Vivid Strike Loneliness (反町龍騎)
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一話
二次創作は初めてです。
大体3000字前後でやっていきたいと思います。
駄文ですがどうぞお手柔らかに。
少年は孤独であった。
幼いころからずっと、親に、友に、周りの人間に害悪だと言われてきた。
少年は生まれてこの方、人に迷惑を掛けなかったことは無い。勿論、悪意があってやっている訳では無い。
少年が害悪だと言われてきた所以、それは、少年の生まれ育った世界ではおとぎ話や空想の存在とされていたものだ。
初めは、夏場に冷房をつけているのに暑い、冬場に暖房をつけているのに寒い。という程度だった。
だが少年が成長するにつれて、周りへの影響は大きくなり、次第に少年は嫌悪されるようになる。
あるものは手足が砕け、あるものは器官が焼け、またある者は死ぬまで永遠に地獄の業火に焼かれることとなる。
それは偏に少年が力の制御が出来なかったから起こった出来事であるが、周りに誰一人同類がおらず、制御の仕方が分からなかった少年が、偏に悪いとは言いづらい。
だが彼らは人間だ。感情で動いてしまうものだ。
「自分に危害を加えるのだから悪い奴なんだ」
そう、彼らは考えてしまう。
それが、少年が危害を加えてしまった相手の家族に言われるのならまだいい。
初めに少年を害悪だと、災いだと、惨禍だと言ったのは少年の両親だった。
「お前のような奴は要らない」
そう言われた。
それが、まだ五歳の頃だ。
故に少年は、愛を知らない。だから少年は、他人を知ろうとしない。だから少年は、他人が嫌いだ。それ以上に少年は、自分が嫌いだ。
それは、静かな夜だった。それは、星が輝いている夜だった。それは、月が綺麗な夜だった。
そんな夜に、帰宅中の女性が一人。濃密なまでの、今までに感じた事の無い殺気に戦慄し、その殺気から距離を取り振り返る。
紺藍の髪を短く切り、殺気に細めた眼は翠。女性の見本ともいうべき体つき。ただ細いというだけではなく、程よく筋肉が付いている。
何か格闘技をやっていそうな女性だが、彼女の瞳に宿すそれは、格闘技選手の者では無いように思える。
「――お前は、戦えるのか?」
女性に殺気を放ったであろう人物のその言葉に、一層目を細める。
「君、名前は?」
「⋯⋯もう一度だけ聞く。お前は戦えるのか?」
質問に質問で返された人物は、一瞬眉を顰め、再度、女性に同じ問いをする。
「⋯⋯戦えるよ。でも、戦うのは好きじゃないな」
「三度目は無い」と、女性には目の前の人物の眼がそう言っている様に見えた。だから、素直に質問に答える。女性は「それで」と続け、
「君の名前は?」
「氷帝」
「氷帝?」
氷帝と名乗ったのは男。その男は、二度、つま先で地面を叩く。
「デバイスを展開しろ。必要ならバリアジャケットを着ろ」
「さっきも言ったけど、あたしは戦うのは好きじゃないんだよ?」
「――チッ。早くしろ」
女性の言葉に舌打ちをし、催促をする。
「⋯⋯しょうがない、かな。マッハキャリバー、セットアップ」
言葉とともに光に包まれた女性。光が晴れた頃には、女性の服装は変わっていた。白いハチマキリボン。白いジャケットとスカート、黒を基調として青い線の入ったサリーブラウスほどの丈のシャツ、淡色のホットパンツ。これが彼女のバリアジャケットなのだろう。
「一応言っておくけど、あたしは管理局員だよ」
「そうか」
男が言うと同時に女性の足元に氷柱が生える。間一髪女性は避ける。
「⋯⋯君は何もしないの?」
「必要ない」
「そう。なら!」
女性は男まで一気に加速する。その際何度か氷柱が襲うが、すべてを避け男に肉薄する。
「はああぁぁぁ!」
女性の放つ右ストレートを氷柱で防ぐ。そして間髪入れずに女性へ蹴りを放つ。しかしそれを女性は左腕で防ぐ。男の右足を押し払い、男の脇腹めがけて左フックを放つが、これも氷柱によって防がれる。
女性は苦い顔をして一度距離を取る。そして、女性を追うようにして氷が生まれる。女性は氷から逃げるように後退。その女性を囲むようにして氷が生まれる。
「え!うそ!?」
三六〇度、完全に包囲されている。退路は上空にしかない。そう思い、女性が足に力を込めたその時だった。
「飛昇・炎柱」
女性の足元から熱源反応がした。極太の火柱が退路を断たれた女性を襲う。発生した火柱が周囲の氷を溶かしていく。それによってできた水蒸気により、女性の姿が見えなくなる。
水蒸気が晴れるのを待っていると、咄嗟に嫌な予感がしたためその場から飛び退く。
「はあああぁぁぁ!」
「ッ!」
炎に飲み込まれたはずの女性が男へ再度肉薄する。これに男は動揺を見せる。女性が男へ放つ右ストレート。「またか」と男は先程と同じく氷柱で女性の攻撃を防ごうとする。その時である、女性が握っていた拳を開いた。かと思えば、氷柱を掴み、あろうことか握り潰したのだ。これに男の顔は驚愕に染まる。そして再度、拳を握り、
「一撃必倒ッ!ディバイン、バスター!」
隙の出来た相手にゼロ距離射撃。普通ならば、反応できない。反応できたところで碌な回避も防御も出来ない。相手を打ち倒すのに充分以上の威力。それが直撃したはずだ。
だというのに、だ。目の前の男は何故、立っているのだろうか。
バリアジャケットを着ていた、デバイスを展開していたというのならまだ納得は出来る。しかし男は、そのどちらもやっていない。だというのに立てているのは、
「――氷」
「⋯⋯ああ」
正解だと頷く。ただ、女性の疑問よりもだ。
「なんで動ける」
男は男で異常であるが、それ以上に女性の方だ。三六〇度、退路は上空のみ。女性の戦い方からして飛行魔法が得意とは思えない。男の放った技は、控えめに見ても先程女性が放った技と同じかそれ以上だ。仮にバリアやシールドを使っていたとしても、それを貫通した上で、女性を動けなくするだけの威力はあるはずだ。
だというのに、何故殆ど無傷なのだろうか。
「それはあたしが特別救助隊だから」
笑顔を見せる女性だが、質問の答えにはなっていない。
女性の返答に短い溜息を吐き、右足を踏み込む。炎熱を拳に纏わせたボディーブロー。女性はこれを肘で防ぐ。と同時に、女性の真横から放たれた氷粒が女性の顔面に直撃する。予想外の攻撃に一瞬の隙を見せる。その一瞬が、命取りになると知っていても。
「なッ」
女性が驚愕する。自分の足元を見てだ。それもそのはず、足元が凍っていたのだから。
だが、それだけで驚いていては身が持たないだろう。足元を凍らされた上、両手まで凍らされてしまったのだから。両手を凍らした氷は地面から生えているものだ。つまり女性は今、身動きが取れない。
「くッ、このッ!」
力尽くで氷から逃れようとするが、どれだけやっても氷が外れない。
その女性を見て、さほど動いていない男は、肩で息をしていた。
「――いくぞ」
炎熱を纏わせた右手を、がら空きになった女性の腹部に添える。そして――
――男は倒れた。
「へ?」
男の攻撃に備え、腹に力を入れ歯を食いしばっていた女性が、間抜けな声を出してしまう。
男が倒れたことにより、氷が溶けた。
「えっと⋯⋯?」
何故自分ではなく男が倒れているのだろう。女性が氷に捕まってからは手も足も出ず、ただ攻撃を食らう事しかできなかったはずなのに。
戸惑っている女性の耳に、状況を理解できる情報が入ってくる。
「「ぐうううううぅぅぅぅぅぅ」」
それは男の腹の音。それは男のいびき。男は空腹と睡眠不足による疲労のために、倒れてしまったのだと。
それにしても、その状態であそこまでやれたのかと、女性は男に感心の念を抱いた。
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二話
少年は夢を見た。あの日の、自分が自分を嫌いになった日の記憶だ。
頭から血を流し、地に倒れている少年は、薄く目を開き、ぼやけた視界で目の前の光景を見ていた。
化け物のような雄叫びを上げ、自分を襲う男たちを蹂躙する少女。その少女の周りには、血を流した男たちが倒れている。
一人は腕が千切れ、一人は臓腑が零れ、一人は関節が曲がってはいけない方向に曲がっている。
男たちをそんな無残な状態にした少女は、返り血で赤く染まっている。金色の髪も、黒い服も、少女のなにもかもが赤く染まっている。
空に浮かぶ男たちは、杖状のデバイスを少女に向け、魔法を放っている。だが、少女の放つ一つの魔法が、男たちの魔法を相殺する。
少女が、男たちと戦っている最中、空中の男たちの後ろで、巨大な魔力反応がした。
少年は、おぼろげな目で空を見上げる。
見上げた先には、魔力を収束している男が一人。その魔力の色は黄色。
そして男は、少年と少女に対して無情な言葉を口にする。
「サンダーレイジブレイカー!」
男が放ったそれは集束砲撃魔法。彼のエース・オブ・エースの使う高難易度の魔法を、少女に向けて。
その魔法が、少女の命を刈り取るのに十分な威力を持っていることを、少年は知識ではなく勘で理解した。
だから少年は、少なくなった力を振り絞り、叫んだ。
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
そこで、少年は目覚めた。そこには知らない天井があった。
訝しげに天井を睨む少年の視界に、紺藍の髪と、翠の瞳の女性が入って来た。
「うわッ」
とりあえず氷粒を女性に放ち、自分はベッドの端っこに逃げる。
そして、何かあれば氷や炎で迎撃できるように構える。
「あ、ご、ごめんね。びっくりさせて」
少年は、何も言わずただ女性を睨んでいる。
「――えっと、私の名前はスバル・ナカジマ。君の名前は?」
「⋯⋯」
「あの⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
二人の間に沈黙が流れる。
不意に聞こえたコンコン、という音が、沈黙を破る。
「スバル。その子起きた?」
「あ、ティア!」
沈黙を破った救世主に笑顔を見せるスバル。
「なんだ、起きてるじゃない」
そう言い少年に微笑みかける女性。長く艶のあるオレンジ色の髪を下し、優しく細めた眼は透き通るような青。服の上からでも分かるほど、女性らしい体をしている。
「私はティアナ・ランスターよ」
「⋯⋯」
「⋯⋯えっと、君の名前は?」
「⋯⋯」
自分の名前を名乗っても、名前を聞いても何も喋らない少年に困ったティアナは、どうしたらいいのかとスバルに表情で問う。
⦅さっきからずっとあの調子で⋯⋯⦆
⦅あんたと戦ってた時は喋ってたんでしょ?⦆
⦅うん⋯⋯⦆
念話でのスバルの声は、心なしか沈んでいた。
ティアナが心の中で溜息を吐き、何事かを話そうと口を開きかけた時である。
「ぐうううううぅぅぅぅぅぅ」
という音が、三人のいる部屋に響いた。
それは少年の腹から放たれた音。
ティアナは少年の羞恥心の無い腹に、クスリと笑い、
「とりあえず、ご飯食べましょ」
「⋯⋯いらない」
「え?」
「いらないって、でも、お腹空いてるでしょ?」
スバルの問いに、少年はバツの悪そうなをした。
「⋯⋯施しは受けない」
言って立ち上がる少年。ただ、立ち上がる際に、疲労の所為なのか空腹の所為なのか、少しよろけた。
よろける少年を、スバルは少年の肩を持って支える。
「ほら、まだちゃんと動けないんだし」
「――離せ」
少年は、スバルの手を払い、扉の方へ向かう。
「待ちなさい」
ティアナが少年の腕を掴む。
「あんたは罪を犯したのよ。暴力を振るったって罪を。被害届こそ出てないけど、それでも罪を犯したことに変わりはないの」
「――それで?」
「――なんとも思わないわけ?」
「⋯⋯」
「⋯⋯あんたがやったことは、スバルぐらいじゃなきゃ大怪我じゃすまなかったかもしれないのよ?」
ティアナの言葉を聞いて、少年は短く溜息を吐く。
その時だ。ティアナの少年の腕を掴んでいる方の腕が、凍ったのは。
「なッ」
そこで手を離してしまったのが失敗だ。腕に続いて足まで凍らされてしまったのだから。
「ティアッ!」
スバルがティアナに駆け寄ろうとするが、足が動かせない。スバルの足も凍らされている。
「――他人の施しは受けない。それが管理局の人間ともなれば尚更だ」
二人に背を向けた少年は、首だけを動かし、冷たい目を二人に向けてそう言った。
外はもう朝だ。
燦々と照る太陽を憎々しく睨みつけ、少年は、悲鳴を上げる腹をさすりながら、道を歩く。
そこは住宅街だった。
目の前の家の玄関先では、親子仲良くハイタッチをする姿が見える。そして子供の方は元気よく走って行った。親の方は、子供の背中を手を振りながら見送っていた。
少年は、その光景に舌打ちをし、子供が走って行った方とは違う方に九〇度向きを変え、その家に近づかないようにした。その時、
「ねぇ、君、どうしたの?」
一人の女性に声を掛けられた。先ほどの親だ。
茶色の髪を横で一つに纏め、綺麗な黒い目をしている。この女性も、大半の女性が羨み妬む、女性らしい体つきをしている。
「⋯⋯」
「ねぇ、どうしてそんなに顔が汚れてるの?」
「⋯⋯」
「ねぇってば」
女性の言葉を無視してその場を去ろうとしたところ、女性に腕を掴まれた。
振りほどこうとしても、そこは大人と子供。相手が女であっても、腕力には差があった。
振りほどこうとしても無理なので、女性の腕を凍らせてみることにした。
「――ッ」
女性は、突然の事に驚きはするものの、その手は離さないまま、真っ直ぐに少年を見つめていた。
「私の家においで」
「放せ」
「いいから」
女性は少年を、半ば強引に自宅へと連れ込んだのだ。
「それで?どうしてそんなに顔が汚れているのかな?」
「⋯⋯」
二人とも、向かい合うように椅子に座っている。
自分の質問に答えないまま黙っている少年を、じっと見つめる女性。
「答えてくれないと分からないよ」
「――分かってもらう必要なんかない」
「⋯⋯どういう事?」
女性の問いに答えようとせず、少年は玄関へと向かう。
「ッ!待って!」
少年を追いかけようとした女性の前に何本もの氷柱が現れる。
終いには、玄関とリビングを繋ぐ廊下を、氷の壁で塞いでしまった。
「俺に関わるな」
少年は、玄関のドアノブに手を掛け、玄関を開ける。
「えっと⋯⋯?」
少年の視界に入ったのは、サラサラとした金色の髪を風に靡かせ、吸い込まれそうなほど綺麗な赤い目。今までの女性よりもさらに女性らしい体つき。バスト、ウエスト、ヒップのバランスが、服の上からでも分かるほど良い。
そんな女性は、首を傾げ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
その女性を見て少年は、目を見開いて固まっていた。
「ねぇ、君」
金髪の女性に話しかけられ我に返った少年は、女性の横を通り過ぎようとする。
そこでまたも、腕を掴まれる。
「待って!」
「――チッ。離せって!」
そして少年は、過ちを犯してしまう。
女性の腕を燃やしたからだ。
しまったと、一瞬思ってしまったが、どうせすぐ離すだろうと高を括っていた。しかし、それが間違いだった。
「はぁ!?」
女性は離さなかった。
熱いはずなのに、痛いはずなのに、少年の腕を離さなかった。
「離せよ!放っておいてくれよ!」
少年の言葉を聞くと、女性は悲しい顔になり、
「無理だよ」
涙で声を震わせながら、少年を抱きしめる。
「そんな悲しい顔で拒絶されたら、放っておけないよ」
「――ッ!」
少年は気付かなかった。その時少年が涙を流していたことに。
「――ごめん、⋯⋯なさい」
掠れる声で必死に紡いだ言葉は、少年が人生で二度目の、心の底からの謝罪だ。
庭から回って来たサイドテールの女性も、その光景に、顔を綻ばせた。
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三話
「じゃあまず、自己紹介をしようか」
そう言ったのは、サイドテールの女性。
「私は高町なのは、なのはでいいよ。それでこちらが――」
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」
金髪の女性――フェイトが少年に微笑みかける。
その笑顔を見て、少年は少し頬を赤らめ目を逸らす。
「君の名前は?」
「⋯⋯」
「君の名前は、なんて言うのかな?」
「⋯⋯アイズ」
なのはに聞かれても答えなかった少年――アイズだが、フェイトに名前を問われれば、渋々ながら応答する。
アイズの態度の違いに、なのはは拗ねるように頬を膨らませる。
「どうしてフェイトちゃんの質問には答えるのかな⋯⋯。私の質問には答えてくれないのに」
「あはは⋯⋯。ところで、お母さんやお父さんは何をしてるの?」
「⋯⋯いない」
「――え?」
「捨てられた、って言った方が分かりやすいか?」
「「⋯⋯」」
なのはもフェイトも、言葉が出なかった。
「やめろ。同情するなよ、殺したくなる」
「――あ、ご、ごめんね」
一気に気まずい雰囲気になってしまった。
「――そ、それより、どうしてそんなに汚れているの?」
そんな雰囲気を変えるために、フェイトが言った。
「⋯⋯ストリートファイトだよ」
「ストリートファイト⋯⋯」
「それって、誰と?」
「⋯⋯」
なのはが問うと、目を逸らし、沈黙した。
「もう!どうして私の質問には答えてくれないの!?」
「⋯⋯」
「酷い!酷いよアイズ君!」
言いながらフェイトに抱き付く。抱き付かれたフェイトは困った顔をしている。
「えっと⋯⋯。誰と喧嘩をしたの?」
「⋯⋯知らん」
「知らないって」
「女だった」
「⋯⋯他に特徴は?」
「⋯⋯」
「酷い!また無視した!」
「えっと、なのは。とりあえず今は私に任せて」
抱き付くなのはの頭を撫でながら、フェイトはなのはに、言外に戦力外通告を言い渡した。
「アイズ君、他に特徴はあった?」
「⋯⋯近接格闘型で、ハチマキをしてた」
「⋯⋯近接格闘。⋯⋯ハチマキ」
フェイトは顎に手を当て、そのキーワードから自分の記憶の中で当てはまる人物を検索している。
「⋯⋯あと、ディバインバスターっての使ってた」
「ディバインバスター、それって――」
「――スバル、かな?」
「⋯⋯」
「ねぇアイズ君、スバル・ナカジマって名前に、心当たりはない?」
「無い」
一瞬の躊躇いもなく即答する。
「――そう。でも多分、アイズ君が戦ってた相手はその人で間違いないと思う」
フェイトは、打って変わって真剣な表情になり、
「それで、どうしてその人と戦ったのかな?」
「⋯⋯」
「その人が、管理局の人間だってことは知ってたの?」
「⋯⋯ああ」
「どうして、そんな事をしたの?」
「――許せなかったんだ」
「管理局が、かな?」
「⋯⋯俺自身が」
―――――――――――――――――――――――
管理外世界、地球。
この世界の、とある場所で、一人の男の子が生まれた。
その男の子は、他の者と変わらない普通の子供だった。
この日からだ、異変が起こったのは。
それは、夏のある日の事。
「なぁ、暑くないか?」
「そうねぇ。冷房ちゃんと効いてる?」
「ああ、効いてるよ」
「ならどうしてこんなに暑いのかしら?」
その二人の近くで、よちよち歩きをしながらおもちゃで遊んでいる子供が一人。
それは、冬のある日の事。
「な、なぁ、寒くないか?」
「そう⋯⋯、よねぇ。暖房は、ちゃんと効いてる?」
「効いてるよ。――さぶっ!」
その二人の近くで、体を伸ばしゴロゴロ転がっている子供が一人。
それは、アイズが四歳の頃の事。
近所の友達と遊んでいたときに、それは起こった。
くだらない事で喧嘩した男の子二人。片方が、もう片方に跨る形で、両手を掴み合い、睨み合っていた。
その時だった。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁッ!」
跨っていた方の男の子の両腕が凍り、砕けた。
血管が途切れたことにより、両腕から大量に血が流れ出る。
それだけでは済まず、追い打ちをかけるように、男の子の両足が凍り、砕けた。
勿論、両足からも大量に血が流れ出る。
幸いにも、傷口が凍ったことにより、男の子は貧血程度で死ぬことは無かったのだが、アイズが加害者であることは明白だった。
ただ、唐突に手足が凍って砕けたなど、荒唐無稽な話は信じがたく、アイズが罪に問われることは無かった。
それは、アイズが先の事件を起こして数ヶ月経った頃の事。
アイズは悪口を言われていた。
その内容は、アイズが同い年の子供の手足を凍らせ砕いた事。
黙っていればよかった。無視していればよかった。
反論したのが、相手の運の尽き。
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」」」
アイズに悪口を言っていた者全員の器官が焼けた。
周りの者からすれば、アイズに悪口を言っていた連中が、いきなり叫びだした、としか思えないだろう。
アイズはここで、初めて人を殺めた。
それは、アイズが五歳の頃の事。
母親と、デパートへ寄って、アイスクリームを買ってもらって、食べながら歩いていた時の事。
アイズは前を見ないでアイスクリームを食べていたため、目の前の男にぶつかってしまった。その際、アイスクリームがズボンに付いてしまった。
男は、坊主にサングラス、髭を生やしたいかにもなヤクザだった。
アイズの行動に、怒りを露にする男。その男に必死で許しを請う母親。
その時だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
男の体が業火に包まれた。
その後、男は焼死体となり、アイズの母親は、男に何かやったのかと、非難の声が上げられた。
アイズの関わった大きな事件はこの三つ。
だが、それ以外にも規模こそ小さいものの、事件を起こしている。
アイズが事件にかかわっていた事により、アイズの両親への非難は日に日に強くなっていく。
ある日、父親が言った。
「お前は害悪だ!」
その後、母親が言った。
「あんたみたいな子供要らない!」
こうしてアイズは、家を追い出され、家族という縁を切られ、一人孤独に生きていく事となる。
この時アイズは、子供ながらに思う。
人間とは驚くほどに脆く、そして、呆れるほど自分の事しか考えない、醜い存在なのだ、と。
この時は、自分を含めなかった。
少し少なめですが、キリがいいのでこの辺で。
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四話
親に捨てられてからというもの、アイズは一日を生きていくので精一杯だった。
掏摸、空き巣、媚びて金を貰うなど、あの手この手でなんとか生活していた。
そんなある日の事だった。
あれから四年の月日がたった。九歳になったアイズは、まとまった金が欲しいと、魔法で体を変え、覆面を被り銀行へと足を運んだ。
大きなカバンを窓口に置き、女性に言った。
「金庫の金を入るだけ詰めろ。やらなきゃお前も、他の奴らみたく氷漬けになるぞ?」
「――っ!」
女性はアイズに言われ、周りを見る。
皆、凍っていた。
やらなければ自分もこうなってしまう。女性はアイズに懇願する。
「私は金庫の暗証番号を知らないんです!知っているのは支店長だけで!本当なんです!」
女性が、支店長であろう人物を指差す。
「そうか」
アイズはそれだけ言うと、女性を凍らせ、女性が指さした人物の氷を溶かす。
「お前が支店長か」
「――は、はい。これはいったい⋯⋯。あなたは――」
「この中に、金庫の金を入るだけ詰めろ。やらなきゃお前も、氷漬けだ」
「――ッ!わ、分かりました!」
言って男はカバンを取り、奥へと消えた。
これが失敗だった。自分も一緒に付いていけばよかったのだ。
「あ?」
サイレンの音が聞こえた。
そして十台を超えるパトカーが、アイズの入った銀行の前で停止した。
「チッ!あいつ、警察呼びやがったな」
とりあえず、銀行の入り口や窓を凍らせる。これですぐには入って来られないだろう。
アイズは窓口を飛び越え、男が行った奥へと向かう。
「おい、お前!」
「ひっ、ひいぃ」
アイズは手のひらサイズの氷柱を作り、男の喉元に突き付けた。
「さっさとこの中に金を入れろ。じゃなきゃ殺す」
「わ、分かりましたぁ!」
男は慌てて金庫を開け、その中から札束をカバンの中に押し込んでいく。
男がカバンいっぱいに札束を詰め、チャックを閉めたところで、男から乱暴にカバンを取り、男を氷漬けにして出口へと向かう――ことはせず、金庫の中の壁をぶち破り、そこから逃走を試みる。
「はぁ、はぁ⋯⋯」
なんとか逃走に成功した。
肩に下げたカバンを地面に置き、魔法を解除し覆面を脱ぎ、地面に座り込む。
「なんとか、なったか」
そんな安堵と成功に浸っているアイズの耳に、一つの声が届いた。
「ねぇ、君。ここで何をしてるの?」
「ッ!」
声の主の方を向く。
その声の主は少女だった。
腰までありそうな長い金色の髪に、吸い込まれそうなほどに綺麗な赤い瞳、そして、何処か大人びた雰囲気を持つ少女だ。
「――どこから見た」
「どこからって言われても⋯⋯ッ!」
少女が言い終わる前に、少女の足元から氷柱が生えた。
間一髪それを避けた少女は、それを見て驚愕の表情を見せる。
「魔法――!」
「⋯⋯」
「⋯⋯そう。君も魔法が使えるの」
「――魔法。惨禍の力じゃないのか?」
「惨禍?違うよ。それは、人を救う力だよ」
少女の言葉にアイズは、馬鹿馬鹿しいと鼻を鳴らし、その場を去ろうとする。
「あ、待って!」
「チッ、離せ」
振り解こうとしても振り解けない。だから、少女の腕目掛けて氷柱を生やす。
これも避ける。そう思っていた。でも違う。
「――!」
血飛沫が舞う。アイズのものでは無い。少女の血だ。
氷柱が腕に突き刺さっているというのに、表情一つ変えず、少女はアイズを見つめる。
「――離せよ」
「離さない」
「離せってッ!!」
少女を億劫だと感じたアイズは、少女の体に何本もの氷柱を突き刺す。
「――グッ」
刺さった箇所全てから、血が流れ出る。しかしそれだけでは飽き足らず、少女の体は、口からも血を流した。
それでも、少女はアイズを離さなかった。
「離せって、言ってんだろ。殺すぞ⋯⋯ッ!」
「⋯⋯離、さないよ。絶対」
「――だったらもう、死ねよッ」
アイズが少女に右手をかざした時だった。アイズは初めて、少女の顔を見た。
泣いていた。泣いていたのだ。
多分、痛みからくるものではない。
しかし、アイズに少女の心情は分からない。分かりたくもない。
だというのに、何故だろうか。こんなにも、胸が締め付けられる思いなのは。
その所為で、アイズは一瞬躊躇ってしまう。
「――無理だよ」
「ッ!」
「そんな悲しい顔で拒絶されたら、放っておけないよ」
少女に抱きしめられた。
少女の体に刺さっていた氷柱は、いつの間にか粉々に砕けていた。
アイズは、抵抗しなかった。出来なかった。
アイズは気付いていない。自分が涙を流していることに。
「まずは、自己紹介だね。私はアリア・ハシャトルテ。君は?」
「――アイズ」
「そう、アイズ君。それで、アイズ君は何をしてたの?」
「――強盗」
「は?」
「銀行強盗だ」
アイズは金の入ったカバンを指差し言う。
「⋯⋯生活に困ってたの?」
「当たり前だろ。親に捨てられてんだ」
「あ、その、ごめん」
「チッ」
その舌打ちを最後に、二人の間に沈黙が流れる。
「――あのね、私も、その、親に捨てられたんだ」
「――それで?」
「アイズ君の気持ちが全部分かるなんて、そんな事は言わないけど、ちょっとぐらいなら分かるよ。その気持ち」
「⋯⋯」
「ところでアイズ君は、魔法の事を惨禍の力、なんて言ってたよね?それは何で?」
「何でも何も、この力の所為で俺は、捨てられたんだ」
「そう、か。でもね、それはアイズ君も魔法も悪くない。アイズ君の親も悪くない。誰も悪くないんだよ。ただ、アイズ君のすぐ近くに、魔法を知る人が居なかったってだけで」
「⋯⋯」
アリアの言葉は正しい。誰も悪くない。
アイズは拳を握っていた。それは何故なのか、アリアには分からなかったが。
「そうだ!」と手を打ち、
「ねぇアイズ君。私の家に来て、魔法の勉強、しよう?」
「――はぁ?」
それからアイズは、暇さえあればアリアの家を訪ね、魔法の勉強をしていた。
まずは魔法がどういうものなのか。魔法という強大な力は、どんな時に使うべきものなのか。
そして魔法の基礎。
アリアはアイズに、どんな事だろうと基礎がなっていなければ、何もできはしないと教えた。
「アイズ君の魔法は強力だよね。炎熱と凍結の魔力変換資質」
「そんなに凄い事か?」
「凄い事だよ!一つだけなら偶にいるけど、二つ持ってるなんて稀なんだよ!」
「お、おう」
と、たまにアリアの鼻息が荒くなる事があり、アイズが引いてしまう一面などあったが、それはまた別の話。
アイズにとって、アリアは初めて人の温かさを教えてくれた存在だ。
そのアリアと接し、アイズの表情も心も豊かになっていった。
アイズはアリアといる時間を楽しいと感じ始める。
だが、楽しい時間程、あっという間に過ぎていくというものだ。
~余談~
アイズが銀行強盗をした翌日の事。
アイズが襲った銀行に、最初に出勤してきた人の目に入ったのは、昨日奪われたはずの札束の山だった。
そして、犯人に壊された筈の金庫内の壁が修復されていた。
世間では、何処かの善人の仕業だと言われている。
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五話
アイズがアリアと出会って、一年が経った。
初めの頃は、アイズは一度も笑わなかった。だが、話していくうち、過ごしていくうち、アイズは笑うようになった。
アイズが生きてきた十年の中で、確実にこの一年が一番充実していて、楽しいという事は確かなはずだ。
それは、偶然の出会いが起こした、奇跡のようなもので。アリアと出会うまでのアイズからは想像もしなかったことで。
だからアイズは、あの日の事を、悔やんでも悔やみきれない。
ある日、いつものようにアリアの家で魔法についての勉強をしていたところ、アリアはアイズに話題を持ちかける。
「ねぇアイズ。明日も来れる?」
「あ?ああ、勿論来れるけど。⋯⋯どうした、急に」
特に用事の無いアイズに断る理由などないが、いつもはそんな事聞いてこないのに何故今日は聞くのか、と疑問に思う。
「あーいや、今日商店街の福引引いたら一等が当たったんだよ」
「ふーん。で、それは?」
「水族館のペアチケット」
「水族館?」
アイズは生まれてこの方、普通の子供というのをあまり経験したことが無い。勿論、水族館には行ったことが無い。行ったとしても、物心つく前なので覚えていない。
アイズの言葉にあっ、と察したアリアは、水族館の説明をする。
「水族館っていうのはね、動いてる魚を見て楽しむ所なの」
「――楽しいのか?それ」
アイズは、全国の水族館関係者を敵に回すような発言をする。
アイズにしてみれば、魚は自分の腹を満たすための食糧だ。食糧を見て楽しめるわけが無い。見たところで「美味しそう」ぐらいしか、感想は出ないだろう。
「えっと、まあ、楽しいか楽しくないかは人それぞれだけど、でも食わず嫌いはしない方がいいんじゃないかな」
「て言うと?」
「見に行ってみたら、楽しめるかもしれないって事!」
笑顔で人差し指を立てて言うアリア。アイズは知っている。こうなったアリアに何を言っても無駄な事を。
「可愛かったね、あのイルカ」
翌日の水族館からの帰り道、近くのレストランに寄った二人。そこで食事をしながら、昼間の水族館の話題で盛り上がっていた。
やれ魚の軍団が綺麗だった。やれサメがすごい迫力だった。やれペンギンが可愛かった。アリアは子供のようにはしゃいでいた。
「いい加減抑えろよ。周りの迷惑になるから」
ちなみにアイズは、水族館に行ったところで案の定、「美味しそう」としか思わなかった。
「だって久しぶりだもん!テンション上がっちゃうよ!」
鼻息荒く、両手を振りはしゃぐアリア。もう十六、高校生の年だというのに。これではどちらが子供か分からないではないか。
「いいから抑えろ」
「あうっ!」
アイズはアリアにでこピンをしてアリアを静める。あまり強くしたつもりは無いが、アリアはおでこを押さえ悶えている。それを無視してアイズは自分の食事を再開する。
その様子を、周りの人は暖かい目で見つめている。
「はあー、おなかいっぱいだー」
腹をさすりながら歩くアリアは、人の目も気にせずそんな事を言う。
「……まだ食えたな」
「え!?あれだけ食べたのに!?」
ぼそりと呟いたアイズの言葉を拾うと、アリアは驚愕の声を上げる。ステーキとハンバーグを三食ずつ、丼物を六食、定食五食にサイドメニューまで食べてまだ食べられるとは、どれだけの胃袋なのだろうか。
「ああ」
「ええ~……。ああそうだ、今日アイズに見せたい物あったんだ」
「あ?見せたい物?ってなに」
「ふふーん。それは私の家についてからのお・た・の・し・み」
はぁ、と息を吐くアイズ。こういう時のアリアは基本的に碌な物を見せてこない。男同士の珍しい合体シーンや珍しい顔の動物など、アイズにとってどうでもいい物ばかり。今度は何を見せてくるのか。
「ってことで、早く帰りたいから近道しよ!」
言って路地の方へと向かっていくアリア。またも溜息を吐きながら、しょうがないなとアリアの後をついていくアイズ。
「おい!早くしろテメェ等!」
坊主にサングラス、髭を生やした男が、自分の部下であろう男たちを怒鳴る。
「早くしやがれ!早くしねぇと金色の鬼神が――」
「あなた達、何をやっているの!」
男達の耳に、少女の声が届く。
男達が声のした方を向くと、金髪で赤い眼をした少女――アリアがいた。
「う、嘘だろ……ッ!なんで金色の死神がここに」
「馬鹿!死神はボディーラインのメリハリがはっきりしてる!でもあいつは一直線じゃねえか!死神じゃねえ」
一人の呟きをもう一人が訂正する。
その言葉にワナワナと震えるアリア。
「うるっさいわね!分かってるわよそんな事!もう怒った!」
ビシッと人差し指を男達に向け、
「気絶程度で勘弁してあげようと思ったけどもう許さない!ここで私に会った事を後悔させてあげる!」
アリアの言葉に男達は、
「相手はたかだかガキが一人だ!やっちまえ!」
そういった男の足元から氷柱が生えた。
氷柱は男の頭に突き刺さり、大量の血を噴き出し、男は絶命した。
「ッ!何が起きた!」
「なんで氷が!」
男達の戸惑いをよそに、アリアは氷柱を発生させた本人、アイズに驚愕の眼を向ける。
「ちょっ、アイズ!?なんで殺してるの!?」
「なんでって、あいつらはお前を侮辱したろ。だから殺した」
一切悪びれる様子も無く言うアイズ。アイズは「それに」と続け、
「お前のスタイルは悪くない」
真剣な顔でそんな事を言われ、アリアは頬を赤らめ俯く。
「――で、でも!殺すのは駄目って言ったじゃん!怒ってくれるのは嬉しいけど」
「悪い、後ろ向きに善処するよ」
「せめて前向きにして!?」
「いちゃついてんじゃねえぞゴルァッ!」
犯罪現場に居合わせたというのにマイペースな二人に、一人の男がナイフを振りかぶる。
「無駄の多い動きね」
そう呟くと、アリアは男のナイフを持つ手を掴み、背負い投げの要領で男を投げ飛ばす。
投げ飛ばされた男は、近くのシャッターに激突する。
「――次にやられたい人は?」
「このガキィ……ッ!」
口角を上げ、男達を見下すような目をするアリア。多分、男達を挑発しているのだろう。案の定、男達はこの挑発に乗ってきた。
「一斉にかかれ!」
坊主の男の一声で、男達が一斉にアリアたちに襲い掛かる。
その男達を、アリアは拳で、脚で殴る蹴るをし、アイズは氷で男達を突き刺し次々と倒していく。
その状況は、誰が見てもアリアたちが優勢だ。一発の銃声が聞こえるまでは。
「死ねぇッ」
坊主の男が放った一発の銃弾。それがアイズの胸を撃ち抜く。
「あがっ……」
アイズはその場に、膝から崩れ落ちた。傷口から血がドクドクと流れ、自分の血が自分を赤く染める。
それを見て、アリアは目を見開き固まってしまう。
こんな好機を男達が見逃すはずも無く、数人の男がアリアに鉄パイプやナイフ、ハンマーを振りかぶったところで、男達の聴覚を壊しかねないほどの大きな声が届く。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
その声は、初めに聴いた少女の声とは思えないほどの声だった。何人もの人の声がスクランブルエッグのようにぐちゃぐちゃに混ぜられたような、そんな声だ。
金色の鬼神(こんじきのきしん)です。
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六話
あの日から、アイズに魔法の事を教えていて思ったことだけど、アイズって物覚えがいいんだね。一度教えた事はすんなり理解するし、次のステップまで独学で理解できている。ちょっと違うところもあるけど、それでも凄い!
それにすごく器用なんだ。汎用魔法から、ちょっと技術のいる魔法まで特に苦労することなく覚えちゃうし。誰の教えも無くあそこまで魔法を使えたのも納得だよ。
それに料理もすごくおいしいんだよ!そこら辺の料理店よりおいしいんだ。少し技術を身につければ、高級料理店にも引けを取らないんじゃないかな。それに気配りもできる子なの。そして優しい。
なんだか最近、アイズと会うのが楽しみになってきてるな。
さて、今日もアイズが来るし、食事の材料買いに行かなきゃ。
私は今、商店街の一角にある青果店に来ていた。
「いつもありがとね。アリアちゃん」
「いえ、こちらこそ。それにいつも買いに来るのは、このお店の食材が新鮮だからですよ」
「まあ嬉しい事言ってくれちゃって」
すると、青果店のおばちゃんは数枚の紙を取り出した。
「アリアちゃん、これ」
「これは?」
「商店街の福引券。五百円ごとに一枚貰えて、五枚で一回引けるの」
おばちゃんが私に差し出した福引券は五枚あった。
「え?私そんなに買い物してませんよ?」
「いいんだよ。私が持ってても使わないし」
「――じゃあ、お言葉に甘えて」
私は今、おばちゃんから貰った福引券を使って抽選機を回していた。回して出た玉の色は、金色。
あれ?金色って、もしかして……
「おめでとう!一等水族館ペアチケット大当たりー!!」
私の思考を遮って、大きな鐘の音とおじさんのダミ声が、私の耳に届いた。
「ええっ!!一等!?」
「そうだよ、おめでとう嬢ちゃん。これで彼氏とデートでもしてきな」
か、か、彼氏って……。今はまだ、そんな関係じゃないですよ。
「お邪魔します」
アイズが私の家にやって来た。なんだろう、アイズ、すごくいい匂いがする。
「じゃあ今日は、魔法の歴史についてね」
今日もまた、いつもの勉強が始まる。
「ねぇアイズ。明日も来れる?」
「あ?ああ、勿論来れるけど。……どうした、急に」
やっぱり予想通り、来れるって言ってくれた。でも不審げな顔してる。いつもは聞かないから当然かな。
「あーいや、今日商店街の福引引いたら一等が当たったんだよ」
「ふーん。で、それは?」
「水族館のペアチケット」
アイズにチケットを見せると、「水族館?」と首を傾げた。そっか。アイズは確か五歳の時に捨てられたって言ってたな。もし行ってるとしても、物心付く前だから覚えてないよね。
「水族館っていうのはね、動いている魚を見て楽しむ所なの」
「――楽しいのか?それ」
君は言ってはいけない事を言ったね。全国の水族館関係者を敵に回す発言をして。そしてかく言う私も水族館が好きなんだよ。その私に向かって。いい度胸じゃない、アイズ。
「えっと、まあ、楽しいか楽しくないかは人それぞれだけど、でも食わず嫌いはしない方がいいんじゃないかな」
皆大好き水族館。一度行けば絶対楽しめるはず。
「て言うと?」
「見に行ってみたら、楽しめるかもしれないって事!」
笑顔で人差し指を立てながら言ってみました。アイズは知ってるはずだよね。こういう時の私に何を言っても無駄だって。
「可愛かったね、あのイルカ」
翌日の水族館からの帰り道。私たちは近くのワグ〇リアって名前のお店に入った。そこで食事をしながら昼間の水族館の話で盛り上がっていた。
私が、魚の軍団やサメやペンギンの話をしてるっていうのにどうして見向きもせずに料理を食べてるの?
「お待たせいたしました」
ひぇっ!?た、た、帯刀してる!なんで捕まってないの!?
「いい加減抑えろよ。周りの迷惑になるから」
帯刀美女店員を気にしないようにハイテンションを装う。ていうかなんでアイズは平然としてるの?
「だって久しぶりだもん!テンション上がっちゃうよ!」
鼻息を荒くし、両手を振ってみる。
「いいから抑えろ」
「あうっ!」
アイズにでこピンされたぁ。ここ、昼間誤って水族館の柱にぶつけたところ!狙ったなアイズ!私はおでこを押さえ悶えているというのに、アイズは気にせず食事を再開してる。ひどい男よ。
「はあー、おなかいっぱいだー」
おなかをさすりながらそんな事を言ってしまった。恥ずかしいけどやってしまった事は仕方が無い。気にしないようにしよ。
「……まだ食えたな」
「え!?あれだけ食べたのに!?」
ステーキとハンバーグを三食ずつ、丼物を六食、定食五食にサイドメニューのフライドポテトやピザを五皿ずつ食べてまだ食べられるって、どれだけ胃袋大きいのよ。
「ああ」
「ええ~……。ああそうだ、今日アイズに見せたい物あったんだ」
すっかり忘れてたよ、あれの事。
「あ?見せたい物?ってなに」
「ふふーん。それは私の家についてからのお・た・の・し・み」
あ、溜息吐いたな。どうせまた碌な物なんだろ、とか思ってるんでしょ。でも残念、今回は違うよ。凄くいい物。――多分、私達二人にとって。
「ってことで、早く帰りたいから近道しよ!」
確かこっちが近道だったよね。さぁ行こう!
「おい!早くしろテメェ等!」
裏路地の向こうから声が聞こえたため、足を止める。アイズを手で制し、物陰に隠れながら様子を見る。坊主にサングラスに髭を生やしたヤクザ然とした男が、自分の部下であろう男達を怒鳴っていた。あれは何?あのスーツケースは。
「早くしやがれ!早くしねぇと金色の鬼神が――」
ッ!金色の鬼神。それって管理局のエース・オブ・エースの一人。あの人が来るのを恐れてるってことは、少なくとも良い人じゃない。
そう思うより早く、体が動いていた。
「あなた達、何をやっているの!」
男達が目を見開き私を見る。
「う、嘘だろ……ッ!なんで金色の死神がここに」
私を見て、一人の男が言う。まぁ、似てる部分は多々あるけど、私あの人ほど強くないからね。でも、悪は逃がさないよ。まだ悪って決まったわけじゃないけど。
「馬鹿!死神はボディーラインのメリハリがハッキリしてる!でもあいつは一直線じゃねえか!死神じゃねえ」
何を言うかと思えば、身体的特徴を持ち出して好き放題ベラベラと……ッ!
「うるっさいわね!分かってるわよそんな事!もう怒った!」
人差し指を男達に向ける。
「気絶程度で勘弁してあげようと思ったけどもう許さない!ここで私に会った事を後悔させてあげる!」
私の言葉に男達は、
「相手はたかだかガキが一人だ!やっちまえ!」
そういった男の足元から氷柱が生えた。氷柱は男の頭に突き刺さり、大量の血を噴き出し、男は絶命した。
なっ、こんな事をする人なんて一人しかいない。
「ちょっ、アイズ!?なんで殺してるの!?」
「なんでって、あいつらはお前を侮辱したろ。だから殺した」
なんで一切悪びれる様子が無いの?
「それに、お前のスタイルは悪くない」
にゃっ!?そ、そ、そ、そんな恥ずかしい事言わないで!
「――で、でも!殺すのは駄目って言ったじゃん!怒ってくれるのは嬉しいけど」
「悪い、後ろ向きに善処するよ」
「せめて前向きにして!?」
なに?後ろ向きにって。善処するのに後ろ向きがあるの?
「いちゃついてんじゃねえぞゴルァッ!」
一人の男がナイフを振りかぶる。その男の動きは、素人丸出しだった。
「無駄の多い動きね」
私は男の手を掴み、背負い投げの要領で男を投げ飛ばす。投げ飛ばされた男は、近くのシャッターに激突する。
「――次にやられたい人は?」
「このガキィ……ッ!」
口角を上げ、見下すような目をしてみる。これは男たちへの挑発だ。案の定、男達はこの挑発に乗ってきた。
「一斉にかかれ!」
坊主の男の一声で、男達が一斉に私達に襲い掛かる。
私は男達を殴ったり蹴ったりして、アイズは氷を突き刺し男達を次々と倒していく。
アイズとなら、私達は負けない。
一発の銃声が聞こえるまでは。
「死ねぇッ」
「あがっ……」
アイズがその場に、膝から崩れ落ちた。傷口から血がドクドクと流れ、アイズの血がアイズを赤く染めている。
あれ?どうしてアイズは倒れているの?どうしてアイズは傷付いているの?どうしてアイズは血で染まっているの?どうして?どうして?どうして?
傷付いたアイズを見ていると、心の奥底からどす黒い何かが溢れてくる。――ッ!駄目!これを使ってはいけない!――これを、使ってしまったら、もう……。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
そこで、アリアの意識は途絶えた。
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七話
地球。そこにある日本の中のとある街の空を、一人の男性が飛んでいた。金髪逆毛、金色の瞳をした男性は、全身黒一色のバリアジャケットを着ている。
その男性は通信画面を開き、部下であろう男性と話をしていた。
「それで?密輸犯は何処にいるんだ?」
『そこから南西に十二キロ行ったところにいます』
「了解」
言うと男性は飛行スピードを上げる。瞬く間に遠くへと進んでいく男性。この男性からすれば、現場まで一分と掛からないだろう。
男性の耳に先程通信していた男性からの情報が入る。
『アーリーズ執務官!犯人がいると思われる現場に、二つの魔力反応が!内一つは巨大な数値を示しています!』
「分かった。急ぐわ」
更にスピードを上げるアーリーズと呼ばれた男性の耳に、今度はこの世のものとは思えぬ程の咆哮が届く。
それは、何人もの人の声がスクランブルエッグのようにぐちゃぐちゃに混ぜられたような、そんな声だ。
「ッ!なんだ?」
『アーリーズ執務官!二つの内の、小さかった方の魔力数値が増大!こ、これは、有り得ない⋯⋯ッ!』
「なんだ?何が起きた」
『この魔力数値は、ランクに置き換えると、SSSッ!』
「はぁ!?」
男性の言葉に驚きを隠せない男性。
「SSSだと?有り得ないだろ、そんなの」
言って男性は、またスピードを上げ、現場まで急いだ。
現場は荒れていた。
アリアが咆哮を上げてから、瞬く間に男達が血を吹き出し倒れていく。それは勿論、アリアが男達をそんなふうにしているのだ。腕を引きちぎり、首を握り潰し、腹を貫き内蔵を抉り出し、砲撃で塵一つ残さず男達を殺したりと、残酷な事をやってのける。その所為で、アリアの金色の髪も、白く透き通った肌も、黒いバリアジャケットすらも、紅く塗り潰されている。
その光景を、傷口を凍らせる事により止血したアイズは、ただ呆然と見ることしか出来なかった。
普段のアリアは、純粋な近接格闘型である。しかし彼女はそれほど魔力が多い訳では無い。だから彼女は、身体強化に全魔力を注ぐのだ。その彼女が砲撃魔法を放つなど、考えられないもので。
それにアリアはどんな理由があろうと殺しを良しとしない。その証拠に先程のアイズが男を殺した事を叱っていた。
だからこそ不思議で仕方が無かった。何故アリアは急に、人が変わったように暴れ狂っているのだろうかと。
そう、アイズが考えている間に男達は全員、無残な屍となった。
周りは死体で埋め尽くされ、血の海と成り果てている。
そんな場所に、一人の男性が現れる。
「管理局執務官、パルトメスト・アーリーズだ。デバイスを解除して投降しろ。そうすればお前達には、情状酌量の余地がある」
アリアとアイズに杖状のデバイスを向けて、投降を促すパルトメスト。そのパルトメストにアイズは訴え掛ける。
「待て!俺達は被害者だ、これは正当防衛ってやつだ」
「なにが正当だ。たとえそうだとしても、これは過剰防衛って言うんだよ」
アイズの言葉に目を細め、鋭く鮮明な殺気をアイズに放つ。
パルトメストの殺気にたじろぐアイズ。パルトメストの殺気を感じ取ったアリアは、パルトメストに砲撃を放つ。アリアの砲撃を防御魔法により防いだパルトメストは、アイズとアリア、両方にバインドをかける。
黄色い鎖が二人の自由を奪う。しかしそれは一瞬の事で、アリアはすぐにバインドを腕力という力で強引に引きちぎる。そして地面を蹴り、空にいるパルトメストへ肉薄する。
「プラズマランサー」
パルトメストの周囲に十数個の黄色い槍が現れる。それはどれも電気を帯びている。その槍を全て、アリアに放つ。アリアはそれを殴って壊し、掴んで握り潰し、ときに砲撃で消滅させる。
それを見たパルトメストは片眉をピクリと動かす。そしてアリアの拳が届く距離まで近づかれたパルトメストは、杖状のデバイスを仕舞い、左手に付けているブレスレット型のデバイスを展開する。現れたのはガンナックル。この男は、近接戦闘も得意である。
「がああああああああぁぁぁァァァァァッ!」
アリアの両拳によるラッシュ。デタラメに見えて、実は正確に、精密に、的確に、その上パルトメストを倒せる程のものを放ってきている。パルトメストはそれを冷静に捌き、反撃の隙を窺う。
何秒経っただろうか。一向にその隙が出来ない。先程からずっと両拳によるラッシュを続けている。普通ならば焦ってしまう。だが焦ってはいけない。ここで焦ってしまうと、かえってこちらが隙を見せてしまう事になる。だから焦らず、冷静に捌く。
そろそろ疲れてきた頃だろう。ラッシュのスピードが少し落ちている。もう少しで、アリアに隙ができる。その時だった。パルトメストの足元から、魔力反応がした。このラッシュを捌きながら、その魔力反応に対応するのは、パルトメストでも無理だろう。そうして、パルトメストとアリアの両方の足が凍った。
「⋯⋯止まれ、二人とも」
それを放ったのはアイズ。アイズの氷だ。
「凍結の変換資質か。珍しいな」
氷を見て、そんな事を呟くパルトメスト。そのパルトメストに構う事なく、アイズは叫ぶ。
「アリア!どうしたんだよ!お前らしくもねぇ事すんなよ!」
アイズの言葉に耳を貸す事無く、アリアは唸り、脚力により強引に氷を砕く。
「ふむ、魔法力が高いのか、単なる馬鹿力か。はたまたその両方か」
顎に手を当てぶつぶつと呟くパルトメスト。そのパルトメストに容赦もお構いも無く、アリアは殴りかかる。
右の大振りを掴み、驚く。
「――こいつ、自分の魔力じゃなく、外からの魔力を、使っているのか?」
その技術は集束系魔法のもの。だがこれはこんな近距離で、しかも攻防の最中に出来るものではない。
「チッ。聞いた事のあるレアスキルの中で、一番厄介なもんか」
アリアのこの状態と記憶の中で当てはまるものでもあるのか、パルトメストは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「『強制執行』か。クソ厄介なスキル持ちやがって」
パルトメストの言った強制執行。このスキルは、自分が大切に思っているもの(人でも物でも)を傷付けられると、強制的に発動してしまう。制御する事は出来ず、発動すれば本人の身体能力や魔力の限界を超えた力を使ってしまう。その力に耐えられない為、意識が飛んでしまう。
そしてアリアが集束系魔法の技術を近接距離で動きながら使えるのは、スキルのお陰と言っていい。
「六番艦ミスリル、聞こえるか?」
再度放たれたアリアのラッシュを捌きながら、パルトメストは自分が乗っていた艦船に通信する。
『こちらミスリル。アーリーズ執務官、状況は?』
「悠長に説明する暇はねぇから単刀直入に説明するぞ。応援を求める」
『ッ!あのエース・オブ・エースが⋯⋯。了解、直ちに応援を向かわせます』
「出来るだけ早めにな」
そう言うと、パルトメストは弾いていたアリアの両拳を掴む。
「あんま好き勝手してると、お兄さん本気で怒っちゃうぞ」
口調はふざけている様であるが、顔も態度も至って真剣。アリアの空いた腹に蹴りを入れ、アリアが怯んだ一瞬を狙って、身体中に電気を走らせる。
「エレクトロソニック」
パルトメストオリジナルの、身体強化魔法。魔力により上げた身体能力の内、電気により反応速度だけを、更に向上させる魔法。認識してから反応出来る人間の限界を、二つか三つ超える魔法。これが近接戦闘において、パルトメストの使う十八番である。
そのパルトメストの攻撃をまともに食らってしまうアリア。コンクリートに叩きつけられる。
「アリアッ!」
そのアリアに駆け寄るアイズにパルトメストが、
「そいつに近づくな」
「うるせぇよ公僕」
パルトメストを睨むアイズ。そのアイズにバインドをかけ、パルトメストは、
「死にたくなけりゃ退いてろ」
そう、冷たく言った。その時だ。パルトメストの目の前で、血潮が舞った。
「ガハァ⋯⋯ッ!」
その血誰の血。
答えはアイズ、答えはパルトメスト。二人の血だ。その二人に血を撒かせたのは、他でもないアリアだ。アリアの漆黒の細い砲撃が、二人の腹を貫いた。
「がああああああああぁぁぁァァァァァッ!」
アリアの咆哮。勝利を確信してのことか、ただ叫んだだけか。
「――うるせぇよ」
アリアの顎を、腹を貫かれた筈のパルトメストが殴る。アリアは二、三十センチ宙に浮き、後方へと吹き飛んだ。
アリアに貫かれたアイズは倒れているのに、同じく貫かれた筈のパルトメストは何故無事なのか?その答えはエレクトロソニックである。
反応速度を上げた事により、アイズがレーザーに貫かれてから自分が貫かれるまでの間に防御魔法を発動していたのだ。だから無事だったのだ。
しかし、完全に間に合う事は無く、腕を盾にして少しだけレーザーが腹に迫るのを遅らせたことで、腕が傷付いてしまったのだが。
「手こずっちまうな」
苦渋の表情を浮かべるパルトメスト。アリアを睨みながらしみじみと思う。
(早く応援来ねぇかなぁ)
「がああああああああぁぁぁァァァァァッ!」
「うるせぇっつってんだろッ!」
アリアとパルトメストによる両拳のラッシュ。拳同士がぶつかる事でできる衝撃により、周りの建物にヒビが入り、死体に至っては、何処かへ飛んでいってしまうものもある。
そんなラッシュを先にやめたのは、パルトメストだ。なにもやめたくてやめた訳では無い。アリアのクロスカウンターが、パルトメストの左頬に突き刺さる。
幸いそれで吹き飛ぶ、という事は無かったが、その所為で今度は腹に拳を埋め込まれる。
「ゴフッ」
喀血するパルトメストに、追い打ちの回し蹴り。これには流石のパルトメストも吹き飛ばされる。地を舐めるパルトメストに追い打ちを掛けようとしたアリアに何重ものバインドが掛かる。
「アーリーズ執務官!応援、到着致しました!」
「――遅せぇよ」
憎まれ口を叩いても、表情は喜んでいる。そのパルトメストの元に、応援に駆けつけた局員の中で一番階級が上であろう男性が駆け寄る。
「アーリーズ執務官、無事ですか?」
「――なんとかな。それより、お前等に頼みたい事がある。あんま言いたくはないんだが⋯⋯」
暗い顔をするパルトメストを怪訝に見つめる男性。
「⋯⋯何でしょうか?」
「⋯⋯俺があいつにブレイカーを放つ。ただ、俺のはなのはのと違って威力がデカイ分、チャージが長いんだ。まあでも、ほんの十数秒でいい」
「それだけなら、どうとでもなりましょう」
「――なるかなぁ?あいつは、俺に土を付ける程だぜ?お前等じゃ、どう足掻いても死体になるだけだ。だからあんまり、言いたくはないんだがな」
「⋯⋯構いません。アーリーズ執務官の為になら、私たちは死ねる覚悟があります!」
「気持ち悪いから止めろ。それと、⋯⋯死ぬなよ、頼むから」
「はい!」
男性はパルトメストに敬礼し、アリアの元へと向かう。
「皆聞け!アーリーズ執務官が、ブレイカーの準備をする!それが完了するまで、俺達で時間を稼ぐぞ!」
『おぉッ!』
男性達の雄叫び。そして皆、自分の得意な事でアリアを攻撃する。しかしアリアに有象無象の下手な攻撃など効かず、男性達を次々に倒していく。いや、殺していく。
一人は腕が千切れ、一人は臓腑が零れ、一人は関節が曲がってはいけない方向に曲がっている。
男性達は一人ずつでは埒が明かないと、数人で砲撃を放つが、アリアの砲撃に男性達ごと飲み込まれる。
その男性達の後ろで、巨大な魔力反応がした。
「集え雷光 我が元に来たれ正義の光」
この戦場にある魔力をかき集める。一つ一つが集まりあって、巨大な黄色い魔力球が出来上がる。そしてパルトメストは、トドメにこの言葉を口にする。
「リミッター解除。正義、解放ッ!」
パルトメストの魔力数値が増大する。そして、デバイスは殺傷設定。それで放つ魔法は、高町なのはと共に、エース・オブ・エースの称号を与えられた管理局最強の魔導師にして、犯罪者から金色の鬼神と恐れられるパルトメスト・アーリーズの必殺魔法。
「サンダーレイジブレイカー!」
辺り一面を、神々しいまでの光が包む。
その中で、一人の少年の絶叫が、響いた。
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
アイズがアリアの死を知ったのは、病院で目が覚めてからの事だ。
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八話
「⋯⋯そんな事が」
アイズは二人に、簡潔に起きた出来事を話した。
自分が捨てられた事、アリアに救われた事、アリアが死んだ事、アリアを殺した者が管理局員である事。
後ろ二つは、しょうがない事である。だが心情はそうではない。しょうがない事だと分かっていても、納得出来ないものがある。受け入れられないものがある。
だから、やってはいけない事だと分かっていても、アリアが望んでいないと知っていても、自分を抑えることが出来なかった。
あの日、アリアを殺されたあの日から、ずっと恨み続けてきた。あの金髪金瞳の男を。管理局にいるのなら、管理局員に話を聞けば早いだろうと、昨夜、紺藍色の髪の女性を襲ったわけだ。
その女性に恨みがある訳じゃない。本当に恨んでいるのは、憎んでいるのは、自分なんだ。無力である自分なんだ。力が無いから止められなかった。力が無いから殺してしまった。
本当に恨むべきは、本当に殺すべきは、自分。なのにその答えに納得がいかず、あの男を恨んだ。それが自分の弱さだと知っていても。
あの日、アリアが自分に見せたいと言っていたものは分からないまま。あの日、アリアが何故ああなってしまったのかも分からないまま。
あの日から泣いたことは無い。悲しみはなく、ただ悔しさだけが募っていたのに、怒りだけがふつふつと煮えたぎっていたのに、目の前のアリアによく似た容姿をしている金髪の女性は、自分に涙を流させたのだ。あの時のアリアと同じ言葉で。
抱きしめられた時の、温もりが心地よかった。愛情なんて、感じないと思っていたのに、子供が母親に抱きしめられた時の安心感が、自分も感じてしまった。それはいけないことではない。アイズの年の者なら誰でも感じる事だ。
だがアイズはその愛情というものをアリアからしか感じたことは無い。それをアイズに感じさせたこの女性は。
「⋯⋯あんたは一体、何なんだ」
「え?」
「こんな気持ちを、――俺に与えるあんたは、一体なんなんだよ⋯⋯ッ」
涙でぼやける目でフェイトを見つめ、苦しむ様に胸を押さえたアイズは、震える声で訴える。
アイズのその訴えは、フェイトの名前や立場などではなく、身の上を聞いているような気がして。
「――私ね、クローン⋯⋯なんだ」
「――ッ!」
アイズは驚く。当然である。目の前の、人間にしか見えない女性がクローンだと言われれば、驚いて当然だ。
「私には、アリシアっていうお姉ちゃんがいたんだけど、死んじゃってね。⋯⋯私はそのアリシアの遺伝子で造られたクローンなんだ。アリシアとは違う一人の女の子、フェイトを、お母さんは嫌って⋯⋯。それでも、お母さんに愛してもらう為に、ずっとずっと、いい子で居ようってして来たんだけど。それがお母さんには、余計に腹立たしく思えたみたいで。――出来損ないって、あなたなんか娘じゃないって、ずっと、言われてきた。多分、そのまま捨てられてたら、私もアイズ君みたいになってたかもしれない」
悲しそうに、目に涙を溜めながら、笑顔を作るフェイトを、やはりどこか似ていると、アリアの面影を重ねてしまう。
「でも、私には友達が居たの」
そう言って、なのはを抱き寄せ、
「この、高町なのはさんって人が、私にずっと話しかけてきてくれて、名前を読んでくれて、私をアリシアの出来損ないのクローンから、一人の人間に変えてくれたの」
「フェイトちゃん⋯⋯」
「だから私は、なのはが私を救ってくれた様に、私が誰かを救うんだって、決めたの」
「⋯⋯それが、俺なのか」
「――そう出来たらいいな、とは思ってるんだけどね」
一層胸が苦しくなる。彼女の笑顔を見ていると、苦しくなって、切なくなって、悲しくなって。彼女は自分を救ってくれるのだろうか。自分は彼女を救えるのだろうか。
愛を知らない自分に、感情の一つが抜け落ちた自分に、出来るのだろうか。
自分は求めていただけなのかもしれない。自分が愛すべき人を。自分を愛してくれる人を。この女性なら、きっと。
でも、その前に、
「――なぁ、俺を捕まえてくれないか?」
「え?」
呆けた様な声を出すなのは。そのなのはの目には涙が浮かんでいた。
「どうして?」
「⋯⋯俺は過去に、色んな事をやって来た。窃盗、殺人、強奪。自分が生きる為に、色んな罪を犯してきた。その償いをしたい」
二人は言葉が出なかった。強情だった男の子が、自分からそんな事を言い出すなんて。ならば、と。
「――しなくて、いいんじゃないかな」
「はぁ!?凶悪犯だぞ!」
「――うん、そうだね。見過ごせる事じゃない」
「ちょっ!フェイトちゃん!?」
「見過ごせる事じゃないから、管理局に着いてきてもらう。そこで、私が何とかして、保護観察処分になる様にする」
優しく微笑むフェイト。これなら反論は無いだろうとなのは。だが、異論の声は上がった。
「――嫌だ」
「――え?」
「嫌だよ、そんなの⋯⋯。俺は、人を殺してるんだぞ!?それなのに、それなのに!保護観察処分だなんて、納得⋯⋯出来ない」
アイズの異論に、フェイトは目を瞑ると、
「なら、管理局で働こう」
「――は?」
「保護観察処分だけじゃ駄目だって言うなら、管理局で働こうよ。実際にそれで罪を償った人もいるわけだし」
「本当、なのか?それは」
「うん」
フェイトの笑顔。やはりそれは何処か苦しくもあり、切なくもあり、悲しくもある。でもそれ以上に、暖かい。抱きしめられた時の様な暖かさが、温もりが、安心感が、それにはあるように思えた。
だからアイズは、震える声で、一言。
「――ありがとう」
「うん」
フェイトはそれに笑顔で応える。
――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、アイズ君」
「――ん?」
初めは無視していたなのはだが、フェイトの事情を聞いてからは、間を開けてではあるが、返事をする様になった。
「アイズ君って、親戚とか、いたりする?」
「――いない。いたとしてもどうでもいい」
「そっか⋯⋯。じゃあ、私の息子にならない?」
「嫌だ」
「え!?」
今までで一番反応の速かった返事である。
「⋯⋯我儘を言うようだけど、引き取られるなら、その、フェイト、さんがいい」
「⋯⋯」
アイズの言葉に呆気に取られる二人。名前を呼ばれたフェイトは、困惑した表情で自分に指を指している。
「駄目、かな?」
「いや、ダメじゃないよ!うん、そうしよう?なのは。本人がそう言ってるんだし」
フェイトに言われても、何処か納得のいっていないなのはは、
「じゃ、じゃあせめて、住むところだけでも、ここにしよ?ほ、ほら、フェイトちゃん執務官で、家にいない日も多いし、私、十歳になる娘も居るから、退屈しないよ?それにフェイトちゃん、ここによく来るし、ね?」
「――あ、いや、そのつもりだったんだけど⋯⋯」
「へ?そ、そう、なんだ」
こうしてアイズは、管理局嘱託魔導師となり、なのはのもとで保護観察を受ける事となる。
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九話
「いい加減にしろよッ!」
そんな怒声が、管理局の一室に響いた。
その怒声を放ったのは男性である。その彼は、握った拳をワナワナと震わせている。
「何なんだよお前!何で上官の言う事が聞けないんだよ!」
命令違反で叱られたのだろうか。叱られているのは少年。その少年は、叱られているというのに自分には関係ない、自分は悪くないといった態度でいる。
そのことが、余計に男性の神経を逆なでする。
「聞いてんのかよ!ああ!?」
男性が少年の胸ぐらを掴んだところで、部屋のドアが開かれる。
「ちょッ!?どうしたのよアウィリム」
「――あっ。ランスター執務官」
部屋に入って来たランスターと呼ばれたオレンジ髪の女性を見て、アウィリムと呼ばれた男性は血の気が引いたのか、少年から手を離す。
「何があったの?」
「こいつがまた、命令違反やらかしたんですよ。これでもう五回目ですよ!?それにこいつの所為で仲間が危険に晒されたんです!もうこいつを隊には置けません!」
「あらら⋯⋯、またか。――はぁ、フェイトさんが居ない時に」
女性は少年の方に目を向けると、
「あんたの言い分は?」
「――俺はその場の最善の判断をしただけだ。足手纏いを連れて逃げる方が愚かな判断だと思っただけだ」
「んだとテメェ!」
少年の言葉に堪忍袋の緒が切れたアウィリムは、少年を掴みにかかる。それを女性に止められる。
「まあまあ。――あんた、組織ってのはね、上の命令で動くものなのよ。それがどんな命令でも、自分の意思と違っていても、守るのが組織なのよ」
女性の言葉を聞いて、少年は目を細める。
「――信じる事の出来ない奴の命令を、か?」
「そうよ。それが命令なら、従うしかない。それが嫌なら、あんたが上に立つしかない」
少年は鼻を鳴らす。その態度に女性は溜息を吐き、
「アウィリム。取り敢えずアイズは私が預かっておくから」
「はい、分かりました。ありがとうございます、ランスター執務官」
「さ、行くわよアイズ」
少年――アイズは嫌々ではあるが、女性に付いて行く。
今腕を組みアイズを睨んでいる女性はティアナ・ランスター。アイズがあの夜襲った紺藍色の髪の女性の家に居た女性だ。
「ねぇあんた。⋯⋯なんでいつもこうなの?」
ティアナの問いに、アイズは固く口を結び答えない。その態度に溜息を吐き、
「あんた、罪を償うためにここに来たんでしょ?なのに、罪を重ねてどうすんの?」
「――重ねる?どうしてそうなる」
「命令したアウィリムはあんたより職歴も現場経験も上。なのにあんたはアウィリムの命令を無視したの。もしその状況が大勢の人の生死を選択するものだったら?もしアウィリムが正解を選んでいたら?もしあんたの身勝手な行動で大勢の人が犠牲になったら?それでも自分は悪くないっていう気?」
「⋯⋯」
ティアナの言葉に押し黙るアイズ。それすらも自分は悪くないと言うほど、アイズは自己中心者ではない。だとしても、だ。
「――そういう状況なら言う事を聞こう。でもな⋯⋯、そういう状況でもない限り、命令を聞く気は無い」
言葉を聞いて、ティアナは重い溜息を吐く。
「あんたね。反省してないでしょ」
「⋯⋯」
無言。つまりは肯定と言う事か。
そんなアイズの態度に溜息を吐くと、机の上にあった書類を取り、アイズに突き出す。
「とりあえず、今日からあんたは私と仕事をする。ああ、言っとくけど、拒否権は無いからね」
「――なんであんたとしなきゃならない」
と愚痴を零すアイズに、
「言ったでしょ?どんな事でも、命令なら従うしかない」
という、ティアナの言葉にアイズは溜息を吐く。
「で、この事件なんだけどね。――あんまりあんたみたいな子供が関わっていい事件じゃないんだけど⋯⋯」
「――舐めんな」
と、ティアナの言葉に対し言い返すアイズ。
「そう言うと思ってた。この事件の被害者は三人――。一人目はアッシュ・ローランさん二六歳。飲食店の従業員だった人よ。二人目はサブレラ・エストレアさん三二歳。看護師をしてたわ。三人目はターロス・マレスティラさん十九歳。学生よ」
この後ティアナは少し苦い顔をする。この後に続く被害者達の状況を言ってもいいものかと。
「⋯⋯続きを言えよ。――聞いた以上、退く気は無い」
そう言われたから、ならば、とティアナは口を開く。
「全員に共通するのは、――内蔵が一部無くなっているという事よ」
「――あ?」
アイズは耳を疑う。当然だ。アイズの知る限り殺人事件において、内蔵が無くなるというのは今まで存在しなかった事だからだ。
アイズに構うことなく、ティアナはあえて淡々と続ける。
「この事件の犯人の予想はついてるわ」
「――もうついてんのか?」
「ええ。犯人は腸喰い」
アイズは眉を顰める。そんな気持ちの悪い名前を聞いて、平常でいられるわけが無い。
「名前の通り、腸を食べるの。そして最悪な事に戦闘能力も高いわけ。あのなのはさんから一対一で逃げ切った程よ。それになのはさんですら決定打を与えられなかったの」
あのなのはさんが⋯⋯。
アイズは思う。一度戦わせて貰ったことがあるのだが、アイズでは手も足も出なかった。そんな人が、そんな結果になる程の相手。
「まぁでも、これはあくまで予想だから、本当にそいつが犯人ってわけでもないけど、一応覚悟はしておく事ね」
「さ、行くわよ」とティアナに言われ、アイズは共に、最初の殺人現場へと向かう。
最初の被害者、アッシュ・ローラン。彼の知人達に話を聞いて回る。前回ティアナが聞いた時同様の応えが返ってくる。
次の被害者、サブレラ・エストレア。彼女の知人達に話を聞いて回る。前回ティアナが聞いた時同様の応えが返ってくる。
次の被害者、ターロス・マレスティラ。彼の知人達に話を聞いて回る。やはり前回ティアナが聞いた時同様の応えが返ってくる。
「三人は顔を見た事も無い赤の他人ばかり。知人に聞いても、恨みを買われるような性格はしていなかった。だとするとやはり、手口から見ても犯人は腸喰いになるわね」
聞き込みが終わり、やはりこいつしかいない、と眉を顰め顎に手をやりティアナは悩んでいる。
「――悩む必要あるか?犯人がそいつなら、なのはさんにそいつの情報を聞いて対策すればいいだけだろ」
「あのね⋯⋯。たとえ犯人が腸喰いで、それの対策が出来ても、そいつがいつ、どこに現れるか分からなきゃ意味が無いの。それに私達の仕事は犯人を捕まえる事もあるけど、それ以上に市民の安全やこれ以上被害が起きないようにする事にあるのよ」
ティアナの発言に鼻を鳴らし、デバイスを操作しある人に連絡を取る。
少しコール音がして、その人が画面に映る。
『もしも〜し。アイズ君、どうしたの?』
連絡相手は高町なのは。腸喰いと直接対決した唯一の人物だ。
「腸喰いについて調べてるんだが、知ってる事を教えて欲しい」
『えッ!?』
アイズの言葉に驚くなのは。当然だ。自分が出会った犯罪者の中で最も危険な人物の事を聞いてきたから。
『――えっと。どうして調べてるの?』
「そいつがやったと思われる事件の捜査をしてるから」
『⋯⋯それって、ティアナが請け負ってるんじゃ?』
「――一緒にやってるんだ」
『そう⋯⋯、なんだ。あんまり無理はしないでね?』
「分かってるよ。それより腸喰いのことを教えてくれ」
『うん。まず、彼の見た目は黒髪黒目三白眼。長身痩躯の印象があるけど、ただ細いだけじゃなくてしっかりとした筋肉がついてるの。次に、彼は基本ナイフで戦うんだけど、彼は何本もナイフを隠し持ってるから、投擲で得物が無くなったからといって油断はしない事。それと彼は、隙という隙を見せないの。隙に見えるそれは誘うための罠だから、引っかからないように気を付けて。彼は暗殺者みたいに気配を消すだけじゃなくて、攻撃する時の気配すらも消す事が出来るから、そうなってきたら逃げる事を優先する事。最後に絶対にして欲しいこと』
先程までも真剣だったが、次に見せたなのはの表情は、それよりも真剣でアイズを心配した表情で、
『腸喰いを見つけたら、一人二人でなんとかしようと思わず応援を呼ぶこと』
「――ああ、分かった。ありがとう」
なのはにお礼を言い、別れの挨拶を交わしてから通信を切り、ティアナの方に向く。
「――聞いてたか?今の」
「ええ、聞いてたわ。⋯⋯まぁ、対処法が分かっても、腸喰いがいなきゃ――」
ティアナが言いかけたその時である。耳元で、ねっとりとした不気味で気色の悪い声がした。
「ねぇ⋯⋯、今僕の事、呼んだよねぇ」
ティアナに向かいあっていたアイズすら気づけない程気配を消す技術が高い、あのなのはすら危険だと警鐘を鳴らした男が、――腸喰いが現れた。
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十話
疲れた。疲れたよパトラッシュ⋯⋯
「ねぇ⋯⋯、今僕の事、呼んだよねぇ」
その声を聞いてやっと、二人は腸喰いを認識した。周りに意識を向けていなかった訳ではない。むしろ充分に警戒していたのだ。それでも気づけない程、気配を消す事が出来る男。それに間をあけようと後ろに飛ぼうとしたところで、それは愚行だと思う。
何故なら腸喰いは今、ティアナの首に手を触れているから。
腸喰いはティアナの首を指でなぞり、
「この細い首をへし折ったら、どんな音がなるのかなぁ⋯⋯?グキッかなぁ?ボキッかなぁ?それとも、ゴギリッて漫画みたいな音がなるのかなぁ?――血はどんな風に出るかなぁ?噴出しちゃうかなぁ?いっぱい大事な動脈が通ってるもんねぇ⋯⋯」
そう言い、涎をまとった舌でティアナの首を舐める。その所為で、ティアナから短い悲鳴が上がる。
「君からはさぁ⋯⋯、凄くいい臭いがするんだよねぇ。――ねぇ、食べてもいいかなぁ?いいよねぇ?」
そう言い、腸喰いがもう片方の手を動かした瞬間、腸喰いの足元から氷柱が生える。それを避けると腸喰いは、
「危ないなぁ」
と、それを行った人物、アイズへと目を向ける。氷柱を見ると腸喰いは、
「凍結の魔力変換かぁ。珍しいねぇ」
と、ニタリと笑う。その腸喰いをアイズは睨む。
「――気持ち悪いぞ、お前」
「良く言われるよぉ。でも、僕は僕の事好きだから、どうとも思わないんだけどねぇ」
アイズの氷柱を避けたがために、ティアナから離れた腸喰い。アイズの方を向いたがために、ティアナに背を向けている腸喰い。
今がチャンスだ、と思うより早く、ティアナの体は動いていた。ティアナのデバイス、クロスミラージュを腸喰いに向け、渾身の魔力弾を放つ、その瞬間である。腸喰いが首だけを動かしティアナを見やると、目を見開き口角を釣り上げていた。
ティアナの魔力弾は腸喰いに命中し、煙が上がる。
(煙?なんで煙が⋯⋯)
煙が晴れると、そこには無傷の腸喰いがティアナの方を向き立っていた。
「今のはちょっと、気持ち良かったよぉ」
そう言い腸喰いは、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべる。そして腸喰いがティアナへ一歩進んだ瞬間である。腸喰いの前後上下左右より氷柱が出現。このままだと腸喰いは氷柱により串刺しだ。だが腸喰いは、出現する氷柱を全て燃やした。
「僕ねぇ、炎熱の魔力変換資質があるんだぁ」
腸喰いはニタリと笑う。厄介だなとアイズは思う。なのははこの事を言っていなかった。なのはがアイズにそんな重要な事を喋らないなんて事は無いはずだ。だとするならば、腸喰いは、炎熱を使わずなのはを手こずらせたという事か。
「君には少し興味が湧いたよぉ」
「――ッ!?」
アイズが思考を巡らせていると、鼻がくっ付く距離まで腸喰いが迫っていた。そしてどこからか取り出したナイフを振りかぶる。だが腸喰いに攻撃される事は無かった。理由は腸喰いの背後にいるティアナだ。ティアナが複数の魔力弾により攻撃。それを腸喰いはナイフで切り落とす。そのためアイズは攻撃される事が無かったのだ。
「二対一って事忘れないでくれる?」
「――いいねぇ。好きだよぉ、そういう気が強いのぉ」
ティアナに狂気の笑みを向ける。その隙にアイズは自身の側に幾つかの氷柱を出現させ、それを腸喰いへと放つ。音の無い攻撃。だというのに腸喰いは、後ろに目でも付いているかのように、アイズの氷柱を燃やし、アイズに投擲する。アイズは投擲を氷で防ぐ。その所為で一瞬、視界が狭まる。だから腸喰いに間を詰められた。
「がら空きだねぇ」
腸喰いはナイフを下から上へ振り上げる。その腸喰いの腕を、アイズは氷で弾く。そして炎を右手に纏わせる。
「火掌・炎鎚ッ!」
炎を纏った右手が、腸喰いの腹を突く。それにより、腸喰いは胃液を吐き出す。クリーンヒットに見える攻撃にも関わらず、胃液に留まったのは、腸喰いがナイフで防いでいたからだ。だから喀血に至らなかった。
この攻撃を受けた腸喰いは、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべる。
「君、炎熱の魔力変換資質もあるんだぁ⋯⋯。――油断大敵。思い知らされちゃったなぁ」
次の瞬間、ティアナは嫌な予感に全身の毛が逆立つ感覚を覚える。
「アイズ!逃げなさい!」
ティアナの叫びと同時。空から炎が降ってきた。アイズは同じ炎でそれを迎え撃つ。そして腸喰いに向けて氷柱を幾つも飛ばす。勿論それは腸喰いの炎により燃やされる。
腸喰いが間を詰めようとすれば、そうさせまいとアイズは氷柱を放つ。それを燃やし、斬り、時には避けてアイズへと向かう腸喰い。足元を凍らせようとすれば、飛び上がり避ける。アイズが炎を放てば腸喰いも炎を放つ。二つの炎がぶつかると、爆炎が上がる。
その様子を見てティアナは、手を出す隙がない、と思った。ならばこの隙に、応援を呼んでおこう。と、クロスミラージュを操作した瞬間。ナイフが飛来し、クロスミラージュを突き刺した。
「そうはさせないからねぇ」
勿論そのナイフは腸喰いのもので。腸喰いはアイズを炎で攻撃しつつ、ティアナの方へ向く。
「これ以上人が増えたら、楽しみが無くなっちゃうかもしれないからねぇ。君は腸、君は手足。食べたいんだよねぇ⋯⋯ッ!」
言って腸喰いはケタケタケタケタケタケタケタケタ――と笑う。
一方ティアナは苦虫を噛み潰したような顔をする。デバイスが無ければ、通信出来ず、魔法を使うにも発動までに時間が掛かる。デバイスを持っているアイズは腸喰いへの対処で忙しい。故に通信する暇は無い。だから応援は望めない。この腸喰いという狂人を、アイズと足でまといの自分の二人で何とかしなければならないという事。
なんという絶望的な状況か。あの腸喰いという狂人は、炎熱無しでなのはに善戦した男。炎熱ありの腸喰いはなのはでも対処出来るか怪しいはず。アイズも粘ってはいるが、必ず限界が来るはず。ならば逃げた方が得策か。だがどちらかは必ず交戦状態に陥る。やはりここで対処しきるしかない。ならば、
「アイズ!」
ティアナは短く、名前だけを呼ぶ。要件は伝えない。どうせ相手にバレている。だからこの一言で、アイズが分かってくれればいい。
「――ああ」
短く小さな返事。だがそれは、確実にティアナの意図を理解している返事。
その二人に腸喰いは、
「いいねぇ。つうかあってやつだねぇ。羨ましいなぁ。妬いちゃうなぁ」
と、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべる。ゆらりと左右に上体を揺らし、手に持つナイフを斜めに大振りする。するとその延長線上に刃が飛ぶ。飛ぶ斬撃というやつだ。
そんな高等技術を目の当たりにしたアイズは、冷静に氷で防ごうとする。しかし、刃は氷を切り裂きなおも勢い劣らずアイズへ飛翔する。それを左へ躱し、特大の炎を放つ。
「飛翔・炎帝!」
腸喰いは避けるでもなく防ぐでもなく、同じ炎をもって迎え撃つ。二つの炎がぶつかり合い、爆炎が上がる。
その爆炎が晴れると同時にアイズは動く。勿論、腸喰いの懐へ。
「いいねぇ。おいでよぉ。可愛がってあげるからさぁ――ッ!」
が、腸喰いは動かない。いや動けない。足元が凍っている。その事実を認識して驚愕の表情を浮かべている腸喰い。それは一瞬。されど一瞬。一瞬あれば、腸喰いは足元の氷を溶かし、アイズを迎撃する構えが取れる。だがそれは、アイズが動いていなければの話。腸喰いが足元の氷を溶かした時にはもう、アイズは腸喰いの懐に潜り込んでいた。
「火掌・炎帝ッ!」
炎を纏った右手から繰り出された攻撃は、腸喰いの鳩尾へ、深々と突き刺さる。
「ガハァ――ッ」
喀血。腸喰いの口から、大量と呼べる血が流れた。
だというのに、腸喰いはまだ、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべている。
理由。それは、
「まずは、右腕ぇ」
鮮血。それが、アイズの上腕部より噴き出していた。
「――え?」
アイズがそれを確認した後、
「ああああああああァァァァァッッッ!!」
二度目の絶叫。一度目はアリアが殺される瞬間に。
「アイズッ!」
ティアナが叫ぶが、彼女がアイズの元へ行ったところでなにが出来る訳でもない。なので、行きたくても行けなかった。
「肉を切らせて骨を断つ。思い知ったよぉ。自分が楽しみたいならぁ、相手も楽しませなきゃねぇ」
凶悪な殺人鬼。腸を好物とする狂人。腸喰いの恐るべきところを、警戒すべきところを、警戒していなかった。なのはに言われていた筈なのに。『隙に見えるそれは、相手を誘う為の罠』だと。
ニヤニヤと、腸喰いがアイズの切れた右腕を取りに行こうとしたところで、背後にナイフを振る。
「させないわよ、そんな事!」
ティアナがデバイス無しで魔力弾を放ったのだ。それを腸喰いは斬った。
「邪魔しないで貰えるかなぁ」
苛立ちを孕んだ声で言うと、ティアナへと間を詰める。そしてナイフを横薙ぎしようとしたところで、腸喰いは横に飛ぶ。
「なんだぁ、壊れちゃったかと思ったけどぉ、まだ元気じゃないかぁ」
腸喰いの目線の先には、口から血を流し腸喰いを睨むアイズがいた。腕は氷で止血している。そのアイズが、腸喰いの足元に氷柱を生み出したというわけだ。そのアイズを見て腸喰いは、
「じゃあ次はぁ、左腕だねぇ」
アイズへと肉薄。アイズは氷柱を放ち、炎を放ち、腸喰いを迎撃する。だが腸喰いはそれらをいなしてアイズの元へ行く。幾らやっても止まらない腸喰いを煩わしく感じ、アイズは地面に掌を叩きつける。
「飛昇・炎柱ァッ!」
何本もの火柱が、腸喰いの道を塞ぐように地面より現れる。アイズの炎熱変換魔法最大威力の技である。それを腸喰いは、顔色一つ変えずに避けていく。
これでも駄目かと。腸喰いを止めることは出来ないのかと。絶望である。
(後はあれしかない。でもあれは、発動までに時間が掛かる)
覚悟を決めるしかない。そう思った瞬間である。血飛沫が舞う。だがそれは、アイズのものでは無い。
「違うんだよぉ。君は腸が食べたいんだよぉ」
そう。その血はティアナのものだ。咄嗟である。ティアナが咄嗟にアイズを庇い、右腕を切り落とされたのだ。
なんで?なんで?この女は、自分を庇った?何故自分から傷付く事を選んだ?
疑問による戸惑い。そのアイズに、ティアナは、
「――だい、じょうぶ⋯⋯?アイ、ズ⋯⋯」
覚悟を決めていたにも関わらず、想像を絶する痛みにたどたどしい言葉遣いになってしまう。
「あ、あ、ああ⋯⋯」
「あああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
三度目の絶叫。そして制御出来ず溢れ出る魔力。右を見れば火炎地獄。左を見れば氷結地獄。
流石にこれには腸喰いも、
「流石にこれはぁ、不味いかもなぁ」
と、逃げようとした時だ。
「インパクトシューター」
「ガハァ――ッ!」
背後から、意識を刈り取られかねない程の衝撃が襲った。振り返るとそこには、金髪逆毛、金色の瞳、全身黒のバリアジャケットの男が滞空していた。
「よぉ、初めて会うな、腸喰い」
「誰だよぉ、君はぁ」
「そいつらの上司だよ」
言って男は無数と言える程の電気を纏った槍を出現させる。
「インフィニットサンダーストーム」
その槍たちを全て、腸喰いへ放つ。腸喰いは炎を放ち、ナイフで斬り、応戦するが、手数が足りず被弾する。一度被弾してしまえば、留まることを知らず、後の攻撃も食らってしまう。そして雷槍は腸喰いの四肢に幾つも刺さり、腸喰いは地面に貼り付けの状態になる。
「逮捕するぞ、腸喰い」
「近付かないでくれるかなぁ?君からはぁ、嫌な臭いがするんだよねぇ――ッ!」
「怖いなぁ。威嚇すんなよ。間違えて攻撃しちゃうかもしれないだろ?」
男は腸喰いを見下すと、二人の元へ行く。
「大丈夫か?ティアナ」
「――パルトメスト、さん」
「とりあえず止血か」
そう言うと男は、袖を千切り、ティアナの腕を圧迫して血の流れを止める。そして周りを見渡すと、
「腕はあるな。ならまあ、傷は大丈夫か」
二人の腕を拾ったところで、空から茶髪ツインテール、白いバリアジャケットの女性がやってくる。
「パルトメスト君、二人は?」
「気絶してるだけだ」
「そう、良かったぁ」
男から二人の様子を聞くと、女性は安堵に胸を撫で下ろす。そして腸喰いを見ると、
「大丈夫なのかな?」
「大丈夫だろ。串刺しの状態から逃げれたら、そいつはもう人間じゃない」
スンスンという音が聞こえる。
「いい臭いがするよぉ。君だねぇ?このいい臭いはぁ」
腸喰いは、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべる。
その腸喰いに男は手を添えて、電気を流す。
「アアアアアアアアッ!」
それにより腸喰いは気絶する。
「容赦無いよね、パルトメスト君」
「こういう奴に容赦してたらキリねぇだろ」
言って男は腸喰いを肩に抱える。
「なのはは二人と二人の腕を頼む」
「うん。分かった」
第一級犯罪者、腸喰い。第六一管理外世界「アスモデウス」出身。年齢二七歳。過去逮捕歴無し。今までに起こした犯罪の数、不明。新暦〇〇七九年、逮捕。第十三無人世界「アスタムシア」軌道拘置所第一監房に収容。
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十一話
遅くなりすぎました
反省してます
目を覚ましてはじめに見たのは、白い天井。あれからどうなったのか。腸喰いと遭遇し、腸喰いと交戦。自分はデバイスを壊され、使いものにならず、ただ指をくわえて見ていることしか出来なかった。その後咄嗟に、自分はアイズを庇い腕を切られた。
「――ッ!」
そこまで思い出して、ティアナは腸喰いに切られた右腕を見た。ティアナの右腕には包帯がされていた。なんとかくっつきはしたということか。管理局随一の医者に感謝である。
と、感謝をしていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
ティアナが言うと、ドアが勢いよく開かれ、
「ティアッ!」
ティアナの愛称を叫びながら、ティアナに抱き着いたのは、紺藍の髪を短く切りそろえ、翠の瞳をした女性――スバル・ナカジマである。
スバルは、「ティア〜、ティア〜!」と言いながら、ティアナに頬ずりしていた。
「ちょっ、スバル!痛い!痛いってば!」
「あ、ごめん、ティア」
ティアナに文句を言われ、自分の目一杯の力を持ってティアナを抱き締めていることを自覚する。
「ホントあんたって、加減ってもんを知らないんだから」
「えへへ。ごめんねティア」
ティアナに文句を言われているにもかかわらず、嬉しそうに謝るスバル。
「ティア、右腕の状態はどう?」
「状態って言われても、動かせないし、痛みどころか感覚自体が無いわよ」
「そう、なんだ」
悲しそうに呟くスバルに、ティアナは笑顔で、
「大丈夫よ。ハーシャさんがやってくれたならいつかは治るんだから」
「そう、だよね。うん!」
怪我人に元気づけられるとは情けない。
「それより、アイズはどうなったの?」
「ああ、アイズ君なら――」
「あいつはまだ目ぇ覚ましてないぜ」
と、スバルのセリフを取った人物は、金髪逆毛、金色の瞳の男性だった。
「パルトメストさん!」
「よっ」と手を上げ挨拶をするパルトメスト・アーリーズ。
「パルトメストさん。意識がはっきりしていなかったんですが、あの時助けてくれたのはパルトメストさんですか?」
「まあ、そうだな」
「どうしてあの場に?デバイスは壊れて通信出来なかったんですが」
「あの時非番でよ、街をブラブラしてたら轟音が聞こえてな。それで飛んでったら、お前らが腸喰いと戦ってて、そこに颯爽登場ってわけだな」
偶然。それが呼んだ奇跡。アイズとティアナの二人だけでは確実にやられていた。本当に、エース・オブ・エースには感謝である。
「ハーシャから伝言だ。ティアナ、お前の腕は、治るのに最低一ヶ月。この期間は完治するのがって事だから、安心していいってよ」
「そうですか」
ホッと胸を撫で下ろす気分のティアナ。
「ありがとうございます、パルトメストさん。⋯⋯もしかして、その為だけに、わざわざ?」
「いや、それだけじゃねぇよ。アイズが起きたら伝えて欲しいことがあってな」
「伝えて欲しいこと?」
「起きたら、第一訓練場まで来い」
何故訓練場なのか。その疑問は口にしない。
「分かりました。伝えておきます」
「ああ、頼むわ」
と言うと、パルトメストは病室から出ていった。
「訓練場で何する気なのかな?パルトメストさんとアイズ君」
「さぁ。あの人の事だから、何かしら意図はある筈だけど」
何故あの女は、自分を助けたのだろうか。自分とあの女との間に、それが出来るだけのものがあっただろうか。
無い。確実に無い。だというのに、あの女は、自分を助けた。理解は出来ない。自分はあの女の事など毛ほども思っていなかった。なのに何故だ。こんなにも、胸が締め付けられる思いなのは。あの女にも、アリアとフェイトにしか抱く事の無かった感情を抱いたのか。分からない。
アイズはゆっくりと目を開く。周りを見渡すと、茶髪サイドテールの女性が、自分を見て目を見開き、その目に涙を浮かべた。
「良かった、アイズ君!」
アイズに涙ながらに抱きついた女性は、高町なのはである。
「心配、したんだよ?」
「⋯⋯ごめん、なのはさん」
と、二人が自分の思いを口にしたところで、ドアがノックされる。
「――どうぞ」
多分アイズは返事しない。その予想からなのはが返事をする。
「失礼するよ」
そう入ってきたのは、長く黒い髪に黒瞳の男性。
「やぁ。目が覚めた様だね、アイズ君」
この男はハーシャ・クリットン。管理局随一の魔法医師である。
「アイズ君、腕の具合はどうかな?」
「⋯⋯」
アイズは切られた右腕を動かしてみる。ちゃんと動くし、痛みも感じない。患部を見ても、切り傷が無い。完治していた。
「⋯⋯問題ない様だね。アイズ君は自然治癒力が人より高いから、治りが早かったようだ。――と言っても、半日程度でこれは、異常の域なんだけどね」
アイズの様子を見て、問題ない事を確認する。ハーシャを管理局随一の魔法医師たらしめているのが、ハーシャのレアスキル、「完全治癒」である。回復速度は、患者に依存するものの、患者が死んでいない限り、どんな傷でも治してしまう。このハーシャのレアスキルのお陰で、アイズとティアナの腕は治ったのだ。
「アイズ君。一度、身体の検査をしたいから、僕の医務室まで来てもらえるかい?」
「⋯⋯」
アイズは無言で頷いた。
「それじゃあまず、ベッドに仰向けで寝てもらえるかな」
医務室まで来たアイズは、ハーシャの言う通り、ベッドに仰向けになる。
「今からこれで、君の事を調べるよ」
ハーシャがぽん、と手を置いた機械は、ハーシャの固定型デバイスであるシャルタージ。過去にどんな病気にかかったか、今の体調はどうか、今後どんな病気にかかるか、その可能性は幾らかなどなど、何でも調べられる、まさに神の知恵とも呼ばれる程の機械である。
そのシャルタージから放たれたであろう光が、アイズの足先から頭までを通る。
「――もう起きていいよ」
「⋯⋯」
何も言わずに上半身を起こす。
数十秒が経過した後、印刷機から数枚の紙が出てくる。それを取り、ハーシャはじっくりと読み始める。
「過去に大きな病気は無し。過去に大きな怪我は二度だけ。⋯⋯一つは今回の事件として、もうひとつはいつの事かわかるかな?」
「⋯⋯言いたくない」
怒りを抑え込むような深呼吸をして、静かに答えた。
「そう⋯⋯か」
それを聞いたハーシャはなのはに目礼で謝罪する。なのはが大丈夫と首を振ったのを見て、
「すまない、嫌な事を聞いてしまったね」
アイズは横に首を振る。それを見て、ハーシャは続きを読み始める。
「⋯⋯今、大きな怪我や病気は無し。このままの生活を続けていれば、余程の事がない限りは病気をする事は無い。――ただ、この数年の間に大きな怪我をすると出ている。気を付けた方がいいね」
紙を置いた後一拍置いて、
「今、体に異常はないから大丈夫だけど、今後怪我もするだろうし気を付けるんだよ」
こくりとアイズが頷いたのを見て、にこりと笑いじゃあねと言い部屋を出る。
「ハーシャさん」
病室を出たハーシャを呼び止めたのはなのは。
「どうしたんだい?なのはちゃん」
「えっと⋯⋯。アイズ君の今後の怪我が、どういうものかって、分かりますか?」
ハーシャは目を伏せ首を振る。
「すまないが、それは分からない。シャルタージは可能性を見るだけなんだ。神の知恵、なんて呼ばれているが、そこまでは分からないんだよ」
「そう⋯⋯ですか」
ハーシャの言葉で、悲しそうに俯いたなのはを見て、
「まぁ、本人や周りが気をつければ、可能性をゼロにすることも出来る。あくまで可能性だから、そこまで気にする事じゃあないよ。まぁ、気にしなさすぎも駄目だけどね」
「はい!ありがとうございます、ハーシャさん!」
ハーシャの言葉で笑顔になったなのはは、頭を下げて礼を言ったあと、アイズのいる病室へと駆けて行った。
「おう、なのは」
「あ、パルトメスト君」
病室に戻る途中で、パルトメストに呼び止められた。
「どうしたの?」
「アイズは起きてるか?」
「うん、起きてるよ」
「そうか。じゃあ、ティアナには言わなくていいって言っとかねぇとな」
「何の話?」
なのはが問うた所で、パルトメストは真剣な表情になり、
「アイズに第一訓練場まで来いって伝えといてくれ」
「訓練場?何をする気なの?アイズ君は大怪我を負って、さっき目が覚めたばかりなんだよ?パルトメスト君じゃあるまいし、怪我が完治したっていっても、そんなすぐには激しい運動なんて出来ないよ。訓練なら私が代わりにするから、ね?」
「アイズじゃなきゃ意味がねぇんだよ」
息を吐いて、静かに口を開く。
「なんであいつが、嫌ってる管理局に入ったと思う?」
「それは、罪を償うためじゃないの?」
「罪を償うためなら、あんなに自分勝手に行動しねぇだろ」
なのはが不審気な顔をしたところで、フッと笑い、
「人の恨みってのは、そう簡単に消えねぇんだぜ。ましてあんなに若けりゃ、尚更な」
それだけ言って、パルトメストはその場を去った。
恨み。その言葉がなのはは引っ掛かる。
まさか。アイズは改心している。その確信から、引っ掛かりを気にしないようにした。
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