスターの攻防を観察していた。

 どうやら両者の実力は拮抗しているらしく、どちらにも私が最後に見た時とほぼ変わりない状態のまま。もう一体のショウグンギザミは、まだ別のエリアで休息しているようだ。

 二体から目を離さずに、フェイが確認してくる。

 

「鍵はここで落としたのは間違いないのかニャ」

「それは間違いない。投げナイフ出した時はまだあったし、モドリ玉引っ張り出した時くらいしか考えられないからね」

「で、使ったのはちょうどこのエリアの中間……、あの辺りか」

 

 まぁ、それくらい切羽詰まった状況だった。

 ショウグンギザミはウラガンキンほど相性が悪いじゃないけれど、即死率はウラガンキンの比ではない。私の防具は防御面だけ見たら服となんら変わりがなく、あんな鎌で攻撃されたら一発で真っ二つだ。それが矢継ぎ早に飛んでくると思っていただければわかるはず。

 そんな相手に対して私が奇襲以外の戦法で戦ったら100パー負ける。

 

 だから、さっきのモドリ玉の使用はなんら間違っちゃいない。ただ、上がらず落ち着いて取り出すべきだった。うん。

 と私が1人言い訳を考えていると、シルヴィが鍵を発見したらしく、私に知らせてくる。

 

「あったニャ。ショウグンギザミの()のところ」

「どこどこ……あらまホント。確かに真下から出てきたし、当然っちゃ当然なんだけど、これまた厄介なところに……」

 

 シルヴィが示したのは、ショウグンギザミの頭部に屹立する巨大な角。その先端に、我が家の鍵がリングによって吊り下がっていた。おそらく、真下から突き上げた時の衝撃でポーチから外れ、そのまま角に引っかかったのだろう。

 

「うーん、これは新手のショウグンギザミを狩るのがベスト……?」

「だろうニャ。けど、依頼達成は諦めた方が良い」

「で、でも……」

「んなもん諦めるしかない。やりたくはなかったけど、家にある素材を売り払えば二、三日はどうにかなるニャ」

 

 それは色々と用立ててくれたクラリスに面目が立たない。友人の心遣いを無碍にしたくない。

 だが、シルヴィが言ったことはもっともだ。今回の依頼を諦めて、鍵を回収することを優先するべきだし、お金も素材を売れば確保はできる。

 

 

 どうしたものかと悩んでいる時、ペイントボールの臭気が流れてくる方向が突然変わった。休息していたショウグンギザミが行動を再開したのだ。おそらくエリア3にいる。ここへ向かってくるつもりだろう。

 と、思いきや、ショウグンギザミが突如地中へと潜り、そのままエリア3の方向へと向かっていった。どうやら仲間との合流を優先したらしい。

 

「……合流してくれたんなら、賭けに出る価値があるかも」

 

 彼らが一堂に会するなら、勝算はある。リスクは大きいが、依頼達成も鍵の回収も、ついでに賞金稼ぎもできるであろう作戦が実行できるかもしれない。

 

「……やっぱり素材は売らない」

「諦めて借金生活する?」

 

 シルヴィの言葉を首を振って否定する。

 

「しません。ただでさえ収入少ないんだから、返せなくなっちゃうよ」

「じゃあどうするニャ。選択肢はそれ以外にないと思うけど?」

 

 怪訝な顔をするシルヴィに笑いかける私の顔は、いつもよりかは悪い顔をしているに違いない。

 

「どうせなら、まとめて狩って、フリーハント報酬も受け取っちゃおう、ってね?」

 

 三体のモンスターによる大乱戦。武器が脆いならそれをカバーするための作戦を。人間の最大の武器は、自らの弱点をカバーできる知恵そのものなんだから。

 

(チョキ)(グー)には勝てないのよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 エリア4に一人残されたウラガンキンは憤怒の咆哮を上げていた。

 二体目のショウグンギザミは、斬りやすい部分の中では比較的柔らかいウラガンキンの脚を斬り裂くことで、行動速度を低下させ、その隙に別エリアへと移動を図ったのだ。

 自慢の顎はすでに一体目のショウグンギザミによって切断され、地中から追跡することは困難。阻止しようにも、脚のダメージが重なり、まんまと逃げ果せられてしまった。

 

 ウラガンキンの誇りに他ならぬ顎を無残な姿にした挙句、脚まで傷つけられたとあって、彼のショウグンギザミへの怒りは頂点に達していた。徹底的に叩き潰さねばその怒りは収まりようがないほどに。

 しかし、ウラガンキン以上に地中での活動に長けたショウグンギザミは、動きを鈍らせた上で地中に潜ることでその追撃を逃れた。顎を使った地中移動ができない以上、鈍重な体を引きずって隣のエリアへ向かうしかなかった。

 

 すると、岩陰から何かが飛び出した。ショウグンギザミからしてみればあまりにもひ弱な、しかしながらショウグンギザミに劣らぬ殺意を覚えたその()()は、ウラガンキンを見るや否や、逃げるように隣の洞穴へと駆け出した。

 

「ゴァアアアアッ!!!!!」

 

 彼は逃すまいと咆哮を上げ、体を丸めて転がることで人間を轢き潰そうとする。

 左目の恨みは忘れてはいなかった。獲物をショウグンギザミから人間に変えて、勢いよく地響きをあげながら突進した。

 

 

 それが獲物(ハンター)の思惑通りであると知らずに。

 

 ◇◇◇

 

 よーし釣れた釣れた。

 私を見たウラガンキンは、やはりというか、怒り狂って追いかけて来た。左目を潰されたのだから当然か。

 

 まぁ悠長にそんなことを考えている私ですが、割と余裕ない、というかむしろ死ぬほどやばい。現実逃避してる場合じゃない……現実逃避かこれ?

 ともあれ、私はエリア3——ショウグンギザミが二体とも集まっている場所に向かって猛ダッシュしていた。

 

 

 ウラガンキンは今のところ劣勢ではあるけれど、ショウグンギザミに対して負けるということは考えにくい。彼らの攻撃はウラガンキンの致命傷足り得ないから。故に、最終的にはウラガンキンに軍配があがるはずだ。

 そこで考えた私の作戦は、ざっくりいってしまえば、ウラガンキンとショウグンギザミ二体を同士討ちさせ、隙をついて鍵とどちらかのショウグンギザミの鎌を切断、回収するというもの。

 

 残念ながら最上の素材を確保することは叶わないだろうが、依頼そのものを達成することはできる。ぶっちゃけ砥げばどうにかなるって思い始めたけどそれは言わないお約束。

 エリア3ではすでにシルヴィがけむり玉を焚いてくれているはずだ。煙に紛れて誘死の外套で姿を隠し、三体の乱戦へと持ち込ませる。

 

 

 数分ほど走ると煙が漂い始め、やがて全体がうっすらと霧に包まれたような状態になった。エリア3へ到着したのだ。二つの「カサカサ」という音から、ショウグンギザミは争いをせず、ともに行動していることが分かる。

 私は横はそれて、外套のフードを被り、岩陰に隠れた。匂いで嗅ぎつけたのかシルヴィも私の元へとやってくる。

 

「上手くいったかニャ、フェイ」

「多分大丈夫だよシルヴィ。そっちこそ良いタイミングでけむり玉焚いてくれたみたいだね」

「どれくらい持つか自信なかったけどニャ……あとは」

「彼ら次第、かな」

 

 けむりが晴れ、エリア全体の見通しが良くなる。

 そこには、獲物(わたし)を見失ったウラガンキンと、警戒を緩めていた二体のショウグンギザミだけが残っていた。

 

 煙の中から現れたウラガンキンに、ショウグンギザミは鎌を開き、怒りを見せる。散々傷つけてくれたショウグンギザミを目の前にウラガンキンは怒りに猛る。

 三体のモンスターによる争いが始まった。

 

 

 

 2体のショウグンギザミは軽快な動きでウラガンキンに攻め寄ろうとするが、ウラガンキンはその堅牢な甲殻と尻尾を使った攻撃で近づけさせない。ショウグンギザミはその攻撃をまともに受けることを避けるためにあと一歩のところで足止めされる。

 敵意は双方むき出しだが、危険を避けようとする生物の本能が、互いにそれ以上の進退を許さない。

 

 

 この膠着状態こそが、私が待っていた状況だ。

 

 

 ショウグンギザミの片方は鎌を片方失っているし、一瞬の隙で頭を叩き潰されることを理解している。

 故に攻めきれない。ウラガンキンの表皮に生半可な攻撃を加えてもメリットがほとんどないことをショウグンギザミは理解している。

 

 一方でウラガンキンも、ショウグンギザミによって顎を削られ、脚に傷を負わされている。下手に攻め込めば、攻撃を避けられ、反撃を受ける可能性が高いことを理解している。だから、尻尾を使った攻撃によって寄せ付けないように動いている。

 

 敵意マシマシの相手にあと一歩攻め込めない。これほど腹立たしいことはない。そうなった時、生き物というものは大概頭に血が上って冷静な判断を下さなくなるものだ。理性によって感情を制御できる人間でさえそうなのだから、より単純な思考をするモンスターたちはその傾向は顕著に現れる。

 

 数分後、私の予想通りに2体のモンスターは──

 

「グォァアアアアッ!」

「「キシュァアアアッ!」」

 

 苛立ちを爆発させた。ウラガンキンは顎を叩きつけ怒りを露わにし、ショウグンギザミは口から泡を吹き出して一層激しい敵意をぶつける。

 

 

「フェイ、そろそろけむり玉焚くニャ?」

「そうだね……鎌の回収はお願い」

「ボクのことより自分の方に気を向けるニャ」

 

 シルヴィのお小言に、苦笑いしながら頷いた。

 

 そう、私は彼らが疲労するのを待つのではなく、冷静さを欠いた怒り状態の時を選んだ。けむり玉を合わせることで、双方の攻撃を当てさせないようにし、鎌のこれ以上の磨耗を防ぐために。

 

 けれど、それは1つのミスが命を失うことに直結する。一瞬タイミングがずれただけで、私の体は真っ二つ、あるいはスクラップ待った無しだ。

 

 ハイリスクハイリターンなんてものじゃない、ハイリスクノーマルリターンみたいな。決して見返りは大きくない。

 けれど、おそらくこれが一番いい結果を出せるはずだ。十分ではないかもしれないが、それなりの素材を確保し、なおかつ鍵を回収できる。

 

 シルヴィの焚いた煙が充満し、再び視界が白く染まる。そんな中でも、ウラガンキンとショウグンギザミ達は怒りに満ちた応酬を続けている。

 

 正真正銘のラストチャンス。傍らの相棒(シルヴィ)に目で合図する。

 

「一狩り、始めるよ」

 

 

 ◇◇◇

 

「はぁーあ、今回も面倒なことになった……ニャッ!」

 

 呟いた瞬間、シルヴィが駆け出し、背中の獲物──ナルガネコ手裏剣を、その勢いのまま投げつけた。

 鋭い刃を持つそれは、ダメージこそ小さいけれど、ウラガンキンやショウグンギザミの硬い甲殻に弾かれることなく、ブレずにシルヴィの元へと返ってきた。

 

「グォオオオ……!」 「キシュアァァア……!」

「よっ、それっ、っとと危ニャいッ!」

 

 だが、頭に血が上った彼らにしてみれば、ちょこまかと駆け回るシルヴィは邪魔でしかなく、気に障る存在。互いへの攻撃の合間合間に、シルヴィを追い払わんと尻尾を叩きつけたり鎌を振り抜いて威嚇する。シルヴィはそれを軽々と避けていく。

 

 三頭は互いに攻撃を続けながら動き回る。

 そして、鍵を引っ掛けたショウグンギザミが振り下ろした鎌をウラガンキンが避け、叩き潰さんと頭を上げた瞬間。フェイが小さく声を上げた。

 

「今ッ!」

「ガッテンニャオラァアアッ!」

 

 乱戦の中、存在を勘付かれないために小さく上げた合図を、シルヴィは聞き逃すことなく受け取り──

 

「取ったァ!」

 

 ウラガンキンの背を伝い、振り上げた顎を踏み台にして跳躍、ショウグンギザミの角に引っかかった鍵を奪い取った。

 

 メキメキメキッ!

 

 その直後、シルヴィの動きに気を取られたショウグンギザミがウラガンキンに叩き潰される音が響く。ギギギ、という断末魔が上がり、ショウグンギザミが沈黙する。

 間一髪でウラガンキンの攻撃を避けてジャンプしたシルヴィは、着地に続け様、懐に忍ばせた煙玉を()()()()()()ショウグンギザミに投げつけた。

 

 残された一体は、突然の仲間の死に動揺する間も無く煙玉をぶつけられ、意識を向ける。自然と体ごと鎌もその方向を向き──

 

()った」

 

 一閃。

 至近距離まで迫っていたフェイの振り抜いたダークサイスSが、鎌の付け根から分断した。

 くるくると回転し地面に突き刺さった鎌を、シルヴィがすかさず回収、素材袋へと収めた。

 同時にフェイの体から力が抜け、その場に座り込む。が、ショウグンギザミの脅威はない。両手の武器を奪われたのだから。

 あとは、この場から離脱し、隙だらけになったショウグンギザミをウラガンキンが倒して終わる──はずだった。

 

 ◇◇◇

 

 作戦は上手くいった。鎌は思ったより綺麗なままだったみたいだし、鍵も回収できた。おそらく、ウラガンキンは無力化したショウグンギザミを仕留めようとするはず。

 

「フェイッ! 後ろニャッ!」

 

 けれど、その予想が外れたことはシルヴィの悲鳴に近い声が教えてくれた。

 振り返ってみれば、ウラガンキンがこちらへ近づいてくる。ショウグンギザミはといえば、もはや影すら残っていない。恐るべき逃げ足。速すぎでしょ。

 

 そんなことを言って気を紛らわせようとはしたもののやっぱ無理だ。

 目の前では、ウラガンキンが私を潰さんと顎を振り上げている。

 

「あー、これは死ぬな私」

 

 ふと漏らした言葉は、けれど、十中八九その通りになるだろう。四肢に力も入らず、懐に潜り込んでもそのあと逃げきれるわけがない。

 

 あぁ、こういうのなんて言うんだっけ。えっと、走馬灯だっけ? いろいろ思い出してきた気がする。

 なんか、前にもこんなことあった気がするなぁ。やけに硬い相手でさ。

 

 その時は確か──

 

「──こう」

 

 私の身体の生存本能が働いたのか、あるいは朧げな記憶を再現しようとしただけなのか。

 無意識に振るったその愛鎌(ダークサイスS)が、ウラガンキンの腹を掻っ捌いた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「あぁ!? 誰が気難しい職人だァ!? 俺ぁ中途半端な素材を許さないだけだってんだよ!」

「その中途半端の範囲が広すぎるんだよお爺ちゃんは!?」

 

 あれから5日。

 私はバルバレに直接帰るのではなく、依頼主のグラジオさんの工房までやってきていた。ちょうど1日前に着いていたらしいクラリスが出迎えたのは驚きだったけど。

 

 ともかく、私達が納品した素材はグラジオさんのお眼鏡に叶い、その姿を包丁へと変えた。なんでも、クラリスのお兄さんがタンジアの港で料理店を開くらしい。私も行ってみたいものだ。

 もちろん報酬もバッチリ。当分は食うに困らない生活はできそうです。

 

 そんなことを考えていると、グラジオさんがこちらは向き直って、こう言った。

 

「しっかし、なんだな、嬢ちゃんも雰囲気変わったなァ?」

「はい?」

「なんつーかよぉ、纏ってる空気がやわこくなったっつーかな。前はビリビリした空気だったと思ったんだが」

「はぁ……」

 

 ま、そうおっかない雰囲気なままよか良いだろ。

 グラジオさんはガハハと笑いながら、工房の奥へと入っていった。

 なんのことだか、私にはさっぱりだった。

 

 

 

 

「……クラリス」

「? なぁにお爺ちゃん」

「やっこさん、俺ンとこに得物持ってきてた嬢ちゃんだよな?」

「……そうだよ」

「あんなに雰囲気変わるもんかねぇ、人ってのは」

 

 

 ◇◇◇

 

 クラリスはグラジオさんともどもタンジアに行くとのことでドンドルマで別れた。私も行ってみたいなぁ、タンジア。

 ドンドルマで色々買い出しに行っていたシルヴィと合流して、バルバレに無事到着した。

 

 のは良いんだけど。

 

 

「ナニコレ……!?」

 

 

 自宅の前に並ぶ竜車。その数6台。

 え、何これ、私逮捕されるとか?

 

「……今度は何したニャフェイ」

「違う違う私何もしてないよ!?」

 

 してない……はず。

 

 そんなやりとりをしていたら、家の方から1人のご老人がやってきた。といっても、老人というには背筋がピンと伸びていて、執事みたいな人だった。

 

「フェイ=ソルシア様とお見受けしますが、よろしいでしょうか?」

「えと、そうですが」

「どうぞ中へ。()()()がお待ちです」

 

 色々突っ込みたいところだったけど、黙って家の中へ。

 

 狩りに出る前に片付けた家にはなんら変化はない。

 ただ1人、ソファに鎮座する少女を除いて。

 

「ようやく帰ったか。余は待ちくたびれたぞ?」

 

 靡く金髪に、美しい碧眼。そして、「余」という一人称と、先ほどの男性の「姫さま」という言葉。

 

 まさか。

 

「そう。余こそは!」

 

 やめろ、聞きたくない。

 

「西シュレイド王国の第三王女! エリクシア=シュレイドである!」

 

 ……王族に不法侵入されましたクソッタレ。

 




というわけで、ショウグンギザミ編完結及び第三王女まさかの登場です。
彼女、一人称は「私」が正しいのですが、どうにもFateの影響が強くてですね、いわゆる赤王ちゃま化したのが今作の王女です。なんでこうなった()

次回も読んでいただけると嬉しいです。


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王女、襲来

パターン青! 王女です!(やってみたかった)


 バルバレギルドが管轄する簡易住宅街。世界中を渡り歩くバルバレとともに移動するために貸家の住人は移動の入れ替わることも多いが、住人同士の間に諍いは殆どなく、そこには穏やかな空気が流れている──のだが。

 その住宅街の一角にある、なんの変哲も無い一軒の家。しかしながら、その屋内はなんとも言えない空気に包まれていた。

 

 王族という突然の来訪者に、傅き敬意を示すべきなのだが、不法侵入という事実を前にして不満が隠しきれない家主と、もうどうとでもなれと言わんばかりの相棒のアイルー。

 そして、家主とその相棒をそんな状態に追いやった張本人──西シュレイド王国の第三王女はソファから立ち上がり、平たい胸を張ってこう名乗った。

 

「余こそは、西シュレイド王国の第三王女、エリクシア=シュレイドである!」

 

 西シュレイド王国。かつて存在したシュレイド王国が滅亡する際に分岐、勃興した国である。ハンターズギルドも元々はこの王国で発足した組織とされ、それが広がり今の体制となった、という話もある。

 それ故か、西シュレイドの王族、とりわけこの第三王女からの依頼を、ハンターズギルドではたびたび受領している。その内容があまりにも身勝手であると、ハンター間では憎まれ半分笑い種半分に扱われてきたのだが。

 

(一体何の用だってのよ……とっとと帰ってよぉ……)

 

 そこは仮にも王族。目の前でそんな話をすれば、フェイの首は即座に飛ぶことだろうし、無碍に追い返す訳にもいかない。かといってこのまま居着かれても困る。主に頭痛のタネが増える点で。そろそろ体が休息を欲していることだし。

 

 その悩みのタネ(第三王女)はと言えば、先程から長々と自慢話を続け、もはやフェイのことを見ているかすらわからない。多分見ていない。

 このままでは埒があかないと判断したフェイは、隣で佇む執事らしき男性に小声で声をかけた。

 

「……あの、そろそろ要件話すように伝えてもらっていいですか。こっちも疲れてるんで休みたいんですけど」

「……申し訳ございません。姫様はある程度話に夢中にならないと私の気配を察知して逃げてしまわれるのです」

「気配を察する?」

 

 フェイが首をかしげる前で、男性は静かに王女へと歩み寄り。

 

「せいっ」

「ふげぇっ!?」

 

 物理的に沈黙させた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……出会い頭に一方的に話をするとは、すまぬことをした」

「出会う前から不法侵入したことはスルーですかそうですか」

 

 謝ったことに関しては驚きというか感心したというか、いや、そうではなくて。いくら王族でも、他人の家に家主の許可もなく押し入るのはどうかと思うのですよどうなんですかお姫様。つーかそもそも今の流れでの謝罪に感心する要素あったか私?

 

「む? この家に入ったことであれば、ギルドからの許可は取ってあるぞ」

「へ?」

「セラという受付嬢に話をしてな、合鍵を渡してもらった」

「はぁ!?」

 

 あの女、私のプライバシーをあっさりバラしやがった。

 まぁそのことは後で片をつけるとして、今は王女様だ。

 

「……それで? 王女様がなんのご用件ですか」

 

 一応、思い当たる節はある。この前の雪山での一件。シルヴィが頑張って洗ってくれたけれど、やっぱり首チョンパはダメだったのかもしれない。

 

「うむ、先日そなたが引き受けたウルクスス狩猟依頼のことだが──」

 

 あー、やっぱりそうですよねダメですよね。うーんどうしよう、私もうあんなのやりたくな

 

「実に見事であった!」

「はい?」

 

 え、褒められた? なんで?

 

「依頼した通りに血痕がほとんど残っていないどころか、赤い染みの一つもない!」

 

 いえ、そんなことはありません。血ドクドク出てました、真っ赤っかでした。うちのネコが洗ったんです。

 

 当の本人(シルヴィ)を横目で伺ってみれば、なんとまぁ驚きを通り越して呆然としてる。悲しいかな、その目は間違いなく、元気ドリンコを忘れた私を見る目と同じだ。泣きたい。

 

「剥製にするのにうってつけであったぞ!」

「おい、毛皮がどうとか言ってたろ毛皮はどうした」

「実に、実に見事であった。我が城の一角に、あの白兎獣の剥製を飾るためのスペースを設け、公開していたほどでな? 貴族たちにも羨ましがられたものよ!」

 

 どうしよう、この王女様話聞かない。いや、いつもの事なんだろうけどさぁ。じゃなかったらあんな依頼がポンポン来るわけないもんな。

 で、毛皮はどうしたんだってば気になるんだけどぉ!?

 

「毛皮に関しても巨獣のものが手に入ったし、余はもう満足だ!」

 

 ……こんにゃろう、別人に依頼出し直しやがった。しかも巨獣て。

 良いなぁ、私よりも報酬良かったんだろうなあ。私の仕事奪って食べる飯は美味いかどこぞの狩人さん?

 

 がっかり膝をついた私を尻目に、胸を張って「うんうん」と満足げに頷く王女様。

 どうしよう、これじゃ私が寒い思いして頑張った理由が完全に無くなるんですけど、ただ王女の自慢話のネタ提供しただけなんですけど。

 てかシルヴィめ、あの野郎どっか逃げやがったな? 後でシバこ。

 

「で、本題なのだが」

「……ハイ、ナンデショウ」

 

 ようやく落ち着いたらしい王女が、私に向き直る。

 まさかまた依頼? やめてくださいよ、あんな依頼はもう勘弁ですよ……?

 そんな私の心配をよそに、王女は少し大きめの袋を取り出した。

 

「……これは?」

「此度の報酬金だ。まだ払われていないだろう?」

「……そう言えばそうかも」

 

 言われてみれば。空き巣騒ぎから鎌取りに行って、それからドンドルマに寄ってと、ここしばらく忙しくて忘れていたけど、報酬金貰っていなかった。ごめんなさい名も知らぬ狩人さん、私もちゃんとお金貰えました。

 まぁいくらなんでもウルクスス如きじゃ8000zが良いとこかな——

 

「10万zで良いか?」

「謹んで頂戴いたします王女様!」

 

 頑張った甲斐があったよヤッタネ!

 

 

 こうして、王女は去って行った。今日はバルバレギルドのマスターにもう一度会って、明日の朝には王都に戻るんだとか。

「また来るぞー!」とか言ってたけど、結構ですもう来ないでください。

 

 で、いつの間にかシルヴィも戻って来ていた。

 

「アンタ、どこ行ってたのよ。王女様相手に呆れ果てて家の外に遊び行ったの?」

「まぁどこぞのバカ主人並みに呆れたのは確かニャけど、遊び行ってたわけじゃニャい」

 

 ホラ、とシルヴィが指差す先には、色とりどりの野菜が。なんでも、ご近所さんが交易で得た野菜を分けてくれたんだとか。窓の外から覗き込んでいるのに気づいて対応してくれていたらしい。

 

 久しぶりに家でのんびりできるし、家で何か作ろうか。

 そう思っていたら、シルヴィが、珍しいことを言い出した。

 

「フェイ、今夜のご飯ボクはいらないニャ」

「え、なんで?」

「急用ニャ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 てな訳で、バルバレに帰ってきたクラリスと、仕事終わりの裏切り者(セラ)を取っ捕まえて、家で鍋パなんぞをしているわけです。

 あの執事の男性に握らされたというお金で、高級肉を買ってきてなければ、縛り上げたセラの前で豪勢な食事をしてやろうと思ってたんだけど、肉に免じて許した。肉に免じて、ね。

 

 ちなみに、セラが買ってきたのは黒狼鳥の脚肉(モミジ)。煮込むと良い味が出て出汁いらず。しかも美味い。

 黒狼鳥から取れる食材としては安価だけど、そもそも相手が相手だけに、1番安価なモミジでも結構なお値段。1番高い白肝とかは貴族くらいしか食べたことないんじゃないかな。

 

 

「で、グラジオさんから渡された報酬金と王女様からの報酬金で、今のフェイは懐が暖かいわけだ?」

「セラ、アンタに何か奢るとかないからね」

「フェイ、あたしは?」

「クラリスになら奢ったげるー!」

「うぅ、フェイの薄情者……」

 

 人を売っ払ったアンタにだけは言われたくないわ。

 よよよと泣き真似をしているセラは放っておくとして、クラリスには本当に何か奢ろうと思っている。祖父(グラジオさん)のために利用したというのが事実であるとは言え、今回助けてくれたのは間違いないのだし。

 

「クラリス、どっか行きたいとことか食べたいものある?」

 

 と、肉に食らいついているクラリスに向き直る。ちなみに、既に5個目である。クラリスさんちょっと食べ過ぎかなー?

 

「うーん、何かって言われてもなー……あっ、そうだ」

 

 もっしゃもっしゃと肉を咀嚼しながら、クラリスは思いついたように手を打つと。

 

「ユクモ村の温泉行かない? あたしとフェイとセラで」

 

 クラリス様ー!と飛びつくセラ。そんな彼女を見ながら私は言った。

 

「絶対、セラは連れてかない」

「なんでよー!!!???」

 

 だって嫌だもん。

 

 

 ◇◇◇

 

 フェイ達が鍋をつついている頃、バルバレの隅に居を構える居酒屋にシルヴィはいた。店内は比較的明かりが少なく、客も互いに干渉しあわない。それが暗黙のルールであり、ギルドも手を出さないことになっている。マスターもそれを弁えて、最低限の接客しかしない。

 

 シルヴィが向かったのはその店の隅、4人がけのテーブル席だった。

 テーブルには先客──シルヴィを呼びつけた張本人である、王女付きの執事の男性がいた。

 

「昼間は突然ご迷惑をおかけしました」

「そんなことはどうでも良い……それより、アンタから接触されるとは思ってなかったニャ」

 

 薄っすらと顎に白髭を蓄えた男性を見上げ、シルヴィは言う。その口調には、微かに苛立ちのようなものが混じっている。

 

「ボク達は今は大老殿とは全く関係のない身……大長老様からも、そうお達しが出ているはずニャ」

「そうおっしゃるのであれば、私めも今は一介の執事に過ぎませぬ。ただの顔見知りでしかない私めの誘いを邪険にすることもありますまい」

 

 そう穏やかに返す男性をシルヴィは細目で睨む。相変わらず口の回る男だと苦々しく思わざるを得ない。それに、どうにもこの男性に敬語を使われることに違和感を拭いきれないこともある。

 

「チッ……とりあえず敬語はやめてくれニャ、元・大老殿大臣、ネルヴァ=セルウィン殿?」

「名前を覚えていてくれたようで嬉しいよ。……改めて、久しぶりだね、シルヴィ」

 

 

 

 ネルヴァ=セルウィン。かつてはハンターズギルドの最高組織、大老殿の高官にして、現在は西シュレイド王国第三王女の執事として仕える男。

 見た目こそ初老の紳士だが、その実既に70歳は超えている、紛うことなき老獪である。ある一件を機に、自ら責任を取る形で辞職、現シュレイド王家へと職場を移したが、それ以前は、ハンターズギルドの裏の取締役、ギルドナイトのトップを務めていたという噂もあるほど。

 だが、シルヴィからしてみれば、笑顔の裏で何を考えているのか分からない、不審人物のような人間であった。いつのまにか、人の個人情報を掴んでいたりするあたりが、特にその印象を強めている。故に、この男性を前にして警戒心を隠しきれない。

 

「まぁ掛けなさい。君にも関係がある話だよ」

「……どうだかニャ」

 

 ネルヴァの一言で要件のあらましは察したが、それはむしろシルヴィの警戒心を高めさせる。そもそも、彼がわざわざ話に来ることなど一つしかないが、それにはもう1人ゲストがいるはずだ。()を呼ばないはずがない。

 シルヴィの思いが怪訝そうな表情となって現れていたのか、ネルヴァもまた苦笑して言った。シルヴィだけでなく、背後に立つ男性にも向けて。

 

「なに、ちゃんと声はかけたさ。そもそも、遅刻するような彼ではない……そうだろう、グレイ=クロステス君?」

「ネルヴァさん……あんた、今更なにしに来た」

 

 グレイのネルヴァに対する態度もまた、決して好意的なものではない。むしろ、シルヴィ以上に敵意のようなものを滲ませているほど。

 しかしながら、それを意に解することもなく、ネルヴァは穏やかな笑みを浮かべている。

 

「おやおや、穏やかじゃないな……まぁ、私にも責任の一端がある以上、仕方ないかもしれないが」

「黙れ。()()()()は全て終わったはずだ。それを掘り返す必要はないというのに、あんたはわざわざ──」

「それは、()()()()()()()()()()()()()()と知っても、そう言い切れるのかい?」

 

 グレイの口を遮って言葉を発したネルヴァの表情は、先ほどまでとは打って変わり、冷たい目をしていた。その目に宿るのは、今までの彼からは微塵も感じられなかった憎悪、そして悔恨。ネルヴァの発する圧に、シルヴィもグレイも思わず口をつぐむ。

 

「あの事件から早くも3年。私達はあれを解決したものと考えていた。だが、そんなことはなかった。終わってなどいなかったのだよ」

「……ヤツだっていう確証はあるんですか」

「無論。顔に走るあれほど巨大な傷を負って生き残ったのは、()()以外におらん」

 

 グレイもシルヴィも、その特徴だけで、情報が確かであると分かった。忘れられようもない、その姿を、ありありと思い出せた。

 呆然とする2人を他所に、ネルヴァは1人飲んでいた酒代を置いて、立ち上がった。去り際にこんな言葉を残して。

 

「君たち2人しか、このことは伝えていない。みだりに周囲を巻き込むわけにはいかないからな。だが、今後いつ動きがあるか分からん。警戒を怠るなよ」

 

動きがあったらまた連絡する。そう言い残して店を出て行く。残されたシルヴィとグレイは、ネルヴァの言葉に未だ慄いていた。

 

「……グレイ」

「……悪い、頭がうまく働かん。あのジジイ、突然すぎんだろ」

 

悪態がつける程度には思考できてはいるものの、その知らせはあまりにも衝撃的すぎた。

2人の脳裏に思い起こされるのは1人の少女。彼らにとっても、フェイにとっても大切な、陽だまりのような少女。

ポツリとグレイが呟いた。

 

「……まだ、終わってない。そうなんだな、()()()()

 




というわけで、ちょこっと休憩回。文体とか色々考えながらあーでもないこーでもないって書いたのでちょっと文が変かもしれませんがご了承ください。精進します。

それでは次回もよろしくお願いします。来週も投稿できるよう頑張らねば……


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慰安旅行……慰安?

今回はちょっと短め。
新章 無双の狩人篇、開幕です。


 漆黒の空に月は輝く。

 星の煌めきをも隠さんばかりのその光が渓流の地を照らす。

 

 夜露に濡れる草花、天敵が眠り活発化した雷光虫たち。

 そして──金色の双角。

 

 静寂の中、水の流れる音だけが響く。

 彼もまた、身動き一つせず、月を見上げていた。にわかに黒雲の広がりはじめた夜空に、なおも輝く満月を。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ユクモ村。ドンドルマから約1日程度の場所の山間部に存在する、温泉と林業で有名な村。代名詞とも言えるユクモ村の温泉は、疲労や怪我、病によく効くとされ、知る人ぞ知る名湯である。周囲の山々で取れる山菜、特にタケノコは美味で、湯上りに食べる料理は絶品である。

 

 

 とまぁ、これは全部バルバレで見つけたガイドブックに書かれてたことでしかないのだけれど、私もユクモ村の温泉くらいは知っている。ユクモ村近くの渓流でファンゴを間引いた時に、足湯だけなら入ってみたこともあるけど、あれはホントに気持ちよかった。

 林業の方も、ユクモの木と言えば、ハンター業の人ならわかるはず。ユクモの木を使って作られたユクモノシリーズといえば、新人ハンターが使う装備の一つとして有名だ。他にも建材として使われているんだとか。

 

 そんなこんなで、竜車に揺られること1日。私達はユクモ村に到着した。

 せっかく行くなら、ということで、今回は私も慰安旅行ということに相成った。セラもいるけどあっちは全額自腹。私の恨みがどれだけ深いのか思い知るがいい……。

 ちなみに、一緒についてきたシルヴィの分はセラが負担しました。オハナシをしたら快く引き受けてくれたよヤッタネ!

 

 とは言ったものの、しっかりダークサイスと誘死の外套は持ってきているわけです。いや、シルヴィが「特産タケノコ持ち帰らない手はないニャ」っていうから、うん。てことで、滞在は約二週間くらいかな。ユクモ村と渓流は、近いとはいえ行き帰りにそこそこ時間かかるし。

 まぁ、セラもユクモ村のギルドのお手伝いするらしいし良しとしよう。二週間休みとるって言ったら一週間は手伝いしてこいって言われたらしい。ざまぁみろ。

 というわけで、完全休みはクラリスだけで、私もセラも半分くらいは仕事込みだったり。

 

 

 けど、最初から働きに出るというのもなんなのでまずは温泉で──なんて思ってたのだけれど。

 

 

「……なんだこりゃあ」

 

 私の横でセラが素っ頓狂な声をあげた。声に出してこそいないけれど、私も同じ気持ちだし、多分クラリスも一緒。

 

 だって、以前来た時はそこかしこで上がっていた湯煙が数本しか残っていないのだから。温泉特有の匂いもなく、宿から料理の香りが漂ってくることもない。

 ユクモ村の名物、温泉のほとんどに入れなくなっていたのだ。

 私たち以外の観光客も困惑しているようで、あちこちに戸惑う人の姿が見られる。

 

「どうだー! そっちは直ったかー!?」

「ダメだ! 温水どころか水すら出やしねぇ!」

 

「木材はまだ来ねえのか!?」

「まだみたいだ。運搬途中の道にいくつも倒木があるらしい」

 

「ガーグァの卵の在庫がないぞ!?」

「ここ最近あいつらどんどん数が減ってるんだ、仕方ないだろ!」

 

 温泉だけではない。林業や宿泊施設の方でも多大な影響が出ているようだ。つまるところ、村全体が機能停止状態にあるってところか。

 

 ヤバくないこれ?

 

「セラ、私達、ギルドに行ってみない? 何かわかるかも」

「うん……多分、渓流で何かあった感じだよね。ウチらは行ってみたほうがいいかも」

 

 ユクモ村にもハンターズギルドがある。ユクモ村がこの辺りでは1番大きな村なので、何が起こったのかわかっているかもしれない。

 村の人の話から察するに、異変の原因は近隣の渓流にある。タケノコ採りに行くつもりではあったけど、専属ハンターがいないなら、ハンターでもある私が行くべきだ。

 

「クラリス、先に宿行ってチェックインだけしておいてくれない? ウチとフェイはギルド行ってみる」

「分かった。フェイはそのまま狩場に出る?」

「……ううん。一旦戻ると思う。お金とかは渡しておくから、払っといてくれる?」

 

 そういって、私は現金をクラリスに渡し、宿屋での支払いを任せた。

 

 と、そんな時、妙な違和感に襲われた。

 なんか物足りない。いつもはこのあたりで一言二言……あ。

 

「シルヴィ、具合でも悪い?」

 

 そうだ。シルヴィがやけに静かなんだ。いつもは世話焼きなこのアイルーが、ここまで無口なのは珍しい。

 だから、どこか具体でも悪いのかと思ったのだけれど。

 

「……ニャ?」

「シルヴィ、どしたの、大丈夫?」

「……ごめんニャ、ちょっとぼーっとしてたニャ」

「そ。なら良いんだけど。私たちこれから」

「ギルドに行くんでしょ。ちゃんと聞いてたから大丈夫ニャ」

 

 そう言って、大丈夫であることを示したシルヴィだけど。やっぱり、どこか調子がおかしいような気がした。

 

 

「ねぇ、フェイ?」

「何、セラ」

「ウチの宿代は?」

「私が出すわけないでしょ」

「フェイのケチー!」

 

 あーあー、聞こえない聞こえなーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それがですね……詳細はこちらでもよく分かっていないんです」

「あれま……」

 

 そう、困った表情で伝えてきた受付嬢に礼を言ってセラは戻ってきた。私も周りの人から情報収集してみたのだが、誰も何が起こっているのかを詳しく知っている人はいなかった。ただ、悪いことは重なるというか、この村の専属ハンターは数日前から砂原に向かっているとのことだった。

 

「まぁギルドでも分かってないってことは、村の人も知らなくて当然か」

「そりゃね。それに、分かってても開示はしてないと思う。危険性がある以上、村の人に情報開示して危険に突っ込むような人が出たらマズいし」

 

 当然ながら、ハンターズギルドは一般人を危険に晒すような情報の開示はしない。ハンターにすら、情報の開示は慎重に行い、村民の混乱を招かないよう、細心の注意を払っている。狩場とは、実のところ、一般人が入るには相当危険な場所でもある。

 

「まぁ専属ハンターがいないんじゃね……」

「えぇ。わたくしがあの方に、ボルボロスの狩猟を依頼してしまったので……」

「はぁ。そりゃまたなんで」

「ギルドの一部が老朽化で脆くなってきまして、その修繕材料をと……」

「あー、それじゃ仕方がない……ってうわっ!?」

「いや、なんで今までさらっと会話してたの? 初めまして村長さん。お噂はかねがね」

 

 ホントだよ。自然と会話をしていたけれど、なんでそんな違和感なく続けられたんだ私。

 会話にスーッと割り込んできたのは、着物姿の竜人さん──この村の村長さんだった。竜人さんは普通の人間よりも寿命がはるかに長いので、年齢は不詳、というか聞いてもにこやかにスルーされるだけなのだけれど、見た目はとにかく若々しい美人さんだ。その美貌はバルバレやドンドルマでも度々話題に上がるほど。

 で、ハンターさんがいないのは彼女が狩猟依頼を出したかららしい。まぁ、いつ何が起こるかわからないしね。仕方ない。

 

「はぁ……どなたか、渓流の調査に行ってくれないかしら……」

 

 チラッチラッてこっちを見てくる村長さん。

 

 いや、まぁ、良いんですけどね、行くつもりだったし?

 

 

 ……露骨すぎませんか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 というわけで、やってきました渓流。あれからすぐに準備して出発したから、着いたのは明け方になった。とはいえ、あたりはだいぶ明るいし、視界もさほど悪くはない。

 

 ただ……

 

「やっぱ変な感じ。気配っていう気配が感じられない……」

「ニャ……虫ならいくらでもいるんだけどニャ。ガーグァとか、ジャギィとか、ちっこいモンスターの気配も感じられないニャ」

 

 普段の狩りのやり方がそうさせるのか、私やシルヴィは気配というものに敏感だ。だから、なんとなく周囲にどれくらいのモンスターがいるかとか、そういうのが分かる。

 

 けれど、今日はそれがない。普段は水底の虫をつついているガーグァや、逸れたガーグァを狙うジャギィといったモンスターが全くいないのだ。もともと生命力にあふれた場所である渓流で、こんなことが起こる可能性などなきに等しい。

 

 おかしいのはそれだけではない。

 さっき上げたような出来事は実のところ、ごく稀ながら起こりうる。その場合、その地域には非常に強力なモンスター、通称“古龍”の出現が影響している。人知を超えた能力を持つ彼らのオーラというべきか、そうした雰囲気に怯えて、大型小型に限らず小動物に至るまで、全ての生き物が逃げ出してしまうのだ。

 

 しかし、さっきシルヴィが言った通り、()()()()()()()()()()のだ。つまり、古龍が出現したわけではない。というか、渓流に古龍現れたこと自体なかったと思うが。少なくとも私は覚えていない。

 

 ゆえにこそ、今回の事件は、本当に不気味だ。

 

 

「とりあえず、全域見回ってみようか。何か違反の原因とか分かるかもしれないしね」

「そうだニャ……なんかヤな予感がするけど、どうしようもないか」

 

 そう言って、私たちはベースキャンプを出た。

 

 

 ◇◇◇

 

 周囲が木に囲まれているエリア5。いつもは木々のせいで薄暗いような場所なのだけれど、今日は()()()()()()()()

 

「……割とあっさり、それっぽい痕は見つかったね」

「ユクモの木がこんなメチャクチャに……」

 

 倒れ伏した木々の数々。なぎ倒されたというかへし折られたというか。根元から掘り起こされたようになっているものや、乱暴に圧し倒されたようなものが目立つ。中には、焼け焦げたようなものもあった。

 

 それともう一つ。

 

「これ、なんだろ……」

「ハチミツじゃニャいか? そこにハチの巣落ちてるし」

「ハチミツかなぁ……?」

 

 黄色っぽい、表面が少しべたついた欠けらのようなもの。側にはたしかにハチの巣が落ちているし、まぁ、そんな気もしないではないけど。

 

 しかし、それ以外に特にめぼしいものがあるわけでもなく。ただ、()()()()()()()()()()()()()という推測しかできなかった。

 

 その後も、私たちは各エリアを見て回ったけれど、同じような跡が残る以外に目立った変化はなかった。エリア3を根城にしている野良アイルーやメラルーも逃げ出したようで、彼らから話を聞くこともできずじまいに終った。

 

「一旦戻ろっか。もしかしたらこういうことができそうなモンスターいるかもしれないし」

 

 シルヴィが無言で首肯を返したので、私たちは一度戻ることにした。

 ……せっかくだからタケノコも持ち帰ることにして。

 

 

 

 

「……そうですか。ユクモの木が……」

「えぇ。かなり手酷くやられてました。林業に大きな影響は出ないと思いますが……」

 

 知らせを聞いた村長さんは、やはり表情を曇らせた。ユクモの木が村の名産であることもそうだし、近隣の自然がこう荒らされてしまうのはやはり思うところがあるんだろう。

 

 先程の跡を報告したものの、やっぱり心当たりがある人はいなかった。この地域でそんなことができるモンスターはほとんどおらず、せいぜいがアオアシラ、あとは、稀に現れる雷狼竜 ジンオウガくらいだろうとのことだった。

 しかし、アオアシラの形跡はほとんどなかったし、ジンオウガも、少し前まではいたが、何日か前に忽然と姿を消したという。つまり、彼らは下手人じゃない。

 

「訳がわからん」

「今までこんなことが起こった試しがねえし、ジンオウガだってこんなことするようなモンスターじゃないはずだしなぁ」

 

 ジンオウガは、一度敵対すれば恐ろしいモンスターだけれど、基本的にはおとなしいモンスターだ。テリトリーを侵されたとしても、人間程度では相手にされることもない。「無双の狩人」という異名があるように、並大抵の生き物は彼らの敵ではないから。

 

 

 だから、そんなジンオウガが、今の渓流であそこまで暴れるはずがない──そう思っていた。

 

 

「そ、村長! 渓流で、じ、ジンオウガが暴れてるって! なんかもう、見境なく荒らしまくってるみたいだ! このままじゃ渓流に生えてるユクモの木が全部ダメになっちまう!」

 

 門番さんの、切羽詰まった報告を聞くまでは。

 




というわけで、前書き、本編の通りジンオウガ篇となります。想像以上にジンオウガに苦戦しそうですが、頑張ります。

さて、死神狩猟日記も7話となりますが、主人公のフェイの詳細プロフが未だ詳しく記載してないよなーって思いまして、この場を借りて紹介させていただきたいと思います。
また、オリジナル要素タグもつけた方がいいなと思ったので、付け加えておこうと思います。更新前には追加されているかと。

◆人物紹介◆
フェイ=ソルシア
HR5
見た目:銀髪のポニーテール、アメジスト色の瞳
得物:太刀(ダークサイスS)
防具:誘死の外套(下にランポス革製のベストなど着用)

肝心なところでボロを出す、あがり症持ちの太刀使い。得物の大鎌の一太刀で対象モンスターを討伐するという狩猟法から“死神”の異名を持つ。
受付嬢のセラと鍛冶屋のクラリスとは親友。相棒に、同じく銀毛のアイルー、シルヴィがいる。

補足として、ダークサイスSと誘死の外套についても。

ダークサイスSの方は、見た目は普通のダークサイスと同じですが、切れ味が紫5 赤50 というような、「一度斬ったらあとはなまくら」という武器だと思っていただければと。
誘死の外套については、「羽織るだけで隠密、抜刀術【技】、超会心が発動するものの、防御力がほぼゼロ」というような防具。というか服。


と、オリジナル要素の説明もあり、あとがきが長くなりました。長々と申し訳ありません。
次回もまた、よろしくお願いします。それでは。



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雷狼、吼える。

そろそろ定期投稿が崩れるかも……別作品も考えてたりしますし、リアル事情もあるので許してください(土下座)


 戻ってきたばかりだったというのに、またまたやって来ました渓流です。しかしながら、今度は前回のように悠長に探索を行っている場合ではない。一刻も早く、ジンオウガを止めないと。

 

 今度は夜の渓流。幸い、夜空に雲は殆どなく、月や星の光が水辺を照らし出してくれている。夜中、殊更暗くなるエリア5も、先の異変の影響で今は光が全体に行き渡っているはずだ。フィールドのコンディションも()()()()()

 

 けれど、それ以上に気になるのが──

 

「……シルヴィ、こないだ見た木とか、ジンオウガの仕業だと思う?」

「……いや、ジンオウガはあんなことするはずがないニャ。そもそも、やつらのテリトリーである渓流を荒らす理由がない」

 

 私が疑問に思っているのと同様、シルヴィも昼間の惨状がジンオウガの仕業とは考えていないらしい。

 

 ジンオウガは、元々山奥に生息していたモンスターだ。彼らは群で子を育て、ひっそりと暮らしてきた。肉食性であるため、自然を破壊して餌を集めるということもなく、開けた場所で発見されたことが皆無であったために、正式に確認されたのはつい最近。

 ちなみに、昨今、渓流で見つかるようになったのは、嵐龍と呼ばれる古龍が現れたことで元のテリトリーを追われ、渓流に住み着いてしまったからだという。

 

 とにかく、ジンオウガがあのような自然破壊を行うことは非常に考えにくいのだ。

 となると、あの惨状を引き起こした存在はおそらく……

 

「ジンオウガに害を成そうとした何者か……ってことかな」

「多分ニャ。おそらくは別種の大型モンスター……渓流ならドボルベルクとか、ナルガクルガとか……ラギアクルスもなくはないけど、多分違うかニャ」

「ナルガクルガにあそこまでの力はないはずだし、ドボルベルクあたりが妥当かなぁ」

 

 害を成そうとした、とだけ言うなら、密猟者という線もあったけれど、人間相手にあの惨状を引き起こすような事態にはならないだろう。

 シルヴィがあげた三体のモンスターはどれも危険なモンスターだが、ナルガクルガとラギアクルスは無いと言えるだろう。

 まず、ナルガクルガにはあんなことができるほどの膂力は無い。彼らは木々を飛び移り、素早い動きで翻弄する戦い方をするからだ。

 もう一方のラギアクルスも、陸上においては本領を発揮し得ない点で無し。海竜の名の通り、彼らの実力は水中でこそ発揮されるが、陸上では弱体化してしまう。

 

 一方、ドボルベルクは“尾槌竜”という別名にあるように、尻尾が大槌のようになっているのが特徴的なモンスターだ。体格も非常に大きく、比較的大柄なものが多い獣竜種の中ですらトップクラス。その巨体を活かした攻撃は、木をへし折ることなど造作もなくやってのけるだろう。基本的に温厚な性格だが、縄張り意識が強く、テリトリーを侵された場合は獰猛極まりないモンスターとなる。だから、ドボルベルクなら一応納得はいくのだけれど。

 

「ま、今の私達には関係ないことか。まずはジンオウガを止めないとね」

「よく見かけられるのは、エリア4〜7かニャ。特にエリア5と7」

 

 エリア5は、先日のユクモの木がめちゃめちゃにされていた場所。エリア7は川辺。背の高い草が生えているため、視界は良くないけれど、私にはむしろ好都合だ。ジンオウガから姿を隠し通せるかは微妙だけど。

 ここは、エリア7から探した方が良いかも。エリア5の方にいる気はするけどね。

 

「キャンプを出たら、エリア1、4、7、6、5で順繰りに探そう。いつも以上に慎重に、警戒を怠らないで。普通のジンオウガよりヤバいかもしれないから」

 

 私のプランと警告にシルヴィは無言で頷いた。もっとも、今のシルヴィはいつも通りの冷静沈着の権化みたいな存在に戻っているので心配はしてないけど。……あの時はどうしたんだろうか。

 地図を閉じ、ポーチの再確認。といっても、大したものは持っていない。砥石と元気ドリンコが少し、けむり玉、モドリ玉。それと携帯食料。この前の狩りで完全に信用を失ったので、大切なものは全部シルヴィが持っている。安心だけどものすごく虚しい。

 

 本当は落とし穴も持ってこようと思ったけれど、断念した。罠は便利だけれど、長期間放置すると効力を失ってしまう。まして、相手はあのジンオウガだ。渓流のほぼ全域で活動するからいつ罠にかかるか分からないし、その時を一ヶ所で待ち続けるのは得策とも言えない。

 それに、ジンオウガは()()()()手強い。あの俊敏な動きで背後を取られたら十中八九アウトだ。罠を仕掛けている間にやられるなんてザラ。なんとか動きを止めて、一瞬の隙をついて倒すしかない。

 

 一応、シビレ罠も持ってきたけれど、こっちは使えるかどうかわからないのでアテにはできない。あくまで予備。

 対ジンオウガにおいて、シビレ罠はちょっと特殊な扱いだ。詳しくは彼らの生態が絡むので省くけれど、条件さえ満たせば落とし穴より長い時間拘束できる。落とし穴よりも簡単に設置でき、天候などに関係なく効力を発揮できるのが大きな利点だけど、全く効かずに壊されてしまうこともある。アテにできないのはこれが理由だ。

 

「よっし、始めるよ」

 

 少しだけ欠けた月に見守られ、私たちの狩りが始まる。

 

 

 ◇◇◇

 

「まさか、ここにもいないとはね……」

「エリア2とか9とか、他のエリアにも行かないことはないから、そっちにいるのかもニャ」

「んー、ペース狂うなぁ……」

 

 予定通りに各エリアを巡って本命のエリア5まで来たのだけれど、肝心のジンオウガはどこにも見当たらなかった。シルヴィも言った通り、おそらくは別のエリアにいるんだろうけど、会敵はともかく発見くらいはしておきたかった。

 一番良いのは、渓流を去ってしまったというケースだけど、望み薄だろうなぁ。

 

「しっかし、やけに明るいね……こうも開けてると、ちょっと不気味にまで思えてくる」

「普段は木が生い茂ってて、月とか見づらいからニャ……違和感はすごい」

 

 何者かによって木が根こそぎ倒されたことで、いつもは見づらい空が、今日はよく見える。満点の星空とはこういうことを言うんだろう。街のような、人の営みの感じられる暖かさとは違った良さがある。帰ったら、ユクモ村の高台から天体観測なんてのも乙かもしれないな。

 おっ、今流れ星っぽいのが。ちょうどこう、目の前をすーっと──

 

「シルヴィ、飛べッ!」

「は?」

 

 咄嗟に叫んだ私につられて、シルヴィが大きく飛び退る。

 

 その直後のことだった。

 

 バキバキバキッ!

「ニャァァアアアッ!?」

 

 青白い閃光が走り、それとほぼ同時に足元に転がっていた木々を勢いよく踏み砕く音が響く。

 

 顔を上げると、そこには一体のモンスター。

 

 金と薄青の甲殻、白い帯電毛、そり立つ二本の角。

 身体をゆっくりと起こしながらこちらを睨みつける()の身体中からは、雷光虫の黄金色の光と、彼自身の青白い雷光が放たれている。

 その佇まいからは漂うのは、並みのモンスターにはない絶対的強者の風格。

 

 雷狼竜、ジンオウガ。またの名を、無双の狩人

 

 気を抜きすぎだ私……!

 

「グゥォォォオオオッ!!!!!!」

 

 

 思わず耳を塞がほどの咆哮。自分の意思とは関係なしに、本能的に竦む足を殴りつけ、無理やり体を動かす。

 

 

「シルヴィ、怪我はない!?」

「大丈夫だけど、これはマズくないかニャ……!?」

 

 シルヴィも両耳を抑えながら、焦った声を上げる。

 

 普通のハンターならば、木々による視界の悪化もなく、普段の夜の渓流での狩りよりも良い動きができるだろう。

 だが、この場において「私が隠れられる場所はない」ということは、私にとって最大のディスアドバンテージ、どころか無力化されたに等しい。つまるところ()()のコンディションだ。

 今この場で、私が取れる選択肢は一つしかない。

 

「シルヴィ、しばらくの間、ジンオウガの気を引きつけてくれる?」

「いつまで?」

「ジンオウガの意識に、シルヴィ以外の何者も残らないくらいに」

「なんつーアバウトで無茶な要求だニャ」

 

 こんな状況だというのに、私の相棒は苦笑いできるだけの余裕があるらしい。頼もしいことだよホント。

 

 ジンオウガの意識が少しでも私に割かれているうちは、私たちに勝機はない。

 ジンオウガに致命傷を与えるには、顔面、正確には脳天のあたりを狙わなければならない。だが、完全な奇襲でなければ、ジンオウガの顔を狙うことは相当難しいだろう。周囲の木が一掃されている関係で、木々に紛れて態勢を立て直すこともできないし、苦し紛れに身を隠したところで気配を感じ取られてしまうに違いない。

 

 故に、シルヴィに囮になってもらい、敵意をシルヴィのみに集中させる。私という第三者がいなくなったとなれば、ジンオウガは意識をシルヴィのみに向けるだろう。あとは適度なところでシルヴィに撤退してもらい、仕切り直しを図る。そうなってから再勝負だ。

 

「ニャ……ジンオウガ相手に肉弾戦を続けることになるなんて……手裏剣は失敗だったかニャ」

「こればっかりは仕方ないでしょ。気を抜きすぎた私の責任だから気にしすぎないで」

「気にしちゃいないけど、やりづらいからニャ……」

 

 そこは「そっちこそ気にするな」とか言って欲しかったかなー! なんて、ジンオウガと睨み合いながらふざけたことを考えてみる。余計なことを考えていると、案外できそうに思えてくるから不思議。

 

 シルヴィの懸念はもっともで、投擲を主な用途とするナルガネコ手裏剣は相性が悪い。私が普通の剣士ハンターであればそこまででもないのだが、シルヴィはジンオウガとサシでやり合わなければならない。となると、必然的にジンオウガの意識はシルヴィに集中し、手裏剣を投げても避けられて反撃される可能性が高い。

 おまけに、シルヴィの着ているベリオネコSシリーズは、決して雷属性の耐性が高いわけではない。シルヴィは「当たらなければどうってことはない」なんて言っているけど、心配せざるを得ない。まぁ、実際シルヴィが被弾することってほとんどないんだけどね。

 

「ま、結局のところボクの役目は囮なわけだし、()()()()()やればどうにかなるニャ」

「……任せたよ、相棒」

「なんニャ突然。キモチワルッ」

「ひ、酷くないですかシルヴィさん」

 

 頼りにしてるって言ったのになぁ。帰ったら飯抜いてやろ。

 そんじゃま ──

 

「ゴー!」

 

 再起をかけた、()退()()の始まりだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 フェイの掛け声と同時に、シルヴィは手裏剣を投げ放ち、フェイもまたジンオウガめがけて走り出す。シルヴィの放った手裏剣は、曲線を描いてジンオウガに肉薄する。

 だが、その程度で対処を焦るジンオウガではない。小さく後ろへと飛び退さり、着地と同時に四肢に力を込める。右前足へ溜め込んだ電力が集中し、薄青の光を帯びる。そして、懐へと飛び込んできたフェイめがけて、前足を振り下ろす。そうすれば、あっさりと()()()縄張り荒らしを始末できる──はずだった。

 

「よいしょォッ!」

「!?」

 

 しかし、ジンオウガの目論見は外れ、フェイはジンオウガの目前に至っても止まることなく、振り上げた前足の下をくぐり抜けて走り去ってしまったのだ。一瞬困惑するジンオウガだが、すぐに追撃せんとばかりに数多の雷光虫による攻撃を試みる。

 

「よそ見してんなオラァッ!」

「グォウッ!?」

 

 だが、今度は背後からジンオウガに飛びかかる影がある。直後、フェイめがけて振り向いたジンオウガに、シルヴィが手に持った手裏剣を突き刺した。小さいながらも鋭い痛みに、思わず声が上がる。

 

「ほらほら、どんどんブッ刺すニャッ!」

「ウグルルル……ッ!」

 

 ジンオウガの背中に着地したシルヴィは、そのまま剥ぎ取りナイフを使って背中をズタズタに引き裂いていく。通常の体であればさほどの痛みは生じないが、今のジンオウガは超帯電状態。本来は閉じている甲殻が展開されているため、その下の柔らかい表皮がいくらか露出している。そこに刃を突き立てられるともなれば、明確な痛みがジンオウガを襲う。

 

「グルル……グァウッ!」

「ちょ、わっ、おわぁっ!?」

「グルァッ!」

「そこで尻尾はマズ……ッ!? ニャァアッ!?」

 

 だが、彼もやられっぱなしではない。シルヴィを背中に乗せたまま転げまわり、バランスを崩したシルヴィを振り落とし、そのまま体を回転させて尻尾を横薙ぎに叩きつける。

 尻尾の直撃を食らったシルヴィは、そのまま地面を転がり、倒木の一つへと体を強かに打ちつけた。

 

「クッソ……ちょっと攻めすぎたかニャ……? いや、それよりもだ……」

 

 すぐさま体を起こし、追撃とばかりにジンオウガが振り下ろした前足を回避。体の下をくぐり抜けて、ジンオウガの背後へと回る。

 背後に回ったシルヴィが注目したのはとある一点。あるものと思い込み、先程奇襲をかけた時には気づかなかった、ジンオウガの明確な異変。

 

「お前の尻尾、何にやられた……!?」

 

 脳裏に浮かぶのは、ジンオウガの奇襲によって踏み砕かれた木々。

 

 ジンオウガの尻尾は、とある一点から先がぐしゃりと踏み潰されたかのように、無残な姿へと変わり果てていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

「……ッ! さっきからヒヤヒヤさせてくれるわね、アイツってば……」

 

 エリア5を抜け出した私は、そのまま真っ直ぐにベースキャンプを目指し、今度はエリア2へと向かった。天然の石の階段となっている崖下には、シルヴィとジンオウガの戦っているエリア5が広がっている。ジンオウガも、このエリアから石の階段を伝ってエリア5へ逃走することがあるらしい。

 

 ここから、キャンプ内に常備されている観測用の双眼鏡で戦いの様子を観察しているわけだが、気づいたことが二つある。

 まず、ジンオウガがやけに荒々しい戦い方をしていること。遠くから観察している私でさえ、思わず鳥肌が立つほどの威圧感だ。これほど凶暴なジンオウガは聞いたことがない。

 そしてもう一つ。ジンオウガの尾の先が砕かれ潰れていることだ。さっきジンオウガとすれ違いざまにも見たあれは間違いではなかったらしい。恐らくながら、ジンオウガが凶暴化している原因の一つでもあるだろう。

 

 だが、あの尻尾の有様を見て、私はどうしても解せないことがあった。

 

「ドボルベルクが、あんな形で尻尾を潰すようなことをするかな……」

 

 ドボルベルクならば、たしかに尻尾を叩き潰すくらい造作もないことだろう。

 だが、彼らの尾を使った一撃は、あんな形で尻尾が残るほど軽くはない。多少の岩ならば難なく砕けるほどの威力を持っているのに、ジンオウガの尻尾が千切れないわけがない。

 幼体のドボルベルクならあり得るかもしれないが、成体のジンオウガが子供のドボルベルクに遅れをとるとも考えられない。

 

 つまり、ドボルベルクも今回の一件には関わっていない。

 

「一体、何者がいたっていうのよ……わけわかんない」

 

 何もかも振り出しに戻り、どころかますます謎が深まっていく。答えの出ない問題を前に、私は思わず頭を抱えたのだった。

 

 




ぴったり6000文字です。特に意図はしてなかった(ホント)。
無双の狩人篇ですが、前章のギザミ篇ほど長くはなりません多分。というか、あれは長すぎたかなぁと。モチベもダダ下がりになってしまいましたし。ともかく、次回でジンオウガ篇は終わりになるはずです。

まえがきの通り、週一投稿維持が厳しくなってまいりました。Twitterでバンドリ二次書くかーなんて言ってしまったのもあって、そっちも動かなきゃいけませんし、ずっと考えてるモンハンのもう一作も書きたいですし。できそうなら来週も投稿します()

それでは、次回もよろしくお願いします。


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鮮血に舞う

詰め込み過ぎた感ある()


「ぐっ……ニャオラァッ!」

 

 ジンオウガに対し単身囮を演じるシルヴィは、劣勢へと追い込まれていた。

 アイルーは人よりも体力に優れ、そうそうスタミナ切れは起こさない。しかし、ジンオウガの苛烈な攻撃を避け続けながら自身も攻撃を加えていくという行為はシルヴィの神経を摩耗させ、集中力をすり減らしていく。はじめは余裕をもって回避できていた攻撃に当たりかけたり、間一髪のところで攻撃を受けてしまうことも出てきた。

 一方で、ジンオウガの動きはより洗練されてきている。シルヴィの動く先を見越した挙動が増えてきているのが何よりの証だ。無双の狩人という二つ名は伊達ではない。

 

 しかし、それは裏を返せば“シルヴィ以外に対する意識がなくなってきている”ということでもある。ジンオウガの目的が「侵入者(シルヴィ)の排除」であるのに対し、シルヴィの目的は「ジンオウガ の敵意を引きつけること」。この辺りが潮時と見ても問題ないはずだ。

 

「それじゃ、ボクも撤退……ニャッ!」

「グルルォ!?」

 

 繰り出されたタックルをシルヴィはあえて受け、吹っ飛ばされた衝撃を受け身で分散させつつ、懐から取り出した閃光玉をジンオウガの目の前で炸裂させた。追撃を加えようとシルヴィに向かっていたジンオウガに防ぐ術はなく、強い光に目を焼かれ、一時的に視力を失う。

 態勢を立て直したシルヴィは、ジンオウガがむやみに暴れているのを確認すると、そのままベースキャンプへと撤退した。

 

 ◇◇◇

 

 

「お疲れ様……大丈夫、じゃないよね、どう考えても」

「これで大丈夫に見えてたら医者に連れてくとこニャ」

 

 ベースキャンプに帰ってきたシルヴィは満身創痍だけれど、皮肉が返ってくるくらいだし無事と見て良いだろう。

 

 エリア2から戦いを観察していた私だけど、風に流されてきた雲によって月明かりが遮られ、シルヴィの位置の判別が不可能になったあたりでキャンプに戻った。

 戻ってからは、地図とにらめっこしながら作戦を練っていたわけなのだけれど。

 

「その顔じゃ、良い案は見つからなかった、って感じかニャ」

「ご名答……渓流って、どこのエリアでも隠れるには不向きだったりするのよね……エリア9には休眠くらいでしか行かないし、奇襲向きのエリア5は見事なまでに開拓されてるし」

「ユクモ村には悪いけど、普通のハンターなら喜びそうな変化なんだけどニャ」

 

 渓流は視界が開けている場所が多い。それこそ、エリア5と7くらいで、その他のエリアは傾斜もなく、障害物も少ない。そのため、基本的にモンスターの奇襲を受けることはなく、下位クラスのハンターが狩りの基本を掴むためのフィールドの1つに選ばれやすい。当然ながらいつでも危険度が低いわけではないので、あくまで選ばれやすい程度だけど。

 が、私にとって、それは非常にやりにくいフィールドとなる。視界が開けているということは、モンスター同様にハンターも奇襲のしにくいフィールドと言えるからだ。

 

 まして、今回はあのジンオウガが相手だ。下手な奇襲は返り討ちにあうのが目に見えている。

 

 

 ここは、苦肉の策を取るしかないのか……。

 

「シルヴィ──」

「もう一度、ジンオウガと単身で対峙、応戦。フェイの気配を悟られないように動きつつ誘導。フェイがトドメ……こんなところかニャ」

「……うん、お願い」

 

 やれやれと溜息をつくシルヴィに、私は申し訳ない思いでいっぱいになる。

 

 シルヴィのことは変わらず信頼している。あのジンオウガを相手にしたって、シルヴィならば遅れをとることにはならないと断言できる。

 けれど、それは万全の状態で挑んだ時の話だ。今のシルヴィは、ついさっきまでジンオウガとの激闘を繰り広げ、消耗している。ジンオウガが手負いとはいえ、恐ろしく強いことに変わりはない。

 加えて、あのジンオウガはどこか変だ。いつ何が起こるのか分かったものではない。

 

 シルヴィへの信頼を、得体の知れない不安が上回ってしまう。安心して()()()()()()()()()

 

「フェイ」

「……何?」

 

 そんな時、シルヴィが私の名前を呼んだ。さっきまでとは違う、少し冷たい声音。同時に、その中に確かに感じる呆れ。

 

「フェイは、ボクが負けるとか思ってるニャ?」

「……ううん」

「じゃ、何を怖がってるニャ」

 

 これまでだって、散々危ない思いはしてきているのに。

 

 シルヴィの言葉で少し納得できた自分がいる。

 

 何かはわからない。分からないが、私は()()が怖い。得体の知れないナニカが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私がやられることではなく、シルヴィのことが心配でたまらなかったのだ。

 

「私、多分シルヴィが、なにかのせいでいなくなることが怖いのかも知れない。あのジンオウガは手強い上に何か変だし、まだ渓流の異変の原因もわかってないし……」

「なるほど……ま、気持ちは分かるけどニャ」

 

 苦笑いを浮かべるシルヴィ。気持ちが通じたと思って安堵したのも束の間、次の一言で、私は凍りついた。

 

「つまり、フェイは()()()()()()()()()と」

「……え? ち、違う、そんなこと──」

「どこが違うんだニャ。そんなよくわからない不安要素でボクが死ぬって思ってるってことは、つまりは()()()()()()()()()()()()()って思われてるってことでしょ」

 

 違う。

 たったその一言が、今度は出なかった。「どんな状況に陥っても、シルヴィなら切り開いてくれる」と、今の私は断言できずにいて、それが怖いと認めてしまったのだから。

 

「随分とまぁ、なっさけない顔になったニャ、フェイ」

「……ゴメン。確かに私、シルヴィのこと信頼できてない。今この状況において、アナタを信じられない」

「ま、ちゃんとそれがわかっただけ良しとするかニャ……」

 

 だけど、と言葉を続けたシルヴィを見上げる。白銀色の体毛とは対照的な漆黒の瞳には彼自身のハッキリとした感情が宿っていた。

 

 「侮るなよご主人」

 

 それは怒り。信頼を寄せてくれない主人(わたし)に対する反感。バカにするなという自信の表れ。一対の黒い瞳は、ひと睨みでその全てをわたしに叩きつける。

 

「これでも、基本的に役立たずなご主人を支えてきた実績があるんだニャ。この程度、いつもと何か違うかニャ?」

「うぐっ」

 

 容赦のない一言は、けれど今度はどこか暖かくて。

 

「フェイはいつも通り、モンスターの首かっ捌けば良いだけの話ニャ」

 

 その一言に、私の不安は取り除かれた。

 

「──決行はエリア5。私は倒木の陰にでも隠れるしかないから、私がいる方向を振り向かせないくらいにジンオウガを引きつけて」

「タイミングは?」

「私がいけるって判断したら手で合図する。そっちにも気を配って」

 

 返される無言の首肯。私は立ち上がり、傍にあった外套を着用する。

 少し取り乱したけれど、シルヴィのお陰で今は大丈夫。パチリと頬を叩いて気合いを入れ直す。

 どれだけ凶暴な相手であっても、当たらなければどうということはない。被弾するより先に、いつもみたいに一太刀を狙うだけの至極()()な話だ。

 得体の知れない何かに怯えている暇なんてない。まずは“今”を切り抜けることだけを考えればいいんだ。

 

「一狩り、始めるよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ジンオウガは先の戦闘からしばらく経った今もなおエリア5にいた。全身から迸る蒼光が、まだ警戒を解かずにいることを示している。

 

 シルヴィは見つからないように身を屈めながら、反対側のエリア6からやってきたフェイからのハンドサインを確認。

 

『始めるタイミングは任せる』

 

 仕掛けるタイミングはフェイ次第だが、陽動はシルヴィ任せ。その方がやりやすいのは確かなので、シルヴィは少しは気が楽になった。

 

『いくらか時間かけて大きい切り株のとこまで誘導して。けど、最初の3分くらいはそっちの方を向かせないように。私はその3分で配置につくようにするから』

 

 相変わらずめんどくさい指示を出すと、先ほどの打ち合わせを思い出してため息が漏れた。

 チラリと目をやれば、こっそりとフェイが移動していくのが見える。3分もかけずに到着しそうだが、本人のスタンバイ込みでの時間配分だろう。

 

「っとと……それッ!」

 

 ジンオウガの足元を掠めるように手裏剣を投擲した直後、叩きつけられた殺気に思わず身が竦む。よそ見をしすぎるとコイツ(ジンオウガ)に持っていかれる。あの調子ならフェイの方は大丈夫だろうと判断し、シルヴィはジンオウガに意識を集中させた。

 叩きつけられる前足での攻撃を避けながら思い出すのは、先ほどフェイが見せた表情。自覚はないだろうが、得体の知れない恐怖に怯えた表情は、奇しくも()()()と似ていたように彼は思う。

 

「ふざけるニャ……」

 

 雷光虫による牽制を左右に飛び避けながら思い出したあの表情に、さっき抱いた感情までも再び首をもたげる。

 

 腹が立った、程度の話ではない。血が沸き返るような思いに駆られた。

 情けない顔を見せたことに呆れを感じなかったわけじゃないけれど。そんなことで自分は怒りはしない。

 

 ()()()()()()()()()()()何より怒りが抑えきれなくなりそうだった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに、憤りを隠せなかった。

 

 自分はまだまだ頼りなく見えるのだと。

 ()()()()の相手ですら不安にさせてしまうのだと。

 

 情けなくてならなかった。

 

 体を大きく使ったタックルをいなし、隙を見せたジンオウガの懐に入り込んで、ガラ空きの胴体に手裏剣の刃を突き立て、そのままえぐり引き裂く。吹き出した鮮血に体は赤く染まり、熱い血液が冷めた体を暖める。

 

 やろうと思えばこれくらい圧倒できる。アイルーにはジンオウガを単体で仕留められるほどの力はないかも知れないが、それでもこれくらいできる。

 

 なのに。

 

 

「グォオオオオッ!」

「うるさいッ! ……ニャッ!?」

 

 怒りに身を任せ興奮したジンオウガ相手に、なんの躊躇もなく飛び込む。手裏剣を投げつけ、開いた傷口に、直接刃を突き立てる。組みついて間も無く、大きく暴れたジンオウガに振り落とされ、体勢を立て直すべく距離を取る。

 

 ジンオウガを見上げてみれば、敵意と憎悪で満ち満ちた目を光らせている。

 そんな顔が()()()を思い出させて、なおのこと腹が立った。

 

 大きく跳ねたジンオウガに怒りに任せてもう一度手裏剣を投げつけてやろうとしたところで、いい感じに切り株の上に誘導できていると気づいた。見れば、陰からフェイのサインも出ている。

 

(熱くなりすぎたニャ……)

 

 状況を忘れるほどに熱くなっていたことに、我ながら呆れる。ついさっきフェイに向かって「役立たず」なんて言った割に、自分も大概だったとシルヴィは嘲笑を浮かべた。

 フェイの目を見て頷き返し、ジンオウガを舞台(処刑台)へと誘う。

 

 忘れてはいけない。けれど、それにとらわれる必要も無い。

 かつてそう言ってくれた男性の言葉を思い出し、雑念を振り払った。

 

 そうだ。今は余計なことを考えている暇はない。

 

 ただ、この危なっかしい主人を助ける、それだけを考えていればいいんだ。

 

 持ち上げられた両足を見て、シルヴィはほくそ笑む。

 

「さ、あとはそっちの仕事だニャ、ご主人(フェイ)?」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「よしっ、いいとこ来てる……!」

 

 切り株の陰から、私はこっそりとシルヴィとジンオウガを見守っていた。

 やっぱり調子が少しおかしいように感じさせる、シルヴィはそんな危うい動きが見られた。けれど、それも一瞬のことで、攻撃を受けてもすぐに立て直し、即座に手裏剣で切り返している。ヒラリヒラリと攻撃を躱し、いなす姿を見て、私自身も仕留める準備に入る。

 

 と言っても、殺気を殺している以上ジンオウガに気取られる心配はない。ダークサイスを構えて、ジンオウガの喉元に一太刀加えれば良いだけの話だ。

 大丈夫、私の相棒(シルヴィ)はきっと完璧に仕事をこなしてくれる。

 

 こちらを盗み見たシルヴィに合図し、私も鎌を構えた。

 

 切り株まで残り5メートル。

 呼吸を整え、腰に力を入れる。

 

(4……3……)

 

 緊張で足が震える。それでも──

 

(2……1……)

 

 必ず()るんだ。

 

「0ッ!」

 

 ジンオウガが切り株の上に乗り、私の頭上に、その無防備な喉元が晒される。

 私は側面に絡まる蔦を足がかりに、ジンオウガの喉元へと肉薄。突如現れた私に、ジンオウガも反応が遅れているのがわかる。

 

 確実に獲った。

 

「──あっ!?」

 

 そう思った矢先、私は思い切り蔦から足を踏み外し、バランスを崩した。

 緊張が高まったからなのか。それはもう、思いっきり踏み外した。

 それでも首に突き立てんと振るった鎌は、当然のごとく空を切る。

 

「グルルォォォオオオッ!」

 

 これまた当然、ジンオウガは怒りの矛先を私に向けた。

 

「まっず……!」

「グォウッ!」

「ちょ、やばっ」

 

 一撃で仕留める絶好の位置から一転、私は窮地に立たされた。

 頭突きとともに振り下ろされたジンオウガの角を、ダークサイスの柄で受け流す。それでも流しきれなかった衝撃が、私の体を宙へと浮かす。

 着地した直後、シルヴィから鋭い声が届いた。

 

「フェイッ! 早く飛び退くニャッ、フェイッ!」

「え?」

 

 私が顔を上げた瞬間、目に映ったものは、青白い雷光。

 避ける間も無く飛来したそれは。

 バチバチと爆ぜる音ともに──

 

「ぅぁあああっ!!!!」

 

 引き裂くような鋭い痛みとともに、私の身体を激しく灼いた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「フェイッ! クソッ、これじゃネコタクも呼べないじゃニャいか……!」

 

 ジンオウガの雷光虫弾をまともに受けたフェイは、外套が燻る黒い煙とともにその場にくずおれた。ジンオウガに一人対するシルヴィは猛攻を凌ぐので手一杯で、ネコタクを呼ぶための合図も送れない。

 

(このままじゃ、フェイがヤバい……っ)

 

 外套の下に着込まれたランポス革のベストによって電撃は軽減されているはずだが、それでも絶縁体ではない以上身体への影響は少なからず残っているはずである。

 早くなんとかしないと。そう思った直後のことだった。

 

 ──ゾクリ。

 

「ッ!?」

「グルル……ッ」

 

(こ、れは……殺気……!?)

 

 背後から突如走る悪寒。

 冷たいなどでは緩い、凍りつくような高密度の殺気。それはまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ジンオウガもそれを感じ取ったのか、動きを止めてシルヴィの背後を見やる。

 

 そこにいたのはただ一人。

 

「フェイ!? そんな、立てるはずが……!」

 

 先程倒れ伏したはずのフェイが、首を小さく回しながら立ち上がっていた。

 

 けれど、彼女が纏う空気は、普段のそれとはかけ離れていて。

 

「いったいなぁ……()()()()()()()にやられるとか、ちょっと腹立つかも」

 

 おぞましいくらいの冷たさを纏っていた。

 

「シルヴィ、そこどいてー」

 

 まるで普段の生活の中でかけるような軽い言葉。それなのに、シルヴィの本能は強く訴えかけてくる。

 

 逆らうな、と。

 

 よいしょ、とダークサイスを拾い上げたフェイは、軽く膝を曲げ伸ばし、疾走の構えを取る。そこに気負いのようなものは感じられず、その余裕さにはジンオウガを軽視しているようでさえある。

 

「それじゃ──行くよ」

 

 一言発したフェイは、次の瞬間、目にも留まらぬ速さでジンオウガに肉薄する。ダークサイスを力み過ぎない程度に構えて、それでいて姿勢は崩さずに。

 一呼吸遅れて、ジンオウガも応戦しようと右足を振り上げるも、もはや手遅れであった。

 

 ブツリ。

 

「クォァッ!?」

「遅いよ……もっと早く動いてくれなくちゃ」

 

 前足が振り下ろされるよりも速く、フェイが鎌を振り抜き、ジンオウガの股関節が切り裂かれる音が鈍く響く。

 それは硬い甲殻のわずかな隙間を1ミリ違わず振り抜くということであり、なおかつジンオウガの動きを完全に見切っていたことを示す。

 

「グァウ……グルル……」

 

 ジンオウガは、右前脚の股関節を引き裂かれた瞬間から戦意を失ったらしかった。足を引きずりながらも、必死に寝床へと戻ろうとする。

 だが。

 

「ほらほら、動けなくなっちゃうよ〜?」

「ガァッ!?」

 

 死神(フェイ)はそれを許さない。鈍くなったジンオウガの背後に回り込み、()()()()()両後ろ足の付け根を引き裂く。

 凄惨な、いたぶるのを楽しむような笑みを浮かべて。

 

「どうしてダークサイスが……まさか」

 

 ダークサイスSは、一撃の攻撃力に特化させられた武器。よほどの技を持ってしても、繊細な切れ味を損なわずに使うことはできない。

 そして、フェイがそんな芸当ができる理由は──

 

「あーあ……心折れちゃってるかなコイツ。動こうともしないじゃん」

 

 3本の足を動かすことを封じられ、ジンオウガはもはや這いずることすらやめて、小さく鳴きながら体を縮こめていた。

 

 つまんないの。

 そう言って鎌を持ち上げたフェイは。

 

「じゃ、おやすみ」

 

 躊躇なく、眉間から一直線に、ジンオウガの頭を引き裂いた。

 傷口からは血が吹き出し、脳漿が溢れる。無双の狩人は声を上げることすらなく血に伏せ、フェイはそんなジンオウガの頭を踏み抜き、そのまま地面へと着地した。

 その顔に浮かぶのは笑顔。生命を刈り取った死神の如き微笑み。

 

 シルヴィはそれを見て確信する。

 

 最強と謳われた狩人の1人、“死神”フェイ=ソルシアが目覚めたのだと。

 




バンドリ書いてたらモンハンが書けなくなりました()
お久しぶりの方はお久しぶりです。少々間が空きましたが、エタってませんよ!

なんかスッキリしないかもしれませんが、今回で無双の狩人篇は終了です。書いてる当人が一番スッキリしてません、こういう終わりにするって決めてたのに←
詰め込み過ぎたとは思います反省してますごめんなさい()

物語も佳境に入ってまいりました。今後ともお付き合いいただければ嬉しいです。

話は変わりまして、この度、主人公フェイのイラストを描いていただきました!


【挿絵表示】


もうね「こんなカッコよくて可愛い子がうちのポンコツ娘な訳がない!」って思いましたね。
描いてくださった皇我リキ様には、この場を借りて改めてお礼を。本当にありがとうございました!

では、次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。それでは。


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目覚めの残滓

少し間が空きました。バンドリとか落ち着いて書く気力がなくなってしもた……。
前回の比じゃないレベルに詰め込みました反省してます←
ちょーっと超展開かもです。でも、ここらで今回くらいのは詰め込みたかったんじゃ……。


 ジンオウガを討伐したフェイを前に、シルヴィはただただ呆然として立ちつくしていた。()()()()フェイが戻ってきた、そのことに対する安堵とも恐怖ともとれない感情がシルヴィからまともな思考力を奪い去ってしまっていた。

 

「ねぇシルヴィ」

 

 身体中を血に染めたその姿はまさしく死神のよう。()()()()()()、それでいて()()()()()()()()()、底冷えするような声。彼女にただ名前を呼ばれただけだというのに、シルヴィの身体は一瞬で凍りついたかのように動かなくなる。

 

()()()は? アイツは今どこにいるの?」

「え、あ……」

 

 ニコリと微笑んだフェイの目には光は無く。

 

「殺さないと……コロシテやらなくちゃ……」

 

 その言の葉に温もりはない。

 

「目を抉る、皮を剥ぐ、爪をへし折って喉元に突き刺してやる。あ、尻尾は微塵切りにしてやらなくちゃ。案外美味しかったりしてね? 食べないけど」

 

 あはは、と笑いながら話す狂気じみた内容にシルヴィはついていけない。ただ、彼女が話すのを無言で聞いているしかなかった。

 

「どこにいるんだろうねぇ。早く──ぁれ」

 

 やがて、フェイの体がぐらりと傾き。

 

「チカラ、入らなぃ……」

 

 小さな音を立てて倒れ伏す。

 

「殺、さ……と……(ィア……)

 

 最後まで殺意に満たされたまま、フェイは意識を失った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 眼前に広がる薄暗い雨空。降り注ぐ小雨に頰は濡れて、髪が艶を帯びる。ぬかるんだ地面に足をとられ、隙間から染み込んだ泥水で足が冷える。

 動かそうにも、体は意思を受け付けず、立ち尽くすのみ。

 

 ここはどこだろう。そう考えた直後に、ここが沼地だと思い出す。この心なしか淀んだ空気と、晴れることのない灰色の雲を見ればすぐにわかることだった。

 

 けれど、何故自分がここにいるかは思い出せない。

 

 不意に、人の気配を感じて振り返る。

 薄っすらとかかった霧の向こう、佇む()()が一人。

 

 今度は、私の意思に関わらずに足が動いた。

 

 一歩、また一歩と彼女に近づくたびに、寒気が強くなる。

 

 心が叫ぶ。

 近づくな、近寄るな。

 

 怯える心を置き去りに、身体はどんどんと前へ進む。

 

『久しぶり、()()()()

 

 不意に霧が晴れ、朧げだったその姿が露わになった。

 

「──ぁ」

 

 身に纏った鎧はボロボロで。

 

『元気だった?』

 

 左右の腕は捻じ曲がって。

 

『わタし、今──』

 

 露出した左足は黒く焼け焦げて。

 

『トッテも、カラだガイタくテ、サムイんダ』

 

 こちらを見つめているはずの瞳は、首から先もろとも存在しない。

 

『タスケテ──』

 

 それは()()()と同じ声音で。氷のような冷気とともに、私の心を引き裂いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ジンオウガを狩ったあの日から4日が経った。

 

 ユクモ村の復興は進み、とりあえず温泉は出るようになった。まだ汚れが大量に混ざってしまうらしくて、入ることはできていないけれど。

 ユクモの木の植林も始まって、私たちが来た時のような暗鬱な雰囲気はだいぶなくなっている。元どおりになるまでにはかなりの時間がかかるだろうけれど、この調子なら大丈夫かな。

 

 

 むしろ、問題なのは私の方でありまして。

 

 

「自分がどうやってジンオウガを討伐したか覚えてないだぁ!?」

「ハイ、それはもうスッカリ……」

 

 そうなのだ。私はジンオウガを狩った前後の記憶がない。切り株の陰から飛び出すあたりまでは覚えているのだけれど、そっから先がスッポリと。ついさっき気がついた私が最初に見たのは、ユクモ村のギルドの医務室の天井だったりする。見慣れない天井でした。

 

「もう、どうなってるわけ……? あ、フェイ、頭打ったりしてないでしょうね」

「それは大丈夫……多分!」

「多分って何よ……」

 

 呆れ顔でため息をつくセラ。気持ちはわかるけど、ため息を吐きたいのは私も同じなんだよなぁ……。

 

「シル君は何も見てないの?」

「……いいや。ボクの方こそ、誘導した直後に頭打っちゃったのニャ。でも、フェイが首をすっ刎ねようとしたのな失敗して、脳天からバッサリいっちゃったんじゃニャいか?」

 

 クラリスの問いかけに、シルヴィがゆるゆると首を振った。誘き寄せた直後、運悪くシルヴィも怪我を負っていたらしいのだ。アイルー特有の治癒力の高さがなければ今でも頭に包帯を巻いていたかもしれないとか。

 

 ギルドの人曰く、ジンオウガの亡骸からして死因は頭部の切断が最大のものらしい。大方、蔦に足をとられて転けた拍子に、とかじゃないかなぁ……。まぁ、過程はどうあれ、ジンオウガは狩猟できた。それでいっか?

 いや、よくねーぞ私。ダサすぎるでしょ、転けたのが王手になったとか。

 

「また一つ嫌な思い出が増えたなぁ……」

「おっ。ユスりネタが増えたってことね、やりぃ!」

「私の分の旅費、ギルドにセラ名義でつけとくから」

「嘘嘘、ゴメンやめて、やめてくださいフェイ様ぁ!?」

 

 縋り付いてくるセラは放置するとして、呆れ笑い顔のクラリスに体を向ける。彼女も私に気づいたのか、小首を傾げて見つめ返してきた。

 

「どったの?」

「いやぁ、その、ゴメンね、こんな旅行になっちゃって。や、私のせいじゃないんだけど、全然休めてないっていうか。むしろクラリスも結局働いたみたいだし」

「あー、それ? いいの、気にしないで。私がやろうって思ってやったんだし」

 

 私は渓流へ狩りに、セラはユクモ村のギルドの臨時職員としてほぼほぼいつも通り働くことになったのだけど、クラリスも同じように働いていたのだという。鍛治仕事こそあんまりしなかったそうだけど、温泉の掃除とか色々やったらしい。

 そして、面影も残っちゃいないけど今回はあくまで()()旅行のはずだった。ところが誰も休めちゃいない。これでは恩返しにならない。

 今度、別の形でお礼はすることにしよう。そう心に誓った。

 

 そう考えていると、不意に眠気が襲ってきた。我慢できずに大きな欠伸が出る。

 

「ふぁ……なんでだろ、さっきまで寝てたのに。すごく眠い」

「4日も寝込んでたのにね。けど、逆に言えばそれくらい寝込むくらいのことがあったってことでしょ」

 

 しばらく大人しくしてなさい。そう言ってから、私の代わりにジンオウガ討伐のあれこれを処理しに行くと残してセラは部屋を後にした。

 

「んじゃ、あたしは宿出る後始末とか済ませておこうかな。シル君、手伝ってくれる?」

「ガッテンニャ」

「ありがと。フェイは寝てて良いよ。無理しちゃダメだからね」

 

 残った二人もそうして部屋を出ていくと、後は私一人だけ。誰かと話していることでなんとか保っていた意識は、静寂によってあっという間に眠りへと落ちた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 宿を出た()()は、揃ってユクモ村のギルドへと直行する。

 慌ただしく職員が働いているはずの館内に人はおらず、村長だけが一人佇んでいる。事情を知っている村長にセラが事前に人払いを頼んでおいたためだ。この話はそう人に聞かせていい話ではないと厳命されていたから。特に、フェイだけには。

 

「お待ちしていましたわ。クラリス、久しぶりですね」

「えぇ。最後にあったのは、3年も前になりますか」

「あら、もうそんなに……時が経つのは本当に早いものね」

 

 竜人族の村長はそう言って微笑むが、セラは本当にそうなのだろうなと思う。人間より長い寿命を持つ竜人族にとって、3年程度、ほんの一時でしかないだろう。

 クラリスからセラ、シルヴィへと視線を移した村長は、感慨深そうにため息をつく。

 

「セラもシルヴィも……フェイも。皆さんお変わりないようで何よりです」

「そう、ですね。私もシルヴィもクラリスも……フェイも。()()()とはほとんど変わってないかも」

 

 以前、フェイとともに村長と再会した時、セラは嘘をついた。村長に対して「はじめまして」と。だが、村長がそれに対して反応しなかったのは、彼女が忘れていたからではない。

 忘れているのは()()()()()()()

 

「そろそろ本題に入るとしますか。ね、シルヴィ?」

「……そうだニャ」

 

 セラ達がそれぞれに口実をつけてフェイを残して宿を出たのもこの為だ。それを聞いた村長が静かにその場を離れ、後には三人だけが残る。

 

「シルヴィが気絶したって言った時点で大体察しはついたけど」

「そーだねー。シル君がやられたーってのは嘘だろうなって、あたしも思った」

「……まぁ、二人にはそこは分かるって思ってたしニャ」

 

 シルヴィが気絶したという話は、セラもクラリスも全く信じていなかった。いくら獰猛な個体であったとはいえ通常のジンオウガ、それも上位レベルの個体に、シルヴィが気絶するようなヘマはしないと知っている。

 

 どのような状況にあっても、常に戦闘態勢を維持しハンターを支援し続け、狩人の中で尊敬視される()()のニャンター。

 

 それこそが、本来シルヴィが持つ肩書きだ。フェイとともにG級の最前線で活躍していたシルヴィにとって、上位モンスターに気絶させられることは滅多にない。それこそ、古龍級のモンスター相手でもなければ。

 

 そんな彼がフェイの前で嘘をついた理由を、セラはすでに察していた。

 

彼女(フェイ)が戻ってきた、そうよね?」

「……そうだ。天狼(ヴァルナガンド)時代の、()()だった頃のフェイに、あの時だけは確かに戻っていたニャ」

 

 

 天狼(ヴァルナガンド)。異国の地で語り継がれる、最高神を喰らい殺した巨大な狼の名を持つ最強の狩人たち。

 その名が示すのはこの世でたった14人、大剣をはじめとする近接武器11種と、ボウガン2種、弓を合わせた計14種、それらを使いこなすG級きっての実力者たちだけだ。

 神殺しの狼と謳われた彼らは、その名で例えられるように煌黒の神をも屠ったことさえある。

 

 フェイはそんな中でも最上位、狩猟女神(アルテミス)軍神(アレス)に次ぐ死神(ハーデス)の名を持つ狩人して君臨していた。

 とある事件の末に、その記憶を失うまでは。

 

 そして、フェイは天狼に選ばれるだけの実力の他に、もう一つ有名なものがあった。

 

「セラがそう思ったのは、ジンオウガの死体を見たからじゃニャいか?」

「ご名答。あの太刀筋はここ2年のフェイのものじゃなかったからね。ビックリするくらい綺麗な太刀筋だった」

 

 太刀を得物としていた彼女は、ぶれ一つもなく刃を振り抜くことによる太刀筋の綺麗さで知られていた。太刀筋のブレが皆無であることにより、力が分散することなく一点にかかり、結果としてどんなに硬い甲殻であっても弾かれることなく斬撃を加えられたのである。フェイに斬れないものはないとすら言われていたことすらあった。

 

「ジンオウガの四肢のうち、三つは関節が断ち切られてた。シルヴィの手裏剣じゃこうはならないし、自然にこうなるわけもない。とすれば、やったのはフェイ以外にはありえない。けど、()()フェイにはそんなのできないわ。とすれば、あの頃のフェイに戻った以外には考えられない」

「確かに、あの武器を使いはじめてからずっと狩りの後に鎌の刃がこぼれてないことはなかった……。全部一発で仕留めてて、ああなるんだから、今のフェイじゃ、そういう状態にはなり得ないね」

 

 淡々と、死体を観察して得た結論を述べきったセラに、シルヴィは声もなく肯定する。常日頃、ダークサイスSの手入れを任されているクラリスも納得の表情を浮かべた。

 

 太刀筋のブレが皆無であることは、甲殻を引き裂くことだけでなく、限りなく切れ味の消耗を抑えることにも繋がる。

 刃毀れは限界まで抑えられ、なおかつ効果的にダメージを与えられる。それを知っていて、記憶を失う以前も首を意図的に狙っていたことから、フェイは死神の異名を持つに至った。

 

 話していてジンオウガ惨状を思い出したのか、セラが顔を顰める。

 

「……酷い顔してるニャ。やっぱりショックが大きかったみたいだニャ」

「見慣れてきたつもりだったんだけどね……今回のはちょっとエグかったわ」

 

 見慣れてきた。その一言を聞いたシルヴィは、大長老の言葉を思い出すと、セラへ確信半分に疑問を投げかける。

 

「見慣れてきた……ニャ。じゃ、大長老が言ってた観察者(オブザーバー)はセラだったわけだ」

「そうよ。私なら割と簡単に見られる立場だしね」

 

 記憶を失ったフェイは、《軍師》の提案でG級狩猟資格を凍結、上位ハンターとして活動させることとなる。フェイの実力は無にするのはもったいないという考えたのだ。

 その際、記憶が戻る兆候を見逃さないために当時からパートナーであったシルヴィをオトモとして付け、他にもう一人観察者を付けると大長老はシルヴィに告げていた。それがセラだった。

 

 だが何故。シルヴィは続けざまに投げかける。

 

「それは、責任からかニャ」

「……というよりかは、罪滅ぼしかしら。私が受けるべき罰は、これでも足りないと思ってるけど」

 

 そう答えたセラの顔に影がさす。

 セラの内心にあるのは凄惨な亡骸を見たからか、それとも3年前を思い出したからか。その判断はシルヴィにはつかない。

 

 私のことはいいのよ、どうだって。そう言ったセラの瞳が暗く冷たいものに変わっていることには気付いていながらも、シルヴィは何も言わずに引き下がった。

 

「ともあれ、事態は動きつつあるわ。大長老様にお伝えしなくちゃ」

 

 観察者として、フェイの変化の兆候はセラを通じて大老殿へと伝えられることになっていた。

 

 記憶を失う直前の彼女を知る者は皆、その記憶が戻ることを恐れている。もっとも死神らしいその姿に、友人であったセラやクラリスでさえ恐怖を感じずにはいられなかったほどで、大長老は再びその状態となることを恐れているらしい。

 

 そんなことにならなければ良いけれど。声に出さずともセラは密かに願う。あんなにも恐ろしく、悲しい友人の姿を、二度と見たくはないと、心からそう思うから。

 

 こほん、と咳払いが一つ。席を立っていた村長が戻ってきていた。その手には手紙が一通握られている。

 

「ひと段落つきましたか」

「えぇ。お手数おかけしました」

「構いませんわ。私もある程度は存じていますが、広めて良い話ではありませんもの」

 

 セラの詫びをやんわりと流した村長は、手に持った手紙をセラへと差し出す。

 

「クロステスさんからです。私宛と書かれていたので読ませていただきましたけれど、どちらかといえばあなた方への手紙のようですわ。すぐにバルバレへ戻れと」

「……勇者(ペルセウス)か。グレイが焦るのもわかるわ」

 

 受け取った手紙を流し読んだセラの顔が苦々しいものへと変わる。

 グレイから届けられた手紙には、《勇者》の異名を持つハンターがバルバレへ向かっていること、直ちにフェイをバルバレ連れ戻すようにということが書かれていた。

 

「あの子のことだし、フェイがここにいるって知ったらすぐに来るでしょうね。さっさと戻った方がいいか」

「竜車を手配しますね。なるべく速い子を」

「村長さん……ありがとうございます」

 

 セラに変わって礼を言ったクラリスに、ニコリと微笑み踵を返す。振り向きざまにこう残して。

 

「フェイも、()()()も、復讐に駆られて生きることにはならないように。それは、あまりにも悲しい人生となりますから」

 

 普段の穏やかな様子からは想像できない早足で去っていく村長を見送りながら、シルヴィは密かに思う。

 

「復讐……そんな言葉で済めばいいけどニャ」

 

 小さく呟かれたその言葉に、セラもクラリスも返す言葉を持たなかった。

 

 




ほらね、詰め込みすぎでしょ?()
というわけで記念すべき10話が、フェイの過去をざっくりバラしていくなんちゃって過去回となりましたおのれ作者!
読者さんが置いてけぼりになってるかもしれませんが、少しずつ判明していきますので、見捨てないでください()

天狼にルビ当ててるヴァルナガンドですが、元は北欧神話のフェンリル、別名ヴァナルガンドです(確か)。オーディンを食い殺したとされる狼ですね。
ヴァナルガンドがヴァルナガンドになっているのは、ちょっとしたオシャレ……ではなく、記憶の中から掘り起こしたそれっぽい固有名詞が実はこれだったという。実は偶然の一致。
なのに天狼それぞれの異名はギリシャ系の神やら英雄の名前という。バカなのかしらこの作者()


さて、話題は変わりまして、前回に引き続き、今回もイラストを紹介させていただきたいと思います。


【挿絵表示】


可愛い(絶句)
その前に頂いたイラストもそうでしたが、こんなに可愛いんだっけフェイって()
しばりんぐ様、素敵なイラストを本当にありがとうございました!
しばりんぐ様を始め、頂いた感想を見てニヤニヤしておりましたもっと下さい(乞食)。

さて、次回は新キャラ登場の予定。彼も結構重要な子ではあるので、ちゃんと書けるように頑張ります。
また次回も読んでくださると幸いです。評価・感想お待ちしてます!


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勇者(ペルセウス)

いい加減バンドリ更新しないと風化するなって思う今日この頃です。

いや、それはさておくとしまして、この度、本作「死神狩猟日記〜日々是狩猟也〜」に赤評価がつきました。変な声出ました(実話)。
私の作品の中でははじめての赤評価で、とても嬉しいです。

今後とも、拙作、死神狩猟日記をよろしくお願いいたします!



 ドンドルマ。

 左右を山に囲まれたその街は、古くから強大なモンスターに襲われることが多々あった。そんな過酷な地だったが故に、多くの依頼が出され、より優れたハンターが必要とされる。そして、集まったハンター達によって、その地には狩人の総本山が築かれ、この大陸における狩人たちを束ねるようになっていった。

 それこそが大老殿、並み居るハンターの統括組織の総本部にして、G級ハンターの本拠地である。

 

 その大老殿の最奥、山の頂に据えられた広間の中心で、狩人を率いる長である大長老は大きなため息をついた。

 

「……この報せは真か」

 

 座してなお6メートルを超える巨体の主の声は、広間という大きな空間の声でもよく響く。

 その声と広間に同席する大臣たちから発される雰囲気に気圧されながらも、報告者である古龍観測所の若き観測員は報告を続けた。

 

「は、はい。先日の渓流での一件と、その前に孤島付近の森で見つかった同様の現象、そして新大陸からの調査報告にあった痕跡から、おそらく間違いはないかと」

「……下がって良い」

「し、失礼します」

 

 報告を聞き終え、男性が部屋を辞するのを見届けてから、大長老は再び、深々とため息をついた。

 

「カイル」

「はっ」

「此度の件、ヌシはどう見る」

 

 カイルと呼ばれた大臣の一人である初老の竜人は、大長老から手渡された資料を見、その問いに答えることを少しばかり躊躇う。彼の中で結論は出たものの、それを認めてしまうことに抵抗があった。

 

 おそらく、先に挙げられた全ての事案は同一のモンスターによる仕業だとカイルは断じている。

 報告にあたり提出された書類の「焼け焦げたような跡」、「何者かの爪痕」という2つに関する記述と、現場資料として同じく提出された黒い鱗。前者2つは、せいぜいどのモンスターかを絞る程度にしかならないが、後者のそれは、調べれば調べるほどにかのモンスターの物としか考えられないものだった。

 

 何より、()からの手紙の内容とも合致する。

 

 だが、それを告げることは、これより先のいつ何時であっても油断ならない状況になる。そう思ったが故に、断言することはためらわれた。

 カイルのその躊躇いを察していたかのように、大長老が口を開く。

 

「ヌシも受け取ったかもしれぬが……ネルヴァからの手紙を受け取った。数日前、直接わし宛に、王国の権限を利用してわざわざ秘密裏にだ」

「……閣下にも送られていたと?」

「うむ。その言葉から察するに、受け取ったのだな。ネルヴァから、同じ文面のものを」

「……えぇ。ユクモ村と新大陸での情報はありませんでしたが、我々が掴めていない未知のものも含め、かなりの情報が記された書簡がネルヴァ──セルウィン殿より届きました」

 

 かつて同じ大老殿の大臣として肩を並べていた同士の1人、ネルヴァ=セルウィン。重役たちの中でもとりわけ危険度の高い問題を取り扱っていた彼は、三年前の事件の責任を取る形でドンドルマを去った。

 

 そんな彼が送りつけてきたのは、ギルド、ひいては大老殿直轄の情報員ですら掴めていなかった情報の数々。

 それらは、彼の推測を確信たらしめるだけの正確さを持っていた。

 一度小さく深呼吸をすると、カイルははっきりと、その忌み名を口にした。

 

「全ては()()の仕業であると。私はそう考えております」

 

 その名を告げた直後、広間にどよめきが起こる。古参の者からは困惑と恐怖に苛まれ、新参者は別の意味で困惑した。

 

 

 冥雷。古龍種ではなかったにも関わらず、古龍種を大きく上回る危険性を誇った今代()()の竜。

 あまりにも強大とされた()()は、存在を確認された時から100人近いハンターを殺害した。事態を重く見た大老殿の判断で、天狼の一人、英雄(ヘラクレス)率いる少数精鋭の部隊によって殲滅を試みられるも、《英雄》以外の3人に重傷を負わせてその場を逃走。

 更に、逃げた先に偶然居合わせた二人のハンターのうち、一人を殺害するという甚大な被害をもたらした。

 

 最終的には、その場に居合わせたもう一人でもあった死神(ハーデス)との交戦によって致命傷を受け、昏睡。一応の麻酔処置が施された後、研究のため龍歴院へと回収された。

 しかし、麻酔が解けた直後に、拘束を振り切って周囲の人間50人余りを殺害、再度逃亡。

 その後の消息は不明とされたが、2年の捜索をもって死亡と断定。追跡は打ち切られ、幕は降ろされた。

 ──はずだったのだが。

 

「馬鹿な……気は確かかカイル殿! 奴は死んだ、生存はあり得ないと、昨年にそう断じたばかりではないか!」

「では資料とこの黒い鱗、そして私が持参しておいたネルヴァ殿の手紙を読んでみて頂けますか。その後でなお反論があるならば聞きましょう」

 

 あくまで冷静にカイルは答える。それを聞いた大臣の1人が、ますます顔を青褪めさせる。

 

「本当に《冥雷》だと、奴は生きていたというのか……?」

 

 それほどまでに危険極まりないモンスターがいまだに生きている。その実力を知る大臣たちは皆、頭を抱える他ない。

 

「だが、いくつか出現例のない場所もあるぞ。孤島付近や渓流地帯に現れたことはなかったではないか」

「今までの情報はもはやアテにはならん! 生息地域がアテにならん以上、観測員を増やさねば」

「使いを出して古龍観測所の長を集めよ! 一刻も早く足取りを掴むのだ!」

 

 それを現実と認めたくない者はなんとか嘘であると示そうとし、少しでも冷静な者は早急に動き始める。

 古参の大臣たちが慌てふためく様子を見て、カイルは密かにため息をついた。

 

 (ネルヴァ。何故こうも突然、あなたは──)

 

 カイルとネルヴァは昔からの馴染みであったが、知り合った当初からずっと、ネルヴァという男はどこか掴み所がなくて、何を考えているか分からなかった。

 三年経った今もなお、それは変わらないのだと、カイルは思い知らされる。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 朝。ベッド脇の小窓から差し込む光は暖かく、小鳥の囀りが心地良い、1日の始まりを告げる時間。

 私は今、何をしているかというと。

 

「んー……暇だ」

 

 絶賛暇をしていた。

 ユクモ村での騒動の後、あれよあれよという間に竜車に押し込まれた私は、そのままバルバレに直帰、セラによって自宅に軟禁(?)されていた。

 いや、別に外に出たって構いやしないんだけど、家の鍵をセラに持っていかれちゃったから外出しようにも迂闊には出られないんだよね。買い出しとかはシルヴィがしてきてくれるから困ってはないんだけど、まぁやることがない。

 

 どうしてこんなことをしているのか、理由を尋ねてもセラははぐらかして教えてくれないし、シルヴィは黙って大人しくしてろとしか言わない。

 ただ、その目がやけに真剣だから反発する気にもならなくて、言われた通り大人しくしている。

 

「うーん、何して過ごそう……」

 

 さりとて、やることがないというのも事実なのだ。

 まず、普段から家で長期間過ごすことがないせいで、私の家には娯楽品だとかそういうものがない。

 ……本の一冊もないと知って流石に驚いた。今度何か買っておこう……。

 

 ならばハンターらしいことをと思い、調合書を引っ張り出してきて元気ドリンコでも調合しようと素材箱を覗いてみれば、ハチミツはともかくニトロダケが1つも無い。はて、と首を傾げてから、普段からシルヴィがこまめに調合していたのを思い出す。

 つくづく細かいところまで気が回る、よくできた相棒だなぁと感謝しつつ、暇を潰せなくなって肩を落とす。

 

 それじゃあ、こういう時定番の部屋の片付けは? と思うかもしれない。

 うちのシルヴィを侮るなかれ、いつの間にやら隅から隅まで綺麗にしているのだあのニャンコ。床はツヤツヤ、窓はピカピカ、玄関前も箒をかけるまでもなく綺麗にされている。

 

 どうしよう、本当にやることないじゃん。

 

 やることがないと気力もなくなるもので、そのままダラリとベッドに横たわっているのだけれど、いい加減外に出たい。なんなら採取ツアーでもいいから狩場に行きたい。こんな時だけ仕事が来ない。つらい。

 ……そういえば。

 

「……郵便見てないや」

 

 滅多に覗かないのですっかり忘れていたけれど、我が家には一応ポストがある。もっとも、これまで送られてきたのはギルドからの家賃納金の催促状以外はなかったのだけども。思い出してて悲しくなってきた。

 しかも、今月は余裕があるためにさっさと納金しておいた。というわけで、催促状がくるはずもない。どうせないんだろうなとのぞいてみる。

 

 ところが。

 

「……あった」

 

 中には封筒が一通。それも、妙に高価な紙が使われている。

 可愛らしい文字で書かれた私の名前を見て、そんな知り合いがいたかなと首を傾げる。そして、封筒の裏面を見て膝から崩れ落ちそうになった。

 

「まさか、嘘でしょ……?」

 

 蝋で封をした上から捺されたその印。それは見紛うことはない、西シュレイド王国の物だ。

 王国からの公的な書簡というのはギルド経由で私は届くことになっていて、私的なものであれば通常の手紙同様に直接郵送される。

 そして、そんなところから私的な手紙が来るとしたら、当然というか送り主は一人しかいないわけで。

 

 王族からの手紙を読まずに捨てようものなら何が起こるか分かったものではない。嫌々ながらに封を切り、手紙を取り出し、折りたたまれた紙片を取り出して開帳、文面に目を通す。

 

 

 手紙はこう書き出されていた。

 

 

 

 

 

『余だよ!』

「誰だよ」

 

 

 

 

 

 いや分かるけど。

 出だしから既にすごいけど、気を取り直して続きを読む。

 

『この前は世話になったな。突然押しかけてしまったのは申し訳ないと思っている。

 なので今回は、そなたの家を訪ねる前に手紙が着くように手紙を出した。余も手紙を出し次第出発の予定だ。

 本題はそなたの家で話そうと思う。しばらく予定を空けておくように。

 

 追伸

 角竜のハツが食べたい』

 

 また来るのかよ来るなよって思うよりも先に、あの王女らしい無理難題に頭を抱える。

 

「用意できるわけないじゃない……角竜のハツって……」

 

 角竜のハツ。文字通り角竜(ディアブロス)心臓(ハツ)のことだ。タンジアギルドの方ではディアブロハートとも言うんだとか。いわゆる珍味扱いなのだけど、これが結構美味しいらしい。

 

 しかし、ただでさえ強力なディアブロスの心臓と言うだけでも希少で価値が高いというのに、昨今では万能薬の素になるとかでますます価値が高くなっている。

 いくら今は余裕があるといっても、流石にそんな高級食材を買えはしない。この前の黒狼鳥のモミジのそのさらに上をいく値段なのだ。そもそもバルバレの市場にだってあるかどうか。ポポノタンを買ってくるのとはわけが違う。

 

 無論、私たちハンターであれば、ディアブロス討伐依頼を受注して自力調達することもできる。当然、ディアブロスを狩ることができるだけの実力が必要だけど。そもそも、家でおとなしくしていろと言いつけられている私は行くことができないし。

 何より、この方法は時間がかかりすぎる。今から受注できたとして、往復だけでも3週間弱、狩猟も込みで3週間ちょっとかかるだろう。王女が来る前に帰ってくる前に用意するなど到底──ちょっと待て。

 

 封筒をひっくり返し、受領印を見返す。

 

 昨今の交通手段の改善により、郵便は大体3日ほどで相手に届く。さらに金を余分にかければ、速達便として1日後には相手に届くのだ。

 この封筒に押された受領印から、この手紙は速達便で届けられたもの。

 日付から考えるに、私の家に届いたのは3日前、私たちがユクモ村から帰ってくるさらに2日前だ。そして、西シュレイド王国から今のバルバレまでは竜車で4日弱。

 

「──まさか」

 

 そう呟いた直後、ガタゴトという車輪の回る音が聞こえてくる。その方向を見やれば、国印の描かれた竜車が一台。後ろの客車の窓から身を乗り出して手を振っている金砂色の長髪と煌めくばかりの碧眼の少女。

 あぁ、間違いない。

 

「久しぶりだな、フェイ=ソルシアよ! 約束通りまた会いに来たぞ!」

 

(神さま、私確かに確かに暇だとは言ったけれども)

 家の前に降り立った少女を見やり。

 

「さ、家の中へ入れるが良い!」

「帰れ……」

 

(だからって面倒ごとを寄越せって言ったわけじゃないんですよっつーの)

 デカデカとため息をついた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 エリクシアがフェイの自宅を強襲している頃、バルバレギルドに1人の青年がやってきた。喧騒の中を1人歩む青年の周囲は、酒を片手に騒ぐハンターとは異なる空気が流れている。

 彼は集会所の中を軽く見回した後、円卓についていたハンターのうちの1人に声をかける。

 

「アンタ、少しいいか」

「ん、アァ? なんか用かい、兄ちゃん」

「人を探している。この街にいると聞いたんだ」

 

 聞かれたハンターの男は、目の前の青年の問いに疑問を覚える。

 この街はたしかに人も物も情報も多く集まるが、それと同じくらい出ていく場所でもある。この街にいるという話を聞いたのがいつだかは分からないが、そんなアテにもならない情報だけでここに来たのだろうか。

 

「無駄骨になるたぁ思うが、一応聞いてやる。どんな奴だ」

「……フェイ。フェイ=ソルシアという女性だ」

「……悪いな、分からん。他には何かあるかい」

 

 名前を出されたが、男はその名前に聞き覚えがなかった。

 他に何かあるかと聞かれると、青年は少し躊躇ったようなそぶりを見せるも、ややあってこう告げた。

 

「《死神》……死神(ハーデス)と呼ばれている」

「死神……ハーデスだぁ?」

 

 これは傑作だ。死人を追いかける若者なんぞ今時珍しい。

 男は内心で青年を嗤った。

 

 《死神》という渾名のドジっ子なら一応はいるが、それは違うだろうと切り捨てる。

 そもそも、死神(ハーデス)と呼ばれた狩人は()()()()()()()

 最強の狩人の一角としてその名を馳せたこともあったが、それも今や昔の話。そのハンターは3()()()()()()()というのは、同業者の中では有名な話だ。

 

「おいおい。まさかあの話を知らないわけはあるめえな?」

「なんのことだ」

「惚けてんじゃねえよ。かの名高き天狼の第三位ともあろう狩人様が、上位飛竜にミンチにされたって情けねえ話だよ」

 

 首狩りの死神の末路。

 油断していた《死神》は、採取ツアーの途中で乱入してきた飛竜によって不意を突かれて死亡。最強と呼ばれていた狩人のうちの1人のあっけない末路。ギルドから伝えられたその話は、いつ何時でも油断するなという訓話として、笑いとともにすぐさま広まった。

 

「──っ」

「いやはや、まさかあの笑い話を知らねえ男がいるたぁな。最強だがなんだか知らねえが、油断してぽっくり逝っちまったなんざ讃えようもねえ話だろ? だから笑い話なわけさね」

 

 今や下位のハンターですら知っている話だ。それを知らないとなると、別の大陸から来た異邦者なのか。

 

 そう思いながら青年を見直した男は、今更ながらに彼の装備が上位レベルのものでもないと気づく。

 彼自身は赤銅色の髪に碧眼と、この辺りでは珍しくない容貌だ。

 しかし、その装備は一級品。強靭な角竜の素材で作られたと分かるディアブロX装備と、それに比肩するものと分かる剣斧、真・王牙剣斧【断天】。G級ハンターの中でも相当の実力者の証。

 

 はて、そういえばこんな装備をしたG級ハンターがいたような。

 

「──撤回しろ」

「ッ!?」

 

 それが誰かを思い出すよりも前に、男の体は宙に浮かんでいた。

 青年は男の目を睨みつけてなおも叫ぶ。

 

「撤回しろッ!」

「あぁ!? なんだテメェ降ろしやがれ!」

「撤回しろと言っている! あの人に対する侮辱だけは許さねえぞ!」

「うぁっ、ちょっ、分かった! 撤回する! するから降ろせ──ッ!」

 

 襟首を掴まれ持ち上げられた男は、青年の胸元に輝く徽章(きしょう)を見た。

 天に吼える狼を象った白金のそれは、大陸最強の狩人の証。

 徽章の下半分に象られた蛇を屠る剣士の紋様は、伝説にある《勇者》の象徴。

 

(この兄ちゃん、天狼の──!?)

 

 息も絶え絶えに、男が青年の正体を察した直後、その青年の背後から低い声がかけられた。

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 直後、青年の頭蓋へと鉄の口径が突きつけられる。

 掴んでいた襟首は離されたために解放され、急いで離れ行く男を見やりながら、銃の持ち主は言葉を重ねた。

 

「おいたが過ぎるぞG級ハンター。それも、天狼の1人ともあろうものがこんな暴挙に出るとはな。恥を知るといい」

「天狼と分かっていながら俺に銃を突きつけるか、ギルドナイト。力量差というものを知らんのか」

 

 銃口を突きつけられた青年は、薄笑いとともに両手をあげた。

 が、肩ほどまであげた瞬間に背後に立つ男の足を払い、形成逆転を図る。

 

 しかし。

 

「ッ!?」

「天狼と分かっていながら、ではない。天狼にも勝る者だけがギルドナイトになるんだ。思い上がってんじゃねえぞ、《勇者(ペルセウス)》……いいや、マグナ=アルレヴェリ」

「アンタは……ッ!」

 

 体勢を崩したはずのその男は、勇者と呼ばれた青年の足払いを避け、頭をホールド。抵抗させる間も無くギルドナイト──グレイ=クロステスはそのこめかみに銃身を突きつけた。

 

「ハッ……なんでアンタがこんなとこに、しかもギルドナイトなんてやってやがる……!?」

「適性があると判断されたからさ。それ以外にないだろうが、愚弟」

「誰が愚弟だ、グレイ=クロステス! いいや、《英雄(ヘラクレス)》ッ!」

 

 《勇者》──マグナ=アルレヴェリが叫んだ直後、周囲で見守っていた野次馬の間からどよめきが起こる。

 

英雄(ヘラクレス)だって……!?」

「あの下戸のヘタレグレイがか? なわけないだろ」

「いやけど、あっちの勇者って言われた兄ちゃんの装備……!」

 

 《勇者(ペルセウス)》と《英雄(ヘラクレス)》。最強の狩人である二人がそこにいる。その事実は、バルバレに居合わせた数多の狩人の動揺を誘うには十分だった。

 そこへ、マグナの放った言葉が、更なる困惑を招いた。

 

「アンタにギルドナイトの適性なんぞあるものかよ……この()()()野郎が……!」




というわけで初登場、《勇者》ことマグナ=アルレヴェリ君です。サブタイトルの割に出番が短い() フェイの過去に絡む人物なので、しっかり書いていければなと。
え、カイルさん? いや、あの人はそんなに重要キャラでもないかな……?

さて、前書きでも述べさせていただきましたが、赤評価をいただきました。私、今回の更新をする前にFGO時空の沖田さん短編を企画参加として書いていたのですが、赤評価になったのを知ったのがその最中だったんですよね。頭から内容がぶっ飛びかけました。
いや、本当に嬉しかったです。改めて、拙作をどうぞよろしくお願いします!
……赤評価になるとお気に入りの伸び方が変わるんやなって()




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過去への入り口

最終更新から1年は経ってないからセーフセーフ(何が?)



「この人殺し野郎が……!」

 

 勇者(マグナ)の叫びは、多くの人間がどよめく中でなお響き渡る。

 そして、ニュアンスに差異はあれども、その単語が指し示すのは結局のところ一つしかない。

 

 

 グレイ=クロステスが、狩人〈英雄(ヘラクレス)〉が、人を殺めた。

 

 

 〈英雄(ヘラクレス)〉といえば、狩人の頂点たる天狼(ヴァルナガンド)の十四人の中でもひときわ有名な逸話を持つ大剣使いとして知られている。

 それは、たった一人で六頭もの大型モンスターを三日三晩相手取り続け、最終的には全てを討伐してみせたというもの。狩りを終え朝日がのぼってもなお、得物たる大剣を担いで立ち続けたその勇姿は一躍有名になり、いつしか異国に存在したという高名な英傑の異名がつけられた。

 

 しかし、数年前に英雄は突如として姿を消した。人々はやがて存在を忘れ去っていたが、目の前の人物が当人で、ギルドナイトでありながら殺人者であるなどと分かれば、彼らが困惑することは想像するに難くない。

 

 

 そこにさらなる困惑を呼ぶのが勇者(ペルセウス)──マグナの存在だ。

 与えられたその異名は、蛇王龍と呼ばれる巨大な蛇型のモンスター、ダラ・アマデュラに相対し、狩猟、五体満足で生還したことによる。今となっては、異名のみならず、その名前、容姿や装備に至るまでがハンターの間で広く知られている。天狼の序列こそ6位と、死神や英雄にこそ劣るが、今や活動していない二人と違って多大な影響力を持つ。

 

 

 そんな彼のことを英雄は、グレイは「義弟」と呼んだ。

 義弟と呼ばれたマグナはといえば、突きつけられた銃口に構うこともなく振り向き、その襟首を掴み上げて怒声を張り上げる。翡翠色の瞳を憎しみに燃やし、怒りのたけをただただ突きつける。

 

 観衆の誰もが事態を理解できずに立ち尽くした、そんな時。

 

「お前が──」

「そこまでよ」

 

 静かな、しかし怒りのこもった言葉がマグナの口を止めた。

 二人が振り向いた先、群がるハンター達が道を開けたそこには、黒髪のギルドガール──セラが立っていた。

 

「……セラ」

「アンタもその物騒なもん降ろしなさい。発砲しようもんなら()に直訴してアンタの権利を全部剥奪する」

 

 言われるままにグレイが拳銃を下ろすのを確認すると、セラはそのままマグナへと向き直る。

 

「……なんでセラの姐さんがここに」

「アンタも少し黙ってなさい」

 

 セラの姿を視認して驚きからの一言を発したマグナにとりあうこともなく、今度は円卓周辺に集まった狩人へ向けて声を張り上げる。

 

「今日のクエストカウンターはただいまを持って終了、食事場もギルドストアも終わりよ。騒ぐか飲むかするなら自分の家に帰ってやって」

 

 こう告げた。何人かが「横暴だ」と声を上げるより早く、セラは続ける。

 

「10分は待つわ。その間に明日行く依頼を抑えるもよし、ギルドストアで必要なものを買って帰るもよし、食事場で酒とツマミを買い込むもよし。受注金以外は全部半額でいいわよ」

 

 降って湧いた大盤振る舞いに聴衆が湧くのを手で制して「ただし」と付け加える。

 

「十分後にも残ってる人がいたら──その人にはG()()()()に興味があるって事で認識する。そんな向こう見ずがいるなら、私のとこに来なさい。ドンドルマに紹介状書いてあげるし、きっと受理されるから、昇格試験をすぐに受けられるわ」

 

 追い討ちも兼ねた「近いうちに古龍狩りに駆り出されるでしょうね」という言葉は、もはや彼らの耳に届くことはなかった。

 古龍という響きに恐れたわけではない。「Gの世界」という単語を恐れて皆がそそくさと方々へと散っていく。

 中には向こう見ずな若いハンターが残らんとしたが、その全員がより経験のあるハンターに引っ張られて退場。

 

 きっかり10分後、後に残るのはG級ハンター(グレイとマグナ)、ギルドマスター、そしてセラのみとなった。ここにきてようやく、セラはホッと息をつく。

 

「中堅の人たちがうまいこと新人さんしょっ引いてくれて良かった……ごめんなさいマスター」

「ほっほっ、気にすることはないさね。君の判断は間違ってはない」

「損失分はグレイの給料から差っ引いてくれていいからね……さて」

 

 おい、と不満げな声を漏らしたグレイを無視して、セラはマグナへと向き直る。

 

「久しぶりね、マグナ?」

「…………うっす」

 

 一連の流れによっていくばくかの時間を得、多少なりとも頭の中を整理したマグナは、それでもなお訝しむような表情を浮かべている。

 

「事の顛末、マグナはやっぱり知りたい?」

「……あぁ。全部、一から十まで説明してもらいたいもんだよ」

(──全部、か)

 

 (マグナ)は結局、ことのあらまししか知らされてないのだと再認識する。

 だがそれも仕方がない。当時の彼は一連の出来事全てを受け入れられるほど成熟していたわけではなく、大老殿の判断で、全ての事実を伝えたわけではなかったのだから。

 

 ギルド──ひいては大老殿──は、フェイの存在こそ死んだ人間として処理したが、記憶を失った彼女の狩り方をも規制することはできない。その特異な狩り方は、フェイの、死神の狩り方であると、かつての彼女を知る人間であればすぐにピンとくるだろう。

 そして、マグナは誰よりかつてのフェイを知る人間の一人だったと言える。ともすれば、親友であると自他共に認めていたセラ自身やクラリスよりも。

 それはもはや憧れを超えて恋愛感情なのではないかと、ギルドはそう判断したが故にこそ、まだ精神的に未熟と判断された彼には事実の一部を伏せた。

 

 だが、3年の時を経て彼は再び真実に手を伸ばす。疑念、否、もはや憧憬に飾られた妄執とすら言えるフェイへの信頼と、実績と共に育った精神を手に、再び過去を知ろうとする。

 もはやそれを止める権利など誰にもなく、それを隠すこともまた許されないと、セラは直感する。

 

 全てを話すことになる。

 何故、セラがここにいるのか。

 何故、グレイがギルドナイトとしてバルバレにいるのか。

 何故、()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()という事実。

 

 

 クエストカウンターへと歩み寄り、そこに腰掛け足を組む。

 大きな、大きなため息をついた。

 そして、カウンターの裏側に潜んでいた()()を持ち上げる。

 

「全部聞いてたのよね──シルヴィ?」

「……まぁ、ニャ」

 

 銀毛を纏う最優のニャンター。死神の右腕。

 

 恐らくは大量のハンターの出入りに紛れて入り込んできたのだろうが、もう少し早く来てくれても良かったのにと、セラはこっそりと息を吐く。

 だが、これ以上ない適任の語り手でもあった。

 

「──シル、ヴィ」

「何をユーレイでも見るみたいな顔してるニャ。この通り、足はしっかり地面についてる」

 

 信じられないものを見るかのごとき表情を見せたマグナに対し、シルヴィはムッとした表情で遺憾を示す。

 が、それも束の間、まぁいいと流す。

 そして、彼はこう切り出した。

 

 

 

「話す前に、まずは一狩り行ってみるニャ」

 

 

 


 

 

 

「うむ……ではまず、どうして余が角竜(ディアブロス)のハツを所望しているのかというところから──」

「言わなくていいです。てか言わないで」

「なんと!? 依頼として重要なところなのだぞ!? ……では、それよりもまず最初に角竜のハツが持つ効能から……」

「言わんでいいっつってんだろが」

 

 このアホ、と言いかけて思わず口を抑える。ぶっちゃけアホのアくらいは出かけてたけど、言い切ってたら多分私の首飛んでだろうな、物理的に。

 笑えないよ。

 

 

 さて、この王女(ハリケーン)が来てからだいたい1時間くらい経った。せっかく綺麗に片付いていた部屋の中は王女が荒らしに荒らしまくって汚部屋と化している。

 んで、何もしてない私がシルヴィに説教されるんだ。私知ってる。

 

 まぁそれでも良かった。

 薬品系が軒並みダメになるようなことがあったら流石にストップ出したけど、調合書とか今までに受けたクエストの依頼書の束とか、そこらへんをひっくり返されただけで済んだし、さしもの王女も素材部屋だけはちょっと覗いてすぐ出てきたから実害はほとんどない。片付けるのめっちゃ骨だけど。

 これで興味が尽きて帰ってくれたなら必要経費で割り切れたんだ。

 

 そう思って、台所の方まで行かせたのが悪かった。

 おもむろにこんな事言い出したのだこの王女。

 

「そういえば、角竜のハツはあるのだろうな?」

「冗談じゃなかったの!?」

 

 冗談どころか忘れてすらいなかった。本気でここには角竜のハツを食べに来たらしい。

 私の顰めっ面を見たからか、王女もまた表情を曇らせる。

 

「……ないのか?」

「……ないです……」

「なんと……」

 

 

 

「ハンターの家には常備されていると、ネルヴァが言っておったというのに……」

「ねーよ」

 

 なんだその新しい常識。あってもせいぜいケルビの角だよ。薬効がある素材なんてそうそうないし、まして角竜のハツなんて希少品があるわけがない。

 とりあえずアレだ、ネルヴァってあの執事だったかな。覚えてろよ。

 

 しかし、この王女やけに残念そうな顔をする。なんでかな。

 

「……そんなにディアブロスのハツ、食べたかったんですか?」

「食べたこと、ないからな。食事に出されたこともない」

 

 意外だった。てっきり毎日同じくらいの値段はするもの食べてるものだと思ってたけど。雌火竜のロースとか鎧竜のセセリとか、そんな豪華なものを食べているイメージがあったから、角竜のハツだって食べたことがあって、いつもの気まぐれで「食べたい」なんて言っているとばかり思っていたのに。

 シュレイド王朝は別に財政が火の車ってわけでもないだろうに、なんでだろう。

 

「……父上も母上もな、食事だけは質素なものを食べる。それなりに上質な肉こそ食べるが、どれもこれもアプトノスやガーグァの肉がほとんどだ」

 

 食べようと思えばいくらでも食べられるらしいが。そう付け加えた王女の顔は割り切ったような、それでいてどこか寂しそうな、そんな顔をしていて。

 

 だからだろう、考えるより早く、こんなことを言ってしまったのは。

 

「──取ってきます」

「……なんと?」

 

 何言ってんだ私は。相手はあのディアブロスだぞ。

 制止する理性を振り切って、口は自ずと動く。

 

「角竜のハツ、私が取ってくるよって、そう言いました」

「──なんと」

 

 言い切ってしまった。二回も、本人の目の前で。

 

「……別に、王女様のためだけに取りにいくわけじゃないですし? 私も気になるからついでにってくらいですし?」

「む……なんとなく不敬の気配を感じたが……まぁ良い」

 

 照れ隠しのつもりだったのに首が飛びかけていた事実は脇に置くとして、言ってしまった以上、本当にやるしかない。

 

 でも、仕方ないじゃんか。そんな顔見せられたら、取りに行かないわけがないじゃないか。

 まるで■■■■みたいな、そんな寂しそうな顔をされたら、姉貴分としては取りに行ってあげたくもなる。

 

 ともあれ1時間後、また来ると息巻いていた王女を見送り部屋を片付け、いつの間にか出かけていつの間にか帰ってきたシルヴィに話があると私は告げた。ちょうど話があったみたいで、シルヴィも嫌な顔こそ浮かべたけど、素直に話を聞いてくれた」

 

「それで? 何やらかそうってんだニャ?」

「その言い方めっちゃ腹立つぞコラ」

 

 咳払いして仕切り直し。

 

「ディアブロス、狩りにいくよ」

「……理由は?」

「角竜のハツが食べたい」

 

 沈黙。

 

 ──そして罵倒。

 

「バッッッッカじゃねーの」

「悪かったわねしょうもない理由で!」

 

 本当の理由はなんだか恥ずかしいから言えるわけもなく、結果ただの私欲で食べたいみたいになった。解せない。けど仕方がない。

 

「あー、そんなくっだらない理由でまたボクは苦労するのかニャ……まぁいいニャ、いつものことだし」

 

 なんだか腑に落ちない納得なされ方をされたけど、それより先に、今度はシルヴィが要件を切り出した。

 

「次の狩り、1人仲間を加えてやるニャ」

「…………は?」

 

 今、この相棒はなんと言ったのか。

 

 私が? 見知らぬ誰かと? 一緒に狩り? 

 

「バッッッッカじゃねーの?」

「フェイにだけは言われたかないニャ」

 

 人様にみせられるもんじゃないわなに考えてんだこの相棒。

 

「ねぇ、いいの? 私、恥ずか死するよいいの?」

「わかりやすい照れ隠ししながら王女様に角竜のハツ取ってくるとか言ったフェイよかマシニャね」

「なんで知ってんの!? てか知ってたのかよ!」

「まぁ本人が外で大声吹聴してたし」

「あの女ァ!」

 

 やばい顔が熱い。吹聴されてたのはもちろんだけど、何より──

 

「わかりやすい照れ隠しとか言うなぁあああ!!!!」

 

 なんでそこバラしたし。胸に秘めておけよ。そのまま忘れて欲しかったよ! 

 

 

 突っ伏す私を他所に、シルヴィがドアを開けて誰かを招き入れる気配がする。

 頰を叩き、ひとまず平静を装う。

 入ってきたのは、男性用のゲリョスS装備を身にまとった片手剣使い。

 

「ど、ども、ガンマ・コルテスっす。今回はよろしくっす」

 

 マジで全く知らない人だった。

 




というわけで読んでくださった皆様はお久しぶりですゾディスです。
此度のターゲットはディアブロス。私自身も色々と思うところのあるこの飛竜、しっかりと書いていければなと思います。……次回作でも書くつもりらしいぞこの男。

何はともあれ、時間が空いてしまい本当に申し訳ありませんでした。これからもゆっくり更新して行く所存ですので、よろしければ今後も読んでいただけると嬉しいです。それでは。


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砂漠の暴龍達

ごめんなさいとしかいえない


 夜、月明かりが最も明るくなる頃。

 ガタガタと揺れる竜車の中で、ガンマもといマグナは、頭防具によって僅かに狭まった視線を反対側で眠りこけている大鎌使いへと向けた。

 まもなく広大な乾燥地帯へと差しかかる竜車の中には少しばかり冷たい空気が漂いつつあるのだが、ランポス皮性のベストとパンツに黒い外套一枚引っ掛けただけの女性は、寒さに身体を丸めることもなく心地よさげな寝顔を晒している。あまつさえ涎を垂らし始めていたので、魅力的かと言われるとまた微妙なところではあるが。

 

 砂漠地帯の夜にそこまで軽装でありながら快適な惰眠を貪ることができているのは、間違いなく彼女の優秀なオトモあってのことだろう。「ホットドリンクを飲め」という彼の気配りがなければ、今頃ガタガタ震えてクンチュウよろしく丸まっていたことは容易に想像がつく。

 そのオトモは彼女の隣で眠りについたが最後、寄りかかられた挙句に頭に涎を垂らされそうになりながら(うな)されているのだから報われない。

 

 自分自身もそろそろ眠りにつこうとは思うが、そんな二人を見ているとどうにもペースが狂って眠気がなかなかやってこない。

 少々風が冷たいのを我慢することにして、マグナは竜車の小窓を開けた。特急料金を支払って狩猟地に向かう竜車は深夜であってもほとんど止まることなく走り続けている。憎たらしいほど明るく輝いた月が顔を出したマグナを照らし、夜ならではのその明るさに顔を顰める。

 

 

 三日前の夜、シルヴィに連れられフェイの住まいへ向かう道すがら告げられた言葉を思い出す。

 

 ──記憶喪失!? 

 ──その通り。今のフェイは、昔のことなんてさっぱり覚えちゃいないのニャ。

 

 それと同時に、「理由は後で話すから」と今身につけているゲリョスS一式を手渡された。絶対にフェイの前で頭鎧だけは外すな、昔のことを知っている風に話すなと念押しされて。それを守れないなら会うのは諦めろとも告げられた。

 不承不承ながら約束を守って、それとなく話を聞き出そうと家の扉を開けてみれば、突然狩りに出るという。

 そうして落ち着く暇もなく彼女は準備に家を出て、仕方なく狩りに付き合うことになって今に至る。

 

「話がしたかっただけなんだけどなァ……」

 

 狩りをするなら自分自身も準備がいる。ゆっくり腰を落ち着けて話す暇などなく、竜車の中でもそういう話を持ち出す気にはなれなくて、結局たわいのない雑談に付き合って過ごしている。フェイにとって、今のマグナは「新米上位ハンターのガンマ・コルテス」でしかないだろう。そんな彼女に昔の話だなんだと聞き出すのはどうにも不自然な気がしてならない。余計に話を切り出しにくくなってしまっている。

 

 月を見上げてため息を吐き出し、もう一度車内の二人へ視線を戻す。

 間抜けと言っても差し支えないその寝顔に、かつてマグナを教え導いた先輩狩人としてのフェイの面影はまるでない。知的で冷徹で、けれど優しかった彼女は今はいない。

 

 姿形はそのまま別人になった恩人に、マグナはペースを一人でに狂わされている。シルヴィはそんな彼女に何食わぬ顔で付き添っているし、ムカつく義兄(グレイ)もセラも当たり前のように接している。

 一人だけ何も知らされず、ただ一人昔を追い続けている自分がなんだか馬鹿らしく思えてきて、マグナはため息をもう一つこぼす。

 

 車輪の回る音に混じって、遂に涎が垂れたことで「ブニャッ」というシルヴィがあげた間抜けな悲鳴が響いた。

 


 

「砂漠に何か変わった様子はありますか?」

「いえ、特には……」

 

 てことは、砂漠に異常なしって考えていいのかな。何事もないのがベストだし良かった。

 

 いつも通りシルヴィと、出発前に出会ったマグナ君を連れて私達はクエストに出発した。

 セラとなんだか話をしに行っていたらしいシルヴィとマグナ君が出会ったのは、ギルドストアの前。武器を新調したら飯を食べる金がなくなったことに気づいたらしく、あまりにも哀愁漂うその背中に、シルヴィは(情けない主人のことを思い出して)気の毒に感じたあまり連れてきたのだとか。「情けない主」って私のことかオイコラ。

 

 ともあれ3人でクエストをこなすことにした私達は狩猟地であるセクメーア砂漠の近くに位置する村へ逗留することになった。

 

 狩猟地「砂漠」といえばメジャーな狩猟地の一つというのが一般的な認識だろうけど、実を言えば他の狩猟地とは少し話が違ってくる。

 砂漠は他の狩猟地と比べてとても広い。シンプルだけどこれがかなり大きな要素で、意外に無視できない。直接狩猟地帯へ荷物をすべて持って移動するだけでもかなり苦労するし、日中は暑くて夜は極寒の世界に様変わり。狩猟時間が指定されている場合を除けば、自分たちでどの時間帯に狩猟を進めるか話し合って、必要な道具を前もって厳選することが多い。

 

 けれど、現地に拠点とできる村があるなら話は違ってくる。

 現地の状況、仲間のコンディション、道具類の調達、厳選。地図があることも多いし、複数種の大型モンスターが確認されている場合も前もって知ることができる。現地の拠点でできることはとても多い。これを利用しない手はない。使わないハンターもいるにはいるらしいけれど、単独狩猟で前もって全部決めてきている人か、独自の情報網がある人、あるいはどんな状況でも確実に依頼をこなす凄腕かといったところ。

 

 と言いつつも、今回はどのみち寄らなければいけない理由があった。依頼主がこの村の村長さんだからだ。

 曰く、いつもこの村に物資を届けてくれる商人さんたちがいつになっても到着しないのだという。

 この村は砂漠に隣接していながらも旅路での安全性が高いことでよく知られていて、出発したという連絡を受けてから予定通りの日数で到着することがほとんどだという。

 どうしてそんなに安全なのかというと──

 

「ディアブロスゥ!?」

「えぇ。かわりものというか、普段は寝床で寝てるような大人しいヤツなんですが」

 

 竜人族の村長さん曰く、砂漠の一角を縄張りに据えてから今に至るまで、のんびりサボテンを食べるだけの個体なのだという。無論というか、人が危害を加えようとすればディアブロス特有の闘争心で()()()()が、追い払うだけ。大型モンスター相手には容赦なく殺しにかかるそうなのだが、人がそのディアブロスに殺されたことは一度としてないという。一時セクメーア砂漠の大型モンスター由来の依頼がなくなったのはそういう理由があったらしい。

 

 ところが、贔屓の商人さんが予定日から5日ほど遅れている。それだけなら狩猟依頼を出すには至らないのだけれど、村長さんにはもう一つ気になることが起きた。

 

「ディアブロスの咆哮ですか……特段変な話じゃないと思うんですけど」

「大人しいヤツだっていうのはさっきもお伝えしましたが、咆えることもほとんどないんです。大型モンスターが来た時でさえ咆えない」

 

 そこで一息つくと、村長さんは続きを口にする。

 

「ですが一年半ほど前でしょうか。一時あのディアブロスが黒く染まっていた時期があるのです」

「……繁殖か。そのディアブロスだって断定するってことは、その時期でも大人しかったってことかニャ?」

「えぇ。とは言っても、繁殖期のディアブロス……もといディアブロス亜種に近づくのは何が起こるかわかりませんからな。あくまで遠くから観察しているときは、ですが。重要なのはそこではなく──」

「番い……オスがいるってこと、っすかね」

 

 

 村長さんの言葉を引き継いで、シルヴィ、ガンマ君が推測を完成させると、村長さんは眉間に皺を寄せながらひとつ頷いた。もしそうであるならば正直好ましくはない状況だ。

 

 ディアブロスは縄張り意識が非常に強い。別種が縄張りを犯した時はもちろん、小型モンスターや人間、果ては同じディアブロスを相手にすら闘争心をむき出しにして襲いかかるってくるほどに獰猛だ。

 

 けれど、そんな彼らが唯一同じテリトリーに2体でいる状況がたった一つ。繁殖だ。その時に限って、雌のディアブロスは体色を漆黒に変え、より凶暴さを増すが、一時ではあれど雌雄が比較的近い位置に存在し合うことを許す時期でもある。

 

 一年半前から黒く染まっていたということは、産卵を直近に控えている、あるいはすでに卵を産み、孵っている可能性が極めて高い。

 ここ数年ずっといるというディアブロスが子供を得たことによって凶暴化、そうでなくとも過敏になっている可能性があるだけでなく、もう一体、別のディアブロスが闊歩している可能性が高いということ。

 

 村長さん達もそれを確認して以降、迂闊に砂漠の様子を見に行くことはできなくなり、半年ほど前に寝床に黒いディアブロスがいるのを確認した限りだという。

 

「今回いらっしゃる商人の皆様はこのあたりの地理には詳しいですから、無事ではいらっしゃると思いますが……オスのディアブロスを狩ってもらえればと」

「オスの、ですか」

 

 つまりは新しく現れたディアブロスを狩れという。今までいたディアブロスでも良いだろうに、そう注文づけた村長さんに、私は確認を取る。

 

「今までのディアブロスは放置でいい、そういう認識で良いのですか?」

 

 その問いに、村長さんは少し頰をかいて、それから苦笑いのような、照れ笑いのような、そんな微笑みを浮かべてこういった。

 

「愛着……ではダメですかね?」

「……いえ、全然」

 


 

「やるなら夜、深夜が良い」

 

 村長とのやり取りの後、村長さん宅を辞して、提供された借宿へと場を移して、シルヴィは言った。

 

「そりゃまたどうして……っすか?」

「ここに来て不確定要素が大きくなったからニャ。昼間でもディアブロスを誘き寄せて狩猟するための流れを作るのはできると思うけど、二頭のディアブロスの活動領域が被りすぎてる可能性もある。極力深夜に行動して、できる限りディアブロスが寝てる時間帯に奇襲を仕掛けるのがベストのはずにゃ」

 

 なるほどと頷くガンマ君を横目に、私も首を縦に振る。シルヴィが言わずとも夜の狩猟を提案するつもりだったからだ。

 

「メスの方の寝床は教えてもらったけど、オスの位置はどう捜索する? 閃光玉じゃ流石にわからないし、寝てるとはいえペイントボールの匂いはディアブロスが起きかねないよ?」

「ボクとガンマは一緒に行動するニャ。見つけたらイガグリ大砲に閃光玉を詰めて打ち上げる。それならわかるんじゃないかニャ?」

 

 いつも通り、私とシルヴィであれこれ決めていく。話しながら罠やツールをポーチに入れていく。今回は少なく済みそうかな? 

 

 ただ、一人で黙々と準備をしているガンマ君が、ちょっとだけ気になった。

 とはいえ彼にも作戦は伝えてあるし、シルヴィにもサポートをしてもらうようにお願いしてあるから、あんまり心配はしていない。それに今回やることはシンプルだから、予定通りにことが運べば時間もかけずに終われるとは思う。

 

 ディアブロスの恐怖はさっきも述べた通りの凶暴性と巨体から繰り出されるパワー、俊敏さも兼ね合わせる戦闘能力の高さと縄張り意識をはじめとする闘争心、別名の通りの巨大な一対の角。

 

 けれど、彼らの強さを支えている要素はもう一つある。それが高い聴力だ。飛竜種でありながら飛ぶことができないのがディアブロスであるけれど、その代わりに彼らは「地中を自由に泳ぎすすむ」能力を得た。

 地中を進む彼らには当然地上の様子は見えないけれど、その代わりに聴力が彼らの目となる。その高い聴力によって地上の外敵を正確に捉え、地中からの強襲で痛打を与えるのがディアブロスの得意戦法の一つ。

 

 しかし、その高すぎる聴力は弱点にもなる。特に聴覚を鋭敏に研ぎ澄ませる地中での高音には彼らとて驚きを隠さずに慌てて地中から飛び出してしまう。その瞬間は意識は散逸し、首は無防備になる。

 私たちの狙い目はそこ。ディアブロスを相手取るにあたってこれ以上ないほど決定的かつ明確な隙だ。ここを狙わない理由はない。

 

 作戦はシンプルに。やることは明確に。

 

「それじゃ二人とも、一狩り始めようか」

 

 


 

 

 日が沈んでから四時間。日中の猛暑は消え去り、あたりには冷たい空気が漂っている。真円に限りなく近づいた月が遮蔽物のない砂漠を明るく照らしている。

 そんな中を黒の外套に身を包んだ狩人が一人歩く。

 寒い寒いと小さくつぶやきながらホットドリンクを流し込む彼女は、それでも足音を最小限に抑えながら岩壁に沿って砂漠を進む。踵から足を下ろし、爪先を最後に離す。砂を踏みしめるサクサクという音もそこそこに、フェイはもう片手に地図を持ちながらエリア5の西端へとたどり着いた。

 

「この先がエリア9か……メスがいたらここはスルーだけど」

 

 砂漠の中では比較的小さなエリア9は、ほぼ全方位が岩壁に囲まれたディアブロスの寝床だ。他にもダイミョウザザミやら何やらがこのエリアで眠っていることがあるけれど、村長さんの話が本当であればここには当分の間メスのディアブロスが居座っているはず。フェイは一層足音を抑えつつ歩みを進める。

 

 進むごとに嫌な空気がフェイを包む。言葉には出さずとも、何かがおかしいことを肌で感じている。

 砂漠の狩猟区域に入ってからずっと感じ続けていた。普段とは比べものにならないほどに静かで、生き物の気配がまるでない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その静寂はいわばプレッシャー。音もなく気配一つで生き物全てが気圧されるほどの貫禄、あるいは気配に怯える自らの生存本能。

 

「……やめやめ、一つ一つ確認していかなくちゃ」

 

 ふと息を吐き出し、首を振る。気を取り直してエリア9の方向へ顔を上げた──その瞬間、大気が震える。

 見上げた空に月明かりを遮る二つの巨影。

 岩壁の上から絡み合いながら躍り出るそれらは、やがて一方がもう一方を空中より地面へと()()()()()形で一時の終息を見る。

 吹き荒れ舞い上がる砂と、直後に遅いくる地響き。

 そして──

 

「ギュォァアアアア!!!!!!」

「グォオオオオオオオオ!!!!!!!」

 

 目を見張り、耳を押さえる。

 足が震えるほどの巨大な咆哮が()()。一つは空に、一つは大地に。

 そして共通する()()()()()()()

 けれど、滞空する巨影の角は、ディアブロスのように捻れてはいるが()()に伸び、もう一方の地上で見上げる角の一方は()()()()()()()()()

 

 やがて滞空する影が体制を変える。月明かりがその姿を明確に映し出す。

 その体は黒く、()()は太く、その体は棘に包まれている。

 言うまでもなくディアブロスではない。さらにいえば「飛竜」ですらない。プレッシャーの発生元は恐らくあの存在(古龍)だ。

 

 もう一方の存在にも月の明かりがもたらされる。

 姿はほとんどディアブロスだが、その体躯は通常のそれより二回りほど大きく、角はより太い。体表には濃紺の体皮と真紅の血管のコントラストが毒々しい。

 

 古龍がディアブロスのような何かに攻撃を仕掛ける。発達した鋭い爪を叩きつけ、それを三叉に分かれた角で受け止める。体表から生えた棘が突き刺さるのも関わらず、古龍の体をそのままに投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた古龍はすぐさま体制を整えると、追撃を与えんと突撃するディアブロスを両前足で押さえ込み、お返しとばかりに押し飛ばさんとする。

 

 その瞬間、ディアブロスの体を白い霧が包む。

 呆気に取られていたフェイは、その気配に我に帰る。本能か理性かあるいはどちらもか。咄嗟に()()()

 

 轟音と熱気共に、大気が爆発した。

 

 


 

 

「ってて……」

 

 

 何がなんだかさっぱりわからない。身体もそこら中痛いやら熱いやらで頭の中までぐちゃぐちゃだ。

 あれがディアブロスっぽいヤツが起こしたことなのか、それとも古龍っぽいヤツの能力なのかはわからないけれど、確実なのはあの二体の戦いの中で引き起こされた爆発で、私はエリア5と隣接したエリア6の洞窟に飛ばされたらしいこと。爆発に熱されたこの体が冷気触れて心地よい。

 

 ともあれこのあとどうするか。合流が最優先だろうが、このまま表に出るのは得策ではない気がする。この分じゃ他にも大型モンスターがいても何もおかしくない。

 

 さてどうするか。

 腕を組み、顎に手をやり思案──しようとした時。

 コツン、と。背中を何かに押された。

 思わず振り返る。

 

「ぐわ」

「え゛」

 

 赤い瞳と目があった。

 どう見ても人の顔ではなく、アイルーでもメラルーでもない。茶色くて、鳥とトカゲの中間のような顔に、くりくりとした幼なげな瞳がこちらを覗いている。そっと目線を上に持ち上げると、丸っこい一対の角。

 

「ッ──!!??」

 

 小さなディアブロスが私を見て首をかしげた様子を最後に、私の記憶はそこで途絶えた。

 

 




大変お待たせしました本当にごめんなさい。またちまちま書いていきます()


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