託された力 (lulufen)
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第1話 プロローグ

【無個性】

 ただそれだけで人は変わる

 

「はん!俺がいっちゃん強いんだ!(ヴィラン)なんて目じゃねぇ!心配すんな、もしもの時はテメーごとモブ共全部助けてやんよ」

 

 頼れる兄貴分(身近なヒーロー)

 

「【無個性】の分際で俺に盾突いてんじゃねーぞ!デク!!」

 

 いじめっ子(最悪の敵)になった

 

「おっ!お前もヒーローになりたいのか?やっぱ格好いいもんな!」

 

 同じ夢を持った友達は

 

「ヒーロー?お前が?ぶはははは!【無個性】なんかがヒーローになれるわけねーだろ?ばーか!」

 

【無個性】と嗤ってきた

 

「出久君は将来何になりたいの?ヒーロー?そっか、じゃあお勉強も運動も頑張らなきゃね?」

 

 夢を応援してくれた先生は

 

「出久君。出久君には出久君にしかできない事がいっぱいあるんだからヒーローは残念だけど諦めましょ?」

 

 夢を諦めるよう諭すようになった

 

「やめて!やめてよ!痛いよ」

 

 いじめを止めようとして代わりに殴られたら

 

「助ける【個性】()もないくせに余計な事すんな!」

 

 助けようとした相手に罵倒された

 

「出久は本当にヒーローが好きね~出久ならきっとなれるわ!頑張って!!」

 

 僕のことを一番分かってくれていた母さんは

 

「ごめんねえ出久ごめんね…!」

 

 止めどなく涙を流しながら謝ってきた

 

 

【無個性】とは

 

 庇護対象から加虐対象に変わるほど悪いことなのか

 

 将来の夢を語らう(ヒーローを目指す)どころか諦めねば(憧れては)ならないのだろうか

 

 人助けすらしてはならないのだろうか

 

 母が泣かなければならないほど酷いものなのだろうか

 

 地獄の日々の中で少しずつヒビが広がり今にも心が砕けそうだった

 

 それでも(ヒーロー)を諦められなかった

 

 そんな思いすらも粉々に砕かれたのは【無個性】という現実を突きつけられてから4年、8歳の時

 

 目的もなく町中を散策していた時に偶然にもオールマイトが(ヴィラン)を退治したところに出くわした

 

【無個性】はヒーローになんてなれない

 

 半ば諦めていた気持ちももしかしたら、オールマイトなら「大丈夫」と「ヒーローになれる」と言ってくれるかもしれない

 

 蜘蛛の糸のような細い希望だと分かっていてもしがみ付きたかった

 

 そして文字通りオールマイト(希望)にしがみ付いて問うた答えは

 

「夢見ることは悪いことじゃない。だが・・・相応に現実も見なくてはな」

 

【無個性】はヒーローになれない

 

 蜘蛛の糸(希望)は呆気なく切れた(消えた)

 周りと同じ飽きるほど、慣れてしまうほど言われた事実

 

 他の人に言われるなら耐えられた、耐えることができた言葉

 

 でも他でもないオールマイト(憧れの人)からの言葉は日々の侮蔑や嘲りでヒビ割れた心を粉々に砕くには十分だった

 

 目の前が真っ暗になった

 人生のやり直し(自殺)すら頭に過ったほどだ

 

『彼』に会ったのはそんな絶望の底にいた時

 

 俯き下を向いていた視界に誰かの足を捉え、顔を上げた時、『彼』はそこにいた

 

『彼』は

 

「少年、力が、【個性】が欲しくはないかね?」

 

 そう問いかけてきた



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第2話 ー覚えたー

前回の短編を加筆修正したものです



「少年、力が、【個性】が欲しくはないかね?」

 

「え、あ、あの、貴方は誰ですか?」

 

 整った顔の半分を隠す白髪に赤い目、赤いスーツとその上からでもわかる鍛えられた体、金属でできた首輪、腹の底に響くようなハスキーがかった声

 

 声を掛けられた少年は困惑していた、知り合いにこんな人はいない

 

「私?私はそうだな……ある人物の皮を被った偽物さ。さしずめフェイク・アダムとでも名乗っておこうか」

 

 え?皮を被った偽物?フェイク・アダム?

 

 こちらが混乱しているのを察してか話を進めた

 

「まあ、そんなことはどうでもいい。君は【無個性】( 無 力 )だと【個性持ち】(力ある者)に貶され、【個性】()があればと自身の【無個性】( 無 力 )を嘆きながらも諦めずに(下を向かず)ヒーローを目指している(前を向いている)【無個性】( 無 力 )は嫌なのだろう?この手を取りたまえ、そうすれば【個性】()が手に入る。」

 

 男はそういいながら手を差し出してきた

 

「もう一度聞く」

 

 ―― 力が欲しくないかね? ――

 

 

 まるで悪魔の囁きだ。【個性】()が欲しいかだって?そりゃ欲しい。欲しいに決まってる。

 

 颯爽と現れ敵を倒し、味方に希望を与え去っていく。

 そんなヒーローになりたいと憧れ自分もいつかヒーローにと幾度となく夢を見たが、現実は残酷だ。

 あの日、僕は楽しみだった。どんな【個性】()が僕にあるのか。

 ヒーローになるための第一歩は[判定結果:【無個性】](現実という名の事実)により踏み出せなくなった。

 母さんは泣いて謝ってきた。そんな母さんを見たくなくて泣きたいのを我慢して「大丈夫」と強がりを言った。

 

 それからは地獄だ。【個性】がない。ただそれだけで周りは僕を蔑み、夢を哂った。

 それでも諦められず最も憧れたヒーロー(たった一つの希望)に縋りついた。

 「【無個性】でも、【個性】がなくてもヒーローになれる」そう言って欲しかった。

 でも憧れの人(希望)の口から出たのは非情なまでの現実(絶望)だった。

 

 【個性】()があれば、母さんが悲しむことだってなかった。

 

 ――     い ――

 

 【個性】()があれば、【無個性】と蔑まれることはなかった。

 

 ――    しい ――

 

 【個性】()があれば、抱いた夢を哂われることもなかった。

 

 ――   欲しい ――

 

 【個性】()があれば、こんな現実を突きつけられる(絶望する)ことはなかった。

 

 ――  が欲しい ――

 

 【個性】()があれば、【個性】()さえあれば!!

 

 ―― 【個性】()が欲しい!!!! ――

 

 少年は心の中の激情を叫んでいた

 

「ククク、ならば渡そう、この【個性】()と私の全てを」

 

 男の声と共にふと疑問が浮かぶ

 

「どうして、どうして僕に【個性】()をくれるんですか?」

 

 知り合いだったわけでもなく、接点があったわけでもない

 しかし、目の前の人は自身の境遇を知っている

 なぜ自分なのか。なぜ知っているのか。なぜ全てを渡そうとするのか

 先ほどまでの激情も忘れるほど疑問が頭を埋め尽くす

 

「なに、全て私の都合さ。

 

 友と共に戦う【個性】を覚えていた(力があった)

 

 家族を救う【個性】を覚えていた(術があった)

 

 周りを守る【個性】を覚えていた(能力があった)

 

 なのに原作(己の知る未来)が変わることを恐れ何もしなかった

 

 皮を被ってまで力を得て、友を、家族を、自身の周りすべてを、己の手で守るために【個性】を覚え(力を集め)続けたのに

 

 自身という存在がすでに未来を変えているとも気付かずに変化を恐れ、己の手で守ると誓っておきながらその手で全てを捨て去っていた。

 

 残ったものは[自身の選択]( 後  悔 )[捨ててしまったという事実]( 絶   望 )

 

 私はね、もう終わりにしたいのだよ。ただ、どうせ未来は変わっているのだから最後位、己が思うがままにこの力を使いたい。

 そしてその結果が君への力の譲渡さ。

 

 君なら多くを救ってくれるだろう、守ってくれるだろう。私が間違った選択も君なら正しい正解を選ぶだろう。何せこの世界の主人公(ヒーロー)なのだから」

 

 そう言いながら髪をかき上げ額を露わにした

 そこには綺麗な青い石があった

 

 ―― さぁ受け取れ、あらゆる【個性】()を覚え。その全てを強化する。最強の力を ――

 

 男はゆっくりと少年と額を合わせた。

 

 ―― 君の未来に幸多からんことを ――

 

 最後にそう言い残し男は霞のように消えた。

 

 

 残された少年は額に青い石をつけ(・・・・・・・・)誰にも聞こえないような小さな声で呟いた

 

 

 ――――― 覚えた ――――――

 

 

 



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第3話 あれから7年~実技試験開始 上

 あれから7年いろんなことがあった

 

 あの日、【個性】を受け取った後、帰宅して直ぐに母さんは額にある青い石の存在に気付いた

 咄嗟に[覚える]【個性】が発現したと嘘をついた

 お母さんは「[覚える]【個性】なんて(うち)の家系で出るのかしら?」

 と疑問に思っているようだったが、突然変異とか隔離遺伝とかいって誤魔化した

 それからお母さんはずっと上機嫌だった

 僕が夢を諦めず追い続けているのに、母さんは諦めてしまったことを悔やんでいた。そんな時僕に【個性】が発現したと分かり尚のこと嬉しかったようだ

 夕飯は僕の大好物のカツ丼やごちそうが並び、いつも帰宅が遅い父さんは早退してまで早く帰ってきてくれた

 両親の優しさから涙が止まらず、その日食べたカツ丼はちょっとしょっぱかった

 

 

 それから2日後には7歳から11歳位のアダムさんを『お兄ちゃん』と呼ぶ6人の美少女(いもうと)が訪ねてきた

 アダムさんから手紙を預かっていると渡され、読んでみると【個性】の使い方(覚え方)と彼女達の【個性】を覚えるようにと書かれていた

 年上の女の子、それも美少女と顔を近づけ、更に額まで合わせるなんて僕にとっては超高難易度で慌てふためいた

 恐らく顔は真っ赤だったと思う

 

 すると彼女達から額を合わせてきて【個性】を強制的に覚えさせられた

 

 鼻血を噴かなかったことを誰か褒めてほしい

 

 母さんは「【個性】の次は春まで来ちゃったのね!!」なんて言って喜んでたけど、僕はバクバクなる心臓と今にも噴き出しそうな鼻血を堪えるのに必死だった

 

 どうもアダムさんから事前に頼まれていたらしく、元々手紙を渡したら【個性】を覚えさせるつもりだったしい

 何でお兄ちゃん以外とってぶつぶつ言ってた。アダムさんはよほど慕われていたみたいだ

 

 その後帰っていったが帰り際にアダムさん(お兄ちゃん)がいかに素晴らしいか口々に語っていった

 

 曰く、孤児院にいた自分たちを引き取って美味しいものや綺麗なものをいっぱいくれた

 男の子や綺麗なお姉さん達には目もくれず彼女達だけを引き取って、自身を『アダムお兄ちゃん』か『お兄ちゃん』と呼ぶように言ったらしい

 

 曰く、どんな時も颯爽と現れて守ってくれる

 男の子に意地悪された時、突如見事な飛び蹴りで男の子を吹き飛ばして現れ、もう意地悪しないように締め上げて(説得して)くれたらしい

 

 曰く、どんなに忙しい時でも彼女達がお願いしたら必ず来てくれる

 お遊戯会や発表会はビデオカメラ3台、一眼レフカメラ5台、反射板や集音マイク(その他のいろんな道具)[分身]の【個性】で(沢山に増えて)撮影してくれるらしい

 

 曰く、家にいる時はいつも一緒にいてくれる

 一緒にお風呂に入ったり同じベッドで寝たりするらしく、特に大きな手で頭を洗ってもらったり撫でてもらうのが気持ちいらしい

 

 曰く、いつもきれいな服をくれる

 デザイン、採寸、縫合、手直し、着せ替えまで全部アダムさん(お兄ちゃん)がやってくれるらしい

 

 曰く、挨拶は一人一人にやってくれる

 ちょっと恥ずかしいけど、おはようとお休みのチューとハグを欠かさずしてくれるらしい

 

 曰く、曰く、曰く、曰く・・・・・・

 

 想像していた『格好良い』や『優しい』とは大分違ったけど、良く分かった

 アダムさんはロ――じゃなくて、とっても格好良くて優しいロリ――お兄さんみたいだ

 羨ましいと思ったこの気持ちは気が動転したせいだ

 僕は決してロリコンじゃ(そんな業は背負って)ない・・・はず

 

 

 学校ではかっちゃんにやり返した

 

 初めはかっちゃんやクラスメートから「ただの【無個性】のくせに」「ヒーローなんて無理だ」という言葉に「もう【無個性】じゃない」「ヒーローにだってなれる」と言い返しただけだった

 でも、今まで見下してきた僕に反抗されたのが気に入らなかったのか怒りだした

 その上、強い【個性】が発現したとどこからか――恐らく母さんが大げさに言ってから小母さん経由で――聞いたのか僕が反抗したのも含めて更に怒った

 

「【個性】を使ってみろ!!」

 

 と叫びながら手をボンボンと爆発させ飛び掛ってくるかっちゃんに咄嗟に【個性】を使った

 その頃、覚えていたのは母さんの[物を引き寄せる]【個性】、父さんの[火を噴く]【個性】、アダムさんの義妹達の[(パワー)][(スピード)][(フレグランス)][黒の引力(ブラック・アトラクション)(洗脳)][操水][操土]だけ

 

[(パワー)]と[(スピード)]は制御できてないし、何よりかっちゃんに近づいたらやられちゃう

[(フレグランス)]は[爆破]の【個性】持ちのかっちゃんには相性最悪

[黒の引力(ブラック・アトラクション)]はかっちゃんに近づかないといけないし・・・・・・好きな子以外とそういうことはしたくない

[操水]と[操土]は使えるけどその時は使い方を思いつかなかった

 残る選択肢は母さんの[物を引き寄せる]【個性】か父さんの[火を噴く]【個性】

 その時選んだのは父さんの【個性】だった

 

 ただ火を噴くだけの【個性】

 それでも始めてみた時は格好いいと思った、オールマイトよりもヒーローよりも早く、初めて憧れた人の【個性】

 

 父さんは赤い火を噴いたが、僕が全力で噴いたら青い炎が出た

 かっちゃんは咄嗟に横に飛び、炎を避けていて当たらなかったけど、青い炎に気を取られていて気付かなかった

 5秒ほどで炎を吹き尽くし、かっちゃんを探すがそこにかっちゃんの姿はなく、右に10m位ずれた場所に居たので慌ててそちらに体を向け警戒した

 しかし、いつもならすぐに恐ろしい顔で攻撃してきそうなのに、唖然とした顔でその場に立っていて一向に向かってくる様子がなく、何事かと視線の先に目を向けると炎が当たっていた地面の中心部はゴポゴポと赤いマグマが煮えたぎり周囲は硝子化していた

 

 血の気が引いて腰が抜けた

 もしこれが人に当たっていたらと思うとぞっとした

 

 周りが唖然とする中、騒ぎを聞きつけた先生が駆けつけてきて酷く怒られ、今回の決闘もどきは有耶無耶になったけど、この件があってからはいじめは無くなった

 相変わらずかっちゃんは僕を睨みつけたりするけど手を出してくることはなくなった。その内【個性】みたいに爆発しそうでちょっと怖い

 それに周りからも何も言われなくなった。ただ、今まで僕を馬鹿にしたりかっちゃんと一緒にいじめてきた人は明らかに僕を避けるようになった

 

 挨拶するだけで怯えなくても何もしないってば

 

 

 休日に(ヴィラン)に襲われたこともあった

 

 かっちゃんとの決闘もどき以来、体を鍛え始めていた

 あの時は近づいてくるかっちゃんが怖くて咄嗟に【個性】を使ったが、【個性】の強化具合から今後は安易に増強系以外の【個性】は使えそうにないことが分かった。それなのに、自身の貧弱な体じゃ増強系の【個性】を使っても接近戦どころか接近されたら負けちゃうか、文字通り木偶の坊みたいにやられっぱなしになっちゃう。そもそも増強系の【個性】すら体が耐えられるか分かんないし

 だから、【個性】の学習・制御の練習と並行して近所にある道場のお爺ちゃん達――お父さん曰く、鬼哭三人衆(きこくさんにんしゅう)と呼ばれる鬼の様に恐ろしい老人達――にお願いして鍛えてもらっていた

 

 そんな特訓のばかりの日常でのなかで、久々にヒーローと(ヴィラン)の戦闘を見た

 いつもだったら野次馬その一で終わっていたのに、偶々最前列にいたせいか(ヴィラン)に人質に選ばれてしまった

 

 ヒーロー――デステゴロ――と対峙していた(ヴィラン)がサバイバルナイフ片手に加速系の【個性】で近づいてきて僕を人質に取った

 回避や反撃はできそうになかったのでせめて体は守らなきゃと[金剛石]の【個性】で全身をダイヤモンドに変え刃物による脅しを無効化した

 

 (ヴィラン)は僕がダイヤモンドになったせいで刃物が無力化させたことに苛立っていた。その姿は隙だらけだったので攻撃した。

 事前に(ヴィラン)と遭遇した時の対策をお爺ちゃんズの[筋力増強(パンプアップ)]の経爺(きょうじい)――馬須留 経蔵(まする きょうぞう)――と[鉄腕]の硬爺(こうじい)――徹寺 硬之丞(てつじ こうのすけ)――から聞いていたので実行した

 アドバイス通りに[金剛石]と新たに[怪力]と[鉄腕]の【個性】を発動させ、腹部に肘を打ち込んで怯ませ拘束を解き、振り向き様に頭上にあった顎に裏拳を入れた

 

 ただ、

 

「お前さんはちみっこいからのぉ、自分よりデカいのに拘束されたら肘打ちして顎を裏拳なりで殴れ、昇龍拳ならなお良いが下手すりゃ死ぬかんなぁ。あぁそれと儂の【個性】は使うなよ?お前の【個性】の特性上、お前の体か殴った相手が弾け飛ぶかんのぉ」

 

「顎なら()ち割っても死にゃあせん。ただ下から打ち抜くと脳みそがオシャカになるでな、横か正面にせいよ?そこなら一生喋れん位で済む」

 

 とやけに物騒なアドバイスだったので一応手加減して横から顎を打った。それでもパキョって音と共に(ヴィラン)の顎が砕けた

 

 それと[金剛石]の岩爺(がんじい)――巌 岩哲(いわお がんてつ)――に

 

(ヴィラン)は意識を失うまでボコれ、下手に手を抜くと反撃が来るでな。なぁに死んでなきゃ罪には問われん」

 

 とこれまた物騒なアドバイスをもらっていたので殺さないように注意しつつ、怯んだ(ヴィラン)に飛び上がってからの踵落しを左肩―鎖骨―に行い、蹲ったところで顔を掴んで【個性】を覚えるのも兼ねて頭突き、そのまま顔面へ膝蹴りを行った。後は手足を砕いてとどめに意識を刈り取れば無力化完了だと倒れもがいている(ヴィラン)に追撃しようとしたら、まさかのデステゴロに止められた

 

 (ヴィラン)は顎が粉々に砕け、顔の骨と鎖骨が骨折しているようであーあー言いながら肩と顔を押さえてもがき苦しみ、そのままヒーローに拘束されていた

 

 やばっ!そういえばダイヤモンド状態のまま攻撃してた!!

 

 その後、(ヴィラン)に立ち向かったことと反撃したこと、それとやり過ぎだと物凄く怒られ、理由を聞かれたのでお爺ちゃん達3人の名前とアドバイスの件を話したら、デステゴロが天を仰ぐようにして溜め息をついた後、

「あの鬼哭三人衆(きこくさんにんしゅう)の鬼爺共が・・・未来ある子供になんてことを教えてんだよ」

 と言っていた。

 

 3人と知り合いみたいだけどどんな関係だろう

 

 ちなみにデステゴロにお爺ちゃん達との関係を聞いたらお茶を濁され、お爺ちゃん達に聞いたら

 

「あの貧弱小童(こわっぱ)が筋骨隆々の〝ひいろう〟じゃと!?ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「ほぉほぉ、あ奴も成長したということか」

「根性と負けん気だけは一丁前だった小僧がのぉ」

 

 と経爺は笑い転げ、硬爺と岩爺は昔を懐かしんでいて、結局デステゴロとの関係は聞けなかった

 

 そんな濃い日常を送りながらは(ヴィラン)を含めたいろんな人から【個性】を覚えた

 ただ(ヴィラン)から【個性】を覚えるときは[(スピード)]の【個性】で加速しながらジャンピングヘッドして即退散を繰り返してた

 3回位ヒーローに捕まってお説教されたけどお爺ちゃん達との対人戦闘訓練の延長だと言い訳して逃げた

 

 デステゴロ、ごめんなさい

 

 稽古中に荷物から零れ落ちたヒーロー分析ノートをお爺ちゃん達に見られたのでついでに意見を聞くと

 

「そんなもん小僧の勝手じゃ。それに他人の戦闘を参考にするのは悪いことではない」

「そうじゃ、特に小僧のように他者の【個性】を使う場合はより参考になるだろうよ」

 

 と硬爺と岩爺は認めてくれたので今後も続けて行こうと思う

 

 ちなみに経爺は

 

「戦略なんぞいらん!!中下段攻撃から[昇龍拳]で一発じゃ!!昇"龍"拳じゃぞ!!断じて昇"竜"拳ではないぞ!!」

 

 と良く分からない事を言っていたから聞かなかったことにした

 

 ――― 雄英高校校門前 ―――

 

 そして入試当日、

 多くのヒーローを輩出した超名門校、【無個性】だった頃なら行こうとは思わなかったであろう場所、もう誰にはばかることなく選んで進める

 お爺ちゃんたちの鬼の特訓もやったんだ。大丈夫!!やってやるさ!!

 さぁ目標(ヒーロー)へのだ――

 

「どけデク!!」

 

 ビクッ

 

 振り向くと殺気だって歩いてくるかっちゃんがいた

 

「かっちゃん!!」

 

 あの日、終礼での先生の何気ない「緑谷も爆豪と一緒で雄英志望だったよな」の一言でついにかっちゃんが爆発した

 その時は咄嗟にかっちゃんの顎を軽くたたいて脳を揺らし、尻餅をついている間に逃げるように学校を後にした

 次の日からかっちゃんは普段以上に睨む様になったけど、最近は稽古時のお爺ちゃん達の笑顔で慣れたのでそこまで怖くない

 お爺ちゃんたちは例えるなら5桁は殺しをやってそうな悪鬼

 それに比べたらかっちゃんは怖くない・・・うん、怖くない・・・

 

「お、お早う、お、おおお互いがが頑張ろうね」

 

 かっちゃんはこちらに返事を返すことなく行ってしまった。

 

 ごめん、やっぱ怖いです

 

「はぁ朝からかっちゃんに睨まれるなんて悪いことありそう・・・」

 

 ダメだダメだ!試験前に弱気になってどうする!!気を取り直して目標(ヒーロー)への第ガッ一歩を!!

 

 ・・・・・・ん?地面を踏んでる感じがしない?

 

 フワー

 

「大丈夫?」

 

 疑問に思っているといきなり女の子に話しかけられた

 

「わっえっ!?」

 

 えっ飛んでる?いや浮かんでる!?えっ誰!?

 

 混乱しているとストンと地面に下ろされた。

 

「私の【個性】、ごめんね勝手に。でも転んじゃったら縁起悪いもんね」

 

 か、かわいい

 

「緊張するよねぇ」

 

「え、あ、う、うん、あああり、がとう」

 

「どういたしまして!!お互い頑張ろうね!!」

 

「う、うん!!」

 

 今日はなんていい日だ!!

 

 

 ――― 講堂 ―――

 

 実技試験についての説明は大きく広い講堂で行うようでそこには沢山の受験生がいた。

 ちなみにかっちゃんが隣の席なのでめっちゃ怖いです!!

 

 横からの視線にビビりつつ試験説明が始まるのを待っていると、教壇にボイスヒーローのプレゼント・マイクが来た。

 

 わぁ、本物だ!!さすが雄英!!講師は皆プロヒーローなんだ!!後でサイン貰えないかな?

 

「今日は俺のライブにようこそー!!エヴィバディセイヘイ!!!」

 

 ようこそ―……ってこの雰囲気で返事したらやばいかなぁ

 

「こいつはシヴィー!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?YEAHH!!」

 

 言いたい!!プレゼントマイクに返事したい!!ヤーって言いたい!!

 

「ぶつぶつうるせえ、声に出てんだよ」

 

「うっ!!ごめん・・・・・」

 

 生で聞くプレゼント・マイクの声に感動しているとかっちゃんに怒られた。どうも声に出てたらしい。

 

 恥ずかしいぃ

 

「最後にリスナーに我が校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った!「真の英雄は人生の不幸を乗り越えていく者」と!!Plus Ultra!!(更に向こうへ)それでは皆良い受難を!!」

 

 

 ――― 実技試験会場 ―――

 

 試験会場に向かうとそこは街だった

 広大な試験会場に圧倒され、続いて他の受験生を見渡すと、見覚えのある人がいた

 

 あぁ、あの人!!同じ会場だったんだ!!

 今朝、僕が転びそうなところを助けてくれた人だ!!ちょっと話しかけてこよっかなぁ?

 

『おい小僧!(いくさ)前の奴に話かけんじゃあねえぞ?大体の奴は個々の精神統一っつうもんがあんだ。下手に話しかけんのは邪魔にしかならねえ』

 

 そうだったね経爺、話しかけるのは試験が終わってからにしよう

 

「はい、スタートー!」

 

 え?

 

 いきなりプレゼント・マイクから出されたスタートの合図。

 

「どうしたあ!?実戦じゃカウントなんざねぇんだよ!!走れ走れぇ!!賽は投げられてんぞ!!?」

 

 唖然として今だ動かない受験生をプレゼント・マイクが急かす。

 

 え・・・ええええぇぇ!?

 

 

 こうして雄英高校ヒーロー科の実技試験は始まった。

 



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第4話 実技試験 下

 試験開始から数分、順調にPを稼いでいた

 

 離れた敵は[操土]の【個性】で地面を隆起させて刺し貫き、近づいてきた敵は[鉄腕]の【個性】で腕を硬化させて殴って破壊、これを淡々と繰り返していた

 

「よし、これで結構なPは稼げたと思う」

 

 そう安堵していると超大型敵(0P)がビルを破壊しながら現れた

 

「うお!!でっか!!って皆逃げちゃってるけど、ん~あれを倒すとなると大変そうだなぁ」

 

 あまりの大きさに皆が逃げる中、如何にして敵を無力化するか考えていると、転んで起き上がれない人が視界に入った。

 

「いたたた・・・」

 

『転んじゃったら縁起悪いもんね』

 

 あの子はあの時の!?

 

 彼女のすぐ後ろでは超大型敵(0P)が腕を振り上げ、今にも彼女を叩き潰そうとしている

 

 このままじゃ!

 

 彼女を見た途端、先ほどまで考えていたことが全て吹き飛び『助けなきゃ』としか考えられなくなった

 

[(スピード)]

 

 彼女のところまで、制御できるギリギリ(100km/h)の速度まで加速し――

 

「えっ」

 

[バリア]

 

 ――驚く彼女を尻目に両手を突き出し、[バリア]の【個性】で超大型敵(0P)の振り下ろしを防いだ

 

「うぐっ!!間に、合った!!」

 

 思ったよりキツイぞ!?これ!!

 

「今朝の地味目の人!?何で!?」

 

 突然現れた僕に彼女は驚いていたが、超大型敵(0P)の腕を防ぐのに手一杯でそれどころじゃなかった

 

「大丈夫!!すぐ助けるから!!」

 

 どうすればいい!!どうすれば!!

 

 超大型敵(0P)は潰せない僕らに対し荒立つかのように2撃目を放とうと再度、腕を振り上げた

 

「や、やばいよ!?今のうちに逃げようよ!」

 

 彼女は今のうちに避難しようと提案してくるが、僕たちが逃げるより超大型敵(0P)が2撃目を放つ方が早い

 

 ならば!!

 

[巨大化:拳]

[反射]

 

 バリアを解除し、すぐに[巨大化:拳]の【個性】で右手を巨大化させ超大型敵(0P)の振り下ろしを掌で受け止めるようにして触れる

 直後、超大型敵(0P)の腕は何か巨大な物に殴られたかのように弾かれ、その腕に引っ張られるように巨体をよろめかせた

 

[反射]の【個性】は掌で触れなければならないので使いどころが限られているが、超大型敵(0P)のような重鈍で攻撃の予測がし易い相手には効果的だ

 

「今のうちに早く逃げて!!」

 

「う、うん!!ありがとう!」

 

 超大型敵(0P)が体勢を崩している間に彼女に避難させた

 

「ふぅ・・・さて、格好付けて助けたからには最後も格好よく〆なきゃ」

 

 そう一人呟くと喧しいほどの機械音を響かせながら超大型敵(0P)が起き上がった

 

 地面に手をついて[索敵(サーチ)]の【個性】で周囲に人がいないかを確認

 

「周囲に人影無し!!」

 

[脚力強化]

[跳躍(ジャンプ)]

 

 その場で勢いよく敵の頭上まで飛び上がり増強系の【個性】を発動

 

[怪力]

[剛力]

[剛腕]

[鉄腕]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[雷]

 

【個性】を発動するたび腕の筋肉は盛り上がり、ジャージは内部から弾けた。むき出しになった腕は黒く輝き、紫電が弾けている

 

「鬼哭流・岩鬼(がんき)流星拳(ギガ・ストライク)(プラス)[雷]」

 

 紫電が激しく弾ける腕を振りかぶり全力で振り下ろした

 

雷帝の一撃(トール・ハンマー)!!」

 

 凄まじい雷轟と目が開けられないほどの光があたりを覆い尽くした

 

 一瞬のうちに光が収まり、そのあとには7割近くが融解した超大型敵(0P)と、余波で破壊されたその他の敵(1P・2P・3P)の残骸が散乱していた

 

「よし、上手くいった!」

 

 岩爺から教わった技を、【個性】を多重発動したとはいえ使用し、更にぶっつけ本番で他の【個性】との複合技を成功させたので軽い達成感を味わっていた

 そこでふと体が下に引っ張られるような感覚がして自分が落下中であることに気付いた。

 下を見れば地面衝突まで時間はあまりなさそうだ

 

 地面まで残り約50m

 

 翼を出せば・・・いや翼だけじゃ止まれない

 

 地面まで残り約40m

 

 なら別の【個性】も発動させれば

 

 残り約30m

 

[翼]

[突風]

 

[翼]の【個性】で背中に蝙蝠の翼を生やし限界まで広げ、同時に[突風]の【個性】を下向きに使って落下の速度を落とす

 

 残り0m

 

 ふわり、スタッ

 

 「終~了~~!!」

 

 無事着地に成功したところで試験は終了した

 



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第5話 実技試験ー裏側ー

 受験生たちがそれぞれ仮想敵と戦いPを稼いでいるその様子を「画面の向こう側」として多くの試験官たちが観察し、それぞれ評価している

 

「この入試は敵の総数も配置も伝えていない。限られた時間と広大な敷地・・・そこからあぶり出されるのさ

 

 状況をいち早く把握する――情報力――

 

 遅れて登場じゃ話にならない――機動力――

 

 どんな状況でも冷静でいられるか――判断力――

 

 そして純然たる――戦闘力――

 

 市井の平和を守る為の基礎能力がP(ポイント)数という形でね」

 

 画面には各個、【個性】を最大限生かして現状を把握する者、縦横無尽に駆け回る者、状況に左右されず敵を倒す者、ただ只管に敵を屠り続ける者と様々な受験生が映し出されている

 

「今年はなかなか豊作じゃないか?」

 

「いやーまだわからんよ、真価が問われるのは・・・これからさ!!――圧倒的脅威――それを目も前にした人間の行動は正直さ・・・・・・」

 

 ヒーローに求められることを語っている試験官に対し、別の試験官が『質が良い』と優秀な成績を出す受験生の多さを理由に問いかけたが『まだこれからだ』と試験官はボタンを押して答えた

 

 その答えは現れた超大型敵(0P)に対する受験生の行動が物語っていた

 つい先程までは果敢に敵に挑んでいたにもかかわらず、超大型敵(0P)の出現に脇目も振らず逃げ出す受験生に試験官たちは『やっぱり』と言いたげな失望した顔を画面に向けていた

 

 そんな中、凄まじい速度で飛び出し、今まさに超大型敵(0P)に襲われそうな少女を身を挺して守っている少年が映った

 

 「「「「おおぉぉ!!」」」」

 

 その様子に試験官たちは先ほどとは一転、その顔に歓喜を露わにした

 

 少年は超大型敵(0P)の攻撃にカウンターを行い、隙をついて少女を逃がした

 そしてその場から超大型敵(0P)の頭上まで飛び上がった

 

 いよいよ現場は終局(クライマックス)を迎えようとしていた

 

「メリットは一切無い、だからこそ色濃く浮かび上がる時がある。ヒーローの大前提!!自己犠牲ってやつが!!」

 

 試験官が一様に画面を見つめる中、紫電を纏った腕で雷轟と共に超大型敵(0P)を吹き飛ばす少年の姿があった

 

 ――― 試験終了後 ―――

 

「実技総合成績出ました」

 

 画面に各受験生の成績が─戦績が映し出され試験官たちは最終評価を下していく

 

救助P(レスキューポイント)0で2位通過とはなぁ、『1P』『2P』(仮想ヴィラン)は標的を捕捉し近寄ってくる。後半他が鈍っていく中派手な【個性】で寄せ付け迎撃し続けたタフネスのたまものだ」

 

「そして敵P(ヴィランポイント)87Pに救助P(レスキューポイント)73Pと両方ともブッチギリの1位とは凄まじいのが居たもんだ。

 アレに立ち向かったのは過去にもいたけど・・・ぶっ飛ばしちゃったのは久しく見てないね。思わずYEAH(ヤー)!って言っちゃったからな――

 それにしてもこいつの【個性】って何だ?地面から棘出して、すげー早くてバリア張って、んでメッチャ跳んで超大型敵(0P)を一撃、その上翼まで出してって複合系にも限度があるぞ?」

 

「ぶん殴る時電気纏ってたよね?」

 

「肌も黒光りしたムキムキだったけど、そのあと色白の細い体だったからそれも【個性】だろ?」

 

「手を大きくして超大型敵(0P)弾いてたよね?弾いたように見えなかったけど」

 

 試験官達は少年の【個性】が何かとそれぞれが試験中に使用していた【個性】を上げていく

 

「えーっと、資料によると彼の【個性】は・・・おいおいおいおい!!マジかよ‼」

 

 そんな中、一人の試験官が手元の資料から少年の【個性】を確認すると驚きの声を上げた

 

「どうしたよ?」

 

「こいつの【個性】、[覚える]【個性】だ‼しかもご丁寧なことに額に青い石があるってよ‼」

 

 資料には『とある人物』を連想させる【個性】が記載されていた

 

「おいおい、冗談だろ!?」

 

「しかもこいつ【無個性】の診断受けてんのに8歳で【個性】が発現してるよ‼その上、親の親そのまた親まで戻ってもこの【個性】に行き着く可能性0だと!!」

 

「確か奴がいなくなったのって7年前だよな?もしかしてってことはあり得るか?」

 

「あり得ないって言いたいところだが、アイツならやってのけそうだな」

 

「マジかよ、今年の生徒は金の大粒どころか出所不明の金塊まであるのかよ・・・」

 

 多くの試験官に衝撃を与え、雄英高校一般入試は幕を閉じた

 



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第6話 試験終了後

 ―― 緑谷 ――

 

「ふう、疲れた~」

 

【個性】の同時使用はやっぱつかれるなぁ

 

「あの」

 

「えっ」

 

 この声は‼

 

 聞き覚えのある声に振り向くとそこにはあの”かわいい子”がいた

 

「さっきはありがとう!!転んじゃった時はもうダメかと思ったよ~」

 

「今朝、助けてもらったからお相子だよ。それに困ってる人を助ける、それがヒーローってやつだからね!」

 

 ここでどもったら変な奴だと思われちゃう!!やばっ変な汗かいてきた!!

 

「そっか!!でもありがとう!!」

 

「う、うん、どういたしまして!処で足の怪我は大丈夫?瓦礫に挟んでたみたいだけど・・・」

 

「ああ、平気平気!!ちょっと痛むけど大した怪我じゃないよ?」

 

 両手を突き出して左右に振り問題ないと少女は言った

 

「ならよかった」

 

「そうだ自己紹介がまだだったよね?私は麗日お茶子!よろしく!!」

 

 そういって右手を出してくる

 

「僕は緑谷出久よろしく!!」

 

 慌ててズボンで手を拭い、自己紹介しながら握手した

 

 女の子の手だ!!柔らけえ!!そして彼女の名前ゲット!!!!よっしゃぁぁぁ!!!!!

 

 彼女の手は最高に柔らかかった

 

 ――――――――――

 ―― 受験生 ――

 

 緑谷出久が麗日お茶子と話している一方、他の受験生たちは唖然としていた

 

「あいつ、何だったんだ・・・?いきなりギミックに飛び出したりして・・・」

 

 あまりの光景に受験生の一人がポツリと呟き、それに呼応するように周りも話し出す

 

「増強型の【個性】だろうけど・・・規格外だな。あんなでけえのひっくり返してからのズドンだろ?」

 

「でも手がデカくなってたから複合型じゃね?」

 

「良く分からんが、とりあえずすげぇ奴だってのは間違いねえよ」

 

 そこじゃないだろう!見てなかったのか!?奴は彼女を救わんと飛び出したんだ!!残り時間・・・己の身の安全・・・合格に必要な要素を天秤に掛け・・・それでも尚一切の躊躇なく!!!そして救助も完璧にこなした!!試験という場でなかったら当然!!僕もそのようにしたさ!!

 

「ん?」

 

 おや!?試験・・・当然・・・!?おやおや・・・!?

 

 眼鏡をかけた少年が、『彼』の【個性】について話している受験生に対して「見るべきは【個性】ではなく行動だ」と、そして「試験じゃなければ自分だって」とくわっと目を見開き下唇を噛み悔しがったが、直後何かに気付いた

 

 ――――――――――

 ―― 緑谷 ――

 

「はい、お疲れさま~、お疲れさま~、お疲れさま~、ハイハイ、ハリボーだよハリボーお食べ」

 

 注射器のような髪留めを着け、同じく注射器のような杖を持った老婆――リカバリーガール――が受験生を労いながら現れた

 

「随分派手にやってたけど怪我はないかい?」

 

「はい、大丈夫です!!多少のかすり傷なら【個性】でもう治ってますから。」

 

 覚えていてよかった[自己治癒(セルフヒール)]の【個性】!でも疲れるんだよなーこの【個性】使うと

 

「ほう、複合型の【個性】かい?」

 

「いえ違いますけど、複数の【個性】が使えるんです。それより彼女を見てもらえませんか?足を瓦礫に挟んでいたので」

 

 リカバリーガールが僕に怪我について問いかけてくるが、「自分は問題ないから彼女をお願いします」と麗日さんを指さした

 

 僕なんかより麗日さんだ、平気だって言ってたけど仮にも瓦礫に挟まれたんだ。見てもらった方が良い

 

「えっ!?」

 

「はいよ、チユ~~~~~」

 

「「「「!!?」」」」

 

 急に話を振られた麗日さんは驚いていたが、リカバリーガールはさっそくとばかりに【個性】を発動させ怪我を治療した。

 そして何よりその【個性】の発動方法に周囲は驚いていた

 

 メッチャ唇のびた!!

 

「なんか疲れが出てきた」

 

「そりゃお前さんの体力を消耗して治してるからね」

 

「ちゃっちゃといくよ、他に怪我した子は?」

 

 麗日さんは疲れたと言っているが怪我したままよりずっと良い

 リカバリーガールは他の受験生を治す為に離れていった

 

「それじゃあ、もう行くね?お互い受かってるといいね!!」

 

「うん、次に会うのは入学してからだね」

 

 バイバイとお互いに挨拶をして別れた

 

 ――――――――――

 ―― 受験生 ――

 

「・・・・・・」

 

 そうか・・・!この試験がそういう構造なのであれば奴は・・・

 

「クッ!!」

 

 離れたところで緑谷出久とリカバリーガールを見ていた眼鏡の少年はある答えにたどり着き、強く(ほぞ)を噛んだ

 

 試験の合否の通知が届いたのはそれから一週間後だった

 




かっちゃんの前だと条件反射でおどおどするけど、ほかの人の前では好青年(中身はめっちゃテンパってる可能性大)って感じの出久君

ヒロインをお茶子ちゃんにするか、不治の病(ロリコン)を発症させるか
なんか不治の病(ロリコン)に侵されてほしいって要望が結構あるけどどうすっぺか


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第7話 入試合格~個性把握テスト 上

nozo1101よりご指摘いただき一部修正しました

ホログラムによる合否通知って全員にしてたのね・・・
オールマイトは依怙贔屓なんてしてなかったんや!ごめん!


 一週間後

 

「出いずいずく出久!!来た!!来てた!!来てたよ!!」

 

 母さんが慌てて手紙を差し出してきた

 

 部屋にいってから読もうと思ったけどお母さんの不安そうな顔を見ると一緒に見ようと思った。

 

「えっ!いいの?こういうのは一人で見た方が良いんじゃない?心の準備とかいろいろあるだろうし!!」

 

 決して、決っして一人が不安だとかそんなんじゃない。

 早く結果が分かればそれだけ早くお母さんも安心するだろうという僕なりの配慮だ。

 だから僕を一人にしないでください

 

「ふう・・・・・・え?」

 

 不安そうな顔のお母さんを尻目に封を切ると中から小さな円盤状の物が転がり出てきた

 

「・・・なにこれ?」

 

 隣に座るお母さんも良く分からないものがポツンと机にあることに僕と同じく困惑していた

 

『私が投影された!!!!』

 

「「オールマイト!!?」」

 

 突然小さな円盤が光ったかと思うと聞き覚えのある声と共に眼前一杯に人の顔が写し出された

 

『諸々手続きに時間が掛かって連絡が取れなくてね、いやすまない!!』

 

 写し出されたのはオールマイトで、連絡が遅れたことに謝罪をした

 

『あまり引っ張っても不安が募るだけだろう!先に合否の発表から行こう!』

 

「出久・・・」

 

「大丈夫、覚悟はできてる」

 

 お母さんが不安げにこちらを向くが、すでに準備はできてる

 筆記だって自己採点で合格ラインは超えてたし、実技だって結構な数撃破したから合格してるはずだ、大丈夫、大丈夫だ、合格してるはずだ

 

『安心したまえ!君は合格だ!!』

 

「ふぁぁぁ」

 

「出久!!」

 

 オールマイトから合格通知を受けると、無意識のうちに机に乗り出していた体から力が抜け椅子にドカリと座り込んだ

 自己暗示のように大丈夫と繰り返し言い聞かせていても不安はどうしても残る、それを受験校側から「もう大丈夫だ」と言われて全身から力が抜けてしまった

 

『筆記は満点とまではいかなかったが高得点!合格ラインはバッチリ超えていたさ!そして実技も同じく合格ラインを超えて合格だ!』

 

「おお!」

 

「やったじゃない出久!」

 

「うん!」

 

 お母さんと喜び合っているたがオールマイトの話は終わってなかった

 

『そして先の入試!!!見ていたのは敵P(ヴィランポイント)のみにあらず!!!』

 

救助活動P(レスキューポイント)!!しかも審査制!!我々雄英が見ていたもう一つの基礎能力!!緑谷出久73P!!誰よりも早く、そして勇敢に敵に立ち向かい見事守り切った少年に我ら雄英は満場一致で高得点を出した。敵P(ヴィランポイント)の87Pと合わせて160P!!全受験生の中でブッチギリの一位だ』

 

 一位通過・・・

 

『来いよ緑谷少年!雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!』

 

「お母さん・・・合格・・・したよ、合格した」

 

「よかったねえ、よかった、本当によかった」

 

 お母さんと抱き合いながら泣いて喜んだ

 

 アダムさん、貴方に【個性】を貰ってからいろいろあったけど、やっと夢へのスタートラインに立てました!!これから雄英高校(あそこ)が僕のヒーローアカデミアだ!!

 

 ――――――――――

 

 春

 

「出久!ティッシュ持った!?」

 

「うん」

 

「ハンカチも!?ハンカチは!?ケチーフ!」

 

「うん!!持ったよ!時間がないんだ急がないと・・・」

 

 お母さんが何度も確認してくるが、急いで出発しないと遅刻してしまう

 

「出久!」

 

「なァにィ!!」

 

 なんだよ、急いでるのに!!

 

「・・・・・・超カッコイイよ」

 

 目頭に涙をためてお母さんが褒めてくる

 

「・・・・・・!行ってきます」

 

 お母さんに見送られて僕は高校へ向かった

 

 ――― 雄英高校 ―――

 

「1-A、1-A・・・広すぎる・・・・・・あった、ドアでか・・・」

 

 迷いながらも目的の場所に辿り着くとそこには僕の身長の4倍はある扉があった

 そっと中に入るとそこには出来れば別クラスがよかった幼馴染と試験の時に質問してた真面目そうな人が言い争っていた

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

 

「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!」

 

「ボ・・・俺は私立聡明中学出身飯田天哉だ」

 

「聡明~!?くそエリートじゃねえかブッ殺し甲斐がありそうだな」

 

「ブッコロシガイ!?君ひどいな本当にヒーロー志望か!?」

 

 言い争っていた真面目そうな人――飯田君――はハッっと僕に気付くと近づいてきて自己紹介を始めた

 

「俺は私立聡明中学の――」

 

「聞いてたよ!あっと僕緑谷、よろしく飯田君」

 

 こちらも自己紹介し返すと、飯田君は顔をしかめてまるで「私悔しいです」と言いたげな表情で話してきた

 

「緑谷君、君はあの実技試験の構造に気付いていたのだな。俺は気付けなかった!!君を見誤っていたよ!!悔しいが君の方が上手だったようだ!」

 

 え?構造?なんの話?

 

「あ!そのモサモサ頭は!」

 

 ビクッ!

 

「緑谷出久君!」

 

 麗日さんだ!!制服姿やっべええ!!

 

「そっちも合格できたんだね!!これからよろしくね!!」

 

「よ、よよ、よろしく!」

 

 どもったー!!変な奴って思われた―!

 

「今日って式とかガイダンスだけかな?先生ってどんな人だろうね?緊張するね」

 

 よかった、気にしてないみたいだ

 そして近い!!そんな近づかれたらその、なんというか、ね?

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け、ここは・・・ヒーロー科だぞ」

 

 麗日さんと話していると廊下から声が聞こえた

 視線を向けるとそこにはミノムシがいた

 

 なんか!!!いるぅぅ!!!

 

 ミノムシの人はもそもそとミノ――寝袋――からはい出し全員に向けて話し始めた

 

「ハイ静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」

 

 先生!!?

 

「てことはこの人もプロのヒーロー?」

 

 でも見たことないぞこんなくたびれた人

 

「担任の相澤消太だ、よろしくね」

 

 担任!!?

 

「早速だが体操服(これ)着てグラウンドに出ろ」

 

 ゴソゴソと寝袋をあさり体操服を取り出した

 

 なんでそんなところに入れてんのさ!?

 

 ――― グラウンド ―――

 

 各人が体操服へ着替え、グラウンドに集合すると先生から【個性】把握テストを行う旨を告げられた

 

「「「「【個性】把握テストォ!?」」」」

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

 皆が【個性】把握テストについて驚いている中、麗日さんは入学式とガイダンスについて質問していた

 

 余程楽しみにしていたのだろう、実は僕も楽しみにしていました

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」

 

「!?」

 

「雄英は自由な校風が売り文句そしてそれは先生側もまた然り」

 

「?」

 

 ん?先生側も?

 

「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈、中学の頃やってるだろ?【個性】禁止の体力テスト。国は未だに画一的な記録を取って平均を作り続けている、合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ」

 

 そう言うと相澤先生は何やら変わったボールを取り出した

 

「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何mだった?」

 

「67m」

 

「じゃあ【個性】を使ってやってみろ、円から出なきゃ何してもいい。早よ」

 

 かっちゃんにボールを投げ渡し――

 

「思いっきりな」

 

 ――全力を出すよう指示した。そしてボールを受け取ったかっちゃんは獰猛な笑顔で円の内部に入っていった

 

「んじゃま――」

 

 かっちゃんは獰猛な笑顔のままボールを持った腕を振りかぶると――

 

「――死ねえ!!!」

 

 死ね?

 

 ――ヒーロー志望らしからぬ掛け声と共にボールを吹き飛ばした

 

「まず自分の『最大限』を知る」

 

 相澤先生は手元の機械を一瞥した後こちらに見せるように突き出した

 

「それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 突き出された機械には705.2mと表示されていた

 

「なんだこれ!!すげー面白そう!」

 

「705mってマジかよ」

 

「【個性】思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」

 

【個性】の使用を許可されたうえで目に見える数値で力を測れるチャンスに皆が沸き立った

 

「面白そうか・・・ヒーローになる為の三年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し除籍処分としよう」

 

 そんな中、相澤先生は不機嫌な声でチャンスを試練に変えた

 

「「「「はあああ!?」」」」

 

「生徒の如何は先生(おれたち)の自由、ようこそこれが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 入学初日、いきなりの在学を掛けたテストが始まった



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第8話 個性把握テスト 下

本日2話目です

追伸
MSTSM様よりご指摘があり爆豪のセリフを修正しました

修正前
「おい・・・おい!デク!どういうことだ!!テメー【没個性】だろ!!ワケを言え!!」
修正後
「おい・・・おい!デク!どういうことだ!!テメーの【個性】は火ぃ吹く【個性】だろ!!ワケを言え!!」



 第一種目:50m走

 

「次、爆豪、緑谷」

 

 僕の番だ

 

「デク、テメーにだけは負けねえ!」

 

 おう、すごい顔だ。でも僕だって負けられない

 

『用意――』

 

[脚力強化]

[(スピード)]

 

『――スタート』

 

 合図と共に地面を蹴り加速、一瞬のうちにゴールを通り過ぎる

 

 やべっ

 

 すぐさま急ブレーキを掛けるが、ガリガリと地面を10mほど滑ってしまった

 

 6:34→0:92

 

「おい・・・おい!デク!どういうことだ!!テメーの【個性】は火ぃ吹く【個性】だろ!!ワケを言え!!」

 

 走り終わるとかっちゃんが鬼の形相で突っかかってきた。掌を断続的に爆発させてるところから本気で切れているみたいだ

 

 対処できるように構え、あと少しでかっちゃんの手が届きそうなところで、突如【個性】が消えて(爆破が収まり)白い帯が巻き付き拘束された

 

 帯の先に目を向けると相澤先生がいた

 

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ、ったくくだらないことで【個性】使わすなよ」

 

「くそっほどけねー!!しかもなんで【個性】が使えねーんだ」

 

「【個性】を消したからだ」

 

 かっちゃんは拘束を解こうともがいているがなかなか抜け出せていない、そして先生は今『消した』といった?

 

「消した・・!!あのゴーグル・・・そうか!見ただけで人の【個性】を抹消する【個性】!!抹消ヒーロー・イレイザーヘッド!!」

 

「ふぅ【個性】は戻した、喧嘩なら後にしろ。時間の無駄だ」

 

「ちっ!!」

 

 先生に注意を受けたかっちゃんは舌打ちをしてしぶしぶ引き下がった

 

 第二種目:握力

 

[剛力]

[怪力]

[圧掌](握力強化)

[剛力羅(ゴリラ)]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[(パワー)]

 

 片腕だけに【個性】を集中させて発動

 

「すぅ・・・ふん!!」

 

 バキョッ

 

「あっ!!壊れた・・・・」

 

 足取り重く先生の元に向かい、壊したことを報告したら次からは壊すなと許してもらえた

 

 40kg→計測不可能

 

 第三種目:立ち幅跳び

 

 [脚力強化]

 [跳躍(ジャンプ)]

 

「せーの・・・ふっ!」

 

 2m42㎝ → 33m23㎝

 

 第四種目:反復横とび

 

[操土]

[物を引き寄せる]

 

 両脇に土の柱を作り、両腕を広げ、柱を対象に[物を引き寄せる]【個性】で体を移動させて記録を伸ばした

 

 49回→78回

 

 前半は高速で動いたが後半気持ち悪くなって失速した。

 

「・・・きぼぢわるい、うぷっ」

 

 あの小さい子はなんで平気なんだ?僕より速く動いてるのに

 

 第五種目:ボール投げ

 

[剛力]

[怪力]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[(パワー)]

[鬼]

[投的]

 

 額から小さな角が生えて、体の筋量が増えた

【個性】を重ね掛けしてマッチョ(偽)になって[投的]の【個性】を発動させて全力投球した

 

「セイッ!!」

 

 39m →876m 

 

 第六種目:長座体前屈

 

[軟体]

[柔軟]

[長指]

 

 ぐにゃ~っと体を柔らかくして、最後に[長指]の【個性】で+1m伸ばした

 

 41.90㎝ → 1m63.25cm

 

 第七種目:上体起こし

 

「もう無理・・・」

 

 記録は伸びた・・・・・・が、腹筋が痛い

 腹筋だけ強化する【個性】なんてしらないよ。全身強化すると上半身重くなって記録が減りそうだし

 

 33回 → 36回

 

 第八種目:持久走

 

[(スピード)]

 

 391.9秒 → 6.83秒

 

 100km/hで走ったら結構な記録がでた

 カーブさえなければもっと早く走れたけど直線にしか走れないんだよなぁ・・・あぁ動体視力の上がる【個性】が欲しい

 

 全ての種目が終わり、結果発表となった

 

「んじゃパパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評価を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」

 

 いよいよこの中の誰かに死刑宣告が下される

 

「ちなみに除籍はウソな、君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

 ファッ!?

 

 「「「はぁぁぁぁぁ!!」」」

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない、ちょっと考えればわかりますわ」

 

 ある一部が《大人》の人が『当たり前だ』といっていたが、そんなんわかるかー!!

 

「そゆこと、これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類があるから目ぇ通しとけ」

 

 えぇぇぇぇ・・・・・

 

 こうして【個性】把握テストは終わった

 

 ―― 校門前 ――

 

「あぁ、疲れた~・・・」

 

【個性】把握テストで体力使い果たして、かっちゃんから殺気溢れる熱い目線に精神を削られもう限界

 

「やあ」

 

「あっ飯田君!!」

 

 後ろから声を掛けられて振り向くと飯田君がいて、帰路が途中まで同じらしいので一緒に帰ることになった

 

「しかし相澤先生にはやられたよ。俺は『これが最高峰!』とか思ってしまった!教師が嘘で鼓舞するとは・・・」

 

「ははは・・・僕も気付かなかったよ」

 

 飯田君真面目だなぁ

 

「お二人さーん!駅まで?待ってー!」

 

 後ろから僕らを呼び止める声が聞こえた

 

 麗日さん!!

 

「君は無限女子」

 

 無限女子!?なにその無限に増えそうな名前!!

 

「麗日お茶子です!えっと飯田天哉君だよね!?」

 

 あれ?僕は?ねえ僕の名前は?

 

「そういえば出久君!」

 

「なに?」

 

 よかった忘れられたわけじゃなかった!

 

「なんで出久君はデクって呼ばれてるの?なんかニックネームっていいよね!」

 

「あれはかっちゃんが出久の別読みのデクと木偶の坊をかけて、それで、あの」

 

「蔑称か」

 

「えーそうなんだ!!ごめん!!でも『デク』って『頑張れ!!』って感じでなんか好きだ私、響きが」

 

「デクです!!」

 

「緑谷君!!浅いぞ!!蔑称なんだろ!?」

 

 蔑称?ははははは

 

「飯田君・・・」

 

 麗日さんに背を向けて飯田君に詰め寄る

 

「何だい?」

 

「頑張れって、好きだって言われたんだよ?女の子に、しかもかわいい子に!!これからはこれが僕のニックネームさ!!」

 

 そう、好きだって言われたんだ麗日さんに!麗日さんに!!ふ・・・ふふ・・・ふははははは!!我が世の春が来たー!!

 

「そ、そうか・・・君がそれでいいというなら構わないが・・・大丈夫かい?」

 

「ふふふふ、大丈夫だよ」

 

「ん?なになにー内緒話?私も混ぜて~」

 

 その後、駅で別れるまで談笑しながら帰った

 



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第9話 2日目~戦闘訓練 上

3話連続更新です。1話目


 二日目

 

 午前は必修科目・英語等の普通の授業

 

 皆「普通」だの「詰まんない」など言ってたけど僕は楽しかった。

 授業そのものは皆の言う通り普通だけど、毎回プロヒーローに会えるからサイン帖の記入済みページが順調に増えていって嬉しい

 

 昼は大食堂でランチラッシュ率いる一流の料理人が作る一流の料理を安価で頂ける

 白米を使用した料理が多く、その中にはもちろん丼物、カツ丼もあった

 

 あぁカツ丼うまー

 

 そして午後の授業はいよいよヒーロ基礎学の授業

 

「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!!」

 

「オールマイトだ!!すげえや、本当に先生やってるんだな!!」

 

銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームだ!!画風違いすぎて鳥肌が・・・」

 

「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地をつくる為様々な訓練を行う科目だ!!単位数も最も多いぞ!早速だが今日はこれ!!戦闘訓練!!!」

 

 オールマイトは皆が話している間に教卓の前に立つと屈んで溜めを作り「これ!!」の掛け声とともに右手に持ったカードを掲げた。そこにはBATTLEの文字が書かれていた

 

「戦闘・・・訓練!」

 

 退屈だった午前と打って変わって待ち望んでいたものが出たので皆盛り上がっていた

 

「そしてそいつに伴って、こちら!!入学前に送ってもらった「個性届」と要望に沿ってあつらえた・・・戦闘服(コスチューム)!!!」

 

「おおお!!」

 

 そして続くオーダーメイドのコスチュームを着られることに盛り上がりは最高潮に達した

 

「着替えたら順次グラウンドβに集まるんだ!!」

 

「はーい!!!」

 

 ――― グラウンド ―――

 

「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女!!自覚するのだ!!!今日から自分はヒーローなんだと!!さあ!!始めようか有精卵共!!戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 全員が揃ったところで授業開始が告げられた

 

 僕の戦闘服(コスチューム)はシンプルにジャンプスーツと腰回りにベルト

 色々な【個性】を使う都合上、肩甲骨のあたりに二つ穴が開いていて、耐火性と伸縮性が高い素材で作ってもらった

 そして、いくつかの【個性】の為にベルトの左側に幅10㎝、長さ30mの耐火・耐水性のロール紙、右側に同じく耐火・耐水性の紙を5×10cmに裁断し、絵を描いたものが1種100枚ずつ入ったカードケース3箱ついている。

 ヘルメットも考えたが視界が狭まりそうだし、何より覚える方法の選択肢が一択になる。それも最も避けたい方法になるのでヘルメットは止めた

 

「あ、デクくん!?かっこいいね!!地に足ついた感じ!」

 

 麗日さんの声がしたので顔を向けると――

 

「麗日さ―うおお!!」

 

 ――体のラインが浮き出た戦闘服(コスチューム)に身を包む彼女の姿が

 

「要望ちゃんと書けばよかったよ・・・パツパツスーツんなった。恥ずかしい」

 

 そうこうしていると授業の説明が始まり、全身甲冑の人が質問した

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

 あ、飯田君だったんだカッコイイ!!なんかこうザ・ヒーローって感じがする

 

「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での対人訓練さ!!(ヴィラン)退治は主に屋外で見られるが統計でいえば屋内のほうが凶悪(ヴィラン)出現率は高いんだ」

 

 そこまで言うと言葉を切り、僕らを見渡してから続きを話し始めた

 

 説明の内容を要約すると、

「頭の良い(ヴィラン)は屋内に潜むことが多いから(ヴィラン)組とヒーロー組に分かれて戦おう」

「設定は(ヴィラン)が核をアジトに隠してるからヒーローがこれを処理しようとしている」

「ヒーローは時間内に(ヴィラン)の捕縛か核兵器の回収をすることで勝利」

(ヴィラン)は核を守るかヒーローを捕縛することで勝利」

「組み分けと対戦相手はくじで決めよう」

 とのことだった

 

 くじの結果、僕はAチームで麗日さんと一緒だった

 そして一戦目はA対DでAチームの僕らはヒーロー側、(ヴィラン)側のDチームは何とかっちゃんと飯田君だった

 

 いくつかの注意と連絡の後、戦闘訓練は始まった

 

 かっちゃんとの実戦・・・・・・負けられない!



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第10話 戦闘訓練 中

3話連続更新です。2話目



 ―― 爆豪 ――

 

「訓練とはいえ(ヴィラン)になるのは心苦しいな・・・これを守ればいいのかハリボテだ」

 

 眼鏡がコンコンとノックするように叩き張りぼてを確認している

 

「おい、デクの【個性】は火を噴く【個性】だけのはずだよな?」

 

 こいつはデクとよく話しているし、入試の時も同じ会場だったらしいから知っているだろうと声を掛けた

 

「何を言ってるんだ?あの怪力を見ただろ?それにバリアを張ったり翼を生やしたりと、何という【個性】かは分からないが複合系の様だぞ?それにしても君はやけに緑谷君につっかかるな」

 

 しかし返事は予想外のことだった

 

 バリアに翼だと!?

 

「この俺をだましてたのか!?くそデクが!!」

 

 ぜってー許さねー!!

 

 ――――――――――

 ―― 緑谷 ――

 

「がんばろうね」

 

「う、うん」

 

 ついにこの時が・・・

 

「緊張しとる?」

 

「いや、その相手がかっちゃんだからちょっとね?それに飯田君もいるし」

 

「爆豪君ってデク君を馬鹿にしてくる人だっけ・・・」

 

「凄いんだよ、なんでも出来てなんでも知ってて、あの日まで僕の憧れだった。今は嫌な奴になっちゃったけどね?だからこそ負けられない」

 

 そう、負けられないんだ

 

 ――――――――――

 ――― ビル内部 ―――

 

「潜入成功!」

 

「死角が多いから気を付けよう・・・たぶんかっちゃんは僕を襲うと思うから麗日さんは飯田君をお願いしてもいい?」

 

「どうしてわかるの?」

 

「昨日盛大にブチギレてたからね?その翌日に敵同士の戦闘訓練なら間違いなくかっちゃんは私怨に走る」

 

 あの切れ具合だ絶対根に持ってる

 

「ほぇ、よくわかってるね!でもデク君なら大丈夫だよ!試験の時みたいにシュバッてバリア張ればいいんだから」

 

「いや、そうでもないよ、あれはたしかに物は通さないけど――」

 

 噂をすれば影とばかりにかっちゃんが奇襲を仕掛けてきた

 

[バリア]

 

 襲い掛かると同時に右腕を振り抜き、同時に爆発させてきた

 

 かっちゃんの右腕はバリアによって阻まれいるが、爆破の熱風は通り抜けてこちらを襲って来る

 

 咄嗟に爆風から麗日さんを庇う

 

「デク君!?」

 

「あづ!!――この通り非物理攻撃は素通りしちゃうんだ」

 

「デク!!テメー今までこの俺を騙してやがったな!!」

 

 怒鳴りながら右腕を大ぶりに振りな殴り掛かってくる

 かっちゃんが振り切る前に接近し右腕を掴み、肩に担ぐようにしてそのまま投げる

 

「がはっ!」

 

 受け身も取る間もなく背中から落ちたかっちゃんは、肺の中の空気を強制的に吐き出した

 

「変わってなくてよかったよ・・・大抵最初に右の大振り、小さい頃の4年間何度も何度も喰らって覚えた君の癖だ」

 

「デ~ク~!!!!!」

 

「僕は君の知ってるデクじゃない!!あの日から鍛え続けた”頑張れって感じのデク”だ!!」

 

 そう、変わったんだ!!もう木偶の坊のデクじゃない!!

 

「ムッカツクなああー!!!!!!!!」

 

 腹の底から出る声、にじみ出る怒気、完全にキレたようだ

 

「黙って守備してろ!ムカツいてんだよ俺ぁ今ぁ!!」

 

 突然誰かに怒鳴り出したが、恐らく無線で飯田君に何か言われたのだろう

 

「麗日さん!!麗日さんは核を回収しに行って!!すぐ追いかけるから!!」

 

「わかった!」

 

「俺を前に余所見か!余裕だな!!」

 

 麗日さんに指示を出した直後に爆破の勢いを利用して蹴りを放ってきた

 

[炭素硬化(ハードクロム)]

 

「グッ!!」

 

 ガンッという金属がぶつかるような音と共にかっちゃんからうめき声が聞こえた

 

「硬化する【個性】持ちに生身の蹴りは自滅行為だよ?今度はこっちの番だ」

 

[剛力]

[怪力]

[剛腕]

[(パワー)]

 

「お返しだ!!」

 

 怯むかっちゃんの足を掴んで床に叩きつけ、すぐさま壁に向かって叩きつけるようにして投げる

 

「ぐはっ」

 

 かっちゃんが態勢を持ちなおす前に畳みかける!!

 

[物を引き寄せる]

 

 かっちゃんを引き寄せ、その勢いを利用して腹部へ蹴りをいれて、また引き寄せそのまま床に叩きつける

 

「いぎ!!」

 

 続けて追撃しようと引き寄せたところで腕を掴まれ、爆破を諸に受けたので咄嗟に蹴りを入れて距離を取った

 

 至近距離で爆破させるなんて!

 

 戦闘服(コスチューム)の掴まれた箇所が爆破で吹き飛び、むき出しになった腕は酷い火傷状態だ

 

[自己治癒(セルフヒール)]

 

 ズキズキする痛みを堪えて治癒の【個性】を使う。

 体力を消費するから出来れば使いたくなかったが、片腕で戦えるほどかっちゃんは甘くない

 

『デク君!!』

 

「麗日さん!どうしたの!?」

 

『飯田君に見つかっちゃった!ごめん!今ジリジリと―』

 

「今どこ!?」

 

『5階の真ん中のフロア!!』

 

「わかった!すぐに向かうから捕まらないようにしてて」

 

『わかった』

 

 ちょうど麗日さんと話が終わったところでかっちゃんは憤怒の形相で立ち上がった

 

「すぐ向かうだと!?ハァハァ、なめてんのか!?デクの、分際で、俺をなめてんじゃねぇ!!!!!!」

 

 息も切れ切れにそう叫ぶと右腕をこちらに向け、腕についた手榴弾のようなものをガチャンと操作した

 

 何かする気だ!!

 

【個性】を重ね掛けしながら、念のため右腰のカードケースから”ある絵”の描かれた紙をすべて取り出し、【個性】を発動させる

 

「死ねぇぇぇぇえええええ!!!!!!!」

 

 かっちゃんは叫びながら腕についたピンに親指をひっかけた

 

[翼]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[金剛石]

 

 そして一瞬の躊躇いなく引き抜いた

 

[簡易創造(インスタントクリエイト)]

[操水]

 

 その直後に凄まじい威力の爆発が起きた

 

 ドッゴォォォォオオオオオン



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第11話 戦闘訓練 下

3話連続更新です。3話目


 壁や床が吹き飛び、屋内なのに太陽光が差し込んでくる

 

「ぐうぅぅ!なんてもの放つんだ!!」

 

[翼]で体を包み、[炭素硬化(ハードクロム)]と[金剛石]で硬化させて衝撃に備え、水を纏って熱を遮断した

 本来ならここに水はないので[操水]は使えないが、「紙に描かれた絵を3分だけ具現化する【個性】」である[簡易創造(インスタントクリエイト)]を発動させ、紙に描かれていた水の絵を具現化させた。

『自分で描いた絵であること』『紙のサイズの影響を受ける』『3分の時間制限』と制約があるが、他の【個性】に必要なものを用意できるメリットは大きい。

 そうして具現化した水は紙のサイズから1枚1リットル程度だったが、100枚すべてを使用したので100リットルになる。

 ただ、それでもダメージを負った。防御を固めたが所詮は急造、威力こそ抑えることができたが、その凄まじい威力に纏っていた水はほとんど吹き飛び、直撃した翼が痛い。恐らく焼けただれているだろ

 

【個性】を解除して翼をしまったので多少の痛みは治まったが、肩甲骨のあたりがジクジク痛む。

 

 でもお蔭で――

 

 

 

 ― 覚えた ―

 

 

「どうだ!テメーにゃ勿体ないもったい―――なんで無傷で立ってやがる!!」

 

 無傷じゃないけど誤解してくれるならそのままにしておこう

 

『爆豪少年、次それ撃ったら・・・強制終了で君らの負けとする。屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く!ヒーローとしてはもちろん敵としても愚策だそれは!大幅減点だからな!』

 

「ああーじゃあ!殴り合いだ!」

 

 オールマイトからの厳重注意で苛立つかっちゃんは爆破の勢いに乗って飛掛ってきた。それに対し両方の掌を向け、たった今覚えた【個性】を発動

 

[爆破]

 

 派手な音と共に大きな爆発が起き、飛び掛ってきていたかっちゃんが吹き飛んだ。同時に爆破の威力で僕自身も吹き飛び、危うくビルから放り出されるところだった

 

 なんて威力だ!これより弱いとはいえ同じ爆破をああも自在に使いこなすなんて、やっぱかっちゃんはすごい!

 

 吹き飛ばされ壁に叩きつけられたかっちゃんは直ぐに立ち上がりその表情を憤怒の形相へと変えた

 

「てめー!なんで俺と同じ【個性】が使えんだよ!さっきのバリアもダイヤモンドみたいなのも!昨日は増強系の【個性】使ってただろ!火ぃ噴く【個性】だけのはずだろ!?やっぱり俺を騙してやがったな!楽しかったかおい!俺を騙せてよぉ!!!」

 

[剛力]

[怪力]

[剛腕]

[(パワー)]

 

 またしても爆破の勢いで飛掛ってくるのに対してカウンター狙いで腕に力を込めた

 

「これでも喰らえ!」

 

 ボン!!

 

「!?」

 

 手応えがない!!

 

目前で爆発が起き、爆炎で視界が遮られるが、そのまま腕を振りぬいた

しかし振りぬいた拳が何かに当たった感じがしなかった

 

「うぎっ?」

 

「なめてんじゃねーぞクソデクが!!!!」

 

 直後、背中の痛みと共に背後からかっちゃんの声が聞こえる

 

 空中で方向転換した!?

 

「ほら行くぞ右の大振り!!」

 

 追撃!?拙い!!

 

[(スピード)]

 

 一歩だけ加速して追撃を回避

 

「ちっ避けやがって!!」

 

 やっぱり強い!長期戦は不利だ、なら!!

 

「かっちゃん!!次の一撃で君に勝つ!!」

 

「一撃だぁ!?」

 

「全力の一撃をもって君に勝つ!!そして超える!!」

 

 全力の一撃による短期決戦!!

 

「上等だ!!その根拠諸共ぶっ飛ばしてやる!!テメーより俺が強ぇってこと叩き込んでやる!!」

 

やっぱりかっちゃんならこの挑発に乗ってくると思った!

 

[脚力強化]

 

 強化した脚で接近し

 

[怪力]

[剛力]

[剛腕]

[鉄腕]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[鬼]

[衝撃強化]

[精神変換(マインドコンヴァーション)]

 

 幾重にも【個性】を重ね掛けして腕を引き絞り

 

 体が軋み、悲鳴を上げているが構うもんか!限界まで強化した肉体でもって殴る!!

 

「うぅぅぅ――

鬼哭流(きこくりゅう)・奥義――

 

『双方中止――』

 

 ――らあっ!!!」

 ――鬼神(きじん)殺し!!!」

 

 全力で振り切った

 

 ボォォン

 ガン!!!!!

 

「「!!!」」

 

 お互いの全力の一撃は双方とも相手の頬を捉えていた

 

 最後に立っていたのは――

 

「う・・・が・・・」

 

 かっちゃんは白目を剥き、前のめりになってその場に崩れ落ちた

 

 ――僕だった

 

「っしゃあぁぁぁぁ!!」

 

 勝った!かっちゃんに勝った!!!!

 

 ジクジク痛む頬をそのままにその場で雄たけびを上げた

 

「はっ!確保テープ巻かないと」

 

『爆豪少年、確保されたので失格!』

 

 危ない危ない、忘れるところだった。後は――

 

「早く麗日さんと合流して核を回収しないと」

 

 ――残る飯田君のみ

 

 僕は気を引き締めると[自己治癒(セルフヒール)]を発動させつつ階段を駆け上がった

 

―― 5F ――

 

 5Fの中央の部屋の入り口までつくと麗日さんに無線を入れた

 

「麗日さん、そのままで聞いてほしい、返事もいらない。今、僕は君のいる部屋の入り口にいる。少しでいいから飯田君の気を入り口からそらして。そしたら僕が核まで走って回収するから」

 

 無線の内容通り注意をそらすため、麗日さんはじりじりと反時計回りに移動し始めた

 

「何をしようとしているかは分からないが、爆豪君がやられたからといってここで負ける訳にもいかないのだ!」

 

 飯田君は麗日さんを警戒し常に麗日さんの真正面を向く様に少しずつ動いている

 

[(スピード)]

 

 今!

 

 飯田君がこちらに背を向けたと同時に走り出し、彼が気付く前に【個性】で加速して核に触れた

 

「飯田君、核は回収させてもらったよ」

 

「なに!?ああーーー核ーーー!!!」

 

『ヒーローチームWIN!!』

 

 こうして戦闘訓練一試合目は僕らの勝ちで終わった

 



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第12話 戦闘訓練 終了

予約しての連続投稿は当分控えようと思います
ミスで変なことになりそう

なんだよ上下中って


 ―― モニタールーム ――

 

「今回のベストは緑谷少年だ!!なぜだか分かる人!!」

 

「はい、オールマイト先生」

 

「はい、八百万少女!!」

 

「それは総合的にうまく立ち回っていたのが緑谷さんだからです」

 

 オールマイトの問い掛けに八百万さんが手を上げて答えた

 

 八百万さんはかっちゃんを指し

 

「爆豪さんの行動は戦闘を見た限り私怨丸出しの独断、そして先程先生も仰っていた通り屋内での大規模攻撃は愚策。戦闘面で光る所もありましたが、結局敗北・確保とダメなことばかり」

 

 麗日さんを指し

 

「麗日さんは中盤の気の緩み。失敗すればいつ核が使われ市民が脅威にさらされるか分からない状況で油断するのはよくありません。試験会場を敵のアジト、張りぼてを本物と考えていたのなら常に緊張感をもって然るべきです」

 

 指摘され麗日さんは落ち込み

 

 飯田君を指し

 

「飯田さんは相手の対策をこなし核を守るべく奮闘しましたが、爆豪さんが捕まり多対一になったことを忘れ麗日さんのみに注視したため、背後を取られ核を奪われました。」

 

 飯田君は歯を食いしばり悔しがっていた

 

 最後に僕を指し

 

「緑谷さんは最も上手く立ち回っていました。主戦力の爆豪さんを抑える戦闘力、麗日さんを戦闘に巻き込まない様に配慮した気配り、核回収の際は麗日さんと連携し飯田さんの隙を作り回収などチームワークも発揮していました。ただ難点と上げるとすれば、爆豪さんと最後まで戦わずとも途中で確保できたのではないでしょうか?緑谷さんの【個性】は何の【個性】か皆目見当もつかないほど沢山あるようですし、何らかの方法で動きを封じ、捕縛とすれば尚良かったかもしれません。どうでしょうか?」

 

 と締めくくった

 

「ま、まあ緑谷少年もやり過ぎた点もあったりするわけだが・・・まあ、正解だよ。くぅ!」

 

「常に下学上達!一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!で、緑谷さん先ほどの質問の答えは?」

 

 スラスラと出てくる評価に「なるほど!」と感心しているといきなり質問が来た

 

「えっ!・・・その、やろうとすれば出来たかもしれない・・・としか言えないかな?かっちゃんはあの【個性】で且つ戦闘面での才能は飛び抜けて高いから、下手に捕まえようとすると手痛いしっぺ返しが来そうでちょっとね?」

 

「そうでしたか・・・ご回答ありがとうございます」

 

「ああっと、ど、どういたしまして?」

 

 その後の試合は第一試合のようにビルが壊れたり怪我人が出たりといったこともなく全ての試合が終わった

 

「お疲れさん!!爆豪少年以外は目立った怪我もなし!しかし真摯に取り組んだ!!初めての訓練にしちゃ皆上出来だったぜ!」

 

 そういうとオールマイトは急いで立ち去った

 

 そうだ!大丈夫だろうけど授業前にかっちゃんの様子見に行こっと

 

 ―― 保健室 ――

 

「――たと怪我の件は一部のプ――は周知の事実!ですが――――はあな――校長そし―――――みの秘―――のです」

 

 保健室の前まで来ると中から話し声が聞こえる

 

 この声はオールマイト?

 

 スイ―

 

「失礼します。かっちゃんの――誰?」

 

「「!?」」

 

 そこには長身でガリガリの男性とリカバリーガールが居た。そして男性をよく見るとオールマイトの戦闘服(コスチューム)を着ていた

 

「[索敵(サーチ)]」

 

 とりあえず[索敵(サーチ)]で生命反応を調べたところ――

 

「こら!あんた、いくら自由が校風のここでも緊急時以外許可なく【個性】使うんじゃないよ!」

 

「わわっごめんなさい」

 

「たくっ・・・で?要件は?」

 

「あっ!かっちゃんのお見舞いに・・・」

 

「なら、無事さね、意識だけを刈り取ったような状態で、あと2、3時間もすれば目をさますよ。分かったらさっさと戻りな!授業に遅れるよ!」

 

 リカバリーガールに【個性】の使用について注意され、要件を聞かれたのでかっちゃんの見舞いだというと無事と教えてもらった

 

[精神変換(マインドコンヴァーション)]で肉体へのダメージを精神へのダメージに変換したから命に別状はないとはいえ、やっぱり時間単位で気を失わせちゃうと心配なんだよね

 

「は、はい、それじゃリカバリーガール、()()()()()()失礼しました」

 

「な!?」

 

 驚いたような声がしたが、リカバリーガールにまた怒られそうで、そのまま逃げるようにして保健室を後にした。

 

 ――――――――――

 

「あんた、一発でばれてんじゃないか!どうすんだい!?」

 

「これは予想外ですよ・・・・・・あとで事情を説明してこのことは秘密にするように言い含めます」

 

「トップで胡坐かいてたいって訳じゃないだろうがさ、そんなに大事かね?〝ナチュラルボーンヒーロー〟〝平和の象徴〟」

 

「いなくなれば超人社会は悪にかどわかされます」

 

 ――――――――――

 

「ん?あ!」

 

 〝オールマイトと同じ何人もの反応を重ね合わせたような特殊な反応〟だったからついオールマイトって言っちゃた。あとで謝らないと・・・保健室に行けば会えるかな?

 

 僕はその後すぐに本人に呼び出されるとは露とも知らず、呑気に教室に向かっていた

 



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第13話 それぞれの秘密

 キーンコーンカーンコーン

 チャイムを合図に授業は終わった

 

「はい、じゃあこれにてお終い。お前ら気ぃ着けて帰れよ~」

 

 先生の微塵も心配していない声での言葉を聞き流して席を立つ

 

 そろそろかっちゃんも起きてるだろうし、あの人にも謝らなきゃ・・・まだいるかな?

 

「デク君!一緒に帰えろ~」

 

「あ、麗日さん!ごめん、保健室に用があるから一緒に帰れないや」

 

 出入り口に向かう途中で麗日さんに声を掛けられた

 

「保健室ってことは爆豪君?」

 

「うん、そろそろ起きる頃かなって。大丈夫だと思うけど一応ね?」

 

「そっか!デク君は優しいね!」

 

「誘ってくれたのにごめんね?」

 

「ううん、気にしないで。じゃあまた明日!バイバイ!」

 

「うん、また明日!」

 

 ガラガラ

 

「あ!いた!緑谷少年!!ちょっと一緒に来てもらえないかな?」

 

「えっ?」

 

 麗日さんと別れ、その足で保健室に向かおうと教室から出ると、廊下でオールマイトに呼び止められて空き室まで連れていかれた

 

 ―― 空き教室 ――

 

 ガチャン

 

 オールマイトは周囲を確認してから入り口のカギを閉めこちらに振り向いた

 白い歯を輝かせているいつもとは違いどこか緊張した表情だった

 

 そんな張り詰めるような空気の中オールマイトは口を開いた

 

「あのことは秘密にしてほしい」

 

 あのこと?あのことってなに?

 

 疑問に思っていると突如オールマイトが体から煙を吹き出し姿を変えた

 

 ファッ!!??

 

「この姿のことはばれる訳にはいかないんだよ」

 

 ・・・え?しぼんだ?いや変身?あれ?でもオールマイトって増強系じゃ・・・んん?この人保健室の?んん??でもさっきまでオールマイト・・・ん?偽物?え?どうゆうこと?ん?ばれる訳には?えっと?つまりこの人は・・・オールマイト?・・・・・・え゛!!??なんで!?

 

 段々と理解が追い付いて来たが言葉が出てこない

 

 口を魚のようにパクパクさせて驚いていると、そんな僕を見てオールマイトは首を傾げた

 

「もしかして・・・・・・やらかした?」

 

 その一言が切っ掛けで、せき止められていたダムが決壊した

 

「エエエエエエェェェェェ!!!!!なななんで!?なんでぇぇぇぇ!?」

 

「わわわっ!ストップ!しー!しー!静ゲボォッ!!!」

 

「ギャー!血ぃ吐いたぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ―― 4分後 ――

 

「はぁはぁはぁはぁ」

 

「ぜぇぜぇぜぇぜぇゴホッゴホッ・・・はぁ・・・気付かれていたと思ったら勘違いだったとは・・・まあいい、いや良くはないが、兎に角この姿のことは他言無用で頼む」

 

「え?」

 

 いきなりのことにビックリして聞こえてなかった

 

「だから、このことは他言無用に頼むよ?」

 

「あ!はい!」

 

「ばれたついでた、重ねて言うが他言無用でな?」

 

 そういうとオールマイトは戦闘服(コスチューム)をまくり上げた

 そこには痛々しい手術痕が残っていた

 

「6年前・・・敵の襲撃で負った傷だ。呼吸器官半壊、胃袋全摘、度重なる手術と後遺症で憔悴してしまってね、私のヒーローとしての活動限界は今や一日約三時間程度なのさ」

 

「三時間ってそれじゃあ・・・」

 

「ああ、ヒーローとして活躍できる時間はそう多くない」

 

「なら無理をしないで休んだら――」

 

「そうはいかないんだよ。人々を笑顔で救い出す〝平和の象徴〟は決して悪に屈してはいけないんだ」

 

 僕が休んだ方が良いんじゃないかと言おうとするのに対し被せるように否定してきた

 

「オールマイト・・・」

 

「それにしても、どうして保健室で私だと分かったんだい?この姿でオールマイトだと言い当てられたことはなかったのに・・・」

 

「え?ああ、あれは、すみません。オールマイトの戦闘服(コスチューム)着てたんで生命反応を【個性】でつい調べちゃったんです。それでオールマイトと同じ〝何人もの反応を重ね合わせたような特殊な反応〟だったんで、ついオールマイトって言っちゃたんです。そのことを謝ろうと思ってたんですが、その、えーと、あの・・・」

 

「ああ、うん、分かった、分かったから・・・それ以上は何も言わないでくれ・・・・・・実は保健室の一件で君にこの姿の時にオールマイトと言われてばれたと思ったんだ、だから急いで口止めしようとしたんだが・・・それにしても〝重ね合わせた反応〟ね」

 

「オールマイト?」

 

「いや、そうだな、君は[覚える]【個性】だったね?」

 

「はい」

 

【個性】届けにもそう書いてあるんだから知っていて当然か

 

「それは彼に、アダムに託された【個性】だね?」

 

「!!!!」

 

 なんで!?アダムさんの関係者以外知らないはずなのに!

 

「君は7年前のあの少年だろ?」

 

「ッ!!いつから!いや、それよりも覚えていたんですか!?」

 

「いや、思い出したんだよ。君のプロフィールを見てね?そして【無個性】だった筈なのに【個性】を、それも[覚える]【個性】を持っている」

 

「それは・・・」

 

「私が知る限りこの【個性】を持っている人物は一人しか知らない。そして彼が消息を絶った時期と君が【個性】を発現した時期がほぼ一緒なんだ。そこまで来ればあと考えられるのは一つだ」

 

「隔離遺伝とか、突然変異とかの可能性だってあり得るんじゃ・・・」

 

「いや、ないね」

 

 僕の言葉をバッサリと切るオールマイト

 

「どうしてそう言い切れるんですか?」

 

「調べた結果、君にこの【個性】が発現する可能性は0%だった。それに君の【個性】の発現時期、彼が消息を絶った時期、君と彼の【個性】が同じであること」

 

「・・・・・・」

 

 アダムさんと知り合いだったか・・・なら隠し通すのは無理そうだ

 

「額に青い石、白毫(びゃくごう)を持つ異形系で、且つ[【個性】を覚える【個性】]なんてそれこそこの世に二つとない彼の持つ【個性】[PF-ZERO]だけだ。【個性】を引き継がれた証拠だよ。」

 

[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]・・・この力の本当の名前・・・・・・

 

「それに彼が言っていたんだよ、『私の代わりに正道を歩む者にこの力を託す』とね?」

 

「アダムさん・・・・・・そうです。忘れもしない7年前、オールマイトに現実を見ろと言われたその日にアダムさんからこの力を託されました」

 

「それは・・・」

 

「ええ、分かってます。僕の質問にオールマイトが『大丈夫、君にもなれる』って言わなかった理由、『【無個性】はヒーローに成れない』ってことは良く。夢だけでやっていけるほどこの世界(ヒーロー)は甘くないことは。でも、当時は何ができる訳でもないのに諦められなくて、貴方にしがみ付くなんて無茶をやらかすほど追い詰められてたんです。そして現実を知って絶望した。オールマイトすら周りと同じなんだと」

 

「緑谷少年・・・・・・」

 

「そんな顔しないでください。」

 

「しかし、君がそんなに追い詰められていたとは・・・ははっ、とんだニセ筋野郎だ、笑顔で救い出すといいながら一人の少年に絶望を与えていたとは・・・気付かなくてすまなかった」

 

 オールマイトはそう言って頭を下げた

 

「いえ、もう済んだことですし、あの後フェイク・アダムさんにあってこの力を託されましたから。おかげでこうして『正道』を歩けています」

 

「そうか・・・ん?フェイク・アダム?なぜフェイクなんて・・・」

 

「アダムさんの本当の名前をご存じなのですか!?僕にあったときは自分は偽物だ。だからフェイク・アダムだと名乗ったので本当の名前を知らないんです」

 

 あの時は聞き返す間もなくいなくなってしまったし、アダムさんの義妹達は「お兄ちゃんが言ってないなら私たちも言わない」と教えてくれなかった

 

「そうだったのか、彼が何を思ってそう名乗ったかは知らないが、君には後継者として知る権利があるね。彼の名前はアダム・アークライト。同じ夢をもった同士であり、私が何時か越えたいと思った好敵手(ライバル)でもある」

 

「アダム・アークライト・・・・・・これが本当の名前」

 

「緑谷少年」

 

「はい?なんでしょう?」

 

 アダムさんの本当の名前を知れたことに喜びを感じているとオールマイトに呼ばれた

 

「もう一つ、力を託される気はあるかい?」

 

「・・・・・・は?」

 

 そして問いかけられた言葉は理解できなかった

 

 何を言ってるんだ?オールマイトは

 

「先も述べたように私がヒーローとして活動できる時間は少ない」

 

「ええ、そう言ってましたね」

 

「だから君に託したい」

 

「託すってそんな、出来る訳・・・」

 

「ないなんてことはないさ!現に君は託されている。実は私の【個性】も託された物なのさ」

 

「え!?」

 

 まさかの衝撃の事実に驚きを隠せなかった

 

「この【個性】は聖火の如く脈々と受け継がれてきた力だ。【個性】()を〝譲渡する〟【個性】()、冠された名は『ワン・フォー・オール』、これが私の力の正体さ」

 

「ワン・フォー・・・・・・オール・・・・・・」

 

 それがオールマイトの力

 

「どうして・・・」

 

「ん?」

 

「どうして僕に託そうとするんですか?」

 

 アダムさんは僕のことを知っていた。その上で『この世界のヒーロー』だと『正道を歩む者』だと。だから託すと。じゃあオールマイトは?

 

「冷静沈着でありながらその実激情家の彼は、秘密を抱えて感情を押し殺した結果、後悔にまみれた人生を送っていた。そんな彼が〝正道を歩む者〟と君を称し、自らの力を託すに値すると判断した。それに元々後継は探していたのだ。君は去年の実技試験時、皆が逃げる中で麗日少女を救わんとだた一人で飛び出し守りぬいた。聞いたよ、『考えるより先に体が動いていた』と。そんな君にならこの力を託すに値すると思ったのさ。」

 

『君なら多くを救ってくれるだろう、守ってくれるだろう。私が間違った選択も君なら正しい正解を選ぶだろう。何せこの世界のヒーローなのだから』

 

 一緒だ、アダムさんもオールマイトも僕なら出来ると、大丈夫だと。なら答えは一つだ

 

「そのお話、お受けします」

 

「そうか!ありがとう!」

 

 僕はまだ未熟だ。

 アダムさんは覚えた【個性】は一度で自分のものにしていたというが、僕は使うので精一杯で使いこなせているのは一部と、もともとが弱い【個性】と言われていたもののみだ

 そんな僕がこれからはオールマイトの[ワン・フォー・オール]も受け継いで行かないといけない、今まで以上に鍛えないと押しつぶされそうだ

 

「ならさっそく授与式だ」

 

「はい」

 

 またおでこをくっつけるのかな?それとも、こう不思議パワーが湧き出る感じなのかな?

 

「食え」

 

「へあ!?」

 

 そういってオールマイトから差し出されたのは額でも手でもなく髪の毛

 

「え?いや、え?」

 

「別にDNAを取り込めるなら何でもいいんだけどさ、ささ一息に」

 

「あ、あの、【個性】で覚えちゃだめですか?」

 

「[PF-ZERO]でかい?あれは《覚えた》【個性】だから受け継ごうにも[PF-ZERO]以外は継承できないんだよ?じゃなきゃ君は彼の覚えた【個性】が全て使えているはずだ。それなら君のよく使う増強系の【個性】の中に[ワン・フォー・オール]がないのはおかしい。何せ彼は[ワン・フォー・オール]を覚えているからね」

 

「よくご存じですね?」

 

「そりゃそうさ、彼本人から聞いたことだ。『彼は一人でも立って歩けるだろう。しかしこの力は単純でありながら複雑だ。[覚える]力しか託せないし、託した後私は消えさるだろう。簡単な説明は妹達に頼むつもりだが、詳しい説明は君が代わりに伝えてくれ。本人に会えば君も気にいるだろう。本来の先代』とね?」

 

 僕のことを案じてくれていたんだ・・・

 

「彼は秘密が多いようでね?会ったこともない君のことを知っていたり、私のことを本来の先代と呼んだりと恐らく[未来視]の【個性】でも覚えていたんじゃないかな?」

 

『己の知る未来が変わることを恐れ何もしなかった』

 

 未来を知っていたのかな・・・

 

「というわけで・・・食え!」

 

「わ、分か・・りました」

 

 うう、なんか酸っぱいんだけど・・・

 

 こうして僕はまた『託された』



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第14話 砕ける心

連続投稿です
前話の読み飛ばしにご注意ください


 俺がいっちゃん強い!

 

 そう確信したのは4歳の時

 

 俺は運動も勉強も得意だった

 周りは「かっちゃんスゲー」だの「カッケー」だの言っていたが、そんなん言われなくても分かってる。でも悪い気はしなかった

 

 そんな周りの中でもデクはおどおどしながら俺の後をくっついてくる弱虫だった

「ヒーローになりたい」とか「かっちゃんみたいにカッコよくなりたい」とか言っていたが、正直無理だと思った

 

 オバサンは物を引っ張る【個性】でオジサンは火を吹く【個性】

 例え両方の【個性】がデクにあっても敵にボコボコにされて泣きわめくのが落ちだ

 

「はん!俺がいっちゃん強いんだ!(ヴィラン)なんて目じゃねぇ!心配すんな、もしもの時はテメーごとモブ共全部助けてやんよ、俺はお前らの兄貴分だ!例え【没個性】でも俺が守ってやる!」

 

 なんたって兄貴分だからな!

 

 4歳になり俺は[爆破]の【個性】が発現した

 周りの連中は【没個性】ばかりで、その中で【強個性】だった俺は更に周りから持ち上げられた

 

 俺がすげーんだ、皆俺よりすごくない!

 そう思った

 

 対称にデクには【個性】が発現しなかった。つまり【無個性】って奴だ

 焦点の合わない目を地面に向け落ち込んでいた

 

 それを見て

 デクがいっちゃんすごくない

 そう思った

 

 それからはデクに何か言われるのが気に入らなくなった

【無個性】のくせにヒーローを諦めず、真似事で俺の邪魔をしてくる

 

 初めの頃は口だけだったが、その内我慢ができなくて手を出した

 

 そうすると涙を流して「やめて!」と繰り返し言うだけの木偶人形になった

 

「【無個性】の分際で俺に盾突いてんじゃねーぞ!デク!!」

 

 それからは気に入らない事があるたびにぶん殴った

 

 それが一転したのが8歳の時

 

 デクの奴が口答えしてきやがった

【無個性】じゃない?ヒーローに成れる?ぼけた事抜かしてんじゃねえぞ!

 

 母親が言っていた、デクが【個性】を発言したと、【個性】はもれなく4歳までに発現する

 

 今更デクに使えるわけがない、どうせショボすぎて気付かなかったんだろ

 

「【個性】を使ってみろ!!」

 

 その場でデクに飛掛った

 最初こそ俺に驚いていたが、すぐさま息を吸って炎を吐いてきた

 

「ちっ!」

 

 舌打ちと共に咄嗟に左に避けた

 

 正直なめてた

 はっきり言ってオジサンもオバサンも【没個性】だ。それを木偶の坊が使うんだ、大した事ねえと

 

 なのにデクは青い炎を吹きやがった

 

 下手に近づくとヤバそうだ

 

 そう様子を見ていると、炎を吐き尽くしデクが俺を探してキョロキョロ見渡し、警戒していた

 いつもならすぐに飛び掛ってぶん殴っていただろうが、俺はさっきまでいた場所から目が離せなかった

 

 地面が真っ赤に溶け、その周りは硝子状になっていた

 

 たった数秒で地面が溶けるほどの高温の炎

 こんなの喰らったら一瞬で死ぬ

 

 それを俺に使った?あのデクが?

 

 驚きで真っ白になった頭の中が急速に赤く染まっていく

 

 俺がデクなんかに怖気づいただと!

 

「貴方たち何やってるの!!」

 

 ちっ!誰かチクリやがったな!!

 

 声を張り上げながら仲裁に入る先公がきた

 そのせいでデクとの決着は有耶無耶になった、そして母親にも今回の件がバレたせいで酷く叱られた

 

 それからは何かあるたびにデクの上を行くように努力した

 

 俺がいっちゃんスゲーんだ!!デクなんかに負けるか!

 

 そして中学に上がってからはデクのことを極力無視するようにした

 

 雄英入んのにデクのせいで成績に傷でもついたら目も当てられない。それにどうせ雄英に行くのは俺一人だ。それまで寛大な心で見逃してやろう

 

 そうして卒業まで一年を切ったとき先公があり得ない事を言った

 

 デクも雄英に行くだと!

 

 我慢できなかった

 無意識に掌を爆発させてデクに詰め寄った

 

 そして口を開く前に顎に衝撃が走り、尻餅を付いた

 立ち上がろうとしても膝が震えて立てない

 視界も揺れている

 

 そんな俺を無視してデクは脱兎のごとく逃げ出した

 

 デクになにかされたと気付いたのは周りの奴が遠慮がちに心配してきた時だった

 

 何をされたか分からなかった

 俺は座り込んだまま唖然とした

 

 ピシッ

 何かにヒビが入る音がした

 

 それから10ヶ月、雄英の一般入試当日

 

 試験方法は雑魚をぶっ殺してその総P数を競うらしい

 

 これを利用してデクも潰してやろうかと考えたが会場が別だった

 

 勝手に寄ってくる雑魚をぶっ壊し続けれれば良いだけなんて屁でもねぇ

 デクの野郎はどうせ不合格だろ、なら記念に受けるぐらいは大目に見てやろう

 

 そう思ってたのに、思っていたのに

 

「ウチの中学から雄英進学者が二人も出るとは!いやー担任として先生も鼻が高いよ!!」

 

 何で!何でだよ!何でてめぇまで受かってんだよ!

 

 ピシピシッ

 まただ、また聞こえる

 

 それからは苛立ちが募る一方だった

 

 そして翌年の雄英高校入学式当日、【個性】把握テスト

 

 どの種目でもデクに負けたことはなかった

 

 最下位は除籍

 ならこれでデクは居なくなる、これで目障りな奴が消える

 

 なのに蓋を開けてみればデクは一位だった

 

 第一種目:50m走

 スタートの合図が鳴ったときデクはゴールしていた

 

 奴は【個性】を使っていた、じゃなきゃあんな速度は出ない

 でも火は一度たりとも吹かなかった

 なのに奴は俺の前を走った

 

 なんで違う【個性】使えんだよ!俺を騙してやがったな!

 

 その後は第七種目を除くすべての種目で俺の記録を上回った

 勝っていたのはたった一つ、それも第七種目の上体起こしだけ

 

 俺がデクに劣ってる!?そんなはずがある訳ない!デクなんかに俺が劣ってるはずがない!

 

 ピシピシピシッ

 音が大きくなっていく

 

 そして翌日の戦闘訓練

 

 授業なんか知ったことか!クソデクをぶっ潰す!

 

 それしか考えられなかった

 そして奇襲までして潰しにかかったのに奴は俺に対応しやがった

 

 最大まで溜めた特大爆破も無傷で防ぎやがった

 その上、奴は俺と同じような【個性】まで使いやがった。

 更に俺に一撃で勝つとか抜かしやがった

 

 ふざけるな!一撃!?この俺を一撃だと!?ふざけんな!!!!!!!

 

 全力で殴り掛かった

 そして奴の頬を捉えると同時に【個性】を発動させた

 

 勝った!

 

 そう思った途端、凄まじい衝撃で視界が真っ白になった

 

 気付けば保健室のベッドで寝ていた

 

 近くにいたリカバリーガール(ババア)が俺がデクにやられて保健室に担ぎ込まれたと言った

 

 俺が負けた?デクに?負けた!?

 

 パリッ

 何かが欠けた

 

 そんな俺の気など知ったことかとあの後の講評と試合を録画したものを見せられた

 

『爆豪さんの行動は戦闘を見た限り私怨丸出しの独断、そして先程先生も仰っていた通り屋内での大規模攻撃は愚策。戦闘面で光る所もありましたが、結局敗北・確保とダメなことばかり』

 

 パリッ

 また欠けた

 

 氷の奴はビル全体を凍らせた

 

『悪かったな、レベルが違いすぎた』

 

 パリパリッ

 どんどん欠けていく

 

 俺は、俺は・・・・・・

 

 

 ―― 弱い ――

 

 

 パリーン!!

 

 遂に耐えきれずに何かが砕けた

 

 

 

 

 目の前が真っ暗になった

 

 

 

 



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第15話 放課後

文字数の都合で緑谷sideと爆豪sideが一緒になってます


 ―― 緑谷 ――

 

 オールマイトと別れ、保健室に向かったときにはかっちゃんはもういなかった。リカバリーガールが言うには数分前に出て行ってすれ違いになっていたようだ

 

「いた!」

 

 急いで昇降口に向かうとかっちゃんの後ろ姿が見えた

 

「体は大丈夫か」とか「僕だってもうやっていける」とか言いたいことは沢山あった。けど、いざ話しかけようと近付いてはっきり見えたその背中はいつものあふれ出る自信なんてなくて、8年前の絶望した自分を見ているようだった

 

 胸がざわついた

 

「かっちゃん」

 

「なんだ」

 

 思わず声をかけたが返事に覇気がない

 

 弱っている

 

 そう思った途端に胸のざわつきが強くなった

 

「俺がいっちゃん強いんだ」

 

 かつて彼がいった言葉

 

「あ゛あ゛!?」

 

「もしもの時はてめえごとモブ共全部助けてやんよ」

 

 泣いていた僕に手を差し出して言った言葉

 

「デクてめえ!」

 

 言葉にするたび胸のざわつきが強くなりついに我慢できず叫んだ

 

「君の言った言葉だ!!」

 

「あん?」

 

「君が!何もできなくて泣いていた僕に!君が言ったんだ!俺が守ってやるって!!お前らの兄貴分だからって!!僕はあの日、託された!だから頑張った!!ヒーローに成りたいから努力した!!君を見返したかったから体も鍛えた!でも一番は君に追い着きたかったからだ!」

 

 僕だってやれると、もう君の隣に立って共に歩けると証明したかった

 

「今日、僕は君に勝って追いついた!たった一勝、それも借り物を使っての一勝だ!君はたった一度の敗北で折れるのか!!!」

 

 やっと証明したのに君が歩みを止めてどうする!!

 

「うるせー黙れ」

 

「嫌だ!君は僕にとって見返したい人で、目標で、憧れの人だ!いつも自信に満ち溢れていた君が、前だけ向いて突き進んでいた君が!下を向いているのに何も言わずにいられるか!!君は【個性】が発現してから嫌な奴になった!でもできない事や嘘だけは言わなかったじゃないか!ならこの程度で諦めないでよ!(ヴィラン)なんて目じゃねぇんだろ!?僕の兄貴分なんだろ!?自分が一番強いって言うんなら一番強くなってよ!!」

 

「黙れっつてんだろーが!!!!」

 

 先ほどまでの覇気のない声とは打って変わっていつもの声になった

 

「今日・・・俺はてめえに負けた!!石ころだと、足元にも及ばないゴミだと思ってたてめえにだ!!それも完膚なきまでに負けた!氷の奴見てっ!敵わねえんじゃって思っちまった!!クソ!!!ポニーテールの奴の言うことに納得しちまった」

 

 途中から声が震えだした

 

「クソが!!!クッソ!!!なあ!!てめぇもだ!デク!こっからだ!!俺は!!こっから!いいか!?俺はここで一番になってやる!!!」

 

 かっちゃんは涙を浮かべそう宣言した

 

 それでこそ僕の知る頼れる兄貴分(ヒーロー)

 

 

 ―― 爆豪 ――

 

 あれからどうやって来たのか分からない。何も考えられなくて、ただ体の動くままに家に向かっていた

 

「かっちゃん」

 

「なんだ」

 

 背後から声が聞こえた

 

 なんだデクか・・・

 

「俺がいっちゃん強いんだ」

 

「あ゛あ゛!?」

 

 今、なんつった?

 

「もしもの時はてめえごとモブ共全部助けてやんよ」

 

「デクてめえ!」

 

 こいつ喧嘩売ってんのか?

 

「君の言った言葉だ!!」

 

「あん?」

 

 俺が言った言葉?

 

「君が!何もできなくて泣いていた僕に!君が言ったんだ!俺が守ってやるって!!お前らの兄貴分だからって!!僕はあの日、託された!だから頑張った!!ヒーローに成りたいから努力した!!君を見返したかったから体も鍛えた!でも一番は君に追い着きたかったからだ!今日、僕は君に勝って追いついた!たった一勝、それも借り物を使っての一勝だ!君はたった一度の敗北で折れるのか!!!」

 

「うるせー黙れ」

 

 言われなくたって分かってんだよ。たった一敗だって。それでも俺は負けたんだよ、お前に・・・お前だけには負けたくなかったのに!『俺がすげーんだ、皆俺よりすごくない!』ってそう思ってたのに、思ってたのに!

 

「嫌だ!君は僕にとって見返したい人で、目標で、憧れの人だ!いつも自信に満ち溢れていた君が、前だけ向いて突き進んでいた君が!下を向いているのに何も言わずにいられるか!!君は【個性】が発現してから嫌な奴になった!でもできない事や嘘だけは言わなかったじゃないか!ならこの程度で諦めないでよ!(ヴィラン)なんて目じゃねぇんだろ!?僕の兄貴分なんだろ!?自分が一番強いって言うんなら一番強くなってよ!!」

 

「黙れっつてんだろーが!!!!今日・・・俺はてめえに負けた!!石ころだと、足元にも及ばないゴミだと思ってたてめえにだ!!それも完膚なきまでに負けた!氷の奴見てっ!敵わねえんじゃって思っちまった!!クソ!!!ポニーテールの奴の言うことに納得しちまった」

 

 俺は弱い、もう一番じゃない。なら一番になってやる!

 

「クソが!!!クッソ!!!なあ!!てめぇもだ!デク!こっからだ!!俺は!!こっから!いいか!?俺はここで一番になってやる!!!」

 

 俺がいっちゃん強いんだ!モブ共全部ねじ伏せて天辺取ってやる!!!!



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第16話 委員長決めと侵入者

管理の都合上、各話に話数をつけました


 校門の前には報道陣が詰めかけていて雄英高校の関係者が通るたびにマイクとカメラが向けられ次々と質問される

 皆、真面目にだったり、緊張しながらだったりそれぞれ答えていた。中にはかっちゃんの様に無視して通り過ぎる人もいた

 

 斯く言う僕も質問された――が、即逃げた。

 怪我なんてしてないのに保健室を言い訳に逃げた

 

『オールマイトの授業はどんな感じです?』なんて聞かれたけどなんて答えればいいのさ。

「楽しい」とか「すごい」とか「さすがオールマイト」とか言えばよかったのかな?

 

 ―― 教室 ――

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ、Vと成績見させてもらった。爆豪、お前もうガキみてえなマネするな。能力あるんだから」

 

「・・・分かってる」

 

 相澤先生は開口一番昨日の戦闘訓練について話し、かっちゃんを注意した

 それに対し、以前のかっちゃんならそっぽを向くか反発していたのに今は素直に頷いていた

 

「さてHRの本題だ・・・急で悪いが今日は君らに・・・」

 

 何だ!?また臨時テスト!?

 

「学級委員長を決めてもらう」

 

「「「学校っぽいの来たー!!」」」

 

 先生の一言で教室は一気に騒がしくなった

 皆自分がやりたいと手を上げて主張し始めたからだ

 

 それを鎮めたのは

 

「静粛にしたまえ!!」

 

 飯田君だった

 

「〝多〟をけん引する責任重大な仕事だぞ!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!」

 

 立派な意見だと思うよ!でもね、飯田君?

 

「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら、これは投票で決めるべき議案!!!」

 

「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」

 

 その天を突かんばかりにそびえ立つ右手が全てを台無しにしてるよ・・・

 

「どうでしょうか先生!!!」

 

「時間内に決めりゃ何でもいいよ」

 

 僕は飯田君に投票しよう。真面目だし、こういうのに向いてそう

 

 そして投票結果は

 

「僕三票!!?」

 

「わかってはいた!!さすが聖職と言ったところか・・・しかしこの一票は誰が・・・」

 

「うーん悔しい」

 

「ママママジで、マジでか!」

 

 僕が三票で委員長、次点二票で八百万さんが副委員長に決まった

 

 ―― 食堂 ――

 

「いざ委員長やるとなると不安だな~」

 

「大丈夫さ、緑谷君はここぞという時の胆力や判断力は〝多〟をけん引するに値するだから君に投票したのだ」

 

 君だったのか!!

 

「でも飯田君も委員長やりたかったんじゃないの?眼鏡だし!」

 

 いや眼鏡は関係ないよ麗日さん

 

「やりたいと相応しいか否かは別の話・・僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 

「「僕?」」

 

 麗日さんと異口同音に聞き返した

 

「飯田君て坊っちゃん!?」

 

「坊!!!・・・そういわれるのが嫌で一人称を変えてたんだが」

 

 飯田君はため息とともに手に持っていたカレーをテーブルに置いた

 

「ああ、俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」

 

 な、なんだって!!

 

「ターボヒーローインゲニウムは知ってるかい?」

 

 知ってるとも!!

 

「もちろんだよ!!東京の事務所に65人もの相棒を雇ってる大人気ヒーローじゃないか!!まさか!」

 

「詳しい・・・フフン!それが俺の兄さ」

 

 飯田君は誇らしげに胸を張り、眼鏡を直しながら「自分の兄だ」と言った

 

「規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー!!俺はそんな兄に憧れヒーローを志した。人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。上手の緑谷君が就任するのが正しい!」

 

 飯田君・・・

 

「しかし、俺に入れてくれた人は誰だったのだろうか・・・」

 

「あ、それ僕だよ」

 

「なに!君が入れてくれたのか!でもどうして!?」

 

「特に深い理由があったわけじゃないよ?誰が相応しいかなんて知り合って日も浅いのに分かる訳がないから、今分かる中で向いていると思ったのが飯田君だったんだ」

 

「そうだったのか、ありがとう!そして俺の分まで皆をけん引してくれ!もちろん協力は惜しまないから!」

 

「うん、頑張るよ!・・・そうだ!飯田君!」

 

「何だい?」

 

「君に、いや君にしか頼めない事がある」

 

「頼み事?」

 

 飯田君は僕からの突然のお願いに首を傾げた

 

「突然だけど飯田君の家の人のサインをもらってもいいかな?」

 

「・・・・・・は?」

 

「だから君のご家族のサインが欲しいんだ!」

 

「え?あ、うん、構わないが・・・」

 

「本当かい!?ありがとう!!」

 

 やっぱ持つべきは友達だな!

 

「でもなんでまた俺の家族を?」

 

「君の家族って言うよりヒーローのサインが欲しいんだ!さっき君はヒーロー一家って言ってたから」

 

「デク君は本当にヒーローが好きなんだね?」

 

「だってカッコイイじゃないか!颯爽と現れ敵を倒し、皆を救う!!ザ・正義の味方!!」

 

「はははは!君にとってのヒーローは俺にとっての兄みたいな感じか!」

 

   ウウ~~~~~

 

「警報!?」

 

 麗日さんと飯田君の三人で談笑していると突如、警報音が鳴り響いた

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 

「3!?」

 

「セキュリティ3て何ですか?」

 

「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!三年間でこんなの初めてだ!!君らも早く!!」

 

 飯田君が近くにいた先輩に質問すると侵入者の警報だという

 

「いたっ!急に何!?」

 

「さすが最高峰!!危機への対応が迅速だ!!」

 

「迅速過ぎてパニックに・・・どわーしまったー!!」

 

 入り口に向かって人の波が押し寄せ、僕たちは飲み込まれ逸れてしまった

 

「くっ!!皆と逸れちゃったし周りは暴走してるし!!ああもう!兎に角鎮圧しなきゃ!」

 

 暴動鎮圧には[(フレグランス)]が一番いいけど、全員に掛けるには時間がかかるし、この場で使ったら後ろから来る人に潰されて二次被害が起きる!

 

[跳躍(ジャンプ)]

[物を引き寄せる]

 

 その場で飛び上がり、天井を対象に[物を引き寄せる]【個性】を発動させ背中を天井に張り付ける

 

 一旦皆の動きを止めないと!

 

「すうぅぅぅ・・・」

 

[声真似] + [大声]

 

 獅子の咆哮(キングハウル)

 

 

『『グルルルガアアアァァァァァウウ!!!!!!!!』』

 

 

「「「「「ビクッ!!」」」」」

 

 窓ガラスがビリビリと震え、皆足を止めた

 その内3割から4割ほどの生徒は腰を抜かしているようで床にへたり込んでいた

 

 良し止まった!!聴いといて良かったライオンの威嚇声!!後はまた暴走する前に捕縛しないと!

 

 バゴン!!

 

 あれは飯田君!?

 

 獅子の咆哮(キングハウル)の影響で周囲が静まり返る中、壁に何かを叩きつけるような音が聞こえ、そこに視線を向けると出入り口の上の方に飯田君が非常口のマークのような格好で張り付いていた

 

「皆さん!大丈ー夫!!ただのマスコミです!何もパニックになることはありません大丈ー夫!!ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 この騒ぎの原因はマスコミによるものだったらしく、警察が到着し撤退していった

 

 ―― 教室 ――

 

「ホラ委員長始めて」

 

「では他の委員決めを執り行って参ります!・・・けどその前に良いですか!」

 

 皆を見渡してから続きを話す

 

「委員長はやっぱり飯田君が良いと思います。あの時、僕は暴徒による暴動の鎮圧を主として行動したのに対し、飯田君は誇りある雄英高校の生徒として扱い騒ぎを納めた。騒ぎを止めようとしたことは同じでも暴徒と生徒じゃ全く別物だ。委員長ならばどんな状況であれ相手を思いやる気持ちがなくちゃいけないと思うんだ!だから僕は飯田君がやるのが正しいと思うよ」

 

「あ!良いんじゃね!!飯田、食堂で超活躍してたし!!緑谷でも別にいいけどさ!」

 

「非常口の標識みてえになってたよな」

 

「何でも良いから早く進めろ・・・時間がもったいない」

 

「やば!!相澤先生が切れてる!」

 

 僕の提案により時間が掛かっていることに相澤先生はストレスを溜め始めて機嫌が悪くなり出した

 

「委員長の指名なら仕方あるまい!!」

 

 そんな中、皆の声援もあってか飯田君は委員長の交代を承諾してくれた

 

「任せたぜ非常口!!」

 

「非常口飯田!!しっかりやれよー!!」

 

 良し!これで委員長は飯田君がやるとして、八百万さんにも言っとかないと

 

「ごめんね、八百万さん。本当なら繰り上げで君が成るはずだったんだけど、君の【個性】の性質上、先陣切って戦うよりも後方から物資を届けて自陣を優位に立たせ続ける方が良い事が多くなると思うんだ。だから委員長よりも副委員長の方が適しているんじゃないかと思ってさ」

 

「いえ、不満がないといえばウソになりますが、飯田さんの活躍も緑谷さんの意見も納得がいきますから」

 

「ありがとう!」

 

 こうして委員長は飯田君が勤め、そのサポートとして副委員長を八百万さんが務めるとことなった

 



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第17話 立ちはだかる悪意

 侵入者騒ぎから二日後の午後、二回目のヒーロー基礎学

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイトそしてもう一人の3人体制で見ることになった」

 

 なった?

 

 まるで今回は特別だと言うような口ぶりだった

 

「ハーイ!なにするんですか!?」

 

「災害水難なんでもござれ人命救助(レスキュー)訓練だ!!」

 

 瀬呂君からの質問に相澤先生は前回のオールマイトのようにカードを掲げて人命救助(レスキュー)訓練と言った

 

 自己判断で戦闘服(コスチューム)は着用せずともいいとはいえ、全員が全員とも戦闘服(コスチューム)を着用してロータリーに集合した

 そしてロータリーには一台のバスが止まっていて、乗車時に混乱しないようにとさっそく飯田君が張り切って誘導を行っていたが、自由席が多いタイプだったため意味をなさず空回りだった

 

「こういうタイプだった、くそう!!」

 

 就任初めての委員長としての仕事に張り切っていただけに落ち込みようもすごかった

 

「ねえ、緑谷ちゃん」

 

「え!?ハイ!?蛙吹さん!!」

 

 飯田君を見ているとまったく意識していなかった隣に座る蛙吹さんに声を掛けられた

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 行き成り名前呼びですか・・・

 

「あなたの戦い方ってどこかオールマイトみたい」

 

「え!?そ、そうかな?」

 

「うん、昨日の戦闘訓練でほぼ近距離肉弾戦だったよ?」

 

「確かに最後もオールマイトみたいに男らしく拳でケリ付けてんもんな!」

 

 蛙吹さんの言葉に戸惑っていると切島君が同意してきた

 

 なんか自然と肉弾戦に落ち着くんだよな・・・オールマイトに憧れた影響かな?いや、お爺ちゃん達か・・・

 道具を使う間もなく撃沈、よしんば道具を使えても拳で叩き砕いて道具を失って隙だらけの僕を続く二撃目で撃沈、結局【個性】で体を強化して殴る蹴るの方がマシという状態で稽古着けてもらってたからなぁ

 

「しかし増強系のシンプルな【個性】はいいな!派手で出来ることが多い!俺の[硬化]は対人じゃ強えけどいかんせん地味なんだよなー」

 

 左腕を硬化させながら「自分の【個性】が地味だ」と切島君は語るが[金剛石]などの硬化の(たぐい)の【個性】を多用する僕としてはまるで「[硬化]より増強系の【個性】が良かった」と言われてるようで思わず言い返してしまった

 

「一見地味かもしれないけど硬くなれば受けるダメージを減らせるし、逆に与えるダメージは上がるじゃないか!増強系は力が上がっても皮膚や骨が丈夫になった訳じゃないから硬い物を殴ったり、鋭い物に触れれば怪我をしちゃうから[硬化]みたいに肉体を保護できる【個性】は格闘とかの近距離肉弾戦では最も有効な【個性】だよ‼」

 

 じゃなきゃ今頃僕の入院未遂記録が3桁突破してるところだよ、[自己治癒(セルフヒール)]がなかったらもう一桁増えてるだろうな・・・加減を間違えたって言ってるけどあの笑顔は絶対ワザとだ

 

「お、おう、随分喰いついてくるな緑谷は」

 

「う、ごめん」

 

「はは、謝ることねえって!そういえば緑谷も黒光りして硬くなるタイプの【個性】使ってたもんな!」

 

 黒光りって[炭素硬化(ハードクロム)]のことだよね?その言い方だとまるでゴ――いや考えるのは良そう

 

「そういやよ?緑谷の【個性】って何なんだ?硬くなったってことは硬化系だろうけど、【個性】把握テストんときすげえ速く走ったり跳んだりしてたじゃんか」

 

「む、それは俺も気になっていた!入試の時はバリアのようなものを張ったり、手を大きくしたり、翼で飛んだりしていたし、聞くところによると昨日は爆豪君と似たようなものまで使ったそうじゃないか」

 

「マジかよ、すげえな!で、そこんとこどうなんだ?」

 

 切島君からの質問にさっきまで落ち込んでいた飯田君が「自分も気になる」と会話に加わってきた

 

「何って、えっと、うーんと異形・変化・発動系の複合かな?」

 

「異形系?どこが?」

 

 僕の異形系発言に違和感を持ったようで聞き返された

 

「そっか、普段隠れてるから見えないのか・・・ほら、ここに青い石みたいなのがくっついてるでしょ?」

 

 そう言って前髪を手でかき上げて額にある白毫(びゃくごう)を見せた

 

「あ、なんかくっついてる」

 

「これといって特別な能力はないけど、ちょっと体が丈夫になってるよ」

 

「じゃあ後の変化系、発動系ってのは?」

 

「この額の青い石と別の[模倣]って【個性】が変化系と発動系になるんだ。」

 

 この【個性】( PF-ZERO)について無暗に言いふらさない方が良いってオールマイトも言ってたし、事前に考えてた『答え』を言うことにした

 

 皆を信用していないわけじゃないけど、ごめんね?

 

「どんな【個性】なんだ?[模倣]ってんだから何か真似すんだろ?」

 

「過程を理解して似た結果をだすんだ。だからどうやって使ってるか理解できないとダメだし、理解できても自分の許容範囲を超える模倣はできない上、本物より強力だったり弱かったりふり幅があるんだ。特に発動系はそうだね」

 

「へえ」

 

「なるほど、だから君の使う【個性】に統一性がないのか。」

 

「あと、真似とは似て非なるものかな?真似は文字通り真に似せる、つまり対象と鏡写しのように同じ姿や行動をすること。模倣は模して(なら)う、つまり対象を手本にして何かを学び取ること。分かりやすく言いうなら1+2=3という計算で、真似はこの式が2+4とか3+1とかに変わったらアウト、式そのものを暗記しているだけだから暗記した以上のこと、つまり応用が利かない。でも模倣はこの式から足し算の公式を学ぶから2+4や3+1の答えも導き出せる。なぜそうなるかを学ぶか学ばないかの違いは大きいよ?だから広義的には真似も模倣もなにかと同じことをするってことで一括りにされてるんだけど、厳密には違うものだからね?」

 

「ふむ、俺が兄ならばと考えて行動するのと同じことか」

 

「だね、飯田君はお兄さんになりたんじゃなくてお兄さんのような立派なヒーローになりたいって言ってたもんね?」

 

「俺も憧れてる人がいるから飯田の気持ち分かる!真似っていって悪かったな緑谷!」

 

「いいよ、気にしないで」

 

 僕の「真似と模倣は違う」という発言に2人は納得し、その上で切島君は真似発言について謝ってきた

 

「ありがとな!まぁそれはそうと色々制限は多そうだけど、いろんな【個性】が使えるって点で使い勝手は良さそうだな!」

 

「ありがとう」

 

「他に派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だよな」

 

「ケッ」

 

 あ、ちょっと嬉しそう

 

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなそ」

 

「んだとコラ出すわ!!」

 

「ホラ」

 

 ああ、蛙吹さんの言葉に怒っちゃったよ

 

 かっちゃんは切島君に派手で強いと言われて満更でもなさそうに顔を背けていたが、続く蛙吹さんの一言に怒鳴りながら反論してきた

 

「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されてるってすげぇよ」

 

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」

 

 上鳴君まで煽っちゃってるし・・・

 

「もう着くぞいい加減にしとけよ・・・」

 

「ハイ!!」

 

 おおう!相澤先生がまたキレてる・・・

 

 ―― USJ ――

 

「すっげ―――!!USJかよ!!?」

 

「水難事故、土砂災害、火事・・・etc、あらゆる事故や災害を想定し僕が作った演習場です。その名もウソ(U)災害(S)事故(J)ルーム!!」

 

 オールマイトと相澤先生以外の特別講師――スペースヒーロー[13号]――は施設についての説明と【個性】の注意事項と扱う心構え、それを踏まえた上で人命の為にどう【個性】を活用するか学んでほしいと語った

 

「君たちの力は人を傷つける為にあるのではない、救ける為にあるのだと心得て帰ってくださいな、以上!ご清聴ありがとうございました」

 

 最後にそういってペコリと頭を下げた

 

「それじゃあまずは――」

 

 ズズ・・・ズズズズ・・・

 

 突然先生の背後の空間――セントラル広場に黒いシミが出来、瞬く間に広がった

 

「―― 一かたまりになって動くな!!」

 

「え?」

 

 そしてそのシミからは様々な格好をした人たちが現れた

 

「13号!!生徒を守れ」

 

「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 

 違う!あれはそんな生易しいものじゃない!あそこにいる奴らは全員――

 

「動くな、あれは――」

 

『――(ヴィラン)だ!!!!』

 

「13号にイレイザーヘッドですか・・・先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずですが・・・」

 

「やはり先日のはくそ共の仕業だったか」

 

「どこだよ・・・せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ・・・オールマイト、平和の象徴いないなんて・・・・子供を殺せば来るのかな?」

 

「「「「!!!!!」」」」

 

 今まで対峙してきたどの(ヴィラン)よりも濃密で途方もない悪意に満ちた(ヴィラン)が僕らの前に立ちはだかった



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第18話 VS敵 上

ちょっと長めです

読み返して違和感があったのと、次話の繋がりの都合でちょっと修正しました


(ヴィラン)!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

 

「いや、アホじゃないよ」

 

 現れた(ヴィラン)を侮ってるようだが、この状況で警報も鳴らさず現れる(ヴィラン)を侮るなんてありえない

 

「あ?」

 

「センサーが反応しないってことは何かしらの対策が立てられてるってことだよ。しかもUSJという校舎から離れた隔離空間に少人数の生徒が入る時間割なんてそう多くない、それに適当に奇襲して上手くいくほど雄英(ここ)は甘くない」

 

「ああ、奴らはバカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

 

 轟君も僕と同じように現れた(ヴィラン)はただの(ヴィラン)ではないことに気づいていたようだ

 

「13号避難開始!学校に連絡(でんわ)試せ!センサーの対策も頭にある(ヴィラン)だ、電波系の【個性】が妨害している可能性もある。上鳴おまえも【個性】で連絡試せ」

 

「ッス!」

 

「13号!任せたぞ」

 

 相澤先生は次々と指示を出し(ヴィラン)の群れに向かっていった

 

 戦闘では【個性】で攻撃してくる(ヴィラン)に対して自身の【個性】で不発に終わらせ、ならばと異形系の【個性】持ちが接近戦を仕掛けるも捕縛武器で即時無力化、完全に相澤先生の独壇場になっていた

 

「緑谷君!何をしてるんだ!早く避難を!」

 

「させませんよ」

 

 避難しようと出口へ急ぐ僕らの前に突如黒いモヤの(ヴィラン)が現れた

 

「初めまして我々は(ヴィラン)連合、僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでした」

 

 は!?

 

「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ・・・ですが何か変更あったのでしょうか?まあ、それはとは関係なく・・・私の役目はこれ――」

 

 オールマイト殺害宣言に気を取られているとかっちゃんと切島君が黒いモヤの(ヴィラン)に攻撃を仕掛けていた

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 

「危ない危ない・・・そう、生徒といえど優秀な金の卵――」

 

「ダメだどきなさい二人とも!」

 

「――散らして嫐り殺す」

 

 13号先生が急いで2人に下がるように指示を出すも間に合わず黒いモヤは僕ら全員を包み込んだ

 

「皆!!」

 

 次に目を開くと湖の上に放り出されていた

 

 ザバーン!!

 

 奴の【個性】はワープか!!それに水があるってことはここは水難ゾーン!

 

[エラ呼吸]

[索敵(サーチ)]

 

 既に囲まれてる!?

 

 周囲200m以内に12人!?いや2人の反応に覚えがある

 

「来た来た!!」

 

「ちっ!!」

 

 こんな時に!!

 

[操水]

 

 やられる前に!

 

「うぎ!急になん――ウギャー!!!」

 

 (ヴィラン)の周囲の水を超高水圧に変えて潰した

 

 ベキベキベキ

 

 骨が砕ける音が水を伝って聞こえてきた

 

「ケロッ!緑谷ちゃん」

 

 蛙吹さんと峰田君!

 

 蛙吹さんは舌を伸ばして僕を掴み水面まで引っ張ってくれ、水面まで浮上すると船があったので一旦そこに上がることにした

 

「ありがとう蛙吹さん」

 

「梅雨ちゃんと呼んで、しかし大変なことになったわね」

 

「カリキュラムが割れてた。行き当たりバッタリでどうにかできると思ってるような馬鹿な連中じゃない。綿密に計画を練って実行している」

 

「でもよでもよ!オールマイトを殺すなんて出来っこねえさ!オールマイトが来たらあんな奴らケッチョンチョンだぜ!」

 

 峰田君は「オールマイトなら楽勝」と言っているがそもそもオールマイトが来るまでは僕らだけで対応しないといけないことを理解していないようだ

 

「・・・殺せる算段が整ってるから連中こんな無茶してるんじゃないの?」

 

「だろうね、背後からの奇襲ではなく真正面からの奇襲を選ぶくらいだ、それ相応の準備はしてきてるはずだ」

 

「そしてそんな連中に嫐り殺すって言われたのよ?オールマイトが来るまで持ちこたえられるのかしら?オールマイトが来たとして、無事に済むのかしら」

 

 無理だろうな、ただ待つだけじゃ死ぬだけだ

 

「・・・!!みみみ緑谷!!!!大丈夫だよな!俺たち無事に帰れるよな!?」

 

「ああ、帰れるよ――」

 

「だだだだよな!だよな!」

 

「――(ヴィラン)を全員潰せばね?まずは周りにいる奴らからかな?」

 

 そう言って僕は水面を指刺した

 

「大漁だあああぁぁぁ」

 

「さて、どう潰そう」

 

「物騒なこと言ってんじゃねえよ!何が潰そうだよバカかよぉ!オールマイトブッ倒せるかもしれねー奴らなんだろ!?」

 

 ここにいる連中は恐らく末端の捨て駒、オールマイトをどうこう出来るようには思えない

 

「主犯格たちはね?ここにいるのは雑魚、街に出没するチンピラとそう変わらない【個性】を持て余した奴らだ」

 

「だからどうだってんだよー!!!!」

 

「それに奴らは僕たちのことまでは把握していない可能性がある」

 

「どういうこと?」

 

「ムシかよー!」

 

「水難ゾーンに蛙吹さ―――梅雨ちゃんが移動させられてる、僕らの【個性】を知ってるなら梅雨ちゃんを水難ゾーンへは送らない、僕の場合は火災ゾーンか倒壊ゾーン辺りに送られてるはずだ」

 

 水難なら独壇場と梅雨ちゃんが言うからには最も戦いやすいフィールドのはずだし、僕は水や土のある場所なら[操水]と[操土]で一度に相手取っても戦える

 

「二人の【個性】を教えてくれる?」

 

 そうして分かったのは梅雨ちゃんは[蛙]の【個性】で跳躍や壁に張り付いたり舌を伸ばしたりでき、峰田君は頭から捥いだ球体が自分以外にはくっつき、自分自身にはブニブニ跳ねる【個性】だった

 

 峰田君は捕縛特化の【個性】みたいだから僕が(ヴィラン)を倒して峰田君が捕縛、蛙吹さんは峰田君のサポートかな?

 

 ズガーン!

 

 突然船が揺れ、沈没し始めた

 

「ちっ!蛙吹――梅雨ちゃん、峰田君!(ヴィラン)が痺れを切らして攻撃してきた!時間がないから兎に角僕が今から言う通りに動いて!」

 

「分かったわ」

 

「なにさらっと俺まで戦うことになってんだよ!」

 

「がたがた抜かすな!死にたいのか!ここにはオールマイトもプロのヒーローもいないんだ!いるのは僕らと僕らを殺そうとする(ヴィラン)だけだ!死にたくなければ覚悟決めろ!」

 

 時間がないんだよ!

 

「ううぅぅ・・・」

 

「怒鳴ってごめん、でも別に正面切って突っ込めって言ってるわけじゃない、(ヴィラン)は僕が倒す。だから峰田君には倒したあとの捕縛を頼みたいんだ」

 

「ほんとにお前だけで倒すのか?・・・」

 

「大丈夫、倒す算段はついてるから。兎に角合図を出したら峰田君は【個性】の球を水面に向かって可能な限り投げて、梅雨ちゃんは峰田君を掴んで船から全力で跳躍して」

 

「いいわ」

 

「わかったよ、ううぅ・・・」

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 僕は峰田君と梅雨ちゃんに指示を出し船から飛び降りた

 

[声真似] + [大声]

 

 獅子の咆哮(キングハウル)

 

『『グルルルガアアアァァァァァウウ!!!!!!!!』』

 

 全力の獅子の咆哮(キングハウル)で怯ませ(ヴィラン)の動きを止めた

 

[索敵(サーチ)]

[操水]

 

 無防備な(ヴィラン)のいる水面に立った僕はすかさず[索敵(サーチ)]で(ヴィラン)の位置を把握し、続く[操水]で(ヴィラン)の周囲の水を圧縮

 

「ギャー」

「なん――ぐふ」

「いでえぇ!!」

 

 骨の砕ける音と共に何人かの(ヴィラン)が吐血する

 

「いまだ!!」

 

「うわあああああ!!!!!」

 

 合図と共に無数の黒い球体が降り注ぎ、(ヴィラン)にくっついていく

 そして[操水]で渦を発生させて全ての(ヴィラン)を球体ごと渦の中心に寄せ捕縛した

 

 その後、[簡易創造(インスタントクリエイト)]で直径50cmの板を3枚作り、その真下の水を[操水]で操作し簡易の船とした

[翼]の【個性】で飛んだ方が早いが、いかんせん目立つ

 

「このまま水辺に沿って広場を避けて出口に向かうのが最善だ」

 

「そうね広間は相澤先生が(ヴィラン)を大勢引きつけてくれてる」

 

「・・・(ヴィラン)が多すぎる、先生はもちろん制圧するつもりだろうけど・・・やっぱり僕らを守る為にムリを通して飛び込んだと思うんだ」

 

「え・・・まさか緑谷バカバカバカ・・・・・」

 

「邪魔になるようなことは考えてないよ、あそこには今回の襲撃の主犯が居る。さっき戦った雑魚とはレベルが違う。だから隙を見て少しでも先生の負担を減らせればって」

 

 ―― 広間 ――

 

 え・・・相澤先生?

 

 そこには脳が剥き出しの黒い怪物が相澤先生を組み敷いていた

 

「対平和の象徴、怪人脳無」

 

 ベキバキ

 

 脳無と呼ばれる怪人に掴まれた相澤先生の腕から骨が砕ける音が聞こえる

 

「【個性】を消せる、素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまりただの【無個性】だもの」

 

「緑谷ダメだ・・・さすがに考え改めただろ?」

 

 峰田君が震えながら諭してきた

 でも僕は別のことを考えていて聞こえていなかった

 

 助けなきゃ!でもどうやって!?情報が足りない!下手に動いたら先生が!

 

 必死に打開策を考えているとワープの【個性】を持った(ヴィラン)が現れ手だらけの(ヴィラン)に話しかけた

 

「死柄木弔」

 

「黒霧、13号はやったのか」

 

 13号先生!?

 

「行動不能には出来たものの散らし損ねた生徒がおりまして・・・一名逃げられました」

 

 一名逃げたってことは誰かが助けを呼びに行った?

 

「黒霧おまえ・・・おまえがワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ・・・さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない、ゲームオーバーだ、あーあー・・・今回はゲームオーバーだ・・・帰ろっか」

 

 今なんて言った?帰る?

 

「やっ、やったぁ助かるんだ俺たち!」

 

 峰田君は(ヴィラン)の発言に喜んでいたが僕はその言葉を鵜呑みには出来なかった

 

 本当に帰るのか?オールマイトの殺害宣言までしておいて帰るのか?

 

「気味が悪いわ緑谷ちゃん」

 

「うん、これだけのことをしといて、あっさり引き下がるなんて」

 

 なんだ、何か裏がある?何を考えているんだこいつら!!

 

「けどその前に平和の象徴としての矜持を少しでも――」

 

 え?

 

「――へし折って帰ろう!」

 

 突然蛙吹さんの前に手だらけの(ヴィラン)が現れ、手を伸ばしていた

 

 蛙吹さん!?

 

[バリア]

 

「・・・・・・厄介なのがまだいたか」

 

[バリア]は(ヴィラン)に触れるとそこからボロボロと崩れていった

 

 バリアが!!なら!

 

「蛙吹さんから離れろ!!!」

 

[(パワー)]

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

 全力で吹っ飛ばす!

 

「脳無」

 

 ズドン!!!

 

 ・・・な!!いつの間に・・・いやそもそも今のが効いてない!?

 

 水面から飛び上がり(ヴィラン)を蛙吹さんから引き離すべく殴り掛かったが、拳がとらえたのはいつの間にか現れた脳が剥き出しの黒い(ヴィラン)だった

 

『殺せる算段が整ってるから連中こんな無茶してるんじゃないの?』

 

 蛙吹さんが言っていたことが頭に浮かんだ

 

 まさか!

 

「蛙吹さん!!」

 

 相手が何かしてくる前に!

 

 急いで蛙吹さんと峰田君に飛掛って服を掴み出口方面に投げた

 

「いい動きをするなあ、それにその切り替えの早さ・・・まぁいいや君――」

 

 あ、やば――

 

「――死ねよ」

 

[バリア]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[金剛石]

 

 急ぎ【個性】を発動させて守りを固めたが、拳はまるでガラスのように[バリア]を砕いて眼前に迫りくる

 

 バァン!!!!

 

 黒い拳が僕を捉え凄まじい衝撃が全身を駆け巡るのと同時にUSJの出入り口が吹き飛んだ

 

「もう大丈夫、私が来た」

 

 吹き飛んだ扉からはいつもの安心するような笑顔ではなく憤怒の形相のオールマイトが現れた

 

「あーー・・・コンティニューだ」

 

 オールマイトの登場に悔しそうな表情を浮かべる(ヴィラン)を尻目に僕の意識は途切れた



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第19話 VS敵 下

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 ボ―――ン!!!!

 

 なんだ、騒がしい

 

「うう・・・・」

 

「!!緑谷!意識が戻ったのか?」

 

 あれ?ここは?・・・

 

「緑谷?おい、緑谷ってば!!」

 

 誰かが呼びかけてる気がするが上手く聞き取れない

 

『はやく立て。まだ稽古は終わっとらんぞ!』

 

「そっか」

 

 お爺ちゃん達との稽古の途中だったっけ・・・・・

 

「なにがそっかだよ!意識が戻ったんならお前も手伝え!早く先生を運び出して俺らも逃げようぜ」

 

『遅いぞ!早く来い!時間が勿体ないだろう!!』

 

「行かなきゃ・・・」

 

 とろとろしてると怖いんだよな・・・

 

「は?行く?何言ってんだよ!行くんじゃなくて逃げるの!!おい!行くなってば!おい」

 

「緑谷ちゃん戻って」

 

 今日はどんなことやるんだろうか・・・・

 

 

 ――――――――――

 

 ―― オールマイト ――

 

「出入口を押さえられた・・・こりゃあ・・・ピンチだなぁ」

 

「皆!助かった!しかし下がるんだ!君たちの手に負えるような相手じゃない!!」

 

 私の一撃を平然と受け止める(ヴィラン)の他に[ワープゲート]の【個性】持ちと主犯の2人が居る。彼らがどうこう出来る相手じゃない!!

 

「攻略された上に全員ほぼ無傷・・・すごいなぁ最近の子供は・・・恥ずかしくなってくるぜ(ヴィラン)連合・・・!脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入口の奪還だ」

 

「!!」

 

「なんだアイツ!!凍ってるのに無理やり動いてるぞ!!」

 

 バキバキバキ

 

 命令を受けた脳無と呼ばれる(ヴィラン)は凍てついた体を無理やり動かして立ち上がった

 

「皆下がれ!!なんだ!?ショック吸収の【個性】じゃないのか!?」

 

「別にそれだけとは言ってないだろう。これは超再生だな」

 

 無理やり立ち上がった反動で砕けた右半身が内部から盛り上がるようにして再生していく

 

 ショック吸収に加えて超再生だと!?拙い!ただでさえ活動限界が迫ってるってのに長期戦仕様とは・・・

 

「脳無はおまえの100%にも耐えられるように改造された超高性能サンドバック人間さ」

 

 再生後、すぐに主犯格の命令を実行するべく(ヴィラン)を取り押さえている爆豪少年へ飛掛った

 

 速い!!

 

 咄嗟に爆豪少年を生徒のそばへ突き飛ばした

 

「ゴホッゲホッ・・・・加減を知らんのか・・・」

 

 身代わりとなって受けた一撃は交差した腕の上から全身に衝撃が伝わるほどの威力だった

 

 こんな一撃を喰らったら今の生徒たちじゃ即死だ!!

 

 ふと視界の端に動くものを捉えた。そこにはふらふらとした足取りでこちらに向かってくる緑谷少年の姿があった

 

「!!!緑谷少年!!」

 

 ―― 緑谷 ――

 

 お爺ちゃん達に呼ばれるままに向かうと脳みそが剥き出しの人とボロボロのオールマイトがいた

 

 あれ?なんでオールマイトがいるんだろ?・・・まいっか

 

「ほう、脳無に殴られてもう意識が戻ったのか、随分と頑丈だな。ククククッ」

 

「!!?緑谷少年!?何やってるんだ!早く離れなさい!フラフラじゃないか!」

 

 オールマイトは何を言ってるんだろう?稽古途中の逃亡なんて地獄への片道切符じゃないか・・・

 

「脳無、黒霧、やれ、俺は子供をあしらう」

 

『ミド坊!今日はお前さんの全力を見極める!まずは遠距離戦じゃ!この練習台98号「走るチンピラ」を相手に戦うんじゃ!戦闘不能にすれば勝ち!ただし!!接近されたらお前さんの負けじゃ!負けたら夕暮れまで儂と殴り稽古だ!』

 

 経爺との殴り稽古・・・絶対嫌だ

 

「クリアして帰ろう!」

 

 あ、(まと)がきた

 

 経爺からの負けたら殴り稽古発言に身震いを起こしていると早速とばかりに練習台98号「走るチンピラ」が向かってきた

 

「おい来てる、やるっきゃねえって!!」

 

[簡易創造(インスタントクリエイト)]

[雷]

[物を弾く]

 

 カードケースから鉄球の絵が描かれた紙を取り出して実体化し、人差し指と中指で挟む

 

 バチバチバチッ

 

 そのまま雷を纏って(まと)に向かって弾いた

 

電磁加速砲(レールガン)

 

「ぐっ!」

 

 ジュウゥゥ

 

 放った球が的に当たり肉が焼ける音と焦げた匂いがした

 

 左手に当たった・・・けど、当たるころには鉄球が溶けちゃうか・・・まあ高温だから火傷は負わせられるからいいかな?あと3発も当てれば止まるかな?

 

 続けて鉄球を3つ作り出して指に挟み雷を纏って弾こうとした時、強烈な悪寒がして全力でその場から後ろに下がった

 

 ズガン!!!

 

 先ほどまでいた場所は大きく窪み、そこに黒い何かがいた

 

 今度はなんだ?乱入ありの稽古なのか?

 

『次はこの練習台99号「木偶の坊」を全力でぶん殴れ!吹き飛ばすつもりで殴れ!手加減なしで本気で殴らんと儂がお前を殴るからな』

 

 硬爺に殴られたら死んじゃうよ・・・あと経爺、的に当てたんだから殴り稽古は免除でいいよね?・・・・・・それにしても練習台99号、大きいな・・・黒い・・・巨人?

 

[怪力]

[剛力]

[剛腕]

[鉄腕]

[鬼]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[衝撃強化]

 

「手加減なしの全力全開で・・・」

 

 目の前の黒い巨人へ渾身の一撃を放った

 

 ドム!

 

「グルゥゥ!」

 

 あれ?吹っ飛ばない?てか効いてない?

 

『全力で殴らんか!こいつは特別性のゴムで作らせたからの、生半可な威力じゃ吹き飛ばんぞ!何発も全力で打ち込むんじゃ!出し惜しみなんぞせんと雑巾みたいに絞り出せ!あと反撃するらしいから気ぃ付けろよ』

 

 出し惜しみ?・・・・・・あ、ワン・フォー・オール・・・

 

「少年!早く離れるんだ!」

 

 今度こそ全力で・・・

 

[怪力]

[剛力]

[剛腕]

[鉄腕]

[鬼]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[衝撃強化]

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

「倒れるまで殴る」

 

「グルルル」

 

 ガガガガガガガガガガガ――

 

 僕が繰り出した全力の連打に迎え撃つかのように『木偶の坊』も拳を合わせてくる。そして全身を硬く強靭にしているはずなのに打ち合うたびその衝撃と内部から溢れ出そうとする力によって両腕からピキピキと嫌な音が聞こえてくる

 

「ああぁぁぁらあぁ!!!!!!」

 

 ―――ガン!!!

 

 一際強く殴ると『木偶の坊』の腕が跳ね上がり少しの硬直が生まれる

 

 いまだ!

 

「鬼哭流・奥義:鬼神(きじん)殺し!!!」

 

 ドガアァン!!!

 

 今出せる全力でもって殴り飛ばした『木偶の坊』はその威力によって壁をブチ破って外に飛んでいった

 

「ウグゥッ!いっったあぁぁ!これ絶対腕の骨折れちゃったよ・・・でも硬爺、吹っ飛ばしたよ・・・殴るのはなしだよね?・・・硬爺?・・・・あれ?」

 

 本気で殴った上に鬼神(きじん)殺しまで使ったので反動で腕がいかれ筋肉はズタズタになり、激痛で顔をしかめた。周りを見渡しお爺ちゃん達の姿を探すがいくら探しても見当たらない

 

[自己治癒(セルフヒール)]

 

 この怪我じゃ何回かに分けて治さないとまた倒れるんだろうな・・・はぁ

 

[自己治癒(セルフヒール)]でズキズキと痛む腕を治すも一発で治せるような怪我ではない事に思わずため息が出た

 

「・・・漫画(コミック)かよ、ショック吸収をなかったことにしちまった・・・まさかの脳筋だったのかよ緑谷って」

 

 ????切島君・・・に、かっちゃんと轟君?・・・あ、襲撃!!

 

 怪我を治しつつ現状を確認していると聞き覚えのある声がしてそちらを向くと切島君たちが唖然とした表情で立っていた。そしてそんな彼らを見て襲撃のことを思い出した

 

(ヴィラン)は!?」

 

 たしか黒い(ヴィラン)に殴られて、それから、それから・・・あれ?もしかしてさっきのお爺ちゃん達って幻覚?

 

「少年!大丈夫か!」

 

 若干頭の中が混乱してきたところでオールマイトから声を掛けられた

 

「あ、オールマイト!」

 

「ありがとう、君のお蔭で温存できた!さあ、ここからは私の番だ、下がって!」

 

 ????どういうこと?

 

 唐突にお礼を言われるが何がどうしてお礼を言われたのか理解ができなかった

 

「さてと(ヴィラン)、お互いに早めに決着つけたいね」

 

「何なんだよ!全っ然弱ってないじゃないか!!しかもオールマイトモドキまで居やがるし!!アイツ、俺に嘘教えたのか!?」

 

 手だらけの(ヴィラン)は納得がいかないと憤慨していた

 

「どうした?来ないのかな!?クリアとかなんとか言ってたが・・・出来るものならしてみろよ!!」

 

「ちぃっ!!」

 

 オールマイトの凄まじい気迫に直接向けられたわけではないのにゾクリした

 

 シュゥゥゥゥ

 

 あれ?オールマイトから蒸気が出てる・・・・・・!!!まさか限界時間!?

 

「さぁどうした!?」

 

 虚勢だ!不味い!このままじゃオールマイトが!!兎に角奴らをぶっ飛ばしてオールマイトを守らないと!!

 

 オールマイトを守ると決めた時、(ヴィラン)がオールマイトに襲い掛かった

 

[(スピード)]

 

「離れろぉぉぉぉ!!!」

 

 全力で地面を蹴り、(ヴィラン)へ飛び掛った

 

「二度目はありませんよ‼」

 

 黒いモヤの(ヴィラン)の【個性】によって手だらけの(ヴィラン)の手が現れ僕を掴もうとして来る

 

[火を噴く]

 

「ふぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 ブワァァ

 

「ぎい!!」

 

 炎を吹いて出てきた手を焼いた時、聞き覚えのある声が聞こえた

 

「1-Aクラス委員長飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」

 

 声の発生源に目を向ければそこには飯田君と沢山のプロヒーローの姿が合った

 

 飯田君!!後ろにいるのはヒーロー!!

 

「来ちゃったな・・・ゲームオーバーだ、帰って出直すか黒霧・・・ぐぅ!!!」

 

 来た時のようにワープゲートを通って逃走しようとする(ヴィラン)に雨のように銃弾が降り注ぐ

 

「今回は失敗だったけど、今度は殺すぞ!平和の象徴オールマイト」

 

 ヒーローからの攻撃を受ける中(ヴィラン)はそう言い残して撤退していった

 

「オールマイト!無事で・・・!!?」

 

 そこには皆から見える側――左半分――がマッスルフォームでもう半分――右半分――がトゥルーフォームとなった姿のオールマイトが立っていた

 

「ありがとう、君のおかげでやられずにすんだ、救われちゃったな」

 

 この襲撃は後の大事件の始まりに過ぎないなんて知る由もなく、只々無事生き残ったことを喜んだ



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第20話 勝ち抜いた正義

「緑谷ぁ!!大丈夫か!?」

 

「切島君!・・・はっ!まって止まって!大丈夫だから!!ストップ!!!ストーーップ!!!!」

 

 やばいよ!オールマイトの変身が解けちゃうよ!!まって来ないで切島君!!!!

 

 必死に切島君を止めようと叫ぶが彼に聞こえていないのか駆け足で接近してくる

 

「待っ――」

 

 ズズズズッ!!

 

 もうおしまいかと思った時、切島君とオールマイトを隔てるように壁がせり上がってきた

 

「うおっ!」

 

「生徒の安否を確認したいからゲート前に集まってくれ、怪我人の方はこちらで対処するよ」

 

「そりゃそうだ!ラジャっす!!」

 

 急に出現した壁に驚く切島君に壁を作ったヒーローのセメントスが「生徒はゲート前に集合、怪我人はこちらで対処する」と言って切島君をゲートに向かわせた

 

 助かった・・・

 

「ありがとう、助かったよセメントス」

 

「俺もあなたのファンなので・・・このまま姿を隠しつつ保健室へ向かいましょう。しかしまぁ、毎度無茶しますね」

 

「無茶をしなければやられてた。それ程に強敵だった。でも彼のお蔭でまだマシな方さ」

 

 そう言ってオールマイトは僕に笑って見せた

 

 ――――――――――

 

 ―― どこかのバー ―――

 

 ズズズズズ・・・

 

「ってえ・・・両手両足撃たれたし火傷も負った・・・完敗だ」

 

 両手足からドクドクと血を流し、特に両手は酷い火傷が目立つ男がワープゲートから這い出てきた

 

「脳無もやられた。手下共は瞬殺だ・・・子供も強かった・・・平和の象徴は健在だった・・・!!話が違うぞ先生・・・」

 

『違わないよ、ただ見通しが甘かったね』

 

『うむ・・・なめすぎたな、(ヴィラン)連合なんちうチープな団体名で良かったわい、ところでワシと先生の共作、脳無は?回収していないのかい?』

 

 床に倒れたままで文句を言う男に机の上に設置されたPCから2つの返答と1つの質問があった

 

「吹き飛ばされました。正確な位置座標を把握出来なければいくらワープとはいえ探せないのです。そのような時間は取れなかった」

 

 質問に対し返答したのは床に伏した男とは別の頭や手が黒い霧状になっている男でその答えは「否」だった

 

『せっかくオールマイト並みのパワーにしたのに・・・』

 

『まァ仕方ないか・・・残念』

 

「パワー・・・そうだ・・・一人、オールマイト並みの速さと強さを持つ子供が居たな・・・脳無も奴にぶっ飛ばされた・・・ちっ!」

 

 質問の返答が『共作の未回収』であることを知り、2人の声の主は「残念だ」と零した

 そして声の主の「オールマイト並みのパワー」の一言に男は一人のある生徒を脳裏に浮かべ、その生徒にやられた怪人と両腕の火傷のジクジクとした痛みに顔をしかめた

 

『・・・・・・』

 

『へえ』

 

「しかも先生みたいにいろんな力を使ってた、バリヤ、火、電気、硬化、増強系・・・あいつさえ、あのオールマイトもどきさえ居なければオールマイトを殺せたかもしれない」

 

『僕みたい、ねえ?・・・その子の特徴は?』

 

 男から多数の【個性】持ちの可能性のある子供が居ることを聞き声の主はとても興味深そうにつぶやき次いで質問をした

 

「特徴?緑のボサボサ髪の冴えない顔、殴り主体の戦闘スタイル。あぁ、あと額に青い石のようなものがついてた・・・・・・奴さえ・・・奴さえ居なければ!!」

 

『額に青い石・・・ということは彼の後継者の可能性が・・・・クククク」

 

 声の主にとって「額に青い石」とは重要なことの様で隠しきれない歓喜の笑いを上げた

 

『まあ悔やんでも仕方ない!今回だって決して無駄ではなかったハズだ』

 

『精鋭を集めよう!じっくり時間をかけて!』

 

『我々は自由に動けない!』

 

『だから君のような”シンボル”が必要なんだ死柄木弔!!次こそ君という恐怖を世に知らしめろ』

 

「奴さえ居なければ」と苛立ちを募らせる男に画面の向こう側の声の主達は「次こそは」と「君が必要だ」と口々に言い、その様子を男は床に伏したまま黙って聞いていた

 

 ――――――――――

 

 ―― 保健室 ――

 

 僕は保健室のベッドの上に寝かされていた

 隣にはトゥルーフォーム姿のオールマイトも寝ている

 

 あの後、[自己治癒(セルフヒール)]で粗方治したとはいえ、やっと重傷の域を出た状態だったためセメントスにオールマイトと共に保健室へ担ぎ込まれ、ベッドに寝かされた

 

「今回は事情が事情だなだけに小言も言えない・・・としたいが1つだけ、緑谷の坊や!アンタ!自分の【個性】でも治しきれないなんてどんな無茶すればそうなるのかね?アンタの治癒の【個性】はあたしの【個性】の自己版だろ?しかも性能がもっと良いそうじゃないか!なのに治しきれないなんて、そんなんじゃ何時か死んじまうよ!」

 

「ははは・・・」

 

「笑い事じゃない!」

 

「はい、すみません!」

 

「全く!近頃の若いもんは――」

 

 意識が朦朧としててはっきり覚えていないとはいえ、一度の[自己治癒(セルフヒール)]で治しきれないほどの怪我――殆ど技や【個性】の反動――を負ってしまいリカバリーガールから厳重注意を受けた

 

 ガラ・・・

 

「失礼します」

 

 僕がリカバリーガールから注意を受けているとトレンチコートを着た男性が入ってきた

 

「オールマイト久しぶり!」

 

「塚内君!!君もこっちに来てたのか!!」

 

「え?ちょ!オールマイト!姿!姿が!!」

 

 バレちゃいけないのに!!

 

 慌てる僕を余所にオールマイトは「問題ない」と笑い、男性の紹介を始めた

 

「ああ!大丈夫さ!何故かって!?彼は最も仲良しの警察、塚内直正君だからさ!」

 

「ハハッ何だその紹介」

 

 ほっ、知り合いだったか

 

「早速で悪いがオールマイト、(ヴィラン)について詳しく――」

 

「待った、待ってくれ、それより生徒は皆無事か!?相澤――イレイザーヘッドと13号は!!」

 

 僕も気になってた。僕が見た時には相澤先生は両手足が砕かれて他の場所もボロボロになってたし、13号先生もすでに倒された後だったらしいから

 

「ふぅ・・・生徒はそこにいる彼以外は軽傷数名、教師2人はとりあえず命に別状なしだ・・・3人のヒーローが身を挺していなければ生徒らも無事じゃいられなかったろうな」

 

 急かすオールマイトに男性――塚内さんはため息を一つ吐き現状報告をした

 

「そうか・・・しかし、一つ違うぜ塚内君、生徒らもまた戦い身を挺した。特に彼なんて私も梃子摺る相手をぶっ飛ばした、お蔭で私も大した無理をしないで済んだしね?」

 

「オールマイト・・・」

 

 僕も役に立てたんだ・・・

 

「それに、こんなにも早く実践を経験し生き残り、大人の世界を、恐怖を知った一年生など今まであっただろうか!?(ヴィラン)も馬鹿なことをした!!1-A(このクラス)は強いヒーローになるぞ!!私はそう確信しているよ」

 

 オールマイトはサムズアップしながらそう締めくくり笑って見せた




次回からは「こうだったら」と最も妄想した体育祭だ!!
でも辻褄合わせの都合でやっぱり亀更新・・・・


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第21話 自覚する欠点

メッチャ長めです

原作ではたった一コマで終わっていた臨時休校の一日が普段の倍の9000字台にまで膨れ上がりました

オリジナル展開も加えてオリジナルの登場人物も5人ほど(4人は名前と説明だけ)出してとまあ詰め込みましたよ

修正を重ねるごとに文字数が増える増える
初めは9700文字位だったんですけどね?
9が四つ揃っちゃいました(笑)


 広く見晴らしのいい何処かの広場

 

 見覚えのあるような場所

 

 そこで僕は全身が黒い(ヴィラン)と対峙している

 眼も鼻も口さえない(ヴィラン)、影が立体になったと表現した方がしっくりくるような姿なのに何故か此方を見てニヤリと笑ったように見えた

 

 気付けば(ヴィラン)は目の前にいて僕に殴り掛かっていた

 

 迫りくる拳

 

 それ首を傾け避けると左頬を掠るように通り過ぎていく

 

 カウンターで(ヴィラン)の顔面に拳を叩き込むも僕の渾身の一撃を嘲笑うかのように微動だにしない

 

 (ヴィラン)は振りぬいた右腕で僕の肩を掴み引き寄せる

 

 咄嗟に【個性】を多重発動させようとするも発動しない

 

 なんで!?

 

 振りほどこうと腕に力を籠めるが、それよりも速く(ヴィラン)の左拳が顔面に迫っている

 

 不味い!

 

 必死に【個性】を発動させるも一向に変化は訪れない

 

 そして(ヴィラン)の拳は顔面に叩き込まれた

 

 ――――――――――

 

 一転してどこかの商店街に景色が変わった

 

 目の前には俯いたままトボトボと歩く少年の後ろ姿があった

 

 その姿は何かに絶望したかの様に足取りは重く、吹けば消し飛ぶような希薄な存在だった

 

 そして少年が歩く先には赤いスーツを着た白髪の偉丈夫の姿

 

 この場所は・・・

 

 見覚えがあるなんてもんじゃない。あの日のあの人に出会った場面そのものだった

 

 このあとに「少年、力が、【個性】が欲しくはないかね?」と声を掛けられ、この言葉によって僕は救われた

 

 少年は赤いスーツの男性に気付き顔を上げる

 

 そして男性――アダムさん――が発した言葉は――

 

「あの程度の(ヴィラン)に負けるとは・・・君に託したのは間違いだったか」

 

 ――記憶と違う落胆の言葉だった

 

 気付けば幼少期の僕はいなくなり、目の前にアダムさんがいた

 

「え?」

 

「君ならばと託したというのに・・・」

 

「何を言って・・・」

 

「使えないのなら返してもらおう」

 

 そう言ってアダムさんは僕の頭に手を乗せた

 

 途端に体から何かが抜けていく

 

「アダ――」

 

 ―― 何故、我らを使わない ――

 

「え?」

 

 ―― 何故、我らの力を使わない ――

 

「だ、誰ですか!?」

 

 辺りを見渡すも誰もいない真っ暗な空間

 気付けば先ほどまで僕の頭に手を載せていたアダムさんもいない

 

 しかしどこからか声が聞こえる

 

 ―― 汝は我らの無念を晴らす気がないのか ―― 

 

「さっきから何を言ってるんですか!?力って何なんですか!?せめて姿を見せてください!!」

 

 ―― 我らの力、受け継がれし力、彼の者を打ち倒すため代々託された力 ―― 

 

「それって[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]のこと?」

 

 その言葉に反応したのか真っ黒な空間に2対16の目が浮き出るようにして現れた

 

 ―― 9代目はこの力を使うことを躊躇っている ――

 

 ―― 我らの無念を無きものとするつもりか ――

 

 ―― 9代目には混じり物がある ――

 

 ―― 他者の力を己が物にする忌むべき【個性】 ――

 

 ―― この力は相応しくない ――

 

 ―― 剥奪すべき ――

 

 恐らく[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]のことを話している

 そして9代目とは僕のこと、混ざりものとは[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]のことで8人のうち6人は僕に[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]は相応しくないという

 

「・・・・・・」

 

 否定したい「そんなことない」と

 しかし、声が出ない

 

 本当に僕に[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]が相応しいと言えるのかと不安がよぎる

 

 オールマイトから託されていながら使ったのは(ヴィラン)連合と対峙し、黒い巨体の(ヴィラン)と戦ったときの二度

 しかも二度目は意識がハッキリしていない時で実質意識して使ったのは一度だけ

 

 制御できないからと言い訳して覚えた【個性】ばかり使っていた

 

 ――――――ク

 

 本当に制御できないのだろうか、制御する気がないからではないか

 

 そんなので本当に僕が相応しいと言えるのだろうか

 

 考えその物に重さがあるかの如く次々と出てくる不安が体に圧し掛かり潰れそうだった

 

 ―― 否、奴の力と似て非なる物 ――

 

 ―― 結論を出すには時期尚早 ――

 

「え?」

 

 そんな考え諸共、否定的な意見を一蹴したのは2つの声

 

 一つは女性特有の少しキーの高い優しい声、もう一つは何処か儚げでありながらも力強い男性の声

 

 ―― この者、まだ未熟者なり ――

 

 ―― 今は見守るのも我らの務め ――

 

 この声は――

 

「少年」

 

「オールマイト!?」

 

 振り向くとそこにはオールマイトの姿があった

 

 ―――――ズク

 

「君なら大丈夫だ、心配しなくていい」

 

「笑え」

 

「え?誰?」

 

 気付けばオールマイトの隣に黒髪を後ろで結わえた女性がいた

 

「笑ってるやつが一番強い!」

 

 女性はニイと人差し指で頬を持ちあげ笑って見せた

 

 ――――イズク!

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「出久!!!」

 

「・・・・・・え?」

 

 先ほどまでの真っ暗な空間が見覚えのある部屋に変わった

 棚にはヒーローのフィギュアや資料本が所狭しと並び壁にはポスターが張られている

 そして僕はベッドにいてお母さんは心配そうに僕を見下ろしている

 

「・・・・・・夢?」

 

「出久!?大丈夫!?すごいうなされてたわよ?」

 

「い、いやなんでもないよ!大丈夫!」

 

 そうか、夢か・・・夢か・・・・・・あの人は誰だったんだろう・・・

 

 思い出されるのは最後に笑っていた女性、

 

 オールマイトなら知ってるだろうか?

 

 ただの夢にしては鮮明で何の根拠もないのにオールマイトなら知っている気がした

 

「そう?あ、これ朝ご飯、食べられる?疲れてそうだから胃に優しいお粥にしたわよ?」

 

 お母さんは手に持ったお盆を差し出してきた。お盆の上には出来立ての卵粥が載せてあった

 

 ギュルギュルギュル

 

 それを見た途端にお腹が盛大に鳴った

 

「ふふふ、それだけお腹が鳴ってれば食べられるわね!はい、熱いから気を付けるのよ?」

 

 うぅ恥ずかしい・・・

 

「ありがとう」

 

「もう!(ヴィラン)と戦ったって学校から連絡が来てお母さんビックリしちゃったわよ!!道場のお爺ちゃん達の処に行ってた時ももう少しで入院する処だったなんてのはよくあったけど、(ヴィラン)と戦うなんてしてなかったじゃん!」

 

「いや、その、あー・・・うん、ごめん」

 

 その、実は[自己治癒(セルフヒール)]で治してたから入院しないで済んでたんだよ?あと(ヴィラン)だけど、実はメッチャ戦ってました。むしろ自分から突っ込んでヒーロー ――主にデステゴロ――に叱られてました!・・・・・・なんて言ったら大目玉喰らうだろうな。ごめんなさい

 

「で、もう起きて大丈夫なの?昨日は帰ってくるなり寝ちゃってたけど?今日一日位寝てても罰は当たらないわよ?」

 

 そっか今日は臨時休校なんだっけか

 

「うん、もう大丈夫だよ」

 

「なら良かったわ」

 

 その後お粥を食べきった僕はお母さんにお礼を言って家を出た

 向かう先はお爺ちゃん達のいる鬼哭道場

 

 僕は弱い

 

 昨日の(ヴィラン)連合を名乗る(ヴィラン)達との戦いの前から分かっていたことだ

 でもそれは相性だとか経験の差だとかそんなものだと思ってた

 

 今回の(ヴィラン)は相性は良かった方だ。

 普段から戦いなれている近距離での肉弾戦に加え、【個性】の重ね掛けで最大限強化して挑んだ

 ところが蓋を開けてみれば惨敗

 意識がハッキリしてないときにすごく活躍したらしいけど、僕の認識としては速さでも堅さでも力でも負けた。試合に勝って勝負で負けたって感じだ

 

 だから僕よりも僕の癖や戦い方に詳しいお爺ちゃん達に現状報告を兼て相談し、可能ならもう一度稽古を付けてもらおうと思った

 

 ―― 鬼哭道場 ――

 

「最近の若造はなっておらん!俺こそがと言う気概がない!」

 

「全部貴方達のせいだろ!?」

 

 道場に行くと外にまで声が聞こえるほど大きな声での言い争いが聞こえた

 

「なんじゃ、先生の跡を継ぐ奴らをちょいと揉んでやっただけではないか。分家とはいえ先生と同じ[鬼]の【個性】持ちの癖して武術のぶの字もできておらんかった上に根性までひん曲がっておった!何が『俺こそ最も強い鬼だ!だから老兵はさっさと引退して道場を明け渡せ』じゃ!ふざけおってからに!だから身の程を知らしめるために徹底的に叩き潰してその根性を叩きなおしてやっただけだ!それに奴らは!!・・・・小童共が!!」

 

「おはようございまーす、ごめんくださーい・・・・・・おじゃましまーす」

 

 返事がないので上がらせてもらうべく、ゆっくり引き戸を開けて気付かれないように道場に入るとお爺ちゃん達と若い男性が言い争っていた

 

「あ、克兄だ」

 

 鬼野 克鬼(おにの かつき) 22歳

 僕の兄弟子であり道場の――本人は嫌がっているけど――正統後継者

 180cmを超える長身と鍛えられた体、女性なら一度は振り向くような整った顔

 優しく理解力が高いこともあってモテる。すごくモテる。そして苦労人

 

 言い争いの中に飛び込む勇気がなかったので「克兄が声を荒らげるなんて珍しいこともあるもんだ」と柱の陰に隠れるようにして覗き見していた

 

「降参してるのに追撃して全治1カ月の大怪我を負わせて何が叩きなおしてやっただよ!そのせいで他の親戚の連中は全員『鬼哭道場は継がない!継ぐくらいなら武術をやめる』って言っちゃってんだよ!?ここがご近所さんになんて言われてるか知ってる!?悪餓鬼()かす性格矯正所だよ!?『悪い子は鬼哭道場に連れてくよ?』って脅し文句が親の間で流行るくらいここはヤバい所だって認識されてるんだよ!!」

 

 それ、聞いたことある。ナマハゲ的な感じの脅し文句で近所の子が言われてるの見たことがある

 

 僕?言われるような事はしてなかったし、言われる前に本拠地に特攻かましてたよ?

 特攻かましたら親に言えないような無茶させられるようになったけど・・・

 

「ふんっ!喧しいのう、別にご近所さんに何と言われようと構わんじゃろ?ちゃんとご近所付き合いもしとるし」

 

 克兄の言葉に「知ったことか」と経爺は返すが納得いかない克兄が噛み付いた

 

「構うよ!!俺をこの道場の後継者に仕立て上げようとしてるのは知ってんだからね!?京香達に無理やり色仕掛けなんてさせて!!」

 

 あーたぶんソレは無理やりじゃないと・・・

 

「無理やりなんかじゃないぞ?」

 

 やっぱり

 

「じゃあ何なんだよ!!公衆の面前で抱きついてきたり頬にキスしてきたり!」

 

「ワシらの可愛い孫娘達がお前に惚れておって、お前とくっ付けなかったらじいじ嫌いになると言われたから仕方なくじゃ」

 

 京香姉達押せ押せだからなぁ

 

 話に出てくる京香とは経爺の孫娘で腰まである濡羽色(ぬればいろ)の髪を持つ馬須留 京香さん18歳、他に硬爺の孫娘で枠縁眼鏡とショートボブが特徴的な徹寺 固之恵(このえ)さん18歳、岩爺の孫娘でお婆さん譲りの白髪青眼を持つ巌 石乃(いの)さん17歳の2人がいる。3人ともお婆さんや母親に似て男なら誰しも見惚れるような美人な上克兄にぞっこんで過剰なまでにスキンシップを取りたがる

 

 厳つい男性陣に似なくて本当に良かったと心の底から思えるくらい美人、そして3人とも八頭身な上ボンッキュッボンである

 そのおかげでいろんな男性から目の敵にされている克兄にはご愁傷さまとしか言えない

 

「尚のこと道場関係ないじゃん!!」

 

「何を言っとる!先生の直系の孫であり可愛い孫娘の将来の夫が先生の後も継がんなどワシらが我慢ならん!孫が欲しくば道場主位なって見せろ!」

 

「何で親父じゃなくて俺なんだよ!!」

 

「決まっておろう!」

 

「何が!?」

 

「嬢ちゃんは嫌がるし、入り婿のモヤシなんぞ気に食わん!それにお前さんは[鬼]の【個性】も持ってるし、チミッコの時から道場に顔を出しとったから可愛がっておったじゃろうて」

 

「あれは!」

 

 雲行きが怪しくなってきたな

 

「飴ちゃん美味かったろ?誕生日だって祝ってやったのにこの仕打ち・・・」

 

「その飴ちゃんの後は大概が稽古だったじゃないか!!」

 

「お前も楽しがっておったではないか!それに知らんとは言わせんぞ!京香(きょうか)石乃(いの)固之恵(このえ)にカッコイイ所を見せようと頑張っておったのをな!!」

 

 経爺がすっごいにやにやしながらお爺ちゃんズ必殺「お前の小さい頃は」と「思春期のお前の行動」を発動、克兄に大ダメージ

 

「それは、その、あーもう!兎に角!!平和に暮らしたいんだよ!」

 

 克兄は言い淀むも咄嗟に話をそらして追撃を回避

 

「平和じゃないか。死ぬ心配もなく強くなれる。そこいらの(チンピラ)はぶん殴って警察に突き出せば感謝される。完璧じゃないか!」

 

 僕の時も言われたなそのセリフ

 

「ぶん殴る時点でアウト!!」

 

「別に強制はしておらんだろ?ただ孫と結婚するなら道場主になれといってるだけだ」

 

 硬爺も参戦、2対1とか絶望的だな

 

「親戚やご近所さんまで巻き込んで何が『強制はしてない キリッ』だよ!!出歩くだけで『あんな可愛い嫁さん3人も娶れるなんて羨ましいね未来の道場主!』とか『可愛いお嫁さん貰えて幸せ者ね、道場主さん?』とか言われたんだぞ!!挙句に果てに『婚約指輪位あげなさい!道場の経営は一人じゃ大変らしいから逃げられないようにしなきゃ』とか母さんに叱られたんだぞ!意味わかんねーよ!!!」

 

「それは妻達の入れ知恵だな、特に岩哲んところはそういうのが上手いからな」

 

「アイツは押しが強いかんな~『押してダメなら押しまくれ!その間に外堀埋めれば逃げられない』だかんな、ワシもやられたわ!わははははは!!」

 

 おっと岩爺も参戦?

 

「笑い事じゃないよ!!」

 

「なんじゃ?よもや可愛い孫娘が気に入らんと言う気か?殺すぞ?」

 

 ヒーロー志望としては良くないが、自分に被害が及ばないところで眺めてるのすっごい楽しい

 特に克兄がお姉さん達とくっ付くなら尚のこと楽しい

 

 全員のこと好きな筈なのにそういうことにならないのが不思議なんだよな

 

「嫌いじゃないよ!嫌いなわけないだろ!でも一辺に相手になんてできるか!」

 

「もう手を出しよったか!」

 

「出してねえよ!!!」

 

「じゃあ何が気に食わんのだ」

 

「結婚は1人としかできないんだよ!」

 

 ああ、常識人だったのか・・・お爺ちゃん達に小さい頃から毒されてるなら非常識人だと思ってたのに・・・

 これはお婆ちゃん達の教育の賜物かな?

 

「内縁の妻にでもすればいいだろう?」

 

「な、内縁!?」

 

「そうじゃ、結婚は出来なくても添い遂げることは出来よう。それに関しては京香達も妻達も納得してる。第一婦人は誰にするかはお主が決めることだからワシは知らんがな?後はお前が覚悟を決めれば万事丸く収まる。男なら全部まとめて面倒見るくらいの甲斐性見せたらどうだ!」

 

 四面楚歌・・・そして第一婦人を決めるって血を見るんじゃないだろうか・・・・

 

「な!・・・う・・・あ・・・・・・・はぁ」

 

 克兄は魚のように口をパクパクさせながら驚き、最後には諦めたようにため息を吐いた

 

 これが囲い込み――いや、囲い込まれ婚ってやつか・・・せめてもの救いはお嫁さんになる3人のことは好きだってことかな・・・恐ろしい

「美女3人も!?妬ましい!!」ってのが普通なんだろうけど、「同じことになりたいか?」って聞かれたら全力でNO!!だね

 

「ん?何じゃミド坊じゃないか!久しぶりじゃのう!5か月・・・いや、6カ月ぶりか!なんか用でもあるのか?」

 

 げっ!気付かれた!

 

 こっそり覗いていたら岩爺に気付かれ、連鎖的に全員にばれた

 

「いや、えっと、お取込み中みたいだし出直そうかなぁと・・・」

 

「なに、もう話はついた」

 

 ちらりと克兄を見ると全てを諦めたような何とも言い難い表情で何もない場所を見つめている

 

 あれは話が付いた後って感じじゃないけど・・・

 

「どうした?」

 

「い、いえ!」

 

「で、何か用があったんじゃろ?」

 

「その、もう一度稽古を付けてもらいたくて」

 

「なに?もう十分戦えるようにしただろ?」

 

「昨日、(ヴィラン)と戦ったんです」

 

「いつものことだな、散々実践稽古で伸してきたじゃないか」

 

 (ヴィラン)との戦闘は修業した7年で散々やったからか「それがどうした?」と言われた

 

「そこいらの(ヴィラン)なら簡単に倒せたんですが、あの時の(ヴィラン)には通用しなかったんです!だからもう一度稽古を付けてください!」

 

 頭を下げてお願いすると岩爺から返答があった

 

「・・・・・・のう、ミド坊?いつまで自分に枷をはめてるつもりだ?」

 

「枷?」

 

 少しの沈黙の後、岩爺が「いつまで枷をはめている?」と質問してきた

 

「鬼の道楽などと呼ばれ、まともに門戸を叩く者は数少ない。いても大概は分派の生ぬるい方を選ぶ、「ここは僕には向いてない」とか抜かしてな?そんな中でミド坊はワシらを訪ねて門戸を叩き、全力でワシらについて来ようと必死じゃった。だからワシらも全力で叩き込んだ。しかし、対人戦で全力だったためしがない」

 

「え?」

 

「ミド坊はワシら全員の【個性】が使える、しかも強化されてじゃ。なのに全戦全敗。ワシらに負けるのは当たり前じゃ、お前に勝たせてやれるほど弱くない。しかし同じ【個性】同士で何故負ける?経蔵のように元々の肉体の影響を受ける【個性】ならまだしも、ワシや硬之丞の【個性】で負けるのはおかしい。相手より硬いのならダメージなんぞ受けんし、逆に相手がダメージを負う。いくつかの【個性】を合わせて互角なんぞあり得んことだ。よくよく観察してみればお前さんは怖がっておる」

 

「怖がる?」

 

「そうじゃ、恐らく相手を傷つけることを恐れておるんじゃ」

 

「そんなこと――」

 

「ないと言い切れるか?一撃で岩を砕く拳を人に放って大丈夫か、あまり硬くなると相手が怪我をするのではと無意識に考えておるのだろう?それは傲りだ。意識しての手加減ならいい、手加減して倒せないなら制限を外していって戦えばいいだけだからだ。しかし、今のミド坊のように無意識に手加減している者は違う。全力を出していると認識していながらその実6・7割の力しか出しておらん。そんなんで勝てるのはそこらのチンピラだけだ。ヒーローとして(ヴィラン)と戦うなら全力の時は全力を出せるようにしろ!今回通用しなかったのは大方そのせいだろう」

 

「・・・・・・」

 

 心当たりがあった

 昨日も意識がハッキリしてるときは遣られっ放しだった。なのに意識が朦朧としててお爺ちゃん達の幻覚を見てた時はオールマイト曰く、全く逆の展開で常に僕が優位に立ってたという。それは(ひと)ではなく(もの)だと思っていたから

 

「お前は気付いておらんだろうが、前に斑鳩(いかるが)の奴に作らせてお前がぶっ壊した練習台88号「殴られ案山子」はワシらが受けたら重傷を負うような力で殴らんとぶっ壊れることがないように設計されとる。それを一撃でぶっ壊しておいてワシらにかすり傷1つ負わせられないのが無意識に手加減してる証拠じゃ」

 

 発目 斑鳩(いかるが)

 お爺ちゃん達の協力者で、材料費と実際の稼働データを取る条件で何台もの練習台○号を提供してくれる発明家のお爺さん

 彼も僕とお爺ちゃん達の稽古を見てよく首をひねっていた

 その時は機械が思うように動かなかったことだと気にしなかったけど、今思えばたぶん僕の無意識の手加減によってお爺ちゃん達との対人戦のデータと練習台を相手の戦闘データの齟齬が大きすぎたからおかしいと感じていたんだと思う

 

「鬼神殺しは意図的に体の制限(リミッター)を外す荒業。奥義なんて銘打ってはいるが奥義なんて大層なもんじゃない。ただ使った後の反動で筋繊維が切れて継続戦闘が辛くなるからその位置づけにしてるだけで、合わせて繰り出す技が本当の奥義だ。お前さんに鬼神殺しを教えてその先の技や奥義を教えなかったのはその無意識の手加減のせいじゃ」

 

 鬼殺し、この技は他の奥義を使うための登竜門、前提条件であって本当の意味で奥義じゃない、それを【個性】の多重発動という裏技でそれらしく見せているだけ

 

 なんで他の奥義を教えてくれないのか聞いても「未熟者にはまだ早い」と言って教えてくれなかった

 確かに未熟も未熟、無意識に手加減してるようじゃその先なんて教えられるわけがない

 

「そうだ!いい機会じゃし分家の連中んとこの道場片っ端から道場破りして来い!仮にも先生の血を引く奴らだ、ちょっとやそっとで死にはせん!ただし、ワシら3人以外の【個性】の使用を禁じる!今回は全力を意識してだせるようにする実践稽古だ!鬼神殺し(アレ)を放てる今のミド坊ならすぐに出来るようになる!」

 

「あと克鬼(かつき)!お前も一緒に行ってこい!」

 

「なんでだよ!俺関係ないじゃん!」

 

 唐突な強制参加に息を吹き返したように噛み付く克兄

 

「たわけ!ミド坊一人じゃどこに道場があるか分からんではないか!それにワシらの孫娘の婿になるんなら10や20のバカ共捻り潰して来い!」

 

「嫌ならいいんじゃよ?まあ、京香と石乃と固之恵が悲しむだろうがな?」

 

「なんであいつらが悲しむんだよ!」

 

「そりゃあ、自分達を賭けた勝負で惚れた男に逃げられたら泣くだろ?」

 

「はあ!?なんで!!俺賭けなんてしてねえぞ!」

 

「ん?そんなもん京香達が『克鬼より強ければ結婚してもいいわ』とあのバカ共を全員振ったからに決まっておろう?」

 

「な!?」

 

 克兄は「ありえない!」と声を荒らげるが、その答えは予想を反してお爺ちゃん達が原因ではなく、お姉さん達であることに口を開けたまま唖然とした

 

「悲しむだろうなー。はあ、京香の悲しむ顔は見たくないんじゃがなー」

 

「石乃に止められんかったら迷わず血祭に挙げるくらい石乃達の胸や尻を邪な目で見るような気に入らん連中なんだがな~」

 

「仕方ないか、どうしても克鬼が嫌だと言うんだから仕方ない・・・・・ヤるか」

 

 硬爺!最後の方ぼそっとやばいセリフ言わなかった!?その顔とセットだと冗談に聞こえないんですけど!?

 

 ワザとらしく「悲しいなー、辛いなー」と言いながらチラチラを目を向けるお爺ちゃん達に克兄は俯いたままプルプルと振るえブツブツと何かを呟いている

 

 克兄?

 

「胸や尻を見てた?結婚する?は?ふざけんなよ?そんな屑共に京香と石乃と固之恵を渡す?は?ふざけんなし!許さねぇ!」

 

 大丈夫だろうかと近づくと克兄は完全にブチギレていて、がばっと顔を上げた時には額からは大きく長い角が2本でていた

 

「上手くいったわ、ひゃひゃひゃひゃ!」

 

「あとは嫁さん達と石乃達に連絡すれば皆幸せになれるのう!連中にも後継者がそっちに顔を出すとか言っとけば克鬼も逃げられまい!」

 

「克鬼も重婚できないって点がなければ満更でもなさそうだしな」

 

「克鬼なら孫をやっても許せるが奴らはいかん、潰さねば」

 

 お爺ちゃん達は「作戦大成功!」と僕や克兄を余所に喜んでいた

 

「おう、ミド坊!そういうわけだから克鬼と一緒に道場潰しに行ってこい」

 

「ど、道場破り!破りだよね?潰しじゃないよね!?」

 

「んな細かいことはいいわい!奴らが潰れるなら道場破りでも潰しでも構わん!むしろ潰せ!2度と石乃を穢せないように目も潰せ!」

 

「え、ええ・・・」

 

 細かくないよ!破りと潰しじゃ規模が違うよ!!

 

「あと、ヤバくなったらお前さんが克鬼を止めろよ?ありゃ理性が消し飛ぶ一歩手前じゃ。小童共前にしたら完全に暴走するだろうよ」

 

 硬爺からの言葉に僕は笑えなかった

 

 その後一ヵ所一時間のハイペースで訪ねて回り、5つの道場に対し道場破りを行った

 道場側から差し出された生贄(門下生)――特に石乃さん達を邪な目で見ていた人達――を前に硬爺の指摘通り完全に何かが振り切れた克兄が相手を病院送りにすることで道場破りは終わった。と言うか終わらせた

 

 さすがは[鬼]だと思うくらい頑丈で怪力で強かった

 

 意識して全力を出す練習は門下生を相手に行う予定であったが、生贄(門下生)をボコボコにしても気が治まらない様子でこのままじゃ死人が出る一歩手前でも蹂躙をやめようとしない克兄を止める為予定変更で克兄相手に行った

 

 暴走状態の克兄が正気を取り戻すまでの5時間、ずっと相手をしていたが1時間は遣られっ放しだった。その間ずっと「もっといける、もっと力を出せるはず」と自分に言い聞かせて戦った結果、ある程度は意識して全力を出せるようになった。

 

 ちなみにその場にいた道場の師範から『鬼子』『鬼哭の秘蔵っ子』などいらない二つ名を貰った

 そして克兄は『狂鬼(くるいおに)』の二つ名を貰っていて、正気を取り戻した後は僕と一緒に只管道場主に謝っていた

 

 僕と戦った道場は壁や床がボロボロだもんな

 

 その件は爺ちゃん達に連絡を入れて僕らの責任者――爺ちゃん達――が修理費を払うことで話は付いた

 

 爺ちゃん達、あんな(なり)で億万長者の投資家だもんな・・・硬爺や岩爺はともかく経爺なんて「勘じゃ」で投資して成功してるんだから世の中良く分かんない

 

 そうして休みなのにかえってクタクタになるなんて可笑しな事になりながらも、その日はいい修業になったと満足した僕は家に帰って熟睡した

 



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第22話 雄英体育祭のお知らせ~前日

キリのいいとこまで書いたらまた9000字行きました(笑)


 臨時休校明けの金曜

 

「皆ー!!朝のHRが始まる!席につけー!!」

 

「ついてるよ、ついてねーのおめーだけだ」

 

 飯田君の言葉に突っ込みを入れる瀬呂君

 

 相変わらず委員長してるなー飯田君

 

「お早う」

 

 !!?

 

「「「相澤先生復帰早えええ!!!」」」

 

 包帯だらけなのに出勤してくる先生に全員が驚いた

 

 誰か代わりの先生じゃないの!?

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

 

「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」

 

「待って待って!敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

 

「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す・・・って考えらしい」

 

 らしいって・・・

 

「警備は例年の五倍に強化するそうだ。何より雄英(ウチ)の体育祭は・・・最大のチャンス。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」

 

「いやそこは中止しようよ・・・・・・体育の祭りだよ?」

 

 峰田君の言いたいことは分かる。

 襲撃の後に祭りをやるのは「どうよ?」ってことだろうけど、ここ、雄英の体育祭なら決行した方が良い・・・ってかしてほしい

 

「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの1つ!!かつてのオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。今は知っての通り規模も人口も縮小し形骸化した。そして日本に於いて今『かつてのオリンピック』に代わるのが雄英体育祭だ!!」

 

 たしか【個性】の発現と共に『【個性】のないスポーツ』は人気がなくなり、代わりに『【個性】豊かな体育祭』が人気になったんだっけ

 

「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる」

 

資格修得(そつぎょう)後はプロ事務所にサイドキック( 相 棒 )入りが定石(セオリー)だもんな」

 

 上鳴君の言う通り、ヒーロー事務所でサイドキックとして働いて技術を得ていずれは独立ってのが定石だ

 ただ、稀に「この人に一生付いていく」っていってサイドキックのまま所属する場合もある。飯田君のお兄さんであるインゲニウムの事務所がいい例だ

 

「時間は有限、プロに見込まれればその場で将来が開けるわけだ。年に1回、計3回だけのチャンス、ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」

 

 ―― 昼休み ――

 

「なあ、緑谷?」

 

「なに?切島君」

 

「あーその、なんだ・・・」

 

 ???

 

 歯切れが悪そうに頭をかく切島君

 

「どうしたの?」

 

「えっと、その、あーもう!考えるのやめだ!緑谷!!」

 

「なに?」

 

「体育祭になったらライバル同士だ!!」

 

「うん」

 

 突然声を張り上げて「ライバルだ」と宣言する切島君に僕は頷いた

 

 なに?正々堂々戦おうって宣言?

 

「それなのにこんなこと頼むのは男らしくねえが頼む!!」

 

 なんか違うっぽいな

 

「【個性】についてアドバイスくれないか?」

 

「アドバイス?」

 

「そう、緑谷ってたしか[模倣]って【個性】で色んな【個性】使えんじゃん?」

 

「うん」

 

「そんなかに硬くなる【個性】もあったじゃん?」

 

「うん」

 

「で、俺の[硬化]についても何かアドバイス貰えねえかと思ってよ。頼む!」

 

 そう言って切島君は頭を下げた

 

「別にいいよ」

 

「本当か!サンキュー!!言ってみるもんだな!緑谷ならなんかすごいアドバイスくれそうだ!」

 

 僕が引き受けるとは思ってなかったのか下げていた頭を勢い良く上げて見つめてくる

 

「あんまりプレッシャー掛けないでよ・・・先に言っとくけど、アドバイスって言っても大雑把に言うと長所を伸ばすか短所を消すか、必殺技的なものを考えるかの三択だよ?」

 

「それでも構わねえよ!1人でウダウダ考えてても埒が明かねえ、なら恥を忍んで緑谷に聞こうと思ってよ!」

 

「その代わりに【個性】を模倣させてもらってもいい?僕が強くなるなら体を鍛えて【個性】を沢山使えるようになるのが一番だし・・・」

 

「おう!構わねえぜ!ってかとっくに模倣してんのかと思ってたぜ」

 

 交換条件として【個性】を覚える(模倣する)ことを伝えるとあっさり許可が下りた

 

「正直言うと切島君の【個性】は半分くらいは理解できてるんだ、似た【個性】は既に使ってるから。でも完全に理解するにはもっと時間かかるかな?」

 

 見ただけで覚えられる【個性】も今までいくつかあったけど、その数は両手で数えられるほどしかない。

[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]が元々自分の【個性】じゃないから使いこなせていないのが原因だと僕は考えている

 

「ならどうやって理解するんだ?悪いが流石に俺でも理解するまで付きっ切りて訳にも行かないぜ?」

 

「んー、手っ取り早いのは頭突き」

 

「頭突き!?おいおい冗談だろ?」

 

「いや、冗談じゃないよ?頭突き程勢いよくじゃなくても額が合わさればいいんだ」

 

「なんでそんなんで理解できんだよ!」

 

「こう、なんていうか・・・閃き的な何かがあるんだ、上手く説明できないけどそういうものだと思ってくれればいいよ」

 

 白毫を通して【個性】を覚えているのが本当なんだけど、設定上[模倣]は《過程を理解して結果を模す》ってことになってるからこの説明には違和感があったので《閃き》ってことにした

 

「まあ、【個性】の発動条件は人それぞれだしな」

 

「なあ」

 

「ん?障子君?どうしたの?何か用?」

 

 突然声を掛けられ振り向くと障子君がいた

 

「盗み聞きしたようで悪いが、俺もその話に加えてもらえないだろうか」

 

「話ってえとアドバイスのことか?」

 

「ああ」

 

「構わないよ?でも【個性】を僕が模倣することが条件だけどいいの?僕としてはありがたいけど・・・」

 

「問題ない。それに今のまま闇雲に特訓しても成果が得られるとは思えないからな、アドバイスがもらえるなら構わないさ」

 

「わかったよ。でも取りあえずはお昼にしない?でさ、本格的な話は放課後でいいかな?」

 

「お!そうだな、行くか!飯!腹減ったわー」

 

「ああ」

 

「あ、デク君、お話終わった?食堂行こ?」

 

「うん」

 

 切島君との話が終わったところで麗日さんに誘われて飯田君と3人で食堂へ向かった

 途中で飯田君が[ヒーローを志す動機]について麗日さんに質問すると予想外の言葉が出てきた

 

「お金!?お金欲しいからヒーローに!?」

 

「究極的に言えば」

 

 話を聞くと麗日さんの実家は建設会社を営んでいるが現在閑古鳥が鳴いている状態で生活も苦しいそうだ

 そして少しでも両親を楽させてあげられるようにヒーローとして活躍してお金を稼ぎたいんだそうだ

 

 麗日さんは僕の『ヒーローに憧れたから』や、飯田君の『兄のような立派な人になるため』の様に『憧れ』や『夢』『目標』で決めたのではなく、『現実』を加味した上で最も自分に適した職業としてヒーローを選んだ

 

 そういう選択をした人もいたんだ・・・

 

「おお!!緑谷少年が、いた!!」

 

 ビクッ!!

 

 突然現れたオールマイトに僕らはビクリと肩を震わせた

 

「ごはん・・・一緒に食べよ?」

 

 左手を胸元に置き、右手にはお弁当というまるで乙女がするようなポーズで食事に誘われた

 

「乙女や!!!」

 

 そんな姿に麗日さんは突っ込みと共に吹き出した

 

 僕もオールマイトに聞きたいことがあるしちょうどいいか

 

「是非」

 

 ―― 仮眠室 ――

 

「え!?活動時間が1時間30分を切った!?」

 

「ああ、最近無茶が続いてね、マッスルフォームはギリギリ2時間弱くらい維持できるって感じ」

 

「やっぱり無理しない方がいいんじゃ」

 

「はははは!助けを求める者が居て私に助ける力がある!助けなければヒーローじゃないさ!!」

 

「オールマイト・・・」

 

「そうだ、【個性】の変更について事後報告になってすまなかったな」

 

「は?【個性】の変更?」

 

「むむ??昨日は君が不在だったようだから君のお母さんに伝えてあるはずだが?」

 

「え?聞いてないですけど!?」

 

 お母さんどういうことだよ‼!

 

「なら、改めて伝えるとしよう!アダム君から[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]を託されてから個性届に[覚える【個性】]として提出しただろう?」

 

「ええ」

 

「でだ、この間も言ったけど、その力はあまり多くの人に知られない方が良い。早いとこ変更した方が良いと思ったんで勝手ながら[模倣]に変更させてもらったよ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「ははは!私が隠した方が良いと言ったんだ、その責任くらいは取るさ」

 

 そう言ってオールマイトは笑った

 

「そうだ!聞きたいことがあるんですが」

 

「なんだい?」

 

「黒髪を後ろで結わえて「笑ってるやつが一番強い!」って言う女性に心当たりはありませんか?」

 

 ピク

 

 僕の質問に僅かながらオールマイトの肩が跳ねた

 

「・・・・・・どうして私に聞くんだい?」

 

「実は昨日、夢を見たんです」

 

「夢?」

 

「ええ、初めは本当にただの夢、良く分かんない人型と戦って負けて、急に商店街に変わったと思ったらアダムさんに失望された嫌な夢」

 

 現実ではもうありえないと分かっていても考えるだけで震え出すような悪夢

 

「また随分とネガティブな夢だな」

 

「ええ、泣きたくなるような嫌な夢です。で、その直後に真っ暗な空間で言われたんです。『何故、我らの力を使わない』『汝は我らの無念を晴らす気がないのか』って・・・すぐに誰だって問いかけたら2対8組の目に囲まれてて、6人の人影が『9代目はこの力を使うことを躊躇っている』『この力は相応しくない』『剥奪すべき』って」

 

「それは・・・」

 

「正直すっごく怖かった。オールマイトから託されて使った回数なんて2回、内1回は意識が朦朧としていた時で人影の言う相応しくないって言葉に言い返すことができなかった・・・でも、その直後に2人の人影が僕を庇ってくれたんです。1人はガリガリに痩せているのにどこか力強さを感じられる人、ちょうど今のオールマイトの様でした」

 

「・・・・・・」

 

「もう1人は黒髪を後ろで結わえた女性で、僕に『笑え』って、『笑ってるやつが一番強い!』って言ったんです。夢はそこで終わっちゃったんですが、その女性のことが妙に頭に残ってて、根拠もなくオールマイトならって思って聞いてみたんです」

 

「・・・・・・」

 

「僕のことを9代目って人影達が呼んでて、僕に関係あって何代目って[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]くらいしか思いつかなかったんで・・・・・・やっぱり知らないですよね?」

 

「・・・知ってるとも、ああ、良く知ってる・・・・・・」

 

「知ってるんですか?」

 

「ああ、その人は私の前の[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]の持ち主、君にとっては先々代に当たる人で、他の人はその前の先代たちだ。彼らは[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]に染みついた面影のようなもので私も若い頃に見たことがある。しかし、本当なら干渉してくることはない筈なんだがな・・・・・・夢という形で現れたために偶然干渉できたのだろう。でなければ彼女の言葉を君が知っているはずがない」

 

「先々代・・・」

 

 僕が9代目でオールマイトが8代目、その先代だから7代目か・・・

 

「・・・・・・あの、7代目の女性はどこにいるんですか?出来れば会ってみたいのですが・・・」

 

 言ってから後悔した

 

 眉間にしわを寄せ、歯を食いしばるその姿にオールマイトにとって『忘れたくとも忘れられない後悔の記憶』であることは直ぐに分かった

 

「彼女は・・・」

 

「いえ、すみません。やっぱいいです。ごめんなさい」

 

 絞り出すように話すオールマイトの話を遮るようにして打ち切った

 

 踏み込んではいけない話だった

 教えてと言えばオールマイトは答えてくれるだろう・・・その心に負った傷に塩を塗りながら

 

「すまないね」

 

「それよりも大丈夫なんですか?このまま日に日に活動限界が短くなっていくんじゃヒーロー続けてられないですよね?」

 

 わざとらしかろうが何だろうが、このままこの話題を続けることは出来なかったので無理やり話題を変えた

 オールマイトも出来れば触れてほしくない事柄だったのだろう、何処かほっとした様子で僕の振った話題に乗ってきた

 

「ぶっちゃけ私が平和の象徴として立っていられる時間って実はそんなに長くない」

 

「やっぱり・・・」

 

「悪意を蓄えている奴の中にそれに気づき始めている者がいる。君に力を授けたのは私を継いでほしいからだ!体育祭・・・全国が注目するビッグイベント!今こうして話しているのは他でもない!!次世代のアダム・アークライトにしてオールマイト・・・最強と平和の象徴の卵・・・『君が来た!』ってことを世に知らしめてほしい!!」

 

「僕が来た・・・分かりました!全力でもって勝ち抜いて天辺取ります!」

 

 いずれにしろ勝ち抜いて上位に入るって目標を立ててたんだ、それが優勝に変わったところでやることは変わらない

 

「その意気だ、常にトップを狙う者とそうではない者、そのわずかな気持ちの差は社会に出てから大きく響くぞ」

 

「はい!」

 

「それじゃあ、長話もここまで!お弁当食べよっか!美味しく出来てるはずさ、結構自信あるんだ」

 

 受け取ったお弁当を開けると―――

 

 オールマイト女子力高えぇ・・・

 

 ――――――――――

 

「うおおお・・・何ごとだあ!!!?」

 

 放課後になり、早速切島君と障子君と【個性】のアドバイスについて話し合おうとしたら廊下が瞬く間に人で埋め尽くされ、皆が一様に僕らのことを見ている

 

 即座に「廊下に居るのは敵情視察に来た連中だ」と見抜いたかっちゃんが、平常運航でモブ扱いしたところで紫がかった青い髪の男子生徒が前に出てきた

 

「こんなのがヒーロー科?幻滅するなぁ・・・普通科とか他の学科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ、知ってた?」

 

 行き成り問い掛けられた質問に問われたかっちゃんはもちろんのこと、僕らは彼が何を言いたいのか分からなかった

 

「体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって、その逆もまた然りらしいよ?」

 

 逆・・・ヒーロー科からの除籍・・・

 

「敵情視察?少なくとも普通科(おれ)は調子乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」

 

 ・・・・・・上等だ!僕にだって負けられない理由があるんだ!

 

 その後廊下から人だかりがなくなり皆は次々と帰っていった。

 

 そんな中、僕と切島君、障子君は空き部屋に移動した

 

 ―― 空き部屋 ――

 

「やっぱ他のクラスも体育祭に掛けてんだな」

 

「だね、足元すくわれて、ヒーロー科除籍なんて冗談じゃないよ・・・まあ、今から悩んでもしょうがない!とりあえずは【個性】について話そうか、まずは障子君からでいい?」

 

「おう!」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「じゃあさ、障子君のその腕?触手?ってなんでも複製できるの?」

 

「複製腕のことか?自分の体の一部なら出来る」

 

「な、ならさ!ならさ!その複製腕から複製腕って出せる?」

 

「む!複製腕をか・・・やってみよう・・・む、むむむ」

 

 ズルリと擬音がつきそうな勢いで複製腕が生えてきた。被膜のようなものも一緒に複製されるようで肌色のマントの様だった

 

「おお!!ど、どう?いい感じ?」

 

「ああ、いい感じだな」

 

 感触は悪くなさそうだ

 

「良かった・・・次が本命なんだけどさ、複製した方の複製腕に何か複製できる?」

 

「?できるが・・・」

 

「もう1度複製腕を複製できる?」

 

「更にか?・・・・・・無理だな、いくら意識しても複製できる気配がない」

 

 障子君は目をつぶって意識を集中するも複製腕に変化はなく「無理だ」と首を横に振った

 

「1度までが限界か・・・じゃあ、何か複製してもらえる?耳とか眼とか」

 

 そう問いかけると障子君は耳を複製した

 

「でさ、感覚とか普段より良くなってない?」

 

「普段より?・・・なってるな」

 

「複製した部分は本来より強化されるって聞いたからさ、複製腕を複製してからその先に複製すればもっと強くなると思って・・・じゃあ次に手を複製してもらえる?」

 

「ああ」

 

「・・・ちなみに前回の握力測定はいくつ?」

 

「腕と複製腕2本で540kgだ」

 

「【個性】無しだと?」

 

「46だな」

 

 540-46=494だから、それを2で割って247、更に46で割ると・・・5.36・・・9・・・複製した腕は本来の約5.4倍位強化されるのか・・・

 

 じゃあ5.4×5.4で29.16、そこに46かけて・・・・・・1341!?てことは2本使ったら2682kg!?

 

 おおよその数値を出そうと計算すると、重機も真っ青な数値が算出された

 

「1本!まずは腕1本で測ってもらえる?」

 

 1本でやるように念を押してから事前に相澤先生に借りていた握力計測器を障子君に渡した

 最初から全開でやったら計器が壊れる。「壊さない」って条件で借りたのに壊すのは非常に拙い

 

「分かった」

 

 障子君は受け取った計測器を複製した手に持ち、計測を開始した

 

 ピピピッ!

 

 計測結果は1384kgと計算したよりも強かった

 

「1384!?やべえな!!」

 

 隣で僕らのやり取りを見ていた切島君も思わずと言った感じで驚いていた

 

「あっぶな・・・2本でやってたら確実に壊れるところだった・・・」

 

「緑谷?」

 

「う?あ!ごめん、なんでもない!それよりも障子君はどう?違和感ない?腕が丸々1本分も伸びるから間合いも変わるだろうし」

 

 計器が壊れなかったことに安堵していると障子君に声を掛けられたのでなんでもないと首を振ってから違和感について聞いてみた。

 実際にどうなるかは試してみないと分からないとはいえ違和感が酷いようならやめた方が良い

 

「調子は悪くない、間合いは確かに伸びたな・・・そこは要訓練だな」

 

「だね!」

 

 調子は悪くないようでよかった

 

「すまないな、無理を言って」

 

「いいよ!見返りはちゃんと貰うんだからお相子、いや僕の方が貰いすぎになるか?」

 

 1度のアドバイスで同じ【個性】持ちが現れることに成るんだから不公平じゃないだろうか

 

「まあ、いいんじゃねえの?同じヒーローを志す者同士だし、俺も障子も強くなる!緑谷も強くなる!体育祭で大活躍してヒーロー事務所に引っ張りだこ!ってな!」

 

 切島君は自分、障子君、僕の順位に指をさしながら笑って言った

 

「ははは、何だよそれ」

 

「へへ、俺は本気だけどな!で、いよいよ俺の番か?で、どうよ?なんかいい案浮かんだ?」

 

 障子君の【個性】についてアドバイスが終わると待ちきれないとばかりに切島君が切り出してきた

 

「確認だけど、切島君の[硬化]って硬く鋭くなるって感じでいいんだよね?」

 

「おう、刃物で斬りかかって来ても折っちまう位には硬くなるぜ」

 

「どれくらい硬くなってられる?」

 

「大体10分位かな?解除して一呼吸置けばまた硬くなれるけど、硬いまま動くの結構辛いんだわ」

 

「うーん、今よりも硬度を上げる方面で鍛えた方が良いね。一呼吸置けば再使用可能なら継続時間は問題なさそうだし。」

 

「今よりも硬くか・・・・」

 

「いっそのこと継続時間を犠牲にして超高硬度になるってのもアリかもよ?相手の攻撃に合わせて瞬間的に超高硬度になってカウンターを放つって感じで」

 

「お、必殺技か!いいね、採用!取りあえずアドバイス通り硬度を上げる特訓して、短時間でもいいからメッチャ硬くなれるようにするわ!」

 

「うん、ごめんね?いいアイディアじゃなくて」

 

「何言ってんだよ!俺だけだったら『取りあえず硬くなる特訓する』ってだけで終わってて必殺技とか考えもつかなかったぜ?」

 

「なら良かったよ、あとは本番まで特訓あるのみだね!!」

 

「おう!」

 

「ああ!」

 

 その後、二人の【個性】を覚えさせてもらってから解散した

 

 僕は真っ直ぐ帰路につかずに寄り道をした

 目的地は――

 

 ―― 鬼哭道場 ――

 

「こんにちは!」

 

「ん?なんじゃミド坊、また来たのか?」

 

 道場に行くとそこには硬爺の姿しかなかった

 

「はい、実は見てほしい技があって」

 

「ほう、誰のじゃ?誰の技を会得したんじゃ?」

 

「違いますよ、自分で考えた技です。二週間後に体育祭があって、そこで使う技を考えたんです。内容は色々な【個性】の多重使用、試作段階だけど一度見てもらおうと思って」

 

 開口一番「誰の技だ?」と問いかける硬爺にちょっとむっとしつつも訪れた理由を言った

 

「ほうほう、いいぞ!経蔵と岩哲はあっちの部屋で組手中なんでな、まずはワシが見てやろう。さあ見せてみろ!」

 

「それじゃあ」

 

【個性】を多数発動させ――

 

「な!?」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「はあ、はあ、ど、どうですか?」

 

 昨日、『ある【個性】』を複数覚えたので同時発動できるか試したときに偶然見つけた組み合わせ

 複数発動すると他の【個性】と併用したより力強くなったので、いつものように他の【個性】も合わせて技として使おうと考えているもの

 ただし、まるで【個性】が意思を持つかのように反発するから抑え込むのに結構体力を使う

 

「・・・・・・」

 

「硬爺?」

 

 硬爺は目を限界まで見開き固まっていた。その姿はまるでありえないモノを見た様だった

 

「経蔵!岩哲!ちょっと来い!」

 

 硬爺はハッと我に返ると急ぎ経爺と岩爺を呼んだ

 

「なんじゃあ、いいとこなのに・・・ん?ミド坊か?どうした?」

 

「やけに息を切らしとるな、硬之丞、お前なんかしたんか?」

 

 呼ばれた二人はぶつくさと文句を言いつつも組手をやめてやってきた

 

「こ奴・・・裏奥義を使いよった」

 

「は?」

 

「嘘じゃないだろうな?」

 

「本当じゃ、不完全ながら悪鬼が覗いておる。このままじゃ取られるぞ」

 

 硬爺の一言に2人の不満顔が真剣な表情に変わった

 

「・・・・・・克鬼と斑鳩に連絡したか?」

 

「まだじゃ」

 

「わしが呼び出してくる」

 

 そういって岩爺は連絡を取る為に母屋へ向かった

 

「あ、あの、何か拙いことでもありました?」

 

 ただ試作段階の自己流奥義を見せただけなんだけど・・・

 

「ミド坊」

 

「なんでしょう」

 

「本番まで二週間じゃったよな?」

 

「ええ」

 

「ならこれからお前にある技を授ける。前提条件故にワシらに習得できなかった奥義、今ミド坊が見せた技はこの奥義の一端に触れておる。しかも寄りにもよって危険な領域にだ。このままじゃ何時か取り殺される。そうならないために死ぬ気で覚えろ。それまでその技の使用は禁じる」

 

 硬爺のその顔は本気だった

 

 それから学校、道場、家を順番に巡る様な生活を続けた

 

 

 

 ―― 体育祭前日、鬼哭道場 ――

 

 道場には僕の他に経爺、硬爺、岩爺、克兄の4人がいた

 

「ミド坊」

 

「はい」

 

「奥義習得に伴って一先ず危険な状態からは脱した。あとは徐々に慣らしていけばよい」

 

「危なくなったら落ち着いて特訓のことを思い出せば大丈夫なはずだよ」

 

「はい」

 

「あとな、これからお前は黒鬼を名乗れ」

 

「くろおに?」

 

「鬼哭流伝統の鬼名(おにな)じゃな」

 

 あ、黒鬼か

 

「名乗る奴を表す一文字と鬼を合わせたのが鬼名じゃ」

 

「それなら緑鬼とかになるんじゃないんですか?髪の毛緑だし、名前も緑谷だし」

 

「お前、普段戦う時炭乃の【個性】で真っ黒じゃないか、だから黒鬼じゃ!「こくき」でもいいぞ?」

 

 確かに黒くなるけど・・・黒と緑以外だと・・・デク鬼?そばかす鬼・・・・・・黒鬼でいいです・・・

 自分で考えて自滅した。確かに一目でわかる特徴なら黒鬼か・・・自己流奥義も真っ黒だし

 

「これで目出度く鬼哭流の一員じゃな」

 

「ありがとうございます。お蔭で技も完成しました!」

 

 時間制限はあるけど最初より格段に使いやすくなったし負担も減った。制限時間を過ぎるとやばいけど

 

「そうじゃ、明日は体育祭なんじゃろ?見に行くかんな!ヘマやらかすなよ?」

 

「鬼哭流として恥ずかしくなるような結果は出すなよ?」

 

「優勝以外はワシらと実践稽古じゃかんな!」

 

「ちょっとは素直に頑張れの一言くらい言えないのかよ貴方達は・・・」

 

「あははははは!」

 

 そうしてあっという間に時間は過ぎ去り体育祭当日を迎えた

 



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第23話 予選 障害物レース

 ―体育祭当日 1-A控室―

 

「障子君、切島君!あれから特訓上手くいった?」

 

「おお!バッチリだ!本番で見せてやっから楽しみにしとけ!!」

 

 切島君はうまくいったようでへへっと笑いながらサムズアップをしてくる

 

「俺もいい感じに仕上がった。そういう緑谷はどうなんだ?」

 

 障子君も問題ない様で、逆に「お前はどうだ?」と聞き返してきた

 

「もちろん僕もバッチリ!かっこいい必殺技も完成したし優勝目指すよ!」

 

「おお!強力なライバルだ!」

 

「お互い頑張ろうね!」

 

「皆、準備は出来てるか!?もうじき入場だ!!」

 

「緑谷」

 

 飯田君の呼びかけに気合を入れていると轟君が声をかけてきた

 

「轟君・・・何?」

 

「おまえオールマイトに目ぇかけられてるよな?別にそこ詮索するつもりはねぇが・・・お前は恐らくこのクラスで一番強いだろう・・・だからこそ、おまえには勝つぞ」

 

「急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって・・・」

 

 轟君の突然の宣戦布告に切島君が仲裁に入る

 

「仲良しごっこじゃねえんだ、なんだって良いだろ」

 

「君が思ってるほど僕は強くないよ・・・」

 

「おい、緑谷も急にネガティブになるなって――」

 

「でも!皆本気でトップを狙っているんだ!僕だって負けられない理由があるんだ!」

 

 絶望から救い出してくれた人の思い、最も憧れ今でも憧れている人の期待、僕が僕として立ち続けるための決意、etc・・・・・・挙げたらきりがないほど負けられない理由がある!

 だからこそ

 

「僕も本気で獲りに行く!」

 

「・・・・・・おお」

 

『1年ステージ!生徒の入場だ!』

 

 ――『君が来た!』ってことを世に知らしめてほしい!!――

 

「了解オールマイト」

 

 ――――――

 

『雄英高校体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!お前らの希望通り注目株をさっさと紹介・・・としたいところだが、それじゃあ詰まらんしエンターテインメントじゃない!だから今年は例年と違って逆に行くぜ!と言うわけでいってみよう!』

 

『どんな奴でもかっこよく!キッチリカッチリ宣伝だ!HIJ組経営科!!』

 

『困ったときのお助けアイテム、どんな道具も作って見せる。EFG組サポート科!』

 

『普通という割にゃあ粒揃い!伊達に雄英通ってない!CDE組普通科!』

 

『雄英高校メイン学科!倒して救って大活躍!未来の同胞ヒーロー科B組!』

 

野郎ども、準備はいいか(HEY!Guys are you ready)?雁首揃えて待ちかねた!(ヴィラン)の襲撃を受けたにも拘らず鋼の精神で乗り越えた軌跡の新星!!!ヒーロー科A組!!!!!』

 

「うわああ・・・人がすごい」

 

 TV越しにしか見たことないから実感湧かなかったけど人、人、人、見渡す限り全部人、兎に角沢山居る

 

「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか・・・!これもまたヒーローとしての素養を身に着ける一環なんだな」

 

 飯田君はこれもヒーローに必要なことだと意気込んでいる

 

「めっちゃ持ち上げられてんな・・・なんか緊張すんな!なぁ爆豪」

 

「しねえよ、ただただアガるわ」

 

 切島君も僕と同じく緊張している様子だったが、相変わらず胆の据わったかっちゃんは全く動じた様子はなかった

 

「選手宣誓!!」

 

 ピシャンと手に持った鞭を振るって声を張り上げたのは18禁ヒーローことミッドナイト

 

「18禁なのに高校にいてもいいものか」

 

「いい」

 

「静かにしなさい!!選手代表!!1-A緑谷出久!!」

 

 常闇君のもっともな疑問に峰田君が鼻血でも吹き出すんじゃないかってくらい興奮気味にミッドナイトの存在を肯定した。

 もちろん勝手にしゃべることをミッドナイトが許すわけもなく鞭をピシャリと振って黙らせ、僕の名前を呼ぶ

 

 壇上まで上がり早鐘のようになる心臓を息を吐くことで落ち着かせ、宣言する

 

「ふう・・・・・・宣誓、僕は正々堂々戦うことをここに誓います。そして、ヒーロー科でもサポート科でも普通科でも、どこの誰が相手でも戦って勝ち抜いて表彰台で師匠達や今は亡き恩人に宣言します。僕を選んだことは間違いじゃなかったと。そのために僕はここで1位になる。1年代表緑谷出久」

 

「調子のんなよA組オラァ!」

 

「どんだけ自信過剰なんだよ!」

 

「ふざけんな!!」

 

 1位宣言なんて言えば多方面からブーイングが来ることは分かってたけれど、それでも言わなければならなかった。

 自分自身の逃げ道をなくすため、そして何より――

 

「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう!いわゆる予選よ!毎年多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目!!今年は・・・コレ!!」

 

「障害物競走・・・」

 

「計11クラスでの総当たりレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4km!我が校は自由が売り文句!うふふふ・・・コースさえ守れば何をしたって構わないわ!さあさあ位置につきまくりなさい・・・」

 

 重たい音を立てながら開く門の前には今か今かとスタートの合図を待つ生徒がひしめいている

 

 パッ パッ

 

 一つ二つとランプが点灯する

 

 ――オールマイトと誓った『最強と平和の象徴の卵』として『僕が来た』って知らしめるために!!

 

「スタ―――――ト!!」

 

 ―― 轟 ――

 

 合図と共にいち早く飛び出し先頭に躍り出た俺は【個性】によって地面を凍結させることで後続の妨害を図った

 

「ってぇー!!なんだ凍った!!動けん!!」

 

「んのヤロォォォ!!」

 

『さーて実況行くぜ解説 Are you ready!?ミイラマン!!』

 

『勝手に呼んだんだろが』

 

「甘いわ轟君!」

 

「そう上手くいかせねえよ半分野郎!!」

 

 出口付近にいた生徒は足が()て付き動きを止めるが、そんな中でA組の生徒は回避する者、自力で抜け出す者といずれもその目には闘志をたぎらせ俺の後を追ってくる

 

「クラス連中は当然として思ったより避けられたな・・・」

 

『さぁいきなり障害物だ!!まずは手始め・・・第一関門ロボ・インフェルノ!!』

 

「一般入試用の仮想(ヴィラン)ってやつか」

 

 せっかくならもっとすげえの用意してもらいてえもんだな

 

「クソ親父が見てるんだから」

 

 第一の障害で現れた大量の仮想(ヴィラン)を前に多くの者が戸惑い足を止めるが、攻撃してくる超大型仮想(ヴィラン)を最も不安定な姿勢になったタイミングで凍結させ突破

 

「あいつが止めたぞ!!あの間だ!通れる!」

 

「やめとけ、不安定な体勢ん時に凍らしたから――」

 

 当然不安定な鉄の塊は前方に偏った重心に引かれるように倒れる

 

「――倒れるぞ」

 

 後に続こうとする者は倒れてくる鉄塊に足を止める

 

『1-A轟!!攻略と妨害を一度に!!こいつぁシヴィー!!!すげえな!!一抜けだな、もうなんか・・・ズリィな』

 

 A組を初めとする各人は仮想(ヴィラン)を前に即座に行動に移し、倒し、回避し、次々と突破していく

 

『オイオイ第一関門チョロイってよ‼!んじゃ第二はどうさ!?落ちればアウト!!それが嫌なら這いずりな!!ザ・フォーール!!』

 

 続く障害物は綱渡り

 

 底が見えないほど深く、下から風が吹く渓谷に点々と存在する足場

 そこに渡された綱は少しの風でも左右に揺れわたる者の心も揺り動かす

 足がすくみ動けない者、何のこれしきと乗り越える者、そもそも障害と思わない者と大きく分かれた

 

 俺は綱に氷を這わせることで風による揺れを防いだ。揺れさえしなければ細い一本道と同じである。走り抜けることは造作もない

 

『実に色々な方がチャンスを掴もうと励んでますねイレイザーヘッドさん』

 

『なに足止めてんだあのバカ共・・・』

 

『さあ先頭は難なくイチ抜けしてんぞ!!』

 

 後続との差を広げながら次々と障害を乗り越え残すところはあと一つ

 

『先頭が一足抜けて下はダンゴ状態!上位何名が通過するかは公表してねえから安心せずに突き進め!!』

 

 緑谷の姿が一向に見えない・・・奴ならば俺と並走していてもおかしくないはず・・・

 

『そして早くも最終関門!!かくしてその実態は・・・一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!!地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!!目と脚酷使しろ!!ちなみに地雷!威力は大したことねえが音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!』

 

 解説によると音と見た目は派手だが大した威力はないらしいが、結構な威力があることを地雷を踏みぬいた生徒が身をもって示している

 

 なる程なこりゃ先頭ほど不利な障害だ

 

「エンターテインメントしやがる」

 

「はっはぁ俺は関係ねーーー!!」

 

 地雷を踏みぬかないように走る俺の元へ【個性】の爆風によって宙に浮き、追い抜かんと並走する爆豪が現れた

 

「てめェ宣戦布告する相手を間違えてんじゃねえよ‼」

 

 恐らく控室でのことを言っているのだと思うが、爆豪よりも緑谷の方が俺より強いと思ったまでだ

 

『ここで先頭がかわったー!!喜べマスメディア!!お前ら好みの展開だああ!!』

 

 足元を気にして走っていたら抜かれてしまうと足元を凍らせ地雷を無効化して走る

 

 抜いて抜かれてと首位争いを繰り広げる俺達が地雷原も残り半分を切ったところで突如目の前で地雷が爆発し、地響きと共に足元の地面が何かに引き寄せられる様に前方に集まっていく

 地面が動くことで何人もの生徒が転倒するがどこも地雷が起動することはなかった

 

「ッ!!」

 

『後続もスパートかけてきた!!!だが引っ張り合いながらも先頭2人がリードかあ!!!?ってなんだあ!!??』

 

 爆炎が晴れた時にはそしてほんの数秒で出来たとは思えないような高さ30mは下るまいというほどの巨大な土壁が現れ、この壁を作るのにどれだけの土を使ったのかを物語るように壁の根元は幅4mほどの底が見えない深い溝ができていた

 

『おおっと!!いつの間にか第四関門出来ちゃってるぜ!?』

 

 爆豪は爆風で、俺は氷の壁を作って減速することにより溝に落下することを防いだが、隙ありとばかりに俺達の間を追い抜いた生徒が溝を超え、壁に触れたところで派手な爆発と共に追い抜いた時以上の速度で俺達の間を戻っていく

 

 爆豪も即座に壁に地雷が埋め込まれていることを察知した

 

 爆豪は仮想(ヴィラン)の時のように爆風によって飛び上がり頂上へ着地するが、直後足元で爆発が起き上空へ跳ね上げられた

 しかし、持ち前の運動神経で持ち直し、【個性】による爆風でそのままゴールまで滑空する

 

 俺は氷でスロープ状の道を作り壁を上り、頂上からゴールまでに滑り台のような滑走路を造ることで速度を稼ぎ爆豪を追うが、爆豪と自分の間には追い抜くどころか追い付くことすらできない距離が開いていた

 

『突如現れた第四関門も1-A爆豪、難なくクリア!轟はちっと梃子摺ってる感じかああ!!??』

 

 それでも必死に追いかけるも結果は――3位

 

『さァ今一番にスタジアムに還っとぅえあ!!??おま!緑谷!!いつの間にゴールしてんだよ‼』

 

 爆豪以外に抜かれていないはずだし、それまでトップだったのに3位

 他に誰がと周囲を見ればプレゼントマイクの驚く声と共に歯を食い縛った爆豪に睨みつけられる緑谷の姿を見つけた

 

 いつの間に緑谷は1位通過していたのか

 

 息一つ乱さず立つその姿は自分が必死に走破したコースは奴にとって障害ですらなかったということを見せ付けてくる

 恐らく目の前で爆発が起きた時に抜かれたのだろう

 あの壁は偶然というにはタイミングが良すぎるほどに俺と爆豪の前に現れた

 緑谷が妨害したと考えた方が自然だ

 

 やはり一筋縄ではいかないようだ

 

 ―― 緑谷 ――

 

 かっちゃん、轟君と続いて次々とゴールしていく

 

『さあ続々とゴールインだ!順位等は後でまとめるからとりあえずお疲れ!!揃うまで時間掛かりそうだし、いつ緑谷がゴールインしたかカメラを見てみよう!メッチャ気になるぜ!!』

 

 プレゼントマイクの言葉と共にモニターに僕が映された

 

『んんん??第二関門クリアまで言っちゃあ何だけど地味だし遅くね?』

 

 ロボは特に撃破などすることなく隙間を縫うようにしてすり抜けたし、綱渡りはジャンプで飛び越えようと思ったけど、下手して落ちたくないから考え直して普通に這って渡った

 それに順位だって正直後ろから数えた方が早いくらい後ろだったし【個性】も使ってなかったから地味だ

 

 モニターは切り替わり第三関門で地面に手を付け何かをした後に立ち上がり、一瞬で姿が消えた僕が映し出されていた

 

『おお!?ビデオストップ!スーパースロー再生でもう一度!!』

 

 まるで止まった世界を僕だけが動いているように錯覚しそうな不思議な映像がモニターに映された

 

 やったことは、先頭2人の前の地雷を[操土]で起爆させ、表面に地雷を設置した土壁を作り進路妨害、後は[複製腕]に眼を複製して[(スピード)]と[跳躍(ジャンプ)]で壁を飛び越え、[爆破]で地面に急降下、また[(スピード)]でゴールまで走っただけ

 

 目をつぶってるのに[複製腕]を通してものが見えるって不思議な感じだけど、加減した[(スピード)]ならこれでコントロールできるようになった。

 それ以上の速度は二重複製の上で眼を複製しないと無理だろうし、被膜が風を受けて思ったより加速しない

 

『やべえーー!!!スーパースローでも通常再生並みの速さで動くとかやべえー!!てか腕生えてるし!!え、じゃあなにか?俺らが壁に驚いてる間にゴールしてたっての?やべえー!!』

 

 全員が揃うまでプレゼントマイクは壊れたラジオの様に「やべえー」と繰り返して相澤先生に強制的に黙らされていた

 

「ようやく終了ね、それじゃあ結果をご覧なさい!」

 

 1位が僕、2位がかっちゃん、3位轟君と続き最後は42位青山君までの計42名

 

「予選通過は上位42名!!!残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい!まだ見せ場は用意されてるわ!!」

 

「そして次からいよいよ本選よ!!ここから取材陣も白熱してくるよ!気張りなさい!!さーて第二種目よ!!気になる種目はーーーーコレよ!!!」

 

 ドラムを叩く様な音と共にモニターに映し出されたのは【騎馬戦】の文字

 

 続くルール説明は基本は変わらないが『各人に振り分けられたポイントの奪い合いがあること』があり、そのポイントの振り分けがおかしかった

 

「1位に与えられるのは1000万!!!」

 

「1000万?」

 

「上位の奴ほど狙われちゃう下剋上サバイバルよ!!!」

 

 周囲の殆どは一斉に僕を見た

 

 冗談でしょ?これからチーム戦になるのに一番標的になりやすい状態じゃ組もうとする人いないんじゃ・・・さっきまでの障害物競争よりハードな障害物なんですが・・・

 



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第24話 騎馬戦

「上に行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞ更に向こうへ(Plus Ultra)!」

 

 

「制限時間は15分!振り当てられた P (ポイント)の合計が騎馬の P (ポイント)となり、騎手はその P (ポイント)数が表示されたハチマキを装着!終了までハチマキを奪い合い保持 P (ポイント)を競うのよ。取ったハチマキは首から上に巻くこと、取りまくれば取りまくる程管理が大変になるわよ!」

 

「先生!!質問です!」

 

「はい!緑谷君なにかな?」

 

「持ち点がなくなったり、騎馬が崩壊して脱落した場合の敗者復活はありますか!?」

 

 復活があるなら条件次第で多少の余裕は出来るが・・・

 

「ふふふ、いいわねその質問!答えは簡単!ないわ!」

 

 なしか・・・なら先手必勝で早々に敵の騎馬を崩した方が後半は楽になるか

 

「はい、早々に数を減らそうって考えた子達!安心するのはまだ早いわよ?」

 

「え?」

 

「確かに敗者復活はない!でも、そもそも持ち点がなくなろうと騎馬が崩れてもアウトにならない!【個性】発動アリの残虐ファイト!でも、あくまでこれは騎馬戦!悪質で崩し目的での攻撃等はレッドカード!一発退場とし、退場したチームの P (ポイント)は退場の原因となった相手チームに加算されるわ!それじゃこれより15分!チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

「15分!!?」

 

 最後に高得点でさえあれば勝ち・・・ P (ポイント)数は僕の場合あまり関係ない・・・僕を主軸に騎馬を組んで機動力で回避に徹していれば勝ちだけど、そもそも[(スピード)]は僕以外に効果はないし制御できる速度に制限がある。それに適応できる人は彼位しか分からないけど、初速はそこまで加速しないって言ってたから初速からトップギアの[(スピード)]だと合わせるのは厳しい。それに騎馬がどうにかなっても騎手は僕の P (ポイント)のせいで狙われ続けるから相当な負担がかかる。そもそもこの P (ポイント)の僕と組もうなんて猛者がいるかどうか・・・いや、悩んでいても埒が明かない!一先ず当たってみないと!

 

 声を掛けようと思考の海から浮き上がりいざ周りを見るとあからさまに僕を避けている。

 

「あの!あ・・・」

 

 声をかけてもフイっと目や顔をそらして離れていく

 

 やっぱり最序盤から高得点を保持し続けるより終盤に奪取した方が戦法として理に適ってはいる・・・が、何もそこまで露骨に避けずとも・・・

 

「デク君、組もう?」

 

「麗日さん!!?」

 

  P (ポイント)による制限が思ったよりも大きく、それによって露骨に避けられることに傷付いていると麗日さんが声をかけてきた

 

「良いの!?僕としては有難いけど、序盤から狙われ続けることになるよ!?」

 

「最後にはたくさん P (ポイント)持ってないといけないんだから何時から狙われてたって変わらないよ!それにデク君メッチャ速いからガン逃げされたら勝つじゃん」

 

「いや、確かに回避に徹してれば勝てる見込みはあるけど・・・」

 

「それにさ!仲良い人とやった方が良い!」

 

「麗日さん・・・ありがとう!」

 

 良し!これで一人確保!麗日さんが一緒なら重量は無視できる。ただ、麗日さんだけだと必然的に僕が騎馬にならないといけないし人数が足りない。それに麗日さんに騎手は厳しいんじゃないだろうか。こう言っては何だが、無重力にする以外にこれと言って攻撃や防御に向いたことは麗日さんにはできない。麗日さんは騎馬の後方になってもらってサポートしてもらった方が良い・・・騎馬は安定性を求めるなら3人は欲しいし・・・だとすると攻防に優れた騎手又は騎馬の前面が務まるフィジカルと機動力に優れた人が2人・・・機動力が抜群と言えば・・・

 

「飯田君!」

 

「ん?」

 

 ――――――――――

 

「飯田君を先頭に麗日さんと出来ればもう一人で騎馬を作る。そんで麗日さんの【個性】で僕らの重量を軽減すれば機動力は抜群!攻防は僕が担当すればカバーできる。騎馬のもう一人は決めかねてるけど、騎手に向いた人が加わるなら僕が騎馬に加わったって良い・・・機動力さえ確保できれば最悪逃げ回っていれば一位通過は間違いなしだ」

 

「・・・さすが緑谷君」

 

 よし、後はもう一人を決めれば・・・

 

「・・・だがすまない・・・断る!」

 

「え!?」

 

 飯田君が加わることを確定事項として考えていると予想に反して断りが来た

 

「入試から君には負けてばかり、素晴らしい友人だがだからこそ君についていくだけでは未熟者のままだ。一位通過が確定しているのは大変魅力的ではある、叶うならチームを組みたいさ・・・」

 

「なら・・・」

 

「しかし!それだけでは・・・君と一緒じゃダメなんだ。それじゃあ俺はその場で足踏みして前を歩む君の背中を見ているだけだ。君と敵同士として対峙して初めて俺は一歩踏み出せる。俺だってトップを目指してるんだ。君をライバルとして見るのは爆豪君や轟君だけじゃない!・・・俺は君に挑戦する!」

 

 もう始まってる・・・僕は今トップに立っている。友達ごっこじゃいられない・・・

 

「フフフフ・・・やはりイイですね目立ちますもん!」

 

「!」

 

「私と組みましょ一位の人!!!」

 

「わぁぁ近!誰!?」

 

 声を掛けられたので振り向けば顔だけで視界を埋め尽くすほど至近距離に女性がいた

 

「私はサポート科の発目 明!あなたの事は知りませんが、その立場利用させてください!!」

 

「あっあけすけ!!・・・ん?発目?」

 

 もしかして・・・

 

「あなたと組むと必然的に注目度がNo.1となるじゃないですか!?そうすると必然的に私のドッ可愛いベイビーたちがですね!大企業の目に留まる訳ですよ!!それってつまり大企業の目に私のベイビーが入るってことなんですよ‼」

 

「ちょ、ストップ!ストップ!!ベイビーがなんだか分んないけどちょっとストップ!つまり僕らと組んでくれるってことでいいんだよね?」

 

「ええ、そうです!あとベイビーはベイビーですよ?ああ、もちろんあなた方にもメリットがあると思うんですよ!サポート科はヒーロー科の【個性】をより扱いやすくする装備を開発します!私ベイビーがたくさんいますのできっとあなたに見合うものがあると思うんですよ!」

 

 そういいながらガシャガシャと装備品を取り出す発目さん

 

 つまりベイビーって発明品のこと?このマシンガントークといい発明品を独自の名前で呼ぶところといい・・・

 

「あのさ、発目さん」

 

「はい?何でしょう?」

 

「発目 斑鳩って人知ってる?」

 

「おお?大伯父さんじゃないですか!?」

 

 大伯父?大叔父?まあどっちでもいい。ともかく発目さんはカル爺の姪孫に当たる人ってことか・・・道理で類似点があるはずだ。それに思考回路も似通ってそう・・・

 

「お知合いですか?いや、あの人が関わりを持とうとする人なんて限られてますし、私と同年代の人と知り合う場所なんて・・・ん?もしかしてあなた、鬼哭道場に居るモルモットのモル坊ですか?」

 

「モル!?・・・カル爺め!」

 

 やっぱモルモットのモルじゃないか!何が“も”っと頑張れ“る”坊主でモル坊だよ!

 

「おおお!!カル爺なんて大伯父さんを呼べるってことはご本人ですね!これはますます注目が集まること間違いなしに違いありません!ああ、あと私の【個性】はですね――」

 

 これで騎馬の後方は揃った・・・前面予定だった飯田君が抜けたのは痛いけどこの際それはいい。あと一人・・・

 

 周りを見渡すと殆どの人がチームを組み、作戦を話している

 

 僕らに不足しているのは騎馬の前面部・・・機動力が不足しても僕が騎手として守りに回ればカバーできるからそれ以外の守りができる人が好ましい。なら・・・

 

「僕と組んでほしい!」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「15分経ったわ。それじゃあいよいよ始めるわよ」

 

『15分のチーム決め兼作戦タイムを経てフィールドに12組の騎馬が並び立った!!さァ上げてけ鬨の声!!血で血を洗う雄英の合戦が今!狼煙を上げる!!!!』

 

「麗日さん!!発目さん!!常闇君!!よろしく!!!」

 

「はい!!」

 

「フフフ!!」

 

「ああ・・・」

 

『よォーし組み終わったな!!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!!行くぜ!!残虐バトルロワイヤル!カウントダウン!! 3 !!!』

 

「ふぅ・・・」

 

『 2 !!! 1 !!!』

 

「よし!」

 

『START!!』

 

 開戦の合図と共にA組とB組の2チームが突っ込んできた

 

「いきなりの襲来とはな・・・まず2組。追われ人の運命・・・選択しろ緑谷!」

 

「序盤から全力じゃスタミナが持たない!逃げの一手!!!」

 

「了解した・・・!?」

 

 ズブリと地面に騎馬が沈み身動きが取れなくなった

 

「沈んでる!麗日さん発目さん!!ジャンプ!!」

 

 [翼]

 

 背中から服を突き破るようにして翼を生やし、羽ばたいた風圧で妨害とサポートアイテムの補助で空中への離脱を図る

 

「飛びやがった!!追え!!」

 

「耳郎ちゃん!」

 

「わかってる」

 

 空へ離脱する僕らへ遠距離攻撃が向けられるが、ソレは常闇君が【個性】で防いでくれる

 

 [複製腕]

 [巨大化:拳]

 

「皆乗って」

 

 複製腕で手を複製し、それを巨大化して組むことで簡易の足場として皆を乗せる。普段なら巨大化した手の重量で空なんか飛んでられないけど、麗日さんの【個性】で軽くすることで難なく飛べている

 

「長時間は飛んでられないけど、しばらくは安全を確保できた。常闇君、さっきみたいに攻撃が来たら防いで」

 

「分かった」

 

『さ~まだ2分も経ってねぇが早くも混戦混戦!!1000万は文字通り宙に浮いちまったし各所でハチマキの奪い合い!!届かぬ1000万無視して2位から4位狙いってのも悪くねえ!!』

 

 地上ではこの試合の目論み通り争奪戦が繰り広げられている

 

「あの~緑谷さん?いつまで飛んで高みの見物を洒落込む積りでしょうか?このままじゃベイビーの活躍が」

 

「さすがにずっとは飛んでないよ?大体10分位したら地上に降りる。ラスト5分でハチマキを奪うつもりだから騎馬の皆はそれまでは体力温存してて」

 

 会ってから20分も経ってないが発目さんの考えは分かった。

 

《勝つことよりも目立つこと!目立って大企業の目に留まること!》の1つに尽きる

 

 ―――――

 

『さァ残り時間半分切ったぞ!!依然として一位は空飛ぶ緑谷のまま!!以下の順位はB組隆盛の中、果たして勝利の女神は誰に微笑むのか!!あと緑谷降りてこい!このままじゃ首位不動の泥仕合じゃねえか!』

 

「と言われてますがどうします?何時でも行けますよ?寧ろ行きましょうよ」

 

「いやまだだ、まだ早い。それに最後の最後に登場した方が場も盛り上がるし、注目も浴びれるよ?」

 

「さあ、解説の声なんて無視して高みの見物と行きましょう!!」

 

 目立つと分かると直ぐに掌返すこの変わり身・・・諭した僕が言うのも何だけど現金だな・・・

 

「司令塔は緑谷だ、俺はそれに従うのみ」

 

「わ、私もデク君に従うよ!」

 

「ありがとう皆、あとちょっとだから準備はしといて」

 

 そうして飛び続けること数分、残り時間が5分を切った時ゆっくりと地上に降り立った

 

『俺の言葉を無視して飛び続けた緑谷が主役は遅れて現れると言わんばかりに悠々と降り立ったぁ!!さあ野郎ども!ボッコボコにボコって天狗っ鼻へし折ってポイント全部むしり取れ!!』

 

『試合に私情を挟むな、馬鹿が』

 

 わお、皆よりもプレゼントマイクからのヘイトが凄まじいな・・・

 

「緑谷・・・プレゼントマイクの台詞(セリフ)じゃないが、そろそろ獲るぞ」

 

「轟君!!」

 

「ラストスパートを掛けてきたか・・・」

 

「序盤と違って狙って来るのは少数じゃない。ここからが本番だ!」

 

「承知!」

 

 轟君達は走り出すとともに流れるように全方位に放電からの地面の凍結で確実に足止めを狙ってきた。なんチームかが氷に飲まれて氷像と化した

 凍結こそこちらには届かなかったが、放電によって発目さんが用意したジャンプシューズは壊れてただの装甲の厚い靴になってしまった

 

「ああ、ベイビーが!!」

 

「常闇君!」

 

「牽制する!」

 

 常闇君の【個性】で攻撃を仕掛けるも轟君率いる八百万さんが盾を作り出すことで防がれてしまう

 

「ちっ![創造]厄介過ぎる!」

 

 凍結によって壁を作られ僕ら対轟君達の一騎打ちに持ち込まれてしまった。それに、常闇君が言うには[創造]よりも上鳴君の放電の方が厄介で、常闇君の【個性】の弱点となってしまうらしいが、どうやら轟君はそのことを知らないらしい

 

 なら牽制にはなる

 

「皆、出来るだけ距離を取って!相手には飯田君がいる!機動力に関しては僕の次に彼は速い。加速に時間は掛かれどどんな隠し玉を持ってるか分からない。距離を開けてれば気付いてから対処に移れる時間に猶予ができる」

 

『残すところ約2分!首位は変わらずガン逃げ緑谷!対する轟はハチマキ3本所持850 P (ポイント)で2位!!土壇場の逆転劇なるかぁ!!!!』

 

「あと、僕に掴まって!」

 

「デク君、どうするつもりなん?」

 

「相手取る人数は増えるけど動けるフィールドが多いにこしたことはない!飯田君を警戒しつつ空を飛んで氷の壁を超える。2分位ならどうにかなるはずだ。寧ろ向こうが何かしてくる前に離脱する方がいい」

 

 [翼]

 [複製腕]

 

 複製腕で強化した目で飯田君の動きを警戒しつつ、捕まるように指示を出していざ飛ぼうとした時、僕らが何かしようとしていることに気付いたのか轟君達は動いた。氷の壁からフィールドの端までの距離を一瞬で詰めるほどの加速。

 

 [バリア]

 

 ガン!どさどさ・・・

 

 何かが硬い壁にぶつかる様な音に続いて地面に落ちる音が聞こえる

 

 僕は両手を前に突き出した姿勢のまま冷や汗を流していた

 

「え?」

 

 歓声が鳴り響く中で一瞬だけ音が消えた。誰の声だったか。地面に座り込んで驚きの表情でこちらを見る轟君チームの誰かだろうか、それとも気付かぬ内に事が起きた僕らの内の誰かだろうか。

 

『な、何が起きた!!?速っ速ーー!!一瞬でゼロ距離まで接近した轟チーム!飯田そんな超加速があるなら予選で見せろよー!!!そしてそんな超加速に難なく対応しやがった緑谷!ライン際の攻防!あの一瞬での攻防を制しやがった!てめえ首位譲る気ねえな!』

 

「危なかった・・・」

 

「緑谷君・・・あの速度にすら対応するのか」

 

 足から黒い煙を出し、唖然とした顔で見上げてくる

 

「見切れるようになったのは最近だけどね」

 

 障子君に[複製腕]を覚えさせてもらって心底良かったよ。じゃなければ[バリア]も間に合わずみすみす P (ポイント)を奪われるところだった

 

「皆、また距離を開けて!最後まで気は抜けないよ!」

 

 奪われこそしなかったが、奪うこともできなかった。あれだけ早く動いたんだ相当な負担があったはず。二発目はそう簡単には出してこないと思うが用心に越したことはない

 

 轟君達を警戒する僕らの前で轟君達は騎馬を建て直し――

 

「隙ありだよ高得点君?ハチマキもらうよ」

 

「っ!!皆後ろ!距離開けて!」

 

 ――睨み合う僕らの死角からハチマキに手を伸ばされる。間一髪で伸ばされる手を叩いて阻止できた

 

 何時の間に背後に!?

 

 気付けば氷の壁は解け初め、壁として機能していなかった

 

「ちっ!ハチマキは取れなかったか・・・コピーできたのは増強系が一つだけなのが残念だが使えそうだ」

 

 コピーだと!?相手の【個性】を真似するのか!?あの様子じゃ増強系の【個性】を真似された。どれだ?[筋力増強(パンプアップ)]か?[(パワー)]か?まさか[鬼]か!?

 

 焦る僕を余所にまるでかっちゃんの様に手を爆発させて単身突っ込んでくる

 

「早速使わせてもらうよ!!」

 

 [バリア]

 

 咄嗟にバリアを張って僕と相手の間に半透明の膜を出現させるが、相手は「勝った!」と言わんばかりの顔で右腕に赤い線を走らせた腕を振りぬいてきた

 

「!!?」

 

 あの腕に走っていた赤い線は間違いなく[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]だ!

 

 まずい![受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]相手じゃ全力で張ったバリアもガラス細工の様に割られてしまう!

 

 [巨大化:拳]

 [鉄腕]

 [爆破]

 

 バリアで時間を稼ぎ、[爆破]で加速させた裏拳を当てようと考えていたが、予想に反してコンッと軽い音だけ鳴らしてバリアは破られず、呆気に取られつつもバリアを解除して唖然とした顔で無防備な姿を晒す相手に横から巨大な裏拳がクリーンヒット

 

 あの浮き出た赤い線からして間違いなく[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]のはずだが・・・僕の張ったバリアが強力だったと仮定しても岩を砕く超パワーを防げるほど強力じゃない

 とするとコピーが不完全だったかコピーは出来ないのか

 

 他の【個性】に関しては[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]は特殊過ぎるから真似できず、それ以外は[覚えた]【個性】だから真似できなかったのかな?

 

「物間!大丈夫か!?」

 

 吹き飛んでいく相手を尻目に、不可解な点を考えていると声が聞こえた。目を向ければ吹き飛ばされた相手チームの騎手は意識を失っているようでチームメイトが揺さぶっている。

 

『物間、自信満々に攻撃するも緑谷にカウンター喰らって吹き飛んだぁ!!鉄壁!緑谷鉄壁!こいつからハチマキ奪取出来る奴いんのか!?ってか大丈夫かぁ物間!?』

 

『無防備な状態な所を横から大質量でぶん殴られたんだ。恐らく失神したんだろう。いくら落馬しても復活できるからと言って失神したんじゃ継続できないだろうな』

 

 救護班の人が何やら二本の赤い手旗を解説席に向かってパタパタ振ると騎手を担架に乗せて運んでいった

 

 手旗信号かな?

 

『おおっと言ってるそばから棄権したぜ!どうやら呼吸はしっかりしてるが肩が脱臼している様だ。俺らは体が資本!リカバリーガールにキレイに治してもらえよ!ちなみに P (ポイント)は緑谷チームに加算されんぞ!ますます狙われるな!!さあ、予想外の棄権で11チームに減っちまったが気張って奪い合え!!』

 

「緑谷!来るぞ!」

 

「え?」

 

「クソデクゥゥゥ!!!」

 

「かっちゃん!?」

 

 常闇君に呼ばれ運ばれていった騎手から意識を会場に戻すと【個性】によって宙を飛び、鬼の形相でかっちゃんが単身突っ込んでくるのが見えた

 

『おっと!そうこうしてる内に時間が差し迫ってるぜ!てなわけでそろそろカウントダウン行くぜ!!エヴィバディセイヘイ! 10 !! 9 !!』

 

「俺達もいるってことを忘れては困るな!!」

 

「飯田君!」

 

『 8 !! 7 !! 6 !!』

 

 前方からやってくる轟君達はまたしても全方位へ電撃を放ち、こちらへ攻撃を仕掛けてくる。即座に常闇君が【個性】を盾として防ぐ

 

『 5 !! 4 !! 3 !!』

 

 かっちゃんは轟君と僕を見比べた後、高得点の僕に狙いを定めた様で猛スピードで向かってくる。常闇君が轟君達を相手取っているので必然的に僕がかっちゃんと対峙することになる

 

『 2 !! 1 !!』

 

 [バリア]を張り、念のため巨大化した手を前方に構えておく

 

『TIME UP!!』

 

 勝った・・・

 

『早速上位4チーム見てみよか!!最初っから最後まで1位緑谷チーム!!辛くも首位に届かず2位轟チーム!!怒涛の追い上げで3位爆豪チーム!!最後に定石(セオリー)通りにガチンコ勝負で4位鉄てアレェ!?オイ!!!心操チーム!!?いつの間に逆転してんだよ!まあいい、以上4組が最終種目へ進出だああーー!!』

 

「緑谷、この後いいか?」

 

「え?」

 

『一時間ほど昼休憩挟んでから午後の部だぜ!じゃあな!!!オイ、イレイザーヘッド飯行こうぜ!』

 

『寝る』

 

『ヒュー』

 

 どうにか1000万 P (ポイント)を死守して一位通過で騎馬戦を終えた僕は、轟君に誘われるがままに学校関係者専用の入り口へと向かった




OFAの性質上コピーしてもピーキーパワーは出せない点を修正しました


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第25話 トーナメント開始 ~ 一回戦 VS 芦戸

トーナメントの対戦相手を一部入れ替えました

修正
対戦後の休憩時間を15分から5分に変更しました


「あの・・・話って何?早くしないと食堂すごい混みそうだし」

 

「この間の敵襲ん時、お前は俺らが束になっても足止めすらできないような相手に圧倒した。物理攻撃が効かず再生能力まである敵をだ・・・まるでオールマイトを見ているようだった。」

 

「えっと、褒められてる・・・のかな?」

 

「・・・・・・・なあ、お前とオールマイトってどんな関係なんだ?」

 

「えっ!?ど、どんなって」

 

 唐突な質問に自分の肩が跳ねるのが分かる

 

「お前はオールマイトとよく一緒にいるよな?」

 

「それは、その・・・そう!分からない所があったから聞いてたんだよ!ほら僕オールマイトのファンだからさ!それを口実に会いに行ってるんだ!」

 

「ならなんでオールマイトがお前を飯に誘うんだ?飯田と麗日が言ってたぜ?お前はオールマイトと仲がいいってな。お前がオールマイトに目ぇ掛けられてんのはもう知ってんだ」

 

「そ、れは・・・その」

 

 考えろ!なにか、なにか良い言い訳は・・・

 

「まあ、言いたくないならいいさ」

 

 助かった・・・

 

「俺の親父はエンデヴァー、知ってんだろ?万年No.2ヒーローだ。お前がオールマイトと生徒と教師以上の何らかの関係があるってんなら・・・尚更勝たなきゃいけねえ」

 

「え?」

 

「親父は極めて上昇志向の強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが・・・それだけに生ける伝説オールマイトが目障りで仕方がなかったらしい。自分ではオールマイトを超えられねぇ親父は次の策に出た」

 

「何の話だよ轟君、僕に何が言いたいんだ」

 

 オールマイトと僕の関係の次は自分の父親の話?どういうこと?

 

「個性婚・・・って知ってるよな?」

 

 個性婚・・・

 

「次世代の【個性】の強化を図るために相性のいい【個性】同士で結婚すること・・・」

 

 たしか人を人として見ないで、持っている【個性】が自身、()いては血族にとって有益か無益かだけで結婚を決めることが多かったから人権無視だって大騒ぎになったんだっけ・・・

 

「ああ、そしてそれは当人の望む望まぬに関わらず、ただ次世代に強い【個性】を残せるかどうかで結婚を強いる倫理観の欠落した前時代的発想」

 

 この単語が出るってことは・・・まさか!

 

「まさかエンデヴァーの次の策って・・・!」

 

「そうだ、実績と金だけはある男だ・・・親父は母の親族を丸め込み、母の【個性】を手に入れた。俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで自身の欲求を満たそうってこった。うっとうしい!そんな屑の道具にはならねえ」

 

「でも、もしかしたらお母さんも結婚して良かったって喜んでるかもよ?」

 

 結婚してから好きになったとかあるらしいし

 

「喜ぶ?喜んじゃいねえよ!記憶の中の母はいつも泣いている・・・寧ろ憎んでんだろうな。『お前の左側が憎い』と俺に煮え湯を浴びせた程だからな」

 

 それじゃあその火傷は・・・!

 

「そこまで精神を病んだ母を親父は病院へと隔離した。自分には関係ないと、何故母がそうなったかも知ろうとしないまま!!」

 

「そんな・・・」

 

「ざっと話したが俺がお前につっかかんのは見返す為だ。クソ親父の【個性】なんざなくたって・・・いや、使わずに一番になることで奴を完全否定する」

 

「・・・轟君がなんで右しか使わないかは分かった。でも、だからってそんな君に負けてあげられるほどお人よしじゃないんだ」

 

「負けてあげる(・・・)だと!?」

 

「うん。僕はね轟君・・・僕は薄氷の上を助けを借りて渡り切ったからこそ、【個性】()を使えているんだ。じゃなきゃとっくの昔に心が折れてヒーローに守られる一般人、かっちゃんの言葉を借りるならモブになってたと思うよ・・・だからこそ、手を差し伸べてくれた人達のために全力で報いようと足掻いている。君がエンデヴァーを理由に右しか使わないと誓ったように、僕には僕の譲れない理由がある。だから改めて言うよ?・・・僕も本気で獲りに行く」

 

「・・・・・・」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

『最終種目発表の前に予選落ちの皆へ朗報だ!あくまで体育祭!ちゃんと全員参加のレクリエーションも用意してんのさ!』

 

『本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ・・・ん?アリャ?どーしたA組!!?』

 

「ブハッ!」

 

 なんでチアの格好してんの!?

 

 八百万さんを先頭に麗日さん、芦戸さん、梅雨ちゃん、耳郎さん、葉隠さんがチアガールの格好で現れた。相当恥ずかしいのか顔は真っ赤に染まっていて若干俯き気味だ

 

「峰田さん、上鳴さん!!騙しましたわね!?」

 

 プレゼントマイクが不思議がったことで何かに気付いたのか峰田君と上鳴君に叫んでいる。八百万さんの言葉に近くにいる峰田君達を見ると、上鳴君は隠しきれないニヤケ顔で、峰田君は目を血走らせてサムズアップしていた

 

 あとで峰田君達にお礼言っとこ・・・いいもん見れたし

 

『さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション!それが終われば最終種目、進出4チーム総勢16名からなるトーナメント形式!!一対一のガチバトルだ!!』

 

「トーナメントか!毎年テレビで見てた舞台に立つんだあ!」

 

「去年トーナメントだっけ?」

 

「形式は違ったりするけど例年サシで競ってるよ。去年はスポーツチャンバラしてたハズ」

 

「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!レクに関して進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人もいるしね」

 

 僕は不参加で休憩かな?あと八百万さんに体操服の上着を作って貰えるように頼んどかなきゃ・・・作ってくれるかなぁ・・・特訓ばかりしてて[複製腕]用の服に変更してもらうよう申請し忘れちゃったから

 

 その後はくじ引きで対戦相手を決めたら解散の流れだったんだけど、尾白君とB組の・・・ええと、たしか庄田君が「自分はトーナメントに出る資格はない」と辞退を宣言、繰り上げで選ばれた騎馬戦5位のチームの人も「自分よりこいつ」と辞退したことにより、塩崎さんって女性と切島君とすごく気が合いそうな鉄哲君が繰り上げでトーナメントに進出となった

 

 くじの結果

 

 一試合目 青山 VS 心操

 

 二試合目 轟  VS 瀬呂

 

 三試合目 塩崎 VS 上鳴

 

 四試合目 飯田 VS 発目

 

 五試合目 芦戸 VS 緑谷

 

 六試合目 常闇 VS 八百万

 

 七試合目 鉄哲 VS 切島

 

 八試合目 麗日 VS 爆豪

 

 となった。

 

 八試合目は麗日さんとかっちゃんか・・・幼馴染として、元弟分としてかっちゃんには勝ち抜いて僕と対戦してほしい所だけど、麗日さんにも勝ち抜いてほしい。麗日さんだってこの一週間で何か秘策を考えてるだろうけど、かっちゃんはこと戦闘に関しては抜群の才能を発揮するからそう簡単に下せる相手じゃない。どっちも応援したいけど、どっちも応援できない

 それに麗日さんとかっちゃんの前に僕の試合もある。しかも――

 

「僕の初戦は芦戸さんかぁ・・・」

 

 ――女性である。差別なんてするつもりはないけど、女性相手に戦った事ってないんだよな・・・お母さんにも鬼哭のお婆ちゃん達にも「女性には優しくしなさい」って口を酸っぱくして言われたし・・・お爺ちゃん達みたいに「敵対者は(すべか)らく実験体!」って単純思考ならどれだけ楽か・・・

 

「よし!やっぱレクリエーション出よう!」

 

 逃避だって分かってるけど、試合が始まるまでウジウジしてるよりは気が晴れるだろう!

 

 赤白分かれての大玉ころがし、玉入れ、綱引きなどの団体競技から始まり、借り物競争、障害物競争、パン食い競争などの個人競技まで様々な競技、その全てを終えて遂に最終種目、トーナメントが始まった

 

 ちなみに、八百万さんに体操着の上着の件をお願いしたところ潔く承諾してくれて予備を含めて2着作ってくれた。

 そして、ボロボロのままTVに映っていたことを「雄英の生徒として恥ずべきことだ」って叱られた、チアの格好で。

 お願いしてる時も叱られている時も視界の端にチラチラ映る皆のチアガール姿に目を向けそうになるのが辛かった。男性のチラ見は女性のガン見って言うらしいし・・・少しでも視線が動いたら即座にばれる。

 

 チラ見我慢耐久レースを見事完走した僕に峰田君から「どうだった?」って涎でも零しそうなくらい興奮して聞いて来たので、無言で【個性】を発動させ[(フレグランス)]で峰田君にとっての理想郷に旅立ってもらった。白目を剥いて倒れた峰田君は救護班に運ばれている間も顔は常時ニヤケて鼻血を垂らし、ビクンビクンと激しく痙攣をおこしていた。あまりの痙攣の激しさにちょっとやりすぎたかな?って思ったけれど、峰田君が浮かべる表情がそのまま天国に旅立てそうなくらい幸せそうだったのでそのままにしておいた。一時間もすれば元に戻るし大丈夫だろう

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

『さァさァ色々やってきましたが!!結局これだぜガチンコ勝負!!頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな!!心・技・体に知恵知識!!総動員して駆け上がれ!!』

 

 それぞれの入場口から青山君とその対戦相手の心操君が入場してくる

 

「はぁ大丈夫かなぁ・・・」

 

「どうしたの?尾白君」

 

「いや、実はな?あの心操って奴は恐らく洗脳系の【個性】を持ってると思うから気を付けろって青山の奴に忠告したんだが「心配無用!華麗に倒して見せるさ!」の一点張りでまともに取り合ってくれなかったんだよ」

 

 隣の席でいきなりため息をついたので理由を問うとまさかの返答があった

 

「え!?それってやばいじゃん!条件とか分かってるの?」

 

 折角忠告しても聞き入れてもらえないんじゃ意味ないじゃん!しかも洗脳系って・・・

 

『一試合目、自意識過剰なナルシスト!成績は可もなく不可もなしの地味!!ヒーロー科 青山優雅』

 

「たぶん問い掛けに答えることが発動の条件だと思う。俺、騎馬戦の時アイツの問い掛けに答えてからほぼ記憶が抜け落ちてたから」

 

 条件軽!!青山君引っかかるな・・・

 

VS(バーサス) ごめん、まだ目立った活躍なし!普通科 心操人使!!』

 

「青山の奴引っかからないで戦えると思うか?」

 

「いや、無理だと思う。たぶん速攻で引っかかると思うよ?寧ろ自分から話しかけそう「メルシー♪」とか言いながら・・・」

 

 二言三言の会話は意外とキャッチボールが成立するし律儀に返してくれるんだよな・・・それ以上の長い会話は言葉のドッジボールになるのが青山君ぽいけど

 

「だよな・・・」

 

『ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする。あと「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!!怪我上等!!こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!!道徳倫理は一旦捨ておけ!!だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ!!アウト!ヒーローは(ヴィラン)を捕まえる為に拳を振るうのだ!』

 

 予想が大外れしてくれればいいけど

 

『Ready・・・START!!』

 

「ああ!折角忠告したってのに!!」

 

 開始早々動きを止めた青山君に尾白君が頭を抱えた

 

 嬉しくない大当たりを引いたよ・・・

 

『オイオイどうした大事な緒戦だ盛り上げてくれよ!?青山開始早々完全停止!?心操の【個性】か!?全っっっっっっ然目立ってなかったけど彼ひょっとしてやべえ奴なのか!!!』

 

 ほんの数秒青山君に心操君が話しかけた後、クルリと青山君が心操君に背を向けて歩き出した

 

『ああーー!青山自ら場外に向かって歩き出した!!!』

 

 自力で洗脳を解く術を持たない青山君は自ら場外線を越えて敗北した

 

「青山君場外!!心操君二回戦進出!!」

 

『場外!場ーー外!!呆気なく終わっちまったから二試合目に期待だ!二試合目は5分の休憩後に行うからちょい待ちな!』

 

 ――――――――――――

 

 その後、僕が戦う五試合目までどちらかが一方的に相手を抑え込んで勝利を得ていた

 

 第二試合の轟君と瀬呂君の試合は開始早々、場外に追い出すべく瀬呂君が奮闘するも、僕たちのいる観客席すれすれを通る程超巨大な氷で瀬呂君ごとステージを凍らせて轟君が勝利した

 余りにも一方的過ぎてドンマイコールが会場から送られたくらいだ

 

 第三試合はどうも上鳴君が格好つけてたみたいだけど、スタートの合図と共に茨に拘束され、得意の放電も拘束している茨をアースの様に伝って意味を為さず瞬殺。誰もこの記録は塗り替えられないだろうって自信をもって言えるくらい一瞬の勝負と上鳴君のアホ顔が全国ネットで放映され、勝敗は塩崎さんの圧勝となった

 

 第四試合は飯田君と発目さんの試合だが、これは他とは違う意味で異様だった。なにせサポート科の発目さんは兎も角、ヒーロー科の飯田君がサポートアイテムフル装備でステージに立っていたのだから。

 飯田君曰く、発目さんの「対等に戦いたい」という言葉に心打たれ彼女から借り受けたサポートアイテムを装備して試合に臨んだというが、自分の利益のためなら真正面から「目立つためにあなたを利用します」なんて言って僕と騎馬戦に挑む発目さんがそんな利益の欠片もないこと言わないと思う。

 その予想は的中し、スタートの合図と共に飯田君と自分が装備するサポートアイテムの解説を初め、真面目に戦おうとする飯田君と説明が終わるまでの10分間、只管鬼ごっこを繰り広げた。最後は満足気に発目さんが自ら場外へ出ることで飯田君の勝利となったが、飯田君が叫んだのは勝利の雄たけびではなく、真面目に戦うことなく自分を騙し、利用するだけ利用して自ら負けた発目さんに対する叫びだった。

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

『四試合目は盛り上がるどころか興ざめもいいとこな試合だったが、気を取り直して五試合目行ってみよう!』

 

「一回戦から緑谷とかぁ・・・きっついなぁ」

 

 いつもの陽気さはどこえやら。八の字眉にへの字口の芦戸さん

 

『一回戦!!ピンクな肌がチャーミング!ヒーロー科 芦戸三奈!!』

 

「はぁ・・・よし!緑谷!」

 

「うん?」

 

 頬をペシリと叩き気持ちを切り替えた芦戸さんは気合の入った顔で僕を呼んだ

 

VS(バーサス)

 

「アタシ、全力で行くけど手加減してよね?」

 

「うん・・・うん?」

 

 全力で行くけど手加減して?つまり僕に手を抜けってこと?

 

『予選も騎馬もトップ通過!ヒーロー科 緑谷出久!』

 

「緑谷強いじゃん!戦ってるとこ二回しか見てないけど強いじゃん!」

 

「まあ、弱くはないと思うけど・・・」

 

 でも僕より強い人、特に鬼哭のお爺ちゃん三人とかオールマイトとか結構いるはずだけど?

 

『Ready・・・』

 

「そんな緑谷に全力で殴られたらアタシ死んじゃう!」

 

「え?」

 

『START!!』

 

「善戦はするつもりだけどお手柔らかに!!」

 

 一人言うだけ言ってステージをスケートリンクの様に滑り、接近しながら何かの液体を投げつけてくる

 

「ちょ!いきなり!?」

 

 次々と飛んでくる液体を避けていると外れた液体がステージに落ち、ジュワっという音と共に白煙を上げる

 

「!?」

 

 溶けた!?そう言えば芦戸さんの【個性】って体から酸性の液体を出せるんだっけ!

 

「うりゃりゃりゃりゃ!」

 

『先手必勝とばかりにグイグイ行くな!!流石の緑谷も女子には手ぇ出せねえかァ!?必死こいて避けまくる!』

 

[翼]

[跳躍(ジャンプ)]

 

「あっ!」

 

 一先ず届かない所に退避!

 

『飛んだァ!三十六計逃げるに如かず!上空に飛んで芦戸の攻撃から逃れた!芦戸もこれじゃあ手も足も出ない!』

 

「降りて来ぉい!!」

 

 その場で飛び跳ねながら文句を言う芦戸さんを無視してどう対処すべきか考える

 

 出来れば女の子は怪我させたくないし、かといって一撃で仕留めようにも不用意に近づくと文字通り火傷を負いそうだし・・・

 

「そうだ!」

 

[(フレグランス)]

 

 バサバサと翼が起こす風にの乗せて芦戸さんの所まで[(フレグランス)]の香りを届かせる

 

「ん?なにこの甘い匂い・・・」

 

 よし、届いたみたいだ

 

 芦戸さんの所まで香りが届いたのを確認してからステージに降り立つ

 

「お?やっと降りてきた!いくぞぉ!・・・あれ?動かない!?」

 

 芦戸さんは訳も分からないと驚きながら必死に動こうともがくも、首から下は微動だにしない

 

『どうした芦戸!?緑谷が下りてきたんだから攻撃届くだろ!ほんとどうした?」

 

「なんで!?この!動けぇ!」

 

「芦戸さん、降参してくれない?無理なら場外まで動いて貰うけど?」

 

「あ!体が動かないの緑谷のせい!?」

 

「うん、出来れば怪我させたくないし、だからって抱えて場外ってのも芦戸さんの【個性】で無理そうだし」

 

「うぅぅぅ・・・」

 

 すっごい睨んでくるけど僕としてはこれが最適解なんだけど・・・

 

「降参は・・・・・・してくれないか・・・じゃあステージ外まで歩いて貰うね?」

 

 再度、翼の羽ばたきに合わせて[(フレグランス)]の香りを風に乗せ運ぶ

 

「あ!動いた!ってそっち逆じゃん!?ちょ!緑谷止めて!!」

 

 やっと動いたと喜ぶのも束の間、綺麗なターンで背後を向き歩き出す。芦戸さんは必死に踏み止まろうとしているが、意思とは反対に足は一歩一歩確実にステージ外へと向かっている

 

『おお!?芦戸どうした!?諦めるにはまだ早いぞ!!』

 

『恐らく心操の【個性】と似たような【個性】を使ったんだろう』

 

『マジか!?』

 

「あああ!!」

 

「芦戸さん場外!!緑谷君二回戦進出!!」

 

 芦戸さんの悲痛な声と共に僕の勝利宣言がなされた

 

『おお!緑谷一切芦戸に触れずに完封!!ちぃとばかし盛り上がりに欠けるが双方無傷で相手を無力化出来るんならこれほどヒーローとして上出来なもんはねえだろ!それに俺的にはボコスカ女殴るよか万倍良い!!』

 

 勝利宣言の後、体の自由を取り戻した芦戸さんは対戦後のお辞儀もそこそこに僕に対し不満の声を上げた

 

「うぅぅ!緑谷!」

 

「なに?」

 

「酷いよ!体を操るなんて!」

 

「えぇぇ!?だってお手柔らかにって言ったじゃん!」

 

 結構気を使ったのに!?

 

「そりゃ言ったよ!言ったけどさ!もっとこう、ばしばしって、しゅばばって感じで格好良く戦うのかと思ってたのに!!」

 

 芦戸さんはその場で全身を使ってシャドウを行いながらブーブーと文句を言う

 

「ご、ごめん」

 

 でも、ばしばし!しゅばば!なんて感じで戦おうとしたら実際にはゴキバキ!スパパッ!って感じになりそうなんですけど?怪我させないように手加減しながら見栄えまで良く戦うなんて無理だよ・・・

 

 芦戸さんに怪我を負わせず、且つ僕が芦戸さんの【個性】で怪我をしないで勝つ方法を選んだが、この勝負の付き方は芦戸さんにとって不服らしい

 

 こうして一回戦は僕の勝利で幕を下ろした

 

 次は切島君の試合だ。特訓はばっちりだって言ってたから楽しみなんだ

 



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第26話 爆豪 VS 麗日

明けましておめでとう御座います。
今年もよろしくお願いします。


『七試合目!!ヒーロー科A組 切島鋭児郎!! VS(バーサス)

 

「あ!はじまる!!」

 

 急げ急げ!!始まっちゃうよ‼

 

 芦戸さんとの試合が終わってから急いで観客席まで走った。残念ながら六試合目の『常闇踏影 VS 八百万百』は短期決戦で決着がついたようで観戦することは叶わなかったが、切島君の試合は観戦できそうだ

 

『ヒーロー科B組 鉄哲徹鐵!!』

 

「おお!緑谷!こっちこっち!ここ空いてるぞ!」

 

「ありがと!尾白君!」

 

 観客席まで走ると僕に気付いた尾白君が手を振って空席を教えてくれた

 

『両者とも全身をカチコチに硬化させる【個性】ダダ被りっぷり!類似する【個性】は大体が似た戦い方をするがこいつらはどうだ!?』

 

「ふう・・・」

 

『ready――――START!!』

 

 開始と共に両者は駆け寄り、殴り合いが始まった

 両者とも【個性】で硬くした拳で殴り、同じく硬くした体で受けるその様は「小細工無用、男なら拳で語れ」と言わんばかりのガチンコ勝負

 

 どちらが先に倒れるかの耐久戦かと思いきや、切島君は殴り殴られるタイミングに合わせて硬化させているようで、インパクトの瞬間はガギン!と硬い物同士がぶつかる音が鳴り響くが、次の瞬間には角張りのない素肌が現れる。

 どうやら二週間前にアドバイスした「瞬間的な硬化によるカウンター」を実践しているようで、消耗を抑えるだけでなく一時的に展開することで硬度も飛躍的に向上させている。そのため殴られたはずなのにダメージは少なく、逆に殴った方の鉄哲君が顔をしかめている。

 まだインパクトの一瞬にその部分だけ展開することはできない為か、殴られる場所周辺を事前に硬化させることで対応している

 それ以外は見た目通り殴り殴られ蹴り蹴られ、どちらかが倒れるまで続く耐久戦。鉄哲君と切島君が同スペックであるなら一工夫入れている切島君に軍配が上がるだろう。

 しかし、もし仮に工夫込みの切島君と同程度、又は上回る耐久性を鉄哲君が持つなら良くて引き分け、最悪一回戦敗退もあり得る。でもあの様子じゃ『もしも』はなさそうだ

 

 恐らく勝負が決まるまでしばらく時間が掛かるだろう。

 

 今のうちに麗日さんの様子を見に行こう。かっちゃんなら気後れなく一人で大丈夫だろう。僕が行ってもかえって邪魔になる。

 でも、今日の麗日さんはどうも変だった。何というか緊張しているとは違った悩みのようなものがありそうなそんな感じだった

 

 ――――――――――

 

 ―― 選手控室2 ――

 

「麗日さん」

 

 控室の扉を開けると中には麗日さんと飯田君がいた

 

「デクくん!アレ?試合は?」

 

「僕の試合は終わったよ。両者怪我なく僕の勝ち」

 

「へぇ・・・どうやって勝ったんだい?怪我なく勝つなんてことはそうそうできないが・・・」

 

「動きを封じてから場外って流れ。格好いい戦闘を思い描いてた芦戸さんには不満を言われたけどね」

 

 さすがにあの不満には苦笑しかでない。無傷で見栄えが良い戦闘なんてドラマや特撮TVじゃない限り無理だよなぁ

 

「あと、常闇君と八百万さんの試合は残念ながら僕も見れてないんだけど、常闇君が勝ったみたい。今は切島君とB組の人がやってる。戦い方はどっちが倒れるまでの殴り合いだから、あのままなら切島君が勝つと思うよ」

 

「じゃあ・・・もう次・・・すぐ・・・」

 

「しかし、まぁさすがに爆豪君も女性相手に全力で爆発は――」

 

「するね!皆、夢の為にここまで一番になろうとしてる。かっちゃんでなくとも手加減なんて考えないよ・・・」

 

 飯田君が「手心を加えるだろう」と言うが、即座に否定する

 

 皆、天辺取ろうと頑張ってるんだ。手を抜く人はいない。特にかっちゃんは誰であろうと敵と判断したら容赦はしないし、そこに年齢や性別は考慮されない

 

「正直言うとかっちゃんに勝ってほしいって気持ちがある。かっちゃんは僕にとって幼馴染であり、兄貴分であり、ライバルだから」

 

「緑谷君!なにもここで――」

 

「でも!それと同じくらい麗日さんに勝ってほしいと思ってる」

 

 飯田君が止めに入るが、言葉を遮るようにして続きを話す

 

「かっちゃんの戦闘面での才能はずば抜けて高い。無策で突っ込んでも返り打ちになるのが落ちだ。だからさ、麗日さんの【個性】でかっちゃんに対抗する策、つけ焼き刃だけど考えてきた!」

 

「おお!麗日さんやったじゃないか!!」

 

「ありがとうデク君・・・でも、いい」

 

 麗日さんは、どうにか作ったと言わんばかりのぎこちない笑顔で礼をいい、その上で受け取れないと断ってきた

 

「え・・・どうして」

 

「デク君は凄い!どんな不利な立場になっても涼しい顔して勝ち上がっていく。騎馬戦の時、仲良い人と組んだ方がやりやすいって思ってたけど、今思えばデク君に頼ろうとしてたんかもしれない。だから飯田君が『挑戦する!』って言ってて本当はちょっと恥ずかしくなった」

 

「麗日さん・・・」

 

 そんな風に思い詰めてたなんて気付かなかった・・・

 

「だからいい!皆未来に向けて頑張ってる!そんな皆ライバルなんだよね・・・だから、決勝で会おうぜ!」

 

「まって!」

 

「ん?」

 

「頼りっきりなのは駄目かもしれないけど、たまに頼るくらいならいいんじゃない?」

 

 そのまま出て行こうとする麗日さんを急ぎ呼び止め、諭すように話しかける

 

「緑谷君、それはどういうことだい?」

 

「運も実力の内って言葉もあるけどさ、僕が麗日さんの力になりたいって対かっちゃん用の対策を立ててきたように、人脈だって実力だ。だからさ、はい」

 

「これ・・・」

 

「さっき言った対策が書いてあるよ!っていっても簡易だからあくまで参考程度にしてくれればいいよ」

 

 戸惑う麗日さんに押し付けるようにして対策を書き込んだノートを渡すと、遠慮がちに受け取ってくれた

 

「デク君・・・うん!ありがと!見せてもらうよ!」

 

「うん」

 

「折角かっこよく決めたのに・・・デク君のせいだよ?」

 

「うぇぇええ!?」

 

 頬を膨らませて非難してくる麗日さんに思わず声を上げて戸惑ってしまった

 

「冗談だよ冗談、本当にありがとう」

 

「どういたしまして。応援してるからね!飯田君、行こう?」

 

「ああ、麗日さん頑張ってくれ」

 

 麗日さんに声援を送ってから飯田君と一緒に控室を出て急ぎ観客席へ向かう

 

 ――――――――――

 

『さぁ【個性】ダダ被り組!ガチンコ勝負を制したのは切島!!切島は硬化する時間を短くすることで硬度を上げた・・・んだよなイレイザー?』

 

『ああ、普通なら硬化を維持したまま殴り合うところをインパクトの瞬間だけ硬化させることで受けるダメージを減らし、与えるダメージを増やした。その工夫の差が勝敗を分けたんだ』

 

『ほうほう、殴るだけの脳筋野郎じゃあなかったってことだな!』

 

 ちょうど切島君の試合が終わったところか・・・予想通り切島君が勝利したみたいだ

 

『そんじゃあ続いては八試合目!!一回戦最後の組だな・・・どう見ても堅気の顔じゃねえ!!ヒーロー科 爆豪勝己!! VS(バーサス) 俺こっち応援したい!!ヒーロー科 麗日お茶子!!』

 

 両者共にステージに立ち向き合う

 

『ready――――START!!』

 

 開始早々にダッシュで接近する麗日さん

 

 直接戦闘ではバトルセンスのずば抜けているかっちゃん相手は分が悪い。麗日さんがかっちゃんに勝つには何とかして浮かせて場外に押し出すしかない

 逆に、故意であろうとなかろうと触れられれば浮かされてしまうから、かっちゃん的には間合いを詰めさせないために回避ではなく迎撃を選択する

 初撃さえ回避出来れば爆破によって発生する爆煙を煙幕代わりに接近できるはず

 

『上着を浮かせて這わせたのかぁ、よー咄嗟に出来たな!』

 

 予想通りかっちゃんは麗日さんを迎撃し爆煙を発生させた。麗日さんは爆煙を隠れ蓑にした上で上着を【個性】で浮かせ、変わり身とすることで注意を反らし死角から攻撃を仕掛けた。成功かと喜んだのも束の間、死角から襲い掛かる麗日さんにかっちゃんは即座に対応し反撃する

 

 かっちゃんの反応速度を侮ってた!あんなに早く反応されるんじゃ死角からの攻撃も効果は薄い。それに一度でも使った技をそう何度も喰らうとも思えない

 麗日さんの友人として、かっちゃんの幼馴染として、どちらも勝ってほしい・・・でも叶うなら「両親の為に」と頑張る麗日さんに勝ってほしい

 

 何か・・・何かあるはずだ。どうすれば麗日さんは勝てる・・・・・・あれは!!?

 

 思わず天を仰げば空に無数に点在する何か。それはかっちゃんが麗日さんを迎撃するごとに数を増やしていく。麗日さんに目を向ければ諦めた様子もなく我武者羅にかっちゃんに挑み続けている

 

 麗日さんは諦めてない!諦めてなんかいなかったんだ!!だからかっちゃんも手を止めずに迎撃し続けてるんだ!

 

『休むことなく突撃を続けるが・・・これは・・・』

 

「頑張れ、頑張るんだ!」

 

 大丈夫!このままいけば大丈夫だ!

 

「おい!!それでもヒーロー志望かよ!そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

 

「そーだそーだ!」

 

 麗日さんを応援していると突如怒声が上がった

 

『一部からブーイングが!』

 

 いたぶって遊んでる?

 

「どうした緑谷?立ったりして・・・まさかお前も爆豪にブーイングするとか言うなよ?」

 

 急に立ち上がった僕に尾白君が問いかけてくる

 

「皆、ちょっと耳を塞いでもらえる?五月蠅くなるから」

 

「え?」

 

[複製腕]×2

[大声]

 

 驚く皆をそのままに、二重で[複製腕]を発動し、4つの先端全てを口に変えて【個性】の[大声]も合わせて全力で声を出した

 

「「「「「黙れぇ!!!!!!」」」」」

 

 ブーイングで騒がしくなった会場が一瞬にして静まり返る

 

「「「「「2人は本気で!真剣に戦ってんだ!何も知らない外野がとやかく言うな!!」」」」」

 

 我慢ならなかった。かっちゃんがただいたぶる為に戦闘を長引かせているかのように語ることが。幼いころはそうだったかもしれない、幼くして強力な力が宿ればそうもなるだろう。でも今は違う!言動こそヒーローらしくはないがその性根は真っ直ぐだ。

 なにより、麗日さんに対し「お前に勝機は欠片もない」と決めつけ宣言するその根性が気に入らない!

 

「「「「「あんた達の好き嫌いで戦ってんじゃないんだ!!!自分の為、譲れない何かの為に戦ってんだ!!!文句があるなら全部終わってから言いやがれ!!!」」」」」

 

「んだと!!」

 

「テメェ何様のつもりだ!」

 

『おいそこのバカ、さっき遊んでるっつった奴だ。』

 

「あ?」

 

 子供である僕に反論されたことが気に食わないのか、ブーイングをしていた大人たちが突っかかってくる。一触即発の雰囲気の中、解説席から相澤先生の声がかかった

 

『お前プロか?何年目だ?シラフでいってんならもう見る意味ねぇから帰れ、帰って転職サイトでも見てろ。ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。そこで叫んだ奴の言う通りだ。こいつらは真剣に戦ってんだ。本気で勝とうとしてるからこそ手加減も油断もできねえんだろうが。それも分からねえ節穴に口を出す資格はねぇ。周りで同調した奴もだ。とっとと帰れ、不愉快だ』

 

 さすがにプロヒーローである相澤先生から非難が浴びせられたためか押し黙る

 

 そんな外野を余所に、あれだけ走り回り、かっちゃんに迎撃され続けていた麗日さんの足が止まった。次の瞬間、上空に無数に点在していた『何か』が一斉に降り注いだ

 地上に近付くにつれその正体がハッキリと見えるようになった。

 

『流星群ー!!!』

 

 (つぶて)の雨なんて生易しいものじゃない、まさしく流星群のように大小様々な石が降り注ぐ

 

 このまま何もしなければかっちゃんの敗北は必至であろう。しかしそうはならなかった。かっちゃんが左手を襲い掛かる流星群へ向け、大爆発を起こすことでその全てを破壊してしまったからだ

 

『会心の爆撃!!麗日の秘策を堂々正面突破!!』

 

 爆風により麗日さんは吹き飛ばされ、どうにか立ち上がるも電池が切れた様に倒れてしまった

 

 許容量超過(キャパシティーオーバー)・・・・・・

 

 すぐさま審判のミッドナイトが確認に駆け寄り、下された判決は――

 

「麗日さん・・・行動不能、二回戦進出爆豪くん」

 

 ――麗日さんの行動不能・・・敗退だった

 

『ああ麗日・・・ウン、爆豪一回戦突破・・・』

 

「私情すげぇな・・・・・・」

 

『さァ気を取り直して一回戦一通り終わった!!小休憩挟んだら早速次行くぞー!』

 

 麗日さん大丈夫だろうか・・・

 

 麗日さんの容体が気になり、僕はそのまま保健室へ向かった



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第27話 二回戦 VS常闇

遅くなりましたが27話の投稿です。



「!!」

 

「あ!かっちゃん!」

 

「んだてめえ!てめえの番はまだ先だろうが!」

 

 麗日さんのもとへ向かう途中、控え室に戻るかっちゃんとバッタリ出くわした

 

「えっと、麗日さん大丈夫かなぁって・・・その、様子を見に・・・・・・じゃ、じゃあ・・・」

 

「・・・デク、てめえだろ。丸顔に捨て身なんて糞なこと吹き込んだのは。厄介なことしやがって」

 

 その場から立ち去ろうとする僕に眉間にシワを寄せたまま開口一番、麗日さんの戦い方に僕が関与していることを問い詰めてきた

 

「違う。いや違わないけど、でも違う」

 

「あ?」

 

 はっきりしない僕に益々眉間のシワを寄せる

 

「開始早々に爆煙に隠れてかっちゃんに触ろうとしたのは僕が言ったことだけど、上着を使った変わり身や瓦礫の雨は麗日さんが考えたことだよ?だから厄介だってかっちゃんが思ったんなら、それだけ麗日さんが君を翻弄したんだ」

 

「・・・ちっ!まあいい・・・デク!」

 

「なに?」

 

 僕の答えに一応の納得をしたかっちゃんは苛立った表情から一変、真剣な表情で僕を呼んだ

 

「俺は次の試合も勝って準決勝に進む。だから詰まらねえことで二回戦敗退とかすんじゃねえぞ」

 

「うん」

 

「それから・・・・・・今度こそ勝つぞ」

 

「僕だって」

 

 真剣な表情で一言、宣戦布告するかっちゃんに「負けるつもりはない」と宣言し、そのまま別れた

 

 ――――――――――

 

 ―― 保健室 ――

 

「え!もう出てった?」

 

 麗日さんに会おうと保健室を尋ねるとリカバリーガールから既に治療が終わり、出ていったといわれた

 

「完全に治すには体力が足りなかったから応急措置だけして帰したよ。控え室にでもいるんじゃないかい?」

 

 控え室か・・・

 

「ありがとうございました!失礼します!」

 

 ――――――――――

 

 ―― 控え室 ――

 

 コンコン

 

「麗日さんいる?」

 

「その声はデク君?いるよ」

 

 ガチャリ

 

 中に入ると頬に大きなガーゼを張り付けた麗日さんがいた

 

「ははは、格好つけて挑んだ割に負けてしまった!いやあーやっぱ強いねえ爆豪君は!完膚なかったよ!もっと頑張らんといかんな私も!」

 

「・・・・・・麗日さん・・・」

 

 いつものように明るく振る舞おうと笑う麗日さんに僕は笑うことができなかった。

 そんな僕を見てか麗日さんも無理に笑うのを止めてポツリと弱音を吐いた

 

「でも・・・・・・こんなんじゃ指名なんてないだろうな・・・」

 

「大丈夫、絶対プロから支持があるはずだよ」

 

「やめて、やめてよ。慰めはいらないよ。負けたんだよ?それも一回戦で!支持なんて貰えないよ!」

 

 諦めた様に呟く麗日さんに「大丈夫」と声をかけると、徐々に声を荒らげながら叫んだ

 

「ごめん、怒鳴ったりして。負けた上に八つ当たりなんて格好悪いね・・・」

 

 はっとしたように怒気を納め、自己嫌悪で落ち込む麗日さん

 

「慰めなんかじゃないよ、麗日さん」

 

「え?」

 

「僕にだって見てくれる人が居たんだもん。麗日さんにいないわけないよ」

 

「それはデク君がスゴいから見てくれる人がいるんでしょ?」

 

 何をいってるのと言わんばかりの困惑した表情の麗日さん

 

「そっか、知らないんだよね・・・一つ僕の秘密を教えるよ」

 

「秘密?」

 

「うん。って言ってもかっちゃんとか小さい頃からの知り合いは皆知ってるんだけどね」

 

 そう前置きしてから話した

 

「僕はね、8歳まで【無個性】だって周りから貶されて罵倒されて嗤われてたんだ」

 

「え、でも異形系だって・・・」

 

 僕の額に視線を向けながら問いかけてくる

 

「これは後天的に、使い方がわかったから現れたんだ。この【個性】は体か頭で理解しないと[模倣]できない。だから【個性】が発動しなくて【無個性】だって言われてた。いくら検査を受けても、理解してないから[模倣]できない。[模倣]できないからなんにもできない。なんにもできないから【無個性】であるってね」

 

「そんな・・・」

 

「でも恩人にあったことで僕に力があることがわかった。自他共に僕は【無個性】だって認識してたのに、その人は僕を見つけてくれた。君ならできるってね・・・それからは必死に体を鍛えて【個性】を沢山[模倣]して今に至るって訳さ。一回戦で敗退がなんだよ。テレビやネットを通して皆が麗日さんを見たんだ。結果こそ一回戦敗退だったとしてもあのかっちゃん相手に善戦だってした。【無個性】で無力だった時の僕だって見てくれる人が居たんだ。あれだけ注目を集めて無支持なんてあるはずないよ!」

 

「デク君・・・うん、ありがとう」

 

「じゃあ、僕は観客席に戻るから」

 

 ばたん

 

「・・・・・・!!」

 

 扉を閉め、少し歩いた所で控え室の中から嗚咽混じりの泣き声が聞こえた

 

 オールマイトといい麗日さんといい、どうして僕の回りには『負けられない理由』を増やす人が多いんだろうか・・・・・・

 

「よし!頑張ろう!」

 

 一層気合いを入れてその場を後にした

 

 ――――――――――

 

『さあさあ、二回戦行くぜ!一試合目!大したことねえって思ってたら、思った以上にやべえ奴だった!心操人使!! VS(バーサス) 一回戦では巨大な氷塊で対戦相手を氷漬けにしやがった別の意味でやべえ奴!轟焦凍!!」

 

 心操君の【個性】は返答さえあればいい。対策は無視し続ければいいが、轟君は父親であるエンデヴァー関係で挑発されると反論しそうだ。もし「父親がエンデヴァーで羨ましい」とか言われたら怒り狂いそうな気がする・・・

 

『ready――――START!!』

 

 パキーン!

 

 しかしその予想は裏切られた。試合開始と共に轟君が心操君を氷漬けにしたから。[複製腕]に目を複製して轟君の表情を確認したところ鬼の形相だったので、恐らく挑発事態は上手くいったのだろうが、轟君からの返事は言葉ではなく氷だったわけだ。瀬呂君と似た状態だが、瀬呂君の時のような巨大な氷ではなくステージと心操君だけを凍らせるだけに留まっていたところが自制を利かせているところだろう。

 

『圧勝!!心操に何かさせる暇すら与えず氷漬けにしやがった!!轟!もうちょっと体育祭が盛り上がるような戦い見せろよな!』

 

 余りに速攻で勝負をつける轟君にさすがのプレゼントマイクも苦情をこぼした

 そしてステージから立ち去る心操君と轟君と入れ替わるように飯田君とB組の塩崎さんがステージに上がる

 

『一回戦ではいい様に利用されて同情されまくりの飯田天哉!! VS(バーサス)――』

 

 僕もそろそろ行かないと・・・

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

『二回戦!三試合目!治りかけの中二病も再発必死!チビッ子に大人気間違いなしの常闇踏影!! VS(バーサス) 強者の風格なんて微塵もねえのにメチャ強い!緑谷出久!』

 

 分かってはいるけど他の人に言われると釈然としない・・・

 

『ready――――START!!』

 

「ダークシャドウ!行け!!」

 

「アイヨ!」

 

[巨大化:拳]

 

「うが!」

 

 開始早々に攻撃を仕掛けてきたので巨大化した掌で叩く様に攻撃するが、まるで煙のようにすり抜け反撃を喰らった

 

 すり抜けた!?実態あるんじゃないの!?

 

「どんどん行くぞ!!」

 

「ガッテン!」

 

「ちぃ!!」

 

【個性】のダークシャドウに対しての物理攻撃は効かないのにあっちからの物理攻撃は喰らう・・・常闇君(本体)に攻撃を仕掛けるしかないな?

 

[脚力強化]

 

 ダークシャドウを迂回するように加速し、常闇君に接近するも即座にダークシャドウが間に現れ進路妨害と攻撃を加えてくる

 

「トオサナイヨ!」

 

 流石、【個性】が[影]なだけある。一瞬で常闇君の所に現れるとは・・・ある程度距離を開ければ追撃がない所を考えれば、常闇君を中心に7、8mが守備範囲だろう

 

『おお!攻撃しようにも常闇の【個性】が邪魔で近づけねえ!さすがの緑谷も攻めあぐねてやがるぜ!』

 

「こっちからも行くぞ!」

 

 常闇君は僕に接近してくる。それに伴って【個性】の攻撃範囲に僕が入り、攻撃が再開される

 

「らあ!」

 

 振り払うかのように腕を振るもすり抜けてしまう

 

[金剛石]

[炭素硬化(ハードクロム)]

 

 即座に体を硬くして防御姿勢をとる

 

 衝撃はあるけど痛くはない、とりあえず一方的にやられる心配はなくなったか・・・

 

『緑谷真っ黒になったと思ったら防御姿勢まで解きやがった!諦めたかァ!?』

 

『守る必要がなくなったんだろう。現にさっきまで通っていた攻撃が全く効いていないようだしな』

 

『マジだ!じゃあこりゃ緑谷は無敵モードが終わるまでに常闇を倒すか、常闇が守り切るかの耐久戦か!?』

 

『いや、緑谷のことだ、常闇の弱点となりえる何かを使ってきても不思議じゃない』

 

『おお?じゃあ緑谷が無敵モード終わらせるまでに対策練られたら常闇は敗北濃厚かァ?』

 

 弱点・・・そう言えば騎馬の時、上鳴君の放電が弱点になりえるって本人が言ってたじゃないか!光!光だよ!照らせるもの!雷・・・と炎!

 

 体のあちこちを執拗に攻撃してくる常闇君のダークシャドウを無視して対策を考える

 

「よし!試してみよう!まずは雷!」

 

[雷]

 

 バチバチと全身に紫電が走り、その光にダークシャドウが怯む

 

「アウゥゥ・・・」

 

 行ける!!

 

「放電!」

 

 バリバリバリと空気を引き裂く音と共に全方位に電気は放射され、イオン臭があたりに広がる

 

「ギャァァ!」

 

『ビッカビカに電気だしてんぞ!どっかのスパーキングキリングボーイと違ってアホ面晒す事無く相手を弱らせていく!』

 

「ち!あの時話したのは失策だったか!」

 

 ダークシャドウは悲鳴と共に目に見えて小さくなっていき、その様子を見た常闇君が動揺する

 

 畳みかける!

 

[火を吹く]

 

「ふぅぅぅ!!」

 

 視界一杯に広がった青い炎の向こう側で常闇君はダークシャドウを盾に炎を防いでいるが、盾にされているダークシャドウは弱っているのが見て取れる

 

『今度は火炎放射だァ!!怒涛の攻撃に常闇為す術無し!』

 

[爆破]

 

 強化した脚力でステージを蹴り、掌の[爆破]の反動で加速する。弱り切ったダークシャドウを無視して慣性と腕の力をそのまま本命の常闇君の顔面に叩き込む。

 

「ぐあぁ!」

 

 ステージと身体が水平になるよう吹き飛び、2転3転とバウンドして場外へと飛び出した

 拳が触れる直前に[金剛石]と[炭素硬化(ハードクロム)]の【個性】は解除したのでそこまで酷い怪我はしてないはずだ

 

「常闇君場外!緑谷君三回戦進出!」

 

『流れるようなコンボで緑谷勝利!やっぱこいつが(こん)体育祭の最有力優勝候補だ!!』

 

 次は・・・切島君とかっちゃんか・・・見逃せないな



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第28話 切島 VS 爆豪

 さて、切島君とかっちゃんの試合はどうなるだろうか・・・・・・

 

 切島君は防御型で何かの盾として立ち回るのが向いている。攻勢に出る場合は硬くなった手足で殴る蹴るの白兵戦だ。決定打に欠けるため長期戦になりがちだが、最長で10分しか連続して[硬化]できないので短・中期戦向き

 再使用に必要な『一息』が数秒から数十秒なら長期戦も可能だが恐らく分単位は必要だろう

『覚えた』から判った事だが、[金剛石]や[炭素硬化(ハードクロム)]は体組織を変化させることで硬くなるため、スイッチのON・OFFの様に使う使わないを決めるだけであとは解除するか体力の限界が来るまでいつまでも硬いままだが、切島君の[硬化]は力んでいる間だけ硬くなる為、「硬化時間の圧縮による硬度の向上」なんて芸当も可能な反面、硬化時間が長引くほど集中力が切れて綻びが出やすくなる。

 切島くんにとって、その綻びがでる限界が10分。

 

 対するかっちゃんは攻撃型。攻撃こそ最大の防御と言わんばかりの猛攻で短期戦に持ち込むことが多い。しかし、汗をかけばかくほど威力が大きくなる[爆破]の【個性】持ちで本人も周りから「タフネス」と言われるほどスタミナが多いため長期戦向き。戦い方も[爆破]による衝撃波や熱による攻撃の他、加速や空中での軌道変更などの補助的に使用したりと多岐に渡り、その上戦闘に関しては持ち前の頭脳で大体のことはその場で対処してしまうため小細工の類いは効き目が薄い

 

 切島君の新技「圧縮硬化(仮)」によってどれだけ硬化可能時間が延びたかは解らないが、この試合かっちゃんが有利だ

 

 ――――――――――

 

『ラッシュ!ラッシュ!ラッシュ!!効かぬなら効くまで殴ろうこの野郎ってかぁ!』

 

 試合は[硬化]によって[爆破]を無効化した切島君が優勢でスタートしたが、絶え間なく続くかっちゃんからの爆撃に圧縮硬化(仮)を使えず、従来の[硬化]したままで戦うことを強いられてしまった

 

『カァウゥンタァーー!!!』

 

 カウンターや投げ技で距離と時間を稼いで息継ぎの様に[硬化]を解いているようだが、それもほんの数秒程度で気休めだろう

 

『おっと!投げられた側から即反撃!』

 

 しかも、2度3度と距離を取ってからの解除を目の前で見せられたかっちゃんは即座に対応し、投げられた直後に爆発の勢いで急接近して[硬化]を解いている切島君に一撃を加え始めた。幸い、ギリギリで[硬化]が間に合った様だが、これで数秒の息継ぎすら出来なくなった。

 

「緑谷君!」

 

「飯田君?」

 

 切島君の試合を観戦していると、背後から声をかけられた

 

「飯田君、試合勝ったんだね!ベスト4おめでとう!」

 

「ありがとう!」

 

「あとごめん!実は飯田君の試合、見れてないんだ。それで飯田君の相手って塩崎さんだったよね?全方位に伸びるイバラをどう攻略したの?」

 

 飯田君の試合が始まる直前に控え室に向かったから、勝ったってことしか知らない。ちょうど当人がいるからどうやって勝ったのか聞いてみた

 

「機動力に勝るものなし!開幕「レシプロバースト」で背を取り場外さ!というか見逃した分は後にVTRで確認できるぞ」

 

「なるほど」

 

 確かに全方位に伸びるイバラは驚異だが、伸びる速度はそこまで速くはなかった。騎馬戦の時の超加速なら速攻で近づけるからそのまま場外に押し出せばいいか

 

「飯田君の活躍、お兄さん(インゲニウム)も見てるかな?」

 

「さっき電話してきたんだが、仕事中だったよ・・・でも逆に良かった。ここまで来たらNo.1で報告しないと」

 

 飯田君はどこか吹っ切れたような表情で前を向いて笑った

 

「緑谷君が負けるところは想像できないから、きっと次の試合も勝って決勝に進むんだろうね」

 

「何事もやってみなくちゃ判らないよ?まあ、僕にできるのは負けないように全力で相手に挑むことだけだよ」

 

 お母さんや鬼哭道場の皆が見てるからね!下手な試合は出来ない

 

「そうか・・・先に行う俺の試合、相手はあの轟君。そう易々と勝たせてはくれないだろう。決勝で待つなんて言えるほど自惚れてはいないが、もし勝ち抜いたら今度こそリベンジ、させてもらうよ」

 

「今度も負けないよ」

 

「ああ、そうでなくては挑み甲斐がない!」

 

 ――――――――――

 

『ああー!!効いた!!?』

 

 飯田君と話ながら観戦すること10分ちょっと。試合が始まってから12分が経過した頃、ついにかっちゃんの攻撃が切島君の[硬化]を抜いた。

[硬化]を維持しつつカウンターでかっちゃんにダメージを蓄積させてきたが、どうやら先に切島君の硬化可能限界が近づいてきたようだ。特訓の成果か単なる意地か判らないが、以前言っていた限界より僅かに長く[硬化]していた。しかし、比例してかっちゃんからの爆撃が激しくなっていた為、たった一撃でもダメージは大きい

 

 切島君はどうにか限界を迎える前に決着を着けようと奮闘するが、ほんの僅かでもかっちゃんが隙を見逃すはずがなく、[爆破]のラッシュで畳み掛けられてあえなく敗退

 

『爆豪、エゲツない絨毯爆撃で三回戦進出!!これでベスト4が出揃った!!』

 

「・・・よし、行ってくる」

 

「頑張って!」

 

 次の試合の為に立ち去る飯田君に激励の言葉をかけて見送った

 



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第29話 準決勝

『準決!サクサク行くぜ!お互いヒーロー家出身のエリート対決だ!飯田天哉 VS(バーサス) 轟焦凍!』

 

『ready――――START!!』

 

 開幕と同時に轟君が氷で攻撃してくるが、飯田君黒煙を吹かしながら勢いよく飛び上がり突破、即座に蹴りを入れるも轟君はしゃがむことで回避。しかし飯田君は着地と同時にその場で旋回して頭上から一撃を加えた

 飯田君は轟君が立ち上がるより早く上着を掴んで場外に出そうと猛スピードで駆け出したがあと少しの所で急に減速、そのまま氷付けにされてしまった

 不自然なまでに急な減速だったので、恐らく轟君が何か仕掛けたのだろう。予選からずっと大技しか使っていなかったから気付かなかった

 

『飯田行動不能!轟は決勝進出だ!!』

 

次は僕の番だ!

 

 ――――――――――

 ―― 緑谷 ――

 

『続いて爆豪勝己 VS(バーサス) 緑谷出久!なんとこの二人、ガキの頃からの付き合い、幼馴染って奴だ!さあ、どんな試合を見せてくれるのか!』

 

『ready――――START!!』

 

 合図と共に一直線にかっちゃんの懐に潜り込み鳩尾目掛けて右拳を叩き込むも、かっちゃんは後ろに飛び退き且つ、拳が触れる寸前で僕の腕を掴むことで勢いを殺した

 そして、すぐに僕の腕を掴んだまま連続して爆発させてきた

[金剛石]と[炭素硬化(ハードクロム)]で衝撃こそ軽減しているが、[爆破]による熱は軽減できず[爆破]が起きる度にジリジリと痛みが腕に走る

 即座に左拳を顔面目掛けて振り抜くも首を反らすことでかわされた

 しかし、掴んでいた右手を振りほどくことには成功した

 

『緑谷先制攻撃でダメージを与えるも爆豪から手痛い反撃を貰ったぁ!』

 

 数秒のにらみ合いの後、動いたのはかっちゃんだった。後ろ手に[爆破]を起こして加速し、接近してくる。迎え撃つ様に構え、カウンターを狙う

 

 一直線に向かってきたかっちゃんだが、残り2m程まで接近した所で消えた

 次の瞬間、後頭部に衝撃が走りたたらを踏む。振り替えれば苦々しい顔で右手を押さえているかっちゃんの姿

 ギリギリで急激な進路変更をすることで僕の視界から逃れ、そのまま後ろから死角をついた攻撃をするも[金剛石]と[炭素硬化(ハードクロム)]の前には軽い衝撃を与えるので精一杯。逆に反動で手にダメージを負ってしまった様だ

 

 ダイヤモンドを素手で殴れば痛めもしようものだ

 

 振り向き様に顔面目掛けて右の掌底を当てようとしたが、またしても感付かれて上体を反らされた。即座に後ろにある右足の足首の力だけで床を蹴って一歩分踏み込んでから[爆破]、左足を軸足に反動で一回転してそのまま裏拳を放つ。2度に渡り避けられたことを考え、インパクトの直前に[巨大化:拳]を発動。

 

 さすがのかっちゃんもいきなり裏拳がダイヤモンドの壁に変わって迫ってきたら避けられまい

 

 予想通り、避けられずに直撃を受けたかっちゃんは弾かれるように吹き飛ばされるが、【個性】の[爆破]で姿勢を制御し、踏ん張ることで場外になることを防いだ。追撃したくなる気持ちを堪えてその場にとどまる。前回は欲をかいて追撃したことで手痛い反撃を受けたからだ

 

『流れるようなコンボが決まったー!死角からの攻撃も意味をなさず、爆豪カウンターを食らった!』

 

 ――――――――――

 ―― 爆豪 ――

 

 ちっ!これじゃ埒が明かねえ!爆熱は効くから良いものの、物理攻撃が効かねえんじゃ意味がねえ。奴は治癒の【個性】も使えるからチマチマ削ってても無かったことにされちまう。だからといってクソ髪みたいに接近からの連続爆破を仕掛けようものなら、耐えきった上にドギツイ一撃を放ってきやがる。頭でっかちで才能なんて俺の足元にも満たない木偶の癖にいざ対峙すると厄介極まりない。しかも、前回の戦闘訓練の時は使えた戦闘服(コスチューム)仕掛け(ギミック)も今回は使えねえから大技出そうにもデメリットがネックだ。

 

 クソ気に食わねえが現時点では俺より強い。だが‼️それがどうした!現状俺より強かろうがなんだろうがねじ伏せてこそ意味がある!

 

「かっちゃん!」

 

「あ゙あ゙ん?」

 

「決着を着けよう」

 

「上等!前回はてめえに負けたが、2度も勝てると思うな!」

 

 今度こそ俺が勝つ!!!

 

 ――――――――――

 ―― 緑谷 ――

 

[怪力]

 

「らぁ!」

 

「嘗めんな!そんな見え見えのパンチなんざ食らうかボケ!」

 

 殴り付けた拳は[爆破]の反動で小刻みに動くことでかわされ、お返しとばかりに[爆破]のカウンターを放ってくる

 

「ぐっ!ストック!」

 

[複製腕]

[剛力]

[剛力羅(ゴリラ)]

 

「これならどうだ!」

 

[複製腕]で連続して殴るも右に左にヒラリヒラリとかわされる

 

「ストック!」

 

『爆豪からの攻撃は無力化してる様だが、怒濤の攻撃もかわされちゃあ意味がない!どうする緑谷!ん?緑谷光ってね?』

 

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[引き寄せる]

 

「当たれぇ!」

 

「ぐっ!」

 

 ならばと【個性】で引き寄せて殴るも爆発の反動で後退して勢いを殺され、当てた拳も交差した腕に阻まれ決定打とはならなかった

 

「ストック!」

 

「デェェクゥゥゥ!!!」

 

 かっちゃんは殴られた勢いを利用して距離を開けると、[爆破]の勢いでもって空中に飛び、追加の[爆破]により回転と加速を加えて突っ込んでくる

 

榴弾砲(ハウザー)――」

 

[翼]

[硬化]

 

鋼の卵(スティール・エッグ)!」

 

[複製腕]を楔のようにステージに突き立て固定、翼で全身を包み発動しっぱなしの[金剛石]と[炭素硬化(ハードクロム)]と合わせてガチガチに硬化して防御姿勢を取る

 

「――着弾(インパクト)!!」

 

『麗日戦で見せた特大火力に勢いと回転を加え、まさに人間榴弾!!さしもの緑谷もこれは効いたか!?』

 

 あまりの威力に後ろに押され、楔代わりに腕を打ち込んでいたステージは1mほど削られて(たて)を抜いた衝撃が全身に伝わった

 

『無事だぁ!あの人間榴弾すら凌いだぁ!!』

 

[引き寄せる]

 

 肩甲骨あたりのジクジクとした痛みと全身の軋みを堪え、反動で動きの鈍いかっちゃんを引き寄せて[複製腕]で手足を拘束

 

「クソ!放せ!」

 

『手足を拘束されて身動き取れない!爆豪ピーンチ!!』

 

「降参する気はある?」

 

「ふざけんな!んなもんあるわけねえだろ!」

 

 さっきの技の影響か、少し勢いが落ちた爆発を発生させながらキレている

 

「ならこの一撃でもって決着を着けさせてもらう!」

 

[(パワー)]

 

「ストック」

 

『んん?やっぱ光ってんぞ?緑谷の右腕が一昔前の特撮ヒーローの3分タイマー張りにピッカピカ光ってんぞ!なんか派手な必殺技でも繰り出すのか!?個人的には好きだがヒーローとしてなら予備動作が長ったらしい技はお勧めしないぞ!』

 

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]は「力をストックする【個性】」と「【個性】を渡す【個性】」が合わさったものだ。ならば「力をストックする【個性】」のみを使用することも不可能ではない。

 そして複数の増強系の【個性】を蓄積すればその力は計り知れない。繰り返すほど累積していき解放時に凄まじい力を解き放つ。反面、その力に体が着いていかない場合もある

 【個性】の多重使用で耐えられるようにすれば大丈夫だが、最低でも15分は間を開けるか、[自己治癒(セルフヒール)]で回復しないと反動で腕がイカれる

 それに、ストックの部分だけを使ったとしても[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]の赤く光る線が無数に浮き出し、ストックするたびに明滅を繰り返して浮き出る線が増えていくため、相手に気付かれやすい

 今のように拘束して必中の状況を揃えなければ自滅のリスクがある

 

「一点集中:隻腕・赤鬼の腕」

 

[精神変換(マインドコンヴァーション)]

 

惑星砕き(プラネットブレイカー)!」

 

「ぐぶ!」

 

 身動きの取れないかっちゃんの腹部に力を解放した拳を叩き込んだ

 

『直撃ー!!ど真ん中にドギツイ一撃が入ったぁ!!!』

 

 拘束を解いたことで支えを失い崩れ落ちたかっちゃんにミッドナイトが駆け寄り判定を下す

 

「爆豪君、行動不能!決勝進出、緑谷君!」

 

『よって決勝は轟対緑谷に決定だあ!決勝戦は15分後に行うからそれまでちょっち休憩な!』

 



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第30話 決勝戦 VS轟

15分ほど前に第29話も投稿しましたので読み飛ばしにご注意を


『さァいよいよラスト!!雄英の1年の頂点がここで決まる!!今年の体育祭、両者トップクラスの成績!!ついでだ、マスメディア!きっちり記録しとけ!?轟は何を隠そう燃焼系ヒーローにしてNo2ヒーロー、エンデヴァーの息子!クールな顔して心の中はメッラメラに違いねえ!対する緑谷は武闘派ヒーローなら一度は聞いた事がある鬼哭道場宗家の弟子だ!聞いた話じゃ捕縛のついでに(ヴィラン)を練習台にするようなクレイジーな爺ちゃんに稽古着けてもらったらしいぜ!!』

 

 恐らく轟君は瀬呂君の時のように氷塊で僕の動きを封じるか場外に押し出すつもりだろう。僕は予選に騎馬戦とあれだけ暴れたんだ、開始してから様子見なんてしない。速攻で氷結が来る!

 

『決勝戦!!緑谷出久 (バーサス)  轟焦凍!!ready――――START!!』

 

 予想通り合図と共に轟君は巨大な氷を作り出してきた

 

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

 それに対して体に負担が掛からない程度に【個性】で強化した拳で真っ向から叩き砕いた。衝撃で粉々になった氷がダイヤモンドダストの様にキラキラと宙を舞い、幻想的な風景を作り出していた

 

 そこからの展開は轟君が氷のみで攻撃を繰り出し、それを僕が砕いていくだけとなった。

 氷の壁ができる度に、氷の波が押し寄せる度に殴って殴って殴り砕いていく。

 

『轟の波状攻撃も難なく対応していく!しかぁし対応に追われて反撃も出来てねえぞ!!』

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 何度目だろうか、只管氷を砕いていると轟君の動きが鈍くなってきた。よく見れば微かに震えている

 

「震えてるよ?轟君・・・【個性】だって身体能力の一つだ。君自身冷気に耐えられる限度があるんじゃない?」

 

「だからどうだってんだ」

 

「それって左側の熱を使えば解決出来るもんなんじゃないのか?」

 

「俺は母さんの力(右側)だけしかつかわねえ」

 

 ああ、イライラする・・・

 

「本気で言ってるの?皆本気で勝って、そして目標に近付く為に、一番になる為に全力で戦ってるんだよ?それをつまらないことを理由に半分の力で勝つ?フザけてんじゃないよ‼全力でかかって来いよ!!」

 

「何のつもりだ・・・全力?クソ親父に金でも握らされたか?・・・イラつくな!!」

 

「ふざけんな!そんな下らないことで本気を出せなんて言うか!!」

 

「くだらない・・・だと?」

 

「ああ、くだらないね!君の境遇も、君の決心も知ったことか!それでも!全力も出さないで一番になって完全否定なんてフザけんな!!!」

 

 もしあの時アダムさんに出会わなかったら【個性】()なんてない【無個性(無力)】な僕が居るだけだ。

 僕がいくら望んでも手に入らない、いくら覚えても、いくら元となった人の【個性】より性能で上回ったとしてもそれは「覚えた【個性】(誰かの力)」であって「発現した【個性】(僕だけの力)」じゃない。でも、君は生まれもっての【個性】()があるじゃないか!

 借り物じゃない【個性】()、僕がいくら渇望しても手に入らない、いくら覚えても使えない「自分だけの【個性】()」、それを否定するだって?これをふざけていると言わず何だって言うんだ!

 

「うるせえ・・・」

 

 パキパキと轟君の体に霜が降り始める

 

「親父の――」

 

「君はエンデヴァーじゃない!その力は他でもない君の力じゃないか!!なぜ受け入れない!なぜ拒絶する!君が!生まれた時から持つ君の力だろう!!」

 

 ――――――――――

 ―― 轟 ――

 

「君が!生まれた時から持つ君の力だろう!!」

 

 この左は親父の――

 

 ― 焦凍は焦凍よ、同じだからって気にしなくてもいいのよ ―

 

 でも俺の、俺のせいで母さんは――

 

 ― いいのよ、おまえは血に囚われることなんかない ―

 

 でも――

 

 ― なりたい自分になっていいんだよ ―

 

 なりたい自分・・・

 

 ― ヒーローになりたいんでしょう? ―

 

 なりたい、なりたいよ!俺もヒーローに!

 

 ――――――――――

 ―― 緑谷 ――

 

 メラッ

 

「ちくしょう・・・ちくしょう!ちくしょう!!ちくしょう!!!」

 

 ゴオ!!

 

 視界が赤く染まり熱風が肌を叩く

 

「ちくしょう・・・敵に塩送るなんてどっちがフザけてるって話だ・・・俺だって、俺だってヒーローに!!」

 

 轟君は覚悟を決めた様に左から炎を吹き出した

 その顔は先ほどまでの苦い顔ではなく、何か吹っ切れたような闘争心が剥き出しになった貌だった

 

「何時まで俺に合わせているつもりだ・・・俺に左使わせたんだ、お前も本気出せよ」

 

「ああ、いいよ、でも手加減しないよ?これでも轟君に対して結構イライラしてるんだ」

 

「上等だ、てめえに勝って俺は一位になる」

 

「そう上手くは行かせないよ。天辺を獲るのは僕だ」

 

 いつものように【個性】を多重発動させていく

 

[怪力]

[剛力]

[剛腕]

[鉄腕]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[翼]

[複製腕]×2

[硬化]

[鬼]

 

「鬼哭流:裏奥義・鬼降ろし!」

 

 バキバキメキゴキ!

 

 肌は黒く輝き、鱗のように細かく鋭い突起が現れ、関節や指先などの角や先端に該当する部分は鋭く尖ってる

 モサモサした髪が撫で付けた様なオールバックとなったことで白毫が露わとなり光を反射し輝いている

 額の両端には2つのコブができ、下顎から小さな犬歯が覗いている

 全身の筋肉がギチギチと軋む音を立てながら膨れ上がる

 

 ― ケケケ、アイツガ羨マシインダロ?妬マシインダロ?自分ニナイモノ持ッテルノニ『イラナイ』ッテ言ウカラ、ムカツイテ、ムカツイテ、シカタナインダヨナア? ―

 

 ああ!羨ましいさ!妬ましいさ!僕が欲しくて欲しくて堪らなかったモノを持ってる轟君が。ムカつきもするさ!生まれ持った【個性】( ソ レ )をいらないって言うんだから!

 

 バサッ!ズルリ!

 

 背中からは全長3mはありそうな蝙蝠の様な翼が広がり、肩からは倍の長さはある2対4本の腕が新たに生えた。

 新たに生えた腕と元からある腕の間には被膜のようなものがあり、広げると第二の翼にも見える

 如何に伸縮性の高い素材で出来ていても、肌がヤスリ状となったことで至る所が破けてボロボロとなり、膨張した筋肉により限界まで伸びたことで体操服は悲鳴を上げている。特に上半身は下半身に比べ筋肉の盛り上がりが強かったために耐えきれず、遂には布きれへと姿を変え緑谷の上半身を露わにする

 

 いくら腕や翼が生えて肌が黒くなろうとも、大部分が【緑谷出久】という人間であると一目で分かる程度の変化である。彼を知るものはそこまで驚きはしないだろう

 

 ――だが、変化はそこで終わらなかった

 

[鬼]

 

 額にあるコブがメキメキと音を立てて皮膚を突き破り、二本の太く長い三日月の様に反った角が突き出した

 耳が尖り、覗く程度の小さな犬歯は鋭く尖った大きな牙となった

 

 ― ケケケケ、ナラ俺に任セロ、俺ニ任セレバ代ワリニブッ飛バシテヤルヨ ―

 

 ふざけんな!だからってお前に体を明け渡す理由にはならない!(お前)は出てくるな!僕は僕の力で勝つんだ!

 

[鬼]の【個性】を複数発動させることで心の中で鬼が囁いてくるようになる。時には甘言で惑わし、時には無理やり体の主導権を奪おうとして来る。だから耳を傾けないように気を張り続けるか、ねじ伏せるしかない。

 

[鬼]

 

 まるで血溜まりに写る満月の様に眼は紅く、虹彩は金色となり瞳孔は蛇のように縦に割れた

 

 ― クケケ、サア、明ケ渡セ ―

 

 落ち着け、熱くなったら思う壺だ、奴の言う事に耳を傾けちゃだめだ。気を落ち着けるんだ。道場での特訓を思い出せ・・・

 

 ― ケケ  ケ ケ  ―

 

 徐々に喧しかった鬼の声が小さくなっていく

 

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

 剥き出しになった黒い肌を左胸―心臓部―を中心に這うように赤い線が走り、その様子は血管が浮き出たように見える

 

「鬼哭流:黒鬼(こくき)混成怪鬼(キメラ・オーガ)

 

 大丈夫、上手く行った・・・

 

 ― ケケケケケケケ!!サア、ソノ体ヲ明ケ渡セ!ケケケケケ!! ―

 

 な!?ヤバい、いつもより抵抗が強――

 

 気を静めることで鬼を抑え込めたと安堵し油断した時、まるで引いた波が大きくなって戻ってくるような想像以上の抵抗に僕の意識は呑まれ、水底へと沈んでいった

 

「グルルゥゥガアァァァアアアア!!」

 

 ズガァァァアアン!!!!

 

 理性があるとは思えない獣のような声を天に向かって叫び、長い4本の腕をフィールドに叩きつけた

 

 叩きつけられたフィールドは大きく窪んでクレーターができ、四方に亀裂が走った

 

 ――――――――――

 ―― 解説室 ――

 

「おいおい、轟がクールボーイからクール&ファイヤーボーイにジョブチェンジしたと思ったら緑谷は恐ろしい悪鬼羅刹か?何が憎くてそんな恐ろしい顔してんのか知らんが、仮にもヒーロー目指してんだ、もっとマイルドに行こうぜ?全国のちびっこも見てんだし・・・無視かよ」

 

 解説室からプレゼントマイクが話しかけるも無視するかの如く床を殴っている

 

「セメントス、ミッドナイト、準備しとけ、あれは拙い」

 

『了解』

『わかったわ』

 

 そんなプレゼントマイクを余所に相澤は無線でセメントスとミッドナイトに指示を出していた

 

「おいおい、まだ始まったばかりだぜ?」

 

「奴は今、暴走一歩手前状態だ。場合によっては俺も出る」

 

 相澤のその真剣な眼差しにプレゼントマイクの額に汗が垂れた

 

「マジかよ・・・さすが出所不明の金塊、面倒なことしてくれるぜ」

 

 ――――――――

 ―― 轟 ――

 

「シュルルルルル・・・」

 

 睨み付けてくる緑谷の口からは立ち上るように青白い炎が漏れ出し空間を歪めている

 

 確かに本気を出せと言ったがここまで姿が変わるとは思わなかった

 面影なんて殆どない怪物へと姿を変えたクラスメートであり対戦相手の緑谷出久を前に足が止まった

 

「グルルルルルアアアア!!」

 

 ガンガンガンガンガンガンガン!!!!

 

 八つ当たりするかのように腕を振り上げ床に叩きつけること7回。叩きつけるたびに小さくない揺れが起きるほど強く叩かれたステージの床には大きく深いクレーターとそれを横切るように大きな亀裂出来ていた

 

『変身して理性を失いましたってかぁ?あんまり酷いと失格にすんぞコラ!』

 

「っ!?」

 

 暴れ狂う緑谷が一瞬俺を見た。その目は怒りと狂気、そして僅かばかりの理性がありゾクリと背筋が凍るような悪寒が走った

 そんな俺を余所に緑谷が自ら開けたその亀裂に長腕を差し込んだ直後、凄まじい爆発と共に粉塵が舞い視界を遮る

 

『おいおい、なんも見えねえな、おい!』

 

 ガガガガガガガガガガ!!!

 

 連続して何か硬い物が別の硬い物を貫くような音が周囲から聞こえる

 いつ何が起きてもいい様にと警戒していると、視界を遮っていた粉塵が風によって徐々に流され、完全に晴れた時には檻の中にいた

 

「なに!?」

 

 よく見ればそれは土の柱で出来ていて、先ほどの音はこれが突き出た音だったのだろう。檻は場外線の内側に半身になればギリギリ通れそうな間隔で並び、鳥籠のように上部は緩いカーブを描いて中央で接合されている。緑谷が作った亀裂もクレーターも土で埋められて、土色であることを除けば元通りになっていた

 

『おお!?なんか良く分からん内に場外禁止のデスマッチ戦に変わってんぞ!って緑谷の奴予選の次は本選でまで勝手に会場作り変えやがったな!!』

 

「ふう、危なかった・・・一瞬飲まれかけたよ」

 

「緑谷・・・・・・」

 

 正面を向けば先ほどまで理性なんてない正真正銘の『化け物』だったのに、今はその目に理性が宿っている緑谷の姿があった。ただの『化け物』だったらまだやりようがあったが、理性ある怪物相手は厳しい

 

「で、これが僕の『本気』だ・・・・・・行くよ?」

 

「っ!来い!!」

 

 宣言と共に走り出す緑谷の足元へ氷を走らせ、同時に全力で炎を出す

 

 ゴオオオオオオオ!!!!

 ドゴン!ガイィィィン!

 

 炎により空間が過熱され凄まじい爆発が起き、視界が白一色に染まる。直後、頭、背中の順に強烈な痛みが走った

 頭突きを喰らい、吹き飛ばされたと理解したのは衝撃で軋む体に眉をひそめ、背後で音叉の様に鳴り響く檻を見てからだった

 

『何今の・・・おまえのクラス何なの・・・・・・』

 

『散々冷やされた空気が瞬間的に熱せられ膨張したんだ』

 

『それでこの爆風て、どんだけ高熱だよ!ったく何もみえねー・・・オイこれ勝敗はどうなって・・・』

 

 額から流れる血を体操着の袖で拭いながら霧の向こう側にいるであろう緑谷を睨みつけていると――

 

『無傷!やべえぞ、おい!お前のクラスやべえよ!特に緑谷やべえよ!』

 

 ――霧の中から無傷の緑谷が現れた

 

「――えた」

 

 ?いまなんか呟いたか?

 

「・・・今、なんか言ったか?」

 

「ん?ああ、気にしないで口癖のようなものさ・・・・で、轟君、まだ戦える?」

 

 呟きに対して問い掛けても、そもそも答える気がないのか「なんでもない」と躱され、あまつさえ対戦相手である俺の心配までしてくる

 

 こっちは良いの貰っちまったってのに怪我どころか息一つ乱してねえ・・・でもまだいける、こんなところで負ける訳にはいかないんだ!

 

「まだだ・・・っ!」

 

 走り出そうとしたところで両足が動かず、目を向ければ氷が纏わりついていた。まさかと緑谷に目を向ければいつの間にか左半身から冷気が地を這うように広がり、対称に右半身から青い炎が吹き出し空間を歪めながら熱気を立ち昇らせている

 

「てめえ、それは!」

 

 俺の【個性】じゃないか!

 

「模倣、させてもらったよ?」

 

『おおっと!緑谷もクール&ファイヤーボーイにジョブチェンジかあ!?』

 

 ゴウッ!

 

 左の炎で纏わりつく氷を溶かすが、徐々に炎で溶かすよりも凍り付く速度が速くなり身動きが取れなくなっていく

 溶かしても溶かしても凍り付き、ついには左半身まで凍てついた

 

「くおぉぉぉぉ!!!!」

 

 いくらもがいても、まとわりついく氷にヒビ一つ入れることもできない

 

「降参する気は?って聞いても意味なさそうだね・・・」

 

「当たり前だ!!」

 

 緑谷が目の前から消えたと思った時、体に纏わりついた氷ごと蹴られ、左の脇腹に激痛が走った。次いで鐘を打つような音が響き、嫌な予感がして咄嗟に氷の壁を背後に作ると同時に砕かれ、振り返ると防がれると思っていなかったのか右腕を突き出した状態で目を見開いて驚く緑谷がいた。反撃のチャンスだと炎を吹き出すも霞のように消え去り、背中に蹴りを喰らって手を着く暇もなく顔面を床に強か打ち付ける

 

「っ!!」

 

 ゾクリと背筋に悪寒が走り、痛む顔もそのままに転がるようにしてその場から動くと、ガゴン!!というコンクリートが砕ける音と共に先ほどまでいた場所に緑谷の拳があった。余りの威力に床が砕け、破片が俺の顔に当たる

 

 急ぎ立ち上がり身構えるもすでに緑谷の姿はそこにはなく、代わりに四方から音が聞こえる。目を向ければ緑谷が檻を足場に跳ねまわっていて、その様子はまるで床や壁を跳ねまわるスーパーボールの様だった。緑谷が檻を足場にするたびに鐘を打った様なけたたましい音が鳴り響き、徐々に速度が上昇している

 

『緑谷!速い、速い速い速ーい!目にも留まらぬ速さで跳ねまわる!そしてガンガンうるせえな!おい!』

 

『檻という壁を作り出すことでそれを足場に立体戦を仕掛ける。あれだけ高速で動き回れば相手に捕捉されることはないだろう。ただし、自らも相手を見失うリスクと空中では直線軌道になってしまうのでカウンターを受けるリスクもある。しかしあの様子じゃ一つ目はクリア済みってところか・・・』

 

『ほうほう、つまりあれだな!攻撃しかけられたときにカウンター決めるしか手はねえってことか!』

 

『いや、そうでもない』

 

 アイツが攻撃してくるまで手を(こまね)いて待っているなんて時間の無駄だ

 

 狙えないなら――

 

 ブワッ!カキーーン!!

 

 ――狙わなければいい!

 

 おおよその場所を決め掬い上げるような動作で巨大な氷塊を作り出し檻ごと緑谷を凍らせる

 

『ああして広範囲に対する攻撃手段があれば届く』

 

『おおっと!轟!点がダメなら面でと言わんばかりに強大な氷で攻撃だあ!』

 

 ジュワッ!

 

 これでどうだと上空を睨みつけると一瞬で氷が溶かされ、水滴が雨のように降ってくる

 

『緑谷一瞬で溶かして氷漬けを回避‼』

 

「ちっ!」

 

 思った結果が得られなかったことに舌打ちをして、次に何が来るか身構えると身体に水が纏わりつき動きを封じられる

 

 今度は水か!!

 

 そうして拘束された俺の前に緑谷が現れた

 

「解けた氷は有効活用させてもらったよ」

 

「また拘束か・・・!!」

 

「もう一度聞くよ?降参する気ない?」

 

「はっ!寝言は寝て言え」

 

 凍らせることで脆くして砕き、力ずくで拘束から抜け出した

 

「じゃあ力ずくでねじ伏せるよ」

 

 そう言うと共にまた霞のように姿を消し、けたたましい鐘の音と共に四方八方から攻撃が始まった。攻撃の瞬間だけは止まるようで緑谷を捉える度に氷と炎で反撃するが、それを嘲笑うかのようにまったく別の方から攻撃が来る

 

『怒涛の攻撃に轟必死に反撃するも防戦一方だあ!緑谷超優勢!このまま押し切れるかあ!!』

 

 前と思えば左、右と思えば上と幾度となく攻撃を喰らう度に切り傷、擦り傷、打撲と体中が傷だらけになり、喰らった数が20を超えた辺りから身体に限界が訪れ、視界が歪む。

 それでも倒れまいと死に体に鞭打って反撃を続ける。倒れたくない、負けたくない、無様だと言われようが倒れる訳には行かない

 

「はっ」

 

 気合、根性

 

 そんな暑苦しいものとは無縁だと思っていたのに、最後に縋るものがこれかと思わず笑ってしまう

 もう緑谷がどこにいるかも把握できず全方位にがむしゃらに【個性】を放っていると顎に衝撃が走り、体が宙に浮いた

 

 俺は敗北を悟った。

 

 もう指一本動かねえ。いや、例え動いてもこの状態から挽回は出来そうにねえな・・・

 

「僕の勝ちだ。お休み轟君」

 

 何故か布団の様に柔らかい床にボフリと落ちた俺の薄れゆく意識の中で緑谷の勝利宣言がやけにはっきりと聞こえた

 

 ああ、くやしいなぁ・・・

 

 俺は眠る様に意識を手放した

 

 ――――――

 ―― 緑谷 ――

 

「・・・・・・轟君行動不能!よって――緑谷君の勝ち!!」

 

『以上で全ての競技が終了!!今年度雄英体育祭1年優勝は―――A組緑谷出久!!!』

 

「ふう」

 

 試合終了の合図と共に【個性】の発動をやめる

 

 髪こそオールバックのままだが、それ以外は試合開始前と変わらない。頭をぐしゃぐしゃと解し、元の髪形に治す

 

 数秒とはいえ鬼に意識を飲まれた・・・どうにか主導権を取り戻したけど、やっぱ裏奥義(この技)を実戦で使うには鍛錬が必要だな・・・[ズーム]で補足して空間を[壁]で仕切れば[(スピード)]で加速した状態でも立体戦が可能なのは確認できたしトントンかな?いや、[爆破]で軌道変更すれば十分使えるし、轟君の【個性】を覚えられたからプラスだな

 

 ちなみに発目さんの[ズーム]は頼んでみたらあっさり覚えさせてくれた。なんでも「一位通過したから注目が集まったし、本選でも最大限アピールできましたから!そのお礼です」だそうだ。《注目を浴びて実力を示す》って体育祭の主旨とは言葉こそ同じでも若干ニュアンスが違うけど、飯田君との試合を見た感じだと発目さんはバッチリ達成してた。利用された飯田君が哀れになるくらいバッチリ・・・

 

「緑谷君」

 

「あ、はい、セメントス先生」

 

「これ、君が作ったのでしょ?土で出来てるんじゃ私じゃどうにもできないから元に戻してくれる?救護者を運べやしない」

 

 試合について考えていると場外からセメントス先生に呼ばれ、顔を向けるとが困った様子でフィールドに出来た『檻』を指さしている

 

「あ、すいません、すぐに戻します」

 

「土さえどかしてくれれば後は私の方で直すから」

 

「は、はい、すみませんでした」

 

 その後、僕が[操土]でフィールド上に出した土を元の地下に戻したところで救護班が轟君を運び、セメントスが【個性】でセメントを操作して表彰台を作っていた

 

 こうして体育祭は宣言通り僕の優勝で幕を下ろした



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第31話 体育祭 終了

遅くなりましたが、31話投稿です


『30分後に授与式すっからそれまで休憩な!四位までの奴は遅れないように早めに表彰台に立っとけよ?』

 

 30分か・・・保健室に行ってみよう

 

「緑谷君・・・」

 

「どうしたの飯田君?」

 

「突然だが――」

 

 ――――――――――

 ―― 保健室 ――

 

「失礼します。かっちゃ――爆豪君と轟君の様子を見にきました」

 

「爆豪の坊やは時間になったら気付け薬で起こすからまだ寝かせといてやんな。轟の坊やはそこにいるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 リカバリーガールに教えてもらったベッドの仕切りカーテンを開ければボーっと天井を見上げる轟君がベッドに寝ていた

 

「緑谷か・・・」

 

「ボロボロにした僕が言うのも何だけど大丈夫?」

 

「問題ねえよ、リカバリーガールが治してくれた。それにお前最後の方手ぇ抜いたろ?リカバリーガールが言ってたぜ?見た目ほど傷が酷くないってな」

 

 上体を起こして少し恨めし気に睨んできた

 

「誤解だよ、手は抜いてない。実は肉体ダメージを精神ダメージに置き換える【個性】を少しだけ発動させてたんだ。だから食らった攻撃の半分くらいは精神ダメージに置き換わってて見た目ほど傷は多くないんだ。その代わりすごくダルくない?」

 

「体は確かにダルいな。表彰式に出なくていいってんならそのまま寝てたい気分だ」

 

 そういうとボフンと起こしていた上半身をベッドへ沈めた

 

「気持ちは分かるよ、僕もだよ」

 

「お前大したダメージ喰らってねえだろ、ヒョイヒョイ躱しやがって・・・」

 

「主に反動だね。何個も【個性】を同時発動させるのって神経使うし、轟君の時に使った技なんて改善が山ほど必要な未完成だから使い終わった後の反動きついんだからね?自己治癒の【個性】で肉体の反動はどうにかしてるけど、その分体力削るし、疲れまでは回復できないからね・・・」

 

「なるほどな」

 

「あと、左を使う決心付いた?煽りに煽って無理に使わせた感が凄かったからちょっと気になって・・・」

 

「あの時はお前に勝ちたいって思いだけだったから親父(ヤツ)のことを忘れてた。だから使えた。これからも使い続けるには俺だけが吹っ切れてもダメなんだ。俺なりにケジメを付けなきゃなんねえ」

 

「そっか」

 

「ありがとな」

 

「え?」

 

「理由はどうあれお前に煽られて左使って、それでも勝てずに負けた。お前じゃなかったら今も右だけで戦ってた。そんで何時か取り返しがつかない所で負けてたと思う」

 

 轟君は何処か吹っ切れたようなそんな顔で僕を見た

 

「考えすぎだよ。でもきっかけ位にはなれたみたいで良かったよ」

 

「一年後の体育祭でまた勝負だ。」

 

「なら早く君なりのケジメって奴を付けてよ?」

 

「ああ」

 

「あと先行ってるから早めに会場に来てね?」

 

「ああ、しばらくしたら行く」

 

 ――――――――――

 

「おォいたいた。探したよ」

 

「え、エンデヴァー!?何でこんなとこに!?」

 

 保健室を後にし、会場行きの通路を歩いていると背後からエンデヴァーに声を掛けられた

 

「お礼をいっておこうと思ってね」

 

「お礼?」

 

 エンデヴァー関係でお礼を言われることってあったっけ?

 

「君のお陰で息子が左を使った」

 

 左・・・轟君がかたくなに使いたがらなかったエンデヴァーと同じ炎の【個性】・・・

 

「そんなに嬉しいですか?轟君が左を使って」

 

「当たり前だろう!アイツにはいずれオールマイトを越えてもらわねばならん!」

 

「轟君はエンデヴァーさんの代わりじゃありませんよ?」

 

 たとえ同じ【個性】であろうが、扱う人まで同じわけない。轟君は轟君で、エンデヴァーじゃない

 

「ん?当たり前だろう」

 

「そう、当たり前です。なのに貴方は轟君がオールマイトを越えないといけないと言った。何故です?」

 

「フン、ヒーローになりたいと言った。上の兄達はヒーローは嫌だと言うのに焦凍はなりたいと言った。オールマイトの様にと後に続いたのがしゃくだが、なりたいと言うなら鍛えてやるのが親の勤め」

 

「それが幼少期からの特訓ですか?」

 

「ああ、アイツが目指したものは腹立たしいが俺の更に上のオールマイトだ。生半可な鍛練では到底たどり着けん。幸い私と妻の両方の【個性】を宿している。早い内から鍛えておくに越したことはない」

 

「嫌われることになっても?」

 

「どの業界でも後発の者は良くも悪くも比べられるのが常。親と同じ道を進む所謂(いわゆる)二世は尚のこと親と比べられる。親の富や名声を自分の力と勘違いし、破滅への道を歩んだものは腐るほどいる。ならば、私の息子だと慢心するよりも、反発して己の力だけでのしあがった方が強く育つし健全だ」

 

 轟君の話す父親像と、目の前にいて訳を話すエンデヴァーとになにかズレのようなものを感じる

 

「貴方のせいでお母さんが心を病んで轟君に熱湯をかけたって、そして貴方は理由も聞かずにお母さんを病院に隔離したって」

 

「焦凍がそれを?」

 

「はい」

 

「あれは私のミスだ」

 

「ミス?」

 

 つまり、轟君が言っていたことは・・・

 

「ああ、私に恨みのある(ヴィラン)が妻に接触していたらしく、その際に精神系の【個性】で心を乱されていた。ヒーローの身内は狙われやすいと分かっていながら妻の「ちょっとした買い物だから心配しないで」という言葉で警護も着けずに外出を許してしまった。気付いた時には焦凍に煮えたぎる湯を浴びせたあとだった。直ぐに掛けられていた【個性】は解除したが、焦凍に煮え湯を浴びせたことが原因で妻は精神的に参ってしまっていたので一時距離を置かせたにすぎん」

 

 ん?轟君のお母さんに対して愛情がないみたいなことを言ってたはずだけど?それにやましい理由じゃないなら入院した理由を伝えてもおかしくないはず・・・

 

「どうして轟君に教えてあげてないんですか?」

 

(ヴィラン)にやられたと伝えたが「嘘だ」と一向に私の言うことを聞かなかった。入院させた理由についても聞く耳を持たず、妻の容態も落ち着いてきたからと面会を進めても首を縦には振らなかった。娘に理由を聞いて貰ったら、『自分が顔を見せるとお母さんにまた嫌な思いをさせる』と言っていたらしい。なんども説得を試みようとはしたがダメだった、兄達に誘われようが『自分が顔を~』と拒否。参ったものだ」

 

 すれ違い?

 

「最後に一ついいですか?」

 

「なんだ」

 

「個性婚って本当ですか?」

 

「なに?」

 

「【個性】の為にお金で轟君のお母さんの実家を丸め込んで無理矢理結婚したって」

 

「個性婚とは【個性】の相性、もしくは次世代が強くなるかだけで結婚を決める人権を無視した行為だ。私はそんなことはしていない。妻の氷が私の炎と合わされば強い【個性】が生まれると考えなかった訳ではないが、そんなのついでだ。ただ、惚れた女性が実家の借金で辛そうだったから肩代わりし、妻にしたいと思ったから2年かけて口説き落としたにすぎん。」

 

「つまり奥さんとは相思相愛?」

 

「当たり前だろう」

 

 相思相愛だとしたら、もしかして・・・

 

「じゃ、じゃあ轟君のお兄さん達は【個性】が弱かったから期待されていなかった訳じゃない?」

 

「誰がそんなことを言った!いや、流れからして焦凍だろうが、それはない。ヒーローと一括りに行っても、戦闘、救助、サポートに防犯など多岐にわたる。例え弱い【個性】であろうが使い方次第で対(ヴィラン)の最前線は無理でもサイドキックなどのサポートや人命救助専門として活躍できる。しかしアイツらはヒーローは嫌だと、なりたくないと言ったから一般教養のみを施しただけだ」

 

「でも、お兄さん達を失敗作だって、轟君は成功例だって言われたって言ってましたよ?轟君はエンデヴァーが自分の代わりにオールマイトを越えさせるために何人も子供を作ったって」

 

「はぁ、それも誤解だ。失敗、成功と言ったことは事実だが、それは自分と同じヒーローに憧れるように教育したのに逆に(ヴィラン)や戦闘を怖がったりしてヒーローになりたくないと思っているから失敗、思惑通り憧れたから成功と言ったにすぎない。親ならば誰しも自分の背を追いかけ、いずれは越えて欲しいと願うものだ。憧れたヒーローがこのエンデヴァーではなくオールマイトな点がしゃくだが、その為に子供を作るなどあり得ない!越えさせるために作ったのではなく、たまたまヒーローに憧れた子供が末っ子の焦凍で、私の上位互換だったに過ぎない。子沢山なのはまあ、あれだ・・・私も若かった訳だ」

 

 ため息と共に轟君の言葉を否定した

 

「じゃあ全部轟君の誤解?」

 

「嫌われてるとは思っていたが、その理由が誤解だらけではないか・・・これは一度じっくり話さねばならないか」

 

 目を覆って天を見上げたエンデヴァーは心なしか少し老けたように見えた

 

 じゃあ何か?一方的な嫌悪から誤解が誤解を生んで憎悪に変わったと?

 

「時間を取らせて済まなかったな。お礼を言うだけのはずが長々と話してしまった。改めてお礼を言わせてくれ。君のお陰で焦凍は左を使った。そして何故焦凍があんなに私を目の敵にするかも知れた。」

 

「いえ、別にそんなつもりじゃなくて、ただ轟君が余りにもエンデヴァーのこと嫌っていたのでエンデヴァーはどう思ってるのか気になっただけで」

 

「その気になったお陰で訳を知れたんだ。感謝する」

 

 そう言ってエンデヴァーは頭を下げた

 

「長々と拘束した私が言うのもなんだが、時間は大丈夫かね?一位なんだ、表彰式に遅れないように行きなさい」

 

「え、あ!」

 

 携帯を取り出して時間を確認すると授与式までそろそろ5分を切るところだった

 

「失礼します!」

 

 ――――――――――

 ―― 会場 ――

 

「それではこれより!表彰式に移ります!三位には爆豪君ともう一人飯田君がいるんだけどちょっとお家の事情で早退になっちゃったのでご了承くださいな」

 

 ミッドナイトがメディアを意識しながらも進行していく

 

 《突然だが僕は早退させてもらう・・・兄が・・・(ヴィラン)にやられた》

 

 ・・・・・・無事でいてくれ・・・

 

「メダル授与よ!!今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!!」

 

 ミッドナイトが指し示す先には人影があり、掛け声と共に表彰台まで飛んできた――

 

「私がメダルを持って来――」

 

「我らがヒーロー、オールマイトォ!!」

 

「――た・・・」

 

 ――が、ミッドナイトの言葉が現れた人物――オールマイトの言葉に被さってしまった

 

 ああ、オールマイトもタイミングが悪い・・・派手に登場するなら打ち合わせ位してそうだけど・・・

 

 着地姿勢のままプルプルと震え、ミッドナイトに謝罪された後、気を取り直してメダル授与へと移った

 

「爆豪少年おめでとう!」

 

「めでたくねえ!!俺は!ここで!一位になって!一位のメダルが手に入んなきゃ意味ねえんだよ‼二位以下のゴミメダルなんざ要らねえ!!」

 

「うむ、今の地位に満足せず常に上を目指すその姿勢、とても立派だ。受けとっとけよ!君が意味がないと言ったこのメダルを〝傷〟として、次へのバネとして」

 

「要らねえっつってんだろが!!」

 

 オールマイトがメダルを掛けようとするも必死に抵抗するかっちゃん。最終的にはオールマイトが首ではなく口に引っ掛けることでメダル授与とした

 

「轟少年おめでとう」

 

「あなたがこいつを気にかけるのも少し分かった気がします。緑谷が人の抱えてるもん全部吹き飛ばしたおかげでなんだか吹っ切れた気がします。俺もあなたのようなヒーローになりたかった。ただ、俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃダメだと思った。ケジメを付けなきゃ、清算しなきゃならないモノがまだある」

 

「・・・顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる」

 

「さて緑谷少年!!」

 

「オールマイト、僕やりましたよ!」

 

「ああ、伏線回収見事だった。この場でもう一つの伏線も回収と行こうじゃないか」

 

「もう一つ?」

 

 僕にメダルを掛けながら「もう一つの伏線回収」を要求してきた

 

「確か、『表彰台で師匠達や今は亡き恩人に宣言します。僕を選んだことは間違いじゃなかったと』だったかな?さあ、どうぞ!」

 

「それって!」

 

 オールマイトは事前に用意してあったのか、僕にマイクを手渡してきた

 

「さぁ胸を張って大声で!さぁ!」

 

『あ、あーと、ん゙ん゙、僕は今日こうしてこの表彰台に立てているのは今は亡き恩人と僕を鍛えてくれた師匠達のおかげです。僕は【個性】の発現が遅かった。幼馴染は【強個性】で他の友人知人は強弱の差はあれど皆【個性】が発現していた。でも僕は発現していなくて【無個性】だと嗤われ、蔑まれた。そんな中で僕にも力があると言ってくれた恩人が居た。力を扱うために鍛えてくれた師匠達がいた。君ならできると、大丈夫と認めてくれたヒーローが居た。だからこうして夢を諦めずに追いかけることができている。訳あって名前は言いません、あの人も嫌がるだろうから。でもこれだけは言いたい!これから多くを救っていきます!守っていきます!後悔のない道を選びます!何せこの世界の、未来のヒーローですから!僕を選んだことは間違いじゃないと人生を掛けて証明して見せます!だから、どうか見守ってください』

 

 ―― アダムさん・・・

 

「うん、頑張りなさい」

 

「はい!」

 

「――さァ!!今回は彼らだった!!しかし皆さん!この場の誰にもここ(・・)に立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!競い!高め合い!さらに先へと登っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和下さい!!せーの」

 

 「「「「プル――」」」」

 

「お疲れさまでした!!!」

 

 「「「「――スウルト・・・え?」」」」

 

「そこはプルスウルトラでしょオールマイト!!」

 

「ああいや・・・疲れたろうなと思って・・・」

 

 さっきまでの感動や一体感は吹っ飛んでブーイングの嵐にやらかしたオールマイトが凄くおろおろしていた

 

 しまらないなぁオールマイト・・・

 

 ――――――――――

 ―― 教室 ――

 

「おつかれっつうことで明日明後日は休校だ。プロからの指名等はこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ。んじゃ解散」

 

「デク君帰ろう?」

 

「うん」

 

「疲れたねえ」

 

「そうだね、今ならどこでも眠れそうだ」

 

「先生来るまでの時間で船漕いでたもんね」

 

「う、恥ずかしいところ見られちゃったなぁ」

 

 こうして体育祭を無事終えた僕らは疲れた体に鞭打って帰路に付いた

 



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第32話 ヒーロー名考案

「はぁ朝から酷い目に遭った」

 

 今日の天気の様に沈んだ気持ちのまま歩いていると背後からバシャバシャと水たまりを走る音が聞こえた

 

「何、呑気に歩いているんだ!!遅刻だぞ!おはよう緑谷君!!」

 

 後ろから来ていたのは飯田君だったようで、長靴に雨合羽の姿で走ってきていた

 

「遅刻ってまだ予鈴5分前だよ?」

 

「雄英生たるもの10分前行動が基本だろう!!」

 

「あ・・・あの」

 

「兄の件なら心配ご無用だ、要らぬ心労をかけてすまなかったな」

 

 表面上は問題ないように見えるが、なんというか何処か無理しているようなそんな表情

 

 気を使うつもりが使わせちゃったか・・・

 

 少し沈んだ気持ちを振り払い、教室につくと中から早速体育祭後の変化についてワイワイと話し声が聞こえた

 

「超声かけられたよ来る途中!!」

 

「私もジロジロ見られてなんか恥ずかしかった!」

 

「俺も!」

 

「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」

 

「ドンマイ」

 

「いいじゃないかそれくらい」

 

 ドンマイコールが何だってんだ・・・

 

「あ、緑谷おはよう」

 

「うん、おはよう。みんなもおはよう」

 

「おはよー」

 

「いいじゃないかって緑谷は一位だからカッコいいとか女子にキャーキャー言われたんだろ?けっ!」

 

 思わず言ってしまった事に上鳴君がご機嫌斜めの様子

 

「男の嫉妬は見苦しいわよ?」

 

「うっせ!」

 

「で実際キャーキャー言われたの?」

 

「あーうん、別の意味で」

 

「別の意味?」

 

「大人の人には“かっこ良かった”とか“がんばれ”とか“応援してる”とか言われたんだけど、途中にあった小学5・6年生位の男子が“変身して”

 とか“【個性】見せて”とか騒ぐもんだからさ」

 

「いいじゃんそれくらい」

 

「まあ、それだけならよかったんだけどね?そりゃ僕だって小学生位の年なら変身したり、強い人が目の前にいたら騒ぎたくなる気持ちも分かるさ。」

 

 むず痒くはあるけど小さい子にキラキラした眼差しで見られるのは悪い気はしないからいいけど、そのあとが・・・

 

「でもだからって【個性】を使う訳にはいかないから、取り敢えずこう、ガオーってやったら、その、ね?泣いたんだよ。ガン泣き。1、2年生位の子供が。棒読みだよ?大きい声も出してないし、顔だってそのままだから迫力もないはずだ!【個性】も一個も使ってない。本当だよ!?」

 

 そのときの様子を再現するため、顔の横に指を曲げた状態の手を上げた

 

「うわぁ・・・」

 

「はぁ・・・周りの人が言うには、TVで変身直後の僕をドアップで映したらしくてね・・・子供だましにもならないガオーで鬼だ悪魔だの大騒ぎ。その場にいた大人と泣かなかった子達が(なだ)めてどうにかなったから、もう逃げるように来たよ」

 

「あー、ドンマイ」

 

「はぁ・・・」

 

 余りの酷さに不機嫌になっていた上鳴君にさえ慰めのドンマイを言われてしまった・・・

 

「でもまあ、たった一日で一気に注目の的になっちなったよ」

 

「やっぱ雄英すげぇな」

 

 ガラッ

 

「おはよう」

 

「「「「おはようございます!」」」」

 

「相澤先生、包帯取れたのね?良かったわ」

 

「婆さんの処置が大ゲサなんだよ。んなもんより今日は〝ヒーロー情報学〟ちょっと特別だぞ」

 

 体育祭中は冗談抜きで「ミイラ男」だった相澤先生は、傷こそ目立つもののすでに包帯を取り払い、何時も通りの眠たそうな表情で授業を始めた

 

 特別?なんだ?相澤先生が特別って言うからには・・・・・・抜き打ちテスト?

 

「『コードネーム』ヒーロー名の考案だ」

 

「「「「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」」」」

 

「というのも先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2・3年から・・・つまり今回きた“指名”は将来性に対する“興味”に近い。卒業までに興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある。」

 

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね?」

 

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」

 

 相澤先生はカツカツとチョークで音を立てながら黒板に集計結果を書き出していく

 

 緑谷 5648

 

 轟  4123

 

 爆豪 3556

 

 常闇  360

 

 飯田  301

 

 上鳴  272

 

 八百万 108

 

 切島  68

 

 麗日  20

 

 瀬呂  14

 

 5648・・・偶然だよね?

 

「だーー白黒ついた!」

 

「見る目ないよねプロ」

 

 数字という分かりやすい基準で人気順を見せ付けられて落胆する者、憤慨する者と様々

 

「見事なまでに表彰順じゃね?」

 

「てか緑谷の注目度物騒だな」

 

「なにが?」

 

「いや5648って殺し屋だぜ?ヒーロー目指してんのに」

 

 ぐっ・・・言われると思った

 

「偶然だよ!偶然!」

 

「そこ、うるさい。でだ、これを踏まえ・・・指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。おまえらは一足先に経験しちまったがプロの活動を実際に体験してより実りのある訓練をしようってこった」

 

「それでヒーロー名か!」

 

「俄然楽しみになってきたァ!」

 

「まァ仮ではあるが適当なもんは――」

 

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!この時の名が!世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!!」

 

「ミッドナイト!!」

 

「――まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトに査定してもらう。俺はそういうのできん。将来、自分がどうなるのか名前を付けることでイメージが固まりそこに近付いてく。それが『名は体を表す』ってことだ。“オールマイト”とかな」

 

 相澤先生は言い終わるとゴソゴソと取り出した寝袋に入り寝始めた

 本当にミッドナイトに丸投げするようだ

 

 名前・・・か・・・

 

 ――――

 

 15分後

 

「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね!」

 

「!!!」

 

「発表形式かよ!!?」

 

「え~これはなかなか度胸が・・・!お前先行けよ!」

 

 まさかの発表形式にざわめいた

 

 先頭切って発表したのは青山君だった

 

「行くよ『輝きヒーロー“I can not stop twinkling”』」

 

「「「短文!!!」」」

 

「そこは I を取ってcan'tに省略した方が呼びやすい」

 

「それねマドモアゼル☆」

 

 いやいやいや、そう言う問題じゃなくて!

 

「じゃあ次アタシね!『エイリアンクイーン』!!」

 

「2!!血が強酸性のアレを目指してるの!?やめときな!!」

 

 まずいぞ!ツートップでギャグみたいなの来たせいで大喜利っぽい空気になったじゃないか!!

 

 青山君の短文、ついで芦戸さんのエイリアンクイーンで教室は大喜利のような雰囲気に染まった

 

「じゃあ次私いいかしら」

 

 場の雰囲気に呑まれ誰も手を上げようとしない中で梅雨ちゃんが名乗りを上げた

 梅雨ちゃんのその手には『梅雨入りヒーロー“FROPPY”』のフリップ

 

「小学生の時から決めてたの、『フロッピー』」

 

「皆から愛されるお手本のようなネーミングね」

 

 この梅雨ちゃんの『フロッピー』のお蔭で教室内の空気が大喜利から通常の真面目な雰囲気へと回復した

 その偉業によりフロッピーコールが起こったほどだ

 

「んじゃ俺!!烈怒頼雄斗(レッドライオット)!!」

 

 切島君のヒーロー名は、憧れであり目指すヒーローである紅頼雄斗(クリムゾンライオット)(もじ)って烈怒頼雄斗(レッドライオット)と付けていた

 

 ミッドナイトから憧れを背負うのは相応の重圧があることを指摘されても、怯むことなく「覚悟の上」と言い切っていた

 

 かっこいいな切島君は・・・

 

 憧れ、目指すべき目標・・・アダムさんに出会うまではオールマイトの名前を、アダムさんと出会ってからはアダムさんの名前を捩ってニヤケていられたけれど、鬼哭道場で揉まれながら鍛えるほど、この強力すぎる【個性】を自覚すればするほど相応しくないと感じずにはいられない

 そしてオールマイトからアダムさんの素性を教えられ、[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]を託されることではっきりとした

 

 僕に彼らの名を名乗る資格はまだない

 

 それから争うようにして次々と発表されていき

 

「思ったよりずっとスムーズ!残ってるのは再考の爆豪君と・・・飯田君、そして緑谷君ね」

 

 残るは飯田君、そして僕・・・・・・と却下されたかっちゃん

 

『爆殺王』

 

 さすがにヒーローネームに『殺』の文字は拙いと思うな

 

 飯田君は静かに教壇に立つとフリップを立てた

 

『天哉』

 

「あなたも名前ね」

 

 飯田君も轟君に続いて名前をヒーロー名にしたようだ

 

「ならやっぱり僕はこの名前だな」

 

 僕も教壇に立ちフリップを立てた

 

『黒鬼 デク』

 

「えぇ!!緑谷いいのかそれェ!?」

 

 やっぱり意外だよね

 

「うん。今まで好きじゃなかった。この[デク]って呼ばれるのが嫌だった。だって出久(いずく)の別読みじゃなく木偶の坊のデクだったから。何もできない、出来損ないで突っ立ってるだけの雑魚で木偶の坊のデク。けど、ある人に“意味”を変えられて・・・僕は結構な衝撃で、嬉しかったんだ」

 

 ―― 頑張れって感じで好きだ!私 ――

 

「だから、これが僕のヒーロー名です。あ、デクの前の黒鬼は鬼哭道場の師匠からもらった鬼名、鬼哭流の一員の証みたいなモノで、そのまま付けました」

 

 一通り名付けが終わったところでミッドナイトは相澤先生を起こしにかかった

 

 ちなみにかっちゃんは再考の末『爆殺卿』と発表して即却下され、埒が明かないからとミッドナイトに『カツキ』と名前をヒーロー名に決められて「不服ならもっとマシなものを考えて再提出するように」と言われていた

 

『爆』はまだしも、なぜ『殺』にこだわるのか・・・らしいといえばらしいが・・・

 

「ほら、イレイザー起きて。あんたの番よ」

 

「む、終わったか」

 

 そして眠っていた相澤先生は、ミッドナイトに起こされてモソモソと寝袋から這い出てバトンタッチしていた授業を再び始めた

 

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ。指名のなかった者は予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件。この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる、よく考えて選べよ」

 

 あ、デステゴロの事務所もある

 

 配布された124枚にも及ぶオファーのプリントに目を通しているとデステゴロの事務所を見つけた

 

 大々的に鬼哭の名前出したから、実地訓練の名のもと(ヴィラン)に突撃してた子供だってばれてるだろうな・・・

 

「今週末までに提出しろよ」

 

 今週末!?今日水曜だよ!?

 

「あと二日しかねーの!?」

 

「じゃあこれにて終わり、提出遅れんなよ」

 

 ――――――――――

 

「え?バトルヒーロー『ガンヘッド』の事務所!?ゴリッゴリの武闘派じゃん!!麗日さんがそこに!?」

 

「うん、指名来てた!」

 

「13号先生のようなヒーローの所じゃなくていいの?そういうところ目指してるかと思ってたんだけど」

 

 意外や意外、まさかの武闘派。救助系じゃないんだ

 

「最終的にはね!こないだの爆豪君戦で思ったんだ。強くなればそんだけ可能性が広がる!やりたい方だけ向いてても見聞狭まる!と!」

 

「だから『ガンヘッド』の所に・・・」

 

 進みたい道へ一直線じゃダメだって思ったってことか

 

「デク君は決めたの?指名数尋常じゃなかったけど」

 

「うーん、まだ悩んでるんだ。一応戦闘系に行こうとまでは決めてるんだけどね?【個性】の都合上、大抵の場所ならどうにか対応できちゃうから今一はっきりとした方向性は決まらなくて。目指す目標はあるんだけど、それも漠然としてるから余計に迷っちゃって。だから、とりあえず指名が来た事務所の一覧に一通り目を通してるところ」

 

 出来ることはなにかって考えても現在進行形で増えてるから多すぎて分からないし、じゃあどうなりたいかって考えても『オールマイトの様に』とか『アダムさんの様に』とか漠然とし過ぎてるし、悩むなぁ・・・

 

「そうなんだ。時間はたっぷり・・・はないけどよく考えて決めた方が良いね」

 

「うん、そうするよ」

 

「話は終わったか?」

 

「轟君?」

 

「どうしたの?」

 

 麗日さんとの話が一段落付いたところで轟君から声が掛かった

 

「ああ、緑谷に話があってな」

 

「あ、じゃあ私は席外した方が良い?」

 

「別に構わねえよ。聞かれて困るような事じゃねえし、ただ礼を言いに来ただけだ」

 

「お礼?」

 

【個性】の左側の件については保健室で済んだ話だし、それ以外で何かあったかな?今言うってことはこの間の保健室の時から今日までの間にあったことだろうけど、休校だった2日は道場に結果報告しに行った以外は家のベッドの上だったし・・・とすると表彰式から下校までの間だけど・・・何かあったっけ?

 

「デク君何かしたの?」

 

「さぁ?」

 

 轟君の言葉に首を傾げ、麗日さんからの質問にも心当たりがないので答えられない

 

「直接はしてねえが、表彰式の前に親父と話したろ」

 

「あ!もしかして!」

 

 轟君の盛大な誤解の件!

 

「ああ、あの後親父と話してな、誤解が解けた。家族会議なんて初めてやったぜ」

 

「じゃあ仲直りしたんだね」

 

「今更肩組んで笑い合えるほど嫌ってた年月は短くねぇし、そんなガラじゃねぇよ。まぁ多少ギクシャクはするがマシになったさ。母さんにも数年ぶりに会ってきた」

 

 そう話す轟君は小さく笑みを浮かべていた

 

「よかった」

 

「人が覚悟決めて過去にケリ付けようとしてた矢先にこれだもんな・・・・・・ありがとな」

 

「どういたしまして」

 

「何何?何の話?」

 

「俺と親父の盛大な親子喧嘩を、こいつが裏から手ぇ回して解決したって話だ」

 

「おお!デク君さっすが~!!」

 

 置いてきぼりを喰らった麗日さんが僕らに質問すると、轟君が簡潔に答えた

 

「話はそれだけだ。時間取らせて悪かったな」

 

「ううん、全然」

 

 ―――――――――

 

 ―― 放課後 ――

 

「わわ、私が独特の姿勢で来た!!」

 

「うひゃ!」

 

 扉を開けた直後にオールマイトが前屈みの姿勢で現れ思わず変な声が出た

 

「ど・・・どうしたんですか?そんなに慌てて・・・」

 

「ちょっとおいで」

 

 廊下に出て人気のない場所まで移動すること1分程、オールマイトが話を切り出した

 

「君に指名が来てる!」

 

「え?まあ124枚にも及ぶ束を渡されましたけど・・・」

 

 まだ1/3程読み残してるんだよな

 

「それとは別にもう一件来たんだよ」

 

 わざわざそのためにオールマイト自ら?

 

「その方の名は“グラントリノ”かつて雄英で一年間だけ教師をしていた・・・私の担任だった方だ」

 

 オールマイトの担任・・・

 

「[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]の件もご存知だ。恐らく[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]についても感づかれてると思う」

 

「じゃあアダムさんともその方は会ったことが?」

 

「それは分からないが、アダム君は取り憑かれた様に【個性】を覚えていた時期があってね。恐らくその時に会っているのだと思うよ・・・グラントリノは先代の盟友・・・とうの昔に隠居なさっていたのでカウントし忘れていたよ・・・」

 

 そして突如ガタガタと震え出したオールマイトは指名が書かれているであろう紙を差し出しながら声まで震わせて(すす)めてきた

 

「本来君を育てるのは私の責務なのだが・・・せ、折角のご指名だ・・・ぞぞぞ存分にしごかれてくるくく、るといィいィィ」

 

 オールマイトの震えようから察するに恐ろしい人なのか・・・もしかして鬼の様な人なのか?ん?鬼って考えた途端親しみが湧いてきた・・・我ながら重症だな・・・

 

「あ、それとそうだ!戦闘服(コスチューム)!要望のあった改修が終わったのが戻ってきてるぞ!次からはなるべく早く連絡が欲しいとさ」

 

「ははは・・・」

 

 やっぱ急すぎたか

 

 それから一週間、待ちに待った職場体験が始まった



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第33話 職場体験

 職場体験当日

 

戦闘服(コスチューム)持ったな?本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ、落としたりするなよ」

 

「はーい!!」

 

「伸ばすな『はい』だ芦戸。くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」

 

 相澤先生の号令の下、各自目的地行きの電車まで向かっていった

 そんな中で僕は飯田君に声をかけた

 

「飯田君!」

 

「うん?」

 

「『ヒーローは力を使うときは誰かの為でなくてはならない』以前インゲニウムがインタビューで答えた言葉だ。僕はまだ大切に思う人を傷付けられた事がないから、君の気持ちは分かるだとか中身のないことは言わない。でもこれだけは約束して・・・どうしようもなくなったら言ってね?友達だろ?」

 

「・・・ああ」

 

 飯田君は、事件以来見せるようになった、何処か無理しているようなそんな表情で笑うと手を振って電車へ向かった

 そんな飯田君を見送った後、僕も目的地へ向かった

 

 ――――――――――

 新幹線で45分

 

「グラントリノ・・・聞いたことない名前だけど、すごい人に違いない。すごい人に違い・・・違うかな?」

 

 スマートフォンの地図アプリを頼りに目的地に向かうと、綺麗な建物に囲まれるように廃墟のような建物が立っていた。住所を間違えたかと思い、何度も住所を確認しても目的地はこの廃墟・・・のような家

 

「雄英高校から来ました。緑谷出久です・・・よろしくお願いしま・・・ああああああし、死んでる!」

 

 不安に駆られながらノックし、中を覗けば内臓が飛び出し、血まみれの老人が倒れていた

 

「生きとる」

 

「生きてる!!」

 

 い、生きてた・・・じゃあ、あの赤い血と内臓のようなものは一体・・・

 

「いやぁあ切ってないソーセージにケチャップぶっかけたやつを運んでたらコケたぁ~!・・・そこの棚の救急箱から軟膏とって?」

 

「あ、はい」

 

 救急箱、救急箱、あ、あった、で軟膏は・・・これか

 

「はい、どうぞ」

 

「おお!誰だ君は!?」

 

 聞こえてなかったのか・・・

 

「雄英からきた緑谷出久です!」

 

「何て?」

 

 ・・・・・・

 

「緑谷出久です!」

 

「・・・・・・誰だ君は!」

 

 や、やべえ・・・オールマイトの先生だからご老体なのは覚悟してたがコレは想像以上だ・・・

 

「飯が食いたい!」

 

「め、飯!?」

 

 その場でケチャップまみれのソーセージの上に座り込み、飯を要求してきた

 

「俊典!!」

 

「違います!!」

 

 これは鍛えて貰う処か老人介護だよ・・・

 

「す、すみません、ちょっと電話してきますね」

 

 オールマイトに報告して、最悪は別のところに・・・

 

「撃ってきなさいよ![受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]!」

 

「!?」

 

 振り返れば僕のアタッシュケースを漁り、戦闘服(コスチューム)を取り出している

 

「どの程度扱えるのか知っときたい!」

 

 え?急に様子が・・・

 

「良い戦闘服(コスチューム)じゃん!ホレ着て!撃て!・・・誰だ君は!?」

 

「うわああ!」

 

 やっぱダメじゃん!もしかしたらと思ったけどやっぱダメじゃん!!

 

「強く、強くならないといけないんです!オールマイトにはもう時間が残されてないから、それに・・・」

 

 アダムさんにも誓ったんだ、少しでも早く二人のようにならないと・・・

 

「だからおじいさんに付き合ってられる時間はないんです!ごめんなさい」

 

 いいんだ、これで・・・

 

「だったら尚更撃ってこいや受精卵小僧!!!」

 

「!?」

 

 複数の破裂音が背後から聞こえたと思うと、ドアの上の梁に腕の力だけで張り付く様にして先ほどの老人、グラントリノが現れた

 

「体育祭での力の使い方・・・菱形の力に振り回され、[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]は端っこをかじった程度の使い方、なってねえ、全然なってねえ・・・あの正義バカオールマイトは「教育」に関しちゃ素人以下だぁな」

 

 この人、鬼哭道場のおじいちゃん達と同じだ!

 

 鬼哭道場のおじいちゃん達は、日常時と稽古・戦闘時でまるでスイッチを切り替えるように雰囲気をガラリと変える。その様子とピタリと一致するような変わりよう

 

「見てらんねえから俺が見てやろうってんだ。さァ着ろや戦闘服(コスチューム)

 

 これが本当のオールマイトの先生・・・

 

 ――――――――――

 

「よろしくお願いします」

 

「いい、いい、挨拶なんぞしてないでーー」

 

「!?」

 

 消えた!?

 

[炭素硬化(ハードクロム)]

 

「ーーさっさと使えや!」

 

 いきなり!?

 

「ほう、咄嗟の防御は出来るようだな」

 

 咄嗟に[炭素硬化(ハードクロム)]で体を固めたが、勢いまでは殺せずたたらを踏んだ

 

「じゃあ、もうちっと速くいくぞ?」

 

[ズーム]

 

[ズーム]で捕捉して動体視力を補おうとも体の速度は変わらない。でも見ることができればどうにかなる!

 

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

 左胸―心臓部―を中心に這うように赤い線を走らせ全身を強化

 

[爆破]

 

「後・・・ろ!」

 

 片足を軸に体を回転、[爆破]を推進力そして左の裏拳を放つ

 

 避けた!?

 

 その場で上方向に直角に曲がり、天井を足場に再度背後から襲い掛かってくる

 ならばと体を捻って左手から追加の[爆破]、勢いよく体を半回転させて右アッパーを放つ

 しかし、眼前に足を出されたと思ったところで、その足底の穴から突風が噴出されて堪らずバランスを崩す

 右手を開いて[爆破]を起こして縦方向の裏拳を放つが、悪足掻きで放った裏拳はグラントリノの顔を(かす)る様に通り過ぎただけだった

 

「っ!?」

 

 すぐに体制を立て直そうとするも、崩れた体では力が上手く入らず背中から倒れる。

 

「残念、両方とも多少は扱えてるようだが、まだまだだ。チェックメイト」

 

 両腕を踏みつけられ、止めに押さえつけるように顔面を掴まれた

 

「行けたと思ったんだけどなぁ」

 

「考えは悪くないし、使い方も間違ってない。だが、お前さんは焦りすぎなんだよ。だから固いし間違える」

 

「焦り・・・」

 

「オールマイトへの憧れや責任感が足枷になっとる」

 

「足・・・枷・・・?」

 

「「早く力をつけなきゃ」「信頼に答えなきゃ」、それは結構、大いに急げ。時間も(ヴィラン)もお前が力をつけるまで待ってくれはしない。だからと言って焦るのはだめだ。早く強くなるために効率よく鍛え、力をつけていくならいいが、焦っていくつもの段階を飛ばして力を求めても手に入るのは上っ面だけだ」

 

「・・・・・・」

 

 僕は焦ってたのか・・・

 

「まあ、[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]を、オールマイトを特別に考えすぎなんだな」

 

グラントリノは僕の上からどくと杖を持って開けっ放しだった扉を潜り外へ出た

 

「つまり、どうすれば・・・」

 

「答えは自分で考えろ。ヒントくらいは出してやる。菱形の小僧・・・アダムも初めは何かに焦ってたが、次第に落ち着いて強くなってった」

 

「ア、アダムさんも!?」

 

 やっぱりこの人もアダムさんのこと知ってる!

 

「後で話してやるよ。じゃ!俺ぁ飯買ってくる。その間に頭を冷やして考えな」

 

「はい」

 

 グラントリノは食料の買い出しのため出かけると言い、歩き出した

 

「あ、部屋の掃除よろしく」

 

「ええ!?」

 

 思い出したように振り向いたかと思うと、部屋の掃除を突然言い渡された。後ろを振り返れば砕けた床に天井、グラントリノが踏んづけて壊したレンジに、突然の戦いによる余波で方々に転がった家財道具・・・

 

「まじか・・・とりあえず電子レンジから片付けるか・・・」

 

 ――――――――――

 

「よいしょ!ふう・・・あとはテーブルを拭けばOKだな」

 

 (ひしゃ)げたレンジを一つに纏めて入口の邪魔にならない所に置いて、転がった家財道具を端に寄せて床を掃き、元の位置に戻した

 

「使い方は間違ってないって言ってた。なら全身に纏わせる方法はあってる。でも焦ってるから間違えるとも言ってた・・・出力を上げる?いや無理だ、あれ以上あげたら体がもたない」

 

 テーブルを拭きながらグラントリノが言っていたことを思い出しながらいろいろと考える

 

「じゃあ使い方以外で間違えてる?どこだ?・・・固い?逆は柔らかい、柔軟?・・・柔軟な・・・思考?考え方?・・・【個性】とは・・・」

 

 4歳の時に発言するもの、体の一部、変化・発動・異形の三種がある、あとは・・・ん?体の一部?

 

 体育祭での皆の様子が頭に次々と浮かぶ

 

「つまり【個性】に対する考え方のことか!かっちゃん達もみんなも息をするように扱ってた!」

 

 しかし、そうすると意識せずに無意識に使えるようになれってことか?

 

「とりあえず全部・・・は無理だから絞らないといけないか。絞ったら反復運動して・・・」

 

「帰ったぞー!」

 

「あ、お帰りなさい」

 

「まずは飯だ飯!食い終わったら約束通りヒントやるよ」

 

「はい」

 

 ――――――――――

 

「ふう、食った食った!で、ヒント・・・の前に聞きたいことあんだろ?」

 

「え、あ、その、3つ程・・・」

 

「なんだ?」

 

「アダムさんとはどこで知り合ったんですか?オールマイトはヒーローとして活動してから知り合ったって言ってたので。まるでオールマイトと同じく指導したみたいなこと言ってましたけど・・・」

 

「あ?菱形の奴、俊典に明かしてなかったんか?指導も何も俊典と菱形は同じクラスだぞ」

 

「は?え?オールマイトはそんなこと一言もいってませんでしたが・・・そもそもアダムさんが貴方に会ったことがあることもわからないって・・・」

 

 え?オールマイト話が違うよ?

 

「かぁー、あの野郎、マジで俊典に正体明かしてなかったのか!」

 

「ど、どういうことですか!?」

 

「どういうことかもなにも、奴は俺の推薦で入学し、きっちり卒業してんだよ。常時姿を変え、名前も変え、使用する【個性】も制限して別人として雄英高校をな。ただし、俊典には正体を明かすように伝えたってのに・・・菱形(ひしがた) 左天(さてん)って偽名だったはずだ。今度聞いてみな。この名前なら知ってるはずだ」

 

「今度聞いてみます」

 

「ん。で、あと2つは?」

 

「その、アダムさんと僕の関係についてと、オールマイトとはどんな特訓をしてたのかなって・・・」

 

「後継者だろ?奴が直接言ってきたからな。「オールマイトの後継者に【個性】を受け渡す。いつか鍛えてやってくれ」ってな。アイツ最後までタメ口で話しやがって」

 

「それで」

 

 アダムさん、いろんな人に根回し済みだったんですか・・・

 

「オールマイトは体だけは出来上がってたから、只管実戦訓練でゲロ吐かせたったわ」

 

 ・・・それだけ?特訓の名の下に実験台にしたり、腕が折れた時にこれ幸いと上手な骨のつなぎ方を教えたり、病院送りにしたりとかは・・・

 

「他には?」

 

「い、いえ」

 

「そか、ならヒントっつうかアドバイスだ」

 

「はい!」

 

「体育祭を見たが、お前さんのスタイルは肉を切らせて骨を断つなんて言えば聞こえはいいが、ただの行き当たりばったりの後出しジャンケンだ。パーを出されたからチョキを出し、グーを出されたからパーを出す。相手の出方を見てから有効な手を出してるから先制攻撃をくらっちまう。一撃当てればいい系の攻撃でも喰らおうものならその時点でお仕舞いだぞ?考えることは悪い事ではないが、お前さんは考えすぎるきらいがある。決勝で使ったあれも御大層な名前着けて、ありゃ合成どころかただの寄せ集めだ。見るからに近接格闘向きのガタイになって立体高速戦闘だと?ものにはそれぞれ適切な形っつうもんがあんだよ!まあ聞くところによると脳筋三人衆の元で鍛えられたらしいから近接に片寄るのも解らなくはないが」

 

「脳筋って・・・もしかして鬼哭道場のおじいちゃん達ですか?なら、技とか対処法とか色々教えてくれますから脳筋って訳じゃな・・・」

 

「その教えもどうせ『ヤられる前にぶん殴る』の速攻か『ダメージガン無視のカウンター』の特攻二択だろ」

 

「・・・」

 

 確かにそうだけど

 

「なら始めに教えんのは二つ、一つは遠距離、中距離、近距離、まあ何でもいいから、いくつかの用途別に【個性】を割り振れ。【個性】が一つや二つなら全てに適応できるように仕込むつもりだったが、後からいくらでも増えてくってんなら分類分けした方が楽ってもんだ。近接格闘するなら硬化系や身体能力向上系の【個性】、高速戦闘なら速度系と動体視力向上系の【個性】ってな具合に振れ。振り分けたなら、発動するときはその分類毎【個性】全部使え」

 

「全部!?」

 

「まあ全部じゃなくてもいいが、要は完成形を作っといて、その都度用途にあったものを選べばいい。そうだなぁ、プラモデルのロボットを思い浮かべてみろ」

 

「プラモ?」

 

「お前さんはその場にあった装備をあれこれ選んで組み立てて、終わったらバラすを繰り返す。毎回選んで組み立ててたんじゃ相手や場所に有利な装備でも、準備に時間がかかる。一個一個選んでたんじゃ隙がでかくなるだけだ。なら始めっから出来上がったもんを複数持っといて、あとは相手や場所に合わせた【個性】を付け足せばいい。出し惜しみして被害が出んのは自分だけだと思うな、守らにゃならんものまで危険にさらすことになる」

 

「はい」

 

「もう一つはさっきの固くなる【個性】」

 

「[炭素硬化(ハードクロム)]ですか?」

 

「名前は何でもいいが、それを反射で使えるようにしろ」

 

「反射?」

 

「おう、反射だ。意識的に固くなったんじゃどうしても初撃をくらっちまうが、無意識に固くなんなら気付いた時には防いでたってのができるようになる。来たときに試した感じだと半分くらいは反射的に出来てた。それを完全に反射で使えるようにしろってこった」

 

「無意識に・・・」

 

「言われて無意識に出来るようになる訳ねえからこれから一週間、気を抜いた時に不意打ちかますから、それでどうにかしろ」

 

「はい」

 

「とりあえずは【個性】の振り分けして、ある程度形にしとけ。フェーズ1!実践訓練だ!30分後に始めっからな」

 

「はい!」

 

 それから30分で覚えている【個性】を分類別けし、実戦訓練をしながら修正していった

 

 ――――――――――

 

 フェーズ1から2に移行したのは職場体験3日目の午後5時だった

 

「ある程度修正できたところで、フェーズ2へ行く」

 

「フェーズ2?」

 

「そ、同じ奴と戦うと変なクセがつく・・・すでにどこぞの三馬鹿のせいで脳筋に染まりかけてんだしこれ以上はよろしくない。職場体験だ!つーわけでいざ(ヴィラン)退治だ!ちと遠出するぞ。へい、タクシー!」

 

 (ヴィラン)退治か・・・ヒット&ランはダメだよね・・・よし!頑張ろう!

 

「で、どこでやるんですか?」

 

「ここいらは過疎化で人口密度が低いから犯罪率も低い、逆に言や渋谷あたりの人口密度の高い場所は小さいイザコザが盛り沢山で訓練にもってこいなわけだ」

 

「渋谷!?この格好で!?」

 

「いつかは人前で着るんだ、最高の舞台で披露できるのを喜びんさい!」

 

 呼び止めたタクシーに乗り込むところで目的地が渋谷と判明

 

「てなると・・・甲府から新宿行き新幹線ですか?」

 

 ルート次第では・・・

 

「うん」

 

 保須市横切るな・・・飯田君大丈夫だろうか、後で連絡してみよう・・・

 

 この後まさかあんな事があるなんて考えもしないまま駅までタクシーで向かった

 



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第34話 グラントリノとアダムの邂逅

20分前に33話を投稿しましたので読みのがしにご注意下さい


「たしか俊典の弟子が来るのが今日だったな。しかし、まあ俊典が選んだ後継者は菱形の後継者でもあるとは、どんな奴が来るのやら」

 

 菱形は生い立ちからして特殊だし、再会したときには既に規格外だったからな・・・

 

 湯を張った鍋に、切ってないソーセージを入れながら当時を思い出す

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 人が襲われてると通報を受け、同輩と共に現場の路地裏へ向かうと、四肢を投げ出し壁に寄りかかる怯える男と、上から見下ろしながら対峙する男がいた

 

「お、俺の体に何しやがった!」

 

「ん?感覚が無くなった位で騒ぐな。生きるつもりがないなら手足は要らないだろ?初めに真面目に生きるか無惨に死ぬか、好きな方を選べと言ったはずだ」

 

「ふ、ふざ!俺を殺したらてめえも(ヴィラン)認定されんだぞ!」

 

壁に寄りかかる男が(ヴィラン)か・・・じゃあ対峙する男は誰だ?

 

「お前は阿呆か?お前ら(ヴィラン)が大好きな言葉があるじゃないか。『バレなければ罪じゃない』」

 

 自身が散々破ってきた法を盾にこの場から逃れようと脅しにもならないような脅しをするも、同じく自身が散々口にした言葉でもって返される

 

「行きますか?」

 

「ああ、行くぞ」

 

 連れてきた他の事務所の同輩にどうするか聞かれたのでGOサインを出す。このまま静観してる訳にもにかない

 

「ひ、ひい!たす、たすけ」

 

「なら、バレちまった今は罪に問われるわけだな?」

 

「!・・・!?・・!!?」

 

「ん?随分と遅い到着じゃないかヒーロー諸君。私じゃなかったら今頃被害者が一人裏路地にでも転がっていたところだぞ?」

 

 俺が話しかければ一人は必死に助けを求めて口を動かし、一人はやっと来たかと呆れた

 

「!!?・・・!!・・・!!!!!」

 

「ん?ああ、あまり騒ぐものだから声を封じさせてもらったよ」

 

「抵抗せずにこちらに来てもらえればこちらとしても手間が省けるんだがな」

 

 男はこちらの通告を無視し、まるで少し待てとばかりにすっと手をこちらに向けた

 

「ぐ!」

 

 突如首から下が石像になった様に動かなくなった

 

「何を!?」

 

 こちらの様子など微塵も気にせず、もう片方の手を締め上げている(ヴィラン)に向け――

 

「止めろ!」

 

 ドサッ・・・

 

「なんてことを!!」

 

 ――手をかざされた(ヴィラン)は糸の切れた人形のように倒れ伏してしまった

 倒れた(ヴィラン)の額にはくっきりと『菱形の痕』があった

 

「その痕は!お前が『菱形』か!」

 

 月に1度のペースで警察署に(ヴィラン)が無力化されて届けられ初めて5年、その中には賞金が懸けられた(ヴィラン)までいた

 

 ソレだけだったら喜ばしいことなのだが

 

『誰が捕まえたのか』

 

 本来ならまずあり得ない捕まえた人物も引き渡した人物も不明というおかしな状況に、警察はヒーローに協力を要請した上で調べてみると、どういうわけか捕らわれた(ヴィラン)は顔を認識できておらず、朧気に『額に青い結晶のあった』ことしか覚えていなかった

 

 賞金の受け渡し時に捕獲しようと策を練ったが、失敗

 

『まるで操られたように何の疑問も思わずに賞金を受け渡していた。顔は覚えていない』

 とは受け渡しを担当した[記憶]の【個性】持ちの職員の言葉だ

 

 ならばと防犯カメラで確認すると千変万化の一言

 

 老人だったり子供だったり、女だったり男だったり、挙げ句は犬を連れた男が来たと思ったら飼い主らしき人物が(ヴィラン)で、犬が賞金を受け取って咥えていったなんてのもあった

 

 明らかに(ヴィラン)退治なんぞできそうにない人物が引き渡しに来ても職員はおろか、その場にいたベテランのヒーローですら何の疑問も抱かず受け渡しに応じる始末

 

 名前も【個性】も分からず、謎に包まれた人物

 唯一の特徴として全ての(ヴィラン)に共通して額に菱形の痕が強く残っていることから『菱形』と呼ばれるようになった人物

 

 そいつが今、目の前にる

 

「勘違いしないでもらいたいが、先に手を出してきたのはソレで私は反撃したにすぎん」

 

 あくまで正当防衛だと倒れ伏した(ヴィラン)を顎で指す

 

「何処に命まで奪う必要があった!」

 

 いかに相手が(ヴィラン)であっても命を奪うことの理由にはならない

 

「意識は奪ったが命に別状はないよ。精神は知らんが、元々いかれていたようだから構うまい」

 

 良く見れば微かに胸が上下している

 

「丁度いい、警察署まで連れていってやってくれ。彼は今、手足が不自由の身でね」

 

 そう言って倒れた(ヴィラン)を何らかの【個性】で浮かせて此方まで動かした

 

 目で大丈夫と隣の同僚に伝えると、受け取った(ヴィラン)に命に別状がないことを確かめ、担いでその場から離れた

 

 おそらく念力の【個性】か・・・

 

「で、善良な一市民である私に何の用が?上空に4、そこの物陰に3、【個性】か何かで姿を隠しているのが4、目の前に2、いや今抜けたから1で12人か・・・いささか過剰過ぎないかな?」

 

 どういう感知能力してやがんだ!

 気配を稀薄にする【個性】持ちにすら気付いてやがる!

 

「人が襲われてるっつう通報受けたんだよ。妙に胸騒ぎがするから、ちいとばかし同僚を引っ張ってきたが、菱形に逢うとは俺の勘も捨てたもんじゃないな。でだ菱形、お前さんが何を考えて(ヴィラン)を襲ってるか聞きたい。その返答次第ではお前も捕らえねばならない」

 

「その前に、その『菱形』と言うのは何かな?私の名前にそのような言葉は含まれてはいない」

 

「通り名だ、通り名。お前さんが豚箱にぶち込んだ(ヴィラン)の額には全て菱形の痕がくっきり付いてんだよ。さっきのにもくっきり菱形がくっついてんだ。まさか人違いなんて言わねえだろ?」

 

「なるほど、ならば名乗らせてもらおう。アダム。アダム・アークライトだ」

 

 アダムだと?そんなまさか・・・いやそんなはずがない

 

 背後に立つヒーローに目で問いかける

 そいつは頷いた後、数秒目を閉じて首を横に振る

 

 こいつは[検索]という電波さえ受信できれば電子機器といった触媒なしにネット情報を閲覧できる【個性】を持っている

 そいつが『菱形』の名乗ったアダム・アークライトの名を検索し、該当者が1名いたが明らかに目の前の男と年齢が一致しないという

 

「・・・やはり偽名か」

 

「心外だな。歴とした本名だよ」

 

 ならコイツがそうなのか?いやしかし・・・

 

 アダム

 

 名前だけなら旧約聖書の最初の人間『アダムとイブ』を思い浮かべるが、ある事件に関わった者の間では別の生命を指す

 

 新人類創成計画関係者一斉捕縛作戦

 通称:神子(かみこ)創造事件

 

 俺も事件解決に参加したので、資料と実体験で事件の内容は知っている

 

 今から60年近く前、一人の男により計画され、率いられた組織が、『あらゆる【個性】を扱う完全な人類の創造』という思想の元、様々な非人道的な人体実験が繰り返された

 老若男女関係なく何人もの人を(さら)い、時には生きたまま脳を弄くり回し、時には薬物で脳を強制的に覚醒状態にし、時には体を継ぎ接ぎして名前のない怪物(フランケンシュタイン)の様にもしたが全て失敗、良くて廃人、そもそも大半は生命活動すらしていない無惨な死体となった

 

 数多くの死体(失敗作)を作り出した後、この手法では成功はあり得ないと悟り、異なるアプローチをかけることとなった

 

 既にある実験体(もの)を改良するのではなく、新たに設計し(遺伝子操作により)作り出す事にしたのだ

 

 膨大な量のサンプルから遺伝子を取り出して配合・培養した

 

 トライ&エラーを繰り返し、何百、何千という失敗を重ねて遂に望んでいた生命が誕生した

 

 当初予定していた『始めから全ての【個性】が使える生命体』ではなかったが、『あらゆる【個性】に親和性を持つ生命体』として人造人間(ホムンクルス)が誕生した

 

 個体には『始まりの人類(アダム)』と名付けられた

 

 更にその個体を素体として改良が進められ、≪アダムシリーズ≫と呼ばれる作品が生まれた

 

 結果だけを見れば素晴らしいものだが、過程が余りにも血塗れ過ぎた

 

 実験が開始されてから約50年、半世紀が過ぎて遂にヒーローに発見され、組織の構成員は(ヴィラン)として捕まった

 

 捕縛作戦は困難を極めた

 

 施設内には幻惑、即死、毒ガス、何でもござれとトラップがこれでもかと仕掛けられ、死者こそ出なかったが、一人二人と幾人かの脱落者が出ていた

 どうにかトラップを乗り越えて中心部まで辿り着けば、戦闘員は勿論の事、非戦闘員の科学者共すらクローニングで増やした劣化アダムと言うべき人造人間(ホムンクルス)達を使い応戦してきた

 

 少してこずったが、幸い敵側(あいて)に大した【個性】がいなかったのと、ヒーロー側(こちら)の数に物を言わせた物量戦で制圧できたのだが、人造人間(ホムンクルス)の中には爆弾を仕込まれていた奴が居て、どうにか捕縛した人造人間(ホムンクルス)が目の前で爆散してPTSDを発症しちまった奴もいた

 

 しかし、無事に捕らえた人造人間(ホムンクルス)達は、薬物により体を弄られ過ぎて最早私生活どころか人としてすら生きることができいない状態だった

 更に指導者たる男が闘争のどさくさに紛れて逃亡、行方知れずとなった

 

 そんな中でただ一体、いや一人だけ戦闘にも参加せずに安全な場所でこちらを見る人造人間(ホムンクルス)がいた

 

 捕らえた研究者の一人に問いただせば、彼は最初期のアダムシリーズで、『全ての【個性】の親和性』を除けば他に【個性】らしい【個性】を持たない個体だから破棄予定の人造人間(ホムンクルス)の一体だった

 

他の破棄予定の人造人間(ホムンクルス)は薬物の過剰投与で【個性】を強化して戦闘に使ったが、この人造人間(ホムンクルス)は強化したところで意味がないと放置されていたようだ

 

 取り敢えず、その薄汚れた貫頭衣(かんとうい)を着た4・5歳位の人造人間(ホムンクルス)に話しかけることにした

 

「坊主、言葉は解るか?」

 

「解るよ。おじさん達はヒーロー?」

 

 話しかければ驚くほどはっきりと言葉を返した

 締め上げていた研究者が目を見開く様からこいつらが教えた訳じゃなさそうだ

 

「ああそうだ、俺はグラントリノって者だ。一緒に来てもらえるか?」

 

「うん、いいよ。僕はアダム。シリーズ(ゼロ)型、シリアルナンバー078A-Aだよ」

 

 取り敢えず保護し、精神鑑定などを行った後問題なしと判断されたので、彼は警察関係者やヒーローから人格者であると評判の老神父ーーアークライト神父ーーの元へ預けられることになった

 

 後味の悪い事件となったが、たった一人でも命が救えただけまだマシだった

 

 そんな事件の生き残りの人造人間(ホムンクルス)と同じ名前とアークライト神父の姓を名乗っている

 

 本物だとしても当時の見た目年齢からして今の人造人間(ホムンクルス)の年齢は10から15歳の間、どう見ても目の前の『菱形』は20代後半

 

偽名と考えるのが妥当だが・・・

 

「こちらが名乗ったのだから、今度はそちらの番だろう?」

 

「ち、ヒーロー名グラントリノだ」

 

「グラントリノ・・・ということは・・・道理で見覚えがあるはずだ・・・ふむ」

 

 こちらの名乗りに何か引っかかることでもあるのか今までの余裕のある顔を一転、真剣な表情で何かを呟いた

 

「名乗ったんだ、何を考えているかを聞かせてもらおうか」

 

「そうそう、何を考えているかだったな?答えは簡単。力が必要だから襲われても誰も困らない(ヴィラン)を狙っているに過ぎない。金を稼ぐのに丁度いいからついでに賞金稼ぎの真似事をしている。世話になっている教会は廃墟の様に古くてね、何かと金がかかる。かといって世話になった老神父を一人置き去りにして出掛けるのは要らぬ心配をかけることになるから、短時間で大金を得られる賞金稼ぎは意外と割がいいんだ。それに市民を襲っても何のメリットもない。諸君らヒーローが出張ってくるしね」

 

「随分とペラペラ喋ってくれるじゃないか、まあ、その力を市民に向けないのならいい・・・と言いたいが、無許可で【個性】の使用は法律で禁止されている。大人しく着いてこい。」

 

 (ヴィラン)退治は悪だとは言わないが、無許可での【個性】の使用は見逃せない

 

 それに、捕まった(ヴィラン)はいずれも凶悪犯で、『ついで』で捕まえられるほど弱くない。逆に言えばこいつは『ついで』で捕まえられるほど強いということ

 それにコイツの名乗ったアダムの名が気になる

 神父が老人であることまで 知ってやがるのも気にかかる

 

 やはりこのまま野放しにするわけにはいかなそうだな

 

「断る・・・と言ったら?」

 

 まるでこちらを挑発するように言う

 

 視線で仲間に合図を送り攻勢に乗り出す

 

「ならば捕らえさせてもらう!」

 

 足から[ジェット]を吹かして飛びかかったーー

 

「がはっ!」

 

 ーーはずだった

 

 何が?

 

 気付けば地面に倒れており、周囲には空中にいた者を含めて連れてきたヒーローが全て倒れている

 それにやけに胸が苦しい、まるで心臓を鷲掴みにされたようだ

 

「人間は案外脆い物でね、心臓が止まると一瞬で意識が飛んでしまう。ああ、安心してくれ一瞬だけだからなんの後遺症の心配もない」

 

「ゲホッゲホッ!ぐ・・・!!!」

 

 上から見えない何かに押しつぶされるように重圧が圧し掛かる

 

「グラントリノ、一つ私のお願いを聞いてはもらえないかね?そうすれば諸君らが懸念していることは解消されると思うが?」

 

「ヒーローは・・・ぐ!簡単に(ヴィラン)に屈したり・・・しねぇんだよ!!」

 

「そうか・・・できればこの様な事はしたくないのだがね?」

 

「ぐあぁぁ!」

「うぅ・・・」

 

 ギシギシと悲鳴を上げる体に鞭撃って背後を振り向けばもがき苦しむ同僚の姿

 

 自分を含めた仲間全員の命は目の前に居るこいつの指先一つで決まる

 否が応でも理解させられた

 

「さて、もう一度聞こう、一つ私のお願いを聞いてもらえないかね?ああ、安心したまえ、お仲間の記憶からはこの事は消させてもらう。退治した(ヴィラン)は実は集団で一人を除いて逃がしてしまったとでもしておけばいい」

 

 そんな状態の中で笑うこいつは悪魔か何かなのだろうか

 

 そしてその悪魔の「お願い」は――

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「まさか本物で、15のガキで姿を偽ってたとは思わなかった。しかも自分の生徒になるとは尚の事思いもよらんかったがな」

 

ふと鍋に意識を戻せば完全に茹で上がっていた

 

「おっと、茹ですぎたか?まあいいか、あちち!とと、ケチャップケチャップ~!ひょ~!うまそうだ!ふんふ~ふん♪あっ・・・!」

 

鼻歌を歌いながら熱々のソーセージにケチャップをぶっかけ、机まで運ぼうとしたところで躓いた

 

べちゃっ

 

コンコン

 

「こんにちは、雄英高校から来ました。緑谷出久です・・・よろしくお願いしま・・・あああああし、死んでる!?」

 

「生きとる」

 

「生きてる!!」

 

 さてさて、手始めにどれくらい力が使えるか現状把握でもするか・・・失望だけはさせてくれるなよ?

 

 差し当たっては、そこの棚にある救急箱から軟膏取ってくれ。火傷した

 



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第35話 ステイン戦

今回は過去最高1万字超え!



「着く頃には夜ですけどいいんですか?」

 

「夜だから良い!夜はゴロツキが活発に動くかんな!小競り合いが増えて楽しいだろ!」

 

「楽しいかは別として納得しました」

 

 楽しそうに隣の席に座るグラントリノは、「アイツらとは違う」と言うが、その様子は新技の実験体にするため、(ヴィラン)が出現するのを今か今かと待つお爺ちゃん達とそっくり

 

 怒り狂うだろうから言わないが・・・

 

 スマートフォンからSNSのアプリを起動し、確認するが飯田君からの返信はない

 

 いつもなら3分以内に返信が来るのに・・・・・・やっぱ何かあったのかな

 

 ゴン!!

 

「何のおぶ!」

 

 - お客様 座席にお掴まり下さい 緊急停車します -

 

 何かがぶつかった様な音のあとに新幹線が急ブレーキをかけたことで前の座席に顔を打ち付けた。

 痛む鼻先を押さえつつ顔を上げた直後、外から人が吹き飛ばされるように突っ込んできた

 

「!?」

 

 何ごと!?

 

「っんだあいつ!!」

 

 ヒーロー!?

 

 突っ込んで来たのは現役のプロヒーローで、見るからに戦闘で負ったであろう痣や出血などの傷がいたるところにある

 

 ガゴン!

 

「キャアアアアア」

 

 女性の悲鳴が聞こえ、視線を向けると脳が剥き出しとなった、脳無らしき怪物が新幹線の装甲を破壊して乗り込んできていた

 

「小僧、座ってろ!!」

 

「グラントリノ!?」

 

 グラントリノの行動は速かった。僕に「その場で待機」と指示し、脳無らしき怪物に体当たりするように新幹線の穴から飛び出していった

 

 なんだ、何が起きてるんだ!!?何だ今の!?

 

 今しがたグラントリノが(ヴィラン)と共に飛び出していった穴から外を覗くと、グラントリノが(ヴィラン)ごと突っ込んだであろう場所とは別に、黒煙がもうもうと立ち上がる場所があった

 

 ・・・この街は保須市だよな・・・もしかして飯田君も何かに巻き込まれてる!?

 

 数秒の(のち)、けたたましいブレーキ音を響かせて新幹線は緊急停車した

 

「落ち着いて下さい!一先ず席にお戻りください!落ち着いてヒーローを待ってその場を動かないでください!」

 

「すみません!僕、出ます!」

 

「君!!ちょっと!!危ないって!!」

 

 落ち着いて席に座るようにと声を張り上げている職員に一声かけて、先程できた穴から飛び出す

 

 事件解決に貢献できるなんて思っちゃいないけど、せめて飯田君の無事だけは確かめないと!それにヒーロー殺しの件もある。飯田君に何もなければ良いが

 

「一先ず騒ぎの中心部へ!」

 

[翼]

[複製腕]

[爆破]

 

[翼]で空を飛び、[複製腕]に複製した手から連続して爆発を起こして加速

 

「天哉くーん」

 

 地上から20m辺りを飛行しつつ黒煙の上がる場所へ向かっていると、前方から聞き覚えのある名前が聞こえた

 

 天哉って飯田君の名前!?

 

 声の聞こえた方に向かうと、先ほどとは違う種類の脳無らしき怪物の姿が2体暴れまわり、何人かのヒーローが負傷している

 

 飯田君はどこだ!?

 

「何でこんな時に限ってどっか行っちゃうんだ!!」

 

 ノーマルヒーロー・マニュアル!!飯田君の訪問先の人!

 

 先ほどの声の主は飯田君が職場体験で訪問している事務所のヒーローで、飯田君は黙って居なくなってしまったようだ

 

「こらそこの少年!邪魔だよ!ヒーロー(わたし)らが食い止めてる!警察の避難誘導に従いな!間違っても手は出すんじゃないよ!」

 

「すみません!」

 

 どっかに行っちゃったってどこに!?人一倍真面目な飯田君が無断で単独行動をしたってこと!?しかもこんな大事件の時に!?

 

 保須市、飯田君、大事件・・・・・・ヒーロー殺し・・・・・・飯田君の復讐相手

 

 ふと頭に複数の単語が浮かび、一つの答えが出来た

 

 不味い!?もしかしたらヒーロー殺しを飯田君が見つけた可能性がある!

 

 少し離れたビルの屋上まで飛び、[複製腕]に耳を複製し直し飯田君の声を探す

 

「ちっ!!」

 

 雑音だらけで聞き取れない!

 

[索敵(サーチ)]

 

 限界まで索敵範囲を広げて飯田君の反応を探す

 

「うぎぎぎ!!」

 

 膨大な量の情報に激しい頭痛がするが、歯を食い縛って耐える。ツツーと鼻血が垂れるのも構わず探し続け、ようやく反応を捉えた

 

「見つけた!あっち!!」

 

 凄く近くにもう一つ別の気配があった。場所は裏路地

 

「裏路地に2人とか明らかにやばいヤツだ!」

 

 再び、[翼]と[複製腕]、[爆破]のセットで加速しながら目的地まで向かう

 

 確証はないが、過去にヒーロー殺しが出没した街で脳無みたいな奴が暴れ、更にタイミングよくヒーロー殺しが現れるなんて偶然にしてはあまりにも出来過ぎている

 出来過ぎているが、もし(ヴィラン)連合とヒーロー殺しが繋がっているとしたらそれは偶然じゃなく必然になる

 

「あれはヒーロー殺し!?」

 

 嫌な予感的中・・・

 

 反応のあった路地裏をビルの上から見下ろせば連日報道されていたヒーロー殺しと同じ姿の奴と地面に横たわる飯田君の姿

 

 スマートフォンを取り出し、位置情報と共に「応援求む」と文を打ち一斉送信

 

[怪力]

[剛力]

[剛腕]

[鉄腕]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[脚力強化]

[鬼]

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

近接戦闘(タイプ:マーシャル)

 

「何を言ったっておまえは兄を傷付けた犯罪者だ!!!」

 

 倒れ伏したまま叫ぶ飯田君に今にも止めを刺しそうなヒーロー殺し目掛けて飛び出し、全力で横っ面をぶん殴る

 

「緑谷・・・君!?」

 

「助けに来たよ、飯田君!」

 

「緑谷君!?何故・・・!?」

 

「マニュアルが探してたよ?真面目な君が断りもなく単独行動するなんておかしい。最近の君の様子で単独行動を取りそうなのはヒーロー殺し関係。そのヒーロー殺しの被害の6割は人気のない街の死角って報道でやってた。嫌な予感がして君の反応を探したら人気のない路地裏にいるし、近くに知らない反応あるしで大急ぎで来たよ。まあそんなことより、動ける?大通りに出よう。僕らだけじゃ荷が重い。プロの応援は必要だ」

 

 僕の問い掛けに対して飯田君はすまなそうに無理と言う

 

「すまない、奴に斬りつけられてから体を動かせない。恐らく奴の【個性】だ」

 

「切ることが発動条件ってことか・・・!?」

 

 もう一人居る!?二人抱えて逃げるとなると厳しいぞ!?

 

「緑谷君、手を・・・出すな!君は関係ないだろ!!」

 

「は?何言ってんだよ・・・今はそんなことにこだわってる場合じゃないだろ!」

 

「仲間が「助けに来た」・・・いい台詞(セリフ)じゃないか。だが俺はこいつらを殺す義務がある。ぶつかり合えば当然・・・弱い方が淘汰されるわけだが・・・さァどうする?」

 

 ユラリと立ち上がったヒーロー殺しはゆっくりと僕らに近付きながら殺気を放ってくる

 目があった瞬間ゾワリと悪寒が走った

 

 お爺ちゃん達の本気の時の眼とも、USJの奴らの狂った眼とも違う殺人者の眼

 

 逃げるのは無理・・・これは腹を括って戦うしかないか・・・

 

「やめろ!!逃げるんだ!言っただろ!!君には関係ないんだから!!」

 

 この期に及んでまだそんなことを言うのか・・・

 

「いい加減にしないと僕も怒るよ?「友達を助けたい」、助けに来る理由はそれで十分だ。余計なお世話はヒーローの本質なんだってオールマイトも言ってたしね。それに後悔しないって誓ったんだ。舌の根も乾かぬ内に『友を見捨てる』なんて最悪な選択をさせないでくれよ」

 

 飯田君を背に、手を前に出してファイティングポーズをとる

 

「てなわけで、お相手願えますか?ヒーロー殺し!」

 

「来い」

 

 ヒーロー殺し目掛け飛び出すように突っ込む。ヒーロー殺しの振るう刃物は硬化した腕で払い、懐に右の拳を叩き込むも半身になることで躱されてしまった

 ならばと体を捻り、ショルダータックルを当てて吹き飛ばし距離を取る

 吹き飛ぶ直前にからかう様に鼻の下を指で触られた

 

「!!・・・な・・・にが!?」

 

 突如体がしびれるように麻痺し動けなくなる

 

 斬られてないのに何で!?

 

 ヒーロー殺しに目を向ければ指先に付いた赤い液体、血を舐め取っていた

 

 血!?まさかさっきのは僕の鼻血を採る為の!?

 

 ここに来る前、広範囲を無理に[索敵(サーチ)]した影響で出血した鼻血はまだ止まっていなかった

 その血を採られた

 

【個性】の発動条件は斬ることじゃない!血を摂取することだったんだ!

 

「誰かのためと謳いながらも己の為に力を振るい私欲を満たそうとする口先だけの人間は腐る程居るが、お前は生かす価値がある・・・が、こいつらは違う。この場で粛清しなければならない」

 

 ヒーロー殺しは、体の自由を奪われて身動きできない僕の前をゆっくりを通り過ぎて飯田君の元へ向かい、その手に持つ刃物を振り上げた

 

[操土]

 

 飯田君目掛け振り下ろされる刃を無理矢理コンクリートを操り受け止める。体の麻痺は【個性】の発動に影響しないのが幸いした

 

 土以外はやっぱキツイ・・・

 

「まだ手合わせは終わって・・・ないんだけど」

 

 【個性】で硬くなっているので斬り殺されることはない。なんとなくだが、もう少しすれば体でこの【個性】を覚えて無力化できそうだ。無力化さえできればチャンスはある。それまで飯田君達を守り抜かないと

 

「はぁ、そうまでして助ける価値がこいつのどこにある。目の前で助けを求める者よりも、下らぬ私欲の為に己の力を使う奴だぞ?」

 

「言っただろ?「友達を助けたい」って」

 

「はぁ・・・ならその大事な友が殺されないように足掻いて見せろ」

 

 ゴウ!

 パキパキ!

 

 再び刃物を振り下ろそうといた時、突如大通りの方向から放たれた炎と氷に咄嗟にその場から飛び退くヒーロー殺し

 

「足掻いて見せたぞ」

 

 攻撃を仕掛けたのは轟君だった

 

「次から次へと・・・今日はよく邪魔が入る・・・」

 

「轟君!」

 

「緑谷、こういうのは(ヴィラン)とか自陣とかの情報を詳しく書くべきだ。遅くなっちまっただろ」

 

「轟君まで・・・」

 

「安心しろ。あと数分もすりゃプロも現着する」

 

 轟君は勢いよく地面を凍らせることでヒーロー殺しに先制攻撃を加え、飛び退いた処を炎で追撃した

 

 残念ながらヒーロー殺しにはどちらも当たらなかったが、一撃目の氷で僕らが氷山の頂上に来るように山を作り、二撃目の炎で表面を溶かして滑らせることで、バラバラの位置で麻痺していた僕らを一度に自身の後ろに来るように移動させた

 

「情報通りのナリだな・・・こいつらは殺させねえぞヒーロー殺し」

 

「・・・」

 

「轟君気を付けて!そいつに血を舐められたら麻痺して動けなくなる!多分血の経口摂取で相手の自由を奪う【個性】だ!皆やられた」

 

「それで刃物か・・・なら距離開けて・・・く!?」

 

 ヒーロー殺しは距離を開けて戦おうとする轟君目掛けてナイフを投的することで先制攻撃を仕掛けてきた。轟君は咄嗟に顔を反らしたが避けきれず頬から血が流れる

 

「良い友人を持ったじゃないかインゲニウム」

 

 そしてヒーロー殺しがその隙を逃すはずもなく、轟君は接近を許してしまった。氷と炎でどうにか応戦するが、相手は何人ものプロヒーローを殺害してきた殺し屋。その攻撃は二手三手先を行き、轟君を翻弄する

 

「何故・・・二人とも・・・何故だ・・・やめてくれよ・・・兄さんの名を継いだんだ・・・僕がやらなきゃ!そいつは僕が!!!」

 

「継いだにしてはおかしいな・・・俺が見たことあるインゲニウムはそんな面してなかったぜ?おまえん家も裏じゃ色々あるんだな」

 

「己より素早い相手に対し自ら視界を遮る・・・愚策だ」

 

「そりゃどうかな・・・っ!?」

 

 轟君は巨大な氷塊を生み出し攻撃するが、逆に遮蔽物として利用されてしまった。轟君はそうされることを踏まえて追撃の炎を用意をしていたが、死角から飛来したナイフが刺さり強制的に中断させられた

 

 - 覚えた -

 

 よし!行ける!!

 

[ズーム]

[(スピード)]

[脚力強化]

[鬼]

[鉄腕]

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

高速戦闘(タイプ:スピード)!」

 

[ズーム]でヒーロー殺しを捕捉し、壁を駆け上がる

 

「手合わせは、終わってない――」

 

「お前も良い・・・」

 

「くっ!上・・・」

 

「――ってんだよ!!!」

 

「!?」

 

[ジェット]

 

 上空から轟君目掛けて攻撃を仕掛けるヒーロー殺しを殴り、靴底を吹き飛ばすようにして足裏から空気をふかして空中で加速、吹き飛ぶヒーロー殺しへ追撃を行う

 

「まだまだ!!」

 

 畳みかける!!

 

 ヒーロー殺しは追撃する僕をギャリギャリと音を立てながら二刀の刃物で受け止め、弾き返す

 

[火を噴く]

 

「ふうぅぅ!!!」

 

 置き土産に全力の炎を喰らわせるが、僕を蹴ることで直撃を避けた

 

「下がれ緑谷!」

 

「奴の【個性】が分かった!取り込む血液型で拘束できる時間が違う!僕のO型が一番少ないみたいだ」

 

「血液型・・・ハァ、正解だ」

 

「まあ、分かったところで喰らったらピンチに違いはないけど・・・」

 

「少なくとも緑谷は大丈夫なんだろ?」

 

「うん、硬くなってれば問題ない。まあ、さっきはヘマやらかして血を舐められちゃったけどね。模倣して耐性付いたからその心配もない」

 

「そうか、ならさっさと二人担いで撤退してぇとこだが・・・氷も炎も避けられる程の反応速度だ。そんな隙見せらんねえ。プロが来るまで粘るっきゃねえな」

 

「一応速度だけなら僕が対処できるけど、戦闘技術が高いから一人で押さえ切るには不安がある。後方支援頼める?」

 

「相当危ねえ橋だが・・・そだな。二人で守るぞ!」

 

「2対1か・・・甘くはないな」

 

「行くよ!」

 

「ああ!」

 

 ヒーロー殺しは地面すれすれと這うように加速し、轟君目掛け駆け出した

 

「させるか!」

 

[金剛石]

[炭素硬化(ハードクロム)]

 

 足払いでもするかのように振られる刃を蹴り弾く

 

[複製腕]

[長指]

[硬化]

 

 30もの鉤爪で一斉に斬りつけるが、時に避け、時に刃物の上を滑らせて他の鉤爪とぶつけ無力化していく

 

[火を噴く]

 

「バカの一つ覚えか・・・」

 

「一番効きそうなんでね!」

 

 鉤爪がダメならと、[複製腕]に複製するモノを手から口に変えて計5門の火炎放射を浴びせるが飛びのくことで避けられる

 

「止めてくれ・・・もう・・・僕は・・・」

 

「やめて欲しけりゃ立て!!!なりてえもん、ちゃんと見ろ!!」

 

 か細く聞こえる飯田君の声に轟君が叫ぶ

 

 轟君は叫びながらも飛び退いたヒーロー殺し目掛けて氷を走らせ、追撃として炎を放つ

 

「言われたことはないか?【個性】にかまけて挙動が大雑把だと」

 

 凄まじい反射神経で氷と炎を掻い潜り、轟君の懐へ入った

 

[操土]

 

 元々土ではないコンクリートを無理矢理操っていたため咄嗟に発動してもうまくいかない。

 どうにか轟君の足場を窪ませて斜めにすることで、轟君を傾けるようにして迫り来る刃から遠ざけようとしたが間に合わない

 

「――バースト!!」

 

 轟君があわや切り裂かれるかというところで

 キン、という音と共に刃が蹴り折られた

 

「飯田君!?」

 

 いつかの黒煙を吹く超加速で轟君のピンチを救い、追撃でヒーロー殺しを蹴り飛ばし距離を開けた

 

「轟君も緑谷君も関係ない事で申し訳ない・・・」

 

「関係なくなんか!」

 

「だからもう、二人にこれ以上血を流させる訳にはいかない」

 

 飯田君・・・

 

 先ほどまでは只管に復讐だけを考えて後ろ暗い炎が灯っていたが、今は吹っ切れたいつもの正義感の溢れる飯田君の姿

 

「感化され取り繕うとも無駄だ。人間の本質はそう易々変わらない。おまえは私欲を優先させる偽物にしかならない!英雄(ヒーロー)を歪ませる社会のガンだ。誰かが正さねばならないんだ」

 

「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳貸すな」

 

「いや、言う通りさ・・・僕にヒーローを名乗る資格はない。それでも・・・折れる訳にいは行かない!俺が折れればインゲニウムは死んでしまう」

 

 

「論外」

 

 

 ヒーロー殺しの言葉と共に轟君が広範囲に炎を振り撒く

 持ち前の機動力で軽々と躱し、反撃を加えてくるヒーロー殺しに悪戦苦闘を強いられる僕ら

 

 なんとか動きを止められれば・・・!!!!そうだ![(フレグランス)]だよ、[(フレグランス)]!(ヴィラン)の無力化ならこれが一番じゃないか!

 

[(スピード)]

 

 ヒーロー殺しの視界から外れた瞬間に接近し、飛び付いてから【個性】を発動

 

[(フレグランス)]

 

「動くな!」

 

 ぴくっ

 

 よ、よし!効いた!

 

 動きが止まったことに安堵しながらヒーロー殺しに背を向けて皆に退避を呼び掛け――

 

「皆!ヒーロー殺しの動きは止めたから今の内に――」

 

「緑谷!」

 

 ――ようとした

 

「愚か」

 

「っ!?イグッ!!な、何で・・・」

 

 突如背中に走る鋭い痛み

 動けないはずのヒーロー殺しは、なんの不自由もなく背後から斬りかかっていた

 

 油断した・・・終わったと思って【個性】を解除してしまったので背中を斬られた。

 散々岩爺に『完全に無力化するまで気を抜くな』って言われてたのに・・・

 

 轟君の声で咄嗟に[炭素硬化(ハードクロム)]を発動させたから深くはないが、それでも傷口がジクジクと痛み焼ける様に熱い

 

「[(フレグランス)]の【個性】・・・」

 

「な!?」

 

 なんで知ってる!?

 

「お前か・・・奴の言っていた少年とは・・・はぁ・・・惜しい、実に惜しい・・・が、約束は守らねばならない」

 

 ゾワリ

 

「ッ!」

 

 なんだこの感じ・・・体が動かない。【個性】で拘束された訳じゃない、しかし体は動かない。足がすくむ。全力でこの場から逃げ出したいけど動けない。それほどの殺気。

 

 さっきのは小手調べだったってことかよ

 

「ご、ごめん皆・・・なんかスイッチ入れちゃったぽい」

 

 声が震えているのが自分でも分かる

 気付けば目の前にヒーロー殺しの姿

 距離を開けようと足に力を込めた時には蹴り飛ばされて壁にぶつかっていた

 

「ッ!――――!?」

 

[引き寄せる]

 

 思わず瞑ってしまった目を開けると轟君に向かって斬りかかるヒーロー殺しを捉えた

 急ぎヒーロー殺しを対象に【個性】を発動し、位置をずらすことで斬撃を外させる

 

 バランスを崩したヒーロー殺しの背後からは飯田君が蹴りを叩き込み、正面からは飯田君に当たらない場所に轟君が炎を放射して攻撃を加えた

 

 やったか!?

 

 そう思ったのがいけなかったのか、二人の攻撃を避け、カウンターで斬り付けていた

 

 轟君は刃が欠け短くなった長刀で肩を斬られ、飯田君は蹴りと共に爪先のトゲで腕を刺された

 

「ぐあ!」

 

「ッ!」

 

「二人共!!!!離れろ!」

 

 この場から逃げようとする本能を理性で捩じ伏せ、震える足に力を込めて殴りかかる

 

 ヒーロー殺しは後方宙返りでかわすと、トゲと刃に付く二人の血をペロリと舐めとり、こちらを向いた

 

「これで邪魔者はいない・・・あとは貴様だアダムの後継者・・・」

 

「ッ!?」

 

 目が合った途端、心臓を刺し貫かれたような錯覚を覚えた。実際に差し貫かれた訳でもないのに咄嗟に胸を押さえてしまった

 思わず一歩二歩と後退った時、倒れる飯田君と轟君の姿が視界に映った。諦めなんてこれっぽっちもない闘志の燃えた目

 

 ―― 君なら正しい正解を選ぶだろう。何せこの世界のヒーローなのだから ―― 

 

 ふと頭を過るアダムさんの言葉

 

「そうだよ」

 

 何考えてんだよ僕は・・・逃げたらダメじゃないか

 今だヒーローの卵でしかない僕らが戦って徒に負傷者を増やすよりも、プロに任せた方が良いのは初めから分かってたことだ。

 でも、それじゃ『友達を見捨てる』ことになる。それが嫌だからダメだと分かったうえで飛び込んだんじゃないか

 ならやるべきことは一つだ

 

 頬を叩き、気合を入れる

 

「来い!!ヒーロー殺し!!」

 

 急接近してくるヒーロー殺しから放たれる掬い上げるような軌道の斬撃を【個性】で硬くなった腕で振り払うようにして弾く

 

「ッ!?」

 

 チクリとした小さな痛みが弾いた左腕から感じる

 

 斬った!?

 

 驚く僕を余所に二撃三撃と斬りかかってくる

 斬撃を弾く度に火花が散り、切り傷ができ、その傷はどんどん大きく、深くなっていく

 さっきまでどうにか対峙できていたのは『斬られる事がない』という前提があってこそ

 その前提が崩れ去り、今まさに少なくない切り傷が身体に刻まれている

 

 このままではいずれ斬り殺されてしまう

 

[火を噴く]

 

「ふぅ!」

 

 最大火力で火を噴くと予想通りヒーロー殺しは僕から距離を開けるように回避した

 

 今だ!

 

[(スピード)]

[巨大化:拳]

[金剛石]

[衝撃強化]

 

 制御なんて出来ない全速力の[(スピード)]で一直線に着地直後のヒーロー殺しまで突っ込む

 

 一歩

 

 既に[炭素硬化(ハードクロム)]で硬くなっていた全身が更に硬くなるのを感じながら、巨大化していく掌を正面を向く様に突き出す

 

 二歩

 

 何かを突き破る感触と柔らかい物が掌に当たる感触

 

 三歩

 

[爆破]

 

 ビルの壁に激突して止まり、掌とビルの壁との間で何かを押し潰した感触がした

 直感で「これはヒーロー殺しだ」と判断し、即座に最大火力で[爆破]を発動

 ビルの壁ごとヒーロー殺しを吹き飛ばし反動でゴロゴロと転がる

 

[突風]

 

 即座に起き上がり、もうもうと立ち上がる煙を吹き飛ばしてヒーロー殺しの姿を探す

 

 ・・・居た!

 

[ジェット]

[(パワー)]

 

 無防備なヒーロー殺し目掛け鋭角な山を描く様に[ジェット]で加速し、[(パワー)]を加えた拳を振り下ろした

 

「まだまぁ・・・あれ?」

 

 視界が歪んでふらふらする。視線を自分の体に落せば緑の戦闘服(コスチューム)が赤く染まっていた

 

 あ、血を流し過ぎた・・・

 

 カクンと膝が折れ、仰向けに倒れた

 

「緑谷!!」

 

「緑谷君!!」

 

「と、轟君、飯田君!」

 

「大丈夫か!?奴は!?・・・・・・気絶してる・・・?」

 

 体を転がして向きを変え、ヒーロー殺しに目を向ければピクリとも動かず倒れている

 

「ごめん、今ちょっと動けないから代わりに拘束して」

 

「僕はまだ動けそうにない」

 

「悪い、俺も今動けねえ、あと少し待ってくれ」

 

「うん」

 

 二人が動けるようになるまでの間、ヒーロー殺しが起き上がらないように祈りながら待つこと少し、ヒーロー殺しが起き上がるより早く轟君達の麻痺が解けた

 それから轟君達がヒーロー殺しを拘束している間に[自己治癒(セルフヒール)]を発動して止血と傷の治癒を行いその副作用の倦怠感で体が動かしずらくなったので、少し遅れて麻痺が解けて動けるようになったプロヒーローのネイティブさんに肩を借りながら路地裏を出た

 

 ―――――――――――

 

「さすがゴミ置き場、あるもんだなロープ」

 

「轟君やはり俺が引く」

 

「阿呆、一番軽傷な俺が引かないでどうすんだよ。それにお前腕グチャグチャだろう」

 

「悪かった・・・プロの俺が完全に足手まといだった」

 

「いえ、あの【個性】で一対一だともう仕方ないと思います。強かった・・・」

 

「最後の方、何でかは知らないが緑谷のこと目の敵にしてたな。おかげってのも変な言い方だが、俺たち止めも刺されず放置されてた」

 

 自分が代わりにという飯田君を轟君がバッサリ切り捨て、僕を支えているネイティブさんは落ち込んでいた

 

[(フレグランス)]の【個性】が効かなかった上に、何の【個性】かもばれていた

 ヒーロー殺しの言葉から察するに過去にアダムさんと何らかの約束をしていて、その内容に僕を目の敵にする理由があったんだと思う

 

「む!?な、何故お前がここにいる!?」

 

「あ、グラントリノ!」

 

「座ってろつったろ!!!」

 

「フムグッ」

 

 大通りに出たところで道路を挟んだ向かい側からグラントリノが顔を出し、驚きの声と共に僕は顔面に蹴りを喰らった

 

「まァよぅわからんがとりあえず無事なら・・・って血まみれじゃねえか!!」

 

「あー止血はしてあるのでそこまで酷くは・・・」

 

「タコ!服が真っ赤な時点で酷いわ!」

 

「ごめんなさい」

 

 それから遅れる様にゾロゾロとプロヒーローが駆けつけ、現状の説明や救急車の手配など、あれこれと事件の後始末を始めた

 その間僕らは「今度こそじっとしてるように!」と釘を刺され、道路端のフェンスにもたれ掛かる様に休んでいた

 

「・・・二人とも・・・僕のせいで傷を負わせた。本当に済まなかった・・・何も・・・見えなく・・・なってしまっていた・・・」

 

 フェンスにもたれ掛かりながら少しずつ[自己治癒(セルフヒール)]で傷をいやしていると、飯田君は僕らに頭を下げ、嗚咽交じりに謝罪した

 

「僕もごめん。悩んでることは分かってたけど、あそこまで思い詰めてるとは思ってなかった」

 

「たく、しっかりしてくれよ、委員長だろ」

 

「・・・・・・うん・・・」

 

 体感では1時間位戦ってた気がするけど、実際にはほんの10分足らずの出来事だった

 

「一先ず一件落着ってことで帰ろ――」

 

「伏せろ!」

 

「え?・・・!?」

 

 大分マシになった体に力を入れて立ち上がったところで突然叫んだグラントリノに、何事かと目を向ければ視界の端に翼の生えた脳無の姿が映った

 

(ヴィラン)!!エンデヴァーさんは何を・・・」

 

「緑谷君!!」

 

「え、ちょ!?」

 

 僕は為す術なく掴まれ、上空へ連れ去られた

 

「く、この!ぐうううう、うわ!?」

 

 戦闘が終わったからと[自己治癒(セルフヒール)]を使った副作用で全身が酷い倦怠感に襲われ、思う様に体が動かず脳無の拘束から抜け出すことができなかった

 それでもどうにかしようともがいていたら、突如がくんと脳無がバランスを崩し墜落していく

 地面に激突する前に衝撃に備えて体を丸めようとしようとした時、誰かに抱えられた

 

「!?」

 

 僕を抱えたのはヒーロー殺しだった

 

「偽物が蔓延るこの社会も徒に"力"を振りまく犯罪者も粛清対象だ・・・全ては正しき社会の為に」

 

 ハァハァと息を切らせながらも脳無に止めを刺し、抱えていた僕をそっと地面に降ろす

 

「何故一塊でつっ立っている!!?そっちに一人逃げたはずだが!!?」

 

 突然のヒーロー殺しの行動に現場が混乱していると遅れてエンデヴァーが現れた

 

「奴との約束は果たした・・・立ち去れ」

 

「え?」

 

 意味が分からなかった。せめて人質にはなるまいと、どうにかヒーロー殺しから離れる方法を頭の中で巡らせていると当の本人は「去れ」と言う

 

「エンデヴァー・・・」

 

「ヒーロー殺し――!!」

 

「待て轟!!」

 

 困惑する僕を余所に、右腕から勢いよく炎を吹き出しながら突っ込んでくるエンデヴァーをグラントリノが声を張り上げて制止する

 

「偽物・・・」

 

 ゾゾゾゾ!

 

 戦闘中に感じた殺気とは違う言いようのない圧力

 息が詰まり、体が震える

 

「正さねば・・・誰かが血に染まらねば!”英雄(ヒーロー)”を取り戻さねば!!」

 

 ヒーロー殺しは見るからに重傷の体に小型ナイフ一本の状態で一歩二歩と歩いただけなのに、その言いようのない圧力と相まって後退る者、腰を抜かす者と一人残らずのまれた

 

「来い、来てみろ贋物ども!俺を殺していいのは本物の英雄(オールマイト)だけだ!!」

 

 僕は上手く空気が吸えずにハッ、ハッという浅い呼吸を繰り返し、動くこともできずにその行く末を見守るしかできなかった

 ふっと謎の重圧がなくなり、体が酸素を求めて荒い呼吸を始める

 

「・・・!気を・・・失っている・・・」

 

「助・・・かった・・・のか?」

 

 僕は助かった安堵から緊張の糸がプツリと切れて意識を失った

 



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第36話 対ヒーロー殺しのその後

 なんだこれ

 

 足元は真っ赤な血の池

 血の池に沈む2人の友人の姿

 

 なんだこれ、なんだこれ

 

 パシャ・・・パシャ・・・と背後から近づいてくる足音

 

 振り返る間もなく衝撃が走った

 そして耳元で聞こえる聞き覚えのある声

 

「残るはお前だけだ偽物」

 

 視線を下げれば胸から飛び出した刀身

 

 刀身から伝って滴り落ちた血がピチャン、ピチャンと音を立てて血の池の一部となっている

 

 う、うああああ――

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「ああああぁぁぁ・・・・・・あ?」

 

 叫びながら胸を押さえればあるはずの凶器がなかった

 目の前に広かるのは真っ赤な血の池ではなく、シミ一つない真っ白な知らない天井

 

「起きたか緑谷。うなされてたが大丈夫か?」

 

「おはよう、あれからずっと眠り続けてたから心配したよ」

 

 起き上がれば病衣(びょうい)姿の飯田君と轟君

 

「ここは?」

 

「ここは病院だよ。君は既に気を失っていたから知らないだろうが、俺達酷いけがだったからそのまま病院に搬送されたんだよ」

 

「ただでさえ出血多量でぶっ倒れたってのに、最後の最後にあんなん見せられたら気絶しても可笑しくねえよ」

 

 視線を下に向ければ、二人と同じ病衣に身を包み、そこから除く腕は包帯でぐるぐる巻きにされていた

 

「そっか、僕ら・・・生きてるんだよね・・・」

 

「ああ、奴に付けられた傷も致命傷になる様な箇所は外されてる。明らかに生かされたって感じだな・・・その点、あれだけの殺気を初めっから向けられ続けて尚立ち上がったお前はすげえよ。助けに来たつもりで逆に助けられた」

 

 轟君にすごいと言われた飯田君は目を伏せた

 

「いや、違うさ、全然違う。俺は兄さんのため、これ以上被害者を増やさないため、なんて綺麗事を口にしながらヒーロー殺しに挑んだ。結果は為す術もなく惨敗。そして助けに来てくれた君たちに対して『邪魔をするな』とさえ思ってしまった。なのに君たちはそんな身勝手な僕を助けるためにしなくてもいい戦いをした・・・それがどうしようもなく凄く腹立たしくて、どうしようもなく悔しくて・・・そして君たちが傷だらけになるのを見てるだけしかできない自分がどうしようもなく情けなかった・・・・・・結局はすべて自分の為にしたことだったんだよ・・・轟君の言った『なりたいもんちゃんと見ろ』って言葉でなんでヒーローを志したか思い出したんだ。だから立ち上がれた。折れずに済んだ。だから俺はすごくない。本当にすごいのは君たちだ」

 

「飯田君・・・」

 

「おおォ起きてるな怪我人共!」

 

「グラントリノ!」

 

「マニュアルさん!」

 

 落ち込む飯田君になんと声をかけたらいいか考えていると、ノックもなしにドアが開き、グラントリノとマニュアル、そしてスーツを来た背の大きなひ・・・犬・・・犬!?

 

「すごい・・・グチグチ言いたい・・・がその前に来客だ」

 

 物凄く顔を歪めたグラントリノが今にも口から飛び出しそうな文句をなんとか飲み込み、紹介したのは一緒に来た犬の人

 

「保須市警察署署長の面構犬嗣さんだ」

 

 警察!?

 

「い、犬のお巡りさん!」

 

 本物!

 

 迷子の子猫はいないけど、犬のお巡りさんはいた!

 

「それは警察に入りたての新米の頃だワン」

 

「署長だっつただろうが!」

 

「初対面の子は皆そう言うからね、気にしなくていいワン。ちなみに助けた迷子の子猫さんは名前も住んでいる所も言える賢い子で、今では立派な警官として私の下で働いているんだワン」

 

「おお!」

 

 迷子の子猫もいた!

 

「さて、おふざけはここまでとして、真面目な話をしよう。君たちがヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね?ヒーロー殺しだが、火傷に骨折となかなかの重傷で現在治療中だワン」

 

 そういって署長さんが語り出したのは今回の事件の処罰についてだった

 

 ヒーローがヒーロー足りえるのは、今まで先人たちがモラルやルールを順守してきたからであり、ヒーローとしての資格未所得者の僕ら三人が保護者の指示なく【個性】を使用し、ヒーロー殺しと応戦したことは相手が誰であろうと規則違反である。故に僕ら三人とその保護者は処罰を受けなければならないそうだ

 

 当然そんなことを言われて、はいそうですか、なんて言えるはずもなく、轟君が噛みついた

 

「待ってくださいよ。飯田が動いてなきゃネイティブさんが殺されてた。緑谷が来なければ二人は殺されてたし、誰一人としてヒーロー殺しの出現に気付いてなかったんですよ?規則を守って見殺しにするべきだったって!?」

 

「結果オーライであれば規則など有耶無耶でいいと?」

 

「っ!人を助けるのがヒーローの仕事だろ」

 

「ハァ、だから君は卵だまったく・・・いい教育をしてるワンね雄英も、エンデヴァーも」

 

「っの!」

 

「やめたまえ!もっともな話だ!!」

 

 遂に手が出そうになった轟君を飯田君が羽交い締めにして止めると、グラントリノが落ち着けと制止する

 

「そう急くな、話は最後まで聞くもんだ」

 

「以上が・・・警察としての意見・・・で、処分云々はあくまで公表すればの話だ」

 

「へ?」

 

 まるでそうするつもりがないという様な言葉に思わず変な声が出た

 

「公表すれば君たちは脚光を浴び、褒め称えられるだろうが処罰は免れない。そして何よりそれを見て触発された者達が僕も私もと第二第三の君たちとなってしまう恐れがある。それでは先人たちが長きに渡り築き上げた『平和』が黎明期以前の混沌とした世の中に戻ってしまう」

 

 そんな・・・僕らのせいでそんなことが・・・・・・

 

「一方で汚い話だが公表しない場合は、ヒーロー殺しの火傷痕からエンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン。幸い目撃者は極めて限られているのでこの違反はここで握り潰せるんだワン。だが、そうすると君たちの英断と功績も誰に知られることはない。どっちがいい!?杓子定規の正しい選択か、汚い大人のズルか。一人の人間としては前途ある若者の『偉大なる過ち』にケチをつけさせたくないんだワン」

 

「えっと、つまり?」

 

 混乱した頭では上手く理解できずもグラントリノに視線で助けを求める

 

「要はお前らの行いは『正しくはないが間違っていなかった』『公表はできないが胸を張れ』ってことだよ。ここは黙ってお願いしとけ」

 

 視線を向ければ二人とも同じ答えの様でコクリと頷いた

 

「よろしく・・・お願いします」

 

「大人たちの勝手な都合で君たちが受ける称賛の声はなくなってしまうが・・・せめて共に平和を守る人間として・・・ありがとう!」

 

 署長さんは僕達に深く頭を下げた後、パンッと手を叩き話題を変えた

 

「さて本題が済んだところで個人的な約束事を果たすワン」

 

「個人的な約束?」

 

「ええと、『保須市の病院卵が三つ、赤白(あかしろ)卵に眼鏡の卵、二つは無視してもう一つ、モジャ毛の卵に手紙を渡せ』」

 

 懐から古びた紙と一通の手紙を取り出したあと、古びた紙の方にに視線を落としながら歌う様に読み上げた

 

「は?なんですそれ?」

 

 皆同じ事を考えていたのか、赤白卵で轟君、メガネの卵で飯田君、そしてモジャ毛の卵で僕を見た

 

「ああ、いや、渡す相手と一緒にいるであろう人物の特徴を紙に書いて貰っていたんだワン。何しろ頼まれたのが8年も前だったものでね。頼むなら特徴を書けといったらこれを渡されたのだワン」

 

「8年前なのに今の状況が指定されてるのか?そんなバカな」

 

「そういうことができる人物からの手紙だよ赤白卵君」

 

「歌う必要はなかったのでは?」

 

 やはり恥ずかしかったのか、飯田君の質問に頬を赤くしながら、咳払いでその質問を誤魔化して僕へ手紙を差し出す署長さん

 

「ゴホン!で、モジャ毛の君が緑谷君だね?君宛だワン」

 

 驚く轟君を尻目に手紙を受けとる

 

「ありがとうございます」

 

「さて、私もなにかと忙しい身でね?ここで失礼させてもらうよ」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

「では、ご協力感謝します!」

 

 署長さんは、ビシッと格好いい敬礼をして去っていった

 

「小僧!」

 

「は、はい!」

 

 突然呼ばれ、背筋が延びる

 

「言いたいことは山ほどあるが、今日は勘弁してやる。ぐっすり寝て傷を癒せ。ただし・・・・・・明日は説教だ!」

 

「は、はぃ・・・」

 

 明日の説教、長くなりそう・・・

 

「飯田君、君もだよ?」

 

「ご迷惑をお掛けしました」

 

「自身の勝手は他人の迷惑!分かったら二度とするなよ!!」

 

「はい」

 

 横では飯田君がマニュアルにしかられていた

 

「じゃあ俺らも戻る。他のは知らんが、小僧は一日あれば治んだろ。暇だろうがなんだろうが寝てろよ」

 

「はい」

 

 署長に続くようにグラントリノとマニュアルが退室し、静寂が戻ってくる

 

「間違ってなかったてさ」

 

「俺らを守ってくれるんなら先に言って欲しかったぜ」

 

「だよね」

 

「事が事だけに叱らない訳にはいかなかったのだろう」

 

 一番署長さんに噛み付いていた轟君は愚痴をこぼし、「仕方ない」と飯田君がフォローを入れた

 

「親父の機嫌が悪くなりそうだけどな、『人の功績を奪うなど!』って」

 

「しょうがないよ。そうしてもらわないと僕らも困るし。それにしても仲直りしてから変わったね。前だったらエンデヴァーの名前すら口に出さなそうだったのに・・・」

 

「誤解が解けて他より少し厳しいだけの父親だって分かったんだ。別に名前を呼ぶ位いいだろ」

 

「頬が赤いよ?」

 

「うるせえ!」

 

「二人共、改めてすまない。そしてありがとう」

 

「んな気にするな」

 

「そうだよ!どうしても気になるなら、僕らが困ったとき助けてよ」

 

「必ず!」

 

「所でよ、誰からの手紙だ?」

 

「ん?ちょっと待ってね・・・あ、やっぱりアダムさんからだ」

 

 未来を知ってて僕の知り合いってアダムさん位しか知らないしね

 

「アダム?旧約聖書の?」

 

「偽名じゃないか?」

 

「違う違う、本名だし僕の恩人だよ。えっと、なになに・・・」

 

 飯田君と轟君からの問い掛けに答えつつ手紙を開いた

 

 ~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

 

 緑谷少年へ

 

 まず始めに、君はアダムという名に聞き覚えはあるかい?

 

 「知らない、誰だそいつ、旧約聖書の?」などと思ったのならそのまま手紙を破り捨ててくれ

 

 残念ながら君とは縁がなかったようだ

 

 もし違うというなら破り捨てずに読んでほしい

 

 

 

 

 

 

 

 破られずに済んでよかったよ

 

 では、改めて久しぶりだね、緑谷少年

 

 この手紙を読んでいるということは、君は職場体験でグラントリノの下へ行き、友の為にヒーロー殺しと対峙して辛くも勝利したが、そのまま入院しているのだろう

 

 そして、君はヒーロー殺しとの戦いの中で[(フレグランス)]の【個性】を使用した

 

 そして無力化されて反撃を受けた

 

 君は今「何故そんなことが分かるんだ」と思っているだろう

 

 簡単に分かるさ

 

 誰かを守り、助ける為ならば平気で自身の命すらもチップとしてしまうような性格をしている君が、対(ヴィラン)で最も有効な【個性】である[(フレグランス)]を使わないわけがない

 

 それを見越して事前に[(フレグランス)]が無力化されるように手を打っておいた

 

 理由は君の成長の妨げになるからだ

 

 (ヴィラン)と一言に行っても強弱の他、個人か組織か、信念があるかないかなど様々

 

 そんな中でヒーロー殺しであるステインは、一種の狂信染みた信念と、それを貫き通すための技量を持った人物だ

 

 そして、君が思い描くヒーロー像と彼が求めるヒーロー像は同じで、君が死にかける心配はあっても殺される心配のないという数少ない相手だ

 

 これから先、ステイン以上に強く、且つ組織立って動く者達と戦い続けることになる

 

 だから君としては有難迷惑かもしれないが、(ヴィラン)の卵と愉快な雑魚共の襲撃ではなく、一つ本物の(ヴィラン)との戦闘を経験してほしかった

 

 その為に事前にステインに会って細工し、「細工が作動したら作動させた少年を死なない程度に殺しにかかってくれ」と頼んでおいた

 

 今回の戦いで色々と成長しただろう

 

 これからも正道を歩み続けて欲しい

 

 

 まあ、ここまでは君の戦いに介入した理由だ

 

 本題はここから

 

 君は [PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]を私から受け取ってから様々な【個性】を覚え続けているだろう

 

 そこで、そろそろ [PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]を使った周囲の人間の強化方法を教えようと思う

 

 この強化法を、私は[贈り物(ギフト)]と名付けた

 

 方法は二つ

 

 一つ目は[コピー]と[譲渡]の【個性】を使用した方法

 

 [コピー]は君の通う雄英高校のB組に物間という少年が居るはずだ

 

 [譲渡]については私が住んでいた廃教会の裏手に一人の墓守が居る

 

 その墓守が[譲渡]という与える【個性】を持っている

 

 場所についてはグラントリノに聞くといい

 

 やり方は簡単、覚えている【個性】を[コピー]し、[コピー]した【個性】を[譲渡]で与えるだけだ

 

 [コピー]しないで直接与えたらいいんじゃないかと思ったかもしれないが、これには訳がある

 

 まず、覚えた【個性】は通常の【個性】と違って、 [PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]の能力の一つとしてカウントされるため、並みの【個性】で干渉することはできない

 

 だが、覚えた【個性】は同じ枠組みの覚えた【個性】に干渉することができる

 

 だから、覚えた[コピー]で覚えた【個性】をコピーすることで [PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]とは別枠の【個性】とし、[譲渡]で与えることができるようになる

 

 こちらの方法は[仮初めの贈り物(トランジェント・ギフト)]と呼ぶことにした

 

 利点は

 ・手で触れるだけで与えることができる

 

 難点は

 ・与えた【個性】は、系統が合わなければ一度使えば消えてしまう使い捨ての【個性】になってしまうこと

 

 ・真逆の【個性】を与えると打ち消し合って本来の【個性】すら使えなくなってしまうこと

 

 ・与えられるのは能力か耐性どちらか一つだけということ

 

 ・元となった人物に本人の【個性】を与えても意味がないこと

 

 ・何かしらの性能が劣化すること

 

 例えば、君の近くにいるであろう轟少年に[(パワー)]の【個性】を与えたとしよう

 

 その場合、一時的に絶大なパワーを得るが永続的に使えるように定着することはない

 長くとも半日、短ければ一瞬で使えなくなる

 

 彼は発動系、その中で自然系の【個性】の持ち主だ

 増強系の中で名前の通り純粋な力が宿る[(パワー)]とでは方向性が違う

 

 では、[炎]の【個性】を与えるとどうなるかというと、自前の[炎]はそのままに[氷]が一切使えなくなってしまう

 

 例え同じ発動系で自然系であったとしても、与えた[炎]の【個性】が元からある[氷]の【個性】を打ち消してしまうからだ

 

 与えるなら[炎][氷]以外の自然系の【個性】だ

 

 次に[(フレグランス)]やステインの[凝血]などの相手の肉体、又は精神に作用する『覚えることで耐性がつく』【個性】の場合、与える際に《実際に発動できる能力》か《その能力に対する耐性》かを選ばねばならない

 

 今回、ステインに[(フレグランス)]が効かなかったのは、事前に私が[(フレグランス)]の耐性を与えていたからだ

 

 [洗脳]を覚えていたら思惑が外れているだろうが、この世界は大筋が逸れるのを嫌うらしい

 

 その場合はなんらかの偶然で使用しないだろう

 

 耐性に関しては、一度だけ無力化できるものと思ってくれ

 

 また、能力を与えて、後からもう一度耐性を与えようとしても上書きされるだけで共存することはない

 

 これは、一人につき一つの能力か耐性どちらかしか与えることは出来ないためだ

 

 強化を施したいなら耐性か、一時的な能力かを選ぶ必要がある

 

 なら、本人と同じ【個性】ならと考えただろうが、これは意味がない行為だ

 

 同じ【個性】を持つ他人から覚えた【個性】なら可能だが、本人の【個性】では元々ある【個性】に弾かれ、強化されることはない

 

 何回もの実験の末に出した結果なので覆ることはないと思ってくれ

 

 例を挙げれば、轟少年の他に近くにいるであろう飯田少年

 

 彼の兄、インゲニウムの【個性】を与えれば、彼の【個性】である[エンジン]は飛躍的に強化される

 

 ただ、覚えた【個性】である以上、変化・発動系となるため、この場合は意識すると上腕部から排気筒が出現するような形になるだろう

 

 本人が望むなら名前と共に兄の【個性】も引き継げるようにしてあげてくれ

 

 ただし、与えるのなら[仮初めの贈り物(トランジェント・ギフト)]ではなく、(のち)()すもう一つの方法で与えてあげて欲しい

 

 性能の劣化については、どうやら[コピー]、[譲渡]とステップを踏む影響で性能が低下しているようだ

 

 ただ、一応は[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]によって強化された上での劣化なので、本物より多少劣る程度ですんでいる

 

 

 もう一つは、[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]と [PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]の会わせ技、覚えている【個性】を[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]で受け渡す方法だ

 

 先程並みの【個性】では干渉できないと言ったが、[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]は並みの【個性】ではない

 

 何せ、与える対象が無数にある[譲渡]と違い、混ざり合う前は『【個性】を与える』ことに特化した【個性】だったのだから渡せないことはない

 

 こちらは[真実の贈り物(ジェニュイン・ギフト)]と呼ぶことにした

 

 利点は

 

 ・複数の【個性】も与えられること

 

 ・強化された状態の【個性】を与えられる

 

 ・同じ【個性】の血縁者が居れば、【個性】を強化し続けられること

 

 難点は

 ・[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]の仕様上、血や髪といった自分の一部を摂取してもらわねばならず、直ぐには効果が現れないこと

 

 ・与えた後、覚えていた【個性】は忘れてしまうこと

 

 ・適性に沿わない【個性】を与えると、最悪死に至ること

 

 適性についてはその人物の可能性と言い換えてもいい

 

 君ならば母親の血筋から『物を動かす』【個性】、父親の血筋から『火を扱う』【個性】を発現する可能性があった

 

 故に君には『物を動かす』適正と『火を扱う』適正がある

 

 轟少年も[炎]と[氷]の適性があり、両親の【個性】を与えることで強化できる

 

 ただし、注意点が一つ

 

 与える時は『同時に』だ

 

 轟少年は[炎]と[氷]という相反する【個性】を持っているのでバランスが大事なんだ

 

 要は天秤に同量の重りがあると思えばいい

 

 どちらか片方だけを与えた場合は釣り合いがとれていた【個性】の均衡が崩れ、もう片方の【個性】が天秤から転がり落ちてしまう

 

 だから与えるなら『同時に』だ

 

 そして、適性が沢山あるからといっていくつでも与えられるわけではない

 

 受け入れられる【個性】の数は個々によって様々

 

 自身の【個性】と同系統、又は血縁が近い程適性が高くなり、受け入れられる【個性】の限界数も上がる。

 

 それでも【個性】を三つ与えた辺りから体調を崩しやすくなり、五つを超えると記憶障害の症状が見られたので、分け与えて問題ないのは最大でも二つまで

 

 例外的に血縁者にまったく同じ【個性】があり、それを与えた場合は元からある【個性】に吸収統合されるので与えた数にカウントされない

 

 理論上は際限なく強化することができる

 

 飯田少年の場合は、彼の兄がこれに該当する

 

 また、適性が低い【個性】はたった一つでも拒絶反応が現れる

 

 嘔吐や発熱、意識を失って痙攣するなどは軽い部類で長くとも半日で収まる

 

 重いものは記憶障害や失語症、自我の喪失など

 

 最悪は死に至る

 

 確認方法については言えないが、これも当人の【個性】が弾かれることと同様、覆ることはないと思ってくれ

 

 それから、オールマイトに関しては、長年[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]を使用した影響で増強系の【個性】なら大半の適性があるようだ

 

 個人的な理由で与えた【個性】は全て削除済みだが、望むなら君から色々と与えて欲しい

 

 ちなみに、与えたこともそれを削除したこともオールマイトは知らないので本人に聞いても無駄だ

 

 これらの方法をフル活用すると、一人の人間が最大三つ、一時的も含めれば四つの【個性】が使用できるようになる

 

 最後に、これらの強化法を施す相手は信頼のおける人物だけにしてほしい

 

 誰もが君の様に与えられた力を誰かの為に使える訳ではない

 

 むしろ大多数の人間が自分の為に使うだろう

 

 特に降って湧いた力程その傾向が強い

 

 その事を忘れないでほしい

 

    君の未来に幸多からんことを

       アダム・アークライトより

 

 ~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

 

「なんだって?」

 

「轟君、余り詮索するのは・・・」

 

「いいよ別に、2割が今回の戦いで色々と成長しただろうって事と、残り8割が新しい【個性】の使い方についてだね」

 

「新しい【個性】の使い方?」

 

「うん、僕の【個性】とアダムさんの【個性】って似てるところがあるから、今ならこれくらいできるだろうってさ」

 

 コンコン

 

「飯田さん、轟さん、緑谷さん、診察のお時間ですので診察室までお越し下さい」

 

「はい!行こっか」

 

 看護婦さんに呼ばれ僕らは診察室に向かった

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「驚くほどの回復力だな。運び込まれたときは二週間は包帯がとれないと思ってたんだが、これなら直ぐにでも退院できるね」

 

「その、ごめんなさい、実は治癒系の【個性】でちょこちょこ治してたんです」

 

「道理で、あの怪我なら使いたくなるのも頷ける。しかし、次からは僕らに一声かけてくれ。今回はなかったが、そのまま治したら後遺症が残る傷があるかもしれないからね」

 

「はい」

 

「取り敢えずはぐっすり寝て体を休めなさい。戻っていいよ」

 

「ありがとうございました」

 

「安静にね」

 

 怪我の様子を見るだけで特にレントゲンとかも撮らなかったから早く終わったな・・・

 

「そうだ、みんなに無事だって伝えとかないと」

 

 フロントまで移動し、スマートフォンのSNSで皆に無事を伝えた所、間髪いれずに麗日さんから着信があった

 

「もしもし、麗日さん?」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「うん、大丈夫だよ。うん・・・うん、じゃあまた学校で、うん、じゃあ」

 

 う、麗日さんの声が耳元で!

 

 バクバクと鳴り響く心音を落ち着かせながら病室に戻るとすでに二人の姿があった

 

「あ、二人共終わってたんだね!どう――」

 

「緑谷」

 

「うん?」

 

「飯田、今診察終わったところなんだが・・・」

 

 なんだが?

 

「左手、後遺症が残るそうだ。手指の動かし辛さと多少の痺れ程度のもので、手術で神経を移植すれば治る可能性があるそうだ」

 

「じゃあ、これから手術を」

 

「いや、受けない」

 

「な、なんで!?治るんでしょ?」

 

「ヒーロー殺しを見つけた時、頭の中が真っ白になって飛び出してた。まずマニュアルさんに伝えるべきだったのに。奴は憎いが、奴の言葉は事実だった。だから、俺が本物のヒーローになれるまでこの左手は残そうと思う」

 

「飯田・・・絶対ヒーローになろうね」

 

「ああ」

 

「仲間外れか?俺も仲間にいれろよ」

 

 飯田君と盛り上がっていると仲間外れにされていると思った轟君がやや不機嫌そうに話に入ってきた

 

「何言ってんだよ、もちろんさ!皆でヒーローになろうね!」

 

 こうして最後は大人に助けてもらってヒーロー殺しの事件は解決した



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第37話 とある転生者の一生

 生命は死を迎えると時間と共に魂が抜けていく

 そして、徐々に浄化され、その過程で魂から記憶が剥がれていく

 

 剥がれた記憶は消えていくが、自我を持つ動物の中には希に強い未練が核となって記憶が集まり、擬似的な霊魂として現れることがある

 

 所謂(いわゆる)地縛霊や浮遊霊と呼ばれる存在だ

 

 その中でも進化の過程で特に我欲が強くなった人間の魂の中には、強過ぎる未練で浄化の過程で魂から記憶が剥がれることがなく、そのまま天に登り輪廻の環に加わろうとする魂がある

 輪廻の環は浄化された無垢な魂が密集した所のため、この未練のある魂が加わるとたちまち染め上げられ、天変地異として世界に多大な影響を及ぼす

 

 それを防ぐため、未練のある魂が輪廻の環に加わる前に無垢な魂と隔離し、浄化処理するのが世界の管理者、所謂(いわゆる)『神』という

 

 なぜそんなことを知っているかというと、目の前にいる妙に認識し辛く、何とか人形(ひとがた)であることは判る『神』に説明されたからだ

 

 その『神』が言うには、何でも私は強い未練で記憶が剥がれなかった魂なのだそうだ

 ただ、厄介なことに強いのは未練だけではなく、魂の強度も強いらしく通常の処理では浄化されず、輪廻の環に加えることが出来ないんだとか

 

 これも私だけが特別というわけではなく、未練も魂の強度も強い者は希にではあるがいるらしい

 

 ではどうするかというと、自然に未練がなくなるように擬似的な転生を行うそうだ

 転生先は所謂(いわゆる)箱庭の様な所で、転生者の望む世界を作り出し行う

 そして、箱庭の世界故に特殊な能力を与えることも可能なのだとか

 

 そのため、実際の世界では在り得ない、魔物が跋扈し、魔法が飛び交う世界で一騎当千の活躍もできるそうだ

 ただし選ぶことができるのは物語の存在する世界だけらしい

 

 理由としては、無からの世界創造は簡単ではなく、既にある世界への影響を計算し、調整、生命体を生み出し、そこから更に世界の影響を計算し・・・と、ひたすら手間が掛かり、それに伴いとてつもない年月が必要で作り上げるのは容易ではない

 だから、箱庭という隔離された世界にすることでこの問題を解消し、更に既にある物語をベースに作り上げることで簡単且つ矛盾の少ない世界が出来上がるのだとか

 

 そこでどのような場所に行きたいかと問われ、『僕のヒーローアカデミア』の世界に『NEEDLES(ニードレス)』の『PFーZERO』を持って転生したいと答えた

 

 小さな理由がファンタジーの世界への憧れから

 大きな理由は今度こそ家族を守れる力が欲しいという渇望から

 

 その願いは叶えられ、[PFーZERO]を核として擬似的な転生を行う運びとなった

 

 ただし転生以前の、つまり前世の記憶は転生を行う前に処置して大半を消去、残りも徐々に消えていくようにするそうだ

 

 何でもこの擬似転生を行い始めた頃は、記憶を消さずにいたことで未練をなくすどころか、前世に対する未練が日増しに強くなり発狂、強靭な魂ですら強くなった未練に耐えられなくなり破裂して存在ごと消えてしまう事例が多発したので、その処置として記憶の消去を行うのだとか

 

 そして、世界を選択した者には物語の行く末、つまり原作知識を残したまま、或いは与えた上で、且つ特殊な能力に関する知識を持った状態で転生させてくれるそうだ

 これは一重に長く生きてもらうため。

 

 その代わり、余りにも物語から逸脱する行為は控え、物語に沿うように生きること約束させられた

 

 何度理由を聞いても微笑むだけで『神』が何か言うことはなかった

 

 答えるつもりはないようだ

 

 その後、私は諸々の処理を施され、箱庭の世界へ転生することとなった

 

 ――――――――――

 

 どれくらいだろうか、真っ暗な中を落ちていくような感覚を味わい続けていると妙な浮遊感と何か暖かいものに包まれる感覚を覚えた

 

 どうやら上手くいったらしいが・・・ここは何処だ?

 

 もしやこれが母親の胎内の感じなのだろうか

 

 そう思いながら四肢に意識を向ければ特に手間取ることなく動かすことができた

 

 赤ん坊にしては不自然なほど動く・・・何故だ?

 

 今度はゆっくりと目を開けると、焦点の上手く合わない若干ボヤけた緑色の視界の中で、白衣を着た一人の男性と目があった気がした

 

 どうやら今世はまともな生まれじゃないらしい

 

 母親の胎内と思っていたのは、緑色の液体の入った何かの機械だったようだ

 

 目の合った白衣を着たその男は私に何かする事なく走り去ってしまった

 

 徐々に鮮明になってく視界で、狭い機械の中から周囲を確認していると、白衣の男が一人の男を連れてきた

 

 白衣の男は連れてきた男に(しき)りに頭を下げていることからその男は上司なのだろう

 

 なんとなく二人のやり取りを眺めていると、私の浮かんでいた液体が減っていく

 

 どうやら白衣の男が機械を操作し、緑色の液体を抜いたらしい

 

 楽観出来たのは液体が私の鼻を下回るまでだった

 ついさっきまで呼吸をせずとも肺を満たす液体から酸素を取り入れていたのに、急になくなったものだから、溺れたような錯覚と共に液体を吐き出し、狭い機械の中でもがく

 

 もがくと言っても、膝を抱えた格好のため、精々が機械のガラス部分を叩き、男達に助けを求めるくらいしかできない

 

 転生して直ぐに死を覚悟するとは思わなかった

 

 そして液体のなくなった機械の中から出されると、白衣の男の上司が私の頭に手を置いた

 

 直後、何か得たいの知れないものが入ったり出たりを繰り返し、その度に男達の顔は歓喜に彩られていき、私は困惑と共に恐らく【個性】であろう『力』を覚えていった

 

 私を余所に二人はなにかを話しているようだが、まだ上手く聞き取ることができず、ただ見ているしかなかった

 

 もう少しで上司の男の【個性】を理解できそうな時、傍観を止めた

 

 先ほどまでと違った、入ったものが出ていくのではなく、私から何かを引き抜こうとしている感覚と、何かが引き裂かれそうになる激痛が私を襲ったからだ

 

 私は激痛から逃れるためがむしゃらに暴れた

 気付けば白衣の男が立っていた場所は深い穴が開いて白衣の男の姿がなく、その隣には上司の男が目を見開いて立っていた

 そして私のいる回りは抉れ、溶け、ひび割れとひどい有り様だった

 

 その後は部屋に入れられ、先ほどから「ここがお前の部屋だ」と言われている事をやっと聞こえるようになった耳で理解した

 

 それからは様々な実験をされ、研究員の目を盗んで様々な【個性】を覚えながら過ごしていた

 名前も『アダム』と付けられた

 

 偶然にしては出来すぎかと思ったが、容姿も『力』も彼と同じならこの名前がしっくり来るかと納得した

 

 そして様々な実験の過程で、私の後に続くように自我のない兄弟も多く生まれた

 

 兄弟達は研究員以上に役立ちそうな【個性】を持っていたので、これも研究員の目を盗んで覚えていった

 

 施設で暮らしながら色々と情報を集めたところ、私は『始めから全ての【個性】が使える生命体』として創造されたが、『あらゆる【個性】に親和性を持つ生命体』として誕生した事

 

 兄弟達と思っていたのは、私のクローンに他の遺伝子を混ぜた改良型人造人間(ホムンクルス)らしい事

 

 私が白衣の男の上司と呼んでいる男はこの施設の責任者兼出資者である事

 

 そして、どうやら私はたまに来る責任者の男以外には『【個性】が存在しない個体』と認識されている事

 

 当然そんな私に対する待遇は良くない

 

 責任者の男が私の所に来なくなった時が、私が破棄個体の仲間入りする時だろう

 

 そうなったら施設を破壊して脱走するつもりだ

 

 そんな暮らしを体が育つまではと続けていたが、当たり前となった日常に変化が起きた

 

 責任者が数日離れるからと、一人の研究員が私を破棄しようとし始めたのだ

 

「やっぱり適性以外何もねえのかよコイツは・・・破棄だな」

 

「勝手に破棄は不味いんじゃないか?ボスが偉く気にかけてたし・・・」

 

「一番最初に出来た人造人間(ホムンクルス)だからだろ?適性以外何もねえし、他の人造人間(ホムンクルス)は適性以外にも【個性】があんだろ?なら破棄だ破棄。正直こいつの世話は時間の無駄なんだよ」

 

 こいつに世話された覚えは欠片もないが、そろそろ頃合いか・・・覚えるものはもうなさそうだしな

 

「敵襲!敵襲 !ヒーローが攻めてきやがった!」

 

「ちっ!戦闘員は迎撃準備!出来損ない共もにありったけの薬ぶちこんで戦わせろ!今捕まるわけにはいかねえ!」

 

 さて、どうするべきかと自身の身の振り方を考えていると、丁度良くヒーローの襲撃が起きた

 

 ヒーローが来たのか・・・このまま脱走するより保護された方がいいかな

 

 私は、研究員達の認識を狂わせて戦闘に参加せず、ただ戦闘が終わるのを待った

 

 その後出会ったヒーローに連れられ、古びた教会で年老いた神父と逢った

 

「初めまして、アダムシリーズ(ゼロ)型、シリアルナンバー078A-A、アダムです」

 

「はい、初めまして。皆様の助けを借りながら神父として『神』に遣えさせていただいています。ニード・アークライトです。それと、自己紹介の仕方が違いますよ?これから私の家族となるのですから、貴方の名前はアダム・アークライトです。いいですね?」

 

「はい」

 

「よろしい」

 

 今生で初めて家族ができた

 

 前世の記憶はもうないが、父親とはこんな感じなのだろうか・・・

 

 それから数年後、雄英高校の入学式が決まり、いの一番に神父様に報告しようと急いで帰宅すると、門の前にスーツ姿のどこか見覚えのある男性が立っていた

 

「やあ」

 

「その声は・・・ボス?」

 

 研究施設の責任者で皆にボスと呼ばれていた男の声だった

 

「そういえば皆は僕のことをそう呼んでいたね」

 

「どうしてここに?」

 

「随分と感情豊かになったものだ・・・勿論君を連れ戻しにだよ。まったく少し目を離した隙に居場所を突き止められ、大事な人造人間(ホムンクルス)を軒並み不良品とされた挙げ句、君まで掠め取られた時は怒り狂ったものだが、君が生き残っていてくれて良かった。君を探すのに苦労したよ・・・さあ、戻っておいで」

 

「私は・・・戻りません」

 

「どうして?」

 

「貴方が行っていた研究は非合法な上、私にはもう居場所がある」

 

「こんなボロ教会のどこがいい?吹けば消し飛ぶような廃墟じゃないか」

 

「確かに建物はそうかもしれませんが、神父様がいます。時々ではあるが礼拝者だって来ます。それで十分です」

 

「・・・考えは変わらないのかい?」

 

「ええ、研究施設で面倒を見てくださったことには感謝しています。しかし、今の私の家はここですので」

 

「そうか・・・また来るよ」

 

 そういって(きびす)を返して立ち去った

 

 立ち去るボスの背を見ながら妙なざわつきを覚えたが、その数秒後には頭の隅に追いやり、入学を神父様に報告するために教会へ走った

 

 ――――――――――

 

 未知は不安である

 

 そして私は原作知識という即知があった

 

 (ゆえ)に即知を未知に変えないように立ち回った

 

『神』から『物語に沿うように生きること』と言われたのもあるが、私自身《未知の不安》よりも《即知の安心》が良かったからだ

 

 だからこのままでは命を落とすと判っていても知らせず見殺しにした

 

 少し手を貸すだけで悲劇を回避できたのに、その術も持っていたのに見捨てた

 

 たった一言、そっちにいくなと言うだけで良かったのに、未知を恐れて見捨てた

 

 《原作が変わってしまう》

 

 そんな理由で救える命を捨て去った

 

 そうして見捨てた命に対し涙を流す遺族や関係者を見て罪悪感で涙を流した

 

 しかし、人間とは馴れる生き物だ

 

 何度も涙を流した(すえ)に心は渇き、何も感じなくなった

 

 私は弱きを助けるヒーローを目指しながら、弱きを見捨てる生活を続けていたのだ

 

 だからだろうか・・・(ばち)が当たった

 

 身勝手な理由で命の取捨選択をする身でヒーローを名乗ることがどうしてもできず、()りとて(ヴィラン)を前にしてなにもしないこともできず、雄英を卒業後はヒーローとして活動することなく、自警団(ヴィジランテ)の一人として、半ば賞金稼ぎの様な事をして命を見捨てたことへの罪悪感から目を逸らしながら毎日を送っていた

 

 そんな私を神父様は何も言わず、ただ黙って見守ってくれていた

  申し訳なく思うも正直ありがたかった

 

「ただいま戻りました・・・・・・?」

 

 なんだ?いつもなら神父様が返事をしてくださるのに・・・

 

 いつものように帰宅すると小さな違和感を感じた

 

 所々にひびや欠けが見当たる門をくぐり、違和感の感じる方へ目線を向けると、血溜りに倒れ付した神父の姿が目に入った

 

「神父様!?」

 

 駆け寄り抱き起こすも神父様は動かない

 いくら肩を揺すっても目を開けない

 

「・・・神父様!!目を開けてください!神父様!!・・・父さん!!」

 

 床についた膝に血が染みて生暖かい感触が広がり、比例して神父様から熱がなくなっていく

 

「父さんは私だろう、078A-A?さあ私の元に戻ってきなさい」

 

 横から声がかかる。

 そちら向けばボスの姿があった

 

「ボス!!?まさか貴方が父さんを!?・・・どうして!」

 

 ボスに対して叫ぶ様に理由を問えば、何故怒っているのか理解できないといった顔をする

 

「どうして?そこの神父のせいで君が私の元に戻ろうとしないようだから、私自ら戻りやすいように枷を外してあげたんだよ。さぁ私と帰ろうじゃないか」

 

「――ふ――――るな・・・ふざけるな!!誰が貴様の元などに戻るか!!!」

 

[サイコキネシス]で回りにある物を手当たり次第に投げつけるが、まるで立体映像の如く全てがすり抜ける

 

「ふむ、失敗したか。今の君には光の当たる道は辛かろうという親心だったのだがな・・・まあ、いずれ君も分かってくれるだろう。待ってるよ」

 

 ボスはそう言い残して影に溶け込む様に消えていった

 

「父さん・・・父さん・・・・・・ああああああーーー!!!!」

 

 ああ、原作なんて無視して助けられる命を助けていれば良かったんだ。

 そうすればこんな悲劇に見舞われることもなかった。

 

 

 ああ・・・ああ、『神』よ。

 なぜ父さんなんだ、罰を与えるなら私だろう

 父さんは信心深く貴方を敬っていたではないか

 

 これが罰というなら余りにも酷すぎる

 

 叶うなら時間を戻して欲しい

 

 ――――――――――

 

 あの日から物語を無視して数多くの命を救い、更に多くの(ヴィラン)を捕縛したが、解ったのはどう足掻いても決められた物語を大きく狂わすことはできないということ

 

 

 孤児院に居た『僕のヒーローアカデミア』の世界ではなく『NEEDLES(ニードレス)』世界にいるはずの少女達を引き取り、教育機関に通わせることはできた

 

 しかし、手を変え品を変え、姿まで変えてエンデヴァーと何度も接触することで、いずれ妻となする女性に対し恋愛感情を持たせることはできても、別の女性に興味を向けることはできなかった

 

 いずれ主人公達の前に(ヴィラン)として立ちはだかる者を何度追い詰めても必ず何らかの妨害に会い排除できず、(ヴィラン)にならないようにと志村転弧を悲劇に合う前に何度助けようともしたが、接触できなかった

 

 つまり物語上の定めを持つ者の未来はずらすことは出来ても、ねじ曲げることは出来ないのだ

 

 命を見捨ててまで順守しようとした未来

 

 父さんの死を切っ掛けに捨て去ることにした未来

 

 そしていざ捨て去ろうとしてみれば『世界』が捨てることを許さない

 

 そして物語が狂うほどのズレができると『神』の手によって世界が『切り替わる』

 

 比喩や冗談ではなく、まるで狂った場所から先を切り取り、正常なものを無理矢理繋げたかの様に一瞬で変わる

 

『その道は違うよ』

 

 聞き覚えのある誰かの声で囁かれたと思ったときには変わっているのだ

 

 目の前の(ヴィラン)が虫の息で、後数分も持たず死ぬ状態だったのにも関わらず、次の瞬間には無かったことになっていた

 

『神』は『物語に沿うように生きること』と言った

 

 そして、なぜと何度問いかけても答える事はなかった

 

『神』はただ笑っていた

 

 ()()()()()のだ

 

 何が『神』だ

 

 何が『世界の管理者』だ

 

 『神』()はそんな者ではない

 

 ただそれらしい理由で納得させた魂を入れた箱庭を眺めて楽しんでいただけだ

 

 そして私は選ばれた

 

 箱庭の持ち主を楽しませる道化として

 

 私は意図せず道化として箱庭の中で踊ったのだ

 

 

「た、助けて・・・」

 

 

 悲鳴を無視し、助けられる命を見捨てた。

 

 助ける術は幾らでもあったのに

 

 干渉すれば未来が変わるから?

 

 そもそも私という『異物』が混じっているのだ。干渉してもしなくても未来は変化する

 

 

「必ずヒーローになろうな!」

 

 

 隣で笑っていた友を、助けられたのに見殺しにした

 

 共に戦い、救うことが出来たのに

 

 『神』に原作を守れと言われたから?

 

 そもそも物語を元に作られた箱庭である以上この世界は偽物で、原作を守らずとも世界に影響はない

 

 全てを打ち明けていれば回避できたかもしれないのに

 

 拒絶されることを恐れ、罪を問われるのを恐れ、居場所を失うことを恐れた

 

「おやアダム、お早いお帰りで。学校はどうでしたか?」

 

 その結果、まともな生まれではない私を、躊躇(ためら)うことなく受け入れてくれた最愛の人を死なせた

 

 原作を守ることに意味がないなら、物語を狂わすことが出来ないなら、せめて舞台を壊せばいい

 

 しかし、道化の私では『神』()箱庭(脚本)を壊すことはできない

 

 世界からの修正とは別に『神』()からの修正が入るからだ

 

 私が『神』()と繋がっている限り、何度でも《物語の切り繋ぎ》が起きる

 

 『道化は道化らしく踊れ』と『神』()が私を介して物語を修正する

 

 ならばと踊ることを止めても、父さんの様に大切な人を殺し、私をまた踊らせる

 

 この世界は絶望しかない

 

 それでも足掻く

 

 『お前は道化だ』と『俺を楽しませろ』という『神』(脚本家)に一矢報いるために

 

 だから、この《力》を託そう

 

『神』からの修正を受ける事なく、且つ私のように命を見捨てることのない彼に・・・

 

 

 

 涙の跡を化粧で隠した道化は、作った笑顔の下で覚悟を決める

 

 

 

 

「少年、力が、【個性】が欲しくはないかね?」

 

「え、あ、あの、貴方は誰ですか?」

 

 

 

 絶望した道化は静かに舞台から去り、なにも知らぬ主役に希望を託す

 

 託された主役は一層舞台を駆け回り、観客から喝采を浴びる

 

 脚本家に悟られることなく全てを終えた道化は、主役の活躍を目にすることなく、そして誰に見送られることもなく、ただ一言残して立ち去った

 

 

 

 後は頼んだよ、主人公(ヒーロー)

 

 

 



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第38話 蠢く闇と平穏な日常

今回も10000字行きました


 病院の片隅で受話器を取る老人

 

「俺の盟友でありお前の師・・・『先代ワン・フォー・オール所有者、志村』を殺し、お前の腹に穴をあけた男『オール・フォー・ワン』が再び動き始めたと見ていい」

 

『あの怪我でよもや生きていたとは・・・信じたくない事実です』

 

「もう一つ、悪い知らせだ」

 

『これ以上の悪い知らせが?』

 

「一時期アダム・アークライトが狂った様に敵をふんじばってた時があったろ?」

 

「ええ、警察や我々が駆け付けた時には破壊し尽くされたアジトとそこに転がるボロ雑巾の様になった敵達、そして悠々と立ち去る赤い外套の彼を幾度となく見ましたし、何度問い詰めてもはぐらかされ、強行手段で捕まえようとしても返り討ちか逃げられていましたから。何故かヒーローを名乗ることに躊躇いがあったようですが、少なくともあの様なことをする人間じゃなかったと思ったのですが・・・・・・何が彼にあそこまでさせたのか」

 

「それは奴が目の前で父親を奪われたからだ。奴は抗うにはもっと力が必要だと言っていた」

 

『それは・・・あ、いや、それと今回の悪い知らせは何の関係もないのでは?』

 

 友人の暴走した理由を聞かされて言葉を詰まらせたが、それがオール・フォー・ワンと何の関係があるのかが解らなかった様だ

 

「奪った犯人がオール・フォー・ワンだとしてもか?」

 

『!?』

 

 受話器の向こう側で息を呑む音がした

 

「そしてアダムの養父、アークライト神父を殺害してまで奴はアダムを欲していた。もう気付いているはずだ、アダムの後継者が誰かってことも・・・」

 

『・・・』

 

「小僧はまだ未熟でお前とアダムの期待に応えようと足掻く卵だ。外から強い負荷が掛かればひび割れ潰れちまう様な弱い存在で俺達大人が守ってやらにゃならん存在だ。アダムの様に全てを奪われ、復讐に身を焦がすようなことに成らないように折を見てしっかりと話しといた方がいいぞ。お前達とワン・フォー・オールにまつわる全てを」

 

『ええ・・・・・・・・それにしても、やはり先生は彼と、アダムともお知り合いだったのですね?』

 

「知り合いも何も奴は俺の教え子だ。知らされてなかった様だが、奴は菱形左天の名でお前と同級生やってたぞ?」

 

『え!?佐天君!?』

 

「話はそんだけだ、じゃあな」

 

『あ、ちょっ!お待ち‐‐』

 

 ガチャンと受話器を下ろす

 

 ‐‐グラントリノ、どう足掻いても私では歴史の流れを変えられないらしい。だから彼に託そうと思う。彼は幾重もの壁に当たり挫折し、しかし、必ず立ち上がりその壁を乗り越える宿命(さだめ)を持っている。そして私が託す事で乗り越えるべき壁はより一層高くそびえ立つこととなる。気が向いたときでいい、助けてあげてくれ。彼が私のような外道に堕ちぬように‐‐

 

「たくよぉ、面倒なもの残して逝きやがって・・・・・・安心しろよ、お前の様には絶対させねえから」

 

 老人‐‐グラントリノの呟きは、誰もいない通路を抜けて闇に消えていった

 

 ――――――――――

 

「短い間でしたがお世話になりました」

 

「世話なんてしてねえよ。4日位はしたかもしれんが、5日目はあれだし、6日目は入院、昨日は説教とお前の希望で菱形んとこの教会を案内して終わりだ」

 

「いえ、グラントリノがいなければ教会の場所も解らなかったですし、発想のご教授と欠点を補うための組手のお陰でヒーロー殺し相手に何とか動けました」

 

「勘違いするな!本気じゃないヒーロー殺し相手にだ!第一、近接系の相手に同じ土俵で戦ってどうする!無駄に【個性】があるんだから弱点付け、弱点を!何の為に分類別に別けさせたと思ってる!そもそも俺の言うこと聞いてりゃこんなことにならなかったってのに!」

 

「すみません・・・」

 

 お礼を言ったら地雷を踏んでしまった様でグラントリノが烈火のごとく怒った

 

「はぁ・・・お前はオールマイトのような『最高の英雄(ヒーロー)』になりてえんだろ?」

 

「はい」

 

「その上菱形・・・世間にゃあまり知られてないが、『独立自警員』『許可持ち自警団(ヴィジランテ)』、そして『最強の男』と俺らの間で呼ばれたアダム・アークライトの『最強』を目指さにゃならんのだろ?」

 

「ええ」

 

 次世代のオールマイトとアダム・アークライト

 

 平和の象徴にして最強のヒーロー

 

「ならもっと足掻け!世の中のバカ共は安易に『最強』を名乗りやがるが、最強ってのは生まれついての天才が足掻いて足掻いて足掻いて、もうこれ以上はって思った数段先のそのまた先に居る連中を軒並み叩き潰した先にあるもんだ。理由はどうあれ奴はそうだった。お前にそんな才能はないことはお前自身が良く判ってるはずだ。それでも奴にお膳立てされてんだ、簡単とは言わねえし、いつ成れるかも判らねえがお前ならできるさ」

 

「はい!」

 

 今はまだ『平和の象徴』や『最強』に手が届くどころか視線すら届かない遥か下に居るけれど、いつか必ず成るんだ!・・・っとそうだ、これは聞いておかないと

 

「あの!最後に一ついいですか!?」

 

「あん?」

 

「失礼ながら、オールマイトとアダムさんの恩師と言うことだったんで調べさせてもらいました。でもほとんど情報なし、グラントリノは世間じゃほぼ無名です。何か訳があるんじゃないでしょうか?」

 

「当たり前だろ、俺は元来ヒーロー活動に興味がない」

 

「へ!?」

 

 興味がない!?なんで!?

 

「ある目的のために『【個性】の自由使用の許可』が必要だった。そんだけだ。詳しいことはオールマイトに聞け」

 

 ・・・何か言えない理由があるのだろうか

 

「・・・じゃあ以上!達者でな!」

 

「ありがとうございました!」

 

 お礼を言って踵を返したところで再び声を掛けられた

 

「・・・小僧!」

 

「はい?」

 

「誰だお前は!?」

 

「ここでボケます!?」

 

「あ゙あ゙?」

 

「う・・・」

 

 振り向いたことろからのまさかの発言でずっと言わないように気を付けていた言葉が出てしまい、グラントリノに威圧された

 

「で、お前は誰なんだ?」

 

「う、えっと、緑谷出久で‐‐」

 

「違うだろ?もう一度聞く、お前は誰だ?」

 

 え?違う?・・・・・・あ!そういうことか!

 

「黒鬼デクです!」

 

「ふん!」

 

「ありがとうございました!」

 

 手をひらひらと振りながら戻っていくグラントリノへ精一杯の感謝を込めて頭を下げた

 

 こうして濃密な職場体験は幕を下ろした

 

 ――――――――――

 

 ―― 教室 ――

 

 翌日、登校すれば教室はどこもかしこも職場体験の話で持ちきりだった

 

「おはよう」

 

「ああ」

 

「おはよう緑谷君!」

 

 丁度飯田君と轟君が話していたので、挨拶と共に話に加わる

 

「二人とも怪我の具合はどう?僕は完治したよ」

 

「俺ももう問題ない」

 

「腕に違和感は残るがこちらも問題ない。迷惑をかけたね」

 

「その話はもう済んだじゃないか」

 

「そうだったな」

 

「そういえば親父も母さんも土日なら問題ないってよ。ただ母さんの外出許可が直ぐには降りないから俺と親父が見舞いに行くときに一緒に病院に行くことになるが構わないか?」

 

「兄さんはいつでも来いってさ。轟君に同じく会うのは病院だが聞くところによると病棟こそ違うが同じ病院らしいから皆で行くかい?」

 

「本当!?会えるなら問題ないよ。なら来週にでも会いに行こう!」

 

「わかった」

 

「了解した。兄さんにそう伝えとく」

 

 よし!二人の強化もできそうだし、ヒーローのサイン帖も二枠埋まる!あ、でもインゲニウムに強請るのはダメかな・・・

 

「あ!おはよう」

 

「おはよう!」

 

「そういえば、お前らヒーロー殺しとやりあったんだってな!無事で良かったな!」

 

 皆の話題は職場体験からヒーロー殺しへ話は変わり、気付けば僕らを中心に輪ができていた

 

「位置情報と一緒に救援求むなんて書かれたら心配するぜ」

 

「本当そう!あんだけ戦える緑谷が救援要請だもん!何事かと思ったよ!」

 

「誰でもいいから助けが欲しかったんだよ。ごめんね」

 

「命あって何よりだぜマジで」

 

 そこからワイワイと話が盛上ったところで上鳴君が思わずといった感じにヒーロー殺しを格好いいと評したときは肝を冷やしたが、立ち直った飯田君はむしろその一件を糧に一層精進する構えだったので、ギスギスした雰囲気になることなかった

 

「緑谷?・・・緑谷、なあ、緑谷、アレ、アレやってくれよ、なあ!」

 

「うおっ!?な、なに!?峰田君!?」

 

 いきなり腰にしがみつかれた上に、明らかにヤバい状態の峰田君に若干恐怖を覚える

 危なく殴り払うところだった

 

「おい峰田!落ち着けって!」

 

 すぐに上鳴君が羽交い締めにして峰田君を引き剥がしてくれたが、峰田君は焦点の合わない目を向けてくる

 

「緑谷!頼む!体育祭の時のアレを俺にやってくれ!」

 

「え?どういう状況これ・・・」

 

「いや俺らを見られても・・・」

 

「だよね・・・」

 

 いきなりの事だったので思わず近くに居た飯田君と轟君を見てしまった

 

 にしても、体育祭のアレってなにさ・・・・・・

 

「頼む!アレがなきゃ・・・俺は、俺は!」

 

「いや、だから何なの?」

 

「あー緑谷・・・峰田の奴、Mtレディのとこでなんか見たらしくて今おかしくなってんだよ」

 

「それがコレ?」

 

 上鳴君の言葉に再度峰田君を見るが、峰田君は未だに「アレをやってくれ」と僕に懇願してくる

 まるで僕がヤバい薬でも持ってるみたいな表現は止めて欲しいんだけど・・・

 

「頼む!あの世界は俺の理想郷そのものだった!この世の女がMtレディみたいな奴ばかりじゃないと証明したいんだ!」

 

「・・・もしかして[(フレグランス)]のこと言ってる?いや、アレ幻覚だから、峰田君しか見えてないから、証明不可能だから」

 

 体育祭関連で峰田君が理想郷なんていうのは、口を塞ぐため半分八つ当たり気味に使った[(フレグランス)]くらいだ

 あの時の[(フレグランス)]は『相手が望む幻覚』を見せているだけであって、証明とか以前にそもそもが他の人に同じものは見せられない

 

「やってみなきゃ判んないだろ!プルスウルトラだよ!俺の澄んだ瞳を見てくれ!わかるだろう!?」

 

「瞳孔開いて、細かく揺れてる。まともな精神状態じゃねえな」

 

「すごく濁った目だ。充血もしてるし寝不足だろう。睡眠はきっちり摂らないと体に悪いぞ!」

 

「ほら大人しく戻ろうぜ?緑谷だって困ってんじゃん」

 

 僕が口を開く前に轟君と飯田君が峰田君の状態をそう評価し、上鳴君が諭すように言う

 

「保健室で休んできたら?きっといい夢見れるよ?」

 

「そんなことはどうでもいいんだ!アレさえあれば!俺は、俺は!・・・うへへ・・・」

 

 三人の言葉に続いて保健室を進めたが拒否された上、既に半ば妄想の世界に旅立ちつつある

 

 結局何を言っても引き下がらない峰田君に負けて、予礼が鳴るまでの10分だけという事と時間が来たら無理矢理でも起こすという条件付きで峰田君に[(フレグランス)]を使うことになった

 

「うへ、うへへへへ」

 

 体を痙攣させながら床に伏した峰田君の顔は、それはそれは幸せそうな寝顔だった

 

 これは寝過ごす予感・・・

 

 普通に起こしても起きなかったら、[(フレグランス)]でガチムチボディービルダーからの熱い抱擁の幻覚()でも見せてあげようかな・・・

 

 ―― 10分後 ――

 

「ヒッ、ヒック、ヒック、うう、ヒック、みど、ヒッ、りやなんて、ヒッ、き、きらい、だぁ、ヒック」

 

「うんうんそうだな、緑谷酷いよな」

 

 峰田君を慰める上鳴君からはもちろんのこと、事情を聞いた皆からの視線も痛かった

 

「なんだお前ら?時間だ席着け、ホームルーム始めんぞ」

 

 ――――――――――

 

 ―― 運動場γ(ガンマ) ――

 

「ハイ私が来た!ってな感じにやっていくわけだけどもね。ハイ、ヒーロー基礎学ね!久し振りだ少年少女!元気か!?」

 

 余りにもあっさりとした口上からのスタートに皆口々に心配の声をあげる

 

「久し振りなのにヌルッと来たな・・・ネタ切れか?」

 

「毎度違うことしてれば尽きるだろ」

 

「テンション低め?」

 

「尽きてないっての!無尽蔵だっての!テンションだってめっちゃ高いよ!・・・ゴホン、職場体験直後ってことで今回は遊びの要素を含めた救助訓練レースだ!!」

 

「救助訓練ならUSJでやるべきではないですか!?」

 

 飯田君が手を挙げて質問をしたところ、オールマイトは「ノンノン」と言いながら指を左右に振った

 

「あそこは災害時の訓練になるからな!さっき私は何て言ったかな?」

 

「テンションだってめっちゃ高い?」

 

「もっと後!」

 

「遊びの要素?」

 

「もう一声!」

 

 となると

 

「えっと、救助訓練レース?」

 

「そう!レースだ!!ここは運動場γ(ガンマ)!複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯!5人4組に分かれて1組ずつ訓練を行う!この運動場のどこかで私が扮する救助者が救難信号を出したら街外からスタート!誰が一番最初に救えるか順位を競ってもらう。他者への妨害はNG、もちろん会場の破損も最小限に(とど)めること!」

 

「こっち指さしてんじゃねえ!」

 

 前回があれだったからか、オールマイトに指を刺されたかっちゃんは不機嫌そうに突き出された指を払う

 

「おっと!ああ、あと緑谷少年は空を飛ぶのはなしだ」

 

「ちょ!先生!そりゃ緑谷はすげえけど、一人だけハンデとか男らしくねえよ!」

 

 オールマイトの言葉にすかさず切島君が抗議の声を上げる

 

「こらこら、ちゃんと理由があるから慌てちゃいかんよ?ご存知の通り、公共の場で【個性】を使うには免許が必要だろ?それ以外にも一定以上の上空や深度の海中にもその中で活動する許可が必要なんだ。【個性】の使用許可があるからって好き勝手に空を飛ばれたり、海中を泳がれたら飛行機とか船を操縦する人が迷惑するだろう?所定の審査を通って許可証を得るか、ヒーロー免許証があれば問題ないが、残念ながらまだ緑谷少年はどちらも持ってない。もちろんこの運動場でその規定に触れることはないが、現実じゃヒーローや救助ヘリが現場に向かって飛んでたり、それとは関係ない飛行機やヘリが飛んでることだってある。ハンデと言えばハンデなんだが、いつなんどきでも飛べる訳じゃないってことを踏まえて、今回は何らかの理由で飛行が出来ないと仮定してレースに望んで欲しくてね?だから空を飛んじゃダメっ訳さ」

 

「そうだったんすか。すんません早とちりして」

 

「HAHAHAHA!謝る必要なんかないさ、自分の有利を喜ぶより相手の不利に憤るなんて格好いいじゃないか!」

 

「へへへ!あ、でもそれだとやっぱり緑谷だけ不利過ぎないっすか?」

 

 切島君はオールマイトに褒められて嬉しそうに笑ったが、ふと僕が不利なことに変わりないと気付き再度質問をした

 

「いい質問だ!勿論この運動場γ(ガンマ)には所々にギミックが仕込まれていてね!ただ真っ直ぐ突っ走ってると突然現れた障害物にぶつかってしまう!コレが市民や公共の物だったら大事件だ!だから救助の順位を競う他に、周りに気を配りながら行うように!ヒーローたるもの人様の迷惑に成るようなことは避けねばならないからね!」

 

「なんか変則的な障害物競争みたいだ」

 

「まあ簡単には言うとその通り!・・・で、空飛ばれちゃうと折角のギミックが無駄になるという大人の事情が有ったり無かったり・・・ハッ!いやいや何でもないよ!うん!と言う訳ですまないが飛ぶのはなしだぞ?緑谷少年!」

 

「はい」

 

「じゃあ、この箱からくじを引いて班決めをしてくれ!」

 

 途中でぼそっと本音が聞こえた気がするけど、建前の理由も一理あるから問題はない。

 しかし、飛ばずに行くなら[(スピード)]で駆け抜けるのが吉か・・・いや、この運動場の地上は迷宮状態だから現在地と目的地を把握するのも込みで屋根や配管を伝って移動した方がよさそうだ

 

「デク君!」

 

 ・・・とすると足場が不安だからあまり飛ばすと滑落の恐れがあるから、ここは・・・いや、地上を行きながら随時場所の把握を・・・でもそうすると――

 

「おーいデク君!デク君てば!」

 

「うぇ?な、何?」

 

「何?じゃないよ!まだくじ引いてないのデク君だけだよ?」

 

「あ!ごめんすぐ引く!」

 

 考え込むと周りが見えなくなるのは悪い癖だな

 

「班決めが終わったら各自位置についてくれ!救難信号が出たらスタートだからね?」

 

「えっと・・・一班だから初めか」

 

 他に誰がと周りを見ると、第一走者は僕の他に瀬呂君、飯田君、芦戸さん、尾白君の5人

 

 さて、どうやって攻略するか・・・

 

「あ、オールマイト!質問が一個、飛んじゃダメってことなんですが――」

 

 ――――――――――

 

 ―― 観客席 ――

 

「飯田の奴まだ完治してないんだろ?見学してりゃいいのに・・・」

 

「クラスでも機動力良い奴が固まったな」

 

「なあなあ!お前ら誰がトップ獲ると思う?俺は瀬呂!」

 

「緑谷超優勢かと思ったけど飛べないんなら尾白もあるぜ?」

 

「オイラは芦戸!あいつ運動神経すげえぞ」

 

「ケガのハンデはあっても飯田君な気がするな」

 

「チッ・・・・・・クソデク・・・」

 

「ん?爆豪なんか言ったか?」

 

「言ってねえよ!黙れアホ面!」

 

「ア、アホ面・・・」

 

「おいおい、お前ら考えて見ろよ?尾白と芦戸もそりゃ機動力はすげえが、あん中じゃ飯田が断トツで足が速い。それでもこの運動場は迷宮みたいになってるらしいし、ギミックもあんだろうからそんなに速度出して突っ走れると思えねえ。緑谷は飛んじゃダメだってんだから走るしかねえ。てことは飯田と同じくギミックが邪魔して早くは走れねえだろ?その点瀬呂は足こそ飯田に劣るが、最短ルートの上を突っ切れるし、テープの巻きで加速する。流石にギミックがあんのは地上部だけだろうから、瀬呂が1位候補だろ」

 

「そう言われると、うーん」

 

「なら瀬呂がトップか?」

 

「そうとは限りませんわよ?」

 

 第一走者を見て各自がそれぞれ誰が勝つかを話し合い、最後に切島の意見で瀬呂トップで話が纏り掛けた処で、八百万が異論を唱え話に入ってきた

 

「お?ヤオモモは他になんかありそうだと?」

 

「ええ、私は緑谷さんを推します。皆さんそうそうに緑谷さんが首位脱落とお考えの様ですが、彼の【個性】は[模倣]、つまり今まで見せたものが全てではなく、まだまだ多くの【個性】がある可能性があります。それを抜きにしても今までの緑谷さんを見るに飛行が禁止されても何とかしてしまいそうな気がするのです。体育祭がいい例じゃありませんか?気づけばトップ、触れずに勝利、目で捉えられないほどの高速戦闘等々、挙げればいくらでも出るじゃありませんか」

 

「あーそれもそうか」

 

「俺、前に緑谷にいくつ使えるか聞いた時は『現状で使えるのは38』って言ってから使えないのも合わせたらもっとあるんだろうし、あれから確実に増えてるだろうから確かにわかんねえな・・」

 

「38って化物かよ・・・」

 

「ケロッ、始まるみたいよ」

 

 蛙吹の言葉で全員が各員を映し出した画面に目を向ける

 

 ピ――

 

『START!!』

 

 合図と共にそれぞれが一斉に走り出した

 

「お!飯田の奴飛ばすなぁ!・・・うお、あぶねえ!マジ飛び出してきやがったぞ!」

 

「おお!ホラ見ろ、予想通り瀬呂の奴上を行くつもりだ!こんなごちゃついたとこは上行くのが定石だよな!そのまま突っ走れー!」

 

 画面に映る瀬呂がテープを伸ばして上に上るのを見てを興奮したように切島が叫ぶ

 

「芦戸の奴も壁を溶かして上ってんぜ!やっぱ上の方がいいのか?」

 

「尾白は・・・アイツ尻尾器用に使って上ってやがる!」

 

「地上を行ってるの飯田君だけなん?」

 

「そりゃ上行った方が早いし、障害物がないならそっち行くだろ?」

 

「嘘だろ!?上にも障害物出んのかよ!?瀬呂!立て直せ!」

 

「切島熱くなってんなぁ・・・ん?は?オールマイト?ってことはマジ!?緑谷の奴もうゴール直前まで言ってんだけど・・・」

 

「え?早くね?」

 

 5分割された画面にはそれぞれの走者が映し出され、緑谷の画面には緑谷以外にオールマイトが小さく映っている

 

「あの感じ・・・・・・障子と爆豪足して2で割った感じ?」

 

「爆発してるのは時々だから他の【個性】も併用してるのかも」

 

「ヤオモモの言う通りだ・・・緑谷の奴飛べないことがハンデになってねえ・・・」

 

 緑谷はパイプや給水タンクの上を足場に跳ねる様にして駆け抜け、突然の障害物を避ける時は、あらかじめ生やしていた複数の腕からの爆発や足裏からのジェット噴射で回避していた

 

「おい、切島・・・緑谷へのハンデもっと多くした方がよかったんじゃね?」

 

「かもしんねえ・・・あ、いや、アイツだけハンデはやっぱダメだ!それでいい勝負になっても嬉しくねえし、納得いかねえ!」

 

「まあ、そうかも」

 

 ピー!

 

「あ、ゴールした」

 

「緑谷だけ動きが違ったな」

 

「ああ」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「見事緑谷少年が一番だったようだね!もっとハンデ欲しかった?」

 

「え、いや、これ以上何を制限するんですか・・・」

 

「ハハハ!苦難は乗り越えてこそだぞ!プルスウルトラだ!それに皆、入学時よりも【個性】の使い方に幅が出てきたぞ!この調子で期末テストへ向け準備を始めてくれ!!」

 

「そっか、期末ももうすぐか」

 

 今までの復習に力を入れないとな・・・あ、皆行っちゃった!僕も移動しないと

 

「少年、この授業が終わったら私の元へ来なさい」

 

「へ?」

 

 移動する皆の下へ急ぎ駆け寄ろうとしたところで、オールマイトが僕にだけ聞こえるような小さい声で話かけてきた

 

「君に話さなければならない時がきた・・・私とワン・フォー・オールについて」

 

 ――――――――――

 

 ―― 更衣室 ――

 

 話さなければならない事ってなんだろう・・・

 

「俺、機動力が課題だわ」

 

「情報収集あるのみだな」

 

「それだと後手にまわんだよな・・・緑谷までとは言わないけど、せめて早く動けるような対策考えとかなきゃキチイぜ?」

 

 それぞれが今日の授業で見つかった弱点をどう改善するかを話す中、一人だけ別のことに心血を注ぐ者が居たーー峰田君だ

 

「おい!緑谷!!やべェ事が発覚した!!こっちゃ来い!」

 

「ん?」

 

 突然峰田君に呼ばれて何事かと振り向くと興奮した様子で壁の一点を指さしていた

 

 ちなみに、今朝の[(フレグランス)]の一件は(くちなし)さんが働いている『夢売り屋(ヴァルハラ)』の初回無料券をあげることで許してもらった。週末に必ず行くらしい。二度目以降で破産しなければいいけど・・・

 

「見ろよ、この穴!ショーシャンク!!恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!!隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室!!」

 

「峰田君やめたまえ!!ノゾキは立派なハンザイ行為だ!」

 

「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!」

 

「バカ!やめろよ!隣で耳郎がまだ着替えてるかもしれないんだぞ!?」

 

「え?上鳴君?耳郎さんのこと・・・?」

 

「マジ!?おい詳しく聞かせろよ!」

 

「え!いや、べべべ別に耳郎のことなんて綺麗だとか可愛いとか彼女に欲しいとかしか思ってねえよ!」

 

「上鳴君動揺しすぎ、本音がダダ漏れだよ?」

 

「え、あ、ちが、そ、そんなことより峰田を止め――」

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!目から爆音がぁぁぁぁ!!!!」

 

「安心しろ、お前の大好きな耳郎ちゃんがどうにかしてくれたから、俺たちは男同士でじっくり話そうじゃないか、なあ」

 

「そんなんじゃねえってば!」

 

 急遽開催された上鳴君への質問大会

 

 あんまり大きい声で騒ぐと隣に聞こえちゃうんじゃないかな・・・お?隣から扉が開く音が聞こえた気がする

 

[索敵(サーチ)]

 

 この近付いてくる反応は・・・ふむ・・・

 

 ちょっとイタズラしてみる事にした

 上鳴君の死角から皆に合図を送り準備する

 

[声真似]

 

「あ、あーあー」

 

 よし!準備完了

 もう一度合図を送り、質問を一時中断してもらう

 

「じゃあどう思ってるの?」

 

「ウェ!?耳郎!?なんーー」

 

「振り向かないで!」

 

「!!!」

 

 突然の耳郎さんの声に驚き振り向こうとする上鳴君を制止し、もう一度問い掛ける

 

「で、どうなの?」

 

「それは、その、こ、こういうことは二人っきりの時にだな・・・えーと」

 

「じゃあ二人だけなら言ってくれる?」

 

「も、ももももちろん!」

 

 答えは聞けなかったけど、本人(・・)が来ちゃったからここまでかな?

 

「だってよ耳郎さん」

 

「へ?」

 

『男子!隣でギャーギャー騒いでんなよ!緑谷も人の声で止めてよ!恥ずかしいだろうが!・・・アホ面は後で校舎裏に来い」

 

「え?・・・え?・・・え?」

 

「頑張ってね上鳴君!」

 

 上鳴君は状況が飲み込めていない様で、僕と更衣室の扉を交互に見ながら唖然とした表情で立ち尽くしていた

 

「よーし!お前らチャチャっと着替えて撤収!ラブコメのチャラ男は(いと)しの姫様の所にぶん投げて戻るぞー!」

 

「上鳴君!応援しているぞ!頑張ってくれ!」

 

「上鳴がリア充一号か、意外だな」

 

「目の前でやられると流石にイラッと来るな」

 

「祝福してやろうぜ?」

 

「なんて?」

 

「リア充爆発しろ!」

 

「ちげえねえ!」

 

「目がぁぁぁ!」

 

「峰田もいつまでも転がってないで行こうぜ」

 

 皆が着替え終わった所で、扉の前で待っているであろう耳郎さん対策に唖然とする上鳴君を盾にしながら扉を開け、予想通り居た耳郎さんに上鳴君を物理的に押し付けると二人して顔を真っ赤にしてフリーズしたので、皆で逃げた

 

 逃げ際に皆が祝福の声をかけていたら、意外にも耳郎さん以外の女子達も祝福の言葉をかけていた

 

 イタズラで吹っ掛けたのは僕だけど、大丈夫かな?・・・・・・上鳴君ガンバ!

 



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第39話 昔の話と個性強化

 ―― 仮眠室 ――

 

「失礼します」

 

「掛けたまえ」

 

 部屋にはいるとそのまま対面の席へ座るように言われ、着席したところでオールマイトが話始めた

 

「色々大変だったな。近くにいてやれずすまなかった」

 

「そんな、オールマイトが謝ることじゃないですよ。それより、[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]の話っていったい・・・」

 

「以前、[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]について話した内容を覚えているかい?」

 

「えっと、『力をストックする【個性】』と『【個性】を受け渡す【個性】』が合わさったもので『受け渡すには受け渡す意思を持ってDNAを取り込ませる必要がある』・・・ですよね?」

 

「その通りだ」

 

「それが何か?」

 

「一つ君に言っていない事があってね。確かに[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]は二つの【個性】が合わさった【個性】だが、爆豪少年や轟少年の様に両親から受け継ぎ、混ざり合って自然に出来たものではないんだよ」

 

「え?」

 

「ある一つの【個性】から派生した【個性】なんだ」

 

「派生した【個性】・・・」

 

「オール・フォー・ワン、『他者から【個性】を「奪い」(おの)がものとし、そしてソレを他者に「与える」ことのできる【個性】』」

 

オール・フォー・ワン(皆は一人の為に)・・・」

 

「これは超常黎明期、社会がまだ変化に対応しきれていない頃の話になる。かつて突如として『人間』という規格が崩れ去った・・・たったそれだけで法は意味を失い文明が歩みを止めた・・・まさに荒廃」

 

「たしか、「超常が起きなければ今頃人類は恒星間旅行を楽しんでただろう」って昔の偉い人も言ってましたよね?」

 

「そう、そんな混沌の時代にあって一早く人々をまとめ上げた人物がいた・・・君も聞いたことがあるハズだ。彼は人々から【個性】を奪い、圧倒的な力によってその勢力を広げていった。計画的に人を動かし、思うままに悪行を積んでいった彼は瞬く間に”悪”の支配者として日本に君臨した」

 

「ネットとかでは噂話をよく見ますけど、創作とか与太話じゃないんですか?教科書にも載ってないですし・・・」

 

「歴史の専門書や研究者の論文ならいざ知らず、裏家業(ヤクザ)の所業を教科書には載せんだろうよ。力を持っていると人は使える場を求めるから・・・残念ながら順守すべき法や規則の多い”善”よりも好き勝手暴れる”悪”に惹かれる者は一定数居る。」

 

「その話が[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]にどうつながってくるんですか?」

 

 その悪の親玉の話が何の関係があるのだろうか・・・

 

「オール・フォー・ワンは「与える」【個性】でもあると言ったろ?彼は与えることで信頼、あるいは屈服させていったんだ。ただ・・・与えられた人の中にはその負荷に耐えられず物言わぬ人形のようになってしまう者も多かったそうだ・・・ちょうど脳無のように・・・ね」

 

 ― 適性が低い【個性】はたった一つでも拒絶反応が現れる ―

 

 適性外の【個性】を与えられた反動・・・

 

「一方与えられたことで【個性】が変異し混ざり合うというケースもあったそうだ。彼には【無個性】の弟がいた。弟は体も小さくひ弱だったが、正義感の強い男だった・・・兄の所業に心を痛め抗い続ける男だった。そんな弟に彼は『力をストックする』という【個性】を無理やり与えた。それが優しさ故か、はたまた屈服させる為かは今となってはわからない」

 

 ― 両親から受け継ぎ自然に出来たものではないんだよ ―

 

 ふと頭に先ほどのオールマイトの言葉が蘇る

 

「まさか・・・」

 

「うん・・・【無個性】だと思われていた彼にも一応は宿っていたのさ。自身も周りも気付きようがない【個性】を「与えるだけ」という意味のない【個性】が!!そして『力をストックする【個性】』と『与える【個性】』が混ざりあった!これが、[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]のオリジンさ」

 

「!!」

 

「この力は悪から生まれ、悪を倒すために受け継がれてきた力なんだ。皮肉な話さ、正義はいつも悪より生まれ出ずる」

 

「[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]の成り立ちは解りましたが、そんな大昔の話をなんで今・・・」

 

「【個性】を奪える人間だぜ?何でもアリさ、成長を止める【個性】・・・そういう類を奪い取ったんだろう。半永久的に生き続ける悪の象徴・・・覆しようのない戦力差と当時の社会情勢・・・敗北を喫した弟は後世に託すことにしたんだ。今は敵わずとも少しずつその力を培って、いつか奴を止めうる力となってくれ・・・と・・・そうして私の代で遂に奴を討ち取った!!・・・ハズだったのだが・・・奴は生き延び『(ヴィラン)連合』のブレーンとして再び動き出している・・・[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]は言わばオール・フォー・ワンを倒す為受け継がれた力!君はいつか奴と・・・巨悪と対決しなければならない・・・」

 

「・・・・・・」

 

「もう一つ、君は奴に狙われている」

 

「え!?」

 

「正確には君の持つ[PF-ZERO(アダムの力)]を欲している・・・まだ君が[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]を継承していることに気付いていないかもしれないし、すでに気付いて魔の手を伸ばしているかもしれない。本当はいたずらに不安を煽るようなことは控えるべきなんだろうが、己の為に今まで何十、何百、何千もの人を平然と食い物にしてきた奴だ、どんな手を使ってくるか分からない。もちろん、そうならないよう私も最善を尽くす。だが、もしもの時は頼む・・・酷な話になるが・・・」

 

「大丈夫ですよオールマイト!まだヒヨコ・・・いや殻も破ってない卵ですけど、貴方の頼み、何が何でも応えます!あなたがいてくれるだけで何だって出来る・・・出来そうな感じなんですから!」

 

「!!・・・・・・・・・・・・ありがとう」

 

「えっと、話は以上でしょうか?」

 

「ああ、時間を取らせたね」

 

「いえ、あとオールマイトに言伝てとコレを預かってます」

 

「言伝て?コレはなんだい?」

 

「砂時計でした」

 

「砂時計?」

 

「アダムさんがオールマイトの為に用意したもので、詳しくは一緒に入っているホログラフィーを見て欲しいそうです。職場体験の時にグラントリノに無理言ってアダムさんの家?教会?を訪ねたんです。その時に墓守の方に渡されました」

 

「アダムが・・・」

 

「それじゃあ、僕はこれで失礼します」

 

「ああ、気をつけて帰るんだよ?」

 

「はい、失礼します」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「・・・さて、何が出てくるのやら」

 

 机の上に置いたホログラフィーを起動させた

 

 ~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

 

 久しいなオールマイト

 

 顔も見ずに長話もなんだから、単刀直入に言う。

これからそう遠くない未来、君は大切なものを守るため 悪の親玉と直接拳を交わすだろう。

 その時になったら今手元にあるだろう砂時計、名を【逆巻きの砂時計】という。

それを握り潰してくれ。私ができる最大限の付加がなされている。

 制限時間は1分、その間だけ君の肉体は全盛期まで巻き戻る。

 ただし、制限時間が過ぎれば半日間は反動として治癒能力を含む身体能力は半減し、害のあるなし関係なくあらゆる【個性】を弾く。

 使うのは1分以内に止めを刺せるときにしてくれ

 

 君なら1分もあれば十分だろう?

 

 奴は必ず現れる。私の代わりに・・・いや、何でもない。すまないが今言ったことは忘れてくれ。

 

 健闘を祈る。

 

 少年を頼んだ

 

 ~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 ―― 教室 ――

 

 オールマイトとの話が終わり、教室に戻ると、桃色の甘ったるい雰囲気の新生カップルとかっちゃんや轟君の様にわいわいと騒ぐことを好まない人を除いたグループに別れていた

 

「どうしたの?皆集まって・・・」

 

 砂糖を吐きそうな二人と『さわるな危険』のかっちゃんを避けて切島君を中心としたグループに近づいた

 

「お!緑谷!良いところに!」

 

「うん??どうしたの?」

 

「前に『使えるのは38』だって言ってたろ?」

 

「38?・・・【個性】のこと?」

 

「そう!で、今丁度その話してた処だったんだよ」

 

「へぇ~」

 

「んでよ、ズバリ聞くが、お前、他にどんな【個性】が使えんの?」

 

「うーん、まとめると使いたくないのと制御できないの、あと上位互換があるから使わなくなったの、使い道があんまりないのの4つかな」

 

「最低でも4つは確定か・・・でどんなのがあるんだ?教えてくれよ」

 

「えと、使いたくない【個性】の代表は[黒の引力(ブラック・アトラクション)]、能力は洗脳、それも一生解けない奴」

 

「えぐ!」

 

「普通科の心操よりも強力じゃんか・・・」

 

「やっぱ洗脳系は抵抗あるよな」

 

「いや、別に奴隷化する訳じゃないから場合によっては有効なんだよ。二度と犯罪に手を染めるなって言えば再犯は防げるし」

 

「じゃあ何で使いたくないんだ?」

 

「発動条件が・・・その・・・キスなんだよ、それもディープの方」

 

「緑谷テメエ合法的に美女とキッスできるなんてずりぃぞ!」

 

「峰田君はちょっと静かにしてよう」

 

「もが!?」

 

 僕の言葉に憤慨する峰田君の後ろから口をふさぐ飯田君

 

「なぜ美女に限定したのかは聞かないけど、好きでもない人とキスしないといけないんだよ?下手したら同性とも・・・よしんば好みの異性だったとして、相応の理由か相手からの承認がないとあっという間に(ヴィラン)認定されちゃうよ」

 

「あー、そりゃそうだ」

 

「ムームー!」

 

 納得いってないみたいだな・・・

 

「峰田君、考えてもみなよ。君は同性とそういうことしたいと思う?具体的には今朝見せた筋骨隆々の男の人達とか」

 

「・・・・・・」

 

 みるみる顔が青ざめ、押さえている飯田君ごとガタガタと震え始めた

 

「どうしてもって言うなら朝のにキスシーンを加えたの見せるけど?」

 

「ん゛ん゛ん゛~!!」

 

「嫌でしょ?」

 

「ム、ムー・・・」

 

抵抗がなくなったため飯田君が拘束を解くと、峰田君はふらふらと壁際まで行き、壁に何度も頭突きしながらブツブツ言いだした

 

「違う来るなお前じゃない美女が良いんだそんな筋骨隆々の男じゃないんだよ夢と希望の詰まったぷるぷるおっぱいが良いんだよ汗と筋肉で出来たカチカチの胸板じゃないんだよやめろ来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙――」

 

これはちょっとヤバいな・・・浅めにかけとくか

 

[(フレグランス)]

 

「――あ・・・ふへへへへ」

 

「ふぅ・・・」

 

「あー、制御できないのは?」

 

 切島君は峰田君のことを見なかったことにしたようだ

 

「ああ、うん、代表は[暴走]って【個性】、[暴走]は理性を手放す代わりに身体能力が倍近く上昇する増強系。理性がなくなったら制御できないでしょ?前にこの【個性】を使ったときは近くにいた道場のお爺ちゃん達が拳で寝かし付けてくれたからどうにかなったけどね。因みにお爺ちゃん達は『【個性】も使わないし、動きが単調過ぎて当たってやる方が難しい』って言ってたから実戦じゃ使えない【個性】なんだよね」

 

 全身筋肉痛と打撲で起きたときは辛かったなぁ。記憶がないからパニックになったし

 

「闘うこと前提で理性をなくすのなら、[鬼]の【個性】に呑まれた方が断然マシかな。あれは僕の代わりに鬼が暴れてるから【個性】も使うし。敵味方の識別ができないのは変わらないけど」

 

「俺らの近くで暴走はしないでくれよ?」

 

「判ってるよ。後は[ドッカンターボ]って【個性】も制御できないかな」

 

「ドッカンターボ?加速系かい?」

 

「そう、移動時に強力な加速を付加するんだけど、飯田君のエンジンと違って発動してから10秒経過するまでのどこかで加速して、大体5秒位加速しっぱなし。しかも段階を経ての加速じゃなくていきなりトップギアだからね。いつ点火するかわからないしジェットブースターを背中に背負ってる感じ」

 

「それは・・・発動までランダムじゃ使いづらいな」

 

「他には出力が高すぎて危ないから下手に使えないのもあるね。[鎌鼬]って【個性】なんだけど、振った手の放射線状に不可視の風の刃を形成して、10m先までの進路上の物体を切り裂くんだ。調節しようとしても精々15m/sが5m/s位に減速するだけで射程も変わらないし、厚さ1㎝の鉄板を切り裂いたから余程の硬度を持ってないと問答無用で切り裂いちゃう。物は勿論人になんて怖くて使えないんだよね」

 

「コレまたえげつないの来たな。1cmの鉄板切っちまうなら俺も厳しいかも。試そうとは思わねえけど」

 

「ひぇ~!デク君恐ろしい【個性】使えんだね!」

 

「上位互換があるので一番多いのは電気系かな?ぱちって静電気が発生しやすくなる[静電気]、[静電気]よりちょっと強い電流の[リトルスパーク]、もっと強い[電撃(ブリッツ)]、電気を溜めるだけの[蓄電]、出すだけの[放電]、これは上鳴君の[帯電]で全部できるし、正直すでに模倣してる[雷]は[帯電]の完全上位互換だからこれらの【個性】って使わないんだよ。[雷]の方が威力も高いし調整も効くから」

 

「上鳴が聞いたら泣くな、それ」

 

「後は単体じゃ使えないけど、かといって使えるように複数集めても使い道が限られてるから使ってない奴。戦闘はもちろん、日常でもあんまり役立たないから使ってないんだ」

 

「それ見てみたい」

 

「いいけど・・・笑ったり、写真撮ったりしないでね?」

 

「おう!」

 

「ワクワクするね!」

 

「写真が撮りたくなるようなものなんでしょうか?」

 

「見てからのお楽しみでいいんじゃない?実演してくれるみたいだし」

 

[骨格変化]

 

 ぎちぎちと骨を軋ませながら骨格を変えていく

 

 いたたた!地味に痛いんだよなコレ

 

 肩幅が狭まり撫で肩になり、指が細くなった

 声も少し高くなった

 

「ふう・・・これが骨格変化って【個性】で少しだけ骨格を弄れる。ただ、地味に痛いし、限界超えると肉離れとか腱を痛めたりするから大きくは変化できないんだ」

 

[指筆]

[自動画家]

[早書き]

 

 鞄からルーズリーフを三枚取り出し、一枚目には固之恵(このえ)姉さんをモデルにお面、二枚目に櫛と手鏡を一つずつ、三枚目には拳よりちょっと大きいくらいのクッションを二つ書き上げた

 

「これはよく使う【個性】、指先を絵筆に変える[指筆]と手がイメージ通りに自動で絵を描いてくれる[自動画家(オートアート)]、あと絵や文字を書くのが早くなる[早書き]、この3つだけだと絵師でも目指してない限り使い道があんまりないんだけど・・・」

 

[簡易創造(インスタント・クリエイト)]

 

 一枚目のルーズリーフから仮面を具現化する

 

「こんな風に自分で書いた絵を3分だけ具現化できる[簡易創造(インスタント・クリエイト)]と相性がいいんだ。だから補助として結構使ってる」

 

[簡易創造(インスタント・クリエイト)]を覚えてからできることの幅広がったんだよなぁ、事前に持ってったり、現地調達する必要もなくなったし

 

「私の【個性】と似てますね」

 

「創造系ってことならそうだね。ただまあ、紙を触媒に具現化してるから紙の大きさが具現化できる大きさの限界になるし、簡単な物しか具現化できないから八百万さんみたいに機械とか複雑なものは作れないんだ。時間制限もあるしね?だからあくまで補助的に使ってるよ」

 

[二十面相]

 

 仮面を被り、[二十面相]で馴染ませる

 

「あと、こんな風に顔に仮面を押し付けると仮面が顔に張り付いて同化する[二十面相]、時間は掛かるけど触れた顔から仮面を複製することもできるよ」

 

[簡易創造(インスタント・クリエイト)]

 

 二枚目のルーズリーフから櫛と手鏡を具現化させる

 

[色髪(いろがみ)]

[櫛いれ]

 

「これは髪の毛を好きな色に変えられる[色髪(いろがみ)]と最大で4日までならストレートに髪を矯正ができる[櫛いれ]」

 

 櫛をいれて癖毛を真っ直ぐに矯正し、赤みがかった茶髪に変える

 

「いいなぁ、私、いくら櫛入れても真っ直ぐにならないんだよ。後で私にもやってよ!」

 

「いいよ」

 

 そういえば美容師の梳櫛(すきぐし)さんもこれを欲しがる女子は多いって言ってたっけ・・・芦戸さんも僕と同じで癖っ毛だもんな

 

[ネイル]

 

 爪を少し伸ばして鮮やかな赤にする

 

「爪が最大で2cm伸びて、色を変えられる[ネイル]。伸びるだけで、硬くなる訳じゃないから何かに引っ掻けると普通に爪が剥がれて洒落にならないくらい痛い。伸ばした後も縮まずそのままだから切らないといけないしね」

 

[声真似]

 

 声は・・・石乃(いの)姉さんにしよう

 

「ご存知の声を変える[声真似]」

 

[簡易創造(インスタント・クリエイト)]

 

 最後に三枚目のルーズリーフからクッションを具現化し胸元に仕込めば完成っと

 

「女の子になっちゃった ・・・」

 

「綺麗な方ですね」

 

「過程を見てないと緑谷だってぜってえわかんねえよ」

 

「随分美人な方になったな」

 

「顔と声は知り合いのお姉さん達三人の内の二人をモデルにしてるからね。皆八頭身のモデル体型だからこの姿の何倍も美人だよ」

 

「いいなぁ、紹介してくれよ」

 

「止めといた方がいいよ。孫を邪な目で見たら必ず半生半死状態にする性格が鬼のお爺ちゃん三人と、お姉さん達の彼氏でキレたら冗談抜きで殺しに掛かってくる【個性】が[鬼]の克兄をどうにかできるなら構わないけど・・・因みに皆【個性】を使ってない素の状態で岩を砕きます」

 

「あー、パス。死にたくねえし、彼氏がいるんじゃ相手にされねえよ」

 

「克兄一筋だからね」

 

「にしても完全に別人だよな!緑谷だって判ってるのに、声も見た目違うから忘れそうになるな。違和感半端ねえ」

 

「ははは・・・見た目はこんなでも男のままだからね?」

 

「ところでその姿ってどう使うの?変装?」

 

「・・・・・・うん」

 

「その間は何だよ」

 

「不本意ながら男として嫌な使い方が知り合いのお姉さん達によって見つかったんだよね・・・」

 

 思い出すのは女物の服を手にキャーキャーと喜ぶお姉さん達と鏡に映る頬をひきつらせた(少女)、それをみて腹を抱えて転げ回るお爺ちゃん達と苦笑いする克兄

 

 見せなきゃ良かった・・・

 

「それって見せてもらえねえの?」

 

「・・・だ、誰に?」

 

 頬がひきつるのを感じる

 

「誰にって、相手が要るのか?」

 

「・・・・・・色仕掛けなんだよ」

 

「あー、それでその姿・・・」

 

「色仕掛け!?見てみたい!」

 

「俺も俺も!」

 

「でも色仕掛けってどうやるんだ?・・・うっふ~ん・・・とか?」

 

「うわ!切島キモッ!」

 

 内股の中腰姿勢で膝に手を置きウインクする切島君は確かに気持ち悪かった

 

「な!?なら芦戸はどうやると思うんだよ!」

 

「どうって・・・うっふ~ん?」

 

 対する芦戸さんも切島君と同じポーズをするが、こちらは元々綺麗な女性だからか違和感はなかった

 

「俺と同じじゃねえか!」

 

「うっさいなぁ!切島がキモイことするからそれしか思いつかなくなったんだよ」

 

「俺が悪いってのかよ!」

 

「二人とも落ち着きたまえ!」

 

「そうだよ!そんなことよりデク君のやる色仕掛けを見ようよ!」

 

 いやいや!なんで僕がやる方向でまとめてんの麗日さんは!?

 

「なあなあ、さっきからお前ら集まってどうした?」

 

 僕らがやいのやいのと騒いでいると、二人で桃色空間を形成していた上鳴君と耳郎さんが現実世界に帰還し、騒がしい僕らの元へ顔を出した

 

「あれ?その子誰?随分とカワイコちゃんじゃん。そんな子、他クラスにもいたっけ?」

 

 上鳴君、相変わらずチャラいな・・・そして後ろを見なよ

 

「おい・・・」

 

「ん?・・・あ!いやっ!響香の方が万倍もかわいいから!」

 

「べ、別にそんな事・・・」

 

「・・・あのリア充にやってくれねえか?」

 

「やったら耳郎さんに睨まれそうなんだけど。それにイタズラとはいえ焚き付けた僕が早々に破局の原因になるのはちょっと・・・それに色仕掛けはやりたくないよ」

 

「大丈夫、睨まれるのは上鳴だけだ。俺らの前でイチャ付きやがって」

 

 いや、話聞いて?やりたくないんだってば・・・

 

「ちょっと、人の恋路にちょっかい出しちゃダメだよ。そういうのは男らしくないよ」

 

 又しても上鳴君と耳郎さんが甘々な空間を形成している間に、皆が周りに集まりコソコソとどうするかを話し出した

 

「ぐ!んなこといったってよぉ芦戸、あのチャラ男がだぜ?惚れてた耳郎と付き合ったからって美少女・・・少女?」

 

「少年です!」

 

 二度見した上になぜ疑問系で少女と言った!僕だって知ってるだろ!

 

「まあいいや、とにかく言い寄られて我慢できるか気になんのよ」

 

「そりゃ気になるけどさ・・・」

 

「いい機会だし試してみたら?」

 

「葉隠ちゃんまで・・・」

 

「なびく様ならボコボコにしなきゃ!ガンヘットさんに習ったアーツが冴えるよ!」

 

「二度と耳郎ちゃんに近づけないよう徹底的にね!」

 

「麗日君も葉隠君も落ち着きたまえ!まだなびくと決まった訳じゃないだろう !?落ち着くんだ!」

 

「耳郎さんのフォローは私達が行いますので、緑谷さんは遠慮なくやっちゃってください」

 

 一点の曇りのない目でGOサインを出す八百万さんと僕が行かなければならない場の雰囲気

 

 やるのか!?強制的に覚えさせられたアレをやらなきゃいけないのか!?・・・くっ!ええい、ままよ!

 

「・・・はぁ、判ったよ。じゃあ皆フォローは頼んだよ?」

 

 もう一度お面とクッションを書いて具現化し、着用し直す

 

 さて、逝きますか!

 

 京香姉さん直伝(強制)!男を落とす方法その一!

 

「電気様!」

 

「え?」

 

 未だ耳郎さんとピンク色のフィールドを形成している上鳴君に声をかけ、強制的に意識を僕に向けさせる

 

「私、みどりって言います。あ、あの、ずっと前から貴方のことが好きでした!付き合ってください!」

 

「え!?」

 

 うわぁ、背中がすごくゾワゾワする・・・っと、次は混乱が解けない内に抱き付くんだっけ

 

 胸(クッション)を押し当てるように抱きつく

 

「ウェイ!?」

 

 上鳴君の肩越しに目が合った耳郎さんが般若の表情で睨み付けてくる

 いつイヤホンジャックが飛んできてもおかしくない

 

 怖いわぁ・・・

 

 いつでも離脱できるように意識しながら上鳴君とその背後にいる耳郎さんの様子を伺う

 

[涙]

 

「だめ・・・ですか?」

 

 少し離れてからだめ押しの目を潤ませながらの上目遣い

 

「お、俺には彼女が、響香がいるから!だからごめん!」

 

 おお!あのチャラ男の上鳴君が耐えた!・・・彼女が出来て硬派になった?

 

「そ、そうですよね!ごめんなさい!」

 

 もう少し押したらどうなるか気になる処ではあるが、これ以上は僕の精神的にも、上鳴君の後ろから刺さる視線的にも限界だ

 

「コッチこそごめんな!」

 

「ハァ・・・切島君、コレで満足?・・・これ、男として性別を偽るのはちょっとってことで使いたくないんだよ」

 

 さっと上鳴君から距離を取って【個性】を解除していく

 

「え?・・・緑谷?」

 

「耳郎ちゃん!俺の彼女宣言でちゃったね」

 

「緑谷あざといよ」

 

「どこでそんな技を覚えたんだよ」

 

「ちょっとグッと来ちまった」

 

「私にはちょっと無理かな、恥ずかしくて」

 

「み、自ら異性に抱き着くなんてハ、ハレンチですわ!」

 

「え?」

 

「あー、ごめんね上鳴君、本日二度目のイタズラだよ」

 

「え?」

 

 今だ混乱状態から抜け出せていない上鳴君をそのままに耳郎さんの方を向く

 

「耳郎さん、ごめんなさい!切島君がやれって・・・」

 

「ちょ!緑谷!?」

 

「緑谷の色仕掛けに耐えた、か、彼氏に免じて許してやる」

 

 切島君を生贄に捧げて謝ると、先ほどまでの般若はどこえやら、リンゴの様に真っ赤な顔で俯き、女子に囲まれた耳郎さんがクッソ甘いセリフを言っていた

 

 ・・・・・・うわぁ、砂糖吐きそう

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「えー・・・そろそろ夏休みも近いが、もちろん君たちに30日間、一カ月休める道理はない」

 

「まさか・・・!!」

 

「夏休み、林間合宿やるぞ」

 

「知ってたよー!やったー!」

 

 相澤先生の林間合宿の言葉に一気に教室は騒がしくなり、肝試しや花火、カレー作りなど合宿の定番が口々に挙げられていく

 

「ただし!その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は学校で補習地獄だ」

 

「みんな頑張ろーぜ!!」

 

 楽しい事へ思いを馳せる僕らに放った相澤先生の一言で焦る者、頭を抱える者、動じない者と個々それぞれの反応をしていた

 

 あ、そういえばオールマイトに『私』について聞いてなかったな・・・今度聞きに行ってみるかな

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 ―― 国立総合病院 ――

 

 週末の日曜日、(かね)てから約束していた轟君のご両親と飯田君のお兄さんに会うため僕は病院に訪れていた

 

「はじめまして、飯田君と轟君のクラスメイトの緑谷出久と言います。皆からは緑谷かデクって呼ばれてます」

 

「はい、はじめまして。私は焦凍の母の轟 (れい)です。呼び方はお好きにどうぞ」

 

「同じく焦凍の父の炎司(えんじ)だ。現役(ゆえ)、ヒーロー名のエンデヴァーで呼んで欲しい」

 

「俺は天哉の兄の天晴(てんせい)だ。前はインゲニウムの名で活動してたが、もう引退したから天晴でいい」

 

「判りました。それと本日はお忙しい中、僕のわがままに付き合っていただきありがとうございます」

 

「そんなかしこまらなくてもいいですよ?それにわがままなんてことありません。最近になってやっと会いに来てくれるようになったどこかの誰かさんが「友達を会わせたい」なんて言うんですもの、ずっと楽しみにしてましたよ」

 

 フフフと笑う冷さんの言葉と視線に居心地悪げに目を反らす轟君

 

 何年もの間、会いに来なかったことをチクチク刺されてるっぽい

 

「そうだよ。それに聞いたよ?天哉がやられそうになったところを助けてくれたんだろ?そりゃ世間一般にゃ免許証(ライセンス)無しが戦うなんて御法度(ごはっと)だが、一人の兄としては弟の命を救ってくれたことを感謝してるんだ」

 

「そういって頂けるとありがたいです・・・・・・本題に入る前に、ご存知の通り僕らは先日ヒーロー殺しと戦いました。それも本気を出していないヒーロー殺し相手に3人がかりで戦ってどうにか勝ちを拾えた状態。この先もそんな幸運が続くなんてあり得ない」

 

「だろうな。最後に発したあの気迫・・・私ですら一瞬呑まれた。アレを初めから受けていたのなら戦いにすらならなかっただろう」

 

「ええ、だから、強くなる必要があるんです」

 

 あの時は冗談や比喩ではなく本気で『死』を覚悟した

 

「それは判ったが、それと俺達と会うことに何の関係が?そりゃ家族として天哉の事は応援しているが、態々(わざわざ)呼ばれるようなことか?・・・・・・もし危ない事に手を出すってんならいくら天哉のダチでも容赦できないぞ?」

 

「危険を回避するために危険に飛び込むなんてことはしませんよ。それはこれからお話する内容を聞いていただければわかります。ただし、このことは他言無用でお願いします」

 

「判った」

 

「了解した」

 

「判りました」

 

「ありがとうございます。轟君達もいい?」

 

「ああ」

 

「問題ない」

 

 全員の了承が取れたので話を進める

 

「実は僕はあなた方の【個性】を飯田君と轟君に与えたいと考えています」

 

「与える?」

 

「僕の【個性】は[模倣]といって、相手の【個性】を模倣して使えるようになるんです。そしてあなた方の【個性】を模倣し、それを別の【個性】で飯田君と轟君に譲渡する事で二人の【個性】を強化するんです」

 

「そりゃまたとんでもない【個性】だな」

 

「確かに周りに知られるわけにはいかん内容だな。模倣だけならまだしも、それを誰かに渡せるとなると良からぬ事を考える輩はいくらでもいるだろう」

 

「ええ、それもありますが、それ以上にこれには明確な欠点がありまして、本人の適性から離れた【個性】を渡すと最悪死にます」

 

「なに!?どう言うことだ!」

 

「親父、落ち着け」

 

「しかし!」

 

「貴方、まだ緑谷さん話が終わってませんよ?」

 

「ぬぅ・・・」

 

「穏やかじゃない内容だな」

 

 真っ先に反応したエンデヴァーは比較的冷静な轟君と冷さんに宥められ、天晴さんは眉間にシワを寄せていた

 

「あくまで死ぬ可能性があるのは本人の適性からすごく離れていればの話・・・適性と言うのはいわば本人に発現する可能性のことで、轟君ならご両親から氷結系と燃焼系の適性を、飯田君は加速系の適性を持っています」

 

「つまり、俺の【個性】を天哉に渡す分には問題ないが、エンデヴァーさんとこに渡すと拒絶反応が出ると?」

 

「ええ、そうです」

 

「なんだ、そういうことは早く言いたまえ、焦ったではないか・・・」

 

「もう、貴方ったら!ごめんなさいね?この人すぐ熱くなっちゃうから・・・」

 

「いえ、それで適性についてですが、インゲ・・・天晴さんから飯田君へ、エンデヴァーさん達からは轟君へ渡すことになりますので問題ありません」

 

「ならやってくれ!俺はこんなザマでもうヒーローとしては活動できない。インゲニウムの名前なんて重苦しいもんまで天哉に託すことになって、正直天哉には引け目を感じていたんだ・・・そんな俺が天哉にしてやれることなんて応援してやる事だけだと思ってた矢先にコレだろ?なら断る理由がない。むしろお願いしたい。弟を頼む!」

 

「兄さん・・・」

 

 まだ体を動かすのは辛いはずなのに弟の助けになるならと頭を下げる天晴さんに飯田君は言葉を詰まらせていた

 

「私も同じですよ。夫の様に直接焦凍に何かできるわけでもなく、会いに来てもらわなければ話すこともできないこの身で焦凍の為に何かできるなら拒む理由なんてありませんとも!ね、貴方?」

 

「ああ、妻の言った通り、親として子の為になるなら拒む理由などない。特に君には家族間にあった溝を埋めて貰った恩もあることだしな。そんな君なら喜んで協力しよう」

 

「ありがとうございます!なら早速やっちゃいますね!」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「特に変わった感じはないな」

 

「もっとこう、体の奥に何かが!というのを想像していたんだが」

 

「馴染むまで時間が掛かるから、だいたい5、6時間もすれば変化があると思うよ」

 

「そうなのか」

 

 僕も[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]を託された時似たこと思ったっけか・・・・

 

「緑谷さんはまだお時間大丈夫ですか?」

 

「え?あ、はい、今日は一日空いてますから」

 

「なら学校での焦凍の様子を教えてくれませんか?この子ったら自分の事は何も話したがらないから」

 

「母さん!」

 

「あら?聞かれちゃ困ることでもあるの?」

 

「そりゃ・・・ないけど」

 

「ならいいわね!」

 

 そりゃ長い事病院に居て、会いに来る様になったのも最近じゃ普段の様子は気になるよね

 

「私も気になるな」

 

「親父まで!」

 

「俺にも天哉の様子を教えてくれ。俺より出来は良いのに変なところで堅いから上手くいってんのか心配なのよ」

 

「兄さん!?」

 

「ははは!何から話しましょうか」

 

 こうして面会時間が過ぎ、看護師さんが来るまでワイワイと話し合った



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第40話 期末テスト

 ―― 食堂 ――

 

 期末テストまで残り一週間、僕は轟君、飯田君、麗日さん、葉隠さん、梅雨ちゃんの6人で食事をとりながら期末試験について話し合っていた

 

「普通科目は授業範囲内からで復習さえしっかりしてれば問題ないけど、演習試験がなぁ」

 

「突飛なことはしないと思いたいが、今までの流れから何か一癖ありそうだな」

 

「相澤先生のヒントも『一学期でやったことの総合的内容』だもの」

 

「戦闘訓練と救助訓練、あとはほぼ基礎トレだよね」

 

「試験強化に加えて体力方面でも万全に・・・!」

 

[炭素硬化(クロムハード)]

 

「っ!!お、おっと、ごめん頭大きいから当たってしまった」

 

 あー・・・当たったのは肘か

 

「えっと、肘大丈夫?」

 

 頭に何か触れた時、咄嗟に[炭素硬化(クロムハード)]で硬くなっちゃったから、ぶつけた肘がちょっと痛そう

 

「な、何のことか分からないなぁ!」

 

「あ!君はB組の!えっと・・・その、あれだ・・・そう!真似の人!」

 

「物間だ!・・・は!ん゙ん゙・・・そうそう、君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね?」

 

 彼を見た麗日さんが思い出そうと考えた末に結局名前が出てこず、すかさず物間君が叫けぶように名乗る。直後何かに気付くと咳ばらいを一つして話を変えた

 

「体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えてくよねA組って。ただその注目ってトラブルを引き付ける的な悪い意味だよね?あー怖い!いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らにまで被害が及ぶかもしれないなぁ!ああこわっ・・・」

 

「シャレにならん。飯田の件知らないの?」

 

 何処で息継ぎしてるのかと疑問に思うくらいの長文を一息に、やや芝居がかった身振りと共に喋っている物間君を黙らせったのは、同じB組の拳藤さんだった

 拳藤さんの一撃を喰らった物間君は、意識こそ保っているモノの体に力が入らないようでぐったりして襟を拳藤さんに掴まれている

 

「ごめんなA組、こいつちょっと心がアレなんだよ」

 

 心がアレ・・・

 

「お詫びと言っちゃなんだけど、さっき期末の演習試験不透明だって言ってたね?入試ん時みたいな対ロボットの実践演習らしいよ」

 

「え!?本当!?何で知ってんの!!??」

 

「私、先輩に知り合いがいるからさ。聞いた。ちょっとズルだけど」

 

「ズルじゃないよ。情報収集だって重要なテクだよ。そうか先生は立場上教えてくれないのは解ってたけど先輩ならその制限がないのか!」

 

 盲点だった、経験者から情報を仕入れればよかったんだ!

 

「バカなのかい拳藤、折角の情報アドバンテージを」

 

「バカはアンタでしょ・・・私はただ正々堂々じゃないとすっきりしないだけだよ。ほら行くよ」

 

「あ、待って!」

 

 引きずるようにして物間君を連れていく拳藤さんを慌てて引き留める

 

「ん?」

 

「ちょっと物間君に用があって」

 

「こいつに?」

 

「うん」

 

[仮初めの贈り物(トランジェント・ギフト)]を完成させるにはどうしても[コピー]は覚えておかないといけない

 でもB組と関わることって意外と少ないし、何度か足を運んだけどどうも彼早々に帰ってたりするんだよね

 ちょうど目の前に居るからここで済ませておきたい

 

 両手で物間君の顔を挟むように掴む

 

 同性相手にコレは過去に見せられたBL本が思い浮かぶから嫌なんだよな・・・

 

「僕に恐れをなしてここで潰そうって魂胆かい?まて、まさか身の毛もよだつ悍ましい趣味じゃないだろうな!」

 

「そういうこと言わない!」

 

「あ」

 

「っ!」

 

 ゆっくり額を合わせようとしていた処に、拳藤さんに後頭部を叩かれた物間君に頭突きをされる形で【個性】を覚えた

 

「ごめん!大丈夫?」

 

「うん、僕は問題ないけど」

 

「コッチは大丈夫じゃないんですけど!?なんだその石頭は!?かち割れるかと思ったじゃないか!」

 

「あーはいはい。緑谷だっけ?ごめんね邪魔して。はい、こいつのことは気にせず用事を済ませちゃってよ」

 

「えっと、ありがとう。もう用は済んだよ。引き留めてごめんね!」

 

 今だ騒ぐ物間君を猫か何かの様に差し出す拳藤さんに礼を言って物間君を押し返す

 

 よし!これで前提条件クリア!

 

「そっか、じゃあね」

 

「A組!いつか必ず報いを受け――」

 

「だからやめなさいっての」

 

 拳藤さんの手刀で意識を刈り取られた物間君はそのままズルズルと引きずられていった

 

 手刀で意識を刈り取るとか達人技だな・・・あれって『下手すると意識を刈り取る前に延髄か脳が損傷して後遺症が残りかねないからダメだ』っておばあちゃん達にきつく言われてたヤツだ・・・

 

「珍しいね、君が進んで模倣しに行くなんて。どうしてだい?」

 

「え?デク君そんなんしてたん?」

 

 拳藤さんの達人技に驚いていると、僕が【個性】を覚えたことに気付いた飯田君に何故と質問された。たぶん轟君も気付いている

 

「ちょっと考案中の技に彼の【個性】が必要だったからね」

 

「なになに?また何か凄い技でも考えたの?」

 

「緑谷ちゃんますます強くなっちゃうのね」

 

「今度機会があったら見せるよ」

 

 どう使うかは言明せず、その後は試験対策について話しながら食事を済ませた

 

  ―― 教室 ――

 

「んだよロボならラクチンだぜ!」

 

「おまえらは対人だと【個性】の調整大変そうだからな・・・」

 

「ああ!ロボならぶっぱで楽勝だ!!」

 

「あとは勉強教えてもらって」

 

「「林間合宿バッチリだ!!」」

 

 昼休みに聞いた期末の演習試験の内容を上鳴君達に伝えると、先ほどまでの不安そうな顔を一転させ今にも踊りそうな勢いで喜んでいた

 そんな2人に対して苛立ったように冷や水をかけたのはかっちゃんだった

 

「人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろ。何がラクチンだ。アホが」

 

「アホとは何だアホとは!!」

 

「うるせえな!調整なんか勝手に出来るもんだろ、アホだろ!」

 

「かっちゃん落ち着いて・・・あと、あんまり人のことアホアホ言うのは・・・」

 

「デク!!」

 

 いつも以上にイライラしているかっちゃんを落ち着かせようとしたところ矛先がこちらに向いてしまった 

 

「な、何?」

 

「次の期末なら個人成績で否が応にも優劣がつく!完膚なにまでに差ァつけて今度こそてめぇをぶち殺してやる!覚悟しとけ!」

 

「かっちゃん・・・」

 

「轟ィ・・・!てめぇもなぁ!!」

 

「・・・・・・」

 

 かっちゃんは言うだけ言って壊れそうな勢いで出入口を開けると出て行った

 

「・・・久々にガチなバクゴーだ」

 

「何やらいつも以上に緑谷と轟を意識しているようだな。アレは焦燥・・・いや憎悪?」

 

 ―― 一週間後 ――

 

 各々筆記試験は手応えがあったらしく暗い雰囲気の人はいなかった。特に上鳴君と芦戸さんなんかは八百万さんの手をとって嬉しそうにくるくる踊ってた

 何度も見直ししたし、僕も自己採点で問題なく合格点を獲れていると思う

 

 そして翌日の演習試験

 

「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿に行きたけりゃみっともないヘマはするなよ」

 

「先生多いな・・・?」

 

1、2、3、4 (ひーふーみーよー)・・・8?」

 

 ロボットによる演習にしては先生の数多くないかな?いや例年通りなのか?

 

「諸君なら事前に情報を仕入れて何をするか薄々わかってるとは思うが・・・」

 

「入試みてぇなロボ無双だろ!!」

 

「花火!カレー!肝試――」

 

「残念!!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

「校長先生!」

 

 ハイテンションの上鳴君と芦戸さんの言葉を真っ向から否定したのは相澤先生の首元から飛び出した校長先生だった

 

「変更って・・・」

 

「それはね、よっと!ふぅ・・・これからは対人戦闘・活動を見据えたより実践に近い教えを重視するのさ!」

 

 上った木を降りるかのようにゆっくり相澤先生から降りた校長先生はそう言って僕らの前に立った

 

「実践に近い・・・」

 

「と言う訳で・・諸君らにはこれから二人一組(チームアップ)でここにいる教師と戦闘を行ってもらう!」

 

「先・・・生方と・・・!?」

 

「尚ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度・・・諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ」

 

「まず轟と・・・・・・八百万がチームで俺とだ」

 

 轟君と八百万さんってことは推薦枠ペアか・・・相手が相澤先生なら、いかにして【個性】を無力化されないかと無力化された時どう立ち回るかが問題になるかな・・・

 

「次、緑谷と」

 

 僕か!誰だ、動きの傾向とか言ってたから接近戦タイプか?いや逆に中遠距離か?まて親密度とも言ってたから――

 

「爆豪がチームだ」

 

「デ・・・!?」

 

「かっ・・・!?」

 

 うっそ、かっちゃん!?お世辞にも相性は良くないぞ!?しかもこの間宣戦布告まで受けたってのに、そのかっちゃんと連携して先生と戦えっての!?

 

「相手は――」

 

 バスの陰から教師陣のだれよりも大柄な男性が現れ僕らの前に立った

 

「――私がする!・・・協力して勝ちに来いよお二人さん!!」

 

 相手はオールマイト!?

 

「それぞれステージを用意してある。10組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間が勿体ない。速やかに乗れ」

 

 ―― バス車内 ――

 

 ・・・・・・どうする・・・オールマイト相手に単独で突っ込んでも一蹴されて終わりだ。何とかしてかっちゃんと手を組む必要がある。でもあのかっちゃんが手を組もうって言われて素直に頷くか?その場でブチギレて終わりそうな気もするし・・・いや、まず本人に行ってみない事にはタラレバでしかない。

 

「・・・・・・しりとりとかする・・・?」

 

 よし!ここは頷いてくれることを前提としてどうやってオールマイトを倒すかを考えて見るか・・・まてよ?そもそもルール説明を受けていないから勝利条件がハッキリしてないじゃないか・・・とするとここで考えていても意味がない・・・?いや何パターンか考えてルールを聞いてからそのどれかを使うって方法で行くか・・・

 

「・・・・・・」

 

 ふとかっちゃんとオールマイト(の背中)を見るが二人とも一言もしゃべることもなく沈黙を貫いている

 

 オールマイトもかっちゃんも何もしゃべらないみたいだし、ここは黙ってステージに着くまで待つしかないか・・・よし!やっぱり作戦を練っておこう!まずは――

 

 ―― 演習試験 試験会場 ――

 

「さて、ここが我々の戦うステージだ」

 

「あの、戦いって、まさかオールマイトを倒すとかですか?だとしたら大分きついものがあるんですが」

 

 バスの中でどうすれば勝てるか策を練り続けたが、どの策をどう使っても勝率は2割位。可能なら倒さなくても合格点がもらえる採点方式がいいんだが・・・

 

「消極的なせっかちさんめ!ルールを説明するから落ち着きたまえ。まず制限時間は30分、君たちは私が(ふん)する(ヴィラン)にこの手錠みたいな『ハンドカフスをかける』か、『逃げきってどちらか一人がゲートをくぐって脱出』すればクリアだ。実力差を見極め、ヒーローとして(ヴィラン)と戦って勝てるなら良し!しかし、差が大きすぎる場合はどちらかが足止めしてもう一方が助けを呼ぶことが良いこともある」

 

「戦って勝つか、逃げて勝つか・・・」

 

 確実に勝つなら逃げ一択だけど・・・たぶんそれだけじゃ不合格。今までの演習でも結果以外に過程も重要視されてたから、今回も最低限が勝利で、そこに勝つまでの過程で追加点を加えたのが僕らの評価になりそうな気がする

 

「そう!この試験では君らの判断力が試される!・・・けど、それじゃあ逃げの一択じゃね!?って思っちゃいますよね?そこで私達サポート科にこんなの作ってもらいました!ジャンジャジャーン!超圧縮おーもーりー!!」

 

 そう言って取り出したのはごついリング

 

「体重の約半分の重量を装着する!ハンデってやつさ!古典だが動き辛いし体力は削られる!あ、ヤバ思ったより重・・・」

 

 オールマイトは重りについて説明しつつカチャカチャと手足に取り付けた

 

 ハンデありならいけるかな・・・?

 

「俺達じゃ本気はいらねぇってか、ナメてんな。後悔させてやる」

 

「させてみな有精卵君?」

 

 ハンデが気に入らないかっちゃんがオールマイトに噛み付くが、オールマイトは(むし)ろ望むところだと言わんばかりに挑発してきた

 

 ――――

 

 教師陣はゴール方面からスタートで僕ら生徒陣は中央スタート・・・挑むにしても逃げるにしても必ずオールマイトに一度は当たるって訳か・・・

 

『皆位置についたね、それじゃあ今から雄英高校1年期末テストを始めるよ!レディー・・・ゴォ!!!』

 

「かっちゃんはどうする?逃げる?戦う?」

 

「ブッ倒した方が良いに決まってんだろが!!終盤まで翻弄して疲弊したところを俺がぶっ潰す。逃げたきゃ勝手に逃げろ」

 

 かっちゃんは予想道理戦闘一択、どうか頷いてくれますように・・・!

 

「かっちゃん、その、嫌かもしれないけど、手を組もう」

 

「あ゙?」

 

「相手はあのオールマイトだ。バラバラに動いたんじゃ倒せない。ただ殴り合うだけなら僕でも1分位は持つかも知れないけど、素直に殴り合いに応じてくれるとは思えない・・・だから・・・」

 

 言い終わる前にかっちゃんがゆっくりと動いた

 

 やっぱ駄目か!!

 

『ざけんな!誰がてめぇなんかと組むか!くそが!』

 

 そう言われた気がして思わずぎゅっと目を瞑り構えたが、一向に怒声も衝撃もやってこない

 

 殴って来ない?

 

 恐る恐る目を開けてかっちゃんを見ると、多少不機嫌そうではあるが想像していた憤怒の形相ではなかった

 

「・・・今回だけだ」

 

「えっと・・・良いの?」

 

「オールマイト相手に俺が一人で突っ込んでも戦いにすらならねえのは判ってる。だからって逃げの一手なんてクソくらえだ!!・・・だから今回だけ・・・いいか、今回だけ!・・・組んでやる」

 

「ありが――」

 

「ただし!俺の言う通り動いてもらう!」

 

「え?」

 

「シャクだがてめぇは俺より強ぇ。なのにてめぇの脳筋戦法じゃミジンコほどの役にも立たねえ。だから俺の言うとおり動け」

 

「えっと・・・」

 

「返事!」

 

「わかった!」

 

「なら、まずは――」

 

 策を練ろうとしたところで出口方面から凄まじい衝撃波が突抜け、建物や地面をゴッソリえぐり飛ばした

 

「街への被害などクソくらえだ。試験だなんだと考えていると痛いめみるぞ?」

 

 なんだこの威圧感は!!

 

「私は(ヴィラン)だヒーローよ。真心込めてかかってこい。優しく抱きしめてあげよう!」

 

「かっちゃん!」

 

「言われんでもそのつもりだ!行くぞデク!」

 

「うん!」

 

 閃光弾(スタングレネード)

 

「オールマイト!」

 

「あ痛たタタタタタ!」

 

 飛掛って行ったかっちゃんはオールマイトに顔を掴まれたが構わず両手から連続して爆破を繰り出した

 

「ガハッ!」

 

「そんな弱連打じゃちょい痛いだけだがな!」

 

 しかし、オールマイトは少しも堪えた様子もなくかっちゃんを地面に叩きつけた

 

[怪力]

[剛力]

[剛腕]

[鉄腕]

[剛力羅(ゴリラ)]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

「なら強攻撃だ!隻腕・赤鬼の腕ぇ」

 

 かっちゃんを抑えているオールマイトの脇腹目掛けて右拳を放ち、かっちゃんから引きはがす

 

 入りが浅い!?あの一瞬で自分から飛んで威力を軽減したっていうのか!?

 

「ぐ!こいつはキツイな。だが・・・」

 

 脇腹を抑えて後退したはずのオールマイトが気付けば目の前に居て、かっちゃん同様顔面を捕まれ地面に叩きつけられた

 

「ムグ!?」

 

「ちょっと威力が足りないね!」

 

[複製腕]

 

「ぬ!?」

 

[大声]

 

「「「「あ゙あ゙あ゙あぁぁぁぁ!!!!」」」」

 

 オールマイトの耳元に動かした複製腕に口を複製し、[大声]も併用して叫ぶ

 

「っ!」

 

 オールマイトが怯んだ隙に腹を足で押し出すように蹴り飛ばして距離を開け、体制を立て直す

 

「死ねぇ!」

 

「ヒーローが物騒なこと言っちゃいかんよ?」

 

 背後から接近したかっちゃんが攻撃をしようとするが、オールマイトは腕を振りぬいた風圧で吹き飛ばし無効化

 オールマイトがかっちゃんに気を取られているうちに接近し、4本の複製腕でオールマイトの両腕と両脇腹を掴み、腹を滅多打ちにする

 

 ――はずだったが、掴まれている腕を気に掛けた様子もなく動かし、まさに殴ろうとしていた両拳を掌で押さえられていた

 

「!?」

 

「不意打ちするには気配がダダ漏れだぞ?」

 

【個性】によりガチガチに硬くなった腹筋にオールマイトの膝がマシンガンのような打撃音と共に放たれた

 衝撃により後ろに飛びそうになるが、僕を掴んだオールマイトがそれを許してくれない

 ただでさえ重い一撃が連続で、それも【個性】による防御を抜いて放たれ、胃の内容物が喉元まで逆流してくる

 

[(フレグランス)]

 

「ぐふ!」

 

[爆破]

 

 [(フレグランス)]でオールマイトの意思と関係なくに自身を殴らせ、拘束から逃れると共にオールマイトを掴んでいた複製腕から爆破を起こして反動で距離を取った

 

「おぇ・・・」

 

 本当はすぐに体制を立て直して追撃すべきだが、吐き気が我慢できずその場で吐いた

 

「あたた・・・まさか自分を殴った上にゼロ距離で爆破を喰らうとは・・・私じゃなかったら無事じゃすまないぞ」

 

「はぁはぁ・・・ほぼ効き目無しとか嘘だろ・・・」

 

 かっちゃんには1分位は持ちこたえられるって言ったけど自惚れだった。もって20秒位だ

 

「そこどけぇぇ!!!」

 

「っ!」

 

 かっちゃんが何かを振りかぶって投げてきた、それはちょうどオールマイトと僕の間に落下した

 そして、それが手榴弾だと分かり、全力で飛び退いた処で音と閃光が放たれた

 

「走れ!」

 

「かっちゃん!」

 

 かっちゃんは僕に指示を出すと、そのままオールマイトに狙いを定めて腕に付いた仕掛け(ギミック)引き金(トリガー)を引き、オールマイトを吹き飛ばした

 

「ナニちんたらしてんだ!はよ走れボケ!」

 

 ――――

 

 策を話し合う間もなく始まった戦闘は文字通り大人と子供のようで逃走を余儀なくされていた

 

「クソ!強すぎだろ!」

 

「かっちゃん、相談があるんだけど」

 

「あ?」

 

「実は――」

 

 本当はオールマイトと対峙する前に伝えようとしていた策を伝える

 

「・・・分かった。今回は仕方ねえ・・・その策で行く」

 

 すっごい不満顔・・・

 

「ありがとう」

 

「ならまずはその陳腐で穴だらけの作戦を練り直すぞ。まず――」

 

「なるほど。そうするとオールマイトは――」

 

「そこは俺が――」

 

「じゃあこうすれば――」

 

「それやるならこれ着けとけ。そんで・・・」

 

 こうしてかっちゃんと顔を付き合わせて話すのはいつぶりだろうか

 

「オイ、聞いてんのか?」

 

「大丈夫聞いてるよ」

 

 【個性】が発現する前の、あの頼もしく頼りがいのあった兄貴分の姿に嬉しく思いながら策を練り直した

 

 ――――

 

 それから1分くらいだろうか

 

「デク、気付いてるか?」

 

「うん、明らかにゆっくり歩いてきてる」

 

「舐めやがって!」

 

[索敵(サーチ)]で反応を探せば前方からオールマイトがゆっくりと近づいてきている

 

「見えた!かっちゃんコレ」

 

「ああ、手筈通り行くぞ」

 

「うん」

 

 [簡易創造(インスタントクリエイト)]で作り出した首から下をすっぽり覆うマントを被り、オールマイトを待つ

 視界に映るオールマイトは、まるで僕らが迎え撃ってくることが分かっているかのような余裕を持った足取りで向かってきている

 

「やあやあ、お出迎えご苦労さん。今度は逃げないのかい?ママ怖いよーってさ」

 

「俺達が迎え撃ってくるって判ってて言ってんだろ」

 

「まあね、爆豪少年はまんまイケイケの肉食だし、緑谷少年は一見臆病そうに見えて一度戦うと決めたらやっぱりイケイケになるロールキャベツ君だからね。そんなわけで君らがあのまま門を潜るとは思えなかったものでね」

 

「そりゃご期待に添えて光栄だよ。こっからは俺らのターンだ!行くぞ!」

 

「その意気だ!来い!」

 

 ―― オールマイト ――

 

 当初想定していたほど関係は悪くなさそうだ。寧ろ爆豪少年も緑谷少年もお互いをフォローし合っている。いい傾向だが、試験官としてはPlus Ultraしてほしい訳で・・・

 

「先生頑張っちゃうぞ!」

 

「うらぁ!」

 

「あまいあまい!」

 

 爆豪少年が飛掛ってきて爆破を浴びせてくるがちょっと熱いだけで大したダメージでもない。無視して殴り飛ばし、這うように死角から襲い掛かってくる緑谷少年にも拳を叩きつける

 

 緑谷少年を迂闊に近づけるのはまずい。多様な【個性】を使う関係上、出来るだけ早く戦闘不能にしておかないとじり貧だな。かといって爆豪少年は無視して大丈夫かと問われれば彼も彼でこちらの痛いところをチクチク突いてくるし、さてどうするかな・・・

 

「どうしたヒーロー!そんなんじゃさっきと同じだぞ!」

 

 懲りずに飛掛ってくる爆豪少年を迎え撃とうとした時、突如姿が消え、腹に軽い衝撃と共に爆豪少年がしがみ付いていた

 緑谷少年と同じくゼロ距離からの爆破かと身構えたところ、爆豪少年が電気を発して感電させてきた(・・・・・・・・・・・・・)

 

「グッ!!っの離れろ!!」

 

 即座に爆豪少年を引きはがし、飛び退いて距離を開ける

 

 くそ!全身がしびれて思うように力が入らない!

 

「何故爆豪少年が!?」

 

「何でだろうな!オラァ!」

 

「ぐっ!」

 

 着地の瞬間を狙われたか!って何故目の前に居るはずの爆豪少年が背後にいるんだ!?目の前に居る爆豪少・・・緑谷少年!?

 

 視線の先に居るはずの爆豪少年が背後に居ることに驚き、先ほどまでいた場所を確認すればそこにも爆豪少年の姿があった

 しかし、羽織っていたマントが風化して崩れる様に無くなると、その下から緑谷少年の戦闘服(コスチューム)が姿を現し、そしておもむろに顔の端を掴む様な仕草をしたと思うとそのまま剥がし爆豪少年の顔は緑谷少年の顔へと変わった

 

 しまった、あの時入れ替わっていたのか!

 

 緑谷少年がニヤリと笑い上を指さした

 

 すぐに上を見ると手榴弾が私目掛けて降り注いでいた

 

 ―― 緑谷 ――

 

 かっちゃんと策を練った後、[二十面相]と[簡易創造(インスタントクリエイト)]を使ってお互いの顔に変え、マントを羽織って戦闘服(コスチューム)を隠し、僕だけが[声真似]でかっちゃんとして話した

 僕が色々な【個性】を使えることは周知の事実だが、かっちゃんが[爆破]以外の【個性】を使うとは思わないはずだという考えの元、一度限りのだまし討ちとして使うことにしたのだ

 その策は上手く決まり、オールマイトの機動力をそぐことに成功した

 

 更にかっちゃんに気を取られている内にマントの下で急いで用意し、抱えるように持っていた手榴弾をオールマイトの頭上目掛けて高い山を描くように放り投げていた

 

「っ!またか!」

 

[(スピード)]

[指長]

 

 手榴弾の1個や2個なら投げ返してきそうだが、僕が投げた手榴弾の数は13個。その上気付いたのはギリギリ、さすがのオールマイトも投げ返すのではなく避けようとするだろう

 そうさせないために、既にオールマイトに張り付く様に爆破し続けているかっちゃんがその場に留まらせる

 そして僕は投擲後すぐにオールマイトに駆け出し、すれ違い様に伸ばして硬化させた指で脇腹を浅く切りつけ、指に付着した血を舐めとる

 

[凝血]

 

「っ!?」

 

 解除!

 

[凝血]で動きを止めたオールマイトの頭上を飛んでいた手榴弾は姿を消し、中に込められていた液体をオールマイト目掛けぶちまける

 

「かっちゃん!」

 

「コレは!?」

 

 オールマイトはすぐに全身に浴びた液体の正体に気付いた様だがもう遅い

 

「吹っ飛べぇぇぇぇ!!」

 

 かっちゃんが先ほどより強力な爆破を浴びせ、それによりオールマイト被った液体が誘爆を起こし爆発した

 

[凝血]で動けない以上防御も回避もできない

 

 オールマイトが被った液体はかっちゃん由来のニトログリセリンだ。

 掌や道具による爆破は一方向からしか衝撃波及び熱風は浴びせられない。ただでさえオールマイトの分厚い耐久力の前では効きが弱いのに、遮蔽物の陰に隠れたり、防御姿勢をとられると余計に威力が軽減するか無力化されてしまう。

 その対策として、爆発物そのものを相手にかけてから爆発させればいいんじゃないかと思った訳だ

 ただ、オールマイトは本当にワン・フォー・オールしか使ってないのかと問いただしたくなるくらい尽くこちらの策を跳ね返していく

 だから、オールマイトが対処する前に決着をつける必要があった

 

 そこで考えたのは、[簡易創造(インスタントクリエイト)]で作り出した見た目手榴弾のカプセルに、かっちゃんの戦闘服(コスチューム)から抜き取った液体を入れ、目の前で投げることでオールマイトの視線を一瞬上に誘導、その隙に背後を取ったかっちゃんが攻撃して回避行動を阻止し、僕が[凝血]の【個性】で動きを止める。

 後は[簡易創造(インスタントクリエイト)]の【個性】を止めて外装(がわ)を消せば、中の液体がオールマイトに掛かる。

 そこにかっちゃんが追撃の爆破を行なって起爆することで止めとした

 

 それでも倒せているかは良くて2割、最悪はコレが効いていないで無駄骨に終わること

 

「デク!ぼさっとしてねぇで行くぞ!」

 

「うん!」

 

 だから、どちらに転がるとしても爆破したら即座にゴール目指して走るよう作戦を組んだ

[凝血]の影響で少なくとも数分は動けないとは思うが、そこはオールマイト。敵に回ると厄介な気合だ何だと言って無力化してくる理不尽さがあるから、下手に近づいてハンドカフスを掛けるなんてリスクは犯せない。だからどうにかかっちゃんを説得して逃げの選択を飲んでもらった

 

「デク!」

 

「なぁに!」

 

「次こそは正面からねじ伏せるぞ!」

 

 渋々ながらも僕の『オールマイトに一泡吹かせてから逃げて勝つ』という策に乗ってくれたかっちゃんは、本当は正面から挑んで勝ちたかったからか叫ぶように次こそは勝つと宣言していた

 

「ははは!」

 

 かっちゃんらしいや!

 

「返事はどうした!」

 

 そんなの聞くまでもないだろ!

 

「もちろん!」

 

『報告~~爆豪・緑谷チーム・・・条件達成!』

 

 打倒オールマイトこそ実現できなかったが、僕らに出来る最善をオールマイトに見せつけて勝利した

 



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第41話 知らぬ間の邂逅、偶然の再開

 ―― 木椰区ショッピングモール ――

 

 ちょっと早く来すぎたかな

 

 携帯電話で時間を確認すれば集合時間どころか、店の開店時間の一時間前

 どの店もまだ開店準備中で開いてない

 

 なぜ一人で開店前の店を眺めているかというと、皆で買い物をするため皆が集合するまで待っているのだ

 

 期末試験の合否発表では、筆記は全員合格したが演習試験をクリアできなかった上鳴君・芦戸さんペア、切島君・砂藤君ペアの4人+(プラス)クリアはしたが合格点を貰えなかった瀬呂君の五人が期末試験で赤点を出してしまった。

 それによって5人、特に芦戸さんは自分達の分まで楽しんでくれと悲しそうにしていたが、相澤先生の「赤点関係なく全員林間合宿参加します」の一言に一気にハイテンションになり、そのテンションのままに合宿に持っていくものを買いに行こうと週末の今日、ここ木椰区ショッピングモールに皆で買い物に来ることになった訳だ

 

 そして集合時間は午前9時30、現時刻は午前7時20分

 

 楽しみすぎて30分前どころか2時間前に来てしまうというまるで遠足当日の小学生の様な真似をしてしまった

 

 だが、コレは仕方ないことなんだ。だって鬼哭道場に入門してからこれまで、一度たりとも友達と買い物に出かけるというイベントをやっていないんだから

 

 だから楽しみで楽しみで仕方なかった

 

 別に友達がいなかった訳じゃない。両手で数えられるくらいはいた。以前のかっちゃんとの決闘擬きの一件が原因で小学校では浮いて、中学ではその噂が尾ひれを着けて広まり、先生以外に話しかけてくるのは噂なんて気にしないという人だけだった。しかも、どうにか【個性】を制御しようと四苦八苦しながら道場で毎日体を鍛える日々だったこともあり一緒に買い物に出かけることがなかった

 

 だから2時間も早く来てしまっても仕方ないことなんだ!

 

「って誰に言い訳してるんだ僕は・・・」

 

 客観的にみるとあまりにも寂しい奴に思えて居もしない誰かに対して言い訳をしてしまった

 

「こんにちは」

 

「?・・・っ!!こ、こん、に、ちは!」

 

 ベンチに座りながら居もしない誰かに言い訳をしていると声を掛けられた。

 振り向けばドアップで髑髏が視界一杯に広がり、心臓が跳ね上がる。

 どうにか挨拶を返したが動揺してしまって声が途切れ途切れになってしまった

 

「驚かせてすまないね。君は緑谷君だろう?ちょっと話をしないかい?待ち合わせより早く来てしまってね。連れが来るまで手持ちぶさたなんだ」

 

「いいですよ。実は僕も待ち合わせ時間よりも早く来てしまって」

 

 バクバクなる心音が聞こえない事を祈りつつ話しかけてきた人を見れば、ビシッと着こなした黒いスーツと真っ先に目に入った頭をスッポリ覆うリアルな髑髏の被り物

 声と体格から男性と判る

 

 あまりにもリアルだったものだから、目の部分が塞がってなければ本物の白骨だと思ったほどだ

 一言でいえばヤバい人

 

「それは丁度良かった。あ、マスクをしたままですまないが、数年前に大怪我を負ってしまってね。これがないとまともに出歩けやしないんだ」

 

 男性は首辺りの部分から伸びている管のようなものを指差しながら言う

 

 なんらかの維持装置ってヤツかな?にしても不気味だ

 

「いえ、人にはそれぞれ事情がありますから」

 

 内心すごくビックリしたけどどうにか顔に出さなかった。誰だって初対面で驚かれたら気分悪いもん・・・・・・出てないよな?

 

「そういってくれると助かるよ。このマスク格好いいだろ?気に入っているんだ」

 

 返答に困る質問はやめて欲しい。格好いいかだって?すごく・・・不気味です。言わないけど、絶対

 

「ええ、そうですね・・・それにしてもよく僕が緑谷だってわかりましたね。そんな目立つ顔してないと思うんですが・・・」

 

「見た目じゃなくて雰囲気で判断したといった方がいいかな?ご覧の通り・・・といっても分からないかもしれないが目が不自由なんだ。だから【個性】で周囲の状況を把握しているんだ。そして知り合いから聞き及んでいた緑谷君らしき人物を感じてね。有名人と話せる機会なんて早々あるもんじゃない。だから思いきって話しかけてみようと思ったんだよ」

 

「そうだったんですか。なんだか照れますね」

 

 お世辞でも持ち上げられるのは嬉しいな

 

 それから数分程「学校は楽しいか」とか、「勉強は大変じゃないか」とかたわいない話をしていたら、マスクの男性は先ほどまでとは打って変わって急に黙りこくってしまった

 

「どうしたんですか?」

 

「ああ、いや、昔を思い出してしまってね・・・」

 

「昔・・・ですか?」

 

「もう、かれこれ45年位前になるかな。そのころ、ある施設で責任者兼先生として暮らしていたんだが、その時もこんな風に笑っていたなと思ってね・・・・・・あの時は所用があって施設を少しの間空けていたんだ。そしてその間に、ヒーロー(悪い奴ら)がやって来てね。職員と子供達が応戦したんだ」

 

「え!?」

 

「その時の後遺症で子供達は皆廃人同然の上に、職員含めて皆連れてかれてしまった」

 

「酷い・・・そんな奴らは捕まえなきゃ!」

 

「はは、怒ってくれてありがとう。施設に戻ったときは唖然としたよ、皆居なくなっていたのだから。だからこそ、僕の煮えくり返った(はらわた)はそう簡単には治まらなくてね」

 

「ど、どう、したんですか?」

 

淡々と語っているのに、その声にチリチリとひりつくような怒気を感じた

 

「復讐した」

 

「ふ、復讐!?」

 

「そう、復讐。居場所を突き止めて一人ずつね・・・主犯格に手を下すことができなかったのが心残りだよ」

 

「復讐なんて・・・」

 

「君も彼らの様に『復讐は何も生まない』なんて言うかい?もしそうならその考えは間違っている。少なくとも復讐者からしたら心の安定を得るために必要なプロセスだよ」

 

「そ、そんな」

 

「心配しなくても命()奪っていないし怪我らしい怪我もさせてない、勿論法に裁かれる様なヘマはしない(こともない)から安心していいよ」

 

「そうですか・・・」

 

 納得は行かないけど、もう済んでしまったことを今から言っても仕方ない

 飯田君の時もそうだったけど、言って止められるほど簡単な話じゃない

 止められるならそもそも復讐なんて起こさないだろうし・・・

 

「・・・ただし二度とヒーロー活動は出来なくなってもらったがね・・・」

 

「え?すみません、最後何か言いました?聞き取れなくて」

 

 呟く様にぼそっと言われた言葉は、彼の被る首から上をスッポリ覆うマスクに(こも)って聞き取れなかった

 

「いや何でもないよ。まあ僕の復讐についてはどうでもいいんだ。その後皆の所在を探したら、一人を除いて居場所がわかったがどうしてもその一人が見つからなかった」

 

「見つからなかった一人って・・・」

 

「078AーAと言う子供だ」

 

「それが名前ですか?」

 

 どう考えても型番とか何かの記号・・・だよな

 

「正確には第78期生のアダム、識別番号Aだ」

 

 マジで名前!?・・・ってアダム?

 

「私の教え子達は生まれが特殊でね、名前が無いんだ。だから始まりの人類であるアダムの名前を全員に与えた」

 

 じゃあ、アダムさんもこの人の教え子?

 

「ただ、そうすると『人を識別する意味での名前』がなくなってしまったので苦肉の策で識別番号をつけたのさ。まあ、そんな名付けをしたせいか懐いてくれる子は少なかったがね」

 

「きっと態度に出さなかっただけで懐いてくれていますよ!」

 

 落ち込んだ男性を励まそうとどうにか搾り出した言葉は月並みな言葉だった

 

「ありがとう。そんなでも私にとっては大切な子供たちが奪われてからは少々荒れていたよ・・・でもね、実は足取りの掴めなかった子とも、24年位前だったかな?会うことができてね、神父の下で暮らしていたよ」

 

「それは良かったですね」

 

 会えたんだ、良かった・・・

 

「でもね、一緒に暮らさないかって誘ってみたんだが、神父様と共にいたいと拒絶されてしまってね」

 

「それは・・・」

 

「何年か後にまた会いに行ったんだが些細なことで喧嘩してしまって・・・それっきり会わないでいたら、7年前にぱったりと消息を絶ってしまったんだ」

 

「え?」

 

 7年前?

 

「いくら探しても見つからなくてね。なんとなくもう会えない気がするんだ」

 

 アダムという名前、7年前、消息を絶つ・・・それってやっぱり・・・

 

「喧嘩なんてしなければ良かったと後悔したよ・・・まさかあの程度の事で怒るとは思わなかった・・・」

 

「何て言ったらいいか・・・」

 

 たぶん、そのアダムさんは、僕に託してくれたアダムさんのことだ・・・この人がアダムさんと会えなくなっちゃたのもきっと僕の・・・

 

「心配しなくても大丈夫だよ。あの子にはもう会えないと思うが、最近ではまた一人の子供に勉強を教えはじめてね、荒れてた心が晴れるようだよ。もし、君が会うことがあったらよろしく頼むよ」

 

「わたりました。その子もアダムさん?」

 

「違うよ。アダムを名乗らせるのは名前のない子だけだ。っと僕の話ばかりですまないね」

 

「いえ」

 

「今度は君の話を聞かせて欲しいな」

 

「僕の話ですか?」

 

「学校生活・・・については聞いたから・・・そうだな、なんでヒーローを目指したのかとか?」

 

「なんでヒーローを目指したか、ですか・・・憧れと責任・・・ですかね」

 

「ほう、憧れと責任ね。どうしてだい」

 

「憧れたのは格好良かったから・・・自分じゃどうしようもない時、颯爽と現れて助けてくれるヒーロー。小さい頃、僕もああなりたいってヒーローが活躍する番組をテレビに噛り付いて見てました。特にオールマイトの」

 

 大火災の中、血を流しながら何人もの人を救出した動画は何度見てもワクワクしてたな

 

「では責任とは?失礼だが君はまだプロではない。責任を負うことなんてないんじゃないかい?」

 

「そりゃヒーローとしてはまだ卵で責任を負うことなんてそうありませんが、それとは違うんです」

 

「というと?」

 

「何言ってんだって思われるかもしれませんが・・・託されたんです」

 

 アダムさんとオールマイトに・・・

 

「託された?」

 

「辛い現実にぶち当たって、親に心配かけまいと顔では笑って、でも心で泣いていた僕に、君ならできると言ってくれたんです」

 

「その人が?」

 

「人達ですね・・・二人いるんです。一人は今の僕よりも何倍も早く、何十倍も多くの人が救えるのに、泣いていた僕に『君ならできる』って、『私の代わりに』ってバトンを託してくれたんです。もう一人は頑張ってる僕を見てやっぱり『君ならできる』って託してくれた。僕じゃなくてもっと条件のいい人はいくらでも要るのに、僕を選んでくれた。僕はその期待に答えたい。だから僕がヒーローを目指した理由は憧れと責任なんです」

 

「そうか、では頑張らねばならないね」

 

「はい!」

 

 今はまだ卵だけど、いつか平和と最強の象徴として「僕が来た!」って胸を張って言えるように

 

「お?そろそろ連れが来る頃かな?聞いておいてすまないね」

 

 時計が見えるわけではないのに、何故か正確に時間を把握している男性はベンチから腰をあげた

 

「いえ、そういえば生徒さんの名前は何て言うんですか?」

 

「ん?そういえば言ってなかったね。その子の名前はしがーーおっと噂をすればなんとやら、連れが来たようだ。年寄りの話に付き合わせて済まなかったね」

 

 男性が顔を向けた方に目を向けると、タキシードに黒いフルフェイスヘルメットを被った人が立っていた

 

「あ、いえ」

 

「そうだ、記念に握手してくれないかな?」

 

「いいですよ」

 

「ありがとう」

 

 差し出された手を握ったとたん、内蔵を直接鷲掴みにされてこね回され、そのまま引きずり出される様な異様な気持ち悪さと言い様のない悪寒がした

 

 気付けば男性の手を振り払っていた

 

「あ、すみません!」

 

 無意識とはいえ握手した手を振り払うなんて失礼なことをしてしまった

 

「ああ、気にしないでくれ、こちらこそごめんよ。【個性】で周りの状況を把握しているといったが、いかんせん触れた相手にすごい不快感を与えてしまうんだ。あまりにも楽しい時間だったのでつい忘れてしまったよ。本当に済まなかったね」

 

 この気持ち悪さは不快感とかそんな次元じゃなかったんだけど・・・

 

「では失礼するよ。さようなら」

 

「さ、さようなら・・・・・・あ!」

 

 結局生徒さんの名前聞きそびれちゃった・・・

 

 既に席を立ってヘルメットの人のところへ向かう男性の背を見送りながら、結局生徒さんの名前を聞いてないことに気づいた

 

 ――――――――――

 

「やはり無理だったか・・・」

 

「先生、余り出歩かれては困ります。今の先生は無理が効かないのですから」

 

 心配そうにいうタキシードの男を余所に髑髏の男は楽しげに笑う

 

「くくく、あの少年はやはり078AーAの後継者だ。即席の作り話にいくつかキーワードを混ぜたら直ぐに彼を思い浮かべたよ」

 

「では求め続けた【個性】は手に入れたのですか?」

 

「いや、あの【個性】はそこらの【個性】と違ってどういうわけか私でも奪えないんだよ。試しに彼なら行けるかと思ったが無理だった。無意識だったようだが手を振り払われてしまったよ」

 

「そうですか・・・しかし、そうであるならば何も先生自ら確認せずとも宜しかったのでは?」

 

「実際に見てみたかったのだよ。オールマイト(弟が足掻いた証)と僕の遺伝子を組み込んだ最高傑作(血を引いた息子)の後継を」

 

「そのために私達に[受心(じゅしん)]の【個性】持ちを探させたのですか?」

 

「直接聞いたところで警戒されるだけだからね・・・それにしてもこの【個性】は使えないね。表層しか読み取れない上に効果範囲は1mと短いし、電波があると聞き取り辛くなるから周囲の電子機器の電源を落とさないといけないなんて・・・今回の事がなければ奪う価値がないゴミだ」

 

「そのゴミの為に私は働かされたのですが?」

 

「そうむくれないでくれよ、感謝してるさ。さあ、確認したいことは出来た、帰ろうか黒霧。大事な生徒が待っている」

 

「ええ」

 

「託された・・・ね・・・緑谷出久か・・・くくくくく・・・」

 

  ―― 彼、欲しいね ――

 

 黒いモヤに二人の男が包まれると、まるで元々そこにはいなかったかのように姿を消した。

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 髑髏マスクの男性と別れてから少しすると徐々に店が開き始め、ちらほらと買い物客の姿を見かけるようになった

 

 それをぼーっと眺めているとゾロゾロと皆がやって来た

 

「デク君早いね!」

 

「君だけいないから寝坊してるのかと思ったらここに居たのか!」

 

「早く来すぎちゃってね」

 

「早く来すぎたって・・・集合場所はここではなく駅ですわよ?」

 

「楽しみにしすぎて場所間違ったんじゃね?」

 

「あれ?集合場所ここじゃなかった!?」

 

 ヤバ、早く来すぎた上に場所間違ってた

 

「おい、マジで場所間違ってたぽいな、どんだけ楽しみだったんだよ」

 

「電話してくれればよかったのに・・・」

 

「何度もしたさ。その度に『電源が入っていないか電波の届かないところにーー』とアナウンスが帰ってきたがね。事件かなにかに巻き込まれたんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ!」

 

「え!?・・・ごめん、電源切れてら」

 

 急いで確認すれば電源が落ちていた。

 

 おかしいな・・・来たときは電源入ってたし、充電もほぼ満タンだったから切れるわけないんだけどな・・・・・・

 

 電源を入れれば問題なく起動し、電池残量も9割以上あった

 

 なんでだ?

 

「まあ、いいじゃん!皆揃ったんだし買い物開始だー!」

 

 芦戸さんの掛け声と共に各自買いたいものを挙げていくが見事にバラバラ

 結果、切島君の提案で集合時間だけ決めて自由行動となった

 

 自由行動と決まったとたん、思い立ったが吉日と言わんばかりの行動力で各々が求める物を扱う店へスタスタと行ってしまった

 

 行動早いな皆・・・

 

「さて、僕はトレーニングに使うウエイトリストとレジャー用品買おうと思うんだけど、麗日さんはどうする?」

 

 麗日さんと二人きり・・・いや何を考えてるんだ、ただの買い物じゃないか!

 

「私は虫・・・よ・・・」

 

「その、麗日さん?」

 

 そんな見詰められると・・・

 

「何でもなーい!」

 

「あ!」

 

 止めるまもなく走り去る麗日さんを見送りながらポツンと一人佇む

 

 結局僕一人・・・

 

「取り敢えず買い物済ませよう!うん!」

 

「あー雄英の人だスゲー!サインくれよ」

 

「へ!?」

 

 気を取り直して買い物を済ませようと一歩踏み出したところでいきなり男性から声を掛けられた

 

「確か優勝して表彰台上がってた奴だよな!」

 

「え !?そ、そうですけど」

 

「んで確か保須事件の時にヒーロー殺しと遭遇したんだっけ?すげえよなあ!」

 

 男性はまるで旧知の仲であるかのように馴れ馴れしく肩を組み、話しかけてくる

 

「よくご存じで・・・」

 

「いや本当信じらんないぜ。こんなとこでまた(・・)会うとは!」

 

男性の被ったフードから顔が見えたとたん、脳無と多くの(ヴィラン)と共に雄英を襲撃した主犯格が脳裏に映った

 

「!?・・・お前はあの時の手だらけ(ヴィラン)・・・!!」

 

「おいおい、俺とお前の仲だろう?死柄木弔ってんだ、名前くらい覚えとけよ。まあ立ち話もなんだ・・・お茶でもしようか緑谷出久君?」

 

 するすると延びてきた手はしっかりと僕の首を掴む

 

「お前・・・!」

 

 首を掴まれたくらいでどうにかなるかとーー

 

「おっと、騒ぐなよ?自然に・・・旧知の友人のように振る舞うべきだ。俺はお前とただ話がしたいだけなんだ。こんな人混みの中でお前を塵にさせないでくれよ?俺の五指が全て触れたらお前は一分持たず塵だ。嫌だろう?」

 

「・・・その前に僕が君を何とかするとは考えないのか・・・!」

 

「その時はそこいらで能天気に笑ってる奴等を道連れにするだけだ。ほら見てみろよ。いつ誰が【個性】を振り回してもおかしくないってのにヘラヘラ笑ってやがる。法やルールは所詮個人のモラルが前提だ。いつでも捨てられるもんを「当たり前だ」と「するわけねえ」と思い込んでるのさ・・・さて、お前が俺をどうにかするまでに何人が塵になるだろうなぁ・・・」

 

 コイツ本気だ・・・

 

「なら相討ち覚悟で動くだけだ」

 

 生かすことを考えなければ幾らでもやりようはある

 二度とヒーローを目指せないだろうが、無駄死にしてこいつを野放しにするくらいなら・・・!

 

「おいおいバカな真似はよせよ。俺がのこのこ一人で動くと思うか?」

 

 っ!?どこかに仲間がいるのか!

 [索敵(サーチ)]も人混みのなかじゃ役に立たない。

 こいつの言う通りにするしかないか・・・

 

「ちっ!!・・・話って何だよ」

 

「ハハハ良いね、そう来なくちゃ・・・そこのベンチにでも座ってゆっくりと行こうや」

 

 首を掴んだまま僕を誘導するように一緒にベンチに腰掛けると早速とばかりに話始めた

 

「だいたい何でも気に入らないんだけど、今一番腹立つのはヒーロー殺しさ」

 

「仲間割れでもしたのか・・・」

 

「仲間?違う違う。俺は認めちゃいない。なのにドイツもコイツもヒーロー殺し、ヒーロー殺し、ヒーロー殺し・・・雄英襲撃も、保須に脳無を放ったのも・・・全部奴に喰われた。何故だ?奴だって気に入らないものをぶっ壊してるだけだろう?俺もそうさ。でも誰も俺を見ないんだよ、何故なんだ?なあ教えてくれよ。俺と何が違うと思う?緑谷」

 

「何が違うかって?・・・お前は理解も納得も出来ない・・・・・・でも、少なくともヒーロー殺しは理解できた」

 

「ほう・・・」

 

「お前はただ壊すだけ、子供の癇癪と同じだ」

 

「言うじゃないか、じゃあ奴は何だ?奴も同じだ。壊したいものを壊す、何が違う?何が違うんだよ緑谷」

 

「全然違う・・・奴には信念があった・・・奴も僕と同じようにオールマイトに憧れて、その果てにああなった・・・到底容認できる方法じゃないけど、奴は理想に生きようとしていた・・・んだと思う」

 

 ゾワリ

 

 背筋が凍る

 ヒーロー殺しの殺気とは違うねばつき纏わりつくような気持ちの悪い不快感

 

「なんだ、そうか・・・そうだったのか・・・ヒーロー殺しがムカツクのもお前が鬱陶しいのも・・・全部オールマイトだ」

 

「!?」

 

 なんて顔してるんだ

 

 横目で見る顔は、子供の様な無邪気な笑顔にドロドロになるまで煮詰めた憎悪を混ぜ込んだようなそんな顔

 

 先ほどとは質の違う不快感が全身を襲う

 

「そうかあ・・・そうだよな。結局そこに辿り着くんだ。ああ何を悶々と考えていたんだろう俺は・・・!コイツらがヘラヘラ笑ってるのもあのゴミがヘラヘラ笑ってるからだ!救えなかった人間などいなかったかのようにヘラヘラ笑ってるからだよなあ!!」

 

「うぐっ!」

 

 死柄木の感情の高ぶりと共に僕の首を掴んだ手がギチギチと絞まるが、下手に動いて一般人に被害を出すわけにはいかない

 

 人混みの中でさえなければ今すぐにでも反撃できるのに!

 

「ああ、良かった!良いんだ!ありがとう緑谷!お前のお陰で心のモヤが晴れた!俺は何ら曲がることはない!」

 

「ぎぎ」

 

 まずい、このままじゃ意識が・・・

 

「デク君?・・・お友達・・・じゃないよね?」

 

「!?」

 

 ダメだこっちに来ちゃ!

 

 いつの間にか戻ってきた麗日さんが死柄木に話しかける

 

「手、放して?」

 

「うら・・・か・・・さ・・・ダメ・・・だ」

 

「連れが居たのか!ごめんごめん。水臭いじゃないか、言ってくれれば良かったのに」

 

 死柄木は、会った時のような好青年然とした演技で両手をヒラヒラと振るとそのまま僕達に背を向けて歩きだした

 

「ゲホッ、ゴホッ、ま、待て!死柄木!!・・・『オール・フォー・ワン』は何が目的だ!」

 

 世界を裏から牛耳ろうとする巨悪の根元、奴が死柄木と繋がっているなら目的を知っているはずだ

 

「・・・知らないな・・・それより気を付けとけ?次会う時は殺すと決めた・・・さっきみたいに簡単に命握られるような興醒めなことはやめてくれよ?緑谷出久君?・・・そうそう、今の俺は一人だ」

 

 それだけ言うと、そのまま死柄木は人混みに紛れるようにしてその場を去った

 

「もしもし警察ですか!?(ヴィラン)が!今っはいっえっと木椰区の・・・」

 

 その後、麗日さんが警察に通報し、ヒーローと警察が来るまでの間、荒れる呼吸を整えつつ何故死柄木がオールマイトをあんなにも憎むのか考えたが、結局答えが出ることはなかった




マスクの男性の言う45年前の襲撃というのは、以下の理由で決めました

Yhooお婆ちゃんとGoogle先生の質疑の中の回答で、

オールマイトとエンデヴァーの活動開始時期ががほぼ一緒
=年が近い

エンデヴァーが45歳でグラントリノを知らないからオールマイトとは在学時期が違う
=45 ±3
オールマイトの方が若そうだから42歳

という考察があり、それを参考に

アダムはオールマイトと同い年だから存在していれば現在42歳
アダムがグラントリノと再開したのは高校入学前だから14歳
アジト襲撃はその10年前

従って

42-(14-10)=38

襲撃は38年前となった・・・のですが、

その後、鍋豊綿喜様より「大学時代の留学と、エンデヴァーと活動開始時期が同じことを考慮するとエンデヴァーより4才は年上ではないか」とご指摘を受け、私としてもなるほど!その通りだ!と思ったので、襲撃は今から45年前としました

ちなみにマスクの男と再開した時期を10年前から24年前に変更しました。3年で検証や事前準備が終わる訳がないと今更気付いたためです


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第42話 魔獣の森走破

「警察署の者です。通してください。通してください」

 

 野次馬をかき分けて警察署の方がやってきた

 

「すまないが、君が通報してくれた麗日さんかな?」

 

「はい、あの、緑谷君が!それで(ヴィラン)が、あの!あっちで!」

 

「落ち着いて、焦らないでいいから、まずは深呼吸をしようか。はい吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー」

 

 突然の事態からの混乱から上手く話せない麗日さんを警察が深呼吸で落ち着かせている

 

「スーハー、スーハー」

 

「落ち着いたかな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「じゃあ何があったのか話してごらん?まずはどうしてここに来たのかな?」

 

「えっと、今度学校の合宿があって、それで皆で買い物行こうってことになったんです。それで皆で買い物に来たんですけど、皆買うものがバラバラだったから集合場所と時間決めて解散したんです」

 

「ふんふんそれで?」

 

「私はデク君、緑谷君と一緒だったんですが、途中で別れて、でもやっぱ一緒に買い物しようと思って戻ったら」

 

「その緑谷君が(ヴィラン)に襲われてたと?」

 

「初めは(ヴィラン)だって気付かなかったんです。ただ知らない人に首を捕まれてて、でもデク君凄く強いのに全然抵抗とかしてなくて、私が手を放してって話しかけたら直ぐに離れたんですけど、デク君がその人(ヴィラン)だって・・・」

 

「なるほど」

 

「緑谷君!」

 

「緑谷!大丈夫かよ!?」

 

「皆!」

 

 遠くから声を張り上げながら飯田君達がやってきた

 

「彼らが一緒に来ていたお友達かな?」

 

「はい」

 

「じゃあ、悪いけど皆一度署まで来てもらって良いかな?」

 

「わかりました」

 

「あれ?緑谷君?」

 

 警察の方の指示にしたがってパトカーまで向かう途中で見知った人に声をかけられた

 

「塚内さん?」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 雄英襲撃に保須事件と派手に暴れている(ヴィラン)連合に対し、既に警察は特別捜査本部を設置し、捜査にあったっているらしく、その捜査に加わっている塚内さんに主犯の死柄木弔の人相や会話内容を伝えた

 

「なるほど、皆で買い物に出掛けたら運悪く(ヴィラン)に遭遇。(ヴィラン)の発言から民間人を危険に曝す恐れがあったため無抵抗でされるがままになっていたところ、偶然友人の麗日少女が戻ってきたため(ヴィラン)は君を解放して去っていったと」

 

「はい」

 

「ふむ・・・聞く限り連中も一枚岩じゃないみたいだな。オールマイト打倒も変わらず・・・といったところかな・・・・・・うん、よし。とりあえずありがとう緑谷君」

 

「あ、いえ僕が引き留められていればよかったんですけど・・・それに本来なら見知らぬ相手が間合いを詰めてきたら警戒して然るべきってお爺ちゃん、師匠達にも口を酸っぱくして言われてたんですが、有名になったって内心舞い上がってた所もあって・・・一人目が(ヴィラン)じゃなくて良かったです」

 

「一人目?」

 

「実は集合時間よりも2時間も前に木椰区ショッピングモールにいたんです。そこで同じく待ち合わせ時間より早く来たって言う髑髏の被り物した人とあって30分位話をしてたんです」

 

「名前は聞いたかい?」

 

「すみません」

 

 塚内さんの眉がピクリと動いた

 

 やっぱ名前は聞いとくべきだった・・・

 

「あ、いや、責めているわけではないんだ。職業柄気になってしまってね・・・どんな人物でどんな話をしたか聞いても?」

 

「えっと、スーツをビシッと着こなしたガタイの良い男性で、数年前に大けがを負って以来被り物がないと出歩けないそうです。たぶん何らかの維持装置だと思います、首元に何本か管が伸びてましたから。あと目もその大けがで不自由だそうで、【個性】で周りを把握してるって言ってました」

 

「数年前に大けが・・・」

 

「話した内容は学校は楽しいかとか勉強は大変じゃないかとかの本当に他愛ない話と、その人が施設の責任者兼先生として子供と暮らしてた話です」

 

「施設の責任者?」

 

「なんでも生まれが特殊な子を教えていたらしいですよ」

 

「・・・もしかしてその施設はもう無くなっていたりしないかい?」

 

「ええ、45年位前に襲撃を受けたって・・・やっぱりニュースとかになったんですか?」

 

 大人も子供も連れ去られちゃったんだからニュースか新聞に取りざたされてもおかしくないよね

 

「いや・・・事が事だけに表沙汰にはなっていなかったはずだ」

 

「?」

 

 事が事だけに?

 

「その男に何かされなかったかい?」

 

「変なことですか?・・・特に何も・・・あ、強いて言えば別れ際に握手した時にこう内蔵を鷲掴みにされて捏ね繰り回される様な不快感は感じました・・・【個性】による副作用で触った相手に不快感を与えてしまうって言ってましたけど・・・」

 

 アレは気持ち悪かったなぁ・・・

 

「なっ!!・・・いや、その後何か体に変化はあったかい?例えば・・・【個性】が発動しなくなったりとか」

 

「いえ、特に問題なく発動しますけど?」

 

 右手から氷を出し、左手に雷を纏わせる

 

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]や[PF-ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)]の存在も感じ取れるからおかしなところはないが・・・

 

「良かった・・・いいかい、よく聞くんだ。君が会ったという骸骨マスクの男だが・・・恐らくそいつはオール・フォー・ワンだ」

 

「え!?」

 

 あの人が!?

 

「オール・フォー・ワンは6年前に相打つ形でオールマイトが撃退した。オールマイトは表面上は問題なくとも体のいたる所に支障が出ているが、それは相手方も同じ。維持装置の付いたマスクはその為だろう。加えて奴は過去に違法な人体実験を繰り返し把握しているだけでも数百人は犠牲にしている」

 

「じゃあ45年前の襲撃って・・・」

 

「ヒーローが研究施設に乗り込んで潰した件だろう。そして生まれが特殊な子とは実験によって生み出された人造人間、ホムンクルスだろう」

 

 だから識別番号の様な名前・・・

 

「あれ?じゃあアダ――いえ、何でもないです」

 

 あぶない・・・アダムさんのことを知らない人に話すところだった

 

「彼もその施設出身だよ」

 

「え!?」

 

 アダムさんのこと知ってるの!?

 

「なんだいその顔は・・・僕が知らないとでも?これでもオール・フォー・ワンを追ってる身なんだ。そこら辺は調べてるさ。最も調べている最中に御上から箝口令(かんこうれい)をしかれたがね」

 

「僕に言っちゃっていいんですか?罰則とかあるんじゃ・・・」

 

「そこは君が黙っていれば大丈夫。『彼と類似する【個性】を持っている』君の存在は警察(こちら)側も把握しているが、君が彼とどのような関係かは彼と直接関わりを持った者しか知らない。僕はオールマイトから最近になって教えてもらった口だよ。君と彼の関係を知る前だったら黙っていただろうけど、知っている今なら寧ろ君には伝えた方が良いと思ってね」

 

「ありがとうございます・・・・あれ?も、もしかしていつも見られているんですか?」

 

 監視されているなら下手なことは口にだせないな・・・オールマイトとアダムさん関連は公に知られる訳にはいかない案件だし

 

「ははは、ここは監視社会じゃないんだ。精々そんな子もいるね程度だよ。彼も手段は過激だったが(ヴィラン)だったわけじゃない。君も随分ヤンチャしていたようだが法を犯してるわけじゃないだろう?」

 

「は、ははは・・・」

 

 ヤンチャ・・・鬼哭道場の(ヴィラン)退治のことだろうな

 

「まあ、いずれにしろ自分と市民の命を握られながらよく耐えたよ。普通なら恐怖でパニックになってもおかしくないんだから。犠牲者ゼロは君が冷静でいたおかげだ。さ、事情聴取はこれにて終わり!玄関まで送るよ」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「緑谷少年!塚内君!」

 

「お、いいタイミング」

 

「オールマイト!何で・・・」

 

 塚内さんに連れ添われて玄関を出たところでオールマイトの出迎えがあった

 

「個人的な話があってね」

 

「助けてやれなくてすまなかったな・・・」

 

「いえ・・・」

 

 ― 救えなかった人間などいなかったかのようにヘラヘラ笑っているからだよなあ ―

 

 僕の頭をポンポンと撫でるオールマイトの顔を見て死柄木の言っていた言葉を思い出す

 

「オールマイトも助けられなかったことはあるんですか?」

 

「・・・あるよ、たくさん。今でもこの世界のどこかで誰かが傷付き倒れているかもしれない・・・私はヒーローだ。でも架空(理想)正義の味方(ヒーロー)じゃない。悔しいが私も人だ。どんなに手を伸ばしても限度はある。手の届かない場所の人間は救えないのさ・・・だからこそ笑って立つ。正義の象徴が、人々の、ヒーローたちの、悪人たちの、心に常に灯せるようにね」

 

「死柄木の発言を気にしているんだね?たぶん逆恨みか何かさ。彼が現場に来て救えなかった人間は今まで一人もいない」

 

「はい」

 

 そうだよね。誰にだって限界はある。だから出来る限り救おうと足掻くんだ

 

「さァ遅くなってしまったがお出迎えだ」

 

 塚内さんが玄関を向きながらそう言うとお母さんが出てきた

 

「お母さん!」

 

「出久・・もうやだよ・・・お母さん心臓もたないよ・・・」

 

「ごめんね。大丈夫だよ、なんともないから泣かないでよ・・・ヒーローと警察がしっかり守ってくれてるよ」

 

「でも、でもぉ・・・」

 

 どうしよう・・・あ!

 

「あ、あのさ、カツ丼作ってよ!今日とっても疲れちゃったからお母さんのカツ丼が食べたいなぁ!!」

 

 話題を変える為におどける様にお母さんにカツ丼を強請る

 

 泣き止んでくれるかな・・・

 

「出久・・・ひっく、もう、しょうがないわね。とっても美味しいの、作ってあげるわよ」

 

 よし!

 

「じゃあ急いでスーパーに寄ってかなきゃね!」

 

「荷物持ちお願いね?」

 

「任せてよ!」

 

「三茶、悪いが彼らを送る手配を」

 

「ハッ」

 

「お世話になりました」

 

「気をつけて帰るんだよ」

 

「はい!」

 

 ――――――――――

 

「オールマイト。今回は偶然の遭遇だった様だが、今後彼・・・ひいては生徒が狙われている可能性は低くないぞ。もちろん引き続き警戒態勢は敷くが学校側も思い切った方が良いよ。雄英を離れることも視野に入れておいた方が良い」

 

「教師生活まだ三ヶ月とちょっとだぜ」

 

「だから前に言ったろ。向いてないって・・・・・・あと、先ほど入った情報だが・・・・・・オール・フォー・ワンが緑谷君に接触した」

 

「っ!?どういうことだ!」

 

「緑谷君が(ヴィラン)連合の主犯と思われる死柄木弔と接触する2時間ほど前、髑髏マスクを被ったスーツ姿のガタイの良い男に会ったそうだ。そしてその男は数年前の大けがで目が見えず、生命維持装置のようなものが手放せない。加えて45年前にとある施設で責任者の立場にあったが襲撃により施設がなくなったと聞いたそうだ。極め付けは別れ際に握手をした際に内蔵を鷲掴みにされて捏ね繰り回される様な不快感を感じたそうだ。目と生命維持装置は君との戦いの後遺症、45年前の施設襲撃はグラントリノも関わった神子創造事件のこと、最後は恐らく彼特有の【個性】によるもの・・・ここまで来れば確定だろう」

 

「な!それじゃ緑谷少年はもう【個性】が・・・」

 

「それは大丈夫。本人にも確認したが問題なく使えるようだ」

 

「よ、よかった・・・」

 

「だが、わざわざ本丸が動いたってことは・・・」

 

「決着の日は近いってことか」

 

「ああ、今度はちゃんと捕えよう」

 

「うん、今度こそ・・・またよろしくな塚内君」

 

「おう!」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「――とまあそんなことがあって、(ヴィラン)の動きを警戒し、例年使わせて頂いてる合宿先を急遽キャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

 

「「えー!!」」

 

「もう親に言っちゃってるよ」

 

  相澤先生の言葉に何人かが不満の声を上げた

 

「故にですわね・・・話が誰にどう伝わっているか学校が把握できませんもの」

 

「合宿そのものが中止にならねえだけいいだろ」

 

 どこから情報が洩れるか見当がつかない以上生徒にも伏せておくのは当然の結果か・・・

 

 こうしてあまりにも濃密だった前期は幕を閉じ、夏休み、

 

 ―― 林間合宿当日 ――

 

 

「A組のバスはこっちだ!席順に並びたまえ!」

 

 飯田君の指揮の元ゾロゾロとバスに乗り込んでいく

 

「一時間後に一回止まる。その後しばらく・・・」

 

 バスの中では静かにしている者は少数で、大多数はハイテンションで騒いでいる

 

「音楽流そうぜ!夏っぽいの!」

 

「ポッキーちょうだい」

 

「瀬呂がババ引いた!」

 

「バラすなよ!」

 

「席は立つべからず!べからずなんだ皆!!」

 

「あ!飛行機雲!」

 

「どれどれ?」

 

「・・・はあ、まあいいか」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「――君」

 

 誰かにゆすられてる気がする

 

「緑谷君」

 

 ん?

 

「座ったままってのも疲れるもんだな」

 

「トイレトイレェ・・・」

 

「緑谷君、一旦降りるようだ。起きてくれ」

 

「ふぁ・・・?」

 

「降りるそうだよ」

 

「・・・あ、パーキングか。ありがとう」

 

 いつの間にか寝ちゃってたよ・・・

 

「先に降りてるよ」

 

「うん」

 

 じゃあ、コレも持って行くか

 

「ふん~~はぁ」

 

 固まった体をほぐすように大きく伸びをしながらバスを降りると、そこには落下防止の柵があるだけの何もない崖が目に入った

 

「休憩だー・・・つかなにここ、パーキングじゃなくね?」

 

「ねえアレ?B組は?」

 

 見晴らしは良いけど、何故ここで休憩?

 

「何の目的もなくでは意味が薄いからな」

 

 先生?

 

「よーうイレイザー!!」

 

「ご無沙汰してます」

 

 あ、あの人たちは!!

 

『煌めく眼でロックオン!』

 

『キュートにキャットにスティンガー!』

 

『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!』

 

 掛け声と共に決めポーズをビシッと決めて登場した女性二人・・・と良く分からない子供が一人

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」

 

「おお!連盟事務所を構える4名一チームのヒーロー集団のワイプシだ!山岳救助を得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年でもう12年にな――」

 

「心は18!!」

 

「――ヘブ」

 

 突然口を塞がれ、グイグイと肉球を押し付けながらピクシーボブが顔を寄せてくる

 

「心は?」

 

「え・・・?」

 

「こ・こ・ろ・は?」

 

 突然の質問に戸惑っていると肉球の押しつけが強くなり、気のせいじゃなければおでこに爪が当たって刺さりそうだ

 

「じゅ、18!!」

 

「素直でよろしい」

 

 年齢を連想させる話は禁句だったか

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね・・・あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

 

「遠っ!!」

 

 マンダレイが指さす方向には木々の生い茂る森と山。よく目を凝らせばゴマ粒にも満たないほど小さな人工物らしき物が見える

 

[ズーム]

 

 アレは屋根・・・かな?

 

「え?じゃあ何でこんな半端なとこに・・・」

 

「いやいや・・・まじ?」

 

「バス・・・戻ろうか・・・な?早く・・・」

 

 皆考えることは同じだったのかジリジリとバスの方へ後退し始めた

 

「今はAM9:30・・・早ければぁ・・・12時前後かしらん」

 

「ダメだ・・・おい・・・」

 

「戻ろう!」

 

「バスに戻れ!!早く!!」

 

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 

「わるいね諸君」

 

 突然地面が波打ち始め、急ぎバスに駆け込もうとしていた皆を巻き込むほど大きな土石流が発生した

 

「合宿はもう始まっている」

 

[操土]

 

「うあああああぁぁぁぁぁ・・・・・!!!!」

 

「ちょ!落ちるぅぅ・・・う?」

 

「なんか止まった?」

 

「あら?ピクシーボブ?どうしたの?」

 

「いや、なんかビクともしないんだけど・・・干渉されてる?」

 

「皆無事!?」

 

「緑谷が助けてくれたのか!」

 

「峰田の奴が落っこった!他は無事っぽい」

 

 急いで止めたけど間に合わなかったか・・・

 

「峰田君が落ちちゃったか・・・取り敢えず今降ろすから動かないでね!」

 

「分かった!」

 

「またお前か緑谷・・・」

 

 ふと嫌な予感がして相澤先生に目を向ければ、苛ついた表情と共に髪が逆立ち始めていた

 

 げっ!相澤先生!?髪が逆立ってるってことは!!

 

 思った通り土砂への干渉が出来なくなっていて徐々に崩れ始めている

 

「うおわ!ちょ!緑谷!?もうちょいゆっくり!」

 

「皆ごめん!やっぱ落下する!」

 

「え!?わ、分かった!」

 

「マジかよ!」

 

「お?干渉が消えた!えい!」

 

「やっぱこうなるのかよぉぉぉぉ!」

 

 どうにか食い止めていた土砂が再び動きだし、僕らを飲み込んだ

 

「私有地に付き【個性】の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!」

 

 土に塗れながら落下していく僕らにマンダレイが叫ぶようにして言う

 

「この魔獣の森を抜けて!!」

 

 ――――――――――

 

「ぺっぺっ!口ん中砂入った・・・」

 

「ごめん皆、結局落とされた」

 

「気にすんな!いきなり落とされるより、判ってて落とされる方が精神的にまだマシだ」

 

「・・・それにしても魔獣の森?」

 

 見当たす限り木、木、木・・・森ではあるけど魔獣?

 

「なんだそのドラクエめいた名称は・・・」

 

「マンダレイが魔獣の森だって言ってたんだよ・・・何で魔獣?」

 

「マジで魔獣がいたりしてな!」

 

「んなことよりリミット三時間だろ?早いとこ行かなきゃ飯抜きだ」

 

 不意にガサガサと草を掻き分けるような音がして全員がそちらに目を向ければ、どう見ても普通の生き物じゃない生物が姿を現していた

 

「「マジュウだぁぁぁぁぁ!!!」」

 

『静まりなさい獣よ!下がるのです』

 

 すぐに口田君が【個性】で魔獣を制御しようとしたが全く通用した様子はない

 

 口田君の【個性】が効かないってことは非生物か会話が通じないか・・・

 

 魔獣の正体について誰何(すいか)している内に魔獣はボロボロと土くれをまき散らしながら太い前足で口田君を叩き潰そうとした

 

 マズイ!ってアレは土くれ!?ならアレは非生物!?

 

高速戦闘(タイプスピード)!うらぁ!」

 

 口田君を抱え、振り上げられていた前足を蹴り砕き、その反動で距離を開ける

 着地した僕が反撃に移るよりも早く、脇をすり抜ける様によろめいた魔獣へ轟君、かっちゃん、飯田君が追撃を加えて止めを刺していた

 

「無事か!?」

 

()るなら一撃で()りやがれ!」

 

「ごめん、ありがとう!」

 

 ――――――――――

 

「しかし無茶苦茶なスケジュールだねイレイザー」

 

「まァ通常2年前期から修得予定の物を前倒しで取らせるつもりで来たのでどうしても無茶は出ます。『緊急時における【個性】行使の限定許可証:ヒーロー活動認定資格』その〝仮免〟・・・(ヴィラン)が活性化し始めた今、1年生(かれら)にも自衛の術が必要だ」

 

「あららぁ~あたしの土魔獣がもうやられちゃったわ」

 

「では引き続き頼みます『ピクシーボブ』」

 

「くぅーお任せ!逆立ってきたぁ!さァ何匹土魔獣が倒せるかニャン?」

 

 ――――――――――

 

「あわわわわわ!」

 

 土くれの魔獣を粉砕し一安心と思っていると、腰を抜かした峰田君がアワアワと茂みを指差し、その先には今さっき撃破した土くれ魔獣が何体も集まり団体でやってくるのが見えた

 

 もしかして撃破しながらの走破・・・?

 

「うそだろぉ・・・」

 

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「うりゃ!っと」

 

「・・・今何体目だ?」

 

「わかんね」

 

「腹減った・・・」

 

「言うな、余計腹へるだろ・・・」

 

「緑谷~悪いけどまた水くれ・・・」

 

「俺にも」

 

「いいな、私達にもちょうだい」

 

[氷]

[鉄腕]

[炎]

[操水]

 

 大きめの氷を作り頂点部分を砕いて炎で溶かし、[操水]で空中に保持して切島君達に差し出す

 

「はい」

 

「サンキュー!」

 

「水だぁ!」

 

 皆大分限界に近いな

 

 スマホで確認すれば12時を過ぎた辺り

 

[跳躍(ジャンプ)]

[翼]

 

 皆が飲み終わったのを確認してから、空からマンダレイ達に落とされた崖と目的地であろう米粒程に見える人工物らしき物の位置を確認すれば、現在地はあと少しで半分を過ぎる辺り

 

「緑谷君、施設見えたかい?」

 

「人工物っぽい物はあった」

 

「あとどれくらいで到着できそうだい?」

 

「このまままっすぐ進んで後3/5位は進まないと着かないと思うよ」

 

「そんなにあるのぉ・・・」

 

「麗日君大丈夫かい?」

 

 飯田君の質問に答えると、一緒に聞いていた麗日さんは思ったほど進めていなかったためかその場でペタリと座り込んでしまった

 

 どう頑張ってもあと30分じゃたどり着かない。ちょうど開けた場所にいるし一旦休憩を挟んだ方が良さそうだ

 

 僕はポケットから直径が3cm位のタブレットが入ったケースを取り出し中身を確認した

 

 ケースには三十枚ある。で一枚コップ一杯だから・・・一人に付き大きめのカップ一杯分にはなるかな?いや、量を少なくすればこの後にも飲めるから分けた方が良いか?・・・あ!しまった、コップ持ってないよ・・・[簡易創造(インスタントクリエイト)]のコップじゃ飲み切る前に無くなって火傷しそうだし、それに紙はメモ帳があるけどサイズ的にお猪口サイズじゃ使えないし・・・かと言って直飲みなんかできないし・・・

 

「なにそれ?」

 

「インスタントスープの素にちょっと手を加えてタブレット状にした物だよ」

 

 お爺ちゃん達の伝手で会えた元レスキュー隊の人に『助けた人の不安が安らぐ物とは何か』と聞いたところ、『暖かくて旨い物、持ち運びの面からスープが最適』と言われたので、それから作り始めていた

 

 作り方は豆腐、ワカメ、溶き卵、蒸かしたジャガイモとニンジンを乾燥させて粉末にした物と細かくしたジャーキー、片栗粉、市販の粉末スープ(コンソメ味)を混ぜ、[簡易創造(インスタントクリエイト)]で作り出した水を粉末に対して少し湿る程度加えて練る。それを鉄製の型に詰めて加圧して成型し、[簡易創造(インスタントクリエイト)]の水が時間制限で消えたあとに型から外せばタブレット型のインスタントスープの素の完成

 

 そしてコレは自作インスタントスープの試作品の中でお母さんがGOサインをくれたもの

 

 他は材料費が(かさ)んだり、不味かったりでダメだったんだよなぁ・・・非常時に飲むならカロリーが高い方が良いだろうとアボカドと牛脂を加えた時はどの粉末スープにいれても胸焼けがするほど油っぽかったっけ

 

 ちなみに成型にはカル爺が作ってくれた万力型の成型機を使っている

 

「ただ容器をどう用意しようかと思――」

 

 そうだ八百万さんに頼めばいいんだ!

 

 斜め前を進んでいる八百万さんの後ろ姿を見て解決策が浮かんだ

 

「八百万さん!」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「急で悪いんだけどカップを全員分創れる?使い終わったら燃やして灰にするから紙製が良いんだけど」

 

「それくらいなら大丈夫ですわ。でも何に使うんですの?」

 

「一度休憩をいれようと思ってね。運よく自作のインスタントスープの元を持ってるからそれを皆で飲もう。あと、三人共悪いけど補助をお願い」

 

 手に持ったケースを振りカシャカシャ慣らしてインスタントスープの元の存在をアピールし、三人に協力をお願いする

 

「ええ、任せてください」

 

「任せといて!」

 

「ああ」

 

 なら、まずは皆を呼び止めないとね

 

「皆!一旦ここで休憩しよう!スープを用意するから警戒する班と休憩する班に別れて、休憩する班の人は八百万さんか麗日さんからカップを受け取って!飯田君、班別けをお願い」

 

「了解した。皆!近くの者と組んで4人組を5班作るんだ!二つの班が警戒に当たり、他の班は休憩だ!一班目の5分後に二班目が合流し以降は10分起きに一班ずつローテーションで警戒に当たってくれ!」

 

 僕の呼び掛けに皆足を止め、続く飯田君の呼び掛けに即席の班が次々と出来上がっていく

 

 そして発案者の僕と協力者の麗日さん、八百万さん、飯田君は自動的に4人組となった

 

[操土]

 

 土を盛り上げて簡易の長椅子を作り上げ

て即席の休憩スペースを作った

 

「麗日さん、コレを被せるのを手伝ってください」

 

「ホイホイ」

 

 気を利かせた八百万さんと麗日さんが長椅子にレジャーシートの様なものを被せてくれたので座っても汚れる心配もない

 

「んじゃ俺達が先に警戒に当たるわ」

 

「二番手は俺らが警備するよ」

 

 そうこうしている内に誰が初めに警戒するか決める話となり、真っ先に切島君が名乗りをあげたことで、同じ班の瀬呂君、かっちゃん、口田君、二班目が尾白君、砂藤君、葉隠さん、梅雨ちゃんが共に最初の警戒に当たってくれる事になった

 

「悪いがよろしく頼む!」

 

「じゃあその次私らがやるよ」

 

「ならその次!」

 

 切島君達に続く様にあっという間にローテーションが組まれた

 

「じゃあ最後は僕らだね」

 

「おいおい、バカ言うなよ。緑谷達には休憩準備の仕事をやってもらうんだ。警備はやらなくてもいいんだよ」

 

「いいの?」

 

「そうだよ。その代わりあっちに着くまでにまたちょくちょく水頂戴!」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

[氷]

[炎]

[操水]

 

 ゾロゾロと集まってくる皆に飲ませるスープを作るため、僕は氷と炎で作り出した水を[操水]で空中に保持しながらスープの元を半分、十五枚放り込み撹拌、再び炎で加熱してカップに注いでいき、それを麗日さんと八百万さん、班の振り分けが終わった飯田君も加わって配っていく

 

「うめえぇ!」

 

「染み渡るわー」

 

「ウェーイwww」

 

「ありがたいけど緑谷準備良すぎない?こんな事もあろうかとって奴?」

 

「いや、たまたまだよ。あった方が便利だと思って今までチマチマと試作品を作ってたんだ。で、パーキングで休憩する時に何人かに試飲してもらって感想を聞こうと思ってバス降りる前にズボンのポケットにいれてたんだ。そしたらコレでしょ?運が良かったよ・・・本当はもっと早く出そうとも思ったんだけど、どれ位で到着できるか分からなかったから勝手ながら温存してたんだ」

 

「なんにせよありがとな!」

 

「どういたしまして、一応もう一回分はあるからまた途中で休憩挟むときに飲もうね」

 

「マジか!楽しみだわ!」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 休憩後、時には庇い、時には庇われ、不意に襲い掛かってくる魔獣を撃破しながら走り続けた僕らが、へとへとになりながらもマンダレイ達の元に着いたのは青かった空に少し赤が混じり始めた頃だった

 

「つ、着い、た・・・」

 

「やーっと来たにゃん!・・・取りあえずお昼抜くまでもなかったわねぇ」

 

「何が三時間ですか・・・途中休憩抜きで走っても七時間以上かかるじゃないですか・・・」

 

 出発は9時30分で現在5時30分・・・ちょこちょこ挟んだ休憩で大体一時間位だから走ったのは約七時間か・・・

 

「腹減った・・・緑谷のスープがなかったらマジ死んでた」

 

「悪いわね、私たちならって意味アレ」

 

「実力差自慢の為か・・・やらしいな・・・」

 

「じゃあ、あの土くれ魔獣はなんですか・・・」

 

「ああ、アレね。アレは私が作ってけしかけた奴。まあ人生山あり谷ありだ。それに強化合宿だよ?ただ走るだけなんて無駄な時間はないのだ!ニャハハハハ!」

 

「だからって団体で来られると辛いんですけど・・・」

 

 疲れ切ってるところに四方向からの挟撃とかもうダメかと思ったよ

 

「め、飯・・・腹が減った・・・」

 

「ウェ・・・ィ・・・」

 

「にしてもそこの君達!」

 

「?」

 

「襲いかかる魔獣を率先して撃破する躊躇の無さは経験値によるものかしらん?」

 

「特にそこのモサモサ君!」

 

「僕?」

 

「周りの様子を見て自ら休憩を呼び掛けるとは大したもんだ!普通は時間制限を設けられたら兎に角走り続けるもんだけどねぇ~」

 

「皆大分疲れてたし目的地までまだ当分走らないといけなそうでしたから」

 

「ところで君、年上のお姉さんに興味はない?」

 

「へ?」

 

 行き成り顔を寄せられて思わず仰け反る

 

「ほらほら歳の差婚って流行ってるじゃない?どうどう?」

 

「え、いや・・・その・・・」

 

「ふふふふ・・・!3年後が楽しみだわ!今のうちに唾つけとこー!」

 

「わわわ!」

 

「マンダレイ・・・あの人あんなでしたっけ?」

 

「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」

 

「ところでずっと気になってたんですけど、その子はどなたかのお子さんですか?」

 

「ああ違う、この子は私の従甥だよ。洸汰!ホラ挨拶しな一週間一緒に過ごすんだから・・・」

 

 事情は良く分からないけど一週間一緒に過ごすなら自己紹介はしっかりしとかなきゃね

 

「雄英高校ヒーロー科の緑谷って言います。よろしッ!?いきなり何を!?」

 

 不意打ちで僕の股目掛けて振りぬかれた拳を間一髪で掴み防いだ

 

 あぶな!狙いどころが危険なんですけど!?

 

「くっ放しやがれ!俺はヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえ!」

 

「つるむ!?いくつだ君!!」

 

 飯田君の質問に答えることなく洸汰君は僕の腕を振りほどくと肩を怒らせながら施設内へ行ってしまった

 

 キレ方といい口の悪さといい・・・

 

「なんか、かっちゃんみたい」

 

「あ゙あ゙?てめ、クソデクが!あんなマセガキと俺を一緒にしてんじゃねえぞ!」

 

 あ、口に出しちゃった上に聞かれちゃったよ・・・

 

「いや、似てると思うぞ」

 

「似てねえよ!舐めプ野郎は黙ってろ!」

 

「悪い」

 

「茶番はいい。バスから荷物降ろせ。部屋に荷物運んだら食堂にて夕食、その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ」

 

「「「「はい!」」」」

 

 各人荷物を持ち、男女別の部屋に運び込みそのまま食堂へ向かった

 



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第43話 限界突破訓練開始

「「「「「いただきます!」」」」」

 

「あー染み渡るわー!」

 

「まさかぶっ通しで森を踏破させられると思わなかった」

 

「しかも隙あらば魔獣だろ?もう勘弁だな・・・」

 

「ホントホント!もうやりたくないよね!あ、そこの取って」

 

「ほいよ」

 

「ありがと」

 

 初めは食器と箸がぶつかり合う音だけが木霊していたが、徐々に話し声が聞こえ初め、宿の内装や今後の予定について話に花を咲かせたりとワイワイガヤガヤと騒がしくなっていた

 

「そうだ。皆に聞きたいんだけど、途中で飲んだスープについてなんか意見ある?」

 

 皆の食べるペースが落ち着いてきたところで魔獣の森踏破の途中で飲んだ自作スープについて意見を求めてみた

 

「アレかー美味かったし特にないかな」

 

「俺は正直これくらい何て贅沢言わないけど、小っちゃくても形のある肉を食いたいかな?まあ、腹持ちそのものは良かったけどさ・・・」

 

 箸で掴んだ唐揚げを持ちあげながら肉がほしいと尾白君が言う

 

「なるほど、食べ応えが足りないと・・・肉は一応は細かくしたジャーキーを入れてあるから、入っているっちゃ入ってるんだよな・・・」

 

「それってもしかしてあの繊維みたいなの?細かすぎて気付かねえって」

 

「緑谷ちゃん、それならドライフードのお肉を使ったらどう?」

 

「ドライフードの肉ってあのインスタント食品とかに入ってるアレ?」

 

「ええ、ソレよ。あれってひき肉を固めたモノでしょ?」

 

「ドライフードか・・・でも、そうすると錠剤が大きくなって持ち運びに難が出てきちゃうからなぁ・・・」

 

「別に一緒にしなくてもスープと具を別々のタブレットで用意してはどうだろうか。スープに関しては食材が細かくとろみがあるから幼児やご老人でも飲み易いし、腹持ちが良いのは皆が実感している。わざわざ大きめの食材を混ぜて万人受けする状態から変えなくとも必要に応じて追加する形を取ればいいだろう」

 

「そっか、別に用意すればスープの方に手を加えなくていいし、使い分けができるから個々に合わせられるか・・・野菜はキャベツを使えば安上がりで大量に用意できるとして、お肉って高いんだよな・・・そもそもドライフードってどう作ればいいんだ?たしか減圧乾燥とか言うのをするんだっけ?あれ加圧だっけ?」

 

 飯田君の言う通り別個で作ればいいから大きさに変更点はないが、梅雨ちゃん提案のドライフードはそもそも作り方が分からない。圧力を変えて乾燥させるんだったと思うけどそんな機材は個人で用意できるものじゃないし・・・カル爺なら作って・・・いや、あんまり頼るのは良くないか・・・

 

「そのなんちゃら乾燥ってのは解らないけど、お肉の代わりに大豆肉はどう?」

 

「大豆肉?え、大豆?何それ」

 

 どうやって乾燥肉を作るか頭を悩ませていると葉隠さんが大豆肉とやらを進めてきた

 

「大豆をペーストにして固めた奴だったと思うけど詳しくは解んない。でも肉じゃないけど水に戻せば食感は似てるし、出汁も吸ってお肉より安いからって母さんが良く買ってるから値段もそんなしないと思うよ。」

 

「ありがとう葉隠さん、今度探してみるよ」

 

 大豆肉か・・・どんなのだろう?

 

「緑谷さん」

 

「ん?」

 

「今回のタブレットですが、ケースは気密性の高い物を使用して乾燥剤を居れるかタブレット自体を何かでコーティングした方がよろしいかと。そのままですと湿気を吸ってしまいます。湿気てしまえば弱りやすく衛生面でも不安があります」

 

「あー、確かに・・・乾燥剤が無難かな?」

 

「爆豪も黙って食ってないでなにかアドバイスとか要望とかないの?」

 

「あ゙あ゙?んなもん企業に投げときゃ良いだろうが。ど素人が頭付き合わせたって碌なもんが出来るわきゃねえだろ、てめぇらはバカか。何のためにサポート会社に要望だせるようになってると思ってんだバカが」

 

 葉隠さんがもくもくと夕食を口に運ぶかっちゃんに意見を求めると、棘を多分に含んだ至極真っ当な意見が返って来た

 

「なにおぅ!!」

 

「どうどう、落ち着けって」

 

 かっちゃんのバカ発言に僕は慣れちゃったから何とも思わなかったが、葉隠さんは憤慨してしまい、尾白君に宥められていた

 

「あのさ、私も爆豪君に賛成だな。一個一個手作りなんでしょ?大変じゃない?爆豪君の言う通りサポート会社で代わりに作ってもらったらどうなん?」

 

「そりゃ大変だけど・・・食料の(たぐい)って発注できるのかな?」

 

「確認だけでもされてみては?緑谷さんのタブレットはヒーロー関係なく登山などの持ち運べる重量が制限されるものや災害時の非常食などでとても魅力的ですので何がしかのアクションがあると思いますわ。それに私達は所詮素人ですので可能かの是非は兎も角、プロの方に一度見てもらった方が改善点などが分かってよろしいかと」

 

「それもそうだね」

 

「お前ら、そろそろ風呂に入る時間だ。さっさと準備して入れよ」

 

 「「「「はーい」」」」

 

 

 ―― 浴場 ――

 

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁ生き返るわぁ・・・ぷは!ちょバカ!」

 

「上鳴君!ここはプールではない!泳ぐのは止めたまえ!」

 

「固い事言うなよ~!おおい峰田!そんなとこ突っ立てないでお前も浸かれよ!極楽だぜ!」

 

「極楽?はっはっは!何を言ってるんスか?極楽なのはこの壁の向こう側にあるんスよ」

 

「峰田君どうしたの?さっきからブツブツと・・・」

 

「疲れすぎて頭イったか?」

 

 峰田君は女子風呂との敷居に耳を当て、虚ろな目で虚空を見つめている

 

『気持ちいいねぇ』

 

『温泉あるなんてサイコーだわ』

 

「ホラ・・・今日日男女の入浴時間をズラさないなんて事故・・・そうこれは事故なんスよ・・・」

 

「なあ緑谷・・・峰田のあの悟ったような顔とイッちゃった目、それと塀の向こうの女子の声でなんか嫌な予感がするんだけど」

 

「奇遇だね、僕もする・・・捕縛の準備しておくか」

 

「頼むわ・・・」

 

[操水]

 

 切島君も同じように峰田君の様子に嫌な予感を感じたようで温泉のお湯を操り、いつでも捕縛できるように峰田君の背後に近づける

 

「峰田君止めたまえ!君のしている事は己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

 

「やかましいんスよ・・・壁とは超える為にある!!PlusUltra!!!」

 

「速っ!」

 

「緑谷急げ!!」

 

 飯君の注意が切っ掛けとなり突如峰田君が壁を登りだした

 

 くっ!速すぎて捕縛が間に合わない!!

 

 すぐさま水球で峰田君を襲うが、まるで台所の黒い悪魔の様な物凄い素早さで壁をよじ登って行き、水球を躱されてしまった

 

「ヒーロー以前に人のあれこれから学び直せ」

 

 峰田君はあと少しの所でぬっと壁から現れた洸汰君に突き飛ばされ落下

 

「くそガキィイイィイ!!?」

 

 確保!!

 

「ぼがぶべべべべべばぶべぶばぼぶばぼばぶべぶぶば!!!(はなせぇぇぇぇ楽園がオイラをまってるんだ!!!)ごぼごぼごぼごぼ・・・ごぱ」   

 

 峰田君は水球に閉じ込められても尚壁の向こうへ行こうとガボガボと何かを叫びながら足掻き、最後は力尽きて意識を失った

 

「ふん!」

 

『やっぱり峰田ちゃんサイテーね』

 

『ありがと洸汰くーん!』

 

「わわっ・・・あ・・・」

 

「洸汰君!」

 

 っぶな!もう少しで頭から床に激突するところだった

 

 何故か白目を向いて落下してきた洸汰を咄嗟に近くにあった峰田君入りの水球をクッションに衝撃を和らげ、少し跳ねたところを掬い上げる様にキャッチした

 

「洸汰君!洸汰君!?しっかりして!ああっと・・・兎に角マンダレイの所に連れてかなきゃ!」

 

「あ、緑谷君!」

 

 ―― Building Manager Office ――

 

「頭からの激突は回避したんですが目を覚まさなくて・・・」

 

「落下の恐怖で失神しちゃっただけだね、ありがとう。イレイザーに『一人性欲の権化がいる』って聞いてたから見張って貰ってたんだけど・・・最近の女の子は発育が良いからねぇ」

 

 性欲の権化ってのは間違いなく峰田君のことだろうな

 

「兎に角なんともなくて良かった・・・」

 

『俺はヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえ!』

 

「洸汰君はヒーローに否定的なんですね」

 

「ん?」

 

「僕を含めて皆ヒーローになりたいって人ばかりで・・・この歳の子がそんな風なの珍しいな・・・って思って」

 

「そうだね・・・当然世間じゃヒーローを良く思わない人も沢山いるけど・・・普通に育ってればこの子もヒーローに憧れてたんじゃないかな」

 

「普通・・・?」

 

 ヒーロー嫌いな所を除けばどこにでもいる子供に見えるけど・・・

 

「マンダレイのいとこ・・・洸汰の両親ね。ヒーローだったけど殉職しちゃったんだよ」

 

「え、殉・・・職・・・」

 

 お盆にカップを乗せてやってきたピクシーボブが放った言葉に二の句が継げない

 

「二年前・・・敵から市民を守ってね。ヒーローとしてはこれ以上ない程に立派な最後だし名誉ある死だった・・・でも物心ついたばかりの子供にはそんなことはわからない。親が世界のすべてだもんね。『自分(ぼく)を置いて行ってしまった』のに世間はそれを良い事・素晴らしい事と褒め称え続けた・・・タイミングが悪いことに両親が死んだ日に喧嘩してつい『大嫌い』って言ったみたいでね。今でも夜中にうわ言で『大嫌いって言ってごめんなさい』って涙を流しながら(うな)されてるわ・・・元は明るくてヒーローが大好きな子だったんだけどね・・・その一件以来完全に心を閉ざしてヒーローを嫌うようになった・・・・・・コウタにとっては大好きな両親の死を誉め称える世間も、ヒーローも理解できない気持ち悪い存在になっちゃったて訳・・・私らのことも良く思ってないみたい・・・けれど他に身寄りもないから従ってる・・・って感じ」

 

『救えなかった人間などいなかったかのようにヘラヘラ笑ってるからだよなあ!!』

 

「何て言ったらいいか・・・」

 

「気にするな・・・なんて言えるほど軽くはないけど、今は洸汰が心を開いてくれるのを待つしかないんだよ・・・」

 

 何か理由があるだろうとは思っていたが、想像以上に重い話になにも言えず沈黙が訪れる

 

「ところでいつまで腰のタオル一枚で私らの前に居る気?マンダレイが居なくて学生じゃなきゃペロリといっちゃうよ?」

 

「ちょっと、からかうならもうちょっと冗談か本気か判るのにしてくれない?」

 

 暫く続いた沈黙を破ったのはピクシーボブがからかう様な言葉だった

 

「わわ!し、失礼しました!」

 

 洸汰君をマンダレイの元に連れていくことだけ考えてて服を着てなかった!

 

 急に恥ずかしくなって急いで浴場へ走った

 

 

 翌日 AM5:30

 

 昨日の疲れに加え普段はまだ布団の中に居る時間の為皆は半分寝ぼけたままボーっとしている

 

「おはよう諸君、本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように・・・と言う訳で爆豪、こいつを投げてみろ」

 

 相澤先生が取り出したのは入学直後の体力測定時に使用した飛距離測定の球で、それをかっちゃんに投げ渡した

 

「前回の・・・入学直後の記録は705.2m・・・どんだけ伸びてるかな?」

 

「この三カ月色々濃かったからな!1kmとか行くんじゃね!?」

 

「いったれ爆豪!」

 

「んじゃま、よっこら・・・くたばれ!!!」

 

 相変わらず掛け声が物騒だ・・・

 

「709.6m」

 

「え!?思ったより・・・」

 

「確かに君らは成長しているだろう、だがそれは精神面や技術面、まあ多少は肉体面も成長しているだろう・・・だが、【個性】そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから今日から君らの【個性】を伸ばす。死ぬほどキツイがくれぐれも死なないように」

 

 相澤先生の案内の元向かった先はそこだけ荒野になったかのように地肌が剥き出しでそこには何もなかった

 

「さて、君達の【個性】強化に当たって、やってもらう事は至極簡単、限界突破だ」

 

「限界突破??」

 

「先生質問良いっスか!!」

 

「なんだ切島」

 

「限界突破は分かったんすけど、どうやって突破するんすか?緑谷除いて他と同じ【個性】使える奴いねえし全員同じじゃあんま効果ない奴とか出そうなんすけど?」

 

 切島君の言う通り20人20通りの【個性】があり、それぞれが違う特訓が必要になる。共通なのは基礎体力作りとかだけど、それは特訓とは呼ばないだろうし・・・

 

「その為の特別講師の彼女らだ」

 

「そうなの、アチキら四位一体!」

 

「輝く眼でロックオン!!」

 

「猫の手手助けやって来る!!」

 

「どこからともなくやって来る・・・」

 

「キュートにキャットにスティンガー!!」

 

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」」」

 

「うおぉぉぉぉ!フルヴァージョンだ!!フルのワイプシだ!!」

 

「緑谷五月蠅い」

 

 余りの嬉しさに大きな声を上げてしまって相澤先生に睨まれた・・・

 

「アチキの【個性】は[サーチ]!この目で見た人の情報100人まで丸わかり!居場所も弱点も!」

 

 とラグドールは轟君を指さし「例えばそこの君は【個性】の制御がダダ甘とかね」と指摘する

 

 指摘された轟君は目を見開いて驚いている

 

「私の[土流]で各々の鍛錬に見合う場を形成!」

 

 とピクシーボブが言いながら地に手を着くと、背後に瞬く間に隆起の激しい崖が出来上がる

 

「そしてわたしの[テレパス]で一度に複数の人間へアドバイス」

 

『昨日の話はデリケートな話だから他言無用よ?』

 

 突然頭の中にマンダレイの声が聞こえ、洸汰君の過去について釘を刺された

 

「そこを我が殴る蹴るの暴行よ・・・!」

 

 虎は一人だけ違う雰囲気で暴力発言をする

 

 いや最後だけおかしくないか??

 

「特訓の内容は、許容限界がある発動型は上限の底上げ、異形型・その他複合型は【個性】に由来する器官・部位の更なる鍛錬を行ってもらう。各自に合った特訓内容を用意したわ!細かい指示については持ち場につき次第、私が【個性】で伝えるわ。持ち場はそこに置いてある紙に開いてあるからそこに向かいなさい」

 

「「「「はい!」」」」

 

マンダレイが内容を伝え終えると、各自特訓場所を確認するため集まっていく

 

「えーと、僕の持ち場はーっと・・・あれ?僕だけ持ち場が書いてない・・・記入漏れ?」

 

 皆が各々の特訓場所に向かう中、僕だけ特訓場所の記入がなく空欄となっていた

 

 聞いてみるか

 

「すみませ――」

 

「そこのモジャモジャ君!」

 

「――うぇ!?」

 

 突然背後から声を掛けられビクリと肩が震えた。声をかけてきたのはラグトールだった

 

「君だけアチキが()ようとしても【個性】の所がな~んかボヤけるんだけど、君何したの?」

 

「何したのって、何もしてませんが・・・?」

 

「本当かにゃ~?今までアチキが()ようとして()れなかった人は居なかったんだけど?」

 

「もしかして()れなかったから僕だけ持ち場の所が何も書かれていなかったんですか?」

 

「判らないから無難なことやらせましたはアチキのプライドが許さないし、仕事として生徒の特訓を引き受けた以上いい加減なことはプロとして沽券にかかわるからね~・・・で何をしたのかにゃ~?お姉さんに正直に言ってみ?今なら特訓3倍で許してあげるから」

 

 僕の顔を覗き込むように近づいてくる

 

「特訓3倍って・・・だから何もってち、近い近い!」

 

 あれ?なんかこの状況どこかで・・・

 

「ちょっと!何してんのよ!」

 

「「あだ!」」

 

「あ、ごめん・・・」

 

 ラグドールが覗き込むようにして顔を近づけてきた為、至近距離で顔を突き合わせる格好となり慌てふためいていると、ピクシーボブがラグドールの頭を叩き、その拍子に頭をぶつけ合ってしまった

 

「った~!!いきなり叩くなんて酷いよ!」

 

「だまらっしゃい!その子はあたしが先に唾付けたんだからね!」

 

「ブーブー!ちょっと質問してただけじゃにゃいか~ケチ!」

 

 ―― 覚えた ――

 

「・・・は良いけど使えるかなぁ」

 

[索敵(サーチ)]を覚えた時はまだ【個性】の制御が甘かった時だから、ちょっとの事で発動しちゃって吐いて気絶しまくったっけか・・・あの時は夏休みで良かったよ本当

 

 それから薄く広げる技術を身に付けるまではしょっちゅう気分悪くなってた

 

 もう制御を誤るなんてことはなくなったけどこの【個性】は発動条件(トリガー)が見ることだからいつ発動してもおかしくない・・・かといって[索敵(サーチ)]とは扱い方が違うだろうし、同じようにはいかないよな・・・・・・

 

 にしても既に[索敵(サーチ)]を覚えてるから・・・って同じ名前の別【個性】だとややこしいな・・・よし![看破(ディテクト)]と呼ぶことにしよう!

 

「何が使えるって?」

 

 しまった・・・覚えた事でつい【個性】について考え込んじゃったけど、未だにラグドールは目の前にいるじゃん

 

「いえ、なんでもなーー」

 

 あ・・・

 

 ----------------------------------

 

 ヒーロー名:ラグドール

 

  本 名 :知床知子(しれとこ ともこ)

 

  性 別 :女

 

  身 長 :166c■

 

  血■型 :O■

 【個 ■】:@■チ

 

 猫■好▲∴▼■●@■∴

 ■▼■▲@■で■●■▼

 ■@▲ ∴■ ▼■▲●■

 @■に∴■戦■▲@■●

 ▼■ ■∴■●った▲@

 

 ----------------------------------

 

「ぐぅぅうううう!!!!」」

 

 痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!頭が割れる!!!コレダメな奴だ!

 

 【個性】が発動した途端、一瞬で周りが真っ暗な空間になりラグドールの虚像が浮かび上がる。

 その虚像が砂像のように崩れていき崩れた端から僕の胸に吸い込まれていくと、直後膨大な量の情報が脳に流れ込み悲鳴をあげた

 

 初めはちゃんとした情報なのに、処理が追い付かなくなると文字化けした暗号がいっぱいに広がり、更に脳に負担がかかる

 

 ヤバいと思い直ぐに【個性】を無理やり抑え込んだから意識を手放すことはなかったが、体から力が抜けていく

 

 無理、この【個性】無理!僕じゃ絶対手に負えないよこれは・・・

 

「モジャモジャ君!?どうしたの!?ピクシーボブ!ちょっと手を貸して!鼻血吹いて倒れた!」

 

「わかった!」

 

「大丈夫!?」

 

 そのままピクシーボブの作り出した魔獣に運ばれ、頭痛に苛まれながらベッドに横になった

 

 結局皆の元に戻り特訓を開始できたのは1時間ほど経ってからだった



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第44話 少年の心と癒えぬ傷

大変長らくお待たせしました!

なかなか続きが思い付かずスランプ状態のまま仕事が忙しくなる時期を迎え、今月こそは!と気合いだけ入れてズルズルと・・・大変申し訳ない!




「うう、まだヅキヅキする・・・」

 

「誠に遺憾ながら君の【個性】はアチキには判断できないので、イレイザーから聞いた君の戦闘方法から虎の下でボロボロになってもらいます!全く!君みたいな子は初めてだよ!」

 

「そんなこと言われても・・・いたた・・・」

 

 今だ頭痛は治まらないが動けるまでに回復したので、ラグドールに文句を言われつつ【個性】の限界突破訓練に遅れて参加する

 

「待ってたぞ少年。そして喜べ!君だけスペシャルメニューだ」

 

 言われたとおりに虎の元へ向かうと、そこには何処か嬉しそうな仁王立ちした虎とその後ろで奇妙な踊りを踊る二人のB組の姿があった

 

「そしてさらに喜べ!ラグドールから君にプレゼントとしてこれを着けて我と特訓だ」

 

 そう言って差し出された物は期末試験でオールマイトが付けていたあのゴツイ重いリング×10

 

「特訓3倍コース!嬉しいだろう?」

 

「それって・・・」

 

 振り向けば未だ頬を膨らませてプリプリ怒るラグドールの姿

 

 ― 今なら特訓3倍で許してあげるから ―

 

 再び前を向けば獰猛な笑顔を向ける虎の姿

 

 あー・・・コレは逃げられない奴だ

 

 気のせいか頭痛が酷くなった気がする

 

「これから手足にこの重りを着け、使用できる増強系の【個性】を全て発動させてブートキャンプを行ってもらう」

 

「全て・・・ですか?」

 

「そうだ。大体の【個性】には何らかの制限や条件が存在し、増強系の多くは肉体的な制限が多い。加えて君は多くの【個性】が使える反面、体に馴染んでいないように見える」

 

「馴染む・・・」

 

 そう言えば初期に覚えた[筋力増強(パンプアップ)]ですら一時的もしくは瞬間的にしか使ってないし、使用後の反動が他よりキツイから敬遠してた気がする

 

「一つを極めるのも至難であるのにも関わらず、君はアレもコレもと手を出すものだから体が対応出来ていない。故に常時【個性】を発動させておくことで体を慣らし、その限界値を上げてもらう。また、君は肉弾戦を好む傾向にあるようだから今回は増強系を主軸に限界突破をしてもらう。それと自身限定ではあるが治癒系の【個性】も使えると聞いた。それも常時発動させておけ。疲労により筋肉が断裂する端から回復することで肉体面でも通常の何倍も成果が得られる」

 

「いや、アレ結構体力使うんですが・・・直ぐばてて動けなくなるし・・・」

 

 その方法ってお爺ちゃん達との稽古で思い付いてやったけど、直ぐにスタミナ切れになって動けなくなるからやめたんだけどな・・・

 

 思い付いた時は稽古の真最中にも関わらず「もしかして僕は天才か?」なんて口にして舞い上がったが、ものの数分で指一本動かせなくなってお爺ちゃん達にずっと笑われたんだよ・・・

 

「ならば加減して発動させればよかろう。無茶をしろと言っているんじゃない。ただ無理をしろと言っているんだ。PlusUltraするんだろ?」

 

 虎はズズイと顔を寄せて凄んでくる

 

「え、いや、あの」

 

「ああん?しろよ!Ultra!」

 

「うお!」

 

 突然振りぬかれた拳を仰け反る様にどうにか躱すが、バランスを崩し尻餅を付いた

 

「お前に拒否権はない!これから口に出していい言葉はイエスとサーのみだ!」

 

「えぇ・・・」

 

「返事ぃ!」

 

「イ、イエッサー!」           

 

「では早速我ーズブートキャンプを始める!」

 

 鬼哭道場ではお馴染みの「拒否権のない強制強化訓練」が始まった

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 PM4:00

 

 特訓が終われば夕食となるのだが、初日に「面倒を見るのは今日だけ」と宣言された通り夕食は用意されていなかった

 代わりに食材と調理器具が用意されていて、それらを見るにどうやら飯盒炊飯とカレーを作るようだ

 

「轟ー!こっち火ぃ頂戴!」

 

「ああ」

 

「こっちにもー!」

 

「そっちは僕が付けるよ」

 

「お!緑谷サンキュー!」

 

「爆豪、爆破で火ィつけれね?無理なら別に──」

 

「つけれるわクソが!」

 

「お、おう・・・」

 

「元気だなぁお前ら・・・」

 

「切島君鍋は~?」

 

「おう、今持ってく!・・・はぁ」

 

「野菜切り終わったー」

 

「じゃあ鍋に入れてこっち持ってきてー」

 

 ギシギシと軋む体に顔をしかめながら夕食の準備を進めること十数分、僕らはがっつく様にカレーを食べ始めた

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

「あぁウメー!」

 

「強くなる為とはいえ二日目からキチ―な・・・」

 

「いや初日からきつかったって・・・」

 

「しっかし、今一強くなった実感ってものがないんだが、オレの【個性】強くなってるのかねぇ・・・」

 

 上に掲げた手を[硬化]させながら切島君がぼやく

 

「一日片時で強くなるなら先生方が態々強化合宿をカリキュラムとして組む必要はありません。不安に思うあまり強化合宿に身が入らなければそれは蹉跎歳月(さたさいげつ)と同じです。今は一歩一歩強くなっていることを信じて進むだけですわ」

 

「いちじつへんじ?さたさいげつ?・・・ヘイ飯田!いちじつへんじとさたさいげつってなに?」

 

「僕を検索エンジンの様に呼ぶのはやめたまえ!」

 

 まるで携帯の音声認識で調べものをするように飯田君に呼び掛ける切島君に飯田君が憤る

 

「ワリィちょっと言ってみたくて・・・」

 

「はぁ、まったく・・・で、一日片時と蹉跎歳月(さたさいげつ)についてだったね?一日片時はほんのわずかの時間、蹉跎歳月(さたさいげつ)は時間を無駄にして虚しく過ごすことを意味しているんだ。八百万君はたった一日で強くはならないから不安に思っても信じて努力するしかないと言いたいのだろう。違ったかい?」

 

「いいえ、その通りですわ」

 

「流石ヤオモモと飯田!難しい言葉知ってんのな!」

 

 ワイワイガヤガヤと騒ぎながら食事を摂ること数分

 

「・・・ん?あそこに居るのは・・・」

 

 皆の輪から離れたところに小さな人影──洸汰君を見つけた

 

「何が【個性】だ・・・本当下らん!!」

 

「洸汰君?」

 

 カレーを食べる様子もなく一人山の方へ歩いて行ってしまった

 ―――――――――――――――――――――

 

 ── 洸汰side ──

 

 雄英高校の奴らから離れ、一人秘密基地まで来て夕日を眺める

 

「ちっ!何がヒーローだ・・・」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「はい・・・はい・・・分かりました。直ぐに向かいます・・・・あなた、ちょっと・・・」

 

「ん?どうした?準備は出来てるから何時でも行けるぞ?」

 

「実は・・・」

 

「ママ?どうしたの?早く行こうよ」

 

 いくら待ってもパパもママも玄関から出てこず、アリの行列も見飽きたので玄関を開けで二人を呼ぶ

 

「・・・ごめんね洸汰、街中で(ヴィラン)が暴れているらしくて、ママ達これから皆を救いに行かなきゃいけないから今日は遊園地には行けなくなっちゃった」

 

「何でよ!今日はお仕事休みだって言ったじゃんか!三人で遊園地行って美味しいもの食べようって約束したじゃんか!」

 

 パパとママが珍しく休みがとれそうだから皆で遊園地に行こうと前から決めていたのに

 

「ごめんな、近くに他のヒーローがいないからパパ達が行かなきゃ行けないんだ。じゃないと沢山の人が危ない目にあってしまう。遊園地は来週に連れてってやるから、今日は我慢してくれ」

 

 パパがゴツゴツした大きな手で諭すように頭を撫でてくる

 

「出来るだけ早く帰ってくるから。そしたらママが腕によりをかけて美味しいもの沢山作ってあげるから。ね?」

 

「いつもそうだ!ヒーローヒーローって!僕との約束よりヒーローのお仕事の方が大事なんだ!嘘つきのパパとママなんか大っ嫌いだ!どっか行っちゃえ!」

 

 頭にのせられていたパパの手を乱暴に払い除け、僕は部屋に戻って布団を頭からかぶった

 

「洸汰! 」

 

「行こう。出来るだけ早く帰ってきてゆっくり話そう」

 

「・・・わかったわ」

 

「洸汰!いくらお前がパパ達を嫌ってもパパ達はお前のこと愛してるからな!(ヴィラン)なんかすぐやっつけて必ず帰って来るからな!」

 

「・・・」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 ──ポーン・・・・・・ピンポーン!

 

 ん・・・んん?・・・そっかママ達いないんだった・・・・・・帰ってきたら謝らないと

 

「いつの間にか眠っちゃった」

 

 窓から入って来る夕日が眩しい

 

 もう夕方か・・・

 

 寝起きでボーっとする頭でママもパパもお仕事でいない事を思い出し、玄関まで向かう

 

 ピンポーン

 

「はーい。今行きまーす」

 

 カチャ・・・ガチャリ

 

「だれで──あれ?叔母さん?どうしたの?パパもママもいないよ」

 

「その事で洸汰に言わなきゃ行けないことがあるの」

 

「?・・・帰りが遅くなるとか?」

 

 たしか(ヴィラン)を倒した後にホーコクショとかいうのを出さないといけないらしいから帰りが遅くなるのかな?

 

「いいえ、違うわ・・・その、落ち着いて聞いてね・・・・・・あいつ・・・パパとママが亡くなったわ」

 

「え・・・」

 

「死んじゃったの」

 

 叔母さんが何を言ったのか理解できない。シンジャッタ?

 

(ヴィラン)が予想以上に狂暴で市民を逃がすために時間稼ぎして、他のヒーローが駆けつけた時にはもう・・・」

 

「う・・・嘘だ!」

 

「洸汰・・・」

 

「あ、さてはドッキリでしょ!そうなんでしょ?」

 

 二人が負ける訳ない。だって(ヴィラン)なんかすぐやっつけて必ず帰って来るって言ってたもん

 

「あのね、洸汰──」

 

「あ!僕が大っ嫌いって言っちゃったからママ達怒って僕にイタズラしてるんだ!そうに決まってる!ママもパパも出て来てよ!隠れてるのは分かってるんだからね!あの時はつい言っちゃっただけで本当は違うんだ。本当は──」

 

「洸汰!」

 

「!!」

 

「信じられないだろうけど本当なの」

 

「や、やだな・・・もうドッキリはいいよ・・・」

 

 黙ってないで早くドッキリでしたってやってよ・・・やーい騙されたって出てきてよ・・・

 

「う、嘘だよ・・・ね?」

 

「・・・・・・」

 

 震える声で問いかけるも沈黙が何よりの答えだった

 

「そ、そんなわけないよ・・・だ、だって帰ってくるって言ってたもん!来週こそ遊園地行こうって・・・・・・大嫌いって、言ってご、ごめ、んって、あや、謝って、ないもん・・・本当は大好きだって・・・う、うわああああ!!!」

 

 その後は良く覚えてない

 

 覚えているのは、叔母さんに手を引かれながら参加した葬式にまるでアリの行列のように真っ黒い服を着た人が沢山来て、口々に『立派な最後だった』『名誉ある死』とママ達を誉めそやした

 

 名誉ある死って何だよ・・・立派な最後って何だよ

 

 死んじゃったらもう会えないんだぞ!パパに頭を撫でてもらえないし肩車だってしてもらえない、ママの甘い卵焼きも食べられないし寝る前に絵本も読んでもらえない!お帰りもただいまもおはようもお休みも全部言えないんだぞ!大好きだよって言えないし言ってもらえないんだぞ!

 大嫌いって言ってごめんなさいって言うことも出来ないんだぞ!

 

 なのに・・・なんで、なんで皆誉めるんだよ!立派だなんて言うんだよ!

 

 約束破ってまで顔も知らない人のために戦って、さよならも言わずに居なくなって・・・

 

 立派だなんて言うなよ・・・

 

 良くやったなんて言うなよ・・・

 

 ― パパとママなんか大っ嫌いだ!どっか行っちゃえ! ― 

 

 死んでよかったみたいじゃないか!!!

 

 怒れば怒るほど頭の中がグチャグチャになって、もうパパもママもいないんだって意識すればするほど胸が苦しくなって、目に見えるもの全てが色褪せていく

 

 

 ヒーローじゃなければ、ヒーローなんかじゃなければパパもママも居なくならなかったんだ

 喧嘩して大嫌いって言うこともなかったんだ!

 

 

 ヒーローなんて・・・ヒーローなんて大嫌いだ!

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ジャリ

 

「!?」

 

 誰!?

 

「あ、やっぱり居た。お腹すいたよね?これ食べなよ。おいしいよ?」

 

「てめぇ!何故ここが!」

 

 音のする方に目を向ければ、手に夕食で作ったであろうカレーを持って緑谷の兄ちゃんが居た

 

「あ、ごめん。足跡追ってきた。あと気配。ご飯食べてないでしょ?ここに置くよ?」

 

 確かにお腹は空いているが、かといっ食べたいとも思えなかった

 

「いいよ。いらねえよ。言ったろつるむ気などねえ。俺の秘密基地から出てけ」

 

「おお、秘密基地か!いいね!」

 

「うるせえよ・・・なんだよ揃いも揃って【個性】【個性】【個性】って・・・その上【個性】を伸ばすとか張り切っちゃってさ・・・気味悪い。そんなにひけらかしたいかよ"力"を!!」

 

 力なんてなければ良いんだ

 

「・・・君の両親ってさ、ひょっとして水の【個性】の『ウォーターホース』だったりする?」

 

「マンダレイか!?」

 

 喋ったの!?

 

「あー、えっと、この間の風呂場で君が気絶しちゃったときに、その・・・流れで聞いちゃって、情報的にそうかなって・・・」

 

「・・・」

 

「残念な事件だった。覚えてる。他のヒーローが出払っちゃってるときに凶暴な(ヴィラン)が現れて、民間人が逃げ切るまで時間を稼いで、それで・・・」

 

「うるせえ。知った風なこと言ってんじゃねえよ。頭イカレてるよみーんな・・・馬鹿みたいにヒーローだ(ヴィラン)だって殺し合って、【個性】とか言って"力"をひけらかして・・・挙句それで死んだらやれ立派だったとか名誉ある死だとか、さも良い事の様に褒め称えて皆イカレてるよ」

 

「あー、その、なんて言うか」

 

「・・・なんだよ!もう用はないんだったら出てけよ!」

 

「いや、あの・・・・・・君がどんな気持ちで今ここに居るのかは会って間もない僕が判ることじゃないけど・・・その」

 

「なんだよハッキリ言えよ」

 

「何から何まで全部否定しちゃうと君が辛くなるだけだよ?」

 

「うるせえ!」

 

 バシャッ!!

 

 あ・・・

 

 思わず水を浴びせてしまった

 

「うわっ!・・・冷たい・・・」

 

「う、うるせえよ!ズケズケと踏み込んでくんな!!出てけよ!!」

 

「ごめんね?あと、カレー食べてね?あ、ラップしてあるからゴミとかも入ってないし美味しいから」

 

「・・・」

 

「その・・・じゃあ行くね」

 

 ボボッ

 

「・・・」

 

 髪の毛をメラメラと燃える炎に変え、濡れた服から蒸気を出しながら来た道を戻っていった

 

『何から何まで全部否定しちゃうと君が辛くなるだけだよ?』

 

『洸汰、パパ達を救えなかった私らを恨むのは構わない・・・でも関係ない子達を悪く言っちゃダメだよ』

 

「うるさい・・・どいつもこいつも・・・判ってんだよそんなこと」

 

 本当は判ってる

 ヒーロー達は何も悪くないってことも、ママ達が死んで良かったとは思ってないことも

 

 ― 身体を張って市民を守るなんて立派じゃないか。なぁ馬鹿野郎よぉ?・・・年寄の俺より先に名誉ある死を選んでんじゃねえぞクソッタレが! ―

 

 ― 本当立派だぜ。たった二人で市民を守り切ったんだからな・・・ったく這い蹲ってでも帰って来いよ。ヒーローが自分とこのチビ泣かせたまま逝ってどうすんだよ・・・ ―

 

 だって大の大人であるプロヒーローが『良くやった』って、『立派だ』って口では褒めてるのにすごく顔をクシャクシャにして泣いてたんだもん

 

 そんな人達が悪者な訳がない

 

 ― すまねえ・・・本当にすまねえ・・・俺がもっと速く現場に駆けつけてれば!そうすれば坊主から父ちゃんと母ちゃんを取り上げちまうことになんかならなかったのに!すまねえ・・・すまねぇ・・・うぅ・・・ ― 

 

 ― ごめん・・・私がもっとちゃんとしてれば・・・ごめん・・・ごめんね・・・ ― 

 

 恥も外聞もなく小さな子にすがり付くように泣きながら謝る人達が悪者な訳がないんだ

 

 でもどうしようもない

 

 どうしようもないんだ

 

 パパとママを助けてくれなかったヒーローが嫌いだって、【個性】とか言って"力"をひけらかしてるのが悪いんだって、全部誰かの所為だって自分に言い聞かせてないと頭の中がグチャグチャになってどうにかなっちゃいそうで

 

 本当に僕が嫌いなのは・・・僕自身

 

 仕方ないんだって言い訳しながら、何も悪くないのにヒーロー達を悪く言って、ママ達が居なくなってから自分達も忙しいのに僕の面倒を見てくれる叔母さん達にも悪態ついて、ヒーローになろうって頑張ってる雄英高校の兄ちゃんを否定して・・・

 

 本当は誰も悪くないって判ってるのに皆が悪いって言い続けてる自分が嫌いだ

 

 こんな僕をみたらママはカンカンに怒って、パパは苦笑しながら怒られてる僕の頭をポンポンと叩くと思う。でももういない

 

「僕一人残してどうしていなくなっちゃったんだよ・・・」

 

 僕の問い掛けに答えてくれる人は誰もいなかった

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 雄英の生徒達が寝静まり、教師達が特訓内容や補習について話し合ってるころ、遠く離れた崖の上に4人の人影があった

 

「ああ、早く殺りてえ・・・早く行こうぜ・・・!疼いて疼いて仕方ねえよ・・・」

 

 2mを超す巨体を仮面とマントで隠した大男がゆらゆらと落ち着きなく動きながら同行者を急かす

 

「まだ尚早。それに派手なことはしなくていいって言ってなかった?」

 

 学生服に防災ヘルメットとガスマスクを着けた小柄な男が今にも飛び出しそうな大男を止めながらもう2人居る同行者の内の1人に問い掛ける

 

「ああ、急にボス面始めやがってな。今回はあくまで狼煙だ。うつろに塗れた英雄たちが地に堕ちる、その輝かしい未来の為のな」

 

「・・・ていうかこれ嫌。可愛くないです」

 

 連れの男達が話している間ずっと口を閉ざしていた女が口を開いたかと思うと開口一番に飛び出したのは自身が着用している口と鼻を覆うタイプのマスクに対する文句だった

 

「裏のデザイナー・開発者が設計したんでしょ?見た目はともかく理には適ってるハズだよ」

 

「そんなこと聞いてないです。可愛くないって話です」

 

「どうでもいいから早く殺らせろ!ワクワクが止まんねえよ!」

 

「黙ってろイカレ野郎共・・・決行は10人揃ってからだ」

 

 好き勝手に喋りだした同行者へ苛立ちを隠そうともせずに「待て」と言うと背後から数人の足音が聞こえてきた

 

「おまた~♪」

 

「仕事・・・仕事・・・」

 

「・・・」

 

 やって来たのは、大きな包みを担いだラフな格好の男に口以外を拘束具でガチガチに縛られた男、人型の蜥蜴という表現がピッタリな異形系の男の3人

 

「これで7人・・・威勢だけのチンピラをいくら集めたところでリスクが増えるだけだ。やるなら経験豊富(・・・・)な少数精鋭」

 

 崖の上から遠く離れたヒーローの卵達の訓練施設を眺め、掌に乗せるように焼け爛れた右手を伸ばした

 

「まずは思い知らせろ・・・てめェらの平穏は俺達の掌の上だと言うことを」

 

 ボッと掌から吹き出した黒炎は遠く離れた施設と重なり、未来を予知するかのように炎上していた

 



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第45話 3日目 突然の奇襲

 三日目

 

 続・限界突破訓練

 

「うぎぎぎぃ・・・」

 

「ほら補習組、動きが止まってるぞ」

 

「オッス・・・!!」

 

「すみませんちょっと・・・眠くて・・・」

 

「だからキツイって言ったろ」

 

 相澤先生は各々が何故その特訓方法をしているかを説明し、且つ原点を忘れるなと念を押すように言った

 

「原点か・・・あ、そう言えば相澤先生、もう三日目ですが今回オールマイト・・・他の先生方って来ないんですか?あ、いや、別に皆さんが頼りないとかそんなんじゃなくて、えと」

 

「落ち着け。誰もお前がそんなこと思ってるとは思っちゃいないよ。合宿前に言った通り(ヴィラン)に動向を悟られぬよう人員は必要最低限。そして特にオールマイトは(ヴィラン)側の目的の一つと推測されている以上来てもらうわけにはいかん。良くも悪くも・・・そう、良くも・・・悪くも目立つからこうなるんだあの人は・・・ケッ」

 

 うわぁ・・・悪くもの割合がでかそう・・・

 

「ねこねこねこ・・・小難しい話は置いといて、今日の晩はねぇ・・・ニシシ!クラス対抗肝試しを決行するよ!しっかり訓練した後はしっかり楽しい事がある!ザ・飴と鞭!」

 

「ああ・・・そう言えばあったっけ・・・」

 

「肝を試すより睡眠を取りたいぃぃ・・・」

 

「というわけで今は全力で励むのだぁ!!」

 

「「「イエッサァ!!!」」」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

『馬鹿みたいにヒーローだ(ヴィラン)だって殺し合って、【個性】とか言って"力"をひけらかして・・・挙句それで死んだらやれ立派だったとか名誉ある死だとか、さも良い事の様に褒め称えて皆イカレてるよ』

 

「・・・」

 

 力をひけらかす・・・か・・・

 

「緑谷」

 

「うぇっ?」

 

 声を掛けられ振り向くと水を張った鍋を持った轟君がいた

 

「そこでぼうっとされると邪魔なんだが」

 

「ああ!ごめん!!」

 

 急いで抱えていた薪を所定の所に置きながら轟君に「ねえ」と声をかけ、洸汰君に何て言ってあげれば良かったのか聞いてみた

 

「洸汰君、マンダレイ達と一緒にいた子がさ、【個性】ありきの超人社会そのものを嫌っててさ、あんまりにも思い詰めて何もかもダメだって否定してるようだったからそれじゃ君が辛いよって言ったんだ。それで逆に怒らせちゃってさ・・・なんて言ってあげればよかったのかな」

 

「・・・」

 

「もしオールマイトがそこに居たら何て言ったんだろうって考えちゃってさ・・・轟君なら何て言う?」

 

「・・・時と場合による」

 

「そりゃそうだけど・・・!」

 

 至極全うな意見だが、求めているのはそういうことじゃなくて・・・

 

「赤の他人に正論吐かれたってウルセェって思うだけだし、他人に言われて動くならそいつの思いや考えはそれだけの重さしかない軽いものだったってだけで・・・大事なのは何を成し、何をしている人間に言われるかだ」

 

「何を成し何をしているか・・・」

 

「例えば、そうだな・・・相手を思いやれって言葉でも飯田に言われんのと爆豪に言われんのじゃ説得力が違うだろ?」

 

 確かに、もしかっちゃんにそんなこと言われたら真っ先に偽者か脳の異常を疑う

 

「言葉には常に行動が伴う・・・と思う」

 

「そっか・・・確かに通りすがりが何言ってんだって感じだ」

 

「あと、お前は何とかしてあげたいって思っての行動だと思うが、デリケートな話にあんまり土足でズケズケと踏み込んで踏み荒らすのはやめた方が良いぞ」

 

「うっ!」

 

「俺は逆に上手くいった口だが、下手すりゃ余計こじれる」

 

「・・・なんかすみません・・・」

 

「そこの2人!!手が止まっているぞ!皆で最高の肉じゃがを作るんだ!!」

 

「さ、ちゃっちゃか準備しちまおう。飯田が五月蠅い」

 

「そうだね」

 

 飯田君に咎められた僕達は止めていた手を動かした

 

「轟君!」

 

「ん?」

 

「相談乗ってくれてありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「さて腹もふくれたし皿も洗った!お次は・・・」

 

「肝を試す時間だ!ヤフー!!!」

 

「あー、大変心苦しいが補習連中はこれから俺と補習授業だ」

 

「ウソだろ!?」

 

「すまんな、日中の訓練が思ったより疎かになった。こっち(・・・)を削る」

 

「うわああ勘弁してくれ!!!」

 

「肝を!肝を試させてくれェ!!」

 

「あぁぁああ!!!響香との【『キャッ怖い!』『大丈夫俺が付いてるZ☆E☆』計画】がぁぁああ!!!」

 

「誰がそんなのするか!!!」

 

 補習組の悲痛な叫びも必死の抵抗も無視して相澤先生は皆をズルズルと引き摺っていく

 

「はい、というわけで脅かす側は先行B組、A組は二人一組で3分置きに出発。ルートの真ん中に名前を書いた札があるからそれを持って帰ること!」

 

 簡単なルール説明後にペアを組むことになった訳だが・・・

 

 クラスの人数は20人で相澤先生に引き摺られていった補習組は5人

 

 20人 - 5人 = 15人

 

 ペアで割ると7組出来るが一人余る訳で・・・

 

「・・・」

 

 手に握られた8と書かれたクジを一人(・・)でじっと見つめる

 

「あー、くじ引きだから・・・必ず誰かがこうなる運命だから・・・」

 

 解ってる。別に意図してハブられた訳じゃないし・・・

 

 尾白君の慰めの言葉に返事せず無言でクジを見つめ続ける

 

「・・・」

 

「だから・・・な?」

 

「・・・」

 

 一人・・・

 

 12分後

 

「じゃ5組目・・・ケロケロキティとウララカキティGO!」

 

 5組目の梅雨ちゃんと麗日さんと見送る

 

「悲鳴を聞きながら待たされるとドキドキしますね」

 

「君は最後の上一人だものね」

 

「ハ、ハハ・・・ん?アレって何かの演出ですか?」

 

 森の方から黒煙が上がり、焼け焦げた臭いが鼻につく

 

「いや、そんなの計画してないし、森林火災を起こしかねない火なんて使わないわ」

 

「じゃあアレは・・・」

 

「飼い猫ちゃんは邪魔ね」

 

「っ!?」

 

 突然ピクシーボブが何かに引っ張られる様に真横に飛ぶとゴン!という音と共に地に伏せた

 

「何で・・・!万全期したハズじゃあ・・・!!何で・・・何で(ヴィラン)がいるんだよォ!!!」

 

「ピクシーボブ!!」

 

「落ち着け!」

 

 突然の(ヴィラン)の出現に動揺する僕らを虎が一喝した

 

「ヤバい・・・!」

 

 USJと同じ奇襲!?・・・!!

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校の諸君!!我ら(ヴィラン)連合・開闢行動隊!!」

 

(ヴィラン)連合・・・あの烏合の衆の・・・」

 

「あんなのと一緒にされるのは心外だわぁ・・・この子の頭、潰しちゃおうかしら?・・・ねぇ?」

 

 僕の言葉が(ヴィラン)の一人を刺激してしまい、倒れたピクシーボブの頭に乗せたままの大きな鈍器をグリグリと押し付けている

 

「貴様!!」

 

「待て待て早まるなマグ姉!虎もだ!ステイ!」

 

 一触即発の中の何故かもう一人の(ヴィラン)が双方を宥めた

 

「生殺与奪は全てステイン仰る主張に沿うか否か!!」

 

「ステインだと!?あてられた連中か!」

 

 ステインという言葉に飯田君がいち早く反応すると我が意を得たりとばかりにニヤリと笑うと自己紹介を始めた

 

「保須市にて終焉招いた人物・・・申し遅れた、俺はスピナー」

 

 背負っていた武器の柄を持つと勢いよく振り抜いた

 

「彼の夢を紡ぐ者だ!」

 

 ガシャン!!

 

 巻かれていた布がシュルシュルとほどけると、一本の大きな剣と思っていた武器は血や錆びがこびりついた数えるのも億劫な程のソードブレイカーやサバイバルナイフを鎖やベルトで無理やり一つにまとめた歪な武器だった

 

「阿呆が誰に陶酔しようが、んなことはどうでもいい。その倒れてる女・・・ピクシーボブは最近婚期を気にし始めててなぁ。女の幸せってのを掴もうって頑張ってんだよ・・・そんな女の顔キズモノにして男がヘラヘラ笑ってんじゃあないよ!!!」

 

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!!」

 

「虎!!『指示』は出した!他の生徒の安否はラグドールに任せよう!私ら二人でここを抑える!!」

 

 スピナーを名乗る(ヴィラン)と虎が戦闘を開始する中、マンダレイが僕らに指示を出していく

 

 その横顔は(ヴィラン)と対峙していることとはべつの何かー 洸汰君の安否 ーによって焦っているように見えた

 

「マンダレイ!!僕、知ってます!」

 

「っ!!お願い!」

 

「はい!」

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

 ── side洸汰 ──

 

『洸汰聞いてた!?すぐ施設に戻って!私、ごめんね、知らないの。あなたがいつもどこへ行ってるか・・・ごめん洸汰!!助けに行けない!すぐ戻って!!』

 

 戻れって?無茶言うなよ叔母さん

 

 目の前に居る大男からジリジリと後ずさりながら距離を開ける

 

「見晴らしの良いとこを探してみればどうも資料になかった顔だ」

 

 全身をすっぽり被うマントに顔に被ったお面と怪しさの塊の様な人物

 こんな格好のヒーローは知らないし、この状況で消火活動にも加わっていない。更に叔母さんの話を合わせると、目の前の大男は(ヴィラン)で間違いない

 喉が異様に渇き、手足が震える

 

「ところでセンスの良い帽子だな。俺のこのダセエマスクと交換してくれよ。新参は納期がどうとかってこんなオモチャ着けられてんの」

 

「うぁ・・・」

 

「あ、オイ」

 

 恐怖に耐えきれず大男に背を向けて走り出すも一瞬で回り込まれた

 

「景気づけに一杯やらせろよ」

 

 仮面を外し、移動した拍子に現れた顔にママ達の葬儀の後に見たニュースを思い出した

 

 ー 「ウォーターホース」・・・素晴らしいヒーロー達でした。しかし二人の輝かしい人生は一人の心ない犯罪者によって断たれてしまいました。犯人は現在も逃走を続けており警察とヒーローが行方を追っております ー

 

「おまえ・・・!」

 

 ー 【個性】は単純な増強型で非常に危険です ー

 

 僕を殴るためにマントから出した腕に剥き出しの筋肉がまとわりつき肥大化していく

 

 ー この顔を見かけたらすぐに110番及びヒーローに通報を・・・尚現在左目にウォーターホースに受けた傷が残ってると思われ・・・ ー

 

 テレビの指名手配写真にはなかった顔に大きな傷(・・・・・・)あった

 

「パパッ、ママッ!!」

 

 助けて!!

 

 パァアアァァァアン!!

 

「ぬお!?」

 

 え・・・

 

『死ぬ』

 

 そう思ったのに気付けば目の前に大きな手が僕を庇うように差し出されていた

 

「あっぶないな!当たったらどうすんだ!」

 

「兄ちゃん・・・?」

 

 大きな手の持ち主は叔母さん達を除けば唯一僕のことを気にかけてくれた緑谷の兄ちゃんだった

 

「大丈夫、必ず(たす)けるから」

 

 ――――――――――

 

 ── side緑谷 ──

 

 洸汰君を避難させるために急いで来てみればピンポイントで(ヴィラン)がいるなんて!

 

 皆にはここを知らせないで来たし、多分応援要請してもこの状況じゃ増援は期待できない

 

「良いとこなんだから邪魔すんなよ・・・にしても必ず(たす)ける?ははは・・・流石ヒーロー志望者って感じだな。ゴキブリみてぇにどこにでも現れて正義面しやがる」

 

 吹き飛ばした(ヴィラン)は左肩を回しながら無傷で向かってくる

 攻撃を反射したはずなのに全く効いた様子がない

 

「それならアシダカグモって言って欲しいな。どこにでも現れて悪さするヴィラン(ゴキブリ)退治のプロフェッショナルさ」

 

「言うじゃねえか・・・緑谷って奴だろお前?可能なら捕縛、無理なら殺せってお達しでな・・・捕縛は無理でしたってことで・・・ついうっかり殺しちまうから血反吐吐いて俺を楽しませろや!!」

 

 そう言うや否や飛びかかってくる(ヴィラン)を迎え撃つべく【個性】を発動させていく

 

 [怪力]

 [剛力]

 [剛腕]

 [鉄腕]

 [筋力増強(パンプアップ)]

 [筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

 [炭素硬化(ハードクロム)]

 [(パワー)]

 [金剛石]

 [脚力強化]

 [鬼]×3

 [ズーム]

 

近接戦闘(タイプ:マーシャル)!!」

 

 [反射]

 

 ドゴン!!

 

 振り抜かれた(ヴィラン)の右腕を[反射]を発動させたまま横から叩くことで慣性の方向を強制的に変化させて(ヴィラン)の体を半回転させた

 

 向きを変えられた(ヴィラン)の拳は岩を殴り付けこちらに背を向ける形となった

 

 そしてがら空きの背中に拳を叩き込む

 

「ッ!」

 

 しかし、突然現れた剥き出しの筋繊維によって防がれ、巻き込むように腕を拘束されてしまった

 

 [硬化]

 

 即座に腕を更に硬化させて絡まる筋繊維を斬りながら引き抜く

 

「ドーン!」

 

「ぐ!」

 

 拘束から逃れるための一瞬が隙となり、体勢を直した(ヴィラン)から反撃を食らい、勢いよく右半身から岩へ体がめり込んだ

 

「そうそう、爆豪ってガキはどこにいるか知ってるか?仕事なんでー」

 

「!?」

 

 かっちゃん!?

 

「ーな!」

 

 咄嗟に爆発を起こして岩ごと(ヴィラン)を吹き飛ばして追撃回避する

 

 目的はかっちゃん!?何でだ?

 

「おうおう、流石クモって言うだけあってすばしっこいのな・・・で」

 

 またしても一瞬で目の前に現れると掬い上げるように上空へ僕を殴り飛ばした

 

 咄嗟に腕を交差させて耐えた

 

「答えは知らないでいいよな?よし決定!遊びの続きだ!!」

 

 [ジェット]

 

 [巨大化:拳]

 

「ッ!」

 

 追撃のため飛び上がってきた(ヴィラン)を叩き落とすように巨大化させた拳を振り下ろした

 

 ドゴン!!

 

 轟音と共に土煙が舞うが、土煙が風に流されると全くの無傷で(ヴィラン)が姿を現した

 

「チッ!!これもダメか!」

 

「何だ何だ?期待してたのにちんけな技ばっか使いやがって!出し惜しみしてねえでかかってこいよ!俺達(ヴィラン)を退治するんだろ?アシダカグモ」

 

「言われなくとも退治してやるよゴキブリ野郎」

 

 とは言いつつもこのままじゃいたずらに時間を浪費するだけ

 あのウジャウジャ湧き出る筋繊維が邪魔でコッチの攻撃は通らない

 

「緑谷の兄ちゃん・・・」

 

 洸汰君の身を長時間戦場に置いとく訳にもいかない

 

「グズグズしてるとお前より先にお友達があの世に行っちまうかも知んねえけどな!」

 

「なんだと!?」

 

 奴らは開闢行動()と名乗っていた

 

 つまり時間をかければかけるほど皆が危険な状態に追い込まれるってことか!

 

「安心しろやお前も直ぐに連れてってやるから」

 

 躊躇(ためら)っている場合じゃない・・・か

 

 一度全て【個性】の発動を止める

 

「あんだよ、もう諦めたのかよ・・・しゃあねえなプチっと殺すとするか」

 

「これからお前を再起不能にする」

 

「あん?再起不能だぁ?面白い冗談だ。待っててやるから早く本気だせや」

 

 [怪力]

 [剛力]

 [剛腕]

 [鉄腕]

 [筋力増強(パンプアップ)]

 [筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

 [炭素硬化(ハードクロム)]

 [(パワー)]

 [金剛石]

 [脚力強化]

 [鬼]×3

 [自己治癒(セルフヒール)]

 

 鬼神殺し

 

「ギギギッ!」

 

全身過剰強化(オーバーフルブースト)

 

 限界以上の強化に耐えきれず[筋繊維強化]で強靭となった筋肉がブチブチと千切れ、その端から[自己治癒(セルフヒール)]によって修繕されている

 

「緑谷の兄ちゃん・・・」

 

「大丈夫」

 

 転げ回りたいのを我慢して、心配そうにしている洸汰君へ笑いかける

 

 [受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

 出力100%!

 

 全身からバチバチとスパークが(ほとば)

 

一時的平和の英雄化(リミッテッド・ピースヒーロー)

 

「必ず助けるから」

 

「緑谷の兄ちゃん・・・」

 

「おお!やる気になったじゃねえか!なら・・・」

 

 (おもむろ)に左目から義眼を抉り取るとゴミの様に放り投げた

 

 そしてゴソゴソとズボンからいくつもの義眼をこぼしながら一つの異様に瞳孔の開いた義眼を取り付けると両腕拡げた

 

「遊びはやめだ。こっからは『本気の義眼()』だ」

 

 [複製腕]

 [ジェット]

 

 ゾワリと背筋に悪寒が走り、咄嗟に複製腕で洸汰君を掴むとその場から飛び上がった

 

 直後、両腕と背中にしかなかった筋繊維が上半身全てを包み、倍以上に膨れ上がった(ヴィラン)が腕を振り下ろした途端に直前までいた足場が粉々に砕かれ、跡形もなくなってしまった

 

 [コピー]

 [譲渡]

 

 足裏からジェット吹かして少し離れた位置に洸汰君を下ろした

 

「腕を突き出して自分を中心にシャボン玉が出来ているイメージをするんだ」

 

「え?」

 

「大丈夫、直ぐにやっつけて迎えにくるから」

 

「う、うん」

 

 これで洸汰君が流れ玉で怪我することはなくなった

 

「どこ行ったアシダカ!!」

 

 再び足裏からジェットを吹かしてその勢いのまま見失った僕ら探す(ヴィラン)へ奇襲をかける

 

「なろ!!」

 

 直前気付かれたが構わず拳振り抜くと一瞬の均衡の後、破裂音と共に(ヴィラン)が右腕から血を撒き散らしながら吹き飛ぶ

 

 [(スピード)]

 

 一瞬で加速すると(ヴィラン)を地面目掛けて蹴り落とす

 

「がはっ!」

 

 叩きつけた反動でバウンドする(ヴィラン)を頭突きで再度地面に叩きつけた

 

 [操土]

 

 即座に[操土]で張り付けにするように両手足を無数の土の針で串刺しにする

 恐らくもうまともに手足は機能しないだろう

 

「痛ってぇな・・・てめえも遊んでやがったのかよ」

 

「躊躇して犠牲を出すくらいなら再起不能にして非難をくらった方がマシだ」

 

「甘ちゃんかと思ったらテメェはコッチ側の方が向いてんじゃねえか・・・ゴホッ」

 

「もう会うことはないけど刑務所で大人しくしてろ」

 

 [筋繊維超増強(ハイマッスルボディー)]

 

 右腕に蔦が這うように筋繊維が巻き付いていく

 

「テメェ!それはオ──」

 

 地面へ四肢を縫い付けられて無防備な(ヴィラン)の鳩尾へ拳を振り下ろすとクモの巣状にヒビが拡がり(ヴィラン)は意識を失った

 

「グッ!」

 

 無理し過ぎたか・・・

 

 [自己治癒(セルフヒール)]で外傷こそ癒えているが痛みは変わらず感じるし、常時回復と引き換えに体力が削られていく

 

 洸汰君をマンダレイの元へ早く連れていってあげなきゃ・・・

 

 ――

 ―――――

 ――――――――

 ―――――――――――

 

「洸汰君」

 

「兄ちゃん!僕・・・僕ッ!」

 

 (ヴィラン)と距離を離したと言ってもやっぱり戦場に一人じゃ心細かったのだろう。

 洸汰君は涙を流しながら僕にしがみついてきた

 

「大丈夫。早いとこマンダレイのところへ行っ

 て無事だよって知らせてあげよう」

 

「・・・うん」

 

 [複製腕]

 [翼]

 [ジェット]

 

「ちゃんと捕まっててね」

 

「うん」

 

 洸汰君を背負いマンダレイの元へ向かった



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第46話 総員反撃許可!

「洸汰君、もうすぐだからね」

 

「兄ちゃん、あれ!」

 

「ん?」

 

 洸汰君が落ちないように[複製腕]で支えながらマンダレイ居るであろう方角へ飛んでいると、洸汰君が何かを見つけたようだ

 

「あそこ!」

 

 洸汰君が指差す方向には合宿で使用した建物とその近くを走る相澤先生の姿があった

 

 直ぐ様急降下すると相澤先生の前に着地した

 

「先生!」

 

「緑谷・・・お前戦ったな?」

 

 相澤先生は突然現れた僕に驚いた(のち)、至る所が破けボロボロになった服を見て眉間に皺を寄せた

 

「すみません、()むを()ず戦闘を行いました。ってそんなことより彼をお願いします」

 

「え?兄ちゃんは?」

 

「やらないといけないことがあるからここで一端お別れだ。大丈夫、やることやったらまた会いに来るから」

 

「本当?」

 

「大丈夫だって。先生の言うことをよく聞いてね?」

 

「・・・うん」

 

 不安そうな顔で僕を見る洸汰君を安心させる様に頭を撫でながら問題ないと諭す

 

「おい」

 

「先生、僕が戦闘を行った(ヴィラン)が今回の目的を言ってました。かっちゃん及び僕の誘拐もしくは殺害って」

 

「なに!?」

 

 相澤先生は(ヴィラン)の目的を聞いて眉間の皺が更に深くなった

 

「これから僕はマンダレイに洸汰君の無事を知らせて、可能ならかっちゃん達の所へ行こうと思います」

 

「待て」

 

「標的である僕が戦闘に加わるなんて言語道断だってことは解ってます!でも行かせてください」

 

「待てと言ってるだろう!」

 

 制止を振り切って飛び出そうとしたところ、腕を捕まれ【個性】も封じられてしまった

 

「でも!」

 

「止めはしない。だから彼女にこう伝えろ」

 

 ────

 

 sideマンダレイ

 

 スピナーと名乗った蜥蜴(ヴィラン)の相手で手一杯だってのに、ピクシーボブを不意討ちしたマグネと名乗る(ヴィラン)は虎の猛攻を捌きながらもコッチの妨害までしてくるしこのままじゃじり貧だ

 

「チッ!」

 

 まただ、また見えない何かに押される様に体が押し出された

 

「いい加減しつこっ──」

 

「──い・・・のはお前だ偽物!!とっとと粛清

 されちま──!!」

 

 不味い避けられない!

 

 意識外からの妨害に、目の前の(ヴィラン)から意識が反れると、その隙を付かれて回避できない所まで距離を詰められてしまった

 

「ふべぁ!?」

 

 左腕を犠牲にすることを覚悟して防御姿勢をとった瞬間、ドン!!と言う音と共にスピナーを弾き飛ばして頭髪を篝火の如く煌々と燃え盛らせた全身が黒く染まった《鬼》が現れた

 

 新手か!?

 

 突如乱入してきた《鬼》は一瞬だけ視線をこちらに向け、まるで私達を守る様に背を向け(ヴィラン)と対峙しだした

 

「マンダレイ、洸汰君は合宿所付近にいた相澤先生に保護をお願いしています」

 

「その声、緑谷君?」

 

「相澤先生からの伝言です!テレパスで伝えてください。A組B組総員プロヒーロー、イレイザーヘッドの名に於いて戦闘を許可する!」

 

 いいんだね?イレイザー・・・

 

『A組B組総員戦闘を許可する!』

 

「もう一つお願いします。(ヴィラン)側の目的は爆豪勝己及び緑谷出久の誘拐もしくは殺害です。皆にかっちゃんを守るように伝えてください!」

 

 緑谷君は、言うだけ言うと頭部の炎を蒼炎に変えるとマグネへと飛びかかった

 

 マグネは虎を緑谷君の方へ蹴り飛ばしたが、バシュッ!という音と共に緑谷君は空中で鋭角な軌道を描いて避け、一瞬で両肘から先を氷で覆って手甲(ガントレット)と一体化した1mを超える斬馬刀の様な巨大な氷の刃を形成すると、その場でマグネに向かって刃を振った

 

 だめ!そこじゃ届かない!!

 

 マグネと緑谷君との間は約3m程の距離が空いていて、いくら巨大な刃が1mを超える物であっても届かないほど

 

 にもかかわらず空中で氷の刃を振ったため、その場にいた誰もが斬れる訳がないと思った

 

「そんな離れてちゃ当た──」

 

 スパッ ・・・ズズーン

 

 しかし、離れた位置で繰り出された一撃を当たる訳がないとマグネが嘲笑った直後、触れてもいないのに担いでいた鉄塊ごと左腕の肘から先が輪切りに斬り飛ばされ血飛沫(ちしぶき)が舞った

 

「嘘!?」

 

 斬った!?どうやって!?

 

 マグネの足元の地面には透明な刃物で斬られたかのように一本の線が走っていた

 

 不可視の刃でもあるっての!?

 

 緑谷君は振り抜いた刃の慣性と遠心力を利用して空中で回転し、背中から3mは下るまいと言う長い腕を生やすと両腕と同様に氷で巨大な刃を形成し、先程まであった間合いを一瞬でゼロにして唖然としているマグネ目掛けて叩きつける様に刃を振り下ろした

 

 マグネは左腕を切り落とされた激痛に顔をしかめつつも、振り下ろされる刃を避けるべく飛び退き、凶刃から逃れてしまった

 

 肌を掠める様に通りすぎた刃は空振りに終わる

 

 

 

 ──はずだった

 

 

 

 瞬間、轟音が響いた

 

 振り下ろされた刃から直線上にあった木々が地面諸とも縦に真っ二つに裂け、ヤスリをかけたように滑らかな断面をしていた

 

 当然、刃と切断された木々の間にあったマグネも斬り裂かれ、右腕がボトリと地面に落ちた

 

 またしても当たらなかったはずなのに斬られ、両腕を失ったマグネは唖然としていた

 

 緑谷君は追撃とばかりに驚愕を顔に張り付けたマグネに一瞬で近付くと腕を一閃し、両足を切断した

 

 いくらなんでもやり過ぎだわ!

 

 助けられていることは判ってはいる

 手加減できる相手じゃないってことも判ってる

 

 それでも、なぶり殺す様に切り刻んでいく行動に眉間に皺が寄る

 

「マグ姉!」

 

 声のする方に視線を向ければ先程、森へと弾き飛ばされたスピナーが戻って来ていた

 

 スピナーの視線の先で、ドロリと輪郭を崩して消え去るマグネは、最後に一際大きく口を開くと勢いよく閉じた

 

 次の瞬間マグネは内部から爆発した

 

 自爆!?

 

 ゆっくりと流れる時間の中で、地面にキラリと光る物を視界に捉えた

 

 それが爆風と共に全方位に放たれた金属片の一部だと瞬時に察した

 

 そして地面に刺さらなかった残りが自らに降り注ごうとしていることも

 

 回避 ── 無理

 

 間に合わない。金属片が飛来する方が早い

 

 防御 ── 無理

 

 範囲が広すぎる。急所のみに絞っても庇い切れない

 

 一巻の終わりかと思った時、隣にいた虎が覆い被さってきた

 

 ダメよ虎!それじゃ貴女が!!

 

 思考だけが加速する中、自らを盾にして私を守ろうとする親友をただ見てることしかできず、時間切れとなった

 

 思わず目をつぶったが、虎の苦しそうな声も、金属片が当たったであろう衝撃もなく、代わりに金属同士がぶつかる甲高い音が聞こえ、不思議に思って目を開ければ、コウモリの様な大きな翼を拡げた緑谷君が何時の間にか現れて全ての金属片を受けきっていた

 

「マグ姉の仇だ!」

 

 呆ける私達を余所に、スピナーは大量の短剣を括り付けて作った大剣の柄を弄り、鎖やベルトを乱雑に剥ぎ取ると野球のバットの様に振り抜いた

 

 括り付けられていた短剣が拘束から解放され、遠心力によって散弾の様に緑谷君目掛けてばら撒かれた

 

 危ない!

 

 対する緑谷君は避ける素振りすら見せず、依然と翼を拡げたまま立っていた

 

 ・・・!?まさか私たちが背後にいるから避けないの!?

 

 プロヒーローが仮免すら持たない学生の足手まといとなっている事実に少なからずヒーローとしてのプライドが傷ついた

 

 そして突き刺さると思われた短剣はキンッ!という音を何度も発てて緑谷君の黒い肌や拡げたままの翼に全て弾かれた

 

 さっきの金属片もこうやって弾いたの?

 

 短剣を飛ばしたスピナーは、大剣だった時の名残で(つば)だけが異様に大きい長刀を手に直ぐ様走り出していた

 

 スピナーがたった20mの距離を詰める間に緑谷君は連続して様々な物を放った

 

しかし、スピナーは手にした長刀で飛来する氷の礫を弾き、姿勢を低くして炎を掻い潜り、落ちている短剣を避雷針代わりに投げて襲い来る電流を逸らし、地面から突き出す土槍を跳んで躱した

 

 そうして全ての攻撃を躱したスピナーは全体重を乗せた斬り落としを緑谷君へ放った

 

 しかし、渾身の一撃は短剣同様にその黒い肌によって防がれ、唯一残った武器は柄を残して砕けた

 

 バックステップで距離を開けようとしたスピナーを緑谷君は強大な手で叩き落すと、地面から生やした夥しい数の針で四肢を地面へ縫い付けた

 

 そして全ての針が一斉に外側へ動いてスピナーの四肢をズタズタに斬り裂いた

 

 四肢から大量の血を撒き散らしたスピナーはマグネ同様に大きく開けた口を勢いよく閉じて自爆した

 

 しかし撒き散らされた金属片は緑谷君にかすり傷一つ付けることなく地面に転がった

 

 一瞬の出来事だった

 

 人が苦戦していた(ヴィラン)をたった一人で、それもものの一分足らずでけりを付けてしまった

 

 戦闘というよりは蹂躙に近い戦い方にあり得ないと頭では判っていても、そのままこちらに襲いかかってきそうな不安がある

 

 蹂躙を終えた緑谷君は両腕の刃を溶かし、見る間に黒を肌色に変えながら何時もの少年へと変化した

 

「マンダレイ、虎、あの(ヴィラン)達また現れるかも知れません」

 

「む!?」

 

「どうゆうこと!?」

 

「ラグドールから模倣した【個性】で調べたとき二人とも複製体って見えたんです。だから消える間際に仕込んでいた爆弾で自爆して巻き込もうとした」

 

 だから緑谷君は容赦しなかったし(ヴィラン)も自爆を躊躇しなかったのか

 

(ヴィラン)側には人間を複製できる【個性】持ちがいるはずです。さっきの二人が消えたとわかったらまた複製体を送り込んでくるかもしれません。警戒しておいてください」

 

「わかったわ」

 

「僕はこれからかっちゃんの所に行きます」

 

 ・・・は?

 

 一瞬何を言われたか解らなかった

 

「何言ってるの!標的には貴方も含まれてるんでしょ!?」

 

「それでも行かなきゃいけないんです!」

 

「待ちなさい!・・・ああもう!後で説教だからね!」

 

 制止の声も聞かずに言うだけ言って走り去る緑谷君へせめてもの意趣返しに声を張り上げた

 

「マンダレイ、今はイレイザーと合流するのが先決だ。洸汰のことも心配だろう。本人は否定するだろうが、あの男の後継者でほぼ間違いはない。余程の事がない限り不幸な事にはならないだろう」

 

「・・・そうね。洸汰のこともあるし、ラグドールと連絡がとれないのも心配だわ。一先ずイレイザーの元へ行きましょう」

 

 洸汰、皆、無事でいてよね・・・!

 

 私達は未だ意識を失ったままのピクシーボブを担いでイレイザーの元へ向かった

 




スピナー及びマグネの複製体が体内に爆弾を仕込んでいたのは

遊人様の
【千年ロットに選ばれた無個性少年】
を参考にさせていただきました

また起爆方法は【某世界的大怪盗三世】が使ったことがある手法
奥歯に仕込んだスイッチを噛んで起動する方法を使いました


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第47話 暴走する影

今回短めです


 バァアアアアン!!

 

 !?・・・銃声?・・・皆無事だろうな!?

 

 突如として空に響き渡る銃声に不安が募り移動速度が上がる

 

 [索敵(サーチ)]

 

 かっちゃん居た!・・・常闇君と障子君がこっちに来てる?

 

 [氷]で作ったバイザーで風から目を保護しつつ、[翼]と[ジェット]で飛空しながら気配を探ると、前方にかっちゃんと轟君、尾白君の気配を感じた

 加えてやや右側に常闇君と障子君の気配を感じたのでその場で静止し、ちょうど障子君の気配が近くに来た辺りで声を掛けようと制止したところで──

 

「障──!?」

 

 [金剛石]

 

 ──視界一杯に現れた真っ黒な何かに叩き落とされた

 

「・・・ってぇえ・・・なんだいきなり?」

 

 落ちた勢いで地面を二度三度とバウンドして木に背中を打ち付けた

 咄嗟に[金剛石]を発動させたが、叩きつけられた衝撃までは防げずに顔をしかめた

 

(ヴィラン)か!」

 

 気付かなかった!気配を消していたのか!?

 

 [索敵(サーチ)]

 

 やっぱり居ない!

 

 飛び起きるようにして体勢を整え、気配を探るが先ほど察知した皆の気配以外には何も感じなかった

 

「なら目視で捉えてぶっ叩く!」

 

 クソ!あそこは常闇君の気配のあったすぐ近くじゃないか!

 

 闇夜の中、月明りに照らされた大きく黒い怪物が何かを振り払うように周囲の木々を薙ぎ払っているのを見つけたが、同時に常闇君の気配を感知した場所とほぼ重なっていることに驚いた

 

 [怪力]

 [剛力]

 [剛腕]

 [鉄腕]

 [筋力増強(パンプアップ)]

 [筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

 [炭素硬化(ハードクロム)]

 [(パワー)]

 [金剛石]

 [脚力強化]

 [鬼]×3

 

近接戦闘(タイプ:マーシャル)

 

「待ってくれ!」

 

「!?・・・障子君?」

 

 今まさに飛掛らんと脚に力を入れた瞬間、横からストップがかかった

 

「避けろ!」

 

 言われるがままにその場から飛び退くと、今までいた場所に巨大な黒い腕が木々をへし折りながら振り落とされた

 

「障子君離れて!一旦あの(ヴィラン)ぶっ潰す!話はその後で!まずは常闇君を助けなきゃ!」

 

「頼む待ってくれ!アイツは・・・っ!!」

 

 再び飛掛ろうとしたところで障子君の[複製腕]で拘束されるように引き留められ、僕らの声に反応したのか、またしても振り下ろされた黒い巨腕を避け、距離を開けたところで事情を聴く事になった

 

「あまり大きな声は出さないでくれ、気付かれる」

 

「了解・・・で、アレは何?近くには君と常闇君の気配しかしなかったのに、さっきいきなり叩き落とされたんだけど?しかもアレとほぼ同じ位置に常闇君の気配を感じるし、攻撃を止めるってことはアレが何か知ってるの?」

 

 黒い腕が引き戻されるのを横目に、声を潜めながら障子君に黒い怪物について聞いた

 

「それは常闇だ」

 

「は?」

 

 常闇君?そんな馬鹿な・・・

 

 見上げるほどに巨大で巨腕を振り回して木々を薙ぎ払う化け物に目を向ける

 

 常闇君の黒影(ダークシャドウ)はあんな巨大化したか?

 

「常闇の【個性】である黒影(ダークシャドウ)が暴走した。それがアレ(・・)の正体って訳だ」

 

「アアァァァァァアァァアア!!」

 

 障子君が指さす処をよく見れば、顔がかろうじて見える位まで取り込まれた常闇君がいた

 

 常闇君と同じ位置に(ヴィラン)がいるんじゃなくて、常闇君の【個性】が暴走して(ヴィラン)の様に見えるのか

 

「俺から・・・離れろ!!!死ぬぞ!!」

 

「マンダレイからのテレパスで(ヴィラン)襲来と交戦禁止を受け、すぐに警戒態勢を取った。直後、背後から木々を切り裂く音が迫り(ヴィラン)に襲われた・・・変幻自在の素早い刃だ」

 

 気付いた時には無数に枝分かれしながら迫る刃が眼前まで迫っていて、[複製腕]の一部を犠牲に、常闇君を庇って草陰に飛び込み身を潜めたらしい

 

 よく見れば左の[複製腕]の一部に欠損が見える

 

「それ治るの?」

 

「心配しなくともしばらくすれば自然に治る。言わずとも緑谷なら知ってると思っていたが・・・」

 

「あくまで模倣だから一から十まで知ってるわけじゃないよ」

 

「そうか」

 

 正確には「使える」けど「使いこなせていない」なんだけどね

 表面上の性能は覚えた(使える)んだけど、僕の素質の問題か、[PFーZERO]の限界か、根本的な性能については理解が追い付かないことが多く、使いこなせない

 

「それで何で常闇君は怪獣大戦争みたいな様相な訳?」

 

「・・・襲撃の際に千切れた[複製腕]の一部に(ヴィラン)が意識を向けている間に撤退したんだが、常闇の様子がおかしくなり・・・」

 

「ああなった訳か・・・」

 

 黒影(ダークシャドウ)は[鬼]同様に意識のある【個性】・・・何らか要因で意識を乗っ取られたか、制御ができなくなったかして暴走したのだろう

 

「恐らく(ヴィラン)の奇襲を掛けられて俺が庇った(・・・・)。それこそが奴の抑えられる限界を超える要因となり・・・黒影(こせい)が暴走を始めた。今も奴は【個性】を静めようとしているが、【個性】(ダークシャドウ)は未だ動くものや音に反応して無差別に攻撃するモンスターと化している」

 

 そう言って障子君が足元にあった拳大の石を拾って遠くに放り、石が草むらを揺らした瞬間、黒い巨腕が草むらとその周囲を薙ぎ払った

 

「~~~!!!!!俺のことは・・・いい!ぐぉ!・・・ふぅふぅ!!他と合流しぃ・・・他を助け出せ!!静・・・まれっ(ダーク)・・・(シャドウ)!!」

 

 障子君の証言通り常闇君は黒影(ダークシャドウ)を抑えようと奮闘しているようだが、以前彼が言っていた『闇が深いほど黒影(ダークシャドウ)は凶暴性が増す』という特性により依然として制御ができていないようだった

 

「緑谷、恐らくお前のことだから爆豪を助ける為に先を急いでいるだろうが、光に類する【個性】で常闇の黒影(ダークシャドウ)を静めてくれないか?あれさえ静めることができれば常闇も制御を取り戻せるはず・・・俺は苦しんでいる友を捨ておく様な人間になりたくない。しかし俺に奴を静める手段がないんだ・・・」

 

 障子君はクラスの中で特に常闇君と仲が良く、苦しんでいる友人をただ見ているしかできない現状に歯がゆい思いをしていたようだ

 そして、そんな時に現れた常闇君を救えるかもしれない僕の登場は一条の光だったのだろう

 

「任せて」

 

 出来るのにやらないなんてアダムさんとの誓いに反する

 

「ありがとう、頼んだ」

 

 さて、ただでさえ森林火災が発生しているのにこれ以上被害を拡散させる訳にはいかない

 加えて煙や火炎は行動範囲を狭める原因になる。故に[炎][爆破][火吹き]等の引火の恐れのある【個性】は選択できない

 

 ・・・いや、かっちゃんは[爆破]の【個性】で閃光手榴弾みたいなの使っていたし行ける・・・かな?

 

 [爆破]

 

 発光させることを意識しながらパチンと指を鳴らすと一瞬だけ眩い光が出た

 

「うん、行ける」

 

「ガアァアァァアアァアア!!」

 

「っと危ない!」

 

 木々を薙ぎ払いながら出鱈目に振るわれる巨腕を躱す

 

「障子君、これから閃光手榴弾みたいな発光で黒影(ダークシャドウ)を弱らせるから、合図したら目を瞑るなり物陰に隠れるなりしてて」

 

「了解した」

 

 常闇君の元まで走り接近する

 

「オ゙オ゙ォォオオ゙オ゙ォォォ!!!」

 

 当然足音に反応して攻撃してくるが、いくら速度が速かろうが振り下ろしか薙ぎ払いの二択と分かっていれば避けるのは容易かった

 

「行くよ‼」

 

 [爆破]

 

 横薙ぎの一撃を跳んで躱し、空中で大きく振り被った両手を打ち合わせた

 

「ギャァァァァアアアアア!!」

 

 パンッ!!

 

 先ほどのフィンガースナップとは比べ様のないほどの強い光が打ち合わせた両手から発せられ視界を白く染める。

 ()いで前方のモンスター ― 黒影(ダークシャドウ) ― から悲鳴が上がった

 

「ぴゃぁぁぁ!!」

 

 見上げるほどに巨大だった黒影(ダークシャドウ)は見る間に縮み、いつもの様に常闇君の後ろへ納まった

 

「常闇!」

 

 黒影(ダークシャドウ)の暴走が治まったのを確認した障子君が草陰から常闇君の元へ駆け寄り肩を貸した

 

「ぐっ・・・障子、緑谷・・・悪かった。俺の心が未熟だったせいで迷惑をかけたな・・・」

 

「常闇・・・」

 

「俺を庇った障子の複製の腕が飛ばされ、怒りで頭が真っ白になった。闇の深さに加え俺の怒りに影響され奴の凶暴性に拍車をかけてしまった・・・結果収容もできぬほどに増長し、障子を傷つけてしまった・・・」

 

「気にするな。何かあった時助け合うのが仲間であり友である・・・だろう?」

 

「ふっ・・・そうだな」

 

 もう暴走する心配はなさそうだと【個性】の発動をやめる

 

「緑谷、手間をかけた」

 

「ううん・・・それじゃあ僕はこれからかっちゃんの元に行くつもりだけど、二人はどうする?確実に(ヴィラン)がいるかっちゃんの元に僕と一緒に行くか、何処に居るか分からない先生やワイプシの元に行くか。本当なら先生の元まで連れてってあげたいところだけど、出来るだけ早くかっちゃんの所に行きたいから・・・一緒に行くなら出来る限り援護は出来るけどワイプシと合流するとなると・・・」

 

「?・・・なぜだ?緊急事態なら大人の元に合流した方が良いだろう?まるで一緒に来た方が安全と言わんばかりの二択だが」

 

 まあ、普通そう思うよね・・・

 

「・・・(ヴィラン)には人間を複製する【個性】を持っている奴がいるはずなんだ」

 

「人間を複製?それが合流することが安全ではない理由なのか?」

 

「ここに来る前にマンダレイと虎の元に居たんだけど、二人が対峙していた(ヴィラン)が複製体だった。しかも複製体には炸裂弾、つまり金属片をばら撒く爆弾が仕込まれていて、任意で起爆可能な状態だった。恐らく他に出てくるであろう複製体も炸裂弾が仕込まれている可能性が高い。そして相澤先生とワイプシの二人は既に個々に動いているから合流できるかも怪しくて、(ヴィラン)が複製できるのが一人につき一体とも限らないから最悪森を彷徨っている間に複数の複製(ヴィラン)に囲まれてボン!・・・なんて事にもなりかねない」

 

「それは・・・」

 

 前門の虎後門の狼状態

 選べるのはどちらがマシかというレベル

 

「どっちを選んでも危険なことは変わりない・・・こんなことを言ったあとであれだけど、今のもあくまで仮説だから実際はもう複製体なんて残っていなくて安全に合流できる可能性だってある。選ぶのは君たちだ」

 

 障子君と常闇君は数秒ほど顔を合わせると、どちらからともなくうなずき合った

 

「なら俺たちは共に行く。(ヴィラン)とまともに戦えるかは判らないが、爆豪を守る盾位にはなれるはずだ」

 

「俺も助けられた恩がある」

 

「いいんだね?」

 

「ああ」

 

「判った」

 

 予期せぬ事態が起きたが、障子君と常闇君の二人と合流し共に僕らはかっちゃんの元へ急いで向かった

 



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第48話 轟家の団欒と奪われたピース

 ―― 轟夏雄 ――

 

 日も陰り夜の帳が下った頃、母さんの見舞いの為に病院へ向かった

 

天使(あまつか)さん、こんばんは」

 

 面会カードを受け取るため、ナースセンターに居た長い髪を矢の形をした簪で一纏めにした妙齢の看護婦さんに話しかける

 

 そして途端に始まるマシンガントーク

 

「あら、夏君!お見舞い?偉いわね~!最近のこは何でもメールとかでやり取りして顔なんて見せないじゃない?家の子なんてメールすら面倒臭がってこっちから連絡しないと近状報告すらしないんだから!それに比べて夏君は小まめに顔だして冷さんも安心ね!それにお父さんの炎司さんなんか毎日欠かさずお見舞いに来てもうラーブラブ!」

 

「あの」

 

「見てるこっちが赤面しちゃうくらいアッツアツで新人の子なんて刺激が強すぎたのかゆでダコみたいに顔真っ赤にしちゃって!しかも冷さんは美人で優しいでしょう?だから老若男女問わず皆に好かれて、この間なんてショウちゃんが一輪のお花持って『大好き』なんて言ったものだから炎司さんがもう燃え上がちゃって!火災報知器が鳴っちゃうかと思ったくらい!」

 

「ちょっと」

 

「それから飛び出すように出ていったかと思うと一抱えもある薔薇の花束持って戻ってきて、皆の前でプロポーズまでしちゃったのよ~!『俺はこの命朽ち果て魂だけになろうとも貴女だけを愛し続ける。だからこれからもずっと一緒にいてほしい!』だなんてキリッとした顔で言っちゃったもんだから見てるこっちまで恥ずかしくなっちゃう位冷さん顔真っ赤にしちゃってね!私も旦那に言ってもらいたいわ~!」

 

「だから」

 

「そうそう!炎司さん今日も既に来てるのよ!それで夫婦二人でラーブラブでハート振り撒いてるのよ~!あんまりにもラブラブだから担当の新人ちゃんが今日も当てられちゃってね~!あらやだ!こんなおばちゃんよりくーちゃんの方がいいわよね!ちょっと待ってて今呼ぶわね!くーちゃーん!」

 

「聞いてよ!」

 

 自称:キューピットのキューちゃんこと天使(あまつか) 弓子(きゅうこ)さんは、あまりのマシンガントークの凄さと小さい体格から彼女の担当患者のミリタリーオタクさんに短機関銃(サブマシンガン)のTEC-DC9の様だと言われ、以来TEC-DC9の通称であるTEC-9にちなんでTEC-9(テックキュー)ちゃんと呼ばれる様になった

 

 そしてTEC-9ちゃんとあだ名を付けられるだけあって、サブマシンガンの如く凄い勢いでしゃべり続けて、そのまま流れるように『くーちゃん』こと薬師寺(やくしじ) 葛葉(くずは)さんを呼んだ

 

「キューちゃんさん、どうかしましたか?あら夏雄君?」

 

「こ・・・こんばんは」

 

 薬師寺葛葉さんは青い枠縁眼鏡をかけ、薄緑色の中に所々深緑の混じる艶のある髪を一房の三つ編みにまとめた女性であり、俺の想い人でもある

 

「フフフフ!後はお若い二人で!フフフフフフ!」

 

 天使(あまつか)さんは笑みを浮かべながら素早く奥へ引っ込んでいった

 

 くっ!ありがたい・・・ありがたい、けど!いつかギャフンと言わせたい!

 

 葛葉さんと話かったのは事実だけど、いつも物陰からニヤニヤ覗かれるから素直に感謝できない

 今もトレードマークの矢の簪が柱の影から見えているし ・・・

 

「またお見舞い?」

 

「ええ、最近はゼミとかバイトとかで来れてなかったですし」

 

「親御さん思いなのね」

 

「いや、まあ・・・面と向かって言われると恥ずかしいですけど」

 

 半分は違う理由だけど・・・

 

「あとお父さんはいつも通りもう来てるわよ」

 

「そういえば天使(あまつか)さんがそんなこと言ってた気がする」

 

 相変わらず熱々だこと・・・よくこれで焦凍は母さんが父さんを嫌ってるって思えたな・・・いや、二人を避けてたから気づけなかったのか

 

「キューちゃんさん、いつもは分かりやすく話してくれるんだけど、噂話とか恋愛系になるとね。はい、面会カードと『例のアレ』」

 

 苦笑を浮かべた葛葉さんから面会カードと共に折り畳まれた一枚の紙を受け取る

 

「あー、アレですか・・・」

 

「そうアレ」

 

「分かりました。釘刺しときます」

 

「お願いね?それと分かってると思うけど面会時間は10時までだからね?」

 

「そんな長居しませんから大丈夫です」

 

「なら大丈夫ね。そうそう、今度の休みにデートでもしましょう?」

 

「デート・・・ですか?」

 

 ・・・まじで?・・・実った?まじで!?

 

「あら?お姉さんからのデートのお誘いは嬉しくないの?これでも勇気出したんだけどな・・・悲しくて涙がでちゃう」

 

 葛葉さんが芝居がかった仕草で目元を拭う

 もちろん涙なんて出てない

 

「う、嬉しいですよ?飛び上がって今すぐにでもキスしたいくらいに」

 

 実際にする勇気はないけどさ・・・

 

「あら嬉しい。でもファーストキスはもっとロマンチックな雰囲気が良いな~」

 

 何かを期待する様にチラチラ見てくる葛葉さん

 

 ロマンチックって・・・どんなのだ?

夜景の見えるレストランでシャンパングラス鳴らすとか?

 でも俺未成年だから酒飲めないし、夜景の見えるレストランとか俺のバイト代じゃ無理だ

 

 冬姉に相談しようかな・・・

 

「上手くエスコートできるか解りませんよ?」

 

「そこは夏雄君を信じてるから」

 

 これも惚れた弱味ってやつか・・・

 

「頑張ります」

 

「フフ、楽しみにしてます ♪」

 

 葛葉さんからのウインクで心臓が高鳴り、顔が熱くなる

 

「顔が赤いけど大丈夫?」

 

「大丈夫です!」

 

 葛葉さんのニヤニヤ顔を受けて恥ずかしくなり顔を背けた

 

 このウインクには何度も赤面されているからもうばれているだろうけど、せめてもの意地だ

 

「例のアレとデート、よろしくね~!」

 

 葛葉さんの声を背に受けながらその場から離れた

 

 母さんの見舞いも半分葛葉さんに会いに来てる様なものだから、父さんのことあんまり言えないかも・・・

 

 そうして葛葉さんと別れてから目的地まで向かうと一番端の病室から光が漏れていた

 

「フフ、貴方ったら」

 

「お前は美人で器量がいいのは事実だからな。こうして俺の物だ分かるようにしておかなければ、いつ変な虫が着くか分かったもんじゃない」

 

「もう、恥ずかしいわ」

 

 中から感じる甘ったるい雰囲気に入室していいものか迷い足が止まる

 

 まあ、用事があるから入るんだが・・・

 

 コンコンコン

 

「はーい」

 

「入ってもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

 了承を得て扉を開けて真っ先に目には言ったのは、ベッドに腰掛ける父さんと、父さんの膝の上に抱えられるように横向きに座る母さんの姿

 

「あら、いらっしゃい。時間はいいの?未来のお巡りさん」

 

「・・・」

 

「夏雄?」

 

「・・・あ!いや、レポートも終わったし今日はバイトじゃないからね!」

 

 寄り添っているとは思っていたが、まさかそれ以上の姿を見せられるとは思わず思考が一瞬真っ白になった

 誤魔化すのにここが病院であることも忘れ声を張ってしまった

 

「これから冷と《二人っきり》で過ごす予定だ。伝えていたはずだが?」

 

「・・・そういや明日は非番だから母さんと過ごすって言ってたっけ・・・相変わらずラブラブなこって」

 

「ラブラブだなんて、フフ」

 

 明らかに自分を邪魔者として扱う父さんを見て遠慮はいらないと『例のアレ』を懐から取り出す

 

「あー・・・警官志望の息子から父親であるNo.2ヒーロー、エンデヴァーへお知らせがあります」

 

「む?知らせだと?」

 

「何かしらね?」

 

「ここの病院の関係者から要望というかクレーム」

 

「なに?」

 

「クレーム?」

 

『例のアレ』ことクレームの書かれた紙を読み上げる

 

「えーっとまず、主治医の治野田(ちのだ)さんから──」

 

「治野田先生から?何かしら」

 

『診察の度に不義を疑うのは止めて下さい。私は妻一筋ですので』

 

「──だそうです」

 

「しかしアイツは毎回冷に触れるんだぞ!」

 

「触診で触れるなとか無茶を言う・・・」

 

「しかし!!」

 

『世界で二番目に綺麗だからと言って患者であり人妻に気想(けそう)などあり得ない。世界一美しい美の女神たる妻がいるのに余所見などしません』

 

「──とも書いてあります」

 

「ふざけるな!世界一美しい女神は冷だ!」

 

「しー!ここ病院、しかも夜」

 

「ぬ、すまん・・・」

 

「恥ずかしいことを大きな声で言わないで下さいな・・・」

 

 廊下に響き渡るような大声で母を女神だと言い切る父をなだめ、言葉とは裏腹に頬を染めて満更でもなさそうな母を見て『相変わらずゲロ甘な夫婦だ』と予め購入しておいたコーヒー(微糖)のプルタブを開けて一口啜る

 

「あ~次行きますよ~・・・チビッ子達のママさん達から──」

 

『子供の戯れ言位笑って流して下さい。子供が好きだと言ったからって本気にしないで下さい』

 

「──とのことです。子供にまで嫉妬するなよ」

 

「例え子供であろうと男だ。冷に言い寄った時点で排除すべき悪い虫だ」

 

 声を潜めながら叫ぶという無駄に高度な技術を披露する父親にため息が出る

 

「だからってLoveとLikeの違いも判ってないチミッ子相手に本気で威嚇するなよ。躾のなってない番犬じゃあるまいし・・・他にも入院患者のお爺ちゃん達からもあるよ」

 

『ちょいと孫娘のように可愛がっただけで威嚇するとは玉の小さい奴だ。あまり束縛すると逃げられるぞ?』

 

「──だって」

 

「ば、馬鹿なことを言うな!現実に起きたらどうしてくれる!」

 

 慌てるってことは束縛してる自覚はあるんだ・・・あ、ヤバいかも・・・

 

「夏雄、その手紙を渡しなさい」

 

「イエスマム・・・」

 

 夜は比較的涼しいとは言え夏真っ盛りで熱帯夜が多いこの季節

 

 涼しいを超えて寒いと感じるのは空調が効きすぎているからではなく母の機嫌の悪化に伴い冷気が発生しているからだろう

 

「あなた?これはどうゆうことかしら?」

 

「あ、いや、ちょっと虫をだな・・・」

 

 クレームの書かれた手紙を片手にニコリと笑みを浮かべながら父に詰め寄る母

 

 しかし、その目は一切笑っていなかった

 

「ん?」

 

 父さんの怒りに反応して燃えていた髭が、母さんからの物理的にも冷たい視線でちょび髭サイズまで縮小する様を見ると、あれが世間で『俺様何様エンデヴァー様』で通る威風堂々・唯我独尊のNo.2ヒーローの姿とは思えない

 

「・・・すまなかった。以後気を付ける」

 

「よろしい」

 

 父からの謝罪が切欠で母から漏れ出ていた冷気が止まった

 

「やっぱり母さんと一緒の時に伝えて正解だった」

 

「ぬぅ・・・」

 

「そんな恨めしそうな目で見ないでくれよ。じゃあ母さん、俺は帰るよ。夫婦二人で存分にイチャイチャしてくれ」

 

「イチャイチャだなんてしてません!」

 

「その台詞はちょっと説得力がないね。鏡見てみなよ・・・首の所」

 

「鏡?・・・!?こ、これは!その・・・」

 

「首筋だけを集中して刺すなんて変わった虫もいるもんだ」

 

 鏡を見た母さんは、ポツポツと赤い吸い痕が無数に残る首筋を慌てて手で隠し、顔を真赤に染めて俯いた

 

「虫刺されではない。これはキスマ──」

 

「貴方!」

 

「・・・なんでもない」

 

 折角遠まわしに伝えたのに、吸い痕付けた本人が暴露しようとしてどうするのさ・・・

 

コンコンコン

 

「ん?どうぞ」

 

「こんばんはお母さん。お父さん夏君も」

 

「あらあら、冬美も来たの?」

 

「うん、夏休み前に溜まっちゃった書類とかもやっと片付け終わったからね」

 

「先生は大変ね」

 

「でも遣り甲斐があって楽しいよ?子供達も可愛いし」

 

「彼氏なんかは──」

 

「それはその・・・じ、実は──」

 

「・・・そうだ父さん」

 

 何やら父さんが怒り狂いそうなガールズトークを繰り広げ出した冬姉と母さんを尻目に父さんに声をかけ、小声で用事を告げた

 

「ん?」

 

「『計良(けいら)教授が炎の【個性】に関するレポートが出来たから読んで欲しい』ってさ」

 

「!・・・判った」

 

「それじゃ外で待ってるから」

 

 さて、『本命の用事』を済ませますかね~

 

 ――――――――――

 

 ―― 轟炎司 ――

 

「もう、母さんまでそんなこと言うんだから!」

 

「だって・・・ねえ?」

 

「冷」

 

「ん?何かしら?」 

 

「少し夏雄と話してくる。冷は冬美と話しててくれ。冬美、母さんを頼んだぞ」

 

「わかったわ」

 

「夏雄が居たときに話せばよかったではないですか?」

 

「ハハハ、男だけじゃないと話せない事もあるんだよ」

 

「そうね、判ったわ。行ってらっしゃい」

 

「ああ、直ぐ戻る。それと冬美、彼氏については今度ここに呼べ。見極めてやる」

 

「げ、聞こえてた?」

 

「では行ってくる」

 

 急く気持ちを押さえつけてゆっくりと夏雄の後を追う

 

 夏雄が言ったあの言葉(暗号)

 

『計良教授が炎の【個性】に関するレポートが出来たから読んで欲しい』

 

『計良教授』とは警察官の計良(けいら)法治(ほうじ)警部

『炎の【個性】』とは捜し人

『レポート』とは調査報告

 そして

『出来た』とは進展があり

『読んで欲しい』とは自分が預かっているということ

 

 つまり

『計良警部から捜し人についての進展とその調査報告書を預かっている』

 と夏雄は言ったのだ

 

「夏雄」

 

 少し離れた所で壁に背を預けて待っている夏雄の所まで向かう

 

「・・・見つかったか?」

 

「・・・あっちの仮眠室で。許可は取ってある」

 

 周囲に人影がないのを確認してから仮眠室へ移動する

 

「・・・進展はあった」

 

「では!」

 

「でも見つけたわけじゃない。影も形もない状態から影がチラチラ見え始めたって所」

 

「・・・」

 

 そう上手くは行かないか

 

「ただ、その影がある場所がアッチ側っぽいんだよね・・・」

 

「やはり・・・」

 

「警察も父さんの頼みだから仕方なくって感じだったみたいだけど、今回判った情報で形振り構っていられなくなったみたい。本格的に動いてくれてるって」

 

「そうか・・・有難い」

 

 ヒーローは(ヴィラン)の打倒や災害時の人命救出といった突発的な事件や災害に対処する事に重きを置いている

 また、(ヴィラン)に関する情報は共有されても、その他の依頼については個々の裁量にまかせられることが多く要請がなければ情報開示はしていない

 

 警察にも縄張り意識があるそうだが、同じく組織である以上個々で活動するヒーローよりも情報共有力は高い

 

 個人事務所が多いことによるフットワークの軽さがヒーローの強みであるが、腰を据えての調査や捜索は一つの組織として動いている警察が何枚も上手だな

 

「これがそうかもっていう人物。完全に当人かどうかはまだはっきりしてないけど、類似点が多数あることから覚悟はしておいた方が良いと思う」

 

 夏雄が懐から取り出した折り畳まれた一枚の資料を受け取り目を通した

 

「・・・」

 

 気付けば両手でクシャリと手紙を握りつぶしていた

 

「・・・父さん」

 

「引き続き何か進展があったと知らせが来たら教えてくれ」

 

「わかってる。にしても世間に知られる訳にはいかないとは言え父さんも面倒なことするね、俺を通して警察とやり取りするなんて。今まで通りサイドキックの人にお願いしておけば職場でも直ぐに情報が判るのに」

 

 私を気遣ってか少しお道化(どけ)る様に話す息子に笑みが零れた

 

 誤魔化すように夏雄の頭をワシャワシャと撫でると振り払われてしまった

 

「出来ることなら警察の方に直接頭を下げてお願いしたいが、これでもNo.2ヒーローだ。隙を見せればどんな輩が出てくるか解らない。それに彼らサイドキックは大切な仲間ではあるが家族ではない。いつまでも使いっ走りには出来まい。だから将来の為の社会見学という名目でお前に間に入ってもらっているんだ。お前なら無闇に話したりはしないだろう」

 

 信用できる人間は数多く要るが、信頼できる相手は数少ない

 

 下手な人物に話せば、そこから情報が漏れ(ヴィラン)へ知られるかもしれない

 

 夏雄は口は軽いが、持ち前の洞察力で相手にとって広まって欲しくない事や秘密にしなければならない事を察しては決して外には漏らさない

 

 警察の中に計良(けいら)法治(ほうじ)警部の様に口の固い人物がいなければ警察に依頼していたかも怪しいところだ

 

「そりゃそうだけど、毎回別人に変装するのって大変なんだよ?それ系の【個性】じゃないし・・・まあ、俺もどうなってるか知りたかったし、雑用とは言え警察の手伝いが出きるのは嬉しいからいいけど」

 

 どこで身に付けてきたのか全くの別人に変わる変装技術に毎度驚かされる

 本人はいつも見破る私に対して「いつか父さんも騙しきってやる!」と意気込んでいるが、正直照れると鼻の(かしら)を掻くという癖がなければ私ですら騙されかける位上手く化けている

 

「くれぐれも冷には知られるなよ」

 

「分かってるって。心労で倒れる母さんなんてもう見たくない。同じく心配性な冬姉にも黙っとく」

 

「頼んだ」

 

「・・・もう焦凍には教えても良いんじゃない?冬姉を除けば自分と一番仲良かった人が訳もなく居なくなって落ち込んでたし」

 

「そうだな・・・もう教えても良い頃かもしれん。だがなんと伝えれば良い?冷が心労で倒れてバタバタしている間に拐われたなど」

 

 間接的に焦凍が関わっていることなだけに下手に伝えれば冷の様に病んでしまうのではなかろうか・・・

 

「なにビビってんだよ。ありのままを伝えれば良いだろ。もう15だ、なに言われたって受け止めるだろうさ。それにヒーロー目指してんならいつか出会う可能性がある。なにも知らずに出くわして唖然としてる間にやられるなんて誰も望んじゃいない」

 

「・・・そうだな」

 

「本当父さんは焦凍には不器用なのな・・・冬姉や母さんにするみたいにデレデレしろとは言わないから、俺と話すみたいに堂々と話せば良いじゃん。無理なら俺から話そうか?」

 

「いや、俺から話す」

 

 これは誰かに頼んで良い話じゃない。守れなかった私が伝えるべきことだ

 

「そうかい。じゃあ俺は帰るよ」

 

 肩越しにヒラヒラと手を降りながら帰路に付く息子を見送り、手の中でクシャクシャになっていた資料を広げてもう一度目を通した

 

 ~~~~~~

 

 調査レポート

 

 (ヴィラン)名:荼毘

 【個性】:燃焼系

 掌から炎を吹き出すように出す

 状況に応じて蒼い炎と黒い炎を使い分けてる模様

 

 黒髪で、瞳は水色

 顔の下半分から喉にかけてと手の甲から前腕にかけて焼け焦げたように皮膚が変色している

 

 対峙したヒーローの証言により、戦闘中に自身の炎で皮膚が焼けるのが目撃されている

 

 燃焼系の【個性】でありながら熱に対する耐性が低く、【個性】の反動によって火傷した可能性がある

 

 また──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ということが確認されている

 

 

 追伸

 

 ・頭髪及び瞳の色という身体的特徴と炎という【個性】

 ・加えて皮膚に火傷の跡が広範囲に多数見られることにより推測される耐火性の低さ

 ・『トドロキ』『エンジ』『ショート』『ナツオ』などのエンデヴァー及びその家族を連想させる言葉に対して反応したこと

 

 以上のことからエンデヴァーのご子息の轟燈矢である可能性は極めて高い

 

 

◯◯県警 計良法治

 

 ~~~~~~

 

「・・・燈矢、お前は今どこにいる」

 

 息子一人探し出せない無力な自分が恨めしい

 

 必ず見つけ出して見せると心に誓いながらグッと拳を握った

 

 ――――――――――

 

「何で・・・何で燈矢兄さんがそっち側にいるんだよ!」

 

「騒ぐな鬱陶しい」

 

 ――――――――――

 

 既に最悪の事態が起きているとも知らずに

 



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第49話 足掻く雄英と嗤う敵

遅くなりました!


 ── 轟 ──

 

「クソが!!近付けねえじゃねえか!!いっそ最大火力でブッ飛ばすしか・・・」

 

「やめろ!!」

 

 気を失ったB組の円場を背負い、一向に衰える気配のない(ヴィラン)の攻撃を氷の防壁で防ぎ続けながら攻勢に出ようとする爆豪を制止する

 

「木ィ燃えても即効で氷で覆え!!」

 

「馬鹿か!!爆炎はこっちの視界も塞がるんだぞ!?それに質量のある氷と違って俺の炎とお前の爆発じゃ仕留め切れなかったらカウンターのいい的だ!!手数も距離も向こうに分がある!!」

 

 恐らく止める理由が森への延焼であると考えたんだろう爆豪は、ならばすぐに消火すればいいだろうと苛立たしげに吠えるが、止める理由はそれだけじゃないと伝えれば歯軋りしながらその場に留まった

 

「じゃあどうしろってんだ!!一生テメェが氷出してる訳にもいかねえだろが!!」

 

「だからそれを考えてんだろ!!」

 

 防戦一方の現状を打破する策も思いつかず、さりとて攻勢に出ようにも分が悪すぎて賭けに出るどころか賭けにすらならない

 

「肉~!!」

 

「うるせえ!!このカニバ野郎が!!」

 

「爆豪!!前に出るな!!」

 

『常闇君手筈通りに!!』

 

「ヴァ?」

 

「おい、この声・・・」

 

 森から聞き覚えのある声が聞こえてきた

 

 ── 緑谷 ──

 

「前方に轟君とかっちゃん、それ以外に二人分気配がある。内一人は轟君と重なるような位置に気配を感じるからB組の人かも」

 

「ならもう一人は(ヴィラン)・・・か?」

 

「・・・俺たちが襲われた地点が確かこの辺りだったと思う」

 

「なら現場に居そうなのは障子君が襲われたっていう(ヴィラン)?・・・常闇君。暴走状態の時みたいに巨大な影の腕って作れる?障子君の話から察するに(ヴィラン)の【個性】の攻撃範囲は中遠距離だと思う。下手に接近すると危険だから、相手の範囲外から仕留めたいんだけど・・・無理なら地面に叩きつけるだけでも大丈夫だから」

 

 地面に接地していれば[操土]で拘束できる

 

「可能だが、今は闇が深く暴走する可能性が極めて高い。もしもの時は対処を頼むことになるが構わないか?」

 

「問題ないよ」

 

「なら大丈夫だ」

 

 ちょうど段取りがついたところで轟君達が交戦しているであろう場所のすぐ近くについた

 

「常闇君!手筈通りに!!」

 

 ー 轟 ー

 

「あ・・・?」

 

 森から聞こえる声に一同視界を向けると黒い影が肥大化しながら飛来してきた

 

『ギャアァアアア!!!!!!』

 

「新しいニギュエ!!」

 

 黒い影は瞬く間に巨大化し、腕を(ヴィラン)へ振り下ろして一撃で押しつぶした

 

「肉~~・・・ぼ、僕・・・僕の肉を・・・横取りするなぁあああ!!!」

 

「埋まってろ!!!」

 

「ギュぺ!!」

 

 不意打ちの一撃で叩かれた(ヴィラン)は、ボロボロになりながらも【個性】で伸ばした歯で起き上がり、横槍を入れてきた常闇へ反撃を試みた

 

 しかし、攻勢に出るよりも早く地中に引きずり込まれ吐血して気を失った

 

「ぐぅううう!緑谷!」

 

「いくよ!!」

 

 暴走状態なのか、巨大な影の腕が徐々に常闇を浸食し、取り込み始めた

 

 緑谷は直ぐ様黒影(ダークシャドウ)の前に飛び上がると手を叩いて小さな、それでいて黒影(ダークシャドウ)を沈静化するには十分な光を放った

 

 その後、意識を失って首だけ出して地中に埋められた(ヴィラン)に対して更に【個性】が発動しない様に口を固定した

 

 ・・・助かった

 

「これで良し・・・皆無事?特にかっちゃん」

 

「無事に決まってんだろ!」

 

「そう怒らないでよ。とりあえず(ヴィラン)の標的のかっちゃんの無事が確認できたから、後は(ヴィラン)に見付からないように先生達に合流するだけだ」

 

「なら緑谷と爆豪は中央だな」

 

 こいつ自分も標的なこと忘れてないだろうな?

 

 まるで爆豪だけが標的であるかのように語る緑谷を爆豪と共に中央に押し込め、周囲を他のメンバーで固めた

 

「索敵は障子が頼む。迎撃は俺と常闇が担当する」

 

「わかった」

 

「了解した」

 

「なら僕も障子君と一緒に索敵に回るよ。迎撃はお願い」

 

「そうだな。索敵係は多いに越したことはない」

 

「あ、かっちゃんはジッとしててね?」

 

「てめっ!!ふざっ!!何さらっと俺だけ保護対象にしてんだ!!クソデクが!!」

 

「だってかっちゃん(ヴィラン)の標的だし・・・」

 

「テメーもだろうが!!」

 

「そこはほら、索敵するだけだから戦わないし、間接的な援護ならある程度できるけどかっちゃんは・・・無理じゃん?かっちゃん、運動神経と頭の回転が速いからある程度は臨機応変に対応できるけど、基本的には(ヴィラン)に突っ込んで殲滅してく攻撃特化じゃん。戦わない前提だと特にできることなくない?」

 

「なくないわ!!クソが!!」

 

「えー本当?見栄とかじゃなくて?」

 

「しばくぞテメェ!」

 

「ほら、バカやってないで行くぞ」

 

 ギャーギャー騒ぐ爆豪も、感情で納得がいかなくても頭では納得するしかないことを理解しているからか、口では文句を言いつつも保護対象に甘んじていた

 

 ── 緑谷 ──

 

 かっちゃん達と合流してから進むこと数分、ガサガサと草をかき分けて進むとやや右斜め前方に麗日さんらの気配を感知するもすぐ近くにまたしても知らない気配がある

 

「2時の方向、約100m位の所に麗日さんと梅雨ちゃんの気配を感知。ただ若干離れたところに知らない気配もセット」

 

「どうやら交戦中で麗日が優勢のようだ」

 

 僕が[索敵(サーチ)]で感知したことを皆に伝えれば障子君も強化した聴力で聞こえたことを補足として入れてくる

 

「取り敢えず急いで合流するぞ」

 

「うん」

 

『お茶子ちゃん!?』

 

「!?」

 

「まずい走るぞ!!」

 

 前方から悲鳴が聞こえ急ぎ現場へ向かうと、そこには太ももを抑える麗日さんとやや離れた位置に蛙吹さん、そして麗日さんと対峙するように立つ奇妙な機械を背負って不気味なマスクをつけた制服姿の見知らぬ女性、恐らく彼女は(ヴィラン)だろう

 

「麗日さん!!」

 

「デクくん!?」

 

「あーりゃりゃ~お仲間登場ですか?これは三十六計逃げるに如かずってやつですね!!さよなら!!」

 

「待ちやがれ!!」

 

「追うな!!」

 

 (ヴィラン)は僕らの存在を確認したところで即座に踵を返して逃亡

 

 それに反応してかっちゃんが追おうとするが、轟君がかっちゃんの足元を凍らせて無理やり停止させる

 

 ここで下手に深追いすれば皆まで危険に晒すことになる

 

「おやおや?これは運がいい!!ターゲットが二人そろって(カモがネギしょって)やって来たよ」

 

「総員警戒態勢!!」

 

 新手か!?

 

「下がれ!」

 

 いつの間にか前方の木の上に仮面を被ったマジシャンのような出で立ちの(ヴィラン)がいた

 

 轟君が氷で攻めるが、(ヴィラン)は氷が触れる寸前に別の木へ飛び移った

 

「そうかっかしなさんな。ほれ飴ちゃんくれてやるから」

 

 そう言って放り投げた2つの『飴玉』は、空中で小さな音を立てて割れるとマンダレイのところで討伐した(ヴィラン)と同じ姿のオカマとトカゲの(ヴィラン)が現れた

 

「あら、カワイ子ちゃんが沢山!目移りしちゃうわ~!」

 

「マグ姉、気を付けた方がいいかもしれないぜ?なんせ過去にOM仕様の脳無を単身ぶっ飛ばしたバケモンがターゲットの一人だ」

 

「わお!!これは骨が折れそうね」

 

「数が増えやがった!」

 

 [索敵(サーチ)]

 

 ・・・また複製体ってことは爆弾も仕込まれてるかもしれない

 

「どけ!俺がぶっ飛ばす!」

 

「やめろ!」

 

「ダメよ爆豪ちゃん!」

 

 (ヴィラン)と見るやすぐさま飛び出そうとするかっちゃんを梅雨ちゃんが拘束した

 

「離せ!」

 

 [操土]

 

「もしかしたらご存じかもしれないが、俺のなま──」

 

「きゃっ!?」

 

 両手を広げ、余裕の表情で自己紹介を始めようとするトカゲ(ヴィラン)とそのすぐそばに立つオカマ(ヴィラン)の足元の土を操り、逃げられないように足を掴むとそのまま地中に引きずり込み、即座に圧縮した

 

 数秒空けて地面から爆発音が聞こえたが、圧縮された土を破壊するには至らずただ地面を少し揺らしただけだった

 

「うわ・・・不意打ちからの確殺とかそれがヒーローのやることかよ」

 

「形振り構ってられないんでね」

 

「あーあー、こちらコンプレス。強敵出現につき応援求む。マグネとスピナーの分身はあっという間に溶けた。ターゲットは揃い踏みでおまけが数人・・・え?あー・・・了解」

 

 コンプレスと名乗る奇術師姿の(ヴィラン)は無線で仲間に連絡を取りながらビー玉の様な物を放り投げてきた

 

 宙に舞ったビー玉が小さな破裂音を鳴らして砕ける視界を埋めるほどの巨大な岩が出現した

 

「っ!?」

 

 [複製腕]

 [指長]

 [鉄腕]

 [鎌鼬]

 [突風]

 

 飛来する大岩を切り刻むと礫となった元岩が周囲に土埃を舞い上げる

 

 もうもうと舞い上がる粉塵を[突風]で吹き飛ばすとそこに新たな(ヴィラン)の姿があった

 

「ジャンジャジャーン!!ジャンクフランケーン!!いやー持ってきといてよかった!!」

 

 脳が剥き出しの化け物 ー 脳無 ー

 

 異なる色の肌や毛深い獣の脚、岩や鉄で出来た腕がまるでパッチワークの様に継ぎ接ぎに縫い付けられ、それぞれの縫い目から血が垂れている

 

 今までに見た脳無は能力や体格差はあれど、ここまで歪ではなかった

 まるで複数の人形を分解して接着剤で無理矢理くっ付けたような不気味さ

 

「どうよ?大事に保管されてた脳無のプロトタイプの内の一体だぜ?異形種の異形たる器官や部位を移植して、薬で拒絶反応を押さえてるんだとさ。まあオツムはスカスカ、体は虚弱の失敗作だけど・・・捨て駒には丁度いいだろうと渡されたのさ」

 

「ガァァアアア!!」

 

「邪魔だボケェ!!」

 

 突っ込んでくる脳無に対してかっちゃんが飛び出し、溜まりに溜まったフラストレーションをぶつける様に強烈な[爆破]をたたきつけた

 

「うわ、躊躇なくぶっ飛ばしやがった・・・でもそれは悪手ってもんだ」

 

「爆豪!前に出るな!」

 

「グゴゴゴゴ・・・」

 

 爆煙が晴れた後、直撃を受けた脳無を見れば、右半身が抉り取られたようになくなっていた

 

 脳無はそのまま倒れることもなく、みちみちと音を立てながら膨らんでいく

 

 まさか!!?こいつにも仕掛けてあるのか!!?

 

「皆伏せて!!」

 

 最も近くにいたかっちゃんの襟を掴んで皆のもとへ投げると即座に翼を広げて全身を硬質化した

 

 膨らみ続けた脳無は眩い閃光を発し、肉片と共に周囲に鉄片をばらまいた

 

 くそ!!炸裂手榴弾かと思ったらまさか音響閃光手榴弾と複合とか用意周到すぎだろ!!

 

 両腕で顔を庇っていたので視覚は問題なく機能しているが、至近距離で爆音をくらったせいで三半規管がやられて視界が揺れ、上手く立つことができない

 

 轟君やかっちゃん達は、脳無から離れていたのと僕が影となっていたのが幸いして僕ほど酷くはなさそうだ

 

「──!!──!!────!!」

 

 [複製腕]

 

 かっちゃん達の無事を確認して安堵し、使えなくなった耳の代わりに[複製腕]に耳を生やした瞬間、皆の焦る声と共に背後から何かが迫る音が聞こえた

 

「──ろだ!!デク!!」

 

「っ!!」

 

 [炭素硬化(ハードクロム)]

 [金剛石]

 

 眼を向ければ目の前に大岩が迫っていて、そのまま弾き飛ばされた

 

「グッ!?」

 

 [反射]

 

「うぐ・・・のりゃ!!」

 

 何本もの木をへし折りながらもどうにか着地し、[反射]を発動させて無理やり大岩を横にそらした

 

「ハア・・・ハア・・・クソ!引きはがされた!!」

 

 三半規管が乱れてまともに立てない中、脚を縺れさせながら急いで戻った時にはボロボロにされた皆と掌でビー玉をジャラジャラと弄ぶ(ヴィラン)の姿があった

 

「皆!!」

 

「爆豪が・・・!!」

 

「かっちゃん!?」

 

 [索敵(サーチ)]

 

 いるはずのかっちゃんの姿がなく気配を探ってもどこにもいない

 代わりに捉えたのは少し離れたところから接近してくる覚えのない2つの気配

 

「残念だったね、お探しの爆豪君はここだよ?彼はこちら側の方が力を発揮できるからね?」

 

 掌でビー玉を弄びながらへらへらと笑う(ヴィラン)に苛立ちながら叫ぶ

 

「返しやがれ!!」

 

「返せ?妙な話だぜ。爆豪君は誰のまるで物みたいに言うなんて。彼は彼自身のモノだぞ!!エゴイストめ」

 

 [ジェット]

 

「返せぇえええ!!!」

 

 視界がグラグラと揺れるのも構わず飛掛るが、投げつけられた岩に当たり地面に叩きつけられた

 

「我々はただ凝り固まってしまった価値観に対し『それだけじゃないよ』と道を示したいだけだ。今の子らは価値観を選ばされている。爆豪君は気性といい【個性】といいこちら側の方がきっと伸び伸び出来るだろうぜ?」

 

「ゲホッ!ってに・・・勝手に決めるな!」

 

「ムーンフィッシュ・・・【歯刃(しじん)】の男な?アレでも死刑判決控訴棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それをああも一方的に蹂躙する暴力性・・・常闇といったかな?君もこっち側の方が伸び伸び出来ると思うよ?」

 

「断る!俺は俺の意思で誰に指図されたわけでもなくここに居る!勝手に決めるな!」

 

「おっと振られちまったぜ!ダメもとで聞くけど緑谷はどうよ?」

 

「ふざけんな!」

 

「緑谷落ち着け」

 

 轟君が特大の氷で(ヴィラン)を攻撃するも木を足場に跳躍して躱されてしまった

 

「はっはっはー!どうしたヒーロー!そんなんじゃ俺にゃ追い付けないぜ?開闢行動隊サブミッション完了!メインは抵抗中だ!増援まだかい?」

 

「この!」

 

 [操土]

 [剛力]

 [怪力]

 [筋力増強(パンプアップ)]

 [筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

 [(パワー)]

 [鬼]

 

 [操土]で即席の砲丸を作り出して投げまくるが照準が定まらない為当たらず、逆に合間を縫うようにビー玉を投げつけられ、その度に炎や氷、大木、巨岩等が飛来してくる

 

 遊ばれてる!

 

 (ヴィラン)からの攻撃は氷や土の壁、常闇君の黒影(ダークシャドウ)で直撃こそ防いでいるが、範囲外の攻撃や壁や黒影(ダークシャドウ)の守り越しに伝わる熱や衝撃までは防げず一方的に戦力を削り取られていく

 

 豪っ!!!

 

「熱!!??」

 

 やっと調子の悪かった三半規管が回復し、再び(ヴィラン)へ接近を試みた時に横から黒い炎が現れ、鼻先をかすめた

 

「いつまで遊んでるつもりだ。引き上げるぞ」

 

「そうだそうだ!ちんたら遊んでんじゃねぇぞ!もうちょい遊ぼーぜ?」

 

「新たな増援か・・・!!」

 

 新たに現れたのは、腕や顔に火傷が目立ち青い炎と黒い炎を両手から吹き出す(ヴィラン)と黒と灰色の全身タイツの(ヴィラン)

 

「嘘だ・・・な・・・んで」

 

 隣にいる轟君から動揺した声が聞こえた

 

「轟君?」

 

「何で・・・何で燈矢兄さんがそっち側にいるんだよ!」

 

「騒ぐな鬱陶しい」

 

「危ない!」

 

「アツイィィ!」

 

 (ヴィラン)が羽虫でも払うかの様に轟君へ無造作に放たれる炎を黒影(ダークシャドウ)が盾となって防いだ

 

「ぼけっとするな轟!」

 

「わ、悪い・・・」

 

「兄さんって兄弟?似てねえな!目元がそっくりだぜ!」

 

「さっきぶりですね!お茶子ちゃんに梅雨ちゃん!・・・あ・・あの人いいかも」

 

「あら~?皆ボロボロじゃない?これじゃ弱い者いじめかしら?」

 

「油断大敵だぜマグ姉!俺達2回も複製体やられてんだぜ?」

 

「遅いぜお前ら」

 

「遊んでるからだろう?遅くなってごめんな!」

 

 そして続く様にトカゲ(ヴィラン)とオカマ(ヴィラン)、そして麗日さんを襲った女子(ヴィラン)が僕らを取り囲むようにゾロゾロと現れた

 

「さっさとメイン回収してズラかるぞ」

 

「そうは問屋が卸さないよ!」

 

 森の中から飛び出すように現れた人影は(ヴィラン)に攻撃を加えると反動を利用して僕の隣に着地した

 

「うおあ!?」

 

「スピナー!?」

 

「ヒーローなめんじゃないよ‼」

 

「緑谷無事かい?」

 

「マンダレイ!虎!」

 

「悪いけどこれ以上生徒達に手出しはさせないよ」

 

「・・・チッ」

 

 底なし沼に嵌ったかのような現状に一筋の光が差し込んだ瞬間だった

 



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第50話 争奪戦の勝者は・・・

[壁]_・)

((;・-・)こそこそ
         ___
(ノ・Д・)ノ ⌒ .、ノ__ノ 

ヾ(・□・;;)ノ≡3≡3




 加勢に来たプッシイの二人を尻目に息を整えながら周りを見渡す

 

 大量の短剣を寄せ集めた大剣を振り回すトカゲ(ヴィラン)に対して、虎は右へ左へと避けながらカウンターで打撃を加えている。

 また、大きな鉄塊を担いだオカマ(ヴィラン)はマンダレイのヒット&ウェイに翻弄されて有効打が決まらず、逆にマンダレイは着実に攻撃を加えている

 プロが順調なのに対して雄英生徒組は逆に押されている

 

 女子高生(ヴィラン)は麗日さんがガンヘッド仕込みの格闘術で攻め、梅雨ちゃんがそのサポートとなっての2対1で押さえ込んでいるが、武装済みの(ヴィラン)相手に無手で戦闘服なし、しかも相手は戦闘経験が豊富となるとあまりにも分が悪い

 メインアタッカーの麗日さんに大きな外傷こそ見えないが小さな切り傷が目立ち、サポートとしてで中距離で牽制していた梅雨ちゃんに至っては左肩から血を流して青い顔をしている

 

 また、轟君の兄弟らしき炎(ヴィラン)は障子君と常闇君、轟君が対峙しているが、肉弾戦がメインの障子君は与えるダメージよりも炎による被弾が目立っている。

 光源が弱点の常闇君は黒影(ダークシャドウ)が怯んで攻勢に出れず、放心状態からは回復したものの動きがぎこちなく、何時もなら回避できたであろう攻撃も避けられない轟君のカバーに回るはめになっているので押され気味である

 

 そんな中、脳無はどういうわけか微動だにせず棒立ちで、その肩に奇術師(ヴィラン)が座ってジャラジャラと音を立てながらガラス玉を玩び、全身タイツの(ヴィラン)はその(かたわ)らで騒いでいる

 

『今すぐあのふざけた仮面野郎に拳を叩き込んでかっちゃんを奪還すべきだ!』という考えと『まず各個撃破して形勢建て直すべきだ』という考えがせめぎ合っているが、焦る気持ちを押し込めて『まず各個撃破して形勢建て直し』を選択する

 

 自分自身もターゲットである以上無闇矢鱈に挑んでもリスクだけが上がるだけで意味がない

 まずは味方の援護に周り、劣勢を強いられている味方の立て直しを図るべきだ

 

 [怪力]

 [剛力]

 [剛腕]

 [鉄腕]

 [筋力増強(パンプアップ)]

 [筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

 [炭素硬化(ハードクロム)]

 [(パワー)]

 [金剛石]

 [脚力強化]

 [鬼]×3

 [ズーム]

 [筋繊維超増強(ハイマッスルボディー)]

 [自己治癒(セルフヒール)]

 

近接戦闘(タイプ:マーシャル)

 

 下半身は足、特に脹脛(ふくらはぎ)から太ももを中心に[筋繊維超増強(ハイマッスルボディー)]で増やした筋肉を纏わせ、上半身はアシストスーツの要領で関節部を中心に張り巡らせ、通常よりも弱く薄く[自己治癒(セルフヒール)]を発動させ可能な限り継続戦闘能力を向上させる

 

 前方に跳躍し、虎に襲いかかっているトカゲ(ヴィラン)目掛けて[ジェット]による加速と体重を乗せた踵落としを叩き込み、接触と同時に[雷]で感電させ、地面に倒れたところで[操土]で茨の様に幾重にも返しの付いた槍で四肢を貫くようにして(はりつけ)にする

 

 続けてマンダレイと対峙しているオカマ(ヴィラン)に急接近して顎目掛けて右の掌底を放つが寸前で手首を捕まれ止められてしまった。

 だが右はフェイントで本命は左だ。

 余程訓練していなければ人は視覚で得た情報で判断する。それが咄嗟の判断を要する場合、その他へ割いていた意識が一旦途切れる

 掌底を防ぎ、余裕の笑みを浮かべているオカマの太腿へ左手の硬化させた五指を突き刺し、右掌から特大の[爆破]を発生させてから左腕で振り回す様に数度地面に叩きつけてから跳躍し、トカゲ(ヴィラン)を叩き潰すように上からオカマ(ヴィラン)を投げつける

 

 着地と同時に追加でトカゲ(ヴィラン)と同じく[操土]で四肢を串刺しにして地面に(はりつけ)にした

 

 仮に動ける様になったとしても両腕両足がズタズタになっているはずだから再び参戦するのは難しいだろう

 

 次いで周囲に目を走らせれば麗日さんが女子高生(ヴィラン)から距離を空けたのを確認したので、[(スピード)]で即座に接近して[雷]で帯電した状態で頭部を掴んで感電させて体の自由を奪い、更に接近時の勢いのまま木に叩きつけて意識を刈り取る。そして頭を掴んだまま地面に叩きつけてトカゲ(ヴィラン)達と同じように地面に(はりつけ)にする

 

 丁度、真正面に炎(ヴィラン)が居たので地面を砕く勢いで踏み込み跳躍、常闇君を焼こうとしている炎(ヴィラン)に飛び膝蹴りを叩き込み、同時に[仮初めの贈り物(トランジェント・ギフト)]で[氷]を付加して炎の封印を図る

 

 噴き出していた黒と蒼が交じり合った炎が一瞬鎮火したが、直ぐに勢いを増して噴き出した特大の黒炎で反撃されて炎に包まれ肌がチリチリと焦げる

 

 クソ!蒼と黒の炎は別かよ!!

 

「っ!」

 

「ネホヒャン!」

 

 黒炎で視界が塞がれている中、悪寒を感じて反射的に高く飛び上がると棒立ちだったはずの脳無が背中から触手と共にチェーンソーやのこぎりなどを生やし、今まで僕がいた場所を切り払っていた

 

 即座に[鎌鼬]を乱雑に放って触手を切り刻み、着地と同時に再生し始めた触手と共に両腕と両足を切り飛ばし[操土]で地中に引きずり込んで圧縮

 

「うおおおぉぉおおお!!」

 

 いざ奇術師(ヴィラン)へ向かおうとしたところで突如横から巨大な岩が現れ、[反射]で弾くがその陰からもう一つの岩が現れた

 一つ目を無理な姿勢で弾いたため即座に二つ目を弾ける姿勢になく、別の方法で破壊するか又は回避するかを判断する前に間に割り込んだ虎が雄叫びと共に受け止めてくれた

 

 虎が岩を抑えている間に[ジェット]と[爆破]による立体軌道で奇術師(ヴィラン)からの攻撃を交わしつつ接近し、顔面を掴んで[雷]で感電させる

 

 奇術師(ヴィラン)の懐からかっちゃんを取り戻そうと腕を伸ばしたところで嫌な予感がし、咄嗟に目を瞑ると奇術師(ヴィラン)が突然膨張し、閃光と鉄片を撒き散らしながら爆発した

 

 複製体だったか!!

 

 背後から聞こえる甲高い音に[ジェット]で上空へ飛び上がるが脹脛(ふくらはぎ)付近の[筋繊維超増強(ハイマッスルボディー)]が削り取られバランスを崩した

 

 慌てて視線を向ければ、地中に引きずり込み且つ周囲を高圧縮したにも係らず、当たり前の様に抜け出した脳無が再生した触手から凶器を生やし振り回していた

 

「虎さん!」

 

「セイヤァ!!」

 

「ホヒャ!!?」

 

 ただ、僕に攻撃している隙を麗日さん達が突いて無重力としたことで、空中にプカプカと浮きながらジタバタともがくように暴れている

 更に虎が下から掬い上げるように拳を叩きつけて上空へ打ち上げた

 いくら強力な再生能力と凄まじい膂力を持っていても宙に浮いたままでは意味がないだろう

 

 [筋繊維超増強《ハイマッスルボディー》]で増えた筋肉に痛覚がないことに加え[金剛石]で硬くなっていたことが幸いして自前の筋肉にはダメージはないが、時間経過と共に形勢は不利になっていく一方

 トカゲ(ヴィラン)とオカマ(ヴィラン)、女子高生(ヴィラン)は戦闘不能。

 特に四肢を串刺しにしたから意識が戻っても戦線復帰は不可能

 炎(ヴィラン)は無力化こそできなかったが弱体化しているはず

 知能こそないが再生能力と怪力が厄介な脳無は麗日さんが封じてくれている

 全身タイツ(ヴィラン)は戦闘らしい戦闘はしていない為【個性】は不明だが、複製体が幾度となく現れたので、恐らく[増殖]や[複製]と言った数を増やす類の【個性】だと思う

 これで複製可能上限や複製条件が難しければいいが、B組の物間君や心操君の様に発動条件が容易だった場合は最悪だ

 そして奇術師(ヴィラン)は相変わらず無傷でこちらを挑発するようにジャラジャラとガラス玉を鳴らしている

 

 対するこちら側は、弱体化しても未だ強力な炎を操る炎(ヴィラン)に対し劣勢を強いられている障子君・常闇君・轟君

 そして早々に撃破したオカマ(ヴィラン)とトカゲ(ヴィラン)を相手取っていたプッシイの二人は劣勢の障子君たちに加勢しているが、基本的に攻撃手段が近接の為なかなか決定打を放てない

 麗日さんと梅雨ちゃんは女子高生(ヴィラン)が戦闘不能になってからは、麗日さんは脳無の無力化に回り、梅雨ちゃんはその護衛に回っている

 ただ、麗日さんの【個性】は長時間の使用は厳しかったはずだし、梅雨ちゃんは刺し傷からの出血が心配だ

 

 残る(ヴィラン)は奇術師と全身タイツ

 複製体で疑似的に増援を作られる前に全身タイツ的を無力化しなければならないが、予想が正しければ(ヴィラン)が撤退するときはUSJ襲撃の際にいたワープゲートのモヤモヤ(ヴィラン)が現れるはずだ

 

 奇術師(ヴィラン)が連絡を取ってから時間も経っているからいつ来ても不思議じゃない

 

 つまり早急に奇術師(ヴィラン)を無力化しなければならない

 

 再び状況の確認をしていると奇術師(ヴィラン)が無数のガラス玉を無造作に投げつけてきた

 

 ピキッ

 

「っぎ!!?」

 

 投げられたガラス玉が砕けて現れた降り注ぐ氷塊を避けるべく足に力を入れた途端、耐え難い激痛が走りその場に倒れ込んだ

 

「グォォォオオオ!」

 

「大丈夫か!緑谷!」

 

 あわや直撃かというところで常闇君が間に割り込み庇ってくれた

 

「ごめん、ありがとう!」

 

「ソンナノ効クモンピャア!炎ハ反則ダヨ・・・」

 

 黒影(ダークシャドウ)が防いでくれている間に常闇君に肩を借りて木の陰に移動すが、その間にも足のみならず腕や肩等徐々に悲鳴を上げる箇所が増えてきている

 

 発動していた[自己治癒(セルフヒール)]を強めて回復を図るが、完治するまで悠長に休んでいられない

 

 筋肉(ヴィラン)と対峙したときに無理したのが今になって祟ってきた

 元々限界以上の強化による自壊を疲労と引き換えに[自己治癒(セルフヒール)]で軽減しているだけで、時間経過とともに蓄積された負債により体にガタが来る『一時的平和の英雄化(リミッテッド・ピースヒーロー)』を短時間とはいえ使用し、その後も休む間もなく戦闘が続いているため想像より早くガタが来ていたようだ

 

 これ以上の戦闘は避けるべきだが、(すなわ)ち奇術師(ヴィラン)からかっちゃんを奪還することなく取り逃がすことになる

 

 加えて奪還するにしても何時ワープゲートの(ヴィラン)が現れて逃げられるか判らないという時間がない中どうにかしなければならない

 

 このままかっちゃんが連れ去られるのを眺める羽目になる位なら一か八か行動不能になる前提で突っ込むっきゃない!

 

全身(オーバー)・・・過剰強化(フルブースト)・・・」

 

 全身に力が漲り始めるが比例して至る所に激痛が走る

 

[痛覚鈍化(アドレナリンドープ)]

 

 絶え間なく全身を襲っていた痛みが感じなくなっていき、比例して周囲の音が小さくなり代わりに心音だけが耳元で響いている

 

一時的平和の英雄化(リミッテッド・ピースヒーロー)!!」

 

 こちらが攻勢に出たのを察してか先ほど掌で弄んでいたガラス玉をばら撒くと様々な姿の脳無が数十体現れた

 

 脳無相手にあまり時間を割けない為、一撃必殺ならぬ一撃必倒で撃破していくが、脳無に掛かり切りになっている隙を突いて死角から脳無を巻き込みながら黒炎が迫ってきたり、氷塊や岩が脳無の影から襲ってきたりと余りにもこちら側の手数が足りない

 

 視界の端に黒影(ダークシャドウ)を従えた常闇君を捉え、彼の【個性】に[鬼]を混ぜれば即戦力となるのではと即座に[氷]と[操土]で脳無との間に壁を作り出すと急いで常闇君の元へ向かう

 

「君の【個性】を貰うよ」

 

「え?」

 

 突然の目の前に来た僕に戸惑う常闇君を余所に、常闇君の頭を引き寄せ額を会わせた

 勢い余って頭突きになってしまった気がする

 

 ー 覚えた ー

 

 [黒影]

 [鬼]×3

 

 影世鬼形誕(えいせきけいたん)

 

 独りでに影が波打ち、のっぺりとした平面だった影が形を変えながら立体になり、大きな角を携えて赤い眼を明滅させながら僕の横に現れた

 

 差し詰め[影ノ鬼(シャドーオーガ)]といったところか

 

 [影ノ鬼(シャドーオーガ)]は明滅させていた赤い眼を一際強く輝かせると三日月の様に歪ませ、わらわらと湧き出るように追加される脳無へと躍りかかった

 

 嬉々として暴れだす[影ノ鬼(シャドーオーガ)]と共に脳無を撃破していく

 

「お待たせしました」

 

「お!グットタイミング!」

 

 しかし最後の脳無を撃破したところでワープゲートの(ヴィラン)が現れてしまった

 

「行かせるか!!」

 

 逃亡を阻止するべく氷塊に土槍、雷撃、鎌鼬に影の鬼と手当たり次第に放ち、自身も幾度となく襲い掛かる

 

「どうする?サブは捕まっ!えたけど!メインっ!は!暴走してて手が出せないけど!?」

 

「仕方ありません。彼だけで我慢しましょう・・・皆さん撤収です」

 

「おいおい良いのかよメインがまだだぜ?早く帰ろうぜ!」

 

「仕方ありません。これ以上長居してはヒーローの増援が来てしまいますからね」

 

「あいよっと、人質バリア!」

 

 逃がしてなるものかと攻勢を強めようとした時、首を掴まれたかっちゃんが奇術師(ヴィラン)の手に現れ盾とされた

 

「かっ・・・!!」

 

 このまま放てば盾にされているかっちゃんに直撃すると氷塊や雷撃を放つのを止めたが、こちらの制御を振り切って構わず襲い掛かる[影ノ鬼(シャドーオーガ)]対して強引に干渉して無理やり攻撃を中止させる

 

 [影ノ鬼(シャドーオーガ)]を止めているその僅かな隙を突いてワープゲートに奇術師(ヴィラン)が飛び込もうとした時、横から光線が放たれ奇術師(ヴィラン)に直撃した

 

 これによってかっちゃんは解放されたが、直ぐに別のワープゲートの中から現れた炎(ヴィラン)によって捕らえられしまった

 

脳みそがむき出しで異形の姿にされたかっちゃんが虚ろな表情で立ってる姿が脳裏をかすめた

 

「デク!来るな!」

 

「痛ってぇなぁ・・・くそ!」

 

「最後の最後にへま踏んでんじゃねえよ」

 

 捕らえられたかっちゃんが炎(ヴィラン)から奇術師(ヴィラン)の手に再び渡ろうとする前に全力で奇術師(ヴィラン)へ[鎌鼬]を無数に放った

 

「轟君!」

 

 直線上の木々や地面を細切れに切り裂きながら突き進む無数の真空の刃は、直前に避けられたことで奇術師(ヴィラン)へ傷を負わせることはなかったが、先ほどとはややずれた位置から放たれた光線が炎(ヴィラン)を背後から襲い、かっちゃんが再び宙へ放り投げられた

 三度奪取される前に飛び上がり、かっちゃんの奪還に成功した

 

 しかし無理に無理を重ねてボロボロなのに更に無理やり動いた反動で全身に力が入らなくなり、このままでは敵陣のど真ん中に倒れ込む形になってしまう

 

「ごめん!」

 

 このままでは奪還したかっちゃん諸共捕まってしまうと掴んだかっちゃんを[爆破]で轟君達の方へ吹き飛ばす

 

「後は頼ん――」

 

「デ――!!」

 

「メインゲット!撤収!撤収!」

 

 周囲の空間が歪み、体が縮む様な感覚と共に意識を失った

 

 ―—――――――

 

『やあ、お帰り』

 

 開闢行動隊がアジトに戻ると古びたブラウン管テレビから声がした

 

「ただいま戻りました」

 

「ふぅー!体がバッキバキで超体が軽い!」

 

「テメェは殆ど動いてねえだろ」

 

「あーあー!そんなこと言っちゃう!?止まってたし!ものすごく静かに止まってたし!」

 

「五月蠅いです」

 

「お!トガッチ目ぇ覚めた?」

 

「なぁなぁ、マグ姉達を医務室に連れてったらもう帰っていい?飛んで跳ねてもうクタクタよ」

 

「ええ、構いませんよ。マグネ達の治療はこちらで手配しますので今日はゆっくり休んでください。こちらの準備が出来次第またお呼びします」

 

『なら地下のメディカルポットを使うといい』

 

「アイアイサー!あ、忘れないうちに。ほいよ、メインターゲットのもじゃもじゃ君だ」

 

 コンプレスが指を鳴らすと掌に乗せたガラス玉が割れ、意識を失った緑谷が現れた

 

 念のためにと意識を失ったままの緑谷の四肢を縛り上げ黒霧へ渡す

 

「一丁上がりってね」

 

「ありがとうございます」

 

「ねぇねぇ!その子ってやっぱ仲間になるの?なるの?真っ赤で傷だらけでとっても素敵!もっと血だらけにしたらもっと素敵になると思うの!浅く斬って滲み出る血を舐めるのもいいし、ザクって斬ってドクドク溢れ出す血を啜るのももいいし・・・あぁ、イイ・・・素敵・・・」

 

 コンプレスの手元に緑谷が出現した途端、先程まで気だるげだった渡我がトゥワイスの背中から乗り出す様にして緑谷の額から垂れる血を触ろうと手を伸ばしている

 渡我が動く度に緑谷によって着けられた四肢の傷口から血が溢れ出し、トゥワイスの背とアジトの床を赤く染めていくが当の本人は気にした様子もなく恍惚とした顔で緑谷を見つめている

 

「ちょ!トガッチ!重症何だから動いちゃマズイって!俺の一張羅が真っ青に染まっちゃう!」

 

「はぁ・・・一応は仲間にする予定です。これ以上傷つけるのはだめですし、貴女の方が血だらけ傷だらけですよ」

 

「ちぇー」

 

「では解散してください」

 

 そして開闢行動隊のメンバーが次々と立ち去っていく中、黒霧一人はその場に残る

 

「所で先生、いくら時間が経過したからと言ってメインターゲットの彼を放っておけなど、何故です?・・・結果的にはこうして捉えることができましたが・・・」

 

 誰も居なくなったアジトで一人、古びたテレビに話しかける

 

『大丈夫。捕まえることができなかったとしても必ず大切な幼馴染の為に向こうからやって来たさ。何せ彼はヒーローらしくなければならない(・・・・・・・・・・・・・・・)からからね。友を見捨てるなんてヒーローらしくないことは選択しないだろう』

 

「ならなければならない?まるで本人の意思とは無関係にヒーローを目指しているように言いますね」

 

『全くの無関係ではないだろうけどね。絶望の中にいる最中(さなか)に手を差し伸べられた場合、その絶望の深さに比例して人はより依存する。特に彼は周囲から否定され続けた(のち)アダムに肯定され【個性】を譲り受けた。アダムが去り際に何を言ったのかは定かではないが、彼と話した感じだと『汝、英雄たれ』といったところだろう。世間から諦めさせられた夢を肯定され、実現の為にお膳立てまでされた。加えて現役のNo1ヒーローのオールマイトにまで似たようなことを言われたのなら自己評価の低い彼は恩義に報いる為と『彼らの為にヒーローにならなくてはならない』と思い込み自身の存在意義(レゾンデートル)としかねない。過去読み取った彼の思考は『アダムさんの代わりに』だの『オールマイトの為に』だの自身の意思よりも他人の意思が占めていた。表層にすら浮かぶくらいだ、もはや強迫観念の域だね。故に無意識に自己犠牲の道を歩もうとする』

 

「それはまた随分と(いびつ)ですね」

 

「でも、その強迫観念をキレイに取り除いてヴィラン(こちら)側のすばらしさを教えてあげればきっと弔の優秀な右・・・いや右は君が(もう)居たね。まぁ左腕になってくれるだろう。それが無理なら時間をかけて【個性】を奪い取るのもまた一興かな』

 

「なるほど、だから放置して撤収しろと指示出したわけですか・・・あまり手を出すと拗ねますよ?」

 

『飛び立つ為の翼は授けた。そろそろ巣立ちの時だ。親として盛大に祝うための下準備というわけだよ。それに僕もそろそろ決着もつけないといけないからね』

 

「・・・・・・そうですか、あまり無理なさらないでくださいね」

 

『善処しよう』

 

「ではサブターゲットの彼は放置ですか?それとも機を見て再チャレンジですか?」

 

『いや、放置で構わない。どちらも手元に回収できるに越したことはないが、あくまでサブだ。【個性】や気性の荒さから引き込めるかもしれないとサブに位置付けたが、彼と比べればなくても問題ない』

 

「そうですか。では先生がご執心の彼はどうしますか?」

 

 今回の襲撃で捕らえた緑谷について尋ねる

 

『ふむ、暫くは眠っていて貰おうか。望みは薄いだろうが仲間になるかもしれない大切な人員だ。暴れられて怪我でもされたら大変だからね。それに君も今日は忙しかったから休みたいだろう?準備ができてから起こしてあげよう。勧誘もその時でも構わない』

 

「ええ、では地下牢にでも入れておきます」

 

『どうせなら彼の部屋に連れて行ってくれないか?彼も話し相手が居ると喜ぶだろうからね。仲良くなれば説得もしやすくなる』

 

「彼というと ――― ですか?」

 

『そう、 ――― も彼に興味を持っているようだったからね』

 

「了解しました」

 

 黒霧が立ち去り、テレビの電源が落ちたアジトにはコチコチと古時計が時を刻む音だけが木霊(こだま)していた

 



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