緋弾のアリア - 交わりし銀の銃弾 (白崎くろね)
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EpisodeⅠ 武偵殺し
序弾 プロローグ


 …………ピン、ポ~ン…………。

 

 不意に、慎ましいチャイムの音が聞こえてきた。

 どうやら、誰かがやってきたらしい。

 

(星伽白雪だろうなあ……)

 

 腕時計を見ると、朝の7時を指している。

 同居人のキンジが寝坊して遅刻しないように起こしに来たってとこか。

 ……朝からご苦労だな。

 

「キンジ。白雪じゃないのか?」

「……げっ」

 

 てっきり寝ているかと思ったが……

 こいつ、まさか居留守を決めるつもりだったな? 相手が白雪だから。

 オレはそれでもいいんだが……後が怖いぞ?

 

「出てこようか?」

「いや、いい……俺が出る」

「そうか。早く出てやれよ」

 

 そう言って、既に着替えを済ませていたオレは廊下を渡り、洗面所へと向かう。

 歯ブラシ置き用のコップから黒の歯ブラシを取り、シャカシャカと歯を磨く。

 

 ――遠山キンジ。

 オレと同じ部屋にいることからもわかる通り、キンジとオレは一人で住むには広い学生寮に同居している。

 キンジには特殊な体質があるらしく、それによって稀に変な挙動をする奴だが……まあ、悪いやつじゃない。

 

 

 ――星伽白雪。

 彼女はキンジの幼馴染で、キンジに好意を寄せる大和撫子。

 そのことに当の本人であるキンジの奴は気付いていない。流石は武偵一の鈍感野郎だからな(オレ調べ)。

 まあ、それも無理からぬことでもある。彼女はその、キンジへの思いが強すぎてヒステリックな行動を頻繁に起こす。

 例えば……キンジの近くにいる女の子を見つけては懐の刀を抜き、『天誅ー!』などと言いながら斬りかかったり、

 既成事実を作ろうとして、いきなりキンジに襲いかかってみたり……と、挙げていけばキリがない困ったちゃんなのだ。

 そのせいでキンジに気付かれていない節があるし、自業自得だろこれ。

 

 歯磨きを終え、ばしゃばしゃと洗顔クリームを使いながら顔を洗う。

 そうこうしている内に、玄関で話していたらしいキンジと白雪が部屋に入ってきた。

 よし、スッキリしたしオレも戻るか。

 

「おはよう、白雪さん」

「あ、おはよう、黒崎くん」

 

 またしても、さん付けで呼んでしまった。

 どういう理由かオレは女子のことをさん付けで呼んでしまうクセがある。

 直そうとは思っているが、なかなか治らないのだ。

 まあ、白雪は特に気にしていないみたいだからいいけど。

 

「それにしても。朝から豪勢だな、キンジ?」

「ああ、まったくだ。これ……作るの大変だったんじゃないか?」

 

 キンジは塗りの箸を受け取り、苦笑いしながら言う。

 白雪が持ってきた漆塗りの重箱には、朝から食べるには重いと思えるほどの料理が入っている。

 形の良いふんわりとした卵焼き、向きの揃っているエビの甘辛煮、綺麗な銀鮭、西条柿……そして、下の段には所狭しと詰められた白米。オレだったら間違いなく残すだろうって量だ。

 

「う、ううん。ちょっと早起きしただけ。それにキンちゃん、春休みの間またコンビニのお弁当ばっかり食べてるんじゃないかな……って思ったら心配になっちゃって」

「そんなこと、お前には関係ないだろ」

 

 そんなことを言いつつも、キンジとオレは春休みの間はコンビニ弁当ばかりを食べていた。でもな? コンビニだって美味しいんだぞ? 特にセイコマの弁当な。

 もちろん、オレは白雪の弁当は食べない。既に朝飯を済ませたというのもあるが……キンジ専用弁当なんて畏れ多くて食えるわけないだろ。祟られるかもしれん。

 

 そんなキンジと白雪の食事風景を見ながら、ソファーに腰を下ろしたオレは愛銃の整備を始める。

 オレの愛銃――Z-Mウェポンズ・ストライクガン。ベースはコルト・M1911、通称コルト・ガバメント。そのカスタムの中でもかなり攻撃的なフォルムをした銃だ。その特徴として、スパイク付きのマズルガード、グリップ底部に近接戦闘用のスパイク、スライド後部にはハンマーシュラウドなどがある。

 

 武偵は常に防弾服を着用するため、武偵同士の近接戦闘において拳銃は一撃必殺の武器になりえない。至近距離で命中させてこそ真の威力が発揮できる。なので、オレは最初から近接戦闘による格闘戦を想定した銃を携帯しているのだ。

 とはいえ、オレはBランク武偵なので極力戦闘は避けるに越したことはない。そもそも諜報活動がメインの諜報科(レザド)だしな。

 

「――ごちそうさまっ!」

 

 何やら慌てたようにキンジが立ち上がる。

 

「どうかしたのか?」

「な、なんでないっ!」

 

 ……いや、顔に何かがあったって書いてるぞ?

 白雪に変なことでも言われたのだろうか。たまに変な妄想を口から垂れ流してることがあるし。

 

「キンちゃん、今日から一緒の二年生だね。はい、防弾制服」

 

 甲斐甲斐しく朝の用意を手伝う白雪。

 まるでキンジの奥さんのようだ。

 

「始業式なんだし、拳銃はいいだろ」

「ダメだよキンちゃん、校則なんだから」

 

 拳銃の受け取りを拒否するキンジだったが、校則だということで帯銃させられてしまう。

 武偵高には『武偵高の生徒は、学内での拳銃と刀剣の携帯を義務付ける』という校則があるのだ。キンジ曰く、普通じゃない校則が。

 

「それに……また、武偵殺しが出るかもしれないし……」

「……武偵殺し?」

「年明けに届いた周知メールが出てた連続殺人事件のこと」

「でもあれは逮捕されたんだろ」

「――いや、あれは誤認逮捕だって話だ。諜報科の見解ではそうなっているらしい」

 

 あまり詳しくは知らないが、一応、言っておく。

 そうじゃなければキンジは危機感すら抱かなさそうだし。

 

「心配ないんじゃないか? 今まで巻き込まれてこなかったんだし、今回も大丈夫だろ」

 

 とはキンジの言葉だが、流石に危機感がなさすぎるんじゃないか?

 武偵なんだし緊張感ぐらいは常に持とうぜ。 

 

「で、でも……今度こそ巻き込まれるかもしれないし、今朝、占いしたら……女難の相が出てたし……わた、私……ぐすっ」

 

 女難の相って……それ、白雪のことだったりしてな。

 

「分かった分かった。これで、いいだろ。だから泣くな」

 

 キンジは溜息を吐き、兄さん――金一さんの形見の刀身が真紅のバタフライ・ナイフをクルッと回しながら収める。

 その様子を白雪がキラキラとした目で見ている……何だろう、バカップルのイチャイチャを直で見せられている気分だ。

 

「俺はメールをチェックしてから家を出る。お前ら、先に行ってろ」

「せ、洗濯とかお皿洗いとか……」

「いいからっ」

「は、はい……じ、じゃあ、後で……メール、くれると嬉しいですっ」

 

 白雪は丁寧にお辞儀をして、バタバタとしながら部屋を出ていった。

 

「お前は行かないのかよ」

「もう少し銃の整備をしてから家を出るよ」

 

 前の日に完全分解整備(オーバーホール)は済ませていたが、もう少しだけ整備をしてから学校に行こう。武偵校生とって銃というのは生命線だからな。

 整備不良でまさかの殉職……それは流石に格好悪すぎる。

 

 整備を終わらせ、ふと腕時計を見ると――7時55分。

 7時55分のバスには乗れないな……別にいいけど。

 メールをチェックすると言っていたキンジはブラウジングに夢中で時間に気付いていないかったので、肩を軽く叩いて時間を知らせる。

 

「すまん。助かった」

「いや、オレも整備に夢中で忘れてたしな」

 

 そう言いながら、オレたちは慌ただしく部屋を飛び出した。

 

 

 ――この後、起きる事件をオレは一生忘れないだろう。

 たぶん、この日をキッカケにオレの運命は僅かに狂い始めたのだ。

 

 女の子が空から降ってくると思うか?

 

 本当にそう思う。だから、これは必然だ。

 

 この日、その瞬間から、オレの物語は始まったのだ――

 

 

 




 みなさん、はじめまして。白崎くろねです。
 知っている方もいるかもしれませんが、一応、挨拶です。
 あまり文章力がある方ではないので、読む際に苦痛に感じるかもしれませんが……この作品に興味を持って読んで下さると幸いです。


 さて。今作の主人公「黒崎カイト」。
 詳細なプロフィールが省きますが、物語がある程度進行した段階で改めて紹介したいと思います。まあ、作中でも主人公がどんな人物なのか把握できるように書いていくつもりなので、不要っちゃ不要かもしれませんね。

 では「緋弾のアリア - 交わりし銀の銃弾」をお楽しみください!



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第1弾 空から女の子が降ってくると思うか?

 自業自得な形でバスに乗り遅れてしまったオレたちは、仕方なしに朝の風を全身に浴びながらチャリを漕いでいた。

 いつもはバス通学なわけで、チャリには任務(クエスト)以外では乗らないのだが……車輌科(ロジ)の友人から購入した電動ロードバイクは快適だ。

 

 近所のコンビニとビデオ屋の脇を通り、台場に続くモノレールの駅をくぐる。

 その向こうには、まるで海上に浮かんだかのようなビル群。

 ここ、武偵高こと東京武偵高校は、レインボーブリッジの南に浮かぶ南北およそ2キロ・東西500メートルの長方形をした人工浮島(メガフロート)の上にある。

 所謂、学園島であるこの人工浮島(メガフロート)は、『武偵』を育成する総合教育機関だ。

 

 そして、武偵とは凶悪化する犯罪に対抗するために新設された国家資格で、武偵免許を所持するものは武装が許可され犯人の逮捕権有するなどといった警察官に準ずる活動が可能になる。

 ただし武偵はあくまで金で動く。つまり、武偵は金さえ積めば、武偵法の許す範囲であればどんなに荒っぽい仕事であろうとも引き受ける。要は『便利屋』である。

 

 ――んで、だ。

 

 この東京武偵高では、通常の一般科目に加えて、各科目の活動に関する専門科目を履修することができる。

 その専門科目にも色々あって、隣でチャリを漕いでいるキンジが所属している探偵科、(インケスタ)では、古風な推理術から始まり、様々な探偵術を学ぶことができる。物騒な武偵高の中でも比較的まともな学科と言える。

 

 他にも、オレが所属している諜報科(レザド)尋問科(ダキュラ)通信科(コネクト)情報科(インフォルマ)鑑識科(レピア)装備科(アムド)、車輌科《ロジ》、衛生科(メディカ)救護科(アンビュラス)超能力捜査研究科(SSR)特殊捜査研究科(CVR)……最後に強襲科(アサルト)狙撃科(スナイプ)がある。

 特に強襲科(アサルト)狙撃科(スナイプ)は最も危険な学部であり――一年生の頃、オレとキンジが所属していた学科でもある。ちなみに通称は『明日無き学科』だ。

 

 そんなことを考えているうちに、学内に着いてしまったようで……体育館へと向かうためにチャリをUターンさせる。

 どうやら、始業式には無事に間に合いそうだ。

 流石に初日から遅刻していくのは悪目立ちしすぎるからな……武偵も始めが肝心だ――

 

「その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります」

 

 突如、二重音声(ダブル・エコー)が、耳朶へと響く。

 

「チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります」

 

 ああ、この声には聞き覚えがある。オタクでなくとも、今となっては誰もが一度は耳にしたことがあるであろう人工音声(ボーカロイド)

 ……つうか、爆弾だと? そんなもん、どこにも……ッ!?

 片手をハンドルから離し、片手で適当に探っていると――爆弾はサドルの下にあった。

 キンジにマバタキ信号で場所を教えてやると、ぎょっとした顔を向けてきた。そんな顔をされても、犯人はオレじゃないからな?

 

 ――片手で解体してみるか……?

 

 制服からナイフを取り出そうとした矢先、オレたちを囲むように四機の何かが並走してきていた。

 車輪が二つで、まるでキックボードのように伸びたハンドル。

 

「セグ、ウェイ――っ!」

 

 車輌科の友人が話していたのを思い出す。

 生で見るのは初めてだが、まさかこんな場面で見るとは。

 

「助けを 求めては いけません。 ケータイを 使用した場合も 同様に 爆発 しやがります

 

 本来、人が乗る部分には自動銃座が載っていた。

 

「ちっ…………!」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。

 その銃座には、UZI(ウージー)が載っていたのだから。

 イスラエル社が開発した短機関銃。オレたちを一瞬で蜂の巣に変える武器だ。

 

「キンジ! 考えるのは後にして、今はとりあえず人気の少ないところに行くぞ!」

「ちくしょう……!」

 

 オレにはこの仕業が誰の手によるものなのか、ハッキリと理解していた。

 ――武偵殺しだ。それしかいない。

 

 人の少ない場所を求め、走っているうちに第二グラウンドの近くに来ていた。

 幸いにも第二グラウンドには誰もいない。狭い場所よりも広い場所の方がいいに決まってる。

 そう思い、第二グラウンドの方へとチャリを走らせる。

 

 ちくしょう。

 このまま走らされれば、先に力尽きるのはオレたちの方だ。

 

 ――どうして、こうなったんだ?

 

 焦りが更なる焦りを呼び、オレの中で何かがキレそうになった時。

 視界の隅に何かが映った。

 ピンク髪の、ツインテール。

 そこには、髪を風になびかせる武偵高の制服を着た少女がいた。

 

 そして、そいつは7階建てのマンションから飛び降りた……!

 

「うおわっ!?」

 

 意識が変な方向に取られてしまい、ペダルを思いっきり踏み外した。

 バランスを崩し、転倒しそうになり――

 

「お、おいッ! 大丈夫か!」

「お、おう……だ、大丈夫だ」

 

 キンジに助けられた。

 あ、あぶねー! あのまま減速してたらUZIに集中砲火されてたぞ!

 

 再び、さっきの女の子がいた場所を見上げると……

 パラグライダーを展開した少女が、こちら向かって降下してきた……!

 

「ばっ、バカ! こっちに来んな! このチャリには爆弾が――」

 

 キンジが慌てたように伝えようとしたが――予想以上に早く、左右に揺れながら降ってくる。

 少女は武偵高の制服を身に付ける者らしく、生足に装着されたレッグホルスターから銀と黒の大型拳銃(ガバメント)を抜いた。

 

 そして、

 

「そこのバカども! 頭を下げなさい!」

 

 ダダダダダダ――ッ!

 

 オレたちが反応するよりも早く、銀と黒の大型拳銃から火が吐き出される。

 不安定なパラグライダーでありながら、しかも拳銃の平均交戦距離の倍はあるであろう場所からの水平撃ち。

 普通ならまず当たらない。オレには無理――の状態からセグウェイに弾丸が吸い込まれていく。

 無敵モード時のキンジなら簡単に出来るかもしれないな。

 

 セグウェイはバラバラに分解され、オレたちを囲むセグウェイはいなくなった。

 くるっ、くるくるっ。

 綺麗な銃捌きでホルスターに銃を収めた少女は、ひらり、と。

 険しい顔のまま、キンジの頭上へと迫っていく。

 

(彼女は何をするつもりなんだ……?)

 

「く、来るなって言ってんだろ! こっちは爆弾を抱えてんだから! 減速すると爆発するぞ!!」

「――バカっ!」

 

 げしっ、とキンジを頭を白いスニーカーで踏み付けて、そこから跳躍を重ねる。

 まるで演舞だ。武偵高の生徒じゃなくて新体操の選手とかになった方がいいんじゃないか? スレンダーだし。

 

「武偵憲章1条! 『仲間を信じ、仲間を助けよ』――いくわよっ!」

 

 別に仲間じゃないんだが……って顔のキンジ。

 少女は確保した高度を下げ、鋭く∪ターン。

 そこから、アクロバティックな動きでブレークコードのハンドルに足を引っ掛けた状態……逆さ吊りの状態になる。

 

 ――まさか。まさか、まさか。

 

 少女の考える意図を理解し、オレたちの顔が一気に青褪める。

 そんな助け方があるか……! 助けるなら、もっと、こう……な? 

 

「ほら、もっと全力で漕ぐっ!」

 

 ああ、もう……!

 なるようになれ!!

 オレたちはヤケクソ気味にチャリを加速させ、アリアとの距離を詰めていく。

 

 ――空から女の子が降ってくると思うか?

 

 ――答えは、降ってくる、だ。

 

「アンタも手を出す!!」

 

 オレは手を差し出し、キンジはアリアのお腹に顔を埋めた状態で――空へと浮き上がった。

 

 ドガアアアアアアアアンッッッッ……!

 

 閃光と轟音が轟き、熱風が全身を襲う。

 爆弾は本物だった。その結果、オレのチャリは爆発四散した。

 約20万円の電動ロードバイクが。

 ちくしょう……どうせなら安物しとくんだった。

 

 その光景を最後に、オレの意識は、途切れた。



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第2弾 運命の出会い

「げほっ、ごほっ……」

 

 ……どうやら、オレは第二グラウンドにある体育倉庫に突っ込んでしまったようだ。

 優しい入場とはいかず、強引に扉をぶち破っての侵入だったため、全身が痛い。

 

(……そうだ。キンジとさっきの少女は?)

 

 そう思って周囲を見渡すが、ソレらしき姿は見当たらない。

 おかしいな……体内時計的に気絶してたのは数秒程度なはずなんだが……

 どこにいった? あいつらだけ外に弾き出されたのか……?

 

「お、お……痛ッてぇ……」

 

 そんな声が背中から聞こえてきた。

 背中……? 後ろを見ると上の段が吹き飛ばされた防弾性の跳び箱があった。

 

(……まさかとは思うが、跳び箱の中にシュートされたってのか?)

 

 ありえないだろ……漫画の世界じゃないんだからさ。

 オレが呆れていると、跳び箱の中にいるらしいキンジが話し掛けてくる。

 

「お、おい……」

「……なんだ?」

「……! か、カイトいたのか……!?」

 

 いたのかってお前なあ……

 

「で、何だ? 少し休憩させてほしいんだけど……」

「た、助けてくれ……マズいことになってる」

「……マズいことになってるって? 武偵殺し以上にマズいことなんて――」

 

 ゆっくりと立ち上がり、キンジが入っているらしい跳び箱の中を覗き込んで、絶句した。

 

「…………マズいことになってるな、キンジ」

 

 箱の中にキンジは確かにいた。

 それは間違いない。

 だが、そこにはもう一人いたのだ。

 気絶した状態の少女が一人……

 ピンク髪、ツインテールの少女が。

 

「あー、その……だな」

「な、なんだ……」

「武偵だからって恩を仇で返すのは良くないと思うぞ……?」

「や、やめろ! 俺がわざとやったみたいに言うな!?」

「……違うのか?」

「……違うに決まってる!」

 

 どうやら偶然の事故らしい。

 まあ、わかってたけどさ。わかってたけど……

 流石にありえないとは思わないか?

 跳び箱の中にシュートされただけでも面白いのに、その上、女の子と絡まってるなんてさ。

 

 しゃあない、助けてやるか……と、手を差し出そうとした時。

 

「へ……ヘ……ヘ……!」

 

 ……? 今、何か声がしたような……?

 

「ヘンタイ――――!」

 

 聞こえてきたのは、どこか二次元的な声。

 オタクだったら携帯から聞こえてきたのではないか、と思わず確認してしまうような声だった。

 どこか幼い容姿に、ピンク髪の、幼いアニメ声。まさにパーフェクトだ。

 

「ささ、ささささ、サイッテー!!」

 

 キンジがまたラッキースケベの類を起こしていたらしい。

 女嫌いなのに「ラッキースケベ」を頻繁に引き起こすなんて、よっぽど神様に嫌われてるんだな。

 

「おっ、おい……! や、やめろっ!」

「このヘンタイ! チカン! 犯罪者!」

「ち、違う……! それは、俺がやったんじゃない……! 冷静に考えろ……ッ!」

 

 ポカポコポカポコポカ……と、ダメージにもならなさそうな効果音が付いてそうなパンチを、少女がキンジの頭へと繰り出す。

 なあ、帰っていいかな……? 

 

 ――――ガガガガガガガガンッッ……!

 

(銃声……ッ!?)

 

 生身のオレに向かって撃ってきやがった……!  

 クソッ、セグウェイはアレで全部じゃなかったのかよ……!

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に顔を腕で守りながら、相手側から死角になる方へと飛んだ。

 が、守った腕にUZIの9ミリパラベラム弾が命中した……!

 

「またいたのね……!」

 

 キンジを殴るのをやめたらしい少女が、ぴょこっと跳び箱から顔を出した。

 ホルスターから二丁の大型拳銃(ガバメント)を素早く抜き、応戦し始める。

 

「お、おい……! 何が起こってるんだ!?」

「あのヘンな二輪のオモチャが来たのよ!」

 

 あれをオモチャ扱いとは……恐れ入るぜ。

 オレにはアレが殺人機械(キリングマシーン)にしか見えないぞ。

 

「アンタたちも、ほら! 早く撃ちなさい!」

「ム、ムリだって……! どうすりゃいいんだよ!?」

「……すまん、腕をやられた」

 

 別に戦えないこともないが、できるなら相手にしたくない。

 音から察するに、あのセグウェイは少なくとも7台はいる。

 数でも負けてるし、機動力ですら負けている状態なのだ。そんな状況で何ができるって言うんだ……?

 オレは裏活動がメインの諜報科(レザド)二年だぞ。ドンパチは苦手だ。

 

「これじゃあ火力負けする……! 向こうは7台なのよ!」

 

 と、言われてもなあ……

 オレにはどうすることもできない。

 ショルダーホルスターに収められた二丁の大型拳銃(ストライクガン)

 これを使えば同時発射弾数は四発に増え、火力は補えるだろうが……

 

(勝てるのか……? 武偵殺しにオレが勝てるのか……?)

 

 武偵殺しは未だに捕まっていない犯人の中でも大物の犯罪者だ。

 そんな奴にオレ程度の人間が勝てるのか……?

 もし、もしもだ。これに勝てたとして、次は勝てるのか?

 次の、次の、次の戦闘では勝てるのか?

 

(無理だ……)

 

「オレには――」

 

 ――無理だ。

 そう口にしようとした時。

 ゾクッ、と何かが爆ぜたように背中を突き抜けていった。

 

「――強い子だ。上出来だよ、お嬢さん」

「……は?」

 

 ああ、この感覚には覚えがある。

 

「きゃっ!?」

「ご褒美に、お嬢様から少しの間だけお姫様にしてあげよう」

 

 いつもより、クールでキザったらしいキンジが……少女をお姫様抱っこで抱きかかえていた。

 抱えられた当の本人は顔を一瞬で真っ赤に染め上げ、口を驚愕で開けている。

 突然のことで反応できない少女を抱きかかえながら、キンジはマットに座っているオレの方へと歩いてくる。

 

「アリアを任せてもいいかな」

「あ、ああ……なったんだな、キンジ」

「もちろんだよ。そうじゃなきゃお姫様に失礼だろ?」

 

 オレはこの状態のキンジのことを『無敵モード』と勝手に呼んでいる。

 無敵モードになったキンジは、アリアにウィンクを送ってから、銃を無駄撃ちしているセグウェイの方へと向かっていく。

 

「あ、アンタ……! 撃たれるわよ!?」

「アリアが撃たれるよりずっといい」

「だ、だから! さっきから何急にキャラ変えてんのよ!! いったい何するの!」

「アリアを、守る」

 

 キンジの愛銃――マットシルバーのM92F(ベレッタ)を抜き、崩壊したドアの外へと身体を晒すキンジ。

 これでは一瞬で蜂の巣だ。いくら防弾制服で守られているとはいえ、秒間10発も弾を吐き出すUZI(ウージー)の攻撃を喰らえば、ひとたまりもないだろう。

 

 だが、今のキンジは――

 

「遅いよ――」

 

 無敵モードのキンジなのだから。

 

 ズガガガガガン――ッ!

 

 UZI(ウージー)から吐き出される弾丸を躱し、お返しとばかりにキンジの銃口から銃弾が吐き出される。

 計7発の銃弾が、まるで魔法のようにUZI(ウージー)の銃口へと吸い込まれていく。

 久しぶりにキンジが無敵モードになっている所を見たが、相変わらずの超人っぷりだ。

 

 隣のアリア(?)ちゃんが『何が起きたの?』とばかりに目を瞬かせている。

 オレもこのキンジを初めて見た時はとても驚いたよ。だから、その気持ちはわかる。

 

 キンジと目が合ったアリアは、ダダダッと睨みながら駆け寄っていく。

 

「お、恩になんか着ないわよ。あんなオモチャくらい、あたし一人でも十分に対処できたんだから! 本当に本当の本当よ!

 

 ……『これじゃあ火力負けする……! 向こうは7台なのよ!』とか何とか言ってませんでしたかね? 

 

「そ、それにさっきの件をうやむやにしようったって、そうはいかないわよ! アレは立派な犯罪! 強制猥褻なんだから!」

「それは悲しい誤解だよ、アリア」

 

 しゅるる~っと、ベルトを抜いたキンジは、アリアへと渡しながら。

 余裕だな……キンジのやつ。常にあの余裕があればSランク武偵なのに。

 ってキンジは自主的にEランクに落ちたんだったか。

 

「あれは不可抗力ってやつだよ。理解してほしいな」

「ふ、不可抗力ですって!?」

 

 カチャカチャ、とホックの壊れたらしいスカートをキンジのベルトで締めると、キンジを威圧するように仁王立ち。

 

「は、ハ……ハッキリと……アンタが……!」

 

 ちっこい身体で必死に握り拳を作りながら、肩をわなわな震わせている。

 

「あ、あたしが気絶してるうちに……ふ、ふふ、服を脱がそうとしてた……!」

 

 小さい子が顔を真っ赤にしている様子って、何だか和むよな……?

 

「そ、そそそ、それに……!」

 

 ガシっ、ガシっ、と地団太。

 ……うーん、これ帰ってもいいかな?

 

「む、胸を見てたああああ!! これは強猥の現行犯!」

 

 更に顔を真っ赤にさせるアリアちゃん。

 落ち着かないと血管が切れちゃうぞ……?

 いくらキンジでも小学生相手に欲情したりはしないだろう。

 

「あんた! いったい! 何するつもりだったのよ!」

「よしアリア。冷静に考えよう。いいか、俺は高校生だ。それも今日から二年生になるんだ。中学生を脱がしたりするわけないだろう? 年齢が離れすぎだとは思わないか?」

 

 ――あ、これは何か地雷を踏んだな。

 と、一目で分かるほどにアリアちゃんが激昂する。

 例えるなら、火山噴火の前触れ。

 

「あたしは中学生じゃない!!」

 

 あーあ、やっちまったなキンジ。

 アリアちゃんが小学生だとはいえ、女の子に年齢の話はタブーだ。

 それも年齢を間違えてしまうのは致命的だ。

 なので、オレがフォローしてあげるか。助けてもらったわけだし。

 

「それは間違いだぞ、キンジ」

 

 撃たれた腕を押さえながら、二人の間に割って入る。

 

「アリアちゃんの身長は推定――142センチメートル。これは小学校高学年の身長だ。つまり――ぐべら!?」

 

 彼女はインターンで入ってきた天才の小学生……と、続けようとしたのだが、オレの顎に綺麗なアッパーカットが入った。

 宙に浮き上がり、オレの身体はマットへと真っ逆さま。軽く脳震盪を起こしたらしく、視界がチカチカする。

 ……た、立てないぞ。めちゃくちゃ本気の一撃だった……ッ!

 

「こんなヤツら……こんなヤツら……助けるんじゃ、なかった……!!」

 

 ババンッ! 

 

「うおっ!」

 

 キンジの足元に二発の銃弾が撃ち込まれる。

 お、オレの時とは対応が違くないですかね……? 

 

「あ た し は 高 2 だ ! !」

 

 衝撃の告白と共に、アリアが銃を構える。

 キンジがアリアを押さえにかかる。

 それに対して、アリアが反射的に引き金を引いていたが……

 両手を後ろに押さえ込まれていたため、銃弾はキンジには当たらず、後ろの壁に撃ち込まれた。

 

 そして、今のでアリアの銃は両方とも弾切れになったらしいことが音で判る。

 

「――んっ、やあぁっ!」

 

 くるっ、と身体を捻らせたアリアが、柔道にも似た動きでキンジを投げ飛ばした。

 す、すげえ……あのモードのキンジを投げたぞ!

 

「逃げられないわよ! あたしは犯人を逃したことは! 一度も! ない! ――あ、あれ? あれれ?」

 

 素っ頓狂な声で、スカートの内側をまさぐる。

 ……もしかして、弾倉(マガジン)を探してるのか?

 

「ごめんよ」

 

 いつの間にか盗んでいたらしい弾倉を、キンジは明後日の方向へと投げ飛ばす。

 ……あれは見たことがあるぞ。相手の装備を盗る技だ。

 

「――あ!」

 

 その光景に無用の長物となったガバメントをぶんぶんと振り回しながら、怒りを露わにする。

 

「もう! 許さない! 泣いて謝ったって許さない!」

 

 ジャキ――ッ!

 

 セーラー服の中から、次は刀が飛び出てくる。

 二丁拳銃の次は二刀流か……! マジで多芸だな。

 

「強猥男は神妙に……わきゃっ!?」

 

 すてん。

 キンジが転がしていた銃弾に足を取られたのだ。

 こっちもこっちで多芸だな……

 

「もう立てるか?」

「お、おう……?」

「この隙に行くぞ!」

「……おう!」

 

 転びに転びまくっているアリアを通り抜け、オレたちはその場から立ち去るのだった。

 

「風穴――でっかい、風穴開けてやるんだから!」

 

 物騒なことを叫んでるけど、大丈夫なのかね……?

 報復とかされないことを祈るばかりだ。

 

 

 ――これがアリアとの出会い。

 

 後に『緋弾のアリア』として名を広めることとなる武偵との出会い。

 そこで、オレの運命は切り替わったのだと思う。

 

 きっと、この日の出会いは――運命だったのだろう。

 

 




相変わらず、ヒステリア状態のキンジは超人っすね……。最初から人間技じゃないものを披露していくんだもん。せめてセグウェイのタイヤを撃ち抜いてパンクさせて転倒とかならわかるけど……。

 さて、今回の描写からも理解出来るように、カイトはキンジのヒステリアモードを理解していません。まあ、友達がまさか性的興奮で戦闘力を上げるヘンタイだとは誰も思いませんよ。オレだって思わない。


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第3弾 あたしのドレイになりなさい!

 あの後、急いで学校に向かいはしたものの、残念ながら始業式には間に合うことはなかった。

 そのせいで初日から教務科(マスターズ)のお世話になってしまい、陰鬱な気分で新しいクラスへと向かっている。

 

 その隣を歩くのは、先程の勇敢な姿とは打って変わって、どこか陰のある表情をしたキンジ。

 詳しくは知らないのだが、キンジには特殊な力がある。

 特定の状況下でスイッチが入り、普段の何十倍もの力を発揮することができるみたいだ。その状態のキンジをオレは『無敵モード』と勝手に呼んでいるが、これには副作用があるらしい。

 この状態になった後はとても気分が落ち込むようである。要はダウナー状態に陥るのだ。

 そういう理由もあって、以前に「大丈夫か?」と声を掛けたところ、「そっとしておいてくれ……」と言われて以降はそっとしてあげることにしている。

 

 まあ、原因はそれだけじゃなくて、単に始業式を遅刻して二年生デビューという事実に打ちひしがれてるだけかもしれないが。

 

 そして、キンジの『無敵モード』にはもう一つの特徴がある。

 それは女の子に対して、男のオレでさえ聞いているのも恥ずかしいようなセリフを連発し、キザったらしい行動に出るという点だ。

 多分だが……これはキンジの本性というか、心の奥底に眠る『正義感』から来る言動だと思われる。

 去年の冬に本人から聞いた話なのだが、キンジの家は『正義の味方』の家系らしい。あまり詳しくは聞いていないから分からないが。キンジのお兄さんは有名な武偵で、お父さんの方は鬼をも恐れる武装検事。

 であれば、キンジも家族と同じように正義の心というものを継承しているに違いないのだ。なら理由は簡単だ。

 

 覚醒することによって、キンジは正義の味方――男が守ってあげるべき存在である女の子に対して優しい性格に変質するのだろう。

 

(……まあ、ちょっとキザすぎるとは思わなくもないけど)

 

「先生、あたしアイツの隣に座りたい」

 

 オレとキンジがクラス分けされた2年A組、最初のHRにて。

 そんな衝撃の発言したのは、偶然にも2年A組に割り振られていたピンクツインテールの少女だ。

 あろうことか、その少女はオレとキンジの隣――真ん中の席を指定してきたもんだから。

 教室の連中がオレたちに視線を合わせ、わぁーっ! と歓声が沸いた。

 

 これにはオレもキンジも絶句せざるを得ない。

 というか去年の三学期から既に在学してたの……?

 

「よ……良かったなキンジ! カイト! お前らにも春が来たみたいだぞ! 先生! オレ、転入生さんと席譲りますよ!」

 

 オレたちのことをキラキラした目で交互に見ながら声高らかにしながら、隣の男が席を立つ。

 この身長が190オーバーなツンツン頭の大男は――武藤剛気。

 通学に使っていた電動ロードバイクを売ってくれた友人であり、オレとキンジが強襲科だった頃に現場へと運んでくれた車輌科の優等生だ。その優等生っぷりは中々のもので、乗り物と名前の付く物なら『何でも』運転できるという特技を持っている。

 

「あらあら、最近の女子高生は積極的ねぇ……。武藤くん、席を代わってあげて」

 

 何やら誤解したような目つきでオレたちを一瞥してから、これまた変な誤解をしている武藤の提案を受け入れてしまう。ダメだこりゃ。

 

 わーわー。ぱちぱち。ひゅーひゅー。

 歓声に、拍手に、口笛……一瞬で混沌の2年A組となってしまった。

 ……あの、もう帰っていいですかね? 

 恥ずかしさやら、疲れやらで顔を突っ伏させる。

 

「キンジ、これ。ベルト返すわよ」

 

 しゅるる~っ、と良い音を立てながら、キンジへと投げ返すアリア。

 あー、もう。この状況でベルトなんて返したらマズいって理解できないんですかねっ!?

 案の定というか、何というか……それにいち早く反応する人物がいた。

 

「あー! 理子分かっちゃった! これ、三角フラグ立ってるよ! バッキバキだよぉ!」

 

 キンジの左隣に座っている峰理子が、やや興奮気味に席をガタガタッと席を立ちながら――

 

「キーくん、ベルトしてない! ベルトをツインテールさんが持ってた! そのキーくんとカーくんは一緒に住んでる! この謎、理子には推理できちゃった!

 

 アリアよりも少し身長の大きい理子は、キンジと同じ探偵科のオタク女子。

 その服装は学生としては奇抜で、東京武偵高校の臙脂色の制服を魔改造し、フリフリのヒラヒラなフリル付き制服となっている。教えて貰った記憶が正しければ、ロリータ・ファッションと呼ばれるファッションスタイルの一つで、少女らしく、小悪魔的らしくを表現したスタイルなのだとか。誰もがイメージしやすい形で言えば、不思議の国のアリスが当てはまるだろうか。

 

「キーくんは彼女とベルトを取るような何らかの行為をした! そしてそれを同居人のカーくんが目撃して、慌てて飛び出したところ、ベルトを持ち逃げしちゃったんだよ! つまり二人は――三角関係の真っ最中なんだよ! なんだよ!」

 

 ツーサイドアップに結った蜂蜜のような天然パーマの髪をゆさゆさと揺らしながら、理子は名探偵のような動作をしながら推理を披露している。そこには決定的な証拠もなければ、8割以上が理子の妄想によって仕立て上げられているという杜撰な推理だ。

 三角関係ってお前なあ……それ、オレを巻き込む必要ないよな? 周りを煽りたいだけどよな? 

 だが、周りには武偵を本気で目指すバカしかいない。当然のようにクラスは一気に沸き上がってしまう。

 

「き、キンジがこんなに可愛い子と?」「目立たない根暗野郎なのに……!」「カイトの奴もキンジと同類だったか……」「クソッタレ、女ったらしはクラスに二人いやがったか!」「さ、三角関係……」「不潔よ!」

 

 武偵高の生徒は一般科目でのクラス分けとは別に、専門科目の壁や部活の壁を越えて学ぶ。なので、必然的に顔見知りが多いクラスになってしまうのだが……

 新学期、二年生の始まりにも関わらず「クラスの仲の良さ」が図らずも証明されてしまう形となってしまった。

 

「お、お前らなぁ……!」

 

 キンジが遂に我慢ならなくなった、という感じで文句を言おうとしたとき――

 

 ズギュン! ズギュン!

 

 二発の銃声が鳴り響いた。

 騒がしくなったクラスを静めるために教務科の高天原先生が撃ったのではなく――話題の人物である神崎・H・アリア本人だった。

 

「れ、恋愛だなんて……くっだらないっ!」

 

 カランカラーン、と空薬莢が床に落ちる音が響く。

 それほどにクラスが一気に静まったのだ。

 思わず突っ伏させていた顔を上げてしまう。

 

 ……武偵高では、射撃場以外での発砲は『必要以上にしないこと」というものがある。つまり、しても問題はないのだ。武偵高の生徒は銃撃戦が日常茶飯事の武偵になろうとする人間の集まりなんだし、銃撃に関する感覚を戦争屋レベルで慣れておく必要がある。だがまあ、新学期の自己紹介で発砲をしたのは、コイツが史上初かもしれない。

 

「全員覚えておきなさい! そういうバカなことを言う間抜けには……」

 

 まさに、それが神崎・H・アリアにとっての……自己紹介セリフだった。

 

「――風穴開けるわよ!」

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、昼休みになった瞬間――オレたちはアリアの件で質問責めの兆しが見えたので、クラス連中を撒きながら理科棟の屋上へと避難した。

 尾行の気配は……ないな。とりあえずは一安心といったところか。

 実際、質問責めを受けたとしてもオレたちに答えられるようなこと一つもない。武偵殺しの件は既に教務科が全校生徒に周知メールを送っているので情報は拡散されているし、アリアとの関係だって『助けられた』だけの関係なのだから。それに最後は敵意丸出しで追いかけられそうになったしな……やれやれだぜ。

 もしかしたら、アリアは疫病神なのかもしれない。

 

 オレが自分の不幸を再確認していると、屋上へ上がる階段の方から話し声が聞こえてきた。

 その声には聞き覚えがある。強襲科の女子グループだ。

 念のため、姿を物陰に隠すことに。

 

「さっき教務科から出てた周知メールのさ、男子二人が自電車を爆破されたってやつ。あれって、キンジとカイトのことじゃない?」

「あ。それ思った。始業式にも二人で遅刻してたもんね」

「うわー、今日のキンジとカイトってば不幸すぎない? チャリを爆破されて、おまけにアリアって」

 

 どうやら、強襲科の三人は落下防止の金網に背を預けて座った女子たちは、オレたちの話をしているようだ。好きだよな、女子ってこういう話。

 オレは諜報科の生徒らしく人の話を盗み聞きしたり、人間を観察するのが趣味なので……別に気にしないが、キンジは女子がオレたちのことを話しているのが不満らしく、顔を歪めている。

 

「それにしてもキンジってばカワイソーだよねー」

「だよねー。アリアってば、朝から色々と探って回ってたし」

「私はアリアに聞かれたよー、キンジってどんな武偵なのとか、ついでにカイトってやつのことも、とかね。だから適当に『二人は元強襲科のエースだったんだけどねー』って、適当に返事したけど」

「あ。そういえば、さっきは教務科の前にいたよー。キンジとカイトの資料を漁ってるのかな?」

「うっわー、ストーカーってやつ?」

 

 アリアがオレたちのことを嗅ぎ回っているらしい。

 知ってたけどね。朝から誰かが尾行してるなー、ってヒシヒシ感じてたし。

 でもまあ、Sランク武偵のエリートってこともあって、撒こうにも撒けないから仕方なく適当に過ごしてたケド。

 

「キンジってばカワイソー。女嫌いなのに、アリアなんかに付きまとわれるなんて。アリアってさ、イギリス育ちの貴族だか何だか知らないけど、空気読めてないよね」

「でもでも、アリアって男子連中の中で人気があるんだってね」

「そうみたいだねー、三学期に転校してきてから即効でファンクラブが結成されたみたいだし。写真部が盗撮した写真とか、体育のポラ写真なんかが高値で買い取られてるみたいよ」

「それ知ってる。万単位何だってね」

 

 ポケットから取り出し、諜報科専用のアプリから武偵高の裏サイトへアクセス。暗号化された12桁のパスコードを入力し、三人が言っていた写真を確認する。

 ……マジであったな。アリアの高額写真。

 確かにこれは高額で取引されていても納得の品だ。

 

「でもさあ、アリアってトモダチいないよね。しょっちゅう休んでるし」

「お昼も一人で食べてたよ。教室の片隅でぽつーんって感じで」

「なにそれキモーイ」

 

 どうやら、アリアは際物揃いの武偵高ですら浮いた存在のようだった。

 三人にバレないように戻るか……。

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「あー、疲れたぁ……」

 

 朝から武偵殺しに襲われるわ、アリアに殴られるわ、学校では質問責めにされるわの連続で疲れていたオレは、ベッドに身体を沈めていた。このまま気持ち良く寝れそうだ。

 

 今朝の件に関しては、鑑識科がセグウェイの残骸を回収し、探偵科が手動で調査を進めているところだ。その件にはオレたち諜報科も絡んでいて、第三男子寮に駐輪させていた自転車に爆弾が設置されていたことから、付近での聞き込み捜査を行っている。

 諜報科のメンバーが試験的に作った『諜報アプリ』から閲覧できる情報によれば、実行犯は悪名高い『武偵殺し』で間違いないようだ。

 その証拠として、武偵殺しが事件を起こす際に発する特殊な電波を朝の事件時に観測しているらしい。

 

 まあ、武偵殺しが単独犯なのかどうかすら判明していないわけだが……。

 

 ――ピンポーン。

 

 携帯の画面を眺めながら、ウトウトしていたオレの耳にチャイムの音が聞こえてきた。

 ……あー、起きるの面倒だな。キンジに任せるか。

 

 ――ピポポポポン。

 

 …………キンジ早く出てくれよ。

 

 ――ピポポポピポポンピンポポポン!! ピンポーン! ピンポーン!

 

「だああああっ! うっせええええ!」

 

 大きい声を出しながら、ベッドから飛び起きる。

 ちっ、キンジのやつ居留守を決めるつもりだな……。

 仕方ねーな……オレが出るか。

 

「はいはい。宗教の勧誘は遠慮――」

 

 お決まりのセリフで撃退しようとして、思わず沈黙。

 

「遅い! あたしがチャイムを押したら5秒以内に出ること!」

 

 そこにいたのは、赤紫色(カメリア)の瞳をした――

 

「げぇ……神崎、さん!?」

 

 神崎・H・アリアが立っていた。

 

「アリアでいいわよ」

 

 言うが早いか靴をパッパッと脱ぎ捨てながら、大きなトランクを持ったまま部屋の中へと侵入してきてしまった。

 

「お、おい……?」

 

 止めようとするが、まるで我が家のようにズカズカと進んでいくアリア。

 ここ、男子寮ですよ……?

 

「トランクは中に運んでおきなさい。ねえ、トイレはどこ?」

「あ、ああ……? トイレならそこだけど」

 

 何を素直に答えてるんだ、オレは!

 というか、トランク持参ってなんだよ!? 

 意味がわからん!

 

 女嫌いのキンジじゃないが、流石のオレもアリアの行動に困惑するしかない。

 何やら騒がしいこと気付いたキンジが、自室から出てくる。

 

「なにやってんだカイト――ってか、神崎!?」

「アンタもアリアでいいわよ!」

 

 そう言って、トイレにすたすたと入っていく。

 

「お、おい……どうなってんだよ!」

「オレに聞くなよ。本人に聞いてくれ……」

 

 というか、だな……

 

「キンジ。お前尾けられてただろ」

「は、はあ!? 俺が尾けられてたのか!?」

「いや、オレも尾けられてたっぽいけど、何とか撒いたぞ。それに最後に帰ってきたのお前だろ?」

「ぐぅ……」

 

 探偵科のクセにまんまと尾けられるとは……。

 クラス連中を撒くために別行動したのが仇になったな。

 まあ、色々と調べられてたみたいだし、オレたちが住んでいる場所がバレるのも時間の問題だったとは思うけどな。

 

「あんたたち、二人部屋なの?」

「本当は4人部屋だ」

「ふうん?」

 

 わざわざ答えたのにも関わらず、大して興味のなさそうだ。

 だったら聞くなよ。

 

「とりあえず――」

 

 くるっ――と、その場で身体を回転させ、

 身体を窓から射し込む夕陽に染め、オレたちにビシっと指を突き付けてきた。

 長いピンクのツインテールが、身体に追随して動く様は――とても幻想的だ。

 

 そんな彼女が、オレたちに――

 

 

「――キンジ。カイト。あんたたち、あたしのドレイになりなさい!」

 

 ……そう、宣言したのだった。

 

 

 

 

 




 早く戦闘パートに進めたい……。でも、あと数話は平和な学校生活が進むと思うよ! それに主人公の秘密が発覚するのももう少しだけ先の話……!
 
 


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第4弾 神崎・H・アリア

 …………落ち着こう。

 

 ………………冷静に、落ち着いて。

 

 ……………………な、何だって?

 

 いま、こいつなんて言った?

 聞き間違えじゃなければ、『あたしのドレイになりなさい!』って言ったぞ。

 いきなり部屋に押しかけて来たかと思えば、いきなりのドレイ宣言。

 日本はいつから奴隷制度を採用したんだ……? アリア王国?

 

 ――ありえないだろ!

 

「ほら! さっさと飲み物を出しなさいよ! 無礼なヤツね!」

 

 尊大な態度でソファーに腰を下ろしたアリアが、もう既にドレイを得たとばかりに命令してくる。

 それには思わず、オレも――

 

「ら、ラジャー!」

 

 まるで下僕のように返事を返してしまう。

 いやいやいや? そうじゃないだろ! オレ!

 

「コーヒー! エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナ! 1分以内で用意しなさい!

 

 …………は、はい? エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ? カンナ?

 どこの言葉だよ、それ。そもそもこの部屋にエスプレッソマシンなんて上等な物を置いてるわけがないだろう。それぐらい貴族様なら部屋に足を踏み入れた段階で察してほしいぜ。

 

 コーヒーを出さないことには、アリア様は満足してくれないっぽいので……仕方なくキッチンへ。

 といっても、コーヒーなんて小洒落た物を作れる器具がそもそもない。

 紅茶なら趣味で用意はしているが、イギリス人が紅茶を注文(オーダー)しなかったことから、アリアは紅茶が苦手だと推理すべきだ。

 

 ……はあ、本気でどうしたもんかね?

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆ 

 

 

 

 

 アリアが注文した1分という時間は当然ながら遵守できず、コーヒーを用意するのに5分も掛かってしまった。

 

「遅い! 何やってたのよ!」

 

 オレが4分も遅れたことで大変お怒りの様子なので作りたてのコーヒーを差し出す。

 すると、アリアはコーヒーカップに鼻を近付けてすんすんとさせる。

 

「これホントにコーヒー?」

「見ればわかるだろ?」

 

 まあ、エスプレッソ・ルンゴでもなければエスプレッソ・ドッピオですらないコーヒーだけどな。

 そんな上等な豆はエスプレッソマシンと同じで持っているわけがない。なので、キンジが買い溜めしていたインスタントコーヒーを入れてやった。

 コーヒーだし問題ないだろ。仮に持ってたとしても面倒だからインスタントコーヒーで済ませただろうけど。

 

「キンジも飲むよな?」

「あ、ああ……」

 

 キンジにもコーヒーを渡し、オレもその場でずずっとコーヒーをすする。

 

「ずず……何かヘンな味。ギリシャコーヒーにもちょっと似てる……んーでも違う!」

「そんなのどうでもいいだろ。そんなことよりも」

 

 受け取ったコーヒーをすすりながら、キンジがソファを占拠するアリアに向かって指を突き付けながら、

 

「今朝助けてくれたことには感謝してる。それに……お前を怒らせるようなことを言ってしまったことも悪いと思ってる。だけどな、それがどうしてここに押しかけてくることになる」

 

 アリアはキンジの発言が気に入らないのか、キロッ、と赤紫色の瞳を向けている。

 

「わかんないの?」

「分かるかよ」

「あんたならとっくにわかってると思ったのに。……うーん、そのうち思い当たるでしょ。まあいいわ」

 

 まあいいわってお前なあ……目的ぐらい言ってくれよ。

 

「おなかすいた」

「は?」

「なにか食べ物ないの?」

「ねーよ」

「ないわけないでしょ。あんたら普段なに食べてんのよ」

「食い物なら下のコンビニで食ってる」

「こんびに……? ああ、あの小さなスーパーね。じゃあ、行きましょ」

「は?」

「は? じゃないわよバカね。食べ物を買いに行くのよ。夕食の時間でしょ」

 

 あー、オレが蚊帳の外に……。

 べ、別に寂しくなんてないんだけどね!

 バカなこと考えてないでコンビニに行く準備するか。あいつらもコンビニに行くみたいな話をしてたし。

 

 キンジとアリアが争っているのを他所にオレは自室へと戻り、制服を脱いで私服に着替える。

 近くのコンビニに行くだけだが、また武偵殺しのような犯罪者に遭遇しないとも限らない。

 なので、ユニクロ製の防弾シャツの上から灰色のパーカーを羽織り、しっかりとホルスターに二丁のストライクガンを収める。

 

 とはいえ、防弾シャツは薄い生地で出来ているので、意外と9mm弾でも通してしまうのだが……進入角によっては弾いてくれるし、22口径弾程度なら普通に防ぐから気休め程度にはなる。

 どうあれ被弾すれば衝撃を受けるので防弾服は重ね着をユニクロが推奨しているため、防弾シャツを着ている武偵はまだまだ少数らしい。

 ……まあ、オレは防弾でありながらラフな格好が出来るユニクロ製のシャツを愛用してるけどな。決してオシャレが苦手でユニクロに行ってるわけじゃないからな?

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆ 

 

 

 

 

 コンビニではアリアがももまんを7個も買い、キンジはいつものハンバーグ弁当を。

 オレはといえば、アリアが大量に買っていたももまんが気になったので、ももまん1個と味噌ラーメンに缶コーヒー。

 ももまんとは一昔前にちょっとしたブームになった桃型のあんまんである。形がももまんだからなのか、アリアが幸せそうにももまんを食べているからなのかは不明だが……これがなかなかにうまい。

 もしかして、餡が普通のあんまんとは違うのかもしれないな。

 

「ていうかな、ドレイってなんなんだよ。どういう意味だ」

強襲科(アサルト)であたしのパーティーに入りなさい。そこであたしと武偵活動をするのよ」

「お、オレもか!?」

「当然に決まってるでしょ」

 

 何が当然なんだよ。

 

「何言ってんだ。オレは強襲科(アサルト)がイヤで、武偵高でまともな探偵科(インケスタ)に転科したんだぞ。それにこの学校からも、一般の高校に転校しようって思ってる。武偵自体、やめるつもりなんだよ。しかもよりによって武偵高で一番トチ狂ったとこに戻るとかありえん。だから――ムリだ」

「オレもキンジと似たような理由でムリだ。ていうか、オレたちのことを嗅ぎ回ってたならわかると思うけどな、Bランク武偵とEランク武偵だぞこっちは」

 

 Sランクの武偵に付いていけるワケがない。そんなのはアリアにだってわかりきってるはずだと思うんだけどな……。

 

「あたしにはキライな言葉が3つあるわ」

「人の話を聞けよ!」

「『ムリ』『疲れた』『面倒』よ。この3つは、人間の持つ無限の可能性を自ら狭めることになる良くない言葉。あたしの前では二度と言わないこと。いいわね?」

「面倒くせぇな……」

「い い わ ね ! 次言ったら風穴よ!」

「わ、わかったわかった」

「一回でいいわよ」

「わかりましたぁ!」

 

 くっそ、本当に面倒くせぇヤツと出逢っちまったなあ!

 

「そうね――キンジはあたしと一緒の前衛(フロント)ね。カイトは諜報科《レザド》だし支援(サポート)よ」

 

 前衛(フロント)は文字通り、武偵がパーティーを組んで布陣する際の前衛のこと。支援(サポート)もこれまた文字通りの支援のことである。

 オレのポジションはともかくとして、前衛は問答無用の危険なポジション。そんなのキンジが納得するわけない。オレも納得しないし。

 だが、アリアにとってそんな些細なことはどうでもいいらしく……キンジの発言をスルーして話を進める。

 

「とにかく帰ってくれ。俺は朝の件で疲れたんだ」

「まあ、そのうちっていつだよ」

「キンジとカイトが強襲科(アサルト)でパーティーに入るまでよ」

「もう夜だぞ。いい加減に帰れよ」

「帰ってほしいなら入りなさい。早くしないと、私には時間がないの。うんって頷かないなら――」

「誰も言わねーよ。なら? どうする? やってみろよ」

 

 売り言葉に買い言葉。

 まさに子供の喧嘩って感じだが、完全にアリアが九割方悪い。

 オレたちに悪い部分があるとすれば、それは交渉スキルが低いことくらいだ。

 

「言わないなら、泊まっていくから」

「「はっ!?」」

 

 ――な、なんだって!?

 

「ま、まてまてっ! 泊まっていく? 本気で?」

「あたしはいつだって本気よ」

「絶対ダメに決まってるだろ!!」

 

 男子寮だぞ!? ここは!

 女子のお前が泊まったら教務科の連中に何を言われるかわかんねーぞ!

 流石にそんな事態は避けたい.というか避けないとヤバい。主にオレたちの命的に。

 

「うるさい! 泊まっていくって言ったら泊まっていくから! 長期戦になることも覚悟済みよ!」

 

 などと、まるで子供のような癇癪を起こす始末で……

 だーめだこりゃ。アリア相手に話し合いをしようって方が無茶だったんだ。

 

「――出てけ!」

 

 ……言っておくが、これはオレのセリフではない。

 かといってキンジのセリフでもない。

 じゃあ、誰かって? そんなのアリアしかいないだろ。

 

 …………いや、それはおかしいだろ。

 この部屋はオレたちの部屋だぞ! 

 

「なんで俺たちが出ていかなきゃならねーんだ! ここはお前の部屋じゃないぞ!」

「わからず屋にはおしおきよ! 外で頭を冷やしてきなさい! そしてしばらく戻ってくるな!」

 

 今度はガバメントではなく、両手拳を振り上げながら「きぃーっ!」という感じで牽制してくるのだった。

 

 

 どういう理由か、オレたちは侵入者のアリアに部屋を追い出されてしまった。

 解せぬ……

 さっきも弁当を買うためにきたコンビニでマンガ雑誌の立ち読みをしながら、オレは強襲科(アサルト)時代の知人にメールを送信する。

 すると、数秒もしないうちに返事が帰ってきた。内容は件名に『わかりました』とだけ書かれた簡素なもの。いかにもあいつらしいメールだ。

 

「キンジ」

「なんだよ」

「オレはこれから知人の家に泊まってこようと思うんだが……」

「お、俺をあの猛獣がいる家に置いていくのかよっ!?」

「じゃあお前も来るか? 女子だけど」

「…………や、やめとくよ」

 

 そう言うと思った。

 キンジなら女って言っただけで断ってくれると思った。

 

「お前も誰かの部屋に泊めてもらえばいいんじゃね?」

「誰にだよ……こんな時間から泊めてくれるやつなんて心当たりはねーよ」

「不知火とかはどうだ? あいつなら泊めてくれそうだが……あとは武藤とか」

「……勝手にいなくなったらアリアが何するかわからないし、それもやめとく」

 

 あー、その考えはなかった。

 オレも普通に帰った方がいいかな? でも面倒だからなあ……。

 

「ま、オレのことは適当に伝えておいてくれよ。間違っても女の所に言ったとか言うんじゃねーぞ? 諜報科(レザド)任務(クエスト)関連とでも言っておいてくれ」

「わかった。また明日な」

「……幸運を祈る」

 

 キンジがとぼとぼと帰っていく後ろ姿を見送ってから、オレは避難先の家に向かうのだった。

 

「……手土産にカロリーメイトでも買ってくか」




ちなみに私はカロリーメイトはフルーツ味が好きです。
次にメイプルですかね?

カロリーメイトで察した方もいるかもしれませんが、カイトの避難場所はあの武偵のところです! 



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第5弾 理子と情報

思ったよりも口調が難しい理子……。
なんだろう。オリジナリティの欠如ががが。



 昨日の夜、強引に泊まろうとする疫病神のアリアから逃げるため、狙撃科(スナイプ)所属のSランク武偵であるレキの元に避難していた。

 レキは無口・無感情・無表情といった特徴から一部では『ロボット・レキ』と呼ばれており、オレとキンジがまだSランク武偵だった頃によくパーティーを組んだ戦友でもある。

 

 その実力はSランク武偵に相応しく、ドラグノフ狙撃銃(SVD)を持ったレキの絶対半径(キリングレンジ)2000メートルを超え、武偵高に入ってからの任務達成率は100%。まさにSランク武偵の鑑みたいな存在だ。

 

 そんなレキの元へ訪れたのは、彼女がオレにとって無害であるという点。『ロボット・レキ』と呼ばれていることからも分かるように、レキはほとんどの事柄に無関心だ。依頼されれば応えるが、それ以外のことは自ら進んですることもない。要は依頼でもされない限りは面倒な事に巻き込まれなくて済む。

 

 

 午前中の授業が終わり、昼休み。

 人で混雑する学食を避け、今日は屋上で昼飯をとることに。

 白雪のような通い妻系幼馴染もいなければ、日本のお坊ちゃんですらないオレの昼飯はコンビニの弁当。

 それも少し離れたところにあるセイコマのド定番なカツ丼弁当(大盛り)を持参している。

 

 適当なところに腰を下ろし、袋から取り出した弁当を開け、いざ食べようとしたところで――貯水タンクの裏に誰かの人影が見えた。

 

(……なにしてるんだ?)

 

 そこで何をしているのかが気になったオレは、弁当の蓋を閉じ、給水タンクの裏へと足を運ぶ。

 実は不審人物かもしれないし、諜報科で学んだ不完全な抜き足(スニーキング)を使いながら接近していく。

 すると、そこには――

 

「――レキか」

 

 そこにいたのは、昨日の夜にオレを泊めてくれたレキ。

 彼女は物騒にもドラグノフ狙撃銃を構えながら、片手でカロリーメイトをもそもそとリスのように食べている。

 レキが狙撃銃を構えているからといって、必ずしも狙撃任務(スナイプ・クエスト)を受けているとは限らない。レキは遠くを確認するのにドラグノフを用いるからだ。

 

「何してるんだ?」

「…………鷹の目です」

「……ん。鷹の目ってことは依頼だろ? それをオレに言っても問題ないのか?」

「…………」

 

 ……こくん。

 レキはほんの僅かに小さく頷いた。

 どうやら、部外者のオレに言っても問題はないらしい。

 

 鷹の目とは、狙撃手(スナイパー)が狙撃のスキルを活かして遠距離から対象を監視する任務――監視任務の隠語のことだ。

 報酬額は高くないので、本来は狙撃科の一年や金欠の生徒が小さい金稼ぎに受けるような仕事だ。オレも小遣い欲しさに依頼を斡旋してもらったことがある。 

 

(…………さて、レキは誰を監視してるのかな、っと)

 

 カツ丼を片手で口に運びながら、常に持ち歩いている望遠鏡を覗く。

 レキが覗いてる方角に合わせ、レキの目標(ターゲット)を確認する。

 

「……キンジ」

 

 キンジがちょうど学校から出てくるところ。そこへアリアが待ち伏せでもしてたかのようなタイミングで現れる。

 これは完全に依頼主はアリアだな。逃げようとするキンジを監視するようレキに依頼したってとこか。

 その依頼をオレに黙秘しなかったのは、依頼が既に完遂されていたからだろう。

 

 ……それにしても、相手が悪すぎるな。

 キンジは普段から尾行や監視といったもの対する危機感が足りない武偵だが、レキが相手では対策をしたところで裸も同然だ。

 もしも、オレがレキに監視されてたらと思うとぞっとしない。絶対に撒ける自信ないからな。

 

「アリアはオレについて何か言ってなかったか?」

「……言っていました。キンジさんとカイトさんを必ずパーティーに入れると」

「やっぱり、オレも対象なのね……いや、わかってたけど」

「今回はキンジさんの監視でしたが、同時にカイトさんの監視も頼まれていました」

 

 …………オレも監視対象だったのかよ!

 全く気付かなかったぞ!

 

「…………」

「まあ、教えてくれてサンキューな。できればオレのことは監視しないでくれると助かるけど」

「…………」

 

 特に返事はない。

 たぶん、依頼されれば監視するということだろう。

 非常に面倒だが、仕方ないね。

 

「レキに監視される前にオレは戻るよ。じゃ、またな」

 

 そう言って、オレはレキの返事を待たずに屋上を後にする。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 時刻は夕方。

 あの後、オレは適当に簡単な浮気調査の任務(クエスト)を終わらせ、女子寮も前にある温室に訪れていた。

 キンジにメールを送ってみたところ、まだ青海の猫探しをしているようなので一安心。

 何が安心だって? そんなのアリアの動向に決まってる。

 

「来たぞ、理子」

 

 メールを送ったみたところ、理子は待ち合わせ場所に温室を指定してきた。

 大きいビニールハウスで覆われた温室は、一目が少なく、人気も少ない。密会するには絶好のポイントと言える。

 

「カーくぅーん!」

 

 相変わらず理子の改造制服はとても派手で、ふわりと舞うフワフワのスカートは男子にとっては目の毒だ。

 

「今日も派手だな、理子は。それもロリータ・ファッションの一種なのか?」

「そうだよー! 今日のは武偵高女子制服・白ロリ風アレンジだよぉ!」

「お前は見ていて飽きないよな、ほんと」

 

 そんな適当な感想を言いながら、オレは鞄の中から紙袋で包装されたゲームやアニメグッズを取り出した。

 

「これが報酬な。アリアへの口止め料も含めてるから多めに持ってきたけど」

「おー! カーくん太っ腹ぁ! でもギャルゲーが足りなくなーい!?」

「あ、すまん。忘れてた」

 

 割りと素で忘れてた。

 

「ま、まあ……今度でもいいよな?」

「んーーーー! 許すよ!」

「それは助かる」

 

 理子が言っているのは、R-15指定のギャルゲーのこと。

 ゲーム自体は通学途中のビデオ屋兼ゲームショップで普通に購入できるのだが、理子は見た目的な問題で店員に売ってもらえなかったとか。

 じゃあ武偵高の学生証を見せればいいんじゃないか? と思わなくもないが。問題はそこではなく、売ってくれなかったことが問題なのかもしれない。

 

「というわけで、早速教えてくれ。アリアについて調査した内容を」

「あいあいさー!」

 

 理子は見た目こそバカっぽいが、武偵としての実力はなかなか高い。

 諜報科のオレでさえ驚くほどの情報収集能力に加えて、ノゾキ・盗聴・尾行・ハッキングなどの武装探偵らしい才能を持っている。つまりは情報に強い武偵である。

 それに加えて戦闘能力もそこそこ高いという。

 

 オレが手近な柵に腰を下ろすと、理子にとっては少し高めの柵にぴょんっと小さくジャンプして座ってきた。

 

「ねーねー、アリアのことどう思う? カノジョにしてみたいとか思わないのー?」

「お前なあ……そういう得にもならないような恋愛話が好きだよな」

「で、で? どうなの?」

「どうって言われても……まだ会ってから二日しか経ってないぞ。それにそういう話はキンジに振った方が面白いだろ」

「あ! それもそうだねぇ! アリアとキンジって朝から腕を組みながら登校してたって噂だからねぇ」

 

 それ、多分だけど強引にしがみつかれてただけだと思うけどな。

 

「で、本題に入ってもいいか?」

「はーい。えと、無難に最初は武偵ランクからね。ランクはSだったよ。二年でSって言えば片手で数えられるくらいなんだよー?」

「へえ……」

 

 オレから聞いたにも関わらず、言われた情報は別段驚くほどの内容ではなかった。

 チャリジャック時の身のこなし方といい、無敵モード時のキンジと相手をしていた時のアリアからは強者としてのオーラがあったからだ。

 

「んーと、後は理子よりもちびっこなのに、徒手格闘も巧くてね。その流派は、ボクシングから関節技までアリアリの……バーリ? バーツ……バーリツゥー?」

「バリツのことか。正式な名前はバーリ・トゥードだったか」

「そうそう! それがアリアは使えるんだって」

 

 バーリ・トゥードはポルトガル語で「何でもあり」を意味する言葉で、多種多様な武道(マーシャル・アーツ)から技を大量に取り入れた結果、今では総合格闘技の代名詞とまで言われているほど。

 キンジを投げた時のアレはバリツの技だったのか。通りで強烈な投げだと思った。

 

「んで、拳銃とナイフの腕は天才の領域。どっちも二刀流なの。両利きなんだよ!」

「ちなみにオレも両利きだ」

「おー、じゃあカーくんもアリアと同じ二つ名目指してみる?」

「二つ名……?」

 

 有能な武偵には自然と二つ名が付く。

 アリアは16歳という若さにして既に二つ名を持ってるのか。

 それはすごいな……オレが二つ名を持つ頃には学校を卒業してるだろうな。

 

双剣双銃(カドラ)のアリア」

 

 ちなみに武偵用語では、双剣あるいは双銃のどちらかの場合はダブラと呼ぶ。

 要は武器を4つも持った武偵ってことだな。

 

「笑っちゃうよね、双剣双銃なんてさ」

「そうか? 特に笑うべき要素はないと思うケド。じゃあ次は武偵としての活動記録的なのはどうだ?」

「あ、そっちは超すごいのがあるよー。今は休職中みたいだけど、アリアは14歳からロンドン武偵局の武偵としてヨーロッパ中で活躍してるみたいでね……」

 

 と、何やらシリアス顔になった理子が……。

 

「その間、一度も犯罪者を逃したことがないんだって」

「……それは、何というか。すごいな」

 

 そんな言葉しか出てこない程度にはすごい。

 というか、すごすぎて言葉出てこないレベルだ。

 

「逮捕率100%。それも一回の強襲のみで逮捕してるんだよ。まさに強襲(アサルト)だね」

 

 冗談めかして言う理子だが、すごいと言う他ない。

 しかも、一発逮捕ってのが信じられない。

 と、思ったがレキも似たような感じなので驚くほどでもないのかも?

 ……いや、そんなことはないか。

 

「他に聞きたいことはー?」

「……あー、アリアはどういう家系なんだ?」

 

 あまりの驚きに一瞬だけ思考が飛んでた。

 

「アリアはねー、お父さんがイギリス人とのハーフなんだよ」

「クォータなのか、アリアは」

 

 通りで日本人と英名が混じった名前だと思った。

 

「そうなの。で、イギリスの方の家がミドルネーム『H』家なんだよね。すっごく高名な一族なんだよ? おばあちゃんはDame(デイム)の称号を持ってる」

「デイム……? イギリスの称号か何かか?」

「うん。イギリス王家が授ける称号だよ。男性はSir、女性はDameなの」

「ってことはガチな貴族か」

 

 貴族のクセに日本で拳銃をバカスカ撃ちまくってるのは国際的に大丈夫なんですかね。

 あ、はい。武偵だから大丈夫ってね。

 

「そうだよ。リアル貴族。でも、アリアは『H』家の人たちとうまくいってないらしいんだよね。だから家の名前は言いたがらないんだよ。理子は知っちゃってるけどー。あの一族はねぇ……」

「あの一族って?」

「理子は親の七光りとか大っ嫌いなんだよぉ。まあ、イギリスのサイトでも調べたら出てくると思うよ?」

「オレもそれには同意する。親の七光りっては嫌いな方だな……わかった、気が向いたら調べてみるよ」

「およ? 意外とあっさり引くね」

「言う気がないヤツに聞いてもな……って感じだ。それにそこまで重要じゃなさそうだし」

 

 ミドルネームの正式な名前がわかったとして、それが何に役立つんだ?

 アリアに嫌がらせする以外の方法が思いつかないぞ。

 

「まー、頑張れー!」

 

 と、オレの肩を叩こうとした理子の手が空振り――

 ばしっ、とオレの手首を叩く。

 

「うわっ」

 

 がちゃ。

 指が金具に触れたのか、腕時計が外れて宙を舞う。

 そのまま腕時計は落下していき、地面の上を転がる。

 拾い上げてみると、強い衝撃を受けたのか色々と破損してしまっていた。

 

「ご、ごめんっ……!」

「い、いや……別に……気にしてないぞ?」

 

 ああああ! 4万円ほどで買った腕時計がぁぁぁぁ!

 一ヶ月と経たずに壊れ、壊れてしまった!!

 昨日の電動ロードバイクといい、腕時計といい壊れすぎだろ!

 厄月なのか!?

 

「修理するから!」

「修理? できるのか……ッ!」

「ひゃぅ!」

「それなら是非とも頼みたい! 昨日は電動ロードバイクを武偵殺しにぶっ壊され、今日は腕時計ときたもんだ……流石に辛い」

「ち、ちち、近いよかーくん!?」

「……悪い。少し、興奮しすぎた」

 

 まさか理子に修理スキルがあるとはな……流石は理子だ。

 今度お礼にマックのハンバーガーでも奢ってやろう。

 って悪気はなかったとはいえ、壊したのは理子なんだけどな……。

 

「じゃあ、頼んだぞ。ついでに武偵殺しの件も調べておいてくれ」

「うん。わかったよー」

「んじゃ、オレはここら辺で……」

 

 腕時計を理子に預け、オレは少しばかり暖かい温室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 電動ロードバイクの次は4万円の腕時計を壊されてしまったカイトくん。
 私も一ヶ月に何個も物が壊れたことがあるので気持ちは分かる。でも仕方ないんだ……これが主人公補正ってやつだ……。

 今回はレキと理子が登場しましたね。レキとのやり取りは完全にオリジナルですが、理子とのシーンはキンジと理子がカイトと理子に置き換わったのと変わりません。
 
 ですが、後日……キンジはカイトと同じようなことで理子にメールを送ります。カイトに教えたから詳しくはそっちに聞いてねー☆ みたいなことになるわけですが。



(毎日1話ペースで投稿しようと頑張ったので文章が崩れてるかもです)


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第6弾 1回限りの協力

「1回だけだからお願い……!」
 って話が1回だけで終わったことがあるだろうか?

 逆もまた然り、1回だけの協力が1回で終わる保証があるだろうか?




 理子からアリアの情報をもらった――翌日

 

 第三男子寮のマンションに帰ってきたら、なぜかキンジではなくアリアが仁王立ちで待ち構えていた。

 その手にはカードキーが握られている.まさかとは思いますが……カードキーをアリアに渡してしまったのですかキンジさん!?

 ……終わった。オレの安寧の地はアリアという侵略者に侵されてしまった。

 

「キンジとは一緒じゃないの?」

「今日は別々に行動してたし、そもそもオレは常にキンジと行動してるわけじゃないけどな」

「ふーん」

 

 キンジと共にしているのは、この学生寮の4人部屋くらいのものだ。

 アリアが勝手に侵入してきたことを考えれば、4人部屋でよかったと思う。これが2人部屋とかだったら狭くてかなわんからな。

  

「詳しくはキンジが帰ってきてから話すわ。あとコーヒーを淹れなさい!」

 

 と、アリア様がおっしゃるので……適当にインスタントコーヒーを入れて上げると「うーん、やっぱりヘンな味ねぇ……」と文句を言いながらも飲んでいる。

 アリアと話すことも特にないので、オレはテレビを付ける。

 こういう時はBGMが必要だ。

 

『太平洋上で発生した台風一号は、強い勢力を保ったまま沖縄上空を北上しています』

『東京都足立区にて銀行強盗が発生し、近隣で活動していた東京武偵高の生徒の協力の下、負傷もなく確保されました』

『――本日紹介するのは、M1911(ガバメント)用の30連ダブルカラムマガジンです』

 

 などとテレビから流れる音声を右から左へ、左から右へと流しているうちにキンジが帰ってきた。

 帰ってきたキンジはアリアを見るなり顔を歪め、軽く絶望したかのような表情をつくる。

 

「遅い!」

 

 鏡で頭の枝毛を解していたらしいアリアが、さも当たり前のように言う。

 

「お前なあ……どうやって入ったんだよ」

 

 カードキーがテーブルに置かれている時点で侵入手段は明白だが……それでも確認のために聞いたようだ。

 てかカードキーを渡したわけではないのね。キンジが渡したわけではないことにオレは一安心。

 

「あたしは武偵よ」

 

 ……あ、うん。わかってたよ。

 鍵開けスキルは武偵の必須スキルだからね。電子錠だろうと武偵には関係ないのだ。

 そこに鍵があれば。

 

「それともあんたはレディーを玄関先で待ち惚けさせるつもりなの? 許せないわ」

「不法侵入や逆ギレに即発砲の女を世間はレディーとは呼ばないぞ、でぼちん」

「でぼちん?」

「額のでかい女のことだ」

「――あたしのおでこの魅力が分かんないなんて! あんたいよいよ本格的に人類失格ね」

 

 人類失格とは大きく出たな……

 アリア的にはおでこはチャームポイントだったのね。だからいつも髪留めでおでこを出してるわけか。

 でも、たぶんだが……キンジにはアリアがおでこをチャームポイントにしてるってことはわかってると思うぞ。

 キンジは女嫌いのクセに女の容姿を褒めたりするからな。女たらしめ。

 

「この額はあたしのチャームポイントなの。イタリアでは女の子向けのヘアカタログ雑誌に載ったことだってあるんだから」

 

 そう言ったアリアは、楽しそうに鏡でおでこを見た。

 ふんふん♪

 と、鼻歌を弾ませながら。

 そんなアリアにイラっとしたのか、キンジはアリアの真横に鞄を乱暴に投げた。

 が、もう既に慣れていたのか、特に気にせずに鏡を眺め続けている。

 

「流石は貴族様だ。身だしなみにも気を遣ってらっしゃる」

 

 キンジは嫌味たっぷりにそう言った。

 またキレたりしないか心配になったオレは、アリアの方を見るが――

 

「……あたしのことを調べたわね」

 

 どういう理由か笑顔を浮かべている。

 実は怒っているということもなく、単純に嬉しそうな笑顔だ。

 ……普通、自分のことを他人に調べられて喜ぶか?

 

「ああ。カイトにメールで聞いた。今まで一人も犯罪者を逃したことがないんだってな」

「へえ……そういうことも調べたんだ。やるわね、カイト。それにキンジもようやく武偵らしくなってきたじゃない」

 

 ……ああ、なるほど。

 アリアは自分が調べられたことに対して喜んだのではなく、

 キンジが自ら進んで武偵らしい行動をしたことに喜んでいるのだ。

 ちなみに調べたのは理子で、オレはただ聞いただけ。それをキンジにも回しただけ。

 

「ふうん。でも、こないだ――2人も逃したわ。生まれて初めての経験だわ」

「へえ。それはすごいヤツだな。で、誰なんだ?」

 

 昨日の今日で2人も逃したって……

 アリアもなかなかハードな生活を送ってんな。

 オレたちに嫌がらせしてないで犯人を追えばいいのに。

 

「あんたたちよ」

「――ぶっ!」

「オレも!?」

 

 水でうがいを始めていたキンジが水を勢いよく噴き出した。

 

「お、俺は犯罪者じゃねーぞ! なんでカウントされてんだよ!」

「オレもだぞ! 犯罪行為なんて一切してないが……!?」

「強猥したじゃない! あたしに! 無理矢理ケダモノのように服を脱がせておいて、言い訳するって言うの! それにカイトはあたしの名誉毀損よ! 小学生ってバカにした!」

 

 いやいやいや……!

 待ってくれよ。名誉毀損? 小学生ってバカにした?

 それだけでオレも犯罪者になっちゃうの? ありえないだろ!

 

「バカ言うんじゃねえ! 小学生って言っただけで犯罪者になっちまったら世の中は犯罪者しかいねぇだろ! それにあの件は後で謝ったろ!」

「謝って済むなら警察も武偵もいらないわよ!」

「そういう発言が小学生みたいだって言ってんだよ!」

「あー! また小学生って言ったわね! 風穴開けるわよ!」

 

 オレにしては珍しく声を荒げ、アリアに反論していく。

 が、この小学生理論を展開しまくりのアリアに何一つとして効かない。

 その場で地団駄を踏むアリアが、キンジの方にびしっと指を突き付けた。 

 

「――と・に・か・く! あんたらはあたしのドレイよ! キンジは強襲科に戻って、あたしから逃げた時の実力をもう一度見せなさい!」

「あれは……あの時、偶然、巧く逃げられただけだ。俺はEランク相応の能力しかない男なんだよ。はい残念でした。さあ、お帰りの時間だ」

 

 その言い訳は流石に苦しいだろ。

 

「ウソよ! あんたの入学試験時の成績、カイトと共にSランクだった!」

 

 ――そういう反論が待ってるからだ。

 オレとキンジは入学試験でSランクを取ってしまっている。

 Sランクは世界でも数百人しか存在しない上位存在であるらしく、偶然の産物でSランクになれるようなものではない。

 偶然で済まされるのはせめてがAランクといったところだ。

 

「あれは偶然なんかじゃありえないのよ! あたしの直感に外れはない!」

「と、とにかく……今はムリだ! 諦めてくれよ!」

「……今は? ってことは実力を発揮するのに条件のようなものがあるってことね? 言ってみなさい、協力してあげるから」

 

 言質を取りましたー。って感じでしたり顔のアリアが言う。

 ……条件。条件か。

 キンジが無敵モードになる条件は知らないな。

 

「オレもキンジが強くなる条件を知らないんだが、せっかくだし教えてくれよ」

「――なっ!」

 

 オレとアリアがそう言うと、キンジは――かああああっ、と顔を赤くさせる。

 なんで顔を赤くさせるんだよ? もしかして条件が恥ずかしいのか?

 

「いいから教えなさい! その方法を! ドレイの報酬として協力してあげるわ!」

「オレも気になるし、オレも何かあれば手伝ってやるよ」

 

 ……うーん、黙られたら余計に気になる。

 ここはアリアの勢いに乗じて聞いてみよう。

 

「「さあ、何でもしてあげ()るから。教えなさいよ(ろよ)、キンジ」」

 

 この瞬間だけ、オレたちは息を合わせる。

 キンジの謎に迫るために。

 

 ――さあ、オレにも教えてみろよ。

 

「うっ……」

 

 ……ずずっ、と後ろへ後退していくキンジ。

 それにオレたちはじわり、じわりとにじり寄っていく。

 何を恥ずかしがっている? 言ってしまえば楽になるかもしれないぞ?

 そして、その条件次第ではアリアの頼みを断ることもできるかもしれない。

 

「――ッ!」

 

 顔を真っ赤にしたキンジが、アリアを押し退ける。

 アリアは、きゃっ、と女の子らしい短い悲鳴を上げ、ソファーに尻餅をつく。

 その際にプリーツスカートがひらりと舞い上がり、視界に入る前にオレとキンジは視線を逸らす。

 

 ……あー、びっくりした。

 キンジがいきなりアリアを押し倒すのかと思ったよ。

 

「――1回だけだ」

「……1回だけ?」

 

 どうやら、キンジは覚悟を決めたらしい。

 

「戻ってやるよ、強襲科《アサルト》に。ただし、組んでやるのは1回限りだ。戻ってから最初に起きた事件を、1件だけ、お前と一緒に解決してやる。それが条件だ」

「…………」

「だから転科じゃない。自由履修として、強襲科の授業を取る。それでもいいだろ」

 

 キンジが言っているのは、武偵高の自分が在籍していない専門科目の授業を自発的に受けることができるというものだ。

 これを自由履修と呼び単位には反映されないが、武偵としてのスキルを身に着けるために行われる。

 オレも諜報科(レザド)でありながらも探偵科(インケスタ)の授業を自由履修し、抜き足(スニーキング)のスキルを学んだりした。

 

「……いいわ。約束もしたことだし、この部屋から出てってあげる」

 

 それは助かる。これ以上居座れても面倒だし……

 いつ教務科(マスターズ)の連中に目を付けられるかわからないしな。

 

「……カイト。頼みがあるんだが、いいか」

「……嫌な予感がするが、一応は聞いておこう。で、何だ?」

「お前も俺と一緒に付き合ってくれ。その方がアリアも納得するだろ」

 

 で、ですよねー。

 オレの予想はかなりの確率で当たると予想出来てましたよ。

 ええ……まあ、キンジも覚悟を決めたみたいだし。オレも付き合ってやるかな……?

 本当の実力はSランクじゃないってアリアが思い知れば、もう付きまとわれないだろうしな。

 

「……わかったよ、キンジ。オレも同じ条件で手伝ってやるよ」

「OKよ。その変わりどんな大きい事件でも文句は言わないこと」

「いいけどさ、あまり高難易度な事件はオレたちがついていけないから頼むな」

 

 本当に頼むぞ……?

 最初の事件は小さい事件って相場が決まってるんだからな?

 強襲科(アサルト)の事件だから心配だ。銀行強盗とか殺人犯の逮捕とかにならないことを祈る。

 

「だからって手抜きなんてするんじゃないわよ?」

「ああ、わかってるよ」

 

 オレが本気を出すには――

 

 

 




 カイトが本気を出すには――

 特定の状況下でのみ『強くなる』ことのできるカイトですが、既に作中で1回だけ強くなった状態になっています。不完全ですけど。
 ヒステリアモードで例えるなら(メザ)ヒス状態。

 早くその状態になったカイトとヒステリアモードになったキンジを共闘させたいのですが、なかなか難しい……。



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第7弾 強襲科

強襲科と書いてアサルトと読みます。

その心は……いずれも脳筋ですね。


 ――通称、『明日無き学科(アサルト)』へようこそ。

 

 卒業時生存率97.1%の世界。

 100人に3人弱が死亡する。

 無傷で卒業することは難しく、たとえ生きていたとしても身体に重大な欠陥を残しているということがままある。

 

 それが強襲科(アサルト)であり、武偵としての道でもある。

 

 武偵を本気で目指すならば、まずは強襲科(アサルト)の壁を越えなければならない。

 

 常に銃声や剣戟の音が響く専用施設の中を、オレたちは歩いていた。

 去年までは頻繁に通っていた場所なだけあって、歩く先々で懐かしい記憶が刺激される。

 爆撃か、銃撃か、事故か、理由は様々だろうが……物の配置や設備が色々と変わっているのは新鮮だ。

 

 キンジが念のために射撃訓練をしようと言うので、そっちの向かっていると……。

 何やら懐かしいヤツらと遭遇してしまった。

 

「おーうカイトォ! お前らは絶対に帰ってくると信じてたぞ! さあここで1秒でも早く死んでくれ!」

「まだくたばってなかったのかよ夏海(なつみ)。女みたいな名前してないで早く死んでもいいんだぞ」

「キンジーぃ! ようやく死にに帰ってきたかぁ! お前みたいな間抜けにはお似合いな場所だぜ。死ぬのはいつだって間抜けだからなあ!」

「じゃあなんでお前が生きてるんだよ三上(みかみ)

 

 ……とまあ、強襲科流の挨拶――『死ね死ね』挨拶を返していると、これまた微妙に時間を取られた。

 この『死ね死ね』には意味があるらしく、このように日常的な挨拶に組み込むことによって『死のフラグ』を折る効果があるとか。

 どうでもいいが、青海の名前をディスったら軽く脛を蹴られた。……痛ぇよ。

 

 挨拶も終え、自由履修の申請も終え、時間が差し迫っているオレたちは強襲科の施設を出る。

 夕焼けの中、門のところで待っている小学生――ではなく、アリアがいた。

 オレたちの姿を認めると、とてて、と小走りで寄ってくる。

 

「……あんたち、人気者なんだね。ビックリしたよ」

「あんなヤツらに好かれてる時点で終わりだと思うけどな……」

「それには同意だ」

 

 キンジが同意してくれる。

 

「あんたたちって人付き合いとか悪そうだし、ネクラ? って感じもするけど……ここのみんなは、あんたたちに……その、一目置いてる気がするんだよね」

 

 ……そりゃあ、なあ?

 その原因は間違いなく、入試のことをみんなが覚えているからだ。

 オレたち、特に武偵を辞めたいキンジにとって黒歴史の記憶が。

 

 当時はキンジもやる気がまだあって、武偵には強襲科(アサルト)しか未来がないと思っていたオレは……

 強襲科志願生徒に科された試験……14階建ての廃屋(はいおく)に散らばって、武装の上で自分以外の受験生を捕縛し合うという実戦形式の試験を受けた。

 

 ――そこで、オレはキンジと1対1で戦ったのだ。

 

 その時のキンジは無敵モードに突入していたようで、不本意ながら本気を出さざるを得なかった。

 出したくもない本気を、オレが出すハメに……

 結果は引き分けだったけれども、流れ作業的にで乱入してくるヤツらをひねっていたら、スコアがお互いにおかしいことに。

 そして、気が付けばSランク武偵……

 まあ、その後の試験やその他諸々でBランクまで不自然にならない程度に下げたケド。

 

「あのさキンジ」

「なんだよ」

「ありがとね」

「何をいまさら」

 

 ……!

 アリアが、あのアリアが、キンジにお礼の言葉を口にした……ッ!?

 まさか、キンジの野郎は既にアリアさえも口説き落としているってことか……?

 いつも怒っているのは、理子風に言えば……ツンデレってやつだろうか。

 

(どうでもいいけど、アニメやマンガあるいはラノベのキャラで赤髪がツンデレってパターン多いよな)

 

 などと、理子関連で仕入れた感想を心の中で呟く。

 

「勘違いするなよ。俺は『仕方なく』強襲科(ここ)に戻ってきたんだからな。解決したらすぐに探偵科に戻る」

「わかってるよ。でもさ」

「なんだ」

「強襲科を歩くキンジ、みんなに囲まれててカッコよかったよ」

 

 ……ほら、やっぱりキンジが既に口説き落としてたんだよ!

 たぶん、オレがいない間に『無敵モード』とかに突入してさ!

 素のキンジだと朴念仁+唐変木なキンジだから難しいと思うけど

 

「あんたもありがとね」

「………おう」

 

 オレにもお礼の言葉を言ってくれるアリア。

 まさかオレにも言われるとは思っていなくて、少し素っ気ない返事をしてしまった。

 

「あたしになんか、強襲科の連中は誰も寄ってこないからさ。実力差がありすぎて、誰も、あたしに合わせられないのよ……まあ、あたしは『アリア』だから」

「『アリア』」?

 

 どこか特別な意味を含んだ言葉。

 

「オペラの『独唱曲《アリア》』よ。 1人で歌うパートなの。1人ぼっち――あたしはどこの武偵高でもそう。ロンドンでも、ローマでもそうだった」

「で、俺たちと組んでデュエットないしカルテットでも目指そうってのか」

 

 キンジがぶっきらぼうにそう言うと、

 アリアはきょとんとした目を向け、小さくクスクスと笑った。

 

「あんたでも面白いこと言えるんじゃない」

「面白くないだろ」

「面白いよ?」

「はぁ……お前のツボはわからん」

「やっぱりキンジ、強襲科に戻った途端に活き活きし出した。昨日までのあんたは、自分にウソをついてるみたいで、どこかつまらなさそうだった。今の方がいいよキンジ」

「そんなこと……ないっ」

 

 といいつつも、若干ながら嬉しそうなキンジ。

 コイツもアレか。ツンデレ族なのか。

「男のツンデレはご褒美だよぉ~!」とか何とか言ってた理子が喜びそうな状況だな。

 

「俺はゲーセンに寄ってく。お前は一人で帰れ。ていうか今日から女子寮だろ一緒に帰る必要はない」

「バス停までは一緒ですよ~だ!」

 

 アリアはべーと舌を出して笑う。

 今日もアリアはご機嫌だな、ほんと。

 これもオレとキンジが強襲科(アサルト)に戻ってきたからかね。

 

 オレが若干ながら蚊帳の外になった状態でも、二人の仲睦まじい会話は続く。

 

「ねえ、げーせん? ってなに?」

「ゲームセンターの略だ。そんなことも知らないのか」

「帰国子女なんだからしょうがないじゃない。ふーん、あたしもついていくわ。今日はレベルを合わせて一緒に遊んであげるわ。ご褒美よ」

 

 それはご褒美じゃなくて罰ゲームだ。

 なんて言いたげな表情を作ったキンジが、足を早める。

 それにアリアがついて行き……更にキンジが足を早める。

 

 そして、二人はそのまま加速していき……

 すぐに見えなくなってしまった。

 

「…………オレを置いていくのかよ!」

 

 キンジが行くゲーセンは覚えているし、今から向かってもいいのだが……

 

「あー、帰るか」

 

 キンジに『先に帰ってるからな』とだけメールを送った。

 

「いつ事件が起きてもいいように軽く身体を動かしておくか……」

 

 とかなんとかいいながらも、オレは少し寂しさを感じていた。

 

 

 

 




 ……うーん、短い!

 プロローグよりも短いけど、次の話は長くなる予定なので……
 許してね?

 強襲科で登場した夏海くん(ちゃん?)はカイトがSランク時代に何度かお世話になってるという設定です。キンジが原作で普通に接してたことから、彼は男だとは思いますが……名前だけの設定だから女かもしれないって余地がある……いや、これを機会に女の子にしてしまうってのもありなのでは!? 
 
 名前しかないモブがヒロインに……! 新しすぎる……。
 


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第8弾 バスジャック

 総合UA数が1000を突破しました!

 ありがとうございます!


 ……侵略者(アリア)が部屋からいなくなり、久しぶりに平和な朝を迎えた。

 昨日の夜にセットしたアラームが予定通りに鳴り、オレは目を覚ます。

 キンジも同じ時間にセットしていたようで、布団の中でもぞもぞとしている。

 

「おはよう、キンジ」

「ああ、おはよう」

 

 アリアが勝手に居候していた時は床に侵入対策用の対人地雷が設置されたからな……

 おかげで夜にトイレで目が覚めても怖くて行けたもんじゃなかった。

 が、今日はいつも通りの平和な日々が戻ってきたのだ。

 

「平和だ……」

 

 そんな平和な朝をだらだらと過ごしながら、朝の準備をする。

 

「なあ、今日も5時間目から強襲科(アサルト)だよな?

「そうだな。面倒だがアリアに文句を言われるのも面倒だから行くしかないだろ」

 

 キンジは心の底から嫌そうな顔で言う。

 

「何にせよ1回の協力で終わるんだ。それまでの辛抱だな」

「……1回で終わればいいけどな」

「おいやめろ」

 

 キンジが不穏な言葉を小さな声で呟いた。

 やめてくれよ……あのアリアならありえるんじゃないかって気がしてきたじゃねえか。

 本当に一回で終わりだよな?

 

 すごく不安になってきたオレは、熱々のコーヒーをずずっと啜って心を落ち着かせる。

 アリアにコーヒーを淹れるついでにオレも飲んでいるうちに、朝のコーヒーがクセになってしまった。

 うむ、今日のインスタントコーヒーも美味である。今度は少し高い豆にしてみるか。

 

 そんなこんなでキンジと駄弁りながら、朝の時間をゆっくりと過ごした。

 

 ――はずだった。

 

 オレたちは、ほんの少しだけ早く家を出たはずだ。

 時間も大丈夫だったし、腕時計を何度確認しても時間はいつもより少しばかり早い。

 ……なのに。

 オレたちの目の前には、7時58分のバスが到着していて、雨が降っているということもあり――武偵高の生徒が押し合うように乗り込んでいるところだった。

 

 授業が始まる直前に到着する7時58分のバスは通常時でも混雑し、乗るのが遅いと満員で乗れないことが多々あるのだ。

 だから、オレたちは余裕をもって早めに家を出たはずなのだ。だが、現実は非情である。

 

「のっ、乗せてくれ!」

 

 キンジが最後にバスへ乗ろうとしているヤツ――武藤に声を掛ける。

 

「おう。キンジカイトおはよう。そうしてやりたいが乗れるのは1人だけだ 1人はチャリで来いよ」

「「(オレ)のチャリはぶっ壊されたんだよ! これに乗らないと遅刻する……!」」

「だぁーっ! やめろ! オレを下ろそうとするな! 男なら諦めも肝心だぞ!」

 

 ちっ、武藤のクセに反論しやがって!

 お前の好きなヤツをバラすぞ? と、耳元で囁くと……

 

「おまっ、それは卑怯だぞ!?」

「言われたくなけりゃ格安で電動ロードバイクを提供しやがれ! 10万程度なら買ってやる」

「わ、わかったよ……クソッ!」

 

 ちなみに武藤が好きなのは白雪だ。

 フルネームは星伽白雪。キンジのことをキンちゃんって呼ぶ幼馴染。

 ……残念ながら、武藤が報われることはなさそうな相手だ。お前も、諦めが肝心だぞ。

 

「さて、キンジ……! ここは武偵らしくジャンケンで決めようぜ」

「いいぜ……勝てるものなら、勝ってみやがれ……ッ!」

 

 ――――結果、

 

「勝ったのはオレの方だったみたいだなキンジ」

「二限目に会おうぜ、キンジ!」

 

 大雨に打たれ、項垂れているキンジを置いたまま……バスは出発したのだった。

 

(……てか、増便くらい出してもいいんじゃないのか?)

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 友人を大雨の中、置いていったからだろうか?

 だから罰が当たったのか? 

 

 ――オレは、再び事件に巻き込まれていた。 

 

「その バスには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります」

 

 ……などと、どこかで聞いたような人工音声(ボーカロイド)中等部(インターン)の女の子が持っていた携帯から聞こえてきた。

 

「く、くくく黒崎先輩! 助けてくださいっ!」

 

 吊革に掴まっていたオレに、茶髪メガネの女の子が涙ぐみながら抱き付いてくる。

 ……む、胸が……あ、当たって……ッ!

 中学生にしては大きく、だが成長途中の胸の感触が……制服の布越しにダイレクト伝わってくる。

 そのまま抱き締め返して、胸の感触を味わおうとも考え……それはダメだ! ふざけてる場合ではないぞ、オレ!

 

「お、落ち着け。慌てると余計に危険だ」

 

 本当に落ち着きたいのはオレの方なんだが、相手は中等部の後輩だ。

 軽く身体を引き剥がして、肩に手を置いて優しくなだめる。

 こういうのは無敵キンジの専売特許だが、仕方ない。

 

「携帯は預かっておくから、キミは頭を窓から出さないように身を低くしておくんだ。危険なことはオレたちに任せろ」

 

 他の人にも聞こえるような声量で後輩に言ってから、一緒に乗り合わせていた武藤や不知火に声をかける

 この中でオレと最も面識のあるヤツらだ。

 

「武藤! 不知火!」

「わかってるよ、黒崎くん」

「おう。オレだってわかってるぜ」

 

 目を合わせただけで言いたいことが理解で行動に移ってくれる。

 まったく、頼りになるやつらだ。

 

「――アリア。聞こえるか?」

『カイト! あんたいまどこにいるのよ』

「武偵高行きのバスの中だ」

『バスジャックに巻き込まれたのね』

 

 情報が早いな……。

 いつもは傍若無人なアリアだが、今のアリアはSランク武偵として役に立つ存在だ。

 

 武偵殺しに通話していることがバレないように、ポケットに突っ込んだままの携帯を手の感覚だけで操作し、小型のマイク付きワイヤレスイヤホンで通話している。

 

「ああ、そうだ」

『その事件は『武偵殺し』による仕業よ。あんたが巻き込まれたチャリジャックと同じだわ』

「やっぱりな……」

『知ってたの?』

「まあな。諜報科(レザド)では逮捕された犯人が100%誤認逮捕だって話してたよ」

 

 まあ、その話を聞いた時はこうしてオレが巻き込まれれるだなんて思わなかったけどな。

 

「……それなら話が早いわね。これが最初の事件になるわ、全力で対応しなさい」

「やれやれ、最初の事件が約束した日の次とか運命を感じざるを得ないぜ」

 

 それこれもアリアに出逢ってからだ。

 こいつに出逢ってから、オレの日常は非日常に引きずり込まれそうになっている。

 

「……みんな、伏せろぉ!!」

 

 その言葉とほぼ同タイミングで――

 

 ダダダダダダダダ――ッ!

 

「くそっ、またUZIかよ!」

 

 UZIが吐き出す9mmパラベラム弾によってガラスが砕け散り、雨と共にバスの中に入り込んでくる。

 ほとんどの生徒がオレの言葉通りに、頭を守っていた状態で身を伏せていたが……それでも、中にはガラスや銃弾によって怪我をしている生徒が複数人いた。

 

「こんな密閉空間じゃ何もできねぇぞ」

「……そうだね」

 

 かなりピンチだ。

 アリアが通話の向こうで何やら忙しそうにしているが、こっちにたどり着くには時間が掛かるだろう。

 

「 速度を落とすと 爆発しやがります 」

 

 

 さて、どうしたもんかね……

 こっちは他の乗客を人質に取られたような状況で、オレたちが不用意に動けば他の人が無駄なダメージを負ってしまう。

 武偵高行きのバスとはいえ、中には戦闘能力の低い通信科(コネクト)装備科(アムド)中等部(インターン)の連中だって混ざってるのだ。

 

「 ホテル日航前を 右に 曲がりやがれです 」

 

 こいつ、ルートまで指定してくんのかよ……!

 運転手に犯人の言う通りにするように言う。

 次に指示があった時、運転手が聞き取りやすいように運賃箱に引っ掛けておく。

 悪いね、オレの携帯じゃないのに好き勝手にしてさ。あれもこれも武偵殺しのせいだ。

 

『――待たせたわね。今から行くわ!』

 

 ずっと通話状態してあった携帯から、そんなアリアの声が聞こえてきた。

 

「負傷者が既に数人はいる。外にはUZIを搭載した無人車がいるはずだ」

 

 鏡を反射させ、外を確認すると並行するようにしてUZIが搭載されたスポーツカーが見えたことを伝える。

 

「――黙らせたわ!」

 

 そんな言葉と共に、C装備のアリアとキンジが窓から入ってきた。

 Sランク武偵のアリアと元Sランクのキンジが入ってきたことで、バスの中は歓喜やら悲鳴やらで騒がしくなる。

 

「お、お前たち……どこから入ってきたんだよ」

「どこって空からよ」

「空からってお前なあ……無茶するヤツだなほんと」

 

 チャリジャックの時にも思ったが、こいつに怖いって感情はないんだろうね。

 

「中のことはキンジに任せるわ。あたしは爆弾を探してくる」

「……気をつけろよ」

「あんたもね……!」

 

 バスの車体に引っ掛けてあったワイヤーを伝って、バスの外へと出ていく。

 

「武藤――2限はまだだが、また会っちまったな。それにカイトも」

「あ、ああ。ちくしょう……! なんでオレはこのバスに乗っちまったんだ!」

「それは友達を雨の中に身捨てたからじゃないか?」

「お前もキンジを見捨ててただろーが!」

「いやいや、オレは正統な勝負で勝ったんだぞ。勝者の特権だ」

 

 緊迫した状況にも関わらず、オレたちは軽口を叩きあう。

 狂っていると言われても否定はできないが、これが武偵というやつだ。

 

『――爆弾を発見したわ』

 

 キンジが身に着けている無線機から、そんなアリアの声が。

 窓から身体を乗り出して見ると、車体の下の方にアリアの足が見えた。

 ワイヤーで吊った状態で下を覗き込んでるのか。

 

「はえーな。流石はSランク武偵だな……」

『茶化さないで。カミンスキーβ型のプラスチック爆弾(Composition4)、武偵殺しの十八番よ。見えるだけでも――3500立方センチもあるわ!」

 

 なんだそれは。

 こんな小さいバスを吹き飛ばすには過剰すぎるぞ。

 場所次第では周囲のものを巻き込みかねない。

 

『もっと潜り込んで解体を――んっ!』

 

 アリアの悲鳴と同時に、大きな振動がバスを襲った。

 中にいる武偵高の生徒たちが雪崩のように転がり、もみくちゃにされてしまう。

 み、身動きが取れない……っ!

 

「大丈夫かアリア!」

 

 そうキンジが無線機に向かって叫ぶが、

 応答はない――。

 今の揺れで振り落とされたのか……?

 

「くっ……みんな、伏せろ!」

 

 窓から身を乗り出していたキンジが、車内のみんなに向かって叫ぶ。

 

 ダダダダダダダダ――ッ!

 

 またしてもUZIの銃声が響き、バスがどんどん穴を開けていく。

 

「ぐ……ぅッ!?」

 

 オレの胸に被弾した。

 キンジが着ているC装備のような防弾服よりも防弾性能の低い防弾制服では、完全には防げない。

 貫通した弾丸の勢いが殺されず、軽く胸に刺さる。

 

 ――ドクン。

 

 全身が沸騰したように熱くなり、全身を何かが突き抜けていくような、感覚。

 オレの中で軽くスイッチが入りそうになっていく――

 

「――!」

 

 強烈な痛みに床を転げ、仰向けになった状態のオレが見たのは――

 今の銃撃によって頭から血を流す運転手だった。

 

「おい、武藤。運転が怪我をした! お前が運転しろ!」

 

 武偵殺しが言っていた。

 減速させれば爆弾を爆発させると。

 それはマズいからな。

 それに武藤なら運転手よりも巧く運転してくれるだろう。

 

「そ、それはいいんだけどよぉ……! 苦しそうにしてるが大丈夫なのかよ」

「あ? オレは大丈夫だ。気にするな」

「そ、それに……オレ、こないだ改造車がバレて、あと1点しか違反できないんだ!」

「――んなことオレが知るかァ! いいからお前は運転をしろ!」

 

 おっと、言葉が荒くなってしまったな。

 1点しか違反の余地はない武藤を運転席に座らせてから、スピードメーターを確認する。

 

「ああ、これは完全に違反だな。2点の失効で見事にアウトだ。諦めろ、武藤」

「テメェ、そっから飛び降りやがれ! 轢いてやる!」

「あー、どうしようかなー、警察に報告しちゃおうかなー」

「おまっ……! 鬼かっ!?」

 

 失礼なヤツだな、鬼じゃねえぞオレは。

 

「電動ロードバイクを5万で提供してもらおうか」

「お前なああああああ!」

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 武藤に5万で電動ロードバイクを提供してもらう約束を取り付けた後。

 痛いほどの豪雨の中、バスはレインボーブリッジを走り始めていた。

 既にレインボーブリッジには規制が敷かれているのか、橋の上に車は一つもない。

 警視庁が動いているのだろう。

 ……すまん、武藤。オレは連絡してないけど点数は引かれちゃいそうだな。

 

 などと、心の中で武藤に謝罪しながら……

 

「キンジ、アリア!」

「お前も来たのか……」

「キンジ! カイト!? 危ないわ! どうして無防備に出てきたの! それにカイトは制服なのになにやってんのよっ! すぐ車内に――後ろっ! 伏せなさいよ!」

 

 アリアが二丁拳銃を抜き、オレもそれに合わせて二丁拳銃を抜く。

 キンジだけが状況についていけずに、その場で真っ青になっている。

 そんな状態のオレたちに向かって、無慈悲にもスポーツカーのUZIは銃弾を吐き出す。

 回避不能の一撃が、放たれる。

 

 状況についていけず、オレとアリアに挟まれた立ち位置のキンジが顔を真っ青にさせていた。

 そんなキンジを守るようにして、アリアがキンジにタックルを決める。

 だが、そのままではアリアの頭に銃弾が命中してしまう。

 

 オレが、どうにかするしかない……!

 

(不完全だが、今のオレになら――)

 

 全身の感覚を研ぎ澄まされ、それに応えるようにして世界がスローモーションになっていく。

 まるで走馬灯のような世界で、オレは額の前で二丁拳銃をクロスさせる。

 その際にバランスを崩さないようにアリアのタックルを利用し、致命傷となる部位だけを守り――銃弾が拳銃に当たるように調整した。

 

 ――ガツンッ! ズギュンッ!

 

「――――」

 

 アリアが、キンジを守りながらも二丁拳銃でUZIと車のタイヤを撃ち抜くのを確認して……

 オレはその場で倒れ込んだ。

 

「カイトっ!」

「カイト!?」

 

 ――ああ、大丈夫だ。

 

 そう、口にしようとしたが、口が痺れたように動かない。 

 ……おかしいな。銃弾は防いだはずなんだがな。

 意識が……不明瞭に……なっていく……

 

 ――パァン! 

 

 と、破裂音が響いた。

 

 ――パァン!

 

 破裂音が再び響き、バスの後方で大きな爆発音。

 気が付けば、レインボーブリッジの横をヘリコプターが飛んでいることに気が付く。

 誰が乗っているのかは不明だが、UZIを乗せたスポーツカーを完全に沈黙させたようだ。

 

「――私は一発の銃弾」

 

 と、そんな声が不思議と鮮明に聞こえた気がした。

 

「銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない――」

 

 まるで呪文のように、それが射撃のトリガーであるかのように……

 

「ただ、目的に向かって飛ぶだけ」

 

 ……見えないが、オレには見える。

 ヘリコプターの搭乗した狙撃手(レキ)が、ドラグノフ狙撃銃(SVD)を構える姿が――オレには見えた。

 

(……もう、大丈夫……だな)

 

 任務完遂率100%の狙撃音を聞きながら、オレは意識を落とした。

 




 実はむっつりであることが発覚したカイト。
 そして、軽く覚醒状態に……

 あの状態でレキの登場って安心要素の塊だと思うんですよね。
 こりゃあ、カイトも安心して意識を落としちゃうわな……って。

 
 とまあ、原作とは違ってアリアは傷物になりませんでした(言い方)
 
 次回は休息回? になると思います。ではっ!


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第9弾 神崎かなえ

 ――武偵殺しによるバスジャック事件。

 

 あの後、意識を失ったオレは近くの武偵病院に入院することになった。

 完全に防いだと思った銃弾だったが、実際は防ぎきれずに、逸れた銃弾が側頭部を圧迫したようだ。

 軽い外出血と拳銃に受けた弾丸の衝撃によって、頭を強打したオレは軽い脳震盪状態に。

 念のためにMRI検査をしてもらったが、特に異常ないとのこと。

 

 まったく、銃弾が掠ったくらいで……

 

 と、思わなくもないのだが……キンジやアリアがオレの状態を誇張して病院に伝えたのが原因らしい。

 あの二人も心配しすぎなんだよ。始業式の日にアリアの攻撃の方がずっと効いたくらいだ。

 

 

 最初もオレのお見舞いに来たのは、意外にもレキだった。

 いつも通りに何を考えているのかわからない表情で、これといって心配などしていないような態度で、

 

「……見舞いの品です」

 

 と、だけ言い残して帰っていった。

 お見舞いの品は『青森県産のブレンドジュース(12本入り)』。

 ……うーん、最高に謎だ。でも有難く飲ませてもらおう。

 

 で、次にやってきたのは……これまた意外なことに理子。

 いつもの何倍も派手な改造制服を身に着けた状態で、陽気な態度でふらりと現れた。

 ……なんだろう。可愛い服装でオレを元気付けようってことか?

 

『りこりんはカーくんのこと心配したんだゾー!』

 

 とのこと。

 ……あ、いや。それを疑ってたわけではないんだけどね。

 なんか、こう……理子がわざわざお見舞いに来たのが意外だっただけなんだよね。

 お見舞いの品は『18禁ゲーム(エロゲー)の福袋』。

 どうやって買ったのかも気になるけど、これをオレに渡してどうしろと!?

 何の福袋かわからないからビリビリに裂いて開けちまったじゃねーか!

 

 しかも……『これで元気になるんだよ~♪』とか言われても!

 まったく、困ったヤツすぎる。こっそりキンジの部屋に並べておこうかな……白雪がいるタイミングとかを狙って。

 

 その他にも色々と見舞い客が来て……

 入院中は全然退屈しなかった。

 ……てか来すぎじゃないですかね? オレ、武偵高ではよくある銃撃戦に巻き込まれたのと同意義な怪我ですよ?

 逆に申し訳なくなってくるだろうが。

 

「……で、扉の前に立ってるのはアリアか?」

 

 オレが声を掛けると、アリアと思われる人物はびくっ! と身体を震わせた気配がした。

 気付かれたアリアが扉を開け、ずかずかと病室に入ってくる。

 

「――お見舞いよ」

「……おう。まさかアリアが来てくれるとは」

「なによ。あたしがお見舞いに来たらおかしいわけ?」

「そういうつもりでは……」

 

 なくもないですけどぉ……

 言うとキレそうだから黙っておく。

 

「……お礼」

「……?」

「お礼は言っておくわ」

「……おう、サンキュー」

「事件は解決して、あんたとの契約もこれで終了。悪かったわね、巻き込んで」

「……解決? 武偵殺しは捕まったのか」

「いいえ、まだよ」

 

 ……?

 アリアは何を言っているんだ……?

 武偵殺しは掴まってないって言うのに事件は解決したって……

 

「捕まってないって言うなら……事件は未解決ってことじゃないのか? つまり、オレたちの契約は続行中だろ」

「…………そう、かもしれないわね。でも大丈夫よ。一回目の事件は終了し、あんたは戦って武偵殺しを退けた……それで終了よ」

「お前、まさかとは思うが……オレが怪我したのを気にしてるのか?」

 

 オレがそう言うと、話は終わりだとでも言うように病室を出ていこうとする。

 それをオレはベッドから飛び出し、アリアを引き止める。

 

「お、おい……! 待てよ……!」

「なによ。あたしとのパーティーに未練があるっての?」

「……そうだ」

 

 ……本当は未練なんてない。

 パーティーが解消されて、アリアから開放される――実に結構な話だと思う。

 だが、オレは何故か……この場でアリアを引き止めないといけないようだ気がしたのだ。

 

「……あんたがそんなことを言うなんて思ってもみなかったわ」

「そうか? オレは別に1回限りなんて約束はしてなかったぞ」

「……そうね。そうだったわね」

「じゃあ――」

 

 オレが『じゃあまだ付き合うぞ』、と言おうとして……

 

「――あんたたちは、実力不足の武偵だわ。あたしのパーティーにはいらない役立たず。そう、言ったのよ」

「……なっ」

 

 …………なん、だと?

 

「お前、それをキンジにも言ったのか……?」

「それがなに?」

「なにか……? ってお前なあ! 勝手に期待して巻き込んでおいて『役立たず』だって!? ふざけるなよ!」

「事実を言ってなにが悪いのよ! 元Sランク武偵だって期待してみれば、禄に自衛もできない武偵だったんだからね! そんな武偵とは組めるわけないでしょ? あたしには時間がないのよ!」

「クソ! お前が勝手に期待したんだぞ……! 昔はSでもオレは諜報科のBランクでキンジは探偵科のEランクだ! そんなオレたちを強引に巻き込んでおいて、そんな言い方ないだろ!」

「なによ! お金でも出して謝ればいいっていうの!?」

「そうはいってないだろ! オレは、ただ……武偵を辞めるとまで言ってるキンジを裏切ったのに怒ってるんだよ!」

 

 ……ああ、オレは何を怒ってるんだ?

 別に、いいじゃないか。オレたちが役立たずだって言われるくらい。 

 それに最初から『役立たず』の烙印をアリアに押させようとしたんじゃないか。

 ……それを、裏切られたみたいに怒るのは筋違いってもんじゃないのか……?

 

「………武偵を辞める理由なんて、あたしが急ぐ理由に比べたら……どうでもいいことに決まってるじゃない!」

 

 ああ、決定的なセリフを聞いてしまった。

 オレが、キンジなら――すぐにでもキレてしまいそうな言葉を……

 

「なあ、キンジにも言ったんだよな? だったら、そのセリフだけは謝ってやれ。あいつが武偵を辞める理由を否定するのはやめてやれ」

 

 ――浦賀沖海難事故。

 日本船籍のクルージング船・アンベリール号が沈没し、乗客の1名が行方不明となった。

 行方不明――いや、死亡したのはキンジの兄だった。

 彼はオレでも知っているような有名な武偵で、いつも力弱き人々のために戦い、まるで正義の味方のような人。

 

 ――キンジの話によれば、兄さんは乗員・乗客を避難させ、そのせいで避難が遅れてしまったそうだ。

 だが、乗客からの避難を恐れたクルージング・イベント会社が、それに焚き付けられた一部の乗客たちが、激しく兄さんを非難したらしい。

 その言葉を、今でもオレは覚えている。

 

 ――『船に乗り合わせていながら、事故を未然に防ぐことのできない無能武偵』

 

 そんな話を聞いてから、オレは『無能』に順ずる言葉が嫌いなった。

 

「…………」

「…………」

 

 その日、オレとアリアは喧嘩のような形で別れたのだった。

 

 後になって考えれば、アリアは危険な事件にオレたちを巻き込まないように……あえて、あのような言い方をしたんじゃないかって。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 ――日曜の昼、退院手続きを済ませた。

 特に用事はなく、暇だったので街を適当にぶらつくことに。

 

 オレが身を守るために犠牲になった武器は、破損してしまったようで……今は手元には武器がない状態だ。

 常に携帯している銃がなくなっただけなのだが、これがまた非常に落ち着かない。

 財布などを失くしてしまった時のような感覚だろうか? 

 これなら不知火か武藤辺りに代わりになるような小型拳銃(ピストル)を貸してもらうんだったぜ……

 

 あー、そういえば制服にも穴が開いたんだったな。

 これも直しておくか……予備の制服はあるが、出来る時にやっておかないと忘れてしまうからな。

 ……ってことはユニクロにも行かないとダメか。退院したばっかなのにやることばっかだな、おい。

 

 制服を専用の店に預け、ユニクロで適当に私服を購入。

 オシャレの欠片もないセットの服だが、穴の開いたワイシャツよりはマシだろう。

 

「……キンジ?」

 

 腹が減ってきたし、適当に店を探そうとした時……

 美容院の近くで怪しい人影を発見。

 探偵科所属のクセにオレよりもダメダメな尾行形態(ストーキング・モード)で、電柱の影に隠れている。

 誰にも気付かれてないって思ってるんだろうか?

 

 オレは抜き足(スニーキング)でキンジの後ろにそっと近付いていき、無防備な背中に手を置く。

 

「おい、何してんだよ真っ昼間から」

「うおっ!?」

 

 身体を垂直に跳ねさせ、驚きを露わにする。

 こっちが逆に驚くんですがね……

 

「か、カイトかよ……脅かすな」

「脅かすなってお前な……それで隠れてるつもりなのかよ」

「そのつもりだが……なんかまずかったか?」

「……正直に言うけどな、一般人にも変な目で見られてるぞ」

 

 …………オレの発言に、キンジが「冗談言うなよ」って顔で周囲を見渡すが……

 そこにはキンジを怪訝そうな顔で人しかいなかった。

 

「……まじかよ」

 

 そんなキンジの絶望顔にオレは軽く笑ってしまう。

 

「で……誰かをストーキングしてるんだろ?」

「す、ストーキングじゃないっ」

「どうでもいいが、追わないと見失うぞ」

「だから違うからな!」

 

 モノレールで新橋に出て、そこからJRで神田を経由して……

 新宿で降りた。

 

「なあ、お前が追いかけてるのって……」

「……静かにしてくれ、バレる」

 

(……たぶん、もう既にバレてると思うけどなあ)

 

 途中で気付いたが、キンジが尾行している相手はアリアだ。

 白地に薄っすらとピンクの柄が入った清楚なワンピース姿のアリア。

 あまり好みのタイプではないアリアだが、そんなオレでも感嘆のため息が出るほどに綺麗だ。

 身だしなみから考えて、これからデートにでも行くのだろう。

 Sランク武偵にしては少し不自然な衣装だし。

 

 アリアは西口から高層ビル街の方へ。

 

 それにしても、どこに行くって言うんだ……?

 デートにしてはさすがに不自然なルートだ。

 いや、これから合流か? それにしては遠いな。

 デートってのはある程度の場所を決めて、そこに合流するものだろ……?

 

「……新宿警察署」

「……新宿警察署だな」

 

 ……うーん、謎だ。

 レキの表情並に謎だ。

 

()()な尾行。シッポしか見えてないわよ」

 

 まあ、バレてるよなあ……

 

「あ……その。お前、前に言ってただろ『質問せず、武偵なら調べなさい』って」

 

 見つかったからか、若干投げやり気味にキンジが言う。

 

「まあ、オレだけだったらバレなかったかもしれんが」

「お、俺のせいかよ」

「お前以外に誰がいるんだよ……」

「そうね。キンジの尾行は特に酷かったわ」

「……けっ」

 

 キンジがやさぐれてしまった。

 言い過ぎたよ、許してくれ。

 

「ていうか、気付いてたんなら言えよ」

「迷ってたのよ。言おうかどうかを。あんたたちも『武偵殺し』の被害者だから」

「「……?」」

「まあ、もう着いちゃったし。どうせ追い返してもついてくるんでしょ」

 

 ……まあ、ここまで来たら気になるしな。

 

「ついてきなさい」

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 アリアに案内され、オレたちは留置人面会室へと連れていかれた。

 2人の管理官に見張られながら、アクリルの板越しに綺麗な美人が現れた。

 その人に見覚えがあるのか、キンジが驚いている。

 

「……誰だ? このめっちゃ美人な人は」

 

 正直に言えば、結構好みの女性だ。

 柔らかな長い髪に、オニキスのような瞳。アリアのように白磁で綺麗な肌。

 アリアのようなちんちくりんよりも、オレはこういう女性の方がいい。

 まさに女性として既に完成した存在って感じだな……

 

 オレが勝手に見惚れていると、その女性は照れたようにうっとりと顔に手を当てる。

 

「あらやだ、私のことを美人だなんて……この方、彼氏さん?」

「ちっ、違うわよママ。こ、こら! あんたもママを口説こうとしないの!」

 

 ………………

 

「――――えっ」

 

 この人が、アリアの、お母さん……?

 ……えっ。マジで? まったく似てないよ?

 

「またまたご冗談を。アリアも冗談は……」

「も、もう。照れるわねぇ……」

「だ ま り な さ い よ !」

「あ、はい……」

 

 どうやら、本当に母親らしい。

 まじかよ。こんなに若い母親が存在していいのかよ。

 と、とりあえず……落ち着こう。

 

「じゃあ、この方たちは大切なお友達かしら? へぇー。アリアもボーイフレンドを作る年頃になったのねぇ。友達を作るのさえヘタだった子がねぇ。ふふ、うふふ」

「違うの。コイツは黒崎カイト。後ろのは遠山キンジ。武偵高の生徒で――そういうのじゃないわ絶対に」

 

 優しげに目を細めるアリアのお母さんに、アリアはスパっと言い切る。

 まあ、そういう仲ではないな。友達なのかすら怪しいまである。

 

「……カイトさん。キンジさん、初めまして。わたし、アリアの母親で――神崎かなえと申します。娘が大変お世話になってるみたいですね」

「あ、いえ……」

「そ、そうですね……」

 

 美人な人に声を掛けられて、ネクラなオレたちは言葉をまごまごとさせる。

 そんなオレたちに、アリアがイラっとしたように青筋を立てる。

 ……おい、お母さんを見習ってもう少しはお淑やかになってくれ。仮にもイギリスの淑女ならな!

 

「ママ。面会時間差し迫ってるから手短に話すけど……このバカ二人は『武偵殺し』の被害者なの。先週、登校途中で自転車に爆弾を仕掛けられたの」

「……まあ……それはそれは」

 

 かなえさんが表情を固くさせる。

 

「さらにもう1件。一昨日はバスジャックが起きてる。ヤツの活動は、急激に活発になってきてるのよ。もうすぐシッポを出すはずよ。だからあたし、狙い通りに『武偵殺し』を逮捕する。ヤツの件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役の864年が742年まで減刑されるわ。最高裁までの間に、絶対に、全部なんとかするから」

 

 アリアの口から明かされる事実に、オレは驚きを隠しきれない。

 

「そして、ママをスケープゴートにした連中――イ・ウーのヤツらを全員ここにぶち込んでやるわ」

「アリア。気持ちは嬉しいけど、イ・ウーに挑むにはまだ早いわ――『パートナー』は、見つかったの?」

「それは……どうしても見つからないの。誰も、あたしには、ついてこれなくて……」

「ダメよアリア。あなたの才能は遺伝性のもの。でも。あなたには一族の良くない一面――プライドが高くて子供っぽい、その正確も遺伝してしまっているのよ。そのままでは、あなたは自分の能力を半分も発揮できないわ。

 あなたには、あなたを理解し、あなたと世間を繋ぐ橋渡しになれるようなパートナーが必要なの。適切なパートナーは、あなたの能力を何倍にも引き延ばしてくれる――曾お爺さまにも、お祖母様にも優秀なパートナーがいらっしゃったでしょう?」

 

「……それは、ロンドンで耳にタコができるほど聞かされたわよ。いつまでもパートナーが作れないから、欠陥品とまで呼ばれて……でも」

「人生はゆっくりと歩みなさい。早く走る子は、転ぶものよ」

 

 かなえさんはそう言うと、優しそうな表情で瞼をゆっくりとまばたかせた。

 

「神崎。時間だ」

 

 今まで黙っていた管理官が、時間を確認しながら告げる。

 

「ママ、待ってて。絶対に公判までに真犯人を捕まえるから」

「焦ってはダメよアリア。わたしはあなたが心配なの。一人では突っ走ってはダメよ」

「やだやだ! あたしはすぐにでもママを助けたいの」

 

 それはアリアの心の底からの叫びであり、本心偽りのない言葉。

 

 ――そうか。アリアは、これを抱えていたから焦っていたのか。

 

「アリア。わたしの最高裁は、弁護士先生が一生懸命引き延ばしてくれてるわ。だからあなたが落ち着いて、まずはパートナーを見つけなさい」

 

 あくまでも冷静に、かなえさんはアリアに告げる。

 

「やだやだやだ!」

「アリア……」

 

 そんなアリアをなだめようとして、身を乗り出したかなえさんを管理官たちは羽交い締めにするようにして引っ張り戻す。

 ……見てられないな。

 

「やめろッ! ママに乱暴するな……!」

「アリア……落ち着こう。いま、暴れる利点はない」

 

 まるで怒る犬のように犬歯を抜き出しにして、その赤紫色(カメリア)の瞳を激昂させて飛びかかった。

 そんなアリアの肩にこわれものにでも触れるような力で手を置く。

 ……気持ちは痛いほどわかる。わかるが、今は落ち着かないとマズい。

 それでも落ち着かないアリアを無視して、かなえさんを部屋から引きずられるようにして運ばれていった。

 

 ――面会室の奥の扉が閉ざされ、アリアのすすり泣くような声だけが虚しく部屋の中に響いていた。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「訴えてやる……あんな……扱いをして……」

 

 そんな風な独り言を呟くアリアとキンジを曇り空の新宿駅へと見送ったあと……

 オレは、一人で街を歩いていた。

 

(……武偵、殺しか……)

 

 情報として把握はしていたが、裏方専門のオレには縁遠い存在だと思っていた。

 だが、そいつはオレの一歩先にいる。

 最初はチャリジャック。次にバスジャック。

 今までの事件から考えて、次のジャックは更に大きい乗り物になる可能性が高い……

 

(バスよりも大きい乗り物……飛行船、飛行機、フェリー)

 

 ――仮に次の乗り物を予想できたところで、こちらから先手を打つのは難しい。

 これまで何件も事件を起こしてきているのに、武偵殺しの影すら踏めていないのだ。

 せめて、何か、手掛かりになるようなものがあれば……

 

 オレは諜報科(レザド)が運営する裏サイト――所謂、諜報サイトにアクセス。

 このページには諜報科(レザド)の生徒たちが収集した膨大なデータを閲覧することができる。

 その中から、オレは武偵に関連する事件や未解決の可能性事件の記録を探っていく……

 

 そして、一つの新聞記事に辿り着いた。

 

 ――2008年12月24日(水曜日) 浦賀沖海難事故 死亡 遠山金一武偵(19)

 

 キンジの兄さんが死んだのは、乗客を避難させるためなんかじゃなかった。

 武偵殺しの起こした事件――シージャックによって殺されたんだ!

 

「…………ん?」

 

 オレが携帯を見ていると、差出人不明の文字化けしたアドレスからメールが届いた。

 

『ANA600便・ボーイング737-350、ロンドン・ヒースロー空港行き』

 

 という内容のメールには、アリアの写真が添付されていた……

 

「まさかとは思うが……武偵殺しからのメールか?」

 

 オレにメールを送ってきた理由も不明だし、この情報の真偽は定かじゃない。

 ……が、これはオレに対する挑戦なのだろう。

 お前のことを見ているぞ、と……

 

「いいぜ……その挑戦、受けてやるよ」

 

 メモ帳に内容をメモし、届いたメールを破棄してからSIMカードを抜き取っておく。

 

(どういう手段で監視されてるのか、わかったもんじゃないからな)

 

 雨が今にも振りそうな分厚い雲を見上げながら、オレはその場を後にした。

 

 

 

 




 ……思ってたよりも、弾9弾の文字数が多くなってしまった。
 前回のバスジャックよりも多いっていうね。

 今回、カイトの好みが発覚しましたね。
 それは大人の女性です。とはいえ、前回でも発覚したように必ずしも「大人の女性」でなければダメってことではなく、それ以外でも興奮自体はするようですけどね。

 んで、最後のシーンですが……諜報科(レザド)っぽさを演出しようと思ったのですが、あんまり表現できてないですね。

 さて、最後にメールを送ってきたのは……誰でしょうねぇ?


 レキが持ってきたお見舞い品ですが、原作では白百合(カサブランカ)はお見舞い品に不適切……って聞いたので、違うものにしました


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第10弾 武偵殺し

今作を投稿してから一週間が経過しました


 東京強風に見舞われた週明け――

 

 オレはANAのネットワークにハッキングし、アリアが飛行機を利用する時間を調べ上げていた。

 

『ANA600便・ボーイング737-350、ロンドン・ヒースロー空港行き』

 

 ここまでの情報が揃っていれば、ANAのデータベースをハッキングするだけで簡単に調べることができた。

 ハッキング元を辿られてもオレに辿り着けないように、キンジのパソコンを利用。

 もし、ハッキングがバレたとしてもキンジが悪いってことになる。

 ……まあ、バレるようなヘマはしていないから問題はないはずだ。うん、きっと大丈夫さ。

 

 時間も把握できたことだし、その日のスケジュールはアリアの尾行に費やした。

 この間のような()()な尾行ではなく、勘の鋭いアリアに気付かれないような尾行。

 ……のつもりだったのだが、これがまた難しくてアリアがすぐに気付きそうになるのだ。

 まるで背中にも目が付いているかのような鋭さである。勘弁してくれ、こっちは未熟な諜報科(レザド)のBランク武偵なんだぞ。

 

 そんなこんなで日が暮れ、アリアが羽田空港第2ターミナルに到着した。

 

「うーん、おかしいわねぇ……絶対に誰かが見てる気がするんだけど」

 

 などと、呟いてらっしゃるが……さすがにオレが尾行しているってことまでバレてないようだったが……

 いやいやいや? 影や形も出してないのにどうして誰かがいるって思うの? おかしいよね? 

 キミって推理を勘の極地って言っちゃうような人種だよね? 証拠も何もないのに「あたしはこいつが犯人だと思うわ」っていきなり指を突きつけちゃうようなダメダメ探偵で、それが9割の確率で的中させちゃうような犯人泣かせの探偵タイプだよね、絶対。

 うわー、アリアのことは二度と尾行したくないよぉ……

 

 そんなことを心の中でぼやきながら、オレはカツサンドを頬張る。

 うむ、大変美味です。

 

 ゲートを通り抜け、アリアが機内へと入っていく。

 それを遠くから眺めながら、オレも10分くらいの間を置いてから機内へと入った。

 ロンドン・ヒースロー空港行きの当日券は高かったので、よろしくはないが武偵高の生徒手帳を提示してチェックインを強引に通り抜けることに。

 ……苦学生がロンドンに行くためだけに40万も払えるかよ。

 

「……飛行機に乗るのも久しぶりだな」

 

 飛行機の外見上に違いは見られないが、内装は特殊な形態をしていた。

 1階が広いバーになっていて、2階はリゾート施設のような全席スィートクラスの豪華旅客機。

 そこは座席ではなく高級ホテルのような12の個室を機内に造り、それぞれの部屋にはベッドやシャワー室までもを完備した、いわゆるセレブ御用達の新型機らしかった。

 ……適当な部屋に忍び込むか?

 そこまでは考えてなかったぞ。まいったな。

 

 そんな風にオレが困っていると、ハッチが閉まる瞬間に誰かが滑り込んで入ってきた。

 

「……キンジ!?」

「お前、なんでここにいるんだ!?」

「それはこっちのセリフだ! もしかして……」

「あ、ああ……お前も気付いてたのか。この飛行機が武偵殺しに狙われるってことが!」

「そうなるな。オレとは別口みたいだが」

 

 どうやら武偵殺しがこの飛行機を武偵殺しが狙ってるってことにキンジも気が付いたのだろう。

 ここまで全力で走ってきたのか、その顔には疲れが滲み出ている。

 発汗もやばいし、息も荒すぎて呼吸が正常じゃない。

 

 が、深呼吸をしたキンジが歩いていたフライトアテンダントを捕まえて、武偵徽章を突き付ける。

 

「――武偵だ! 今すぐ離陸を中止させろ!」

「お、お客様!? 失礼ですが、どういう……」

「詳しく説明しているヒマはない! とにかく、この飛行機を止めるんだ!」

 

 必死の形相のキンジにビビったアテンダントがこくこくと何度も頷いてから、2階へ駆け上がっていった。

 

「――ッ」

 

 がくん、と両膝を落とすキンジ。

 

「大丈夫か……? お前、どこから走ってきたんだよ」

「……クラブ・エステーラ。台場の」

「なんでまたそんな場所」

「理子に呼び出されたんだ……そこで、俺の兄さんが……くっ」

 

 もう一歩も動けないって感じのキンジ。

 そうか。キンジは理子に武偵殺しのことを教えてもらったのか。おまけに兄さんの話を付けて。

 サービス精神が旺盛なのもいいが、変なことを吹き込んでないといいけど……

 

 ――ぐらり。

 

 機体が揺れた。

 ……飛行機が、動いているぞ……

 

「だ、ダメでした……! き、規則で、このフェーズでは管制官からの命令でしか離陸を止めることはできないって、機長が……」

 

 2階から降りてきたアテンダントが、ガクガクと震えながらキンジを見ている、

 ……やっぱりか。だろうとは思ったが、ここまで予想通りだと逆にスッキリするな。

 

「バカッ、ヤロウ!」

「ひぃぃっ!」

「おい、よせ……!」

 

 今にも銃を抜いてアリア式の脅しを実行しようとするキンジを手で制す。

 

「……すまない。少し、冷静を欠いてたみたいだ」

 

 止められないものは仕方ない。

 別の手段を考えるしかないだろう。

 爆弾が絶対に仕掛けられているという保証もないが、もしも仕掛けられていた場合は大問題だ。

 

(また、無能の武偵扱いされちまうかもな……)

 

 それだけは避けなければ。

 キンジのためにも、オレのためにも、アリアのためにも――

 全武偵のためにも、絶対に阻止しなければ……!

 

 別の作戦が思い付いたらしいキンジが、脅かしてしまったアテンダントをなだめてから……ロンドンに帰るらしい(?)アリアの席へと案内してもらう。

 既にベルト着用のサインは消灯しており、自由に移動ができる時間だ。

 

「……き、キンジ!? そ、それにカイトまで……!」

 

 オレのような一般庶民には、一生入ることのないようなスィートルームに入ると――アリアが、赤紫色(カメリア)の瞳を大きく見開いた。

 いきなり押しかけてきたことに驚いているようだ。こないだとは立場が逆になったな。

 

「さすがはリアル貴族様だな。これ、チケット、片道20万くらいするんだろ?」

 

 部屋の全体を見渡してから、キンジが嫌味のように言う。

 それを聞いたアリアが、座席から立ち上がってオレたちを睨んできた。

 オレはなにも言ってないし、当日の料金で40万だったぞ、キンジ。

 

「――断りもなく部屋に押しかけてくるなんて、失礼よっ!」

「お前に、そのセリフを言う権利はないだろ」

 

 うんうん。

 本当にそれだわ。

 

「……なんで来ちゃったのよ」

「太陽はなんで登る? 月はなぜ輝く?」

「うるさい! 答えないと風穴よ!」

 

 出たな。アリアの十八番、風穴。

 ムカついたアリアが、スカートの裾に手をやった。

 それを見て、キンジがちょっと安堵する。

 ……なぜに?

 

「武偵憲章2条。依頼人との契約は絶対に守れ」

「ま、そういうことだな」

 

 そう言うオレたちに、アリアは頭を傾げる。

 

「俺たちはこう約束した。強襲科(アサルト)に戻ってから最初に起きた事件を、1件だけ、お前と一緒に解決してやる――『武偵殺し』の1件はまだ未解決だろ」

「なによ……何もできない、役立たずのクセに!」

 

 前にオレのお見舞いに来た時のアリアが言ったように、オレたちのことを役立たず扱いをしてくる。

 が、オレにはその意味することがわかっていた。

 アリアは、オレたちを危険な目に合わせたくないのだろう。

 だからわざわざ「役立たず」なんて言い方で遠ざけようとしているんだ。

 

「帰りなさい! あんたたちのおかげでよ――――く分かったの、あたしはやっぱり『独唱曲(アリア)』! あたしのパートナーになれるやつなんか、世界のどっこにもいないんだわ! 

 武偵殺しだろうが誰だろうが、あたしはずっと1人で戦い続けるって決めたのよ」

 

 アリアの悲痛な叫びが、スィートルームに響く。

 

「もうちょっと早く、そう言ってもらいたかったもんだな」

 

 キンジは室内にあった座席に腰を下ろして、わざとらしく、窓から眼下の街並みを眺め始める。

 

「……ロンドンに着いたらすぐに引き返しなさい。エコノミーのチケットぐらい、手切れ金がわりに買い取ってあげるからっ! あんたはもう他人っ! あたしにはもう話しかけないことっ!」

「……最初から、他人だろ」

「うるさい! 発言禁止!」

 

 まるでキンジにもアリアの言動が移ってしまったかのような……

 そんな会話を見ながら、オレは室内を後にしようとする。

 

「どこに行くのよ! 危ないんだから黙ってなさいよ!」

「……ちょっと。お手洗いに」

 

 女の子っぽい言い方でお茶を濁して、後ろ手を振りながら室内を後にしたのだった。

 

(さて、オレはオレなりの作戦で武偵殺しを何とかしますか……)

 

 オレの推理が正しければ――

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 揺れるような強風の中、ANA600便は東京湾上空へと出た。

 もうすでに引き返すことはできない。

 もしも、武偵殺しが――オレの推理通りに乗員しているとしたら。

 オレたち――3人。アリア、オレ、キンジで武偵殺しを何とかしなければならない。

 

 あの武偵として超有名だった遠山金一さんですら葬られた武偵殺しと、だ。

 

 本当にオレたちだけでやれるのか……?

 そんな思いが頭の中をぐるぐると回っている。

 あのアリアですら苦戦している相手……

 

 本当に、本当に、本当に勝てるのか?

 

 ……そう思うと、身体の芯が熱くなってくる。

 オレの中のスイッチが、軽く入りそうになっていた。

 

『――お客様に、お詫び申し上げます。当機は台風による乱気流を迂回するため、到着が30分ほど遅れる見込みでございます』

 

 機内アナウンスが流れ、飛行機は揺れながらも空を飛ぶ。

 窓の外からは雷鳴が(とどろ)き、人の恐怖心を煽る。

 

「……別に雷は嫌いじゃないが、飛行機で聞くと怖さが半端ないな」

 

 通路を適当に徘徊しながら、小さな声で呟く。

 

 オレが機内を適当に徘徊しているのには、意味がある。

 こうすることで、この機内に乗っているはずの武偵殺しを誘うため。

 トイレに駆け込んだ後、オレはふらふらと迷うような素振りで徘徊している。

 

 武偵殺しの事件はとあるパターンがある。

 前に事件を引き起こした際、最初の事件はバイクジャックだった。

 次の事件はカージャック。そして、最後に()()()()()()

 だが、シージャックは『武偵殺し』の事件としては公表されておらず、ジャック事件として扱われていない。いわゆる、可能性事件に分類されてしまっている。

 

 そして、武偵殺しは一定の期間を置いて……再び、事件を引き起こした。

 ――オレたちが巻き込まれたチャリジャックが1件目。

 ――武偵高生徒を巻き込んだバスジャックが2件目。

 ――現在、オレが乗っているANA600便が3件目になる。

 

 去年の浦賀沖海難事故で武偵が殺されたように、

 今回の事件もまた、一人の武偵を殺すために仕組まれた大掛かりな罠……

 つまり、この飛行機が最後の舞台だ。

 

 ――アリア1人を狙った、武偵殺しの挑戦状だったのだ。

 

 

「…………」

 

 携帯にSIMを挿入し、携帯を使える状態にしてから……

 オレにヒントを教えてくれた武偵殺しに、答えのメールを送る。

 

 すると、返事は一瞬で返ってきた――

 

「――正解」

 

 ――パァン! パァン!

 

 返事と銃弾がセットで返ってきた……ッ!

 

「うら……ぁッ!」

 

 心臓が跳ね上がるほどの生命危機に際して、オレは振り向きざまに蹴りを放つことで銃弾の軌道を変える。

 だが、反応したのが遅かったせいで……銃弾がオレの肘と肩に被弾してしまう。

 ――武器は、通常モデルのワルサーP99。装弾数は16発で、悪くない銃だ。

 

 だが、今の一瞬でオレの中のスイッチが完全に入ってしまった。

 

「よォ、手荒い歓迎だな……せっかく、オレが答えてやったってのによォ……」

 

 いつもよりも荒い口調で、オレはいきなり銃をぶっ放してきたフライトアテンダントに向き直る。

 

「ノンノン。これは私なりのご褒美なの」

「……じゃあ、オレもご褒美をやらないとなァ! ここまで導いてくれたお礼だ!」

 

 ホルスターから二丁拳銃のうち一丁を抜き、牽制のための銃弾をばら撒く。

 オレの愛銃――Z-Mウェポンズストライクガンは装弾数が12発。

 純粋なる打ち合いでは、完全にこちらが不利。

 ならば、距離を稼ぎつつ……お互いの銃弾が尽きた瞬間を狙い、一気に間合いを詰めて近接戦闘へと持ち込む。

 

 だが、オレが照準を定めた瞬間……

 飛行機が、大きく揺れた。

 

「……!」

「おろろ、っと!」

 

 その瞬間、狙いを外したオレとの間合いを詰めてきた……!

 咄嗟に守ろうとするが、その判断がよくなかった。

 アテンダントは銃撃ではなく、鋭い蹴りでオレの手首を蹴り上げたのだ。

 バランスを崩し、蹴りが綺麗に決まってしまった。

 ストライクガンが手から離れ、宙を舞って……床に叩き付けられたストライクガンが遠くへ滑っていく。

 

「しまっ……!」

 

 もう一丁の銃を抜こうとした時、またしても飛行機が大きく揺れる。

 くっそ……! どうなってんだ、この飛行機は……!

 

「――そのまま、大人しく眠っててね」

 

 アテンダントの髪が、ふわっ、と舞った。

 まるで、髪が意志を持っているかのように。

 

(……超能力者(ステルス)かっ!?)

 

 さすがに予想外の攻撃だったため、髪による攻撃を思いっきり受けてしまう。

 髪の中にまぎれていた注射器が首筋に刺さり、内容液を打ち込まれながら壁に叩き付けられた。

 そして、アテンダントはその場から立ち去っていく。

 

「待ちやがれ……ッ!」

 

 深呼吸を一つ入れ、全身の筋肉を駆使して跳ね上がるようにして立ち上がる。

 が、すでにアテンダントの姿は見えなくなっていた。

 くっそ、何を打たれたのかわからないぞ。今のところ問題はないっぽいが……

 

 ――だが、武偵殺しに関しては問題ない。

 

 今のどさくさに紛れて、蹴りを放ってきた瞬間に発信機を靴裏に貼り付けておいた。

 超能力者をだったのはちと予想外だが、この場でオレが負けたのはわざとだ。

 ヤツの手の内を測るための準備運動に過ぎない。

 

「あー、それにしても完全にスイッチ入ってんな」

 

 吹っ飛ばされた銃を拾いながら、自分の状態を冷静に分析した。

 オレには、キンジで言うところの無敵モードのような力を持っている。

 武偵用語で言うところの『マル乗』だ。

 

 もっと簡単に言えば、乗能力者(じょうのうりょくしゃ)だ。

 逆に詳しく説明すれば『条件付きのマル乗、レベル50』という用語(ターム)で説明することができる。

 

 そのトリガーは、生存本能を強く感じた時。

 つまりは、死の危機に瀕した際や極度の緊張状態になった時に切り替わるのだ。

 

 この能力を持つ人間は、一定量以上の神経伝達物質であるアドレナリンが分泌されると、常人の約50倍もの量の神経伝達物質を介して、大脳・小脳・脊髄といった中枢神経系の活動を劇的に飛躍させる。

 その結果、オレは常人を超越した状態になるのだ。つまり、キンジの無敵モード同様に強くなれるというわけである。

 

 本人から聞いたわけではないが、キンジもオレと同じ『乗能力者』だろうことは明白だ。

 トリガーはオレとは違うようだが……

 いったい、何がトリガーなんだろうな。

 

 だがしかし、この状態のオレには決定的な欠点がある。

 武偵として重大な欠点が……

 それは、殺人さえも厭わない性格になってしまうのだ。

 

 

「……1階のバーにいるみたいだな。待ってろよ、お前を――」

 

 オレが必ず――

 

 

 




 不穏なセリフで、今回は終了です。

 ようやく主人公の能力が説明されましたね。
 乗能力者……キンジのヒステリアモードと似たようなもので、トリガーは違うものの性質自体は同じ。
 
 ヒステリア・ノルマーレが『条件付きのマル乗、レベル30』に対して、カイトのは『条件付きのマル乗、レベル50』。
 これはヒステリア・ベルゼとほぼ同等の力になりますね。

 そのトリガーは『生存本能』を強く感じた時、というもので……詳しくは今後説明があると思います。そのうちの一つが生命危機の瀕した時ですね。


 ていうか、序盤からベルキンと同等ってインフレ激しそうですね……まあ、そこら辺も色々と考えてます。



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第11弾 理子

今回は1万字オーバーです


 あの後、武偵殺しが1階のバーに留まっているのを確認してから……

 オレはキンジたちと合流した。

 

 どうやらキンジたちは、オレから逃げるアテンダントと遭遇し、無毒なガス缶に一杯食わされたらしい。

 

 電気が消え、非常灯だけを頼りにオレたちは慎重に1階へと降りていく。

 1階は豪奢に飾り付けられたバーになっている。

 その、豪華なシャンデリアの下。

 バーカウンターに、足を組んで座っている女がいた。さっきのアテンダントに扮していた武偵殺しだ。

 

「なっ……!?」

 

 女に拳銃を向けながら、にじり寄っていくオレたちは眉をひそめる。

 なぜなら、そいつはアテンダントの格好ではなく……臙脂色の、武偵高制服を。

 それもヒラヒラで、フリフリな――まるで理子が着ているような改造制服を着ているのだ。

 

「来ちゃったんだね、カイト」

 

 少しだけ悲しそうな表情を作ってから……ベリベリッ。

 顔を覆っていた、薄い覆面(マスク)のような特殊メイクを剥がしていく……

 探偵科の十八番の、変装道具だ。

 

「――理子、だと!?」

Bon soir(こんばんは)

 

 くいっ、とカウンターに置かれていた青いカクテル――スカイ・ダイビングを飲み、ぱちり、とオレにウィンクしてきたのは、やっぱり理子だった。

 ……あまりに予想外な展開に、オレは軽く目眩を感じてしまう。

 理子が、武偵殺し……だって? 冗談がキツいぞ、理子……!

 

「――さて。アタマとカラダで人と戦う才能ってさ、けっこー遺伝するんだよね。武偵高にも、お前たちみたいな遺伝系の天才がけっこういる。でも……お前の一族は特別だよ、オルメス」

「――!」

 

 ――オルメスという単語に、アリアは感電したかのように身を硬直させた。

 

 その家名には聞き覚えがある。

 理子が前に、口にしていた名前だ。

 ホームズのフランス語読み……

 さっきの『Bon soir(こんばんは)」もフランス語だった。

 

「あんた……一体……何者よ……!」

「くふっ」

 

 眉を寄せたアリアに、理子がいつもの笑いを浮かべる。

 

「理子・峰・リュパン四世――それが理子の本当の名前」

 

 ……フランスの、大怪盗。

 探偵科の教科書にも載っているほどの有名人。

 理子は、アルセーヌ・リュパンの曾孫だって言うのか……!

 

「でも……家の人はみんな理子を『理子』とは呼んではくれなかった。お母さまが付けてくれた、このかっわいい名前を……。呼び方が、おかしいんだよ」

「おかしいだって……?」

 

 オレが思わず言葉を漏らしてしまう。

 

「4世。4世。4世さまぁー。どいつもこいつも、使用人どもまで……理子を呼んでたんだよ。ひっどいよねぇ」

「――そ、それがどうしたってのよ……4世の何が悪いってのよ……!」

 

 それは禁句だ。

 オレには、わかる。

 かつて、オレも似たような立場にいたからこそ、オレにはよくわかる。

 

「――悪いに決まってんだろ!! あたしは数字か!? あたしはただの、DNAか!? あたしは理子だ! お母さまが名付けてくれた、この名前があたしだ! 数字なんかじゃない!! どいつもこいつもよォ!」

 

 案の定、キレた理子が――

 どこか、オレたちではない、どこかに怒りを露わにしていた。

 

(ひい)お爺さまを越えなければ、あたしは一生あたしじゃない、『リュパンの曾孫』として扱われる。だからイー・ウーに入って、この力を得た――この力で、あたしはもぎ取るんだ――あたしをっ!」

 

 それはまさに理子の心の叫び。

 まるで話を理解できていないキンジと、深刻な面持ちで話を聞いているアリア、

 

「ま、待て。待て待て! お前は何を言っているんだ……!? オルメスって何だ!? イー・ウーって何だ!? 武偵殺しは……お前の、仕業だったのかよ!?」

「……『武偵殺し』? ああ、あんなのは」

 

 じろっ、と理子がアリアを一睨み。

 

「序章を兼ねたお遊びよ――本命はオルメス4世――アリア、お前だ!」

 

 まるで獣のような瞳で、アリアを睨む。

 その姿は、いつもの理子の可愛らしさなんて微塵も残っていない。

 いや、理子はきちんと可愛いけども。

 

「100年前、曾お爺さま同士の対決は引き分けで終わった。つまり、オルメス4世を(たお)せば、あたしは曾お爺さまを越えたことを証明できる。キンジ……お前もちゃんと、役割を果たせよ?」

 

 獣の瞳が、今度はキンジを捉える。

 

「オルメスの一族には一体となるパートナーが必要なんだ。曾お爺さまと戦ったオルメスには、優秀なパートナーがいた。だから条件をあわせるために、お前をくっつけてやったんだよ。想定外もあったけどさ」

 

 そして、今度はオレに向けられる。

 ……想定外ってのは、オレのことかよ。

 もしかして、オレって手違いで巻き込まれたの……?

 いやいやいや、ありえんだろ。それはさすがに。

 

 ……ないよな?

 

「俺とアリアを、お前が……?」

「そっ」

 

 オレが困惑している間にも、理子の話は続いていく。

 

「キンジのチャリに爆弾を仕掛けて、わっかりやすぅーい電波を出してあげたの」

「あたしが『武偵殺し』の電波を追っていることに気が付いていたのね……」

「そりゃ気付くよぉー。あんなに堂々と通信科に出入りしてたらねー。でも、キンジの方は乗り気はじゃないみたいでぇ……バスジャックに協力させてあげたんだぁ」

 

 ――キンジのチャリ。

 その言葉に、オレは一つの答えに辿り着く。

 オレが乗っていた電動ロードバイクはキンジもたまに乗っていたのだ。

 つまり、キンジがどのチャリに乗るのかがわからなかったため……オレの方にも仕掛けられていた、というわけか。

 

 もう決めたぞ。次のチャリは絶対にキンジは乗せねぇー!

 

「バスジャックも……!?」

「カイト、キンジーぃ。武偵はどんな理由があっても、人に腕時計を預けちゃダメだよ? 狂った時計を見たら、チコクしちゃうぞー?」

 

 ――そのことにも心当たりがある。

 オレは、理子の手によって腕時計を壊された。

 もちろん、オレは戻ってきた時計が狂ってたんで、時間を戻した。

 

 ――そう、キンジの腕時計でな。

 

 いや、今考えればアホかと思う。

 オレが悪いんだろうな、これは。

 でもよォ……まさか、ここまで運命のイタズラのような感じでハマっていくとさァ……

 

 さすがにキレそうになるってもんだ。

 

「何もかも……お前の計画通りだったってワケかよ……!」

「んー。そうでもないよ? カイトに関しては完全に事故みたいなものだしぃ、キンジとアリアがくっつききらなかったのは、予想外だったのです。理子がやったお兄さんの話を出すまで動かなかったのは、意外だった」

 

 ……いま、ハッキリと事故って言ったな。オイ、ぶっ飛ばすぞ。

 

「……兄さんを、お前が……! お前が……!」

 

 オレが変な部分で激昂していると、キンジが理子の挑発じみた発言に乗せられている。

 仕方ねぇな。ここはオレがキンジに変わりに怒ってやるよ。まだ通常モードのキンジに代わって、な。

 

「……キンジ。挑発なんかに乗るな」

「これが落ち着いていられるかよ!」

「――黙れよ。理子が本当にお前の兄貴を殺したんだとすれば、今のお前には絶対に勝てない」

 

 キンジよりも前に進み、片手で飛び出さないよう制する。

 

「だからって……ッぅ!」

「あー、本当に面倒くせえな」

 

 そのまま振り返り、武偵殺しの自称する理子を前にしても無防備な腹に向かってボディーブローを叩き込む。

 

「カイト……あんたなにやってるのよ!」

 

 オレの行動に、アリアが怒りを露わにする。

 

「今のキンジは冷静さを欠いてる状態だ。しかも、実力に差がある状態で突っ込もうってするのはバカのすることだ。だから、少しだけ落ち着いてもらった」

 

 そこに少しだけ私念がないか、って言われれば微妙だが……

 まあ、少しは落ち着けただろう。

 

「なあ、理子」

「なにかな、カーくん」

「オレは、部外者ってことでいいのか?」

「――そうだよ。お前は本来なら、この場所にいなかったはずの存在だ。端役(エキストラ)なんだよ、カイト」

 

 だから、お前はお呼びじゃない。

 とでも言いたげな態度で、理子が言う。

 よーく、わかったぞ。

 

 つまり、あれだな?

 オレはお前に八つ当たりする権利があるってことだよなァ?

 

「――は。ハ、ハハ。お前よォ、人を勝手にこんな空の監獄まで招いておいてさァ、そりゃねえだろ」

「…………」

「だから、オレは勝手にやるよ」

 

 ジャキッ、とホルスターから二丁拳銃を抜いた。

 今度は手加減なしの本気モードで行く。

 出し惜しみはなしだ。

 

「覚悟しろよ、リュパン4世様?」

「その名前で呼ぶなァァァァ!」

 

 オレの露骨な挑発に、まるで挑発に乗ったかのような感じで飛び出してくる。

 だが、それは挑発に乗った振りだ。少しはイラっとはしてるのかもしれないが。

 さすがは理子だ。嫌いな呼び名で呼ばれたからといって、冷静さを欠いたりはしない。

 

 地面を力強く蹴り、今度は一気に間合いを詰める。

 ストライクガンの適正は超至近距離での近接格闘戦だからだ。

 つまりは、弾丸を発射できる打撃武器。

 

 理子が持つのは、オレのよりも小振りな拳銃であるワルサーP99。

 先の件で既に2発撃っているから、装弾数は14発だろう。

 いや、最初から薬室に銃弾を込めていたとすれば……15発か。

 

「そういや、お前と戦うのも1年振りくらいだなァ!」

 

 そう、オレが最初に理子と戦ったのは――入学試験の時だ。

 キンジと対峙していて、完全にスイッチが入っていたオレは……理子のことを男が女を組み敷くかのようにして決着を付けている。

 だから、本気で戦えば、オレが勝つはずだ。

 

 だが――!

 

「お前、あの時は手を抜いてやがったな……」

「くふっ。実力は最後の最後まで隠しておくべきだよ!」

 

 バッ、ババババッ!

 

 お互いに銃口から火花を散らせながら、まるで剣舞(ダンス)を演じるかのような鮮やかなステップで射撃線を避け、躱し、腕を弾き、銃弾をぶっ放す。

 これが武偵同士の近接拳銃戦(アル=カタ)だ。

 

 そして、先に弾切れを起こしたのは――オレの方だ。

 引き金をカチッ、カチッ、っと露骨に弾切れをアピールしながら、弾倉を抜き落とす。

 その隙を見逃さない理子が撃とうとした瞬間、オレは更に間合い詰め――両脇で両腕を挟み込む。

 顔を少しだけ前に出すだけで、理子と熱いキス楽しめてしまうほどの至近距離。

 

「――アリア、キンジ!」

 

 そんな絶好のチャンスに、アリアとキンジの名を呼ぶ。

 オレの意図に気付いたアリアが、銃を構えながら近付いていく。

 

「そこまでよ理子!」

 

 キンジは赤く光るバタフライ・ナイフを片手に理子を囲むように立つ。

 

「まさかカイトが二丁拳銃(ダブラ)なんて驚いたなぁ……」

「人の前ではあんまり見せてなかったしな。それに両手が塞がるの不便だろ?」

「カイトもアリアと同じく双剣双銃(カドラ)を目指したら?」

「剣は苦手だ」

 

 時間稼ぎのつもりか、理子はオレと得にもならない会話を続ける。

 

「……あー、お前と会話してるのも悪くねぇが、いい加減に諦めて降伏しろ。諦めないってなら強引にキスするぞ? あ?」

 

 オレが理子の唇に顔を近付けながら、冗談めかして言うと……

 

「――え」

 

 理子はその言葉に顔を薄っすらと赤く染め、困惑したような笑みを浮かべる。

 左右の視線が痛いが、気にしない。

 

「やだなぁ……理子、本気にしちゃうよ――っ!」

 

 しゅる……しるるっ。

 理子の、ツーサイドアップの、髪が妖しくふわりと舞い上がっていく。

 まるで蛇のように、髪自体が独立した意志を持つかのような……

 

 シャ――ッ!

 

 理子の拘束を解き、その場から後ろに飛び退く……!

 

 ――ガギィィン!

 

 背中に隠していたと思われるナイフを、間一髪でストライクガンのマズルスパイクでもって防ぐ。

 理子が超能力(ステルス)持ちであることを事前に知っていたオレは、何とか防ぐことができた。

 

 シュ――ッ!

 

 だが、もう一方のテールに握られていたナイフが、鋭い風切り音と共に飛ばされる。

 

「うあっ……!」

 

 そのナイフはアリアの側頭部を掠めるように命中し、鮮血が飛び散った。

 真っ赤な、血が、血染花(けっせんか)のように咲き誇る。

 仲間がやられ、軽く動揺していたオレの隙を狙って、理子が見た目に似合わないほどの鋭い回し蹴りを放ってきた。

 

 ――ババババッ! 

 

「ち……ィッ!」

 

 理子が、懐に隠していたもう一丁の銃――ワルサーP99が火を噴いた。

 致命傷になりかねない部分だけを銃で庇って、滑り込むようにしてカウンターの中へと身を隠す。

 クソっ、思ったように動けねぇ……! 理子が、相手だからなのか?

 

「あは……あはは……! 曾お爺さま。108年の歳月は、こうも子孫に差をつくるんだね。勝負にならない。コイツ、パートナーどころか自分の実力さえ発揮できちゃいない! 勝てる! 勝てるよ! 理子は今日、理子になれるんだ! あは、あははは、はははは!」

 

 狂ったような笑い声を上げながら――

 恐るべき力を持った髪でもって、突き飛ばしたアリアの胸元に銃を撃ち放った。

 いくら制服が防弾だとはいえ、ほぼゼロ距離で打たれれば衝撃で肋骨が吹き飛んでもおかしくないぞ!

 

「アリア……アリア!」

「キンジ、アリアを安全な場所に連れて行け!」

「だが……!」

「いいから、行け! オレが時間を稼ぐ」

 

 そんなオレの言葉に、キンジはアリアを抱えてバーから抱えて走っていった。

 

「きゃははははっ! ねえねえ、こんな狭い場所からどうやって逃げるつもりなのかなぁ?」

「ふん……逃げる必要はない。ただ、あいつが無敵モードになるまで時間を稼ぐだけだ」

「無敵モード? ああ、HSSのことね」

「HSS……?」

 

 こいつ、キンジの力を知っているのか……!?

 

「でもぉ、まさかカイトもHSS持ちだとは思わなかったなぁ……誰でなったの?」

「……? よくわからないが、オレの力のことも知ってるのかよ」

「あはっ、とっても深いとこまで知ってるよ」

「あ、そう……まァ、知ってるってなら教えてやるよ」

 

 お前は、オレにこの飛行機のことも教えてくれたしな。

 

「――理子だ。お前以外に、いないだろうが」

「――えっ。え、あ……そ、そーなんだ」

「あ? どうした? お前が、オレを本気にさせたんだぞ? 喜べよ」

 

 なんか理子の様子が少しおかしい。

 顔も少し赤いし、瞳孔も少し開き気味だし、顔に発汗も見られる。

 ……まさかとは思うけどよ、さっきの酒での酔いが回ってきたのか?

 スカイ・ダイビングなんて度数の高い酒を飲んだ後に激しい運動をするからだ。

 

 理子のバカっぽさに緊張感が軽く解れる。

 いいぞ、もう少しだけ時間稼ぎをさせてもらおうか。

 

「……で、疑問なんだがよォ」

「……う、うん」

「お前、なんでオレに飛行機の情報をメールで送ってきたんだよ」

「……?」

 

 いや、そこで首を傾げられてもな。

 

「……何を言っている? 理子はそんなことしてないぞ」

「…………はァ?」

「お前が勝手に首を突っ込んできたんだろ。せっかく、眠剤(ミンザイ)まで打ってあげたのに。カイトってば人の親切を何とも思わないんだから」

 

 おいおい、ちょっと待ってくれ。

 オレにメールを送ってきたのは、こいつじゃないのか?

 じゃあ、誰なんだよ。

 

 ――オレを、こんな場所に引きずり込んだのは!

 

「まあ、いいさ。過ぎたことだしな」

「じゃあ、時間稼ぎも終わりだよ!」

 

 瞬間、オレはカウンターから勢いよく飛び出す。

 声の方向から、オレはおおよの位置は把握できている。

 銃を鈍器のように振り下ろす。

 

「甘いよッ!」

 

 それを髪がばしっ、と弾き上げる。

 髪のクセにバカみたいな怪力だな……!

 

 オレの残弾数は――0。

 予備弾倉は持ってきているが、込めていない。

 なぜなら、オレは勝てる見込みを感じていないからだ。

 相手が理子だったからか、オレの条件付きマル乗が……理子流に言えば、HSSが切れかけている。

 今でこそ対応できているが、完全に切れたら……オレは殺される。

 

 キンジの、兄貴のように……

 

「だから、お前に最後の技を見せてやるよ。見物料は――お前の心だ!」

 

 まるで怪盗のようなセリフで、オレは片方の銃をふわりと上に投げる。

 今からオレがやるのは、完全に曲芸の域だ

 もしかしたら、これだけでメシが食っていけるかもしれない。

 

 意識を集中させると、視界がまるでハイパースローモーションのように遅くなっていく。

 腰から素早く予備弾倉を取り出し、弾倉にセットされている銃弾を親指で2発分を弾き上げる。 

 銃弾2発と銃が宙を舞う中、理子が黙ってみているわけもなく――長い髪が襲いかかってくるのが見えた。

 

 ――だが、オレの方が早いッ!

 

 銃を思いっきり突き出し、勢いよく引き戻す……!

 すると、スライドが引かれた状態となり、ほんの一瞬、空っぽの薬室が見えるようになる。

 オレは先程弾き上げた銃弾を掴み、薬室の中に直接セットする――!

 後はスライドストップを押せば、いつでも銃弾を撃てる状態に。

 

 ――その間、0.4秒。

 

 そして、セットしたタイミングで手元に落ちてきた銃を掴み、セットした銃を上へ投げる。

 先程と同じ工程を、もう一度。

 

 ――合わせて、0.9秒。

 

 いまだ、1秒も経っていない。

 我ながら神業めいた動きだと思う。

 その証拠に、理子が驚いている。

 

「次の相手はキンジとアリアだ。オレは邪魔者らしく退散させてもらうぞ」

 

 カウンターを蹴り、豪華なシャンデリアの上へと。

 それを支えているチェーンをマズルスパイクで切断。

 

 ガシャァァァァン!

 

 大きな音を立て、シャンデリアが落下する。

 仄暗かったバーの灯りが完全に失われ、理子はオレの場所を見失う。

 だが、オレには見えている。

 理子の靴が、発信機に塗ってあった特殊な塗料によって光っているから。

 

 ――バァン! バァン!

 

 再装填(リロード)した2発の銃弾を、理子の足元に撃ち込む。

 その隙にオレはバーから一気に飛び出した。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「バッドエンドの時間ですよー。くふっ、くふふっ」

 

 そんな陽気な理子の声が聞こえてきた。

 理子はアリアとキンジが潜むスイートルームの鍵を開け、侵入していく。

 両手には銃を携え、髪の毛には2本のナイフ。

 

「もしかしたら仲間割れして自滅しちゃうかなぁーなんて思ってたけどー、そうはならなかったみたいだから、ここで理子の登場でぇーす」

 

 そこで、理子が何かに気付いたような笑い声を上げた。

 

「あはっ。アリアと何かシたんだ? よくできるねぇ、この状況下で」

 

 ……オレは、息を呑む。

 あの後、無事に逃げ出せたんだが……狭い飛行機の中に逃げ場はなく、キンジたちのいる部屋に駆け込んだ。

 キンジはHSSとやらになっていたみたいで、顔を見るだけで強くなっていることがわかった。

 たぶん、かなり強烈なヤツだ。

 既にHSSが切れているオレでもわかる。

 

(……キンジも、オレと同じタイプなのかもしれない)

 

 生存本能を強く刺激されることで、身体が活性化される。

 キンジもこの状況下に死の恐怖を感じとったのだろう。

 

 そして、オレは冷蔵庫の中に隠れている。

 バレないように電源を付けた状態で入っているから、めちゃくちゃ寒い。

 外の様子はキンジの胸ポケットに仕込んだカメラ映像から。

 

「で、アリアとカイトは? 死んじゃった?」

 

 髪のナイフをベッドの盛り上がりに向ける。

 あからさまなダミー。

 

「さあな?」

 

 今のキンジは完璧なポーカーフェイスになっているだろう。

 まったく、頼もしいぜ。

 

「ああ……その眼……いいよ、最高だよキンジ。勢い余って殺しちゃうかも」

「そのつもりで来るといい。じゃなきゃ、お前が殺される」

 

 理子は瞳を細め、キンジに拳銃を向けてきた。

 

「――(さい)(こう)だよ、キンジ。見せて、オルメスの、パートナーの力」

 

 引き金を引こうとした、理子に。

 キンジは、ベッドの脇に隠していた酸素ボンベを掲げる。

 

「――!」

 

 撃てば爆発する。

 お互いに。

 その一瞬の思考が、理子の手を緩める。

 

 ……その一瞬で、今のキンジには十分だった。

 

 ボンベを投げ、理子に飛びかかる。

 先の件でもわかる通り、男と女で体格に差がある場合――キンジの方が圧倒的に有利だ。

 キンッ! とキンジが折りたたんであったバタフライ・ナイフをを開く。

 

 その瞬間、飛行機が揺れた。

 

「うっ!?」

 

 完全に予想外な揺れに、キンジがバランスを崩す。

 斜めに傾いた部屋の中で、理子だけが自然体でいた。

 そして、キンジの額に向かって引き金を――絞った!

 

 この姿勢では完全に避けられない。

 絶対に、避けられない……!

 思わず飛び出そうとした時――

 

 ――ガギィィィィンッ!!

 

 キンジが、弾丸を銃弾を斬った。

 弾丸斬り。普通ではありえない技を前に、変な笑いが出そうになる。

 

(……さっきの、オレの技も自分ですごいと思っていたが、キンジの方が何倍もすごい)

 

 まさに神業だ。

 

「動くな!」

「アリアを撃つよ!」

 

 キンジがアリアから借り受けた黒のガバメントを構え、

 形勢不利を感じとった理子がシャワールームにワルサーP99を向ける。

 

 だが、そこには――!

 

 ガタンッ!

 

 誰もいない。

 本当に隠れていたのは、天井の荷物入れだったからだ!

 

 ガンガンッ!

 

 理子の左右のワルサーを、精密に弾き落とした。

 

「……!!」

 

 さらにアリアは空中で銃を手放し、目にも留まらぬ早さで日本刀を抜き放つ。

 

「――やぁっ!」

 

 抜刀とともに、理子の左右のツインテールが切り落とされる、

 ばさっ、ばさっ。

 触手として機能を持っていた髪が落とされたことで、ナイフもまた同様に落とされる、

 

(……よし、今だ!)

 

 オレは既にモードが切れかけているが、それでも加勢する。

 数が多いに越したことはない。

 

「理子……いや、武偵殺し! 覚悟してもらおうか」

「……っ」

 

 ここにきて、初めて理子が焦りの表情を浮かべる。

 

「峰・理子・リュパン4世――」「殺人未遂の現行犯で逮捕するわ!」

 

 キンジとアリアが、完全に息のあった動作で黒と銀のガバメントを向けた。

 オレも、いちおう二丁のガバメントを向ける。

 

「そっかぁ、ベッドにいると思わせて、シャワールームにいると思わせて――どっちも、ブラフ。本当はアリアの体格を活かしてキャビネットの中かぁ……しかも、カイトが冷蔵庫の中にいるなんてね……完全に予想外だよぉ」

 

 ……まあ、電源の入った冷蔵庫に。

 しかも飛行機に備え付けてある小さい冷蔵庫に人が入ってるなんて、普通は思わないよな。

 おかげで身体がめちゃくちゃ痛てぇし。

 

「3人とも、誇ってもいいよ。理子、ここまで追い詰められたのは初めて」

「追い詰めるも何も、チェックメイトよ!」

「ぶわぁーか」

 

 負け惜しみのつもりか、理子がそう言うと……

 切られたはずの髪が……もこもこっと全体的に蠢く。

 

「やめろ! 何をしている!」

 

 キンジが捕らえようとした瞬間、飛行機が再び揺れた。

 今度のはさっきよりも大きい。

 立っているのも難しいくらいだ。

 

「ばいばいきーん」

 

 次の瞬間、理子は何事もなかったかのようにスイートルームを飛び出していた。

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「……どこに逃げるつもりなんだよ」

 

 銃を向けながら、オレがそう言うと……

 

「くふっ、カイト。それ以上近付かないほうがいいよー?」

 

 にい、と白い歯を見せながら理子が笑う。

 その背後には理子を囲むようにして、粘土状のもの――おそらくは爆弾が貼り付けられている。

 

「ご存知のとおり、『武偵殺し(ワタクシ)』は爆弾使いですから」

 

 オレが近づくのをやめたのを見て、理子はスカートをちょこんとつまんで少しだけ持ち上げ、慇懃無礼(いんぎんぶれい)にお辞儀してきた。

 こういうのを絶対領域って言うんだったか? 

 などと場違いな感想を抱きつつ……

 

「ねえ、キンジ。この世の天国――イ・ウーに来ない? 1人ぐらいならタンデムできるし、連れて行ってあげられるから」

「――理子。オレはイ・ウーに関して詳しくは知らないが、それって犯罪組織なんだろ? オレは武偵なんだよ。武偵である以上は武偵法9条を守らなきゃいけない」

 

 武偵法9条とは。

 武偵は如何なる状況に()いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。 

 

「あ。それは困るなー。キンジには武偵のままでいてもらいたいしー」

 

 理子は軽くウィンクしてから、身体を抱きしめるようにして――

 

「じゃ、二人にもよろしく伝えておいてね。あたしたちはいつでも、3人を歓迎するから」

 

 ――ドゥゥゥゥンッ!

 

 いきなり、背後の爆弾を爆発させた……!

 壁に大きな穴が空き、理子はその穴から飛び出ていった。

 パラシュートもなしに。

 

「りっ……!」

 

 オレも一瞬に飛び出そうとして、足が竦む。

 室内の空気が一気に吸い込まれていき、軽いブラックホールのような現象が。

 

 ……いや、諦めるのか?

 

 オレなら、できるはずだ……!

 

「理子ォォォォォォ――ッ!!」

 

 その流れに乗って、オレも勢いよく――飛び出した!!

 もしかしたら、死ぬかもしれない。

 その恐怖が、オレに力を与える。

 

(……理子なら、理子だったなら――絶対に無策で外に飛び出したりはしない)

 

 冷静になっていく頭で分析しながらも、オレの中で不安が募っていく。

 

「……ッ!」

 

 いいや、後のことは後で考えよう。

 オレは理子を信じるだけだ。

 

 

 ――さあ、これが最後の勝負だ……!

 

 オレを見捨てるのか、

 それとも、オレを助けるのか……!

 

「オレを舐めるなよぉぉぉぉ、理子ぉぉぉぉ!」

 

 激しい風、激しい雨、激しい雷鳴。

 その何もかもに飲まれながらも、理子の名前を口にする。

 

 そして、オレは視界の片隅で希望を見た。

 それに向かって、オレは手を伸ばす――

 

「――理子。お前なら、絶対に見捨てないって信じてたぞ」

「――ば、ばかでしょっ!? カイトってば本っ当にバカでしょ……ッ!」

「そうかもしれないが、武偵殺しのクセにオレを見捨てなかった……お前も、同じくらいバカだろ」

 

 ……ていうか、東京上空で下着姿ってお前なあ。

 あのヒラヒラでフリフリな改造制服は、簡易的なパラシュートになっていたんだ。

 そうじゃければ、こんな場所に身を投げ出したりはしないだろう。

 

 ――シュゴォォォォ……ッ!

 

 雲の間から2機のミサイルがキンジたちの乗る――ANA600便を襲う。

 

「……あれもお前の仕業か」

「うん」

 

 素直に返事をされてもなあ……

 

「……っ」

 

 そう思った時、オレの視界が滲み始めた。

 おまけに意識が遠ざかってる気がする……

 これは、睡魔か……?

 

「…………理子」

「どこか怪我でもしたの?」

「…………ね、むい」

「ええっ!!?」

 

 抗いがたい強烈な眠気を感じ、オレは落ちないように理子の身体を強く抱き締めながら……

 深い眠りへと落ちていった……




 今回の話は勘違いに勘違いを重ねてる……
 勘違い物の作品っぽくなってる件について。
 
 色々とツッコミはあるかと思いますが、『EpisodeⅠ武偵殺し編』は次回で終了です。


 ちなみに理子が飲んでてたスカイ・ダイビングは度数30度超えのカクテルですので、激しい運動をする前は控えましょう。
 あと、眠剤に関してはアドレナリンの過剰分泌で効果が抑制されていただけで、別に薬が効かなかったわけじゃあないです。

 ……じゃあ、もうひとつだけ。
 主人公が使った技ですが……キンジの弾丸斬りに比べたら、まだ人間業だと思うんですよね。カイトにも何かかっこいい(?)技を使わせたかったんです。
 あれをする意味があったのか、という疑問は……まあ、

 では、このへんで。



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第12弾 空から女の子が

今回でEpisodeⅠは終了です。

次回からEpisodeⅡが始まります。




 ――結論から言えば、オレは病室で目を覚ました。

 

 先週も病院に入院し、今週も病院に入院することになるとは……

 さすがに予想外だ。そのうち、オレは毎週のように入院するハメになるんじゃないだろうな?

 勘弁してくれよ。頼むぜ、神様。

 

 などと、神様に願いながら……空き地島に不時着したらしいB737-350を眺めていた。

 あの後、飛行機にミサイルが命中したため、墜落していったらしい。

 本来なら機長と副操縦士が事態に対応するのだが、理子の手によって眠らされていたとか。

 なので、キンジとアリアで無事に不時着させるしかない。

 燃料漏れ、防衛省の介入、空き地島全体を利用した滑走路、車輌科(ロジ)装備科(アムド)の協力……

 様々なことがあり、それでもキンジたちは前代未聞の不時着を成功させたらしい。

 

 勝手に離脱してしまったので、手助けできなかった罪悪感があるが……

 まあ、それはそれとして。

 

 オレがここまで来たのはハイジャック事件の感傷に浸るためだけではない。

 

「――カイト」

 

 折れたプロペラ――その側に。

 

「――理子」

 

 事件の黒幕――峰・理子・リュパン4世が立っていた。

 武偵としては逮捕しなければならない立場なのだろうが、今のオレにその気はない。

 

「キレイな星空だな。まさに事件の後って感じの天気で気分がいいよ」

「……そうだね。カーくんとこうして星空を眺めることになるとはねぇ」

「不満なのか? やっぱり、キンジの方がよかったか」

 

 オルメス――ホームズが真なる実力を発揮するには、優秀なパートナーが必要。

 そのパートナーはオレではなく、キンジの方だ。

 別に不満もなければ、オレがパートナーになりたいとも思わない。

 だが、理子にとってはアリアとキンジのコンビは宿願を叶えるために必要な舞台装置なのだ。

 

 理子が理子であるために、必要なライバル――。

 

「ううん、別に不満じゃないよ」

 

 その言葉にウソは見えなかった。

 

「ねえ……」

「なんだ?」

「どうして、あの時……理子のことを追って、飛び出してきたの?」

 

 ……って言われてもなあ。

 そんなの。

 そんなの決まってるだろうが。

 

「――お前が、理子が、オレの友達だからに決まってんだろ」

「……そっかぁ」

 

 たとえ、こいつが武偵殺しだとしても……

 理子はオレの大事な友達だからな。

 そりゃあ、助けるだろ。

 

 少しだけ熱くなってきた頬を掻きながら、後ろを向く。

 

「……それに、お前はまだ禁忌(タブー)は犯してないだろ」

 

 オレは確信を持って言う。

 キンジの兄さんは武偵殺しにシージャックで殺されたらしいが……

 あれはウソだろう。間違いなく。

 

 オレが理子のことを信じている、ってのもあるにはあるが……

 別の理由として、イ・ウーと呼ばれる謎の秘密組織がある。

 理子がオレたちを勧誘したところを見れば、キンジの兄さんはイ・ウーに入ったのだろう。

 だから、表の世界から消える必要があった。それこそ、1度殺されたということにして……

 

「……うん。理子りんはまだ殺人処女なのです」

「わざと際どい言い方をすんな」

「てへっ」

 

 まったく……理子はこんな時でも変わらないよ。

 それが妙に心地良い。

 

「で、しばらくは姿を消すつもりなんだろ?」

「カーくんにはそこまでわかっちゃうんだね。そうだよ」

「……どうせ、お前のことだからすぐに戻ってくるだろ」

「どーだろうねー。カーくんに会いたくなくて戻ってこないかもー?」

「…………そうか」

 

 冗談めかして言う理子に、オレは少し傷付いたような表情を浮かべ……

 

「でも、あれだ。何か困ったら頼ってくれてもいいんだぞ」

 

 女々しくもそんな言葉を口にしてしまう。

 

「……ばいばい」

 

 そう言って、理子は音もなく消えていった。

 

「……また、な」

 

 オレは誰もいなくなった後、誰に言うでもなく小さくつぶやいた。

 きっと、いつかちゃっかり武偵高に表すだろうことを期待して……

 

 オレも、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 先週は色々とあって、今週も入院してたから久しぶりの我が家。

 

「ただいまー、帰ったぞー」

 

 特にチャイムを押すこともせずに、勝手知ったる部屋の中に足を踏み入れる。

 ああ、帰ってきたって感覚で一気に疲れが押し寄せてきた。

 今日はゆっくり寝よう。誰にも邪魔をされずに……泥のように――

 

「――は?」

 

 そこには、オレの知っている光景はなかった。

 部屋の至るところに弾痕やら斬撃の痕が。

 ほとんどの家具がぶっ壊されていて、破片やら綿やらが床に無残にも散らばっている。

 

 その中心にいるのは――オルメスことホームズのアリア。

 そして、もう一人は――大和撫子を地で行く星伽白雪。

 

 お互いの髪は乱れに乱れており、台風の中を過ごしたかのような有様。

 

 これは、もう、明らかだろう。

 この惨状を引き起こしたのは――こいつらだ。

 

 あ、これモードとは違うトリガーが引かれてる気がするぞ。

 

「お前ら……」

「なによ……! いま、忙しいんだから後にしなさいよ!」

「ご、ごめんね……黒崎くん、今……このアリアを仕留めるのに忙しいの」

 

 ……もう、ね。これは何というか。

 モードにもなっていないのに、オレの中で沸き立つ不思議な感覚。

 そう、これは――

 

「お前らああああああ! ふっざけんなよおおおお! 人の部屋で何を暴れてんだよ! いい加減にしやがれッ!」

 

 ジャキッ、ジャキッ――!

 

 オレはホルスターからガバメントのカスタムガンであるストライクガンを取り出し、容赦なくぶっ放した。

 

「いいか!! ここは! オレとキンジの家なんだよッ! それを……それを……テメェらはぶっ壊しやがって!」

 

 武偵殺しの件を解決させたと思ったら、すぐにこれだ。

 

「べ ん し ょ う し ろ !」

 

 ……ああ、聞いてくれ理子。

 オレの敵は武偵殺しじゃなくて、もっと身近な場所にいたよ……

 

 どうやら、オレは完全に非日常へと足を踏み入れてしまったらしい。

 




さて、ここで残念なお知らせです。
次回からしばらくは理子の出番がありません……!
いや、何というか……仕方ないんだよぉ!

EpisodeⅡからは銀氷の魔女(ジャンヌ・ダルク)がメインになるのかな?
あとはレキかな……?

というわけで、理子の出番はEpisodeⅢまで待っててね?

ああ、私の活動報告で緋弾のアリアのアンケート的なのをやってます。
よかったら、そちらもどうぞです。


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EpisodeⅡ 銀氷の魔女
第13弾 アドシアード


 あの後に何があったのかと言われれば、予想外の誤解的発言から有耶無耶になったというのが正しい。

 そもそも事の発端はキンジを中心とした痴情のもつれが原因であり、暴れるだけ暴れた末に冷静になったアリア&白雪コンビがキンジに『どうなのよ!?』とばかりに問い詰めた結果――ホームズ家の性教育の低さが露呈した。

 

 露呈したというか学ぶまでもなく高校生ならば誰でも理解していてもおかしくはない事実をアリアは知らなかったのだ。もちろん、あの場にいたオレたちは普通に理解している。だからといって懇切丁寧に説明できるわけもなく、あの後は気まずい雰囲気のまま解散となった。

 いやまあ、まさか『キスをしたら子供が出来る』と思っていたとはね。理子辺りならオブラートに包んだ上で説明してくれたんだろうか? 流石の理子でも困惑の表情を隠せなかったかもしれないな。

 

 それから何日か経ったある日の昼休み。

 

「黒崎くん。隣に座ってもいいかな?」

 

 がやがやと騒がしい食堂で、オレがカルボナーラを、キンジがいつものハンバーグ定食を、アリアが持ち込みのももまんを食っていたら、男相手でも笑顔が爽やかな男が話しかけてきた。

 そいつの名前は不知火(しらぬい)(りょう)

 バスジャック事件の時にもお世話になったクラスメイトで、一年の頃はよく武藤や不知火とキンジとでパーティーを組んでいた。

 武偵ランクは文句なしのAランク武偵。このAランク自体は突出した才能があればなれるのだが、不知火の場合は優秀なバランス型。格闘・ナイフ・拳銃・運転・諜報、そのどれもが信頼の置ける実力を持っている。

 拳銃はLAM(レーザーサイト)付きのH&K社製SOCOMと安定感抜群だ。やはり顔が良い男は才能にも恵まれるのだろう。

 

 不知火はクラブサンドを乗せたトレーをテーブルに置いた際に僅かながらにズレたオレのトレーを、丁寧に修正する。ごめんよ、と小さく会釈することも忘れない。ほんと、イケメンだよお前は。

 

 ……余談だが、不知火はとてもモテる。

 

 気配りもできて顔もイケメンで武偵としても申し分ないんだから、モテるに決まっている。オレみたいに影でコソコソと盗撮写真で稼いでいるような諜報科の日陰者とは違う。

 だが不思議なことに、カノジョもいなければ作る気もないらしい。たまにキンジを見る目が怪しいからホモの可能性も高いのが非常に怖いところだ。まあ標的がオレではないので問題はない。

 

「聞いたぜキンジ。ちょっと事情聴取させろ。逃げたら轢いてやる」

 

 その一方でキンジのトレーを押しのけるようにしてトレーを置いてきたツンツン頭は、武藤(むとう)剛気(ごうき)

 車輌科(ロジ)の腕っこきで、乗り物に類するものなら汽車から原潜まで何でもござれな乗り物オタク。

 こっちもバスジャックの件ではお世話になったし、格安で電動ロードバイクを元値25万を5万で売ってくれたいいヤツ。

 

 ちなみにコイツの武器は不知火とは違って最悪で、メンテが楽だという理由だけで選んだ回転式弾倉(リボルバー)のコルトパイソン。装弾数も少なければ、消音器(サイレンサー)も付けられない。まったく武偵に向いていない武器である。

 

 なお先の言動でもわかる通り、剛気はモテない。

 一途にも想いを寄せている相手はいるが、キンジのせいで報われないことも確定している。

 何とも可哀想なヤツだ。

 

「事情聴取ってなんだよ……」

「お前、星伽さんとケンカしたんだって?」

 

 ……情報が早いな。

 まあ、こいつの場合は武偵特有の情報収集能力ではなく、単に白雪のことを目で追ってしまうからだろう。

 

「星伽さん落ち込んでたみたいだぞ。どうしたんだ」

「白雪とは何も……っていうか武藤。白雪を見かけたのか?」

「今朝、温室で花占いしてたのを不知火が見たって言うからよ」

「なんだよ花占いって」

「ポピュラーじゃないか」

 

 不知火が穏やかな笑みを浮かべながら言う。

 

「しらねーよ。アリア知ってるか?」

 

 キンジが聞くと、アリアは「知らない」という感じで首をふるふると振った。

 アリアが大人しいのには理由がある。

 それはももまんを食っているからだ。こいつはももまんを食っている間だけは異様に大人しい。

 

「ポピュラーつっても10年以上も前の話だけどな、流行ってたのは」

 

 少なくとも流行っている類の占いではない。周りで花占いをしているって情報を聞いたのもこれが初だ。

 まあ、一部のヤツは母親や父親に聞いて知っていたかもしれんが、現代の若者の認識としてはキンジが正しいと言えなくもない。

 

「そうなのか?」

「ああ。花の花弁をちぎっていって、スキ・キライ・スキ……ってやっていくやつだよ。大和撫子を地で行く白雪にはピッタリな占いだと思うけどな」

 

 それを聞いて、キンジは納得したような顔をする。

 

「僕に見られているのに気付いたのと、1時間目の予鈴がなったのとで……占い自体は中断してたみたいだけど。なんか涙目だったよ? ……振っちゃったの? 愛がなくなったとか?」

 

 うぎゅっ、とアリアがももまんをノドに詰まらせたかのような音が聞こえてきた。

 愛って言葉に動揺したのだろう。アリアらしい反応だ。

 

「お前なぁ……愛って言うけどな、そもそも俺と白雪はそんな関係じゃない。ただの幼馴染だ」

「幼馴染、か。言い訳の言葉としてはちょっと普通すぎるかな。噂では神埼さんと付き合い始めて、その事実を知った星伽さんが発砲したって話だよ。だから僕の推理では遠山くんを巡って、神埼さんと星伽さんが決闘したって説が有力かな。だって神埼さん強襲科でも遠山くんの話を高頻度でしてるもんね。それも楽しそうに」

 

 さすがは不知火だ。その推理はほとんどが的中している。

 アリアとキンジが付き合い始めたってのはチームのことだし、それを知って白雪が発砲したってのも武偵流に言い換えればそのまんまだ。

 

 ……もきゅ、もきゅ、ごくんっ。

 

 アリアはちょっと不思議な音を立てながら、ももまんを飲み下し、

 

「こ、ここ、このっ――ヘンタイ!」

「ぐおっ!?」

 

 キンジの顔面にアリアのストレートがヒット!

 

「ハッキリ言っておくけどねっ! あ、あたしが白雪を追い払ったのは、やっ、ヤキモチとかなんかじゃないんだからね! あたしとキンジはパートナー! スキとかそういうんじゃないの! 絶対、絶対、ぜっ――たい、にそれはない!」

 

 そんな全力で否定するから怪しいんだよ。

 

「へぇ、そうなんだ。じゃあ星伽さんとも復縁する可能性もあるってこと?」

「復縁って何だ復縁って。ていうか不知火。さっきの話だがな――白雪は今朝の予鈴の時には、俺と一般校区の廊下で出くわして挨拶もせずに女子トイレへ逃げられてんだよ。だからな、お前の見たっていう白雪は見間違いだ。それに仲直りするかしないかなんて、お前の個人的意見なんて求めてないだろ」

「そういえばそうだったね。ごめんよ」

 

 ニコッ、と爽やかな笑みで謝ると、それ以上は追求しなかった。

 

 いや、しかし。どういうことだろうか。

 あの不知火が白雪を見間違える? そんなことがありえるのか?

 そもそも白雪は学内でも目立つ部類の武偵だし、白雪並の美人なんて学内にそうはいない、はずだ

 そんな白雪を不知火がはたして見間違えるだろうか。

 

 ――そもそもの話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 赤面するだとか気まずそうに目を逸らすだとか……そういう行動を取るのが白雪という人間ではないか?

 

「そういえば不知火」

 

 そんなことを俺が考えていると、キンジが話題を変えた。

 

「お前、アドシアードはどうする。代表に選ばれてるんじゃないのか?」

 

 そういや、もうそんな時期か。

 

 ――アドシアード。年に一度行われる武偵高の国際競技会で、簡単に言えばオリンピックのようなもの。

 まあ武偵高らしく普通の競技からはかけ離れており、些か物騒な競技が強襲科や狙撃科の面々で行われるのだが。

 

「たぶん競技には出ないと思うよ」

手伝い(ヘルプ)か。何にするんだ? 何かやらなきゃいけないんだろ、手伝い」

「まだ未定でねえ、何にしようか」

 

 と、これまた女子を堕としかねないアンニュイな表情でため息をつく不知火。

 その反対では武藤が焼きそばパンを全力で頬張っている。麺が、一部口から生えている。

 

 俺は最後のパスタをスプーンとフォークで綺麗に巻きながら、ゆっくりと口にした。

 

「カイトとアリアはどうすんだ。アドシアード」

「あたしも競技には出ないわよ。拳銃射撃競技代表に選ばれたけど辞退した」

「あー、俺はそもそも選ばれてすらいないな。だから必然的に手伝いだ」

「なるほど。で、何の手伝いをするか決めてるのか?」

「……適当」

「あたしは閉会式のチアだけやる」

「チア……? ああ、アル=カタのことか」

 

 アル=カタとは、イタリア語の《武器(アルマ)》と日本語の《型》を組み合わせた造語。ナイフや拳銃による演武をチアリーディング風に改良したパレードのこと。それを武偵高(うち)の女子連中はチアと呼んでいる。世の中には物騒なチアガールもいたもんだぜ。物騒なだけに武装チアガールってな。なんでもないです。

 

「キンジ、カイト。あんたたちもやりなさいよ」

「あ、ああ……」

「別にいいぜ」

 

 女子がチア衣装で演武を踊る一方で、男子は後ろでバンドを演奏するのだ。

 俺は大体の楽器は人並み程度には演奏出来るし、問題は特にない。

 

「音楽、か。得意でも不得意でもないし……この際、それでいいか」

「あ、遠山くんたちがやるなら、僕もそれにしようかな。武藤くんもやろうよ」

「バンドかぁ……カッコよさそうだし、やるか!」

 

 ……単純だな、武藤。

 

「ていうか、アリア。どうして競技を辞退したんだ? 競技で貰えるメダルは持っているだけで人生がバラ色コースの名誉品だぞ。それにアリアなら余裕だろ」

 

 と、オレがそう言うが……

 

「そんな先のことはどうでもいい。あたしには今やらなきゃいけないことがある。そんな競技の練習をしているヒマなんてないわ」

 

 ――()()()()()()()()()()()()

 

 その決意に溢れる言葉には、心当たりがあった。

 アリアの母親、かなえさんを助けるためだ。

 今後、アリアは数多の犯人を相手にしなければいけないのだ。そうしなければ、母親を救うことができない。

 

 そして、俺は逃した理子を追いかけるためにも……

 

「アドシアードなんかよりも」

 

 話を続けたアリアは、腕組みをしながら状態を僅かに逸らす。

 

「キンジ、あんたの調教の方が最優先よ」

「ちょ、調教……っ? お前ら、ヘンな遊びをしてるんじゃないだろうな……?」

 

 武藤が心配そうな顔で言う。

 ごもっともである。

 想像力豊かな青少年ならば、いかがわしい妄想をしてしまっても不思議ではない。

 俺は既に事情を知っているので、特に感じないが……それでも淑女なら言葉に気を遣ってほしいものだ。

 

「白雪と似たようなことを言うな武藤。あと、アリア……せめて訓練って呼んでくれ」

「うるさい。ドレイなんだから調教で十分よ」

 

 うーん、性知識が疎いからこその発言だなこりゃ。

 キンジもキンジでそこら辺の知識は薄いし、色んな意味で危険な発言だ。

 

「ごちそうさまでした……俺はちょっと野暮用で諜報科(レザド)の教室に行ってくるわ」

「あんたも朝練するのよ朝練!」

「ドレイへの調教ならキンジ一人で十分だろ。――じゃあな」

 

 俺も一緒に巻き込まれるのは面倒だったので、用事ついでに素早く離れることに。

 悪いな、キンジ。アリアの相手は任せたぞ。

 

 カルボナーラの食器を返却口に返し、俺は食堂を後にした。

 

 

 

 




お久しぶりです。
前回のお話から随分と間が空いてしまいましたが、更新再開いたします。
既に内容を覚えていないかもしれませんが……

では、今回はここら辺で失礼いたします


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第14弾 調査

 オレはとある調査のために朝早くから学校を訪れていた。

 調査といっても、正式な依頼を受けた任務(クエスト)ではなく、実に個人的な調査である。

 昨日、昼休みにキンジたちと別れてから、オレは一人で聞き込みを行っていた。

 

 内容は星伽白雪の目撃情報。

 オレの思い過ごしならば問題はないのだが、あの不知火が見間違えたという白雪の姿がどうしても脳裏を離れてくれなかった。

 

 ――不知火が人を見間違えるはずはない、と。

 

 そんな些細な情報だったが、聞き込みによって一つの事実が発覚したのだ。

 

「……まさか学内に白雪が同時に二人も出没しているとはな」

 

 オレが直接見たわけではないが、目撃証言によると確実に白雪が二人存在している時間帯があった。

 白雪が分身している可能性もなくはないが、その可能性は限りなく低いだろう。というか分身なんて出来んだろう。

 あるとすれば、それは――

 

「変装、か」

 

 変装という単語で一瞬だけ、理子の顔を浮かんだ。

 まさかとは思うが、理子がこの件に関わっているのか?

 理子は変装術の達人(ハイジャック事件の時に知った)だ。この程度の変装は造作もないだろう。

 

 ――だが、しかし。

 

「理子がそんな下手なことをするか?」

 

 そう、そうなのだ。

 理子は武偵殺しとして数々の事件を引き起こしてきた。が、その事件はつい先日まで誰も真相に辿り付くことができない未解決事件として扱われるほどの手際だ。

 そんな理子が、こんなミスをするだろうか? 可能性としては事実に気が付いた人物をあぶり出すために穴を開けたという可能性もあるにはあるが……その可能性は限りなく低い。

 

「……じゃあ、いったい誰が」

 

 とりあえず、今は謎の人物ということにしておこう。

 変な先入観は調査する上で枷になるからな。

 

「さて……っと」

 

 そろそろ、時間だ。

 オレが調べた情報によれば、白雪はもう少しで登校してくるはずだ。

 

 ――午前7時30分、ジャスト。

 

 白雪が校門までやってきた。本当にピッタリだ。

 さすがは優等生ってとこだな。

 後は今日一日中、誰にもバレずに見守るだけ。

 もしかしたら、オレの瞳に映っている白雪が既に偽物の可能性もあるが……

 

「まあ、それはそれだな」

 

 こうして、オレの1日は始まった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「………………はあ」

 

 愛用の手帳に今日一日の行動を書き込みながら、オレは人に聞こえないように小さく嘆息する。

 残念なことに白雪が二人存在しているという謎の手掛かりを掴むことは出来なかった。

 

 どうしたもんか、と悩みながら廊下で尾行を続けていると……

 

『 生徒呼出 2年B組 超能力調査研究科 星伽白雪 』

 

 という珍しい連絡が掲示板に張り出されているのを見つけてしまった。

 あの白雪が先生から名指しで呼び出されるだなんて、意外にも程がある。

 

「……オレが独断で調べている件と関係しているのか?」

 

 非常に気になる。

 尾行は中止にしようかと思ったが、せっかくだし今日一日は尾行に費やすとしよう。

 諜報科の仕事とは少しばかり離れ、探偵科のような感じになっているが些細な違いだ。

 オレたち武偵は時に探偵となり、時には諜報員となり、最終的には強襲や狙撃といった仕事でさえ受ける『何でも屋』なのだからな。

 

 ――よし、盗聴するか。

 

 オレは諜報科の生徒であるため、常に盗聴するための道具を持ち歩いている。

 それを内ポケットから取り出し、耳に装着した。

 こいつは少しばかり特殊な集音機で、特定人物の声だけを抜き出すことができるという代物だ。

 前に装備科の連中から仕入れたモノだが、これが中々に優秀で諜報科の依頼では欠かせない存在となっていた。

 

「さて、白雪の声は尾行の時に登録してあるから問題ないとして……」

 

 問題は呼び出した先生の声だ。

 掲示板の文字は特徴がないから先生の特定は不可能だし……

 

「非常に面倒だが、周囲の声を全て盗聴するか……?」

 

 オレは聖徳太子じゃないし、複数の声から特定人物の声だけを聴き分けるのは苦手なんだが……この際、仕方がない。

 集音器のダイヤルを回し、特定人物の集音から一定範囲内の集音へと切替(チェンジ)

 

 ……ジ、ジジ……ッ、ジ……ィッ……

 

 瞬間、押し寄せる声や雑音に環境音。

 その全てが頭の中へと流し込まれ、まるでオレの中に周囲の人間全てが収められたかのような騒がしさ。

 

 ――談話の声、言い争う男子の声、射撃の音、衣服が擦れる音、激しい呼吸音、足音、扉の開閉音、カラスの鳴き声、電子音、振動音、風切り音、叫び声、爆発音、雑音、獣の声――

 

 その全てがオレには聞こえていた。

 

「……ぅ…………」

 

 正直、聞いていて気分の良い音ではない。

 多すぎる情報がオレの耳を、頭を破壊しようとしているような感じ。

 さっさと目的の声を探し当ててしまおう。

 

『…………失礼します』

 

 ……これは、白雪の声か。

 

『匍匐前進速いな』

 

 ……これは、キンジの声だな? 

 

『……強襲科の女子で一番速いわ』

 

 ……これは、アリアの声だ。

 意外と近くに二人がいることに驚きながら、二人が音の響くような場所にいることに気が付いた。

 あいつら何やってんだ……?

 

『……星伽さんが呼び出しって何やらかしたんだろうね?』

『さあ? キンジと何か問題起こしたんじゃない?』

 

 ……違う。

 

『甘いな、攻撃の瞬間に目線が狙う場所を教えているぞ』

『……難しいですね、攻撃する場所を見ないで当てるのは』

 

 ……これも、違う。

 

『……魔剣(デュランダル)ですか』

 

 ようやく白雪の声を聞き取ることに成功した。

 魔剣……? 今回の件はそいつが関わっているのか?

 ちっ、話の前後は聞き取れなくてどういう会話なのかがわからん……!

 

 魔剣は超偵ばかりを狙う犯罪者で、諜報科の情報では狙われる可能性の高い人物として白雪の名が、調査報告書に挙がっていた気する……

 

『それはありません、と言いますか……もし仮に魔剣が実在していたとしても、私なんかじゃなくてもっと大物の超偵を狙うでしょうし』

 

 そんなことはないぞ、白雪。

 ……じゃなくて、白雪が誰かと会話をしているということは、その後に続く声が先生の声だ。

 オレは更に意識を集中させた。

 

『アンタは武偵高(ウチ)の秘蔵っ子なんだぞぉー?」

 

 ……この声は尋問科の綴!?

 げっ、マジかよ。この人が白雪と会話してるのかよ。

 ま、まあ……特徴的な喋り方だし、知ってる先生だから聴き分けやすいけどさぁ……

 

『星伽、教務科(うちら)はアンタが心配なんだよぉ、もうすぐアドシアードだから、外部の人間もわんさか校内に――ボディガードにつけな。これは命令だぞー』

 

 間の言葉が雑音でかき消されてしまったが、何とか言葉は聞き取れた。

 要は白雪は危険だからボディガードを雇え、と教務科は言いたいのだろう。

 ……だがまあ、オレにとっては非常に都合が良い。なんてったって、隠れるまでもなく調査が堂々と出来るのだからな。これほど都合の良い展開はないだろう

 

 オレは集音器を外し、教務科の扉を勢い良く開け放つ。

 と、同時――ガシャンッ! という音と共にオレと誰かの声が重なる。

 

『――そのボディガード、オレ(あたし)引き受けた(やるわ)!』

 

 オレの言葉に被せるようにして聞こえてきたのは、、

 キンジの現パートナーであるアリアの声だった。

 さっきの声はアリアが通気口で匍匐前進をしてた声だったんだな。

 

「う、うお……ッ!?」

 

 そして、アリアが飛び降りてきた通気口から――キンジが素っ頓狂な声を上げながら落下してきた。

 

「うおっ!?」

「ふぎゃっ!?」

 

 一瞬キンジに潰されたアリアだったが、ぽんっ、とキンジをはね退ける。

 

「き、きき、キンジ! ヘンなとこにそのバカ面をつけるんじゃにゃうぇっ!?」

 

 顔を赤く染め、キンジに抗議するアリアの首根っこを綴は持ち上げられる。

 そして、起き上がるキンジもついでと言わんばかりに摘み上げた。

 人間二人を掴み上げるってどんな力してんだよ……もう少し、重そうにしろよ。

 

「んー、なにこれぇ? そいでお前」

 

 二人の顔を見てから、オレに顎を向けるを綴は、

 

「あんれぇ、こないだのハイジャック事件のカップルと諜報科のオールランカーじゃん」

 

 二人を放り投げてから、すーっ、と煙草を一吸い。

 

「こいつは神埼・H・アリア――ガバメント(ガバ)の二丁拳銃で小太刀の二刀流。二つ名は『双剣双銃(カドラ)』。欧州の方で活躍していたSランク武偵。でも――アンタの手柄、書類上ではロンドン武偵局が自分らのお手柄にしちまったみたいだね。協調性の欠片もないからだ、マヌケぇ」

 

 アリアの特徴的なピンクのツインテールを引っ張ったり、揉んだり、アリアの顔を見ながら、スラスラとアリアのプロフィールを口にしていく。

 

「い、イタイわよっ。それにあたしはマヌケじゃない。貴族は自分の手柄を決して自慢したりしない! それが例え人の手柄を我が物にしてたとしてもね!」

「ほー、へー。損なご身分だねぇ。アタシは平民でよかったわ。そいえば欠点、アンタはおよ――」

「わぁ――――!」

 

 綴が欠点を言おうとした時、アリアは大きな声を立てて言葉を遮った。

 顔を先程よりも真っ赤にさせ、口をあわあわとさせている。

 その様子を見るに、よっぽど恥ずかしい欠点のようだ。

 

「そ、そそれは弱点じゃないわ! 浮輪があれば大丈夫だもん!」

 

 ……アリア、泳げないのか。

 アリアでも苦手なことってあるんだな。案外、雷とかも苦手だったりしてな。

 

「んで――」

 

 ギロリ、とキンジの方を見た綴がアリアのプロフィールを口にした時のように続ける。

 

「性格は非社交的で、他人から距離を取る傾向アリ」

 

 この様子だとオレのプロフィールも入ってるんだろうなあ……

 

「――しかし、強襲科を含めた一部の生徒からは一目置かれている。潜在的には、ある種のカリスマ性を兼ね備えているものと思われる。今年の解決事件(コンプリート)は……青海のネコ探し、ANA600便のハイジャック……ねぇ。どうしてアンタはやることの大小が極端なのさ」

「俺に聞かないでください」

武装(えもの)は、違法改造のベレッタ(ベレ)・M92F」

 

 ……げっ、そこまで網羅してんのか。

 

「3点バーストどころかフルオートも可能な、通称キンジモデルだよなぁ?」

「あー、いや。それはこないだのハイジャック事件で壊されました。今は米軍払い下げので間に合わせてます。もちろん、合法の」

「へっ、装備科に改造(イジリ)の依頼入れてるよなぁ?」

 

 ……じゅっ。

 

「あっちっ!」

 

 笑いながら怒るといった器用な表情で、キンジの眉間に煙草を押し付ける綴。

 

「で、お前は――」

 

 次はお前だ、と言わんばかりの眼光をオレに向け、

 

「誰とでもある程度の会話が可能なほどのコミュニケーション能力を有しており、元Sランク武偵の諜報科(レザド)所属のBランク武偵。過去にEからSまでのランクに属していたことから、オールランカーと生徒の間では呼ばれている。そして、愛銃はゴテゴテに改造されたZ-Mウェポンズ・ストライクガン。近接戦闘用のスパイクの先端には鉄鋼芯が埋められていて、熱線コイル加工がされている……おい、アンタ。こんな改造して何するつもりだぁ?」

 

 そこまで把握してやがるのか……

 相変わらず、教務科には隠し事が通用しねぇな。

 

「……えっと、違法ではないですよね。銃が重くなるだけで」

「…………ふんっ、まあ見逃してやる」

 

 煙草を灰皿に押し付け、新しく煙草に火を付ける。

 ……まだ吸うのか。身体に悪いぞ。

 

「……で、だ。ボディーガードをやるとはどういう意味?」

「そのままの通りよ。24時間体制でボディーガードをやるわ。もちろん無償でね」

「オレも似たようなものです。流石に24時間体制でやるつもりまではありませんでしたが、アリアがやるならオレも24時間体制で引き受けますよ」

 

 そんなオレたちの言葉にキンジが驚きを露わにしている。

 いや、お前が驚くのかよ。最初からそのつもりで来たんじゃないのかよ?

 

「ふぅーん。星伽ぃ、なんか知らんけどSランク武偵とオールランクが無料(ロハ)で護衛してくれるらしいよ?」

「黒崎くんはいいけど……アリアがいつも一緒だなんてイヤです! けがらわしい!」

 

 ……まあ、恋敵が近くでイチャコラしながら四六時中うろつき回られたら最悪だわな。

 だがそんな白雪の拒絶に対して――

 

「だまりなさい! あたしにボディーガードさせないなら、撃つわよ!」

 

 じゃきっ、とスカートの下から黒と銀のM1911(ガバメント)を抜き放ち、キンジの頭を挟み込むようにして銃口をグリグリと押し当てていた。

 

 ……そっちかよ!

 

 白雪が『はわわっ!』とでも聞こえてきそうな感じで慌てる。

 流石に撃つわけないだろうが、さながらキンジは人質にようだった。

 いや、撃たないよな? 

 

 そんな茶番的光景を見て、綴がこれまた嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「つ、追加で条件があります……! き、キンちゃんも私の護衛をして! もちろん24時間付きっきりで!」

 

 ……何というか、かなり難易度の高い任務になりそうな予感がヒシヒシと伝わってくる。

 こう言っちゃ悪いが、武偵殺し並の難事件が待ち受けているような……そんな感じの悪い予感がするのだった。

 

 

 

 




というわけで、綴の口からカイトの人物像が語られました。
オールランクに関しては適当に筆記試験を受けていたら、ランクをふらふらしていたためです。もうひとつの事情がありますが、まだ出てきていないのでそのうちということで。

カイトが持っている武器ですが、プロローグで簡単に説明されています。
とても攻撃的でイカついフォルムの武器で、普段はショルダーホルスターに収められてる感じです。



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第15弾 ボディーガード

 ボディーガードとは、武偵が引き受ける任務(クエスト)の中で最もポピュラーな仕事の一つだ。本来は著名人や政治家などを警護するのが基本なのだが、そういった人物に付き添う武偵は何かと恨みも買いやすい。なので武偵が武偵を守るといったことも珍しくはない。

 

 この仕事をより効率の良いモノにするため、白雪にはオレとキンジの寮室には来てもらうこととなったのだった。部屋の中は先日の騒動でメチャクチャなままだが、元々が4人用の部屋ということもあって生活するには問題はなかった。それにアリアが修理費を出してくれたので、近い内に工事が入る予定でもある。

 

「……なあ」

「何よ」

「本当に魔剣(デュランダル)なんていると思うか?」

「――魔剣はいるわ」

 

 そう言うアリアの顔は自信に溢れていた。

 これっぽっちも疑っていない顔だ。

 

「それはホームズとしての勘、か?」

「そうよ!」

「……ふうん」

「アンタはどう思うの。やっぱり信じられない?」

 

 自信満々な表情を少しだけ崩し、まるで縋るような顔のアリア。

 どうやら根拠を論理的に説明できないことを気にしているらしい。

 

「オレはいると思うぜ。証拠はこれだ」

 

 オレは制服の内ポケットから調査報告書を取り出す。

 諜報科(レザド)では教務科(マスターズ)から以来を受けることがよくある。そのうちの一つとして、複数の超偵失踪事件の調査依頼が出されていたのだ。その報告書によれば、次に狙われる可能性が最も高い人物として白雪の名があったというわけだ。

 

 ……そりゃあそうだよな。

 あの綴が白雪を呼び出し、わざわざ忠告するからには絶対に理由があって然るべきだ。

 

「もしかしてアンタが調べたの?」

「いや、それは諜報科の先輩方が調べ上げた努力の結晶のようなもんだ。だから勝手に書き写してきた」

 

 まあ、バレたら怒られるけどな! 

 人の手柄を勝手に横取りした挙げ句、先に利用しようとしてるんだから。

  

「……でもよくやったわ。アンタって意外と抜け目ないのね」

「まあ、他にも気になる点があったからな。覚えてるか? こないだの食堂で武藤と不知火が見た白雪の話」

「花占いがどうって話のこと?」

「それだ。あいつらが見た白雪が本物で、キンジが見た白雪の方が偽物だろう。多分だが魔剣が白雪に変装していたんだと思う。キンジをスルーしたのも声を出せばバレてしまうからだ」

 

 ここまで状況が揃っちまえば、簡単に予想することができる。

 

「やっぱりアンタもやれば出来るんじゃない」

「これでも諜報科だしな」

 

 そんな風にオレとアリアが話をしていると、キンジと白雪が部屋にやってきた。

 

「お、おお、おじゃまっ、しまーす……」

 

 噛みまくってるが大丈夫か

 別に初めて訪れたってわけじゃないんだから緊張しなくてもって思うが……

 

 そんな白雪が濡れたようにツヤのある黒髪を揺らし、頭を深く下げてお辞儀をした。

 

「ふ、ふつつか者ですが、よろしくおねがいしますっ!」

「あのなあ……いまさら何を改まってんだよ」

「き、キンちゃんの家に住むって考えたら……き、キンちゃんしちゃってっ!」

 

 なんだよキンちゃんしちゃってって。

 何かいかがわしい言葉みたいになっちゃうだろ。

 でもキンジじゃないがいまさら緊張ってのも変な話だな。

 この部屋を滅茶苦茶にした時だってほぼ泊まっていたようなもんだし……

 

「あの、住むからにはきちんと炊事洗濯くらいはするね。それにこないだ散らかしちゃったのは、私だし」

 

 あれは散らかしたってレベルの話じゃないと思うけどなー。

 そんなことを言った白雪が、せっせと監視カメラや盗聴器を設置しているアリアを一瞬だけ睨み、

 

「ふふっ、()()()()もちゃんと処理しなくっちゃね」

 

 すぐさま普段通りの笑顔に戻った。

 ……うわあ。めっちゃこわい。

 これが白雪ならぬ黒雪か。

 大人しい女性ほど怒ると怖いってのは本当だな。白雪が大人しいかどうかは別として。

 

「……ピアノ線とかはやめろよ?」

 

 キンジがぎょっとした顔を浮かべながら、そんなことを言う。

 

「ピアノ線? なんのこと?」

「いやなんでもない」

 

 日本刀の次はピアノ線による(トラップ)か。

 涼しい顔して本当にえげつないことしてんなー。

 あまり修羅場には突っ込まないようにしよう。

 

 武偵とはいえ、俺だって命は惜しいからな。

 

 アリアが寮の一室を魔改造していく一方で、家事スキルの高い白雪は部屋の掃除をしていた。天井や壁や床にある無数の弾痕や刀傷を樹脂パテで綺麗に塞ぎ、汚れた床をワックスなどで磨き上げ、その上にふかふかのカーペットを敷いていく。ついでとばかりにオレとキンジの部屋まで掃除してくれたりとしているうちに3時間も経過していた。

 

 無言で作業しているのもアレなので、キンジに話を振る。

 

「やっぱ白雪っていい奥さんになるよな。な、キンジ?」

「……なんで俺に振るんだ」

「お前以外の誰に振るんだよ」

 

 やっぱり鈍感なキンジの言葉を聞きながら、白雪の私物である家具を配置する。

 これぐらいはしなきゃな。男なわけだし。

 

 大体の家具を置き終えたところに、あれ以降何もしていないアリアがやってきた。

 

「キンジ。そのタンスもきちんとチェックしなさいよ? 盗聴器やらが仕掛けられてるかも」

「これは白雪の私物だぞ」

「何かあったらどうするのよ」

「そういうのを疑心暗鬼って言うんだ」

 

 ……二人は顔を合わせると同時に言い合いを始めてしまった。

 こいつら喧嘩しなきゃ気がすまないのかな。

 

「武偵憲章7条。悲観論で備え、楽観論で行動せよ、よ。あたしはこれからベランダに警戒線を張るんだから忙しいの。ちゃっちゃと調べときなさい。じゃないと風穴まつりよ!」

 

 風穴まつりってなんだ。風穴まつりって。

 仕方ないなあ……ここはオレがどうにかしてやるか。

 

「まあ待てよアリア」

「何よカイト。あんたもキンジと同じことを言うんじゃないでしょうね」

「タンスを調べるのには賛成だが、キンジがやるのはマズいだろ?」

「なんでよ」

 

 ……なんでってお前。

 仮にも女子なんだから分かれよ。

 これが理子なら確信犯なのだろうが……

 

「イギリスにだってセクハラ問題はあるだろ? 武偵だからってセクハラが容認されるわけじゃないんだ。相手はキンジの幼馴染で白雪だとはいえ、ここはやはり同性であるアリアが調べるべきじゃないか? ベランダのことはオレがやっておくからさ」

 

 落ち着いた口調でオレが諭してやると、アリアは数秒ほど考えてから……

 

「……そうね。タンスは私が調べるわ」

 

 アリアから工具箱を受け取ったオレはベランダの方へと向かう。

 これ以上の罠は不要な気もするが、引き受けた仕事をサボったらアリアに何をされるかわからないので、仕方なくベランダに腰を下ろし、最低限の警戒線を張っていく。

 

(…………ん?)

 

 遠くのマンションからこちらを監視している存在がいることに気が付いた。

 チカチカと光っているのがその証明だ。

 だが不思議なことにオレから見て太陽は正面にあり、向こうからは太陽が背後にあるため反射することはないだろう。じゃあなんで光っているんだ……?

 

 そんな風に考えながら、監視者がいる方をじっと眺めていると……

 

 ――チカチカ。チカチカチカチカ。

 

 と、何度も光り始めたことでようやく理解できた。

 今のはモールス信号だ。

 その内容は『味方』であることを告げる合図(サイン)であり、それをやっているのがレキであるということが理解できた。

 

 ……どうやらアリアはレキも雇っていたらしいな。

 

 ベランダで作業しているのにも飽きてきたところだったので、こちらもモールス信号ならぬマバタキ信号を送ることで会話を試みることに。

 

『お前も呼ばれてたんだな』

『はい』

『今回も鷹の目か?』

時間貸し(パートタイム)です』

 

 そりゃそうか。

 この時期はアドシアードで忙しい時期だもんな。

 レキクラスになれば狙撃競技で世界記録を叩き出すことだって難しいことじゃないだろう。

 なので、

 

『アドシアード頑張れよ』

 

 それだけ送って交信を終了した。

 向こうは光信号だが、こっちはマバタキ信号だ。長時間のやり取りは目が疲れちまう。

 ドライアイにはなりたくないしな。

 

「さて、オレも頑張るか……」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 作業を終え、いつもは我が物顔でアリアがふんぞり返っている寝っ転がっていると、何やら良い匂いが漂ってきた。

 この腹の虫を強烈に刺激するのは、白雪が作る料理だろう。それが食べられるというだけでもボディーガードの仕事を引き受けた甲斐があったってもんだ。

 まあ残念なのは白雪とキンジが揃うと厄介事しか起こらないということか。それに加えて今年からはアリアも追加されたことで、波乱万丈な一年になるだろうことが容易に想像できちまうのが非常に残念なところか。

 

 悪魔の囁きにも似た料理の誘惑に耐えていると、いつの間にか出掛けていたらしいキンジとアリアが帰ってきた。そのことに気が付いた白雪が玄関まで出迎えに行き、アリアに悪態をつきながらも部屋の仲に入ってきた。

 

 ――ようやくメシが食えるぜ。

 

 美味しそうな料理の数々を前にして、食べることができないなんて一種の拷問だ。それに空腹が重なればなおさらのことで、オレはワクワクとしながら椅子に座る。

 

 テーブルに乗っているのは、ほとんどが中華料理だ。

 エビチャーハンにシュウマイ、酢豚と回鍋肉ときて餃子にミニラーメン。海老ワンタンスープもあるし、アワビのオイスターソース煮まで揃っている。まるで中華料理店に迷い込んでしまったかのような違和感さえ感じるほどだ。

 それほどまでに白雪は本気で夕食を作ったということなのだろう。恐るべし白雪。

 

「た、食べて食べて。ぜーんぶキンちゃんのために用意したんだよ!」

 

 いつもなら速攻で箸を運ぶんだが、キンジよりも早く食べたらクビを落とされかねないほど威圧を感じる。

 いいからさっさと食べてくれ。オレが食えないだろっ

 

 その思いが通じたのか、キンジは息を呑んでから酢豚を口へと運んでいく。

 

「おい、しい……ですか?」

「うまいよ」

 

 というやり取りを見てから、オレも白雪の料理を口にした。

 めっちゃ美味しい。この料理を毎日食べられるってんだからキンジが羨ましい。

 オレにも甲斐甲斐しく世話をしてくれる幼馴染いねえかなあ……って幼馴染は急に出てきたりはしないから無理だけどな。

 

「で? どうしてあたしの席には何もないのかしら?」

 

 こめかみをヒクつかせながら、慎ましやかな胸の前で腕組みしたアリアが言う。

 確かにアリアの前には何も置かれていない。いや食器自体は置かれている。その上に何も乗っかっていないだけで。

 

「文句あるの? だったらボディーガードは解任します!」

 

 これはひどい。

 さすがに可哀想に思えてきたので、オレの料理を真横に座っているアリアの方へとスライドさせる。

 

「……食うか?」

 

 そんなオレの提案にアリアは、ぐるるるるっ――と威圧の声を上げながらも料理を吸い込まんばかりの勢いで食していくのだった。

 

 

 



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