灰の底 (粗製の渡り鳥)
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灰の底

 赤黒い()が崩れ落ちる。

 

 次第に形を失い霧散していくそれに向かい上体を傾け感謝と賞賛の意を込めて一礼する。

 

  (ソウル)の粒子となり色さえ失いゆく光体に手を振り看取った後、息を吹き返したかの様に燈が灯り始めた篝火に向かう。

 身に纏う軽鎧と下地のチェインメイルに今しがた出来た大きなへこみ、そして縦長の破壊痕は未だ熱を持ち、胸に脈動する高揚を冷まさせない。

 灰白い空間の中、中空に浮かびながら燃える篝火の手前で僅かに余韻を味わった後、火の芯となる朽ち果てた螺旋の剣に手をかざす。

 

 瞬間、膨大に膨れ上がり炎と煤塵に包み込まれる。

 

 これまでに数え切れぬ程味わった癒しとぬくもりに目を細めながら ほう と微かに息を漏らす。

 途端胴で感じていた熱が引き、傷付けられ身じろぎするする度に肌を引っ掻いていたチェインメイルのささくれの感触も消え去ってゆく。

 

 腰を落とし、火にあたれば、心地よく、眠気すら感じる。

 

 篝火から発する音以外、足音も水音も、風音すらも感じない静寂の中、ゆっくりと目を瞑り先程の死合を思い返していると自然と口角が釣り上がっていく。

 

 今俺は───確かに笑みを浮かべているのだろう。

 

 

 

 

 

 この場所へ辿り着いたのは全くの偶然であった。

 ()()()()()終わりなき使命に縛られた「火のない灰」としての生に疲れ、いつしか不死同士の決闘を好む様になった。使命の遂行はただの戯れへと変わり果て、ただ惰性で世界を巡る様になっていた。そう、自分本位な俗物となってから長い年月が経ち、世界廻りも最早気分転換でしかしない様になった頃に転機は訪れた。

  全ての始まりの地である"最初の火の炉"、その地の端に灯る篝火から、"火"が狂い滅びゆく未来の地"吹き溜まり"へと転移を図り、小さな燻りに手をかざしたところ()()()()()()

 

 "最初の火"が消えかけ、時空が揺らぎ乱れるこの世界ではそう珍しい事ではない。壁にめり込み、床を通り抜け、底さえない灰色の空間の中訳もわからず死に至る。それは万物に起こり得る現象であり"不死"の身である自らも長い旅路において幾度か経験していた為、一種の悟りを開いた心持ちで死を受け入れた。

 

 

 

 だが想定していた理不尽な終わりが訪れる事はなかった。

 

 

 

 どれ程時を経ても空中で落下死し灰となり消える事なく、永遠に灰色の世界で浮遊し続けた。これ程に長時間落下していた経験などなく、始めは新鮮だとさえ感じた。……だがそれも長くは続かなかった。

 時間が経過するにつれ不安が募り、思考は負の方向へとばかり進み、漠然とした不安からだんだんと心細くなる。

 

 もしやソウルに飢え渇き、亡者と化し、萎びた亡者としての身体すら維持出来ず、灰と骨の欠片のみとなろうとも落下し続けるのだろうか?

 

 思考の片隅で思い浮かべた結末は不安を恐怖へと変質させた。久方ぶりの頭を揺さぶる様な刺激に心が折れてしまいそうになり、堪えきれず空中で帰還用のアイテムの使用が可能か試そうとしたところ、不意に両の足に衝撃を感じた。

 

 己の死を確信し安堵した───のだが、未だ意識があり終わりではない事を理解する。

 落下は終わったが何の痛みも受ける事なく着地したのだ。

 不思議に思ったが、着地した際の感触が吹き溜まりで至る所に描かれていた落下の衝撃を殺す不可思議な陣や、その周辺に降り積もった灰を踏み締めた時のものに近かった為納得は出来た。

 

 もしかすると火の炉に降り積もった灰を突き抜け、転移ではなく落下によって吹き溜まりに辿り着いたのだろうか?

 

  その可能性を思い浮かべた……が、視界が未だに灰色に占領されている事、宙を舞う悍ましい"天使"等の気配が全くしない事からおそらく違うだろうと判断した。

  全くの未知に大いに困惑したが1人悩んでいても仕方あるまい、そう思い立ち広大な灰の世界の探索に乗り出した───考え事など性分ではないのだから。

 

  そして途方もない距離を歩み続けた先には一つの篝火が灯っていた。

 

 透明な敵や見えもしない穴によって火の炉へと死に戻り二度とこの場所を訪れる事が出来なかった、などというつまらない結末を迎えない為に落下以外で即死しない様に出来得る限りの対策を施し、神経を張り詰め逐一足場を確認しながら足を進め続けた先、どこまでも広く、平坦な世界の果てに見つけた不死の故郷の存在は、途轍もなく大きく暖かなものに感じた。

 

 旅は嫌いではないがなんの変化も起きない場を常時気を張り続けながら移動するというのは思いの外堪え、最早精魂尽き果て不死の闘技場と火防女が待つ祭祀場への望郷の念に支配されていた。足早に近寄り、篝火を灯したそばから帰還しようとさえ考えていた程だ。

だがすぐにそんな考えは吹き飛んだ。

 

 篝火を灯したと同時に周辺が赤い光に染められたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───赤サインろう石───

 

 暗く光るサインを描く事で他世界に干渉し、その世界の主とされる者に、霊体"闇霊"として召喚される事を可能とする一品。

 召喚された者は呼び出した主の殺害を目的とし、互いに生死を賭けた決闘を行う。

  戦いの末生き残った勝者は、己の人間性を保ち、共に困難を乗り越える他世界の協力者を召喚する権利を得る為に必要な()()()を獲得する事が出来る。

 

 本来赤サインは対人戦闘を得意としながらくだらない矜持を持つ者、若しくは不死人同士の殺し合いに魅入られた者以外に使用する者などおらず、それ故多くは決闘に都合の良い場所に描かれる……例外はあるが。

 だからこそ、今眼前の篝火周辺を埋め尽くす程の赤は人殺し供がこの領域を死合に相応しい場所と認めた証明であり───故に俺は惹かれ、妖しく光るサインへと手を伸ばした。

 

───炎に向かう蛾の様に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで俺は知った

 

 

 

 

 

ここは"火"の生み出した歪みであると

 

 

 

 

 

そしてここは時代の流れに失われた

 

 

 

 

 

或いはまだ生まれてもいない武器や魔法を扱う猛者達が集う

 

 

 

 

 

死狂い供を魅了してやまない

 

 

 

 

 

楽園であると───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチリ

 

 火が織りなす小さな音が鼓膜を打つ

 

 鮮烈な橙が瞼を透過し瞳に射し込み微睡みを払う

 

 脳もまた冴えていく中で意識を失っていた事を把握する。

 

  どうやら、初めてここに訪れた事を思い浮かべているうちに眠りに落ちた様だ……柄でもない。

 

 目が覚め、手持ち無沙汰から先刻まで損傷していた鎧をなんとなしに撫でてみる。

 思い返してみれば先程の奇跡使いもまた、見知らぬ業を持つ曲者であった。幾十もの人の身の丈程ある様な剣を足場から一挙に突き出し、"嵐"の様に周囲のものを突き穿つ奇跡。掲げる事により"神の怒り"の如き衝撃波を放出する大槌。どちらも似た特徴を持つスペルや武器があるが、あくまで似ているだけであり性質は異なっていた。そして此方も初見ではあったが、本来なら充分に対応出来ただろうそれらの一撃を見事に直撃させてみせた戦士としての腕前。どれも大いに己を満足させるに足るものであった。

 楽しかった

 そう、素直に実感出来る戦いだった。

 

 やはり、ここは素敵だ───火防女やルドレスですら知らぬ不思議な地であるが、ここに巣食う者は皆が皆ただの"達人"や武器に頼るだけの痴れ者などとは比べ物にならない優秀な戦士であり、異なる時代の人物と思われる者は誰もが見た事も無い手札を切ってくるのだ。

 全く、飽きさせてくれない───これでは、もう()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 さて、充分に休んだ……また新たな相手を探すとしよう。

 あと10回やるか、無様に完封されるかしたら一度イルシールに出向こうか。

 

 そう思いながら腰を上げる。

 見渡せばサインの光に限りはなく、灰色の世界は未だ赤く照らされている。

 ひしめくサインの群れに踏み出し、その一つに手をかざす。

 

 また、心踊る様な戦いを、その手に掴み取る為に───

 




 初投稿です(本当)
 本当はドラングレイグの不死人とかとの戦闘を後半に入れたかったのですがモチベが尽きました……小説は難しいですね
 あまり綺麗に纏められませんでしたが楽しんで頂けたなら幸いです


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