骸骨魔王と鬼の姫(おっさん) (poc)
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本編1─プロローグらしい

勢いで筆を執らせて頂きました。
プロットはありません。
プロットなんざ放り投げろ(白目)
基本的には原作に沿ってほのぼのを目指して動いていきたいと思います。

更新は恐らく不定期になるかと…。


というわけで、原作では何かと苦労されているモモンガさんに異世界を楽しんで貰いたくて執筆致しました。
正直、何もかも初めてで手探り状態ですが、見守って頂けたら幸いです。


─西暦2138年。

 

今、ひとつの《世界》が終わろうとしていた。

その《世界》とは発表当時、一世を風靡したDMMO-RPG。

 

《YGGDRASIL─ユグドラシル─》

 

世界樹の名を冠するこのゲームは、無課金でも圧倒的な自由度を誇っていた。更には金さえ積めればほぼ何でもありのDMMO-RPGだった。

プレイヤーのキャラメイキング、装備は勿論、他の追随を許さない職業や種族の数。その組み合わせは無限大。拠点専用のNPCの作成、デザイン、能力、果てはゲーム『外』からデータを引っ張ってきてゲーム内で参照も可能…。

当時は話題に尽きなかった。MMORPG史において、それほどまでに自由なゲームは今まで存在しなかったから当然だ。

 

─しかし、盛者必衰。どのようなものにも衰えとはあるもので、12年続いた偉大な《世界》もついに終わりの刻を迎える…。

 

 

 

 

 

 

 

「また何処かで、か…どうして皆、そんな簡単にナザリックを…アインズ・ウール・ゴウンを捨てられるんだ…」

 

豪奢な部屋だ。綺羅びやかなシャンデリアが吊るされ、室内を明るく照らす。円形の大きな、黒檀で出来た漆黒のテーブルがその存在感を醸し出す。ぐるりと囲むシックで鮮やかな装飾がなされた41脚の『空席』がそれを着飾る。

唯一埋まっている席には、華美な装飾がなされた漆黒のアカデミックガウンを羽織る巨大な骸骨が佇んでいた。骸骨は叫ぶ。

 

「ふざけるな!ここは皆で創ったナザリックだろうが!」

 

ガン、と色とりどりの指輪が嵌められた真っ白な手骨が漆黒のテーブルに叩き付けられる。ピコン、と表示されたのは『0』という数字。

骸骨はワナワナと尚も震えていたが、やがて落ち着きを取り戻したのか背もたれに身を預け、力なくポツリと零す。

 

「そうじゃないよな…解ってるさ、捨てた訳じゃないって…」

 

いかにも魔王然とした風格だが、独り言を呟く哀愁の漂うその姿に当時の覇気はない。

 

「─あと1時間か…」

 

骸骨は天井を仰ぎ見る。巨大で豪華なシャンデリアが視界に入った。あれ一つ作るのにすら相当なこだわりを持って時間を割いた人がいた。その人はもうだいぶ昔にユグドラシルを引退してしまったが。

そんなことをぼんやりと考えていた空間に、音も無く気まずそうに扉が開かれた。

 

「…今晩は」

 

ピコン、と笑顔のマークが表示されつつ入ってきたのは艶やかな長い黒髪を無造作に伸ばし、一つの完成された驚くほど美しい日本人形…ではなく、額に二本の小さな角が生えた美少女だ。

見事な色彩の服を幾重にも重ね着た─確か十二単と言ったか。それを着崩して鎖骨辺りまで見せているそれは、傍目には花魁─大昔に存在した娼婦だったかな─のようにも見える。しかし、見た目には重そうなそれを、重さを感じない足取りでスルスルと進み椅子に座った。じゃなくて…

 

「サキさん!?」

 

「はい、サキです。遅くなりました」

 

顔に似合わず低くて野太い声を出しているのは、夜想サキ。彼女─彼のアバター名だ。以前はロールプレイのために寡黙を通そうとしていたのだが、不便過ぎたために今ではロール以外では普通に話している。確か、顔を合わせるのは大体3ヶ月振りになるか。

 

「モモンガさん、お疲れ様です。間に合って良かった。昨日やっと完成しました」

 

そう言ってでっかい盾を取り出した。何故盾を?と思ったが、よく見ると違う。自分のこのでかいアバターでも一抱えもするような一冊のデカくて分厚いハードカバーの本だ。表紙には我等がギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の紋章と英字が刻まれている。

 

「それが前から言ってた『アルバム』ですか!見せて頂いても?」

 

「ええ、勿論です。ただ、残り時間が少ないので、あとでメールでデータ送っときますからちょろっとにしといて下さいね」

 

そういう声色はとても朗らかだ。大仕事をやりきった感がとても出ている。分かります、その気持ち。

 

「おお…凄い…!」

 

ページをめくると、中身はアインズ・ウール・ゴウンに関するSS(スクリーンショット)やデータが満載だった。

─今は辞めてしまった、かつての仲間たちの勇姿からあらゆるデータ、語録と銘打った様々なセリフ、ここナザリック地下大墳墓の各箇所のSS、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)の詳細に至るまでおよそ全てがこの一冊に込められているとのことだ。

 

「約10年ですか…この一冊に私の持てる全てを籠めましたよ」

 

ふふん、と画面の向こうでドヤ顔しているのが目に浮かぶ。普段ならイラッとするその仕草も今なら許される。許しちゃう。

 

「…本当に凄い…他の皆には渡してあるんですか?」

 

「本当は真っ先にギルド長に見せるべきだったんでしょうけど…驚かせたかったのとユグドラシルが終わる前に、と他のメンバーには分かる範囲で先に送っちゃいました。ごめんなさい」

 

そう言うとサキさんはペコリとお辞儀した。欲を言えば一緒に添削したかったが、『私の魂を込める、申し訳ないですがこればっかりは一人でやり遂げたいんです』と断られてしまった。

その時はしょうがないと言う気持ちとやるせなさがない混ぜになっていた。でも、それも最早どうでも良い。そう思えるほど素晴らしい一冊だった。

 

「そんな、全然構いませんよ!顔を上げてください」

 

これで少しでも他の皆が、我が…─我らがギルド、アインズ・ウール・ゴウンを思い出してくれるならこれほど嬉しいことはない。そう思う横で少しだけ、寂しくもあったが。

 

「…そう言えば、昨日ってことは今日はどうされてたんですか?朝からいたようですが、最期には間に合わせるから内緒って言ってましたが…」

 

先程、驚いたのはどこにいるか分からなかったからだ。ログインしていたのはチェック済みだったが…今思うと恥ずかしい事をしていた時は、どこにいるかメンバー表は見ていなかった。

 

─さっきの聞かれてないよな?

 

「いや、実はですね。もう一つ報告がございまして…」

 

画面の向こうでニヤニヤしているのが分かる。どうしよう、落ち着くとやっぱりイラッとする。

 

「ほう、報告。聞かせて下さい」

 

思わずイラつきが声に出てしまった。だが、サキさんは余程嬉しいのか全く意に介していない様子で、ひと振りの刀を取り出した。あれは…

 

「夢だった炎楼(えんろう)・零式がついに完成したんですよ!」

 

中二病満載の刀、炎楼・零式。元々ランクが神器級(ゴッズ)で名前も炎楼・改だったのだが、結構洒落にならない性能を秘めていたはずだ。今は更に上を行くということか。

 

かつて『いつかこの刀に世界級(ワールド)ぶち込んで最強の刀を作りたいです』と無茶なことを言っていたのを思い出した。

ギルメンに突っ込まれていたが『《世界》の可能性はそんなに小さくないっ!』とクソ運営の迷言を叫んでギルメンにボコられていた。全部避けていたが。

─下手に煽るからウルベルトさんブチ切れてたなぁ…。あのあと落ち着かせるの大変だったんですからね。

それは置いといて、ついに完成したというのか。というか中身おっさんが無表情でぴょんぴょん跳ねないでほしい。地味に怖い。

 

「ほ、本当に世界級アイテムを素材にしたんですか?」

 

「ええ。哀しいことですが、ユグドラシル終わっちゃうんで…怒らないで聞いて下さいね?」

 

何だろう、確かにそれは哀しいがそう言われると凄い嫌な予感がする。

 

「…内容によります」

 

「『アルバム』ネタにして熱素石(カロリック・ストーン)を譲ってもらって、同じくネタにしてそれを素材に鍛冶師に打って貰いました」

 

「ファッ!?」

 

なにやってんだこの問題児(ファッキンビッチ)

 

「イヤイヤイヤ…ちょっと待って下さい。え、この『アルバム』ばら撒いたんですか?この問題児(クソビッチ)

 

何だか過去の栄光を汚されたようで、凄い嫌だった。それにあまり考えたくないが視点を変えればこの『アルバム』は攻略本になりかねない。目の前の問題児(アホビッチ)はやや申し訳なさそうだったが、次の一言を聞いたらスッと嫌な気持ちが収まった。

 

「モモンガさん、本音が漏れてます…んんっ、少し考えてみて下さい。この9階層以降はメンバー以外見たことないですよね?勿体無いじゃないですか。他の奴らにうちらはこれだけ凄いんだぞって画像付きで自慢できるんですよ。そう考えたら、コピーだしこれネタに夢叶えちゃおってつい…やっぱり駄目でしたか?」

 

「…因みに反応はどうでした?」

 

恐る恐る聞いてみるとある意味では予想通り、あるいはそれ以上の言葉が返ってきた。

 

「上々も上々。秘密にしろって言ったのにどっかから漏れて、凄い人だかりが出来ちゃって…捌けるのにえらい時間掛かっちゃって、気づいたらこんな時間になってました」

 

「…!」

 

ヤバい。ちょっと、いやかなり嬉しい。他人が作った『アルバム』なのに、思ってた以上の好評価にまるで自分のことのように嬉しかった。

 

「すみませんでした。夢も叶うからって、好評価にも浮かれちゃって考えなしに…よく考えたら、細かいギミックは載せてないので攻略本にはならないはずですが、下手するとこれ片手に攻めてくるやつが─」

 

あ、感動して黙ってたら怒ってると勘違いしてる。面白いからこのまま続けようかと思ったが、ふと時間を見るとあと30分もない。このまま終わってしまってはお互い最悪だ。

コホン、と咳払いを一つ。

 

「んん…怒ってませんよ。むしろ好評価で誇らしく思います。良かったですね」

 

「最期なのに、勝手に色々やらかしちゃったのに怒らないんですか?」

 

「最期だから、ですよ。幸い今日は攻めに来た奴はいません。ほら、あと30分切ってます。早くしないとこのまま終わっちゃいますよ」

 

そう言って立ち上がり、自然と後ろの壁際に鎮座している豪奢な杖─ナザリックの心臓であるギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』に手を掛けてしまい、思わず手を放した。

これも皆で作り上げた大事なアイテムだ。わざわざ有給を取ってきたり、夫婦喧嘩をしてまで素材集めに奔走したメンバーが居たくらいだ。

そして、その苦労に見合う性能を秘めており神器級にして世界級アイテムに匹敵すると言っても過言ではない。そんな皆の想いがつまったアイテムを勝手に持っていくのは戸惑われた。

 

「…どうしました?」

 

「いえ、勝手に持っていくのもどうかな、と思いまして…」

 

それを聞いたサキさんはフルフルと首を振って否定した。

 

「確かに多数決を尊重するギルドですが、そもそもそれはギルド長専用の武器です。長い間、ここを護ってきたモモンガさんなら持つ資格は当然あります。誰も文句なんて言いませんし…─言えませんよ」

 

哀愁を帯びた声色だった。サキさんはここ2年ほど、たまにしか来られなくなったメンバーだったのを思い出す。

よく『出張先にデバイスがない。ユグドラシルに行きたい。発狂しそう』とメールを貰っていたのも今や懐かしい思い出だ。自分もそんな環境だったら発狂していたかもしれないと思うと、自然と笑みが浮かんだ。

 

「そんな、哀しそうな声を出さないで下さい。最期なんですから、楽しく終わらせましょう」

 

「─…それもそうですね。私はロールしちゃうと黙るしかなくなるんで最期のロールは玉座の間でやりたいんですけど、良いですか?」

 

サキさんの問い掛けにしっかりと頷いて返答する。やっぱり、最期の締めはあそこしかないよな。

 

 

 

 

 

 

名の知れた芸術品と言っても過言ではないほどの見事な天使と悪魔の像に出迎えられた。その造詣は今にも動き出しそうなほどリアリティに溢れている。

 

─…ほんとに動き出さないよな?ここでトラップ発動したらマジで怒りますよ、るし★ふぁーさん。

 

イタズラばかりしていたギルドきっての問題児が造ったことを思い出し、少し構えてしまう…隣に問題児(ビッチ)がいたことも思い出したが。

 

「─大丈夫ですよ。ここら辺に無差別に発動するトラップはありませんから」

 

同じ思いに至ったのだろう。しかし『アルバム』のためにあらゆる部分を網羅した彼女─彼のことだ。そこは信頼していいだろう。

その言に頷いて返答し、細やかな彫り物がなされ荘厳な雰囲気を持つ重厚な扉に近付くと、音も無くゆっくりと開かれる。

後ろに拠点NPCの執事のセバスを始め、通路で出会ったNPCを連れ出していたら結構な大所帯になってしまっていた。

ゾロゾロと連れ動く様子は雰囲気を壊してしまいそうで戸惑われたがしかし、最期くらい出番を持たせようと連れて来たのだ。ここでお預けを喰らうのはNPCとはいえ可哀想だと思い、そのまま中に入れてやる。

 

中に入れば壮大な光景が視界一杯に映りこむ。久し振りにここに来たが、恐らくメンバーのほぼ全員がこだわりにこだわった場所の一つだ。玉座の間とは名付けているが、もはや一つの空間と言えるほどに広く大きい。柱一つ一つに各ギルメンの紋章が描かれた旗が掲げられ、メインと言える玉座は世界級アイテムだ。

 

「─おぉ…」

 

「…やっぱりあの角度じゃなくてこっちのが良かったかなぁ…いやしかし…─」

 

感動も虚しく、ブツブツと隣の無表情のアバターが顔に似合わない低い声で呟いているのが聞こえてきた。怖い。

 

「サキさん…気持ちは分かりますが、凄い怖いので申し訳ないのですが独り言は控えて頂けると…」

 

「あ、失礼しました。いやー、久し振りに来ましたがやはり素晴らしいですね。どの角度が一番映えるか悩みに悩んだのも良い思い出です。まぁ、改めるとまだ悩んでしまいますが…」

 

同じメンバーとはいえ、やはり褒められると自分のことのように嬉しく感じてしまう。それ程に、自分はこのギルドに誇りと思い出を持っているのだと再認識すると共に彼女─彼の冷めぬ熱意に笑みが漏れた。

 

「ふふ、それじゃロールの準備をしますか…─あれ、玉座の横にいるのは…」

 

早速ロールに入ろうかと思って玉座に視線を向こうとしたが、横に立っていたキャラに目が止まった。

あれは確かタブラさんの…

 

「おや、凄い偶然ですね。彼女はナザリック内をぐるぐる周回しているはずですが、まさかこのタイミングでここにいるとは」

 

「確か、タブラさんが創った階層守護者統括のアルベド…」

 

先程『アルバム』をめくった時に偶々目に入ったのが彼女だ。自分の好みにとても近かったので印象深かった。

 

「流石ですね。そうです、NPCのトップに設定したアルベドですよ」

 

「ん?あの手に持ってるものって…」

 

ふと彼女が心なしか大事そうに両手で持っているものが目に留まった。まさか…

 

「「世界級アイテム?」」

 

二人して首を傾げる。サキさんも何も知らされていないようだ。一体誰が…?

 

「…タブラさんが持たせたんですかね?モモンガさんは何かご存知ですか?」

 

「いや、私も何も聞いてません…あれは『ギンヌンガガプ(真なる無)』か?」

 

このギルドはサキさんが言ったように多数決で物事を決めてきた。特に世界級アイテムなんてトップレアに関することなら、まずメンバーに相談するはずだ。しかし、これは…

 

「…もしかするとタブラさん、アルベドのビルドが専守防衛だから広域範囲攻撃とか持たせたかったんですかね?」

 

「…」

 

もしそれが本当なら、いくらタブラさんとはいえ世界級アイテムを勝手に持ち出すなんてそれこそ勝手に過ぎる。苛ついてしまうが、しかし…

 

「─…もうすぐ、この《世界》も終わりますからね」

 

サキさんの悲痛ともいえる静かな呟きに、苛立ちが消沈した。考えてみれば自分も、サキさんのお墨付きとはいえ心臓と言えるギルド武器を勝手に持ち出そうとしたのは事実だ。おあいこだと思って『ギンヌンガガプ』はそのままにした。

 

「…あ、モモンガさん」

 

「はい、何でしょう?」

 

「玉座に座る前に待機コマンド入れないと…─大変なことになってますよ?」

 

振り向くと、確かに凄い光景だった。セバスが片足だけ階段に上がってるとこまで付いて来ていた。その後ろにはメイドたちがズラリ。考え事しててすっかり忘れていた。

 

「うへぇ…えぇっと、これは位置調整してから待機させるしかないか…─この辺かな、【待機】」

 

一旦、階段を降りて入口付近まで戻り、良い塩梅のとこで待機コマンドを入れる。すると、セバス以下執事とメイド達が跪く。くっくっ、とサキさんの苦笑する音が響いた。

 

「ちょ、しょうがないじゃないですか。コマンド入れるなんて何年もしてなかったんですから」

 

「これは失礼しました。なんか、のほほんとしていたもので、つい」

 

未だ苦笑が終わらないサキさんを尻目に玉座に座る。ふと、隣に佇む彼女のことが気になった。

 

「ああ、彼女のことが気になりますか?」

 

「え、あ。いや、そういうわけでは…」

 

「ふふ、誤魔化さなくていいですよ。まだ時間に余裕はあります。ギルド武器があれば設定が出来ますから覗いてみては?」

 

確かにまだ10分ほど時間があった。折角だ、気になるのは確かだし、ここは誘いに乗って見てみよう。

 

「「…うわ」」

 

ギルド武器を使ってアルベドの設定を見てみるとズラっと細かい文字が滝のように流れ出てきた。いつの間にかサキさんが隣から覗き見ていた。

 

「─生で見ると迫力が違うなぁ」

 

「ああ、そっか。例の『アルバム』にも設定とか書いてたんでしたっけ。あれ、でもこっちで見てないんですか?」

 

そう言えば、アルベド紹介の右側の『ページ』に黒い何かがびっしりあった気がする。それはつまり、あのでっかい本の1ページ分まるまるアルベドの設定に使われるほどの量ということか。しかも、すごい小さい字で。

アルベドの姿に見惚れ…違う、気になってたからあまり目に入らなかったが。

 

「実はそうなんですよ。NPCの設定とかはデータだけ吸い出してリアルのPCでしか見てなかったんです…タブラさん、設定魔でしたからね。アルベドは三姉妹って設定なんですが、他の二人も同じくらいの量でして…彼女達だけで何日か潰れました」

 

「…お疲れ様でした」

 

意外と几帳面な彼女─彼のことだ。あの文字の羅列を何度も見直したのだろう。その熱意には頭が下がる。ギルドに対する熱意なら自分も負けていないが、NPCの設定だけを何日も見るかと言われると…難しいかもしれない。思わず労いの言葉をかけてしまった。

 

「いや、思わぬ発見とかもあって意外と楽しかったですよ。─ああ、そうだ。最後の一文、読んでみて下さい」

 

「はい?…─えぇ…」

 

勢い良くスクロールさせて飛ばし読みする。すると

 

 

【 ちなみにビッチである 】

 

 

とだけ、ピッタリ10文字で締められていた。いくら何でもこれは…

 

「…ああ。タブラさん、ギャップ萌えでしたっけ」

 

「そうですね。こんだけ長々と書いといて最後はシンプルに締めるっていうのも、もしかすると狙ってやったのかもしれません…流石に意図までは聞けませんでしたが。単に限界まで詰めた結果かもしれませんけどね」

 

「…」

 

勝手に書き換えるのはどうかと思うが、流石にビッチはない。少し逡巡して、ある考えに行き着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 モモンガを愛している 】

 

 

 

─…タブラさん。文句があるなら今来て下さい。いつでも受け付けますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉう…モモンガさん、意外と大胆ですね…」

 

しまった。真剣に考えてたら問題児(こいつ)がいたの忘れてた。

 

「あ、いや、こりは…!」

 

しかも噛んだ。問題児(現クソビッチ)がプルプル震えてやがる。

 

「ああ!もう!」

 

腕を振って表示を消す。時間も無くなってきた。こうなったら勢いで誤魔化すしかない!

 

「あはははは!も、モモンガさん最期にそれは卑怯ですよ!ロール出来ないじゃないですか!」

 

「え、ええい!騒々しい!」

 

いつまでも笑っている『部下』を魔王ボイスで咎める。それを聞いたサキさんは時間が残されてないことに気付いたのか、少しだけ息を整えて静かに階段を降りた。

 

「…」

 

一度だけ深々とお辞儀をして、隣にいるセバスに倣って跪いた。もうお互い、完璧になりきっている。あと3分か…。

 

「…鬼の姫よ、よくぞ舞い戻ってくれた」

 

「…─」

 

サキさんが少しだけ頭を下げて返事をする。今の『彼女』は寡黙な鬼の姫だ。因みに寡黙ではあるが喋れないわけではなく綺麗でよく通る声で喋れる、という設定らしい。

 

「うむ。だが、残念ながらもう間もなく《世界》が閉じてしまう。恐らくは、このナザリック地下大墳墓も消滅してしまうだろう」

 

「…─!」

 

言い終えるとサキさんが差し出すように垂らしていた頭をガバリと上げてこちらを見つめる。本当、問題児(ビッチ)だけどこの人も良いロールするよなぁ。こちらも楽しくなってきて興に乗る。

 

「だが、栄光あるアインズ・ウール・ゴウンは永遠に不滅である。何故か?」

 

「…─」

 

問い掛ければ『彼女』がコクリ、とゆっくりした動作での頷きを以て返す。ああ、もうすぐ()()が、楽しいこの瞬間が終わってしまう。

チラリと残り時間を見れば本当に僅かしか残されていない。立ち上がり、身振り手振りを以て渾身のロールを続ける。

 

「そうだ。我等の中にアインズ・ウール・ゴウンは在る!我等は不滅であり、よってアインズ・ウール・ゴウンも等しく不滅であることに相違ない!─さぁ、皆の者!我が同胞(はらから)達よ!力の限り《世界》に!その名を轟かせよ!」

 

決して急がずゆったりとした動作で、しかし間に合うように可能な限り素早く、それでいてあくまで優雅に『彼女』が立ち上がる。ここに来て『彼女』はおよそ完璧なロールを成し遂げた。

 

そして、大声で叫ぶ心構えをお互いに作る。近所迷惑なんぞ知るか。

 

 

「「アインズ・ウール・ゴウン!万歳!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アインズ・ウール・ゴウン!!万歳!!アインズ・ウール・ゴウン!!!万歳!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「─…えっ?」」

 

 

 

─つづく。

 




ぶっちゃけタグはどうすれば良いか、よく分かっておりません。差し当たって必須のみ設定しております。
ご感想などお待ちしております。

━━━━

シャイタル様

誤字報告ありがとうございます。修正しました。


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本編2─異世界転移らしい(1)

オリキャラ視点で進みます。

表記揺れ、というんでしょうか。そういったものがあるかもしれません。


『アインズ・ウール・ゴウン!!万歳!!アインズ・ウール・ゴウン!!!万歳!!!』

 

 

 

 

 

 

「「…─えっ?」」

 

 

 

《世界》の、つまり《ユグドラシル》の終わりだと思ったらNPC(ノンプレイヤーキャラクター)がいきなり騒ぎ出した。みんな涙を流して力の限り叫んでいる。隣のセバス超うるせぇ。

 

 

「…騒々しい、静かにせよ」

 

モモンガさんがそう言うと、NPC達はピタリと止まって跪く。あの大音量の中でも結構小さい声だったんだが、届くもんなんだな。

突然のことで理解が追い付かず、ぼんやりとその様子を眺めていた。

 

─…なんだこれ、こんなプログラミングしてたっけ?…知らないうちにギルメンがサプライズで仕込んでたのかな。

 

「─…鬼の姫よ、こちらに」

 

「…」

 

取り敢えずモモンガさんがロールしてるなら俺もロールを続けようと思う。しかし、何なんだ一体…。

周りに跪いているNPCの様子をさり気なく観察しながら、ゆっくりと階段を登ってモモンガさんの目の前で跪く。

 

「…どう思う?」

 

「…」

 

この状況のことを問い掛けてるのだろう。さて、寡黙な美少女が迂闊に低い濁声を出す訳にはいかない。どうしたものかと逡巡する。

すると何か頭の中で糸が差し伸ばされたような感覚がした。よく分からないまま、感覚に従って糸を手繰り寄せて繋げてみる。

 

〈伝言〉(メッセージ)。サキさん、聞こえますか?》

 

《おお、[ももんが]さん。はい、大丈夫ですよ》

 

糸の差出人はモモンガさんだった。頭の中で魔王ロールとは違う、いつもの話し声が響き渡る。

…あれ、〈伝言〉ってこんなだっけ?ていうか、なんか今発音がおかし…いやいや、ちょっと待て。俺の声ってこんな『高くて綺麗』だったか?

 

《っ!?…サキさん、声が…》

 

《…何なんでしょうね、これ。()()運営からのご褒美ですかね》

 

設定通りの、もっと言えば想像通りの綺麗な声だ。自分で喋ってて聞き惚れてしまいそうなくらいだった。…気持ち悪いことを考えてることにも気付いたが、横に置いておこう。

 

《あのクソ運営がそんな素敵サービスするわけないですよ…サキさん、コンソールは表示されてますか?》

 

そりゃそうだと変に納得してしまった。あのケチでプレイヤー苛めに熱を上げてたクソ運営が、いちプレイヤーにこんな仕込みをするわけがない。

跪いたまま視線だけ巡らせる。

 

─さて、コンソールか。視界の中にそれらしいものは一切見当たらないな。…時計表示どこいった。今何時だ?

 

《見当たらないですね。時計表示どこいったんでしょうか》

 

《…相変わらず、こういうハプニングがあった時はちょっとズレてますね。安心しました》

 

─えぇ…俺、そんなにズレてる?時間は大事でしょ。

 

そんな社会人として真っ当な考えをしていたら、近くで跪いていたアルベドが()()()()()()

 

「如何なさいましたでしょうか、モモンガ様?」

 

二人してアルベドを見つめたまま、固まってしまった。なんで勝手に動いている。これ、定型文か?こんな定型文が設定されていたか思い出せない。

理解が追い付かない。だが、妙に冷静に考えている自分がいる。それも奇妙に思えた。

 

「失礼致します」

 

そう言うとアルベドは、やや前傾姿勢でモモンガさんの眼窩の赤い光を覗き込む。アルベドの豊満な胸が動きに合わせて目の前で揺れた。

 

─うほ、おっぱいたゆんたゆん…馬鹿なこと考えてないで、現状を考えろ。情報は何よりも優先すべきことだろ。

 

「…アルベドよ、何でもないのだ。下がっていなさい」

 

「ハッ、失礼致しました」

 

モモンガさんがそう言うとアルベドは大人しく引き下がり跪いた。少なくとも、モモンガさんの言うことには従うみたいだな…。

何時までも〈伝言〉で喋っていては不自然だろう。勝手に動き出したNPCといい、優先すべきは演技(ロール)ではない。今は、何が起こっているかの確認と把握をすべきだ。立ち上がり、話し掛ける。

 

「…[ももんが]さん、今は[ろぉる]より現状の確認と把握を優先させましょう」

 

「そうですね。丁度、私もそう思っていたところです。取り敢えず…─GMコールが効かない。強制ログアウトも無理、と…」

 

骸骨の魔王が、自分の頭蓋骨をわさわさと弄ってる光景はとてもシュールだった。そして、その目の前で手を振って踊っている自分は何なのだろうか。先程から妙に冷静な頭が、客観的に今の状態を認識させてくれた。

 

「えーっと…[こんそぉる]が非表示になっているわけじゃないみたいですね。表示も何も出来ないです。─…電脳世界に監禁?いや、法律で禁止されているはずだし、[りすく]がでか過ぎるな…」

 

「失礼致します、夜想サキ様。監禁、で御座いますか?」

 

─…不穏な空気だな。うなじがチリチリする。これは、()()…?

 

目の前の顔を上げたアルベドが、鋭い目つきでこちらを『睨んでいる』。むしろ、これは敵意というより()()に近い。迂闊なことを言えば、殺されてしまいそうな雰囲気だ。生温い風のようなものが体を通り抜けていく。

…だが、それだけだった。本来なら、きっとへたり込むであろう圧を受け流している自分がいる。特に反応がないが、モモンガさんは何も感じていないのだろうか。

 

─…さっきからどうしてこんなに冷静でいられるんだろう?

 

「アルベドよ、こちらの話だ。口を挟むな」

 

モモンガさんがピシャリと咎めると、当のアルベドは一気に『顔』を歪め、絶望に染まった雰囲気を醸し出した。さっきから一体何なんだ…。

 

「もっ申し訳御座いません!二度も失態を犯すような、愚かな未熟者は死んで償います!矮小な命では御座いますが何卒、平にご容赦を…!」

 

言うが早いか、アルベドがどこからか禍々しい造詣をしたバルディッシュを取り出し、自分の首筋に宛てがった。つつ、と赤い『血』が垂れる。

 

「待つのだアルベド!勝手に死ぬことは私が許さん!」

 

モモンガさんが慌てて叫ぶとアルベドの動きがピタリと止まった。アルベドは絶望の『表情』をし、頬に『涙』を流したまま、固まっている。赤い『血』が刃を伝ってポタポタと垂れた。

 

「良いのだ、アルベド。お前の全てを私は赦そう」

 

「っ…─嗚呼、慈悲深きモモンガ様…愚かなシモベであることをお赦し頂けるので御座いますね…」

 

モモンガさんが片膝をつき、アルベドの肩に手を置いてそう言うと、アルベドは静かにバルディッシュを膝元に置いて頭を垂れた。いつの間にか血が止まっている。

モモンガさんの手が触れた時にビクッと震えていたが、罰せられるかと()()()()んだろうか。しかし、なんだこのイケメン魔王。どこのモモンガだ。

 

─…さっきからアルベドに妙な違和感があるな。いや、違和感しかないのが現状だが、特にアルベドが顕著だ。これは一体…?

 

「…アルベドよ、手を触るぞ。良いな」

 

「は、はいっ!お好きなだけお触り下さい!」

 

─えぇ…このタイミングでセクハラっすか…?

 

モモンガさんにセクハラ噛まされた途端に、先程の絶望顔はどこへ行ったのやら。上げた顔の目が潤み、肌は上気している。心なしか口元から涎が出そうに…あ、そうか。違和感の正体がやっと掴めた。

 

「─…っ!」

 

モモンガさんがアルベドの手首を掴むと、アルベドが顔をしかめた。…ああ、さっきのはパッシブスキルの【負の接触】(ネガティブ・タッチ)の影響だったか…。

そう。違和感の正体はこのコロコロ変わる『表情』だ。よくよく考えてみれば普通に『会話』をしているのもおかしな話だった。そんな究極的に高度なAIは積んでないし、積めない。

 

「むっ…─そうか、【ネガティブ・タッチ】…すまなかったな、アルベド」

 

「いいえ、モモンガ様。お謝りにならないで下さいませ。私のことはどうか、お気になさらずに…」

 

モモンガさんがアルベドの手首から手を離して立ち上がった。あれで満足したのだろうか。それとも他の目があるから考え直した…?

こちらに振り向いた、眼窩の赤い光と視線が交差する。

 

「─サキさん、気付いてますか?」

 

「…表情と会話ですか?」

 

「その通りです。NPCに表情があり、涙を流し、血を流している。体温と脈動も確認出来ました。その上、会話が成り立っている。─これらは現状の技術では、まず有り得ないことです」

 

その言葉にしっかりと頷く。…そうだ。そんな技術が《ユグドラシル》にあれば皆もっと課金を…─違う、そうじゃない。

 

「─そして、匂いを感じます。鈍いですが感触も妙に現実味を帯びているようです。現行の電脳法では、いずれも禁止事項です」

 

『リアル』の腐敗具合は、まさに地獄だ。自然環境も体制も人間さえも、みな腐り果てていた。そんな《世界》にも、やはり『法律』という秩序は存在する。

掃いて捨てるほど溢れているとはいえ、社会の歯車どもが電脳世界に入り浸らないように電脳法という法律が明確に、匂いや感触など視覚と聴覚以外の五感をハッキリと再現するのは禁止している。

脳みその中だけでも、リアルの腐った食事ではなく大昔にあった()()の食材の匂いを感じ、あまつさえ味を感じられるなんてことになったら誰もリアルには帰らなくなってしまう。そうなってしまったら、年内で確実に人類は滅亡するだろう。それを防いでいるのが電脳法だ。違法者には苛烈な《罰》が待っている。

 

「あの()()運営が多大な[りすく]を払ってまで法律に触れる訳がない。そんな技術も確立していない…まさか…」

 

「あくまで可能性の一つです。答えを出すには早すぎます。しかし、現状で考えられる可能性としては最も高いと見て良いでしょう」

 

電脳(ゲーム)の《世界》が現実(本物)になった?

 

 

 

 

 

あの後、モモンガさんがセバスやメイド達にナザリックの周囲探査及び上の階層である9階層入り口の警護を、アルベドには4階層と8階層の安全確認及び6階層への守護者召集を指示して、玉座にいるのは俺達だけになった。

NPCがいなくなったところで最後の確認のためにあることを試みる。

 

そう、18禁行為─つまりセクハラだ。

 

これは女性キャラに触れる程度では抵触しない。当てはまるならば、モモンガさんは既にアウトだ。

あのズボラなクソ運営ですら電脳法に始まり、その辺の法律関係にだけは異様なほど目を光らせていた。大勢の人がいるところで「ち○こ」と呟いただけでイエローカードがすっ飛んでくるほどだ。実際にやらかしたから間違いない。

それを考えるとうちのギルドよく続いたな。…ペロロンさんに茶釜さんを筆頭に、その他数名は何故アカウント抹消(BAN)されなかったのか。ナザリック七不思議の一つに数えていい。閑話休題。

…つまりだ。女性キャラの自分が自分の胸を揉む。それだけで即警告がすっ飛んでくるか下手をすればBANされる。自慰行為と見なされるためだ。

触れる程度なら見逃されるが、揉むとなると明確な意志がそこに在ることになる。言い逃れは出来ない。

 

「ふー…取り敢えず、こんなとこですかね」

 

と言うわけで、隣の骸骨を尻目にいそいそと服を脱ぎ始める。それを見た骸骨は叫ぶ。

 

「ちょっ!?サキさん何やってんですか!」

 

「何って最後の確認のための十八禁行為ですよ」

 

しれっとそう言えば骸骨が慌てて止めに入る。

…そのまま揉めないのかって?十二枚も布が重なってるんだぜ。かてーよ。…それなら、露出している胸の谷間から手を入れたらいいんじゃないかって?ハハッ、谷間なんかないよ!

外からは見えないようになってるが一番下にさらしを巻いているため、全部脱ぐ必要がある。これは18禁行為対策のためで女型和服系には全て標準装備されている。

骸骨が襲い掛かる間も脱ぎ続けるが…この服、凄い脱ぎにくいな…。

 

「いや、それは!─必要かもしれませんけど!─ぐっ、BANされたら!─どうするんですか!」

 

「大丈夫ですよ。そしたら、ただの[げぇむ]だったで済みますし」

 

それはもう、凄い勢いで掴みかかってくる。止めようと躍起だが、回避系統にステータスを全振りした前衛を後衛が捕まえることはよっぽど油断でもしていない限り不可能なのだが、焦りや混乱で頭からスッポリと抜け落ちてるみたいだな。

 

「イヤイヤ!─ダメです!─一人だけ!─逃げようったって!─っそうは!─させません!」

 

「逃げるだ、なんて失敬な。これは必要事項ですぅー」

 

モモンガさんのアバターはでかい。2mくらいあるんじゃなかろうか、というくらいだ。一方、こっちのアバターは美少女なだけあってかなり小柄だ。向こうの手だけでこっちの頭が覆われるくらい違う。そんな巨大な手が自分を捕まえようと何度も迫るが、その度にするりと抜け出す。

 

「回避超特化型を捕まえられるのは[くそ]運営だけですぅー」

 

「なっ!?─この問題児(クソビッチ)が!─本当に変態(ビッチ)になったか!─中身おっさん!」

 

「哀しいけどこれ、性能差なのよね」

 

ひょいひょいと避けつつ、つい癖で煽ってしまう。あー、なんか懐かしいな。何故かウルベルトさんがよくブチ切れてたなぁ…その後のモモンガさんからの小言も凄かったけど。

 

 

 

 

 

 

 

─結論から言えば、幸か不幸かBANどころか警告すらなかった。隣でまだブツブツと小言を呟く骸骨はさて置き、現状を把握する上でひとまず()()が現実のものと仮定して話を進めることにする。

もし『これ』がクソ運営とは関係のない別のゲームだとしても、強制ログアウトも─命の危険もあるが─デバイスを直接外すことも出来ないというのは考え難い。

そもそも現実(リアル)の腕を動かそうとしても、どうやってもアバター(こちら)の腕が動くのだ。他に出来ることがない。

 

「─…[ももんが]さん、調子に乗ってすみませんでした。反省してますから戻って来て下さい」

 

「…」

 

ジトッと眼窩の妖しい赤い光がこちらを射抜く。まだ何か言い足りなさそうな雰囲気だが、話を進めなくては。

 

「昔を思い出してつい煽っちゃったのは、本当に反省してます。ですので話を進めませんか?」

 

「っ…。─ハァ…何があるか分からないんですから、勝手なことはしないで下さいね?」

 

『昔』に反応した気がするが、ひとまず置いておこう。

 

─…落ち着いたら、ちゃんと話し合わないとな。

 

「はい、分かりました。取り敢えず、『これ』が現実のものと仮定して進めましょう…いやしかし、流石[ぎるど]長ですね、曲者揃いを纏めていただけはありますよ。あの短時間であれだけの指示を出せるとは」

 

「…曲者筆頭候補が何言ってんですか。俺も混乱してますよ?でも、急に感情が平坦になるというか抑制されるんですよね。さっき追い掛けてた時も何度か抑制されました。煽られて、すぐ沸騰しましたが。─種族特性の【精神作用無効】が働いていると睨んでいるのですが」

 

─え、俺ってそんな位置付けだったの?いや、それよりも…

 

「ほんとごめんなさい。─[ももんが]さんもですか?実は私もなんですよ。妙に頭が冴えるというか動揺をほとんどしないんです。私の性格的にこういう場合、もっと()()()()するはずなんですが…それに種族特性や[すきる]に【精神作用無効】は付いてないですし…」

 

「ああ、それは俺も不思議に思ってました。アクシデントに遭うと凄い慌てますもんね。見てるこっちが落ち着くほど」

 

カラカラと骸骨が笑う。そういやモモンガさんも表情が動いてるな、これ。ていうか、俺ってそこまで酷かったのか…気を付けよう。

 

「そんなに酷いですかね…ああ、そう言えば[ももんが]さんも表情?が動いてますね。顎が()()()()と動いてますよ」

 

「そのようですね。サキさんは口以外、さっきからずっと無表情ですが」

 

顎をさすりながら話すモモンガさんの言葉で違和感に気付いた。このアバターはほとんど無表情を貫くほど感情表現が乏しい、という設定をしてある。もしかすると、それが原因かもしれない。

 

「…もしかすると私の場合、この[あばたぁ]の設定の影響かもしれません。発音がたまに辿々しいのも設定のせいだと思います。─この[あばたぁ]はほとんど無表情で過ごす設定と生まれたのが英語が伝わる前、という設定をしてますからその影響かも…」

 

「ああ、そうでしたね…上手いこと考えましたよね。ゲームだと表情が変わらないからでしたっけ?」

 

モモンガさんの問いに頷いて返答する。さて、自身の違和感の正体は掴めた。俺らが設定やスキルの影響を受けているということは、同じくNPCも設定などの影響下にあると思われる。過信は禁物だが。

ただ、アルベドの件がある。少なくともギルメンが創ったNPCの設定には1()()を除いて皆忠誠を誓っていると書かれていたはずだが、それならばアルベドのあの視線には違和感を感じる。忠誠を誓っている相手を睨みつけるものだろうか?さっきの様子をもう一度思い浮かべてみる。

 

─…敵意。敵意か…そういやスキルに【敵感知】(センス・エネミー)があったな

 

このアバターには敵対状態を感知する【敵感知】とそれの強化スキルがパッシブスキルとして設定してある。強化スキルの影響でバグったか、過剰反応を起こしたのか…それとも、アルベドの反応の原因は設定を変えた影響か?─もしくは自分の言葉に過剰反応しただけか?─そもそも本当に敵意だったのか?疑問は尽きない。

虚空に手を突っ込んで中を確かめているモモンガさんに思い切って聞いてみた。…もしかして、あれはアイテムボックスか?

 

「…[ももんが]さん。さっきは[あるべど]が敵意を向けていたように思います。何か感じませんでしたか?」

 

「─…え?」

 

右肘から先が無くなった骸骨がこちらを見て固まった。まぁ、この状況でいきなりNPCが敵対してるかもって言われたら固まるわな。さっきまでそのNPCが周りを囲んでいたわけだし。

 

「あれが殺気、っていうんですかね?こちらを睨み付けて、生温い風のようなものが私の身体を通り抜けたんですよ。うなじも、何だか()()()()しました」

 

「…その殺気というものが、実際はどう感じられるのか分からないので何とも言えませんが…気のせい、とかではないんですよね?少なくとも私は何も感じませんでした」

 

やはりそうか。この状況で()()を受けて何も言わないのは不自然だ。逆に何も感じなかったからこそ、疑問が出てこなかった。

 

「そうですね、気のせいではないと思います…杞憂だといいのですが。ただ、それを抜きにしても[あるべど]のあの反応はちょっと過剰に思えるんですよね。考えられるのは現実化したことで設定に変化があったか、それとも…─」

 

チラリ、とモモンガさんに思わず視線を送ってしまう。まさかこんなことになるとは思わなかったから仕方ないが、なんだか責めているようで気が引ける。

 

「私が設定変更した影響ですか…。─タブラさん…」

 

─すみま「[ももんが]さん」

 

「─…え?」

 

遮られて呆けてる骸骨を真正面から見つめて、続ける。

 

「責めてるわけじゃないです」

 

眼窩に灯る炎に似た赤い光が揺れる。

 

「『あれ』で良かったんですよ。後悔しないで下さい。[あるべど]が可哀想ですよ?」

 

その言葉を受けて、赤い光が目を見開くように強く大きく輝く。

 

「本当は良くはないのですが…─良いじゃないですか、嫉妬深い『彼女』らしいと思えば。あとで話をしてみましょう」

 

「…」

 

『アルバム』作りのために何ヶ月も毎日、色んな設定やらSS(スクリーンショット)やらとにらめっこしてきた。彼女がどういう存在でどういう性格をし、どういう()()()があるのか。

『アルバム』にも載ってない、ほとんどの裏情報をも網羅している俺にとって彼女は…─彼女()はただのNPCではない。現実(リアル)には何も無いのも手伝って、このナザリックが『我が家』であり彼女達は『家族』であり『息子』や『娘』も同然だ。

 

─アルベドは嫉妬深い設定だ。中身おっさんとはいえ、きっと見た目は美少女が愛する人と仲良く話しているように感じられたのだろう。それ故の嫉妬から来る敵意だったんじゃないか?

 

ならば、『敵意』があろうと『殺気』を向けられようとも俺にとっては─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()はただ、駄々をこねているようにしか感じないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで[ももんが]さん」

 

「…はい」

 

「時間…大丈夫ですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─…あっ」

 

 

 

─つづく。

 




シャイタル様

誤字報告ありがとうございます。修正しました。


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本編3─異世界転移らしい(2)

実はこの話まで下書きしていたので比較的早めに投稿できました。逆に言えば、このあとは…。

上手く区切れず、前2話に比べ文字数が倍に。どうしてこうなった。

6階層までモモンガさん、あとはオリキャラ視点です。


「…あっ」

 

 

アルベドに自分の階層を見回りさせた守護者達を六階層に集めるよう指示していたことをすっかり忘れてた。しかも、スキルや魔法の検証も全然進んでいない。主に目の前の問題児(ファッキンビッチ)のせいで。

やったことと言えば問題児(こいつ)を追い掛けてたのが大半じゃないか?

 

「…早く六階層へ行きましょう。あの子達、怒ってるかもしれません」

 

「誰のせいだと…。─くっ、全然検証進んでないのに…」

 

「きっと大丈夫ですよ。最悪、指輪で宝物殿へ逃げましょう…。─ちゃんと機能すればですが」

 

きらり、と問題児(ビッチ)が目の前に持ってきた右手中指で煌めく指輪はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。ギルドメンバーだけが持つことを許されており、これがあれば名前のある─玉座の間を除いて─あらゆる部屋に回数無制限で転移出来る、ナザリックの()()だ。

そして『宝物殿』と呼ばれる場所はこのギルドの大半の財宝が納められており、あらゆる空間から隔離されている。つまり、この指輪でしか行けないわけで、現状では最も堅牢で安全と言えるだろう。…ただ()()を除けば、だが。

 

「怖いこと言わないで下さい…仕方ない。指輪の検証も含めてこれで転移しましょう。─…っと、その前にセバスに外の様子を聞いてみます」

 

「ああ、そう言えば偵察に出していましたね」

 

こめかみに指を当てて〈伝言〉(メッセージ)を唱えると頭の中で一本の糸が繋がり、セバスの声が響き渡る。

 

《〈伝言〉。セバスか?》

 

《これはモモンガ様。はい、セバスで御座います。ご報告させて頂いてもよろしいでしょうか?》

 

《うむ》

 

次の瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

《まず、ナザリックの上空は星空が広がっております。また周囲は辺り一面が草原となっており、人工的な建造物やおよそ知能を持つようなもの、及び脅威となるようなものはおりませんでした。知能を持たない小さな虫や鼠などの小動物でしたら確認を致しました》

 

《─…何だと?》

 

これは一体どういう事だ…本来、ナザリック周辺は常に暗雲で覆われた薄暗い毒の沼地だ。嫌らしく醜いモンスターも溢れんばかりに蠢いていた。─決して星空なんか見えやしない。草原なんぞある訳もない。先程から()()が現実であると仮定して話を進めているが、これは想定外だった。

万が一、ここがユグドラシルだったならば、別のサーバーに飛ばされただけという可能性もなくはないが…もう少し詳しく確認を取る必要がある。

 

《如何なさいましたか》

 

《セバス。空に浮かぶ城や島などはないのだな?》

 

《ハッ。星が瞬く夜空だけが広がっております。他には何も浮かんではおりません》

 

《草原とのことだが、氷などで出来た草で踏むとダメージがあるなどそういうものでもないのだな?また、周りに大きな岩などの遮蔽物になるようなものは?》

 

《ハッ。ただの柔らかい青草が辺り一面に生えているだけで御座います。遮蔽物になるようなものは一切御座いません。平坦な草原が続くのみで御座います》

 

《虫はただの虫で、鼠もラットなどのモンスターではなく、本当にただの小動物なんだな?》

 

《ハッ。仰るとおりで御座います》

 

─あとで自分の目でも確かめる必要があるな。プレイヤーやモンスターが今すぐ攻めてくるわけでもなさそうなのが救いか…。

 

《…分かった。六階層に守護者達を呼んである。もう少しだけ探索したら、お前も来て皆に説明せよ》

 

《かしこまりました》

 

頭の中の糸が切れた感覚を確かめ、隣でこちらを伺っている鬼の姫に向き直る。

 

「どうでした?」

 

「…星空が広がっていたそうです。周辺1キロ程度ですが、辺りはただの平坦な草原とのことです。モンスターや脅威になるものはいないようですが…」

 

衝撃の一言だったようだ。初めて表情が動いたように思う。極々僅かに、それも一瞬だが目を見開いていた。

 

─…まるでゲームのシナリオだな。《世界》が終わった途端に別の《世界》へ、か…。

 

「…実際に見てみないと何とも言えませんが…脅威が無いならそれに越したことはないでしょう。その辺りの確認は、予定通り守護者達に会ってからにしましょうか」

 

「…そう、ですね。セバスには六階層に来るよう伝えました。それと念の為に支配者ロールでいきましょう。向こうに着いたら〈伝言〉を繋げておきますので、サキさんも合わせて下さいね?」

 

「了解です」

 

こうして俺達は指輪に意識を集めて、玉座の間から姿を消した。結論から言えば、六階層に無事転移できたわけだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─…おっ」

 

「─…っと」

 

 

淡い光に包まれた石造りの通路に出た。いくつもの〈永続光〉(コンティニュアル・ライト)が通路に規則正しく並び、照らしている。

その通路は後ろに長く伸びており、前方には大きな鉄格子が降りていた。床の砂がざり、と音を立てる。

頭の中で糸が繋がる。上の掛け声が繋がったようなのは気のせいだ。

 

《〈伝言〉。検証は成功…指輪は問題ないようですね》

 

《そのようですね。それじゃ、[ろぉる]で行きますか?》

 

《はい。指示通りに動いているならもう守護者たちが集まっているでしょうし》

 

それに頷きを以て返す。巨大な鉄格子が嵌められた方へ通路を歩いていくと鉄格子はひとりでに上がった。─こういうのはゲームと変わらないみたいだな。それとも誰か操作しているとか?

それをくぐると、見事な星空が煌めく幅広い楕円形状のところに出た。あの陰鬱な沼地の曇天が、今はブルー・プラネットさんが丹精込めて創ったこの空みたいになっているというわけか…。

今、俺達がいるここは円形劇場(アンフィテアトルム)といい、密林が広がる第六階層に鎮座する古代の建造物を模したものだ。ここに来るのも久し振りで、昔はよく侵入者の『演劇』を貴賓席から観ていたものだ。

その舞台─処刑場とも言える場所の中央付近に種族も大小様々な者たちが集っている。階層守護者達だ。

 

─…何か話しているな。

 

「…本当にここで良いのですね?アルベド」

 

「ええ、モモンガ様は確かにそう仰られていたわ。守護者達は各々の階層に異常がないか確認の後、ここに集まるように、と」

 

─…やっべ、すげぇ待たせてたんじゃねぇ?これ。

 

話しているのはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のトップであるアルベドと第七階層の守護者に設定してあるデミウルゴス。共にナザリックの智者とも設定されているだけあって、話し合っている様子は知的に溢れている。

その横でちびっこ達がギャーギャー騒いでいる。言い争っているのは…この六階層守護者のアウラと第一から三階層守護者のシャルティア。アウラの横でオロオロしているのはアウラの弟に設定してあるマーレ。そして、黙している巨大な青白い人を模した昆虫は…第五階層のコキュートス。

 

『!』

 

「すまないな。待たせてしまっ─…たか?」

 

モモンガさんが話し掛ける直前にザッ、と一糸乱れぬ様子で守護者達が一斉に跪いた。…忠誠心半端なさそうだな、これ。

 

()()など、そのような事は御座いませんわ、モモンガ様。我ら守護者一同─いえ、このナザリックの全てはモモンガ様、ひいては至高の御方々のもの。如何様にもお使い下さいませ」

 

代表してアルベドが応える。後ろで跪く守護者達が同意するように頭を深く下げた。心なしかぷるぷる震えている。緊張でもしているのだろうか。

 

─先程のアルベドのように『敵意』があるわけでもなさそうだが…アルベドからも今は何も感じないな。

 

「…そうか」

《サキさん、これどうしたら良いんですかね。こいつら忠誠心半端なさそうなんですけど》

 

「…」

《うーん…どうしましょうかね》

 

その言に内心苦笑いだ。こんな傅かれるなんてことは現実(リアル)でしがない会社員(サラリーマン)だった俺らにあるわけない。と、アルベドが何やら立ち上がった。

 

「モモンガ様…忠誠の儀を行わせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「う、うむ…?」

《サキさん、『忠誠の儀』ってなんですか。そんなの設定にありましたっけ?》

 

「…」

《いや、そんな設定はなかったように思いますが…》

 

「では、皆。忠誠の儀を」

 

〈伝言〉で話していたらあれよあれよと守護者達が一斉に階層順に並び、順繰りに一歩前へ踏み出し跪いた。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 

─その様相はとても優雅で。

 

「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」

 

─その動きはとても力強く。

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ」

 

「お、同じく。だ、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ」

 

『御身の前に』

 

─その仕草は気品に溢れ。

 

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

 

─その儀礼は、内に秘める忠誠心を全身で表しているかのよう。

 

「階層守護者統括、アルベド。御身の前に。第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。─ご命令を、至高なる御方々。我ら守護者一同、至高の御方々に全ての忠誠を捧げます」

 

言い終えたアルベドは差し出すように頭を垂れた。後ろの守護者達もそれに続く。一糸乱れぬ様はすごく練習したんだろうなぁ、と思考が現実逃避を始めた。

 

《えっ…なんですかこれ。どう応えればいいんです?》

 

《やだなぁ、一社畜に聞かないで下さいよ》

 

二人とも幸い顔には出ないが、それでも戸惑いを表に出すわけにはいかない。といっても、何をしたらいいか分からないので棒立ちだ。あんまり時間かけると変な空気になるぞ、これ。お?アルベドが顔を上げて…?

 

「至高の御方々は戸惑わられているご様子…無理もありません。我らは、至高の御方々のお力に比べるべくもない矮小な身では御座います。しかし、いかなる難行も全身全霊を以て必ず遂行致しますことを至高の御方々に、アインズ・ウール・ゴウンに誓います」

 

『誓います』

 

…ロールもあるが、言葉が出ない。圧倒的な雰囲気。─そこには6人の絶対な意志が秘められているのが感じられる。

だが、感動も虚しくすぐに沈静化されてしまう。透き通った頭の中は静かに6人を眺め、隣の骸骨をちらりと盗み見る。な、なんだ。ぷるぷる震えている…?

 

「…素晴らしい」

 

─…は?

 

「素晴らしいぞ、守護者達よ!お前達ならば我が目的を理解し、失態なく事を運べることを今、強く確信した!」

 

魔王が感極まってなんか言ってる。【漆黒の後光】も【絶望のオーラ】も垂れ流しだ。ギルド武器(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)の上乗せもあってすんごい威圧感だな。いや、まさに魔王してて格好良いからいいんだけどさ。

 

「…だが、残念なことに現在ナザリックは未曾有の緊急事態にあると思われる…何か異常を感じ取った者はいるか?」

 

「いえ、どの階層も異常は見つからなかった、とのことで御座います」

 

アルベドが皆を代表して答える。あの子達もモモンガさんの言葉を受けて感極まったり戸惑ったり忙しそうだなぁ…。あ、セバスが遠くで跪いてる。

 

「ふむ…セバスはいるか?」

 

「─こちらに」

 

床が砂なのにスッと音もなく俺達に近付き、程近いところで跪いた。この身のこなし…これがLv100のモンクよ。

 

「お前が見てきたものを守護者達にも伝えよ」

 

「ハッ。かしこまりました」

 

セバスが守護者達に説明してる間に俺らも〈伝言〉で会話を続ける。

 

《それじゃ、サキさん。守護者達が気になってるみたいですし、戻ってきたって発表しましょうか》

 

《ああ、確かに。まだ何も喋ってないですし、ちらちらこっち見てましたね》

 

色々あってすっかり忘れてたが、ナザリックに戻るのは3ヶ月振りになる。その前は確か5ヶ月振りだったかな…その間ずっとここを維持してくれたモモンガさんには頭が上がらないな。煽るけど。

しかし、守護者達も流石に想定外だったのかセバスの説明を受けて驚愕しているな。ただ、何でそんなに悔しそうにしているのだろうか。

 

「…さて、情報共有は済んだようだな。今、聞いた通りだ。現在のナザリックは外界が不明瞭にある。これは我らが危機にあると考える…。─しかし、吉報もある。この度、我が友である夜想サキさんがナザリックに帰還した」

 

『!』

 

「…ただいま」

 

《─…え、それだけですか?》

 

《寡黙な美少女ですから》

 

一瞬の沈黙の後、守護者達が泣き出した。それはもう凄い勢いで。

シャルティアはアンデッドなのに涙と鼻水でグジュグジュだし、アウラとマーレは抱き合ってわんわん泣いている─かわいい─し、デミウルゴスは一滴の涙が頬を伝う程度だが、爪が太ももに食い込み血をダラダラ垂れ流している。えぐい。

コキュートスは流石に涙が出ないようだが、周りの地面がバッキバキに凍り付いているな。雄叫びがうるせぇ。セバスは流石にかわらな…。─ギリギリと音が聞こえるほど握り締めた(こぶし)から血をダラダラ垂れ流している。デミウルゴスといい、お前ら仲良いな。たっちさんとウルさんみたいだ。

全く変わらないのはアルベドだけか…心なしか冷めた表情だ。ぱっと見は本当に全く変わっていないが、纏う雰囲気というか、そういうのが冷めているのが何故か分かった。

 

《えぇ…すっごい泣いてる。─このままじゃ収拾つかないんで、他になんか言って下さいよ問題児(クソビッチ)が》

 

《な、なんか当たりが強くないですかね…うう、分かりましたよぉ》

 

魔王の眼窩の炎が異様に燃え盛り、こちらを睨み付けるのが分かった。おっかないから何とか言葉を捻り出す。あ、沈静された。

 

「…久方振りだが…変わらぬようで安心した…。─しかし、長の言うとおり…今は我らの危機…泣く暇はない…」

 

『!』

 

《ちょっ、何言い出してんだ問題児(ファッキンビッチ)!》

 

《まぁまぁ》

 

魔王の後光が強くなった気がする。ていうか、本当に暴言酷くないですかね。こんな人だったっけ?…こんな魔王だったな。

 

「…本来なら…泡沫に消えるはずだった《世界》…しかし、未だ在ることは…我らの預かり知らぬこと…」

 

「─その通りだ。どうやら、この現象は我々にしか知覚できなかったようだが…未だナザリックが健在なのは慶ばしいことである。しかし、これは同時に危機でもある。故に今一度、気を引き締めよ」

 

『ハッ!申し訳御座いません!』

 

おお、ナイスフォローですよギルド長。ロールで喋ったことないからどんな感じなのか手探りだったけど、意外と良い感じじゃなかったか?

こほん、と咳払いの真似事をした魔王は続ける。

 

「差し当たって、周りに遮蔽物が無いのならナザリックの隠蔽を図る必要があるが…案はあるか?」

 

「は、はい。あ、あの…つ、土で隠すというのは…。─っ!」

 

アルベドが凄い勢いで振り返った。マーレの怯えようからすんごい睨んでるんだろうなぁ…。

 

「─畏れ多くも栄光あるナザリック地下大墳墓を土で汚すと…?」

 

「止めよ、アルベド。どのような意見でも今は咎める時ではない」

 

「っ…。─ハッ。失礼致しました」

 

モモンガさんに咎められて、また凄い悲壮な顔をしたが一瞬でNPCのトップに相応しい凛々しい顔つきに戻る。この切り替え速度は流石としか言いようがない。

 

─…今のところ百面相一等賞だな。流石、守護者統括…。

 

《良いんじゃないですかね。周りを埋めて、上だけ幻術かける感じで》

 

《そうですね。あとは周りにダミーを作る感じで行きましょう》

 

魔王が顎に手を当てて何か考える振りをして〈伝言〉で相談し合う。裏舞台を知ってるとカンペ見てるみたいでちょっと笑えるなこれ。

 

「…よし、マーレの案を採用しよう。但し、土を掛けるのは壁周りのみとし、上空には幻術を展開してカバーする。周りが平坦な草原ならばダミーとして似たような丘をいくつか作るべきだと思うが…。─セバス、どうだ?」

 

「それならば問題ないかと思われます」

 

セバスも凛々しいなぁ…まさに理想の執事って感じだ。初老だけど、肉付きも逞しいし背筋もピンと張ってる。確か、たっちさんが自分をモデルにしてるんだよな。歳を取るならこうなりたいって自分の理想の未来を象ったんだったかな。

 

「よし…マーレ、今しがた聞いた通りだ。出来るな?」

 

「は、はいっ!お、お任せ下さい!」

 

マーレのビルドが広範囲に影響を与えるドルイドだから指示したんだろうな。もしかすると、気配りなギルド長のことだからさり気ないフォローもあったのかもしれない。

─…うーん、健気だなぁ。モモンガさんに頼られて眼がキラキラしてる。アルベドの眼に嫉妬の炎が微かに燃えているのは気にしないでおこう。てか、周りの眼にも嫉妬が宿ってないか?これ。

 

《サキさんからは何かありますか?》

 

《うーん…あ、そうだ。一つだけ》

 

モモンガさんが顔をこちらに向ける。オッケーということだろう。頷いて一歩前に出る。

 

「私から…皆と話したいことがある…後で呼ばれた者は…来なさい…」

 

『ハッ!かしこまりました!』

 

《ちょっ、この問題児(クソビッチ)は…また勝手なことを…》

 

勢いで言ってしまった。これは流石に申し訳ないのでモモンガさんに頭を下げて謝った。何も喋ってないので傍からはお礼のお辞儀に見えるだろう。

 

《勢いで言ってしまったことは謝ります。ですが、これは大事なことなんです》

 

眼窩に宿る赤い光を真正面から見つめると、魔王の光が揺らいだ。真面目な話だとは思わなかったのかもしれない。煽るとき以外はいつも真面目なんだけどなぁ…。

 

《…あとで内容と理由を聞かせて下さいね》

 

《勿論ですよ。私からは以上です》

 

《分かりました。それじゃいくつか指示を出して終わりにしますか》

 

バサッとガウンを広げて最後の厳命を言い渡した。…なにちょっとカッコつけてんだ、この骸骨。格好良いけど。

 

「─…では、デミウルゴスとアルベドの両名でシモベの情報伝達をより密に、迅速になるよう再構築を命ずる。その他の守護者は別命あるまで待機とする。侵入者に備えよ」

 

『ハッ!』

 

「…最後にお前達に聞きたいことがある…私とサキさんのことをどう思っているか。忌憚なく述べよ」

 

《ちょっ、何か言い出したぞこのしゃくれ骸骨》

 

─ちょっ、何か言い出したぞこのしゃくれ骸骨。

 

《お返しですよ。あとしゃくれてないから。宝物殿裏集合な》

 

─やっべ。心の声がそのまま出ちまった。

 

冗談は置いておくとして、実際のところ聞いておきたいことではあった。さて、どんな言葉が飛び出すのか…。

 

「では、私から…。─モモンガ様は、まさに美の結晶。麗しいお身体は何者にも勝る常世の至宝。この世で一番敬愛すべき美しい御方でありんす。─夜想サキ様は、純白の化身。万人が触れることの出来ない珠玉の白いお肌は、瑕を作ることなく永久(とわ)に輝くことでありんしょう」

 

《ぶふっ》

 

《ぇー》

 

─これは…思ってた以上の破壊力だな…。

 

彼女はペロロンチーノさんに創られたNPCだ。真祖の吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)として生まれ、色々てんこ盛りの設定だったがその中の一つに死体愛好家(ネクロフィリア)も混じっている。だからモモンガさんにあんなに熱っぽい視線を送っているんだろう。─…業が深い人だったな…。

 

「次ハ私ガ…。─モモンガ様ハ、守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニ、ナザリックノ絶対的支配者ニ相応シイ御方…。─夜想サキ様ハ、不可能ヲ可能トスル類稀ナルオ力ヲ持ツ御方。ソノオ力ハ三千世界ニ轟キマショウゾ…」

 

《…これって、もしかして世界級(わぁるど)を避けた時のことを言ってるんですかね?》

 

《ああ、ありましたね。そんなこと…初めて見た時はマジでチートだと思いましたよ》

 

かなり昔の話だ。課金パワーで回避系統のみを極めたら世界級アイテムの効果を受け流し(【パリィ】)したのだ。

─本来なら世界級の名を冠するものには世界級の名を冠する何かでしか防げない。世界級アイテムの所持、世界級チャンピオンだけが持つスキルの使用…その程度しか手段がない。なかった筈なのだが、上記の通りだ。

 

コキュートスは武人建御雷(ぶじんたけみかずち)さんに創造されたNPC、自分の倍はある体高を持つ蟲王(ヴァーミンロード)だ。武人に憧れていた彼に設定されただけあり、コキュートスもまた武人気質だ。力に言及する辺り、()らしいと言える。

 

「今度はあたし達が…。─モモンガ様は慈悲に深く、配慮に溢れた御方です。─夜想サキ様は博愛に富み、慈愛に満ちた御方です」

 

「─モ、モモンガ様はすごく優しい御方です…。─や、夜想サキ様はすごく綺麗な御方です…」

 

《アウラって意外と大人びてますね。マーレは癒やされるなぁ》

 

《意外と難しい言葉を使いますね…[まぁれ]の()()()()した視線が痛い…》

 

ぶくぶく茶釜さんに創られた双子のNPCだ。二人ともオッドアイを持つダークエルフとして生まれた。実年齢76歳なのだが、長命のために外見は子供だ。

アウラは白いスラックスを履いた見た目は男の子だが、男装した女の子だ。マーレの姉として生まれた。

一方、弟のマーレは白いスカートを履いた見た目は女の子だが女装した男の()だ。

─もう一度言おう。スカートを履いた男の『娘』だ…茶釜さんの業の深さが伺えるな。ペロロンさんにはよく喧嘩という名の制裁をしていたが、姉弟だけあって業の深さが良く似ている…本人には内緒な。

 

「私ですね…。─モモンガ様は賢明な判断力と瞬時に実行される行動力を有される御方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しい御方です…。─夜想サキ様は理という概念を超えた御方。疾風を超え、雷電をも超える。まさに鬼出神行、という言葉が相応しい御方…」

 

《世界級は避けるわ、弐式炎雷さんの奇襲攻撃(アンブッシュ)すら避けるわ…》

 

《あれ、すげーびっくりしますからね?》

 

彼は最上位悪魔(アーチデヴィル)としてウルベルト・アレイン・オードルさんに創られた。三つ揃えのスーツを着た、デキる悪魔()だ。ナザリック随一の知略を誇り、彼の知恵には期待したいところ…だが、ウルベルトさんは悪に拘った人だ。現実になったことで変に設定がねじ曲がっていなければ、彼はきっと忠義に厚い頼れるNPCの筈なんだが…話をするまでは様子見だな。

 

「では、僭越ながら…─モモンガ様は至高の御方々の総括であり、最後まで私達を見捨てず残って頂けた慈悲深き御方です。─夜想サキ様は寡黙ながらも慈愛に満ちた、いと深き御方で御座います」

 

《…なんか、さっきからサキさんの評価高くないですかね?》

 

《ぉ、[ぎるど]長。あまり苛めると泣きますよ?》

 

()()()()、か…。

 

セバス─正式名称はセバス・チャン─はたっち・みーさんに執事として創られたNPCで、ナザリックではかなり珍しい極善のカルマを持つ竜人だ。あまり設定がされてなかった筈だが、さっきからよく動いてくれるな…他のNPCと何か違うのだろうか?

 

「私が最後ね…。─モモンガ様は至高の御方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そして…私の愛しいお方です。─夜想サキ様は敬愛すべき至高の御方の一人です」

 

《うぐっ…なんかアルベドだけサキさんに対して妙にあっさりしてますね》

 

《まだ後悔してるとか言ったら怒りますからね?─その辺りも後で確認したいのですが…多分、嫉妬ですよ》

 

《えっ?》

 

《ほら、何か言わないと。不自然ですよ》

 

守護者達が段々と不安そうな雰囲気になってきた。自分が言ったことでモモンガさんが不機嫌になったんじゃないかと勘繰ってるんじゃないか?

 

「…うむ。皆の考えはよく分かった。さて…」

 

また顎に手を当てて、考えるポーズで時間稼ぎしてる。まぁ見た目には様になってるし違和感もないから大丈夫だろう。

 

《ふぅ、それじゃあ行きましょうか。転移先は円卓の間で良いですか?》

 

《あ、[ももんが]さん。ちょっと待って下さい》

 

《どうしました?》

 

《円卓の間で私と大事な話があるから呼ぶまで誰も近付くなって言って頂けますか?》

 

《それは構いませんが…話ですか?》

 

《はい。お願いします》

 

「では、私達はこれより円卓の間にて大事な話がある。呼ぶまで誰も近寄るな」

 

〈伝言〉で頼み込むとイケメンボイスで指示を出してくれた。ふー…この評価のあとに重い話か。気も重いぜ。

 

「お待ち下さい、モモンガ様」

 

「どうした?アルベドよ」

 

いざ行こうとしたらアルベドから待ったが掛かった。─…この子、顔は心配そうにしてるけど、先程と同じように俺に僅かな敵意というか殺意が見え隠れしているな。うなじがチリチリする。モモンガさんは気付いてないみたいだ。やっぱりスキルの影響っぽいな?

 

「現在、栄光あるナザリック地下大墳墓が未曾有の緊急事態とのこと。これに気付かぬ愚かなシモベでは御座いますが、御身をお守することが我らが使命なれば、せめて扉の前でだけでも護衛させて頂きたいと愚考致します」

 

モモンガさんがこちらをチラリと見ると頭の中で彼の声が響く。あー、その視線の動きは…ほらぁ、アルベドが一瞬だけどすんごい形相だったぞ。

 

《どうします?》

 

《断って頂けますか。万が一聞かれるとちょっと不味いので…》

 

「ならん。お前達を信頼してはいるが、万が一でも我々以外に漏れてはならぬ内容なのだ。すまぬが、先程言った通りだ」

 

「ああ、どうか御謝りになられないで下さいませ!…左様で御座いますか。畏まりました」

 

さすが長年魔王やってきただけはある。あんな頼み方でよくここまで魔王できるな。この人もしかして本当に魔王か。魔王だった。

 

「それじゃあ、サキさん。行きましょうか」

 

ズッコケそうになった。最後の最後で敬語って…終わったと思って気が抜けたのかな。モモンガさんらしいけど。

 

転移の直前、微かではあるがアルベドから明確な殺気が叩き付けられた。モモンガさんのあとであの子とも話しなきゃならんのは…『家族』とはいえ、本当に気が重くなるなぁ…。─どこぞにいた反抗期の子供を持つ親ってこんな気分だったのかね?

 

 

 

 

 

 

指輪を使い、円卓の間に転移する。心労がハンパないが、今から話すことを考えると余計に気が滅入ってしまう。あ、沈静された。

 

「何なんですかね、あの高評価」

 

「ええ…アイツら、マジか…」

 

お互い豪奢な椅子に座り、方や綺羅びやかなシャンデリアを吊した天井を仰ぎ見、方や黒檀で出来た綺麗な漆黒のテーブルに突っ伏した。

 

「…それじゃ、[ももんが]さん」

 

真面目な声で話し掛けるとガバリと骸骨が起き上がる。

 

「…話ってなんですか?随分、重い内容っぽいですけど」

 

「…[ももんが]さん、皆に…─[ぎるめん]に思うところはないですか?」

 

そう問い掛けるとモモンガさんが固まった。こうなる前の、先程の独り言を思い出しているのだろう。

 

「…アレを聞かれちゃいましたか」

 

「ええ。咎めようとかそういうのではないのでご安心を…[ももんが]さんの心の内を今のうちに聞いておきたいんです」

 

頷いてそう返すとモモンガさんは天井を仰ぎ見、少しして空いている他の椅子を見つめた。

 

「どうしても…言わなきゃ駄目ですか?」

 

そう言って眼窩に妖しく灯る赤い光を顔ごとこちらに向けてくる。俺はそれに頷きを以て返す。

 

「こうなった以上、隠し事は無しにしたいのです。私も考えてることはきちんと話します。[ももんが]さんが疑うことは無いと信じていますし、それは[ももんが]さんも同じでしょう?」

 

「そんなの当たり前じゃないですか。それでも言わなきゃ駄目なんですか?」

 

眼窩の赤い光が明滅する。気持ちは分かるが、万が一もある。どこかで齟齬が生じ、仲違いになるかもしれないのだ。後になればなるほど修復は難しくなる。こういうのは早いほうがいい。

 

「 気持ちは分かります。ですが、相互理解は今のうちにしておきましょう。燻ってるものがあるなら、早めに消火しないと火事になりますよ」

 

巨大な骸骨が項垂れる。酷な事だと自覚はしている。だが、それは俺も同じだ。本当なら言いたくないし、言うまでもないことなのだろう。しかし、それでも─

 

「…分かりました。でも、始めに言っておきますけど、決してギルメンを恨んだりなんかしていませんよ。ナザリックを、このアインズ・ウール・ゴウンを見捨ててしまったのか。なんで、そんな簡単に捨てれるんだ…俺にはここしか縋れるものがない。それでも俺を見捨ててどこかに行ってしまったのか…そう思ってしまったのは事実です」

 

「…」

 

顎が尖った頭蓋骨の眼窩の赤い光が消えそうなほど細く、しかし確かな熱を持って輝いた。

その熱が広がってこちらに向いた。柔らかな光だった。

 

「─でも、それだけです。事情があるのは分かってますし、現実(リアル)が大事なのも、現実に大事なものが皆にはあるってことも頭では理解してるんです…みっともないですよね?いい年したおっさんがこんな子供じみた駄々をこねてるなんて…」

 

そう言うとモモンガさんがまた項垂れる。言ってて虚しくなったんだろう…言わせてごめん。でも、中にあるものを吐き出せばちょっとはスッキリするべ。あとはフォローしてやればきっと上手くいくはず。

 

「…みっともなくないですよ。私も似たようなものです。何ヶ月も掛けて、あんな[あるばむ]を作って過去に縋りましょう、なんて言うくらいですからね」

 

「あんな、なんて言わないで下さい。すごい良いアルバムじゃないですか。何よりの宝物ですよ」

 

ちょっとウルッときた。だが、すぐ沈静化される。良いんだか悪いんだか…。

 

「ありがとうございます。作った甲斐があります…。─話を戻しましょう。まぁ、何が言いたいかというと、[ぎるめん]をどう思おうとそれは[ももんが]さんの権利です。恨もうが許そうが自由です。そして、私は[なざりっく]を、『我が家』を守ってくれた貴方の意志を尊重します」

 

「…」

 

「一応、言っておきますが私も皆のことは恨んでいません。しょうがないことだと理解しています…先程は過去に縋りましょう、と揶揄しましたが、あれは他に何もない現実([りある])だったからです。しかし、今は[なざりっく]が、[あいんず・うーる・ごうん]が在る。ならば、前を向いて歩いていきたいと思います」

 

「…それは他の皆のことは忘れて生きていきましょうって事ですか?」

 

眼窩の光が妖しく輝く。【漆黒の後光】まで出てきた。ちょっと怒ってるな。闘っても負けないけど迫力が違う。怖ぇ…あ、沈静…。

 

「早とちりしないで下さい。いないなら奇跡を信じて探せばいいんです。いなかったらいないで、忘れなければいいんです。図書館に記録が残ってるはずですし、最低でもこの[あるばむ]には全ての[めんばぁ]が載っています。記憶が朧気になることはありません…前を向いて歩こうっていうのはそういうことです。─『我らの中に[あいんず・うーる・ごうん]は在る』、ですよ」

 

「…」

 

どうだ…本心ぶち撒けてみたが、果たして納得してくれるか?しかし、本当に魔王だなこの骸骨。言い出しっぺだけど正直、逃げたい。おっかないクソ上司に怒られてる時を思い出すが、また沈静された。

 

問題児(ビッチ)のくせに何格好つけてんですか…。─ええ、そうですね。いないなら探しましょう!探して説教してやりましょう!」

 

急に元気になったな。てか、待って。探すのはいいんだけど、俺が理解して欲しいのはそこじゃない。やっぱり納得できないのかな。

 

「…ごめん。怒らないで聞いてね?探すのは良いんだ。もちろん、全面的に協力する。でも、言いたいのはそこじゃない。─[ももんが]さん、俺が言いたいのは[ぎるめん]を探すことじゃなくて『今』を理解して納得して、その上で探すなり、たまに昔を懐かしんだりして生きていこうねって言いたいんだ。もちろん、理解してすぐに納得しろっては言わないよ。それは心の整理がきちんと済んでからだべ…ごめんなさい。上手く伝えられないけど、私が言いたいのはこういうことです」

 

どうしても長ったらしくなってしまう。考えを伝えるのはやっぱ苦手だな…難しい。─さて、どうだろうか、伝わったかな。ていうか、焦って思わず()で話しちゃったけど大丈夫か?

 

「…大丈夫です、ちゃんと理解してますよ。先程も言いましたが、事情があるのは理解してます。過去の栄光に縋って生きるんじゃ駄目だって言いたいんですよね?納得…はまだ難しいですが。それよりも『素』を出してくれて、そっちの方が俺は嬉しいですよ」

 

カラカラと乾いた音を立てて骸骨が笑う。うーん、恥ずかしいことをサラッと言ってくる。これがオトナの余裕か…俺と歳変わんないはずなんだけどな。

 

「…この姿での『素』は違和感が凄くてあんまり出したくないんですよね…それでも良いならそうしますよ。まぁ、私の拙い説明でも理解して頂けたならもう言うことはないです。心の整理は時間が解決してくれるでしょう。今はそれでいいと思います」

 

「『素』でも俺は違和感ないですけどね。楽な方でいいですよ。─ああ、なんだか心も体も軽くなった気がします。ありがとうございました」

 

そう言ってモモンガさんがお辞儀する。─下手すると亀裂が入ったまんま過ごさなきゃならんかった事を考えるとぞっとするが、結果オーライだな。

 

「いえ、言い難いこと言わせちゃって申し訳なかったんですが、そう言って頂けると提案した甲斐があります。─さて、それじゃ次は『あの子達』の気持ちや考えも聞いておきましょうか」

 

「ああ、そうです。何故、改まって彼等と話す必要が?」

 

カクンと骸骨が首を傾げる。不覚にも可愛いとか思ってしまった。ガワは魔王、中身は歳近いおっさんなのに…。

 

「話す内容は今しがた言った通りです。理由としては…私はあの子達を『家族』であり『息子』や『娘』だと思っています。蒸し返すようで申し訳ありませんが、[ももんが]さんでも[ぎるめん]に対してそう思ったんですから、皆の『子供』と呼べるあの子達はもっと深いかもしれません。─杞憂で済めばいいのですが」

 

内心苦笑いだ。感情表現が凄い乏しいから見た目は全くの無表情だが。

 

「…」

 

「─…あの子達に感情や意志が在るなら、『それ』がもし歪んでたりしているなら、『それ』を助けてあげるのは『親』の努めだと思います…。─親を捨て、子育てもしたことないおっさんが言う台詞ではないでしょうけどね」

 

表情には出ないが、自嘲してしまう。本当なら、親を捨てた自分が偉そうにあの子達に講釈を垂れる資格は無い。

 

「…サキさんの過去に触れるつもりはありません。でも、もし零したいことがあればいつでも聞きます…。─彼等がギルメンの子供、ですか」

 

「多分、愛着に近いんでしょうね。[あるばむ]のために長いことあの子達と向き合ってきましたから。─…繰り返しになりますが、私にとってあの子達は[ぎるめん]の子であり『我が子』ですよ」

 

モモンガさんは深く腰掛け、眼窩の光が消えた。話してみて分かったが、やはりモモンガさんはこのギルドに…もっと言えばギルメンに執着している。そんな彼にとっても思うところがあるのだろう。

 

「…─そう、ですね。話せば何かしら見えてくるかもしれませんしね…それでは、誰から呼びますか?」

 

やがて光を取り戻したモモンガさんが顔を上げた。取り敢えず、話すことに納得はしてくれたようだ。

 

「階層順で行きましょうか。─となると、[しゃるてぃあ]ですか。どこでやります?円卓(ここ)や玉座だとちょっと広すぎる気がします」

 

うーん、と二人で悩む。俺かモモンガさんの部屋が丁度いいんじゃないかと思うんだが…どうだろう。言い出しっぺだし、やっぱ俺の部屋がいいか。

 

「うーん…俺の部屋でやりますか?かなり散らかってるんで片付けに時間掛かっちゃいますが…」

 

「─ありがとうございます。提案させといてなんですけど、それでしたら私の部屋でやりましょうか。畳と装飾品以外ほとんど何もないのでちゃぶ台と座布団だけ出せば済みますよ」

 

先に言われちゃったか。申し訳ないな、後で片付け手伝おう。

 

「いえ、大丈夫ですよ。でも、流石ですね」

 

「 何がです?」

 

「整理整頓をきちんとしてるところとかですよ。俺なんか部屋にあんまり興味なかったんで放ったらかしです」

 

モモンガさんはそう言うとポリポリと頬骨を掻いている。凝り性とただのロールなんだけどなぁ…現実の俺の部屋は結構汚かったぞ。

 

「ただの凝り性と[ろぉる]ですよ。現実([りある])は結構酷いですよ?」

 

「それでも、です。俺の現実の部屋は綺麗っていうよりデバイス以外何も置いてませんでしたから…」

 

あれ、地雷?自分で言っててなんか沈んでるぞ、この骸骨。尊敬はしてるけど…やべぇ、思ってたより面倒クセェ。

 

「そういう意味じゃないですよ。ごみとかその辺に置きっぱなしって意味です。つまり、()部屋です」

 

「エー…」

 

本気で引かれた。いや、事実だから良いんだけど、いや良くはないけど…ああ、モヤモヤする。まぁ、気が逸れたみたいだからよしとするか…。しかし、この程度だと沈静化されないのか?よく分からんな。

 

「本気で引かないで下さいよ。傷付くじゃないですか」

 

「エー…いやいや、エー…」

 

「ぶっとばすぞこのやろう」

 

カラカラと骸骨が笑う。元気が出たようで何より。モヤっとするけど。

 

「─さて、それじゃ場所と心の準備をしましょうか」

 

「分かりました。うう、緊張するなぁ…」

 

「気楽に行きましょう。魔王と姫のお悩み相談室ですよ」

 

(おっさん)でしょう?」

 

「うっさい禿げ魔王」

 

「は、ハゲてねーし!」

 

そう掛け合って骸骨の魔王が笑う。鬼の姫は相変わらずだが、よく見れば口角がほんの少しだけ上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─…手伝いますから後で部屋の掃除しましょうね」

 

「─…はい」

 

 

─つづく。

 




『子供達』の闇が思ったより深そうです。
ギルド長はまだまだギルメンの影を追い求めてます。早めに等身大のNPCを見てほしいものです。

早く黒歴史を出したい。かっこいい。


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本編4─家族面談らしい(1)

今更ですがオリ設定多数です。

段々とオリキャラの奔放(暴走)ぶりが発揮されてきました。


面談前はモモンガさん視点、面談開始後はオリキャラ視点です。


─そういえば、()()に入るのは初めてだな…。

 

そこは八畳一間の、他のメンバーの部屋と比べると少し()()()()()とした部屋だった。一段床が高く作られた部屋には、床の間というちょっとした空間が壁際にあるだけで、他に目立ったものといえば襖という布でできたドアと障子という紙─和紙というらしい─でできた窓があるくらいだ。

しかし、部屋全体が障子と天井に貼られてある和紙の中からの、〈永続光〉(コンティニュアル・ライト)の間接的で柔らかな光に包まれており、ある種神秘的で非常に落ち着いた雰囲気が漂っている。

 

「おー…落ち着いてて、いい感じの雰囲気ですね」

 

「そうでしょうとも。くつろげる空間を目指してこだわりましたからね」

 

ふんす、と腰に手を当て無表情ながらもどこか自慢気に語るは、はだけた服装の鬼の姫(おっさん)。隣にいるは大柄な骸骨の魔王(オレ)

日本人のマナーとしてこういう部屋には、二人とも履き物はちゃんと脱いで上がる。うーん、畳なんて現実(リアル)では見たことなかったけど…何ていうか、この独特な匂いといい感触といい…日本人としての魂が揺さぶられる気がするな…。

 

─…良いな、この部屋。ちょっと羨ましい。

 

「実は障子の向こうにちょっとした庭園もあるんですよ。まぁ、それはまたの機会ですね。─それじゃ、ちょいと高級座卓と高級座布団を置きまして…」

 

非常に気になることを言い捨てた鬼の姫(おっさん)がどこからともなく、表面が磨きぬかれた黒くて木目がある脚の短いテーブルと3枚の鮮やかでいて落ち着いた色合いの薄いクッションを取り出して各所にセットしていく。淀みない動作は随分と手慣れた感じがした。

そういえば、昔はいつも模様替えのために部屋に篭っていたな、とかつての光景が思い出された。

 

「─はい、終わり。あとはお茶とお茶菓子を用意すれば万全ですよ」

 

「…俺、飲食出来ないと思うんですが…」

 

新たな嫌がらせだろうか。確かに偉い人との会議や面談といった場面では多少はマシな飲み物とほんの少しだけまともな食べ物は出てきた。

上から食べていい、と言質が取れれば食べていたが、忠誠心の塊っぽい部下(NPC)がおいそれと食べるわけはないし…まさかサキさん(こいつ)、一人で楽しむつもりじゃなかろうな。

こちらの話を聞いているのかいないのか。ぽん、ぽん、と心なしか楽しげな様子でテーブルにお茶菓子セットを置いていく。自由か。ていうか何でお茶菓子セット(そんなの)持ってんだ。

 

「あー…雰囲気ですよ、雰囲気。それより現実になると[げぇむ]の食べ物って良い香りもするし、より美味しそうですよね。あとで食べてみますか?」

 

「話聞いてる?この問題児(ファッキンビッチ)

 

さっぱり会話のキャッチボールが成り立たず、思わず悪態をついてしまう。だが、奔放者(サキさん)はそれにも全く意に介さずに、のほほんと爆弾発言を落としてくる。…平常運転(いつものこと)だった、と昔を思い出して頭を抱えそうになった。

 

「あれ。『人化の指輪』、持ってないんですか?貸しますよ?」

 

「─…え?」

 

─人化の指輪ってあの()()()()()()()なアイテムか?

 

「ですから。人化の指輪が余ってるので貸しますって言ってるじゃないですか、この禿げ」

 

「ハゲじゃねぇ!…え、なんで持ってるんですか」

 

人化の指輪とは、もう何年も前にクソ運営から異業種に配られた文字通り人間種に化けられる異業種用の指輪だ。これがあれば、人間種のみしか入れない街に大手を振って入れる…と思うだろうが、実際のところ、デメリットがかなり大きい。

まず、職業レベルだけ残り、種族レベルが無くなる。人間種に種族レベルが設定されていないからだ。俺の場合、レベルが60まで下がる。

そして、基本的には人化の際に偽名を用いたり職業などを偽装したりする。隠蔽魔法やアイテムでそういった偽装をするのだが、場所によっては隠蔽禁止の区域がある。露天などは詐欺防止などのためにそういう所に多いのだが、うっかりそこに入ってしまうと気付かないうちに隠蔽魔法やアイテムが全て解除されてしまう。

そうなるとアバターにターゲティングする(ターゲットを合わせる)だけで本当のアバターネームがバレるのだ。ちょっと調べれば取得している種族なんかも簡単にバレる。

そして、指輪を外すには街外に出なくてはならない…そう、待ち伏せ(PK)だ。

人化の指輪を外す直前の弱っている状態でPK(プレイヤーキラー)されてしまう事件が多々あったのだ。俺や仲間もやられたことがある。

逆手にとってPKK(やり返)したが…それ以来、人化の指輪はデメリットが大きく、メリットを得るための労力が割に合わないとされて、超微妙アイテムとなってしまった。

今じゃ持っている異業種はいるのかいないのか、とまで言われていた。─そのためにある意味、希少になってしまった。PKされた時にドロップ(落と)してそのままにしてしまったのが悔やまれるな。

 

そんな希少(微妙)アイテムを何故この問題児(ビッチ)が持っているのか。それも複数。羨ましい。

 

「んー…要らないなら()()って言って[めんばぁ]から貰ってたんですよ。─…いつかの夢のために」

 

「…ああ」

 

()()()()直前の会話を思い出した。…人間種に種族レベルはない。逆を言えば、人間種のほうがより職業レベルの高い鍛冶師がいるのだ。自身の武器に世界級(ワールド)アイテムを込められるほどの。

そのために、予備も含めてずっと何年も取っておいたということか…。

 

「そういうわけで目出度く夢も叶いましたし、近いうちに宴会とかやりたいんですよね。やりません?」

 

「ほんと自由人(フリーダム)だなあんた」

 

─感傷に浸る暇もない。もしかしたら、さっきの雰囲気が雰囲気だっただけに、この人なりに気を使っているのかもな…。

 

どこか目がキラキラしている無表情の問題児(ビッチ)を見ていると、無性に腹は立つがお祝いはしてあげたいと思う。『アルバム』のお礼もろくに出来てないし。

 

「…まぁ、目出度いことは確かですし、考えておきましょう。今はその前に目の前の問題を─」

 

「よっしゃ、言質取ったで!…あ、沈静。絶対やりましょう」

 

前言撤回。やっぱ祝わなくていいんじゃなかろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

面談の前準備を済ませた俺達は、床の間の前…いわゆる上座側にモモンガさんを座らせて、自分はその隣で正座だ。─この身体、正座が凄い馴染むな…いつまでも座っていられそうだ…。

こちらの準備も終わり、部屋の前で待機していたメイド─戦闘用メイドであるチーム六連星(プレアデス)の長女である『ユリ・アルファ』─にシャルティアを呼んでくるよう伝えたら、それはもう嬉しそうに凄い勢いでとんでいった。一瞬だけ顔を引きつらせていたが。

まぁ、実際はあくまで上品に、表情も表面上はキリッと澄ましていたが、それでも可能な限り速く歩いていったわけだ。それにしても凄い早歩きだったな。大昔にあったオリンピック?ってやつで1位が取れるんじゃねってくらい。

 

─…準備はこっちでするって言ったら死にそうなほど悲壮な雰囲気になったけど、終わったら守護者呼んで貰うから待ってろって言ったらパッと明るくなるんだもんなぁ…命令されるのがよっぽど嬉しそうだったな。

 

因みに、最初は自分は面談の対象外だと思っていたセバスが、緊急事態であるならば自分が扉の前で警護につきます、と執事という設定通りの言動でモモンガさんに食い下がっていた─俺からすると駄々をこねているように感じたが…まるで親から離れたくない子供のように。─のだが、セバスも対象だしそれなら戦闘力のあるプレアデスにやってもらうから、と言いつけたら渋々ではあるが了解したのだった。

 

「あー、緊張する…」

 

「気楽に行きましょう。多分ですけど、守護者達のほうがもっと緊張してますよ?」

 

あの忠誠心を間近で見たら、きっと誰だってそう思う。

俺達で言えば、社長か会長辺りに直に呼び出されるようなものだ。呼び出されることは元より、忠誠心なんかなかったがそれでもきっと、緊張はしただろう。

 

「いや、それはそうでしょうけど…営業と違って、こっちが上の立場で話すっていうのは初めてですし…」

 

「最初は()()()()()()()()()()()子に設定されてる[しゃるてぃあ]です。さっき話し合った通りに話せば、大丈夫ですよ」

 

そう。色々と設定がてんこ盛りのシャルティアだが、その中の一つに通称『ポンコツ』がある。()()にもよるが、忠誠心も手伝ってこっちの話に疑問はあまり持たないと思われる。

ただのプログラムだった(AIで動いている)頃は何とも思わなかったが、実際に動いて喋っているのを見てからだと…なんか貶してるみたいで、ちょっと嫌だが。

 

「…だと良いんですけどね」

 

話し合った内容とは主にギルメンの行方と思惑だ。

さっきはセバスが見捨てられたと思ってるみたいだったってモモンガさんに言ったら【漆黒の後光】に【絶望のオーラ】が溢れ出して、それはもう凄かった。外にいるユリが()()()って言ったらすぐに消沈したが。

ギルメンの行方だが、現実(リアル)の話を交えないと正直に言えないし、ちゃんと伝わらない。しかし、それを言って果たして大丈夫かは分からない。飽きてどっか行きました、なんてとんでもない。…その辺は割り切ってはいるが、やっぱりそれは無いと信じたい。

そもそも、()()は『悪』を掲げた異業種オンリーのギルドだ。1500人の人間(プレイヤー)が攻めてきたこともあるし、人間に対していい思いを持っているかと問われれば疑問が持たれる。

俺ら、実は人間なんだよねって言われるのは、俺らの親が実は宇宙人なんだよねって言われるようなもんだろう、きっと。忠誠心が高いあの子達では、ショックで寝込むやつがいるかもしれない。それはだめだ。

だから、人間ということは伏せて伝えることにした。それで…─

 

─コンコンコンコン。

 

4回のノックの音が響く。紙でできた襖なのに、なぜドアを叩いた音が響いたのかは謎だ。ほんとに。ナザリック七不思議の一つに入るな。

 

「…どうぞ」

 

部屋の主であり一応、魔王の部下という設定でもある俺が返事をする。すると、緊張でビクビクのシャルティアが、恐る恐る入ってきた。勿論、ちゃんと靴を脱いで、だ。

 

「し、失礼致しんす…」

 

「…座布団に…座って」

 

手を添えて促してやると、頭の中で糸が繋がった感覚がした。隣の骸骨の声が響き渡る。

 

〈伝言〉(メッセージ)!おいぃ!?それじゃ余計緊張するだろうが!》

 

《しょうがないじゃないですか。寡黙な美少女なんですから》

 

隣の骸骨の目配せが凄い。しかし、動揺が体に全く出ていないのは流石である。

いや、だってしょうがないじゃん。寡黙で通していたのが、いきなりフレンドリーになったらビビるじゃろ。

…って、なんで入口付近で跪いているの、この子。

 

「?…どうしたのだ、シャルティア」

 

「─はい…至高の御方々の前で座るなど…不敬かと存じ上げるでありんす…」

 

─あーそうかー。そう来るかー…それは想定外だったわー…。

 

モモンガさんも同じように思ったんだろう。ちょっと固まってる。そこまで忠誠心が高いとは二人とも想定外だった。本当に考えものだな、これ。

 

「…[しゃるてぃあ]」

 

「はひっ!?」

 

ビックゥ!という擬音がまさに当て嵌まる驚きようだ。そんなにビビんなくてもいいじゃない…。

 

「不敬など…ありません…我らは…『家族』です…」

 

《おいいぃぃ!?この問題児(クソビッチ)!!それは話が進んでからって言ったでしょおおおぉぉ!?》

 

《いやぁ…やっちゃいましたな》

 

《─あとで絶対しばく…絶対にしばくからな…》

 

不穏なことをプルプルしながら囁く骸骨はさておき、シャルティアの様子が変だ。この子もプルプル震えてる。まさか…。

 

「や゛、や゛ぞう゛ザギざま゛(夜想サキ様)あ゛あ゛ぁぁぁ…が、がぞぐな゛どお゛ぞれお゛お゛い゛でず(家族など畏れ多いです)ううぅぅ…」

 

─…やっべぇ、号泣。また涙と鼻水でグジュグジュな上に、ルビ振らねぇと何言ってっか全然わかんねぇ…。

 

収拾つくんだろうか、これ…と遠い目をして現実逃避してしまう。だが、そこは隣のイケメン魔王。スッと立ち上がる。

 

「シャルティアよ、良いのだ…さぁ、涙を拭いてそこに座りなさい」

 

「モ゛、モ゛モ゛ン゛ガざま゛(モモンガ様)あ゛あ゛ぁぁぁ…!」

 

さり気なくシャルティアの隣に移動して、取り出したハンカチで涙を拭いてやる魔王。この天然()()()め…ていうか、何でハンカチ(そんなの)持ってんだ。

流石に鼻水は自分で拭いたシャルティアは、まだ若干ビクビクと緊張が出ていたが落ち着いてきたのか、無理矢理落ち着かせたのか、取り敢えず元には戻ったようだ。

 

「…大変、失礼致しんした。それでは、こちらのお席に失礼致しんす」

 

綺麗なお辞儀をして、用意した座布団に正座する。こうして見ると、マジで教養のある淑女にしか見えないんだけどなぁ…。

 

「では、シャルティアよ。この度呼んだ理由…それは、我が友…ギルドメンバー達がここ、ナザリックを離れたことについて、だ」

 

「…っ」

 

─…まぁ、そうだよな。信じてた親がいなくなって、その事について改めて話そうってのはちょっと酷かもな…。

 

俺もモモンガさんも既に親は他界している。理由はそれぞれ違うが、人が生きるには厳しすぎる、あの腐った世界では感傷に浸る暇もなく生きるしかなかった。そういう意味では振り返る余裕があるだけ、この子達は幸せなのかもしれない。

モモンガさんは分からないが、少なくとも死別してからもう二十年近くも経っている俺は今更話しても後悔以外感じないだろうから…。

 

「…まず、あなたが…[しゃるてぃあ]が…どう考えているのか…聞かせてほしい…」

 

「─辛いだろうが、これは必要なことだ。嘘偽りなく、正直に答えてほしい」

 

「…かしこまりんした」

 

了解したシャルティアはぽつりぽつりと、話し出した。自分の想いや忠誠心を今一度、確認するかのように。

 

「…最後に、ペロロンチーノ様が私にお声をお掛けになられたのは…確か、3年と4ヶ月前だったでありんす…『もう会えないかもしれない。でも、いつかきっと会いに戻るから』と震えるお声で仰られていたでありんす…私はそのお言葉を信じて、お待ちして…ですが、何年経ってもお戻りになられない内に…ふ、不敬ですが…お、お亡くなりになられたのかと…うぅ…っ」

 

─…ああ、そうか。この子達は親が生きているのか死んでいるのかさえ分からないのか…。

 

俺も何人かは流石に分からないが、少なくとも守護者達の製作者の生死は確認しているから、まずはそれを教えてあげないとな…。

それと、ユグドラシル(プログラム)時代の記憶があるのか…。あれ、ちょっと待って。それじゃ、俺のロールって意味ないんじゃ…。

 

…いつかの記憶が呼び起こされる。あの時はシャルティアの前でペロロンさんとエロゲーの話で盛り上がっていた。そこに他のメンバーが現れ、やがてバカ騒ぎになり、何故か俺だけモモンガさんにドヤされるという凄惨な過去が…いやいや、それは取り敢えず後回しだ。今はシャルティアの話に集中しなくては。

ここは思考が混乱している俺よりもモモンガさんが適任だ。任せよう。

 

《[ももんが]さん。[ぺろろん]さんは生きています。まずはそれをうまいこと教えてあげて下さい》

 

《丸投げか問題児(クソビッチ)。まぁ、ペロロンチーノさんはこないだメールの返信を貰ってるんで、それは俺も確認済みです。何とかやってみましょう》

 

流石ギルド長。頼りになるお言葉を頂きました。

咳払いを一つして、魔王が静かに告げる。

 

「んん…。─そうだな。まず一つは、ペロロンチーノさんは死んではいない。それは確かだ」

 

その言に涙に溢れていたシャルティアの表情がパッと明るくなったが、続く言葉で困惑した顔を浮かべる。

 

「─だが、恐らくは…戻ってくるのは難しいかもしれん」

 

「…えっ」

 

「その日にペロロンチーノさんは私にこう話したのだ。『シャルティアを、俺の嫁をどうか、お願いします』、と…」

 

「─っ…そ、そんな…」

 

俺の()で反応したシャルティアだが、まるでこの世の終わりと言えるほど、目が大きく見開かれる。…事実として、この状況ではメンバーが戻ってこれるかは非常に難しい話だと思われる。まだ、探してもいないので何とも言えないところだが…。

 

「…さて、混乱しているだろうが、ここで幾つか前提を話さなくてはならない。…大丈夫か?」

 

「はっ…はい…」

 

「─今から話すことは…とても大事なこと…聞けば、理由が分かります…落ち着く時間が…必要なら…待ちましょう」

 

「いえっ、お待たせするなど滅相もございんせん…どうか、お聞かせくんなまし…」

 

現実(リアル)の代わりになるように例えて話すのは難しいが、頭の良いギルド長ならやってくれるはず…ここも丸投げ一択だ。

 

「…まず、ユグドラシルという世界だが…我々からすれば箱庭のような世界なのだ。そこに、化身(アバター)を作って入り込む…ここまでは良いか?」

 

驚愕に染まり、声が出せないようだがなんとか頷くシャルティア。魔王がそれに応え、続ける。

 

「そして、箱庭の外の世界に我々が生活しているのだが、まさに地獄でな…常に死を覚悟しなければならぬような世界なのだ…」

 

「─恥じることは、ありません…理解出来ないのは、仕方のないこと…理解できたところだけ…言ってみなさい」

 

目をパチパチさせてるシャルティアに取り敢えず、フォローを入れてやる。…なんか、嘘は言ってないんだけども凄くスケールが大きくなってる気がする…いや、俺じゃ他に上手く例えられないから、何も言えないんだけどさ。

 

「え、えぇと…至高の御方々の…今のお姿は、仮のお姿で…本当のお姿は別にある…ということで、宜しいのでありんしょうか…」

 

辿々しいながらも、ちゃんと理解出来ていることに安堵する。分からなかったらいつでも聞いてほしい。隣のギルド長がきちんと説明してくれるよ。

 

「合っていますよ…今は、時間がありませんが…面談が終わったら…理解出来ないところは…説明しましょう」

 

「─うむ。聞くことは決して不敬などではない。恥じることもないのだ。何度でも説明しようとも」

 

「は、ハッ…未熟者であることをどうか、お許し下さい…」

 

─あ、この流れはまずい。

 

俺とモモンガさんは、共に平社員で他社の人と交流したこともある。その時の日本人特有の謙遜という名の終わらない応酬を繰り返したことを、二人とも思い出した。

ありがとう、ならいいのだ。そこで一旦、話がまとまる。しかし、謝罪は駄目だ。どうしてもこちらこそ、いやいや…が始まる。どちらかが折れない限り、続くのだ。

 

それを察知したモモンガさんが営業で培った経験を活かして─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─うむ、お前の全てを赦そう。それでは続けようか」

 

間髪入れずに強引に話を逸らした。流石である。

 

「…本当の姿をしている世界で我らは…全てのプレイヤーは生きている。─…ペロロンチーノさんもそこにいる」

 

「─…!」

 

取り敢えず、ペロロンさんがいれば良いっぽいな、この子…ペロロンさんのとこだけ反応してる。

モモンガさんもそれに気付いたのか、ペロロンさんに関係するところだけ説明し始めた。

 

「だが、今現在、ペロロンチーノさんのいる世界と交流が出来ない状態なのだ…ペロロンチーノさんが死んでいないと言ったのは、今の状況になる前に生存が確認できたからだな」

 

「そ、そうでありんしたか…ペロロンチーノ様…」

 

─この子、ペロロンさんの名前が出ると理解力が格段に上がってないか…?

 

頭が足りていない設定のはずだが、製作者が絡むと設定の枷が外れでもするのだろうか。謎は深まるばかりだな…。

 

「ペロロンチーノさんが来れなくなった理由だが…本当の姿の世界は過酷でな。生きるのに必死だったのだ。そちらの世界で死ぬと、もう二度とユグドラシルに来れなくなってしまうからな…生きてはいるが、こちらに来れる余裕が無くなってしまった。─っ…故に、私に…お前を託したのだ、と…思う」

 

「あなたには…酷なことかも、しれません…ですが、最後まで…彼はあなたのことを…想っていましたよ」

 

「あ、ああ…ペロロンチーノ様ぁ…うっ…ぐす…」

 

うんうん。あとは思う存分、泣きなさい…モモンガさんにも酷なことを言わせてしまったな。まだ納得していないのに、改めて自分から言うのはきっと辛かっただろう…よし。

 

《…[ももんが]さん》

 

《っ!─…はい》

 

骸骨の魔王の眼窩に灯る赤い光を真正面から見つめて、鬼の姫は言葉を紡ぐ。ほんの少しだけ口角が上がった微笑みを添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《辛かったら…俺の胸で泣いていいんだぜ…?》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔王はそれに応えるように。

表情の出ない白い(かんばせ)が確かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《…あとで宝物殿裏集合。なっ?》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─…あるぇー?

 

 

 

─つづく。

 




ペロロンチーノさんが生きていると言っているのにいつの間にか死んだ流れになってる。何故だ。

ふと思ったんですが、階層順に難易度が上がってますね。7階層から跳ね上がってますが…。



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本編5─家族面談らしい(2)

今回もオリ設定多数です。
グロ表現あり。

終始オリキャラ視点となります。


あの後、我が子とも言える存在(シャルティア)が泣き止むまで俺達は黙って見ていた。怒りの魔王(モモンガさん)は表情が無い骨なのに超良い笑顔で。鬼の姫(オレ)は内心ガクガクすぅー…と怯えと沈静を繰り返して。

ただただ、泣き止むのを黙って見ていたのだった。

 

やがて泣き止んだシャルティアは、元々赤かった目が死者(アンデッド)なのに更に赤く腫れて、しかし顔はどこか清々しい表情だった。先程のような怯えた雰囲気もなく、真っ直ぐにこちらを見つめている。

 

─…一応は、スッキリしたのかねぇ…。

 

「─大変、見苦しいところをお見せ致しんした。この罪は、我が命をペロロンチーノ様に…」

 

「─って、ちょい待てぇ!」

 

『え?』

 

─あ、やべ。思わず叫んじゃった。

 

寡黙な美少女で通してたのに感情移入し過ぎて、『我が子』が自殺宣言するもんだから勢い余ってやってしまった。沈静化、仕事しろよぉ…。

ぽかん、と骸骨と吸血鬼がこちらを呆けて見ている。誤魔化すなら今しかない。

 

「こほん。─…[しゃるてぃあ]、お止めなさい…()は…悲しゅう御座います…」

 

《こ、この問題児(クソビッチ)…貴様、覚悟は出来ているか…?》

 

「ほら…()も悲しい、と…申しております…」

 

《ファー!?》

 

なんだ今の声。面白すぎるぞ。

とまぁ、冗談は置いといて。これは最低でも守護者全員に言うつもりだ。いずれはギルメンに創られた他のNPCにも伝えたい。父母(ギルメン)がいないなら、せめて俺達がなってあげなきゃな…因みに夫婦って意味じゃないからね?

 

「…っ」

 

シャルティアがまた感極まって爆発しそうだ。今にも溢れそうなほど目に涙をためてプルプル震えている。

…不味い。問題児()の血が騒いできた。よし、追加投入しようそうしよう。

 

「[しゃるてぃあ]…母の胸に…おいでな─ごふぉうぇ!!?」

 

「─え?」

 

想像以上の破壊力だった。シャルティアが泣きべそかきながら突っ込んで来たときはすんごい嫌な予感はした。

純粋な想いで突っ込んできたみたいだからか【敵感知】(センス・エネミー)は全く反応しなかった。しかし、動きは完全に見えていたし体の反応も超余裕で間に合ったので避けるのも容易かったのだが…。

我が子が胸に飛び込んでくる夢にまで見たこのシチュエーション!受け止めるしかないだろ!ってテンション上がって受け止めたら、この()()だよ…沈静化が間に合わないってどういうことだよ…。

 

凄まじい勢いで壁に頭を打ち付け、腹は上と下にお別れする寸前だ。皮3枚で辛うじて繋がってる感じか?

頭も割れてるくさいな、これ。ああ、目がくらくらする。頭が鈍器でガンガン殴られているみたいだ。すんげぇ甘ったるい匂いが鼻一杯に香る。今は正直きつい。腹が灼けるように痛い。これが…ダメージか…。

 

「これが…[だめぇじ]か…ごふっ」

 

「ちょっ!?何やってんですか!?ああ、不味い。回復しなきゃ…!」

 

隣で()()()()と慌てている骸骨が虚空からHPを回復出来るポーションを大量に取り出して、()()を頭からぶっ掛けた。因みに胸元にはまだ呆けているシャルティア(アンデッド)がいる。今、んなもんぶっ掛けたら─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁっっっづううぅぅいいいぃぃでありんすううぅぅぅ!!?」

 

俺は回復したが、今度は頭からポーションを引っ被ったシャルティアが地獄を見る羽目になった。まさに地獄絵図。

ああ、綺麗な頭が()()()()()…。

 

「あああぁぁ!?シ、シャルティアアアァァァ!!?」

 

「ぺ、『[ぺす]』を!?─いや、[しゃるてぃあ]!〈大致死〉([ぐれぇたぁ・りぃさる])を!」

 

「っ!─〈魔法最強化〉(マキシマイズマジック)〈大致死〉(グレーター・リーサル)!!」

 

回復してすぐに沈静化がおき、冷静になった俺はシャルティアに指示を出した。この魔法は大量の負のエネルギーを対象に当てる魔法だ。生者にはダメージが与えられ、アンデッドには回復をもたらす。

シャルティアは灼ける痛みに悶えながらも()に向けて魔法を放った。

 

─って俺かよおぉ!?

 

「っ─【[まじっくぱりぃ]】!…お馬鹿!自分に掛けなさい!」

 

間一髪…どころか、これも超余裕を持ってスキルを発動し、魔法を受け流した。先程はテンション上がってて気に留めなかったがすげぇな、この体。攻撃を受けそうになると〈時間停止〉(タイム・ストップ)ばりに周りが止まって見えるのか。

ユグドラシル(ゲームの時)では、回避補正は速度が変わらない代わりにAIがある程度補佐をしてくれていたから、その辺りが現実(こっち)にきたことで変わったのかもしれない。

 

「あががっ…ぼうじわげごじゃんぜ(申し訳御座いんせ)ぇぇぇ…〈魔法最強化〉(まぎじまいずまじっぐ)〈大致死〉(ぐれぇだぁ・りーざる)ぅ!」

 

ポーションの侵食が進み喉まで焼け爛れてしまってまともに発声出来なくなっていたが、なんとか魔法を発動させることが出来たようだ。すると膨大な負のエネルギーが具現化した黒い霧のようなものにシャルティアが包まれ、瞬く間に回復したのだった。

 

余談だが先程受け流した魔法は『ペス』を呼ぼうとしていた魔王に当たり、しゅわしゅわと回復していた。何ともはや。

 

 

 

 

 

綺麗な土下座だった。それはもう見事に。美しささえ漂っていた。

 

「…この度は本当に…誠に申し訳御座いませんでした…」

 

落ち着きを取り戻した一同は衣服を整えて改めて席に戻ったのだが、シャルティアがそれはもう悲壮な顔で土下座を敢行したのだった。間違った(くるわ)言葉も流石に鳴りを潜めていた。

 

「顔をお上げなさい、[しゃるてぃあ]…母は怒っていませんよ」

 

「っ!」

 

ビックゥ!と肩を震わせてシャルティアが恐る恐る顔を上げる。今の俺の顔は無表情だが、それはもう聖母の雰囲気を存分に漂わせて、内心ニッコリと微笑む。

 

「…さぁ、改めて()()()()()…母の胸においでなさい」

 

《なにビビってんだこの変態(ファッキンビッチ)

 

《いや、しょうがないでしょう…。─また繰り返したいんですか?》

 

ぷい、と骸骨の魔王があさっての方向に顔をそらした。俺が悪かったのは明白だが、流石に先程の騒動は繰り返したくないようだ。

…俺も御免こうむる。

 

「夜想サキ様ぁ…」

 

ふわり、とすんごい甘ったるい香りが鼻孔をくすぐる。頭がクリアなこともあり先程のような気持ち悪さはない。

あの騒動の中では感じることの出来なかった冷たくも温かくて柔らかな感触が腕の中にあって、なんとも言えない気持ちだ。

いやらしい、とかそういうものじゃない純粋な気持ち良さだ。なんだろう、心が温かくなるというのはこういうことを言うんだろうか。

…涙をためたシャルティアが()()()()と必要以上に胸に顔を押し付けているのはご愛嬌、か。体を(まさぐ)らないのは忠誠心が頑張って()()しているんだろうきっと。…ペロロンチーノォ!

 

鳥がものすっごい良い笑顔でサムズアップしたのは気のせいだな、うん。

 

《嗚呼…[ももんが]さん。()()凄い癒やされます…感無量です…》

 

《─…良いなぁ》

 

《[せくはら]禿げ魔王》

 

《ハゲじゃねぇ!?いや、違いますよ!これは純粋に─》

 

シャルティアの頭を撫でながら、隣の骸骨魔王(モモンガさん)の言い訳を生まれて初めて感じる心の平穏に身を委ねて聞き流す鬼の姫(おっさん)の姿が、そこにはあった─。

 

 

 

 

 

ひとしきり堪能してまたゆっくり話そうとシャルティアに言い渡し、待機という名の任務に戻らせる。勿論、ここであったこと、話したことは絶対に他言しないようにモモンガさんに厳命してもらった。見てるこっちまで清々しくなるような笑顔を見せていたが…大丈夫だよな?変態鳥(ペロロンチーノ)さん…。

 

ブーブーとサムズダウンしている鳥を幻視した。気のせいだな。

 

因みにユリには呼ぶまで決して入るな。耳をそばだてるな。と言いつけてあったのだが、シャルティアの悲鳴が聞こえてきて命令を守るか中に入るか葛藤してずっとオロオロとしていたらしい。

可哀想だったのでお詫びにお茶菓子をあげたら顔を真っ赤にしてまたオロオロとしていた。可愛かったので頭をポンポンと撫でたら頭が取れた。魔王に怒られた。解せぬ。

 

そして、暫し休憩という名の話し合いが始まった。

 

「…おい変態(ファッキンビッチ)

 

「はい?」

 

「いや、はいじゃなしに。どうしてですか」

 

目の前の魔王は【漆黒の後光】を滾らせて詰め寄る。眼窩の赤い炎がギラギラと輝いていた。視線で殺せるんじゃないかっていうくらい怒りに燃えていた。あ、うまい。

 

「うまくねーし。─じゃなくて、どうして()()()()()言ったんですか」

 

「なんで地の文読めるんですかね…。─[ももんが]さん、先程言いましたよ?彼らは[ぎるめん]の()()だと…やはり、彼らが子供であると思えませんでしたか…?」

 

もしかして、モモンガさんは子供として見れなかったのだろうか。やっぱりギルメンの影にしか見えなかったのだろうか…。

モモンガさんがあの子らに対してどう思うかはモモンガさんの自由だ。それ以上はこちらの都合であり、勝手ではあるが認められないとなるとやはり淋しい気持ちになる。

 

「…そこじゃないですよ。少なくともシャルティアにはペロロンチーノさんへの『愛』が感じられました。そういうところは製作者のペロロンチーノさんによく似ていると思います…。─短い時間しか彼らと接していませんし、子供と思えるかどうかはまだ分かりませんよ」

 

ああ、そりゃそうか、と一人で納得した。

一方通行とはいえ、俺はじっくりとNPCと向き合ってきた。だから、子供と思えるし、家族にも思える。でも、モモンガさんはその間は、きっと仲間の…ギルメンの帰還を願っていた。俺が教えるまでNPC(セバスや他のメイド)の名前すら出てこなかったのだ。

いくら仲間(ギルメン)が創ったとはいえ、いきなり子供だと言われて、はいそうですかと思えるほど人は単純じゃない。自身の短絡さに自嘲してしまうな。

 

「…やっぱり少しズレてますよね、サキさんは。─なんで俺も巻き込んだんですかって言ってるんですよこの問題児(ファッキンビッチ)

 

「あー…母親が一人なのはきっと辛いですよ?的な─」

 

ピタリ、とモモンガさんの動きが止まった。眼窩の赤い光が見開くように爛々と輝いている。突き付けた指先がほんの微かだが震えていた…なんか変なこと言ったか?

 

「…ど、どうしました?何か変なこと言いましたか…?」

 

「…サキさんは、俺の過去を…俺は()()()に過去を話したことが、ありましたか…?」

 

何だろう。ツッコミすらしない。こんなモモンガさんは今までに見たことがなかった。こんなに静かに怒っている…。─いや、怒っているんだろうか?…感情が静か過ぎて全然()()()()。強烈な重圧が部屋中にのしかかっている。

うなじが()()()()した。片っ端から沈静される。怖い。

 

「…気に触ることを言ったのでしたら謝ります…。─[ももんが]さんの過去、ですか…幼い頃に親が他界したことと小卒ということしか聞いてませんが…」

 

「…親というのは…片親か両親かまでは話しましたか…?」

 

あ、ヤバい。母親が地雷だったっぽい。で、でも片親だなんて聞いてねぇもん。泣くぞちくしょう。…むぅ、正直に話すしかねーな。

 

「親、としか聞いてませんよ。私は単純に幼い頃にご両親が亡くなったのだと思ってましたが…?」

 

()()とうなじの()()()()も目に見えない強烈な重圧も消えた。まるで何事もなかったかのように静けさが部屋を満たした。

腰を曲げた目の前の魔王が、先に静寂を破った。

 

「…失礼しました。多分バレてると思うので正直に話しますが、私が幼い頃に死別したのは片親だった母なんです。─…まるで母の苦労をバカにされたように感じてしまって…それで…」

 

「あー、はいはい。[すとっぷ]、そこまで」

 

開いた片手を骸骨(モモンガさん)に突き付ける。ストップのジェスチャーだ。

遮られて困惑している骸骨をよそに続ける。

 

「知らなかったとはいえ、触れちゃいけないとこに触れたのは俺だ。だから、謝らなきゃいけないのは俺だ…ごめんなさい」

 

社会人として、人としてきちんと()()()をつけるために、しっかりと頭を下げて謝罪をする。()()()()のは俺がこの世で最も忌み嫌うことだからだ。

…俺が言えたことじゃないんだけどな。同族嫌悪ってやつかな。

 

「…謝罪を受け取ります。ですから、顔を上げて下さい」

 

「…本当にごめん。馬鹿にしたつもりはなかったんだけど─」

 

今度は魔王が開いた片手を突き付けてきた。ストップのジェスチャーだ…。

 

「ストップ、そこまでです。知らなかった上にサキさんは悪気があって言ったわけじゃないんでしょう?…なら、お互いに水に流しましょう」

 

ああ、そうか。()()()()人だったな。だから、ギルメンの皆がついてきたんだ。

現実(リアル)に何もなかった寂しい骸骨。だからこそ、ユグドラシル(あっち)で出来た友人を無条件で信じる身内にくそ甘い骸骨の魔王。

 

─…そういうとこに惹かれてたんだって言ったら悶死しそうだな。お互い。

 

「…分かりました。でも、一人だと厳しいっていうのは本心なので、そこんとこは分かって頂ければ、と」

 

「…ハアアァァ。─分かりましたよ。父親役なんて務まるか分かりませんが、やるだけやってみましょう」

 

特大のため息を吐かれた。なにゆえ。

 

 

 

 

 

話もまとまったところで次は5階層のコキュートスの番だ。4階層のガルガンチュアはゴーレムの上に下手に絡むと暴走する恐れもあるので、用事があるときだけ命令をすることで意見が一致した。若干の不満はあるが、致し方ない。

先程の、咄嗟に出てきたとはいえシャルティアに話したことは上手い具合に元人間であることを()()せそうだったので、その設定でいくことになった。

さて、コキュートスはどんな思いを秘めているのだろうか…。

 

因みにユリにコキュートスを呼ぶように伝えたら、心なしか頬を染めてまた爆()でとんでいった。なんかさっきより速くねぇ…?

 

─コンコンコンコン。

 

シャルティアの時と同じようにノックの音が4回。なんで布で出来ているのに叩くとあんな音がするんだろう…。

 

「─[こきゅうとす]ですね?…お入りなさい」

 

部下たる俺がやはり声を掛けてやる。さっきの影響か、段々とこの喋り方が億劫になってきた。

…もう普通の速さで話すかなぁ。ユグドラシル(ゲーム時代)の記憶があるならロールあんまり意味ないし…。

 

「オ待タセ致シマシタ、コキュートスニ御座イマス。失礼致シマス」

 

()()()()()()()()、とどこぞの人型ロボットのような足音で入室する蟲王(ヴァーミン・ロード)

うーん、格好良い。タケさん、いい仕事してますわ。

 

「よくぞ参られました。まずは席にお座りなさい」

 

「─ハッ…シカシ、シモベ如キガ至高ノ御方々ノ前デ席ニ座ルナド…」

 

やはり、高すぎる忠誠心が邪魔をして席に座ろうとしないな。しかし、隣にいるのは泣く子はもっと泣き喚く魔王だ。この場で()()()()は聞きません。

 

〈伝言〉(メッセージ)。うーん、やっぱり座らないですね》

 

《[ももんが]さん、不機嫌そうに言ったほうが言うこと聞くと思うんでお願いします》

 

《はいはい》

 

「…コキュートス、まずは席に座るのだ。話が進まん」

 

「ハ、ハッ!ソ、ソレデハ失礼致シマス!」

 

わざと不機嫌そうに言って貰ったらコキュートスがおっかなびっくり席に座った。怖がらせてごめんね。

 

「ごめんなさいね。それでは、これからとても大事な話をします」

 

「ッ。─…カシコマリマシタ」

 

不敬だの何だのと、そういうやり取りは正直に言えば飽きた。話を進めるときは多少強引でも話を進めるのが吉、とシャルティアとの対応で俺達は学んだのだ。

しかし、綺麗な正座だが座りづらくないのだろうか。特にその脛の角ばったところとか…。

 

「コキュートスよ。─…ギルドメンバー達が来なくなって久しいが、お前は何を感じ、どう考えているのだ?忌憚なく述べよ」

 

「…辛いかもしれませんが、ありのままに答えなさい。最後に出会った頃も覚えているのなら、そちらも」

 

踏ん切りはそう簡単にはつかないよなぁ…モモンガさんには辛いことばかりさせている気がする。

やはり、俺の胸を貸してや─

 

《結構です。今は面談(こっち)に集中して下さいこの変態(ビッチ)が》

 

《だから何で地の文が分かるし…》

 

「…カシコマリマシタ。─…我ガ創造主デ在ラセラレル、武人建御雷(ぶじんたけみかずち)様ガ最後ニオ越シ下サッタノハ、4年ト2ヶ月前ニナリマス…暫ク私ヲ眺メラレタ後、『斬神刀皇』ヲ下賜サレテカラハ、オ見エニナラレテオリマセン…─」

 

─そうか…たっちさんが辞めてその後燃え尽きちゃって、そのままユグドラシルを辞めたんだよな…あの時からそんなに経ったのか…。

 

斬神刀皇を託した時の心境は計り知れない。たっちさんが辞めたことを知った時は、暫くは独り(ソロ)で活動していたものだった。何をどう考えていたかは分からないが、きっと色んな葛藤があったのだろう。

 

「…キット何処カデ研鑽ナサレテイルノデショウ。オ側ニオ仕エ出来ナイノガ不甲斐ナク、ソノ中デコノ様ニ愚考致スノハ不敬ナノヤモシレマセンガ…願ワクバ、マタ、アノ凛々シイオ姿ヲ拝見シタク御座イマス…」

 

なるほどな。武人であるコキュートス()()()

『力』が根幹にあるコキュートスの場合は、バイセクシャルの『情愛』を是とするシャルティアのような不安ではなく、より高みを目指していると信じているわけか。

 

《…生死は勿論ですが、現実(向こう)での生き様を教えてあげたほうがいいかもしれませんね。まぁ、私達の想像になっちゃいますが》

 

《─ですね。確認はされているんですか?》

 

《はい。とは言っても半年くらい前なんですけどね》

 

《了解です》

 

モモンガさんは仰ぎ見、昔を思い出すように…いや、実際に思い出しているのだろう。力を求める武人として振る舞い、雄々しく意外と頑固な彼のことを。

 

「…そうだな。まず、彼は…武人建御雷さんは生きているはずだ。きっと今も精進していることだろう…かつてのように武を高めんとして、な」

 

「オオ…左様デ御座イマスカ…!」

 

ブシュウ、と顎の辺りから冷たい息が吐き出される。やっぱり生きていると分かると嬉しいよな。…冷気無効なかったら凄い冷たそうだが。座卓の一部が凍り付いてる…。

 

「しかし、だ。ここからが肝心なのだが…今現在、彼が生きているかは分からない。その理由を今から話そう」

 

「…ハッ」

 

動揺もあるだろうが、表に出さずに一言も聞き逃すまいと姿勢を正す。この辺りは流石だな…シャルティアが迂闊すぎるだけかもしれないけど。

 

鳥がサムズアップしてる。なんで今出てきた。

 

「…前提として、まずユグドラシルという世界は我々プレイヤーにとって箱庭のようなものなのだ。この姿は仮のものであり、本来の姿の世界は箱庭(ユグドラシル)の外にある…ここまでは良いか?」

 

「…何ト…流石ハ至高ノ御方々…故ニ絶対強者デ在ラセラレタノデスネ…!」

 

─あれ、なんか反応が思ったのと違くねぇ?

 

何か「オオォォ…!」とか言って崇めてるんだけど。シャルティア(ポンコツ)コキュートス(武人)ってこんなに違うの?

 

鳥。いちいち出てくんな、こっち見んな。

 

《…なんか予想とだいぶ違うんですけど…これ、もしかして他の─》

 

《[ももんが]さん。取り敢えず続けましょう。今は考えちゃ駄目です》

 

《…ハァ》

 

俺もため息つきたい。なんでこの子達、こんなに忠誠心高いの。高すぎでしょ。

 

「…続けるぞ。本来の姿の世界は本当に地獄でな…我々が箱庭に来れるのは余裕があるときだけ…つまり、武人建御雷さんが来れなくなったのは…っ。」

 

「─その余裕が無くなったから…。そちらの世界で死ぬと二度と箱庭に入ることが出来なくなるのです。そして、今現在はそちらの世界と交流が出来ないのです」

 

モモンガさんが辛そうだったから引き継ぐ。()()()()()()本当の理由は、流石に言えない。知らない方がいいこともある…よな、うん。

万が一、コキュートスが覚悟を決めて聞きに来たときにきちんと話そう。今言ったら、多分この子は()()()。下手をすればセバスに掴みかかる。

 

─…そうなったら、内部崩壊間違いな…あれ、もしかして俺達ってかなり綱渡りのことやってる?

 

「ソノヨウナコトガ…イエ、シカシナガラ私ハ武人建御雷様ハゴ存命デイラッシャルコトヲ、信ジテオリマス…キット今モ、ソノオ力ヲ高メテオラレルト…」

 

「そう…強いのですね、[こきゅうとす]は。ですが─」

 

─ここしかない。今!ここで決める!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達は…『家族』です。いつでも『母』や『父』に頼ってよいのですよ…?」

 

《あああぁぁぁもおおぉぉぉ!!このタイミングかよおおぉぉ!!》

 

《ふふー。余り()()()()で頂きたい》

 

《こ、この変態(クソビッチ)…いつか絶対ぶっ飛ばしてやる…》

 

「そっ…そうだぞ、コキュートス。ち、父にいつでも…頼りなさい…」

 

コキュートスは元が虫ゆえに涙が出ない。その代わりに顎が()()()()と震えている。こえぇよ…何か畳も凍り始めたぞ…。

しかし、モモンガさんもちゃんと合わせてくれて良かった。危うく滑るところだった。凍ってるだけに。あ、うまい。

 

《だからうまくねーよ。なんかコキュートスの様子が…大丈夫なんですかね、あれ》

 

《俺が言うのもなんですけど…もう突っ込まないからな》

 

体がぷるぷる…いや、()()()()()()と震えている。感激…しているのか?

 

「オ、オオォォ…勿体無キ…オ言葉…!─…デスガ…タカガシモベ如キニ─」

 

「[こきゅうとす]!!」

 

コキュートスの体が()()()と止まる。

魔王の眼窩の光がこちらを見つめている。

頭が冷える。沸騰する。

 

()()()、などと必要以上に自分を下げるのはやめなさい…それ以上は、父が許しても母は許しません」

 

何であろうと、これだけはマジで許せない。我慢ならない。自分自身であろうと誰であろうと、()()()()()を下げる発言は本来なら絶対に赦さない。ナザリックは俺達で創った最高傑作だ。それを貶めるやつは誰であろうと赦さない。

…でも、この子達は忠誠心から自分達(ギルメン)より下だと思っている。だから、ある程度はしょうがないと我慢した。

 

だが、今のコキュートスの発言はそうじゃない。それこそ『たかが』自動湧き(POP)するモンスター(有象無象)と一緒だと、そういう()()を込めて言いやがった。()()()()()

 

─…でも、この子は俺が()()()()やつだと知らなかった。だから、今回は許す。『息子』だしね。

 

「…その辺にいるような、()()()()()()()()()とあなたが同じなわけないでしょう。─…紛れもなく、あなたは私達の『息子』であり、『家族』なのですよ」

 

怖がらせてしまったから、お詫びではないが近付いて頭部の甲殻を撫でてやる。冷気無効があるはずなのに、その表面は()()()()としていて心地良かった。

 

「…有リ難キ…幸セ…」

 

《サキさん…あなたは…》

 

《ほら、[ももんが]さんも撫でるんだ。早よ》

 

《ぐっ、この問題児(ファッキンビッチ)が…。─あとで聞きたいことがあります》

 

《…何でも答えましょう》

 

骸骨の魔王(モモンガさん)を手招きして、この子(コキュートス)の頭を撫でさせる鬼の姫(おっさん)

傍から見れば紛れもなく、『家族』の姿がそこに在った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─蟲王は若干の畏怖と感動と恐縮など様々な感情をかき混ぜて()()()()と震えていたが。

 

 

 

 

 

()()()()に固まってしまったコキュートスに時間があるときにまた話をしましょう、と言い付けてシャルティアと同様に待機任務に戻らせた。勿論、他言無用を隣のハゲ「ハゲじゃねぇ!」…骸骨の魔王に命令してもらった。

また休憩という名の話し合いだ。

 

「サキさんは…シモベ如きとか矮小って発言には怒らないのに、さっきは何故…?」

 

「あー…どこから話すべきかな…」

 

うーん。参った。こういう自分の考えを整理して説明するの苦手なり。まぁ…まず根本から、かね…。

 

「…根っこから話しますね。私はこの[なざりっく]を…つまり、[ぎるめん]と創ったこの最高傑作を愛しているんです。そこは分かりますよね?」

 

その言葉にしっかりと頷くモモンガさん。この辺は共通認識だろう。

 

「勿論です。このナザリックは最高のところです」

 

「でも、私は[ぽっぷ]する雑魚は含んでいません。あくまで、彼らと共に創った部分()()を愛しているんです。芸術の如く美しい柱一本から共に作り上げた[えぬぴいしい]の指先に至るまで…分かりますかね?」

 

「うーん…分かるような…」

 

頭をひねる骸骨。いまいち伝わらなかったようだ。あー、これ言ったほうが良いのかなぁ…怒るかなぁ…言ってみるかぁ。

 

()()()()は早めに修正しないとな。うん。

 

「はっきり言っちゃいますね。今現在の[ももんが]さんは友人達([ぎるめん])を求めています。その[ぎるめん]が絡んでいるから[なざりっく]を愛しているんです。私は逆です。[ぎるめん]をそこまで求めていません。勿論、帰って来てくれるなら大歓迎ですが…─」

 

「…」

 

まだ何もないな。重圧も感じない。何を感じて何を考えた…?

眼窩の光は消えたままだ。ただ、()()()俺の言葉を聞いている。ある意味、それも怖かった。

 

「─…私はこの[なざりっく]自体を愛しているんです。そこに[ぎるめん]が絡んでいるから彼らのことは好きです。この最高傑作を創り上げてくれた友人達には感謝しかありません。でも、そこまでなんです。それ以上は、私自身は求めていないんです…幻滅しました?」

 

恐らく瞳を閉じて考え込む骸骨の魔王(モモンガさん)。眼窩にまだ光は灯らない。

今度は俺が()()()待つ番だった。

 

「─ふふ。思っていたよりバカなんですね、サキさんは」

 

「…おぅ?」

 

()()()()と肩を震わせる魔王。重圧は何も感じず、楽しげな雰囲気…愉快な感情が()()()

 

「さっき言ってたじゃないですか。『今を理解して納得しろ』って。その時点でああ、俺と違ってちゃんと踏ん切りついて納得してるんだなって思いましたよ。…それはそれで、少し淋しい気持ちもありますが…」

 

「んー…まぁ、そういう意味ではそうなんですけど…まぁいっか。さっきも言いましたけど、俺はこの愛する『我が家』と『家族』を守ってくれた[ももんが]さんには尊敬と信頼を持ってついていきますよ。そこは何があっても変わりませんから」

 

「ふふ、ありがとうございます…で、話を戻しますが、それがさっき怒ったことと関係が?」

 

なんか杞憂だったみたいだ。うっわ、恥ずかしい。穴があったら目の前の骸骨入れたい。まさに墓穴。じゃなくて。

 

「ああ、そうそう。私にとって[ぽっぷ]する雑魚は言わば()()と一緒なんです。愛する息子が、たかが俺みたいな益虫を…って[にゅあんす]の感情が読めたからつい怒っちゃったんですよ」

 

「なるほど。…で、その感情が()()()、というのは?」

 

あー、やっぱりそこ食いついちゃう?俺も気になってはいたんだよね。多分、スキルだと思うんだけど。

【敵感知】とそれの強化スキル。この辺が絡んでいると思う。多分。

それか【直感】(インスピレーション)か…あれ、こっちじゃね?

 

「…多分ですけど【直感】([いんすぴれいしょん])の影響じゃないですかね」

 

「ああ。でも、それって回避補正が付くだけですよね?」

 

そう。このスキルは回避補正を上げる、というものだ。実際はパリィ出来るタイミングが表示されるだけなのだが、意外と便利なパッシブスキルだ。…たっちさんみたいな超人だけだよ、これなしで毎回パリィするの。意外と難しいんだぞ、パリィ。

しかし、これの設定では『感覚的に物事を捉え、閃きを得る』と説明されていた。それが、影響しているのかも。

 

「実際は[ぱりぃ]する[たいみんぐ]が分かるだけだったんですけど、設定にある説明文に閃きを得るってあるんですよ」

 

「なるほど…目に見えない感情を閃きで読むってことですか…うーん、ちょっと弱くないですかね?」

 

「となると他の[すきる]と影響し合ってる?…うーん、よく分かりませんな。しかもまだ馴染んでいないせいなのか分かりませんが、たまに読める程度なんですよ。いつもじゃないんです」

 

二人して()()()、と悩む。

もっと深刻な問題は山積みなのだが、問題児(おっさん)がかき回すせいで遅々として進まないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで寡黙ロール止めちゃったんですか?」

 

「[てんぽ]悪すぎ。めんどい」

 

「ああ…」

 

 

 

─つづく。

 




オリジナルスキル

・【マジックパリィ】
魔法攻撃を受け流す。
ミサイルパリィは飛び道具を反射、とあるようなのでこちらは物理系のみとしました。

・【直感】
本文にもありますがパリィ系のタイミングを表示するだけです。タンク初心者御用達。
━━━━
やっとオリキャラが爆弾処理の危うさに勘付きました。
ペロロンさん出過ぎなのでだんだん扱いが雑に…。

オリキャラの防御力は紙どころじゃないです。
プレアデス以下です。森の賢王どころかガゼフ(国宝なし)以下かもしれません。HPは…プレアデスくらい?

皮3枚繋がったのはすぐ後ろに壁があったからです。アホですが運は悪くないみたいですね。


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本編6─家族面談らしい(3)

萌え回。

例によって捏造多数。
双子に違和感あるかもしれません。

オリキャラ視点のみです。


()()()、としばらく唸っていた骸骨の魔王(モモンガさん)鬼の姫(オレ)。結局、己らの設定など細かいことは後にして面談を先に済ませてしまおう、という結論になった。検証は後でなんぼでも出来るしね。

余談だが前の二人にお茶を用意していても、やはりどちらも手を付けなかった。座卓の上に残っている()()()お茶には茶柱が一本立ったままだ。

飲食不要及び疲労無効の装備を着けているために体調が変わらないせいで忘れていたり、()()()()と騒動があったりとそういうこともあったが、やはりこちらから促さないと絶対に手を付けそうにない。

まぁ雰囲気作りのために出しただけだから、どうということはないんだけども。

 

そんなことを考えながら座卓のお茶をユリに手渡して片付けて貰った。湯呑みを預かるときに顔を真っ赤にして()()()()と慌てていたが、何だったのだろうか。なんか支配者が自ら片付けるなどどーのお呼び頂ければ我々がこーのと言っていたが。

そういえばあの子も死者(アンデッド)だ。シャルティア含め何故にあんな顔色が出来るんだろうか…謎だ。

話してるから、はよ捨ててきてって強引に渡したらどこかへすっ飛んでいった。今までで一番早かった。

 

「次はアウラとマーレか…。─二人同時にやりますか?」

 

「んー…別々に行きましょう。多分、[まぁれ]の考えや想いが[あうら]の言葉に染まるか埋もれてしまうかと」

 

そう。あの二人は双子で姉弟。姉のほうが立場が強く、弟は姉の言うことによく従う。そのように定められている。()()()()と弱気な性格にされているのも拍車をかけていることだろう。

弟は姉に従順であるべし、とよくよく言っていた姐さんの言葉が思い出される。

 

「そうですか。それじゃ…アウラから行きましょうか」

 

「了解です。─ああ、そうそう。姐さんはご存命ですから」

 

その時。()()()、と魔王の首がこちらを向いた。今の動きはおっかなかった。

 

「そうですよ!何で聞いてなかったんだ俺!─生存が確認できたギルメンを教えて下さいよ!」

 

そういえば言っていなかった、と()()と手を打つ。眼窩に赤い光を灯す骸骨の表情は固い。骨密度も高そうだ。うまい。

 

「うまくねーし。早く教えなさい、この問題児(クソビッチ)

 

「了解しましたって…えぇと、少なくとも守護者達を創った方達は生きているはずです。半年以内に返事を頂いています」

 

「ふむ、他のメンバーは?」

 

どうだったかな、と天井を仰ぎ見るが温かな光も直接目に入ると眩しく感じられた。目を細めて、ふと正面にある金銀に彩られた見事な水墨画が描かれた襖を見やった。どれが良いか、『朱雀』さんによく相談していたのも今や懐かしい記憶だ。

 

「…朱雀さんは不明な人の一人ですね。あとは─」

 

覚えている範囲で各メンバーの状況…とはいっても『アルバム』作成の過程で、メールでの相談の返信が貰えたり貰えなかったりとその程度ではあったが。

因みに相談と言っても裏話程度の内容だ。『アルバム』を作るだけなら一人でも全く問題はなかったが、今だからこそ言える話とかそういうのもなるべく押さえておきたかったのだ。

愛する存在(ナザリック)をより深く知るために。

 

一通り話し終えて双子の面談はまず(アウラ)から、と決まったところで再開となった。さて、意外と大人びているアウラだがどんな想いを持っているのやら。

 

因みにユリは、あのあとすぐに洗った湯呑みを持ってきてくれた。お礼にお茶菓子をあげたらまた顔を真っ赤にして()()()()と慌てていた。かわいい。

 

 

 

 

 

─コンコンコンコン。

 

4回のノック音。全員の面談終わったら原因を調べてみよう、と密かに決意する。

 

「─どうぞ。お入りなさい」

 

やはり部下たるこの部屋の主が声をかけて入室を促す。

そっと顔を出したのは緊張を滲ませたアウラだ。失礼致します、と微かな不安げなの色を隠し切れず、しかし凛としてゆっくりと入ってくる動作は幼さを感じさせない美しさがあった。

だが、鬼の姫(おっさん)からすれば背伸びをしているようで微笑ましい。かわいいなぁ。

 

「お待たせ致しました。アウラに御座います」

 

一礼してすぐに跪こうとするが、それをモモンガさんが手で制する。アウラは不思議そうな顔で動作を止めた。やはり、かわいい。

 

「よい。まずは席に座りなさい…座らない限り、話をすることは出来ん」

 

「っ!─し、失礼します!」

 

流石モモンガさん。有無を言わせずに話を進めるつもりだ。怯えて震えながら座るアウラが少し可哀想だったが。…うん、かわいい。

 

〈伝言〉(メッセージ)。かわいい連呼すんな変態(おっさん)。んなこた分かってんだよ》

 

《…姐さんも良い仕事してますよねぇ》

 

()()()()と震えて待つアウラを前に好き勝手言い合う支配者(ダメ親)どもだった。

 

「─さて、アウラよ。これよりとても大事な話をする。いくつか質問をするが心して答えてほしい」

 

「あなたの考えや想いを述べて頂きますが、不敬だとかそういう事は考えないように。ありのままを言えば良いのです」

 

「は、はい!どのようなことでもお聞き下さい!」

 

アウラのオッドアイの瞳にはそれぞれ決意と覚悟の光が宿っていた。忠誠心から成せる姿勢だが、幼いアウラにはあまり()()()()()は出来ればやって欲しくない、というのが正直なところだ。

忠誠心からではない姿勢で、子供は子供らしくいてほしいと願う。

 

「…アウラにとっても辛いことだが、我が友人達…ギルドメンバー達がいなくなって久しい…そのことについて、だ」

 

「─…っ」

 

「最後にあった日のこと、それからのこと、そして今。─…言葉を飾る必要はありません。重ねて言いますが、想いや考えをありのまま言えばいいのです」

 

やはり辛い質問だろう。いくら大人びているとはいえ、アウラは子供だ。目に涙をためて、必死に口を結ぶ姿は見るに痛ましい。

僅かの間だが、沈黙が部屋を満たした。

 

「…最後にぶくぶく茶釜様の姿がお見えになられたのは5年と1ヶ月前です…。私とマーレを並ぶように立たせたあと『アウラとマーレは今日も可愛いね。…ごめんね』…とだけ、仰られて…頭を撫でて頂きました。その後、しばらく眺められてから…どこかへと、お出になられました。─…いつかきっと、また会いに来て下さると…それまで私とマーレで、第六階層を護るのだと…その想いで今日までお仕えして参りました…で、でも…いつしか私は、もう会いに来て下さらないのでは、と…お、お嫌いになって、しまわれ…たので…。─しょう…かっ…ぐっ…!」

 

途中から泣くまいと必死にまぶたを閉じて言葉を繋げていたアウラだったが、ついに涙が堰を切ったように流れ出す。()()()()と目尻から溢れる水の玉が頬を伝い、座卓の下に消えていく。むせび泣く声が胸中を抉った。

 

「─…[あうら]。ぶくぶく茶釜さんが、あなた達を嫌いになることはあり得ません。彼女は、ずっとあなた達のことが心残りだったと耳にしています」

 

「やむを得ない事情があったのだ。それを今から話そう」

 

二人の言葉を聞いて()()()()と目をこすり、覚悟を決めたように真っ直ぐで綺麗なオッドアイがこちらを見つめた。

 

「…かしこまりました。どうかお願い致します」

 

「うむ、まずは前提から話そう…。─実は我々のこの姿は仮の姿でな。本来の姿の世界というものがあり、そこからこの姿の中に入ってユグドラシルで活動をしていたのだ…ここまでは良いか?」

 

アウラはやはり驚愕に目を見開き、絶句している様子だがなんとか頷いてみせる。…俺やモモンガさん、ないし()()()()がこんなことを言われたら驚く前にまず相手の正気を疑い、言葉の真偽を確かめようとするだろう。

前の二人もそうだったが、忠誠心が高すぎるゆえに俺達の言葉を疑う、ということがないようだ。疑惑を晴らす手間がない分、楽ではあるが一方でとても危ういと思う。こういうのはちょっとしたことで瓦解したりするからなぁ…。

 

「もし分からないことがあれば遠慮なく聞きなさい。分からないことをそのままにすることこそ、不敬なのですから」

 

「…問題御座いません。どうか、お聞かせ願えますか」

 

モモンガさんの説明をなんとか飲み込めたのか、立ち直ったアウラにモモンガさんは頷いて続けた。

 

「うむ。─それで本来の姿の世界…これを我々は現実(リアル)と呼んでいるが、その現実は地獄を体現したような世界でな。生きるのに精一杯だったのだ…そして、その現実で死ぬと二度と生き返ったり、ユグドラシルに来たりすることは出来ない」

 

その時のアウラの心情はきっとこうだろう。自分の親が死んでしまった、だから会いに来れなくなった、と。

容易に想像が出来てしまえたほどに、オッドアイの視線が揺らぎ、絶望に染まった顔は青褪めた。

だから、そんなことはないと助け舟を出してやる。

 

「安心なさい。ぶくぶく茶釜さんは生きています。─…ただ、[ゆぐどらしる]に入る余裕がなくなってしまったのです。今もきっと生きるために必死でしょう」

 

「…ぶくぶく茶釜様は、今も戦っておられるのですね」

 

生きている、という言葉にやや安堵したアウラだが、緊張の色は落ちない。今も生死をかけた戦いを繰り広げているのだと、そう感じているようだ。()()、と歯軋りしているのは、その場に駆け付けられないことが悔しいのかもしれない。

生活が掛かっている、という点では『戦い』とそう表してもいいのかもしれない。

 

「口惜しいかもしれんが、彼女には彼女の戦いがある。我々が手を出すわけにもいかんのだ…今は彼女の無事を祈って成すべきことを成すのだ」

 

「…はい。─…いつか…いつか、また会いにお越し頂けますよね…?」

 

アウラの質問にモモンガさんは表情の変わらない骸骨のくせに難しい顔をして腕を組む。意味が分からないと思うだろうが、そう感じたのだからしょうがない。

 

─自分自身の葛藤もあるのかもしれないな。

 

「…それは難しいかもしれん。今現在、現実との交流が隔絶されていてな…」

 

「─現実(あちら)から来れるのか、()()()から行けるのかも不明なのです。少なくとも現時点でこちらから私達が戻ることは出来ませんでした」

 

「…それは…モモンガ様と夜想サキ様もいずれは、『りある』へお帰りになられる、と言うことでしょうか…?」

 

不安が極度に達して声が震えてきたアウラ。かわいいが言葉が悪かったな、といたたまれなくなる。現実に戻れたとしても、()()が残るならまたすぐにナザリックへ戻って入り浸ることは言うまでもないことだ。そもそもが仮に現実に戻れたとしても、また()()()に来れる保証はない。現状でそんな博打は絶対にご免だ。

…元々、ユグドラシルが終わったあとに『アルバム』を見て満足したら死ぬつもりだったのだ。

こんな素晴らしい場所は二度と無い。仮にメンバー全員が戻ってきて一から作り直したとしても、それは()()()()()()()()()。よく似た『まがい物』だ。

そんなのを見るくらいならナザリックとともに死ぬ、と覚悟を決めていたら奇跡が起きたのだ。離してなるものか。

 

「─ああ、そう心配しないで。私が…私達があなた達を置いていくことは決して有り得ません。ここは私達にとって帰るべき『家』…そして、あなた達の『親』です」

 

「あ、あ…そ、そんな…恐れ多いこと…」

 

突然に親だと言われて戸惑っている。

見た目が子供ということもあり、経験はないが連れ子ってこんな感じなのかな、と思う変態(おっさん)だった。

 

《むぅ…悔しいですが、まずまずの良い流れですので、良しとしましょう》

 

《うーん、あと()()()()って感じですかねぇ》

 

頬は赤く染まり、目は潤んでいる。今は()()()()している見た目は子供のアウラだが、しかしその割に大人びているとは思っていた。だが、栄えある守護者として甘えるわけにはいかない、でも親に甘えられなかった子供として甘えたい、と葛藤しているのがよく分かった。

 

「不敬ということはありません…それでも心配であるというならば─」

 

このタイミング、完璧だ。自分でも惚れ惚れしちゃうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[あ「─()()()…こちらへ、『父』の胸に飛び込んでおいで」

 

「モ、モモンガ様あああぁぁ!」

 

「」

 

アウラが叫び、隣のセクハラ魔王(モモンガさん)の胸元へ飛び込む映像がやたらスローに見えた。

あゝ、世は無情なり。やたら大人しいとは思ったが隣の骨はタイミングを伺っていただけなのだ。()()()()()()()を虎視眈々と…。

 

《…この変態魔王。虎視眈々と狙ってやがったな?》

 

《ふ、情報収集は基本中の基本です。二度も同じ手が通用すると思わないことです》

 

()()()()顔の骨がなんか言ってる。そういやこの骨、情報の処理と運用能力がやたら高かったな、とどこか遠くを見るような呆けた視線でじゃれている二人を眺める敗北者(おっさん)であった…。

 

 

 

 

 

ひとしきり堪能したセクハラ禿げ魔王(モモンガさん)の頭蓋骨は心なしか()()()()と艷やかになっていた。こっちの心は()()()()だが。

気を取り直して、落ち着いたアウラに話しかける。

 

「…[あうら]。無理はしなくてよいのです…何か困ったことや相談したいことがあれば遠慮なく言いなさい」

 

「─うむ。不敬など考えなくて良い…私達はそなたらの『親』だ。気軽に『父』や『母』として接してほしいと思う」

 

「はっ、はい…あの、えぇと…」

 

マーレのように()()()()とらしくない様子で耳まで真っ赤にしたアウラが言い淀んでいる。何か言いづらいことがあるのだろうか…。

 

─まさか、『女の子』の相談か?

 

《なにか不穏なことを考えてないかこのど変態(ファッキンビッチ)

 

《なんで考えが読めるんですかねこの[せくはら]魔王は…》

 

やがて意を決したアウラが顔を上げて、真っ直ぐなオッドアイの瞳で両人を見つめて口を開いた。

嵐の前のような静けさが部屋に漂っていたのはきっと気のせいではない。

 

「お」

 

『お?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『お父さん』…『お母さん』…」

 

『─ぐはっ!』

 

─これは…破壊力満点ですな…。

 

自信の表れであった凛とした眉はハの字に垂れ下がり、潤んだオッドアイが上目遣いでこちらを見ている。

頬は上気して赤くなり恥ずかしさからか肩をすくめて、指なんか()()()()しちゃってる。

見た目は男の子にされているが、本質はちゃんと女の子してるんだなぁ…と微笑ましすぎて鼻血が出そうになりながらいつの間にか抱き締めていた。

 

「やっ、夜想サキ様!?─モモンガ様!?」

 

《嗚呼…[あうら]も可愛いねぇ》

 

《…否定はしません…茶釜さんは間違っていなかったんや…》

 

モモンガさんも近付いて頭なんか撫でていた。《さらさら》とした質のよい綺麗な金髪が指骨にかき分けられて、見ているこちらも気持ち良くなりそうなほどだった。

 

 

 

 

 

 

あのあと、最初こそ戸惑いから慌てていたアウラだったがしばらくすると封じ込めていた、創造主(姐さん)がいないことで積もり積もっていた寂寥感が爆発したのか嗚咽から始まり最終的には大声を上げて泣いていた。

それを二人はなんとも言えない気持ちで方や抱き締めながら。方や頭を撫でながら眺めていたが、やがて落ち着きを取り戻したアウラは、シャルティアと同様にどこかすっきりとした笑顔を浮かべて綺麗なお辞儀をしたのだった。

そんなアウラに、伝え忘れていたゴーレムなどを使ってマーレを手伝ってやってほしいと頼んで任務に戻ってもらった。多くの魔獣を使役するアウラだ、指揮官としても優秀なはず。きっと上手く使ってくれるだろう。

 

因みにユリにはシャルティアの時の二の舞いにならないように耳栓をしてもらって、用事があるときはモモンガさんの〈伝言〉で呼んで貰うことにした。

耳栓だと万が一の対応に遅れてしまうなどと拒んでいる様子だったがお茶菓子を渡して黙らせた。また顔を真っ赤にしててかわいかったな。

 

「さて、次はマーレか…作業中だと思いますけど、どうしますか?」

 

「…()()()の方が大事だと私は思います。よっぽど危険な状況なら考えますけど、一、二時間程度なら他の偵察用[もんすたぁ]とかで周辺を見回りさせておけば大丈夫なんじゃないですかね」

 

マーレには先程出した壁周辺の隠蔽作業という現時点では最重要任務に当たらせていたわけだが、きっとマーレもアウラと同じような悩みを抱えているだろう。双子の弟だし。

守護者(あの子)達を見ていると俺達の言葉こそが最重要とか言い出しそうな勢いだったが…まぁ、その辺りの認識は追々として今は面談を終わらせるほうが先決だろう。

モモンガさんにデミウルゴスへの〈伝言〉で現在の状況確認とそろそろマーレの面談を行うために、その間の偵察部隊の編成や運用を行って貰うことやゴーレム等をアウラに貸してマーレの作業を手伝って貰うように伝えて貰う。

 

「…デミウルゴスは本当に優秀ですねぇ」

 

「どうしました?」

 

デミウルゴスが優秀なのは当然だ。ナザリックでトップを張れるほどの頭を持つのだから、俺達じゃ考えつかないことまで考えているだろう。

 

「さっき与えた命令のついでに警戒網の草案も作っていたようです。防衛時の指揮官として全て任せるって思わずぶん投げちゃいましたよ」

 

「おー…流石ですね。私なんか面談のことしか頭に無かったですよ」

 

創ったのはウルさんだが我が子が優秀なのは良いことだ、と()()()()と相槌を打つ。

 

「…まぁ、話してみて分かりましたが守護者達の抱えているものは意外と大きかったようですね」

 

「…ある意味、良かったと思ってますよ。何も感じないんじゃただの[ぷろぐらむ]と変わらないですから。─…思うことがあるってことはあの子達は紛れもなく生きているってことです」

 

「そう、ですね…」

 

モモンガさんにとってもこの時間は無駄にはならないはずだ。親ならばギルドメンバーの子供たちと触れ合う時間は多い方がいい。

 

「あ、そうだ。[まぁれ]に壁周辺の土掛けてもらってるなら何か良いもの渡しません?頑張ってるならちゃんと褒めてあげないと」

 

「そうですね。ナザリックの壁も意外と大きいですからね…うーん…信頼の証ってことで『指輪』を渡しますか」

 

時間が止まった。〈時間停止〉(タイムストップ)は掛けてないし時間対策はしているはずなのに、確かに時間が止まってしまった。一瞬、こいつ何言ってんの?って思わず蔑みの目で見てしまうほどに。

 

「…いやいやいや!なに勘違いしてるんですか!─『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』のことですよ!」

 

「ああ」

 

その言葉にようやく得心した。このハゲ魔王、さっきといい姉弟丼でも食べる気かとか思ってしまったのは内緒だ。

でも、その指輪はちと()()()()じゃないか?と心配になる。

ナザリックの急所を渡すのは確かに信頼の証としてはこれ以上ないと思うが…。

 

「またよからぬことを考えてるなこの変態(クソビッチ)。─…もちろん、外出の必要があれば誰かに預けさせますし、最終的には守護者全員に渡すつもりですよ」

 

「まぁ、それなら…」

 

一人だけだと不和の元だ。順番が出てしまうのはしょうがないが、頑張ったら褒めて貰えるという見本には丁度いいのかもしれない。

 

「…さて、それじゃマーレを呼びますか」

 

「了解です、お願いします」

 

さて、マーレとアウラは同じことを考えているのかいないのか。()()()()と内気なのは、あくまで設定だからだ。ああ見えて男だし、意外としっかりしているかもしれない。

 

 

 

 

 

─コンコンコンコン。

 

モモンガさんに〈伝言〉でユリにマーレを呼んで貰うように伝えて少しした後、4回のノック音が鳴り響いた。どうぞ、と声をかけて入室を促す。

 

「し、失礼します…お、お待たせしました、マーレ・ベロ・フィオーレです…」

 

「よく来ました…さぁ、まずはこちらに座るのです。─座らなければお話は出来ませんよ?」

 

跪こうとしたマーレの肩が跳ね上がった。かわいい。

姉のアウラ以上に()()()()と震えている。…これ演技じゃなくてマジの方だな。

 

「マーレ、何も心配はいらない。叱るなどそういったことではない、まずは腰を落ち着けて話そうではないか…とても大事な話なのだ」

 

「!…わ、分かりました。失礼します…」

 

まだ怯えた表情ではあるが、怒られるわけではないと知ってやや安堵しているのが伺えた。

しかし、この子も綺麗に座るなぁ。この子達が()()()()()()とされているからなのか、NPCは皆そうなのか、気になるところだ。

 

「さて、それでは始めよう。話というのは、ギルドメンバー達…特にぶくぶく茶釜さんについて、だ」

 

「─っ」

 

「まずは、あなたが最後に会った日のこと。そして、それから今日までのこと…辛いでしょうが、あなたの想いや考えを嘘偽りなく正直に話してほしいのです」

 

マーレが息を呑み、体の震えが大きくなる。目も大きく見開いているこの子にはやはり、辛すぎるか…。

 

「…マーレ。どうしても辛いというのなら今は…」

 

「いっ、いえ!大丈夫です!…は、話させて頂きます…」

 

モモンガさんに中止しようかと促されたがそれこそ不敬だとか考えでもしたのか、珍しく大きな声で否定した。一度だけ深呼吸して、姉のアウラとは色が反対の綺麗なオッドアイに決意を含ませて話し始める。

 

「…さ、最後にぶくぶく茶釜様がお越しになられたのは…ご、5年と1ヶ月前です…。お、お姉ちゃんとぼくを並ばせられたあと『アウラとマーレは今日も可愛いね。…ごめんね』…とだけ、仰られて…ぼ、ぼく達の頭を撫でて頂きました。そ、その後、しばらく眺められてどこかへと、お出になられました。─…き、きっと、また会いに来て下さる…そ、それまでお姉ちゃんとぼくとで、一緒に第六階層を護るんだって…思いました。─で、でも…もう何年もお会い出来なくて…ぼ、ぼく達のこと、お嫌いに…なっちゃったんでしょうか…」

 

最後の方には目も伏せて、目尻には涙が浮かんでいた。

だが、いくら男の()であれ、と設定されていたとしてもやはり『男の子』なのだな、というのが正直な感想だ。姉のように嗚咽を上げることなく、歯を食いしばり必死に耐えている。

 

─…マーレは強いなぁ。

 

「[まぁれ]…大丈夫です。ぶくぶく茶釜さんは、いつもあなた達のことを心配していましたよ」

 

「うむ、あれだけお前達のことを想っていたのだ。今更嫌いになるわけがなかろう」

 

その言葉にマーレの顔に笑顔が浮かんだ。本当にこの子達は純粋だなぁ。

 

「さて…それで、そのぶくぶく茶釜さんが来れなくなってしまった理由だが…まず、話さなくてはならない前提がある」

 

「─分からないことがあれば、いつでもお聞きなさい。不敬などと考えてそのままにすることこそ、不敬ですからね」

 

「は、はい!分かりました!」

 

二人の言葉を聞き逃してなるものか、とでも言いたげな鋭い眼をして()()()()と頷く。

 

「その前提だが…まず、ユグドラシルでの私達のこの姿は仮の姿だ。本来の姿をした世界、というものがあってな。その世界からユグドラシルに仮の姿を作り、入り込んでいたわけだ…ここまでは良いか?」

 

「は、はい…大丈夫です…」

 

おや?と思った。驚愕に染まるわけでもなく、理解出来ていないわけでもない。なんでこんなに落ち着いているのか。

 

─…まさか姿形はどうでも良いとか、そう考えているのか。

 

「うむ。そして、その世界…現実(リアル)と我々は呼んでいるが、その現実とは地獄と言ってもいい世界でな…常に生死が隣合う世界なのだ」

 

「─その世界からこちらに入る余裕が無くなってしまった…今も彼女は生きるために頑張っているはずです」

 

「そ、そうだったんですね…あ、あのぼく達が、その[りある]に行ってお手伝いをすることは…出来ないんでしょうか…!」

 

オッドアイの瞳に微かな炎を灯らせて、決死の覚悟を浮かべた男の顔だ。その覚悟に応えたいと思うが、残念ながら手段がない。

 

「…今は現実と交流が断絶していてな、手立てがないのだ…それに、現実での戦いとはユグドラシルとは異なり自分自身で何とかするしかなくてな…今の我々に出来ることは彼女の無事を祈りながら、すべきことをすることだ」

 

「彼女は強い。それはあなた達も知っているはずです…長の言う通り、今は無事を祈り、信じましょう」

 

「は、はい…ぼ、ぼくには自分だけでしなきゃいけない戦いっていうのは、よく分かりません…。─っでも、信じるしかないなら信じます!」

 

ああー…可愛過ぎる。垂れ気味のオッドアイに灯る決意の炎は未だ燃えている。()()()と握った拳は、力を入れ過ぎて微かに震えていた。

 

「…[まぁれ]。こちらへおいでなさい」

 

《あっ…ちょっと待ちなさいこの変態(クソビッチ)

 

《もう誰にも止めることが出来ないこの情熱…この子にも捧げましょう》

 

《意味分かんねぇ…》

 

もうマーレは目の前だ。下手に止めると不審がられると思ったのか骸骨の魔王(モモンガさん)は諦めたようだ。しめしめ。

 

「さぁ、『母』の胸の中に飛び込んでおいで…頑張っている[まぁれ]の頭を撫でてあげましょう」

 

「え、えと…あ、あの…」

 

むぅ、流石に急ぎ過ぎたか。目の前に来たのはいいが、撫でて貰うなど不敬だとか考えてるなこの顔は。

どうすればいいのか分からず、()()()()と戸惑っているマーレも可愛いがこのままではセクハラハゲ(モモンガさん)に盗られてしまう。

その時、閃いた。まさに天啓。

 

─…来ないなら自分から行けばいい!

 

言うが早いかならぬ思うが早いか。手を伸ばしたまま立ち上がり─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─マーレは偉いな。困ったことがあればいつでも『父』に頼りなさい」

 

「モ、モモンガ様ああぁぁ…」

 

「」

 

いつの間にかハゲ魔王(モモンガさん)がマーレの隣に座って頭を撫でていた。

 

─また…このパターン、か…フッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《油断しすぎですよ負け犬(ビッチ)

 

《うるせーこの変態(禿げ)

 

どっとはらい。

 

 

 

─つづく。

 




原作では『それ』っぽい印象のマーレですが、何だかんだいって男の子、だと思います。

今更ですが、製作者の引退日などは完全に妄想です。


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本編7─家族面談らしい(4)

オリキャラ視点のみです。


鬼の姫(おっさん)の前で骸骨の魔王(モモンガさん)に撫でられているマーレは随分と心地良さそうだった。

 

──私の〜前で〜撫でないで下さい~♪ってか。

 

大昔にいっとき流行ったらしい歌の一節を思い出しながら、目を閉じて未だ気持ち良さげなマーレに声を掛ける。

 

「そのままでもいいからお聞きなさい、[まぁれ]。──…私達は『家族』です。私は『母』でもあり、長は『父』でもあります」

 

「そうだぞ。だから、私達に遠慮なく相談してほしいし、頼ってほしい…勿論、その逆もあるがな?」

 

マーレはオッドアイの綺麗な瞳を白黒させて、こっちや撫でている魔王へ()()()()()()と忙しなく視線を動かしていた。だが、その頬は上気して赤く染まり、目尻には涙が溜まっていた。

 

「あっ、あの…か、家族…ですか?」

 

「ええ。勿論、生みの親は茶釜さんですが…私達にも親の務めを果たさせてほしい。少しでもあなた達に寄り添えれば、と思います…」

 

「嫌なら嫌だとはっきり言うのだ。不敬でもないし、それでお前のことを嫌いには決してならん…。──お前の意志を尊重しよう…どうだ?」

 

撫でられながら俯いて少し考えている。そういえば、他の子供達があまりにも感動していたから、本当にそれでいいのか聞いてなかったことを思い出した。…あー、でもやっぱり不敬だから止めますなんて言われたらお母ちゃんショックで倒れるかもしれん…。

 

やがてマーレが意を決したようにオッドアイに光を宿らせて、顔を上げた。

 

「あ、あの…で、では…──」

 

『うん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お、『お父さん』『お母さん』と…お呼びしても、いいんでしょうか…?」

 

『』

 

──…あぁ、ここが天国か。生まれてきて良かった。初めて親に感謝するかもしんない…。

 

アウラも良かった。だが、マーレも良い。姐さんは業の深い人だと思っていたが、違った。きっとこれを見越していたに違いない…。深謀遠慮とはまさにこのこと…。

 

などと意味不明なことを考えていたが、早く答えないとマーレの心が離れていってしまいそうだった。

元々涙目だったが、段々と眼のハイライトが失われ不安から絶望へ移行しつつある。本気で不味い。

 

「もっ…もちろんだ、マーレ。そう呼んでくれて、とても嬉しく…思うぞ…ぐっ」

 

《…お、おおおぉぉぉ!さす[もも]!よくあの[だめぇじ]から回復しましたね!》

 

《なんですか、()()()()って…いや、ギリギリでしたよ。色んな意味で…》

 

モモンガさんのお陰でマーレのハイライトが復活した。今では天真爛漫な笑顔が見られる…この子も、結構あれだな。意外と怖いな。

 

「…母も嬉しいですよ、[まぁれ]。さて、今の[まぁれ]にはとても大事な仕事を任せています。頑張っている[まぁれ]に私達の信頼の証として──」

 

「──この『指輪』を渡そう…ど、どうしたのだ?」

 

そう言ってモモンガさんは虚空から一つの指輪を取り出した。『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』だ。

だが、マーレの様子がおかしい。笑顔が失われ、顔は蒼白になり、目は見開いている。冷汗も見受けられ、()()()()と震えていた。

 

「そ、それは…リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン…う、受け取れません。至高の御方だけが持つことを許されているんです…ぼ、ぼく()()()が持ってていいものじゃ、ないです…」

 

「…っ」

 

《──サキさん、抑えて下さい》

 

()()()、と反応してしまう。コキュートスは見た目が大人だったから思わずキレてしまったが、この子は子供だ。しかも()()()

沈静化も手伝って何とか心を落ち着かせる。

 

《…大丈夫です、二の足は踏みません…ですが、訂正はさせます》

 

《分かりました。くれぐれも慎重にお願いしますよ?》

 

その返答に目で合図を送り、マーレの()()()()()()()()()発言を訂正させる。

マーレは指輪を持つことは不敬と思っているのか、まだ()()()()と怯えていた。

 

「[まぁれ]…なんか、などと言ってはいけません。それは[なざりっく]を…ひいてはあなたの母である茶釜さんの『格』を落とすことになります…同格、とまでは言いませんが、あなた達は私達に対しても誇りを見せるべきです…」

 

「そうだな…マーレはもっと自信を持ちなさい。()()()()とされているのは分かっているが、それでも言葉はもっと選ぶべきだと私は思う…ぶくぶく茶釜さんはお前達、双子の誇りであろう?あの人は貰えるものは堂々と貰っていた。ならば、お前達もそれに倣って()()と言われたならば堂々と貰っても不敬ではないぞ?」

 

二人の言葉にマーレは徐々にだが理解の色を示した。流石に創った人がそうしているならば子供はそれを見倣ってそうするべき、と言われれば不敬とも思わないだろう。

何故なら守護者(この子)達にとって創造者()とは誇りそのものだろうからだ。

今までのあの子達の親への反応から()()は滲み出ていたように思う。

 

──…とは言ったものの、()()()()()()()()()()もやりそうで怖いんだよなぁ。

 

そうならないように俺達()がしっかり監視──もとい、見守ってブレーキを掛けてあげるべきだろう…いや、他人(ひと)のこと言えないんだけどね?

 

「…分かってくれたようだな?これは大役を務めた(頑張った)者への褒美という形で渡すが、いずれ守護者全員に持たせるつもりだからそう不安になることはない」

 

「もちろん、[あるべど]にも渡してもらいますから…ただ、あの子は順番にこだわりそうだからまだ内緒ですよ?隠蔽作業が終わるまで隠しておくこと。[あうら]にも悪いですから、そちらにも秘密です」

 

《え゛。マジですか》

 

《大[まじ]です。穏便に済ませたいなら、あくまであの子が一番最初ということにして下さいね》

 

嫉妬深さが一番顕著だろう彼女は、特にモモンガさんから貰えるなら順番には絶対こだわるはずだ。この辺も上手く調整しとかないと不和を呼ぶ。絶対。『アルバム』製作者としての勘なんてもんじゃない。

()()()()()()()()()()()()()()

 

マーレは先程、そのアルベドに睨まれて怖さを実感したからだろう。()()()()と何度も頷いて、恐る恐る指輪を受け取った。手は未だ震えているが、手のひらの上に乗せられたそれをじっと見つめている。口が若干()()()()いた。

 

かわいい。

 

 

 

 

 

その後、マーレに改めて指輪を隠して持っているよう言いつけたら虚空を開いて、その中に指輪を大事そうに入れていた。

このことからNPC達にもアイテムボックスがあることが分かり、偶然だが検証が一つ終わった。ユグドラシル時代の装備や消費アイテムを恐らくこの子達は持っている。

それはつまり、タブラさんがアルベドに持たせたように──このことはあくまで想像だが──、他のメンバーが勝手に()()を持たせている可能性が出てきた。

その辺の消費アイテムやら装備品なら何も問題はないのだが世界級(ワールド)アイテムをこっそり持たせている可能性もなくはない。

 

──…後でモモンガさんに相談するか。

 

「それでは[まぁれ]…ここで話したことやあったことはくれぐれも秘密です。それと[なざりっく]の隠蔽は大役ですが、焦らないように」

 

「…うむ。ナザリックの壁は広くて高い。アウラにもゴーレムなどで支援するよう伝えたから、上手く連携するようにな。草も生やす必要があるだろうし、MPが足りなくなったら『ペストーニャ』に言うといい。──…大変だろうが頑張りなさい」

 

「はっ、はい!ありがとうございます!し、失礼します!」

 

二人の支配者()からの激励にマーレは目尻に涙を浮かべ、丁寧なお辞儀をして退室した。

()()、と静まり返る室内に透き通るような綺麗な声が静かに響いた。

 

「…あの子達も[あいてむぼっくす]を持っているんですね」

 

「そのようです…どうします?持ち物検査でもしますか?私は反対ですが」

 

せっかくギルドメンバー(生みの親)が持たせたものを猜疑心から持ち物検査などしたくない。その心が()()()()と見て取れた。それには俺も同感だ。出来れば持たせた意味は知りたいところだが。

 

「まさか。ただ、世界級を持っているかくらいは知っておきたいので、後で宝物殿の()に聞いてみましょうよ」

 

「え…い、いや。わざわざ話を聞かなくても…まだ心の準備が…それに、確認するだけなら私が行って──」

 

()()

 

何でこんなに嫌がるのか理解出来ない。

モモンガさんにとって黒歴史ということは知っている。()()()()()()()

恥ずかしい?ふざけるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分で生んだ息子だろ…恥ずかしいとか嘗めてんのか」

 

「──っ」

 

骸骨の眼窩の光が驚愕で大きく広がる。何に驚いたのかまでは知らないが。

さっきから沈静化が鬱陶しい。

 

「今まで散々、俺の言動を見といてまだ分からねぇのか?…それでも家族を、息子を恥じるってんなら相手になるけど…?」

 

勝てるとか負けないとかではない。()()は俺にとって譲れない一線であり許せない一線だ。

 

「そう、でしたね…すみませんでした…」

 

「…いいよ…俺も言い過ぎた。でも、あんたの息子であることに変わりはない。それはじっくりと考えるべきだ…あの子は、恥ずかしがって貰うために生まれてきたわけじゃないだろ?」

 

あの子はモモンガさんが格好良いと考えて、ギルメンの姿を保存したくて創った。ならば、何を恥じる必要がある。

 

「そんなわけ、ないじゃないですか…あいつは、仲間達の…──」

 

「あー…分かった、分かりました。言い過ぎてすみませんでした。そんなに落ち込まないで下さいよ。…あの子も哀しみます。それは、俺の望むところじゃない」

 

「…」

 

やっちまったなぁ…どうも、この手の話になると歯止めが効かなくなる。次は()()デミウルゴスとの面談だっていうのにこんなテンションじゃ万一があった時、抵抗も出来ずに()()()とやり込められてしまう。

 

──…本当は疑うなんてことはしたくないんだけどなぁ…。

 

「ほら。次は[でみうるごす]の番ですよ。どうします?日を改めますか?そんな弱った姿を見せたら幻滅されますよ?」

 

「…うっさいわボケェ!誰のせいでこんな悩んでっ…──」

 

モモンガさんの怒声が止まる。何故ならば、目の前の美少女(オレ)が土下座を敢行しているからだ。

和室で正座しているから自然と下座になる。本当は土下座なら障子を開けて中庭でやるべきなんだけど、時間もないし、しょうがないね。

 

「…言い過ぎたのは本当に謝るよ。まぁでも、俺の気持ちも分かって欲しいかな…()()()()()ってのは、当人にはかなり辛いもんなんだぜ?」

 

「っ…いえ、こちらも怒鳴って申し訳ありません。ですが、面談が終わったら少しだけ時間を下さい…避けるような真似は絶対にしません。ただ…」

 

言質は取った。あとはその恥ずかしいとかいう感情を抑えてほしいだけだ。

言い掛けた魔王を手で制する。

 

「──ちゃんと向き合ってくれるなら今はそれでいいよ。()()、あの子はきっとあなたを誇りに思っている。それを忘れないようにね」

 

「…はい」

 

「それじゃあ…あんまり考えたくないけど──」

 

敵に回ったら一番厄介なデミウルゴス、いってみようか。

 

 

 

 

 

──コンコンコンコン。

 

鳴り響く4回のノック音。

 

「…どうぞ」

 

今までで一番緊張している。声が震えていないか心配だった。まぁ…()()()のほうがぶっちゃけヤバいんだけど。

 

「お待たせ致しました。デミウルゴスに御座います…失礼致します」

 

たいへん落ち着いた耳触りの良い声が室内に響く。入ってきたのは赤い三つ揃えのスーツを着こなした悪魔、デミウルゴス。設定通りなら全く問題はない。万が一がただただ怖い。まったく、情けなくて涙が出そうだった。

 

「忙しいなかでよく来てくれた…感謝するぞ」

 

「『感謝』など畏れ多い…お呼び頂ければ、いつでもすぐに参上致します」

 

満面の笑みを顔に貼り付けて、社交辞令を述べる…いや、これ本気(ガチ)で心の底からの言葉だな。

なんか、今までで一番分かりやすかった。普通は逆のはずなんだが…何でだろうな。

綺麗な一礼を捧げて、その場に跪こうとするのを手で制する。

 

「心に留めておきましょう…[でみうるごす]、本題に入る前に席にお座りなさい」

 

「…かしこまりました。失礼致します」

 

一瞬、逡巡した後にデミウルゴスは申し訳無さそうな顔で()()()()()

…これは正直意外だった。守護者(子供)達の中で一番忠誠心が高そうで拒絶すると思ったのだが。

 

──…まさか今の一瞬で、今までの子供達とのやり取りを悟ったのか?

 

可能性は高く思えた。そのぐらい、きっとこの子は普通に熟すだろう。ナザリック一の悪魔的知能は伊達ではないはずだ。俺達の予想を3周ぐらい軽く飛び越えるはず。

…やっぱり、ある意味一番怖いかも。

 

「それでは大事な話を始める…嘘偽りなく、正直に話してほしい」

 

「…あなたの思ったことや考えていることを言いなさい。どのような言葉でも決して不敬ではありません…言葉を濁さずにそのまま話してほしいのです」

 

「ハッ…かしこまりました。決して嘘偽りなどを申し上げず、言葉も濁さないことを至高の御方々に誓います」

 

…うん、やっぱりだ。この子は設定通りのようだ。()()()()()()()()()。疑ってごめんよ。

今は神妙な顔つきの固すぎる紳士の体が緊張から若干震えている。…いや、やっぱり歓喜かもしれない。口角がちょびっとだけ上がっている。意外と子供っぽいとこあるな。

 

「うむ。話す内容は久しく姿を見せなくなってしまった仲間達…ギルドメンバー達についてだ…」

 

「特に[うるべると]さんが最後に訪れた日、それ以降から今日に至るまで…想いや考えを打ち明けてほしい」

 

ほんの僅かに上がっていた口角が真一文字に結ばれる。顔もややうつむき加減だ。やはり、思うところはあるのだろう。

ひと呼吸分だけ、時間を空けてゆっくりと口を開いた。

 

「…かしこまりました。最後に我が創造主であらせられるウルベルト・アレイン・オードル様がお越し下さったのは3年と10ヶ月前で御座います…その時はしばらくの間、私をお見つめなさった後に『今日で最後、か…最高傑作ともこれで見納めと思うと寂しくなるな…。──俺は…結局、あいつと何も変わらなかったんだろうか?…だが、最後まで足掻いてみせる…』と仰って…第七階層からご出立なされました…今日で最後、とのお言葉に絶望し、最高傑作と仰って頂き、まさに天にも昇る気持ちにもなり…形容し難い思いでした…。──()()()、とは誰なのでしょうか。その愚か者と闘っておられるのでしょうか…何故、私を連れて行って頂けないのでしょうか…やはり、栄光あるナザリックを多くの『ぷれいやあ』どもに土足で踏み荒らすことを許してしまった愚か者では…役に立たない、ということなのでしょう、か…っ…申し訳…御座い、ません…」

 

片手で目を覆い、指の間から()()()()と涙が零れる。さっき、あれだけ耐えたこの子がこれだけ泣くということは、それだけ悔しいのだろう。

一緒に立ち向かえない己の無力に嘆き、動きたくとも指一本動かせなかっただろうユグドラシル時代は、恐らくもっと悔しかったに違いない。

 

「…よくぞ言いました…辛かったでしょう」

 

「うむ…お前の疑問に答えよう。とは言っても、憶測も多分にあるのだが…。──『あいつ』とは、恐らくだがたっちさんのことだ。彼らは表面上は常に対立していたからな…」

 

「っ!…わ、私は何という…ことを…!」

 

あ、不味い。たっちさん(多分)のこと愚か者って言っちゃったからすんげぇ顔になってる。早く止めないと自害するぞ、これ。

()()()()と震え、頭を押さえている爪が皮膚に食い込み始め()()()()と赤い血が垂れ始めた。

 

「っ…落ち着け!デミウルゴス!不敬などではない!」

 

「…し、しかし…」

 

「──[でみうるごす]…良いのです。私達が赦します…これ以上の言葉が必要ですか?」

 

デミウルゴスの目が見開かれ、その眼孔にはめられた見事な宝石が露わになる。涙は滝のように溢れ、体は震え、その様相はまさに神を前にした敬虔な信者の如く。…この子からしたらあながち間違ってない例えだから困るのだが。

 

「お、おお…深淵よりも尚深い御慈悲に多大なる感謝と敬意を…!」

 

涙を流しながら五体投地で崇める悪魔。なんて絵面だ…ウルさんが見たら卒倒しかねんぞ、これ…。

 

「う、うむ…お前の忠誠はしかと見届けた。それで、話の続きをしたいのだが…」

 

「──ハッ、これは大変失礼を致しました。どうか、お願い致します」

 

なんて素早い変わり身。どこぞの守護者統括を幻視した気がした。

 

「それでどこまで話したか…ああ、ウルベルトさんが何故連れて行ってくれなかったのか、か…それにはいくつか前提を話さなくてはならないのだが…」

 

「そうですね…まず、[ゆぐどらしる]における私達のこの姿は仮の姿…本来の姿の世界というものがあります…」

 

「──…なるほど、流石は至高の御方々…そういうことでしたか」

 

驚くでもなく、()()()()と笑ったその顔は純粋でとても優しい笑顔だ。この笑顔の前ではどんな人も心を許してしまうだろう。流石は最上位悪魔(アーチデヴィル)

 

《ちょっ、サキさん!『そういうこと』ってどういうことですか!?》

 

《あははー。知るわけないでしょうが》

 

支配者()達は裏で()()()()()()だったが。

 

「…ふむ。どう理解したのか、教えてくれないか?何か齟齬があるといけないからな」

 

《おおっ、上手い!伊達に魔王やってませんね!》

 

《フッ…この程度お茶の子さいさいですよ》

 

「ハッ、かしこまりました。まず、『本来の姿の世界』とは恐らく至高の御方々が時折お話に出されていた『りある』かと存じ上げます。そして、ユグドラシルは至高の御方々にとって箱庭のようなものと愚考致しました。至高の御方々は『箱庭』における仮の姿をお作りになられ、それを操りご活動に励まれた…しかし、『りある』ではユグドラシルとは比べ物にならない程の脅威が現れ、至高の御方々はそれに対抗すべくそのお力を蓄えるためにお隠れになられた、と…私共では取るに足らぬとご判断なされたのか、それだけが残念でなりませんが…」

 

支配者()達は呆ける他なかった。思いの外優秀過ぎたデミウルゴスの推理に唖然としている。

デミウルゴスが何か間違っていたかと不安を顕にするまで、ただただ呆けていた。

 

「…もしや、どこか間違っていたでしょうか…?」

 

「あ…いやいや、見事だ。流石はデミウルゴス」

 

「え、ええ…言葉の違いはありますが、大筋は合っていますよ…そうですね。いくつか補足しましょうか」

 

その言葉に姿勢を今一度正して、神妙な顔つきになる。…これ以上正しようもないと思うのだが。

 

「ハッ。是非ともご教授願えますでしょうか」

 

《サキさん、これ以上何を話すんですか…ちょっと言葉替えればもうほぼ正解じゃないですか》

 

《…一つ大きな誤解があります。このまま無闇に期待を大きくさせると後に必ず響きます…[ももんが]さんには申し訳ないですが…》

 

《っ…私は大丈夫です。ただ、あまり変なことは…》

 

それに目で返答をし、デミウルゴスと向き合う。魔王(モモンガさん)に倣って考えるポーズで時間を稼いだから不自然はないだろう。

 

「…まず現実([りある])での脅威ですが…私達が生まれる前より存在します。それは、世界()()()()なのです。私達は常に生死の(はざま)を生きてきました…[ぎるめん]達が[ゆぐどらしる]に来れなくなったのは、来れるだけの余裕が無くなってしまったためです。()()()で死ぬと二度と[ゆぐどらしる]に来れません。皆、生きるのに必死でした…しかし、[うるべると]さんは常に世界と闘うべく奔走しておりました。少し前に生存は確認できたのですが…今は現実と交流が隔絶され、行き来できない状態です…」

 

「な、なんと…そのようなことが…しかし、少しでもお力になれないのでしょうか…?」

 

「…それはならん。彼らには彼らの闘いがあるのだ。それは自身の力で解決しなくてはならないものなのだ。──…助力したいのは私達とて同じだがね…」

 

相変わらずナイスフォローです、モモンガさん。しかし、やっぱり物理的にも無理だって言われると消沈するよな。さっきの笑顔はどこかに吹き飛んでしまったらしい憔悴したデミウルゴスが、そこにいた。

 

「…ウルベルト・アレイン・オードル様は…ご自身のお力のみで『悪』を成そうと孤軍奮闘されておるのですね…ですが…!」

 

()()と、歯軋りの音がなる。覚悟を決めたかのように震える体を押さえた。

 

「…不敬を承知で申し上げます。お気に障られましたらどうか、首を刎ねて下さいますようお願い申し上げます…。──お言葉ですが、我々は至高の御方々のお役に立つために存在しております。創造主の命の危機に我らが命を賭してでも御身をお護りできずして、『最高傑作』の栄誉は護れましょうか…!」

 

ああ、そうか。この子も親が死ぬのを…()()()()()()()()()()()()ことを恐れている。遠回しに言うから気付かなかった。

…体は大人だけどまるで親離れできない子供みたいだ。まぁ…生まれてから10年程度だし、ろくに触れ合うことも出来ていないだろうから、しょうがないのだが。

 

「…違いますよ。あなた達は私達を護るために生まれたのではありません。忘れてしまいましたか?」

 

その言葉にデミウルゴスの表情が暗い方へと歪む。

 

「──…あなた達は[なざりっく]を…『我が家』を護るために創られたのです」

 

「!」

 

()()とするデミウルゴスはモモンガさんに顔を向ける。そういうことですか、と。

モモンガさんはそれに同意するように頷く。

 

「その通りだ。私達は保護されなくてはならないほど()()ではない。──…私達が帰る場所。私達が外にいる間に我が家を護って欲しい存在。それがお前達だ」

 

「…しかし…私達はお役に立っておりません…先程、申し上げました通り…『ぷれいやあ』どもが攻め立ててきたときには呆気なく…。──口惜しいですが、呆気なく果ててしまいました…っ!」

 

歯を食いしばり過ぎて砕けた音が聞こえた。口の端から血が滴り、尚も食いしばる様子はかつての大侵攻を思い出しているのだろう。1500人による蹂躙。数の暴力。たかがNPC一人では歯牙にも掛けられない。しかし、だ。

 

「…『足止め』。私達が間に合うための…あなた達が役目を全うしたのです」

 

「…」

 

「うむ。はっきり言ってしまえば、あの人数に策なしで対抗など『二十』を使わない限り、私達でも難しい…あの時は、私ですら陥落の二文字が頭をよぎったものだ。しかし、お前達がいてくれたお陰で護り通せたのだ」

 

()()()。本当はそこまでギリギリでも無かったはずなんだけど、そう言われるとそうだったかなって気がしてきた。まぁ、少しでも時間稼ぎしてくれたのは本当だし嘘は言ってないからね。

それを聞いたデミウルゴスが()()()()震えている。お願いだから太ももに爪食い込ませるくらいなら素直に泣いて。結構えぐいのよ、あれ。

 

「誇りなさい。あなた達は、十二分に…役目を全うしています。これまでも…。──これからも」

 

「…ありがとう、ございます…!──感無量に御座います…!」

 

耐え切れなくなり、ポロポロと涙が溢れる。俺達はそれを愛おしく、微笑ましく見ていた。

 

 

 

 

 

泣き終えたデミウルゴスはやはり、入室時と比べると纏う雰囲気が柔らかくなった気がする。

 

「…落ち着いたようですね。繰り返しますが、[ぎるめん]達が来れなくなったのは決してあなた達の力不足ではありません…現実での闘いに余裕が無くなってしまったからです」

 

「そうだな…彼らは今も闘っている。いつか、帰ってくる日が来るかもしれない…その時を迎えるまで無事を祈り、このナザリックを護るのだ」

 

「ハッ…しかと承りました。しかし、流石はモモンガ様と夜想サキ様で御座います…多くの至高の御方々がお見えになられない中でご健在でいらっしゃるそのお力、やはり──」

 

なんか言い出したぞこの子。

 

《ちょっ…またですかこれ。おかしくないですか》

 

《あー…なんとなーく、どこかで()()()()とは思ってました。やっぱり目の付け所が違いますねぇ》

 

そう、この話はスケールが大き過ぎた。ギルメンは現実を受け止め、俺達はゲーム(現実逃避)していただけの話が、超危険な世界で余裕のあるなしになっているのだ。コキュートスの時もそうだったが…そりゃ、()()()()のも無理はなかった。

 

《…どうします?こんな立派なもんじゃないですよ、俺達。特に変態(ビッチ)は》

 

《急に毒吐くの止めて頂けませんかねぇ…まぁ、何とかしましょうか》

 

「[でみうるごす]」

 

「──嗚呼、なんとすば…ハッ。如何なさいましたか」

 

頭では敵わない…考えるな。

 

 

 

 

 

──感じろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達は『家族』です。『母』は、あまり崇められても困ってしまいます。頼り頼られ、助け合うのが家族…。──[でみうるごす]。私のことは『母』と、長のことは『父』と…そう思って貰えると、とても嬉しい」

 

ぶっ込みやがった(強引にいった)、だと…!?》

 

《考えるな。感じろ。心の赴くままにゆくのだ》

 

《あなたが…(問題児)か…》

 

《…[るび]がおかしくないですかねぇ…?》

 

見ればデミウルゴスは突然のことに呆けている。あまりの衝撃にデミウルゴス(悪魔の頭脳)でさえ追い付けていないようだ。

 

──()()だ。ここで畳み掛けろ。

 

「[でみうるごす]…私達、家族の間に『不敬』など存在しません。嫌なら嫌だとはっきりとおっしゃいなさい」

 

「…そ、そうだぞ。どうしても主従の関係が良いというなら止めはしない…それは不敬などではない。子供達の『わがまま』をある程度は叶えてやるのも親の務めだろう」

 

《おぉっ!言いますねぇ》

 

《こうなったら破れかぶれですよ…》

 

デミウルゴスは()()()()と震えたままフリーズしている。何かが上限突破でもしたのだろうか。

 

「──…わ、我々も…家族と…至高の御方々の子である、と…」

 

「そうだ。私達は…家族だ。違うか?『我が子』よ」

 

()()、と一滴の涙がデミウルゴスの頬を伝った。ここまで来たら言葉は不要。傍に近寄ってオールバックで纏めてある頭を撫でてやった。

 

「…辛かったでしょう。苦しみも分かち合うのが家族です…苦しいときや辛いときは遠慮なく言うのですよ」

 

「…あ、ありがとう…ございます…『母上』…『父上』っ」

 

見た目は大の大人が、人目を憚らず泣いている。しかし、それを嗤う者などおらず、僅かな嗚咽と頭を撫でる小さな音だけが響く部屋を、温かい空気が満たしていた。

 

 

 

 

 

あの後のデミウルゴスは何度も泣いたことを恥じたが、なんのことだ、とモモンガさんがすっとぼけていた。

このイケメン魔王め…とか思っていたら有難う御座います、父上、と小さな声が聞こえた。

二人とも聞こえないふりをして今後の業務に励むよう伝え、今に至る。

 

「えがったえがった。入ってきた時と比べるとえらい雰囲気が良くなりましたね」

 

「そう、ですね…皆、少なからず自責していましたが…頭の良いデミウルゴスだからこそ、随分と自分を責めていたみたいでしたから、ね…」

 

本当にいたたまれなかった。自分の力量が足りなかったからこそ創造主が、ギルメンが離れていったと思い込んでいた。それは違う、と。現実の事情であって決して不満だからいなくなったわけじゃない、と。

まぁ、こんなことあまり考えたくはないが…。

 

──…飽きたやつがほとんどかも知れんけどな。

 

デミウルゴスの表情は晴れた。足取りも心なしか軽かった。しかし、どこか歯切れの悪いこの人は…。

 

「…[ぎるど]長。まさか自分を責めているわけじゃないですよね?」

 

「…え?」

 

絶対この人(モモンガさん)、自分の力量が足りなかったとかそんな下らないこと考えてるな。感情を読まんでも分かる。

 

「自分の力量が足りなかったから皆いなくなった、とかふざけたこと考えてません?」

 

「いや、それは…」

 

──はい、確定。

 

「考えてましたね?あなた馬鹿ですか?馬鹿ですね?」

 

「は?」

 

眼窩の光が強く輝き、一瞬だけ【漆黒の後光】や【絶望のオーラ】が噴き出たが気にせずに続ける。

 

「不満があるならもっともっと昔に空中分解してます。少なくとも、あなたと仲が良かった面子は随分と名残惜しそうに去っていきました。他の人も多かれ少なかれ、そう感じていたでしょう…。──社会人だから勝手に抜けた人はいなかった。それは違います。社会人でもそういうやつはいます。るし★ふぁーさんなんかその筆頭でしょう?」

 

「…それは──」

 

「──でも、()ですら辞めるときはあなたに声を掛けたはずだ。装備を置いていったはずだ…あなたにここを、[なざりっく]を託したはずだ」

 

願望でも嘘でもいい。この人に絶望は味合わせたくない。この人に()()しかないなら、最期まで付き合うのがせめてもの恩返しだと思う。

 

「…」

 

「あなたも、もっと自分に誇りを持って下さい。[ぎるど]長としてでなく、[ももんが]さんとして…──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──()さんとして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!」

 

ふふん。どうだ、この持ち上げよう。流石だね、俺。中身も女だったら()()()もんだろ、これ。

 

「…ズルいですよ。ここで本名を持ってくるのは…くっそ、中身おっさんなのに…」

 

「ふふー。私もまだまだ捨てたもんじゃないようですな」

 

「調子に、乗るな。──避けんな!」

 

()()()、と不吉な音が掠めるように顔の横を通り抜けた。スローとはいえ、あのでっかいチョップが迫ってくるのはやっぱり、ちょっと怖い。

 

「嫌ですよ。角が痛そうですし」

 

「はああぁぁぁ…」

 

骸骨の魔王が大きなため息の真似事をする。疲れたサラリーマンみたいな哀愁があった。

 

「随分と大きなため息ですね。何か悩みでも?」

 

「誰のせいだ、誰の…」

 

「むっ、ひどい人がいるもんだ。どこの美少女か教えて下さい」

 

「こいつっ…確信犯、だと…!?」

 

「あ、やべ」

 

「あとでシバく…絶対シバいたるからな…」

 

「なんで関西弁」

 

大きな骸骨の魔王と小さな鬼の姫の笑い合う声が、綺麗な和室に響き合う。一瞬だけ途切れることもあったが、いつまでも続きそうな楽し気な声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…中身が女だったら惚れてたでしょ?」

 

「…知るか変態(クソビッチ)

 

 

 

──つづく。

 




自分より頭良いキャラの台詞や敬語って難しいですね。

モモンガさんとおっさんがなんかイチャイチャしている件。某統括の嫉妬のボルテージが上限突破する…!


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本編8─家族面談らしい(5)

申し訳ありません。
書き方が安定せず、読み辛いかもしれません。

基本的にオリキャラ視点です。


「それじゃ、気を取り直しまして…次は[せばす]でいきましょう」

 

あんまり弄るとハゲ魔王(モモンガさん)がイジケそうだったため、早めに話題転換を図る変態(おっさん)

魔王はその意図に気付いているのかいないのか、首を()()()と傾げて問い掛ける。

見た目骸骨で中身ほぼ同い年のおっさんなのにどうしてこんなに萌えキャラが出来るんだろう。しかも素で。

 

──…魔王のくせにそんな動きすんなよなぁ…あ、さっきの流れで俺も真似たらこの人、本気で堕ちるんじゃね?くけけ。

 

「んん?あれ、次はアルベドじゃないんですか?」

 

「──…んー…まぁ、[せばす]は九階層の守護者みたいなものですし。[あるべど]は[えぬぴいしい]の[とっぷ]ですし?」

 

その答えになるほど、とやはりこちらの意図に気付いているのかいないのか、よく分からないまま頷いて納得していた。

アルベドは最後じゃないと正直に言って()()()。あの『じゃじゃ馬娘』とはどう話したらいいか、まだ何も考えていないのだ。

ゲームが現実になってから真っ先に受けた、あの殺気。腰を据えてじっくりと考える暇はなかったが、それでも引っ掛かるものがあった。

…いや、子供達との会話で違和感が()()()()、が正しい。

子供達はいずれも純粋に創造者を尊敬…どころか崇拝していた。それは多かれ少なかれ、俺達にも及んでいる。心の底から忠誠心が湧き出ているのを(スキル)で感じていた。

しかし、思い返せばアルベドには()()が一切感じられなかった。ただの嫉妬なら多少なりとも他の子が抱いている気持ちと同じものがあって然るべきだろう…思い上がりでなければ。

 

──…ひと悶着ある未来しか浮かばねぇ…困ったもんだ。

 

隣に座る魔王(モモンガさん)()()()と視線を向ければ、また首を傾げていた。くっそ、萌える。

何でもないです、と首を振って襖を見据える。何もないことを願いつつ、言い知れぬ不安を胸に抱えながら…。

 

 

 

 

 

──コンコンコンコン。

 

規則正しいリズムで4回のノック音が鳴る。

どうぞ、と入室を促せば入ってきたのは老執事。だが、服の上からでも分かる厚い胸板、幅の広い肩は一体どれだけの膂力があるのか。大昔に存在したという『鷹』の目を彷彿とさせる鋭い眼光は見たものを射竦めさせるだろう。()()と張った背筋は老いを感じさせず、むしろ若々しくさえある。

『老』を体現しているのは白髪と生え揃えた白ヒゲのみだ。

 

「失礼致します。お待たせ致しました、セバスに御座います」

 

家令もこなす執事として一挙一動に無駄がなく、また気品に溢れる。一礼するだけでもおよそ完璧と思えた。だが、そんな感動に浸る間もなく跪かれる(面倒臭くなる)前に声を掛けてやる。

 

「よく来ました。まずは席にお座りなさい」

 

「大事な話だ。席に座らなければ話すことは出来ない」

 

流石に主たる二人からこうも『まず座れよ』と言われたら頑固そうなセバスでも従わざるを得ない。彫りの深い顔には出ていないが、不服そうな雰囲気を滲ませながらも失礼致します、と大人しく席に座った。

 

「では、早速ですが…今から聞くことは私達にとってもあなたにとっても、とても重要なことです。嘘や偽ることはもちろん、言葉を選んだりせずに想いや考えを言ってほしいのです」

 

「忌憚無く述べてほしい。不敬などと考えることはない」

 

「ハッ。かしこまりました」

 

鋭い眼光は何を今更、と言わんばかりにこちらを見つめている。実際は決意を新たにしているだけなのだが、まるで睨まれているようだった。

 

「うむ…。話とは…ギルドメンバー達のことだ。姿を見せなくなって久しい。それについて想いや考えを述べなさい」

 

「特にたっちさんについて聞かせて下さい。最後に訪れたときのこと、それから今日に至るまで…」

 

やはり思うところがあるのだろう。一滴だけ汗がこめかみを伝い、白ひげの中へ吸い込まれていく。僅かに伏せた眼に先程のような力強さはなく、()()()()と拳を握り締める音が響いた。

言ってしまうことへの不敬と、言わざるを得ない忠誠への葛藤もきっとあるのだろう。

 

──…きっと不敬なのに言わなきゃいけないジレンマもあったんだろうなぁ。あの子達。

 

「…かしこまりました。私の創造主であらせられるたっち・みー様が最後にお越し下さいましたのは、4年と3ヶ月前で御座います。遠くより私を暫し見つめられた後、何処(いずこ)へと歩いて行かれました…。──最初は、またお越し下さると、思っておりました。しかし、1年、2年と過ぎ…いつしか、私は…不敬ですが…()()()に見捨てられたのだ、と…そう、思うように…なりました…」

 

たっちさんは家族持ちだった。夫婦喧嘩までして入れ込んでいたくらいだったが、やはり家族を取って引退した。現実でのテロも絶えなかったし、しょうがないと言える…爆ぜろとは思うが。

ただ、経緯を考えると見捨てられたと思われても仕方ない。一声でも掛けてくれていればセバスもここまで病まなかったかもしれない。

 

──…仕方ない。俺しか知らない()()を教えるしかないか。

 

顔は青褪め、眼はどこか虚ろになっている。改めて口にしたことで絶望に打ちひしがれているのかもしれない。

うん、この子にも早くなんか言ってあげないとヤバい。

 

「…恐らく、その時だろうな。最後に私と話したのは…さて、一つだけ言っておく。お前達は決して見捨てられたわけではない。気になるだろうが、幾つか前提を話さなくてはならない」

 

「…やんごとなき理由があります。まず、私達のこの姿は仮の姿…本来の姿を持つ世界があります。私達は、普段はそちらの世界で生活をしていました…ここまでは良いですか?」

 

セバスは僅かに目を見開いて驚いているようだが、なんとか頷いて返答する。

 

「私達はその世界のことを現実(リアル)と呼んでいる。その現実とは地獄のような世界で…皆が生きるのに必死だった。そして、段々とユグドラシル(こちら)に来る余裕が無くなってしまったようでな…ああ、心配するな。彼なら少し前になるが生存は確認している」

 

セバスも一言一句に驚いたり心配になったり色々と忙しそうだなぁ、と思う。それだけこちらの話を聞いており、また信用していることなのだが…。

 

──…やっぱり危ういよなぁ。

 

「──ただ…現在は現実との交流が断絶しております。行くことも来ることもきっと難しいでしょう」

 

「…そう、でしたか…至高の御方々ですら苦しまれるということは、余程の地獄なのでしょう。しかし、それでも微力ながらお力になりとう御座います…やはり、私達如きでは足手まとい、ということなのでしょうか…」

 

未だ眼光に力は戻らず、不安ばかりのようだ。

…セバスの居る階層は9階層。ここより下にいるアルベドや配下にあたるプレアデス達に出番は結局最後まで無かった。まぁ、あったら既に陥落しているも同然なので悪いことではないのだが、それも拍車を掛けている気がする。要は何もしていないから俺達役立たずだったんじゃね?って思ってるかもしれないってことだ。

 

「ふむ…そういうことはないと思うぞ。現実という世界はユグドラシルより上位に位置する世界だ。故にお前達を連れて行きたくとも連れて行けなかった…連れて行けるなら皆連れて行くはずだ」

 

「なればこそ…至高の御方々に届かずとも同じように世界を越えられる力が…私達にもっと力があれば…!」

 

()()()()と両の手を握り締める音と()()()()と糸の切れる音が…え、ぷちぷちって燕尾服のほつれてる音か?上半身がすげー盛り上がってる。どうやら肩口の糸が切れているらしい。

 

──おいおい…一応、それ神器級(ゴッズ)なんですけど…。

 

「[せばす]、落ち着きなさい…仕方ありませんね。これは本人から固く口止めされていたことなのですが…」

 

《お、おい。なに言うつもりだ問題児(クソビッチ)

 

《本人以外、私しか知らない秘密その一です。耳の穴かっぽじってよくお聞きなさい》

 

「耳の穴かっぽじってよくお聞きなさい。[せばす]、あなたは…たっちさんの()()()()()()なのです」

 

「…は?」

 

「今、なんと…?」

 

セバスは目が点になるほど、大きく見開いて驚きを顕にしている。隣の魔王の眼窩の光は小さく輝き、文字通り点になっている。

 

──ふふー。二人とも目を点にして驚いている。この瞬間はたまらんね。

 

「ですから、[せばす]はたっちさんがこうなりたい、という将来の自分なのです。あなたはたっちさんの理想(憧れ)なのですよ」

 

《おい、なんだその話。初耳ナンデスケド》

 

《ふふー、そりゃそうですよ。1ヶ月前にようやく聞けた新情報です》

 

ギルメンは少なからずNPC達に夢を詰め込んでいる。漢の浪漫、カッコよさ(中二病)、最強、嫁…様々だ。それは超勝ち組だったたっちさんも例外ではない。本人は恥ずかしがってギリギリまで教えてくれなかった。特にウルさんに知られたくなかったようで、本人はもう辞めたことやユグドラシルが終わること、──これはモモンガさんから既に連絡が来ていたようだ。残念ながら来月はテロ対策で忙しく行けそうにないとの返事だったらしいが。──絶対に他人に漏らさないことを伝えてようやく手に入れた情報だ。

悪を挫き正義を貫く初老で達人なナイスミドル。

それがセバス・チャンに込められた想い。

 

「私が、たっち・みー様の…理想…」

 

「そうです。あなたは創造者(たっちさん)の理想の体現者。胡座をかかないよう口止めをされていましたが今のあなたは見るに耐えません…理想であると知ってなお、見捨てられたと思って立ち止まるならばそれも良いでしょう。幻滅はされるでしょうが」

 

今のお前には失望したぞ、と言われたような顔だ。脂汗が滴るほど溢れ出し、体は震えて今にも倒れそうだ。しかし、目はまだ死んでいない。

 

《ちょっ、それは言い過ぎじゃ》

 

《まぁまぁ。見てて下さい》

 

幻滅される、と言われてこの世の終わりになりかけたが、起爆剤にはなっただろう。裏を返せば、あるがままにいることこそがたっちさんの理想だ。

震えていたセバスの体が()()()、と止まった。

 

 

 

 

 

この時のセバス・チャンは、たっち・みーに見つめられていた時のことを思い出していた。遠くで見つめるたっち・みーからの視線が静かに語り掛けてくる。

 

──《俺の理想…俺は『お前』になってみせる…だから、このまま終わってくれるなよ?》

 

まるで今までの心の変容を予期していたかのようだった。あの時こう思っていたに違いない、という願望でもあったがそれはまさに今のセバスにとって希望足り得た。

 

──嗚呼、流石は至高の御方…私の心を試されていたのですね。愚かにも私はとんだ勘違いをしたまま、今日に至りました。しかし、赦されるならば今一度、あなた様の理想の体現者として振る舞いとう御座います。

 

そう願えば、タッチが頷いたように思えた。いや、確かに頷いてくれた。

 

 

 

 

 

セバスの眼に光が戻る。その眼光は、先程より鋭く力強い。体の震えは止まり、姿勢は変わらないはずなのに一回り大きくなったかのようにも見えた。

 

「…もう、大丈夫ですね。今のあなたを見れば、たっちさんは誇りに思うでしょう。そして、こうなりたいという想いをより強く持ちましょう」

 

「うむ、確かにそうだな…現実のたっちさんが歳を取ればこうなるかもしれないな」

 

「有り難き幸せ…そして、夜想サキ様。誠に有難う御座いました。お陰様で目が覚めました…忸怩(じくじ)たる想いです」

 

《[ぎるど]長。()()()ってなんですか》

 

《あっはっは。知るわけ無いじゃん》

 

にべもなく返され隣のハゲ魔王に冷ややかな視線を送り、さてどうするかと考える。しかし、考える時間はない。考える時間がないと考えるほど考えればかんがえる──

 

──…いっちゃうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[せばす]や…()()()などと難しい言葉を使われては、『母』は混乱してしまいます…差し障りなければ、教えて欲しいのだけれど?」

 

《これはまた強引というか雑にいったな…ファインプレーなのか、問題行動(ファッキンプレー)なのか…》

 

《知ってる?知ったかぶりって一番恥をかく[ぱたーん]なんだよ》

 

今度は隣のハゲ魔王(モモンガさん)から冷めた目で見られる番だった。いい加減ワンパターンっぽいし、今回はタイミングも悪い。致し方なし。

 

「…申し訳御座いません、夜想サキ様。今、なんと…?」

 

《うっは。これは恥ずかしい》

 

《》

 

「で、ですから…難しい言葉を使われても『母』は困ります。『母』は困るのです」

 

テンパってしまい、大事なことを2回も繰り返す羽目になってしまった。セバスは本気で困惑しているようで目が泳いでいる。隣のハゲは肩が()()()()と震えている。一瞬止まるがまた震え出した。こいつ…っ。

 

「[せばす]…私達は『家族』なのです。ならば、私が母であることに何の不都合がありましょう?」

 

《不都合しかないだろ。鏡見てみるか?》

 

《黙れ禿げ。火葬するぞ童貞》

 

《どど、童貞ちゃうわ!》

 

などと至高の御方々(アホ親ども)が漫才している間にセバスの理解が追いついたようだ。まだ若干目は泳いでいるが。

 

「…私共も家族、と…しかし、それは──」

 

「──[せばす]。家族とは同じ『家』に住む『一族』だから家族なのです。先程、長が申した通り私達は同胞(はらから)…血が繋がっているかどうかなど関係ありません」

 

《そっかー…()()、伏線だったのかー…》

 

《びっくりだよね》

 

隣の魔王からすんごい目力が飛んできているが、()()と目を逸らし努めて気にしないふりをする。目を合わせたら駄目だ、雰囲気に飲まれてしまう。

セバスは感動しているのか、僅かに震えながら目頭を押さえている。よし、このまま押し通る。

 

「[せばす]や…今この時は、執事という職務は関係ありません。あなた達は私達の子供…私のことは『母』と。長のことは『父』と。そう思ってくれると嬉しい…ねぇ?」

 

「っ…う、うむ…そう、だな…仲間達に創られたならば仲間達の子供も同然といえる。それは当然私達の子供ともいえるな…違うか?『我が子』よ」

 

 

 

 

 

その言葉を受けたセバスは体中に雷撃が走ったのを確かに感じていた。これほどの幸福があろうか。

見捨てられたと思っていたらその逆、自分が御方の理想であるというのだ。それだけに留まらず、こちらにおわす至高の御方々は自分達シモベを家族と仰って下さった。あまつさえ御方々の子供である、と。

 

──なんと…なんと慈愛に満ちた御方々…これは、不敬などと思うことこそ不敬なのでしょう…。

 

もはや涙を止めることさえ厭わず、その涙は滂沱として流れ落ちる。感極まる心は、暗澹としていた精神を払拭させ見えるもの全てを神々しく映し出した。元々、目の前に神を超える至高がお掛けになっておられるのであまり変わらないが。そもそも、この部屋は至高の御方の自室だった。

 

──ここが…常世のシャングリラ、約束されたエデンの理想郷…」

 

 

 

 

 

意味不明な暴走をし始めたセバスを止めたのは、美少女(おっさん)の流し目を受けて狼狽える魔王(童貞)。因みに途中からセバスの心情は口からダダ漏れだ。

 

「セ、セバスさん?感動中申し訳ないが、返事を聞かせてくれると父さん、嬉しいなぁ…」

 

鋼を彷彿とさせるセバスが粘土に変貌するのを目の当たりにした至高の御方は、あまりのギャップと先程の流し目にキャラが崩壊しつつあった。

根底は一般人なのだ、その失態を誰が責められようか。

 

《禿げ魔王崩壊中。所詮はおっさんか》

 

隣に座る友人(問題児)なら責め(いじ)れる。なるほど、道理であった。

 

《うるせーこのクソジジイ!…いや、ババァ?》

 

《[ばばぁ]で》

 

《ア、ハイ》

 

道理であった。

 

 

 

 

 

混乱した場は何とか収まりつつあった。

まだ若干の混乱の状態異常を残していたセバスだが、誠に感謝の極み、至上の幸福で御座います。と返事はしてくれた。しかし、微妙に言葉を濁された感が否めない。それでも、野暮なことは言わない。子供が幸せならばそれでいいのだ。

 

──とは言ってもこのまま終わるのもなぁ。

 

「それは良うございました…ただ、欲を言えば一度でいいから[せばす]から母と、そう言われたいです。ねぇ?」

 

()()()、とあざとい流し目を性懲りも無く繰り返す美少女(おっさん)。しかし、調子こいた彼女(こいつ)は隣にいるのがアインズ・ウール・ゴウンの魔王(頭おかしい集団のまとめ役)であることを忘れていた。

 

「…セバス、無理はするな。あくまで執事として生み出されたお前には負担が掛かろう…呼びたくなった時でよいぞ…いいか、抵抗を感じるならば無理をして呼ぶ必要はないからな?子供に負担は掛けさせたくない。それは『父』の望むところではない」

 

《こいつ…っ》

 

《ハン。同じ手は2度食わないと言ったでしょう》

 

白磁の頭蓋骨にドヤ顔が()()()()と浮かんでいるのが腹立つ。しかし、調子こいてやらかした手前何も言えないから余計に腹が立つ。

それでも、自分の憂さ晴らしのためにここで引っ掻き回してセバスに余計な負担を与えたいとは思わない。子供に負担を掛けさせたくないという言葉は同意見だがムカつく。

 

「…お心遣い恐れ入ります。私は大丈夫です、『父上』…」

 

《おっふ》

 

《》

 

欲をかけば()()()()ところを掻っ攫われる。当然の帰結であった。さしずめ無欲の勝利といったところか。

 

「…『母上』もこの度は誠に有難う御座いました。心のつかえが取れたように思います」

 

そんなつもりはなくともセバスの心遣いが痛い。明らかな被害妄想ではあるが、視線に憐れみが含まれているような気がした。

 

「…ありがとう…母と呼んでくれて嬉しく思います」

 

「うむ。いつでもそう呼んでくれて構わんからな」

 

「ハッ…慈愛と慈悲に満ち溢れる『両親』の子供でいられることが出来て、セバスは幸せ者で御座います…」

 

一滴の涙が畳に垂れようと、微かな嗚咽が漏れようと二人はただ微笑ましく眺めて頷くのみ。

野暮なことは言わない。幸せならそれで良いのだ。

 

 

 

 

 

セバスの番が終わったので、ユリと交代になった。やはり、耳栓をさせて何があろうと絶対に入るな、と言い付けて、更に扉よりちょっと離れたところで待機して貰う。ユリの顔が心なしか残念そうだったのは言うまでもない。

 

「さて、いよいよアルベドですね」

 

「…そう、ですね」

 

結局、答えどころか足掛かりすら出なかった。最初は今までと同じような感じでいいだろう。何を考えているか、きちんと知らなければ何も言いようがない。しかし…

 

──本音で話してくれるか、なんだよなぁ。

 

殺気を向けるということは敵意を向けると同義だ。つまりは、『敵』とみなしているということ。

それは難しい話ではなく極々単純な話だ。自分にとって不快なら『敵』で愉快なら『味方』だ。生物における好き嫌いの原点でもある。

 

──《敵に馬鹿正直に手の内を晒すアホがいるか、このマヌケ》

 

あの殺意の目を向けて()()言い放ちそうだと思った。少なくとも脳内のアルベドは言い放ってどこかに消えてしまった。

しかし、隣に唯一のワイルドカードがいる。

 

アルベドに愛される魔王(モモンガさん)だ。

 

彼にならきっと打ち明けてくれるはず。少なくとも言うことは聞くはず。害意はない…はず。

()()しか言えないことに心の中で自嘲してしまう。

 

「?…どうしました?」

 

無意識のうちにまた目を向けていたらしい。(かぶり)を振って何でもないです、と生返事だけしておく。

 

──あぁー…もうなるようにするしか無いなぁ…。

 

対面するその時まで不安は拭えない。いつだって『分からない』というのは不安と恐怖しか生まない。

襖の奥にいるであろう存在(じゃじゃ馬娘)を見据えて臨む鬼の姫(おっさん)であった。

 

 

 

 

 

──コンコンコンコン。

 

「失礼致します──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──何だかやけに見つめてくるなぁ…まさか、惚れられた…!?

 

「それだけはないわー」

 

「…心を読まないで頂けますか」

 

「そっくりそのままかえすわー」

 

「ぐっ…!」

 

 

 

──つづく。

 




次回、メインディッシュ。
アルベドまでやっちゃうと多分、終わらなくなりそうだったので、今回はセバスのみです。
と言いつつ短かったら笑うしかないよね。

オリ設定補足。

セバスはリアルのたっちさんがモデルらしいので。
多分将来はこういうナイスミドルになりたいんだろうなぁ、リアルじゃ正義を貫くのが難しいからゲームのNPC(子供)に願望を託したんじゃないかなぁ、という妄想。


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本編9─家族面談が大体終わるらしい(1)

まさかの分割。流石じゃじゃ馬娘。
いつ面談が終わるか筆者も予測がつきません。

相変わらずオリ設定多数。

オリキャラ視点のみです。


──コンコンコンコン。

 

4回のノック音が静かに響く。

いよいよアルベドと話さなくてはならないかと思うと緊張する。すぐに沈静化が起きるが()()()()とした焦燥感が残り、落ち着かない。

 

「…どうぞ」

 

声を掛ければ自分と同じ烏の濡れ羽色の長髪に、こめかみから山羊のような捻れた角を生やした美女が入ってきた。腰からは黒い天使の翼が生えており、()()()()()()と静かにはためいている。

 

「失礼致します。守護者統括アルベドで御座います」

 

微笑みを浮かべる艷やかな唇から静かに入室が告げられる。誤魔化しているが、視線はモモンガさんに固定されていた。少しもこっちを見てくれねぇ。すんげぇ嫉妬心が燻っているのが感じられる。

 

──…分かっちゃいたけど、こうも空気扱いされると泣けてくるわ…。

 

「…よく来たな、アルベド。まずは席に座りなさい」

 

「大事な話です。席について頂かないと話せません」

 

「…かしこまりました。失礼致します」

 

デミウルゴスやセバスに続き、アルベドも大人しく座った。モモンガさんに言われたからだ。なんで分かるかって?無視されている本人には分かんだよ、()()()()()は。

アルベドはモモンガさんに声を掛けられて嫉妬が少し落ち着いたようだが。

 

「…さて、これからあなたの考えや想いを教えて頂きます。嘘偽りや誤魔化しがないようにお願いしますね」

 

「忌憚なく教えて欲しい。不敬と考える必要はない」

 

「かしこまりました…それでは、何を申し上げれば宜しいのでしょうか?」

 

この子の視線は俺とモモンガさんの間にほぼ固定されている。時々、モモンガさんに視線が揺れているが基本的に俺を見るつもりはないようだ。

 

──…これ俺専用我慢大会かな?

 

「うむ。聞きたいことは久しく姿を見なくなったギルドメンバーについてだ」

 

「特に[たぶら]さんについて聞かせて欲しいのです。最後に会った日から今日に至るまで」

 

()()と視線が落ちた。傍目に見れば、哀しんでいるようにも見える。見ようによっては気持ちを落ち着かせるために視線を落としたとも取れる。

しかし、ちっとも哀しんじゃいないと思う。(スキル)が感じる感情は怒りや呆れ、微かな敵意。そして、一番奥に強烈な憎悪。それらを隠すために視線を落としたのかもしれない。

 

「…かしこまりました。我が創造主であるタブラ・スマラグディナ様は先日お見えになられました。世界級(ワールド)アイテムであるギンヌンガガプをお持ちでしたが私にお渡し下さり、そのまま何処(いずこ)へとお出掛けになられました…心寂しく感じますが、今はモモンガ様より『我を愛せよ』と、モモンガ様を愛する事への御許可を頂き至福を感じております」

 

「…っ」

 

「…」

 

──()()()。本当のことを話す気はないようだな。モモンガさんがいるからか、俺がいるからか…それとも別の何かか。

 

俺の質問に答える形になったのは、誤魔化しが効かなかったからだろう。これ以上、無視を続ければ流石にモモンガさんも気付く。それを恐れたからだ。

 

《[ももんが]さん。設定についてはゆっくりと考えましょう。そのこと自体に本人は不服が無いみたいですし》

 

《そう、ですね…やっぱり負い目は感じてしまいますが…本人が良いというのであれば様子を見ながらじっくり考えたいです》

 

その返答に今はそれでいいと思います。と取り敢えず返事をして、考える。

この子は、想像以上の闇を抱えていると感じた。モモンガさんへの感情以外全てが荒廃しているイメージが浮かんだのだ。常に微笑んでいるが、モモンガさんに向ける時以外目が笑っていない。

これは恐らく俺が追求しても躱される。この子もトップクラスの頭脳の持ち主だ。俺程度の考えなど見抜いてくるだろう。

 

──…どうすっかな。モモンガさんに悪役やらせんのもなぁ…悪役?

 

思い出した。俺は何を躊躇っていたのだろうか。ここはナザリック地下大墳墓。()()()()()、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地ではないか。そして、隣に座るハゲは()()()()。非公式ラスボスとまで言われた悪のギルドのトップだ。

 

《[ももんが]さん。確認したいことがあります》

 

《?…何ですか?》

 

《我々は悪の[ぎるど]ですよね?》

 

この時のモモンガさんの心情はきっとこうだろう。こいつこんな時に何を言ってんだ?と。しかし、律儀なモモンガさんは俺にちゃんと応えてくれた。

 

《なに言ってんですか。当たり前だろ問題児(ファッキンビッチ)

 

オーケー。じゃあ、『悪』をやってもらいましょう…不本意だろうけど。あと、さり気なく毒吐くの癖になってません?…昔からか。

 

《[あるべど]は嘘を付いています。悪の魔王になりきって追求して下さい》

 

《…は?》

 

「あの…どうかなさいましたでしょうか」

 

いい加減、モモンガさんが何も言わないから不安になってきたようだ。一先ず、先延ばしさせるために促す。

 

《いや、何でもない。しばし待ってくれって言って下さい。んで、考える[ぽぉず]で時間稼いで下さい》

 

《何なんですか、もう…分かりましたよ》

 

「いや、何でもない。しばし待ってくれ」

 

「はい、かしこまりました。いつまでもお待ち致しますわ」

 

もう完全に恋する乙女の表情だ。油断すると本性が顔に出るだろうけど。

それは置いといて、モモンガさんに改めて説明する。

 

《有難う御座います。それで、[あるべど]ですが見た目は哀しんでいるように見せかけてましたが、感情は違います》

 

《スキルは何を感じ取ったんですか?》

 

《怒り、呆れ、微かな敵意。そして深い憎悪》

 

眼窩の光が揺れる。考えるポーズで顎を固定していなかったら、きっと顎が落ちただろう。これは予想していないと驚くのも無理はない。俺も憎悪が強烈過ぎてちょっとビビった。

 

《…さっき言っていた嫉妬じゃなくてですか?》

 

《それは最初に感じましたが今は落ち着いています。それとは別ですね》

 

《…俺に何をさせるつもりですか?》

 

《悪役。悪の親玉。非公式[らすぼす]。お前嘘付いているだろ、ちゃんと言えって追求して下さい》

 

眼窩の光がこちらに向けられる。いや、気持ちは分かるけど今は勘弁して。アルベドの目が限界まで見開いてんですけど。なんで気付かないの、この人。

 

《…普通に聞いて駄目なんですか》

 

《営業職の人にこう言いたくないですけど、俺ら程度の話術じゃ無理ですよ。この子も[でみうるごす]並の知能持ちですよ?》

 

《…ハアアァァァ…》

 

分かる。分かるよ。好みの女性に悪役になりきって追求ってそれどんな罰ゲーム?って思ってんでしょ。でも、しょうがないじゃない。搦手を使わないと多分この子、絶対言わないよ。

 

「…アルベド。今一度、確認したいことがある」

 

「!…ハッ。何なりと」

 

モモンガさんの雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、アルベドの表情も引き締まり部下の()()になる。こうしてると有能な秘書にしか見えないんだけどなぁ。

 

「…()()、嘘を付いたな?」

 

「…何のことでしょうか」

 

おおー…悪の親玉になりきってる。流石モモンガさん。しかし、アルベドも負けていない。内心、冷汗だらっだらだろうに、表面上は知りませんよって涼しい顔をして受け流している。だが、甘い。本気のモモンガさんの恐ろしさはここからだ。

 

「アルベド…アルベドよ。嘘は付くな、と言われたな。そうだろう?」

 

「…仰る通りで御座いますが…」

 

「…この我を前にして誤魔化せる、と。そう驕っているのがよく分かる…もう一度だけ問おう。アルベド…貴様は嘘を付いた、そうだな?」

 

「…仰る意味が──」

 

「アアァルウウゥゥベエエェェドオオオォォォ…!」

 

こっわ。裏事情知ってても怖い。あ、沈静…。

魔王の眼窩は赤く輝き、怒っているのが見て取れた。【漆黒の後光】や【絶望のオーラ】まで発動させてる。やっぱすげぇわ、この人。演技でここまで『怒り』を出せる人はそうそういないぞ。しかも、好みの女性に対して。とんでもねぇ罰ゲームだぜ。

 

「これで三度目…意味が分かるか?三度だぞ…この我に、魔王に!三度も同じ問答を繰り返せと言うのか、アルベドォ!!」

 

『…っ!』

 

()()()と『二人』の肩が竦む。おっかなくて俺も釣られて竦んじゃったよ。昔すんごいやらかしをしてべらぼうに怒られたときを思い出した。あれは酷かったな…。

 

──っと、()()かな。

 

「…[あるべど]、いい加減になさい。駄々を捏ねるのは子の特権。しかし、叱るのは親の務め…許されるのは今だけですよ」

 

()()()、と確かに聞こえた。堪忍袋の緒が切れる音を。俯いたアルベドの体から怒りのあまり視認できるほどの暗いオーラが発せられる。

 

「…けるな…」

 

──あ、地雷踏んだくさい。

 

《…[ももんが]さん。何があっても手は出さないで下さいよ》

 

《え?》

 

「ふざけるなよ!!クソがぁ!!」

 

先程までの淑女然としていた女性の面影は微塵も無くなった。今目の前にいるのは怒りと憎悪に燃えたサキュバス。空気をも振るわせる強烈な怒気は、叩き付けられたのが普通の人間なら卒倒、悪くすれば即死するだろう。見開いた金色の瞳は憎悪に塗れて俺の姿をどす黒く映し出していた。

 

しかし、()()()()()()()

 

この体はその強大な力の本流も受け流し、その精神は視線で殺せそうな殺気も柳に風の如く前から後ろへと通り抜けていった。

モモンガさんとの違いは…きっと子供かそうじゃないか、かねぇ。人間の頃なら体が卒倒を選んじゃうだろうけど。

 

──…キレ過ぎじゃねぇ?…なんかあるっぽいな。

 

「貴様のような奴に!子など言われる筋合いはない!!…何が親だ…!──貴様は…貴様らは!!我らを捨てるだけでなく愛しのモモンガ様まで奪うつもりだろう!!屑どもが!!」

 

「…アルベド、お前…っ!」

 

《[すとっぷ]、[ももんが]さん。抑えて》

 

《でも、()()()は…っ!》

 

後にモモンガさんはこう語った。あんなに静かに怒っているのは初めて見た、と。何に対して怒っていたのかまでは分からなかったが、怖かった、と。子供達に対して怒っていたときとは違う何かがあったと、そう言っていた。

 

《…[ももんが]さん、今は何も言わずにこの子のこと見てあげて。あと、六階層の[ぴぃぶいぴぃ]設定を練習[もぉど]に。よろしく》

 

《は…?》

 

「さっきからコソコソと何をしている!…どうせモモンガ様を影から誑かしているんだろう!」

 

「…[あるべど]、六階層へ来なさい。()()で暴れられても困る。心配なら[ももんが]さんと一緒に来るといい」

 

「貴様が…貴様がその偉大な御名を口にするなぁ!!」

 

ドゴン!と座卓に拳が叩き付けられる。掃除が大変そうだなぁ、と他人事のように一撃で粉砕された座卓をぼんやりと見つめた。

 

「…癇癪、ねぇ…まぁいいや。[ぎるど]長、その子と一緒に六階層までよろ。あとさっきの設定も頼みます」

 

「…どうせ一人で逃げるつもりだろう?地獄の果てまで追い掛けてやるからな…!」

 

「アルベド、いい加減にしろ…。──…サキさん」

 

《だいじょーぶですよ。私の[びるど]忘れちゃいました?》

 

《…取り敢えず設定だけしてみます。ですが、きちんと反映されるか検証もなしに…》

 

ほとんど無表情な少女が微笑(わら)ったのをモモンガは感じ取った。傍から見れば何も変わっていないのだが、一瞬だけ確かに微笑んだのだ。

死期を悟った者のように、優しげに。

 

《大丈夫です。何も問題はないですよ、きっと》

 

 

 

 

 

部屋から出るとセバスが心配そうな顔をして耳栓を取りながら音もなく駆け寄ってきた。スキルも使わずにどうやって音を殺してあんなに速く歩けるんだろうか…。

 

「夜想サキ様。何やら不穏な物音が聞こえてきたようですが…」

 

「…[せばす]、何も心配はいりません。あなたは九階層の巡視をして下さい」

 

それを聞いたセバスは怪訝そうな顔つきになり、聞き返してきた。まぁ、何かあると思うわな。

 

「巡視、ですか…しかし──」

 

ここは無理にでも『はい』と言わせないと部屋から出てきたモモンガさんについて行ってしまうだろう。そうはさせん。

 

「──母からのお願いです。あなたは、このまま巡視を。[ももんが]さんと[あるべど]の姿が見えてもついて行かないように…お願い」

 

「っ…かしこまりました。ですが、一つだけ宜しいでしょうか」

 

「…?」

 

セバスは視線をそらして若干頬を赤らめて静かに告げた。なにこのかわいい生き物。

 

「…それは()()()と愚考致します…母上」

 

思わず撫でて…やりたかったが身長差があって届かない。しょうがないので軽く跳んで撫でてやった。

 

「それじゃ、他の[めいど]にも同じように伝えてね。私の可愛い子供」

 

そしてそのまま指輪を使って言い逃げ。やっといてかなり恥ずかしかったのは秘密だ。

 

 

 

 

 

指輪で一瞬で六階層の円形闘技場(コロッセウム)へと辿り着く。そう、今は円形劇場(アンフィテアトルム)ではない。これから始まるのは演劇ではないからだ。

 

それは親子喧嘩という名の死闘。

 

──って格好付けたのは良いけど、他の子供達に見せらんないし、体の性能もユグドラシルのままか確証はないし…へへっ、これ実はやべーんじゃね?

 

しかし、考えていることとは裏腹に心は酷く穏やかだ。最悪、子供達に殺されてもそれで皆が幸せなのであれば死んでも構わない。

 

()()()()()()()()()()()

 

ぶっちゃけ、こんな俺でも唯一残ったギルメンということもあってモモンガさんは大事に思っているはずだ。そんな俺がNPCに殺されたとあっては俺がどれだけ言おうと彼らの間に禍根は残るだろう。それは皆が不幸だ。特に俺は死に損だ。やってらんないね。

 

──…俺一人いなくなるだけで家族全員が本当に幸せなら出て行くのも吝かじゃないんだけどねぇ…。

 

しかし、そんな簡単に済むわけがない。そして、アルベドは俺を殺したいほど鬱憤が溜まっている。話し合いだけで解消するならそれに越したことはないけど、あの様子じゃ話は聞いてくれそうにない。もしかしたら、タブラさんが最後に『余計な一言』を言った可能性もある。

 

──《皆飽きてやめちゃったのにモモンガさんもよくやるよなぁ》

 

あゝ、やだやだ。想像したらアルベドのあの怒り具合からマジで言った可能性が高くなってきた。もー、ほんと。()()()()()()のギルドだぜ。

 

そんなことを考えていたら闘技場の真ん中まで来ていた。普段ならあの双子がすぐに出迎えに来ただろうけど、残念ながら今は地上で作業中だ。まぁ、これからのことを考えたらそちらの方が都合がいい。

 

〈伝言〉(メッセージ)。サキさん、聞こえますか?》

 

《はいはい。なんでしょう》

 

頭の中で糸が繋がる感覚に集中すればモモンガさんの声が聞こえてきた。問題がなければ設定が終わったのだろう。

 

《コンソールが出ないので玉座でマスターソース開けるならいけるかと思って試してみたところ、設定は出来ましたが…急な無茶振りは止めて下さいよ。完全にユグドラシルの感覚で頼んできましたよね?》

 

《ああー…その通りです。申し訳ありません》

 

そういや、コンソールが出ないのすっかり忘れてた。コンソール開けないんじゃ、現場で設定変えられるか分かんないわな。ていうか現実でマスターソース開けるのか…。

 

《まぁ、それはいいです…アルベドと戦うんですか?》

 

《可能性は高いでしょうね》

 

《…モード設定がきちんと反映されているか分からないのに、本当に戦うんですか?》

 

《ただの親子喧嘩ですよ》

 

《生き返れるかも分からないんですよ?やっぱり今からでも…》

 

《あたしゃまだ死ねねーし、我が子に殺されるほど落ちぶれてねーわ》

 

モモンガさんの言葉が止まる。そう、こんな序盤で死ぬわけにはいかない。これから素敵な家族ライフを始めるのだ。死ぬには早すぎる。そう考えたらテンションアゲアゲだな。現実(リアル)での所業なんてクソ食らえだぜ。

 

《仮に死ぬとしたら十分家族[らいふ]を過ごしてからだぁね》

 

《…ハアアアァァァァ…》

 

特大のため息を吐かれた。なんかゲームが現実になってからため息の数多くなってないか。

 

《そんなにため息ばっかだと禿げるぞ…禿げだったわ》

 

《ハゲじゃねぇよ!?…あー、もう。分かりましたよ。今からアルベド連れてそっち行きます。あと、なんかセバスが行ってらっしゃいませって凄いあっさりしていたのが気になるんですけど…何かしました?》

 

お、ちゃんとお願い聞いてくれたみたいだな。偉い偉い。

 

《九階層の巡視してね、ついてっちゃ駄目よって母親として頼んだらそれはずるいですよ母上って言われましたよ。うへへ》

 

《え、いやちょっと。一人だけズルくないですか?あと笑い方キモい》

 

ふっ、なんとでも言うが良い。結局のところ、勝者は俺なのだ。

 

《ふふー。なんとでも言うが良い、勝利者は私だ》

 

《くっ…この問題児(ビッチ)が…!》

 

《お父ちゃん元気出しな!》

 

《お父ちゃん言うなや、この豚野郎(ファッキンビッチ)!》

 

《おっほ。新しい[ぱたぁん]っすな》

 

《うぜぇ》

 

《どいひー》

 

こんな冗談の言い合いも出来なくなるかもしれないと思うと寂しくなるな。それとさっきから死亡フラグ乱立している気がする。まぁ、でも悪いフラグっていうのは──

 

──へし折るもんでしょ。

 

 

 

 

 

さて、モモンガさんと凄い形相で睨み付けてくるアルベドがやって来た。もう、アルベドったら()()()()()。バレたからもう隠す気ゼロだなぁ。

因みにヘルメス・トリスメギストスは装備していなかった。そんな時間も無かっただろうしね…まぁ、着けていても俺の前じゃ意味無いんだけどな。

 

「どうもどうも、[ぎるど]長。早速ですが[あるべど]と()()で話し合いたいので貴賓席で見ていて頂けますか」

 

「会って早々それですか…ハァ、分かりましたよ。アルベド、命令だ。サキさんと話し合いなさい」

 

「……ハッ。かしこまりました」

 

アルベド。気持ちは分かるけどそんな嫌そうな顔しないで。ガラスのハートが傷付くじゃないの。

 

《〈伝言〉。心臓に毛が生えている奴が何言ってんだか…》

 

《[ぎるど]長。空気読んでね》

 

《お前にだけは言われたくねーよ問題児(クソビッチ)!》

 

さて、そんなアホなやり取りをしている間にモモンガさんが貴賓席に座る。おや、いつの間にかアルベドがバルディッシュなんか手に持ってますねぇ…気ぃ早過ぎじゃね?

 

「…[あるべど]…まぁ良いでしょう。それで何故私のことがそんなに憎いのですか?」

 

「…敵に馬鹿正直に胸の内を晒すアホがいるか、このマヌケ」

 

はいキター!伏線回収乙であります!

 

──…つまんねぇし、無理矢理感しかねぇな。いやでも本当に似たようなこと言うとは思わなかった。ちょっと哀しい。

 

真面目な話、絶対タブラさんのせいだろこれ。殺る気満々じゃん。髪なんか逆立てちゃって、どす黒いオーラが滲み出てるし。バルディッシュを持つ手に力が入り過ぎて()()()()と音を立てている。話し合いって雰囲気が微塵も感じられねぇ。モモンガさんの命令聞いてたでしょうが。

 

──…そういや、あのバルディッシュもタブラさんが一生懸命作ったんだよな…あー、練習モードとはいえ()()のは忍びねぇなぁ。

 

とはいえ、アルベドのビルドはガチガチのタンク(盾役)だ。普通に戦ったら俺のスキルも多分【パリィ】してくる。タイミング合わせられるとカウンターも飛んでくるんだろうなぁ。

あ、唐突だけど分かったわ。これ、拳で語り合おうぜって意味の話し合いじゃね?だからバルディッシュも取り出すし、モモンガさんの命令もちゃんと聞いてますよってことじゃね?

 

「…まぁ、聞かなくても理由は何となく分かりますけどね。私が死んで気が晴れるならそれもいいでしょうけど…」

 

「…それは潔くモモンガ様に命を捧げるという解釈でいいのね?」

 

「[あるべど]。あなた頭良いけど馬鹿ですね」

 

ドゴォン!!

 

──うおっほう!あんまりにも頓珍漢なこと言うもんだからつい癖で煽っちまった!

 

一瞬で間合いを詰めただろうアルベドがバルディッシュを振り下ろすまでコマ送りよりちょい速いくらいで見えていた。形相といい重圧といい、それがスローで迫ってくるのはちょっとしたホラーだった。

周りから見れば、アルベドがわざとらしく外したように見えたかもしれない。すぐ隣にでっかいクレーターっぽく陥没した地面が出来ていた。

 

《おい!話し合いすんじゃなかったのか問題児(ファッキンビッチ)!》

 

《いやー…つい癖で。まぁでも、これで少なくとも[あるべど]が相手なら傷一つつかないであろうことは分かりましたよ…おっそーい☆》

 

《うっぜぇ…これ終わったらぶっ飛ばすからな…》

 

不穏なことを呟く骨は置いといて、アルベドがヤバい。何がヤバいって頭に血が上り過ぎてバルディッシュをただただ振り回しているだけだ。周りが全然見えていない。こんなん【パリィ】するまでもない。

目の前に振り下ろされる致死の戦斧を軽やかに避け、薙ぎ払われる必殺の一撃が目の前を通り過ぎる。

戦闘時の体の性能も把握出来たことだし、スキルの性能を試すために虚空から『炎楼』を取り出す。初陣の相手がこの子っていうのが非常に悲しかった。でも、これないと武器破壊出来ないしなぁ。

 

「…ふん。私を殺すつもり?」

 

「殺さんよ。[すきる]──」

 

袈裟に振り下ろされる戦斧にスキルを発動させて刀を振る。()()()、と金属のぶつかり合う音が鳴り響いた。

 

「──【うぇぽんぶれいく(ウェポンブレイクⅤ)】」

 

高確率で相手の武器を破壊するスキルだ。俺の場合はそれにパッシブスキルで確率の上乗せをしている。通常の神器級(ゴッズ)の刀で行う場合は耐久値にもよるが伝説級(レジェンド)が対象で成功率8割といったところか。神器級が対象だとその半分以下だ。ヘロヘロさんも一応使えたが、種族特性やら種族スキルやらのが強かったためあんまり使っていなかったな。

以前の炎楼・改はそれの確率を上げて更に耐性貫通を確率で付与していた。つまり、低確率だが破壊不能も破壊するようになっていたのだ。流石に世界級は無理っぽかったが。

しかし、現在装備している炎楼・零式は世界級を取り込んでパワーアップした。

具体的に言えば破壊確率を前より更にアップさせ、神器級相手でも耐久値MAXだろうが確定で破壊させ、耐性貫通確率の確定化も付与。しかも、防御力無視のおまけつき。──一応、炎属性ダメージを任意で与えることも出来るのだが、そちらは本当にただのおまけだ。まともなダメージソースにならない。名前の由来でもある──下手すると世界級も壊せるまさにぶっ壊れ武器と化したのだ。勿体無いから世界級には使わないけどネ。

因みに鞘もセットで世界級になっている。多少のHPリジェネ(自動回復)と不利な状態異常の効果時間が1/3になる程度で言ってしまえば破壊不能が付いただけの棒だが。

それでも防御に回せばいい感じに防げるし、殴れば結構な威力がある。元のパワーがなさ過ぎて牽制くらいにしかならないけど。まぁ、つまるところ──

 

バギャンッ!

 

──嫌な音を立ててアルベドのバルディッシュが粉々になる、と。アルベドは突然重みが消えた右手を呆然と眺めている。そうなるだろうな。でも、曲がりなりにも今は戦闘中。こっちの話も聞かずに暴れ回る子に折檻は必要だろう。

 

ゴン!と返す刀の峰でアルベドの側頭部を叩く…あれ、ちょっと待って。結構な力を込めて、しかも両手持ちで叩いたんだけど微動だにしねぇ。出血すらない。

 

──…防御貫通してるはずなのに全然効いてねぇ…いや、これは。

 

「…スキル【イージス】。でも、使うまでもなかったようね…警戒して損したわ」

 

アルベドの手が俺の頭を捕まえようと迫って来ていたが、抜け目なく鞘を拾いつつ下がって躱す。あっぶねぇ、捕まったら間違いなくスプラッターになってたわ。

 

「全く、本当にちょこまかと…鬱陶しいったらないわね」

 

そう言って取り出したのは一本の杖。あれはギンヌンガガプか。

 

「…私に世界級は通じませんよ?」

 

「そんなことは百も承知よ…でも、流石にこれは壊せないわよね?」

 

美女が口を三日月?だっけ?のように釣り上げて嗤うと本当に不気味だった。まぁ、確かに世界級は勿体無いから試し撃ちはしたくないけど、それで殴るつもりか。

 

「…確かにそれは()()()()()けど…」

 

《ちょ、ちょっと!まさか世界級も壊せるようになったんですか!?》

 

《いきなり何ですか、もう…多分ですよ、多分》

 

《…なんてもの生み出したんだ、あんたは…しかも、それを容認する運営はマジでクソだな…》

 

それは否定しない。まぁ、最終日だったから大目に見てもらえたのかもしれない。そもそも、耐性貫通も俺の破壊性能アップがあってこそだ。他の人だと破壊不能オブジェクトである壁や岩が精々で、ここまでぶっ壊れにはならない。ていうか、破壊不能オブジェクト一つ一つにも耐久値が設定してあったことを思い出した。まさか、世界を壊す世界があってもいいとか考えてたんじゃ…マジで運営はクソだな。

 

「…どうやら貴様を殺すことが出来そうにないのは業腹だけれど…精々『嫌がらせ』をさせて貰うわ」

 

「…え、いやちょっと待って…まさか──」

 

アルベドが初めて俺に向けて心からの笑顔を見せた。それは微笑み。しかし、心にあるのは嘲笑の二文字。

 

「──その『まさか』よ。()()()()()()()()()()を貴様も味わうといい」

 

そう言ってアルベドは全力であらぬ方向へ走り出した。その先にあるのは7階層へ繋がるゲートがある箇所。

 

「くぉるぁあああ!!待てええぇぇい!!」

 

「誰が待つか!貴様が大切そうにしていたあの部屋を()()で壊してあげるわ!」

 

──ぐうぅぅ…!そう来たか!

 

アルベドは俺が丹念に作り上げた癒やしの空間を破壊することで溜飲を下げようと目論んできた。やっぱこの子頭が良い。少しやり合っただけで俺の弱点を把握しやがった。

俺は避けたり、それを活かして場を引っ掻き回すのは得意だけど守護(まも)るのは超苦手だ。急所といっていい。防御力と腕力がなさ過ぎて、敵の足を止めることができない。具体的には相手の装備を破壊することと避けること以外ほとんど何も出来ないため、素っ裸になろうが構わず突っ込んでこられるとどうしようもなくなるのだ。

 

《サキさん、これ以上は流石に見過ごせません。先に転移して部屋の前にいますね》

 

《あぁぁ!有難う御座います!お願いします!》

 

部屋を壊されること自体は、本当は止めてほしいがそれで何もかも上手く収まるならしょうがないか、で終わらせられる。非常に、堪らなく、誠に、本当に遺憾ではあるが。

でも、モモンガさんは違う。俺が大事にしていたことは知っているし、それを壊されるのは俺以上に我慢出来ないだろう。あの人は昔からそうだった。ギルメンが大切にしていることを何より尊重してくれていた。

あの子が俺の部屋を壊したらモモンガさんはアルベドをきっと赦さない。そうなったらあの子も壊れてしまう。俺の素敵な家族ライフが()()だ。

 

──出来ればあの人がいない間にタブラさんが何か言ったか確認しときたいね。

 

本当に想像通りだったら今度はモモンガさんも壊れちまう。いやー、はっは。綱渡りすぎて笑うしかない。まぁ、でも何とかするしかない。

 

一滴の冷汗が額から顎にかけて流れ落ちる。嫌な汗が背中をじっとりと湿らせる。沈静化のお陰でそれがしっかりと感じ取れるのが癪に障る。前方にはアルベドの背中が見える。敵の弱点を突くことが出来るためか、腰の翼が()()()()と愉快そうにはためいていた。

 

──全く、こんなに陰気な子だったのかねぇ。

 

それは煽ってしまった鬼の姫(おっさん)が元凶なのだが、それには気付かない。問題児たる理由がそこには在った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《クソ運営は本当にクソですね》

 

《同意》

 

《…アルベドは大丈夫なんでしょうかね》

 

《…私らが何とかするしかないよ》

 

 

 

──つづく。

 




嫌がらせに走るアルベド。胸中は泣いて追いかけるおっさん。迎え撃つ魔王。明日はどっちだ。


━━━オリ設定補足━━━

・PvP練習モード
文字通りスキルやアイテムなどの試し撃ちなどを行うためのモード。練習終了後は消費したアイテムや壊れた装備、死亡キャラ、消費経験値、リキャストなどなど全てが元に戻る。召喚したNPCも勿論消える。
防衛の根幹に関わってくるため設定はギルマスのみ行える。転移後に変化があったかは今のところ不明。

・ウェポンブレイクⅤ
武器破壊系アクティブスキル。確率で武器破壊。
使用武器により確率が変わる。

・炎楼・零式
作中で大体説明しましたが、結構なチート武器。唯一、世界級を破壊できるポテンシャルを秘める。炎属性攻撃付与は本来は10位階相当だが、使用者の攻撃力と魔力依存のため、鬼の姫(おっさん)の場合は…普通の火球(ファイヤーボール)ぐらいですかねぇ。
因みに防御無視がなかった場合は()()()()に一切ダメージが入りません。

・イージス
名前的にダメージカットじゃないかなぁ、と。細かいカット率は意味がないので考えてないです。


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本編10─家族面談が大体終わったらしい(2)

三話に分けて書く羽目になりそうでしたが、何とかまとめることが出来ました。流石アルベド…。

終始、オリキャラ視点です。


そこは煮えたぎる溶岩が流れる灼熱の階層。光源はその溶岩のみで常に薄暗く、灼けるほど熱せられた空気は生物が足を踏み入れたならばたちまちに命を燃やし尽くすだろう。

そんな極限の場に全速力で駆け抜ける美女と美少女の姿があった。

 

「待ってぇ!お願いだから話をおぉぉ…!」

 

「くどい!!」

 

アルベドと鬼の姫(おっさん)だ。アルベドは鬼の形相で肩越しに振り向き、鬼の姫(問題児)を威嚇する。

鬼の姫(変態)は無表情だが叫ぶ声は今にも泣きそうなほどで、他の子供(守護者)達が聞けばその痛ましさに涙を流すだろう。しかし、問題のアルベドがその声に心地良さを感じていたのはきっと気のせいではないだろう。

 

──くっそー!さっぱり話を聞こうとしねぇ!つーかルビ!失礼だろ!

 

事実である。しかし、ここで問題なのはこの階層はデミウルゴスが守護する階層ということだ。彼に見つかるのは時間の問題と思われる。幸い、今はまだ自動ポップするモンスター(益虫ども)にしか遭遇していない。

()()()にも意思はあるようでアルベドと姫が通るたびに跪いていたりしているがおっさんにはまぁ、どうでもいいことであった。

 

──不味いまずいマズい!このままだとデミウルゴスの住居である赤熱神殿を通る!あそこには三魔将がいる!

 

「ぐ…も、[ももんが]さんが悲しむぞぉ!」

 

モモンガさんの名前を出した途端に()()()、とアルベドの足が止まった。よし、理由は何でもいい!このまま押し通る!

 

「煽ってしまったことは謝ります!まずは話を──」

 

「──屑が偉大な御名を使うな、と言ったはずだけれど?」

 

──…全然話聞いてねぇ。

 

今のアルベドの顔は見えない。しかし、般若の如き相貌であることは容易に想像できる。身体が()()()()と震えており、我慢できないほどの憤りが全身を駆け巡っているのだろう。

美人の面影が欠片も残っていない顔がゆっくりと振り向いた。

 

「…ウザったいったらないわ。貴様は何故そんなにのうのうとしていられる?…私が貴様の子供?ハッ、笑わせるな。なら何故タブラ・スマラグディナ様…いや、()()()が私を捨てた?貴様が私の親代わりということか?…巫山戯るな!創るだけ創っておいて飽きたから捨てるのか!()()が貴様の言う『親』か!!」

 

「っ!」

 

──…参ったな…耳が痛い。

 

あゝ、悪い予想というのはどうしてこうも当たるのだろうか。とんだ置土産だと思う。まぁ、『こんなこと』になるなんて誰も想像すら付かなかっただろうから、仕方ないといえば仕方ないだろうが…勘弁して欲しい。

 

眉間にしわが寄った金色の双眸がこちらを鋭く射抜く。()()()、といたずらに歯を噛み鳴らすような苛立ちを顕にし、肩で息をするほど興奮している様は解き放たれる寸前の矢を思い起こさせた。ちょっとした()()()でその手に持つ秘宝の力がきっと解き放たれる。効くか効かないかは関係なくこの辺り一面を吹き飛ばし、智謀の悪魔ないし三魔将が何事かと飛んでくるだろう。そうなれば事態が余計ややこしくなるのは目に見えている。

時間を掛けるわけにはいかず、かといって妙案があるわけもなし…親子かどうかは一旦諦めて、()()()()()話すしかないかもしれなかった。

 

「言い訳はしません。しかし、あなた達の知らない真実というものがあります。まずはそれを聞いて欲しい」

 

「…それが言い訳でなくて何が言い訳か問い詰めたいところだけれど…。──いいわ。いい加減に鬱陶しいし、話を聞かせたら二度と()()の前に顔を見せるな」

 

──何にせよ、これで話が出来るか…。

 

アルベドの含みのある言い方は気になったが、まずは話を聞いてもらわないとそれこそ話にならない。

とはいえ、こちらの話を信じてもらえるかどうか、だ。そもそも、右の耳から左の耳へ聞き流されてはたまったものではない。ここからは骸骨の魔王(モモンガさん)と一緒に話したほうが良いと思えた。

 

「…では、私の部屋で話をしましょう。他の者たちに聞かせることは出来ません」

 

「ハン、そう言うと思ったわ。お断りよ」

 

──…はい?

 

蔑むような視線を送ってくる目の前の美女を改めて見やった。眉間には相変わらずシワが寄っており、攻撃的な姿勢は全く変わらずギンヌンガガプ(広域破壊武器)をしっかりと握り、油断も隙も見せない。

 

「どうせモモンガ様を誑かして口裏を合わせてもらうつもりだろう?…ここで話せ」

 

見抜かれている。誑かすことなど一切ないがやはり、ある程度は口裏を合わせたかった。いくら現実(リアル)の話を包み隠さず話すとはいってもメンバーの心模様はモモンガさんでは負担が掛かるし、何より()()()

この子の様子を見る限り、モモンガさんが本当に求めているものを計り兼ねているだろうし、まずはそこからいくべきか逡巡する。考えている時間はないのだが。

 

「…どうした?やはり一人では何も話せないのか?」

 

「…長が本当に求めているものから話しましょう。長は『愛』を求めている…愛されることを欲しています」

 

『愛』の一言に()()()、とアルベドの眉が反応した。愛せよ、と命令されたも同然だから当然か。心なしか腰の翼が小刻みに震えている。

 

「…しかし、それは命令して与えられるものでもありません。また、愛と一言で言っても様々です。自愛、友愛、情愛、家族愛、博愛、異性愛…今現在、最も欲しているのは恐らく友愛…つまり、[ぎるどめんばあ]です」

 

「…あ?」

 

生温い風が突風の如く体の表面を荒々しく撫でていった。()()、と杖を握る手に力が篭もる。しかし、どれだけ怒気を発しようと脅そうと迫力を込めても通じはしない。全くもって意に介さず、話を続ける。

 

「落ち着きなさい…あくまで()()、です。何年掛かるかは分かりませんが、いずれは『踏ん切り』をつける時が来るでしょう…その前に()()()を見てもらえるかは[あるべど]次第です…ああ、それと私は彼に恋愛感情は持っていませんから。その訳もこれから話しましょう」

 

疑わしさや訝しさ、いかがわしさが多分に入り混じった複雑な感情が込められた視線が向けられる。少なくとも興味は持ってくれたようだ。モモンガさん関係の話から進めて良かったかはまだ分からないが。

 

「…まず、私達[ぷれいやあ]は厳密に言えば[ゆぐどらしる]の住人ではありません。本来の姿を持つ世界というものがあり、私達は()()現実([りある])と称しています。そして、その現実では私は男性でした…長も男性です」

 

「…」

 

金色の瞳に疑わしさが増した。しかし、拒絶することなく顎をしゃくり、続きを促してくる。警戒心は未だ高いが…まぁ、まずは話をしてからだからな。

 

「…現実での私達はとても虚弱でした。それこそ、人間の如く。そのくせ、現実はとても酷い世界でした。しかも、死ねば生き返ることも叶わない世界。そこは毒の空気に覆われて道具が無ければまともに息をすることも出来ず、飲料も食事も全てが人工的で家畜の餌以下。ほとんどが一部の支配層にこき使われる毎日…そんな地獄の中で癒やしを求めて[ゆぐどらしる]に降り立ったのが私達[ぷれいやあ]です…そして、長を始め[ぎるどめんばあ]が集い、()()が生まれたのです」

 

「…」

 

アルベドは大いに不機嫌なオーラを発して考え込んでいる。何か不味いことでも言ってしまったのか不安に駆られる…あ、沈静。

 

「…つまり、私達は貴様らを癒やすための使い捨ての玩具だった、と…?」

 

──あー、そう来たか。ある意味正解だ、なんて言えねぇし言いたくねぇ。言ったら自分の首を折るわ。

 

難しいところだ。しかし、ここは一つのターニングポイントであろうことは間違いない。踏み外せば取り返しが付かなくなるだろう。肝が冷えっぱなしだった。沈静化も立て続けに起こるほど緊張の糸が張り詰める。

 

「いくつか訂正しましょう。まず、使い捨てなどではなく、そのような想定はしていません。また、玩具でもありません。あなた達は私達の最高傑作…。──とは言っても納得は出来ないのでしょうね…」

 

顔を見れば明らかだ。冷めた目でこちらを見据え、皺が寄りっぱなしの眉間は疑いを色濃く表していた。何より、不機嫌と敵意の感情が少しも和らいでいない。怨恨は根深そうだ。

 

「当たり前だ…最高傑作ならば、何故『飽きて辞めた』などと言える。何故モモンガ様を哀しませる…何故モモンガ様を蔑むことが出来る!!」

 

──…は?

 

この娘は今、何と言った。蔑むとはどういうことだ。()()()()()()()()()()()()()

ナザリックに全ての愛を注ごうとする彼──彼女でも我が家を護って維持してくれたギルド長(モモンガさん)には多大な恩を感じていたことは間違いなく、そんな恩人であるモモンガさんを蔑むなど戯けたやつがいるなら何をしてでも訂正させるだろう…俺はちげーよ?煽るのは反応が楽しいからだよ?ていうか、モモンガさんも楽しんでいる()()があるし。

 

「…()()()はなんと言っていたのですか?長には決して言いません。言ったら自害すると約束します。──教えなさい」

 

「…()()()は『皆飽きて辞めちゃっただろうに、モモンガさんもよくやるよ。今更、顔なんか出せないでしょうにあんな『めえる』まで送って…もう終わっちゃうんだからモモンガさんも他の『げえむ』に来ればいいのに』などとほざいていたわ…意味はところどころ分からなかったけれど、()()を捨てる意志とモモンガ様を嘲笑しているであろうことは分かったわ」

 

──あんの野郎…いつかぶっ殺す。

 

心の奥にいつか仕舞った黒い()()()()としたものが顔を出した。沈静化のお陰で蓋はされたが、残り香のようなものが漂っていて気持ち悪かった。

これはもう言葉を濁しても伝わらない。俺の頭では全部話すしか方法がない。壊れてしまったら…俺も壊れてしまうかもなぁ。

 

(あいつはいつかぶっ飛ばす)…そうですね…何から話せばいいのやら…。──これから話すことに大いに衝撃を受けると思います。いいですか」

 

「今更何を…」

 

「先程は人間の如く、と言いましたが私達は元々()()()()。そして、[ゆぐどらしる]とは[げぇむ]…遊戯の世界なのです。昨日で[ゆぐどらしる]は『終わる』はずだったのです…」

 

初めてアルベドの顔に驚愕の感情が表れた。金色の目は大きく見開き、口は半開きのまま何も言葉が出てこない。()()()、と杖が落ちる音が届いた。

 

「ば、ばかな…」

 

「そして、あなた達は元々予め設定した[るぅちん]を辿る人形でしかなかった…なにかの奇跡か、今こうして生きていますが…。──これは言い訳ですが、人間は人形遊びに飽きたら別の遊びを始めます…しかし、生きていると分かれば、決して離れはしなかったでしょう。あなた達に捧げた時間は膨大です。それほどまでに愛情を込めて創ったことは紛れもない事実…[しょっく]もあるでしょうが、どうかそれだけは分かってほしい」

 

アルベドは衝撃から立ち直れず、()()()と膝をついた…このまま壊れてしまわないか心配でしょうがないなか、空気の読めない骨…いや『救世主』から頭の中に一本の糸が届いた。

 

《〈伝言〉。どうしました?随分、時間が掛かって──》

 

《[ないす]!今すぐ七階層の神殿手前まで来て![はりぃ]!》

 

《ど、どうしたんですか、そんな食い気味に…》

 

《いいから!手遅れになってもしらんぞぉ!》

 

自分の()()()()を棚に上げて魔王を急かし、その魔王は何なんだ一体…と呟きを残して、頭の中の糸が切れた。アルベドを見やれば、もう自分でもどうしていいか分からず混乱している。感情が()()()()と渦巻いており、これを打開出来るのは魔王に掛かっている。自分のことは棚上げ、問題児たる所以の一つだった。

 

 

 

 

 

「何なんですか、もう…って、どうしたアルベド!?」

 

頭の中の糸が切れた後、少しして救世主(モモンガさん)が現れた。救世主はアルベドが膝を付き、()()()()と震えている様を見つけて驚愕の声を上げる。その声にアルベドが反応し、()()()と顔を上げた。

 

「う、うあああぁぁ!!モ、モモンガ様ああぁぁぁ!!」

 

顔を上げたアルベドはモモンガさんの姿を見つけると子供のように泣きじゃくりながら抱きつき、その美貌は()()()()()()になっていても尚衰えることはない。怒っているときとはえらい違うことに少なからず不思議に思った。

一方で突然、泣き出したアルベド(美人)に抱きつかれたモモンガさん(童貞)はおろおろと動揺するだけで、その様子は童貞丸出しだった。威厳の欠片もなかった。

 

《〈伝言〉!サキさん!何がどうしてこうなった!?》

 

《どうしようもなくなって俺達が元人間だってことと[ゆぐどらしる]が[げぇむ]だってことをばらしました》

 

《ハアアァァ!?なにやってんのこのボケエエェェ!!?》

 

《面目ねぇ…何とか[ふぉろぉ]をお願いします…》

 

眼窩の光が激しく燃え上がり、こちらを睨み付けた。気持ちはとても分かる。分かるけど、この人なら何とかしてくれるはず…!

あまりにも無責任な考えだが、事実としてこの場を丸く収められるとしたら目の前の魔王しかいない。問題児には荷が重過ぎた。

 

「…アルベドよ、まずは落ち着きなさい。ゆっくりと深呼吸するのだ…そう、そうだ」

 

泣き過ぎて過呼吸気味だったが、モモンガさん(愛する人)に優しく声を掛けられて徐々に落ち着きを取り戻した。まだ若干、ローブを握り締める手は震えていたが、何とか話は出来そうだ。

 

「見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳御座いません…ですが、今暫く…どうか、このまま…」

 

「う、うむ…何か不安になったのだろう。私は何処にも行かないから、安心しなさい」

 

そう言って、モモンガさんは優しくアルベドの頭を撫でてやった。なんてことだ、童貞なのにこのイケメン力…しかも偶然にもその言葉は、今のアルベドがもっとも掛けて欲しかった言葉だろう。すごい。本物だ…。

 

《すっげぇ…本物の天然()()()だ…》

 

《よく分からんけど、後で説教な。たっぷり絞ってやるから覚悟しろ》

 

『ぶっ飛ばす』じゃなくて『説教』ということはマジ説教だな、3時間…いや、状況が状況なだけに新記録の5時間いくかもしんねぇ。参ったぜ。

しかし、この安心感は半端じゃないな。この人ならマジで何とかしてくれる、と心の底から信頼できる。ただ、一つだけ懸念があった。アルベドが()()()()の言葉を言わないか、だ…まぁ、俺以上に言わないと思うが、その辺りもちゃんとケアしてやりたい。が、俺じゃあなぁ…。

 

「どれ、そろそろ落ち着いただろう…ここでは何だ。サキさんの部屋で話を…そんなに嫌そうな顔をするな」

 

「も、申し訳御座いません…ですが…」

 

「ごめんなさいね。話が落ち着いたら、代わりと言ってはなんだけど長の部屋を一緒に片付けてあげて下さい。物が散らかっちゃってて入るに入れないみたいですよ?」

 

その時、アルベドが一瞬だけ驚いたあと心からの『笑顔』を俺に向けてくれた。あゝ、モモンガさんをダシにして申し訳ないけど、この一瞬だけアルベドと分かり合えた気がする。骨だけにいい味が出たってか。うまい。

 

《うまくねぇよこのボケナス!!なに勝手なこと言ってんだ!!》

 

《うーん、でも見て下さいよ。この笑顔、裏切れますか?》

 

さっきまでの混乱や殺気はどこにいったのか、もう満面の笑みだ。現金なもので内心は子供のようにはしゃいでいる。まぁでも、一時的でも元気になってくれて良かった。本当に。

 

《う、ぐ…ううぅ…》

 

《良いじゃないですか。女性的な部分はほぼ完璧ですよ、この子。家事なんか[ぷろ]級って設定にあるんで掃除もあっという間ですよ、きっと》

 

()()()、と頭蓋骨が下を向いた。どうやら逃げられないと悟ったようだ。いや、絶対に内心嬉しい部分もあるはずだ。俺には分かる。

そんな、素直になれない魔王は()()()()顔のアルベドを立たせて問題児の部屋へと向かい、その部屋の主人はその後をついて行った。

 

 

 

 

 

時々、巡回しているメイドや巡視しているセバスに出会ったが、特に問題なく部屋へと辿り着いた。先程、アルベドによって粉々にされた座卓は綺麗に片付いていた。巡視しているセバスか各部屋の掃除の役割を持ったメイドが片してくれたのだろう。感謝しつつ、新たに同じような座卓を虚空から取り出して設置する。

雰囲気だけでも、とお茶菓子セットを取り出してその上に置き、各々が初期の位置に戻った。

 

「さて…話は聞いたが一応、どこまで理解したか確認をしておこう。アルベドよ、良いか?」

 

「ハッ…モモンガ様を含めた至高の御方々、及び[ぷれいやあ]は元人間で辛い現実から癒やしを求めて遊戯の世界であるユグドラシルへと降り立ち、各々が癒やされる空間を創っておりました。しかし、そのユグドラシルも終焉を迎える時が来たはずでしたが、何故か今のところ我々だけ存在することが出来ている…と、解釈しております」

 

『辛い現実』で反応しかける魔王。その気持ちは分かる。とても。思い出したくもない。

 

「う、うむ…そうだな。おおよそ、その通りだ。ゲーム、という言葉は理解出来ているか?」

 

「申し訳御座いません。遊戯、ということでしたら理解しておりますが、具体的には…」

 

「ふむ…そうだな。想像を箱の中に具現化したもの、と言えば分かりやすいか?そこでは自由に人物やモノが動き、私達はその中に専用の人物を創り、それを操って遊ぶ…いわゆる、『ごっこ遊び』だな。因みに運営、というのはその箱庭の管理者だ。私達は管理者の用意したルールや環境の中で遊んでいた…幻滅したか?」

 

首を振って否定するアルベドの表情は変わらない。現実を受け止めたか、モモンガさんがいるならもうどうでもいいと考え始めたかのどっちか、かな…ひどく穏やかな感情しかない。モモンガさんと触れ合えて落ち着いただけだろうが、ある意味、一番危ない状態だ。安心は出来ない。

 

「[あるべど]…遊びでも命を懸ける人はいます。そして、ここにいた[めんばぁ]達は皆が命を懸けていました。そして、生まれたのが最高傑作である[なざりっく]です…私は、どうあれ彼らには感謝しかありません。あなたは、どうですか。それでもやっぱり許せませんか?」

 

「…まずは、先程までの非礼を謝罪致します。誠に申し訳御座いませんでした。──モモンガ様や至高の御方々を非難するわけでは決して御座いませんが、人間であるならば多少の我侭は致し方ないのでしょう…ましてや、生きている世界は生き返ることも叶わない地獄、とのこと…心が荒むのも頷けるというものですわ」

 

許すか許さないかに対しての返事を一言も言っていないのが気になった。言葉では謝罪しているが非礼、とは思ってないだろうな。こっちとしても非礼とかそんなことは気にしていないが。

そんなことを考えていたら頭の中で糸が繋がる感覚がした。

 

《〈伝言〉。事実ですけど…心が荒むって何のことですか?》

 

「[ももんが]さん。この際、裏話は止めましょう。心が荒むっていうのは[たぶら]さんのことですよ。彼、最後にくそ運営に悪態付いていたらしいですから」

 

()()()、とアルベドにアイコンタクトを送る。聡明な彼女のことだ、何を言って欲しいのか瞬時に理解するだろう。問題は、言葉を知っているか、だが。

 

「はい。タブラ・スマラグディナ様は最後に『クソ運営、死ね』と仰っておりましたわ」

 

んなこと、一言も言ってないだろうに流石だな。微笑んで答えるアルベドはまさに名女優だ。

すれ違う二人の間で一つだけ一致していることがある。モモンガさんを傷付けるわけにはいかない、だ。メンバーに会うことを、出来れば戻って欲しいと願っているだろうモモンガさんにさっきのセリフは()()()。踏ん切りが付いたあとならばともかく、今はまだ聞かせるべきじゃない。

これで上手く誤魔化すことが出来れば御の字だが、この骨は気付くだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…(同感ですよ、タブラさん)…」

 

──…チョロすぎじゃねー?

 

いや、変に追求されるよりよっぽどマシだが、どんだけギルメンの影を追っているんだろうか。これは、踏ん切りが付くまで時間がかかりそうだ…アルベド、微妙な顔をするんじゃない。バレたら終わりだぞ。

上を向いて物思いに耽っているモモンガさんの目の前で目を細めて、口を()の字に曲げて不貞腐れているアルベドを睨み付けるとすぐに元に戻った。

 

「さて、それじゃあ…[あるべど]にも見せてあげようかな。()()を」

 

虚空から取り出すはアインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれた巨大な一冊の鈍器…もとい、『アルバム』だ。どれだけのこだわり()を以て創られたか、これを見れば一発で分かる。

 

「それは…?」

 

「『アルバム』…しかし、なぜ今?」

 

モモンガさんの疑問も最もだ。しかし、この子は未だにモモンガさん以外と向き合おうとしていない。俺に対する態度を見てもそうだ。落ち着いているのは、さっきも述べたがモモンガさんと触れ合えたからに過ぎない。

だが、これを使ってタブラさんのこだわりを教えたりモモンガさんと想い出話でも出来たりすれば、あるいは認識を改めてくれるかもしれない。

 

「[あるべど]…この一冊には、この[なざりっく]や[ぎるど]に関してほぼ全てが詰め込んであります。もちろん、あなたの紹介も…。──読んでみなさい。『愛』が垣間見れますから」

 

『アルバム』をアルベドに手渡して、読んでもらう。最初から自分の紹介ページを見るより他の子と比較してもらったほうが分かりやすいだろう。

 

「因みに右下の注釈○○○万円とは、()()にかけた額です。××万円が私達の一ヶ月分の平均的な給金。それも一緒に比較してみるといいでしょう」

 

「…えっ」

 

モモンガさんがこっちを見ている。なんでそんなこと知ってるのか、だって?計算したに決まってんだろ。データ読み込んでwiki漁って過去のイベントやら課金アイテムやらからおおよその金額を割り出したんだよ。キモくないから。ただちょっと熱心に調べただけだから。そんな目で見ないで。

 

「…長も一緒に見てみたらどうですか」

 

アルベドのページをめくろうとした指が止まり、()()()、とこちらを見る瞳に力が入る。もう、モモンガさんダシにすればうまくやれんじゃねぇ?骨だけに。

 

(うまくねーよ)…あー、もう…アルベド。こっちに来なさい」

 

「はいっ」

 

目一杯に顔を輝かせて()()とモモンガさんの隣に陣取り、肩を寄せて本を開いた。さり気なく胸も強調してるな…やりおる。モモンガさん(童貞魔王)もおっぱいに釘付けやで…。

傍から見れば初々しいただのバカップルだ。遠慮しようとするモモンガさんにここぞとばかりに攻め立てるアルベド。キャッキャうふふと楽しくいちゃついているのを微笑ましく眺めていた。

 

──…まぁ、無理に『親子』になる必要もないか。この子が()()()を望むのであれば、陰ながら応援してやるのが親心ってやつなのかもな…。

 

今のアルベドは本当に幸せそうだった。子供が幸せなら、それでいいじゃないか。

モモンガさんは最初こそアルベドの勢いに押されて慌てていたものの、ページをめくるたびに懐古して()()()()()()と話し始め、やがて饒舌になるまで時間は掛からなかった。アルベドが、楽しげに話すモモンガさんを愛おしそうに見つめているのが印象深かった。

 

 

 

 

 

結構な時間が経ち、やがてアルベドのページへ辿り着く。そこでアルベドは自分にも姉と同じくらいの膨大な量の設定が書かれているのを目の当たりにし、少しだけ驚いていた。それに気付いたモモンガさんに読んでみなさいと勧められて、熱心に読み始めたアルベドを二人はしばし見守る。ふとアルベドの裏設定を思い出し、読み終わった頃を見計らってアルベドの隣まで移動する。空気もだいぶ和んだし、いい塩梅の言い訳も思い浮かんだし、教えるにはいい頃合いだ。

 

「…夜想サキ様、如何なさいましたでしょうか?」

 

「ちょっと思い出したことがあって。耳を貸して下さい」

 

「何ですか、サキさん。俺に聞かせられない話なんですか?」

 

今後の生活の根幹に関わってくることだ、聞かせられるわけがない。モモンガさんが自分で気付いたならともかく、時期が来るまでこちらからは話せない。

 

「はい。[たぶら]さんから聞いたことですが、これは聞いた私はともかく[あるべど]以外に話すわけにはいかない内容です。誕生秘話ってやつですね」

 

「えぇ…俺も聞きたいんですけど…」

 

魔王が本気で落ち込まないでほしい。でも、モモンガさんにだってそういうのあるでしょう。誰にも話せないこと。

そう言うと骸骨の魔王は渋々ながら納得してくれた。もちろん、時期が来たらちゃんと話すからってフォローも忘れない。

 

「それじゃ、部屋の隅へ…そんな警戒しないで下さい。今更何もしませんよ」

 

なるべくモモンガさんの耳に入れたくなかったためにアルベドを部屋の隅へ移動させようとしたが、瞳の警戒心が凄かった。仕方ないけど、ここまで信用が無いと目の当たりにさせられてちょっと哀しかった。

モモンガさんにも促されたアルベドは不承不承部屋の隅にいる自分の隣へと移動した。

 

「それじゃ、耳を拝借…(あなたは、元々[ももんが]さんの伴侶となるために生み出されたのです。彼は[ももんが]さんが現実ではいつも独りだったためにせめて、と[ももんが]さんの好みに沿うように、より美しくなるようにあなたを創りました…しかし、心から楽しかった[ゆぐどらしる]が終わってしまうために彼は失意の中で自暴自棄になり、あのような暴言を吐いてしまったのでしょう…どうか、彼を許してやってほしい。あなたと[ももんが]さんが結ばれるのを誰よりも願っていましたよ)

 

「…」

 

それを聞いたアルベドは目を見開き、暫し固まっていた。やがて体が震え始め、心配になり顔を覗き込むと()()、と一筋の涙が零れ落ちた。

 

「わ、私は…何ということを…っ!」

 

顔は青褪め、()()()()と震える肩を潰れるかと思うほど強く抱き締めて、嗚咽が漏れ始めた。こういう時は…。

 

「[ももんが]さん」

 

「えっ、はいっ?ア、アルベドは一体どうし──」

 

「──(この子が大切なら今すぐ抱き締めるんだ。はよ)

 

魔王のもとへ駆け寄って囁くと、魔王の顎が外れるかと思うほどに開かれ、今まで聞いたこともない素っ頓狂な声が出た。この時を思い返すと今でも爆笑してしまう。

 

「…へぁ?」

 

(笑い死にさせる気ですか。手遅れになる前に、はよやれや童貞)

 

「ぐっ…(こんの野郎…覚えてろよ)

 

そう、捨て台詞を吐いて恐る恐るアルベドを横から抱き締めるモモンガさん(ヘタレ)。もっとガバッといかんかい。

アルベドはゆっくりとモモンガさんの胸に埋まり、やがて慟哭した。その声はあまりにも悲痛で、聞いているこちらも胸が引き裂かれる想いだった。

 

 

 

 

 

やがて泣きやんだアルベドの目は腫れ上がり、まだ沈痛な面持ちだったが何とか落ち着きを取り戻したようだ。

 

「…大変なご迷惑をお掛け致しました…誠に申し訳御座いません…」

 

「迷惑など。それより、どうですか。()のことは?」

 

余計に感情が沈んでいるが、俺としては何を言おうとされようと許すつもりだ。だから、たとえ許さなくても問題はない。ここにいないのは事実だし、彼が暴言を吐いたのも事実だ。この子には怒る権利がある。

 

「私は…とんだ過ちを犯してしまっていたようです…むしろ、許されないのは──」

 

「──はいはい、そこまで。理由はどうあれ、私達がほとんど来なくなったのは事実です。あなた達には恨む権利も許す権利もある。もちろん、[ももんが]さんにも」

 

「…」

 

さっきの話し合いでも言ったが、ここを護り維持してくれたのはモモンガさんだから言うまでもなく当然のことだ。来れなかった、または辞めてしまった、はたまた来なくなった自分達をどう思うかは自由だ。

 

「ですから、どうか顔を上げて下さい。それに、今一度()()()()()くれたのはあなたです…。──ごめんなさい」

 

「…っ!お、お止め下さい!私に頭を下げるなど…!」

 

「…サキさん」

 

一歩下がって、土下座をする。本来ならあの子達にも頭を下げなくてはならなかったのだ。ここに来なくなった者達の代わりに、愛する者達へ謝罪するべきだったのだ。寂しい思いをさせてしまってすまなかった、と。

いない者に恨みを言ってもしょうがない。ならば、いる自分が頭を下げるのは道理だ。

 

「…もういいでしょう。顔を上げて下さい…この子達の心労も考えましょうよ」

 

「負担を掛けるのは私だって嫌です…でも駄目です。これは()()()なんです。だから、後で全員集めて頭を下げます。そうしないと駄目なんです」

 

この頑固者め…と呟く魔王は置いといて、改めてアルベドと相対する。交わす視線には先程のような怨嗟はなく、ただ真っ直ぐに見つめ返す金色の瞳があった。

 

「[あるべど]、()()()()()()です。許してやって、とは言いましたが、ぶっちゃけ私としてはどっちでも良かったんですよ…落ち着いたら、じっくりと改めて考えてみて下さい」

 

「…そこまで仰るのでしたら…かしこまりました。改めて考えさせて頂きたく思います」

 

よし、これで一旦はケリがついたな。じゃ、恒例のやついきますか。

 

「ところで[あるべど]」

 

「はい、なんで御座いましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のことは『母』と「お断り致しますわ」」

 

ものっそい()()笑顔で断られた。予想と大きく違い固まってしまう。

 

「…プッ…クックック…」

 

隣のハゲ魔王がもらした笑いがやけに鮮明に聞こえた。

 

「な…なぜに…?」

 

「いやですわ。モモンガ様の伴侶となるのは私です。夜想サキ様が『母』では、まるでモモンガ様の伴侶のようで我慢なりません」

 

──…あぁー…そっかぁー…そう…なるかぁー…。

 

ということは今までの子たちはそう思っていたのだろうか。そうだよな。なんで気付かなかったし。というかこの子、あんまりこういう言い方はしたくないんだけど…普通はそこは『上の者』に譲るというか…なんか、やけに距離が近いというか。いや、それなら嬉しいんだけどさ。

 

「…んん?」

 

今度はハゲが首をひねる番だった。お返ししてやれ。

 

「ぷーくすくす。そこは気付けよ禿げ」

 

「やっ、夜想サキ様…あまりモモンガ様をお弄りになられやがるのでしたら、また先程のようなやりとりを繰り返すつもりか貴様…?」

 

()()()()と微笑みが引きつり、言葉も崩れ掛けている。なんだ、その言葉遣い。面白いぞこの子。

 

「ハッ…ハゲじゃねぇよ!?そこへ直れ問題児(クソビッチ)!今から説教だ!!」

 

「モモンガ様。僭越ながら私も加勢致しますわ」

 

「うへぇー…まじかよ…」

 

その時のアルベドの笑顔は今までで一番の輝きだっただろう。魔王(ハゲ)も心なしか楽しそうだ。

新記録間違いないな、とどこか()()()()としつつ、鬼の姫(おっさん)も楽しそうに微笑(わら)うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、何だかんだで上手くまとまったのかな」

 

「どこを見てる問題児(ファッキンビッチ)!反省が足りんようだな!?」

 

「モモンガ様。ここは私が」

 

「もう勘弁してぇ…」

 

 

 

──つづく。

 




流れ的にタブラさんには悪者になって頂きましたが、彼に悪気はありません。声のトーンやニュアンスの違いですね。
彼のファンの方には不快な思いをさせてしまったと思います。申し訳ありません。

アルベドはその時はプログラムだった故に、おっさんは頭が悪い故に、そこの違いに気付いていません。


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本編11─幕間らしい

おっさんが掻き回すせいでなんにも話が進んでいません。
いつもよりちょっと短めです。


オリキャラ視点のみです。


──ようやく説教が終わった…何時間経ったんだ…?

 

「…ハアァァ…」

 

柔らかな光に包まれた和室。そこに正座させられた美少女(おっさん)とそれを立って眺め、長いため息の真似事をする一体の骸骨(モモンガさん)とそんな骸骨を濡れた目で見つめる美女(アルベド)の姿があった。

 

「どうしたんですか禿げ。禿げるぞ禿げ」

 

「おまっ…まだ反省が足りんようだなぁ…?」

 

「この野郎、いい加減にしろ」

 

「アルベド。言葉遣い言葉遣い」

 

相変わらず煽る鬼の姫(おっさん)。全く懲りていない。時々、こうして煽るため長引いていることに本人は気付いていない…いや、分かってやっている節があった。

モモンガさんも最初こそただの説教だったが、途中から投げやりというかやり取りを楽しんでいた。旧知の仲といえる()がもうお互いしかいないのも拍車をかけていただろう。

そんな中、アルベドだけはマジ説教中だ。モモンガさんが楽しんでいる空気を感じ取っていたのか、そこまで激しくはなかったのだが段々と遠慮がなくなってきていた。青筋立てた笑顔でこの野郎とか煽り過ぎたかね。

 

「[ももんが]さん。そろそろ指輪を渡してあげたらどうですか?」

 

「!!」

 

「ちょっ、おまっ…」

 

突然、爆弾発言を投下するのもいつも通りだ。指輪と聞いたアルベドの表情といったら修羅の如く。一瞬だけ()()と目を見開き、首が滑らかな動きでモモンガさんの方へ()()()と動いた。

 

「モモンガ様…くふふ。ゆ・び・わ、で御座いますか?」

 

まさに聖母のような微笑みを浮かべて()()()、とモモンガさんにすり寄る。微笑みの仮面の下はどんな凄惨な笑顔が隠れているのやら。見ようによっては蛇が獲物に狙いを定めているようにも見えた。

 

「う、うむ…このリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを他の子たちにも渡す予定だが…あー、守護者統括であるアルベドから渡しておこうと思ってな」

 

「…(デスヨネー)…光栄ですわ。謹んでお受け致します」

 

この骨は相変わらずの童貞っぷりだ。そこは堂々と渡せばいいものを言い訳がましくしており、魔王然とした風格からすればみっともなかった。アルベドはちょっとがっかりしていたが、それでも何かをモモンガさんから貰えるのは嬉しいのだろう。微笑みは崩さないが、腰から生えた黒い翼は()()()()とはためいていた。

虚空より金色の指輪が取り出され、アルベドの手元へと──

 

「──[ももんが]さん、ちょいお待ち」

 

「どうしました?」

 

「…」

 

アルベド。邪魔したかったわけじゃないから、そんな殺気を丸出しにして睨まないで。今更だけど女性がしちゃいけない顔になってるから。指輪はちゃんと貰えるから。

 

「練習[もぉど]…解除しましたっけ?」

 

「…」

 

「…?」

 

固まったモモンガさんを不思議そうに見つめるアルベド。首を傾げてるその姿は、客観的に見れば淑女のような振る舞いとは裏腹にあどけなさがあってポイントが高い。これもギャップ萌えってやつか…?

 

「…あっぶねー、指輪が消えるところだった…忘れていました。今から解除に向かいましょう」

 

練習モードの盲点だ。全てがリセットされる(元に戻る)練習モードだが、モードの影響外の物を持ったまま解除すると影響下の全てがリセットされるが故に『それ』は電子の海へと()()()()()()のだ…現実となった今では時空の彼方か?

別の例だとアカウント消去が分かりやすい。消去前に渡して、そのまま消去すると渡したものも当然消える。それと一緒だ。

これは世界級(ワールド)アイテムですら例外ではない。以前、それで消えてしまったギルドが出てきて大騒ぎになったことがあった。その時の運営の対応はというと。

 

──…調べなかった方が悪い。アイテムはもう一回取り直して下さい、ときたもんだ。ほんとクソ運営は死ねばいいのに。

 

「モモンガ様、何か問題でも…?」

 

「ああ、アルベドは知らないのか。特殊な処理だからか…?──お前とサキさんは、今は練習モード状態のはずでな。解除しないままアイテムを受けとって、モードが解除されてしまうと()()が消えてしまうのだ」

 

「…そんなに青褪めなくても大丈夫よ。指輪は予備がまだまだあったはずだし…勿体無いけど」

 

その言葉にモモンガさんが、しっかりと頷いて同意した。昔から貧乏性なギルドなのだ。

 

 

 

 

 

玉座の間は何度来ても素晴らしいな。現実になってからより重苦しく感じるけど、何ていうか澄んだ空気が()()。神聖な場所特有の空気っていうのか、特に現実(リアル)と違って汚れていない感がとてもいい。

 

「すぅー…はぁー…」

 

「どうしたんですか。突然、深呼吸なんかして」

 

玉座に座ったモモンガさんが、不思議そうにこちらを見ている。アルベドは特に興味がなさそうだ。何やってんのこいつって冷めた視線が痛い。この温度差よ。

 

「厳かで澄んだ空気は素晴らしいと思いませんか」

 

「…ああ。アンデッドになったせいか意識しないと呼吸なんかしないので、気付きませんでしたよ…そうか、空気か…」

 

そう言ってモモンガさんも深呼吸し始めた。()()()()()の胸腔からダダ漏れしてそうだが。アルベドも真似をして深呼吸している。豊満な胸が大きく膨らんでいた。なんだこの子…さっきから行動がちょいちょい可愛らしい。狙ってやってんのか?

 

──さっきは()()()()()言ったけど、少し見直したぜタブラさん…。

 

「…はぁー…いい。良いですね、ここの空気。凄い澄んでますよ」

 

「でしょ?」

 

そう言ってお互いにもう一度大きく深呼吸する。アルベドも再びそれを真似る。何だこの集団…あ、家族か。

モモンガさんを見れば、満足したのかコンソールを開いて操作していた。アルベドは動かないようにしているが、その視線は興味深そうにモモンガさんの指の動きを追っている。

 

「…それじゃ、モード解除します」

 

()()と電子音が鳴り響く。

…さっき使ったスキルのリキャストはとっくに過ぎているから、特に変わった様子はない。怪我もしていないし、装備もランクが高いからか全く汚れがついていなかったために見た目も変化がない。

アルベドを見やると顔が驚愕の色に染まっていた。その手には先程破壊したバルディッシュが握られている。

 

「…練習モードは問題なく動作するようですね」

 

「みたいですねぇ…[あるべど]。()()は元の武器と全く一緒でしょ?」

 

アルベドは信じられないものを見つめる目のままにこちらを向いて頷いた。うむうむ。何だかんだ言って、タブラさん(生みの親)から専用にチューニングしてもらった大事な武器だものな。

 

「それじゃ、指輪を渡してあげましょ。その後にお待ちかねの部屋掃除です」

 

「うぇっ!?待ってねぇから!?」

 

「モ、モモンガ様は…アルベドのことがお嫌いなのでしょうか…?」

 

「えっ…あっ、ちがっ…!」

 

否定的なモモンガさんにアルベドが()()()()と金色の瞳に涙をためて詰め寄る。胸の前で手を組み、腕を使ってさり気なく胸を強調するのも忘れない。流石やで…。

詰め寄られたモモンガさんは相変わらずの童貞力を発揮している。眼窩に灯る赤い視線が上へ下へと忙しなく動き、()()()()と手を振ってジェスチャーしている。

 

「酷いなぁ[ももんが]さん。さっき[あるべど]と約束したのにもう忘れちゃったんですか?」

 

「ぐっ、こんの野郎…アルベド、そういう意味じゃない。美しいお前に汚い部屋を見せるのが戸惑われただけだ」

 

「く、くふー!!モモンガ様は私のことを清楚で美人な()だとお認め頂けるのですね!?」

 

ちゃっかり言質を取ろうとしてきた。守護者統括の名は伊達じゃない。俺としては二人がそれで幸せなら問題ないから何も言わない。信じられないだろうけど、煽っていい場面かどうかくらいはちゃんと考えてるんだぜ。いや、マジで。

 

「う、うむ…んん?いや、美人だとは思うが…妻かどうかを決めるときではないな」

 

(惜しい)…左様で御座いますか。伴侶に相応しくなれるよう、研鑽致しますわ」

 

聞こえてるから。本性を見られたせいで演技をする必要がないと吹っ切れたのか、遠慮が本当にないな。モモンガさんもどぎまぎしている。

こほん、と骸骨が仕切り直しの咳払いの真似事をして場を整える。それを聞いたアルベドも流石に姿勢を正して、仕事モードに入った。

 

「んんっ…それでは、アルベドにこの指輪を渡そう。これはナザリックの急所…つまり、これを渡すということは信頼の証ということでもある。今後の働きに期待しているぞ」

 

「有り難き幸せ…モモンガ様のご期待に添えるよう励んで参りますわ」

 

受け取ったアルベドは愛おしそうに指輪を撫で、左手の()()にはめた…もはや何も言うまい。本人が幸せそうにしているのだ、そっとしておこう。モモンガさんも諦めたのか、特に何も言わないな。本人は敢えてそこにはめてないのだから気づいてないはずがない。

似合ってるヨー!なんて囃したら歯止めが効かなくなりそうなので止めておこう、うん。モモンガさんもその辺は理解しており、さっきから眼窩に灯る光をぎらつかせてこっちを睨んでる。

 

「…それじゃ、部屋掃除といきましょ。ついでに何か使えそうなものとかも探してみるのもいいかもしれません」

 

「ああ、確かに。捨てられないアイテムを雑多に詰め込んでいるから時間が掛かりそうだなぁ…」

 

「モモンガ様、このアルベドにお任せ下さい。メイドほどではありませんが、私も妻として相応しくなれるように一通りの家事は万全ですわ」

 

なんだか()()()()といくなぁ。あの裏話は嘘じゃないから、まぁ親公認なわけで。それが後押ししているのかも。

えらく上機嫌なアルベドは今にも魔王(童貞)に抱きつきそうな勢いだ。

 

「う、うむ。そうか…それでは期待させてもらおう。指輪の試運転も兼ねて転移で行こうか」

 

「はいっ」

 

とか思っていたら抱きつきおったぞ、この子。大胆というか、モモンガさんも狼狽えているが満更でもなさそうなのが気に食わない。おっぱい当たってるぅ!とか考えてやがるな、このハゲ。

そんなことを考えていたら二人とも()()()()()()しながら消えよった。俺のこと忘れてるわ…。

 

──…ま、微笑ましくて何より。

 

バカップルに置いていかれ、背中に哀愁を漂わせながら転移する鬼の姫(おっさん)であった。

 

 

 

 

 

「んー…初めて入りましたが、そんなに散らかってないじゃないですか」

 

「そうですか?」

 

そこはナザリックでは標準的な部屋だった。豪華に設えた壁や絨毯、カーテンなど最初に設定した部屋のままの内装。大きく広いリビングに出迎えられ、奥には幅の広いクローゼットや大きなモモンガさんも余裕で映る巨大な姿見が壁際に鎮座している。

確かに雑多に箱に詰め込んだ武器なども散見されたが、足の踏み場もないほど汚いというわけではない。クローゼットの中がヤバイのか…?

 

「もっと()()()を想定してましたからね。この程度なら全然ですよ」

 

「…流石にそれは失礼では?夜想サキ様」

 

苛立ちを隠そうともせず、不快感をそのまま顔に出して苦言を申す守護者統括殿。突っかかるのは別にいいんだけど、フルネームで呼ばれたり使いたくないであろう敬語を使われたりと違和感があってしょうがなかった。

 

「…[あるべど]。[さき]でいいし、敬語も無理に使おうとしなくていいよ。別に不敬じゃないし、俺ももう普通に話すから」

 

「あら、そう?じゃあ、そうさせて貰うわ」

 

この変わり身の速さ、流石だね。モモンガさんなんか()()()としてるよ。なんで仲良くなってんの?って顔だ。骸骨だから見た目変わらないけど。

 

〈伝言〉(メッセージ)。サキさん、ズルくないですか?羨ましいぞチクショウ》

 

《そんな嫉妬しなくてもこの子は[ももんが]さんの『もの』ですよ》

 

《いや何ですか、()()って…そうじゃなくて、なんでアルベドが対等な会話をしてくれてるんですか》

 

《何でですかね…雨降って地固まる、みたいな?》

 

実は俺もその辺りの変化がよく分かっていないのだ。根掘り葉掘り話し合ったからか、喧嘩したからじゃないかなぁと思っている。この子が特殊なだけかもしれんけど。…モモンガさんには恋慕しているからしょうがない。でも、望めばその通りにしてくれるんじゃないか?この子の場合はその方が嬉しいと思うんだが。

〈伝言〉で話し合っていたら、それに気付いたアルベドがモモンガさんに話し掛けてきた。急に無言になったり不自然に目線を合わせてたりしたら、そら気付くわな。

 

「モモンガ様。()()とは何も御座いませんが…」

 

「[あるべど]。[ももんが]さんも普通に接したいんだってさ」

 

「えっ、いや…」

 

俺がフォローを入れてやるとアルベドは目を輝かせてモモンガさんに微笑んだ。

 

「まぁ…『予行演習』、ということで御座いますね?」

 

「う…ま、まぁ…何の予行演習かは置いといて、普通に接したい、とは思っているが…」

 

「素直になりなよ。この子には現実([りある])のことを話してるんだし、魔王じゃなくても大丈夫ですよ」

 

そうはいっても、なかなかモモンガさんの決心がつかない。守護者達の忠誠心が高いからそうしなきゃ、とかそう望まれているから、とか考えているのだろうか。まぁ、確かにそう望んでいる節はある。高い忠誠心から被支配欲とでもいえばいいのか、そういったものがあるのは感じていた。

子供達の『わがまま』は、なるほど叶えるのが親の務めだ。しかし、たまには親も『わがまま』を言っていいと思うぜ。

 

「そ、そう…ですかね?」

 

「モモンガ様の御心のままに」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。あんまり深く考えると禿げるぞ、この禿げ魔王」

 

「…こんの問題児(クソババァ)…俺はハゲじゃねぇ!」

 

モモンガさんが両腕を上げてキレ芸を披露してくれる。ベタだけど()()()()()でいいんだよ。アルベドみたいな本気で射殺すような視線とは大違いだ。そんなに睨まないでくれよ、照れるだろ。モモンガさんは律儀にキレ芸やってくれてるだけだから。

 

──他のギルメンだとマジギレするから、割と神経使ったなぁ…。

 

「[あるべど]、あんまり睨むなよ照れるじゃないの」

 

「…そんなに死にたいの…?」

 

「アルベド、止めなさい。問題児(こいつ)の発言にいちいち本気で突っ掛かってたら()()がないぞ」

 

流石だね、よく分かっていらっしゃる。殺意の波動を振り撒くアルベドとは対照的にモモンガさんは冷静だ。冷静過ぎて突き放してくるほどに。

やり過ぎるせいか、たまに凄く冷たいんだよね。とほほ。

 

「ところで[ももんが]お兄ちゃん」

 

「急にぶっこむの止めてくれません?…なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ部屋の掃除っつーか整理しません?」

 

「「お前が言うなっ!!」」

 

おお、流石夫婦カッコカリ。婚前から息ぴったりだ。これは早くも期待が持てますな。

思わず二人にサムズアップしてしまった。なんか虚空の向こうでマインドフレイヤーもサムズアップしてる。気のせいだな。

 

「誰のせいで整理が始まらないと…(ブツブツ)…

 

「おいたわしや、モモンガ様…いつも『こんなの』に振り回されておいでなのですね…」

 

「いや君も結構毒吐くね」

 

()()()と涙を流しながら嘆くアルベド。その視線の先にあるのは、()()()()と文句を垂れながら箱からひと振りの大剣を取り出すハゲ魔王(モモンガさん)の姿だ。

 

──なんか認知症を発症したみたいになってんぞ、大丈夫かこれ…って、んん?

 

なんかハゲがこっちに向かって構えだしたぞ。マジで発症したんじゃねーだろうな?アルベド、なんでこっち見てほくそ笑んでるんだお前。

 

「…こんのアホオオォォ!!──!?」

 

()()()()、と金属音が部屋に鳴り響いた。俺は何もしていない。アルベド、何もしていないんだだからそんな冷たい目で見ないで。

モモンガさんは振ろうとして落とした剣と空になった手のひらを交互に見つめている。どうやら、クラス適応外の装備で攻撃しようとしたら武器が勝手に滑り落ちたっぽい。玉座のコンソールといい、変なところで()()()()()()()な。

 

「…で、検証の結果はどうでした?」

 

「うーん…やっぱり、この世界は妙なところでゲームですね。剣を持つことは出来るみたいですが、攻撃しようとすると勝手に滑り落ちます。装備判定に引っかかるみたいですね」

 

「…え、と…」

 

アルベドだけ置いてけぼりだ。まぁ、そりゃそうか。俺に本気で攻撃を当てるつもりなら、あとたっちさんとウルさん連れてこい。本気になったこの三人のコンビネーションはパネェぞ。

それは置いといて、今のはモモンガさんなりのジョークだ。きっと。多分。え、そうですよね?なんで目をそらすんですか?ちょっと?

 

「ただの悪ふざけだよ、アルベド。この人に本気で攻撃を当てたいなら完璧なコンビネーションで掛からないと掠りもしないよ?」

 

「それこそ、たっちさんと[うる]さん連れてこないと無理だねぇ」

 

はっはっは、とお互いに笑い合う。文字通り、目は笑ってないが。

ていうか、どさくさに紛れてモモンガさんが魔王じゃない普通の声で話しているな。もしかして、ただ単に恥ずかしかっただけか?

当のアルベドは恍惚な表情を浮かべて()()()()していた。珍しい反応だな。

 

「…嗚呼。モモンガ様、素敵なお声で御座いますわ…魔王然としたお声も素敵でしたが、そちらのお声も…その優しさで満ち溢れたお声で『愛』を囁かれとう御座います…」

 

頬を染めながら()()()()と恥じらいでいる。動きが激し過ぎてちょっと引くわ。モモンガさんもたじろいで一歩引いてるんだけど、全く気付いていない。完全に自分の世界に入ってるみたいだ。

 

《…なんか予想と違い過ぎて…どうしたらいいんですか?コレ》

 

《本人は楽しそうだから良いんじゃない?ご要望通り『愛』でも囁いてあげては?》

 

《取り返しがつかなそうなので遠慮しときます…》

 

頬を染めて、いつまでも体をくねらせるアルベドの対応に困り果てた二人は途方に暮れるのであった。

()()()()と翼がはためく音だけが部屋の中で虚しく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでご結婚はいつですか?」

 

「え?なんの話ですか?」

 

「!!?」

 

「しっかりしろ[あるべど]!傷はあさ…あれ、意外と深い!?」

 

「私の遺体は…モモンガ様のベッドで…抱き枕代わりに…くふふー!」

 

「…ナンダコレ」

 

 

 

──つづく。

 




アルベドからすれば敬意を払うような人格者でもない。しかも元はただの人間。でも誠意はあるっぽいし、今のところはこの程度の対応で十分ね、みたいな。

━オリ設定補足━

練習モードについて

該当エリアでPvPが始まるとそのキャラは練習モードに移り、決着がつくかモード解除されるまで拠点内ならどこにいようと練習モードのまま。ギルド拠点から出ると強制解除される。因みに名称は非公式。


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本編12─皆に謝罪で『はちゃめちゃ』らしい

今度こそカルネ村!と思ったらカオス回に。
話が全然進まねぇ…どうしてこうなった。

オリキャラ視点です。


「とりあえず、こんなものですか」

 

骸骨の魔王(モモンガさん)の声音は明るい。意外と使えそうな『掘り出し物』が何点か見つかったのもあるが、それ以上に思い出のあるものがいくつも出てきたのだ。あの時はこうだった、その頃はどうだった、など楽しかった頃が思い出されて気分はいくらか高揚していた。そんなモモンガさんを見ているとこちらとしても提案した甲斐もあったというもの。

部屋の掃除というか整理自体はそんなに掛からなかった。元々、物が多いだけで散らかっている訳ではなかったし隣でモモンガさんに釣られて満面の笑顔を見せているアルベドの功績が大きい。

聡明で家事も一流という設定がなされているだけあって、あっという間に種類別にクローゼットにしまったり飾り棚に陳列したりしてしまったのだ。アルベドが整理してくれているなか、俺達は思い出を語り合っているだけだった。よくあるだろ?掃除してる最中に懐かしいものを発見してそれに気を取られてしまう事が。

 

──…それがちょっと熱心になってしまっただけさ、うん。

 

「そうですね…遠隔視の鏡(みらぁ・おぶ・ りもぉと・びゅういんぐ)辺りが一番の掘り出し物かもしれませんねぇ」

 

「試運転したら本当に周りは草原でしたしね…マーレとアウラの作業も大体終わってるみたいですし、あとでじっくり弄ってみましょうか」

 

屋外なら指定したポイントを距離関係なく見れるアイテムだ。便利そうだが、ちょっとした妨害魔法で簡単に遮断出来るためユグドラシルではほとんど使われなかった。しかし、外の様子を見るだけならかなり有用なアイテムであることに変わりなく、使いようによっては幅も広がるだろう。

だが、ゲームが現実になったことでこのアイテムにも変化があった。操作方法がまるで違うのだ。ゲームの時はコンソールから座標を指定して視点の移動が行えたのだが、今はそもそもコンソールが表示されない。どうすべきか四苦八苦しながら適当に弄ったら起動し、ナザリックの周囲が映りユグドラシルからの変化を目の当たりにして驚いた。()()()()と視点を回して試運転して(遊んで)いたらアウラ(子供)達の頑張ってる姿が映り、何とも言えない気持ちになって真面目にやろうと思ったのだった。

 

「その前に…家族(虫以外)全員を玉座の間に集めましょう。ちゃんと謝罪しなくては」

 

「…本当にやるんですか?」

 

モモンガさんの問いにしっかりと頷いて返答をする。これはさっき言った通り、自分なりの『けじめ』だ。ただの独りよがりかもしれないが、それでもこのまま()()()()でいくのは何より自分自身を許せないだろう。自分も子供達を悲しませていた要因の一つなのだ。それを思うと目の前にいる感情の読めない目で見つめるアルベドが堪らなく怖かった。

 

「[あるべど]…独りよがりなのは分かってる…」

 

「…正直に言えば私には分からないわ。でも、少なくとも私は…。──まぁ、好きにやってみたら良いんじゃないかしら?あなたも至高の御方の一人でしょう?」

 

…(いいなぁ)

 

モモンガさん、声が漏れてる。アルベドがすごい不思議そうな顔をしてるから。

それ()は置いといて、アルベドにそう言われるとなんだかむず痒い。何を言いかけたのか気になるが、後押ししてくれているのは分かった。

 

「よし、そうと決まれば善は急げだ。[あるべど]、皆を玉座の間に」

 

「あなたに命令されるのは釈然としないけれど…いいわ。それで?皆というのは全てのシモベでいいのかしら?」

 

()はどうでもいい。[ぎるめん]に創られた子達だけでお願い」

 

その時のアルベドは意外そうな顔をしていた。こちらとしても意外な反応に面食らう。何か変なことでも言っただろうか。

 

「あら、()人間にしてはちょっと面白い発想ね…分かったわ。『虫』以外、ね?」

 

そう言ってアルベドは妖艶な笑みを浮かべた。そんなにおかしなことかと内心で首をひねる。よく分からないが、再三の確認には答えておかねばなるまい。

 

「そ。『虫』以外、ね」

 

「了解よ。その上で重要なことが二つあるわ…第四と第八階層のシモベ達や警戒網に組み込まれているシモベについてよ」

 

ああ、なるほど。謝罪のことだけ先行しててそこまで思い至らなかった。ちゃんと確認を取ってくる辺りは流石アルベドだ。俺に褒められても嬉しくなさそうだが。

とりわけ八階層の子供達はこのナザリック防衛の要だ。今の状況であの子達まで呼び寄せるのは玄関や窓を開けっ放しにするのに等しい。誠に遺憾だが、あの子達に会うのは後日だろう。ガルちゃんはでか過ぎるし。

防衛網に関しては短時間なら虫で代用すれば問題ないんじゃないかと思える。流石に防衛に関することで自分が勝手に決めるわけにはいかないのでギルド長に伺いを立てる必要はあった。

 

「…というわけで[ももんが]さん的にはどう思いますか?」

 

「何が『というわけ』なんですか…まぁ、そうですね。四と八は動かすわけにはいかないし、警戒網に関してはデミウルゴスに一任していますし…防御に専念させて伝達を密にすることを徹底させれば問題ないんじゃないですかね?アルベドはどう思う?」

 

「不安は残りますが…脅威が見えない現時点ならば短時間であれば問題はないかと」

 

まぁいちいち脅威を考えていたら()()がないし、話も進まない。俺も『前』に進めないためにこれはどうしても外せない。なんだか乗り気じゃなさそうなモモンガさんは気になるが、デミウルゴスになるべく多く集められるようにしてほしいと頼んでもらうことにした。

 

「──…オッケーだそうです。一時間後に集まるように言っておきましたから、アルベドもそう伝えておいて」

 

「はい。それでは、モモンガ様。至高の御方に創造して頂いたシモベを玉座の間に一時間後に召集、ということで宜しいでしょうか?」

 

「うん、もうサキさんに任せるよ…」

 

「…かしこまりました。それでは、玉座の間に参集するよう呼び掛けて参りますわ…失礼致します」

 

そう言ってアルベドはモモンガさんに()()一礼して退室していった…まぁ、あの子はあんな感じくらいで丁度いい。それより気になるのはモモンガさんが投げやりになっていることだ。仲間外れみたいで拗ねてるのか?

 

「どうしたんですか?一人だけ上の立場みたいで拗ねてるんですか?」

 

「ちゃうわい!…なんかサキさんを責めてるみたいで嫌なんですよ。皆が来なく…来れなくなったのはサキさんのせいじゃないのに…」

 

ああ、なるほど。律儀な人だ。モモンガさんが気に病むことじゃないのに。しかし、リアル事情があったとしても()()()()()以上、それは言い訳でしかない。子供達やモモンガさんが寂しい思いをしていた事実は変わらない。

 

「そこまで深く考えなくてもいいと思いますけどねぇ…なら、一つ[ふぉろぉ]をお願いしますよ」

 

()()と人差し指を立てて提案する。お、なんかこの動きはデミウルゴス辺りがやりそうで格好良いな。

 

「フォロー…ですか?」

 

「はい。私が頭を下げれば少なからず皆が動揺すると思うんですよね。んで、[ももんが]さんが何かしら[ぱふぉうまんす]してどうか謝罪を受け取って頂戴なって言ってほしいんですよ」

 

魔王が腕を組んで考えている。あんまり乗り気じゃないし──よくよく思えば謝罪に乗り気もくそもねーわ──それなら、と代替案的な頼みごとをしてみたが…やっぱり駄目だろうか。でも、俺一人だと色んな意味で収拾がつかなくなりそうで不安なのよねぇ。

 

「ふむ…普通と魔王、どっちが良いと思いますか」

 

「魔王で」

 

「…根拠は?」

 

「大勢の前で普通に喋れる?」

 

「………」

 

「「無理だな((でしょ?))」」

 

その後、あれこれと相談し合っていたらなんだか謝罪会見を開くような感覚になっていたために、現実(リアル)みたいに()()()風に軽いものではないのだ、と今一度気を引き締める。

 

──…あの悪いことと認めたんだからまぁ許してくれや、みたいな態度は本当にムカついたなぁ…。

 

『上』がひたすら搾取する酷いとしか言えないほど酷い世界を思い出すと沈静化が起きる。()()はなるまい、と密かに決意した。

 

「どうしました?」

 

「…何でもないです。皆が待ってるでしょうし、行きましょう」

 

今後訪れるであろう明るい家族ライフにあんなの(現実)は要らない。正直、忘れ去りたい。しかし、記憶の奥底にこびり付いて離れない。戒めとしても憶えておかなくてはならない。どうしようもないジレンマを抱えて、威厳を出すためにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出し当人じゃないのに緊張している魔王とともに玉座の間へと向かった。

 

 

 

 

 

玉座の間へと続く、細部に至るまで見事な彫刻が施された荘厳で巨大な二枚の扉。そこで出迎えたのは、今にも動き出しそうなほどリアリティ溢れる造詣の天使と悪魔の像。そして、屈強な執事であるセバスだ。鋭い眼光がこちらの姿を認めると一礼して音もなく傍に寄った。

 

「セバスか。待たせてしまったようだな」

 

「待つなどそのようなことは御座いません、お心遣い感謝致します…皆揃いまして御座います」

 

「そうか…それでは入ろうか。サキさん、行きましょう」

 

それに首肯して、モモンガさんの後ろを追従する。セバスが()()()と扉の前に移動してその大きな扉に手を添えると、二枚とも音もなくゆっくりと開かれた。

 

〈伝言〉(メッセージ)。一応、回線を開いておきます》

 

《はいよー》

 

《…軽いなぁ》

 

玉座の間では壮大な光景が広がっていた。中央に敷かれたレッドカーペットを除いて、種族も大きさも多種多様に揃えられた子供達が()()()()()()に詰めて玉座に向かって跪いている。身じろぎ一つ、微かな呼吸音一つさえ聞こえないほど静寂に包まれた空間においてその様相は、まるで置物のような錯覚を覚えた。ちょっと狭そうなのが申し訳なかったが。

セバスは相変わらず音もなく気配さえ殺して追従し、魔王の杖が床を叩く音と足音、姫の足音だけが鳴り響いた。子供達の隣を通り過ぎれば差し出す首が取れそうなほどにより一層頭を下げてくる。この忠誠心には俺も頭が下がる思いだ。まぁ実際に下げに来たわけだが。うまい。

 

《いやうまくねぇし、何でそんなに余裕あるんですか。こっちは一杯一杯なんですけど》

 

《冗談の一つでも考えてないと気が狂いそうですよ。俺はそんなに立派なもんじゃない》

 

《…俺だって似たようなもんですよ》

 

プレアデス(戦闘メイド)達の横を通り、セバスがそちらにそれた気配がした。階層守護者達の横で一瞬立ち止まる。目の前にある階段を上れば玉座だ。自らを底辺と()()()()一般人でしかない支配者(親達)に大勢の前で喋る経験など皆無であり、二人は一歩ずつ踏みしめるようにゆっくりと壇上へ上がる。重苦しい重圧(プレッシャー)に耐えかねて項垂れている様子はまるで処刑場に向かう罪人のようにも見えた。

もちろん、子供達には威厳ある姿しか映らない。何故なら(こうべ)を垂れて姿は見えず、足音しか聞こえないからだ。

やがて魔王が世界級(ワールド)アイテムである玉座へと座り、姫がその傍に控えるようにして立つ。普段ならば反対側に守護者統括も控えるのであろうが、今の彼女は階段下の子供達の先頭で跪いていた。

魔王が意を決して声を掛ける。

 

「…面を上げよ」

 

ザッ!!

 

首を上げる微かな音が幾重にも重なり大きな津波となって押し寄せてきた。その圧倒的な音の圧力は広くて大きなこの部屋が震えたのを幻視させるほどだった。

そして、見渡す限り部屋いっぱいの様々な顔には紛れもなく神の威光に当てられた信者の()()が見てとれる。()()を見たことがなくてもそうだ、と断じれるほどに高い忠誠心が表情から溢れ出ていた。狂信と言い換えてもいいだろう。親でありたい俺としては複雑だったが。

 

「…この度は不確かな脅威に晒されているなかで、無理に集まってもらい感謝する」

 

「感謝など畏れ多いですわ。至高の御方に命ずられれば如何な時でも馳せ参ずるのが我らシモベ…どうぞ、御心のままに」

 

アルベドが代表して応え、後ろの子供達が一斉に頷く。二度目ということもあって流石に幻視はしなかったが、これだけ数が揃っていると小さな音も凄い音量になって体中に()()()()と届くのが改めて感じられた。

 

《サキさん、もう早く済ませましょうよ。この空気に耐えられないです》

 

《不本意ですけど同感です。さっきから沈静化が酷いです》

 

しかし数多の視線に曝され、子供達の()()()()とした緊張感が醸し出す不慣れな空気に早くも限界を感じた二人は、さっさと本題へ移ることを決心した。

 

「そうか、胸に留めておくとしよう。早速だが本題へ入ろう…耳に入った者も多いだろうが、この度は実に慶ばしいことに夜想サキさんがナザリックへと舞い戻った!──…うむ、気持ちは分かるが静粛に。そのサキさんから大事な話がある」

 

場が沸き立ち、子供達の歓声が飛び交うも()()()と杖を叩いてその場を収めたモモンガさんと目線で合図を交わし、一歩前へと出る。沈静化が激しく起こるほどの緊張は生まれて初めてだが、起伏が激し過ぎてちょっと気持ち悪い。

()()()()()()()()全ての視線が一斉に集まり、極度の緊張に達して起きた強烈な沈静化とともに生唾を飲み込む。感情が一気に冷え込み、唾を飲んだ音が思いの外大きくて子供達に聞こえなかったかと余計な心配が出来る程度には回復した。

因みにアルベドは終始モモンガさんを見つめていた。熱い視線で。

 

──つーか、アルベドったらマジでブレねぇな…そういうとこは尊敬するわ。

 

「…お久し振りです。皆ご健勝そうで何より…ですが、私は皆に謝らなければなりません…」

 

その言葉に子供達がどよめくも魔王がその手に持つ杖で再び()()()と叩いて静かにさせた。なんか怒ってるみたいでおっかないからその方法は止めた方が良いんじゃないかと思う。

 

「…他に来れなくなってしまった[ぎるめん]達にも、あまり来れなくなっていた私にも理由はあります。しかし、長を始め皆を不安にさせ哀しませた事実に変わりはありません…故に他にいない者達に代わり、私が謝罪します。──哀しい思いをさせて、ごめんなさい」

 

そう言い切り、土下座する。玉座の間で悲痛な叫び声が上がる。いつか聞いた声と重なって聞こえた。これが『引き金』となってしまった。

 

「お止め下さい!」

「至高の御方がシモベに頭を下げるなど!」

「お謝りになる必要は御座いません!」

「どうかご尊顔をお上げ下さい!」

 

モモンガさんからの〈伝言〉が遥か遠くで聞こえる。何を言っているのか聞き取れない。

止める声が非難の声に変化し始めた。過去の記憶がどんどんフラッシュバックする。やがて、非難の声がはっきりと()()()()()()()()

 

『《やめろ!どういうつもりだ!》』

『《どうして…こんな事を…?》』

『《お前は一体何がしたかったんだ?》』

『《親殺しが、()()()()と…》』

 

 

 

 

 

『《 貴 様 が 子 な ど 誰 が 認 め る か 》』

 

 

 

 

 

…そんな幻聴が耳の奥で木霊し、身が引き裂かれた。先程のアルベドとのやり取りが自分でも気付かないうちに尾を引いていた。本気で拒絶されたのは本当にショックだった。

 

現実での行い(悪夢という思い出)が蘇る。

 

道具としてしか見られなかったと()()()()()僕。

両親を殺した()()()俺。

家族に見捨てられたと()()()()自分。

俺は両親を捨て、家族に捨てられた。

 

そして身勝手にも淋しくなり家族を欲した。

 

知らず涙が零れた。身体が震えた。淋しさと後悔が込み上げた。こんな俺は地獄に落ちるべきだったんじゃないか?もしかして、本当は誰にも必要とされていなかったんじゃないか?

堂々巡りでいつまでも終わらない気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みっともないわね、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わらない悪夢から現実に引き戻したのは、俺に知らず絶望を与え、今しがた希望を与えてくれた声。アルベドの声だ。

 

「…え?」

 

「本当は不敬になるから皆の前では言いたくなかったんだけれど…余りにも今の姿は見かねるわ。何ですか!いつまでも()()()()と!──『母』ならば堂々と胸を張りなさい!」

 

「アルベド!それは不敬──」

 

声を上げたデミウルゴスが突然に言葉を止めた。他の子供達も殺気立っているが、言動を止めている。不思議に思い、隣を見やれば魔王が手を上げて制していた。

 

「──…良い。良いのだ…この私が赦す。お前の全てを赦すぞ、アルベド…」

 

「…我が身では余りある慈悲の御心に感謝致します、モモンガ様」

 

混乱している俺を他所に話が進む。いや、アルベド。今、お前…。

 

「[あるべど]…今、私を…。──俺を『母』と?」

 

「…折角、言ってあげたのに聞いていなかったようなので、もう呼びません…ええ、誰が呼ぶもんですか」

 

そう言って()()()を向くアルベドが今はたまらなく愛おしかった。出来れば今一度呼んで欲しかったが、無理強いはしない。

この子は『これくらい』で丁度いいのだ。

 

《サキさん、聞こえますか?大丈夫ですか?》

 

《大丈夫です…ご心配をお掛けしました》

 

自分を心配そうに見つめる骸骨の魔王(モモンガさん)に申し訳無さと嬉しさを感じた。少なくとも今は、俺を必要としてくれている人がいる。俺を心配してくれる人がいる。それだけでなんと心強いことか。そんなモモンガさんが好きで尊敬出来て誇りに思えた。

そして、今でこそ殺気立っているが先ほどまでこの子達も同じように心配していたのだろう。種族にもよるが、赤く目を腫らした子達も一杯いた。

 

《取り敢えず…場が混乱しっぱなしなので何とかしろやこの問題児(ビッチ)

 

──このクソハゲ…人の気も知らないで…。

 

だが、考えることとは裏腹に気持ちはとても穏やかだ。空気は読める筈なのに変なとこで空気が読めない童貞がとても微笑ましかった。本人は意趣返しのつもりなのだろうが、このタイミングでそれはないだろう。

 

自分の事は棚上げ。問題児(クソビッチ)と呼ばれて幾数年、全く衰えはしない。

 

「…傾聴。まずは混乱を招いたことを謝りましょう…しかし、『この謝罪』は受け取らなくて結構。それと[あるべど]の態度は不敬ではありません」

 

『!──!?』

 

傾聴と言われて一斉に姿勢を正す子供達。本当に素直で良い子達だ。

自分の意図に素早く気付いたモモンガさんが玉座から立ち上がって、言葉を引き継いだ。こっからは俺が言うより魔王が言ったほうが、()()()。小賢しいけどね。

 

「その通りだ。アルベドの言動は不遜に映るかもしれないが、私も許している。そして先程の謝罪、『そちら』はどうか受け取って欲しいのだ。お前達に負担が掛かるのは重々承知している…しかし、今は受け取ってくれるだけで良い。これはサキさんの言葉だが、お前達にとって親とも呼べる私の仲間達に対してお前達は恨む権利も許す権利も持つそうだ。()()をどうするかはお前達の自由であり不敬ではない。この私が赦す…これはお願いになるが、じっくり考えてみてくれ。それと疑問等あれば、後ほど個人的に聞こう…いや、あるならば聞きに来なさい。こちらは命令だ。不敬と考えることこそ不敬と知れ」

 

『ハッ!!』

 

小さな音も数多に重なれば津波となった。それが気合の入った返事となればいかほどか。

想像を絶する大音量となり、あまりの音圧に柱や壁が今度こそ幻視などではなく本当に()()()()と振動した。ここまでくると逆に心地が良い。

 

《うお、すげぇな…サキさん、他人事(ひとごと)っぽく言ってしまってすみません。でも…──》

 

《──いやいや、分かってますよ。()()はそれで良いんです。今のあなたは『魔王』ですからね…それと最後のは超良いですよ、だんだん分かってきましたね》

 

()()()()と頬骨を掻いて照れているが、こんな時まで相変わらず律儀な人だ。皆に好感が持たれるのも頷ける。そして、最後の良い仕事っぷりよ。命令じゃないと不敬だと思って絶対に聞きに来ないだろうからな。

 

「…まぁ、ぶっちゃけますと私としては許そうが恨もうがどっちでもいいんですけどね。ただ、あなた達には親の愛情が詰まっている。それだけは忘れないで欲しい…その『証明』である()()大図書館([あっしゅうるばにぱる])に置いておきます。自由に閲覧なさい」

 

《ちょ、また勝手に…まぁ、そのくらいならいいか》

 

一冊の巨大な盾のような本を虚空から取り出す。『アルバム』だ。これを大図書館に置いておいてほしいと司書長であるティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスを呼び出して手渡す。受け取る彼の手は()()()()と震えており、重いなら後で持っていくと言うとビックゥ!と文字通り跳ねた。見た目は骨なのにかわいい動作をしよる。骨って皆()()なのかね…。

 

「い、いえ!問題ありません…余りにも貴重な一冊とお見受けしました。それ故の緊張で御座います…大変お見苦しいところを──」

 

「──大丈夫大丈夫。破けてもまだ予備はあるし…あ、そうだ。()()は高位の素材だけど、中身は低位のものでも大丈夫だから暇を見つけて中身だけ複製してみてほしいかな」

 

「…お時間さえ頂ければ完璧に複製してみせます。どうか、お任せ下さい」

 

司書長の静かな言葉に不退転の覚悟が秘められている。眼窩に灯る火は隣の魔王よりは幾らか小さいが力強い輝きがあった。

複製なんて門外漢だし専門家が頑張るっていうならお任せしよう、うん。

 

「分かった、任せる。頑張れ!」

 

「この命にかえましても…!」

 

《…考えるの面倒になったろ。あ、複製といえばスクロールの補充とかも出来ればやりたいですね。消耗品の補充方法は早いうちに確立しとかないと…》

 

流石ギルド長。こんな時によくそういうことを思い付くなと感心する。

 

《ああ、確かに。課金[あいてむ]なんかはもう手に入らないでしょうし、どんな素材がいいかとかも調べて貰いましょう。[でみ]ちゃん辺りに》

 

《でみちゃん…って、デミウルゴスのことですか。まぁ頭の良い彼なら適任かもしれませんね。アルベドには内政をお願いしたいし》

 

「…サキ。秘密の会話はほどほどにして貰えないかしら?」

 

おっふ、アルベドに怒られてしまった。でも、俺やモモンガさんに許されてるとはいえ他の子供達の視線が凄いのだが気にならないのだろうか。

 

「ああ、ごめんね。でも、あんまり嫉妬しないでよ。私は皆のお母さんだけどこの人の妻じゃないし」

 

『!?』

 

「お前…もうほんと…あぁもう!ともかくだ。先ほどのサキさんの謝罪の件は皆頼むぞ。これは強制でも命令でもない。疑問の件は命令だがな?」

 

モモンガさんが勢いで場を取り繕うが、余計に場を混乱させてしまったのは気のせい…ではないな。『階層守護者級』を除いて、皆が()()()()していた。見かねたアルベドが先んじて声を掛ける。

 

「…皆、落ち着きなさい。至高の御方々の前ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、そうでありんすえ。夜想サキ様…いやさ、『お母様』のお言葉はしっかりとこの私が受け取りいたしんした!」

 

「…はい?」

 

続くシャルティアがこの騒動の起爆剤になってしまったのは、いったい誰の血を引き継いだせいなのや…出てくんな、鳥。

突然のことで流石のアルベドも呆気に取られ、窘めるタイミングを逃してしまったようだ。

 

「あっ、シャルティアずるい!私のお…お母さんでもあるんだからね!」

 

「ええっ!?お、お姉ちゃん!皆の前で()不敬だよぅ…」

 

「おや、聞き捨てなりませんねマーレ。不敬ながらも予想はついておりましたが、やはり皆さんもでしたか」

 

「フム…トイウコトハ、デミウルゴスモカ」

 

(…母上の謝罪。しっかりと心に刻みまして御座います…。)

 

「そうなるねコキュ…ッ!?──…おやおや、なんだか不遜な物言いが聞こえましたが…セバス?」

 

「はて、何の事ですかな?」

 

「あぁん?嫉妬は見苦しいでありんすえ?チビ助。わらわなんか抱き締められて頭を撫でて頂きんした…嗚呼、素晴らしき光景でしたえ…」

 

「なっ!?わ、私だってねぇ!…──」

 

あっちこっちで起こり始めた口論を見て、なんだか懐かしい思いに駆られた。隣を見れば、他の子供達と同じように呆然と見つめる骨がいた。なんだ、手なんか伸ばして。混ざりたいのか?

 

「ふふー、『お父ちゃん』も混ざりたいなら行ってこい!──痛ってぇ!?」

 

魔王の背骨を思い切り引っぱたいたら、逆にダメージを受けてしまった。手が変な形に折れてる。そういや、この骨【上位物理無効Ⅲ】持ってたんだった…。

 

「…なにやってんだか…フフ」

 

「こんのくそ禿げ…羨ましいなら素直に言えし」

 

「…サキ。モモンガ様をバカにするとはいい度胸ね…?」

 

目敏くアルベドがこちらの様子を見てやがった。目くじら立てんなよ。可愛い顔が台無しだぜ。

 

「貴様に言われても嬉しくないわ!このボケェ!」

 

「アルベドォ!!お母様に刃を向けるとはいい度胸してんじゃねぇか!アァン!?」

 

「シャルティア、そのまま足止めを!…ペストーニャ!母上の治療を!」

 

アルベドがバルディッシュ(ぶっそうなもん)を取り出し、シャルティアが完全武装になって俺の前で立ちはだかる。デミウルゴスが指示を出して、ペスが治療に駆け付けてくれた。他の子供達は殺気立って、アルベドの周りを取り囲んでいる。

しかし、俺はそんなことは気にせずにペスと戯れることにした。

 

──あゝ、癒やされる…()()()()やでぇ。

 

「ちょっ、夜想サキ様…嬉しいのですが、困ります。早く治療を…」

 

「母と呼んで欲しいわん?」

 

「あ…わん。──わ、わふん!?」

 

やべぇ、流石ナザリック最萌大賞。餡ころさん、すげぇわ。骨が羨ましそうにこっち見てるぜ。

 

「おい変態(クソビッチ)。なに羨ましいことしてんだ」

 

「おっと?後ろを見てみな、坊や」

 

「誰が坊やだ、誰が…。──ッ!?」

 

そう。骨の後ろには虚ろな目で血の涙を流し、歯を食いしばり過ぎて口の端から血を垂れ流し、今にも死にそうな顔で嫉妬に燃えるアルベドがいた。どんな顔だよ…おい、ペスを怯えさせんじゃねぇ。ていうか、シャルティアですらちょっと引いてる。やっぱりこの子(アルベド)、ある意味すげぇわ。

周りの子達も守護者統括の変わり様にドン引きしているが、大丈夫なんだろうか…大丈夫なんだろうな。

 

「…モモンガ様は…ペストーニャが…お好み…なのですか…?」

 

「…あー…アルベド。綺麗な顔が台無しだ…ぞ…」

 

「モモンガ様…モモンガ様はペストーニャが…お好みなのですか…?」

 

()()()()が通じない。何を勘違いしているか分かるが、この骨は動転して何が駄目だったのか気付いていない。冷静に見れば、他の女の子に視線が釘付けだったのがバレたバカップルみたいだな。

 

「あ、あー…いや…そんなこと──」

 

「──[ももんが]さん。[ぺす]が悲しそうだよ」

 

「夜想サキ様!?」

 

ここで油を投下します。アルベドの射殺す視線がこっちに向きました。シャルティアが即座に反応、ドン引きだった自分を奮い立たせて俺を護ろうと必死に立ちはだかりました。ほんといい子。骨が〈伝言〉で何か叫んでますが無視しよう。

沈静化が起きて燻るほど凄い楽しいがこれ以上は本当に収拾がつかなくなりそうなので、ここいらで終いかな。

 

「まぁまぁ[あるべど]。[ももんが]さんはあなたを試しているんですよ…あなたの想いが本当かどうかを」

 

(嘘くせぇ…)モモンガ様…?」

 

「う、うむ…そ、そうだな。お前が私を想っていることは承知の上で試させてもらった…だが、少々暴走してしまうようだな?それではいけない、演技は大事だぞ?」

 

おお、やるじゃん。上手くまとめた。俺からしたら凄い情けない彼氏にしか見えないが。

胡散臭そうだったアルベドもモモンガさんの言葉なら全力で信じるらしく「妻に相応しくなるための愛の鞭、ということですわね…なんと厳しくも愛に溢れたお方でしょうか…」と涙を流して感動している。

周りの子達も流石は至高の御方、慈悲深いなどと勝手に忠誠心を上げている始末だ。

落ち着いたところでペスに治療してもらい、武装解除したシャルティアの頭とペスの頭を撫でながらモモンガさんに話し掛ける。シャルティア、感極まって抱き着くのは別に良いんだけど尻を撫でない。ペスは…鼻まで真っ赤にして()()()()震えている。かわいい。

 

「それじゃあ、[ももんが]さん。ひとまず、解散の流れですかね?」

 

「こっの…(あとで説教だな…。)──そうしましょうか。それでは、皆の者!今日話したことは胸に留めておくように!…質問はいつでも受け付ける!不敬と思わぬこと!」

 

『ハッ!!』

 

大人数が一斉に返事をして跪くと地震が起きる。一つ賢くなった鬼の姫(おっさん)だった。

 

──…不穏な呟きは早く忘れるに限るね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んで、俺の部屋の前に並ぶこの行列はなに?」

 

「…皆、[ぎるめん(生みの親)]について聞きたいんだってさ」

 

「…()()()のほぼ全員、か」

 

「………がんばって!」

 

「お前も手伝うんだよぉ!!?」

 

終わらないのでボツ。

 

 

 

─つづく。

 

 




オリキャラの生い立ちなどは一応設定していますが、本編で出すかは今のところ予定にはないです。プロットすらないくせに予定も何もないですが。わふん。


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番外編1─謝罪時のデミウルゴス

たまにはオリキャラ以外にもスポットを当ててみよう。
というわけで今回はデミウルゴスです。

内容は本編12のままなので、飛ばして頂いて大丈夫です。
最後のやり取りだけ、少し本編に絡むかも…。


数多のシモベが玉座の間に集う。種族も多種多様、大きさも大小様々に違う者たちに共通することは三つ。

一、至高の御方に創造して頂いたという矜持。

二、神を超える神に仕えることが出来る至福。

三、その神のお役に立てるなら喜び勇んで死ねる狂信。

そして先ほどここに集えとお呼びが掛かり、かなりの数のシモベがこの神域でひしめき合うが誰一人として言葉を発しない。あまつさえ音を極力出さないよう神経を張り詰めてすらいた。

 

──神聖なる神の領域を穢すわけにはいかない。

 

その想いも皆共通していることだ。そんな中で先ほどのやり取り(家族面談)を思い出していた最上位NPCである各階層守護者達…シャルティアは危ない目をして下着を濡らし、コキュートスは気合が入り過ぎて床を凍らせ、アウラはだらしない表情で()()()、マーレは人知れず優越感に浸り、デミウルゴスは至福と狂喜に震え、アルベドは未来に想いを馳せ恍惚な表情を浮かべていた。

 

部下達は穢すまいと必死に()()()()()()()()()しているのに自分達は悠々とした空間で実に堂々としていた。とんだ上司達である。

 

さて、今回はそんな上司達の中でもデミウルゴスにスポットを当ててみよう。

 

 

 

 

 

多くの同胞に召集が掛かり警戒網のシフトを速攻で組み直し、いち早く駆け付け、荘厳な神域に居させて頂けることに感謝と畏敬の念を持って跪き、至高の御方々がその玉体をお見せになるその時まで先ほどお話しになられた内容を今一度反芻する。

 

『あなた達は役目を全うしている』

 

『私達は家族だ』

 

『我が子よ』

 

脳髄が至福で満たされ狂喜が延髄を駆け巡り体が震えてしまう。涙が溢れ出そうになるのを必死に堪えた。自身の創造主がお隠れになられて3年と10ヶ月…しかし、その実『りある』という我々では届かない上位世界を相手に闘われておられる、とのことだった。そのような中で父上はこのナザリックを護り、維持され、母上は危機を察して駆け付けて下さった…。

 

──否!もっと以前からその偉大なる計画をお立てになられていた筈だ!

 

話しぶりから『りある』での脅威は私の想像を超える…レイドボス、いやワールド?上位の世界そのものならば間違いなくそれ以上の脅威だろう。それ故に我が創造主を始め至高の御方々はそちらに専念せざるを得なくなり、このナザリックを維持するためにひとり父上は残られた。

不覚にも私には分からなかったが、今現在は未曽有の危機とのこと。『りある』との交流も望めず、しかも原因が分からない。しかし、原因は分からずとも兆候は掴んでおられたはず。

母上だ。ここ数年は極稀にお越しになられていたようだが、それはナザリックの様子を見るため。そして、まさに危機に合わせるようにピッタリとお帰りになられた…。これは予め計画を練り、計画通りに進まねば無理なタイミングに思える。

本当に不敬だが母上の玉体は他の至高の御方々と比べるべくもなく、とてもか弱い。なればこそ、父上をサポートするべくお帰りになられた。それは今も闘っておられるであろうウルベルト・アレイン・オードル様を始めとする至高の御方々の帰るべき場所…『我が家(ナザリック)』を護り維持するために。

しかし、これは考えようによっては父上お一人では不安が残るなどという事に繋がりかねないが逆に考えてみろ。父上と母上のお二人ならば尚盤石、ということだ。

余り()()()に人員を割いても『りある』の脅威に立ち向かうのも覚束なくなってしまうのかもしれなかった。

それはつまり、『りある』と()()()の危機をともに乗り越え、再び伝説を創るということ。それが計画の全貌…いや、一部でありこの危機もそれの一端の筈。もしやすると、上位世界を含め全ての世界を征服?…まさか。いやしかし、至高の御方々は私の想像を容易く超えてしまう。母上はその筆頭だ。世界級アイテムの効果を弾く()()のスキルなど聞いたことがない。それを思えば、私のこの考えすら…。

 

──!?

 

背筋が凍った。すぐ隣に件の母上がおられる。他の同胞の時のようにすぐに通り過ぎることなく、立ち止まっておられる。一瞬のことが永遠にも感じられるほど長かった。しかし、母上は父上とともにゆっくりとした足取りで階段を上られる。知らず極々僅かな吐息を漏らした。

…いや、私は何を恐れている?母上は家族と仰って下さった。そして家族は分かち合うもの、と。ならばこそ、私の考えを全て曝け出すべきなのでは?…母上は慈愛に満ち、非常に温和な御方だ。全てを曝け出したところで世界より広いその御心で受け止めて下さるに違いない。だが、考えてみろ。それに甘えるようではシモベ…いや、()()失格といえるのでは?

 

──もしや…そこまでお考えになられて、あえて立ち止まられたのか?

 

「面を上げよ」

 

全ての考えを一旦放棄して、お言葉に従い顔を上げる。ご尊顔が目に入った瞬間に言葉が()()()入ってきた。

 

『《あなたの考えは分かっています。甘えてもいいのです。しかし、自身の力も信じて欲しい。職務を全うしているあなたは決して弱くない…あなたならもっと高みに至れるはず》』

 

やはり、全てを見透かしておられた。衝撃で視線が揺れる、涙で視界が滲む。しかし、しかしだ。…刮目せよ、デミウルゴス!あの全てに恐れられ、慈悲に満ちた至高の超越者(オーバーロード)を!慈愛に溢れ、あらゆる理を超える(ヤシャ)の姫を!

 

「…この度は不確かな脅威に晒されているなかで、無理に集まってもらい感謝する」

 

「感謝など畏れ多いですわ。至高の御方に命ずられれば如何な時でも馳せ参ずるのが我らシモベ…どうぞ、御心のままに」

 

アルベドが私達を代表して答えた。その通りだ。我らの全ては至高の御方々のためにある。親子であろうと、それは変わらない。…変わらないはずだ。

 

「そうか、胸に留めておくとしよう。早速だが本題へ入ろう…耳に入った者も多いだろうが、この度は実に慶ばしいことに夜想サキさんがナザリックへと舞い戻った!」

 

やはり、何度聞いても素晴らしい吉報だ。お言葉通り、実に慶ばしい。計画の一端とはいえ、お姿が見えなかったのはやはり寂しいものがあった。そもそも、その計画を知れたのもあのお話しがあったからこそだ。

 

カツン!

 

その時、同胞達の歓声が止まる。もしや、父上を怒らせてしまったか?もしそうならば、いくら同胞とはいえ、父上を不快にさせた罪は余りにも重い。特にシモベを

代表する立場のアルベドが激怒するだろうが、それは私とて同じだ。この手で八つ裂きにせねば。

 

「──…うむ、気持ちは分かるが静粛に。そのサキさんから大事な話がある」

 

そのお言葉に姿勢を正す。全てのお言葉がそうであるが、決して聞き逃してはならない。デミウルゴスよ、余計なことは考えるな。全身全霊で以って傾聴するのだ。

 

「…お久し振りです。皆ご健勝そうで何より…ですが、私は皆に謝らなければなりません…」

 

母上がお謝りになる…一体、何をだ。もしや、姿をお見せになられなかったこと、つまり計画の一端のことを、か。

いやしかし、そこまでなさる必要は…いや、まさか。

 

そこまで考えたときにまたも()()()、と父上がその手に持つスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで床を叩かれた。…もう後ろの愚か者共は今すぐ殺してしまおうか。

 

「…他に来れなくなってしまった[ぎるめん]達にも、あまり来れなくなっていた私にも理由はあります。しかし、長を始め皆を不安にさせ哀しませた事実に変わりはありません…故に他にいない者達に代わり、私が謝罪します。──哀しい思いをさせて、ごめんなさい」

 

そう言い切られ、土下座を敢行なされた。やはり、理由とは計画のことだ。それを鑑みれば、仰ることは理に適っている。しかし、()()はやり過ぎではありませんか?これでは余りにも…。

 

──…胸が痛い。張り裂けそうだ。母上の土下座…正直、見たくなかった。我らのためにそこまで思い詰めておられていたというのか。なんと…なんと深き慈愛…。

 

「お止め下さい!」

「至高の御方がシモベに頭を下げるなど!」

「お謝りになる必要は御座いません!」

「どうかご尊顔をお上げ下さい!」

 

後ろから声が上がる。悲痛な声だ。気持ちは分かる。私も正直に言えば潰れるほど叫びたい。お止め下さい、と。しかし、これも恐らくは計画の一端。狙いがまるで分からないが、必ず何かお考えがあるはずだ。

 

──…母上の目に涙?

 

「みっともないわね、()()()

 

前方から声が聞こえた。聞こえたが何を言ったのか、一瞬だけ内容が理解出来なかった。高速で頭を回転させ、今言った言葉の意味を考える。

 

──…今、アルベドは何を言った?お母様?…いや、それよりも…。

 

「本当は不敬になるから皆の前では言いたくなかったんだけれど…余りにも今の姿は見かねるわ。何ですか!いつまでも()()()()と!──『母』ならば堂々と胸を張りなさい!」

 

──この()()()()…!

 

いくら守護者統括で、仮に娘だと認められたとしてもシモベはシモベだ。考えるまでもなく、目の前におられるは至高の御方。そのような対等な言葉遣いをしていいはずがない。真に八つ裂きにすべきは目の前のこいつか…!

 

「アルベド!それは不敬──」

 

視界に入った白磁の手を見て、言葉を止める。一体、何故…いや、まさか…しかし…。

思考の渦に飲み込まれかけて、()()と気付いた。

 

「──…良い。良いのだ…この私が赦す。お前の全てを赦すぞ、アルベド…」

 

「…我が身では余りある慈悲の御心に感謝致します、モモンガ様」

 

()()()()()()()()()。守護者統括殿の台詞は余りにも白々しいが、父上がお赦しになられたことで合点がいった。

これは、私達は()()()()()()。アルベドのようにするべきか、反面教師か…どちらだ?

 

「[あるべど]…今、私を…。──俺を『母』と?」

 

「…折角、言ってあげたのに聞いていなかったようなので、もう呼びません…ええ、誰が呼ぶもんですか」

 

…流石にそれは()()()()だろう。父上がお赦しになられたとはいえ、調子に乗り過ぎじゃないかこの()()。これも計画の一端なのですか?これも私達に対する試練なのでしょうか?…忍耐を試されているのか。もしくは…本当にこの対応を望まれておられる?…いや、やはり不敬だ。

 

──…だが、あの母上の穏やかなお顔は…。

 

「…傾聴。まずは混乱を招いたことを謝りましょう…しかし、『この謝罪』は受け取らなくて結構。それと[あるべど]の態度は不敬ではありません」

 

『!──!?』

 

『傾聴』のお言葉に一旦考えを放棄し、耳を傾ける。この謝罪は受け取らず、先程の…なるほどなるほど。流石は至高の御方々。私など、やはり掌の上ですね。

 

「その通りだ。アルベドの言動は不遜に映るかもしれないが、私も許している。そして先程の謝罪、『そちら』はどうか受け取って欲しいのだ。お前達に負担が掛かるのは重々承知している…しかし、今は受け取ってくれるだけで良い。これはサキさんの言葉だが、お前達にとって親とも呼べる私の仲間達に対してお前達は恨む権利も許す権利も持つそうだ。()()をどうするかはお前達の自由であり不敬ではない。この私が赦す…これはお願いになるが、じっくり考えてみてくれ。それと疑問等あれば、後ほど個人的に聞こう…いや、あるならば聞きに来なさい。こちらは命令だ。不敬と考えることこそ不敬と知れ」

 

『ハッ!!』

 

…もう感動しかない。体が戦慄する。この一連の流れは完全に計算され尽くしたものだ。母上のあの謝罪。あのままでは我らは決して受け取れない。受け取ってしまえば、至高の御方が頭を下げたという事実を認めてしまうことになる。それは我らシモベには重過ぎる事実。しかし、アルベドがクッションとなりそちらに目を向けさせ、さり気なくアルベドの行為を推奨しつつ尚且つご計画に気付くよう仕向ける。これらは我らの忠誠心を巧みに利用しなければ成しえないが、逆に言えば。

我らの忠誠をそれだけ信用して頂いているということ。

 

──信頼が最上ですが、それは高望みというもの。まずは信用して頂いている事実に感謝を…。

 

そして、恐らく真の狙いは団結力(チームワーク)。元々、我らはただただ至高の御方々のご命令に従うだけだった。だが、そこから更に思考力を高めつつ()()を取り払うことで『りある』に残られた至高の御方々がスムーズにお戻りになられるよう仕向ける。

『恨む』などそういう愚か者はいないはずだが、私とてお話しを聞くまでは疑問も多かった。この世界も牛耳るとなれば、その前段階程度は我らシモベで()()()。そのために垣根を超え団結力を上げ、少しでも早く伝説に近付けさせるのだ、と。

オードブル(つまらないの)は任せた、とそういうことなのだ。

 

──…是非ともメインディッシュ(一番おいしいところ)をお召し上がり下さいませ。ウルベルト・アレイン・オードル様…いえ、()()()

 

無論。このような考察はしているが、母上のお話しはしっかりと聞いている。私の中にも御父様の愛が込められているらしい。実感が沸かないのが残念でならないが。大図書館に大変貴重な本──『あるばむ』というらしい──が置かれる。その本を読めば至高の御方々の愛が垣間見れる、と。

 

──是非とも拝見させて頂きたいものですね。御父様の愛もこの目で見ることが出来るのでしょうか?

 

一体、何が記されているのか興味が尽きない。他の同胞も同じ気持ちのようで、これは貸出は諦めた方がよさそうだ。その場で時間制限付きの閲覧のみになるだろう。複製が急がれることは必至であり出来れば助力させて頂きたいと思う。

 

「…サキ。秘密の会話はほどほどにして貰えないかしら?」

 

…理解はした。したが、やはり何というか。忌避感が出てしまう。シモベの性だろうか。アルベドの()()は演技なのか素なのか判断に迷う。

 

「ああ、ごめんね。でも、あんまり嫉妬しないでよ。私は皆のお母さんだけどこの人の妻じゃないし」

 

──…いやはや、流石に衝撃的です。てっきりご夫婦かと思っておりましたが…違うのですね。

 

「お前…もうほんと…あぁもう!ともかくだ。先ほどのサキさんの謝罪の件は皆頼むぞ。これは強制でも命令でもない。疑問の件は命令だがな?」

 

そのお言葉にしっかりと頷いて返答するが、他の階層守護者を除いた同胞は狼狽えている。情けなさを感じてしまうがお話しを聞いていなければ私も()()だったかもしれないと思うと致し方ないのだろう。

しかし、階層守護者が()()でないところを見るにもしや…。そう考えていると見かねたアルベドが先んじて声を掛けた。

 

「…皆、落ち着きなさい。至高の御方々の前ですよ」

 

「ふふ、そうでありんすえ。夜想サキ様…いやさ、『お母様』のお言葉はしっかりとこの私が受け取りいたしんした!」

 

「…はい?」

 

──…ハッ。私としたことが。

 

唐突な台詞に言葉の意味が理解出来なかった。いやはや、シャルティアもなかなか()()()()なところがありますね。

それはつまり、守護者全員に同じお話しをされていたということ。ふむ、推理とはいえないお遊びのようなものでしたが、予想通りでしたか。

 

「あっ、シャルティアずるい!私のお…お母さんでもあるんだからね!」

 

「ええっ!?お、お姉ちゃん!皆の前で()不敬だよぅ…」

 

──やれやれ。マーレ、あなたも詰めは甘いですがなかなか()()()()なところがあるようで。

 

「おや、聞き捨てなりませんねマーレ。不敬ながらも予想はついておりましたが、やはり皆さんもでしたか」

 

「フム…トイウコトハ、デミウルゴスモカ」

 

(…母上の謝罪。しっかりと心に刻みまして御座います…。)

 

何かとてつもなく不愉快な発言が耳に届きましたねぇ。

 

「そうなるねコキュ…ッ!?──…おやおや、なんだか不遜な物言いが聞こえましたが…セバス?」

 

「はて、何の事ですかな?」

 

ふ、ふふ…あくまで()()を切るか。しかし、この私を嘗めるなよセバス。貴様の尻尾を掴んで切り落としてやる。覚悟しておけ。

 

 

 

 

 

「ふふー、『お父ちゃん』も混ざりたいなら行ってこい!──痛ってぇ!?」

 

「!?──セバス!勝負は一旦預ける!」

 

この()()()と言い争っている場合ではない、母上がお怪我を!くっ、一刻も早く治療をしなくては!──ああ、御手があのように曲がってしまわれて…!

 

「貴様に言われても嬉しくないわ!このボケェ!」

 

「アルベドォ!!お母様に刃を向けるとはいい度胸してんじゃねぇか!アァン!?」

 

不味い、何故かアルベドが暴走している。シャルティアが完全武装でアルベドに立ちはだかっている今が治療のチャンスか…!

 

「シャルティア、そのまま足止めを!…ペストーニャ!母上の治療を!」

 

ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコが治療のために駆け付けるも母上が無邪気にもお戯れになられる。正直、ちょっと羨ましい。

 

「ちょっ、夜想サキ様…嬉しいのですが、困ります。早く治療を…」

 

「母と呼んで欲しいわん?」

 

「あ…わん。──わ、わふん!?」

 

羨ましい。

 

「おい変態(クソビッチ)。なに羨ましいことしてんだ」

 

その通りで御座います、父上…ん、少しニュアンスが…?

 

──『くそびっち』とは何でしょうか…。

 

「おっと?後ろを見てみな、坊や」

 

「誰が坊やだ、誰が…。──ッ!?」

 

そう。父上の後ろには虚ろな目で血の涙を流し、歯を食いしばり過ぎて口の端から血を垂れ流し、今にも死にそうな顔で嫉妬に燃えるアルベドがいた。

 

──…うわぁ。

 

シャルティアも引いている。ふむ、アンデッドも引きつる恐怖とは一体…さ、流石アルベド。統括の名は伊達ではありませんね…()()()()がシモベのトップですか…。

 

「…モモンガ様は…ペストーニャが…お好み…なのですか…?」

 

「…あー…アルベド。綺麗な顔が台無しだ…ぞ…」

 

「モモンガ様…モモンガ様はペストーニャが…お好みなのですか…?」

 

統括殿は相変わらず乱心中のようで、父上のお言葉を全く聞いていない。ふむ、父上も混乱なさっておいでだ。()()は別の仰りようがあると愚行致しますが…きっと何かお考えがあるのでしょう。

 

「あ、あー…いや…そんなこと──」

 

「──[ももんが]さん。[ぺす]が悲しそうだよ」

 

「夜想サキ様!?」

 

アルベドの視線に殺気が篭もる。それもよりによって母上に対して。流石にこれは見過ごすわけにはいかない。至高の御方へ殺気を飛ばすなど言語道断。決してあってはならぬことだ。

いつでも殺す準備をする。私の牙では届かないかもしれないが、関係はない。他の同胞達も同じ気持ちだ。

 

「まぁまぁ[あるべど]。[ももんが]さんはあなたを試しているんですよ…あなたの想いが本当かどうかを」

 

しかし、まるで柳に風の如しで全く意に介さぬご様子。流石で御座います、母上。

 

(嘘くせぇ…)モモンガ様…?」

 

「う、うむ…そ、そうだな。お前が私を想っていることは承知の上で試させてもらった…だが、少々暴走してしまうようだな?それではいけない、演技は大事だぞ?」

 

非常に不遜な呟きが聞こえたが…。──そんなことよりも何と素晴らしいお考えだ…確かにその通りだ。私も心情に流され、シモベとしての性のままにアルベドを殺そうとしていた。しかし、これからを考えればそれでは駄目だ。

この栄光あるナザリックを、ひいては雷名が轟くアインズ・ウール・ゴウンの伝説を紡ぐ偉業を成し遂げるには内々の不敬など些事である、とその玉体で以って示して頂いたのだ。

 

──…正直、肝は冷えましたがね。お戯れは程々にして頂きたいものです…。

 

「妻に相応しくなるための愛の鞭、ということですわね…なんと厳しくも愛に溢れたお方でしょうか…」

 

ふむ。アルベドはアルベドで別の解釈をしているようですが…それもまた真実なのでしょう。母上が奥方でないとするならば、確かにアルベドは妻として相応しいのかもしれません。暴走はしますが、それを除けば優秀であることは確かです。

 

「それじゃあ、[ももんが]さん。ひとまず、解散の流れですかね?」

 

「…そうしましょうか。それでは、皆の者!今日話したことは胸に留めておくように!…質問はいつでも受け付ける!不敬と思わぬこと!」

 

『ハッ!!』

 

嗚呼、素晴らしき御方々。私はこの御方々のシモベであること。息子であることを誇りに思います。今後、その栄誉に相応しく、また恥ずかしくない働きをせねばなりませんね。

まずはアルベドに至高の御方々の『ご計画』について意見を伺いましょう。慎重に行わねば…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アルベド、少々お話があります。至高の御方々の『ご計画』について、です」

 

「『ご計画』?…何かしら」

 

「ええ、実は…。──…ということです」

 

『(それが真実ならばどれだけ良かったことか…。)』──その話は他の者には?」

 

「いえ、これからですが…?」

 

「…事は極めて重大です。慎重に進めねばなりません…まだ胸の内に秘めておいて頂戴」

 

「勿論です、勇み足になる者もいるかもしれませんし…『時』が来るまで待ちましょう」

 

「ええ、お願いね『(…モモンガ様に相談すべき案件ね)』

 

 

 

──つづく?

 

 




━オリ設定補足━

ヤシャ

夜叉です。鬼系の最上位種族。物理系統にボーナスがつくスキルや能力を持ちますがおっさんは回避系統に全ツッパです。


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本編13─ファーストコンタクト(1)


今回から(になるかは分かりませんが)、地の文の書き方を少しばかり変えてみました。
視点がくるくる変わって読みづらいかもしれませんが試行錯誤中で御座いまして、何卒ご理解頂ければ幸いです。


 

異世界に転移してから二日目の朝。初日は家族面談にギルド長の部屋掃除に謝罪にと他に色々とやるべきことをすっ飛ばしてやりたいことやってきた気がする鬼の姫(おっさん)。前回の謝罪の後は円卓の間に集まって骸骨の魔王(モモンガさん)と話し合い、そろそろ外に目を向けるべきということで話は落ち着いた。隠蔽工作も警戒網の構築も済んだようだし、いい頃合いだろう。

因みにアウラとマーレを呼んで、指輪はちゃんと渡したのだが…──

 

「アウラ。実はマーレには先に渡していたのだ」

 

「ちゃんと理由があるからしょげないで…[あるべど]より先に渡したのがばれたら後がおっかないでしょ?」

 

その言葉にああ、確かにと得心するアウラ。マーレも()()()()と頷いて同意する。さっきがさっきだけにしょうがないとはいえ大丈夫か守護者統括。

 

「さて、二人とも。改めて伝えるが、この指輪はナザリックの急所。これを渡すことは信頼の証でもある…いずれ階層守護者全員に渡すからそう畏まらなくていい」

 

「もう[あるべど]には渡してあるから、堂々として大丈夫ですからね。それと、外に出る時は必ず誰かに預けること。良いですね?」

 

『はいっ!』

 

その時の姫は、二人が余りにも可愛過ぎて無意識に二人の頭を撫で回していた。撫でるのに夢中な姫の頭にそっと骨の指が添えられ、徐々に力が込められ…る前に魔王が力加減を間違えて指先が頭にめり込み大変なことになった。

 

──長くなるので割愛。

 

その後、一命を取り留めたものの騒ぎを聞きつけたセバスが供回りをすることになったのは言うまでもない…。

 

 

 

 

 

さて、唐突だがご紹介しよう。

 

「怪奇!踊り狂う骨!」

 

「ぶっとばすぞこのやろう」

 

ここはナザリックの最高責任者(ギルドマスター)である魔王の私室。取り立てて何もないナザリックの標準的だが豪華な部屋で広さが売りだ。立派だが標準的なテーブルに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を置いて標準的だが豪華な椅子に座って、手をあちらこちらへ振って踊り狂う骨のショーが開催されている。

鏡は先程から骨を映さずにずっとナザリックの周りの草原を()()()()と映している。最初こそ、鏡越しとはいえ輝く太陽に照らされた本物の草原に二人とも興奮していたが、代わり映えのしない景色に姫が飽きてきたところだ。

 

「標準的標準的ってしつこいわ!──『謝罪も済んだし、これの試運転しよう(これ使って遊ぼう)ぜ!』って言ってきたのはどこのどいつだったかなぁ…!?」

 

()()()()だっけ?」

 

「…夜想サキ様?」

 

セバスに視線を送り責任転嫁しようと企む、相変わらず全開な問題児である。セバスは意味も分からず困惑していた。

昔から全く変わらない子供っぽい様子に魔王は苛立ちもするが、同時に他の大切な仲間がいない心寂しさを埋めてくれているような気もしていた。

仮に独りで()()()に来ていたら孤独感に押し潰されNPCとは距離を感じてしまい、きっと今ほど穏やかではいられなかっただろう。そう思うとゾッとする。

()()()()でもいると有り難い存在なんだなぁ、としみじみ思う魔王だった。

 

「相変わらず責任転嫁しようとするのが得意ですねぇ!?」

 

「おぉ怖い怖い。せばやん助けて」

 

「あ、あの…夜想サキ様、『せばやん』とは…?」

 

慣れない空気に珍しく慌てる老執事。姫はおちょくっているのかいないのか、口角を僅かながらに上げて楽しそうに老執事を指差した。

 

()()()ねぇ、愛称だよ。[せばす]のね」

 

「…段々と遠慮が無くなってきましたね」

 

魔王の問に姫は()()()と無い胸を張って応えた。見た目麗しい鬼の姫だが、言動が幼稚なために幼く見えてしまう。なんかもう、わざとやってんじゃないか?と魔王は勘繰っている。

 

「『家族』だからね」

 

「おぉ…感無量に御座います…!」

 

感動で胸が熱くなり目尻に涙が溜まるセバスをよそに魔王は冷静に突っ込んでくる。だが姫も負けじと応戦する。

 

「…親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってます?」

 

「仲良くなるためには時に砕けた態度を取る必要もあると思いますよ?」

 

「ぐっ、ああ言えばこう言う…!」

 

「[あーゆーふぉーえばー]?」

 

「誰が永遠かっ!しかも全然違うし!」

 

「モモンガ様。栄光あるアインズ・ウール・ゴウンは不滅かと」

 

「せばやん、違うそうじゃない…ちょっ、()()()が不滅じゃないとかそういう意味じゃないから!」

 

違うと否定されて絶望に染まるセバスに今度は姫が翻弄される番だった。因果応報とはまさにこのこと。魔王はそれを見て肩を震わせ、内心では爆笑していた。しかし、沈静化に襲われて人知れず不機嫌になるのだった。

 

『(チッ…。)』──…セバス、アインズ・ウール・ゴウンは不滅だ。だから安心しなさい…しっかし、()()どうやったら拡大出来るんだか…よっ。おっ?」

 

「お、やるじゃん。おめでと」

 

「モモンガ様、おめでとう御座います」

 

「ありがとう、セバス」

 

軽い姫とは対照的に拍手で称えるセバスにだけ手を上げて魔王はそれに応える。魔王的にはちょっとした悪戯のつもりだったが、姫は特に関心がなさそうで視線は鏡に釘付けだった。指先を()()()()()()と動かし何やら操作している。何か気になることでもあったのだろうかと魔王が問い掛ける。

 

「ふむ…何か気になりますか?」

 

「いや、こっちの方に村っぽいのが…ああ、ありましたね」

 

鏡に映るのは何でもない農村っぽい集落。特に大きくもなく、端っこに畑らしきものがあった。ちらほらと人影も映っている。なんだか動きが慌ただしいようにも見えるが…。

 

「んん?…祭りか何かですかね?」

 

「んー…これは…」

 

更に拡大して覗くと鎧を着た数人が村人らしき人を追い立てているように見えた。そんな現場があちこちで散見され、よく見れば何人かの村人は既に倒れている。どこかの国の兵士が村人を斬殺しているようだ。丁度、人が斬られている場面も見受けられる。

()()()()()()()()でも見ている気分だった。

 

「ふぅん…初心者狩りみたいなことしてますね。陰湿なことで」

 

「チッ…他の場所を見てみませんか?どうやらこの村らしきとこは駄目なようです」

 

「──見捨てられるのですか?」

 

言葉こそ丁寧だが厳しい声に二人とも振り返ってセバスを見つめた。鋭い眼光には正義の炎が宿っているように見える。姫はその炎には見覚えがあった。

あゝ、懐かしい。現実(リアル)の『あの人』もこんな瞳をしていた、とギルメンの()()の姿とともに口癖が思い出される。

 

──《困っている人がいたら助けるのは当たり前だ!》

 

それは今や遠い過去の記憶。親を捨てた後に出会った奇跡。あの人がいなければ自分は今ここにおらず、汚い塀の中できっと息絶えていただろう。

あの人の意志は息子にもしっかりと受け継がれていた。ゲームの中とはいえ、かつて隣に座る魔王を同じような台詞とともに助けたことがあったという。

 

──その台詞は確か…。

 

「誰かが困っていたら助けるのは当たり前…」

 

──…そうだった。懐かしいな…。

 

確か()がユグドラシルを引退した後に少しして亡くなったんだったか。自爆テロに巻き込まれたんだったかな…街頭のニュースで名前が出てて驚いた覚えがある。隣の魔王も名前の関連性から薄々気付いていたんだろう。その時はどことなく元気が無かったように見えた。

しかし、残酷なことにあの現実では日常の出来事だった。いつ誰が死んでもおかしくなかった。どこにでもテロが現れ、容易に巻き込まれてしまうような世界。そんな世界であのような強い台詞を言えるのは単なるバカか本当に『強い』人だけだ…きっと()()()も誰かを助けていたのだろう。

 

「…サキさん、この村を助けましょう」

 

「…そうですね。[ふぁあすとこんたくと]としてもいい塩梅じゃないですか?」

 

「では、近衛隊の準備を…──」

 

姫は手を上げて何か言い出したセバスを制した。今から隊の準備なぞしていたら間に合うわけがない。あくまで優先順位は目の前の二人で人助けは出来れば、の範囲なのだろう。母としてはもう少しわがままを言ってもいいと思うのだが、執事としての役割もあるためそれは難しいか。

 

「──[せばす]。あなたが近衛です」

 

「ハッ…いえ、しかし…」

 

「んじゃ、先に行って一当てしてくるから[あるべど]呼んどいて」

 

「ちょ、待て待てマテ!」

 

今度は隣の魔王が手を上げて慌てて止めに入る。姫は面倒臭そうに目を細めてそれを見やるが、特に文句は言わずに続きを待った。

 

「一当てって一人で先行するつもりですか?」

 

「そうですよ。弱そうだし」

 

「…セバス、どうなんだ?」

 

魔王は石橋の材質や構造等を調べて更に叩いてから渡る派だ。慎重に慎重を重ねて確実性を高めてきたスタンスが根底にある故にセバスにも聞いたのだろう。単に姫の言葉の信憑性が薄いからとか言ってはいけない。

因みに姫は石橋の()()()跳躍板で跳ぶ派だ。魔王含めギルメン達が石橋の材質を調べている最中に隣で軽快に跳んでいき、たまに…いや、しょっちゅう転落しかけて助けて貰っていたが。

 

「ハッ、夜想サキ様の仰る通りで御座います。レベルが低過ぎて正確なところは判断出来ませんが…」

 

「ふむ…」

 

「いや、早くしないと皆死んじゃいますよ?」

 

鏡を見れば金髪の姉らしき人物が妹らしき方を守るためか、取り囲む数人の鎧のうち襲い掛かってきた一人を殴り付けている様子が映っていた。姫はあの鎧程度の奴が相手ならば同じ事をしても自分は怪我をしなくて済みそうだな、と値踏みしながらそれを冷ややかに見ていた。

 

「…分かりました。セバス、アルベドにナザリックの警戒レベルを最大にし、完全武装で来るよう伝えなさい。またギンヌンガガプの所持は禁ずる。伝えたらアルベドと共に近衛としてこちらに来るように。──〈転移門(ゲート)〉!」

 

魔王が唱えたこれは転移魔法の類では最高位を誇る。距離無限、失敗率0%。一定時間任意の場所と行き来できる半球体の闇の扉を作り出す。

()()()()と闇の扉が開かれ、最後の確認として姫が魔王の目を見て付け加える。

 

「武器破壊を試したら一旦戻るんで、ちょいとお待ちを」

 

「了解です。油断しないで下さいよ」

 

魔王の言葉に姫はサムズアップで応え、永遠に続きそうな闇の中へと躊躇なく入っていった。

鏡の中では片割れを守るようにして抱き合っている村娘の後ろに闇が生まれ、鎧は時が止まったかのように静止していた。

 

 

 

 

 

普通の村娘である姉妹は平和だった筈の人生に突然降り掛かった暴虐に襲われて、ただでさえ困惑していたのだ。両親は自分達を守るためにその身を挺し姉は妹を守るために指の骨が折れるのも構わずに兵士の頭を殴り付け、しかし遂に命が尽きると覚悟した。それなのに目の前の武装している兵士達のうち一人の剣が突然に粉々になったのを見て混乱を極める。姉は斬り付けられた背中の熱がやけに熱くなったのを感じていた。

 

『…え?』

 

兵士も兵士で突如として出現した闇の塊に怯え、次の瞬間には己の得物が粉々に砕け散って混乱する。村娘と声が被るのもむべなるかな、お互いに何が起こったのか理解出来ずに僅かばかりの時間が過ぎた。そして、闇から出てきたモノを見て兵士達は戦慄する。その様子を見て後ろに何かを感じた姉妹も振り返り、同じように恐れ慄いた。

それは、小さな角を生やした絶世の美少女。不可思議な服を着崩し、ゆったりとした足取りはどこぞの貴族を思い起こさせるほどに優雅で…──。

 

「──弱すぎ」

 

透き通るような美声が沈黙しているその場に浸透する。余りにも短いその一言は兵士達の困惑する頭では意味を理解するまで時間が掛かり、意味が分かっても意味が分からなかった。別に何をしたわけでもされたわけでもないのに弱いとはどういうことなのか、と。比して村娘の姉の方は自らの弱さを自覚しており、絶世の麗人の視線は兵士に向いているにも関わらず自分に対しての非難のように聞こえた。

 

「初心者でも、もっとまともなの装備するんだけどねぇ?──…まぁ、良い意味で予想外だったからよしとしましょうか」

 

「全く…肩透かしにも程があります。心配した俺が馬鹿みたいじゃないですか」

 

更に闇から出てきたのは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と思われるモンスター。兵士達は実際に目にするのは初めてだったが、伝え聞くその姿と酷似していたためにそう思った。同じ場所から出てきて談笑する様子から美少女とは既知なのだろう。

一方の村娘にそのような知識はなく、その存在(アンデッド)がただただ恐ろしく妹とともに身を縮こませるだけだ。その眼窩に灯る赤い光の興味がこちらに向かないよう願いながら。

エルダーリッチは得物が無くなった兵士に目を向けて、手を差し出した。

 

「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

何かを唱えたエルダーリッチの手の中に心臓らしきモノが出現する。それは()()()()と脈打っており、気味が悪かった。エルダーリッチはそれを握り潰すと同時に、視線の先にいた兵士が突然崩れ落ちる。崩れ落ちた兵士の表情は驚愕と苦痛で歪められ、目を見開いたまま動かなかった。

 

「ひっ…」

 

それは兵士の悲鳴か村娘の悲鳴か。いずれにせよ本来のこの場に合わない異様な光景であることに変わりはなく、エルダーリッチの何かを確認するかのような声がただただ不気味だった。

 

「なんだ、本当に弱いな…第五位階ではどうかな?〈龍電(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

龍の咆哮のような雷鳴が轟き、白磁の指先より迸る(いかずち)によって一瞬にして兵士の一人を絶命させてしまった。辺りに肉の焦げるような臭いが漂い、黒焦げになった身体からは()()()()と燻る音とともに煙が上がっていた。何故かエルダーリッチは困惑していたが。

 

「えぇ…マジで?」

 

「ふぅん…。──よっ」

 

ベチャ!

 

恐怖のあまりに化け物から背を向けて逃げようとした兵士の背後に突如として美少女が現れ、その直後に何か潰れた音がした。

何歩かよろめいてから崩れ落ちた兵士の首より上が消えており、首元からは鮮血が脈拍に合わせて噴き出していた。音のした方をよくよく見れば何か赤いモノや桃色のモノが割れてめり込んだ兜を中心に辺りの木々に点々と付いていた。

 

「おぉー…殴っても怪我をしないってことは相当[れべる]が低いですね」

 

「みたいですね…ん?」

 

──不味い、ついに興味がこっちに移った。

 

村娘は逃げるか抵抗するか考え、全てが無駄だと直ぐに悟る。自分達を追い回していた兵士達をいとも容易く屠ったこの化け物達を相手に抵抗など意味がない。逃げるにしても一瞬で兵士の背後に回った麗人がすぐに追い付くだろう。

大人しくしていれば苦しまずに死ねるかも…と苦悶の表情で死亡した兵士を見ながら後ろ向きな考えをしてしまう。

 

「なんだ、怪我をしているな…ほら、飲みなさい」

 

骸骨がへたり込む村娘に目線を合わせて取り出したのは血のように赤い薬。血そのものか、そうでないならば毒薬か何かだろうか。これを飲む代わりに妹は見逃しては貰えないだろうかと姉は考えた。

 

「のっ飲みます!ですから妹の命だけは…!」

 

「お姉ちゃん、ダメ!」

 

健気にも姉が自身を犠牲にして妹を見逃して貰うよう懇願する。しかし妹は妹で恐らくは薬を飲むと死ぬか、さもなくば姉が恐ろしい化物に変わってしまうとでも思ったのだろう。必死に姉の想いを阻もうとする。

美しい姉妹愛が繰り広げられる中、魔王は突然始まった姉妹による寸劇(お涙頂戴)に呆然とし、問題児は肩を()()()()と震わせるのだった。

 

「も…笑わせないで下さいよ…っく…親切心でやってるのにびびられてる…っ」

 

「…えぇ…?」

 

魔王は『(あとであいつはぶっ飛ばす)』と心に決めながら本気で困惑していた。自分の姿(アンデッド)が怖がられている原因ということに全く気付けないでいる。

しかし、これはある意味仕方がないといえた。配下である子供(NPC)達は怖がるどころか崇拝するし、隣で笑いを堪える問題児がいるためにまだどこかゲーム(ユグドラシル)の延長上のようにも思っている節がある。

だから()()()()()()()()()()()()。それは隣で笑っている問題児も同様だった。

 

「モモンガ様、準備に時間が掛かり申し訳御座いません」

 

「大変お待たせ致しました」

 

と、そこへ『ヘルメス・トリスメギストス』を装備し完全武装のアルベドと見た目は変わらないがやる気が漲っているセバスが〈転移門〉を通って現れた。

この中で唯一人間に見えるセバスに姉妹は縋りそうになったが、アンデッドに敬語を使っていることと鋭すぎる眼光に気圧されて、結局は押し黙るしかなかった。

 

「いや、実に良いタイミングだ。アルベドは私の、セバスはこいつの盾役(タンク)を頼む」

 

『ハッ!』

 

「こいつとか、どいひー。──…んで、君は何でさっさと()()飲まないの?ねぇ?」

 

極々僅かな怒気を含ませて姫が魔王の手の中のポーションを指差して問い質す。それは言うことを聞かない稚児に対する母親の苛立ちとも言えぬようなもの。しかし、姉妹には効果は抜群だった。今まで平和な人生を送ってきた中で突然にして、それも怒涛の勢いで死線が襲い掛かってきていたのだ。その死線を容易く屠った相手のほんの僅かな怒気とはいえ、それを一身に浴びてしまったことにより閉じていた門が決壊してしまうのも仕方ないといえる。

 

『ひっ…』

 

じわぁ…と姉妹の股間が濡れる。漂うアンモニア臭。何とも言えぬ冷めた空気。隣の魔王からの冷ややかな視線に耐え切れずに姫はそっぽを向いた。それを見た魔王はため息の真似事をして、仕方なくフォローに入った。なんで立場が逆転してんだよ…と内心で悪態をつきながらも努めてアンモニアをスルーして娘に飲むよう促す。

 

「…回復の薬だから早く飲みなさい。そのままだと死ぬぞ」

 

「っ!──…うそ!?」

 

意を決して姉の方が赤い薬を一気に飲み干すと劇的な変化が起こった。背中の創傷と手の骨折が瞬く間に治り、姉妹の表情が驚愕に染まる。魔王と姫がそんなに効果が高かったっけか?と内心で首を傾げてしまうほどだ。

しかし、この赤いポーション…下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)はユグドラシルでは序盤に手に入るアイテムで回復量も高くない。というか低い。

無いよりはあった方がいいが、これを使う(ひま)があるなら火力を叩き込むかもっと高位のポーションやエリクサー類を使えという話になる。

一番の謎は何故に最高レベルの不死者(アンデッド)が序盤の回復アイテムなぞ持っていたのかいうことだが、単に蒐集家(コレクター)としての勿体無い精神なだけということを知っているのは姫だけである。

 

「うむ…問題なく効果は発動したようだな」

 

「へぇ、傷ってこんな感じで回復するんですねぇ」

 

助けるという意味は勿論だが、それには()()()の現地人にユグドラシルのアイテムが通用するかの実験の意味も含まれており、きちんと効果が働くことに魔王は満足そうに頷いた。

問題児は今まで何度か怪我をしているが、自分の目で見たのは骨折した手の治療だけだ。創傷を負った時は全て気絶か意識朦朧としており、意識がある時に目にするのは今回が初めてで姉らしき方の背中を無遠慮に()()()()と見ていた。

好奇の視線を受ける娘は居心地が非常に悪そうで妹の方を守るようにして抱き締め、震えている。妹は姉が食べられてしまうとでも思っているのか今にも泣きそうだが、声を立てないように必死に噛み殺していた。健気な姉妹愛ではあるが、残念ながらそれに感じ入る者はここにはいなかった。

 

「それじゃあ、ちょっくら行ってきます。せばやん、行くよ」

 

「ハッ」

 

「はいはい。囮の可能性もあるので油断しないで下さいよ」

 

姫は手を上げてそれに応えて、セバスとともに微かに悲鳴が聞こえる方へ走り出そうとする。姉妹は意を決して声を上げた。

 

「あ、あの!助けて頂いてありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

どれだけ恐ろしい存在であろうと命の危機を救って貰った事に変わりはない。姉妹はどこまでも純粋で、芯が通っていた。姫は駆け出そうとした右足を止めて肩越しに振り向き、二人にサムズアップでそれに応えると追従する老執事とともに霞のように消えてしまった。

 

「あ…(お名前…)

 

「ふむ、礼をきちんと言えることは良い事だ…さて、いくつか聞きたいことがある。良いかな?」

 

「は、はい。あ、あの…モモンガ様で宜しいのでしょうか?傷を治して頂きありがとうございます」

 

「お姉ちゃんを助けて頂いてありがとうございます!」

 

あの状況で名前をしっかり聞けていたのは、ひとえに助かりたい一心からだろう。もし、万が一にでも聞き逃しあまつさえ『骸骨さん』などと言おうものなら近くで禍々しい鎧を着込んだ人物に一瞬も掛からずに妹ともども斬り刻まれていた。

その後に怒った魔王から説教を受けて、何だかんだで最終的に()()()()と不気味な動きを始めるに違いない。閑話休題。

ともかく礼儀正しい二人に魔王は内心では大いに感心しており、どこぞの問題児に爪の垢でも飲ませてやりたいと本気で思っていた。

 

「うむ…それでお前達は魔法というものを知っているか?」

 

「は、はい…時々、村に来られる薬師…私の友人が魔法を使えます…」

 

その答えに魔王は満足そうに頷く。魔法が世界に浸透しているならば、()()()()と隠れて使う必要もない。

 

「なら話は早いな、私は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。そして、もう一つ聞きたいことがあるのだが怒らないから正直に話してほしい…なぜ先程はあんなに怯えていたのだ?」

 

魔王は本当に不思議でしょうがなかった。()()()には来たばかりで悪い事はしていないハズ。むしろ人助けという善い事をしに来たハズ。それなのにあそこまで怯えられると少しばかりショックだった。

魔王がそんなことを考えているとは知る由もなく、問われた姉は生唾を飲み込み緊張を顕にする。妹の方は質問の意味がよく分かっていないようで、首を傾げていた。ほんの少しの覚悟の時間を挟み、姉は息を整えて正直に答える。

 

「…不死者は生者を憎むと聞きます。失礼かもしれませんが、モモンガ様は不死者でいらっしゃいますよね?…どうして私達を助けて下さったのでしょうか」

 

──…アアァァ!!ヤッチャッタ!?

 

見た目はそのまま骸骨の魔王。相方はパッと見は人だが、小さい角が生えておりすぐに異形種だと分かる。

愛しい人が『怒らない』と約束してしまったために言葉を挟めず隣で不機嫌オーラを醸し出すアルベド。魔王はそちらは放っておいてどうするか逡巡する。そのせいで姉妹はびびりまくっているが、死ぬわけでもなさそうなのでそちらも放置した。

実験も兼ねて記憶操作…いや、失敗したら折角助けたのに()()()()。殺すなど論外。

 

──…純粋そうだし、取り敢えず黙ってて貰うか。

 

「う、うむ…まぁ、かつての恩返し…みたいなものだ。たまにはこういう不死者がいてもよかろう。それよりも私が不死者だということは黙っていてくれないか?」

 

()()()の方は多分、手遅れだ。あの足の速さならもう衆目に晒されているだろうし、何か言い訳でも考えておかねばならない。

 

「は、はい!命の恩人様の事は決して誰にも言いません!」

 

「ネムも黙ってます!」

 

──ええ子達や…()()()だったら、きっとすぐに言い触らすな。

 

近くにはいない筈なのに想像しただけでムカムカしてきた。問題児としてはいい迷惑なのだが、自業自得である。

 

「さて、それでは…」

 

生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)

 

矢守り(ウォール・オブ・)の障壁(プロテクションフロムアローズ)

 

魔王が未だ不安そうに抱き合う姉妹に、生物と矢などの飛び道具を通さないドーム状の障壁を張ってやる。あの兵士達程度ならばこれで問題はない。わざわざ危険を顧みずに助けたのだ、知らないところで死なれても寝覚めは悪い。

ただ、この世界にどんな魔法があるか分からないため、そちらの障壁は唱えない。万が一にでも魔法詠唱者が襲ってきたら諦めて貰うしかないだろう。その時は残念だが致し方あるまい。

 

「その障壁は生物と矢を通さない。そこから出ないうちは安全だ…それとついでだ。これも渡しておこう」

 

魔王がある物を姉妹に向かって放り投げる。それは障壁を()()()と抜けて姉妹の前に音を立てて着地する。見た目は赤い紐が付いた動物の骨か何かで出来たみすぼらしい角笛、それが二つ。

 

小鬼(ゴブリン)将軍の角笛という。それを吹けばゴブリンというモンスターがお前達を守るために姿を現すだろう。いざという時に使いなさい」

 

「あ、ありがとうございます…。──すみません!図々しいのは分かっています!でも、あなた様方しか頼れる方がいないんです!どうか、どうかお母さんとお父さんを助けて下さい!お願いします!」

 

「お願いします!」

 

(まなじり)に涙を溜め、正しく運用された土下座で懇願する姉妹。それを見やる魔王の胸中は如何程か。眼窩に灯る光は大して興味がなさそうにも、大いに感動しているようにも見えた。どちらにせよ、魔王は静かに告げる。

 

「よかろう。生きていれば助けよう」

 

一人だろうと何人だろうと些事である。まるでそのようにも取れるほどにその口調は軽く、ぎりぎりのところで生き残った弱い存在の姉妹からすればそれは途轍もなく強い力を持った言霊だった。

 

「あ…ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

本当に純粋な子達だと魔王は思う。裏を返せば、死んでいれば放置するということだ。傍から聞けば薄情にも見えるだろう。それ程の力を持ちながら何故、と。

 

その答えは至って単純(シンプル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雑魚ばっかだなぁ」

 

「脅威がないというのは良いことだと愚考致しますが」

 

「まぁ、そうなんだけどね。それで?人助けが出来た感想は?」

 

「どこか満たされる想いです、母上」

 

「…ふふー!分かってきたねぇせばやん!」

 

 

 

──つづく。

 




バレバレですが、誰の父親かはあえてボカシました。そっちのがそれっぽく読めると思いまして。
あと勝手に殺してごめんなさい。

時系列は適当です。
割愛したシーンはいずれ番外編でやれればと思います。


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本編14─ファーストコンタクト(2)

新たな手法を取り入れてみました。
ちょっと読みづらいかもしれませんが、お付き合い頂ければ幸いです。



平和な村に突如として現れた暴力。それは力無き村人達を蹂躙していき、中央の広場へと追い立てた。他の村々と同様の手口で行われるそれは最初と比べると随分と手慣れてきたものだ。村人を中央に集めて殺戮するだけの単純作業。極一部に斬り殺す事や犯す事などに快楽を見出す堕落者もいたが。

それはともかくとして残る作業は数人の村人を生かしつつ残りは殺して村を燃やしておしまい、それだけだった。その筈だった。

 

「──…思ってた以上につまらんね」

 

「左様で御座いますか」

 

──こいつらは一体なんだというのだ。

 

 

 

 

 

風を切って走る二つの影。一方は絶世の美貌を持つ不可思議な服を着崩した鬼の姫。もう一方は老いを感じさせない動きで追従する老執事。悲鳴のする方へ向かって土を蹴っていくと村人が広場に集められているのが見えた。家屋の陰に隠れて様子を伺うと生き残った村人達が肩を寄せ合って怯えている。

 

「ふふー、登場は優雅に決めたいね…せばやん、武器破壊してから行くからちょっと待ってて」

 

「…ハッ、かしこまりました」

 

返事が遅れたのは、向こうにいる兵士に強者がいないか確認したからだろう。せばやんと呼ばれた老執事は万が一もあってはならないと考える。強者と自覚する己ですら当てることの出来ないであろう至高の御身に当てられる者などいよう筈もないが、それでも油断など絶対にしてはいけない。ただでさえ危なっかしいのだ、警戒は決して解かずに傍に控えた。

一方の姫は安穏としたもので〝さっきの奴らは全力で動いたら見えてなかったっぽいから今回もそれで行けばいい感じにやれんじゃねぇ?〟と老執事の苦労も知らずに気楽に考えていた。

()()()()()はタイミングが大事だと昔のメンバーから学んだ姫は、じっとその時を待つ。老執事は辺りの警戒に全力を注ぐ。それが至高の玉体を傷付ける可能性があるならば蟻一匹とて見逃しはしない、その一心で。

やがて、兵士の一人が村人を斬ろうと振り上げた。

 

──()()だっ。

 

振り下ろし始めた兵士へ全速力で駆ける。この場でそれを知覚できるのは傍で控えていた老執事のみ。時が止まったかのように静止した中で姫はその手に持つ刀を抜いて、村人に襲い掛かる凶刃へと交差させると直ぐ様に元いた場所へと戻った。

一陣の風が吹くと振り下ろした筈の剣は粉々に砕け散っており、命を散らすと覚悟していた者と奪おうと悦に浸っていた者が呆然と見つめ合うという不思議な自体に陥っている。突然のことに周りも唖然とするしかなく、虚を突くには十分な間といえた。

 

「行くよ。あくまで優雅にね」

 

「かしこまりました」

 

家の陰からゆっくりと姿を現せば、場は騒然となった。当然だ、その美貌はあまりにも現実離れしていて村人も兵士も皆驚きのあまり目を見開いている。しかし、その後の兵士達の舐めるような視線が姫は気になった。後ろの老執事がややお怒り気味なのも。

ただ、騒然とする中でも何人かは手に持つ得物と額の角に気付いて警戒し始めたが、レベルが違い過ぎていくら警戒しようと話にならないのは滑稽に思えた。

 

「あなた達、随分とお楽しみのようね」

 

「…何だ貴様は?」

 

透き通るように美しい声は、しかしよく通り美貌と相まって周りの者を感嘆とさせる。後ろの老執事は当然とばかりに胸を張っていた。そんな中で勇敢なのか図太いのか、近付いて問い掛けてきたのは鎧の上からでも分かるくらいにひょろ長い体躯をした兵士とは思えないほど線の細い男だ。他の兵士よりも一層粘っこい視線は、何とも悍ましさを感じさせる。

 

「通りすがりの…『正義の味方』かな。どう?」

 

「素晴らしい響きです。その通りで御座います」

 

この場において物怖じせず、あまつさえ目の前の男をあしらうような雰囲気はむしろ余裕に溢れている。村人は得体の知れない輩に怯え、舐めるような視線を送っていた兵士達もこの状況で余裕を崩さない態度に警戒心を顕にする。

そんな中で目の前の()()な男はあしらわれた事に苛立ち、腰にある剣を抜いた。ここまで自分より弱い者だけを相手にしてきたことにより増長していたのもあったのだろう。姫の美貌に打たれ湧き出た我欲に囚われず、冷静に観察すれば額の角と手に持つ得物にすぐ気付けた筈だ。

 

「貴様ァ!この状況でふざけるとは大した度胸だな!?」

 

「…そんな度胸だからここにいるんじゃないか。君は馬鹿だね?」

 

カッとなった男は剣を振り上げて怒りのままに振り下ろした。姫は後ろの執事を手で制してあまりにも遅い剣の動きを前にどうするか逡巡する。

〝壊すもよし、腕を折るもよし、殺すのは()()なし、だ。〟

そこで、ふとある事を思い立ちようやく目の前まで降りてきた剣を親指と人差し指でそっと摘んだ。()()()と止まった剣は岩に打ち付けられたかのようにびくともせず、綺麗な指に大人しく摘まれたままだ。

 

「なぁ!?」

 

「…うーん」

 

「如何なさいましたか」

 

驚愕する周りをよそに姫は些か不満そうだ。老執事は何か不味いことでもあったのだろうかと内心で気を揉むが〝優雅に。〟という命令を遵守し、心情はおくびにも出さずに尋ねた。目の前の男は剣を動かそうと一所懸命だが、相変わらず震えもしない。

 

「いや、白刃取りっていうのを試してみたんだけど…思ってた以上につまらんね」

 

「左様で御座いますか」

 

「なん…何なんだ!貴様らは!」

 

男が叫ぶと同時に兵士達が剣を抜くとまた先程のような一陣の風が通り抜ける。すると、抜かれた()()の剣は粉々に砕け散り再び場が騒然となる。村人はもう何がなんだか分からず身を寄せ合い、頼れる相棒(得物)を失った兵士達も狼狽えるばかりだ。目の前の男も混乱して訳の分からない言葉をただただ叫んでいる。

 

オオオァァァアアアアアア!!!

 

その時、更にこの場を混沌に陥れる地獄の咆哮が彼方より鳴り響いた。それは空気を揺らし、森から鳥達が一斉に羽ばたいて逃げ出す様はまるで天変地異の前触れのような恐ろしさが感じられる。重厚で規則正しい地響きは何か恐ろしいモノがこちらに向かって来ている、と二人を除いたその場の全員が恐怖とともに直感で理解した。

そして、すぐに『それ』は現れた。巨大な体躯を鎧で包み右手には波打つ刃の長大なフランベルジュを、左手にはその巨体を覆うほどの大きなタワーシールドを持つ騎士。しかし、生きてはいない。禍々しい角を生やした兜や鎧の隙間から見える顔や体表は朽ち果てており、その窪んだ目には生者を憎む不死者(アンデッド)特有の赤い光が揺らめいていた。

 

「グオオオォォ!!」

 

それは唸り声を上げると一番近い兵士まで恐るべき速さで近付き、巨大なタワーシールドでかち上げた。皆恐怖で身体が固まりその様はまるで蛇に睨まれた蛙のよう。兵士()()()()()は赤い何かを撒き散らしながら宙を舞い、やがて()()()()と地面に叩き付けられた。死体は従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となり、うめき声を上げて起き上がる。

あまりにも現実離れした光景に誰もがこれは()()の悪い白昼夢だと信じて疑わなかった。もう一度、近くにいた別の兵士が巨大な盾によって弾き飛ばされる。今度は宙を舞わずに地面を削りながら転がっていった。鈍い音が何度も発せられ、止まった時には壊れた人形になっていた。当然のように、そちらもうめき声を上げ始める。三度目、兵士の一人は地面と一体化した。こちらは…うめき声がくぐもっており、四肢は地面にめり込んでとても動けそうにないが。

堰を切ったように泣き叫ぶ兵士達。村人達はこちらに来ないよう隅で必死に身を小さくしている。

そんな中で姫は呆然とその光景を眺めていた。目の前の男が金切り声を上げて特に五月蝿かったので、鞘で脳天から殴ったら頭が首にめり込んで静かになった。老執事は気配から偉大なる主…いや、父が創造した者と理解しており、指示がない限りは姫の護衛に尽くすべきと判断した。

 

「…えぇ…なにこれ…」

 

「恐らくは父上の死の騎士(デス・ナイト)かと思われますが」

 

それは姫にも予想は付いていた。というかそれしかないだろう。問題は何で護るべき主人を置いてこんなところで遊んでいるのかということだ。現実になった事で召喚モンスターが言うことを聞かなくなったのかと危惧するもそれはないなと即断した。何故ならば、もっと気軽に狩れる獲物が近くで縮こまっているからだ。そもそも、あれだけ派手に暴れておいてこちらの方に余波が一切来ないということが不可解だった。よくよく見れば、死の騎士から()()()()と視線を感じる。

 

──…もしかして、気を遣ってる?

 

ユグドラシルの頃にはよく見かけたため、恐ろしさというのは全く感じない。それどころかその特殊能力からギルド長に愛用されており、自分には直接関係なかったがそれでも信頼されているその姿に一定の愛着は持っていた。それが現実となり、ましてやこちらを気遣うなどというプログラムには決して出来ない仕草に()()()()を感じたのは気のせいではないだろう。

 

「…あの子、欲しいかも」

 

「…左様で御座いますか。後でお伺いを立ててみましょう」

 

それは無意識の呟き。周りが聞けばその発言には目を剥くだろう〝お前、正気か?〟と。約一名を除いてそんな口を利いたら老執事にお灸を据えられて天に召されてしまうだろうが。

それはともかくとして、死の騎士は遊んでいた。逃げようとする奴は剣で殺し、石を投げたり辛うじて残っていた剣で立ち向かう奴は盾で弄ぶ。その様子はどことなく楽しそうで、まるで子供が虫を苛めるような純粋な残虐さで。

姫は楽しそうな様子に自分も混ざりたいと思ったが、ただでさえこちらに気を遣って遊んでいるところを邪魔するのは憚られた。むしろ、気なぞ遣わずに子供らしく遊んで欲しいというのが正直なところなのだが。

愛おしそうに死の騎士を見つめる姫を見て、老執事は人知れず妬ましそうに死の騎士を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「そこまでだ、死の騎士よ」

 

兵士達の数も半分を下回った頃、見計らったかのように上空より声が掛かる。その声と同時に死の騎士と呼ばれた邪悪な巨躯の騎士と従者の動死体は()()()と動きを止めて、声の主に跪いた。

声の主は豪奢な刺繍が施されたアカデミックガウンを羽織り、泣いているような怒っているような奇妙な面をつけている。側には禍々しくも女性らしいラインを保った鎧を着込んだ戦士らしき人物が控えていた。

下から見上げていると分かりにくかったが、ゆっくりと地面に降り立った時に改めて見るとその豪奢な衣服に奇妙な仮面はあまりにも不気味だった。不死者の騎士に翻弄されて疲弊し切っている兵士達にはもう驚く気力さえも残っていない。

その奇妙な仮面を被った大柄な男?はゆっくりと首を動かし、かろうじて生き残った兵士達を眺めていた。因みに姫は何故か俯いて口を抑え、明後日の方向を向いていた。その肩は震えており、まるで涙を堪えているようにも見えるが…。

 

『(あんにゃろう…)』ふむ…大分お疲れのようだな?」

 

「殺すなら…ひと思いに殺してくれ…!」

 

兵士の一人が掠れた声で懇願する。それを聞いた男は首を傾げて心底不思議そうに聞き返した。その言葉に兵士達は絶望を見る。

 

「お前達は…殺した村人達の懇願を聞いたのかね?」

 

「なっ…」

 

それは男にすれば嫌味でも何でもなく単純な疑問だった。相手の言う事を何も聞いていないのに自分の言う事は聞いてくれという。()()を行ってきたのに自分の番になって命乞いなど虫が良すぎる話であり、そもそもとしてそんな身勝手な振る舞いが許されるのは絶対的強者のみだ。

絶句する兵士達を置いて話は進む。それは一筋の光明にも立ち込める暗雲にも映っただろう。

 

「そうだな…二、三人だけ帰って貰うとしよう。残りは自分達で縛り上げるといい…縄はあるかね?」

 

『なっ…!?』

 

そこから始まったのは醜い争い。村人が息を切らしてどこからか持ってきた縄で弱った奴から縛り上げられ、あとは兵士達の殴り合い罵り合い。

〝お前が、いいやお前が。〟それは無責任極まりない押し付け合いだ。あまりにも下劣で見るに耐えず、男は〝別案を考えるべきだったか。〟と内心で呆れ返るほど往生際が悪い。村人達からすれば〝こんな奴らに殺されたのか。〟〝地獄に落ちろ。〟と悔し涙を流し怨嗟に満ちた視線で睨み付けることしか出来ないのが口惜しい。他方で姫は罵り合いは興味がないようで、あちらこちらを興味深そうに見ていた。

やがて選別が終わり、息を切らした顔は腫れ上がってはいるが希望に満ちた目で男を見つめる兵士が三人残った。その様子にうんざりした男は浅くため息を吐く。

 

「ハァ…お前達には誇りというものが無いのだな…。──まぁ、いい。お前達の主人、飼い主に伝えろ。この辺りで騒ぎを起こすな、起こせば死を告げに行くと!…さぁ行け!」

 

それを聞いた兵士達は()()()()と足が取られそうになりながらも必死に逃げていった。村人達はそれを汚物を見るような目つきで見送り、残った兵士に怒りの視線をぶつける。〝家族や友の仇を取りたい。〟そんな想いがありありと表情に浮かんでいるが、目の前にいる強大な力を持つであろう者達を前に迂闊なことは言えない。それ以前に命を助けて貰ったのか、はたまたこの者達が自分達を殺すのか目的が未だ不明で戦々恐々としているところもあった。

 

「あ、あなた様は…一体…」

 

「…ここが襲われているのが見えたのでね。助けに来たのです」

 

「おおぉ…」

 

端で固まっていた集団の先頭を務めていた男が立ち上がり問い掛けてきた。帽子を被ったやや小太りの中年だ。隣で一緒に立ち上がった女性は妻だろうか。その言葉で命を救われたということが実感できて、村人達の表情も幾分か和らいだのが見て取れた。

 

「そ、それで…あちらのつ、角が生えたご婦人達とあの巨大な騎士は…」

 

「ああ、()()は私の召喚したシモベです。服従しているので私の命令がない限り危険はありません。そして、彼女達は友人とその従者です。角は…生まれつきです。あまり気にしないで頂けると助かります。一足先にこっちに向かっていたようですが…」

 

物凄い強引な言い訳だが、他に言い訳が思い浮かばなかった男はこのまま押し切ることにした。

件の姫に視線が集まる。興が乗った姫にいつものお巫山戯は鳴りを潜めておりあくまで優雅に自己紹介を…とは言っても上位者の作法なぞ知らない姫は、シャルティアがやっていたお辞儀(カーテシー)の真似事で対応することにした。

 

「[さき]と申します。どうぞ、よしなに」

 

「セバスと申します」

 

〝おお…。〟と村人達から感嘆の声が漏れた。姫としてはわりかし適当にやったのだが、きっと自身の体(アバター)の性能のお陰だろう。それは見事なお辞儀でセバスとしては村人達の感嘆は当然だと言わんばかり。唯一、魔王だけが〝気持ち悪い皮被ってやがる…。〟と思っていたのはご愛嬌だ。

 

「さて…助けに来た、とは言いましても実は私達は()()事情によりお恥ずかしながらこの辺りの地理には疎いのです。報酬代わりと言っては何ですが、教えて頂けると…」

 

「おお、そうでしたか。その程度で良ければいくらでも話させて下さい…それで、差し支えなければあなた様のお名前もお聞きしたいのですが…」

 

ここで魔王はふと考えた。ここからギルドの名を拡げていけば、もしかするとこちらに来ているかもしれない仲間が気付くのではと。

しかし、一つ問題があった。目の前の友人の存在だ。個人の名として勝手に出すのは憚られるし何より先日に話した感じを思い出すと多分、この友人は許してくれないだろう。いくら問題児とはいえ大切な友人に変わりはないのだ。そして、あまり猶予もない。

 

──えぇい、ままよ!

 

「私の名はモモンガと言います。こちらはアルベド…。──そして、知るが良い!我らは誇り高きギルド『アインズ・ウール・ゴウン』なり!」

 

『…ははぁっ!』

 

腕を広げ空を仰ぐ魔王のポーズで決める。村人達は一時呆気に取られたが命の恩人のカリスマに惹かれて、一斉に頭を下げた。側に控えるアルベドとセバスはそれを見て満足そうに頷くのだった。

 

──…へぇ?

 

 

 

 

 

その後、魔王は話していた人物が村長と分かり、そのまま自宅で話をするために案内してもらった。アルベドもそのまま付いていき、残った姫とセバスは村人達に囲まれたが最初に助けた村娘を連れて来ることとその間に後片付けをしておいて欲しいことを伝えて姉妹のところへと赴いた。

死の騎士は取り敢えず村の中央で警護に当たってもらうことになった。村人達は危険はないと言われてもその威圧感からなかなか近寄りがたいのか遠巻きに見ているだけだ。命の恩人の一人?でもあるため忌避感はないようだったが。

因みに従者の動死体はセバスに処分してもらった。姫曰く〝可愛くない。〟だそうで。

 

「…お、いたいた」

 

ドーム状の障壁の中で未だ不安そうにしている姉妹を発見する。二人は姫を見るやいなや平伏してお礼を述べ始めた。

 

「ぁ…あの、さっきは助けて頂いて本当にありがとうございました!」

 

「ありがとうございました!」

 

姫としてもここまで感謝されたことはなく、どことなくこそばゆい。()()()()と頬を掻くだけで特に返事はしない。セバスはセバスでその態度は当然だと言わんばかりに胸を張る。さっきからずっとそんな感じだが、やはりカルマが極善とはいえ至高の御方より優先される事は無いということなのだろうか。

やがて顔を上げた娘が覚悟を決めた目をして問い掛けてきた。

 

「あ、あの!お名前は何と仰るんですか!?」

 

『(そんなに気合入れる必要なくねぇ…?)』[さき]です。どうぞ、よしなに」

 

片手を上げるだけでさっきのようなお辞儀はしない。ここに来る間にセバスから〝上の者は無闇に頭を下げるべきではありません。〟と小言を言われたからだ。セバスの真っ直ぐな目で見つめられるとノーと言えない問題児だった。

 

「あ、あの…出来れば、そちらのお方のお名前も…」

 

「おや、これは失礼。セバスと申します」

 

「あ、ありがとうございます…サキ様、セバス様。む、村は…どうなりましたでしょうか…?」

 

姉の方が不安そうに聞いてきた。姫の中では、村人はそれなりに生き残っているわけで無事といえるだろう。しかし、実際のところ村のことはどうでもよくなってきていた。

よく分からない村人達よりもこの娘達は礼儀正しいこと、きちんとお礼を言えること、ファーストコンタクトということもあって姫からの評価がそれなりに高い。というかぶっちゃけ気に入った。

 

「村は無事っちゃあ無事かなぁ…あ、そうだ。君らの名前は?」

 

「は、はい!エンリ・エモットと言います!」

 

「ネムです!」

 

打てば響く受け答えに満足そうに頷く姫。この姉妹の周りに張ってある障壁はそこそこ強力だが絶対ではない。世界級(ワールド)アイテムと化したこの刀を使えば破るのは容易い。

破壊耐性貫通率確定というチート能力で以って破壊スキルの一つである【マジックブレイク】を使用すれば…──

 

バキャン!

 

──と、お手軽に障壁も破壊出来る。このスキルは一定確率で『魔法で出来たもの』を破壊するスキルだ。性質としては〈解呪(ディスペル・マジック)〉に近く、〈盾壁(シールド・ウォール)〉のように体を覆うような防御魔法や〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉、果ては〈要塞創造(クリエイト・フォートレス)〉で出来た要塞も壊せる。しかし、位階や大きさに反比例して確率は格段に下がるし破壊したところでMPさえあればもう一度唱え直せば済む話で。もっと言えば、使うタイミングがない。これを使うぐらいなら防具の一つでも破壊したほうが効果は高く、乱戦時に嫌がらせ程度にしか使えない。乱発出来ない仕様だし。

余談だが〈転移門(ゲート)〉も効果時間内なら壊せることが判明している。極超低確率だったが。

〝割と死にスキルだったよなぁ…。〟と驚いている姉妹を置いてしみじみ思う姫だった。

 

「ほら、呆けてないで行くよ。[えんり]、[ねむ]」

 

『は、はいっ!』

 

まるで愛玩動物(ペット)を散歩に連れ出すような感覚で誘う。いや、姫の中ではほとんどペットと化している。かつてハムスターを飼っていたギルメンが嬉しそうにペットのことを話しているのを内心では羨ましく思っていた。

あの人曰く『ペットとは家族』とのこと。時には〝ただの愛玩動物などではない〟と熱弁されたこともある。そのペットが亡くなった時は一週間近くユグドラシルに来なかった時があったが、それを聞かされた時は姫も自分の事のように大層哀しみ沈んでいた。

もしかすると、『家族』に対して執着が強くなったのもそのペットの話を聞いたからかもしれない。家族とは親子だけの関係ではなく、その家の一員と認めれば家族なのだと理解したのが拍車を掛けた。つまり、姫にとってこの姉妹はペット枠ではあるが家族も同然となった。ファーストコンタクトゆえの愛着からか、誠実さに惹かれたか。いずれにせよ、ある意味障壁などよりも最強の加護を手に入れた姉妹だった。

 

 

 

 

 

多少なりとも覚悟していた魔王だったが、聞いたこともない国の名を聞いて本当に全く知らない別の世界へと来てしまったのだと少しばかり落胆していた。

この村はカルネ村といい、リ・エスティーゼ王国という聞いたこともない国の辺境にある。北に広がる森はトブの大森林という名称で、古より南方を支配する森の賢王といわれている大魔獣のお陰でモンスターに襲われることもなかったそうだ。

王国の周辺勢力を地図上で俯瞰的に見ると東にバハルス帝国、南にスレイン法国、やや北西にアーグランド評議国となっているらしい。

地図は伝聞で聞いたことを描いたそうで非常に大雑把な上に文字が読めないので、営業で培った記憶力をフルに使って頭に叩き込む。

因みにアルベドは外の扉の横で待って貰っている。明らかな強者以外には意識を向ける必要はないと言い含めているので問題は起きないだろう。誰かさんと違って。

 

「なるほど…」

 

「申し訳ありません…何分、ここより南にあるエ・ランテル以外に行ったことがないものでこれ以上の情報は…」

 

村長は申し訳無さそうに深々と頭を下げて謝罪しようとするも魔王が手で制する。何も知らないよりはマシ、どころか非常に有意義な情報を手に入れることが出来たのだ。大雑把でも周辺の地理が判明するのは大きい。本音としてはもう少し詳しく知りたかったが、文明レベルも大して高くはない村でこれ以上は欲張りというものだろう。

 

「いえいえ、十分です。後は…──」

 

その後の情報収集も大いに実りあるものだった。今しがた村長が口にしたエ・ランテルのこと。王国は帝国と仲が悪く、そのエ・ランテルの近くで毎年争っていること。ユグドラシル金貨とは違う貨幣。冒険者という存在。他にも色々と知りたいことはあったが、突如としてあの姉妹に掛けた障壁が消えた感覚が伝わった。恐らくは友人が破壊したのだろうとは思うが念の為に確認を取ることにした。

 

「ん…?」

 

「どうなさいました?」

 

「ああ、いえ。申し訳ありませんが、少々お待ち頂けますか?友人が何かトラブルにあったようで…」

 

不思議そうな顔をする村長夫妻に構わず〈伝言(メッセージ)〉を友人に繋げる。一応、分かりやすく誤魔化すためにこめかみに手を当てて。

 

《〈伝言〉。サキさん、障壁壊しました?》

 

《[やぁ!(ja !)だす いすと りひてぃひ!(Das ist richtig !)]》

 

《ヤメロオオオォォォ!!》

 

辿々しい発音でも連鎖反応で思い出してしまうのだろう。一人頭を抱えて悶絶する魔王。村長夫妻は何事かと心配を顕にするも気付いた魔王が慌てて〝何でもない。〟と手を横に振る。すぐに沈静化が襲うが、何ともいえない感情が燻っており悶々としていた。

 

《こ、この問題児(クソビッチ)…やけに大人しいと思っていたが、ここでぶっ込んでくるとは…》

 

《ふふー。あ、あとこの姉妹と死の騎士([です・ないと])頂戴?》

 

《いきなり何言ってんだ貴様!物じゃありません!》

 

《むぅ、駄目ですか》

 

魔王は頭痛などとは縁遠い身体の筈なのに頭が痛くなってきた。いきなり黒歴史をぶっ込んできたかと思えば、唐突に訳の分からないことを言いやがるのだ。シリアスなシーンが続いたから鬱憤でも溜まっていたのだろうか。適度に()()()()させないとその内とんでもないことをやらかしそうだと魔王は不安になった。

 

──…いや、ガス抜きの頻度高過ぎじゃねぇ…?

 

《どうしました?》

 

《ああ、いや…ハァ。取り敢えず収穫はあったのであとで情報共有しておきましょう》

 

《[べん えす まいねす ごってす びれ !(Wenn es meines Gottes Wille !)]》

 

《キョホオオォォォ!!?》

 

魔王の血を吐くような裏返った絶叫に〝あかん、壊れた。〟とちょっとだけ反省する問題児(おっさん)

〈伝言〉を交わす中で村長夫妻から奇妙な視線を一身に浴びていた魔王だったが〝これも情報伝達に必要な動作なのでお構いなく。〟と割と苦しい言い訳をしていた。しかし、そこは流石魔王のカリスマなのかすんなりと納得して貰えていた。

〝アルベドが同席してなくて本当に良かった。〟と()()とする魔王だった。

 

 

 

 

途中から慌ただしい情報収集になってしまっていたが、葬儀の準備が整ったらしく仕切り直しということで一旦はお開きにした。この世界の葬儀に興味を持った魔王と姫は情報交換をしつつ、それを遠目に眺めている。

姉妹には、両親は助けられなかったことを魔王が伝えるも姉妹共々仕方ないことと気丈に振る舞っていた。しかし、恩人から離れて村人達とともに墓前に立ち追悼を終えると堪えていたものが溢れ出たのか堰を切ったように泣き叫んでいる。

 

「…[ももんが]おにいちゃん」

 

「ヤメロ。──…駄目です。というか、そんなにあの姉妹が気に入ったんですか?」

 

見れば鬼の姫の表情はほとんど変わらないが、何かを堪えるように握り拳を作っていた。こんな友人を見るのは魔王としても初めてで珍しく思う。アルベドは表情が見えないため何を考えているかは分からないが、セバスはそんな友人を傷ましい目で見つめていた。

 

「きっとそうなのでしょうね…私の中で彼女達は[ぺっと]に()()しました。つまりは、家族といえます…家族が哀しんでいるのをただ見ているしかないのは何というか、辛いですね」

 

「…正直に言います、私にはよく分からないです。いえ、()()()()()()()()が正確でしょうか。それに死者を甦らせられる存在というのは…」

 

言い淀む魔王に友人はゆっくりと首を振った。それは否定ではなく肯定。問題児といえども流石にその危険性は理解している。

死を与える者と生を与える者。人間という生き物を理解していれば、どちらが厄介事を招くかは誰でも分かる。

 

「大丈夫です、分かっています…それより、やっぱり[ももんが]さんもですか」

 

「何となくそんな感じはしていましたが…今の会話にも違和感ないですもんね」

 

それはつまり、精神が身体に馴染んで変質しているか異形種の精神に人間の残滓や記憶といえるものがくっついてるだけなのかもしれない。二人とも人間を同族と見れず、むしろ虫に近い感覚でしか見れなかった。

魔王としては、カルネ村の住人とはそれなりに接したためか小動物程度に愛着が湧いた。姫としては、姉妹に興味と愛着を持ってペット(家族)と看做したが他の住人は石ころ程度の感覚だ。二人ともそれに違和感を持てないことが少しだけ恐ろしかった。

 

「…帰ったら[あるばむ]を見ませんか。何だか落ち着きません」

 

「ああ、それは良いですね。どうせなら皆と一緒に見ましょうよ」

 

その時、アルベドとセバスの目が()()()と光ったのはきっと気のせいではないと付け加えておく。思惑は違えども、狙いは一緒なのだろう。

姉妹の泣き叫ぶ声がいつまでも響いていた。二人はそれを、ただじっと見ているだけだった。

 

 

 

 

 

陽も傾き始めた頃、葬儀を終えた村人達は復興に励んでいた。少なくなった男手は資材を運び、女手とともに壊された家屋の修復に汗水を流している。村人達の心模様とは裏腹に空は晴れ渡っており魔王は復興を、姫は流れる雲をじっと眺めていた。傍に控える二人は主人のそれに倣うことなく辺りを警戒している。

 

「…アルベド。アルベドは…人間が嫌いか?」

 

「ハッ…正直に言いますと、好きではありません」

 

「…ふふっ」

 

魔王の問いに真実を知るアルベドは言葉を選んで答えた。姫はそれが何だか可笑しく感じてつい笑ってしまった。仮面越しにアルベドが睨んでいるのが分かる。絡んでも良かったのだが、そうすると〝セバスがきっと内心でしょぼくれる。〟と考えた姫はセバスにも問い掛けることにした。

 

「せばやんはどう思う?」

 

「ハッ…全てが、とは言いませんがきっと輝くものを持っていると信じております」

 

──…カルマが極善のセバスらしい…ん?

 

()()()()を見てもまだそんな前向きなことを言えるのは、極善ならではだろう。そう思った時に姫はふと閃いた。

〝カルマ値の影響もあんじゃねぇ?〟と。なんだかんだ言って自身もカルマ値-500の極悪。その辺りの考察も行った方がいいかもしれない。

姫が珍しく真面目なことを考えていると村人達の様子が騒がしくなっており、こちらを()()()()と盗み見ていた。

 

「また厄介事か…」

 

「…[ももんが]さんは先に帰っててもいいですよ。私は『あの子ら』を守ります」

 

姫が冷めた視線を村人達に送りながらそう宣言すると魔王は短くため息を漏らした。

 

「ハァ…あの子ら()()、でしょう?全く…それにサキさんを放っておいたら絶対に厄介事が増えますよ…」

 

仮面のせいで視線が読めないが、恐らくは姫を睨んでいるであろう魔王のその言葉には今までの苦労がありありと滲み出ていた。

問題児(おっさん)はかつてギルド間の交渉に人がいない時を狙って()()()買って出たことを思い出した。それから…ギルド間抗争に発展したのは言うまでもない。元々、潰す予定だったのが唯一の救いだが特に隣の魔王や銀ピカ騎士、世界災害からべらぼうに怒られた。他の面子はそれを見て指差して笑っていた。解せぬ。

 

「…まーた碌でもないこと考えてますね?」

 

「ふふー。あなたや銀ぴかさん、災害さんに怒られてた時を思い出しましてね?」

 

「そんなこと言ってるから特にウルベルトさんがマジギレするんですよ…ほんと懲りない人ですね」

 

『銀ピカ』でセバスが反応していたのに気付いた鬼の姫はその話は後でゆっくりしてやろうと思っていた。魔王はそんな問題児に諦めの視線を送り、先導して村人達のところへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、よりによって嫉妬[ますく]って…くすくす」

 

「うっせ問題児(クソババァ)。これしか丁度いいのがなかったんですよ」

 

「着けれるだけいいじゃないですか。私は頭部は耳以外何も装備出来ませんからねぇ」

 

「それですよ!幻術掛けようにも手遅れだし、自分で言っといて何ですが『角は生来だから気にするな』って無理がある言い訳しか思い浮かばなかったんですケド」

 

「まー、人化の指輪使うまで今回はそれでごり押しするしかないですね」

 

「…ほんっと他人事ですよねぇ」

 

「ふふー、照れるね。ま、きっとなんとでもなりますよ」

 

「褒めてねぇから!…ハァ。さっさと帰って早く『アルバム』が見たい…」

 

 

 

──つづく。

 




黒歴史やオリ主のNPCは帰宅後に出せたら…いいなぁ。

━オリ設定補足━

解呪(ディスペル・マジック)

有名な魔法だと思いますので補足するまでもないかもしれませんが、一応。
数多のメディアで扱われてるのと一緒です。D&Dは詳しくないのですが、いわゆる魔法効果解除ですね。魔法で創造したアイテムも解除できるか等までは考慮してません。

・マジックブレイク

光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジエントベリル)とかは魔法の鎧を纏うと解釈。魔法で出来たモノを壊す、という設定なので解除できます。確率は超低いですが。
〈転移門〉はふざけてやったらたまたま壊せてその後検証を重ねた結果判明しました。
因みに召喚系はあくまで魔法とは別の何かで出来たものを召喚する、だと思いますので効果はナシです。

━━

琳璋様、ドイツ語のご指摘ありがとうございます。一部修正致しました。


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本編15─セカンドコンタクト


このままオリ展開(第二部)に持っていければと思います。



村の広場に奇妙な仮面の魔王、珍妙な格好の鬼の姫、女性っぽい戦士、ナイスミドルな老執事、ただの村長。そしてやや後ろにデカい不死者(アンデッド)の騎士となかなかカオスな面子でこの村に近付いているという不審な騎士の集団に相対すべく臨んでいるわけだが…この場合はどちらが不審に映るかは甚だ疑問であった。事情を知らない者が見れば怪しい集団を騎士達が捕えに来たと言うだろう。約二名は怒り狂うだろうが。

それはともかくとして、村人曰く『怪しい集団』は間もなく遠目にだが姿を現した。武装に統一感はなく、しかし統率された動きは軍隊の()()だ。仮に正規軍なら軍備は統一されている筈だが、もしかすると漫画にあるような各自のアレンジを許された精鋭かもしれない。

先頭で馬に跨り、一際()()()()()の存在感を放って険しい表情を浮かべている髭を生やした男が目につく。この集団のトップだろうか。

一定の距離を置いて足を止め、暴力的な鋭い視線を各人へ順番に送った。村長、戦士、魔王、鬼の姫、老紳士…と思いきや視線を凄い勢いで姫の方へと戻した。その目は見開き、顔と角を交互に見遣っている。三度(みたび)瞬きを繰り返し、落ち着いたのか再び鋭くなった視線は老紳士へ移り、何かに気付いて少し上へ向けると不死者の騎士と目が合い()()()とした表情を浮かべる。

 

──…なんだ、このおっちゃん。面白いな。

 

髭を生やした『面白いおっちゃん』は不死者が動かないことを怪訝な目で見送り、魔王と村長の元へと視線を戻した。

 

「…私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らし回っている帝国の騎士達を討伐するために王より御命令を受け、村々を回っている者である」

 

〝王国戦士長…。〟と村長が零す。どの程度の規模かは分からないが、役職名と村長の反応から察するに現実(リアル)でいえば本社の役員が孫会社の現場に来るようなものかと姫は考えた。帝国の騎士を追っているということは先程のしょぼい連中は隣の国の騎士なのだろうが、『騎士』という割には随分と()()()()()連中だった気がする。帝国がしょっぱいだけか?

魔王は村長と小声で何かを話している。目の前にいるのは先程共有した情報にはなかった人物でそれの確認だろう。目の前の()()()だか()()()()だかは目を細めて値踏みするように視線を送っていたが、タイミングを見計らって口を開いた。

 

「…この村の村長だな?そちらは誰なのか教えて貰いたい」

 

「それには及びません。我々はギルド『アインズ・ウール・ゴウン』…私はギルド長を務めています、モモンガというものです。この村が襲われているのが見えたのでね、助けに来たのです」

 

口を開きかけた村長に被せるようにして魔王が自己アピールを挟む。あえて自ら攻めにいくことで会話の主導権と興味を同時に取り、話を有利に進めようという肚だったと後で教えて貰ったのだが到底真似は出来そうにないと感じた姫だった。

そんな思惑を知ってか知らずにか、それを聞いた『面白いおっちゃん』は馬から降りた。重苦しい金属の擦れ合う音が響く。いかつい顔つきは一層厳しくなり、微かな緊張感が生まれる。

 

「この村を救って頂き、感謝の言葉もない」

 

そう言って男は重々しく頭を下げた。村長や後ろの部下らしき者達が言葉を失っている。その様子を見た姫は先程のセバスの言葉が思い出された。なるほど、子供達にこのような顔をさせるわけにはいかないと思うのであれば上に立つものは簡単に頭を下げてはいけないのだ。

 

「…顔をお上げ下さい。たまたま発見して報酬目当てで助けただけですよ」

 

「それでも、だ。恥ずべきことだが我々は間に合わなかった…無辜の民を救ってくれたことに変わりない。それで、差し障りなければそちらの方々を紹介してほしいのだが…」

 

そう言って戦士長はこちらの方、特に姫の方へ鋭い視線を送る。その視線を受けた姫は喧嘩を売られていると思い、無表情なまま視線を交わすと戦士長は目をそらした。〝ふん。〟とどこか勝ち誇る姫。一部始終を見ていた魔王は内心で呆れていた。

 

『(なにやってんだか…。)』──これは失礼を。こちらからアルベド、サキ、セバスと言います。それと後ろにいる騎士は私が召喚したものでして、危険はありませんのでご心配なく」

 

魔王がそう告げると死の騎士(デス・ナイト)はその場に跪き、それを見ていた周りの者から〝おぉ…。〟と感嘆の声が上がる。ただ、そんな中で戦士長だけはそちらに目もくれず姫を見つめていた。その眼差しに敵意はなく、代わりに興味や困惑、疑念が含まれている。

 

「…なるほど、了解した」

 

「[がぜ()]さん。私に何か…?」

 

それは玉を転がすような声。ほとんど感情がない表情は見ようによっては物憂げにも見え、女性との免疫がほとんどなかった戦士長にとって声と顔の相乗効果は計り知れない。

額に生えた二本の角も非常に気になるが、改めて観察すれば透き通るような白磁(しろ)の肌と対照的に艷やかな漆黒(くろ)の長髪、そして引き込まれそうな深紅(あか)の瞳。それらのコントラストに戦士長は息を呑んだ。あまりにも整った容姿は天上のものか、はたまた神からの贈り物か。

見た目は噂に聞く吸血鬼(ヴァンパイア)で──角の生えた吸血鬼など聞いたことはないが──彼らは魅了の術を使うと聞く。惹き付けられるのは魅了によるものかもしれない。〝これはいけない。〟と戦士長は気を引き締めた。

 

「…ガゼ()、だ。失礼、その額にある角は…?」

 

「ああ、『これ』ですか。生まれつきですよ?」

 

姫は何でもないようにあっけらかんと答えた。額に()()()()と生えた『それら』の片方を優しく撫でている様は自身が強者であると自覚していること故の余裕。それを受けた戦士長は一層厳しい表情を浮かべる。はぐらかされたのは明白であり生まれつきならば異形種と断定すべきか逡巡する。しかし、この村の救世主の一員を無下に扱うことは出来ない。

〝だからどうした。〟と言わんばかりに周囲の空気が酷く重苦しいものに変わっていることに気付いた戦士長は、これ以上は徒らに突っ込むべきではないと判断して肝を冷やしつつ話をそらした。思わず敬語が出てしまったのも已む無しだろう。

 

「…そうですか。して、モモンガ殿。宜しければ顔を拝見させて頂けないだろうか?」

 

「ふむ、見せて差し上げたいのは山々なのですが…後ろに控える騎士の制御に必要な仮面でして。外すと暴走してしまうのですよ」

 

〝こちらもまた、はぐらかされた。〟

後ろの部下達は額面通りに受け取り困惑しているが、戦士長はそう直感した。恩義ある者に疑いなど持ちたくないが聞けば聞くほど怪しさが増していく。しかし、両者の余裕の持ちようからこれ以上の『正体』についての問答は意味がないと結論付けて話を進めることにした。

捕えた者はいるのか、いるならば尋問のための場所の確保、この村からの報酬代わりに支度金のほとんどを報奨金として譲渡。こちらは村の補助金に当ててくれと断られたが、ならばと自身の家へいずれ寄ってくれることを約束。

そのように話を進めていると新たな影が近付いてきていた。

 

 

 

 

 

村の家の一室。窓から見えるのは等間隔に並んだ人と天使。それもユグドラシルのモンスターである炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)。魔王は何年か振りに見た懐かしさと戸惑いを感じながらも幾つか疑念が湧いた。見た目が一緒の別のモンスターなのか、それともたまたまユグドラシルと同じモンスターがこちらにいるのか、もしくは…プレイヤーの存在だ。装備も使役しているモンスターもパッと見では貧弱過ぎるためにプレイヤーではないと思われる。あの天使が自分の知っている天使と同じモンスターだった場合は教えた存在がいる筈だ。

ここに来てようやくプレイヤーの存在を思い出したのは隣の問題児(ファッキンビッチ)が好き勝手に話を進めるからすっかり忘れていたのだ。あと引っ掻き回すし。

ただ、あの家族面談は非常に有意義だったと思うし、この問題児(アホ)がいると気持ち的に余裕も生まれているところもあるためにあんまり責められない。逆に余裕がない時も結構あるが…あれ、これ責めていいんじゃね?

 

「ふむ、彼らは一体…?」

 

『(知らないとこで[です]られてる気がする…。)』何なんですかね、あれ」

 

「…あれだけの魔法詠唱者(マジックキャスター)を揃えられるとなると限られてくる。恐らくだがスレイン法国が抱える特務部隊、『六色聖典』のうち何れかの色だろう」

 

──スレイン法国。何故その可能性を…ああ、問題児(こいつ)のせいだな。

 

魔王は()()()と隣に立つ姫を盗み見るとほぼ完全にとばっちりを受けていることは露知らずに長い黒髪を弄って遊んでいる。後ろに控えているアルベドとセバスは微動だにせず、じっと立って警戒を続けていた。

魔王は顎を擦り思案する。色々とタイミングが良過ぎるこのシチュエーションはユグドラシルでの『釣り』を思い起こさせた。()を使って釣る(狩る)…先程の騎士共が帝国に偽装した()だとするならば、その狙いは。

仮にプレイヤーが絡んでいるとしても自分達を狙うには対応が早すぎるし、悪を標榜としてきた自分達が人間の村を救うことなど考えるだろうか。今回はセバスのお陰であって本当にたまたまだ。

絡んでいない場合、帝国と王国の軋轢を拡げる欺瞞工作としか考えられないが…状況的に考えられる本命は隣にいる相変わらず厳しい顔をしている戦士長、か。

 

「…そちらに心当たりがないのであれば、答えは一つだな」

 

「…憎まれているのですね、戦士長殿は」

 

「まぁ、な…立場的には目の上のたんこぶといったところだ。困ったものだよ」

 

苦笑を浮かべる人物は誰にとっての()()()()なのか。帝国は言わずもがな、法国がわざわざリスクを冒してまで狙うその理由。捕えた騎士達を尋問しようにもタイミングがない。

そう考えていると戦士長から一つ提案が出された。

 

「──モモンガ殿。よければ雇われないか?」

 

「…おこと「よくないのでいやです」」

 

「」

 

──いきなりなに被せてんのこの問題児(クソババァ)

 

「…そ、そうか。かの騎士だけで「やだ」」

 

「「…」」

 

僅かに流れる微妙な空気。当の姫は濡れ羽色の毛先を()()()()と弄るだけで見向きもしないがそこにあるのは絶対に関わりたくないという強い意志。こんなところで妙な行動を起こさないで欲しかったが〝そういう奴だった。〟と同室させたのを魔王は少しばかり後悔していた。村の中央にある倉庫に村人達を避難させているのだが、そこの警護をさせている死の騎士のことを何故か気に入ったようだし、そいつと遊ばせておけばよかったと思う。

因みにアルベドは、魔王(愛する人)の台詞を遮られて怒り心頭なのか()()()()と震えていた。セバスはそんなアルベドを見て冷汗を掻いている。

 

「…王国の法を用いて強制徴集とい──」

 

「──何か言いました?」

 

表情は変わらない。声質も変わらず透き通るような美しさだ。ただ、何というか目に見えない重圧があった。今のは魔王も気持ちが分かる。そもそもとして根本的に力の差があり過ぎて強制力など皆無な訳だが。

変な勘違いを起こされてもたまったものではないので改めて牽制する必要があるだろう。

 

「…友人が失礼を。しかし、私としてもいずれの提案もお断りさせて頂きます…国家権力も含め何かしら力を行使されるのであればこちらとしても些か抵抗させて頂きますよ?」

 

再び沈黙が降りて仮面越しに睨み合う。姫は我関せずとでも言わんばかりにずっと髪を弄り続けている。魔王は〝いや、マジで外で遊ばせりゃ良かった…。〟と本気で後悔し始めた。

先に視線をそらしたのは戦士長だ。それを横目で見ていた姫は人知れず鼻で笑っていた。

 

「…怖いな。法国とやりあう前に全滅してしまう」

 

「ご冗談を…ですが、ご理解頂けたようで嬉しく思いますよ」

 

戦士長は目を細めて、値踏みするように二人を見つめた。話せば話すほどやはり怪しいが、何よりも力を一切感じられないのが不気味だった。魔法のことはとんと分からないが戦闘技術には一日の長を自負している。

立ち居振る舞いを見ればある程度の技量というのは自ずと見えてくるものだが、サキという人物だけはまるで分からなかった。誰よりも隙だらけで誰よりも力を感じないのにここにいる誰よりも強い。そんな確信があった。

 

「…いつまでもこうしているわけにはいくまい。モモンガ殿、サキ殿、そして従者の方々…この村を救ってくれたこと、感謝する」

 

そういって戦士長は無骨なガントレットを外して魔王に握手を求めた。魔王はそれを見やり、無礼とは知りつつこちらのガントレットは外さずに握手を交わす。戦士長はそれを咎めることもなく、力強く握り締めた。姫は髪弄りを止めて、それを感情の篭っていない視線で眺めている。アルベドは何も変わらないが、セバスだけはどこか誇らしげに胸を張っていた。

 

「本当に…本当に感謝する。よくぞ、無辜の民を救ってくれた。そして、不躾で申し訳無いのだが…もう一度、村人達を守ってくれまいか」

 

「…勿論です。我ら、アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて必ず守ってみせましょう」

 

その時、初めて姫の表情に変化があった。ほんの極々僅かな変化だが、目を見開いているようだった。瞬き程度の時間で元に戻ったが。

戦士長はその変化には気付かず、眼に不退転の覚悟を秘めて微笑を浮かべた。

 

「かたじけない…これで我らに後顧の憂いはない。前を見据えて駆け抜けよう」

 

「…でしたら、餞別にこれを」

 

そう言って魔王が差し出したのは何の変哲もない木製の人形。戦士長は〝君からの品だ、有難く受け取っておこう。〟と疑いもせずに受け取ると囮になることを告げて部下と共に家から出て行った。残る四人の間に沈黙が降りる。最初に破ったのは姫だ。

 

「…()()に愛着でも湧きました?」

 

「まぁ…そうですね。画像で見た犬猫程度には。──って、誤魔化そうったってそうはいきませんからね!何ですかさっきの!」

 

魔王は先程の姫の行動に()()()()怒っていた。思惑は分からないがここで見逃してしまっては間違いなく助長する。子供達の前とはいえ、きちんと叱っておかなければならない。場合によっては後で説教コースだ。

 

「…なんか()()()()んですよ。軍事の長が狙われるのは理解出来ますが、そもそもなんでこんな片田舎にまで出張ってくる必要があるんですか。毎年戦争やってんのに近隣に常備兵はいないんですかね。──それに法国って名前からして宗教国家ですよね?領地拡大とか関係なさそうなのに、なんで帝国に偽装してまで絡んでくるんですかね…正直、傍観者に務めたいです」

 

意外とまともな事を考えていることに魔王は少し驚いた。もっとアホなことを考えているものとばっかり思っていたのだ。アルベドも似たようなもので先程の怒りより感心するように僅かに顎を下げた。

 

「…意外とマトモなこと考えてるんですね」

 

「いや、私は結構まともですよ?やってることがあほなだけで」

 

「余計に質が悪いわ!…ハァ。とにかく、一旦村人達のところへ行きましょう」

 

「あ、ちょい待ち」

 

家から出て行こうとする魔王を姫は引き留めた。まだ何かあるのかと魔王は疑いと期待の半々の眼差しで肩越しに振り返る。仮面で目線は見えないが。

 

「[でみ]ちゃんに連絡取って下さい。隠密と捕縛が得意な子をここに連れて来てって」

 

「…考えることは同じですね。()()()()を捕まえて色々と『お話』をさせて貰いましょうか…」

 

多分、お互いに人間だった頃ならば悪い顔をしていただろう。まさしく、悪のギルドに相応しい表情といえた。アルベド曰く〝嗚呼、あくどい顔も素敵ですモモンガ様。〟とのことだ。仮面被っている上に中身は骨なのだが、どうやって判別しているかは不明だ。

 

 

 

 

 

「ぐっ…」

 

「よく耐えた…だが、ここまでだな?ガゼフ・ストロノーフ!」

 

吼えるのは頬に傷を持つ男、スレイン法国の特務部隊『六色聖典』の一、陽光聖典の隊長だ。部隊の中でも一人だけ素顔を晒しており従える天使も別格の強さを持つ。自ら動くことはなく的確な指示を随時行い、隊列の中央奥より相対する男を見据えている。

戦士長の身体は既に満身創痍だ。そして敵の天使は何度屠っても完全な状態で再び襲い掛かる。元々の戦力差は絶望的でむしろ善戦したほうだろう。下衆な貴族の横槍が無ければ、完全装備を用いることが出来ていればまだ勝ちの目はあったのだが…。

既に部下達はやられてしまいあちらこちらで横たわっている。まだ息はあるようだが、このままでは全滅は免れない。部下達の命が散ってしまうことが悔やまれるが、そんなことを零してしまえば部下達から怒られてしまう。

死の淵に立っているというのにそんな他愛もないことを考えていると思うと、代わりに笑みが零れた。

 

「フッ…」

 

「…何が可笑しい。気でも触れたか?」

 

「どう、だろうな…だ、だが気が触れようと…俺は負けん。む、無辜の民を護るためにも…俺は、負けるわけにはいかん!!」

 

満身創痍でもこの裂帛の気合。精鋭中の精鋭である筈の陽光聖典の隊員でも気合に押されて身が竦む者が出るほどだ。流石、王国最強と謳われるだけのことはあった。

だが、隊長は余裕を崩さない。司令塔である隊長は何があっても余裕を崩すわけにはいかない。口は嘲笑を形作っているが、その鋭い視線に油断はない。

 

「フン、よく吼える…そんな身体で何が出来る?無駄な足掻きは止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

「…ぐっ…何も出来ない、と思うならば…お前が…こ、ここまで来て…首を取ったらどうだ?」

 

そう挑発する戦士長の体は震え、剣を杖の代わりにせねばもはや満足に立つことも出来ない。確かに見た限りでは首を取るのは容易いだろう。しかし、油断や慢心は決してしない。この男のことだ、この状態でも相打ち覚悟で武技を使ってくる。まず間違いない。

 

「ハッ、口は回るようだな?無駄なことだ…貴様はここで死ぬ。その後、口封じに村人達も全員殺す…貴様がやっているのは時間を先延ばしにしているだけに過ぎん」

 

「クッ…クク…」

 

戦士長が笑みを浮かべる。それは嘲笑に近く、死に体だというのに余裕のあるその姿を見た隊長は、本当に気が触れてしまったかとむしろ憐れにすら思う。

 

「あ、あの村には…俺など、足元にも及ばぬ…方達がいる…い、命が惜しければ…俺だけで我慢することだ、な…」

 

「フゥ…本当に気が触れてしまったか。さっさと止めを刺してやるべきだったな」

 

隊長は憐憫を込めてため息まじりにそう零した。この片田舎に王国最強を超える者がいるのならば、何故助けに来ない。最後の最期まで民草を想うその姿勢には頭が下がるが、それはこちらとて同じこと。いや、むしろ人類の未来を想うこちらの方がより重い。多数を救うためには少数の犠牲は已む無し、だ。

 

「残念だよ…貴様が()()()側の人間だったならばどれだけ人類に貢献出来たか…。──天使達よ、この男を殺せ!」

 

無数の羽ばたきが重なる。力を振り絞り、いくら足掻こうと戦士長の命運は尽きた。その筈だった。

 

 

 

 

 

《そろそろ交代だな。》

 

 

 

 

 

死ぬ筈だった戦士長の代わりにいつの間にか複数の人影が立っていた。それはあまりにも異様な組み合わせの胡散臭い集団だ。

面妖な仮面を被った魔法詠唱者らしき者、女性らしいラインを保った禍々しい鎧を着込んだ戦士、鷹の目のような鋭い眼光の老執事、そして…。

 

──…異形種だと?

 

額から生やした小さな角が二本、白い肌、紅の眼、長い黒髪。見たこともない種だが、紛れもなく異形種だろう。人類の敵であり、いつもならば有無を言わさずに殲滅した。

しかし、異形種であることを隠しもしないこの集団には見覚えがあった。確か、()()()()()()に似たようなのがいたはずだ。

 

(…まさか、な)

 

古より、かの『八欲王』をして諸悪の根源と恐れられたという伝説を聞いたことがある。

〝邪悪なる神々が降臨せしとき世界は滅びる。〟とも…。

 

──もし、本物ならば。

 

「…初めまして、スレイン法国の皆さん。我々はギルド、アインズ・ウール・ゴウン。私は長を務めます、モモンガという者です」

 

隊長であるニグン・グリッド・ルーインは逡巡する。本物ならば人類どころか世界の危機。だが、秘密結社であるズーラーノーンもかの経典を持つという。まさか、名を騙っているだけか…?

 

「隣からアルベド、セバス、そして友人のサキと言います…皆さんに幾つか聞きたいことがあるのですが、少しばかりお時間を頂けますか?」

 

全て経典に書かれている名だ。装備もそのままだが、偽装している可能性がある。まだ判断しかねるため、顎をしゃくって続きを促した。

 

「素晴らしい…お時間を頂けるようで有り難い。なに、簡単なものです。お時間は取らせません…。──その天使達はアークエンジェル・フレイムという天使で合っていますね?」

 

意図が読めない。仮に本物だとしてもこれは神から賜った魔法の一つだ。どちらにせよ知らない筈がない。何を企んでいる…?

疑問は尽きないが、話を進めるため首肯して続きを促すことにした。

 

「その通りだが…それがどうした?」

 

「単純な確認ですよ。次にユグドラシルという単語をご存知で?」

 

記憶を辿るがそのような単語は知らない。あの経典にも載っていなかった筈だが。ただ、あまりにも膨大な量だったために全てを暗記している訳ではないし不明な単語も無数にあったため、もしかすると…。

ニグンはこの出会いが分岐点だと直感した。万が一でもこの者達が邪神とその従属神であったならば。末恐ろしい未来を想像し、背筋が凍る。

しかし、知っていると嘘を付いたところですぐにボロが出る。ここは正直に言うしかない。ついでに主導権を握れれば御の字か。

 

「…いや、知らんな。それよりこちらの質問にも答えて貰おう…ガゼフ・ストロノーフをどこへやった?」

 

「今は戦士長殿の部下共々、村におりますよ」

 

いけしゃあしゃあと返された。というより、一つの事実に対して一つの疑問が湧き上がった。今更だが…仮にズーラーノーンだとして何故ガゼフ・ストロノーフを助ける真似を?何かの生贄にしようと企んでいるのか。

しかし、ならば何故あの村を助けた。それも生贄というならば、タイミングを見計らっていた?だが、それならば我々の事を知らない筈がない。いくらズーラーノーンとはいえ、我々とまともに張り合えばどちらもただでは済まない筈だ。ならば、何故…。

無数の『何故』がニグンを襲う。袋小路に入り掛けて、抜け出せたのは仮面の男の台詞だった。そして抜け出した勢いそのままに、挑発に乗ってしまったことを後悔する。

 

「…何を迷っておられるのかな。今頃になって良心の呵責でも湧いてきましたか?」

 

「…フン、まさか。だが、ズーラーノーンにしては随分と大きく出たな?まさか、あの邪神共の真似事とは…。──っ!?」

 

その時、空気が変わった。まだ陽は沈んでいないというのに暗闇に包まれたかのような圧迫感。隣に死神が立っているかのような強烈な寒気。隊員達はざわめき立ち、叱責しようにも目の前の存在から視線を外すことが出来ない。

 

「邪神の真似事、ねぇ…知っていることを話して貰おうかな?」

 

「我々は紛れもなくアインズ・ウール・ゴウン。ズラだか何だか知らんが、訳の分からん馬の骨と一緒にしないで貰おうか?」

 

口調もそうだが、この重圧感。玉の転がるような声もそうとは思えないほど頭の芯に重く響いた。従者と思われる二人が何も反応しないことが却って不気味だった。

神人である漆黒聖典の『第一席次』と会ったこともあるが、彼とてこれほどの重圧感(プレッシャー)を与えられるかは定かではない。つまり。

 

──不味い、ズーラーノーンではない!?恐らくは()()…!?

 

何としても本国へ報告しなくてはならない。人類どころか世界の危機。未曾有の大災厄…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【()()()()()()()()()()()】」

 

──…は?

 

ドシャ!

 

勝手に跪いた体はそれ以降動かない。体が地面に縫い付けられたかのようだ。言葉を発することが出来ない。息は出来るのにまるで何かが喉に詰まったかのようだ。

何が起きたのか理解出来ない。目は動かせたので周りに視線を動かせば部下達も同じ目にあっていた。何が、どうなった?

 

「おお、流石[でみ]ちゃん。見事に()()()()ねぇ」

 

「恐れ入ります」

 

「という事はこいつらはレベルで言えば40以下か…」

 

玉を転がすような声に心の中に入り込むような耳に心地よい声。そして、何かを確認するような仮面の男の声が聞こえた。まるで訳が分からなかった。

 

「さて、我々が手間を掛けて救った村人達を殺すと明言したな。その発言には些か不快を覚えたものだが…」

 

「手間も省けたし[でみ]ちゃん呼んで正解でしたねぇ」

 

「いや、全くです…よくやった、デミウルゴス。褒美に後で『指輪』を渡そう」

 

「いえ、この程度で…ああ、なるほど。そういうことですか。──…失礼致しました。謹んでお受け致します」

 

何を話しているのかまるで分からないがこれだけは理解した。八欲王すら恐れた邪神達の降臨。

 

即ち、世界の終焉。

 

朗らかな空気とは対照的に人類は…いや、世界は絶望の淵に立たされた。もはや未来は、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家族と家が在ればどうでもいい」

 

「仲間達ともう一度冒険できればそれでいい」

 

「つまり?」

 

「この世界なんてぶっちゃけどうでもいいっす」

 

「おあとがよろしいようで」

 

「…サキさん、一人で何やってんですか?」

 

「!?」

 

 

 

──つづく。

 




邪悪なる経典とは一体…!?

誤解が誤解を生んでるようですが、あながち間違ってもいないという…。

絶賛セバスが嫉妬で苦い顔をしっぱなし。


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本編16─ペットとの戯れらしい


筆者はペットを飼ったことがないので、作中の表現は全て妄想です。


魔王が〈転移門(ゲート)〉と唱えると深淵を形にしたかのような暗黒の扉が生まれる。それはナザリックの入り口付近へと繋がり陽光聖典の連中をデミウルゴスの模範的引率(【支配の呪言】)により、さながら大昔にあったという『バス観光』のガイドの如くご案内して差し上げた。数多のシモベを引き連れてきてくれたので客人一人につき数体のシモベが付くという豪華さだ。

隊員達(お客様)は涙を流しながら列を崩すことなく速やかに移動し、デミウルゴスはこれからのお楽しみ(拷問)に浮き立っている。姫は表面上は無表情だが内心で()()()()としながらそんな様子を眺めていた。

 

「──それじゃあ、[でみ]ちゃん。取り敢えず数が多い下っ端からでお願いね」

 

「ハッ…『メインディッシュ』の際は母上もご覧になりますか?」

 

「そうだねぇ…折角の申し出だし、見学しようかな。[ももんが]さんはどうします?」

 

満面の笑みのデミウルゴスと、どこか楽しげに話す鬼の姫を魔王は仮面越しに見つめる。人間だった頃ならばドン引きの内容なのにやはり何も感じないのは少し怖かった。早く帰りたい。

友人が楽しそうにしているところへ水を差すのも何だかなと思うが、大事なことなので一旦村に戻ることを話すことにした。少し棘がある言い方になってしまうのは問題児(おっさん)が相手だから仕方ない。

 

「全く…まだ何も終わってないんですから後にして下さい。これから村に戻って戦士長や村長と話をしに行くんですからね?約束もありますし、折角の足掛かりを放っとく訳にはいかんでしょ」

 

その返しに姫は目を細めた。魔王は何となくそれが膨れっ面を表現していることが分かった。中身おっさんじゃなければ可愛いのにと思う。

 

「サキ、わがままはよしなさいな。いい大人なんでしょう?」

 

意外なところから意外な一言が飛び出た。これには流石にデミウルゴスやセバスも何か言いたそうな顔をしているが、当の本人が機嫌良さそうにしているため何も言えない。アルベドは何事も無かったかのようにそれを眺めていた。

これじゃどっちが親なんだか分からない。

 

「ふふー、そうだね。[でみ]ちゃん、試したいことあるから何体かは残しといてね?」

 

「ハッ、かしこまりました…それでは、お待ちしております」

 

そう言い残してデミウルゴスは暗黒の扉へと吸い込まれていった。閉じた扉は形跡すら残さず消えて、残ったのは当初の四人だけになる。

セバスは相変わらず渋い表情だったが、これは人間への仕打ちに対するというより完全に嫉妬のようだ。どうもデミウルゴスが絡むと感情が表に出てくるらしく、魔王はそんなセバスを見ると昔を思い出して心が和むのを感じていた。

 

「セバスは…デミウルゴスが嫌いか?」

 

「…いえ、嫌いというわけではありませんが…反りが合わないのは確かです」

 

()()()と横目で姫を見やれば目が合った。無言でサムズアップしてきたが意図がさっぱり分からない。というか、なんで仮面を被っているのに目が合ったのが分かるのか不思議でしょうがなかった。

 

「そうか。まぁ、無理に仲良くする必要はないだろう…さて、そろそろ行きましょうか」

 

「あいあいさー」

 

〝元は水兵の返事だったかな。〟と他愛もない事を考えながら三人を引き連れて魔王は村へと歩いて向かう。暗くなってきた空には星が瞬き始めていた。一番最初にこの光景を見ていたら我を忘れて星空に向かって飛んでいったかもしれない。

 

 

 

 

 

村に着くと心配そうな顔をした村人達に出迎えられた。戦士長達は傷が深く、応急処置的に薬草を塗り込んだりして無事ではいるが今夜は村に一泊させてもらうそうだ。

〝ひとまず脅威は去った。〟と告げれば村人達は涙を流して崇めだした。なんだこれ…。

困惑する中でも魔王は顔を上げるよう言い聞かせた。アルベドとセバスは相変わらず〝当然だ。〟とでも言わんばかりに堂々と崇めている様子を眺めている。

 

「…申し訳ありませんが、先に戦士長殿と話をさせて頂けませんか。報告をしなくてはなりませんので」

 

たとい誰が相手であろうともギルド名を出してまで護ると約束した以上は、せめて結果ぐらいは教える義務があるだろうと魔王は考える。何よりも大切な名を汚すわけにはいかないのだ。

一方の姫は村人達が来てから視線を彷徨わせて何かを探していたが、ついぞ見つけることが出来なかったようでどこか沈んでいた。大方、姉妹か死の騎士(デス・ナイト)でも探していたのだろう。ここにいるのは大人達ばかりだから、子供は死の騎士とともに倉庫にいると思われる。

 

「…話している間ぐらいは自由行動にしましょうか」

 

鋭い視線が魔王を射抜いた。本当にこういう時だけはマジになるところは昔から変わっていない。こんな感じで適度にガス抜きをさせておけば早々問題は…起こさないよな。なんか不安になってきたぞ。

 

「…セバス。サキさんについて回り、問題を起こさないように見張ってくれ…なんなら殴ってでも止めて構わん」

 

「えっ」

 

「…ハッ。仰せのままに」

 

「ちょ」

 

「サキ?この後に及んで問題を起こしたら暫く外出禁止にしてもらうよう進言するわね?」

 

「…どいひー」

 

思ったほどダメージを食らっていないのは気のせいではない。こういう流れも昔からだからだ。

魔王は、見張り役は大体がたっちさんかウルベルトさんが担当していたことをふと思い出した。見張ってないとるし★ふぁーさん以上にヤバいことをたまにやらかす事が判明したからだ。そういう兆候がある時には珍しく共同で見張る時もあった。しかもいつもの諍いが鳴りを潜めて。その時は皆陰ながら驚いたものだ。ある意味、偉業といっていい…いや、それはおかしいか。

ともかく、実はビルドの相性的にも悪くなかったのだ。名前も売れているし、目立つ二人の陰に隠れて嫌がらせを行う。攻撃は当たらないし口撃はウザい。対モンスターであれば、その逆だ。ヘイトを如何に稼ぐかが課題だったが、稼ぐ方法が見つかればまず当たらない盾役(タンク)になる。本当にチートキャラだったな。流石に世界級(ワールド)エネミー相手だと()()()()言って何度か死んだことはあるが。

 

──そういう時は皆してここぞとばかりに煽り返して酷使していたなぁ、フフ…チッ。

 

折角の楽しい思い出に水を差されて苛立つ。沈静化はメリットもあるがいつか隣にいる友人のような接し方をしたい時にこれではデメリットしかない。同じように沈静化する筈の姫はそういうとこで苛立ったりしないのかと視線を巡らせれば皆がこちらを見ていた。自身が感じるより長い時間の中で物思いに耽っていたようで、少し恥ずかしかった。

 

「…どうしました?なんか楽しそうですが」

 

『(だから何で分か…ああ、スキルか。)』…いえ、個人的な事です。では、私は戦士長のところへ行きましょう。村長殿、案内をお願い出来ますか?」

 

「は、はい!かしこまりました」

 

「それじゃあ、また後で」

 

姫が手を上げながらそう言い残してセバスと共に村の奥へと去って行った。何人かの村人がそれに追従する形で追っていく。姫を見送ったあと緊張から身を縮ませながらも先導する村長の後ろをアルベドと共について回り、やがて一軒の平屋へと案内される。中に入れば引き千切った布を包帯代わりに()()()()と巻いた戦士長がベッドに座っているのが見えた。

挨拶を交わした後、村長を交え戦士長と三人で滞りなく話すことが出来た。問題児(クソビッチ)がいないと話がスムーズに進むことを実感しつつ、改めて戦士長と村長からの感謝を受け取ると今夜中に村を立つことを話して姫と合流するために倉庫の方へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

「…召喚時間はとっくに過ぎている筈なのにどんな()()()()なのやら」

 

倉庫が見えてくるとその扉の前に巨大な影が佇んでいた。死の騎士だ。最初に会った時こそユグドラシルでは決して出来ない仕草にときめいたものだが、暫く経ったら消えるものだと思っていた。だから半ば諦めていたのだがこうして消えないところを見ると何かしら理由がある筈で。

 

──スキルでの強化にしても長過ぎるねぇ…召喚系統に変化でもあったのかね。

 

後で確認を取るべきだろう。次から次へと検証事案が増えていくこの感じは、まるでユグドラシルをプレイしているような錯覚を覚える。何だかんだいっても姫も一プレイヤーだ、未知を既知にしていくのは楽しい。優先順位があるだけで魔王も姫もそこは変わらない。

死の騎士のところまで行くと騎士はゆっくりと跪いた。〝おぉ…。〟と後ろで驚きの声が上がる。やはり可愛げのある仕草だと思うのだが、一つ気になるのはどうして召喚主である魔王だけではなく自分にも従順なのか、という点だ。姫にも従順になるべしとでも命令されたのだろうか。

顎に手を当て暫し考察するも現時点では意味が無いと断じ、取り敢えず撫でることにしたがデカくて届かない。手を伸ばしたまま固まった。

 

「…せばやん」

 

「ハッ」

 

すぐに意図を察したセバスは〝失礼致します。〟と姫の背後から両脇を掴んで持ち上げた。不敬と思われるだろうが、姫の望みを執事が叶えただけのことで何も不都合はない。ただ、これではまるっきり子供扱いされているのと変わらないわけだが姫は特に疑問を感じることなく騎士の頭に近付けさせた。

眼前に一抱えはありそうな頭部が迫り腐臭が漂う。しかし、鬼という種族のせいなのか特に嫌悪感は感じない。兜の上から頭に触れると()()()()とした冷たい金属の感触が伝わる。そのままゆっくりと撫でてやると僅かな唸り声がすぐ下から聞こえてきた。

 

──おおぅ、なんだこれ…ナンダコレ…。

 

〝可愛い。〟一言で言えばそれに尽きる。きっと他の人もこういう想いでペットを飼っていたのだろう。飼い方なんて分からないが、不死者(アンデッド)がペットなら餌もいらないし粗相もしない。そう簡単に死なないし、非力な自分なら間違って()()こともない。昼間の遊びを考慮して玩具(オモチャ)はニンゲンが良いだろうか。嗚呼、それはきっと()()()

 

──《ペットは玩具じゃありません!》

 

かつての声が頭の中に響き渡るとともに沈静化により思考が落ち着く。少しはしゃぎ過ぎた。いや、それはいつもそうなのだが。それよりも冷静になったことでいつの間にか家族(ペット)を玩具と同等に見ていたことに愕然とする。

そうだ、この子は愛でるべきだ。家族じゃないか。そういえばアーちゃんは多くの魔獣(ペット)を飼っていたはず。後で()()を教えて貰おう。

冷静に明後日の方向に暴走し始めた姫はセバスに合図を送って降ろして貰う。まだ魔王から許可も貰っていないことに気付くのは、魔王に叱られてからだった。

 

「よし、お前は今日から私の[ぺっと]!つまり家族!」

 

「オオァァアア…!」

 

「…よろしいのですか?」

 

セバスの問い掛けはもっともだったが、暴走し始めた姫は言外の意味にまで頭が回るほど深く考えていない。もう姫の中では決定事項なのだ。これを覆す手段をセバスは持ち合わせていない。

〝問題を起こさせるな。〟とは言い付けられたがこの程度は児戯のようなものなのだろう。それどころか、至高の父上がその御手にてお創り給うたシモベにも深淵より尚も深い慈愛でお包みになるとは流石は母上とまで思っているくらいだった。

 

「よろしいのですよ。家族が増えるのはいいことじゃないか」

 

「…そうですな」

 

そのまま深く跪く死の騎士の脇を通り過ぎ、勢い良く倉庫の扉を開ければエモット姉妹を除いて子供達が怯えた表情で姫に視線を送る。エンリは笛を握りしめて妹を庇うように立ち上がり掛けて放心した。最初に声を上げたのは妹のネムだ。

 

「ぁ…サキ様!」

 

「お、いたいた。[えんり]、[ねむ]。こっちおいで」

 

手で招けば妹は姉を置いて駆け足で姫に向かって突進してくる。セバスが姫の脆弱さを思い出して護衛のために動き出そうとするが、差し出された手を確認してその動きを止める。いくら防御力がほぼ皆無とはいえ流石にLv100がLvひと桁の突進なぞ受けてもダメージは喰らわないだろう。姫は徐々にスローになっていくネムを見ながらそう、高を括っていた。

 

 

 

 

 

「ごふっ!?」

 

──鳩尾…だと(クリティカルヒット)!?

 

たかがひと桁。されどクリティカル。被クリティカル率9割超えは伊達ではない。無効化が無ければダメージは喰らうし、クリティカルヒットはダメージを倍率で底上げする。しかも今回は朦朧状態のおまけ付き。

慢心が生んだ悲劇…いや、()()を目撃したセバスは自分とこの娘への怒りで沸騰しそうになるのを堪えた。怒りを発散するよりもまずは偉大な母上の治療が先決であり罰は後で幾らでも頂くことも与えることも出来る。そう決断したセバスはまずは至高の父上のところへ行こうとするが、朦朧状態の筈の本人に止められ困惑する。

 

「せば、やん…何も、心配は…いらない…」

 

ユグドラシル(ゲーム)が現実化することにより一つの変化があった。状態異常を()()()()()で減弱させる。これはゲームでは出来なかったことだ。一応、見た目は気合を入れるようなエフェクトのスキルは存在するがそんな効果は確認されていないし、現実での気力がアバターに反映するなどそんな技術は無かったのだから当然だ。

姫は親としてのプライドから気合で朦朧状態を抑えつけたのだ。決して油断や慢心でLvひと桁からダメージを喰らったことが恥ずかしかったとかそういう訳ではない。きっと。

むしろダメージそのものより朦朧状態が何よりもキツかった。気持ち悪くて酸っぱいものが込み上げてくる。

 

「ですが…」

 

「この程度…()()()を、飲みゃあ…一発よ」

 

どこからか取り出した()のポーションをラッパ飲みの要領で酸っぱいものと一緒に一気に飲み干した。確か、こうだったな。

 

「──不味い、もういらない」

 

というより、本当に美味しくなかった。現実(リアル)の飲み物よりはマシだったが変な苦味が喉に残る。大昔には体に良かったという『緑の飲み物』を飲んだ時の決まり文句らしいが、決まりじゃなくても文句言いたくなると思う。体に良いなら味も良いんじゃないのか?

現実では必要な栄養価だけを設定した、味を全く考慮していない飲み物しか飲んだことがないために『美味しい』ということ自体をよく分かっていなかったりするのだが。某骸骨には悪いが面談の時のお茶飲んどけば良かったかなと後悔する。良い香りだったのに。

 

「では、お口直しになる物を急いでご用意致しましょう」

 

「え、あ…いや、いいよ。『これ』を飲んだ時はこう言うのが[まなぁ]なんだよ」

 

〝何処から?〟という言葉も飲み込んでセバスにユグドラシルでのマナーを教えるとすんなりと納得してくれた。それでいいのか敏腕執事。

 

「サ、サキ様!妹が大変な失礼を…!」

 

一連の流れをよく分からないまま眺めていた姉のエンリがふと我にかえり顔を青褪め、遅れて駆け寄ってきた。他方でネムはよく分かっていないようで、姫の腕の中で呆気に取られている。ネムを放して平身低頭のエンリに近付くと震えており、()()()()と音が鳴っていた。

 

「…気にしていないから顔を上げなさい」

 

頭に手を載せると一層震えが強くなった。何故怯えるのか理解出来ないまま頭を撫でてやると涙目の顔が起き上がる。〝よしよし。〟とあやしてやればネムも撫でて欲しいとせがんできた。何だか動画で見た甘えてくる犬を思い出して興が乗ってきた姫は()()()()()()と撫で回した。非力な彼女なら少しだけ手加減してやれば済む。

 

「きゃー」

 

「あ、あの…くすぐったいです」

 

髪が無造作に乱れるのも構わずに撫で回す様はとても女性にしてよいことではないのだが、残念ながら姫の中ではペット枠なので問題はない。

触れ合いとは素晴らしいものだと姫は思う。動画の中のわんこが尻尾を振って()()()()()()鳴いている。

 

「ふふー…ん?」

 

傍から見れば据わった目で危なっかしく愛でていたが視線を感じ、撫で回すのを中断してそちらに振り向く。姉妹の目が寂しそうに下がったことにセバスだけが気付いたが、特に何か言うわけでもなく姫の動向のみに注意を払う。

視線の主は死の騎士だ。肩越しに()()()()と羨ましそうに窓の向こうから覗いているのが見えた。本当に羨ましかったのかは定かではないが、とにかく姫にはそう見えた。

 

「おっほ。[えんり]、[ねむ]。こっちゃ来い」

 

返事も聞かずに姉妹の手を掴んで外へ引っ張り出す。周りの子供達は羨ましそうにそれを見送るが入れ替わりに入ってきた親と思われる村人達を見るや安堵の表情を浮かべた。その光景を見ていたセバスはどこか切ない気持ちになるが優先順位を履き違えるほど愚かではない。ただただ、姫を見張る…もとい、見守るために追従するだけだ。

 

 

 

 

 

「えーっと…アンタなにやってんの」

 

魔王が倉庫に辿り着けば、そこには死の騎士の腕の上で三人が寄り添って座っていた。姫がエモット姉妹に挟まれている形だ。姉妹は姫の膝の上で()()()()と寝息を立てており、姫は人差し指を口元に持ってきた。静かにしろということらしい。

 

「ハァ…話も終わったんで帰りますよ?その姉妹も持って帰るつもりですか」

 

「この子達は置いていきますよ。──あ、死の騎士も私の[ぺっと]になったんでよろしく」

 

「…」

 

〝後で説教だな。〟と魔王は心に決めて死の騎士に命令する。

 

「デス・ナイトよ。そこの三人を静かに降ろしなさい」

 

「ぇー…もうちょ「駄目じゃボケ」どいひー」

 

死の騎士はゆっくりとした動作で静かに腕を地面に近付ける。姫は仕方なしとでも言いたげにため息を吐いて姉妹の頭を()()()()と叩くと姉妹は薄目を開けて起き上がった。ネムが眠そうに目を擦っている。

 

「ん、んぅ…」

 

「あ、あれ…私、確か…」

 

エンリが寝ぼけ眼で眼前の人物を見やれば、眠気は一気に吹っ飛んだ。慌てて妹を揺り起こし、地面に膝をつくと平身低頭にて謝罪する。救世主様の前でなんとみっともない姿を晒してしまったのだと羞恥心で顔から火が出そうだった。その救世主様は突然の平謝りにたじろぐも何とか宥めようと試みる。

 

「い、いや。落ち着きなさい…色々あったのだ、疲れているのだろう?ゆっくり休むといい」

 

「で、ですが…」

 

しかし、魔王の試みも空振りして尚も食い下がるエンリ。その様子を見るに見兼ねた姫が頭に軽く手を乗せると静かになった。そこに姫が駄目押しで優しく撫でると〝あふぁ。〟と妙な嬌声を上げてまどろみ始める。なんか妙な特技を手に入れた姫を見た魔王はどっと疲れが押し寄せてきた気がした。因みに妹の方は再び夢の世界へと旅立っている。その手は姫の着物の裾を〝ギュッ〟と握っており、とても離しそうにない。

 

「あー、もう…どんだけ懐かれてるんですか」

 

「まぁ、よくよく考えたらこの子ら親亡くしてるんですよねぇ…寂しいんじゃないですか?」

 

その言葉に魔王は硬直した。今まで静かに佇んでいたアルベドが変化に気付いて訝しげに兜越しに仮面を覗く。ちょっとシュールな光景だなと姫は思う。

 

「そう、ですか…ふむ。サキさんはどうしたいんですか?」

 

「いや、特に何も。精神が変質したせいですかね、この子らは[ぺっと]だし可愛がろうとは思いますけど、慰めようとは思いませんね…私達はこの子達の親じゃないし。薄情だと思います?」

 

その返しに首を振って否定する。姫の場合はあくまでナザリック主義であり、その上での家族なのだ。それに親を失った子供など、どの時代にもいるだろう。同情で拾っていたらキリが無い。何より自分もそうだったし、それでもこの年まで生き抜いてきた。そこは姫も同じだ。

ただ、この村はこの世界においての『第一号』である。元々、目を掛けてやるつもりだったし友人のペットということならば子供達の覚えも良いかもしれない。そう考えるとナザリックとの橋渡しに丁度いい。

 

「そうですね…この娘達がサキさんのペットであるというならナザリックとのパイプ役に丁度いいかも知れません。アルベド、どう思う?」

 

「サキのペットであるならば皆も興味を持つと思われますので、よろしいのではないかと…強いて言えば、『飼育係』としてプレアデスのような見た目が人間に近い者を側に置くと尚良いかと愚考致します」

 

その言に魔王は頷いて同意する。その辺りは追々でいいだろう。問題はこのままでは帰れないということだ。まさか救世主が子供二人をここに置いて帰るわけにもいくまい。

 

「…セバス、姉の方を運んであげなさい。妹はサキさんが」

 

「かしこまりました」

 

「しょうがないね…ほれ、離しんしゃい」

 

姫が掴んでいる手を撫でると素直に離した。顔が酷く不安そうに歪むも姫が抱き上げると安らかな顔に戻る。その様子を眺めていた魔王はつい感嘆を漏らしてしまう。

 

「へぇ…こんなに懐かれるとか何やったんですか?」

 

「撫で回しただけですよ?」

 

おまわり(たっち)さん、こいつです!〟と叫ばなかった魔王は偉い。隣にいるアルベドから物欲しそうな視線が兜越しに送られていることに魔王は気付いているが、あえて無視する。姉妹を家のベッドに届けるまでその視線はずっと続いたが魔王は鋼の精神で耐え切った。伊達に長年ナザリック幼稚園の園長を務めてきたわけではないのだ。

 

 

 

 

 

星が瞬く夜空など初めて見る二人は散歩がてら歩いて帰ることにした。魔王は遮蔽物のない星空とはこんなにも綺麗なのかと感動している。姫としてはナザリックが最高なのだと思っていたが、自然の芸術には敵わないのかも知れないと少しだけ凹んでいた。人工物としては間違いないのだが。因みに死の騎士は一応の護衛として置いてきていた。

 

「…別に持って帰っても良かったんですよ?」

 

仮面を外して天然のプラネタリウム観賞に勤しんでいた魔王が夜空を見上げたまま、そう問い掛けてきた。あの姉妹のことだろう。姫も見上げたままで返答する。

 

「んー…昔聞いたんですけど、なんか放し飼いが良いらしいんですよね。あと環境が急に変わると[すとれす]で体調がどうのこうのって」

 

「ああ、そういえば『あの人』がそんな感じのこと言ってましたね…なんか違う気もしますが」

 

魔王の指摘は当たっている。当たってはいるのだが、それに同意出来る存在(ギルメン)は今はいない。ナザリック内で保護(飼育)されないことが姉妹にとって幸運か不運かは誰にも分からない。だが、姫との出会いが転機であったことは間違いない。

 

「それはそうと。いつの間にあのデス・ナイトがあなたのペットになったんですかねぇ…?」

 

──…あら?

 

説教が待っていたことも間違いない。

このあと、ナザリックに帰るまでずっと魔王の説教は続いた。ついでにアルベドからの小言もちょいちょい挟んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次回は彼とご対面しましょうか」

 

「…ソウデスネ」

 

「ついでに私の庭師も紹介しましょう」

 

「おぉ?あのNPC、今は庭師になったんですか」

 

「そうです。今後出番が増えるかは知らんけど」

 

「なんじゃそりゃ」

 

次回、黒歴史(予定)。

 

 

 

──つづく。

 




鳥が血の涙を流して鬼の姫(おっさん)を睨んでいる…。
人間がペットってセバス的にどうなのって感じですが、むしろ嫉妬してます。


━オリ設定補足━

・緑のポーション

効果は状態異常回復。
通称みどり汁。まずい、もう一杯!


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本編17─息子と息子らしい(1)


予告詐欺になりました。すみません。


「──で、その時は──」

 

「あぁ、それで[ももんが]さんは──」

 

支配者()たる二人は第九階層『ロイヤルスイート』のラウンジに階層守護者級と近くにいた戦闘メイド達を呼んで卓──というより『アルバム』──を囲み昔話に花を咲かせていた。

五、六人は座れそうな大きくて柔らかいソファに二人だけが座り、その近くや後ろから守護者達が『アルバム』を興味深そうに眺めている。子供(NPC)全員だと多過ぎるために人数制限を設けざるを得なかったのは姫としては残念でならなかったが致し方ない。とはいえ、始まってしまえば夢中になって魔王と語り合った。子供達も目を輝かせて二人の昔話を聴いていた。

現在は霊廟、陵墓がある表層の紹介ページを開いている。遥か昔にあったという『観光地ガイドブック』なるものの様式を取り入れてあちらこちらの詳細が載っているのだがその前の(ページ)では周辺の地形まで詳しく書いており、ある地点で魔王がふと思い出して話し始めたのだ。

 

姫はこのナザリック攻略後、ギルド拠点開発の黎明期を少し過ぎた辺りでここへやって(殴り込みに)きた。当時はまだ極々普通の攻撃役(アタッカー)系のビルドで、ある時に拠点近くで独り佇んでいるのをメンバーが発見したのだ。ナザリックがあるグレンベラ沼地は結構な難所の筈なのだが、どうやって一人で来たのか尋ねてみれば迷子になって泣きそうだったという。よくよく聞けば、最初は〝なんかPKKやってるらしいから俺も喧嘩売りに来た。〟という脳筋っぷりだった。というかただのアホだった。

それで改めてどうやって一人でこんなところまで来れたのか聞いてはみたものの、やはり本人すらよく分かっていない有り様でモンスターに絡まれないように何日も掛けて来たらしい。やっぱりアホだった。

PvP(喧嘩)をやるか訪ねてみれば〝良い人達っぽいしもういいです、またどこかで。〟と()()で帰ろうとしたところで複数のモンスターに絡まれて死に掛けたのを当時のメンバー総出で救出作業にあたった。危なっかしくて放っておけないという話になり、話を聞けば加入条件を満たしていたためギルドに勧誘してそれを快諾したのが始まりだ。

 

「──とまぁ、当時から問題児でしたよね」

 

「そんな時もありましたねぇ」

 

姫が遠い目をしてしみじみと懐古する。子供達からすれば神の誕生秘話ともいえる話であり、いたく感動しているようだった。

しかし、アルベドだけは〝やっぱりね。〟とでも言いたげにジト目で姫を見ていたが。

 

「それで[へろ]さんと弐式さんの[びるど]に感銘を受けましてね。足して二で割ったら面白くね?と」

 

メンバーの名前が出ると子供達の目つきが変わる。特にその二名によって生み出された戦闘メイドのナーベラルとソリュシャンは興味津々のようで今まで直立不動で聞いていたのにやや前のめりになっているくらいだ。ユリが窘めるように目を細くするが気持ちは分かるので何も言わないでいた。

 

「そういや、そんなこと言ってましたね。〝俺は風になる!〟とか訳分からんことも叫んでましたねぇ…」

 

今度は魔王が遠い目をして疲れたように零した。ナーベラルとソリュシャンは分かっているのかいないのか何度か頷いていたが。弐式炎雷と仲が良かった武人建御雷に生み出されたコキュートスはどこか思うところがあるのか顎の下に前肢(まえあし)を添えて〝ナルホド…。〟と呟いていた。

()()()と頁をめくる音が響く。視点が進み、そこには霊廟から第一階層『墳墓』へ降りてすぐの景色が見開きで載っていた。両隣にある松明の灯りにより石造りの内装が薄暗く写っている。如何にも迷宮の入り口と言わんばかりの雰囲気だが、実際に中は迷宮のように入り組んでおり、かつ凶悪な罠だらけだ。

 

「おー…上手く撮れてますね。雰囲気出てていいじゃないですか」

 

「でしょ?こういう見開きの[えすえす]は特に迷ったんですよねぇ」

 

更にめくれば、ところどころボカしているが第一から第三階層までの大まかな全体図が描かれている。隣のページは第一階層の紹介ページになっており、ここでシャルティアが興奮した様子で鼻息荒く聞いてきた。

 

「お、お母様!わらわの紹介も載っているでありんすか!?」

 

「載っているでありんすよ。詳細は後ろの方にあるけどね」

 

もう何度か頁をめくれば第二階層へ辿り着く。これも大まかではあるがシャルティアの私室である死蝋玄室の位置も描かれている。シャルティアは目を輝かせてそこを覗き込んだ。他の子供達は不敬だとでも言いたそうな、それとも羨ましそうな複雑な視線を送るがやはり気持ちは分かるのか特に咎めたりはしなかった。

覗き込むシャルティアがさり気なく姫にしなだれ掛かってくるも、Lv100とは思えないその華奢な身体を掴んだ姫はそのまま持ち上げて魔王との間に座らせてやった。周りの子達が驚愕に染まりアルベドの視線が鋭くなる。姫は思った以上に軽かったシャルティアに内心で驚いていたが。

突然のことで呆けていたシャルティアが我にかえり、顔を真っ赤にして狼狽する。そんな我が子同然の子の頭を姫が撫でてやると俯いて涙目になった。かわいい。

 

「ひぅ…!」

 

「こっちの方がよく見えるよ」

 

「ふむ、そうだな…皆、もっと近くに寄って良いんだぞ?」

 

その一言でアルベドがここぞとばかりに魔王の隣に座り全力でしなだれ掛かる。その行動に気付いたシャルティアとアウラが睨み始め、それを見ていた姫はシャルティアから一人分席を空けてやる。するとシャルティアが一瞬悲しそうな目になったがすぐに目を白黒させた。姫が自分と同じように持ち上げたアウラを隣に座らせたからだ。隣りで立っていたマーレも同じように持ち上げて座らせてやった。アウラは半ば予想が付いていたのかあまり動揺を見せなかったが、しかし顔は真っ赤だった。マーレも顔を真っ赤にしてこちらは慌てふためいていた。

 

「[あー]ちゃんはこっち。[まー]ちゃんはこっち」

 

「あ、あの…」

 

「…シャルティアにアルベド。モモ…お父さんにあんまり寄らないでよ。狭くなっちゃうでしょ」

 

「[こー]ちゃんと[でみ]ちゃんには申し訳ないけど、そっちの椅子に座って頂戴ね。ほら、せばやん達もそっち側に座って座って」

 

未だ立ったままでいる二人とセバス達に声を掛けてやると皆互いに目を合わせた。デミウルゴスとコキュートスはおずおずと両脇にある一人用ソファにそれぞれ腰掛けたが、セバス達はどうすべきかまだ迷っているようだった。給仕する側が座るべきではないと考えているのかもしれない。そんなセバスを見ていたデミウルゴスは業を煮やして茶々を入れ始めた。

 

「…セバス?母上が座って皆と話をしたいと仰っておられるのに立ったままとは…いやはや、君も偉くなったものだねぇ?」

 

「…ユリ、このソファは六人用ですのでプレアデスで座りなさい。私は母上のお側に控えます」

 

上司(セバス)から助け舟を出して貰ったユリを筆頭にプレアデスの面々はおっかなびっくりソファに座っていく。無視される形になったデミウルゴスは姫の方へ歩き始めたセバスに尚も煽る。

 

「おや、椅子ならまだあちらにもあるようだがね?」

 

「お言葉ですが、デミウルゴス様。このナザリックに存在するものは全て至高の御方々がお創りになられたもので御座います。お許しもなく動かすことは出来ないと存じ上げますが?」

 

「ならば、こちらにおわす父上か母上に奏上すればいいのではないのかね?」

 

「いえ、それには及びません。母上のお望みは『座ること』ではなく『話に参加すること』と愚考致します。ならば、より近いお側で傾聴させて頂きたく存じます」

 

「ふむ?ならば、お側に椅子を置かせて頂くご許可を賜ってからそちらに座るべきじゃないのかね?」

 

「いえいえ、無理に動かすと景観も損なわれてしまうことになりかねません。それは御方の望むことではないでしょう。ならば給仕と護衛も兼ねてお側に控えたほうがよろしいのではないでしょうか」

 

「…二人トモ、イイ加減ニシロ。御方々ノオ話ハマダ途中ナノダゾ」

 

『うっ…』

 

「──アハハハハハ!…チッ」

 

コキュートスに窘められたデミウルゴスとセバスがハモった。それを見た魔王は声を上げて大笑いを始める。すぐに止まって舌打ちをしていたが、上機嫌な雰囲気は伝わってくる。他方、姫は口角を上げて微笑んでいた。

 

「ふふー…いいね。()()()()だよ」

 

「ええ、全くです。デミウルゴス、残念だが今回はセバスに軍配を上げよう…なに、そう悲観することはない。問題児のお目付け役は大体がたっちさんかウルベルトさんだったんだが、お前には色々と頼みたいことがあるからな。まぁ、今のセバスは研修期間みたいなものだ、大目に見てやってくれ」

 

「ハッ。かしこまりました」

 

それを聞いた二人が気負い立つ。一方は近いうちに御方より直々にご命令を賜ることが確約された歓びに。もう一方は畏れ多くも創造主と同等の役割を──研修とはいえ──与えられた喜びに。

 

「それで…えぇと?」

 

「第二階層、シャルティアの話ですよ」

 

「ああ、そうそう。それでね──」

 

『アルバム』を中心に家族団らんの温かな時間がゆるりと過ぎていく。親達は懐かしさに目を細め、子供達は神の啓示を受けるが如く畏敬から目を輝かせて昔話を一心不乱に聴いていた。時折、掃除のために巡回をしている一般メイドが羨ましそうに、または耳をそばだてて音を立てないようにして通り過ぎて行くのだった。

 

 

 

 

 

ところ変わって魔王と姫、そしてアルベドとセバスの四人は姫の自室へ来ている。朝方まで『アルバム』を見ながら話し込んでいたのだが、途中でまだ会っていない二人の子供の姿を見たからだ。時間的にも一区切りついたので、一旦はお開きということになり解散の運びとなった。

魔王が創造した息子と対面するより前に姫の創った庭園と息子を見たいという魔王たっての希望により、先にこちらに来ている。時間稼ぎの魂胆は見え見えだったのだが、先にこちらと会うことで必ず向き合うという約束を取り付けたので姫としてはよしということにした。

 

「約束は守る男ですもんねぇ、[ももんが]さん?」

 

「うぐっ…ま、まぁ…ソウデスネ…」

 

姫が歯切れの悪い返事を聞きながら、庭園に続く障子を開け放つ。そこには穏やかな陽射しを受けて()()()()と輝く緑と水の芸術が一面に拡がっていた。小鳥と小さなせせらぎが奏でる心地良い旋律は耳の奥にまで浸透するかのように入り込んでくる。目の前の大きな池というらしい水溜りにはアクセントとして色鮮やかな魚が何匹もおり、気の向くままに泳いでいる。柔らかな風が吹けば植えられた木々が静かに囁き、予想外の光景に魔王は心奪われた。

 

「…」

 

「…現実化するとこうなるのか」

 

「へぇ…雰囲気が良いわね。ワビサビ、だったかしら?」

 

「流石は至高の御方。見事な日本庭園で御座います」

 

魔王を除く各々が感想を零す。ユグドラシルの時は動かない木々や水面、小川などに少しばかり姫はもどかしい思いをしていたものだ。かつて自然を愛したメンバーともその事について話し合ったりもした。熱が入り過ぎて次の日の仕事に支障が出てしまい、危うくクビになりかけもしたが。

だが、こうして実際に動いて音もするとなれば話は変わる。手前味噌ではあるが、外の自然にも負けていないと自負出来るほどに素晴らしい。まだこちらに来たばかりの時は余裕が無かったため第六階層の変化には気付かなかったが、あちらもきっと素晴らしいものになっていることだろう。

 

「…」

 

「モモンガ様?」

 

未だ固まっている魔王を不審に思ったアルベドが声を掛けるも止まったままだ。セバスまで不安そうになるが、姫はそんなことはどこ吹く風といった様子であちこちに視線を配って何かを探していた。

 

「…たまげたなぁ」

 

「…ふふー。そうでしょうとも」

 

魔王の呟きを聞いた姫の表情はどこか得意気(ドヤ顔)だ。それを見たアルベドはちょっとイラッとした。

 

「…おや?()()()()様では御座いませぬか」

 

「お?」

 

庭の奥から声が掛かり、木々の間にある小道から姿を現したのは中央に白い丸が描かれた黒い大きな仮面で頭を覆った男らしき人物。粗野な道着の上に兜と胴を除いた当世具足といわれる鎧を着けており、その腰には刀が下げられている。首元はマフラーのように布が巻かれており、外から素肌は一切見えない。唯一、長い黒髪をポニーテールのように束ねているのが見えるだけだ。

仮面を着けている割にその声ははっきりとしており、しかし逆に鎧を着ているというのに物音一つ立てずに歩み寄る姿はなんとも奇妙に思えた。

 

「おー…調子はどう?[よしつね]」

 

「ふっふー、変わりませぬな。して、此度は如何なされた」

 

どこかで聞いたような含み笑いを零して、伺うように姫の周りに顔を向ける。堂々としているようで隙を見せない立ち居振る舞いだ。傍から見れば体の力を抜き一定の距離を開けて、いつでも迎撃出来るような形を取っている。そのような態度を取られて、統括であるアルベドはいい気はしない。露骨に不機嫌な表情を出して威嚇するも、ヨシツネと言われた人物は全く動じていないようだった。

 

「こことよっちゃんの紹介に来たのさ。こっちの骸骨に見覚えはある?」

 

「ふはっ!『よっちゃん』とは、お戯れを…勿論、存じておりますとも。至高の御方々の頭目であらせられるモモンガ様でありましょう?」

 

「ならば頭が高いのではなくて?至高の御方の御前でその無礼、見過ごす訳にはいきません」

 

アルベドが額に青筋立てて捲し立てるも一方のよっちゃんは創造主に似て飄々としている。そこでようやく魔王が慌てて反応した。

 

「ア、アルベド。よい、よいのだ」

 

「で、ですが…」

 

「ふっふー、そちらが噂の統括殿で御座いますか…いやはや、なんともはや見た目麗しいご婦人で御座いますなぁ。して、そちらのご老体は?」

 

何だか鼻にかけるような言い方は誰に似たのか。アルベドは褒められたとしても手放しに喜ぶことは出来ない。むしろ馬鹿にされているとしか思えなかった。そんな中で声を掛けられたセバスは、あくまで執事として粛々と対応する。

 

「おや、これは失礼を。私は執事と夜想サキ様のお付きを務めさせて頂いております、セバス・チャンと申します」

 

「これはこれはご丁寧に。庭師兼おふくろ様の『あたっかあ』の大役を務めさせて頂いております、ヨシツネと申します」

 

やはりどこまでも人を小馬鹿にしたような雰囲気を纏っている。本人としてはそんなつもりはないのだが、周りはそう受け取らない。穏やかなセバスでさえ一層、表情を固くしており、一連を見ていた魔王は二つの意味で頭を抱えたくなった。

一方の姫は少しも動じることなく()()()としており、縁側から降りると自分の息子に近付いていく。飄々としていた彼も意図をすぐに察したのか、急に身体を固くして跪いた。

 

「ふふー」

 

「ふっ…ふふ…」

 

他の子供達と同様に息子の頭を撫で回す。ヨシツネは畏敬と歓喜のあまり、まるで壊れた玩具のように()()()()と震えるだけで含み笑いすらまともに出来ない有様だった。それをアルベドやセバスは何ともいえない気持ちでただ眺めている。同じく見ていた魔王としては、いよいよもって覚悟を決めるしかないと密かに決意していた。満足したのか、姫は撫でていた手を止めて()()()と振り返る。

 

「さて、うちのよっちゃん先導で庭の散策でも軽くしてみますか?」

 

「…この流れでそう来ますか」

 

「んん?何か問題でも?」

 

魔王は我慢できなくなりため息をついて頭を抱えた。こんなに自由に振る舞える友人が羨ましくもあり、嫉妬から少しばかり苛立つ。調整役に徹してきた自分が今こんな風に自由気ままに振る舞えば()()が外れそうで少し怖いのだ。ただ、その分のストレスは溜まってしまう。後のことを考えると余計にそれは感じるが、むしろそのせいでそんなことを考えてしまうのだろうと結論付けた。魔王が誰かのせいにしている時に、ヨシツネが誰かさんに似て余計な一言を発する。

 

「おや、如何なされた。ため息は禿げの元ですぞ?」

 

「…貴様、いい加減にしろ」

 

「ヨシツネ様、流石に不敬に過ぎるのでは?」

 

アルベドがバルディッシュを取り出し、セバスが険しい目で見据えた。一方のヨシツネは焦るでもなく、緊張とは対極にいてゆったりとしている。一触即発とでもいうべき空気に魔王が焦る羽目になった。というか、何で生みの親が息子のピンチに何もしないのか不思議でしょうがなかった。

 

「こ、こら!止めなさい!──というかサキさん!何でアンタが止めないんですか!?」

 

「ああ。家族喧嘩も微笑ましいなぁ、と思いまして」

 

のんびりとした返しに魔王は思わずコケてしまった。アルベドが青い顔をしてすかさず魔王に寄り添うがアルベドの心配をよそに魔王は姫にツッコむ。

 

「いや、微笑ましいってレベルじゃなかったですよね!?」

 

「ふふー、[ももんが]さん。甘いねぇ、こんなのはお遊びの範疇ですよ?」

 

「ふっふー、まさしく。本気ならばこの様に悠長に構えておられますまい?」

 

──…ウッゼェ。

 

まるで問題児が二人に増えたような気分だった。というよりここまで()()だと増えたと言い切っていいだろう。これじゃ親子ではなくて双子だ。文字数まで息ぴったりとかどうなってんのと叫びたかった。

ゆっくりと深呼吸の真似事をして気持ちを落ち着けると、未だに心配しているアルベドに一つ確認したいことがあったので尋ねた。

 

「アルベド、怒らないから正直に言ってほしい…お前にとって今のは遊びか?」

 

「…素っ首を斬り落とすつもりで御座いました」

 

沈痛な面持ちで話すアルベドの考えを聞いた魔王が姫達の方を見やると二人ともそっぽを向いていた。こいつら…。

暫く睨んでいると()()()()と何かを吹くような音が聞こえてきた。よく見ると姫が口を尖らせて出来もしない口笛を吹いている。音が二つするからヨシツネも真似て吹いているのか。

この二人がこれだけ似ていると魔王は自分の番が凄い不安になってくる。

 

「ハァ…」

 

「…おや、怒らないんですか?」

 

姫が首を傾げて不思議そうに聞いてくる。いつもなら少なくとも二、三の小言を言ってくるものだが、ため息だけとはどうしたのだろう。よっぽどお怒りなのか呆れられたのか、もしくは別の何かだろうかと少しだけ不安になってしまう。

 

「…いつもなら二人とも説教コースなんですけどね。まぁ、アルベドとセバスは初対面ですし…」

 

──この程度のイジりは嫌いじゃないから別にそこまで怒ることないのになぁ…慣れてくれるといいんだけど。

 

魔王はヨシツネに対して悪い感情はない。言葉こそ古臭いし堅苦しいものだが目の前の友人のような()()雰囲気に、むしろ好感が持てるくらいだ。ただ、他の子達がいる前で軽口は止めてほしい。本来は止めるべき立場の友人がこんな調子では止め役は自分になってしまう。

 

「モモンガ様はこの者とお会いしたことがあるのですか?」

 

「ん?ああ…だいぶ前にな。当初はセバスと一緒に九階層の守護に回そうとしてたんだが、配置場所がなかなか決まらなくてな。どうしたのかは結局、聞けずじまいだったのだが…」

 

区切って姫に視線をやると、それに気付いた姫が言葉を引き継いでくれた。こういう空気はきちんと分かってくれる辺り、やはり敢えて読んだ上で色々とやらかしているのかもしれないと魔王は思う。

 

「勝手にあちこちに置く訳にもいかないからね。[()()()()()]を出すために庭の手入れをする役になって貰いました」

 

「ふっふー、素晴らしき役職で御座いますぞ。草木を整え鯉に餌をやり、日がな一日日向ぼっこを嗜むなど充実しておりますゆえ」

 

ヨシツネは誇り高く胸を張って宣言しているが傍から聞いているととても仕事とは思えないような内容だった。言い方が軽いので気の向くままにのんびりとした生活を送っています、という意味に聞こえてしまう。

何故か姫も無い胸を張って誇らしげにしている。いや、〝ふふん。〟じゃないが。

 

「…とにかく、軽口に過剰に反応しないようにな。一々本気で相手をしていたら身が持たないぞ」

 

「どうやらよっちゃんは私に似ているようだしね。まぁ、無理に仲良くなる必要はないけど根は真面目な子だからよろしくね」

 

アルベドが睨む。猜疑心の塊のような視線を投げ掛けており、とても信じて貰えるような雰囲気ではないが姫は最初の挨拶から何となくこうなるとは思っていたので特に何も言わない。他方でセバスは乗り気ではなさそうだが真面目なので何だかんだ気にかけてはくれるだろうと思う。

 

「よしなに願い申し上げ候」

 

「…」

 

「…こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

遣り取りを見ていると前途多難のように思えるが、それは魔王にも同じことがいえた。考えれば考えるほど決して他人事ではないと感じる。

よっちゃんことヨシツネ先導のもと庭の散策をしながら姫は期待に胸を膨らませた。己の子供が自分と似ているならば隣の骨の子供はいかほどか、と。母親の楽しそうな雰囲気に釣られヨシツネも楽しげに案内するのだった。

 

 

 

 

 

「おぉ、これはこれは。なんともはや絶景なりや」

 

「…何でいるのかしら?」

 

ここはある意味でナザリックの最奥、『宝物殿』と名付けられたアインズ・ウール・ゴウンの財宝が眠る場所である。積もりに積もったユグドラシル金貨は幾つもの山を形成し、山腹から顔を見せる装備品や装飾品は一つ一つが芸術品のように美しいのだがギルドでは大した価値はない。泊付けのために置いているようなものだ。そんな光景に目を奪われたヨシツネは感服の声を上げるも、しかし軽い。

それに対してアルベドが疑問を発した。それもその筈でこの宝物殿は他の空間と隔絶されていてリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが無ければ訪れることすら叶わない。至高の御方々は勿論のこと、下賜された階層守護者達と先程貸し与えられたシズ以外。

 

「なぁに、簡単で御座いますよ。拙者も指輪を頂きましたゆえに」

 

「…あ、そう」

 

人差し指に嵌められた指輪を見せつけるようにかざしたのをアルベドは冷たい目で一瞥し、素っ気なく返した。何とも不憫ではあるが姫の子ならば残念ながらまぁ当然ではあった。というか、軽口さえなければまだまともに接して貰えた筈なのだ。

 

「ふはっ、これはまた嫌われたものですな。しかし、華には棘があるもの。ならば、迂闊に触れずとも(まなこ)で愛でれば…おお、いとをかしなりけり」

 

「…あ?」

 

愉快そうに笑うヨシツネをアルベドが鋭く睨む。姫は愉快そうに目を細めて遣り取りを見るだけで何もしないし言わない。魔王はただ真っ直ぐに正面を見据えている。内心で冷汗が滝のように流れており、自身のNPCが大人しいことをただただ願うばかりだ。セバスとシズは我関せずといわんばかりに大人しく御方々に傅いている。

 

「…フー…。──行きましょう。サキさん、毒対策は大丈夫ですか?」

 

「問題ないですよ。しーちゃんは万が一[ぱす]忘れてた時はお願いね」

 

「…了解」

 

何度目かの覚悟を決めた魔王は人間の頃の癖なのか、やはりゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けてから告げた。姫に『しーちゃん』と呼ばれたCZ2128・Δ(デルタ)ことシズは御方から愛称で呼ばれて若干頬を赤らめて抑揚無く応えた。かわいい。

魔王が〝〈全体飛行(マス・フライ)〉。〟と唱えると六人の体が浮き上がり、一気に金貨の山を越えて奥へ向かうために飛翔した。途中、猛毒のブラッド・オブ・ヨルムンガンドが充満する区域に差し迫るが毒対策の確認をしたのはこのためであり、そんな危険地帯も難なく通り抜ける。

すると闇が前方に見えてきて、その前に下り立った。実はこれ、闇などではなく扉の一種でパスワードが設定されており、間違えるとデストラップが発動するようになっている。

そして、わざわざシズを連れてきた理由はここにあった。集団の最後尾で追従しているシズだが、ナザリックの()()()()トラップやギミックに熟知しているのだ。当然、この宝物殿内も例外ではない。

 

「うーん…」

 

「…確か…いや、やっぱりこっちからにしよう。『[あいんず・うーる・ごうん]に栄光あれ』」

 

姫がヒントを表示させるために共通の合言葉を発する。忘れた訳ではないが念の為だ。仮にトラップを発動させても避け切る自信はある。しかし、面倒事は好きでも()()()()面倒は御免だ。

合言葉に反応して黒い扉の中空に『Ascendit a terra in coelum, iterumque descendit in terram, et recipit vim superiorum et inferiorum.』という白い文字が長々しく映る。

 

「あー、はいはい。()()()ね」

 

「うーん、何て意味だったかな…。──サキさんは覚えてるんですか」

 

すぐに思い出せない魔王は得心する友人にちょっと期待して問い掛けた。当然、姫は読み方は忘れたが意味(答え)はしっかりと覚えている。しかし、このまま素直に答えてあげるのも面白味がないと姫は考えた。そして、ここは何気に重要な場面だと思い至った。仮にも自身の息子()に会いに来たというのに〝金庫の鍵(パスワード)を忘れてしまいました。〟なんてきっと格好悪いだろうし、それにこの瞬間は自分的にも()()()()ところだ。

 

「ふふー…まさか?忘れて?ないですよねぇ?仮にも組織の長が金庫の番号をわ・す・れ・る、なんてことないですよねぇ…?──それじゃあ、[ぎるど]長さんに答えて貰いましょうか」

 

『(ウッッッゼェエ!)』…ぐぬぬ」

 

言い方もそうだが意地の悪いことこの上ない。しかし、言っていることは的を得ているので言い返せない。自分の息子が動いて喋っていることに浮かれているのか、いつもよりウザさが数倍増しだ。後ろのヨシツネも姫に続いて何か言いたそうにしていたが、アルベドとセバスに睨まれてちょっとしょんぼりとしていた。

そんな寸劇が後ろで行われていることは露知らず、魔王は腕を組んで気持ちを落ち着けながら考える。

 

──落ち着け鈴木悟…これは隙を見せてしまった俺の落ち度だ。…さて、これは確かラテン語だったな。前にタブラさんがよく熱を入れて話してくれてた…えーっと、確か…。

 

「確か…『かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう』…でしたよね?」

 

視線を向けて確認を取ると姫はゆっくりと両腕を上げて、何かしようとしている。恐らく合否のジェスチャーだろうがウザいことこの上ない。

 

「ででーん…まるっ!」

 

姫の返しに合わせるかのように闇が一点に向かって収束していく。やがてこぶし大の塊まで収束した闇は中空に浮かぶきり動かなくなった。それを見届けた姫が()()()()と賛辞の拍手を贈ってくる。何だコレ…ちっとも嬉しくない。

 

「ふふー…いや、流石ですね。お見事」

 

「…一発殴っていいスか」

 

「せばやん、骨が怖い」

 

「えー、その…。──申し訳御座いません」

 

目が泳いだセバスは魔王とアルベドに睨まれて根負けした。というか逃げた。睨んでいた二人の視線が逸れた隙にヨシツネは音も無く姫の背後へと回ると()()()()()にした。姫の油断もあっただろうが、突然のことに一同は唖然とする。

 

「おお?…よっちゃん、大胆だねぇ」

 

「おふくろ様!()()()()で御座る!()()()()で御座る!!」

 

「……あれ、色々とおかしくねぇ!?」

 

姫の腕力はLv100の中でも最弱といっていい。下手するとシズにすら負けるくらい。そんな貧弱な体の姫ではLv100で、しかもバリバリの前衛職であるヨシツネから逃れる術はない。()()()()と暴れるがまるで岩か何かに打ち付けられたかのように少しも揺らがない。

そんな姫を魔王はただ呆然と眺めていた。突然の事態もそうだが、別に本気で殴ろうと思って言った訳じゃない。絶好の機会ではあるが、ここでお仕置きをかますのもなんか違うと感じていた。

アルベドはそんな魔王の様子を敏感に感じ取り、自分にとってもまたとない機会なのだが見送ることにしていた。そもそも、ヨシツネは巫山戯ているようでどこか警戒をしている。恐らくだが、敢えて道化を演じることで空気をぶち壊し、且つ冗談が通じないアルベド(自分)から親を護るために我が身を盾にしやすいように、そして近付けさせないように羽交い締めにしているのだ、と深読みする。

実際のところは、親に倣って自分も巫山戯たかっただけなのだが。ついでに身体に触れることが出来て一石二鳥と考えている始末だった。警戒しているのは単に魔王の逆鱗に触れないよう動向に注意しているだけだ。

暫く親子のじゃれ合いの声が響き渡り、何事かと気になった宝物殿領域守護者が遠くからこっそりと御方の姿のまま覗いているのに一同が気付くのはもう暫くじゃれ合いが続いてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーめーろーよー」

 

「ふはっ!おっと鼻血が…あ、鼻無かった」

 

「やべぇ…この子やべぇやつや…」

 

「モモンガ様、近付いてはなりません。穢れてしまいます」

 

『どいひー』

 

『ハモるな!』

 

 

「…おぉ、私の創造主たるモモンガ様が楽しそうになさっておられる…感無量で御座います」

 

 

 

──つづく。

 




次回こそ黒歴史。

━オリ設定補足━

・ヨシツネ

オリ主のNPC。古語は適当。キャラ付けのために古臭い言い方をさせたかっただけ。LV100。
ビルドは攻撃7隠密3といった感じ。紙装甲。
根は真面目のはずがオリ主の影響が強くて問題児が二人になった模様。どうしてこうなった。
イメージはブレイズブルーのハクメンをポニテにして黒くした感じです。


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本編18─息子と息子らしい(2)

ご無沙汰しております。
忙しかったもので、時間が掛かってしまいました。ちょくちょく書いてはいたのですが…。

年明け後も暫く忙しくなりそうですが、今後ともどうぞよろしくお願い致します。


「[べん えす まいねす ごってす びれ !(Wenn es meines Gottes Wille !)]」

 

ナイン!(Nein !)ヴェン エス マイネス ゴッテス ヴィレ!(Wenn es meines Gottes Wille !)

 

「ヤメロオオオォォォ!!?」

 

まさに魔王からすれば悪夢そのもの。黒歴史(息子)によるドイツ語教室が開かれてしまった。恥ずかしさのあまり心の底から絶叫してしまうのもやむ無しだろう。しかし、魔王の息子たるパンドラズ・アクターは絶叫に反応して一時的に止まってくれるものの問題児(クソビッチ)がそれを許してくれない。

 

「[ぱん]ちゃん!あれは照れ隠しだから気にするな!もっかい教えて!」

 

「…ヤァ!(Ja !)

 

「いいねぇ!格好良いねぇ!」

 

「ふっはっはっは!」

 

「ぐうぅぅ…!」

 

パンドラは少し迷った後、()()()と踵を鳴らして敬礼する。姫は僅かに口角を上げてご機嫌な様子で拍手を贈り、ヨシツネはそんな母親につられて高笑いを上げる。その笑いは魔王からすれば去ってしまった仲間が近くにいるような気がした。恥ずかし過ぎて死にたい。しかし、懐かしさが込み上げて来て本気で止める気になれない。でも、沈静化は止まらない。

アルベドは最愛の人が困惑するこの状況を打破すべく己が動くしかないかと逡巡するが、しかし動けない。魔王から本気を感じないのだ。ある意味で魔王も楽しんでいることにアルベドも困惑していた。セバスはただただ、至高の御方々が楽しそうにしているのを邪魔しないように側で傅く。

因みにシズは〝うわぁ…。〟と何度目かの呟きを零していた。それが魔王の羞恥心を加速させていることは知る由もない。

 

 

 

 

 

時は親子のじゃれ合いが収束を迎えた頃に遡る。もはや魔王は何だかどうでもよくなってきていた。息子(パンドラ)に会うことが、ではなく恥ずかしがっていた事が、だ。問題児(ビッチ)達のじゃれ合いに最初こそ苛立ちもあったが、表情がほとんど変わらずとも友人が本当に楽しそうに自身の息子と戯れているのを間近で見ていると苛立ちも薄れ、少しばかり羨ましくなってきた。

自分の創った()()()ならヨシツネほどじゃないにしろ、ある程度フランクに接してくれるんじゃないかと少しばかり期待を持ちながら姫に尋ねた。

 

「…満足しました?」

 

「そこそこ。じゃ、先に進みましょう」

 

──…あれでそこそこなのか。

 

天井はどこにあるのか気になったが、それよりもいよいよかと思うとやはり緊張はした。奥へ向かうために後ろへ振り返り、固まる。仄暗い通路の向こうからマインドフレイヤーが見つめているのはちょっとしたホラーだった。沈静化が仕事をするほどに。そして、ある意味で納得もした。やはり()はここに来たのだ。

 

「…タブラ・スマラグディナ様?」

 

「んー、違うんじゃね?──おーい」

 

アルベドの訝しげな呟きを否定した姫は手を振ってマインドフレイヤーに呼び掛ける。呼び掛けに応えたそれは()()()()()()と音を鳴らして一行へと近付いてくる。見た目はタブラ・スマラグディナそのものだ。しかし、NPC達はある事に気付き約一名を除いて警戒を顕にする。至高の御方特有の気配がまるでしないのだ。あるのは、ナザリックに属する者の気配のみ。

だが、それではこの姿は一体どういうことなのか。

 

「…何者か、名乗りなさい」

 

「…」

 

アルベドの詰問に対して至高の御方に扮する何者かは首を傾げるだけで何も答えない。それに対してアルベドは最大限警戒心を顕にして表情を歪め、セバスは拳を、シズが銃を構えて臨戦態勢に入った。

 

「…パンドラズ・アクター。元に戻りなさい」

 

子供達の遣り取りに既視感(デジャヴ)を覚えた魔王が疲れたように声をかけた。するとタブラ(仮)の形が()()()()と歪み、一瞬のうちにネオナチの軍服に身を包んだ埴輪顔へと姿を変えた。

 

「ようこそお越し下さいました!私の創造主たるモモンガ様!」

 

無駄に良い声で演技がかった口上に無駄にオーバーなネオナチ式での敬礼。設定通り、しかし想定以上の恥ずかしさに沈静化が起きてしまう。

 

──…ダッッッサ「かっこいい…!」…はい?

 

「おお、これは夜想サキ様!大変、恐縮で御座います!」

 

「…むむ」

 

大袈裟なお辞儀をかます埴輪に羨望の眼差しを送る姫と嫉妬の視線を送るヨシツネ。突然のことに魔王が呆然としていると姫がパンドラの元へ駆け寄った。その後をヨシツネがぴったりとくっついて回る。どんだけマザコン──ファザコン?──なんだと思うのも束の間、シズの〝うわぁ…。〟という呟きが耳に入り沈静化が再び仕事をし始めた。

 

──…あ、なんかイヤな予感。

 

 

 

 

 

「[べん えす まいねす ごってす びれ !(Wenn es meines Gottes Wille !)]」

 

「!──ナイン!(Nein !)ヴェン エス マイネス ゴッテス ヴィレ!(Wenn es meines Gottes Wille !)

 

「ヤメロオオオォォォ!!?」

 

と、冒頭に至る。魔王にとって異世界に来て初めて受けるダメージはあまりにも痛かった。色んな意味で。いや、ちょいちょいダメージは受けていたが、まともなダメージはこれが初めてだ。どこかでドヤ顔しつつ雑魚天使を滅ぼす自身を幻視した。そこ代われと叫びたかった。

しかし、友人の心よりの賞賛に──自身にとって本当に大切なのは()()の方だと理解しつつも──ちょっとだけ誇らしく思えたことに魔王は気付かない。今は羞恥心で頭が一杯なのだ。果たして、どうでもいいとは何だったのだろうか。

ただ、笑い方は違えど無遠慮で快活なヨシツネの笑い声に懐かしさが込み上げて来てしまって、止めようにも止められなくなり問題児(ファッキンビッチ)の暴走を許してしまう。ドイツ語の発音が上手く出来ないということで暫し発声練習の場となり、アルベドを除く子供達の──というよりセバスの。シズはよく分からない──問題児へ向ける温かい眼差しを見た魔王は内心で頭を抱える。冗談じゃなしにこのまま霊廟で引き篭もりたい。

 

「──べん!べん!」

 

ヴェン(Wenn)、で御座います。夜想サキ様」

 

「…よっちゃんはいける?」

 

ヴェン エス マイネス ゴッテス ヴィレ(Wenn es meines Gottes Wille)

 

やけに流暢なドイツ語が耳に届く。こうも連呼されるとドイツ語って何なんだろうと思考が明後日の方向へとズレていく。というか、古風な喋り方のくせになんでそんなに達者なんだよ。俺より上手いじゃねーかよ…。

 

「ほう…なかなかどうして、やりますね」

 

「このヨシツネを甘く見て貰っては困りますな」

 

((フ))ッハッハ!』

 

──なに意気投合してんねん。

 

精神的に疲れが押し寄せてくる。なんというか、問題児が三人に増えた。そんな感じだ。いや、険悪になるよりマシではあるのだが。

心労が重なる魔王はついため息を零す。

 

「…ハァ。アルベド、こいつがパンドラズ・アクターだ。パンドラ、遊んでないで皆に自己紹介しなさい」

 

「おお、これは失礼を致しました!──私、至高の創造主であるモモンガ様!の御手により生み出されましたこの宝物殿領域守護者、パンドラズ・アクターと申します!どうぞお見知りおきを…」

 

大仰な身振りで自己紹介を終えたパンドラはゆっくりとお辞儀する。まるで舞台役者の挨拶だ。埴輪顔でなくイケメンならばもう少し映えただろうが、埴輪顔なのがシュール過ぎる。何で踏み止まらなかった過去の俺…。アルベド達の何とも言えない表情が胸に突き刺さる。

 

「おお、かっこいいねぇ!」

 

「むむむ…」

 

いや、〝むむむ。〟じゃないが。しかし、素直に賞賛してくれるお陰で微妙な空気にならずに済んだことに感謝すべきなのだろうが、そう思えないのは相手が問題児(ビッチ)だからだろうか。友人はここにきてこれ以上ないほど眼を輝かせている。確かに昔は()()が格好良いと思っていたからこそ、こう設定したのだが…。

 

「…ま、まぁ…格好良いかはともかく、皆よろしく頼む」

 

「モモンガ様がそう仰るのであれば…コホン。守護者統括のアルベドです、どうぞよしなに」

 

「夜想サキ様のお付きを仰せつかっております、執事のセバスです」

 

「…六連星(プレアデス)のシズ」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

ひとまずはこれで良いだろうと一息つく。パンドラを様々な角度から舐め回すように見つめるヨシツネのことは一旦置いておこう。何でそんな喧嘩腰なんだよお前、さっき意気投合したんじゃないのかよお前…なんだ?黒歴史(パンドラ)がファッションショーみたいにポージング決め出したぞ。

 

「いいよー![きれ]てるよー!」

 

「おいヤメ…なんか違くない?」

 

「ならば拙者も!」

 

「ちょ、待て!」

 

問題児(クソビッチ)がパンドラを褒めそやすせいで嫉妬に燃えるヨシツネがファッションショーに乱入する。全く言うことを聞かない辺り、どこぞの誰かさんにそっくりだ。パンドラはパンドラで闖入者に戸惑うことなく、同時にポーズを取る。というか、なんで会ったばっかでこんなに息ピッタリなのこいつら。互いに邪魔にならないように、且つ互いのポーズが噛み合うように決めてやがる。

それは優雅に、そして情熱に満ちた躍動だ。姫の鈴が転がるような声が掛かる度に動きのキレが増していく。見る者を惹き付ける魂の篭ったポージングは街行く人々が通り過ぎようとしても思わず足が止まってしまうことだろう。色んな意味で。シズが思わず〝うわぁ…。〟と感動の声を漏らすのも無理はない。あ、沈静化が…。

 

「──って止めんか!」

 

『えー』

 

「ハッ!」

 

──あゝ、パンドラええ子や…ちゃんと言うこと聞いてくれる…ちょっと恥ずかしいけど。

 

キレのある敬礼は少し恥ずかしかったが言うことを聞いてくれるだけ全然マシだった。逆にぶーたれる問題児親子はこのままだと何かもう手が付けられない気がする。どうしよう。

隣のアルベドが笑顔のまま固まっているのがちょっと怖い。

 

「…サキ?()()()が過ぎるようなら、もう二度と口を聞きませんけど?」

 

「[ももんが]さんごめんなさい調子乗りました許して下さい」

 

「え、えぇ…?」

 

唐突なアルベドの一言も衝撃的だったが一瞬で掌を返して華麗な土下座を敢行する友人にこそ衝撃を受けた。親バカここに極まれり。ただ、一つハッキリしたのは優秀なストッパーが隣にいるという事実。思わず、本来の止め役だった筈のセバスに視線を向ければそこには珍しく少し不快気な執事がいた。何に対して不快なのかは推して知るべし。何か言ってやるべきかと迷ったが、それよりも友人を土下座させたままにするわけにはいくまいと視線を戻すとヨシツネが困惑しながらも母親の隣で土下座していた。

 

「サキさん、怒ってませんから顔を上げて下さい」

 

「…申し訳ありませんでした。[あるべど]もごめんね?」

 

「モモンガ様の言うことはキチンと聞くべきだと思うのだけれど?そもそも──」

 

「──アルベド、待ちなさい。サキさん、羽目を外すのは構いませんがちゃんとこっちの言うことも聞いて下さいよ?あなた、一旦走り出すと聞く耳持たなくなるんですから。あの時も──」

 

それから魔王の説法はいつしか説教に変わる。先程までの鬱憤を晴らすかのように。いつの間にかパンドラも正座していたが、魔王は友人への説教に夢中で気付かない。友人は友人でアルベドの睨むような視線を受けつつ大人しく説教を聞いていた。反省しているかは別だが。

 

 

 

 

 

「──本当にお願いしますよ?」

 

「へーい」

 

「…反省の色が薄いようね」

 

「べ、べんえすまいね「やめい!」おっと」

 

魔王のチョップを華麗に避けた姫はその勢いのまま立ち上がる。魔王が睨み付けるが素知らぬ顔だ。ヨシツネがまた羽交い締めにしようと手を伸ばすがそれも()()()と躱してしまう。

 

「ふふー、同じ手は食わないからね」

 

「ぬ、流石はおふくろ様。感服致しましたぞ」

 

「…ハァ。とにかく、アルベドに嫌われても知りませんからね?」

 

その言葉に姫は固まる。恐る恐るアルベドに視線を向けるとユグドラシルの頃と変わらない微笑みがそこにはあった。見た目は全く変わらない、変わらないが故の感情が篭っていない(プログラムされた)微笑み。愛の反対は無関心とは誰の言葉だったか。まぁ、向けられていたのは愛ではなく別の感情だが。それでも一定の関心は向けられていた。それが無くなるとはどういうことを意味するのか。

 

「あ、[あるべど]さん…?」

 

「どうされました?()()()()()

 

僅かに目を見開いた姫は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。心配したヨシツネが寄り添って声を掛けるが反応出来ずにいる。折角と上手く回り始めたというのに、浮かれ過ぎて転げ落ちてしまったのか。もう自分を()()として見てくれないのか。

魔王は最初こそ演技かと疑ったが茫然自失とする姫を心配したセバスとシズが駆け寄ることにすら反応出来ない事に違和感を持った。ヨシツネとは以心伝心といわんばかりだったために敢えて無視するのも『台本』の内だと思ったが、あれだけ家族に拘った友人がセバスやシズにも反応しないのはいくら何でもおかしい。

 

「…サキさん?」

 

「…」

 

魔王の言葉も届いていないようだ。自分が余計な事を言ってしまったせいかと自責の念に駆られるが、先程のアルベドの返答に違和感を持った。()()()から『様』付けなんてしていたか、と。もしかして、自分の言葉に乗っただけではないのか。

 

「…アルベド、わざとか?」

 

「フフ、流石はモモンガ様。すぐにバレてしまいましたわね」

 

妖艶な笑みで肯定するアルベドに複雑な思いを抱いた。確かにすぐに調子に乗る友人にはいい薬かもしれないが、これはちょっとやり過ぎじゃないかと懸念する。もし、フォローが出来ないようならば…。

魔王は三人の子供に囲まれるも未だ戻ってこない友人が心配で仕方ない。

 

「…大丈夫なんだろうな」

 

「問題ありませんわ。ねぇ、『お母様』?」

 

いつぞやの時のようにアルベドが声を掛けるも姫は未だに無反応だ。アルベドとしてはちょっとした悪戯心やお仕置き程度のことで、このお調子者なら子供として振る舞えばすぐに元に戻ると踏んでいた。しかし、思った以上に傷が深かったようでここまで繊細だとは予想も付かなかったアルベドは計算違いに焦りを見せる。

 

「…ちょ、ちょっと。もしかして意趣返しのつもりなの?モモンガ様に心配を掛けるべきじゃないわ、そうでしょう?」

 

しかし姫は応えない。

 

「サキ?いい加減に──」

 

「──アルベド」

 

魔王に名前を呼ばれる。それは先程までは至福を感じる瞬間だった筈だ。しかし、今はそれが何よりも怖かった。恐ろしく平坦な声音は怒りを秘めているようにも思えて愛しき人の顔を直視出来ない。

 

「もういい。喋るな」

 

「ッ!?」

 

アルベドに目もくれず叱咤もすることなく淡々と告げる。アルベドにとって何より恐ろしいことがその身に降り掛かり、息を呑んだ。魔王が()()と姫を見つめたままゆっくりと近付くとセバスやシズは静かに下がる。ヨシツネは僅かに母親の後ろに身を寄せただけだが、魔王はそれを咎めることなく膝を折って姫の両肩を壊さないよう慎重に掴み、目を合わせて声を掛けた。

 

「…サキさん」

 

「…」

 

「サキさん!」

 

「ぁ…[ももんが]さん、どうしよう」

 

絶妙な力加減で肩を揺すり、力強く声を掛けて姫がようやっと反応してくれたことに少し安堵すると努めて優しい声音で続きを促す。何であろうと大事な友人であることに変わりない。

 

「どうしました?」

 

「…[あるべど]に見放された。もう生きてけない」

 

『!!』

 

姫の言葉に子供達は一斉に放心しているアルベドに向けて殺気を放った。恐ろしく鋭い殺気に、しかしアルベドは()()()とも動かない。魔王はそんな子供達に構う余裕はなく、慎重に言葉を選ぶ。余計な事を言えば取り返しが付かなくなると直感して。

 

「…他の子供達はどうするんですか」

 

「それは…ああ、そうでしたね…じゃあ、部屋に引き篭もって大人しく過ごします…」

 

「…」

 

魔王が考える以上に事態は深刻なようだ。()()自由奔放で勝手気ままな友人がまさかの引き篭もり宣言。しかも他の子供のことすら忘れてしまうほどの衝撃とは思いもよらなかった。それほどアルベドのことを気に掛けていたのかと、そんな素振りは全く無かったのだが。

 

「おふくろ様…」

 

「おお?いつの間にか後ろを取られていたとは、こいつぁ一本取られたな」

 

「…左様ですな」

 

まるで何事も無かったかのように振る舞う友人は見ていて痛ましい。ヨシツネも戸惑っているようだ。そして、そんな初めて見る友人の様子に何を言えばいいのかまるで見当が付かないことに魔王は歯痒さを感じる。確かに大人しくて手間は掛からないかもしれないが、こんな萎れた姿より手間ばかり掛けてもいいからさっきの様に自由でいてほしい。

そもそも自分が余計な事を言わなければアルベドもあんな態度を取って反省させようとは思わなかった筈だ。さっきはイラッとしてついキツく当たってしまったが、アルベドが悪いなら俺にも責任がある。後悔が押し寄せてくるが今は悩んでも仕方が無い。

まずはアルベドには少し距離を置いて貰わないと、と思ってアルベドに視線を戻せば()()()()と涙を零していた。何事かと驚くも沈静化によって冷静に混乱しながら平静を装って問い掛けた。

 

「アルベド、どうしたのだ」

 

口を開き掛けて何かを迷い、震える唇はそのまま閉じられてゆっくりと首を振った。よく分からない仕草をされた魔王は暫し不審げに首を傾げて、ようやく自分が喋るなと言ったことを思い出した。その自分が何事だと聞いているのにもかかわらず口を閉ざす様子は律儀というか愚直というか。自分達()の言う事は絶対だといわんばかりの子供に対して悪かったとは思いつつ許可を出す魔王だが、アルベドの()()が嫌われたくないという一心からくるものだということに思い至ることはついぞなかった。

 

「…アルベド、喋っていいから」

 

「は、はい…申し訳御座いません、モモンガ様。私が余計な事をしなければ…」

 

「あや…。──んん」

 

〝謝る相手が違う。〟その言葉を何とか呑み込んで誤魔化しの咳を一つ。この子は自分の言葉に乗っかっただけで言い出しっぺの自分が偉そうにそんなことを言える筈もない。まぁそもそもが自由奔放過ぎたこの人の自業自得といえばそれまでなのだが、だからといってこれではあんまりだ。そう思いながら姫の方を見てみればヨシツネに肩車されてその頭を()()()()と叩いて…なんか幼児退行してない?

 

「あっはっは、よっちゃんは背が高いのう」

 

「ふっふー、そうでござろうそうでござろう」

 

穏やかに絡んではいるが先程までの煩さがない。それは見方を変えれば空元気のようにも思える。セバスやシズは姫が元気になったことで先程の殺気は鳴りを潜めて、静かに親子の絡みを見ていた。その様子を眺めていた魔王はそこで初めて何か足りない、と違和感を持つ。何が足りないのか考えて動きが煩いの(パンドラ)がいないことに気付いた。

 

「…そういえばあいつ(パンドラ)はどこに──」

 

「──お呼びですか?」

 

「ッ!?」

 

危うく情けない声を上げるところだった…沈静化さまさまだな。ガウンの陰から()()()と頭を出した埴輪顔にチョップをかましてやりたかったが、それよりも聞きたいことがあった。

 

「…お前いつの間にかいなくなってたけど、どこ行ってたんだ?」

 

「おお、これは失礼を!事情はよく分かりませんが、統括殿と至高の御方との間に何やらすれ違いがあるようでしたので僭越ながら助力出来ればと、こちらを持って参りました!」

 

無意味に大袈裟な仕草に目眩が起きそうになるが何とか堪えて両手の上に乗っている物体に視線を落とす。差し出されたのは大きめのクラッカー。これは…。

 

「…『完全なる狂騒』か?」

 

「いえ!こちらは『完全なる狂騒・改』で御座います!」

 

「…何だそれは?」

 

「では!僭越ながら私が説明させて頂きます!このアイテムは──」

 

──いちいち叫ばないと死ぬのかこいつは…?

 

創造主の役に立てると張り切っているだけなのがそんなことは露知らずに内心で頭を抱える魔王であった。

…元々、完全なる狂騒は特定の種族が持つステータス異常──混乱や毒、恐慌など──無効のスキルを無効化するというもの。それを改良(悪?)したのがこの完全なる狂騒・改で、あらゆる種族の『本音』を引き出させるものらしいが…というか、こいつが造ったらしいが暇だったんだろうか。そうだとすると、今まで閉じ込めてたのはちょっと可哀想だったかな…。

 

「──…大丈夫なんだろうな」

 

「勿論で御座います!擦れ違いによる悲劇は相対することによって避けられる、ということで御座います!」

 

「…ふむ」

 

何言っているか全然分からん。いや、分かるんだけど抽象的で理解し難い。まぁ役者(アクター)らしい説明ではあるのだが。つまり、互いの考えを曝け出すことによって相互理解を深めるということか?いやしかし、これは場合によっては最悪の結果に…。

 

「危険過ぎじゃないのか。アルベドはどう思う?」

 

未だにヨシツネと戯れてはしゃいでいる姫を見ながら尋ねる。高い高い、か。見上げる程に高い天井にぶつかりそうなくらい、あんなに高く上げて…いや、マジで深刻じゃねーのこれ。いい歳したおっさんが肩車に高い高いで喜ぶってどうなのよ?確かに常識外れの高さだけどさ。

 

「…正直に言いますと試す価値はあると思います。自分で言うのも何ですが今のサキは私の話を真面目に聞いてくれないのでは、と愚考致します」

 

設定上、ナザリックにおいて自分よりも遥かに天上の頭脳を持つ三人のうち二人が賛成ならば試す価値はあるのだろう。それにアルベドの言うとおり、今の友人は何となく()()()ではないと感じていた。見た目はいつも通りなのだが雰囲気に違和感がある。きっとショックのあまり現実逃避に走ってるのかもしれなかった。

 

──…上手くいくと良いんだけど。

 

ヨシツネに足を掴まれて()()()()()()と文字通り振り回されている友人を見ながら願う魔王だった。ていうか何やってんだあいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははははは」

 

「…」

 

「あははははは」

 

「…サキさん」

 

「あははは…[ももんが]さん」

 

「はい」

 

「…泣けないって哀しいね」

 

「…そうですね」

 

 

 

──つづく。

 




よくいえばデリケート、悪くいえば豆腐メンタル。
だけど涙が出ない、だって鬼の神だもん。


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─番外編2 あの時この時、らしい


二本立てです。


━━あのとき━━

 

「──いずれ階層守護者全員に渡すからそう畏まらなくていい」

 

「もう[あるべど]には渡してあるから、堂々として大丈夫ですからね。それと、外に出る時は必ず誰かに預けること。良いですね?」

 

『はいっ!』

 

姫はその時の二人が余りにも可愛過ぎたのか無意識のうちに二人の頭を撫で回していた。アウラの髪は()()()()としていて心地良い。マーレの髪は()()()()としており気持ち良い。あゝ、素晴らしき忘れ形見よ。死んでないけど。

三人の目が恍惚に満ちて夢心地の静かな時が過ぎていく。そんな姫の頭にそっと骨の指が添えられる。その数五本。慈悲に満ちた御手は濡れ羽色の艶やかな髪で覆われた頭を優しく包み込み、しっかりと()らえて例えるならばそれは骨で出来た檻。徐々に指の一本一本に力が入り、檻が狭められていく。檻の中の姫はその事態にようやっと気付き、逃れようと頭を振るが檻は頑丈でとても動きそうにない。万力の如き膂力はさながら中世の拷問器具のように頭を締め付ける。

 

「いーだーいー!──あ」

 

「いい加減に!──あ」

 

思わず力が入り鋭い指先がめり込んだ。めり込んだというよりは突き刺さった。それはまるで豆腐の塊に箸が刺さるように深く深く。その豆腐と箸の隙間から赤い液体が流れ落ちて──。

 

『──お母さん!?』

 

「うおお!?やっちまった!?あっ…〈伝言(メッセージ)〉!ペストーニャ、円卓の間に来い!急げ!」

 

沈静化により急激に冷静になった魔王が叫び、双子は涙を流して必死に母を呼ぶ。頭に五つもの穴が空き、()()()()と血を流す姫は死にかけているというのにそれはもう満面の笑みを浮かべて大層穏やかだった…。

 

 

 

 

「──って言ってる場合か!ポーションを…」

 

魔王が虚空に手を突っ込み、中の物を掻き混ぜるようにして目的の物を探すがなかなか見つからない。沈静化により一時落ち着くも後から湧いてくる焦燥感に手元が狂う。その間にも姫の身体を揺する涙目の双子の手や服は流れ出る赤い血に染まる…ことはなかった。

心情的には真っ赤なのだが最高品質の魔力が込められた装備はこの程度で汚れは付かない。まぁ、このナザリックにおいて御方の血は汚染物どころか至高に貴いものという認識ではあるのだが。

そんな中でようやく目当ての小瓶を取り出した魔王はすかさずその小瓶の蓋を開けて姫の上で逆さにする。()()()()と頭に治癒の薬が振り撒かれるが、出血が酷いためなのかいまいち効果が薄い。何故と疑問に思う前に気付いた。振り掛けているのは赤い液体。

 

「──ってコレじゃねぇよ!」パリン!

 

「ぅぐ…なに、一人漫才…やってんの…うぅ…」

 

少しばかり傷が癒えて回復した姫からツッコミが入る。先程まで桃色の出ちゃいけない物体が頭からはみ出ていたとは思えないほどの回復だがまだ予断は許されない状況だ。そんな中で扉の外から拍子抜けするほど穏やかな声が掛かる。

 

──コンコンコンコン。

 

「お待たせ致しました、ペストーニャです…わん」

 

「来たか!挨拶はいいから早く来い!」

 

「失礼致しま…夜想サキ様!?」

 

「ペストーニャ、どうし…母上!?」

 

驚きの声と共に優秀な執事とメイド長が転がり込んできた。犬頭のメイドの姿を確認した双子は〝早く早く!〟と手招いて急かしている。いつもは使用人のトップとして粛然としている二人だが、その役職に似つかわしくない()()()()と音を立てて姫の傍に寄り添う。

 

「ペストーニャ、早く治癒を!」

 

「かしこまりました!──〈大治癒(ヒール)〉!」

 

様々なスキルを駆使して最大限に効果を高めた治癒の魔法。魔王にとって決して楽観視できない大ダメージを与える事が出来るほどに強力なそれは、姫の傷を瞬く間に癒やしてくれた。ゆっくりと起き上がった姫を見た全員に安堵の顔が浮かぶ。一人を除いて。

 

「…サキさ「ぺーちゃんありがとうね、お陰で助かったよ。あーちゃんとまーちゃんもありがとうね」

 

『あ、ありがとうございます』

 

声を掛けられた三人は頬を染めて恥じらう。こんな時でなければ魔王も心が和んだだろう。

 

「せばやんも心配掛けたね」

 

「滅相も御座いません、ご無事で何よりです」

 

「あ、あの「それじゃあ、こんなことをしでかしてくださった我らが魔王殿からありがたーいお言葉を頂戴仕りましょうかねぇ?」

 

「」

 

その言葉に子供達は一斉に襟を正して跪き、真剣な目つきで魔王を見つめる。一言も聞き漏らすまいとする態度や心構えはいつものことなのだが、その視線はまるで責められているように感じられた。ただでさえ罪悪感しかない魔王は故意に謝罪を遮られたこともあって言葉に詰まる。

 

「うっ…」

 

「…魔王殿はお困りのご様子だねぇ。あーちゃん、まーちゃん」

 

『はい!』

 

双子の通りが良い子供らしい元気な返事は、今の魔王からすれば追い打ちを掛けるかのように惨めな気持ちにさせ、姫が何を言い出すのか戦々恐々だった。

 

「もし、の話だけど…あなた達が私に怪我をさせたらどうする?」

 

「そんな!あり得ません!」

 

顔を青褪めて否定する姉の言葉に何度も頷いて同意する弟。例え話でも御方を害するなど考えたくもない、そんな想いがありありと見えて姫は嬉しさと少しの罪悪感を感じながら再度問い掛けた。

 

「双子は良い子だねぇ…でも、酷なようだけど聞かせてほしいな?」

 

「うっ…わ、分かりました…。──その時は死で以って償います!」

 

「ッ!」

 

涙目になりながらも答える姉に()()()と目を瞑って必死に頷く弟の構図は魔王からしても罪悪感が押し寄せてくる。姫はそんな二人を謝りながらも抱き締めて頭を撫でた。

 

「うんうん、辛いことを言わせちゃってごめんね…。──だってさ?」

 

振り向いた姫の顔は微かに笑っていた。それがどういう意味を持つか知らない魔王ではないが、念の為に確認を取る。

 

「…それは俺が死ねってことですか?」

 

その言葉に子供達の顔色が一気に驚愕に染まった。〝まさか、そんな。〟そういった呟きが零れて消える。一時の静寂が部屋を包み、ゆっくりと双子から離れた姫は魔王に近付いて一言だけ言い放った。

 

 

 

 

 

「んなわけねーじゃん。ばーかばーか」

 

「あぁ!?…ぐっ」

 

一瞬で沸騰した魔王は急激に襲い掛かった沈静化によって冷静になる。それでも燻る苛立ちまでは収まらない。先程までの罪悪感は何処かへすっ飛んでいた。他の仲間にこんなレベルの低い煽り方をされたところで大して苛つかないのに問題児(こいつ)にされると凄い腹が立つのは日頃の行いがなせる業か、それともタイミングが絶妙だからなのか。

 

「ふふー、やっぱり煽るのは楽しいねぇ…ふぅ」

 

そんな楽しげにする姫にも沈静化は牙を向くが、大して意に介していないようだった。魔王は尚も苛立ちが続くが、それでも聞きたいことはあった。少し冷静になれば何処かへと飛んでいった罪悪感も戻ってくる。

 

「…やり過ぎだ、とか怒ったりしないんですね」

 

「まぁ、いつもの事ですし。この程度で怒ったりなんかしませんよ」

 

ゲームとは違って痛みもあるようだし、ましてや本当の意味で死に掛けたというのに『この程度』で済ませられる友人に脱帽する。シャルティアの件は我が子が相手だし自分でもきっとそうなるだろうと納得していたのだが。そういえば、ユグドラシルの頃から()()()()()()で怒っている姿は見たことがない。

 

「そういうわけだから、あなた達が私を怪我させたり殺したりしても私が許すからね」

 

振り返ってそう宣言するが、子供達は目を見開いて危害なんか加えないと全力で否定する。しかし〝なんであろうと家族であれば私は許すよ。〟と言うと子供達は暫し呆然としたのち涙を流して賛美する。曰く〝なんと慈愛に満ちた慈悲深き至高の母君。〟と。さっきの双子のことを気にしていたのだろうかと半ば呆然としつつ考えていたが、ふとあることに気付いた。

 

「…ってことは、これから行う説教も許すってことですね?」

 

「あー…それは許さない!」

 

「いや、おかしいだろ!そこに直れ!」

 

()()()()と円卓の周りで追い掛けっ子を始めたいつもの御方達の姿に子供達は安堵する。

──魔王が崩御なされたら、姫がそれを肯定していたら。

在りもしない妄想に一同は身震いするがはしゃぐ御方()を見てそんな光景は無かった、と頭の片隅から追いやることにした。後に経緯を聞いたセバスから二度とこんな事が起きないよう自身が供回りをすると熱い視線を浴びた魔王は根負けしてそれを許可するのだった。

 

 

 

──おわれ。

 

 

 

 

 

━━くりすます━━

 

 

〜どこかの時系列〜

 

「[ももんが]さん、[ももんが]さん」

 

「はい?何です?」

 

そこはシックで落ち着いた雰囲気の魔王の執務室。大きな執務机が中央奥で陣取り、応接用として黒檀の小テーブルが一脚とそれを挟むようにして総革張りのソファが二脚、部屋の壁際に置かれている。そのソファの片方に姫が()()()()と座り、対面では魔王が大柄な身体をソファに預けるようにして座っている。姫が話し掛けてきたのは魔王が執務に追われ、精神的に疲れを感じて〝大事な相談事がある。〟というもっともらしい理由で人払いを済ませて一息ついた、そんな時だ。

 

「[くりすます]やんべ」

 

「…『聖なる夜をゲームで明かすモテない男同盟用苦しみますツリー』狩りですか?こっちにもいるんですかね?」

 

懐かしい名前に姫は興味を惹かれたが、今重要なのはそちらではない。

 

「いや気になるけども。そっちじゃなくて」

 

「…あー、アレですか。リア充御用達のクソイベントの方ですか」

 

「また懐かしい[ふれえず]を…」

 

これもまた懐かしさが込み上げてくる。モテない男同盟に属する男どもは〝リア充爆ぜろ。〟の意志の下に結託してクソイベントと連呼していた。クリスマス自体はどうでも良かった姫も面白がって参戦していたのはいうまでもない。

 

「ハハッ、合言葉みたいなものでしたよね。ナザリックの中は変わらないですけど外は冬ですし、頑張ってる子供達を労う意味でも良いと思います」

 

「決まりですね、皆を集めましょう」

 

「了解です。──〈伝言〉」

 

魔王が魔法を唱えてアルベドに繋げるのを姫は黙って見つめていた。余計な茶々は入れない。楽しい時間は既に始まっているのだ。

 

 

 

 

 

「守護者統括アルベド、並びに階層守護者各員、領域守護者二名。お呼びにより参上致しました」

 

アルベドの堅苦しい挨拶から始まる。これはもう様式美のようなもので魔王や姫が何度言ってもこういうのだけは頑なに曲げず、あの姫が折れた程だ。

 

「うむ。集まって貰い感謝する」

 

「そんな、感謝など畏れ多い…当然の事で御座います」

 

「それでも「はいはい!そんな当然を超える驚きを発表しまーす!」ちょおま」

 

早速しびれを切らした姫が無理やり割り込んできた。アルベドは睨み、デミウルゴスを始めとする子供達は『驚きの発表』の言葉に微笑みすら浮かべていた表情が神妙な面持ちへと変化する。

 

「チッ…サキ?モモンガ様のお言葉を遮るなんて相変わらずいい度胸しているのね?」

 

「ま、まぁまぁアルベド、私は気にしていない。それよりも皆に「[くりすます]やろうぜ!」お前いい加減にしろよ?」

 

「まぁまぁ、おやじ様。アゲアゲの…プッ…おふくろ様に…クッ…構っていたら、身が持ちまッハッハ!」

 

姫が待ち切れないといわんばかりに再び割り込んだ。その息子たるヨシツネはマザコンのためか親が上機嫌だとナザリックのトップが相手だろうとお構いなしに声を上げて笑う。ナザリックの最高権力者や最上位のNPC達に凄まれても平気なのは世界広しといえどもこいつらだけだろう。大人しくしてろっつったのに言うこと聞きやしねぇ。

本来ならばヨシツネは極刑でもおかしくはないのだが、肝心の魔王が赦している上にヨシツネが笑うと何故か少しだけ魔王の機嫌が良くなるのだ。そんなヨシツネを周りの子供達は疎ましくもあり羨ましさも感じていた。

実際のところはナザリック内で声を上げて笑う事こそが琴線に触れる事由なのだが、それを不敬だと考えている内はそこに気付ける筈もない。

 

「親子揃ってこいつらは…!──あとアゲアゲってそれ死語だからな?」

 

『えっ』

 

「…モモンガ様、よろしいでしょうか」

 

二人が固まったところでタイミングを伺っていたデミウルゴスがすかさず手を上げた。余程よいタイミングだったのか魔王が()()と指差したくらいだ。

 

「お、デミウルゴス。良いタイミングだ」

 

「お褒めに預かり光栄で御座います。クリスマスやろうぜ、とのことでしたが…?」

 

「うむ、クリスマスパーティを開きたいのだ」

 

『おお!』

 

「──ももやん、死語だなんて嘘じゃろ…?」

 

復活した姫が()()()()と胡散臭い弱った演技をしつつにじり寄る。魔王は呆れたように眼窩の光を小さくしてそれを見ていた。

 

「誰が『ももやん』か。何でそんなにショック受けてんですかアンタは…それよりも段取りの方が大事でしょうに」

 

「その通り。諸君![くりすます]とはなんぞや!?」

 

急に人が変わったように子供達に向けて演説じみた事をしだした姫を魔王はただ面食らって眺めるだけだった。まぁ、偏った知識しか持っていないようだから確認は必要なのかもしれないがどんだけテンション高いのだろうか。

 

「ハッ。クリスマスとはイエス・キリストなる人物の誕生祭であり、その時に飾り立てる木をクリスマスツリーというそうですね。ウルベルト・アレイン・オードル様(のたま)わく〝リア充御用達のクソイベント。〟〝派手に散らしてこそ悪の華。〟と…つまり、煌びやかに飾り立てたその木を破壊する催しであると愚考致します」

 

「オオ、ウルベルト・アレイン・オードル様ガ…!」

 

「うふふ、なんて素敵な祭りでありんしょう。人間を吊るしてそれなりに着飾ればさぞや楽しくなりそうだわえ」

 

「うーん…」

 

「ど、どうしたの、お姉ちゃん?」

 

なるほど。断片的な知識を俺達の言葉で補っているのか、そりゃ偏るわな。と変に納得する御方二人を置いて子供達の話は続く。愉しそうに話す子供達に割って入るのは何だか申し訳なく、見ていて微笑ましいのもあり二人は黙って見ていることにした。

 

「いや、ウルベルト・アレイン・オードル様のお言葉を疑う訳じゃないんだけどさ。ぶくぶく茶釜様とやまいこ様、餡ころもっちもち様がお話されていたんだけど…ちょっと違うみたいだよ?」

 

『えっ』

 

これには御方(親バカな)二人も興味がそそられる。あの三人が集まってどんな話をしているのか、あまり知らないのだ。姫でさえちょっと恐ろしくて突撃出来なかった領域である。

 

「なんと…アウラ、詳しく聞かせてくれないかい?」

 

「うん。ぶくぶく茶釜様が〝もうすぐクリスマスだね。二人は予定あるの?〟と聞かれて、やまいこ様が〝ボクは仕事。冬休み明けのテストの問題、作らないといけなくて。〟と仰って餡ころもっちもち様が〝やまちゃんも大変だね。まぁ私も仕事だけどね…かぜっちは?〟と聞かれてぶくぶく茶釜様が〝いやー、私も仕事が…とほほ。デートとかしたいなぁ。〟と仰ったの。それで──」

 

全部敬称付きのフルネームで台詞丸ごと言うもんだから大変そうに思えるが、そこは自分達を至高と崇める子供達。アウラは凄い楽しそうに話すし、聞いている周りの子達は目を輝かせて聴き入っている。アルベドは真実を知っているためか一歩引いた様子で話を聞いていた。いつもなら既にモモンガ様の御前で云々と小言を言いつつ止めに入るのだが、その肝心の魔王がジェスチャーで大人しくしてろと止めたのだ。

アウラの話を要約すると折角のクリスマスなのに私達仕事。デートとかしたいけど男いねーって話だ。結局のところ、自分達のいうクリスマスとは何かを壊すのではなく雰囲気を楽しむお祭りみたいなものなのだが…。

 

「──なるほど。そういうことですか」

 

「お、でみやん。なんか分かった?」

 

期待に胸が膨らむ姫はどこか楽しそうにしてデミウルゴスに問い掛ける。

 

「はい。クリスマスとは男女がペアになって雰囲気を楽しむということで御座いますね?ケーキ、というお言葉から飲食もするようですね」

 

「んん、概ね正解!」

 

「有難う御座います。しかし、概ねと言いますと?」

 

「うむ、クリスマスに男女ペアである必要はない…皆でパーティを楽しもうではないか」

 

『おお…!』

 

魔王の慈悲深いお言葉に子供達の目に涙が溜まる。我々も至高の御方と同じ時を過ごすことが出来る。これ以上の喜びがあろうか。

 

「じゃ、準備すんぞ!会場決めからな!」

 

『ハッ!』

 

よっぽど楽しみなのか、いつもは魔王に譲る姫が珍しく音頭を取り真剣な眼差しで進行を務め始めた。そんな姫を見ているとヨシツネではないが、微笑ましく感じる魔王だった。

 

 

 

 

 

当日までの数日間、御方主導のクリスマスパーティは大々的に宣伝されナザリック中にパーティ準備の詳細が伝えられる。パーティに参加する者は皆すべからく白いボンボンがついた赤い帽子を被り、会場に決まった第六階層を飾り付けるために大勢のシモベやNPCが集まっていた。というか、警戒網に組み込まれた者以外の全員がいた。円形劇場(アンフィテアトルム)前の開けた場所で行うのだが、多過ぎて一部が森の中に入ってしまっている。奥の方の奴らには声すら届かないんじゃないかと思う。

それは置いといて、このパーティの一番の目玉はアウラとマーレの住居である巨大樹を飾り付けてクリスマスツリーにしてしまうことだ。本来使われる品種とは異なるのだが、距離がある劇場前のここからでもよく見えるほどに大きい。

どのように彩られるか期待に胸が膨らむ魔王を余所に、姫が一歩前へ躍り出る。それに気付いた魔王が声を掛けるより早く、手を振り上げて高らかに宣言した。

 

「諸君、これより状況を開始する!気合入れろ!」

 

『オオオオオォォォ!!』

 

いつか玉座の間で味わった巨大な音のうねり。姫が発破をかけたことでその何倍もの波が第六階層中に響き渡る。これだけの数の雄叫びは地震とさえいえるほどの揺れを起こした。

 

「すげ…」

 

「〈天地改変(ザ・クリエイション)〉でも発動したのかと…」

 

御方達が地鳴りに驚く間にも恐るべき速さで準備が着々と行われていく。あっという間に周辺の飾り付けが終わってしまい、巨大樹をクリスマスツリーにすべく動き始めている。これほどの速さを可能としているのは明確な上下関係とナザリックの頭脳といえる三人の的確な役割分担及び指示内容、そして下された命令のみを機械的に実行するシモベ達だ。なるほど、これでは確かに姫の言うとおり虫と変わらないのかもしれない。人間であれば疑問に思ったり諍いが起きたりなど無駄が多く、遅々として進まないこともままあるがこのシモベ達にはそれが無い。まぁ、仲間によって生み出されたNPCも機械的に動いているがそれはそれ。愛着が違う。

 

「…やることないですね」

 

「発破掛けるからじゃないですかね?」

 

「…なんかこう…もっとほのぼのを期待したと言いますか…」

 

「あー…和気藹々とした感じで飾り付けをしたかったと?」

 

どこか沈んだ様子で頷く姫。その気持ちは分からなくもない。確かにメインはパーティだがこういう準備も楽しいものだ。趣旨は違うが仲間達と冒険の準備に勤しんだ記憶も今や懐かしい…あの時も楽しかったな。しかし、子供達は御方が動くことを是としない。まぁ、自分も飾り付けをすると言わなかったのが悪いな。そんなことを考えているとほとんどの飾り付けが終わってしまったようだ…速過ぎじゃね?

指揮を取っていたアルベドを筆頭にデミウルゴスとパンドラが近付いて恭しく頭を下げた。

 

「モモンガ様、パーティの準備も残すところ一つで御座います。最後の仕上げとして大樹の頂きに『星』をお乗せして頂きとう御座います」

 

アルベドのその言葉に魔王と姫が顔を合わせて、()()()()と飾り付けられた大樹の頂上を見上げると確かにそこだけ何もなかった。大まかなデザインや素材などはこちらで指示、細かい部分は任せっぱなしだったのだが仕上げの部分(おいしいところ)は上の者にやって貰うということか。要は接待だな。

しかし、周りを見ても肝心のモノが見当たらない。あの大樹の上に乗せるということでやたらデカく作ったのだが。

 

「…アルベド、その星が見当たらないのだが?」

 

「大樹の下にご用意しておりますわ。申し訳御座いませんが、ご足労願えますでしょうか」

 

「なるほど。大樹までは距離があるしな…よし、案内してくれ」

 

『ハッ』

 

こうしてアルベド達に先導され、姫と共に大樹へと続く遊歩道を歩く。色鮮やかなモールや〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉を宿した飾り等に彩られた木々に挟まれた遊歩道は見事な調和を生み出していた。モールの色合いが互いに邪魔をすることなく、また金銀で作られた玉や箱、人形などが良いアクセントとなって見ている者を飽きさせない。今はまだ昼間で〈永続光〉も大した役割を持てていないが、夜になればどんな幻想的な空間を作り出してくれるのか期待させてくれる。

 

「…ふむ、見事だ。日が落ちるまで待ち遠しいな」

 

「お褒めに預かり、光栄で御座います」

 

「誠に!デミウルゴス殿のセンスにはこのパンドラズ・アクターも脱帽致します!」

 

そう言って文字通り軍帽を脱いで手を掲げる問題児(我が息子)。え、ここ笑うとこ?

 

「…これ、でみやんが考えたの?」

 

「ハッ、畏れ多くも色合いなどは私が提案させて頂きました」

 

「へぇ…[うる]さんもこういう[せんす]は良かったからねぇ。知ってる?玉座の間の大まかな[でざいん]って[うる]さん原案なんだよ」

 

その言葉にデミウルゴスの眼鏡が光った。瞼の中の宝石が光ったのか眼鏡のレンズが光ったのか判断に迷う。

 

「おお…!」

 

「他の人達から装飾とか柱の数とか諸々の変更はあったけどね。余談だけど、玉座の間に罠が無い理由は[うる]さんの美学が支持されたからなのさ。さて、どうしてでしょう?他の二人も答えてね」

 

周りの景色を眺めながら懐かしい話を振る姫を見て、魔王もさてどうだったかと思い返す。あの人は『悪』に拘っていた。その美学に賛同する人もいたし、防衛力に不安があると反目する人もいた。でも、結局は…。

 

──…あゝ、懐かしいな。

 

「ウルベルト・アレイン・オードル様の美学…『悪』で御座いますね。ふむ…愚か者が玉座の間へ到達する前に叩き潰す絶対的自信がおありだった、と愚考致します」

 

「…ふふー。二人は?」

 

デミウルゴスの自信に満ちた答えに対して姫は満足そうな笑みで返す。その仕草は正解といっているようなものなのだが。

 

「デミウルゴスと同意見ね。神聖な場所を下賤の者の血で穢すわけにはいかないのではなくて?」

 

「…私も、と言いたいところですが…私は嘗て、かの御方から演技のご指導を頂いた覚えが御座います。御方の演技力、それはそれは見事なものでした。そのことを踏まえますに…死を潜り抜けた勇者を玉座の間にて歓迎する、そんなおつもりだったのでは──」

 

「──パンドラズ・アクター。君は知らないのかもしれないが、栄光あるナザリックは嘗て大軍勢の侵攻に遭ったのだよ。しかし、至高の御方々は大いなるお力でそれらを撃滅なさった…第八階層でね。そのことを鑑みれば自ずと答えが見えてくるのではないかね?」

 

デミウルゴスの言葉には少し棘があった。

…俺がパンドラ(こいつ)を創ったきっかけはたっちさんの引退。その時はまだウルベルトさんはユグドラシルを続けていて、パンドラの設定にも協力してくれた。演技の指導とはきっとその時のことだろう。それに嫉妬してムキになっているんだと思うと微笑ましいが。

 

「あははは!…ふぅ。でみやん、嫉妬かい?[うる]さんが羨ましいね」

 

「はっ。あ、いえ…お戯れを…」

 

どうやら予想は当たったようだ。頬を赤らめるデミウルゴスが可愛いと思ってしまった俺は末期なのだろうか。しかし、声を上げて笑うのは珍しい。

 

「でも残念。ぱんちゃんが正解」

 

『!』

 

「…詳細をお聞かせ願えますか?」

 

驚愕する二人を置いて浮かれることなく冷静にパンドラが聞き返す。いつもこうだと助かるんだけどな…マジで。ホントに。

 

「ふふー、簡単だよ。私達は悪で[ももんが]さんはその親玉。つまり、魔王がおわす玉座に果たして小賢しい罠が必要なのか?ってこと。有り体に言えばそれは格好悪い…この[なざりっく]を踏破できた者はまさしく勇者だ。そして魔王がこう持ち掛ける。『世界の半分をお前にやろう』ってね」

 

遥か昔のゲームの台詞だ。確か、魔王が勇者に言う台詞だったか。しかし得意気に話しているが、この子達がそれを知っているわけもない。パンドラは感心するように頷いているが、アルベドなんか〝何言ってんのこいつ?〟と言いたげだ。しかし、何も知らないデミウルゴスが立ち止まって震え出した。悪い予感がする。

 

「…なんと…既に世界をその手中に…その上──」

 

「──ちょ!デミウルゴス!今のはゲームの台詞だからな?勇者を迎え撃つ魔王の決まり文句だからな!?」

 

慌てて魔王も立ち止まり、急いで訂正する。何でもかんでも真に受けるのはちょっと困りものだ。いい加減に他の子達にも話してもいいのかもしれないと思う。今日はその日ではないが。

 

「も、申し訳御座いませんでした。これはとんだ心得違いを…」

 

「よい、赦す。お前の全てを赦すぞ、デミウルゴス」

 

「ふふー、流石に全ての『世界』は難しいね。せいぜい十一個が…あ、十二個か」

 

「いやそっちの話じゃないからな?」

 

「モモンガ様、そろそろ…」

 

アルベドに声を掛けられて、もう目の前のところまで来ていることにやっと気付いた。というか、大勢のNPCと大量のシモベ達が跪いて(こうべ)を垂れていた。さしずめ、社長クラス達の雑談が終わるのを待つ社員といったところか。下っ端だった頃を思い出し、罪悪感のようなものが滲み出てくる。

 

「ぅ…待たせたようだな?」

 

「待つなど、そのようなこと「皆今か今かと心待ちにしておりましたぞ!おやじ様!」…何なんでありんすか」

 

問題児(クソビッチ)の影響なのか、ヨシツネまで割り込んできた。元凶を盗み見ると目を僅かばかり細めて遣り取りを見ており、額面通りに受け取れば微笑ましく見守っている母親の『それ』だ。しかし、魔王は知っている。おっさんがやる気持ち悪いにやつきだと。まぁ、子供達の遣り取りは昔見た子猫同士のじゃれつきを彷彿とさせるものがあるから気持ちは分からんでもない。現実(リアル)の顔が重なって見えなければなぁ、と密かに嘆く魔王だった。

 

「ちょっと、ヨシツネ?人の台詞に割り込まないで欲しいでありんす」

 

「ふっふー、正直になるでありんす。その方がおふくろ様もおやじ様も喜ばれるでありんす」

 

「…あん?」

 

間違った廓言葉を真似されて、眉を顰めていただけだったシャルティアが殺気立つとヨシツネの後ろにいたシモベ達が震えながら一斉に後退った。あの村で出会った人間程度なら片手でひねり潰せるであろうシモベですら怯えるというのは相当なものだ。そんな睨み付けるだけで人を殺せそうな殺気を真正面から受けてもヨシツネは怯えるどころか心底愉快そうに体を揺らしている。本当、どういう神経してるんだか。

 

「…下手くそな真似はやめなんし。お前がお母様のご子息でなければ殺しているところでありんすえ?」

 

憎たらしげに毒を吐くシャルティアの言葉に納得出来る部分はある。しかし、隣にいる友人は保身なぞ関係なく相手が誰であろうと面白いと思ったことを躊躇なくやる人だ。他の仲間達も似たところはあったし、だからこそ皆は爪弾きにせず受け入れてきた。まぁ、決定的な違いはブレーキが壊れているとしか思えないところだが。

仮にもそんな友人の息子がそのような後ろ盾を笠に着て人をおちょくるだろうかと疑問に思う。

 

「ふっはっは!それは失礼!しかし、正直になった方がお二人も喜ばれるというのは事実…そうで御座いましょう?」

 

「…ふふー、流石は我が息子…そう、遠慮は要らない。それは私が夢見る家族像の一つだからね」

 

──ああ、なるほど。だからこいつ(ヨシツネ)に遠慮というものがないのか。

 

これで合点がいった。ヨシツネは親の願いを汲んでそう振る舞っているのだ。多少やり過ぎなのは親譲りなのか真似ているだけなのかは分からないが。俺の願いも届いてほしいと思いつつ、他方のパンドラ(黒歴史)に視線をやれば何を思ったのか敬礼を返してきた。あゝ、綺麗な敬礼ですね…。

 

「…あなたの場合は遠慮というものを覚えた方が良いと思いますけどネ…さて、それじゃあ最後の飾り付けをしましょうか。星はどこだ?」

 

「ハッ、アチラニナリマス」

 

コキュートスの巨体で隠れていたが、コキュートスが横に逸れると同時にまるでモーゼの十戒の如く、子供達とシモベ達も左右に分かれ道が出来た。その先にあるのは金色の巨大な飾り星。よしよし、指定通りちゃんと五角形だな。頂上がどちらかといえば平べったい大樹に乗せれるよう丸くて大きな台座も下にくっついている。

 

「…でっかいなぁ」

 

「腐るほど余っていた金の延べ棒を存分に使いましたからね…ただ、あれだけ大きいと重量が気になるな」

 

「問題は御座いません、モモンガ様。中は中空になっており、厚みも可能な限り薄くしておりますので木の枝一つ折れることはありません」

 

魔王の疑問に今回の計画の中核を担ったデミウルゴスが誇らしげに答えてくれた。大樹も至高の御方々により創られたもの。枝一つ折ることは赦されず、しかし御方の希望に沿えるべく綿密な計算に計算を重ねた結果完成した代物であり、今回において最高の出来といえよう。

しかし、魔王と姫的には頂上の枝が折れたところで勝手に修復されるだろうから何も問題はなかった。見えないし。修復代もユグドラシル金貨が何枚か減る程度だが、そんなことより持てるかどうかが重要だった。

 

「…ぐっ…重い…」

 

いつの間にか飾り星のところにいた姫が頑張って持ち上げようとしているが少しも上がらない。周りの子供やシモベは手伝いたいがこれは御方の役目であり、どうにも出来ず困惑している様子だ。そんな中で誰とは言わないが一人だけだらしないやつがいる。顔があったら鼻血垂らしてそうなのが雰囲気で丸わかりだ。鼻息荒いし。

それは置いといて、飾り星に近付いて見てみればビル三階分くらいの大きさあるんじゃないかと思える大きさだった。でけぇ。姫に腕力が無いとはいえ、ああも重たそうにされると魔王でも持てるかどうか不安になってくる。

 

「…そんなに重いのか?」

 

「い、いえ…それほど重くない筈なのですが…」

 

聞けばアウラでも一人で持てる程度だという。守護者の中で一番非力なアウラでも持てるというのだからかなり軽い筈だが…。

 

「ふむ…。──よいしょ。うわ、軽ッ!」

 

魔王が驚くのも無理はなく、大きさに反してあり得ないほど軽い。体感的には軽めの盆を持った程度だが逆にいえば、これが持てない姫の腕力の無さは推して知るべし。流石のデミウルゴスも姫の脆弱さは計算外だったようだ。魔王もここまで非力だとは思わなかった。

 

「うー…ずるい」

 

「いや、あなたが特殊過ぎるだけですからね?」

 

「ぐぬぬ…」

 

僅かに眉間にシワを寄せて唸っている。表情に出ているところを見るに本気で悔しがっているようで、ちょっと可哀想に感じた魔王は仕方なくマーレに命じることにした。

 

「…ハァ。マーレ、【パワー・オブ・ガイア】をサキさんに」

 

「は、はい!パ、【パワー・オブ・ガイア】!」

 

このスキルは対象の力をアップさせる効果を持つ。これで多少はマシになる筈だ…なるよな?

 

「…おお?何か温かいですよ、これ」

 

「そうなんですか?」

 

「何かに包まれているというか…漲ってきますな」

 

淡い光に包まれた姫が()()()()と手を動かして…なんか動き方が卑猥なんだが。この人こんなキャラだっけ?

 

「ふふー…さぁさぁ。私にも持たせるのです」

 

「はいはい。じゃ、そっち持って下さい」

 

興奮する姫に魔王が目線で場所を指示すると巨大な飾り星を一旦地面に下ろして端の方へと移動する。力を渡したマーレや企画者のデミウルゴスは元より、周りの子供達が固唾を呑んでその様子を見守っていた。アルベドだけは〝モモンガ様が持てるのならば結局は手を添えるだけのことよね?〟と不思議そうに見ているが。

 

「せーの!」

 

「よっ!」

 

『おお!』

 

魔王のお陰かマーレのお陰か。無事に飾り星を持ち上げることに成功(?)して歓声が上がり拍手が鳴り響く。しかし、姫は腕が()()()()と震えており、それどころではなかった。

 

「(お、重た…)」

 

──これ、もしかしなくても手を離したらサキさん潰れるよな…。

 

巨大な星で遮られて見えないが魔王の耳に不穏な呟きが届き、あらぬ事を考えてしまう。マーレの力を以ってしても依然として一人で持てそうにない、どこまでも非力な姫であった。

 

「…サキさーん、もう行きますよー?〈マス・フライ(全体飛行)〉!」

 

反対側にいる姫に届くように声を張り上げた魔王が魔法を発動させると二人の体が浮き上がった。姫は相変わらず歯を食いしばって持ち上げようとしており、返事がないところを鑑みるにさっぱり話を聞いていないようだった。しょうがないのでそのまま頂上へと二人の体を飾り星とともに運ぶ。子供達は小さくなっていく御方々を驚異的な視力で以ってしっかりと捉え、その視線は神聖な儀式を見つめる信者の()()だ。

 

「…あ、上がらないぃ…」

 

「…『(俺だけで持ち上げてるようなもんだよなぁ…コレ)』

 

なんとも締まらない神聖な儀式であった。

 

 

 

 

 

「──ぐ…ぎ…」

 

「サキさーん!もう着きましたよー!」

 

やがて大樹の頂に辿り着き、魔王の操作によって二人の体がゆっくりと下り立った。空を飛んでいる間ずっとこの調子だ。諦めが悪すぎる。

 

「ももやーん!もてない!」

 

「誰が童貞かッ!」

 

「そっちじゃねーよ!持ち上がらないの!」

 

「分かっとるわッ!もう下ろしますからね!?」

 

そう言った魔王はゆっくりと降ろし始める。慌てて〝もうちょっと!もうちょっとで上がりそうだから!〟と往生際が悪い姫の言葉は無視してそっと大樹へ飾り星を下ろした。デミウルゴスの計算も見事なもので、確かに枝一つ折れた様子がない。

 

「…うーん、流石デミウルゴス。言葉通りだな」

 

「ここじゃなくて本人の前で言ってあげて下さい」

 

「フフッ…分かってますよ。皆待ってるでしょうし、早く下りますか」

 

こういうところは急に真面目になる友人が何だか可笑しくて、つい笑いを溢してしまう。不思議そうに首を傾げている姫を置いて〈全体飛行〉を再び唱えると二人の体が宙に浮かび、姫はもう飽きたのか分からないが大人しくされるがまま魔王とともに地上へと下りた。

下りる途中で振り返って大樹を見てみたが、いい感じに飾り星が存在感を放っている。夜になるのが実に楽しみで、きっと良いパーティになる。そんな想いを馳せる魔王だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え、終わり?[ぱーてぃ]は?」

 

「間に合いませんでした」

 

「中止?」

 

「まさか。この後ちゃんとやったじゃないですか。雰囲気を壊さない程度に予定を引っ掻き回すっていう随分器用なことしてましたよね?」

 

「…あぁ、そういやそうでしたね。いやー、しゃるちゃんがまさかあんなことをしてくるとは…」

 

「いや、それ以上にびっくりだったのはアルベドですよ。あんなベロンベロンになって…貞操の危機を感じましたよ」

 

「あれはほんと面白かった。女の子みたいな悲鳴上げてましたね」

 

「うう、恥ずかしい…穴があったら入りたい」

 

「まさに墓穴」

 

「うっさい!面白くねーわ!」

 

 

 

──つづかない。

 




筆者がパーティに間に合いませんでした。すみません。
きっと面白おかしくて楽しいパーティだったことでしょう。ツッコミどころ満載なのは勘弁な!

因みに人化の指輪使って飲み食いする予定でしたが、今回は見送りです…いずれ本編で使ってもらいたいと思います。


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