ガンダムビルドファイターズプレジデント (級長)
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chapter1
プロローグ 運命の交差点
『ガンプラとは』
ガンプラとは、テレビアニメ『機動戦士ガンダム』シリーズに登場するメカニックをプラスチックモデルにした玩具の総称である。ガンプラが発売された当時、ロボットの組み立てキットはアニメに無かった遊べるギミックを足すことが多かったが、ガンプラは徹底して設定通りのスタイル再現にこだわった。
静岡の工場で国内生産され、そのコンテンツ力を頼みに大量生産販売することで価格を抑え、接着剤も塗料も使わずに設定通りの姿を組み立てるだけで手に出来る。
近年はプラスフキー粒子を用いたシステムでバトルするという楽しみもある。
今日は休日である。岡崎市内のデパートには多くの家族連れがいる。特にオモチャ売り場は顕著で、玩具野郎が見たら鼻で笑う様な品揃えでも人がごった返す。
「あー、ツイて無いなぁ」
棚の一角を見て、ため息を吐く人物がいた。そこは今噂のハンドスピナーコーナーであるが、商品がすっからかんである。そもそもコーナーという表現すらおこがましい、申し訳程度のスペースである。他の売り場に前年の仮面ライダーのオモチャが定価で置かれている時点でデパートのやる気は推して知るべし。
「届いてない新聞自分で取りに行く羽目になるし、喫茶店はなんか休業だし、ハンドスピナーは無いし……」
10代前半の女の子がスマホを弄りながら棚を見ている。背中まで伸ばした髪は黒で、薄茶のキャスケットがその上に乗っている。デニムのスカートにロング丈のアウターとオシャレに気を使っているらしい。
「参ったなぁ……」
スマホを掴む手指はラメの入ったピンクのネイルに飾られている。その人差し指が画面を叩き、今の心情をネットの海に投げ込む。
「何処かに無いかなぁ? 多箇所展開ってよく聞くし」
女の子は他の売り場を探した。とはいえ、猫の額より狭いスペースしか与えられていないハンドスピナーにそんな業界用語は許されておらず、やはりない。
「ん?」
その時、彼女はワゴンに目が止まった。ちゃんと管理されていないのか、一時流行った様な缶バッチメーカーが箱も色褪せて放置されている。妖怪メダルもいくつか無造作に突っ込まれていた。
その中に比較的新しい箱が混じっていた。多くは車のオモチャやヒーローのプラモデルらしいが、異彩を放つものが一つあった。
「なにこれ? ロボット?」
それはピンクのロボットである。運びからしてプラモデルの様だ。ロボットである、が頭部にらまるで何かのキャラクターめいて目が描かれている。
「グレイズ……流星号?」
パイロットと思わしき人物の顔と、機体の名前も箱に記載がある。それはともかく、とにかく『ビビッと来た』のである。
「え? なにこれ可愛い!」
半額になっており、定価にしても買おうとしていたハンドスピナー以下。ちょうど喫茶店にも行かず、お金は余っていた。
女の子はそれを迷わずレジへ持っていく。家で箱を開けて後悔することになるのだが、この流星号が彼女を波乱ながら楽しげな運命に巻き込むのであった。
@
「えー、新聞配達をしていたら突然自転車が燃えた、と?」
住宅街は騒然としていた。原因は焼け焦げた自転車。そこには多数の新聞が散らばり、今も燃えている。
「ええ、配達の人が消火器借りに飛び込んで来て。消火器代もくれないし、最近新聞も日付すら間違えるし、取るの止めようかしら。ガス系の消火器高いんですよ!」
「それは新聞屋に言ってください」
警官に事情を聞かれている主婦はそうボヤくが、それは警察の管轄外。そして配達の人も他の警官に話を聞かれている。
「あ、君は……」
三白眼の悪人面を見て、警官は声を上げる。そう、やけに見覚えがあるからだ。
「この前のコンビニ強盗とバスジャックの……」
「あ、こないだとこないだはどうも」
「終わりました……あ! 君はこの前のマックの火事の……」
主婦から話を聞き終えた警官もやってきて、見知った人物である事に驚く。
「知ってるのか?」
「先輩こそ!」
配達の人物は警官の中でも有名な様で、偶然やってきた警官二人が彼を知っていた。
「佐天継人くんだね。確認のため身分証見せてくれるかな?」
警官はそういいながら、とても初見では書けないだろう彼の名前を書類に書き込む。読むのも難解だろうが、それも間違えずフリガナに記載する。
「自分が犯罪やってないのに警察に覚えられるって相当だよ?」
「あんまりにも事件に巻き込まれるんで、実は通りすがりの仮面ライダーとかまだ合流出来てない戦隊の六人目なんじゃないかって署では噂だよ」
「そうですか」
配達の人、継人は慣れた様子で高校の生徒手帳を見せる。オフでも高校生にとって唯一の身分証を持ち歩く辺り、本当に慣れている様だ。
「えっーと……」
継人は何かを指折り数えている。
「あいつら何人いたんだ? 少なくとも六人目じゃねぇな……」
「ん? どうした?」
「いえ、何でも」
何だか不穏な物を感じたが、警官は管轄外だとスルーを決め込む。
「でも消火器借りた家、現場から随分遠いね」
警官は自転車と主婦の自宅を見てそう呟いた。それについては継人にも考えがあった。
「ええ、配達用の自転車が電動なので。それに発火元が購読の返礼に付けてる電池式の電気ヒーターかもしれなかったので水系の消火器だと感電するかもしれなかったんですよ。粉末系でもいいんですけど、消火器借りる時に中身確認できないんでガス系探した方が早いというか」
警官は常軌を逸した返礼品に苦言を呈する。
「電気ヒーター? そんなもん返礼にしてたのか、タオルとかじゃないんだ」
それが発火元となれば、下手すれば各家庭のポストで発火していた恐れもある。これは実際テロでは? 警官は訝しんだ。
「最近、購読数落ちて必死なんですよ。ま、タオルより豪華だぞーってするためのハリボテなんで事故は起こるべくして、ですかね。自転車の点検も不足の様でしたし」
「よくガス系の消火器がある家探したね」
「ほら、電線見てると何となくあの家違う感じしたんで、なんか家に普通無い様な精密機器あるんでしょうねって」
継人がドヤ顔で説明しているが、警官はある事に気付いた。
「バッテリー式でここまで燃えたらもうそれは通電してないから感電の可能性はないのでは?」
「あ」
そう、バッテリーまで黒焦げレベルで燃えたらもう電気は通ってないのである。なのでバッテリーそのものの爆発という危険こそあれ水系消火器でも感電しないのではないだろうか。そもそも消火器で感電する可能性はかなり低い。
「そうそう、君。この前コンビニ強盗の拳銃に『本物の拳銃にゲート跡があるか』とか言って撃退したよね?」
「ええ」
「あの拳銃本物だったよ」
「えー……」
今回といい、前回といいイマイチ決まらない継人。頭を抱えていると、ふと視界の隅に金髪の女の子が映った。
彼女はぼんやりした様子でそのまま現場を通り過ぎる。継人はただ、不思議な子だなと思ってそれを忘れた。
@
気付いたら、自分が誰なのかわからなくなっていた。
名前が思い出せない。自分はどんな名前だっただろうか。苗字も出て来ない。一文字も、自分の名前が頭に浮かばない。
何処から来たのか分からない。ここが何処なのかは分かる。岡崎市内。だが自分がここに住んでいたのか、なぜ知っているのか分からない。
自分が誰なのか、全く分からない。何故こんな大荷物を持ってここにいたのか、見当が付かない。
世界が五分前に誕生したという哲学がある。それと同じで自分が五分前に突如、ここへ沸いたと言われても信じられる様な気がした。
知っているかもしれない道を宛てもなく歩く。なんで知っているのか分からない道、本当は知っているかさえも怪しい道だ。
自転車が黒焦げになっている光景も、異様な物に見えなかった。この町ではこれが日常だと言われればすんなり信じられそうだった。
「私は、誰だ?」
そのまま歩き続ける。既に自分の運命とすれ違っている事にも気づくことなく。
マテリアル:2
開放条件:プロローグのクリア
『ガンプラバトル』
ガンプラ同士を戦わせる次世代のホビー。それがガンプラバトル。ガンプラ自体に動力があるわけではなく、人の想いを叶えるプラスフキー粒子によって動いている。そのためバトル用にガンプラを改造するのは容易。しかし完成度が高くないと自分の思った様な性能にはならない。
世界大会が開かれ、日本では学生大会も開催されている。
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1.これがガンプラバトル
「白楼高校? ああ、部活、偏差値どれをとってもパッとしない私立高校さ。私立なら綺麗な校舎にエアコン完備、そんで業者が掃除してくれる。ところがこの学校はそうじゃない。古ぼけた校舎にギリギリまで付かないエアコン、掃除は生徒の手で、だ。トイレが綺麗なのはいいがね。
ま、何よりはその居心地の良さだ。特色はねぇが居心地はいい、そういう学校が一つくらいあってもいいんじゃねぇか?」
ー卒業生が語るところによると
私立白楼高校、それが継人の通う学校だ。私立高校といえば綺麗で、エアコン完備というイメージがまとわりつく。だが白楼はそうでもない。
廊下のタイルは割れ、継人は何度かそこに躓いて転びかけたことがある。エレベーターはあるが、必要な生徒しか動かせない様に鍵が付いている。ただ、トイレが綺麗なのはまだ救いである。白楼高校は煌びやかな私立のイメージからはかけ離れた存在であった。
「掃除にも気合が入りますよっと」
割れ窓理論ではないが、洋式がズラッと完備されている綺麗なトイレというのは掃除する気になる。初めから汚いとやる気も失せるというものだ。
洗面台の鏡もピカピカで、制服のブレザーを着込んだ自分の姿がよく見える。
「だいたいこういうとこって目立つとこにこそお金かけそうじゃん? トイレって必然的に後回し感強いし、ここにしてよかった」
「そりゃどうも。天上はトイレ微妙だったしな」
一緒にトイレ掃除をする男性教諭は以前の勤務先のトイレを思い浮かべる。彼は継人のクラス担任、富士川海士先生。メガネを掛けて常に白衣を着ている典型的な理科教師だ。
「しかしお前、トイレ掃除のクジ初めてからここまでフルヒットって! どんだけ運無いんだよ……」
「入学式の翌日から今日が4月の16日だから、10連くらいか?」
話をしながら慣れた手つきで継人はトイレを掃除する。もうあまりにやり過ぎて道具が自分の使いやすいものに切り替わっていた。
「いや良いものですよスクラビングバブルのトイレブラシ。ブラシに雑菌が増殖するならブラシ使い捨てればいいですもんね」
「まぁ確かに楽だけどさ」
富士川は最近、校長に自分の持ち場のトイレが綺麗なことを褒められて困っていた。事の真相が生徒の持ち込んだアイテムだからである。まさかあんまりにもトイレ掃除のクジに当たるから自前の道具持ち出したとかとても言えない。
三白眼の悪人面、ガンダムオタクである富士川が例えに出すなら黒髪のフォン・スパークみたいな顔立ちだったのでどんなやつかと思ってみれば、運がない真面目君だった。笑い方も普通で、顔だけ悪人っぽいのはなんだかかわいそうな気がした。
「さて掃除終わり、帰ろっと」
見事な手際でトイレ掃除を終え、継人は帰り仕度をしに教室へ戻る。大体の生徒は部活に行ったか帰ったかのどちらかであるが、一人だけ教室に残っている生徒がいた。
「あ、級長」
継人はこのクラスの学級長である。彼をそう呼んだのは、セミロングの女の子。頬杖ついた手の指に、休日でしていただろうネイルがほんのり残っているのを継人は見逃さなかった。案外、ラメの粒子とか爪の隙間とか残るのである。
「んん?」
「なんだ、山城、いたのか」
継人は彼女の名前が出て来なかったが、富士川のおかげで思い出す。が、下の名前はまだ出て来ない。
「あー、そうそう。級長、暇?」
「俺はいつでも暇だが? スケジュール帳に何か書いてくれるのか?」
「ていうか今、私の名前分からなかったでしょ?」
カッコいい言い回しで誤魔化そうとしたが、名前のことはバレていた。
「私は山城詩乃。覚えておいて。ついでにインスタグラム登録しといて」
「俺インスタやってねーんだよ」
女子の名前は山城詩乃。継人は忘れない様に念を押して覚えた。要件は不明だが自分を誘ってくれた女子だ。他とはやはり違う。
「聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「自己紹介の時にさ、ガンプラしてるって言ったよね?」
「言ったな」
「聞いたな」
詩乃は自己紹介での情報を確認した。継人は確かにそう言った。富士川も確かにそう聞いた。
「これの作り方を教えてほしいんだけど」
詩乃が取り出したのは、『HGIBO グレイズ改弐(流星号)』のキットである。半額の値札が貼られている。
「流星号? 半額とかお得じゃねーか」
「そう。買ったはいいけど作り方分からなくて」
「ベアッガイとかじゃなくて流星号なんだ」
だいたい女子が買って作り方に困るのはベアッガイの役割である。が、詩乃は流星号を選んでいる。
「ふぅむ、グレイズ系はいいぞ。使える改造パーツが多い。作り方だが……」
継人としてはガンプラを新しく初めてくれる、それも女子が興味を持ったのは嬉しいことだ。だが、ここで作るとなると設備も道具も無い。
「おう、ちょうどいい場所があるぞ」
困っていると、富士川が助け船を出してくれた。
そのちょうどいい場所というのは、使われていないガンプラバトル部の部室だった。食堂や図書室のある棟の一階、暗い隅にその部屋はあった。
「ここは?」
「ガンプラバトル部の部室なんだが、俺が去年赴任してきた頃には使われてなかったんだ。設備とかガンプラが多いから他の部活にも貸せなくてな。俺が天上でバトル部してたから何とかしてくれと言われててな」
部屋の中に入ると、小さなバトルシステムや作られていないガンプラ、そして作品がたくさんあった。
「お、バトルシステムあるんだ」
継人はバトルシステムに目を向ける。そして、何かを思い付いたかの様に悪い顔をする。
「そうだ、まずこれをやってもらおうかな。楽しみ方を知ってもらおう」
バトルシステムを起動し、継人はアイデアを告げる。
「楽しみ方? プラモって作って終わりじゃないの?」
「まーそれもあるが、ガンプラはバトル出来る。つーか初めてプラモ作るとだいたい面倒になって辞める奴多いからな、モチベアップだ」
完成ではなく別にゴールを持っていくことで、投げ出す確率を減らす算段だった。
「機体はそこにあるのから選ぶといい。壮大な作品は無いから、気負う必要も無いな」
富士川は棚にあるガンプラを指し示す。確かに動かすのを躊躇う様なガンプラは無く、寧ろ戦うために簡素な作りになっている。
「これ、かな?」
詩乃は適当にガンプラを棚から選ぶ。それは『カラミティガンダム』。背中のキャノンが特徴の砲撃機だ。
「ほう、流星号を選んだ奴がそれを、ね」
富士川は意味深なチョイスにニヤけるが、ガンダムに詳しくない詩乃にはさっぱりわからない話だ。
「よし、んじゃ俺はこれだな」
継人が取り出したのは、何だか地味なガンダムである。ガンダムの特徴であるVアンテナは無く、後ろにロッドアンテナが出ているだけ。トリコロールカラーでもなく、灰色のボディは地味の一言。
「ん? それガンダム?」
「改造した機体だからな」
それをバトルシステムに置いて、バトルスタートだ。ホログラムのコンソールが出現し、詩乃は驚いて辺りを見渡す。
「な、なにこれ?」
触って見ても透けるので、背筋に寒気が走る。まるで幽霊だ。
「おおう……なにこれ?」
「黄色のボールがコントローラーだ」
説明され、その黄色ボールに触れてみる詩乃。こっちは触れてまた寒気が走る。
「なによこれ……」
本当にそれしか感想が出ない。タッチスクリーンがやっと普及したところにこういうものが出て来たら当然、こういう反応になる。
バトルのステージはデブリ漂う宇宙。
「佐天継人、ガンダムプレジデントカスタム!」
「え? なにそれ?」
ガンダム始め、ロボットアニメでは当たり前な発信コールも詩乃は初耳だった。とりあえず、ルールなのかと思って真似してみることにする。
「え、えぇと……山城詩乃、これなに? なんか緑のやつ!」
「カラミティガンダムな」
「カラミティガンダム!」
富士川が名前を教えてコールに成功する。
「行くぞ!」
「うわ、なんか動いた!」
そのまま機体が宇宙に投げ出される。普通に動かしている継人に対し、詩乃はまずコントローラーを握ってどうするか分からずにいた。
「何? ボタン無いけどどうするの?」
適当に動かすと、カラミティが彼女の思うがままに動く。まるでコントローラーより詩乃の思念を優先しているようだ。
「え? 何これ何これ? 流星号にはモーターとか入って無かったよ?」
「そ、電源も動力もいらないんだよね」
富士川の言う通り、ガンプラ自体に何も仕掛けはない。本当にシステムだけで動いているのだ。そのためにはモーターも電池もいらない。この周囲に散布されたプラスフキー粒子さえあればいいのだ。
「何そのオバテク。なんで他に流用しないんだろうね……」
絶句する詩乃だが、バトルは始まっている。多数の反応がレーダーに映り、接近を知らせるアラートが鳴る。
「今回はタッグでコンピューター戦だ。安心しろ」
カラミティの横を地味なガンダム、プレジデントカスタムが飛ぶ。武器はマシンガン一つで盾も持たない。代わりにガントレットを両腕にしている。
「私のに比べるとやっぱ地味ね……」
「隠し球あるから」
話していると、敵が弾丸や砲弾を飛ばしてくる。まずは遠距離攻撃だ。まだ敵の姿形すら見えていない距離ではある。
「わ! なんか飛んできた!」
「マシンガンだ!」
咄嗟に盾を構える詩乃。マシンガンの威力はそこまでではなく、防ぐことが出来る。一方、プレジデントカスタムは回避をしている。
「は? それ避けられんの?」
「遠距離からのマシンガンは動けば当たらんもんだ」
色々戸惑う詩乃に富士川がアドバイスを飛ばす。同時に継人の実力も測っていく。
「詩乃、カラミティは砲撃機だ。距離がある今なら有利、ぶちかませ!」
「これかな?」
とにかく適当なスイッチを押す。背中の大砲から、胸から、盾の砲から、バズーカからビームが飛び出す。それはマシンガンの弾丸より明確に空を照らして伸びていく。
「凄い、きれー……」
デブリにぶつかり、爆発が起きる。それをただ見ていた詩乃だが、コクピットにけたたましく警報が鳴り響く。
「何、なに?」
「まだ敵は生きてるぞ!」
攻撃に反応した敵が加速を掛けて、距離を詰めてきた。継人がマシンガンを捨て、プレジデントカスタムの脚から何かを取り出す。
「あ、それってビームサーベル?」
「そそ、隠し球」
詩乃のビームサーベルくらいは知っているらしい。ガンダムにとってはビームライフル以上にガンダムを象徴する武器であり、テレビで軽くガンダムに触れる時も紹介され易い。
「って、なんか来てるよ!」
「敵はザクか」
画面に敵の姿が映り、詩乃は慌てる。縦横無尽に飛び回るその姿は羽虫を思わせ、彼女は砲撃の焦点を合わせられない。
「ちょ、当たらない!」
標準を合わせようにも、似たようなザクが大量におり、どれを自分が狙っていたのかわからなくなる。
「わっ!」
コクピットから必死に覗く画面に、ザクのモノアイが大きく輝く。その時、光が両断され爆炎に変化する。
「距離取れ、このレンジは砲撃機には不利だ。援護する!」
継人が詩乃に迫ったザクを切り捨てたのだ。彼の指示通りに詩乃はカラミティを後退させ、砲撃に有利な距離を取る。
「お、当てやすい!」
大きく動く敵にもレンジが開いていれば僅かに射角をズラせば当たる。逆に僅かな射角のズレで外れてしまうが、そこはガンプラのFCSが補正してくれる。
詩乃に近づく敵は継人が倒すため、砲撃に集中し易いのもあった。が、初心者には動く的を落とすのが難しい。
「動く敵は難しいなぁ……」
「敵の動きを見て、進行方向に標準置いてみろ」
継人はプレジデントでバズーカを構え、スコープの画面を詩乃のコクピットに転送する。
「こんな風にして、着弾のタイムラグを考慮してスコープに被る手前でな」
ザクがスコープに入る前に継人はバズーカの引き金を引く。バズーカの弾頭はビームより遅く敵に向かって飛んでいき、ザクへ命中する。
「なるほどね」
画面もあったおかげで詩乃にも理解出来た。徐々に砲撃の感覚を掴み、命中率も上がる。
「数が減ったな」
「これでラスト!」
あれだけいたザクはすっかり減り、残るは真紅の一機。
「シャアザクかな? かなり早いね?」
「ジョニーだろあれは」
他の機体より速いザクだが、だいぶ慣れてきたのか詩乃は相手の動きを予想して標準を置いて待ち構える。
「あの短時間で移動する的を射抜く基本を習得したか」
これには富士川も驚くばかり。しかもFCSによる補正が強いライフルではなく反動も大きく補正の少ない砲撃だ。素養でいえば継人を軽く超えている。
「ん? これなんか動きが違う!」
最後の1機、ジョニーライデンのザクは詩乃の指摘した通り動き方がコンピューターのそれではなかった。詩乃の砲撃を確実に回避し、反撃にビームバズを放ってくる。
一直線のビームがカラミティを襲う。
「うわっ!」
反射的にシールドを構える詩乃だが、武器の出来栄えが違うのかシールドはビームの照射で徐々に焼かれていく。
「シールド外せ! パージだ!」
継人が詩乃のカラミティを引っ張り、攻撃を回避させる。シールドを外したカラミティは左腕を失うだけで済んだ。
「なにあれ……」
「俺に任せとけ」
コンピューターと実力が違うと考え、継人がプレジデントカスタムを前に出す。接近しつつビームサーベルを振るうが、ジョニーザクはそれを僅かな挙動で回避する。
「サーベルの間合いが図れるだと?」
最小の動きによる回避、つまり即座に反撃へ移れるのだ。ジョニーザクはすぐビームバズーカを放つが、継人もプレジデントの肩スラスターを爆発的に加速させて避ける。
「危な!」
そしてそのまま機体を前に動かす。行き当たりばったりな挙動にもプレジデントカスタムは追従する。
「またか!」
2度目の反撃もジョニーザクは回避。ビームサーベルの間合いは読まれていると見ていい。
「ならよぉ!」
継人はビームサーベルを上段で大きく振りかぶる。ジョニーザクはそこを好機とサーベルの間合い外に出てビームバズをプレジデントカスタムに向けた。
「級長!」
これは詩乃も危険だと感じた。今サーベルを振り下ろしても、ザクには当たらない。一方的にやられるだけだ。
「そぉい!」
サーベルが振り下ろされ、同時にジョニーザクがビームバズの引き金を引く。プレジデントカスタムのビームサーベルは突如伸び、ジョニーザクへ届いたのである。
「ビームジャベリンか!」
富士川は武器の正体に気づいた。初代ガンダムのビームサーベルは原点にして特殊。リミッターを解除することでジャベリンへ変化するのだ。初代ガンダムの型落ちパーツから作られた陸戦型のビームサーベルにも同様の機能があるはず、と継人が付け足しておいたのである。
「セイヤーッ!」
ビームジャベリンの刃がジョニーザクを切り裂き、決着となる。
『battle ended!』
「やった! 勝った!」
バトルシステムが停止し、フィールドが消え去る。他のザクはホログラムだったため姿が無いのだが、ジョニーザクだけはバトルシステムの上に存在している。
「このザクは……」
富士川はジョニーザクに心当たりがあった様だ。そのザクをよく見ると、バーニアにメタルパーツが使われていたりしている。
「このパーツなんか違うよ?」
「メタルパーツだな。金属のパーツってのがあるんだが……」
「プラモデルなのに?」
初心者の詩乃にもパーツの違いがわかった。なぜなら単にメタルのバーニアを取り付けているだけで、質感の差が浮いているのだ。
継人が言葉を濁したのもこの点だ。
「ほら、プレジデントカスタムのバーニア見てみろ。金属っぽいけどこれはプラスチックなんだ」
「あ、ホントだ。塗装剥げてる」
「メタルパーツは素材が違うから上手く塗装で馴染ませないと浮くんだ。せめてバーニアのスス汚れでもあればな……」
対戦を通じ、プラモデルの奥深さまで知る展開になってしまった。
「なんだか難しそう……」
「そんなことないぞ。これなんか説明書のまま組んであるけど、これで結構十分だ」
萎縮する詩乃に継人がある緑の機体を見せる。これは流星号の元機体、グレイズだ。本当に説明書通りに組んだだけの代物だが、アニメから出て来たかの様な姿をしている。
「最近のガンプラは説明書通りに作るだけで十分なんだよ。俺らはそこにプラスしてるけど必須じゃねぇし」
「へぇ」
ガンプラについて和気藹々と話をする継人達、だがそれを影から覗く存在がいることに彼らは気づいていなかった。富士川を除いては。
「富士川先生? 幽霊でもいるんで?」
「いや、何でもない」
その存在は、富士川に気づかれたためその場を離れていた。上履きの色からして上級生だ。
「チッ、バトルシステムが起動した連絡があったから行ってみたら、なんだあいつら……」
実は先ほどのジョニーザクは彼が動かしていたのだ。
「ただの遊び半分の野郎に俺のザクが……。あのプレジデントとかいうの、大会からドロップアウトした落ちこぼれじゃねぇか」
その落ちこぼれに負けたという事実が彼を苛立たせるのであった。ガンプラバトルの設備がある、それはかつて『ガンプラバトル部』が存在した証である。そして、今は使われていないということは……。
@
「あー、久々にバトって疲れた……」
継人はペットボトルのコーラを飲みながら家路に着いていた。イヤホンから流れる曲は最近ハマっているアイドル『マナ&サリア』のアルバムを取り込んだもの。音漏れの少ない密閉型イヤホンが没入感の秘密なのだ。
もう目の前にある大きな邸宅が、今の彼の家である。絵に描いたような豪邸ではないが、大きなガレージに3階建て、地下室付きと日本においては可能な限り豪邸である。
「ん?」
その豪邸の様子は朝と異なっていた。家の前に、金髪の女の子が立っていたのだ。髪は染めたてなのかくすみが無く、背中にも届かないくらいの短さ。服装はジーパンにチェックのシャツと髪に反してオシャレかどうか微妙なラインだった。
「もしかして前の家主に用事?」
継人はイヤホンを外し、臆することなく女の子に話しかける。前の家主、という通り、表札のあった場所にはダンボールに『佐天』と書いてガムテープで貼っただけの簡易表札が付けられている。
「ここなー、前の家主の家族に頼まれて管理してんだよ。ほら、建物って人が住まないと悪くなるだろ? 実家の正面の家もさ、息子世代の為に建てたはいいけどその息子が海外赴任みたいでさ、親がよく来て管理してるよ」
とりあえず世間話から入る。女の子はまくし立てる継人を見ず、家をじっと見ていた。
「なんか処分に困る品も結構あるらしくてな……」
「私は……」
女の子が話し始め、ようやく口を開いたか、と継人は話を打ち切る。その次の言葉は、彼の予想を軽く凌駕してはいたが。
「誰?」
「んん?」
「私は、誰?」
三人の運命が、今日から動き出したのである。
次回予告
詩乃「次回、『ガンプラを作ろう』。ねーねー、見て、今月は佐治晴香さんが表紙飾ってるよ。紫が似合う人って素敵だなぁ……。あ、私はピンクが好きかな?」
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2.ガンプラを作ろう
「まぁハッキリ言って、出来の悪い生徒でしたよ。授業態度は真面目で分からないところは聞きにくるのに、成績は下位でした。運動や芸術もパッとした特徴がありませんでしたし、クラス替えの時はどこに配置しても困るくらいでしたね。
ただ、ガンプラバトル部の創設者としての功績は誰しも評価するでしょう。それがあんなことになるなんて……。いや、これのことは思い出させないで下さい! 私も直に戦ってはいませんが、あれが時々、脳裏をちらついて……。一生あれの影に怯えることになるなら、教育委員会の提案なんて……。
(ここでテープに騒音が入る)
ほら、あの話なんかするから……今も立ち直れていない生徒が……」
―仙堂中学の教員が語る
「どーいうこと!?」
継人の自宅に駆け込んできたのは詩乃である。何かというと、継人から救援を求めるラインが届いたのである。『明日作り方教えるよ』とか言いつつ学校を欠席し、その放課後にこれである。
「簡単に説明するとだな、記憶喪失の女の子が俺んちの前にいたというわけだ」
「結構な豪邸だね。家族は?」
「バイトで管理してんだよ。家族は実家か職場かな」
継人の自宅に上げられ、あまりの豪邸ぶりに詩乃は辺りを見渡す。が、豪邸にありがちな調度品の類はあまりなく、代わりにガンプラが飾られていた。
「これ継人が作ったの?」
「いや、しまいこまれてたから出して飾った。前の家主の持ち物だ」
リビングに行くと、件の女の子がソファで眠っていた。毛布を掛けられ、静かに寝息を立てる。ショートの金髪は少し濡れており、整った顔に張り付いていた。
「疲れてたみたいだから寝かしておいたけど、持ち物に身分証が無くてな。誰なのか手掛かりがない」
継人は彼女に許可を得て持ち物を調べており、手掛かりを探していた。
「スマホは?」
「無い。電子機器の類は全くな。代わりにこれだ」
女の子の持っていたリュックから、継人はあるものを見つけていた。いくつかの箱、ガンプラやスケールモデルだ。
「え? ガンプラ?」
「道具の購入は無いな。ということは道具を買う様な初心者じゃないってことだ。それか専用の道具すら知らない初心者か」
手掛かりになりそうなのはこのくらい。身分証も電子機器も無いのでは、手掛かりなど無いも同然だ。
「何かわからないの?」
「後はだな、髪は染めたもんだろう。根本がまだ黒いし、天然なら年齢にしては鮮やか過ぎる。あと身につけているものが妙に新しい。財布も持ってるが、これも新しいしあまり現金が入っていない。使い切ったのか、元々手持ちがないのか判然としないがな」
ただここまでわかっても身元に繋がる情報は一つも無い。
「この歳なら、まぁ大抵は捜索願いとか出るだろう」
「病院連れてった方がいいんじゃない?」
詩乃は何よりその一点が気になった。記憶喪失となれば、何か異常が無いか診てもらうべきである。
「ああ、それならもう急患扱いで無理言って診てもらったよ。予想通り、突然記憶が無くなる『全生活史健忘』ってやつみたいだ。やっぱ頭打ってるかもしれないと危ないからな。アレルギーの有無も診てもらったよ。メシも一安心だ」
「あ、それテレビでたまに聞くやつ」
継人はとっくに検査をしてもらっていた。今日学校を休んでいたのはそのためだ。
「やっぱ結構疲れたみたいでさ、ベッドまで持たなかったよ。昨日もシャワー浴びてすぐ寝たんだが、昼まで起きなくてさ」
「まぁ当然よね。突然自分のことがわからなくなっちゃうんだもん」
色々話していると、女の子が目を覚ます。
「ん……」
瞳の色は僅かに明るい茶色。もしかしたら顔立ちといいハーフなのかもしれない。表情は乏しいが、なかなかの美少女である。
「つぎ……と?」
「あ、悪りぃ、起こしちまったか?」
起き上がった彼女の服装を見て、詩乃は少し驚く。継人のものとみられる白いワイシャツを一枚着ているだけだ。ソファから立ち上がると、健康的な太ももが露わになる。
「ピキュッ……」
詩乃は咄嗟に継人を締め上げる。腕を使った見事な絞め落としだ。背後から密着する形なのに、継人は背中にあるはずの詩乃の温もりを感じられない。相手に僅かなラッキーも許さない見事な姿勢制御だ。そこそこあるはずなのに詩乃の胸が継人の背中に当たらない。
「な、なんすか山城さん……」
「級長あんた記憶喪失の女の子になんて格好……」
「いや趣味嗜好が分かれば手掛かりになると思って複数着替え用意したんですよ? その中に冗談でワイシャツ入れたんですよ? そしたらまさか着るとは思ってなかったんですよ?」
なかなか落ちない継人も大したものである。結構本気で締めているのに。状況がわからず、女の子は首を傾げている。それに詩乃も気づいた。
「あ、ごめん今倒すから!」
「隙ありぃ!」
すると、継人は詩乃の締めを抜け出す。本当にスルリと、技をかけている詩乃にも解かれた感覚がなかった。
「なに? 私のサブミッションを抜けた?」
「はっはー! この程度どうってことないぜ!」
少し色素の薄くなった継人を睨む詩乃。が、女の子は何故か床を見ていた。詩乃もそれに釣られて床を見る。
「ん? あ、級長! 下、下?」
「下? うわ! なんか軽いと思ったら!」
床には継人の肉体が転がっていた。そう、今詩乃と話しているのは彼女のサブミッションで出てしまった継人の霊魂だ。落ちてるどころか死にかけている。
「戻して戻して!」
空中をバタバタ泳いで肉体に復帰する継人。何だか小慣れているように見える。
「あんた本当どうなってんのよ?」
「復活!」
そんなドタバタ劇だが、女の子は特に動じる様子も無い。
「この格好、快適だよ? 締め付けないから」
「そうね、でも女の子が男の前でそんな格好しちゃダメなのよ……」
こればかりは止めないと継人の為にならないと、詩乃は行動に出る。女の子は少し眉を顰める。何か気に触ることでもあったのか。
「えー……」
「えっー!」
「あんたねぇ……」
女の子は嫌そうだが、継人はその何倍も嫌そうだった。これには詩乃の呆れフェイス。
「俺は霞がしたいようにすればいいと思うけど。もしかしたら記憶が戻る鍵になるかもしれないし」
「霞? 名前わからないんじゃなかったの?」
継人は女の子を霞と呼ぶ。どうやら既に仮称を決めてあったらしい。
「ああ、名前わからないんでいくつか候補を挙げて選んでもらった。持ってた軍艦のスケモから足柄霞、だ。さすがに自分の苗字を付けるのは憚られたがな」
「それやったら脚折るからね。膝を曲がらない方に曲げて」
「ヒィッ!」
突然のバイオレンス発言に継人も肝を冷やす。あまり詩乃の前でふざけない方が賢明だ。
「とにかく、風邪引いちゃうから暖かい格好しようね。と、これでいいかな。それとあんたはこっち来る」
「はい……」
詩乃は適当に洗濯してあった継人のスエットを渡し、継人を連行する。玄関まで来て、話を再開する。
「いい? あの子今、大分あんたに頼り切りみたい。いいこと? 弱みに付け込んでなんかしようものなら……」
「しない! しないさ、一つ屋根の下でも大分ご褒美みたいなもんだからな」
心配なのは継人とのこと。霞はかなり継人にべったりだ。頼れる人物が彼しかいないからだろう。
「記憶ってのは戻るかどうかわからん。もう富士川先生に話して学校にも通える様にしてもらってるよ」
「ならよし」
そこは継人も考えてはいた。記憶がこのまま戻らない場合、彼女は足柄霞として生きることになる。その際、学歴も無いのでは自立出来ないので白楼高校がそこを支援してくれるのだ。それを聞いて詩乃は一安心する。
「ああ、山城さん。頼むんだがあんたからも霞を気にかけてやってくれ。頼める女子がいないんだ」
「うん、いいよ。でもちょっと協力してね」
「んん?」
継人は詩乃に協力を要請したが、彼女もまた頼みがあるらしい。取り出したのは今日出された数学の宿題。
「宿題手伝って!」
「学生候だな……。連絡で内容聞いてたし、俺の分は病院で待ってる間にもうやってあるよ」
詩乃は学生の邪魔者、宿題の協力を取り付けた。これでwin-winの関係だ。
とりあえず霞の下に戻ると、彼女は詩乃が渡したスエットに着替えていた。少しサイズが大きい様だ。
「で、早速宿題なんだけど……」
「これだな、中学の時にやった英語の復習だ」
「ドリルなら答え写しちゃえばいいんだけど、こればかりはね」
契約内容の確認をしつつ、リビングで宿題を見せ合う継人と詩乃。彼女は普段、宿題を答え見て書き写すだけで済ませているらしい。
「それ宿題の意味あんのか?」
「肝心な時にやればいいの。そんな毎日頑張ってたら疲れちゃうよ」
と、まぁ詩乃の人となりがわかる様な処理方法である。が、今回の様な調べ物はそれが通用しない。
霞は二人の様子を見ながら、寝起きで喉が渇いたのか水をゆっくり飲んでいる。
肝心の宿題は英単語の意味や綴り調べてくる復習だが、詩乃は一目であることに気付いた。
「何これ、全然違うじゃない」
「え? マジ? 電子辞書で調べたぜ?」
勉強に力を入れない詩乃が一目で間違いに気づく有様だった。英単語の綴りがどれも微妙に違う。
「ほら、代名詞の『she』とかどうやったら間違えるのよ」
「えー? 俺こう見えて療養でアメリカにいたから英語喋れるんだけど?」
「本当に? フィーリングで喋ってない?」
継人は英語を喋れると主張するが、言語というのはライティングのテストと異なり喋る場合に限ってはフィーリングやニュアンスで何とかなるものだ。その癖がモロに出て、書き写しにも影響したのか。
「うん……何となく、わかる」
いつの間にか、霞は詩乃の宿題を進めていた。調べる事無く、難しい英単語を書いている。
「うわ、スゲェ」
「わかるんだ、これ。先生がこっそり大学入試レベルの単語混ぜたって言ってたけど」
詩乃がそう言うにも関わらず、霞はサラサラと母国語を書く様に進めていく。
「全部あってるよ。やるなぁ」
継人が調べると、どれも正解らしい。というわけで宿題はサクッと終わってしまった。彼は詩乃と霞を見比べてため息を吐く。片方は頭も良くてかわいい。もう片方は頭と外見そこそこ、サブミッション女。
「可愛い上に頭いいとか、神様は平等に人を作りたもうた……ってことは無さそうだ」
「なんで私を見て言うのよ」
これには詩乃もご立腹。これ以上やるとまた関節技が飛んで来そうなのでやめよう。
「……二人は恋人?」
しかし霞の投下した爆弾で二人が魂ごとの勢いで吹き出した。恋人どころか会って数日の関係だ。そして関節技で霊魂をぶっこ抜かれる関係でもある。
「か、勘弁してくれ! こんな出会って数日の相手に容赦なくサブミッション放つ女!」
継人はもう冷や汗だらだらで否定した。そんな間違いされた日には詩乃からパワーボムでも飛ぶんじゃないかという恐怖で。
「普通ならやりませんー! あんたが霞の記憶喪失をいいことに色々したんじゃないかって思ってやっただけですー!」
詩乃だって普通、人に関節技を掛けるような女ではない。相手の行いにもよりけりなり。
「違うのに抱き合ってた……?」
「あ、これ関節技の概念がないパータンか?」
霞はどうやらさっきの関節技を抱擁と思っていたらしい。継人にとっては胸も当たらないラッキー皆無な密着だったわけだが。
「さっきのはデビルスリーパーって言ってね、関節技の一つなの」
「関節技」
「あんたの恰好を見た時、継人があんたの記憶喪失をいいことに乱暴してないか心配になってね」
「されてない」
詩乃は霞に一から説明する羽目になったのである。どうやら彼女は関節技を記憶無くす前から知らなかったと思われる。
「んじゃ、ガンプラ作るか」
「そうね」
そんなわけでガンプラ作りを始めることにした。詩乃はグレイズ改弐、流星号を作りたくて継人に声をかけたのだ。
「霞も、もしかしたら記憶に引っかかるかもしれない」
「うん、やってみる」
詩乃に教える予定だったが、ここは霞も誘ってみる。ガンプラを持っていたことがやはり手掛かりになるだろうか。
霞のガンプラは『ガンダムAGE1ノーマル』。主役機といえ現行ではなくシンプルな機体。渋いチョイスだ。
「あ、ガンダムっぽいガンダムだ」
詩乃もそう思うくらいガンダムしているガンダムである。プレジデントカスタムはガンダムっぽさが詩乃的に薄いのか。
「まず必要な工具だが……ニッパーだ。パーツをこのランナーから切るのに使う」
継人は自分もガンプラを手に説明する。パーツが一綴りになっている板の様なもの、これがランナー。これからパーツを切り離して組み上げるのだ。
「手じゃダメなの?」
「タッチゲートならいいが、綺麗に切れないしグリグリやるのって結構手を痛めるんだ」
詩乃は昔作った理科の教材の記憶を基に発言する。爪切りなんかで切ることもあるが、刃物は専用の物を使わないと悪くなってしまう。
「相場は大体、600円から1000円。これ以上高いモデルだと切れ味はいいがデリケートになって使い方を気をつけないといけない。入門に1000円未満のもの買って、続けるつもりが出たら1000円台のもの買うといいぞ。安いモデルは切れ味こそあんまりだが無茶の効く耐久性がある。高いニッパーを買っても太いプラ棒を切るなど応用できるぞ」
継人が二人に貸したニッパーは百均とかでよくみるような形状のもの。だが切れ味はプラモデルに最適で、百均とはモノが違う。
「へぇ、なるほど」
「慣れるまでは説明書の手順に従うんだ。パーツを切る時は、少しパーツから離れたところを切る。そして余ったところを切る。二度切りが有効だ」
「なんか違うの?」
詩乃の質問に、継人は実践を交えて答える。わざと二度切りせずに、パーツの付近へニッパーを入れる。すると、切り取られたパーツは白く変色していた。
「ほれ、プラに負荷が掛かると『白化』という現象が起きる。これを避けるために二度切りして負荷を減らすんだ」
「はー、なるほど」
HGなだけあり、組み立てはサクサク。パーツ数は一見多目だが、パーツの合わせが良好でそもそも組み立て難度が低い。
「シールを貼る時はピンセットを使おう。手で貼ると、手の油分で粘着力が弱まる。ピンセットは100均で十分だ」
シールを貼るにも注意が必要。別に手でも構わないが、そちらの方が長持ちする。そもそも最近のガンプラはシールが少なめだ。
「ポリキャップの挟み忘れには注意するんだぞ。うっかり忘れたら、デザインナイフなんかでパーツのスキマをテコの原理で慎重に持ち上げよう。接着剤を買っておけば、もしこの作業でピンが折れても組み立てを続行できるな」
これまた最近は少ないが、パーツを挟み込んで作る場合もあるので注意だ。
「できたー!」
「出来た……」
あっという間にガンプラが完成。流石に早い。あれだけあったパーツが18センチちょっとの人型に収まる姿は圧巻でもある。ガンダムAGE1も流星号も、非常によくできている。
「お、出来たな」
「何か思い出す?」
そういえば霞の記憶の為にもやっていたのだと詩乃は思い出す。霞はというと、特に何も思い出せない様子だった。
「わからない……でも、楽しい」
「ならいいか」
彼女は少しだけはにかんだ。継人にとってはそれだけで十分。記憶を無くして検査続きで疲れた霞が、少しでも安らげば。加えて、プラモデルはスタートで挫折しやすい趣味なのだ。
「ただ組み立てるだけだと疲れるけど、あのバトルのためだって思うとモチベ上がるねぇ」
詩乃も先にバトルをやったおかげか、組み立てに苦痛は感じていなかった。目的があるというのはやはりいい。
「これでひと段落だな」
継人は作品を見て、ひとまず役目が終わったことを実感する。しかし先は長い。霞の記憶はこのまま戻るだろうか。もしかしたら戻らないかもしれない。
「そうだ。級長、この家バイトで預かってんだって?」
「そうだけど?」
ふと、詩乃があることを思い出す。それは、霞が発見された時の状況だ。
「もしかしたらこの家、霞と関係あるんじゃない?」
「ああ、なるほど」
霞はこの家の前にいた。偶然、という可能性の方がもちろん大きい。しかし記憶を無くした彼女が深層の何かに従ってここに来た可能性は否定できない。
「とりあえず家の情報を整理するか」
継人はこの家についてまとめることにした。
「まずこの家は前の持ち主がわからない」
「え?」
この断言に詩乃は驚く。前の持ち主はバイトの依頼主の家族だろうとばかり思っていたからだ。
「だってバイトで……」
「バイトも中学の先生が持ってきたしな。詳しく家の事詮索しないって条件でな」
なんだかいろいろ詩乃の常識を超越した経緯でのバイト紹介だった。内容が内容だし、当然といえば当然だろうが。
「もしかしてここ、事故物件? 数か月住むとそれ買う人に言わなくていいとか……」
「いや、そうではなくてな。前の持ち主が病気で亡くなったかららしいんだ」
詩乃は事故物件を想像した。近くで霞がお化けみたいなポーズをひそかに取っている。だが、そうではないんだとか。
「ていうか中学の先生が仕事紹介したんだ」
詩乃として気になるのはそこであった。教師がバイトを紹介するなんて聞いたことがない。
「日本の法律だと中卒から働けるし、仕事のコネを教師が持ってるに越したことはないな。俺だとちゃんと職に付けるか怪しいもんだってな」
「随分と失礼ね」
結構失礼な理由での紹介だったが、継人は特に不満無さげである。
「いや、俺の両親もそう思ったらしくてな。だが俺はあの先生が言うんなら間違いねぇと思うよ。実際、新聞配達したら自転車燃えるし、喫茶店のバイトやったら正しく使ってんのにコーヒーメーカー壊すし」
「あ、まさかこの前新聞が届かなかったのと喫茶店閉まってたのあんたが原因なのね!」
詩乃も個人的に何かの糸が繋がった。この通り、継人は運の無さと能力の低さがベストマッチして惨劇を引き起こすことがまぁある。どんなに真面目でもこれのせいで職探しに困るだろうと踏んだ先生がこの屋敷のバイトを見つけてきたのだ。
「継人、料理上手い。失敗するとは思えない」
霞の感想も確かだが、家でやるのと仕事でするのは勝手が随分違う。
「うーん、なんというか設備がでかくなるとダメというか。マック何件焼いたかなぁ。ポテトは鬼門だ……」
「何があった」
「ポテト揚げたら出火」
こればかりは本人に原因がわからない。本当に運の問題なのだ。
「で、家なんだけど書斎と模型部屋、シアタールーム、そんで寝室が二つだな。一つは本当に寝室って感じだが……」
家の話に戻すと、この邸宅は二階建てでそうした部屋がある。二つある寝室の内、一つはベッドがあるだけの部屋だ。
「もう一つは机とかもあって、子供部屋っぽいんだ。そこを霞に貸してる」
「子供と二人暮らし?」
「かもな」
詩乃は親子二人暮らしを予想したが、謎はまだある。継人はそこを詰めていく。
「シアタールームには歴代ガンダムのブルーレイ、模型部屋にはプレバン含め大量の積みプラ。そんでロフトとか棚の後ろの隠し部屋とか、まだ把握してないところも多い」
なにせ間取り図を渡されていないので、未だ全てを把握できていないのだ。
「謎が謎を呼ぶね」
霞と同様、謎の多いこの家。詩乃は不謹慎ながらワクワクしていた。果たして、霞の正体とは。そしてこの邸宅との関係はいかに。
次回予告
富士川「次回、『ドキドキ? 共同生活』。男女二人、一つ屋根の下。なにか間違いがないといいがね。あいつが真面目でも、二人きりってのは魔力があるんだ。邪魔されない空間で、ってね」
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予告 ガンダムBFプレジデント ウェブアニメスタート!
みんな、ダイバーズに心奪われてないか?
しかし忘れるなかれこの物語を!
読者の皆様ぁ! なぜ今まで更新が止まっていたのか、なぜこんな長い期間なのか、なぜ機体開発だけは進んでいたのクぁ!
それはガンダムビルドファイターズプレジデントが、ウェブアニメ化するからだ!
story
買い物中、ワゴンに入れられていたガンプラに一目惚れした女子高生、山城詩乃。しかし箱を開けてびっくり!
ガンプラって自分で組み立てるの? でも作ったことないしどうすれば……。
そこである男子を思い出した。ガンプラファイター、プレジデント。その名も佐天継人。彼に教わりならがガンプラ、そしてガンプラバトルに触れていく詩乃。
しかし、そんな二人の前に記憶を失った少女、足柄霞が現れる。それはガンプラを巡る日常への入り口であった……。
cast
山城詩乃:佐倉綾音
佐天継人:寺島拓馬
足柄霞:雨宮天
そしてHGシリーズ展開!
9月発売
HG ガンダムプレジデントカスタム
HG 流星号(グレイズ改弐) verGBF
BC プレジデントアームズバズーカ
プレジデントカスタムは基本装備、マシンガンとビームサーベルが付いて1080円!
そしてビルドカスタムでバズーカ装備だ!
流星号は手軽にかっこいいマーキングシール付き! そしてオプションも付属だ!
……
という夢を見たんだ。騙して悪いがいつものエイプルリフールネタだよ。
ただボイスの設定はマジ。継人はデシルというよりアヴェンジャーのイメージ。
これからのガンダムBFプレジデント!
霞が学校へ来る!
美少女との共同生活を羨まれる継人、彼の命は果たして?
なぜ白楼にはバトルシステムがあったのか。その謎が明かされる。白楼にはかつて、バトル部が存在した!
そのチーム『トロイア』が襲撃を開始。霞の魔の手が忍び寄る。迫るガンダム四号機のメガランチャー、五号機のジャイアントガトリング。今度は万全のマドロック! プレジデント一機では間に合わない!
そして詩乃が遂に禁断のアイテムで変身! ハザードオン、ラビットタンクハザードフォームだ!
アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!
次回、ガンダムBFプレジデント! 第三話『ドキドキ? 共同生活!』
禁断の引き金が引かれ、誰かが消滅する!
……いやこの予告は嘘じゃないんですよ? 本当なんです信じてください!
そして、継人の数えるべき罪が過去から鎌首を擡げる……
ヴヴァル事変の真相が明かされる。羽黒戦、最後の依頼。黒い鳥が全てを焼き尽くすのか、プレジデントの卵が悪魔を従えるのか。
『ガンダムビルドファイターズ プレジデント×ダークレイヴン』も進行中!
待っててね!
ウソでした。毎回恒例のアレだよ。アニメ化告知の体を成した脳内CVの公表だよ。
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3.ドキドキ? 共同生活!
????「警察だ! 未成年者を監禁しているとの情報があった! 国際警察の権限において実力を行使する!」
継人「あ、あなたは警察戦隊の好感度モンスター!」
圭一郎「だれがモンスターだ。事情を説明してもらうぞ!」
継人「はいはい、じゃあ第三話で説明しますんでどうぞ!」
「おそらくは全生活史健忘でしょう。記憶が戻るかはわかりません」
「そうですか」
自宅の前にいた少女、足柄霞を市民病院に送り届けた佐天継人。付き添える人間が自分しかいないのでそのまま検査結果を聞くことになっている。記憶喪失とは厄介なものだ。ゲームならどこかのイベントで記憶が戻るんだろうが、現実にはそんなイベントのフラグなど仕込まれていない。
肝心の霞は疲れ果て、病院のベッドで眠っていた。数日間歩き通した様で、脱水症状も起こしている。最初は目的もあって外出していた様だが、その途中で記憶を失ったのだろう。
「全生活史健忘は頭部への衝撃のみならず、ストレスに晒された際も発生します。検査の結果、頭部への異常は見られませんでした」
「つーことは……」
ひとまず安心した様な、不安が強くなったような。つまり原因が絞られてしまうからだ。
「歳は16歳前後、記憶がない間学校に行かないわけにもいかないか……。戻るとも限らないし」
医師は霞のこれからについても案じてくれていた。それについては継人にも少し案があった。
「うちの学校、俺みたいな結構特殊な事情の生徒も預かってくれるから、頼んでみますよ。学費は出世払いでね」
継人や詩乃の通う白楼高校は教育の拡充に力を入れており、病気等で特殊な措置が必要な生徒にかなり融通を利かせたり、フリースクールの開設にも積極的だ。理事長がそもそも子供を教育の世界が見捨てることは損益であるという考えの持ち主。
「君の姿見てうちの患者さん数人発狂してたんだけど君、フォーリナーのサーヴァントか何かなの?」
その恩恵に自身も預かるという継人。過去にやらかしたことが原因で彼の姿を見ただけで正気を失う人があちこちの高校にいるせいで公立高校からは出禁を喰らっていたりする。一部の人にとっては歩くトラウマスイッチである。
「いやー、どうも昔結構な人のSAN値消し飛ばしたんでね」
「あ、思い出した。ウヴァル事変か……。たかがガンプラバトルでああなるもんかね普通」
医師は遊びで一生もののトラウマを抱えることになった人達に疑問を呈するも、そもそも遊びと割り切れたならそうそう大きいダメージにはならないはずだ。
霞の記憶も疑問が多いが、このプレジデントについても語るべきところは多い。
@
結局、白楼に通うなら部屋も余ってるし継人の家に住むといいだろうということになり、霞は彼の家に居候となった。バイトで預かった家なので別に継人の自宅ではないが、女を連れ込んではいけないというルールを定められた覚えもない。
「うーん、あと28週間……」
土曜日の朝、ウルトラマンを録画していると早起きする必要がないので継人は朝寝坊。寝室のベッドでグースカ寝ている。前の家主は独身の金持ちだったのか、寝室がホントに寝室でベッドしかないのだ。書斎と模型部屋が別個で存在し、霞が使っているのはなぜか存在する子供部屋。用途は不明だがやけに綺麗な勉強机とベッドがあるものだからそう呼ぶしかない。
「継人、継人」
そんな彼を起こす存在があった。布団を剥ぎ取るでもなく、優しく揺すって起こしてくれる。
「ん? あれ?」
仕事で忙しい両親と学校のため別居している兄弟という家族構成なせいで一人で暮らしている様なものだった継人にとって、そんな存在はないはずである。が、今日はいるのだ。
「霞……?」
「起きて」
霞がエプロンを付けて、お玉を持って起こしにきていた。まるで新妻の様だ。若過ぎるだろうが、ショートの金髪が『学生結婚して卒業後すぐに家庭持った』感を出し過ぎである。そのあまりの神々しさに、継人は混乱を隠せない。きっと朝ごはんを作っていたのだろう。それが出汁を入れ損なって味気ないみそ汁でも、水加減を間違えて芯の残ったご飯だろうと、彼女が作ったという事実があるだけで美味しいに決まっている。
「ま、まさか朝ごはんを……? だ、駄目だ、そんなポリコネフェミニストに怒られる展開……! 絶対地上波で放送したら怒られる! 女性側の願望は例え不倫からの略奪愛でもドラマで堂々と流せるのに男性側の願望は一ミリでも出た瞬間叩かれるこの時代にそれはマズイ!」
「お手紙来たから起こしにきた。ご飯は別に作ってない」
「お手紙でござるか」
しかし継人の興奮に反して、霞の用事は宅配便。勝手に開けたりしない辺り律儀なのかなんなのか。お手紙、という語感がこれほど可愛らしく聞こえたのは彼にとっても初めてのことであった。
「よかった、ポリコネに叩かれるプレジデントはいなかったんだね……」
何やかんやいってアマゾンから荷物を受け取り、朝食の準備をする。
結局継人が作るならなぜ霞はエプロンとお玉を装備していたのか、とても似合っているがそれが気になる。
「で、そのお玉は……」
「何故か持ってた」
「ふむふむ」
継人はそんな霞の些細な挙動もメモする。今は少しでも手がかりが欲しい。
「朝食はパン派? それともご飯派?」
「どっちだったんだろう?」
「まぁ今はコーンフレークしかないけど」
朝食はコーンフレーク。なんでも毎朝山盛り二杯食べれば継人みたいに死にかけて霊体が抜けても戻れるくらいには強くなるとのことだ。
「そうだ、お手紙お手紙」
朝食を食べ終わったところで継人は封筒を確認する。簡易書留でもない、普通の封筒である。特に重要そうには見えないが、『節テレビ』と有名な局の名前が封筒に印字されている。
「中身は……これは?」
内容はテレビの出演依頼だった。どこからともなく情報を聞きつけ、行方不明者を探す特番へ出てくれという話になっていた。
「あっれー、確かにSNSで呟いた様な気がするけど……どこで情報漏れたんだ?」
ともかくこれは後回し。少しでも情報が欲しいのだが、霞を見世物にする気はさらさらない。加えて、全生活史健忘はストレスでも誘発される。霞の生活が記憶を捨ててまで逃げ出すほどにストレスフルだった可能性も捨てきれない。特に身分を証明するものの破棄が意図的なものだった場合、彼女を元の生活に戻すのは憚られる。
「継人、どうしたの?」
「いや、テレビ出る? ってはなし」
霞に手紙を渡す。すると彼女は軽く読んでゴミ箱に入れてしまった。
「いいのか? 手掛かりが掴めるかもしれんぞ?」
「うん、なんだか……」
せっかくの手掛かり、しかし霞は乗り気ではない。たしかに、今は記憶のない自分との折り合いや新生活への対応もある。あまり派手な行動は負担にしかならないだろう。
「ま、いっか。また落ち着いてから考えようぜ」
「……うん。ごめん」
霞は記憶を取り戻すチャンスを棒に振ったと謝る。だが、継人は気にしていなかった。
「気にすんなって。俺もお前を視聴率稼ぎの見世物にしたくはなかったんだ」
記憶を取り戻すためには情報を広く募る方がいいだろう。だが、それは多くの衆目へ彼女を晒すことになる。今は霞に平穏を与えてやりたい。それが継人の考えであった。
朝食を終え、二人は今日の用事に取り掛かる。
「さて、そろそろ出かけるか」
「うん」
この休みで、月曜日から霞が学校へ通う準備をすることになっていた。買い物となると車くらい欲しいところだが、継人は免許など持っていない。なのでアッシー君を手配してある。
「お、きたきた」
継人はエンジン音を聞きつけ、玄関に出る。そこには一台の赤いポルシェが停車していた。運転席にはどう見ても免許の無さそうな女の子が座っている。
「やー、久しぶり」
「レイモンドさん、今日は警察に捕まらなかったですね」
女の子は赤毛に青い瞳で外国人と思われる。継人は霞にこの女の子を紹介した。
「紹介しよう。彼女は2代目レイモンド・ポーン氏。執事連盟から如月家に派遣された執事だが、お嬢様が一人暮らし中なので今回呼べました」
「こう見えても30代だよ」
級長メイドのビルドファイターズを愛する諸君なら覚えているだろうか。彼女は暁中学にガンプラバトル部をもたらした如月葉月の専属メイドである。事実は継人が説明した通りだが、彼の出身は仙堂中。学校も違うのに手を借りられたのには訳がある。
「どうも、ご迷惑をおかけします」
霞は丁寧に礼をする。基本、礼儀正しい人物であることが継人にもわかってきた。だからこそレイモンドを呼んだということだ。
「気を抜かないでよねー。私はお嬢様に頼まれて君の監視も兼ねているんだからさ」
「へいへい。そういうわけで互いに寝首を掻く関係だから容赦なくこき使ってくれや」
レイモンドを呼んだのは都合がいいだけでなく、霞にとって気兼ねなく手を借りられるだろうことを想定してのこと。この通り、霞も継人達の世話になることを結構気にしている。継人と敵対関係にある人物なら少しはそれが和らぐだろうという配慮だ。
車は早速買い物に出発する。ポルシェの乗り心地は中々だ。
「あのワゴンどうしたんです?」
「えー君が破壊したんじゃん」
「そうでした」
そんな霞が二期から見始めたアニメで一期の内容に触れられたみたいた反応しか出来ない会話をしつつ、買い物に出陣した。
「ふふ、君を葉月から引き離したのには理由がある」
「何?」
「フハハハハ!」
馴れ合いっぽいながらも敵対オーラを添えて。
@
休み明け、2日ぶりに会う継人の様子に詩乃は困惑していた。朝早くの教室は転入生、霞の噂で持ちきりになっていた。詩乃、継人両名ともそんな話は一ミリも耳に入らない状態だ。
「どうしたの?」
「いや……ちょっとね」
明らかにやつれている。彼女は記憶喪失な上知らない男と暮らす気苦労のある霞を心配していたが、結果は真逆になった。ノーマークの継人が死にかけている。
「なによ」
「一から十まで話したら俺を殺すだろ?」
「殺さないから言ってみてよ」
怒らないから正直に言いなさいと言って怒らなかった例は古今東西存在しない。エジプトの壁画や古事記、徒然草にも記されていたことだ。例外なのは木を切ったワシントンくらい。ワシントンは大統領、すなわちプレジデントである継人は大丈夫と考えて話すことにした。
「それがな、霞の奴、風呂上がりにバスタオル巻いただけで動き回ったり、朝起こしに来てそのまま布団に潜り込んで寝たり、ソファでテレビ見てると俺に寄りかかって寝たり、嬉しいやら気苦労やら……」
継人が正直に話すと、詩乃は手にした拳銃を突きつける。殺さないっていったのに。やはりワシントンが怒られなかったのはその手に斧という武器があったからなのか。
「や、やっぱ殺すんかい!」
「落ち着け!」
突然のことに、他のクラスメイトも止めに入る。一応拳銃の発射口はオレンジ色で明らかにおもちゃだが、殺意が本物だ。
「殺す! こいつはここで殺さないとダメだ!」
「姉か妹の話だろ? 俺にも覚えがある!」
姉妹に関する話だと思われている様だったので、詩乃はここで爆弾を投入する。
「これから来る転入生に関わりのある話よ。寿命が伸びたね」
「こえーよ俺どーなんのさ」
転入生という言葉にクラスがざわつく。姉妹ではなく転入生。つまりどういうことなのか。
「んー、どうしたのこれ?」
「おめーは普通に遅刻だな」
そこへ副学級長の女子が現れる。彼女は柚木ミナミ。継人とは級長コンビとしてクラスで認知されている。
「何故か俺が詩乃に殺されそうになっている」
「あ、それって転入生の件? たしか今一緒に暮らしているっていう」
そこでミナミはウッカリと情報を漏らしてしまう。継人は気軽に話せる関係。霞についても頼んでいたのだ。
「それって女子?」
「可愛い?」
「うん可愛いよ。クーデレ……いや、素直クールって感じで」
「あああああああ!」
男子に詳細を聞かれ、ミナミは全て明かしてしまう。これが男子の逆鱗に触れた。何処からともなくビルドドライバーとハザードトリガーを男子達が用意し、詩乃に渡す。
『ハザードオン!』
「ヤメルルォ! それはシャレにならん!」
詩乃がビルドドライバーで変身する。禁断の引き金が引かれ、誰かが消滅する! 継人は必死に止めるも、まるで言うとこを聞かない。
『ラビット! タンク! スーパーベストマッチ!』
ベルトに赤いウサギと青い戦車の絵が浮かび上がり、それが激しくシェイクされた。様に見える。
『ドンテンカンドンテンカン! ドンテンカンドンテンカン!』
『ガタガタゴットンズッタンズッタン! ガタガタゴットンズッタンズッタン!』
ベルトから伸びた黒い線が、黒に所々警戒色の虎柄を散りばめた機械を生成した。様に見える。
『Are you rady?』
「変身!」
『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』
その静止も虚しく、詩乃はイメージだけで変身を完了した。黒い機械にたい焼きみたく挟まれ、出てきた詩乃は黒塗りのビルドになっていた。様に見える。
逃げようとする継人の頭を詩乃は手掴みで抑え、そのまま無慈悲な必殺技に繋がる。既に怒りで荒ぶる段階を超え、非情な兵器としての振る舞いにシフトしていた。
『マックス、ハザードオン!』
『ガタガタゴットンズッタンズッタン!』
『オーバーフロー! ヤベーイ!』
まずはオーバーフローで装甲を剥がす。実際には詩乃のゴリラみたいな握力で頭部を握りつぶされているだけなので見た目より痛い。
『ガタガタゴットンズッタンズッタン!』
『レディーゴー!』
『ハザードフィニッシュ!』
継人の首に必殺キックをかまし、トドメを刺す。本編では装甲を剥がして実質生身にライダーキックだったが、現実は生身に詩乃のライダーキックが刺さる形になる。そう、ライダーキックの部分だけ変わらないのである!
「おーい、ホームルーム始めるぞ。あれ? 継人は?」
富士川が教室に入ると、継人の席には紫色のヒヤシンスが置かれていた。許してヒヤシンスってか? 貴様は絶対に許さん!
「まぁしばらくしたら生えてくるだろ。それよりなんで詩乃以外お通夜ムードなんだ?」
「ニチアサのトラウマを掘り返したからです」
「俺は……取り返しのつかないことを……」
男子は自分らで詩乃をけしかけといてこれである。これなら霞も落ち着いて自己紹介できるな、と富士川は話を進めた。
「みんなも聞いていると思うが、今日からうちのクラスに転入生が入ってくる。紹介しよう」
教室の扉を開け、一人の少女が教室を覗く。そろっと入ってきて、教卓の前に立って自己紹介をする。
「足柄霞です。今日からお世話になります」
そして継人の事は忘れて一気に色めき立った。ミステリアスな雰囲気の美少女だ。これで興奮しない男はおるまい。
「兄がいつもお世話になっています」
「兄?」
霞の挨拶に富士川が戸惑う。義理の兄どころか自分の記憶すら無いはずである。事情を知らない富士川に霞がわけを耳打ちする。
「継人が、『記憶喪失って言うと色々面倒だから俺の義理の妹ってことにしとけ』って」
「はーん、なるほど」
この作戦は詩乃も承認済みである。継人の義理の妹という設定には不満があったが、彼と暮らしている状況に一番説明が着くので仕方なく認めた。
「え? 誰?」
「俺じゃねぇぞ?」
クラスメイトもざわつく。果たして義理の兄とは一体……!
「あー、参った。まさか冥界がクリスマスイベント真っ最中だとは。何回周回したよ俺」
義理の兄がひょっこり復活。本当になんの前触れもなく、席に生えてきた。
「あ、お兄ちゃん」
『お兄ちゃん?』
復活した継人を霞が見かけ、当初の計画通りお兄ちゃんと呼ぶ。継人自身は『あ、もうそこまで話し進んだんだ』くらいにしか思ってなかったが、周りの男子からの殺気が凄まじい。
「あ、ああ。義理の妹なんだ。うちで預かっている」
「嘘つけ! 似てないぞ!」
「この悪人面からギャルゲの攻略対象みたいな娘がどうやって!」
「第一、妹なら同い年なのおかしいだろ!」
詰め寄る男子達。まるで国会の野党の様だ。どこ向けなのか『その関係性を許さない』と書かれたプラカードを持っている男子までいた。
「そら義理だからなぁ。同じ親からなら双子じゃないと無理だろうが、義理なら可能ってわけよ」
継人もそのくらいの探りは計算済み。設定も細かく組んであった。
「義理のって、どういうこと?」
「ああ、ひい爺さんの兄貴のとこの子だ。随分遠縁だったからな。年子でかなり可愛がっていたんだがそのご両親が亡くなられてさ。全然その筋とは交流無かったけど爺さんの葬儀に誰呼ぼうかって家系図見てひい爺さんの兄貴の筋を辿ってたら見つけたんだ」
完璧な受け答えである。両親の死をチラつかせて追求し難くした上、本当に奇跡的な発見というスタイルにしておく。
これなら親戚同士だがあったばかり、ということになり、下手に付き合いの古い親戚ということにした際に起きる『幼い頃の思い出を探られる』危険も減った。
「よくもまぁそんなデタラメがペラペラと」
詩乃はすっかり呆れていたが、周りは納得と嫉妬の渦になっていた。結構不自然にならない設定を考えたつもりでも、何処と無くエロゲ臭くてしょうがない。
そんなわけで継人の妹、霞はクラスの注目を浴びることになった。
「霞ちゃん、お昼一緒に食べない?」
「……」
他の女子に誘われるが、霞は継人の後ろに隠れてしまう。結構な人見知りみたいだ。そこに詩乃が割って入る。
「私もいるから、どう?」
「……うん」
そこでようやく了承した。継人は詩乃に面通ししておいてよかったと心の底から思ったという。
「継人は?」
「俺はいいや。女子だけで行ってきな」
そして少しでも自分への依存度を下げるため、敢えて突き放す。霞は何度も継人を振り返りながら、女子との昼食会へ向かった。
「……心配だ」
突き放したのはいいが、やっぱり心配。そこでガンプラを取り出し、GPベースを起動する。
「お願い、プレジデントカスタム! 霞の様子を見てきて!」
プレジデントカスタムの目が赤く光り、継人の手を離れて霞を追いかける。ガンプラの動作テストモードで、GPベースやガンプラの粒子貯蔵用クリアパーツに貯めた粒子でバトルシステムを使わなくても動かせるのだ。今のプレジデントカスタムは陸ガン由来の武装パックにありったけクリアパーツが詰まっている。
「やっぱり心配なんだ」
「家ならいくらでも甘えさせてやれるんだが……」
GPベースでガンプラを操作しながら、継人はミナミに答える。そんなわけでこちらも昼食である。
「心配っていったらあいつ、結構食べないことなんだけど」
継人はジャータイプの弁当箱からご飯、みそ汁、おかずを出して言う。ミナミはガンプラからの映像で様子を見つつ指摘した。
「それは……ね」
継人の量がおかしいだけである。心配いらない量は食べている。
@
女子達は屋上で昼食を摂っていた。周囲が金網に囲まれ、生徒にも開放されているがあまり人が来ない。
「へぇ、そういうことだったの」
「うん」
霞は継人の描いたシナリオ通りに話を進めていた。霞は数日前までの記憶がない。そのため小学校や中学校の話を振られても対応できない。なので『身体が弱く老親の下で静かに暮らしており、学校にはあまり行っていない』ということにしてある。
「結構静かな山奥でね、あんまりこういう街中は慣れてないかも」
詩乃が上手いこと話を合わせてくれる。継人のことはどうでもいいが、霞のためだ。
「詩乃は知ってたんだ」
「うん、ちょっとね」
継人がいない状況に落ち着かない霞、その視線にふと、見慣れたガンプラが現れる。プレジデントカスタムだ。それを見た霞は安堵の表情を浮かべる。継人はガンプラだけでも付いてきてくれるのだ。
「霞? ……あー、あいつ」
それには詩乃も気づいていた。呆れた様な心配していることが分かったような。プレジデントカスタムを見て、詩乃は今の自分も流星号とGPベースを持っていることを思い出す。GPベースはバトルをしようと継人から借りていたものだ。
「そんなに心配ならついてくればいいのに……」
保護者への愚痴を詩乃が零した時、その保護者の分身が何者かに撃ち抜かれた。
「継人!」
「え?」
霞が突如、それに反応したため他の女子もガンプラに気づいた。プレジデントカスタムを撃ったのは、三機のガンダムであった。青と赤の機体は似ているが、装備が微妙に違う。そして両肩にキャノンを背負ったガンダムが後ろに控える。
「何あれ? おもちゃ?」
「ガンプラ! でもなんでバトルシステムの外で?」
システム外で動く機体に詩乃も驚きを隠せない。彼女はバトル自体知っていても、テストモードまでは知らなかったのだ。
『陸戦型ガンダムか、設定を破りよって……』
『これは何機目のつもりでしょうかねぇ』
『ともかく、白楼で我々以外にガンプラを使う者がいるとは』
三機のガンプラはプレジデントカスタムを囲んで話す。明らかに異様な雰囲気だ。人が操縦していることには間違いないが、あまり好感は持てない。それこそ、詩乃にとっての継人以上に。
加えて、さっきまでプレジデントカスタムを見て安心していた霞が怯え出した。こんなアクシデントで学校になじめなかったら全て台無しだ。
「あんたら……」
三機に対する詩乃の怒りを受けて、呼応するように流星号が飛び出した。四機のガンプラの放つ粒子が詩乃の感情を受けて活性化したのだ。そのおかげで、特別な操作なしで流星号はテストモードに入った。立ち上がった詩乃の周囲に操縦用のコンソールが出現する。バトルスタートだ。
『おや、ここにもビルダー』
『鉄血の機体ですか』
『どうせ、キャラ萌えの腐女子でしょう。軽くもんであげましょう』
ごちゃごちゃと三機がしゃべっている間に、流星号はブースターを吹かして接近する。三機のガンプラは防御体制を取り、攻撃に備えた。この三機に取り付けられたメタルパーツがどこか見覚えがあった詩乃だったが、そんなこと今はどうでもよかった。
『素組のガンプラでこの装甲は抜けませんよ』
『というか、あんなに吹かしては粒子が持ちません』
が、三機の予想に反して流星号は乱射したライフルの雨霰で装甲をゴリゴリ削っていった。粒子のエフェクトにも関わらず、ガンプラの表面に傷ができる。
『な、何ぃ!』
『これはどうしたことか!』
『どうしたもこうしたもあるか』
その時、沈黙していたはずのプレジデントカスタムから紫の濃い霧が生まれた。まだこの機体は生きている。
『強い感情で粒子を活性化ね、その発想はなかったぞ、山城さん』
「なんだ、生きてたんだ」
『勝手に殺すな』
予想外のことに三機は取り乱す。この濃い霧が粒子に何かしているのは間違いないが、それをどうすることも彼らにはできない。
『う、うろたえるな! 集中砲火で……』
『やらせると思ってんのか? アシムレイト……!』
キャノンを背負ったガンダムが詩乃の流星号を狙った瞬間、爆発が起きて三機は吹き飛ばされた。爆発の中心にいたプレジデントカスタムは瞳を紫に燃やして立ち上がる。
『今だ! 一機くらいもってけ!』
「言われなくたって!」
敵が分散した。詩乃は赤いガンダムを狙い、流星号を走らせる。赤いガンダムはガトリングを持っていたが、粒子量を考えるとまるで使えない。赤いガンダムのファイターが躊躇った一瞬にライフルを叩き込みながら、斧の届く距離へ接近する。
『させるか!』
『援護しますよ』
他のガンダムが銃器を向けたが、それは命中することはなかった。後ろからプレジデントカスタムが迫っていたからだ。
『何!』
『うちの子を怖がらせやがって……。今の俺は、ヤベーイぞ!』
キャノンのガンダムにアッパーを食らわせると、プレジデントカスタムは浮き上がったガンダムに拳を連撃で叩き込む。そして最後のストレート一閃。これを受けたガンダムは吹っ飛び、金網を突き破って屋上から弾き出される。そのまま吹き飛び、運動場のフェンスに激突してようやく止まる。
「これで終わりだ!」
詩乃の流星号も赤いガンダムのコクピットに斧を叩き込み、機能を停止させた。
『こ、こんなバカな……』
残った青いガンダムは仲間の機体を回収せずにそのまま逃亡する。声が震えており、遊びで感じるはずのない恐怖を覚えている様であった。
@
「おう、緊急任務ご苦労」
教室に戻った詩乃と霞を待っていたのは、富士川だった。教室には継人の姿はなかった。霞は親を探す子猫の様に、辺りを見渡して継人を探す。すっかり縮んで心細そうだ。
「継人?」
「すまんな。あいつは早退だ」
富士川が語ったのは、衝撃の事実。あの頑丈な継人が早退とは、先ほどの力と何か関係があるのか。
「え? 何かあったんですか?」
「まぁな。お前らも見たろ? アシムレイト。あいつはあれを本来使えるはずはないが、そのせいでダメージもある」
「継人……」
ダメージと聞き、霞はますます不安になっていた。それを見て、富士川が宥めた。詩乃はアシムレイトが何なのか気になりはしたものの、霞の方が心配でそれどころではない。
「心配すんなって。歩いて帰れる程度だからな。なんかで集中力上がっちまうとまた暴走状態入るから、俺が帰しただけで本人はぶー垂れてたぞ。お前が心配で」
ふと継人の席を見ると、何故か見知らぬ人物が座っていた。黒いマントに黒い仮面。明らかに怪しい人物だ。しかし富士川はこれを継人だと断定する。
「お前……帰ったんじゃ……」
「なんのことかな。私はプレジデントの秘書だ」
これ以上ふざけて本当に容体が悪化したら霞が心配なので、詩乃は彼を力づくで追い返すことにした。その手には大型の武器、のおもちゃが握られていた。
「フルボトルバスター!」
「冗談はよせ」
おもちゃなどで攻撃はできない。それは継人もわかっていた。ベルト巻いてライダーキック(物理)でもなければ脅威などない。
『タンク! ガトリング! ジャストマッチでーす!』
殺意の塊みたいなアイテム選択にも怯まない。だっておもちゃだからね。
『ロケット! ミラクルマッチでーす!』
『ロボット! アルティメットマッチでーす!』
アイテムが最大まで入ったが、継人は動じない。だっておもちゃだからね。
『アルティメットマッチブレイク!』
が、あろうことか詩乃はおもちゃを振り上げて継人の脳天に振り下ろそうとした。これにはさすがに彼も動揺する。
「まてまてまて! あっはい帰ります!」
本編の仮面ライダービルドにはない殺意を感じ、継人はさっさと帰った。いくらいくら安全のために短くなって刃のパーツには軟質素材が使われているとおもちゃでも詩乃のゴリラモンド腕力で振り下ろされたら命に係わる。それはもう脱兎の如く。早回しの映像でも見ているかの様な勢いだった。
「なんだか嫁の尻に敷かれる旦那みたいだ」
富士川はしみじみ言った。だが相手が悪く、武器を突き付けられる結果となる。
『フルフルマッチでーす!』
「あ、はい。何も言ってません」
ふざけたアイテム音声がここまで恐怖になるとは、バレ画像を見た時には思いもしなかった富士川であった。
「ともかく、お前らを襲った犯人は見当が付いてる。今頃各クラスの担任にこってり絞られているところだろうな」
「富士川先生。その犯人は一体誰なんです?」
話を逸らす為に犯人を言おうとした富士川だったが、必殺技待機音のまま武器を詩乃に向け続けられる。このまま犯人言ったらひと騒動ありそうな気がして、つい口が堅くなる。
「まぁまぁ。そこは先生を信用しろ」
「見つけたぞ。犯人は『ガンプラバトル部』の三年生三人だ」
しかし、それはクラスメイトの男子によって明かされてしまう。ガンプラバトル部、その名称に詩乃は聞き覚えがあった。継人にガンプラバトルを教えてもらった日、富士川が言っていたのだ。
『ガンプラバトル部の部室なんだが、俺が去年赴任してきた頃には使われてなかったんだ。設備とかガンプラが多いから他の部活にも貸せなくてな。俺が天上でバトル部してたから何とかしてくれと言われててな』
「もしかして、あの部室の持ち主?」
「勘がいいな。そうだ」
富士川は仕方なく答えを教える。
「お前が戦ったあの赤いガンダムはガンダム五号機、継人に吹っ飛ばされたのはガンダム六号機マドロック、そして逃げた青いガンダムはガンダム四号機。この三機でチームを組む白楼のバトルチーム『トロイア』。お前が初めてバトルした日に出てきたジョニーザクもあいつらの差し金だ」
犯人のチーム名はさておき、詩乃は一瞬で混乱した。ガンダム四号機から五号機の部分だ。
「待って! ガンダムってそんな何個もいるの?」
「いる」
「いるな」
継人から英才教育を受けたらしい霞、元々詳しい富士川はごく当たり前のことみたいな反応を示した。
「ん? ガンダムバルバトスやガンダムグシオンがいるのと違って、同じガンダムが複数?」
情報をもたらした男子、圭太郎も首を傾げる。ガンダムを知ってはいるものの、それでも理解が追い付かないらしい。
「そうだな。所謂ファーストガンダム、よくテレビで見る白いやつの系譜というか兄弟みたいなもんだと思ってくれ」
富士川が教員らしくわかりやすい例えを出す。
「ファーストガンダム、RX78は7機いてな。一号機はプロトタイプガンダム、試作機だ。んで、二号機がアムロでお馴染みのアレ。テレビアニメに出てくるのはこの二号機だけ。三号機がG3っていって、こいつは媒体によってどんな扱いなのかは違う」
ここまでが三機。ここから先が例の三人組が使ったガンダムである。
「で、四号機。メガビームランチャーってすっごいビーム砲持ってるんだが、今回の戦闘では粒子の都合使わなかったな。五号機は詩乃が倒したあの赤いやつ。こっちも本当はガトリング持ってたんだが、粒子の都合で使わなかったな。この二機は宇宙向けの改修がされてて、今回みたいな地上戦は元々向いてないんだ」
全空域に対応したグレイズ、流星号を用いた詩乃の勝利は即ち必然だったということだ。ここについても富士川は触れる。
「詩乃、今回のバトルはどの戦場にも対応できるグレイズ改弐にはすっごい有利な状態で進められたんだ。フィールドに合わせて機体を選ぶことが重要なんだってことさ。そこもガンプラバトルのうちだ」
「そ、そうなんだ……」
機体特性とかはよくわからないが、ともかく流星号がいい機体なのは間違いなかった。
「で、ガンダム六号機マドロック。こいつはキャノンを装備した機体だ。一応ガンダムだし堅いんだが、それを素手でぶっ壊す継人はなぁ……」
富士川があの苛烈な戦いを見て思い出す。詩乃も継人のプレジデントカスタムが気になった。あれもガンダムのはずである。
「先生、あいつのガンダムは何号機なのさ?」
「ああ、あれはあの三機と同じ一年戦争、『機動戦士ガンダム』の時代のガンダムだが、何号機でもない。陸戦型ガンダムってやつだ』
この説明で詩乃はまた混乱した。陸戦型、ガンダム。登場する時代も同じ。ならあのガンダムのうちどれかのはずである。
「あ、そうか。七号機」
「それは違うな。陸戦型ガンダムはいわば『ガンダム作るために作ったパーツが余ったからそれでガンダム作ろう』ってやつで、冷蔵庫の余りもので一食作るようなもんだ」
「余るの?」
詩乃はまずガンダムをよく知らないため、その説明でも理解し切れない。結構ロボアニメの基本文法は独特だ。特にリアルロボット、長く続いてきたガンダムシリーズともなれば。
「そうだなぁ。まずガンダムってのが敵の新兵器に対抗するために作られたもんで、結構パーツの品質とかこだわったんだよ。そうなると規格を満たせないパーツが当然出る。でも厳しい規格だと落ちたパーツって言ってもそれなりに高い性能があったんだ。戦争中ってんで、それらをポイするわけにもいかんからな。そうした経緯で生まれたのが陸戦型ガンダム」
そこまで説明して詩乃もようやく理解できた。その陸戦型ガンダムをさらに改造したのがプレジデントカスタムだ。
「実際にはトロイアのガンダム達の方が、陸戦型ガンダムより性能は上だ。だが、ガンプラバトルでは関係ない。あれだけ自分向けのチューンをしたプレジデントカスタムなら、あのくらいの相手は手玉に取れる。作中の設定は関係なし、これがガンプラバトルの醍醐味だ」
「なるほど、私の流星号も改造すればガンダムを一捻りできちゃうわけね」
詩乃は改めて、ガンプラの奥深さを知ることになった。
@
一通りの授業を終えた霞は、トボトボと家路に着く。行きは隣にいた人物がいないだけでここまで寂しいものなのか。
「あいつなら心配ないよ。見たでしょ? 魂抜けても泳いで戻ったところ」
「……うん」
詩乃が元気付けるも、どこか上の空。霞の継人にぞっこんな態度とは裏腹に、詩乃はあいつのどこがいいのだろうと疑問に思っていた。顔は悪人面、声は聞き取れる以外特筆性無し、背丈も女子の自分と同じくらい。勉強ができるでもスポーツができるでもない。
(まぁ、理屈じゃないんだろうね)
自分が誰かも分からなくなるような状況の中、ここまで見返り一つ求めずに助けてくれる存在。それならこうなっても仕方ないとは思う詩乃なのであった。
「ほら、家だよ。継人も帰ってるから。また明日ね」
「……うん。また」
霞は詩乃と別れ、自宅の玄関を開く。継人の靴もあり、帰っているのは一目瞭然。彼女は少し安心したという。しかし、彼の姿を見ない限り心配が晴れることはない。
「継人ー?」
「ほーい」
呼ばれて飛び出て何とやら。継人はキッチンから顔を出した。エプロン姿で料理をしている様子だった。
「おかえり。暇だったからちょっとピザを拵えていたところだ。いやー、大きなオーブンレンジって便利だなぁ。実家のレンジは小さい上にターンテーブルだったからパスタをレンジで茹でるやつ使うとガンガン当たってなぁ。最終的に爆発したっけはは……」
その姿を見て、霞は思わず彼に正面から抱き着いた。彼女の思いを察してか、継人もそれを引き剥がしたりしない。身長の関係か、頭というか顔が凄く近い。同じシャンプーを使っているとは思えない甘い香りが継人の鼻に届く。
(しっかし俺に対してこの依存し様。ただの記憶喪失じゃねぇな?)
医者の語った記憶喪失の原因が継人の中でリフレインしていた。頭部への衝撃若しくはストレス。そして頭部への異常は無し。
このまま彼女の記憶を取り戻すことが果たして正しいのか、継人は考えざるを得なかった。
次回予告
ミナミ「次回、ガンダムビルドファイターズプレジデント! 第四話『町のおもちゃ屋さんに行こう!』
うーん、やっぱ美少女見てると心が洗われますなー。級長のおかげで写真も手に入れ放題、いやー眼福眼福」
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4.町のおもちゃ屋さんに行こう!
町のおもちゃ屋もそんな危機に晒されている。が、町のおもちゃ屋には家電量販店などにはないお宝が眠っていることもある。君はそのお宝を見つけることができるか……
新宿に一つの学校が建っていた。そこは世界でも有数のエリート進学校、『黒曜学院』。初等部から大学までを有する大規模な学校だ。有名企業の幹部、官僚、政治家の子供が一堂に会する場所であり、警備も厳しい。その中に入ることが出来る部外者は、相当の社会的信用がある人物に限られる。
「いなくなった?」
絵画や骨董品の並ぶ応接間にいる男子生徒が数人いた。一人は佐天継人に微妙に似ている。
「ああ、数日前に下校してから行方がわからない。警察にも捜索願いは出しているが……」
応接間にいる男性教諭、荒屋灰音に一人の男子が食って掛かる。妙に落ち着いた態度の灰音が気にくわない様だ。
「心配じゃないんですか! それでも教師ですか!」
「心配はしている。ただ既にやるべきことはした。我々が焦ってもどうしようもないだろう? 誘拐なら身代金の電話くらいくる家柄の子だ」
確かにその通りだが、それにしては冷静過ぎる。それが男子の不満を買っていた。
「白馬、お前が心配なのもわかるが、彼女が姿を消した理由も心当たりがあるんだ。今は一人にしてやるべきかもしれん」
男子、白馬央治はそれを聞き、勢いを落とす。その辺りの事情に彼は覚えがあった。それを出されると、何も言うことが出来なくなる。
「僕は真理亜の婚約者です。彼女の身体は、僕が治す」
「おいおい、まだ婚約者候補だろう?」
今まで黙っていた男子の一人が口を開く。顔立ちは佐天継人に似ており、彼を幾分か二枚目にしたといった外見だ。それもそのはず、彼は継人の弟である佐天経なのだから。
「貴様は黙っていろ、凡俗が」
「ふん、血筋にこだわるとは小さな男だ。だから真理亜も逃げ出したのだろう」
継人のフランクな気質がまるで感じられない尊大な態度。本当に兄弟なのか疑わしくなってくるほど性格が違う。
「凡俗らしい捨て台詞だな。血筋とは一人の人生に収まらない、長い信頼の証だ」
「まぁ、なんとでも言うといい。その長い信頼とやらを君の代で失い、私が手に入れるのだからな」
「凡俗の貴様にその重責を背負えるか?」
行方不明の女の子を放置してこの中の悪さ、灰音は恩師を思い出して嘆くしかなかった。
(富士川先生、やはりあなたの策に乗ったのは正解でしたね。しかし又聞きみたいな情報でこうも的確な判断を下すとは、同じ教師になって初めてヤバさがわかるタイプの人間だ……)
灰音は教え子、来栖真理亜失踪の件を富士川に相談していた。その時されたアドバイス通り行動してみたが、見事に正解だった。
「ここで凡俗共と話していてもしょうがない。僕は独自に行動させてもらいます」
「おい、授業はどうするんだ?」
白馬は話にならないと応接室を後にしようとする。それを灰音は止めた。さすがに高校生が警察の真似事をして成果が得られるとは思えない。いくらエリートでもまだ子供に過ぎないのだから。
「それより大事なことがあるでしょう? たしか真理亜が最後に目撃されたのは岡崎市の白楼高校周辺だ。そこには彼女の親族がいた。なら、いる可能性は十分にある」
「とはいっても、その親族はもう亡くなったんじゃなかったか?」
情報は得ていたが、それも古いモノ。やはり未成年に出来る探偵ごっこはここが限界らしい。
「行ってみなければわかりませんよ? その家はまだ他人の手に渡っていないはず」
「ま、無駄足踏んで帰ってこい。明後日の給食はカレーだぞ?」
灰音は白馬をおちょくり、特に止めもしなかった。無駄足なのは事実であり、そこが外れなら彼になすすべはないのだから、大人しく学校へ戻るしかない。
「食事がのんきの摂れるほど、他人事ではないので。では」
白馬は応接室を出る。それを追って、経も部屋を出て彼にある情報をもたらす。
「白楼といえば、この学校からドロップアウトした奴がいたなぁ?」
「キミの兄なら二部の入試を受ける資格すら得られなかったはずだが?」
兄弟の話かと思えば、経の嘲笑うかの様な反応からすると違うらしい。白楼にまだ何かあるというのか。まるで自分を利用しようとしている経の態度が白馬は気にらなかった。
「違う。初等部から第一部のトップを走ってきた人間がいる。グロウデューク【
「下らん。君の私闘なぞ、それこそ兄に頼めばいいだろう?」
思った通り、白馬を利用するどころか平然と命令して邪魔者の排除を狙う経。兄には頼めない事情がやはり存在し、だから白馬を焚きつけたのだ。
「あいつにやれると思うか? それこそ巻き込まれた事故にまた巻き込むくらいしかできん」
「自分でやれ。グロウデューク同士は同格でしかない」
白馬はそう言うと、部屋を去った。
@
「しまった……」
継人は通帳を見て愕然とする。バイトをしているのに貯金が減っているのだ。バイトというのは今住んでいる豪邸の管理なのだが、それでも足りていない。住み込みのバイトなので結構もらっているはずなのだ。
「何が原因なんだ……?」
心当たりはあった。だがこの通帳を霞に見られるわけにはいかない。彼女がこれを知れば、自分が継人に経済的負担をかけていると負い目を感じるだろう。事実はどうあれだ。とにかく、この事実を隠し通さねばならない。絶対に。
「何見てるの?」
そんな継人の決意を無視して、詩乃が通帳を覗き込む。霞の様子を見るために、継人の自宅へ来ているのだ。そして驚いた様子で通帳を取り上げ、中身を見る。
「何これ? 残高27円?」
「あー! バカバカ!」
そして読み上げる。完全に目論見が外れてしまった。霞もやってきて、通帳を覗く。残酷なまでに残高は27円。給料日まで僅か且つ食糧の余剰は十分あるとはいえ、非常に危機的状況である。
「やっぱり……私が来たから……」
継人の予想通りしょぼくれる霞。詩乃は彼女が継人と暮らしているのを快くは思っていないようで追い打ちをかけようとする。
「ねぇ、継人。やっぱり高校生が高校生を養うのは無理よ」
「いや、この残高の原因は霞じゃない。学費は白楼が出してくれてるし、案外食費とかもなんとかなってる。NHKも払ってないしな」
観念した継人は真の原因を明かすことにした。ダイニングテーブルを差すと、そこには大量のロボットのおもちゃが並べられていた。
「なにこれ?」
詩乃はただ驚愕する。自分の持っているガンプラ以上のサイズの機体がちらほらあり、数も多い。
「2001年に放映されたテレビアニメ、電脳冒険記ウェブダイバー。タカラから発売されたウェブナイトシリーズ全機だ」
「他社製品だし……」
さすがに詩乃も頭を抱える有様。これは残高が消えて当然だ。
「これしか買ってないのに残高が無くなるなんて不思議だなー」
「当たり前よこの物欲魔人。昔のおもちゃなんてプレミアモノじゃない」
「定価で買ったんだけど……あ!」
継人が床に落ちている何かを見つけ、急いで拾おうとする。それを感知した詩乃が高速で追いついて拾い上げた。
「なにこれ?」
「ひぃ!」
ウェブマネーのカードだった。詩乃は自分もびっくりするくらい低い声を出していた。
「あ、アークスキャッシュです……ファンタシースターオンラインの」
「いくら使ったの?」
「ゴールドスクラッチ20連だから1万くらい……」
「また他社製品だし、ここに座りなさい。正座」
継人は庭に連れていかれ、正座させられる。防犯用の砂利が敷き詰められ、さながら御白州だ。詩乃はベランダ部分で座椅子に座ってお沙汰を始める。
「あの、正座は体罰って世界的に言われてるんですが……」
「あぁん?」
「す、すいませんでした……」
口答えも許さぬ絶対的権力。これはかなりヤベーイ!
「で、一気にこんなに買ったの?」
「いえ滅相もございません! 最初はちっこいロボ一体だったんです! 『セカンドムーン』で偶然見つけて」
継人も出来心だった。だが得てしてシリーズモノは仲間を呼ぶ。
「で、それ買ったらグラディオンと合体させたくなるじゃないですか? グラディオン買ったら他のも欲しくなるじゃん? 貴重なワイバリオンもあったしさ!」
「名前はわからないけど物欲に負けたと……」
詩乃はだんだん呆れてきてしまった。こんなとんとん拍子でロボットを集めるなど、女の自分には考えられなかった。
「というか、お前はどうなんだよ!」
「私?」
継人は詩乃に聞く。ロボットではないが、彼女にも物欲に負ける瞬間があるはずだ。
「インスタに上げるため、新しい服やカバンを買うがそれ以降、使ってないのではないか?」
「うっ!」
見事に痛いところを突かれた。服など流行が過ぎれば箪笥に仕舞ってそれっきりだ。それを霞にあげられたので無駄ではなかったが、霞がいなければ継人と大差ない。
「さぁ、お前の積みを数えろ! 俺は数えたぜ? 00ダイバーにビームマスター、AGE2マグナムレッドベレー! ブキヤはガールの白虎に本家の白虎と影虎、RE版のスティレットにワイバーン、轟雷スペクター輝槌グライフェンルフスだ! 制作中のエクシアの為にアメエクもアヴァランチも、デュナメスやGNアームズもあるぞ?」
形成逆転し、ノリノリの継人。実際、彼も自分の積みプラくらいは把握している。
「多いけど、全部数えているなんて……負けた」
詩乃は自分の着なくなった服など覚えていない。一方継人はこの有様。
「ある救い主が石を投げられている女性を見かけました。そして彼は聞きました。『なぜあの人は石を投げられてのですか?』と。ある人が答えました。『あの女は以前ドムを三機買ったことを忘れてまたドムを三機買ったのです』と。そこで救い主は言いました。『買ったプラモを忘れなかった者だけが石を投げなさい』と。すると石を投げる者は誰もしませんでした」
「おい立川のセイヴァーあんたも忘れてんのかい」
継人のありがたいお説教はともかく、金が無い事実は揺るがない。早急になんとかせねばならない。
「まぁそれはさておき、お金ないのは事実じゃん? あんたバイトしてんの? この家の管理以外で」
「いやさぁ。この前ピザ屋でバイトしたらピザじゃなくて店焼いちゃってさ」
詩乃がバイト状況を聞くも、継人の運ではとても期待できそうにない。以前彼女が訪れた喫茶店でも皿を全て粉砕したという話ではないか。お洒落な皿をインスタに上げるつもりで行ったら皿が全滅していると聞いてショックを受けたものだ。
「いいバイト紹介しようか?」
「わーい、やったー!」
そこで詩乃は自分の知っているバイトを教えることにした。分厚い書類を継人の前に叩きつける。顔写真とかが記載されているようだが。
「このリストだ」
「何を?」
そしてまた叩きつけられる拳銃。銃口にオレンジのキャップが無い。多分、本物だ。
「やれ」
「な、何を……」
「やれ」
さすがに暗殺稼業をするわけにはいかないので、今度は継人が仕事を紹介することにした。
「ていうかあんた霞を働かせる気?」
「家と学校の往復以外にコミュニティ持たせたくて、うってつけの仕事があるんだ」
詩乃は反対していたが、霞がやる気なのでどうしようもない。
「ていうかあんたは?」
「さすがにここに迷惑かけらんないし」
自分が働くとろくなことにならないという自覚はあるようで、詩乃に継人はそう告げる。そして辿り着いたのは、『セカンドムーン』の看板を掲げたおもちゃ屋だった。中に入るとバトルシステムもあるが、結構ごちゃごちゃした空間だった。
「これは……おもちゃ屋? 前に行ったポッポみたいな?」
「そそ。ここだよ」
三人が奥に進むと、レジカウンターに一人の女性がいた。活発そうなショートカットの若い女性である。彼女は継人をみると優しく微笑んだ。
「お、佐天じゃん。いらっしゃい」
「おいっす。来ましたぜ」
そして詩乃と霞を交互に見やる。それから禁断の一言を放った。
「彼女さんか?」
「はい!」
元気よく答えた継人は思い切り後ろから詩乃に刺される。アマゾンズばりの勢いで手刀が継人を貫通した。様に見える。そのくらいの勢いでパンチを食らわせていた。
「がはっ……なぜ、だ?」
「なぜだもクソもあるか」
サラッと継人を倒しつつ、詩乃は要件を告げる。目的は霞のアルバイトである。それを忘れてはならない。
「アルバイトの募集聞いてきました。この子なんですけど」
「話は聞いてる。記憶喪失の子ね」
店主の女性には霞の事情が伝わっていた。そこも継人がこのバイトを紹介した理由だろう。結構霞のことについてしっかり考えているのだ。
「私はこのセカンドムーンのオーナー、紅真耶。ダンナの置いてったこの店を切り盛りしてんだけど、結構一人じゃハードでね。お手伝い欲しかったんだ。そいで佐天くんに探してもらったってわけ」
そんなわけで継人を通じてバイトを募ったのだ。そして真耶はカウンターの下から大きな箱を一つ取り出す。
「そうそう、佐天くん。あの話聞いてから探したんだけどあったよ。これ」
「おお! それはダイガンダー!」
継人は復活してその商品を眺める。どうやら破産の原因とは別の番組のロボットみたいだ。そもそもデザインラインがかなり異なる。ウェブダイバーの主役の機関車はパープルとメインロボには珍しい色使いだったが、こちらは白基調に赤や青の差し色という王道なデザイン。
「何それ?」
「ウェブダイバーの後番組『爆闘宣言ダイガンダー』の主役ロボだよ。見てみ? この合体方式どこかで見たことと思うじゃろ? なんとウェブダイバーのダイタリオンと互換性があってな、コアロボが交換できるんだよ」
お、おうとしか反応の出来ない豆知識を披露する継人。その話で名前が挙がり、真耶が倉庫から引っ張り出したのだ。
「そうそう。プレミアとか考えなくていいから、箱も傷あるし安くするよ? 買う?」
「はい! 買いま……」
継人が決めるや否や、詩乃はダブルタップで確実に仕留める。所謂パンパンパンという奴だ。だんだん火星のルールに詩乃も染まってきた。
「金が無いって言ってるでしょーが」
「はは、なんか夫婦みたいだな。ダンナの無駄遣い止める奥さんみたいでさ」
そして真耶は怖いモノ知らずなことを言う。しかし詩乃はバイオレンスに訴えず、顔を赤くして否定するのみ。
「違います! こいつの無駄遣いで霞まで干上がったら大変なんです!」
「そうかそうか。そうだ、あんたもここで働いてかない?」
その言い訳は完全に子供を案じる妻。詩乃を気に入ったのか、勧誘を掛ける真耶。しかし彼女は丁重に断った。
「すみません。バイトはもう決まってまして」
「そうか。先約入りか」
残念そうながら、真耶はスッと手を引く。結構サバサバした人物である。
@
「で、私の店は今重大な問題を抱えている」
「なにかな?」
真耶はひとまず、店の置かれた状況を説明する。継人も復活し、それを聞いた。
「最近、この辺りに綺羅鋼ハンターなる者が出ているらしい。それがうちにもやってきてな。綺羅鋼を売れってうるさくて」
「綺羅鋼?」
詩乃と霞は聴き慣れない単語に首を傾げる。継人もこれは実際に見た方が早いと踏んだ様で、ある場所へ歩いていく。
「SDガンダムに使われていた技術の一つだ。あんまりにも精巧さを求める故、採算が取れなくて工場がやめたんで現在はもうロストテクノロジーってやつだ」
店のショーケースに置かれた一体のSDガンダム。その翼に注目させる。クリアパーツにまるで塗装かホイルシールでも貼ってあるかの様な色分け。しかしよく見ると、なんと多色のメッキだ。クリアの上、そのごく一部に複数色のメッキが施されている。
「なにこれ? 凄い!」
「これって、コンピューターの基盤作る技術?」
ただ驚嘆する詩乃に対し、霞は明確にその系譜を認識していた。
「その若さでこの綺羅鋼の素晴らしさに気づくとは、見込みがある!」
綺羅鋼に見入っていると、一人の男が店に入ってくる。バックパッカーのようだが、そんなアウトドア全開の男が何の用か。
「綺羅鋼ハンターか。あいにく、ここの綺羅鋼は売れないよ」
「こいつか」
真耶は答えの変わらないことを伝える。この人物が綺羅鋼ハンターというのか。
「まぁまぁ。交渉は後にしてお土産でも」
「これはご丁寧にどうも」
綺羅鋼ハンターはまず紙袋に入ったお土産を手渡す。いいとこのお菓子屋で買ったらしい、見るからにおいしそうなお菓子だ。
「私は世界中の綺羅鋼を集め、後世に残す活動をしております。そして、私の最終的な目標は集めたサンプルを元手に綺羅鋼を復活させることです」
目的を最初に伝える辺り、ただ野蛮な収集家というわけではなさそうだ。
「そして、貴女にも譲っていただけるように、今回は以前提示した買取価格の十倍を用意しました! さぁ、これでどうですか?」
「いや、売る気無いんだけど……」
十倍出されても売る気なし。これは互いに本気というわけだ。綺羅鋼ハンターは押してダメなら退いてみることにした。
「交渉はただ買取価格を上げればいいわけではない。でしたら、ここからは布教のターンとさせていただきます」
「布教?」
綺羅鋼ハンターがバックから取り出したのは、一体のSDガンダム。どうやらベースこそ何の変哲もないクリア版の紅武者アメイジングに見えるが、ホイルシールになっているべきところが綺羅鋼と同じ技術でメッキだ。
「凄い! 綺麗!」
先ほどみた綺羅鋼に勝るとも劣らない美しさ、詩乃は驚嘆するばかりであった。
「さらにもう一体もあります! 私の作った綺羅鋼試作一号とバトルして、その素晴らしさを知っていただきましょう!」
@
セカンドムーンにはバトルシステムも置かれている。そこに綺羅鋼ハンターと継人が立ち、バトルを始めようとしていた。
「ふふふ、綺羅鋼の素晴らしさを知る人間が増えればこの交渉、目的こそ果たせずとも無駄足ではない。優れた営業マンは一年以上を掛けて大口契約を得るのだ」
「おっさん、脱サラ勢か……」
ところどころに元々ビジネスマンだったらしき名残があり、継人はそれを見逃さなかった。
「黒曜学院とかいうとこの卒業生がトップに立ってから随分と会社が働きづらくなってね、思い切って好きなことしようと思ったのさ」
「ま、それはいいとしてさっさと始めようぜ」
システムにガンプラをセットし、バトルスタート。ガンダムプレジデントカスタムはいつものマシンガンを装備した姿でフィールドに飛び出した。今回のフィールドは荒野。陸ガンベースのプレジデントには有利だろう。一方の綺羅鋼ハンターはオリジナルと思われる二刀流の武者タイプのSDを出してきた。背負った槍は先ほど見た綺羅鋼と同じ技術で模様がついている。
「綺羅鋼頑駄無。さぁ、来るといい!」
「お言葉に甘えて!」
継人のプレジデントがマシンガンを乱射するが、綺羅鋼頑駄無はそれを軽やかに回避する。
「的が小さく、機動力に優れている。それがSDの強みだ」
綺羅鋼ハンターは誇らしげに語るが、継人もそれはわかっていた。なのでマシンガンを捨て、ビームサーベルを取り出して接近戦に持ち込んだ。
「知ってるよ! SD使いとは何度もやり合ってんだ! その手足の短さ、格闘戦のリーチは不利!」
そう、デフォルメの体系であるが故にリーチに大きな差があるのだ。SDの中にはリアル体系になるギミックを持った機体もいるが、この綺羅鋼頑駄無は鎧に槍とギミックの痕跡はない。
「その上、メインターゲットの都合刀剣装備の機体が多いから格闘戦を強いられる!」
ナイトガンダムや武者ガンダム、三国伝と多岐に渡るSDシリーズだが、その中でも共通の事実がある。ターゲットが年少男児のため、持っている武器が剣など格闘戦装備に偏りがちなのだ。凡百のファイターは不利なレンジへ自ら飛び込む羽目になる。
「待って継人!」
その時、珍しく霞が声を張り上げた。
「解説は死亡フラグ!」
「え?」
綺羅鋼頑駄無は二本の剣を弓に合体させ、槍を矢の様に番えている。
「その通り! 喰らえ、綺羅星撃!」
そして放たれる極大攻撃。接近していたプレジデントは自ら当たりに行っているようなものだった。
「なんだとぉ!」
案の定避けられず、撃墜という有様。これでは恰好も付かない。
「あんたねぇ……散財するわバトル強くないわ、とんだダメ男ね」
「ぐうの音も出ねぇ……」
詩乃にもこう言われる始末。そして彼女はあるビラを継人に見せる。
「ほら、あの有名な葛城研究室の新薬治験のバイト。これで稼いで来なさい」
「はーい……」
というわけで、継人はバイトに向かった。せめて稼がねばダメ男まっしぐらだ。
「どうだ! 完全にSDの強みと弱みを理解した上でのこの戦術!」
もう綺羅鋼関係なく結構強い綺羅鋼ハンター。霞は自分のAGE1を取り出すと、バトルシステムに置いた。
「継人の仇、取る」
「ふふ、いいだろう。来い!」
余裕の綺羅鋼ハンター。フィールドはさっきと同じ荒野だ。その前に、真耶はあるものを霞に渡す。
「見たところ改造してないみたいだし、武器くらい貸すよ。いいよな?」
「構わんよ」
真耶が渡したのは、炎の剣。クリアパーツにラメが入っている。彼女達は知る由もないが、これはダンボール戦記のエフェクトセットを改造したものだ。それを二本。持たせると浮いて見えるが確かに強そうだ。
「いくぞ、バトルスタートだ!」
それを霞がAGE1に持たせたところでバトル開始。霞はあろうことか、継人と同じく距離を詰めた。これには詩乃動揺する。
「ちょ……それじゃさっきと一緒じゃん!」
「そう、一緒」
それは霞も分かっていた。綺羅鋼ハンターも同様で、綺羅鋼の矢を放った。
「喰らうがいい! 綺羅星撃!」
が、霞はそれを待っていたとばかりに左手の剣を投げる。剣は炎の竜巻となり、矢と相殺された。爆風が巻き起こり、互いのカメラは砂埃で埋まる。
「まさか……突貫?」
想定外の事態に綺羅鋼ハンターは動きを止める。一方、想定通りだった霞はそのまま距離を詰めていた。炎の剣が一閃、綺羅鋼頑駄無を切り裂こうとする。
「そこか!」
綺羅鋼ハンターも反応出来たが、リーチの差でAGE1には当てられなかった。綺羅鋼頑駄無は両断され、勝負がついた。
『BATTLE ENDED』
「へぇ、裏にネイルで使うラメ塗ったんだ」
詩乃は霞が使った炎の剣を改めて観察する。表は墨入れがしてあった。それもただの墨入れではない。リアルタッチマーカーのパーツに近い色を使っている。クリアパーツは組み立てると内部が透けるので、それも利用した表現になっている。
「別に綺羅鋼にこだわらなくても、綺麗なガンプラは出来るのさ」
真耶は綺羅鋼ハンターにそう言う。彼もそれには気づいていた。だが、退けない理由があるのだ。
「知ってたさ。もっと美しく飾る技術なんていくらでもあるってことは。だが、少年の日、心奪われたあの輝きには勝てないのだよ」
そして彼は去っていった。少年の日の思い出、それを取り戻し、次代の少年の思い出にするまで、彼の戦いは続くのだ。
@
継人と霞が出会う数か月前のこと、ここはヤジマ商事の所有する大規模なガンプラバトルの研究施設、ニールセンラボ。そこの研究主任であるヤジマ・ニルスはある問題を抱えていた。
「はぁ、全くみんなガンプラ好きなのは結構なんですけどね……」
パソコンの前で溜息を吐く褐色肌の男性がニルスだ。そこへショートカットの女性が姿を現した。彼女は星影雪奈。研究員の一人だ。
「ニルスくん、ビルドダイバーズ見て思ったんだけどね」
コーヒーを差し出しながら話を切り出す。ニルスはまたかと言わんばかりに頭を搔く。
「それですか……セイくんにもマオくんにもGBN作れないかって聞かれまして……妻のキャロラインに至っては予算出すから作れと……」
ニルスは天才だ。それ故、友人から多少の無茶を要求されることがある。GBN、ガンプラバトルネクサスオンライン。放映中のガンダムビルドダイバーズに登場するガンプラを使ったオンラインゲームのことだ。それを作って欲しいと友人達から頼まれており、辟易としているところだ。
一応、オンラインバトルは実装しているが、流石にダイブは無理だ。
「出来たよ。それっぽいの」
「え?」
「だから。出来たよ。っぽいのは」
雪奈はあっさり語る。彼女もまた、天才だ。
@
時は戻って現在、継人は新薬の治験のバイトを受けるため、葛城研究所へ向かった。普通に入って、指定された部屋に突入する簡単なお仕事だ。
「ちわー! 新薬のバイトで来た佐天継人で……」
元気よく挨拶。が、部屋の椅子に座っているのは暗い血の色を纏ったコブラの怪人。
「ぶ、ブラッドスタークだぁあああ!」
継人の驚く顔が見れたので満足と言わんばかりに、コブラの怪人、ブラッドスタークはその姿を解く。正体は明るいおじさんである。
「よく来てくれた。俺は石動惣一。葛城先生の友人だ。継人くん、そしてガンプラバトルの公式審判員でもあるんだ」
「俺の名前を……?」
継人は名前を知られていることを警戒する。相手は公式審判員。ウヴァル事変で脛に傷のある彼はいろいろ会いたくない相手だ。
「あ、さっきの変身はバトルシステムの応用でおもちゃで実際に変身できるようになる技術で、星影博士の発明だ」
「新薬の治験は受けてもらうけど、君にはもう一つ頼みたいことがあってね……」
石動はそう言うと、ある書類を差し出した。継人はそれを受け取り、ただその頼みを承諾するのであった。
真耶「次回、『王子様の探し人』。バイトも入って、バリバリやるぞー! ミニ四駆サーキットの整備にベイブレードのスタジアムも置いて……。なんだか、娘が出来たみたいで楽しいね、こういうの」
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5.王子様の探し人
その特異性故にガンプラバトル以外への利用も研究されている物体である。例えば操作系統や武装も異なるガンプラを自在に動かす技術は義肢に応用できるため、プラスフキー義肢という新たな義肢の開発が始まっていた。
「3、2、1……ゴーシュート!」
おもちゃ屋『セカンドムーン』はお休みになると子供たちで賑わう。霞も店員としての仕事に慣れてきて、子供たちの顔馴染みになってきた。一緒にベイブレードやガンプラバトルをする姿が微笑ましい。
「霞ちゃん、今日はダンナいないん?」
真耶は継人との関係を茶化しながら聞く。元々、継人は家や学校と違う人間関係を霞に与えたかったからバイトを紹介したまでで、彼女がいないタイミングを狙って来ることが多くなった。
「継人はバイトです」
「新薬の?」
「いえ、近くのピザ屋で人手不足みたい……」
たどたどしかった話し方も滑らかになり、霞の回復が伺える。ピザ屋と聞き、真耶は場所を特定する。
「あー、ドルフィンね。美味しいから人気だよね」
この近所には美味しいと噂のピザ屋『ドルフィン』がある。ガンプラのバトルシステムもあり、バトルを観戦しながらおいしいピザを頂けて人気だ。デリバリーもやっており、慢性的な人手不足でいつもバイトを募集している。
「大丈夫かな、ドルフィン……」
数々の店を物理的に潰してきた継人がそこへ行ったと聞き、真耶は店が燃える様子を思い浮かべてしまった。
「お、そろそろ時間だね。上がんな」
「はい。ではお先に失礼します」
霞のバイト時間も終了。エプロンを片付けて荷物を持ち、退出するかと思いきや何か店の中で探し始めた。ガンプラのコーナーを重点的に見ている。
「どうしたんだい? 初任給の使い道探し?」
真耶が聞くと、霞は答える。
「ガンプラ、今使ってるの、自分でもなんで選んだのか分からないから、自分で選んで作って、バトルしたい」
「そうか。確かAGE1だったね。あれはおススメされやすい良キットだよ。そうだね……」
ガンダムの知識は真耶にも多少あるが、何を勧めていいのかは分からない。それなら、とある方法を提案する。
「だったらアニメ見てみなよ。ビデオ借りてさ。まずそのAGE1が出ているガンダムAGEからとか」
「あ、そういえば継人、家の前の持ち主がガンダムのDVDたくさん持ってたって言ってた」
ちょうど、継人が管理している家にはガンダムの映像ソフトが山とある。それを見て、自分が使いたい機体を探す作戦だ。
「やってみます」
「だな。んじゃ、またな」
霞は店を出た。まずは自分のガンプラ探しだ。なぜ記憶を失う前の自分があのキットを選んだのかはわからない。ただ、それとは関係なく詩乃の様に自分で気に入った機体を使いたい。その目標に向かって、霞は動き始めた。
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一方、詩乃もバイトの真っ最中だった。ミニスカートのメイド服で客を待つ。
「誰も来ない……」
「今日はちょうどドルフィンのセール日だからね。みんなピザを食べに行ってるんじゃない?」
カウンターでコーヒーを入れる長髪の女性は継田奏。このカフェ、マスカレイドのオーナーだ。この近辺にはポレポレやレストランアギト、たちばなと飲食店が軒を連ねるが、いずれもマスターの人柄が違うため客層もバッサリ分かれる。
「噂じゃ一度菊池西洋洗濯舗の人たちが助っ人やったけど、あんまりにも忙しくて狼っぽい兄ちゃんが引き受けたくないって言いだして」
「そんなに大変なんだ……」
その忙しさに背筋を凍らせながら、詩乃はただ掃除をする。ここのカフェは今着ているメイド服以外にも様々な衣装があり、撮影スペースもある一種のコスプレ喫茶だ。その分大きな店舗で、ガンプラバトルシステムまである。
「それにしてもこの貸しガンプラ、すっごい綺麗。誰が作ったんですか?」
詩乃は貸出をしているガンプラを見やる。丁寧に作られており、継人の物を軽く凌駕する出来だ。特にジンクスは30機あり、それぞれにデカールでナンバーまでついている。その上でジンクスⅢやⅣの各種バリエーションまであるという充実ぶり。
「作ったのは私の甥なんだけど……」
「ん? 確か継田って……」
詩乃は今更ながら奏の苗字を思い出す。それに聞き覚えがあると思ったら、なんと同じクラスにいるではないか。同じ苗字の人物が。
「うちのクラスに継田響っていう人がいるんだけど……」
「そう、その子」
まさかの繋がりである。しかし、彼は入学式含め、一度も学校に来ていないのだ。時々継人が連絡のプリントなどを足しげく通って渡しに行っているらしい。
「うちのバカが何かご迷惑をおかけしてませんか?」
継人がお使いをしている、という点が詩乃には気がかりだった。何かとんでもないことをしでかしていなければいいのだが。
「ううん。そんなことないよ。ただプリントとか置いていくだけ。顔も見てないんじゃないかな?」
「結構ドライっていうか塩対応?」
が、以外にもそんなことはないようだった。
「いやー、でもああなってると、みんな学校で待ってるからおいでよ!ってぐいぐい来られる方が困るからねぇ」
「え? それはどういう……」
詩乃が聞きかけた時、ドアのベルが鳴って店に人が入ってきた。反射的に挨拶をする詩乃だったが、その顔を見て営業スマイルを引っ込める。
「いらっしゃ……ってソメヤ先生か……」
「なんだ、お前こんなとこでバイトしてたのか」
ソメヤ・ショウキ先生、詩乃達の学年で体育を担当する教諭だ。教え子より背丈は低いが、体育の先生にありがちな運動苦手な生徒の気持ちが分からないという問題を持たない、優秀な先生である。
「ほら、響にピザ持ってきてやったぞ。飯くらい食えよって」
「ソメヤ先生、うちの担任じゃないですよね?」
詩乃のクラスの担任はお馴染み富士川海士。それがなぜ、体育の先生が出張る事態になっているのか。
「その担任が『ああいうのは日にち薬しかない』ってしょっぱい対応するからだよ。ったく……生徒の心配くらいしろっての……」
富士川先生も継人と似た対応。これは事情が気になってくる詩乃だった。
「一体、響さんはどうしたんですか?」
「あー、これ言っていいのかな?」
ショウキはチラリと奏を見る。あまり言いふらしていい事情でないことは詩乃にも察することが出来た。
「あ、言えないんなら聞かないけど」
「いえ、知っておいた方がいいかな。あなたなら、響とも仲良くしてあげられそうだし」
奏は話すことにした。なぜ響が学校に来ないのかを。
「あの子はね、黒曜学院の高等部に進む予定だったの」
「え? それって東京にあるあの超エリート校の?」
黒曜と聞けば駅弁やMarchも知らない人さえ思い浮かべる超エリート校。幼稚園から大学までを揃え、初等部以前に入学した生徒はカウントクラスという特別カリキュラムで育成される特殊な形態を持つ『公立』の学校である。
「でもね去年の春休み、高等部に上がる直前に家族旅行で飛行機事故に遭ってね。両親を亡くしたばかりか右腕を失ったの」
詩乃は黙りこむ。それは当然、学校どころの騒ぎではない。
「しかも、黒曜学院は自主退学を勧めてきたの」
「え? なんで?」
オマケに守ってやるべき学校は放逐を決めたという。詩乃も驚愕しかなかった。
「表向きは入院期間分の出席日数不足だけど……」
奏が言いかけた時、ショウキは吐き捨てる。
「一番悪い言い方すりゃ障碍者はいらんってわけだ。クソ、今すぐにでも潰してぇぜ」
黒曜学院は響を捨てた。そこを拾ったのが白楼高校というわけだ。
「当然、響は飲まなかった。でも身体の傷が治っても、心の傷はまだでね、まともに授業を受けられず成績も落ちて、黒曜学院は堂々と彼女を追い出したの」
詩乃は無意識に拳を握りしめていた。今時、公立の学校でそんな対応が赦されていいはずがない。
「ムカつく! 今すぐアリアンロッドに連絡してダインスレイブを軌道上から放ちたい気分!」
詩乃もだんだんとガンダムの文法が分かるようになってきた。
一方、噂のピザ屋『ドルフィン』はてんやわんやだった。三白眼の悪人面をした少年が窯から吹き出す炎を回避する。
「アブね!」
「なんでそうなんの?」
ツッコミを入れている男性店主の横で少年が頭を搔く。黒髪のフォン・スパークといった風体で客商売の面接には通りそうにないが、人手不足の今は外見を気にして人を雇う余裕はない。この少年が噂の佐天継人か、と店主は息を呑む。人手不足か、店が焼きあがるリスクか。前門の虎、後門の狼どころか追加で東西にサメとキノコ男がいる状態だ。それも虎は胸に顔が付いたロボットのことだし狼は金綺羅金の鎧を纏う魔戒騎士だし、サメはシャークトパスだ。そしてキノコはワスカバジ。
「粉撒きすぎなんじゃない? 粉塵爆発でしょ今の?」
「そんなバカな! 私はプロだ、そんなミスはしない!」
店主はそう言うが、継人の主張は概ね合っていた。窯にくっつかないように撒く粉が、忙しさと継人のプレッシャーで常識を超えた量になっていた。加えて窯はピザを焼き続けて限界の状態。いつ火事が起きてもおかしくない。
扉が開き、ベルが鳴る。新たな来客だ。
「いらっしゃいませー!」
店内にいた女性陣は息を呑む。純日本人の黒髪に黒い瞳であるにも関わらず、まるで英国の王子を思わせる気品持った美少年が入ってきたのだ。その只者ではないオーラに、継人も反応していた。
「こいつ……」
「すみません、只今混雑しておりまして……少しお待ちください」
さすがに店内はいっぱい。だが、どの女性も相席を申し出る準備が出来ていた。
「いえ、今日はお客さんとして来たわけではないのです。忙しいならまた今度……」
「用事ってのはなんだい?」
少年と話しているとピザを持った継人が通り掛かる。その皿に乗っている黒い円盤がピザと呼べるかどうかはさておき。
「ちょっと待て! 黒こげじゃないか!」
「うっせ、ぶっつけ本番で今まで焼けてたのが奇跡だっつーの!」
継人は初見でピザを焼かされていたのだ。昼過ぎまで維持出来たのは確かに奇跡に近い。
「うーん、窯がそろそろ限界だね。少し休ませた方がいい」
少年はピザを見ただけで窯の状態を判別する。そして店内を見渡して店主に聞いた。
「何か楽器は置いてないでしょうか。窯を休ませる間、お客さんに演奏でも、と」
「うーん、楽器はないんだけど……」
このドルフィンには楽器などない。お洒落なお店ならインテリアに楽器くらいあるものだが、この店にあるのはバトルシステムのみ。
「ガンプラのバトルシステムならあるんですよ」
「ほう……」
少年はバトルシステムを見つめる。そして遅れながら自己紹介をする。
「申し遅れました。私は黒曜学院の白馬央治。グロウデュークの称号を与えられし者」
「グロウデューク? ダークファルスの親戚か?」
継人はさっぱり分からないという顔で黒焦げのピザを完食する。食べ物は粗末にできない性分であり、コンビニも廃棄になった弁当やおにぎりを一人で平らげた伝説を持つ。
「し、失礼なことを言うな! グロウデュークっていうのはあの黒曜学院のカウントクラスの中でも優秀な成績を持つ者に与えられる称号なんだぞ!」
ピザ屋が必死に説明するも、継人はオレンジジュースを啜ってお口直し。全く理解していない。
「絵が描けないけど小説ならできるやろって感じで始めたなろう小説じゃねーんだぞ。読者は設定読みに来てんじゃないの。そのルシがファルシでコクーンがエクスペリエンスって長々説明ばっかしてると飽きられんだよ」
「やれやれ、無知もここまで来ると天性の道化ですね」
「なんだとコラ」
呆れた白馬の物言いに継人が突っかかる。
「やめておきたまえ。僕は武術の心得がある。武闘家は喧嘩できない、と舐めているようだが、正当防衛くらいなら許されるのさ」
「へ、そっちこそ、このプレジデントに触れるとカブレるぜ」
美少年と悪人面の言い合いが続く。
「君は漆か何かかな?」
「なんかアレルゲン出てるらしいぜ」
「そんな人間いるわけないだろ。せいぜい、ナッツ類のアレルギーがある人にナッツ食べた手を洗わずに触ったとかそんなのだろう」
これ以上言い合っても無駄だ、と白馬は口論を切り上げる。そして、バトルシステムを見る・
「では、窯が休まるまでガンプラの演武をお見せしましょう」
「へぇ、エリート様はそんなおもちゃで遊ばないと思ってたが」
白馬はガンプラを取り出す。赤いザク。見紛うとこなきシャア専用ザク。オリジン版を改造してあるようで、C5型の胸部に両腕ともバルカンが装備されている。そして肩のシールドとスパイクが逆の方に装備されている。目を引くのは装備されたガトリングと大型のアックス。キシリア部隊機のアクトザクから持ってきたものだろう。
「さて、君もガンプラを持っているのだろう? 出したまえ。演武の相手になってもらう」
「へ、吠えずらかくなよ?」
継人もプレジデントカスタムを取り出す。
『battle start!』
フィールドは宇宙。プレジデントカスタムにはやや不利か。だが、果敢に継人は機体を進める。向こうからもガンプラが接近する。まずは一合、ビームサーベルとアックスを打ち合う。白馬のザクはアックスを両手に持っており、手数では優位だった。にもかかわらず、継人は一本のビームサーベルで受けきる。
「少しはやるようだな!」
「グロウデュークってわりに大したことねぇな!」
一見互角に見える打ち合い。しかし白馬は様子見、継人は全力だった。それは彼らにもわかっていた。だから継人は次の手を打つ。
「じゃあこれでどうだ!」
敢えて自分の限界を見せた。ビームサーベルのリーチを見せた。その上でビームサーベルをジャベリンへ変化させる。突然伸びた間合い。普通はここで対応できなくなって貫かれる。まさに一発限りの初見殺し。白馬の様な経験の浅いファイターには効果抜群のはず、だった。
「なにぃ!」
白馬はそれをアックスで受けて間合いを詰める。驚いていた辺り予想こそしていなかったが、対応出来たのだ。
「なんだと!」
仕留めた気になっていた継人は対応が遅れ、そのままアックスの一撃を貰って撃墜された。
『battle ended』
観客から拍手が鳴り響く。完全にヒールの不意打ちを制したヒーローの扱いだ。
「負けただと……このプレジデントが?」
「君、少しいいかい?」
愕然とする継人に、白馬が声を掛ける。
「この辺りでこの様な女の子を見かけなかったか?」
「ああん?」
白馬は写真を見せる。白い犬と写っている少女は黒髪を伸ばし、滅多にいない純粋な大和撫子といった感じだ。
「僕のフィアンセだ。探している。この辺りに懇意にしていた叔父の家があると聞いて、そこにいるんではないかと思ってね」
「知らねーな」
継人は妙な既視感を写真から覚えたが、黙っておくことにした。
「それと、大和民族なら侵略者の王を名乗るのをやめたまえ。日本に大統領制はない」
「るせーな、これは立場じゃなくて心意気、大統領魂だよ」
白馬は継人のプレジデントという名前が気に食わなかった。別に大統領制はアメリカ以外にもあるのだから侵略者の王と決まったわけではないが、白馬の印象ではそうなのだ。一方継人は立ち場の問題ではないという。
王子様と大統領が火花を散らす中、新たな来客が現れた。
「おーす、デリバリー用に店の皿混じってたから返しにきたぞ」
「ソメヤ先生」
ショウキが皿を返しにやって来たのだ。その後ろには詩乃と見知らぬ黒髪の少女がいた。写真の少女とは別だ。外出するにしては伸びた髪が整っておらず、服装も寝間着に近い。
「君は……継田響!」
「知り合いか?」
ショウキは警戒する。まさか気分転換に連れ出した場所で黒曜の生徒に出くわしてしまうとは。白馬が制服を着ているため、すぐに察知できた。
「かつての学友さ。かつての、な」
「グロウデュークとかなんとか言ってる変な奴さ、気にすんな」
継人の中では未だグロウデュークは変なの扱い。が、響を連れているショウキにとってはそうでもない。
「はん、腕一本無くしたガキ一人守らねえ大人に担がれて、まぁご立派なこった。おめーもいつ捨てられるかわかんねーな」
「君は白楼の生徒かい? 白楼は身の程知らずが多いと記憶しておこう」
生徒と間違われ、ショウキのプライドは傷ついた。既に怒り心頭の詩乃と共に継人に抑えられながら攻撃の機会を伺っている。
「ステイ、まだだ、ステイステイ」
そして決定的な言葉が飛び出すのを待つ継人。
「そんな白楼に拾われて君も大変だろう。元、グロウデュークの力を存分に白楼の学史に刻むといい」
「今だ、ゴーゴー! ダインスレイヴ隊放て!」
白楼も響も愚弄した発言に継人から攻撃指令が出る。ワッと一斉に白馬へ襲い掛かるショウキと詩乃だったが、店主が間に入って止める。
「やめてください! うちの店でグロウデュークに何かあったらどんな制裁があるか……!」
店主の必死な態度にショウキも詩乃も矛を収めざるを得ない状況だった。
「ぐぬぬ……」
「流星煌めく夜には背後に気を付けることね!」
優雅に帰っていく白馬。ショウキ達は怒りが収まっていなかった。
「くそムカつくぜあの野郎。いつか潰す」
ただ、響は無言で白馬を見送っていた。彼の真意は分からないが、いい感情を抱いていないのは確かだった。そして、タイミングを計った様に口を開く。
「あの……佐天継人さんですよね?」
「おう」
「頼みたいことがあるんですが……」
響の口から出たのは予想外の依頼。ショウキに乗って外へ出たのは、継人に会うためだったと思われる。プレジデントへの突然の依頼、その内容はいかに。
ショウキ「次回、『飛行機だけは勘弁な!』。いや、なんかダンス関係でアメリカ行くとこいつも一緒にいてな、大体飛行機でひどい目に遭うんだ。死人でねーのはスゲーけど本気か響の奴」
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6.飛行機だけは勘弁な!
近年のガンプラは関節の画一化により、手足を交換するのが容易になっている。が、それは全てのガンプラで同じ規格を使っているというわけではない。
例えばバックパック。ユニバーサル企画と呼ばれる三ミリ二つ穴、ストライカー対応の一つ穴があるが、これに加えてガンダムフレームの幅の違う二つ穴などがある。
手足も軸ジョイントとボールジョイントで規格が異なる。キャンペーンパーツなどで互換性を持たせることも出来るが、やはり一工夫必要だ。
今回登場するガンプラのストライクリペアードはボールジョイント接続対応の胴体にノーネイムの軸ジョイント対応腕を装備しているが、これはキャンペーンパーツのジョイントで互換性を持たせたことで可能になったカスタムである。
「それで、俺に頼みたいこととは?」
継人の自宅で響が継人への依頼を話す。ピンクのパジャマに同色の上着を着こみ、その裾からは両手の義手が覗いている。髪はさすがに纏めたが、それでも男子だということが信じられないくらいの可憐さである。
立ち話もなんだからと、リビングでお茶を淹れて話すことになった。意外なことにこの家、客人をもてなす用意が整っている。
「つ、継人くんは飛行機に乗ってもどんな事故が起きても死者を出さずに生還する奇跡の人と聞きました」
「ああ、航空業界でそんな伝説になってたな俺」
「そうなの?」
一緒にいた詩乃は驚愕する。前から運の無い奴だとは思っていたが、流石に周囲へ不幸をばらまく様な真似はしないらしい。ショウキもその伝説を証言した。
「ああ、アメリカにダンス留学行ったときにこいつと同じ飛行機になってな。同じバンシィ使い同士で盛り上がったのも束の間……思い出したくねぇ」
よっぽどな目に遭ったらしく、青ざめていた。が、響は強い意志を込めた目で継人を見る。
「お願いします! ボクと一緒に飛行機で北海道まで行ってくれませんか?」
「え?」
継人は困惑する。一体如何なる事情で飛行機で北海道なのか。頼みは請け負う前提だったが、そこが気になった。
「ボクは一年前……飛行機の事故で両親と両腕を失いました。それで進学予定だった黒曜の高等部進学も無くなり。姪である奏さんの家で静養してました」
「はーん、年上なのねお前」
事情を説明するも、一言ひとことを絞り出す様にいう響に継人は無関係な話で空気を軽くする。プリントなどを届けているクラスメイトなので年上であることは当に知れたこと。
「へぇ、そうなんだ」
ただし詩乃は知らなかった。入学式から一日も顔を出さないクラスメイトのことなど知る由もない。
「あ、そうだ。霞は? バイトから帰ってると思うけど」
「なんか思い付いたらしくて部屋でガンプラ作ってる」
ついでに霞の動向を聞くとそういうことらしい。おもちゃ屋なので、なにかヒントを得たのだろう。幸い、試行錯誤に必要なガンプラは山と積まれた家だ。
「それで……実家のある北海道に帰らないといけないんです」
「ん? だったら飛行機じゃなくて電車でよくない?」
詩乃はそう提案する。飛行機事故で傷心の響をわざわざ飛行機に乗せず、新幹線なりで輸送してもいいわけだ。というか本来そうすべきである。
「それが、両親の遺産分与について話し合う家族会議が行われると今日連絡がありました。そしてそれが行われるのは明後日のことなのです」
「うっそ、間に合わないじゃん!」
詩乃はその無茶ぶりに驚く。電車では絶対に間に合わない日程。心身共に衰弱している響には例え飛行機でも強行軍は負担だ。
「俺も電車で行けるルートを模索したが、無理だった」
ショウキはダンス関係で様々なところへ出かけているのでそういう知識が豊富だったが、それでも無理という結論しかでない。無理やりやれば行けなくもないかもしれないが、響への負担が大きすぎる。心を病んでなくても両腕の無い障碍者、足回りのバリアフリーは進んでいるがそれ以外は案外おざなりなのだ。
精巧に作られた様に見えるプラスフキー義肢だが、その実感覚がないという欠点がある。重ねて入れろだの無茶を言う切符の取り扱いに難が出ることは想定に難くない。感覚を持たせようという案もあるが、それはアシムレイトと繋がっていて危険なので研究自体論外という状況。
「行けないと欠席裁判で両親がボクに残してくれた遺産や思い出の詰まった家を取られてしまいます! 無理を言うようですが、お願いします! あなたの分の飛行機代は出しますし、何なら北海道観光の費用も……」
「いいぜ、飛行機代で請け負った」
響の説得に、継人は二つ返事で答える。笑顔が悪そうなので詩乃はイマイチ信用出来なかったが。
「誰かに助けを求められたら、俺は俺に出来ることをする。それが俺の大統領魂だ」
「あ、ありがとうございます!」
響は涙ぐみながら礼を言う。一人で飛行機は不安だっただろう。それが一気に解消されただけでも安心だ。
「ああ、それと助手を一人つけていいか?」
「霞も連れてくの?」
が、継人はある条件を付け足した。詩乃はてっきり霞のことかと思ったが、違うらしい。
「いや、響も知ってる奴だ」
こうしてプレジデント一行北海道ツアーが組まれたのである。
「それよりポケットにしまってるのガンプラだろ? バトルするの?」
継人は響の上着にガンプラが仕舞われているのを見逃さなかった。響が取り出すと、それは胴体と頭部、右足だけ残った緑のストライクガンダムだった。頭部もアンテナが破損してしまっている。
「これ、お父さんがくれたんだ。ストライクに乗ったパイロットは誰も死ななかったからって」
バトル用、ではなくお守り。緑は響の瞳の色に合わせたのだろう。だが、事故で大きく損傷してしまっている。
「うちに山ほどガンプラあるからよ、修理しようぜ」
継人はそう提案する。確かに壊れたままではあんまりだ。北海道行きの準備と並行して、響のガンプラ修理も進めることにした。
翌日、朝一の飛行機に乗るため継人と響はセントレアにやってきた。何故かショウキも一緒にいる。制服姿の一団に先生なので部活の遠征にしか見えないが、実態はお家騒動ということ。
「ソメヤ先生まで来なくていいのに」
「なんかしねーと落ち着かねぇんだよ。継人と飛行機乗るのは二度と御免だったが富士川がこねーんじゃ俺が行くかねぇよなぁ?」
なんやかんやお節介な先生であった。が、肝心の助手がまだ来ていない。霞ではなく、響もよく知った人物とのことだが、一体誰なのか。
「すまんな、遅れた」
「いよう衛士!」
やってきたのは眼鏡をかけた男子。彼は守屋衛士。継人と同じ中学で、かつてはガンプラバトル部の処遇を巡って戦った相手だ。肩に乗っているのはプラスフキーシステムで自律稼動するガンプラ。RX零丸だ。
「衛士くん!」
「日展以来だな、響」
そして響とも知り合い。助手に推薦したのはこういう経緯を継人が知っていたからだ。
搭乗口に向かいながら、響は昨日直したガンプラを見る。失われた左脚と右腕はアスタロトリナシメントから、左腕はノーネイムからマントと共に移植した。双方ともに義手を模した腕だが、今の自分に重ねたくてこうしたのもある。ストライクのパーツで直してしまうのも考えたが、それでは新しい出会いも無かったことになりそうで嫌だった。
飛行機は北海道に向けて飛び立つ。三人掛けの席に響を挟む形で窓際に衛士、通路側に継人がいる。通路を挟んで反対側にショウキがいた。
「あーコンソメうめー」
「そうだな」
継人と衛士は震える響を放置してコンソメスープを飲んでいた。周囲がまったりすることによるリラックス効果を狙っていたが、響はトラウマを思い出してそれどころではない。そこをフォローするのが零丸の役割だったりする。
「心配めされるな。飛行機が事故を起こす確率は低い。二度目の不運などあるものか」
「う、うん、そうだね……」
少し落ち着いてきたところで、響はあまり面識のない継人に聞きたいことがあった。無論、大統領魂とやらのことだ。
「ねぇ、継人くん。その……大統領魂ってなんだい?」
「ああ、俺さ、アシムレイト脳症って病気の治療でアメリカ行ってたんだ」
それは継人が療養でアメリカに行った時のこと。彼はそこで、ある人物に出会った。
「そこで出会ったのが元アメリカ合衆国大統領のマイケル・ウィルソン氏だ。俺はその人に教えられたよ。誰かの為に自分が出来る最善を尽くす心、大統領魂をな。ウィルソンさんはたまたま自分が大統領になるのが最善だっただけで、誰にでも大統領魂はあるんだと。というか、大統領になってからその心意気に名前つけたから大統領魂なんだってさ」
「最善を尽くす心、大統領魂……」
響はその言葉が胸にしかと響いた。その心意気を胸に継人は自分に力を貸してくれている。だったら、きっと今回は大丈夫だ。その大統領魂は、ショウキや衛士にも宿っているのだろう。
「ところでソメヤ先生、あんたの隣にいるのはもしや……」
響が感動しているのを打ち消す様に、継人はショウキの隣に座る大柄な外国人を見た。一人はガタイこそいいが歳を重ねた老人、もう一人は若いクールそうな人だった。
「おお、継人くんじゃないか! 旅行か?」
「ジョースターさん……」
「羨ましいな、あいにく休暇とは無縁の職場でね」
「レオンさん……」
継人の知り合いであるジョセフ・ジョースターとレオン・S・ケネディであった。これを見た継人は響に一言詫びる。
「すまん響、この飛行機は諦めてくれ」
「ええ?」
それにはジョセフとレオンも反発する。
「いや、漫画じゃあるまいしそう儂も何度も飛行機落とさんぞ?」
「俺はそういうイメージか、泣けるぜ」
北海道まであとわずか。流石に国内線は時間が短い。何もないことを祈りながら、響は前後の扉が乱暴に開かれるのを聞いた。
「金を出せ! この飛行機は乗っ取らせてもらう!」
「どなたかお医者様はいらっしゃいませんか? 機長と副機長の意識が!」
同時多発的に起きたトラブルに、継人とジョセフ、レオンは言い合いになる。
「えー、ジョセフさん。申し開きは?」
「儂のせい? これ儂のせいなの?」
「今回はどう考えても当日券で乗った継人くんが原因だと思うぞ?」
英語と日本語で行われる漫才に、ハイジャック犯は苛立っていた。
「大人しくしろ!」
が、相手は米国エージェント含むこういう事態に慣れた連中。言い合いもそこそこに役割分担を行う。
「じゃあテロリストはレオンさんが、飛行機の運転はジョセフさん、機長と副機長はソメヤ先生が診てください」
「おうよ」
速攻で散開して仕事を片付け始めた一同に衛士は呆れるしかなかったという。
「慣れって、こわいね」
しばらくしてハイジャック犯はあっという間にレオンが鎮圧、飛行機も安定して飛んでいた。が、継人が慌てて響のところに戻ってくる。慌てている割にはいつものことというか、さもレジが込んできた店員くらいのノリでしかない。
「もうすぐ着陸なんだけどさぁ」
「はい?」
「ランディングギア出ねーから一回宙返りするってジョースターさんが」
「はぁああ?」
そしてそのまま運転席近くにいくとDJくらいの気安さで機内放送を掛ける。
『えー、ご搭乗のお客様にご案内いたします。当機は着陸のためランディングギアが出ないトラブルに見舞われたため一度宙返りいたします。シートベルトを締めていただかないと、死にます』
軽く言ってのける辺り慣れを感じる。乗客はランディングギアって何などと言いつつシートベルトを締めていた。
「そっかー、ランディングギアって一般名詞じゃないのかー」
「衛士くん! それどころじゃないって、宙返りって……」
響はすっかり取り乱していた。事態は最悪なのに対処している人間が冷静過ぎてイマイチ状況が分からない。
「昨日メーデーで見たけどさ、着陸に使うタイヤ、出ない時は宙返りしてその勢いで無理やり出すんだよね」
「飛行機乗る前に見る番組ですかそれ?」
飛行機事故を扱った番組から得た知識を披露する衛士。あの継人と長く友達をやっているだけあってこの人も大概おかしい。
そうこう言っているうちに飛行機は宙返りを始めた。身体を押しつぶされる感覚が響達を襲う。この状況でシートベルトをしていないのは機長たちと座席に固定してるショウキと継人だけだ。ボコられたハイジャック犯とボコったレオンすらシートベルトをして座っている。
「なんであの人達は立ってられるんですか?」
「ほら、スペースコロニーって遠心力で重力作るって話だし」
衛士も諦めのリアクション。あの辺だけ人間卒業していると言われても納得できる。ショウキはダンスやってるからな。継人は知らん。
「おい継人!左後輪だけ出ないぞ!」
「あ、そんじゃ残り仕舞って胴体着陸ですね!」
トラブルに次ぐトラブル。にも拘わらず業務連絡の様なやり取りをするジョセフと継人。一体どんな星の下に生まれたらこんなことに慣れるまで巻き込まれるのか。
「間に合わん!」
「ウッソだお前、リスク背負った挙句難易度上げるとか」
ジョセフの宣告に爆笑で答える継人。この人の心臓には毛でも生えているのか。片輪だけ無い状態での胴体着陸は素直な胴体着陸よりもバランスを崩しやすい分危険だ。
『エー皆さん、細かい説明は抜き! 総員耐ショック姿勢!』
継人は完全にこの状況を楽しんでいる有様。
衝撃が走り、飛行機は不完全な形で地面へ擦り付けられる。地面と飛行機が擦れる不快な音が響き、窓際に眩い火花が散る。
「いかん! ブレーキが利かん! このままだと空港の建物に突っ込むぞ!」
ジョセフはさすがに緊迫した様子で状況を伝える。その時、継人とショウキが立ち上がり、共にガンプラを出す。プラスフキー粒子でガンプラを動かせるのは、何もバトルシステムの中だけではない。そうでなければプラスフキー義肢など成立しない。
「だったら俺は、ガンダムで行く!」
継人は外にプレジデントカスタムを放つ。そしてプレジデントは、飛行機を受け止めた。
「行くぞ継人、この光は俺たちだけが出しているものじゃない!」
ショウキのバンシィも飛行機を支える。プラスフキー粒子は人の祈りを力とする。飛行機の乗客が生きたいと思うほどプレジデントとバンシィの力は増す。バンシィはサイコフレームを緑に輝かせ、オーロラで飛行機を包んだ。
「チぃ!」
「足りねぇか!」
だが、飛行機は建物に向かって真っすぐ突き進む。流石に二機の力だけでは飛行機を止めることはできない。
「ど、どうしよう……また……」
響の脳裏に、あの時の光景が蘇る。熱い、痛い、重い、人々の泣き叫ぶ声とサイレンだけが聞こえる。あの事故光景が。また、ああなってしまうのか。今度は友達を失ってしまうのか。
その時、独りでにストライクが動き出した。そして、開いた扉から外へ出る。そうだ。出来ることをしよう。例え無駄でも、何もしないよりはずっといい。
「ストライクリペアード!」
響は愛機の名前を叫ぶ。呼応する様にストライクは紅い瞳を滾らせる。マントが変形し、ビームガンへと変貌する。そしてそのまま、出っ張った前輪と後輪を撃ち抜いて収納させる。ガクンと飛行機全体に振動が伝わる。が、地面に接する部分が増えたことでブレーキになった。
「まだだ! まだやれる!」
そして、そのまま背中へマントが動き、Xコネクトモード。左の義手をそのまま振り回し、飛行機の鼻先をぶん殴る。すると飛行機は大きく減速し、建物の目の前で止まった。
「やった!」
「生きてる! 俺たち生きてる!」
人々の歓声が聞こえた様な気がしたが、響の意識は深く闇に落ちていった。
響が目を覚ますと、空港のベンチに寝かされていた。どうやら気力を使い果たしたらしい。
「よ、起きたか? なんか飲む」
ショウキが真っ先に声を掛ける。日差しからして、時間はそれほど経っていないようだ。三人のガンプラもテーブルに置かれており、無事が伺える。
「飛行機は?」
「乗員乗客全員無事だ。よかったな」
飛行機の方はなんとかなったみたいだ。だが、響にとってはここからが戦いなのだ。両親の遺産を取り戻さないといけない。だが、悪夢を乗り越えたこのガンプラとなら、どんな困難も乗り越えられる気がしていた。
響はようやく、時間を進めることが出来た。
響「次回、『結成、ガンプラバトル部』。おかげで助かりました。なので今度はボクが助ける番ですね。なにやら厄介な問題もありそうですし」
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7.結成! ガンプラバトル部!
「ガンプラバトル部を復活させる?」
放課後の教室で、詩乃は継人の提案を聞いて首を傾げる。あの、誰も使っていなかった部室を再利用するのだが、一つ問題があった。
「それはいいけどあのめんどくさそうな三人組はどうするのよ」
以前、あの部室を使っていたチームがまた邪魔をしに来ないとも限らない。一応、必要な書類は継人がまとめていた。入部する部員の入部届けならなんやら。一応、部員は継人、詩乃、霞に加えて響と衛士も入ってくれるらしい。これで部活の最低人数は確保できた。
「あのチームについても調べさせてもらったよ。チーム『トロイア』、奴らは『リバティーゾーン』。ガンプラ甲子園において白楼高校が設置した仮想国家だ」
「ガンプラ甲子園? 選手権のジュニア部門じゃなくて?」
詩乃もガンプラバトルについていつまでも無知ではなかった。ガンプラバトルの世界一を決める選手権、その中高生の部が今、主流の大会になっているのだ。が、その大会にも問題が無いわけではない。また、ジュニア大会が行われるようになったのはたった7年前のことだ。
「トロイアのチーム名はジュニア部門のものだな。ジュニア部門は競技人口に対して一校三人しか出られないという大きな問題を抱えていた。ベンチとか含めりゃもっと参加できるかもだが埋没選手の数は高校野球を笑えないことになるな。そこでジュニア大会以前に行われていた学生向けのお祭りめいた大会、ガンプラ甲子園は細々続いてんだ」
そのルールは至極単純。学校を一つの仮想国家に見立てた戦争ごっこである。
「甲子園はオンラインシステムを使って行われる。これは説明を省こう。百聞は一見にしかずだしな。で、各地のラボやマスドライバーみたいな要所を奪い合いながら『ゲート』を目指す。このオンラインフィールド各地にあるゲートを通過した仮想国家に本選出場権が与えられる」
「随分大規模な予選ね」
話を聞く限り、スケールが大きい大会に見えるがこれには理由がある。
「ビルドダイバーズの影響だろうね。GBNを現実に作る叩き台として作ったものを有効活用したいヤジマ商事の思惑もある。ともあれ、あの三人がリバティーゾーンの旗を掲げて甲子園に出たのは間違いないよ」
それが今や新たな部員を勧誘するどころか妨害しにきている始末。これは一体どうしたことか。とにかく、申請の書類を持って二人は職員室へ行く。職員室では富士川が二人を待ち受けていた。ついでにショウキもいる。
「よし、持ってきたな。これでガンプラバトル部は正式に再開できるぞ」
「やったね」
しかし一筋縄ではいかなかった。彼らを待ち受ける様に、職員室の付近に隠れていた三人がいた。あの時のガンダム使い達だ。もう特徴のないモブといったもっさり感のある三人組だった。何か文句を言いたげだが、先に文句を言ったのはショウキだった。
「お前ら三年生だろ。模試の講習はどうした?」
「そんなものより大事なことがあります。そう、この場で我らチーム『トロイア』の力を示すこと!」
先生に向かってそんなこと言おうものなら怒られそうなものだが、富士川とショウキは黙ってみていた。無言で内申点下げる、怒るより怖いタイプだった。
「あの部室は本来、我々チームトロイア及び仮想国家リバティーゾーンのもの。それを無条件で後輩とはいえ譲るつもりはありません」
「いや普通卒業するんだから後輩に譲るでしょ。留年すんの?」
詩乃は詩乃で先輩に対してこの態度。この三人から陰キャ臭が凄くするので完全に舐めてかかっている。
「我々を超えられない程度では、この岡崎のガンプラバトル圏を生き抜けない、いわば後輩に対するやさしさですよ」
「あー、よく初心者狩りする奴が言ってる『選別してる』ってやつ?」
継人も三人をなめ切っていた。ともかく、この三人が面倒なことに引き下がらないので仕方なく勝負する流れになった。
「しかたねーな。じゃ、勝ったら部室寄越せよ」
「勝てるものならな」
三人は何やら強者臭を漂わせようとしているが、残念ながら小物臭と男脂臭しかしない。
@
というわけで部室までやってきてバトルの流れになった。部室には既に霞、衛士、響もいた。相手が三人なのでこちらも三人選出することになるのだが。
「私はガンプラ改造中」
霞がまず辞退した。どうやらおもちゃ屋のバイトで何かを掴んだのか、改造に熱が入っている。
「それじゃ、俺と衛士で響、合わせられっか?」
「はい、できます」
必然的に経験者三人のチームになる。詩乃は今回は見学だ。継人はビームスピアを装備したプレジデントカスタム、衛士はクロスボーンを改造したSDガンダム、響はストライクリペアードだ。今回は右足もちゃんとストライクのものになっている。
「今度はボクが助ける番です!」
響はいっそう気合が入っていた。飛行機を無事に降りたあと、お家騒動でも響は継人の力を借りて何とか両親の遺したものを守ることが出来た。その恩返しをしたいのだ。
『BATTLE START!』
「佐天継人、ガンダムプレジデントカスタム! 出る!」
「守屋衛士、クロスボーンネクロ、出陣する!」
「継田響、ストライクリペアード、スクランブル!」
フィールドは宇宙。やはり陸戦ベースのプレジデントには不利なフィールドが当たってしまった。が、そこはチームワーク。センサーを全員が強化しているので、相手より先に敵の位置を全員で把握できた。
「見えた!」
「散開させるぞ!」
衛士がクロスボーンの背中を向ける。後ろのカメラにも目が付いており、スラスターの部分に付けた緑の水晶からビームが放たれる。それは収束して一本の太い光線になり、固まっていたトロイアのガンダム達を襲う。
「なんだ!」
「敵襲?」
想定通り散開したガンダム4号機、5号機、6号機。ここからが勝負の仕掛けどころだ。
「忠臣蔵作戦で行こう」
「あ、じゃあボクが他を引きつけますね」
継人の一言で作戦を察した響がマントを変形させて背中へ移動させる。継人と衛士は孤立した4号機目掛けて加速する。
「Xコネクト、ブレイドドラグーン!」
響の放ったドラグーンが5号機と6号機を襲い、合流を妨げる。特に5号機の得物はガトリング。遠隔操作系武器の迎撃がしやすいので自身も突っ込み妨害する。右手の義手からビーム刃を出し、積極的に斬り掛かる。
一方、一足先に4号機へたどり着いたクロスボーンは手にした剣で接近戦を試みていた。が、SDガンダムはリーチが短い。ビームサーベルでいとも容易く受けられてしまう。
「これだからSDは……」
「余裕こくのは早かったな」
遅れたプレジデントがスピアの柄をギリギリまで長く持って突きを繰り出しながら迫ってきた。
「何ぃ!」
反応は出来たが回避は出来なかった。見事にコクピットを貫かれて爆散する4号機。メガビームランチャーの出番はついぞなかった。ボクシングの練習で棒の先端に付けたグローブによる突きを避けるというものがあるのだが、その速度はプロボクサーのラッシュに匹敵するという。長物の突きは、それだけ神速なのだ。
「よ、4号機ー! ホヂュア!」
爆散した味方に気を取られ、5号機もブレイドドラグーンに串刺しにされる。そして爆散。これは作戦の想定外。忠臣蔵作戦とは実際に吉良を襲った藩士達が取った戦法で、必ず相手より多い人数で戦うというもの。今回は継人と衛士が4号機を相手取ったのがそれにあたる。
「継人、思ったがこれ新選組作戦でも通ったんじゃね?」
「それもあるな」
衛士はそうぼやく。数の利を作ること、これこそ戦術の基本。すっかり3対1になってしまった6号機の運命は、まぁ皆さんの想像する通りである。
『BATTLE ENDED!』
「ま、参りました……」
まさかのパーフェクト負けに意気消沈する三人組。これで約束通り、部室諸々継人達のモノになった。
「これでガンプラバトル部、結成ね!」
今回は何もしていない詩乃、こういう宣言で仕事をとっていくスタイル。が、三人は去り際に意味深なことを言って帰る。
「お主たちはまだ知らない……この地区を支配する『デルタロウ連合』の力を……」
「デルタロウ連合?」
それはともかく、晴れて仮想国家リバティーゾーンの旗揚げである。詩乃は流星号をセットして、拠点を見に行く。オンラインフィールドはバトルシステムのスキャン部分だけを使うもので、そこをガンプラが動きまわる。ガンプラが動くというよりフィールドが動く、に近い感覚かもしれない。ただガンプラの座標はオンライン上で動いているので、普通にバトルが可能だ。
「ようするに粒子エフェクトで相手ガンプラの動きをこっちに反映させて……って技術的なことはどうでもいいか」
継人もプレジデントを拠点に出撃させる。拠点はコンテナや倉庫のある普通の陸上基地である。境界線らしき部分に緑のラインが浮かんでおり、そこから外はバトルフィールドだ。
「この先がバトルフィールドかぁ」
詩乃が一歩外へ踏み出すと、物陰から一斉にグレイズが現れる。紺色のものや緑のもの、ピンクブラウンにライトブルーと様々なグレイズがいる。
「あ、どうもどうも」
詩乃の流星号も一応グレイズなので挨拶する。が、その瞬間グレイズ達はライフルの銃口を流星号に向ける。
「え?」
「退け詩乃! そいつら全員敵機だ!」
そして一斉に火を吹くライフル。プレジデントカスタムが間に入り、ビームサーベルを手首ごと回して防御する。詩乃はわけが分からず緑のラインまで後退する。プレジデントも下がってきた。全員敵機、とはどういうことか。
「何今の?」
「デルタロウ連合所属機……そういうことか」
継人はデータを照合し、あの三人の言っていたことを思い知る。これだけの勢力が周囲を固めていては、こちら一歩たりとも動けないというわけだ。つまり、甲子園を戦おうにも拠点から出ることすらできない状態なのだ。
「ここから最短の連中の制圧施設は『メイメイブリッジ』か……ここから出撃してうちの周囲を固めてやがる」
「ちょっと、分かるように説明しなさいよ」
継人が一人で納得しているので詩乃は説明を求める。
「いいか、この基礎拠点ってのは一校に一つ与えられて、攻め込めない絶対の安全地帯だ。その他、各地に橋だったり工場だったり、宇宙へいくマスドライバーだったりそうした施設がある。そこを制圧するとその施設を使える他、自軍をそこに『配備』できる」
「配備したらどうなるのさ」
さっぱり分からないという詩乃に対し、地図を見ていた霞が、あることに気づく。
「このフィールド、この辺りの地形まんま。ガンプラが外を歩くのと変わらないくらい広い」
そう、オンラインフィールドは実際の日本列島の測量データや地図を基に作られている。トイストーリーよろしく、ガンプラがそのまま街を出歩く様なサイズ感のフィールドでのバトルだ。
「甲子園のフィールドに入れる時間には制限がある。平日は午後4時から午後6時の二時間だけだ。その二時間で自軍の基礎拠点から作戦の目的地に行くだけで精一杯ってこともあるだろう。ところが制圧した拠点に戦力を配備すれば、配備した戦力はそこからスタートできる」
「つまり時間の短縮だね」
響が要点を纏める。この広大なフィールドでその恩恵は計り知れない。いきなり強大な敵とぶつかることになったリバティーゾーンの未来はどっちだ?
衛士「次回、『巨大要塞マザーウィル』。ったくいきなり厄介な問題が出て来たもんだぜ。でもま、あのプレジデント様なら力業でどうにかしちまうだろうさ」
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8.巨大要塞マザーウィル
データ上に用意された設備をゲーム中に手に入れた資材で作り出すのも一つの作戦ではある。資材を多く投入すればするほど強力な戦力を用意できるがあくまでそれはデータの存在。ビルドできるガンプラと違って、明確な弱点が存在するのである。
『ガンプラ甲子園のルールを説明します。
まず、バトルフィールドに入れるのは平日は午後4時から午後6時まで、土日祝は午前10時から午後6時までとなります。
一校につき一つ、仮想国家を設立していただきます。その際、基礎拠点が一つ与えられます。この拠点は侵攻不能の安全地帯となっております。国家同士の同盟も可能ですので、戦略を個々で練ってみてください。
各所に様々な効果を持つ拠点があります。これは拠点内にあるフラッグを中心に展開しているサークルに自軍の機体が侵入すると「制圧ゲージ」が動きます。これを自軍側に全て傾ければ拠点を制圧できます。
制圧した拠点には戦力を配備できます。次の出撃からはその拠点から出撃することも出来るようになります。拠点は資材を使って強化できます。奪われないように拠点をしっかり固めましょう。
戦力差のある仮想国家と戦う場合、いくつかの制限が掛かります。大規模な方の仮想国家に所属するガンプラはダメージレベルが大きく設定されていますので、被弾にご注意ください。また、敵の方が小規模な場合拠点を攻める際に「宣戦布告」の手続きが必要になります。
拠点を駆使し、この世界のどこかにあるゲートを見つけ、そこを通過した仮想国家が予選を通過できます。しかし、ゲートには強力なゲートガーディアンが鎮座しています。これらの攻略も必要な要素となります。
以上で説明を終わります。それでは、広大なバトルフィールドにガンプラと共に駆け出してください』
「これがルールなわけだが……」
ガンプラバトル部の一同はルール説明の動画を見て一応のルールを確認する。が、それどころではない問題が彼らの前に立ちはだかっていた。
「デルタロウ連合、北高校、西高校、東高校、南高校、中央高校、第二中央高校、商業高校、工業高校と岡崎一帯の公立高校全てが連合を組んだ甲子園で最も大きな勢力だ」
富士川の説明だけでも絶望感溢れるこの戦況。基礎拠点から顔を出せば即撃たれるこの状況、一体どう打開すればいいのか。当然あの三人ではやる気を無くしてしまう。
「でもよ、別に包囲されてんのは現実じゃないんだろ? だったらこっちも連合組めばいいんだよ」
継人の案は尤もだった。リアルの世界では別に校舎を出ても即撃たれたりはしない。現実で連絡を取り合って対抗する連合を組んでしまえばいいだけのことだ。
「それがな、こうも大きな連合相手だと他の学校が甲子園への参加自体消極的になってんだ」
富士川もその手を考えていたが、他の私立は選手権を優先して甲子園をあまり重視していない。そのため、連合を組むのも難しい状況だ。
「誰かがこの状況を打破すればいいんだろ……あ、そうだ」
衛士が何かを思いつく。地図の西側、敵の最前線基地である『メイメイブリッジ』とは逆にある大要塞だ。
「移動要塞『スピリットオブマザーウィル』。甲子園のデータ上で構築できる中で最大の移動要塞だ」
地図で見ても分かるその巨大さ。しかし、データ上で構成出来るということは攻略可能に設定されているということだ。
「最大、最大火力と言えば聞こえはいいが、こいつはとんだトラップだ。時代遅れの老兵で、砲台の損害から内部に損傷が伝播しやすいという構造上の欠陥がある。加えて守備隊は全員、ダメージレベルA、ガンプラが撃墜されたら即大破の条件付きだ」
そう、この甲子園は数と予算によるワンサイドゲームにならない様に仕掛けが施されているのだ。ダメージレベルも、今のこちらが敵機を落とせばその機体は確実にリアルでも大破する状態だ。逆にこちらはいくらシステム上で大破させられても、大本のガンプラは傷一つ付かないダメージレベルである。
「なので、こちらから敵のグレイズが尽きるまで撃って出る。そしてマザーウィル撃破という旗印を立てて同盟を募る。この両面作戦でいこう」
作戦は決まった。後は動くだけだ。
「じゃあ班を分けようか。要塞攻略と包囲突破でさ」
「いや、要塞は継人一人に攻略してもらう」
響の提案に、衛士は待ったを掛ける。
「えええ?」
「どういうこと?」
詩乃も霞も疑問を呈する。これには継人との付き合いが長い衛士なりの考えがあった。
「多くのリンクスにとってジャイアントキリングは奇跡の親戚みてーなもんだが、こいつは『例外』だ。あの黒い鳥と一緒でな」
聴き慣れない単語が並ぶが、継人と衛士は同じ中学の人間。互いの実力はもう知っている。
「俺にも案がねーでもないし、やってみるだけやってみるさ」
というわけで作戦は決まった。
「よー、居残りかい?」
今まで散々サボった分居残り学習をさせられているチームトロイアのところへ継人は向かった。三年生の教室にも堂々と入る胆力はなかなか要塞攻略に向いているともいえるが、三人は不快そうだった。
「何の用ですか」
「お前らのガンプラの武装を借りにきた」
「何?」
要件はただ一つ、ガンダム4号機から6号機のパーツだ。
「いいから貸せ、お前らには過ぎたものだろうガンダムの武装をな」
有無を言わさない物言いに、ガンプラの武装を差し出す三人。ジャイアントガトリングにメガランチャー、背部キャノンがその武装だ。プレジデントとは同じ時期の武装なので、装着は可能だろうがこれで何をしようというのか。
@
『ミッションの概要を説明します。目標は基礎拠点周囲に展開する敵部隊の排除と、敵アームズフォート、スピリットオブマザーウィルの排除となります。まず攻撃隊が基礎拠点から出撃し、敵部隊を攻撃します。細かなミッションプランはありません。出来る限り敵部隊に損害を与えてください。
それと同時に反対方向からプレジデントを射出します。敵主砲の威力は強大ですので、カスタムしたベースジャバーによる高速接近が推奨されます。懐に飛び込んだ後は防衛隊を排除しつつ、アームズフォート各所に配置された砲台を狙ってください。情報が確かなら、これで撃破が可能のはずです。
説明は以上です。各員の健闘を期待します』
スピリットオブマザーウィル攻略戦
「準備はいいか?」
継人が通信で拠点に展開した味方ガンプラに指示を出す。
「お前たちが拠点を包囲する敵部隊と戦っている間に俺がでか物を落とす。単純な作戦だ」
そういう継人のプレジデントカスタムには、6号機のキャノンや5号機のガトリング、4号機のランチャーなど積まれていた。乗っているのは宇宙用のベースジャバー。これで文字通りかっ飛んで懐に飛び込むつもりなのだろう。
「霞の新型もいい感じだしな」
「うん」
霞は新型機を用意していた。Gエグゼスの脚部のバルバトス第六形態に換装した形態だ。ウェアシステムのあるAGE世界らしい機体構成となっている。武装もバインダーガンで遠近両方に対応できる。
「じゃあ行くぞ、作戦開始!」
まずは攻撃隊が基礎拠点から出撃する。案の定、それと同時にグレイズ達から一斉射撃があるがそれも予想済み。前に出ているのはマントを纏う響のストライク。その背後から詩乃の流星号がミサイルランチャーを放つ。誘導式のミサイルは直接狙わなくてもグレイズ達を撃破していき、攻撃の激しさが減少する。
「やっぱり個々の戦闘力は弱いみたいだね」
「そのようだ」
響と衛士は手ごたえからそう感じていた。そうと分かれば、霞も積極的に仕掛けていく。
「ふっ!」
バインダーガンの射撃で牽制しつつ足止めし、接近して切り裂く。両手に武器を持っているのでスムーズに遠近攻撃を使い分けて敵を次々に狩っていく。異変を察知したのか、敵部隊が基礎拠点に向けて動き出した。
「さて、そろそろか!」
時期を見て、継人も発進する。宇宙用のベースジャバーはジャンプ台からロケットの様に飛び出していき、包囲するグレイズ達の弾丸をすり抜けていく。
「いいぞ、その調子だ!」
加速してマザーウィルに接近する継人の機体。しかし、要塞も沈黙しているばかりではない。火砲を放ち、撃ち落とさんとしてくる。
「よっと」
火力、弾速共に早いものの、ビームほどではない。敵主砲の閃光を見たら少し機動を変えるだけで回避が可能だ。そして遂に、継人は要塞へたどり着いた。
『おい、着地どうすんだ?』
ベースジャバーを飛び降りた継人の機体には勢いが付いたままだ。敵要塞の甲板に乗っても、滑る様に機体は足から火花を散らして進んでいく。これには富士川も冷や汗をかく。
「無論、こうする!」
あろうことか継人はプレジデントを回転させ、そのままキャノンやガトリングを乱射する。精度はともかく、守備隊もこの弾丸の雨は回避しきれず、大量に撃破されていく。しかし、ミサイルが継人の機体を狙っていた。
「おっと!」
が、メガランチャーをぶっ放してブレーキ代わりにし、後ろに飛びのいた。ミサイルは先ほどまで継人がいたところに着弾し、自らの甲板を傷つける。
「さぁて、やりますか!」
さっそくめちゃくちゃなエントリーをかました継人。勢いの良さに敵は脅えて士気を削がれていた。
一方、基礎拠点包囲隊もじょじょに気勢を削がれていった。たった四人かつ初心者が二人という状況だが、相手は数頼み。もしかすると積極的に参加している生徒ばかりではないのかもしれない。詩乃はアックスで敵に斬り掛かる。シールドを持たない敵グレイズは腕で受けるしかなかった。
『同じグレイズなのになんで?』
接触通信で相手の戸惑いが聞こえる
『こいつはそんなダッサイ名前じゃないの! 山城詩乃様の、流星号だ!』
ガンプラへの思い入れがそのまま力になるのか、流星号はそのまま相手グレイズの腕を切断する。その時、遠方から一機の緑グレイズが迫る。カメラアイが赤く、アックスを二刀流した姿が特徴的だった。
『山城詩乃……まさかここで会うとはな!』
男子の声がオープンチャンネルから聞こえる。どうやら知り合いの様だ。流星号とアックスの鍔迫り合いになり、詩乃もその正体に気づく。
『あんた……赤目のジャンゴ!』
『お前のせいで俺はチャンスを逃した……その仇をここで討つ!』
どうやら因縁のある知り合いらしく、互角の鍔迫り合いが続く。ジャンゴが二本目のアックスを取り出すのを察知し、響がマントをビームガンに変形させて牽制射撃を放つ。
「知り合いですか?」
『昔のね。容赦なくやっていいよ!』
「了解! Xコネクト!」
響はマントを背部に装備し、義手のビームソードでジャンゴを攻め立てる。
『お前はいつもそうだ! 他人をけしかけて、自分では戦わない!』
『うるさい殺人者! 人には相応の役割ってもんがあんのよ!』
なにやら因縁めいた口論が続いている。向こうは岡崎中の公立高校を集めた組織なので、そういうこともあるだろう。
『ふん、いいさ。貴様らは俺たちデルタロウ四天王が倒す!』
響に圧され、ジャンゴは一時退く。響も義手のハンデがあり、近接戦のコンソール操作は精細を欠いていた。
「四天王?」
その名の通り、明らかに装備の違うグレイズが四機集結していた。二機はカルタ機、マクギリス機のグレイズリッターであるが、もう一機は改修の加えられた青いシュヴァルベグレイズであった。
「こんなものが……」
響はそんな集団が存在したこと自体に驚きを隠せなかった。烏合の衆の中でも、突出した人間はいるということなのか。
『ふっ!』
その時、シュヴァルベグレイズが動き出した。明らかに消えるかの様な挙動。その狙いは霞、それを察した衛士が庇う。
「ネクロ、モンスターモード!」
クロスボーンの瞳が赤く光り、口が開く。剣で防御したクロスボーンだったが、互角だったのか弾かれてしまう。
「このモンスターモードを圧すか!」
敵もそこそこの実力はあるようで、誰を最初に倒すべきか見抜いてきている。不慣れな霞を狙って数的優位をさらに顕著にしようという攻撃だ。
『なかなかやるようだな……』
シュヴァルベのパイロットもオープン回線で話す。これがデルタロウ四天王の力。数に加え質も整えてきているとは、想像以上の強敵らしい。
『第八ブロックにて火災発生! 第四ブロックもダメです!』
その時、四天王に通信が入る。
『なんだ? どうした?』
『メインシャフト、熱量負荷限界! 機関部が持ちません!』
ジャンゴが通信に応じるが、向こうはあわただしくその余裕が無い様子だった。
『覚えておくのね、赤目のジャンゴ! うちの級長は、只者じゃないから!』
『バカな! 一人でマザーウィルをやったというのか!』
現実を受け入れられないジャンゴの通信に、阿鼻叫喚の図が描かれる。
『総員地上装備! 総員退避! 退避しろ! マザーウィルが崩壊するぞ!』
遠くからでもわかるくらいの大爆発と共にマザーウィルが爆発を起こし、消滅した。データの塊であることを示す様に、爆炎はポリゴンに変化して消えていく。
『おのれ……デルタロウ連合数年の成果を……!』
カルタ機のパイロットが怒りに震える。ジャンゴも呼応し、ある手段を使おうとする。
『てめーらにはもったいないが、これを見せてやるぜ……ブレイク……』
『待てジャンゴ、一旦退くぞ』
シュヴァルベのパイロットがジャンゴを止める。ジャンゴは納得がいっていない様子だった。
『なぜだ! ブレイクデカールでこいつらを粉みじんに……!』
『残念ながら我々がいくら攻撃してもこのガンプラは壊せない。一旦退くぞ。このまぐれで他の学校が動かない様に締め付けを強くする必要がある』
渋々、他の四天王も従って撤退する。この作戦、禍根は残ったがリヴァティーゾーンの初陣にして初勝利となった。
継人「次回、『女神アストレア』。やっと回ってきたぜ俺の次回予告! ってことは俺回? ま、プレジデントの活躍来週も見てなって」
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9.女神アストレア
ソレスタルビーイングが開発した第二世代モビルスーツにしてエクシアのプロトタイプ。兵装のテストを主に行った汎用性の高い機体だが、その柔軟なフレームから近接型のエクシアへ採用された。
ソレスタルビーイングの武力介入時にはサポート組織フェレシュテで0ガンダムのGNドライヴを搭載して運用された。CB崩壊後はエクシアのパーツが合流し、性能の底上げが行われた。
ガンプラとしては付録で再現用パーツが付属し、HGのエクシアをアストレアに出来た。後に多数の武装を装備した赤いtypeFが発売、そして白い本来のアストレアも発売された。
キットの都合、エクシアのパーツが丸々付属するため単体でのカスタムが捗る一品。
「やっぱガタ来てんな、こいつ」
激戦から翌日、部室でプレジデントから借りた装備を外しながら、継人がぼやいた。それはガンダムプレジデントカスタムのことであった。よく見ると旧版の陸戦型ガンダムをベースにしており、ダメージレベルの低いバトルでも関節への負担はそれなりに掛かっていた。
「新しい機体に替えるの?」
詩乃は聞いてみた。ガンプラバトルはガンプラを消耗する競技。今後の参考に、慣れた者がどう対応しているのかみておこうと思ったのだ。
「新機体は作ってる途中。あと武装が仕上がれば完成だ」
「もう作ってったんだ」
継人は次のガンプラを既に完成寸前まで仕上げていた。しかし武装が無いのであればまだ出られる状況ではない。一方、響達は今後のチーム運営について話していた。
「まずは基礎拠点を強化しよう。基礎拠点にマスドライバーを配置出来れば、宇宙に出るのが容易になる」
「そのためにも資源系ミッションを受ける必要があるな」
衛士も甲子園の勝手は知っており、そのために何をすべきかはわかっていた。だが、それにも一つの問題があった。
「邪魔、入るんでしょ?」
霞の言う通り、デルタロウ連合に一帯を支配されている以上、そのミッションにも妨害が入る可能性は大だ。現在選べる資源系のミッションは一つ。『輸送列車護衛』のみ。この輸送列車のルートにもよるが、どんなルートを通ってもデルタロウ連合の支配地域は避けられない。
「とにかく今日は輸送列車の護衛をやってみよう!」
「そうだな。それしか選択肢はあるまい。あらかた昨日の戦いで向こうにも被害が出ているだろうしな」
というわけで、響の希望により輸送列車の護衛任務を受けることになったリヴァティーゾーン。継人は後から合流することになった。
「おー、みんないるな」
そこへ富士川がやってくる。何か手に資料を持っている様子だが、昨日のバトルで出会った『赤目のジャンゴ』について個別で調べていたのだ。
「詩乃、お前が会った赤目のジャンゴってのは中学野球の選手だったな」
「ええ」
ジャンゴと詩乃は因縁がある。それだけはわかっていたが、それ以上はどうにもはぐらかされて知りようが無かったのだ。
「常に充血した目からそう呼ばれている選手で、後輩潰しで有名な野球界の鼻つまみ者だ。練習中、他の選手を死に至らしめていることが分かった。それを最初隠そうとしたが生徒数人の告発で発覚、野球部は廃部になったそうだ」
「そうなのか!」
継人は大げさに驚いて見せる。
「君は中学のバトル部をいくつか事実上の廃部にしただろう」
これには衛士も呆れるばかり。
「その告発した生徒が君かね? 詩乃」
富士川は詩乃に直接聞く。彼女もそこまで調べられたなら、と観念して話す。
「私がしたのは校長とか教頭に職無くすよって脅しだけ。だって殺人野球部のあった学校の出身なんて言われたくいじゃん?」
やや後ろ向きな理由が彼女らしいが、これで因縁はわかった。それに加え、富士川は他のことについても調べていた。
「それがデルタロウ連合なんだが、主な参加者は運動部との兼部だ。おそらく、ベンチ選手を有効活用しようって策略だろう」
「っへ、自分の世界でレギュラーになれねー奴らなら怖くもなんともないぜ」
継人はそう意気込むが、如何せん数だけは多い。この数をどう切り抜けるかが勝負のカギだ。
@
『ミッションの概要を説明します。今回の任務は資源を乗せた輸送列車を基礎拠点まで護衛することです。まずは基礎拠点から輸送列車の停車する駅まで向かってください。コースは事前に指定しておきますので、行きにある程度道を掃除しておくといいでしょう。駅に着いたら輸送列車が発車しますので、これを基礎拠点まで護衛してください。説明は以上です。では、健闘を』
輸送列車護衛任務
「で、なんで行きは違うルート通るの?」
詩乃は流星号をベースジャバーに乗せ、他のメンバーに追随しながら聞く。事前に指定されたものと違う線路を辿り、NPCのリーオーを撃破しながら進む。
「あっちこっちでデルタロウの連中が見てやがると考えて、わざわざ輸送列車のルートを教えてやる必要はないのさ」
衛士はバイクの様な馬にクロスボーンを乗せ、先を急ぐ。霞もベースジャバーで進んでいた。その中、自身の推力だけで進む響のストライクは格が違った。マントをビームガンにして、エールストライカーを装備している。
「それでも人海戦術で埋め尽くされそうだけどね」
「そんときゃ全滅させればいいべ」
衛士も継人の思考に毒されている部分があるのか、むしろ敵の戦力を削れてラッキー程度にしか考えていなかった。
駅までは何事もなく到着。ここからが本番だ。モビルスーツより小型な輸送列車が動き始め、指定のルートを通っていく。しかし、不気味なまでに静かだった。何者の妨害も無く、道を半分まで行くことが出来た。
「迂闊に触るのを諦めたのかな?」
「だといいけど」
詩乃は前日の戦況から楽観的に判断するが、響は警戒していた。そして、四機の敵を発見する。
「そら出た! お客さんだ!」
その四機は先日、デルタロウ四天王と名乗った四人の機体だった。カルタ機とマクギリス機のリッター、カルタ機は大型のシールドを装備している。シュヴァルベに赤目のジャンゴのグレイズまでいる始末だ。
「本格的な報復かな?」
「そのようだね」
衛士と響は警戒する。列車も敵の存在に動きを止める。流石に線路の上に立たれては、推し通れるサイズではなかった。
『マザーウィルの件! 報復させてもらうぞ!』
マクギリス機が一歩前に出る。そのマザーウィルを撃破した当人はここにはいないが、なにやら相手機体全機の様子がおかしい。紫色のオーラを出しており、妙な威圧感を感じる。
「これは……?」
響がビームガンを最大出力で放つ。が、マクギリス機は棒立ちでそれを受けた。なんと、ビームが拡散し機体は無傷。応急手当のガンプラの攻撃とはいえ工作が入っている分威力は上がっているはずが、何故か劇中の名のラミネート装甲みたく弾いてしまった。
「なんだ?」
『これが選ばれし者の力……ブレイクデカールだ!』
ブレイクデカール、それは『ガンダムビルドダイバーズ』で使用された不正ツールのこと。どうやら元ネタを知らない様子で、自慢げに語っている。
「ブレイクデカール? チートじゃないか!」
響は抗議するが、マクギリス機のファイターはその力を誇るばかり。
『これが選ばれた人間の力だ』
線路の周囲にはいつの間にか。ブレイクデカールを使用したグレイズ軍団に囲まれていた。これでは貨物列車どころか自身の安全も危うい。もしやすると、ダメージレベルさえ無視したダメージをガンプラに与えてきかねないからだ。
「どうする?」
「輸送列車破棄してトンズラ、ログデータを運営に送る」
「決まりだ!」
詩乃が聞くと、霞が対応策を答える。これには衛士も乘らざるを得ない。その時、一筋のビームがマクギリス機焼いた。光線色はピンク、彼ら四天王の背後からだ。
『利かないっての……!』
反撃の為反転したマクギリス機だが、その瞬間崩れ落ちた。そして爆散。
『誰だ!』
『捜索中で……通信が……センサー系が……』
カルタ機が部下に探させるが、通信障害が起きている様子だった。グレイズもリアクターによる通信障害を引き起こす機体だが、当然自分達にそれが襲われないように対策をしている。にも拘わらずこの電波障害。
「俺だよ!」
通信障害が晴れたかと思えば、青いアストレアが上空にいた。詩乃達から見たら友軍機、つまり継人の機体だ。
「ガンダムアストレアtypeP、いっくぜー!」
装備したGNキャノンと両手のGNソードⅡを合わせ、一気に放射する。すると、ビームが球状に収束して敵を襲う。
『させるか!』
カルタ機がシールドを手に前へ出るが、シールドを弾き飛ばされたばかりか機体がビームに包まれて消滅する。
『なんだこいつは!』
ジャンゴは付近に着陸され、警戒する。が、警戒が遅すぎた。ソードを刺され、そのままビームの乱射を雨の様に受ける。鉄血機体には珍しく、爆散していく四天王。
『そんなバカなー!』
四天王を一気に三人撃破する継人。シュヴァルベも危険性に気づいたのか、一気にランスで突進を仕掛ける。
『接近戦ならこっちが有利!』
だが、継人はGNソードⅡを剣に変形させてランスごと敵を切り裂いた。
「これが俺の、ガンプラだ!」
頑丈なはずのフレームごと断ち切り、真っ二つにして撃破。これで四天王は全滅した。
「これが継人の……新しい力」
新たな力を手にした継人を詩乃は見る。頼もしい新戦力の登場だ。
@
「ここまでは計画通りだな」
黒曜学院の応接間で白馬はこの戦いを見ていた。
「ガンプラバトルのプロ競技化計画、そのための贄が育ちつつある」
机には膨大な資料が置かれていた。それは全て、『ガンプラバトルプロ競技化計画』に纏わるものであった。
「しかし疑問だ。なぜメイジンカワグチもニルス・ニールセンもこの計画に反対なのだ? 彼らにも利はあるはずだ」
だが、白馬は気づいていなかった。彼らが求める真の戦いはこの計画の先に無いことを。
本気の遊びに利益という毒牙が迫りつつあった。
経「次回、『アシムレイトの秘密』。なにやら騒がしいが、どうも奴らはわかっていないようだな。この俺たちの掌の上で転がされているということにな」
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コラボイベント 目覚めし厄祭☆祭
プロローグ
やっと出来ましたのでお楽しみ下さい!
一話から読まなくてもいい様にしてありますのでここからどうぞ。
「イオク様、例の機体が見えてまいりました」
「うむ」
ガンプラバトルにおいて、急務となったのはやはり対戦相手の確保であった。どんなオモチャでも対戦をする限り避けられない問題であり、ヤジマ商事はそこに切り込んだわけである。
その答えが現在、黒に金のツートンと何処かで見たようなカラーリングのジムスナイパーIIが駆ける火星の大地である。赤土の広がる異星の地は現実のものではない。オンラインバトルシステムで構成された架空の土地。
ジムは他にもおり、隊長らしきジムに付いていく。
「諸君! 今こそ民のため立ち上がる時!」
リーダーのイオクは凛々しい声で部下を鼓舞する。周りの様子からも若いながら信頼されているようだ。
「現在、プログラムされたハシュマルは稼働前です。今解体作業をすれば最悪の事態は避けられますね」
ジム隊がたどり着いたのは大きなクレーターの中。隕石のクレーターというより、採掘で掘った穴の中といった趣だ。その中に、何か大きな機体が埋まっていた。
「では皆の者! 解体は任せた! 私はプログラムが苦手でな、他の者が立ち入らない様に周辺を見張っている!」
「お願いします、イオク様」
イオクのジムが仲間から離れようとした時、上から何かが降ってくる。ジムスナイパーIIはバイザーを下ろし、それを確認した。
「ガンダムバエルにヘルムヴィーゲ、マクギリスと石動か」
降りて来たのは新たなガンプラ。こちらは鉄血の機体である。
「やれやれ、マクギリス。私達がいつものレギンレイズでない理由はわかっているだろう?」
イオクはある理由から愛機を替えてここにきた。それは彼の部下も同じ理由である。
「マクギリス、悪いことは言わない! 早く帰りたまえ! エイハブリアクターのモビルスーツではハシュマルを刺激する!」
イオクは降りてきたガンプラに向けて、何か忠告をする。声こそ張っているが、余裕があった。とはいえ、降りてきたファイターの性格を考えると内心焦りもあった。
「おい、早いとこラスタル様に連絡を頼む。なんか嫌な予感がする」
「はっ!」
というわけで万全の体制を整えるのであった。そんなイオクの気持ちも知らないで、マクギリスは埋まっている機体、ハシュマルに近づく。
「ふふ、この日が来たか。偶然とはいえ最も厄祭戦時の思考ルーチンに近いモビルアーマーが生まれた今、私がアグニカ・カイエルの再来となるのだ」
マクギリスはイケボながら何処か胡散臭く感じる声をしていた。言ってることは正気を疑いたくなるようなことである。
「准将、ここまでアグニカポイントを貯めた甲斐がありましたね」
「石動、後で継人くんにアグニカポイントをたんまりくれてやれ。マッキーおすすめのフェアトレードチョコレートを好きなだけ食べられるくらいにな」
何事かを言いつつ、フラフラとハシュマルに近づくバエルと大剣スタンド。それを見て、イオクも本格的に慌て始める。
「待てマクギリスッ! それ以上モビルスーツを近づけるんじゃあないッ!」
本編とは全く立場が逆である。あまりの事態に何処と無くイオク様の口調がスタンド攻撃を受けているみたいになる。顔もすっかり濃くなって劇画タッチだ。
実際ふざけている時ではなく、クレーターの一部が轟音を立てて割れ始める。地割れか何かか、そう誰もが思った瞬間、ハシュマルは重そうに首を持ち上げる。
重いはずである。ハシュマルはその口から咆哮と共に熱線を吐き出しており、それが大地を裂きながら持ち上がっているのだ。
熱線が大地を切り裂き、空へ放たれた。
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前編 VSユニオンリバー
岡崎市のある場所に、一軒家が建っていた。庭こそないが入り口の広いガレージがあり、壁も綺麗で『豪邸』と呼ぶには十分な灰色の邸宅であった。
「さてと、これでよし……」
邸宅の一室で、三白眼の悪人面をした男子高校生がガンプラを弄っている。その部屋は高校生のものとは思えない充実ぶりの模型部屋であった。
エアブラシのコンプレッサーを囲む消音スペース、室内でも塗装のできるスプレーブースに換気装置。そして積み上げられた積みプラには単色の箱、則ちプレミアムバンダイ限定製品と思われるものも含まれていた。
「ん? 電話だ」
スマホが鳴ったので、高校生はそれを取る。地味に着信音がファイズフォンと同じものである。
「はい、こちら継人」
その高校生、佐天継人は通信に応じるパイロットかのような口調で電話に出る。
「そうか、そちらでも情報探してくれるか。恩に着る。明日は新装備もあるんだ、期待しててくれ」
電話で軽く話し、継人は電話を切る。どうやら、明日会う予定の人物らしい。この歳にしては電話にも慣れた対応を見せる。
「新装備、って言ってもスピアとシールドだけだけど。こんなところか」
継人は愛機用の新装備を作っていた。近くには様々なパーツでミキシングしたバルバトスが置いてあり、新作にも余念がない。
「さて、さっさと風呂入って寝るか」
継人は作業を中断し、部屋を出て階段を降りる。そしてリビングの扉を開けるとそこには衝撃の光景が広がっていた。
「あ、継人」
「……」
女の子が一人、バスタオルを一枚巻いただけの姿で佇んでいたのだ。ショートカットにした金髪が濡れて顔に張り付き、雪の様に白い肌もほんのり上気してお風呂上がり感満載だ。バスタオルも旅番組の撮影で使われるそれではないので身体に巻いても丈が短く、健康的な脚が思う存分継人の目に突き刺さる。
「お風呂、空いてるよ」
両手で缶コーラを持ち、それをチビチビ飲んでいた。缶を口から離して、艶のある唇を舌で少し舐める。その仕草全てが継人にクリティカルコンボしていった。
「グオワーッ!」
継人は青い爆炎と共に灰となって崩れ去る。こいつはオルフェノクか。
というのは当然、継人のイメージである。だがそれくらいのダメージは受けている。倒された継人は紫の『コンテニュー』と書かれた土管から飛び出して復活する。
「フォウ!」
もちろんこれもイメージである。継人はオルフェノクでもなければバグスターでもない。ただの人間だ。
「か、霞……よく、異性の前でそんな……ブオヘフッ!」
何か言おうとして再度その女の子、霞の状況を確認したせいかまた継人はダメージを受ける。青い炎が継人を燃やすがこれもイメージで以下略。
霞は表情こそ乏しいものの、顔立ちは整っており美少女の括りに入るほどだ。プロポーションこそスレンダーだが、この肌色率では大きかろうが小さかろうが関係ない。
そんな彼女があんな格好で自分の目の前にいるのだからもうただ事じゃない。ヴィダールの正体がガエリオだったくらいの衝撃だ。
「どうしたの?」
「と、特に恥ずかしさとか……ないんですか?」
霞はそんな継人に首を傾げるだけ。一方の継人は眼福の様な目のやり場に困る様な葛藤でフリージアでも流した方が似合いそうな血だまりを作っていた。
「特に」
「マジか……」
本来ならこういうことは改善してもらいたいのだが、継人には眼福以外にそれが出来ない事情があった。
「しっかしこれ、記憶無くす前の習慣なのか……? 明らかに記憶喪失の影響な気がするぜ」
「そう、かもね」
継人と同居している女の子、足柄霞は記憶喪失である。現在、継人と霞が住んでいる家は継人がアルバイトで管理している家で、霞はそこに居候している形になる。
霞は保護された時に身分証を一切持っていなかったため、彼女の素性を突き止めるために継人らは一つでも多くの手掛かりが欲しかった。そのため、彼は霞の無自覚さに翻弄されつつそれを訂正するわけにはいかなかった。霞の生活習慣がなにかの手掛かりになるかもしれないからだ。
「だ、だが風邪引くといけないから早めに服着た方がいい……」
「わかった」
とはいえ若い男女が一つ屋根の下。このままでは色々持たないので継人は懇願することにした。
「継人、バイトどうだった?」
ルームワンピースに着替えた霞は、継人が今日行ったバイトについて聞く。
「詩乃と冷やかしに行ったら店燃えてたけど」
発言がいきなり物騒である。それで継人の心配をしていないのは彼をよく知っているからなのか。
「あーそれな。なんかポテト揚げてたら爆発して燃えた」
「よく無事だったね」
継人は『aroma ozone』と社名の刻まれたウォーターサーバーから水をコップに注ぎ、それを飲み干した。いくら服を着てくれたとはいえ薄手でボディラインのくっきり浮かぶ部屋着。裸足でペタペタ床を鳴らしながら、自分の使っているシャンプーの香りがする女の子と話して冷静でいられるはずもない彼女いない歴=年齢。オルガの童貞号だって笑えない。
「まぁ、慣れてるからな。なーんか運ないんだよねー」
継人は非常に運が悪い。それをソファに座ってアメリカナイズされたファミリーサイズのアイスでも貪りながらボヤくしかない。中身は霞がルームワンピース一枚着込む間に半分くらい消えている。
バイトを試みてもトラブルに巻き込まれ、1日持たずにクビか勤め先が消滅するかのどっちかだ。正確には能力の低さと運の悪さがシナジーして酷いことになるのだ。
「ここのバイト紹介した人、よくわかってる」
そんなわけで継人は今住んでいる家の管理というバイトをしているわけだ。家というのは人が住まないだけですぐ悪くなる。地価も安く、バラすとバラしただけ損する様な家らしく管理する人が欲しかったとのこと。
「ホント、芹沢先生には感謝してもし切れねーぜ。これ下手すりゃ一生食ってけるぞ?」
継人の中学時代の担任は、彼の能力の低さと運の悪さがマザルアップしてマトモに働けないと予想してこの仕事を紹介してくれた。継人は先生の言うことだから自分の能力を把握してのことだと話に乗ったが、両親は息子をあまりに馬鹿にしていると憤っていた。
案外、赤の他人の方が評価を冷静に下せるものだ。
「この前もフライドチキンのお店燃やしてた」
「もう油モノはやらん方がいいかもな」
「他にどんなバイトしてたの?」
霞にバイト歴を聞かれ、継人は少し考える。新聞配達もコンビニも、飲食も一通りはやったはずだ。
「あー、そうだな。プログラムの仕事したぞ。親父の紹介で簡単なものを言語勉強しながら少しな」
「一応出来るんだ」
継人の意外な能力に霞も驚く。飲食一つ出来ない人間にプログラムが書けるというのか。
「まー、でも指示書の内容を何とかって感じだな。コンピューター苦手だから2度とやりたくねぇ」
出来るには出来るが好き好んでしたいかと聞かれれば話は別だ。継人も自分の得意な事を探すのに四苦八苦しているようだ。
「そういえば、継人は理数系より文系の方が得意かも」
「そーなんだよ。数学は壊滅するけど現文はチョー得意でさ」
普通の高校生らしい会話をしているが、継人は霞がどんな人物なのかを知らない。恐らく、霞自身もよく知らないだろう。
記憶を失う前の霞がどんな名前で、どんな友達がいたのか。継人は時間が掛かっても探してあげたいと思っていた。その為に、霞を多くの人が集まるオフ会に引っ張り出すことにしたのだ。
霞はおもむろに継人の隣に座る。ソファに身体を投げ出し、スプリングを軋ませる。髪が揺れる度、やはり何だか甘い匂いがする。継人はこの匂いがシャンプーのせいではない様な気がしていた。
「明日早いから、寝ようね?」
そして彼女は継人からスプーンを奪い取ると、アイスを拝借しながら上目遣いで言う。その行動が誘っているのか、無意識なのか継人には判断できなかった。
@
翌日、継人と霞は豊橋駅にいた。愛知県は私鉄である名古屋鉄道の天下である。だが愛知から出るにはJRに乗り換えねばならない。
「これどうすっかな?」
継人はいつもの制服であるブレザーを着て、拾った落し物のアタッシュケースをコンコンと叩く。リュックなので両腕が自由だ。
「駅員さんに渡そう」
霞はようやく調達した私服を着ている。デニムのホットパンツ、赤いチェックのシャツの上からカーディガンを着ているボーイッシュなスタイルだ。スニーカーに踝までのソックスで健康的な脚を晒しているため、継人はついチラチラ見てしまう。
「チクタク言ってる。時計かも」
アタッシュケースに耳を当て、霞が中身を確かめる。髪が揺れて、フワリと甘い香りが漂う。彼女は非常にパーソナルエリアが狭いため度々継人に急接近しており、服を着ていても心臓に悪い。
「あ、おーい! 霞、級長!」
乗り換えの改札前に、待ち合わせていた人物がいた。背中まで伸ばした黒髪をお下げにして、淡いピンクのオフショルダーのカットソーを着た女の子だ。ジーンズにサンダルと動きやすそうな服装で、それを活かして継人らのところへパタパタ走ってくる。
「お、山城さん」
継人と霞のクラスメイト、山城詩乃である。同じガンプラ同好会のメンバーで、最近ガンプラを始めた。
「あ、それ着てきたんだ。やっぱ似合ってるね」
詩乃は霞のファッションに目を向ける。意味記憶としてもファッションの知識が無い霞に服を選んだのは詩乃だ。彼女は返す刀で継人のファッションを辛口チェックする。
「で、なんであんたまた制服?」
「いいじゃん」
「アタッシュケースなんて持ってると売人みたいよ。薬の」
「これは落し物だよ。あ、駅員いるじゃん」
継人はアタッシュケースを近くにいた駅員に渡す。これで落し物は持ち主の元にいくだろうか。
「はい、落し物です」
「ご丁寧にどうも」
任務を終えたところで、三人はJRに乗り換えて目的地を目指す。三人が去った後、駅員はアタッシュケースを確認した。
「名前とかありませんね。中に何かあるかも?」
手掛かりを探すためアタッシュケースを開けると、中には時計や配線がギッシリ詰まっていた。赤い線に青い線もある。平たく言えば時限爆弾だ。
「あー! 困りますお客様! あー!」
@
目的の場所はJR島田駅から歩いて十数分。プラザおおるりという公民館的な建物だ。
「豊橋駅で爆弾騒ぎだって」
「地図見てたんじゃないのか」
詩乃はSNSからニュースをチェックする。爆弾を運んだ本人、継人は地図で場所を確認していた。
「帰りまでには片付くだろ」
「それもそうね」
バイト先を何軒も燃やした継人にとって過ぎたる爆弾など特に問題では無かった。自分が爆弾を運んで来たことは当然棚に上げる。
「と、ここだな」
プラザおおるりは3階建てのコンクリート造りであり、部屋を貸してセミナーや会議が出来る施設である。
「前は『おもちゃのポッポ』ってお店でやってたみたいなんだが、人数が増えたんでな」
一行建物に入り、階段を上がって2階の多目的室へ。ここが会場となる。
中に入ると、既に結構な人数が集まっていた。机を並べ、そこに自作のガンプラを展示している。部屋にはバトルシステムもあり、ガンプラバトルが盛り上がっている。
「おおー、たくさんいるねー」
「みんなガンプラ仲間に飢えてんだろ」
詩乃は辺りを見渡す。ガンプラバトルが流行している世の中だが、中高生の部が出来てからは勝利を目指す部活じみた空気を醸す様になってきた。遊びでやりたい人が集まる機会というのは、まだまだ少ない。
「お、新しいのが来たぞ」
その集団の中心にいたのは黒髪の幼女。何故か巫女装束で、口調は外見年齢に似合わず成熟したオーラがあった。
「よろしく、プレジデントだ」
奇妙な自己紹介だが、ネットで知り合った以上は本名よりもハンドルネームや異名の方が通じ易い。ファイターならば機体を見せれば一発、というわけで継人はプレジデントカスタムを幼女に見せる。
「なるほど、大統領か。話は聞いているぞ」
「どなた?」
継人と幼女が話していると、詩乃は空気の読めない事を言う。これには幼女もずっこけた。
「し、私を知らないのもいるんだな……」
よく考えれば当然である。何せ彼女はこのオフ会の主催者の一人。グループの中心であるため知らない人は普通いないはずだ。
「しかしそれでこそ名乗り甲斐があるってものだ!」
幼女はバッと立ち上がり、尊大に自己紹介を行う。
「超科学と超自然のボディに超精神の心を宿した『白き鉄の巨人』! 七機のみ作られた伝説の守護神が一体、超攻アーマー『サーディオン』こと攻神七耶とは私の事だ! 覚えておけ小娘!』
「あー、なるほど、最近流行りの『自分を○○だと思い込んでる一般人』ね!」
七耶の説明も虚しく、詩乃はそう解釈した。これには七耶も諦めムード。一応本当なのだが、BF次元ではなかなか信用されない。本当なんです信じてくださいなど言おうものなら一週間の謹慎だ。
「あーもうそれでいいよそれで。で、記憶喪失というのはお前か?」
「それは私」
七耶に聞かれ、霞が名乗り出る。記憶喪失キャラっぽい無表情で儚げな雰囲気に、七耶もスッと受け入れる。
「なるほど、私達は無駄に顔広いから話は通しておく」
「そうか、それは助かる」
継人は七耶の友好範囲ならもしやと思い、霞のことを相談したのだ。ネットでも情報を募っているが、手掛かりがなくて色々詰まっていたところだ。
「あ、この人が七耶ちゃんの話してた」
「ん? この声……」
ある声を聞き、継人がブンっと首がネジ切れるほど振り向いた。そこには小さな金髪の女の子と、褐色肌の緑髪の少女がいた。
「……」
突如、継人が膝から崩れ落ち、紫の靄となって消え失せる。
『game over』
「え? なになに?」
戸惑う詩乃にいつも通りの霞。継人は紫の土管から這い出て来て、息を切らせながら説明した。
「ゼー、ゼー……この人達は、魔法の様に奇跡のアイドルユニット『マナ&サリア』……。金髪の子がマナ、そして緑髪の御仁がサリュー・アーリントン……」
言い終わるとまた紫の靄となって消滅する。アイドルユニット一人につき一回の死亡。某AKBみたいにたくさんいなくてよかったね。
『game over』
「こいつはバグスターか」
見事な死に芸に七耶も呆れるしかない。だが、これはイメージ。よく事実を知る霞が現実を付け加える。
「なお、これはイメージ。現在、継人はアシムレイト脳症を再発させて自律神経のコントロールが自分持ちになっている」
「おいおいそれって心臓の心拍も自分でやらないと死ぬよな? つーかアシムレイト脳症って何?」
イメージを一つ剥がせばアイドルに会ったショックでマジ死にしそうなファンの出来上がり。継人は左腕に付けた二本のミサンガに触れ、何とか落ち着きを取り戻す。
「だ、大丈夫だ……まぁ昔色々あってな。その病気の治療中に彼女達を知って、それ以来のファンだ」
ある意味テンプレートななり方をしたファンである継人。霞もその病気は知っており、自前の回復手段があることも把握済み。
「このミサンガ、本当に魔法みたいでな。これ付けてると発作も薬無しで治るんだ」
「あ、これ本当に魔法のアイテムです。マネージャーのシエルさんが、グッズ買ったファンの皆さんの健康を願ったので」
マナはミサンガに説明を付け足す。七耶が巨大ロボなら、マナは魔法の関係者。このミサンガで継人が治っているのはプラセボではなく魔法の作用らしい。
「え? そうなの?」
「じゃあお前これ無いと死ぬじゃん」
継人もこれにはビックリ。ファンどころか命綱である事実に七耶は他人事ながら汗びっしょりである。
「外国人や芸能人って大人びて見えるけど、合わせるともっと大人びて見えるね。マナちゃんとサリューちゃんって何歳なの?」
下手をするとさっきまで命だった継人が辺り一面に転がりそうな話をする中、詩乃はマナ達に歳を聞く。
「サリアでいいよ。私が11歳、マナちゃんが9歳だねー」
サリュー・アーリントン、サリアは年齢を公表する。詩乃の予想より遥かに下だった。精々中学生くらいだと思っていたのだ。
「え? それってジュニアアイドルってやつ?」
「言い方言い方。おじさん捕まっちゃうよ」
継人としても歳下の女の子に命繋いで貰っている気まずさは感じていたらしい。どこぞのザリ王や総帥みたいに母親云々とか言いださなければ大丈夫なはず。
「そういえば継人って『大会出られない』って言ってたね。アシムレイト脳症ってのが原因?」
「ああ、別にお前らに配慮して大会出ねー訳じゃねぇ」
一度話を聞いただけで症状の名前を完璧に覚えて話す詩乃。アホっ子に見えて案外頭はいいんだろう。
「限界に近いバトルをすると再発する、ってわけじゃないんだが……。上を目指そうとして無理した結果がこのザマだ。だから大会には出ない。上を目指すだけじゃない、ガンプラの楽しみ方をこの人達に教えて貰ったよ」
継人は動画越し一方通行だが、と付け足して楽しそうに語る。部活動化したガンプラバトルは炎天下で投手の投球数制限を設けない甲子園と大差ない問題が多く転がっている。だからこそ、そこに直面した継人は『遊び』のガンプラを尊重する。
「ま、私らもそう思えてもらえたなら光栄だ。それよりプレジデント、新装備ってのは?」
七耶はいい話がこそばゆいのか、継人が昨日話した新装備に話題を移す。
「ああ、これがガンダムプレジデント用、ビームスピアとクローシールドだ」
継人は鞄からガンプラを取り出す。いつものプレジデントに見えるが、新たに槍とシールドが追加されている。
「ほう、セミストライカー、いやジムストライカーか」
「本当はボディとかも使うつもりだったけど、案外干渉キツくてな。関節の規格は同じだから腕とか脚は使えるかもしれんが、脚は外すの怖いなぁ」
せいぜい流星号しか知らない詩乃は話についていけない。そもそも彼女はプレジデントカスタムの素体である陸戦型ガンダムについてもよくわかってないのだ。
「よし、早速バトルするか!」
「そうだな」
七耶は継人達をバトルに誘う。ファイターが揃えばやることといえば一つ。バトルだ。今回は継人達と七耶達、それぞれ三人のチームでバトルする事になった。
『please set your GANPRA!』
選定された舞台は火星の大地。地上型が一人いる時点で陸上なのは定まっていたが、残りは継人らのチームにいる悪魔の影響か。
『field.MARS』
「佐天継人、ガンダムプレジデントカスタム!」
「山城詩乃、流星号!」
「足柄霞、ガンダムAGE1フルグランサ!」
三人の機いつものやつ。この組み合わせだと継人も平成ガンダムを使いたくなってくるところだ。
「サリーフォース、シューティングスター!」
継人のコールと共に、三機がフィールドに射出される。対する七耶らはというと、
「攻神七耶、ビルドジェノアスカスタム!」
大きな腕を装備した白いジェノアスカスタムは何処から借りてきたのか火器を大量に積んだバックパックを背負っている。
「マナ、ストライクアシェル!」
マナの機体は限定版と思われるラメ入りのビルドストライクを改造したもの。ビルドストライクはイオリ・セイが世界大会で優勝した時に記念としてキット化され、それのバリエーションがいくつか出ていたのだ。
「サリュー・アーリントン、ガンドラゴン!」
サリアの機体は様々な色のパーツが混じり合った龍。それぞれ個性の爆発した機体が火星の大地に踏み出した。
「来るぞ!」
バトルが始まって早々、継人は隊列の前に出る。新兵器であるビームスピアを捨て、右腕のガントレット、つまりシールドと反対側に付いていたホルダーからビームサーベルを二本取り外す。
「来る? 行くじゃなくて?」
詩乃は継人の言葉が引っかかった。真意に気付いた霞が彼女の前に出て、グランサの分厚いシールドを両手に構える。
「止まって。なんかデカイの来る」
「う、うん!」
霞のガンダムに対する知識やガンプラバトル経験は詩乃とどっこいだが、継人に対する理解は天と地。ここは霞に従った方がいい。
「来たな」
継人は予想していたことが起き、舌舐めずりをしつつ冷や汗をかく。飛んで来ているのはモビルスーツ三機の搭載量を軽く超えるミサイルや火砲の雨霰。全て実弾と来ている。
「行くぜオラッ!」
プレジデントは継人の操作で両手のビームサーベルをジャベリンへ展開。そのままガントレットや胸部のバルカンを乱射してミサイルを迎撃する。
接近するミサイルや弾丸はビームジャベリンを二本振り回して斬り払い、それでも撃ち漏らす分は霞がシールドで防ぐ。
しかし爆炎は徐々に周囲を覆い、視界を塞ぐ。黒くなった視野では火砲の光が頼りだ。
「やったか?」
「七耶ちゃんそれフラグ!」
砲撃を放ったビルドジェノアスを動かす七耶は煙の中へ目を凝らす。マナの言う通り、余計なフラグを立てた為かプレジデントは健在。
流石に無傷ではないが、後ろの二人はほぼ無事。初手ブッパでの全滅は狙い通り防ぐことが出来た。
「ホワイトハウスを堕としたきゃ、コロニーでも落とすんだな」
継人は両手に槍を構えたまま、ビルドジェノアスへ向かう。ジェノアスのバックパックと腕部の火砲は赤熱し、銃身は焼け付いて歪んでいる。
「この全部載せ、ジェノサイドバスターパックの集中砲火を凌ぐか……」
七耶は少し後退し、バックパックと腕部をパージする。だが、プレジデントは早い。ブーストを蒸してジェノアスへ突撃する。
「させません!」
その前にアシェルが飛び出し、ジェノアスのフォローに入る。両手に装備しているのはクリアのアームドアーマー。バンシィノルンの持ってるタイプだ。
「チッ!」
そこから放たれるビームを斬り払おうとして、継人はビームジャベリンを両方とも落とされてしまう。
「まだだ!」
継人はプレジデントの脚部からビームサーベルを二本取り出し、二刀流で斬りかかる。陸戦型ガンダム本来の装備だ。
「こちとら死ぬほどアシェルのバトル動画は見てる! 全攻撃の間合いは把握済みだ!」
全身クリアパーツでエネルギーの塊であるアシェルと互角の斬り合いを見せる継人のプレジデント。もはや詩乃と霞が入る隙はない。
サリアはガンドラゴンの中からガンダムを出現させる。詩乃は知らないが、継人はそれを知っている。
「なにあれ?」
「コアガンダムか!」
そして、アシェルの背中にコアガンダムを取り付けた。バックパックを足した様な物なのでアシェルの起動力は増すが、それにも継人は付いて行く。
「うーん、流石にこれもお見通しか。だったら……」
サリアはふと思いつき、コアガンダムのコントロールを手放した。バックパックとなっているコアガンダムのバーニア噴出が止まり、重量が増えた分動きが鈍くなる。
「遅くなるよ?」
「いや……」
詩乃は相手の狙いが読めなかった。が、霞にはわかった。これはマナとサリアを知り尽くす継人相手だから有効な戦術だと。
「なんと?」
継人はコアガンダム装備形態の機動力も知っている。が、重りを持って落ちた機動力までは知らないのだ。攻撃を捌き切れなくなり、徐々にジリ貧になる。
「動きが読めん!」
後部に背負った小さいとはいえガンダム一つ分の重量。偏った重心による急制動。デフォルトで偏重心ならそれを計算に入れられる継人だが、これはイレギュラー中のイレギュラー。
「しまった!」
遂にアシェルの攻撃がプレジデントに直撃し、そこを起点にアームドアーマーのビーム砲を畳み掛けられる。流石にプレジデントも撃破されてしまった。
『battle ended!』
「流石に級長落ちたら無理だよー」
「悪りぃ、油断した」
決着は、当然と言うか七耶達の勝利に終わった。経験者が級長のみというのは非常にチームバランスが悪い。
「ま、初心者って割には中々やるな。後半結構苦戦したぞ?」
七耶としては予想以上に詩乃と霞が持ちこたえたので長引いたが、結果はこの通り。互いにいい経験となっただろう。
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後編 VSハシュマル
アイテム交換は済ませたか? ゲームじゃない? あ、そう……。
インターネットの動画が再生される。素人の作りではないスタジオが映し出され、ある人物がそこに座っていた。隣には犬と猫の様なマスコットもいる。
『ガンプラビルダーズTV! アップ直後のガンプラバトル映像を最速レビュー、ガンプラバトルヘッドライン!』
犬の様なマスコットは長方形のシルエットをしている。彼はワンナー。この番組のマスコットその1だ。その隣に座るのは、黒髪を伸ばした女の子だ。スタジオの照明という人工の光にも艶めくほどの美しい髪であり、ほんのり潤んだ唇に緑の瞳となかなかの美少女である。席の前に置かれた名札には『ヒビキ』と書かれている。
「はい、早速新しい動画がアップされてますよー」
猫のマスコットはポリキャット。その名の通り、各部にわかる人はわかるガンプラのポリキャップの装飾がされている。
「ポリキャットさん、今日の注目バトルは何ですか?」
女の子がポリキャットに話を振る。大きめのゆったりしたカーディガンを着ているが、その袖から僅かに覗く手指は生身ではない。ガンプラのハンドパーツを彷彿とさせるディテール。どうやら義手の様だ。義手萌え袖だ。
「今回の注目はですね、ユニオンリバー対シューティングスターですね」
「ユニオンリバーですか! ボクもよく動画見させていただいてます!」
オマケにボクっ娘。どんだけ属性盛るんだこの人。
「あ、今回はマナちゃんとサリアちゃんも出てますね。野良バトルは珍しいですね」
「あーヒビキくんはマナちゃんとサリアちゃんとよく共演しているんですね」
「はい、ボクは男性アイドルとしてターゲットも魅せ方も違うんですが、よく勉強させてもらってます」
「はい君一回鏡とファンの層見ようねー。あと楽曲も聞き直して下さい」
ポリキャットは流したがこのヒビキ、男性アイドルである。義手萌え袖の男の娘とかなんなんだこいつ。
「はい、バトルの方に話を移すんですが、このバトルは対戦チームが対照的ですよね」
「対照的?」
「ええ、ユニオンリバーの方なんですが所謂『全部載せ』、足す方向でガンプラを強化しているんです。シューティングスターのお二人は初心者なので傾向が見えませんが、リーダーであるこの陸ガン、プレジデントカスタムなんですがどちらかといえば取捨選択、引き算の機体なんですね」
ヒビキはただアイドルがファン層を増やす為だけにガンプラやっているレベルではない評価を出す。キララ以来のガチガンプラアイドルというのも人気がある要因だ。
「ベースとなった陸ガンはユニバーサル規格以前の機体なので拡張性に難があるんですが、機体の限界による戦法の選択とは考えられませんね。その証拠に存在する3ミリジョイントは活かし切ってます。このファイターの過去のバトルを見返すと、ネクストカラミティガンダム時代、そして愛知エリアを恐怖に陥れた『ウヴァル事変』時でさえもこのスタイルは変えていません」
「随分懐かしく感じますね、ウヴァル事変」
ヒビキは過去のビデオもかなり見ていると思われる。ただ素人である継人のファイトに詳しいのはある事件によるものであるが。
「この戦法はかの三代目メイジンカワグチも行なっており、装備の取捨選択を誤らなければ有効です。今回は残念ながら負けてしまいましたが……」
ヒビキはガンプラを取り出して説明しながら語る。三代目メイジンカワグチのレッドウォーリアと、セブンソードのガンダムエクシア、セブンガンのケルディムサーガだ。
「反して、全部載せも一見すると装備を載せるだけのお手軽強化に見えますが、あれを使いこなすのは困難なんです。まず今回のビデオみたいに割り切って初っ端使い切る選択が出来る人間は少数です。大抵は勿体無いお化けに取り憑かれていつまでも持ち続けて、デッドウェイトを抱えることになります。一般的な全部載せ機体はこの様に装備を使い分ける前提で設計されているので、作る時は使い捨てのつもりで持たせる人は少ないんですよ」
つまり七耶は単なる全部載せ脳ではないということ。実用の方面でも極まっているといことか。
「えー、というわけで皆さんも武装を盛る時は思い切って使い捨ててはどうでしょうか。今回はこの辺で」
時間も押しているので、ポリキャットは話を区切る。ヒビキは話足りなさそうだが、プロなので進行はする。
「はい、次はピックアップガンプラのコーナーです。今回は遂にキット化、ジェノアスOカスタムの情報です」
@
「沼の中にいい感じの小物があるナリ……」
『布服沼』と簡単な立て看板が刺さっている沼の前に、ある人物がいた。彼女は寿武希子。コトブキヤのマスコットである。
武希子が見ているのは、沼に突き刺さっている布だ。ちょうど、漸雷強襲装備型に使う布マントを探していたところだ。
「拾いにいくナリ」
沼だというのに、武希子は不用心にも歩いていく。すると案の定、足が嵌ってどんどん沈んでいくではないか。
「この沼、深いッ!」
気づいた時にはもう手遅れ。何故か上からFAガールやクロスボーンガンダム、100均の小物が降ってきてどんどん沈んでいく。
「あ、あお殿ー! 助けてぞなもし!」
ふと知り合いの姿を見つけ、武希子は助けを求める。あおと呼ばれた女の子の肩にはFAガールの轟雷が乗っている。
「大変ですあお! 武希子さんが沼に嵌ってます!」
「いやー、それ私たちもだから」
残念なことにあおも首まで沼に嵌っていた。これでは助けられない。
「ま、いっか」
「あお!!!!」
でもあおはこの調子。オマケに通りかかる人を沼に誘う始末。
「おーい! みんな、布服沼はいいぞー! 早く帰ってこーい!」
「あお! ムーンレイスだったんですかあお!」
@
「なんだ今の……」
突然始まった寸劇に七耶は困惑する。
「みんなも沼には気をつけような」
「もう手遅れだよ級長は」
継人が教訓的なことを言うも、辺り一面に転がるガンプラの箱を前にしては説得力なぞない。
バトルシステムでは未だ他のバトルが続いており、なかなかの盛り上がりを見せる。参加者の中にはネットで名前や機体を知っていても、直に会うのは初めてな人たちもいるのだ。
「バトル以外にもいろんな楽しみ方があるんだね」
詩乃はレース風に並べられたプラモ達を見ていた。これは企画の一つ、『ユニオンリバーファイアボール』。プラモでレースをしようという企画だ。
「変身!」
霞がベルト付けて何かしているのは、ブンドドスペース。とにかく遊べ、ということだ。
「へぇ、最近の変身ベルトって大人でも付けられるのね」
詩乃はおもちゃの発展に感心するが、七耶は重要な事実を見逃さない。
「いや、延長ベルトってのがあるけど霞の奴、それ付けてねぇな?」
そう、大人が遊ぶために延長ベルトなるものが存在するのだが、霞はいまそれを使っていない。
「ええ? いくら細くても子供用よね? 心配になるくらい細いけど……」
「まぁあいつ確かに細いけど……」
保護者組は果たして記憶を取り戻すのが正しいのか、という疑問に直面してしまう。全生活史健忘はストレスで起こるとも言われているのは見逃せない。
「ん? なんだ?」
その時、システムがけたたましい音を立てて警告を出す。チャレンジャーの乱入らしいが、どうも様子が変だ。
「乱入? 設定では許可出してないぞ?」
「なんだあれは?」
フィールドは継人達が戦った火星の荒野。そこに二体、大型の機体が突如出現したのだ。
「あれは、ハシュマル?」
「あれをガンプラバトルに使う酔狂なファイターがいるのか」
登場したハシュマルは大型キット故に高額。デンドロビウムやネオジオングの様に強力でこそあるが投入の躊躇われるガンプラだ。またモビルアーマーであるため、公式戦では三人で動かす必要がある。
それを野良バトルで使うファイターなどよほどのハシュマル好きしかいないだろう。それが二機もいる。
「相手は?」
「unknown……? GPベースの登録がありません!」
「NPCだとでもいうのか?」
ファイターは不明。そうなると、ますます謎が深まる。NPCならまず、乱入設定などで入っては来られないのだから。
「とにかく相手にファイターはいねぇんだろ? なら負けるわけねぇだろ! 行くぞおおおっ!」
無謀にも参加者の一人がザクのヒートホークでハシュマルにアタックを仕掛ける。が、ハシュマルは軽やかなステップでこれを回避した。
「何?」
「あの動き、本編の!」
参加者達には理解出来た。このハシュマルの動きは鉄血のオルフェンズ本編で火星を恐怖に陥れた天使のものだ。
「っと、危ねぇ!」
尻尾による攻撃も健在。プルーマがまだ製造されていないのが救いだろうか。とはいえ二体いるのは厄介だ。
「何がどうなってんだ?」
七耶はガンプラを準備しながら状況を確認する。その時、部屋に虎っぽい女の子が駆け込んできた。
「七耶ちゃん!」
「なんだねこ」
「とら。ギャラルホルンから連絡ですに!」
お馴染みのやり取りをしながら、七耶は電話を取る。ギャラルホルンといえば有名な民間警備会社で、創設者がかなりのガンダム好きとの話だ。
「はい、こちら七耶」
『おお、君が噂の……私はジャスレイ・ドノミコルスだ』
名前を聞いた七耶は何処からともなくシンゴウアックスを取り出して必殺技を発動させる。
『マッテローヨ!』
『ま、待て! 金じゃねぇんならなんなんだ? 詫びか? だったら指の10本でも100本でもやるからよ……ここは……』
『イッテイーヨ!』
「行っていいってさ」
とまぁお馴染みのやり取りをして本題に移る。
「誰だか知らないがよく乗ってくれたな」
『こんな名前と顔だからよく振られるし完璧にできるとウケるんでね。あ、クジャンのお坊っちゃん!◯繋がりましたぜ!』
『うむ、聞こえるか、ユニオンリバーの者達!』
「あ、イオク様だ」
「たわけだ」
「ぺしゃん公だ」
これまた参加者から予想通りの反応が返ってくる。イオクは慣れた様子で手短に用件を伝える。
『我々の不手際でモビルアーマー、ハシュマルが目覚めてしまった。あれはどうやら特殊なAIが組まれており、本編の動きを完璧なまでに再現している。そう、完璧だ。人口密集地を襲うルーチンもな』
ハシュマル覚醒がイオクの不手際と聞き、なんだやっぱりたわけじゃないか、と誰もが思った。その時、ジャスレイがフォローに入る。
『いえいえ、あれはファリド公のヤローが迂闊にエイハブリアクター機で接近きたからですぜ? クジャン公がした様に核動力モビルスーツなら特に問題なく解体出来たはずです』
『とはいえ、あのアグニカオタクの暴走を止められなかったのは事実だ。言い訳はすまい』
本編と違い、ヤケに潔いイオク様。ともかく彼は解決に向けて動いていた。
『プログラムが出来る者がいたら見てくれ。これが該当のハシュマルに使われたAIのソースコードだ』
バトルシステムの画面に映されたアルファベットや数字の羅列を見て、継人が思わず叫んだ。
「これ、俺がバイトで組んだ奴じゃねえか!」
「昨日話してたあれ?」
霞は昨日の話を思い出す。継人が父親の紹介でやったバイトでプログラムを作ったという話だ。
『なるほど、プロの仕事ではないのか。ミスが多いわけだ』
それを聞き、イオクは何か納得していた。
「ミス?」
『ああ、細かいミスが多く普通は正常に機能しない代物なのだが、そのミスが上手いこと噛み合って「ハシュマル本編再現MOD」として機能している様だな』
なんという運の無さ。プログラムミスが偶然にも人類を滅ぼすルーチンを作り上げるとは。バグを利用して構築されたプログラムというのは度々、ビデオゲーム黎明期に聞かれたが、今は信頼性の時代故に見かけないものだ。
「で、どうすんだこれ? 外からプログラム何とかすれば行けるんじゃね。ていうか俺が組んだのはガンプラ用のUNACみたいなもんだからバトルシステムの外からハシュマル手で止めればいいじゃねえか」
継人が言っているのは、物理的なストップである。バトルシステムはプラスフキー粒子が発生していても、そこに手を突っ込めないというものではない。もしそれが危険ならフェンスも無しにバトルシステムは置かれていない。
ハシュマルはNPCとして出現するモックや他の機体と異なり、ガンプラが存在する。オンラインフィールドに侵入していても、ガンプラを手で掴んでバトルシステムから放り出せばそれでフィールドアウト扱いになって止まるはずだ。
『その通り、ハシュマルは実機がガンプラで存在する。ならばそれを物理的にバトルシステムから排除するのが手っ取り早い。そして試した』
「試したんだ」
当然、暴走してディストピア待った無しなAIから電源を抜くような解決は直ぐに試される。
『その結果、奴は既にプログラムをオンライン上にコピーして現実のガンプラとは無関係に動ける様になっていた』
つまり大失敗。本編並みの知能があればそれくらいすぐ思い付くか。
「外からプログラムで何とかならない?」
『それは試したさ』
霞は真っ当な解決策を示す。ただ真っ当過ぎて既に試されていたが。
『だが、ハシュマルは外からの干渉を受け付けない。人間のハッキング合戦の様に、こちらの制御をブロックしてくるのだ。それもあの星影研究員が追いつけないほどのスピードでな』
そして想像以上に危険な答えがイオクから返ってくる。外からの干渉へ対抗出来るということは外の世界を認識している。外へのハッキングも可能であること。それはつまり、人間を殺すというモビルアーマーの役割をガンプラながら果たせる可能性があるということだ。
「それってつまり、外部の機器ハッキングして飛行機とか滅茶苦茶に出来るよネー」
サリアの言葉に危機感を改めて感じる一同。今被害が出ていないのは奇跡だ。外の世界を認識させないため、敢えて手を止めた星影という研究員の判断も良好だった。
学習する機能があった場合、下手に手を出すと対策を学習してとんでもないものを生み出しかねない。それぞれが独立した対策でも、二つの情報をハシュマルが学ぶことで何が起きるかわからない。
「んじゃ普通に倒すか」
「だな」
そんなわけで七耶と継人で解決方法が定まった。これだけ人数がいれば、いくら厄災戦仕様のモビルアーマーでもワンチャンあるだろう。
「行くぞ!」
そんなわけで全員がバトルシステムにガンプラを投げ入れて無理やり参戦。小さいバトルシステムしかないので仕方ないね、それでもバトルシステムは参加者の手元に操作用のコントローラーを出してくれる。
「よし、一番槍は貰った!」
ファンであるアイドルの前だからか、張り切った継人はビームスピアを展開してハシュマルに斬りかかる。だがやはり避けられる。
「チッ、流石にこれじゃキツイか」
そこに七耶がビルドジェノアスでありったけの火砲を撃ち込む。先ほどの戦いで継人なら当たらないと判断出来たからこその攻撃だ。
「全部喰らっていけ!」
継人は着弾を幾つかハシュマルに打ち返しながら砲撃を抜けていく。確かに攻撃は直撃したがらあまり効き目はない様だ。
「ナノラミネートアーマーか!」
「それまで再現してるの?」
鉄血の機体を使う詩乃にはその作り込みの異常さがわかった。素組ではナノラミネートアーマーの再現は殆ど出来ず、トップコートで微量、全塗装でも全て再現するにはそれなりの技術が必要だ。
「全く、こんなデカイの作り込みやがって!」
継人が愚痴るも、今は攻撃再開だ。サテライトキャノンやら禁止兵器がバカスカ飛び交っているので近接主体の継人は中々入っていけない。
「しまった。これじゃ自慢の剣も通らんな……。あれ使えれば……あ、そうだ!◯ここって静岡だよな?」
その時、何か思い出した様に継人が外へ走り出した。
「継人さん?」
「おい、さわやかなら混んでるぞ?」
マナと七耶が止めるが、用事は別にある様だ。
「ちょっとコンビニ行ってくる!」
「この辺コンビニありませんよ?」
マナ、突っ込むべきはそこじゃないのだ。霞は心当たりがある様だ。
「コーラじゃないかな? 継人、いつも飲んでる」
「へぇ、あいつよく太らないわね」
詩乃もそこに関心するが、問題はそこじゃない。
「何の用事かわからんけど!」
七耶は撃ち尽くしたビルドジェノアスの武装をパージし、大剣グランドスラムを手に突貫する。
「これだけいれば!」
マナのアシェルも手に大型のクローを装備し、コアガンダムと合体してハシュマルに挑む。
「怪獣大決戦よね、あそこ」
「私達はこっち」
ハシュマルは二体いる。なので詩乃と霞はもう一体と戦う。が、接近しようにもプルーマが邪魔だ。
「急に沸いたなぁ、これ」
「もう一体はプルーマ製造に専念してるみたい」
ここにきて現れたプルーマは、おそらく数が揃うまで隠されていたのだろう。プルーマ最大の脅威は頭数。少ないなら戦力にならない。
「ま、私達初心者はプルーマ片付けときましょっか」
「そうする」
無理に出るより、サポートに徹することにした二人。だがプルーマは多い。詩乃の流星号はライフルを撃ち尽くし、アックスを手に取っていた。
「とはいえこの数じゃあね……」
詩乃も最初は数の有利を実感していたが、ハシュマルが単に強いのと、プルーマの数で少しずつ戦力が削られている。そこに危機感を覚えたのだ。
「これは少しキツイな……」
七耶達も互角に戦うが、相手は疲労の無い機械。このまま決定打が無いならジリ貧だ。
「にー、確かに」
「これ単騎でやった三日月って相当なんですね」
同時に、劇中の三日月が如何に化け物かを思い知らされるナルとマナ。これはダインスレイヴ待った無し。
「お待たせ」
その時、継人が帰ってきた。何か買い物袋に大量の牛乳パックを入れている。そして既に飲んでいる。
「コーヒー牛乳?」
「おうとも!」
それを見たサリアは思わず困惑する。買い物袋の中身も全てコーヒー牛乳だ。なぜ静岡でコーヒー牛乳なのか。
「うわ、見てるだけでトイレ行きたくなる……」
「うん」
これには詩乃と霞もドン引き。しかしこの行動に何の意味があるのか。
「静岡で思い出したんだけどさ、俺ってカフェイン禁じられてたんだよね。静岡くらい遠かったらバレんだろって」
「まさかコーヒー牛乳でパワーアップするというのか? ポパイのほうれん草じゃあるまいし」
「そのまさかよ!」
七耶はそう予想したが、その通りだった。しかし如何なる理屈なのか、それがまだわからない。
「いくぞ、アシムレイト! プレジデント、MAXモード!」
「アシムレイト? ダメですよ!」
継人がコントローラーを握ると、先ほどのまで止まっていたプレジデントカスタムの瞳から赤い閃光が漏れる。それは次第に紫へと変わっていき、プレジデントカスタムが雄叫びを上げた。
マナはアシムレイトということにさっきの会話を思い出す。アシムレイト脳症、その名の通り、アシムレイトによって引き起こされた病のはず。
「うーん、どこから語るべきか。まぁ特別編だし簡単に語るか」
止めようとするマナに対し、継人は語った。それは自分がアシムレイト脳症に至るまでの、原因である。
「簡単な話、中学の頃ガンプラバトル部を創立したけど大会で勝ちたい学校側に追い出されたから『地べたを這いずって泥水を啜ってでも戻ってきてやる』してアシムレイトを手に入れたって感じ」
話の途中でも御構い無しに攻撃してくるハシュマルだが、継人はその攻撃を捌く。スピアを捨て、ビームサーベル二刀流。間に挟まるプルーマも難なく処理する。
「お前でこれ使うとは思わなかったけどな、ウヴァル継式(ネクスト)の次なんだから着いて来られるだろ?」
継人が呟いた機体名に、ナルは引っかかった。
「ウヴァル、まさかですに……」
「どうしたネコ?」
「トラ」
空中に飛び出したプレジデントカスタムにビームが照射される。シールドを構えたプレジデントカスタムだが、当然防ぎ切れない。それも予想済みであり、シールドを即パージして地上に着地、そのまま上に視点の行っているハシュマルの懐へ入り込む。
「攻撃の手を休めないでくれ! 今なら後ろの弾も避けられる!」
継人の言葉に、半信半疑で砲撃部隊が攻撃を再開する。ハシュマルに張り付き、二本のサーベルでナノラミネートアーマーを削る継人は最小の動きで攻撃を避ける。
「危ない!」
その時、後ろから飛んできたミサイルがプレジデントカスタムに当たりそうになる。だが継人は片足のバーニアを蒸してその場でターン。ミサイルを回避してハシュマルに当てる。
「いい感じだ!」
その勢いのままプレジデントカスタムがハシュマルに向き直ると、その手にはビームスピアが握られていた。ビームサーベルのリミッターを解除して展開したものだった。それをミサイルでナノラミネートが削れた装甲へぶち込んでいく。
貫かれたハシュマルは槍を刺された闘牛の様な咆哮を響かせた。確実にダメージを与えている。
「ウヴァル……それもネクスト。まさか継人くん、ウヴァル事変の……」
「なんだそりゃ?」
ナルは何か知っている様だったが、七耶はまるでピンと来ない。
「ボクもガンプラマイスターの端くれですに。なのでバトル史に刻まれている事件くらい知ってますに」
「で、なんだよウヴァル事変って」
「ウヴァルって鉄血のアニメに出てないプラモのやつ?」
七耶と詩乃はその事件についてナルに聞いた。詩乃の中でウヴァルは変なおっさんがパッケージに書かれた、アニメに出てない黒いガンダムという認識だった。
「説明しよう! ウヴァル事変とは!」
「うわっ、ビックリした!」
急にナルがいなくなり、メイジンの衣装を着た銀髪のお姉さんが現れたのだから詩乃は驚いた。
「あ、ガンプラマイスターのスーパーアルティメットタイガー!」
「なにそれ?」
いろいろついていけない詩乃だが、説明は否応なしに続くのである!
「ウヴァル事変とは、2年前にある中学生がガンダムウヴァルを用いて愛知県を恐怖に陥れた事件のことだな」
「その中学生が継人ってこと?」
詩乃は即座に話を理解した。この話の流れなら間違いなく彼がその中学生だろう。
「とても大きな事件でな、何せその年に優勝候補だっか学校が二校、練習試合で文字通り潰されたんだ」
「ガンプラならまた直せばいいじゃない。みんなそうしているよ?」
詩乃は初心者だが、ガンプラバトルがそういう痛みを伴うものだというのは知っている。が、スーパーアルティメットタイガーの表情を見るとそういう問題では無さそうだ。
「恐怖だろう。何せ今まで眼中に無い学校の、さらに眼中に無い選手のガンプラが、今まさにしている様な挙動で襲いかかってくるのだから」
「えー? いくら凄い相手でもたかが遊びじゃん。死なないから気軽に凄さを体感してぶっ飛ばされようよ」
詩乃がそう言えるのは、まさにガンプラバトルの真髄を大事にしているからだろう。だが、勝利の栄光に酔いしれ、あわよくば履歴書に貼り付ける箔としようとしていた連中にはそう割り切る力が無かったのだ。
「その気持ちを忘れないでほしいな。ガンプラバトルは遊びだからこそ、本気になれるんだ」
そんな話をしていると、プレジデントカスタムはハシュマルの上に乗り、ビームサーベルをグサグサ突き刺している。
「まぁ、アシムレイトっていっても、俺には『資質』が無かったんだ」
継人はそう語る。確かに使いこなしていれば、初戦のユニオンリバー戦で使っているはずだ。
「だが、使える様になる方法を偶然見つけた。それがこれだ」
そう言って、継人はコーヒー牛乳を飲み干す。
「カフェインの多量摂取で肉体を追い込みつつ覚醒状態に入る。昔はカフェイン剤でやってたけど、今はカフェイン断ちのせいかこれくらいでも出来るっぽいな」
当然、そんな方法で身体が持つわけもなくその結果がアシムレイト脳症だ。
「ま、人間の脳でオーバークロックしている様なもんだからな。よく生きてるよ」
「治療にはアメリカ行かないといけなかったけどな」
七耶は呆れつつ感心する。継人も末路を笑いながら言う辺り後悔はない様だ。
ガンプラのダメージがファイターにフィードバックする。そんな効果のあるアシムレイトがただの思い込みであるはずがない。命に別状のない場所へのダメージで痛覚を感じるなど、本来は異常なのだ。
その結果が継人の有様。
「ていうか、そうまでしてやるものなんだ……。ただの遊びなのに」
詩乃は下手すれば死ぬ様なことを継人がやっていたことに驚きを隠せなかった。
「いや、まぁアシムレイト使えば強くなるぞ! って試したら思いの外ダメージデカかったって感じだし」
継人は特に何も考えず色々試したに過ぎない。
「邪魔者は切り刻む、それがプレジデントだ!」
プレジデントカスタムはハシュマルから飛び降り、加速してすれ違い様に深く斬り付けた。さすがのハシュマルもダメージが重い。
「まだいるぞ! こうなったら私も負けてられないな!」
だがハシュマルは二体いる。七耶も何か飴玉の様なものを口にして気合を入れる。
「何それ?」
「天魂(あめだま)と言ってな、こうなる!」
詩乃が聞くと、七耶は一気に成長した。詩乃らと同い年くらいだが、スタイルは彼女以上だ。
「わーもう何がなんだか」
「私も行きますよ! 変身!」
「ええ? マナちゃんも?」
ついでにマナもベルトを巻いて成長する。詩乃はもう付いていけない。
「出た! トランザムモードだ! これで勝てる!」
髪も赤くなり、眼鏡を装着。ここに関しては完全に『変身』である。
「いくよー、アシェルと合体だね」
サリアのコアガンダムがアシェルの背中にドッキングする。前の戦闘とは異なり、コアガンダムは出力を上げてアシェルをサポートする。
継人のプレジデントとマナのアシェルが放つ光は対照的であった。プレジデントカスタムがバーニアやバルカンの銃口、ハードポイントから放つのは妖しく煌めく闇そのもの。
「完っ全に悪役だよ……」
「まぁだってウヴァルで使ってたやつだし」
もはやその瘴気だけでプルーマが漏電し爆散するレベル。詩乃の言う通りであり、ここまで来ると笑うしかない。
「プラスフキー粒子、全開!」
一方、アシェルが放つのは虹色の輝き。まるでトランザムライザーの空間にいるかの様な、人と人が分かり合えそうな光に満ちていた。
「いっけぇぇえッ!」
プレジデントとアシェルが先んじてハシュマルらに突撃する。が、ハシュマルも尻尾で迎撃の準備をしていた。
「危ない!」
詩乃もこれでは尻尾にやられると予想した。が、当然継人もそれくらい分かっている。
「無双、雷電!」
その尻尾をプレジデントが拳で粉砕する。衝撃はワイヤーを伝ってハシュマル本体へ届き、動きを止めた。そこへ今だとばかりに一斉射撃が飛んだ。
一方、アシェルは直撃こそすれ逆に尻尾が吹き飛ぶ有様。
「アシェルはプラスフキー粒子の塊なんですよ!」
そのまま体当たりでハシュマルを粉砕するアシェル。なんと単騎でモビルアーマーを撃破してしまった。
『battle ended!』
全てが終わり、一同は静岡で名高いハンバーグチェーン『さわやか』に足を運んでいた。
「今朝の爆弾、犯人捕まったって。爆弾の中身は水だったみたいだけど」
詩乃は撮影したハンバーグをアップするついでにニュースを目にした様だ。
「犯人の職場は鴻上生体研究所か。いいとこに就職した割にバカな真似したもんだ」
「まぁ、あの会長なら欲望に忠実な行動したら『素晴らしい!』って言うだろうが……」
継人と七耶はハンバーグを食べながら会長の事を思い出す。無論、番組に出てる当人ではなくそっくりさんなのだが、性格も顔も似てるのなんの。
「あの会長知っているのか、大統領」
「まぁ、アシムレイトの情報寄越したのあの人だし。欲望のまま動けって」
「ホントロクな真似しねーな……」
「それも親父がスマートブレインの研究員で、あっちと取引もしてたからパイプがあったというか」
事件は収まった。幸い、ハシュマルはコピーのコピーを作っておらず、あの二体が最後なのだという。
星影というヤジマ商事の研究員は今回のデータを研究し、『高難易度Gクエスト』の開発に取り掛かるとのことだ。ハシュマルもバグの塊ではなくなるだろうから、一安心だ。
「で、どんだけ食う気だ?」
「どこまでも。今日アシムレイトして疲れたしな」
継人はメニュー全てを食い尽くさん限りの勢いで食べていた。あれだけコーヒー牛乳を飲んだ後なのに。
何気にナルも追い縋っている。
「そういえばネコも……」
「とら」
「言及されないから知られ難いが大食いだったな……さくらばかりに気を取られていた」
胃袋キャラの他に同レベルがいるのでユニオンリバーの食費がマッハである。
「そうだ、金髪の小娘」
「ん?」
七耶は霞にあるものを渡す。それは薄い箱に入ったガンプラだ。
「これをやる。なにかの役に立つだろ」
「これは?」
「カレトヴルッフ炎。平たくいえば武器だな」
それはかつて、ホビージャパンのオマケキットだった貴重な武器。価値こそわからないが、霞はありがたく受け取ることにした。
「記憶、戻るといいな」
「ありがと」
その記憶が果たして幸福なものか、それはわからない。彼女は一体何者なのか、それが明らかになった時、『足柄霞』はどうなるのか。
今はただ、霞として生きるしかないのであった。
@
「へぇ、今あいつそんなことしてんだ」
『そうなのよ。私の高校でも内部進学の子が一人いなくなっちゃって』
同じ時刻、ある高校のガンプラバトル部で何処かに電話している人物がいた。
「そっちでも行方不明者だと?」
『そ、レイヴン。頼める?』
「ま、やるだけやってやるさ」
ここは白楼高校の近くにある私立高校、長篠高校である。かつて世界大会にも出場した選手の出身校であり、ガンプラバトル部もそれなりに盛り上がっている。
『ありがとう。見つけたら灰音先生も心配してるって言ってあげて。あの子、先生には心開いてたから』
「おう、任せろ」
電話を受けていた男子生徒は特徴の無い、普通という言葉が似合う人物であった。だが、何か自信ありげでもある。
「この羽黒戦、受けた依頼はキッチリ熟すぜ」
電話を切り、部屋の戸締りをして帰り仕度をする。すると救急車のサイレンが外から聞こえてきた。
「ん? あれは?」
そういえば今日は、バトミントン部が練習試合をしていたと彼、羽黒戦は思い出す。長篠のバトミントン部は寮で共同生活をしており、強豪と名高い。
「しかしなんだ、異様だぞ?」
サイレンの数が多すぎる。違和感を感じた戦は外に出る。そこで衝撃的な光景を目の当たりにすることとなった。
「なんだこれは……」
なんと、長篠のバトミントン部員が軒並み救急車に運ばれていくではないか。救急車の収容人数はストレッチャーを使っているなら一人が限界。そのレベルの負傷者がこれだけいれば、数も増える。
「馬鹿な……相手は弱小校だぞ?」
「急に強くなって……」
見ていた人たちからも疑問の声が上がる。この現象、戦には見覚えがあった。特に搬送されている負傷者の多くが、怪我らしきものが見れず精神的に参っている様な様子がある所が。
「これは、ウヴァル……?」
@
「ふぅ、今回もなんとか収まったねぇ」
星影雪菜はヤジマ商事の研究員である。今回のハシュマル暴走も被害拡大を防いでいた。
白衣の似合う、短い黒髪の美人なので部下にも人気がある。既婚者なのを惜しむ声が度々聞かれる。
「流石にこんな偶然起こすなんて……ウヴァルの時といい、ある意味天才よね、彼」
継人を天才と称する彼女こそ、本物の天才である。
「うっ……なんか、疲れてるのかな?」
その天才さんも最近はお疲れの様で、気分悪そうに口を手で押さえる。その時、パソコンにメールが届いた。
「ん? まさか……」
メールのタイトルは『ウヴァル現象の再来と思われる事態について』であった。
次回
佐天継人の語るウヴァル事変とは何なのか。そして羽黒戦、最後の依頼とは……。
星影雪菜、これがラストスタンド!
『ガンダムビルドファイターズ ダークレイヴン×プレジデントfeatビギニングR』
羽黒戦と佐天継人、愛知を巻き込んだ全てを焼き尽くす戦いの記録。『Verdict Day』
そして三人に突きつけられた挑戦状。悪夢の再来は防ぐことができるのか?
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chapter2
10.アシムレイトの秘密
ある例外を除いては。
「新しいポーチ買っちゃった」
「女子か」
ガンプラバトル部の部室で継人が新しいガンプラ用のポーチを開けていた。これは基本的な工具とバトル用ガンプラを収納できるファイター必携の代物である。なんと仮想国家リヴァティーゾーンの刻印入り。一体そんなものどこで用意したというのか。
「ていうかうちのマーク入りなんて……」
「近くの用具店に在庫が5つ残ってたからさ。一つ貰ってきた。一つどうよ」
残り在庫4つも継人の手にあり、響と衛士、霞が手を伸ばす。確かに、揃いのチームアイテムは有ってもいいかもしれない。そう考えて先代が作ったものの余りなのだろう。布性だが丈夫そうだ。一方、詩乃は興味無さそうだった。
「私は流星号仕様のがもうあるから」
「なんだ、ちょうど五個でピッタリだと思ったんだが……」
一つ残ったケースを見て、詩乃は思う。これは何かのフラグなんじゃないかと。一つ余ったケースは明らかに新たな持ち主を待っている。他にもリバティーゾーングッズはあり、マフラータオルからTシャツ、パーカー。これは6つ残っており、詩乃も貰ってちょうど全て一個ずつ余ることになった。
「……フラグ臭い」
それはさておき、今日の作戦である。ミッションを繰り返して資材は十分にあるので、基礎拠点を今は工事しているところだ。目指すは宇宙進出。そのためのマスドライバーとシャトルが欲しい。と、その前にやることがあったのだ。
「前から近くのバトルシステムのある店をデルタロウ連合のメンバーが占拠していると聞いてね。ボクらで掃討に行こうと思ってたんだ」
「付き合うぞ、響」
響と衛士はリアル面でのデルタロウ連合掃討作戦を開始することにしていた。リアルでもそんな悪さをしていると聞いて、詩乃はすっかり呆れた。
「暇な連中ねー、デルタロウって」
「うちは真耶さんが見張ってるから占拠できないみたい」
霞によるとセカンドムーンは被害なし。あの元ヤンみたいな店主を見たらそんな真似する勇気などデルタロウにはないだろう。
「姉さんの店やドルフィンも警戒してるって」
響によるとあのピザ屋も協力してくれているらしい。要するにリアルでの練習場所を奪ってしまう作戦、これはくだらないが見過ごすわけにはいかない。
「継人はいかないの?」
「いや、今日は人を待ってる」
「そう」
響に聞かれ、そう答える継人。そんなわけで二人は作戦に出かける。これで結構久しぶりに詩乃、霞、継人の三人だけになった。
「そういえばこの三人だけって久しぶりだよね」
「衛士と響も入ったしな」
詩乃が感慨深そうに語っていると、響達と入れ替わりに部室へ誰かが入ってくる。富士川先生かと思って見てみると、どうも違う。継人に微妙に似た人物がそこに立っていた。継人を少し幼稚にした感じの人物、これが継人のいう待ち人なのだろうか。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ、経」
「はーん、兄弟ってことね」
突然の来訪にも継人は冷静だった。この行動を読んで、ここに残ったのだ。その様子を見て、詩乃もこの二人が兄弟であることを察知する。
「兄がいつも迷惑をかけてるな」
「そう思うんならアポくらいとりなさいよ」
継人の言いようからアポなし訪問であると読んだ詩乃はそう答えた。確かに、詩乃や他のメンバーが経の来訪を知っていた様子は一切ない。兄の継人さえ推測で動いている。
「アポというのは目上の人間に取るものだ。君らはこちらの都合通り動けばいい」
「生意気なガキね……」
突然の上から目線に詩乃は苛立つ。あの大人しい霞も、少しムッとしていた。
「生意気な弟ですまない。人間、挫折らしい挫折がないとこうも傲慢になるもんだな」
「挫折など、俺とは最も程遠い言葉だ。俺は失敗しない。敗北もな」
相当傲慢な性格な様で、継人も手を焼いていた。実際、バイトの度に大規模な失敗ばかりしている継人と、黒曜の制服を纏う経では育った環境も経験も異なるだろう。
「黒曜の生徒か……あんた、恥ずかしくないの? 黒曜は腕を無くしたってだけで響を退学させたんでしょ。そんな学校いたらあんたもいつか捨てられるよ?」
詩乃は経を挑発する。しかし、彼は余裕な態度でそれを受け流す。
「そんなことに恐怖するほど脆弱な精神ではないさ。彼のことは残念だったが、理論上最も事故を起こさない乗り物で事故を引き当てる程度の運で日本を引っ張るエリートは務まるまい」
「こいつ……!」
詩乃は拳を鳴らして牽制する。こんなのが日本を率いたら、とんでもないことになってしまうと頭のよくない詩乃にもそれだけは理解できた。ここで潰すのが一番だ。
「ふん、高校時代という貴重な三年をガンプラバトルとかいうお遊びに逃げているようでは将来が危ういぞ?」
「こいつ処す? 処す?」
詩乃がどこぞのクソアニメばりのキレ具合で飛び掛かろうとするのを継人が制する。相手がポプちんなら数回は死んでいるだろう。
「ステイ。二十歳までに性格が直らないようなら知り合いのハートマン軍曹に頼んで根性叩き直してもらうから」
「あんたの交友関係どうなってんのよ。流石プレジデント」
プレジデントというだけあって、その手の縁は手広い。といってもアメリカ静養で得た人脈が今は殆どであるが。
「知りたいか? 話せば長くなるが、この四年間ホワイトハウスを顔パスで通れる日本人は俺くらいなもんだぜ」
プレジデント、そう名乗り始めたのはある人物の影響があった。その人物が今大統領をしており、メル友でもあったりする。
「あんた英語話す方めっちゃできると思ったらそういうことだったのね」
「ふん、日本の田舎者が侵略者の王を気取るか」
そのプレジデントという呼び名が経は気に入らなかった。単純になんで日本人なのにプレジデント? という疑問もあるだろうが、残念ながらプレジデントは大統領以外にも社長などの意味も持つ。もちろん、学級長はclass presidentだ。
「立場じゃねえんだよ、大統領魂はな」
だが、立場と大統領魂は関係ない。それは彼が常々言っていることだ。
「そんなことはどうでもいい。アシムレイト脳症の件で両親からガンプラを禁じられていただろう、お前は」
「だから? 禁止されたくらいでやめるほどやわじゃねーよ俺は」
そういえばそんな話もあったなあと詩乃は思い出す。だが、アシムレイト脳症というのは初耳であった。
「アシムレイト脳症? ただのアシムレイトじゃなくて?」
「そうだ。アシムレイトとは選ばれた者だけが到達できるゾーン。それをこいつは侵したのだ。その結果、アメリカで脳の治療を受けることになった」
富士川も継人がアシムレイトを発動することをあまりよく思ってなかった。それは、本来使用不能の特殊能力を無理矢理使っている弊害があるからだったのだ。
「へん、そんなアシムレイトなんざもう必要ねーっての」
「ならばここでその証拠を見せてみろ」
経はガンプラを取り出す。ジャイアントバズに全身のヒートダガー、イフリートシュナイドである。継人もガンダムプレジデントカスタムを取り出し、フィールドに乗せる。
『please set your ganpur!』
「佐天継人、ガンダムプレジデントカスタム!」
「佐天経、イフリートシュナイド」
『battle start!』
フィールドは両者に有利な荒野だ。フィールドに飛び出したプレジデントカスタムは手にしたビームスピアを収めると、両手にビームサーベルを構える。
「悔しいことに経は本物の天才だ」
「で、どうすんの?」
継人は常に経と比べられて生きて来たからこそわかる。まともにやり合えば間違いなく才能の差、その一言で片づけられてしまうことに。詩乃は継人が何をしようというのかが読めなかった。
「だが、神童も二十過ぎればただの人という言葉もある。分かりやすく言えば……」
飛んできたバズーカの弾を、プレジデントカスタムはビームサーベルを振り回してガードする。
「凡百の天才と呼ばれる存在は人より正解を嗅ぎつける嗅覚が鋭く、それを実行できるセンスがあるだけだ。だから機体さえ読めれば戦術が容易に読める」
バズーカの弾が様々なバリエーションで飛んでくるが、それを全て継人はサーベルで叩き落とす。するとバズーカの弾が切れたのか、バズーカを捨ててヒートダガーで接近戦を仕掛けてくる。そこでプレジデントカスタムもスピアに持ち替えて応戦する。
「クソ! なぜ勝てない!」
「経験値の差だよ坊や」
スピアとのリーチ差で、イフリートは攻めあぐねていた。片や連邦最大レンジを誇る近接装備、片や急場しのぎのジオン兵が容易した短い剣。才能の差を経験と戦術で埋めてしまったのだ。
「ガンプラバトルはよーいドンで始まるかけっこや試験じゃねーんだ。だからお前は俺に勝てない!」
遂にイフリートの右腕が切り落とされる。が、その時プレジデントカスタムを掴む腕があった。経がなんと直接バトルフィールドに手を突っ込んでプレジデントカスタムを掴んでいたのだ。
「勝負ならくれてやる! だが、ガンプラは没収させてもらう!」
そしてそのまま走り去ってしまう。だが継人は追いかけない。
「あんにゃろ! 待て!」
詩乃が追いかけようとすると、継人が止める。
「待て、これでいい」
「継人?」
ガンプラを奪われたのに、全く抵抗しない継人に流石の霞も不信感を抱く。何が狙いだというのか。
「負けそうになると盤面をひっくり返して無かったことにする。そうやって奴は挫折から逃げてきたんだ。だからこの行動も予想済みだよ。おかげで本命本元のアストレアは無事だ」
なんと、この行動も読んだ上で敢えて継人はプレジデントカスタムを出してしたのだ。
「さて、これで面倒が片付いてくれればいいのだがね」
継人は一応目の前の問題を片付けたものとして数えることにした。しかし、まだ強敵デルタロウ連合が目の前にそびえている。そちらとどう戦うのか、それも考えなければならない問題だった。
継人「次回、『基礎拠点を守れ!』。……ってあの野郎まだ弾残してやがったのか。上等じゃねーか、やってやるよ、徹底的にな」
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11.基礎拠点を守れ!
『この度は皆さんに悲しいお知らせがあります』
その日の放課後、いつもの様に五人がガンプラバトル部の部室に来た途端、運営からの放送が入った。これはガンプラ甲子園の運営部愛知支部からの通達であり、どの参加校も聞いている内容になる。
『昨年、皆さんは覚えているでしょうか。あの痛ましい「ウヴァル事変」を。その主犯がこのガンプラ甲子園に公式戦出場停止処分にも関わらず参加しているのです。そのチームは白楼高校「リヴァティーゾーン」』
急にチームを名指しされ、メンバーの間に動揺が走る。事情を知っていると思われる衛士は完全に呆れていた。
「全く、その出場停止処分は愛知県内でしか通用しないローカルルールだろう」
「そうなんだ」
詩乃はよくわかっていなかったが、所詮は地区連盟が勝手に吠えてるだけの処分なのでヤジマ商事が直接主催するガンプラ甲子園や、地区大会を抜けた後の全国大会では通用しないルールだったりする。
「ウヴァル事変……確か、エンボディを用いた強制アシムレイトを行ったファイターに愛知県の強豪と呼ばれる学校が次々に壊滅させられた事件って聞いてるけど……」
当時、愛知にいたもののまだ引きこもっていた響は事件の顛末をよく知らなかった。そのファイターが継人であるということも。
『この事実を重く受け止めた我々は、ペナルティとしてリヴァティーゾーン基礎拠点への侵攻を解禁いたします! 皆さんの手でどうか、この事件に幕を引いてください!』
「ねえ、基礎拠点が侵攻されちゃったらどうなるの?」
詩乃はまずそれを継人に聞いた。本来侵攻されることのない安全地帯、それが基礎拠点である。にも拘わらず、それの侵攻を運営が可能にしてしまうというのはどういうことなのか。
「基礎拠点がやられたら失格、その時点でゲームオーバーだ。とにかく基礎拠点だけは守らないといけない!」
継人は言うが早いかバトルシステムにガンプラをセットする。霞も次いで、ガンプラを取り出した。
「だったら、守る!」
「そうね、わけわかんない言いがかりでチームが解散させられて堪るかっての!」
詩乃もガンプラをセットする。呼応するように、衛士や響もガンプラをセットする。
「全くだ。罰するべきは大規模カルテルを組んでるデルタロウだろうに」
「今度はボクがみんなを守るよ」
こうして五人が基礎拠点の前に集結した。おそらく攻め込んでくる戦力は大半がデルタロウ連合だろうが、油断はできない。数ではこっちが負けているのだから。
「とにかく敵を倒しまくって時間内耐えればいいんだ。まともにやりあってたらすり潰されて終わっちまうぞ!」
アストレアに乗る継人が全員に指示を出す。すると早速敵がやってくる。デルタロウのグレイズ軍団だ。
「これ見てるとオルフェンズのラスト思い出すね」
「こんな絶望的な状況なのオルフェンズって!」
響がストライクリペアードのビームスマートガンで敵を牽制していると、詩乃は流星号に持たせたグレネードランチャーを放ちながら戸惑う。まだ一期しか見ていない詩乃にとっては、あそこから何をすればこんな状況になるのか不思議でしょうがなかった。
「しかしいつも敵が多い……」
Gエグゼスに乗る霞は換装したバルバトス脚部の機動力で敵の攻撃を回避しながら、手にしたバインダーガンで敵を撃っていく。一方、衛士はクロスボーンネクロでゴリゴリ敵陣に突っ込み戦力を削っていく。付近にはクロスシルエットのSDフレームにジム頭を付けたものと思わしき使い魔を連れ、数をカバーする。
「よっしゃ、一気に決めるぞ!」
一番ヘイトを稼いでいると思わしき継人も敵陣に突撃し、手にしたアメイジングGNソードを振り回す。熟練者のうち二人が前衛で敵陣を掻き乱し、残る響が初心者の二人をフォローする作戦が自然に出来上がっていた。
「オラオラどうした! そんなんで俺を倒せると思ってんのか!」
継人が前へ吶喊する度、敵の勢いが衰えていることに詩乃は気づいた。
「あれ? 敵が引いていってる?」
「まあ、主犯格がこうも全面に出てくるとにわか仕込みのファイターは怖気づくよね……」
響はそれがデルタロウ連合の烏合の衆さ、そして継人の持つ箔によるものであると見抜いた。
しかし、敵もそれだけではなかった。ストライクリペアードの強化されたセンサーが後方に接近する敵を確認した。この拠点は、別に一方向からしか攻撃出来ない場所にあるわけでないのだ。
「後ろから?しまった!」
それに加えた左右からも敵影が迫る。デルタロウお得意の飽和攻撃である。
「分散するぞ!響、正面任せた!」
「俺はそっちいくからな!」
衛士が右、左に継人が分散し迎撃に向かう。しかし後方の敵までは手が回らない。その時、詩乃が響に向かって言う。
「いつまでも私たちのこと初心者だと思ってないでよ!後方行って!」
響が動かないのは自分たちのフォローであると彼女は知っている。なので発破を掛けて後方へ向かわせることにしたのだ。響はそれに答えるべく、ストライクリペアードを走らせる。
「Xコネクト!すぐ戻ります!」
リペアードのビームスマートガンがバックパックへ変形する。右の義手からビームソードを抜き、後方の敵へ襲いかかる。
「支えるよ、詩乃」
「おうよ!」
霞も気合いを入れ、正面の敵を迎撃する。流星号は斧を手に、同じグレイズ同士の戦いに臨む。手を掛けた分流星号の方が運動性が高く、先に斧の射程へ入り込む。そしてコクピットを抉り取る。
霞はバインダーガンのビームを二本とも一体のグレイズに集中させ、一体ずつ確実に倒していく。二人もいれば、ただ烏合の衆でしかないデルタロウに遅れを取らない。
しかしわらわら沸いて出てくる敵に二人とも押され気味になってしまう。響もすぐ戻りたかったが、後方からの敵もなかなか途切れない。一体一体を確実にビームソードで斬り倒しているのに、全然数が減らないのだ。
それは継人や衛士も同じで、前方の護衛に行きたいのに自分のところだけで手一杯になってしまう。敵は途絶えることなくやってきて、少しでも手を抜けば一気に押し切られてしまいそうだった。
「10時の方向、新手だと?」
その時、グレイズを纏めて三体横一閃に両断した継人がセンサーで敵の存在を感知する。しかも、これまでにない熱量を持った敵だ。それは二つの大きなアームで、赤く発光していた。そのアームの間から極太の粒子ビームを放つと、グレイズ部隊を次々に飲み込んでいった。
「どうして? 敵同士で?」
センサーのシグナルはグレイズと同じデルタロウの機体であることを示していた。が、その機体がデルタロウのグレイズを次々に撃破していたのだ。その事実が詩乃を困惑させた。そのアームが戻っていった先には、新たなガンダムの姿があった。黒い大型のバックパックを上に被った機体、それはラファエルガンダムであった。
「ラファエル? グレイズじゃないのか?」
突如現れた機体に響も混乱する。それどころか、遠距離からのビーム狙撃を受けて倒れる機体も多くいた。
「今度はジムスナイパーだと?」
黒いジムスナイパーⅡが遠距離から支援していた。こちらはデルタロウではなく、『アークゼロス』というチームの機体であった。衛士はその機体に見覚えがあったが、今は黙っていることにした。
『なんだ? 何が起きている?』
『撤退! 撤退だ!』
突然の事態に混乱させられたデルタロウ連合の部隊は撤退を選んだ。今、この新手に攻撃されるとダメージレベルAの損傷が機体を襲う。この戦場には、デルタロウの機体は突如現れたラファエルだけが残っていた。ラファエルは詩乃の流星号の前に立っていた。そしてオープン回線で話をしてきた。
『こちらレジスタンス、権藤辰摩だ。そちらの代表と話がしたい』
「レジスタンス? どういうこと?」
詩乃は回線をオープンにし、返答を求めた。
『デルタロウ連合はこの地区の公立高校の連合だけどね、それに反対している勢力もいるってわけさ』
「そうか、甲子園では一校一チーム制だからデルタロウにチームを取られて動けないファイターが多く存在するのか」
響は察した。市内の公立高校を纏め上げたのがデルタロウだが、組織が大きい分内部に不穏分子も抱え込んでしまう。また、こうして数で押さえつけるやり方は他の学校からも反発を招き易い。故にレジスタンスが存在するのだ。
「なるほど、そういうことね」
全ての元凶である継人はようやく事態を理解した。デルタロウも一枚岩ではないということか。ここから、一つの大きなうねりが生まれようとしていた。
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12.有志連合
「まずは計画通り」
黒曜学院にはある程度の成績を持つ生徒に専用の設備を与えるルールがある。グロウデュークである佐天経にも、個室の研究室が与えられていた。そこで彼は、計画の確認をしていた。兄から没収したプレジデントカスタムを手に、今後を考える。
「我々がまさかソレスタルスフィアに負けるとは思っていないが、ショーをする以上万が一の確率も排除しなければならない。そこでリヴァティーゾーンとやらには頑張ってもらう必要がある。上手いこと、デルタロウ連合を倒してくれればいいが……」
あのガンプラバトル選手権ジュニア部門六連覇中のガンプラ学園にも負けないと豪語する経は自信に満ちていた。だが、計画では彼らと戦う気は無いらしい。継人達を利用することを考えていた。
「今後が楽しみだよ……せいぜい頑張ってくれたまえ」
誰も知らぬところで大いなる陰謀が動いていた。
白楼高校は昼休みを迎えていた。一日の授業は残すところ二つというタイミングで、生徒達の気も緩んでいた。そんな中、継人のクラスで響は次の授業の準備をしていた。実のところ、休養で一年留年しているので内心響は焦っていた。授業を真面目に聞いていればテストなど大したことではないが、元がエリートコースだったせいもありのんびりはしていられない気性になっていた。その時である。
「っ……」
無いはずの右腕が万力で押しつぶされたかの様に痛み出した。所謂、幻肢痛というものだ。咄嗟に痛み止めを取り出して飲むも、効き目は薄い。なにせ、痛みを発している場所が既に無いのだから。
「響……?」
声を掛けたのは、霞であった。記憶喪失になってからというものの、自分の事で手一杯だった彼女だが、最近はこの生活にも慣れて他人を気遣う余裕が生まれつつあった。そんな霞は、響の異変を真っ先に察知する。今日は特に、二人で出かける用事もある。
「なんでもないよ」
「どこか悪いでしょ」
何もない振りをする響だったが、すぐにバレてしまう。仕方なく白状することにした。
「実は腕が痛くて……」
「保健室で休んだら? ノート取っておくから」
「そうするよ」
霞に説得されて仕方なく、響は次の授業を休むことにした。保健室まで歩いていき、その扉を開ける。古めかしい保健室には、誰の姿も無かった。ちょうど保健室の先生もいない時間帯である。
「寝かせてもらうか……」
響は誰もいないので、一人カーテンを閉めて上着を脱ぎ、ベッドに横たわる。古いマットレスは堅く、とても寝心地のいいものではない。
「ふぅ……」
横になると、多少は痛みがマシになる。そういえば睡眠も不足していたな、と響は思い返す。予習復習のためばかりではない。こうして横になっていると、あの時の飛行機事故を思い出してしまうのだ。耳に届く炎の音、全身の痛み、感覚の無い右腕。その全てが睡眠を阻害する。不幸にも即死しなかった人々の呻きが聞こえてくる。
「あれ……?」
気づけば、カーテンから西日が差していた。もう夕方か。そんなに寝たのに、微塵も休んだ気がしない。全身汗だくで、却って疲れてしまっている。
「そうだ、部活……」
今日は用事があったことを思い出し、響は急いで起き上がった。上着を羽織り、カーテンを開けると保健室には霞がいた。
「大丈夫?」
「うん、少しは……」
こればかりは富士川の言う通り、日にち薬しかないのだろう。響は霞を心配させないように弱々しく笑った。
@
響と霞は先日救援を寄越した権藤辰摩という人物に会うため、ある模型店を訪れていた。この模型店『イサリビ』で待ち合わせとのことだが、今回の派遣はこの二人である。なぜか継人は候補にも挙がらなかった。
「継人は何故来ないの?」
「彼はこの辺じゃ出るだけで話をややこしくする可能性があるからね」
ウヴァル事変が尾を引いている愛知県に置いて、佐天継人の存在はいろいろと厄介だ。今回の基礎拠点襲撃の引き金にもなっており、残ったメンバーは地区の連盟に抗議活動を行い、一番トップの主催者であるヤジマ商事にも今回の件を通達していた。流石に甲子園の根幹たる基礎拠点を運営特権で攻め落とせる様にしたというのは主催者側も見過ごせないことだろう。
「ここだ、あったよイサリビ」
イサリビというのはまるで漁師町の居酒屋の様な外観をした模型店であった。実際、バーも併設しておりお酒とガンプラを楽しめる店である。しかし今は昼間。響達も未成年なのでお酒はNGだ。
「おーい、こっちこっち」
響達に声を掛ける人物がいた。小さくてぽっちゃりしている学ランの男子が連絡を寄越した権藤辰摩だ。
「君が権藤くんだね」
「そういう君が継田響さん……だよね?」
響のことを男子と聞いていた辰摩は困惑する。響は髪も長く、男子の制服を着ていても女子にしか見えないからだろう。
「それとこちら、足柄霞さん」
「……よろしく」
響はついでに霞を紹介する。今回彼女を連れてきたのは、少しでも正体について手がかりを得るためだ。もしかしたら、今回出会う人間の中に霞の以前の姿を知っている者がいるかもしれない。そんな些細な希望に縋る様な気持ちで継人は霞を響と共に行動させている。
「あー、その子が例の葉月が言ってた。うちでも誰か知っている人がいないか探してもらっているよ」
「少しでも情報があれば教えてね。まったく手がかりが無くて……」
辰摩は既に継人の友人経由でその事実を知っていた。二人は話もそこそこに、店の奥へ通される。ガンプラの並べられた棚、そのさらに奥、バトルシステムが姿を見せる。
「君達に来てもらったのは他でもない。有志連合に誘うためだよ」
「有志連合?」
辰摩の口から出た、有志連合という言葉。何か大きな計画が影で動いているのは確かであった。
「デルタロウ連合に反感を持っている人物を集めてこの連合を潰そうっていう動きさ。このデルタロウ連合がある限り、岡崎でガンプラ甲子園に出場することは困難を極めるからね」
デルタロウ連合は岡崎市内の公立高校全てを統合した連合である。そのため、この連合が無くならないと岡崎市で公立高校に進学した場合自動的にこの連合に組み込まれてしまい、自分の好きに甲子園を攻略することが出来ない。デルタロウも真っ当に甲子園攻略を目指していればいいのだが、やっていることは人海戦術による私立虐めである。このことは大会の健全な運営にも支障をきたしているともいえる。
「なるほど、ボクもそこは問題に思っていました」
有志で集まってそのデルタロウ連合を潰そうという流れは響にも理解できた。
「そこで君達をこの有志連合に誘おうと思っていてね。その前に……」
そう言うと辰摩はガンプラ、ガンダムヴァーチェを取り出した。GNヘビーウェポンシステムが採用されており、腰部のバズーカと肩や足のGNフィールド発生装置が目立つ。
「君達の実力を見ておこうと思ってね。バトルしてくれるかい?」
「いいでしょう。ボクが受けますよ」
初心者の霞を出すのは得策ではないと考え、響がバトルを受けることにした。
『please set your gampra!』
響のガンプラはストライクリペアード。修理を進めて、両足はストライクのものになっている。ストライクとアスタロトでは足の長さが合わずバランスが悪いことに気づいての処置である。また、腿に緑色の増加装甲が取り付けられていた。ピンクのクリアパーツが輝くこの装甲は粒子タンクでもある。
『battle start!』
「継田響、ストライクガンダムリペアード、スクランブル!」
フィールドはデブリの多い宇宙空間。響はまず、相手が大火力を持っていることを警戒してデブリに身を隠す。迂闊に正面から戦いを挑めば、GNバズーカで灰にされてしまうだろう。デブリからデブリへと隠れながら相手へ接近し、背後を取ったところで一気に接近する。マントの隙間からビームソードを出し、敵のセラヴィーへ斬り掛かる。
「何?」
だが、ビームソードは弾かれた。セラヴィーはGNフィールドを張っていたのだ。これはビームを通さない厳重な防御被膜だ。しかし作り込みによってその防御能力は大きく左右される。ただのセラヴィーに見えても、作り込みは万全ということか。
敵の接近に気づいた辰摩のセラヴィーは、計8門のGNバズーカをストライクに向けて一斉に放つ。響は左の義手を使い、近くのデブリを掴んで引き寄せ、シールドにしてそれが蒸発する前に退避した。
「なるほどね、でも対策ならあるよ。Xコネクト、ブレイドドラグーン!」
響は即座にGNフィールドへの対抗策を練る。マントをバックパックに回し、その先端を飛ばしてのブレイドドラグーンだ。しかし、セラヴィーは再び全てのバズーカを一斉射してそのドラグーンを消し炭にする。響のドラグーンは自動操縦なので動きが単調、対処も容易なのだ。
「くっ、やっぱり自動操縦のドラグーンじゃ無理か……」
響の義手は精巧だが、手先の感覚まではない。それゆえ、全てのドラグーンをマニュアルで操作するといった芸当は不可能に近い。しかし、GNフィールドを貫くには粒子を纏った実体兵器が必要だ。
「だったら!」
響はおもむろにSPスロットの3番を選択した。これには、切り札が入っている。足のクリアパーツからエフェクトが発生し、左の義手に纏わりつく。そしてストライクと左の義手、ガンダムアスタロトのフレームを粒子が流れる。これはガンプラバトル選手権世界大会でイオリ・セイの使ったRGシステム、その模倣である。ある程度フレームが作りこまれているHGストライク、そしてガンダムフレームだからこそ模倣できた技だ。
「こいつでどうだ! ビルドナックル!」
その危険性を直感で判断した辰摩は回避を選択する。しかし響の狙いはこれではなかった。ビームソードのある右の義手を伸ばし、セラヴィーのGNフィールドに手を突っ込んだ。そこからビームガンを乱射して、セラヴィーにダメージを与えていく。RGシステムで全身が粒子を纏っている今なら、GNフィールドに手を入れることも可能だ。
「そう来たか!」
辰摩もここは予想していなかった。セラヴィーのバックパックを外し、セラヴィー本体を放棄する。
「勝った!」
霞は勝利を確信したが、響はそうではなかった。
「いや、まだだ!」
黒いバックパックが変形し、新たなガンダムが出現する。セラヴィーガンダムはその背中に、セラフィムガンダムを隠し持っているのだ。当然、辰摩も仕込んでいた。
「セラフィムガンダム、やっぱくるよね……」
しかも直前にセラヴィーを撃墜したため、辰摩はこのセラフィムの操縦に専念できるという状態だ。ビーム砲の数は減ったが、GNドライヴ機にはあれがある。
「行くぞ! トランザム!」
辰摩はトランザムを発動する。身軽になったセラフィムは高速で動きまわり、響を翻弄する。ビームガンでは相手を捉えきれない。
「だったら……!」
響はバックパックをマントに変形させ、左腕の義手も使って防御姿勢を取る。セラフィムが腕を格納し、ビームを放った。響はそれを受け止め、防御する。ビームコーティングとナノラミネートアーマーがあっても、それが消し飛ぶほどの威力であった。
「これで終わりだ!」
辰摩はセラフィムの腕を出し、ビームサーベルを手に突撃を掛けてくる。トランザムが終わる前に仕留める作戦だ。だが、響はそれを待っていた。マントと左腕が吹き飛んでも、その下にあった右腕は健在だ。破壊の煙に紛れて、辰摩は見逃していたのだ。
「今だ!」
響はビームソードを展開し、セラフィムを切りつける。ビームソードは見事セラフィムを真っ二つにし、この戦いに決着をつける。
『BATTLE ENDED!』
「……なるほど」
辰摩も響の実力を認めた様であった。これで一応、こちら側の実力は示せたと思っていいだろう。
「これで君達を有志連合へ招待出来るよ。正直、無条件で誘うつもりだったけど実力があればなおいい」
こうして、リヴァティーゾーンの有志連合入りが決まった。ここからが、反撃の時である。
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13.西の要塞を崩せ!
黒曜学院の応接間にて、今日もある話し合いの場が持たれていた。行方不明となった女子生徒、来栖真理亜の婚約者達が集まり、今後の対応を協議するというものであった。来栖真理亜は4月のある日、下校中に行方をくらましてから、未だ発見出来ていない。
「こうなったのも全てあなたの責任だ、荒屋灰音先生! なぜ彼女の動向にもっと気を遣わなかったのですか!」
白馬央治は真理亜の担任であった灰音を糾弾する。白馬は三年生、真理亜は一年生、クラスどころか学年も違うのでそこまで普段から親交があるわけではない。責任を問われた灰音は飄々とそれを躱す。
「別にグロウデュークの称号を持つ人間だけが生徒じゃないさ。俺にはクラス30人全員を受け持つ必要がある」
「グロウデュークの存在の重要さはあなただってわかっているはずだ! 一般生徒よりもキッチリと目を向けるべきだった」
「特別扱いはしないさ。あの年頃の女の子は複雑だからな。プチ家出くらいで騒ぐなってことだ」
もうプチを通り越した家出になっているが、灰音は一切慌てる素振りを見せない。責任を追及されれば辞職も免れない状況だというのに、やけに冷静だ。この妙な態度に佐天経は何かを感じていた。
「さては何か知っているな? 真理亜の行方について心当たり、いや確証があると思われる。それを知っていて隠しているのではないか?」
「さぁね」
「もし知っていて隠しているのであれば重大な問題になりますよ?」
「お前の進路ほど重大な問題じゃないさ、中等部」
経の追及にもまるで動じない。その中で、動いた人物がいた。眼鏡を掛けて、今まで本に目を落としていた眼鏡の女子生徒である。驚くことはない。彼女も来栖真理亜の婚約者候補なのだ。真理亜の婚約者候補は計三人。白馬央治、佐天経、そして比良鳴トモカである。
彼女はいつもこの婚約者の会合にいるが、常に愛読書の『ウォーターシップダウンのうさぎたち』から目を離すことが無く、近寄りがたい雰囲気を醸していた。
「これだから男には任せられない。私がすぐ連れて帰るわ、来栖真理亜を」
そう断言するトモカ。伊達に【叡智】の称号を持つグロウデュークではないのか、真理亜の行き先に心当たりがあると思われる。
(しかし壮観だな……グロウデュークの【
灰音もある意味問題児といえるこの三人の扱いには困っていた。そもそもいくら成績が優秀とはいえ、学生に称号を与えて特別扱いなど公立の学校ですべきことではない。
(まったく、時間を稼ぐにも限界ってもんがある……他の策を練らないとな……)
灰音は今後の事を決めかねていた。
@
「というわけで、無事有志連合との同盟は取り付けたよ」
響が先日の成果を部室にて全員に発表する。有志連合とは同盟を組むことが出来た。一方、リヴァティゾーンの基礎拠点にも動きがあった。それを継人が公表する。
「うちの基礎拠点だけど甲子園の運営責任者が富士川先生の教え子でね、より強い権限で拠点侵攻は出来ないようにしてもらえたよ」
ヤジマ商事研究員、星影雪奈は富士川の教え子であった。そのためすんなり連絡を取ることが出来、リヴァティーゾーンの基礎拠点は守られることになった。
「それじゃあ、もうここは安全ね! よーし、どんどん攻めるよー!」
詩乃も一安心。これでリヴァティーゾーンは後ろを気にすること無く攻撃に撃って出ることが可能になった。そこで、と衛士が作戦の概要を説明する。部室の黒板にプロジェクターで画面が映し出され、現在の状況が細かく記されている。
「有志連合の動きが活発になったのは、西側のメインブリッジの反対にある大要塞、スピリットオブマザーウィルを撃破してからだ。つまり、この要塞を撃破することで当初の目的は達成したことになる」
マザーウィルを撃破したのは、デルタロウ連合の大戦力を前に消極的な他校に、同盟を呼びかけるため。つまり有志連合が出現したということは目的は達成していると言える。有志連合の現在の動きは、スピリットオブマザーウィルの向こう側にある中央高校に攻め揚げるというもの。その後方を支えるため、作戦指示が有志連合から届いていた。
「有志連合は中央高校を攻める。だからその背後に当たる西高校の進軍を防ぐため、ボクらはメインブリッジを攻略するよ」
響が有志連合からの指示を伝える。西高校の戦力が集まるメインブリッジの攻略に彼らは当たることになった。
「私も新しいガンプラがあるから、みんなと戦う」
霞は常にガンプラを改造しており、自分に最適なカスタマイズを探していた。その到達点とも言えるガンプラを一同に見せる。GバウンサーのバックパックをAGE2マグナムのシグマシスファンネルに換装したもので、両手にはバインダーガンを持っている。
「おお、霞のガンプラ新しくなってる」
「知らんかったんかい」
一緒に暮らしているはずの継人も驚いているので、そこに詩乃は突っ込む。案外、プライベートにまで深入りしていないのだとわかるので安心なんだか心配なんだか。
「よし行くぞ! リヴァティーゾーン、作戦開始!」
こうして、一同は動き始めた。目指すはデルタロウ連合の打倒。これをしないことには、岡崎地区の甲子園は一向に進まない。
@
『ミッションの概要を説明します。依頼主は有志連合。目標は、西部に位置するメインブリッジの制圧となります。この拠点は西高校に最も近く、戦力が常に送りこまれています。そのため、我が方も最大戦力で挑むことが推奨されます。ミッションプランは以下の通り。
衛士と私、詩乃が地上からメインブリッジに侵攻し、防衛部隊をおびき出します。その後、継人と響が時間差を作って上空からフラッグの位置まで上空から奇襲を仕掛け、制圧を開始します。このメインブリッジには四天王の一人、あのシュヴァルベグレイズが控えているとの情報をキャッチしました。しかし、特筆すべき戦力ではないでしょう。
説明は以上です。各員の健闘を期待します』
メインブリッジ制圧戦
「地上から侵入するっていっても、周囲には部隊が展開してるんでしょ? どうすんの?」
拠点の中で、流星号に乗った詩乃が周囲を見て呟く。デルタロウ連合の大きな問題はその人海戦術を以って、基礎拠点から一歩でも出れば相手を叩ける状態を作っていることにある。それを支える各地の拠点を制圧するのが今回のミッションだが、それをするためには拠点周囲に配備されている敵部隊を何とかしなければならないという問題が控えていた。
「そこはこれだ。こいつを使う」
衛士のクロスボーンネクロが見た先には、馬の様なバイクと、二つのモスグリーンのバイクがあった。
「ビルドカスタム、マシンライダーだ。これに乗って敵部隊を突っ切る」
「そうね、いちいち叩いていたらキリないもの」
霞は作戦の主旨を理解した。これなら一気に敵の包囲網を突破できる。
「バイクかぁ……乗り物に乗って乗り物に乗るって変な感じだけど、やるだけやりますか」
詩乃も同意し、地上部隊は作戦を開始した。バイクで拠点を出ると、早速敵のグレイズが開始した飽和攻撃に晒される。そこでクロスボーンネクロが戦闘に立ち、手にした剣を振るう。
「全機、俺の機体のマーカーを見失うなよ! デス・ストーム!」
剣から黒いビームが放たれ、それが辺り一帯を薙ぎ払う。敵を攻撃するというよりは地表をえぐる為の攻撃に近く、土埃が舞い上がる。その中へ衛士は迷わず機体を飛び込ませる。詩乃と霞はレーダーに記されたクロスボーンネクロの反応を追って、土煙へ突入する。
「道がガタガタする!」
「スピードは保て! 突破するぞ!」
道の不安定さと視界の悪さにスピードを緩めそうになる詩乃だったが、なんとか持ち直して土煙を抜ける。敵のグレイズ達はバラバラに行動しており、全く三人の機体を追えていない。そこは流石に数だけの烏合の衆だということか。
そのまま三人はメインブリッジへ到達する。彼らの姿が見つかると同時に警報が鳴り、防衛部隊のグレイズがわらわらと姿を現す。
「敵が出て来た!」
詩乃はライフルで射撃を行う。敵部隊も持ち場を動かず、ライフルでの牽制に終始していた。回避を行わないのでもろに弾を受ける詩乃だったが、全く効いた様子は無い。それに比べ、敵のグレイズは同じ鉄血出身の機体にも関わらず少しの被弾で体勢を崩していた。
「トップコート吹いたおかげかな? ダメージが断然少ない」
「シグマシスファンネル!」
詩乃が射撃で崩した敵に霞がすかさずファンネルのビームを当てていき、防衛部隊は徐々に数が減る。通常のファンネルと違い、シグマシスファンネルは大型で推進器を持つため大気圏内でも使えるのだ。接近戦に切り替えた敵部隊だったが、突如バインダーガンを投げた霞によって次々撃破されていく。
『今だ! 奴は丸腰!』
チャンスとばかりに斬り掛かるグレイズ。だが、霞はGバウンサーの手を伸ばすだけだった。すると、投げたはずのバインダーガンが手元に戻ってきて、グレイズを切り裂いたではないか。
『なんだと?』
「ファンネルなんだよ」
そう、バインダーガンもファンネルにしたのである。これも大型なので、短距離なら大気圏内で使える代物だ。
「行け、しもべ達!」
衛士はクロスボーンネクロの能力でクロスシルエットのSDフレームにジム頭が付いたものを召喚して人数の差を埋めていた。地上部隊の攻勢は上手い事運んでいた。
「そろそろだね」
「ああ」
一方、拠点で待機していた空中組の響と継人も準備に取り掛かった。響は腕にビームガンモードでノーネイムライフルを装備、背中のエールストライカーで飛ぶ予定だった。一方、継人はなんら追加装備をしていない。
「継人、どうやって行くの?」
「ああ、こいつでな」
ガンダムアストレアの隣にいたのは、何ら変哲もないガンダムザラキエルである。変形させたこれに乗っていくまでは分かったが、一体誰がこれを動かすというのか。
『U1、オペレーションを開始します』
「あー、UNAC」
無人操作システムのUNACを使う様だ。一見、プレイヤーがいなくてもガンプラを動かせる便利システムに見えるUNACだが調整が難しい上、バトルシステムの出撃枠が余っていないと使えないのが難点だ。オンラインバトルシステムの端末が一個余っていたので今回は参戦出来る。
「いくぞ!」
そんなわけで空中組も出発した。拠点を出ると同時に敵のグレイズの対空砲火に晒されるが、無視して突っ切る。空を飛んでいるだけあり、あっと言う間にメインブリッジの上まで到達する。それぞれ空中装備を乗り捨て、橋の上にある光のサークル目掛けて降下する。当然、対空攻撃が彼らを襲うが、響がビームガンを掃射して牽制する。
「取りついた!」
光のサークルの中へ二機は侵入する。このフラッグを中心に展開する光の輪が『制圧フラッグ』と呼ばれるものである。敵機体であるアストレアとストライクが侵入することで、フラッグの上に浮かぶゲージが動き出す。これが完全に色を変えたら、拠点制圧は完了だ。
『なんとしても奴らを追い出せ! 拠点を守るぞ!』
フラッグの侵入に反応してか、四天王の一人、シュヴァルべグレイズが出現する。継人と響はフラッグの輪から出ずに射撃で応戦する。背中合わせになり、アストレアがGNソードⅡを、ストライクがビームガンを放って敵部隊を撃破していく。
「よし、制圧ゲージ半分!」
「油断は禁物、ここからさらに攻め上げるよ!」
ゲージは半分も満たされてきていた。敵も何とか二人を追い払おうと、サークルの中へ入って接近戦を仕掛けてきた。そこは継人が近づく敵を、響が遠くの敵を倒すことで連携を取り、迎撃していく。ゲージはさらに4分の3まで動いていく。
『おのれ……たかが遊びでも、私立にしか行けないバカに粋がらせるかよ!』
シュヴァルベグレイズがランスを構え、響のストライクへ突撃する。響は咄嗟にマントの形態を変化させるべくコンソールを捻ろうとした。だが、その時異変が起きた。義手の右手が突然ガチリと音を立てて動かなくなったのだ。
「しまっ……!」
昨日の激しい戦闘で義手に負荷が掛かっていたのだ。このままでは防御も間に合わない。が、継人がリアスカートからサーベルを抜いてシュヴァルベグレイズに斬り掛かる。
「任せろや!」
「な……!」
突然割り込んできた継人に何とか反応し、サーベルは掠めた程度で後退するシュヴァルベグレイズ。
「ごめん……」
「気にすんな」
響の謝罪に、獲物が増えるから構わないとばかりに舌なめずりで返す継人。シュヴァルベグレイズは頭部センサーを開いてアストレアを睨む。
『おのれ……何がプレジデントだ! 井の中の蛙が! 貴様如きバカが名乗れる称号かよ!』
「その蛙に飲み込まれるお前はさしずめ、蠅だな」
軽口で返され、シュヴァルベグレイズは禍々しいオーラを出して激昂する。
『力の差を見せてやる! ブレイクブースト!』
「な、なにあれ?」
響は突然の出来事に戸惑った。左手でビームガンを放って攻撃すると、普通にダメージは与えられた。しかし、その傷は瞬く間に修復されていく。
「非公式ツール、ブレイクデカールの無限回復か」
「なにそれ? そんなものまで?」
隊長であるシュヴァルベグレイズの発動に呼応してか、周りのグレイズ達もオーラを放ってブレイクデカールを発動する。困惑する響に対し、継人はやけに落ち着いていた。
『死ねや、バカが!』
自信満々でランスによるチャージを行ってくるシュヴァルベグレイズ。だが、継人はビームサーベルを捨て、GNソードⅡをソードモードに変えて両手で構えた。
『遊びはこれで終わりだ!』
自信満々の攻撃を仕掛けてくるシュヴァルベグレイズ。だが、継人は一閃、敵を袈裟斬りにして対応した。斬られたシュヴァルべグレイズは勢いを失い、数歩後退してから斜めに切断され、崩れ落ちる。そしてそのまま爆散した。ブレイクデカールの再生能力も発揮されぬまま。
「え? どうして?」
驚く響に、継人が解説する。
「ビルドダイバーズのGBNはガンプラをスキャンして電脳世界で戦う。だからガンプラは傷付かないし無限に再生できる。でもこれはプラスフキー粒子によって実際にガンプラを動かして戦っているんだ。だからゲーム内のダメージが現実にも反映される。現実でガンプラが壊れちまえば、再生できないだろ?」
どや顔で説明する継人だったが、響には少し気になる点があった。
「でもこれってオンラインバトルでしょ? オンラインバトルはダメージとかプラスフキー粒子のエフェクトでやり取りしてない?」
「あ、そういえばそうか……じゃあなんでこいつ死んだんだ?」
現実で対面しているバトルと違い、今回は実際に斬ったわけではない。継人は実際に斬るため実体剣のGNソードⅡを選んだのだが、そのダメージも向こうに届くのはプラスフキー粒子で作られたエフェクトだ。
「GBNと同じでパイロットが戦死した判定じゃないかな?」
「そうだな」
響の仮説で納得した継人。いまいち締まらない会話の末、拠点の制圧ゲージは完全に傾いた。
『拠点制圧完了。メインブリッジの所有権はデルタロウ連合からリヴァティーゾーンへ移ります。デルタロウ連合の機体は、退却してください』
アナウンスが流れ、チートを使ったのに負けたことですっかり縮みあがったグレイズ達が蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。
「おーい! お前ら!」
「やったね!」
「これでメインブリッジは制圧完了」
地上部隊だった衛士、詩乃、霞も合流する。とりあえず目的は達成できた。これでデルタロウ連合打倒に一歩近づいたということだ。しかし彼らは気づいていなかった。この平穏を揺るがす存在が近づいているということに。
次回予告
霞「ごめんなさい、今まであなた達に黙っていたことがあったの。私の、本当の名前は……。次回、ガンダムビルドファイターズプレジデント。『霞の真実』。私は、あるべきところに戻らなくちゃいけない」
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14.霞の真実
今日は土曜日。時間もあるので部室ではある取り組みが行われていた。
「行くぞ響!」
「勝負!」
バトルシステムでは、継人のアストレアと響のストライクが宇宙空間で戦闘を行っていた。黒板にはリーグ表が書かれ、それに従ってバトルを行っていたのだ。接近戦を好む継人に対し、響は距離を取って射撃戦を挑んでくる。継人はGNソードⅡをライフルモードにし、威力を絞ってマシンガンの様に連射しながら接近する。
「おっと」
「何?」
その突進を響はマタドールの様に躱し、ビームソードを展開して近接攻撃に移る。リアスカートからサーベルを抜いた継人は、そのビームソードを防いだ。GNソードⅡをソードモードにして追撃を仕掛ける継人に、響は即座に距離を取って射撃戦へ移行する。
「一進一退だね……」
「ふむ……」
その様子を見ていた詩乃と富士川。このリーグ戦は戦力を整理するために富士川が提案したものだが、そのバトルもラスト一戦、この継人対響を残すのみとなった。リーグの順位は衛士が一位、響が現在継人と同順の二位、その後ろに詩乃と霞という富士川の予想を大きくは裏切らない結果となった。継人もアシムレイトを使えば上二人を圧倒出来る可能性を残していたが、安定した戦力とは言い難く本人も使用を避けている。
「霞と継人の戦いを見てあいつがビット兵器の処理を得意としていることを知って、響もブレイドドラグーンを使わないな。もっと言えばXコネクトで防御力を捨てての攻撃、ビームガンモードでの近接適応を捨てた遠距離戦も避けている」
富士川から見れば、まぁ打倒な戦略の組み立て方であった。如何に継人が新機体を引っ提げてきたとはいえ互いの戦力を知り尽くした衛士と継人の戦いに対して、このバトルは長期化すると踏んだ。何度目かの鍔迫り合いが起き、それでも互いに今の攻撃姿勢を崩さない。継人はGNソードⅡを手放して遠距離攻撃の手段を捨てれば響に距離を取られやすくなり、響はマントからノーネイムライフルを動かせばこの均衡を崩されて接近戦に持ち込まれる恐れがある。
「動きの少ないバトルだな」
「継人が攻めている様に見えるけど……」
衛士と霞も見てて焦れるほど駆け引きが行き詰ったバトルだった。その時、継人が突撃した際に戦線を動かした。
「な!」
アストレアが一瞬だけ赤く光り、響に防御のタイミングを誤らせた。ワンセコンドトランザムだ。一瞬だけトランザムを使い、一気に距離を詰めたのだ。ビームサーベルを振り上げ、響のストライクに振り下ろす。
「チィ!」
響はアスタロトの義手である左腕でビームサーベルを受けると、ビームソードを展開してアストレアを横一閃に切り裂いた。ギリギリのところで、響の勝利となった。
「あ!」
『BATTLE ENDED!』
並のシールドより硬く、取り回しやすい装甲である義手に救われた形となって決着。これで順位は響が二位、継人が三位という収まりになった。
「あーあ、負けた。紙一重だよなーホント」
「危ないところだったよ……」
バトルしていた二人は相当神経を使っていたのか、椅子に座り込んでしまう。バトルシステムには立っているストライクと倒れたアストレアが残った。
「まぁ、予想は裏切られなかった感じだな。響と継人がどっち上になるかってのは曖昧だったが、一応響もブランクあるだろ?」
「少しは。あと義手の部分は触覚が無いから操作に違和感あって」
富士川が響に調子を聞く。ブランクとハンディを背負ってこの実力。継人は中々に苦い顔をする。
「全盛期とか相当ヤバかったんだな……」
「当たり前だ。日展でバトった時は俺より強かったんだぞ」
衛士は継人のみならず、響とも戦ったことがある。もちろん響の戦法は大きく変わったが、それでも衛士が研鑽を積んで響を超えたことには変わらない。富士川は響の経歴を軽く知らない詩乃や霞、継人に説明する。
「響は黒曜学院っていう東京の有名な学校で成績優秀者にしか与えられない『グロウデューク』の称号を持っていた。【
「なんだか恥ずかしいです……。もう昔の話なのに」
輝かしい経歴を解説され、響は照れていた。継人は先ほどのバトルで負けたのがよほど悔しいのか、対抗し始めた。
「なんの、慰問なら負けてねーぞ。俺だって道化師に扮してこの様にバルーンアートをだな……」
空気入れで長い風船に空気を入れて膨らませ、その口をしばって風船を捻ってバルーンアートを始めた。ギリギリと嫌な音を風船が立てる。
「やめろめろ! それ絶対爆発するパターンだろ!」
衛士が止めるが、継人は止めずに風船を捻り続けた。もう全員がオチを推察して耳を塞ぐ。案の定、風船は爆発して砕け散った。
「うぼあ!」
「ほら言わんこっちゃない」
衛士が突っ込んでいる横で、響がいつの間にか風船で犬を作っていた。少し形は崩れているが、立派な犬だ。
「昔取った杵柄ってやつ」
「すごーい」
「ぐぬぬ……」
才能の差を見せつけられ、継人はもう黙るしかなかった。もう無言で咥えた風船を膨らませて浮かべるしかなかったが、富士川がその様子を見て少し首を傾げる。
「なぁ、この部室ヘリウムなんかあったか?」
「え? まさかそんな大掛かりなもの無いと思うけど……」
詩乃が返事をして、天井に引っ掛かっている風船を見た。そして視線を落とすと、継人が口で風船を膨らませてふわふわ浮かべているではないか。
「なんで呼吸で膨らませた風船が浮かぶんだ……」
理科の教師である富士川は衝撃の事実に震えた。継人はさも当然のことの様に風船を膨らませ続ける。
「え? 浮かばないの?」
「いや浮かばねーよ。お前の呼気ヘリウム混じってんのか」
そんなワンダー呼吸をしている継人はさておき、と衛士は話を進めた。
「それより、これでうちの戦力がハッキリしたな」
「いやそれより不思議なことが起こってるでしょ」
普通に流そうとした衛士に詩乃も待ったを掛ける。もう衛士は慣れてしまって感覚がマヒしており、話を進めようとする。
「いいか、こいつに常識が通じると思うな」
「いや常識は通じなくても物理法則は通じろよ」
理科教師としての威厳か、富士川は黙っていられなかった。一緒に暮らしている霞も、だんだんと継人のおかしなところが気にならなくなってきた。
「確かに、バイト先を次々物理的に潰すくらいだから呼吸からヘリウムが出てもおかしくはないのかも……」
「今のバイト先、イベント会社だけどなんか知らんけどめっちゃ重宝されてるわ」
「そら重宝するわ呼吸でヘリウム生み出す超生物」
富士川も長いこと教師生活をしており、人知の及ばない天才も見たことがあるが人間を卒業している生徒は初めて見た。
「邪魔するわ」
その時、ガンプラバトル部の扉を開いた人物がいた。
「邪魔するんなら帰ってー」
「その定番のノリには付き合わない」
継人が軽くいなすが、その人物は全く乗らない。眼鏡を掛けた女子で、黒曜学院の制服を着ている。一同に話しているのに、本から目を離す気配が一切ない。
「グロウデューク【
響は即座にそれが誰であるか把握した。なにせ、かつては同じ学年だったのだから。トモカは響を確認しても、僅かに見ただけで本からは目を離さない。
「グロウデュークってあの白馬央治と同じ?」
詩乃は以前、ピザ屋『ドルフィン』で遭遇した人物を思い出していた。響も頷いて、それを肯定する。
「久しぶりだね、トモカ。今日は何の用?」
白馬の時と違い、心に余裕があるのか響は対応する。
「話は結構。帰るわよ。来栖真理亜」
しかし、トモカは全く相手にせず、霞を見て言った。全員がその態度に反応する。もしや、記憶を失う前の霞を知っているのか。
「霞のことを知っているのか?」
「知ってるも何も、記憶喪失なんて信じてるわけ?」
継人が霞のことを聞こうとするが、トモカは霞の記憶喪失という事実について既に知っていた。
「姿を消した来栖真理亜、そして同時期に彼女の叔父の住む家の前に現れた記憶喪失の女……。担任であるはずの荒屋灰音の、不審な態度……。これは全て狂言よ。そうでしょう? 真理亜」
トモカは霞の記憶喪失そのものを狂言だと言い切った。彼女は真理亜が行方不明になったタイミングと霞が出現したタイミング、そしてその場所、担任であるはずの灰音が取っていたやけに落ち着いた行動から霞の正体とその裏側まで推察したのだ。
霞はただ黙っているだけだった。
「何のことかな。足柄霞は記憶喪失、これだけは事実だ」
富士川はきっぱりと言い切るが、トモカは不遜な態度を一切崩さない。
「佐天継人。あなたの住んでいる家は来栖真理亜の叔父の住んでいた家。富士川海士、あなたもこの狂言を続けるなら、本気で立場が危ういわよ?」
「っ……!」
富士川の立場を出されたからか、霞が反応を示す。
「待って、帰るから……富士川先生と荒屋先生は悪くないから……」
「霞……」
呼びかける継人に、霞は否定する。
「違う……私は来栖真理亜。記憶喪失なんてのも嘘。私は帰らなきゃいけないの、帰るべきところに」
「どういうことだ……?」
ここまで情報を提示されながら、継人は状況を理解していなかった。富士川が彼女の、足柄霞と来栖真理亜の全容を明かす。ここまで見切られたのなら、もはや隠すことは不可能だ。
「継人、足柄霞が……いや、来栖真理亜が記憶喪失だというのは全くの嘘だ。だが、悪意を持った嘘ではない。彼女には今の環境から離れる時間が必要だったのだ。お前が出会ってきた3人、白馬央治、佐天経、そして比良鳴トモカ。この3人は真理亜の『婚約者候補』だ」
「しれっと女が候補にいるところに時代を感じなくもねーがなんつー外れクジだ!特に経はやめとけ、保証する!」
白馬央治が真理亜、則ち霞の婚約者であることは既に知っていたが、残る3人も婚約者だとは継人も知らなかった。外れクジ呼ばわりにトモカは少しカチンと来ていた。
「誰が外れよ。人類40億人の中では、かなり当たりの方だと思うけど?」
「しかしいくら女子は16歳で結婚出来るからって婚約者は早すぎだ!親は何考えてんだ?」
衛士はあまりに早い結婚話に戸惑っていた。白馬やトモカはともかく、経は継人の弟なので結婚出来る年齢ではないはずだ。その問題点は富士川も彼女の担任である荒屋も考えていた。
「そうだ。まだ将来のある人間が親とはいえ他人に未来を定められる。これほど苦痛なことはない。定められた婚約者というストレスが彼女を蝕んでいる事に気付いた俺の教え子にして彼女の担任、荒屋灰音は事態が深刻になる前に、彼女に休息を与えることにした。それがこの記憶喪失というカバーストーリーだ」
響は富士川の説明を聞いて、大体の狙いを察した。一見すると保護者に無断で家出を手伝う様な真似は大問題に見えるだろう。だが、この行為の本質はそこではない。
「霞の両親は普通に説得しても聞かない相手なんだろうね。このまま彼女のストレスが限度を越えれば、取り返しのつかない問題を起こしかねない。だから休息を与えると同時に『コントロール出来る問題』を発生させて、状況の危険さを知らせるというわけだ」
これは仕組まれた警告なのだ。本当に真理亜の両親が彼女のことを考えるのなら、この警告で立ち止まるべきなのだ。だが、問題は両親だけではない。婚約者達も自分に得があるからか、この危険な状況を望んで続けようとする。
ここまで真理亜、霞の追いやられた状況を知らされてもトモカが態度を変えないということが、婚約者達の立場を示している。
「危険?どこの馬の骨とも分からない連中の下にいる方が余程危険よ。私達は、この日本では将来を約束された存在なの。その私達と結婚するということは、身分の保証を意味する。私達はもちろん、真理亜にとっても悪い話ではないと思うけど?」
「それが霞には苦痛だって言ってんのよ! これなら継人のとこにいた方が百倍マシよ!」
詩乃は霞のことを全く考えていないトモカの姿勢に怒りを覚えた。こんな高慢ちきしか結婚相手の候補に上がらないとは、ソシャゲのガチャなら爆死もいいところである。とにもかくにも、ストレスが原因でこの状況にいるのなら猶更帰すわけにはいかないのだ。
「富士川先生、ご迷惑をおかけしました。佐天さんも、皆さんもありがとうございました。私は、元居た場所に帰ります」
「そうは問屋が卸さねぇ、お前はここにいろ」
霞、真理亜は帰るつもりだったが、継人がそれを許さない。トモカはこの決定に口を挟んでくる。
「それはあなたが決めることじゃないわ。真理亜が決めたことなの」
「それは果たしてどうかな? 本当に霞が決めたことだと言えるのか? お前らは富士川先生や霞の担任の立場を人質に取っているだけだろ?」
図星を突かれたのか、トモカは黙ってバトルシステムにガンプラを置く。紫のザクファントム、スラッシュウィザードだ。
「その減らず口……叩き潰してあげる。あんたらの得意なガンプラバトルとやらでね」
「お、いいのか? 素人丸出しのファイトを晒して泣いて帰るんだな」
トモカの挑戦に、継人は乗った。アストレアをバトルシステムに置いて、起動させる。相手は単にカラーを変更しただけのザクファントムだが、果たしてその実力はどの程度のものなのか。
「見た感じ、造りはしっかりしてるね」
響は完成度の高さは認めた。ザクファントムはHGとしては古いキットで、スラッシュウィザードもコレクション版しか出ていないので完成度を上げようとすると骨が折れるのだ。それを各部シャープ化はもちろんモノアイ可動の追加、関節の二重関節化、大型ビームアックスのビーム部分をクリアに置き換え、メタルパーツの使用など、手の込んだ工作がされている。
「いや、単にキットを完成させるだけならプロに依頼すればいいだけだ。あそこまでの完成度を出すには数を熟す必要が当然あるが奴の手を見てみろ。工作とは縁遠い手だ」
衛士はトモカの手から、実際の制作はしていないものと見た。この暴露に対し、彼女は悪びれることなくそれを認めた。
「ええ、それが何か? 私達は『プロ』のガンプラバトルチーム、ビルダーとファイターは別にいるの」
「はは、こやつめ。ガンプラは自分で作ってこそだぞ?」
これには継人も勝利を確信した。バトルシステムがフィールドを形成し、バトルが始まろうとしていた。
『BATTLE START!』
戦場として選ばれたのは荒野。早速飛び出したアストレアがザクファントムに対し、GNソードⅡで射撃を行う。ザクファントムが飛行出来ないのに対し、アストレアを始めとしたGNドライヴ搭載機は飛行が出来るので優位に立てる。ましてや、今回は相手の射撃武装がバックパックのガトリングだけだ。
「迂闊に接近せず、穴あきチーズにしてやるぜ!」
だがここで優位を確信して接近戦に持ち込むのは危険だ。継人はあくまで射撃戦での決着を望んだ。ザクファントムがガトリングを放って牽制してくるも軽く回避できる。アストレアはマシンガンモードではなくライフルモードで確実に一発ずつ撃ち込んでダメージを与えにいく。
ライフルの着弾点に砂埃が舞い上がる。その埃から何かが飛び出した時、アストレアの両足がいつの間にか切断されていた。
「なんだ? 何が起きた?」
見えない攻撃に継人は戸惑った。これは何だというのか。
「これが、『プロの世界』……よ」
困惑する継人に対し、トモカはザクファントムを高速でアストレアの背後に動かして背中のコーン型スラスターを切り裂いた。
「継人! なんなのよあの攻撃!」
謎の攻撃は詩乃からも全く見えなかった。アストレアが落ちていき、荒野に墜落する。大きなダメージを受け、アストレアは行動不能に陥っていた。
「クソ! なんだ……プロって何の話なんだ?」
「わからない? もうすぐガンプラバトルは遊びではなくなる。プロスポーツの仲間入りを果たし、到底あなた達が跋扈出来る様な環境ではなくなるの。それがガンプラバトル、プロ化計画」
トモカは先ほどから繰り返すプロという言葉の意味を話す。ガンプラバトルを文字通りプロスポーツ化しようとする計画なのだが、それは10年近い歴史を持つガンプラバトルでも一切話題にならなかったほどの禁忌である。富士川はそれを一番よく知っているため、戦慄した。
「なんだと? ガンプラバトルは遊びだからみんなやってこれたんだ! プロになって金銭が絡むと今までの様なバトルは出来なくなる! それどころか第7回世界大会のチームネメシスが行った様なことが頻発する可能性さえある!」
第七回世界大会において、フィンランド代表のチームネメシスは特殊な能力を持った孤児に負担の大きいシステムを使用させ、問題になった。結果、PSE社から大会運営を引き継いだヤジマ商事はオープン部門とジュニア部門を分割させてこの様な事態が再発するのを防ごうとした。金銭の絡んでいないアマチュア大会の時点でこれなのだ。賞金を懸けたり、選手に高額の広告費をつぎ込むスポンサーが付くようになった場合に何が起きるかは想像するに難くない。
「ガンプラバトルは遊びだからみんな自由に、本気で戦えるんだ! 今のプロスポーツを見てみろ、結果を出すことに追われて破滅する人間がどれだけいると思っている? プロ野球なんかチームに優秀な人材を引き寄せる為に学校を出たばかりの若者を騙す様な真似さえ平気でする! 勝利を史上とするプロ思想に酔った人間によって、アマチュアの世界でも上達できない人間は弾き出される様になるぞ!」
富士川の言うことは真理である。プロ化すれば競技につぎ込まれる資金も増え、競技人口は増すだろう。競技が発展するのは言うまでも無い。しかし、代償としてその資金が競技世界を狂わせる。自国で代表に選ばれない選手が競技の発展が途上である海外にやってきて代表権を奪っていくのがその一例だ。ガンプラバトルはその代償を抱えるほど未発達な競技ではない。
「それの何が悪い? 世界が発展する為なら、弱い存在を次々に淘汰せねばならない。ガンプラバトルは大きく発展こそしているが、その自浄が弱く、非常に歪んだ構造になっていた。それに加えて、その大きな影響力を上手く経済に還元出来ていない。それを正そうというのが、真理亜の母の考えたガンプラバトルプロ化計画」
トモカはプロ化計画の元凶も明かす。真理亜、霞の母が考え出したのがこの計画なのだという。この計画には、自分の婚約については半ば諦める様に受け入れていた霞も反論する。彼女もプロ化計画のことは知らなかったらしい。
「そんなことまで……叔父さまの愛したガンプラバトルを汚す様な真似をお母さまは考えているのですか?」
「エリートとしてこの国を引っ張るどころか遊びに興じ、淘汰されるべき存在と戯れてばかりいた兄を貴女の母は憎んでいましたよ? あの家が残されているのは家族だった故の情けでしかない」
あの家、とは継人がバイトで管理している家のことだろう。霞と繋がりがあったことには驚きだが、ガンプラバトルをしていた人間の家というのならば充実した工具や膨大な積みプラも納得できる。
「話が長くなりましたね、消えなさい!」
話を打ち切り、トモカが倒れているアストレイに向かって大型ビームアックスを振り下ろす。それを、間に割り込んだ流星号はバルチザンで受け止めた。響のストライクと衛士のクロスボーンも戦場に飛び込んできた。
「消えるのは、あんたよ!」
「負けると分かったらチェス盤をひっくり返す様な真似を……だからあなた達は淘汰されるべきなのよ!」
ザクファントムは一度距離を取り、敵対する三機を睨む。一触即発の空気で、全機体が攻撃するためのアクションを取ろうとした瞬間だった。
「やめて! これ以上みんなを傷つけないで!」
霞が叫び、バトルを中断させる。
「あら? 暴力は振るっていないのだけど?」
「私が帰れば全部終わるから……富士川先生も荒屋先生も悪くないから……私が帰らないって言ったら、みんなを権力でどうにかするんでしょ?」
彼女は震える声で言った。自分の運命を受け入れるつもりだ。それも、決して覚悟の上ではない、諦めた上でだ。相手はこの国を動かすエリートの卵であり、中枢にも繋がった人間だ。教師である富士川達は元より、それより弱い立場の継人達へ危害を加えることくらい余裕だろう。
「そう。じゃあ帰りましょう。本当はデルタロウを倒したあなた達を招待するつもりだったけど、計画を早めた方が良さそうね」
トモカは意味深なことを言いつつ霞を連れて部室を後にする。全員がその場に留まり、霞を止めることが出来なかった。彼女は去り際に、トドメを刺すかの様に言い放った。
「もう、私を助けようとしないで……。私のことは、忘れて」
足柄霞はその正体を明かし、その名の通り霞の様に消えることを望んだ。こうして、継人の奇妙な生活は終わりを告げた。
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