FGO Concerto (草之敬)
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僕の考えた最強のキャスター

真名について致命的な部分は伏せたままですが(すでにバレバレ)、ネタバレあり〼。
本編が続くかどうかもわからないのに伏せる意味は果たしてあるのか?
皆さん、そう思われることでしょう。
 
様 式 美 。
 
これがすべてです。
Fateにおいて真名隠しはたとえバレバレだろうと様式美です。
伏せてこそのサーヴァントなのです(懐古)。
 
以上を踏まえて以下、僕の考えた最強のキャスターのステータスです。


【サーヴァント】

クラス:キャスター

真名:????

身長:155cm/体重:46kg

属性:秩序・善/星

性別:女性

年齢:16歳前後

特技:機械工学、料理

好きなもの:〝あなた〟、真空管/苦手なもの:運動、孤独

デッキ:B1A3Q1

 

 

◆人物

人類最後のマスター・藤丸立香によって最初に召喚されたサーヴァント。

儚げな雰囲気の中にも、凜と立つ芯を持つ少女の姿をしている。理想を重視し、善意や良心に基づいた行動原理を基本としている。しかし、その前に悪意が立ちはだかるのなら、敢然と立ち向かう強い意志力も宿している。

マスターの第一印象は「挙動不審」だったが、自分と握手を交わす直前に見せた覚悟の表情から、「悪い人ではない」「誠実な人である」ことを直感的に読み取っている。

 

過去の経験から己の負の感情を表に出すことを覚えはしたものの、とある別れを経験したのちの生涯から、渇いた笑顔を浮かべることが多くなってしまった。彼女の大切な人である〝あなた〟がいなくなった生涯は、彼女の心を潤すことはなくなってしまったのだ。

サーヴァントとして召喚されてからもその渇きを抱え続けており、なんらかの方策を取らなければいつか折れてしまう可能性も孕んでいる。

 

聖杯という願望機に祈る願いは【〝あなた〟との再逢】。

人理修復に挑むことへ協力を申し出たのも「〝あなた〟の生きる世界を、決して壊しはしない」という強い想いから。

 

 

◆能力

「キャスター」として召喚されているが、魔術師でもなければ芸術家系、技術家系など、どの系統にも属していない。本人は機械工学系に明るく、高ランクの道具作成や単独スキルとして会得しているものの、それが本道であるわけではない。

本人の想いを現実にする力は大魔術「固有結界」を思わせるものがあるものの、魔術・魔法とはまったく異なる体系を持つ「詩魔法」を操る。しかし、この詩魔法、魔術とは比べ物にならないほどの長時間の詠唱が必要となり、その間術者は無防備を晒すことになる。加えて、彼女が紡いできた詩魔法は「思い出」として宝具に昇華されたものであり、そのランクは大幅に減衰されている。彼女本来の力を取り戻すためには彼女が〝あなた〟と呼ぶ存在が必要不可欠となる。

 

おおよそ特筆すべき運動神経の良さなどなく、むしろ悪い方。

機械部品を扱うこともあるので力は同年代女性の平均的な筋力よりは力がある、といった程度であり、戦闘技術は欠片もなく、まして接近戦など望むべくもない。ただし、戦闘経験は豊富であり、その観察眼や機を見逃さない勘は充分に備えている。

 

彼女が通常戦闘中に用いる攻撃は詩魔法に分類された宝具発動のための「余波」であり、宝具の真名解放によって本来の威力と効果を発揮することができる。

 

 

◆ステータス

筋力:E

耐久:E

敏捷:E

魔力:EX

幸運:B+

宝具:D-~EX

 

 

◆再臨衣装

1:ポーラーズメモリーⅠ

2:?????

3:?????

 

 

◆スキル

●機械工学:EX

キャスターの持つクラススキル「道具作成」と、自身の持つ「電子工学」を含む、あらゆる工作物に適応されるスキル。小物から世界滅亡幇助器具のようなものまで、そのすべてをDIYのノリで作り上げることができる。何気ない料理が、完成してみれば世界を崩壊させる恐ろしい道具に置き換わっているのは日常茶飯事である。

 

●俯瞰視点:C+

世界に対する認識能力。魔術的には「千里眼」に相当するスキル。

彼女が彼女として活躍した世界においては、最高ランクの俯瞰視点を持つ。その「眼」が捉えるのは【宇宙全体】の「過去」「現在」「未来」「並行世界」の「全可能性」。だが、キャスターの魂のレベル(物理的肉体を所有している)が枷となり、その俯瞰能力は二次元的なものに限定されている。

Cランクでは三次元的俯瞰視点を得ることができる。これは周囲に存在する構造体を一部の誤りもなく把握することができることを意味しており、彼女の使う詩魔法を行使するにあたって、より純度の高い想いを紡ぐための助けとなるスキルである。

C+を所持する彼女は詩魔法の詠唱中、あるいは睡眠中、瞑想中といった「集中」する場面において、より高次元からの俯瞰視点を得ることができるようになる。

 

●契絆想界詩:A

けいはんそうかいし。詩魔法を紡ぐ言語体系。

日本語的文法かつ装飾語を重視している言語のため、叙情的な表現が得意で、複雑な想いを力に変換するのに優れているとされている。キャスターはこれを修めており、極めて複雑な想いを込めた――あるいは極めて深い想いを込めた詩魔法を紡ぎ出すことができる。

宝具であるところの「詩魔法」の効果をブーストする機能を持つ

 

●無辜の聖女:EX

無辜なる人々の願い、その集約点。本来の姿での現界ではなく、星の人々から最も愛された姿での現界となる。本人にとってその真実は親友との間に深い溝を創り出しはしたが、それは今や強い絆となって、彼女の想いのひとつとなっている。

「そうに違いない」「そうあってほしい」「未来に導いてほしい」といった希望の集約的存在である証。幸運のステータスが向上し、彼女の行う希望的漸進に常にブーストがかけられる。

聖女然たる精神を持つ彼女であるが、このスキルが示す通り「無辜」の存在であるため、必ずしもプラスに働くとは限らない。具体的には彼女の本来の精神性である「負の感情を吐露することが苦手」という性質が「弱音など吐くはずがない」「迷いなど持つはずがない」「青天の如き心を持つに違いない」という民の理想で塗り重ねられてしまっているため、現界から時間が経てば経つほど、致命的なまでに心が脆くなっていく。

 

●詩魔法:D-

人理に記録される魔術・魔法とは一線を画す魔導体系。世界のすべては「波動」により成立しているという学理を基に確立された「想いを具現化する」術。本来、彼女が持つ詩魔法はランクにしてA、あるいはその術理からEXに分類されるものであるが、〝あなた〟を失っている彼女が発揮できるランクは精々この程度。とはいえ膨大な詠唱時間に見合った威力は持ち併せており、発動すれば有象無象を蹴散らすことは容易い。

本来のランクであるA、あるいはEXを取り戻したとき、彼女の紡ぐ詩魔法は「星を生む」ほどのエネルギーを発揮する。

 

 

◆宝具

●失われた星へ捧ぐ詩/シェルノサージュ

ランク:B(EX)

種別:想界宝具

最大捕捉:1000人

 

キャスターが滅びゆく星のうえで紡いだ詩の数々、その総称。

彼女が紡いだ詩魔法のなかでも特に「逸話」を基に昇華されたものが並ぶ。

それぞれの詩魔法ごとに効果が大きく異なっているため、本来のランクはEX。後述する宝具「生まれいずる星へ祈る詩」と違い、彼女が彼女として歩み、人々と絆を結び、紡いできた詩であるため、〝あなた〟を欠くキャスターであってもランクダウンの影響は少ない。

しかし、それであっても〝あなた〟という存在は彼女の中で大きすぎるほどに大きく、その存在を欠く状態はあらゆるステータスにマイナス補正を受けるに等しい。それはこの宝具にあっても例外ではなく、その守りや効果は大幅に弱体化されてしまっている。

象徴的なふたつの詩の性能は以下の通り。

 

◎Ahih rei-yah

結界宝具:D-(A+)

こころ通わし。

彼女が初めて紡ぎ出した詩魔法。

地上の一切を焼き払い、灰燼へと変える太陽風を防ぎ切り、街一つを救ってみせた逸話から昇華されたもの。その性質上人々を守ることに特化しており、より多くの人々を擁し、かつ心を重ねるほどにその防御能力は指数関数的に増幅していく。

ともすれば、人理一切を薙ぎ払わんとする対人理宝具すらそよ風のごとく彼女の蓮を揺らすのみに留まるだろうとさえ。

また、逸話の性質から「太陽」に関連する宝具、および英霊相手に特防を発揮することができる。

 

◎?????

転換宝具:D-(EX)

「失われた星へ捧ぐ詩」の本質的詩。旅路の果て、その想いの集約点。

星に願うすべての生命の想いを束ね、謳いあげる「希望の詩」。その本来の用途は数万光年にも及ぶ大転移のためのエネルギー転換用の詩魔法。そのエネルギー源は「星」そのものであり、この詩を謳うことによって「星」をエネルギーへと転換し、転移のためのエネルギーへと転用することを目的とした詩魔法。

それをスケールダウンして攻撃用の波動へと応用したものが、これとなる。

周囲一帯の「星」そのものの一部をエネルギーへと転換し、空間にそのエネルギーを放出し、波動を受けた対象を焼き尽くす、いわゆるビームとなって発動する。絆を結ぶ相手、さらにその想いが重なり束ねれば束ねるほどその攻撃力は指数関数的に上昇する。ただしランクダウンの影響を受け、その威力はかなりおとなしくなっている。とはいえ対軍宝具ほどの出力を持つので、発動さえすれば戦局を覆し得る。

 

●生まれいずる星へ祈る詩/アルノサージュ

ランク:D+(EX)

種別:想界宝具

捕捉人数:1000人

 

キャスターが生まれいずる星へと至るために歩み、築いた絆を謳うために紡いだ詩魔法の数々、その総称。

ランクダウンの影響は「失われた星へ捧ぐ詩」以上に顕著に出ており、これは〝あなた〟という存在と共にキャスターが詩魔法を紡ぎ出してきたからである。かつ、キャスター本人がこちらの宝具を無意識下で封印に近い状態に押し込めているためでもある。

本来のランクは「失われた星へ捧ぐ詩」と同様のEX。またその内容も同様で、数種類の詩魔法によって構成された宝具となっている。

キャスターが何よりも愛おしく、大切に想う相手――〝あなた〟がいれば、この宝具はあらゆる奇跡を成す「万能の願望機」と化す。それはけっして禍々しいものではなく、歪んだものではなく、破綻したものでもない。ただひとりの少女の、純真なる願いの結晶であり、その祈りのすえ、彼女は「惑星創成」という望外の奇跡を歴史に刻んだ。

 

◎?????

想界宝具:EX

キャスターの真名判明および、〝あなた〟との再逢によって初めて真名解放が可能となる彼女が持つ中で最も強力な詩魔法。その思い出に陰りはなく、彼女が持つスキル、宝具の中で唯一ランクダウンの影響を受けていない真正の記憶。心の奥底、魂と魂、その一片に至るまで信頼と愛を預け合う者と共に紡ぎあげたあいのうた。

幻想と神秘の象徴ともいえる龍の姿と、現代の最新鋭兵器が融合した、新時代の神を彷彿とさせる存在としてこの詩魔法は顕現する。膨大な想いのエネルギーを砲撃に変換するため、この詩魔法もその他の詩魔法同様、絆の繋がりやその深い想いを糧にして威力を増幅させていく。

キャスターがその全霊を持って謳う詩魔法でもあり、それはスキル「俯瞰視点」さえもブーストし、彼女が持つ最大の俯瞰――六次元俯瞰、すなわち七次元からの砲撃を可能とする。その意味するところは、並行世界、全宇宙、その過去、現在、未来、すべての可能性から「勝利」の可能性を掴み取ることができる能力であると言える。

現時点でのデメリットは、これを使おうと思えば無理やりにでも真名解放は可能であるが、その場合、キャスターの精神に多大な負荷をかけることとなり、発動のタイミングによっては再起不能に陥る可能性も秘めていること。

 

◎?????

創界宝具:EX

「惑星創成」の伝説を成した、奇跡の詩魔法。

キャスターが英霊として座に据えられることとなった最たる伝説。はふりのうた。

多くの人々が願い、祈り、謳うことによってはじめて成立する希望の結晶。神や運命がもたらす奇跡ではなく、人が人のまま、個が個であるまま、願うまま、祈るまま、その想いすべてを束ねて導き〝理想の星〟を創成する。

魔術的に考えればそれは魔法の域さえも越えた神代の権能――、それも最上級の神格が持つ「天地開闢」や「国産み」といった概念にも並ぶ「星産み」のちから。

 

しかし、これは数多の人間が紡ぐ想いの結晶である以上、人理焼却が為された現状ではカルデアスタッフ一同が願い祈って謳ったところで成功する保証のない詩魔法である。だがもしも、本来であればありえることもない想定ではあるが、キャスター本人が幾億の時の流れの中、輝く「特異点」において数多の人々とエニシを結び、そのすべてを俯瞰し、己の元へと束ねる力を持つことができたあかつきには――――。

 

 

 

◆ゲーム的性能

デッキ構成は基本的なキャスター型。A三枚編成。

ステータスはATK高めの、打たれ弱いキャスター。

キャスターとしてのクラススキル「道具作成」は「機械工学」として統合されている。弱体成功率アップと、スター発生率のアップを併せ持つ。

陣地作成はDランク。詩魔法を展開する際、己の周囲を「陣地」と見なして防衛戦を行うことを基本戦術としていたことから。工房、あるいは文字通り陣地としての機能性はないため低ランク。アーツカードの性能アップ。

 

以下所持スキル三種類。

◎1◎俯瞰視点:C+ [CT7~5]

自身のアーツ性能アップ(Lv○○[10~30][T3])、

&スター発生率アップ(Lv○○[10~30][T1])

    ●強化後 俯瞰視点:EX

     自身のアーツ性能アップ(Lv○○[10~30][T3])、

     &スター発生率アップ(Lv○○[30~50][T1])

◎2◎詩魔法:D- [CT7~5]

自身の宝具性能アップ(Lv○○[10~20][T1])、

&スター発生率アップ(Lv○○[10~30][T1])

    ●強化後 詩魔法:EX

     自身の宝具性能アップ(Lv○○[10~20][T1])、

     &スター発生率アップ(Lv○○[30~50][T1])

◎3◎無辜の聖女:EX [CT17~15]

自身のスター集中率アップ[10000][T3]、

自身に毎ターンスター獲得状態を付与(Lv○○[5~15][T3])

 

カード性能はバスターは1hit、アーツは5hit、クイックが3hit。

クイックはA1stボーナスを用いてもNP効率はほぼ変わらず、クリティカルスター発生率は「機械工学」の効果もあってトップクラス。スキルと併用することでジャラジャラと星を生むことができる。

アーツは平凡な能力値だが、クリティカル時の補正が大きく設定されており、Aブレイブチェイン、クリティカル発生で攻撃すれば0%から200%強のNPを獲得できる。また、ヒット数も多いのでスキル1,2との相性もいい。

スキルも含めた単体性能は「クリティカルスター生成」に特化したものとなっている。強化クエストクリア後、スキルレベルを10まで上げ、スキル1,2を同時に使うことによって1ターン限定ではあるが、スター発生率を100%上昇させることができる。

また、スキル3は破格の10000%固定。それに加えて毎ターン最大15個入手することができる。しかしCTは最速でも15ターンかかるため、一度の戦闘で二度三度と使う機会は持久戦をするにしても少ない。

 

 

絆レベルにはロックが施されており、最大でも9までしか上げることができない。

ストーリーを進め、該当する幕間の物語をクリアすることで絆レベルの上限が解放され、10まで上げることができるようになる。

絆礼装の効果は「宝具の変化」。装備し、戦闘中に条件を満たすことで宝具が変化する。その他の性能は他の礼装同様であり、実質この礼装だけをみればHPとATKが100ずつ上昇するだけの礼装である。

 

以下宝具紹介。

◆「Ahih rei-yah」A

味方全体の防御力をアップ([20][T3])

&味方全体の防御力をアップ(絆Lv5~[20~30][T1])

&[太陽]特防状態を付与[50][T1]

&自身にスタン付与[2T]。

    ●強化後 「Ahih rei-yah」A

     味方全体の防御力をアップ([20][T3])

     &味方全体の防御力をアップ(絆Lv5~[50~80][T1])

     &[太陽]特防状態を付与[90][T1]

 

 

防御型の宝具。回避や無敵を付与するわけではないので、確実に防御したいときに発動するとよい。また高い倍率を誇る後者のバフはサーヴァントのマスターとの絆レベルでかかる倍率が決定される。絆レベルが10であれば防御倍率が合計100%となり、敵の攻撃を確実に防ぐことが可能となる。ただし、バフの付与には最低絆レベルが5必要なので、これを満たさない場合、Missとなる。

特徴的な点は[太陽]特性を持つサーヴァントに対して強力な特防状態を付与することができること。適用範囲は狭いが、たとえ絆レベルが足りておらずとも確実に防御することができる性能を付与することができる。

 

◆「?????」B

自身に敵スキル貫通状態を付与

&自身の宝具威力をアップ(絆Lv5~[100~500][T1])

&自身の宝具威力をアップ(絆Lv5~[100~500][T1])

&自身の宝具威力をアップ(絆Lv5~[100~500][T1])

&敵全体に超強力な攻撃[1200]

 

バスター全体攻撃宝具。

特筆すべきは「敵スキル無視状態」の付与。永続スキルや耐性、ギフト、ダメージカット、防御力アップなどを含む防御スキルをすべて無視して攻撃を貫通させることができる特性を付与する。

また控えを除くサーヴァントとの絆レベルによって変動する宝具威力アップのバフ。スターティングメンバーが全員絆レベル10であった場合、1500%の倍率でバフがかかる。ただし「Ahih rei-yah」の場合と同様、絆レベルが5に達していない場合Missとなってバフ自体発動しなくなるので注意が必要。

強力な宝具ではあるが、発動のためには条件をそろえなければならない。

 

・キャスターの宝具レベルが5であること。

・キャスターの絆レベルが10であること。

・キャスターの絆礼装を装備していること。

・キャスターのNPが300%になっていること。

・宝具のOCが500%になっていること。

 

以上の条件を満たすことで宝具が「Ahih rei-yah」から「?????」に変化し、発動が可能となる。

 

 

 

 



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序:この焼き尽くされそうな星の上で
巡礼Ⅰ


 俺の名前は藤丸立香。

 誰もが想像できるような、平凡な生活を送っていた男子高校生だった。

 趣味が献血というわけでもないのに、その日たまたま学校の先生が言っていた「献血するとお菓子とかジュースとかタダでもらえるぞ」という授業の合間の世間話を思い出し、深く考えることもなく献血へと協力したのが、きっと俺の運命の分岐点だった。

 ――だった、だった、って過去形で話すのにはわけがある。

 運命の分岐点は過ぎ去って、平凡な男子高校生は今や「人類最後のマスター」なんて呼ばれているからだ。

 人理焼却。

 現在に至るまでのすべての時間、そこに刻まれたヒトの歴史を焼き尽くすというとんでもない事態に巻き込まれてしまった。……というと、少し語弊があるかもしれない。スカウトに応じたのは俺からだったし、そう思えば巻き込まれたのではなく、挑んでしまった大馬鹿野郎といったところだろう。

 思い返せば、よくもわからない説明を並べ立てられて、よくスカウトに応じようと思ったもんだな、と過去の俺に詰め寄りたい気持ちさえある。

 さらに深く思い出そうとすると、そういえば学校に休学届けとか出してたっけ? とか、両親にこれこれこういう組織に参加しますって説明したっけ? とか、そもそもこのカルデアなる施設に向かうための旅支度ってやったっけ? という感じだが、まあ、俺が今ここにいるのだからそういうことはまるっとやった後なのだろう。たぶん。

「先輩。準備ができました」

「うん。わかった。ちょっと待って。今行くよ」

 話が長くなった。

 俺がこのカルデアに来て最初の特異点探索――特異点Fと名付けられた西暦2004年の日本の地方都市冬木にて、この計画の壮大さや無謀さを嫌というほど味わった。敵は強大無比で、容赦がない。殺意と表すのもなまっちょろいほどの物理的にビームでも撃ってるんじゃないかと思うくらいのリツカ・マスト・ダイ的な雰囲気。

 一般人の俺には、どうしようもないくらいに終わっていた。

 俺にどうしろって言うんだと、泣き叫びたいくらいだった。

 

 ――ああ、でも、それを知っていた。考えたことがあった。

 

 それでも俺が立ち上って、前に進み続けることができたのは、今俺の前を行くマシュと、ドクター・ロマン、ダ・ヴィンチちゃんや、生き残ったカルデアスタッフのみんなが支えてくれたからだ。

 みんなが俺を支えるために頑張って踏ん張ってくれているのに、肝心の俺がもたれかかったままじゃ格好がつかないし、なにより不甲斐なさすぎて泣けてくる。頼ってもいい。けれど、ギリギリまで俺も頑張らないと。

 応えないと。

 そう思えたから、俺はこうして今も歩けている。

 ありがたいことだ。

「先輩?」

「あ、いや、なんでもないなんでもない」

 両手を合わせて後輩の背中を拝んでいたら、俺の動きを察知したらしいマシュが振り向いた。きょとんと首を傾げるその仕草は可愛いけれど、今はそっとしておいてほしい。恥ずかしくて穴があったら入りたい気分なんだ。

 という俺の心情を察してかどうか、マシュは再び目的地へ向けて歩き出す。

 マシュ・キリエライト。俺の後輩を自称する、デミ・サーヴァント。人間の身体を持ちながらサーヴァントと融合した存在という話らしいのだが、俺にはよくわからない。こうして過ごしている分には、確かにちょっと感情表現が苦手な美少女なのだ。

 特異点Fでは、そんな彼女は身の丈を超える大盾を構えて俺を守り抜いてくれた。

 シールダーのサーヴァント。こうした女の子を前に出して、自分は後方で指示を出すだけという現実に歯噛みしないなんてことはない。だけど、そうするしかないとも思う。本当に、ありがとう。――まだ面と向かってこんなことを言えるはずもないんだけど。

「おう、なんだなんだ、連れ立って。どこに行くんだ?」

「あ、クー・フーリンさん。おはようございます」

「はいよ、おはようさん。それでマスター、どこに行くところだ?」

「霊基召喚儀式室だよ」

「ほう。新しいサーヴァントを呼ぼうってわけだ」

「そういうこと。なんだかんだで、戦力が全然足りないってわかってるからさ。ちょっとずつだけど呼んでいこうってことになってるんだ」

「なるほどなあ。確かに悠々自適に過ごすのも悪くはないが環境が環境だ。待機時間に訓練なり茶飲み話なり、できる奴が来てきてくれりゃ文句はねーな」

「次の特異点の時代特定と観測準備、他マスター候補者の生命維持装置の調整、カルデアの発電機の安定、電力魔力変換機のご機嫌取り、などなど、カルデアスタッフに休む暇は今ありません。その点でも人手不足の解消は望むべき課題です」

「いいのかな、俺、こんなにゆっくりしちゃってて」

 マシュが羅列したカルデアの抱える諸問題について、俺にもなにかできることはないかと問うと、ダ・ヴィンチちゃんはこう言った。「君はマスターだ。それも、最前線へ赴く唯一にして最後のマスターだ。君が倒れてしまえば、我々は立ち行かなくなってしまう。重い言葉かもしれないが、我々は君に縋るしかない立場なんだよ。だから、せめて気に病まないでくれたまえ。なに、君の双肩にかかる責任に比べれば、この程度の苦労なんて大したことはないさ」――なんて。

 俺の呟きにマシュとクー・フーリンの二人も呆れたような表情を浮かべている。

「先輩は最後のマスターです。その重責を背負っているのですから、これ以上なにかを背負おうなんて贅沢、許されません」

「そういうこったぜ、マスター。今はゆっくりしてるかもしれねえが、特異点が見つかりゃ一番大変なのはお前さんだ。なんせ失敗の許されない戦いだからな。時には望まぬ選択を迫られることもあるだろうよ」

 それは……わかっている、つもりだ。

 それでもと望むことは、俺の手では掬い上げられない願いなのかもしれない。

 実際、特異点Fではいっぱいいっぱいだった。ただ生きることに必死で、夢中で、がむしゃらだった。その中でも、マシュを信じた。クー・フーリンを信じた。オルガマリー所長を信じた。ロマンを、ダ・ヴィンチちゃんを、カルデアのスタッフを信じて歩き続けた。

 その先に、この時間があるのだとしたら、これは俺だけの成果じゃない。

 ただ、俺が一番前を歩いただけって話だ。それも背中を支えられながら、迷わないよう道標を示されながら、歩いた後の道を繋いでくれたからに過ぎない。

「わかったよ。ありがとう」

「話も一段落だが、ついでだ。俺も付いていくぜ」

「構わないよね、マシュ?」

「はい。むしろ、キャスターであるクー・フーリンさんが傍にいてくれる方が、安全かもしれません」

 門外漢だ、期待はするなよと一言断ってから、クー・フーリンも俺たちの列に加わる。

 ちょうどマシュ、俺、クー・フーリンの順番だ。

「……ん? マスター、ケツのポケットになに入れてんだ」

「え? ケツポケットって……、ああこれか。ゲーム機だよ」

「ゲーム機って、なんでそんなもん持ち歩いてんだ」

 歩きながら、俺はポケットからそれを取り出す。

 世代的にはすでに型落ち機に数えられるものだが、俺にとっては思い出深い――ゲーム機そのものというよりも、あるひとつのゲームシリーズだが――ものなのだ。ついでに言えば、俺がこのカルデアに持ってきた私物はこれだけだったと言っても過言ではない。

 というか、ほぼほぼ気付けばこの場所にいて、記憶が途切れる直前に今と同じくケツポケットに入っていたこいつだけは持ってこれたと言った方がいいのかもしれない。あれ、ていうか記憶が途切れてるって結構ヤバいんじゃ……? ま、いいか。

「ちょっとハマってたゲームがあってさ。そんときの習慣で持ち歩く癖着いちゃったんだよね。この重みがケツにないと落ち着かないレベル?」

「ほお。ジンクス……お守りみてえなもんか。万一ケツに敵の矢なり魔術なり受けても、こいつが守ってくれそうじゃねーか」

「いや、さすがに特異点には持っていかないけどさ。でも、特異点Fから帰ってきて、こいつがケツに収まったらなんかこう、帰ってきたなー! って気がしてさ」

「なるほど、ケツになあ」

「ああ、ケツになんだ」

「あの……」

 俺とクー・フーリンが件のゲーム機について語っていると、前を行くマシュが遠慮がちに声をかけてきた。ああ、いけない。仲間外れにされたとか思われてないだろうか。そういうつもりはなかったのだけど……。

「け……いえ、その、えっと……」

「マシュ?」

 もじりもじり、と両の指先を絡めながら、マシュは何事かを言いづらそうにしている。

 横顔でわかりづらいけど、顔も少し赤いような気がする。――あ。

「あっ、と……そ、そういう、こと? ご、ごめん。気付かなくって……」

「いえ! その、私も楽しそうにお話されているところ、お邪魔したようで……」

「そんなことない。ごめん、これはちょっとデリカシーに欠けてたよ」

「いえ、そんな、私こそすいませんっ、先輩! 水を差すような……!」

「そのへんにしとけ。いつまで謝り合ってるつもりだお前ら。ほら、見えてきたぞ」

 延々と謝罪合戦をし始めてしまった俺とマシュを見かねたクー・フーリンが前方を指差してそう言う。

 言われた通りに前方を見れば目的地、霊基召喚儀式室の扉が見えてきた。

 クー・フーリンがカルデアにやってきたのも、ここからだ。そのときは特異点Fを修正して戻ってきたと思ったら、霊基召喚儀式室からサーヴァント反応が検出されてお帰り&おめでとうムードどころじゃなくなってしまったのをよく覚えている。

 そんな思い出のある霊基召喚儀式室――召喚室の前には、現在のカルデアスタッフを統括する二人の人物の姿があった。

「やあ、立香君。っと、クー・フーリンも一緒かい?」

「なんだ、不満か」

「やだなあ、なんでそんなに喧嘩腰なの? もちろん歓迎さ」

「はいはい、険悪なムードにしない。人類最後のマスター、その最初の召喚だよ。まあ、そこなクー・フーリンは勝手にやってきたからカウントしてないだけだけど」

「これからマスターがどこぞの英霊たちと縁を結んでいけば、俺みたいに勝手に手を貸してやろうってやってくるヤツもいるだろうぜ」

「興味深いねえ。通常の聖杯戦争のシステムと大きく違っているとはいえ、それはイレギュラーに数えられる事態だ。つまり英霊の座から、座に存在する本霊が勝手に分霊を作り出して送り込んできてるわけだからね。――ああ、そうか。人理が焼却された今だからこそ成せる裏技みたいなものなのかもしれないね」

 と、ダ・ヴィンチちゃんは一人で納得したようにうなずくと、それに続いてロマンも得心したとうなずく。

 隣を見ればクー・フーリンも訳知り顔で澄ましているし、わからないのは俺とマシュの二人だけだった。

 そんな俺たちの困惑顔を察してか、いたずらな笑みを浮かべたダ・ヴィンチちゃんは教師然として指を振るう。

「いいかい? 本来、今回のような事態が起きたとすれば、人理――この場合は世界の抑止かな。そう、抑止力という力が働く。なにがなんでもコイツを排除しなければならない、とばかりに死の運命が襲い掛かってくるわけさ」

「ファイナル・デスティネーションみたいな」

「んー、まあ、そんな感じかな。デッド・コースターみたいな」

 知ってるんだ。さすがダ・ヴィンチちゃん。

「でも、今回はそういう抑止が働かず、クー・フーリンはこうして現界し続けられている。それもこれも、人理が焼却されて抑止の働きが緩慢になっているからではないかと考えられるわけだね」

「なるほど」

「逆に言えば、その抑止が働いていないからこそ、特異点も出現しているのでは?」

「いいね、マシュ。その見解はおそらく正しい。抑止力がしっかり働いていれば、我々がこうやって死にもの狂いで苦労しなくてもよかった」

 つまり。

 つまりそれは、敵は「抑止力を欺いて、人理焼却を成し遂げる」ほどの存在であるということでもあるのではないだろうか。怖くて口にはできないけど、これもきっと正しい。

 考えるだけで震えてしまう。地に足がつかない感覚に襲われている。少しでも余計なことを考えてしまえば、このまま腰を抜かして立ち上がれなくなってしまいそうなほどだった。

 

 ――きっと、そうだった。それでも、進み続けていた。

 

 ポケットへ戻したゲーム機に手を添える。

 電源は切っているから、熱もなにもあったものじゃない。

 驚くほど心臓がうるさくて、今にも胃の中のものを吐き出してしまいそうなくらいに緊張しているのを自覚する。笑い声まで上ずってしまいそうで、丁寧に、丁寧に、言葉を吐き出していく。

「さて、時間は有限だ。そろそろ本日のメインイベントと行こうじゃないか、諸君」

 ダ・ヴィンチちゃんが代表して、召喚室の扉横のコンソールを操作する。

 軽快な電子音が廊下に鳴り響いて、召喚室のロックが解除される。開いた扉の先には白い煙を吐き出して、みたいな大仰な演出はなかったけど、薄暗い部屋の中にはぼんやりと青白い光が浮かび上がっていた。

 部屋の中心には魔法陣が描かれている。光はどうやらそこから漏れ出しているらしい。

 クー・フーリンが出てきたときはチラッと覗けただけだったので、こうして足を踏み入れて部屋を眺めるのははじめてになる。

「ふん。なるほどな。こっちに来たときは気にしちゃいなかったが、上等だ」

「わかるのかい?」

「わからいでか。地脈も充分。これなら条件さえ揃えば上等なサーヴァントも呼び出せるだろう。ただ、人理が不安定な今、何を呼び出しちまうかわからん危うさもある。触媒はあるのか?」

「残念ながら。協会の方にはある程度都合してもらえないかと打診してはいたんだけど」

「だとすりゃ、あとはマスターの度量次第ってわけだ」

「緊張するようなこと言わないでよ」

 男三人でそんなことを話していると、少し離れた位置でいた女性(?)二人に動きがあった。マシュはかけていた眼鏡をダ・ヴィンチちゃんへ渡すと、静かに目を閉じ、集中し始めた様子だった。

 しばらくもなく、一呼吸のうちにそれは為された。

 マシュの全身から光の粒子が溢れ出し、彼女の私服は面影もなくなり、次に現れたのは魔法陣から漏れ出る光を反射する金属光沢だ。淡く紫に輝く黒いボディアーマーを身に纏った彼女の手には身の丈を超える大盾も握られており、床と盾がぶつかる重い音が部屋に響いた。

「マシュ?」

「触媒ってわけじゃないが、我々にはこの盾がある。クー・フーリンの言う通り、環境は整えるだけ整えたけれど、この召喚室の魔法陣は正直頼りない」

「私に力を与えてくれたサーヴァントの真名はまだわかりませんが、この盾が悪いものでないことはよくわかります。あらゆる危難、辛苦、絶望からマスターを守ると誓ったこの盾でなら、きっと」

「そういうことだ、立香君。君はなにも心配することはない。ただ、召喚陣の前に立っていればいい。詠唱も必要ない。カルデアのシステムが君の魔力流出を補助しつつ、システマチックに処理してくれる」

 伝統ってのは廃れるもんだねえ、と背後からクー・フーリンの声がする。

 ただその声音には非難の色はなく、純粋に感想を言っただけのようだ。こういうことするから神秘性が薄れてどうたらこうたら、とキャスターらしい愚痴をこぼしているようではあったが。

「先ぱ、……いえ、マスター。準備はよろしいですか?」

「あ、うん。大丈夫。やろう」

 マシュに促されて、魔法陣の前まで進む。

 ぼんやりと部屋を照らしていた青白い光が、視界いっぱいに映り込む。

 ごくりと生唾を飲み込む。緊張でさっきよりも心臓がうるさい。この音が隣に立つマシュにまで聞こえやしないかと、集中を乱してしまう。

 深呼吸を、一回。二回。三回。繰り返す。

 マシュがそのタイミングで魔法陣の中央へと進み、そこへ大盾を据えた。

 ぐわん、と重い音が鳴り響き、魔法陣の光が盾へ伝播して力強いものへと変わる。

 やがて光は渦を巻き始める。バチバチッ、と雷鳴にも似た音が部屋を埋め尽くす。加速していく光に際限はないようにさえ思えてくる。勢いを増す光子はついに物理的な暴風を伴いはじめ、踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまいそうなほどに暴れ回る。

「ぐ、く……っ!」

 そのときだった。青白く渦を巻いていた光子たちが、一斉に強く輝き始めた。

 七色の輝きを放つ渦はその勢いのまま魔法陣の直上へと収束していく。この部屋そのものを押し潰していくような錯覚さえ感じるほどの、小宇宙的ビッグクランチ。

 吹き飛ばす暴風は、今やすべてを飲み込まんとする渦となった。

 ずず、と足が滑り始める。俺の背中を、大きな手が鷲掴んだ。

「踏ん張れマスター! あんな魔力の渦の中に飛び込んじまったらおしまいだぞ!!」

「どうなってるんだ! こんなに長時間召喚が続くなんておかしいぞ!」

「はははははっ! いや、興味深いね! 藤丸立香クン! キミはなんて面白いんだ!」

「ダ・ヴィンチちゃん! 笑ってないでなんとかなんないの!?」

「なるもんか! こいつは見ものだぞう!」

「もうやだこの天才!!」

「そうほめるもんじゃないよおー?」

「褒めてねーよ!」

 杖と右腕の鉤爪で地面にへばりつきながら、ダ・ヴィンチちゃんは一人笑い声をあげている。ロマンが言うには、召喚というのはもっとあっさりと成されるものらしい。魔力が渦巻くのは間違いないらしいが、こんなに長時間続くことは本来ありえないという話だ。

 そういう話を誰に聴かせるでもなく、喚き散らしている。

 しばらくもなく、本来なら聞こえるはずもない、耳慣れた独特の軽快な電子音が聞こえた。怒鳴り声と暴風が室内を蹂躙するなかで、だけど、その異音を俺はハッキリと耳にした。

 それは俺の近くにいた二人にも聞こえたらしい。

 マシュと顔を合わせ、振り向いてクー・フーリンとも視線がかちあう。

「おいマスター。お前の屁、めっちゃ面白い音したぞ」

「なわけないだろ! なんで……!?」

「もしかして、マスター、今の音って……」

 ポケットからそれを取り出す暇こそあれ。

 画面を確認する間もなく、魔力の渦が収束し、吹き荒れていた暴風は人の姿になって俺たちの目の前に降り立った。

 青白い燐光が部屋を舞うなか、かすかに残った微風が人影の豊かな長髪を弄ぶ。

 カンパニュラを模った淡い色合いの髪飾りが揺れるたび、穏やかな風が心に生まれるようだ。ゆっくりと開かれていく目元はやさしく、柔和な顔立ちもあってとても人懐こそうな印象を抱かせる。

 だが、そこに収まる碧眼には凛とした芯を宿し、その意志力の強さが英雄と呼ばれるに値するものであると存分に伝わってくる。

 舞を奉納する巫女のような装束は、だけど古典的というよりはどこか未来的な印象を受ける独特の雰囲気を醸している。露出度は比較的大きいものの、決して下品にはならず、本人の持つ輝きと相まって神秘的ですらあった。

「……誰だ、あれは」

 そうつぶやいたのは、ロマンだった。

 外見的特徴からは、確かにどの時代、どこの土地で語られた英雄なのかわからない。

 だけど、俺は知っている。

 彼女がどの時代、どこで語られた英雄であるのかを。

「はじめまして」彼女が口を開く。ころころと鈴を転がしたような、可愛らしい声だった。「ええと、キャスター……でいいのかな。これから、きっとすごく迷惑をかけることになるかもしれないけれど、よろしくお願いしますね」

 静寂が召喚室を包む。

 誰一人として声を発さない。

 その様子に戸惑ったのは、もちろんキャスターを名乗った彼女だった。

「ええと、えと……?」

「キャスター被りとは、この先の盾の嬢ちゃんの苦労が忍ばれるねえ。ま、同じクラス同士、同じマスターを担ぐ同士、仲良くしようや。俺はクー・フーリンだ。見たところどうにも合致する英霊がわからんのだが、お前さんは?」

 さすがは兄貴気質といったところのクー・フーリンだった。

 真っ先に声をかけると、友好的な態度に安堵したようすでキャスターは返事をした。

「あ、はい。せっかくですけど、ごめんなさい。私、真名はあまり明かしたくないんです。知られて困るわけじゃないけれど、この世界できっと、私が一番初めに名乗りたい人がいるから」

「んんん? よくわからんが、まあ、サーヴァントってのは基本真名は伏せるもんだ。気にしなさんな。――だってことだが、マスター。お前も自己紹介のひとつくらいしたらどうだ」

「あ、ああ……、そうだよね」

 罪悪感、だろうか。わからないけれど。

 ゲーム機の電源を落とし、ポケットに入念にねじ込む。絶対に知られないように。

 彼女は、たぶん再会を喜んでくれると思う。名乗り出れば、そうなる気がする。

 でも、それを証明する方法は? わからない。

「頼りないサーヴァントだけど、私も精一杯やってみせるよ。この世界は、絶対に途切れさせたりしたくないものね」

 やさしく微笑む君が、僕はとても怖かった。

 君は本当に生きて、死んでいったんだろう。

 英雄として語られて、そうして、そうして死んだのだろう。

 その生が幸福に彩られていたかなんて、口が裂けても聞けやしない。

 胸が、痛い。本当に痛い。

 ごめん。ごめんなさい。本当に、ごめん。

 ああ、でも。俺が信じた君が、本当に生きていたんだって知れたこと。

 それは良かったと思う。

 でも、だからこそ、なぜと思う。

 

 君は。君はなぜ――。

 

 これ以上は言い訳だろうか。それとも、その答えが安堵に足るものであることを願っているだけなのか。わからない。なにも、わからないんだ。どうすればいいのか、本当にわからないんだ。

「先輩……? どうしたんですか?」

「マスター?」

 マシュとクー・フーリンが何も返さない俺を心配してくれている。

 キャスターも、ただ茫然とする俺をどう思っているのだろう。

 手が白くなるほど、拳を握りしめる。

 どう言葉を紡げばいいのかわからない。なにも、なにもわからない。

 この出会いが偶然であっても、必然であっても、俺に応えてくれたわけでなくとも、君は――。

 

 だから、今度こそ、応えなくちゃいけない。

 

 覚悟を決めろ、藤丸立香。

 名乗り出る必要は、いつか出てくるかもしれない。だけど、それは今じゃなくていい。

 やり直そう。ここからはじめよう。だってこれは、今度は、きっと俺の物語だ。

「ありがとう」

「え?」

「……や、なんでもない」

 俺の第一声に虚を突かれて、ぽかん、とするキャスター。

 一歩、二歩と彼女に歩み寄り、カルデア制服の裾で手の平の汗を拭きとってから、彼女へ手を伸ばす。

「俺は藤丸立香。俺が、君のマスターだ」

「……うん。よろしくね、マスター」

 握られた手は、確かにそこにあった。

 あたたかくて、やわらかくて、泣きそうだったけど、我慢した。

 

 

 

 

 

 これは、俺の物語。君のための物語。

 君に再会したあの日。俺は運命に出逢った。

 だから誓ったんだ。

 

 俺はもう、ボタンを押すだけじゃないんだって。

 

 

 

 




リアルの忙しさにかまけて小説を書かなかった期間が結構できてしまったので、リハビリに導入部分だけの短編を書いてみるテスト。それにしても一万文字弱も書いてしまったことに多少驚いている。
 
サブタイトルの契絆想界詩は適当なのでそこには突っ込まないで。
というか、wiki読む限り基本的に適当な言語らしいんだけども……。
 
キャスターの性能など、反響があればなんらかの形で出したい。
俺の考えた最強の鯖、みたいなところあるよね。
 
最後に。
これ続かないよ! タブンネ!


※2019/09/04修正 誤字報告ありがとうございます。


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巡礼Ⅱ

 

 第一印象としては、頼りなさそうな、今にも不安に押し潰されてしまいそうな小さな命だ、なんてそんな偉そうなものだった。

 よくよく思い出してみれば、私にも――私も最初はこんな姿だったと思う。

 視界が広がると、彼の周りには幾人かの仲間らしき人影もあった。

 それになぜだか無性に安心してしまって、抜かなくていい緊張まで抜けてしまう。

「はじめまして」と言ってから、どう続けたものかと迷ってしまい、変な間が生まれてしまう。「ええと、キャスター……でいいのかな。これから、きっとすごく迷惑をかけることになるかもしれないけれど、よろしくお願いしますね」

 改めて自分の姿を見てみると、身体つきなんかは《星産み》の頃のもののようだけど、服装は懐かしい――《皇帝継承の儀》の頃のものに似ている。自分の記憶と照らし合わせるとチグハグしているんだけど、活動に支障はない、と思う。

 と、自分のことを顧みている間に声がかけられるものだろう、と思っていると、どうにも反応がない。改めてこの空間を見回してみると、男の子が一人、鎧姿の女の子が一人、どうにも頼りなさそうな――見た目だけの話なら友人に一人いるけど――男性が一人、煌びやかな衣装に身を包んだ女性が一人、そして雰囲気からして一番堅気から遠そうな野性的な男性が一人。

 そして、個人的には一番話が合わなさそうな野性的な男性から声がかかる。

「キャスター被りとは、この先の盾の嬢ちゃんの苦労が忍ばれるねえ。ま、同じクラス同士、同じマスターを担ぐ同士、仲良くしようや。俺はクー・フーリンだ。見たところどうにも合致する英霊がわからんのだが、お前さんは?」

 話が合わなさそう、とは思ったけれど、見た目の印象とは違ってとっても友好的な雰囲気だった。心の中でごめんなさいして、でも、投げかけられた質問には答えたくなかった。

「あ、はい。せっかくですけど、ごめんなさい。私、真名はあまり明かしたくないんです。知られて困るわけじゃないけれど、この世界できっと、私が一番初めに名乗りたい人がいるから」

 ハッキリと拒絶する。

 今の状況はサーヴァントという存在として召喚されたときにおおよそ把握できている。そのうえで名前を隠す意味はとても薄いものであることも理解している。

 私が「英雄」だなんて恐れ多いことだけれど、こうして〝彼〟が生きていた世界に降り立つことができたこと――それは、私が願っても祈っても、叶わないと思って胸の裡にずっと押し込めてきたことだった。

 私が――私たちが選んだことだった。

 でも、私は、後悔してしまった。

 歳を重ね、身体は相応に成長したものの、心はずっとあの頃のままだった。

 周りには親友と呼べる人も、仲間と呼べる人も、私を慕ってくれる人も、時には嫌う人も、いろんな人がいた。だからきっと、私の生涯は文句なしに良縁に恵まれていた。

 中でも〝彼〟は、特別という言葉では表せないくらい、私の人生の中でとても強い輝きを放っている。死後、こうして「英霊」として在る私の中にあってなお、色褪せぬ煌めきの人。

 その人の世界が、今、焼き尽くされようとしている。

 駄目だと思った。そんなことは許されないと思った。何もかもをなげうってでも〝彼〟の許へと行かなければと思った。

「んんん? よくわからんが、まあ、サーヴァントってのは基本真名は伏せるもんだ。気にしなさんな。――だってことだが、マスター。お前も自己紹介のひとつくらいしたらどうだ」

「あ、ああ……、そうだよね」

 マスターは曖昧な表情でうなずいて、でもすぐに黙ってしまった。

 決意を宿したような、踏み出すことに戸惑っているような、嬉しさと悲しさがぐちゃぐちゃになったような――なぜそんな表情を浮かべるのかもわからなくて、こちらが困惑してしまう。

 もしかして、私の見た目が頼りないからなのかな。

 マスターの隣に立っている男性の英霊――クー・フーリンと名乗った――は魔法使い然とした格好だけど、ゆるいローブの上からでもよく鍛えられた肉体がわかるほどの偉丈夫だ。

 それと並んでもう一人の鎧姿の少女は私と同じくらい華奢だけど重厚な鎧と背丈も越える大きな盾を構えていて、いかにも頑丈そうで自分の身体つきが悲しくなるくらいだ。

「頼りないサーヴァントだけど、私も精一杯やってみせるよ。この世界は、絶対に途切れさせたりしたくないものね」

 むんっ、と力を入れてみる。どうしたって姿は変わらないけれど、少しでも安心してもらいたかった。

 だけど、マスターはただ黙って、こちらを見るばかりだった。

 複雑な表情を浮かべたまま、傍らに立つ彼のサーヴァント二人もその様子を訝しんで声をかけるも、彼が私から視線を外すことはなかった。

 す――、とマスターは静かに目を閉じる。

 次の瞬間、開かれた瞳には、力強い〝覚悟〟が煌めいていた。

 どきり、と心臓が跳ねる。衝動のまま駆けだして、彼の胸に収まりたいと思ってしまう。なぜか私の方が、マスターへ縋りたくなるほどの輝きだった。

「ありがとう」

「え?」

 だから、不意に出た彼の言葉の意味がわからなかった。

 なんで、ありがとう、なのだろう。確かに私は彼の召喚に応じたけれど……。このお礼は、そういうことではないということは、なんとなくわかる。

 ではなぜ? 考えたところで答えは出ない。

 困惑する私を見て、マスターはいたずらが成功したような顔で微笑むと、なんでもない、と言って一歩、二歩と私に近づく。

 服の裾でごしごしと手を拭いて、差し出される手。

 綺麗な手だった。戦う人の手ではない。

 ただただ、普通の人間の手。

「俺は藤丸立香。俺が、君のマスターだ」

「……うん。よろしくね、マスター」

 そっと、その手を握り返す。

 触れた指先から、全身が裏返ってしまうのではないかと思うほどの痺れが走る。

 痛いわけではない。魔力供給のパスがようやく繋がっただけかもしれない。

 藤丸立香と名乗った私のマスターの表情は、少し不器用な微笑み。瞳は湖面のようにゆらめき、への字に結ばれた口からは小さな嗚咽が漏れだしてしまいそうになっていた。

 どうして。

 どうしてマスターがそんな表情をするのだろう。

 わからない。わからないけれど、きっと、わからないままではいけないことだ。

 知っていこう。彼のことを。

 もちろん、この場で問いただすこともできないわけじゃない。

 だけど、彼の覚悟を前に無粋はいけない。口に出せば想いは伝わる。

 でも、きっと彼の覚悟と想いは、伝わってはいけない。

 なぜだか、そう思ってしまう。ネガティブな意味ではなく、どう表現すればいいのだろう。わからない。わからないから、今は口を噤み、これから知っていこうと思うのだ。

 彼の手が離れ、そのまま半身後ろを向いて鎧姿の少女の方を示した。

「クー・フーリンはもう名乗ったよね。で、あの鎧姿の子がもう一人のサーヴァントのマシュ・キリエライト」

「シールダー、マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします、キャスターさん」

「うん、迷惑かけちゃうかもだけど、よろしくお願いします」

 次いで、さらに奥の方を彼が示す。

「で、あっちの男の人がロマニ・アーキマン」

「やあ、どうも、名も知らぬキャスター。紹介に預かったロマニ・アーキマンだ。気軽にドクター・ロマンと呼んでくれ。ドクターでも、ロマンでもいいよ」

「あ、はい。よろしくお願いします、ロマンさん」

「で、その隣の男性――」

「え?」

「……うん、いや、ややこしいのはわかってるんだけども、彼はレオナルド・ダ・ヴィンチ。諸々は本人から聞いた方が早いかも。俺もよくわからないからさ」

「ふむ、見たことのない素材だ。あとでちょっとその服、調べさせてもらえない?」

 耳に届く声質はあくまで女性のそれ。

 でも、マスターは彼女が彼だと言った。いや、そもそも、レオナルド・ダ・ヴィンチなら私でも知ってるけど、あくまで教科書に載っていたひげもじゃのおじいちゃんの姿しか知らない。

 実は彼は彼女であった、とかそういう歴史的などんでん返しなのだろうか。

「あー、キャスター? あまり気にしない方がいい。ありのままの姿を受け入れてやってくれれば、まあ、そこまで問題はないかと思う。たぶん。うん」

「そうさ、モナ・リザを再現したこの姿ときたら、起きて姿見の前で全裸でいるだけで一時間二時間はあっという間さ!」

「あーあー、君のそういう話は聞きたくない。勘弁してくれ、ダ・ヴィンチちゃん」

「ふむ。まあ、そうだね。私は私だ、あるがまま、受け入れてくれたまえ」

「ぜ、善処します……」

 懐かしき友人たちを思い出すような、思い出しちゃ悪いような。

 複雑な心境と向き合いつつも、目の前の苦境を忘れてしまいそうになるほど活気にあふれた雰囲気に微笑みを浮かべてしまう。

 なんとかやっていこう。

 

 あの時のように、苦しくても、つらくても、足を動かし続けよう。

 考え続けよう。

 必死で居続けよう。

 もし、この世界で〝あなた〟に出逢えたならば、伝えなくてはならない言葉がある。

 ああ、でもきっと。

 ごめんなさい。私はまた、〝あなた〟にひどいことをいうかもしれない。

 それでも伝えたい。伝えなければならない。

 深く、私の心に根差した〝あなた〟へと、届けなければいけない想いがある。

 そのためにこの世界を救うと誓って、召喚に応じた。

 もうなにもかもが遅くとも、なにもかもが夢想に潰えるとしても、それでも。

「ま、まあ、こういう人たちばっかりだけど、頑張ろう、キャスター」

「うん。そうだね、マスター」

 

 

 

     §

 

 

 

「おはよう、立香君。よく眠れたかな?」

 二度目のレイシフト。その当日、管制室に到着するとドクターの声が出迎えてくれた。

 クー・フーリンなんかは「軟派だ」とか「軽薄そうだ」とか言ってあまり好きではなさそうなんだけど、俺はドクターの声が好きだ。まあ、冗談を口にしていることが多いから安心するっていうのがあるのかもしれないけれど。

 そのクー・フーリンも、キャスターも、すでに管制室に到着してスタッフの輪の中に入っている。

 キャスターは、技術スタッフとなにやら話しているようで、しばらく見ているとこちらに気付いて手を振ってくれた。それに振り返したあたりで、ドクターはスタッフ一同に声をかけ、ブリーフィングが始まった。

「まずは……そうだね。キミたちにやって貰いたいことを改めて説明しようか」

 一つ目は〝特異点の調査及び修正〟。

 それがなければ現在を証明し得ない、人類史における決定的事変。

 俺たちは指定された時代へ飛び、その事変――ターニングポイントが何であるかを突き止めて、調査及び解明を急ぎ、それの修復をしなければならない。これが為されなければ人類に2017年は訪れず、2016年のまま人類は破滅の運命を辿る。

 つまり、いずれの特異点においても変わらない絶対的指標――基本大原則、ということらしい。

「把握できたかな? よろしい。では、作戦の第二目的。〝『聖杯』の調査〟だ」

 ドクターの推測によれば、特異点には聖杯なる魔導器が存在しているはずで、特異点の調査の過程で必ず聖杯に関する情報も手に入るだろう、とのこと。時間旅行だとか歴史改変だとかは聖杯でもなければ不可能だ、と文句を垂れていたが、俺にはいまいちわからないのでその情報は片隅に追いやることにした。

「歴史を正しいカタチに戻したところで、その時代に聖杯が残っているのでは元の木阿弥だ。なので、キミたちは聖杯を手に入れるか、あるいは破壊しなければならない。……と、以上の二点が作戦の主目的だ。ここまでは大丈夫かい?」

「よく分かりました」

「大変よろしい。……さて、任務の他にもう一つやって欲しいことがある。と、言ってもこちらは大したことじゃない。レイシフトしてその時代に跳んだ後のことだけど、霊脈を探し出し、召喚サークルを作ってほしいんだ。ほら、冬木でもやっただろう?」

 そう言われて、マシュが大盾でなにかしていたことを思い出す。

 こくりとうなずくと、ドクターは満足そうに笑って説明を続けた。

「あの時と違って、今回は正式なレイシフトだから念話連絡程度ならこのままでもなんとかなるんだけど、補給物資などを転送するには、召喚サークルが確立していないといけないからさ」

「それって、マシュの大盾から出てくるってことですか?」

「そう解釈してもらって構わないよ。まあ、青だぬきのポケットみたいなやつじゃなくて、マシュの盾を起点に物資を召喚する、という感じかな。それに、召喚サークルの確立でサーヴァントの召喚もまた可能になる。貴重な戦力だ、取らない手はないだろう?」

「あ、それで訊きたいことがあるんですけど」

「ああ、なんだい?」

 そう言われて視線を向けるのは、クー・フーリンとキャスターだ。

 二人は俺の視線に佇まいを正すと、続きを促してくれた。

「マシュだけ、なんですか?」

「同行者という意味かな。ならイエスだ。キミのキャパシティがまだわかっていない以上、むやみやたらにサーヴァントを《同行》させるのはリスクが大きすぎる」

「キャパシティ……ですか?」

「そこからは私が説明しよう!」

 と、颯爽と会話に割り込んできたのは、誰あろうダ・ヴィンチちゃんだった。

 大仰に身振り手振りを交えて、とても気持ちよさそうに続けた。

「藤丸クンは魔術とは一切接してこなかった一般人。レイシフト適性があり、マスター適性があり、カルデアからも魔力の供給があるとはいえ、魔力のパス――蛇口としての性能は未知数だ。というよりも、ぶっちゃけ魔術の「ま」の字も知らず過ごしてきた君の蛇口としての性能、すなわち耐久性は推して知るべし、と言ったところだね」

「なるほど?」天才ゆえに頓珍漢な説明でもされるのかと思いきや、結構わかりやすい説明が飛んでくる。理解できるかどうかは別として。「ええと、つまり、どういうことです?」

「サーヴァントの体は魔力で編み込まれた疑似的な肉体だ。なので、現界しているだけで魔力を消費する。それが戦闘ともなればカルデアの電力を大量に魔力へと変換し、キミを通してサーヴァントたちへと供給しなければならない。……ここまではいいかな?」

「はい。ええと、なんとなく」

「構わないよ。では続けよう」パチンと軽快に指を鳴らして、ダ・ヴィンチちゃんはよく通る声で言った。「カルデアからのバックアップがあるとはいえ、それを出力するツール、すなわち蛇口、然るに藤丸クンの性能は、宝具を一度展開しただけで精神的負荷や肉体的疲労で満身創痍になるレベルだ。これから続くであろう特異点の旅、聖杯探索によって鍛えられ、徐々にその性能を上げることは可能だろうが、現時点では先日の冬木での性能でこちらも判断するしかない、ということだね」

「……ええと、つまり、俺が今回マシュだけを同行者としてレイシフトするのは、その、こう言っていいのかはわからないけどマスターのレベルが足りない(・・・・・・・・・・・・・)から、ってこと?」

素晴らしい(ブラーヴォ)!!」

 伊達男っぽく拍手をすると、ダ・ヴィンチちゃんは満足そうにうなずいた。

 なるほどそういう表現がよろしいのか、とどこかズレたところで関心している様子だった。

「マスターのレベル。いいね、言い得て妙、という奴だ。解釈としては最高のものじゃないかな? 経験を積めばレベルが上がり、魔力の出力はもちろんだが、より強い霊基を持つサーヴァントの召喚・使役、宝具の真名解放時の負担軽減など、得られる恩恵は計り知れない」

「あの、ダ・ヴィンチちゃん、ひとつ質問いいでしょうか」

 控えめに、マシュが片手をあげた。

 ダ・ヴィンチちゃんはそれに気分を害する様子もなく、笑顔のままうなずく。

 ほう、と安堵の息を吐き、だけどマシュの表情は少し苦々しい。

「先輩の、そのマスターのレベルが低い、ことはわかりました」ちらちらとこちらを覗き見ながら、申し訳なさそうにマシュが続ける。「なら、なおさら! 私ではなく、クー・フーリンさんやキャスターさんのような、つまり、デミ・サーヴァントでない、人理に刻まれた正真正銘の英雄である彼らを同行させた方が、効率的なのではないでしょうか!」

「もっともな質問だ。いいよ、とてもいい質問だとも。では簡潔に説明しよう」

 パチン、と指をはじく音で注目が再びダ・ヴィンチちゃんへ集まる。

 注目に気分を良くしたダ・ヴィンチちゃんは朗々と歌うように説明してくれた。

「マシュ、キミがデミ・サーヴァントだからさ。確かにまっとうな英霊ではないから、その実力は彼らに劣るのかもしれない。だが、それを補って余りあるメリットがキミには備わっている。デミ・サーヴァントだから!」

「は、はあ……」

 いまいち容量を得ない解説に、マシュが曖昧なままうなずく。

 もちろん、ダ・ヴィンチの説明はこれで終わりではなかった。

「肉体の維持に魔力が必要ない――といえばピンとくるかな~?」

「あっ、なるほど、そういう?」

「えっ、マシュ今のでわかったの? ど、どういうこと?」

「あ、はい。先輩。僭越ながら私、後輩のマシュ・キリエライトが説明を引き継ぎます。私の体はサーヴァントとして在る以前に、現世に肉体として存在しているので、魔力を編んで肉体を形作っているサーヴァントの皆さんと違い、先輩にかける負担が軽減されているのです」

「軽減なんてもんじゃないさ。加えてカルデアを介さず直接契約しているから、他のサーヴァントと違って魔力パスは強靭で頑丈。多少無茶な戦闘駆動でも藤丸クンにかける負担はほぼゼロと思ってくれていい」

「な、なるほど……。あれ、でも冬木のときは倒れちゃったんですけど……あれは?」

「こちらのサポートも万全でなく、キミはあの強行軍の中で精神的肉体的、魔力的にも疲労困憊だった。任務の達成と同時に緊張の糸が切れ、それまで脳内麻薬でせき止められていたものが一気に流れ込んで気絶した……と、我々はそう診断しているよ」

「はあ~、なるほど」

 言われてみれば納得の内容だった。

 そりゃ元々はただの高校生があんなマスト・ダイな世界に放り込まれてしまったなら仕方のないことだろうと思う。――そこまで考えてから、ちらりとキャスターのことを覗き見てしまう。

 元来の手先の器用さもあって、すでにカルデア技術スタッフとはかなり打ち解けた様子の彼女がそこにはいた。おそらく、今回のことはダ・ヴィンチちゃんから事前に説明されていて、レイシフト後はスタッフに混じって俺のことをサポートしてくれるつもりなんだろう。

 召喚から数日でカルデアの科学的部分の大半を理解し、ある程度なら全行程のどこでも任せられるという、技術スタッフが泣いて喜ぶ事態になったのも記憶に新しい。

 早ければ一週間もしないうちに各部門の管理・指揮まで任せられるんじゃないか、とはドクター・ロマン。そのときのドクターの表情がとても微妙なものだったのは、妙に頭に残っている。

「今回のレイシフトはマシュと二人で、っていう理由はわかりました」

「うむ。納得していただけたようで何よりだ。もちろん、私たちも全力でサポートする。少なくともキミたちの意味消失の心配だけはない、と断言するよ。レイシフト後の身の安全については――」と言って、ダ・ヴィンチちゃんはマシュへと目配せした。

「はい! 私が先輩をお守りいたします!」

「うん、頼むよマシュ。この通り、頼りになるサーヴァントも一緒だ」

 ああ、と俺は心の中で大きく感謝した。

 アケスケなところが見え隠れするダ・ヴィンチちゃんが、俺のために言葉を選んでまで安心させようとしてくれているのがわかったからだ。

 不安じゃない、と言えば嘘になる。不安どころか、マシュという頼りになる後輩が一緒でも怖くて怖くて仕方がない。正直に言えば、今すぐにでも部屋に引きこもりたいくらいなのだから。

 

 ――でも、俺は。君は、それでも。

 

「ありがとう。俺、頑張ってみるよ」

「私も、精一杯先輩を守ります!」

「その意気その意気。さて、ロマニ。さっそくだがレイシフトに取り掛かるとしよう」

「ああ、もちろん。立香君、休む暇もなくて申し訳ないが、ボクらにも余裕はない。さっそくレイシフトの準備に取り掛かろうと思うが、いいかい?」

 ドクターの真剣味を帯びた視線が、俺を向く。

 それにうなずき返事をしよう、と――思ったときだった。

「あ、あの。ドクター、いいですか」

「っと、キャスター? どうかしたかい?」

「はい。あっ、いいえ、問題はなにもないんですけど!」

 そう言って、キャスターは軽やかな足取りで俺の目の前までやってきた。

 ドキリ、とする。ゲーム機越しに何度も見た顔よりも、現実味のある――ヤバい級の美少女なのは変わらないけど――顔が、ぐいっと近づいてくる。

「…………」

「……え、っと」

 じっと、空色の瞳が俺を覗き込む。

 無言のまま、ただただ見つめられてしまう。戸惑ったまま絞り出した声は、言葉にもならない。選択肢があって、それを選ぶだけならどれほど楽だろう――と、考えてしまってから、その安易さにカッと頭が熱くなる。

 なんてことを考えているのだ、と。

 つい先日にも、誓ったばかりなのに。もう、○ボタンを押すだけにはなりたくない。そう誓って彼女と向き合おうと思っていたのに。

「どうしたの、マスター?」

「え?」

「ごめんなさい。私、見つめすぎたかな。急に苦しそうな顔をしたから……」

「あ、いや、これは、違う。違うんだ」

 慌てて否定すると、今度は驚いかせてしまう。

 落ち着いて、と声をかけられ、深呼吸を一度二度。そもそも、彼女からの要件も聞いていないままだった。いざ作戦というときに、それよりも優先したいと思ったことがなんなのか、気にならないわけじゃない。

「それで、ええと、キャスター。俺が、なにか?」

「うん。間違ってたらごめんなさい。その、自意識過剰かもしれないんだけど、マスターが私のことチラチラ見てたから、なにかなって思っただけなの。もしかして、何か言いたいことがあったんじゃないかなって、思ったんだけど」

「……それは、その……」

 君を知っているから、と答えられればどれほど楽だろう。いや地獄か。

 確信も持てず、覚悟も持てず、俺が〝俺〟だと打ち明けられないままなのに。

 それにしたって見すぎだっただろうか、そんなに見ていたつもりはないんだけど。

 女性は視線に敏感だ、というのは本当のことなのか。だとすると、なんとも恥ずかしい。

「私も、ついて行きます」

「え?」

「なんだって!?」

 キャスターの突然の宣言に、俺よりも驚いたのはドクターだった。

 それは本当に予想外の申し出だ、とそれ以上の言葉が出てこないようだった。

 そうして悩んでいるうちに、キャスターは続けて言った。

「私は、その、召喚されたてだし。それに私の戦闘方法は、クー・フーリンさんよりもずっと燃費がいいですから」

「それは、確かにそうなんだが……」

「だが、俺みたいに前に出て戦うってことはできないだろ、お前さん。そうすりゃマシュの負担が大きくなりすぎちまう。お前さんの魔術がとんでもなく低燃費高火力なのは認めざるを得ない部分じゃあるが……」

 クー・フーリンも苦言を呈するほどの提案だったらしい。

 ただ、そう言われて引き下がるなら元から提案もしていないとばかりに、キャスターの目には力が宿っていた。魔術師としての側面で召喚されているとはいえ、歴戦の勇士であるクー・フーリンを前に一歩も引かない胆力は流石と言うほかなかった。

「もちろんそれだけじゃないです。ただ、今、マスターの目を見て思い出したことがあったんです。……私はもう一度、歩かなくちゃいけない。見ないといけない。それは私の願いも同然で、叶わなくても辿らなければならない旅路なんです」

「お前さんがどこの誰だか知らないが、そりゃ人理修復より優先しなけりゃならんことか? 求めるものは聖杯だが、それは決して願望器としてのそれじゃねえ。聖杯を核とする特異点の修復。つまりは核としての聖杯の回収、あるいは破壊だ」

 クー・フーリンの言葉は責めるようなものじゃなかった。

 ただ事実を並べて、キャスターの意図を探るような響きを持っていた。

 彼女がなぜ、ここまで頑なになったのか。同行しなくてはならないという真意の探求。

「もちろん。それがたとえ彼の負担になるとしても、私は私として、この旅路を辿らなければならないと考えています。彼の瞳は、それを私に教えてくれました。この姿で召喚された以上、たぶん、そういうことなんだと思うんです」

 空色の瞳はどこまでも澄み渡り、相対する英雄を貫く。

 クー・フーリンはそれに獰猛に口元をゆがめて、豪快に笑い声をあげた。

 それにどこか安心したように、そして俺を向いて、彼女は言う。

 

 

「この焼き尽くされようとしている星を、私は征きます。マスター、行きましょう」

 

 

 ああ――、そうか。君も、そうだったんだ。

 俺が君の瞳を覗いて心を揺さぶられたように、彼女もまた。

 

「ああ。よろしく、キャスター!」

 

 

 

 




ちょっとだけ続きました。
二年ぶりですね、ごきげんよう。

丁寧に書くことも考えたんですが、
最低でも感情移入していただけるラインで、
要所要所を書いていきたいと思います。
次がいつになるかはわからないですが。

感想も、返信はしていませんが大変励みになっております。
この場を借りて、お礼申し上げます。
ありがとうございます。

それでは、またいつか。


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Ⅰ:吼え立てよ、我が憤怒
Interlude Ⅰ


藤丸立香が以下の条件をクリアしました!
■セカイリンクしてゲームをクリアする
■___が「アース」に帰還しない
■ゲームのエンディングを一種類しか経験しない

☆5キャスター:とうだいもりのキャスターが解放されました!
☆5?????:?????が英霊の座に登録されました!


☆5キャスター:とうだいもりのキャスターを召喚しますか?
○:はい  ×:いいえ





 

 

「やあ、ロマニ。遅くまでご苦労なことだね」

「ああ、君か。うん、ちょっとね……」

「ふむ? ……ああ、キャスターちゃんのことか」

「そうなんだ」

 休憩時間に入ったロマニを追いかけてきた甲斐があったな、と内心呆れながら、レオナルドは手近な椅子を引っ張ってロマニの横に腰かけた。

 隣に座る優男の態度が気に食わなそうに、レオナルドは組んだ足の先でロマニの足を小突く。それに非難の視線をやってから、ロマニは椅子に深く背を預けた。

「彼女の服装や外見、使う魔術からすれば、順当に考えて歌や踊りを奉納する巫女……極東の神楽のような背景を持った英霊だと思うんだ」

「同意だね」

「奉納といっても世界に視点を広げれば多種多様な文化がある。畜産、農産、酒類、金銭、宝物、そして人柱……とまあ、捧げるものには物質的なイメージが一般には強いんだけど、奉納の本質っていうのは神楽、謡曲、踊りに武芸、あとは偶像、それに所縁ある場所への巡業なんだよ」

「彼女が何を捧げて、何を祀った存在であるか、か。確かに彼女の真名を紐解く手掛かりになるものだろうとも。しかし、君が休憩時間を返上してまで探るようなことかい? そりゃもちろん彼女からは真名を探ることを禁止されたわけじゃないが」

 長々と解説してくれたところ申し訳ないがレオナルドが言いたいのは、つまりそういうことだった。まだ深く関わったわけじゃないが、彼にとってキャスターは無害な小動物のような性格だ。ロマニのように警戒すらにじませてまで真名を暴こうとは思わない。

 とはいえ確かに人を惹きつける魅力があるのは認めるところだ。ただ、英雄と呼ばれるにしては庇護欲を強く刺激される人柄だとは思う。

 でなければあんなに早く一般職員に混じって会話をしたりしないだろう。職員の一部は真名を明かさなかったという一点で懐疑的になっている者もいるが、カルデアとしては表向き彼女を受け入れたと言っていい。

「気にならないかい? そうした宗教的背景が見える存在であるにもかかわらず、かなり近代的な電子工学知識を備えていることが。なによりレオナルド、君の工房ですでに幾つか作っているって報告もあるよ」

「ああ~、まあ、そうだね」

 ダ・ヴィンチちゃんと呼びたまえ、という常套句も言えないまま、レオナルドは視線を泳がせた。

 キャスターがそうした電子・機械工学に明るいと知るや、レオナルドは試しに「修理はいずれ必要だが今じゃなくていい」という比較的優先度が低く、修理の難度も低めの箇所を見せて直せるかを問うた。

 キャスターは「あくまで趣味ですけど」と断ったうえで故障箇所をしばらく観察し、これならなんとか、という答えを出した。レオナルドはそのまま彼女を自分の工房に連れていくと、必要な道具と各種物資を渡し、ではよろしく、と丸投げした。

 まさか本当に修理をさせるとは思っていなかったのか、キャスターはその場では驚いていたが不満はないらしく、やってみますの言葉で修理に取り掛かったのだ。

 それが今日この会話をするまでに数ヶ所……。レオナルドはロマニに誰がは伏せた状態で「修理した」という報告だけ上げていたのだが、この男はこの男で情報収集していたのかキャスターの仕業だということを知ったらしい。

「隠すつもりじゃなかったんだけどね~」

「別に責めてるわけじゃないけど……、まあ、これからの報告は正確に頼むよ。それで、ええとなんだったかな」

「人理に英雄と刻まれたにしては、宗教的象徴であるはずの巫女が電子・機械工学に詳しすぎる、という考察だろう。君が言いたいことはつまり、彼女が学んだであろう電子・機械工学の発展した近・現代において宗教的象徴として人理に刻まれるほどの巫女は存在しないというところかな?」

「そう、そういうこと」

 キャスターとして召喚された少女は、存在そのものが矛盾の塊だ。

 相当特殊な魔術を用い、さらにその特徴から宗教的象徴であると考えられる少女。

 反面、近・現代に発展した電子・機械工学に精通しているということ。

 宗教は現代に近づくにつれ「英雄」の排出はなく、工学は過去に遡るほど未発達。

 再三確認するように、両方を高い次元で両立させているキャスターはどの時代にもそぐわない英霊であること。

 真名が、わからない。

「……それに、彼女の魔術の詠唱――歌唱と言った方が適切かな。カルデアが保管している文献では(・・・・・・・・・・・・・・・)地球の歴史上、確認されたことがない架空言語だ。解析班にも回してもらっているけれど、単純なようでいてかなり叙情的で、翻訳にいくつかの解釈が見えてしまって苦労してるみたいだよ」

「私もあれは見せてもらったよ。確かに感情的な言語だと思うね。文面だけでは語れない、言葉にした時にしか見えてこないニュアンスが含まれていて解析に苦労するだろうな~って思ったよ」

「いやあ、軽いねまったく。レオナルドが手伝えばあっという間だろうに」

「さて、どうかな。アドバイスは残してるから、もし、最後のマスターが最初の特異点から生きて帰ってくれば、解析の中途結果くらいは出るんじゃないか?」

「……言い方が冷たいよ、それは」

「残念ながら、私は君ほど彼らに期待していない。せざるを得ないとはわかっているけどね。現実的に見て、あのマスターが生き残れると思うのかい? 魔術のマの字も知らないで、マスターとしての実力も最底辺。特異点Fを生き残ったことが今でも信じられないよ。私はね、そういう人間なんだ。死んでるけどね」

 レオナルドを窺ったロマニは、乾いた笑顔だと、それを見て思った。

 無味無臭の視線が、モニターを貫いている。無表情というわけではない。モナ・リザの美しい微笑みは、それがどれほど乾いていようと存在の価値を貶めない。

 だが、だけど、ああ――。

 ロマニはその諦めにも似た独白へ、返す答えを持っていなかった。

 否定するにも違うような気がして、だけど決して肯定したいわけじゃなかったのに。

 先日、己の喉から出た音はつまり、あの少年に「死ね」と言うにも等しくて。

「……レオナルド。あのね、僕は、諦めたくないんだ。ここまで頑張ってきたってこともあるかもしれない。でも、これは大人の意地だよ。死んでこいって彼らを地獄へ叩き落すのに、僕が先に折れてられないじゃないか。これはもう意地の話だよ」

「根性論は美しくないよ。……でも、まあ、いじわるを言い過ぎたよ。悪かった」

「謝ってほしいわけじゃないんだ。聞いてくれ」

「ロマニ。なあ、ドクター・ロマン。私はね、美しいものに目がないんだ」

「は? あ、ああ、まあ、知ってるけど」

「さっきのは悪い私だ。天才だからね、そういう無機的な理性っていうのがどうしても横切るし、口にだって出しちゃうのさ。でもね、美しいものが好きという有機的な私だってもちろんいるんだ。私はね、私たちはね、ロマニ。今、もっとも輝かしい星を特等席で見ようとしてるんだ」

 モニターの光だけじゃない。

 彼の瞳に、強い光が宿っていた。静謐に燃える、彼方の星々。その輝き。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは藤丸立香に期待してはいない。

 今の彼はなるほど、レオナルドの言った通り、何も持ち合わせていない少年でしかない。

 そしてそれは、おそらく彼自身が一番わかっていることだろう。

「彼は今、ただの人間としてではなく、覚悟を抱いて一歩を踏み出そうとしている! 何も持たない自分のまま、それでも死刑囚ではなく、過酷な道を歩き出そうとしている! 破れかぶれでもなく、自暴自棄でもない、それがどれほど輝かしいことか、わかるかロマニ! いいや、わかるとも。君はわかる。わかるはずだ」

「……ああ」

 そうだったのか、という嘆息。

 ロマニは深く息を吐く。

 そういうことだったのか、と。

「知っているかい、ロマニ。破滅に向かう足音には二種類ある」

「……ああ、うん。知ってるよ。ふたつ、あるんだ」

 先ほどの興奮した口調から一転、レオナルドは穏やかな声で語りかける。

「諦念、絶望、恐怖、発狂……死神の足音」指を一つ立ち上げ、レオナルドは続けて二本目も立ち上げて見せた。「怖いもの知らずじゃないのさ。絶望だってしてるかもしれない。それでもなお、その先を望む者の歩み――人はそれを勇気と呼ぶんだ」

「君は、本当に……」

 人の心の機微、というにはあまりに乱暴な気がしないでもない。

 ロマニは少し赤くなった顔と、恥ずかし気に歪められた眉根で抗議を投げかける。

 この星を開拓した智の英雄は、誰にも期待しない。だからこそ、夢見るのだろう。

 輝かしい星を背負う者――勇気の歩みを続ける者を。

 万能の天才と呼ばれた彼が、たぶん、おそらく、唯一作り出せなかったもの。

 なれなかった者。

「ありがとう。元気が出たよ」

「そいつは重畳。さあ、今日はもう寝たまえよ」

「……レオナルド。いい夢を」

「ありがとう。おやすみ、ロマニ」

 キャスターの正体は見えないままだけど。

 それでも彼が前へ進むのなら、それでいい。

 それも含めてすべて、彼の進む道になるだろう。

 ドクター・ロマンは本日の営業を終了する。本当に久しぶりに、ベッドで横になって夢を見る。誰もが笑うことのできる明日を。燃やし尽くされる世界に、希望を。

 

 

 

     §

 

 

 

 心が二つに裂かれてしまったようだった。

 言葉を綴るたび、詩を紡ぐたび、その一つ一つに〝あなた〟がいる。

 もう〝あなた〟はいないのに。

 

 

 それでも皆は詩を望んだ。

 奇跡の詩だと皆が笑った。

 幸福の詩だと皆が笑った。

 あいの詩だと皆が笑った。

 きずなの詩だと皆が笑った。

 

 

 すべて――すべて、私と〝あなた〟のものなのに。

 

 

 謳いたくなかった。

 唄った。けど、謳いたくなかったのだ。

 でも唄う。もう、謳いたくないのに。

 また唄う。謳いたくない。

 

 

 皆が私の詩を聴くたびに、皆は本当にうれしそうに笑う。

 ああ、ああ……。

 やめて。

 

 

 私のこころから、奪わないで。

 私の思い出を、そんなうれしそうな笑顔で塗り潰さないで。

 私のこころも思い出も、私と〝あなた〟のものなのに。

 

 

〝あなた〟とのきずながあれば、みんながいれば、大丈夫だと思っていたけど。

 ああ、ああ、ああ……。

 

 

 ねえ、〝あなた〟。

 

 

 逢いたいよ。

 とんとん、とんとん。

 

 

 さびしいよ。

 とんとん、とんとん。

 

 

 

 とんとん、とんとん。

 

 

 

 

 とん。

 

 

 

 

 ああ、〝あなた〟。

 こころから、あいしています。

 

 

 

 




とーんとんっ♪(CV:加隈亜衣)


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ヴォークルール城塞にて

 

 

 A.D.1431フランス。

 イングランドとの百年戦争の趨勢を傾けた激動の時代。

 特異点はこの時代のどこか――「ありえない存在」の近くに存在する聖杯によって歪められている、と思われる。それを見つけ出し、回収、あるいは破壊するのが俺たちの目的だ。

 いざレイシフト、なぜだかもう懐かしさすら覚える草木の香りに包まれた俺たちを待っていたのは、空を喰らうかのような光の輪。ドクターやカルデアスタッフたちは口々に観測結果やそこからの推測を語っていたけれど、俺にはいまいちピンと来なかった。

 あるいは、何も知らなければ、それを綺麗だと言えていたかもしれない。

 ただ、人理焼却なんていう未曽有の事態を前にしてしまえば、この胸に去来する感情はうすら寒い、ただひたすらに悍ましい、押し潰されてしまいそうな――不安。

 その不安を肯定するかのように、丘から見下ろした場所にあった村が黒煙をあげて俺たちを迎えてくれた。座標からその村が「ドン・レミ村」であることがわかり、同時に1431年に村が全焼したという記録も、ましてや空に光輪があったという記録もないことがわかった。

 つまり、俺たちが来た時にはすでに歴史が大きく変わってしまったあとだということ。

 だけど、間に合わないわけじゃない。これからできることは必ずあるはずだ。

 その意思をドクターらに伝え、指示を仰げば、ならまず情報収集をするべきだと方針を示してくれた。具体的には1431年のフランスに「存在しなかった人物」か、それとも「起こり得なかった事象」を探すことになった。

 

 

 

     §

 

 

 

 …………ドン・レミ村を発ってから徒歩で約七時間。

 ドクターによれば移動距離は実に20kmを越えるものだと聞かされた。現代のように道路としてしっかり舗装されているわけでもないし、なにより俺自身が長距離を徒歩で移動することに慣れていなかったことで休憩を挟みつつしていたためこんなに時間がかかってしまった。

 もちろん――というとなんだか言い訳がましいけれど、強行軍を提案しなかったわけじゃない。だけど、そのとき反論したのは意外なことにキャスターだった。

「焦る気持ちはわかるけど、今慣れないことをして、いざというときに動けなくなっちゃったらその方がマズイよ。無理は駄目。今はまだ、無理を通す時じゃないよ」

「……ごめん。ありがとう……その、キャスター」

「どういたしまして。さ、行こう」

 そんなやり取りが出発前にあったわけである。

 話は戻って現在。フランスはロレーヌ地方、ヴォークルール。ヴォクラールとも。

 この場所には城塞があり、避難民はもちろん、周辺の戦力もここに集まるだろうと予測しての目的地設定だった。人が集まる場所には情報も集まる、というわけである。人生でそういったことを考えたこともなかった俺としては、なるほどと勉強になった。

 ヴォークルール城塞の外見は、言いにくいことだけどヒドイものだった。内を守るための城壁は何ヵ所も崩れ、物見櫓や城門、砦とどこを取ってもボロボロだった。ただ城塞だったからドン・レミ村のようにはならなかっただけ、という感じだろうか。

 人の出入りはそれほど厳しく取り締まっていないのか――俺たちからすればありがたい話だけど――すんなりと城塞内に通してもらえた。

 そして直面したのは、より残酷な光景だった。瓦礫のない比較的平坦な場所には傷だらけの兵士たちが項垂れて待機していて、中には重傷を負って呻き声を上げ続ける人の姿もあった。

 直視、できなかった。

 特異点F、冬木市では、すでに人の姿はなかった。

 燃え盛る街並みと崩れ放題のビルや人家があるだけで、人の気配はまったくなかった。

 でも、ここにはそれがある。

 傷つき倒れた人たちがいる。今にも死んでしまいそうな――素人目にももう助からないだろうと思われるような人も、いるのだ。

 石畳の上に寝転ぶ兵士の下に、血だまりができているなんて当たり前だった。

 雨が止んだ後の道のように、血だまりが散見できる。むせかえるような血の臭いに、空きっ腹から喉を焼く酸が昇ってくる。それをなんとか飲み込んで、脇を固めるマシュとキャスターの二人に手分けして情報を集めようと提案した。

「はい。それが効率的な選択であると思われます」

「うん、私も賛成。……そうだね、じゃあマスターは民間人を中心に聞き込みをしてもらえるかな。私とマシュちゃんで兵士さんたちの方を回ってみるよ。マシュちゃんもそれでいいよね?」

「はい。確かに、その方がよろしいかと」

「……どういうこと?」

 自身の性別が男なので男だけしかいない兵士の人たちを中心に民間人の人たちにももちろん聞き込みをしようと考えていたんだけど、キャスターとマシュは俺がそう言う前に「そちらは私たちが担当する」と言ってきた。

 ハッキリと聞き込む相手も分担することが単純に疑問だったので素直に聞くと、

「危機管理だよ」

「はい。キャスターさんのおっしゃる通りかと。マスターは特異点をひとつ乗り越えたとはいえ、まだ魔術師としても、そうでなくとも身体能力はあくまで平均的な男子高校生の域を出ていません。私もまだ未熟なデミ・サーヴァントではありますが、サーヴァントです」

「もし何かのきっかけで襲われたりしたとしても、サーヴァントの私たちならどうとでも切り抜けられるから」

「なるほど。確かに、その通りだ。情けないけど……」

「そんなことは……!」とマシュ。キャスターは曖昧に笑うだけだった。

「ってことは、民間人相手だからって襲われないとは限らないか。うん、俺も気を付けて情報収集するよ。ヤバそうだったら大声あげて逃げるから、そのときはよろしく!」

 情けないついでに、開き直ってそう言うとマシュは生真面目に、キャスターは微笑ましそうに返事をくれた。

 とりあえず一時間ほどと時間を決めて、さっそく解散という流れになった。

 言われた通り、マシュとキャスターには城塞外周の兵士たちを中心に聞き込みをしてもらうことにして、俺は城塞内部にいる避難してきた民間人たちを相手に聞き込みを始めようと思う。

 城塞の中に入ると、そこらじゅうに身を寄せ合って固まる避難民たちが散見できた。

 兵士に優先して応急物資が配当されているようで、兵士たちには見られた治療跡が民間人の中では見かけることが少ない。傷そのままを剥き出しにして、青い顔を浮かべる人もいた。

 閉鎖された空間だからか、外以上に血の臭いと埃の臭いが混じっていて目眩を覚える。

 少ない呼吸数でなんとか凌ぎつつ、話を聞けそうな人はいないかと周囲を見回す。

 とはいえ、情報収集――聞き込みなんて普通の男子高校生をしていたらやる機会なんてまあ、ない。誰に聞けばいいとか、どうやって聞けばいいとか、そのあたりが実はよくわかっていない。なんならマシュかキャスターのどちらかについてきてもらえばよかったか、と思っていたところで、俺が、ではなく、俺に声がかかった。

「もし。あなた。誰かを探しているの?」

「え」

「まだ奥の広間にも避難してきた人たちはたくさんいるわ。もし誰かを探しているなら、そちらにも行ってごらんなさい。あなたの探し人が無事でありますように……」

「あ、いえ、誰かを探していたというわけではないんです」

「あら、そうでしたか。それはよかった。……いえ、ごめんなさい。浅慮でした。もしかしたらあなたの身近な人が亡くなっているかもしれないのに、私ったら」

「あ、そ、それも大丈夫です!」

 言うことすべてが裏目に出ている様子のご婦人に、俺は慌てて首と手を横に振った。

 ただちょうどいい、とこちらの事情を話そうとしたところで、はく、と息と言葉を一緒に飲み込んだ。改めずとも本当のことをしゃべってもただの頭のおかしい人になってしまう。ここはある程度話を合わせつつ、なんとなく状況を探ってみるとしよう。

「それにしても、ここにいる人みんな襲われたんですよね? ついさっきこの城塞に到着したんですけど、思った以上にヒドイ状況で、驚いていたところだったんです」

「まあ、そうだったの。ええ、そうね。みんな、故郷を追われてしまったのよ」

 我ながらたどたどしいしゃべり方にはなってしまったが、それっぽいことを言って話を続けることができた。よくよく考えずとも嘘は言っていないので罪悪感も少ししかない。

「見たところお若いけれど、家族の近くにいなくても大丈夫かしら。こんなときよ、誰でも不安だわ。さあ、行っておあげなさい」

「あ、いえ、その、あの、ひとつ、いいですか?」

「なにかしら」

 かなり優しい人のようで、しかしそれが裏目に出そうになったため、慌てて待ったをかける。ぐるりと周囲を見回してから、ご婦人をまっすぐに見つめる。ただいざとなると、どう言えばいいのかがわからない。

 あー、とかうー、とか、言い淀んでから、正直に聞いてみることにした。

「俺たちは、一体なにに襲われたんです?」

「っ――」

 俺の言葉に、ご婦人は瞠目した。

 今度は彼女が言い淀んでしまった。困らせるつもりはなかったのに、と大丈夫かと声をかけようとしたときだった。

「ワイバーンだ! 俺たちはみんなあの竜に襲われたんだよ! 間違いない!」

 声を荒げたのは、すぐ近くで俺たちのやりとりを聞いていた初老の男性だった。

 一度荒げた勢いは止まらず、俺に詰め寄るようにして男性は続けた。

「それ以外に何があるっていうんだ? どいつもこいつも食い散らかされて、あいつらの吐く炎で焼かれて、爪でズタズタに引き裂かれた!」

 唾が飛ぶほどの剣幕で、俺を壁に押し込んでくる。

 おそらく害意はないと信じたいところだけど、あまりに勢いにタジタジになってしまう。

 それにしても、ワイバーンとか竜だとか――今更とはいえ――ちょっと現実味がない。いやまあ、キャスターが実際に俺の目の前にいる、という事実だけでもう毎日目眩がしそうなほどなんだけども。

「あの竜どもは地獄の悪魔だ! 兵士どもが言ってやがったぞ、あの竜の群れに、誰がいたと思う!? ここにいるはずがないお人がいたっていうじゃねえか!! それが救世主様でなければ、俺たちを襲う竜を従えていたっていうなら、そりゃもう悪魔だ!! そうだろうが!?」

 誰を指してそう言っているのかがわからないが、どうやらワイバーンたちは誰かに使役されて村々を襲っているらしい。この男性の口振りからして、おそらく周辺の村はワイバーンだけで、こういった大きな城塞にはその本人も現れたのだと思われる。

「この国が! あの方を救わなかったからだ!」

「俺たちはこの国諸共焼かれるんだ! 竜どもに食い荒らされて、終わるんだ!」

 最初の男性を皮切りに、周囲の人々も声を上げ始める。

 どんどん熱量をあげていく悲鳴に、一歩も動けなくなる。単純にわけがわからなかった。俺自身、まだワイバーンと対峙していないからなのかもしれない。彼らが嘆くほどの感情にまだ直面していないからなのかもしれない。

「あんなの、人の死に方じゃあないッ!」

「同じだ! どいつもこいつも同じように殺されるぞ……っ!」

「悪魔だ! アア、竜の魔女! 竜の魔女が来る……!!」

「どうすれば助かるんだ!? どうすれば、なあ!! アンタ!!」

「ひっ――」

 がっし、と胸倉に縋りつかれ、思わず引き攣った声をあげてしまう。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃに潰れた顔のまま、まだこんなガキにさえ、縋らなければならないほどの感情が――絶望が、俺の魂まで凍えさせていく。

「やめなさい、まだ子供ですよ!」

 その時だった。

 俺の胸に縋る男の手を、先ほどのご婦人が払った。

「さああなた。外に出ましょう。しばらくすれば、すすり泣くほどには小さくなります」

「あ、ああ、はい」

 ご婦人に手を引かれ、俺は来た道を戻ることになった。

 凍えそうだった魂が、彼女の手の温度にじんわりと溶かされていくような気さえした。

 こんなことになってしまってから、会いたくても会えなくなった人を、どうしても思い出してしまう。

 母さん……。

「……っ、ぐ、う」

「ええ、怖かったわね。ごめんなさい。私が話しかけてしまったから……」

「ちが、あなたは……なにも悪くない……」

「いいのよ。そうしておきなさい。あなただって、何も悪くないわ」

 嗚咽が漏れて、涙がにじむ。

 どうしようもなく、寂しい。俺を知っている人が――ああ、いるけれど――誰もいない。

 そのことがどうしようもなく寂しくて、寒くて、心細い。

 ただ、なんでもない日常が、あんなにも遠く輝かしいなんて知らなかった。

 おはようと言える朝と、友達となんでもない話をする時間。おやすみと言う家族のいる夜にも、今はもう、戻れない。

 それは形の違う絶望だった。

 あまりにも死が近すぎて、悲観するのは彼ら。

 あまりにも日常が遠すぎて、悲観するのは俺だ。

 

 ――遠のいた日常を、それでも背に進んだヒトを俺は知っている。

 

 だから。

 だからまだ、止まれない。

 唇を噛んで嗚咽を止める。意識して大きく呼吸して、しゃくりあげる胸を鎮める。

 そんな俺の様子に気付いたご婦人が、あら、と声をあげた。

「……強い瞳。あの日のジャネットと似てるわ」

「……強くなんか。ただ、知ってるだけですよ」

「知っていても、強くあれないものよ」

 まだにじむ視界のまま、目の前の女性を見る。

 少しだけ無理をして、歯を見せて笑った。なんとなく、その言葉が嬉しかったから。

「ああ、なんだか、すごく遠回りをした気分ね。私はイザベル。あなたは?」

「俺は……俺は立香。立香です」

「リツカ。そう、リツカっていうのね」

 そういうとご婦人――イザベルさんも微笑んでくれた。

 少しだけ落ち着いた俺たちは、近くの瓦礫に腰かけて(もちろん俺の上着は彼女の敷物にした)雑談を交わした。

 俺のこと。彼女のこと。

 俺の同級生や、今一緒にここに来ている仲間のこと。

 彼女の村――ドン・レミの普段の生活や、ご近所さんのこと。

 お互い、そういう話をするときはどこか寂しそうな声になってしまったけれど、でも盛り上がった。楽しかった。欠けていたなにかが埋まっていくような、そんな気さえした。

 それがたとえ、ぱちんと弾ける泡のような埋め合わせだとしても。

「そういえば、ジャネットって誰ですか」

「ええ……私の娘よ」

「娘さん……」

 もしかして、聞いてはいけないことだったかもしれない。

 この竜の襲撃で、亡くなっていたりしたら……。そんなことを思えば、察しのいいイザベルさんは慌てたように言葉を続けた。

「いいえ、娘は竜に殺されてはいないわ」

「そう、ですか……」

「娘はね……いえ、ごめんなさい。まだ、私は、この話ができるほど、受け入れられていないの。だから、ジャネットのこと、リツカには伝えられそうにないわ」

 竜に殺されてはいない。

 それはつまり、竜以外の何者かに……。

 やはり、聞いてはいけないことだった。ごめんなさい、と頭を下げると、目尻に涙を浮かべたイザベルさんは、おかしそうに笑って泣いていた。

「あなたは悪くないのよ。なにも、悪くないの」

「でも……」

 その先の言葉は紡げなかった。

 俺の唇に、彼女の人差し指が当てられる。シー、といたずらっぽい笑みが浮かぶ。

「強い瞳の子。リツカ。あなたは、あなたの信じる道をいきなさい」

「え」

「あなたの瞳が見る景色と、心で感じる景色をチグハグさせては駄目よ」

「……はい。ありがとう、イザベルさん」

 それじゃあ、私は戻るわね、とイザベルさんが立ち上がる。

 服もありがとう、と丁寧に畳んで俺に渡してくれた。

 それを受け取って、もう一度、ありがとう、と口にする。

 イザベルさんを見送ると、まるでそれを待っていたかのようにマシュとキャスターが戻ってきた。ちょうど一時間ぐらい経っていたらしい。

「有益な情報を得られました、マスター」

「……マスター、なんだかここに来る前よりも顔が頼もしいよ」

「……そうかな。そうだと、いいんだけど」

「マスターはいつだって頼もしいです」

「ありがとう、マシュ。キャスターも」

 そういえばあんまり情報収集らしいこと、できなかったな。

 少し申し訳なさもありつつ、俺は二人の話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

     §

 

 

 

『やあ、みんなのダ・ヴィンチちゃんだよ~。情報収集の成果はどうだい?』

「あれ、ダ・ヴィンチちゃん? ドクターはどうしたの?」

『つい今しがたベッドに叩き込んできたところさ。まったく、勤勉なサボり癖をどこに置いてきたのやら、ずっと気を張り詰めていたからね』

「あはは……なるほど」

 どうやらドクターは俺たちのことを必死にサポートしていてくれていたようだ。

 そのせいでダ・ヴィンチちゃんに無理矢理休憩させられているようだけど、俺もそれを聞くことができて少しホッとしている。

 心配してくれているのはありがたいけど、まだまだ走り始めたばかりだ。

 初めての正式なレイシフトだってことはわかっているけれど、これからまだ続く旅路に付き合ってもらわなくちゃいけないんだ。……と、まあ、そこまで偉そうに言えた立場じゃないんだけども。

 俺だってこのフランスに来てから強行軍しようとしたりとしているわけで、キャスターに窘められたほどだ。だから、きっと、教えられたこの気持ちを、ドクターにも届けたいと思うのは間違いじゃないはずだ。

「ダ・ヴィンチちゃん、ドクターにはまだ無茶する時間じゃないからって伝えてほしい」

『ああ、確かに伝えよう。……さて、それで情報収集の方だけど』

「はい、ダ・ヴィンチちゃん。今回情報収集したところ、有益な情報が得られたと確信しています。共有のため、ただいまより報告します」

『頼むよ、マシュ』

 まず、マシュが報告したのはドン・レミ村襲撃の真相だ。

 襲撃犯は飛竜、ワイバーン。およそ成人男性の二倍近い体長に、翼長に至っては五メートルを越える個体の〝群れ〟だ。口からは人間を容易く炭化させる炎弾を吐き、至近距離の羽搏きは鋭い刃物に撫でられたような裂傷を生む。

『そりゃあなんとも、面白くない話だね』

「どういうこと?」

『まずその戦闘能力も脅威だが、そもそもの話として、1431年のフランスに竜は存在しない』

「!」

 その時代に存在しない〝モノ〟。ワイバーンによる襲撃という〝事象〟。

 これは確かに、核心へ迫る事実なんだけど……面白くない、とは。

『魔術世界における〝幻想種〟……人間の持つ神秘では尋常の手段では決して敵うことのない生物のことを総称するものだが、竜というのはその最たる存在だ。あらゆる神話、英雄譚で強力無比な存在として描かれ、ゆえにそれを上回った命には英雄の称号が贈られている。いわゆる竜殺し、ドラゴンスレイヤーの逸話を持つ英雄というやつだね』

「竜っていうのはそれだけで力のある言葉だよ。あらゆる言語の表現で最上級のものとしても扱われるそれが実在するとなれば、もちろん強力な敵だっていうのは想像に難くないことでしょう、マスター?」

「ああ、なるほど。確かにそう言われれば」

 一般市民代表みたいなところのある俺でも、面白くないのは理解できる。

 キャスターの言葉も、納得できるものがある。漫画とか小説とか、読んでいてもちょくちょく目にする言葉だし、存在だ。どの物語でもとにかく強いことが強調されていて、それを倒した登場人物が一目置かれる実力者だというのは定番のひとつだった。

 あとはとにかく技名にも入ってることが多い気がする。

「ドン・レミ村だけではなく、このヴォークルール城塞にも、他の村にもワイバーンが襲撃したそうです。ドン・レミ村ではあまり観察する余裕はありませんでしたが、この城塞の崩落跡を見ると、確かにワイバーンの語られたスペックであれば充分可能な破壊であると推測できました。加えて巨大な獣のものと思われる爪痕や、城塞の一部では炎弾の着弾点と思われるものも確認できました」

『ふぅむ。聞いた限りでは、ワイバーンがなぜ発生しているのかがわからないな。思うに、何か、ないし何者かが聖杯を満たす魔力の一端でワイバーンを作り出したと考えるのが妥当だと思うんだが、そのあたりについて何かわかっていることはないかい?』

「それについては、この城塞の兵士さんたちが詳しく話してくれたよ。あとはマスターが確認した中でも避難民にも噂が広まっているみたいだから、信憑性は高い――というよりも、今はそれを頼りにするしかないって状況だね」

『なるほど、それでその噂というのは?』

 竜を使役する人物がいる、という噂。

 兵士たちが確かなものとして、目撃したという人物。

 いるはずのない、すでに死んだはずの人物が蘇ったという奇跡。あるいは悪夢。

「〝オルレアンの乙女〟聖女、ジャンヌ・ダルクの復活です」

 その名前は、俺でさえ知っていた。

 ただ、なんとなく知っていたというだけで、名前だけの印象であれば「凄い人」くらいしかないのが申し訳ないところだ。

 マシュ曰く、フランスの国民的英雄で、異端審問で魔女と断じられながらその死後裁判がもう一度開かれ、異端であるという事実は無根となり、聖人として名を連ねた「聖女」であるという。

 また、フランスとイングランドの百年戦争の趨勢を傾けた人物の一人で、従軍経験にも富んだ武人でもあるという。佩剣を抜かなかった、あくまで人は殺さなかった、などなど聖女然とした逸話があるらしいんだけれど、このあたりの話は事実かどうかわからないらしい。

 そしてその軍事行動を発端として、イングランドの捕虜となった彼女は異端審問にかけられ、最後には火刑に処されてしまった、という話だ。このあたりはぼんやりと歴史の授業で習った覚えがある。

 そして、つい数日前、その火刑が行われたというのだ。

 つまり、ジャンヌ・ダルクはもうこの世にはいない。灰となった彼女は蘇ることのないようにとイングランド軍によってセーヌ川へと葬られたはずだ、とダ・ヴィンチちゃんが補足する。

 その彼女が復活し、竜を従え、イングランド軍を撤退へ追い込み、その後祖国フランスを食い荒らしている、という話だった。具体的にはフランス国王であるシャルル7世を殺害し、国家機能が麻痺した隙を狙ってオルレアンを占拠。そこを拠点として現在は各都市を襲撃中……というわけである。

「ここに来たのは偵察か斥候だったんだろうね。各地で抵抗はあるけれど、戦端が開かれれば、そのあとはもう一方的な虐殺に近い状況みたい」

 キャスターがこの城塞の状況から読み解きながら、追加で補足する。

 この惨状をもたらしたのが、ただの偵察……? 悪い冗談としか思えない。

『しかしこれで、目指すべきものがハッキリとしたね。その時代にいないはずの竜、ワイバーンを使役する、死んだはずのジャンヌ・ダルク。となれば――』

「彼女が聖杯の所有者である可能性が極めて高い、ということですね」

『その通り』

 指針は決まった。

 当面の目的地はジャンヌ・ダルクが占拠したというオルレアン。そしてジャンヌ・ダルクが所有しているものと考えられる聖杯の奪取。道中にはワイバーンの脅威もあるが、できるかぎり接敵は避け、こちらの消耗を軽減していくこと――ダ・ヴィンチちゃんはそう締め括った。

「ジャンヌ・ダルクを見つけ出して、こんなことはもう、終わらせなきゃ」

『――藤丸クン!』

「えっ、はい!?」

 突然声を荒げたダ・ヴィンチちゃんへ意識を向ける。

 マシュとキャスターもそれは同様で、その声の鋭さに緊張が走る。

 と、同時、城塞の櫓から突き刺すような鐘の音が響いた。

『よく聞き給え。現在地点から1km先に大型の生体反応が多数確認された。わかるね?』

「っ、ワイバーン!?」

 にわかに騒ぎが広がる城塞内部でも、その名が叫ばれ始めた。

 兵士は迎撃に出ようと手に弓矢や槍を持ち出し、外に出ていた避難民は城塞内部へと駆け込んでいく。どうすべきか判断をくだせず数秒立往生していると、肉眼でもワイバーンの姿を捉えられた。

 そう、思った瞬間だった。

 ワイバーンから何かが放たれ、猛烈な速度で城塞へと迫ってきた。ゆるやかな放物線を描きながら、物見櫓へ着弾――そして、大爆発した。物見櫓だった塔はその半ばから吹き飛ばされて、ものの見事に粉砕された。

「な――」

 ド。と、騒ぎが大きくなる。

 兵士らしい動きをする者が多い中、ただ恐怖に囚われる者もいた。

 だからといって、ワイバーンは区別しない。大爆発に続いて飛来したのは、ワイバーンそのものだった。無数の翼が空を覆う。城塞には影が落ち、ずるりと己の体を撫でられるたびに怖気が走る。

「マシュ、キャスターっ! 戦闘準――」

『ダメだよ。却下だ。ここでの戦闘は認められない』

「なんっ、なんで!?」

『一から理由を説明してもいいが、緊急事態につき端的に伝えよう。聖杯を回収し、特異点を修復すれば、狂った歴史はなかったことになる。つまり、今目の前で誰かが死んでも、歴史的に痛痒は一切ない。ゆえに、救助を目的とした戦闘はこの場では許可できない。この時代で死んじゃダメなのは君たちだけだよ』

「な、に、言ってるんですか!?」

『マシュ、キャスター、わかってくれるね? ここは離脱が賢い選択だ。サーヴァントの膂力なら――ああ、いや、キャスターちゃんは腕っぷしはそこまでなかったね。マシュの力なら藤丸クンを抱えて逃げることができるだろう? やりたまえ』

「マシュッ……!」

 思わず、怒りをにじませた視線をマシュに送ってしまう。

 俺がその気でも、マシュがダ・ヴィンチちゃんの命令に従ってしまえば俺にはもう、どうすることもできない。ここでただ、なにもかもから目を背けて、逃げてしまうことが賢い選択だとしても。

「マスター、わ、私は……」

 だが、マシュは迷ってくれていた。

 俺よりもずっと賢くて合理的な彼女のことだ、きっと賢い選択というやつに心のどこかで同意するところがあるのかもしれない。それは彼女の心の中にしかないから俺にはハッキリとしたことはわからない。

 けど。だけど!

 マシュは今、確かに、俺を抱えて逃げるかどうか、迷ってくれた。

 ふと、キャスターはどうなんだろう、とそちらに視線をやる。彼女は、泰然としたままこちらを見ていた。俺の視線に気が付くと、す、と空を見上げ、喉を温めるように手で摩ってくれさえした。

 俺の意思に、いつでも答えようと。

 そしてマシュへ視線を戻した瞬間、それを見た。

 急降下するワイバーンと、その先にいた人影。

「イザベルさん!!」

 遮二無二走り出す。どうして出てきたんだとか、言いたいことはいっぱいある。

 けど、そんなことよりずっと大事なことがある。まだ、手を伸ばせる。

 ここで、ここで伸ばさなきゃ、絶対駄目だ!!

 走る。間に合えと心の中で唱え、念じて、祈った。

 息をすることも忘れて、涙でにじみそうになる視界を振り払って、がむしゃらに走る。

「マシュっ、フォロー頼む!!」

「っ、はい!!」

 出遅れたマシュは、デミ・サーヴァントの身体能力で以て一気に俺に並んだ。

 迫るワイバーン。その大きな影がイザベルさんへかかり、彼女もようやく自分が危機的な状況に陥っていることを悟る。

 ほとんど体当たりするような勢いでイザベルさんに飛びつき、そのまま庇うようにして地面へ伏せる。直後、頭上で強烈な激突音が響いた。マシュがその大盾でワイバーンの急降下を迎え撃ったのだろう。

『マシュもだけど、藤丸クン、人の話は聞いていたかい?』

「聞いてましたよ!」

『今の君の命の重さは、人類のそれと同義だ。死にたがりはやめてくれたまえ』

「死にたくなんてないッ!!」

 すべての人類の命の重さとか、俺が死んじゃいけないだとか、そんなことはどうだっていい。全部全部、まるっとすべてわかってることだ。

 もっと答えは単純だ。俺は死にたくない。死にたがっているわけでもない。

 けど。

「ダ・ヴィンチちゃん、俺は、言い訳したくないんだ!!」

『何?』

「死にたくないのと同じくらい、誰も死なせたくない! ちっぽけな俺ができることは少なくっても、できることを諦めたくない! 人類救った次の日に、あの時見捨てた人がいたなんて、思いたくないだけなんだ!!」

 そう。ただ、それだけなんだ。

「リツカ……あなたは」

「イザベルさん、大丈夫ですか!?」

「あなたのおかげでね」

「よかった……」

「マスター」

 イザベルさんの手を取って立ち上がらせているところへ、キャスターが駆け寄ってきた。

 ワイバーンの露払いはマシュに任せたまま、キャスターと対面する。

 ここで彼女に頼るべきだ。彼女の魔術――戦闘用詩魔法の本領は複数Waveの殲滅、つまり、今のこの状況でこそ活かされるべき能力だ。

 だけど。

「マスター?」

 キャスターが訝しんで俺を覗き込んでくる。

 詠ってくれ、と頼むのは簡単だ。そう言えばいい。

 ……できない。俺には、それを簡単に口に出すことができない。

 キャスターの戦闘用詩魔法のほとんどが〝彼〟と紡いできた思い出だ。

 ――……いや。

 いや、そうじゃないだろう。そういう話じゃない。そんなことはどうだっていい。なんで自分に言い訳するときまで保身してしまうんだ。本当に情けなくて泣きたくなる。

 俺と彼女は、二度、端末で繋がったことがある。

 彼女を閉じ込める精神世界で一度。

 彼女が歩き出した現実世界でもう一度。

 そして俺は、それを「本当」のことだと信じた。ゲーム発売前の生放送も欠かさず見ていたのにも関わらず、それが「本当」を建前にした「ゲーム」だと自覚していたにも関わらず、それでも俺は、彼女がいた世界をどうしたって「嘘」だと信じ切れなかった。

 信じたくなかった。

 本当に生きていて欲しいんだと、願った。

 彼女の悲しみも怒りも、喜びも楽しみも、そのすべてが嘘なんて、それこそ嘘だ。

 だから俺は、思ってしまった。

 

「せめて、俺ともう出逢えないなら」

「みんなと一緒にいる方が、きっと――」

 

 たった一度きり。

 選択肢や特定アイテムの所持でエンディングが複数種類あることは知っていた。

 だけど、俺はたった一度、いわゆる「残留エンド」を見て、二度と端末(ゲーム)の電源を入れることはなくなった。作中で「複数の可能性」について語られていた以上、繰り返しゲームをクリアしたってなんら問題なかったはずなのに。

 それ以上、俺はできなくなってしまった。

 たとえ本当に彼女が生きていて、俺の端末と繋がっていたとして。

 決して()()()へ行くことはできない。物語としてゲームにされてしまった以上、そこには描写されなかった時間や、エンディングのその先へは、プレイヤーである俺自身が立ち入ることはできない。

 いや、そもそも。

 彼女が言ったことだったんだ。

 ただ俺は、ゲーム内で提示される選択肢を選んで、○ボタンを押しているだけだって。

 俺の言葉を届けたいのに、俺の言葉でないものが彼女へ伝わる。

 伝えたい言葉はいっぱいあるのに、たった数文字の決まった言葉でしか彼女へ伝えられない。俺が俺自身の言葉で、なにも彼女へ伝えられない。

 俺は、彼女を見捨てたも同然だった。

 みんながいれば、彼女もきっと大丈夫だと思って。思わなければ正気でいられなかった。きっと、俺よりも入れこんだ端末さんはたくさんいるはずだ。その人たちはきっと、俺よりもずっと大きなものを心に刻まれたはずだ。

 だから、俺には彼女へ「詠ってくれ」なんて、頼む資格なんてない。

 それでも俺が選ばれて、彼女の前にいる。

 俺が選ばれたときから、覚悟したじゃないか。

 もう、○ボタンを押すだけの俺じゃない。

 心から、魂から、俺の口から伝えられる言葉はすべて! 俺だけの言葉だ!!

()()()()!!」

『なっ!? 藤丸クンなにをしているんだ!?』

 通信先でダ・ヴィンチちゃんが悲鳴をあげている。

 本来の令呪というのはサーヴァントを使役するための三つの絶対命令権らしいんだけど、カルデアの令呪にはそこまでの機能はない。

 ドクター曰く、緊急時魔力供給用疑似魔術刻印。

 狭義的な魔術刻印については魔術師の家系が代々受け継ぐ「魔術的な生きた刺青」のようなものだって説明は受けている。魔力――これはなんとなくイメージしやすい――をその刺青に流せば、代々研鑽した魔術が発動するという仕組みだそうだ。

 そしてこのカルデア式令呪。緊急時魔力供給用疑似魔術刻印はと言うと。

 とにかく「魔力を貯める」ことに特化させた刻印だという話だ。

 三画存在する刻印それぞれに、膨大な量の魔力が蓄積されているらしい。

 これに少しでも魔力を流せば、表面張力が破れるようにして、溜め込んだ魔力が一気に溢れ出すという。もちろん、ただ溢れさせたのならそれはただの無駄遣いなわけなんだけど、マスターの意志を込めることである程度の指向性を持たせることができるという。

 傷を癒す。宝具を強制的に励起させる。三画を一気に解放すれば、消滅したも同然のサーヴァントすら全快させて戦線復帰させることができるとかできないとか。

 つまり何が言いたいかといえば、今この場面での使い道なんてないってことだ。

 ダ・ヴィンチちゃんが慌てるのも無理はない。だって、この令呪を一画充填しようとすると、現在のカルデアの電力では二週間弱の期間が必要となる。そんな貴重な魔力の塊を、俺は今、傍目からすれば無駄遣いしようとしているわけなんだから。

 でもこれは、決して無駄なものじゃない。

 そう思うのが俺一人だとしても、この後長い説教が待っているとしても。

 これは必要なことだ。

『やめろ藤丸クン! 君は――』

 

「キャスター! ここにいる人たちをどうか、守ってくれっ!!」

 

 

 

     §

 

 

 

 乙女のような感傷を、今は抱いている場合ではないことは、自分が一番知っていた。

〝あなた〟がいた世界が焼き尽くされて、それを取り戻すために召喚に応じた。応じることができた。

 だから、生きていた頃と違って〝あなた〟のために詠うことができるからって、全然、つらくなんてないって、そう思っていた。

 違った。

 たとえこの詩が〝あなた〟を救う事に繋がるとわかっていても、あなたの隣で詠うことのできない寂寞が私のこころをどうしようもなく凍えさせる。

 一節一節で〝あなた〟のことを思い出して、こころに穴が開いていくようなうすら寒い感覚すらあった。胸を掻き、肌を破り、肉を毟り、肋骨を剥ぎ、臓腑を吐き出して、こころを見つけて〝あなた〟とまた逢いたかった。

 それこそ、乙女のような感傷のまま、詠いたくないということはきっと簡単だった。

 カルデアでは、誰もが必死だった。みんな明るく振る舞ってこそいるものの、誰もが不安と絶望を抱いて、それでも前へ進もうとしていた。いいや、前へ進むしかもう、道はなくなっていた。

 矢面に立たされたのは、藤丸立香という少年と、マシュ・キリエライトという少女。

 藤丸立香……マスターは、いまいち現状を把握し切れていない感じだった。現実味のない世界の滅亡に巻き込まれてしまった、という感じ。実際、そうだったのだと思う。それは私がよく知っていたから。

 それでも彼は、自分にできることを探していた。

 何も知らない。何もわからない。ただ巻き込まれただけの人なのに、カルデアのスタッフさんたちを少しでも不安にさせまいと、誰よりも明るく、誰よりも前向きに、一歩一歩を踏みしめて絶望の中を進んでいた。

 あの日の私にできなかったことを、彼はやっている。

 

 ――フランスへ来てから、彼と早速別行動をすることになった。

 ヴォークルール城塞での情報収集。私とマシュちゃんのサーヴァント組で兵士たちから話を聞くという流れになり、一時間後の集合時間に向けて行動を始めた。

 その際に、マシュちゃんへ彼のことを聞いてみた。

「マスターのこと、ですか? そうですね、私もまだ付き合いは短いのですが、一言でいえば『先輩』です。それ以外にうまく説明できる回答を、私は持ち併せていません。ただ、経験談で申し訳ないのですが、死の間際でも私の手を握ってくれるような、善い人であることはきっと間違いではありません」

 どこかぎこちなさを感じさせる笑顔で、マシュちゃんはそう教えてくれた。

 いつもは無表情で、微笑むことすら稀な彼女が笑おうとして笑った。

 その意味に、ぎこちなさの中に、マシュちゃんのゆるぎない信頼を見たような気がした。

「そっか。善い人なんだね、マスターは」

「はい。魔術師という人種からはかけ離れた精神性と、数々の物語で見聞きした善き人間性を兼ね備えた素敵な先輩なんです、マスターは」

 その後はもう一度情報収集を再開して、約束の一時間が経ったのでマスターと合流するため集合場所へと戻ることにした。その道すがら、現地女性と話すマスターを見かけた。

 マシュちゃんはすぐに合流しようとしたところを、それを制して様子を見ることにする。

 見たところ、女性はこの時代でいえば初老とも呼べる年齢だろう。マスターから見れば親ぐらいの年齢だ。優しく微笑んだ女性は、ふわりとマスターの顔を両手で包むと、ぐっと顔を近づけた。

「強い瞳の子。リツカ。あなたは、あなたの信じる道をいきなさい」

「え」

「あなたの瞳が見る景色と、心で感じる景色をチグハグさせては駄目よ」

「……はい。ありがとう、イザベルさん」

 涙がにじみそうなほど瞳を潤ませたマスターは、まっすぐに彼女を見つめ返していた。

 女性を送り出した後、マシュちゃんと一緒に彼と合流するべく近づいていく。

 振り返ったマスターは、吹き抜ける風のような表情をしている。懐かしい顔を思い出すような、何かを決めた顔だった。彼は確かに前へ進んでいく。一歩一歩は小さくても、それでも確かに足跡を刻んでいく。

 それは、私が、いやしくも嫉妬してしまいそうなほどに。

 どうして。どうして君はそんなに前へ向かうことができるのだろう。

 君の中の何が、君を動かしているのだろう。

 人理修復という使命に燃えているようには思えない。

 君は、なぜ……?

 

「イザベルさん!!」

 ワイバーンの襲撃を伝えるダ・ヴィンチさんの声に逆らって、マスターが駆け出す。

 それは、マスターから向けられた視線に答えるように詠う準備を始めていた時だった。

 マシュちゃんを呼んで自分のフォローをさせてはいたけれど、それでも咄嗟にできることじゃない。

 わからない。どうして君は、そんなに必死になれるのだろう。

 それをどうにか知りたくて、私もマスターとマシュちゃんを追いかけた。先に駆け出したマスターと、サーヴァントらしい膂力を発揮できるマシュちゃんはすでに女性――イザベルというらしい――に飛びつくところだった。

 激しい爪撃と、ワイバーンの絶叫がマシュちゃんを叩きつける。

 イザベルさんはマスターが庇うように抱きしめ、何事かを叫んでいた。おそらくダ・ヴィンチさんが通信先で飛び出したことに苦言を呈しているのだろうことは想像に難くなかった。

 そして。

「死にたくないのと同じくらい、誰も死なせたくない! ちっぽけな俺ができることは少なくっても、できることを諦めたくない! 人類救った次の日に、あの時見捨てた人がいたなんて、思いたくないだけなんだ!!」

 それはたぶん、咄嗟に出た言葉なんだと思う。

 それ以上に、彼が――藤丸立香という人間が、ただ今を必死になって駆けているのだと知るには充分すぎる叫びだった。前向き? 一歩一歩確かに? 私は、マスターの表面しか見えていなかった。

 彼は、暗闇の道を前向きに歩いているわけじゃない。

 彼は、一歩一歩確かに足跡を刻んでいるわけじゃない。

 青ざめた表情のままイザベルさんの安否を確認した彼は、ぎこちなく笑った。

「マスター」

 声をかける。

 彼は、後ろから迫る崩落から必死になって逃げているだけだ。

 彼は、一足飛びに全速力で走り続けているだけだ。

 言い訳をしたくない、と叫んだ彼の本心は、だけどもっと違う言葉がふさわしい気がした。

 彼自身に、人理修復を達成するなんて使命感はきっと微塵もない。

 ダ・ヴィンチさんが言うように、死んだところで歴史に影響のない人々まで救おうとしている彼は、ただのお人好しに映るのかもしれない。いやきっと、ダ・ヴィンチさんにはそうとしか映っていないはずだ。

 人理修復という使命、という大前提を基にして思考している彼では。

 人ひとり救えずに、世界を救うなんてできっこない――なんて自分の行動に達者な口を利かないのは、マスターがそんなことを欠片も考えていないからだ。

 ああ、そうなんだ。

 嫉妬に染まりかけていた私のこころが、安堵と共に晴れ渡っていく。

 人理修復というゴールを、彼は少しも見ていない。

 本能で理解しているのかもわからないけれど、それを見てしまえば、彼はきっと彼でなくなる。彼自身も、自分が自分でなくなることを恐れているんだと思う。

 彼はただ、必死なだけだった。

 本当に必死に、今を、生きているだけだ。

 死にたくない。死なせたくない。言い訳もしなくない。

 マスターはただ、平穏を願ってこの旅に挑んでいる。

 行き当たりばったりの猪突猛進にさえ見えるかもしれない。違う。彼はただ、本当に必死になって、この一分一秒を生きているに過ぎない。

 ああ、なんて。

 なんてきれいなひとなんだろう。

 そう思ってマスターを見ていると、なにやら表情が曇り始めた。

「マスター?」

 もう一度呼びかける。

 表情が見えなくなるほど俯いて、肩を震わせている。

 だが、次の瞬間。

 バッと上げられた顔には、決意が浮かんでいた。

()()()()!!」

『なっ!? 藤丸クンなにをしているんだ!?』

 令呪の励起。彼の右手に刻まれた赤い紋様が、強く輝き始める。

 その希少性は私もドクターやダ・ヴィンチさんに説明を受けていた。だから、私もダ・ヴィンチさん同様に、なぜ今、令呪に頼る必要があるのかが理解できなかった。

 ただそれも、マスターの表情を見れば納得することができた。

 ここで使わなくてはいけない。そういう、強い覚悟のままこちらを見ていた。

 言葉という文化は、こころを表す最も簡単な方法だ。

 それを、令呪に宿る膨大な魔力と共に発するという意味が、わからないわけではないだろう。つまり、今からマスターが口にする言葉には、令呪に宿る魔力にも負けないくらい、強く、大きな想いが込められているのだと悟る。

 だから、私は止めない。

 その言葉をすべて、受け止めることだけを考える。

 紡ぐのだ。彼の言葉、こころを……私の詩で。

『やめろ藤丸クン! 君は――』

 

「キャスター! ここにいる人たちをどうか、守ってくれっ!!」

 

 ああ、それは。

 いや、感慨に耽るのはよそう。

 もう私は想ってしまっていたじゃないか。

 この小さな命の、必死に生きる命の、その言葉、想いを。

 マスターのためになら、詠ってもいい、と。

 彼のためになら、たぶん、思い出は穢されないのだと。

「……守るよ、マスター。ここにいる皆を、絶対に!」

 こころを通わせることがこんなにも素敵なことだったこと。

 私はずっと、忘れていた気がする。

 あんなにも焦がれていたことなのに、こんなにもすぐ近くにあったことなのに。

 ああ、でも、この考えに至った今でも――。

 忘れられない。穢すことができない。私のこころの一等星。

 輝く人。私のあい。きずな。ああ、〝あなた〟。

 今だから、ずっと、もっと、前よりも……〝あなた〟のことがいとおしい。

 

 だから、マスター。

 今は、君の想いで花を綴らせてください。

 

 

 

     §

 

 

 

「いけない!」

 平原を疾走する。

 今がどうなっているのかがわからず、記憶を頼りにドン・レミ村に向かったまではいいものの、村は破壊し尽くされていた。であれば、この周辺で避難するならばと考え、ヴォークルール城塞を目的地に、生前のそれよりも明らかに強くなった脚力で最短距離を強行した。

 そうして遠目に見えてきた城塞は、空を埋めるほどのワイバーンに襲われていた。

 速度を上げる。地面をめくり上げ、踏みしめた大地が爆発するような脚力で以て城塞へと突進する。

 それでも、間に合わない。

 この身をじれったく思っていると、ワイバーンが一斉に上空高くへと昇っていくのが見えた。すわ撤退か、と心の片隅に安堵を置くと、それが儚い希望であったことを思い知らされる。

 黒い雲に、点々と灯る赤い炎。

 ワイバーンらは、炎弾による一斉爆撃を目論んでいたのだ。

 ドッ、と心が重くなる。長距離を疾走しても汗ひとつかかなかったこの身体に、冷や汗が噴き出す。もう、この距離では城塞に到着したとしても、宝具を展開するような猶予は残されていない。

 崩れ去る城塞。四肢が吹き飛ぶ人間。かろうじて残った者も、その火に焼かれて赤子のように縮こまる。炭化した人間を、落ちた瓦礫が潰す。もはや血も飛び散らず、ただ黒い煤だけがこびりつく。

 赤い記憶。最後の瞬間。

 水を、と祈り、叶わなかった思い出。

 ――なにより、ドン・レミからの避難者があの城塞にいるとすれば。

「母さんっ……!」

 喉から、絞り出るように声が漏れた。

 もはや死んだ身。ここで顔を合わせたとしても、それは夢となんら変わらない。

 そんな残酷な夢を、見せることもないのに。それでも、死んでほしくなどない。

 その願いもむなしく、黒く蠢く邪悪の雲から、穢れた赤い雨が降り注ぐ。

 そして見た。

 城壁を伝い、ありえない速度と大きさで成長する蔓を。

 炎弾が着弾する、その直前に咲いた紫の花を。

「藤の、花……?」

 ヴォークルール城塞は瞬く間に花園の中に佇むオブジェとなった。

 城壁には蔓が伝い、城塞そのものを覆うように紫の花が瑞々しく咲く。

 ワイバーンから放たれた炎弾は藤の花に遮られ、弾かれ、どれひとつとして城塞を崩すことも、人の命を奪うこともなかった。やけになったワイバーンが何度も何度も、それこそ豪雨と見紛うほどの炎弾の雨を降らせようとも、藤の花の瑞々しさは失われることはなく、その艱難を退けた。

 思わず足を止めてしまった。

 手に持った旗の柄を地面に突き刺し、制動する。

 正体を知られては無用な混乱を生むと考えて纏ったぼろ布の外套が、風にさらわれる。

 圧倒的な破壊をもたらす赤い雨が降り注ぐ中でさえ、その風は涼しく、生気に満ち満ちた歓喜の風だった。

 そして。

「歌……? これは、歌なの?」

 風を切るように走っていた耳には届かなかった、風に乗った歌声。

 同じ歌声が二重三重と連なり、聞いたこともない言語で綴られている。

 ただ、そこに込められた想いが、言語の壁など遥かに越えて心に響く。

 誰も死にたくなんてない。死なせたくなどない。

 誰の悲しい顔も、できることなら見たくなどない。

 だから、守りたい。

「ああ……」

 思わず、笑みがこぼれてしまう。

 争いのことなど忘却の彼方へ。

 いつまでもいつまでも、この風と歌を感じていたい。

 心、清らかに。気付けば私は膝を折り、両手を組み上げ、額に当てていた。

 神託を得た日より欠かすことなく行っていた、主への祈り。

 この想いは澱むことなく今も抱き続けている。

 だからこそ、と胸に熱を灯す。この歪な戦乱を止めなくてはならない。

 目指すは藤の花舞うヴォークルール城塞。

 あそこに、手を取り合うべき人物らがいることは確かだ。

 でなければ、あんな奇跡が起きようはずもない。

 

 私――ジャンヌ・ダルクはもう一度、風と歌を感じながら一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 






ビジュアルノベル風なら、


「マスター?」
キャスターが訝しんで俺を覗き込んでくる。
詠ってくれ、と頼むのは簡単だ。そう言えばいい。

1.詠ってくれ、キャスター!
2.……できない。

2.選択後、
もう、○ボタンを押すだけの俺じゃない。
心から、魂から、俺の口から伝えられる言葉はすべて! 俺だけの言葉だ!!――の直後さらに選択肢が表示される。

3.令呪を使う
4.ここにいる人たちを守ってくれ!

1.を選択すると今後キャスターは霊基再臨2段階目(~Lv.70)までしか強化ができなくなり、6章グランドバトル終了後、キャスターの霊基が消滅し、再召喚が不可能になります。
4.を選択すると今後キャスターは霊基再臨3段階目(~Lv.80)までしか強化できなくなり、かつ今回の詩によって城塞を守る花が蓮となり、7章終盤でキャスターの霊基が消滅し、再召喚が不可能になります。

なお、これらのフラグ管理はキャスターに関わるものなので、人理修復そのものに影響はありません。たとえキャスターの霊基が消滅したとしても、そこまで辿り着いた君なら、人理修復は達成できるだろう。



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誰の一歩か、という話

サージュ・コンチェルトDX
AGENT PACK CODE:GOLD/.with 7DGATE CONNECTION Bundle.
10万円って10万円? ほぼ11万円なので初投稿です。


「なんだ……何が起こっているんだ……?」

 それは、彼にとってあまり口にしたくない響きを含んだ呟きだった。

 生前もこんな呟きを何度も口にした。だが、そのときはいつだって好奇心からくる挑戦的な笑みを浮かべていた。絶対に解明してその先を切り拓いてみせる……星の開拓者にたる、克己的アティチュードだったはずだ。

 これは、藤丸立香が令呪を起動してまで宝具を発動させたからなのか。

 それとも、元々キャスターが持っていた能力が発動しただけなのか。

 いや、と彼――レオナルド・ダ・ヴィンチは下唇を血が滲むほど噛みしめる。

 観測結果がその答えを強くしている。

 キャスターが歌ったことで成長しヴォークルール城塞を覆った巨大な藤の花は、残念ながら魔術によるイメージを投影した防御魔術ではなく、そこに確かに存在するただの藤の花であることを観測結果がカルデアスタッフ全員に教えていた。

 もちろん、ただの藤の花がワイバーンの絨毯爆撃を防ぎきることなどありえない。

 ヴォークルール城塞は確かに、何かに守られ、今もワイバーンの爆撃をすべてそよ風のようにいなしている。

 そこに、魔術的な要素はまったくない。

 空間の歪みがあるとか、藤の花を中心にした結界があるとか、キャスターの歌声そのものが魔術的強制力を働かせているだとか、そういった一切が、カルデアの機器では観測されていない。

「そんな、御伽噺じゃあるまいし……」

 歌で咲いた花の傘が、降りかかる災厄を防いだ――だなんて。

 探せばそんな童話がひとつはありそうだと呆れたような、現実逃避のようなことを考えながら、レオナルドはもう一度第一特異点、藤丸立香周辺の空間を走査した。魔術的な観測は一度横に置いて、今度は物理的な観点を重視した。

「……なんだ、これは」

 そして二度、同じ響きの同じセリフを吐く羽目になった。

 魔術的な観測では、藤の花におかしなところはなかった。思えば藤の花が生えてきた自体がおかしなことではあるのだが、それはこの際置いておくとして、とレオナルドはとにかく観測結果に再び目を通した。

 藤の花の内包するエネルギーが、とにかく異常だった。

 植物は静かな生命だ。その生命活動は強く逞しい反面、細く長くじっくり時間をかけて成長し続けていくものだ。確かに樹齢が千を超えるような大樹には魔術的価値――いわゆる神秘を強く残しているものも多い。だが、得てして物理的な熱量――エネルギーは大したものではない。生命活動に必要最低限な分を作りだし、また消費する。少しずつ貯金したエネルギーでもって、植物はじわりじわりと成長するものだ。

 巨大だからなのか。急速な成長をしたからなのか。

 因果関係はまったく不明ではあるが、城塞を覆う藤の花が持つエネルギーは膨大の一言に尽きる。冗談でも花が持っていていいようなエネルギーではない。実在しないものの例をあげて比べるのならば、宇宙戦艦の装甲壁……あるいはエネルギー力場……わかりやすく伝えようとするならばバリアフィールドが持つような、尋常ではないエネルギーを発していたのだ。

 魔術的防御――いわゆる神秘の優劣だとか、魔力の疎密差だとか――ではないことは、すでに観測済みだった。だがこれはレオナルドでさえ思いつかなかった……思いついたところで実行できなかった……あるいは思いついていても「不可能だ」と断じて切り捨てた可能性のようなものだった。

 キャスターは宇宙戦艦のバリア並のエネルギーを藤の花に付与して、ワイバーンの群れからの爆撃を真正面から跳ね返しているということになる。つまるところ、魔術も爆撃も知った事か、ともっと強い力で殴り返しているようなものだ。

 あの可憐な見た目からは想像もつかないほど乱暴で力任せな魔術――もはや魔術と呼んでいいのかすらわからない――だ、とレオナルドはひきつった笑みを浮かべる。

 計算上、あの藤の花を貫くほどの攻撃があるとすれば、それはこの特異点(フランス)全土を一撃で焦土に変えるような攻撃であってもなお足りない。それこそ、上空に存在する光輪が降ってでも来ない限り、花が焦げつくことさえないだろう。

「はは……」

 そしてそれは、この人理焼却を目論んだ犯人にさえ抗うことのできる力の証明といえる。掴みかけてすらいなかった彼女の正体が、ますます濃い霧の向こうへと消えていく。彼女の在るがままが、すべて在り得ざることを教えてくる。

 生きているうちも、死んでからも、レオナルド自身がこれほどわからないと思ったのは人の心の機微というやつ以来だった。

 ならもう、見届けるしかあるまい。

 レオナルドはどかりと椅子に掛け直した。足を組んで、手隙のスタッフになにか飲み物を持ってきてくれるよう頼む。観測結果を横にどけ、藤丸立香を中心とした画質の荒い観測映像を画面いっぱいに表示した。

 悔しくてたまらない。でも、それ以上に今がワクワクする。

 見たこともない景色を、彼らが見せてくれるのではないかと、そう思う。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは、呆れたように笑った。

 

 

 

      §

 

 

 

「できた……」

 ほとんど即興だった。

 旅の一番初めに紡いだ詩だった。友人と呼べる子を亡くし、失意の中、それでもそれ以上の深みへ落ちていきたくはなくて、もう誰一人として死なせたくなくて、悲しませたくなくて、隣にいる人の笑顔がせめて曇らないようにと――手と手を繋いで必死に紡いだ詩だった。

 宝具というカタチに収められたそれは、その時の再現に過ぎない。

 私自身の「思い出」という仮初の想いを詩に込め、発現するだけのはずだった。

 そうであったなら、これほどの強度を持った花は咲かなかっただろう。この襲撃を退けるまで持てば重畳、という程度になっていたことは明らかだった。それは真に、この時間で生まれた想いではなかったからだ。

 だから、マスターの令呪が助けになった。

 魔力供給――という面ではなく、魔力供給という建前に載せた、彼の活きた「想い」を受け取ることができたからだった。できるかどうかはほとんどぶっつけ本番ではあったけれど、そもそもこの詩自体ぶっつけ本番でここにいるよりも遥かに多い人数を守ろうとして紡いだ詩だ。

 やってやれないことはない、と無茶を通させてもらった。

 だから、咲いた花が蓮ではなく、藤の花であったことにも私自身、驚いた。

 藤の花――マスターの名前にもある花だった。

 主な花言葉は「やさしさ」「確固たる(steadfast)」。

 彼に似合いの花だと思った。だから、安心もした。

 彼の「想い」を受けて咲いた花がこれならば、きっと彼は本当にやさしい人なのだろう。

 いや、打算だけであんなに突飛な行動はできないか、と納得もする。自分が巻き込まれて死んでしまうかもしれない状況で、それに司令部からは撤退の許可――というよりも命令に近い――も出ていた状況で、それでも誰かのために飛び出した。

 言い訳をしたくないからだ、と彼は言った。

 世界を救った次の日に、あの時見捨てた人がいたと思いたくない、と。

 それはとてもつらい道のりになるだろう。どこかできっと、その誓いが破られる日が来る。いや、もう目の前にやってきても何もおかしくない。

 それでも、そのやさしさを貫くというのなら、見届けたいと思ってしまう。

 その行く末を、見てみたいと思ってしまう。

 イザベルという人が言っていた。強い瞳の子。マスターのことだ。

「なんだ……何が起こっているんだ?」

「花だ……大きな……綺麗な、花だ……」

「ワイバーンの火球を防いでいるのか? 花が? なんだこれは……」

「奇跡だ……」

「奇跡? ああ、これは奇跡だ……!」

 兵士のさざ波のような声が、城塞の中にまで響いていく。

 歓声に近い大きさになったところで、城塞の中から避難民の男たちが顔を出し始めた。騒ぐ兵士を捕まえて現状を把握すると、数分もしないうちに大勢の避難民が城塞から出て空を覆う藤の花に喝采をあげた。

「奇跡だ! 奇跡の花!」

「おお、花よ! 我らの未来を守りたもう!」

 誰もが花を見上げる中で、その意識の隙を縫うようにして城塞に潜り込んできた影を視界の隅で捉える。マントで全身をすっぽりと隠しているため性別も体型もよくわからなかったけれど、敵ではなさそうだった。

 それをマスターに報告しようとした、そのときだった。

「なあ! あんた――貴女が歌を歌ったら、花が咲いたんじゃないか?」

「貴女の歌が花を咲かせたのか!? 奇跡の乙女だ!!」

「おお!! 竜の魔女など、もはや恐れることなどない!!」

「奇跡の乙女! 花の聖女!!」

 ああ、どろりと心に黒がかかる。

 この有象無象の声の中――マスター。君の声だけが、とてもやさしい。

 

 

 

      §

 

 

 

 まずい、というのは直感だった気がする。

 彼女が、キャスターがどうしてあんなに昏い顔をするのかまで想像が巡らない。

 ただ、今のこの状況はとてもマズイ。なにかよくわからないものに、彼女が祀り上げられようとしている。

「キャスター!」

「駄目です、マスター。人々の喧騒にかき消されて、キャスターさんにまで声が届きません」

 マシュの冷静な声が横から聞こえる。

 喧騒というよりも、もはや熱狂に近い大歓声がキャスターを取り囲んでいる。

 令呪を発動したあと、キャスターが詠うために俺達から少し離れた位置に移動してそのままだったことが災いしたかたちだ。すぐにでも駆け寄って姿を暗ませればよかった、と今更になって後悔してしまう。

 周りを熱狂する民衆に囲まれたキャスターは戸惑うかと思っていたけど、人々が盛り上がれば盛り上がるほど、顔を俯けて表情もどこか苦しそうなものになっていく。

 どうしてだ。いや、あまり派手に目立ちたがる、というような人柄でないことくらいはわかっている。でも、感謝は感謝として受け取ることのできる人だったのに。

 いやまあ、確かにこんな勢いで祀り上げられようとしていたら困惑はするだろうけども。……だけど、キャスターの表情はそんな浅い感情から出たものじゃない。もっと深い位置からドロドロと噴き出すような、重くて昏い感情からだ。

 そういう直感だ。俺に心理カウンセラーじみた観察力も分析力もないし、人の心の機微を察するのもやっぱり一般人レベルに過ぎない。それでも、キャスターのあの表情は尋常じゃないことぐらい、わかるのだ。わかってしまうのだ。

 だからここは、落ち着くまで待つなんて選択はできない。

 ここで放置してしまえば、なにか落としてはいけないものを落としてしまう気がする。

「マシュ、ちょっと強引でもキャスターのところに――」

「その必要はありません」

 マシュへと振り返った俺に声をかけたのは、彼女ではない誰かだった。

 マシュの後ろにちょうど居合わせていたらしい。フードをすっぽりと被っていて表情はわからなかったけれど、声音から女性らしいということがわかった。そして、いつも冷静なマシュがぎょっと目を見開いたのも視界に入った。

 なんだ、と思うよりも先に、カルデアからの通信が入る。

『彼女はサーヴァントだ! 警戒したまえ藤丸クン!』

「えっ!?」

「マスター!」

『すまない、ワイバーンの持つ魔力で精度が落ちていることと、キャスターちゃんのアレに気を取られすぎていたこちらの落ち度だ!』

 マシュは咄嗟に俺とサーヴァントらしい彼女の間に盾を構えて割って入った。

 しかし、女性サーヴァントはそれに動じることもなく、一歩退くことで敵意はないと示してきた。と、そこで彼女の動きがビタリと固まった。何事だ、とフードに隠れてわかりづらい視線の先を確かめると、そこにはイザベルさんがいた。

 ワイバーンの強襲からこちら、ずっと隣にいたままだったイザベルさんは、城塞を包むように咲いた藤の花を見上げていて、こちらのことには気付いていない様子だった。

「……私は敵ではありません。今は説明をしている暇がないのです」

 その声で、俺も意識をイザベルさんから女性サーヴァントの方へと戻した。

 口元を真一文字に結んで、こちらの反応を待っている。

「……、カルデアの藤丸立香です」

「マスター?」

「マシュ、大丈夫だよ。たぶんだけど」

「フジマルリツカ……では、リツカと。信じていただけたこと、ありがたく思います」

 フード姿のまま、その下に着込んでいるらしい鎧の音を響かせて女性サーヴァントは俺を越えて喝采を上げる民衆へと歩み寄っていく。

 着いて来て、ともなんとも言われなかったけど、俺はその背を追った。

 やがて熱狂の淵に到達すると、彼女はサーヴァントらしい膂力で人波を掻き分け、ぐいぐいとキャスターへ向かって道を切り開いていく。やっぱりその背中を追いかけていく俺。

 ようやくキャスターのすぐそば、最前列まで近付くと、向こうも俺に気付いたようで顔を少し上げて、ぎこちない笑顔を浮かべた。その表情に、なんとも言えない感情がぐつぐつと胸中に込み上げてきたけど、今はそれよりも……。

「聞け!!」

 思わず、びくり、と肩が跳ねた。

 振り返った女性サーヴァントが突然大声をあげたのだ。群衆の熱狂の中でなおよく通り、ビリビリとした余韻を残す大音声だった。

 熱狂は一瞬にして引いていく。

 と同時に、声を張り上げた者へと視線が集中した。

「まばゆき花をかんむるヴォークルール、傷つきなお剣を取った英志よ、迷える民よ。いまだ翼竜による攻撃は止んではいない。体勢を立て直すのだ! 難民や負傷の目立つ者はすみやかに城塞内部へ、健在なる者は刃取れ! 痺れを切らした翼竜は地を這い、門へと殺到するぞ!」

「な、なんなんだお前は!」

「ワイバーンの火はあの花を焼くことはない! 見ろ、まるで雨粒を弾くようだ!」

「もはや戦う理由などないではないか! 我らは助かったのだ!」

「花の聖女様! 我らに奇跡の花をくだすった、慈悲深き御人!」

「万歳! 花の聖女様、万歳!」

 ――当然、と言うべきだろうか。

 難民も、そしてもちろん兵士たちだって、死の恐怖に炙られるままだったのだ。それが今は、キャスターがもたらした花が恐怖の象徴であったワイバーンの攻撃を弾いている。

 俺も、ぼんやりと「これで一安心だ」と思っていたのだから、女性サーヴァントの檄は突拍子もないもののようにも聞こえた。この状況で戦え、というのは、あまりにも、苛烈に過ぎるような気がする。

「挙げた諸手で、諸君は一体、なにを守ろうと言うのか!」

「竜の魔女などもはやおそるるに足りず! 花の聖女の加護よ、我らを守り給え!」

「おお、守り給え! 我が隣人、愛おしき家族を守護されたもう!」

「万歳! 万歳!」

 ――いや、違う。

 直感で、なぜだかそう思った。

 言葉にして説明することは難しいけれど、あのサーヴァントが言わんとしていることが、なんとなくわかるような気がする。灼熱の群衆はいまだキャスターを囲い、奇跡を謳い、乞うている。

 女性サーヴァントの声もむなしく響き始めると、キャスターはいよいよ顔を伏せてしまった。群衆がその変化に気付く様子はない。明らかに異変が起こっているのにもかかわらず、誰も、誰一人も、彼女を見ようとはしない。

 口々に「万歳」と唱える群衆を目の前にして、俺は。

 俺は――。

「俺は、もうっ!」

「え!?」

 女性サーヴァントの脇を抜けて、キャスターの手を取った。群衆は一瞬で言葉を失った。痛いくらいの沈黙の中で、俺は、自分の鼓動と、手の平に伝わるキャスターの弱々しいぬくもりだけを確かに感じ取っていた。

「ま、マスター?」

「今はうまく言えない……」

 伏せた表情をあげ、キャスターが俺を覗き込んでくる。

 その目をまっすぐに見返して、詰まりそうになる言葉を必死で吐き出す。

 この静寂がいつまで続くかわからないから。

「この花は、君を縛るために咲かせたわけじゃない。だから――マシュ!」

「はい、マスター」

 人混みを飛び越え、マシュが俺とキャスターの傍へとやってくる。

 慌てた様子で女性サーヴァントも近付いてきて、全員が揃ったところで全員を見て、俺は言った。

「ここから出よう!」

 その提案に誰も首を横には振らなかった。

 カッコよくキメたいならここでキャスターをお姫様抱っこでもして駆け抜けられたらいいのだが、正直なところそうも言っていられない。というか体力的に無理すぎる。マシュにはキャスターを、女性サーヴァントには俺を担いでもらってヴォークルールから脱出する。

 問答無用でそう指示を出せば、両者からは即座に了承の返事がきた。

 キャスターはまだ少し呆然とした様子だったけど、ここで正気に戻している暇はない。

 群衆は静寂から一変、今にも飛びかかってきそうな危なげな雰囲気になっている。

 若干――というよりも確実に俺の暴走のせいなのは、もう脱出してから謝ろう。

 土下座も視野に入れつつ女性サーヴァントに抱えられるのを合図に、サーヴァントの超人的身体能力を発揮して正門へと向かう。

「門から出れば、おそらく花の守護の範囲外になります。策は?」

 とは女性サーヴァント。そういえばワイバーンはまだ空にうじゃうじゃいるんだった。

 頭を埋める勢いで土下座せねば、とどこか的外れなことを考えつつ「ないです!」と正直に申告。ええ? と困惑を隠せない様子ではあったものの、怒られるということはなかった。

「では、近場に森があるのでそこまで駆け抜けましょう。平原でワイバーンに捕まれば、一気に囲まれます。反撃も含めて戦闘は避けつつ、とにかく全力で移動しましょう。森に入れば木陰を盾にして一時的に姿を隠せるでしょうから、そこで体勢を整える」

「賛成します。ダ・ヴィンチちゃん、ワイバーンの他に生体反応や魔力検知などは?」

『ワイバーンが大量にいすぎて精度は落ちるが、おおむね問題ない。周囲十キロ単位に敵増援らしきものはいないよ!』

「じゃあ、あなたの策で行きましょう!」

「では、そのように。正門から出てすぐ、速度を強めます。舌を噛まないように」

 その言葉と同時に後ろを振り向けば、聖女を取り戻せ! と怒号を発しながら兵士を中心に俺たちを追いかけてきていた。だけど、その声とは裏腹に、誰もが浮かべる表情は悲しみや焦燥に偏っていた。

「キャスター、あの人たちは……」

 咄嗟に、この女性サーヴァントが言っていたことを思い出す。

 今は火球を吐くことに躍起になっているワイバーンも、いつか高度を下げて直接その爪牙尾で襲い掛かってこないとも限らない。いや、絶対にそうするはずだ。

 そうなったとき、ワイバーンを撃退できるサーヴァントがいなくなったヴォークルール城塞は――イザベルさんはどうなってしまうのかが怖かった。

「大丈夫だよ。君の想いはしっかりと花を咲かせたから。だから、外に出なければワイバーンに襲われることはないよ」

 思ったよりもしっかりした口調でキャスターがそう言う。

 詩魔法は想いをかたちにする。令呪を使ってまで「ここにいる皆を守ってくれ」と口に出して願って咲いた花は、ワイバーンに限らず城塞にいる皆へ害意を抱くものを弾くだろうとキャスターは言っているのだろう。

「私は侵入できましたが」

「それはきっと、マスターの想いを汲んだから、かな。だから、私もあなたのことを信用してるよ」

「期せずして自らの潔白を証明できていたわけですか。それは重畳」

 そして、いよいよ城塞の正門を抜けた。

 先ほど宣言した通り、女性サーヴァントは地面を抉るほどに蹴り上げ、文字通り爆発的な加速を得て駆け出した。ぎゅう、と内臓がうしろへ引っ張られる感覚が俺を襲い、全身の血が偏るのすらわかるような感覚に陥った。

 一気に悪くなる気分のまま上空を確認すれば、案の定ワイバーンの一部がこちらに釣られて急降下してきていた。

 前方を確認すれば丘の向こうに森が見えてきている。

「森に入る前に捉えられます!」

「そう簡単には逃げ切れませんね……」

 マシュの予測に、女性サーヴァントはギリ、と歯を噛む。

 城塞から森までの道程は、今で三分の一ほどだ。おそらくこのままのペースだと半分も行ったところでワイバーンに追いつかれて戦闘になってしまう。残りの半分をずっと逃げ続けることも不可能ではないのだろうけど、そうなると俺とキャスターを女性サーヴァントが抱えて、マシュに迎撃を頼むことになる。

 もちろんスピードは落ちるし、ワイバーンの攻撃を避けながらなのでまっすぐに向かうことも難しくなる。時間をかければかけるほど、ワイバーンは群がってきてこちらは二進も三進もいかなくなる。

「私に、まかせて」

 そうこぼしたのは、マシュに抱えられたキャスターだった。

 彼女の口から、静かに旋律が紡がれていく。その瞬間、マシュとキャスターの傍らにまばゆい光が集まって、ぱちんと弾けた。そしてそこに現れたのは、耳と尻尾の先に真空管を付けたブリキの仔竜だ。

 ――ひかりのこころ!?

 言葉に出しそうになるのをぐっとこらえ、瞠目する。

 それはマシュも、女性サーヴァントも同様だった。

「な、なんですか、この可愛らしい、うさぎ? 竜?」

「説明はあとで、とにかく今は逃げる事だけ考えて!」

「わ、わかりませんが、わかりました! 任せます!」

 それなりの速度で走っているはずの俺達の横を、ふよふよとどこか気の抜けたような飛び方をする『ひかりのこころ』のことはまずは置いておくとしたらしい。マシュと女性サーヴァントは気を取り直して、とにかく逃げることに集中した。

 道程もそろそろ半分といったところで、いよいよワイバーンの影が俺たちに落ちる。

 先頭を飛んでいた個体がぐるりと旋回して、俺達の正面へ回り込む。後続も安易に仕掛けることはなく、とにかく俺たちを包囲してくる。

『マズイぞ藤丸クン! ヴォークルールにいたほとんどのワイバーンがこっちに向かってきてる! 森に入ることも難しい状況だが、この数じゃ入ったところで数の暴力に押し潰されてオシマイだぞ!』

「いえ、たぶん、大丈夫!」

『キャスターちゃんのアレか!? こっちの計測機器がまたバグり出したんだが、一体どうなってるんだ! そのかわいらしいオモチャに、カルデアの発電施設とは桁違いの膨大なエネルギーが集まってるんだが!?』

「大丈夫! たぶん!」

 そうとしか言えない。

 もはやキャスターを信じるほかないのだから。

 ……というか、ゲームというフィルターがあるにしても、この詩魔法の破壊力を知っている身としては『ひかりのこころ』が出てきた瞬間に、状況の打破くらいは簡単にしてしまうだろうという確信があった。

 事実――、ぱん! と乾いた音がして今、目の前に立ち塞がっていたワイバーンの一匹が弾け飛んだ。

『ひかりのこころ』が何かを投げた後のようなポーズをしているので、詩魔法の余剰エネルギーの一部を投げつけたのだろう。最終的なダメージを思うと、本当に1%にも満たない削りカスのようなエネルギーだと思う。

 それを『ひかりのこころ』が駄々をこねる子供のように、しっちゃかめっちゃかにワイバーンに向かって投げ始めた。外れる攻撃もあったが、当たればワイバーンは戦闘不能になった。

 胴体に当たれば泣き別れ。

 翼に当たればそれがもがれる。

 頭部に当たれば首なしになった。

 見た目に反して、あまりに凶悪な威力の攻撃だった。

「あんまり長くは持たないから、できるだけ急いで……!」

「助かります、これは頼もしい!」

 女性サーヴァントはあまり気にしていないようだが、マシュは味わい深い顔をしていた。

 女性サーヴァントと同じように頼もしいと言いたいところなのだろうが、見た目とのギャップがあまりに激しい。

 ……いや、まあ、もっとヤバいギャップの詩魔法もあるんですが。

 多数の敵を相手にしているから、単純に考えればそっちの方が威力が高いはずなのだけど、たぶんワイバーンが空を飛んでいるから選択を避けたんだと思う。対空というよりも、対地の印象が強い詩魔法だからだ。歌詞にも「絨毯爆撃」ってあるし。

 ……そろそろ現実逃避をやめて、ワイバーンのグロテスクな死に様に煽られて込み上げてきたものと直面しよう。おろろろ、と女性サーヴァントに抱えられながら、胃の中のものを戻してしまう。

 ぴりぴりと喉が焼ける。

 胸を圧迫されているような吐き気がずっと続いている。

 口元を拭う気力も湧いてこない。これは、思った以上にマズイ。

 俺の精神的な安定のためにも、できれば早めに森に着いてほしいところなんだけど。

『本当になんなんだそれ……。ともかく、見ての通り藤丸クンのバイタル以外は順調だ、そのまま森へ直進してくれたまえ。キャスターちゃんの方には無理は出てないかい?』

「大丈夫です、ダ・ヴィンチさん。もう、ちょっとだけなら……!」

 ゲロゲロと嘔吐感を覚えながら、キャスターの声を聞く。

 ゲームと現実は違う。――だけど、あのゲームは現実だった。

 そうすると、ならどうして、キャスターはあんなに苦しそうなんだろうか。

 藤の花を咲かせたときからそうだった。いや、なんなら今の方がAhih rei-yah; を歌い終わって群衆に祀り上げられようとしていたときよりもずっと苦しそうだった。

 俺はまた、なにか致命的な見落としをしてしまっているのではないかと、嘔吐感とは別の焦燥で胸を焦がす。

 俺がいくじなしなばかりに、君に本当のことを伝えるのが怖い。

 だから、どうしてそんな顔をさせてしまっているのかさえ、俺は問うことができない。

 俺が、あの世界で本当に俺だったのかさえ定かではない。

 ああ、怖い。

「森に入ります!」

「撃ち払ってっ!!」

 ブリキの仔竜――『ひかりのこころ』が振り向き、長蛇の列をなして迫るワイバーンと対峙する。ぬいぐるみじみたシルエットの頼りなさとは裏腹に、その眼前に集う光球は昼の太陽をものともせず、目を潰さんばかりに輝いている。

 瞬間、轟音が辺り一帯を食い尽くした。

 陽の光の下であっても、なおまばゆい光柱が空を裂く。

 光の柱に溶けるように、ワイバーンが灰すら残さず消え去っていく。その輝きはいまだヴォークルール上空で旋回するワイバーンさえ飲み込み、彼方へと消えていく。

 マシュも、女性サーヴァントも、俺だって、その凄まじさに言葉が継げず、自然と足を止めていた。射線から逸れていたワイバーンはかろうじて生き残っているものの、脅威と感じていた頃と比べれば、その数は芥子粒のようなものだ。

 撤退の命令が出たのか、生物的本能に従って逃げたのかはわからないけれど、その芥子粒ほどのワイバーンも散り散りになって逃げ去っていく。

「一体、なにが……?」

『指向性エネルギー兵器……? アルキメデスの熱光線みたいな……? いや、あれはあれで眉唾物ではあるが、それにしたって威力が尋常じゃない! 観測マップがさっきから歪みっぱなしでとんでもないな!』

 通信先でダ・ヴィンチちゃんがえらく興奮しているが、こっちはそれどころではない。

 気分の悪さに連動して襲ってきたネガティブシンキングで今、俺は最高潮に最低だった。

「マスター?」

 もうどっちが上で下かもよくわからない。

 女性サーヴァントの腕の中でもう一度思いっきり吐いた記憶を最後に、俺の意識は翌日の朝に飛ぶことになった。

 

 

 

      §

 

 

 

『すまない。キャスターちゃんの宝具……宝具? いや、ともかく、魔術の観測に夢中になっていたみたいでね。いや、モニタリングしていなかったということはないんだが、これくらいなら最悪気絶する程度で、かつ状況の打破は目に見えて明らかだったから休息の意味も込めてなんなら気絶しろとか、気絶じゃ休息にならないんだけど――ともかく! 藤丸君の命に別状はない。おそらく明朝には目を覚ますだろうから、可能な限り……そうだね、昼頃まではお互いの持つ情報や目的のすり合わせを行おう』

 マシュちゃん、私、気絶したままのマスターと女性サーヴァントが森の奥まで退避すると、休憩から戻ったらしいドクター・ロマンは言い訳じみた現状の説明を行い、その流れで女性サーヴァントへも今後の動きの提案をしていた。

 正体不明のサーヴァントである彼女はドクターの提案に二つ返事で頷くと、夜の帳が降りつつあった森の中で姿勢を正した。

「改めて、突然のことにも信用をくださり、ありがとうございました。それで、いつまでも私の名を明かさないのでは、その信用に対してあまりに不義がすぎます。リツカはいまだ気絶したままですが、一足先に明かしたいと思うのですが」

 そう言うと、女性サーヴァントは今まで被っていたフードを脱ぎ去った。

 稲穂のような黄金の髪。透き通る蒼玉の瞳。戦場の只中にあったはずなのに、絹のような白い肌には瑕ひとつない。微笑めば花のように可愛らしいのだろうが、そのかんばせは今は硬く緊張に張り詰めている。

「……ジャンヌ・ダルク、じゃないかな」

「え!?」

 私がつぶやいた名前に、マシュちゃんはひどく驚いた様子だった。

 しかし、女だてらに鎧を着込み、ヴォークルールで見せた民衆に対する口上の慣れ具合。

 そして現在の特異点の状況。女性サーヴァントが己の名を出すことに慎重になる理由。

 考えてみれば――考える暇があれば、だけど――彼女がそうである可能性は高い。

 核心があったわけではない。名前を出したのも、ほとんど当てずっぽうだ。

「……あなたは」

 ……だったのだが、どうやら彼女の反応からして正解らしい。

 彼女は居住まいを正すと、改めて自分の名前を口にした。

「ご明察通り、我が名はジャンヌ・ダルク。ここフランスで今、人々を恐慌に陥らせる元凶と同じ名を持つ存在です」

『じゃあ、なにかい? 君の存在を認めるとして……ジャンヌ・ダルクが今、その特異点に二人存在しているってことかい……?』

 ドクターの声は引きつっていた。

 片や竜の魔女。片や救国の聖女。

 人の在り方としては両極端だと思う。サーヴァントには別側面を持ち、異なるクラスで現界する人物もいる――というのは知識として知ってはいるものの、それはあくまで手にした武器や、それにまつわる逸話がフィーチャーされているという意味での「異なるクラス」だ。

 彼女――ジャンヌさんの場合は、もはや別人だ。

 祖国のために旗を振るい、魔女として処刑されるも後年、その行いが認められ聖女として名を連ねた人。彼女は一貫して祖国を裏切るような行いはしてはいないはずだ。火刑に処されても怨恨を口走ることなく、ただ水を、と求めるだけだったとか。

 ……なんとなく、違和感を覚える。

「そういうことになります。おそらく、ですが」

『……歯切れが悪いね?』

「……隠す意図はありませんでしたが、説明が遅れました。今の私は、どうやら霊基がかなり削られた存在であるようなのです。ジャンヌ・ダルクであることは間違いないのですが、サーヴァントとしての知識やスキル、宝具に至るまで、不完全な形でしか備わっていません」

『ふうむ、二重召喚の弊害か……? そもそも我々としても初めてのケースが多すぎて判断はつきかねる状態だ。たとえその力が不完全であるとしても、サーヴァントとして戦力に加わってくれるというのなら、それより心強いことはないよ』

「ありがとうございます。私としても、私自身がこのような非道を行っているとするならば止めなければなりません。こちらこそ、協力者が得られて万軍の増援にも並ぶ頼もしさです」

 そう言って、ジャンヌさんは私の方へと視線を向けた。

 どうやら、私の詩魔法を目の当たりにしたことで頼もしさを感じてくれているらしい。

 すう、と心に冷たい風が吹くのを止められない。

「話も一段落したところで、そろそろマスターを横にして差し上げませんか? 休まるものも休まりませんし、私たちもマスターへの説明のための現状のすり合わせが必要であると考えます」

 マシュちゃんのその提案に、全員が頷く。

 そのまま、今日のキャンプ地を探すことになった。こういった野営はお手のもの、ということなんだろう、ジャンヌさんが率先して適当な場所を探してくれた。

 最初は寝る必要のないサーヴァントが寝ずの番をして、焚火は起こさない方向で動いていたのだが、それではデミ・サーヴァントであるマシュちゃんが休息を取り切れないとドクターが進言。

 正確性には欠けるが、広域レーダーを駆使して敵性存在が近付いてこないかをカルデア側で観測するので、焚火は起こしてマスターやマシュちゃんが少しでも休める環境を作った方がよい、と提案してくれた。

 そういうことなら、とジャンヌさんはその提案を受け入れた。

 日が完全に落ちる前に森の中は一足早く夜が降り、気絶したままのマスターとその横で緊張から寝苦しそうにしているマシュちゃんを、自然と私とジャンヌさんで見守ることになった。

 焚火を挟んで一刻も経った頃だろうか。私とジャンヌさんは会話らしい会話もないままでじっくりと進む夜を過ごしていた。夜風に乗せて木の葉が詩い、不安を被せる夜闇を焚火がぱちりと弾く。

 今日のこの旅を、マスターとマシュちゃんはどう思ったのだろう。

 いつかそういうことを振り返って話す日が、二人にも来るのだろうか。

 私。

 私は――。

 もし、この旅の果てに〝あなた〟と出逢うことができたなら、私は何を紡ぐだろう。

「……とても、素敵な歌でした」

「え?」

 とめどのない思考に潜っていた私の意識が現実で息をしたのは、そんな言葉が聞こえたからだった。歌。素敵な。

「ヴォークルールに咲いた花は、あなたの歌がもたらしたもの、でいいのですよね?」

「……うん、そう。ううん、ちょっと違うかも……」

「?」

 綺麗な人がとぼけた顔でこてんと首を傾げる仕草は、どうにも心臓に悪い。

 他愛のない感想を振り払いつつ、説明を欲しがっているジャンヌさんへ拙く話し始める。

「宝具――っていう言葉は、あんまり好きじゃないんだけどね。私の力は想いを詩に込めて世界へ語りかけるだけのものなんだ。あの花は確かに私の詩で咲いたものだけど、私の想いを込めたものじゃない」

「……それはよくないことなのですか?」

「え? ど、どうして?」

「その、キャスターさんがとても、苦しそうだったので」

「……ああ、ううん、そっか……」

 言い淀んでしまう。

 それを言うのなら、私の想いをそのまま込めた方がずっとよくないことだっただろう。

 きっともっとずっと、今頃私の心は重く濁って痛みに喉を掻き毟って髪を引き千切っては爪を剥ぎ、歯が折れても全身を食み続けるような……そんな後悔に襲われていただろうから。

 だから、本当に嬉しかった。

 マスターのためになら、私の紡いできた想いも、願いも、祈りも、澄んだままでいられると思ったから。

「私はきっと、サーヴァントとして成立するにはこころが欠け過ぎてるんだと思う。私は私であることが、私だけでいることが、つらくて、苦しい」

「それを、マスターには?」

「言ってないよ。彼には、関係のないことだもん」

「ですが、そのままではあなたが……」

「話したところで、私の欠落は埋まらないよ。それに、マシュちゃんなんかは優しいから、きっとこう話す私に、こう言うよ。『私たちがいます』って。キャスターさんだけじゃありません、私もマスターだって、カルデアのスタッフだって、キャスターさんのことを独りになんてしません――って」

「…………」

 ジャンヌさんは、それには何も答えなかった。

 私にとっては、それが嬉しい。私と〝あなた〟がいてこそなのだ。

 死して完結してなお、いや、死して完結したからこそ。

「この世界を救いたい。それは、本当だよ。もっと積極的に力になりたい。なりたいのに、もう一歩が踏み出せないんだ。本当に、だめだめだよね。どうしてこんなに……こんなに……!」

「キャスターさん」

 改めて、ジャンヌさんと目が合う。

 青玉のきらめきが浮かぶ瞳に射抜かれる。

 

あなたは(・・・・)独りじゃない(・・・・・・)

 

「――――」

 聞き逃しようもない、致命的な言葉。

 喉が縮んで、肺が握り潰される。その刃がこころに届く寸前。

 

「あなたのこころには、離れがたく、離しがたい誰かがいます」

 

 ジャンヌさんは、そう言葉を結んだ。

 風と木の葉の詩も、焚火の拍子も、なにもかもが遠ざかっていく。

 彼女の言葉だけが、私のこころへ手を伸ばす。

「私はあなたの想う人のことをなにも知りません。その方がどのようにあなたのこころに残っているのかさえ。どれほどの苦しみをこころの裡に抱えているのか、その苦しみがどれほどこころを蝕んでいるのか。それでもひとつ、わかることがあります」

 否定ではなく。

 肯定でもなく。

 その言葉は、澱んだ私の感情を前にしても、やさしくこころへ響いていく。

「……あなたの隣にいるべき人がいない。その苦しみは、たった一人を除いて誰であろうと埋めることは叶わないでしょう。だからこそ、死して英霊となり座に登録されてなお、その苦しみを抱き続けるあなたの焦燥には真実がある。――あなたは独りじゃない(・・・・・・・・・・)

 焚火の奥から、力強い声が届く。

 この人は……、ジャンヌ・ダルクは、心の底から、私のことを信じてくれている。

「その苦しみと――想いと共に在る限り、あなたの独りじゃない」

「まだ、その考えを受け入れられるかは……わからないけれど。でも、ありがとう」

「お礼を言われるほどのものではありません。ただ、私にはそう見えると、独り言をぼやいただけなのですから」

 なんとなく、空を見上げる。

 涙が流れているわけではない。ただ、なんとなく、ジャンヌさんとは目が合わせづらかった。気恥ずかしかったのかもしれない。よくよく考えれば、今日出会ったばかりで、歴史に名を残したような英雄を前に、自分の弱さを吐露するなんて、以前の私からは考えられない暴挙だった。

 在り方としては全然違うのだろうけど、いわゆる「聖女」同士だからだったのかもしれない。

 暗く沈んでいた思考が、少しだけ息継ぎできた気がする。

 そうか、と。死んでもまだ想い続けることができるくらい、私は〝あなた〟を想い続けることができていたのだ。ジャンヌさんは、きっと、それを本当の「独り」だとは思えなかったのだろう。

 ああ、少し。

 ほんの少し。

 前向きになれそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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  ▼ G/n/./tr/// ./a/t.ng... ▼

 

 

 

「船がでるぞーぃ!」

「んふがっ!?」

 首ががくんと落ちて、その衝撃で目が覚める。

 突然のことに驚いて、きょどきょどと周りを見回してしまう。

 ……見回して、自然と頬に手が伸びて、その手で頬を引っ張っていた。

「痛くない。夢だ」

 もう一度周りを見た。

 仄暗い空間。背には枯れた大木があるだけで、どうやら俺はそれにもたれかかって寝ていたらしい。明るいわけではないけど、暗すぎるわけでもない。灰と白のコントラストのある空間だった。

「そりゃ夢じゃろうて。なんせ我がお前さんとしゃべっとるんじゃからの」

「だ、誰だっ!?」

「誰とは心外な。もうプリティでキュートな我のことを忘れたのか?」

「え、え? ねり、嘘だろ……なんで!?」

「覚えとるようで、誠によろしい」

「どこにいるんです! 教えてください、彼女は――!!」

「待て待て! まあ待て、慌てるな。深呼吸じゃ。端末でもガションでもなく、人の身体があるならなおさら深呼吸せねばな? ほれ、スゥ――ッ! ハァ――ッ!」

「いや勢い強いが!? ……ああ、はい、とりあえず、元気そうでなによりです。それにしても、この世界はジェノメトリクス……っぽいですけど?」

「そっちの世界に適応・変化したジェノメトリクスみたいなもんじゃな。魔術とか言ったかえ? なんでも心象世界とか言うらしいの、こういうの。たぶん違うがな」

「どっちだよ……。魔術のことは俺もまだ全然だからあんまり適当言わんでくださいよ」

「お前さん、確か令呪だったかでとうだいもりに詩魔法を詠わせたじゃろ。たぶん、そこで魔術的解釈のチェインが起こったんじゃろ。知らんけど。今おるとうだいもりはお前さんを〝お前さん〟だと認識しておらんからこんな殺風景で我の姿もまともに見えん状態じゃし、さーばんととかいう存在になっておるせいで睡眠同調もできとらんのでこの世界のとうだいもりはずっと眠ったままなんじゃが、まあ、そんな感じじゃ!」

「どんな感じ!? 面倒くさくなって説明放り出さんでくださいよ、マジで」

「じゃあめっちゃ簡単に説明してやろう。こうべを垂れて地につくばえ?」

「めちゃくちゃ偉そうだなこのウイルス……」

「ま、状況的にもうピンと来とるじゃろうが、ぶっちゃけセカイパックだのジェノメトリクスだのと原理は一緒よ。あと、お前さんは知らんと思うけど遠い星の向こうでは、我みたいなやつのことをウイルスではなく、心の護とか呼んどるらしいぞ」

「知ってますが?」

「知っとるの!? はえー、我つっかえ! やめたら心の護」

「元から心の護じゃないでしょ、あなた。でも、あなたがやめたら彼女が悲しむんでそういうこと言わないでください。マジで」

「怒らんといて? 目怖いんじゃが。ごめんて。許してくれんかのう?」

「話が進まんので許します」

「さっすが、あのとうだいもりをオトしただけのことはある男じゃのう、懐が違うわい! ここでの記憶はお前さんが起きたらたぶん九割九分九厘覚えてられんじゃろうが、今までやってきたことを信じてやり通せばそれでよいのじゃよ。いつもどこでも、やることはそんなに変わらん。信じて進むが良い。悪いウイルスも、それに絆されたのじゃ」

「あははっ! なんか、ありがとうございます」

「……ま、問題はお前さんがそれをやれるかどうか、じゃのう? んっふっふ」

「疑ってるんですか?」

「いやいや、楽しんどるんじゃよ。またこんなものを見れる日が来るとは終ぞ思わなんだからの。して、自信のほどはいかがかな、お前さん」

「任せてくださいよ」

 ここでの出来事を、起きてしまえばほぼすべて忘れてしまうとしても、それ以上のものをたくさんもらった気がする。歩みを止めるにはまだまだ早いし、彼女との絆もまだまだか細くて弱々しい。

 ――でも、だ。

 ぐっとサムズアップして、強がりっぽく笑ってみせる。

 仄暗かった空間が、真っ白に塗り潰されていく。たぶん、もうすぐ起きてしまうのだろう。

 だから俺は、大声で宣言する。

 次にいつ会うかもわからない、なんだかよくわからない絆を結んだあの人へ。

 

 

「○ボタンを押すだけでできてたことが、今の俺にできないはずないですから!」

 

 

 つまり、そういうことなのだ。

 

 

 




 
 令呪を用いて詩魔法を発動させたため、
 このタイミングで機能の一部が解放されました。
 


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誰の願いか、という話

発売延期したけど、月姫発売決定したので初投稿です。


 

 俺が目を覚ますと、気絶していた間に話し合ったことを聞かされた。

 まず、俺達と合流した女性サーヴァントがジャンヌ・ダルクであったこと。彼女の霊基は欠損した状態で、宝具やスキル諸々が不完全な状態での現界であること。そして、敵の首魁も同じく「ジャンヌ・ダルク」であること。

 ドクターやダ・ヴィンチちゃんが言うには、サーヴァントというのは逸話や宝具によって複数クラスに跨って召喚が可能な者もいるらしい。

 たとえば、今カルデアにいるクー・フーリン。

 彼は「キャスター」のサーヴァントとしてカルデアに現界しているが、本来はその武勇や語られる武具から「セイバー」「ランサー」。その逸話から「バーサーカー」などにも適性を持つとされているらしい。

 クラス別に性質が左右され、表面上の性格が変わって見えたりするが、根本は決して揺るぐことなく「クー・フーリン」であるという。

 いまいちピンと来なかったところ、ダ・ヴィンチちゃんはもっと簡単に説明してくれた。

『一言にパスタと言っても様々な種類があるね。スパゲッティ、ペンネ、ラザーニャ、ニョッキ、エトセトラ……。英霊とはパスタであり、サーヴァントはスパゲッティやペンネ、ラザーニャである、ということだね』

「おお、わかりやすい!」

「そ、そうでしょうか……?」

 その説明を横で聞いていたジャンヌさんは呆れたようななんとも言えない表情を浮かべていたけれど、俺にとってそれが一番ピンとくる説明だったので仕方ない。ドクターも「厳密には違うけど……」と苦々しく呟いてはいたけど、仕方ないんだってば!

 そして、それの何が問題か、という話に転じる。

 ジャンヌ・ダルクのクラスは「ルーラー」。

 はて、と俺は首を傾げた。事前の説明では聞かなかったクラスだ。すわ、またしてもレムってしまっていたかと心配になってマシュへと視線を投げると、彼女は大丈夫でしたよ、と頷いてくれたので居眠りしていたせいで聞き逃していたわけではなかったようだ。

 曰く、エクストラクラス。

 セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。

 この七クラスには分類されない特例中の特例。日本語訳を当て嵌めれば「裁定者」であるという。本来なら呼び出すことはできないクラスであるとも説明された。特にルーラーは聖杯直属の使徒、のようなものであるらしい。

 本質的に「聖杯への願望」を持たず、聖杯戦争の監督者である、ということだ。

 聖人として名を連ねる彼女らしいクラスだ、とはドクター&ダ・ヴィンチちゃん。

 話の腰を折ってしまったが、閑話休題、つまり、ジャンヌ・ダルクには「別側面」が存在し得ないのだという。戦争に参加していたとはいえ、彼女は剣や槍で武勇を打ち立てたわけではなく、いわんや弓矢や鉄砲を用いたわけでもない。

 神からの託宣によって軍を導き、百年戦争の趨勢を傾けた「聖女」なのだ。

『つまり、竜の魔女を名乗るジャンヌ・ダルクは存在し得ないはずなんだ。そもそも、ジャンヌ・ダルクが竜を従えた、なんて逸話はどこを探しても出てこない。それに、僕の口から言うのも憚られるけれど、彼女は火刑に処される最中でさえ、呪詛を残していない。その身の処遇に対しては苛烈に怒りを向けてはいたけど、それもあくまで「捕虜としての扱いがなっていない」という話だった』

 ちらりと横の女性を盗み見る。

 この優しそうな、おおよそ怒ったりしなさそうな人が?

 ふと目が合い、にこりと微笑まれる。若干眉根の下がったそれはドクターの話を「まあそんなところです」と肯定するものだったのだろうけど、俺には「これ以上詮索しないように」と釘を刺されたようにしか思えなかった。

『国への復讐心はなく、竜を従えず、類似した逸話も武具も所有していない。つまり――』

『つまり、鏡合わせのパスタなのさ』

「納得。めっちゃわかりやすい」

「……まさかこの身をパスタに例えられる日が来るとは思いませんでしたが」

 今度こそ呆れ100%の苦笑だった。

 それに若干申し訳なさを感じつつも、わかりやすいので仕方がない。

『それで、藤丸クンが起きるまで待ってほしいと言われてね』

「え? なにがですか」

『キャスターちゃんにさ。なんでも、思うところがあるらしいんだが』

「そうなの?」

「うん、違和感があるの」

 そうしてキャスターが話し始めたのは、まず、俺達の目的と、目下の目標だ。目的といえば、聖杯の所有者、あるいは現在地を特定しての回収・破壊による特異点の修復だ。そして「現地民からの情報収集によって得た本来の歴史には存在しない『竜の魔女・ジャンヌ』が聖杯の所有者である可能性が高い」という考察結果を基礎とした彼女の打倒だ。

 それには全員が頷く。ほとんど確認のようなものだった。

「だけどね、サーヴァントの性質――さっきまでの会話内容を照らし合わせると、竜の魔女が二重の意味で存在しないはずの存在になるんじゃないかなって思ったんだ。『竜が存在しないフランスで、竜を従えるジャンヌ・ダルクが国落としをしている』という私たちの目的・目標と合致する意味で存在しないはずのジャンヌ・ダルクがひとつ」

「先ほどまでの会話内容というと」キャスターの考察をマシュが引き継ぐ。「つまり『別側面が存在しないはずのジャンヌ・ダルクがまるで正反対の性質を持ったサーヴァントとして現界している』という事実がもうひとつ、ですよね?」

「そう。しかも彼女の中に存在しないはずの復讐心が宿ってる」

 もう一度、横にいるジャンヌさんの表情を窺う。

 彼女はキャスターの考察に真摯に耳を傾けている様子だった。

 キャスターも、画面の向こうでよく見た思考に没頭しているときとまったく同じ様子だった。様々な権謀術数に揉まれながらも一歩一歩を確実に進んできた彼女が、現状に違和感を抱いているのなら、それはおそらく真実だ。

「サーヴァントっていうのは、つまりパスタっていう料理の中のさらに細分化された分類なわけだけど、ジャンヌさんは別側面を持ちえないはずなんだから、極めてパスタに近い存在なわけだよね。そうすると、竜の魔女から受ける印象って、たとえばピザみたいなものなんだよね」

『アッハッハッハッハ!』

『レオナルド、今真面目な話をしてるんだけど』

 ダ・ヴィンチちゃんの大笑も気にする風ではなく、キャスターは冷静に自分の考えを述べ続ける。

「原材料――ジャンヌ・ダルクっていう小麦の銘柄は一緒だけど、出来上がった……つまり調理過程、それまでに辿ってきたもの、いわゆる、人生。それが決定的にズレてしまっていて、英霊の座に登録されたはずのパスタというメニューじゃなくて、ピザになっちゃってる……」

 キャスターの思考が深化する。

 欠片ほどの違和感を頼りに、かすかな真実へと到達する気配がする。

 希望的漸進。それは、彼女がずっとしてきたことだ。絶望へ立ち向かうのではなく、いつだって、その小さな勇気を抱いて、少しでも善い未来を紡ぐための歩み。その歩みを、誰も止めることは叶わなかった。

「聖杯への願望を持たないことが条件のクラス、ルーラーであることも違和感を増してる。それってつまり、【自分の人生を顧みることもしなかった】ってことだよね。うん、すっごくカッコいい……。だから、竜の魔女になった彼女は、竜の魔女である時点で歪み過ぎてるんだ……まるで【創作された】みたいに」

『アハッ! そりゃ盲点だったな、素晴らしいよ、キャスターちゃん!!』

『ど、どういうことだい!? 創作!? 誰が、誰を!?』

 かくして、真実は撃ち抜かれた。

 三度、ジャンヌさんへと視線を向ける。

 この真実は、彼女をして動揺するに足るもののはずだ。

 この真実は、ただの創作じゃない。聖杯へも縋るほどの切なる願いなのだから。

 神託の乙女ジャンヌ・ダルクを穢した国への復讐を。

 それも手頭(てず)からではなく、裏切られた本人であるジャンヌ・ダルクが、だ。

 そして、この願いを抱くのは、彼女の傍にいた者以外ではあり得ない。

 国のために命を賭した彼女にとって、この真実はあまりにも――……。

「え?」

 思わず、声を出していた。

 木漏れ日に揺れる実り豊かな稲穂色の長髪。

 蒼天を閉じ込めたような青玉の瞳。

 絹の肌。たおやかな鼻筋。うすく色づく唇。

「ジル……、あなたなのですね」

 それは紛れもない。

 英雄の顔。決意の顔。

 人はここまでまばゆい決意を表情として浮かべられるのかと。

 俺とそう変わらない歳で、戦争に向かった。神の託宣によって、己を奮い立たせて。

 無視することもできたはずだ。ゆっくりと、そのまま、農村の娘として生きる道もあったはずだ。人並みに食べて、寝て、年頃になれば恋もして、結ばれて、子供もできて、見守って、育てて、大きくなった子供にもまた愛する人ができて……。

 ジャンヌ・ダルクは、そうした一切を、後悔などなく、私は私を生きたと胸を張った人なんだ。総身を焼かれる中でさえ、その想いに、決意に、人生の歩みに濁りなどはなく、進み続けた人なんだ。

 喉が熱い。

 目が熱い。

 口元が震えて、どうしようもない。

「マスター?」

 マシュの声が聞こえる。

「マスター、泣いているのですか?」

 ああ、そうなんだ。

 こんなの、泣いちゃうだろ。

 この人は、ジャンヌ・ダルクは――!

 バチン、と両手で頬を思いっきり叩く。

 何度も、何度も。痺れるくらい痛くなるまで叩いた。

 痛くて泣いてるのかもわからなくなるくらい、叩きまくった。

「行かなくちゃ」

 涙で滲む視界に、みんなが映る。

「マシュ。行こう」

「はい、もちろんです」

「キャスター。行こう」

「……うん、行こう!」

「ジャンヌさん」

「はい」

「あなたの想いを、伝えに行きましょう!」

「……、ええ。ええ、もちろん。ありがとう、リツカ」

 わざとらしいくらいに、歯を見せて笑う。笑ってみせた。

 サムズアップ。頬は赤くて、涙で目元はぐしゃぐしゃで、鼻水もちょっと出てて、声もしゃくりあげてて、全然格好つかないけど。

 俺は、この人の想いが届くところを、見てみたいと思ったんだ。

 

 

 

      §

 

 

 

 君は、なんて強い瞳をしているのだろう。

 ばちりと火花が弾けるような、瞳の芯に星を宿すような。

 藤丸立香。人類最後のマスター。人類終焉の引鉄。彼が死ねば、この世界における人類の歴史は実質的に消えてなくなる。それでもなお、それを背負わされてなお、ただひたすらに今を生きたいと叫ぶ命。

 英雄ジャンヌ・ダルクは、間違いなく彼を認めたはずだ。

 少なくとも、ただ後ろで隠れているだけのマスターだとは思っていられない。

 行こう、と胸を張ったのだ。

 小さな命。ちっぽけな力。でも、藤丸立香がそこにいるのなら、藤丸立香がそこにいなければならないのだと、そう思わせるだけの決意と意志を、彼はまばゆいくらいに魅せつけたのだ。

 国をひとつ救ったとされる英雄にさえ微笑みを浮かべさせた、言葉と想いで。

 とくん、と凍っていたこころが波打つ。

 それが、黒く澱む泥濘に清水が一滴だけ落ちるようなものであったとしても。

 ――その清水を受け止めたい手と。

 ――その清水に泥濘を被せる手が。

 今更、それがなんになると、自暴自棄になった自分が叫ぶ。

 私はもう死んでいる。死んで、英霊の座とやらに刻まれたのだ。

 死んだのだ。

 死んだのだ!

 何度も何度も、刃を手にしたことがあった。

 生きることそのものがつらくて、遠くの記憶になっていく事実が憎くて。

 ならいっそ、美しい思い出を抱いたまま消えてしまった方がいい、と。

 なぜ、生きた。

 なぜ死ななかった。

〝あなた〟のいなくなった世界で、色褪せた世界で、どうして生に縋ったのか!

 どうして、その生をまっとうしたのか。

 泥に沈んでいくその身で、穢すことを許さなかった想い出を口より高く掲げて。

 ――聖女と呼ばれたジャンヌ・ダルクは言った。

 私は独りではないのだと。

 その想いを抱く限り、彼を忘れ得ぬ限り、私の傍に在るのだから、と。

 

 もう一度、私も歩き出さなくちゃいけない。

 

 悩み、迷い、悲しみ、苦しみ、それでも歩むことは止めなかった。

 知っていたからだ。輝く命を。触れたからだ。優しいこころに。

 私は死んだ。

 死んだのだ。

 生をまっとうして、死んだのだ。

 万能の願望機なんて眉唾物の玩具にさえ縋るほどに願いながら、死んだのだ。

 なぜ?

 なぜ生きた。

 死にたくなるほど恋い焦がれながらも、それでも生をまっとうしたのはなぜ?

 もう会えないのに。〝あなた〟がいない生を、それでも歩んだのはなぜ?

 確かめなくてはならない。

 死んだから。死してなお、ここに立つ命としてあるのだから。

 死してなおここに立つのなら、死という過去すら想いになるはずなのだから。

 私は、ジャンヌさんのようにまっすぐに歩いていくことはできない。

 私はいつだって、悩み、恐れ、戸惑いながらだった。後悔は多い。あの時、ああしていれば、こうしていれば、なにか違ったのではないかといつだって思い返す。

 今だってそうだ。

 どうしようもない不良サーヴァントだと思う。

 私のしがらみを、世界の命運を決める聖杯探索と天秤にかけている。

 私の心はともかくとして、今を生きる命たちへ死した私は報いなければならないのだろう。きっと、私を知る星の民たちもそう願うに違いない。『かつて星を産んだように、もう一度、その奇跡の詩を謳うのだ』と。

 そうありたいと願う私も、確かにいる。

 そうはなれないと涙を流す私も、いる。

 贅沢な悩みだと、今更思う。

 これまでを振り返って、嘆いて、不満げで。

 これからを憂いて、恐れて、そして最後に後悔に沈む。

 まるで生者のようだ。死んだはずの私にとって、この懊悩は贅沢すぎる。

 でも、だからといって、心を殺してはいけない。

 考え続けなければいけない。これは、死して英霊となった私の義務だ。

 ――そして、答えがないなら、前へ進むしかない。

 痛みを抱えて、苦しみを抱えて、悩みながら、悔やみながら――!

 悲しみを越えて、怒りを受け止めて、恨まれながら、憎まれながら――!

 

 応えたのなら、歩まねば。

 

 

 

      §

 

 

 

 ラ・シャリテ=シュル=ロワール。

 ロワール川に寄り添う街で、ヴォークルール城塞より南西に直線で約250kmの距離にある。俺達はひとまずヴォークルールを離れ、他の街に避難している住人や兵士たちへ「ヴォークルールへ避難するといい」と伝えて回るのを副次的な目的として、行動を開始した。

 目的地を設定した主な理由は、この時代において一番近くて大きな街というのが、ラ・シャリテであったこと。かつ、ジャンヌ・ダルクが包囲戦を行った場所として有名(なお失敗した模様)で、なにかしらの手掛かりがあるのではないかという希望的観測からだった。

 今の俺達にはとにかく、敵の情報が足りていない。

 そもそも敵らしい相手もワイバーンしか直に会ったことはない。

 轍道を頼りに徒歩で、遠回りをしてしまいそうな場所はマシュにはキャスターを、ジャンヌさんには俺を担いでもらって直線でショートカットを繰り返すこと一週間。徒歩での移動にもさすがに慣れてきたけど、疲労がもう隠せるものではなくなってきている。

 というのも、道中腰を据えて休もうにもワイバーンの襲撃の爪痕は多く、宿場町の多くは焼け跡となっていたからだ。野宿よりはマシといった風で、一応、一度だけ長めに休息をとった日もあるが……。

 俺は肉体的には男子高校生の平均程度でしかない。

 このままのペースなら明日の午前中にはラ・シャリテに到着する位置に来たところで、ジャンヌさんが昼前には野宿の準備を進めて、少しでも休息をとって疲労の回復に努めるべきだと提案してくれた。

 到着が昼過ぎにまでズレ込むことになるが、正直助かる。

 弱音は言えないけれど、身体が音を上げ始めているのも確かなのだ。

「マスター、大丈夫?」

「うん、まあ、なんとか」

 情けないが、野宿の準備はジャンヌさんとマシュ、キャスターに任せっきりになってしまっている。そういうのもあってへこんでいるところに、キャスターが声をかけてくれた。

 苦笑いでしか返せていなかったからか、キャスターはそのまま俺の隣に座るとこてんと首を傾げてこちらの顔を覗き込んできた。

「無理はしちゃだめだよ。初めにも言ったけど」

「まだ無理はしてないよ。正直キツいけどさ……」

「ジャンヌさんがいて良かったね」

「それはそうかも。行軍じゃないけど、たぶん俺の疲れギリギリを見極めてくれてると思うんだよね。俺達だけだったら強行軍になってたよ、絶対」

「私たちを担げるのがマシュちゃんだけだもんね」

 少し自嘲した言い方だった。

 サーヴァントではあるものの、キャスターの身体能力は決して高くない。

 本当に年相応の機能しか有していないらしい。ドクターやダ・ヴィンチちゃんが言うには決してありえないケースではないらしく、特にキャスタークラスにおいては顕著に見られる可能性が高いらしい。

「キャスターは、その……」

 言い淀んでしまう。

 機会がなくて聞けず仕舞いだったけれど、詩を詠うことはつらいのか、と、聞いてみようと思ったのだけど……。言葉はそれ以上続かず、いやな沈黙だけが俺とキャスターの間に流れ始めた。

「マスターはさ」

「ん、あ、うん」

「つらくない?」

「え」

 そんな質問をされるなんて、思ってもなかった。

 それは、現状のこと?

 それとも、人理修復そのもの?

 それとも……。

「……足は痛いし、つらいよ」

「ううん、そうじゃない」

「……怖いよ。全人類を背負ってるなんて、考えたくもないくらいだ」

「それも、違うかな。私が聞きたいのは――」

「つらいよ。お母さんも、お父さんも、学校の友達も――俺がわかってないだけで皆死んだなんて、信じられない。もう、二度と、会えないのは……」

 そこまで言って、きゅうっと喉が絞まるのを感じた。

 言葉が出ない。頭の片隅に、なにかが引っかかる。

 どうにかしてかたちにしたいのに、いやに焦った頭ではまとまらない。

「それ。聞けて良かった」

「キャスター……」

「……ちょっといじわるだけど、ねえ、それでも君が今、前に進むのはなんで?」

 膝を抱えて、そこに顔を埋めて、キャスターは俺に問う。

 つらい。怖い。信じられない。

 それでも、俺がなんでこうして歩いていられるのか。

 知っているからだ。キャスター、君を知っているから。

 なにもかもを放り出して逃げ出すことができたのは、キャスターだって一緒だ。それでも君は歩き続けた。星を旅して、想いを繋げ、絆を詩に、祈りを捧げた。その姿が、俺にはまぶしくて、その隣を歩くことができたのは、本当に嬉しくて。

 ずっと、ずっと――。

「つらいから。ごめん、こうして話してると、考えちゃうんだ。つらくて、怖くて、信じられなくてさ、そんなことばっかり考えてる」知らず、震えはじめていた手を握りしめて、震えを誤魔化した。「普通、こういうときってなにがなんでもどうにかしなきゃいけないんだろうけど、でも、やっぱり、俺、駄目なんだよなあ。ヴォークルールでも、ダ・ヴィンチちゃんの言う通り、普通ならあそこの人たち全員見捨てて逃げれば良かったんだろうけど、そんなこと、俺にはできないよ」

 独白してしまう。

 ヴォークルールのあのとき、ダ・ヴィンチちゃんには「言い訳したくない」と啖呵を切ったわけだけど、あれはどっちかといえば屁理屈に近い。いや、それも間違いなく俺の想いではあるんだけども。

 もっと単純だ。

「ドクターやダ・ヴィンチちゃんには面と向かって言えないけど」

 隣に座るキャスターを見た。

 ふわりと風に溶けそうな淡い小麦色の髪。

 青空を閉じ込めたような天色の瞳。

 胸が苦しくなるくらい可憐な表情で微笑んで、俺を見てくれている。

「壊れた世界にいるからって、俺まで壊れる必要なんてないからさ」

 俺が俺じゃなくなること。

 助けられる人は助けたい。見捨てたら、諦めてしまったら、俺はきっと壊れてしまう。その先に待っているものが俺の死だとしても、伸ばした手を引っ込めるなんてこと、したくない。

 俺にしては皮肉が利きすぎているような気もする。

 まるでドクターやダ・ヴィンチちゃんを非人間扱いしているような気が、自分でもする。そんな意図はないんだけども、まあ、ちょっとした反抗のしたい少年心ってところなのかもだ。

 そもそも、思い返してみればほぼ拉致同然にカルデアに連れて来られた気もするし。

 そうしたら人類が滅亡の危機に瀕して、俺が最後の希望(マスター)だなんだって言われて、ちょっと――いや、かなり、意味がわからない。こうして過去に旅して、行ったこともないフランスになんてやってきて、足を棒のようにして歩いて、歩いて、歩いて!

「どうしようもないくらいつらくて、怖くて、信じられなくて、でも、俺がそれでも前に向かって歩けてるっていうんなら、たぶん、それは、不謹慎なんだけどさ、……楽しいんだ、俺」

「楽しい?」

「そう、楽しいんだ。地平線まで続いてるような平原を歩いたりだとか、夜空を見上げたら数え切れないくらいの星があったりさ、マシュやジャンヌさんに抱えられるのはカッコ悪いけど、でも、気持ちいいくらい速くてさ」

「うん」

「俺が知らなかったこと……、きっと、たぶん、普通なら俺が知らないままで終わったことだよ。震えるほど怖くても、それでも前に進んでいられるのは、まだ俺が死んでないし、壊れてないから。明日がやってくるから。キャスター、きっと、明日の朝、ここから見る朝焼けは、泣いちゃうくらい綺麗なんだ」

「……うん、それはちょっと、楽しみかも」

 俺が今まで生きてきた中で、日が昇る前に起きるなんてこと、この特異点に来てからが初めてだった。部活にも入ってないから朝練とかって早くに家を出ることもなく、いつだって通勤・通学ラッシュの只中をもみくちゃにされながらが俺の朝だった。

 それが、今は。

 目を覚ませば草や地面が真っ先に映り込んで、上を見れば淡く暖かな光の差す空が見える。鼻に入ってくるのは生活臭ではなく、青臭かったり、土臭かったりする自然のにおいだ。深呼吸のひとつもすれば、否が応でも脳が覚めるキンと冷たい空気が肺一杯に満ちる。

 そりゃ、歩き続けるのはしんどい。

 ベッドで眠れないのもつらい。

 でも、それ以上に、朝を迎えることが楽しいんだ。

「俺はさ、きっと誰かのためとかそんな立派な理由じゃなくて、いつもの日常に戻りたくてこうしてるんだと思うんだ。だからってわけじゃないけど、そんな俺が壊れるようなことしてちゃ、意味ないだろ?」

「非日常を日常にはしたくないんだね」

「そんな感じかも」

 キャスターのそのたとえは、しっくりくる言葉だった。

 俺にとっての日常を、非日常にしてはいけない――と、ぼんやりとだけど、そう確信している自分がいる。今この瞬間を「楽しい」と思えていることを大事にしなければ、俺はきっと()を見失う。

「ありがとう、キャスター。なんだか、心の整理ができた気がする」

「うん。私も、君と話せて良かった。また、なんでもないこと話そうね」

「あ、え、と、うん。あ、ありがとう、キャスター」

 思わずどもってしまった。

 なんでそんなに綺麗な笑顔で、なんでそんな魅力的なことを言っちゃうんだ。

 そんなの、こっちがどうにかならないわけがない。

 そんな俺には構わずにキャスターはさっと立ち上がると、夕食を用意しているマシュの方へと駆けて行った。

 思えば、彼女としっかりと、なんでもないようなことを話したのはこれが初めてだったかもしれない。端末ではなく、俺として、藤丸立香として話したのは。ちょっとだけでも、仲良くなれたのだろうか。

 もしそうだったのなら、嬉しいのだけど。

 

 

 

      §

 

 

 

「――本ッ当に気持ち悪い。あれなら、殺してあげた方がいいじゃない」

 

 

 

      §

 

 

 

 その報告を受けた後、ジャンヌ・ダルクは大きく、わざとらしく、それはもう演技くさく、息を吐いた。病的に白い肌に影を落としながら、作り物じみた指先で肘置きを叩く。

 その音だけが数分も続いた。

 組んでいた足を丁寧に解きながら、ジャンヌ・ダルクは立ち上がる。

 霊体化させていた煤けた外套を纏い、高いヒールで焦げ付いた絨毯を刻むようにして歩く。

 彼女の眼下に広がるオルレアンの街は今では瓦礫の山と化し、ワイバーンらの巣となっている。

 パリとの距離も近く、危険なロワール流域において数少ない橋のかかった街であったため、中世フランスにおいてもっとも豊かな都市のひとつとして数えられるほどの戦略的要所であった街が、だ。

 ほんの数日前には豪奢な天井を持っていた大聖堂も、今では青天井、パノラマの廃墟だ。

 ジャンヌ・ダルクは音高に歩く中で手に旗を現し、その柄で石畳を割るように二度突いた。その音に反応してオルレアンの街中から、波のさざめきの如くワイバーンの咆哮があがっていく。

 パノラマビューとなった壁に向かって、ジャンヌ・ダルクは無言で歩く。

 歩みの速度を欠片も衰えさせず、中空へと踏み出した瞬間、床を叩いていたヒールはワイバーンの硬い鱗を叩いた。不安定な足場に舌打ちをひとつ打ちながら、ワイバーンの肩に旗の柄を浅く突き刺し、姿勢を支えるための柱とする。

 ワイバーンはそれに文句をこぼすこともなく、羽ばたき、高度を徐々に上げていく。

 街中を覆うワイバーンの群れはジャンヌ・ダルクを先頭に、鎌首をもたげるように黒い龍となってオルレアンから起き上がる。無数の羽ばたきはおろちじみた龍雲のうねりとなって東南東を向く。

 その視線のずっと先にあるのは、ヴォークルール。

 藤の花冠を戴く、聖女に祀り上げられた少女の加護が残る城塞。

 遠方を睨むジャンヌ・ダルクを追うようにして、背に人影を背負うワイバーンが続々と昇ってくる。そしてその人影すべてが、凶悪なほどの魔力と狂的なほどの戦闘欲を内包した人形共――バーサーク・サーヴァントだった。

 崩壊した街の影をそのまま剥がしたようなおどろおどろしい群れ。敵意の群れだ。

 ジャンヌ・ダルクが旗を前方に向け振るうと、空を埋め尽くすワイバーンらは迷わず従って飛び立つ。龍雲の如き群体が、空を征く。絶望の群れが、ジャンヌ・ダルクという敵意の核に撃ち出され、爪牙となってヴォークルールへ突き立つ。

 その群れを見送るように、大聖堂をぐるりと囲うほどの巨体が起き上がる。

 ただ佇むだけで、ジャンヌ・ダルクの乗るワイバーンの位置まで頭が届く。

「あなたにはこの街の留守を任せます」

 それだけを告げると、ジャンヌ・ダルクとバーサーク・サーヴァントたちを乗せたワイバーンも龍雲に続くように飛び立った。

 それを気怠そうに見送った命は、もう一度眠りにつく。

 ここには宝物がなさすぎる。餓えだけがある。満たされぬ憎悪だけがある。

 あれは、うまれながらに「正しい」のだ。それが、どれほど歪んだものであろうとも。

 なんと残酷な所業だろうか、と命は憐れむ。

 正しくなくては生きていけないものなど、それは当然、満たされない。

 きっと、この国を呑み込んだところで満たされはすまい。己であり、己でないものを殺そうとも、あの命が満たされる日は終ぞ来ない。

 残念だが。

 悪竜現象――ファヴニールはそう思考する。

 しかし、とも考える。

 それが崩れた時、奈落へ落ちるか、血反吐を散らして叫び立ち上がるか。

 あの「正しい」だけの命の真価が問われるのは、その時だろう、と。

 詮無い話だった。ファヴニールには関係のないあれやこれやだ。

 それでもファヴニールが何かを想うことをやめないのは、簡単な話だ。

 

 何かを想っておらねば、ファヴニールなぞやっていられないだけだ。

 

 

 

      §

 

 

 

 清姫とエリザベートは比較的近くに現界し、早いうちに合流していた。

 それから流れで一緒にフランス特異点を回るうち、耳にした数々の噂があった。「聖女の復活」「竜の魔女への変貌」「翼竜の猛威」……。このうち翼竜――ワイバーンとは早期に遭遇した。とはいえ群れからはぐれたような烏合を相手に、この二騎が遅れをとることはなかったが。

 その途中、敗残兵や負傷した村民を多く見た。エリザベートとしては食指が動くような少女もいたのだが、この惨状を目の前にしては食欲も失せた。清姫の前で嘘ならずとも妄想を垂れ流すような輩も多くいた。焼かなかったのは、その炎すら惜しいと思ってしまう愚か者どもだったからだ。

 そうした理由で彼女らの悪側面が発露せずにいたのは、フランス特異点の民たちにとっては幸運だったといえる。竜の尾や角を持つ彼女らの外見ゆえに、助けられても近付かれなかったことも要因のひとつだろう。

 そんな数日を過ごすうち、彼女らの耳に新たな噂が飛び込んできた。

 ――ヴォークルール城塞に聖女の加護あり。

 それほど上等ともいえぬ霊基とはいえ、一定以上の戦闘力を持つサーヴァントの足を以てすれば数百キロの距離など一両日で走破できる。論より証拠とばかりにヴォークルールに急行した二騎は、すぐさまそれが真実であったことを知る。

 ヴォークルール城塞を覆う、巨大な藤の花。

 あれが聖女と呼ばれる何者かによってもたらされた加護、ということなのだろう。

 さてどうしたものかと遠目に見ていた二騎だったが、エリザベートの「考えたって仕方なくない?」という言葉と「そもそもなにも考えてすらなかったでしょう」と清姫の呆れが交わり、無策にも歩いて近付くことになったのだった。

 どうせ途中で誰何されるに決まっている。

 ワイバーンに襲われている最中でもなければ、物見櫓に登った兵士が城塞に近付く二騎を見咎め、弓を構えるなり、残存する兵力を門前に呼び出すなり、相応の対応をするだろうと。

 だが、二騎の考えは外れることになる。

 誰に誰何されるでもなく、誰が出てくるでもなく、二騎は門前まで到着したのだ。

 拍子抜けというか、ここまでくるといっそ不気味ですらある、と顔を見合わせるほどだった。

 門から中を覗いてみれば、そこには空を覆う藤の花へと祈る兵士と避難民の姿があった。エリザベートはそれに一定の理解を示したが、清姫は汚らわしいと言って目を逸らした。

「まあ、そういうこともあるんじゃない?」

「あれは自分自身を偽り、盲目的になることで保身するだけの現実逃避です」

 嘘と逃避。清姫の地雷をしっかりと踏んでいる光景だった。

 じり、と清姫の周囲が焦げついたところで、エリザベートは慌てて止めた。

「ちょ、待ちなさいって! せっかくの手掛かりをこんがり焼かれちゃ困るわよ!?」

「見るに堪えません。いっそこの城塞ごと――」

「えっ!?」

 音もなく、清姫が吹き飛ばされた。

 驚いたエリザベートが振り向けば、十数メートルは離れた位置に着地する清姫の姿があった。エリザベートが見るかぎり、清姫は眉根をキュッと締めた訝し気な表情を浮かべるばかりだったのでダメージはない様子だ。

「ど、どうしたの?」

「いえ、なにかに……」

 言い淀みつつ、足元を確かめるように門へと一歩一歩戻ってくる清姫。

 途中から手を前にかざして、見えない何かを探るような様子も見せ始めた。

 エリザベートの隣にまで戻ってきたところで、清姫の手がぐぐっと何かに当たった。

「え? な、なにもないわよね?」

「結界? おそらく、敵意や害意を持つ人物や攻撃だけを判別してるようですが……」

「私、魔術には詳しくないけど魔力的なモノはなんにも感じないわよ」

「ええ」

 エリザベートもクラスとしてなら三騎士のひとつ、ランサークラスではある。

 違う世界線であるとマスターや境遇によって持っていたり持っていなかったりするが、今回の現界においては少なくない対魔力を一応宿している彼女なので、魔術的な結界があるのならば「何かあるな」くらいの勘働きはするはずなのだ。

 だが、それがない。

 つまり「敵意・害意を遮断する」という概念を持つ「結界」という魔術・呪術的守りが目の前にあるはずであるのに、そこに魔力は関わっていない――という話になる。

「どういうこと?」

 結界と見紛う純粋なエネルギーが、人の心を判別している、などと。

 だが、事実として城塞ごと焼いてしまおうかと本気で考えた清姫を弾き、今も彼女を拒む障壁がある。エリザベートも清姫と同じく手をかざしてみるが、しかし一向になにかが触れる気配はない。

「……んんんんもう! 痛い痛い! 考えてもわかんないものはわからないわ! 考えるだけ頭痛の種が増えるのに、考えてわからないことなんて考えるだけ無駄じゃない。私は入れる。アンタは入れない。ふふん、なぜなら私がアイドルだから! それでいいのよ」

「その結論には私も頭痛を覚えますけど、話が進まないのでそれでいいでしょう」

「……あれ、今私、馬鹿にされた?」

「まあ、私が入ったところでところかまわず火を回すだけでしょうし、私は外で待機していますので、エリザベートさんが中を見て来ていただいても?」

「それはいいけど……ねえ、馬鹿にしなかった?」

「私はぐるりとこの城塞を外から見て回りますから、よろしくお願いしますね」

「あ、うん……」

 清姫がヴォークルール城塞をぐるりと一周してわかったことと言えば、どこにも隙間なく、結界らしき障壁が展開されているということだった。

 どこで力を入れようと結果は同じ。そして物見櫓を見上げれば、誰もいない。

 中にいる避難民や兵士たちはこの藤の花を妄信しているのだなと、ため息をひとつ。

 試しに炎を当ててみても結果は同じ。――とも言い切れなかった。

「……なるほど」

 草原が焼け、燎原となった途端に清姫の炎は障壁の向こうへと渡ったのだ。

 今度は己の炎ではなく、ぽっくりで地面を蹴りつけて土塊を障壁へとぶつけてみる。もちろん、中空で弾けてばらばらになった。では、と障壁のすぐそばまで近寄り、今度は地面を強く踏みしめた。

 バーサーカーの膂力もあって、地面に亀裂が走る。

 もちろん騒ぎにならない程度には力と音を抑えたものだったが、亀裂は障壁の向こう側へと走っていた。

「なるほど。絶対的というわけでもない……」

 そんなことを確認しつつ、半刻もかけて一周すると、入り口には疲れた顔のエリザベートが待っていた。騒ぎを起こしていないことは褒めてやってもいいが、その様子に思うところがないわけではない。

「ずいぶんお疲れですね」

「あ、おかえり。も~、ホントやんなっちゃうわ……」

「歌でも歌ったら怒られましたか」

「えっ、どっかで見てたの!?」

「そんなわけないでしょうに」

 相変わらず一定の距離からは城塞に近付けない清姫は、遠目から門の向こうを覗く。

 そこには先ほどと変わらない景色があるだけだった。膝を折り、手を結び、空を仰ぎ、一心に祈る人間。清姫の目には、誰も彼もが腐って見えていた。

「この結界は大したものです。下手な英霊の宝具であれば何十騎、何百騎と集まっても突破することは叶わないでしょう」

「ん~、私にはよくわかんないけど……」

「いくらか試してみたのですが、そのあたりが抜け道だと感じましたよ」

「そのあたりってどのあたり?」

「よくわからない……というところです。あなたが砦の中で歌ってもまだ弾き出されてないことを考えると、この考察は当たらずとも遠からずといったところでしょう」

「ふむふむ」

「わからないなら無理に相槌も打たなくていいですよ?」

「なっ、なによう! いいじゃない!」

 わからないことは否定しないんだな、と清姫。

 理解していれば彼女の皮肉に突っかかっていただろうから、面倒がなくていいか、とも。

 とはいえ、清姫は締め出され、エリザベートは聞き込みに向いておらず、そもそも中の人間は聞く耳持たない……。なにがしかの手かがりや進展がないかとここまでやってきた意味がない。なにより長居をしすぎるのは危険だ。

 敵の首魁がこのヴォークルールをずっと無視し続ける保証はない。

 清姫が検証したこともあって、この場所が絶対に安全とも言い切れない。

 中の人間はそう思っている様子だが。

「あなたはどう思います? この砦」

「どうって、そうねえ……」顎に指を当てて首を傾げる様はなるほどアイドルを自称するだけはある可愛さだった。「私のオーディエンスとしては最低ね。でも、熱狂的なのはいいわ。やっぱり推し一筋っていうのが理想のファンってやつかしら。まあここの人たちはちょっと怖いくらいだけど。……ていうか、そのアイドルがいないのもそれが理由じゃない?」

「……あなたにしてはまともな意見が最後に出ましたね」

「ふふん、なんてったってアイドルですもの。キメるときはキメるわ当然よ!」

 ふんす、と鼻を鳴らすエリザベートに構うことなく、清姫はさてと空を仰ぐ。

 これ以上はここに留まる意味がない。大量のワイバーンをけしかけられる前に離れるのが上策だ。

 ……しかし、と清姫は決めかねていた。

 離れるといっても一体どこへ? たった二人でオルレアンへ踏み込むと?

 あてもなく彷徨うのは、そろそろ止めにしたいところだった。

「あら?」

「ん……?」

 サーヴァントの持つ尋常を超えた五感が、人間の集団が近付いてくることを察知した。

 丘の向こうに、数十人にも及ぶ避難民や敗残兵が押しかけてきているようだった。ヴォークルール城塞の噂を聞きつければ、それもやむなしではある。人心とはそういうものだろうと、清姫もエリザベートも思う。

 さて、しかし。

 その集団に混ざって、二騎のサーヴァントがいるとなれば話は別だ。

 もちろん、向こうも清姫とエリザベートの反応を掴んでいるだろう。

 難民を引き連れていることから魔女側のサーヴァントではないのだろうが、それが決して好意的な関係を築けるかどうかの指標にはならない。清姫は心の温度をすうっと低くする。

 だが、清姫のその反応とは裏腹に、難民側のサーヴァントに動きがあった。

 うち一騎が、先行して近付いてきたのだ。それほど離れているわけでもないので、すぐにも丘を越えてその姿が見えた。

 極上の絹糸を思わせる髪に、輝かんばかりのかんばせ。瞳は青水晶の如く透き通り、洗練された肌艶は光を水のように変えて見せてしまう。鮮やかな韓紅の装いはいかにも高貴な身分を想像させた。

 無邪気な少女のように笑いながら、ガラスの馬に横乗りで疾走してくる。

 一体どんな体幹をしているのか、ぶんぶんと片手を上げて振るなんてことまでしている。

 清姫の身体から緊張がほぐれていく。あれは警戒する方が馬鹿をみるタイプだ。

 

「Vive La France!」

 

 たからかに、ほがらかに、少女は笑った。

 




とうだいもりのキャスター
 
◆スキル◆
●無辜の聖女:EX
「そうに違いない」「そうあってほしい」「未来に導いてほしい」といった希望の集約的存在である証。幸運のステータスが向上し、彼女の行う希望的漸進に常にブーストがかけられる。
 
 
彼女がこの特異点における黒幕の真実に辿り着けたのは「想い」という分野によるところに加えて、このスキルによって幸運と思考、閃きに関してブーストがかかっていたから。違和感を紐解き、ロジカルシンキングによって思い込みや盲点を振り払った名探偵ばりの推理。
 
藤丸クンも超速理解を示していますが、つまり「ルーラーというクラスは【聖杯への願望がない】英霊がなるクラス。なのに魔女ジャンヌは【祖国への復讐】を謳って暴れている。サーヴァントである以上、それはありえない。ありえないのならば、彼女は【厳密にはジャンヌ・ダルクではない】はず。まるで【そうあってくれ】という誰かの想いから生まれた【創作】のように歪められたジャンヌ・ダルクだ」という理論立て。「では、その誰かとは誰なのか。誰が聖杯に願ったのか」「己の手で復讐するのではなく、ジャンヌ・ダルクが復讐心を抱いてあれと願った誰かとは誰なのか」「そしてそれは、誰よりもジャンヌ・ダルクを傍で見ていた誰かであるはずだ」
 
ここに前提は揃い、ジャンヌ本人より心当たりのある一人の名が浮かびます。



……にしてもぜんぜんお話が進まない。
FGOのテキスト量を今更ながらに実感してしまいます。
数万文字書いてようやくエリチャンと清姫、マリーの登場です。

お気づきの方もいるとは思いますが、
漫画版を基礎にほぼ一からオリジナル展開してます。
そんなんだからお話が進まないんだ。


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悪夢を切り裂いて

今年初投稿なので初投稿です。
まほよフルボイス化ありがとう……ありがとう……
アマガミASMRボイスドラマははよ薫の出してください。

追伸。
特殊タグってやつ使ってみたよ。


 

「いやあ、ひどい歌だ!」

 口から出た雑言とは裏腹に、どこかしら愉快げに男は笑ってみせた。

 その態度にエリザベートは一瞬騙されて「そうでしょうそうでしょう」と満足げに頷いていたのだが、さすがに騙されたままであるほど馬鹿ではないので「あれ? 今馬鹿にされた?」と疑問を口に出す。

「まあ、アマデウスったら」

「いやいやマリア。誰がどう聞いてもひどい歌だっただろう?」

「あっ! やっぱり馬鹿にされてるわよね!?」

「それで、なにがどうしてエリザベートの金切り声を聞きたいだなんて……?」

「清姫? 清姫……?」

「なんだ、そっちもそのクチじゃないのかい」

「…………」

「おっと……、これはちょぉっと調子に乗りすぎたかな?」

「もう、貴方が彼女の友人を貶すようなことを言うからでしょう?」

「友人などではないですが」

「……もしかして私ミジメな感じじゃない?」

 まるでカマかけのような軽薄な男の口車に乗らず、清姫はじいっと正面の二人を睨みつけた。清姫はまだこの二人を本当に信用していいものかを図りかねていた。

 難民を護衛しながら引き連れてヴォークルールまでやってきたことと、難民の誘導でヴォークルールへと入場していた――できていた――ことからも竜の魔女側のサーヴァントではなさそうだというところまでは清姫とてわかっている。

 だがそれは、信用するかしないかの話とは関係がない。

 エリザベートは単純だ。いい意味でも悪い意味でも裏表のない馬鹿だから「嘘」がない。信用というよりは生存のための連れ、といった感じだったが、嘘がないのは清姫的にはかなりポイントが高い。馬鹿とは思っているが。

 それを言えば目の前の男も裏表なく素直に物事を言う性格のようだが、その態度とこちらを値踏みするような物言いが好かない。

「私たち、花の聖女って人に会いに来たのよ」

「ちょっとマリア……せっかく僕があれやこれやと考えてだな」

「それが彼女の気を悪くしているのよ?」

「理解してるよ。でもね、僕たちは彼女らよりもずっと弱い」

「だから? なら助けてもらわないといけないわ。こっちがお願いする立場よ」

「……君はそうだよねえ」

 扇子で口元を隠しながら、清姫は目の前のやりとりを斜に構えて見ていた。

 この底抜けのお人好しっぷりを発揮する女が、もしかしたらすべての糸を引いているかもしれない、という疑い。高貴な身分というのは、それだけしがらみが多い立場でもある。天真爛漫を絵に描いたような少女がそのままでいられる世界ではない。

 まあ、いつまでも頑なでは進む話も進まない。ある程度は譲歩しなければ情報交換もままならないだろう。行く当ても失っていたところだ、次の目的地を決める手がかりくらいにはなるかもしれない。

「私たちも同様です。こちらに召喚されて以来、様々な噂や光景を見てきましたが明るい話題はここにしかなかったものですから」

「ほら、アマデウス。こちらから歩み寄れば相手も答えてくださるのよ?」

「はいはい」

 右から左へ聞き流す態度ではあったが、それは男のいつもの態度らしい。

 女はそれを気にした様子もなく、清姫に改めて向き合った。

「改めまして、私はサーヴァント、ライダー。マリー・アントワネットと申します」

「そこまで言うのかい? まいいや、キャスター、アマデウス……いやモーツァルトの方が通りがいいか」

 二人の名前を聞いてもいまいちピンと来ない清姫だが、召喚時に最低限供給されている知識によって女――マリー・アントワネットと名乗ったサーヴァントは王女であること、男――アマデウス・モーツァルトと名乗ったサーヴァントが音楽家であることは理解した。

 サーヴァントとしての霊基を与えられた以上多少なりとも戦闘力は付与されているのだろうが、アマデウスが言ったように彼らがまとめてかかってきたとしても、エリザベートならば圧倒できるし、清姫であろうと戦い方によっては勝利できる。

 しかし、そうか、と納得するものも清姫にはあった。

 それというのも、この二人が合流したところでアマデウスが「歌ってくれないか」と話しかけてきたのだ。

「花の聖女」などという噂もあるだろうが、その噂の出所であるヴォークルールでサーヴァントと出会えばそう試したくもなるし、それに加えて音楽家ともなれば花の聖女――すなわち「歌」によって奇跡を起こした乙女となれば確かめてみたくなるのも無理からぬことだろう。

 とはいえ清姫は最初から意味のわからない頼みなど断ったのだが。

 しかしそれで乗り気になったのがエリザベートである。

 自称アイドルの彼女は、求められればもちろん歌う。自分の歌がどれほど酷いものかも理解していないのに、元気よくその毒電波を発信するのだ。

 エリザベートの歌い出しと同時にアマデウスが鼓膜を破らんばかりの勢いで耳を塞いだことには同情したものだ。

「……それで、聖女云々についてはお聞きの通りですが」

 以上のことをぼんやりと考えつつ、清姫は冷ややかに言い放った。

 アマデウスはそれに肩をすくめ、マリーはごめんなさいね、と謝った。

「まあ、城塞の中の様子からして、ここに残っているにも関わらず野宿でもしそうな君たちが噂の聖女さまだとは思ってなかったけどね」

「私はアイドルだもの。聖女なんかじゃないわ」

「同意するのは釈然としませんが、同じく」

 なんなら、そちらの女性の方がまだ聖女然としている。

 清姫は口には出さなかったものの、ちらとマリーへと視線を向ける。

 視線に気づいたマリーは当然のように微笑み、手を振ってくる始末だった。

「さて、それじゃあ現実的な話をしようか」

 停滞し始めた雰囲気を寸断するように、アマデウスが切り出す。

 清姫としてもその流れはありがたかったので、話を聞く姿勢になる。

「まあ、難しい話じゃない。僕たちのようなサーヴァントは他にもいる可能性は大いにありうる。合流を待つ、というのはひとつの手だ。なによりこの藤の花の結界は強固だ。このフランスで籠城するならここ以上の場所はないだろう」

 言ってみれば消極的な方針だろう。

 そもそも目的の人物である「花の聖女」とやらがヴォークルールにいない時点で、ここの雰囲気を嫌ったことは想像に難くない。つまり、これは花の聖女との合流は先延ばしになるものの、戦力を整えられる可能性があるメリットがある。

 デメリットとしては戦力がこれ以上増えない可能性も同じくらいあることと、ヴォークルールそれ自体が確実に敵首魁の攻撃目標になっているだろうことだ。

「だけど僕は反対だ。籠城してもジリ貧なのは目に見えてるし、戦力を増強できたとしても四方を敵に囲まれてちゃ離れようにも離れられない。せっかく集めた戦力を消耗するだけだ」

「あら、敵が攻めてくるよりも先に、誰かが来るかもしれないじゃない?」

「それはもちろん考えたさ。だけど、僕らや君たちが噂を耳にしてここに来た以上、竜の魔女とやらであるジャンヌ・ダルクの耳に噂が入っていないと判断するのは、それはもう甘いなんていう次元じゃない」

「空を飛べる向こうと、地を駆けるこちらでは移動速度にも差がありますし。むしろ、まだ襲撃がないことが不思議なほど……」

「そこで、私たちは花の聖女さんを追うことを提案するわ!」

 清姫はマリーの口から出た方針を頭の中で検討する。

 花の聖女側がどのような移動手段を持っているかにもよるが、こちらの移動手段は合流時に見たマリーが所有している水晶の馬車がある。サーヴァントが持つものと考えれば現物の馬車よりも走破性はあるし、同じく体力無尽蔵の水晶の馬付きと推測できる優れものだ。乗り心地までは知らない。

 それに敵の大規模(予想)襲撃から逃れられる。

 そしてここまで言うからには、花の聖女の次の行き先も当てがあるのだろう。

 デメリットとしてはサーヴァントの集団というには心許ない戦闘力しか保有できなくなること。そして、最悪そのまま花の聖女とは合流できない可能性も充分以上に存在することだろう。

 両案を天秤にかければ、追う案を取るだろうとは理解したし、納得もできた。

「花の聖女とやらの行き先に当てはあるのですか?」

「ああ、当てというよりかは予想……というところだけどね。ロワール川沿岸、ラ・シャリテを目指す。理由は単純、この時代においてほぼ最大級の街だからだ」

「花の聖女さんがそこに向かった保証はないけれど、フランスを知っているならラ・シャリテが一番近くて大きな街だから目的地にする可能性は高いと思うの。移動するにも目標は必要だし、この城塞から離れる理性が残っているのなら相手の本拠地に乗り込むようなことはしないでしょうし」

 以外と辛辣な言葉を吐くマリーに驚く清姫。

 いや、彼女にとって深い意味はなく、清姫らと同様の結論を出したことを言っているのかもしれないが。

「ねえ、清姫」

「なんですか」

「あれ、ヤバくない?」

「はい?」

 エリザベートの言葉に振り向いた清姫が見たのは、遠く稜線から首をもたげる大蛇だった。まるで空を飛ぶように体をうねらせ、一目散にヴォークルールへ向かっている。

「よし、急いで逃げよう!」

 最初に声を上げたのはアマデウスだった。

 マリーを急かして、早く水晶の馬車を出してくれるようまくし立てている。

 その間も大蛇を睨みつけていた清姫は、その正体が大量のワイバーンであることに気付く。つまり、敵の――竜の魔女による大攻勢だ。

 今逃げれば、確かにこの場を離脱することはできるかもしれない。

 だがあの量のワイバーン相手に逃げ切れるかは怪しい。森に逃げ込めたとしても、絨毯爆撃を受けて森ごと更地にされておしまいだ。

 ならば籠城か?

 清姫にとって、その選択は死にも等しい。

「エリザベートの宝具で先鋒だけでも潰せませんか?」

「できないことはないけど、あれに真っ向から喧嘩売る気? 正気なの?」

「逃げるんだよ! あの数相手じゃ、正真正銘英雄と呼ばれたサーヴァントじゃなきゃ打開できやしない! いや、正直逃げ切れるかも怪しいタイミングなんだけどさあ!?」

 水晶の馬車の御者台に飛び乗りながら、アマデウスが悲鳴を上げる。

 混乱しているうちにも大蛇はぐんぐん接近してくる。

「籠城しますか?」

 マリーの問いに、清姫はぐっと押し黙る。

 そしてそれに待ったをかけたのは、エリザベートだった。

「清姫は砦の中に入れないのよ!?」

「えっ!?」

「なんでだ!?」

「…………さあ、中にいる嘘つきどもが憎らしくて燃やしてしまおうかと考えていたら、自然とそうなっていましたから」

 白状とも、告白とも言い難い絶妙な感情を滲ませたセリフだった。

 バーサーカーらしいといえばらしい回答ではある。

 だが、この状況で好ましいかと言われると首を横に振るしかない。マリーは本気で清姫を心配している表情を浮かべ、アマデウスはその過激な発言に引きつった表情を浮かべている。

「とにかく離脱だ! 今迎え撃つよりも無事でいる確率は高いだろう!?」

「そうする他なさそうですね」

 アマデウスの焦った声に背を押されて、全員が水晶の馬車へ乗り込む。

 扉が閉まる音と同時に馬が駆け出す。本物の馬よりも遥かに高い馬力と速力で、遮二無二森へと突撃するような発進だ。

 アマデウスは冷や汗を垂らしながら、迫り来る大蛇を横目で睨みつける。

 ヴォークルールより離れる彼らを補足して追いかけてくる、といった動きは見受けられないが、あの大攻勢の一部でも牙を剥かれればこの一行はたちまち座に送還されるだろうことは疑う余地もない。

 頼むから来るなよ、と祈りなのか罵倒なのかもわからない内心を抱えて、アマデウスはとにかく馬車を走らせた。本物の馬のようにその体力を心配する必要がないのはとてもありがたい。そんなことに割くだけの余裕は、今の彼にはないのだから。

 

 その後、一行はなんの苦労もなく森の中へと身を潜めることができた。

 遠くから響く爆撃音に若干速度を緩めながら、アマデウスはヴォークルール方面へと耳を澄ませる。音楽家である彼がサーヴァントとなったことで、聴覚は生前よりもさらに遠くの音を聞き取れるようになっていた。

「羽音は遠い……逃げ切れたかな……」

「油断は駄目よ、アマデウス」

「油断はしてないよ、マリー。ただ、不気味だなってね」

「確かに、逃げてる私たちを見つけてないはずがないのに追いかけられてないのはちょっと気になるわね」

 馬車の中からマリーが首を出し、その奥からエリザベートが続けた。

 フランスを蹂躙する竜の魔女とは、不穏分子を見逃すほど甘い存在か。

「まあ、そんなわけないか」

「ええ、そうですとも。はぐれサーヴァントがひの、ふの、み、たったの四騎。ですが、我らがマスターに併合もせず、ましてや敵対を選ぼうとしているのなら、それを殺さずして憎悪が晴れるや如何ばかりか……」

 鈴の音のような声が真横から響く。

 瞬間、巨大な質量が馬車を牽引する水晶の馬を粉砕した。

 副次的な衝撃波を受けた馬車ももんどりうって転倒し、放り出されたアマデウスはあわや潰されそうになり、中にいた三人は全身を強く打ってしまった。

「サーヴァントにはサーヴァント。ワイバーンでは少々確実性に欠けますから……」

 荒く猛々しい息遣いの奥から、清廉な声がいやに通ってアマデウスたちの耳に届く。

 隆起する影。まるで丘が立ち上がったかのような巨大さ。森の中とはいえ、夜にはまだ早い時間に帳が降りる。妙齢の女性を守護するように、四足の陸竜が一行を睥睨していた。

「バーサーク・ライダー。貴方たちを殺した者の名を、せめて慰みとしなさい」

 四足の陸竜がその前腕を振りかぶる。

 巨大な体躯に似合わぬ俊敏さで放たれたアームハンマーが、水晶の馬車を砕く。

 アマデウスが警告を発する間もなかった。あまりに無慈悲な一撃。

「マリー!」

 全身に受けた衝撃が抜けきらず、這うこともできない。

 砕けた馬車は魔力の残滓となって虚空に消えゆき、残された残骸のような三騎のサーヴァントは意識を保ってはいるがアマデウスよりもはるかに重傷だった。一番動ける自分が、一番戦力値の低いサーヴァントであることに、改めて絶望してしまう。

「他愛ない。なまじサーヴァントであるから、死に切ってはいないようですが……」

 結末は変わらない、と。

 四足の陸竜に三騎を任せたバーサーク・ライダーが、アマデウスへとゆったりとした歩みで近寄ってくる。

 竜を従える魔女――すわ、ジャンヌ・ダルク本人かと疑うが、アマデウスは聞き逃していなかった。「我らがマスター」と、目の前のサーヴァントは言った。己を「バーサーク・ライダー」と名乗った。

 ――だが、それに如何ほどの価値があるというのだ。

 間もなく自分は死ぬ。いや、既に死んでいるのだからこの表現は正しくない、と皮肉屋っぽいやりとりを一人脳内で繰り広げつつ、アマデウスは一歩一歩近づいてくる己の死をじっと見続けた。

「ひとつ、訊いておきましょう。あの花を咲かせた本人は誰ですか?」

「知らないね。僕たちも、それが知りたくてここに来たんだからさ」

 知っていると嘘を吐いても良かった。

 そうすれば、少なくともここでは殺されないかもしれない。

「そうですか。であればヴォークルールを落としたあとは全土捜索かしら……」

「たった一人に血眼になって、竜の魔女もみみっちいじゃないか」

「その本人が野放しにした結果の産物のようなものですもの。こぼれるほど目を見開きもします」

「なるほどね……」

 が、目の前のサーヴァントは意外にも話を続けた。

 アマデウスの発言を、犯人を庇っているとでも判断したのかもしれない。知っている、と嘘を吐くよりも本当のことを言って嘘と思われる、ということは、竜の魔女側は花の聖女について本当に聞きかじり程度の情報しか持っていないのだろうか、とアマデウスは静かに考察した。

 そして、好都合には好都合が重なるものだ、とも。

 瞬間、反応したのはマリーと清姫、エリザベートを見張っていた四足の陸竜だった。弾かれるように森の深くに首を向けたと同時に、遠くで爆音がとどろいた。二、三回重なって響いた轟音に続いて、木々が薙ぎ倒される音が続く。

「何事――っ!?」

 陸竜の甲羅から、重苦しい金属音が鳴る。

 その衝撃に多少の苛立ちを立ち昇らせながら、陸竜が体の向きそのものを変えていく。

 バーサーク・ライダーも音の発信源へと意識を向けてしまった。どうやら死に体の雑魚サーヴァントよりも、何者かわからない敵性存在を脅威に感じているようだった。

「やはり砲兵。これからの戦争で、砲兵こそが戦場の華となるな。とはいえ、今回のこれは想定外の運用ではある。が、その陸竜を脅かしたとあらば、砲兵の有用性を説くよき材料になるというもの。さて、文句をどうするかだな?」

「〝あわれ砲兵は陸竜の反撃に遭い全滅しました〟と結べばよろしい」

「これはしたり。その可能性もあったな!」

「ただの人間が、タラスクに勝てるなどと思い上がりも甚だしい……!」

 姿を現したのは、一軍を引き連れた馬上にある壮年の兵士だった。

 森を貫くように放たれた砲兵運用。そして、この特異点でアマデウスの見てきた中でも、群を抜いて鍛え上げられたことがわかる軍団。サーヴァント並とはいわないが、素の殴り合いならサーヴァントになったとはいえ自分など相手にもならないとわかるほど、屈強な兵士たち。

 想定以上の援軍の登場だった。

 勝利は難しくとも、バーサーク・ライダーを撤退にまで追い込む可能性も僅かながら見えてくる。

 しかし解せないのは、司令官らしい壮年の兵士が、わざわざその姿を晒したことだった。

 肝煎りらしい砲兵の攻撃を切り札としてではなく、森を隔てた砲撃という、威力の減衰甚だしい奇襲を仕掛けたことと言い、冷静とは思えない。バーサーク・ライダーが怒るのも無理からぬ愚かさだとアマデウスですら思う。

 しかし。

「思い上がりなどではないッ!! 貴様らが何者かなどと今更問わぬ。我がフランスを蹂躙するというのなら、我らは剣を執り、それに抗うまで。敵の大小になど意味はない。敵は敵であるがゆえに、我々は戦わねばならんのだッッ!!」

 それは信念と呼ばれるものだった。

 兵士として、国を愛する者として、貫き通さねばならぬ意地だった。

「…………」

「ゆえに勝利する。それがたとえ、我が死の運命であるとしても、恐怖に屈して膝を折る理由にはならぬ。我らは最後の最期まで、この血潮果てるまで戦うのだッ!! 勝利を信じて!!」

『『『『勝利を信じて!!』』』』

「正義を信じて!!」

『『『『正義を信じて!!』』』』

「それが私だ!! それが、アルテュール・ド・リッシュモンの掲げる正義だ!!」

 ――アマデウスは息をのむ。

 リッシュモン大元帥。百年戦争決着の立役者。

 のちの世に〝勝利王〟とまで呼ばれるシャルル七世という存在を差し置いて、フランスの第一人者と目された人物。

 思っていた以上、想定外の人物の登場に、アマデウスの感情が追いつかない。

「ならば、理解させて差し上げましょう。その勝利が幻想であると。その信念が無為であると。この竜の前では、人の想い、願いなど些末事。等しく無価値なことと知りなさい……!!」

「それはどうかな!?」

「減らず口を……!! タラスク――ッ!!」

 魔力が急激に高まっていく。

 それがバーサーク・ライダーの宝具の真名解放の準備であると疑う余地はない。

 たとえ屈強な軍勢だろうと、所詮、人間は人間。サーヴァントの宝具に耐えうる人間など、よっぽどのものを防いだ逸話を持つような英雄に限られる。

 その点、リッシュモン大元帥は戦争終結の英雄であるものの、宝具に昇華できるような逸話も武具も所持してはいない。もし彼に宝具が与えられるとするならば、砲兵運用の推進からくる対城宝具か、あるいは彼の生涯、彼の軍勢の中枢となり続けた四千人に始まるブルトン人で編成された軍団だ。

 あの陸竜の一撃を防ぎきるような逸話はなにも持ち合わせていないし、砲兵運用の推進はこの時代よりも数年後から始まる話だし、軍勢についてもこの森の中で竜相手には物足りない。

「この滅びに抗わんとする尊き者へ、今、試練の一撃を与えましょう!!」

 熱波が吹き荒ぶ。

 タラスク、と呼ばれた陸竜が激しく白光し、波紋を打つように足元の地面が焦げ付いていく。

 輪郭すら燃やし尽くしたタラスクが、大跳躍する。その巨体からは考えられない身軽さで見上げるほどに上昇すれば、その全身を太陽じみて燃焼させ始める。周囲の森林がその高熱に発火し、甲冑を着込んでいるリッシュモン軍ににわかに焦燥と狼狽が広がる。

「うろたえるな! 堂々と構えよ! 砲兵準備! 火薬には気を付けろよ!」

 まさか大砲で迎撃するつもりか。

 通常状態のタラスクにすら衝撃を与えるにとどまった大砲などで、真名開放したアレを止められるはずがない。アマデウスが「これはもしかしてもしかするのでは……」と最悪の結果を幻視した、その瞬間だった。

 音楽家である彼の耳に、高速で接近する蹄の音が届く。

 この森林の中を、矢のように駆け抜けてくるそれは――

「〝星のように〟――――」

 

 ――》愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)《――

 

「この瞬間こそ好機!! 駆けよ我が白馬――!!」

 

 ――】幻影戦馬(ベイヤード)【――

 

 大地すべてを焼き尽さんと迫る白く輝く極小の太陽へ、決して輝き負けぬ純白の風が駆け抜ける。

 輝銅の鎧と、純白のサーコート、煌めく赤十字。豊かな鳶色の長髪をたなびかせ、この絶望的な戦局を覆さんと一人の男が迅雷の如くひらめいた。

 重力落下と魔力放出による加速を重ねた絶望の白光へ、幾重にも織り上げられた奇蹟が一束となってほとばしる。

 そして激突。

 太陽が如き灼熱の魔力が一帯そのものを飲み込まんとする暴威となって爆ぜる。

 その爆轟には誰も抗うことができない。たとえ突撃した男が無事であろうと、アマデウスらはぐれサーヴァント組と、リッシュモン大元帥率いる大軍がまとめて塵へと還されてしまうことだろう。

 ならば今、アマデウスがこうして目に焼き付ける光景は一体なんなのだ。

 意識がある。感覚もまだある。体が重く、動かない。首だけを上げて見上げる灼熱の暴威が、どうして我々を焼き尽していないのか――?

「聖剣よ、その無敵の力を我が前に示せ――ッ!!」

 

 ――】力屠る祝福の剣(アスカロン)【――

 

 灼熱の魔力が渦を巻いていく。

 タラスクと比べてしまえば小枝のような剣が、その強大な陸竜の魔力を捕まえている。

 この場にいる誰をも、いかなる害意、悪意から守り通してみせるという奇蹟。

 先ほどまで感じられていたひりつくような灼熱感は消し飛び、ただ両雄の激突の余波だけがそよ風のように吹いている。

「バーサーク・ライダー! その身の奇蹟、信仰、愛情が狂い荒ぶるというのなら。望まぬ殺戮、望まぬ飢餓、望まぬ命をむさぼるというのなら。その罪業を、自覚しているというのなら!! すなわち汝に、罪ありき――!!」

 

 ――】汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)【――

 

「これは……!? う、あ、ああああ――――ッッ!?」

 バーサーク・ライダーがもがき始めた。

 瞳孔は縦に割れ、犬歯は伸び牙じみて、その美貌におどろおどろしい人ならざる鱗が生えていく。

「ウオオオオオ!!」

 そして同時に、上空での激突も終わった。

 バーサーク・ライダーの魔力の質が急激に変貌したからか、宝具の真名開放の反動か、そのどちらもか、墜落したタラスクは弱々しく這うようにバーサーク・ライダーににじり寄った。

 その健気さに落ち着きを取り戻したバーサーク・ライダーが、荒い息のまま自身の姿を確認している。

「竜種への強制変貌……!? ぐ、ウウ、体が、言うことを効かない……っ」

 人は人のままであるからこそ、その身を十全に動かすことができる。

 天性のものでもなければ、そしてその属性への親和性がなければ、神経系はズタズタに切り裂かれ、身体機能を完全に発揮することができなくなる。道理であった。

「だけど、どうやら、そちらもそれ以上息は続かないようね……?」

「ああ、さすがに、これほど重ねての真名開放は堪える……!」

 着地した白馬は、白馬ゆえに視認しづらいが泡立った汗を全身から噴き出している。

 それに騎乗する男の表情からも重度の疲労が読み取れ、同様に玉のような汗を流していた。

 宝具の真名開放、実に三連続。

 ライダークラスらしい豊富な宝具だが、それを効果的に使うのと、無理矢理連続で発動するのでは魔力消費も桁違いとなる。しかし、伝説に謳われる竜種が相手となれば、それほどの無茶で力押しせねばまともに効果を発揮することさえなかっただろう。

「手の内を晒しましたね……痛み分け、というわけ――、ッ!?」

 撤退の気を出し始めたバーサーク・ライダーが、驚愕に目を見開く。

 縦に割れた瞳孔がまんまると見開かれ、ライダーが駆け抜けてきた方向の、その先へと向けられる。

 アマデウスも気付いた。タラスクが見せた真名開放をはるかに上回る、魔力の高まりだ。

 

 

 §

 

 

 がきん、と剣の柄が解放され、その中ほどに埋め込まれた蒼玉が強く輝く。

 神代、神の構成要素とまで目された「天上の星々の運行を司るモノ(アイテール)」。

 その剣の宝玉には、それが込められている。

 その剣に宿る「竜殺し」という概念を、神の権能の欠片によってブーストするために。

 ニーベルンゲンの歌に謳われる英雄、ジークフリート。

 彼が揮ったとされる、もっとも名の知れた「竜殺し」を為した黄昏の剣――!

「バーサーク・ライダー。悪なる竜の欠片よ。その悪夢より、醒めるときだ……!!」

 大上段へと大剣を掲げる。

 練り上げられたジークフリート自身の魔力と、魔剣より放出される研ぎ澄まされた第五真説要素(真エーテル)が光り輝く竜殺しの刃を形成していく。

 木々の背を越え、雲壌を貫く光刃。

 その偉容にさえ劣らず、ジークフリートの瞳もまた、決意を滾らせた。

 この悪夢を終わらせるのだ、と。相対する相手の、なんと醜いことか、と。

 在り方をゆがめられ、本来ならば輝かんばかりのかんばせに、可憐な笑顔を浮かべる女性だっただろうに。今ではその顔の半分以上が鱗に覆われ、人が本来持ちえないはずの牙で口元は裂傷を負い血塗れになっている。

 その者の罪業と欲望を「悪竜」という形で顕現させる。

 ライダーの放った【汝は竜なり】という宝具は、そうした形で相手を竜種へと変貌させる。

 逆説的に、その姿こそがその身に巣食う罪業の核であり、悪竜の欠片そのもの。

 であるならば。

 であるならば、この「竜殺し」を為した剣は。

 第五真説要素によって神代の指先へと触れたこの極光は、その悪夢を断ち斬るはずだ。

 いいや、断ち斬ってみせる――!

 あの優しきひとの、悪夢を終わらせてみせるのだ――!!

「悪しきまどろみを断ち、今、真なる落陽へと導かん!」

 黄昏の剣が、その輝きが、完成する。

 極光の剣へと転身した大剣は、星々の涙さえ内包して、呪いを祓い、聖剣としての姿を取り戻す。

 どしん! とジークフリートが大きく踏み込む。

 大上段に掲げられたそれを、違わずに届けるために。

 ゆえに唱える。叫ぶ。そうあれと!

「邪竜、滅ぶべし……!!」

 

 ――≫幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)≪――

 

 

 §

 

 

 輝きを見た。

 その奔流の中で、悲鳴をあげた。

 悲鳴をあげたのは、私なのか、私の中のなにかかはわからない。

 一瞬だけ、輝きがかげる。この場にいる誰よりも大きくて、逞しい体が輝きを遮っている。

 やめなさい、と言いたかった。もはや私を庇う理由など、欠片もありはしないのに。

 タラスクは断末魔をあげた。その堅牢なはずの甲羅も許された抵抗は数秒にも満たない。

 それでも竜種たる意地なのか、欠けていく全身をそれでも盾として私を健気に守ってくれている。

 輝きが戻ってくる。逞しくもやさしき陸竜を葬った滅竜の極光が、もう一度襲い掛かってくる。

 彼が耐え切れなかったそれを、竜種へと変貌させられた今の私が耐え切れる道理もない。

 だが、不思議なことに、私の身体は切り刻まれることはなかった。

 ただ、この身に刻まれていたはずの「狂化」のスキルが、べろりと引き剥がされていく。

 間違いはなかった。悲鳴をあげているのは、悪竜と化した「狂化」スキルだった。

 極光の中に崩れていく。まるで脱皮したあとの抜け殻のように、私を蝕んでいた竜が消えていく。

 その輝きのはるか向こう、大剣を振り抜いた姿勢のままでいる戦士と目が逢う。

 強い決意を漲らせ、気高き誇りをまとう眼光だった。

 ああ。

 貴方ほどの益荒男に引導を渡されるのならば、後顧の憂いなどあろうはずもない。

 この竜殺しの力があれば、必ずや最大の障害たるファヴニールであろうと突破できる。

 どこの誰でもいいからあの馬鹿みたいな――子供の癇癪の塊みたいな女に一撃くれてやれ。

 本当なら私自身の拳で――げふんげふん。

 もとい、我が祈りで邪なる思念を破砕したいところですが。

 そろそろ限界のようだった。たとえ切り刻まれなくとも、この極光は確かにこの身を終わらせた。

 ……ありがとう。

 ただ、それを伝えられないことだけが、少し口惜しい。

 極光の中に溶けるようにして、私の悪夢が終わりを告げる。

 不思議と痛みはない。もうその感覚すら失われてしまったのかもしれない。

 もう自分が立っているのか、吹き飛んでいるのかさえ曖昧だ。

 思考も薄くなっていく。

 最後にもう一度、ありがとう、と心で唱えて消えていく。

 

 聖女マルタは、光へと還るその最期に見た。

 大地に立つ、逞しき大英雄とその剣を。

 力強く決意に満ち、研ぎ澄まされた瞳を。

 

 

 §

 

 

「任せてくれ。あとは、なんとかしてみせよう」

 

 

 

 




◆人物◆
●アルテュール・ド・リッシュモン
Dの一族。リッシュモン大元帥。
とはいえこの時期の彼は軍部総司令官というわけでもないし、
ジャンヌ・ダルクと共闘したことも実は生涯で一回しかない(パテーの戦い)。
けどジャンヌはこのおいちゃんを気に入ったんで抱え込もうとしたけど、
シャルル7世とはバチバチだし、仲の悪い奴の遠縁のジル・ド・レとか、
そのあたりの人物とは折り合いが悪かった。

ジャンヌの登場によって生まれた勢いを、終戦まで衰えさせることなく継続させた大英雄。ジャンヌ処刑後からはシャルル7世も「あれ?こいつもしかして私欲じゃなくてマジでフランスのために戦ってる?」と気付く。

直属の軍勢を除く、ラ・イルをはじめとした傭兵意識の抜けない将が行う略奪行為にほとほと嫌気が差しており、「お前らマジでやめろ」と何度も注意する。こりゃもう常備軍設立するしかねえな、と常々考えており、そのために貴族らからも徴税を行う。
大反感を買って反乱まで起こされるけど、シャルル7世と息の合ったコンビネーションでマッスル・ドッキングを炸裂させると反乱軍はその余波で死んだ。勝利。ぶい! ついでにジル・ド・レもこのあたりで処刑されて死んだ。ジルの所領、ゲットだぜ!

ちなみに、この常備軍設立の運動が「絶対王政」という政治形態に拍車をかけたとされている。
その後もなんやかんやでVxVで常勝街道を突き進んで百年戦争終結!
閉廷、もとい平定!解散!!

この勝利について、砲兵運用の推進が特に挙げられるそう。
イングランド軍の長弓部隊以上の射程から問答無用で籠城してるところにノックしてもしもーし!して解錠(物理)して開城(物理)、勝利の大きな要因となったとされている。戦争最終盤であるシェルブール港あたりの戦いでも砲兵の機動的運用とかいうもはやわけわからんレベルの戦法を駆使して百年戦争にチェックメイトをかけた。

なので、もしサーヴァントとして召喚される場合、アーチャー適性をもつ可能性が高い。ナポレオン方式ではあるが、ナポレオンは彼自身が砲兵出身であったのに対して、リッシュモンはその運用に長けていたので、宝具としては海賊組なんかの「大量の大砲を召喚してぶっ放す」系のものになると考えられる。対軍というよりも対城宝具。魔術師の工房や、人の作り上げた要塞などの破壊が特に効果を発揮しそうなので、ゲーム的な性能であると「防御無視、かつ相手の防御が上がっていれば上がっているほど威力が上昇する」という絶妙に使い勝手の悪い性能になりそうではある。防御札ばんばん重ねてくる系の高難易度では最適解になりうる。


この特異点において、リッシュモンは竜の魔女の攻勢を早期のゲオルギウス&ジークフリート加入というおおよそ最強の手札を手に入れたことでしのぎ、「花の聖女」の噂を頼りにヴォークルール城塞までやってきた。
マスターよりもマスターしてるんじゃねえかコイツ。


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