艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil (焼き鳥タレ派)
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ご注意

※お断り

 

・艦娘への暴力、暴言等の表現があります。ご覧の前にご了承ください。

 

・性懲りもなく艦これとのクロスオーバーです。

 イーマス制覇の勢いで書き始めてしまいました。芸がなくて申し訳ありません…

 

・「Not A Hero」及びDLC第三弾発表前なので、今後明らかになる謎と

 矛盾する点が出て来ると思われます。

 その点はパラレルワールドとしてご了承頂ければ幸いです。

 (12/14DLC発表。完全にパラレルが確定しました)

 

・もちろんバイオ7のネタバレありです。ご注意ください。

 また、本編及びDLCクリア推奨です。

 

・タグにもあるように「遅筆」です。

 しばらく書かない間に筆が遅くなってしまったので、

 拙作「艦これ×龍騎」ほどの頻度では更新できないと思います。

 月2,3話ほどのペースでのんびりやらせていただこうかと…

 

・「艦これ×龍騎」と一部世界設定が同一になっています。

 (いえ、決して使い回しでは…)具体的には

 作中でおいおい語らせていただきたいと思いますが、

 どこそこが同じだとは書きません。龍騎を読まなくてもストーリー的には

 問題ないです。読んでくださった方が”ああ、あれか”と分かる程度です。

 ちなみに龍騎のキャラクターが出て来ることは絶対にありません。

 

・今作ではシリアスめを目指しています。

 

・筆者のバイオ7予備知識:DLC含め全トロフィー取得済みですが、

 記憶違いがある可能性がありますので、その場合は無視するか

 感想欄で指摘してやってくれると大変ありがたいです。

 

 

 

※前作「艦隊これくしょん×仮面ライダー龍騎」を読んでくださった方へ

 

必須タグの“アンチ・ヘイト”を追加した通り、艦娘達が無条件で人間を歓迎していた

前作とは少し毛色の違う作品にしたいな、と思っています。

前作が若干ハーレムっぽくなっていたので、

今回は艦娘との摩擦やすれ違いなんかの描写にチャレンジしてみたいと考えています

(もちろんハーレム物の作品を否定するつもりはありませんが)。

何が言いたいかと申しますと、ちょくちょくギャグシーンが入っていた

艦これ龍騎とは違い、今回、ギャグやおちゃらけは

極力少なくしていきたいと考えておりますので、

前作を読んでくださった方で、今作も読んでくださるという

親切な方がいらっしゃる場合は、その点ご承知おきくださると幸いです。

 

 

 

※雑記(読む必要なし)

 

YouTubeで8分クリアという猛者も現れた超絶難易度のイーサンマストダイですが、

100回以上死んだ筆者が思うに、無理にマグナムやアルバートを狙うより、

どれだけたくさん強装弾を作れるかが重要だと感じました。

20発ほど用意できれば、あとは2階のタレット部屋で籠城しながら戦うことで、

ハンドガンだけでも十分マーガレットと戦えました。

未プレイの方は、まずはイーマスを体験していただくと、

序盤のイーサンの絶望感を味わっていただけるんじゃないかと思ったり…

 

※雑記2

 

Not A Hero の難易度Professionalクリア。ラスボスの体力多すぎで、

ある意味イーマスよりタチが悪かったです…

第二形態が凶暴すぎてもう。3スロット分の回復アンプル、焼夷グレネード2スロ、

ラムロッド弾、最終戦で拾える4発含めて12発。その他弾薬持てるだけ。

下手くそな私の場合、必要物資はこんな感じでした。あとステロイドを打ちました。

第二形態に変異後、弱点にラムロッドを連射するなどして、

いかに短期決戦に持ち込めるかがポイントかと。

 

※雑記3

End of Zoeの難易度Joe must dieクリア。

なんというか、イーマスを叩いて伸ばしたような険しい道程でした。

他難易度のクリア報酬は必須。難関は船底でのスワンプマンとの戦いでしょうか。

船底で1発だけショットガンの弾が拾えるので、銃身内の2発と合わせて3発を

正確に頭部にヒットさせれば、さっさと一段回目は通過できます。

後は無闇に近づかずAMGのチャージでヒットアンドアウェイを繰り返しつつ、

ムラマサで2回ほど斬りつけてこまめに回復をしながら戦えばなんとか倒せました。

 

カセットテープはラストに割りと余ったので、

各セーブポイントで1回ずつなら余裕です。

周辺に落ちているアイテムを確認してからセーブしましょう。

同じところで何度もセーブするのは流石にダメかと。

 

ラストバトルに備えて投げ槍10とボム1を用意しました。流石に殴り合いだけで

この難易度のラスボスとやりあうのは無理そうだったので。槍は全部頭部に当てて、

一段回目が終わってからボムを食らわせて、何度かチャージパンチを当てたら意外と

すぐ死にました。

 

さて、これでバイオハザード7はお開きです。シリーズの中でも毛色の違う本作ですが、

個人的には恐怖というより孤独感を強く押し出した7は気に入っています。

8もこの路線で行くのか、6のようにBOWとヒーロー達の全面戦争になるのか、

今から楽しみです。



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Case of Ethan
File1; Unknown Footage


“私”は、あるものを求めてベイカー邸2階へ続く階段を上がっていた。

すると、俺の存在を感知したのか、上りきったところにある渡り廊下中央に、

グジュグジュとどす黒い粘液が集まり、二足歩行の人型B.O.W.が形を成した。

二本足以外は人間と似ても似つかぬ醜悪な化け物がこちらに両腕を伸ばして迫ってくる。

私はステアーを構える、照準を合わせる、トリガーを引く。

いつもの手順で9mm弾を連射し奴の頭部を粉砕した。

B.O.W.がその場に崩れ落ち、元のヘドロに戻る。私は気にせず歩を進める。

 

真っ白なドアを開け、通路に出た。左に進み、蛇のミイラが飾られたドアを無視し、

さらに廊下を歩く。そして俺は右手の茶色い扉を開き、広い娯楽室に入った。

立派なビリヤード台やバーカウンターが完備され、

かつて一家や客人たちがここでパーティーを楽しんだのだろうということが想像できる。

しかし、今ここにいるのは私と床に倒れているカビ人形だけだ。

 

適当な椅子をひとつ引き寄せて腰掛け、

バーカウンターに置かれているビデオデッキにテープを挿入した。

砂嵐しか写さないテレビが、カラーバーとタイムカウントに切り替わる。

しばらくすると、日付とタイトルらしきものが表示されたが、

伏せられているのか、編集時に文字化けしたのか、

ところどころ切り取られているため判読できない。

結局何が書かれているのかわからないまま画質の荒い映像が始まった。

 

 

 

 

 

《再生開始》

 

 

キィ……

 

ゆっくり音を立てながら娯楽室北側のドアが開かれ、銃を構えた白人男性が

恐る恐る娯楽室に入ってきた。欧米人としては標準的な体格。

カメラが急な角度で見下ろす格好になっているため、

ブロンドのショートヘア以外、顔はよく見えない。

 

「はぁ…はぁ…畜生、ここもトラップだらけじゃないか」

 

男性が娯楽室に足を踏み入れると、ピッ、ピッ、と

何かの電子音が真横から聞こえてきた。

 

「うわあ!!ふざけんな、こんなとこにまでタレット置きやがって!」

 

彼は慌てて後ろに下がり、しゃがんだ。ここに来るまでの通路にも

探知圏内に入って数秒経つと機銃弾が放たれるトラップが設置されていた。

 

「あの箱も明らかに爆弾……邪魔だ消えろ!(銃声、そして爆発音)。

……いいか?大丈夫だ、落ち着け、落ち着けイーサン。

お前ならやれる、ビリヤード台まで走って、しゃがむ。それだけだ。行くぞ……」

 

そして、イーサンという男は覚悟を決めて時限発射式タレットの前を駆け抜け、

ビリヤード台の前に滑り込んだ。しかし、またタレットの警告音がしたため

慌てて一歩身を引いた。

 

「くそっ!もう一台タレット。他には……」

 

イーサンは一瞬だけビリヤード台から顔を覗かせ、

娯楽室を抜けるドアへの進路にトラップがないか確かめた。

タレットの他にワイヤートラップがひとつ。それを確認していると、また警告音。

長居しなければ問題ないのはわかっているが、やはり心臓に悪い。

 

一旦座り込んで呼吸を整える。すると、目の前のバーカウンターに木箱がひとつ。

黄色いテープが二重に巻かれている。アイテムだ。なんでもいいから欲しい。

薬、弾薬、武器。何もかもが不足している。イーサンはナイフを構えて箱に近づく。

ピッ、ピッ、……くそっ!タレットの探知圏内だ!

いや、待て。素早く壊す。素早く戻る。素早く掴む。素早く戻る。

できないことじゃない。よし……

 

彼はその場で立ち上がり、素早く木箱に駆け寄りナイフを一振り。脆い木箱が崩れる。

ピッ、ピッ。逃げるようにビリヤード台に戻る。

ああ、あの音を聞くたびに寿命がガリガリ削られる!

そして再度木箱があった場所へ走る。何なのかを確かめている余裕などない。

黒い何かを掴んでまだ安全地帯に戻った。そして、右手に持った何かのラベルを見る。

 

“Fuckin’ Birthday Ethan! Love, Lucas.

(クサレ誕生日おめでとうイーサン。ルーカスより愛を込めて)”

 

「あのキチガイ野郎!!」

 

ルーカス・ベイカーが用意したビデオテープだった。

死ぬ思いをしてまで手に入れたのがこれか……!

イーサンは思わず投げ捨てようとしたが、思いとどまった。

何かこの洋館から脱出するヒントが隠されているかもしれない。

今まで散々悪趣味なスナッフビデオを見せられてきたが、

皆どこかに屋敷の仕掛けを解く鍵があった。

 

ふとバーカウンターを見る。ビデオデッキとテレビが都合よく置かれている。

どうせルーカスの仕業だろう。だが見るしかない。

突然地獄の屋敷と化したこの洋館から脱出するにはどんな手がかりでも欲しい。

例えそれが哀れな犠牲者の上に作られたものであっても。

イーサンはテープをビデオデッキに入れて再生ボタンを押した。

 

 

 

>>再生

 

『ええと?マイクはこの辺でいいか。あと映像が……

くそっ、動け!動けよ安モンカメラが!……ああ映った、よーしよしそれでいい』

 

パーカーを来た痩せぎすの男が、何かの準備をしている姿が画面に映し出される。

それが終わるとパーカーの男がこちらに向かって語りかけてきた。

 

『よう、俺だ相棒!

いきなり俺ん家がドッキリハウスになってちょっくら驚いてんじゃねえのか?』

 

「お前の仕業かルーカス!」

 

『お前がよ、あのボロ屋に行ってる間に大急ぎで準備したんだぜ?イーサン。

お前の誕生日パーティーに相応しいサプライズをよう!』

 

「今日は俺の誕生日じゃない!」

 

『喜んでくれよ。いや本当、マジで大変だったんだぜ?

エヴリンも一生懸命手伝ってくれた。家族でもねえお前のために。

ところでこいつは”爆弾で腕がちぎれたり化け物に殺されたくなかったら

グリーンハウスのババアぶっ殺さなきゃゲーム(仮)”ってんだ。

名前はまだ考え中だが』

 

「ゲームならまともな武器を寄越せ!薬液はもうたくさんだ!」

 

『まー、その様子だと99.9%の確率でしょうもねえ死に方して、

みんなを白けさせるのは目に見えてるから、

”ちょっとだけ“ルール変更することにした。いいよな、エヴリン?』

 

ルーカスはカメラの視界の外にいる誰かと二言三言話すと、突然苛立ち大声を挙げる。

 

『……しょうがねえだろ!見ろよあいつのコデックス!

まだ半分も行ってねえのに、もうフラフラじゃねえか!

こんなクソみてえなパーティー何が面白えんだよ!わかったよ、やりゃいいんだろ!』

 

短い会話が終わると再びこちらに向き直った。

 

『……おい、イーサン。お前マジラッキーだよ。

お前のためにもう一個プレゼント用意したんだ。嬉しいだろ、なあ。

その名も”カワイイ女の子に囲まれてウハウハゲーム(伏)“だ。

やっぱり名前は募集中だし、何を伏せてるのかはお楽しみだ。

そっちのゲームにモード変更したいならビデオを最後まで早送りしろ。

それとも、やっぱりババアと直接対決がしたいならビデオを止めて先に進め。じゃあな』

 

 

 

そこでビデオはカラーバーに変わった。

 

「何がウハウハゲームだ……!どうせ正体は化け物だろう!」

 

しかし、イーサンは考える。所持品はポケットナイフ、弾切れのショットガンM37、

6発しか入ってないハンドガンG17、合成素材のない薬液3つ。以上。

安っぽい作りのバーナーは、旧館で酷使したため壊れてしまった。

これでグリーンハウスまでたどり着き、マーガレットを倒せるとは到底思えない。

 

左に視線をやると娯楽室の外へ通じるドア。単なる予感だが、

この先にろくでもないものが待ち構えているような気がしてならない。

ルーカスの玩具にされているようで癪だったが、

イーサンは汗ばむ手でビデオデッキの早送りボタンを押した。

 

ギュルギュルとテープが巻き取られる音がするが、

映されているのは相変わらずカラーバー。

1分ほど待つと、テープが完全に巻かれ、デッキ内部でコツンと音がした。

その瞬間、テレビのモニターが激しくフラッシュし、目がくらんだ。

畜生、やっぱりトラップだった!

 

『チクタク、チクタク、……ヒヒヒヒ!!』

 

どこかに設置されているスピーカーからルーカスの嘲笑が聞こえる。逃げなければ!

多分テレビが爆発する!逃げ惑うイーサンだが、タレットの警告音が彼を更に焦らせる。

どっちだ?どっちに逃げればいい!?結局テレビの前でうろたえるばかりのイーサン。

遂に、時が来た。まばゆい閃光が彼を包み、娯楽室を完全な白に染め上げたのだった。

 

 

 

──海岸

 

寄せては返す静かな波。人の気配もなく、かもめの鳴き声が響くだけ。

イーサン・ウィンターズはそんな鎮守府南の海岸で目を覚ました。

 

「うう……ここは?」

 

立ち上がり服についた砂を払うと、ある異変に気づく。

左腕に着けていた腕時計型多機能端末、コデックスの心電図が

グリーンの正常値を示しているのだ。

数回に渡るモールデッドの攻撃を受け、危険水準の赤になっていたはずなのに、

切り傷や酸による火傷は綺麗になくなっていた。

……ステープラーで強引にくっつけられた左腕の傷跡はそのままだったが。

 

所持品も失っていたが、敵の姿は見えないし、

そもそも大したものは持っていなかったので今のところ問題はなかった。

しばらく呆然と辺りを見回していると、コデックスが着信音を鳴らした。

イーサンは少し迷い、通話ボタンを押した。

 

 

 

『ようイーサン!やっぱりカワイコちゃんとウハウハコース選んじまったか!

まあ無理もねえが、奥さん泣くぜ、おい』

 

「黙れ、ミアはどこだ!」

 

『そいつは教えらんねえなぁ。そっちで頑張ってりゃ見つかるんじゃねえの?

求めよ、さらば与えられん!ってか?ウヒャヒャヒャ!』

 

「ふざけるな!俺に何をした!ここはどこだ!」

 

『キレんなって。さっきも言ったろ?

これは、もう一つの、バースデープレゼントなんだよ。わかるか?

青い海、”とりあえず“安全な寝床、頼れる仲間達。大冒険の……幕開けだァ!』

 

「仲間?B.S.A.A.がいるのか!?」

 

『質問タイムしゅーりょー。まあせいぜい頑張ってくれや。

もうタレットやワイヤートラップで意地悪しねえからよ。また連絡する、あばよ!』

 

 

 

ピッ。ルーカスは一方的に通話を切った。

途方に暮れたイーサンは改めて周囲の状況を確認する。目の前に広がるは大海原。

後ろを向くと……真っ白な巨大な邸宅。東側には工場らしき建造物と倉庫が幾つか。

クレーンと船舶を停泊する港。確認できたのはざっとこんなところ。

 

ここがどこかはわからないが、誰かいるはず。

イーサンは助けを求めて、白亜の邸宅に足を向けた。

図らずも彼は地獄の館から脱出を遂げた。

雑草を踏みしめながら徐々にその事実を受け入れる。

四つ足に切り裂かれることもなければ、肥満体に酸を浴びせられることもない。

外はなんて平和なんだ。イーサンは束の間の安寧を享受していた。

間もなくより苛烈な戦いに巻き込まれることになるとは知る由もなく。

 

 

 

──艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil──

 

 

 



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File2; Wonderland In Nightmare

狂った世界を後にし、日常に戻ることができたと考えていたイーサン・ウィンターズは、

まだ悪夢は終わっていない事を思い知らされる。

まずは救助を求めて、最も目につく白い洋館を目指して歩いたが、

すれ違う者全てが少女で男が一人もいない。だが、そんなことは小さな問題。

皆が砲や魚雷発射管、バトルシップの艦橋らしきものを背負っている。

 

外国人が珍しいのか、皆イーサンをちらちら見るが誰も話しかけてこない。

顔立ちからして日本人だろうか。イーサンも気になったが、

異様な格好の彼女たちに話しかける気にならず、ひたすら洋館を目指した。

そして、館の大きな扉の前に着くと、何度もドアを叩いた。

 

「おい、誰かいないのか!助けてくれ!」

 

ドンドンドン!と必死に拳でドアを揺さぶる。

 

「B.S.A.A.を呼んでくれ!頭のおかしい家族に殺される!

バイオハザードが起きてるんだ!おい!」

 

ドンドン、ドンドン、とドアを叩き続けていると、突然扉が開き、

中から伸びた手に中に引っ張り込まれ、腕を捻り上げられた。

抵抗したが重機のような力で押さえつけられ、身動きが取れない。

 

「お前が通報にあった侵入者だな。ここが軍施設と知ってのことか!」

 

少し低い女の声。イーサンが首を回してその正体を見ると、

日本人にしては背の高い女性が厳しい目つきで彼を見ていた。

アンテナのような髪飾りを着け、菊の紋章が付いたベルトを巻き、

サムライを思わせるコートを着ている。

 

「いや、知らない!それより軍施設なら助けてくれ!

化け物に殺される!妻を探してるんだ!」

 

「言い訳はいい。お前を拘束する。他国のスパイかもしれん」

 

「話を聞いてくれ!米大使館に問い合わせればわかる!対B.O.W.の特殊部隊……」

 

くそっ!なんで俺が日本にいる!?そもそもなんで日本語を話してるんだ俺は!

イーサンがパニックに陥っていると、

2階から真っ白な軍服を着た人物が階段を下りてきた。

 

 

「一体どうしたんだい、長門」

 

 

長身痩躯の司令官らしき者がイーサンを押さえつけている女性に話しかけた。

軍人らしくない柔和な雰囲気を持っている。女の名はナガトというらしい。

 

「提督、侵入者を捕らえた。処遇について指示を仰ぎたい」

 

彼はイーサンの姿を上から下まで見る。そして、ふむ、と一人納得すると長門に告げた。

 

「まずは腕を離してあげてくれ。それでは話もできないだろう」

 

すると長門は黙ってイーサンを解放した。ようやく自由になったイーサンは、

話の通じそうな軍人に駆け寄る。そういえばここで男に会ったのは初めてだ。

 

「頼む助けてくれ!特殊部隊が必要だ!

場所はルイジアナ州ダルヴェイ、行方不明の妻が助けを求めてきたんだ!

今も屋敷のどこかで閉じ込められてる!」

 

「落ち着いて。ここは日本だ、今すぐアメリカにどうこうしてくれとは言えないんだ。

まだ終戦間もない微妙な時期だしね」

 

「終戦?微妙な時期?ふざけてるのか!あれから70年以上経ってるんだぞ!?」

 

イーサンは思わず提督の両腕を掴んで訴えていた。

すると、いきなり身体が後ろに引っ張られ、床に放り出された。

 

「提督に触れるな!ふざけているのは貴様だろう!やれ化け物だの、特殊部隊だの!

……提督、やはり不審人物は牢に入れたほうが」

 

「うむ……やむを得ないな。

信じてあげたいが、やはり君の話は突拍子がなくて簡単には受け入れられない。

少し窮屈な思いをしてもらうよ」

 

畜生、何がどうなってる……!俺はミアを助けなきゃならない。

こんなところでくすぶってる暇なんか!

その時、立ち上がろうと手をついた時に気づいた。コデックスを装着した左腕。

イーサンはそれを見せつけた。

 

「……なあ、これ見てみろよ。“一家”の親父にチェーンソーでぶった切られたんだ」

 

腕を切り落としたのは正気を失ったミアだが、話が混乱するのは確実なので

ジャックのせいにしておいた。これには流石に長門も提督も驚いた様子だ。

 

「それは……!?」

 

「……君が、正体不明の攻撃者に襲われたのは事実らしいね。

しかし、そんな雑な処置でよく神経が繋がったものだ。なぜだろう」

 

「知るかよ!頼むからアメリカと連絡を取ってくれ!なぁ、どっちがいい?

明日の死亡記事で俺の名前を見るか、俺を助けて一躍ヒーローになるか!」

 

「ふむ……」

 

提督は右手を額に当ててしばし考え込む。そして閉じていた目を開くと、

 

「わかった。とりあえず米大使館に問い合わせて

行方不明者に君の名が挙がっていないか問い合わせてみよう。

自己紹介が遅れたね。私は当鎮守府の提督、彼女は長門だ」

 

「俺はイーサン、イーサン・ウィンターズ!それとミア、妻だ!」

 

「わかった、イーサン。監視付きだが、君を客人として迎えよう。

長門、君は仕事に戻ってくれ」

 

「いいのか?確かに腕の傷は気になるが……」

 

「問題ない。それに……」

 

 

ブオオオオォン!ブオオオオォン!

 

 

その時、けたたましいサイレンが鎮守府に響き渡った。

 

「何事だ!?」

 

鎮守府各地に設置されたスピーカーが警告する。

 

 

《敵襲!敵襲!現在謎の生命体による攻撃を受けている!非常時に付き戦闘配備を省略!

総員発見次第、敵性生物を排除せよ!これは訓練ではない、繰り返す……》

 

 

間違いない。孤立無援のイーサンに追い打ちを掛けるように”奴ら”の存在が迫ってきた。

 

「くそっ!追って来やがった!」

 

「君、心当たりがあるのか!?」

 

「化け物に襲われてるって言っただろう!……そうだ、武器を貸してくれ!

鎮守府かなにか知らないが、銃くらいあるだろう!?」

 

必死の形相で提督に訴えるイーサン。しかし長門が彼の肩を掴む。

 

「図に乗るな!どこの馬の骨かもわからん奴に軍の備品を貸すと思うか!」

 

「黙れ!お前の仲間が殺されても……おい、マジかよ嘘だろ!?」

 

慌ただしいやり取りの中で気づかなかったが、ホールの階段隅に、

嫌というほど見慣れたものがあった。大きな緑色のコンテナ。

イーサンは長門の手を振り払い、アイテムボックスに駆け寄った。

 

「どうする気だい?それは誰にも……!」

 

提督の言葉を無視して蓋を蹴り上げる。……頼む、カラなんて冗談はよしてくれよ!

イーサンは祈りながら箱の中を覗き込む。

 

「は、はは……まるで宝石箱だ!」

 

心底安堵した。

中にはサバイバルナイフ、ハンドガンG17、ショットガンM37、グレネードランチャー、

マグナム、大量の弾薬その他諸々が収められていた。

イーサンはいそいそと銃火器を装備する。その様子を驚きながら見守る提督と長門。

 

「一体何をしたのかね君!

その箱は艦娘の力でも、どんな工具を使っても開かなかったというのに!」

 

「俺が知るか!とにかく外にB.O.Wが溢れてるのは間違いない!

さっさと皆殺しにしないと手遅れになるぞ!」

 

「お前が、戦うというのか……?」

 

「だったら部屋でバーボンかっくらってテレビでも見てろってのか!?どけ!」

 

そしてイーサンは長門を押しのけ本館の大きなドアを体当たりするように開いた。

……そこに広がる光景は、あの地獄だった。

あちこちから届く謎の少女達の悲鳴、怒号、そして発砲音。

それらに混じってモールデッド達のうめき声が地獄からの呼び声の如くこだまする。

そして、見たくもあり見たくもないものを目にする。

テープを巻かれた色とりどりの粗末な木箱が無数に点在していたのだ。

その時、コデックスに着信があった。イーサンは通話ボタンを押す。

 

 

 

『よう相棒、プレゼントは受け取ってくれたか?』

 

「ルーカス!」

 

『美女とラブラブコース……いや、美少女とイチャイチャコースだったか?

ああ待て待て!カワイコちゃんとウハウハコース(伏)だったような……

まぁ、どうでもいい。伏せたもんの中身はもうわかったろ、

今度はお前がケーキのロウソクを吹き消してくれ。

その手に持ってるやつでドカンとな!』

 

「ざけんな!なんだこの世界は!なんで俺が70年前の日本にいる?答えろ!」

 

『チッチッチ、だーめだ。ネタバレしたらゲームの魅力が台無しだろうが。

ちなみに俺はネタバレOK派だけどな。過程を楽しむタイプだからよ』

 

「いいから答えろ!」

 

『どうしてもってんなら教えてやってもいいが~……じっくり聞いている暇あんのか?』

 

 

うぐうあああああ……

 

モールデッドのうめき声。

 

“来ないで!”

 

少女の悲鳴。直後に遠くから鼓膜を叩いてくる機関銃の銃声。既に戦闘は始まっている。

 

 

 

「そっちに戻ったら見つけ出して殺してやる!」

 

今度はイーサンが先に通話を切った。

そして、銃声の聞こえた倉庫地帯に向けて駆け出した。

道中走りながら、ナイフで木箱を壊し、中身を拾いつつ十字路に入った。

まだ小学生くらいの女の子が、右腕が巨大な刃に変形した

ブレード・モールデッドと対峙している。

 

「いや!」

 

発砲。彼女が小さな単装砲で敵を撃つ。しかし、初めて出会う醜悪な怪物に怯えているのか、

狙いが逸れてしまい、左腕を破壊するに留まった。イーサンは駆けながら大声で叫ぶ。

 

「頭を狙え!」

 

しかし、まだ心に幼さが残る少女は、

汚い体液を撒き散らして歩み寄るB.O.Wを前に足がすくんでしまい、

その場にしゃがみこんでしまった。

 

「でも、いや……助けて……」

 

間に合え!イーサンは全速力で彼女の元に向かう。

そして、背中に下げたショットガンM37を両腕に構えた。

ブレード・モールデッドが刃を振り上げる。

 

ぶああああ……!

 

「あ、あ……」

 

少女は死を覚悟した。だが怪物が右腕で彼女を引き裂こうとしたその時、

彼女とモールデッドの間に白い影が飛び込んだ。

 

耳を裂くような銃声ひとつ。

 

イーサンはショットガンでブレード・モールデッドに至近距離で散弾を食らわせた。

M37で頭部を吹き飛ばされた敵は動きを止め、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。

 

「おい、しっかりしろ、大丈夫か!?」

 

まだ銃口から硝煙がこぼれるポンプアクションショットガンを手にしながら、

イーサンはうずくまる少女に手を差し伸べた。

 

「え……おじさん誰?」

 

「大丈夫なのか聞いてるんだ。怪我はしてないか?」

 

「う、うん!」

 

「他に仲間は?」

 

「先輩方が北の宿舎で戦ってるの!特にあそこが狙われてるみたいで……」

 

「わかった、君はあの屋敷に戻ってろ」

 

「でも敵前逃亡は……」

 

「わかったな!」

 

返事も聞かず念を押し、イーサンは踵を返して北に走っていった。

 

 

 

──艦娘宿舎前

 

艦娘たちが暮らす木造の宿舎付近では激闘が繰り広げられていた。

戦艦は宿舎を吹き飛ばさないよう副砲で正確に照準し、モールデッドを粉砕。

空母は爆撃機を放ち、空から振らせた爆弾で怪物の頭部を粉々にしていた。

 

「加賀さん、状況は!?」

 

赤城が矢を空に放ちながら、偵察機を送り出した加賀に周辺や宿舎内部の状況を尋ねる。

彼女は上空から周辺の状況を、また宿舎内部に1機を放ち内部の情報を探っていた。

 

「敵の大半はこの広場に集まってます。下手に突っ込まずここで迎撃するのが得策。

……待って!」

 

「どうしたんですか?」

 

「駆逐艦の娘が一人取り残されてる!中にも化け物が!」

 

「なんですって!?」

 

それを聞いた戦艦・金剛が割って入った。

 

「ワタシに任せて!救助も戦闘も、金剛にお任せー!その娘は何階?」

 

「2階の書庫に隠れています。一際強力な個体から隠れているみたい」

 

「オーケー!今行くから、待っててネ!」

 

金剛は15.5cm三連装副砲と7.7mm機銃で、行く手を塞ぐモールデッドの群れを

なぎ払いながら、宿舎の中へ飛び込んでいった。

加賀達は引き続き、次々湧いてくるB.O.W.の迎撃に当たる。

 

だがその時、宿舎の中から窓ガラスを突き破って四つ足の化け物が3体現れた。

ガラスの割れる大きな音と枯れたような鳴き声で皆がハッとなる。

 

奴らは凄まじい速さで地を這い回り、戦艦達の副砲を回避し、

航空機以外の武装を保たない赤城に襲いかかった。

反応が遅れた赤城に1体が飛びかかり、その鋭い爪で彼女の飛行甲板を切り裂いた。

 

「キャアッ!」

 

「赤城さん、しっかりして!!」

 

隣にいた加賀が彼女をかばいながら、戦闘機を呼び戻す。

しかし、四方に散らばった航空機が編隊を組み直し帰還するまで時間がかかり、

今度は3体がまとめてカサカサと走ってきた。周りの戦艦達も迎撃しようとしたが、

既に流れ弾が赤城達に当たりかねない距離まで迫っており、

攻撃を踏みとどまるしかなかった。

3体から同時に鋭い爪を食らったら小破では済まないだろう。思わず目を閉じる赤城。

 

「伏せろ!」

 

その短い男の声に、皆、声の主を見た。

彼はあり合わせの部品で作ったような携帯砲をこちらに向け、

まさに引き金を引く瞬間だった。

トリガーと同時に携帯砲から焼夷弾が発射され、怪物の群れの1体に直撃、爆発。

燃える燃料を撒き散らし、周辺の2体を巻き込んだ。

 

ギャオオオ!!

 

激しく炎上する4つ足の群れ。ひりつく熱風が皆に吹き付け、思わず顔をかばう。

炎に包まれた怪物はひっくり返り、のたうち回りながら焼け死んだ。

赤城や加賀は、異常な状況、異様な展開を受け入れるのにやっとで、

こちらに駆け寄ってくる謎の男と、燃え尽きていく怪物の死骸を

ただ交互に見ているだけだった。

そして彼女たちの元にたどり着いた男は名乗ることもなく尋ねる。

 

「今ので全部か!?」

 

「貴方、誰?」

 

「後にしろ!これで全部なのか!?」

 

「……いいえ、まだ宿舎2階に1体残ってる。でも大丈夫。偵察機が送った信号によると、

最後の敵は巨体で動きが緩慢。救助に向かった金剛さんが倒してくれる」

 

「大丈夫なわけないだろう!」

 

イーサンの叫びに加賀が戸惑う。

 

「どういうこと?」

 

「そいつは特別ヤバイ奴だ!考えなしに戦ったら死ぬぞ!」

 

「何がまずいんですか?金剛さんは戦闘能力トップクラスの戦艦です。

この化け物達が少々強くなっても問題は……それに、やはりお名前くらいは」

 

赤城が謎の男に問う。しかし状況は決して芳しくない。

 

「全部後だ!もういい、俺が行く!」

 

「あ、待ってください!」

 

イーサンは全ての疑問を無視して宿舎に向かった。

 

 

 

……宿舎の内部は陰惨なものだった。モールデッドの砕けた死骸が散乱し、

壁に赤や黄土色の体液がへばりついていた。イーサンは木造の床を歩き、階段を探す。

廊下を進むと、やがて上階への階段が見つかった。

階段に足をかけると、2階から争う声が聞こえてきた。

 

ドシン、ドシン…… うっ、うごっ……

 

“Hey, You!よくもワタシ達のお城を汚してくれたネー!もう謝っても許さないヨ!”

 

“金剛さ~ん。あの、巻雲、巻雲、どうすればいいですか……?”

 

“巻雲ちゃんはお部屋に隠れてて!

こいつはワタシがバーニング・ラブしちゃうからネ!”

 

マズい、もうすぐ奴の攻撃が始まる!

イーサンは手持ちの大砲(ハンドキャノン)に分類される大型拳銃を手に階段を駆け上る。

そして2階で見たものは、肥満体モールデッドと向き合う、

純白の着物を着て金の髪飾りを着けた少女だった。

彼女もまた戦艦の大きな模型のような装備を背負っている。

……などと呑気に説明している場合ではない。

肥満体が前かがみになり、ゔっゔっ、と気色の悪い声を出し始めた。

イーサンが金剛という少女に大声で呼びかける。

 

「ガードしろ!腕で顔をかばえ!」

 

「えっ?」

 

「急げ!」

 

「ノープロブレム、ネー!お家を吹っ飛ばさないようにちゃんと副砲で……」

 

 

ぐおえええええ!!

 

 

彼女がウィンクして親指を立てると、聞きたくもない、

こちらまで吐き気を催すほど不快な声が。……間に合わなかった。

奴が顔を上げると、放水車のような勢いで強酸性の体液を彼女に浴びせた。

少女と女性のはざまに位置するような可愛げのある顔がケロイド状に溶け、

背中の装備も茶色く焦げていく。

 

「……い、い、いだあああああい!あづい、あづい!誰か助けてええぇ!!」

 

「くそったれ!」

 

金剛という少女が悲鳴を上げ、その場に倒れる。

俺は両腕で体液の飛沫をガードし、もがき苦しむ金剛の服を掴み、

強引に引きずって階段の踊り場に移動させた。

 

肥満体の視界から彼女をどけた俺は奴と決着をつけるべく、

マグナムを両手で構え、頭部に狙いを定める。

俺の姿を見た奴が再び体液を吐き出そうとするが、俺が引き金を引くほうが早かった。

廊下を揺らさん程の重く鋭い銃声と共に大型弾が発射され、肥満体の頭に命中。

マグナムの威力に巨体の奴も後ろに転ぶ。

 

「うぁぁ……いたい、いたいよぉ……ワタシの、ワタシの顔があぁ……」

 

「待ってろ、すぐにケリをつける!」

 

激痛に涙する金剛に声をかけながら奴が立ち上がるのを待つ。

のっそりと肥満体が立ち上がり、両腕を伸ばしながら俺に歩み寄ってくる。

そこを再び狙い撃つ。

 

しっかりと重量のある拳銃を構え、一発必中の覚悟で引き金を引く。

 

マグナムが火を吹き、今度こそ奴の頭部を砕いた。

後ろに倒れた奴の腹が風船のように膨れ上がる。

すかさず俺は金剛のいる階段の踊り場に身を隠した。

次の瞬間、ブシャッ!と肥満体の身体が破裂し、強力な酸をたっぷり含んだ肉片が

廊下中に撒き散らされる。

奴の最期を確認した俺は、金剛に肩を貸し、宙に向かって大声で呼びかけた。

 

「おい!隠れてる奴がいるなら悪いが自分で外に出てくれ!こっちは重傷者がいる!

……しっかりしろ、致命傷じゃない」

 

「うわあああ!痛いよ、痛いよ……なんでワタシが、ワタシが……」

 

「ガードしろって言っただろう!そこ、廊下だ。足元に気をつけろ」

 

俺達は一段一段階段を下りながら、宿舎の出口を目指した。

 

 

 

宿舎から出ると、武装した少女達が俺達の帰りを待っていた。

そして金剛という少女の姿に悲鳴を上げる。

 

「金剛さん、どうしたの!?」

「すぐお風呂の準備を!」

「一体何と戦ったっていうの!」

 

何を考えているのか、風呂に入れば治ると思っているやつもいたようだが、

とにかく俺は金剛を他の少女に任せた。

彼女が多分医務室に連れて行かれるのを見届けると、手持ち無沙汰になった俺は、

しばらくその場でぶらぶらしながら今の状況について考えをまとめた。

 

まず、俺はルーカスの罠にはまり70年前の日本らしきところに閉じ込められた。

“らしき”と但し書きが付くのは、

当然史実の日本にない奇妙な出来事ばかり起きているからだ。

かつて日本とアメリカが戦ったのは事実だが、

少女に妙な武装を持たせて動員した記録などないし、70年前にB.O.Wがいたはずもない。

少なくともその存在が公になったのはラクーンシティの事件がきっかけだ。

 

……考えていても埒が明かない。とりあえず洋館に戻って

提督と長門とかいう乱暴な女に聞くとしよう。

俺がマグナムをぶら下げたまま帰ろうとすると、不意に声をかけられた。

 

「待って」

 

青い袴と弓道着を身に着けた少女だった。大きな弓を持って俺ををじっと見ている。

隣には黒のロングヘアの少女がいた。彼女も弓道着を着ているが、袴の色は赤だ。

 

「なんだ?」

 

「どうしてあの化け物について知っていたの?そもそも貴方は誰?」

 

「戦ったことがあるからに決まってる。俺はイーサン。イーサン・ウィンターズだ。

……で?君らは誰だ」

 

「私は加賀。戦ったって一体どこで?あんなものが突然この世に現れるわけない」

 

「戦ったのはルイジアナの化け物屋敷だ。あれの出どころは俺も知らない」

 

「知らないって……金剛さんがあんなになったのに、それじゃあんまりです!」

 

赤い袴の少女が食って掛かってきた。

 

「俺が連れてきたとでも言いたいのか!……疲れてるんだ、勘弁してくれよ」

 

「……私は赤城と申します。後ほどゆっくり事情を伺いに参りますので」

 

「勝手にしろ」

 

歓迎してくれとは言わないが、

どうも俺はここの人間から不当な扱いを受けている気がする。

4つ足やデブを殺したことについて、もう少し評価があってもいいと思うのだが。

腑に落ちない気持ちを抱えながら、俺は今度こそ洋館に戻った。

 

 

 

──本館 作戦会議室

 

そして、腑に落ちない気持ちは純粋な怒りに変わる。

俺は本館に戻るなり、提督からこのクラスルームのような広い部屋に同行を求められた。

それはいい。このらんちき騒ぎについて説明が欲しいのはわかる。

提督が壇上に上がり、俺がたくさん並んだ椅子のひとつに座っていた。

 

「……で、君はどこまで知っているのかな。あの新種の生命体について」

 

「最初から言ってるだろう!妻を探しに行った洋館に入ったらもう棲みついてた!

何べん言わせりゃ気が済む!」

 

こうして俺は質問という名の尋問を受けているわけだが、

はじめから俺が首謀者だと疑うような態度に腹を立てていた。

長門が後ろから近づき、俺の手をロープで縛ろうとしたので、慌てて手を引っ込め、

バシン!と彼女の手をはたいた。

 

「くっ、何をする!」

 

「“何をする”はこっちの台詞だ!お前は何の権利があって俺を拘束するつもりだ!」

 

「司令代理としての権限だ!お前が来ると同時にあの化け物が現れた!

無関係だと考えるほうが無理だろう!」

 

「司令は、今、そこにいる!つまり代理の出番はない、下がってろデクの棒!」

 

「何だと!」

 

「まぁまぁ二人共落ち着きたまえ!……長門君、拘束は不要だ。

彼はあの生物と戦っていた。イーサン君、悪かったね。質問を変えよう。

君がこの鎮守府に来た経緯をもう一度説明して欲しい」

 

長門がしぶしぶ俺から離れ、提督の隣に立った。

俺はうんざりした気持ちで同じ答えを繰り返す。

 

「だから、その洋館でイカれた家族の一人、ルーカスっていうんだが、

そいつの罠にはめられてビデオテープを見せられた。

ああ……今の時代にビデオテープはあるか?」

 

「いや、聞いたことが無い」

 

「磁気テープで映像を録画できる記憶媒体だ。さすがにテレビはあるよな?」

 

「ああ。離れた場所から送られた電波信号を受信して映像を見る装置だろう」

 

「そう、それだ。そのテレビでビデオテープを見せられると、

いきなりテレビの画面が光り出して気を失った。

それで……気がついたらここの海岸に倒れてた」

 

「うむ。それについては目撃情報がある」

 

「それで助けを求めてここに来たら、そこのデカいのに引っ張り込まれて、

後はあんたも見たとおりだ」

 

長門がこちらを睨む。いい気味だ。提督が少し黙り込んで考えを整理し、口を開いた。

 

「よくわかった。いや、正直信じられないことも多いが、

君を客人として迎えると約束したし、何より艦娘たちを助けてくれた。

……1人大破者が出てしまったが」

 

「大破だ?重傷の間違いだろう、兵士だって機械じゃないんだぞ」

 

「……ああ、そうだね。今度はこちらが説明する番だね。

実は、隣の長門君や、君が出会った女の子達は……」

 

バタン!

 

その時、ノックもなしに一人の少女が作戦会議室に飛び込んできた。

事務方らしき、眼鏡をかけた黒のロングヘア。走ってきたのか息を切らしている。

 

「どうしたのかね、大淀君!?」

 

「はぁ…はぁ…突然申し訳ありません!金剛さんが、金剛さんが大変なことに!」

 

「落ち着くんだ大淀。深呼吸して、落ち着いて状況を説明してくれ」

 

提督と長門が彼女を落ち着かせて続きを求める。

金剛?ああ、肥満体のゲロを食らったあの娘か。

気にはなっていたが、致命傷ではなかった。

顔は……女の子としては気の毒なことになっちまったが。

 

「ふぅ、失礼しました。……実は、金剛さんの怪我が入渠しても治らないんです。

色々別の治療法を試したのですが効果がなく、

ショックを受けた本人が自室に籠もりきりで……」

 

「なるほど、わかった。私も行って説得しよう」

 

「お願いします!」

 

「……俺も行く」

 

俺は席を立ってバックパックを背負う。

 

「貴様が来て何になる!部屋で大人しくしていろ!3階の適当な客室を使え!」

 

「少なくともどっかの腰巾着よりアテになる自信はある。提督、俺も連れてってくれ」

 

「こいつ……!」

 

「争っている場合じゃない。

あの化け物を知っているイーサン君なら何か知恵を借りられるかもしれない、来てくれ。

もちろん長門君も」

 

「承知した……」

 

そして俺達3人は駆け足で艦娘宿舎に向かった。

 

 

 

──艦娘宿舎(戦艦棟)

 

「お姉様、出てきてくださいまし!」

 

『いや!放っといて!!』

 

俺達が金剛の部屋に到着すると、“金剛”というプレートが張られた一室の前に、

彼女と同じような着物を着た少女3人が集まっていた。

眼鏡をかけた知的な少女の呼びかけに応じようとしない。

 

『こんな顔、こんな顔じゃ……もう提督に会いに行けない!ううっ、うわあああ……!』

 

「お姉様!提督は戦の傷で姉様を嫌ったりするような人じゃないって!

お姉様だってわかってるでしょ!」

 

今度はブラウンのショートヘアが説得する。しかし、

 

『うるさい!綺麗な顔の奴に何がわかるの!大好きだったのに、愛してたのに!!』

 

酷い有様だ。金剛は自分の身に起きたことに絶望してる。

提督がドアを叩き中の彼女に呼びかける。

 

「金剛君、私だ。お願いだから出てきてくれないか。気にするな、とは言わない。

でも君が一人で苦しんでいるままにしておくのは私も辛いんだ。

頼む、私を信じて会ってくれ」

 

『提、督……?』

 

「そう、私だ。君に会いに来たんだ。

疲れも傷も癒えていないし艤装もボロボロなんだろう。

せめて医務室で治療を受けてくれ、きっと何か方法があるはず!」

 

『でも、こんな顔で提督に……嫌ァ!』

 

ガシャン!と中から音がした。多分、鏡か何かを投げ捨てたのだろう。

 

『見られたくない!こんな化け物みたいな顔!!ぐすっ…ああああ!』

 

金剛の泣き声を前に、皆黙り込んでしまった。

ここで初めて俺が口を出した。

 

「なぁ、鍵かなんかないのか?

提督、多少強引にでもあんただけでも会ってやったらどうだ。彼女と親しいんだろう」

 

「それが……合鍵も全部お姉様が中に持って閉じこもってしまったの」

 

しとやかさと活発さが同居する雰囲気の少女が状況を説明した。

それを聞いて提督はますます困り果てる。何も対処できないのは俺も同じだったが。

俺は知性的な少女に話を聞いた。

 

「ちょっといいか、彼女にはどんな治療を施したんだ?」

 

「兎にも角にも、まずはお風呂に入っていただきましたわ。

そしたら出血は止まったのですが、どういうわけか、あの傷だけは治らないのです……」

 

とんでもない話に思わず絶句する。

 

「正気なのか!?風呂に入れば酸で壊死した細胞が治ると本気で思ってるのか!」

 

「……ああ、イーサン君。まだ説明してなかったが」

 

「もちろん高速修復材も使いましたわ!でも、止血以上の効き目がなかったんです!」

 

「修復材?なんの薬か知らんが民間療法も大概にしろ!」

 

修復材。なんだろう。何か引っかかる。

モールデッド、負傷、瀕死。何が必要だ?……!!

俺はとっさに廊下の隅に置かれたテーブルの上にあった細長い花瓶を手に取り、

ひっくり返した。水と花が床に落ちる。

 

「貴様、何をしている!?」

 

長門が問いかけてきたが無視して作業の手を動かす。

続いて俺はバックパックから2つのアイテムを取り出した。

さっきの戦闘中、道すがら木箱から拾ったもの。

まず、俺はサバイバルナイフを抜き、ハーブを細かく切り刻んで花瓶に入れた。

 

「イーサン君……君は、知っているんだね?」

 

ああそうだ。そして2つ目のアイテム。

プラスチックのパウチに詰められた赤い液体。成分は、不明。

だが、今はこいつに頼るしかない。

キャップを開け、効き目の強い薬液を花瓶に流し込んだ。

そして花瓶を軽く振り、ハーブと薬液を十分に混ぜる。準備完了。

俺はドアを叩いて金剛に呼びかけた。提督らが固唾を呑んで見守る。

 

「金剛って言ったな!デブと戦った時に会ったイーサンだ!

治療薬を持ってきた、開けてくれ!」

 

『嘘!薬なんかでグチャグチャになった顔が治るわけないじゃない!

もう嫌なの!みんなに可哀想な目で見られるのは!これ以上……うああ!

提督……お願い、ワタシを解体処分して!』

 

「早まるんじゃない!イーサン君の治療法に賭けるんだ!諦める必要なんてないんだ!」

 

まずいな。精神が錯乱してわけのわからないことを言い出した。やむを得ない。

俺は背負った物を構えた。

 

「……全員、離れろ」

 

「何をする気だ貴様!」

 

「“マスターキー”ってやつを使うんだよ!散弾食らいたくなかったら後ろに下がれ!」

 

「君、正気かい!?」

 

「他に方法があるなら言ってみろ!」

 

俺はショットガンM37を構え、ドアの蝶番に向けトリガーを引いた。

周辺の木材ごと蝶番が吹き飛ぶ。

宿舎に散弾銃の銃声が響き、少女達が悲鳴を上げ、中の金剛が短く怯えた声を上げた。

ポンプアクションを行い排莢した後、二発目。

2個目の蝶番が破壊され、ドアはその役割を果たさなくなった。

俺は花瓶を掴み、ドアを蹴破って靴のまま金剛の部屋に上がり込んだ。

 

「何をなさるの!?」

 

後ろから眼鏡の声が聞こえるが、やはり無視した。答えは結果が教えてくれる。

俺は金剛の肩を掴んだ。

 

「顔を出せ、治してやる!」

 

「いや、来ないで!」

 

女の子とは思えない力で後ろに突き飛ばされ、危うく花瓶の中身をこぼすところだった。

 

「そうまでして私の顔が見たいの!?なら見ればいいじゃない!

“あの化け物とそっくりだね”って笑えばいいでしょう!!」

 

激昂した金剛が俺に向かって叫ぶ。

彼女が、全体がケロイド化し、額付近の髪を無くした顔を見せた。

今だ。俺は花瓶の中身を金剛の顔に振りかけた。

 

俺が作った回復薬が彼女の顔にかかると、彼女の顔から

ドライアイスのように弱い煙が上がり、皮膚の再構成が始まった。

グチュグチュと音を立てながら細胞分裂を繰り返し、元の形に戻ろうとする。

急激な速度で必要な組織を造り出し、不要な組織を破棄。

その現象にパニックを起こす金剛。

 

「うそ、いや!なに、なんなのこれ!気持ち悪い!」

 

「触るな!顔の再生が始まったんだ!」

 

すかさず彼女の両手を掴んで修復を待った。

ドアから提督と少女達が覗き込み、事の成り行きを見守っている。

そして、机の上の時計で2分ほど。ようやく再生現象が止まった。

 

「そんな……」

「嘘でしょ!?」

「お姉様、お顔が……」

 

彼女の妹たちが驚いた様子で金剛を見る。

俺は部屋の隅に散らばった鏡の破片をひとつ手に取り、金剛に突きつけた。

彼女はとっさに目をそらす。

 

「見るんだ。君はもう治ってる。提督に会いに行きたいんじゃないのか?」

 

金剛は細目でゆっくりと顔をこちらに向ける。そして破片を覗き込む。結果、

 

「え、どうして……?」

 

喜びより驚きが勝った様子で破片を受け取り、いろんな角度から自分の顔を見る。

そう、治癒効果のあるハーブを強力な薬液で効果を増幅させ、彼女に使用した結果、

金剛の顔は元の美しさを取り戻した。

それを見た妹たちがドタドタと靴のまま部屋に入り込んできた。

俺は後ろに下がって廊下に出た。

 

「お姉様、すっかり元通りになられて……」

 

「霧島、心配かけてソーリーね」

 

「また、お姉様と活躍できるんだよね!」

 

「比叡にもみっともないとこ見せちゃったカナー?……テヘ!」

 

「あんなことが起きたんですもの、無理もありません。

艤装の修理は明石さんにお任せして、今はゆっくり休んでください」

 

「ありがとう、榛名。……そうだ!」

 

彼女は廊下にいた提督を見ると、彼にダッシュで駆け寄り、思い切り抱きついた。

 

「提督、助けてくれてサンキューね!これからもっと頑張るから、期待しててネ」

 

「金剛……本当によかった。君を失わずに済んで、本当によかった」

 

助けたのは俺なんだが。まぁ、別にどうでもいい。

金剛の頭を撫でる提督を見届けると、俺は3階にあるという客室へ向かった。

どんちゃん騒ぎの連続で今日は疲れた。その時、ふと握ったままの花瓶に気がついた。

2017年の医療技術でも修復不能の傷さえひと振りで治してしまう薬。

俺はこいつに何度も助けられてきたわけだが、

世に出ればノーベル賞ものの代物がなぜB.O.W.の巣窟に転がっているのか。

疑問は尽きない。

 

やはり、こんな薬信用できない

 

俺は花瓶をゴミ箱に放り込むと、洋館への帰路についた。

 

 



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File3; Ready To Die

一人洋館に戻った俺は、長門が言った通り3階に上がり、

ホテルのように同じドアが並ぶ客室のうち、適当な一室に入りベッドに身を投げた。

途端に眠気が襲ってくる。今日は色々なことがありすぎた。

 

事の発端は、ベイカー邸旧館から戻るなり

突然本館がトラップと凶暴化したモールデッドだらけに変化したこと。

俺は死に物狂いで娯楽室にたどり着き、そこでルーカスの野郎が用意したビデオを見た。

するとテレビが強烈な光を放ち、気がついたら俺はこの世界の海岸に倒れてた。

 

やっと外に出られたと思ったが、そこからも苦労の連続。

暴力女に締め上げられたと思ったら、提督に今は終戦直後だの

わけのわからんことを言われるし、やっぱりB.O.Wが追ってきて戦うハメになるし、

負傷して閉じこもった女の子を治療して、今ようやく一息つけた。

 

思い出すと、今更疲れが出てきてまぶたが降りてくる。

しかし、突然部屋に備え付けられていた電話が鳴り、ギョッとした。

またルーカスか?いや、あいつはいつもコデックスで連絡をよこしてくる。

俺は立ち上がり、躊躇いつつも受話器を上げた。

 

 

 

「……誰だ」

 

『あたしだよ、ゾイ』

 

胸を撫で下ろした。彼女は狂った一家で唯一正気を保っている女性。

共に脱出する方法を探すべく、時折電話で連絡してくる。

 

『やられたね……

ルーカスの監視カメラをハッキングして、あんたに何が起きたのかは見てたけど』

 

「ここの様子は見えてるのか?」

 

『断片的には。ルーカスがそっちの様子を見てる時は

再生用のパソコンをハックして覗けるけど、電源落とすと駄目。多分今は寝てる。

あんたの状況がわかんない』

 

「どうやってここに掛けてきたんだ?」

 

『ルーカスのパソコンを経由して奴のコデックスから変な番号を抽出した。

屋敷の電話から掛けたらビンゴってわけ』

 

「そうか……

なぁ、ルーカスが俺を異世界に飛ばした方法とか、戻る方法とかわかんないか?」

 

『ごめん、そっちは全然。

昔から機械いじりは得意だったけど、あんな不気味な技術どこで仕入れたのか。

あ、それはそうと、”腕“はどうなってるの?』

 

ちなみに俺の左腕のことじゃない。

特異菌に冒されているゾイとミアの治療するための血清を作るのに必要な、

“D型被検体の腕”の方だ。

 

「すまない。マーガレットに邪魔されてまだだ」

 

『そう……あんたが戻るまでそっちは一旦中止だね。

あたしはどうにかルーカスが何やらかしたのか調べてみるよ』

 

「俺もこっちで帰る方法がないか探してみる。気をつけろよ」

 

『あんたもね、それじゃあ』

 

 

 

電話が切れ、俺は受話器を置いた。久々に味方の声を聞いてほっとする。

何より、ゾイが電話をかけてきた。

つまり、声だけでも2017年へ繋がる方法があるとわかり、

わずかばかりの希望が見えたのだ。

今度こそ俺はベッドに倒れ込み、目を閉じると同時に深い眠りに落ちた。

 

 

 

翌日。

目が覚めて疲れは取れたが、まだ頭がぼんやりしている俺は、

シャワーを浴びて汗を流した。身体を拭き、服を着てさっぱりしたところで、

トントンとドアをノックする音が聞こえた。

俺はドアロックを掛けてからドア越しに尋ねた。

 

「誰だ」

 

「あ、あのう。駆逐艦・巻雲ですぅ。

司令官様がお呼びなのでお越しいただきたいんですけど……だめですか?」

 

駆逐艦?妙な階級があったもんだ。

まあいい、今までの疑問を全部提督にぶつけてやろう。

 

「待ってくれ、今開ける」

 

俺はドアロックを外し、ドアを開けた。

眼鏡を掛け、若干サイズの合わないシャツを着た少女が立っていた。

やっぱり奇妙な武装を装備して。彼女は少しおどおどしながらこちらを見る。

まあ仕方ない。いきなり現れた変な外人に警戒するなという方が無理だ。

 

「ご、ごあんないします~」

 

「ああ、頼むよ」

 

そして俺達は廊下を歩きだした。

巻雲という少女が何か言いたげにチラチラこちらを見ている。

 

「どうしたのかな」

 

「あの、えと……昨日は、助けてくれてありがとうございました」

 

思い出した。姿は見えなかったが、昨日金剛が守ろうとしていた少女が“巻雲”だった。

 

「ここの大人はダメだな。初めて“ありがとう”を言えたのが君みたいな子供だなんて」

 

「ああ!金剛さんを悪く言わないでください!あの、金剛さんは、怪我で、あの……」

 

「わかってる。彼女のことじゃない。提督とやたら態度のでかい女の事を言ってるんだ」

 

「それもダメなんですけどぉ……」

 

「2階だ。どっちに行けばいいんだい。右、左?それとも1階?」

 

いつの間にか階段を降りていた俺は、巻雲に引き続き案内を求める。

彼女が長過ぎる袖で、遠目でも高級感を感じられるドアを差す。

この館はホールが1階から3階まで吹き抜けになっており、見通しがいい。

 

「左です!あちらの一番奥の……」

 

 

『高波、なぜ呼ばれたかはわかっているな』

 

その時、別の部屋から長門の声が聞こえてきた。なにやら不穏な雰囲気に耳を澄ます。

 

『はい……』

 

『敵を目の前に逃げ出すとは何事か!お前には艦娘としての矜持がないのか!』

 

『申し訳ありません!あの時、助けてくださった方が避難するようにと……』

 

『お前は軍の規律より、おかしな外人の言葉を優先したのか!?』

 

『す、すみません!申し訳ありません!』

 

『……高波、歯を食いしばれ』

 

 

俺は部屋に飛び込む。

長門が今にも緑のショートカットの女の子を平手打ちしようとしていた。

昨日ブレード・モールデッドに襲われていた少女。俺は長門の手を掴んだ。

 

「何だ貴様、お前には関係……げはっ!!」

 

「キャアアア!」

 

もう女だろうが知ったことか。

完全に頭に血が上った俺は、長門の右頬に思い切り右ストレートを叩き込んだ。

長門が机を巻き込んで派手に床に転がった。

俺は高波という少女の手を引き、部屋の外に出した。彼女と巻雲が悲鳴を上げる。

くそ、馬鹿みたいに固い女だ、右手が痛む。

 

「ああ~うぅ~!暴力はだめです、どうしよう、巻雲どうしよう!」

 

「君、昨日も会ったな。もうこんなクズの言うことなんか聞かなくていい。

君は部屋に戻るんだ」

 

「で、でも!」

 

「貴様……!こんな事をして」

 

立ち上がった長門が怒りに満ちた表情で詰め寄ってくる。

 

「もっとただで済まなくしてやる!来いよ、ほら!」

 

「調子に乗るな、たかが人間が!今度こそ牢獄送りにしてやる」

 

「お前には無理だ、デクの棒……!」

 

長門が殴り返してきた。とっさに俺は両腕でガードし、拳を受け止めた。

ダメージを大幅に軽減したが、かなり痛い。

だが、俺は素早く距離を詰め、今度は全力でアッパーを食らわせた。

 

「あがっ!……なぜだ、骨折してもおかしくないものを!」

 

「答えはシンプル、お前が弱いからだよ!」

 

「舐めるなぁ!」

 

今度は回転蹴りを放ってきた。馬鹿力で脚がビュオッ!と空を切る。

俺はしゃがんで再びガード。左側からの攻撃を防ぎきった。

その脚を掴み、思い切り引っ張る。片足で立っていた長門がすっ転んだ。

そして素早く立ち上がり、奴の腹を力を込めて踏みつけた。

 

「ぐふっ……!」

 

流石に今度は効いたようだ。両腕がジンジン痛むが、こらえながら長門に問いかける。

 

「……おい、なんで俺がキレてるかわかるか?」

 

「ふん、どうせ……お前も化け物の一味なのだろう」

 

「救いようのないバカだ!お前は」

 

「何をしているのかね君たち!!」

 

その時、開きっぱなしの出入り口から駆けつけた提督が飛び込んできた。

巻雲達が彼の後ろで恐る恐るこちらの様子を窺っている。

 

 

 

──執務室

 

「一体何があったというんだい、詳しく説明してくれ」

 

あの後、俺達は提督の部屋に連行され、二人共立ったまま尋問を受けていた。

こんな経験は学生時代、校長に呼び出されて以来だ。

 

「私が部下を指導していたところ、この男が突然殴りかかってきたのです」

 

長門が後ろで手を組み、直立姿勢で答える。

 

「本当かい、イーサン君」

 

「ああ。こいつは“叩かれると痛い”ってことがわからないようだから、教えてやった。

ただ身を守ろうとした女の子に暴力を振るおうとしたから止めただけだ」

 

「どういうことかな?」

 

長門が少しためらった後、事情を説明した。

 

「敵前逃亡を図った艦娘にやむを得ず処分を。

本来、敵前逃亡は極刑にも相当する重罪ですが、それではあまりに忍びないので、

その……私の個人的判断で、鉄拳制裁で手打ちにしようと」

 

「おい、なに自己弁護してんだ。もともと小学生程度の女の子に

武器を持たせて最前線で戦わせてる時点で狂ってんだよ、お前らは!

それがなんだ。化け物から逃げるってだけの当然の権利を認めない。

平手打ちだけで“許してやる”。

その程度の人権意識しかないからお前らは負けたんだよ!」

 

「口を慎め!私はともかく、提督を侮辱するのは許さんぞ!」

 

「“負けた”?どういうことだろうか。

交戦していた国々とは講和条約を結び終戦したはずなのだが……」

 

毒づくイーサンを気に留めず、顎に指を当て、マイペースに質問を続ける提督。

 

「面白いこと教えてやるよ。

俺のいた世界ではな、日本は第二次世界大戦でアメリカに負けたんだよ!

グルー駐日大使の言葉にも耳を貸さず、無謀な戦争をおっ始め、

広島・長崎に原子爆弾を落とされて、無条件降伏という最悪な結末を迎えたんだ!」

 

「それは貴様の世界の話だろう!」

 

「ならお前らが終戦を迎えず、

戦争を続けてたらアメリカに勝ててたとでも言いたいのか!」

 

「独りよがりな正義を振りかざすだけの貴様らが戦争を語るな!」

 

再びヒートアップする二人を提督が止めに入る。

 

「もうよしたまえ!今日の本題に入る前に、この状況をどうにかしようじゃないか。

……イーサン君。理由はどうあれ、先に手を出したのは君だ」

 

「ああ俺が悪かった!

今度から理不尽な暴力を受けてる子供を見ても無視するように気をつける」

 

「まぁ、そうカリカリするんじゃない。そして、長門君」

 

「はっ!」

 

「致し方なかったとはいえ、

敵前逃亡という事案を独断で処理しようとしたことも見過ごせない」

 

「……申し訳ありませんでした」

 

長門は提督に深々と頭を下げた。

 

「う~ん、困ったな。

本来なら二人共、何らかの懲罰を受けてもらわなければならないんだが……

そうだ、こうしよう、うん!」

 

提督は一人で勝手に納得して手を叩く。

 

「二人にはこれから協力して、この異常事態への対処に当ってもらおう!

怪物の撃退はもちろん、その出処や生態の調査をペアで行ってくれ。

もちろん我々も奴らの迎撃に戦力を貸すけど……

この任務にはお互い友好的な関係を築くことも含まれるからね?」

 

「冗談じゃない、こんな暴力女!」「ご勘弁願います!こんな不審者!」

 

俺とと長門は同時に不服を申し立てた。

 

「じゃあ、仕方ないね。イーサン君は牢獄へ。長門君は第一艦隊から外れてもらう」

 

「よし頑張ろうぜナガタ!」「共に力を合わせようじゃないか、ナガトだ!」

 

二人とも作り笑いを浮かべて握手をした。互いの手を握りつぶさんほど力を入れて。

それでも提督は満足した様子で、

 

「うむ、これで二人がいがみ合う必要などないし、

イーサン君を正式に我が鎮守府の構成員にできる。これでよし!」

 

上手くいくかどうかはともかく、とりあえず相棒となった俺と長門。

問題が片付いたところで、提督達3人は対面式の二人がけソファに座った。

提督と長門が並び、その向かいのソファに俺。そして提督が口火を切った。

 

「さて、今日来てもらったのは他でもない。お互いの状況についての情報交換だ。

その中で昨日の敵性生物の襲来についてもイーサン君に説明してもらうつもりだ」

 

「俺はもう呼び捨てでいい。じゃあ、まず俺の知ってることについて話すぞ。

多分信じられない事だらけだが、話し終わるまで質問は遠慮してくれ。

いつまでたっても話が終わらないからな」

 

「もっともだ。了解したよ」

 

「俺が妻を探して訪れた洋館で化け物や狂った家族に襲われ、

逃げ回っているうちに拾った変なビデオテープを見たら、この世界に来てた。

ここまでは話したな」

 

「ああ、昨日話してくれたね」

 

「それで、ここに助けを求めてきたら、ごちゃごちゃと揉め事があった後、

サイレンが鳴ってB.O.Wが襲撃してきた。B.O.WってのはBio Organic Weapon。

つまり“有機生命体兵器”の略だ。昨日のバケモンみたいな造られた生物兵器の総称だ」

 

「総称ということは……ああ済まない。続けてくれ」

 

あまりに興味深い事実につい口を挟んでしまった提督。

ついでに俺はその疑問を解消する。

 

「提督の言いたいことは正解だ。

俺達の世界では、そういう生物兵器によるテロが世界中で起こってる。

テラグリジア・パニックなんか最も悲惨な例のひとつだ。

巨大な人工島まるごと一つが人間を化け物に変えるウィルスに汚染され、

無数の犠牲者が出た。

覚えてるか?俺が初めてここに来た時、“B.S.A.Aを呼べ”って言ってたこと」

 

「ああ。何のことかはさっぱりだったが」

 

「そういったバイオテロ対策部隊がB.S.A.Aだ。

国連の公的組織なんだが、この世界には……ないんだよな」

 

「やっぱり聞いたことがないよ」

 

「俺のところの世界情勢はこんなところだ。話を身近なところに移そう。

まず、1階にある緑色のコンテナなんだが、

あれは化け物屋敷の各所に置かれていた物資の保管箱だ。

どういうわけか、あれは、中身が共有されているんだ」

 

「共有?もう少し詳しく説明してくれないか」

 

「ああ、言葉が足りなかった。

例えば1階の小部屋で保管したショットガンを別館の小屋で取り出すことができる。

つまり、中身の空間が繋がってるんだよ、あの箱は」

 

提督が驚きを吐き出すように、ひとつ息をつく。長門はやっぱり疑わしげな表情だ。

 

「あの時提督が、“あの箱は開けられない”ような事を言っていたが、

原因は俺にもわからない。敵襲の時もいつも通り開けられたからな」

 

「あれはほんの一週間ほど前、突然ホールに現れたんだ。

移動しようにも動かせない、開けようとしても戦艦の腕力でも開かない。

どうにもならなくて困ってたんだが、ついに正体が明らかになったね」

 

「まぁ、それほど大したもんじゃないことはわかってもらえたと思う。

後は……マズい!提督、今すぐ警告を出してくれ!」

 

重要な事実を思い出して思わず立ち上がり、切迫した様子で提督に迫った。

 

「ええい、どうしたというのだ!」

 

「箱で思い出した!昨日、外にいきなりボロい木箱が現れただろう!

誰も触るなと伝えてくれ!」

 

「あの箱がどうしたんだい?」

 

「アレには大体物資が入ってるんだが、中には爆弾トラップもあるんだ!

見分け方はあるが、中には判別しづらいもんがある!」

 

慌てる俺を提督が手で制した。

 

「心配はいらない。

あの箱も既に皆が開けようとしたが、いくら殴っても主砲で撃っても壊れなかった。

どうも君の世界の物に我々は干渉できないようになってるみたいだ」

 

「そう、か……」

 

ほっとしたイーサンは再びソファに座った。

 

「落ち着きのない男め、話はそれで終いか?」

 

「それと……俺の世界にゾイって仲間がいる。

俺が狂った家族に襲われてたことは話したと思うが、彼女は唯一正気を保ってる。

特異菌に冒されている自分とミアを治す血清を作ろうとしていたんだが、

その途中でこの世界に飛ばされた。

特異菌ってのは、感染すると昨日の化け物みたいになったり、

人の形をとどめていても、狂った家族みたいにまともな思考能力を無くした

怪物になっちまうウィルスのことだ。

今朝、彼女から電話があった。ルーカスの野郎から情報を盗んで、

向こうから電話程度なら出来るようになったらしい」

 

「本当かい!?もしかしたら君が元の世界へ帰るための手がかりになるかもしれないね」

 

「ああ!今のところそれ以上のことはできないが。

それと最後に。金剛にかけた赤い薬だが、成分はわからん。以上だ」

 

「わからん、って……そんなものを彼女に使ったのか?」

 

「仕方がないだろう。副作用がないことは身をもって確認済みだ」

 

「確かに、金剛君をあのままにしておくよりずっとマシだった。

……本当に助かったよ、仲間を助けてくれて、ありがとう」

 

「別にいいさ。ようやく聞けたその言葉で十分だ」

 

ほんの少し皮肉交じりに返してみた。

提督は気にした様子はなかったが、やはり彼女の方が黙っていない。

 

「調子に乗るな!今の待遇でも特例中の特例なのだぞ!」

 

「お前とは喋ってない。でしゃばるな」

 

「に・ん・む」

 

「……わかったよ」「失礼した……」

 

ニッコリ笑った提督の一言で俺達は引き下がった。

 

「それじゃあ、今度は私達の世界についてイーサンに話そうか」

 

「ああ頼む。待ちかねたよ」

 

「そうだなあ、どこから話せばいいものか。

確か、君の世界では第二次世界大戦の講和は成らず、

日本の敗戦という結末を迎えたんだったね」

 

「ああ、枢軸国と連合国が世界を二分して激突した、人類史上最悪の戦争だった」

 

「その辺の事情は余り変わらない。

バラバラに散発的な宣戦布告や停戦を繰り返していた世界各国が、

次第に2つの勢力に分かれ、とうとう二大勢力が激突しようとした寸前、

ある異変が起こった」

 

「……続けてくれ」

 

聞きたいことが出てきたが、質問は最後にと言った手前、黙って続きを促した。

 

「“深海棲艦”が現れたんだ。奴らは生命体に大砲や魚雷を融合したような化け物。

ある日突然世界中に現れた深海棲艦は、瞬く間に人類から母なる海を奪った。

今では地球上の約9割の海域が奴らの手に落ちた。

もちろん我々海軍も抵抗したが、生物の柔軟性と戦艦の火力を併せ持つ奴らの前に、

従来の艦艇では全く歯が立たなかった」

 

「要するに、人間同士で争ってる場合じゃなくなったわけか」

 

「その通りだ。深海棲艦に対抗するため、枢軸国も連合国も慌てて講和条約を結び、

かろうじて第二次世界大戦の危機は去った。

だが相変わらず深海棲艦の問題は残っている。

そんな時、我々の前に現れたのが、艦娘だ」

 

「カン、ムス?」

 

「そう。先の戦争で沈んだり、軍縮条約で解体された艦艇の転生体。

皆、この鎮守府の工廠で建造された、造られた存在だ。

今、君の目の前にいる長門君や、今までに出会った女の子達は人間じゃない。

戦艦のように自由に海を駆け抜け、艤装と呼ばれる砲や魚雷で深海棲艦を駆逐する存在。

この鎮守府は、いわば彼女たちの家なんだ」

 

「つまり、さっきの女の子やデカ……いや、長門がその人造人間だって言いたいのか」

 

急にオカルト地味た話になり不安になる。

俺はこいつらと喋っていても大丈夫なのだろうか。

 

「……人造人間という呼び方だけはやめてくれ、イーサン。

彼女たちは戦う力を持ち、我々と生まれ方が違っただけの、普通の少女なんだ。

感情もあれば心もある。喜びもすれば、あの日の金剛君の様に絶望し涙することもある。

人と全く変わらないんだ」

 

「あ、うん、悪かった。でも……なんていうか、

それを示す何かが欲しいのが正直なところだ」

 

「提督を疑っているのか?」

 

長門が俺を睨むが、気づいた提督がすぐに制止した。

 

「やめたまえ、長門君。

この世界の人間でないイーサンがすぐに信じられないのも無理はない。

……そうだ、工廠に行きたまえ。彼女たちが“建造”されている様子が見られる」

 

「工廠だ?」

 

「うむ。艦娘建造施設があり彼女たちの装備改修を行っている。

明石君には電話で話を通しておこう。……長門君、彼を案内してくれ」

 

「……はい」

 

明らかに嫌そうな顔で返事をする長門。こっちこそ願い下げだが、

交代を頼める立場でもないので、仕方なく工廠とやらに行くことにした。

 

「ああ、連れてってくれ」

 

「じゃあ、一旦解散だね。明石君から一通り説明があると思う。

きっとこの世界についてよくわかるはずだ」

 

こうして、俺は一度提督と別れ、長門に嫌々ながら案内されこの本館を後にした。

 

 

 

──工廠

 

そこに足を踏み入れると未知の世界が広がっていた。

天井のチェーンから吊られている大小様々な砲や船体を、

童話に出て来る妖精みたいな小人達が、トンテンカンテンとハンマーで叩いている。

思わず彼らを指差し長門に尋ねる。

 

「おい、長門!ありゃ一体なんだ!?」

 

「肩を叩くな鬱陶しい!……あの小人たちは艦娘と同時にこの世に現れた存在で、

我々を手助けしてくれる。あいにく言葉は話せないがこちらの話は理解している。

今後世話になるから覚えておくことだ。それよりこっちだ、急げ」

 

「うるさい、急かすな」

 

長門は開けた工場区画の南側にある、大昔の建物に相応しくない、

近代的な掌紋認証式の自動ドアを開けた。

多分俺は開けられないので、長門の後ろにくっついて素早く中に入った。

そこで再び面食らうことになる。

 

SF映画に出てくるような人間が入るポッドがいくつも並び、

その中のいくつかには人が眠っていた。

暗い研究室のようなその区画は、ポッドが放つ青白い光だけで照らされている。

 

『なるほど~この娘は後3時間で建造完了っと。強い娘期待できるかも!

後で提督に連絡しなきゃ!』

 

ピンク色のたっぷりな髪を両サイドで一房ずつまとめ、残りを後ろに流した少女が

ポッドの前でブツブツ言っている。長門が奥に進み、彼女に話しかけた。

彼女は2、3長門と言葉を交わし、こちらに気づくと笑顔で手を振ってきた。

長門が俺を呼ぶ。

 

「おい、こっちだ。早くしろ」

 

ゆっくりその不思議な人物に歩み寄る。彼女に出会うと、俺は彼女に手を差し出した。

 

「初めまして。俺はイーサン、イーサン・ウィンターズだ。

ここに来ればこの世界の仕組みを教えてもらえると提督に聞いてきた」

 

「よろしく。私は明石!君が噂の謎の異邦人ね?この工廠のまとめ役をやってるの!」

 

彼女は俺の手を握り、気持ちのいい挨拶を返してきた。

 

「じゃあ、さっそくだけどイーサンにこの世界のシステムについてお話ししよっか。

立ち話もなんですし、長門さんも座りましょう」

 

「ああ、忙しいところ済まないが、よろしく頼む」

 

俺達はガラスとアルミでできた丸テーブルに座った。

執務室にあったアンティーク調のテーブルとはまるで雰囲気が異なる。

なぜだかここだけが2017年の匂いがする。皆が席に着くと、明石が口を開いた。

 

「ん~と、何から話せばいいのかなぁ。いざ自分たちのことを説明するのって難しいね。

知りすぎてて相手にとっても当たり前って思っちゃうから」

 

明石が両手の人差し指で頭に円を描く。何かのまじないだろうか。

 

「“我々の始まり”から話してはどうだろう」

 

「それがいいですね!じゃあ、イーサンも多分疑問に思ってる

明石達の起源から話すね!」

 

「ああ、教えてくれ」

 

「君も不思議に思ってるだろうけど、

この艦娘建造技術は人間が造り出したものじゃないの」

 

「どういうことだ?空からUFOがやってきて教えてくれたとでも?」

 

「当たらずとも遠からずってところかな~」

 

冗談のつもりだったのだが、半分肯定されて調子が狂う。

 

「まだ艦娘が現れる前は、

世界中の国々が争っていたってことは提督から聞いてるよね?」

 

「ああ。第二次世界大戦の一歩手前だったらしいな」

 

「そう。それが回避された原因が良くも悪くも深海棲艦の出現だったってわけ」

 

「そいつらのせいで、この世界の海がほとんど使い物にならなくなってるって聞いた」

 

「その深海棲艦を撃滅するのが明石達の使命!で、話を戻すよ?

明石達を生み出す、あそこに並んでるあのポッド。

その技術をもたらしたのが、最初の艦娘。国連では彼女を“導き手”って呼んでる」

 

「導き手?」

 

「明石達は直接彼女を見たことはないんだけどさ、

深海棲艦の出現と同時に世界各国の海軍基地に現れて、

奴らに対抗するためのオーバーテクノロジーを託していったの。

その正体が何だったのかは今となってはわからない。

とにかく“彼女”は艦娘建造技術を託すと、何処ともなく消えていった。

彼女から技術を貰った国々は、彼女をいろんな名前で呼んでる。

ちなみに日本は海の女神にちなんで由良比女命(ユラヒメ)って名付けた」

 

「ユラヒメ、か……」

 

「そうだ。彼女は我々にとって創造主のような存在だ」

 

「明石達の生まれについてはこの辺にして、身近なところ、行ってみようか。

これも提督に聞いたかもだけど、明石たちは失われた軍艦の転生体。

ほら、艦には女神が宿るっていうでしょ?

ああいうのが具現化した存在だと思ってもらえればいいよ」

 

「その伝説は俺の世界にもあるな」

 

「まぁ、でもほとんどの所は人間と変わらないよ?

違うところと言えば……深海棲艦の砲撃に耐えられるほど身体が丈夫、

負傷したら“お風呂”っていう修復溶液のプールに浸かって

身体を癒やすってとこくらいかな。そのお風呂も普通のと全然変わらないんだけど」

 

「金剛がやられた時、周りのやつがやたら風呂にこだわってたのはそれか……」

 

「そうそう!聞いたよ?金剛さんを治したのはイーサンだって。

……その魔法の薬なんだけどぉ、

よかったら少しばかりわけてくれないかな~なんて、イヒヒ」

 

急に明石が身を乗り出して来たので思わず身を引く。

 

「わ、悪いが今は品切れだ。今度木箱を漁って探しとく」

 

その時、ピーッ、ピーッ!と突然の連続した音に少し驚いた。

ポッドの1つがアラーム音を発している。

 

「おっ、新しい仲間の誕生だね……あ、イーサン、向こう向いててくれるかな?」

 

「どうしたんだ?……うがっ!」

 

明石がポッドに駆け寄り、キャノピーを開いた。中にいる艦娘の姿が露わになる。

その瞬間、視界が闇に包まれた。

 

「馬鹿者!ポッドから出たばかりの艦娘は裸なんだ!

隣の小部屋で同時に生産された服と装備を着けて初めて一人の艦娘になる!」

 

「離せ馬鹿力が!目を潰す気……かっ!!」

 

両手で潰れるほどの力で俺の目を覆う長門の足を全力で踏みつけた。

 

「いだあっ!何をする、乱暴な男だな!」

 

「お前にだけは言われたくねえよ!」

 

「ふん、とにかく!艦娘に男はいない!

女ばかりだから女性に対する付き合い方を今のうちに勉強しておくことだ!」

 

「なんだって!?それじゃあ、お前は女だったのか!

そいつは初耳だ。この世界には驚かされてばかりだな」

 

肩をすくめて両腕を上げ、大げさに驚いてやった。

 

「こいつめ……!」

 

「あの~お取り込み中すいませんけど、

この娘、提督に会わせなきゃいけないんで明石はこの辺で……」

 

明石のそばに、大人しそうな、制服のような仕立ての服を着た少女が立っている。

 

「ありがとう、明石。おかげでここの仕組みがよくわかった。

ここの娘達が駆逐艦や戦艦を名乗ってる理由や、

負傷した時に風呂にこだわってた理由も」

 

「手間を取らせたな明石。こんな男のために……ん!?」

 

急に長門が何かの信号を受け取ったように、こめかみに指先を当てて集中した。

 

「どうした、拾い食いでもしたのかナガタ」

 

「出撃命令だ!

小笠原諸島付近に深海棲艦が出現。直ちにこれを撃滅されたし、とのことだ!」

 

俺の悪口を無視して長門が答えた。

 

「あちゃ~急がないとまずいですね。

住民にも危害が及びかねませんし、北米への唯一の航路にも近いですから」

 

「とにかく私は失礼する!」

 

「待て、俺も連れて行け!」

 

「馬鹿め、自力で海も進めないただの人間など足手まといだ!

部屋で大人しくしていろ!」

 

そう言い残して彼女は行ってしまった。俺はすかさず明石に尋ねる。

 

「なあ明石!俺もその、オガサワラに行く方法はないか?ボートでもなんでもいい!」

 

「ええっ!もしかして戦う気?無茶だよ、人間の敵う相手じゃ……あれっ!?」

 

彼女の視線の先には例の箱。

緑色のアイテムボックスがまたしてもこの世界に現れたのだ。

 

「そんな!さっきまでなかったのに!」

 

「頼む!深海棲艦とやらがB.O.Wに分類されるのは間違いない!

ユラヒメが俺に戦えって言ってるんだよ!」

 

「う~ん……そうだ、もう使ってないんだけど、

港に1隻だけ軍用のクルーザーが……」

 

「貸してくれ!」

 

「必ず、生きて帰ってきてよ?貸した明石の責任問題になっちゃうから」

 

「ああ!約束する!」

 

俺はアイテムボックスに駆け寄り、昨日の戦闘で消耗した弾薬と、持てるだけの武器、

奇妙な巻物二本、そしてメダル1枚を取り出した。

指先でメダルをピィンと弾いて片手でキャッチ。ポケットに入れて準備完了。

そして再び明石の元へ。

 

「待たせて悪い!案内してくれ!」

 

「こっちだよ、工廠の裏口から直接港に出られる!」

 

 

 

そして、工廠裏手のドックに、

装甲板でガチガチに固められたクルーザーが1隻停泊していた。

 

「深海棲艦が現れだした頃、偵察用に使われてたんだけど、

軽巡以上の攻撃には耐えきれないことと、

艦娘が生まれて不要になったことで放置されてたんだ。……これ、エンジンキーね」

 

明石は俺に古ぼけた鍵を渡した。

 

「本当にマジでありがとう!絶対に返す!」

 

「お気をつけて……」

 

俺はクルーザーに乗り込むと、操舵席に座り、キーを差し込んで回した。

長く使われていなかったせいでなかなかエンジンがかからなかったが、

何度も回していると、やがて船体を震わせて息を吹き返した。

慎重に加速し、ドックから外海に出る。モニターには6つの光点。多分長門達だろう。

その時、無線に明石から連絡が入ってきた。

 

『イーサン?モニターで見えてるだろうけど、レーダーの点が長門さん達。

全速で追いかければ間に合うけど……なるべく戦場に突っ込むことはやめてね?』

 

「努力はしてみる!」

 

『本当お願いね?それ、結構高いから』

 

「わかってる!ふっ飛ばされたら俺の生命保険で弁償する!」

 

イーサンは取舵を切り、長門達の戦場へと全速で突き進んだ。

ただのシステムエンジニアが海の侵略者と激突するまで、あと1時間。

 

 



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File4; Naval Fight

軍用クルーザーで全速前進し、俺は日本の領海を南下していた。

モニターを見ると、6つの光点の前方に更に4つか、それくらいの反応。

……恐らく、それが深海棲艦と見て間違いないだろう。

その時、姿は見えないが、はるか遠くから落雷のような空を裂く重低音が響いてきた。

もう長門達が戦闘を始めているに違いない。

俺は彼女たちに合流すべく、舵を僅かに取舵に切った。

 

 

 

──小笠原諸島近海

 

長門を旗艦とする鎮守府第一艦隊は、

小笠原諸島を侵略しようと魔の手を伸ばす深海棲艦の群れと対峙していた。

メンバーは戦艦・長門、日向。正規空母・赤城。重巡洋艦・愛宕。

軽巡洋艦・天龍、球磨。

 

対する敵艦隊。戦艦タ級2隻、重巡ネ級2隻。

あいにく水上機による偵察に失敗し、残り2隻の艦種と居場所がわからない。

付近にいるのは確かなのだが。

 

不利な状況で戦わざるを得なくなったが、退くことはできない。

自分たちの後ろにいるのは小笠原諸島の住民たち。

そして、小笠原を制圧されれば、今度はそこを拠点に日本本土を攻撃してくるはずだ。

 

「総員、死力を尽くして敵を殲滅しろ!我らが背負うは日ノ本なり!」

 

“応!!”

 

漆黒のコートをはためかせ長門が全員を鼓舞する。そして、ついに戦闘が始まった。

 

「まずはとにかく手数を削ぐ!総員重巡に狙いをつけろ!」

 

長門が皆に作戦方針を伝えた。軍艦の転生体である彼女たちは、

離れていても電波通信のように互いの思念を送り合うことで情報をやり取りできる。

 

「おっしゃ!天龍様の魚雷、食らいやがれぇ!」

「球磨も頑張るクマー!」

 

まずは軽巡2人が重巡ネ級に魚雷を放った。2隻の四連装魚雷が放った計8本。

うち6本がネ級一隻に命中。大破に追い込んだ。

滑り出しは上々、しかし敵重巡も魚雷を放ってくる。

 

「総員散開!雷撃回避!」

 

長門の号令で全員が距離を取る。予想以上に多い魚雷にやや手こずるが、

それぞれが慎重に魚雷の進路を見極め回避に成功。だが本番はこれから。

敵艦はまだ全て健在。これから主砲による壮絶な殴り合いが始まる。

まず、戦艦タ級が日向に戦いを挑む。16inch三連装砲を発砲、

爆炎を上げて砲身から飛び出した砲弾が日向に食らいつく。

 

「……来るか!!」

 

日向は回避行動を取る。空から迫りくる燃える砲弾の弾道を読み、1発、2発を回避。

しかし、3発目を避けきれず、被弾。だが損害は艤装にかすった程度。まだまだ戦える!

今度は日向がお返しとばかりに無傷の方の重巡ネ級に照準を合わせた。

 

「方位角32度、仰角25度……撃てっ!」

 

諸元入力を済ませ、35.6cm連装砲で狙い撃つ。

彼女の精密射撃で放たれた砲弾は吸い寄せられるように重巡ネ級に命中。

一気に大破状態に追い込んだ。

 

「仕留め損ねたか……すまない、とどめを頼む」

 

「任せてください!」

 

今度は赤城が弓で空に矢を放った。矢は空で炸裂し、爆撃機・彗星に変化。

日向の砲撃で致命的損傷を受け、苦しむネ級に襲いかかる。

爆撃機部隊は、ブオオン!と大空に爆音を響かせてネ級の頭上から爆弾を降らせた。

彼女が頭上を見上げると、いくつもの黒い物体がポツポツと現れ、

それは徐々に大きくなり、それが爆弾だと気づいた時には遅かった。

彗星が落とした爆弾は重巡ネ級を押しつぶし、爆発し、彼女を粉々にした。まずは1体。

 

「やったクマ!球磨達は瀕死のやつを片付けるクマ。

長門さん達は戦艦を叩いて欲しいクマ」

 

「了解した!」

 

「天龍ちゃん、一緒にあの重巡を沈めるクマ!」

 

「おっしゃあ!奴に引導を渡してやるぜ!」

 

球磨と天龍は隣り合い、14cm単装砲を構えた。

魚雷攻撃で片足を失い苦悶の表情を浮かべるネ級に二人が照準を合わせると、

球磨がそばの天龍と示し合わせた。

 

「3,2,1,でドカン、クマ」

 

「ああ、カウントダウン、頼んだぜ!」

 

3,2,1……球磨が3つ数えると同時に、二人はそれぞれ主砲を発射。

砲弾はゆるい弧を描いて動けないネ級に飛んでいった。

一発が腹に命中、爆発。彼女の腹が破れ臓物が海にあふれだす。

そしてもう一発が頭部に当たり、首をちぎり飛ばした。

その無残な死体が海に沈んでいく。

 

「やったクマー!」「へっ、ざっとこんなもんよ!」

 

喜びの声を上げる軽巡2人。捕捉できている範囲で残るは戦艦2隻。

重量級同士のぶつかり合いとなる。ようやく長門の出番がやってきた。

彼女は艤装を操作し、敵に向けて正確に照準、

自慢の試製41cm三連装砲を戦艦タ級の1人に向ける。三つの砲口が敵を睨む。次の瞬間、

 

「撃てぇ!!」

 

三門の大砲が一斉に吠え、ビリビリと大気を揺るがす圧倒的な火力で砲弾が放たれ、

衝撃波で海に大きなくぼみができ、積乱雲のような硝煙が吹き出す。

空に飛び出した41cm砲弾3発。それが真っ赤な軌道を描いてタ級に迫る。

 

“hzkrnkhsr!!”

 

自分に飛んでくる殺意の塊にうろたえるタ級。

猛スピードで突っ込む焼けた鉄塊は彼女に全弾命中。

一発が右腕をもぎ取り、一発が顔右半分をえぐり取り、最後の一発がまともに腹に命中。

彼女はたった一射で大破状態になったのだ。

 

「ふん、しぶとい……」

 

「大丈夫です。もう一度爆撃機を!」

 

赤城が弓に矢をつがえた時、北からブオオオ……と耳慣れない音が聞こえてきた。

敵も味方も思わずそちらを見る。

すると、一隻のクルーザーが猛スピードでこちらへ海を疾走してくる。

皆が呆れ半分で驚く。

ほぼ深海棲艦に支配された海を呑気にクルーザーで泳いでくる馬鹿がいるとは。

 

軍用クルーザーが徐々にスピードを落とし完全に停止すると、

操縦席から白いシャツを着た白人男性が現れ、船首に移動してバックパックを下ろし、

中から武器を取り出した。

 

「チッ、あの馬鹿め!」

 

長門が舌打ちする。何を考えているのだ。いくら装甲板で補強されていても、

魚雷や戦艦の一撃を食らえば木っ端微塵だというのに!

彼女はクルーザーの無線に思念を送る。

 

『おい、そこの馬鹿!何をしている!今すぐ回頭して海域を離れろ!』

 

「任務に決まってるだろ!お前も敵から目を離すな!」

 

イーサンはグレネードランチャーに弾薬を装填しつつ、

船内の無線に届くよう大声で喋りながら答える。

 

『対人用の武器で手に負える相手じゃない!邪魔だ、帰れ!』

 

「お前の指図なんか受けるかよ!」

 

そしてイーサンは波で揺れる不安定な足場で片膝を付き、姿勢を安定させ、

既に大破状態のタ級に狙いを付け、トリガーを引いた。

燃える焼夷弾が弧を描いてゆっくり飛んでいき、

身動きのままならないタ級の片方に命中し、爆発した。

 

『ギャアアアアーーーッ』

 

爆発と全身を焼き尽くす炎によるダメージを受け続ける彼女。

慌てて海に潜るが、ゲル化した酸化剤と皮膚に染み込む特殊燃料を混合した

焼夷弾の炎は、水の中でも消えることがなく、徐々に彼女の体力を奪っていく。

やがて海中で生きたまま焼かれ、ついに力尽きた彼女はそのまま暗い海の底へ沈んでいった。

 

また、爆発の巻き添えを食った残りのタ級も身体にまとわりつく炎に苦しんでいたが、

流石に五体満足の戦艦に対し、飛び火程度ではわずかなダメージしか与えられず、

先に燃料が燃え尽きた。仲間をやられ身を焼かれ、怒り狂う戦艦タ級。

彼女は砲をイーサンに向け、16inch三連装砲を撃ってきた。

まずは閃光、続いて腹に響く轟音、そして真っ赤に焼けた砲弾が飛んでくる。

 

それを見たイーサンは、バックパックから何やら場違いな感が漂う巻物二本を取り出し、

ジーンズのポケットに無理矢理突っ込んだ。

 

「頼む頼む!船には当てんな!」

 

着弾まで1秒を切った時、イーサンは両腕でガードした。

流石に重量数百キロに及ぶ鋼鉄の塊が飛んでくるとビビる。思わず目を閉じるイーサン。

次の瞬間、耳を裂くほどの轟音。

結果、二発が夾叉。一発がイーサンに直撃。

遠巻きに見ていた艦娘達も思わず目をそらす。

身元不明の怪しい外人といえど、人が殺されるのを見るのは気分がいいものではない。

 

……が、次に彼女達は信じがたい光景を目にする。

そこには衝撃波で装甲板が剥げた軍用クルーザー。

そして、船首にはクロスした両腕から煙を出しながらそこに立つイーサン。

皆の間に動揺が走る。生身の人間が深海棲艦の砲弾を受け止めた!?

意味がわからない出来事の連続に艦娘達が浮足立つ。

 

 

 

その頃、イーサンは。

 

「ああくそっ!凄え痛てえ!」

 

慌ててバックパックから回復薬を取り出し、左腕にドボドボと振りかけ、

残りを頭から浴びた。傷を癒やし一息つくと無線に大声で呼びかける。

 

「おい、さっさと仕留めてくれ!次、クルーザーに当てられたらアウトだ!」

 

『なぜお前が生きているのか説明しろ!』

 

「後にしてくれ!奴が撃ってくる!」

 

戦艦タ級も不可解な現象にあっけにとられていたが、

我に返ると、砲弾を再装填し、再びイーサンを狙いだした。

 

「世話が焼ける!」

 

「私に任せて~重巡洋艦の力、見せてあげる!主砲、撃てーい!」

 

愛宕が20.3cm連装砲で、恐らく最後の戦艦に強力な主砲を浴びせる。

飛んでいった二発の砲弾は一発が夾叉、一発が直撃した。

彼女の顔に砲弾が当たり、陶器の仮面のように左半分が砕けた。

砕けた部分から黒い肉と、なおも光り続ける目が見える。

 

『……オマエタチ、ヨクモ!』

 

ここで初めて深海棲艦が人間にはわからない言葉で喋った。

言葉というより高周波で思念を放っているので、

艦娘にはその内容を読み取ることが出来る。

 

「敵艦隊は、何のために攻めてくるのだ……」

 

日向が35.6cm連装砲に再装填し、主砲を構える。残るは1体。

彼女は慎重に照準を合わせ、発砲。二発の鋼鉄の牙が生き残りのタ級に飛びかかる。

そして、全弾命中。胸と腹に重い一撃を食らった敵は、

青黒い血を吐きながら後ろに吹っ飛ばされる。

 

「最後を飾らせてもらうぞ!」

 

そして、長門の艤装が唸りを上げ、

自重で壊れないのが不思議なほど重量のある試製41cm三連装砲が、再び敵に向けられる。

巨大な砲台が微妙な位置角度を修正。用意よし。

 

「撃てぇ!!」

 

またしても落雷の如き砲声が小笠原の空を破り、三発の41cm砲弾が飛翔。

大気を切り裂きながらタ級に向けて巨大砲弾が飛んでいく。彼我の時間がスローになる。

二者が固唾を呑む。当たるか!?そして、避けられるのか!?

 

しかし、現実は無情でただ結果だけが残る。

タ級には命中したら確実に死ぬ凶器が飛来してくるのが見えていたが、身体が動かない。

認識能力に身体が追いつかないのだ。

そのまま41cm砲弾二発が命中。一発は外れたが、タ級の命を奪うには十分過ぎた。

その貫通力と爆発で、彼女の腹に穴が空き、手足が吹き飛び、海面に投げ出された。

 

『ア、アア……』

 

「終わり、だな」

 

ズブズブとタ級の身体が海に沈んでいく。その様子を見届けた長門は皆に呼びかける。

 

「とりあえず見えている敵は片付いた。みんなご苦労だったな」

 

「ま、オレがいるならこれくらい楽勝っすよ長門さん」

 

「ふふっ、お前の力はその自信だな」

 

『おい長門!後ろだ!』

 

珍しく微笑みを浮かべる長門の耳に、イーサンからの通信が飛び込んできた。

慌てて後ろを振り返る。

 

「アハハハハ!」

 

フード付きの服を着て、ネックウォーマーを着けた深海棲艦が

笑いながらこちらに駆け寄ってくる。

海上に浮かぶ霞の彼方からこちらの様子を窺っていた戦艦が襲い掛かって来た。

 

『キミタチ、ヤルヨネ!イクヨ!』

 

現れるやいなや、海を駆け抜けながら長門達に魚雷を撃ちまくる。

 

「ここに来てレ級とは……!」

「クマー!?」

「いやーっ」

「うわっとと!ふざけんな!」

 

皆、不意を突かれて慌てて回避行動を取る。しかし。

とてつもない爆発音と叫び声。背後から最初に狙われた長門が被雷してしまった。

その大きな艤装ごと宙に飛ばされる長門。

 

「げはっ!があっ……!!」

 

決して無視できるダメージではないが、

改二に改装された戦艦の耐久力で、どうにか中破で留まった。心配ない、まだ戦える!

よろけながらも立ち上がる長門。とんでもない雷装。

まずは視線を走らせ、味方の無事を確認する。大丈夫、どうにか全員避けきったようだ。

しかし、レ級の暴走は止まらない。

 

『マダマダコレカラー!』

 

彼女は背から生えた、戦艦の砲台や飛行甲板が融合した太い尻尾から、

爆撃機を飛び立たせた。今度は長門達に爆弾を抱えた航空機が迫り来る。

 

「こんなもの!」

 

すかさず赤城が空に矢を放ち、炸裂させた。矢は高性能戦闘機・烈風に変化し、

機銃で爆撃機の掃討を開始した。

戦闘機特有のスピードで一機、また一機と撃ち落としていく。

だが、敵機の回避能力も高く、殲滅するには至らなかった。

こちらにたどり着いた爆撃機が彼女たちに爆弾を降らせる。

 

「キャアアアア!!」

「痛いクマー!」

「汚えぞこの野郎……!」

 

愛宕、球磨、天龍が威力の高い爆弾を食らい、中破。

まだ当たりどころが良かったからこの程度で済んだ。

艤装で守られていない肉体に直撃を受けていたら、大破は免れなかった。

 

戦艦レ級。深海棲艦の中でも特に戦闘能力が高いこの個体は、

練度の高い戦艦でも手に余る。

その頃、ようやく爆撃機を全て撃墜した赤城が被弾した者に声をかける。

 

「みんな、ごめんなさい!怪我は?」

 

「こんくらい、どうってこと、ねえっすよ……!」

「私もまだまだ平気よ~……」

「球磨もやれるクマ……」

 

なおもケタケタ笑いながら海を走るレ級。

その時、艦娘たちから離れた場所にふと興味深いものを見つけた。

移動用のクルーザーに人間が一人乗っている。なにやらこちらを睨みつけている。

ひょっとして、タ級が燃えちゃったのってあいつのせい?

 

 

 

その時、イーサンのクルーザーに通信が入った。

 

『おい、敵の増援からお前にメッセージだ!

癪だが艦娘を経由すれば人間の言葉に置き換わる。

私が繋いでやるから得意の減らず口で皮肉のひとつでも飛ばしてやれ、以上!』

 

「あいつ喋れるのか?」

 

聞く者もいない独り言をこぼすと、通信機から聞いたことない声が。

とにかくイーサンはマイクを取る。

 

「誰だ」

 

『キミノ、ナカマヲ、コロシニキタンダ。キミタチハ、”レキュウ“ッテ、ヨンデル』

 

「何のためにこんなことしてるんだ。人間から海を奪って何がしたい!」

 

『ウミハ、モトモト、ワタシタチノ、モノ。ニンゲンハ、ヨケイナ、ゴミ』

 

「ああ、テロリストは大体似たようなこと言うさ。

でもな、後から来たお前らが所有権を主張したところで、

ガキが駄々こねてるのと変わらないんだよ!」

 

『チガウ。ワタシタチガ、サイショ。

……モウイイ、”タキュウ“ヲ、コロシタノ、キミ?』

 

「ああ、バーベキューにしてやったよ。まずそうだから捨てたけどな!」

 

『キミ、オモシロイネ。ワタシタチト、ヤルツモリ?』

 

「……俺は、本気だ」

 

『キミハ、サイゴニ、コロシテアゲル。ヒトガ、シヌトコロ、アマリ、ミタコトナイ』

 

そこで通信が切れた。初めて深海棲艦なるものと会話した。

意思疎通ができるB.O.W?一瞬考え込んでしまったイーサンだが、

遠くの砲声で我に返る。そして急いで再び船首に戻った。

 

 

 

長門達は、今度はレ級の激しい砲撃に晒されていた。

レ級は、尻尾の先に付いた戦艦の艦首のような部位から大砲を撃ちまくる。

皆、降り注ぐ燃える砲弾の回避に必死で反撃もままならない。

 

『アハハ!ニゲアシ、ハヤイ、カンムス、オモシロイ!』

 

笑いながら、いたぶるように彼女たちを撃ち続けるレ級。

長門はそんな状況に歯噛みするが、奴の砲弾が尽きるまでどうにもできない。

 

「おのれ……!」

 

しかし、苦戦する長門の心に通信。イーサンからだった。

先程の通信時に計器の周波数を見たのだろうか、とにかく迷惑な話だ。

 

「馬鹿者、この状況がわからんか!」

 

『その状況をなんとかする!あと20秒だけ攻撃を引きつけてくれ、以上!』

 

「おい……!チッ、やはり足手まといではないか!」

 

長門の苛立ちは頂点に達していた。

一方その頃イーサンは、バックパックから弾薬を取り出し、

グレネードランチャーに装填する。

焼夷弾の空薬莢を取り出し、ブルーのドーム状カバーが付いた弾薬。

それを込めると、再び片膝を付き、標的に照準を合わせる。

チャンスは1回。奴がまたこっちに注意を向けたら、アウトだ。

 

 

 

『ハハハ!タノシイナァ!キミラモ、ウチナヨ!』

 

「くそっ、舐めた真似を!」

 

レ級は完全に戦いを遊びながら楽しんでいる。艦娘が逃げ惑うのを見るのが好きらしい。

無尽蔵かと思われるほど砲弾を連射しながらも、全く再装填の隙を見せない。

……彼以外には。

 

『ツギハ、ギョライニ、シヨウカナ……ア!?』

 

大砲に比べれば小さな銃声。さっきの変な人間が発砲してきた。

だが、人が携行できる武器で深海棲艦がどうこうできるわけがない。

完全に油断していたレ級にブルーの弾薬が着弾する。

すると、炸裂した弾薬が青いガス状の神経毒を撒き散らした。

何が起こったのか分からない彼女は、思い切り吸い込んでしまう。そして。

 

『ウ……アガガガガガ!!』

 

全身が硬直して動けない!何これ!何が起こってるの!?

不可解な現象に驚いているのは長門達も同じだった。

あれだけ激しい攻撃を止めようとしなかった戦艦レ級が微動だにしなくなった。

その時、再び長門に通信が。

 

『神経弾で動きを止めた!保って30秒だ!急げ!』

 

瞬時に状況を飲み込んだ長門は、全員に最後の号令を掛ける。

 

「総員、レ級戦艦に集中砲火!一気に沈めろ!」

 

“応!!”

 

皆、自らの誇りとする艤装に司令を送り、それぞれ砲をレ級に向けた。

全員の意思がシンクロし、同一目標へ一斉に発砲。

 

6人の艦娘が放つ砲撃で辺りが硝煙に包まれる。

大気は揺れ、海が跳ね、全員の主砲弾がレ級に襲いかかる。

それを見ていることしかできない彼女。逃げたくても脚も手も動かない。

動かせるのは肺と心臓くらい。先にあの変な人間を殺しておくんだった……!

 

後悔する彼女だが時既に遅し。無数の砲弾が彼女に突き刺さった。

もう、誰の砲弾が何発当たったのか数えるのも無意味なほど、巨大な爆発が起こった。

吹き付ける煙と炎で艦娘たち自身も顔をかばう。

 

しばらくして風が全てを運び去ると、そこに残されていたのは、

かろうじてレ級だと判別できる生物。

尻尾を含めた下半身、両腕、右目が砕け散り、消失していた。

放っておいても命が尽きるのは時間の問題だった。

 

 

 

イーサンも彼女たちの決着を見守っていたが、こちらにまで温かい突風が届き、

よろけそうになった。その時、長門を介して無線機に通信が。

 

『ア、ハハ……ソレッテ、ズルインジャ……ナイノ?』

 

「……フェアプレーがしたいなら浜辺でビーチバレーでもやってろ」

 

『イイサ、オタノシミハ……コレカラ』

 

通信終了。というより、レ級が事切れたのだ。なんだ?まだ増援が来るっていうのか?

 

 

 

「みんな、聞こえていたか!増援が来る可能性がある!警戒を怠るな!」

 

「はい!」

 

長門が皆に呼びかける間に、命尽きようとするレ級が、

思い切り息を吸込み、断末魔の声を響かせた。

人間には音として感知できないほど高周波の音波が大海原に響く。

それを最後にレ級は海に沈んでいった。なんだ今のは。警戒する長門達。

 

すると、霧霞の向こうから、何やら人影が近づいてくる。

そして段々その姿が露わになると、さすがの長門も戦慄した。増援どころの話ではない。

別個体の戦艦レ級2隻、空母ヲ級2隻、そして何やら赤いオーラをまとった

重巡ネ級2隻の大艦隊。皆、怪我を負っている上に、そもそも戦力差が大きすぎる。

長門たちの心に絶望がよぎる。敵空母が彼女達に思念を送った。

 

『ヨクモ、ナカマヲ、ヤッテクレタ。

オマエラモ、ニンゲンモ、ホノオニツツマレ、シヌガイイ!』

 

その怒りと憎しみに満ちた声に思わず球磨が後ずさりする。

だが、敵艦隊が彼女たちに砲を向け、艦載機を召喚し、攻撃を開始しようとした瞬間、

思わぬことが起きた。

晴天の海が、突如闇に包まれたのだ。

 

イーサンの軍用クルーザー、長門達、敵艦隊。

全てが閉じ込められるように光の差さない闇の中に入り込んでしまった。

変わらないのは海だけだ。更に思いもよらぬことが起こる。

戦場の真ん中に、黒いドレスの少女が現れたのだ。

 

艦娘のように、増援と長門達の間に立っている。

その足元からは、何やら黒い液体が漏れ出している。

敵も味方も、不可思議な現象の連続に戸惑うばかりだ。

そんなことは気にも留めず、少女は笑顔で空母ヲ級に歩み寄り話しかけた。

 

「ねぇ、お姉ちゃんたち。私のお姉ちゃんになって!私の家族になってよ!」

 

ヲ級達は突然の出来事に戸惑い、互いに顔を見合わせたが、

やがて落ち着きを取り戻すと彼女を突き放した。

 

「バカガ!ヒトカ、カンムスカ、ワカランヤツガ、

ワレワレノ、ナカマニ、ナレルモノカ!」

 

「……そう、なってくれないんだ。じゃあ」

 

そして、少女は子供に相応しくない邪悪な笑みを浮かべ、

 

 

──お前達なんか要らないよね

 

 

次の瞬間、ヲ級達が次々と弾け、青黒い肉片に変わった。

肉の砕ける気味の悪い音が6回続き、背筋に冷たいものが走る。

 

イーサンも、艦娘も、全く展開に付いていけない。

ウフフフ……少女は、笑いながら闇の外へと走り去っていった。

すると、イーサン達を包んでいた闇が晴れ、元の青空に戻った。

何がなにやらさっぱりだが、とりあえず生き残ったことは確かなようだ。

その事実を受け入れると、皆、ようやく一息ついた。

 

 

 

イーサンは長門達に向かって手を挙げた、彼女たちが向かってくる。

クルーザーの端に脚をかけて、皆を待った。

冷たい潮風が心地いい。戦闘の興奮を冷ましてくれる。

陽の光できらめく広い海を眺めていると、突然何かに脚を掴まれた。

 

「なんだ、なんだおい!!」

 

酸素マスクを着けた水死体のような怪物が、

イーサンを海に引きずり込もうと脚を引っ張る。通信機から声が聞こえる。

 

『ニガサナイ、オマエハ、ユルサナイ……』

 

『潜水カ級!?最後の1隻は潜水艦だったのか!』

 

水死体に続いて長門の声。

イーサンは手すりに掴まり、奴の顔を蹴り、何とか逃れようとするが、

カ級は両腕で脚に掴まり決して離さない。

 

「やめろ畜生!」

 

このままだと海の底だ!激しく抵抗したため、船体が大きく揺れる。

カ級に何度も蹴りを入れるが、怯むどころか徐々に俺の身体を上ってくる。

ゴトン、とまた船体が揺れる。その時、船首に置いたバックパックが倒れ、

中から何かが転がってきた。慌ててキャッチ。

これは……イーサンは自由になる片手でどうにか使えるそれのスイッチを入れた。

 

「これでも食らえ!」

 

ごちゃごちゃしたコードや電極が絡み合うそれを、

勢いをつけて水死体の酸素マスクのチューブに挟み込んだ。

しっかり固定されたことを確認すると、

腰のサバイバルナイフを抜き、何度もカ級を斬りつけた。

 

“うう、ううう……”

 

しかし、痛がりはするが、奴は腕を緩めようとしない。

おまけに皮膚が固くてこれ以上攻撃すると刃こぼれしそうだ。なら!

 

「しつこいんだよ!」

 

奴の目に思い切りぶっ刺した。

 

“ギャアアア──!!”

 

流石に今のは効いただろ!水死体が激痛に腕を離して海に落ちる。

イーサンは操縦席に飛び込んで急発進。

十分距離を取ったことを確認し、別添のリモコンのボタンを押した。

 

ドォン……と後方の海中で何かが爆発した音がした。

最後の手段だが、トラップ用のリモコン爆弾を直接敵に貼り付け、爆破した。

肥満体モールデッドも一撃で倒せるが、接近する際に危険を伴うので、

やらずに済むならそれに越したことはない。爆発が起きた辺りの海面が敵の体液で青黒く染まる。

今度こそ最後だよな?イーサンはクルーザーを停めて長門達を待った。

 

 

 

 

 

で、長門達と合流した俺はまた理不尽な罵倒を受けていた。

俺はクルーザーの端に腰掛けて長門と話していた。

 

「馬鹿者が!運が良かったから助かったものの、

人間が深海棲艦との戦場に入ったら普通は間違いなく死ぬんだぞ!

勝手なことばかりして、そんなに早死にしたいのか!」

 

「ひどい言い草だ。俺は提督からの任務を遂行してただけだ」

 

「何……?」

 

「提督言ってたよな?二人で協力してB.O.Wを殺せ。

さっきの化け物は明らかに生物兵器だった。

その命令を無視して一人で勝手に出ていったのは誰だ?

俺はお前を追いかけて命令通りに化け物退治を手伝っただけだ」

 

「へ、屁理屈を!」

 

「屁理屈かどうかは大好きな提督様に聞いてみろ。

また独断専行したお前と、任務を忠実に果たそうとした俺の言い分、

提督はどっちを聞き入れるんだろうな」

 

「むぅ、わかった。緊急招集だからやむを得なかったのだ……馬鹿と言ったことは謝る」

 

「気にすんな。とりあえず帰ろうぜ。俺はクルーザーだからここで解散だな。じゃあ」

 

 

「ちょおおおっと待ったぁ!」

 

 

その時、デカい声で待ったをかけた者がいた。

眼帯を着け、海戦で役に立つのか不明な刀を腰に下げた艦娘。

彼女が俺に話しかけてきた。

 

「おい、そこの外人!お前には聞くことが山ほどある!」

 

「誰だか知らんが後にしてくれ、俺は疲れて……」

 

「いいえ、それを承知でお願いしています。私達の疑問に答えてください」

 

眼帯はともかく、こっちは昨日のB.O.W襲撃の中で会った。確か赤城とか言ったな。

相変わらずどこか警戒する目で俺を見ている。

 

「まぁ、あの時、後で質問に答えるって言ったな。わかった、何が聞きたい」

 

「それは」「お前の腕を見せろ!どうなってんだ!」

 

赤城に割り込んで眼帯が俺の腕をとる。いきなり引っ張ったから落っこちそうになった。

 

「誰だお前は!話の順番くらい待て!」

 

「オレの名は天龍だ!オレと龍田のコンビを知らないって、お前モグリだな?」

 

「モグリもなにも、俺は昨日ここに来たばかりだ。用がないなら赤城に代われ」

 

「待て!お前、普段どんな鍛え方してるんだ?」

 

「鍛え方?」

 

「お前……戦艦の大砲素手で受け止めてただろう!

どう鍛えればそんなに強くなれる?教えろー!」

 

ああ、あれか。俺はバックパックを取ってきて、

邪魔になったのでしまっておいた二本の巻物とポケットの中のメダルを取り出した。

 

「この巻物は“防御の極意”と“防御の真髄”。このメダルは“鉄壁のコイン”。

ひとつでも効果があるが、全部を併せ持つことで、

ガードさえすればあらゆる攻撃をほぼゼロにできる。

巻物の中身は読んでみたがさっぱりだ。呪文でも書いてあるんじゃないか?

とにかく、期待したような答えじゃなくて悪いな」

 

「じゃあさ、それちょっと」「駄目だ」

 

「ちぇ、ケチ……」

 

天龍が残念そうに水を蹴る。

 

「お前の番はおしまいだ。……で、赤城。俺に聞きたいことって?」

 

いわゆるヤマトナデシコを連想させる艦娘が俺を見据えて語りだす。

 

「単刀直入に伺います。貴方は私達の敵ですか、それとも味方ですか?」

 

「敵だったらあの時君にグレネードランチャーを撃ってたと思うんだが」

 

「……講和条約を結んだとは言え、世界各国の関係は

まだ良好といえるレベルには達していないのです。

あの怪物騒ぎも、私達を助けたのも、この鎮守府に取り入るため、

という可能性を私は完全には捨てていません」

 

勘弁してくれ。ここまで死ぬ思いをしてなんでスパイ容疑をかけられなきゃならんのか。

 

「おい、全員聞いてくれ。

この中で俺がアメリカかどっかのスパイだと思うやつ、手を上げてくれ」

 

結果。

 

天龍「いや、お前は武道の達人から暗殺拳の極意を習得した放浪者だ!」シロ

 

球磨「う~ん、あの戦いぶりが芝居だったとは思えないクマ」シロ

 

愛宕「そうねえ。今日会ったばかりだから私には判断できないわ」保留

 

日向「こんな辺鄙なところの鎮守府に機密もなにもないだろう」シロ

 

長門「え、お前か!?えと、う~ん、赤城の言うこともわからなくもないが、

金剛達を助けたのも事実だし……すまん、保留だ!」保留

 

赤城「場所は関係ありません。鎮守府には等しく大本営からの通達がありますし、

作戦行動に関する情報も共有されています。

かえって警備が薄い田舎の鎮守府のほうが侵入しやすいと考えます」クロ

 

「だ、そうだ。取り越し苦労してるのは今のところ君だけらしいぞ」

 

「そのようですね。では、最後に。あの謎の少女の正体は?

見たところ西洋人らしい顔立ちでしたが……」

 

「俺が知るかよ!

俺があの女の子とグルだったなら、最初から深海棲艦ひき肉にしてたさ!」

 

「……わかりました」

 

それだけ言うと、彼女は下がっていった。

 

「もうないか?そろそろ帰らせてくれ」

 

「あ、最後にひとつ教えて欲しいクマ!」

 

ブラウンの髪が一房だけ飛び出しているセーラー服の艦娘が手を挙げた。

 

「レ級の動きを止めたのはどうやったクマ?」

 

「レ級って、ネックウォーマーのあいつか?

あれはグレネードランチャーで神経弾を撃ったんだ。

着弾すると神経を麻痺させる毒ガスを撒き散らす。

2017年の技術だから信じるかどうかは任せる」

 

「凄いクマ!」

 

語尾に熊が付く妙な艦娘の質問に答えると、俺は立ち上がった。

 

「じゃあ、今度こそさよならだ」

 

「いや、待て!」

 

「今度は長門か?いい加減にしろ!」

 

「そうじゃない、ちょっと待て。……日向、帰投の艦隊指揮を頼めるか?

私はイーサンと話がある」

 

「構わない。安全海域を戻るだけだから、問題ないだろう」

 

「すまないな。……イーサン、私もクルーザーで帰るぞ!」

 

「別にいいが、なんでだ?」

 

「とにかく話がある。乗せてくれ」

 

「ああ、乗れよ」

 

そして、長門がクルーザーに乗り込もうとしたら船体が大きく傾いた。

ああそうだ!こいつらは大砲背負ってるんだったな。

一体何百キロ、いや、1トン超えてるかもしれん。燃料が保てばいいが。

 

長門は装備を艦尾に固定し、操縦席の隣に座った。

俺も操縦席に座り、エンジンをかけ、リモコンレバーを倒した。

軍用クルーザーが母港目指して徐々にスピードを上げる。出発時より少し苦しそうに。

小笠原諸島を後にした俺達は、しばらく無言だったが、やがて長門が口を開いた。

 

「……さっきのことだが」

 

「なんだ?」

 

「赤城を許してやってくれ。彼女も悪気があるわけじゃない。

ただみんなを守りたい、その一心なんだ」

 

「……昨日今日会ったばかりの外人を手放しで信じられるやつのほうが珍しい。

こういう組織じゃ、疑り深いくらいのやつがひとりは必要だ」

 

「そうか……助かる」

 

その後もフルスピードで鎮守府を目指した俺達は、

どうにか夕暮れ前に母港に帰り着くことができた。

工廠裏の港に軍用クルーザーを止める。

エンジン音を聞いたのか、同時に明石が飛び出してきた。

クルーザーから降りる俺達に飛びつかんばかりに質問をぶつけてきた。

 

「わー凄い!本当に生きて帰ってくるなんて!足、付いてるよね?」

 

「どうにかな。危うく持って行かれそうになったが」

 

「装甲剥げてるけどクルーザーも無事!信じられない!本当にあれで戦ったの?」

 

「援護射撃程度だけどな。キー返すよ、本当にありがとう」

 

「いや、こいつは大きく勝利に貢献した。

敵戦艦にとどめを刺し、レ級の動きを止めたことは戦局を大きく有利に運んだ」

 

降りてきた長門が珍しくが俺を褒めるような事を言ったので、正直驚きを隠せなかった。

驚いた表情のまま長門を見ていると、

 

「……ええい、何を見ている!私は事実を言っただけだ!

部下の功績を評価するのも上司の仕事だ」

 

「俺がいつお前の部下になった!」

 

「お前は海での戦いはまだまだ未熟!私が上官となり、戦いの心得を叩き込んでやる!」

 

「真っ平御免だ!クロールでアメリカまで帰るほうがまだマシだ!」

 

またぎゃあぎゃあ騒ぎ出した二人に構わず、

要件を思い出した明石がイーサンを連れ出した。

 

「そうだイーサン、また変なものが現れたの!こっちに来て!」

 

「え、なんだよ変なもんって!」

 

「見ればわかるよ!ほら、長門さんも!」

 

「ああ、待ってくれ!」

 

 

 

──工廠

 

工廠の片隅にそれはあった。

上部にモニターが付き、下にスクラップが貯まっている謎の機械。

隣には各種工具や薬品が置いてあるワークベンチ。

 

「さっき見たら突然。小人ちゃん達に聞いても“知らない”ってさ。

今は止まってるけど、イーサン動かしてみてくれない?」

 

「動かすって、これか?」

 

とりあえず俺は目につく大きなボタンを押してみた。

すると、赤いモニターが緑に変わり、何かの数字を表示した。

そして、機械がガオンガオンと音を立てて、スクラップを作り始めた。

チャラチャラと音を立てて、機械下部の保管スペースに

小さな部品らしきものが落ちてくる。

 

「やっぱり君の世界の物だったんだね。私がスイッチを押しても動かなかった。

どうもこれは破砕機みたいだね……ってどうしたの君達、何やってるのさ!」

 

驚く明石を尻目に、小人たちが脚立を持ってきて、機械の上から鉄屑を投げ入れ始めた。

問いかける明石にも小さな手で敬礼するだけだ。

 

「う~ん、使い道もないガラクタだから別にいいんだけどさ……

スクラップなんか作ってなんになるんだろう?」

 

「それは……このワークベンチで使えるらしいぞ」

 

俺はワークベンチに置いてあったハンドブックに目を通していた。内容は以下の通り。

 

 

スクラップ加工の手引:

このワークベンチでは、後述のレシピに従って各種武器・薬品・弾薬を作成、

またアップグレードが可能である。

 

1.まず、破砕機で十分な量のスクラップを作成する。

2.レシピに従って必要な物資を作成する。

3.再度スクラップを作成する。

 

基礎的な運用方法はこの3つの繰り返しだが、

一部の物資、特に薬品等消耗品の作成は計画的に行う必要がある。

薬品の作成は備え付けの薬液にスクラップを溶かして作成するのだが、

基本的に薬液の補充は想定されていない。

 

この薬液は■■■の機密に当たり、むやみに配布することは許されない。

作戦行動終了とともにテルミット法による処分が前提とされている。

やむを得ず補充を必要とする場合は、■■■の管理局長に申請のこと。

但し、薬剤の不審な乱用、持ち出しが認められた際、関係者の事情聴取を省略し、

実働部隊■■■■による処分が行われる事を心得ておくよう。

 

■■■南アメリカ支部

(署名欄らしき跡。汚れていて判読できない)

 

薬剤調合の注意点:

備え付け薬液の特徴は、十分なスクラップさえあれば、

少量でも目的の薬剤を調合できるという点である。

つまり、治療薬の調合1回目に薬液10、スクラップ100を使用した場合、

2回目の調合時、薬液の節約を目的として薬液5、スクラップ150で

作成することが可能であるということだ。

薬液を節約するか、スクラップを優先するかは戦局に応じて判断されたい。

しかし、繰り返しになるが、薬液の補充は基本的に不可である。

慎重な状況判断が最も重要であることは言うまでもない。

 

 

「ううむ……つまりどういうことなんだ?」

 

「うわっ、後ろから急に話しかけるな!」

 

長門が長身を活かして俺の後ろからハンドブックを覗き込んでいた。

相変わらずスクラップを作り出している破砕機の音で気づかなかった。

 

「小さなことに驚きすぎだ、男のくせに情けない」

 

「巨人が後ろにいたら誰でもびっくりするだろう!」

 

「なんだと!」

 

「まーまーまー、ちょっと明石にも見せてね。……ふむふむ」

 

明石が俺の手からハンドブックを取り、速読で目を通した。

やはり技術者だけあって飲み込みが速い。

 

「要するに、このワークベンチでは武器や薬なんかが作れますけど、

薬や弾薬と言った消耗品は

作るたびに必要なスクラップが増えていきますよーって意味です」

 

「どうして増えるのだ?作るものは同じだろう」

 

「もういいだろ!どうせお前は使わないんだし!」

 

読んだはずなのになんでわからないんだ?

こいつは艦隊指揮や戦闘は得意なようだが、どうも頭が堅いらしい。

 

「ん?なんか今、馬鹿にされたような気がする。説明してもらうぞ!なぜ増えるんだ!?」

 

「まーまーまーまー!長門さん、興味がおありなら後日ゆっくりご説明しますので、

今日の所は一刻も早く、提督のところに戦果報告に行かれたほうが……」

 

「はっ、しまった私としたことが!行くぞイーサン、置いていくぞ!」

 

「誰のせいで遅くなったと思ってんだよ!」

 

「今日は勘弁してやるが、今度必ずお前の口から説明してもらうからな!

なぜ増えるか!」

 

「わーったよ、早く行け」

 

こうして、慌ただしい2日目が終わった。もうとっくに日は暮れていた。

今もルーカスは俺のことを見ているのだろうか。

何を考えて俺を助けたり追い詰めたりしているのだろう。

キチガイ野郎の考えなどわかるはずもないが、どうしても考えざるを得ない。

……そして思い出す。深海棲艦の群れを皆殺しにした少女。

走り去る姿だけだが、間違いない。俺は、あの子を、“向こう”で見た。

 

 



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File5; Genocide Circus

──工廠

 

3日目。

俺は昨日現れた破砕機隣のワークベンチで作業を始めようとしていた。

そばにはワクワクしながらその様子を見守る明石と、興味深げな長門がいる。

 

まずハンドブックのレシピに従い、まずは昨日の戦闘で無くした

サバイバルナイフを作成することにした。

ほぼゼロのスクラップで作成できるから練習にはもってこいだろう。

 

明石が用意してくれたスクラップ保管用のペールからスクラップを1つ摘み、

ワークベンチ隣の小型溶鉱炉に放り込む。

そしてタッチパネル式の小さなモニターで作成する武器を選び、

“決定”ボタンを押した。明石がゴクリと唾を飲み込み音が聞こえる。

 

すると溶鉱炉内部が一気に加熱し、一欠片のスクラップは、ほぼ一瞬にして溶け、

溶鉱炉がピピッと溶解完了のアラームを鳴らした。

今度はワークベンチから多種多様な鋳型のうち、

ハンドブック指定の番号が振られたものを取り出し、

溶鉱炉の排出管の下に置き、“排出”ボタンを押した。

 

すると、僅かな溶解金属が排出管から流れ落ち、鋳型に溜まる。

俺は鋳型をワークベンチに置き、隅の扇風機で冷やす。

溶解金属はまたたく間にナイフの形に固まった。

 

だが、まだ刃を入れていないこの状態では、レターオープナーにしかならない。

続いて数種類の薬液から、スポイト状の口が付いたボトルに入った

黒の薬液を手に取り、ほんの一滴だけ垂らすと、薄い膜のように広がり

ただの鉄の塊をギラリと刃が光るサバイバルナイフに仕上げた。

最後に軽く砥石で刃を研ぐと、満足の行く仕上がりになった。

 

「完成だ」

 

「うわあ……すごい!見せて!」

 

「手を切るなよ」

 

明石が感激して完成したサバイバルナイフを眺めている。

柄の部分は後で適当な廃材で作るとしよう。

 

「ふむむ、これは便利な機械だな……他にもまだ作るのか?」

 

あまり細々した作業に興味がなさそうな長門も、少々驚いた様子で俺の作業を見ていた。

 

「ああ、ここに来る前壊しちまった武器がある。

深海棲艦には効かないだろうが、またモールデッドが来たときには有効だからな」

 

「何それ!何作るの!?」

 

明石がぴょんぴょん跳ねてはしゃぐ。

確かに便利な機械だが、技術者にとっては尚更魅力的なのだろう。

 

「バーナー。要するに火炎放射器だ。食人虫の大群を焼き払うのに便利だ」

 

「火炎放射器!?凄―い!ねぇ早く、早くやってみせて!」

 

「わかった、わかったから落ち着け!」

 

目をキラキラさせて肩を揺らす明石に少々辟易するが、

とにかく俺は作業に取り掛かった。

 

「食人虫……そんな物騒な虫が存在するとは」

 

「多分、艦娘でも噛まれると痛いぞ。ええと、バーナーは何ページだ」

 

明石とは異なるものに関心を示す長門に応えながら、俺はバーナーの作り方を参照する。

次は大量の部品が必要になる。

今度はスクラップを両手で一すくい山盛りにして持ち上げ、小型溶鉱炉に投入。

作製品一覧からバーナーを選択し、決定ボタンを押した。

 

溶鉱炉がスクラップを溶かしている間に、

俺はハンドブックを見ながら必要な鋳型を取り出す。今度は大きく広いものが2枚。

部品と部品の間が細い溝で繋がれ、溶解金属が全ての部品に行き渡るようになっている。

すると、また溶鉱炉が作業完了のアラームを鳴らす。

1枚目の鋳型を置き、排出ボタンを押した。

 

今度はさっきより勢い良く溶解金属が排出され、鋳型全体に流れ出した。

全ての型に行き渡ると、一旦排出が止まる。

俺は1枚目をワークベンチに置き、2枚目をセットした。

すると排出が再開され、同じ要領で今度も溝に溶解金属が満たされていく。

 

これで部品作成は終了。冷めた1枚目から、ハンマーで余計な部分を軽く叩いて

落としながら、部品を一つ一つ取り出していく。

1枚目の部品を取り出したところで、ちょうど2枚目も冷えたので、

同じく固まった部品を取り出した。これで必要なものは揃った。

 

最後に俺は、全ての部品に黒の薬液を一滴ずつ垂らした。

シュウゥゥ……と音を立てて、細かい傷やバリが溶け、無骨な鉄の塊が、

精密な研磨機で磨いたような輝きを得た。これでいい、後は組み立てだけだ。

子供の頃、プラモデルを作るのが得意だった俺は、ハンドブックを見ながら、

各パーツを組み上げ、ものの10分で新たな装備を完成させた。

数だけの雑魚を一掃するにはもってこい、バーナーの出来上がりだ。

 

「よし、これで害虫の群れなら楽勝だ」

 

「いいなー、明石もそんなの欲しい」

 

指をくわえてワークベンチを見つめる明石。

 

「必要ないならその方がいい。

こいつだって気色の悪い羽虫の大群と戦うのに使うものだからな」

 

俺は完成したバーナーをいろんな方向から眺めて異常がないか確かめる。

 

「だな。そんなものが蔓延したら日本中を焼き払う必要がある」

 

「そういうことだ。今日の所はこのくらいにしとこう。

この本にも書いてたが、使い過ぎは禁物だからな」

 

「ふむ、確かにこの機械はお前にとって今後の戦いの役に立つだろう。

詳細を提督に報告する必要がある。行くぞ」

 

「ああ、行こう。明石、またな」

 

「さよーならー」

 

俺は長門と工廠を後にし、本館の執務室に向かった。

そういえば、これで1日も立たないうちに2回も報告に行くことになるな。

昨夜、提督に長門達と共に深海棲艦と交戦した状況について報告した。

 

 

……

………

 

「なんだって!?君もクルーザーに乗って深海棲艦と戦った?

なんて無茶をしたんだい!」

 

提督の叫びが俺の報告を遮った。

長門が横目で“言わんこっちゃない”という視線を送る。

 

「無茶もなにも、俺はあんたの任務に従っただけだ。二人で協力して怪物を殺せって」

 

「それは新型の生物兵器のことであって……」

 

「実際見て分かったが、深海棲艦は間違いなくB.O.Wだ。

それも意思疎通ができるほど知性が高い。これは珍しいケースだ。

俺の世界で報告されている他種や、洋館で出会ったモールデッドは

ドアも開けられないほど知能が低かったからな」

 

「奴らと何か喋ったのか!?」

 

「長門が訳した言葉を無線越しにな。

内容はくだらない皮肉と意味不明な主張だけだったが」

 

「深海棲艦の主張?」

 

「聞く価値もない戯言だ。海は元々自分たちのもの、最初に現れたのは自分たちだ。

まぁ、テロリストがよくやる破壊活動の正当化だ。

ちなみに皮肉の方は俺だ。こっちはもっと聞く価値がない」

 

「しかし、よく生きて帰って来られたものだ。

もうこんな無茶はやめてくれたまえ、心臓に悪い……」

 

提督が呆れた様子で、はぁ、と大きく息をついた。

 

「戦わなくてどうするんだよ!奴らを放置しておいたら、

そのうち日本全体を侵略してくる。そうなれば結局俺達は終わりなんだ!」

 

「だからといって君が戦う必要がどこにある!

海での戦いは艦娘に任せて、君はモールデッドという怪物の撃退と

元の世界に戻る方法の探索に集中して欲しい」

 

「その戻る方法の手がかりが深海棲艦にあるかもしれないじゃないか。

ここがルーカスの用意した世界なら、その世界にしかないもの、

つまり深海棲艦について知る必要があるんだ」

 

「う~ん、確かにそうだが……どうするべきか。すまない……少し時間が欲しい。

答えが出るまで、海に出るのは待ってくれ」

 

悩みに悩んで、提督はその場での回答を避けた。

 

「わかった。だけど、なるべく急いでくれるとありがたい」

 

「ああ、努力する。そうだイーサン、君に伝えることがあったんだ」

 

「なんだ?伝えることって」

 

「うん。君の身元に関することなんだがね、米大使館に問い合わせたんだが、

やはりイーサン・ウィンターズ、そしてミアという女性の行方不明者はいなかった」

 

それほど落胆はしなかった。右も左も分からなかった初めはともかく、

ここが全くの異世界であると知った今は、

この世界のアメリカに俺は存在しないだろうということは予測できていた。

 

「そうか。無理を頼んで悪かったな、ありがとう」

 

「力になれなくて済まない」

 

「まあそう気を落とすな!この鎮守府で腰を据えて帰還の方法を探せばいいじゃないか!

私も手伝ってやる、大船に乗った気持ちでいろ!ハッハッハ!」

 

そして俺の背中をバシン!と叩いた。あまりに痛いので飛び上がるかと思った。

 

「痛ってえな!どうにかなんないのか、その馬鹿力は!」

 

「なにを!人がせっかく励ましてやっているというのに!」

 

「加減を考えろ!何かにつけて力入れすぎなんだよ、お前は!」

 

「はいはい、そこまで。……その様子を見ると、二人の距離は若干縮まったようだね」

 

「どこが!」「どこが!」

 

「ふふっ。まあ、その調子で任務を続けてくれたまえ。

長門君は、第一艦隊旗艦と二足のわらじで大変になるだろうが、よろしく頼む」

 

「はっ、承知した!」

 

長門の雰囲気が、瞬時に軍人らしい張りつめたものに切り替わり、

直立姿勢で敬礼をした。

 

「うむ、頼りにしているよ。イーサン、これからも彼女と上手くやってくれ。

この異常事態を終息できるのは、恐らく君達だけだ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

………

……

 

 

昨日はそんなことがあった。

まぁ、今から報告することは、新たな異世界からの漂流物とその使用法だけだから、

10分もあれば終わるだろう。俺と長門は本館の大きなドアを開けて、中に入っていった。

 

「……」

 

そんな俺達を工廠の影から見ている者がいたなんてその時は知らなかったんだが。

 

 

 

──執務室

 

「……そんな具合で、また新しい設備が現れたんだよ。

ルーカスの野郎の仕業かはわからんが、念のため報告しとこうと思ってな」

 

俺は工廠に破砕機とワークベンチが現れたことと、その使用法について提督に説明した。

 

「なるほど。そんな便利なものがあるなんてね。

70年後の世界というのは不思議なところだ」

 

「言っとくが、あの化け物屋敷にあったものは俺の時代でも不可解なものばかりだ。

ワークベンチだって、付属の本を読むと、どうも怪しい組織が

極秘に開発したものらしい。肝心な部分が伏せられていて詳しくはわからなかったが」

 

「そう、不自然なのだ。あの工作機械では薬品なども作れるのだが、

作るたびに必要な破砕金属が増えていくんだ!」

 

長門が胸を張って、覚えたての知識を提督に披露する。

ちなみに昨夜、長門にこの理屈を飲み込ませるのに1時間かかった。

 

「とにかく、報告ありがとう。上手く今後の戦力として役立ててほしい」

 

「じゃあ、俺達はこれで」

 

「うん。イーサンも長門君も今日は出撃の予定はない。ゆっくり休んでくれ」

 

「はっ、失礼する!」

 

長門は敬礼し、俺はそのまま出ていこうとドアノブに手をかけた。その時。

 

ジリリリリと、提督のデスクにある古風な電話が鳴った。彼が受話器を上げる。

なんとなく気になった俺はその様子を見ていた。

 

「こちら執務室……ええ、ええ、確かにそうですが。

当鎮守府の裁量で処遇を決定しました。……そうかもしれませんが、それが何か?

……今日!?突然お見えになられても困ります!

こちらとしても準備が……貴方がたには関係ない!!」

 

いつものんびりした提督が大声を出したので、俺も長門も目を丸くする。

 

「とにかく、彼は関係ありません。失礼する!」

 

そしてガチャンと電話を切った。若干興奮しているのか、少し顔が赤い。

 

「なあ、提督。どうしたんだ?」

 

「イーサン、すまない……」

 

「一体どうしたというのだ?」

 

長門が心配そうに彼に歩み寄った。

 

「陸軍だ。東部陸軍基地の将校がイーサンの存在を嗅ぎつけた。

どこから情報が漏れたのかは知らないが、今日、君に“面会”に来ると言っている。

だが、君の身柄と装備が目的なのは間違いない」

 

「なんですって!?」

 

「艦娘達には箝口令を敷いておいたのだが……イーサン。

済まないが、君には今夜危ない目にあってもらわなければならないかもしれない」

 

「……提督のせいじゃない。こうなったら出たとこ勝負しかないだろう。

それに心配はいらない。俺の世界のものは誰にも扱えないんだろう」

 

「それで彼らが納得するかどうか。

彼らが君を連行し、“尋問”に掛けることは想像に難くない」

 

「まあ、そうなったら最後まで暴れるだけだ。

不審な外国人が鎮守府から脱走、陸軍と激しい戦闘の末、行方不明、ってことにすれば

全てカタが付く」

 

「そんなこと認められない!君は、ここの客人であり、もう立派な構成員なんだ。

君がここを去る理由など、どこにもない!」

 

「提督……その通りだ。交渉事となると、一兵卒の私に出来ることはないが、

提督の采配に期待しよう!」

 

「任せてくれ、無作法な客人を追い返して見せる」

 

どんどん話が進み、俺は慌てて割って入る。

 

「待て待て!いいのか?下手すりゃ同じ日本軍で敵同士になるかもしれないんだぞ!

俺一人のために!」

 

「もともと海軍と陸軍など他人みたいなものだ。

理不尽な要求などはねつけてやればいい。それに言っただろう。君はここの一員なんだ」

 

「……提督、すまない」

 

「君が謝ることじゃない。彼らの到着は今夜1900だ。

とにかくその時本館前に集合してくれ」

 

「私も護衛に付く。とにかく今できることは何もない。

とりあえず部屋に戻ろうじゃないか」

 

「そうだな……いや、俺は工廠で支度をしてくる」

 

「お前、まさか」

 

「万一の保険だ。使わずに済むよう提督を信じる」

 

「……そう、そうだな」

 

そして退室した俺達は一旦別れ、俺は工廠に戻った。

長門は自室で艤装の手入れをするらしい。スクラップには余裕があった。

まだ何かできるはず。

 

 

 

──工廠

 

俺は再びワークベンチに向き合っていた。

陸軍の偉いさんが来るからには多数の護衛が付いているはず。提督はああ言っていたが、

ほぼ間違いなく撃ち合いになると踏んでいる。なら、必要になるものは。

 

ペールから二掴みほどスクラップを溶鉱炉に投げ入れ、“マシンガンP19”を選択、

決定ボタンを押した。そして、例によって必要な鋳型を取り出し、

パーツ作りを開始した。何枚も鋳型を使って部品を鋳造し、組み立てる。

俺はただひたすら戦う準備を続けていた。

 

「あれ?イーサン、今度は何作ってるのかな!」

 

また武器の作成をしている俺を見た明石が近寄ってきた。

だが、さっきとは違う雰囲気を察したのか、不安げに尋ねる。

 

「……ねえ、どうかしたの?」

 

「なんでもない。それより今夜は、部屋から出るな。

多分、ちょっとした揉め事が起きる」

 

「それってどういうこと?」

 

「悪い、話が込み入ってる。説明してる時間が惜しい。しばらく一人にしてくれ」

 

「うん。わかった……」

 

明石はとぼとぼと去っていった。

本来ここの主である彼女には申し訳ないが、今は本当に時間がない。

俺は出来上がったパーツに急いで黒の薬液を垂らし、新品同様の部品に仕上げた。

 

そしてハンドブックの手順通りに組み上げる。今度は結構複雑だ。

組み立てに30分ほどかかった。次に必要になるのは、弾薬。

消耗品の作成は初めてだ。上手くいくといいが。

 

まず、ビーカーにハンドブックに書かれていた基準量のスクラップを入れ、

今度は淡黄色の薬液を手に取り、これもシリンダーで基準量を量り流し込んだ。

すると、スクラップが泡を立てて溶け、一旦粘性の高い液体になった。

 

次に、各弾薬の形をしたプラスチックの型からマシンガン用のものを選び、

液体を入れた。しばらく待つと液体が徐々に固まり、金属で覆われた火薬、

すなわち弾薬になった。なるほど、これからは状況に応じたさじ加減で、

薬液とスクラップの量を調節しろっていうことか。

 

完成したところで型を逆さにし、弾薬を取り出し、空のマガジンに詰めた。

大量の弾をばらまくマシンガンの弾倉だけあって、全部を詰めるのに時間がかかった。

これで新たな武器と弾薬の準備は完了だ。

俺はそいつをバックパックに詰め込んだが、まだペールのスクラップには余裕がある。

他になにかできないか。ハンドブックをめくって目ぼしい物を探す。

 

今度は……武器のアップグレードを試してみるか。

俺はマグナムを取り出し、今度はマグナムの形に似たアクリルの型に銃をはめ込む。

型は銃より一回り大きい。まずは指定量のスクラップを上から被せる。

今度は今までにないほど大量のスクラップが必要だ。

続いて型の上から黒の薬液を多めにかける。

これだけの量を溶かすのに結構な量を使ってしまった。必要だから仕方ないのだが。

 

すると、スクラップが溶け、溶けたスクラップが更にマグナムの銃身を溶かし、融合する。

見守っていると、今度は溶けた銃が再形成を始めやがて固まった。

最終的に銃身が一回り太くなり、安定性が増し、

弾速と威力が増したマグナムに生まれ変わった。

 

「一体どうなってんだ?この薬は……」

 

手にしたボトルを見るが答えがわかるはずもなく、

早々に諦めアップグレードしたマグナムを装備した。

ペールを見るが、ほとんどスクラップは残っていない。今、できるのはこれだけだな。

外を見ると夕焼け空。どうにか間に合った。

 

俺はバックパックを背負うと工廠から出ていった。

ピピッ、ピピッ。そのタイミングでコデックスに着信。

出るまでもなく発信者は決まっている。通話ボタンを押す。

 

 

 

「なんだルーカス!この忙しい時に!」

 

『第1ステージクリアおめでとう相棒、ヒュー!

まさか本当に化け物ぶっ殺すとは思わなかったぜ。いや、マジですげえよお前』

 

「あの深海棲艦もお前の作り物か!」

 

『いんや違う。アレは正真正銘、そっちの世界の生き物だ。

まぁ、生き物に分類できるかどうか微妙だけどな。ヒヒヒ』

 

「帰る方法を教えろ!ミアはどこにいる!」

 

『それにつきましては非常に申し上げにくいんだがぁ~……どっちもわからん!』

 

「ふざけるな!お前がやらかしたことだろう!」

 

『信じてくれよぉ。入り口を作ったんだが出口を作るの忘れちまった。

まぁ、作る気もないけどな。そっちで何とか探してくれ。

こないだも言ったろ。求めよ、さらば与えられ……』

 

ピッ。俺はろくな情報を寄越さないバカとの通話を切った。

すると、今度はコデックスにメールが届いた。差出人はルーカス。

無視しようとも思ったが、一応開いてみた。

 

“第2ステージの始まりだ!”

 

一体何を意味するのか。いや、奴は深海棲艦との戦いを第1ステージだと言った。

そうなると……いずれにせよ、何かとの戦いは避けられないようだ。

悪夢の夜が始まろうとしていた。

 

 

 

──本館前広場

 

1900。

俺と長門、そして提督は、本館に面する開けた広場でその時を待っていた。

とうに日は暮れ闇に包まれている。すると、ブロロロ……というエンジン音が近づき、

陸軍の軍用トラックが姿を現した。トラックは停車すると、荷台と運転席から、

カーキ色の軍服を着た10人ほどの兵士が素早く降りて隊列を組み、

三八式歩兵銃をこちらに向けた。

 

そして、助手席から丸縁眼鏡をかけ、同じくカーキ色の立派な軍服と

マントを着けた軍人が、隊員達の後ろに立った。

 

「大佐……これは一体何の真似ですか!今日来られても困ると言ったはずです!」

 

提督が丸縁眼鏡に怒りをぶつける。大佐と呼ばれた人物は、肩の糸くずを払って答えた。

 

「それを聞きたいのはこちらの方だよ。君達は、怪しい外国人を匿っているそうだね」

 

「匿っているのではなく、収容しているのです。

まだ事情聴取の途中であり、ご報告できることはありません」

 

「“収容”ね……その割にはずいぶんと自由にさせているようじゃないか。

昨日の深海棲艦との戦いにまで参加させたと聞いているよ」

 

「それは我々の知るところではありません。

危険を感じた彼が、逃げるより攻めることを選んだまで。

再発防止に努めるつもりではありますが……そもそも貴方がたには関係のないことです」

 

「関係ない?彼がここに現れたと同時に深海棲艦とも異なる化け物が現れた。

今後その化け物が外部に蔓延しないと何故言い切れる?

その男が他国の放った工作員で、なんらかの方法で

鎮守府に化け物をばらまいたとは考えられないかね?」

 

「既に化け物は艦娘や彼自身の手によって殲滅されたからです。

それに、想像で話をされても困ります」

 

「なるほど……君、名前は?」

 

「……イーサン・ウィンターズ」

 

だ、クソ野郎と付け加えたくなったが飲み込んだ。提督の立場を悪くするだけだ。

 

「入国ビザは?パスポートは?」

 

「ない」

 

「だから我々が収容して身元を調査しているのです!もういいでしょう!

この鎮守府は貴方がたの管轄外!これ以上の詮索は無用に願いたい!」

 

「そうか、それならそれでいい。

今日はこれで失礼するが……イーサン君、君の所持品を渡しなさい」

 

「何の権限があって我が軍の捕虜から所持品を押収するつもりなのかお答え頂きたい!」

 

「日本国全体の利益を考えてのことだよ。

イーサン君は便利な道具を使って、昨日の深海棲艦との戦いに大きく貢献したようだね。

連中を麻痺させる特殊弾頭、生身で砲弾を受け止めるほど

肉体を強化する不可思議な物資。

そうそう、とうてい修復不可の傷を一瞬で治療する妙薬もあると聞いたよ」

 

「ハッ、何かと思えば彼の装備を横取りしに来ただけではないですか、バカバカしい!

イーサン、渡す必要はない!」

 

もちろん渡すつもりはない。……しかし夜風が冷えるのか、なんだか寒気がする。

 

「君ィ。私はね、戦後を見据えているのだよ。

今は深海棲艦という共通の敵がいるから、辛うじて世界情勢の均衡が保たれているが、

奴らが殲滅された時、再び世界規模の争いが起こることは明白だ。

その時、軍事力で先んじている者が戦いを制するのは言うまでもない。わかるかね?」

 

ヒタ、ヒタ、……何かの足音が近づいてくるが、トラックのライトが逆光になり、

大佐の向こうが見えない。

 

「渡さなかったらどうするおつもりで?」

 

「誠に不本意だが、御大将にご報告し、陸軍が総力を上げて危険分子を排除する他ない。

もちろんそれを匿った者達も含まれる」

 

エンジン音で気づかないのか!?俺はようやく“奴”の姿を見た。

 

「正気なのですか!?ただでさえ深海棲艦という国難に相対している時に、

味方同士で内紛を起こしている場合ではないはずです!」

 

「おい大佐、後ろだ!逃げろ!」

 

俺は叫ぶ。奴が何かを持ち上げた。

 

「君、無意味なごまかしはやめたまえ。

ともかく、そうなるかどうかは君達の出方次第……」

 

グシャアッ!という生々しい音で彼は最後まで話すことができなかった。

 

その瞬間、逆光と大佐の身体に隠れて見えなかった存在が、

後ろからシャベルを突き刺し、大佐の頭を斜めに切断したのだ。

丸縁眼鏡と大佐の頭部が地面に落ち、ピンク色の脳がこぼれ出した。

彼の死体が膝を付き、前のめりに倒れた。

 

突然の惨劇。誰もが言葉を失った。そこに立っていたのは中年の西洋人。

血まみれのシャベルで、大佐の死体を何度も突き刺している。

たった今まで喋っていた男がいきなり頭を切り落とされた。

その現実に、提督も、長門すらも目を見開くばかりだったが、

ようやく隊員の一人が声を上げた。

 

「て、敵襲!総員、射撃開始!」

 

隊員が三八式歩兵銃で一斉に発砲。

だがそいつは大昔のボルトアクションライフルの斉射など気にも留めず、

シャベルを手に隊員の一人にゆっくりと近づく。

彼は慌てて次弾を装填するが、返り血を浴びた殺人鬼に手が震え、

弾丸を落としてしまう。

 

「あっ……」

 

落とした弾丸を拾おうとした。それが彼の最期だった。

男は隙を見せた兵士にシャベルを振り上げ、彼の頭に叩きつけた。

ドグシャッ!!と頭蓋骨と脳が砕かれる音と共に兵士は絶命。

真正面から頭を叩き割られ目玉が飛び出していた。

呆然としていた俺がようやく我に返り叫ぶ。

 

「ジャック!!」

 

2回も殺したのに!何回生き返れば気が済む!

俺は急いでバックパックからマシンガンP19を取り出し、構えながら提督に叫んだ。

 

「提督、逃げろ!こいつだ!こいつが狂った一家の親父なんだ!」

 

「なんだって!?」

 

「とにかく中に入って絶対出てくるな!長門は提督を守ってくれ!」

 

「しかし、私の41cm砲なら!」

 

「流れ弾が工廠に飛び込んだら鎮守府が吹っ飛ぶ!

それに奴は艦娘でも死ぬような攻撃をしてくるんだ、頼む!」

 

「わ、わかった!提督、こちらへ!」

 

「死ぬんじゃないぞ!イーサン!」

 

長門が提督を連れて中に入ったのを確認すると、

俺はジャックと3度目の対決を開始した。

 

「なんでお前がここにいるんだ、ジャック!」

 

するとジャックは血まみれの顔で微笑んだ。

 

「久しぶりだな、坊や。お前の相手は後でたっぷりしてやる。

まずはこいつらを皆殺しだ」

 

「攻撃続行!撃て撃て撃て!」

 

兵士達が再度ジャックに一斉射撃をするが、弾丸が命中しても、

その恐ろしい皮膚の硬さで若干血が出る程度の効果しかなく、

全く動きを止めることができない。

そしてジャックは銃弾の雨に撃たれながら、木箱のひとつを蹴り壊した。

 

「おお!これだこれ!……やっぱりイカすだろう!」

 

ドゥルオオオン!!とそいつが獰猛な唸り声を上げる。

 

ジャックが木箱から取り出したのは、一方の刃がノコギリのような歪な刃物、

もう一方にチェーンソーを強引に取り付け片側の刃にした巨大なハサミ。

それを手にしたジャックは、それまでのゆっくりとした足取りから一転、

猛スピードで残りの兵士に駆け寄り、その禍々しい凶器を振りかざした。

 

「来るな!来るな来るなぎゃあああ!あああ……」

 

ギュイイイ!バツン。素早く胴の肉を引き裂き両断する音。

あるものは胴を真っ二つにされ、

 

「怯むな、撃ち続けろ!弾はまだ残ってる!

総員頭部を狙え……」

 

ギュイイ、シャイン!あるものは首を挟まれ、あっという間にちぎられた。

……ゴロンと重たい人間の頭部が転がる。

 

俺はマシンガンP19を構え、ジャックに狙いを定め、トリガーを引く。

9mm弾の高速射撃が始まり、奴の背中に突き刺さる。

だが、常人ならとっくに肉片になっていてもおかしくない量の弾丸を食らっても、

相変わらずジャックは殺戮を楽しんでいる。くそっ、全然効いてない!

 

ギュイイイィン!と聞くに堪えない人間が切り裂かれる音が再び。

 

「あがががが!がが、げほあっ……!!」

 

そして、また一人の隊員が肩からチェーンソーで斬りつけられ、

そのまま斜めに身体を半分に切断された。

不死身の怪物に恐れをなした兵士達は戦いを放棄し、逃走を始めるが、

ジャックが獲物を逃がすはずもなく、乗り捨てられた軍用トラックに乗り込んだ。

 

「おいおい一体どこに行くつもりなんだ?」

 

ジャックはアクセルを全開にして広場の中をドリフトしながら暴走する。

逃げようとした兵士二人を見つけると、彼らに後ろから追突し、

放り出された彼らに乗り上げ、息の根を止めた。

 

車から降りると、タイヤの下で、

内臓を潰された兵士達が大量の血を吐いて死んでいた。

それを満足気に見ると、再びジャックは巨大なハサミを構えて狩りを再開した。

 

「さあ、もっと楽しませてくれ!」

 

暴走トラックから身を隠していた俺も追いかけるが、

暗い夜道の中、木々が生える遊歩道の中でジャックを見失ってしまう。

 

 

 

その兵士は、広場の端の木々が立ち並ぶ区画に逃げ込んだ。

なんなんだあいつは!何だか知らないが、海軍の連中はヤバイもん抱え込んでる!

全力で逃げてきたので呼吸が荒い。庭石に背を預けて息を整える。

そして、鎮守府の外に逃げ出そうと再び立ち上がった瞬間。

 

ドグサッという妙な音。ふと腹を見る。

そこには腹から飛び出たチェーンソーの刃と、真っ赤に染まった軍服。

痛みより混乱で思考が乱れる。高速回転する刃が胴体を縦に裂きながら上ってきた。

 

「あががうごおあががが!!」

 

血しぶきを撒き散らしながら声にならない悲鳴を上げる兵士。

刃が胸に達した時、彼は絶命した。

ジャックは刃を引き抜き、傷から大量の血と臓物をこぼす死体を嬉しそうに眺める。

 

「まだまだお楽しみはこれからだ」

 

人の形をした怪物はハサミを抱えて再び獲物を探し出す。

 

 

 

3人の兵士達は増援を呼ぶという名目で、

鎮守府から逃げ出すために北へひた走っていた。

 

「あの化け物はなんなんだ!」

「知るかよ!」

「大佐がやられた!海軍は何かがおかしいんだ!」

 

真っ暗な夜道。全力でゆるい坂を走る兵士達。

その時、道の脇から先頭を走る一人に何かが飛びついた。そして、

 

バツン……!闇に重い刃物が閉じる音が一度鳴る。

 

巨大なハサミで彼の身体を二つに切り離された。地面に放り出される下半身と上半身。

まだ比較的切断面が綺麗だったためか、

彼は死にきれずに、腸を引きずりながら腕で仲間の方へ這ってくる。

 

「おねがい……つれてっ、て──」

 

それが最期の言葉。上半身だけの姿で助けを求め、死んでいった。

その凄惨な光景に残る兵士は震え上がる。

そして仲間を殺した犯人は、やはり笑顔でこちらに歩いてくる。

 

「来るな、来ないでくれ!」

「う、撃て!撃つんだ!」

 

二人は歩兵銃を構え、再びジャックに銃撃。

一発は頭部に命中したが、やはり全くと言っていいほど効果がなく、

もう一発はチェーンソーに弾かれてしまった。

うろたえる2人にジャックは早足で近づき、ハサミを開くと、

突然駆け足になり1人をその刃で挟み込んだ。

 

「ぐぶごぼごおお!!」

 

鋭利な刃物とチェーンソーに挟まれ、残る兵士の1人が首を切断される。

ゴロンと転がり落ちた生首を見た最後の1人は腰が抜け、その場に座り込む。

 

「楽しいディナーもお開きだ!……おっと、メインディッシュが残ってたな。

もう前菜に用はない!」

 

ジャックはハサミのチェーンソーの付いた刃を振り上げる。

 

「やめろ……やめてくれ、頼む!ああああ!!」

 

命乞いにも耳を貸さず、ジャックは兵士の頭にチェーンソーを振り下ろした。

堅いものが割れる音、柔らかいものがかき回される音、ガタガタと骨が砕かれる音。

 

「ひぎゃああ!あぐおがおがが……」

 

頭頂部から身体を縦に切断されていく兵士。

ジャックは手慣れた様子で兵士の身体に上から下まで刃を通し、きれいに縦半分にした。

ぱっくり割れた身体は、ほぼ左右対称に別れ、人体の様子がよく見える模型と化した。

こうして陸軍部隊は、たった一人の狂人によって全滅したのだ。

 

「待っていろイーサン、今度こそ家族にしてやる」

 

彼は本館前に戻るべく、来た道を引き返そうとしたが、そこで足を止めた。

 

「ジャック……!なんでお前がここにいる!」

 

「おお!自分からやってくるとは大した度胸じゃないか、イーサン」

 

「何回死ねば気が済むんだ!」

 

「お前に殺されても、俺は何度でも生き返ってやるぞ!

さぁ、今度こそお前に家族の一員になる資格があるのか試してやる」

 

「お断りだ!俺はお前達を始末して、ミアを連れて帰るんだ!」

 

既に覚悟を決めた俺はアップグレードしたマグナムを構える。

 

「可哀想に、まだあんなアバズレが忘れられんのか。

そんな役立たずの脳みそ、俺が切除してやる」

 

ジャックもまた巨大ハサミを持ち上げる。こうして、宿敵同士の殺し合いが幕を開けた。

まず、ジャックがハサミを開いてこちらに突進。

今夜何度もそうしたように、俺の胴を真っ二つにしようとする。

 

「ふっ!」

 

だが、何度もかわしてきた攻撃。接触するタイミングを見計らってしゃがむ。

チェーンソーと大型刃物が閉じる音が真上で聞こえた。

重量のある武器の一撃をかわされ、一瞬硬直状態になった隙に

ジャックの足元から飛び出し、走って距離を取る。

同時にアップグレードしたマグナムを取り出す。

ずしりと手に食い込む大型拳銃でジャックの頭部を狙い、引き金を聞く。

 

ズドォォン!!

 

大砲のような銃声が響き、弾速が早まり破壊力を増した大型弾がジャックの頭に命中。

手にビリビリとその反動が伝わってくる。

 

「ぐおっ!ああ……」

 

大きくふらつくジャック。

しかし、普通の人間の頭なら落としたスイカのように砕けていなければおかしいのだが、

奴は今だ人の形を留めている。なんてやつだ!俺はもう一度マグナムを構える。

ジャックは頭を振って、またハサミを構えてこちらに近づいてくる。

 

「俺だって好きでこんなことしてるんじゃないんだ」

 

「余計なお世話なんだよ!」

 

俺は叫んでトリガーを引く。

また砲声。意味のわからないことを言うジャックにもう一発お見舞した。命中。

だが奴は死ぬ気配を見せない。

 

「ああ!くそっ」

 

アップグレードして強化したはいいが、反動と隙も大きくなったような気がする。

一発ずつ慎重に当てなければ。俺は深呼吸して3発目に備える。

 

「うおおおお!!」

 

ジャックがハサミを開いて突進してくる。今度は回避行動を取らず、精神を研ぎ澄まし、

狙いを定めて照準をジャックの顔、ど真ん中に定め、引き絞るようにトリガーを引いた。

 

銃声が耳に痛いが結果は上々。よし当たった。

三発も破壊力の詰まった弾丸を食らったジャックに異変が起きる。

 

「うおお!ああああ!!」

 

背中がパックリと割れ、上半身が膨れ上がり大きな肉の固まりになったのだ。

今だ!この状態の上半身が奴の弱点。マグナムでその肉塊を狙い撃つ。

標的が大きくなったので狙いを付けやすかった。

肉塊がマグナムの破壊力でブシャッ!と内部から弾ける。

この調子だ、俺は追撃を掛けるべくまたトリガーを引く。だが、

 

カチッ、カチッ、……

 

弾切れ。こんな時に!

急いでバックパックを探すが、予備の弾薬を持ってきていなかった。

畜生、奴を殺すチャンスなのに!ジャックの身体が驚異的な再生力で

元に戻ろうとしている。他の銃じゃあいつを殺し切る前に弾切れになる。

 

やっぱり、奴を倒すにはあれしかないのか……!ジャックが完全に人間の形を取り戻す。

再生したばかりで棒立ちになっている隙に、工廠へ向かって駆け出した。

林を抜け、広場を横切り、赤レンガの建物に飛び込む。

 

“どこにいるんだ?隠れてないで出てこい”

 

後ろからジャックの声が聞こえてくる。もう追いついてきたのか!?

とにかく俺は目的のものを探す。工廠内を駆けずり回る。

電動ドリル?違う、これじゃない!普通のノコギリ?これでどうしろってんだ!

そして、俺はとうとう工廠の隅に立てかけられていた、それを見つけた。よし、これだ!

 

チェーンソーのワイヤーを2,3度引いてエンジンを掛ける。

そしてジャックを迎え撃つべく奴を待った。程なくして姿を表す。

無数の銃弾を浴びて服が破け上半身は裸だが、傷は全くない。

さっき変異した時に修復したのだろう。

天井から鎖で釣られた砲身の影からジャックが現れた。

 

「そんなところにいたのか!じっとしてろよ」

 

「ああ、今度こそお前を殺すまでどこにも行かねえよ!」

 

今度は俺がチェーンソーのトリガーを引きながらジャックに斬りかかった。

奴の腹にチェーンソーの刃を突き出す。

高速回転する刃がジャックの固い皮膚を切り裂き、血を撒き散らす。

 

「おお!?おぐおうおお!!」

 

思わぬ俺の反撃に油断したジャックは思わずのけぞる。

今度は危険を承知で、しゃがみながら奴の足を切断すべく

左足にチェーンソーを押し付けた。出血はしているから効いているのは確か。

だが、奴の骨が尋常じゃないほど固い。

チェーンソーが刃こぼれしないか心配になったその時、真上から声を掛けられた。

 

「おい坊や、俺があの世に案内してやるよ」

 

見上げると、まさにジャックがハサミを振り上げる瞬間だった。

慌てて左に飛んだが、刃が肩にかすってしまった。それでもシャツがみるみる血に染まる。

とんでもない切れ味だ。早くケリを付けないとマズい。

俺は一旦ジャックから逃げ、回復薬を取り出し、傷口にかけた。

 

“ハッハッ、楽しくてやめられねえな!”

 

天井から吊り下げられた船体に身を隠し、ジャックの隙を窺う。

工廠隅の広いスペースに出たジャック。俺を探して辺りを見回している。

奴に気づかれないよう、忍び足で背後に周り、十分に近づいた瞬間、

チェーンソーを叩きつけ、トリガーを引いた。

凄まじい勢いで回転するチェーンソーが背中の広い範囲を切り裂く。

 

「ぎゃああ!ぐおおあっ!……ああ」

 

背後からの不意打ちで大きなダメージを受けたジャックは、

再び膝を付き、その上半身を肉塊に変えた。今だ!

俺は弱点であるむき出しの内臓らしき部位にチェーンソーを突き出した。

固い皮膚と違い、こちらは柔らかく、出血量も多い。

奴が死んでくれることを願いながら、ひたすら肉塊を切り裂く。

だがその時、思いがけないことが。

 

「くそっ、こんな時に!」

 

チェーンソー本体のランプが点滅し、オーバーヒートを警告した。

つまり、間もなくエンジンが停止する。それでも俺はジャックを攻撃し続ける。

案の定、程なくしてエンジンが止まり刃も回転を止めた。同時にジャックの身体も再生を始める。

 

俺はまた奴から距離を取り、吊り下げられていた砲身の影に身を潜め、

チェーンソーのワイヤーを引き直した。ジャックも行動を再開したようだ。

 

“虫ケラみたいに踏み潰してやるぞ!マーガレットに聞かれちゃマズいがな”

 

普通に歩いているはずなのに、何故か接近が速いジャックの声がどんどん近づいてくる。

俺はタイミングを測って奴と正面から対決することにした。

 

“すぐに見つけ出して殺してやるぞ!”

 

今だ!俺は影から飛び出し、ジャックにチェーンソーを振り下ろした。

だが、ジャックもハサミの片側、つまりチェーンソーで受け止めた。

鍔迫り合いになる互いの刃が激しく火花を散らす。

 

「とっととくたばれ!」

 

「今度こそ殺してやるよ!」

 

力勝負はジャックの怪力が勝り、奴はチェーンソーを振り抜いて、

俺を武器ごと後ろに突き飛ばした。

なんとか転ばずに済んだが、大きく体勢を崩してしまう。

 

気づくと、ジャックがハサミを広げて俺に突っ込んできた。まずい!

俺は無理に立ち上がろうとせず、そのまま倒れ、

ジャックの両足をチェーンソーで薙ぎ払った。

間髪を入れずそのまま片手を付いて立ち、ジャック後方に走って距離を取る。

 

「そんなやり方で殺せると思ってるのか?ウソだろ?」

 

なんとかしなければ。しかし、正面から攻撃しても防がれる。

もう不意打ちという同じ手も成功しないだろう。

俺は何か利用できるものがないか素早く見回すが、振り向いたジャックがどんどん迫る。

また後退して考えを巡らせる。そうだ……これなら、一回くらいは!

俺は遮蔽物を背に隠れる。

 

「隠れても無駄だ坊や」

 

ジャックの声が遮蔽物の反対側から聞こえてくる。

その時、俺は吊り下げられた船体を思い切り蹴った。

重量物が振り子のように揺れ、向こう側でドシンと何かに当たる音がした。

 

“ぐおっ!!”

 

上手く行った!俺はすかさずジャックに走り寄る。

奴は巨大な鋼鉄の固まりをぶつけられ、地に伏していた。今だ。

俺はジャックの頭にチェーンソーを全力で押し当て、脳を身体から切り離そうとした。

 

「あぎゃおごごえがが!!」

 

ジャックが聞くに堪えない悲鳴を上げ、

チェーンソーが徐々にジャックの頭を割っていく。

そして、刃が頭部の半分ほどまで達した時、またジャックの上半身が肉の塊に変わった。

 

今度こそとどめを刺すべく、チェーンソーを突き刺す。

柔らかい肉の内部で刃が暴れ、確実にジャックの体力を奪っていく。

飛び散る鮮血、肉片。奴の終わりが近い。

 

ジャックを斬り続けていると、またチェーンソー本体のランプが点滅を始めた。

構わずトリガーを握り続ける。すると、度重なる攻撃に耐えかねた

ジャックの肉体がついに崩壊。上半身が砕け散った。同時に俺のチェーンソーも停止。

……どうにか化け物にとどめを刺すことができた、かどうかはわからない。

俺は、ジャックの下半身を持って工廠を出た。

 

 

 

──本館前広場

 

俺は工廠から引きずってきたジャックの下半身を広場に運んだ。

そして燃えやすい物がない開けた場所を選び、放り出した。

今度は、バックパックからバーナーを取り出し、二度と再生しないよう、

激しい炎を放射し、ジャックの死骸を焼いた。

燃える炎の明かりが見えたのか、執務室から提督と長門が駆けつけた。

 

「イーサン、大丈夫だったかい!?」

 

「なんとかな。あいつとはもう腐れ縁だ」

 

「工廠から激しい音がしていたぞ、一体何があったんだ?」

 

「知らないほうがいいぞ。下手すりゃ俺も周りの連中みたいになってたとだけ言っとく」

 

「どういうこと……うっ!」

 

「これは……」

 

夜の闇で気づかなかったが、長門と提督は周りに散らばる惨殺死体を見て戦慄した。

首や胴をちぎられた死体が血や臓物を垂れ流して、

恐怖の表情を顔に貼り付けたまま死んでいる。

 

「提督、納体袋はあるか?死体を片付ける。

戦艦はともかく、駆逐艦の子どもたちに見せるわけにはいかないからな」

 

「1階の倉庫にある。確か……11人だったな。

長門君、すまないが11セット持ってきてくれ」

 

「……承知した」

 

若干顔色が悪い長門は本館に戻っていった。

しばらくやることがない俺達は、燃えるジャックを見ながら語り合った。

 

「こんな惨劇が起きてしまうとは……一体あの化け物はなぜこの世界に」

 

「ルーカスの仕業だ。コデックスに着信があった。“第2ステージの始まり”だって。

奴は俺達が殺し合うのをゲームみたいに楽しんでるんだよ!」

 

「そうだったのか。しかし、気になると言えば陸軍もそうだ。

どこでイーサンの情報を嗅ぎつけたのかが気になる。

しかも嫌に詳しく君のことを知っていた。昨日の戦いのことまで詳細に」

 

「考えたくはないが、密告者がいるとしか考えられないな」

 

本館の扉が開き、分厚いビニール製の袋をたくさん抱えた長門が現れた。

 

「提督、納体袋を持ってきた。こんなものでいいだろうか」

 

ドサッと大量の納体袋を地面に下ろす長門。

 

「うん、ありがとう」

 

「じゃあ、夜が明けないうちに死体の収容に取り掛かる」

 

「私も手伝おう」

 

長門が助力を申し出たが、さっきの彼女の様子を見た俺は断った。

 

「いや、あんなものを見るのは一人でも少ないほうがいい。気持ちだけ貰っとく」

 

「そうだね。私とイーサンで十分だ。君は執務室で……」

 

 

ぐすっ……うう……ひくっ

 

 

その時、どこからともなく泣き声が聞こえてきた。

皆が周りを見回すと、そこには見覚えのある艦娘が。赤城だった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……私、こんなことになるなんて……」

 

とめどなくあふれる涙を拭いながらひたすら何かに謝っている。

提督が彼女に近づき、事情を聞いた。

 

「どうしたんだい赤城君。なぜ君が謝る必要があるんだ?」

 

「ううっ……陸軍に、彼の情報を漏らしたのは、私なんです……」

 

「なんだって!?」「何だと!!」

 

驚く提督と長門だが、薄々そんな気がしていた俺はただ彼女を見ていた。

昨日の深海棲艦との戦いに居合わせて、俺の行動を見ていて、

なおかつ俺を疑っている者。それは彼女しかいない。俺は黙って成り行きを見守る。

 

「なんということをしたのだ、この馬鹿者がぁ!!」

 

パシィン!と長門が赤城の頬を張った。

 

「ごめんなさい……!私、またあの化け物が現れたら、

金剛さんみたいに傷つく人が出るんじゃないかって、ずっと不安だったんです!

だから、陸での戦いに慣れている陸軍の人に助けを求めたんです。

海軍と陸軍が協力すれば、化け物にも深海棲艦にも立ち向かえると……

それで、聞かれるままに事情を全部話したらこんなことに!

本当に、本当にごめんなさい!!」

 

泣きじゃくりながら自分のしたことについて説明する赤城。

俺は立ち上がり彼女に一言だけ告げた。

 

「君を責めはしない。でも、その結果から目をそらさないでくれ」

 

広場に転がる死体のひとつを見る。上半身だけになった兵士の骸。

それを見た彼女は青くなる。その場に崩れ落ちて、また涙で頬を濡らす。

 

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

 

「ごめんなさいで済むと思っているのか!こいつらは怪我じゃない、死んだんだ!

イーサンも危うく死にかけた!お前のしたことは艦娘の誇りに背く恥と知れ!」

 

大声で赤城を叱責する長門。提督は彼女をやんわりと止める。

 

「長門君、今日の所はその辺にしようじゃないか。処分は後日追って決めよう。

今はやるべきことがある」

 

提督が燃え尽きたジャックの死体を見た。

 

「……承知した」

 

「じゃあ、イーサン。さっそく始めよう。夜明けまで時間がない。これを使うといい」

 

提督は俺に小型の懐中電灯を貸してくれた。これで死体探しが捗る。

 

「あんたまで手伝わせて悪いな」

 

「いや、我々も君一人であの化け物と戦わせてしまった。それにこれでも軍人だ。

多少の死体は見慣れている。長門君、君は彼女と一緒に宿舎に帰るんだ。

今日はもう休むといい」

 

「ああ、済まない」

 

こうして俺と提督は陸軍兵と大佐の死体を探し、納体袋に詰める作業を始めた。

胴体と生首を袋に入れて、チャックを閉めながら提督に尋ねた。

 

「なあ、陸軍の偉いさんまで殺されたわけだが、どう弁解するんだ?」

 

「上陸した深海棲艦にやられた、で押し通すさ」

 

向こうで半分に切断された死体を収納しながら提督が答える。

 

「通せるのか、それで」

 

「通してみせるさ。この遺体の損傷具合なら軍部も納得するだろう」

 

「まあ、その辺は提督に任せるしかないな」

 

「任せてくれ。これ以上君を厄介事に巻き込ませはしない」

 

「……ありがとう」

 

「なぁに」

 

俺達はバラバラ死体の収容というおぞましい作業をしながら、雑談を続けた。

傍目には異常な光景だったろうが、

俺はそんな状況でも仲間がいるありがたさを噛み締めていた。

そして、最後の1人の死体を納体袋に収め、作業終了……ではなかった。

 

「ふぅ、しばらく執務室に籠もっていたから、こんな力仕事は久しぶりだ。

たまには運動しないと駄目だね」

 

「お互い明日は筋肉痛だな……あ、しまった」

 

「どうしたんだい?」

 

「工廠を片付けるのを忘れてた。ジャックの肉片だらけだ。

そっちは一人でなんとかなる。提督はもう休んでくれ」

 

俺は提督に懐中電灯を返した。

 

「いいのかい?」

 

「ああ、手早くやればすぐ終わる。ビニール袋かなんかはあるか?」

 

「納体袋と同じ、1階の倉庫にあるよ」

 

「助かる。それじゃあ、行ってくる」

 

「終わったら君も早く休んでくれよ」

 

「わかってる」

 

そして俺は倉庫からビニール袋や軍手と言った道具を取り、工廠に向かった。

 

「明日、明石に謝らないとな」

 

勝手にチェーンソーを使い、彼女の城を汚い肉片だらけにしてしまった。

一刻も早く掃除しなければ。俺は激闘を繰り広げた工廠に再び戻り、

ジャックにとどめを刺した場所に行ったが、そこで信じがたい物を見た。

 

チェーンソーで撒き散らされた肉片。チェーンソー自体にこびりついた血。

何もかもが、完全に消えてなくなっていたのだ。

 

 



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File6; Hopeless Dawn

殺戮の夜が開け4日目。

 

案の定、俺は筋肉痛に悩まされていた。

便利なワークベンチが送られてきたと喜んでいたのも束の間、

今度はジャックまでプレゼントされてきて、

その撃退と後始末に一晩中かかりきりだった。俺は部屋に戻るなり、

ベッドに横になってそのまま気絶するように眠り込んでしまった。

 

そして朝。目が覚めると、風呂にも入っていなかった事に気づいた俺は、

まずシャワーを浴びた。シャワーの蛇口をひねると、その手には乾いた血が。

ジャックの物か陸軍兵のものかわからない。

今更気持ちが悪くなった俺は、急いで湯で洗い流し、石鹸で洗った。

 

ユニットバスから出た俺は、服を着ようとしたが……これは酷い。

返り血まみれだし、肩はジャックの一撃で破けている。

とても着る気になれなかったので、俺はしばらく上半身裸のまま椅子に座り込んでいた。

すると、コンコンと小さなノックが。ドアロックをかけて問いかける。

 

「誰だ?」

 

「あ、あの、巻雲です。おはようございます~」

 

「ああ、君か。おはよう。すまない、今シャワーを浴びたところで出られないんだ」

 

「大丈夫です!お荷物を届けに来ただけですから!」

 

「荷物?なんだいそれは」

 

「お着替えです。1着しか服がないと不便だろうって鳳翔さんが縫ってくれたんです~

ドアの前に置いときますね!」

 

「ありがとう、そりゃ助かる。今の服はちょっと……汚れちまったからな」

 

「それじゃあ巻雲は失礼します~……あ、そうだ!」

 

「なにかな」

 

「今度から洗い物は洗濯かごに入れて外に置いておいてください。

鳳翔さんが洗ってくれますから」

 

「何から何まですまないな。鳳翔って人にお礼を言っておいてくれないか」

 

「わかりましたです!それでは~」

 

小さな足音が遠ざかっていった。ドアロックを外してドアを開ける。

すると、俺のシャツに似せた柄の服と肌着が3着ずつ置かれていた。

早速着てみると、少々大きめな程度でほぼぴったりだった。ありがたい。

血まみれのシャツはゴミ箱に捨てた。ようやくすっきりすると、電話が鳴った。

急いで受話器を取る。

 

 

 

「ゾイ!?」

 

『イーサン、大丈夫?まだそっちに行ってない?』

 

それだけで全てが通じた。

 

「もう殺した。だが、あいつは何回殺せば殺せるんだ!?」

 

『わかんない。ジャックは特に再生能力が高いから』

 

「一応残った下半身は燃やしておいたが、

飛び散った肉や血がきれいさっぱりなくなってた」

 

『じゃあ……覚悟はしといたほうがいいね』

 

「また来るってことか?」

 

『そう思っといた方がいい』

 

「くそっ!あいつはどうやってここに来た!」

 

『ごめん、それは見てない。どこかカメラのない場所のテレビから来たとしか……

もう誰か殺られた?』

 

「陸軍兵が10人も殺された」

 

『間に合わなかった、か。

……とにかく私はこっちの探索を続ける。あんたも帰る方法を探して』

 

「ああ、わかってる」

 

『それじゃ、お互い生き延びましょう……

そうそう、屋敷でいろんなメモや書類を見つけた。

なんかの手がかりになるかもしれないから、一応アイテムボックスに入れとく。

そっちのボックスに届くといいけど』

 

「助かる。後で見てみるよ。それじゃあ」

 

 

 

ゾイとのやり取りを終えると受話器を下ろした。

部屋から出た俺は、執務室に行く前にさっそく1階のアイテムボックスに寄った。

開けると中には大小様々な紙の束が入っていた。

やはりこのボックスは俺の世界ともつながっているらしい。

中にはホームセンターのレシートなど、どうでもいいものがあったが、

気になるものもいくつかあった。

 

20名ほどの名前とその結果らしきもの、「名前・(死亡または転化)」という具合。

その中に見過ごせないものがあった。ミアだ!彼女は、“結果”が書かれていない。

つまり、まだ無事だということ。ほっとして胸をなでおろした。

次に気になったのはクランシーなる人物。結果に→Lという意味不明な記号が。

何を意味しているのだろうか。現時点では何もわからない。

 

次の資料に目を通す。他のメモには、あの一家が犠牲者を追い詰める様子や、

犠牲者達が最後の抵抗を試みる様子が記されていた。……俺は彼らと同じにはならない。

また別のメモを手に取る。ゾイだ。

彼女が自分の身に起きていること、つまり感染が進んでいる事実を書き残していたのだ。

だがその中に見過ごせない一文があった。

 

『ミアが何か知ってる』

 

ミアが!?どうしてミアが怪物への転化に関わりがあるんだ?

 

 

○ゾイの調査記録

 

どんどん体がおかしくなってる

そのうち父さんや母さんみたいになる

 

みんなあいつのせい

 

あいつと一緒に来た女…ミアが何か知ってる

 

「血清」があれば 体を治せる

 

もっと聞き出す必要あり

 

 

血清が必要なのはもう知っているが、あいつって誰だ?

ミアと一緒に来たと言っているが。ひょっとして、海に現れた謎の少女のことだろうか。

……しまった、肝心な事を聞き忘れた。次の電話で必ず聞いておかなければ。

ざっと全ての資料に目を通した俺は、階段を上り、執務室に向かった。

 

 

 

──執務室

 

ドアをノックし、中に入ると、もう長門は中で俺を待っていた。

いつもの彼女なら、“遅いぞ!軍人たるもの云々……”と

大声で説教してきそうなものだが、どこか暗い表情で伏し目がちのまま、

ただ立っているだけだ。

 

……やはり昨日の陸軍兵の惨殺死体を見たショックが尾を引いているのだろうか。

もしかしたら、艦娘は人間の死体はあまり見慣れていないのかもしれない。

海での戦いはあっという間に死体が沈んでしまうが、

陸の死体は誰かがなんとかしない限り、いつまでもそこに残り、

やがて醜く腐敗し、形容し難い悪臭を放つ。

それが与える精神的ダメージは計り知れない。俺は彼女の背中をポンポンと叩いた。

 

「辛いなら座ってろ」

 

「……うるさい」

 

憎まれ口も精彩を欠いている。やはりショックは大きいようだ。提督も同調する。

 

「イーサンの言うとおりだ。話しは座ってしようじゃないか」

 

「済まない……」

 

俺達は対面式のソファにいつもの配置で座り、

現状確認と今後の対策について話し合いを始めた。

 

「さて、イーサン。昨日は大変だったね」

 

「まあな。提督の言うとおり筋肉痛であちこち痛い」

 

「ハハ、私もだよ。

陸軍兵の遺体だが……今日中に彼らの所属基地の部隊が引き取りに来る」

 

「結局あの言い訳は通ったのか?」

 

「“突如として現れた深海棲艦と戦い、皆壮烈なる戦死を遂げた”と伝えたよ。

もちろん簡単には信じなかった、というよりまだ不審に思ってるだろうが……

まあ、実際に見れば信じざるを得ないだろう」

 

「危ない橋を渡らせたな」

 

長門は相変わらず黙りこくっている。特に話すこともないということもあるだろうが。

 

「そうだ……前から聞きたいことがあったんだが」

 

「何かな」

 

「提督や艦娘の中で、体の不調を訴えているやつはいないか?特に俺がここに来てから」

 

「いや、そう言った者がいれば仲間から私に報告が上がってくる。

病人を戦わせるわけにはいかないからね。もちろん私も正常だ。筋肉痛を除けば」

 

「そうか……」

 

「どうかしたのかい?」

 

「いや、ここの人間、正確には艦娘だが、彼女たちが感染していないか不安になった。

ゾイも徐々に体が何かに冒されていると感じているらしい」

 

「また彼女から連絡が?」

 

「ああ。互いの現状報告くらいのものだったが」

 

ミアのことは伏せておいた。彼女は俺にあの一家に繋がる何かを隠していた。

そして謎の少女の正体。

これらがわからないうちに、洗いざらいぶちまけても混乱を招くだけだろう。

 

「とにかく、特にみんなの体調には今まで以上に気を配って欲しい」

 

「わかった。気をつけよう」

 

「私も!……異常はない」

 

ようやく口を開いた長門だが、異常はなくても元気がない。

 

「それと、提督……」

 

「何かな」

 

「赤城は、どうなるんだ?」

 

「とにかく今は自室で謹慎処分だ。

陸軍が遺体を引き取りに来た時、彼女にも事情を聞くかもしれないからね。

それからのことは、全てが終わってから決める。

いつまでも第一艦隊の空母枠を空けておくわけにはいかない」

 

「そうか……俺が言えた義理じゃないが、なるべく穏便に頼む」

 

「私もできればそうしたい。全力を尽くそう。

……さて、他に議題もないようだし、朝のミーティングはこれくらいにしよう。

陸軍兵の引き渡しは私がやっておく」

 

「悪いな。俺がしゃしゃり出ても面倒が起きるだけだろうし」

 

「気にしないでくれ。

……長門君、今日は他にやることがない。宿舎で待機していたまえ」

 

「いや、しかし!」

 

「待機も立派な命令だよ?

気分転換に友人とおしゃべりしたり読書等することも許可する」

 

「済まない……」

 

「イーサンも休んでいてくれたまえ。激しい戦闘の後で、まだ疲れているだろう」

 

「ありがたい。正直、筋肉痛でリロードもままならないからな」

 

「以上、解散!」

 

提督がパン、と手を叩き、その場は解散となった。

執務室から出た俺は、自室に戻る前に大事な用を思い出した。工廠に行かなければ。

 

 

 

──工廠

 

小人たちが天井から吊られた砲や船体をハンマーで叩き、

破砕機が相変わらずスクラップを排出している。

俺は昨日ジャックにとどめを刺した場所に行ってみた。

やはり血痕のひとつも残っていない。

 

「やっ、イーサンおはよう!」

 

後ろから元気のいい聞き慣れた声が。

 

「ああ、明石。おはよう……」

 

「いやあ、昨日はなんか凄かったらしいね。

戒厳令が出てたからよくわかんないんだけどさぁ。

工廠の方からもチェーンソーを振り回すような音がしたから、

ここも心配だったんだけど、とりあえずは無傷でよかったよかった!」

 

どうしたものか。正直に話すべきだろうか。

ここのチェーンソーを使って血みどろの戦いをしましたすみません。

……もう工廠に入れてくれないかもしれない。

しかし、彼女の屈託のない笑顔を見ていると、隠し事をしていることが心苦しくなる。

俺は思い切って打ち明けることにした。

 

「なぁ、明石。昨日現れた敵について、提督から何も聞いてないのか?」

 

「敵って……またカビ人間みたいなやつが現れたの?」

 

「もっと厄介なやつだ。俺が気の狂った一家に狙われてるって話はしたか?」

 

「んー長門さんから簡単には」

 

「その一家の親父が現れたんだ」

 

「ええっ!大丈夫だったの?それでどうなったの?」

 

「奴を殺すには銃では威力と弾が足りなかった。それで……言いにくいことなんだが、

工廠のチェーンソーで奴と戦った。

奴にとどめを刺した時、このあたりが血まみれになったはずだったんだが、

後で見てみると完全に消えてなくなっていた。

見えなくなったとは言え、君の大事な作業場を汚してしまったことは本当に申し訳ない。

この通りだ」

 

俺は明石に頭を下げた。彼女は腰に両手を当て、眉をひそめて怒ったような表情をする。

 

「そういうの困るー」

 

「本当にすまない」

 

「……でも、そいつを放っておいたら、みんなはどうなってたのかな」

 

「陸軍兵10人が殺された。

もし俺が殺されてたら、次は提督やみんなに刃を向けてただろう。

奴は人殺ししか頭にない」

 

「ふむむ……」

 

明石は少し考え込んで、頭を下げる俺を指差した。

 

「今後、また面白そうなものが流れ着いたら真っ先に明石に見せること!

あのワークベンチで変わったものを作るときにも明石に見せて!

約束したら許してあげます!」

 

「それで、いいのか?」

 

「まぁ、チェーンソーじゃなきゃ死なないような化け物相手じゃ、

しょうがないっちゃしょうがないし、

君がみんなを守ってくれた、と考えることもできるからね」

 

そう言って彼女は微笑んでくれた。

 

「ああ、約束する!そうだ、さっそくマグナムの弾を作りたい。

ジャックとの戦いでたくさん使っちまったから補充したいんだが、見るか?」

 

「見る見る!……ジャックってその化け物の名前?」

 

「そう。人間だった頃の名前だが、上半身を砕かれて生き返るようなやつなんか、

もう人間とは呼べないだろう」

 

「うえ、最悪。よくそんなのと戦ったね。

あ、そうだ。イーサンにプレゼントがあるんだ」

 

「本当か。なんなのか楽しみだ」

 

「それは見てのお楽しみ」

 

俺と明石は言葉を交わしながらワークベンチに向かった。

 

 

 

──作戦司令室

 

その頃。長門を除く作戦司令室のメンバー、戦艦・陸奥代理補佐と、

軽巡・大淀通信士は海から不審な反応をキャッチし、その対応を協議していた。

 

「なんなんでしょう、これ……」

 

大淀が首を傾げる。モニターに4つの光点があり、それが徐々に近づいてくる。

 

「深海棲艦ならもっとスピードがあるし、そもそもとっくに撃ってきてるはずだよね」

 

陸奥にも訳がわからない。

 

「とにかく提督に連絡しようか」

 

彼女は電話の受話器を上げ、執務室の番号を押した。

 

“こちら執務室”

 

「提督、陸奥です。至急ご報告したいことが」

 

“なんだい?”

 

「不審な反応が鎮守府に近づいています。

ですが、深海棲艦にしては速度も遅く、攻撃してくる気配もありません。

正体不明の存在への対処についてご指示を願います」

 

“妙だね。今、第一艦隊は訳あって動かせない。直ちに第二艦隊を出動。

謎の存在について調査し、必要とあらば排除せよ”

 

「承知しました」

 

陸奥は受話器を下ろすとすぐに別の番号へかけた。

 

 

 

──海岸

 

そして、10分後。

 

第二艦隊が海岸に勢揃いしていた。

司令室からの連絡によると、謎の反応はもう目前まで迫っているとのこと。

第二艦隊は以下のメンバーで構成されている。

旗艦は戦艦・伊勢、軽空母・龍驤、重巡・加古改二、Prinz Eugen(プリンツ・オイゲン)、練習巡洋艦・香取、以上。

 

彼女たちは砂浜から海面にその足を乗せる。

すると不思議な浮力で沈むことなく宙に浮く。

香取がクイッと眼鏡を直し、全員に告げた。

 

「皆さん。例え戦闘にならなくても、

わたくしが皆さんの状況対応能力を審査し、提督にご報告します。

くれぐれも油断なきよう。特に、プリンツさんは当鎮守府初の同盟国からの艦娘。

ご活躍に期待していますよ」

 

そしてまた眼鏡を直す。

特にズレてもいないのに直してしまうのは、眼鏡持ちだけがわかる癖だ。

 

「任せてよ、カトリン!いざとなったらいつでも私のSKC34が火を噴くんだから!」

 

喋りながらも足を進める第二艦隊。すでに謎の物体がはるか遠くに点として見えてきた。

 

「ちょっとぉ。旗艦は私よ、わ・た・し!

私を放ったらかして盛り上がられると、ぶっちゃけ寂しいんだけど!」

 

伊勢が文句を飛ばす。そして、龍驤が彼女に話しかけた。

なんだか納得行かない、と言いたげだ。

 

「でも伊勢さん、多分こんなん敵襲やないと思いますよ。

難破船かなんかとちゃいます?」

 

「そうだねぇ。ここまで来て何も起こらないというのは……え、なんだこりゃ!?」

 

その時、加古たちの精神にノイズ混じりの思念が飛ばされてきた。

 

 

“ザ…ザザ……タ、スケ…テ……ザザ……”

 

 

「やだあ、何これ怖い!日本の幽霊?うらめしや~なの!?」

 

「落ち着いてプリンツさん。異常事態に対する平静さも審査の対象ですよ?」

 

怯えるプリンツ・オイゲンをなだめる香取。

 

「でもこれ、本当になんなの?

これ送ってきてるのがあいつらってことは、やっぱり深海棲艦?」

 

「そんなの近づかなきゃわかんないっすよ、とにかく突撃あるのみ!

みんなもビビってないで全速前進だー!」

 

「う、うちはビビってへんで!」

 

心配する伊勢とは対象的に、楽観的な加古。龍驤も多分平気。

一行は加古の言うとおり、目標に接近すべくスピードを上げた。

近づくに連れ、徐々にその姿が露わになる。

そして、その全貌が明らかになると、皆に戦慄が走った。

 

 

「ゔゔ……ゔああああ……あああ」

 

 

確かに正体は深海棲艦だった。ただその姿があまりに異常で、今度は香取も言葉を失う。

 

「ね、ねえ。日本ではこんな奴らと戦ってるの……?」

 

プリンツの問いに皆は首を振るだけだ。

眼の前にいるのは戦艦レ級らしきものとタ級らしきもの2隻ずつ。

いちいち“らしきもの”が付くのは、

彼女達が得体の知れない怪物に変貌してしまっていたからだ。

 

全身にボロボロになった灰色の紐のようなものが巻きつき、

口から飛び出るほど長い牙、そして鋭い爪を持っている。

彼女達は、普段艦娘の脅威となる大口径砲を撃つこともなく、

飛行甲板から艦載機を発艦することも、魚雷を発射することもなく、

ただ、こちらに近づいてくる。

 

「総員、戦闘開始!単縦陣に展開せよ!」

 

いち早く冷静さを取り戻した伊勢が、総員に指示を出す。

皆、異形と化した深海棲艦に対し、横一列に距離を取った。

まずはプリンツがSKC34 20.3cm連装砲でタ級に照準を合わせる。

 

「来ないで!」

 

彼女の連装砲が吠える。大型弾頭2発を発射。

足を引きずるようにゆっくりとしか動かないタ級に全弾命中。

だが、全くと言っていいほど効果が見られない。

僅かな傷口から不気味な黄土色の粘液を垂れ流すだけだ。再び彼女達に思念が。

 

“アア……イ……タイ…ザザ……カゾク……”

 

「もう、なんなのかなぁ、こいつら!これで吹っ飛びなよ!」

 

今度は加古が二基装備した20.3cm(2号)連装砲で再度タ級に集中砲火。

計4門から放たれた砲弾は鈍重な動きの深海棲艦に全て命中したが、

やはりほとんどダメージが通っていない。

それでも彼女達は反撃に出ることもなく、ただひたすら鎮守府を目指している。

 

「ここは第二艦隊旗艦、伊勢さんが行かせないよっと!」

 

続いて伊勢が35.6cm連装砲の砲塔を回転させ、強力な戦艦の主砲を叩きつけるべく

発射角を修正、用意よし。

 

「沈みなさい!」

 

爆炎と共に砲塔から飛び出した砲弾が三度タ級に襲いかかる。

まるで何発喰らおうがどうでもいいと言わんばかりの彼女に3発とも直撃したが、

やはり痛がるだけで目立った損傷が見られない。

 

「どうなってるの!?とにかく、みんな!絶対こいつらを行かせちゃ駄目!

何かがおかしい!」

 

そう、おかしい。何度も艦娘から攻撃を受け、対抗する兵装も装備しているのに、

腐乱死体のような深海棲艦達は反撃もせず、ただ前進を続けるだけなのだ。

 

「反撃しないならこっちのもんさ!縛り付けて工廠の溶鉱炉に放り込めばいいんだよ!

あたし、喧嘩も自信あんだよね!」

 

そして加古がタ級に急接近し、飛びかかる。腕を捻り上げようと近づいた瞬間。

 

「うげああああああ!!」

 

タ級が獣じみた雄叫びを上げ、その口の端を引き裂かんばかりに大きく開き、

加古に噛み付いてきた。

 

「!?」

 

瞬時に後ろに身を引き、一瞬の差で回避。

タ級の口が、ガチン!と音を立てて閉じられた。

 

「いきなりなんだよこいつ!」

 

全くこちらに無反応だった深海棲艦が、

突然原始的な方法で反撃してきたので戸惑う加古。

 

「私もやってみる!」

 

伊勢も今度はレ級に接近戦を挑む。姿勢を低くして、腹に一撃を加えようとした。

しかし、やはり。

 

「ぎゃおおおお!!」

 

今度は両腕を大きく広げ、その鋭い爪で伊勢を切り裂こうとしてきた。

回避しようとしたが、艤装を損傷してしまった。

砲塔がへこみ、砲が一門使用不能になる。伊勢は慌てて後ろに距離を取る。

 

どうする!?手出ししなければ動かない。しかし、倒すこともできない。

奴らはゆっくりと着実に鎮守府に近づいている。

たどり着いた時には、ろくでもないことをするのは間違いない。

どう対処していいかわからない敵に対する伊勢の判断は。

 

「総員撤退!援軍を要請し、全戦力を以って敵艦を迎撃する!」

 

“了解!”

 

第二艦隊は不気味な怪物を前に一時撤退を選んだ。

急いで司令部に詳細を報告し、迎撃態勢を整えなければ。

鎮守府の本館が見えてきた。海岸が近い。

 

「奴らの上陸にはまだ時間があるわ!無理を言ってでも第一艦隊の……ってええっ!?」

 

伊勢の目にまたも信じがたいものが飛び込んできた。

外国人の男が海の上をこちらに向かって走ってくるのだ。

彼から彼女達の心に通信が入ってきた。

 

『そいつらには近づくな、感染するぞ!』

 

「ちょっと!感染ってどういうこと?っていうかあなた誰?なんで海を走れるの?」

 

『説明は後だ!奴らみたいになりたくなければ近づくな!』

 

思念と電波による通信は終了。

彼女達はただ当初の目標通りに鎮守府に上陸し、援軍を呼ぶしかなかった。

その際、謎の男とすれ違ったが、両手に散弾銃のようなものを持っていた。

あれで戦う気なのだろうか?戦艦の主砲弾でもかすり傷しか付かなかったというのに。

疑問は尽きないが、今は迎撃準備が先だ。

 

なぜイーサンが海を走り、艦娘と通信できているのか。少し時を遡る。

 

 

……

………

 

「これがプレゼント!はいどうぞー」

 

「これは?」

 

明石が差し出したのは、ラバー製で伸縮性の高いブーツと、小型の無線機だった。

さっそくブーツを履いてみる。信じられない軽さと密着性で、

靴の上から履いても存在を感じさせない快適さだ。

 

「名付けて、水上移動用、“靴!”……言っとくけど明石のネーミングじゃないからね。

これ作ったのは別の鎮守府の“明石”なんだ。新たな発明や発見はみんなのもの。

全“明石”の協定なんだー」

 

「ああ。君達は全く同じ存在が生まれるって聞いたな」

 

「そーいうこと。履くだけで艦娘みたいな浮力を体全体に与えて自由に海を駆けられる。

これでもう艦娘と同じように海で戦えるよ」

 

「マジかよすげえ!」

 

「ほら、前に言ったでしょ。私達艦娘の建造技術はユラヒメがもたらしたって。

人も艦娘もその技術を他の分野にも活かしてるの。

だから今、世界中でちょっとしたパラダイムシフトが起きてる。

ブーツもそのひとつってわけ」

 

「なるほど。無線機のほうもなんか特殊な機能があるのか?」

 

「もっちろん!ただの携帯用無線機じゃないよ。艦娘の思念を受け取ったり、

こちらから通信を送ったり出来る。広い戦場で普通の無線と同じ感覚で使える」

 

「これなら、クルーザーなしでも海で戦えるな!」

 

「そう。まあ、当分出番はないだろうけど、一応渡しとこうと思ってさ」

 

「ありがとう、本当に助かる!」

 

その時、5人の艦娘達が大急ぎで海岸へ向かって走っていった。

 

「なんだろう。サイレンもないのに敵襲?」

 

不審に思った明石が壁掛け式の電話を取り、作戦司令室に問い合わせた。

短いやり取りの後、彼女は電話を切った。

 

「イーサン、早速それの出番かもしれないよ」

 

「どういうことだ?」

 

「実はね……」

 

明石が状況を説明した。すると、やはりイーサンは飛び出そうとする。

 

「待った待った!まだ敵かどうかもわかんないのに、君が行ってどうすんのさ!」

 

「行動パターンからして間違いなくモールデッドだ!

上陸するのを待ってたら手遅れになる!」

 

「ええ……?」

 

突然の展開に付いていけない明石を横目に、

イーサンは掌紋を登録してもらった自動ドアを開け、アイテムボックスに駆け寄る。

そして箱を開けて武器と弾薬を取り出し、外にとんぼ返り。

 

「じゃあ、行ってくる!」

 

「気をつけてねー……」

 

ただ手を振る明石だった。

 

 

 

そしてイーサンが海岸へ走り、

双眼鏡で接近中の物体を見ると嫌な予感が当たってしまった。

 

「……感染してやがる!」

 

イーサンが海面に片足を乗せると、ふわりと押し返すような感覚があり、

これなら行けると感じた彼は、一気に海の上を走り出した。

 

………

……

 

 

──海岸

 

連絡に向かった伊勢を除く第二艦隊メンバーは、

4体の深海棲艦モールデッドに向けて走り続けるイーサンをただ見ているだけだった。

 

「あのオッチャン誰なん?」

 

「そういや最近、提督の部屋に出入りしてる余所者がいるって噂聞いたよ。

あいつがそうなんじゃない?」

 

加古が龍驤の疑問に答えてみる。しかし彼女にもはっきりしたことはわからない。

 

「あ、さっきの人が戦い始めたよ!無茶だよ、生身で深海棲艦と戦うなんて!

アメリカ人もカミカゼするの!?」

 

イーサンの姿にプリンツ・オイゲンが悲鳴を上げる。

そう、イーサンが深海棲艦モールデッドに接近し、戦闘を開始したのだ。

 

「皆さん落ち着いて!そう、こういうときは確か、人を4つ書いて……じゃなくて、

4つ数える息を吸う……じゃなくて、とにかく皆さん落ち着いてくださーい!」

 

そして、一番慌てている香取が皆を落ち着かせようとしていた。

 

 

 

──鎮守府近海

 

「ああ……うああ……」

 

体を揺らしながら重い足取りで鎮守府に向かう深海棲艦モールデッド。

 

「……間違いない。どこかで感染したんだ」

 

その姿を見た俺はショットガンM37を構え、レ級戦艦に狙いをつける。

 

奴の胴体目がけて散弾を発射。

重い衝撃波と鋭い銃声と共に、腐敗し柔らかくなったレ級の胸がはじけ飛び、体液を撒き散らす。

 

「うおああ……」

 

「ぐっ!」

 

大きなダメージを与えることができたが、体中に痛みが走る。

こんな時にたかが筋肉痛に苦しめられるとは!

それでも痛みを堪えてポンプアクションで排莢し、2発目の発射準備を行う。

 

すると、危機を感じたレ級や他の3体が俺を殺すべく向きを変えて集まってきた。

一対多の時はこれだ。今度はバックパックからマシンガンP19を取り出し、

右から左に薙ぎ払うように9mm弾をばらまいた。

 

「うぐ……」「えああ」「ぎゃっ」「ううう……」

 

効果はてきめん。無数の弾丸が突き刺さり、片腕を吹き飛ばされた者も入れば、

膝を砕かれ動けなくなった者もいる。だが、またしても問題が。

 

「痛ってえ!くそっ!」

 

地味に襲いかかってくる筋肉痛。

マガジンを入れ替えようとするが、手が震えて上手く装填できない。

着実にダメージを与えているとは言え、まだ4体とも健在。

1発撃つ度この有様では体力が尽きるのが先だ。

俺は筋肉痛というありふれた現象に追い詰められていた。

 

 

 

──海岸

 

第二艦隊は驚きの目でイーサンの戦いを見ていた。

 

「なんでだ?あたしらの砲が効かなかったのに、なんで人間用の武器が効いてんだ?」

 

「そもそも人間が海に浮いてるのが不思議なんだけど、誰か知らない?ねえ」

 

加古もプリンツも疑問だらけだ。

 

「落ち着きなさい、落ち着くのよ。教官育成マニュアルには新種の深海棲艦出現に人間が対処している場合採るべき軍事行動は……書いてないから、第4章の海上警備行動第7節の海難救助の手引……は全然当てはまらないし、あと考えられるのは、ええと、ええと……」

 

香取はずっとブツブツ言っている。

 

「みんなお待たせ!第一艦隊で出られる人に来てもらったよ!」

 

伊勢が長門を始めとした赤城以外のメンバーを連れて戻ってきた。

報告を受けた提督も駆けつける。

そして彼女達が変異深海棲艦を迎え撃つため素早く陣形を組んだ。

 

「提督、やはり危険だ。戻っていたほうがいいのでは?」

 

長門が提督の身を案じるが、彼は帰ろうとしなかった。

 

「イーサンが退却する事態になれば、私が直接指揮を執る必要がある。

ここで待機しなければ」

 

彼の視線の先には、どこか苦しそうに銃を撃つイーサンの姿。

提督は小型無線機で彼に呼びかける。

 

「イーサン、提督だ。どうした、ダメージを受けたのか?」

 

『違う、筋肉痛だ……一発撃つ度に体がバラバラになりそうだ。

これじゃとてもじゃないがマグナムなんか使えない。

もうすぐ、腕が上がらなくなる……』

 

「なんだって!?」

 

『ゔあああ!…… くそっ! (銃声)』

 

「どうした、しっかりするんだ!」

 

『大丈夫だ、なんとかふっ飛ばした。でも、これ以上は、保たない……』

 

「くそ!」

 

なにか方法はないか?提督は考えを巡らせる。湿布は……そんなもん効く前に殺される!

軟膏……却下だ!他に医務室にあるものは……あった、あれに賭けるしかない!

 

「ああ提督!どちらへ!?」

 

彼は香取の呼びかけも無視して、医務室に向かって走っていった。

 

 

 

──鎮守府近海

 

その頃の俺はもはや防戦一方だった。

手にしたショットガンM37はもう持っているのがやっとだった。リロードもできない。

さっき無理矢理弾を込めようとしたら、危うく貴重な12ゲージ弾を落としそうになった。

4体の元戦艦から繰り出される噛みつきや引っかきを辛うじてガードしているが、

それももうすぐ出来なくなる。

 

一旦後退して距離を取る。後ろには鎮守府。

艦娘達が大勢集まっているが、俺の考えが正しければ、

恐らく彼女達ではこいつらは倒せない。俺が何とかしなきゃいけないんだが……

回復薬を飲んでみたが、腹が悲鳴を上げるような苦味が口に残っただけで、

筋肉痛には効果がなかった。

 

……ん?海岸で提督と艦娘が何かやり取りしている。

 

 

 

──海岸

 

急いで医務室から戻った提督は、加古にそれを渡した。

 

「はぁ…はぁ…加古君、合図をしたら、それを彼に投げてくれ!」

 

「は、はい!いいっすけど、なんですかこれ?」

 

「説明は後だ!イーサン、今から多分役に立つ物を投げる。しっかりキャッチしてくれ」

 

『多分ってなんだよ多分って!』

 

「いいから投げるぞ!3,2,1,今!」

 

「オラッ!!」

 

加古はその強肩で提督から受け取った物をイーサンに投げた。

 

 

 

──鎮守府近海

 

海岸から何かがメジャーリーグ級のスピードで投げられた。

 

「うわわ、なんだなんだ!」

 

俺が猛スピードに驚いている間にも、何かがどんどん近づいてくる。

痛む体で何とか構えを取り、どうにかキャッチした。

パシィン!と音を立て、それは手のひらに収まる。

それを見て、俺は叩かれるような手の痛みも忘れ、勝機に笑みを浮かべた。

 

「ありがたい!」

 

そして俺は、ケースから取り出した筋弛緩と抗不安の効果がある薬が詰まった注射器、

スタビライザーを左腕に突き刺した。固まっていた筋肉がみるみるうちにほぐれ、

追い込まれていた精神も落ち着いた。もう邪魔な痛みも焦りもない。

俺は再びショットガンM37を構え、レ級の頭部を狙ってトリガーを引いた。

 

大海原に散弾銃の銃声が遠く響き、標的の頭部を打ち砕いた。

 

普段は艦娘の主砲でも手に負えないレ級も、腐り果てて弱った今は、

ショットガンの近距離射撃に耐えられないほど弱体化していた。ようやく1体撃破。

だが、あまりモタモタしてはいられない。あと3体残っている。

俺は再びマシンガンP19を掃射する。

 

激しく打ち付ける9mm弾に3体とも体液を吹き出しながらよろける。

その隙に俺はバックパックからマグナムを取り出す。

さっきまではとても撃てなかった代物だが、今なら派手にお見舞いできる。

最初に体勢を立て直し、こちらに両腕を広げて迫ってきたタ級の頭部に照準を合わせる。

落ち着いて、正しい姿勢で撃つ。必ず当たる。俺はゆっくりと引き金に指をかけ、引き絞った。

 

貫通力の高い弾頭が銃口から飛び出し、獲物に食らいつく。

強化マグナムでタ級の頭部が吹き飛んだ。残り2体。

 

「うう……うう……」

 

相変わらずゆっくりと、しかし、確実に俺を殺しに来る深海棲艦モールデッド。

だが、この種は海を渡れる事以外大した脅威ではないことがわかってきた。

ダッシュすれば簡単に後ろが取れる。

俺はマグナムを節約し、ショットガンM37に切り替えた。

まずは残るタ級の攻撃を引きつける。

奴が思い切りのけぞって噛み付こうとした寸前に、M37をぶっ放す。

ほぼゼロ距離で散弾を食らった奴が苦悶の声を上げる。

 

「ああ、うあうう……」

 

通常体のような金切り声を上げる力も残ってないのだ。

俺はすかさず腰からサバイバルナイフを抜き、奴の後ろに回り込み、

頭部を何度も斬りつけた。傷口から滝のように出血する。

その後も俺は奴が振り返るたび、後ろに回り、ナイフでの攻撃を続けた。

すると、とうとう大量の血を失ったタ級がその手をだらんと落とし、前のめりに倒れ、

沈んでいった。

 

最後に残されたレ級は、ただ濁った目でその様子を見ている。

ただ、俺を殺せれば他はどうでもいいとでも言いたげに。

そして、奴もまた俺に襲い掛かってきた。両腕を広げて、長く鋭い爪で挟み込んでくる。

俺はガードして攻撃を防御。わずかなダメージと引き換えに攻撃のチャンスを得る。

M37のハンドグリップをスライドし、排莢。そして次弾装填。

目の前にいるレ級の成れの果てにヘッドショットを食らわせる。

 

奴が大きくのけぞるうちに、撃ち尽くした弾をリロードする。

スタビライザーの効果で指先が滑らかに動き、以前よりリロードが早くなった。

そしてまたハンドグリップを引いて、装填完了。同時にレ級も立ち上がる。

 

奴が不揃いの牙が生えた口を大きく開けて噛み付いてきた。だが、今度こそ終わりだ。

俺も瞬時に構え、頭部を狙い、発砲。

M37が吐き出した散弾が奴の頭部に集中的に食い込む。

小さな破壊力の粒を大量に食らい、レ級は頭部を破壊され、完全に生命活動を停止。

ズブズブと立ったまま海の底へ沈んでいった。

 

海に静けさが訪れると周りを見回す。前みたいに潜水艦とやらがいなければいいが。

とりあえず敵の殲滅を確認した俺は鎮守府へ戻っていった。

今度こそ休息の時間が取れる。そのことにありがたみを感じながら。

 

 

 

──海岸

 

が、そんなものはなかった。海岸に降り立った俺に艦娘の群れが詰めかけてきた。

 

「オッチャン誰やねん!なんで鉄砲で深海棲艦が死ぬねん!」

 

妙な言葉を使う艦娘が質問をぶつけてきたのを皮切りに、

 

「あたしの20.3cm(2号)連装砲2基が駄目で、なんで人間の銃が効くんだよ!

ちょっと見せてみろ!」

 

「ああ、やめろ!」

 

危うくバックパックを奪われそうになり、

 

「Americaの銃はどんな構造をしているの?Waltherとの違いは何?私、気になります!」

 

ヨーロッパ系の女の子に質問攻めに会った。たまらず提督に助けを求める。

 

「提督!俺のことは艦娘達に説明してくれてたと思ってたんだが?」

 

「ああ、本当にすまない。

何しろ君に関しては言葉だけでは信じがたいことも多いからね。

いつ、どう伝えるか思案していたら今日になってしまった」

 

「とにかくこの混乱をどうにかしてくれ!」

 

「あのう……本日の戦果ですが、結果的には戦術的敗北。

しかし、彼を味方とするなら勝利となるのですが、どう判断すればよろしいのでしょう」

 

「香取君すまない後にしてくれ。……よしわかった!総員本館の作戦会議室に集合!」

 

提督の鶴の一声で、俺にまとわりついていた艦娘達が、

ガヤガヤと本館へ向かっていった。ようやく一息ついた俺は提督に愚痴る。

 

「はぁ、勘弁してくれ。スタビライザーの事は礼を言うが……」

 

「いや、申し訳ない。これから第一、第二艦隊の艦娘諸君に君のことを詳しく説明する。

君にも一緒に来て欲しい」

 

「まだあるのか!?」

 

「本人がいなければ話にならないだろう。もうひと踏ん張りだ」

 

「今朝、“今日は休んでいてくれ”と言われた気がするんだが……」

 

俺は疲れた体を引きずりながら提督と本館へ向かった。

 

 

 

──作戦司令室

 

結構な数があった机は艦娘で満員となり、ここがどこかの学校のクラスルームです、

と言われたらうっかり信じそうだ。

俺と提督と長門が壇上に上がると、ざわついていた彼女達は静かになった。

 

「えー、君達。特に第二艦隊の諸君はこの事態に混乱していることと思う。

そこで、遅くなってしまったが、当鎮守府の新しい構成員、つまり仲間だ。

イーサン君を紹介しよう。イーサン、自己紹介を」

 

俺は一歩前に出て手短に自己紹介をした。

 

「……俺はイーサン。イーサン・ウィンターズだ。よろしく」

 

また艦娘達がガヤつく。

 

“普通の人にしか見えないけど”

“やだ、あの左手どうしたのかしら……”

“どうしましょう、民間人を鎮守府に編入するにはマニュアルが……”

 

「落ち着いて欲しい。彼は少々特殊な経緯でこの鎮守府に来た。

今、君達が目にしている奇妙な事態とも関係がないとは言い切れない。

だが、これだけは間違いない。彼は、味方なんだ。それを今から説明しようと思う」

 

そして、今度は提督が語りだした。

俺はミアを探しに来た洋館で罠にはまり、この世界に転移してきたこと。

先日現れた化け物はB.O.Wという異世界で人為的に造られた生物兵器であること。

俺がそいつらと戦ってきたこと。突然現れた木箱やアイテムボックスは

俺の世界の物体で、この世界の者は扱えないこと、等々。

わかりやすく簡潔に説明してくれた。もっとも、彼女達が信じるかは別問題だが。

 

「特に、昨日は皆に外出禁止令を出したね。

あれは、陸軍とちょっとした小競り合いがあって、

武装した艦娘を出して向こうを刺激することを避けたかったからなんだ。しかし」

 

提督は一拍置いて続けた。

 

「そんな時、新たなB.O.Wが襲撃してきた。

私は避難するよう言われたので姿しか見ていないが、イーサンの報告によると、

それは見た目は普通の人間だが、凄まじい耐久力と再生能力を持ち、

陸軍の兵士でさえ歯が立たなかった。それをイーサンが激闘の末倒してくれた。

彼がいなければ、きっと艦娘を巻き込む惨事になっていたことは間違いない。

……なお、このことは機密事項に指定する。口外は無用に願いたい」

 

またも艦娘達の間に動揺が走り、一斉にざわつく。

 

「ええい、静まれ!」

 

そして長門の一喝で再び静けさが戻る。

 

「何が言いたいかというとだ。イーサンは私達の仲間だ。

彼にも妻を探すという目的はあるが、深海棲艦やB.O.W撃滅に力を貸してくれる、頼れる人物だ。

だから私は彼をここに迎え入れた。皆にもこの事はわかって欲しい」

 

目だけで艦娘を見回してみる。反応は半々というところか。

俺を歓迎もしくは興味を持って見ている者が半数。疑わしげな目で見ている者が半数。

早速後者が手を上げた。

 

「香取君」

 

「そ、その、貴方イーサンと言いましたね!

先日の化け物と戦ったと提督はおっしゃいましたが、

その化け物は貴方が持ち込んだのではありませんか!?

あと、その、貴方が他国の工作員という可能性もあります!」

 

なぜか少々切羽詰まった様子で、銀髪を後ろでまとめた艦娘が俺を教鞭で差す。

俺の代わりに提督が答えた。

 

「当然その可能性も考慮した。

だが、彼は後日単身深海棲艦との戦いに参加し、その勝利に大きく貢献した。

仮にイーサンがスパイだとしても、ただでさえ生態のわかっていない深海棲艦の前に

身を投げ出すだろうか。殺されては元も子もないというのに」

 

「それは……やっぱり信じられません。何もかも都合が良すぎます!」

 

何人かの艦娘が頷く。再び長門が前に出る。

 

「練巡・香取!貴艦は提督の言葉を疑うというのか!」

 

「え、それは、あの、だって、いきなり変な木箱が現れたり、

工廠に見慣れぬ機械が設置されたりしたものですから……」

 

長門の威圧感に遠慮がちな口調になる香取。

 

「それはイーサンが転移してきたのと同じ原理らしい。そうだったね、イーサン」

 

「ああ。あれは俺が戦っていた化け物屋敷にあったものだ。

でも全部を知っていたわけじゃない。工廠の破砕機は俺も見たものがないものだった。

それについてはなんとも言えない」

 

「……はい」

 

今度は黒のショートカットで左目を隠した艦娘が手を挙げた。

 

「加古君」

 

「イーサンに聞きたいんだけどさ。なんであたし達の砲が効かなかったのに、

あんたの銃が効いたんだ?そもそもなんで海を渡れるんだ?」

 

「まず、海を歩けるのは、明石が作ってくれた靴のおかげだ。

それで……これは俺の仮説なんだが、

あの深海棲艦にほとんど君らの攻撃が効かなかったのは、

奴らが“向こう”の存在になりかけてたからだと思う」

 

「“向こう”?どういうことだ?」

 

「ああ悪い。俺がいた世界のことだ。

本館1階のアイテムボックスやそこら辺に現れた木箱が

この世界のものには開けられないことから、

提督が向こうの世界のものにここの人間は干渉できない、っていう仮説を立てたんだ。

そう考えれば納得が行く。今日現れた深海棲艦は2つの世界両方の性質を持ってた。

多分、君らの攻撃でも、少しくらいはダメージが通ったんじゃないか?」

 

「確かに、切り傷程度は付いてたな……もう一ついいか」

 

「どうぞ」

 

「あいつら、砲も魚雷もあったのに一発も撃ってこなかったのはなんでだ?」

 

「あそこまで転化が進むと知性は殆ど失われる。

火器を扱う知能すらなくなってたんだろう」

 

「そうなのか……」

 

「はいはいはーい!」

 

今度は艦首を模したバイザーを付けた小柄な艦娘が手を挙げた。

 

「龍驤君、“はい”は1回でいい……どうぞ」

 

「じゃあ、そもそも、なんであいつらはバケモンになってもうたん?」

 

「提督、俺が答えるよ。それは特異菌に感染したからだ。

先日ここを襲撃してきた化け物たちも、元は人間だった」

 

今までにないほどのどよめき。俺は構わず続ける。

 

「感染経路はわからないが、今日の深海棲艦も特異菌に感染した。

あの見た目からしてモールデッド化したのは間違いない。

さっきも言ったが、俺の銃が効いたことからも明らかだ」

 

「そそそ、そんな危険なものがあるなんて!提督、今すぐ彼を隔離すべきです!

そのモールデッドなる生命体が彼と共に転移してきたなら尚更です!」

 

香取という艦娘が眼鏡を直しながら叫ぶ。

彼女は知性的な雰囲気があるが、どうも熱くなりやすいようだ。

 

「落ち着きたまえ、香取君。君は一連の出来事を忘れたのかね。

彼がいようがいまいが、B.O.Wは艦娘に攻撃してきた。

イーサンひとりを独房に入れたところで無意味だ。

それに、彼が感染源なら私はとっくにモールデッドになっている。

また、特異菌やB.O.Wについては既に対策チームを編成した」

 

「対策チーム……?」

 

「この件に関してはイーサンと戦艦・長門が共同で調査に当たる。

バイオテロに関する知識を持つイーサンと、

当鎮守府でも特に戦闘能力に秀でた長門君のペアが適任だと判断した……のだが。

これでは不十分だと思うものは遠慮なく手を挙げて欲しい」

 

“長門さん、なら大丈夫かな?”

“でも怪物になっちゃう菌なんて防ぎようが……”

“やっぱりイーサンって人がどうも……”

 

やはり場がざわめくが、手を挙げる者はいなかった。

 

「いないようだね。では、遅くなったがイーサンの紹介と、

現在この鎮守府を取り巻いている状況についての説明を終わる。

この場にいない者にもこの説明会の内容を追って通達する。一同、解散」

 

提督が終了を宣言すると、艦娘達はぞろぞろと作戦会議室から出ていった。

途中、俺を横目でちらちら見ながら去っていく者も少なくなかったが、

まぁ、仕方ないだろう。いきなり妙な外人を見せられて、

怪物と一緒にこの世界に来たけど無関係だから安心してね、で

納得しろという方が無理だ。

皆が出ていくと、俺は軽くストレッチして提督に話しかけた。

 

「なあ提督、感触としてはどうだ」

 

「半々と言ったところだろう。

B.O.Wや深海棲艦と戦った実績、金剛君を助けた事を評価する者もいれば、

そのB.O.Wを君が連れてきた、敵国のスパイだと疑念を抱いている者もいる」

 

「提督もそう思うか。俺も艦娘達の反応を見てそう感じた。特に銀髪」

 

「なに、落ち込むな!どこであれ、新入りは最初は似たような経験をするものだ!

お前には私という頼れる上官がいるではないか!

大船に乗った気持ちでいろと言っただろう!ハハハ!」

 

「だからお前の部下になった覚えはねえよ!

あと、いちいち声がデカいんだよ、馬鹿力に加えて!」

 

「なにおう!この私の激励を無碍にするつもりか!」

 

「ボリュームを落とせって言ってんだ!」

 

「はいはい、いつものケンカはそのくらいにして、執務室に戻ろうじゃないか」

 

提督が俺達の間に入り、無理矢理言い争いをストップした。

俺としても一刻も早く帰りたかったので助かったが。

しかし、香取の懸念は俺としても気になるところだ。

せめて特異菌が空気感染するのかしないかだけでもはっきりすれば、

だいぶ気が楽になるんだが。

 

さて、執務室で今日の出来事をまとめたら、さっさと帰って寝るとしよう。

今日は無駄な戦闘で疲れた。

収穫といえばスタビライザーで少し手先が器用になったことと……

長門が調子を取り戻したことくらいだな。

 

 

 

──本館 食堂

 

真夜中。

 

キィ……キィ……

 

「ああ……あ、ああ……」

 

そのマフラーを巻いた白髪の老婆は、車椅子に座りながら、うわ言を繰り返していた。

ただ独り。誰に気を留められることもなく。

 

 



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File7; Someone's Past Rival

5メートルほど先に木箱がある。普通のボロ板でできた箱。

中身が物資か爆弾トラップを見分ける方法は2つ。

複数本テープが巻かれているかどうかを見る、1本ならハズレ。そして、

箱の近くで耳を澄まして時計の針のような音がするかを聞く。カチコチ音がするなら手を出すな。

 

だが、今俺が見ている木箱のように判断に困る場合がある。

テープの上にテープが巻かれ、1本に見えている。

かと言って、耳を澄ましても常に海から波の音が響く鎮守府では中の小さな音が聞こえない。

1本に見えてはいるが、二重にテープ巻かれているので多分大丈夫だろうとは思うが、

俺は確証が持てる時以外は離れて壊すことにしている。“多分”で死にたくはない。

 

で、どうやって離れて壊すのかって?撃つに決まってる。

俺はハンドガンG17を手に取り、木箱を狙う。

 

「ねえねえ、イーサン!あれには何が入ってるのかな!?」

 

はしゃぎながら俺の肩を叩くプリンツ・オイゲン。

昨日の作戦会議室で会って以来、

物珍しさからか俺に付いてくるようになったツインテールの少女。

軍服の黒十字から見て、恐らくドイツ人。

欧米人の艦娘に会うのは初めてで、俺もなんとなく興味があるので一緒にいる。

 

「ああ、肩を叩くな照準がぶれる!

開けるまでわからない。爆弾かもしれないから隠れてろ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

彼女は頭をかいて、俺達が身を隠しているコンクリートの仕切りに引っ込んだ。

俺は周辺及び弾道に人がいないことを確認し、トリガーを引く。

一発発砲。

乾いた音を立てて木箱が崩れる。当たりだったようだ。

だが、無駄弾だとは思っていない。ハンドガン一発で命が買えるなら安いものだ。

 

「当たりだー!何が出たかな、何が出たかな!」

 

「焦らなくてもアイテムは逃げない」

 

俺は仕切りから飛び出したプリンツを歩いて追いかけた。さて、何が当たったのだろう。

今日、俺は鎮守府全体に散らばった木箱を開けて回っていた。

ワークベンチで作れる物資に限界がある以上、

別の方法でもアイテムを補給する必要がある。

 

壊れた木箱に近寄ると、先に着いたプリンツが興味深げに現れたものを見ていた。

遅れてきた俺がそれを手に取る。油紙に乗せられた黒色火薬。ガンパウダーだった。

 

「これは助かる。

ハンドガンの弾だって、工廠で作るには薬液とスクラップが必要だからな」

 

「ふーん、それは拳銃弾の材料なんだ」

 

「そう。こいつをさっき拾った薬液と調合するとハンドガンの弾に早変わりする」

 

「それって今できる?見せて見せて!」

 

「ああ、待ってろ」

 

俺はバックパックからワークベンチから持ってきた簡易弾薬生成キットを取り出した。

キットとは言っても他のプラスチックの型と変わらない。

ただ、いつでもどの弾薬も作れるよう、

全ての弾薬の型が少しずつ開けられているだけだ。

 

ハンドガンの穴に指示線までガンパウダーを入れ、先程拾った薬液を入れようとした。

そこで手が止まる。今、俺は2つの薬液を持っている。

1つは薄黄色の普通の薬液、もう1つは赤い強力な薬液だ。

普通の方を使えば普通の弾丸が出来上がる。

貴重な赤を使えば火薬の量を増した強装弾が出来上がる。どうするべきか。

 

……悩んだ末、赤の薬液を入れることにした。

ハンドガンは普通の弾だけでは正直戦力として不安が残る。

だから威力の高い強力な弾丸を持っていてもいいだろうと考えたのだ。

赤い薬液のキャップを開けると、プリンツが目を輝かせて俺の作業を見守る。

彼女は明石と似たところがあるな。彼女も呼んでやれば良かった。

 

とにかく俺は生成キットに、また指示線まで薬液を注いだ。

するとガンパウダーが泡を立てて変質し、しばらく待つと

通常の弾丸よりきつく火薬が詰まったハンドガンの弾、強装弾に生まれ変わった。

 

「すごーい!どうして火薬が金属に?」

 

「こいつに関しては一切が謎だ。俺にもわからないが、頼るしかないのが現状だ」

 

強装弾を型から取り出す。まだガンパウダーと薬液は残っている。

俺は残りの材料で強装弾を作り終えた。その数10発。悪くない。

貴重なマグナムを連発しなくて済みそうだ。

……だが、強装弾とて重要なアイテムには変わりない。

その攻撃力を最大限に活かしたい。そうだ、あれを作ろう。

思い立った俺は、今度は工廠に向かおうとした。

 

「なあプリンツ、今度はこの弾専用の拳銃を作ろうと思うんだが、工廠に来るか?」

 

「見たい!私も……」

 

 

「プリンツ・オイゲンさん!その人から離れなさい!」

 

 

その時、後ろからどこかで聞いた声が飛んできた。

振り返ると、銀髪の眼鏡が俺を教鞭で指していた。ああ、他の艦娘より心配症の彼女か。

 

「あ、カトリン!グーテン・ターク!」

 

呑気に挨拶するプリンツを無視して、確か……香取だったか。彼女は俺に叫ぶ。

 

「貴方も、安易に艦娘に近寄らないでくださいまし!

妙な病原菌を媒介されては取り返しが付きません!」

 

俺はため息を付いた。もう俺を警戒するなとは言わない。

ただ同じことを二度言わせるのだけは勘弁してくれ。精神的疲労が想像以上に大きい。

 

「あんた、昨日提督の話聞いてなかったのか?

俺に特異菌が付着してるならとっくに提督はモールデッドになってる」

 

「ねー、ケンカはやめようよー、カトリン。

今日、しばらくイーサンと一緒にいたけど、なんともないよ、私」

 

「プリンツさん!彼から離れるよう言ったはずですよ!

これ以上安全が担保できない人物と行動を共にするなら、

貴方の評価にも反映せざるを得ません!」

 

「そんなー」

 

うんざり感が若干の苛つきに変わる。ちょっと一言、言ってやることにした。

 

「なあ、香取とか言ったな。あんたは何の権利があって彼女に命令してるんだ?

提督に聞いたが、あんたもただの艦娘の一人だろう」

 

「オホン。わたくしは!艦娘全体の安定的かつ効率的な能力向上の為に、

実戦での成績だけでなく、皆の生活態度、規律を重んじる心を総合的に審査し、

提督に報告する役目を背負っています。

もちろんその結果は艦娘の練度評価にもつながっています。

ですから、貴方のような危険人物との接触を見過ごすわけには行かないのです」

 

「まるであんたが艦娘の先生みたいな言い方だが、

さっきの“俺から離れないと成績を下げてやる”、みたいな脅し方が気に入らない。

俺を怖がるのは勝手だが、職権を乱用して他の仲間を巻き込むな」

 

「……なんですって?わたくしは怖がってなど!ただ、貴方が現れると同時に、

怪物の襲撃や深海棲艦の死体化が立て続けに起こったのは事実。

その原因を説明できない間は、貴方の方も

無闇な艦娘との接触を控えるのが筋というものでしょう。

それに……わたくしを職権乱用と言いましたが、君子危うきに、と言うものです。

無用な危険に近づく危機意識の低い艦娘の評価が下がるのは致し方ないこと。

なにか問題でも?」

 

「あんたはいくつも提督の言葉を無視してる。

怪物に関しては俺と長門の調査チームが結成されたことは昨日聞いただろう。

その時、彼はこのチームで不足はないか意見を聞いたが、

あんた手を挙げなかったじゃないか。

それに、俺がどっかの国の工作員じゃないかとも疑ってるみたいだが、

あの日B.O.W.は俺がいなくても艦娘達を襲撃してた。

それに、わざわざスパイが海に出て深海棲艦と戦うと思うか?

事前に奴らに賄賂を渡して俺を殺さないよう示し合わせてたとでも?

とにかく、あんたは根拠のない疑心暗鬼にもっともらしい理由を付けてるだけだ。

それでも納得行かないなら、プリンツ・オイゲンは

イーサン・ウィンターズとアイテム探しをしていたから落第だ、って提督に報告しろ。

二度とあんたの報告書は受け取らないだろうよ」

 

「この……!」

 

まくし立ててやると香取の教鞭を持つ手が震える。やっぱり熱くなりやすいタイプらしい。

 

「お願いだからー。カトリンもイーサンもその辺にしようよ……」

 

板挟みの状況にすっかり困った顔をするプリンツ。

 

「もう、勝手になさい!」

 

香取は踵を返して去っていった。彼女の姿が見えなくなると、

俺も黙って工廠へと歩きだした。プリンツが俺に駆け寄ってくる。

 

「イーサン、カトリンも悪気があるわけじゃないの。

厳しいところもあるけど、いつもしっかり私達を見てくれてる。

激しい戦いの中でも私達に気を配って、

後で直したほうがいい癖とか戦い方とかをアドバイスしてくれるの」

 

「……俺のことは気にしなくていい。それよりプリンツ、悪かったな。

なんだか彼女と気まずくなるようなことして」

 

「大丈夫、ちょっと口喧嘩の切っ掛けになったくらいで私に当たったりしないよー」

 

「そうか……ならいいんだ。でも、今日はこのくらいにした方がいい。

ここでお別れだな。俺はこれからやることがある」

 

「うん、そうだね。Tschüss!(チュース)(バイバイ)」

 

その場で彼女と別れた俺は、再度工廠へと足を向けた。

 

 

 

──工廠

 

またいつものように、小人たちが忙しく

大小様々な装備品や設備をハンマーで叩いている。俺は破砕機の様子を見てみた。

かなりスクラップが貯まっている。これなら行けそうだ。辺りを見回すが明石がいない。

小人に聞いてみるが首を横に振るだけだ。仕方がない。俺だけで作業を……

 

「ストオオオップ!!」

 

突然艦娘建造ドックの自動ドアが開き、明石が猛ダッシュで滑り込んできた。

 

「うわっ!なんだ、そこにいたのか」

 

「はぁ…はぁ…約束したでしょ、新しい物作る時は見せるって!」

 

「悪い、君の姿が見当たらなかったから……」

 

「絶対ダメよ!ふぅ、それは、まだまだ、謎だらけ……明石の、知的探究心が……」

 

「わかったわかった、俺が悪かった!とにかく息を整えて落ち着け、まだ作らないから」

 

俺は彼女をなだめて息が落ち着くのを待った。その間ハンドブックを開いて

目的の物を探していると、ようやく彼女が深呼吸して普通に喋れるようになった。

 

「もう、油断も隙もないんだから。

また明石に内緒で何か作ったらスクラップ全部没収だからね!」

 

「別に内緒にしたつもりはないんだが……気をつけるよ」

 

「それで?今度は何を作るの!」

 

新たな作品への期待に胸を膨らませる明石。怒ったり喜んだり忙しい。

俺はハンドガンのカテゴリーのページを見せた。

 

「“アルバート-01R”。スペックを見るとハンドガンの中では攻撃力が突出してる。

だが……癖の強い銃だな。3発しか装填できない上に反動も大きい。

でも、強装弾と組み合わせればマグナム並の威力が期待できるな」

 

箱のケースに詰めた強装弾をワークベンチに置くと、また明石が怒り出した。

 

「あーまた!やっぱり明石に黙って面白いことして!」

 

「これは違う!ワークベンチじゃなくて、

木箱から拾ったアイテムをその場で調合しただけだ。嘘じゃない」

 

「むむっ、これからはそれも見せて!」

 

「努力はするが確約はできない。また敵襲が起きたら

戦いながらのアイテム回収・合成を余儀なくされることもあるからな。

……そろそろ本命作りたいんだが、始めていいか?」

 

「うん!早く、早く!」

 

本当にコロコロと表情が変わる。

俺はハンドブックの番号が振られた鋳型を取り出し、作業を開始した。

銃身の作成に必要なスクラップは意外と少ない。

今回はハンドガン1丁ということで鋳型も1枚で済んだ。溶鉱炉にスクラップを放り込み、

溶けた金属を鋳型に流す。そして、いつも通りの手順で仕上げたパーツを組み立てる。

 

「よし、完成だ」

 

「うわあ……大っきいね」

 

マグナム並の大きさを誇るハンドガンが完成した。さっそく強装弾を装填する。

よし、準備が整ったぞ。4つあるホルスターの1つに装備した。

これで並のモールデッドなら一撃で仕留められるはずだ。

俺のエイミングが正確なら、の話だが。

 

「ふむふむなるほど、

装弾数を犠牲にしてバレルを大型にすることにより弾速と安定性を……」

 

明石はなにやらブツブツ言っているが、俺は役に立つものが手に入ればそれで十分だし、

彼女も満足したならそれでなによりだ。

 

「今日の所は本当にこれで最後だ。邪魔したな」

 

「明石は大体いつも工廠のどこかにいるからねー」

 

明石が手を振って見送ってくれた。広場を抜け海沿いの堤防をぶらぶらと歩く。

さて、今日は今のところ平穏だ。これから何を……ピピッ、ピピッ。

と、思ったのも束の間。平穏はあっさり打ち破られる。コデックスに着信。

つまりルーカスからの電話だ。無視しようかと思ったが、

口を滑らせて向こうの状況を喋らないとも限らない。俺は嫌々通話ボタンを押した。

 

 

 

『よう、元気か相棒。それにしても、お前強えな!親父殺すの何度目だ?

とにかく、無事第2ステージをクリアしたイーサンに乾杯だ!』

 

「ルーカス!ジャックを送り込んだのはお前か!?」

 

『だって親父がどうしても行きたいってたんだからさぁ。また腕ぶち切られるのやだし』

 

「ふざけんな!何人死んだと思ってる!」

 

『大声出すなって!俺だってこんな事になるとは思ってなかったんだよぉ。

ただお前に会いたがってたんだからさ』

 

「なら、黒いドレスの女の子は?あの子は誰だ!」

 

『あー、エヴリンもそっちか……悪りぃ、それは本当に知らねえ。

ったく、あいつは何考えてるのか本当わかんねえ』

 

「エヴリンって誰だ!深海棲艦が転化したこともすっとぼける気か!」

 

『だからそれも知らねえって。エヴリンの仕業だよ。

エヴリンは家族だ。……あいつが言うには。

俺はただ、お前に、純粋にゲームを楽しんで貰いたいだけなんだよ。信じてくれって』

 

「ゲームだと!?お前のせいで無関係な大勢の人間の人生が滅茶苦茶になったんだぞ!」

 

『無関係な人間、だぁ?ひょっとして艦娘共のこと言ってんのか?

放っときゃいいんだって、そんなの。もうお前も知ってんだろ。

連中が金属や燃料から造られた作り物だってこと』

 

「どうでもいいだろ、生まれ方なんか!

少なくともマーガレットから引っ張り出された

お前みたいなゲテモノよりはよっぽどマシだ!」

 

『あーあー、すっかりゲームにはまり込んじまったみたいだなぁ。

友人としては寂しいぜ。じゃあ、お前を一旦目覚めさせてやる。

”解体処分”。このキーワードについて提督に尋ねてみろ。

人間と艦娘の決定的な違いがわかると思うぜ。じゃあ、頭が冷えた頃にまた連絡する』

 

「おい、どういうことだ!おい!」

 

既に通話は切られていた。俺は腹立ちまぎれに足元の芝を蹴った。緑の葉が舞い散る。

……しかし、奴が言っていたキーワード。何かが引っかかる。

ルーカスから聞いたのに、どこかで聞いたような。いや、考えていてもしかたない。

とにかく提督に聞いてみよう。俺は本館の大扉へ向かった。

 

 

──執務室

 

コンコンコン。と華麗な彫刻が施されたドアをノックする。

 

「提督、イーサンだ。今、ちょっといいか?」

 

“ああ構わないよ。入ってくれ”

 

ドアを開けて執務室に入ると、提督がデスクに着いて何やら難しそうな書面に

サインをしており、長門は書類の詰まったダンボールを運んでいた。

俺はゆっくりと提督に歩み寄った。

すると提督の方からいつもの微かな笑顔で話しかけてきた。

 

「どうしたんだい。また何か送られてきたのかな」

 

「いや、聞きたいことがあって来た。……提督、“解体処分”ってなんだ」

 

場の空気が凍りついたことが俺でもわかる。

長門が作業の手を止めてこちらを見ていることも。

 

「イーサン……誰からその言葉を?」

 

「ルーカスの野郎だ。

人間と艦娘の決定的な違い、らしいんだが、知っているなら教えてくれ。

……思い出した!金剛が重傷を負って閉じこもったときもそう言ってたよな」

 

 

”お願い、ワタシを解体処分して!”

 

 

「なんということだ……

まだ時期尚早、いや、あるいはもっと早く話すべきだったのかもしれない」

 

提督が深い嘆きを吐き出すように息をついた。後ろから長門が話しかけてきた。

 

「イーサン……どうしても今でなければ駄目か?本当に今知りたいことなのか?」

 

「今、知る必要がある。知らないことで長門達に負担をかけているかもしれない。

だから、このままズルズル先延ばしにしたくはない」

 

「そんなことはない。艦娘建造システムは提督が適正に運用していて……」

 

「いや、いいよ長門君。いつかは打ち明ける必要があった。

イーサン、話そうじゃないか。“解体処分”について」

 

「ああ、頼む」

 

提督はデスクから立ち上がり、窓から工廠の建物を眺めながら真実を告げた。

 

「解体処分とは、艦娘建造システムの機能のひとつ。

艦娘をポッドに戻して分解処理を施し、ただの資材に戻すことだ。

もっとも、得られる量は僅かなものだが」

 

「……!!それって、要するに、軍規に反した艦娘を処刑するってことなのか?」

 

絶句し、救いにならない可能性を信じて問う。だが提督は首を振る。そして続けた。

 

「違うよ。我々は毎日のように新たな艦娘を建造しているのだが……

彼女達が住む宿舎の部屋には限りがある。

そこで艦娘を収容できるスペースがなくなった時、

新たに建造した艦娘か、既存の艦娘のうち、どちらかを解体処分する必要があるんだ」

 

頭が真っ白になる。提督は一体何を言ってるんだ?

 

「お、おい、ふざけんなよ……部屋が足りないから殺します、ってどういうことだ!!」

 

俺は提督に掴みかかろうとしたが、長門に羽交い締めにされ、彼に近づけない。

 

「落ち着けイーサン!やむを得ないことなのだ!仕方ないんだ!」

 

「なんでだよ!お前も艦娘だろう!単なる居住スペースの問題で仲間が殺されてるのに、

何がやむを得ないんだ!」

 

「まだ建造システムは不完全なのだ!必要な艦種が確実に生まれるとは限らない!

既に存在する艦娘、目的でない艦種が生まれることの方が多いんだ!」

 

「理由になるかよ!部屋がないなら作ればいいだろう!」

 

「イーサン。君の怒り、疑問はもっともだ。確かに宿舎が足りないなら増やせばいい。

だが、かつてそれを実践したことにより悲劇が起きた」

 

「悲劇……?」

 

意外な言葉に俺は暴れるのをやめた。

 

「“導き手”によって艦娘建造システムがもたらされた当時、やはり君のように

“住処がないなら作ればいい”、“せっかくの兵員を失う意味はない”、との思いから、

山を切り開き、整地し、日本各地でいくつもの団地の建設ラッシュが始まった。

“艦娘団地”という住所が生まれたくらいだ。

結果、1つの鎮守府では管理しきれないほどの艦娘であふれかえった。

そんな時、事件は起こった」

 

話に聞き入る俺。俺を解放した長門は辛そうに目を閉じた。

 

「ある日、団地の一室でひとりの艦娘が首を吊って自殺した。

メモ帳に殴り書きされた遺書も見つかった」

 

「なんて書いてあったんだ……?」

 

《誰も私を必要としてくれない。生まれてこなければよかった》

 

「あまりにも多くの艦娘を生み出してしまったために、

一人一人の生活状態にまで管理が及ばなかったんだ。

後でわかったことだが、彼女は生まれてからずっと一度も

出撃にも遠征にも出してもらったことがなかったんだ。

提督が無数の艦娘を扱いきれなかったせいで。

内気な性格で、悩みを打ち明けられる友人もいなかったらしい。

つまり、彼女は生まれてから死ぬまでを団地の片隅で一人孤独に過ごしていたんだ」

 

残酷な事実に、俺はただ黙って提督の話に耳を傾ける。

 

「その事件をきっかけに、艦娘団地の建設は中止され、

大本営の通達で、艦娘の住宅に関する厳しい規定が公布された。

一つ、艦娘の住宅は鎮守府の敷地内に限り建設を許可する。

二つ、増築は各鎮守府の資金で行うこと。

三つ、増築の上限は提督の階級に比例するものとする……

無尽蔵な宿舎建設を防ぎ、提督による艦娘の安全管理を確実にするために

定められたものだ」

 

「……なあ、その艦娘団地は、今、どうなってる?」

 

「もう使われていない。廃墟だよ」

 

「団地が使われなくなった後、散り散りになった艦娘達の中で、

鎮守府の宿舎に入りきれなかった者達はどうなった……?」

 

「……政府が決めた基準に従い、各鎮守府の提督が解体処分を行った」

 

「他に方法はなかったのかよ!民間のアパートを借りるとか、

ローテーションを組んで深海棲艦の掃討に当たらせるとか!!」

 

鎮守府の悲惨な過去に気が動転した俺は、提督に感情をありのままにぶつける。

 

「どうしようもなかったのだ!

”補助的人権”しかない我々艦娘が賃貸契約を結ぶことはできないし、

数え切れない艦娘を1から育てていては、

深海棲艦の侵攻を食い止めることができなかったんだ!」

 

補助的人権。どこか不穏当な言葉について意味を尋ねてみる。

 

「長門……補助的人権ってなんだ?」

 

「艦娘に与えられる範囲を限定された人権のことだ。

さっき言ったように、名字を持たない我々は部屋を借りることができないし、

裁判に掛けられた場合も弁護士を呼ぶ権利がない。

危険な兵器であり人でもある我々が、人間社会の中で人と共存していくために

必要な措置だったんだ」

 

「お前、それでいいのかよ!

都合のいい時だけ深海棲艦と戦わされて、当たり前の権利すら与えられない!」

 

「……イーサン。私は戦わされているとは思っていない。

海の脅威から人々を守り、平和を取り戻したい。それは私だけの正直な気持ちだ」

 

「提督、あんたはどう思ってるんだ!このままでいいと思ってるのか?

そんなわけないよな!あんたらにも事情があることはわかったよ。

でも、あんたなら、海軍の偉いさんに何か一つでも状況を変えるための

具申くらいはしてくれたんだろう?」

 

「すまない、私には、何もできなかった。

今説明した艦娘の住宅事情や補助的人権については、

海軍ではなく国連で締結された条約に基づくものだ。

世界の決定に対し、ただの一提督にできることは何もなかった」

 

「畜生!!」

 

無情な回答に俺は壁を殴った。

提督には何の非もないことはわかっているが、感情のやり場が見つからない。

そんな俺に長門がゆっくりと説き伏せるように話しかける。

 

「イーサン……お前が我々のために怒ってくれているのは有り難い。

だが、お前が思っているほど私たちは不自由していない。補助的とはいえ人権は人権だ。

普通に生活している分には不便を感じたことはないし、

理不尽な迫害に遭ったとしてもやはり守られる。何も心配することはない」

 

「……悪かった、提督、長門。興奮しすぎた。外で頭を冷やしてくる。

この世界の状況はわかってたはずなのにな」

 

「気にするな!まぁ、茶でも飲んで落ち着け、ハハハ!」

 

長門が無理に笑って励ましてくれる。

たった5日で俺達の関係もずいぶん変わった気がする。

 

「イーサン、きっと人として正しいのは君なんだと思う。

でも、今の我々には君の理想を実践するだけの力がない。

本当に、“恥”の意味を考えさせられる」

 

「……いや、何もできないのは俺も同じなのに、大声を出して済まなかった。

恥は日本人の美徳だと聞いてる。提督にはそれがあるってことがわかってなによりだ。

それじゃあ、騒がせたな」

 

俺は執務室から出ていったが、行くあてがない。

この世界の真実を知ってしばらく何も考えられずにうろうろしていた。

ユラヒメに与えられたテクノロジーで世界はとりあえず平穏になったと考えていたが、

それは間違いだった。あのポッドは、艦娘達の揺りかごであり、棺桶なのだ。

そんなことを思っていたら、いつの間にか自室の前に戻っていた。今日はもういい。

中で休むことにした。鍵を開けて中に入る。

バックパックを下ろしてベッドに大の字になると、電話が鳴った。ゾイだ。

急いで受話器を上げる。

 

「ゾイ?なにかあった──」

 

「イーサン!私よ、ミア!やっと繋がった!」

 

行方不明の妻だった。

 

 



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File8; Funny Bakers' Dining

電話越しに再会した妻は泣いていた。

彼女の声を聞くのは、ジャックに廃屋から屋敷に連れてこられる途中、

意識を失っている間に離れ離れになって以来だ。俺も胸に熱いものがこみ上げる。

だが、今はそれどころじゃない。

あふれ出す気持ちを押さえ込んで冷静に互いの状況を確認しようと試みる。

ミアは嗚咽を漏らしながら言葉を紡ぐ。

 

『ううっ、イーサン。ずっと探してた……うっ、ああっ!私、あなたに酷いことを……』

 

「いいんだ、君が無事でいてくれただけで十分だ。

多分……君もあの一家と同じものに冒されてたんだと思う」

 

『そう、私もカビに冒されてる。

あの時は……ぐすっ、エヴリンに意識を支配されて……』

 

「もしかして、エヴリンってのは、髪もドレスも黒い女の子のことか?」

 

『知ってるの!?あなたは大丈夫なの?おかしな幻覚に惑わされてない?

私は、急に意識が解放されて、気がついたら中庭に』

 

「俺は大丈夫。……彼女を知ってるってことは、

君はあの家族と何か関わりがあったってことなんだね」

 

『ごめんなさい。本当にごめんなさい……

私、あなたに嘘をついた。全部私のせいなの!』

 

「落ち着いて。知ってることを話してくれ。そうだな、まず、君は今どこから電話を?」

 

『トレーラーハウスの中。電話のそばに、おかしな番号が書かれたメモがあったから、

かけてみたらあなたが出たの。ねぇ、あなたは、今どこにいるの?』

 

「話すと長くなる。とにかく、ルーカスの罠にはまって、

今は屋敷から遠く離れた場所に……軟禁されてる。

こっちから外部に連絡する手段もないんだ」

 

『そう……とにかく、あなたが無事でよかった。本当に』

 

「俺は大丈夫。

それより、さっき言っていた嘘ってなんだい?君のせいってどういうことだ?」

 

『彼女を連れてきたのは私!私のせいでみんながおかしくなって!

……ああっ!私の、任務……それは……』

 

電話の向こうから人が倒れる音が聞こえた。そして足音。

倒れた者を抱えてどこかに寝かせているようだ。俺は受話器に向かって大声で叫ぶ。

 

「そこに誰かいるのか!ルーカスか!?ミアに何をしている!」

 

すると、向こうの受話器がゴトッと音を立て、返答が返ってきた。

 

『大丈夫、あたしだよ。ゾイ』

 

「ああ、よかった。……ゾイ、この前送ってくれたファイルだが、君の記録を見た。

全部ミアのせいって何のことだ?」

 

『文字通りの意味だよ。長くなるからまずそっちの状況を。そっちの具合はどう?』

 

「とうとうこっちのB.O.Wまで特異菌に冒され始めた。

元気よく大砲や魚雷を撃ってた連中が、

噛み付いたり引っ掻いたりしかできなくなった!」

 

『じゃあ、エヴリンもそっちに行ったんだね。じゃなきゃそうはならない』

 

「ゾイもエヴリンって子を知ってるのか?

B.O.Wの群れを一瞬で挽肉にして消えていった。海の上でだぞ!?」

 

『あの子に場所は関係ない。菌が届く範囲ならね。

もうわかるでしょ、私達一家はエヴリンのせいで化け物に変えられたの』

 

「その、エヴリンが一体どうやって」

 

『詳しくは分からない。

でも、ある嵐の夜、ジャックが難破した船から流れ着いたあの子とミアを連れて帰ってから

全てがおかしくなった。まずは母さん、それから父さんが次々と。

ルーカスはどうしてたのか知らないけど、

とにかくこの家でまだ化け物になってないのは私だけ』

 

「ミアは、なんでそんなやつと一緒にいたんだ?」

 

『わかんない。目が覚めたらもう少し話を聞いてみる。それじゃあ』

 

「ああ、頼む……」

 

呆然として受話器を置く。考えが上手く整理できず、しばらく突っ立ったままだった。

ベイカー家が化け物になったのはミアのせい?ミアはエヴリンと何をしていたんだ?

わからない、どうしてもわからない。

俺は来客用の清潔なベッドに腰掛け、ただぼんやり床を見つめていた。

 

 

 

──執務室

 

……おや、居眠りをしてしまったようだ。長門君はもういない。デスクにメモがある。

 

『指定の書類を探しておいた。お疲れのようだったから私は失礼する。 長門』

 

彼女に悪いことをしてしまったな。私もちゃんと自分の部屋で……!

立ち上がろうとするとガチガチと何かが音を立てて邪魔をする。なんだこれは!

左腕が手錠で肘掛けに固定されている。一体誰の仕業だ、一体いつの間に!?

私が力任せに手錠の鎖を外そうとしていると、外からヒタヒタと足音が近づいてきて、

ドアの前で止まった。そして、ノックもなくドアが開かれると、

 

「よいしょ。両手が塞がってると出入りも不自由だねぇ」

 

“そいつ”が執務室に入ってきた。中年らしき女性。

しかし、ボサボサの髪、くぼんだ目、土色の肌のせいで老婆にすら見える。

女は私に気づくと、ニッコリ笑いかけながら近づいてきた。

 

「もう起きたのかい、ねぼすけさん。

さぁ、お前のために夕食を作ってきてやったよ。ほら、食べな」

 

彼女が食事の形をした物体を乗せたトレーを私のデスクに置いた。

……だが、私にはヘドロで生ゴミを煮込んだような汚物にしか見えない。

添え物には、何かの腸らしき緑色の奇妙な物体。臭いで既に吐きそうだ。

 

「すっかり寒くなったからね。今日はシチューにしたよ。

腕によりをかけて作ったんだ。どうだい、旨そうだろう?」

 

彼女がぎらついた目で問いかけてくる。どう答えるべきだ?

大声で助けを呼ぶべきか、機嫌を損ねず脱出の機会を窺うべきか、

それとも腰のピストルで戦うべきか……

こいつはきっとイーサンが話していた狂った一家のひとりに違いない。

私一人で倒せる相手ではないだろう。

身動きが取れない今、無闇に刺激するのは危険だ。私が選んだ選択肢は。

 

「……うん、なんと言うか、とっても!……いい匂いだ。

すごく美味しそうだ、とっても」

 

すると彼女は不健康そうな顔をシワだらけにして喜んだ。

 

「あぁ、そうだろう!

こっちの皿はベイカーズ・スペシャルって言ってね、この家じゃ一番のご馳走なんだよ。

さあ、私は用事を片付けなくちゃ。戻るまでに食べるんだよ、いいね!」

 

そして彼女は退室し、どこから手に入れたのか

この部屋の鍵でドアを施錠して去っていった。用事とはなんだろう。

いや、そんなことより、まずはここから脱出しなくては。

大声で叫べば3階のイーサンは気づいてくれるだろうか?駄目だ、リスクがでかすぎる。

あの女が戻ってくる可能性の方が高い。自力で脱出するしかないだろう。

 

私は手の届くデスクの上にあるものを確認した。

料理という名のゴミ、スプーン、万年筆、数枚の書類、引き出しの中には、

ファイルの束しか入っていない。

とりあえず私は万年筆を手に取り、テコの原理で手錠のつなぎ目の部分に力を入れ、

内部の金具を壊し、とりあえず拘束を解くことに成功した。

 

急いでドアに駆け寄り、開こうとする。

だが、ポケットに手を突っ込んだが、肝心の鍵が抜き取られていた。

しかも、鍵穴自体が潰されており、

向こう側からしか鍵の開閉ができないようになっている。

くそっ、ここまで部屋を細工されていて、どうして気づかなかったんだ。

 

悔やむのは後だ。まず部屋の内部を見回す。デスクはもう調べた。

隅には対面式ソファ2つ。その間のテーブルに重そうなガラス製の灰皿が置かれている。

念のため灰皿を調べてみた。私は煙草を嗜まないが、よく上官が視察や面会に来る。

彼らが吸った葉巻の灰が大分溜まっている。

 

こんなところになにもないか、と思ったが、灰の中から何かが頭を覗かせていた。

摘んでみると、細いタイピンだった。来客が落としたのだろうか。

何かの役に立つかもしれない。とりあえずポケットに入れた。

 

すると、外から足音が近づいてきた。きっとあの怪物女だ。

部屋をうろついていたことがバレたら、間違いなく戦闘になるだろう。

そうなればアウトだ。私は席に戻り、こじ開けた手錠を手にかけて、形だけ元に戻した。

同時にドアが開き、さっきの女が入ってきた。女はキョロキョロと辺りを見回す。

 

「う~ん、変だねえ……あんた、何か動かしたかい?」

 

「いや、何も」

 

「それならいいんだけど……あ、こいつ!ちっとも食べてないじゃないか!

どういうことだい!」

 

女が激怒し鬼のような形相で私に詰め寄ってくる。手錠の細工がばれなければいいが。

 

「あんたのために作ったんだよ!それをなんだい!

あたしの料理が食べられないって言うのかい!!」

 

「ごめんよ、胃の具合が悪くて、食べられなかった……」

 

すると、彼女は表情をコロリと変えて、また不気味な笑顔を浮かべた。

 

「なんだい、それならそうと早く言いな。

今度は胃に優しいものを作ってやるから、少しお待ち」

 

そして女はトレーを下げて出ていった。もちろんドアに鍵を掛けるのを忘れずに。

ほっとした私は再び部屋の探索に戻る。今度は給湯室を探してみる。

いろいろ棚や引き出しを開けてみるが、意外と役立ちそうなものが見つからない。

果物ナイフが一本見つかったが、これであの女と戦うのは無謀だろう。

 

すぐに部屋に戻り再度部屋全体を見回すが、

何も脱出を助けてくれそうなものが見当たらない。

くそ、どうして自分の部屋なのに何があるかもわからないんだ。今あるものはなんだ?

タイピンと果物ナイフ。これでどうしろと……私はデスクに手をついて途方に暮れる。

 

が、その時目に付いたもので閃いた。そうだ、別にドアから出る必要はない。

私は窓に近寄る。やはり鍵が潰されていたが、蝶番は平型だ。つまりネジを回せる。

タイピンをネジ頭に差し込み、ゆっくり慎重にネジを回す。

焦ってタイピンを壊したら終わりだ。……私はあえて一つの蝶番のネジを全部外さず、

2つ程度残してそれぞれの蝶番のネジを回していった。

今度マーガレットが来て去っていったら、一気に全てのネジを回して窓を外せるように。

 

案の定、また女の足音が聞こえてきた。私はすぐさま机に戻り、手錠を元に戻した。

同時にドアが開く。今度はトレーに大きな鍋を乗せている。

そして、また部屋の状況に不審な何かを感じた様子で、

 

「う~ん、やっぱりどこか違うねえ。

あんたがどこにも行くはずないし、どうなってるんだい」

 

なんて鋭さだ。たかがネジ数本の違いを感じ取るとは。

 

「まあ、なんともないならいいけどね。

ほら、“肉”と野菜のスープだよ。隠し味も入れてあるから精がつくよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「今度はちゃんと食べるんだよ。……あたしはあの子を探さなきゃ。

もう晩ごはんだってのに、どこほっつき歩いてんだか」

 

女はブツブツ文句を言いながらまた部屋から出ていった。と、同時に私は手錠を外し、

窓に向かおうと……思ったが、よせばいいのに鍋の中身に興味が湧いてしまった。

具が見えないほど黒く濁ったスープの中には、確かに野菜が浮かんでいる。

でも“肉”ってなんだ?私はフォークで鍋をかき混ぜてみる。ギョッとした。

1匹のネズミの死骸が引っ掛かった。

 

最初の料理が出された時、うっかり試しに一口だけ食べてみようかと思ったが、

やめておいて正解だった。私は大急ぎで窓に飛びつき、残りのネジを外した。

指先で蝶番から開放された窓の枠組みを掴んで外す。

吹き込んでくる冷たい潮風が私の頭を冷やし、冷静さを運んでくる。

 

続いて私は、果物ナイフでカーテンを切り取る。

ご丁寧にフックから外している暇はない。

二張りのカーテンを切り離すと、今度はそれぞれの端を結びつける。

更に、重量のあるデスクの足にしっかりと結ぶ。

手早くこれらの工程を終え、カーテンを窓の外に放り投げた。

1階には届かないが、端まで伝えば飛び降りられない高さではなくなる。

いざ降りようと窓の桟に足を掛けると、女の足音が聞こえてきた。

 

急がなければ!私はカーテンを両手でしっかりと掴み、

壁を蹴りながら先端まで降りていった。

そして飛び降りても安全に着地できる位置にたどり着くと、思い切って手を離した。

芝生に降り立つと私はイーサンを呼びに本館の玄関を目指して一気に裏庭を駆け抜けた。

 

 

 

──本館

 

音を立てないように本館の扉を開くと、2階から絶叫が聞こえてきた。

 

“あああ!!あの野郎逃げやがったよ!あたしが食事を作り直してやったのに!

せっかく作ってやったスープ全部残して!見つけたら虫のエサにしてやる!”

 

思った通り、あの女はイーサンの言っていた人間型B.O.Wに間違いない。

見つかったらおしまいだ。ばれないようにイーサンのいる3階までたどり着かなければ。

腕時計を見ると時刻は2000。幸か不幸か職員の艦娘はもう帰っている。

 

私は忍び足で2階へ続く階段を上るが、

上りきったところでハッ!として数段戻り身を隠す。

こちらに歩いてきた女と鉢合わせしそうになった。こっそり様子を窺う。

女はランタンを持って憤怒の形相で通り過ぎていった。

彼女の周りには羽虫が飛び回っている。

 

“出ておいで!逃がしゃしないよ!”

 

彼女に気配を悟られない距離まで離れたことを確かめると、私は急いで3階へ登った。

 

 

 

──客室

 

いつの間にか眠っていたらしい。ふと目が覚める。

洗面所で顔を洗って眠気を落としてさっぱりすると、ドアをノックする音が。

巻雲にしては大きい。俺はやはりドアロックをかけてから少しだけドアを開けた。

 

「イーサン、すぐ来てくれ。異常事態だ」

 

提督だった。俺はドアを閉めてドアロックを外し、すぐ外に出た。

 

「どうしたんだ、異常事態って」

 

「B.O.Wだ!恐らく君の言っていた“家族”に違いない。

さっきまで執務室に監禁されていたが、なんとか逃げ出した」

 

「なんだって!どんな奴だ!」

 

「シッ!声を落としてくれ。奴が私を探してうろついてる。

とにかく薄気味悪い女だ!全身に虫がたかっている」

 

俺達はかがんで話を再開した。

 

「間違いない、マーガレットだ。ジャックの妻だ」

 

「やっぱり知っていたんだね。危うくネズミの死体を食わされるところだった」

 

「酷い臭いだっただろう。本当は俺が倒すはずだったんだ。

だが、戦う前にルーカスの罠でこの世界に来た。

だから、本気で戦うのはこれが初めてだ。ジャックの時みたいには行かないと思う。

提督はここで鍵をかけて隠れててくれ」

 

「……いや、私も戦おう。武器ならある」

 

提督は果物ナイフと、細長いバレルに木製グリップが特徴の十四年式拳銃を見せた。

 

「正気か!相手は何をしてくるかわからない能力も未知数の化け物なんだぞ!?」

 

「曲がりなりにも私はここの提督だ。

鎮守府の中枢たるこの城を守れずに、鎮守府の長を名乗る資格はない。

……頼むイーサン。これでも軍人だ、足手まといにはならない。

せめて何か手伝わせてくれ」

 

俺は悩む。もし提督になにかあったら、俺はどう償えばいい。

だが……彼の必死な目を見るとその覚悟を“やめとけ”の一言で片付けたくはない。

 

「なら、まずは身を守る方法を覚えてくれ」

 

「教えてくれ!」

 

「奴は大量の虫を従えてる。手のひらくらいの大きな食人虫に出会ったときの対処だ。

そいつは最初、目の前を何度も左右に飛び回るが、落ち着いて待つんだ。

攻撃してくる直前、宙に静止するから、そこを狙ってナイフで突き刺せ」

 

「わかった」

 

「だが、スズメバチの大群のようなやつに出会ったら迷わず逃げろ。

ナイフや拳銃じゃ手に負えない。倒し切る前に穴だらけにされる。

逃げ切れないようなら大声で俺を呼べ」

 

「了解だ」

 

「あぁ、最後に聞きたいことがあるんだが、ここで火炎放射器をぶっ放しても問題は……

あるに決まってるよな?」

 

しかし、提督はニヤリと笑って答えた。

 

「心配無用だ。何しろ住人が住人だからな。

この本館には全体に強力な防火処理が施されている。ただし、爆発を伴うものは厳禁だ。

見た目通りの耐久力しかない」

 

「なるほど、グレネードランチャーは無理ってことか。だが問題ない」

 

俺はショットガンM37を構えて戦闘準備を整えた。

 

「固まってると二人共ダメージを受ける可能性が高い。

まず、提督はこの階にいてくれ、俺が2階にいるマーガレットに喧嘩を売ってくる。

あとは二人共出たとこ勝負だ」

 

「わかった、無事を祈るよ」

 

「あと、これだ」

 

俺は回復薬を1瓶提督に渡した。

 

「ありがとう、死ぬんじゃないぞ」

 

「任せろ」

 

そして、ショットガンM37を両手に2階に降りた俺は、

廊下の先にマーガレットの後ろ姿を見た。

 

“あたしの料理の何が不満だってんだい!

また捕まえて今度はホースで胃袋に流し込んでやる!”

 

「臭くて鼻が曲がりそうだって言ってたぞ!」

 

“なんだって!!”

 

俺はマーガレットが振り向いた瞬間、トリガーを引いた。

12ゲージ弾が破裂する音が本館中に響き、無数の散弾が奴の顔に突き刺さった。

顔中から出血しながら俺に叫ぶマーガレット。

 

「あんた!そんなところにいたのかい!

今度こそ縛り付けてでも私の料理を食わせてやる!」

 

「あんなもんは料理じゃない!腐った生ゴミ以下の廃棄物だ!」

 

「こいつめ!二度と生意気な口を効けなくしてやる!これでも喰らいな!」

 

マーガレットがランタンを振ると、

周囲の小型食人虫がひと固まりの群れになって襲い掛かってきた。

作ってから長らく放ったらかしだったが、ようやくこいつの出番が来た。

 

俺は必要最低限の鉄骨で作られたバーナーを構えて、

食人虫とマーガレットが一直線上になるよう狙いを定め、トリガーを引いた。

すると銃口から猛烈な勢いで炎が吹き出し、真っ暗な廊下を照らし出し、

食人虫と共にマーガレットを激しい炎で包み込んだ。

その熱風に俺も思わず顔をしかめる。

 

「ギャアアアア!!はぁっ、はぁっ!なんてことをするんだい、もう許さないよ!」

 

食人虫は全滅。マーガレットは手すりから飛び降り、1階ロビーに降りた。まずい。

 

「提督、聞こえてるか!マーガレットを見失った!周囲に気をつけろ」

 

“わかった!”

 

俺は1階に下りてマーガレットの捜索を始めた。いやな静寂だ。

背中に不快な汗が流れる。

バーナーを構えながら俺はアイテムボックスの辺りを探す。いない。

階段の裏側、いない。どこに行ったんだ?

 

「こっちだよ!!」

 

マーガレットがロビー中央の休憩スペースに設けられた植木の中から飛び出し、

俺に組み付いてきた。

奴は口から巨大なトカゲを吐き出し、俺の口にねじ込もうとしてくる。

 

すかさずサバイバルナイフを抜き、マーガレットの首に何度も突き刺した。

たまらず後ろに下がった敵に、再び火炎放射で攻撃する。

奴の身を焼く灼熱の炎がロビーに吹き荒れる。

ここが耐火仕様でなければとっくに全焼していただろう。

 

“アアアアアッ!!アアッ!熱い!熱い!なんだってあたしがこんな目に!!”

 

マーガレットがまたも目にも止まらぬ俊足で階段を駆け上がっていった。

俺は提督に声を掛ける。

 

「今度は2階だ!気をつけろ!」

 

“了解だ!”

 

俺はまた2階に戻りマーガレットの姿を探す。

しかし、今度は待てど暮らせど奴は姿を表さない。その時、

 

“あ…ああ……うう、うっ”

 

マーガレットの不気味な声がホール全体に響く。一体何が起こっているのか。

次に声を上げたのは提督だった。

 

“イーサン、こっちに食人虫が来た!……よし、仕留めた!”

 

「そっちにマーガレットは見当たらないか?」

 

“こっちには……いや、イーサン後ろだ!!”

 

「なにっ!」

 

振り返ると、廊下の対角線上の壁からマーガレットが飛びかかって

強烈な体当たりを食らわせてきた。

ガードが間に合わず、思い切り吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。

全身に鈍い痛みが走る。だが、痛がっている余裕もない。

 

悲鳴を上げる身体に鞭打って立ち上がると、そこには変異したマーガレットが。

腹部から下腹部が大きな卵嚢に変化し、

更に醜悪さを増したベイカー家の母が立っていた。

 

「ハッハッ、捕まえちゃうよ!」

 

……俺はバーナーを一旦ホルスターに引っ掛け、1丁の銃を取り出した。

アルバート-01R。強装弾を装填した大型拳銃を構え、

撃ってくれと言わんばかりの卵嚢に一撃をお見舞いした。

 

どのメーカーさえもわからない無骨な銃が、銃口から

耳を貫く銃声、炎、煤、そして多量のガンパウダーで強化された弾丸を打ち出した。

強装弾は螺旋を描きながらまっすぐにマーガレットに直撃、卵嚢に深く食い込んだ。

一発放ったアルバートが、ガコンと内部の機構を戻すような重い音を立てる。

 

「ぎゃああっ!」

 

マーガレットがよろける。やはりとてつもない破壊力だ。

俺は立て続けに2発を打ち込んだ。

その時、パシン、パシンと上の階から身を乗り出し、提督も援護射撃を敢行してきた。

 

「これでも、射撃は得意なんだ!」

 

「助かる!でもお互い無茶は無しだ!」

 

俺達の攻撃でたまらずマーガレットが蜘蛛のように壁を這い、1階に逃げ出す。

ちょうどこっちも弾切れだったので好都合。俺はリロードしながらマーガレットを探す。

アルバートを構えたまま1階の床、壁、遮蔽物と素早く視線を走らせる。

 

今度は楽に見つかった。なんと、奴が虫の卵らしきものをベンチに産み付けている。

素早く狙い撃って破壊したが間に合わず、

今度は小型食人虫の群れが3階へ飛んでいった。

 

「提督!小型がそっちに行ったぞ、逃げろ!」

 

「わかった!」

 

提督は手近な客室に避難した。俺は厄介な虫を殺すために

再度バーナーを手にしながら階段を上る。今日は下りたり上ったり忙しい!

 

3階に着くと、小型の群れが提督のいる部屋のドアにたかっている。

俺はバーナーを向け、炎を放ち、食人虫を焼き殺した。

燃料はまだあるか?残量を確認すると、あと半分くらい。

少なくともマーガレットにとどめを刺すには十分だ。いや、そうでないと困る。

 

俺は提督を呼ぼうとしたが、背後に殺気を感じ、

すかさずショットガンM37を構えて振り返る。3階まで登ってきたマーガレットが、

まさにこっちに飛びかかる瞬間だった。だが、一瞬の差で俺のトリガーが早かった。

 

またも本館に響く炸裂音。空中で12ゲージ弾を食らったマーガレットはバランスを崩し、

そのまま1階に落下した。ドシンという音が聞こえたので手すりから覗くと、

奴がジタバタしながらもがいていた。

 

“うえああああ……!!”

 

「提督、虫は片付けた!今だ!」

 

「すまない!」

 

客室から出た提督が再び戦闘態勢に入る。

彼とこうして面と向かって話したのがずいぶん昔のような気さえしてくる。

マーガレットはまだ1階で立ち上がれないでいる。

 

「奴の様子を見ててくれ、俺はあいつにとどめを刺す!」

 

「了解!」

 

マーガレットと決着をつけるべく、1階に降りた俺は、

アルバートと共に敵の元へ向かった。奴はまだそこにいた。

ようやく立ち上がった様子で、俺の姿を見ると、

また呻き声を上げて股から虫をひり出す。

 

「お前には恥じらいってもんがないのか!」

 

俺は忙しくバーナーに持ち替え、食人虫もろともマーガレットを焼き尽くす。

全身に火が回り、やはり逃げ出す。今度は1階の壁に飛びつき、ゴキブリの様に這う。

少なくとも、一気に3階までジャンプする体力は残ってないのだろう。

 

次はアルバート-01Rを構え、マーガレットを追撃する。

壁を動き回る奴の頭部に、正確に狙いを定め、少しだけ息を吸い、トリガーを引く。

吹き抜けのホール全体に響く破裂音、そして銃身の重い内部が動く音。

マーガレットは地面に転がっていた。命中。

 

俺は間髪を入れず残り2発を卵嚢に撃ち込んだ。奴はゆっくりと立ち上がる。

その間も、俺は容赦なくリロードし、強装弾を卵嚢に突き刺す。

両手が反動でしびれるが、またリロードし、最後の強装弾を放った。

その一発がまっすぐ突き進み、マーガレットの体内に突き刺さり、破裂すると、

奴が両膝をついた。

 

「あ、あああ……」

 

強装弾を使い果たした俺は、ショットガンに持ち替えるが、もう奴は動くことなく、

全身が真っ白になり、劣化した石膏の人形の様に、ボロボロと崩れ去っていった。

俺は油断することなく、ショットガンを構えたまま奴の死骸に近づく。

だが、もうマーガレットの身体は完全に風化しており、復活することはなかった。

 

これは……なんだ?死骸の中から光るものが見つかった。マーガレットのランタンだ。

役に立つかどうかはわからないが、念のため持っておこう。

そして俺は提督に声をかけた。

 

「おーい、提督!奴は死んだぞ!もう大丈夫だ!」

 

“ああ、よくやってくれた!”

 

3階から手を振る提督。とりあえず悪夢の夜を乗り切った俺達。

今後どうするかは明日決めよう。

 

 

 

 

──執務室

 

「そんなことがあったとは……すまない!私が提督のそばにいれば!」

 

翌日。事の経緯を聞いた長門が悔しそうな表情を見せる。

 

「君は悪くない。ただ定時に仕事を終えて宿舎に戻った、それだけなんだから。

誰にも防ぎようがなかった」

 

「ああ。今回は提督もB.O.W退治に大活躍だったからな。

あの奮闘を見せられなかったのは残念だ。マーガレットを背負い投げするわ、

ジャイアントスイングでぶん回すわの大立ち回りで……」

 

「なんだって!?くそっ、なぜ昨日残業しなかったのだ私!」

 

「イーサン!適当な脚色はやめてくれ!

私は奴を2,3発撃った程度で、殆ど君が殺したようなものじゃないか」

 

「悪い悪い。長門、冗談だ」

 

「なに?イーサン貴様!提督をダシに冗談など!

軍人魂を叩き直してやる、そこに直れ!」

 

「わかったわかった、悪かったって!」

 

マジで怒っているようなので謝っておく。

こいつは普段から怒りっぽいが、提督のことになると尚更反応しやすい。

 

「それで……提督、昨日食わされそうになったゴミはどうなった?

正直、まだ臭うんだが」

 

「今朝、調理室から悲鳴が聞こえたよ。一度目の料理が残ってたらしい。

分析班も臭いに耐えきれず、結局食器ごと溶鉱炉に放棄した」

 

「炎って便利だな」

 

「全くだ。それはそうとイーサン。君から大事な話があると聞いたんだが。

だから長門君の出勤まで待っていたんだろう」

 

「大事な話?なんだそれは」

 

俺はミア、そしてエヴリンに関することについて打ち明けることに決めた。

 

「実は……ミアから電話がかかってきた」

 

「なっ!」「それは……!」

 

「昨日の朝のことだった。

部屋に電話がかかってきて、出たらミアが泣きながら語りだした」

 

「お前の、妻だったな」

 

「ああ。彼女はこう言ったんだ。全部自分のせいだ。

エヴリンに意識を支配されているって。そして、エヴリンを連れてきたのも自分だと」

 

「エヴリンというのは?」

 

「長門、お前は見たはずだ。数日前の海戦で現れた黒ずくめの女の子。

深海棲艦の群れを一瞬で皆殺しにしたあの子だよ」

 

「あいつが!?あの子とお前の妻にどんな関係があるんだ!」

 

「分からない。彼女は全てを語る前に気を失ってしまった。

ただ、自分はベイカー家とも関わりがあるとも言っていた」

 

「ふむむ……要するに、エヴリンという少女は他者の意識を支配する力を持っていて、

ミアが彼女をベイカー家と接触させた可能性が高い、ということか」

 

「可能性、というより確定事項だ。

その直後、ゾイが電話を代わったんだが、彼女が言うには、

エヴリンは“菌”の届く範囲ならどこでもその力を発揮できる。

エヴリンはある日ミアと共に嵐で難破した船から連れられてきた。

エヴリンがベイカー家を狂わせていった、重要なのはその三点だ」

 

しばしの沈黙が漂う。誰もが慎重に考えをまとめているようだ。そして提督が語る。

 

「つまり、特異菌を放っているのはエヴリンという少女、

彼女をベイカー家に連れてきたのはミア。

でもわからないな、エヴリンは一体何を求めているんだ?

一家を化け物に変えたり、深海棲艦を殺したり、鎮守府にB.O.W.を放ったり」

 

「俺にもわからない。向こうに戻れない以上、調査のしようもない」

 

「敵か味方かもはっきりせんな。問題がややこしくなってきた」

 

長門が頭を抱える。わからないことだらけなのは俺も同じだった。

その時、コデックスがピピッと鳴った。

いい加減にしろと怒鳴りたい気持ちを抑えて通話ボタンを押す。

長門と提督が俺の様子を見ている。

 

 

 

「おい、今重要な話をしてるんだ、お前の与太話を聞いている暇じゃない」

 

『困るぜ相棒~第3ステージ開始宣言前にクリアされちゃあよう』

 

「ふざけるな!お前が送り込んだんだろうが!」

 

『違うって、お袋が勝手にビデオいじったからこうなったんだよ。本当だって!

ろくにビデオの録画もできない癖に、俺のもん勝手にいじるのマジ勘弁して欲しいぜ』

 

「どうでもいい。エヴリンの目的はなんだ、ミアと何の関係がある!」

 

『そんなもんとっくに答え出てんだろうがバカ!

”家族“だよ、話聞いてなかったのか!?ミアとの関係?知らねえよそんなもん。

親父が勝手に連れてきたんだ。

その結果が、お前が殺してきた親父やお袋やその他大勢だよ!

親父はまだ死んでるかどうか怪しいもんだがな!』

 

「知らないなら用はない、第4ステージにはお前が来い。焼き殺してやるから」

 

『ああ待てって、もっと喋ろうぜ。この部屋、狭っ苦しくて息が……』

 

 

 

ピッ。俺は通話を切った。長門も提督も会話に聞き入っていた。

 

「今のが、ルーカスなる人物かい?」

 

「ああ、このクソ野郎のせいで俺がこっちの世界に来ることになった」

 

「しかし、そんな大掛かりなこと、“体質”だけではどうにもならないだろう」

 

長門がもっともな疑問を示すが、その答えは俺が知りたいくらいだ。

 

「どうやって奴が俺をここに飛ばしたのかは俺にもさっぱりだ。

向こうに居る以上、見つけ出して締め上げることもできない。とにかく今はエヴリンだ。

彼女はこっちの世界にいるからな」

 

「そうだね。我々のほうでも警戒しておこう。

怪しい少女を見かけたら接触せず、直ちに通報するよう、

艦娘達にも通達を出しておくよ」

 

「すまない。多分、妻のせいでこの世界が混乱しているのに」

 

「まだそうと決まったわけじゃない。元はと言えばルーカスだ。

君はこの世界で堂々としていればいい」

 

「ありがとう……」

 

「気にするな!落ち込む部下を励ますのも上官の役目だ!」

 

「いや、お前に言ったんじゃない」

 

妻が全ての元凶かもしれない。そんなときにも支えになってくれる。

ベイカー邸でただ独り戦っていた時には考えられないことだった。

俺は二人の仲間、そして窓の外の朝日を、存在を確かめるようにゆっくりと見回した。

 

 



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File9; Far Away From Welfare

*今回は装備を固めるお話です。大きな進展やバトルはないです、すみません。


──鎮守府北エリア

 

俺がこの世界に来てから確か今日で……6日目。

ずいぶん色々なことがあったような気がするが、まだ一週間も経ってないのか。

 

ミアの件について提督と長門と俺は全て、いや、正確には左腕の傷以外について

真実を話した。それでも彼らは俺をここに置いてくれる。

いつか彼らに報いたいが、俺に出来ることといえばB.O.W退治程度だし、

そのB.O.Wが流れ込んできたのも元はと言えば俺のせいだ。

 

目に付いた木箱に、少々八つ当たり気味にサバイバルナイフを振るった。

中身は赤い薬液。なかなかだ、早速使おう……と思ったが、

そういえば何日か前に、明石にあげると約束してたな。取っておくか。

他にはなにかないか。俺は鎮守府の敷地をブラブラしながら木箱を探す。

 

提督が、激闘の後だし今日はゆっくりしてくれと言ってくれたが、

ただじっとしていても悶々とした気持ちに悩まされるだけだし、何より退屈だ。

だからこうしてパトロールという名の暇つぶしに外を歩いていると言うわけだ。

ちなみに客室にはテレビがない。

この世界ではまだ高級品で、客室全部に設置できる代物ではないそうだ。

 

おっ、今度は紫色か。テープは二巻き。俺は早速ナイフで木箱を壊す。

中身は、白い液体が入った注射器、ステロイドだった。今日はツイてる。

すぐさま俺は使おうとしたが……

うっかりここが往来の真ん中だということを忘れていた。

中身が何であれ、道路の真ん中で腕に注射器をぶっ刺していたら気味悪がられる。

俺は物陰に隠れ、早速ステロイドを注射した。

 

……段々鼓動が早くなり、血液の量が急激に増え、

身体が膨れるような不思議な感覚を覚える。それがしばらく続くと、

やがて心臓の動きが穏やかに戻り、膨張感も治まった。

上半身を主に、全身の筋力が明らかに向上したのがわかる。

身体の耐久力やガードの防御力も上がったに違いない。

注射針はその辺に捨てるわけにはいかないので、

後で医務室の職員に頼んで処分してもらおう。

 

お宝を手に入れて少し気分が良くなった俺は、もう少し足を伸ばすことにした。

すると、本館の真北、西を見ると公園や大きな講堂らしき建物があるエリアで

気になるものを見た。ちょうど鎮守府の門の前に人だかりがある。

興味が湧いたので近づいてみたら、群衆の中から、

銀髪の艦娘が俺を見つけて小走りに近寄ってきた。会いたくない奴に会っちまったな。

 

「なんだ、また難癖か?」

 

「し、失礼な!まるでわたくしが誰かれ構わずケンカを売る素行不良者のような……」

 

「前に似たような事をされた記憶があるんだが」

 

「あれは……わたしくしにも艦娘の練度向上に貢献し、

安全確保に努める義務がありまして」

 

なんだかモジモジしながらつぶやく香取。なぜかこの間のような押しの強さがない。

 

「とにかく、用がないなら俺は行くぞ」

 

「ああ、お待ち下さいまし!」

 

立ち去ろうとした俺を香取が引き止めた。

一体なんだってんだ。せっかくいい気分なのに。

 

「なんだ!今日は提督から直々に許可をもらってうろついてんだ。

これなら文句ないだろう」

 

「そうじゃありませんの……その、助けて欲しい事がありまして」

 

「艦娘先生様のために俺なんかができることがあると?」

 

「もう、おやめになって!

……あの後、プリンツさんに諭されまして、頭を冷やして考えたら、

貴方の言うことも、もっともだと思いまして。

確かにわたくしは、漠然とした不安を貴方にぶつけていただけなのかもしれません」

 

プリンツが香取に?あの娘も結構やるんだな。

 

「今日はえらく殊勝だな。で、俺にやって欲しいことってなんだ。

今は機嫌が良いから内容によっては引き受ける」

 

「向こうにいる艦娘を助けていただきたいの。

同じ欧米人の貴方ならなんとかなるんじゃないかと……」

 

「欧米人?プリンツ以外にも外人の艦娘がいるのか」

 

「正確にはこれからなる予定ですわ。

でもまだ日本語の勉強中らしくて、何が言いたいのかわかりませんの」

 

「わかった、行こう……ちょっと、どいてくれ、通してくれ」

 

俺達は群がる艦娘をかき分け、向こう側に出た。

そこにいたのは、クリーム色のダブルのコートを着た白人の艦娘。

同色の大きくゆったりとした、赤く丸い飾りを乗せた帽子を被っている。

両脇に小型の飛行甲板を象った艤装(というらしい)を抱えているから、

彼女が香取の言っている艦娘なんだろう。

群衆に囲まれながら、不安げにキョロキョロと周りを見るばかりだ。

 

「Je ne sais que faire...(どうしよう)」

 

俺は両手を上げて天を仰いだ。日本人が大好きなオーマイゴッド。香取に文句を付ける。

 

「おい、フランス人じゃないか。アメリカ人の俺にどうしろってんだ」

 

「え、だめですの?同じ欧米人ならどうにかなるかと思って……」

 

「あんたは日本語が喋れるから韓国語も喋れるのか。

同じヨーロッパでも何カ国語あると思ってる!」

 

「ええっ、それじゃあ、わたくし達は、どうしましょう……?」

 

俺達の視線の先には、誰かに声をかけようとしてためらうブロンドの少女。

……しびれを切らした俺は香取を置いて彼女に歩み寄った。出たとこ勝負はもう慣れた。

 

「あっ!」

 

いきなり輪の中に入っていった俺に驚く香取。とりあえず英語を試してみる。

 

「Excuse me? Do you need help?(もしもし、助けが必要なのか?)」

 

その答え。

 

「Je ne parle pas anglais. Je dois le voir le Amiral.

(英語は話せないんです。提督に会わなきゃ)」

 

やはり現実は無慈悲だ。今度は日本語を試してみる。

どのくらいのレベルなのか知りたい。できるだけ平易な言葉を選んで再挑戦。

 

「はじめまして。俺は、イーサン・ウィンターズだ。日本語はどれくらい話せるんだ?」

 

「Oh! スコシ リカイ ハラキリフジヤマ ダンスガスンダ テヤンデイ ベラボーメ」

 

「この娘にデタラメ吹き込んだ奴は正直に手を挙げろ!」

 

門の前で思わず叫ぶ。日本語を“勉強中”だと言っていたが、

この娘が使った参考書や講師に一発くれてやりたい気持ちになった。

だが遊んでる場合じゃない。名前だけでも聞き出そう。

 

俺はポケットからメモ帳を取り出す。

簡単な俺と彼女の似顔絵を書いて、俺の下に“Ethan”と書いた。

そして、手のひらで胸を叩いて“I’m Ethan.”と言いながら、

彼女にメモとペンを渡す。なんとかこちらの意図は伝わったようで、

嬉しそうにメモに名前を書いて俺に返した。

 

「Je m’appelle Commandant Teste. Enchantée!

(コマンダン・テストと言います。はじめまして!)」

 

なるほど、彼女の名前は……コマンダン、テストで良いのか?

そう発音したからきっとそうなのだろう。次は彼女の目的だ。

何が欲しいのか、文字も言葉も無しで聞き出すのは大変そうだ。

 

とにかく当たりをつけて目につく物、考え付く物のシンプルなイラストを書く。

信号、銃、ハンマー、とりあえず3つ書いて彼女に見せる。

“選べ”という意思を伝えるためにイラストに指を滑らせる。

コマンダン・テストという少女は、迷った末、銃を指差した。

 

「O.K. Just a moment.(わかった。少し待ってくれ)」

 

伝わらないのを忘れてうっかり口に出していたが、

もう気にせず次のイラストを書き始めた。銃から連想するもの。兵士、大砲、爆弾。

また彼女に見せる。今度は彼女が若干興奮して迷わず兵士を指した。見えてきたぞ。

 

次は階級章を三つ書いた。

上から提督が肩に付けている錨のマークをあしらったもの、

次はサクラのマークが3つのもの、2つのもの。さあどうだ?

すると彼女は嬉しそうに提督の階級章を指差した。ようやくはっきりした。

俺は香取を呼ぶ。

 

「おーい、香取。彼女の名前はコマンダン・テスト。提督に会いたいそうだ」

 

「まぁ!それじゃ貴方がフランスからの新規着任者でしたの?

大変失礼しましたわ!さあ、こちらへ」

 

香取が彼女を連れて行こうとするが、首を傾げたままその場から動かない。

世話が焼ける。仕方がないから最後まで面倒を見ることにした。

 

「何も伝わってないぞ。俺が連れて行くから、あんたはみんなを下がらせてくれ」

 

「え、はい!皆さーん、お客様が通りますから、お下がりになってー!」

 

「Follow me, Commandant Teste.(こっちだ、コマンダン・テスト)」

 

俺は伝わらない英語と共に、こっちへ来るよう腕で彼女にジェスチャーした。

今度はこっちについてきた。

……だが、最初から提督を呼べばそれで済んだんじゃないのか?

 

「なあ、香取。これ、とりあえず提督を呼んどけばさっさと解決したと思うんだが」

 

「ああ、それはいけません!確証が得られるまでは、

無闇に提督を所属外の艦娘と会わせるのは危険な行為ですから!」

 

「あんたの心配性は筋金入りだな」

 

そんな言葉を交わしながらコマンダン・テストと鎮守府の門をくぐる。

その瞬間、言葉で表現できない不可解な感覚に襲われた。

気持ち悪いような、良いような。世界が右に回転し左に回転し、

上下前後左右が意味を失い、俺という存在が曖昧になる。

その場に倒れそうになるほどの不気味な現象に倒れそうになるが、

倒れることすらできない。身体がなくなっているから。

 

俺は、一体どうなるんだ!?パニックに陥ったその時、大きな力が空から落ちてきて、

何か、世界を構成するシステムが書き換わったように感じた。

なんでそんなことがわかるのかと聞かれても困る。

ただ脳みそにマジックで書き込まれたようにそう刷り込まれてしまったんだから。

そして、気がついたら俺は門をくぐって鎮守府に入ったところで立ち尽くしていた。

 

「どうしたんですか、Mr.イーサン」

 

コマンダン・テストに声を掛けられ我に返る。辺りを見回すが状況に変化はない。

今のは何だったんだろう。それより彼女を送らなければ……ん?待て。

 

「ちょっと待ってくれ。今、君、日本語で話さなかったか?」

 

「あら、そんなはずは……本当だわ、ワタシ、日本語で話してる!

ちっとも覚えられなかったのに!」

 

今の現象と関わりがあるのは間違いない。俺は鎮守府の門を見る。

思えば俺は一度もここから外に出たことがない。

あの門を走り抜けて外の世界に出ると俺はどうなるのか、

いや、どうなってしまうのだろう。

試してみたい好奇心と、何が起こるか分からない不安が天秤の間で揺れ動く。

……俺は、とりあえず今は目先のやるべきことに戻ることにした。

 

「奇妙なことがあるもんだな。とりあえずよろしく、俺はイーサンでいい」

 

「ワタシも、テストと呼んでください。いつもフルネームだと、長くて不便ですから。

さっきは、困ってたところを助けてくれて、ありがとう」

 

「いいんだ。謎解きゲームみたいで楽しかったよ。

提督はあの大きな白い建物にいる。案内するよ。少し歩くぞ」

 

俺達は本館へ続くゆるい坂を下りながら雑談をする。

彼女がそこら中に散らばる木箱に興味を示した。

 

「ここは、不思議なところです。カラフルな箱があちこちに。何かの印ですか?」

 

「ああ……それは、話すと長くなるんだ。とりあえず物資が入ってる。

詳しくは提督に聞いてくれるとよく分かる」

 

俺は面倒くさい説明を提督に押し付けて、今度は彼女に質問した。

 

「ところで、どうして君は日本に?香取はフランスから来たと言っていたが」

 

「日仏の友好関係を深め、お互いの深海棲艦に対する戦力強化を図るために、

艦娘の交換が行われたのです。ワタシが、フランス代表として選ばれました」

 

「メジャーリーグのトレードみたいなもんか」

 

そうこう喋っているうちに本館の玄関に着いた。

 

「さぁ、ここだ。今日からここが君の家だ」

 

「ありがとう」

 

 

 

──執務室

 

大きな扉を中に入り、2階に上る。そして執務室のドアをノックした。

 

「提督、フランスからの艦娘を連れてきたぞ。入ってもらっていいか?」

 

“なんだって!予定より1時間も……いや、とにかく入ってもらってくれ!”

 

慌てた様子で返事が返ってきたが、気にせずドアを開けてテストを中に入れ、

俺も後に続いた。提督は彼女と向き合うと敬礼した。

 

「遠路はるばる日本へよく来てくれたね。我が鎮守府へようこそ。

貴官の奮闘に期待する!」

 

そして彼女も敬礼を返し、

 

「Bonjour! Enchantée. Je m'appelle Commandant Teste.

(こんにちは、はじめまして。ワタシの名前はコマンダン・テストです)

提督、どうぞよろしくお願い致します」

 

と、丁寧な挨拶をした。

それを見届けると、とりあえず俺の役目は終わったので立ち去ろうとした。その時。

 

「待って、イーサン。あなたにもいて欲しい」

 

「説明なら提督に聞いたほうがいい。誰よりもこの鎮守府を知っている」

 

「いや、待ってくれ。なぜイーサンが彼女を連れてくることになったのかが気になる。

すまないが、私にも話を聞かせてくれ」

 

別に不満ではないが、俺の休日もあっという間に終わったことは主張しておきたい。

俺達はいつものソファに座った。

今回は珍しく提督が一人、俺とテストが並んで座るという格好になった。

 

「就任の手続きとかごちゃごちゃしたことは、後で私が片付けておくよ。

じゃあイーサン、聞かせてくれ。どうして君が彼女をエスコートすることになったのか」

 

何を考えているのか提督がウィンクして改めて聞いてきた。

俺はため息をついてただ答えた。

 

「そんなご大層なもんじゃない。ただ一緒にぶらぶら歩いてきただけだ。

まぁ、きっかけはあるっちゃあるが」

 

「ふむふむ、それは一体?」

 

「テストが門の前で言葉がわからずに野次馬に囲まれて立ち往生してた。

たまたまそこに通りかかったら、香取に通訳を頼まれたんだが、

彼女は欧米人はみんな同じ言語を話すと思ってたらしい。

アメリカ人の俺にフランス語なんか出来っこないから、

とにかく筆談とジェスチャーでなんとかした。

後は関わったのも何かの縁だからここまで連れてきたが……なぁ、提督。

香取の心配性はどうにかならないのか?

最初っからあんたに会わせてりゃすぐ解決した問題なんだが」

 

「彼女はあれが持ち味でもあるんだ。勘弁してやってくれ。でも、奇妙だな。

コマンダン・テスト君は言葉が通じないと言っていたが、流暢に話しているじゃないか」

 

「それについては俺にもよくわからん。

実は、テストを連れて門をくぐろうとした時、急におかしな感覚に見舞われた。

それが彼女に起きた変化と関係があるかどうかもわからない」

 

その時、初めてテストが発言した。

 

「ワタシは特に何も感じませんでした。

でも、気がついたら日本語がまるで母国語のように」

 

「不思議なことがあるものだね。ところでイーサン。

彼女との筆談に使ったメモを見せてくれないか。

戦後の安全保障を踏まえて今後もこういった事態が起こりうるかもしれない。

その場合の参考にしたいんだ」

 

「ああ。これだ」

 

俺は提督にメモ帳を渡した。

提督がパラパラとページをめくると……突然ブッと吹き出した。

 

「くっ、くくっ!いや失礼。イーサン、君は意外とカワイイ絵を描くんだね」

 

「うるさいぞ!笑うなら返せ!」

 

「いや、すまない、本当、すまない!でも参考になったよ。

相手が欲しがるものを絵で示して絞り込んでいく方法は、非常時に役立つだろう」

 

「全く……」

 

差し出されたメモ帳をひったくる。そんな俺達を見ていたテストがつぶやいた。

 

「イーサンと提督、お友達みたいです。そういえばイーサン、軍人さんには見えない。

どうして鎮守府で働いているのですか?」

 

馬鹿騒ぎの最中に、突然本質を突く質問を挟まれたので俺も提督も黙り込んでしまった。

 

「どうしたの?」

 

「……提督、俺から話すか?」

 

「いや、私から話そう。この鎮守府全体に関わることだ。提督である私から説明しよう。

……コマンダン・テスト君?今からイーサンのことについて説明する。

多分、信じられないことが多いが、落ち着いて聞いて欲しい。

きっと、君が急に日本語が堪能になったことにも関係がある」

 

「Oui...(はい)」

 

思わずフランス語に戻った彼女に提督が説明を始めた。

俺が、妻を探して訪れた屋敷で怪物に追い回されているうちに転移してきた、

2017年に生きる異世界の存在であること。

ベイカー家を始めとしたB.O.Wと呼ばれるその怪物も転移し、

深海棲艦のみならず奴らとも戦っていること。

 

エヴリンという少女の存在。

彼女が生成する特異菌に感染すると、深海棲艦すら知性を失った化け物に変化すること。

今の所は行方不明だがこの世界にいることは間違いない点。

特に重要なところをかいつまんで説明してくれた。

 

テストは目を見開いたまま話に聞き入っていた。

信じた上で驚いているのか、とんだキチガイの巣窟に来てしまったと驚いているのか、

まだわからない。

 

「……他にも細々したことはあるが、彼の状況については、以上だ。

質問は、あるかい?」

 

ない方がおかしい。さっそく彼女が口を開いた。

 

「あの!だったら、他の鎮守府とも連携を取って、怪物と戦ったほうがいいのでは……」

 

提督は首を横に振る。

 

「私は、約束したんだ。イーサン君を客人として迎え、この鎮守府の構成員にすると。

彼に責任はない。だが、軍本部がそれを信じるとは到底思えない。

信じたとしても彼に非人道的な扱いをすることは想像に難くない。

実際……それに近いことも起きた。軍人として甘いことは承知している。

しかし、今のところ他の鎮守府からB.O.W出現の報告も出ていない。

だから私は一度受け入れた彼の居場所を守ることに決めたんだ」

 

「Oh...」

 

驚く彼女に今度は俺が語りかけた。

 

「多分、半信半疑っていうか、信じられないと思う。

でも、俺はここにいなきゃいけないんだ。今、提督が言ってた怪物化した深海棲艦。

あれは俺じゃなきゃ倒せない。俺がいた世界のものは俺しか干渉できない、

つまり俺の世界の存在になっちまったから俺にしか殺せない。

ここに来る途中に見た箱もおんなじだ。試しにハンマーか何かで殴ってみるといい。

反動すら返ってこない、らしい。俺は普通に壊せるからどんな感触かはわからないけど」

 

「それじゃあ!イーサンは一人でBO…なにかと戦い続けなければならないんですか!?」

 

「一人じゃないさ。話のわかる提督もいるし、

今はいないが長門っていうカタブツもいる。どっちも頼れる仲間だ。

深海棲艦は艦娘、俺はB.O.Wで手分けしてるってことだ。

それに、戦う武器は山ほどある。なにしろ2017年製だ」

 

俺は安全装置を掛けたマグナムを取り出して見せた。

彼女は驚いた様子で、見たことのないその大型拳銃を見つめる。

そして、提督が彼女に選択を求めた。

 

「わざわざフランスから来てもらったというのに、

こんな異常事態真っ只中で君を迎えることになってしまったことは本当に申し訳ない。

きっとこんなところじゃなくて普通の戦場で戦いたかったろう。今なら間に合う。

フランスに帰国するんだ。もちろん全ての責任は日本側にあることにして。

我々に君の能力を発揮するだけの技量がなかったということにすればいい」

 

「提督、そんなことして大丈夫なのか。

これで日仏の関係が破綻したら、ただじゃ済まない。

結局いつもあんた一人が危ない橋を渡ってるだろう」

 

「提督とはそういうものだ」

 

「むしろ出ていくのは俺の方だろう。

提督は艦娘達を守る為に存在してるんじゃないのか……」

 

「言っただろう。私は君も、艦娘も、どちらも守る。

提督とは言っても、代わりはいくらでもいる。

まぁ、その時にはイーサン君に軍服を着てもらわなければならないが」

 

「馬鹿を言うな。提督は替えが効いても、あんたはひとりしかいない。

あんたを信じてついてきた長門をほっぽり出して行く気か」

 

二人の男が信じるものをぶつけ合っている間、

コマンダン・テストはスカートの上で組んでいた手をじっと見ていた。

 

「……Je me bats」

 

「なんだい?」

 

「ワタシ、戦います!」

 

「よせ。君が思ってるほどキレイな戦いじゃない。

カビを練り固めたような怪物に一発打ち込む度、

ヘドロのような返り血を浴びる羽目になる。

中には強力な酸性のゲロを吐きかけてくるやつもいる。確かに艦娘の専門は深海棲艦だ。

だが非常時にはそいつらと真正面から向き合わなきゃいけない。それに見ろ」

 

俺は袖をまくって切断された左腕の傷跡を見せた。彼女が小さく悲鳴を上げる。

 

「こういうことをしてくる奴もいる。君も同じ目に遭わないとは限らない」

 

しかし、一度は怯んだ彼女の目に再び力が宿る。

 

「だから、ワタシが必要とされたのだと信じています。

深海棲艦やB.O.Wから自由を勝ち取り、あまねく人々に平等に平和を分け与え、

来るべき戦の終わりには博愛で世界を満たす。

それが、フランスの艦娘として生まれたワタシの使命なんです」

 

「……君の選択は、それでいいんだね?」

 

「はい!」

 

俺はソファにもたれ天井を見上げた。

こんなゴタゴタに誰かを巻き込むのはこれ以上ご免だと思っていたのだが……

 

「提督……俺が彼女にできることは?」

 

「ふむ。コマンダン・テスト君、今の君の装備は?」

 

「テストで構いません。ワタシの装備は、この子だけ……」

 

そう言って彼女は艤装から手のひらサイズの水上機を1機取り出し、

その白い手に乗せた。赤城の矢と同じく、恐らく実戦で大型化するのだろう。

 

「Late 298Bと、いいます」

 

「なるほど。しかし、水上機1種だけとなると、少々心許ないな。……わかった。

イーサン、今から工廠へ行って彼女のために水上機をもう一種作成してくれ。

後、機銃か副砲を1基。詳しくは明石君に聞いてもらえばわかる」

 

「わかった、ちょうど明石にはちょっと用事があったからな。

じゃあ、テスト、早速行こう」

 

「Oui」

 

そして俺達は退室しようとしたが、気になったことがあるので、提督に尋ねてみた。

 

「なあ提督、赤城は……今、どうしてる?」

 

「謹慎処分継続、という形にはなっているが、実際には自室療養だ。

あの夜のショックからまだ立ち直れていない。

いつまでも第一艦隊の空母枠を空けておくわけには行かないから、

水上機母艦のテスト君にピンチヒッターになってもらうことになる。

急いで練度を上げる必要になるから、

演習も一日二回とかなり大変な思いをさせることになってしまうが、頑張って欲しい」

 

「ワタシは、大丈夫です。皆さんの力になれるように、頑張ります」

 

「じゃあ行こう、工廠で君の装備を作らないと」

 

「イーサン、彼女を頼んだぞ」

 

「任せてくれ」

 

俺はテストを促して退室し、本館から出た。彼女を連れて工廠へ向かう。

 

「Arsenal du Japon!(日本の工廠!)どんなところか、楽しみです」

 

「小人がたくさんいる面白いところだ。主人も少々変わり者だ」

 

「小人さんは、フランスの基地にもいます!かわいいですよね」

 

「そっちにもいるのか。頼りになるが、やっぱり不思議なやつらだよな」

 

 

 

──工廠

 

本館からそう遠くない工廠には10分ほどで着いた。

俺達は開けっ放しの大型シャッターをくぐり、明石を探した。

 

「おーい、明石!いるかー!お客さんだ」

 

返事がない。いつも通り小人たちがハンマーで何かを叩く音が響くだけだ。

俺は小さくつぶやく。

 

「……お土産もある」

 

“お土産!?なに、なに?”

 

明石が棺桶ほどの大きさもある木箱から蓋をぶち破って出てきた。俺もテストも驚く。

 

「キャア!」

 

「おい、どこから出てくるんだ!というか、どうやって入った!」

 

「ニシシ。いやあ、弾薬箱の寸法図ってたら、居眠りしちゃって。

いつの間にか小人ちゃんに蓋、閉められちゃったの」

 

「フランスからの新人の前で恥かかすなよ。テスト、紹介する。

この工廠の主人、明石だ」

 

「Bonjour、明石。ワタシは、コマンダン・テストと言います。よろしくお願いします」

 

「ええっ!新人さん?しかも、おフランスから!?

えっと、ミーは明石デース!シルブプレ!」

 

いきなり慌てだす明石にテストはクスリと笑い、

 

「日本語で大丈夫です。

お気になさらず、日本の言葉で話してください。S'il vous plait.(お願いします)」

 

「あー、よかった。英語ならちょっとは分かるけど、フランス語はお手上げだもんね。

とにかくよろしく!コマンダン・テストさん。

……見たところ、あなたは水上機母艦だね」

 

「はい。Late 298Bが唯一の装備なんです」

 

「だから彼女に新しい水上機と、機銃か副砲を作ってやってくれ、と提督からの伝言だ」

 

「う~ん、もうすぐ完成する娘の成長過程を見守りたいっぽいから、

今すぐにはちょっと……」

 

「おっと土産を忘れてたな。この前約束した薬液だ」

 

「今すぐ開発に取り掛かるわ!」

 

明石はビシッと両腕をクロスして謎のポーズを取り、

俺達を置いて建造ドックとは正反対の壁に走っていった。

 

「ふふ、面白い方ですね」

 

「あんな感じなんだ。いいやつなんだが、開発のことになるとそれ以外が変になる」

 

明石を追いかけ俺達も歩き始めた。

追いつくと彼女が何やら壁のスイッチを操作している。

すると、壁がガタンと揺れ、少しずつ上昇していく。

薄暗くて気づかなかったが、壁はよく見ると大きなシャッターだった。

そして、完全にシャッターが上がった時、驚くべき物が現れた。

 

巨大な横長のタンク型をした排出口の付いた設備、

そして上部には何かを運んでくるようなベルトコンベア。そばにはコンソールが一台。

彼女がファイルを見ながら何やらつぶやいている。

 

「ええと、航空機の配合比率は燃料が20で弾薬が……」

 

「明石、何なんだこれは」

 

「よし、これで決まり!……え、なんか言った?」

 

「このデカブツはなんなんだって聞いたんだ」

 

「ああ、これ?ユラヒメがもたらした技術のひとつ、装備開発システムよ!

燃料や鋼材といった材料と開発資材を投入すれば、新しい装備が作れるの!」

 

「なるほど、艦娘向けワークベンチってことか」

 

「イーサン、ワークベンチってなんですか?」

 

突然奇妙な物体を見せられ、聞き覚えのない単語を聞かされたテストが困惑して尋ねる。

 

「これが終わったら案内するよ。俺の銃や弾薬もそこで作ってる」

 

「あー、でもこれはワークベンチほどの確実性はないんだよね。

要らないものが出来上がったり、失敗してゴミになっちゃったり。

その辺は艦娘建造と変わんないんだ。

ある程度、欲しい装備の投入する材料の配合比率は、

これまでの試行錯誤でわかってるけど、それでも100%には程遠い。

ちょっとコマンダン・テストの装備を固めるのは時間がかかるよ」

 

「お願いします。ワタシには、力が必要」

 

「オッケー、じゃあ始めるよ。投入量入力完了、ポチッとな!」

 

明石がコンソールの“決定”ボタンを押すと、

開発システム上部のベルトコンベアが流れ出し、大量の資材が運ばれてきた。

そしてゴトゴトとタンク型機械に放り込むと、

それぞれの材料が内部で溶かされ、各パーツの型に冷やされ、

組み上げられて完成する、らしい。実際俺達に内部の様子は見えない。これは明石の説明だ。

すると排出口から何かが出てきた。

 

「どれどれ~?……おお!テストちゃんツイてるよ。1発目で当たりが出た」

 

俺達も排出口に近寄って完成品を見る。

全体的にグリーンの色が施されており、一対のフロートを持つ水上偵察機・瑞雲。

テストが嬉しそうに瑞雲を手に取る。

 

「Merci beaucoup!(ありがとう!)Late 298Bに仲間ができました!」

 

「よかったね!この調子でどんどん行くよ~ああ、そうだ」

 

明石がコンソールに数値を入力しながらテストに話しかける。

 

「テストちゃんだと能力試験思い出して嫌だから、“コマちゃん”って呼んでいい?」

 

「どうでもいい理由で人の名前にケチ付けるやつがあるか!」

 

「いいですよ、イーサンもよかったらそう呼んでください」

 

「いや、俺は……遠慮しとく。それは女の子同士でやるといい」

 

「やったぁ、コマちゃん話がわかる!さぁ、2回目行くよ!機銃か副砲、それっ」

 

明石がボタンを押すと再び機械が稼働する。

投入された資材が内部で合成され、また排出口から姿を表す。

出てきたものを眺めて明石が感心する。

 

「コマちゃん“引き”がいいね~15.5cm三連装副砲だよ。

これ、開発可能な副砲では一番強いんだ」

 

「Tant mieux !(よかった!)これでワタシもお役に立てそうです。

ありがとう、明石!」

 

「どーいたしまして!」

 

「開発可能って、できないものもあるってことか?」

 

喜んで副砲を装着するテストを見ながら、気になったことを聞いてみた。

 

「うん。存在は確認されてるけど、

明らかに開発システム自体より完成品が大きかったり、世界中の鎮守府や海軍基地が、

いろんな配合を何万パターンと試しても成功しなかったりで、

開発不可とみなされたものが結構あるんだ。

そういうのは別の方法で手に入れるしかない」

 

「別の方法というと?」

 

「例えば……大きな功績を上げて、軍本部がたまたま開発できた

高性能な試作品を譲ってもらうとか、

特定の艦娘を改造して、同時に生産される装備品に混じってる

通常開発不可の装備品を手に入れるとか。

長門さんの試製41cm三連装砲なんかがそうだね」

 

「改造?もしかして妙な手術で骨をチタン合金に入れ替えたりするのか?」

 

「違うよ!艦娘は練度がある程度に達すると、身体から不思議な力が湧いてくるの。

そういう娘には建造ポッドに入ってもらって、十分な資材を投入して

私が改造コマンドを入力すると、全体的な能力が底上げされて、

新しい装備が別室で作られる」

 

「なるほど……知れば知るほど不思議な装置だな」

 

「そ。だからこそ研究し甲斐があるんだけどね」

 

「あのう、装備換装終わりました」

 

その時、瑞雲と15.5cm三連装副砲を装備し、

艤装が立派になったテストが声を掛けてきた。

 

「ああ、すまない。無駄話で待たせてしまったな」

 

「どう、でしょう……?」

 

まるで新しく買った洋服を自慢するように、

2種類の水上機と副砲を備えた艤装を見せるテスト。

 

「立派な武装じゃないか。どこから見ても一人前の艦娘だ。

もう実戦に出ても大丈夫なんじゃないか?」

 

「Ah, Merci……」

 

「だーめよ!戦艦や空母だって、ある程度演習で練度を上げないと、

力が発揮でないどころか大破しちゃうんだから。そういう慢心が轟沈につながるの!」

 

「例えの話だ、そう怒るな!

……まぁ、その練度とやらについては本人に頑張ってもらうとして、

俺に出来るのは本当にここまでだな。後は俺の弾薬補給くらいしかないし」

 

「待って、それは私も見るからね」

 

「言わなくてもわかってる。

それじゃあ、今度は提督に新しい装備を見せてやるといい。またな」

 

「あ、待ってください!今度は、イーサンの武器を作るんですか?

ワタシも、見たい……」

 

「武器というか弾薬補給だな。もちろん構わないが、あまり面白いものでもないぞ?」

 

「イーサンがどんな武器で敵と戦ってるのか、見たいです」

 

「わかった。じゃあ二人共、ワークベンチに行こう」

 

俺達は艦娘建造ドックのある反対側に逆戻りした。

ワークベンチはドック入り口近くにある。途中、歩きながら明石が話しかけてきた。

 

「ねえ、彼女に話したの?B.O.Wのこと」

 

「……ああ。彼女も戦いたいと言ってくれた。

提督は帰国を勧めたし、俺も危険性については説明したんだが」

 

「そっか。強い子だね」

 

「B.O.W.の相手をするのは俺だけでいいんだがな……」

 

広い工廠とはいえ、歩きながら二言三言喋っていればすぐ端から端まで着く。

俺はいつものワークベンチの椅子に座った。

スクラップもしばらく使っていなかったので大分貯まっている。

俺はテストに破砕機とワークベンチの機能の説明をした。彼女は興味深げに聞いていた。

やはりスクラップを薬にも銃にも変える薬液に関心があるようだ。

 

「……とまあ、基本的な機能はこんなところだ。

これから実際に、昨日派手に使いまくったバーナーの燃料を作ろうと思う」

 

「イーサンの開発、楽しみ」

 

「おおっ、これは初めて見る物資だね。弾薬に分類されるのかな?」

 

「多分そう思う。燃料のレシピは何ページ……ああ!?」

 

「どうしたのイーサン?」

 

いきなり変な声を出してしまった俺を不審な目で見る明石。だが、確かに変なのだ。

手にしたハンドブックが明らかに分厚くなっている。つまりレシピが増えている。

俺はパラパラとハンドブックをめくり、見たことのないページを探す。あった。

以前は最後のページだったレシピに続きができていた。

 

武器は、丸鋸という武器、と言うか工具。

とんでもない量のスクラップが必要だから今はパスだ。

薬品は用途の分からない金属溶解液と復活薬。復活薬!?

人間を生き返らせるって、どんな研究してたんだ?■■■とか言う組織は。

 

他の増えたページの大半は、“アップグレード”というものだった。

体力や移動速度と言った身体速度や各武器の威力を上昇させる効果がある。

確かに便利だが、いつの間にこんなものが増えたのか……

 

「イーサン、ちょっとイーサン!いつまで待たせる気?」

 

俺がついハンドブックに読みふけっていると、待ちかねた明石に怒られた。

 

「ああ、悪い。すぐ始める。……後で読んでみろ。いろいろ面白い事が書いてある」

 

「本当!?すごく読みたいけど……ううん、今は我慢する。とにかく燃料作って!」

 

「わかった」

 

バーナーの燃料のページを開き、まず持ってきたバーナーから燃料タンクを取り外した。

続いて、ビーカーに一握りほどのスクラップを入れ、淡黄色の薬液を指示量注ぐ。

すると、スクラップが溶けて粘性の高いオレンジ色の燃料が出来上がった。

後はそれを燃料タンクに注ぎ、補充完了。

 

3分の1ほど余ったので、追加の燃料タンクも作る。

タンクと言っても、スプレー缶と大して変わらないので、

ひとつまみのスクラップで作れた。

ページの備考欄に書かれる程度の簡単な手順で、いつも通り、

小型溶鉱炉でスクラップを溶かす、開閉するペットボトルのような鋳型に流す、これだけ。

鋳型を開くと燃料タンクの出来上がり。

黒の薬液を一滴垂らして仕上げると、余ったバーナーの燃料を新しいタンクに注いだ。

 

テストも明石もどんどん出来上がる物資を珍しそうに見ている。

特にテストは初めてだから驚きも大きいようだ。

おっと、消耗したのはバーナーだけじゃない。

昨日のマーガレット戦で威力を発揮した強装弾。

これは多少贅沢してでも20発は作っておこう。

 

俺は両手のひらに山盛りのスクラップを、一番大きいビーカーに投げ入れる。

そして薬液は少なめに。すると、今度はゆっくり溶解が始まり、

やがてドロドロした黒い液体になった。

あとは普通の弾薬と同じ、ハンドガンの型に注いで固まるのを待つだけだ。

 

「すごいです。どうしてただの鉄が弾薬に?」

 

「それがわかんないから面白いのよ、これは」

 

さて、弾薬類の補給は済んだ。ショットガンの弾はまだまだ余裕がある。

バックパックのスペースも考えると焦って作る必要性は低いだろう。

……気になるのはやはり“アップグレード”。どうもこれは全て飲み薬らしい。

手始めに俺は体力強化を試してみることにした。必要スクラップも少ない。

 

新しいビーカーにスクラップを指示量投入し、

初めて使うかなり太いボトルに入った赤い薬液を注ぐ。すると薬液にスクラップが溶け、

金属が入っているとは思えないほどサラサラとした液体に変化。

ハンドブックには、“飲め”と書かれているが……正直食欲をそそる色とは言えない。

 

「イーサン、それ、飲んじゃうんですか?」

 

テストが不安げに声を掛ける。だが、ここまで来たら後には退けない。

俺は一気に赤い液体を飲み干した。

 

「キャア!」

 

「うわっ、本当にやっちゃった!」

 

確かにやってしまった。段々身体が熱くなる。今朝、ステロイドを射った時と同じ感覚。

今度はすぐに身体の熱が引いていったが、やはり少し筋力が増したような感覚がある。

 

「イーサン……?大丈夫かな~?」

 

「しっかりしてください、イーサン」

 

「大丈夫、確かに書かれている通りの効果がある」

 

片手を握ったり開いたりして、軽く力こぶを作ってみると、

確かに筋肉が張るような感じがする。

 

「う~ん、やっぱり不思議だわ、この設備」

 

「よし、どんどん試そう」

 

毒ではないとわかった以上、使わない手はない。

その後も俺は移動速度強化、リロード速度強化、主力のショットガン強化、

アルバート-01Rが分類されるハンドガン強化の薬を立て続けに作り、飲んだ。

今度は身体が軽くなり、反射神経が向上した。

とは言え、どうして飲み薬で武器の威力が上昇するのか、それはわからない。

きっと永遠にわからないだろう。

 

この辺で切り上げよう、と思ったが、気になっていた物を忘れていた。復活薬。

ハンドブックを信じるなら、所持しているだけで

絶命したときに一度だけ死亡を回避できる、らしい。

 

……怪しすぎる代物だが、あまり多くないスクラップで作れるし、

お守り代わりに持っていても邪魔にはならない。

俺はまた指定の量のスクラップと薬液で復活薬を作った。

スクラップもそろそろなくなる。もういいだろう。俺は席を立った。

 

「もういいの、イーサン?」

 

「ああ、戦う準備は万全だ」

 

俺は物資をバックパックに詰めて背負う。そして、テストを呼んだ。

彼女が美しいブロンドをなびかせて振り返る。

 

「テスト、提督のところに戻ろう。君の新しい姿を見せてやるといい」

 

「はい!」

 

「じゃあな、明石。また世話になったな」

 

「本当に、ありがとうございました」

 

「またね~」

 

そして、俺達は手を振る明石に見送られて工廠を後にし、

提督の待つ本館へ戻っていった。

 

 

 

──執務室

 

コンコンコン。

ノックして中の提督に呼びかける。

 

「提督、俺だ。テストの装備が整った。

彼女の所属やらなんやらの手続きをしてやってくれ」

 

“ああ、ご苦労様。入ってくれ”

 

俺達が中に入ると、今度は長門も既に出勤していた。

 

「おお、貴艦がフランスから来た新任の艦娘か。私は戦艦・長門。

長旅で疲れたろう。貴官の就任を心から歓迎する」

 

「大丈夫です。イーサンや、明石さんたちが、親切にしてくれました」

 

二人が握手を交わそうとしたので、テストに小声で耳打ちした。

 

「こいつは怪力だ。手を握りつぶされないように気をつけろ」

 

長門がキッと俺を睨む。聞こえていたのか。

 

「そうだな、代わりにお前の手を潰すとしよう」

 

「マジになるなよ、悪かったから……」

 

「この際だ、お前の顔面と改めて握手をしようじゃないか」

 

長門が体格以上の威圧感を放ちながらズンズンと近づいてくる。

アイアンクローはガードのしようがないから勘弁して欲しいが逃げ場がない。

 

「こらこら、二人共新人の前でみっともないと思わないのか」

 

提督が止めに入る。助かった。テストは呆気にとられた表情で俺達を見ている。

確かにみっともないな。しぶしぶ長門も提督の隣に戻った。

 

「すまないね、テスト君。この二人はケンカ友達みたいなものでね」

 

「適当な事言うなよ、こんな怪力女!」「知るものか、こんな軟弱者!」

 

「うふふ、本当、仲が良さそう」

 

「だから違……いや、いい。邪魔して悪かった。本題に入ってくれ」

 

「うん、テスト君。まず君の装備を見せてくれ」

 

それから、コマンダンテストの装備確認という名のファッションショーが始まった。

まず彼女は提督の前でくるりと回り、艤装全体を見せる。

そして瑞雲が追加され、2機搭載された飛行甲板、

後部のスペースに配置された15.5cm三連装副砲がよく見えるように身体を斜めにする。

元々彼女の服が洒落ているので本当にファッションショーのようだ。

それが終わるとテストは恐る恐る提督に尋ねる。

 

「あの、これで、いかがでしょう……」

 

「ああ、立派な装備を揃えてもらったね!

後は演習で練度を10程上げれば近場の海域で実戦航海に出ても問題ないだろう」

 

「よかった!」

 

「うむ。フランス艦の力を存分に発揮してほしい」

 

「装備もバッチリ。あとはテストの努力次第ってことでいいのか?

なら、俺はお役御免だな。頑張れよ、テスト。B.O.Wのことは……あまり気にするな。

深海棲艦が君の本当の敵なんだから」

 

「彼女に、奴らのことを話したのか?」

 

長門の雰囲気が張り詰めたものになる。俺はただ、“ああ”、と言った。

彼女が何か言おうとしたが、提督が割って入った。

 

「この鎮守府に迎えるに当ってどうしても必要なことだった。

私やイーサンもフランスに戻るよう勧めたが、彼女は戦う意志を示したんだ。

私は、彼女の志を尊重したいと思っている」

 

「提督……しかし、彼女に何かあっては日仏の関係が」

 

その時、今度はテストが彼女にすがるように語りかけた。

 

「ナガトさん、ワタシ、日本もフランスも、守りたいです。

B.O.Wがここにしか現れないなら、ここで食い止めるべきです。

そのために、今日、たくさん武器を作ってもらいました。

ワタシ、ここで戦いたいです!」

 

テストが真剣な眼差しで長門を見る。長門もまた彼女の目をじっと見る。……そして

 

「イーサン!B.O.Wはお前と私の管轄だ!

もし私が不在の時、彼女に何かあったら承知せんぞ!」

 

「わかってる。誰も犠牲になんかさせない」

 

「……ならいい」

 

頷きながら長門は提督の後ろに下がった。

 

「うん、それじゃあ、コマンダン・テスト君の就任は正式に完了した。

イーサン君、休日なのにご苦労だったね。明日こそは振替休日にするから」

 

「あー、うん……信じてるさ」

 

「むむっ、どこか疑わしい目つきだな?提督の言葉が信用ならんか!」

 

「何も言ってないだろ!なんでお前はそう喧嘩っ早いんだ!」

 

「うふふっ」

 

そんなこんなで異国からの新艦娘の編入は完了した。

俺はテスト達に別れを告げて自室に戻った。今日も疲れた。

シャワーを浴びてさっさと寝るか。そう思い、自室の鍵を開けようとした時、

中から電話のベルが聞こえた。

俺はもどかしい手つきで急いで鍵をドアに差して中に入り、受話器を上げた。

 

 

 

「もしもし、ゾイか!?」

 

『うん、あたし。ありがとう、おかげで腕が手に入った』

 

「“腕”?どういうことだ」

 

『あんたがアイテムボックスに入れてくれてた“カラスの鍵”と“ランタン”で

D型被検体の腕が手に入った。これで血清が作れるよ』

 

「血清って……それじゃあ、ミアは助かるのか!?」

 

『多分ね。まだ射ってないからわからないけど』

 

「急いでくれ、ミアの命がかかってる」

 

『今作ってるところ。まだ寝てるけど、起きる頃にはできてるよ』

 

「頼む……お前だけが頼りだ」

 

『任せて。あんたも死なないようにね』

 

「俺のことは気にするな。切るぞ」

 

 

 

ほっと息をついて俺は受話器を置いた。昨日の戦いでマーガレットが落としたランタン。

あの時は不要だったのでアイテムボックスに入れておいたカラスの鍵。

何がどう繋がったのかは不明だが、とりあえずミアは助かる。

その事実に安堵した俺は、ベッドに大の字になったまま眠りに落ちてしまった。

 

 




攻略Wikiに載ってないフランス語はグーグル翻訳に日本語を放り込んだだけなので
間違ってたらごめんなさい…


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File10; Girls, be ambitious

──本館2階 作戦会議室

 

「う~ん、やっぱり納得行かへん!!」

 

大声を上げて両腕を振り上げる龍驤。小柄な身体を目一杯使って不信感を露わにする。

今日は誰も使っていない広い会議室に、彼女を含めて3人の艦娘が勝手に集まっていた。

 

「確かに、あいつについては提督から正式な通達はあったが、

まだまだわかんないことは多いよな」

 

加古も机に足を乗せながら龍驤に同意する。

 

「そうそう、昨日はなぜかフランスからの新型艦兼親善大使と親しげにうろついてたし、

提督とも妙に仲がいいみたいだし、どうなってるのかしら」

 

伊勢も艦隊新聞で読んだ内容に疑問があるようだ。

 

「イーサンとかいうオッチャンには秘密があるで!言うとることが矛盾しとる!

外に置いとる変な箱が異世界のオッチャンにしか壊せへんなら、

一週間前に攻めてきた怪物を赤城さん達が倒せたのはなんでやねーん!」

 

ずっと立ちっぱなしで大声を張り上げ疑問を口にする龍驤。

その小さな体格に似合わず自己主張が強い艦娘らしい。

 

「あたしもそれは気になってたんだよね。その赤城さんも最近ずっと塞ぎ込んでるし、

その件について提督に聞いたんだけど、“機密事項”だとさ」

 

「私、聞いたんだけど、それにもイーサンが関わってるって噂よ。

あの人一体何者なの?」

 

加古も伊勢も、龍驤と同じくイーサンに対する疑念を抱いているらしい。

どうも提督の情報統制が逆効果になっているようだ。

 

「とにかく!」

 

その時、龍驤が両手でドンと机を叩いた。

 

「こうなったら青葉やないけど、本人に突撃取材や!

みんなでイーサンの秘密を暴くんや!」

 

残る二人も少し目を見合わせて、頷いた。

 

「うん、あたしもそれがいいと思う。

モヤモヤしたまま放ったらかしとくのは我慢できなくてさぁ」

 

「私も賛成。別にイーサンに近づくな、なんて言われてないんだし」

 

「決定やな!……ところでイーサンはどこにおるん?」

 

「3階の客室で寝泊まりしてるって聞いたよ?ちょうど真上だね。

そうと決まれば今から行こうよ」

 

加古、伊勢が席を立つ。そして龍驤が宣言する。

 

「イーサンの潜入調査大作戦、ここに開始や!」

 

「うん!取材拒否は断固拒否だ、行こうぜ!それじゃあ、婆さん。またな!」

 

「行きましょう、私達の疑問は、きっとみんな知りたがってるはずよ。

お婆さん、また後で」

 

「よっしゃ、イーサンの部屋にれっつごーや!お婆ちゃん、ほなな(じゃあね)!」

 

こうして3人のかしまし娘は、上階のイーサンの部屋に駆け出していった。

 

 

 

──本館3階 イーサンの客室

 

『とりあえず、2人分の血清は完成した。本当にありがとう』

 

「よかった。ミアにも射ってくれたんだな?」

 

『うん。血清の副作用で少し熱が出てるけど、じきに冷めるよ』

 

「ゾイはどうなんだ?」

 

『心配してくれてんの?ふふ、ありがと。あたしも最初は熱っぽかったけど今は平気』

 

「そうか。とにかく、準備が整ったらそこから脱出してB.S.A.Aを呼ぶんだ。

エヴリンやジャックがいない今がチャンスだ」

 

『わかった。でも……』

 

「なんだ?まだ何か問題か」

 

『あんたはどうするの。B.S.A.Aがここの存在を知ったら屋敷ごと空爆しかねない。

あんたは、どうやって帰ってくるの?』

 

「……そうなる前に帰る方法を探す。他にはない」

 

『外で、待ってるから』

 

「ああ。ミアに、愛していると伝えてくれ」

 

『必ず伝えとくよ。それじゃあね』

 

 

 

会話を終えると受話器を置いた。ミアが、助かった。エヴリンの呪縛から開放されたのだ。

後はゾイが屋敷から連れ出してくれるだろう。

大きなプロジェクトを片付けた後よりも安堵した。足から力が抜けそうだ。

 

B.S.A.Aがどう動くかは分からない。調査が必要と判断し隊員を派遣するのか、

即座に滅菌すべきとあの屋敷をふっ飛ばすのか。

いずれにせよ、ビデオの世界に閉じ込められた俺に出来ることはここまでだ。

帰還の方法は見当もつかないが、

とにかく昨日感じた奇妙な現象を──

 

ドンドンドン!

 

ドアから派手なノックの音が。なんだ、人が考え事をしている時に!

 

「誰だ!」

 

この、小さいが乱暴なノックは巻雲ではない。

俺はドアロックを掛けてドア越しに尋ねる。開けるつもりはない。

隙間を開けた瞬間、物を挟まれたら厄介だ。

 

ドンドンドン!

 

「返事をするまで絶対開けないからな!」

 

“……軽空母・龍驤や。オッチャンに話がある!”

 

ドアロックを掛けたまま少しだけ扉を開ける。

そこには艦首を象ったバイザーを着け、不思議な赤い衣装を着た小柄な少女。

なんとなく頭に引っかかる。そうだ、海で深海棲艦モールデッドと戦った時に会ったな。

 

「何の用だ、朝から騒がしい」

 

「オッチャンに聞きたいことがあるねん!中に入れてんか!」

 

「用件が先だ。聞きたいことって?俺の名前はイーサンだ。この前言っただろう」

 

「イーサンこないだ言うてたやろ、オッチャンの世界のモンはオッチャンしか触れへん。

この前の腐った深海棲艦もそうや。でも、1週間前に来たバケモンは

戦艦の人らでも倒せてたで。その理由を聞きたいんや」

 

俺はハッとなる。確かにそうだ。

なぜあのモールデッドの群れは艦娘でも倒すことができたんだ?

完全に転化していたというのに。

とりあえず俺は彼女を中に入れて考えてみることにした。

 

「それに関しては俺もよく分からない。とりあえず中で話をしよう。今開ける」

 

ドアロックを外して少し開けた瞬間……

 

「今や!」

 

すると誰かがドアを掴み、一気に開いた。

そして龍驤に続いて二人が部屋になだれ込んできた。

思わずマグナムに手を掛けるが、よく見ると全員艦娘だ。

皆、人の部屋に乗り込むなり、好き勝手し始めた。

 

「う~わっ、この部屋広っ!あ、蓄音機!」

「あたしなんて4人で雑魚寝なのに、許せなーい!

あっ、このベッドフカフカじゃん!気持ちいい!」

「戦艦も個室だけど、快適さは断然上ね。扇風機もストーブも完備。

この待遇も怪しすぎるわ!」

「なんだお前らなんだ!」

 

一体どこから湧いてきた、このおかしな集団は!龍驤一人だと思って油断した。

面倒事はご免なので追い出そうとする。

 

「おい、騒ぐなら出てけ!何しに来たんだ一体!」

 

すると3人が突然黙ってこちらを向き、龍驤が椅子をこちらに向け、

二人が俺の両脇を掴み、無理矢理に引っ張りだした。

物凄い腕力に抗いきれず、俺はただ引きずられて座らされた。

そして彼女達が俺を逃すまいと立ちはだかる。

 

「何のつもりだ、お前らは誰だ!」

 

「あたしは重巡・加古。龍驤と同じくあんたに聞くことがある」

 

「戦艦・伊勢。目的は二人と一緒。あなたの事が知りたいだけ」

 

「やり方ってもんを考えろ!押し込み強盗みたいな真似をするんじゃない!」

 

「悪いね。龍驤だけだと上手くはぐらかされそうでさ」

 

「まぁ、それは……そうかもしれないが」

 

俺はちらと龍驤を見た。ここに来たときから、なぜかずっと怒っている。

 

「な、なんやて!うちが簡単に言いくるめられる単細胞やて言いたいんか!」

 

ああそうだ、と言ってみたかったが、

余計ややこしい事態になりそうなのでやめておいた。

今はこいつらを一刻も早く帰らせたい。改めて彼女達の問いに答えてやることにした。

 

「……で、知りたいことってなんだ?」

 

「一個目は、さっきも言うたけど一週間前の事件。

木箱やでっかい緑色の箱は触れへんのに、

なんでうちらでもあのバケモンだけは倒せたんか」

 

「そこか……改めて考えてみたが、それに関しては、俺にもわからん。

俺の世界のものには俺しか干渉できない。そもそもこの仮説を立てたのは提督だからな。

他に何か条件があるのかもしれない」

 

「隠すとためにならへんで!」

 

「うるさい、今考えてるから黙ってろ」

 

「なんやてー!」

 

「まーまー、落ち着きなって。

どうせ逃げられやしないんだから、わかるまで考えてもらおうよ」

 

軽く頭を振って状況を整理する。

あの深海棲艦モールデッドと、一週間前に襲撃してきたモールデッドとの違いはなんだ。

考えられるのは、エヴリンがこの世界に現れる前と後か?

だが、俺が知らなかっただけで、

実際は一週間以上前からこの世界に潜伏していたのかもしれない。わからない。

 

この点については後で考えるとして、発想を変えてみよう。

逆になぜ俺はこの世界のものに干渉できるのか。

そもそもあの化け物達の出どころがわからない。

警報が鳴って外に出ると既にB.O.Wだらけだった。

あのモールデッド達はこの世界の人間が転化したものなのか?

いや、それだと艦娘達が撃退できた説明が付かない。

 

なら、残る可能性はルーカスが送り込んできたことになるが、思い返すと腹立たしい。

こうして俺が悩ませている様も、あのイカれた骸骨野郎はゲームみたいに楽しんで……

待て、ゲーム?俺はあまりにもぶっ飛んだ考えを頭から振り払おうとするが、

残念ながら思い当たる可能性がこれしかない。

 

「なあ、ひとつだけ可能性らしきものが浮かんだんだが、

多分お前らは信じないだろうし、俺も自分が信じられない」

 

「もったいぶらないで教えて!」

 

「この世界は、ルーカスの作ったゲーム、なのかもしれない」

 

3人が同時に素っ頓狂な声を上げる。異口同音に3つの”はぁ?”。まあ無理もないが。

 

「俺がルーカスの用意したビデオを再生したら

この世界に飛ばされた、ってことは知ってるよな?」

 

「ああ、それに関しちゃ提督から通達があったぜ。あたしはまだ信じちゃいないが」

 

「今はそれでいい。これからもっと信じられない話になるからな。

あのビデオはルーカスの作ったゲームだった。

プレイヤーは俺、深海棲艦やモールデッドが敵キャラ、

お前達のようなこの世界の住人はNPC、そう考えれば“一応”辻褄が合う」

 

「えぬぴーしーって何や……?ほんで要するに結局何が言いたいねん!」

 

「Non Player Character。

つまり、誰も操作してない、人工知能で勝手に動くキャラクターのことだ。

その辺を歩いてる村人なんかがこれに当たる」

 

「ちょっとちょっと!

それじゃあ、私達の生きてる世界はルーカスとかいう奴に創られたもので、

私もゲームの住人だって言いたいの!?」

 

「落ち着け、仮説の一つだ。今のところ全部の疑問を解消できる説がこれしかない。

一週間前のモールデッドをお前達が攻撃できたのは、

あの襲撃がイベント、つまり予定された出来事だったから。

深海棲艦モールデッドをほとんど攻撃できなかったのは、

奴らがNPCからプレイヤー向けの敵キャラになりつつあったから。

逆に奴らからも攻撃を受けたことは殆どなかっただろ?

ゲームに出てくる敵キャラは、勇者は攻撃してくるが、

都合のいいことに村人を襲うことは絶対ない。

王様や賢者が死んじまったらゲームが進まなくなるからな」

 

自分でも何を言ってるのかさっぱりだ。

彼女達はもっとさっぱりだったようで、しばらくすると加古が怒りを露わにした。

 

「ふ、ふざけんな!それじゃあ、あたしたちは、

ルーカスって野郎が作った世界で動かされてる、ただの村人Aだってのかよ!」

 

「加古、落ち着いて」

 

「落ち着いてられるか!

あたしらは今まで死ぬ気で戦ってきた!世界から海を取り戻すために!

一週間前だってそうだ、あたしらが帰れるただひとつの家を守るために必死で戦った!

それが全部、ルーカスが作った予定調和だったっていうのかよ!」

 

「仮説の一つだと言ってる。何一つ確証もない。俺だってこんなこと信じたくはない。

だが、プレイヤーの俺がゲームスタート、つまりこの世界に来る。

そして一週間前の襲撃という、モールデッドとNPCの君達が戦うイベントが発生。

次に半ば深海棲艦、半ばモールデッド、という敵キャラが現れる。

つまりほぼ敵キャラになった元NPCはプレイヤーである俺にしか倒せなかった。

モンスターと村人が戦うことが絶対にないようにな。

今のところ、こう考えるしかないんだよ。繰り返すが、これだってただの仮説だ。

新たな手がかりが見つかれば状況が変わる可能性は十分にある」

 

加古の目に涙すら浮かぶが、俺は淡々と答える。

俺まで大声を出したら余計に彼女を刺激するだけだ。

その時、ピピッとコデックスに着信。

 

「全員静かに。……ルーカスだ」

 

皆、息を呑む。俺は着信ボタンを押した。

 

 

 

「……何の用だ」

 

『駄目だぜ、相棒。女の子泣かせたら。せっかくのモテモテパラダイスが台無しだろ?』

 

「切るぞ」

 

『待て待て!お前らの話を聞いててちょーっと気になるところがあってな。

言いたいことがあるんだよ、あるんだよ』

 

「なんだ、言いたいことって」

 

『お前が立てた仮説だがな。う~ん、まぁ、サービスして70点ってとこか。

いや、肝心要なところが抜けてるからやっぱ0点だな!

俺は世界なんか作っちゃいないし、

お前はそっちの世界がゲームだって言いたいみたいだが……本当にそうなのかぁ?』

 

「どういう意味だ!」

 

『おおっとこれ以上教えると答えになっちまう。

だから、そっちの嬢ちゃん、涙を拭いてくれよぉ。

お前らのやってきたことは、とりあえず無駄じゃねえ』

 

「とりあえずってどういうことだテメエ!」

 

加古が俺の左腕に飛びついて、涙混じりの声で叫んだ。

 

『これから無駄になるかもしれねえってこった。それは目の前のイーサン次第だ。

じゃあ、今日の連絡は以上だ、あばよ!』

 

 

 

ピッ。通話が切れた。しかし尚も加古は叫び続ける。

 

「待て、待てこの野郎!質問に答えろ!……畜生!」

 

加古は俺の腕を落とすと力なくうなだれた。伊勢が彼女の背中を撫でる。

 

「大丈夫。私達の生きてきた世界は作り物なんかじゃない。

あなたと私、ずっと一緒に戦ってきたじゃないの。今もこうして一緒にいる。

その生きている証は誰にも否定できないわ」

 

「くそっ!……悪い、みっともないとこ見せちまったな」

 

俺は彼女が落ち着いたタイミングで話しかけた。

 

「他に、聞きたいことは?」

 

「あることにはあるんやけど、なあ?」

 

龍驤が伊勢を見る。

素朴な疑問の答えらしきものが、自分達の存在そのものに関わるものだと知り、

当初の盛り上がりはすっかり静まり返ってしまった。

残りの問いもあるらしいが、加古の様子を見る限り

それどころではなくなったのかもしれない。

 

「聞きましょう。どうでもいいことでも、この際全部聞き出してスッキリするの。

そのほうがいい」

 

「わかった!

ほな、オッチャンをひっくり返して振ってでも、洗いざらい吐いてもらうで!」

 

「できるもんならやってみろ。まあいい、俺に分かる範囲でいいなら答えるよ」

 

「じゃあ遠慮なく。

ねえ、貴方昨日フランスからの艦娘と親しげに歩いてたみたいだけど、

どうして客人の貴方が親善大使でもある彼女を迎える事になったのかしら」

 

「そうだそうだ、それがあたしも気になってたとこなんだよ!」

 

伊勢に続いて若干気持ちを持ち直した加古も続いた。

 

「それは香取や提督に聞いたほうがいいと思うぞ?

簡単に説明すると、日本語がわからない彼女が門の前で困ってた。

俺が筆談や身振り手振りでなんとか提督のところに連れてった。

なぜか話の流れで彼女の装備を整えるために工廠に案内することになった。

こんなところだ」

 

「異議あり!」

 

一番小さいのに一番うるさい龍驤が大声で手を挙げた。

 

「なんだ。たったこれだけの話だろう」

 

「オッチャン嘘ついとる!フランスの娘は日本語わからん言うてたけど、

今朝、日本語ペラペラでみんなに挨拶しとったで!」

 

「なんだとー!イーサンこれはどういうことなんだ?返答次第じゃ容赦しないぜ」

 

すっかり自分のペースを取り戻した加古が俺に凄んでくる。

元気になったのは何よりだが、さっきの問題に触れなければならない。大丈夫だろうか。

 

「信じるかどうかは勝手だが、初めは本当に彼女は日本語がさっぱりだった。

なんとか彼女を鎮守府に連れて入ろうとした時、突然妙な感覚に見舞われた。

俺の脳内で世界が崩壊したり再生したり、とにかく説明し難い現象だ。

まるで、この世界のシステムが変更されるみたいな感覚だったな。

それはしばらくして治まったんだが、気がつくと彼女が流暢な日本語で話しかけてきた。

そこから先は成り行きだ。執務室に彼女を送ったら、

提督に彼女の案内を頼まれたというわけだ」

 

「ねぇ。その変な感覚なんだけど、世界のシステムを変更、ってどういうこと?

……まるで貴方がさっき言ってた“この世界はゲーム説”を

裏付けたいように聞こえるんだけど」

 

「信じるかは勝手だって言っただろ。俺にもよくわからないんだ。

まるで潜在意識に直接書き込まれたようにそういう情報が流れ込んで来たんだよ。

……そうだ、香取が証人だ。日本語がわからなくて困ってた彼女を実際見てる。

というか、テスト本人に聞くのが一番早い」

 

「テストだって?かーっ、もうあだ名で呼んでらっしゃる。仲のおよろしいこって」

 

「香取さんが?う~ん、彼女が下らない冗談に付き合うはずないし……わかったわ。

この件については今のところ信じとく」

 

首を傾げながら伊勢が判断を下した。半信半疑ながら信じてもらえたようでなによりだ。

 

「他には?俺もこの際余計な疑問は全部片付けたい」

 

「なあ、最近第一艦隊の赤城さんがずっと元気がないんだよね。

暗い顔して部屋に閉じこもってる。

イーサンと関係があるって噂が立ってるんだけど、何か知らない?」

 

陸軍兵がジャックに虐殺されたあの夜か。まだ心の傷を引きずっているらしい。

無理もない。自分のせいで10人以上もバラバラにされたのだから。

どうする。知らぬ存ぜぬで通すか、話せない事情を話すか……

 

「それについて、提督はなんて言ってる?」

 

「軍事機密、だってさ」

 

「なら、俺から言えることはない。

軍事機密ってのは、漏洩すると大なり小なり鎮守府に悪影響が出るから軍事機密なんだ。

世話になってる提督は裏切れない」

 

「そんなこと許さへんでー!喋るまでずっとここにおるからな!」

 

「ならずっとここにいろ。この件については墓場まで持っていく」

 

「うっ……」

 

俺に真っ直ぐ見つめられた龍驤が追及の手を止める。

このメンツの中でも話のわかる伊勢は、ふぅ、と一つ息をつく。

 

「何か赤城さんに出来ることがあればと思ったんだけど、

これに関しちゃ本当に駄目みたいね」

 

「そういうことだ。さあ、どんどん来い」

 

「最後だよ。そもそもあんたは何もんなの?」

 

加古がシンプルである意味最も難しい問いを投げかけてきた。

 

「俺の名前はイーサン・ウィンターズ。

向こうの世界ではロサンゼルスに住んでいて、システムエンジニアって職業に就いてる」

 

「しすてむえんじにあ?何やのそれ?」

 

「この時代にも大型でもコンピューターはあるはずだ。

それを動かすプログラム、つまり電子命令文を作るのが主な仕事だ。

それと、こう動くプログラムが欲しい、ああいうプログラムを作ってくれ、っていう

顧客の要望を聞き取るのも工程の一部なんだが、

むしろこっちのほうが難しい場合も多い。

相手が欲しいものと、こっちが想像した完成品が食い違うことが往々にしてある。

綿密な打ち合わせと設計も必要になってくる。そんな仕事だ」

 

「あー、うん。わかった、もうええよ」

 

多分わかってないんだろうが、話を進める。

 

「で、俺がこの世界に来た経緯はもう提督から聞いてるだろう。

俺は妻を探しにルイジアナのある屋敷を尋ねたんだが、

そこに閉じ込められて化け物と戦っているうちに、映像を再生する装置を見つけ、

動かしたんだが、突然それが光り出して、気がついたら鎮守府の海岸にいた」

 

「それは聞いた。でも、貴方がどうして海で戦ったり工廠に入り浸っているのかしら」

 

「明石から海での移動手段を提供してもらったから俺も戦うことにしたんだ。

一度目は成り行き、二度目はモールデッドの気配を感じて突っ込んでいったら案の定だ。

工廠にある妙な機械は見たことがあるか?俺はあれで武器弾薬や薬を作ってる。

あれも俺の世界から転移したものだが……あれは70年経っても世に出ることはないぞ。

付属の冊子を読む限り、怪しい組織が極秘に開発したものらしいからな」

 

「ふぅん、まあいいわ。提督や長門さんとの関係は」

 

「まぁ、初めは不審者扱いだったが、わかりやすい証拠があったし、

俺の世界の兵器で化け物と戦ううちに、

提督がこの鎮守府の構成員ってことにしてくれたんだよ。

それ以来この部屋を借りて、長門と組んで帰還する方法を探しながら、

この化け物騒ぎの終息に向けて努力してる」

 

「わかりやすい証拠?」

 

「前に見せたと思うんだが」

 

俺は左腕の袖をまくって、改めてチェーンソーで切断された左腕の痕を見せた。

間近で不気味な傷跡を見た彼女達が少し身体を引く。

 

「化け物屋敷の主人にちぎられた。あの屋敷には特異菌に感染して発狂、

体組織が異常な発達を起こして怪物になった家族が住んでたんだ。

ルーカスもその一人だ」

 

今度も左腕の犯人をジャックにしておいた。

今更あの出来事について説明しても状況をややこしくするだけだろう。

 

「……特異菌って何?」

 

伊勢が言葉少なに尋ねてきた。話題が不気味な方向に進み、皆静かになる。

 

「エヴリンっていう少女が発している特殊な菌だ。

そいつに感染したやつの末路が一週間前の事件だったり、

大砲すら撃てなくなった深海棲艦だ。

黒髪に真っ黒なドレス姿なんだが、見たことないか?

仲間の話によると、彼女は特異菌が届く範囲ならどこにでも現れるらしい。

初めて長門と海に出た時に遭遇して以来、見ていないんだ」

 

「知らん……」

「あたしも」

「部外者がウロウロしてたら、すぐ目につくでしょ」

 

皆、知らないようだ。確かにこの広くて狭い鎮守府の中で、

そんな特徴的な少女が歩いていたらすぐに見つかるだろう。

 

「ね、ねえ、大事な話!それって私達にも感染するの?」

 

「それはわからないけど、今のところは大丈夫だと踏んでいる。

提督も言ってたが、俺と毎日会ってる彼にも異常は見られないし、

俺自身6日もここをうろついたが、誰も体調を崩したり幻覚を見たやつはいない。

とりあえず空気感染はないと考えてもいいんじゃないか」

 

「でも、それってまるでイーサンが感染してるような言い方じゃない」

 

「万一の事を考えての話だ。あの屋敷で何度もモールデッドの攻撃を食らったからな。

でも、今言った通り俺を含めて誰にも異変は起きてない。

だから今、特異菌についてあれこれ心配しても対策のしようがない。

話題を変えよう、もう質問はないのか」

 

3人の艦娘が困惑した表情でお互いを見る。しばらくして伊勢が口を開いた。

 

「もう十分。

正直まだ自分の中で消化できてないことも多いけど、貴方は正直に答えてくれた。

今日は強引な真似をしてごめんなさい。エヴリンについては私達も注意しておく。

……みんな、もう帰りましょう」

 

「うん、ほなな。オッチャン……」

 

「半分ノリで来ちゃったけど、あんたにも複雑な事情があったんだな。

でも、あたしらだって遊びで戦ってるわけじゃない。

艦娘にはここ以外行く場所がないんだ。それを守りたい気持ちは本当だったんだ。

それは、わかってくれ」

 

「ああ。君らの事情は提督から聞いてる。気にするな」

 

皆、今度は静かに退室して行った。

パタンとドアが閉じられると、彼女達を見送るように、

俺はしばらくその扉を見つめていた。

その後、俺は机に向かい、1枚の走り書きのメモを書いた。

 

 

 

──執務室

 

「……と、そんなことがあったんだ。

この際、今後はB.O.W関連の情報は全て共有した方がいいんじゃないか?」

 

あの後、俺は執務室を訪ね、今朝の騒動を提督に報告した。

 

「やれやれ。そんな事が起きていたなんて」

 

「あいつらにも困ったものだ。

知りたがりは女の常だが、イーサンの存在が外部に漏れてはまずい」

 

提督も長門もため息をつく。

 

「まあ、そこは彼女達を信じたいと思う。最初は興味本位だったようだが、

話していくうちに事の重要性を理解してくれたみたいだからな」

 

「だといいが……提督、どうする?」

 

「まだ総員に全情報を開示するのは時期尚早だろう。

特に、新たにイーサンが提唱した、この世界が仮想現実だとする説は、

確証もない上に皆に混乱を招く可能性が高い」

 

「そうだよな。言ってる俺も自分が何を言っているのか、

途中でわからなくなったくらいだ」

 

そんなあやふやな説に、

白黒はっきり付けないと気が済まない長門が苛立つのは当然のことで。

 

「ええい、しっかりしないか!

B.O.Wについてはお前が先陣を切らなければならないというのに!」

 

「それについては返す言葉もない。

……そうだ、頭の痛くなる報告ばかりじゃなかったんだ」

 

「どうしたというのだ」

 

「ミアが、妻が助かったんだ。何があったのかはわからないけど、

マーガレットが落としたランタンで、血清の材料が手に入ったらしい。

ゾイもミアも特異菌から開放された」

 

「本当かい!それはよかったね、おめでとう」

 

「よかったではないか!私の言った通りだったろう、諦めなければどうにでもなると!」

 

二人の仲間が妻の無事を喜んでくれた。

 

「そんなこと一言も聞いちゃいないが、とにかくありがとう。

残る問題はB.S.A.Aがどう出るかだが」

 

いきなり話題が変わり、提督も長門も佇まいを直して俺を見る。

 

「何か問題でも?」

 

「B.S.A.A.はあくまでバイオテロを未然に防ぐこと、

あるいは速やかに鎮圧することを最優先としている。

脱出したゾイ達の通報を受けた彼らが、あの屋敷を調査するのか、

特異菌が蔓延する前に全てを焼き払うのかが不透明だっていうことだ」

 

「なっ……!」

 

「それじゃあ、イーサンがこの世界に来たビデオテープとやらも、

焼却されてしまう恐れがあるということか……」

 

「俺だけじゃない。そうなればこの世界もろとも燃え尽きる可能性がある。

運が良ければ俺が帰れなくなるだけで済むが、

最悪鎮守府も俺と運命を共にするかも知れない」

 

「ど、どうすれば、どうすればその事態を防げる!?」

 

長門が俺の肩を掴んで必死に問う。

 

「落ち着け、まだそうなると決まったわけじゃない。

むしろ、ウィルスの発生源を突き止めるために調査隊を派遣する可能性のほうが高い。

……今のうちに、帰還してあのビデオテープを回収する方法を探すんだ」

 

「ああ、そうだな……私としたことが。

生死のかかっているイーサンよりも、私が冷静さを欠いてどうする」

 

「なにか、当てはあるのかい?」

 

提督が真剣な面持ちで聞いてきた。

 

「ほぼ、ない。とりあえず、俺がこの世界に降り立った海岸を探してみる。

提督も何か怪しい場所に心当たりがあれば教えてくれ。

……と言っても、異世界への入り口なんか誰にもわかるわけないけどな」

 

「関係あるかどうかと聞かれると、正直可能性は低い。

でも、誰も行ったことのない場所ならあるよ」

 

「本当か、教えてくれ!」

 

「倉庫区画にある第六倉庫の隅に、昔掘られた防空壕があるんだが、

私も入ったことがない。防空壕としては広大なものだったと聞いている。

この世界では大きな戦争は何十年もなかったから、きっと蜘蛛の巣だらけだろうが、

調べる価値はあると思う」

 

「ありがとう。海岸を調べたらそっちに向かう。

ああ、だが戦いのことも忘れちゃいない。

モールデッドが現れたらすぐ無線機で呼んでくれ。

……ところで長門、コマンダン・テストの調子はどうだ?

第一艦隊のピンチヒッターになると聞いたんだが」

 

昨日知り合った異国からの艦娘の様子を訪ねた。

単なる道案内とは言え、名前を知る程度の仲になったからにはその後が気になる。

 

「今日の演習に関して言えば、惨敗だ。だが案ずるな。

戦いが初めてで練度が1の艦娘は誰でもそうだ。今日だけで7も練度が上がった。

演習を重ねればすぐに頼れる戦力になるだろう」

 

「そりゃよかった。伊勢達が言ってたが、まだ赤城は立ち直れてないようだったからな」

 

「それは時間が解決してくれるのを待つばかりだな」

 

「戦いで思い出したが、あれ以来モールデッド化した深海棲艦は現れてないか?」

 

「ああ。どこに出撃しても普通の深海棲艦だ。

一体あいつらはどこで怪物化したというのか……」

 

「エヴリンだ」

 

「あの黒い服の少女か?」

 

「ああ。あいつが特異菌の発生源である以上、俺達が初めて彼女を見た後、

特異菌を撒き散らしながら海を移動したとしか考えられない。

俺が戦った深海棲艦モールデッドはその時に感染したんだ」

 

「なるほど、奴らも哀れなものだ。戦っては沈みまた戦っては化け物にされ……」

 

「どういうことだ?浮いたり沈んだりするような言い方だが」

 

「ん!?あ、いや、なんでもない。言葉の綾だ」

 

「そうか?なら別にいいが……」

 

長門が何かを誤魔化そうとしていたことは明らかだが、

彼女の性格からして絶対口を割らないだろうし、話の流れから考えても、

恐らく今問い詰める意味はないだろう。俺は会話に戻った。

 

「じゃあ、提督。俺は今から海岸に行くが、

出撃が必要なときやモールデッドが現れたらすぐ呼んでくれ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

「お前も一度くらい演習に参加しろ。軍人としての練度を上げるんだ」

 

「向こうのチームにどう説明するんだよ。

生身の人間ですがよろしくお願いしますとでも?」

 

「うむむ……確かに」

 

「俺はこれで失礼するよ」

 

退室してドアを閉めると、ドアの脇にある提督宛郵便物のポストにメモを入れた。

内容は一行だけ。

 

“俺は感染している イーサン”

 

階段を下りて本館を出る。そして海岸へ歩いていく。俺の始まりの場所に。

モタモタしている余裕はない。ミアも俺も助からなければ意味が無いのだ。

 

 

 

──現実世界 B.S.A.A.ヘリポート

 

B.S.A.A所属、SOU(Special Operations Unit)が所有するヘリポートに、

数機の輸送ヘリがローターを回転させて待機し、今にも飛び立とうとしていた。

フルフェイスの防護マスクを着けた隊員達が無駄のない動きで次々と乗り込み、

最後に隊長格の男が乗ると、ハッチが閉じられ、ヘリがゆっくりと離陸した。

その機体には白と青の傘のロゴ。隊長格の男が司令室と交信する。

 

「こちらチーム・アルファ、レッドフィールド。全機離陸した。

これより目標地点に向かう。オーバー」

 

『こちらHQ、作戦内容を再確認する。チームアルファは情報提供者の家屋に突入、

B.O.W.を殲滅し、例の男を確保せよ。オーバー』

 

「レッドフィールド、了解した。HQ、通報者の状況は?オーバー」

 

『現在2名とも無菌室に収容し、経過観察中。

血液サンプルを採取し、新種ウィルスの発見に全力を挙げている。

ターゲットの男も既に感染しているとのこと。速やかに無力化し捕縛せよ。オーバー』

 

「了解。レッドフィールド、アウト」

 

『HQ、アウト』

 

そして、アンブレラ社のヘリはルイジアナへ向けヘリポートから飛び去った。

英雄と呼ばれた伝説の兵士を乗せて。

彼を運ぶのは、かつてB.O.Wを世に放ったアンブレラ社の装備。

この呉越同舟が何を意味するのか、今はまだ、誰も知らない。

 

 



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File11; Into The Madhouse

──海岸

 

俺は、一週間前にこの奇妙な世界に降り立った砂浜をぶらついていた。

提督にはああ言ったが、手がかりなどあるはずもなく、

ただ砂を蹴ってみたり、棒でなぞってみたりしているだけだ。

だんだんそれにも飽きてきて、俺は小高い堤防に腰掛けて海を眺めていた。

後ろから足音が近づいてくる。

 

「……何か、見つかったかい」

 

「手紙は読んだろう」

 

提督は何も答えずに俺の隣に座った。

 

「気づいたのはいつだい」

 

「あの屋敷に入ってから、うすうすそんな気はしていた。

おかしいだろう、いくら強力な薬でも、

チェーンソーで切断面がグチャグチャになった手が神経まできれいにくっつくなんて。

特異菌の効果、あるいは副作用としか思えない」

 

「そうか……でも、そうだとすると納得行かないところがある」

 

「なんだ」

 

蒼い静かな波が寄せては返す海岸。男二人が並んで語らっても画にならないだろう。

だが、俺達は話し続ける。

 

「金剛君だ。彼女はこの世界の住人なのに、焼けただれた顔が君の薬で元に戻った。

そこがわからないんだ」

 

「提督……それについては謝らなきゃならない。

きっと彼女も、金剛も、モールデッドの攻撃で感染した」

 

「そうなのか。やっぱり、そういうことなんだね」

 

全てを知っていたかのように、つぶやくように答える。

 

「それでよく俺をここに置く気になったな。

治ったとは言え、彼女がああなったのは俺のせいなのに」

 

「君のせいじゃない。一番の悪はB.O.Wを生み出した何者かで、

君は奴らと傷つき戦ってきた。

責任の所在をきちんと見極められる冷静さがないと、提督にはなれないよ」

 

「あんたは強い人間なんだな。

頭ではわかっていても、感情ってものが横槍を入れてくる」

 

「強くなんかないさ。

私に出来ることと言えば、安全な建物の中で艦娘達に出撃命令を下し、

無事に彼女達が帰ってくることを待つだけだ」

 

「待ってくれてる人がいるから、背中に守りたい人がいるから、みんなは戦える。

俺はそう思う。……さて、そろそろ行くよ。ここには何もなかった。

なら次は倉庫の防空壕だ」

 

俺は立ち上がって、いくつも並ぶ赤レンガの倉庫を遠くに眺めた。

それぞれに大きく番号がペイントされている。

三番の影に隠れて見えにくいが、問題の六番倉庫が倉庫区画の隅に位置している。

 

「じゃあ、提督。またな」

 

「必ず、戻ってくるんだぞ」

 

「当たり前だ」

 

そして俺は提督を残して歩み出した。彼は座ったまま海を眺めている。

そう、俺は戻らなくちゃいけない。

とうとうこの異世界にまで特異菌の感染者が出てしまった。

何としてでも再び血清を手に入れ、エヴリンを、始末しなければならない。

 

 

 

──第六倉庫

 

「くそっ、ふんっ、なんだよこれは!」

 

第六倉庫は広いが保管されている設備や資材等は少なく、

防空壕の入り口は簡単に見つかった。だが、その入り口が開かないのだ。

本当に何十年も使われていなかったらしく、

鍵穴はボロボロに錆びついて鍵を刺しても回りそうにない。

そのくせデッドボルトは新品同様の強度で、

何度も全力で取っ手を引いてもびくともしない。

 

「提督に鍵を借りるか?いや、どうも鍵自体が壊れてるようだな」

 

鍵穴を覗き込むと、絡まった蜘蛛の巣の糸や、砂埃が詰まっている。

鍵があったとしても回るとは思えないし、そもそも今の提督が持っているかも怪しい。

どうするか。

 

「いっそ明石にバールでも借りて壊すか?

でも無駄に頑丈そうだから時間と体力の浪費に終わりそうだ。……ん、明石?」

 

そうだ、彼女の存在を忘れていた。俺は一旦第六倉庫を後にし、工廠へ向かった。

 

 

 

──工廠

 

「明石、いるか」

 

彼女はどこだろう。小人達が作業する中、広い工廠内で明石を探して回った。

すると、装備開発システムの前で首から下げたクリップボードに

何やらメモしているピンク色の後ろ姿が見えた。彼女に声を掛ける。

 

「明石、今ちょっといいか。ワークベンチを使いたいんだが」

 

「本当?見るー!今度は何を作るの?」

 

「薬品と弾薬だ」

 

俺達は大きな資材コンテナや工作機械の間を横切りながらワークベンチに向かう。

そして俺はワークベンチに着くと、ハンドブックを開き、目的のページを開いた。

“金属溶解液”。あの頑丈な入り口を開くにはこれしかない。

 

わりと多いスクラップが必要だ。俺は一番大きなビーカーに指定量の赤い薬液、

そして薄黄色の薬液を混ぜ、両手で二すくいほどのスクラップを放り込んだ。

スクラップは音を立ててあっという間に溶け、濃い紫色の液体に変わった。

これを手で持っていくわけにはいかない。

ワークベンチの小さい引き出しから、各薬液と同じく、

先端がスポイト状の空ボトルを取り出し、完成した液体を注いだ。これで使い物になる。

 

「ねえ、ねえ、これは何に使うの?」

 

軽く跳ねながら好奇心いっぱいの笑顔で聞いてくる明石。

……彼女にも感染してはいないだろうか。

できればワークベンチを使うのはこれで最後にしたいが。

 

「どんなに堅い金属でも溶かすことができる、らしいぞ」

 

俺はハンドブックに書いてあった説明を読み上げた。

 

「何か溶かすの?」

 

「ああ、鍵穴がバカになって開かなくなったドアがあるんだ。

いっそ鍵を溶かしてしまおうってことになった」

 

「ふぅん、どこのドア?私に言ってくれれば工具で鍵ごと取り外してあげたのに」

 

「まぁ……その手があったな。でも、もう作っちまったからとりあえず使おう」

 

あの入り口の奥に何があるかわからない。

特異菌に塗れたモールデッドの群れが待ち構えているかもしれない。

いや、そうだと考えておくべきだ。

激しい戦闘に備え、俺は最後の武器の製造に取り掛かる。

 

「明石、次は最後の武器を作ろうと思う」

 

「最後!?え、もうここじゃ何も作らないの?

ちょっと待ってよ~まだ奇妙な液体について何も分析できてないのに……」

 

「いや、そういう意味の最後じゃない。リロード不要の強力な武器だ」

 

明石に目的のページを見せる。これを作ればちょうどスクラップが底をつく。

これがあれば、後は手持ちの弾薬でなんとかなるだろう。

 

「ふむふむ、これは丸鋸だね。でも丸鋸ならガレージに……

え、嘘!電源不要で何時間でも駆動する近接武器!?モーターはどうなってんの?

……ああもう、ブラックボックス!鋳造して薬液で変形させたのを使うしかないみたい」

 

ハードの方は専門外の俺を放って、

ハンドブックに顔をくっつけるばかりに熱心に読む明石。

その間に、俺は小型溶鉱炉のタッチパネルで丸鋸を選択し、

指定量のスクラップを放り込む。両手で山盛りのスクラップを何度も投入口に運ぶ。

今までにない多さだ。

 

熱を蓄えた溶鉱炉がスクラップを溶かしている間、

俺はハンドブックに書かれていた番号の鋳型を取り出す。

意外にも中型の物1枚で済んだ。要となるモーター以外は大した部品がないからだろう。

スクラップの溶解が済む前に排出管の下に鋳型を置いておいた。

しばらくハンドブックを読んで時間を潰していると、

溶鉱炉が完了のアラームを鳴らした。

 

次に排出ボタンを押して鋳型に溶解金属を流し込む。

こぼれない程度に冷え固まったところでワークベンチに置き、

扇風機で冷やし、完全に固める。後はいつも通り。

鋳型から部品を叩き落とし、各パーツに黒い薬液を垂らす。

 

ブレードは鋭い切れ味を持ち、俺も気になっていたモーター部分は、

初めはただの小さい鉄の塊だったが、薬液が染み込むとカリカリと音を立てて、

外側からでもわかるほど精密な部品で作られた駆動部と化した。

やはりエネルギー源は謎だったが。

 

「ねえ!組み立てる前にちょっとだけそれ見せて!」

 

明石にせがまれて作業の手を止めモーターを見せた。

恐らく0.1mmもない隙間から必死に中を覗き込む。

 

「うう、見えないィ!どこに電源があるのよ~!……ねぇ、イーサン?これもう一つ」

 

「無理だ。スクラップがない」

 

「しょぼーん……」

 

虫眼鏡まで持ち出して外からモーターの仕組みを知ろうとした明石だったが、

こればかりはどうにもならない。

主なパーツはブレードとフレーム、そしてモーターだけだったから

組み立ても案外すぐに終わった。

 

俺は完成したそいつを手に取る。

一見何の変哲もない丸鋸だが、電源コードもバッテリー収納口もない。

完全永久機関で動いている。軽くトリガーを引いてみる。

瞬時にモーターが回転数を上げ、無数のギザギザの刃を持つブレードが、

耳に痛く、そして力強い駆動音をかき鳴らした。

 

「キャッ!……本当に動いてる。この動力源があれば石油も石炭も要らないわね。

世界に発表すれば英雄扱いなのに、どうして自分たちでこっそり使っているのかしら」

 

「ハンドブックの解説を読む限り、これを作った組織はそんなものどうでもいいんだ。

影で褒められない仕事をしながら、逆に世界から資源が枯渇する時を待ってる。

その時こそ永久機関という最強のカードが活きてくる。

俺の世界じゃ、もう人間は電力がなければ何もできない。

この組織はそんな事態に陥った時に初めて表に出てきて、

エネルギーと引き換えに世界の覇権を要求するつもりなんだろう」

 

明石が唾を飲み、さっきまで小さなモーターを握っていた手を見る。

 

「……ねえ、イーサンの生きてる70年後のエネルギー事情ってどうなってるの?」

 

「表向きはたくさんの原発のおかげで、

昼も夜も世界中の大都市に莫大な電力を供給できてる」

 

「“表向き”ってどういうこと?」

 

「使い終わった原発を動かすための核物質を処分する方法がないんだ。

そいつは目に見えない人体を崩壊させる放射線を出し続け、

自然分解するには最長なら2万4,000年かかる。

要するに、未来の繁栄を前借りしてるだけだ」

 

「え?そんな物騒なもの、一体どうやってんのさ……」

 

「ドラム缶に詰めてプールに沈める。あるいは地中深く埋める。

できているのはそれだけだ」

 

「それじゃあ、その核なんとかが漏れたりしたらイーサンの世界はどうなっちゃうの?」

 

「どうにもならない。俺達にできるのは、大人しく半減期を待つか、

なんとか放射性廃棄物を消滅させる方法が発明されるのを祈ることだけだ」

 

「そんな……」

 

つい話し込んでしまった俺は、丸鋸を手に立ち上がった。

 

「まぁ、余所者の俺が言えた義理じゃないが、この世界の人には、

核に手を出すかは慎重になって欲しいと思う。

せっかくユラヒメからもらった技術もあるんだしな」

 

「そう、だよね!ユラヒメのテクノロジーがあるもん、

私がそのモーターの技術を再現してみせる!」

 

「明石なら、できるさ」

 

俺は艦娘建造ドックの入り口の認証パネルに手を置きながらそう言った。

中に入り、相変わらず水色の淡い光だけが照らす薄暗いエリアの隅、

アイテムボックスに歩み寄り、蓋を開けた。俺は腰に差したサバイバルナイフをしまい、

ホルスターに丸鋸を引っ掛けた。……これで戦う準備は整った。

ドックから出て俺は明石に別れを告げる。

 

「じゃあ、今まで世話になったな明石」

 

「どーしたの?今生の別れみたいに。イーサン変なの」

 

「そうだな。変だな……」

 

覚悟を決めた俺はいつものように明石に見送られて工廠を後にした。

再び俺は第六倉庫へ足を向ける。工廠から伸びる長い道を歩いていると、

後ろから“ヘーイ!”と声をかけられた。

振り返ると、白い和服に少し茶の混じった黒のスカートを履いた艦娘が

手を振ってこちらに駆け寄ってきた。

彼女はこちらに来ると、息を整えながら顔いっぱいの笑みを向けた。

思い出した。彼女は……

 

「初めまして、金剛デース!提督から話は聞いてるヨー!

この前私を助けてくれたのは、あなただって」

 

「君は、デブの攻撃で怪我した……」

 

「イエス!でも見ての通りイーサンの薬で元通り!

本当はもっと早くお礼を言いたかったけど、

霧島達に念のためって医務室に閉じ込められてたんだヨー。

マイシスターズにも困ったものネ」

 

「はは……それは、災難だったな。でも、礼なんか言わないほうがいい」

 

「どうして?イーサンのおかげで私、艦娘……いや、女としての自分を取り戻せた。

堂々と提督にも会いにいけるようになった。生きる希望をくれたのはあなたなのに」

 

そうじゃない。俺のせいで君は。

 

「とにかく、俺はもう行かなきゃ。提督によろしくな」

 

いたたまれなくなった俺は立ち去ろうとした。

しかし、金剛が俺の手を握って引き止めた。

 

「待って!ちゃんとお礼を言わせて。……ありがとう。

人間として生きられない私の夢を守ってくれて、ありがとう」

 

「……夢?」

 

「そう。人間と同等の人権がない私達艦娘は、

結婚して籍を入れることも認められていないの。

でも、例外的に仮想婚姻制度が認められているの」

 

「仮想婚姻制度ってなんだ?」

 

「血の滲むような修練を積んで、練度を限界まで高めた艦娘は、

提督と鎮守府内だけで通用する夫婦になれるの。

もっとも、選ぶのは提督だし、結婚指輪だって軍から支給された無骨なものだけど。

それでも、私はあの人に選ばれたくてずっと努力してきた!

毎日朝早く起きて髪を結って、購買部で買えるだけのもので精一杯お化粧して、

用事もないのに提督の部屋にお邪魔して……

まあ、提督は苦笑いだし長門にも時々怒られたけどネ」

 

ぺろりと舌を出してはにかむ金剛。

戦いを宿命付けられた彼女達の、少女としての顔を覗かせる。

 

「でも……そんな希望が一気に崩れ去った。そう、一週間前のあの日。

巨大な怪物に酸を掛けられた私の顔は、

醜く焼けただれ二目と見られぬ化け物みたいになった。

もう提督に会いに行けない、提督は私を選んでくれない。

絶望した私は死のうとすら思った。でも、そんな時、私を救ってくれたのが、あなた。

不思議な薬で私の顔を治してくれた。

さすがにショットガンでドアをふっ飛ばして入ってきたのには驚いたけどネ、ふふ」

 

俺は黙って彼女の話を聞いていた。その薬が効いたのは、恐らく。

 

「とにかく、あの時は何が何だかだったし、

イーサンも帰っちゃってたから遅くなったけど、本当に、本当にありがとう」

 

金剛は俺の手を両手で握って礼を述べる。白く細い指。

これで数百キロもある大砲を操っているのか。

俺は、彼女のささやかな夢を奪おうとしている。……いや、そうはさせない。

絶対にそうならない。だから俺はこいつを作ったんだろう。

ホルスターに下げた工作機械に手を触れる。

 

「いいんだ。礼なら俺を信じてくれた提督に言うといい。

それじゃあ、今度こそお別れだ」

 

俺の視線に何かを感じ取ったのか、金剛は黙って頷いた。

 

「うん。イーサン、今度妹達と紅茶でも飲みながらゆっくりお話がしたいネ。

必ず戻って欲しいヨ」

 

「楽しみにしてる」

 

そして、金剛と別れた俺が再び謎の防空壕に向かおうとしたその時、

俺の世界がテレビのゴーストの様に二重にぼやけた。

何度もまばたきをすると、次の瞬間、目の前に黒いドレスの少女が現れた。

 

「エヴリン!」

 

気づくと回りには誰もいない。俺とエヴリンだけの世界。

エヴリンが憎しみの感情をぶつけてくる。

 

「お前だけは……お前だけは絶対に許さない!」

 

「エヴリン、ミアに何をした!?

ミアだけじゃない、ベイカー家の連中も!お前が全てを狂わせた!」

 

「“家族”が欲しかったの。あの女にママになって欲しかった。

他のみんなも、みんな家族に。でもあいつは結局私を置き去りにして逃げていった!

お前をパパにすれば言うことを聞くと思ったのに!全部、全部、お前のせいだ!!」

 

ドウッ!と彼女の激昂と共に衝撃波が放たれる。

直撃を受けた俺は後ろに吹っ飛ばされた。

 

「ぐあっ!」

 

「ママもお姉ちゃんも、もういない。

お前は私から全てを奪った。ママを奪い、家族を殺し続けた」

 

「げほっ、ミアは……お前の母親なんかじゃない。

菌の固まりに、家族なんか、いるもんか」

 

エヴリンは憎悪でその表情を歪ませる。

 

「もういいよ。お前は最後の家族に殺してもらう。彼もお前を殺したがってるからね」

 

「……どういう意味だ」

 

「もうすぐわかる。じゃあね」

 

エヴリンが背を向けた瞬間、ぼやけた世界がまばゆい光に包まれて元に戻り、

彼女の姿も消えていた。

 

「くそ、どこに消えた」

 

あいつを消滅させない限り同じ悲劇が繰り返される。

エヴリンを追うべく俺はショットガンを手に走り出したが、

その時、鎮守府全体のスピーカーが大音量で警告を発した。

 

 

《敵襲、敵襲!本館に超大型B.O.Wが出現!総員直ちに……違う、貸せ!

イーサン、聞こえるか!?本館の屋上にB.O.Wが現れた!

お前にしか倒せない、まだ中に提督がいるんだ!速やかに撃退してくれ、頼む!》

 

 

通信士からマイクをひったくった長門が俺に呼びかけてきた。俺は本館の方に振り返る。

すると視線の先に信じがたい物を見た。どす黒い巨大な何かが

本館の屋上でもぞもぞと動いているのだ。

奴は何かを探すように3階の窓にその腕を次々と突っ込んでいる。

間違いない、俺との決着をつける気だ。

 

俺はショットガンM37を抱え、本館に走り出した。

全速力で来た道を逆戻りし、本館の裏手に回り、

扉を施錠していた南京錠を銃把で壊し、非常階段を駆け上る。

ワークベンチで作った薬の効果だろう。不思議と息切れはしなかった。

そして、屋上にたどり着いた時、そこで見たものは。

 

『おお……お前を探していたんだ…イーサン』

 

もはや人のものではない顔に、4本腕、体中に赤く光る目玉、

胴体は膨れ上がり巨大な軟体生物と化している。

完全に変異が進み、人としての姿を失ったジャックが現れた。

俺はショットガンのハンドグリップを引き、奴と向き合う。

 

ジャックはその大きな腕で横から俺を薙ぎ払ってきた。

屋上全体に届くほどのリーチで正確に俺を捉えてくる。とっさに両腕でガード。

バックパックにある二本の巻物と鉄壁のコインの効果で

ダメージはごく僅かに留まったが、屋上から叩き落されたら終わりだ。俺も反撃に出る。

 

「おい、しつこいぞジャック!」

 

『お前は……俺から、娘を……奪い取って』

 

奴が意味の分からないことを言いながらでかい顔を近づけてきた。

ギョロリと真っ赤な目玉で俺を睨めつけてくる。なるほど、撃つならここしかない!

俺はショットガンM37を構え、奴を睨み返しながらトリガーを引いた。

白亜の邸宅の屋上で銃声が轟く。

アップグレードの効果で爆発力と弾速が増した12ゲージ弾を至近距離で食らい、

顔面の目玉が水風船の様に血を撒き散らして破裂した。

 

『グルオオオ!!』

 

ジャックが顔を抑えて後退する。間違いない、奴の弱点は体中にある目だ。

俺はポンプアクションして排莢、次は最も近い右腕の肘に狙いを付けながら

慎重に近寄る。

 

『隠れて……何か企んでるな、俺の家族と』

 

家族というキーワードが先程のエヴリンが話していたことと重なるが、

その意味を考えている余裕もないし意味もない。俺は黙ってまたトリガーを引く。

今度は右肘の目玉が消し飛んだ。

またジャックが悲鳴を上げ、今度はその腕を振り下ろしてきた。

縦の攻撃に対し、今度は横にダッシュして回避した。

 

その隙に次の目玉に狙いを定める。

が、奴は堅い皮膚を持ちながら蛇のようにウネウネと這い回るので

なかなか照準が合わない。俺は屋上を駆け抜け、奴の後ろを取る。

足元を見ると尻尾の辺りに目玉が。チャンス!

俺は狙いもそこそこに12ゲージ弾を放った。またも弾けるジャックの目。

 

一つ潰す度に奴が悲鳴を上げる。つまりダメージを受けているということ。

だが、ここで問題が起きる。背中にも目玉があるのだ。

グレネードランチャーに換装している暇はない。

俺は強装弾を装填したアルバート-01Rに持ち替えた。

 

『マ…マ…マーガレット…マーガレェット』

 

死んだ妻を呼ぶジャックは屋上全体を移動しながら、

思い出したように突然腕で薙ぎ払ってくる。

一度でもガードのタイミングを間違えたら、即死だ。

そんな状況で、奴の体勢次第で見えたり消えたりする背中を狙撃しなくてはならない。

俺は息を吸ってゆっくり吐く。

 

『お前が……死ぬのを……見るのが楽しみだ』

 

ジャックが首をこちらに向けた時、背中の目玉のてっぺん部分が顔を出した。

限界まで集中力を高め、引き金を引く。

工廠でハンドガンアップグレード効果を受け、

威力以外の性能を捨てた大型拳銃が吠える。再び大空にその咆哮が響き渡った。

アルバートが撃ち出した強装弾は、強化に強化を重ねられ、

空間を切り裂くように敵を殺すため突き進む。

そして、真っ赤に充血した強大な目玉に命中。内部で破裂し、

その運動エネルギーと爆発で目玉を完全に砕いた。

 

『アギャアアア!!』

 

ジャックが凄まじい悲鳴を上げる。落ち着け、俺は確実に奴の体力を奪っている。

その後も俺は狙いやすい4本腕にアルバートを叩き込み、目玉の数を減らしていった。

明らかにジャックの動きも鈍くなっている。

あと少し、あと少しでこいつとの因縁を断ち切れる。

だが、次の瞬間俺の希望を打ち砕く事実が。目視できる目玉は全て破壊した。

しかし、何故奴は生きている?

 

『早く死ねばよかったと……後できっと後悔することになるだろう』

 

奴が身をよじった瞬間見えてしまった。奴の腹に最後の目玉が。

見たと思った瞬間奴はまた体勢を戻し、目玉は見えなくなってしまった。

どうする!?腹の下なんか狙いようがない!

迷っているうちに奴が近づいてきて尻尾を振るってきた。

危なかった、一瞬の差でガードできたが、次はないと思った方がいい。

 

俺は逃げながら考える。どうする、どうすればあの目を破壊できる?

ノシノシと後ろから俺を追いかける巨体が迫る。

バックパックもバタバタと俺の背中で暴れる。その時、中から硬い感触を覚えた。

……そうだ、あれなら効くかもしれない!

俺は走りながらバックパックを体の前に回してそれを取り出し、

一瞬だけ振り向きジャックの進路に投げた。頭の中で奴の速度と位置を計算する。

 

『イーサン……イーサン……イーサアアアァァン!!』

 

ジャックが俺に手を伸ばそうとした時、タイミングが訪れた。

俺がスイッチを押すと、奴の腹の下でリモコン爆弾が爆発。

2つほどあった目玉を同時に消し飛ばした。

 

『ギャアアアアァ!アアアァァ!』

 

全ての目玉を破壊され、ジャックがその巨体を硬直させ、地に倒れた。

束の間の静寂が訪れる。

やっと死んだか、と思った次の瞬間、残る力で抵抗するジャックに俺は足を掴まれ、

目の前に引きずられた。

奴は最後の再生能力で顔面の目玉をひとつだけ作り直し、

俺に熾烈な攻撃を仕掛けてきた。

その恐竜族の足のような両腕で、左右から俺を力任せに殴ってくる。

ガードの上からも耐え難い衝撃を与えてくる。

 

『この馬鹿め!お前には殺せん』

 

だが、逆に言えばあれがラスト。今こそ本命を使う時だ。

俺はホルスターからマグナムを抜き、最後の目玉を狙い、正確に狙いを付ける。

そして、上空でゆらゆら揺れる奴の頭部を捉えると、ゆっくりトリガーを引く。

常人なら手の中で何かが爆発するかのような衝撃を受けるが、

ステロイドやワークベンチの体力強化で補強された俺の身体は、

その反動をものともしなかった。

 

ハンドキャノンが凶暴な.44AMP弾を発射する。

銃口から炎と鋼鉄の牙が吹き出し、音速を超え、とうとうジャックの最後の目を貫いた。

弾けた奴の目からあふれる血が白い屋敷を赤く染める。

そして、奴はゆっくりとその巨体を倒した。

 

『ああ……ああ……』

 

俺の足を掴んでいた力も抜け、奴が死んだことがわかる。

 

「さすがに……もう終わりだろ」

 

ジャックの死体を見ながら、俺は非常階段に戻ろうとしたが、その瞬間、

後ろから大きな手で掴まれた。凄まじい力で身動きが取れない。

 

「ぐあああ!」

 

『俺を置いていくつもりか?』

 

身体を雑巾のように絞られている気分だ!

こいつはまだ死んでないのか?それとも俺を道連れにしたいだけなのか?

俺は最後の抵抗を試みる。

ほんの、ほんの僅かに動かせる左手でホルスターに引っ掛けた物を手に取る。

ちょうど片手で使うものなので後は手首さえ動かせばなんとかなる。

 

そして俺はトリガーを引いた。

丸鋸のモーターが唸りを上げ、暴力的なまでに鋭いブレードが高速回転する。

俺は手首を曲げて俺を掴んでいるジャックの右手を切り裂き始めた。

丸鋸はとてつもない切れ味で、まずは奴の小指を切り飛ばした。

 

『うぐおあぁ!!』

 

小指が無くなった分、拘束も緩くなる。

さらに自由になった左手で次は薬指を切り落とす。たまらずジャックは俺を放り出した。

奴は苦悶の声を上げながら、

俺に構わず指二本を落とされた手をすがるように見つめている。

再生できない、ということは本当に、これで最後だ。

意を決して丸鋸を前に構えて突撃した。

目の前の怪物に死の安らぎを与えてやるために。

 

『あああ!やめろおぉ!!』

 

ジャックは右手で俺を押し返そうとするが、丸鋸は手のひらをざっくりと切り裂き、

親指まで巻き込んで切断した。単なる工具だと思っていたが、とんでもない威力だ!

これなら行ける!激痛に耐えかね、ジャックは右手を下げた。

 

「おおおお!」

 

そうなると、あとは頭しかない。

俺は丸鋸を構えながら走り、ついに奴の眼前にたどり着いた。

そして、その大きな頭を切断するべく奴の首に丸鋸を押し当てた。

奴はもう何も見えない目で、

恐怖を掻き立てるブレードの回転音を聞きながら切り裂かれるしかなかった。

 

『あががが!ぐぼあああ!!』

 

ブレードが血と肉片を撒き散らす。俺も返り血を被るが、気にしている余裕はない。

全体重を丸鋸に込めて、太い首にブレードを当て続ける。

どれくらいの時間がかかったのか、そんなことは知らない。

とにかく俺は奴を殺し切ることに必死だった。そして、とうとうその時がやってきた。

ギュオン!とブレードが向こう側に抜けた。つまり奴の首を切断することができたのだ。

 

『あ…あ……』

 

最期にジャックが俺に手を伸ばそうとしたが、ピクリと手の甲を動かしただけで力尽きた。

奴の死体がマーガレットの時と同じく、脆い石膏のように崩れていく。

もう、再生はできないだろう。風が、風化したジャックを運び去っていく。

 

戦いの興奮から冷めた俺はなんとなく気になる。

ジャックは最後、俺を殺そうとしたのではなく、何かを伝えようとしたのではないか。

根拠はないがそんな気がした。……だが、今となってはもう何もわからない。

 

俺は屋上から広場を見下ろす。そこには無事脱出した提督や長門、金剛もいた。

更に遠くに目をやると、例の第六倉庫。あそこに行くのは一日遅れになりそうだ。

激闘の後に不気味な防空壕の探索をするのは正直しんどい。

皆のところに行こうと非常階段へ向かった時、コデックスに着信があった。

もうルーカスについては腹も立たない。俺にはやるべきことがある。

通話ボタンを押すと、奴はいつになく狼狽した様子でまくし立ててきた。

 

 

 

『てめえ何してくれやがったんだこの野郎!俺の城がめちゃくちゃじゃねえか!』

 

「そりゃ愉快だな。今、何ステージ目だ?ちなみにさっきジャックが死んだところだ」

 

『ふざけんじゃねえ!てめえにゃ良心ってもんがねえのか!

人の家族殺して、俺の家まで……あああ!変なマスク付けた連中が!』

 

「B.S.A.Aだ。死ぬまで頭に刻んどけ」

 

『ああ、あいつら!俺の傑作に汚ねえ手で触りやがって!

ぜってえぶっ殺す!マジぶっ殺す!』

 

「やめとけ、お前のほうがアサルトライフルでバラバラにされる」

 

『どうすんだよ、おい!どうすりゃいいんだ俺はよォ!!』

 

「お前もこっちに来たらどうだ?カワイコちゃんとウハウハコースを楽しめるぞ」

 

『冗談言ってる場合じゃねえんだよ!早くしねえとマジで……』

 

 

 

ピッ。俺は通話を切った。あいつとの会話で愉快な気持ちになったのは初めてだ。

ゾイも、ミアも、やってくれたんだな。

その時、非常階段からカンカンカンと簡素な鉄板の階段を上がる音が聞こえてきた。

提督たちが迎えに来てくれた。俺は手を振りながら走ってくる彼らに手を上げて応える。

さて、延期になってしまったが、明日こそ防空壕の捜索に当たらなければ。

俺は左手に持ったままだった新たな切り札に目を落とした。

 

 



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File12; Original Eleven

──ベイカー邸 実験場

 

B.S.A.Aによって既に本館や旧館は制圧された。残る実験場に隊員達が突入する。

アサルトライフルを構えながら、流れるような速さで階段を駆け上がり、

ドアを蹴破って隊列を崩すことなく次々と室内に入り込む。

各員、銃を構え索敵(クリアリング)を行うが、ブルーのライトで薄暗い小部屋には、

テーブルの上に一台のテレビが置かれているだけだ。

 

一見したところ行き止まり。すると、隊員の一人が耐BC兵器ベストから、

太いペンライトのようなデバイスを取り出し、部屋の中を照らし出した。

そのマイクロコンピュータが内蔵されたデバイスは、プロジェクターのように、

黄色い光で物質組成の分析結果や生体反応、所有者の負傷状況などを映し出す。

隊員がゆっくりと壁を照らしていると、デバイスに反応。

 

 

[空間を検知 爆破による侵入が可能]

 

 

「隊長、奥に通路が」

 

「……工作班、C4だ」

 

隊員が隊長格の男に手短に報告する。

全身に特殊な工具を身につけた別の隊員に、隊長の男も最低限の言葉で指示した。

彼も防護ベストを装着しているが、他の隊員のものとは異なる。胸に二本のマガジン、

そして、4色の薬品が入ったシリンダー。武器も大型のショットガンを装備している。

工作班の隊員は速やかにデバイスが示した壁にC4プラスチック爆弾を貼り付け、

雷管を差し込んだ。

 

「設置完了」

 

「全員下がれ。俺の指示で爆破だ」

 

全員が一旦部屋の外に出る。最後に避難した隊長が指示を出す。

 

「発破」

 

「発破する。総員衝撃備え」

 

工作班がリモコンのボタンを押すと、小部屋の中で爆発。

煙と轟音、そして衝撃波が入り口から噴出した。

完全に煙が晴れるのを待たず、またも隊員が突入。

隠し扉によって閉じられていた廊下が現れていた。彼らは早足で前進を続ける。

その先には扉。いきなり開けることなく、二人が両サイドの壁に別れ、

一人が片手で開ける。敵襲を警戒したが中は無人。

再び隊員がデバイスを取り出し、室内をサーチ。

部屋全体を照らし終えると、デバイスで調査結果を床に映し出した。

 

 

[爆発物を検知 ワイヤートラップの可能性98.1%]

 

 

測定の結果、爆発物の位置と距離を表示。その結果を見た隊長が再び工作班に指示を出す。

 

「工作班、解除だ」

 

「了解」

 

工作班の隊員が素早く室内に入り、ワイヤーカッターを取り出し、

手早くトラップのワイヤーを切断、無効化した。

その後に続く部屋にも多数のトラップが仕掛けられていたが、

B.S.A.A隊員はそれらを解除しながら、統制の取れた動きで確実に前進していった。

 

 

 

──実験場 隠し部屋

 

そんな彼らを見て危機感を覚える者がひとり。ルーカスだった。

監視カメラからB.S.A.Aが突入してくる様子を見て、

慌ててスマートフォンで何者かと連絡を取る。

隊員が建物の見取り図と照らし合わせて、この不自然な空間に気づくのは時間の問題だ。

数コールの僅かな時間も彼を苛立たせる。

 

「出ろ!早く出ろよ!……ああ、あんたか!?俺だ、ルーカスだ」

 

『どうした。E型被験体に問題でも?』

 

「大問題だっつの!俺の家がB.S.A.Aに襲われてる!なんとかしてくれよ!」

 

『お前の家ではなく被験体について聞いている。エヴリンの監視はお前に任せた筈だ。

そのために”鎮静剤“を渡した。……彼女は今どこにいる』

 

「ああ、それがよう……ちょっと今外してるっていうか、

ここにはいないっつー表現もできるっていうか」

 

『……もう貴様に用はない。取引もここまでだ。

家族同様、最終段階への変異を待つがいい』

 

「ちょっと待った!ちょっとだけ待ってくれよ!連れてくる、今すぐ!」

 

『B.S.A.Aに囲まれながら彼女を探しに行くつもりか。それとも我々に兵を貸せと?』

 

「とにかく時間くれって言ってんだろうが!!絶対どっかに……おお!」

 

ルーカスが当てもなくあちこちを見回していると、いた。後ろに彼女が。

エヴリンが後ろに手を組みながら、じっと彼を見つめていた。

 

「待て……待てよ。エヴリンは、今、ここにいる。証拠に写メ送るからよう」

 

ルーカスはカメラで写真を撮ると、メールに添付し、送信した。

数秒で相手もメールを確認したようで話を再開した。

 

『……いいだろう。引き続き彼女をお前に任せる。

但し、B.S.A.Aに彼女が渡ることがあれば、

二度と先進国に足を踏み入れることはできないことは承知しておけ』

 

「わかってるよ!こっちにゃエヴリンがいる!ぜってえやってやるから!切るぞ」

 

通話を切ったルーカスは、すぐさまパソコンや電子部品の山を押しのけ、

エヴリンの前に膝をついて目を合わせた。彼女の肩に手をかけて話しかける。

 

「よぉ、エヴリンじゃないか。

どこ行ってたんだ、急にいなくなるから心配したんだぜ?」

 

「……あっち」

 

エヴリンは無表情で答える。

 

「だめじゃんか、ありゃあ何ていうか……危ないもんだからな。

どうせ、ろくでなししかいなかっただろう。もう俺のそばから離れるんじゃねえぞ」

 

「危なかった。マーガレットも、ジャックも、イーサンに殺された。

ところで今の人、誰?」

 

「ああ、今の電話か?あいつは、医者だよ。ほら、なんつーか俺、病弱っぽいだろ?

栄養剤もらってるんだよ」

 

「ふぅん。それで、外の奴ら、どうするの?」

 

するとルーカスはエヴリンの両手を握り、すがるような声色で彼女に助けを求めた。

 

「助けてくれよぉ。悪い奴らが俺の実験データを盗みに来たんだ。

見つかったら殺されちまう。お前の力でなんとかしてくれ。俺達、“家族”だろ?な?」

 

しばらくエヴリンはルーカスの目を見ていたが、ぽつりと一言つぶやいた。

 

「……嘘つき」

 

「へ?」

 

「お前は、私を拒んでる。せっかく力をあげたのに、家族になるのは嫌がってる。

力のために私を利用しているだけ」

 

「何言ってんだエヴリン。俺はお前の、兄貴なんだぜ?それを……」

 

「いくら待っても、ちっともジャックやマーガレットみたいになってくれない!

お前が変な薬で私を拒んでるせいだ!」

 

怒りを迸らせるエヴリン。気づいてやがったか……!

ルーカスはどうにかエヴリンをなだめようとする。

 

「なぁ、なぁ、落ち着いてくれよ。俺だって急に人間をやめるのは怖かったんだ。

わかってくれよエヴリン。でも、お前を妹だと思ってたのは本当なんだぜ?

……そうだ、証明する!俺がお前の味方だって。外にいる連中を皆殺しにする。

お前の家を守ってやる。まぁ……二人だけンなっちまったが、お前と俺の家だ」

 

「本当?」

 

「マジだって!でも、それにはちょっとだけお前の協力も必要なんだ。

手伝ってくれ頼む!」

 

「……いいよ」

 

「よっしゃ!B.S.A.Aの連中、死ぬほど後悔させてやるぜ」

 

ルーカスはパソコンに向かうと、

ベイカー家の敷地にある電子制御されている装置のコントロールシステムを起動した。

 

 

 

──実験場 牛舎

 

B.S.A.A.の一行は更に実験場の奥に進み、広大な牛舎にたどり着いた。

隊員の一人が隊長に話しかける。

 

「ここは吹き抜けになっているようですね」

 

「二区画に分かれている。向こうに渡るには一度2階に上る必要があるな」

 

ゔあああ……

 

その時、角から1体のモールデッドがよたよたとした足取りで現れた。

そいつは隊員達に向かってくるが、

 

「排除しろ」

 

「射撃開始!」

 

隊長の指示で隊員が前後二列に並び、

前列が片膝を付き、後列が立ったままの姿勢でアサルトライフルを構える。

6名の隊員がモールデッドにバースト撃ちで5.56mm NATO弾を浴びせる。

広い天井の高い牛舎には、長く銃声が響いた。

大量の弾丸を浴びたモールデッドは両腕を弾き飛ばされ、胸を貫かれ、

ものの数秒で後ろに倒れたまま動かなくなった。

 

「……前進を続けるぞ」

 

B.O.Wの襲撃にも動じることなく、皆、任務を再開した。

最前列の隊員が突き当たりに2階への階段を見て、銃口を向けながら近づく。

その時だった。積み上げられた干し草からブレード・モールデッドが

叫び声を上げながら陰から現れ、隊員に飛びつき、右腕の巨大な刃で斬りつけた。

その刃は強固なベストを貫通し、致命傷には至らずも彼に深手を負わせた。

 

「あっ、がああ!!」

 

「イーグル!」

 

敵の急襲を受けた部下の名を叫ぶ隊長。弾くように素早く手を動かし、

ホルスターに装備したハンドガン・アルバート.W.モデル01を構え、

ブレード・モールデッドに照準を合わせる。銃声二回。

大型拳銃2発が二度目の攻撃に移ろうとしていたB.O.Wの胴に食い込む。

奴は大きく後ろによろける。その隙に隊長は跳ねるようにダッシュして隊員の前に移動。

B.O.Wが体勢を立て直した瞬間。

 

「ふんっ!!」

 

その丸太のように太い腕で、岩のような拳を奴の頭に叩き込んだ。

肉が砕ける生々しい音を立ててブレード・モールデッドの頭部が粉砕され、

そいつは完全に動かなくなった。

敵の沈黙を確認した隊長は、すぐさま隊員の手当てを始めた。

 

「油断大敵だ。さあ、飲め」

 

隊長はベストのポケットから小さなケースを取り出し、

急速な止血効果と体力増強効果のあるタブレットを3粒隊員に飲ませた。

 

「……すみません、レッドフィールド隊長。流石は、オリジナル・イレブンですね……」

 

「おべんちゃらなら生きて帰ってからにしろ。

……こちらチームアルファ、負傷者1名。収容を乞う」

 

『チームブラヴォー、了解。医療班を派遣する』

 

無線で短いやり取りを終えた隊長、クリス・レッドフィールドは

負傷した隊員に話しかける。

 

「お前は撤収しろ。戦える怪我じゃない」

 

「行かせてください、薬も、効いてきました」

 

「どうにか生きている程度の体力しかない。命令だ、退却しろ」

 

「すみません……」

 

「ここからは俺が先導する。2階に進むぞ」

 

「了解」

 

そして、部下が1名減ったクリスが率いるチームアルファは階段を上った。

突き当たりに小部屋があったが、ターゲットは見つからず。

彼らは引き続き1階を見下ろせる狭い木の廊下を歩く。

すると右手から甲高い声を上げ、4つ足のモールデッドが素早く走り寄ってきた。

 

クリスは再びアルバート.W.モデル01を抜き、

向かってくるクイック・モールデッドの頭部を狙い、銃撃。

しかし、僅かに狙いが逸れ、弾丸は前足に命中。

腕に焼けた弾丸が食い込んだそいつは、

かすれたような鳴き声を上げて一瞬前進をやめた。

その瞬間、クリスはB.O.W.に駆け寄り、

 

「はぁっ!!」

 

鍛え上げられた脚力でクイック・モールデッドの頭部を踏み潰した。

黄土色の体液と肉片が床に広がる。

弾薬節約のための判断だが、生身でB.O.Wを圧倒するクリスの姿を見て、

後ろの隊員たちが思わず息をつく。

 

「行くぞ」

 

廊下を進むと行き止まりだったが、

1階を見下ろすと牛舎の東区画に下りられるようになっていた。

幸い床に干し草が敷かれており、それほど高さもないため問題なく飛び降りられそうだ。

 

「隊長、どうしますか」

 

隊員の一人が指示を乞う。確かに下りられそうだが、戻る道が見当たらない。

クリスは辺りを見回す。よく見ると、そばにはエレベーターリフトの塔。

1階にはその操作盤らしきものがある。もとより危険は承知の任務。クリスは決めた。

 

「飛び降りるぞ。このエレベーターから先に進めるだろう」

 

「了解」

 

彼の指示が下ると、クリスを始め隊員達が次々と1階に飛び降りる。

高く積まれた干し草以外にはエレベーターと操作盤しかない。

操作盤を調べてみると、バッテリーからバチバチと火花が散っている。

この様子では一度使ったら壊れそうだ。

 

「動かすぞ。全員、警戒を怠るな」

 

「了解」

 

クリスが操作盤の昇降ボタンを押した瞬間、

牛舎に派手な灯りが点灯し、隊員達に緊張が走る。

続いて、天井辺りに設置されているスピーカーから男の声が聞こえてきた。

 

『レディース・アンド・ジェントルマン!さあ皆さんご注目!

いよいよお待ちかねの、牛舎ファイト!今夜の挑戦者はぁ~?B.S.A.Aの命知らず共だ!

さぁ、正義の味方のお相手を務めるのは?モールデッド大勢、以上!楽しませてくれよ』

 

「全員散開!戦闘態勢!」

 

クリスはルーカスの声に耳を貸さず、隊員に指示を飛ばした。

突然動き始めたエレベーターが下りてきたのだ。その中に大勢のB.O.W.の姿が見えた。

彼は大型のショットガン・アルバート.W.モデル02(トールハンマー)を構えて

エレベーターを待つ。他の隊員もエリアの四隅でアサルトライフルを構える。

 

うげあああああぁぁ!!

 

無数のB.O.W.の呻き声が徐々に近づいてくる。

そして、ガコンというエレベーター到着の音と共にシャッターがせり上がる。

すると一斉に多種多様のモールデッドがなだれ込んできた。

 

「射撃開始!」

 

散らばられると厄介だ。クリスは短期決戦に持ち込むべく、

エレベーターに向かってトールハンマーを構える。

銃身を冷やすため、バレルに開けられた多数の吸気口が特徴的なショットガン。

 

クリスはモールデッドがエレベーターから出た瞬間、

その群れに向かってトリガーを引いた。

直後、ギザギザの銃口とやはり細長い吸気口から12ゲージ弾が放たれ、

4体のモールデッドを後ろにふっ飛ばした。

まさしく神の鉄槌の如くその力を振るうクリスの銃。

しかし、散弾の及ばない足元からクイック・モールデッドの群れが、

隊員に向かって這い寄る。

 

「ファイア!」

 

隊員がアサルトライフルで床を薙ぐ。1体撃破。

だが、動きが素早く狙いにくい体勢の、クイック・モールデッドを

倒し切ることができなかった。奴らが隊員に飛びかかり、鋭い爪で斬りかかる。

 

「があっ!」

 

「ファルコン、しっかりしろ!」

 

「しゃがんで狙え!真正面に向き合うんだ!」

 

クリスは素早く戦況を判断する。早くも1名が負傷。

しかもエレベーターからは次々とB.O.Wが降りてくる。

今度はブレード・モールデッドが3体。他の隊員の状況は?

負傷した1名を他1名が手当てしている。つまり戦えない。

残る3名が四つ足の相手をしている。ここで食い止めるしかない。

 

再びトールハンマーを構え、ブレード・モールデッドの頭部を狙い、

1発ずつ確実に命中させる。1体が死んだが、2体は後ろに転んだ後、起き上がってきた。

牛舎に響く怒号、銃声。それに混じってスピーカーから

男の声が彼らの戦いを楽しむように実況する。

 

『おおっと、四つ足が死んだぞ!流石はB.S.A.A!でもひとりが死にかけだぁ!

部下が頼りにならねえと苦労するなぁ、隊長さんよ!』

 

「お前がターゲットだな!どこにいる!」

 

クリスは応戦しながら謎の声に向かって叫ぶ。

 

『全員生き残れたら教えてやるよぉ!生き残れたらの話だがな!』

 

敵の増援はとどまるところを知らない。

エレベーターからまたモールデッド3体が降りてくる。

1体では脅威にはならないが、他種、それも大勢となると話は違ってくる。

クリスがブレード・モールデッドの相手をしている隙に近寄り、

大きな爪を持った腕を振り下ろす。

 

「ぐぁっ!」

 

とっさにガードしたが、小さくてもダメージはダメージ。

積み重なればまともに戦うこともできなくなる。

またトールハンマーでなるべくブレード・モールデッドを巻き込むよう反撃する。

 

隊長に支給されるショットガンは、大きな銃身を存分に活かして、

炎と散弾の嵐を叩きつける。

通常のモールデッド2体の胴を砕き、残る1体の両腕を引きちぎって後ろに転倒させた。

ブレード・モールデッドは脅威となる右腕の刃を破壊され、

ただ呆然と立っているだけだった。

 

『流石は隊長さん、やるなあ!でもこんなもんじゃ終わんねえぜ、

観客がつまんねえってご立腹だからな!まあ観客は俺達しかいねえけどな』

 

ドスン、ドスン。大きな気配。エレベーターから重い足音と共に新たな影が現れた。

 

ゔっ、ゔっ、ゔおああああ!!

 

そいつはエレベーターの中から滝のように液体を吐き出した。

殺したモールデッドに降りかかると、その肉をあっという間に溶かしていく。

どうやら奴が吐いているのは強力な酸だ。

大きく太ったモールデッド2体がその姿を現した。

 

「全員、遮蔽物に退避しろ!」

 

「了解!総員退避!」

 

クリスはトールハンマーを構えたまま全員に叫ぶ。

現在チームアルファが戦っているエリアの中央には、

四角く押し固められた干し草が積み上げられている。

あの酸を食らったらひとたまりもない。

射程が長く広範囲に渡る攻撃に対し、散り散りに戦っていては全滅は免れない。

隊員を干し草に退避させたクリスは、一人戦う覚悟を決めた。

 

酸を吐くファット・モールデッドがエレベーターから降りた瞬間、

防護ベストからグレネードを外し、ピンを抜いた。

そして肥満体2体に向かって投げつける。

重心を低くして爆発に備えると、一拍置いて手榴弾は大爆発を起こした。

ファット・モールデッドは2体とも転倒。

トールハンマーのダメージを受けていた他種のモールデッドは、全て粉々になった。

 

その機を逃さず、クリスは肥満体に近づき、

トールハンマーの銃口を頭部に当て、至近距離で撃った。

その巨大な頭が大きく損傷する。

しかし、返り血を浴びたクリスのベストから白い煙が上がる。

こいつは、全身の体液が酸でできているのか!

肉体にダメージこそ受けなかったものの、この巨体に体術は効きそうにない。

体液が吹き出すナイフも不可。ショットガンの近距離射撃もできない。

厄介なB.O.Wがいたものだとクリスは内心愚痴るが、状況がよくなることもない。

 

弱点は頭部しか考えられない。クリスはアルバート.W.モデル01に持ち替え、

地道に先程トールハンマーの12ゲージ弾を叩きつけた1体に集中攻撃を開始した。

だが、いくら強力とは言え、ハンドガンで与えられるダメージには限界がある。

敵はまだ2体。クリスは再びグレネードを取り出し、

のそのそと追いかけてくるファット・モールデッドに投げつけた。

 

1,2,…爆発。手榴弾は2体を巻き込んだ。

1体がやはり衝撃で転び、クリスからダメージを受け続けていたもう1体の頭が吹き飛び、

床に大の字になって倒れていた。その時、異変が起きる。

ファット・モールデッドの死体が風船のように異様に膨張し始めたのだ。

瞬時に異常を察知したクリスが藁山に身を隠す。

次の瞬間、グチャアッ!と音を立てて死体が破裂。

肉片がやはり死んだモールデッドを溶かしながら飛び散った。

危なかった。あれの直撃を受けていたらベストも貫通していただろう。

 

『おおっと、1人死んだぞ!マジにイケてるぜアンタ!

戦わなきゃいけねえ時を乗り越えてこそ男になれるんだよな、隊長さんよぉ!』

 

相変わらずやかましいルーカスの実況を無視し、

アルバート.W.モデル01で残った1体の頭部に、

9mmパラベラム弾を正確に打ち込んでいくクリス。しかし、敵の体力は尋常ではない。

アルバートの一撃もまるで意に介さず、くぐもった声を上げ、

また吐瀉物による攻撃を開始しようとした。

 

瞬時に視線を走らせ改めて戦況を確認。

乱戦で気づかなかったが、よく見ると2階へ上がる階段が。もうグレネードもない。

とにかく敵が動きを止めた瞬間を見計らって階段を駆け上がった。

階段を上りながら藁山を見る。負傷した者もいるが隊員は全員健在。

2階に上りきった瞬間、後ろからまた不気味な酸を吐く声が。

そこは広いスペースになっていたが行き止まりだった。

ファット・モールデッドが鈍重な動きで階段を上がってクリスを追いかけてくる。

 

トールハンマーで近づいてくる敵の頭部を狙うが、

せっかくの高火力武器も、ショットガンの特性上、

体液の飛沫を浴びない距離から撃っても大したダメージが期待できない。

そして、とうとうファット・モールデッドが2階に上がってきた。

追い詰められたクリス。アルバート.W.モデル01での攻撃を繰り返すが、

やはり効いている様子がない。近づいてきた肥満体が、今度は両腕を大きく広げ、

巨大な爪で挟み込もうとしてくる。すかさずしゃがんで回避したが、一瞬の差だった。

大振りの攻撃をかわされ動きが止まっている敵から、ダッシュで距離を取るクリス。

 

打開策が見つからない。クリスはとにかくこの隙に

アルバート.W.モデル01をリロードしようと腿のポケットから弾薬ケースを取り出し……

ハッと気づく。あの巨体に有効なダメージを与える方法は、もうこれしかない。

クリスは意を決して弾薬ケースを手に、再び肥満体と向き合う。

奴も再びこちらを捕らえようと、向かってくる。

 

「おおお!!」

 

彼は敵に向かって駆け出すと、真正面から鉄の拳を浴びせた。

やはり目立ったダメージこそないものの、痛みは感じているようだ。

肥満体が絞め殺される牛のような声を上げる。

そこを見計らい、クリスは手にした弾薬ケースを奴の口に押し込んだ。

すかさず後ろに駆けて距離を取り、アルバート.W.モデル01を構える。

今度は頭部、というより奴の口を狙う。

火薬の詰まった弾丸が大量に収納された弾薬ケースを狙って。

 

クリスは頭部全体より小さな目標を狙い、一瞬だけ息を吸うと、トリガーを引いた。

アルバートが火を吹き、発射された弾丸が一直線に飛翔。肥満体の口を貫いた。

そして弾薬ケースが誘爆し、ファット・モールデッドの中で爆発を起こした。

内部からの高圧力に耐えきれず、奴の頭部が粉々になる。

頭を失ったB.O.W.はゆっくりと、そしてその体重で床を揺らして倒れた。

死体がまた急激に膨らむ。クリスは手すりから1階に飛び降りる。

その直後、2階からブシャッ!とファット・モールデッドが弾ける音がした。

 

さすがにクリスも少し息が上がったが、すぐ任務に戻る。まずは周囲の安全を確認。

もうエレベーターには何もいない。敵の全滅を確認した彼は隊員を呼ぼうとした。

その時、

 

『デブがダウン、試合終了!しゃーねえ、まあ所詮こんなもんだろ。

エヴリン、次はもっと面白えもん見せてやる。あいつのオツムを……』

 

『嘘つき……』

 

『え?』

 

『お前はあいつらを殺すって言った。だから私もいっぱい作った。

でもダメだった!私達の家を守ってくれなかった!やっぱりお前は裏切り者なんだ!!』

 

『お、おいエヴリン落ち着け、次は絶対うまく行くからよ!俺が何週間もかけて……』

 

『うるさい!!』

 

『待てって、おい、やめてくれ!そんなもん出すんじゃねえ!』

 

『やっぱりお前も、私の手で家族にするしかないよね……』

 

『やめろ!やめ……ああ!がああっ、あああ!!……ブツッ』

 

そこでスピーカーの音が途切れた。

藁山の影から集まってきた隊員たちがクリスに問いかける。

 

「一体、何があったんでしょうか……」

 

だが、クリスは答えることなく無線で本部に連絡。

 

「HQ、こちらチームアルファ、レッドフィールド。

ターゲットは死亡、もしくは完全変異。オーバー」

 

『了解。死体もしくは変異体を発見するまで任務を続行せよ。アウト』

 

「了解、アウト」

 

そしてクリスは負傷した隊員の様子を尋ねる。

 

「聞いたとおりだ。俺達は任務を続行する。……ファルコン、怪我の具合はどうだ」

 

「問題ありません!タブレットを3錠飲み出血も止まりました。行かせてください」

 

「わかった。全員エレベーターに乗れ」

 

「了解」

 

クリス達は大きな貨物用エレベーターに乗り込むとボタンを押した。

すると、ガシャンと一揺れしてエレベーターはクリスたちを上階へ運び出した。

全員の間に張り詰めた空気が流れる。一体この先に何があるというのか。

誰もが無言のまま待ち続ける。

やがて、最上階に到着したエレベーターが停止し、扉が開いた。

そこは壁と床が木造の小さなスペース。

やはりクリスを戦闘にチームアルファは進み続ける。隊員の一人が奇妙な物を発見した。

 

「隊長、奇妙な遺留物を発見しました」

 

「なんだ」

 

それは椅子に座った焼死体だった。なぜこんなところに?

だが、考えてもわからないことに、いつまでもこだわっても仕方ない。

胸のあたりにメモが貼り付けられている。短くこう書かれていた。

 

1408

次はお前だ

 

「隊長、これは……」

 

「間違いない。鉄格子のドアのパスワードだ」

 

牛舎に来る前、パスコード入力装置の付いた、開けられない鉄格子のドアがあった。

その右上に、入力装置と連動した鉄骨を降らせるトラップがあったが、

デバイスにより発見していたため誰も引っかかることはなかった。

安全のため適当な番号を入力し、トラップを発動させておいたところ、

隠し通路が現れた。C4による爆破や強引に蹴破ることも考えたが、

この隠し通路を探索するほうが、確実性が高いと考え、

その結果牛舎に到着することになったのだ。

 

クリスは部屋の柱に取り付けられたボタンを見つける。

デバイスでサーチすると、ボタンは奥の階段の昇降装置に繋がっており、

トラップの類は見つからなかった。

ボタンを押すと、やはり階下に下りる狭い階段が現れ、

クリスたちは一列になって下りていった。

 

「隊長。間違いありませんよ、ここは」

 

確かに、階段の先は一度通ったところ、

パスコードで開くドアのある部屋のすぐ近くだった。

敵は殲滅済みだが、やはり全員が武装を解くことなく素早く部屋に入った。

クリスが格子から内部の様子を確認してから入力装置に1408を入力。

すると、今度は問題なくドアが開いた。

 

「中は真っ暗だ。総員、ヘッドライト点灯」

 

「ヘッドライト、用意よし」

 

そして、クリスがドアに手をかけようとした瞬間、無線連絡が入った。即座に応答する。

 

「チームアルファ、レッドフィールド。どうした。オーバー」

 

『チームブラヴォー、シーゲルだ。済まないが、

今すぐ中庭のトレーラーハウスに戻ってくれ。オーバー』

 

「何があった。オーバー」

 

『捜索者と電話が繋がった。……ただ、本人かどうかは疑わしい。

直接話して判断を乞いたい。オーバー』

 

「わかった、すぐ戻る。レッドフィールド、アウト」

 

『すまない、いつ切れるかわからない。急いでくれ。シーゲル、アウト』

 

捜索者とは、B.S.A.Aへの通報者のひとり、ミア・ウィンターズの夫、イーサンだ。

彼から電話があったというのか。ミアもゾイという女性も無事だったのなら、

なぜ一緒に脱出しなかったのか。考えていても仕方ない。クリスは隊員達に告げた。

 

「調査は一時中断。トレーラーハウスに戻る」

 

表には出さないが、隊員達は少なからず動揺した。

ただクリスに続いて実験場から外に出るだけだ。戻るのに手間はかからなかった。

トレーラーハウスは実験場入り口の目と鼻の先だ。

クリスは隊員を入り口に待機させ、別働隊によって安全が確保されているエリアの

トレーラーハウスに入った。

中にはクリスに無線をよこしてきたブラヴォーチームの隊員が居た。

耐BCベストのせいでかなり窮屈そうだ。

クリスは余計な前置きを省いて要点だけを尋ねる。

 

「生存者からの連絡か?」

 

「いや、こちらからの連絡だ。ここに置いてあったメモに掛けてみたら、

どういうわけか繋がった。こんな番号存在しないはずなのに。とにかく出てくれ」

 

受話器を受け取ると、クリスは相手を驚かせないように落ち着いた口調で話しだした。

 

「もしもし、B.S.A.A.チームアルファのレッドフィールドだ。

君は、イーサン・ウィンターズなのか?」

 

『B.S.A.A!?やった!ああそうだよ、俺がイーサンだ!助けに来てくれたのか!』

 

「そうだ。君の居場所を知りたい。何か外から見える目印になるようなものはないか」

 

『それが……』

 

「どうしたんだ。小さな情報で構わない。君を助けるには手がかりが必要だ」

 

『まず、約束してくれ。俺は多分、今から信じられないことを言う。

それでも切らずに話を聞いてくれるか?』

 

「約束する。君の状況を教えてくれ」

 

『俺は今、70年前の異世界にいる』

 

「シーゲル、やっぱりイタ電だった」

 

クリスは受話器をシーゲルに突き返した。

 

「こっちから掛けるイタ電?どういうことだ?」

 

『おい待て、約束するって言っただろ!そっちの状況だって知ってる!

……そうだ、2階の娯楽室!俺はそこのバーカウンターにある

ビデオテープをルーカスに見せられて、気がついたらここにいたんだ。

あのテープを調べてくれ!』

 

必死に叫ぶイーサンの声を聞いた瞬間、クリスが反応し、受話器を取り直した。

 

「ちょっと待て、なぜターゲットの名前を知っている。B.S.A.Aの機密情報だぞ」

 

『俺がイーサン・ウィンターズだからに決まってるだろ!

化け物の家族に追い回されてたんだから間違いない!

ミアやゾイから聞いてないのか!?』

 

「ミアもゾイもB.S.A.A.の医療施設で治療中だ。

なるほど、君がイーサンだということはわかった。

異世界に居ると言ったが、そちらはどういう状況だ」

 

『切るなよ?こっちの世界じゃ、海が深海棲艦っていうB.O.Wに支配されていて、

艦娘っていう軍艦の転生体の女の子が砲や魚雷で戦ってる。実際見たんだ、本当だよ!

というか、俺もクルーザーに乗って奴らと戦った!』

 

「オーケー、落ち着け。とりあえず娯楽室のテープを調べればいいんだな?」

 

『ああ!だけど無闇に再生するなよ?あんたまでこっちに来たらどうしようもなくなる』

 

「わかった。一旦切るが、心配するな。ルーカスの名前が出た以上信じざるを得ない。

ビデオを技術班に回して分析してもらう。結果が出たらまた掛ける」

 

『頼んだぞ……』

 

そしてクリスは電話を切った。そばで会話を聞いていたシーゲルがクリスを見る。

 

「本当に、信じるのか?」

 

「イタズラにしてはこちらの事情を知りすぎている。

あるいは精神に異常を来たしている可能性もあるが、

いずれにせよ救出はしなければならない。

シーゲル、2階のチームに連絡してテープを確保してくれ」

 

「わかった。別に損害を被るわけじゃないからな。すぐに伝える」

 

クリスは無線で連絡を取るシーゲルを残して、再び実験場の入り口へ戻った。

途中、明かりの灯る本館の2階を見ながら。

 

 

 

──廃鉱

 

その頃、ルーカスはその重い身体を引きずりながら、ひたすら廃鉱を進んでいた。

 

『はぁ…はぁ…あのクソガキ!俺の身体をこんなにしやがって!

殺す、殺す、エヴリンもイーサンも、ぜってえぶっ殺す!』

 

彼が通る度、近くの鉄骨、朽ちたフェンス、壊れた発電機が身体に吸い寄せられ、

融合していく。

 

『もうすぐ、あと少しで俺の城だ……ああ、クソ重え!』

 

その異形は、あらゆる金属を飲み込みながら冷たい坑道を這い進んだ。

 

 




*クリス達のデバイスは6で使っていたやつです。
彼のデバイスだけ使いにくそうだなぁ、と当時思いました。


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File13; Awaked Inferno

*今回だけ注釈させて頂きます。途中、“彼”が語る内容は
別作「艦これ×龍騎」の出来事です。未読の方には大変申し訳ありません。



──本館 イーサンの客室

 

もう問題はない。B.S.A.Aが出動してあの屋敷は占拠された。

懸念していたように彼らはいきなり屋敷を焼き払うことなく、

入念な調査を行ってくれている。おまけに今朝、彼らから電話がかかってきた。

初めは半信半疑だったが、ルーカスの名前を出したら信用してもらえた。

テープの存在も伝えたし、後は俺次第だ。

第六倉庫の防空壕に行って血清の手がかりを見つけなければ、

例え帰還の方法が分かったとしても俺は帰るわけにはいかない。

バックパックの中身を整理すると、俺はそいつを背負って部屋を出た。

 

 

 

──倉庫区画

 

俺は敢えて提督達に何も言わずに第六倉庫へ向かった。

必ず戻ってくるのだから、挨拶など必要ない。

大きな倉庫が立ち並ぶ区画の道を歩いていると、後ろから背の高い誰かが歩いてきて、

徐々に俺に近づき、横に並んだ。

 

「独断専行は感心せんな」

 

「……ここから先は、俺一人で片付ける必要がある」

 

「上官である私や提督に一言もなしとは。お前は軍の規律を分かっとらん」

 

「部下じゃねえって言ってるだろ。

死出の旅路でもあるまいし、すぐに用事を片付けて戻ってくる」

 

「死出の旅路、か。ふっ、お前はアメリカ人なのに、妙に日本の言葉に詳しいな」

 

長門が少し微笑んで、俺の横顔を覗き込む。

 

「日本の文化には興味があるからな。詳しくはお楽しみだが、70年後の日本は面白いぞ。

ジャパニメーションやオタク文化が一大産業になっている。特に……」

 

その時、俺の頭に謎の現象が起きた。

コマンダン・テストを迎えた時に覚えた感覚と同じ。脳内がかき回される。

俺は何かを知っている。しかしそれが何なのか思い出せない。

三半規管を潰されたように視界がぐるぐると回転する。

だが、それを思い出そうとすることをやめると治まった。

 

「特に?」

 

俺の異変に気づいていない長門が尋ねる。

どうやら混乱していたのは、実時間でほんの一瞬だったようだ。

 

「いや、なんでもない。とにかく楽しいことがたくさんだ」

 

「何のことだかさっぱりだが……やめておく。大人しく70年待つとしよう」

 

「70年経ってヨボヨボの婆さんになったお前を見られないのは残念だ」

 

「なにを!年寄りになってもお前を投げ飛ばせるくらいの力はあるぞ!」

 

「あー、はいはいわかったよ。ほら、目的地に到着だ」

 

いつの間にか第六倉庫に着いていた俺達は中に入る。

そして再び開けられなかった防空壕の出入り口へ。

俺はバックパックから金属溶解液を取り出す。今度こそ大丈夫なはずだ。

 

「それはなんだ?」

 

「ここに入りたいんだが、鍵穴自体が駄目になっている。

昨日鍵そのものを溶かす薬品を作ったんだ」

 

「知っているぞ。それも一度作ると必要な破砕金属が増えるんだろう!」

 

「今更それかよ」

 

苦笑すると鍵穴にボトルの先端を差し込み、濃い紫の液体を注入した。

文字通り焼けた金属に水を垂らすような音とともに、

鍵穴とその周辺が放射状に腐食した。鼻を突く臭いが広がり、俺も長門も顔をしかめる。

でも、これで鍵は溶け切ったはず。

 

「危ないぞ、離れろ」

 

俺は四角形の出入り口の取っ手に手をかけ、思い切り引っ張った。

一度では開かなかったが、中でバキンと何かが折れる音がした。もう一度。

また全力で引っ張ると、今度は一気にハッチが開き、

錆びついた鍵内部の部品が散らばる。

 

ようやくこれで手がかりらしき物への糸口が現れた。

何があるのかすらわかっていない、か細い糸だが、

俺にとっては頼ることのできる最後の突破口だ。中を覗いてみる。

垂直の鉄製の梯子、コンクリートの壁と床に、物資が置かれた簡易棚がいくつか見えた。

 

「むっ、妙だな」

 

「ああ変だ」

 

中の様子が見える。長門もその矛盾に気づいたようだ。

何十年も使われていないはずの防空壕に、なぜ明かりが灯っているのか。

まさかモールデッドが電球を点けることなどあるまい。

ということは、何者かがこの中に潜んでいることになる。

あるいはそいつと命のやり取りをしなければならない。だが、行くしかない。

 

「長門。俺は行くが、後を頼む」

 

「お前に言われなくてもわかっている。……イーサンも、死ぬんじゃないぞ」

 

「ああ。少し、待っててくれ」

 

「わかった」

 

短い別れを済ませると、俺は梯子を下りてついに防空壕に入った。まず周りを見回す。

40人ほどが入れるスペースに棚やダンボール箱が置かれているが、

保管されている銃や缶詰はどれも錆びきっていて使い物にならない。

だが、俺の目的は物資ではない。なら何が目的なのかと聞かれても困る。

ただ手探りで現状を打破する何かを探しているだけだ。

 

防空壕の中を歩いていると、崩れた壁を見つけた。

近づいてみると、むき出しの土で形作られた地下道が続いている。見つけた。

この先に俺の求める何かがあるに違いない。

ひょっとしたら最低2名分の血清があるかもしれない。

そんな都合のいい期待をしてしまう。

 

馬鹿な考えを振り払い、ホルスターから取り出した丸鋸を構えながら

洞窟を進んでいく。一歩一歩慎重な足取りで探索を続行。

無闇に走り抜けると、後ろから遅れて現れたモールデッドと

前方から奇襲してきた個体から挟み撃ちを食らう。土のトンネルを通るが、やはり変だ。

むき出しの電球が一定間隔で壁に取り付けられており、

懐中電灯なしでも問題なく進むことができる。

 

通路を抜けると、一旦開けた場所に出た。地下水で浅い水たまりができている。

警戒しながら足を踏み入れると、来た。

3ヶ所にグジュグジュとヘドロが集まり、人型に固まる。

それらはモールデッドに転化し、俺に向かってよたよたと歩いてくる。

俺は突っ込まず、退路を確保しつつ迎え撃つ。

 

ゔああああ……

 

1体が噛み付いてきたが、俺は丸鋸のトリガーを引き、奴に押し付けた。

凄まじいスピードで回転するギザギザの刃が、

瞬時に奴の両腕を切り飛ばし、地面に叩きつけた。

あっという間に瀕死に追い込まれた奴の頭を切断し、とどめを刺す。

残りの2体も近づいてきたが、トリガーを引きながら左右に斬りつけるだけで、

モーターの馬力とブレードに巻き込まれ、瞬く間に肉片と化す。

 

げべっ、うげげげえげ、あああ……

 

何もできず3体のモールデッドは沈黙。

俺は水たまりの辺りを慎重に調べるが、もう何も出現する様子はなかった。

とりあえず後ろは安全。俺は前進を続ける。また細い通路が続く。

ゆっくりと歩を進めると、今度はブレード・モールデッドが2体、

お行儀よく前後に列になって現れた。

 

ここでもやはり丸鋸が猛威を振るう。攻撃を食らう前に押し付けてやると、

ブレードの回転力で、巻き込まれた1体がぐるりと身体を一回転し、

左腕を切り飛ばされた。

俺はトリガーを握り続け、苦しむ奴の頭部にブレードを当て続ける。

すると額あたりが綺麗に切断され、脳を失った1体が動かなくなった。

 

叫び声を上げて残った後ろのブレード・モールデッドが右腕の刃を振り下ろしてくるが、

丸鋸を突き出すと、細かい刃の連続攻撃の衝撃に耐えかね、

ただ転ばずに立っているのがやっとで、切り裂かれることしかできない。

狭い通路が、丸鋸が撒き散らすモールデッドの体液で染め上げられる。

俺は力を込めて刃を押し出す。今度は心臓、というより胸全体を開かれ、

2体目が膝を折って倒れた。

 

今のところ弾薬の消費はゼロ。頼りになる武器だ。思わず俺は丸鋸を眺める。

しかし、その一瞬の油断で接敵に気づかなかった。

かすれた耳障りな鳴き声を上げて、クイック・モールデッド3体が走り寄り、

1体が飛びかかってきた。とっさにガードしたので僅かな出血で済んだが、危なかった。

鼓動が早まり、身体から嫌な汗が吹き出る。やはり油断は命取りだ。

 

しかし、対処ができればこっちのもの。

俺は慌ててしゃがみ、丸鋸を前方に向けてトリガーを引く。

今度の3体は、我先にと仲間を押しのけ俺を殺しに来る。

だが、奴が飛びかかってきても、待っているのは丸鋸という名の殺戮兵器。

わざわざ回転刃に向かって飛び込んできた個体は、

振りかざした刃物のような腕を切り落とされ、

真っ直ぐ向かってきた者は、頭を真っ二つにされる。待っているだけで勝負はついた。

 

クイック・モールデッドらの死体を踏みつけながら先に進む。また開けた場所に出た。

完全に錆びついたフェンスで仕切られた、扉のない小部屋がある。

中に入ると、なぜかガンパウダーやハーブがあったが、

あいにくバックパックのスペースに余裕がない。

 

俺が小部屋から出ると、聞きたくもない声が。

ファット・モールデッドがゲロを吐きながら階段を下りてきた。

階段の狭さから考えて横をすり抜けるのは難しいだろう。

近接武器の丸鋸もこいつばかりには効果がない、というより

飛び散る酸性の体液でこちらがダメージを食らう。

 

倒すべきだろうか、いや、あくまで俺の目的はこの怪しい洞窟の探索。

バックパックからひとつだけリモコン爆弾を取り出し、広場の中央に置いた。

俺に気づいた奴がこちらに向かってくる。俺は小部屋に隠れてしゃがむ。

 

うっ、うっ、ぐおえええ!!

 

その時、奴が滝のようなゲロを浴びせてきた。小部屋のガラクタに隠れて回避する。

確かに巨体ではあるが、どこにあれだけの体液を溜め込んでいるのだろうか。

ファット・モールデッドは再び重い身体を揺らしながら俺に迫ってくる。

 

「食らえ!」

 

奴が広場の中央に差し掛かった時、リモコンのボタンを押した。

遠隔操作された爆弾が派手に爆発する。

ひとつで奴を殺し切ることはできないが、すっ転ばせることはできた。

その隙に俺は小部屋から飛び出し、ファット・モールデッドをやり過ごして

階段を上った。

 

ノロいあいつが追いかけてこられない距離までとにかく走る。

丸鋸を持ったままひたすら走った。

運良くそれ以上モールデッドに出くわすこともなく、

完全に肥満体の追撃をかわすことができたのだ。

 

「……あいつに構ってたら、弾がいくつあっても足りない。

帰り道にまだ居たら戦おう」

 

無駄な戦闘はしないに限る。俺は呼吸を整えながら、辺りを見回した。

しかし、慌てていた俺は気づかなかったが、俺はその異様な光景に息を呑んだ。

背の高い作業用ライト、ショベルカー、パイルドライバー、

点在する強化プラスチック製のコンテナ。まるで現実世界のトンネル掘削現場である。

 

これが70年、いや、それ以上昔の世界であるはずがない。

俺が呆然としていると、コデックスに着信。

もうルーカスがB.S.A.Aに確保されたのだろうか。

それともまだどこかに隠れて怯えているのだろうか。

若干楽しみにして俺は通話ボタンを押した。

 

 

 

「よう、相棒。元気でやってるか」

 

『ふざけんな、てめえ、ぶっ殺してやるからな!お前のせいで、俺は、俺は……!』

 

「それは怖いな。でもあいにく異世界にいるから会えないんだ。お前もテープ見るか」

 

『バカが!そんな、必要、ねえんだよ!』

 

「ならさっさと来い。俺は忙しいんだ。

お前を丸鋸でズタズタにして、早く血清を探す必要がある」

 

『まだだ!俺は、もっと、力を吸収しなきゃならねえ。

全部終わったら、てめえも、その世界も何もかもぶっ壊してやる!

二度と血清なんか渡さねえ!』

 

「風邪で熱でもあるのか?声もガラガラだし、言っていることも意味がわからん」

 

『お前よォ……マジにそこが70年前の世界だと思ってんのか?』

 

「今更何を言ってる。俺はその70年前の防空壕にいる」

 

『ハッ!やっぱテメエは底なしのバカだ!

70年にショベルカーや掘削機があると思ってやがる』

 

「何が言いたい」

 

『よく聞け?前にお前が0点取った、”そっちの世界はゲーム論“の

答え合わせをしてやるぜ。色々こじつけてひねり出した割にはいい線行ってたが……

肝心なことに全然触れてねえからやっぱり0点だ』

 

「さっさと答えろ!」

 

『なぁ、おい。お前が生まれ育った世界と、お前がゲームだと思ってる世界、

どっちが”現実“だと思う?

実は、お前が生まれた世界こそ誰かが作ったゲームで、お前は誰かに操作されてるだけ。

そっちのゲーム世界こそが現実。そうじゃないって言い切れる根拠はあるか?』

 

「バカの癖に禅問答はやめろ」

 

『あるのかないのか聞いてんだよ!!ねえよな、あるわけねえよな!

ところがこっちにゃ、あるんだよ~

そもそも俺がそっちの世界の存在に気づいたのはなんでだと思う?』

 

「もうすぐ死ぬやつの与太話に興味はない」

 

『死ぬのは、テメエだ!話に戻るぞ!

実はそっちの世界を知ってるのは俺だけじゃあねえ。

何百万人というナード(オタク)共が知ってんだよ!』

 

「どういうことだ!」

 

『艦隊これくしょん』

 

「一体何を……あがぁっ!!」

 

ルーカスが口にしたその単語を聞いた瞬間、俺の脳に激痛が走った。

こめかみにワインオープナーをグリグリと差し込まれるような、強烈な頭痛。

思わずその場にしゃがみ込む。なんだ、一体奴は何を知ってる!?

 

『おお?その様子だと心当たりがあるみてえだな!

そうだよ、その世界は艦隊これくしょんっていう、

日本のネットサービスの会社が作ったゲームなんだよ。

じゃあ、どうやって俺がお前をそっちの世界に送り込んだかって?

簡単だよ、お前に見せたテープにちょいと細工をしてだな、

”自分は艦これの世界にいる“っていう情報を深層心理に刷り込んだんだよ。

フラッシュはちょっとした演出さ。気に入ってもらえたか?』

 

「バカ、が……思い込みだけで異世界に行けるとでも……」

 

『行けちまうんだから世の中不思議だよなぁ!だって、さっきも言ったが、

俺達の世界だってゲームの世界じゃない保証はないんだぜ?

……う~ん、この世界にタイトルを付けるなら、”RESIDENT EVIL“……いやいや!

シンプルに”BIOHAZARD“なんかもイケてるかもな。

とにかく!俺達の世界と艦これの世界を隔ててる壁は、

厚いようで紙ペラくらいの薄さしかねえんだよ。

認識ひとつで行き来できちまうんだからな。

まぁ、その認識がよほど強烈でないと不可能ではあるんだが』

 

「何のためにこんなことを!

俺を殺したいなら、あのままマーガレットと戦わせてれば済んだだろう!

お前のせいでどれだけ多くの住人が苦しんだと思ってる!」

 

『まさにそのためにテメエを使ったんだよ!

艦隊これくしょんの世界に報復するために!』

 

「お前と、艦隊これくしょんに、何の関わりがある……!」

 

『はぁ…はぁ…よく聞け?あれは2002年頃のことだった。

まだガキだった俺は、日本でブレイク中のネットゲーム、

そう、艦隊これくしょんに夢中だった。

寝食も忘れて、親父に殴られながらも、日本語の辞書片手に毎日艦娘連中を育ててた。

ダチ公よりも先に難関ミッションをクリアして自慢したもんだった……

だが!奴らが俺を裏切ったんだよ!』

 

「裏切った……?」

 

『ある日、艦これにログインしようとしたら、

いきなり「404 Not Found」と来たもんだ!ユーザーである俺様に、何の断りもなく!

俺が奴らをレベル99に育てるまで何百時間かけたと思ってる!

親父に頼んで運営会社にクレーム入れてもらおうとしたら、また殴られた!

なんで一方的な被害者である俺がこんな目に会わなきゃならねえ!』

 

「……この、くそったれ」

 

『それだけじゃあねえ!連中は、2013年になって、何事もなかったかのように、

また艦これを復活させやがったんだ!呆れたね!

とりあえず当時のIDとパスワードでログインしようとしたら、

”IDかパスワードをお間違えです“だとよ!つまり一からやり直しだよ!

アカウントを作り直してゲームスタートしたら、

やっぱりレベル1の艦娘がひとりだけだ!

俺の苦労と、夢と、努力を連中は踏みにじったんだよ!だから俺はやり返すことにした。

心理学、脳科学について徹底的に調べ尽くしてよぉ、

自己の存在認識を司る精神に干渉する信号を作り出すことに成功したんだよ。

そう、お前がカラーバーだと思ってボケっと見てたあれだよ』

 

「たかが、ゲームのために、エヴリンまで利用したのか」

 

『あのクソガキの名前を出すな!イラつくんだよ!俺の身体を返しやがれ、畜生!』

 

「その様子じゃ、お前ももうすぐ自我がなくなって、B.S.A.Aに滅菌されるだろうよ」

 

『ああそうだろうよ。だがな、その前に俺は艦これとエヴリンとお前に復讐する。

ただで帰れると思うなよ』

 

「言っとくぞ。お前はプレーヤー選択を間違えた。またゲームオーバーになる運命だ」

 

『せいぜい強がり言ってろ。知ってるぜ、お前も感染してるってことくらいな』

 

「……どうにでもなる。B.S.A.Aとも連絡が取れた。少なくともお前より状況はマシだ」

 

『だといいなぁ、ヒヒヒ』

 

 

 

もういい。俺は通話を切った。そう、思い出した。

俺は、この世界を知って()()

15年前、絶大な人気を誇りながら、ある日忽然と姿を消し、

2013年に再びサービスを開始したネットゲーム、“艦隊これくしょん”。

それにまつわるニュースはIT産業に携わる俺の耳にも入っていた。

 

今なら全てがわかる。俺がこの世界に来た理由。エヴリンがこの世界にいる理由。

コマンダン・テストを連れてきた時の不可解な感覚。

ルーカスの言うことを信じるなら全て辻褄が合う。

 

俺はルーカスのビデオテープに仕込まれた信号で認識を書き換えられ、

艦これの世界に来た。

他者の意識を支配できるエヴリンなら自己の認識を変化させることもできるだろう。

テストと一緒に鎮守府に入った瞬間感じた奇妙な感覚は、

彼女が艦これの世界、つまり鎮守府に入ったことにより、

本来フランス語しか話せない女性が日本語も話せるよう、

世界のシステムが変更されたことによるものだと思う。

 

まだ若干痛む頭を押さえながら、どうにか立ち上がる。立ち止まってはいられない。

探索を続けなければ。丸鋸を片手にゆっくりと歩きだす。

一体ここでどんな作業をしていたのだろう。

ライトで十分に照らされた工事現場の捜索にそれほど手間はかからなかったが、

これといったものが見つからない。

 

コンテナを開けてみるが、どれも空か、ありきたりな工具しか入っていない。

もうすぐエリアを一周してしまう。このまま収穫なしでは本当に手詰まりになる。

俺が焦りを覚えて、最後のコンテナが積み上げられた区画に踏み入ろうとしたその時、

 

 

ヒャハハハハハァ!!

 

 

物陰から奇怪な叫び声と共に、灰色のパーカー姿が飛びかかってきた。ルーカスだった。

馬乗りにされ、後ろに倒れたが、俺はすかさず丸鋸を取り出し、

奴の顔面目がけて叩きつける。

しかし、鋼鉄の固まりに触れたように、激しく火花を散らすだけで、

まったく聞いている様子がない。

 

「駄目だぜぇ、人の話はちゃんと聞けよ!

俺は今、“艦これ”と“BIOHAZARD”、好きな方に存在を切り替えられるんだよ!

どっちか片っぽにしか存在してねえ武器が効くわけねえだろ!」

 

「くそっ!」

 

俺はマグナムを構え、ルーカスの頭に放った。

轟く銃声が広い洞窟をビリビリと震わせる。

だが、銃弾はルーカスの顔面で潰れて止まっていた。

 

「わかってねえなぁ、今のお前じゃ俺に傷一つ付けられねえんだよ。次は俺のターンだ。

見てろよ、初めは嫌だったけどよぉ、慣れればこの体も悪くねえんだ」

 

ルーカスが右手を伸ばすと、周囲の作業用ライトや転がっていた鉄パイプなどが、

磁力で引き寄せられるように次々と集まり、巨大な瓦礫の玉と化した。

人間の体が自壊しないのが不思議なほどの重量がルーカスを通じて伝わってくる。

息が苦しい。

 

「いくぜぇ、ヒャヒャヒャ!!」

 

そして、奴は俺に鉄球を思い切り振り下ろした。一体何トンある!?

圧倒的な力が迫ってくる。当然俺はガードしたが、

鉄球はドゴォ!!と俺を地面にめり込ませ、ガードした腕に激しい痛みを与えた。

 

「があああっ!!」

 

「まだだろ?こんなもんじゃねえだろぉ?」

 

その後もルーカスは、何度も鉄球を振り下ろしてきた。

振動で洞窟が揺れ、天井から土埃がパラパラと降ってくる。

ドシン、ドシンと奴の攻撃を食らう度、背が堅い地面に押し付けられ、

腕は折れる寸前だ。なんとか頭だけは守らなければ!

だが、このままではどんどん体力が削られ、最終的には、死だ。

 

「ほら、お前も殴れよ!俺を殺してくれぇ、生きてるのが辛いんだよ!ハハハハ!」

 

変異したルーカスの度重なる攻撃で、既に俺の視界は真っ赤だった。

あと、1,2回の攻撃で俺は死ぬだろう。こんなところで死ぬわけには行かないのに!

ここで俺が死んだら、感染した金剛は?いや、他にもいるかもしれない。

何より……俺はまだミアに会っていない!

会って話さなきゃいけないことがたくさんある!

 

「お前のお話はゲームオーバーだ!あばよ!」

 

ルーカスが最後の一撃を叩き込もうとした時、

真っ赤に充血したイーサンの目が見開かれた。混濁した意識の中で彼が思うのは。

 

『世界……融合……艦これ……BIOHAZARD!!』

 

ドゴォ!と音を立てて異変が起こる。

 

「お、おい。なんだよこれ、何やってんだお前!」

 

イーサンが左手で巨大な鉄塊と化したルーカスの腕を受け止めていた。

そして、空いた右腕でルーカスを殴り飛ばした。

 

「がはっ!!」

 

バウンドしながら鉄球ごと10mは後ろに吹っ飛ばされたルーカス。

はずみで能力を解いてしまったため、鉄球はバラバラになる。

体中を打ち付けた痛みに耐えながら、瓦礫から這い出し、彼は立ち上がる。

そこで見たものは。

 

「はは……そうかよ、とうとうお前もそこまで来たのかよ!傑作だぜ!」

 

立ち上がったイーサンの目は燃えるように赤く、

実際彼の周りには高熱で陽炎がゆらめいていた。

その吐息は煙のように白く、全てを焼き尽くすような熱を帯びている。

そう、イーサンは、語らずして見るもの全てを圧倒する“変異体”へと

転移を遂げたのだ。

 

「これでお前もエヴリンの家族ってことだ!

いいぜ、超能力バトルと行こうじゃねえか!」

 

『カ…ゾク……ミア…エヴリン……グアアアアア!』

 

イーサンが咆哮すると周辺の気温が急上昇し、残されていた書類やゴミが燃え上がった。

そして、彼は右腕に意識を集中する。

手のひらに超高熱の火球が現れ、それはどんどん大きくなる。

念動着火能力(パイロキネシス)を得たイーサンは敵に狙いを付け、その火球を放った。

彼の変貌に少なからず驚いたルーカスは回避に失敗。直撃を受ける。

 

「イギャアアア!!あっぢい!ふざけんなテメエ!身体が戻るまでどれだけ……」

 

『グルアアア!!』

 

とっさに身体をかばった右腕が金属のように溶け落ちたルーカス。

彼が喋り終わる前に、イーサンが突進し、ルーカスを殴りつける。

左手で服を掴んで壁に押し付け、筋肉が異常に膨張した右腕で何度も、何度も。

 

「げほっ、がはっ!待て、ちょっと!ストップ、やめろ、降参だ!」

 

丸鋸すら効かなかった顔が、鉄拳の連打でどんどん潰れていく。

鼻血があふれ、歯がほぼ全て失われ、左目が破裂した。

ルーカスも必死に抵抗するが、変異イーサンの人を超えた筋力の前に為す術がない。

なんとか防御を捨てて左手に磁力を集めて、彼の後方から瓦礫の雨を振らせたが、

 

『ハァッ!!』

 

右腕のひと振りで全て弾き返されてしまった。

だが、彼の注意が逸れた隙に、ルーカスはパーカーを脱ぎ捨て、

人間離れした跳躍力で、あちこちを飛び回りながら逃げていった。

 

“ちくしょう、これじゃ再生しても戻れねえ、ちくしょう!!”

 

『グルルルル……』

 

ひとり残された変異イーサンは、水が沸騰するような燃える大気の中、

ただそこに立ち尽くしていた。

 

 

 

──B.S.A.A.作戦司令室(旧ベイカー邸 娯楽室)

 

「……全員、今の出来事を信じるか?」

 

ブラヴォーチーム隊長・シーゲルの問いに、皆無言だった。

ルーカスの部屋から押収したパソコンから、コデックスを通して

一部始終を聞いていた隊員達は少なからず動揺している。やがて一人が口を開いた。

 

「やはり自分は、人間の意識だけで異世界に移動できるとは考えられません……」

 

「でも、技術班の分析だと、あのビデオには

強度のサブリミナル効果のある映像が仕込まれていたわよ。

ちょうど早送りすると特定の周波数の催眠に近い効果が現れるようになってる」

 

「血清ってなんだ?イーサンが探していたようだけど」

 

「はぁ……状況わかってる?特異菌を除去する薬。通報者もそれで助かったんじゃない」

 

「とにかく、アルファチームに連絡を取って、血清を確保してもらうしかないだろう」

 

「でも隊長、発見できたとしても、“向こう”に送る方法がありません」

 

「そう言えば、通報者はどうやって血清の材料を手に入れたんだ?」

 

「詳しい事情は聞けなかった。

“イーサンがくれた手がかり”とだけ言って意識を失った。

何かしら向こうと物品をやり取りする手段があると思われるが、

今は彼女達の回復を待つ他ない。

とにかくジェニファー、レッドフィールド隊長に通信を。

……さっきのやり取りは録音してあるな?」

 

「はい。音声データをアルファチームに送信します」

 

 

 

──ボートハウス

 

アルファチームは、ルーカスの実験場を抜け、ボートハウスにたどり着いていた。

途中、悪趣味なパーティールームがあったが、

デバイスで照らすと多数のトラップが検出されたため、

ギミックは全て無視して隠し通路を爆破し、さっさと通り抜けた。

その後、モールデッドを排除しつつ木板でできた橋を渡りながら、

ボートハウスの終点まで来たのだ。そこには、1隻のボートが横付けされていた。

 

「隊長、この大きさでは、全員は乗れませんね」

 

「同行するメンバーを選別する。この装備では2名が限度だろう。

一人は俺、もうひとりは……」

 

その時、クリスのデバイスが静かに振動する。ブラヴォーチームからの通信だ。

デバイスの通話ボタンを押すと、防毒ヘルメットに装備されたヘッドセットから

シーゲルの声が聞こえてきた。

 

「こちらレッドフィールド、要件は?オーバー」

 

『シーゲルだ。アルファチーム全員に聞いてもらいたいものがある。

今、音声を流しても問題ないか。オーバー』

 

クリスは周りを見回すが、狭い桟橋にはモールデッドの影も見当たらない。

 

「敵の姿はない。大丈夫だ。オーバー」

 

『わかった。では、今から流す音声を全員で聞いてくれ。

ターゲットと要救助者の身に異変が起きている。

デバイスに音声データを送る。オーバー』

 

「了解……ダウンロードが完了した。再生する。オーバー」

 

デバイスを床に置き、ダイヤルとボタンで操作するクリス。

完了すると全員に呼びかけた。

 

「全員よく聞け、以降の作戦に関わる内容だ。ターゲットと要救助者の安否に関わる」

 

「はっ!」

 

全員が耳を澄まし、クリスがデバイスのボタンを押すと、

マイクからノイズ混じりの会話が始まった。

そして彼らはイーサンとルーカスの一連の会話を通じて真実を知ることになる。

 

自分達の世界に絶対性などないこと、それを利用したルーカスの狂気地味た今回の計画、

イーサンが本当に異世界に転移してしまったこと。

そして、彼もまた変異体となってしまったこと。

再生が終わってもしばらく誰も口を開けなかった。

いち早く状況を飲み込んだクリスが通信を再開する。

 

「レッドフィールド。通話の内容を確認した。

ターゲットはこの先の廃鉱にいる可能性が高い。

これよりボートで沼を抜け、ターゲットの確保と要救助者の救援に当たる。オーバー」

 

『注意してくれ。敵がどんな手を使ってくるかわからなくなった。

本部に確認を取ったが、やむを得ない場合、ターゲットの殺害も許可されている。

……死ぬなよ。アウト』

 

「了解、まだ死ぬつもりはない。アウト」

 

通信を終えるとクリスは立ち上がり、隊員達に告げた。

 

「廃鉱には俺一人で行く。お前達はブラヴォーチームと合流し、

引き続きベイカー邸の安全確保に当たれ」

 

「危険すぎます!」

 

「敵の能力が未知数だ。

何もわからない状況で全員が突っ込んでも全滅する可能性が高い。

俺が廃鉱の状況を調べて増援を送るべきか判断する」

 

「しかし!」

 

「決定事項だ。通信の内容から要救助者も変異していると考えたほうがいい。

危険性が高いなら、彼も排除しなければならない」

 

隊員達の間に沈黙が降りる。

しばし黙った後、一人が耐BCベストからグレネードを外し、クリスに渡した。

 

「使ってください。補給に戻ってる時間は、ありませんよね。

俺達にできることは、これだけですから」

 

「……助かる」

 

そして、他の隊員も次々と弾薬ケースやタブレット等を渡した。

それらを受け取ると、クリスはボートに飛び乗り、エンジンを掛けた。

 

「ご武運を」

 

「お前達も、油断するなよ」

 

隊員と別れたクリスはボートを発進し、沼を進み始めた。

生い茂る穂をかき分けながら、ボートは突き進む。

途中、座礁した巨大なタンカーが見えた。あれはなんだ。

これほど大きなタンカーの座礁事故ならニュースになってもおかしくないが、

クリスはダルヴェイという土地自体知らなかった。

 

捜索の必要性を感じたが、目下の優先事項は廃鉱の調査である。

クリスはデバイスで位置情報だけを本部に送り、また沼を進む。

しばらくボートで淀んだ水を泳いでいると、沼の終わりにたどり着く。

先程のタンカーが岸まで突き刺さっている。やはり廃鉱と何か関係があるのだろうか。

そんな疑問と共に、クリスは廃鉱へ続く荒れ地にその足を踏み入れた。

古びた小屋にボートを止め桟橋に上がると、ポケットから小瓶を取り出す。

 

“お願い、これで、エヴリンを、止めて……”

 

通報者の女性はこれを託して気を失った。一体これがなんだというのだ。

一切が不明のまま、クリスは小屋の扉を開けた。

 

 



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File14; Go Tell Aunt Rhody

──沼地

 

ボートで沼を渡ってきた俺は、ただ一人真実を掴むために前進していた。

小屋の中はごちゃごちゃとした物資や無線機があるだけで、

手がかりになるものは見つからなかった。扉を開けて向こう側に出る。

しばらく歩くと、開けた荒れ地の中央にエレベーターの塔が見えた……が、

あちこちでモールデッドの群れが実体化し、おぼつかない足取りで俺に向かってくる。

ざっと見て約6体。俺は手近な1体に先制攻撃する。

 

「はあっ!!」

 

全力を込めて顔面に拳を叩き込む。後ろに倒れるモールデッド。

更に追撃し、奴の頭に足を乗せ、

 

「ふん!」

 

体重をかけて踏み抜いた。頭を潰されたB.O.Wは、もがくこともなく活動を停止。

2体目が迫ってくる。数は多いが動きは緩慢だ。

落ち着いてアルバート.W.モデル01を構え、頭部を狙う。第一射、銃声、命中。

敵がよろけ、アルバートの内部で銃身とスライドが擦れる重い音がする。

二発目を放つ。命中。今度は頭部が完全に砕け散った。2体排除。

 

まだ敵は残っているが、全てを片付ける必要はない。

とりあえずの抜け道を見つけ、俺は敵の間を縫うように全力で駆け出す。

エレベーターにたどり着くと、殴るようにボタンを押した。

ポン、と音が鳴りシャッターが開くが、後ろにモールデッドの群れがいる。

このままでは中の開閉ボタンを押してシャッターが閉まるまでに乗り込まれるだろう。

 

一旦エレベーターから離れ、広場の端に移動する。釣られてB.O.W達も追いかけてくる。

そして、十分に引きつけたところで、奴らを迂回し、

エレベーターに駆け込み、ボタンを押した。

扉に阻まれたモールデッド達が目の前に群がっている。

シャッターが閉まる直前だったのでギリギリのところだった。

ガタンとエレベーターが動き出し、地下へと下りていく。

 

シャッターが開くと、そこは青白い光に照らされた洞窟だった。

静寂に包まれたそこで聞こえるのは、どこかで地下水が滴り落ちる音だけだ。

俺はエレベーターから未知の領域へ足を踏み出す。

銃口を上にしてアルバートを構えつつ数歩進むと、

天井から四つ足モールデッドが落ちてきた。

そいつは俺を見るなり叫び声を上げてこちらに走ってくる。

俺は素早く照準を合わせ、奴の頭を撃ち抜いた。銃声が洞窟の奥まで突き抜けていく。

 

あっけなく絶命したB.O.W.を見ながら、ほっとしつつ歩きだしたのも束の間、

目の前にワイヤートラップが仕掛けられていた。

あと一瞬気づくのが遅れていたら死んでいた。

工作班がいないので、しゃがんでくぐり抜ける。次のエリアに入ると、

フェンスに囲まれた鉄柱がある。それを回り込み、更に奥へと進もうとした。

 

うぐああああ……

 

しかし、前方から複数のモールデッドが歩いてきた。

俺は引き返そうとしたが、またしてもワイヤートラップ。一体どうなってる。

……待て、これは、このままでいい。しゃがんでワイヤートラップをくぐり、

エリア入り口に戻ると、後ろから爆発音。

俺を追いかけてきたモールデッドがトラップに引っかかったのだ。

手足がちぎれ、完全に死亡。続いて2匹目も1匹目の末路は見ていたはずなのに、

2つ目のトラップに引っかかって同じ運命を辿った。

 

物は使いようだ、などと呑気なことを考えてはいられない。

トラップがあるということは何者かが敵意を持って待ち構えていると考えたほうがいい。

俺は更に歩を進める。

やはり青白く、怪物さえいなければ美しくすらある洞窟をひたすら歩む。

十字路で四つ足と右腕が巨大な刃になったモールデッドに出くわした。

 

今度はトールハンマーを構えてタイミングを待つ。

移動速度が異なる2体を同時に吹き飛ばせるその瞬間を。

狭い通路の中、ゆっくり歩く巨大な右腕を押しのけ、四つ足が無理矢理前に出る。今だ。

俺は銃口をやや斜め下に向けてトリガーを引いた。

トールハンマーが、強烈なマズルフラッシュと共に爆発的な加速を得た散弾を吐き出し、

2体の身体を引きちぎった。

 

身体が細く、モールデッドとしては耐久力の低い四つ足は、

上から叩きつけられた衝撃で潰され、

刃の右腕は両足をもぎ取られ、地面を這い回っていた。俺は慎重に近づき、

 

「ふん!」

 

やはり頭部を踏み潰す。余計な発砲などしなくて済むならそのほうがいい。

やたら弾を撃ちたがるのは、新兵かガンマニアくらいのものだ。

一度でも実戦に出れば理解できるだろう。今度は分かれ道に出る。

レールが敷かれ、ゆるい坂になっている。とりあえず右に進むが……

大きなトロッコがあるだけで行き止まりだった。

 

だが、次の瞬間、さっき2体モールデッドを倒したはずの通路から、

新手が雄叫びを上げて飛び出し、全速力でこちらに走ってきた。

とっさに俺はトロッコを蹴飛ばす。

重い資材を満載したトロッコが加速度的にスピードを上げ、B.O.Wに突進。

緊急回避などできないモールデッドは、

そのまま猛スピードで突っ込んでくる重量物に轢き殺され、

トロッコは行き止まりで壁に激突、派手な音を立てて停止した。

 

ひとつ息をついて更に脇道へと進む。

そこは、天井が高く、明らかに人が出入りしていた形跡が残されていた。

階段があり、それを上ると小屋があるのだ。

俺は階段を上がろうとするが、ここにもワイヤートラップ。

よほどここには入られたくないらしい。

今度はしゃがんで通ることも、またぐこともできない面倒な高さ。

俺はアルバートで起爆装置を撃って破壊し、階段を上り、

小屋のドアに手を掛け、そっと押し開けた。

 

そこは洞窟には全く似つかわしくない研究室だった。

空のシャーレ、顕微鏡、レントゲンに光を当てるシャウカステン。

デバイスでトラップの類がないかサーチする。とりあえず心配したトラップはなかった。

その代わり、

 

 

[電子ロックの反応あり ハッキングによる解除が可能]

 

 

電子ロックを掛けてまで隠したいものとはなんだ。俺は反応があった場所に近づく。

そこには小さなトランクほどの金属製のケースがあった。

デバイスをかざしてハックする。

 

 

[ロック解除中 10%...30%...50%...75%...100% 解除完了]

 

 

ケースが開くと、内部は奇妙な構造になっていた。中央に胎児らしきもののミイラ。

そしてその両脇に何かを入れるような挿入口が。これはなんだ。

操作スイッチの類がないのでわからない。

一旦この装置は置いておいて、俺はとりあえずこの研究室の捜索を始めた。

何があったのか、酷い散らかりようだ。俺はデスクにある資料を一つ一つ調べる。

そのうち、重要性が高いと思われるものがいくつか見つかった。

 

 

・「Eネクロトキシン」資料

 

Eネクロトキシンとは、E型被験体、つまりエヴリンを殺処分するための壊死毒らしい。

使用時には、毒素を活性化させる必要があり、

エヴリンの体組織を保管装置内に入れることで製造できるようだ。

 

・感染症例レポート

 

エヴリンが生成した特異菌に感染した者が変異していく様子が、

時間経過と共に記されている。

 

・研究報告書 前・後

 

最も重要なのはここだった。この資料によると、エヴリンは、

H.C.F.という組織の協力の下に戦争兵器として作られた存在であり、

特異菌を対象に埋め込むことで意識を支配する能力を持っている。

彼女に支配されたものは最終的に……くそ、黒塗りにされていて読み取れない。

仕方なく続きを読む。そして、エヴリンは菌糸からモールデッドを生成するらしい。

Eネクロトキシンはイーサンが求めている血清を極限まで高めたもので、

ごく少量で何かができるようだ。“何か”はやはり黒塗り。

 

 

資料を読み終えた俺は、先程のケースに向かった。間違いない。

エヴリンという存在は、H.C.F.という組織から技術供与を受けた何者かによって作られた

B.O.W.で、イーサンはその特異菌に感染している。だから血清を求めていた。

そして、エヴリンは特異菌を生み出し続ける危険な存在。消滅させなければならない。

 

ベストのポケットから小瓶を取り出す。“エヴリンを、止めて”。

通報者の女性の言葉を思い出す。保管装置に小瓶を入れた。

すると蓋が閉まり、装置内で何かが合成されるような動作音が続く。

しばらくすると、今度は右側の蓋が開き、緑色の液体が入った注射器が現れた。

……これが、「Eネクロトキシン」だろう。

 

俺はベストの一番頑丈なポケットにそれをしまい、研究室奥のドアを開け、

更に奥へと進んだ。それからは一本道だった。

うねうねとした廃鉱の通路をひたすら歩き、現れるモールデッドを倒し突き進む。

 

全てがわかった。今まで殺してきたモールデッドは、すべてエヴリンが作った人形だ。

元を倒さない限り、このバイオハザードは終息しない。

そして、エヴリンを作った組織や、H.C.F.も発見・壊滅させなければならない。

新たな使命を見つけた俺は更に奥へとひた走った。

 

大きく開けた場所、上を見上げると空が見える。洞窟の出口が近い。

しかし、脱出するための梯子の近くに、肥満体モールデッド2体がたむろしている。

さっそく俺を見つけた奴らは、腹いっぱいに体液を溜め込んで、一斉に噴射してきた。

横方向に走って回避する。

 

どうすればいいかはさっき言ったはずだ。余計な戦闘はしないに限る。

俺はグレネードを取り出し、ピンを抜くと肥満体に向けて投げつけた。

トン…トン…爆発。

洞窟の脆い壁が崩れないか心配になるほどの衝撃が、

ファット・モールデッドを吹き飛ばす。

その隙に俺は梯子へダッシュし、急ぎ足で上りきった。

 

どうにか厄介な敵を振り切ると、背後から恨めしそうな呻き声が聞こえてくる。

無視して前進を続けると、テーブルがあり、今更役に立たない坑道の見取り図や、

物資などが置いてある。必要でないものを持ちすぎても邪魔になるだけだ。

何も取らずに先に進む。そのまま狭い出口を抜けると、そこは民家の地下室だった。

 

なぜこんなところと地下室が繋がっている?俺はとにかく外に出るため階段を上る。

1階に上がると、中は荒れ果てていた。

キッチンのテーブルには、正体の分からない何かが盛られた皿が並んでいる。

冷蔵庫も、開けたことを後悔するほど腐り切って臭いを放つ食材が詰まっていた。

とにかく玄関から外に出ようとしたが鍵が掛かっている。

しかし、俺達は鍵が掛かっているからと言って前進を止めることなど許されていない。

 

「はあぁ……であっ!!」

 

重心を低くして、体全体を使い、扉に体当たりをする。

建物自体が古いこの家は玄関も古く、一度の体当たりで簡単に開いた、

というよりドアが吹き飛んだ。陽の光が眩しい。

俺は外に脱出したことを確認すると、急いでブラヴォーチームに通信を開いた。

 

 

 

──防空壕最奥

 

……熱い。身体も、空気も、何もかもが熱い。

身体が残っていることを確かめるように、わずかに指先に力を入れ、砂を掻く。

俺は、一体どうなった。まだ朦朧とする意識の中で考える。

確か、血清の手がかりを求めてここまで来たら、

ルーカスにこの世界と俺の世界の関係について聞かされて……そうだ、奴と戦ったんだ。

丸鋸も効かない奴と戦って生きているのは……覚えているとおりだ。

化け物に変異してルーカスを叩きのめしたんだ。

 

急がないとマズい。血清を手に入れて、エヴリンとルーカスを始末する。

……完全に変異する前に。

立ち上がると耐熱仕様で焼け残っていたバックパックを拾う。不思議と痛みはない。

いや、怪我も完全に治っている。決して喜ばしいことじゃない。

それだけ特異菌の進行が進んでいることなんだから。

 

俺は来た道を引き返す。

途中、何体かのモールデッドに遭遇したが、丸鋸を構えるのも億劫に感じていると、

突然奴らが激しく燃え上がり、あっという間に燃え尽きた。

これも、人間性と引き換えに手に入れた能力なんだろう。ひどく身体がだるい。

体力は十分過ぎるほど有り余っているが、精神的ストレスで押しつぶされそうだ。

 

崩れたコンクリートの壁が見えた。もうすぐ出口だ。

俺は冷たいむき出しの石材の壁に手をつきながら、前に進む。

すると、突然視界がぼやける。うつむき加減の顔を上げると、そこにはエヴリンが。

 

「アハハ……もうすぐ、もうすぐお前も同じになるんだ!

ジャックや、マーガレットみたいに」

 

「黙れ!」

 

俺が叫ぶと、周りに積み上げられた物資が激しく燃え上がった。

 

「今はまだ人間。だけど、最後にはお前が外の奴らを殺すんだ。

みんなみんな殺すんだ!」

 

「死ね!」

 

手を振り下ろすと、前方に炎の柱が現れ、エヴリンを包み込む。

だが、そこにいるのは幻。ただ防空壕を焼いただけだ。

一気に火の手が回った室内に煙が充満する。

我に返った俺は、急いで梯子を上り、防空壕から脱出した。

 

“家族になれたら、また会おうね……”

 

そこで身体から力が抜け、倒れ込んでしまった。

火災を感知した警報がけたたましいサイレンを鳴らす。

すぐさま近くの艦娘が駆けつけ消化活動に当たったが、

俺にはそれを気にかける余裕もなく、重い体をやっと起こして倉庫を後にした。

 

 

 

──本館

 

体当たりするように本館の扉を開けると、

3階の客室に向かって一歩ずつ階段を上り始めた。

その時、執務室から提督と長門が出てきて駆け寄った。

 

「イーサン、一体どうしたんだい!服が丸焦げじゃないか!」

 

「医務室へ行くぞ、肩を貸してやる!」

 

「俺に触るな!!」

 

俺の叫びに二人共言葉を失う。

長門が何か言いたげに手を差し伸べるが、俺はひたすら階段を上り続ける。

 

「早く、しないと、手遅れに……」

 

そして3階に着くと、自室のドアにへばりつくようにしてドアノブを回し、

中に転がり込んだ。

這いずるように床を進み、テーブルの電話を掴むと、受話器を上げる。

しかし、ツーという音が鳴るだけで何も応答はない。

 

「畜生!!」

 

受話器を電話に叩きつけた。

心配で付いてきた提督と長門も、どう言葉をかけていいのかわからない。

 

「イーサン、防空壕で何があった!なぜ火災が起きるような事態になったのだ!?」

 

「頼む、話してくれ。我々に何かできることがあるかもしれない」

 

精根尽き果てた俺はうつむいてただ首を振る。

 

「提督、済まない……俺は、金剛を助けられない。俺も、じき化け物になる。

ジャックや、マーガレットのように……」

 

「君の状況が、悪くなったということなんだね?」

 

「くそっ、何か、何か方法はないのか!!

……ああ、ご老人。大きな声を出して済まない。だが、今は緊急事態なのだ」

 

老人?長門が何者かと話しているので、俺はふらふらと立ち上がり、部屋の外に出ると、

見覚えのある人物がいた。それは、ベイカー家の一人、車椅子に乗った老婆!

ゾイを除く他の家族とは違い、何も危害を加えてこなかったから

その存在を忘れていたが、そうだ。彼女も“家族”の一人なんだ!

 

「……なあ、長門。この婆さん、いつからここにいるんだ?」

 

「うむ。ちょうどイーサンがこの世界に来たのと同時期だ。イーサンと同じく突然な。

身元を調査しているのだが、会話もままならないので、この鎮守府で預かっている」

 

「あ、あー……」

 

「まぁ、この通りおとなしい御仁だから敵である心配も……」

 

「違う!そいつがベイカー家最後の一人なんだ!!」

 

「何!?」「なんだって!!」

 

「俺がこの世界に来る前、屋敷のあちこちにこいつはいたんだ!

長門の言うとおり、何もしてこないから忘れてたが、

こいつもきっと特異菌に冒されてる!」

 

まくし立てる俺の言葉も聞こえていないらしく、老婆はただうわ言を繰り返すだけだ。

 

「でも、奇妙だね……彼女も感染しているなら、

とっくに何らかの症状が出ていてもおかしくないのだが」

 

「彼女が高齢だから肉体が付いてこられないのだろうか?ううむ……私には何が何やら」

 

ジリリリリ……

 

その時、客室の電話が鳴った。俺は飛びつくように受話器を上げた。

 

 

 

──B.S.A.A.作戦司令室(旧ベイカー邸 娯楽室)

 

そして少し時を遡る。

 

「隊長、アルファチームのレッドフィールド隊長から無線です!」

 

「回してくれ!こちらブラヴォーチーム・シーゲル。状況を報告されたし。オーバー」

 

『シーゲル、特異菌の発生源と滅菌方法を手に入れた。

エヴリンとは10歳前後の少女の姿をしたB.O.Wだ。

H.C.F.という組織から技術提供を受けた何者かに作られたらしい。

詳しくは押収した資料を見てくれ。位置情報を送るからヘリを頼む。

エヴリンを始末する壊死毒を手に入れたが、イーサンに届けなければ意味がない。

これは危機レベルAのバイオハザードだ。オーバー』

 

「了解、すぐに手配する。20分で到着する。アウト」

 

シーゲルは近くのエリアで警戒に当たっていたヘリに連絡を取り、クリスのGPS座標を転送した。

ヘリはすぐさまクリスのいる廃屋へ向かい、彼を回収。

B.S.A.Aが占拠した洋館に送り届けた。

クリスはすぐさま娯楽室に向かい、シーゲルに資料を渡した。彼は素早く目を通す。

 

「これは……軍事利用を目的としたB.O.Wの開発計画じゃないか!」

 

「計画じゃない、もう完成している。ベイカー家の転移とモールデッドの出現。

すべてエヴリンがいなければ起こり得ないことだ」

 

「直ちにエヴリンを始末しなければ」

 

「ああ、だが肝心のエヴリンがいない。恐らく、“向こう”の世界にいるに違いない。

彼にこれを届ける必要がある」

 

クリスは、ベストのポケットから「Eネクロトキシン」を取り出す。

その時、隊員の一人が発言した。

 

「隊長、こちらからなら要救助者へ連絡が取れるので、

なにか心当たりがないか聞いてみては?」

 

「そうだ!確か、通報者が“イーサンがくれた手がかり”と言っていた。

何か向こうの世界と物をやり取りする方法があるのかもしれない。

クリス、今すぐトレーラーハウスに行こう。

イーサンにその薬でエヴリンを始末してもらう」

 

「……待て」

 

「どうした?」

 

「シーゲル、この“Eネクロトキシン”だが、培養することはできないか?」

 

「培養?これで十分じゃないのか?」

 

「要救助者は民間人だ。戦い慣れた軍人じゃない。

細い注射器一回分のチャンスだと、しくじる可能性がある。

できれば……1マガジン分の銃弾に詰めてハンドガンで撃ち出せるようにしたい」

 

「確かにそうだが……時間がない。

サンプルに必要な分だけを採取して、残りを要救助者に送る。

成功すればそれで良し、失敗しても急いで猛毒銃を送る。その手筈で行こう」

 

「ああ、頼む。俺はトレーラーハウスで要救助者と連絡を取る。

ブラヴォーチームはB.S.A.A.研究班にサンプルを送って、急いで特注銃を準備してくれ」

 

「わかった」

 

そして、クリスは隊員が差し出した試験管に、

ほんの1mlだけEネクロトキシンを垂らした。

隊員はクーラーボックスに試験管を保管すると、それを担ぎ、

急いでヘリの待機するベイカー家所有の小麦畑へ向かった。

クリスは娯楽室を出てトレーラーハウスへ。

中に入ると、メモの通りに奇妙な番号に電話を掛けた。

 

 

 

──本館3階 イーサンの客室

 

「もしもし、イーサンだ!そっちで何か見つかったのか!?」

 

『ああ、エヴリンの正体。そして完全に滅ぼす方法も』

 

「本当か!?」

 

クリスは廃鉱で見つけた資料の内容をかいつまんで説明してくれた。

エヴリンは正体不明の組織に製造されたB.O.W.で、

特異菌を生み出し、感染させた相手を支配する能力を持っていること。

そして彼女を滅ぼす薬を手に入れたことを知らせてくれた。

 

『ただ、そちらに「Eネクロトキシン」を届ける方法がわからない。

通報者の女性が君から何かを受け取ったと言っていたのだが、

そちらに物を送る方法があるのか?』

 

「ある!屋敷のあちこちにグリーンのコンテナがあるだろ?

1階ならランドリーやサソリの扉近くの小部屋。中庭のトレーラーハウスにもある!

そこに入れてくれ。あのコンテナはこっちと空間が繋がってる!」

 

『わかった。送るのは細い注射器一本だ。保険は打ってあるが、確実に仕留めてくれ』

 

「ああ。犯人の目星は付いてる。幸い近くにいるからもうすぐ全部に決着が着く!」

 

『頼んだぞ』

 

俺の心に光が差す。立ち上がりパンパンと足を払うと、長門達に向き合い笑顔を向ける。

しけたツラをしていた俺の変わりように彼女達も気づいたようだ。

 

「おい、一体どうしたのだ。朗報か?」

 

「エヴリンを殺す方法が見つかった。

ベイカー家を狂わせ、モールデッドを生み出した張本人だ!」

 

「それは、君達の報告にあった。海に現れた女の子かい?」

 

「その通り、そして、その正体は多分……」

 

俺は廊下に出る。が、いない。さっきまで廊下にいたはずの老婆の姿が消えている。

後から続いた長門達も気づいたようで、

 

「なっ!あのお婆さんはどこに行ったのだ!?」

 

「だいたい一人でどうやってここから移動したんだろう。

ここに来るには階段を上るしかないのに……」

 

「それが答えさ。俺はEネクロトキシンを取りに行く。

もう来ないだろうが、さっきの婆さんを見たら捕まえておいてくれ」

 

「おいイーサン、どこへ行く!?」

 

長門の問いかけには答えず、俺は一気に階段を駆け下りた。

そして階段脇のアイテムボックスを開く。

ボックスが大きいのか、それが小さすぎるのか、

見落としそうなほどちっぽけなものが空のボックスの真ん中にあった。

Eネクロトキシン。緑色の液体が入った小さな注射器。

それを、ステロイドが収まっていたプラスチックケースに入れると、

俺はエヴリンを探し始めた。

 

食堂、いない。執務室、いない。自室に戻った。長門達がいるだけだ。

 

「エヴリンは?」

 

「来ていないぞ。私達も探そう!」

 

「助かる。だが、戦闘になったら逃げてくれ。

今は詳しい話をしてる時間がないが、エヴリンは俺しか倒せない」

 

「わかったよ。せめてこの鎮守府の長として、この事件の結末は見届けたい」

 

「よし、行こう」

 

そして3人で連れ立って外へ行こうとしたら、真上からどす黒い思念を感じた。

間違いない。エヴリンだ。

俺は先頭に立って本館を飛び出し、裏手の非常階段へ駆け込んだ。

3人がカンカンとうるさく足音を立てて階段を上る。

そして、屋上に着いた時、その広いエリア中央に彼女が立っていた。

長門は提督を守りながら、非常階段の塔の中で成り行きを見守る。

俺はゆっくりエヴリンに近づき、対峙する。彼女はじっと俺を見据え、口を開いた。

 

「お前も家族にしてやる。そうしたらきっと少しはお行儀よくなるよね」

 

「俺は、本気だぞ」

 

俺も退く気はない。

プラスチックケースからEネクロトキシンの入った注射器を取り出す。

 

「やめろ!私に近づくな!」

 

危機を感じた彼女が逃げるようにフッと姿を消し、

突然チェーンソーを持ったミアが現れ襲い掛かってきた。

 

『悪いのは私なの!!』

 

狂気に取り憑かれた表情で刃を振り下ろすミア。

思わずマシンガンP19で迎撃するが、次の瞬間、彼女は消えてなくなった。幻、か。

 

「イーサン!何をしている!」

 

特異菌の侵食が進んでいるのだろうか。

突然空を撃った俺を不審に思った長門が呼びかけてくる。

俺は何も答えず屋上をゆっくりと進む。すると、再びエヴリンが姿を現した。

宙に浮きながら、彼女は滾る感情をそのまま圧力に変えるように、衝撃波を放ってきた。

 

「近づくんじゃない!」

 

とっさにガードし、足を踏ん張るが、その大きな力にずるずる後退する。

しかし、近づかなければ奥の手を使えない。一瞬長門達を見る。

上手く階段を数段下りて衝撃波を回避したようだ。なら、後は俺次第だ。

数歩進むと、エヴリンが再び叫びと共に衝撃を放った。

 

「お前にわかるもんか!」

 

変異ジャックの一撃を遥かに上回る力。だが、ここで退く訳にはいかない。

衝撃波が途切れた瞬間を狙って俺は彼女に駆け寄る。

 

「あっちいけ!」

 

あと少し。ガードとダッシュを繰り返し、着実にエヴリンに近づく。

彼女はもう目の前だ。

 

「やめろ!やめろ!やめろ!」

 

ついに、その時が来た。

 

「いやだ!いやだ!いやだ!」

 

俺は、その肩を掴み、Eネクロトキシンをエヴリンの首に刺した。

緑の液体が彼女の体内に注入される。彼女が絹を裂くような悲鳴を上げる。

その瞬間、視界がまばゆい光に包まれる。そして、光の先に見た光景は。

 

「やっぱり、お前が」

 

車椅子の老婆がすすり泣く。顔を上げるとその頬には血の涙が滴っていた。

 

 

「どうしてみんな私を嫌うの……」

 

 

その身体だけが老いた姿で、悲哀に満ちた声を上げ、彼女はむせび泣く。

エヴリンのしたことは決して許されるものではない。

しかし、母や姉と慕った者から見捨てられ、ルーカスからは化け物としか見られず、

そして俺からは一度も受け入れられることがなかった彼女の悲しみは本物だった。

例えそれがどれだけ身勝手なものであったとしても。

 

「……終わりだ、エヴリン」

 

俺が彼女に最期の言葉を告げると、

エヴリンの身体が突然崩壊を始め、体中が真っ黒な液状に溶け始めた。

 

「苦しい!苦しい!苦しい!」

 

断末魔の声を上げながら、死んだモールデッド達の様に黒いヘドロになっていく。

 

『イタイ! オマエタチ ミンナ ジゴクニ オチレバ イインダ!!』

 

これで、終わりなのか……?と思った瞬間、液状化し、屋上に広がったエヴリンが

最後の抵抗を見せた。まるで一枚の壁の様に実体化・膨張し、

巨大な顔面と触手でこちらに迫ってくる。

俺の後ろには提督と長門、いや、鎮守府に暮らす全ての艦娘がいる。

ここで食い止めなければ!

 

俺はショットガンM37を構え、

十分な威力を出せ、なおかつ奴に食いつかれないよう距離を取りながら、

12ゲージ弾を何度も叩き込む。さっきまでエヴリンだった物の顔面から激しく出血する。

4発撃ち、弾切れになる。スタビライザーやアップグレードで器用になった指先で、

素早くリロード。攻撃を再開。

 

向こうも時折触手で攻撃してくる。一発撃っては様子を見て、必要ならガード。

隙があれば中距離で発砲。

強化されたM37でそれを繰り返していると、巨大な顔がどんどん潰れていく。

すると、突然奴が雄叫びを上げ、触手で俺を突き飛ばし、その巨体を立ち上がらせた。

20mは有るだろうか、もはや完全に生物の枠組みすら超えたその姿は、

おぞましいとしか形容できない。

 

俺はマグナムを手に取り、辛うじて人の形をしている顔面を狙い、

何度も大型の.44AMP弾をえぐり込む。

だが、ひっきりなしに四方八方から奴が触手で叩きつけてくる。

時々ガードが遅れ、直撃を受ける。顔から流れる血で視界が塞がれそうになる。

腕で血を拭った瞬間、奴が触手を俺の左脚に刺し、自分の目の前に持ってきた。

 

「ぐああああ!!」

 

『私は家族が欲しかったの!』

 

至近距離に迫る真っ白な顔。俺はショットガンM37に持ち替え、

弾倉内の散弾を撃ち尽くした。2発。

強化済みのショットガンはその散弾で顔面の目を潰し、口の中をズタズタに引き裂いた。

奴が悲鳴を上げ、俺を再び地面に放り出した。

衝撃で体中が痛み、意識が消し飛びそうになる。

とにかく身体を横にして立ち上がろうとすると、

幻聴だろうか、ヘリの音が聞こえてくる。

目の前には開いたヘリから投下されたグリーンの輸送ケース。

 

『それを使え!』

 

コデックスから通信。聞き覚えのある言葉。

輸送ケースの近くを見ると、1丁のハンドガン。俺のアルバートと形状が瓜二つだ。

とにかく這いずってそれを手にする。そして振り返り再び奴と対峙する。

 

「ままごとは終わりだ!」

 

俺は両手でアルバートに似た大型の銃を巨大な怪物に向ける。

4本の触手から奴が顔を覗かせる時を待つ。奴が俺を睨みつけてきた。今だ。

俺は慎重に狙いを定め、顔面に向けて何度も撃つ。

もう一発ごとにチャンスを窺っている余裕がない。

金属を叩き合わせるような銃声と共に、特殊弾頭が着弾。

緑色の煙が奴の顔面に降りかかる。恐らく中身はEネクロトキシン。

 

命中する度、奴が悲鳴を上げる。何発かは触手に邪魔されたが、

俺は最後の一発を顔に放った。その一発が奴の顔で弾けると、怪物に最期の時が訪れた。

鎮守府全体に響き渡る断末魔の叫びを上げ、苦しみに全身をくねらせるが、

足元から石膏と化し、とうとう完全に固まった身体が半分に折れて、

その身はガラガラと砕け散った。

 

「やった……」

 

そうつぶやくのがやっとだった。俺はエヴリンの成れの果てを一瞥し、空を見上げた。

そこには1機のヘリコプター。“青い傘”のエンブレムがペイントされた機体が

上空を旋回している。とにかく俺は、長門達の元へ帰ろうと後ろを振り返った。

 

ドシン……

 

その時だった。

超大型の、B.O.Wのような存在がエヴリンの亡骸を踏み潰し、本館の屋上に降り立った。

反射的に後ろを見た俺の目に飛び込んできたものは。

 

 



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File15; I Don’t End It In a Dream

これまでに何度その言葉を使ったかわからない。

だが、奴こそ“化け物”の名に相応しかった。

血肉と機械が融合したその姿は、完全に人間をやめたことを語らずして表している。

 

胴体は2台のマッスルカーの底面を無理矢理くっつけた頑丈なもの。

車両の中にもたっぷりと奴の肉体が詰まっている。

両足は、人間で言う骨盤の辺りに取り込まれたダンプカーのエンジンに接続されている。

二本共、骨と筋肉でエンジンに繋がれ、動力を伝達されている。

片方はやはりダンプカーのダブルタイヤ、もう片方はどこで手に入れたのか、

戦車のキャタピラで構成されている。

 

右腕に巨大なガトリングガン、そして左腕に大型のチェーンソー、

それぞれに筋肉や血管が絡みつき、凶暴な武装と化している。

頭部に該当する部分は見当たらないが、

まさに生物と大出力の装置の境目がなくなり、超進化を遂げている。

 

俺も、長門達も、5mを優に超えるその異様な姿に目を奪われる。

エヴリンほどの大きさはないものの、その吐き気を催すような醜悪さは比較にならない。

俺達が立ち止まっていると、左肩から粘性の高い液体金属が、

意思を持った生物のようにずるりと漏れ出し、やがてルーカスの顔の形に変形した。

 

奴はこちらを見てニヤリと笑うと、その顔を伸ばして大きく口を開け、

潰れかけたスピーカーからノイズ混じりの声を出した。

 

『よう相棒!このクソガキ……いや、ババアは俺が殺すはずだったんだが、

先を越されちまったなぁ、おい』

 

完全変異ルーカスはダブルタイヤの足で、砕け散ったエヴリンを踏みにじる。

むき出しの大型エンジンが獰猛なまでの排気音を立てる。

 

『なぁ、聞いてくれよ。俺、もう人間の形に戻れなくなっちまったんだ。

だからよう、いっそ、とことん行くとこまでイッてやろうと思ったんだよ!

見ろよ俺の身体!最高にイケてると思わねえか?イーサン』

 

「死体にしか見えないぞ、木偶野郎!」

 

『寂しいこと言うなよぉ。

だったらよ、今からこの体のフルパワーを見せてやるからよく見とけ。

見た瞬間に死んでるかも知れねえけどな!ヒャヒャヒャ!!』

 

最後のB.O.Wである完全変異ルーカスとの戦いが始まった。

奴が右腕のガトリングガンをこちらに向ける。

数本の銃身を束ねたガトリングガンは、2秒ほど空転すると、

銃口から1分間に数千発という破滅的な発射レートで5.56mm弾を吐き出し始めた。

 

空を切り裂くほどの銃声と共に鋼鉄の嵐が襲いかかる。

俺はガードしたが、即座に回避に切り替えた。

尋常でない威力に、一瞬に肉をちぎられ、体力を持って行かれた。

横にジャンプするように転がり込んで、射線から逃げ出す。

両腕は真っ赤な血に染まっていた。

 

「くそっ!」

 

回復薬を取り出し、慌てて腕に振りかける。傷が塞がるとすぐにジグザグに走り、

屋上の屋根をえぐりながら追いかけてくる銃弾の雨を回避する。

ルーカスは笑いながらガトリングガンで追撃を掛けてくる。

 

『おいおいもう降参か?もっと楽しもうぜ、お互い力持ってるんだからよう!』

 

「お前みたいになるなら死んだほうがマシだ!」

 

俺は駆けながらマグナムを取り出し、奴の胴体に一発放った。

しかし命中はしたものの、手持ち武器としては最強のハンドキャノンですら、

マッスルカーのボディに弾き返される。

 

『アヒャヒャ!もしかしてそいつが効くと思ったのか?

違えよ、違うんだよ。ケンカ相手をぶっ殺すにゃ、こうするんだよ!』

 

ダンプカーのエンジンが突如出力を上げ、左右非対称の脚が唸りを上げて突進してきた。

そして、あっという間に距離を詰めてきたルーカスは、

左腕のチェーンソーで斬りかかってきた。

またもガードするが、激しい勢いで肉が削り取られ、激痛が走る。

 

「あああ!があああ!!」

 

『おいおい、頼むからこんくらいで死なないでくれよ、イーサン。

イーサン、イーサン……テメエのせいでこんなことになっちまったんだからよォ!!』

 

突然怒りを爆発させるルーカス。液体金属のおぞましい顔を鼻先まで近づけて語りだす。

 

『テメエさえ来なきゃ俺は人間のまま最強でいられたんだよ!

なあ、よく聞け?俺はよう、ただ力が欲しかった、それだけなんだ。

力を手に入れて艦これに復讐して、いずれは

世界中に張り巡らされたネットワークと一体化して、

このインターネットなしじゃ生きられない社会全体を支配するのが最終目的だった。

だからクソガキのご機嫌取りも我慢して続けてきたんだ。

お前をここに送り込んだのは言わば実験だったんだよ。それがなんだ?

モルモットなら大人しく箱庭ん中で生きてりゃ良かったのに、イーサン!

テメエが暴れたせいで何もかもご破算だ!

エヴリンが死んだ。奴らは俺を許さねえ。もう“鎮静剤”は手に入らない。

もうすぐ俺の自我がなくなっちまうよ……どうしてくれんだ、オイ!』

 

「笑わせるな。お前にはその不細工な着包みがお似合いだ!」

 

『もういっぺん言ってみろォ!お前に俺の苦しみがわかるか!!』

 

ルーカスは右腕を振りかぶり、ガトリングガンの銃身で殴りつけてきた。

ガードしたものの、後ろに思い切り吹っ飛ばされてしまった。

 

「イーサン!」

 

長門が非常階段の塔から飛び出してきて、倒れた俺に駆け寄る。

 

「もういい、お前は下がって治療しろ!あいつは私が片付ける!」

 

「やめ、ろ……あいつは」

 

「ルーカス!お前がどのような存在だろうが、異世界の存在だろうが、

艦娘の名に賭けて、私が貴様を打ち砕く!」

 

長門は41cm連装砲に砲弾を装填し、ルーカスに砲口を向ける。

超重量の砲身が各機構と摩擦し、音を立てて照準を合わせる。

彼女の目がまっすぐにルーカスを捉えた。

 

「撃てっ!!」

 

やはりマグナムとは比較にならない轟音が空を叩き、

焼ける41cm砲弾が大気を切り裂きながらルーカスに襲いかかる。

奴は避けようともせずニヤけた顔のまま。そして着弾。

屋上で大爆発が起き、エヴリンとの戦いで集まっていた鎮守府全ての艦娘たちが

思わず立ちすくむ。

 

濃い煙が屋上を包む。激しい戦闘でこの屋上も崩壊の危険性が出てきた。

早く決着を着けないとまずい。風が吹き、硝煙が晴れる。そこには。

 

『だめじゃねえか、イーサン。ちゃんとこいつらに説明しといてくんねえと。

お前らはゲームのキャラクターなんだってな!ヒャヒャヒャヒャ!』

 

傷一つ付いていないルーカスの姿。長門はやはりか、と忌々しげに歯噛みする。

 

「長門よせ、こいつは、俺しか倒せない……」

 

「そんな傷でどうするんだ!」

 

「頼む、行かせてくれ」

 

非常階段で血が止まるのを待っていた俺は、提督の肩を借り、ようやく立ち上がった。

そして再び屋上に足を踏み入れる。長門の横を通り抜け、再びルーカスと向き合う。

今度は強装弾を装填したアルバートを構え、露出した肉の部分を狙い撃つ。

大型拳銃が火を噴き、弾丸が命中した筋肉から出血する。

 

『おおっと、大命中!でもなあ……悪いが0ポイントだ』

 

ルーカスが傷口に注意を向けると、体内から撃ち込まれた弾丸が押し出され、

高温で溶けたように周りに広がり、銃創を完全に塞いだ。

 

『俺みたいに覚悟を決めるとよぉ、こんなこともできるんだから、

案外バケモンになるのも悪くねえよなあ!!』

 

くそっ!どこに当てても殺せる気がしない!奴の弱点はどこだ、どこにある!

俺は必死に考えを巡らせる。その間もルーカスの高笑いが辺りに響く。

うるさい、死に損ないめ!

 

死に損ない。その時、俺はあることに思い至った。

ずいぶん昔のようで、ついさっきの出来事。確かに、奴の言う通り、覚悟が必要だ。

 

「長門……俺から距離を取れ。提督を守ってくれ」

 

「何をする気だ!」

 

「いいから、時間がない!」

 

「……わかった。必ず勝て」

 

「当たり前だ……」

 

全身の激しい痛みを無視して一歩ずつルーカスに近づく。

回復薬はもうない。必要もない。屋上の中央で俺は歩みを止める。

 

『第2ラウンドスタートか?体中ボロボロなのにお前も大変だなぁ。

仲間がいねえって辛れえよな。

何しろ“艦これ”で“BIOHAZARD”なのは俺達だけなんだからよう』

 

「仲間は、いる。だから、戦うんだ」

 

『ちっとも役に立たなかったさっきの女か?悪いなイーサン。

女の子とイチャイチャゲームは、そろそろお開きなんだよなこれが』

 

「ああ。全てを、終わらせる。お前を、殺して」

 

『お前が?俺を?どうやって?まあいいや、思えばお前には可哀想なことしたかもな。

あの時、娯楽室でビデオなんか見ねえで蜂の巣になってりゃ、

こんな苦しい思いしなくて済んだっつーのに』

 

うつむくイーサンの体温が急激に上昇する。彼の周囲が熱せられ、ゆらゆらと揺らめく。

 

「後悔は、ない……」

 

『おい、テメエ。まさか、やる気なのか……?』

 

「アアアアァ……」

 

彼は答えることなく、低く唸り声を上げる。ルーカスも焦りを覚えて止めに来る。

 

『バカか、よせ!最後までイッちまったら自分でも止められねえんだぞ!』

 

だが、イーサンは耳を貸すことなく、自分自身に呼びかける。

自らに宿る特異菌を呼び覚ませ。全てを開放しろ。

周辺の大気が焼けるような熱を帯びる。彼の足元に二つの赤い光。

そして、次の瞬間、彼は全身を大空に向けて──吠えた。

 

 

 

──鎮守府上空 アンブレラ社所有ヘリ

 

「隊長、一旦退避しましょう!ここはあまりにも危険です!」

 

イーサンの咆哮は、難聴をもたらすほどうるさいヘリのローター音さえ掻き消して、

彼らの耳に届いた。

 

「駄目だ!B.O.W消滅を確認するまでここを離れるわけにはいかない!」

 

「しかし……このままでは我々まで!」

 

確かに、ここにいても我々にできることはない。

そればかりか、ついに要救助者の完全変異まで招いてしまった。

俺達に出来ることは……クリスは機内を見回す。そしてパイロットに無線で問うた。

 

「おい、このヘリに搭載されている物資は!?」

 

「一体何を!まさか隊長まで!?」

 

「いいから答えろ!」

 

「はい!先程投下した特殊拳銃と……」

 

パイロットから詳細を確認したクリスはそれを格納庫から取り出し、

動作確認して保管ケースに戻した。

 

「よし、俺のタイミングで屋上に向かえ。それまでは回避行動に専念しろ」

 

「ラジャー」

 

 

──本館屋上

 

[グルアアアア!!]

 

完全変異したイーサンはその背に翼のような炎を纏い、両目を真紅に染め、

寄るもの全てを焼き尽くす熱を発しながらルーカスに向かって駆け出した。

彼の変貌に慄いたルーカスは、再びガシャンと右手のガトリングガンを構え、

猛烈な勢いでイーサンに鉛玉の嵐を浴びせる。

 

しかし、彼は瞬間移動のような目で追うこともできない速さで移動し、

5.56mm弾の連射を回避し、スピードを落とすことなくこちらに接近してくる。

バキ、メキ、ボコ。イーサンは異音と共に右腕を急速に進化、

重機の様に巨大化させ、ルーカスに殴り掛かる。

 

『は、はは……いいじゃねえか!バケモン同士ガチバトルと行こうじゃねえか!』

 

ルーカスもエンジンをフル回転し、キャタピラとダブルタイヤを高速回転し、

イーサンに突っ込む。左腕のチェーンソーを振り上げながら。

 

『死ねや!!』

[グルオオオ!!]

 

鋼鉄の巨人が振り下ろす刃、炎の超人が放つ拳。

両者がぶつかりあった時、全てを打ち砕かんばかりの衝撃が四方に打ち付け、

足元のコンクリートが砕け、舞い上がった。

 

一部は完全に屋根を貫通し、客室の内部が顔を覗かせた。

二人はお互いが放った破壊力で後ろに放り出され、

何度もバウンドしてようやく停止した。

 

しかし、自らを制御するものを失った者たちは戦うことをやめない。

イーサンも、ルーカスも、互いへの殺意に取り憑かれ、

体全体をバネにして跳ねるように立ち上がるなり、再び戦闘態勢に入る。

 

ルーカスはマッスルカーのボディが大きくへこみ、チェーンソーが完全に折れ曲がり、

イーサンは口からあふれる血が自らの体温で蒸発を続ける。

 

『へへ……やってくれたじゃねえか。親父の形見が台無しだ。

だが、もうこんなもん必要ねえ。俺はこの世に金属がある限り何度でも……』

 

[コロス……ウウ、ガアアアア!!]

 

イーサンはルーカスの言葉に耳を貸さない。というより、

もう彼の耳には誰の声も届かない。

彼は両手を合わせるように小さな空間を作り、熱エネルギーを収束する。

その中央に小さな火球が現れ、それは瞬く間に巨大化する。

 

彼は左目で一瞬ルーカスを睨むと、右手でその火球を思い切り投げつけた。

そのごちゃごちゃとした体型と重量が仇となり、

回避行動が取れなかったルーカスに直撃。

 

『アグオォオオオ!!アアア!溶ける!俺の、身体がああ!!』

 

マッスルカーのボディが溶鉱炉に投げられたスクラップの様に溶け落ちる。

その熱は車内に詰め込まれた肉体を焦がし、焼き、大出血を引き起こした。

 

[ハァッ、ハァッ、グルルル……]

 

暴走を続ける変異イーサンは再び敵に接近し、顕になった肉体に、

鋭く尖った爪で何度も斬撃を加える。

 

『やめろ、やめろクソ野郎!やめてくれぇぇ!!』

 

[グオオオ!!]

 

だが、理性を失ったイーサンが攻撃を止めるはずもなく、返り血を蒸発させながら、

突く、斬る、刺すを繰り返し、ルーカスの命を削り取っていく。

ルーカスもガトリングガンで殴りつけながら必死の抵抗を試みるが、

どんな攻撃も一瞬で再生する変異イーサンの前には無駄な抵抗だった。

 

敵の心臓を潰すまで彼が止まることはない。そして、何層目かの筋肉を剥がした時、

ついにルーカスの心臓が現れた。奴が生物であるという最後の証。

それを見たイーサンは獰猛な笑みを浮かべる。

そして、手刀を構え、突き刺そうとしたその時、

 

 

“やめて、イーサン!!”

 

 

後ろからの声にその手が止まる。

振り返ると、声の正体は香取に付き添われた赤城だった。

しばらく手入れもしていなかったのだろう、

出会った頃には艶のあった美しい黒髪はボサボサになっており、

顔色も決して良くなかった。彼女は香取の手を離れ、屋上に上がり込んできた。

そして、危うげな足取りで変異イーサンに近づく。

彼が放ち続ける熱波に臆することなく。

 

「もうやめてください、お願いだから……

貴方が私たちにしてくれたこと、本当に感謝しています。

私、自分達のことしか考えてませんでした。でも、もう違う!

イーサン、貴方ひとりにこれ以上重荷を背負わせはしません。

だって、私は、艦娘だから!」

 

赤城のまぶたには隈ができていたが、その瞳には輝きが戻っていた。

そして、彼女はふらつきそうになる足に力を込め、弓に矢を番え、空に向けて放った。

その矢は空中で弾け、戦闘機・烈風に姿を変えた。

烈風は即座に編隊を組み、ルーカスに機銃掃射を開始した。

 

当然、異世界の存在に対し、その攻撃はただ金属音を立てるだけで

効果は見られなかったが、それを間近で聞いていた変異イーサンの荒ぶる意識に

波紋のような静寂をもたらした。

 

[カ…ゾク……カンムス…ミア…カンコレ、バイオハザード……]

 

はっ!?

イーサンは自我を取り戻す。気がつくと目の前にルーカスがいて、

必死に右腕のガトリングガンで上空の戦闘機を撃ち落としている。

 

『しつけえんだよ!効かねえつってんだろ!何やってんだ、マジでイラつくぜ!

ちくしょう、なんでこんな世界に関わっちまった、俺!』

 

俺は、何をしていたんだ?

後ろを振り返ると、赤城が香取に支えられながら何本も矢を放っている。

そばには長門と提督が。危険を顧みず屋上に上がり、俺を見つめている。

 

そうだ、俺は力に支配されていた。でも、もうそんなことをする必要はない。

もう、ひとり洋館をさまよっていた時とは違う。仲間がいる。

その時、北側から更に水上機が飛来してきた。

 

「イーサン、ワタシも、手伝います!

お願い、ワタシたちのために、人間を、やめないで!」

 

コマンダン・テストがLate 298Bと瑞雲を放ち、ルーカスに爆撃を行う。

やはり効果は見られないが、確実に奴の心をかき乱している。

 

『このクサレビッチ共は自分が何やってるのか分かってんのか、ああん!?

イーサン、テメエのせいだ!お前がこいつらを手懐けとかねえから

面倒くせえことになるんだよォ!』

 

「なに焦ってんだ、マザーファッカー」

 

『なっ!?』

 

正気を取り戻した俺は、特異菌を制御し、自我を保ったまま、

能力を発現することに成功した。炎の翼で、ゆらりと宙に浮くと、徐々に高度を上げ、

ルーカスを見下ろす空でホバリングした。

そして、手のひらから機関銃の様に火の玉をルーカスに叩き込む。

“世界の壁”すらなければ見た目通りの鉄でしかない奴の体が熱で焼けていく。

 

『うぐああああ!!やめろ、やめろ、やめろおおぉ!あぢいよおお!!』

 

だが、その時コデックスに通信が入ってきた。思えばこいつも頑丈だ。

ルーカスの攻撃にも俺の熱にも耐えきった。

 

『それ以上能力を使うな!特異菌を活性化させる!

二度と元に戻れなくなるぞ!』

 

「誰だあんた!」

 

『B.S.A.Aのレッドフィールドだ!』

 

「あんたが電話の!?」

 

『そうだ!君はあくまで要救助者。バイオテロとは無関係の一般人なんだ!

人間として奴を倒せ!』

 

「マグナムも効かないのにどうやって!」

 

『そっちに行く、受け取れ!』

 

すると、バロバロバロ……というヘリのローター音が近づいてきた。

炎の熱に身をかばいながら、全身に防護アーマーを着た隊員が大きなものを投げてきた。

とっさに俺はそれを受け取ると、ヘリが飛び去っていった。

きっと俺の熱に耐えられる限界の距離だったのだろう。

 

そして、俺は決意する。炎の翼をしまい、

俺の手に渡ったことで二つの世界の存在となった“それ”を抱えながら、

屋上に降り立った。

ルーカスはちょうどガトリングガンで赤城やテストの航空機を殲滅したところだった。

銃身が真っ赤に焼けたガトリングガンを下ろし、俺に目を向ける。

 

決着の時。俺は受け取ったスティンガーミサイル(ロケットランチャー)を構え、奴に照準を合わせた。

こいつならとどめを刺せる!

致命傷を負わせる強力無比の必殺兵器を手に入れた俺に気づき、ルーカスが驚き、

慌ててガトリングガンを向けた。

 

『やめろおお!!』

 

だが、奴をスコープに捉え、トリガーを引く俺の指が早かった。

 

 

「Good bye, ass hole!(さよならだ、クソ野郎!)」

 

 

砲身からミサイルが、空を裂く音と共に蛇行する煙の尾を引きながら、

ルーカス目がけて飛翔した。気づいた奴もキャタピラとダブルタイヤをフル回転させ、

慌てて逃げようとするが、

赤外線センサーによる追尾機能を備えたミサイルからは逃げられない。

逃げ惑う奴にとうとう炸薬を満載したミサイルが、直撃。

 

『うああああ!!』

 

轟音が鳴り響き、大爆発を起こし、金属と肉の固まりは本館の3階部分、

約3分の1と共に粉砕された。煙や砂埃が屋上を包み込む。

俺はミサイルを撃って空になったスティンガーミサイルを放り出し、

視界が戻るのを待った。

 

やがて徐々に屋上の全体像が見えると、俺は何も言わずに奴に近づいた。

多くの残骸の中に、ルーカスが顔だけの存在になって呻き声を上げていた。

 

「気分はどうだ、ゲームオタク」

 

『いやだ……こんなところで死にたくねえ……』

 

「もう、終わりだ。そのちっぽけな姿のまま、特異菌に支配されて、

ルーカス・ベイカーは消滅する」

 

『俺は、違う、違うんだ……“力”に選ばれなかった、敗者とは違うんだよォ……!』

 

「ああ違う。お前は、ひとりじゃ何もできない、惨めなB.O.W.に過ぎない」

 

『へっ、お前も、似たような、もんだろうが……

お前も、もうすぐ……うっ、げあああ!』

 

ルーカスが汚い悲鳴を上げる。

その液体金属の顔が、渦を巻くように歪み、一瞬球体のような形を取ると、

破裂するようにその場に散らばった。その液体は、すぐに水分が蒸発し、

やはりジャックたちと同じく石膏の様に脆い何かに変わり果てた。

それを見届けると、俺は後ろを振り返る。

 

そこには、提督や長門を始めとした仲間達。

少し思い詰めやすい赤城や心配症の香取。

彼女がいなければ俺は戦えなかった、明石。

少しの間だが共に楽しい時を過ごしたコマンダン・テスト。

他にも大勢の艦娘達が集まっていた。

 

俺は万感の思いで皆のところへ向かおうとすると、

上からヘリのローター音が近づいてきた。ヘリが屋上に着地すると、ドアが開き、

中から防護ベストとフルフェイスのマスクを被った兵士がこちらに歩いてきた。

彼は俺の前でマスクを脱ぐ。精悍な顔立ちの素顔が現れた。

 

「レッドフィールドだ。無事でよかった」

 

「遅かったじゃないか」

 

異世界の壁を乗り越えて来た救援に、思わず軽口を叩く。俺は心底ほっとした。

……いや、まだ終わりじゃない。特異菌はまだ完全に消滅したわけじゃない。

艦娘達の集団の中、目的の人物を探し、彼女に近づく。

俺が目の前に立つと、彼女は若干驚いたようだが、すぐに笑顔になって、

 

「イーサン……また会えて嬉しいヨ」

 

「俺もだ、金剛。これで、やるべき事を終わらせることができる」

 

「ホワット?敵を倒したのに何をする必要があるネ?」

 

その問いには答えず、黙って彼女の手を取る。

そう、彼女の体内に残る特異菌を死滅させなければ。最後の力で。

 

「どうしたの、イーサン。何か答えて?……あれ、なんだか身体があったかいヨー?」

 

俺は精神を集中して彼女の手から力を送る。震えろ、俺の中に眠る最後の力。

彼女を蝕む菌をゆっくりと焼き殺せ。お前自身を燃やしながら。

他の艦娘達も、金剛の手を握ったまま何も語らない俺に徐々に戸惑い始める。

 

突然ボッ!と俺の背中から火が出る。自発的な能力の発動ではない。

俺の体内に残る特異菌が、金剛に与える熱を生み出すために燃えているのだ。

皆、驚いて思わず一歩下がる。

 

まだだ。手足、胴体の菌は殺した。生き残りが彼女の脳に集まろうとしている。

そうはさせない。俺は更に集中力を高め、金剛の身体を熱消毒する。

後遺症が出ないよう、ゆっくり、確実に。

 

「う、ん……なんだか、熱っぽくなってきたヨ……イーサン、私、どうしちゃったの?」

 

大体97%。あと少し、もう少しだけ保ってくれ、俺の特異菌。

彼女を救う前に全滅したら意味がないんだ。背中の熱傷が首や足に回り出す。

急げ、火達磨になったら彼女の手を握っていられなくなる。

 

俺の意識も混濁してくる。遠くに艦娘達の悲鳴が聞こえるが、

何を言っているのかわからない。

ただ金剛の体内から特異菌を死滅させることだけを考える。

 

99%!耐えろ、耐えろ、耐えろ!

俺の身体から何かが抜けていき、金剛の中に入っていく。

その力は、彼女の脳幹に達しようとしていた特異菌を捉えて、包み込み、

振動して熱を発して焼き殺した。特異菌、全滅。

 

……やったか。全てをやり遂げた俺は、ようやく周りに意識を向ける余裕ができた。

気づけば、後ろから香取達が消えない炎を消そうと俺の背中に水をかけ続け、

金剛は火に包まれながら決して手を離さない俺に何かを叫んでいた。

 

「イーサン、何をしてるの!?どうして逃げないの!」

 

俺は金剛の手を離した。彼女は急いで俺のバックパックを持ってきて回復薬を探した。

 

「ない、ない!ねえイーサン、私を治した薬、また作って!その火傷じゃ!」

 

「もう、いいんだ。怖い思いをさせて悪かったな。でも、もう君は大丈夫だ。

そして、俺は治っちゃいけないんだ」

 

「どうして!?」

 

「君には謝らなきゃいけない。君はあの時の怪我で、特異菌に感染していたんだ。

俺と一緒に来たB.O.W.のせいで。

放っておけばジャックや俺みたいな化け物になる運命だった。でも大丈夫。

君の中の特異菌は焼き尽くした。最後の菌ももうすぐ消える。

この悲劇も、本当に終わりを迎えるんだ」

 

「どういうこと?」

 

「すぐに、わかるさ」

 

それが、最期の言葉だった。俺の身体が脚から石膏と化し、動けなくなる。

だが、それでいい。両腕が石になる。後はB.S.A.A.が片付けてくれる。

どんな方法を使ったのかはわからないが、

ミッション遂行のためなら世界の壁も超えてくるとは優秀なもんだ。

 

もう首が動かない。ミア、君が今どこで何をしているのかわからないけど、

最後まで君を抱きしめられなかったのは残念だ。

もう、何も見えない。俺の心にジャックやマーガレットが語りかけてくる。

化け物じゃない、ごく普通の生活を営んでいた頃の人間が。

俺に謝り、礼を述べ、苦労をねぎらう。彼らも破壊されたのだ。

エヴリンという存在してはいけない存在に。そして、悲劇に終止符が打たれた。

 

「イーサン……?イーサン、イーサン!!」

 

完全に石膏と化したイーサンの身体に亀裂が走り、バシッと音が鳴ると、

その場に砕け散った。遺された者たちは目の前の現実を受け入れるのに時間がかかり、

また、受け入れることを拒否した。

 

「いや、イーサン!死なないで!いやよ、どうして!!」

 

金剛が泣きながらイーサンだった石ころをかき集める。

 

「嘘よ……死んだ。また死んだ。助けられなかった……!イヤアアァ!!」

「落ち着いて赤城さん!」

 

赤城が髪を振り乱しながらその場に崩れ落ちる。

 

「え、イーサン死んじゃったの……?なんで。嘘だよね。なんで、ねえ、なんで」

 

現実を受け入れられない明石。コマンダン・テストは悲痛な表情を隠しながら、

ただその場に座り込んでいる。そんな彼女達にクリスが近づく。

 

「B.S.A.A.アルファチームのクリス・レッドフィールドだ。

ここの責任者と会わせてくれ。イーサンは、救出命令が出ていたが……

残念な結果になった」

 

「私が当鎮守府の提督だ。あなたがイーサンと連絡を取っていた人物だね。

彼の身に起きたことについて私もまだ飲み込めていないんだ。

詳しい話を聞かせてほしい」

 

「了解した。我々が異世界の存在だということは知っているな」

 

「ああ。イーサンから聞いているよ。他にはB.O.W.という……」

 

クリスと提督が話をする中、立ち尽くして拳を震わせる者がひとり。長門だった。

 

「馬鹿者……!上官に許可なく、勝手に死ぬ奴があるか!」

 

もう日が沈む。悲しみにくれる皆を夕陽が照らす。

彼女の足元にはイーサンのバックパック。

いつも武器や不思議な道具を取り出しては困難を乗り越えていた。

長門はそっと手に取り、中身をひとつひとつ並べる。全て遺品となってしまった。

武器も、弾薬も、薬も、使うものはもう誰もいない。

 

回復薬だろうか。紫色のボトルを手に取り、ただじっと眺める。

水平線から差し込む夕陽が眩しい。本当に眩しい。

こんなに眩しい夕陽があっただろうか。

長門はそれを若干鬱陶しく感じながら、それを足元に置いた。

 

こうして、ベイカー邸から始まったバイオハザードは幕を閉じた。残されたのは悲しみ。

そう、バイオテロが残すのは悲しみでしかない。

それでもB.S.A.A.は戦い続けなければならない。一際大きな潮風が皆をなでた。

 

 



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Last File; Ethan Never Dies

光。見えるのはただそれだけだ。

何処とも知れぬ空間で、俺はこれまでの戦いを振り返っていた。

ミアを迎えに来たベイカー邸で、当のミアに左腕を切り落とされ、

モールデッドに追い回され、トラップに怯えながらたどり着いた娯楽室。

ここが全ての始まりだった。

 

怪しいビデオを見ると、いつの間にやら海軍基地。最初は不審者、スパイ扱いだったが、

2017年の武装を活かして俺の世界のB.O.W.や異世界の深海棲艦と戦ううちに、

段々仲間と呼べる者たちが増えていった。そんな矢先の出来事だった。

 

度々コデックスを通じて茶々を入れてきたルーカスが、

この世界にまで魔の手を伸ばしてきたのだ。

自分自身も特異菌に冒されていることを感じていた俺は、元凶のエヴリンを倒した後、

意図的に特異菌を暴走させることで奴を追い詰め、

最終的にはロケットランチャーでルーカスを退けた。

 

……そして、同じく感染してしまった金剛。

彼女に宿る特異菌に俺の体内の菌をぶつけることで滅菌に成功したが、

それは俺自身の崩壊も意味していた。

超人的な能力を解き放った俺の肉体を、ある意味支えていた存在がなくなったのだから。

ジャックやマーガレットの様に真っ白な石になって、俺は死んだ。

 

相変わらず光以外は何も見えない。日本人は死後、

三途の川という長い川を渡り、生前の行いについて裁きを受けるらしいが、

アメリカ人の俺は渡らせてもらえないらしい。いつまで経っても光のまま。

どうしようもないので横になる。大の字になって目を閉じると、ようやく闇に恵まれた。

もう眠ろう。と、思ったのも束の間。今度は意識が直接光で満たされた。

思わず俺は叫ぶ。

 

 

「しつこいぞ!」

 

 

寝る気もなくなって身体を起こすと、そこにはさっきまで見ていた光景。

ルーカスとの激闘でボロボロになった屋上。紅い夕陽。そして。

 

「イーサン!!」

 

泣きはらした顔の金剛が抱きついてきた。これは、一体どういうことだ!?周りを見る。

大勢の艦娘、提督、レッドフィールド。皆一様に驚いた様子で俺を見ている。

誰か説明してほしい。世界の壁をいじりまくったせいで時間が逆行したのだろうか?

だが、海を見ると夕陽は俺が絶命した時より明らかに沈んでいる。

静かにパニックを陥る俺は、ようやく口を開いた。

 

「俺、生き返った?」

 

若干間抜けた口調になってしまったが、俺を馬鹿にしたいなら一度死んでからにしろ。

金剛が俺の手を両手で握り、何度もうなずきながら答えてくれた。

 

「うん……うん、そうだよ!イーサン、帰ってきてくれたんだヨー!」

 

「でも、なんでだ。まさか特異菌の再生能力、なんて冗談は勘弁してほしいが」

 

長門が俺に歩み寄って、裂けたプラスチックのボトルを差し出した。

滅多に見ることのない優しい眼差しで俺に語りかける。

 

「恐らく、この薬の効果だ。

お前が崩れ去ってしばらくすると、急にこのボトルが膨らみだしてな。

破裂して中身が周りに飛び散った。液体はお前の亡骸にも降り掛かった。

そしたら、お前の身体が一度完全に砂になって、再び人の形に固まったんだ。

やがてその形が肉体に変化して……お前は、お前はっ……!」

 

そういうと、彼女はすたすたと屋上の端に歩いていった。

途中、鼻をすする音が聞こえたのは気のせいだろうか。

俺は手渡されたボトルの残骸を見る。……そうだ、いつか作った怪しげな薬。

“復活薬”を謳っていたが、まさか本当に効果があるとは思わなかった。

 

「は、はは、あははは……」

 

思わず乾いた笑いが出る。本当に、あのワークベンチは謎だらけだ。

明石が執着するのも無理はない。その明石が駆け寄ってきた。

 

「イーサン、君って本当タフだよね。

B.O.Wだろうと深海棲艦だろうとお構いなしに突っ込んで、

挙句の果てには死んだと思ったら生き返ったり……

もう、心配かけてくれちゃった埋め合わせは復活薬もう一個で許してあげます!」

 

「はは、自分でも試したくなったのか?」

 

「もう!イケズ言わないの!」

 

やいのやいの言い合う俺に次々艦娘が集まってくる。

香取に付き添われて赤城が一歩ずつ、ゆっくり地を踏みしめて歩いてきた。

 

「イーサン、教えてください。私は、数日前に罪を犯しました。

そして、今度は、貴方まで失うところでした。

私は、どうすれば贖罪ができるのでしょうか……」

 

「彼らのことを忘れないでいてやることだ。辛いことだろうが。

俺のことは気にする必要はない。だってこの通り生きてるんだからな。

それでも心が持ちこたえられないなら、俺も君の罪を一緒に背負う。

本来この世界に存在しない災厄を招いたのは、俺のせいでもあるんだから。

何も心配しなくていい」

 

「うくっ……ありがとう、ありがとうございます……」

 

赤城の頬に二筋の涙が伝う。

彼女の背中をなでながら香取が俺を見る。眼鏡の奥の目を細めて。

 

「あなたは、言葉ではなく行動で私達に改めて道を示してくれました。艦娘としての道。

人々を脅威から守るため危険を顧みず戦う道。

そして、仲間と生きる喜びを分かち合う道。全てにおいて、あなたは100点です……!」

 

「ははっ。本当、最後まで先生みたいだな」

 

「真面目に話してるんですから、混ぜ返さないでくださいまし!もう!」

 

潮風に紺のスカートをはためかせながら、

コマンダン・テストが船体を象った靴を鳴らしながらこちらに歩いてくる。

 

「イーサン、ワタシ、本当に嬉しい。

ほんの少しだけど、あなたと過ごせて、本当によかった」

 

「俺も楽しかったよ、テスト。この世界のフランスと日本を頼む。

俺の世界じゃ、日本もフランスもアメリカも、友好的な関係を築いている。

きっと、君みたいな人間が尽力してくれたおかげだ」

 

「イーサン。これからも、時々、会いに来てくれませんか。

あの人達も、来ることができました。

日本と、フランスと、アメリカの、架け橋になってください」

 

「……テスト。済まないが、それはできない」

 

「Ah...どうして?」

 

「何度も世界を行き来するのは危険なんだ。なあ、レッドフィールド」

 

俺は振り向き、後ろでずっと様子を見守っていたレッドフィールドに声をかけた。

 

「その通りだ。世界間を転移するには強力な自己の存在意識の改変が必要になる。

だが、何度もそれを繰り返していると、

やがて自分が本来どちらの存在なのかわからなくなり、

行き場を失った自分自身が消滅する。俺達はすぐに帰還する。

この世界と俺達の世界。接続するのはそれで最後だ」

 

「そんな……」

 

「テスト、そんな顔しないでくれ。艦隊これくしょん、だったな。

思い出したんだ。日本のパソコンゲームだ。

元の世界に帰っても、俺はモニターの向こうから君達を見守るから」

 

「……はい!」

 

コマンダン・テストは、決意を秘めた表情で、力強く応えた。

それを見届けると、レッドフィールドが部下に指示を出した。

 

「撤収準備に入るぞ!プロジェクターの準備だ。テープは用意できてるな?」

 

「はい!技術班によって編集済みです!」

 

それからは忙しかった。B.S.A.Aのメンバーが本館前広場にヘリを移動し、

機内にプロジェクターを設置。本館の真っ白な壁にビデオを投影する準備をしていた。

手伝えることのない俺は、指定された時間まで、各所をブラブラと歩いていた。

まず、手近な艦娘に声をかけ、鳳翔という人のところへ案内してもらった。

食堂で炊飯係をしている彼女に礼を述べる。

 

「もしもし、忙しい所済まない。あなたが鳳翔っていう人か?」

 

「はい、そうです。私が鳳翔ですが、もしかして貴方は……」

 

「ああ。イーサン・ウィンターズだ。

あなたに服を作ってもらって、洗濯までしてもらった。助かったよ、本当にありがとう。

まぁ、一着焦がしてしまったけど……」

 

「お話は聞いています。あの激しい戦いを生き延びてくれて嬉しいです。

服のサイズ、大体会っていたようでなによりです」

 

「いい着心地だ。残りの2着も大事に着るよ。

あなたたちが、戦いに勝利することを祈ってる。それじゃあ、俺は失礼するよ」

 

「はい。どうか、お元気で……」

 

鳳翔と別れた俺は、工廠に寄ってみる。中に入ろうとした瞬間、悲鳴が聞こえた。

中に飛び込むと明石が頭を抱えていた。

 

「Noooooo!!」

 

「どうした、うるさいぞ」

 

「ここで叫ばなくていつ叫ぶのさ!ない、ないのよ!」

 

「何が!」

 

「破砕機とワークベンチ!イーサンが帰ったら私の物よウヘヘって考えて、

早速何かいじろうとしたら……見てよこれ!」

 

俺は明石が指差したところを見る。ああ……確かに変だ。

破砕機もワークベンチも跡形もなく消えている。

 

「俺達がそろそろ向こうに戻るのを察して、一足先に帰ったんじゃないか?」

 

「いやあああ!納得できな~い」

 

「ユラヒメの技術で頑張るんじゃなかったのか?なんか前にそんなこと言ってたろ」

 

「それはそれ、これはこれ!私もワークベンチ、ほ~し~い~の~!」

 

「こいつはひどい」

 

子供のように駄々をこねる明石を置いて、工廠を後にした。

まあ、彼女は性格的に放っておいてもそのうち立ち直るだろう。

……さて、そろそろ行こう。

 

 

 

──本館前広場

 

夕日が沈み、夜の帳が下りた広場に戻ると、

既にレッドフィールド達が準備を終えていた。

そして、提督や艦娘達が見送りに来てくれていた。

俺の姿を見るとレッドフィールドが話しかけてきた。

 

「準備は完了しているが、出発予定時刻まで少し時間がある。

別れは今のうちに済ませろ」

 

「ああ。ありがとう」

 

俺は金剛を探し、彼女を見つけると近づいて話しかけた。

 

「金剛……具合はどうだ」

 

「ノープロブレム、ネ!医務室の血液検査も異常なしだったヨー!」

 

「そうか、よかった。本当によかった」

 

「イーサン。これで、本当にお別れなんだネ……」

 

「そうだな、いや……分からないな」

 

「どういうこと?」

 

「俺達にとってこの世界がゲームだったように、

俺達の世界が君達から見てゲームになる時が来るかもしれない。

今はテレビも普及していないけど、70年経って、

テレビゲームが子供だけのものじゃなくなった時、

イーサン・ウィンターズを主人公にしたゲームが登場するかもしれない。

いや、きっと来る。その時まで、少しの間お別れだ」

 

「私、待ってる。ずっと、待ってるから……」

 

俺は黙って頷くと、彼女と握手を交わし、そっと離れた。さて次だ。

見つけやすいやつにも別れの挨拶くらいはしないと、モニター越しに怒鳴られそうだ。

俺は長門の前に立つ。改めて向かい合うと本当に背が高い。

いざ何かを言おうとしてもなかなか言葉にならない。

 

「なあ、俺達の出会い方って酷いもんだったな」

 

「……ああ。不審者が乗り込んできたと思えば、翌日にはいきなり殴られるわで散々だ」

 

「初めて会った時にいきなりお前に締め上げられたんだ、あいこだろ」

 

「ふん、口の減らないやつめ。……まぁ、その後の働きについては若干評価しているが」

 

「やっぱり最後まで上官のつもりかよ!って、これで、本当に最後なんだな」

 

「うむ、そうだな……」

 

「世話になった」

 

「礼には及ばん。部下の面倒を見るのは、」

 

「上官の務め、だろ?もういいよ部下で!」

 

「ああそうだ!お前は私の認める部下で……戦友だ」

 

「……元気でな」

 

「お前こそもっと身体を鍛えて体力を付けろ。さらばだ」

 

そして俺は踵を返し、ヘリに向かって歩き始めた。

後ろ髪を引かれる思い、とはこういう感情なのだろうか。でも俺は振り返らない。

別れは新たな出会いの始まりでもある。

プロジェクターが設置された機内に乗り込み、ベルトを着用する。

俺が乗ったことを確認すると、レッドフィールドが説明を始めた。

 

「今から屋敷の壁に映像を投影する。

なるべく瞬きせず凝視しろ。めまいが起きてもこらえるんだ」

 

「わかった」

 

後ろのやり取りを聞いたパイロットがマイクで提督達に呼びかけた。

 

“皆さんにお願いです。これから投影される映像は一切見ないでください。

我々が消失するまで、目を閉じる、後ろを向くなどして

光を目に入れないようご注意ください”

 

外がにわかにざわつく。本当に異世界へ転移が可能なのか興味のある者が多いのだろう。

だが、すぐに皆が後ろを向き始めた。

その様子を見たレッドフィールドが部下に指示を出す。

 

「再生しろ」

 

「了解」

 

部下の隊員がプロジェクターのスイッチを押すと、

屋上が崩れた邸宅の壁に、カラーバーが映し出された。

俺達は目を凝らして何も動きがない映像を見続ける。

B.S.A.Aがサブリミナル効果を再編集したらしい動画を見つめていると、

頭のなかにモヤがかかる。世界が揺れて、身体から力が抜ける、

というより実体がなくなる。目が乾いて開けていられなくなった瞬間、

突然ブラックホールのような空間が現れ、声を上げる間もなく俺達を吸い込んだ。

 

 

 

──ベイカー農場

 

「……サン、イーサン!」

 

レッドフィールドに肩を揺さぶられ目を覚ますと、

そこは見渡す限り小麦が広がる農園だった。

そのど真ん中にヘリごと俺達は転移したのだ。もう月が高く昇る夜更けだったが、

明るい色の小麦が月に照らされ、周りの状況は良く見えた。

 

俺はベルトを外すと、一瞬ためらい、思い切って小麦畑に飛び降りた。

この世界の土を踏むのは何日ぶりだろう。

たった一週間と少しだが、何年も旅をしてきたような錯覚を覚える。

だが、ここは紛れもない“現実”。俺はとうとう自分の世界に帰ったんだ。

しかし、感傷に浸る間もなく俺はレッドフィールドに呼び戻され、

ヘリに逆戻りすることになる。

 

「イーサン、戻れ。こんなところにいても仕方がない。君は行くべきところがある」

 

「ああ、そうだったな。畑で何をするつもりだったんだ俺は」

 

再び機内に戻りベルトを締めると、

ドアが閉まりヘリがローターを回転させ離陸を開始した。

レッドフィールドに防音ヘッドホンを渡され、装着する。

そして十分な高さまで上昇すると、何処かへ向けて発進した。

どこへ向かっているのだろう。長い長い旅路だった。

俺は道中、気になったことを尋ねてみた。

 

「レッドフィールド、ひとつ聞いてもいいか」

 

「クリスでいい。なんだ」

 

「どうしてB.S.A.Aのあんたが、アンブレラのヘリに乗ってるんだ。

バイオテロの元凶になった企業だろう」

 

「……B.O.W開発に関する諸々の機密が発覚し、壊滅的な損失を出したアンブレラが

民事再生法の適用を受け、再建されたことは聞いただろう」

 

「それはニュースでやってた。でもその先がわからない。なんでそんな企業を助ける」

 

「一つは金の問題。世界中に支社、下請け企業を持つアンブレラが消滅すれば、

莫大な数の失業者が生まれ、株価の暴落による世界経済への打撃は計り知れない」

 

「もう一つは?」

 

「人の問題だ。

バイオテロによる被害者への賠償金は1年や2年で払いきれるものじゃない。

かと言って国民の血税で一企業の不祥事の後始末をすることは国民が許さない。

よって、アンブレラは国からの支援を受ける代わりに、

B.S.A.Aの完全管理下に置かれ、

賠償金を払い続けるためだけに操業を続けることになった。

アンブレラによるバイオテロの首謀者が全員死亡しているという事情もある」

 

「まさに、生きる屍だな。他には?」

 

「そんなところだ」

 

「そうか……わかった、ありがとう」

 

気のせいだろうか。クリスが前を向く前に一瞬目を逸らした気がした。

だが、もうクリスはこちらを向こうとせず、俺も次の瞬間に小さな疑問が消え去った。

東から眩しい朝日が昇ったのだ。

 

 

どんなに暗い夜も、いつかは明ける

ようやく夜明けが訪れた

気が遠くなるほど長い夜だった

苦しめられたのは俺とミアだけじゃない

ベイカー家もそうだ

あの化け物「エヴリン」に、変えられてしまった

だがあいつはもういない

 

 

ルーカスも死んで、おぞましい事件に終止符が打たれた。

しかし奴の言っていたことは本当だった。俺達の生きる世界は絶対なんかじゃないこと。

でも、それがなんだというんだ。

この太陽は、きっと向こうの世界も等しく照らしているはず。

彼女達が生きる、俺達がゲームだと思い込んでいた世界も。

 

艦娘達も俺達と同じように誰かのために戦い、傷つき、懸命に生きている。

それだけは誰にも否定できない。

俺も悪夢のような出来事から立ち上がり、前に進むんだ。

 

ここから新しい日が始まる。

 

陽の光を浴びながら、青い傘がペイントされたヘリコプターは、B.S.A.A.支局に向かう。

疲れが溜まっていた俺は、いつの間にか眠ってしまった。

 

 

 

──B.S.A.A某支局

 

「さあ、起きろイーサン。到着だ」

 

「ん、ああ。悪い」

 

クリスに起こされ、ヘリから降りた俺は辺りを見回す。

広い荒野の中に、ぽつんとコンクリート作りの無骨な5階建てビルがある。

ここはどこだ。クリスに尋ねてみる。

 

「クリス、ここはどこなんだ」

 

「B.S.A.A.支局のひとつ、としか言えない。詳しい場所は機密事項だ」

 

「なんだって!……そんなところに俺を連れてきてどうするんだ」

 

「会わせたい人がいる。君の妻だ」

 

「ミアがいるのか!?どこだ、どこにいるんだ!」

 

「落ち着け、ただ、かなり制限された状況での面会になる」

 

“面会”という表現が気になったが、今はそんなことはどうでもいい。

俺はクリスに続いてビルに入った。殺風景な外観とは裏腹に、

内部には多数の職員がパソコンやコンソールに向かい、

頭上のモニターを見ながら立ったまま何事かを話し合っている。

 

そんな様子を物珍しそうに見ながらクリスに付いていくと、

彼は階段を下り、どんどん地下階へと下りていく。

ひんやりした空気に包まれたフロアで立ち止まると、彼はドアを開けた。

 

「中へ」

 

「ああ」

 

クリスに促されて部屋に入ると、

そこはパイプ椅子と大型モニターがあるだけの寂しい部屋だった。

俺が椅子に座ると、彼が無線で2,3短いやり取りをした。

するとモニターの電源が付き、そこに待ち焦がれた人物が映し出された。

 

「ミア!」

 

『イーサン!……ごめんなさい!私、私のせいで!』

 

「もういいんだ、全部解決した!エヴリンも、もう死んだ!

……どうしたんだ、ミア。その格好は」

 

喜びのあまり気づかなかったが、よく見ると

ミアは囚人服のようなオレンジ色のズボンとシャツを着ている。

すぐさまクリスに問いただす。

 

「クリス、あの服はなんだ!彼女に何をした!ミアはどこにいる!」

 

「それは彼女に直接聞くといい」

 

「ミア?今、どこにいるんだ。どこかに監禁されているのか?」

 

ミアは泣きながら状況を語りだす。

 

『イーサン、これは当然の罰なの。……エヴリンを連れてきたのは、私だから!』

 

「なんでだ!君とエヴリンに何の関係がある!」

 

『前に言ったわよね、私、あなたに嘘をついた。本当は貿易会社になんて勤めてない。

エヴリンを開発した組織の工作員、それが、私なの……』

 

目の前が真っ暗になる。この惨劇の引き金となったのは、実の妻だった。

喉に何かが詰まったように、言葉が出ない。

 

『3年前にあなたの前からいなくなったのは、あの屋敷でエヴリンに捕まってたから。

あの子は家族を欲しがってた。私を母親代わりにしていたの。

そこでカビに冒されて……』

 

「もういい!!」

 

やりきれない感情が爆発した俺はテーブルを殴った。そしてクリスに詰め寄る。

 

「今すぐミアと面会させろ!

組織とやらについて、直接会って洗いざらい聞かないと気が済まない!」

 

だが、クリスはまっすぐ俺を見て、

 

「残念だが、彼女はもうB.S.A.Aの隔離施設に収容されていて、

俺にもどこにいるのかわからない。

彼女も言った通り、ミアは今回のバイオハザードの主犯だと言ってもいい。

だから特別施設で刑期を過ごすことになる。

密室裁判の判決はまだ出ていないが、恐らく終身刑になるだろう」

 

「なんでだ!血清で特異菌は消えたんだろう!?」

 

「ミアの話を聞いていただろう。彼女はまともじゃない組織に所属していた。

どこに口封じ専門の工作員が潜んでいるかわからない。

普通の刑務所に入れたら、いずれ“事故”が起きて死ぬことになる」

 

「……っ!」

 

全身の力が抜けた俺は、ガシャンとパイプ椅子に座り込んだ。

そんな俺にミアが語りかけてくる。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、イーサン……

もう会えないけど、私には謝ることしかできないの』

 

「もういい……全てが、嘘だったのか」

 

『もう何を言っても信じてもらえないだろうけど、あなたを愛してた。

最後に、それだけは信じて』

 

「愛してたならなんでそんな組織に入った!!」

 

『他に生きる方法がなかった!父はギャンブル中毒、母はヘロインで廃人に。

家を飛び出した私に、世界は暴力と屈辱しかくれなかった!』

 

「俺が送った愛じゃ、足りなかったのか」

 

『その時にはもう手遅れだった!逃げ出したらあなたまで巻き添えに!』

 

「ああ手遅れさ!見ろよこの左腕を!」

 

『ごめんなさい!ごめんなさい!……うっ、ああああ!』

 

全てが解決したと思っていた。

でも、それは同時に全ての真実が明らかになるということ。

過去を断ち切る決心をした俺は、うなだれてつぶやいた。

 

「ミア……さようなら。俺も、愛してたよ」

 

『さようなら、イーサン。本当に、悪い妻だったわ……』

 

そしてモニターの電源が落ちた。希望を失った俺にクリスが何かを差し出した。

 

「ゾイからだ。彼女も、もうゾイ・ベイカーとして生きることができなくなった。

理由はミアと同じだ。彼女はテラセイブという組織に保護されている。

但し、名前も経歴も国籍も変えて、国外で生涯を終えることになる。

それまでの人間関係は一切断ち切らなければならない。ただ、手紙を預かってきた。

読んでやれ」

 

俺は黙って手紙を受け取ると、封を切って読み始めた。

 

 

“イーサン。あんたが来てくれて本当によかった。ありがとう。

ありきたりだけど、そんな言葉しか出てこない。

正直B.S.A.Aの話は信じられないものばかりだったけど、

あんたが戦う姿を見て、真実だと確信した。

父さんや母さんを、取り戻してくれてありがとう。私を助けてくれて、ありがとう。

そして、お礼のひとつも言えずに消えてしまって、ごめんなさい。

すぐには無理だろうけど、イーサンがこの悪夢を本当の意味で振り払って、

新しい幸せを掴んでくれることを祈ってる。

あたしも頑張るから、イーサンも諦めないで。世界の何処かから。

ゾイより、愛をこめて”

 

 

読み終えた手紙を胸ポケットに押し込むと、俺は立ち上がった。そしてクリスに尋ねる。

 

「B.S.A.Aに……システムエンジニアが足りてない部署はあるか?」

 

「世界規模で展開するB.S.A.Aは慢性的な人手不足だ」

 

「決まりだな」

 

イーサン達は冷たい地下から陽の光の差す外の世界に出た。

彼は太陽に向かって一歩ずつ地を踏みしめるように歩み出す。

逆光に晒されるその姿は、翼を得たペガサスに見えた。

そして、再び待機していたヘリに乗り込むと、B.S.A.Aの訓練施設へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

《再生終了》

 

 

全ての出来事を目撃した“私”は、

映像を見るのに邪魔になっていたガスマスクをかぶり直し、

ビデオデッキからテープを取り出し、回収した。

B.S.A.Aはサブリミナル処理が施されたテープに夢中で、

この娯楽部屋自体の監視カメラには気が回らなかったのだろう。

私の仕事はこいつに写り込んだテレビ画面が映ったビデオを回収すること。

任務は達成した。B.S.A.Aが殆どのB.O.Wを片付けてくれたので楽な仕事だった。

私は無線で連絡を取る。

 

「……アルファチーム、H.U.N.K.だ。回収を頼む」

 

“今日も早いな。仕事は上手く行ったのか?”

 

「回収を、と言った」

 

“す、すまん。すぐにヘリをよこす”

 

10分27秒でステルス迷彩が施されたヘリが屋敷の中庭に降り立った。

私は即座に乗り込む。回収したビデオテープを携えて。

恐らく、これから世界の混迷はバイオテロに留まらなくなるだろう。

だが、それは私の知るところではない。ただ、与えられたミッションをこなすだけだ。

 

──そして、ガスマスクの男を乗せたヘリは飛び立った。

バイオテロの撲滅と世界の安寧のために戦うB.S.A.A。

そして、新たな形の世界を求めるバイオテロリスト。

両者の戦いは、まだ序章を迎えたに過ぎない。

 

 

 

「艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil」 END




ETHAN SURVIVED

CLEAR TIME

9days 14hours 57minutes




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Joe Must Die
Tape1; Joe’s Bizzare Adventure


*Not A Hero 及びDLC第3弾が配信され、End of Zoe が面白かったので、
衝動的に始めてしまいました。DLC終盤同様、ぶっ飛んだ内容になると思われますので、
イーサン編の余韻を台無しにされたくない方は、閲覧を控えていただければ幸いです。
あと、ゆっくりペースの更新になると思われますのでご容赦ください。


鬱蒼と草木の生い茂る沼地の奥、手作りの小さな小屋に、

白い口ひげを蓄えた白髪の老人がいた。

だが、老人とはいえ、長年のサバイバル生活で鍛え上げられた、

鋼のような身体と無敵の拳は、並の軍人を凌駕する。

現に、今も彼のテリトリーをうろついていたB.S.A.A隊員を殴り倒し、

後ろ手に縛り上げている。床に転がりながら隊員は老人に訴える。

 

「頼む、縄を解いてくれ!俺はB.S.A.Aの隊員だ、怪しい者じゃない!

このあたりの汚染状況を調査して、生存者を助けに来ただけなんだ!信じてくれ!」

 

「B.S.A.A?知らねえな。汚染状況だ?ウソつけ、そんなもん信じられるか。

俺は何年もここに住んでるが、病気ひとつしたことねえぜ」

 

俺は、最近現れだしたバケモンの生首を手にとって、ドスンとテーブルに置いた。

 

「そうだろ?あんな武装ヘリに乗って、何が“助けに来た”だ」

 

「あんたは誤解してる……そうじゃない!」

 

目の前のガスマスク野郎は必死になって弁解してやがるが、

到底信用できたもんじゃねえ。

 

「てめえらが!何者かは俺には分かってるんだ。

ここらの……バケモンのことも知ってるんだろ?教えろ。奴らは何なんだ」

 

「何を言ってるんだ……あんたは分かっちゃいない!」

 

「分かっちゃいないだと!?」

 

鉈を掴んでガスマスク野郎の首筋に押し付けた。

ついでに、肝心なことを何も喋らねえこいつをぶん殴ってやろうかと思ったが、

今度は気になることを口走りやがった。

 

「やめろ!ベイカー家の事件を知らないのか!?」

 

「何だと?おい、ジャックの家とてめえらに何の関係がある。答えろ!」

 

「“コネクション”とルーカス・ベイカーが引き起こした大規模バイオハザードさ。

……あんたは、感染してないのか」

 

コネクションだの、感染だのはどうでもいい。なんで弟の名前が出て来る。

 

「今、ルーカスって言ったな。なんでジャックんとこの悪ガキが出て来る!

そいつが一体何やらかした!教えろ、教えねえと外の奴らのエサにしてやる!」

 

「分かった教えるよ!

右ポケットのデバイスを出してくれ、それで事件の全てがわかる……」

 

奴のごちゃごちゃした防護ベストを探って、俺は一本の変な筒を取り出した。

 

「電源を入れて、ダイヤルを回すんだ。

プロジェクターになってるから、まずは壁か床にライトを当ててくれ」

 

「ああん、こうか?」

 

スイッチを押したら黄色いライトが点いた。

そいつで壁を照らすとわけのわかんねえ写真やテキストがぞろぞろと出てきやがった。

それと、ダイヤルを回せつったが、これか?

回すとページが移動し、押し込むと選択するようになってるらしい。

俺が適当に筒をいじってると、床の野郎が大声を出した。

 

「待て!そのフォルダには触るな!

絶対再生するんじゃない、じゃないと、あんたまで!」

 

「うるせえな、またぶん殴られてえかよ!」

 

「とにかく危険なんだ!その動画は見るな!」

 

「ほう?よっぽど知られたくない情報を隠してるらしいな。

よーしよし、おじさんが隅から隅まで調べてやるよ」

 

「やめろ、やめるんだ!!」

 

俺はガスマスクを無視して“Case of Ethan Winters”ってフォルダを開き、

中の動画ファイルを選択してダイヤルを押し込んだ。

そしたら、黄色い光で照らされた壁に、カラーバーが映し出された。

だが、待てど暮らせどそんだけだ。

 

つまんねえ。こんなクソ動画大事に残してんじゃねえよ……と思った瞬間、

急に俺の意識が混濁して、ただ立っているだけなのに、

ふらふらと歩いているような感覚が襲ってきやがった。

 

そのうち世界がぐるぐる回るように視界もめちゃくちゃになって、

身体が軽くなる、というか消えてなくなっていく。

ちくしょう、やっぱりこいつらロクな連中じゃなかった!

ガスマスクを叩きのめそうと思ったが、身体が言うことを聞かねえ。

俺はただクソみてえな現象に身を任せるしかなかった。

 

 

 

 

 

……ああ、クソッタレ。まだ頭ん中が気持ち悪りい。俺は立ち上がろうと両手をついた。

そしたら、珍しい感覚だ。沼地じゃ珍しいサラサラとした砂。

気持ち悪さを我慢して、なんとか足に力を入れて立ち上がる。

それで目を開くと……なんだこりゃ?目の前はどこまでも広がる青い海。

泥で濁った沼とは全然別物だってことは俺にもわかる。

しかも、どっかからカモメの鳴き声まで聞こえてくる。俺は海岸で寝てたってことか?

 

とりあえず、家に帰るとするか。どこまで流されたんだ?

だが、俺が振り返ると、とんでもねえもんを見た。バカでかい港だ。

まず目に飛び込んできたのは、でけえクレーンと船着き場。

それと、金持ち共が住んでるような真っ白な豪邸。その他、工場、倉庫。

とにかくわけのわからん状況だ。

 

くそ、どこ行きゃいいのかわからねえ。

まず、多分人が住んでる白い家を訪ねてみることにした。

堤防をしばらく歩くと、コンクリートで舗装された道に出る。

途中、何人かの職員か住人か知らねえが、とにかく人とすれ違ったが、

どいつもこいつも俺を見るなり驚いてヒソヒソ話を始めやがる。

 

 

“ねえ、また異世界から外国人よ!”

“ひょっとして、イーサンの知り合い?”

“長門さんに知らせたほうがよくないかしら”

“それならまず提督じゃない?”

“そうね、私行ってくる!”

 

 

おい、丸聞こえだぜお嬢さん。

あと言っとくがな、俺を珍しそうに見てるが、おかしいのはお前らの方だ。

揃いも揃って変な戦艦みたいな格好しやがって。日系人らしい顔だな。

話しかけようかと思ったが、こんな連中と関わったら余計状況がややこしくなりそうだ。

やっぱり白い家に行くことにする。歩道を北に進んでようやく目的地に着いた。

俺は立派なドアを思い切り殴る。

 

ドゴン!ドゴン!ドゴン!と、とにかくぶっ壊す勢いで殴り続ける。

頑丈そうだから大丈夫に決まってる。

 

「おい、誰かいねえのか!ダルヴェイまでのバス代貸してくれ!

ここはどこなんだ、おい!」

 

そしたら急にドアが開いて、中から背の高い変な女が出てきた。

頭にアンテナ着けて、黒いコート着て、

やっぱり大砲やら煙突やらの模型背負ってやがる。

まさか本当にそいつで戦う気じゃねえだろうな。

 

「やめろ!ドアが破れるではないか!」

 

「悪りいな。ダルヴェイまで戻らなきゃならねえ。バス代貸してくれ」

 

「ダルヴェイだと!?……いや待て、その前に。お前が通報のあった外国人か?

残念だがここは日本だ。バスでアメリカには帰れないぞ」

 

「なんだって?ジジイだと思ってふざけたこと……」

 

ん?ちょっと待て。何かがおかしいぞ。なんで俺は日本語喋ってんだ?

こいつぁ流石に驚きだ。ガスマスクの連中が変な研究してたに違いねえ。

そしたら、今度は白い軍服を来たひょろ長い男が階段から下りてきた。

 

「どうしたんだい、長門君。すごい物音が聞こえたんだが……?」

 

「提督、それが……」

 

長門って呼ばれた女が提督って奴に近寄ってこそこそと何か話しかけてる。

すると、提督って野郎の顔がみるみる険しくなっていく。

話を聞き終えたそいつは、俺の方に歩いてきた。

 

「はじめまして、私は当鎮守府の提督です。

あなたの身に起きていることについて、きっと説明ができると思います。

立ち話もなんですから、良ければ執務室で話しましょう」

 

「俺はジョー・ベイカーだ。説明とかはいいからさっさとアメリカに帰りてえんだが」

 

「ベイカーだって!?……いや、それについてこちらもお聞きしたいことがある。

今のアメリカに帰っても、恐らくあなたの家は存在しない」

 

「なんでだ」

 

「話すと長くなります。やはり落ち着いたところに場所を変えましょう」

 

「んーわかったよ」

 

面倒くせえが、俺はこいつらに付いていくことにした。他にアテもねえしな。

提督って男と長門って姉ちゃんに連れられて、俺は凝った彫刻が刻まれたドアの前に立った。

こいつもぶん殴ったらいい音がしそうだ。提督がドアを開けて俺を中に入れた。

 

「さあ、どうぞ中へ」

 

「邪魔するぜ」

 

中に入ると、提督のオフィスみたいな部屋に、ソファが2つあったから、

俺は片方に腰掛けた。向かいのソファには提督と、妙な装備を外した長門……だったか?

二人が座った。そして、まず俺がこの妙な施設について疑問をぶつけた。

 

「なあ、ここが日本ってんなら、確か……自衛隊の基地ってことになるのか?」

 

提督は俺を見つめながら首を横に振った。

 

「残念ですが、ここに、この時代に、そのような部隊はありません。

なにしろ今は1940年代ですから。

あなたが“彼”と同じ時間から来たと仮定した場合の話ですが」

 

「なんだと!?年寄りからかうのも大概にしろ!

俺は沼から流されてここに来た、それだけだ!大体、“彼”って誰だ」

 

「イーサン・ウィンターズ」

 

「そんな野郎知らねえよ」

 

「……では、ルーカス・ベイカー」

 

驚いた俺は思わず立ち上がって提督を問い詰める。

 

「待て!なんで日本の軍人が弟の息子を知ってんだ!?

そういやガスマスクの野郎も言ってたな、ルーカスがなんかやらかしたってな!」

 

「その弟さんの名前はジャック。そして奥さんはマーガレット。間違いありませんね」

 

「なっ!……なんでそこまで知ってやがる。お前ら何もんだ!」

 

「我々は日本海軍。すべての疑問にお答えしますが……きっと辛い話になります」

 

「もったいぶらずにさっさと答えろ!」

 

「落ち着いてくれご老人!まずは座ってくれ!」

 

「俺はジョーだ!座りゃいいんだろ!」

 

立ちっぱなしだった俺は、ソファに座ってため息をついた。一体何がどうなってやがる。

なんで日本の軍隊が俺達のことを知ってんだ?

頭を抱える俺に、提督がゆっくりと語り聞かせるように状況の説明を始めた。

 

そいつが言うには、数ヶ月前にイーサンとかいう奴が、

俺みたいにこの海軍基地に流れ着いて、沼に現れたバケモノやジャック達と戦って、

B.S.A.Aとかいう連中と一緒に帰っていったそうだ。

そんで、弟たちが殺し合いする羽目になったのは、

ルーカスとエヴリンっていう人間型のバケモンの仕業だと。

 

エヴリンが放った変なカビのせいでジャックの家族はおかしな化け物になって、

人殺しを始めて、全員イーサンに殺されたらしい。

ついでにエヴリンもそいつに始末された、とのことだ。

 

「ちくしょう、なんてこった……しばらく会わねえうちにそんなことになってたとはな。

それじゃあ何か?俺ん家の周りをうろついてる、

バカでかい爪と牙を持ってるバケモンも、

エヴリンって奴のカビに感染した人間ってことなのか?」

 

提督が、頭を抱える俺を更に混乱させるような事実を突きつける。

 

「おっしゃる通りです。彼女が一から作り上げた個体もありますが。

イーサンによると、奴らはB.O.W。つまり有機生命体兵器と呼称されています。

そちらの世界では、B.O.Wを使ったテロが頻発しているとか。

あと、ご家族については……お気の毒ですが、本当の話です。

更に言えば、我々は深海棲艦というB.O.Wとも戦っています。

この世界では海の約9割を奴らに奪われました。

通常の艦艇では歯が立たない連中に対抗できるのは、隣にいる長門君のような艦娘だけ。

艤装を身に着け、自由に海を駆け、戦う力を持った彼女達でなければ不可能なのです」

 

俺は、ソファに大きくもたれて、天井を見上げた。

 

「もういい。BOWだの艦娘だの深海だの、知ったこっちゃねえ。

ジャックは……死んだんだな?」

 

「……はい」

 

「その、イーサンって奴はどうやって帰ったんだ」

 

「世界間の移動手段を突き止めたB.S.A.Aに救出され、帰っていきました。

ここに来る時に、何かおかしな映像を見ませんでしたか?」

 

「ああ。ずっとカラーバーが映ってるクソつまんねえビデオなら見たぜ」

 

「では、間違いありません。彼らも同じ方法で世界の壁を超えてきましたから。

この事件で助かったのは、イーサン・ウィンターズ、妻のミア、

そしてゾイ・ベイカーの3人だけです」

 

その名を聞いた瞬間、俺の心に光が差した気がした。

俺はまた立ち上がって、まくし立てるように提督を問い詰める。

 

「おい、今ゾイって言ったな!?ゾイは助かったのか?ゾイは俺の姪っ子だ!

あの子は今どこでどうしてる!」

 

「落ち着くんだ、ジョー!」

 

「大丈夫、慌てないで。彼女は無事です。一度はカビに感染しましたが、

イーサンと協力して血清を作成し、カビの除去に成功しました。

彼女はここには転移しませんでしたので、今もあなたの世界で生きているはずです」

 

「そうか。そいつは、何よりだ……」

 

なんでこんな事になったのか、正直よくわかってねえ。だが、大事な家族が生き残った。

姪が生きていてくれた、それだけでもう十分だ。

多分こいつらが言ってることも本当で、俺は70年前に来ちまったんだろう。

どの道もう長くねえ。

70年後に帰ろうだの、世界を飛び越えようだの、ジタバタする気はねえよ。

俺は立ち上がったついでに部屋を出ようとした。

 

「じゃあ、俺は行く。あばよ」

 

「待つんだ、ジョー。どこへ行く気だ!」

 

「別に行くアテはねえ。どっかの山奥で虫やら草やら食べて生きていくさ。

今まで通りだ。何も変わらねえ」

 

「逃げるのかい」

 

その時、俺を止めようと追いかける長門と対象的に、提督が座ったまま言いやがった。

 

「ふん、若造が舐めた口利くんじゃねえ。俺はどこでだろうと生きていける。

それだけだ」

 

「ゾイ君と再び出会う努力を放棄して?」

 

「わかったようなことを言うなと言ったはずだぞ、おい!

俺は誰の世話にもなるつもりはねえ、これまでも、これからもだ!!」

 

俺は提督の胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。

長門が俺に手を伸ばそうとするが、今の俺に近寄ったら、女だろうとぶっ飛ばすぞ。

 

「確かに我々には、あなたを元の世界に帰還させる手立てはないかもしれない。

だが、前例に基づく知識、つまりヒントのようなものはある。

誰の手も借りずにひとりで生きていくより、ここに滞在しながら

帰る方法を探すのが勇気だと私は考える。彼がそうだったように!」

 

「タダ飯食らいは性に合わねえんだよ!もういい、表に出ろ!人様の生き方に……」

 

だが、その時バカみたいにうるせえサイレンが外から聞こえたと思うと、

続いてスピーカーから警告が聞こえてきた。

 

《非常事態発生、非常事態発生!B.O.Wの再出現を確認!総員第一種戦闘配備!

直ちにB.O.Wの迎撃に当たれ!これは訓練ではない、繰り返す……》

 

「何故だ、イーサンの帰還と同時に姿を消したというのに!提督、ご指示を!」

 

「やはり、再び現れてしまったというのか……」

 

「なんだなんだ?何が起こってる、説明しろ!」

 

「恐らくあなたの世界のB.O.Wも同じく転移してしまったのです。

外はあなたの世界の怪物であふれているはず!」

 

「そうかよ。なら、やっぱり俺は行くぜ」

 

「待つんだジョー!B.O.W相手に手ぶらでどう対処する気だ!」

 

「両手で対処するに決まってる。お前らも急げ。自分ちがぶっ壊されても知らねえぞ」

 

「待ちたまえジョー!……行ってしまった。長門君、君も急いでB.O.Wの迎撃を!」

 

「了解!」

 

俺はうるさい連中を残して部屋を出ると、階段を下りて、屋敷のドアを開いて外に出た。

あちこちから聞き覚えのある、うめき声が聞こえて来る。さあ、どいつから片付ける。

あの倉庫あたりが臭えな。行くとするか。

 

 

 

その時、駆逐艦・高波は、

ブレードモールデッドとノーマルモールデッド一体ずつと対峙していた。

その目に恐怖ではなく闘志を宿して。

12.7cm連装砲でノーマルモールデッドの頭部を狙う。

 

「高波、もう逃げません!あの人が、勇気を残していってくれたから!」

 

落ち着いて照準を合わせ、発砲。

右腕に装着したコンパクトな砲から放たれた砲弾が、

ノーマルモールデッドの頭部を正確に捉え、着弾。粉砕。

 

「やった……!高波も、戦えるんだ!」

 

しかし、残ったブレードモールデッドが高波に迫る。

急いで再装填する彼女だが、既にB.O.Wは巨大な刃と化した右腕を振り上げていた。

その姿を目の当たりにし、思わず思考が停止し、身体が固まってしまう。

……もう、ダメ!彼女が死を覚悟したその時。

 

 

「子供に何してやがるクソ野郎!」

 

 

綿のシャツに、胴まで覆うゴム製の防水服を着た老人が、

ブレードモールデッドに飛びかかり、強烈な拳を叩き込んだ。

頭部に岩のような拳を食らったB.O.Wは思わずふらついて、大きくよろめいた。

 

 

 

どうにか間に合ったな。この子達が持ってる模型、本当に兵器だったんだな。まあいい。

とっととコイツをぶち殺さねえと。全力の右ストレートで体制を崩したが、

こっちに狙いを変えてきやがった。それでいい。さあ、やろうぜ!

俺はファイティングポーズを取ってバケモンと向き合う。

 

「出てきやがったな、この黒カビクソ野郎めが!」

 

奴が刃物みてえな右手で俺をぶった斬ろうとするが、遅えんだよ!

すかさず俺は右フック、左フックを交互にぶちこんで、

反撃の隙を与えず集中的に頭部を狙う。

何もできずに俺も連撃を受け続けるだけのバケモンが、とうとう足を滑らせて、

後ろに倒れ込んだ。へっへ、チャンスだ。

俺はそいつが立ち上がる前に駆け寄って、そいつの頭を──

 

「ふん!」

 

踏み潰した。汚え血と肉片を撒き散らして、

神経の反射だけでビクビクと少しの間身体を動かしたら、奴は動かなくなった。楽勝だ。

おっと、子供はどこだ。いたいた。緑の髪ってのは珍しいな。染めた様子でもねえ。

なんか、まばたきもしねえで俺を見てるが。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫か」

 

「おじいさん、素手で、B.O.Wを……」

 

「怪我は、ないみたいだな。ガッツのある戦いぶりだったが、

ひとりで複数体を相手にするのは頂けねえ。時には退くのも肝心だ。わかったな」

 

「……え?あ、はい」

 

「連中、他にもいるはずだ。どっかで見なかったか?」

 

「ええと、やっぱり北の宿舎が狙われてまして、先輩方が迎撃に」

 

「よっしゃ行くぜ!」

 

俺は女の子が指差した方へ走り出した。

なんか言いたそうに手を伸ばしたが、悪いが時間がねえ。

身を守る術はあるみてえだから、その子を残して北へ急ぐ。

 

 

 

艦娘宿舎前。

その頃、やはり赤城達正規空母や、武蔵を始めとした戦艦数人が、

B.O.Wの迎撃を行っていた。

 

「皆さん、無闇に突っ込まないで!あの時の戦いを思い出して!」

 

赤城は空に矢を放ち、上空で炸裂した矢を戦闘機に変化させて、

モールデッドの群れに機銃弾を浴びせる。

 

「偵察機の情報だと、この動き、やはりイーサンの時と同じです。

やはりこの場に戦力を集中して迎え撃つのが得策」

 

加賀は偵察機・彩雲を鎮守府上空と建物内に放ち、索敵を行う。

その時、一機の彩雲が敵影を捉えた。

 

「待って。やっぱり宿舎内にもB.O.W。あの時の肥満体もいるわ」

 

「ならば、私が行こう。15.5cm三連装副砲で反撃の間を与えず一気に吹き飛ばす」

 

そばにいた戦艦・武蔵が副砲で2体を一度に粉砕すると、

宿舎内部の敵の掃討を買って出た。

 

「お願いします。私達はここで宿舎への侵入を食い止め……えっ!?」

 

加賀の声に反応した皆は驚くべきものを見る。

 

 

 

カアァァ……と乾いた吐息を漏らしつつ、

宿舎の影から艦娘達の隙を窺っていた四つ足のB.O.W、クイック・モールデッドは、

背後から迫る存在に気づくことができなかった。彼はゆっくりと右足を持ち上げて、

 

「くたばれこの野郎」

 

何度もB.O.Wの背中を全力で踏みつけた。

背骨を折られ、身動きが取れなくなったところで、やはりとどめに頭を踏み潰す。

ジョーは満足げにニヤリと笑うと、戦いを続ける艦娘達に呼びかけた。

 

「おい、嬢ちゃん方!俺も混ぜろ!バケモン殺すのは得意なんだ!」

 

 

 

武器も持たず、不意打ちでB.O.Wを瞬殺した老人を、皆、呆気にとられて見ていた。

 

「私の眼鏡が曇っているのか?今、老人が怪物を踏み潰したように見えたのだが……」

 

「いいえ、現実。私も見ました。そしてこっちに話しかけてきました」

 

「きっとイーサンと同じ転移者です!皆さん、彼を援護しましょう!」

 

赤城がいち早く状況を飲み込み、再び戦闘機による攻撃を開始した。

敵は見えている範囲でモールデッドが約5体。まだ増援があると思ったほうが良い。

だったら。

 

「おじいさん!宿舎の中にB.O.Wがいます!彼らの掃討をお願いできますか!?」

 

“おう、任せとけ!”

 

「いいのか、赤城!?」

 

「武蔵さんは彼を守ってください!」

 

「そうは言うが……」

 

武蔵が戸惑っている間に、老人は宿舎に入り、間もなく激しい戦闘の音が聞こえてきた。

 

「ん~ああ、わかった!彼ひとりでは危険だろう」

 

そして、彼女もまた宿舎へ飛び込んでいった。

だが、老人を助けるべく、彼女達の家に舞い戻った武蔵が見たのは、

異様としか言えない光景だった。

 

「お前らみてえな奴を殺すのは素手で十分だ!」

 

建物内をうろつくモールデッドに、目にも留まらぬパンチを浴びせ、

遂に頭を潰してノックダウンした、漁師のような老人の姿だった。

 

 

 

とりあえず1階のは片付けた。今ので全部か?

いや、違うな。まだ奴らの気配がしやがる。

2階への階段を探そうとしたら、後ろから声を掛けられた。誰だ、うるせえな。

 

「待て、ご老人!きっと違うんだろうが、念のため聞いておく。

これは、全部お前がやったのか……?」

 

今度は眼鏡を掛けた白い髪の姉ちゃんだ。床に散らばったバケモンの死体を指差してる。

 

「他に誰がいるってんだ。奴らはまだいる。悪いが後にしてくれ」

 

「あ、ちょっと!私も行こう。お前一人では危険だ」

 

「好きにしろ。どっちがたくさん殺せるか競争だ」

 

喋りながら廊下を進むと階段が見つかった。姉ちゃんが慌てて追いかけてくる。

階段を上りきったら、またバケモンだ。俺に気づくとかすれた声を上げて威嚇してきた。

次の瞬間、ダッシュでそいつに駆け寄り、まず右フックを食らわせた。

 

奴らとの戦いは基本的には先手必勝だ。

牙や爪を使う前に、連続攻撃を叩き込んで反撃される前に殺し切る。

今度も左右交互のパンチを浴びせてバケモンから攻撃のチャンスを奪いつつ、

両腕を砕き、頭を潰す。

 

「おい、待て、ひとりで、挑む、のは、危険、だ?」

 

一撃浴びせる度になんか言いたそうにしてるが……へへっ、悪りいな姉ちゃん。

こいつは俺の獲物だ。最後の一撃を奴にお見舞すると、見事に頭が砕け散った。

ざまあみろ。

 

「俺の勘だとこの先に強力なのがいやがるぜ。遅れんなよ」

 

「待て待て待て!さっきから何をやってるんだ!B.O.Wを不意打ちで殺すわ、

奴らを素手で叩きのめすわ、やってることがメチャクチャだぞ!

そもそもお前は何者なんだ!」

 

「俺はジョー・ベイカーだ。いつもは沼地でワニ漁をしてるんだが……

提督って奴の話によると、俺は70年前の日本に飛ばされちまったらしい。姉ちゃんは?」

 

「戦艦・武蔵。ジョー、お前ひとりで行かせるわけにはいかない。危険すぎる」

 

「好きにしろって言っただろ。だが、俺を助けようなんて考えなくていい。

バケモン殺すことに集中しろ」

 

「ああ、待てと言っている!」

 

俺は構わず廊下をズンズン進む。

すると、数歩先の床にどす黒いヘドロが集まって、デブのバケモンが形になった。

 

「あいつは……!以前金剛を傷つけた奴と同じ個体!

ジョー、下がっていろ。ここは私が!」

 

「家ん中でそのでけえモンぶっ放す気か?俺に任せろ!」

 

武蔵が止める前に俺はダッシュでデブに走って、まずは一撃食らわせる。

流石にでけえな。大して効いてる気がしねえ。

すると、そいつはヴッ、ヴッ、と気持ちわりい声を上げてうつむいた。

危険を感じた俺はしゃがんでガードした。

次の瞬間、奴が物凄い勢いで周りにゲロを吐き出した。すげえ射程距離だ。

だが、おかげで足元にまでは届かねえ。

俺はゆっくり奴の周りを回りながらゲロを回避した。

 

よっしゃ、普通のパンチが効かねえなら必殺コンボだ。

俺は立ち上がって、またファイティングポーズを取る。

そして、左パンチ、右、そして右の連打から素早い連続ジャブを叩き込んだ。

今度は俺の猛攻に耐えかねたのか、デブが膝を付く。

その隙に、また俺は奴の頭を左右交互に殴り続ける。

 

だが、何してくるかわからん相手に、あんまりくっつき過ぎるのもよろしくねえ。

よろよろと立ち上がったデブから一旦距離を取る。

すると、奴が身体を震わせて体中から白い煙を上げる酸性のような体液を撒き散らした。

ヒュー、間一髪だ。

 

次は俺の番だな。

いちいち何かする度に一瞬立ち止まるノロマに一気に近づいて、またコンボをぶち込む。

今度は強烈な右、素早い左ジャブ、右フック、そして……

左ストレートでノックアウトだ!

 

全力の拳を食らったデブが悲鳴を上げてひっくり返る。

嫌な予感がした俺は廊下を急いで引き返した。

すると後ろから何かが爆発するような音がした。ボケっと見てねえで助かったぜ。

ん~……空気が落ち着いたな。もうバケモンはいねえだろ。

俺は武蔵って姉ちゃんに声を掛けた。

 

「帰ろうぜ。もうここに用はねえ」

 

「あ、うん」

 

俺達は階段を下りて、建物から出た。

しかし、時間を超えて日本にまでついてきやがるとは、

バケモン連中のしつこさには呆れるばかりだ。

 

 

 

襲撃してきたB.O.Wの群れを打ち払ったばかりの艦娘達は信じがたい物を見た。

これは悲劇なのか喜劇なのか。

無傷の老いた漁師がちょっと野暮用を片付けてきたといった感じで、

武蔵は困惑しきった表情で、宿舎から引き上げてきたのだ。

かつての悲劇を思い出した赤城が二人に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?怪我はありませんか?」

 

「お、心配してくれてんのか?怪我したのはバケモンだけだ」

 

「武蔵さんは?」

 

「ああ、なんと言うか、掃討を買って出たはいいが、全部ジョーが片付けてしまった。

……拳で」

 

はぁ!?

 

と、その場にいた全員が同じ声を上げ驚くというか呆れ返る。メチャクチャだ。

誰もジョーの戦果を讃えたり、ましてや尊敬する者などいなかった。

人間ならせめて銃を使え。それが皆の一致した意見だった。

一方ジョーは、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、

軽く皆に手を上げただけで本館へ戻ろうとした。しかし、そんな彼を赤城が引き止める。

 

「待ってください!」

 

「ん?どうした嬢ちゃん」

 

「あなた、異世界からいらしたんですよね?

そうじゃなきゃ一般人で外国の方がここに入れるわけありませんもの!

……イーサンという人はご存知ありませんか?彼は元気なんですか?」

 

「はぁ、またイーサンって野郎か。悪いがそんな奴は知らん。

ずっとジャングルの沼地で一人身だったからな」

 

「そう、ですか……」

 

「じゃあな。あんたらも若えのにバケモノ退治に駆り出されて苦労してんな。

身体には気をつけな。あばよ」

 

そして、皆の微妙な視線を浴びながら、ジョーは今度こそ本館へ戻っていった。

エヴリンによる悲劇が終息した世界で彼は何を見るのか。今はまだ何もわからない。

 

 



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Tape2; Survivalist of the Swamp

嬢ちゃん方の家らしき建物でバケモンをぶちのめした俺は、大股で歩き白い家に戻る。

別に奴らの世話になるつもりじゃねえ。あの野郎とはまだ話の途中だったからな。

また玄関をぶっ叩いてやろうと思ったが、今度は長門って姉ちゃんが、

ドアの前で両腕を組んで仁王立ちして待ってやがった。

声をかけようとしたが向こうが先に喋った。

 

「よう長……」

 

「ジョー、お前は一体何をしてくれたのだ!」

 

「あん?」

 

「既に偵察機からの情報が入っている!

素手でB.O.W殺すわ、肥満体を叩きのめすだの、

やりたい放題だったらしいではないか!」

 

「何怒ってんだよ。お前らだってあのバケモン連中は初めてじゃねえんだろ」

 

「方法を考えろと言っている!他の皆にどう説明すればいいのだ!?

異世界から来た、それはいい。前例があるからな。

だが、パンチ一つでB.O.Wの群れを殺しました、などと言ってみろ。

頭がおかしいと思われるのは私だぞ!」

 

「ああ……なんつーか姉ちゃんも辛い立場なんだな。同情するぜ」

 

「お前が言うんじゃない!」

 

「落ち着けって、とにかく中に入れてくれよ。

あの提督って奴と話を付けなきゃならねえ」

 

「当たり前だ!執務室でみっちり説教をしてもらうからな!」

 

長門は強引に俺を引っ張ると、執務室か?とにかく提督の部屋に連れて行った。

デスクに座ってた軍服が立ち上がってこっちに来る。

 

「提督、ジョーが帰ってきた。少しは思慮深い行動をするよう説得してくれ」

 

「ジョー、あなたが強いことは分かったが、無謀な行為は……」

 

「てめえこの野郎!」

 

今度こそ頭にきた俺は、長門の手を振りほどいて生っ白い野郎に殴りかかった。

が、その瞬間、長門に羽交い締めにされて拳が届かなかった。

なんだこりゃ、すげえ力だ。でも、俺の怒りは治まらねえ。

 

「おめえ、こんなところで何してやがった!ああん!?

女子供が戦ってる時に、自分一人あったけえ部屋で寛いでたのかって聞いてんだ!」

 

「やめろ、提督は指揮官だ!

彼に万一のことがあったら、鎮守府全体の機能が停止してしまうのだ!」

 

「いいんだ、長門君。彼を離してくれ。……ジョー。あなたが怒るのも無理はない。

殴って気が済むなら殴るといい。でも、約束してほしい。

今後は二度と命を投げ出すようなことはしないと」

 

「何を言うのだ、提督!」

 

「いい度胸だ、歯ァ食いしばれ!」

 

長門の拘束から抜け出した俺は、提督に拳を振り上げる。

その時、また長門が俺の腕を掴みやがった。なんだいちいち邪魔しやがって!

 

「やめろと言っている!提督に手を出すのなら、私とて容赦はせんぞ!」

 

「ならお前から相手だ!」

 

俺は、掴まれた右手をそのままに腰を落とし、背中に長門を乗せるようにして、

思い切り前方に身体を回した。

つまり背負い投げを決めて、提督に長門をぶん投げてやった。

 

「うわっ!」「ああっ!」

 

二人共デスクを巻き込んで派手に倒れる。いい眺めだ。

どっちも床に伸びて書類にまみれてやがる。

 

「どうだ、まだやるか!?」

 

「ううっ……あたたた。

会ったばかりのイーサンといい、どうして異世界から来るものは乱暴者が多いのだ」

 

「長門君、大丈夫かい?……ああ、腰を打ってしまった」

 

「ああ。提督は?」

 

「大丈夫だ、問題ない。ジョー、少しは暴れて気が済みましたか?」

 

「済むわけねえだろ。おめえをぶちのめすまではな!」

 

「いい加減にしないか!

本来ならこのような暴挙、銃殺刑に処されても文句は言えんのだぞ!」

 

長門が提督の前に立ちはだかって俺を睨みつける。いい目だ。

提督より、こいつとやりあった方が気分が晴れそうだ。両方の拳を構える。長門も同様。

俺達の間に鋭い緊張感が走る。両者、拳を振りかぶると、

 

「はい、ジョーも長門もそこまで」

 

「……了解」

 

チッ、提督の野郎だ。長門が構えを解いちまった。

やっぱりこいつから黙らせたほうがいいか?

どうせくだらない仲裁にでも入ろうとしてるんだろう、と思った。

だが、今度はなかなか面白そうなことを言った。

 

「ジョー。さっきも言ったが、あなたが強いことは理解できた。

では、その強さを我々に見せてほしい。

腕っ節ではなく、一切補給のない状況下での生存能力を、ね」

 

「どういうこった」

 

「つまり、この鎮守府の敷地内で一週間、生き延びてほしい。

この本館の外で、当然物資の提供も全くなし。

それであなたが今のように元気でいるなら、好きなように振る舞って欲しい。

私を半殺しにしてここを去るのも自由。

だが、ふらふらになってギブアップ、ということになれば……

当鎮守府の構成員となって帰還する方法を探す。どうだろうか」

 

「面白えじゃねえか。熟練のサバイバル術を見せてやる。後で吠え面かくなよ」

 

「では、決まりですね。長門君、彼を外にお送りして」

 

「こいつを、か?……はあ」

 

「いらねえよ!その代わり、外では勝手にやるからな!」

 

「もちろん、構いませんよ」

 

それで俺は、執務室から出て、海軍基地としては無駄に洒落た建物から外に出た。

空気がうめえ。俺は両腕を広げて深呼吸する。

落ち着いた所で改めて景色を眺めてみたが、へんてこな場所だ。

軍港の割には艦が入る場所が一箇所しかねえ。おまけにあんまり使ってる様子もねえ。

それになんだ?そこら中に散らばってるボロい木箱は。

近くにあるやつを適当に選んで一つ壊す。

 

軽く殴っただけでガラガラと崩れちまった。中になんか入ってるな。

こりゃ……金属製のガラクタだが、何にでも使い道はある。要は工夫だ。

こいつと適当な長いものがあれば……おっ、ちょうど良さそうな場所があるじゃねえか。

玄関前の広場の隣に、広い雑木林がある。さっそく広場を横切って林に向かった。

途中、すれちがう艦娘とかいう女の子が、

みんな俺を幽霊でも見るような目で見てきたが、どうでもいい。

 

おお、宝の山じゃねえか。

整備されてる歩道にはろくなもんがなかったが、道を外れた奥にはいいもんがあった。

頑丈な木の枝がたくさん転がってる。満足の行くまで拾った俺は、

さっそく、さっき拾った鉄クズと木の枝をポケットの紐でしっかりと縛り付ける。

なかなかだ。これでワニも殺せる投げ槍に大変身だ。

 

とりあえずの武器は完成した。

後は食いもんだが、イモムシでもムカデでもなんでも構わん。

雑木林から広場にかけて縫うように流れる川がある。

実はこいつには初めから当たりをつけていた。虫は湿気の多いところが狙い目だからな。

川岸に近づくと、2人の子供が遊んでた。こんな小さな子供までいやがるのか。

まだ小学校に入ったくらいじゃねえか。しかも、この寒いのに水着姿だ。

俺は驚きながらも、虫探しを始めた。

 

「邪魔するぜ」

 

「あっ!イーサンの仲間でち」

 

「パンチで怪物をやっつけちゃうおじいさん。ですって!」

 

「またイーサンの野郎か。悪いがそんな奴は知らん」

 

「ねー遊んでよぉ!そっちの世界のお話聞かせてほしいでち」

 

「ろーちゃんも!ろーちゃんも!」

 

「俺は、今夜の晩飯を探さなきゃならねえ。向こうで遊んでろ」

 

「そんなところにご飯なんてないよー」

 

「贅沢言わなきゃどこにでもあるもんだ。この石の陰は……いねえな」

 

「これあげるから遊んでよ~」

 

その時、ピンク色の髪をした女の子が一匹のザリガニを差し出してきた。

……おお、ありがてえ。

 

「俺に、くれんのか?」

 

「うん!かわいいでしょ!この川には上流からお魚さんやザリガニさんが……」

 

バリッ!と半分に割ってむしゃむしゃと食う。

 

「あ」「あ」

 

「悪くねえ。ありがとよ、うまかったぜ」

 

ザリガニを食い終えた俺は、ペッと殻を吐き捨てると、

思いがけず食い物を恵んでくれた子供に礼を言った。

だが、何にも返事がねえ、というより二人共その場で固まってやがる。

 

「あ、あ……」

 

「おい、どうした。悪いもんでも食ったのか?」

 

「うえええん!!ザリガニさんがー!」

 

「おじさんが食べちゃったー!!」

 

「どうした、なんだ、寒いのか!?」

 

「ながとさ~ん!」

 

「一体何だってんだ?」

 

いきなり泣き出した子供2人はどっか行っちまった。

まあいい、後はムカデ1匹くらい食べればエネルギー源は確保できる。

俺は気にせず濡れた岩や、苔の生えている辺りを探して、ようやくムカデにありついた。

毒のある頭をちぎって口に放り込む。まあまあだな、いつも通りだ。

食事を済ませると、遠くからでけえ声が聞こえてきた。

 

“ジョー!どこにいる貴様ァー!”

 

なんだよ、途中で邪魔すんのは反則だろうが。しょうがねえから返事をした。

 

「おい、何の用だ!俺はここだ!」

 

“そこかあぁ!!”

 

返事の返事が帰ってきてから3秒ほどで、鬼のような形相の長門が走ってきた。

怒りっぽい女だな。何がそんなに気に入らねえってんだ。

 

「よくもやってくれたな、ジョー!」

 

「なんだ?俺はお前らのルール通り、ここでサバイバルしてただけだろうが。

まぁ、滑り出しは順調だ。この分じゃ俺の勝ちは見えてる。

提督にも歯医者の予約を……って、なんだおい引っ張るな!」

 

「来い!」

 

「なんでだ。まだ丸々一週間残ってるだろうが」

 

「いいから来い!」

 

「わかったから手を離せ、この馬鹿力め!」

 

長門に続いて本館へ戻っていく。その途中もブツクサ文句を言ってきやがる。

 

「まったく!伊58と呂500が泣きながら私を呼ぶ声が聞こえたから、何事かと思えば……

ザリガニを食うとは何を考えている!」

 

「ザリガニは立派な食いもんだろうが」

 

「違う!」

 

「違わねえ。賭けてもいいが、茹でちまったら、お前だってエビと区別が付かねえ。

やってみろ」

 

「誰がやるか!」

 

「それはそうと、この辺にワニが出る池知らねえか?

一匹仕留めれば一週間楽勝なんだが」

 

「チャレンジは中止!お前を野に放ったのが間違いだった!

提督と今後の対応を協議する!」

 

「中止だぁ?そんな勝手が通ると思って……」

 

だべりながら歩いてると、いつの間にか本館の出入り口の前まで帰ってきてた。

長門が大きなドアを開ける。一度見た玄関ホールが視界に広がる。

ふん、相変わらず無駄に気取った造りだ。戦争する気あんのか、こいつら……ん?

おいおい、あれは!

 

「どうしたんだ、いきなり!」

 

長門を無視してそいつに駆け寄る。階段の脇に置いてあるそれは……間違いねえ!

俺のクーラーボックスだ!こん中には貴重な食料が詰め込んである。

思い切り蓋を開けると中には、ねえ。どうなってんだおい!

 

「今度は何なんだジョー……はっ!?なぜだ!

そのアイテムボックスは、イーサン帰還と同時に消滅したはずなのに!」

 

「てめえ、俺の食料どこにやりやがった!」

 

俺は目を丸くして近寄ってきた長門に掴みかかった。

せっかく仕留めたワニの肉がどこにもねえ!

 

「違う、それはイーサンの……」

 

「昨日さばいたワニ肉が一つ残らず消えてやがる!さてはお前ら食いやがったな!

それに、なんだあのガラクタは!代金のつもりか!」

 

「離せ、何を言っているのかさっぱりだぞ!」

 

「どうしたんだい、長門君!」

 

ちょうどいい。提督も下りてきたところだ。

この状況について説明してもらおうじゃねえか!

 

「提督、すまない。また例の箱が現れたのだ。それを見てジョーが急に騒ぎ出して……」

 

「あれは!……なるほど、ゴタゴタ騒ぎが続いて気づかなかった。

やはり転移者が現れると、あの箱もついてくる仕組みになっているらしいね」

 

「箱で思い出したのだが、あの木箱もまた出現していた。

ルーカスも死んだというのに、なぜ今頃になって……」

 

「二人だけで納得してねえで、何がどうなってるのか説明しろ!」

 

貴重な獲物を失った怒りを長門と提督にぶつける。

ちくしょう、2週間は食い物に困らない大物だったってのに!

 

「ああ、済まないジョー。

その箱は、アイテムボックスと言って、きっとあなたが持っていたものとは別のものだ」

 

「ふざけんな、どっからどう見ても俺の箱だ!」

 

「少し信じがたい話になりますが……」

 

そしたら、提督が俺のものにしか見えない緑色の箱について説明を始めた。

なんでも?これは例のイーサンが使ってたもので、色んな所にあって、外観も全く同じ。

変わってるのは、全部の箱の中身が共有されているってことらしい。

要するに、ここの箱に入れたもんが、よその箱で取り出すこともできるんだとよ。

 

「で、それを信じろって言いたいのかよ」

 

「人間一人が世界の壁を超えてきたのです。

箱の一つが転移しても不思議ではないのでは?」

 

「まぁ……そりゃそうだが」

 

「それに、まだ希望はあります。イーサンが転移してきた時、

その箱には様々な銃火器がありました。元々所持していなかったものまで。

彼はそれを活用してB.O.Wや深海棲艦、そして遂には変異したルーカスを退けたのです。

きっとその箱には、

所有者にとって必要なものが収められる仕組みになっているのでしょう。

まずは中身をよくご覧になってみては」

 

なんか提督に説き伏せられたみたいで気に入らねえが、奴の言うことにも一理ある。

見るだけ見てみるか。

俺はまたクーラーボックス、あいつらが言うにはアイテムボックスを開いて、

中身を確認した。どれも小さな付箋が貼られ、メッセージが書かれている。

 

「なになに……

ショットガンM21、“装弾数は少ないが強力なショットガン”いらん。

ムラマサ、“非業の死を遂げた刀匠の呪いの刀”こいつは獲物をさばくのに使えそうだ。

気色悪いピンク色の刃が気に入らねえが。

最後に……AMG-78α(アルファ)、“試作品につき取扱注意”こいつは一体なんなんだ?」

 

俺は、持ち上げるとガチャガチャ音がする、ロボットの腕みたいなガントレットを、

色んな方向から眺める。左手用らしいが、なにができんだ、これ?

とりあえずはめて手を握ってみる。ん?……なっ、なんだこいつは!

手の甲にある円形のコアから、駆動音と共にガントレット全体に、

青緑に光るエネルギーが行き渡る。

 

《装備完了》

 

喋りがった!こりゃあ……なんだか面白えぞ!ガントレットをはめた左腕が軽い。

というより、筋力が爆発的に上がったような気がする。さらに拳を握ってみる。

 

《チャージ開始》

 

「チャージ開始だ?おい、これ、どうなってんだ!」

 

いきなり俺の許可なくチャージを開始しやがったAMG-78αのやり場を求めて、

長門達に近寄る。膨大なエネルギーを内部に蓄えて、ブルブル震えてるんだが!

 

「ま、待て、ジョー!それは何かマズい気がする!とりあえず私達から遠ざけるんだ」

 

「うむ、その通りだ!話せばわかる!」

 

薄情な連中め!

その時、グォン!とガントレットが、更にエネルギーをチャージしやがった。

 

「なんなんだこりゃ、くそ、外せねえ!」

 

《チャージ完了》

 

やべえ、俺の筋力を限界まで増幅して破裂寸前だ。

気を抜いたら、多分このホールがぶっ壊れるほどの一撃が炸裂する。

なんか、こいつのエネルギーを逃がせるもんはねえか?俺は周りを見回す。

足元には……頼む、壊れんなよ。頑丈だから大丈夫だよな!

 

俺は、アイテムボックスにフルチャージした左拳を叩き込んだ。

箱は壊れなかったが、物凄え衝撃波が走り、階段手すりの細い支柱が砕け、

ホール全体の窓ガラスが、風圧で割れんばかりに揺さぶられ、ガタガタと音を立てる。

 

嵐が過ぎ去ったホールに静けさが戻った。長門も提督も尻もちをついて俺を見てやがる。

ざまあみやがれ。うん、こいつは気に入った。魔法の左手を手に入れて、

シャドーボクシングをする俺に、立ち上がった提督が話しかけてきた。

 

「は、はは……イーサン同様、強力な武器が手に入ったようですね。

どうですか、せっかく手に入れたその力。

姪御さんと再会するために使ってみる気はありませんか。彼がそうだったように」

 

「……なんでだ」

 

「はい」

 

「どうしてそこまで俺に構う。ただの流れもんに過ぎねえジジイに」

 

アイテムボックスの縁に手をついて誰ともなしに呟いた。

初めはこいつをぶっ飛ばす気だったが、馬鹿騒ぎのせいで頭が冷えたっていうか、

一番基本的なこと思い出したぜ。

 

「彼に、教わったからです。逃げない勇気を。

きっとあなたにしてみれば、“知った事か”でしょうが、彼はどんな窮地に陥ろうと、

また、自らもB.O.Wの力に飲み込まれそうになりながらも、必死に戦い、

我々の元へ帰ってきてくれました。

その姿に、私や艦娘一同、どれだけの影響を受けたことか。

確かに時には退くことも肝心ですが、今は立ち向かうべきだと私は考えます」

 

また、イーサンか。どんな野郎だったかは知らねえが、

よほどこいつらの頭の中に残るほどの修羅場をくぐったのは間違いないらしい。

若いもんには負けたくねえ。……俺も、いっちょあがいてみるか。

 

「お前をぶっ飛ばすのは止めにする。その代わり、寝る場所を貸してくれ。

そこのベンチで構わねえ」

 

「もちろんですジョー。

3階のかつてイーサンが寝泊まりしていた客室を使ってください」

 

「それと!食事は1階の食堂で取るんだぞ?鳳翔には話を通しておく。

0700・1200・0600の3食だ。だから、もうザリガニを食うのはナシだぞ。

他の艦娘が怖がる」

 

「ザリガニはうめえと思うんだがな……」

 

「うまくない!……食べたことはないが」

 

そんなこんなで、俺はこの変な軍事基地で厄介になることになった。

二人に3階の客室に案内されて、提督に鍵を渡された。

 

「今日からここが、あなたの仮住まいだ」

 

「恩に着るぜ」

 

「足りないものがあれば、私か長門君に言ってください。

今日のところはお疲れだろうから、ゆっくり休んでほしい」

 

「ああ。夕食はもう済ませたからな」

 

「ん、それは、何よりです……それじゃ、今日はごゆっくり」

 

「あんたもな。それじゃあ」

 

俺は提督から受け取った鍵で、部屋の鍵を開けた。

中に入ろうとすると、階段を下りる提督達の会話が聞こえてきた。

 

“ザリガニを食べたって本当かい?”

“ああ。でなければあの二人が大泣きする理由がない。もしかすると他にも何か”

“彼の生存能力は並外れているな”

“下手な兵糧攻めやハッタリは逆効果だ。こっちが右往左往する羽目になる。

 ジョーについては皆にどう伝える?”

“今度は初めからありのままに全てを伝えようと思う”

 

人を珍獣みたいに言いやがって。ザリガニはな、ご馳走なんだ。覚えとけ。

心の中で言い聞かせて部屋に入る。なかなか立派じゃねえか。

イーサンって奴はここでどんな生活送ってたんだろうな。

 

ふとテーブルを見ると、妙なものがあった。携帯式の無線機かラジオみたいなもん。

それと、不思議な素材でできたブーツ。手にとってみると、触ったことのない感触で、

引っ張ってみると、大きく伸びる。ちょっと履いてみるか。

……おお、長靴の上からでもぴったりだ。どっちも役に立ちそうだな。

しばらく借りとくぜ。

 

ひとしきり部屋の中を見て回ると、暴れまわった疲れが今更出てきたのか、

なんだか眠くなってきた。今日はもう寝る。

俺はベッドの上に大の字になって寝転がった。

……しかし、帰るつってもどうすりゃいいんだ。

都合のいいことに、ガスマスク野郎のペンライトは手元にはなかった。

提督は前例があるって言ってたな。その辺も明日聞いとくか。

身の振り方について考えてるうちに、いつの間にか俺は眠っていた。

 

 



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Tape3; Bloody Ocean

夜が明けた。

ベッドから跳ねるように飛び起きた俺は、室内の手洗い場で顔を洗おうとした……が。

昨日、風呂も入らないで寝ちまったことに気がついて、

ユニットバスでシャワーを浴びた。

だが、浴室から出ると、今度は着替えがねえことに気づいた。

ジャングルの中なら何日着っぱなしでも構わねえが、

人が集まるところに出るからには最低限の身だしなみは整えなきゃならねえ。

俺にだってそのくらいの常識はある。あるんだよ!

 

コンコン。

 

湯船に湯を溜めてシャツを洗ってると、誰かがドアをノックした。おい、どうするよ。

さすがに俺でも、腰にバスタオル1枚で人と会うほど人間やめてねえぞ。

しょうがねえからドア越しに返事する。

 

「おーい、誰だ。ちょっと今、着替えがなくて出られねえ。後にしてくれねえか」

 

「駆逐艦・巻雲です~だいじょうぶですよ!お着替えと洗濯かごをお持ちしました。

外に置いておきますんで、それを着てくださいね!

着たものは洗濯かごに入れといてください。こちらでお洗濯しますんで」

 

「ああ、そりゃ済まねえな。ありがとよ」

 

「それでは、巻雲は失礼するです!」

 

トテトテと小さな足音が遠ざかったタイミングで少しドアを開ける。

外には真っ白なシャツとジーンズ。そして赤い洗濯かごがある。

さっそく俺は清潔な服に着替えて、上からいつもの漁師服を着た。

どうせすぐ汚れるから、いつもは泥の付いた服を何日も着てるが、

やっぱり新しい服は気持ちがいい。

洗いかけの服を外のかごに放り込むと、俺は食堂へ向かった。

 

やたらと広い食堂には、

やっぱり戦艦を模した武器を装備した女の子がうじゃうじゃいる。

俺が足を踏み入れると、やかましくお喋りしてた艦娘って子らが急に静まり返って、

ヒソヒソと会話を始めた。

 

“イーサンの次の転移者って彼?”

“そう。私、彼が笑いながらB.O.W踏み潰してるところ見たもん!”

“怖い人なのかしら……”

“ザリガニ食べたって本当?”

“マジマジ。ろーちゃんとゴーヤがまだ怖がってる”

 

だからな、丸聞こえなんだよ。それと、何度でも言うぞ。ザリガニは、食べ物だ!

俺は構わず、配膳コーナーで皆が持ってるトレーに忙しく飯を置いてる、

えんじ色のキモノを着た女性に声をかけた。

 

「忙しいところすまねえ。

ジョー・ベイカーっていうんだが、提督にここに来れば食事がもらえるって聞いてきた」

 

すると、女性はニッコリ笑って答えてくれた。

 

「はい。提督からお話は伺っています。私は軽空母・鳳翔と申します。

よろしくお願いしますね。食事はそちらのトレーをお取りになって、

列に並んで順番におかずを受け取ってください」

 

「ああ、これか。ありがとう。しばらく世話になるぜ。よろしくな」

 

俺は積み上げられたアルミのトレーを1枚取ると、

艦娘に混じって一品ずつ並べられた食事を乗せていった。

最後の白飯を受け取ると、静かに食いたい俺は、人の少ない長テーブルの端に座る。

まずは牛乳瓶の栓を外して一気に飲み干す。

 

それで、ようやく食事を始めることはできたが……

くそっ、日本の箸ってもんが使いづらくてしょうがねえ。

いっそ手づかみで食ってやろうかと思ったが、長門に知られると多分またうるせえから、

我慢して二本の棒で、ただただかきこむ。

 

うめえ。なんて料理かはわからんが、誰かが作った飯を食うなんか何年ぶりだ?

魚の炙り焼きに、黒い海藻かなんかを甘く煮たやつ。おっと、これはミソスープだ。

俺が和の朝食を味わっていると、誰かがテーブルの隣にドスンとトレーを置いて座った。

周りを見るが、空いてる席はたくさんある。

わざわざジジイの隣に座らなくてもいいと思うんだが。

 

そいつの格好を見るがやっぱり変だ。

変な耳あてと眼帯着けて、腰に刀ぶら下げてやがる。

俺を見てるから、なんか話したほうがいいのかと思って口を開こうとしたら、

そいつが、開口一番わけのわかんねえことを言い出した。

 

「お前……イーサンに暗殺拳の極意を伝授した師匠だろう!」

 

「はあ?何言ってんだお前。

提督に、俺と奴は無関係だって皆に連絡しといてもらわねえとな。とにかく関係ねえ」

 

「隠したって無駄だぞ!

聞いたぜ、昨日あんた素手でバケモン何匹もぶっ殺したってな!」

 

「そりゃあ……事実だが、やっぱり知らねえよ、そんな奴。大体お前は誰なんだ、一体」

 

「オレの名は天龍!深海棲艦との戦いに明け暮れる人生を送るうちに、

いつの間にか……フッ、身体が強さを求めるようになっちまったぜ」

 

「よくわからんが、俺はジョー・ベイカーだ。お前、ファミリーネームは?」

 

「軍艦の転生体である艦娘にそんなもんはねえ。生前の艦の名前が全てさ」

 

「ますますわけわかんねえが……まぁ、戦い方のコツくらいは教えてやれる」

 

「本当か!?」

 

ミソスープを一口飲んでから、自分なりにまとめた戦い方の説明を始めた。

 

「ああ。まずその1。連中、ボディは丈夫だが頭はもろい。殴るなら頭だ」

 

「ほうほう」

 

「その2。バケモノに左右のパンチを連続ヒットでぶちのめす。

左・右・右の連打で素早い連続ジャブ。右・左・右から左ストレートでノックアウトだ」

 

「なるほど!」

 

「その3。奴らが倒れたら、頭を踏み潰してトドメを刺す」

 

「おお、豪快だな!」

 

「その4。

こちらに気づいてないマヌケには、背後からしゃがんで忍び寄れば簡単に始末できる」

 

「正面切っての戦いもいいが、気配を殺して暗殺ってのもなかなかスマートな感じだな」

 

「まあ、こんなところだ。深海なんちゃらってのがどんなバケモンかは知らねえが、

形は人間に近いって提督から聞いたから、多分応用も利くだろう」

 

「サンキュー!……そうだ、今度の出撃、お前も来いよ!提督に頼んでさ。

今言った戦法、実際に手本を見せてくれよ!

そのブーツ履いてるってことは、もう行く気満々なんだろ?」

 

「ん、これか。こいつがどうかしたのか?部屋にあったから借りてるが。

いい具合に滑り止めになるんだ」

 

「なんだ知らねえのかよ。イーサンもそれ履いて戦ってたんだぜ?」

 

「どういうこった」

 

「そのブーツはな……」

 

天龍って女がこのブーツについて説明してくれた。

なんでも、こいつは艦娘と同じように水の上を走れるようになる、すげえ靴らしい。

なんで70年前にそんな便利なもんがあるんだよ。

科学が進んでるのか遅れてるのかさっぱりだ。

そもそも艦娘ってもんをよく分かってねえんだが。

 

「確かに、深海棲艦ってバケモンがどんな奴かは気になるな……」

 

俺は黒いやつの煮物を平らげて、少々考え込んだ。

深海棲艦ってB.O.Wがこの世界にへばりついて、

人様を困らせてやがるって話はもう聞いた。……狩りの腕が鈍ってもいけねえ。

 

「よし、黙って行くと長門がうるせえ。提督に許可もらいに行こうぜ」

 

「よっしゃー!」

 

それで、俺達は急いで残りの朝食をかきこんで、執務室に向かった。

 

 

 

──執務室

 

「却下する」

 

予想はしてたがやっぱりそうか。提督は執務室を訪ねた俺達の陳情を一言で切り捨てた。

 

「なんでだよ!ジョーはイーサンの師匠で、並の砲撃じゃ絶対倒れねえんだよ!」

 

「天龍は黙っていろ。ジョー、お前も一体何を考えている。

深海棲艦は昨日のB.O.Wとは訳が違う。

大口径砲や魚雷、果ては航空機で空から攻撃してくる生きた戦艦なのだぞ。

今度こそお前の拳では歯が立たない」

 

「昨日言っただろう、タダ飯食らいは性に合わねえって。

だからそのB.O.W……だったか?バケモン退治にも手を貸す」

 

「ジョー。あなたには深海棲艦ではなく、

昨日現れたモールデッドの対処に当たってもらいたいと考えています。

それにあなたにはやるべきことがあるはずです。

帰還の方法を探し、姪御さんと再会すること。

昨日心に決めたばかりの誓いを、もうお忘れですか」

 

「忘れちゃいねえ!忘れるわけがねえ。だが……」

 

そりゃあ、俺だって遊び半分でこんなこと言ってるわけじゃねえ。

ただ、情報が欲しいんだよ。帰還に繋がる情報が。

そのヒントが、深海棲艦とやらにあるかもしれねえじゃねえか。

 

「ゾイの無事を確かめるためなら、俺は何だってする」

 

提督が、俺の目をじっと見ると、ひとつため息のように息を吐いた。

 

「では、座ってお話しましょう。イーサンの物語について。

どの道、今日全てお話する予定でした」

 

「ああ、頼む」

 

俺がソファに座ると、天龍も隣に座った。正面には提督と長門が座る。

長い長い物語が始まった。イーサンが現れたのは数ヶ月前。

そいつがここに来たときも、やっぱりB.O.Wが襲撃してきて、

イーサンは銃を使って撃退したらしい。

 

B.O.Wってのは、怪しい組織に作り出されたエヴリンっていう人間型B.O.Wが放つ、

カビに感染した奴らの末路。

エヴリンがカビを練り上げて一から作ったのもあるらしいが。

で、甥のルーカスがどう関わったっていうと、奴がイーサンを送り込んだ張本人で、

俺が見たようなビデオを見せて、自分を異世界の人間だと思い込ませることで、

意識ごとこっちの世界に飛ばしたそうだ。

 

その後も次々カビに感染したジャックやマーガレットを送り込んで、

ゲームを楽しむように殺し合いをさせてたんだと。

結局最後は、自分を蝕んでいたカビを制御したイーサンに、

ロケットランチャーを食らってぶっ殺されたらしい。

 

「ちくしょう!しっかり教育しねえからそんなことになるんだ、ジャック!」

 

思わずテーブルを殴る。何年も会わねえうちにそんなことになっちまってたとは……!

 

「落ち着いて。あなたのせいじゃない」

 

「いいや、俺がもっと顔を出しときゃこんな事態は防げたんだ……」

 

「ジャングルの沼地で生活をしていると聞きましたが、なぜ、そのような生活を?」

 

「元々俺が人嫌いなとこがあるし、

ジャックとも昔からあんまりソリが合わなかったからな。

余生は誰もいないところで隠居することにしたんだ」

 

「そうでしたか……では、まだお話していなかったことを。

実はここにいる長門君や天龍君は、人間ではないのです」

 

「なんだと!?」

 

「彼女達が艦娘という存在であること自体はお話ししたと思います」

 

「ああ!なんか今日部屋に来た子や鳳翔って人が、

駆逐艦だの空母だの言ってたから気にはなってたんだ!」

 

「彼女達は深海棲艦と戦うことを使命とする、作られた存在、“艦娘”。

ここにいる女性は全て艦娘です」

 

「なっ……信じられっか、そんなこと!

明らかに自分の意志で喋ってるし、見た目も動きもロボットなんかじゃねえ!

……そうだ、こいつが”転生体”だの”生前の艦”だの意味不明なこと言ってたな。

そんときは変な野郎だと思って聞き流してたんだが」

 

「流してたのかよ、おい!野郎じゃねえし!」

 

天龍の抗議を無視して立ち上がろうとする俺を、提督が押しとどめる。

 

「そう、皆は在りし日の軍艦に宿っていた魂に、各種資材を投入し、

人の形を与えた存在なのです。

そして、もうお話しした通り、深海棲艦に対抗できるのは、彼女達だけなのです」

 

「くそっ、人まで造りやがるとは、この世界はどうなってやがる」

 

「詳しいシステムをお知りになりたいなら、工廠へご案内します。

明石君には、こちらから連絡を」

 

「いや、いい。どんな生まれ方したのかは知らんが、

天龍や長門が作り物だとは、どうしても思えねえ。

俺は、自分の目で見たものしか信じねえ。

だから、目の前にいる二人の、人としての存在を信じる」

 

「ジョー……」

 

「はっはっ!いいこと言うじゃねえか、ジョー!」

 

「天龍」

 

「はい」

 

俺の背中をバシバシ叩く天龍を、長門が目で黙らせた。だが、肝心な話がまだだ。

 

「それで提督。結局行かせてくれるのか、くれねえのか」

 

「許可できない」

 

「なんでだ!言ったじゃねえか、俺には情報がいる!元の世界に戻るためにな!

そのためにはこの世界のB.O.Wについて知る必要があるんだよ!」

 

俺は必死に訴える。さっさと帰ってゾイと会って無事を確かめなきゃいけねえのに、

こんなところで足踏みしてられるか!提督も眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

ただ俺はじっと待つ。すると、一言つぶやいた。

 

「護衛を付ける」

 

「なに?」

 

「目的はあくまで情報収集、出撃海域は鎮守府正面海域。護衛の艦娘5人を付ける。

夜戦は絶対厳禁。これが、最大限の譲歩です」

 

話のわかる奴じゃねえか!ぶっ飛ばさなくてよかったぜ!

隣の長門が、やれやれと言いたげに小さく首を振っている。

 

「ありがとよ提督!本当に、ありがとよ」

 

「提督のお気持ちを裏切るような結果を招くんじゃないぞ。

それと天龍!ジョーをけしかけた責任だ。お前も付き添うように」

 

「おう、任せてくださいよー!へへっ、これでジョーの必殺拳はオレのもの……」

 

「遊びではないのだぞ!彼の命を預かっていることを忘れるな!」

 

「わわわ、わかってますって!」

 

「うむ、では出発は1時間後。南の桟橋に集合だ。

それまでに他のメンバーを選抜しておく。

ジョー、今回あなたが行くところは、ほぼ安全な海域だが、

くれぐれも油断なさらないよう」

 

「ああ。俺は人の信用を裏切る男じゃねえ。じゃあ、俺も支度があるからもう行くぜ」

 

「気をつけて」

 

「あ、待ってくれよー!」

 

退室した俺達は、本館の出入り口前に居た。

天龍は嬉しそうだが、提督の言ったとおり、俺に取っちゃ深刻な問題だ。

 

「やったなジョー!これで海に出られるぞ」

 

「なんとかなった。深海棲艦は初めての獲物だからな。よろしくな、天龍」

 

「心配いらねえよ。オレ達が行くところは、

生まれたての艦娘が練度を上げるための、訓練場みたいなとこだ。

雑魚しかしねえから、深海棲艦への探りとしてはちょうどいいんじゃねえか?」

 

「そうか。ならいいんだが。また1時間後に会おうぜ。色々準備が必要だ」

 

「ああ!オレも艤装のチェックして時間潰しとく。またな~」

 

そこで俺は一旦天龍と別れた。さて、狩りの準備を始めるとするか。

まず俺は、周りを見回して、目につく木箱を壊して回った。

大量の鉄クズ、薬液3つが手に入った。

ん?よく見たら昨日壊したはずの木箱が元に戻ってやがる。

つくづく訳の分からねえ世界だ。壊すと4つ目の薬液。

 

ちょっと遠くまで来すぎたな。気づいたら、昨日ザリガニ騒ぎがあった林の中にいた。

そこにも木箱一つ。あれで終わりにするか。

殴り壊そうと拳を構えた瞬間、何か嫌な予感がした。なんか怪しいな。

中からカチカチと時計みたいな音がする。

そしてよく見ると、近くの木に細いナイフが刺さってる。抜いて手に取ってみた。

 

武器にもならねえ生活用品レベルだが、前にも言ったように物は使いようだ。

俺は木箱から十分距離を取り、周囲に誰もいないことを確認してから、

木箱にナイフを投げた。すると、ナイフが刺さった瞬間、木箱が爆発。

危ねえ、誰の仕業か知らねえが、中にはトラップもあるってことか。

無闇に壊しまくるのはよそう。

 

もう時間だ。俺は本館に戻り、アイテムボックスの前にいた。

蓋を開け、まずムラマサを取り出す。上手く深海棲艦の死体が手に入ったら、

こいつで解剖して沼地のB.O.Wとの違いを調べる。

AMG-78α。昨日はこいつでえらい目に会ったが、武器としては頼りになる。

また左手に装着すると、全体にエネルギーが行き渡り、

 

《装備完了》

 

やっぱり左拳の威力が格段に増しているのがわかる。

海は艦娘のホームグラウンドだが、これがあれば足手まといにはならないだろう。

ショットガン?いらん。続いて俺は、さっき拾った物資で武器を作り始めた。

昨日大量に拾った木の枝と鉄クズで投げ槍数本。

それと、長門に見つからないよう、こっそり捕まえたイモムシやムカデをすりつぶして、

薬液と混ぜる。こいつが効くんだ。裏のゴミ置き場で見つけた空き瓶に詰める。

回復薬の完成だ。

 

へへっ、最後がお楽しみ。火薬のいらねえ爆弾だ。まず、木の枝を一本バキバキに折る。

そして、鋭く尖った木片を、長細く切った木の板を曲げて包みながら薬液をかける。

すると、空気に触れた薬液が、接着効果を持って木に染み込んで固まり、

弾けたら痛そうな爆弾に早変わりだ。

設置して、その辺の石ころか何かをぶつけてやれば、木の板が剥がれた勢いで、

物凄い勢いで木の刃を撒き散らす。材料が木だからって馬鹿にはできねえぞ。

モールデッドって言ったか?あいつらをまとめてひき肉にできる威力はある。

 

さあ出撃だ。俺は本館を後にして桟橋に向かった。

見通しがいいところだから迷わず桟橋にたどり着けた。

長い木の床の先には、もういくつか人影が見えてる。

ゴトゴト足音を立てて近づくと、徐々に姿がはっきりしてきた。

俺は天龍達に声をかけた。

 

「悪い。待たせちまったな」

 

「よう、これで全員集まったな。

良く考えたら、オレも久しぶりの出撃なんだよな。腕が鳴るぜ!」

 

「心配しないで、定刻通りだヨー!ミスタージョー、私は金剛!

今日は私達がエスコートするから、安心して戦ってネ!」

 

「ジョーでいい。今日は俺のためにわざわざ済まねえな。よろしく頼むぜ」

 

「赤城です。昨日の騒動の時にお会いしましたね。どうぞよろしく」

 

「こっちこそな。なんとか手がかりを掴みてえんだ。協力してくれ」

 

「航空戦艦・日向だ。

あの海域にこの編成は少々大げさな気もするが、生身の人間がいるならやむを得まい。

今日は私が旗艦を務めるが、まあ我々は必要ないだろう。好きに暴れるといい」

 

「戦う武器ならある。足手まといにはならねえ。よろしくな」

 

「龍田だよ~天龍ちゃんが勝手な事したから姉妹艦として連帯責任だって。

天龍ちゃん、後でね?ウフフフ……」

 

「うっ、今夜はどっかに隠れねえと……」

 

「……まぁ、とにかくよろしく」

 

柔らかい雰囲気で凶暴な何かを隠してやがるな……

とにかく、メンバー全員に挨拶を済ませると、俺達は海に降り立った。

艦娘達はいつも通り、って感じでどんどん水面に下りて滑っていくが、

本当にこのブーツで浮けるのか心配だった俺は、ゆっくり足を下ろす。

 

すると……こいつはすげえ!海がクッションのように足を押し返して来やがる。

一歩ずつ前に進むとコツが分かってきて、体重を少し片足のつま先にかけて、

もう片方の足で海面を蹴ると、スケートみたいに海を滑れる。

 

“おーいジョー!置いてくぞー!”

 

「ちょっと待て!まだ慣れてねえ!」

 

重心を動かしてバランスを取りつつ、スピードを上げていくと、

ようやく天龍達に追いついた。便利な代物があったもんだ。

俺がしんがりに付いたのを見た日向が、声を上げた。

 

「ここからは単縦陣だ!陣形を整えろ!」

 

「なんだ?単縦陣?」

 

「まっすぐ一列に並べってことだよ、ジョー。ほら、日向さんの後ろに行け」

 

「おう」

 

陣形とかわかんねえ俺は、天龍の言うとおり日向の後ろについた。

他のメンバーも綺麗な直線に整列する。日向が俺に注意を促す。

 

「もうすぐ会敵ポイントだ。心積もりをしておけ。

いくら駆逐艦1隻といえど……何だこれはっ!?」

 

「どうしたんだ日向。……おお、あいつらが深海棲艦か!」

 

「異常事態発生!総員ジョーを守りつつ、第一波が止むまで耐えろ!」

 

「どうした、何が起こってる。あいつら殺せばいいんじゃないのか?」

 

突然慌てだした日向が後ろに向けて叫ぶ。あれが深海棲艦ってことでいいんだよな?

俺は完全に姿が目視できる距離に迫った影を見て尋ねる。

 

「数も編成も異常なのだ!通常は駆逐艦1体しか出ないはずなのに……

戦艦レ級1、戦艦タ級1、空母ヲ級2、潜水カ級!

他にも敵艦の反応、しかし敵影確認できず!総員戦闘開始!」

 

「オッケーィ!ジョーは下がってて!さぁ、誰からビートダウンしちゃう?」

 

「空母から叩きましょう!2隻から艦載機を展開されてはジョーを守りきれません!

レ級戦艦も発艦能力がありますが、まずは正規空母を沈黙させないと!」

 

「なんでこんなとこに大艦隊がいるんだよ……

クソッ、とにかく俺達の機銃で対空砲火だ!」

 

「そうね~こうなったら全部殺すしかなさそう。砲雷撃戦、始めるね~」

 

なんだなんだどうなってやがる?ここは訓練場レベルの海域だって聞いたが……

死人みたいな肌した女の群れが、横一列になって俺達の前に立ちふさがる。

まるで状況がわからんうちに戦闘が始まっちまった。

でけえクラゲみたいな生き物を被った女2人が、

真っ黒な昆虫みたいな航空機を放ってきた。奴らが爆音を上げて迫りくる。

 

「烈風、飛び立って!」

 

「瑞雲も行くんだ!」

 

赤城が弓に矢をつがえ、空に放つ。

不思議なことに矢は空中で弾け、戦闘機部隊に変化した。

続いて日向も、右腕の飛行甲板から一対のフロートを持つ航空機を発艦させる。

敵味方入り乱れて激しい空中戦が展開される。

上空から絶え間なく降ってくる機銃の銃声。

 

でも、残念だが敵は戦闘機だけじゃねえ。

クラゲの他にもフードを被ったネックウォーマーと、水兵服を着た女が、

身体と融合した砲を向けてやがる。

特にネックウォーマーは、

ぶっとい尻尾に砲やら滑走路やら魚雷を無理やりくっつけてて、もう意味がわからねえ。

 

「バーニング・ラアァァブ!」

 

「誤差修正右七度。主砲、発射!」

 

金剛って姉ちゃんと、大砲も持ってる日向が、クラゲ女に大砲を発射。

二人の装備から物凄え爆音、衝撃波、そして真っ赤に焼けた鉄の塊を噴き出した。

砲弾は弧を描いて、吸い込まれるようにクラゲに着弾。奴の頭を粉々に砕いた。

首を無くした女は今度こそ死体になって、海に沈んでいく。

一人死んだが状況は良くねえ。後ろから爆発音と悲鳴が聞こえてくる。

 

「うああ!」「げふっ!」「ああっ!」

 

「くはっ……皆さん!殲滅できなかった、ごめんなさい……」

 

「お前のせいじゃ……ない。やはり、正規空母2隻は、キツいものだ」

 

赤城達の航空機が倒しきれなかった爆撃機みてえな奴が投下した爆弾で、

日向、赤城、天龍が負傷した。敵は残り何体だ?見えてる範囲では3体。

さっさと片付けねえとヤバイ!

俺は艦娘に気を取られてる連中のうち、手頃なやつを探す。

クラゲ女は駄目だ。頭のやつが邪魔過ぎる。

ネックウォーマーは、バカみたいに太い尻尾に接触する可能性が高い。

なら、こいつしかいねえ。

 

俺は、戦場を大きく迂回するように、海を滑って慎重に移動する。

今も日向達が撃ち合いを続けてるが、

どっかから突っ込んでくる魚雷に邪魔されて上手く反撃できないでいる。

特に、ネックウォーマーの攻撃が激しい。でけえ大砲を撃ちながら魚雷を放ってる。

おまけになんだ?よく見たらこいつまで航空機を出してやがるぞ。

ちくしょう、何笑ってんだぶっ殺すぞ!

 

……今は我慢だ。静かに、息を殺して、海を滑る。

激戦の中、俺の姿に気づいた天龍が目を丸くするが、

俺はただ口の前で人差し指を立てる。心得その4、覚えてんだろうな。

ヒタヒタと足音を殺して奴に忍び寄る。あと3歩。また赤城達の悲鳴が聞こえる。

もうちょっとだけ待ってくれ。目の前の奴は攻撃に夢中で気づいてねえ。あと1歩!

上手く奴の砲声が足音を消してくれる。次の瞬間。

 

俺は一気に近づいて、奴の肩を掴んで強引に膝を付かせた。

驚いた女がとっさに振り返ったがもう遅い。

突然背後から現れたジジイに驚愕する奴の顔。俺は素早く頭頂部と顎に手を伸ばし、

 

「ふん!!」

 

思い切り力を入れた。でも、俺と女の顔は向き合ったままだ。

……そりゃそうだ。360度綺麗に一回転したんだからな。

頚椎をぶち折られて生命活動を停止した大砲女は、

浮かぶ力を失ってバシャン!と、あっという間に沈んでいった。

その時、他の連中も初めて俺の存在に気づいた。

俺は味方に叫びながらネックウォーマーに突進する。

 

「1人殺った!クラゲを頼む!」

 

“無茶をするな、そいつはとりわけ凶暴だ!”

 

「だから俺の出番なんだろうが!」

 

ヘラヘラとムカつく顔の野郎が砲を向ける。

が、発砲する一瞬前に、俺はなんとか奴の懐に飛び込んだ。

至近距離で三連装砲が火を噴き、鼓膜を破るほどの砲声が意識をゆさぶり、

熱風が身を焼くが、ここまで来ればこっちのもんだ。

長距離での撃ち合いを想定した殆どの武装は、

いきなり飛びかかってきたインファイターには届かねえ。

 

「おおおお!!」

 

俺は、今までの怒りを込めて、左腕のAMG-78αで奴の鼻っ柱に一撃お見舞いした。

コイツは効いただろう!実際、奴の両方の鼻の穴から青黒い鼻血が溢れ出している。

その時、腰にぶら下げた道具袋から声が聞こえてきた。無線機だ。

 

『ナニ……オマエ、ダレ?』

 

「ジョー・ベイカーだ、くそったれ!」

 

そして今度は左右交互に拳を叩き込む。

岩のように硬え深海棲艦の肉体に素手の右手が痛むが、知ったこっちゃねえ。

死ぬまで殴る、基本通りだ。

後ろから味方の大砲の叫び声が聞こえる。よっしゃ、

もうすぐ厄介な虫を飛ばしてくるクラゲ女にとどめを刺してくれるはずだ。

だが、その時、また無線に通信。

 

『アンマリ チョウシ ニ ノラナイホウガ イイカモネ』

 

すると、突然ネックウォーマーが俺を突き飛ばし、身体をくるりと回して、

その太い尻尾を俺の脇腹に叩きつけた。

 

「ぐほああっ!」

 

くそ、油断した。海面に手をついて立ち上がるが、

その瞬間を狙って、また尻尾を叩きつけてきた。

今度は左肩から右脇腹にかけて息が出来なくなるほどの鈍痛が走る。

やべえ、肋骨にヒビが入ったかもしれねえ。

 

『アハハ モウ イチゲキ!』

 

次は、縦に振り下ろして俺の頭蓋骨を砕こうとしてきた。

とっさに両腕でガードしたが、重さと威力が半端じゃねえ。やっぱり後ろに倒れ込む。

その後も、奴はケタケタ笑いながら、鞭のような尻尾で回復薬を使う暇も与えず、

俺をいたぶって面白がっていた。

 

“ジョー!立って!”

 

赤城の悲鳴に近い呼びかけが聞こえるが、残念ながらほとんど体力が残ってねえ。

一度大きく血も吐いちまった。視界も真っ赤だ。

うるさいくらいに自分の心臓が拍動している。

俺は海の上で寝転びながら、ろくに身動きも取れずに死ぬのを待つばかりだった。

 

『アハハ ジャアネ バイバイ』

 

フード野郎の声も、もう遠くにしか聞こえない。

奴が尻尾を横薙ぎにするべく大きく曲げる。俺は、こんなところでくたばる運命なのか。

ゾイが生きてるかどうかも見届けられねえまま……!

なんとか攻撃から逃れようと身をよじる。風を切ってしなる奴の尻尾が見えた。

次の一瞬で俺は死ぬ。だったら……こいつをくれてやる!

俺は腰に差していたムラマサを、なんとか両手で横に立てる。

そして、攻撃が命中した瞬間。

 

『ギャアアアアア!』

 

ふん、これが本当の冥土の土産って奴だ!

ついに俺は最後の一撃を食らい、横にふっ飛ばされた。

……わけだが、どういうことか死んでねえ。それだけじゃねえ。視界に色が戻った。

俺は刃が淡くピンクに光るその刀を見つめる。こりゃなんだ、一体?

いや、今はどうでもいい。そんなことより、なんでもいいから……斬りてえ!

 

「うおおおお!!」

 

派手に刀がぶっ刺さった尻尾の傷を舐めている奴に走り寄り、

何度も尻尾を斬る、刺す、叩きつける。その度にムラマサが青黒い血を吸い取り、

その力を俺に流し込むように、急速に傷が塞がり、身体の痛みが引いていく。

 

『アア! イタイイタイ!!』

 

「ハハッ、楽しくてやめられねえな!」

 

妖刀の斬れ味に魅せられた俺は、半ば正気を失い、フード野郎をひたすら斬り続ける。

当然奴も反撃してきたが、斬りつけた相手の命を奪い取る妖刀の一太刀で、

何度でも治り続ける俺を殺すことができない。

もう勝負の行方などどうでも良くなっている俺は、完全に血に酔っていた。

しかし、そんな俺を呼ぶ声が。

 

“目を覚まして!”

 

赤城の声にハッとなった。一体俺は何をしてたんだ?

右手に持ったムラマサを慌てて腰に戻す。足元には切り傷だらけのフード野郎。

何十回も斬撃を浴びてボーっとしてやがる。

俺は、もはやちぎれかけた奴の尻尾に近づき、思い切り踏み抜いた。

 

「おらっ!!」

 

『ギャアアーーーッ!!』

 

通信機の入った道具袋を震わせるほどの悲鳴が大海原に響く。

全ての武装を尻尾に集中させていたそいつは、攻撃手段を失った。これで、終わりだ。

俺は右手で奴の髪を引っ掴んで、無理やり顔を近づけた。

 

「遊んでねえでさっさと大砲で殺さねえからこうなる。あばよ」

 

そして、左腕のAMG-78αを構えて拳を握る。

そういえばクラゲ女の気配が消えた。皆がもう倒してくれたんだろう。

 

《チャージ開始》

 

機械が発する無慈悲な死刑宣告。エネルギーの収束が始まると、

フードも本能的に危機を察知したのか、ブルブルと首を振る。

 

『ヤメテ ヤメテ オネガイ!!』

 

「なに?生きてるのが辛いから、殺すのをやめるのをやめて?

おーし、わかった。歯ァ食いしばれ。意味はねえがな!」

 

《チャージ完了》

 

そして、時は来た。俺は限界までエネルギーをチャージしたAMGを解き放つ。

二人の時間がスローモーションになる。

暴力の塊と化した俺の左手が、フード野郎の頭に食い込む。

顎が砕け、目玉が飛び出し、頭蓋を砕き、脳を粉砕した。

衝撃波がなおも海を駆け、海面をえぐる。奴の死で、ようやく時の流れが元に戻った。

その首なし死体は、やはり青い海へ沈んでいく。

 

“おーい、戻ってこーい!”

 

天龍の声に振り返ると、赤城が手を振っていた。たった2匹でこの有様だ。

まったく、深海棲艦ってのはとんでもねえ連中だ。

 

……なあ、お前もそう思うだろ?

 

俺が気づいてねえと思ったかよ!

背中に差していた投げ槍を素早く抜くと、海に向かって全力で投擲した。

すると、背中に槍が刺さった水死体みたいな女が、

激痛で魚雷を落っことしながら海中から飛び出してきた。

 

『ふごはがががああ!』

 

「後は任せたぜ!」

 

全速力で赤城達のところへ戻ると、皆が総攻撃を開始した。

 

「あなたに爆雷をプレゼント。一生懸命殺しましょうね、天龍ちゃん」

 

「おっしゃ!あんまり出番なかったからムズムズしてんだ。やってやるぜ!」

 

龍田と天龍が缶詰みたいな爆雷を水死体に投げつける。

缶詰は命中すると爆発し、敵の肉体と命をちぎり取っていく。

そして、とどめの一撃を食らうと、水死体は粉々になり、

肉片がボタボタと海に落ちていった。こんなところか。

俺達はようやく脳がはち切れるほどの緊張感から開放された。

 

「やりましたね……無事で何よりです、ジョー」

 

「ありがとよ、赤城。あんたが呼んでくれなかったら、俺は気が狂ってたぜ。

こいつの使いすぎには注意が必要だ」

 

俺は腰のムラマサをぽんぽんと叩いた。

 

「その刀には恐ろしげな何かを感じる。力に飲み込まれないよう気をつけることだ」

 

「ああ。俺も初めはただの汚ねえ刀だと思ってたんだが……」

 

戦闘中の不気味な体験から、日向の忠告を素直に聞き入れた。

 

「それじゃあ、皆さん帰りましょうか~

天龍ちゃん?お風呂に入ったら、お部屋で待っててね」

 

「えっ!あの……手加減、頼むよ……」

 

「だ~め」

 

明日も会えるといいな、天龍。そいつは間違いなくヤバい女だ。

その時、日向が皆に宣言した。

 

「それでは、日向艦隊、帰投する!」

 

その声を合図に、俺達は海軍基地(鎮守府っていうらしい)へ向かって帰っていった。

そういや、結局奴らの肉体サンプルを取るのを忘れてた。

あんだけキツい戦いになるとは思ってなかったから気が回らなかった。

海を進んでいると、艦娘の一人が速度を上げて後ろから近づいてきた。

確か金剛って言ったな。

 

「ヘイ、ジョー。助かってよかったヨー」

 

「呪いの刀も使いようだな。こいつのおかげでなんとかなった」

 

「見ててヒヤヒヤしたけど、もうすっかり元気ネ……ちょっと聞きたいことがあるヨ」

 

「なんだ?」

 

「イーサンのこと。噂話でも聞いたこと、ない?」

 

「本当に知らねえんだ。そんなにイーサンって面白い奴だったのか?」

 

「特別な人。私を助けてくれた。一度はその命と引き換えに」

 

「一度は?死んで生き返ったみたいな言い方だな」

 

「あっ……ソーリー。その話は長くなるからまた今度ネ。シーユー!」

 

そして、金剛は列に戻っていった。

とにかく、深海棲艦の異常発生については提督に知らせとかなきゃならねえ。

この現象が何かの手がかりにならないとも限らねえからな。

そう考えながら、俺は潮風を切りながら海を走った。

 

 

 

──鎮守府正面海域

 

青白く光る身体、そして眼。

潜水ソ級は深海から浮かび上がると、帰投中の日向艦隊に、

背後から酸素魚雷を撃ちこむべく魚雷を装填した。

だがその時、背後に息を吐くような音を聞き取る。

 

ゴボゴボゴボ……

 

「!?」

 

ソ級が振り返ると、目の前に、見るもおぞましい存在がいた。

体長約2mの巨体を白っぽい表皮で覆い、体中から大きなムカデやヒルを生やした、

形だけは人間型の、化け物。

 

彼女は目をむいて、左脇に抱えた魚雷発射管を向けようとするが、

その化け物は桁外れの怪力で彼女の両腕を掴み上げ、大きな頭を叩きつけた。

脳が揺れるほど強烈な頭突きを食らったソ級は、

水中でバランスを崩し、一瞬無防備になってしまう。

怪物はそれを逃さず、今度は両手で思い切り彼女の首を絞める。

 

「ぐぼがばばばばあ!!」

 

必死に化け物の尋常ならざる腕力から逃れようとするが、

完全に首を捉えられたソ級はまともに抵抗することもできず、

ただ両手で水をかくだけだった。やがて、

 

ゴキッ……

 

彼女の首が、折られた。

白目をむいたソ級は、何が起きたのか、なぜ殺されたのかもわからず、

暗い海の底に消えていった。それを見届けた化け物は、泳いで水面に上がる。

そして、引き上げていく日向艦隊の後ろ姿を見つめ、

一度だけ、鳴き声のような音を発した。

 

『カ…ゾク……』

 

 



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Tape4; My Dear Family

──ジョーの小屋

 

ジョーに置き去りにされた形のB.S.A.A隊員は、

自分を縛り上げていたロープをナイフで切ってもらい、ようやく束縛から解放された。

 

「ううっ、ありがとうございます、隊長……」

 

「礼を言うくらいなら、初めからこんな所で民間人に捕まるな。

……こちらレッドフィールド。消息を絶っていた隊員を発見した。特に外傷もない。

救助ヘリは不要だ」

 

クリスは何者かに骨伝導インカムで通信する。

 

『よかった。そうそう、彼のデバイスを調べてくれませんか。

不可解な起動ログが残っているんです』

 

「了解。……おい、閉じ込められている間にデバイスを触ったか?」

 

女性オペレーターと会話したクリス・レッドフィールドは、解放された隊員に問う。

 

「それが、自分の身元を証明するためにデバイスのデータを少し見せようとしたら、

彼が勝手に例のビデオデータを閲覧して、その、イーサンのように……」

 

彼が目を落とすと、床にはB.S.A.A隊員の装備品であるデバイスが転がっていた。

クリスはスリープモードになっているそれを拾い上げる。

 

「……失態だな」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「本部、まずいことになった」

 

『何かあったのですか?』

 

「また、異世界への転移者を出してしまった」

 

クリスは渋い顔をしてオペレーターにそう告げた。

 

 

 

──本館 執務室

 

激闘を乗り越え鎮守府に帰り着いた俺達は、桟橋で解散して、

リーダーの日向と一緒に今日の出来事について提督に報告に行った。

日向が言うには、本来は俺達が行ったところに、

クラゲ女やフード野郎が出ることは絶対にないらしい。

 

「……このようなことがあったのだ。海に明らかな異常現象が起きている。

私から報告できることは以上だ」

 

「そうか……ありがとう日向君。君も傷つきながら、よくジョーを守ってくれた。

早く入渠して傷を癒やしてくれたまえ」

 

「ああ。では失礼する。もっとも、敵の主力を倒したのは他ならぬジョーだが」

 

「なんだと!」

 

また長門が俺を睨む。そんなに怒ってばっかりだと将来シワになるぜ。

 

「あくまで調査目的で海に出ると提督に約束しただろう!そんなに早死にしたいのか!」

 

「待てよ!俺だって調査だけして帰るつもりだったさ。

でも、いざ戦場に出たら訓練どころか大艦隊クラスの深海棲艦にぶち当たってよう。

逃げようにも背中見せたら後ろから撃たれるような状況だったから、

戦うしかなかったんだよ。嘘だと思うなら日向の姉ちゃんに聞いてみろ!」

 

「……そうなのか、日向?」

 

「正確な編成は、戦艦レ級1、戦艦タ級1、空母ヲ級2、潜水カ級1の5隻。

うち戦艦2隻をジョーが撃沈した」

 

「レ級だぁ?ええい、今度はどんな手品を使ったのだ!」

 

「ハハ……よほど左腕のAMGが強力だったみたいですね」

 

「確かにあの鉄拳も強力だったんだが、今回はこいつにも助けられた」

 

俺は腰に差したムラマサを、ベルトを回して皆に見せた。

あんまり無闇に触らないほうがいいことが分かったからな。

 

「そのレ級とか言う奴に殺される寸前、一矢報いてやろうとムラマサをぶっ刺したら、

そいつの生命力を吸い取って、瀕死の状態から立ち直れたんだよ。

それからはズバズバとフード野郎を斬りまくって、

完全回復したところでAMGでドカンだ。妙な刀があったもんだぜ」

 

「村正だと?それが本物の村正だというのか」

 

日向が興味を示した。やっぱり日本人だから気になるのか?

 

「知ってんのか、姉ちゃん」

 

「刀に興味はなくとも、村正の名は大抵の日本人が知っている。

徳川家に災いをもたらし続けた妖刀。お前があの時、半ば正気を失っていたのも、

その一振りに何らかの曰くが付いているせいかもしれん」

 

「なんだって?徳川ってショーグンなら、俺も知ってるぜ。

まったく、そんな物騒なもん、誰がアイテムボックスに入れやがったんだ」

 

「待て待て待て待て!」

 

長門が慌てて話に割り込んできた。ちゃんと説明するから落ち着け。

 

「さっきから不穏当な話ばかりだぞ!

ジョーが正気を失っただの、その刀が妖刀村正だの、生命力を吸い取っただの!

何があったのか詳しく説明しろ!

日向が最低限の説明しかしないから、危うく聞き逃すところだった!

出撃した、大艦隊がいた、殲滅した、それだけだったからな」

 

「性分でな」

 

「俺から話すから座れって。ずっと中腰だと膝、痛めるぜ」

 

それで俺は、レ級との戦いで露わになったムラマサの性質を説明した。

このポン刀は斬った相手の命を吸い取って回復する効果がある。

だが、使い続けていると狂気に取り憑かれ、勝利も敗北も、生も死も関係なくなり、

欲望の赴くままに敵を斬り続けるようになっちまう。

俺が戦場で生き残れたのも、気が狂いかけたのも、

ムラマサの性質によるものだってことを、簡潔に話した。

話し終えたんだが、やっぱり長門が頭を抱えてる。お前も苦労性だな。

 

「とんでもないものを持ち込んでくれたものだ。

……それで?暴走したお前はどうやって元に戻ったんだ」

 

「赤城の呼びかけが胸に響いてな。殺意で満たされた俺の脳をクリアにしてくれた」

 

「ほう、赤城が……なるほどな」

 

「赤城がどうかしたのか」

 

「いや、なんでもない。とにかく、生きて帰ってきてなによりだ」

 

「そうだね。それに、この異変現象についても話し合わなければならない。

……ああ、日向君すまない。すっかり話に付き合わせてしまって。

早く入渠して休んでくれ」

 

「では提督。私はこれで」

 

日向が今度こそ退室していった。今度ばかりは提督も困った様子で腕を組んでいる。

 

「やれやれ、懸案事項が一つ増えてしまったね」

 

「他にもなんかあるのかよ」

 

「うむ、実は……」

 

そこで提督が、俺の世界と艦娘の世界、2つの関係性について説明を始めた。

簡単に言えば、この世界の者は俺の世界の物に干渉できない。

つまり、昨日のB.O.W襲撃の際、艦娘達が奴らを倒すことができたのは妙だってことだ。

イーサンがこの世界に現れたときに分かった理屈らしい。

 

で、一旦そもそもなんで俺がこの世界に来たのかって話に戻る。

実は世界を隔てる壁は意外と薄いらしく、

向こうの世界にいる、と潜在意識に擦り込むだけで肉体まで転移しちまうらしい。

ルーカスの野郎は、サブリミナル効果を仕込んだビデオを見せて、

イーサンやジャック達をこの世界に送り込んだ。これは以前述べたと思う。

 

肝心なのは、ここがゲームの世界だってことだ。

なんでも“艦隊これくしょん”つー日本のパソコンゲームらしい。

俺にはよくわからんが。

逆に言うと、俺達の世界だってこっちの住人から見てゲームじゃない保証はない。

今はテレビもほとんど普及していないが、いずれTVゲームが登場したら、

沼地を舞台にした、俺が主人公のゲームが登場しないとも限らねえんだとよ。

笑える話だが、とにかく、どちらの世界にも絶対性なんかねえってこった。

それで、最後に残る疑問がひとつ。

 

「ルーカスが死亡した今、

なぜ再びB.O.Wが出現し、艦娘がそれらを倒すことができたのか、だ」

 

長門が眉間に指先を押し付けて考え込む。

 

「例のビデオテープはB.S.A.Aが押収して、

誰の手にも触れられないようになったらしいしね」

 

「B.S.A.Aだ?あのガスマスク野郎もそんなこと言ってたな。何だそりゃ」

 

「えっ……あなたの世界の対バイオテロ特殊部隊なのですが」

 

「ずっと沼地にいたから世間の流れには詳しくねえ。

その特殊部隊の隊員から変なペンライトを取り上げて、妙な画面を見てたらここにいた」

 

「はぁ、なぜそうなったのかは知らないし知りたくもない」

 

「とにかく我々には調べるべきことが多い。

深海棲艦の異常発生、B.O.Wの再出現、それを艦娘が食い止められたという矛盾。

長門君、君にはまたB.O.W関連の超常現象について、調査に当たってもらいたい。

イーサンと行動を共にした君にしか頼めない」

 

「はっ、了解した!」

 

律儀に立ち上がって敬礼する長門。

黒カビ野郎共と深海棲艦の関係なんざ俺にはわからねえが、

ここは軍人に任せるとするか。

 

「すまねえな、長門。俺が持ち込んだB.O.Wのせいで結局厄介になっちまった。

まぁ、もちろん何かあったら協力するが、俺はここで限界みてえだ」

 

すると二人共、何言ってんだこいつって顔で俺を見てくる。

そんで、提督がとんでもねえことを言いやがった。

 

「何を言ってるんですか、ジョー。

あなたにも長門君とペアでB.O.Wの調査を担当してもらうんですよ」

 

「なんだって?そりゃあ構わねえが、あんだけ俺が海に出るのを渋ってたのに、

どういう風の吹き回しだ」

 

「確かに今でも無闇な出撃は是認できませんが、

あなたがレ級を屠るほどの強さを持っていると分かった以上、

これまで言ってきたように、モールデッドの撃退や調査には参加して頂きたい。

もちろんあなたの帰還方法の探索も。

なにしろ、そちらの世界の存在には我々は手出しができない」

 

「なるほど、もっともだ。もっともなんだが……

どうも俺には、その“こっちの存在にはあんたらは触れない”って説が信じられねえ。

昨日のB.O.Wとの戦闘で、艦娘達が普通にカビ野郎共殺してるの見てたから、どうもな。

一度確認したほうがいいんじゃねえか?」

 

「確認、というと?」

 

「誰でもいいから1階のアイテムボックス開けてみろ。

別に開かなかったらそれでいいし、開いたら開いたで問題だぞ」

 

「問題とはなんだ?」

 

きょとんとした表情で長門が聞いてくる。多分大丈夫だとは思うんだが。

 

「外に散らばってる木箱なんだが、中に爆弾トラップが混じってる。

誰かが触らないうちに対策を打っといたほうがいい」

 

「イーサンの時と同じか……彼もそんなことを言っていたね」

 

「うむ、念には念をだな。提督、私が試しにアイテムボックスを開けてみよう」

 

「私も行こう。もしかしたら、ルーカスの介入があったイーサンの時とは、

状況が異なっているかもしれないからね」

 

執務室から出た俺達は、階段から下りてすぐのアイテムボックスの前に立った。

うーん、似てるな。やっぱり俺の箱だと思うんだが。

長門がボックスの蓋に手をかける。

 

「提督、ジョー、いくぞ」

 

「うん。頼むよ」

 

「蓋開けるだけだろうが、もったいぶんな」

 

「ええい、わかっている!では」

 

そして、長門が両手で大きな蓋に力を入れると……あっけなく開いた。

中には相変わらずショットガン。これに提督も長門も衝撃を受けた様子で、

 

「なっ!これは、一体どういうことだ!?」

 

「やはり、ルーカスでない何者かが関わっているということなのだろうか……

いや、それどころじゃない!」

 

二人共驚きを隠せない様子だが、いつも開け閉めしてる俺には、

何がおかしいのかいまいち実感が湧かねえ。

いつも通りの箱をいつも通り眺めている俺を放って、

提督がすぐさま長門に指示を出した。

 

「長門君、作戦司令室へ急いでくれ!全艦娘に通達。

“総員に告ぐ。敷地内の不審な木箱には一切触れぬこと”以上だ!」

 

「承知した!」

 

長門も慌てて本館の外に出ていっちまった。するとまもなく、

あちこちのスピーカーから、通信士の声で木箱に対する警告が出された。

まぁ、あんなボロい箱、腰掛け以外に使うやつはいねえと思うが。

しばらくすると長門が息を切らしてトンボ返りしてきた。

 

「はぁ、はぁ、提督……通達については聞いてもらったとおりだ。

爆弾トラップによる被害報告も上がっていない」

 

「ご苦労だった。誰も怪我がなくてなによりだったよ」

 

「どこのバカがこんなもん仕掛けやがったんだ?

イーサンの時はルーカスが犯人だったんだろ?」

 

「その通りなのだが……いや、そうとも言い切れない。

よく考えたら、我々が確証を持てるのは、

イーサンを送り込んだのがルーカスだったというだけで、

共に転移してきたアイテムボックスや木箱については不明なままだったんだ」

 

「おい、しっかりしてくれよ!……って言いたいところだが、

なんにもわからねえのは俺も同じだからな。よくよく考えたら変な話だ。

ビデオを見た俺が飛ばされたのはわかるが、なんで箱までこっちに来るんだ?

映像に細工してたルーカスはもういねえってのに」

 

ああくそ、話が堂々巡りしてやがる。

ルーカスなしでも現れるなら、結局、世界をまたぐと、

もれなくオマケに箱がくっついてきますって話にしかならねえ。

せめて、ビデオなしで箱が来れた理屈さえわかれば、帰還の目処が付くんだが……

頭を悩ませる俺に提督が声をかけてきた。

 

「ジョー、正直私達もわからないことばかりだが、

鎮守府は全力であなた達をバックアップする。

焦るなという方が無理かもしれないが、腰を据えて調査を続けてほしい」

 

「ああ……ありがとよ、提督。何かがわかった所で何の礼もできないんだろうが、

せめて言葉で礼だけは言わせてくれ」

 

「ハハハ!気にするなジョー!転移者はもうお前で2人目だ!

今更あたふたする我々ではない!大船に乗った気持ちでいろ!」

 

「そいつはありがてえが……声がでけえ。耳元で叫ぶのはやめてくれ。

鼓膜が痛えんだよ」

 

「なにをぅ!私は叫んでなどいない!」

 

「じゃあ、本当に叫んだらどうなるんだ?ガラスが割れてもおかしくねえ」

 

「よし、耳を貸せ!私の本気はこんなものではない!」

 

「はいはい、二人共そこまで。やれやれ、まったくイーサンの時と同じだよ」

 

こんな感じで俺達が馬鹿騒ぎしてると、またスピーカーから放送。

今度はかなり切羽詰まった様子だ。

 

《敵襲!敵襲!海岸に新型B.O.W上陸の報せあり!

総員第一種戦闘……え、陸奥さん違うんですか?

訂正!総員距離を保ちつつ、攻撃は控え、B.O.Wの攻撃から身を守れ》

 

よーし、俺の出番だな。陸に上がってきたってことは俺達の管轄だ。

 

「また、B.O.Wなのか!しかも新型だと……?」

 

「提督、俺は行くぜ。陸のバケモンなら俺達の出番ってことでいいんだよな」

 

「ああ。ジョー、長門君。新型B.O.Wを無力化し、その肉体サンプルを持ち帰ってくれ」

 

「任せろ、海岸つったら俺が流されてきた砂浜だよな。行くぜ長門!」

 

「うむ、急ごう!」

 

本館を飛び出した俺達は、目の前の広場を突っ切って、

コンクリートで舗装された海沿いの道をひた走る。

そして、海に面した堤防にたどり着くと、奴がいた。砂浜の真ん中に立つ不気味な怪物。

全身をボロボロの白い表皮で覆い、身体中に巨大なムカデやヒルを生やした巨漢。

体長およそ2m。俺達が砂浜に降り立ち、そいつに近づくと、

奴もズシンズシンと足音を立ててゆっくり近づいてきた。

 

「長門……まずは俺に任せてくれ。その大砲じゃ奴を消し炭にしちまう。

サンプルが取れなきゃ意味がねえ」

 

「……わかった。承知しているだろうが」

 

「死なねえよ。こんなところでくたばってたまるか」

 

俺も、怪物も、互いに歩み寄る。

だが、見た目やデカさとは別にして、こいつには黒カビクソ野郎共とは何か異質な物を感じる。

それが何かはわからねえが、考えてる余裕はねえ。もうお互い拳が届く距離に到達した。

俺はいきなりAMG-78αをぶっ放すべく拳を握る。

 

《チャージ開始》

 

同時に奴も攻撃を仕掛けてくる。

右斜めから振り下ろし、左下から振り上げ、そしてまた振り下ろし、振り上げの四連打。

その豪腕が重たく風を切り、音を立てる。危ねえ。

早めに後退してなかったら、まともに食らうところだったぜ。

 

《チャージ完了》

 

よっしゃ来たぜ!

表皮や垂れ下がった虫で、下顎が破れたようにヒラヒラしている怪物の顔面に、

フルチャージしたAMG-78αを叩き込んだ。

左腕が持っていかれるような推進力を得た拳が顔面にヒット。

冷凍倉庫に吊られてる牛肉を殴ったような重い感触。

 

奴が少しよろめいたが、一撃でノックアウトってわけにはいかなかった。

くそ、頑丈な野郎だ。だが文句言ってる場合じゃねえ。

怪物がふらついてる隙に、いつもの左右交互のジャブを何度も頭部に浴びせる。

命中する度に黒い体液がピシャリ、ピシャリと飛び散るが、

大して効いてる感じがしねえ。

 

そして、体勢を立て直した奴が反撃に出てきた。

今度は思い切り左足を上げ、右腕を大きく振りかぶり、ストレートを繰り出してきた。

なんとかガードしたが、威力が桁違いだ。

 

あん?待てよ。こいつの動きは何かがおかしい。

今度は両手で握り拳を作って、思い切り力を込めてジャンプしてきた。

そして大きな拳を振り下ろす。とっさに後ろに下がったから直撃は避けられたが、

こいつは間違いねえな。

 

分析ばかりしてても勝てるわけがねえ。俺は再度AMGにチャージを開始。

奴と距離を取り、慎重に動きを見定めながら、完了を待つ。

その時、奴が突進してきて、今度は二連打の振り下ろし攻撃。今度は横に回避。

同時にチャージ完了。

攻撃直後で一瞬動きが止まった怪物の頭に、もう一撃お見舞いした。

すると、さすがに奴がうずくまったので、また拳の連打を浴びせようとしたが、

近寄った瞬間、気配を察知した奴が右足で俺を蹴飛ばした。

 

「がはっ!」

 

くそっ、思い切り腹に入った!しかし、もう疑いようがねえ。こいつには、知性がある。

この系統立った戦い方は、人間のそれと同じだ。

確かに、新種だな。何が何でもぶっ殺して持ち帰らねえと。

俺はファイティングポーズを取ると、あえて奴が立ち上がるのを待った。

深追いは危険だ。最初に見せた四連打をまともに食らうと、

ムラマサを使う間もなく死ぬ。

 

『ウグオオ……』

 

立ち上がった怪物が、また地を揺らしながら俺に歩み寄る。即座にAMGにチャージ開始。

怪物は俺が間合いに入ると、また上下に拳を振り上げ、四連攻撃を繰り出してきた。

その攻撃は見切った。落ち着いて後退し、空振りを誘う。

攻撃が終わった瞬間、とっくにチャージ完了した機械の拳を、怪物の頭部に放った。

命中すると、奴が体液を撒き散らしながら叫び声を上げる。

 

『ガアアアア!!』

 

すると、その重い体からは想像もつかない跳躍力で何度もジャンプし、

海の中へ逃げていった。大きな水柱を立てて海底に泳いでいった奴の姿は、

あっという間に見えなくなった。

 

「おい!待ちやがれ!」

 

ちくしょう、取り逃がした。思わず砂を蹴る。

すると、堤防で武装を構えていた長門が声を掛けてきた。

 

“ジョー、引き上げるぞ!帰って提督に報告しなければ!”

 

「ああ、わかった……」

 

 

 

──本館 執務室

 

あれから俺達は来た道を戻って本館に戻って、提督に事の仔細を報告した。

今は執務室のソファで会議中だ。

 

「……なるほど、確かにこれは新種のB.O.Wとしか言いようがないね」

 

「すまねえ、提督。奴を逃しちまった。

やっぱり長門の大砲でぶっ飛ばしてもらうべきだったかもしれねえ」

 

「気にするな。確かにお前の言うとおり、

私の41cm砲では手がかりとも言える新種を粉々にしてしまっていた」

 

「知性を持った新型、か……新たな脅威が現れてしまったね。

正直、またB.S.A.Aが来てくれないかと、ないものねだりをしてしまうよ。

我々にはB.O.Wに関する知識や対抗する術も、ほぼないに等しいからね」

 

「まあ、俺が縛り上げた奴が本当にB.S.A.Aで、

助けを寄越してくれるのを期待するしかねえ」

 

「まったく、何をしているんだお前は……」

 

呆れる長門の隣で、提督がポンと手を叩いた。

 

「ああそうだ、せめて名前を付けようじゃないか。

“怪物”や“化け物”じゃ、新種か既存のB.O.Wなのかわかりにくいからね」

 

「うむ、それがいい。どんな名前がふさわしいだろうか?

私にはあの姿を形容する名前が、思いつかない」

 

「うーん、私は実際には見ていないからね。ジョー、あなたは何か案はありますか?」

 

「そうだな……奴は体中に沼地でしか見られないヒルやムカデを寄生させてた。

シンプルに、スワンプマン(沼男)なんかどうだ?」

 

「それがいい。覚えやすいほうが何かと便利だからね」

 

「決定だな。今後はスワンプマンの足取りを追いつつ私とジョーでこの異変に対処する」

 

「よろしく頼むよ。第一艦隊主力との兼任で大変になるだろうけど、

イーサンと共にB.O.Wと戦った経験のある長門君にしか頼めない」

 

「任せておけ。上手くやってみせるさ」

 

「悪りいな長門、苦労かけるな。海のバケモン退治も手伝うからよ」

 

「お前は陸で仕事をしていろ!生身の人間がMVPを取ったなど、二度とごめんだ!」

 

執務室に提督の静かな笑いが響く。

人間嫌いの俺だが、なんだかこの雰囲気は嫌いじゃねえ。

そもそもなんで人嫌いになったのかは思い出せねえが。

とにかく、沼地にはないもんがここにあることは確かだ。

帰る方法も、スワンプマンの生態も、何も分かっちゃいないが、

ここでならまだまだ踏ん張れる。そんな気がした。

 

 

 

──旧ベイカー邸 子供部屋

 

B.S.A.Aによって屋敷全体が隔離壁で閉ざされたベイカー邸には、

当然ながら、もう誰もいない。その中の一区画。

ぬいぐるみや積み木が散らばる、真っ暗な子供用の部屋、その奥の奥。

誰にも知られることなく、そこに安置された存在。

もし、知的生命体がそこに足を踏み入れていたら、

きっとこんな思念を受け取っていたに違いない。

 

 

こっちに、来ないで

 

 

 



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Tape5; Rest Easy

不思議な事は続くものなのですね。また、異世界からの訪問者が現れるなんて。

昨日いらしたばかりできっと困っていることも多いはず。

今度はワタクシが力を貸して差し上げたいです。どんな方なのでしょう。

期待を込め、大きくて重い本館のドアを開きます。

……すると、なんだか2階から怒鳴り声が。

 

“とにかくやることがないなら、鎮守府を巡回してB.O.Wの痕跡を探してこい!”

 

“お前にゃ年寄りをいたわろうって気はねえのかよ!

2回連続で死ぬ思いして戦ってきた年寄りをよ!!

大体そういうのはツーマンセルでやるって話だっただろうが!”

 

“私には提督と片付けなければならない執務が山ほど残っている!

主にお前が暴れた事件を上層部から巧妙に隠蔽する作業がな!”

 

“ああそうかよ!B.O.Wを追っ払ったケツを拭いてくださって涙が出るほど感激だ!”

 

“ブチ殺したの間違いだろう!いいからスワンプマンが現れた海岸の辺りを”

 

“行きゃいいんだろ!!”

 

バタン!

 

えーっと……なんだかすごく怒ってるみたいです。どうしよう。

大きな足音がどんどん近づいてきます。

ワタクシは何もできないまま立っていることしかできませんでした。

 

 

 

こんにゃろう。

最近の若えもんは、ジジイに対する敬意とか優しさってもんが欠けてやがる。

破裂寸前のステイクボムを綺麗にラッピングして、

長門にプレゼントしてやろうかとすら思えてくるぜ。大股で歩く足にも勝手に力が入る。

 

AMGの衝撃波で片側の手すりが壊れた階段を下りて、外に出ようとすると、

ドアの前で誰かがじっと立ってる。変な姉ちゃんだ。

フランス国旗みたいに前髪を染めて、全体的にふっくらした感じの装いだ。

俺には女物のファッションなんざわからねえが。

 

「ああ、姉ちゃん。悪りいが通してくれねえか」

 

「え?あ、すみません!」

 

「ちくしょう、海岸の近くで昼寝でもするか。

一度あいつにAMG食らわせてやりてえよ、ブツブツ……」

 

「あ、そうじゃなかった!待ってください!」

 

「あん?」

 

フランスみたいな姉ちゃんに呼び止められた。

会ったこともねえジジイに声をかけたってことは、やっぱりあれか?

 

「イーサンのことなら知らねえぞ」

 

「違うんです。イーサンのことも関係はあるんですけど……

あなたが、異世界から来た人、なんですよね?」

 

「そうだが、どっかで会ったか?」

 

「いいえ、はじめましてです。ああ、よかった!

ワタクシ、コマンダン・テストと言います」

 

「ジョー・ベイカーだ。ジョーでいい。こんな年寄りに何の用だ?」

 

「はい。あなたがB.O.Wと戦いながら、

向こうの世界に帰る方法を探していると聞きました。

もし良かったら、ワタクシが鎮守府をご案内しようと思いまして。

ここは、とっても広いです。いざという時、場所がわからないと困るんじゃないかと。

あの、あなたさえよければですけど……」

 

おっと、親切なやつもいるもんだな。

確かに、ここに来てから行ったとこと言えば、宿舎と本館周りと海岸くらいだ。

ざっと見回したが、他にも建物が色々あった。

なんかあったとき、どこ行けばいいのかわかりませんじゃ話にならねえからな。

ここは素直に厚意を受けるとするか。

 

「ありがてえ。よろしく頼む」

 

「はい!まず、Arsenal(工廠)から案内しますね。ワタクシの友達もいるんです」

 

「Arsenal?その発音はフランス語だな。コマンダンはフランス人なのか?」

 

「あ……ワタクシの名前はコマンダン・テストで一繋がりなんです。

長いのでテストと呼んでください。はい、フランス出身です」

 

「ああ、そういや艦娘には、

ファミリーネームやファーストネームの概念がないって聞いてたな。頼むぜテスト」

 

「はい!」

 

それで俺達は本館から出て、東側の道路に抜けて、

コンクリートで舗装された道を南に歩き始めた。途中自己紹介がてら雑談する。

 

「あんなとこで待ってたってことは、わざわざ俺を案内するために来たってことか?」

 

「はい。ワタクシも初めてここに来た時、イーサンに色々助けてもらったんです。

だから、また異世界の人が来たと聞いた時、今度はワタクシが助けになろうと」

 

「若えのに感心だな。長門にも聞かせてやりてえもんだ。

今日だけで2回もB.O.Wと殺し合いして疲れてる俺に、暇なら調査に行ってこいだとよ」

 

「じゃあ、さっきの警報はやっぱり……?」

 

「B.O.Wだ。深海棲艦でもねえ新型。しかも知性まで持ってやがる。

まるで格闘技の心得がある人間みたいな動きだったぜ。

俺達はスワンプマンって呼ぶことにしたが」

 

「そんな!イーサンがウィルスを全滅させたはずなのに、どうして……」

 

「それを俺達が調べてる。まだ何も分かっちゃいないがな。

……お、もしかして工廠ってあそこか?」

 

俺は大きなシャッターが開け放たれた、

バーナーの音や鉄を叩く音が聞こえる建物を指さした。

 

「はい、そうです!ワタクシ達艦娘や、装備品を作っている、大切な場所なんです」

 

それで、俺達は工廠に足を踏み入れたんだが、そこでとんでもなく奇妙な物を見た。

天井から鎖で吊られている砲身や装甲板にたくさんの小人が張り付いて、

溶接したりドリルで削ったりしてやがる。

足元でも忙しなく同様に小人達が走り回ってなんかの作業をしてる。

 

「うぉい!こりゃあなんだ!?」

 

「工廠で働く小人さんです。

この世界に艦娘建造技術がもたらされたと同時に現れた、不思議な子達です。

お話しはできないんですけど、かわいいですよね」

 

「ふーん、こいつらがなあ……」

 

俺は足元を駆け回る一匹を捕まえて眺めてみた。

驚いたそいつは俺の手をペチペチ叩いて逃げようとする。

ちょっと待てって、お前らのことが知りてえんだよ。

 

「ああ、だめです!乱暴なことはしないでください」

 

「別に何もしてねえ、見てるだけだ」

 

実際こいつはなんなんだ?B.O.Wもそうだがこいつも調べる必要がありそうだぞ。

テストもなんか当然のように見過ごしてるが。

 

 

「ちょおっっと待てえええい!」

 

 

その時、デカい声でピンクの長い髪を振り乱した女が駆け寄ってきて、

俺から小人をひったくった。

 

「小人ちゃんになんてことするのさ!この子達に何かあったら許さないよ!」

 

小人を近くの脚立に乗せながら俺を睨む謎の女。おーい、こいつは誰なんだテスト。

 

「ああ、明石さん……ごめんなさい。

彼、小人さんに興味があって、悪気があったわけじゃないんです」

 

「あれ、コマちゃんじゃない。この変な爺さんと何してるの?」

 

「知り合いか、テスト?」

 

「紹介します。彼女はこの工廠の責任者、明石さんです。明石さん、ごめんなさい。

彼、この世界のことにまだ不案内で、ワタクシが鎮守府を案内していたんです」

 

「えっ、この世界ってことは、彼が色んな所を騒がせてる2番目の転移者?」

 

「そうらしい。イーサンって奴が先に来たらしいが、最初に言っとく。俺は何も知らん。

自己紹介が遅れたな。俺はジョー。ジョー・ベイカーだ」

 

「ふぅん。見たところ漁師のお爺さんだね。

今度はワークベンチも破砕機も期待できそうにないか……まぁ、適当に見てってよ。

機械には何も触らないでね。それじゃあ」

 

とぼとぼと俺達を置いて去っていく明石。

まぁ、あんまり歓迎されてねえみたいだから、とっとと次に行くか。

 

「テスト、他の案内を頼む。長居しないほうがよさそうだ」

 

「え、もういいんですか?」

 

「俺にしたって、見ててそれほど興味のあるもんでもねえしな。

機械はAMG-78αで十分だ」

 

すると、奥からドドドドと猛烈な勢いで先ほど引っ込んだ明石が舞い戻ってきた。

 

「何、何、なんなのその素敵な名前!?」

 

「おい、なんだ、どうした一体!」

 

「あんまり美しい型番だから一発で覚えちゃったわ!AMG-78αって何?」

 

「今出すから落ち着け!」

 

俺はしがみついてくる明石を押しのけて、

戦闘中以外は邪魔くさいから外して道具袋に入れておいたAMGを取り出す。

すると、機械の腕を見た明石の目が輝き出した。

 

「うわあ……動力部が放つまばゆい光、

そして頑丈でありながらピッタリ腕にフィットする可動部!

ねえ、これって一体どんな効果があるの?ねえねえ教えてよ!

教えてくれたらお茶くらい入れるからさ!」

 

「落ち着けって言ってんだろ!

……こいつはな、装着すると筋力を何十倍にも増幅して、

ドでかいパンチを食らわせる強力な兵器だ」

 

「それじゃあ、昨日のB.O.W襲撃事件で生身で戦った人って、もしかしてジョー?」

 

「いや、それは拳で殴ったり踏み潰したり、後ろを取って首をへし折って殺した。

AMGは昨日の晩、本館のアイテムボックスで手に入れたばかりだ。

実際こいつをぶっ放したのは、レ級とかいう奴を殺した時と、

さっきの警報にあった新型と戦った時だけだ」

 

「えっ……それって、冗談だよね?レ級と新型以外は素手で殺したってことになるよ?」

 

「何がおかしい。新型は取り逃がしたがな」

 

「何が、ってねえ?コマちゃん……コマちゃん?」

 

俺がAMGの能力と、入手した経緯を説明していたら、

テストがまばたきもせず棒立ちになっていた。どうした、寒いのか?

 

「コマちゃん!大丈夫?」

 

「あ、ごめんなさい。信じられない話ばかりで……」

 

「まぁ、実際こいつの威力は目を見張るものがあるからな。

フルチャージしたらフード野郎の頭部が一発で粉々になって脳や目玉が」

 

「血生臭い話、終了!コマちゃんが耳塞いで現実逃避始めちゃったじゃない!

……それよりさあ、ちょっとそれ使って見せてよ!」

 

「待ってろ」

 

俺がAMGを装着すると、コアから機体に青緑のエネルギーが広がり、

外れないようガチャリと俺の腕を軽く締め付けた。

そして電子音声で戦闘態勢が整ったことを告げる。

 

《装備完了》

 

「おおっ、喋った!」

 

「それだけじゃねえ。さっきも言ったが、

こいつはエネルギーをチャージして威力を爆発的に高めることが出来る」

 

「見せて見せて!」

 

「ああ……それが見たいなら、広い場所とぶっ壊れてもいい何かを用意してくれ。

フルチャージしたときの威力は洒落にならん」

 

「わかった、ちょっと待ってて!」

 

明石は急いで裏手に走って、何かの準備を始めた。

待っている間に俺はテストの再起動を試みる。

 

「テスト、テスト!聞こえてるか。もう殺……戦いの話はナシだ。

そろそろ復帰してくれ」

 

「あら?ごめんなさい!ワタクシが案内するって言ったのに、何をしているのかしら。

ごめんなさい……」

 

「あんたのせいじゃねえ。この世界が狂ってんだ。明石とのやり取りは聞いてたか?」

 

「はい。それはなんとか……」

 

「準備ができたよー!」

 

その時、明石が裏口から戻ってきた。えらく早いな。

……ああ、体中にひっついてる小人が手伝ったんだろう。

 

「ふぅ、みんなありがとね。

それじゃあ、ジョー。AMG-78αの真価を見せてちょうだい!」

 

「おう、どこでやるんだ」

 

「ついてきて!」

 

俺達は明石の後を追って裏口に出る。すると、そこには広い船着き場があって、

海に向かって厚さ2cmほどの鉄板がバルーンで10枚ほど浮かべられてた。

海を正面に立って、二人に警告する。

 

「離れてたほうがいいぞ。近くにいると衝撃波で怪我するぜ」

 

「わかったよ、お願い」

 

「ジョー、何をするんですか……?」

 

「こうすんだよ!」

 

《チャージ開始》

 

拳を握ると同時にAMGがパワーを蓄え始めた。その様子を、固唾を呑んで見守る二人。

機械仕掛けのガントレットがグォン!と二段階目のチャージに移行。

内部のエネルギーが行き場を求めてガタガタと震える。収束する力が大気を揺さぶる。

そして。

 

《チャージ完了》

 

「おおおお!!」

 

俺は前方に向けて左手の力を解き放ち、目の前の一枚をぶち破る。後は知らねえ。

 

「きゃあ!」「うわおっ!」

 

ただ、物凄え音と、鉄板の列の向こう側で、大きな水柱が見えた。それだけだ。

轟音が収まり、海水が静けさを取り戻すと、

明石がゆっくりと横に回り込んで鉄板の様子を確認した。

 

「あ、はは……すごいよこれ、コマちゃん見なよ!」

 

「Incroyable(信じられない)……」

 

二人が驚いてるから、俺もどうなったか見てみる。

ほうほう。5枚の上半分が消し飛んで、残り5枚が綺麗に90度に折れてる。

まぁ、連戦の後だからこんなもんだろう。お、明石がこっちに走ってくるぞ。

 

「凄いよジョー!約束通りお茶入れるから中でお話ししようよ!コマちゃんもほら!」

 

「あ、待って明石さん!」

 

それから俺達は工廠の中に戻った。

だが、でかい金属をいじくるとこにゆっくり茶をしばくところなんかあったか?

 

「ちょっと待っててジョー」

 

明石が、大きなステンレスっぽい板2枚がはめ込まれた壁のそばにある、

なんかの読取機に手のひらを乗せた。すると、ステンレスの板が両方に開いた。

なるほど、ただの板じゃなくてドアだったってわけか。俺はテストと共に中に入る。

今度は俺が驚く番だった。広い空間には、

エイリアンに出てきたコールドスリープ用のベッドみたいなもんが並んでて、

いくつかには実際人が入ってる。ははん、なるほど。

 

「そっ。ここで私達艦娘を建造してるの」

 

「やっぱりか!提督から艦娘は人工的に創られた存在ってのは聞いてたが、

ここまでとはな。今、1940年代で合ってるか?」

 

「大丈夫。話すと長くなるけど、ここにある技術は日本でも諸外国でもない、

第三者からもたらされたの。ジョーが履いてる水上移動ブーツもその延長線上の産物。

さあ、立ち話もなんだから座って話そうよ!」

 

明石が俺達をテーブルに招く。

このテーブルも、洒落たビルのロビーに置いてあってもおかしくねえ、近代的な作りだ。

言っちまえば、この空間だけが2017年にタイムトラベルしてても驚かねえくらいだ。

明石がコーヒーを持ってやってきた。

 

「おまたせー!はい、ジョー。コマちゃんは紅茶でよかったよね?」

 

「ありがとう、明石さん」

 

「おう、ありがとよ」

 

俺は明石からマグカップを受け取った。熱いコーヒーが冷えた身体に染みる。

それぞれ一息ついたところで明石が話を再開した。

 

「やっぱり70年後の技術、すごいです。

イーサンもいろんな武器をたくさん持ってました」

 

「そうだね。

特にあの丸鋸は、人類が夢見続けてきた永久機関を完成させちゃってるんだから、

帰すには惜しい存在だったわね」

 

「よっぽど色々やらかしたみてえだな、イーサンの野郎は」

 

「はい。ワタクシ達にとって、特別な人です……」

 

「懐かしいな~ワークベンチで色々作ってたっけ」

 

「俺は銃には頼らねえ。信用できるのは拳だけだ」

 

「ワオ、男っとこらしい」

 

「使うとすれば、背中の投げ槍か……」

 

俺は道具袋を探ってステイクボムを取り出し、テーブルに置く。

 

「こいつくらいのもんだ」

 

「え?なにこれ」

 

「すごく、トゲトゲしてます」

 

「火薬のいらねえ、堅い木片を撒き散らす手製の爆弾。木片でも威力は折り紙つきだ」

 

「ちょっ!そんな物騒なもん置かないでよ!

……でも火薬不要ってのは少し興味が惹かれるわね。ちょっとそのまま」

 

明石がキャビネットから取り出した双眼鏡のようなもんを通して、

ステイクボムをいろんな角度から眺める。

 

「うっわあ……バネになってる曲がった木の板の反発力や、

粘着剤の接着力が絶妙なバランスを保ってて、

爆発しそうでしない天然の爆弾として完成してるわ。殺傷能力も申し分ない。

ローテクなのかハイテクなのかわかんないわね……

でも、うっかりゴッツンコしたら明石達ハチの巣だから、やっぱりしまって?」

 

「へへっ、こいつで黒カビ野郎共をまとめてミンチにすると爽快なんだ。

肉片と体液と木片が空を舞ってパレードを」

 

「あーあー」

 

ステイクボムをしまいながら説明すると、またテストが耳を塞ぐ。

 

「コラ!コマちゃん怯えること言わないの!ジョーと違って繊細なんだから!」

 

「悪い悪い。ほら、もうしまった。爆弾はねえから耳から手をどけてくれ」

 

「ジョー。あんまり怖い話はしないでほしいです……」

 

「お前らが抱えてる大砲の方が危ねえと思うんだが」

 

「それはそれ、これはこれ!ジョーは少し凶暴すぎる!

もう少し女の子との接し方に気をつけて!」

 

「だから悪かったって。俺の武器はこれだけだから、もう大丈夫だ」

 

「本当かしら……」

 

明石が訝しげな目で俺を見る。それを見ないふりをしてコーヒーをまた一口飲むと、

ちょっとした疑問が湧いたから明石に聞いてみた。

右側後方に並ぶポッドの列。今も青白い光を放っている。

 

「なあ、明石」

 

「なに?」

 

「あのポッド、ずいぶん沢山あるが、そんなに大勢の艦娘が必要なのか?

……やっぱり俺と一緒に飛ばされてきたB.O.Wへの対応策なのか」

 

「それは違う」

 

急に明石の雰囲気が締まったものに変わる。なんか事情がありそうだな。

 

「確かにたくさんの艦娘が建造中だけど、建造に取り掛かったのはジョーが来る前。

来るべき戦いに備えてね」

 

「ってことは、深海棲艦と本土決戦でもすんのか?」

 

「場合によってはそれもありうる。

たくさんの娘を作ったのは、とある艦娘を手に入れるために試行錯誤した結果。

艦娘建造システムはまだ未完成で、目的の娘を必ず作れるわけじゃないんだ。

完成までの残り時間である程度どの艦種の娘ができるかはわかるけど、それだけ」

 

「とある艦娘って誰のことだ?」

 

「戦艦の艦娘は珍しくないけど、存在だけが噂されてる最強の戦艦。

やっとその娘の建造に成功したかもしれないの。

建造時間が今までのどの艦種より飛びぬけて長い。

きっとあの娘がこの戦いの切り札になってくれるはず」

 

「う~ん、お前ら一体何と戦おうってんだ?」

 

「姫級です」

 

その時、俺が脅かしたせいで黙り込んでいたテストが、明石に代わって答えた。

 

「深海棲艦もワタクシ達のように艦種によって様々な分類がされていますが、

中でもとりわけ強力で、特定の海域を支配している、

深海棲艦のボスのような存在がいます。それが、姫級」

 

「そう。実は、その姫級が日本近海に姿を表したの。

放置しておけば本土にまでその手を伸ばしてくるのは確実。

奴を迎え撃つために、提督は最強の戦艦の建造に着手したの」

 

「なんてこった。奴はいつぐらいに来る。どんくらい強いんだ」

 

明石は黙って首を横に振る。

 

「わからない。深海棲艦はその行動パターンが一切不明だから、

来月かもしれないし、明日かもしれない。

奴に近づくにも護衛の深海棲艦が多数配置されてるから、偵察にも行けない。

ぶっつけ本番で難敵とやり合うしかないんだ……」

 

「ちくしょう!その最強の艦娘はどこに寝てるんだ?」

 

明石が一番奥のポッドを指さした。

 

「あの娘が私達の切り札……かもしれない」

 

「そうか……」

 

俺は立ち上がって、そのポッドに歩み寄った。

顔だけが見えるポッドの中で、一人の艦娘が眠っている。

そばには心電図や各種測定器があって、一番上にタイマーみたいなモンもある。

ああ、小さく“残り建造時間”って書いてあるな。あと、何分で出来上がる?

……14日22時間27分58秒だぁ!?ふざけんじゃねえ!

 

「おい、起きろ、起きてくれ!」

 

とりあえず俺はポッドをバシバシと叩いてみる。

 

「ちょっとちょっと!何やってんのさ!」

 

「お前がいねえと話にならねえんだ!」

 

今度は近くの計器を殴ってみる。モニターをガシガシ殴るが反応がねえ。

測定器を上から横からバシバシ叩いて気合を入れるが、

相変わらずタイマーはのんびり1秒ずつ刻んでやがる。

 

「お前が化け物ぶっ殺してくれねえと日本がやべえんだよ!」

 

「やめて、ジョー!中の娘がかわいそうです!」

 

「建造中の娘はデリケートなんだから!何かあったらどうすんのさ!」

 

二人に構わず俺はタイマーをガンガン殴る。

強けりゃこの際エイリアンでもいいから、さっさと作れよクソポッド!

 

「コマちゃん!二人でこいつ叩き出すよ!」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」

 

俺が一秒でも建造時間を短縮しようと努力してたら、

いきなり後ろから二人に両脇を掴まれ、すげえ力で近代的なエリアから放り出された。

明石に突き飛ばされ、工廠の床に叩きつけられた。

 

「ジョーはもう建造ドッグ立入禁止!コマちゃんからもそいつ叱っといて!」

 

「ごめんなさい!明石さん、ごめんなさい!」

 

それで、自動ドアが閉じて明石は姿を消した。おお、いてて。ひどい目にあったぜ。

立ち上がって砂を払う。ん?テストがなんか言いたそうに俺を見てるが。

 

「どうして、あんなことをしたんですか?」

 

「少しでも早く最強の艦娘を作りたかっただけなんだ、信じてくれ」

 

「あんなめちゃくちゃなやり方で、艦娘ができるわけないです。

力ずくじゃどうにもならないこともあるんです」

 

「……ああ。俺が悪かった」

 

見た目年齢とは言え、孫くらいの少女に怒られて流石に俺も消沈した。

しょげたままテストと共に工廠から出ると、空から腹に響くような音が聞こえてきた。

思わず見上げると、とんでもねえもんがいやがった。

そいつらの機体には、青い傘のマーク。そして、“UMBRELLA CORPORATION”

 

 

 

──鎮守府上空 アンブレラ社所有ヘリ

 

降下準備を整えた隊長以下総員は、長いロープを投下して、指示を待った。

すぐさま隊長が命令を下す。

 

「降下準備、完了しました。指示を願います」

 

「3名ずつ降下。全員の降下完了まで待機。俺が最後に下りる。

ヘリは放送を続けながら、その後広場に着陸」

 

”はっ!”

 

総員の勇ましい返答が機内に響き、

マガジンやグレネードを装着した防護ベストに身を包んだ隊員達が

次々とロープを滑り降りていく。

2機のヘリのうち、1機が屋外スピーカーでメッセージを放送する。

 

 

《日本海軍の皆様、我々はB.S.A.A時空失踪者捜索部隊です。

我々に攻撃、侵略の意図はありません。国際法に則り要救助者の捜索のみを行います。

この活動は国連特別措置法により認められたものであり……》

 

 

パイロットの放送開始を見届けると、隊長もロープを下り、地上に降下。

先行した部下と合流してチームを編成した。

 

「全員揃ったな。これより作戦名“インビジブル・セカンド”を開始する。

民間人との接触は極力避けろ。不用意に殺傷性のある装備に触れることも禁ずる。

要救助者を確保し、速やかにこの次元から退去する。いいな」

 

“はっ!”

 

そして、隊長は何者かと通信を開いた。

彼が話している間も、艦娘達が突然現れたヘリ2機を遠巻きに見つめている。

 

「転移に成功した」

 

『こちら本部。通信は良好です。彼は無事でしたか?』

 

「いや、今からこちらの責任者と接触するところだ。

二度の次元転移で世界の壁に少なからず影響が出ている。

転移の途中、2名が吐き気を訴え撤退した。要救助者を確保次第、我々も退去する」

 

『わかりました。念のため、随行した輸送ヘリに対深海棲艦兵器を搭載していますが、

くれぐれもご注意を』

 

「わかっている。俺達は戦いに来たわけじゃない。目的を達成後、速やかに撤退する」

 

隊長は通信を終えると、部下を引き連れて本館に向かい、ドアを開けた。

ヘッドアップディスプレイを通して、

ところどころに和洋折衷の意匠が施された玄関ホールが眼前に広がる。

 

「そこで止まれ!」

 

鋭い声が走り、武装らしき物を背負った女性が階段を駆け下り、彼らに砲を向けた。

隊員達もアサルトライフルを構える。だが、隊長がそれを静止した。

 

「全員、武器を下ろせ。下ろすんだ」

 

皆、顔を見合わせながらゆっくりと銃を下ろす。

そして、隊長が酸素フィルタの着いたフルフェイスのヘルメットを脱いで、

女性に話しかけた。

 

「B.S.A.Aアルファチーム、クリス・レッドフィールドだ。提督と面会したい」

 

「お前は……確か!」

 

「ああ。最後の日、イーサンを救出に来た」

 

「長門君も艤装をしまって。……待っていたよ」

 

その時、2階から男性がクリスに声をかけた。彼は階段を下りてクリスの前に立つ。

 

「そろそろ来るんじゃないかと思っていたよ」

 

「久しぶりだな、提督」

 

ジョーの知らぬ間に再会を果たした異世界の存在。

彼らがどのような運命を紡ぎ出すのか、今はまだ謎のままだ。

 

 



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Tape6; Drumfire

「……なるほど、つまり自分の縄張りをうろついていた部下を殴り飛ばして、

デバイスを奪ったと」

 

「だから、そうじゃねえ!

あいつが見ろって言ったんだ。そしたらいきなり気分が悪くなってここにいた」

 

あれから驚いた俺達は、ヘリから降りた連中を追って本館に戻ったら、

長門に連れられて執務室に放り込まれた。

今、俺はガスマスク野郎の親玉から執務室で尋問を受けている。

正面に提督とクリスとか言う親玉。隣にはテストがいる。長門?悪いなそこで立ってろ。

この椅子は二人がけなんだ。そんな目して睨んでも無駄だ。テストには重要な話がある。

 

「偶然隠しフォルダーの設定を解除して、適当に入力したパスワードがヒットして、

よりによってあの動画を再生したと?」

 

「んなもん知らねえよ。適当にいじったらカラーバーだ。ありゃ一体何だ」

 

「お前がこうなった原因、としか話せない」

 

「ああ、クリスすまない。実は彼にイーサンの件については大方話してしまった。

ビデオテープやルーカスのことについてもね。

彼に自分の身に起きたことについて納得してもらう必要があった」

 

「そうか……あまり民間人に公にはしたくなかったのだが」

 

提督とクリスが話し込んでいる。

こっちもこっちで重要な話があるから早めに切り上げてくれ。

テストが不安そうに俺達を見てる。

 

「お前が見た映像は、

そのビデオテープの映像をデータ化して共有フォルダーに保存していたものだ。

もういいだろう、俺達の世界に帰るぞ。

……提督、騒がせたな。日没後に俺達はまた転移して帰還する」

 

「うん、見送るよ」

 

クリスが立ち上がって、ついてくるよう促すが、当然俺が行くはずもねえ。

 

「行かねえよ」

 

「何故だ。本来俺達はここにいるべき存在じゃないことはわかっているだろう」

 

「……提督、なんであのことを言わねえんだ」

 

「あのこと、とはなんだい?」

 

「すっとぼけんじゃねえ!

なんで姫級が日本に迫ってることを黙ってたのか聞いてんだ!」

 

俺がテーブルを殴ると、長門と提督が目を丸くする。

わけのわからないクリスは眉をひそめ、

テストは胸の前で両手を握って悲痛な表情を浮かべている。

提督は顎を触りながら次の言葉を探し、ようやく口を開いた。

 

「どこで、その話を?」

 

「工廠の明石って女だ!

そいつとの戦いに備えて、あんたが最強の艦娘を作ろうとしてることも全部だ!」

 

「あ、提督……明石さんは悪くないです。

ジョーを工廠に連れて行ったのはワタクシです」

 

「いいんだ。……ジョー、それについて話さなかったのは、

恐らく近いうちにB.S.A.Aが迎えに来る可能性が高いと思っていたからなんだ。

現にこうして救出にきてくれたじゃないか。それに、姫級の駆逐は我々の仕事だ。

君達とは無関係だ」

 

「無関係だと!?もう深海棲艦だろうが黒カビクソ野郎だろうが、

同じB.O.Wとして対処することになったはずだろう!特にカビ野郎が問題だ!

元々俺達の世界から現れたバケモンをよその世界になすりつけて、

助けが来たからてめえだけ帰れって、そう言いてえのか!」

 

「落ち着けジョー!

提督はお前の身を案じているのだ。気持ちはわかるが、ここは退くべきだ」

 

「お断りだ!最悪、カビ野郎全部とスワンプマンをぶっ殺すまでは帰らねえ!」

 

「ちょっと待て。スワンプマンとはなんだ」

 

クリスが話に割り込んできた。

まあ俺達が勝手に付けた名前だから、伝わらねえのもしょうがねえが。

 

「俺達が名付けた新型だ。お前らが知ってるかどうかは知らんが、

全身を白っぽい皮で包んで、いろんな寄生虫をくっつけてる。

それで、こっからが肝心だ。奴には喋れないまでも知性がある。

戦い方がプロの格闘家のそれに近い。技、足運び、防御。

考えなしにできることじゃねえ」

 

「知性ある新種か……少なくともB.S.A.Aのデータベースには存在しない。

ジョーはどうやってそれと戦った?銃を持っているようには見えないが」

 

「こいつだよ」

 

俺はAMG-78αを取り出して見せた。

すると、クリスが脇に抱えてるヘルメットから声が聞こえてきた。

 

『クリス!その装備は一体どこで?アンブレラが開発中の試作品です!』

 

「知っているのか?」

 

『ロールアウト直前に技術開発部から紛失しました。

他にも数点の装備が持ち去られた形跡が』

 

「そんなことは聞いてなかったぞ。他には何が?」

 

『ショットガンM21、そしてムラマサの2つです』

 

「ショットガンはわかるが、ムラマサとはなんだ?」

 

「ああ、そいつに関しちゃ俺から説明する」

 

いきなりどっかと通信を始めたクリスに、俺は腰のムラマサを見せた。

淡くピンクに光る刀を端から端まで見つめるクリス。

 

「こいつにゃあな、斬りつけた奴の血を吸って生命力に変える効果がある」

 

「冗談はやめろ」

 

「本当だ。嘘だと思うなら赤城に聞いてみろ。

血ヘド吐くまで痛めつけられた俺がピンピンしてるのも、こいつのおかげだ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「使いすぎると気が狂って相手を殺すことしか考えられなくなる。

だからこれを使うのは本当にヤバい時だけにすることにした」

 

「……提督、赤城という人物に話を聞くことはできるか?」

 

「それには及ばないよ。私も同行した艦娘から話は聞いている。

彼女は嘘や冗談をいうタイプじゃない。保証しよう」

 

その時、ヘルメットからまた通信が届いた。こいつらは一体どうやって交信してるんだ?

 

『クリス、その話は本当です。その刃はアンブレラの捜索隊が発見したもので、

ムラマサという名は本部から付けられた仮称です。

電気ショックで気絶させた牛を用いた実験では、確かに生命体を攻撃した場合に、

急速に止血、造血、体細胞の再生を促す作用が認められました。

そして装備した者の脳波に干渉して、

凶暴性を急激に上昇させる副作用も確認されています』

 

「そんな話は聞いていない。発見したのはいつだ」

 

『あなたの部下の捜索が始まったのとほぼ同時期。隊員が沼地で不審な人影を発見し、

追跡して見失ったところで、それを発見したとのことです』

 

「人影だと?」

 

『ええ、確かに人間の後ろ姿だったそうなのですが、

とんでもない速さで駆け抜けて行ったとのことです』

 

「なぜ出撃前に報告しなかった」

 

『それは……作戦目標とは無関係ですし、

ムラマサに付着している物質の分析もまだ済んでいなかったので』

 

「分析が完了したら、また何か造るつもりじゃなかったのか。

少なくともB.S.A.Aに報告を上げる時間はあったはずだ」

 

『聞いてクリス。もう我々はアンブレラであってアンブレラじゃないの。

前にも話したじゃない。

本部に上げようにも、実物が紛失したからどうしようもなかったのよ』

 

「傘の色が変わろうが、アンブレラは執行猶予付きの有罪判決を受けた企業に過ぎない。

B.S.A.A管理下のもと、バイオテロ被害者への賠償と、

バイオテロ撲滅のためにだけ武力を行使することが許されている。

B.S.A.A認可外の研究開発は厳禁だ。それを忘れるな」

 

『だからクリス、付着物質の正体がカビの汚染と……いえ、いいわ。

続きは帰ってからにしましょう。話を続けてちょうだい』

 

「その前に、関係者全員の身辺調査を行うんだ。

ムラマサはともかく、ロボットアームはアンブレラの開発品だろう」

 

『もうやってるわよ!』

 

剣呑な雰囲気だな。なんか喧嘩をおっ始めやがったぞ。

そういやこいつら、アンブレラのヘリに乗ってきたが、

結局B.S.A.Aなのかアンブレラなのかどっちなんだ?

 

「戻る前に犯人を見つけるんだ!切るぞ。

……はぁ、済まない。すっかり話が脱線してしまった。

確か、スワンプマンという新種のB.O.Wと、

なぜかジョーがアンブレラの試作品を持っているという話だったな」

 

少し興奮気味のクリスがコップの水を飲んで続けた。

 

「うむ、ジョーの装備品は1階のアイテムボックスに入っていた。

彼自身には何の心当たりもないようだが」

 

長門が補足する。そうだ。このAMG-78αとムラマサは、

俺のものにしか見えないあの箱にいつの間にか入ってた。

 

「アイテムボックスか……

イーサンにEネクロトキシンを届けるために使用した箱が、今回も?」

 

「そうなんだ。1階の階段隅にある。今回もジョーがこの世界に来る少し前に現れた」

 

「状況としてはイーサンのケースとほぼ同じ、か……」

 

クリスが腕を組んで考え込む。だが、やっぱり浮かび上がるのは一つの疑問。

 

「なぜルーカスが死亡した今になって、こちらの世界のB.O.Wが現れるようになった?」

 

「それについては散々協議したけど、やっぱり答えは出なかったよ」

 

そこで俺は一番肝心な問題をぶつける。

 

「それで結局お前らはどうするんだよ。俺は帰るつもりはねえ」

 

そして、悩みに悩んだクリスが告げた。

 

「B.S.A.Aはバイオテロ鎮圧及び抑止を目的として結成された組織だ。

モールデッドが出現し続ける状況を見過ごすわけにはいかない。

出現次第排除、そして発生ポイントを特定・破壊する必要がある。

……提督、今回は少し長丁場になりそうだ。

この場所をしばらくの間貸してもらえるだろうか」

 

「もちろんだとも。B.O.W撃滅のスペシャリストがいると心強い。

3階の部屋は全て客室になっているから、好きな部屋を使ってくれ。後で鍵を渡そう」

 

「すまないな」

 

「おーし、やったぜ!テスト、俺達は必ず自分の世界のB.O.Wを殲滅する。

お前達は安心して姫級との戦いに集中しろ」

 

「……絶対、無理はしないでくださいね」

 

テストがそっと俺の手を握って言った。

……そう言えば、年の頃はゾイと同じくらいだな。

 

「だが、危険な真似はするな。お前はあくまで民間人。

モールデッドとの戦いは俺達の仕事だ」

 

「邪魔はしねえよ。敵を見つけてぶん殴る。それ以外のことはしねえ」

 

「いいのかい?彼を連れて帰らなくて」

 

「イーサンの事件で何度も時空を転移した影響が世界の壁に現れている。

転移は次の1回で最後にしたい」

 

「そうか。それまでの生活については心配しなくていいよ。

本来の任務に尽力してほしい」

 

「重ねて礼を言う。では、一旦俺達は失礼する」

 

すると、クリスがまたフルフェイスのガスマスクを被り直した。

そして立ち上がった直後、昨日聞いたばかりのサイレンが鳴り響く。

また、スワンプマンか?

 

《警告!鎮守府内全域にB.O.W発生!

総員第一種戦闘配備、発見次第敵性生物を排除せよ!繰り返す……》

 

「来やがったな、スワンプマン!」

 

「全員出動だ。2チームに分かれて敵を相当する。

ヘリオス隊は敷地の北西、俺を含むマスタング隊は北東エリアで迎え撃つ。

地形は頭に叩き込んであるだろうな」

 

“はっ!”

 

クリスが部屋の外で控えていた隊員に指示を飛ばす。

となると、当然残りの南側は俺の担当ってことだ。腕が鳴るぜ。本当に鳴るんだが。

馬鹿なことを考えているとクリス達に先を越された。

もう階段を下りて外に出るところだ。

俺も執務室から飛び出そうとすると、テストに呼び止められた。

 

「待ってください!ワタクシも戦います!」

 

「やめとけ。さっき工廠で聞いたような出来事が目の前で起きるんだぞ」

 

「それでも、ワタクシは……大丈夫です!約束したんです、戦うって!」

 

「……いいか?絶対俺より前に出るんじゃねえぞ。

ただ突っ込んでるように見えてるだろうが、安全危険を考えて間合いを取ってる」

 

「はい、攻撃はこの子達がしてくれます!」

 

テストは懐から小さな戦闘機の模型を2つ取り出した。

それで何がしたいんだ、と言いかけたが、

彼女達の装備が見た目以上の能力を持っていることを思い出した。

 

「じゃあ、背中は頼んだぜ!」

 

「はい!」

 

「ジョー、気をつけろ!すまないが私は提督をお守りしなければならない。

ここにB.O.Wが乗り込んでこないとも限らないからな!」

 

「おう、長門も後は任せた!」

 

そして、俺とテストは本館から飛び出す。目の前はまさに地獄。

艦娘とB.O.Wの総力戦が繰り広げられていた。

四方から機銃弾、主砲の砲声、バケモンのうめき声が聞こえてくる。

くそっ、とにかく殺すしかねえ!広場を見回すと、見知った顔がいた。

 

「おい、駆逐艦はオレの後ろから機銃を浴びせろ!

隙のでかい主砲は俺に任せて、ヤバくなったら迷わず後退だ!」

 

「任せて!」「なのです!」「当たって!」

 

天龍が水兵服を来た子供3人とグループでモールデッドの群れと戦ってる。

やべえな、数が多すぎる。普通のやつ4体、右腕が刃になったやつ3体。

それと……また新型か?両腕が刃になった奴2体が約10m間隔で迫ってる。

普通のやつは天龍達に任せるとして、俺達は後続の新型を片付けねえと対処が遅れる。

鋭い両腕を食らうと間違いなくやべえ。

 

「テスト、お前の航空機で何ができる!?」

 

「瑞雲とLaté 298Bで機銃掃射と爆撃ができます!」

 

「あの両腕が硬そうな奴をぶっ潰してくれ、俺は真ん中に奇襲する!」

 

「はい!」

 

返事を聞くと同時に、俺は跳ねるように駆け出した。

中央の片刃のグループに、わずかに15度程度後方から接近し、1体目に飛びかかる。

そして肩を掴んで膝を付かせ、両腕の筋肉に瞬間的に全力を込めて首をへし折った。

こいつらは耳がねえから、視界にさえ入らなきゃ先制攻撃は楽勝だ。

 

ヴェアアアア……

 

流石に他の2体が気づいて俺に刃の腕を振り下ろすが、やっぱり遅え。

AMGで力を増した左腕と鍛えた右腕で猛烈なパンチの連打を仕掛ける。

攻撃態勢を崩され、後ろに倒れる2体目。となれば、やることは一つだ。

右足で思い切り頭部を踏み潰す。だが、ちょっと懐に入りすぎたみてえだ。

3体目の攻撃に回避が間に合わねえ。とっさに両腕でガードする。

 

叩きつけられた重く鋭い刃物をどうにか両手で受け止めたが、すげえ痛え。

痛みを振り払うように軽く左手を振って、左右の状況を確かめる。

左、天龍達が普通のモールデッドを殲滅する寸前だ。もう心配はいらねえだろう。

右、新型の両腕刃が接近中だ。チッ、実質3体の相手は結構キツそうだ。

 

その時、マフラーを外したバイクの排気音のような爆音が降ってきた。

見上げると、一対のフロートを備えた航空機が急降下してきた。

2機の航空機は空から機銃掃射を行い、新型2体に鉛玉の嵐を食らわせる。

なるほど、テストが持ってた模型か。

新型は上空からの急襲に少なからずダメージを受け、ふらついてる。

1体は片方の腕を弾き飛ばされた。チャンスだ。

 

《チャージ開始》

 

まずはこいつを片付けねえとな。

俺は片刃のモールデッドから数歩距離を取り、AMG-78αにチャージを始めた。

焦るな。こいつらは四つ足を除いて基本的に走ることもできねえ。

両腕もテストが足止めしてくれてるから問題ねえ。

片腕がノシノシとこっちに近づいてくる。

来いよ、あと3秒くらいでテメエをぶちのめしてやる!

 

《チャージ完了》

 

おし!奴が右腕を振り上げた瞬間、俺が左腕を放った。衝撃波で周囲に一陣の風が吹く。

一瞬の差で、機械の腕が敵の頭を粉砕する方が早かった。

肉片とヘドロを撒き散らしながら、モールデッドは右手を上げたまま後ろに倒れた。

 

はしゃいじゃいられねえ。状況を確認。左、天龍隊が普通のモールデッドを殲滅。

俺に向かってなんか叫んでるが、あちこちで弾ける銃声で聞こえねえ。

ん、右だ?……なんてこった!両腕野郎がテストに迫ってやがる!

 

俺は急いで駆け出し、助走を付けて、

片腕をもがれた1体にドロップキックを食らわせた。

重心に飛び蹴りを食らったそいつは、真横に倒れる。

倒れたってことは、次にやることはいつもと同じだ。

 

「オラァ!」

 

残った刃の腕を根本から踏み潰して無力化する。頭狙ってる暇がなかった。

構わず最後の1体に向き合い、拳の連打。

だが、すぐに死んでくれるほどヤワでもねえみてえだ。

俺の拳を浴びながらも、奴は刃の両腕で二回連続攻撃を放ってきた。

接近戦だから避ける間もなく、両腕でガード。ちくしょう、やっぱり痛え。

血が飛び散って顔にかかる。

 

「ジョー!しっかりして!」

 

「下がってろテスト!奴の相手はこの俺だ!」

 

この程度の怪我でムラマサを振り回すわけにはいかねえ。今は赤城もいねえしな。

なら、迅速にぶっ殺す、それだけだ!俺は改めて攻撃に転ずる。

左、右、そして、右の素早い連打から繰り出すジャブをぶちかました。

すると奴の片腕が根本からちぎれた。

 

キシャアア!

 

ははん、ブレードは硬そうだが、付け根は見た目ほどの耐久力はないのかもしれねえ。

ならこいつを試してみるか。

 

《チャージ開……》

 

チャージ完了を待たずに、そこそこ充填したAMGのパワーを、

残った腕に何度も何度も叩き込む。苦しみながら奴が後退する。

なるほど、限界が近いってわけか。今、楽にしてやるよ!

俺は左右の拳で最後のラッシュをお見舞する。

 

「オラオラオラオラ!!」

 

すると、ブチィッ!という気色悪い音と共に奴の腕がちぎれ、

はるか遠くに飛んでいった。金切り声を上げて苦しむモールデッド。

こうなったらもう通常種と変わらねえ。

俺は、地面を這いつくばっている始めの1体の頭を踏み潰すと、

今度こそAMGにエネルギーを最大まで溜め込む。

 

《チャージ開始》

 

チャージ開始と同時に、

俺は苦しみながらうろつく元両腕モールデッドの腹を蹴り飛ばして距離を取った。

奴がつまづいて後ろに倒れる。

2段階目!コアが唸りを上げてさらにエネルギーを増大させる。

立ち上がろうとするモールデッドを蹴飛ばし、片足で踏んづけて地面に固定する。

両手を失った奴に逃げる術はねえ。

 

《チャージ完了》

 

とうとうさよならだ。俺は左腕を構え、モールデッドの頭部に狙いを定める。

 

「あばよ、なかなか面白かったぜ」

 

そして、俺はフルチャージしたAMG-78αの力を乗せた左拳を地面に叩きつけた。

拳はバケモンの頭だけでなく、真下の石畳も粉々にして、

爆発音のような巨大な音と爆風を巻き起こした。

皆、風に煽られないように身を低くする。

後に残ったのは、頭のなくなった敵の死体と砕け散った石畳。

周りを見て敵の姿が消えたことを確認すると、天龍が駆け寄ってきた。

 

「なんだよ、誰かと思ったらやっぱりジョーじゃねえか。

危ねえだろ、機銃の射線上に入ったら」

 

「考える前に身体が動いちまうタイプでな。

ところでこのバケモン共はどっから来たんだ?」

 

「年寄りが無茶すんじゃねえぞ。とりあえず今の敵は、西の雑木林から押し寄せてきた。

たまたまここで遊んでたオレ達が応戦してたけど、後の展開は説明するまでもないだろ」

 

「悪りいな。こいつらは俺が片付けなきゃならねえんだよ」

 

「ま、みんなも無事だったしいいけどな」

 

天龍の周りに、いつの間にか一緒に戦ってた子供たちも集まってる。

 

「本当に拳で怪物と戦うなんて、何考えてるの!?」

「あんまり、おっきな音は出さないでほしいです。びっくりしちゃいます……」

「一人で無茶はなさらないでください。今度は、三日月達の武器も効くんですから」

 

「あー悪かった。これからはできるだけ静かに殺すように頑張る」

 

「反省してねえだろ」

 

「そうです!両手だって血が出てるじゃないですか!ほら、このハンカチを……」

 

テストもお冠だ。

心配してくれてるのはありがたいが、後ろから大声出すなよ。びっくりするだろ。

 

「心配いらねえ」

 

俺は道具袋から回復薬を取り出すと、ドボドボと腕に振りかけた。

数回のガードで出血し痛めた腕が、瞬時に止血され腫れも引いていく。

すっかり治った腕を見せてとりあえず皆を安心させる。

 

「へぇ。色々持ってんだな、ジョー。それ、お前が作ったのか」

 

「ああ。触媒になる薬液とイモ……肉を調合すると、

相互作用で滋養強壮効果が倍増する。それより、こいつらは西から来たって言ってたな」

 

「そうだ。雑木林からワラワラと湧いて来やがった」

 

俺は針葉樹が生い茂る雑木林を見つめる。

今はモールデッドの姿もないが……わかるぜ、あいつの気配がよ。

何も言わず遊歩道に足を踏み入れる。

 

「待ってください、ジョー!一人で行く気なんですか?

林の中では航空機での援護が……」

 

「いらねえ。あいつとは俺がケリを付けなきゃいけねえんだ。

天龍も他の奴を手伝ってやれ」

 

「でもよう……ん~!絶対死ぬんじゃねえぞ!」

 

「当たり前だ、俺のKO勝ちに決まってる」

 

後ろに手を振ると、俺は薄暗い雑木林の奥に進んでいった。

 

 

 

 

 

少々時を遡る。

クリス・レッドフィールド率いるマスタング隊3名は、

艦娘宿舎を中心とした北東エリアを目指して坂道をひた走っていた。

道中に出現したモールデッドを、隊員がアサルトライフルの集中砲火で貫きながら、

敵の集まるエリアを探していた。

 

すると、やはり大勢のモールデッドが艦娘宿舎に向けて、

よたよたとした足取りで集まっていた。

艦娘達も応戦しているが、百鬼夜行の如く迫りくる数に押され気味だ。

クリスはすかさずグレネードのピンを抜き、モールデッドの列に投げつけ、

艦娘達に叫ぶ。

 

「伏せろ!」

 

次の瞬間、炸裂したグレネードがモールデッド数体を粉砕し、敵の列を乱した。

その隙に艦娘達と合流したクリス達。

皆、突然現れた兵士3人の姿に驚くが、ヘリからの放送を思い出し、

すぐに平静さを取り戻す。加賀がクリスに問いかけた。

 

「貴方達が、B.S.A.A?」

 

「アルファチーム隊長、クリス・レッドフィールド。

ここは敵を二分するべきだ。一つに固まると押し切られる」

 

「ちゃんと銃は持っているんだろうな?無鉄砲な命知らずはジョーひとりで十分だ。

こちらの寿命が縮む」

 

「こいつが見えないか?」

 

クリスは、バレルに多数の吸気口が開いた大型ショットガン、

トールハンマー<A.W.モデル02>を武蔵に見せた。

 

「なるほど、それが70年後の武器か。陸軍のやつらが喜びそうだ」

 

「立ち話をしている暇はない。俺達は南に周る。

お前達は引き続き宿舎の防衛に当ってくれるか?」

 

「任せておけ」

 

クリス達が南側に迂回すると、体勢を立て直したモールデッドの列が二手に分かれ、

一方がマスタング隊、もう一方が艦娘に向かい、艦娘達の負担が軽減された。

そして、クリス達が押し寄せるモールデッドに銃を向ける。

 

「ファイア!」

 

両脇の隊員はアサルトライフル、

クリスは強力なハンドガン・サムライエッジ<A.W.モデル01>で正確に敵の頭を狙い撃つ。

時折、頭部への銃撃に耐えきった敵が、よろめきつつ体勢を立て直そうとするが、

 

「はぁっ!!」

 

瞬時に間合いを詰めたクリスが鉄拳を叩きつけ、

周囲の敵を巻き込みつつモールデッドを粉砕する。そろそろ敵の数が増えてきた。

クリスは武器をサムライエッジからトールハンマーに切り替え、

ブレードモールデッド、高速で這い回るクイックモールデッドを、

12ゲージ弾の衝撃波と散弾で粉々にする。

装弾数の多いトールハンマーは、敵にほとんどリロードの隙を見せることなく、

マスタング隊に向かってくる敵を確実に仕留めていった。

 

 

 

 

 

一方艦娘達も、B.S.A.Aの加勢で敵戦力が分散され、状況が好転した。

 

「くそっ、結局パンチじゃないか!」

 

武蔵が15.5cm三連装副砲の三連射を、

ファット・モールデッドに正確にヒットさせながら愚痴る。

深海棲艦用の武装をまともに食らった肥満体は爆発する間もなく吹き飛んだ。

 

「フッ、戦い方まで力づくとは、アメリカ人らしいな」

 

グラーフ・ツェッペリンが、腰のケースからカードを1枚ドロー。

艤装の飛行甲板にセット。すると、カード情報が実体化し、戦闘機・Bf109T改に変化。

機体は瞬時に加速して飛び立ち、モールデッドの群れに襲いかかった。

 

Bf109T改は敵の上空から機体をガタガタ揺さぶりつつ20mm機関砲を発射。

無数の焼けた機銃弾が密集したモールデッドに突き刺さる。

機体が飛び去ると同時に体液、肉片が舞い上がり、着実に数を減らしていった。

その時、南の方角からドォン!という轟音が響いてきたので、

思わず二勢力とも、本館の方を見た。

 

 

 

 

 

そして。

 

「てめえ……さっきはよくもやってくれたな」

 

俺は両手の指を鳴らしながら、奴と対峙する。薄暗い林の中。

そいつはじっと立って待っていやがった。まるで俺が来るのを知ってたみたいにな。

いいじゃねえか。やろうぜ、第2ラウンドだ!俺が地を蹴る、奴が拳を振りかぶる。

タイミングは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

──大ホッケ海北方

 

占守島近海。

吹雪や流氷の絶えることのない極寒の海で、彼女は護衛を下がらせ、ひとり佇んでいた。

その白い肌にただ一枚のマントを羽織り、瞳を閉じて何者かと心を通わせている。

 

『私の声が聞こえる?あいつらがそっちに行った。きっと貴女のところにも、すぐ』

 

「モンダイハ ナイ ワレワレノ ショウリガ ユラグコトハナヒ」

 

『エヴリンが殺された。奴らに殺された。みんな殺して、必ず。今度は、私達の番』

 

「イハレナクトモ カンムスモ ニンゲンモ ワレラガ ウツ」

 

『そう。自分の都合で私達を造り、殺し、また造る。

創造主を気取る人間達を、全て消し去るの。そのために、私の欠片をあげたんだから』

 

「ワルクナイ オマエノ チカラ オモシロヒ」

 

彼女は、その細指を滑らせながら、自らの腕を眺める。

無限の命を得た自分に不可能はない。日本は既に我が手中。

今度は彼女が問いかけた。

 

「オマエハ ナニモノ ナゼ ワレワレニ クミスルノカ」

 

僅かな間。そして帰ってきた答え。

 

『私も、生まれたかったの』

 

「……オマエトハ ワカリアエル キガスル」

 

『それじゃあ。今日はこれが精一杯。そっちの動きは任せるわ』

 

「マテ」

 

『なあに?』

 

「オタガイ ナナシ デハ フベンデ アロウ ワタクシハ 北方水姫 オマエハ?」

 

『そうね……奴らは名前なんてくれなかったけど、Dorothy(ドロシー)と呼んで』

 

「ソウカ ドロシー マタ レンラクヲ ヨコセ」

 

『わかった。じゃあね』

 

ドロシーと思念での会話を終えた北方水姫は、また流氷の広がる北の海に視線を戻した。

この生命の存在を否定するほど凍える海が、やがて灼熱の炎に包まれるのだが、

それはまだ先の話である。

 

 



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Tape7; Open the Door

──本館前広場西 雑木林

 

立ち並ぶ針葉樹が陽の光を遮る、薄暗い道で向かい合う俺と奴。

さぁ、今度こそ決着をつけようぜ。

視線の先にいるそいつを睨みつけながら、ガッと左手を握る。

 

《チャージ開始》

 

「うおおおお!!」

 

『グオアオオオ……』

 

俺はAMG-78αにチャージしつつ遊歩道を駆け、スワンプマンに突撃する。

こっちを視認した奴も、その巨体を右に大きくひねり、必殺の拳を構える。

二人の距離がほぼゼロになり、その呼吸が聞こえるほどに接近した瞬間。

 

《チャージ完了》

 

両者、拳を放った。

俺の拳が烈風を孕みながらスワンプマンの顔面に突き進むが、

奴の全体重が乗った拳とぶつかり合い、二つの破壊力は互いを弾き飛ばす。

相変わらず頑丈な野郎だ。だが、こうでなきゃ面白くねえ……!

俺はすかさず両腕を構えて、素早いノーチャージのパンチを2、3発奴にぶち込む。

やっぱり黒い体液を僅かに飛び散らせたスワンプマンは、バックステップで距離を取る。

 

後退した奴に再度チャージ攻撃を叩き込むべく、左手を握りしめる。

例のシステム音声と共に左腕の筋力が急上昇。

チャージ完了を待ちながら、転ばないようすり足で距離を保ちながら隙を窺う。

 

《チャージ完了》

 

攻撃のチャンス。俺は構えを取らず歩み寄ってくる奴にダッシュで接近。

フルチャージしたAMGを顔面にヒットさせた。

やっぱりこの一撃はデカブツにとってもキツいらしい。

呻き声を上げて顔を押さえてかがみ込む。チャンスだ。

俺は動けないそいつに、ひたすら左右の拳で殴る。

だが次の瞬間、奴が枯れた大木のような腕で俺を振り払った。

右下から胴を重い力で打たれた俺は思わず咳き込む。ちくしょう、欲をかきすぎた。

 

すぐさま後退して様子見に回る。

スワンプマンは立ち上がると、俺に近づきつつ、斜め上からの四連打を放ってきた。

こいつは強力だが4回全部まともに食らわなきゃ問題ねえ。

俺はガードしてひたすら耐える。でもガードだって万能じゃねえ。

確実にダメージは受けている。腕を通して衝撃が胴を叩く。

 

「ぐうっ……!」

 

ちょっとやべえな。4度目の攻撃が終わって、奴の動きが終わった瞬間、

脇を走り抜け、奴の後方に離れたところで回復薬を左腕に使う。

腕の皮膚から急速に吸収されて、ボロボロの身体を治してくれる。

それはいいが、このAMG、防水仕様になってるんだろうな?

瑣末な事を考えながら、また左腕に拳を作り、チャージ開始。

同時に大技を放ったスワンプマンも体勢を立て直し、俺を殺しに来る。

今度は立ち回りを変えてみるか。

 

チャージ完了を待ちながら、俺は奴を中心に円を描くように逃げ続ける。

当然奴は追いかけてくるが、どういうわけか走って追いかけてくることがねえ。

慎重な歩み寄りかステップ移動のどっちかだ。

俺はダッシュでタックルをかわし、飛びかかりの両腕振り下ろしも回避。

その時ようやくチャージが完了。走って一気に間合いを詰める。

 

そして、2発目のフルチャージを浴びせる。……よっしゃ、今度はキマったぜ!

スワンプマンのボロ雑巾みたいな顔面に、強力なフィニッシュパンチだ!

すると、奴がよろめいて四つん這いになり、苦しそうな呼吸をする。

おーし、今楽にしてやるよ!

 

「くたばれ!」

 

俺は奴の頭側から胴に両腕を回し、身体を丸ごと持ち上げ、

硬い遊歩道に全力で頭を叩きつけた。

渾身のパワーボムを食らったスワンプマンは、背中から黒い体液を噴き出して倒れ込む。

 

「へへっ、どうした!」

 

人間なら脳髄が粉砕されて死んでるとこだが、

頑強な骨格と分厚い筋肉に守られたスワンプマンは、残念なことにまだ生きてやがる。

とは言え、さすがに今の攻撃がかなり効いてるみたいだが。

立ち上がって反撃を試みるが、明らかに攻撃が破れかぶれになってる。

当たりゃしねえよ、ノロマめ!

 

ただ力任せのパンチを回避し、ガードで軽くいなし、隙を見て数回殴る。

勝ちは時間の問題だ。その時、奴が初めて見る行動を取った。

両腕を上げて、鳴き声を上げる。

 

『グルルル……』

 

気づいた瞬間、走って俺に接近し、大きな両腕で俺の首を締め上げた。

やべえ、回避が遅れた!

並外れた握力でギリギリと俺の首を絞めながら、身体を高く持ち上げ、

硬い地面に叩きつける。

 

「げはっ!!」

 

こいつは、効くな……どっか骨にヒビが入ったかもしれねえが、気にしてる暇はねえ。

奴はまだ目の前にいる。

 

「汚え手を使ってんじゃねえよ!」

 

ファイティングポーズを取って仕切り直しだ。

奴も、俺も、拳を構え、目の前の敵に殺意を走らせる。

緊張が極限まで高まった瞬間、スワンプマンが突進してきた。

そして大ぶりの右ストレートを放つ。

 

「おっと!」

 

すかさず左手で受け止める。

間髪を入れず俺が右パンチを繰り出したが、今度は俺の拳を握られた!

両者、敵の腕を振り払うべく全ての力を振り絞り、腕力の鍔迫り合いを繰り広げる。

そして、一瞬スワンプマンが左腕のバランスを僅かに崩した隙を突いて、

奴の手を振り払い、奴の頭に掴みかかった。

同時に左手を振りほどき、首を折ろうと両手で頭にしがみつき、顔を両手で握りしめる。

 

すると、顔面を覆っていた表皮が砕け、そこには。

 

「……ジャック!?どういうことだ!」

 

顔中にムカデを這わせた人間の顔。そう、紛れもない実の弟。

 

「どうしたんだジャック!俺だ、兄貴のことを忘れたのか!」

 

『ゾ、イ……』

 

「なんだと?どうして、お前がゾイを……」

 

何故だ!?

俺が戸惑っていると、ジャックは笑うかのような呻き声を上げながら、

右腕を振り上げ、俺に強烈なパンチを食らわせた。

まともに奴の拳を食らった俺は後ろに放り出され、徐々に視界が暗くなっていった。

遠くに複数の銃声を聞きながら。

 

 

 

──本館 医務室

 

俺が目を覚ましたのは、病院みてえな部屋のベッドの上だった。

くそ、まだ頭がぼやけてやがる。

 

「目が覚めたわ!みなさん、ジョーが目を覚ましました!」

 

気づくとそばにテストがいて、彼女の声でどこにいたのか提督達が集まってきた。

 

「ジョー、気がついたんだね。命に別状がなくてよかったよ」

「一体何があったのだ、あんなところで倒れて!」

「お前がいた辺りで、大きな爆発音があった。心当たりは?」

「よかった……ちっとも返事をしてくれないから、ワタクシ、もうだめなのかと……」

 

ああ、うるせえ!あの後結局どうなったんだ。

俺は身体を起こして……誰に聞けばいい。

とりあえずB.O.Wに詳しいらしいクリスに聞いてみた。

 

「……おいクリス。バケモン連中は、どうなったんだ」

 

「B.S.A.Aと鎮守府の戦力で制圧に当っていたが、

突然死んだモールデッドのようにヘドロになって消滅した。今度はこちらの番だ。

お前が戦っていた南エリアで起きた爆発音について心当たりは?」

 

「俺がぶちかましたAMG-78αの全力パンチだ。

カビ野郎がすっ転んだところにフルチャージをぶち込んだからな。

地面ごと派手にぶっ飛んだぜ」

 

「それほど強力な兵器なのか。そのロボットアームは」

 

『それについてのスペック一覧がある。デバイスに送信したから確認してほしい』

 

「イーサン?何故お前が」

 

イーサン。

クリスの口からその名が出た瞬間、一同に驚きが走る。

かつて、数奇な運命からこの世界に転移し、

ただの民間人でありながら皆とB.O.Wや深海棲艦と戦った、不屈の精神を持つ男。

 

『何故もなにもクリス、少し彼女にきつく当たり過ぎじゃないか。

有給を使って早退してしまったぞ』

 

「B.S.A.Aに必要な情報提供を怠った。それに対して抗議するのは当然の義務だ」

 

『確かにアンブレラの人間かもしれないが、彼女はオペレーターであって、

研究員でもなんでもないんだ。もう少し態度を柔らかくしてもいいと思うぞ?』

 

「そんなことはどうでもいい。何故お前が通信を寄越す」

 

『誰かさんにガミガミ怒鳴られた傷心の彼女のピンチヒッターさ。

それより、スペック表を見てくれ。あくまで完成品のものだけど』

 

クリスはデバイスを取り出すと、病室の真っ白な壁に黄色いライトを当てた。

すると、プロジェクターのように1通のドキュメントが投影される。

近未来的な装備に艦娘や提督が見入っている。

 

「あのガスマスク野郎が持ってたのと同じだな」

 

「少し黙っててくれ、ファイルを読んでいる」

 

 

 

製品名:AMG-78

 

運搬作業における作業員の負担軽減を目標に開発。

 

腕に装着することで神経パルスを検知。

アクチュエータと連動し、最大50馬力以上の出力が可能。

最新鋭のショックアブソーバー搭載で人体への反動ゼロを実現。

 

スペック

最高出力 78AP/6000r.p.m

最大トルク 155N・m/4500r.p.m

機体重量 5.5kg

 

 

 

提督やクリスは熱中してるが、なにがなんだかさっぱりだ。

とりあえずこいつはこれからも俺のもん。だったらそれでいい。

 

「これが、70年後の技術なんだね……レ級を倒せた話もこれなら納得だよ」

 

『彼が持っているのはプロトタイプだから、まだスペック通りの出力は出せないけどな』

 

「やはりこんなものを開発しているとは聞いていない。イーサン、B.S.A.Aの上層部に、

アンブレラの秘密主義を今すぐ解消させるよう具申してくれ」

 

『冗談よせよ。俺はまだ入局して1年も経ってない新米だぞ?

そういうのはオリジナル・イレブンのクリスの方が通りやすいだろう』

 

「しばらく帰れない可能性が出てきた。お前から上に伝えておいてくれ。

新型B.O.W撃滅に数週間単位の時間がかかると」

 

『新型?……状況がよくわからないが、とにかく伝えておく。それじゃあ、一旦切るぞ』

 

「ああ、よろしく頼……」

 

「待って!」

 

その時、艦娘の一人がクリスのヘルメットに飛びついた。

そして、マイクの向こうのイーサンに呼びかける。

あ、そうだ!俺も奴には言いたいことがある!

 

「イーサン!そこにいるの?イーサン、ワタクシです。コマンダン・テストです!

本当に、あなたなの?」

 

『テスト!君なのか……?』

 

「そう、ワタクシですイーサン!無事に帰れたんですね。本当に、良かった……」

 

『君も、元気そうで何よりだ。俺は……大丈夫、俺も元気でやってるよ』

 

嘘はついてねえが、肝心なことを隠してるって声だな。

テストが気づいてねえなら、俺から何か言うつもりはねえが。

あっ、クリスがヘルメットを取り上げて被っちまった!

 

「すまないが、そこまでにしてくれ。既にB.S.A.A局員になったイーサン含め、

本来俺達は作戦行動中の必要以上の民間人との接触は禁じられている」

 

「ちょっとぐらい良いじゃねえか!

俺にも貸せ、イーサンの野郎に言いたいことが山ほどある!」

 

「その“ちょっとぐらい”が原因で死亡した隊員は数知れない。

確かに彼が前線で戦うことはないが、

その油断した考え方が部内に広がれば無為な犠牲を生むことになる」

 

「……わかりました」

 

「ふん!ケチな野郎だ」

 

「ジョー、お前には聞くことがある」

 

俺の悪口を無視してクリスが問いかけてきた。

 

「あの雑木林で何があった?

コマンダン・テストが、お前が林の奥へ入っていくのを見たのが最後だ。

俺達が突入してここに搬送するまでの出来事を話してくれ」

 

「その話か……俺は、あそこでスワンプマンと戦ってた」

 

「それで?」

 

自分自身でも未だに自分の記憶が信用できねえ。だが、やっぱり俺は見たんだ。

実の弟を見間違えるわけがねえ。

 

「しばらく殴り合いが続いた後、取っ組み合いになって、

奴の仮面みたいな皮が剥がれたんだ」

 

「そこで、何を見た」

 

「ジャックだった!俺の弟だ、間違いねえ。

身体はバケモンになっちまってたが、はっきりわかる。

あの目はジャック以外にありえねえ!

しかも、しかもだ!あいつもゾイを探してた!確かにゾイの名を呼んだんだ!」

 

皆に戦慄が走る。ジャック・ベイカー。

かつてイーサン・ウィンターズが幾度に渡り撃退したが、

ベイカー家の中でも異常とも言える驚異的な再生能力で何度も蘇り、

彼らを苦しめ続けた。そしてジャックは、本館屋上での決戦で、

強力な近接戦闘武器を持ったイーサンによってとどめを刺され、完全に死亡した。

はずだった。

 

「そこで、驚いた俺はうっかりジャックからキツい一発を食らって伸びちまった」

 

「くっ!ジャックが、まだ生きていただと?馬鹿な!」

 

「彼の死骸がこの世界に残ったことから、可能性はゼロじゃないとは言え……

それに、完全に転化が進んでいるのに、なお家族を?」

 

長門も提督も驚きを隠せないようだが、一番驚いてんのはこの俺だ。

 

「畜生、ジャックの野郎……どうしちまったんだ」

 

「ジャックがお前を連れ去ろうとした時、

コマンダン・テストの救援要請を受けた俺達が駆けつけて、

間一髪で助けることができた」

 

「なるほど、そういうことかよ……」

 

「クリスさん、ワタクシは名前が長いので、テストと呼んでください」

 

「助かる、テスト。改めてよろしく頼む」

 

「こちらこそ」

 

クリスとテストが改めて自己紹介するのを意識の隅で聞きながら、

俺はベッドに座り込んで、ただ真っ白なシーツを見つめて考え込んでいた。

ジャック。お前は今、どこで何してやがんだよ……!

 

 

 

──本館3階 客室

 

翌日。

クリス・レッドフィールド率いるB.S.A.A時空失踪者捜索部隊は、

提督から提供された客室での生活を開始した。

クリスもまた、その一室で銃の手入れに余念がなかった。

その時、小さな足音が近づき、部屋の前で立ち止まってコンコンとドアをノックした。

反射的にサムライエッジに手が伸びる。

 

「誰だ」

 

「あ、あの。ビーエスエーエーの司令官様ですか?

巻雲は、駆逐艦・巻雲と言います~

お洗濯をさせていただきますので、皆さんの服をお預かりするように、

鳳翔さんから言われてきました。

あと、皆さんの着替えの服を作りたいので、

サイズも聞いてくるように言われましたで~す!」

 

クリスは銃から手を引っ込め、ドアを少しだけ開けた。

そこには眼鏡をかけ、若干袖が長過ぎるシャツと、

落ち着いた赤の制服を着た少女がいた。

彼女は不安げに自分の身長の3倍はあるクリスを見上げている。

クリスは彼女を怖がらせないように、膝をついて目線を合わせ、

言葉を選んで返事をした。

 

「巻雲君と言ったね。すまない。

鳳翔という人に、お気持ちだけ頂いておきます、と伝えておいてくれないか。

この防護ベストやヘルメットは、内部に精密機器が埋め込まれていて、

通常の方法では洗浄ができないんだ。

他の隊員も同じだ。皆、装備品の洗浄・整備の訓練は受けている。

清潔な水が出るシャワールームさえあれば問題ない」

 

「はわっ!そうなんですか!?えっと、じゃあ、部屋着はいかがですか?

ずっとあの防護服だと、その、息苦しいと思うんですけど……」

 

「いつ敵襲があるか分からない状況で、

整備以外の目的でこの戦闘服を脱ぐことは許されていないんだ。

確かに息苦しいけど、それに耐える心も鍛えている。

とにかく、気を使ってくれてありがとう。これからもよろしく、巻雲君」

 

「はいっ!巻雲のことは、気軽に巻雲と呼んでくださいね、司令官様!

あれ?それじゃどっちの司令官様かわかんないよ~」

 

余った袖で頭を抱える巻雲。クリスは少々苦笑いしてそんな彼女を見る。

 

「俺のことはクリスでいい。他の隊員に会っても気を使う必要はないよ。

世話になっているのは俺達なんだから」

 

「う~せっかく異世界のお客さんが見えたから、巻雲達も何かしたかったんですけど……

あ、そうだ、ご飯です!お食事は召し上がりますよね?」

 

「ああ。昨日はレーションで済ませたが、

提督から食堂で食べ物を都合してもらえることになった」

 

「よかった!何かご用事があれば、巻雲に声を掛けてほしいです、はい!」

 

「そうさせてもらうよ。本当にありがとう」

 

「どういたしまして!それでは、巻雲はこれにて失礼いたしますです!」

 

巻雲は敬礼すると、やはり小さな足音を立てながら走り去っていった。

微かに笑みを浮かべ、彼女の後ろ姿を見送ると、

クリスはまた部屋に戻り、銃の手入れを再開した。

すると、そばに置いていた酸素フィルタ付きヘルメットから通信が入った。

 

『ははっ、あの娘は相変わらずだな。俺は着替えと洗濯の世話になった』

 

「盗み聞きは感心しない。何の用だ、イーサン」

 

『明日には彼女が帰ってくる。俺はお役御免だ。

戻ったら少しは優しい言葉をかけてやってくれよ』

 

「向こうがそれなりの義務を果たすなら考える……お前はどうしてる」

 

銃のレシーバーにグリスを塗りながら問う。

 

『どうって?』

 

「仕事は上手く行ってるのか」

 

『ああ。やることは以前の仕事とほとんど変わらないからな。

きつかったのは最初の研修だけさ。

違うのは、扱う情報の殆どがプログラムの最初の1文字に至るまで、

Confidential(機密)扱いってことくらいだ』

 

内部の手入れを終えた銃を組み立て、スライドを引く。

 

「ならいい。バイオテロの生存者全てが幸せな“その後”を送れるわけじゃないからな。

お前は恵まれているほうなんだ。忘れるな、ベイカー邸で犠牲になった者達のために」

 

『わかってるさ。だから俺はB.S.A.Aに入った』

 

「お前の覚悟を信用して支局長にお前を会わせた。落胆はさせないでくれよ」

 

『任せろ。必ずここで実績を積んで、

バイオテロリストのネットワーク解析専門のサイバー攻撃班に入ってみせる』

 

「期待してるぞ。他に連絡事項は?」

 

『特にないけど……ん?ああ、飯の時間だな』

 

その時、本館に4音のアラームが鳴り響いた。時計を見ると0700。

 

「なるべく目立ちたくはないが、この格好では無理だろうな」

 

『実働部隊は大変だな。よくそんな装備で動き回れる』

 

「慣れればどうということはない。切るぞ」

 

『ああ。彼女によろしく』

 

そしてクリスはイーサンとの通信を切った。食堂へ行かなければ。

せめて時間をかけずに食事を取り、余計な会話は慎む。それしかないだろう。

クリスは立ち上がり廊下に出て、

既に部屋の前で待機していた隊員を引き連れて食堂へ向かった。

 

 

 

──本館 食堂

 

やはり俺達が食堂に入ると、周りの雰囲気がざわつく。

戦闘用の防護ベストに身を固めた兵士が、

ぞろぞろと現れたのだから当然と言えば当然だが。

ヘルメットは置いてこさせたが、焼け石に水だったようだ。

ベスト越しに無数の視線が突き刺さる。

 

 

「あれが昨日ヘリで来た異世界の軍隊?」

「BS…なんだったかしら」

「向こうと通信できるらしいわよ。コマちゃんがイーサンと喋ったんですって!」

「うそ!?私、お話しさせてもらえるか頼んでみようかしら」

「でも……なんだか近寄りがたいっていうか、なんていうか、ねぇ?」

 

 

聞こえているぞ。だが、向こうから距離を置いてくれるなら好都合だ。

そう思ったのも束の間。列の前方にいた隊員がアルミのトレーを持って叫んだ。

 

「B.S.A.Aアルファチーム、ダニー・マルコムであります!食糧配給、願います!!」

 

「あ、はは……提督から話は伺ってます。

セルフサービス形式ですので、順番におかずをお取りになってください」

 

皆が突然の大声に驚き箸を止め、

厨房のオレンジに近い赤の着物を着た女性が苦笑いする。俺は心の中で頭を抱えた。

とりあえず全員が食事を受け取ったのを確認すると、隅のテーブル席へ誘導する。

 

「総員、着席」

 

和やかな食事の空間に似合わない防護ベストの集団が席についた。

さっそく俺は先程の出来事について通告する。

 

「食事を始める前に諸君に言っておきたいことがある。

確かに軍規は重要であり、それに沿った行動を取ることが原則だが、

ここが異世界でその住人の生活空間であることにも留意してほしい。

つまり、先程の食料補給要請の形式も間違いではないが、周りを見てくれ。

誰もがくつろぎながら食事を取っている。あまり大きな声を上げるのは好ましくない。

今後は場の雰囲気を読み取り、多少軍規から外れても、

作戦行動に影響しない程度に周囲に溶け込む行動を取って欲しい。以上だ」

 

“はっ!”

 

「……不特定多数が集まる食堂でその大声も禁止する。食事、開始」

 

規律に忠実な部下を説得してようやく食事にありつく。

やはりフォークとナイフはないか。俺は慣れない箸で白米を口に運ぶ。

隊員も悪戦苦闘しているようで、なかなか煮込んだ豆を食べられないでいる。

帰還したら、隊員の訓練メニューに箸の使い方を入れるよう具申しよう。

 

どうにか食事を終えることはできたが、箸の扱いに煩わされたせいで、

味はよく覚えていない。美味しかった気はするが、食事の余韻が何も残っていない。

少々物足りない気持ちで席を立ち、返却口にトレーを置くと、

俺達は提督の執務室に向かった。ホールの階段で2階へ。

凝った彫刻が施されたドアの前に立つと、隊員は廊下の端に立ち、警戒に当たる。

俺はドアをノック。返事を待つ。

 

「レッドフィールドだ」

 

「入ってくれ」

 

中に入ると、既に食事を終えたメンバーが集まっていた。提督、長門、ジョー、テスト。

俺は空いていた提督の隣に座る。

昨日、負傷して休んでいたジョーに改めて話を聞かなくては。……重要な話もある。

まず提督が話を始めた。

 

「具合はどうだい、ジョー」

 

「……もう、なんともねえ」

 

怪我の具合は大したことはなさそうだが、

やはり、明らかになった真実にまだショックを受けているようだ。

俺はジョーが気力を取り戻すまで、

まず提督にこちらの世界の情報を確認することにした。

 

「提督、ちょっといいか」

 

「なんだい?」

 

「以前俺達が来たときとは状況が違いすぎる。いくつか聞いておきたいことがある」

 

「ああ、なんでも聞いてくれ」

 

「昨日ジョーが言っていた姫級とは何だ」

 

「うん。それはね……」

 

提督は姫級について丁寧に説明してくれた。多数の護衛を従える深海棲艦のボス。

突然現れては周辺海域を完全に封鎖する謎の存在。

出現する度に海軍も掃討に乗り出しているが、毎回多数の犠牲が出ること。

簡潔でわかりやすい説明だった。

 

「なるほど、体型はエルヒガンテ級、肉体に強力な兵器を多数装備……分かった。

我々も、姫級掃討に力を貸そう」

 

「なんだって!?」

 

皆が一様に驚く。俺の言葉にジョーの表情に前向きな力が戻った。

 

「へっへ、なんだよその気があんなら最初から言えよ!」

 

「正気なのかい!?姫級の力は想像を絶する!

いくら未来の兵器があっても、最悪君たちが全滅することも十分ありうるんだよ?」

 

「そうだ!ジョーを連れて一刻も早く帰還すべきだ。我々については心配いらない。

建造中の超大型戦艦がある。きっと彼女が姫級を滅ぼしてくれる!」

 

「その通りです。異世界の人に犠牲になって欲しくはありません。

お願い、どうか、ジョーと一緒に……」

 

皆が口々に反対意見を述べる中、ジョーのだみ声がその場の空気を切り裂いた。

 

「どいつもこいつも勝手なこと言ってんじゃねえ!俺もクリスも腹くくったんだよ!

大体昨日言っただろう、姫級殺すまでは帰らねえってな!」

 

「しかし、そうはいうがね……」

 

腕を組んで考え込む提督に俺が提案した。

 

「提督、こうしよう。B.S.A.Aトップに繋がるパイプを持つ人物が知り合いにいる。

彼に姫級打倒に武力を行使することについて許可を取ってもらう。

却下されれば俺達はこのまま帰還する。

認められれば……全戦力を以って姫級というB.O.Wを排除する」

 

「そんなことが、可能なのかい?」

 

「やるだけのことをやる。それだけだ」

 

俺はヘルメットの無線を開く。

本部ではなく、一般市民の民家への接続だからチューニングに少し手間取った。

……接続完了。向こう側からガタガタと慌ただしい何かの物音が聞こえてくる。

 

『待たせたね。こちらオブライエン。大学のアマチュア無線部かい?久しぶりだね』

 

「オブライエン、クリスだ。クリス・レッドフィールド。火急の用がある」

 

『ああ、君か。わざわざ無線連絡とは珍しい。

なんというか、まあ、重要な任務を任されているようだが。

そうそう、私の小説は読んでくれたかね?「暴かれた深淵」は私の力作だ。是非……』

 

「今度読むつもりだ。急いで頼みたいことがある」

 

『ふむ、話してみたまえ』

 

時間がない。俺は単刀直入に、異世界に出没した大型B.O.W撃退に兵を使う許可を、

上層部に取ってくれと頼んだ。

無線の向こうで顎を揉んで考え込む彼の姿が見えるようだ。待つこと1分。

 

『わかった。私から上の方に話を通しておこう。

作戦行動期間はどれくらいになりそうだ』

 

「一ヶ月は見ておいてもらいたい」

 

『了解。すぐ局長に連絡する。結果が出たら君の周波数にシグナルを送る』

 

「協力に感謝する。通信終わる」

 

『あまり年寄りをこき使わんでくれよ。

ああ、この前ジル君に会ったよ。元気そうだった。

君たちがS.T.A.R.Sだったのはもう何年前のことだったかな。

光陰矢の如しというがまさにそのとおりだよ。

当時はまだB.S.A.Aなど影も形もなく私もまだまだ現役で……』

 

「すまない、電波障害だ。一旦切る」

 

彼の長話に付き合っていては日が暮れる。俺は強引に通信を切った。

提督が困惑した表情で俺に尋ねる。

 

「誰と話していたんだい?」

 

「クライヴ・R・オブライエン。かつてB.S.A.Aをまとめ上げていた人物だ。

今もアドバイザーとして組織に協力し、その影響力は大きい」

 

「なるほど。彼が上手く話を通してくれれば、君たちの活動の幅が広がる、

というわけなんだね?」

 

「その通りだ」

 

「おーし、これで俺達も海のB.O.W退治に繰り出せるってわけだ!」

 

「まだ決まったわけじゃない。はしゃぐなジョー」

 

とは言え、意外とも言えるほど返事は早く帰ってきた。

提督達と1時間ほど今後の方針について話し合っていたら、

ヘルメットのマイクに通信が。まさかさっきの今で答えは出ないだろうと思っていたら、

オブライエンからの返信だったからさすがに驚いた。

 

『やあ、さっきの件だがね。許可が下りたよ。

新型B.O.Wを撃滅し、要救助者と共に帰還すること。それが君たちの新しい任務だよ』

 

「そうか。礼を言う、オブライエン」

 

『構わんさ、隠居生活で暇だからな。君もいつまでも若いわけじゃないんだ。

そろそろ身を固めることも考えたらどうだ?』

 

「地球上からバイオテロが消滅したら考える。通信終わる」

 

俺はヘルメットの操作パネルにタッチして通信を切った。そして皆に宣言した。

 

「聞いてもらったとおりだ。

現時刻を以って、B.S.A.Aは日本海軍と共に深海棲艦撃滅任務に着く」

 

執務室に張りつめた空気が漂う。そう、今度は俺達が異世界のB.O.Wと戦う番だ。

 

「う~ん、喜ぶべきことなのかどうなのか……」

 

「だが、もう結果は出てしまった。

それに、どの道無理矢理ジョーを連れ戻そうとしても、

暴れて彼らのヘリを破壊する可能性の方が高かった。

我々艦娘が急いで姫級を片付ける方が現実的だろう」

 

「お前も俺のことがわかるようになってきたじゃねえか、長門」

 

「でも、絶対、無理はしないでくださいね。お願い……」

 

「心配すんなテスト。攻め時引き際はちゃんと心得てる。俺は死なねえ。約束だ」

 

「はい……!ワタクシも、その時が来たら、戦います!

皆さんが、無事に元の世界に戻れるように」

 

そして、提督が手を叩く。皆の注目が集まると彼が会議の終了を宣言した。

 

「よし、それじゃあ一度解散しようじゃないか。

クリスは部下達に今の決定事項を伝えなきゃいけないし、

ジョーもテスト君も敵のいない今は自由に過ごしてくれ。

ただ、いつでも戦えるように心準備だけは忘れないで。

長門君、悪いが君は残ってくれ。少し打ち合わせたいことがあるんだ」

 

「承知した」

 

提督と長門以外の全員がぞろぞろと執務室から出る。

俺も退室しようとすると、長門に呼び止められた。

 

「待て」

 

「なんだ?」

 

「その無線は……まだイーサンと繋がっているのか?」

 

「ああ。彼が交代を務めるのは今日の正午までだ。何か、話したいのか?」

 

「いいや、それには及ばない。ただ伝えておいてくれないか」

 

「構わない。何を言いたい」

 

「“例え身を置く組織は違っても、私はお前の上官であり戦友だ”、それだけでいい」

 

「……確かに伝えておく」

 

「頼む」

 

長門のメッセージを受け取ると、今度こそ部屋から出てドアを閉めた。

すると、また頭を抱えたくなる光景を目にすることになった。

 

「おじさん、その黒い弾なんなの~?」

「グレネード。手榴弾と言ったほうがわかりやすいかな?」

「知ってる!ぽいっと投げてドカンなんでしょ!」

 

「今日は何の日?」

「ちょっと待ってくれ。……NY時間では12月16日だよ」

「子日だよー!」

「はあ?」

 

「ストーップ、動かないで。ポーズはそのまま!突撃銃を構えたままね」

「こ、こうかな?」

「うんうん、かっこよく描いたげるから楽しみにしてなよ!」

 

民間人との接触は極力避けろという作戦開始時の命令を完全に忘れて艦娘達と遊ぶ部下。

俺は呆れて呼びかける。

 

「お前達、何をやっているんだ?」

 

「あ、隊長!ここで待機していたところ、子供たちが話しかけてきたので、

今朝の命令通り住人に溶け込むべく、

彼女達と触れ合いを行っていたところであります!」

 

「俺は騒ぎにならない程度に慎んだ行動を、と言いたかったのだが……

まあいい。俺の表現も曖昧だった。騒ぎは起こすなよ、騒ぎはな」

 

“了解!!”

 

「声を落とせ!」

 

ひとつ大きなため息をついた俺は、ヘルメットを抱えて自室に戻った。

この装備もそろそろ洗浄しなくては。ついでにシャワールームで汗を流そう。

俺は若干うんざりしながら3階への階段を上っていった。

 

それからの数日間は忙しかった。2階の作戦司令室を借りて、

部下に姫級の存在と、その撃退命令が下ったことを説明した。

皆、一瞬動揺した様子だったが、彼らとて素人ではない。

B.O.Wとの戦いに命を賭ける覚悟はできている。

すぐに落ち着きを取り戻し俺の説明を頭に叩き込む。

 

以後、俺達B.S.A.Aはモールデッドの襲撃に備えて鎮守府の警備に当っていたが、

ジャックの出現以来敵襲はない。俺は庭石に腰掛け、本館前広場を眺める。

休憩中の部下が、無骨なアンブレラのヘリ2機のそばで、

艦娘達とキャッチボールをしたり、地面に描いた円を飛ぶ遊びをしたりしている。

 

叱るべきなのかもしれないが、

間もなく俺達は否が応でも生存率の低い戦いに身を投じることになる。

それまではせめて、安らぎを噛みしめるのもいいだろう。

ふと視線を海に向ける。波は穏やかで静かに凪いでいる。

この水平線の向こうに待ち受けているのは一体何なのか。

相対するまで何もわからないが、

俺達は世界からB.O.Wを根絶するために戦い続けるだけだ。

 

 

>超大型戦艦完成まで、あと7日18時間43分39秒

 

 

 



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Tape8; Naval Fight 2nd

その冷たいガラス管の中で私は眠っていた。ガラス越しに2つの声が響いてくる。

 

 

──主任、やはりD型の不具合が解消できません。

 

──具体的には?

 

──特異菌の生成速度が遅く、絶対量がどうしても要求性能の100%を超えません。

  これでは自らの体積以上の菌を放出することができず、

  とても軍事兵器としては使い物にならないかと。

 

──原因は?

 

──特異菌のゲノムがヒト胚に上手く定着しません。

  胚と特異菌のDNAがリンクせず、拒絶反応を抑えきれていないようです。

 

──なるほど……4番目も廃棄か。シリンダーから生食を抜け。

 

──かしこまりました。

 

 

やめて。私、まだ、がんばれる。

 

 

──排水、完了しました。

 

──これよりE型の開発に移行する。D型は廃棄処分とせよ。

 

──はい、直ちに焼却炉の燃料回路を開きます。

 

──いや、待て。……この研究所も危なくなってきた。E型の開発は次の場所で行う。

  先に移動の準備を始めろ。

 

──半年前に移転したばかりなのにもう?では、D型はどうしますか。

 

──うむ……ここに置いていくわけにはいかん。

  B.S.A.Aに押収されれば実戦配備の前に解毒剤を作られかねん。

  ……そうだな、“あの男”に管理を任せる。

 

──よろしいのですか?私はどうも彼が信用に足る人物だとは……

 

──取引をする。奴の力への欲望は人一倍だ。

  E型が完成すれば、その力を思うままに使わせると言えば、承諾するだろう。

 

──しかし、大丈夫でしょうか。ただの民家では隠すと言っても限界が。

 

──奴は家中に妙な隠し部屋を作るおかしな男だ。

  少なくとも移転後に足跡を消すまでの時間は稼げるだろう。

  回収するか、引き続き預けるかはその時再検討する。

 

──わかりました。では、そのように手筈を。

 

──頼んだぞ。

 

 

……そんな夢を見たの。いいえ、思い出したの。

目の前には真っ暗な狭い部屋。誰も気づかないほど小さくて狭い隠し扉。

私はただそこでじっと待っていた。

この朽ちた体を脱ぎ捨てて、広い世界に旅立つ、その日を。

 

 

 

 

 

──製油所地帯沿岸 上空

 

「間もなく作戦ポイントに到着する。全員気を引き締めろ」

 

“はっ!”

 

クリスがチーム全員に呼びかける。

その頃、B.S.A.Aアルファチームと鎮守府護衛艦隊は輸送ヘリに搭乗し、

製油所地帯沿岸の主力艦隊に向けて突き進んでいた。

 

「うわー、こんな高いとこまで飛ぶん初めてやで!」

 

「艦載機が飛ぶことはあっても、空母が飛ぶことはないからな」

 

この一週間、彼らは明石から水上移動ブーツの提供を受け、

鎮守府が管理するエリアで模擬弾を用いた演習に勤しんでいた。

そして今日、初の実戦に飛び込むことになった。

深海棲艦。未知のB.O.Wとの戦いを前にして、

すがるようにFGM-148ジャベリンを抱きしめる者もいる。

そんな彼に気づいた武蔵が声を掛ける。

 

「案ずるな。戦局が危うくなったら我々が援護に着く。

そのために私達が付いてきたのだから」

 

「は、はい!」

 

「しかし、お前達の航空機の性能は目を見張るものがある。

対空砲火の届かない高高度を飛行し、他の護衛艦隊の頭を通り抜けて、

直接敵主力艦隊を叩けるとは」

 

武蔵は窓の外から眼下に広がる雲海を眺めながら、誰ともなしに独り言を漏らす。

そう、この作戦は、B.S.A.A隊員の海における戦い方の習得と、

姫級との戦いに備えた模擬戦を目的としていた。

彼女の言う通り、アンブレラの最新技術を搭載した輸送ヘリは高高度を飛行し、

他の護衛艦隊に発見されることなく一直線に敵の主力へ飛行している。

 

『まーさすがに姐さん方が重いんでこれ以上高くは飛べませんがね』

 

パイロットがヘッドホン越しに笑いながら軽口を叩く。

 

「なんやてー!うちらが太っとるて言いたいんか!」

 

『はは、違う違う。背負ってるもんの話だよ。君なら肩車して空でも飛べるさ』

 

「なんやてー!うちがちんちくりんのまな板やって言いたいんか!」

 

『そこまでは言ってないだろ、そこまでは』

 

「馬鹿話はやめろ!!」

 

『申し訳ありません……』「うぃ……」

 

クリスの一喝で騒ぎが一気に静まった。ここで気を緩めてもらっては困る。

提督の話では、これから向かう作戦ポイントには、

本来油断しなければ勝てなくない程度の深海棲艦しかいないらしいが、

ジョーの転移以来、あちこちの海域で深海棲艦が強化されている。

その現象は日本近海で特に顕著で、やはり原因は分かっていないそうだ。

 

『レーダーに感!数6です!』

 

「総員、降下準備。ジョー、起きろ!」

 

「んあ?おお、敵か。おっしゃ、いっちょぶちかますぜ」

 

「いよいよ、ですね」

 

まだ入隊して間もない隊員が緊張した声で告げる。

それを聞いたジョーが彼に声をかけた。

 

「シケたツラしてんじゃねえよ。ロケットランチャー持ってんのにビビるやつがあるか」

 

「あなたは、どうして平気でいられるんですか……」

 

「俺だって死ぬのは怖え。だが怖い以上に腹が立つ。お前も怒れ。

こんなクソみてえな任務やらせやがった化け物共を皆殺しにするまで死ねなくなる」

 

「はい!……やってやる、やってやるぞ!」

 

そんな二人のやり取りを見てわずかに口で笑ったクリスは、

パイロットに降下指示を出した。

 

「ヘリを下ろせ。対空砲火に巻き込まれないよう、俺達を下ろしたらすぐに退避しろ」

 

“ラジャー”

 

そしてヘリは雲を突き抜け、大海原を見下ろす高さにまで降下した。

点在する小島以外には何も見られない海域。

……いや、前方500mに深海棲艦がポツポツとその姿を表す。

一旦ヘリがその場でホバリングし待機。

クリスはトールハンマーに、

集弾性、命中精度、連射速度、各性能を底上げするサイトCをセットした。

そして出撃要員に改めて事前に打ち合わせた内容を告げる。

 

「予定通り3名ずつ降下。全員が合流した時点で……」

 

「隊長!ジョーが飛び降りました!」

 

思わず舌打ちが出る。一体何を考えているのだ。

 

「決して真似はするな。それでは、状況を開始する!」

 

隊員達はロープを下ろし、一気に滑り降りる。

着水すると、明石謹製のブーツがもたらす海上移動能力で、

重装備の隊員の足を海が優しく押し返し、彼らを飲み込むことなく下から支える。

演習場以外での使用が初めてで内心驚きながらも、ジョーと合流。

周囲を警戒しつつ彼に話しかける。

 

「なぜこんな無茶を!」

 

「ロープの訓練なんか受けてねえ。

どうせ下は水なんだから、飛び降りたほうが手っ取り早いだろう」

 

「水が衝撃を受け止めてくれなかったら、あんたは死んでいた!」

 

「俺達がお行儀よくロープで着地するのを連中が待っててくれると思うか?

奴らはもう気づいてる、見ろ」

 

「あれは……!」

 

彼が指さした方向を見ると、

既にこの海域に巣食う主力艦隊の一部が、ジョーたちに迫っている。

 

「おいでなすったな。俺達でバラバラにしてやろうぜ。

お前らは俺のことは気にせず撃て。勝手に避ける」

 

「馬鹿なことを言うな!おい、待て!」

 

ジョーは不敵に笑いながら、2度目の深海棲艦との戦いに飛び込んでいった。

その左の拳を握りながら。

 

《チャージ開始》

 

 

 

まだヘリに残っているクリス達も敵影に気づいていた。

黄色く光る片目を隠し、三連装砲を3基肉体に埋め込んだ女性型のB.O.W。

クリスが降下を急がせる。

 

「急げ!敵部隊の一部が迫っている!」

 

「ラジャー!」

 

「おい、またジョーが先走っているぞ!」

 

武蔵が深海棲艦に突っ込むジョーを指さした。呆れるクリス。

一刻も早く降下しなければ。残りはクリスを含め3人。うち2名がまだロープの途中。

既に遠くの敵本隊から複数のフラッシュ。すなわち発砲。

命中はしなかったが、ヘリが爆発した砲弾が放つ熱風に煽られ、

降下中の隊員が一時停止してバランスを取る。これ以上もたもたしていられない。

 

「手段を選んでいる時間はない……!」

 

クリスは助走を付けてヘリの搭乗口から飛び降りた。

 

 

 

ブーツの性能を信用して緊急避難的行動を試みたが、我ながら馬鹿なことをした。

海面がどんどん迫ってくる。3,2,1...そして、俺は部下が待つ海面に着水。

一か八かの試みだったが、落下の衝撃をブーツが海に逃してくれた。

同時に残りの2名も降下完了。迫る深海棲艦にトールハンマーを向けながら叫ぶ。

 

「くそっ!……俺とジョーの真似はするな!

ヴァイパー、カーチスのペアは接近中の2体のうち、

ジョーに気を取られている片方を攻撃。俺がジョーの援護に回る!

スコーピオン、リパブリックのペアは本隊を叩け。

この距離ならジャベリンの射程内だ!」

 

指示を飛ばすと隊員達は訓練通り、海を滑り横一列に単縦陣を展開。

俺はジョーの元へ走りながらトールハンマーを撃ち続ける。

遠距離からの散弾はほとんどダメージを与えられなかったが、注意を引くことはできた。

身体から生えている三連装砲をジョーに向けていた1体が俺に身体を向けた。

 

 

 

《チャージ完了》

 

姿勢を低くしてジグザグ走行しながら砲弾を避けつつ、

薄気味悪い黄色の亡霊に接近した俺は、

首周りを硬そうな装甲で覆った2人組の1体に、フルチャージの一発をお見舞した。

バシィ!っと奴の顔面にヒットしたが、物凄い硬さでろくに効いてる感じがしねえ。

鼻血は出てるが、黄色く光る眼で俺を睨みつけるだけだ。

こいつ、本当に幽霊じゃねえだろうな。

 

『イカセハ シナイ オマエタチハ ココデ シヌ』

 

「ああ、そうかよ!耳クソ詰まってて聞こえやしねえがな!」

 

……その時、後ろから連続した銃声が近づいてきた。

なんだクリスかよ、散弾でそんな遠くから狙うんじゃねえ。

 

 

 

遠距離での撃ち合いは自殺行為だ。どうにか一体の注意を引くことはできたが、

遠くから魚雷も迫っている。あの航跡は、Mk14か?

とにかく俺は、軌道を読みながら回避しつつ、着実に距離を詰めて行く。

黄色く光るB.O.W。こいつらも新種なのだろうか。いや、今はいい。

ジョーを援護し、目の前の敵を片付ける。できなければ、死だ。

 

とうとう目の前に深海棲艦の一体を見上げる。不気味としか言いようがない。

どう見ても人間の身体から、先端が三連装砲になっている軟体生物が何匹も生えている。

そいつは俺をじっと見て身体と一体になっている砲を向ける。

 

気づくと同時にトールハンマーで人間部分の頭部を撃つ。

12ゲージ弾の火力をフルに活かした一撃で、B.O.Wをのけ反らせ、

攻撃をキャンセルさせることはできたが、有効なダメージは与えられなかった。

そして、銃声に気づいたジョーが深海棲艦に張り付いて敵を殴りながら呼びかけてきた。

 

「遅かったな、クリス!」

 

「馬鹿な真似はいい加減にしろ、一人でどうにかなると思っているのか!」

 

「思っちゃいねえが、やる時にやらなきゃ死ぬんだよ!

そのデカイ銃で時間を稼いでくれ!俺はやることがある!」

 

「やるって何を!」

 

「お嬢様方にプレゼントだよ!」

 

そう言ってジョーは一旦しがみついていた深海棲艦から離れ、道具袋を漁り始めた。

何を考えているのかは知らんが、

もう1体がお前に砲を向けていることに気づいているのか?

まあいい、どうせ何かろくでもないことを考えているのだろう。

俺は青黒い鼻血を出している個体の顔面に向け、トールハンマーの引き金を引いた。

 

 

 

背後から銃声。よし、うまくやってるみてえだな。とうとうこいつを使う時が来たぜ。

俺はステイクボムを取り出すと、2体の化け物の間に放り投げた。

手榴弾と違って木製だから沈むことがねえ。さあ、お楽しみだ。

俺は一度後ろに下がって無線機でクリスに連絡。

 

 

 

『クリス、そいつを銃で撃ってくれ!撃つ前に奴らの身体に身を隠せよ!』

 

なにやら変なものを投げたと思えば、わけのわからないことを言う。

だが問答してる余裕はない。俺はB.O.Wに組み付き、サムライエッジを片手で構えると、

海面にプカプカ浮かぶそれを撃った。すると──

 

 

 

パァン!と木製の爆弾が弾け、鋭い無数の木の枝が2体の深海棲艦に突き刺さる。

 

『イギエアアア! イタイ イタイ!!』

 

無線機を通して、奴らの悲鳴が道具袋を震わせる。よっしゃ、自慢の傑作が大爆発だ!

実際奴らは目の前でもがきながら全身に刺さった木片を抜こうとしている。

反撃に出るなら今だな。俺は無線機で後ろの連中と通信する。

 

「何してやがんだ、さっさと撃て!こいつらをぶち殺せ!」

 

 

 

隊長とジョーが乱戦を繰り広げていて手が出せなかった我々は、

ジョーの連絡を受けてFGM-148 ジャベリンの発射準備に取り掛かった。

ヴァイパーこと俺と弾薬手のカーチス、

スコーピオンとリパブリックのペアが1体ずつ始末する。

あとは隊長の指示を待つだけだ。俺は隊長と無線を開き、攻撃許可を仰いだ。

 

「こちらヴァイパー、いつでも攻撃可能です」

 

『レッドフィールド了解。攻撃を許可する』

 

「発砲許可が出たぞ!こっちは左だ!スコーピオンは右を頼む!」

 

「隊長は!?」

 

「着弾まで時間がある!必ず回避してくれる!」

 

俺はスコープを覗いて目標をロックオン。

照準の向こう側にいるB.O.Wに狙いを定め、トリガーを引いた。

その瞬間、発射筒から射出用ロケットモーターでミサイルが放り出され、

一瞬宙を飛んだ後、飛行用ロケットモーターが点火され、

眩しいバックブラストを後尾から噴出。

緩い弧を描きながら敵に向かって飛翔していった。

 

 

 

カアァァッ!という、聞き慣れた燃える推進燃料がこちらに突き進んでくる。

こいつらが悶えているうちに退避しなければ。

 

「ジョー、逃げろ!爆発に巻き込まれるぞ!」

 

「わあってるよ!」

 

着弾まで約5秒。ジョーは別方向に逃げ出した。

俺はひたすら海を滑りながら、視界の右端にロケット弾を捉えた時、

前方にジャンプして倒れ込んだ。上半身を少しだけ曲げて後方を見る。

2発とも、2体のB.O.Wに着弾。重戦車を大破させるほどの大爆発が起きた。

海面に寝そべっていた俺も爆風に転がされ、爆発音で耳鳴りがする。

 

……やがて、煙が晴れると、頭のなくなった個体が1、

手足が吹き飛ばされ、腹の裂けた個体が1。どちらも死んでいるのは明らかだった。

ずぶずぶとその大きな身体が海に沈んでいく。まず前哨戦はクリア。

だが、残りはまだ4体。今のような、いや、

今の種を上回る強敵が待ち構えていると考えるべきだ。

俺は後方の部下に追随してくるよう指示を出し、敵本隊へ駆けだした。

 

 

 

どうにか勝てたが、AMGがろくに効かねえとなると、戦いようがなくなる。

後ろを取って首をねじ切れる奴ならいいんだが。ステイクボムも使っちまった。

俺の後ろからクリス達がついてくる。おっと、あいつから無線だ。

 

『どうせお前に行くなと言っても行くだろうし、

下がれと言っても下がらないだろうから言っておく。

前にいるなら敵艦の様子を報告してくれ』

 

「杖持ってデカいクラゲ被った女と、水兵服着て大砲持った女が二人ずつ。

どいつもこいつも真っ黄っ黄だ」

 

『それは空母ヲ級と戦艦タ級だ!なぜこんなところにヲ級空母が!

しかもただでさえ強力なのに、全艦フラグシップだと?

この異常は、やはり一過性のものではないというのか!』

 

この声は武蔵か。フラグシップ(旗艦)ってのは司令塔だからフラグシップなんだが、

全員司令官じゃ誰が一番偉いのかわかんねえ。それともみんな好きにやれってことか?

俺好みの方針ではあるが。どうでもいいことを頭から追い出して、さらに加速すると、

なにか空から乱暴に空気を裂くような音がいくつも迫ってきた。

近づくにつれ、空にポツポツとその正体が現れる。やべえ、航空機だ!

 

 

 

まずいな。対空兵装は持ち合わせていない。

本来地上目標をターゲットにするジャベリンでは空の敵を攻撃できない。

ここは一度退却だ。輸送ヘリにミニガンが搭載されていたはず!

 

「退却!総員ヘリに戻れ!」

 

全員に指示を出し、後退するが、後ろから猛スピードで戦闘機が追いかけてくる。

戦闘機がバラバラと薬莢を撒き散らしながら二門の機銃を放つ。

海に一直線の水柱が二本立ち上る。俺達は3つに分かれて走りながら銃撃を回避するが、

水柱の一本がスコーピオンのペアに襲いかかった。

 

『がああっ!』

 

『スコーピオン!しっかりしろ!』

 

「どうした、何があった!」

 

『隊長、スコーピオンが負傷!右上腕部から出血!救援求めます!』

 

「今行く、待ってろ!……2番機聞こえるか?救援乞う、至急救援をよこしてくれ!

対空装備で援護を頼む!」

 

負傷者1名!

俺は、リパブリックに介抱されながら、海の上で寝転ぶスコーピオンの元に走る。

だが、戦闘機の編隊は俺にもヴァイパーペアにも機銃掃射を行い、

思うように近づけない。そして、その間にも情け容赦なく戦艦の砲撃は続いている。

弾けた砲弾が海水を叩き上げ、滝のような水を浴びた俺はずぶ濡れになる。

このままでは動けないスコーピオンに命中するのは時間の問題だ。

その時、ジョーが俺のそばを離れて何処かに向かう。

 

「くそったれ!おい、俺が囮になる!お前が行きゃどうにかなるんだろ!?」

 

「やめろジョー!」

 

俺の制止を聞かず、ジョーは一人誰もいない方角へ走り出し、

背中の投げ槍を戦闘機に向けて投げ始めた。

彼に気づいた戦闘機の一部が方向転換し、ジョーを狙いだした。

同時に機銃弾の妨害が弱まり、負傷した隊員への道が開けた。

全速力で海を滑り、スコーピオンに駆け寄る。

 

「しっかりしろ!」

 

「はあ…はあ…隊長、すみません……」

 

俺は防護ベストのポケットから回復アンプルを取り出し、

スコーピオンのベストの上から太い針を直接刺した。

急速に止血する効果のある注射を射つと、スコーピオンの容態が若干落ち着いた。

 

「ありがとうございます、隊長……」

 

「ヘリに救援を要請した。この作戦は失敗だ。すぐに撤退する」

 

その時、ヘリのローター音と共にうるさい少女の声が無線に飛び込んできた。

 

『ちょっと待ったらんかいー!!』

 

「君は、確か龍驤と言ったな。負傷者を今すぐ収容しなければならない。

撤退するなら今しかない」

 

『うちらを忘れてもろたら困るで!今から行くから待っとき!』

 

うおー!という叫び声に思わず空を見上げると、

龍驤を始めとして、艦娘達が次々と飛び降りてきた。

そうか、B.S.A.Aのチームで戦うことに気を取られていて、彼女達を忘れていた!

皆も、まるで海がもう一つの足であるかのように、何事もなく着水。

 

「軽空母龍驤、参上や!オッチャン、怪我人は任せたで!」

 

「わかった。残った隊員とヘリを守ってくれ、頼む」

 

「航空戦なら負けません。さあ、はばたいて!」

 

赤城が弓に矢を番え、空に放つ。

矢は上空で炸裂し、複数の戦闘機で構成される編隊に変化。

すぐさま敵機に攻撃を仕掛ける。

奇襲を受けた航空機は、機銃弾で機体を貫かれ、次々と落下していく。

 

龍驤も負けじと航空機を発艦させる。

彼女は飛行甲板が描かれた巻物を広げ、人型に切った紙人形を

指先に集めた不思議な力で航空機に変化させ、次々巻物から離陸させる。

彼女の機体は、戦闘機を無視して、遠くに待機する主力部隊に攻撃を仕掛けた。

空から次々と爆弾を降らせ、直接敵戦艦・空母に叩きつける。

深海棲艦らが苦痛に声を漏らし、無線に割り込んでくる。

 

『ガガ…ソンガイ、チュウハ……』

 

「いよっしゃー!」

 

『私もそろそろ出るべきだな。……行くぞ!』

 

ヘリから縄梯子が落とされると、続いて一際大きな影が飛び降り、戦場に降り立った。

戦艦・武蔵。艤装という装備を身につけた彼女はまさに軍艦の化身だった。

巨大な三連装砲をいくつも背負って平然と立っている姿は、

彼女がやはり人であって人でないことを示していた。

 

「後は私達が引き受けよう。大和型戦艦二番艦、武蔵。参る!」

 

「頼んだぞ……!」

 

俺は負傷したスコーピオンを背負い、縄梯子を上っていった。

機内の簡易ベッドにスコーピオンを寝かせてバンドで身体を固定すると、

次の仕事に取り掛かる。

頼む、とは言ったが、彼女達だけに任せきりにするつもりはない。

俺は俺にできることをやる。ミニガンに掛けられていたゴム製シートを取り払い、

レールで搭乗口まで引っ張り、両手をレバーに掛け、機体の上昇を確認。

銃口を空に舞う敵機に向けた。

 

「さあ、借りは返させてもらうぞ」

 

 

 

そして、武蔵は一度眼鏡を直し、その向こうに居る戦艦タ級の一隻を見つめていた。

 

「……なるほどな。私の知るフラグシップとは何かが違う。

何者かに存在を改変されている。

だが、どのような手品を使おうが、私の46cm砲の前には無意味だ!」

 

武蔵が艤装にシグナルを送ると、その重量には不似合いなほど滑らかな動きで、

46cm三連装砲が、耳に痛い金属の摩擦音を立てながら角度修正した。砲弾も装填済み。

狙うは戦艦大物のみ。

 

「遠慮はしない、撃てぇ!!」

 

全砲門が火を噴く。戦場に轟音が駆け巡り、衝撃波で海面をえぐり、

生き残ったヴァイパーペアや味方である赤城、龍驤すらも驚かせた。

真っ赤に燃える黒鉄の炎が戦艦タ級に食らいつく。

着弾寸前に敵も気づいたが、時既に遅し。

何かしようと手を挙げたが、46cm砲弾が黄色いオーラで不気味に輝く身体に突き刺さり、

とどめを刺すように爆発。小型のキノコ雲が上がり、そこには何も残らず、

生死を確かめるための死体すら残らなかった。

 

「相変わらず武蔵さん、ようやるわ……」

 

「見惚れてはいられません。皆さんを守らなくては!」

 

「う、うん。せやな!」

 

彼女達は、一度帰還した航空機に補給を済ませると、

再度敵空母が放った攻撃機の迎撃、敵艦の爆撃を命じて飛び立たせた。

 

 

 

一方、B.S.A.Aも休んでいるわけではなかった。

ヴァイパーペアがスコーピオンを失ったリパブリックに通信を送る。

 

「こちらヴァイパー。リパブリック、聞こえるか!」

 

『ああ!通信は良好だ、どうぞ!』

 

「俺達で戦艦を撃つ!FGM-148は一人でも発射自体は可能だ、

スコーピオンがいなくても装填はできるだろう?」

 

『既に装填済みだ!戦闘機は艦娘が引き受けてくれてる!今なら撃てるぞ!』

 

「やれる範囲でいい、撃てるだけ撃て!先に始めるぞ!」

 

『了解!』

 

ヴァイパーは通信を切ると、ジャベリンを構えて、

スコープの向こうにいる戦艦タ級にロックオン。

カーチスが周囲の安全を確認し、発射の合図を出した。

 

「ファイア!」

 

ヴァイパーがトリガーを引くと、

ロケットモーターで噴射炎を伴わずミサイルが放り出され、一瞬高度を落とし、

飛行用ロケットモーターに点火。

バックブラストが乾いた音を鳴らしながらタ級に突っ込んでいく。

遥か向こうに怪しい発砲炎を見たタ級は回避行動を取るが、

赤外線誘導機能を備えたミサイルはどこまでも敵を追いかけ、直撃、爆発。

対戦車用とは言え、決して無視できないダメージを受けたタ級。

 

『チィッ!』

 

あの飛翔弾を放った人間二人組を粉砕すべく、三連装16inch砲の照準に収める。

同時に、砲弾に点火するべく、脳から武装に命令を送ろうとしたその瞬間。

上空から獅子の咆哮の如き銃声と共に、

光線銃のような真っ赤に焼けた機銃弾の帯が彼女を襲った。

猛烈な銃撃の前に、砲撃どころか立っていることが精一杯だ。

 

『!!?』

 

何が起きたか分からないタ級。

なぜ?なぜ、たかが機銃に戦艦の私が押されているのか!?

しかしその疑問に誰かが答えてくれるはずもなく、

毎分3000発放たれる7.62x51mm NATO弾にただ肉体をちぎり飛ばされる。

焼けた弾丸の先に、回転翼機が1機。あそこか!

なんとか体勢を立て直し、ヘリを撃墜しようとするが、

2発目のミサイルに気づくのが遅れた。リパブリックが放ったジャベリンがタ級に命中。

艤装を破壊され、横転する。

 

『ウグッ!! アアア……』

 

彼女は右の腕と砲を破壊され、転びながらヘリを睨む。

 

 

 

その時、クリスがヘリコプターから戦況を把握し、

M134ミニガンで援護射撃を行っていた。

 

「ここから頭を抑えれば問題はなさそうだ」

 

驚異的な発射レートで弾丸を放つ重機関銃で、続々と湧いてくる敵艦載機を撃ち落とし、

敵艦の反撃を妨害し続けるクリス。レーザーガンのような怒涛の弾幕を張る。

もちろんそんなものはありはしないが、

焼けた弾丸が一列になって地上に放たれるため、

遠くから見れば宇宙人の攻撃にすら見える者もいるだろう。

 

 

 

ヴァイパーペアがジャベリンに装填を終え、再度スコープで敵艦を捉える。

立ち上がろうとするタ級は既に虫の息。

 

「カーチス、周辺の状況を!」

 

「いつでも行ける!やっちまえ!」

 

そして、ヴァイパーがFGM-148ジャベリンのトリガーを引いた。

砲口から放り出されたミサイルが、後部からバックブラストを噴き出し、

ダイレクトアタックモードで高度50mを飛びながら敵艦に向かって飛翔。

赤外線誘導に導かれながら、タ級に向かって突撃する。

 

気づいたタ級が右腕をかばいながら逃げようとするが、

やはり蛇のように追いかけるミサイルを振り切ることができず、直撃を受けた。

爆発を起こすミサイル。艤装ごと海に放り出されるタ級。

体中に亀裂が走り、その身にまとう黄色いオーラが徐々に消えていく。

 

『ア…ア……』

 

彼女の身体が少しずつ海に沈み、身体が完全に沈むと、

二度と浮かんでくることはなかった。

 

「おい、やったぞ!聞いてるかリパブリック!俺達、異世界のB.O.Wを殺ったんだぞ!」

 

『ああ!残りの奴もやっちまおう!』

 

しかし、既に時刻は夕暮れ時を迎えようとしていた。

 

 

 

「あかん!夜戦にもつれ込んだら面倒や!一気に決めるで!」

 

「そうですね。私達空母は……」

 

「右、そして私が左だ」

 

艦娘三人はその短い会話で標的を定めた。

武蔵は46cm三連装砲、赤城・龍驤は攻撃機に切り替え、

龍驤の反復攻撃で既に手傷を負っていた空母ヲ級2隻を沈めるべく、

最後の攻撃を敢行する。武蔵が全砲門に再装填、

 

「この主砲の本当の力、味わうが良い!」

 

宣言通り向かって左の空母を狙い、全主砲を発射。

1tを越える砲弾の群れが螺旋を描いてヲ級の巨大な頭に命中。

その運動エネルギーと重量、そして爆発でそのまま頭部を粉砕。

首がなくなったヲ級は少しの間ふらふらと身体を揺らすと、前のめりに倒れ、轟沈。

そして、残る1隻に攻撃機の編隊2つが迫る。無数の攻撃機が酸素魚雷を投下。

ヲ級に向かって前進を始めた。

 

彼女も海を泳ぐ炸薬の塊に気づき、慌てて戦闘機を発艦させたが、

魚雷をどうすることもできず、足元から突き刺さり、

肉体を破壊していく爆発の連続に為す術もなく、下半身を失った。

 

『ワタシハ シネナイ マダ……』

 

そして空母ヲ級は、後ろに倒れ込んで、暗い海へと沈んでいった。

 

 

 

「なんとか、日没前に倒せましたね」

 

「うちらにかかれば楽勝やで~!」

 

「あ、ヘリが来ました。帰投しましょう」

 

赤城が指差すと、彼女の後方に輸送ヘリが高度を落として

海面ギリギリまで降下してきた。艦娘もB.S.A.A隊員もすぐさま乗り込む。

戦闘員を回収したヘリは、直ちに鎮守府へと飛び去った。

 

 

 

──鎮守府 本館前広場

 

ヘリが着陸すると、提督と長門が皆を出迎えたが、のんびり挨拶はしていられない。

俺は何か言おうとした提督を遮るように救急搬送を求めた。

 

「おかえり、大丈夫……」

 

「提督、負傷者が出た。医務室へ連れて行ってくれ」

 

「わかった。長門君、すぐ手配を!」

 

「了解!」

 

全員でスコーピオンを乗せたシートを運びながら、本館の医務室に彼を運び入れた。

回復アンプルで出血は止まったが、弾丸が体内に残ったままだ。

医療班の艦娘に彼を任せ、小さな手術室の入り口にランプが着くのを見ると、

どっと疲れが出た。他の隊員達も同様だった。

ヘルメット越しにも緊張と疲れに満ちた表情がうかがえる。

 

「あれが、深海棲艦なんですね……」

 

「そうだ。間もなく俺達は、あれを遥かに凌ぐB.O.Wの軍隊と戦うことになる。

……今ならこの作戦から下りても構わない。本来俺達が来た目的とは明らかに異なる。

深海棲艦との戦いを勝手に始めたのも俺だ。

処分や人事考課に関して不利益を受けることはない」

 

その時の彼らが迷っていたとしたら、ほんの刹那だっただろう。リパブリックが答えた。

 

「俺はやります。スコーピオンをやられて、俺は、怒っています!

連中を丸焼きにしないと、気が済みません!」

 

「まだまだ弾薬は残っています。使ってやらなきゃかわいそうですよ」

 

「俺達も深海棲艦を倒せました!やれるんですよ俺達も!」

 

「そうか……ありがとう」

 

離脱者なし。スコーピオンの怪我も後遺症の残らない程度の負傷だった。

回復した時に同じことを問うつもりだが、恐らく返事は同じだろう。

その時、後ろから複数の気配が近づき、俺に声をかけた。

 

「わ・た・し・た・ち、を忘れてはいまいか。クリス隊長殿?」

 

「せや!空母倒したんうちらやでー!」

 

「本日の戦い方は、“連合艦隊”と申します。

姫級との戦いでは、あのように2つの部隊で総力戦を行うんです。

つまり、私達も力を合わせて戦える。

逆に言えば、本番では12対12の激戦になるということになりますが……」

 

艤装を外した武蔵、龍驤、赤城が駆けつけてきた。

彼女達は特殊な修復溶液で満たされたプールで傷を癒やすらしい。

もっとも、今日の戦いで負傷した艦娘はいなかったが。

 

「3人共、協力に感謝する。皆がいなければ、多くの隊員が犠牲になっていた」

 

「んふふ~もっと褒めてもええんやで?」

 

「こーら、調子に乗るんじゃない」

 

「機銃弾を受けた方、命に別状はないそうでなによりです」

 

「姫級との戦いでも、力を貸してくれ。頼む」

 

「もちろんです。一緒に、頑張りましょうね」

 

「ちょっといいかな」

 

提督も医務室に入ってきた。そうだ、今日の戦闘記録について提督に報告しなければ。

 

「ああ、今行く。……全員、ここで解散だ。提督には俺から報告しておく」

 

“はっ”

 

「武蔵君も来てくれたまえ。艦娘の代表からも話を聞かなきゃね」

 

「ちがーう!艦娘の代表はうちやって……うわわわ!」

 

「はいはい、ちびっ子はおネムの時間だ。宿舎に帰って休め」

 

武蔵が片手で粒状の襟首を掴んで無理矢理医務室の外に出した。

 

「はは……それじゃあ、行こうか」

 

 

 

 

 

俺は、アイテムボックスの前で左腕のAMGを見つめて考え込んでいた。

今日の戦いじゃ、俺はまるで役に立たなかった。敵がどんどん強力になっているらしく、

AMG-78αのフルチャージもほとんど効果がなかった。

今までの戦い方じゃあ、姫級を殺すなんざ到底無理だ。

もう拳だけじゃなく、俺も銃を取るべきなのかもしれねえ。

俺はショットガンM21を取り出そうと、アイテムボックスの蓋を開けた。

 

「ああん?なんだこりゃ」

 

すると、中にまた変なもんが入ってやがった。

アンブレラの社章と社名がプリントされたジュラルミンケース。

やっぱりこいつにも付箋が貼られてた。

 

“ようやく完成した”

 

ただそれだけだ。ケースを開けてみる。中には、AMG-78αがもう一つ収められていた。

……いや、なんか違うな。コアが放つ波動というか、威圧感というか、

とにかく何かが桁違いだ。俺はAMG-78αを外して謎のAMGを装着する。

いつも通りカチカチと自動で俺の腕に合わせて形状を変化させ、しっかりと固定する。

そして、コアがαより明るく輝き、全体にエネルギーを伝達。

 

《装備完了》

 

一体何が違うんだ?と思ったのも束の間。こいつの性能を身をもって知ることになる。

……左腕がねえんだよ!いや、吹っ飛んだとかそういう意味じゃねえ。

まるで腕がなくなったみたいに軽くなりやがった!

明らかに性能が飛躍的に向上している。

なるほど、これなら姫級……待てよ、その前に決着を付けなきゃならねえ奴がいる。

 

「こいつがあればジャックの野郎をぶっ倒せるかもしれねえぞ」

 

俺が完成版AMG-78を隅々まで眺めていると、2階から声を掛けられた。クリスか。

 

「何をしている。これから執務室で報告会議だ。ジョーも来るんだ」

 

「うるせえな、今行くよ」

 

 

 

──執務室

 

俺達が執務室でソファに着くと、まずは武蔵が今日の戦闘について提督に報告した。

 

「なるほど、やはりあの海域でも深海棲艦の凶暴化が進んでいたんだね」

 

「ああ、通常は艦娘が新米から卒業するための

腕試し程度の敵しか存在しないはずだが、

全艦フラグシップ、戦艦・空母・重巡2隻ずつという滅茶苦茶な編成だった」

 

「やはり例の姫級が接近しているということなのだろうか……」

 

「提督、姫級の位置は割り出せているのか?」

 

「まだだ。北部方面の海軍基地が監視を続けているが、

地上からの観測では何も見ることができない、と言ったほうがいい」

 

困った様子で腕を組む提督に、俺が一つ提案をした。

 

「B.S.A.Aのヘリで夜間に索敵を行うのはどうか。

戦うわけではないから航続距離と速度に優れた戦闘ヘリで姫級を探す。

大体の位置は北海道の北東で合っているのだろう」

 

「それは危険すぎる。深海棲艦が気づかないわけがないし、

真っ暗な夜の海では何も見えないだろう」

 

「問題ない。索敵には対空砲火が届かない高高度を飛行する。

ヘリには夜間戦闘用ナイトビジョンも搭載されているから昼と同等の視界が得られる」

 

「敵空母が艦載機を放ってきた場合は?」

 

「武装ヘリにはチェーンガンやミサイルポッドを装備している。

今日の戦闘で見た航空機程度なら、

オートターゲットシステムで発艦直後に撃ち落とせる。心配は無用だ」

 

「輸送用のヘリコプターにもとんでもない機銃を装備していたからな。

戦闘ヘリとなれば凄まじい力を持っているのだろう」

 

「何か見たのかい?武蔵君」

 

「ああ。クリスがヘリに負傷者を収容した後、

空から大型の機関砲で援護射撃を行っていたのだが、

無数の艦載機や戦艦を圧倒するほど強力だった。

あまりに発射速度が早くて光の帯が敵を薙ぎ払っているようだった」

 

「そうなのか。……やはり70年の技術の進歩には驚かされる。

それじゃあ、クリス。君に姫級の捜索を頼みたい」

 

「任せてくれ。あと、頼みたいことがある」

 

「何でも言ってくれ」

 

「消耗したヘリの燃料や弾薬類の補給をしたいのだが……」

 

「ヘリコプターなら、灯油だね。問題ない。

弾薬は武装を見ないと製造可能かわからない。

明日にでも見せてくれ、明石君と検討しよう」

 

「すまないな」

 

バタン!

 

噂をすれば影、という。その時、名前が出たばかりの明石が執務室に飛び込んできた。

日本の文化はよくわからないが、何かめでたそうな感じは伝わってくる。

 

「みんなー!ビッグニュースだよー!」

 

「なんだ騒々しい、ノックぐらいしないか!大体なぜ法被など着ている!」

 

だが、長門の小言も無視して明石が続けた。

 

「ついに、ついに完成したんだよ!」

 

「だから何がだ!」

 

「皆さんお待ちかねの、超大型戦艦だよー!」

 

イェイ!と明石がクラッカーを鳴らした。

 

 

>超大型戦艦完成まで、あと0日00時間00分00秒

 

 

 

 



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Tape9; Queen of the Night

なんだなんだ?研究のし過ぎでおかしくなったのか?

明石が弾いたクラッカーの煙が臭う中、みんな呆気にとられて見ているしかなかった。

わりかし重要な話の最中だったから、余計に格好の珍妙さ加減が際立つ。

長門がハッピとか言った派手な薄い上着に、頭に鉢巻を巻いてる。

いきなり乗り込んできたお祭り女に、ようやく提督が返事をした。

 

「それは……素晴らしい。良くやってくれた!でも、激しい戦闘の後で皆、疲れている。

ポッド解放は明日にしようじゃないか」

 

「あ、すみません。もう開けちゃいました!

ガレージで服と装備品の装着も済ませちゃってます!」

 

「君ね……」

 

「ああ、とにかく提督も皆さんも急いで下さい!彼女を()()()しなきゃなんで」

 

「はぁ……まったく、お前は優秀な技術者だが、

新しいものを見ると見境がなくなるのは、どうにかならんのか」

 

長門が仕方なく提督と連れ立って部屋の外に出た。

 

「ニシシ、こればっかりはどうしようもないですねぇ。さあ、みんなも出た出た!」

 

他の連中も出ていく。日本最強の戦艦か。面白そうだな。こいつを見逃す手はねえ。

俺が席を立つと明石が露骨に嫌な顔をした。

 

「え、来んの……?」

 

「固えこと言うなって。こないだのことは謝るからよ」

 

「あ、そうだ。ジョーは……うん、いいよ。来て」

 

「よっしゃ!」

 

なぜか許可が下りたから俺も皆に付いていく。本当にエイリアンだったら笑えるんだが。

 

 

 

──工廠 艦娘建造ドック

 

全員建造ドックに集まると、明石が慌ただしく準備を始めた。

棚からカゴを下ろしたり、床に赤いカーペットを敷いたり。

近代的なエリアの隅にあるデカいガレージの周りでしばらくうろちょろすると、

壁にくっついてるインターホンで、中の小人と何やら打ち合わせを始めた。

呼ばれた俺達はボケっと突っ立ってるしかねえ。

 

「みんな、用意はいい?開けてもいい?まだ?うん、こっちは大丈夫だよー!

……ほら、新艦娘が御成りになるからシャッターから離れて!列の邪魔になるから!」

 

列だぁ?ひとりしかいねえのになんで列ができんだよ。

だいたいお前が着てる服は何なんだ。艦娘が一人できる度にこんなお祭り騒ぎなのか?

聞きたいことは色々あったが、明石が妙に慌ててやがるから聞くに聞けねえ。

 

「準備ができた?わかった、行くね!……ささ、みんなもっと下がって!」

 

相変わらずガレージの中の小人となんか打ち合わせてる。

もったいぶってねえで早く出せよ!

……と思っていると、ついにガラガラとシャッターが開いた。

すると、一瞬目がくらむほどの光の中から、小人達の列が現れた。

 

例の最強の艦娘は、まだ逆光で輪郭しか見えねえ。

いや、ちょっと待て、どう見ても人の影じゃねえぞ!

小型の要塞にしか見えねえ巨大な影がジリジリと中から進み出てくる。

マジでエイリアン作りやがったんじゃねえだろうな!

影の前を整列して進む小人達は、

どいつも明石みたいなハッピを着てシャンシャン鳴る杖を持ったり、

キモノを着てなんか派手な飾りや黒塗りの箱を持って、ゆっくりゆっくり歩いてくる。

 

じれってえ。と、いつもの俺なら、

ガレージに飛び込んで引っ張り出してくるところだが、

なんだかこの豪華な列をずっと眺めていたい気になって、大人しく待っていた。

ダイミョー行列みたいなパレードを見ていると、ついにその艦娘が姿を表した。

 

カン、カラララ、カツン……、 カン、カラララ、カツン……

 

「こいつぁ……すげえな」

 

アメリカ人の俺でもわかるほど豪華なキモノを着た艦娘が、

黒い三枚歯の高下駄を履いて、

何かの字を描くような独特な足運びで提督に近づいてくる。

明石はすっかり芝居の裏方にでもなったかのように、

その艦娘の周りをぴょんぴょん飛び回りながら、カゴに入った紙吹雪を撒く。

新しい艦娘の様子を見た長門が何かに気づいた様子で声を上げた。

 

「あの歩き方は、外八文字!まさか……!」

 

なんだ長門、なんか知ってんのか?って聞こうと思ったが、

目の前の華やかなパレードに目を奪われて、口が開けない。

超大型戦艦は、分厚くて重そうなキモノの裾を胸の前で担ぎながら、

相変わらず規則的な歩き方で俺達に近づいてくる。

俺を含めた皆が、何も言えずに息を呑む。

 

この戦いの決め手となる最強の艦娘は、

光源から離れて、もうその姿がはっきりと見える。

きらびやかなキモノと、巨大な大砲、高角砲、機銃群は、あまりに不釣り合いだが、

そのアンバランスさが目を惹きつけて離さねえ。

 

「あれは、艦娘の艤装と言えるのか?私の46cm砲を遥かに上回っているぞ!」

 

顕になったその姿に、武蔵を含め、皆驚きを隠せない。

そして、小人の列が道を開け、その艦娘を提督と引き合わせる。

カン!と高下駄を鳴らしてようやく足を止めると、

艦娘は目を細めて唇に僅かな笑みを浮かべ、提督に挨拶した。

艶やかな銀色の髪を高く巻き上げるように結い、

電波塔を模した髪飾り(カンザシって言うんだとよ)を、何本も刺した美女の雰囲気に、

提督も一瞬圧倒される。

 

 

「わちきは超大和型戦艦1番艦 尾張の太夫でありんす。

主様、ここで会うたも何かの縁。わちきと共に海をば駆けなんせ」

 

 

提督が我に返って、握手を求めて手を差し出す。

 

「う、うむ……貴艦の着任を心より歓迎する。その力を戦場で存分に発揮してほしい」

 

だが、尾張は困った顔を浮かべ、かすかにうつむいて断った。

 

「……わちきの手をば触りとう思わらば、先ずは馴染みになりしんせ」

 

「提督。彼女はやはり、花魁かと……」

 

「そうみたいだね」

 

長門が提督にそっと耳打ちする。なんだそりゃ。

 

「なあ、花魁ってなんだ?二人で納得してねえで教えてくれよ」

 

「後にしろ!状況が落ち着いたら説明してやる」

 

すると、尾張が帯に差した鉄の棒みたいなやつを抜いて、俺を手招きしてきた。

 

「そこな(おきな)、ちいとここに来ぃなんし」

 

「俺か?おめえの喋ってることは方言がキツすぎて半分も意味わかんねえんだよ、

他の連中みたいに……」

 

「これ」

 

ゴツン!

 

痛え!この野郎、鉄の棒で人の頭ぶっ叩きやがった!

 

「何しやがるこの着包み女!」

 

「“何しやがる”はわちきの台詞。人の寝とう間に何をささんすか。

五月蝿うてまだ眠なんす」

 

「だから何言ってんのか全然わかんねえよ!」

 

「何しやがるは私の台詞、人が寝てる間になにするのよ、うるさくてまだ眠たいわ。

……ジョーが彼女のポッド散々叩きまくったの根に持ってんのよ」

 

明石がジトッとした目で俺を見ながら翻訳してくれた。

ああなるほど?入室が許可された理由がわかったぜ。ああ、痛え。

当の尾張は鉄の棒を広げて優雅に扇いでやがる。骨が鉄でできた扇か。

扇面には武蔵の首元と同じ菊の紋章。ほう、こいつが日本最強の戦艦、の艦娘だな。

クリスは後ろでどっかと通信してる。

 

「おい、日本海軍の戦艦・尾張について調べてくれ」

 

『少し待ってください。O.WA.RI……出ました。超大和型戦艦1番艦・尾張。

第二次大戦末期に旧日本軍が建造計画を立案しましたが、

実際には起工されず計画の段階で建造が中止されています』

 

「辻褄が合わないぞ。その尾張の艦娘が目の前にいるんだ。

……提督、この世界では超大和型戦艦は完成していたのか?」

 

「いや、こちらでも計画倒れに終わっている。

彼女の起源となる艦艇など存在しない筈だが、私にも何が何やら……」

 

『出ました。スパコンAIの推論によると、イーサン救出時の往復と今回の作戦での往路、

合計3回の転移によって、世界の壁にゆらぎが生じている可能性が75.2%』

 

「つまり?」

 

『今、クリスがいる世界が、私のいる世界と異なる、

第三の世界と部分的に接続された可能性が高いということです』

 

「なんだと、クリスの世界以外にもまだ異世界が存在するというのか!?」

 

『あくまで人工知能の演算結果による結論になりますが、その通りです……』

 

長門が目を丸くしてクリスのヘルメットに叫ぶ。

まぁ、こうも妙ちきりんな出来事が続くと無理もない。

かく言う俺も世界が3つもあるとなると驚かざるを得ないが。

 

「ふむ……どうやらその世界では、超大和型戦艦が完成するほど、

戦争が長期化しているようだね」

 

「そう考えるしかないだろうな。どの道俺達にできることは何もない」

 

「なぁ、なぁ、主様。わちきは眠うござんす。はよう、わちきを寝床へ連れなんし」

 

尾張が提督の袖をつまんで急かす。

 

「ああ、眠たいんですね!提督、尾張さんを早く宿舎で休ませてあげてください!

彼女の武装・能力の分析は明日のお楽しみということで、ウシシ!」

 

「そ、そうだね。気になることはあるが、尾張君の諸元等については明日にしよう。

皆に紹介するにも、もう夜が更けている。

……さあ、尾張君。ついてきてくれ。宿舎の君の部屋に案内しよう」

 

「いりんせん(いらないわ)」

 

「え?」

 

「主様の部屋へ連れなんし」

 

「提督の私室へ!?キャー、尾張さんってば大胆!」

 

明石がまた飛び跳ねてはしゃぐ。長門はそれを一喝して割り込んだ。

 

「ふざけている場合か!

尾張、いくら新造艦でもそのようなわがままは許されん。

さあ、私と艦娘宿舎へ来るんだ!」

 

「ん~ん?よう考えささんしたら、わちきは主様に身請けされた身。

主様と床を共にするのが筋でありんす」

 

マイペースに語ると、尾張は扇子で口元を隠し、

恥じらうように、ほんの少し顔を背けた。

 

「と、と、床を!?駄目だ駄目だ、絶対ダメだー!」

 

今度は割りと落ち着いてる感じの武蔵まで慌てだした。顔真っ赤にして。

 

「おい、武蔵の姉ちゃんまで何慌ててんだ。っていうかよう、

俺達外人組はさっきから置いてけぼりなんだが、早いとこ誰か状況を説明してくれ」

 

「提督は鎮守府を遊郭にするつもりなのか!?答えてくれ!」

 

「武蔵君まで馬鹿なことを言うものじゃない!

部屋を貸すだけだ!私は執務室のソファで寝る!」

 

こりゃだめだ。一晩寝かせてパニックが収まるのを待つしかねえ。

俺はうなだれて首を振る。

 

「主様。はよう、わちきを連れなんし。この鉄の部屋は冷とうござんす」

 

お前が喋る度に誰かがわめき出すから黙ってろ。

 

「うむ、では行こうか尾張君。君の寝泊まりする部屋に案内する」

 

「よろしゅうお頼の申しんす」

 

おっと、重たそうに抱えてた裾から手を離しやがった。

豪華な刺繍が施されたキモノが、花開くように広い面積を占めて床に広がる。

それで裾引きずったら汚れるぜ、と思ったが、なんか変な力で浮いてるぞ。

だったら別に持たなくてもいいだろうが。

 

……もういい、こいつのことは明日聞く。昼の激戦と夜のどんちゃん騒ぎで疲れた。

武蔵は尾張をじろじろ見ながら宿舎に帰った。俺も提督と尾張についていって、

本館で休もうとしたら、ドアから出る瞬間いきなり左腕を掴まれた。

とっさに右の拳を構えるが、俺を引き止めたのは明石だった。

しきりに俺の臭いを嗅いでくる。

 

「くんくん、くんくん……」

 

「どうした。気化したシンナーでも吸い過ぎたのか」

 

「テクノロジーの匂いがするわ!」

 

「そういうことか。へっへ。やっぱ気づいたか、こいつによ。

αは試作品だったが、こいつは正真正銘の完成品だ」

 

俺はニヤリと笑って、手に入れたばかりのAMG-78を見せつけた。

 

「わかるよ~!見た目は前のとほとんど変わらないけど、

コアが放つ出力が明らかに違うし、

アーム連結部の強度や滑らかさが洗練されてるもん!」

 

「そうだ!こいつがあれば、姫級をぶっ殺せる。それに……」

 

「それに?」

 

「……いや、なんでもねえ。

とにかく、最強の戦艦も完成して、俺の新兵器も手に入った。俺達は負けねえ。

絶対に日本守ろうぜ」

 

「うん、そうだね!」

 

「じゃあ、俺はもう寝る。お前も夜更かしすんなよ。バックアップ専門だって聞いたが、

お前も艦娘なんだろう。いつ出撃があるかわかんねえからな。

……なあ、おい、もういいだろう。帰りてえんだが」

 

「まーまーまーまー!そう急がないで!

またコーヒー入れるから、着け心地とか色々聞かせてよ!」

 

はぁ。明石がAMG-78を装着した左腕を離さねえ。

結局、俺は深夜までこいつの知的好奇心に付き合わされることになった。

 

 

 

──本館前広場

 

「ふあ~あ、おい」

 

夜が明けて時刻は10時頃。

俺はあくびしながら、広場に設置された鉄製の小さなステージの前で、

尾張のお披露目会の始まりを待っていた。周りには鎮守府の艦娘全員が集まっている。

ただの新顔紹介じゃあなさそうだな。皆の雰囲気もざわついてやがる。

 

“武蔵さんの主砲より強力な武装なんですって!”

“それより聞いた?昨日は彼女、提督のベッドで寝たらしいわよ!”

“ウソー!それってもしかすると、もしかしちゃうの?ウフフッ!”

 

ため息が出る。やっぱ女はそっち方面かよ。今朝提督から聞いたぜ。

尾張の姿は、花魁っていう盛り場の女王みたいな存在と同じなんだとよ。

しかも、ダイミョーだろうが大富豪だろうが、

簡単には相手をしてもらえないほどの高嶺の花だったらしい。

それを踏まえると、昨日の艦娘連中の騒ぎっぷりも納得が行く。

 

まあ、俺には関係ねえ。とにかく姫級さえぶち殺してくれればそれで満足だ。

……ん?どっかから、昨日聞いたばっかりの杖の音が響いてくる。どこだ?

ざわめきが収まり、その場にいた全員が辺りを見回す。

すると、次の瞬間、バタンと本館のドアが開いて、昨日と同じパレードが始まった。

ハッピやキモノを着た小人の列の中央で、

提督に片手を預けた尾張が、例の歩き方でゆっくりとステージに向かってくる。

 

その姿を見た艦娘達が歓声を上げる。

確かに、薄暗いドッグでよく見えなかった昨日とは違って、今ならはっきりとわかる。

まず、キモノがとんでもなく豪華だ。

漆黒の高級な生地に熟練の技で繕われた刺繍の数々。

大輪の花を咲かせる桜並木を、昇り龍が縫うように飛んでいく。

空には桜吹雪が舞い、数え切れないほどの鶴が飛び交う。

 

続いて艤装だが、ここまで来ると、艦娘と武装どっちが本体なのかわからねえ。

武蔵の装備を見たときにも結構驚いたが、こいつはその比じゃねえ。

もう普通の軍艦の大砲と変わらねえほどデカい。

それを背中の骨組みだけで背負ってるんだが、どうして自重で潰れねえのか不思議だ。

 

俺達が驚きながら花魁道中に見入っていると、尾張と提督がステージにたどり着いた。

とうとう始まるな。腕を組んで成り行きを見守る。

すると、人混みをかき分けてテストが俺の隣に来た。

 

「おはようございます、ジョー。あの娘が新しい仲間なんですね。とっても綺麗です」

 

「ああ、おはようテスト。何でもあいつは別世界の艦艇の生まれ変わりらしいぜ」

 

「ジョー、あの娘の事知ってるんですか?」

 

「あまり詳しくはねえが、ゆうべ生まれた時に立ち会った。

なんでも花魁タイプの艦娘で、とにかく最強なんだとよ」

 

「オイラン?オイランってなんですか」

 

やべえ、口が滑った。

何も知らないテストが、青い目をぱちくりさせて答えを待ってる。なんて答えるか。

……俺は、考えた結果、友軍に助けを求めることにした。

 

「ほら、ちょっと後ろに赤城がいるだろ。あいつの方が詳しい。

俺もよくわかんねえんだ」

 

「はい。少し失礼しますね」

 

許せ赤城。テストが彼女のところにたどり着いて、二言三言話すと、

赤城が俺を睨んで、テストの耳を借りて内緒話をした。

しばらくすると、テストが両手で顔を隠して俺のところに戻ってきた。

 

顔は見えないが真っ赤になっているのは想像が付く。耳も真っ赤だからな。

少し落ち着いたところで、テストが何も言わずに俺の背中をペチペチ叩く。

確かに悪かったのは俺だが、どこまで詳しく話したんだよ、赤城。

お、提督の演説が始まったぜ。

 

「おはよう諸君、よく集まってくれた。

今日の決起集会に新たな仲間を紹介できることを嬉しく思う」

 

決起集会と来たか。その言葉に艦娘達が静かに動揺の色を見せる。

なるほど、決戦も近いってことだな。

 

「まずは、諸君の新しい仲間を紹介したいと思う。尾張君、前へ」

 

尾張が美しい所作で一歩前に出る。

その繊細ながらも堂々たる姿に周りの艦娘は息を呑む。

 

「超大和型戦艦1番艦 尾張の太夫でありんす。

以後、よろしゅうお付き合い頼みなんす」

 

“超大和!?それって、大和さんや武蔵さんより強いってこと?”

“艤装も凄いけど、着物もド派手ね……”

“そんなに戦艦ばかり作ってどうするのかしら。武蔵さんじゃ駄目なの?”

 

「ゴホン。今、誰かが話した疑問はもっともだ。

確かに深海棲艦との戦いにおいて、戦艦は戦略の要となる重要な存在である。

しかし、無闇な大型艦の建造は資材の浪費でしかないばかりか、

鎮守府の運営に支障を来す。

だが!今の我々は彼女の力を必要とせざるを得ない状況に陥っているのだ。

そう、もう諸君の何人かは知っているだろう。姫級が日本近海に姿を現した!」

 

知ってたやつ、知らなかったやつ、反応は様々だ。

決意を秘めた目で聞き入る者もいれば、突然知らされた事実にうろたえる者もいる。

提督は演説を続ける。

 

「言うまでもなく、これは日本建国以来の未曾有の危機だ。だが恐れないでほしい!

当鎮守府は姫級討伐のため、決戦の日に備え、

この日まで最強の戦艦の建造に全力を上げてきた。

そして、ついにその苦難が実を結んだのだ。

そう、ここにいる尾張君こそが姫級打倒の決定打となってくれる!

既に彼女の建造成功の報告を上げた大本営から、同時に北海道防衛の命が下された。

しかし、もとより我々は日本国防衛のため、命を賭けて戦う道を選んだ身。

命あらずとも我々は総力を以って姫級を迎え撃つ!」

 

隣じゃテストが祈りを込めて手を握ってる。

恐怖の混じった不安げな声を上げる艦娘も少なくねえ。

 

“また、姫級と戦うのね……”

“きっとまた、犠牲が出る”

“何人帰って来られるのかしら……”

 

「だが、繰り返すが皆、恐れるんじゃない!

尾張君の能力を列挙すれば、主砲、51cm連装砲3基6門。高角砲、12.7cm連装高角砲6基、

機銃、25mm三連装機銃集中配備……」

 

51cm砲。戦艦大和の46cm砲は世界でも有名だが、

そいつを更に上回るバケモノ級の主砲の存在に驚愕が広がる。

 

「このように、彼女は主砲の威力を除けば取り立てて目立った特徴はない。

しかし、逆に言えば、その砲一つで勝利への道を切り開いてくれる可能性を秘めた、

まさに最新鋭の戦艦なのだ。彼女を仲間に迎えた今、恐れるものは何もない!」

 

おいおい提督、そろそろ誰かのこと忘れてねえか?

もう少しで、俺はここだと叫びそうになった。

 

「それだけではない。我々にはB.S.A.Aという異世界から来てくれた心強い仲間がいる!

彼らは昨日も70年後の最新兵器で、歪に進化した深海棲艦を退けたばかりだ!

当鎮守府は姫級討伐に向けてB.S.A.Aと共闘することが決まっている!

そして、皆も既に知っていると思う。

ジョー・ベイカー。拳で深海棲艦を打ち砕く彼も、戦いに参加する。

我々は、この鉄壁の布陣で日本を守り抜く!

姫級討伐に当たる第一艦隊のメンバーは追って選抜し、発表する。

皆、気を抜くことなく心して待っていて欲しい。

では、新たな仲間の紹介と、我々の新たな任務の説明をもって、この決起集会を終わる。

一同、解散!」

 

さっきまでは迷いを見せていた一部の聴衆も、

今は口を固く結んでまっすぐ提督を見つめている。

提督と尾張がステージを下りて去っていくと、皆もその目に覚悟を宿して、

一人、また一人とその場を離れていく。

やがて、広場には俺とテストだけが残されるだけになった。

 

「ジョー、本当に行ってしまうんですか……?」

 

「心配すんな。姫の野郎を殺すまでは絶対死なねえ。俺がお前に嘘ついたことあるか?」

 

テストが俺の肩に両手を乗せて、寄り掛かるように頭をくっつける。

 

「ワタクシも行きたいけど、ただの水上機母艦じゃきっと無理。

ずっと待ってますから……」

 

「おう、パッと行ってサッと片付けて戻ってくる。約束だ」

 

本格的に寒くなっていく12月の冷たい潮風が、刺すような冷気を浴びせる。

戦いでは、こいつとは比べ物にならないほどの寒さとも戦わなきゃならねえ。

今はまだマシなほうだし、肩に小さな温もりもある。

テストの顔を見る。やっぱりゾイを思い出す。

 

ジャックもそうだが、ゾイは今どうしているんだ。

元気にしてるのか。風邪を引いちゃいねえか。

……いや、戦う前から後ろに気を取られてちゃ勝てる戦も勝てやしねえ。

俺は考えをジャックに絞り、そっとテストの肩に手を当て彼女を離した。

 

「ここは冷える。お前はもう宿舎に戻ってろ。俺も部屋に戻る」

 

「ジョー……」

 

「俺ほどしぶとい人間は他にいねえ。死にゃしねえよ。

それよりお前にも出撃命令が下る可能性がある。

風邪引かねえうちに帰って準備してろ、な?」

 

「……わかりました!」

 

そして、テストは宿舎に続くゆるい坂を上って帰っていった。

途中、見送る俺を何度も振り返りながら。

 

 

 

──大ホッケ海北方

 

占守島近海上空。

機動力と攻撃力に優れた武装ヘリに搭乗しているのは、

パイロットのカーターと俺だけだ。

鎮守府で燃料補給を受け、夕暮れ時に飛び立ったヘリは、

現在北海道北東海域を飛行している。任務は当然姫級の捜索だ。

とは言え隣のガンナー席にいる俺にできることはない。

カーターが操縦士用暗視装置で、雪の嵐が吹き荒れる大ホッケ海を、

目を皿のようにして目標を探しながら操縦している。

 

多数の機動部隊や攻撃隊が散見され、時折俺達に対空攻撃を放ってくるが、

高高度を飛行する俺達には届かないし、空母は夜間には航空機を発艦できないらしい。

今が1940年代で助かった。

奴らがスタンダード対空ミサイルやナイトビジョンを装備していたら、

既に俺達は死んでいただろう。

 

「カーター。まだ、それらしい艦隊は見つからないのか。

提督の情報によると、姫級には10以上の護衛がついているらしい」

 

「すみません。この猛吹雪で視界が悪く」

 

「焦る必要はないが、確実な索敵を頼む」

 

「ラジャー」

 

しかし、こうしてガンナー席でじっとしているのも、もどかしい。

……俺は、ベストの内部に固定している装備品の電源を入れた。

連動したヘルメットの視界が薄いグリーンに変わる。

 

「俺も手伝う」

 

「何をなさるおつもりで?」

 

「後ろに下がる。これなら肉眼でも調査が可能だ。ドアを開けるぞ」

 

「レッドフィールド隊長、危険です!」

 

俺は返事をせずに、席を下りて重いドアを腰を入れてスライドして開き、

床にうつ伏せになって、眼下の海を舐めるようにゆっくりと探し出した。

暗視デバイスがあれば暗闇でも視界が得られる。

ヘルメットの操作パネルをスライドして視界を拡大する。敵は10を越す大艦隊。

 

流氷の浮かぶ極寒の海に、無数の深海棲艦の姿が見られる。

だが、俺達の目標はこいつらじゃない。

はやる気持ちを抑えながら、地道に索敵を続ける。その時、カーターが大声で報告した。

 

「隊長、10時の方向に敵艦隊!今までと桁違いの規模です!!」

 

はっと俺はそこを見た。確かに、1エリアに多種多様、かつ大勢の深海棲艦。

俺は更に視界をズームする。重装備の護衛が守る群れの中心に、そいつはいた。

真っ白な肌を厚手のマント一枚で包み、背の高い帽子を被った異様な深海棲艦。

間違いない、奴が、姫級だ。

 

「……カーター。鎮守府に打電。“我、姫級発見せり”。現在地の経緯度も忘れるな!」

 

「ラジャー!」

 

俺は指示を飛ばしながらその存在を見つめていた。

右腕が無骨な機械の腕になっていて、背負う艤装から巨大な二本腕が伸びている。

これらもやはり鋼鉄で出来た機械仕掛けで、手の甲に三連装の大口径砲を装備している。

俺が息を呑み、彼女の姿を分析していると、ふと真っ白な女性型B.O.Wが俺を見上げた。

そして、妖しい笑顔で笑いかけてきた。そう、笑ったのだ。

 

 

 

──本館前広場

 

次の日。

俺達はあの晩、帰還後すぐさま提督に発見した姫級について詳細を報告した。

奴と戦おうにも、艦娘の選定が尾張以外まだ終わっていない。

よって協議の上、まずはB.S.A.Aのメンバーとジョーを集め、

正式な作戦を通達することにしたのだ。俺は部下達に、B.S.A.Aの部隊編成を発表した。

 

「諸君に集まってもらったのは他でもない。昨晩姫級の位置特定に成功した。

よって我々は、これより敵艦隊撃滅のための作戦行動に移る。

つまり、ジョーの救出を目的とした“インビジブル・セカンド”を解消し、

新たな司令を発動する」

 

遂に来たその時を迎え、隊員達にも緊張が走る。

 

「まず、各位の行動方針を発表する。

FGM-148ジャベリンによる遠距離攻撃担当は、ヴァイパー、カーチスのペア。

戦闘可能な状態まで回復したスコーピオン、そしてリパブリックのペア。

つまり先日の深海棲艦との戦いと同じだ。

火力に特化したジョーは、砲の届かない近距離での戦闘、

俺はジョーの援護と敵の撹乱を行い、全員の攻撃をサポートする」

 

その時、ヴァイパーが手を挙げた。

 

「発言してもよろしいでしょうか」

 

「許可する」

 

「その先日の戦闘ですが、ジョーのロボットアームは、

進化した敵にあまり効果がなかったように見えました。

自分は彼を決戦に投入するのは無理があるかと……」

 

「へへっ、そう思うだろ!ところがどっこい!」

 

ジョーが不敵に笑いながら左腕の装備を構えた。提督が前に出る。

 

「それには私が答えよう。その心配は不要だ。彼は新たな力を手に入れた。

例のアイテムボックスに新型のAMGが送られたんだ。

私も昨日知らされたばかりなのだが、

ダミーを標的にした実験では威力が十倍以上に向上していた。

間違いない、彼はもうフラグシップも敵じゃない。まさに敵は姫級だけだ」

 

「その通り、既に全員戦う準備はできているということだ」

 

もう、部下は全員沈黙し、覚悟を決めた。

アサルトライフルを肩に掛け、直立不動で整列している。

それを認めると、俺はもっとも重要な事柄を通達した。

 

「では、この最終決戦を迎えるに当たって、

この超大型B.O.W撃滅作戦の作戦名を発表する」

 

 

 

──本作戦名は、“Not A Hero”とする

 

 

 




お詫び:
尾張の廓言葉は多分間違いだらけです。調べられるだけ調べてはみたのですが、
何ぶん情報が少なくて…申し訳ありません。


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Tape10; The Falling Sun

その作戦名を告げると、隊員達の緊張感がより引き締まったように感じた。

信頼できる部下だ。言葉にせずとも自らの使命、存在意義を理解している。

それでも改めて語っておきたい。

 

「そう、例えこの作戦が成功したとしても、俺達は英雄なんかじゃない。

そう呼ばれる資格があるとするなら、それは艦娘達だけだ。

我々は自らが住まう世界から、本来B.O.Wとは無関係な世界に漏れ出した、

負の遺産を殲滅するためにここにいる。言うなれば、贖罪だ。

今更諸君に言うまでもないことだが、B.S.A.A隊員として戦う以上、

それを確認しておきたかった」

 

“はっ!”

 

総員の力強い返事を聞くと、

俺はヘルメット越しの部下達の顔をしっかりと目に焼き付け、

皆に待機の命令を下した。

 

「鎮守府側のメンバーの選定が終わり次第、ブリーフィングを行う。

それまで各自気を抜くことなく、

5分以内に2階作戦会議室に集まれる状態を維持しておくこと。解散!」

 

 

 

──広場隣雑木林

 

正直クリスの話なんか半分も聞いちゃいなかった。

俺はただ姫級ぶっ殺して、B.O.Wを皆殺しにして……

アイツと決着を付けられればそれでいい。

無心に木の枝を拾っては加工し、木箱を壊して物資を集めていた。

もちろんイモムシやザリガニも忘れちゃいねえ。

 

結果、投げ槍10本、回復薬3つ、ステイクボム2つ、スローイングナイフ2つ。

こんだけありゃあ十分だろう。

なるべくどれも姫級との戦いに備えて温存したいところだが……奴との戦況次第だな。

 

俺は林の中から、雑木林のそばにある高い崖を見上げる。

行ったことのねえ場所だが、岩肌に沿うように、頂上に向かって長い階段が伸びている。

ああ、わかるぜ。いるとすればあそこしかねえ。

天まで届くほどの階段に俺は足を乗せた。

 

潮風であちこちが錆びた鉄製の階段を一段ずつ踏みしめながら、着実に頂上へ向かう。

途中の踊り場で一息つく。時刻はもう正午を過ぎて、太陽はこれから少しずつ沈み行く。

この戦いで地に伏するのはどっちなんだろうな。

 

気が済むまで鎮守府の景色を眺めて一休みした俺は、再び階段を上りだした。

一体何段あるんだ。まだまだ行ける、と自分じゃ思っていたが、

このいつまでも続くような階段は老骨には堪える。ようやく頂上が見えた。

……崖に隠れて様子はまだ見えねえが、間違いなく奴がいる。

俺は一気に残りの十数段を駆け上った。

 

「ジャック!!」

 

頂上は木に囲まれた広い野原だった。

何のためにこんな崖に階段を作ったのかわからねえ。隅にボロい空き家があるだけだ。

そして。

 

『ぐおああああああ!』

 

ジャックは振り返って俺の姿を見ると、思い切り上半身を反らして天を仰ぎ、

真っ黒な泥を吐き出して、吠えた。

そして間髪入れず、俺に駆け寄り、左右から重いフックを繰り出す。

俺は瞬時に逆方向にステップを取り、2発共回避。

少しは説得の余地があるかと考えた俺が馬鹿だった。

即座にファイティングポーズを取り、戦闘態勢に移った。

 

「俺のことも分からねえんだな!?もう楽にしてやるよ、かかってこいよ!」

 

俺はAMG-78を装着した左手を握りしめる。

 

《チャージ開始》

 

完成したAMGが俺の腕力を感知し、爆発的に増幅させ、

一切合財を粉砕する力を俺に与える。

こいつをぶち込めばジャックの野郎も叩きのめせる。

が、奴もじっとしてるわけじゃねえ。

むしろ、今までの戦いで身のこなしや攻撃方法が多様になってやがる。

 

危険を察知したのか、後ろに下がって距離を取る。

そして、右手をグジュグジュと変異させ、長く巨大なヒルに変えた。

それを丸太のように太い鞭にして、真正面から叩きつけてくる。危ねえ!

偶然避けられたが、あと半歩横にいたら直撃を食らってた。奴の一撃が地を揺らす。

 

《チャージ完了》

 

AMGのフルチャージ完了、つまり俺の番!

だが、ジャックもそこらのB.O.Wと違ってマヌケじゃねえ。

軽いジャンプを繰り返しながら、俺の攻撃を避け、なおかつ反撃する機会を狙ってる。

俺は敢えて次の攻撃を待った。

すると、また右手をヒルに変化させて、俺を叩き殺そうとする。

その瞬間を見計らい、ダッシュで駆け寄り、

ジャックの顔面に極限まで加速した鉄拳をお見舞いした。

 

『うっ!ぐおうおお……』

 

鉄拳の威力と衝撃波で、ジャックがよろめき、ヒルの腕も弾け飛ぶ。

へっ、やるな。AMG-78の一撃に耐えきるとは。

ジャックの野郎も進化してるのかもしれねえ。

奴は少し頭を振ると、また戦闘態勢に戻った。今度は素早い接近からの重いタックル。

チャージの途中だったから回避ができず、ガードで受け止めた。

ふざけんな、痛えんだよ!俺はジャックの横を駆け抜け、AMGにチャージ開始。

 

ジャックも後ろに下がり、互いに殺気を迸らせて相手を見る。チャージ完了。

攻撃のチャンスを待つだけ。心配ねえ、こいつなら奴の息の根を止められる!

今度はお馴染みの強烈な四連打を放ってきた。

大きな上半身をひねった猛烈な強打が4回。間違っても食らいたくはねえな!

後退しつつ隙を窺う。なんとか全部避けきったところで、

大振りの攻撃を避けられ隙を見せた。

 

今だ!俺はすぐ側まで迫ったジャックの頭に、2度目のフルチャージを叩き込んだ。

すると、ジャックがよろよろと立ち上がったと思ったら、耐えきれずに膝をついた。

チャンスだ!すぐさまAMGを再チャージすると、

足元でうずくまるジャックに、もう一度渾身の一撃をぶちかました。

 

「どうだ!」

 

ジャックがその巨体から真っ黒な体液を噴き出しながら、5m程ふっ飛ばされた。

俺はゆっくりと立ち上がるかつての弟に呼びかける。

 

「覚えてるか?

ガキの頃、俺がお前の鼻をへし折ったよな!お前をぶっ飛ばして沼に落としたよな!」

 

聞こえてるはずなんかねえが、そんなこたぁどうでもいい。

昔みたいにお前をボコボコにして、どっちが兄貴か弟か分からせてやるよ!

今度こそケリを付ける!

手傷を負ったジャックが立ち上がると、また右手をヒルの触手に。

即座に俺は奴の正面から外れたが、今度は横に薙ぎ払って来やがった。

 

「がはああっ!!」

 

不意の一撃を食らい、右脇腹に激しい鈍痛が響く。咳に血も混じる。

くそっ、攻撃パターンを変えやがった!そして痛みで動けない俺に更に追い討ち。

今度は左脇腹に命中。左右の往復攻撃をガードできずまともに食らった俺は、

ろくに息もできない状態でジャックと向き合う。

とりあえず呼吸が落ち着くまで攻撃はできねえ。

だが、追い込まれたジャックも容赦なく次々と俺に攻撃を浴びせる。

右手の触手、飛びかかっての両腕叩きつけ。

 

とりあえずガードして耐えてはいるが、確実に体力を削り取られてる。

もう視界が灰色だ。姫級に備えて回復薬は使いたくねえ。

……危ねえ賭けだが、手段は選んでいられねえ!

俺は腰にぶら下げたムラマサを構えて、攻撃直後のジャックに飛びかかった。

 

AMGのチャージ攻撃より隙が小さい刀で、2,3回斬りつけては離れる、を繰り返す。

おおっ、やっぱり少しずつだが痛みが引いてくる。大して威力はねえが、

守備と攻撃の繰り返しに徹していれば……とも言っていられねえんだな、これが。

 

俺の心にふつふつと、明らかに俺のものじゃねえ何かの殺意が染み込んでくる。

ムラマサの呪いだ。さっさと回復してこいつを収めねえと、どっちにしろ死だ。

ジャックが左足を大きく上げて、上半身を振りかぶり、

強力な右ストレートを放ってきた。これで最後だ!

俺は右に走って拳を避けると、すれ違いざま3回ジャックを斬った。

 

上出来だ!すっかり視界は良好、痛みもねえ。

慌ててムラマサをしまうと、俺はまた殴り合いの決闘に戻った。

太陽が俺達をジリジリと照らす。遠くに広がるは大海原。再び左手を握り込む。

 

《チャージ開始》

 

『うごおお……』

 

「ジャック、お前は昔からへなちょこだった!

俺を殺すことも出来ねえ奴がバケモノになったからって、今更俺に勝てると思うな!」

 

《チャージ完了》

 

『があああ!!』

 

「うおおおお!!」

 

二人が吠える。

俺もジャックも、ただ殺すためにお互いを追い求めて、両足を交互に動かす。

世界一汚ねえ兄弟喧嘩。遂にその決着が付く。両者全力の拳を放つ。その結果は。

 

『……うっ、ぐごああ』

 

「ちっとは効いたぜ、お前の拳。

だが、俺の弟に生まれたのが運の尽きだ。俺に勝てる弟なんて、いやしねえんだ」

 

ジャックの顔面にクロスカウンターが決まった。

真正面からAMGを食らったジャックは、その場で膝を折った。

右手で弟だった化け物の頭を掴む。

ムカデだらけで見る影もねえが、やっぱりその目はジャックのものだった。

……俺は抵抗する力を失った敵にとどめを刺すべく左手を握る。

 

「お前はもう俺の家族じゃねえ、ジャック……!」

 

そして青白く光るコアに全力を託し、何かを訴えるような目で俺を見るジャックの胴に、

全力の拳を叩きつけた。衝撃波が走り、俺達を囲んでいた木々を大きく揺らす。

まるでロケットで打ち上げられるかのように、ジャックの身体が崖から放り出され、

海に向かって遥か遠くに飛んでいった。断末魔の声すら聞こえることはなかった。

 

なんでかは知らねえが、パンチを放った後、

俺はしばらくそのままの姿勢から動けなかった。

興奮が冷めて我に返り、ようやく立ち上がると身体の砂を払って、一言だけ海に告げた。

 

「……あばよ」

 

気がつくと太陽が大きく傾いていた。

夕暮れには早いが、1時間以上戦ってたってことになる。……もう帰るか。

俺がのんびり階段を下りていると、スピーカーから放送が聞こえてきた。

 

 

《お呼び出しを申し上げます。ジョー・ベイカーさん。

ジョー・ベイカーさんは、直ちに本館2階の作戦会議室までお越しください》

 

 

無茶言うな。まだ半分も下りてねえ。

まぁ、どうにもならねえなら待たせとくしかねえな。

下りは上りより楽だからそんなにかからねえだろう。

 

 

 

──本館2階 作戦会議室

 

「B.S.A.Aの装備はAH-64アパッチをベースとした……」

 

ガチャッ

 

「遅いぞ!」

 

いつまで経ってもジョーが来ないので、

知らなくても直接戦闘に支障ない程度の説明を先に始めていた。

すると、途中でジョーがノックもなしに入ってきて、適当な席に大きく腰掛けた。

 

「うるせえ、B.O.Wと戦ってたんだからしょうがねえだろ」

 

にわかにざわついた雰囲気になる。

警報が鳴ることもなく、ここまで長期戦になったということは、やはり。

 

「……ジャックか」

 

「他に何がいる」

 

「どうなった」

 

「海の向こうまでぶっ飛ばした。……続けろ」

 

「そうか」

 

俺はそれ以上何も聞かず、広い講壇の反対側の提督を見た。彼も何も言わず、ただ頷く。

ジョーのシャツに新しい血が付いていたが、やはり何も聞くことなく本題に入った。

 

「では、全員が揃ったところで、“Not A Hero”作戦概要について説明する。

まずこの地図を見てくれ」

 

長い引っ掛け棒で黒板上の幕を引き下ろし、

血に染まったように真っ赤な占守島付近の地図を皆に見せた。

 

「先日の捜索で姫級の位置が特定された。ここを見てくれ」

 

占守島からずっと東。地図には様々な敵艦隊の予想潜伏地点が記されているが、

全部を無視して、一点を指示棒で差した。

誰かの茶目っ気かなにかは知らないが、

提督に報告したポイントが可愛らしい鬼のマークになっている。

 

“そこに、姫級が!?”

“もう日本のすぐそばじゃない!”

“あまり時間は、ないみたいだな”

 

艦娘の精鋭達も予想以上のスピードで日本に迫る姫級に驚きを隠せない。

 

「そう。俺達には時間がない。提督と協議した結果、作戦結構は、明日。

0900に鎮守府を発つ。また、提督の案で例の姫級に仮称ではあるが名前が付いた。

以後、姫級は“北方水姫”と呼称する」

 

「一旦交代しよう、クリス。

ジョーやB.S.A.A隊員の皆に紹介する。鎮守府側からは、

隣に座っている次の艦娘諸君が出撃することになった。

各員、B.S.A.Aの輸送ヘリに乗って、本来戦うべき機動部隊や攻撃隊の頭をすり抜け、

ピンポイントで旗艦艦隊を直接叩く。

まず、戦艦・武蔵、戦艦・尾張、空母・赤城、空母・グラーフ・ツェッペリン、

重雷装巡洋艦・北上、重巡・ポーラ。皆、可能な限りの改造を施していると考えてくれ。

以上だ。クリス、続きを頼むよ」

 

「了解した。この戦いでは攻撃ヘリの機動力を活かして、先制攻撃を仕掛ける。

まず、作戦ポイントに到着次第、我々のヘリに搭載されているサーモバリック弾を投下。

敵艦隊にダメージを与え、同時に作戦行動の邪魔になる流氷を吹き飛ばす」

 

「すいませ~ん」

 

その時、ベージュの制服を着た、おさげの艦娘が手を挙げた。

 

「北上君、どうぞ」

 

「サーモ……え~と、なんとか弾ってなんですか?」

 

提督の目配せを受け、俺が答える。

 

「サーモバリック弾。通常の爆弾とは異なり、二段階の爆発で敵を殺傷・破壊する。

第一段階で投下した爆弾内部で爆薬を点火、瞬時に燃料を気化させ、圧力で破裂させる。

そして二段階目に、一段階目で破裂して周囲に広まった燃料と空気が、

最適な比率で混合した時点で、再度爆薬で点火。

すると、広大な空間に拡散した燃料が一気に燃焼し、巨大な爆風がエリア一帯を襲う。

今回俺達は、サーモバリック弾で敵の攻撃はもちろん、流氷もまとめて吹き飛ばし、

敵の混乱を誘い全員が着水するチャンスを作る」

 

「ど~も~っ、あの辺の流氷、魚雷撃つのに邪魔だな~って思ってたからさ」

 

「続いて作戦行動時間だが、何があろうと2時間以内に決着を付けてもらいたい。

理由は2つ。まず気象の問題。

言うまでもなく、占守島近海は人間が生存できる限界を遥かに超えた、極寒の海だ。

戦闘中は防護ベストに組み込まれた電熱線で体温を維持ことになるが、

バッテリー容量を考えると、保って2時間。

ジョーに関しては工廠で耐寒服を製造中だが、同じ理由で2時間が稼働限界だ。

次に、ヘリの燃料。ここから戦闘エリアまで向かい、

北海道の海軍基地まで帰り着くまでに必要な燃料を差し引くと、

上空で待機できるのは2時間がいいところだ。

ヘリが落ちれば、君たちはともかく、人間は北海道にたどり着く前に凍死する」

 

「えへへ~あそこは、ポーラ達でも寒いです~

ホントは、あったかいお部屋でホットワインを飲んでいたいです~」

 

「オホン、ポーラ君。本作戦終了まで、飲酒は禁止する。

明日までにアルコールを抜いておくこと、いいね?」

 

「えーそんな!あの、勝利を祈ってみんなで乾杯ってのはどうかと思うんですけど……」

 

「座れ。ザラに言いつけるぞ」

 

「うう……」

 

白と黒を基調とした軍服の艦娘にたしなめられ、しぶしぶポーラが着席した。

すると、提督が天井から2枚目のスクリーンを下ろした。

三つ又の槍を描くように、何が配置されている図が大きく描かれている。

 

「今度は私が引き継ごう。特にB.S.A.A諸君やジョーはよく覚えてほしい。

これは“第四警戒航行序列”と言って、

今回のような大規模戦闘で採られる陣形のひとつだ。

戦闘開始後、速やかにこの隊列を形成して欲しい。

超長距離攻撃な人間のB.S.A.Aは比較的安全な後方へ。

深海棲艦の攻撃に耐え、反撃が可能な艦娘は前方に位置取ること。

接近戦を挑まざるを得ないジョーも前に出てくれ」

 

“了解!”

 

ジョーと尾張以外の全員が返事をする。

尾張は他人事のように鉄扇で仰ぎながら、ぼんやりと宙を眺めている。

 

「そう言えば提督、尾張の様子はどうなんだ。

生まれてからほんの2日で実戦に投入するのはやはり不安が残る」

 

「私もそうだったよ。演習に出せたのはたったの2回。

なんとか練度を10まで上げるのが精一杯だったが……心配は無用だ。

彼女の火力は空恐ろしくすらある。相手旗艦を一撃で大破させた」

 

「そうか。ならいいが……やはり演習と実戦は違う。

他の5人で彼女を支えるよう伝えてやってくれ」

 

「わかってるよ。……では、諸君。

これにて作戦名“Not A Hero”のブリーフィングを終了する。一同、解散!」

 

 

 

クリスや提督らがぞろぞろと出ていった後も、俺はしばらくぼーっと座り込んでいた。

あいつらが何言ってたのか、ほとんど思い出せねえ。

爆弾落として、奇襲する。確かそんな感じだったと思う。

ここで理屈をこねたところで、どうせ実戦じゃ何が起きるかわかりゃしねえんだ。

それはいいとして、頭ん中のモヤモヤがずっと晴れねえ。こっちのほうが問題だ。

くそったれ、俺は弟の始末を付けただけだ。

なにウダウダ考え込んでんだ、俺らしくもねえ。

 

一気に立ち上がると、俺は作戦会議室のドアを開け、廊下に出た。

帰ってシャワーでも浴びるか。すっかり文明人みたいな習慣が付いちまったな。

元の世界に戻った時、また沼地で生きていけるか心配だ。

……ん、なんだ?子供が壁に寄りかかってうつむいてる。

俺に気づいたら嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「ああ、よかった!また会えて」

 

「お前は……」

 

思い出した。俺がこの世界に飛ばされて、B.O.Wの襲撃が始まった時、

一人で戦ってた女の子だ。珍しい緑色の髪だからよく覚えてる。

 

「駆逐艦・高波です!ごめんなさい。あの時は、ちゃんとお礼も言えなくて……」

 

「構うこたぁねえ。子供を守るのは大人の義務だ」

 

「あの!これ、大したことはできないんですけど、受け取ってください。

何の役にも立ちませんけど、裁縫だけは得意で……」

 

高波は小さな人形を差し出してきた。麻の糸を編んで作ったボクサーの人形か。

へへっ、いっちょまえに赤いグローブまで着けてやがる。思わず笑みがこぼれる。

ささやかな真心を受け取って、なんか……頭のモヤが晴れたような気がする。

俺は、そいつを大事に道具袋にしまった。

 

「ありがとよ。大事なお守りにさせてもらうぜ。これで遠慮なく暴れられる」

 

「あなたが大変な戦いに行かれることは聞いています。

高波には何もできませんけど、どうかご無事で」

 

「もう、してくれたじゃねえか。心配すんな。

深海棲艦だろうが、B.O.Wだろうが、この鎮守府には指一本触れさせねえ。

俺達は明日行く。決着も明日だ。信じて待っててくれ」

 

「はいっ……!」

 

高波の頭をポンポンと軽く撫でると、

彼女と別れて肩で風を切りながら廊下を進んだ。

迷いみたいなもんを振り落とした俺を止められるやつはもういねえ。

覚悟しやがれ、深海棲艦。

俺は左手で、右手のひらをパシンと殴った。

 

 

 

──大ホッケ海北方

 

吹雪、流氷、全てを白が埋め尽くす海域に溶け込むように、そこに佇む北方水姫。

彼女は、またドロシーと名乗る存在と交信していた。

 

「ヤツラガ アラハレタ ソラタカク ヤミヨカラ」

 

『気をつけて。あいつらは卑怯。どんな手を使ってくるかわからない』

 

「ムヨウナ シンパイ ワレラハ シンゲキヲ ツヅケル」

 

『きっと勝ってね。そして、私の、居場所を作って』

 

「……ショウリノ サキニ オマエハ ナニヲミル」

 

『どういうこと?』

 

「ヒトトシテ イキルノカ ソレトモ ワレワレノ ドウハウト ナルノカ」

 

『私は……ドロシー。それ以外の何者でもないわ』

 

「ワカラヌ ヤツダ マア ヨイ アスニハ スベテノ コタエガ デル」

 

『じゃあね。楽しみに、してるから』

 

「ウム オマエハ ソコデ ミテイルガ イイ」

 

どちらからともなく交信を終えると、北方水姫は吹雪の吹き荒れる海を眺めた。

時折、吹雪の止み間、遥か遠くに北海道の陸地が見える。

B.S.A.A、日本海軍、深海棲艦。血で血を洗う三者の激闘は、もう間もなくだった。

 

 



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Tape11; Northern Wind

──0900 本館前広場

 

2機のアンブレラ所有、B.S.A.A所属ヘリコプターの前に、

北方水姫討伐隊のメンバーが集結していた。

大勢の艦娘が集まり、俺達の出撃を見送りに来てくれている。

北方水姫と戦う艦娘は皆、

左腕に腕時計と温度計を組み合わせたような計器を装着している。

 

「これ着けると決戦だーって感じがするよね、いっつも」

 

北上がベルトをしっかり金具で固定する。

 

「こないな飾りもん、わちきの着物には似合んしまんせん……」

 

左腕をくるくる回して眺める尾張は、計器のデザインが不満なようだ。

 

「文句を言うな。これは装備品なのだ、飾りではない」

 

そんな彼女にグラーフ・ツェッペリンが注意しながら、自分も計器を腕に巻き付ける。

艦娘達の様子を見ていた俺は、提督に尋ねた。

 

「提督、彼女達が身につけている物はなんだ?」

 

「ああ、クリス。あれは超弩級深海棲艦生命反応探知機。まぁ、言ってみれば、

姫クラスの強大な深海棲艦の存在を探知、その生命力を可視化する計器だ。

彼女達はボスゲージって呼んでるよ。

探知とは言っても、有効距離が短くて、反応する頃には既に交戦状態に入っているから、

実質姫級の残りエネルギーの計測器と言ったほうがいいけどね」

 

「それでもないよりマシだ。何が効いているのかいないのか、わかるだけでも有り難い。

……俺達も準備を始めるとしよう」

 

俺はヘルメットを被り、ヘリの前で待機している部下達に呼びかけた。

 

「全員、防護ベストのメインシステムを起動しろ」

 

“はっ!”

 

皆が全身に張り巡らされた各種センサー、通信機器、デバイスを管理するOSを起動。

それを確認した俺も、下顎の起動ボタンを押す。

すると、シールド部分にブート画面が現れ、

続いて青い傘のエンブレムと、“UMBRELLA AMD SYSTEM”という文字で構成された

起動画面が表示された。

同時に俺の心電図や電波通信状況を示す、ヘッドアップディスプレイが視界に現れる。

準備は完了だ。俺の防護ベストがオンライン状態になると、すぐさま通信が入った。

 

『こちら本部。通信は良好です』

 

「レッドフィールドだ。これより作戦を開始する」

 

『作戦海域はソビエト領海に隣接しています。

彼らが領空侵犯と見なし、攻撃機を発進する可能性が極めて高いです。

できるだけ速やかに戦闘を終わらせて撤退してください』

 

「無茶を言ってくれる。だが、長居したくてもできないのも確かだな」

 

『はい。ディスプレイ左下を見てください』

 

すると、俺の心電図の上に“120min.”という表示が現れた。

 

『人間の活動限界を越える寒冷地に入ると、

防護ベストが自動的に体温を維持する防寒モードに入ります。

数値はベスト内部の電熱線を加熱するバッテリーの電力の残り時間です』

 

「つまり、これがゼロになると俺達は氷漬け、というわけか」

 

『そうなります。繰り返しますが、早急な超大型B.O.W掃討を願います』

 

「ああ分かってる、こういうのは慣れてるからな。一旦切るぞ」

 

『ええ。気をつけて、クリス』

 

本部との通信を切ると、俺は部下達に輸送ヘリに搭乗するよう指示した。

 

「全員、ヘリに乗れ。まもなく出発する」

 

隊員は滑らかな動きで次々とヘリに乗り込み、小さな座席に座ると、

しっかりとベルトを着用。それを確認すると、俺も同様にヘリに乗る。

後は艦娘達を待つだけだ。

 

「第一主力艦隊、出撃!直ちにヘリに搭乗せよ!」

 

提督の発令で、艦娘達も軽い身のこなしで一人ずつ中に入ってきた。

重い艤装は事前に外して床に固定しておいたが、

12人と装備品の重量はヘリが飛行できる制限ギリギリだった。

 

「全員揃った。1号機、2号機、離陸しろ」

 

“ラジャー”

 

二人のパイロットの返事と同時に、

2機のヘリコプターがローターをゆっくりと回転させ、徐々に回転数を上げ、

爆音を上げながら、その鋼鉄の機体をふわりと持ち上げた。

段々真下に遠ざかる鎮守府。見送りの艦娘達が手を振っていた。

 

“みなさん!ジョー!必ず帰ってきてくださいねー!”

“グラーフ、ドイツ艦代表としてしっかりね!”

“貴女が丸一日飲まなかったのは新記録よ!帰ったら好きなだけ飲んでいいからね!”

“北上さーん!私はここよ!私も連れてってー!”

 

ローター音でかき消されているが、皆が懸命に声援を送ってくれていることは分かる。

戦いたくても戦えない者のためにも確実にミッションを果たさなくては。

ヘリが更に高度を上げ、艦娘達が点になる。

俺達は監視用の小さな窓から見える、この鎮守府と住人達を守り抜かなければならない。

高さほんの2cmほどの窓を閉め、トールハンマーを杖のように立てて、

ただ目を閉じてその時を待った。

 

 

 

──1207 大ホッケ海北方 北方水姫支配海域付近

 

3時間超の長い道のりだった。硬いシートにずっとベルトでつながれていた隊員達には、

少し疲れが見える。あまり良くない兆候だ。

俺は早めに隊員達にシートを離れ、身体をほぐすように指示した。

 

「全員、今のうちにベルトを外して軽くストレッチしておけ。

狭いから他の者にぶつからないようにな」

 

「了解。正直、助かります……」

 

「ええ、もう身体が固まってて」

 

「敵は目の前だ。皆、万全のコンディションを維持しておけ」

 

「はっ!」

 

一方、艦娘組は退屈そうではあるが、疲れた様子はない。念のため声をかける。

 

「君達は、大丈夫なのか。間もなく戦闘が始まる。水分補給等は今のうちにな」

 

「ん~平気平気。姫級との戦いはいつもこんなんだし。

むしろ余計な前哨戦全部パスできた分、今回は楽なくらい。

日本からイギリスまで泳いでいって姫級倒せ、なんて無茶振りされたこともあるし」

 

北上という艦娘が普段通り、といった表情を変えずに答える。

それを切欠に彼女達がそれぞれの思いを口にした。

 

「クリスさん、私達艦娘は人より丈夫にできています。ご心配なく」

 

赤城は不思議な存在だ。

ムラマサという呪いに取り憑かれたジョーを、その声で正気に戻したという。

今も柔らかな笑顔を浮かべているが、何か特別な覚悟があるのかもしれない。

それを詮索するつもりはないが。

 

「ポーラ、ちょっとお酒入ってる方が頑張れるんですけど……」

 

どこか不満げな彼女。なんというか、あの鎮守府は軍として少し自由過ぎる気がする。

 

「呆れたものだ。もう少し軍規を厳しくするよう提督に具申してもいいかもしれん」

 

グラーフ・ツェッペリンという、真面目さを絵に描いたような艦娘がため息をつく。

ポーラと1セットになると、ちょうどいい感じになりそうだ。

あるいはそのために選定されたのかもしれない。

出発前、挨拶ついでに声を掛けると、“グラーフと呼んでくれ”、と言ってくれた。

 

「それには賛成だな。遊んでばかりいる潜水艦も少しは勉強する気になるだろう」

 

武蔵の強さは既にこの目で見た。強化された深海棲艦に致命傷を負わせる46cm砲。

俺の世界でも歴史にその名を残している。それを更に上回るとなると……

 

「ふぅ。こないな(いくさ)、早う終いにして、主様の寝床で昼寝でもしとうござんす」

 

尾張。異世界の艦艇から生まれた彼女の能力は未知数だが、

提督が恐ろしいほどの力を秘めていると言っていた。

彼女がこの戦いにおけるクイーンとなってくれることを祈る。

その時、操縦席のパイロットが叫ぶように報告。

 

「1号機から通信!!超大型B.O.Wから成る敵艦隊発見!数、12です!」

 

一気に機内が騒然となる。

 

「来た……!」

「数、12か!?全部殺せるのか、俺達に……」

「大丈夫だ、やれる、俺達なら!信じるしかないだろう!」

 

再び小窓から外の様子を見ると、小さくはあるが、既にその姿がはっきり見える。

俺は全員に呼びかけた。

 

「間もなく1号機がサーモバリック弾を投下し先制攻撃を行う。

安全な距離は保ってはいるが、衝撃波と水蒸気爆発で激しい揺れが起こるだろう。

皆、警戒を怠らず、降下準備に入ってくれ。艦娘諸君は折りたたんだ艤装を持って着水、

速やかに展開し、我々の降下を援護して欲しい」

 

「任せろ、クリス。全て予定通りに行くさ」

 

武蔵が床に固定していた艤装を取り外しながら答えてくれた。

身体を伸ばしていた隊員は再びシートに戻り、

握力の強い艦娘達は機内の適当な手すりに掴まる。

ぐっと機体が斜めになり、大きく方向転換したことがわかる。

100mほど前方を飛ぶ攻撃ヘリの様子を見る。

機体下部に設置された特殊弾頭が下方に傾く。攻撃はすぐだ。再びパイロットが報告。

 

「サーモバリック弾、投下5秒前!4.3.2.1…投下!」

 

そして、小型の旅客機のような爆弾が機体から切り離されて、

ゆっくりと、そして速く落下を始めた。皆が唾を飲む。

足元からは既に主砲弾や機銃が空を裂く音が聞こえてくる。

俺達の存在に気づいた敵艦隊が対空砲火を始めたのだ。

 

届かないとは言え、約10分後にはあの攻撃に身を晒すことになる。

サーモバリック弾を投下すると、攻撃ヘリは一旦海域から距離を取る。

直接爆発に巻き込まれることはなくとも、

今の距離では衝撃波や熱波が機体にダメージを与える。

 

着弾はまだか?俺が小窓から外を見た瞬間、落下した爆弾が、敵艦隊上空で破裂。

一度霧状の燃料となって広がると……ほんの僅かな間を置き、大爆発が発生。

燃え盛るキノコ雲が一帯の空気を食いつぶすように猛々と立ち昇り、

閃光、爆風、轟音を放ち、巨大な風圧が流氷を吹き飛ばす。

 

その直撃を受けた深海棲艦の群れ。遥か下から幾つもの小さな悲鳴が聞こえてくる。

一気に1000度以上に熱せられた海水が水蒸気爆発を起こし、敵の視界を塞ぐ。

しかし、相手が見えないのは我々も同じ。

遅れてやってきた爆風がこちらの機体も揺らすが、速やかな降下を優先する!

 

「艦娘の諸君は全員降下してくれ!後から我々が続く!

俺達も降下の準備を始める!戦闘開始だ!」

 

“応!!” “はっ!”

 

俺は搭乗口のドアをスライドして一気に開く。

すると、上空の雪を含んだ暴風が吹き込んできた。

 

 

[警告:寒冷地に侵入。防寒モードに移行]

 

 

ヘッドアップディスプレイのバッテリー残量が120min.から119min.に変わった。

もう後戻りはできない。防護ベストからじわじわと熱が伝わってくる。

こうしてはいられない。

 

「行け、行け行け行け!!」

 

俺の合図で、艦娘が次々と水蒸気と吹雪でほとんど視界のない海に向かって、

飛び込んで行く。

そして、最後の一人がジャンプすると同時に、俺達もロープを下ろし、

2人ずつ慌てず、しかし最大の速度で急ぎながら着水していく。

ちなみにジョーは、また飛び込まないように俺が身体で前を塞いでいる。

ロープの使い方は教えてある。

 

「なにやってんだ!さっさとしろ!」

 

「慌てて下手くそな落下をしたら、敵から先制攻撃を食らう羽目になるぞ。

少しは落ち着いたらどうだ……ほら、俺達の番だ」

 

「ちくしょう、まどろっこしいな!」

 

スコーピオンとリパブリックのペアが降下し、艦娘の後方に着いたところで、

最後に俺とジョーがロープを伝って海に降りた。

俺達は人間組で唯一陣形の前方に着くことになっている。

雲と雪の膜を抜けて、海に降り立ち、辺りを見回す。そこには何もなかった。

 

普段は海を埋め尽くしている流氷はサーモバリック弾の高熱で溶かされ、

衝撃波で砕かれ、影も形もなかった。

猛烈な吹雪以外は何もない海域。いや、それは語弊がある。

前方を見据えると、全身が火だるまになった深海棲艦の群れ。

この好機を逃せば多くの犠牲を強いる血みどろの戦いになるだろう。俺は叫ぶ。

 

「突撃!!」

 

「行くぜおい!」

 

《チャージ開始》

 

 

 

 

 

ヘリから飛び降りた後、速やかに艤装を展開し、陣形を組んだ艦娘部隊は、

攻撃開始前にボスゲージを確認した。

 

「真っ赤だな。やはりあの中に北方水姫がいる」

 

グラーフが左腕の目盛りを見て、視線を敵艦隊に移した。

 

『姫級含め、やはり敵艦12!北方水姫、戦艦棲姫、戦艦ル級2隻、軽母ヌ級改、

重巡ネ級、軽巡ヘ級、軽巡ツ級、駆逐古姫、駆逐ハ級後期型3隻……

姫級を除き全てフラグシップ以上の能力です!』

 

赤城が偵察機を放ち、遠くに展開する敵艦隊の詳細を調査、

思念に乗せて全員に報告した。

 

『こちらレッドフィールド了解。俺達に構わず攻撃を開始してくれ。

北方水姫は陣形の最奥に居るはずだ。俺達は小回りを活かして姫級を叩く』

 

『おい、いやがったぞ!あの変なクソ女が親玉に違いねえ!』

 

応答の中にも銃声や砲声が混じる。

きっと同士討ちを警戒して、思うように攻撃できない敵艦の群れを縫いながら、

早くも姫級にたどり着いたのだろう。

突然全身を炎に包まれ、海の彼方から飛び込んできた人間二人に理解が追いつかず、

深海棲艦達は混乱に陥っている。

 

「この機を逃すな!我々も先手を打つ!ジョー達は陣の奥だ!前列を撃ちまくれ!」

 

武蔵の号令と共に、北上が61cm五連装(酸素)魚雷を放ち、

ポーラの203mm/53連装砲が吠える。

航跡の見えない酸素魚雷が、サーモバリック弾で大破状態に追い込まれていた、

駆逐ハ級後期型の1隻に襲いかかる。

強化されているとは言え、とても人間型とは呼べない怪物に炸薬の塊が突き刺さる。

一拍置いて、爆発。大きな爆炎が上がり、駆逐ハ級が海面に放り出された。

 

『キャオオオオォ……!!』

 

サーモバリック弾で丸焼きにされ、魚雷の爆発で力尽きた駆逐艦。

ずぶずぶと海に沈んでいく。しかし、これだけの攻撃を浴びながらも、

断末魔の声を上げるだけの力は残っていたというのだから、敵の力は底知れない。

 

「おーし、北上さん1点先取」

 

ポーラも同じく駆逐ハ級後期型に狙いを定め、203mm/53連装砲を撃つ。

放たれた砲弾は正確に敵艦を捉えたが、

不可解な強化を施された駆逐艦には致命傷を与えることができなかった。

 

「あ~……ポーラは0ポイントです~」

 

その時、艦娘の思念、それを受け取ることが出来る通信機、つまり鎮守府側の全員に、

謎の声が届いた。

 

『ダカラサ……。ソンナノツクッタッテサ……。ナニニナルノサァ!』

 

「あいつか……!!」

 

グラーフの視線の先に、ズタズタに引き裂かれた漆黒の着物を来た深海棲艦がいた。

左腕には、やはり怪物と一体化した機銃や砲を装備している。

 

『ヨォシ、クラエェッ!』

 

彼女の方が二連続で火を噴く。砲弾は弧を描いて正確に艦娘達を狙ってくる。

 

「回避だ、回避しろ!」

 

一発は夾叉、二発目が皆に回避を呼びかけた武蔵に命中。

 

「うぐうっ!」

 

「ああ~武蔵さん、大変ですか~!」

 

「案ずるな、この程度!それより、我々も反撃に!」

 

「はいっ!」

 

「グラーフさん、間もなく敵の混乱が収まります!今のうちに艦載機を!」

 

「了解した」

 

赤城が空に矢を放ち、空中で炸裂させた。

弾けた矢は戦闘機烈風、爆撃機彗星一二型甲に変化。

グラーフはデータカードを2枚ドロー、飛行甲板にセットした。

するとカード情報が読み取られ、

彼女の機体、戦闘機Fw190T改と爆撃機Ju87C改が実体化した。

 

「みんな、お願い!」

 

「全機発艦、攻撃開始!」

 

 

 

 

 

B.S.A.AチームはFGM-148ジャベリンによる準備を完了した。

が、早くも混戦の様相を呈してきた中、誰を狙うか決めかねていた。

駆逐艦だの戦艦だの言われても、どれも同じ化け物にしか見えない……!

だがこうして装備を抱えていても意味がない。

 

「くそっ、どれから先にとどめを刺す!?」

 

「一番小さいヤツから沈めるんだ!数を減らせ!」

 

「当たれよ!」

 

カーチスがミサイルを装填し、ヴァイパーが片膝をついて砲身を固定。

スコープを覗き、一番出血が激しい個体にロックオン。トリガーを引いた。

すると、発射筒から射出用ロケットモーターでミサイルが放り出され、

落下し始めた瞬間に飛行用ロケットモーターが点火され、

バックブラストを後尾から噴出。目標へ突撃していく。

 

ミサイルは吹雪の吹き荒れる空を駆け、深海棲艦へ猛スピードで接近。

奇しくも目標は、先程ポーラが倒しきれなかった駆逐艦だった。

迫るミサイルに気づいた駆逐ハ級後期型は海を滑って後退し、回避行動を取るが、

自律誘導能力で食らいつく敵弾から逃げ切れず、直撃を受けてしまった。

 

『ギ…ギギ……』

 

炸薬が詰め込まれた鋼鉄の飛翔弾を受け、肉体を裂かれ、身を焼かれた駆逐艦は、

今度こそ体中が破け、命尽き果てた。

 

「命中!敵艦撃墜!カーチス、次弾を頼む」

 

「待ってろ!」

 

彼らに喜んでいる暇はなかった。

敵艦隊が、姫を守るには全員で人間二人に構うより、

部隊を二分してこちらに攻撃したほうが効率的であることに気づいたからだ。

 

 

 

 

 

俺はトールハンマーを四方八方に撃ちながら、深海棲艦をひるませ、

ジョーを援護しながら突き進んでいた。

敵の数が多く密集している分、奴ら自身の身体を使って、

進んでは砲の死角に退避、を繰り返すのは容易だった。

そして、遂にジョーが北方水姫の元へたどり着いた。

 

「おい、いやがったぞ!あの変なクソ女が親玉に違いねえ!」

 

「なんとか後ろを取るんだ!敵の群れがお前を狙っている!そいつを盾に……」

 

すると、無線に女の声が。考えなくてもわかる。北方水姫だ。

 

──コノワタシト…ヤルトイフノカ……!……オモシロヒッ!

 

「面白えのはテメエの頭だ!馬鹿みてえなコック帽被りやがって!」

 

《チャージ完了》

 

「おおおお!!」

 

ジョーが護衛に構うことなく、

フルチャージしたAMG-78を北方水姫の顔面に叩きつけた。

衝撃波が周りの海水を巻き上げ、爆風で俺も護衛艦隊も思わずよろめく。

破滅的な威力の拳を受けた北方水姫は、顔の右半分を砕かれ、

衝撃波で肩から胸を引き裂かれた。

しかし。

 

 

 

 

 

「みんな、攻撃の手を緩めないで!次は軽巡を!」

 

赤城達艦娘は、姫の護衛と敵軍の排除に分かれた深海棲艦のうち、

こちらに激しい攻撃を繰り返す攻撃部隊の迎撃に追われていた。

B.S.A.Aの援護射撃、爆撃機の集中攻撃で駆逐ハ級後期型は3隻とも撃沈。

同じ姫級でしぶとい駆逐古姫に構っていては、他の仲間に集中砲火を食らう。

なんとか手数を減らさないと!

 

その時、赤城のボスゲージが振動して敵旗艦体力の変動を知らせた。思わず左腕を見る。

すると、真っ赤だった目盛りが5分の1ほど減っている。

 

「やった!みんな、ジョーが……!」

 

このペースならすぐに敵の司令官を沈めてくれる。

だが、その期待はぬか喜びに終わった。

 

「うそ、なにこれ!?」

 

目盛りがどんどん元に戻っていく。つまり、与えたダメージが回復しているということ。

絶望的な現象にボスゲージをただ見つめる赤城。

 

「赤城、上だ!」

 

「えっ!?」

 

その隙を突かれ、上空から飛来する敵爆撃機に気づくのが遅れた。

上顎を黒の殻で固め、不気味な緑色のライトを装備した敵機が急降下爆撃を行った。

回避する間もなく1000lb爆弾の直撃を受け、後ろに吹き飛ばされる赤城。

 

「ああああっ!!」

 

「しっかりしろ赤城!」

 

「がほっ、グラーフさんごめんなさい、まだ、始まったばかりなのに……」

 

「お前は下がれ、後は任せろ!守りに徹すればなんとなる!」

 

飛行甲板が大破した赤城はもう航空機を発艦することができない。

軽空母が放つ敵機をグラーフ1人で迎撃せざるを得なくなった。それだけではない。

 

『Что ты делаешь?

Это наши территориальные воды!!

(何をしている?ここは我々の領海だ!!)』

 

ロシア語による無線。

領海付近での戦闘を察知したソビエトが戦闘機をスクランブル発進したのだ。

彼方から小さな重低音が響いてくると、グラーフがハッと目を向ける。

ヤコブレフ Yak-9。グレーの機体に大きな赤い星がペイントされた機体が、

編隊を成して向かってくる。八方塞がりの状況。

 

その時、戦い慣れしていない尾張がようやく動き出した。

黒い高下駄を滑らせて二人の元へ近づいてきた。

 

「ん~……わちきにはまだ戦がようわかりんせん。

兎にも角にも、あの虫飛ばしとう敵を撃てばよかろうか」

 

「軽空母のことか?誰でもいいからとにかく沈めろ!」

 

「ほな」

 

尾張は帯から鉄扇を抜くと、

黒い甲殻類のような艦載機を飛ばし続ける軽母ヌ級改を、まっすぐに指した。

すると、彼女が背負う51cm連装砲3基6門が、角度と方位を修正。

陣形の北側隅に控えていた軽空母を睨みつけた。そして、尾張がつぶやく。

 

「くたばりなんし」

 

グラーフの視界が閃光で満たされた。規格外の連装砲3基が炎、硝煙、大量の煤、

そして超大型弾6発を撃ち出した。

大気をバリバリと切り裂きながら、その砲弾は正確に軽母ヌ級改に飛んでいく。

隕石の如く降り注ぐ主砲弾に気づいた軽空母が驚いて背を見せるが、もう遅かった。

 

3人の視線の先で大爆発が起き、キノコ雲が上がる。

それを呆然と見ていた赤城とグラーフ。すぐさま我に返ったグラーフが尾張に叫んだ。

軽空母の生死は確かめるまでもなく、その姿を影さえ留めていなかった。

 

「何をしている!向こうにはクリス達がいるんだぞ!もう少し加減を考えろ!」

 

「無茶を言いんすな。わちきの奥の手はこの大筒しかありんせん」

 

「もういい!とにかく手前の敵から片付けろ!」

 

「ふぅ、ようざんす」

 

 

 

 

 

敵陣の懐にいたクリスとジョーは、突然の爆発に驚かされることになった。

手近な深海棲艦にしがみついて、吹き飛ばされないよう踏ん張るのがやっとだった。

 

「何が起こっている!?」

 

「知らねえよ、今はとにかくコイツをぶっ殺すのが最優先だ!

頭潰せば部隊は壊滅したも同然だ!」

 

尚もチャージを繰り返しながらも北方水姫を殴り続けるジョー。

しかし、彼女は血だらけになりながらも、ただ笑っている。

だが、その時クリスのヘルメットのシールドにアラートが表示された。

 

 

[警告:高再生能力により攻撃無効]

 

 

さすがのクリスにも冷や汗が流れる。

 

「ジョー、そいつから離れろ!今は攻撃しても無意味だ!

……本部、まずいことになった。姫級は例の不死性B.O.Wだった!」

 

『フィーマーが!?少しだけ待ってください!』

 

通信先でオペレーターが慌ててキーボードを叩く音が聞こえる。

 

『ありました!輸送ヘリに、再生を阻止するラムロッド弾が積載されています!

今は撤退を!』

 

『了解した!……ジョー、聞こえていただろう!今は退却するぞ!』

 

「くそったれ!汚い野郎め!」

 

北方水姫に肉薄していたジョーが、しぶしぶ彼女から飛び跳ねるように距離を取った。

幸い先程の爆発で敵艦隊は混乱し、艦娘やB.S.A.A隊員に注意を向けている。

退くなら今しかない。

 

「走るぞ、ジョー!」

 

「わかってるよ!」

 

水上を滑りながら、敵艦の間を縫い、仲間の元へ戻るクリスとジョー。

状況は悪化する一方だ。四方で誰が撃ったか分からない砲弾が炸裂し、

爆風に煽られ時折足を取られる。

艦娘達との通信内容を総合すると、敵は北方水姫含め8隻。

どちらが先に倒れるか、まさに極寒の海は修羅場と化していた。

 

 

 

 

 

サーモバリック弾を投下し役割を終え、安全な高高度で待機していた攻撃ヘリだったが、

レーダーに新たな敵影を感知。ソビエト軍の戦闘機だった。

 

「なんだよあの数……!」

 

パイロットのカーターは編隊を組んで迫るヤコブレフ Yak-9を目の前に、

対応を迫られていた。およそ16機。あれが戦場になだれ込めば、一気に戦局は乱れ、

多数の犠牲が出るのは間違いない。

 

「くそっ!」

 

カーターは操縦桿を握り、ほぼ90度に進路を曲げ、

ソビエト空軍の部隊に突っ込んでいった。そして、クリスから通信。

 

『カーター、何をしている!高度を上げろ!』

 

「ソビエト空軍が迫っています!今すぐ迎撃しなければ!」

 

『馬鹿な真似はやめろ!その機体の性能でも、数で押し切られる!』

 

「弾薬は満載しています!撃たれる前に撃ち落せば問題ありません!」

 

『カーター、命令だ!今すぐ高度を……』

 

彼は一方的に通信を切る。もうコクピットから直接ソビエト軍の編隊が見える。

射程距離はこちらが上。……だが、速度では戦闘機には敵わない。

敵が攻撃態勢に入った。B.O.Wの殲滅に来て、まさか人間同士で戦うことになるとは。

もうヤコブレフが機首から20mm機関砲を撃ってきている。やるしかない。

 

「許せ!」

 

ガンナーのいないB.S.A.Aの攻撃ヘリ。

カーターはオートターゲットシステムを起動した。

レーダーと連動した全兵装が、前方の機体に照準を合わせる。

強力な30mmチェーンガンが火を噴き、最前列の3機を正確に撃ち落とす。

続けざま、全速で敵の編隊をすり抜け、機銃弾の攻撃をかわす。

 

しかし、速度と機動性に優れたヤコブレフがすぐさま引き返し、

攻撃ヘリに再度銃撃を浴びせてくる。

抗弾性の高い最新鋭のヘリと言えど、ドッグファイトでは戦闘機に軍配が上がる。

カーターはとにかく機首をソ連空軍に向け、

チェーンガン、ハイドラ70ロケット弾を放つ。

ヘルファイア対戦車ミサイルは空中の敵には全く不向きと言っていい。

やはり機銃には機銃。残り10機!

 

装備の質はこちらが上回ってる!まともに集中砲火を食らわなければ、なんとか!

……くそっ、後ろに3機張り付かれた!食らいついて放さないソ連軍機。

カーターは操縦桿を引き、一気に急上昇した。

全速で所属不明ヘリを追っていたソ連軍パイロットは、一瞬敵の姿を見失う。

しかし、真上から轟くヘリのローター音に空を見上げた。

 

「おおおおお!」

 

敵のヘリコプターが無茶な急降下でこちらに迫ってくる。

そして、機首のチェーンガンが、

コンピューター制御された正確な射撃で機体を貫いてきた。

ほんの数秒炎を上げたヤコブレフが空中で爆発。残り7機。

 

だが、攻撃ヘリも無数の機銃弾を受け、満身創痍だった。

更に、隊列を組み直したソ連軍が、真正面から一斉に20 mm機関砲を放ってきた。

回避しきれず、コクピットに数発命中。

穴の空いたフロントガラスから凍える風が吹き込んでくる。

更に、チェーンガンに直撃を受け、銃身が大破。

頼みの綱を失い、反撃もままならなくなった。

ハイドラもヘルファイアも自由に空を飛び回る敵7機相手には、

無駄打ちになる可能性が高い。……それなら!

 

決意を固めたカーターは、全速で敵機に突っ込む。

思わぬ行動に思わずソ連軍もわずかに攻撃が遅れたが、

やはり機首の機関砲でヘリを追いながら攻撃を続ける。

カーターは目的地を目指して回避行動を取りながら、ただヘリを飛ばし続ける。

やがて見えてきたのは、黒く、青い、異形達。

カーターの機体からは、既に煙の筋があちこちからこぼれ出ていた。

 

レーダーを確認。今は隊長も要救助者もいない。

後ろの連中の始末はB.O.Wに任せるとしよう。高度を下げて敵陣の真上を旋回する。

すぐにソ連軍の機体が追いついてきたが、ここに来てようやく気がついたらしい。

ここが深海棲艦の対空砲火射程圏内だと言うことに。

真下から主砲弾、機銃弾の嵐が吹き付けてくる。カーターは通信を開いた。

 

「レッドフィールド隊長、勝手なことをして、申し訳ありません」

 

『今すぐ退避しろ!敵弾の届かない高度へ……!』

 

「はは、すみません。……もう、コイツも限界みたいです。

今の高度を保つのが精一杯みたいで」

 

もう、ガタガタとヘリの機体全体が揺れ始めている。深海棲艦の攻撃が熾烈さを増す。

周囲ではソ連軍のヤコブレフが瞬く間に撃ち落とされている。

 

『なら、脱出しろ!絶対俺が迎えに行く!』

 

「残念ですが、ダメージを受けすぎました。コクピットのハッチが開きません。

最後に、コイツの役目を遂げさせてやってください。」

 

『馬鹿なことを考えるな!』

 

「隊長、お元気で。あなたの元で戦えたことを、誇りに思います」

 

『待て、カーター!やめろ……』

 

そこでカーターは通信を切り、最も巨大なB.O.Wに向けて機首を曲げた。

巨大な二本腕の怪物を背負った、鬼のような角を持った女。

既に生還の可能性を失ったカーターは、そいつの真上から一直線に落下した。

その機体にほぼ満載のミサイルを抱えて。

 

 

 

 

 

「全砲門、開けっ!」

 

武蔵の46cm砲で軽巡ツ級が下半身を吹き飛ばされ、

臓物を垂れ流しながら後方へ投げ出された。悲鳴を上げることもできずツ級が轟沈。

残り7隻。だが、鎮守府とB.S.A.Aの面々は、喜ぶ間もなく信じがたいものを目にした。

 

攻撃ヘリが、深海棲艦の一隻に向かって墜落したのだ。

機体がグシャリと潰れた瞬間、ヘリが抱えていた燃料、銃弾、ミサイル、

全てに引火して周囲の深海棲艦を巻き込み炎の塊となって四散した。

折れた尾翼やメインローターが燃えながらボタボタと海に撃ちていく。

 

稲妻のような爆発音が遅れて届いてきた。

カーターの最期を目の当たりにした皆は、しばらく動けなくなった。

全ての思念・通信を共有している全員が、決死の覚悟で戦場を守り抜いた彼の死に、

呆然としていた。

 

「そんな……カーターさん、死んじゃったですか……?」

 

「北上さん的には、そういうの、よくないな……」

 

「また、また私のせいで守れなかった!私の戦闘機があればっ……!」

 

ポーラも、北上も、赤城も、絞り出すような声で悲しみを口にする。

 

「よせ、赤城。彼は軍人としての本懐を果たした。彼にしかできないことを成し遂げた。

他者がどうこうできたと思うのは驕りでしかない」

 

武蔵が座り込む赤城を叱咤し、肩を抱いて立ち上がらせる。

そして、彼女の側で怒りに震える男が一人。

 

「馬鹿野郎……」

 

「ジョー?」

 

「ふざけるんじゃねえこの野郎!!」

 

ジョーがムラマサを抜いて、吠えた。

そして、カーターの捨て身の攻撃で混乱する敵陣に向かって再び駆け出した。

 

「何をしているジョー、戻れ!」

 

クリスの呼びかけに応じるはずもなく、怒りを爆発させた沼の王は、

深海棲艦の群れへ突撃した。

 

 

──チャージ開始

 

 

>防寒モード機能停止まで、あと67min.

 

 




ロシア語も付け焼き刃です。すみません。


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Tape12; Last Man Standing

チャージ完了──

 

「この死に損ないのクソ女共がああぁ!!」

 

海面に両足を滑らせ、ただ前方にいる化け物共に突進する。

誰でもいい、誰か殺さないと頭が爆発しそうだ!!片目を隠した死体女に飛びかかる。

AMG-78を装着した左腕を振りかぶり、

ヘリが直撃したデカブツに気を取られていたそいつの顔面に、

全力の拳をえぐりこませた。

 

『ぎゃああっ、がががぁ!!』

 

フルチャージの威力と殺意を込めて、思い切りぶち込んでやった。

頭部にぐしゃりと拳がめり込み、衝撃波で両手足が吹き飛んだ片目女は、

その場で浮力を失い氷点下の世界に沈んでいった。

だが、俺の憎しみは収まるどころかますます燃え上がる。

 

俺の攻撃に気づいた他の化け物連中が、こっちに砲撃、銃撃を開始した。

そんなもんはどうでもいい。

とにかくこの殺意のはけ口を求めて、手近な深海棲艦に殴り掛かる。

 

今度は真っ白な仮面に穴が1つ空いたジェイソンの出来損ないに拳を振るう。

奴に手を伸ばそうとすると、ビュウ!と砲弾が俺の顔面をかすめた。

左耳がちぎれ、顔の皮膚の一部が持って行かれる。

 

「なんでだ!なんでだ!なんでだって聞いてんだよ!!」

 

血が吹き出すが関係ねえ。周りの連中全部ぶち殺すまで、俺は何度でも生き返って、

テメエらを全員墓場送りにしてやる!とうとう標的に組み付いた。

ノーチャージだが構わねえ。俺はそいつを右手で掴み、力任せに何度も殴りつける。

 

「なんで俺の半分も生きちゃいねえ若造がとっととくたばって!」

 

右!左!右!そして、マシンガンのような連続ジャブ!

マスク女が連打によろめき、周りの敵が砲を向ける。

勝手にしろ、だがお前ら全員生きて帰れると思うな!

 

「テメエらみたいな化け物が当たり前のように生きてんだ!」

 

ムラマサを抜いて、敵の土手っ腹をザクザクと何度も突き刺す。

ギャオオオ……!と情けねえ悲鳴を上げて、

ジェイソン女がムラマサを抜こうと刀身を掴む。その隙にAMG-78をチャージする。

 

《チャージ開始》

 

その時、遠くからパラララ、と乾いた銃声が聞こえ、

一瞬後に背中に幾つもの衝撃が走った。ああ、そうだろうよ。

頭のおかしなジジイを始末するには絶好のチャンスだったろうさ。

銃弾が貫通し、胸が血に染まる。

 

……だからなんだっつってんだ!

俺はムラマサの柄を回して、刃を回転させてジェイソン女の内蔵を傷つけ、

更に出血を促す。

血を吸い取ったムラマサが、俺の人間性と引き換えに無尽蔵の命を注ぎ込む。

 

『ギャアアアアーーーッ』

 

《チャージ完了》

 

「お前らの命1ダース束ねたところで、あの若造は帰りゃしねえ!」

 

──だから!

 

「二度と俺の前に現れんなぁ!!」

 

ジェイソン女の顔面に、怒りと、憎しみと、呪いを乗せた一撃を放った。

拳が命中すると頭部が弾け飛び、四肢が根本からちぎれて、

青黒い肉片となって撒き散らされた。

 

「うおああああああっ!!」

 

俺は振り返り、尚も俺を殺そうと発砲を繰り返す化け物連中を見回す。

いやがったぜ!コック帽のクソ女!

俺を正気に戻せるものがあるとしたら、あの野郎の死体だけだ!

道具ポケットがブルブル震え、何かの声が聞こえる。

 

だが、殺意に取り憑かれた俺には、もう何を言ってるのかわからなかった。

俺はコック帽に向かって再度突撃。効くかどうかは問題じゃねえ。

奴を殴ってねえと気が狂いそうになるんだよ、もう手遅れだろうがな!

 

 

 

 

 

艦娘やB.S.A.A隊員は、敵の砲撃に応戦しながら、

荒れ狂うジョーの様子を見ていることしかできなかった。

赤城が必死に思念でジョーの通信機に呼びかけるが、返事はなく、

彼は血まみれになりながら敵を殺すことしか頭にない。

 

「ジョー!返事をして、お願い、ジョー!」

 

「よせ、彼は完全に正気を失っている。君は後退するんだ」

 

「いやです!このままだと、あの人、死んじゃうじゃないですか!」

 

「今、なんとかする!……2号機、聞こえるか?応答しろ!」

 

『こちら2号機!どうしましたか!』

 

「通信を聞いていなかったのか!ラムロッド弾を投下しろ!

超大型B.O.Wは不死タイプだ!ラムロッド再生阻害弾が必要だ!」

 

『無茶です!この高さから物資を落とすと、かなりの確率で破損します!

ましてや弾薬類となればショックで爆発する危険が!』

 

クリスは内心舌打ちした。

そう、対空砲火が届かない高高度にいる輸送ヘリから物を投げても、

安全に受け取れる保証はないし、風に煽られてどこに落ちるかわからない。

かと言って高度を下げれば……戦闘ヘリの二の舞いだ。

 

「ジョーが重巡ネ級、軽巡ヘ級を撃破!我々も続くぞ!」

 

「魚雷装填、またまた行きますかね!」

 

「スコーピオン、目標ロックオン、ファイア!」

 

悩んでいる間も、艦娘や部下達が各々の装備で敵の猛烈な攻撃を受けながら、

壮絶な殴り合いを繰り広げている。鳴り止まない砲声の中で悩み込む。

一体、一体どうすればいい!?その時、赤城がそっと俺の腕に指を乗せた。

 

「クリスさん、私に考えがあります。

その、ラムロッド…弾を受け取ってくればいいんですよね?」

 

「ああそうだが、どうやって?」

 

彼女は返事をせずに、グラーフの元へと滑り、何事かを話しかけた。

すると、彼女は一瞬驚いた様子だったが、頷いてケースからカードをドローし、

飛行甲板にセットした。準備が整うと赤城が戻ってくる。

 

「今、グラーフさんに頼んで戦闘機を発艦してもらいました。

私、それに乗って輸送ヘリから特殊弾を受け取ってきます!」

 

「危険すぎる!安全高度までにたどり着くまでに攻撃を受けない保証はないんだぞ!」

 

「やらせてください!

飛行甲板が大破した空母の私にできることは、それくらいかないんです……

ここに残っても、できることは、標的になってみんなへの攻撃を反らすことだけ。

だから、お願いです!」

 

「……すまない」

 

後ろから、高度を下げたグラーフのFw190T改のグレーの機体が迫る。

赤城は何も言わずニコリと笑うと、

戦闘機に向かって、思い切り跳躍、機体に直接飛び乗った。

Fw190T改が機体をほぼ垂直に向けて急上昇。輸送ヘリに向かって飛び去っていった。

……残り5隻となった敵艦隊が、彼女の機体に機銃弾を浴びせる。

 

「うおおお!!」

 

俺は無駄な抵抗とは知りつつも、トールハンマーで散弾を撒き散らし、

グレネードのピンを抜き、一瞬手の中で遊ばせてから敵に投げつけた。

コックオフで爆発時間を調整した手榴弾は、海に落ちることなく命中と同時に爆発。

大したダメージにはならなかったが、ほんの2,3秒攻撃の手を止めるには十分だった。

 

見上げると、次の瞬間にはもう赤城は安全高度まで空高く舞い上がっていた。

それを確認すると、“向こう”から通信が。サムライエッジを連射しながら応じる。

 

『クリス、大変よ。ジョーの防寒着が破損した。

一刻も早く収容しないと彼の命が危ないわ!』

 

「くそ!残り時間は?」

 

『あなたのベストの半分程度。

でも、上半身は完全に吹きさらしの状態だから、参考にならない。

お願い、早く彼を助けて』

 

「もう少し、もう少しだ!」

 

 

>防寒モード機能停止まで、あと42min.

 

 

 

 

 

 

二本腕の化け物を背負った、鬼みたいな女の脇をすり抜けて、

陣形の一番奥にいるヤツと、もう一度相対することになった。

鬼女は無数に突き刺さったヘリの残骸にもがいていて、

それを見ると、また頭の血管がはち切れそうになったが、

俺が殺るべきはこいつじゃねえ。護衛を無視して奴の前に仁王立ちする。

右手にムラマサ、左手に無敵の拳。

 

面白え。よく見ると、奴も右腕が機械の腕。背中からもデケえ二本腕が伸びてやがる。

二本腕もやっぱり鋼鉄のマシンアームで、

手の甲に当たる部分に三連装の大口径砲を装備している。相手にとって不足はねえ。

 

「また会ったな!

死なねえもん同士、どっちが先にダウンするかやってやろうじゃねえか!」

 

すると、コック帽はまた薄気味悪い笑みを浮かべて答えた。

 

『オモシロヒ オトコダ カンムスデモナイ タダノ ニンゲン ナゼ アラガウ』

 

「テメエらが生きてるのが気に食わねえ、それだけだ!」

 

その時、通信機にノイズ混じりの妙な声が聞こえてきた。

 

(……して!そいつも、あいつらも、全部殺して!)

 

コック帽はフッと笑うと、背後で俺に砲を向けていた部下を下がらせた。

 

『オマエタチハ カンムスト ニンゲンヲ コロセ ヤツハ ワタシガ カタヅケル』

 

最初の12人からすっかり数を減らした深海棲艦が、再び艦娘との砲雷撃戦に戻った。

俺は左手を握り込む。

 

《チャージ開始》

 

「簡単に俺を殺せると思うな。テメエの料理なんざ、まずくて食えやしねえんだよ!」

 

『クルガヨヒ ゼイジャクナル ニンゲンドモヨ』

 

 

 

 

 

艦娘達の戦いも激しさを増す一方だった。頭数は減ったものの、

北方水姫を除いても姫級が2隻、限界まで強化された戦艦ル級2隻。

武蔵でも手に余る強敵ばかりだ。実際被害状況も悲惨な状況だった。

無傷の艦娘は誰もいない。尾張小破、武蔵・グラーフ中破、赤城・北上・ポーラ大破。

 

「やだやだ!痛すぎる!」

 

「う~ん、まともな魚雷発射管が、ほとんどないってさ。しょんぼり」

 

「頑張るんだ、ポーラ。だが私も飛行甲板もいつまで保つか……」

 

「怯むな、撃ち続けるんだ!」

 

武蔵が皆を鼓舞しながら46cm三連装砲を敵陣に向けて放つ。

砲身が震え、爆音が轟き、徹甲弾が螺旋を描きつつ戦艦ル級の片方に突き進む。

 

『っ!?』

 

サーモバリック弾による先制攻撃、攻撃ヘリの爆発、そしてジョーの乱入。

立てつづけに起こった不測の事態に、

かき乱された精神を持ち直し切れていなかったル級に直撃。

その白い肉体に突き刺さった大型弾が体内で爆発。

その威力でル級の上半身と下半身を引きちぎり、燃え盛る炎で焼き尽くした。

 

「ル級1隻轟沈!」

 

残り4隻!だが、敵も黙ってはいない。残りは全て強敵。

 

『アハハッ イックヨォ!』

 

駆逐古姫が左腕の5inch砲を発砲。そのターゲットは。

 

「がっ、ああっ!わちきの着物が……」

 

まだ実戦での立ち回りを十分に会得していなかった尾張に直撃。

まだマシなほう、だった小破から中破状態に陥った。

しっかりと着付けられていた着物が焦げ、

帯がずれてみっともない格好になってしまった。

尾張の眉間に皺が寄り、駆逐古姫を睨みつける。

 

「……禿(かむろ)の分際で、太夫のわちきに歯向かうとは、

よほど仕置を欲っしてささんすか!」

 

51cm連装砲3基6門を一気に目標一つに向け、方位修正する。

その巨大な鋼鉄のからくりが擦れ、巨鳥の鳴き声のような甲高い音を立てる。

 

「容赦はせんえ」

 

そう口にすると、この世界最強の51cm砲が咆哮。

前方が膨大な範囲の硝煙で包まれ、中から6つの鋼鉄の牙が獲物を求めて飛び出した。

一瞬反応が遅れた駆逐古姫が青くなる。

 

『イヤアアア!!』

 

悲鳴を上げる彼女。しかし、子供だろうが知った事かと言わんばかりに、

炎の玉6つがその小さな身体を食いちぎっていく。そして、最後の一発が腹に命中。

51cm砲弾の炸裂による衝撃波が内蔵を押し潰し、身体から強引に青黒い血を押し出し、

大量出血に至らしめる。

もう、悲鳴すら出せない彼女は、雪の舞い散る空に向かって少しを差し伸べると、

間もなく海の中へゆっくり沈んでいった。

 

 

 

 

 

その頃、赤城はFw190T改の機体に掴まりながら、輸送ヘリの待つ高度を目指していた。

高度が上がるに連れて気温も下がり、彼女の指を凍りつかせるほどまで冷たくなる。

 

……艦娘でも、この寒さは少し堪えるわね。でも、そんなこと言ってられない。

私は目を閉じ集中すると、ヘリの通信設備に思念を送りました。

 

『こちら赤城。まもなくそちらに到着します。特殊弾受け渡しの準備を』

 

『来るってどうやって!?おい、まさかレーダー真下の機体が君なのかい!』

 

『説明している余裕がありません。

限界まで横付けしますから、ラムロッド弾の準備を!』

 

『分かった、待ってるぞ!』

 

見えてきました、さっきまで私達が乗っていたヘリ。

あ、ドアが開きました。操縦士さんが手を振っています!

 

「お願い、あのヘリの真横まで!ぶつからないよう、慎重にね!」

 

私はコクピットの小人さんに大声で呼びかけます。

彼女が親指を立てて返事をしてくれました。

すると、機体が水平を保ったまま、ふわりと上昇、とうとうヘリにたどり着きました。

小さな木箱を持った操縦士さんが、搭乗口から大声でこちらに叫びます。

 

「1,2の3でこいつを投げる!しっかりキャッチしてくれよ!」

 

「はい!」

 

──1,2の…3!!

 

彼の手から木箱が離れ、こちらに飛んできます。

私は、腰を低くして姿勢を安定させ、両腕を伸ばします。届いて!

……必死に差し伸べた両腕の中には、少し火薬の臭いがする小さな木箱。

 

「ありがとう!必ずクリスさんに届けます!」

 

「こっちこそありがとよ!隊長をよろしく頼む!」

 

「はい!……じゃあ、ここでお別れね。ここまでありがとう」

 

上るのはのは大変だけど、下りるのは簡単。私は小人さんにお礼を言うと、

大事に木箱を抱えて、再び戦場の海へと飛び降りました。

 

 

 

 

 

戦いは佳境を迎えていた。敵はリーダー含め精鋭中の精鋭3隻。

こちらは数でこそ勝っているが、満身創痍の艦娘と、

一度でも攻撃を受ければ死ぬしかない人間6名。

 

「総員、死力を尽くせ!戦艦棲姫、戦艦ル級を沈めれば敵の本丸だ!」

 

やはり武蔵が叫ぶように皆を励まし、また46cm砲を放つ。だが、命中弾1発。2発が夾叉。

明らかに彼女にも疲れが見え始めていた。

その砲弾を食らった姫級、戦艦棲姫が頭から血を流しながら反撃してきた。

 

『ウウ……アイアン、ボトム、サウンドニ……クッ』

 

攻撃ヘリの体当たりを受けた彼女もやはり傷だらけだったが、

背負った怪物の両肩に装備された16inch三連装砲は健在。当然命ある限り撃ち続ける。

3連装砲2基による連撃。つまり6発が艦娘達に降り注ぐ。

 

「散開しろ!固まらずに回避を……ぐあうっ!」

 

皆に警戒を呼びかけていたグラーフが被弾。

飛行甲板がへし折れ、空母としての機能を奪われた。

 

「しっかしろグラーフ!」

 

「すまない……もう、艦載機は……」

 

「ポーラも、ポーラだってやるんです!……えい!」

 

既に重傷だったポーラも、己を奮い立たせて203mm/53 連装砲で反撃。

2つの砲弾は戦艦ル級に命中したが、

やはり強化済みの戦艦相手に目立った効果が見られなかった。

戦艦棲姫も戦艦ル級も再装填を済ませ、攻撃態勢に入っている。

次の攻撃を許せば、誰かが、沈む。

 

 

 

 

 

クリスさーん!!

 

上空から声?思わず見上げると、木箱を抱えた赤城が落ちてくる。まずい、俺の真上だ!

横にジャンプして、激突する一瞬前に避けられた。

一方、彼女は海に支えられて、無事着水。

そしてすぐさま、俺に駆け寄って木箱を差し出した。

 

「取ってきましたよ、ラムロッド弾!」

 

木箱を開けると、黒いケースがあり、

開くとブルーの液体が入った拳銃弾が大量に保管されていた。

これなら、北方水姫の無限再生を止められる!

 

「ありがとう、その傷でよく頑張ってくれた!

俺はジョーのところに行ってくる。君は安全な場所に退避を」

 

すると、赤城は首を振った。

 

「言ったじゃないですか。戦えなくても、みんなの盾にはなれる。

それに……もう大破しているのは私だけじゃないですから」

 

そういう彼女の瞳に宿る決意は、何を言っても揺らぐことはないだろう。

俺は、ただ頷いて、サムライエッジから通常弾のマガジンを取り出し、

代わりにラムロッド弾を装填した。

 

「絶対に、君達は犠牲になるな」

 

「貴方達も、これ以上仲間を失わないでくださいね……」

 

「ああ、もう、俺は行く」

 

「お気をつけて」

 

俺はサムライエッジを構えて、冷たい海を滑り、残り3体のB.O.Wへと疾走していく……

が、海?何かが気にかかる。俺は走りながら周りを見回すと、最悪の状況を目にした。

 

 

 

 

 

 

《チャージ開始》

 

俺は北方水姫とか言うコック帽女から一旦距離を取ると、AMG-78にチャージを始めた。

奴は相変わらず笑いながら、時々両腕の三連装砲を撃ってくる。

殺気を読んで横にローリングして回避するが、その轟音に鼓膜が破れ、何も聞こえねえ。

だが、どうでもいい。目が見えてりゃ、奴の死に顔は拝める。

 

《チャージ完了》

 

とりあえず邪魔なでかい両腕を潰す。

俺はフルチャージしたAMGを巨大な右腕に叩きつけた。

ちくしょう、バカみてえな硬さだ。

とりあえず砲身は一つ潰せたが、全体を見るとほとんど何も変わってねえ。

 

ん?奴が何か言ってやがる。俺は防寒着の道具ポケットを開け、回復薬を取り出し、

むき出しになった腕に振りかけた。

なぜか鼓膜が再生し、通信機越しに奴の声が聞こえるようになった。

 

『ムダナ アガキヲ オマエニ ワタシハ コロセヌ』

 

(そう、私が、力をあげたもの)

 

聞く価値もねえ戯言だったが、続いて気になる声が聞こえた。

さっきも聞いたような気がするが、お前は誰だ?

 

「おい、そこで盗み聞きしてんのは誰だ!

このクソ女の仲間ならラジオの向こうから引きずり出して叩き殺してやる!!」

 

(もうすぐ、逢えるわ。ウフフ……)

 

「テメエら全員俺をキレさせねえと気が済まねえのかよ!」

 

『モットモ ドロシーノ スガタヲ ミルコトナク オマエハ シヌ』

 

猛烈な吹雪の中、防寒着の破れた俺の上半身は血液まで凍りそうだったが、

頭に燃え上がるほど血が上ってるから、あいにくまだ凍え死んでやるつもりはねえ。

 

『マワリヲ ミルガイイ』

 

「ああん!?」

 

僅かに視線を動かしてみると、若干ヤバい状況が目に飛び込んできやがった。流氷だ。

最初のサーモバリック弾とか言うやつでふっ飛ばした流氷が、

沖から流れ込んでるんだよ!

 

『オマエハ マモナク ウゴクコトモ……』

 

(殺して!早くみんな殺して!お願い急いで!)

 

『ナニヲ アセル ヒツヨウガ』

 

(いいから早く!近づいてるの!)

 

一体なんだ?急にドロシーとかいうバカが騒ぎだしたぞ。おっとチャンスだ!

俺はコック帽の大きな腕を駆け上って、奴の横っ面を殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

俺は北方水姫を目指して、ただただ海を走っていた。時折、通信に艦娘達の悲鳴が届く。

FGM-148ジャベリンは全くと言っていいほど効果がないらしい。

リロードを急ぐ部下たちの努力も徒労に終わっている。だが、これで終わりだ。

 

北方水姫の居る海域最奥を目指す途中、俺は最後の護衛2隻に戦いを挑んだ。

どちらも艦娘に砲を向けている。これ以上の攻撃を許す訳にはいかない。

俺はサムライエッジを構えて、まずは近くの戦艦ル級に銃弾を放った。

通常の9mm弾なら、かすり傷にもならないが──

 

『キャアアアア!!』

 

戦艦が空をつんざくような悲鳴を上げる。

そのあまりの大きさに、まさに発砲しようとしていた戦艦棲姫も、思わず振り向く。

すかさず奴にも2発撃ち込む。

 

『ウッ、アガアアア!!』

 

2隻の深海棲艦を包んでいた謎のオーラが消えていく。

彼女達はその場で喉を掻きむしり、のたうち回る。

不死性でなくとも、生命体の全身細胞に重篤なダメージを与えるラムロッド弾を食らい、

2隻の戦艦はまともに戦うことすらできなくなった。すぐさま艦娘達に通信。

 

「こちらクリス。奴らに猛毒弾を撃ち込んだ。やるなら今だ!」

 

『感謝する!』

 

俺が敵リーダーへ再び急ぐと、後方から幾つもの砲声が轟いてきた。

10秒ほど置いて、熱風が後ろから吹き付け、何かが2つ爆発するような音。

彼女達がチャンスを活かしてくれたのだろう。もう倒すべき相手は一人だけだ。

タイムリミットまでにミッションを完了しなければ。

 

 

>防寒モード機能停止まで、あと17min.

 

 

 

 

 

流氷が足にまとわりついて動きにくい!ジャングルの底なし沼のほうがまだマシだ!

流氷つっても、まだ氷水みたいなもんだが、それに触れたブーツが外気にさらされると、

凍りついていちいち踏み砕かないとまともに移動もできねえ!

もう大型の流氷本隊がそこまで来てるぞ、どうすんだおい!

 

『アハレナ ニンゲンノ イノチ ショセン コノテイド』

 

「うるせえ、黙ってろ腐れキノコ!!」

 

だが、実際ろくに身動きが取れねえのは確かだ!

さっさとこいつをぶっ殺してずらからねえとヤバい。

その時、何か黒いものが心に染み込んでくるのを感じた。

 

……あん?何考えてんだ俺は。

こいつの肉を斬り刻んで、激痛に泣き叫ぶ悲鳴を聞けりゃあ、

それで十分なんじゃなかったのか?そうだよ、バカか俺は。

生きたいとか思うから、惨めなザマを晒してんじゃねえか!

 

おっしゃ、やりまくるぜ!!

俺はムラマサを構えると、奴の右手の三連装砲に飛びついたんだよ。

一本は潰れてるからしがみついても大丈夫だ!

それを頼りに奴のデカい手をよじ登って、とうとう真っ白な姫君と再会だぁ!

こんなに嬉しいことは滅多にないぜ!

 

『ジョー、返事をしろ!まだそいつは倒せない!』 『ジョー、しっかりして!』

 

「ハッハァ!久しぶりじゃねえか!元気してたか!?」

 

『……サガレ ゲロウガ』

 

「冷てえなぁ?派手に殺し合った仲じゃねえか。こんな風に、よぅ!」

 

見てくれ!奴の脇腹に深々とムラマサをぶっ刺さってるぞ!刺したのは俺なんだがな!

流石に姉ちゃんもちょっと痛そうだぞ!んん?

 

『クッ、アソビハ オシマイダ!』

 

ハハッ!姉ちゃんが重そうなガントレットをはめた手でぶん殴って来やがった。

顎が砕けちまったよ、おお痛え!もしかして俺とお揃いにしてくれたのか?泣けるぜ!

だが、まだまだお楽しみはこれからだ!

 

『目を覚ませ、返事をしろ!』 『ジョー、お願い!』

 

俺はいい加減痛そうなムラマサを脇腹から抜いてやった。

今度はいろんな所ぶった斬るんだがな!顔、腕、背中、腹!

斬る度に噴き出す血が刀に吸い取られる!楽しくてやめらんねえ!

なんでこいつと殺し合うようになったのか、もうわからねえが、俺は今、幸せだ!

 

『刀を捨てろ!!』 『私の声を、聞いて!』

 

『チッ モウイイ クルッタ アホウガ!』

 

あっ!姉ちゃんが怪力で俺を投げ飛ばしちまった。

もう水じゃなくて氷の床が広がってたから、叩きつけられた背中がすげえ痛え。

 

「ん~?あんだよ姉ちゃん、もっと遊ぼうぜ」

 

俺は鋼鉄の城のように佇む姉ちゃんに一歩ずつ近づく。

デカい両腕の大砲が俺を狙ってるが、なんでもいい、血をくれ血を。

なんだか酔っ払ってるみたいに意識がゆらゆらする。前に進んでるが足の間隔がねえ。

血を求めてムラマサを振り上げた時。

 

銃声と共に手からムラマサが弾かれた。

 

振り返ると、銃を構えたクリス。そして、通信機から聞き覚えのある声。

 

『ジョー、あなたのそんな姿、見たくありません!私達のジョーに戻って!』

 

頭の中にまで外の空気が吹き込んできたかのように、

熱に浮かされていた脳が一気に冷え、自我を取り戻すことができた。

……ちくしょう、俺は本当に馬鹿だ。怒りに囚われて、考えなしに突っ込んで、

ほとんど自殺と変わらねえ死に方するんだからよ。

多分、次の瞬間には、奴の両腕の砲が発射されて、粉々になるんだろう。

 

(殺して、早く!間に合わない!)

 

ドロシーとか言ったな。お前一体誰だったんだ?今となってはどうでもいいが。

目の前には北方水姫つったか?とにかく深海棲艦の親玉。

こいつらも一体何がしたかったんだろうな。

海も陸も支配して、残った焼け野原とだだっ広い海を手にしたら満足なのか。

くだらねえ、勝手にしろ。

ジジイ一人殺すのにこんだけ手間取ってるようじゃ、10世紀かかっても無理だろうが。

……あばよ。

 

そして、両腕の深海12inch三連装砲が放たれた。

……が、その砲弾がジョーに命中することはなかった。

 

 

『グルオオオオオ!!』

 

 

分厚い流氷を突き破って現れた異形の存在。それが右腕を長く強靭なヒルに変化させ、

北方水姫の両腕を縛り上げて上を向かせたからだ。

ジョーはその姿に、考える前に思わず声が出る。

 

「ジャック!」

 

しかしジャックは返事をすることなく、北方水姫の腕を押さえ込んでいる。

彼女も突然現れた怪物にパニックを起こす。

 

『ナニモノ!』

 

(早くしてって言ったのに!)

 

確かに死体を確認したわけではないが、まさかあの攻撃を受け止め、生きていたとは。

流石にジョーも呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

俺は自分の目が信じられない。

B.O.Wらしき生命体、いや、ジャックが北方水姫と戦っている。

ジャックの怪力で締め上げられた腕を振りほどこうと、北方水姫も必死にもがく。

力は両者互角。……こうしてはいられない。

俺はサムライエッジを構えて、深海棲艦の姫に叫んだ。

 

「ゲームオーバーだ、北方水姫!」

 

『キサマニ ナニガデキル!?』

 

「お前のせいで部下が死んだ!B.S.A.A隊員として最後まで戦った!

だから俺はその隊長として、お前をB.O.Wとして始末する!……おおおお!!」

 

ジャックともみ合いになり、北方水姫の肌が露出した瞬間を狙い、

銃身内のラムロッド弾を全弾撃ち尽くした。

その白い皮膚に、再生能力を奪う化学物質を詰め込んだ特殊弾がめり込み、体内で炸裂。

瞬時に全身を侵食した。そして、

 

『ウウウ…… イギギアアアア!! アツイ! カラダガ トケル!!』

 

北方水姫の全身から蒸気が立ち上り、オーバーヒートした艤装全体に亀裂が走る。

激痛にもだえ苦しむ彼女は、反撃を忘れて体中をさする。その時、武蔵から通信が。

 

『ボスゲージの振動が止まらない!今なら人間の武器でも倒せるぞ!

我々が向かっている時間がない、とどめを頼む!』

 

「了解した!……ジョー、もう同じミスはご免だぞ」

 

「ちっ、わかってるよ」

 

ジョーがムラマサを海に投げ捨てた。妖しく光る妖刀が海の底へ消えていく。

もう無限に回復、とは行かなくなったが、そんな必要はないだろう。

俺はラムロッド弾をリロードし、ジョーはAMG-78を構えた。

 

《チャージ開始》

 

「散々手こずらせてくれやがったな、覚悟しやがれ!」

 

『ヒキサガルワケ…ニハ……イカナイ…ッ!…………カカッテ…コイヨォオッ!』

 

 

 

 

 

俺はジャックが腕を縛り上げている隙に、

その大きな腕の下をくぐり抜けて敵の本体へ滑り込んだ。

お互いの顔がくっつかんばかりに接近し、

すっかり装備がボロボロになった女に話しかけた。

 

「ダセえコック帽が似合ってねえことに気づいたのは褒めてやる。こいつがご褒美だ!」

 

『コシャクナ……!』

 

《チャージ完了》

 

「うおおお!!」

 

互いの時間がスローモーションになる。

フルチャージのAMG-78がゆっくりと女の顔面に食い込む。

奴の歯が吹き飛び、顔が変形し、唾や体液が飛んで行く。

 

『やった!もう再生しないよ~そのままやっつけて!』

 

おし!ここまで来たら出し惜しみなしだ!

ジャングル仕込みの体術をテメエがくたばるまで味わわせてやる!

おっと、ようやくジャックの触手から抜け出した女が、

マシンアームで俺を叩き潰そうとしてくる。が、そんな縦の大振りなんざ当たるかよ!

軽く横にステップを取って回避する。

 

砕かれた流氷が冷たい海にボタボタと落ちる。奴が重い左腕を持ち上げようとするが、

そんな隙を見逃す俺じゃねえ。

右フック、左フック、右フックの三連打で怯ませて……左ストレートでノックアウト!

 

『アウッ! グウウウ……』

 

へっへ、基本は大事だな!姫君も大層ご立腹のようだ!

 

『ズニ ノルナ! ニンゲンゴトキガァ! ツメタイトコロニシズンデイケッ!!』

 

女がマシンアームを俺とクリスに向ける。

だが、このパーティーにゃ、もう一人ゲストがいること忘れてねえか?

 

『ウゴオオオ!!』

 

とんでもない跳躍力でジャンプし、女に飛びかかったジャックが、

空高くからカカト落としを決めた。

どう見ても200kgはあるジャックから頭に空中カカト落としの直撃を食らい、

足元がフラフラになった女は、明後日の方向に主砲を発射。流石に熱風や衝撃波が痛え。

俺は道具ポケットから回復薬を取り出し、腕に振りかけた。

 

それを援護するように、クリスが遠くからハンドガンで女を撃ち続ける。

どういう仕掛けか知らねえが、ただのハンドガンなのに、

一発当てるごとに物凄い悲鳴を上げやがる。

俺達の猛攻を受けて、明らかに女の目から余裕がなくなってる。あと一踏ん張りだ!

 

その時、奴が攻撃の方針を変えた。各個撃破に転ずることにしたようだ。

両腕の砲をリロード中のクリスに向ける。そういうのをな、自殺行為って言うんだよ!

ジャックが再び右腕をヒルに変化させ、その重くしなる鞭で女を縦にぶっ叩いた。

不気味なまでの風切り音を立てて女に命中したヒルは、敵の全身に鈍い打撃を与えた。

 

『ガ…ハ……』

 

もう、減らず口も叩けなくなった女。俺はこいつを楽にしてやることにした。

 

《チャージ開始》

 

右手でその首を掴んで持ち上げる。

 

「ガッツのある戦いぶりだったが、人様に迷惑を掛けるのは頂けねえ。

お前ら、日本に来て何がしたかったんだ?」

 

『キサマニ ワカルモノカ……』

 

「ああ、そうかよ。言葉の通じる化け物と、それでさよならってのは残念だがな。

……あばよ」

 

《チャージ完了》

 

そして、俺は北方水姫の腹にAMG-78の一撃を放った。

拳は腹を貫通し、俺の腕が青黒い体液に染まる。

女は大量に血を吐いて、一言一言、最期の言葉を紡ぎ出した。

 

『ウソダ…コノワタシガ…モウ、ツメタイトコロハ…イヤ……

アタタカイ…セカイヘ…モドリ…タイ……

アァ…アタタカイ…ワタシ…ワタシタチ、カエッテモ…イイノ…?ありがとう……』

 

「……」

 

遺言の意味はわからねえ。

ただ俺は、ゆっくり腕を抜いて、強敵の亡骸を抱いて、海に沈めた。

冷たい海に還っていく北方水姫。

それを見送ると、俺はバリバリと流氷を踏み砕く音に振り返った。

ジャックが俺達に背を向けて去っていく。

 

「ジャック!待て、戻ってこい!!」

 

その、白く大きな背中が一瞬止まったような気がしたが、

やはりジャックは足を止めることなく、やがて凍えるような海に飛び込んでいった。

 

「馬鹿野郎……決着も付けずに、勝手に消えるやつがあるか!!」

 

やり場のない気持ちに海を蹴る。クリスがゆっくり近づいてきた。

なんだ?くだらねえ用なら承知しねえぞ。

 

「お前の防寒着の活動限界が近づいている。

ましてや上半身が破けている状況では、バッテリー残量はあてにならない。

今すぐヘリに戻らないと凍死する」

 

「ああ……わかった」

 

 

 

 

 

海域を逆戻りすると、すでに輸送ヘリが海面近くまで降下していた。

FGM-148ジャベリン攻撃班と艦娘達は既に搭乗していた。彼女達も負傷している。

すぐ鎮守府に戻らなければ、と言いたいところだが、

寄らなければならないところがある。

俺がジョーに肩を貸しながらヘリに乗り込むと、赤城が小さく悲鳴を上げた。

 

「ジョー!酷い怪我!しっかりしてください!」

 

「赤城か……また世話になっちまったな。俺は大丈夫だ」

 

「でも、こんなに血だらけで……」

 

「出血は止まってる。心配ねえよ」

 

実際ジョーの見た目はボロボロだった。

防寒着の上半身が破損したため、身体のあちこちが凍傷を起こしている。

すぐに保温シートを巻いて応急処置を施したが、

彼もすぐに手当が必要なことに変わりはない。

俺は全員が乗ったことを確認すると、ドアをスライドして閉じ、

パイロットに離陸を命じた。

 

「直ちに北海道海軍基地に向かえ!」

 

“ラジャー”

 

輸送ヘリがどんどん高度を上げていく。

旗艦艦隊は撃滅したが、大ホッケ海にはまだ敵機動部隊や攻撃隊がうようよいる。

今回の作戦はそれらを無視した、言ってみれば力づくで強引なものだった。

だが、彼女らを束ねる北方水姫を失ったことで、

それらの活動は大幅に縮小されるだろう。

 

そうでなくては、戦死したカーターの覚悟の意味がない。

B.S.A.Aは任務の性質上、殉職者が絶えないが、こればかりは慣れないものだ。

俺は肩に掛けたトールハンマーを握りしめた。

 

 

>平常気温を検知 防寒モード解除

 

 

 

──海

 

激闘の果てに死んでいった彼女が海底へと飲まれていく。

 

(あ、死んじゃったんだ)

 

(じゃあ、それ、いらないよね)

 

(私に、ちょうだい)

 

すると、その亡骸が停止した細胞分裂を再開し、やがて心臓が鼓動し、その目を開いた。

 

 

 

──北海道海軍基地

 

誘導員が赤色灯を振りながら、ヘリポートに輸送ヘリを導く。ヘリは慎重に着地。

軍服姿の男と作業員2名が駆け寄ってくる。

俺は搭乗口のドアを開けたが、自己紹介する間もなく、軍服の男がまくし立ててきた。

 

「あいつから話は聞いてる。時間がない。ヘリの給油口は?」

 

「左尾翼だ」

 

「了解。……作業を開始しろ!」

 

指示を受け、作業員が素早く輸送ヘリに給油を開始した。

そう、もともとこのヘリには鎮守府と戦場を往復し、

なおかつ戦闘終了まで待機するだけの燃料を積むことはできなかった。

提督と相談した結果、彼と親しい幹部が取り仕切るこの基地で、

帰りの燃料を都合してもらえることになったのだ。

 

「30分で作業は終わる。今は敵だけじゃなく軍部も浮足立っている。

この混乱に乗じて速やかに給油し、鎮守府に戻るんだ」

 

「すまない、礼を言う」

 

「構わない。こっちも深海棲艦の進軍を食い止めてもらったからな。

北海道はギリギリのところで救われた……しかし、見事な機体だ。アンブレラ?」

 

「ああ……悪いがそれに関してはあまり触れないでもらえると助かる」

 

「おっとすまない。あいつにも言われてたな」

 

それから俺達は、海軍基地で給油を受け、再び飛び立とうとしていた。

 

「本当に助かった」

 

「もう燃料には余裕があるだろう。なるべく陸から離れて飛行するんだ」

 

「わかった。貴軍の健闘を祈る」

 

名も知らぬ軍人に別れを告げると、俺は搭乗口のドアを閉めた。

同時に、ヘリのローターが加速度的に回転速度を上げ、

やがてふわりと鋼鉄の機体を浮かび上がらせた。

燃料切れに怯える必要がなくなった俺達だが、負傷者がいる状況を踏まえ、

陸から遠すぎず、近すぎない行路を選び、鎮守府に向かった。

 

 

 

──鎮守府上空

 

往路より若干遠回りをして、俺達はとうとう鎮守府に帰り着いた。

大きなローター音に気づいたのか、

北方水姫討伐の報せが既に届いていたのかわからないが、

提督や長門を始めとした大勢の艦娘が集まっていた。

俺達を乗せたヘリが広場に着陸し、搭乗口を開くと、提督達が駆け寄ってきた。

 

「よくやってくれた!皆のおかげで日本の危機は回避されたよ!」

 

「提督、話している場合じゃない。負傷者多数だ、艦娘全員とジョーの治療を頼む」

 

「了解!……救護班、担架を7つだ!高速修復材を惜しむな!急げ!」

 

それから、艦娘達は特殊な修復剤とやらで瞬時に治療され、

ジョーは医務室で手当を受け、今はベッドでいびきをかいている。

もう、俺にできることは何もない。

月明かりの下、ヘリに寄りかかって、ただ時間を潰していた。

 

特に温暖な気候だとは思わなかったが、あの凍てつく海域で戦った後だと、

こんなに暖かいところだったのかと改めて感じた。足音が近づいてくる。提督だった。

 

「ここに居たのかい」

 

「燃料補給の手回しに感謝する」

 

「とんでもない。

日本を守り抜いてくれて、感謝しなければならないのはこちらのほうだ。……ん?」

 

俺達の帰還でゴタついていたから、今になって気づいたらしい。

 

「もう1機のヘリは?」

 

「……まだ、34だった」

 

「すまない……私達の世界のために」

 

「それは違うぞ。元々、深海棲艦がおかしくなったのも、

B.O.Wが現れるようになったのも、俺達の世界が生み出した負の遺産が原因だ。

それを駆逐するのが俺達B.S.A.Aの任務だ。カーターは、その使命に殉じた。

彼の決意に悔いはない。少なくとも俺はそう信じている」

 

「そう、だね」

 

提督は北を向き、軍帽を脱ぐと胸に当てた。

俺は、ドッグタグを持ち帰ることすらできなかった部下に、

心で詫びることしかできなかった。

 

 




禿(かむろ):
遊郭に売られた少女。
遊女となるべく教育を受け、花魁の身の回りの世話や雑用などを行った。


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Tape13; Birth-Day

──広場隣雑木林

 

[Nelson Carter (1983-2017) R.I.P.]

 

ネルソン・カーター(1983-2017)、安らかに眠れ。

 

あの激戦から数日後。広場に隣接する雑木林に小さな墓を作ることが許された。

提督はもっと明るく広い場所で、と言ってくれたが、

B.S.A.Aの存在がこの鎮守府以外の者に知られることはあってはならない。

目立たぬよう、遊歩道から外れた薄暗い場所に、

明石という艦娘から借りた電動工具で岩を削り、カーターの墓を作ったのだ。

花を手向けると、俺を含む全員が、手作りの粗末な墓標の前に整列した。

 

「自らの任務を最後まで全うし、バイオテロ根絶の信念に殉じた隊員に、敬礼!」

 

俺達はそこにいるはずのないカーターに向かって敬礼。しばしの間黙祷を捧げた。

そして、部下達に語りかけた。

 

「俺達が今、こうして生きているのは、艦娘達の奮闘、お前達自身の努力、

そしてカーターの犠牲があったからだ。確かにB.S.A.Aは危険な職務だ。

次にいつ誰が倒れるかわからない。でも、俺達は捨て駒じゃない。

大事なのはお前達が生き残り、同士を増やしていくことだ。

ここにいる、ひとりひとりが希望だ」

 

“はっ!!”

 

「明日にはジョーも回復する。疲労は溜まっているが、軽傷のようだ。

俺達の世界へ帰還する準備をしておくように。では、一同、解散」

 

隊員達は一列になって、本館へ戻っていった。

俺も、もう一度カーターの墓に視線を送り、遊歩道に足を向ける。

すると、そこに2人の人物が立っていた。提督と、菊の花束を携えた長門だった。

 

「やあ。我々も、彼に花を供えていいかな」

 

「……本人に代わって礼を言う」

 

すると提督と長門は、墓の前にしゃがみ込み、花を供えて手を合わせた。

日本式の作法で部下を弔ってくれる二人を見つめていると、

提督が墓に手を合わせたまま問いかけてきた。

 

「ここには、いつまで居られるんだい?」

 

「ジョーの回復次第だ。

とは言え、彼の体力なら今日いっぱい休めば、明日には出発できるだろう」

 

「そうか。もうお別れだね」

 

「二人共、本当に世話になった。二度とこの世界にB.O.Wが流れ込むことがないよう、

B.S.A.Aは死力を尽くしてバイオテロと戦う」

 

二人が立ち上がり、俺に向き合う。俺達はほんの数秒見つめ合った。

互いの目には、まだ終わることのない戦いへの静かな闘志が宿っていた。

 

「君達のおかげで北方水姫は倒れ、指揮を失った護衛艦隊は、

何もできずに後退を余儀なくされているらしい。君達のことは決して忘れない。

他の誰も知ることがなくても、命を賭して戦った戦士達がいたことを」

 

「今回の騒動では私は殆ど役には立てなかったが、せめて彼の墓は私が守ろう」

 

長門が微かに微笑みながら約束してくれた。

 

「ありがとう。部下を、よろしく頼む」

 

そして俺達は握手を交わし、帰還まで束の間の平穏な時間を過ごすため、

本館へ続く遊歩道に戻った。さらさらと木々を揺らす風が心地良い。

ずっと緊張で張り詰めていた精神をなだめてくれる。

戦いにばかり身を置いていた俺が、こんな気分になるのはいつ以来だろうか。

 

また、明日にはバイオテロとの戦いに舞い戻ることになるが、せめて今だけは。

……そう思いたかったが、どうやら最後の仕上げが残っていたらしい。

屋外スピーカーが叫ぶ。

 

《非常事態発生、非常事態発生!B.O.Wが鎮守府全域に出現!

……数が多すぎる!各自、単独での交戦を避け、複数人での迎撃に当たれ!》

 

「クリス!」

 

「ああ、分かってる!俺はB.O.Wに対処する。長門は提督を守ってくれ!」

 

「了解だ!」

 

俺は背負っていたトールハンマーを構え、遊歩道を駆け出した。

 

 

 

 

 

時を遡ること少し。

目を覚ますと、いつか見た白い天井が。ああ、なんだ、鎮守府の病院か。

敵の親玉をぶっ殺してからの記憶があやふやだから、てっきりあの世かと思ったぜ。

ベッドから身体を起こす。

 

まだあちこち痛むが、もう十分動き回れる。

床に下りると、近くの棚に畳んで置いてあった俺の漁師服に着替えた。

やっぱりこっちの方が落ち着くぜ。

肩から道具袋も掛けて準備完了……つっても、もう殺す相手なんかいないんだが。

 

「ああ、駄目ですジョー!まだ寝てなきゃ!」

 

医務室から出ようとしたら、しばらくぶりの声が聞こえてきた。

 

「心配すんなテスト。俺が頑丈にできてるのは知ってるだろ」

 

「でも、凍傷だってまだ。顔がこんなに痣だらけで……」

 

「放っときゃ治る。

……んぁ、わかったよ。回復薬を浴びてくるからそんな顔すんなって。

アイテムボックスに1個預けてるんだ」

 

テストがすねたような目で見てくるから、俺は医務室から出て、

彼女と一緒に1階ホールのアイテムボックスに向かった。

相変わらず、でんと構えたデカい箱。俺は回復薬を取り出すために、その蓋を開けて……

とんでもないもんを見た。まただ、AMG-78の入ったジュラルミンケース。

 

「おい、冗談は勘弁してくれ。またなんか入ってるぞ」

 

「なんですか、それは?」

 

「俺が知るかよ。とにかく開けるぞ」

 

同じくアンブレラの社章と社名が印字されたケースを開くと、やっぱりAMG-78。

……ん、待てよ。こいつは右腕用だ。あ、中に例の付箋もあるぞ。

 

“ふたつでひとつ”

 

そんだけだ。誰が書いたのかは、やっぱりわかんねえし、

今更何のためにこんなもん寄越したのか謎だ。

 

「着けてみたらどうですか?」

 

「ん~そうだな。なんかの役には立つだろう」

 

右腕にもう一つのAMG-78を装着。

左のやつと同じく、自動的に俺の腕に合わせて形状を変え、

手の甲のコアから機器全体にエネルギーが広がる。

 

《装備完了》

 

装備完了。したはいいが、使い道がどうしてもわからん。

元の世界に戻ったら、本来の用途で石工になるのもいいかもな。

テストを見るが、首をかしげるばかりだ。

両腕のAMGが揃ったから、さしずめこいつはAMG-78Dualってとこか?

 

俺もテストも困っていたら、突然バカでかい音量のサイレンと警告に驚かされた。

……また、B.O.Wの大群が攻めてきただと!?

北方水姫が連中を操ってたんじゃなかったのかよ!!

 

「ジョー、とにかく行きましょう!」

 

「おう!奴らをぶち殺さねえことにはどうにもならん!」

 

一応回復薬も忘れず道具袋に詰め込み、俺達が本館のドアへ走り出すと、

通信機に変な声が。

 

(私と、遊んでよ)

 

そうだ……!あの氷漬けの海で、

ドロシーとか言う野郎が、戦いの最中に茶々入れてきたのを思い出した。

なるほど、深海棲艦の変異も、B.O.W発生も、全部こいつの仕業だったって訳かよ!

俺達は体当りするようにドアを開け、本館の外へ飛び出した。

こいつぁひでえ!黒カビクソ野郎共が、どこを向いても、うじゃうじゃいやがる!

 

「明石さんが心配!きっと建造中の娘達を守ってるはず!」

 

「決まりだ、そっちから片付けるぞ!」

 

俺達はアスファルトの道路を走って、全速力で工廠へ向かった。

 

 

 

 

 

B.S.A.A部隊は倉庫区画でグループを2つに分け、6つの倉庫の一つの南北を守っていた。

艦娘宿舎の援護を申し出たが、

彼女達から“ここはなんとかなる、3番倉庫を守ってくれ”と返信があった。

燃料や弾薬と言った爆発物が大量に保管されているらしい。

ここを攻撃されると鎮守府が吹き飛ぶ。

 

「敵の増援を確認!撃て撃て撃て!!」

 

南を守る4人グループが放ったアサルトライフルの5.56mm NATO弾が、

緩慢な動きのモールデッド達に突き刺さる。

腕や足を吹き飛ばされ、数体のノーマルモールデッドが折り重なるように倒れる。

一方北側では、クリスを含む4人が激しい攻撃に晒されていた。

 

両腕が刃になった進化型ブレードモールデッド、クイックモールデッド、

そして白いモールデッド・フィーマー。

クリスの部下がやはりアサルトライフルで応戦するが、

耐久力の高いブレードモールデッドや、素早いクイックモールデッドに苦戦している。

クリスもトールハンマーで援護に回りたいが、

不死のフィーマーをラムロッド弾で始末しなければならない。

モールデッド達はどこかから次々と湧いてくるのだ。

 

「くそっ、一体何が起こっている!」

 

その時、クリスのヘルメットに謎の通信。

 

(私と、遊んでよ)

 

クリスも耳覚えのある謎の声。間違いない、B.O.Wを操っているのはこいつだ!

だが、どこにいる?

 

 

 

 

 

俺達が工廠に乗り込むと、もう中は化け物連中で定員オーバー状態だった。

そこを明石一人が建造ドックのドアの前で必死に守っていた。

 

「もう!明石の工廠、汚さないで欲しいんだけどなぁ!」

 

明石が艤装に積んである機銃でB.O.Wをハチの巣にする。

攻撃を食らった奴は、瞬く間にミンチになるが、明らかに人手が足りてねえ。

明石が正面の敵を相手にしてる間に、

左から4体が押し合いへし合いしながら近づいてくる。くそっ、明石が危ねえ!

俺は早速AMG-78Dualにダブルチャージを開始した。

 

《チャージ開始》《チャージ開始》

 

「うおおお!!」

 

両腕が無敵の拳になった俺は、モールデッドの群れに突撃。

それぞれに充填されるエネルギーを感じながら、左右の腕を振りかぶる。

 

《チャージ完了》《チャージ完了》

 

「くたばれ!」

 

そして、俺は両腕から極限まで筋力を増幅したAMG-78Dualを、

黒カビクソ野郎共に放った。

直撃したのは一番後ろにいた奴だが、凄まじい衝撃波で4体まとめて粉々に砕け散った。

いつもどおり、どうしようもないほど、バカみたいに強力だ。

一旦敵の攻撃が止んだ隙に、俺達は明石に駆け寄った。

 

「明石さん、大丈夫ですか!?」

 

「コマちゃん!来てくれるって信じてたよ~!みんな無事。

小人ちゃん達も建造中の娘もドアの向こうに避難させてる」

 

「おい、どうする。俺も身体はひとつしかねえ。

ここに残って手伝うか?それとも他に助けてほしい場所はあるか」

 

「ジョー!その右腕……素敵じゃん!ついに両腕のAMGが揃ったんだね!

2つに性能差はあるのかな?ちょっと拝見……」

 

「馬鹿、後にしろ!あちこちで皆が戦ってるが、まるで数が減る様子がねえ。

どっかから湧き出してるとしか考えられねえが、心当たりねえか?」

 

「えー、そんなこと言ったって……そうだ、さっきの変な放送は聞いた?

放送っていうか一言だけのメッセージっていうか」

 

「あ……それって」

 

 

──私と、遊んでよ

 

 

「ワタクシも聞きました。女の子の声で」

 

「う~ん、もしかしたら今の状況について何か知ってるかも。

一応さっきの通信のログはあるんだ。

シグナルの強弱を見れば、大まかな位置は特定できるよ!」

 

「早えとこ頼む!全く銃声が鳴り止む気配がねえ!」

 

「任せてよ!」

 

明石は縦長の大型コンソールを操作。すると、小さめのテレビみたいなモニターに、

ぼやけた地図みたいなもんが表示されて、2,3分でくっきりした映像になった。

ああ、俺がガキの頃のテレビもこんな風だったな。

明石がモニターに顔を近づけると、驚いた様子で振り返った。

 

「ねえ!本館のど真ん中に反応が出てるよ!」

 

「そんな!ワタクシ達、本館から来たんですよ!?」

 

「だよねえ……本館に電波塔なんてないし」

 

「いや、ある」

 

明石とテストが同時に俺を見た。この二人は知らないから無理もねえ。

 

「ドロシーだ。北方水姫と戦ってた時、どこかから通信機に声を飛ばしてきた奴がいた。

姫級が死んだ今、そいつが犯人だとしか考えられん」

 

俺は、一旦外に出て本館の外観を確かめる。

なるほど……東側の裏手に非常階段の塔がある。いるとすれば、屋上しかねえ。

 

「奴は屋上にいる。俺はドロシーを殺さなきゃならねえが、二人だけで大丈夫か?」

 

「うん、コマちゃんが来てくれたからもう大丈夫!」

 

「はい!ワタクシは明石さんと工廠で敵を迎え撃ちます!」

 

「済まねえな、行ってくるぜ!」

 

「気をつけてくださいね!」

 

「帰ってきたら、右腕のAMGも見せてね~!」

 

二人の声を背に、俺は本館の非常階段へ向かって逆戻りした。

さっき通ったばかりのアスファルトの道を、ふらふらとモールデッドが徘徊している。

 

「どけ、この野郎!」

 

両腕を広げて大げさなモーションで斬りかかってきたノロマを殴り飛ばし、

 

「邪魔するんじゃねえよ、太っちょ!」

 

右腕のAMGをフルチャージして、

ゲロを吐く寸前のデブに、利き腕のストレートを叩き込んだ。

重そうな身体が吹っ飛ばされ、10m先でゴロゴロと転がると、水風船のように弾けた。

銃声が四方から響き、怒号と悲鳴が飛び交う。

俺は戦場を走り抜け、本館の裏手に続く日陰のスペースに飛び込んだ。

 

その狭いエリアに6体のモールデッドが待ち構えていた。

やっぱりこの先には来てほしくないみてえだな!再びAMG-78Dualにチャージを開始する。

同時に、化け物共が呻き声を上げながらこっちに向かってきた。

 

《チャージ開始》《チャージ開始》

 

ゔああああ……

 

「聞こえねえか!?邪魔だって言ってるんだよ!」

 

数が増えようとやっぱり所詮は沼のカビ野郎と同じだ。

後先考えずに攻めることしかわからねえ。俺はゆっくりと後退しながら自滅を待つ。

6人同時に俺を捕まえに来たもんだから、庭石で足場が狭くなったところで、

団子になって動けなくなった。当然、俺は……!

 

《チャージ完了》《チャージ完了》

 

「おらああっ!!」

 

二つ揃って、もはや破壊兵器でしかなくなったAMG-78Dualをぶち込んだ。

極限まで増幅された両腕の筋力と、それが放つ衝撃で、6体が同時に砕かれ、

手足をもぎ取られた。かろうじて1匹生き残ったが、何の意味もない。

 

「ふん!」

 

ぐしゃりと頭を踏み潰されるまで、3秒ほど寿命が伸びただけだ。

生まれ変わったら、譲り合いの精神を身につけるんだな。

俺はB.O.Wの死体をまたいで、本館裏手にたどり着いた。

 

そこには金網で出来た非常階段の塔。

入り口は取っ手に鎖を何重にも巻かれて、更に南京錠で鍵を掛けて頑丈に施錠されてる。

おい、これじゃ非常時に使えねえだろうが!まあいい、やることは一つだけだ。

 

《チャージ開始》

 

俺は右腕のAMG-78にチャージを開始。急げ、みんな長くは保たねえ。

ここのてっぺんにドロシーとかいうB.O.Wの本当の親玉がいる。

 

《チャージ完了》

 

「はあっ!」

 

入り口をぶん殴ると、蝶番が壊れて、綺麗にドアが丸ごと外れて飛んでいった。

俺は急いで螺旋階段を駆け上る。

1階、2階、3階部分まで上って、とうとう屋上まで上りきった。

……そこで俺は、黒い人影らしきものを見る。

塔から足を踏み出し、広い屋上を踏みしめるように歩を進める。

すると、人影が俺を見てニッコリ笑った。

 

『来てくれたのね、嬉しいわ』

 

「テメエが、ドロシーか……!」

 

その姿は、醜悪としか言いようがなかった。

どうにか顔が判別出来る程度しか原型を留めていないほど、

腐り果てた北方水姫の肉体が、体中から真っ黒なヘドロを撒き散らしながら、

おぼつかない足取りで一歩一歩近づいてくる。

白いコンクリートの屋上に、黒い足跡がくっきりと残る。

俺は、右手を思い切り握り込む。

 

『ねえ、褒めて。私、エヴリンを超えたのよ!

彼女みたいに、自分の存在認識を変えて、世界の壁を越えることができたの!』

 

喋る度に口から凄まじい腐臭を放つドロシー。

恐らく笑っているのだろうが、崩れた顔面からはおぞましさしか感じられない。

 

「ドロシー、深海棲艦を無理矢理進化させて操ってたのは、お前か……?」

 

『それだけじゃないわ!私の菌で、みんな、強くなった!

エヴリンみたいに化け物に変えることなく!』

 

「だったら下で暴れてる連中はなんだ!!」

 

『一生懸命作ったの。そう、エヴリンのように、菌を増殖させて作ったの。

もう、誰にも私を失敗作なんて呼ばせない!』

 

「ふざけるな!何のためにそんなバカみてえなことしやがった!」

 

『“友達”が欲しかったの。

私の菌を受け取った子は、みんな、考えを共有して、力を得る。

そう、私と一つになって、菌のように無限に再生して、絶対に死なない。

ずっと友達でいてくれるの……』

 

「てめえ……ぶっ殺す!!お前のしみったれたクソまみれの欲望で、

死なずに済んだ奴が死んだんだぞ!友達なんざお前には必要ねえ!

目の前のイカれたジジイで十分だ!」

 

《チャージ完了》

 

『でも、ひとつだけできないことがあるの。見て、私の右腕。

これだけはどうしても作れないの。人間に奪われた。もう戻ってこない。

……ねえ、とっても綺麗なあなたの右腕、私にちょうだい?』

 

「ああいいぜ!ちょうど今からお前の顔面にくれてやろうと思ってたとこだ!!」

 

俺は地を蹴って走り出し、ドロシーに向けて右腕を構える。

その生きる腐乱死体に接近すると、その顔に思い切りフルチャージのAMGを叩き込んだ。

頭部の大半が消し飛び、俺の腕が向こう側に突き抜けた。

これで終わりか?呆気ない、と思った瞬間、頭が一瞬にして再生し、

俺の腕を取り込んだ。肉と骨に包み込まれた腕はなかなか抜けない。

 

「放しやがれ、ちくしょうめ!」

 

『ウフフフ……ア・リ・ガ・ト・ウ』

 

また醜い笑顔を見せたドロシーは、左手の人差し指を天に向かって高く指した。やべえ!

本能的に危機を察知した俺は、左腕のAMGで奴を何度も殴り、

頭部を砕いてようやく右腕を解放し、何も考えず右に転がり込んだ。

 

まさに一瞬の差。奴がスッと指を下ろすと、

見えない刃が飛んでいき、屋上のコンクリートを音もなく切り裂いていった。

この野郎、真空波か何かを使いやがるのか……!

 

身体は脆いが、即座に再生。おまけにコンクリートすら切り裂く特殊能力と来たもんだ。

しかも、あいつもやる気になったみたいで、こっちに近づいてくる。

下手に近寄ると危険だが、離れすぎても攻撃できない。なら、こいつを試すか……!

俺は道具袋に手を突っ込んで、ステイクボムを放り投げた。

 

『ワタシハ Dガタ ナンカジャナイ! ワタシハ ドロシー!!』

 

ドロシーは感情が高ぶり、トラップに気付いてない。

奴の足が木製爆弾に触れたところで、スローイングナイフを投げて起爆させた。

下手な金属より固い木片が弾け、ドロシーの肉体を引き裂いた。

奴が肉片となってコンクリートの地面に散らばる。

 

すぐさま接近し、頭部を踏み砕き、その場から離れた。そして様子を見るが……

くそったれ!グジュグジュと肉片が集まって、また元の人間型B.O.Wに逆戻りだ!

 

『アナタモ ワタシノ オトモダチニ ナッテ!』

 

ドロシーが両腕をクロスして、バッと開いた。5本の指から放たれる真空波が迫り来る。

とてもじゃないが避けきれる代物じゃねえ。俺はしゃがみ込んで両腕でガードした。

だが、真空波はAMG越しに俺の腕を深く切り刻む。

 

「があああ!!」

 

両腕から大量出血。すぐさま回復薬を取り出し、腕に振りかけるが、

半端じゃないダメージを受け、完全に治し切ることができなかった。

次に同じ攻撃を食らえば、ガードしようが間違いなく死ぬ。

だが、残りの回復薬はあと一本。しかも敵は不死身。

まさに絶対絶命ってやつだ、こんちくしょう!

 

 

 

 

 

北の海での戦いから電源を入れっぱなしにしていたジョーの通信機から、

無線をキャッチした。

B.O.Wを生み出している、ドロシーという聞き覚えのある存在と交戦中のようだ。

しかも不死タイプ。俺が行かなければどうにもならないが……

 

「敵増援出現!3体です!」

 

「くそっ!」

 

前後から5.56mm NATO弾の絶え間ない銃声。

俺は、トールハンマーでB.O.Wの頭部を狙い、粉砕し、

よろめいた敵に拳を浴びせてとどめを刺す。この繰り返しだ。

かつてないほど激しいモールデッドの襲撃。

一人抜ければ燃料・弾薬庫を守りきれる見込みは薄くなる。

しかし……ドロシーにとどめを刺さなければいずれは弾切れ、つまりは死だ。

 

「リロードする!……だめだ、弾がない!誰か、5.56mm弾をくれ!」

「俺もこれで最後だ!」

「グレネードは?」

「だめだ!倉庫に引火したらどうする!」

 

部下も徐々に追い詰められている。もう、やるしかない。俺は、決断した。

弾切れのアサルトライフルを抱えている隊員に、

トールハンマーと残りの12ゲージ弾を押し付けた。

 

「隊長!?」

 

「何があってもここを死守しろ!本館で何が起きてるかは聞いただろう!」

 

「しかし!」

 

「命令だ!倉庫を守りきれ、いいな!」

 

「……了解!!」

 

うおおお!!俺はサムライエッジを構えながら、モールデッドの群れに突撃した。

行く手を塞ぐ個体には、頭部に9mm弾をヒットさせて、拳で頭を叩き潰す。

全部を相手にしてはいられない。

俺はB.O.Wの隙間を縫うように本館に向かって走り続けるが、

時折視界の外から薙ぎ払われた奴らの爪を食らい、出血する。

 

「ぐうっ!」

 

防護ベストの中に血が広がる感触。俺は走りながら回復アンプルを思い切り腕に刺す。

足だけは止めてはならない。そして、通常弾で敵を牽制しながら走り続け、

遂に本館に到着。裏手の非常階段を目指した。

 

 

 

 

 

攻撃の第三波。今度はドロシーが左手の指ですくい上げるような動作をする。

一瞬遅れて、また5本の真空波。限界まで横に跳躍して、どうにか回避した。

やはり屋上のへりが均等な間隔で5つに切り裂かれる。

 

次に食らったらもう死ぬしかねえ!迷った末、最後の回復薬を腕に振りかけた。

体調が完全に戻ったが、このまま打開策が見つからなきゃ、

いずれは細切れにされてお終いだ。俺は屋上を逃げ回りながら、ドロシーに呼びかける。

話し合いが通じる相手じゃないことは分かってるが、何も知らねえまま死ぬのもご免だ。

 

「お前はなんでこの世界にこだわる!なんでこの世界を巻き込んだ!」

 

『あ…ガガ……向こう、私、ひとりぼっち……みんな、ガラクタ…言う!

深海棲艦、ナカマ……ワタシト…オナジ……ともだち、ナッテくれた。

……わたし…生まれ変わる、この世界で!!』

 

「残念だが、ここにもお前の居場所はねえ!お前が生まれ変わることもねえ!

ただ腐って死んで行くだけだ!鏡があれば見せてやりてえよ!」

 

『ウルサイ!ウルサイウルサイ!!』

 

チッ、ちょっと落ち着いてたドロシーを刺激したか。

メチャクチャに左腕をぶん回して真空波を飛ばしてくる。

しゃがんで身を低くしてガードするが、真空波の一本が、

やっぱりAMGを着けてなきゃ腕を切り飛ばすほどの斬れ味で出血させてきた。

 

……次、真空波が命中したら、もうガードしても意味がねえ。腕を落とされて失血死。

最後のあがきに何かできるか考えてみたが、もう限界みてえだ。

投げ槍、ステイクボム、とっくに死んでる虫、スローイングナイフ。

そして両手のAMG-78Dual。どれも俺を救っちゃくれない。

 

深海棲艦の女王を殺せようが、カビの女王も殺せねえんじゃ、笑い話にもなりゃしねえ。

ドロシーも俺を見て笑ってら。お、また左腕を振り上げやがった。

……今度こそ年貢の納め時ってやつか。ゾイ、悪いが俺はこの異世界のどっかで死ぬ。

お前はまだ若い。俺みたいな馬鹿な人生送るんじゃないぞ。じゃあ……あばよ。

 

 

──諦めるな、ジョー!!

 

 

ハッ!?と、その声に振り返ると同時に、一発の銃声。

それが、頭蓋骨で硬さを保っていた腐乱死体の頭に命中。すると、異変が起こる。

ドロシーが鼓膜を突き破るほどの悲鳴を上げた。

 

『キャアアアアアア!!アア、アア、イタイ!クルシイ!ダレカ、タスケテ!』

 

そして、彼女の身体が真っ黒な液体となってドロドロと溶けていく。一体どうなってる?

クリスが銃を構えたまま俺の隣に立った。

 

「やはりラムロッド弾が有効だった。こいつを使え」

 

クリスが一本の注射器を投げてよこした。

変な緑色の液体が入ってるが、この際、毒じゃなきゃなんでもいい。

腕に注射器をぶっ刺すと、出血が止まり、鈍っていた身体の動きがスムーズになった。

ありがてえ、これで即死は免れる……が、ドロシーはもう死んだ。

 

「おい、クリス。お前今、何やったんだ?」

 

「こちらクリス……そうか、わかった。ドロシーは死亡。B.O.Wの完全駆除を確認した」

 

聞いちゃいねえ。俺はあっけない幕切れに手持ち無沙汰になって、

ヘドロになったドロシーに近づいてみた。もうただの黒い水たまりだ。

誰も傷つけさえしなけりゃ、俺がダチ公になってもよかったんだがな。

バケモンには慣れてる。

 

「ジョー。鎮守府を襲撃していたモールデッドは、ドロシー死亡と同時に消滅した。

帰るぞ。被害状況を確認しなければ」

 

「おい、ちょっと待てよ」

 

俺が非常階段に向かうクリスを追いかけようとすると、突然背後に巨大な存在が現れた。

思わず振り返る。そこで目にしたものは──

 

『ワタシモ ウマレタカッタノ!!』

 

今度は腐乱死体じゃねえ、右腕のない北方水姫と瓜二つの女。

だが、デカさが半端じゃねえ!

ちくしょう、きっと鎮守府全部のB.O.Wをかき集めて自分の身体にしてやがったんだ!

クリスも慌てて屋上に戻る。

 

『コロシテヤル! トモダチニ ナラナイナラ シンデシマエ!!』

 

「ジョー、最後の戦いだ」

 

「ああ。分かってる……」

 

俺はAMG-78Dual、クリスはハンドガンを構えて、完全変異ドロシーと対峙した。

 

《チャージ開始》《チャージ開始》

 

『こちら本部。クリス、聞こえますか?ゾイ…いえ、情報提供者の証言によると、

そのB.O.WはD型被検体という、コネクションが開発した実験体から生まれた可能性が、

極めて高いそうです。

つまり、今回のバイオハザードは彼女が引き起こしたものと考えて間違いありません』

 

「そんなことは分かっている。今、対処中だ」

 

『ワタシハ ウマレカワルノ! ジユウナ セカイデ!』

 

「Drothy! いや、D型被検体!お前にそんなものはない!

ここでお前は何にもなれず、死んで行くだけだ!」

 

『ダマレ! ワタシハ ドロシー ダ!』

 

激怒した体長20mはあるドロシーが、ドスドスとコンクリートを踏み砕きながら、

俺達に突進してくる。俺達は示し合わせたように左右にダッシュ。

どっちかは狙われずに済む。

 

《チャージ完了》《チャージ完了》

 

ドロシーが巨大な足でクリスを蹴飛ばそうとしたが、とっさに体ごと横に転がり回避。

一瞬奴が一本足になった。やるなら今しかねえ。

 

「うおらああ!!」

 

俺はドロシーの左足に向かって全力で駆け、両腕のAMGで奴の脛をぶん殴った。

奴の体内で衝撃波が暴れまわり、骨を砕き、肉を裂く。

 

『イタアアアアイ!!』

 

悲鳴を上げてドスンと後ろに倒れるドロシー。ざまあみろ、さっきのお返しだ。

俺はAMG-78Dualに再チャージを開始。こうなりゃ死ぬまで付き合ってやる!

ドロシーが左手を伸ばしてクリスを掴もうとするが、

俺はさっき思い巡らせた、起死回生の一手を思い返す。

 

今なら効果があるはずだ!俺は道具袋からステイクボムを取り出すと、

奴の手に向けて思い切り投げつけた。この速さでぶつければ、勝手に爆発するはず。

実際、ドロシーの手の中から、パン!とステイクボムが弾ける音が聞こえ、

またドロシーの悲鳴がこだました。背中を丸め、左手をかばう。今なら隙だらけだ。

クリスがハンドガンを構えた。

 

もう全身が弱点になったドロシーに追い打ちを掛けるように、

クリスがさっきの妙な弾丸を撃ち込む。撃たれた部分から、猛烈な蒸気が発生し、

真っ白で滑らかだった肌が、急速に枯れ木のように老化していく。

 

《チャージ完了》《チャージ完了》

 

ナイスタイミングだ。俺は茶色く皺だらけになった左足の膝に接近、

再度ダブルチャージのAMG-78Dualを叩き込んだ。

グシャグシャブチィッ!という、モールデッドを踏み潰した時と変わらない音を立てて、

左足が完全にちぎれて本館の下に落ちていった。

 

『イヤ…… ドウシテ ミンナ ワタシヲ ブツノ? トモダチガ ホシイヨウ……』

 

もう叫び声を上げる体力も残っていないドロシーが、黒い涙を流して泣き言を漏らす。

クリスが奴の頭部に銃口を向ける。

 

「お前が友達だと思っていたのは、ただの取引相手だ。

再生能力と等価交換の友情などありはしない!」

 

そして、銃声。

ドロシーの額に命中した特殊弾が、急速に皮膚と頭蓋骨を劣化させていく。幕引き、か。

俺は両手を握り込む。

 

《チャージ開始》《チャージ開始》

 

もう、ろくに身動きもできなくなったドロシーの巨体をよじ登り、走り、

その涙で濡れた顔に立つ。奴の大きな呼吸が俺に吹き付けてくる。

 

「これで、お終いだ。なんでこうなったかは、お前自身で考えろ。

せっかく知性を持って生まれてきたのによ」

 

『ウマレテ……? ワタシハ ウマレテイタノ?』

 

「こんなバカでかい図体さらして何言ってやがる。

お前は、ドロシー。俺だけは、覚えておいてやる」

 

『イヤ モット イキタイヨ……』

 

「残念だがそれは無理だ。お前はやり方を間違えた。なにもかも」

 

《チャージ完了》《チャージ完了》

 

俺は人間の足でも踏み抜けそうなほど脆い額に移動する。

そして、AMG-78Dualの狙いを定め、足元にそのフルパワーを解き放つ。

轟音と共に巨大な頭部が粉砕され、脳がミキサーに掛けられたようにすり潰され、

貫通した衝撃波が後頭部を突き破り、

本館の屋上を砕いてようやくエネルギーが停止した。

 

生命活動を司る脳を完全に破壊されたドロシーの身体が、

徐々に石膏のように白い石になり、崩れていく。

俺も真っ黒な体液を思い切り浴びたはずなのに、

彼女の血はアルコールのような揮発性を伴って、空に消えていった。

なんとなくドロシーの残骸に手を置く。それだけで亡骸はガラガラと更に崩れる。

 

「……あばよ」

 

それだけを告げると、クリスが待つ非常階段にぶらぶらと歩いていった。

 

 

 

 

 

地上に下りると、周りは軽くパニック状態だった。

突如出現した巨人に驚かされた者、怪我人の収容に追われる者、

クリスの帰還を喜ぶB.S.A.A隊員、テストや明石。

人、人、人でごちゃついて、俺までめまいがしそうだった。

 

「ジョー!無事だったんですね!よかった、本当によかった!」

 

「なるほど~やっぱり右のAMGも半端なかったってことだね。じゃあ見せて!」

 

「お前の頭にゃ他にねえのか!死にかけたジジイをねぎらうとか。テストを見習え」

 

「ねぎらうねぎらう!新型見せてくれたらね!」

 

「よっしゃ、顔面に思い切り近づけるからよく見とけ」

 

「ちょ、冗談!冗談だって!」

 

隣も隣でうるさそうだ。

 

「隊長、よくご無事で!」

 

「この世界から最後のB.O.Wを撃滅した。俺達のミッションはひとまず完了だ」

 

「モールデッドが消滅した時はホッとしました。

隊長から預かったトールハンマーを抱えたまま死ねませんから。

……これを、お返しします」

 

「確かに。よくやってくれた。他の全員もだ。

最後まで拠点を守りきれたのは、皆の日頃の修練の成果だ」

 

そして、本館のドアが開き、提督と長門が出てきた。

 

「ジョー、クリス、B.S.A.Aの諸君。

命を賭けて鎮守府を守ってくれて本当にありがとう。

これで、ようやく戦いは終わるんだね」

 

「ああ。ドロシー……最後のB.O.Wだが、奴は完全に消滅した」

 

「はぁ、我ながら情けない。戦艦でありながら今回の戦いには殆ど参加できなかった。

執務ばかりで身体が鈍っていなければいいのだが」

 

「何へこんでんだ。司令官が死ぬと軍の機能が止まるって言ったのはお前だろう。

なら、そいつ守るのがお前の仕事だろうが」

 

「ジョー……うん、そうだな。ありがとう」

 

「筋力が落ちてるってんなら、スパーリングに付き合うぞ。

ちょうど両手のブツも手に入ったしな」

 

「なにおう!私はまだまだ第一艦隊の……」

 

「はいはい、そこまで。

……ふふっ、こんな感じは久しぶりだな。ジョーが来たばかりの」

 

「そうだ!いきなりドアを破ろうとするわ、バス代貸せだの図々しいことを言うわ……」

 

「ジョーったら、本当にハチャメチャな人なんですね。フフ」

 

ほんの1時間前まで、

この鎮守府でB.O.Wと総力戦をしていたのが嘘のような笑いに包まれる。

そうだ。もうB.O.Wとの戦いは終わったんだ。

この世界にはまだまだ深海棲艦が居るそうだが、

そっちはここの住人に頑張ってもらうしかねえ。

だが、俺はここのメンツなら踏ん張れると思ってる。だからこそ、安心して帰れるんだ。

そう、ゾイが待つ俺の世界に。

 

 



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Last Tape; Heroes Never Die

──ジョーの客室

 

広場の清掃用蛇口で水上移動ブーツの泥を洗い落とし、

シャワールームで丁寧に仕上げ洗い。

そして、ストーブと扇風機で温風を送って乾かした。

元々丈夫な樹脂性だったから早く乾いた。こんくらいでいいだろう。

俺は、ブーツをテーブルの足に立てかけ、道具袋から無線機を取り出し、

そっと上に置いた。

 

ずいぶん世話になったな。また俺みたいな奴が現れたら助けてやってくれ。

……そろそろ時間だ。もう行くか。

俺は部屋を出ると、ドアに鍵を挿したまま、仮の宿を後にした。

1階へ続く階段を下りていくと、今日一日の出来事が思い出される。

 

 

 

──本館前広場

 

ドロシーとの激闘を征した翌日。

俺はB.S.A.Aの連中に混じってクリスの説明を聞いていた。

 

「帰還は今夜19時。輸送ヘリから例のビデオを投影する。

全員が視覚情報として認識し、自己の存在意識を書き換える必要がある。

わかりやすく言うと、しっかり見ろ、ということだ。いいな?ジョー」

 

「うるせえ。なんで俺なんだよ」

 

「退屈でも寝るんじゃないぞ。ひとりだけこの世界に置いてきぼりになる」

 

「お前に言われなくてもわかってるよ!大人しくカラーバー見てりゃいいんだろうが!」

 

「ならいい。……まだ日没までには時間がある。ジョーは定刻まで自由行動だ。

俺達は撤収の準備がある。別れを済ませるなら今のうちにな」

 

「ああ、そうだな……」

 

 

 

 

 

クリスが気を利かせて手伝いを免除したのか、

そもそも俺にできることがなかったのかは知らねえ。

とにかく知り合った連中にゆっくり挨拶できることになった。

さて、どいつから会いに行くか……と、考える間もなく向こうから走ってきた。

ピンクのロングヘアを跳ねさせて手を振ってくる。

 

「ジョー、おはよう!AMG見せて!新型のやつ!」

 

「会うなりそれかよ。アレはもういらねえから、アイテムボックスに全部入れといたぞ。

勝手に見ろ」

 

「ありがと、じゃあね!」

 

明石が慌てて転げそうになりながら本館に入っていった。

やれやれ、一人目がこれじゃ先が思いやられる。次はどいつに……

 

バタン!

 

なんだなんだ?明石が泣きそうな顔でとんぼ返りしてきた。

そして俺の両腕を掴んで訴える。

 

「ジョー、ないよぉ!」

 

「なにがだ!」

 

「AMG-78シリーズが全部なくなってるの!他の物資も!そっちはどうでもいいけど、

とにかくテクノロジーの結晶が、私の手からこぼれ落ちてしまったぁ~!!」

 

「ははん、さては俺達が帰るのを見越して、先に帰っちまったんだな。せっかちな腕だ」

 

「うわ~ん!イーサンのワークベンチといい、世界は私にイヂワルだー!」

 

「付き合いきれん。気が済むまで泣いてろ。元気でな」

 

人目もはばからず、広場の真ん中で悲痛な叫びを上げる明石を置いて、

俺は次の人物に会いに行った。俺の衣食住の衣食を支えてくれた人。

提督に聞いたが、まさか食堂の係が洗濯までしてくれてたとはな。

本館に入り、食堂に向かう。

 

今は次の飯時まで時間があるからちょうど暇だろう。

厨房に近づくと、思った通り鳳翔という艦娘が、のんびりと皿を拭いている。

俺はカウンターの向こうから話しかけた。

 

「あー、ちょっといいか?すまねえ、あんた確か軽空母の鳳翔さんでよかったよな」

 

「あらジョーさん。はい、軽空母・鳳翔です。なにか軽食でも?」

 

「そうじゃねえ。俺達、今日帰ることになったんだよ。

今まで世話になった礼を言いに来た。まさか服まで洗ってくれてるとは知らなくてな。

あんまり喋ったりできなかったが、本当にありがとよ」

 

「いえ、そんな……そうですか。もう、お別れなんですね。

寂しくなりますが、ご家族も心配なさっているでしょうし、仕方ありませんね。

どうぞ、お元気で」

 

「あんたも、達者でな」

 

俺は鳳翔に向かって軽く手を上げると、食堂を後にした。次だ。

何度も彼女に助けられたおかげで生き延びられた。

本館にはいなかったからとりあえず外に出る。

通りかかった艦娘に声を掛けて、彼女の居場所を聞いた。

今の時間はいつも宿舎近くの訓練場で汗を流しているそうだ。

 

さっそく訓練場に向かうと、弓を構えた艦娘達が、

遠くの的に狙いを定めては矢を放つ、を繰り返している。その中に彼女がいた。

邪魔しちゃ悪いな、後にしよう。と思ったら、向こうが俺に気づいたようで、

俺を呼び止めて急いで訓練場から出てきた。

 

「なんか済まねえな。練習の邪魔してよ」

 

「……はぁ、はぁ、ふぅ。

いいえ、ジョー達が今日帰ることは、クリスさんから聞いていましたから。

私も最後にお別れを言いたくて」

 

「赤城。お前には何度も助けられた。俺がムラマサに頼りすぎてバカになった時、

お前の声が聖水みたいに汚れた心を清めてくれた。

北方水姫と最後まで戦えたのも、お前のおかげだ。ありがとうな。

身も心も強く、美しい。あんたは俺が聞いたヤマトナデシコそのものだ」

 

「ジョーったら……大げさですよ。

大和撫子は大和さんや尾張さんのほうが似合ってます。でも、嬉しいです。ふふっ」

 

「そないなことはござんせん」

 

「尾張さん?」

 

気づくと尾張が側に立っていた。相変わらず派手な着物を着てやがる。

あ、てめえにゃ何も言わねえからな!鉄扇でぶん殴られたこと忘れてねえぞ!

 

「あんさんや大和は昼の桜、太夫のわちきは夜の桜。

わちきがお天道様の下で輝くことは、ありんせん……」

 

「大和さんを知っているんですか?」

 

「大和は……いや、長うなりんす。わちきはこれで、おさらばえ」

 

言いたいことだけ言って尾張は行っちまった。

まあいい、ちょうど赤城ともここでお別れだ。

 

「俺達は今夜発つ。赤城、元気でな」

 

「ジョーも、お体を大切にしてくださいね」

 

「おう!」

 

赤城と別れると、次に会っときたい人を探し始めた。

とりあえず一旦人が多い広場に戻るか。

そう思って、南へ伸びるゆるい坂を下ると、運良く目的の人物を見つけられた。

ピクニック用のカゴを持って、キョロキョロとしている。

俺は大きな声で彼女に呼びかけた。

 

「おーい、テストー!」

 

「あ、ジョー!」

 

広場の端で出会った俺達。

テストはここに来たばっかりの時、わざわざ俺のために鎮守府を案内しに来てくれた。

……まぁ、ちょっとしたアクシデントで工廠の案内だけに終わったが。

 

「よう、テスト。俺、今日の夜に元の世界に帰ることになった。

お前にも色々世話になったから礼が言いたくてな」

 

「別にそんな。ワタクシなんて大したことはしてませんから。

姫級との戦いにも行けませんでしたし……

そうだ!クロワッサンを焼いたんです。一緒に食べませんか?」

 

「ありがてえ。ちょうど小腹が空いてたんだ」

 

それから俺達は海岸に場所を変え、

堤防に腰掛けてテストの作ったクロワッサンを食べた。

焼き立てでバターのいい香りがたまらねえ。3つも食っちまった。

 

「……B.S.A.Aの人から聞きました。今日で、お別れなんですね」

 

「ああ。異世界の名前も知らないジジイに優しくしてくれたお前のことは、

絶対忘れねえよ」

 

「いろんなことが、ありましたね」

 

「明石に工廠から追い出されたりな」

 

「ふふっ、いきなり暴れだすからびっくりしちゃいました」

 

「わかってくれ。力が支配する沼に生きる奴の、精一杯の解決策だったんだ」

 

「明石さんもカンカンで」

 

「広場で会わなかったか?AMG-78がなくなって今度は泣いてたが」

 

「いいえ。多分、建造ドックで落ち込んでると思います。

何かあると、すぐあそこにこもるんです」

 

「へへっ、なら今頃泣き疲れて寝てるところだ」

 

「もう、ジョーったら」

 

ふと、会話が止まる。一陣の潮風が通り過ぎ、その方角を見ると日が傾きかけていた。

俺は残り一口のクロワッサンを口に放り込み、立ち上がった。

 

「そろそろ行くぜ。遅れるとクリスがうるせえ」

 

「はい。その時は、ワタクシも見送りに行きますね」

 

「最後まで、優しいやつなんだな、テストは。

俺にはゾイって姪がいるんだが、テストと同じくらいの歳なんだ。

もし会えたら、友達になれてたかもしれねえな」

 

「……会いたいけど、会っちゃだめなんですよね。本当なら、ワタクシ達は」

 

「別れは辛いし悲しいが、避けては通れねえ。

だが、その先にはもっと素敵な出会いが待ってる。

……そう信じて背中で泣きながら進むしかねえんだ、結局は」

 

「ワタクシは、泣きません。ジョーの思い出がある限り」

 

「俺もだ。人生のゴール間際で、テストと出会えた記憶は死ぬまで大事に抱えとく。

それじゃあ、俺はやることがあるから本館に戻る。また、後でな」

 

「はい。必ず、また会いましょうね」

 

俺が歩き出しても、テストはそこから動こうとしなかった。

振り返ると、俺に小さく手を振っている。

長い長い堤防を歩く度、冬の北風が心に染みていくようだった。

 

 

 

──本館2階

 

そして、艦娘達との別れを思い返していると、いつの間にか2階にいた。

俺は執務室の前に立ち、ノックした。

この怪しげなジジイを受け入れてくれた提督にも、一声掛けとかなきゃな。

 

“どうぞ”

 

「ジョーだ。入るぜ」

 

中に入ると、提督がデスクで書類に判を押して、

長門は何かの段ボール箱を運んでいるところだった。

 

「邪魔するぜ」

 

「ジョー。時間まで、あとすぐですね。まだ行かなくてもいいんですか?」

 

「今から行くところだが、その前にあんたと長門にも礼が言いたい」

 

「お前……」

 

長門がストンと段ボール箱を落とす。なんだ、そんなにおかしいかよ。

 

「いきなり乗り込んできたジジイを住まわせてくれて、お前にゃ本当に感謝してる。

お前を無視して旅に出てたら、戦うこともできずに野垂れ死んでただろうぜ」

 

「あなたがこの世界にしてくれたことに比べれば、なんということではありません。

ありがとう、ジョー。そして、さようなら……」

 

「長門、お前とは短い付き合いだったが、なんだかんだで俺を助けてくれた。

お前が信じる司令官は優秀だ。ただのジジイを立派な戦力にしちまうんだからな。

ありがとうよ」

 

「ふ、ふん!まったく、本当はお前のような暴れ馬は、

放り出すべきだと具申していたのだ!私はただ、提督の指示に従っただけだ!」

 

「おや、私はそんな意見を聞いた覚えはないよ?」

 

「提督!」

 

「まあ、ともかくこれでお別れだ。……二人共、元気でな」

 

「あなたも、病気などなさらないように」

 

「提督に拾って頂いた命、せいぜい大事にすることだ!」

 

長門がぷいと顔を背ける。

 

「部屋の鍵はドアに挿してある。ブーツも無線機も部屋に置いた。もし、もしもだ。

またあの部屋に誰かが来るようなことがあれば、渡してやってほしい」

 

「ええ。任せてください」

 

「壮健でな」

 

「ああ……お前達もな」

 

 

 

──本館前広場

 

外に出ると、もうヘリの周りにB.S.A.Aの隊員が待機していた。

ヘリを取り囲むように艦娘の人だかり。それをかき分け乗り込もうとすると、

クリスに怒鳴られた。

 

「自由行動は定刻までと言ったはずだぞ!とっくに準備は終わっている!」

 

「あー、悪い。沼地に住んでると太陽で時間を読む癖が付いちまってよ。

大体7時だと思ってた」

 

「もういい、座席に着け!」

 

「わかったから怒んなって」

 

俺は硬い折りたたみ式シートに座ると、後ろの小さな覗き窓を開いた。

見慣れた顔ぶれがちらほら。

テストが俺を呼びながら手を振り、げっそりした明石が彼女の肩に寄りかかりながら、

片手を握ったり開いたりしている。多分、“AMGくれ”とでも言いたいんだろう。

 

赤城は、じっとこちらを見ている。その吸い込まれそうな澄んだ瞳。

大きな心の葛藤を乗り越えて磨かれたものに違いない。

鳳翔も、尾張も、俺達を見送りに来てくれた。

もっとも尾張は、ヘリが消えるのを見物に来た、という感じだったが。

 

とうとう出発の時が来る。

クリスが、プロジェクターの側で待機している隊員に指示を出した。

 

「投影を開始しろ、パイロットはスピーカーで注意喚起!」

 

「はっ!」

 

《日本海軍の皆様、長らくお世話になりました。

B.S.A.Aの活動にご協力頂き、誠にありがとうございました。

只今より時空転移シグナルを含んだ映像を投影します。

大変危険ですので、後ろを向くなどして、

絶対にご覧にならないよう、ご注意ください》

 

その放送を聞いて、外の艦娘達がゴソゴソと後ろを向く様子が伝わってくる。

クリスが反対側の搭乗口を大きく開き、全員が本館の壁一面が見えるようにした。

……そして、俺は耐えかねてクリスに問いかけた。

 

「……クリス、話がある」

 

「後にしろ」

 

「重要な話なんだよ!!」

 

突然大声を出した俺に、思わず振り返ったクリス。

何かを感じ取ったのか、俺の話に耳を傾ける。

 

「何だ」

 

「とぼけんな、お前だって分かってるんだろう!」

 

「だから、何がだ!」

 

「この世界からB.O.Wを殲滅なんか出来ちゃいないってことだ!」

 

「……ジャックのことか」

 

「あいつをほっぽり出して、そのまま帰っちまうのか!?

そりゃあ、あの時はどういうわけか俺達に加勢してた。

だが、あいつがこれからこの世界で暴れない保証がどこにある!

なんでジャックを置いたまま帰還なんか始めちまったんだよ!」

 

「作戦行動時間が長引き過ぎた。

AIの計算によると、本来存在しない異世界の存在、つまり、俺達がいることによって、

世界の壁に亀裂のようなものが生じ始めている。

要するに、本来5人しか入れないフラフープに無理矢理追加で3人が入ってきたようなもので、

耐えきれなくなった壁がいつ崩壊してもおかしくない。

その結果どうなるかは誰にもわからないが、悲惨な事態になるのは間違いない」

 

「な、なら!ジャックが居ても同じことじゃねえか!」

 

「7名もの我々がこれ以上この世界に留まるより、

たった1人のジャックの処理をここの住人に任せる方が、危険性は大幅に下がる」

 

「ふざけんな!あの野郎に生半可な奴が勝てるもんか!

俺の弟だ!俺の次に強いんだぞ、わかってんのか!」

 

「……既に提督に事情を話し、1マガジンだけラムロッド弾を渡してある。

これ以上、できることはない」

 

「くそったれ……!」

 

俺はうなだれるしかなかった。

艦娘達が向こうを向いていてくれたのが、せめてもの救いだ。

その時、本館の壁がパッと明るくなり、映像が始まった。

クリスが俺の身体を起こし、ドアの外に向ける。

 

「さあ、見るんだ!この世界は危機に晒されているんだぞ!俺達がいるせいで!」

 

気だるい気持ちで顔を振り上げ、半月以上を過ごした館を睨みつける。視線の先にはカラーバー。

全ての始まりになった、映像検査用の色とりどりの光。

俺は見たんだ、あの流氷の海で、あいつが俺の声に少しだが……!

 

一切何も動かない映像が続く。

が、気づくと、視界が水の波紋のようにゆらゆらと揺らめき、

そのゆらぎは徐々に大きくなり、俺の身体を巻き込んで波打ち続ける。

そして、波紋の真ん中に突然大きな穴が開き、俺達はヘリごと吸い込まれていった。

 

 

 

──B.S.A.A空軍基地

 

気がついたら、俺を乗せたヘリは、見たこともない基地のヘリポートに停まっていた。

ちくしょう、ジャック!……お前を始末するのは俺の役目だった。

だが、俺はお前を見捨てちまった!

 

「全員、身体に異常はないか!」

 

“はっ!”

 

「こちらアルファチーム、クリス・レッドフィールド。

只今帰還した。作戦成功。要救助者は無事。ターゲットのB.O.Wを撃破した。

……ああ、1名殉職。他5名は健在」

 

クリスがすぐさま状況確認。手際の良いことだ。

 

「ジョー、気分はどうだ」

 

「バケモンになった弟にとどめを刺せずに逃げ帰ってきたような気分だ」

 

「……こんな時に言うべきかどうかはわからないが」

 

「もったいぶんな、さっさと言え」

 

「ゾイ・ベイカーと会うことはもうできない」

 

それを聞いた瞬間、頭が真っ白になり、クリスに殴りかかっていた。

とっさに奴は拳を受け止め、全力で押し返す。

やっぱりこんなガスマスク連中、信じるべきじゃなかった!

隊員どもが寄ってたかって俺を押さえ込もうとするが、

ブチ切れた俺をどうこうできると思ってんのか!?

 

「てめえらゾイに何しやがった!!」

 

「落ち着け!やめろ!」

 

「うるせえ!」

 

俺は雑魚の一人を殴り飛ばす。狭いヘリの中で戦いが始まり、機体がガタガタと揺れる。

 

「ゾイは俺の、大事な家族だ!」

 

右から迫るやつの腕を捻り上げ、左フックでぶん殴る。

後ろからスタンガンを持って近寄って来たやつには、

腰を落として腹に肘鉄を食らわせて、右膝でヘルメットごと頭を蹴り上げた。

 

「ジャックの次は、俺からゾイまで取り上げる気かぁ!!」

 

「話を聞けと言っている!」

 

吠える俺に、クリスが一気に距離を詰めて、右ストレートを放ってきた。

左頬に命中し、口を切る。

 

「ベイカー邸の事件で、エヴリンの正体を知った彼女を、

バイオテロリストが放っておくと思うのか!」

 

「わけのわからねえこと言ってんじゃねえ!」

 

「彼女はいつ殺されてもおかしくない!

エヴリンやドロシーを作ったのはそういう組織だ!

アメリカに留まれば、ゾイはいずれ口封じに殺される!」

 

「殺される……?」

 

隊員の手を振りほどこうともがいていたが、その言葉に攻撃の手を止め、

次の言葉を待つ。

 

「提督から聞いた筈だ。ベイカー家がエヴリンの放った特異菌で異形と貸した事件。

イーサン・ウィンターズによって、ジャックを除く全員が殺害された。

ゾイは事件の当事者で、当然奴らはその存在を掴んでいる。

“コネクション”というバイオテロ集団だ。

人間兵器を作るような連中が、知りすぎた民間人を消すことを躊躇うと思うか?」

 

「じゃあ、ゾイは、どこにいるってんだ……」

 

「俺にもわからない。テラセイブという組織の支援を受け、

名前、経歴、国籍を変え、別人として国外で生きている」

 

「ならゾイは、無事なんだな?」

 

「ああ。もうその名を使うことはないが」

 

「そうか。……ならいい。俺は、ダルヴェイの沼に戻してくれ。

またワニ漁しながら死ぬまで生きていくさ」

 

「……待ってろ。

レッドフィールドだ。ああ、問題ない。少しトラブルになっただけだ。回線をこちらに」

 

床に座り込んでると、クリスがまたどっかと通信してる。

俺はなんだかすっかり腑抜けちまった。

もう沼に戻ってもワニを捕るのは無理かもしれねえ。

あん?クリスがなんか携帯電話みたいなもんを寄越してきた。

 

「元ゾイ・ベイカーからだ。話してやれ」

 

「ゾイが!?」

 

俺はそいつをひったくると、思わず早口でまくし立てた。

 

「ゾイ?そこにいるのか?今、どこにいるんだ。何か酷いことはされなかったか?」

 

『そっちこそ大丈夫!?

イーサンみたいに異世界に行っちゃったって聞いたときは、耳を疑った!

ああ、ごめん。落ち着いてジョー。あたしは平気。

テラセイブの人達が、新しい家と名前を用意してくれたから、

やっと落ち着いた暮らしが手に入った』

 

「ああ、俺のことは心配すんな。もう全部終わった。

……そうか、よかったぜ。お前だけでも生き残ってくれて」

 

『あんなバケモノたちと3年も一緒で……何度も殺されかけた。

ようやく終わったんだね』

 

「いや、あいつらは……お前の家族だった。ずっとお前のことを、愛してたはずだ。

特にお前の親父はな。最後までずっと……」

 

『それって、もしかして父さんが、まだ……?』

 

「ああそうじゃねえ……兄弟だからわかるんだ。

きっとあいつも、もう一度お前と話したかったに違いないんだ」

 

『うん……やっと人並みの生活が手に入ったけど、もう会うこともできないし、

どこに居るかも言えないんだ……電話もこれで最後。ジョー、元気でね』

 

「クリスから事情を聞いた。慣れない国で大変だろうが、今度こそ、幸せになれよ。

お前は俺の、最後の家族なんだからな」

 

『ありがとう、ジョー。ずっと、忘れないから……』

 

「俺もだ。ゾイ、愛してる。さようならだ」

 

『あたしも愛してるよ、ジョー』

 

通話が切れると、俺は携帯電話をクリスに返した。

愛してる、か。そんな台詞を吐いたのは、いつ以来だったか思い出せねえ。俺のせいだ。

ゾイにも、ジャック達にも、もっとあいつらに会ってその言葉を掛けてやるべきだった。

俺の胸にただ、後悔が残る。

 

「今日はもう遅い。ここに泊まっていけ。

明日から、お前が向こうで見聞きした事について、

事情聴取を受けてもらうことになるが」

 

「……ああ、わかった。だが、その代わり約束しろ!

ゾイやジャック達の人生をメチャクチャにしやがった、

コネクションとかいうクズ共を一人残らずぶち殺せ!俺が生きてる間に、必ずだ!」

 

「……約束しよう」

 

「ならいい。連れてけ」

 

「こっちだ」

 

そして、ようやくヘリから降りた俺達は、

深夜なのに全室明かりが点きっぱなしの、明るい建物に向かって歩いていった。

ベイカー家は、俺の代で終わる。いや、そうじゃねえ。終わらされたんだ。

何もかもを失った。

 

ただ奪われ、復讐する相手も見つからず、

また沼でくすぶり続けることになった俺の心に、怒り、憎悪、後悔、

そして、わずかな希望が渦巻き、考えることを放棄させる。

何も言わずにクリスの後に付いていくだけの俺は、一気に歳を取っちまった気がした。

 

 

 

──B.S.A.A隔離地区(元ベイカー邸 子供部屋)

 

後日。

俺はゾイ・ベイカーだった女性の情報を頼りに、

元ベイカー邸でD型被験体の捜索をしていた。中は真っ暗だ。

暗視デバイスのスイッチを入れる。目標エリアに入ると、通信が届いた。

 

『そこの東側の壁を押してみてください。

情報提供者によると、それで隠し部屋への扉が開くようです』

 

「了解」

 

色のくすんだ壁。

何の仕掛けもあるように見えないが、とにかくオペレーターの言うとおりに押してみた。

すると、壁一面が軽い素材でできており、巨大なボタンになっていた。

足元から、小さく何かが開く音がした。

見てみると壁の下方に、隠し通路、というより抜け道のような穴が空いていた。

 

「空間を発見。これより侵入する」

 

分厚い防護ベストのせいで、狭い隠し穴を通るために、

ほふく前進をしなければならなかった。やっと通ると、そこは小さな部屋。

中には祭壇があり、子供のミイラが安置されていた。

一歩ずつ歩み寄り、入念にそいつを調べる。

両目から、乾いた古布を絞りに絞って、ようやく絞り出したかのような黒い液体が、

涙のように流れ、頬を濡らした痕があった。

 

「……お前だったのか、D型被験体」

 

俺は、ヘルメットをビデオモードに切り替え、指示通りD型被験体の姿を録画し、

残った左腕からサンプルを収集。こんなものを外部に持ち出したくはないが、

コネクション確保に必要となる重要な証拠品だ。

採取が終わるとまたモグラのように隠し穴を通って小部屋を出た。

 

そして、焼夷グレネードを手に取り、それを少し見つめた後、

ピンを抜いて、小さな穴に投げ込んだ。カン、と一度だけ落下音がすると、

ゲル状の特殊燃料が爆発を起こし、小部屋は火の海になった。

 

──キャアアアア!!

 

それは俺の耳ではなく、意識に直接響いてきた。幼い少女の悲鳴。

あの時、本館の屋上で聞いたものと同じだった。

俺は、燃え盛る炎を確かめるように、一瞬視線を送ると、来た道を戻っていった。

そして、ベイカー邸を出ると、間もなく火は屋敷全体に燃え広がり、

惨劇の舞台が炎に包まれていく様子が見えた。俺は本部と通信を開く。

 

「レッドフィールド、任務を完了した」

 

『お疲れ様です。離れの別館も、間もなく空爆部隊による滅菌が開始されます』

 

「そうか。これで、よかったのか」

 

『カビは完全に消滅しました。あの家族が、最後の犠牲者だといいのですか……』

 

「そうだな……今から戻る」

 

恐怖、絶望、そして悲しみ。全てを飲み込む炎に背を向け、

ヘリの待つ荒野に歩みだした。

俺は、戦い続ける。エヴリン、ベイカー家、そして、ドロシー。

彼らのような悲劇の象徴を再び生み出すことのないように。

 

 

 

──ジョーの小屋

 

あれから何日経ったのか。

俺が暮らした半月あまりは、夢だったのだろうか、現実だったのだろうか。

この汚れたシャツを洗ってくれるやつも、パンを焼いてくれる優しいやつも、

もういない。

くそったれ、何メソメソしてやがる。

恵まれた生活を送っているうちに、すっかり心弱くなっちまったみたいだ。

 

たった一人で、さばいたワニ肉を焼いていると、頭上をうるさい航空機が飛んで行った。

向かった先を見ると、夜空が明るく照らされ、もうもうと煙が上がってる。

思わず立ち上がる。

 

「ジャックの家、か?」

 

そして間もなく、絶え間ない爆発音が轟き、更に空が明るくなった。

俺はワニ肉を放り出し、あいつの家が消えていく様子をずっと見守っていた。

 

「……あばよ、ジャック」

 

 

 

──大ホッケ海北方

 

流氷の広がる極寒の海。

北方水姫を失った深海棲艦達は、未だに乱れた指揮系統を修復しきれず、

何をするべきか決めかねていた。

その状況を打開すべく、上級深海棲艦が集まり、彼女達にしかわからない言葉で、

今後の対応を模索していた。

 

『北方水姫様が倒れられてからもう半月、いつまでこのような体たらくを晒している!』

 

『黙れ、今日は愚痴をこぼすために集まったわけではない』

 

『我々だけで反撃に出るべきだ!』

 

『人間共に?しかし、姫を失った我々がどうやって』

 

ゴポゴポ……

 

『新たな姫を迎える準備をするのだ!

総力を上げ占守島を奪い返し、彼女の玉座とする!』

 

『そして誕生の日を待つ、か。悪くない。我々深海棲艦が絶えることはない。

姫もまた然り』

 

ガボッ、ブクブク……

 

『決まりだな。そうなれば、全部隊を結集し……』

 

その時だった。

 

『グアオオオオオ!!』

 

流氷を叩き割り、吹き荒れる雪のように白い姿をした巨体が海から飛び出してきた。

驚愕する深海棲艦。謎の存在は流氷に着地し、右手を長く巨大なヒルに変え、

手近な一体に巻きつけ、彼女を捕らえた。

 

『やめろ!離せ化け物め!!』

 

当然、ジャックが耳を貸すはずもなく、右手を引き寄せ、

戦艦ル級を両手で掴み上げ、強烈な頭突きを食らわせた。

 

『ぎゃああっ!!』

 

海に放り出される戦艦ル級。

驚きのあまり動けなかった深海棲艦達は、彼女の悲鳴で我に返った。

 

『う、撃て撃て撃て!』

 

8inch三連装砲、16inch三連装砲、5inch連装砲。

彼女達のそれぞれの艤装が放つ無数の砲弾がジャックに襲いかかる。

ジャックは大きく跳躍して砲弾の嵐を回避、深海棲艦の群れに飛び込み戦いを挑んだ。

 

軽巡に組み付き彼女の首を折り、

 

『うぐ!あ──』

 

ヒルの腕で流氷の上に引きずり出した駆逐古姫に、

情け容赦ない上下交互の四連打を浴びせた。

 

『あがっ!痛い!ごほっ!やめ……!』

 

しかし、大技を繰り出した後の隙を突かれ、一発の砲弾を食らった。

左腕が吹き飛びジャックが苦悶の声を漏らす。

 

『ウグアアッ!!』

 

『今だ、集中砲火!撃て!!』

 

今度はとっさに海へ飛び込み、致命傷となる集中攻撃をなんとか回避。

そして、彼は見る。海中を泳ぐ深海棲艦。

 

『潜水部隊、攻撃開始!』

 

その声と同時に、ジャックは残った右腕に進化を促し、再び強靭で長いヒルに変えた。

彼を狙って突き進んで来る22inch魚雷。

身体を思い切り回転させ、右腕でそれら全てを薙ぎ払った。

 

『奴を探せ!』

『魚雷は!?』

『着弾せず!』

 

だが、海面に大きな揺れが。

 

『!?』

 

何本もの魚雷を抱えたジャックが、高い水柱を上げて海中から飛び上がってきた。

再び流氷の上に着地し、右腕を更に伸ばして回転させ、勢いを付ける。

そして、仮のリーダーを務めていた戦艦棲姫に狙いを定めた。

 

『グルル……グオオオオ!!』

 

ジャックの顔にムカデが這い回る。次の刹那、その瞳で標的を睨みつけると、

炸薬が詰め込まれた魚雷の束を、全力で叩きつけた。

同じく火薬が満載された彼女の16inch三連装砲、12.5inch連装副砲、その砲塔に。

 

『あっ……!』

 

と、彼女が声を出した時には全てに決着が付いていた。大ホッケ海が閃光に包まれる。

魚雷が直撃した戦艦棲姫の艤装が大爆発を起こし、周囲にいた深海棲艦を巻き込み、

彼女達が数珠つなぎのごとく連鎖爆発する。

その日、大ホッケ海に展開していた深海棲艦の残存部隊は、

謎の超爆発によって跡形もなく消え失せたという。

 

 

ツングースカ大爆発。

1908年6月、ロシアのポドカメンナヤ・ツングースカ川上流で発生した巨大爆発。

約2150平方キロメートルの範囲の樹木がなぎ倒され、

その破壊力はTNT火薬にして5メガトンに及ぶとされている。

爆発の原因は長きに渡って結論が出なかったが、

2013年の近年になってようやく隕石の落下が原因であるとの物証が発見された。

 

 

この世界でも、不可解な大爆発について調査が行われたが、

事件当日、当該海域で深海棲艦と交戦した記録はどの国にもなく、

隕石らしきものの落下も観測されなかったため、真実は闇の中に消えた。

……そして、誰も知る由がなかったが、最後の異世界の存在が消滅したことにより、

ほころびが生じていた世界の壁は、崩壊間際で安定を取り戻した。

とある人物のデスク引き出しに眠る特殊弾。そして北の海に沈む一振りの刀。

この小さな存在を受け止めるだけの余力を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□停止

 

 

俺はリンゴを一口かじると、殴るようにビデオデッキの停止ボタンを押して、

退屈で長ったらしい記録映像を無理矢理終わらせた。デッキがビデオテープを吐き出す。

固い椅子に座ったまま、長いことどっかのジジイの冒険物語を見せられてケツが痛え。

 

「ちょっとジェイク!まだ途中でしょ!?」

 

「こんだけ見りゃ十分だ。行くぞ」

 

荒野の真ん中にある、殺風景なB.S.A.Aの秘匿支部とやらから早足で出ようとすると、

シェリーや局員連中が慌てて追いかけてくる。

打ちっぱなしコンクリートの床が放つ足音が、やたら天井の高い鋼鉄製の屋内に響く。

 

「十分って何が!?コネクションへの手がかりだったルーカスが死亡した今、

あのテープをもっと精査しないと……」

 

「そのコネクションとか言うアホ共が、

そこら中に足跡残してたのに気づかなかったか?」

 

「足跡?足跡って何!」

 

「行きながら話す。乗れ」

 

シェリーにヘルメットを投げると、愛車のバイクにまたがった。

立方体のクリスタル型デバイスで現状を確認するが……間違いねえ。

 

「行くってどこへ?」

 

「連中のアジト、の一つだ。まだバレてねえと思ってやがる。多分殺し合いになるぞ。

俺が全部片付けるが、一応銃は持っとけよ。……ああ、それと確認しとく」

 

俺はうろたえる局員どもを指差して念押しする。

 

「成功したら今度こそ5000万いただくからな」

 

シェリーがシートの後ろに乗って、俺の腰に手を回した。

そして俺は胸ポケットから取り出したサングラスを掛け、

ツインマフラーの愛車にキーを差し込み、クラッチを切ってエンジンを爆発させる。

 

発進したところで最速ギアに踏み込むと、ブラックのネイキッドバイクが一気に加速し、

タイヤがむき出しの砂地を蹴り、疾走を始めた。

砂を孕んだ熱い風を受けながら、風にかき消されないよう、

大声で後ろの相棒に話しかける。

 

「なんでDSOのお前がB.S.A.Aの分析班とつるんでんだ!?それになんで俺だ!

いくら行方がわからないからって、全米ネットで俺の名前連呼するんじゃねえ!」

 

「バイオテロが地球だけじゃなくて、別の世界に及ぶようになった今、

新たな危機的状況に対処できる新組織の編成が国連で決定されたの!

国と組織の垣根を超えて、バイオハザード鎮圧のプロや“経験者”を募ってる!

私の場合はそのテストケース!お願いジェイク、あなたも参加して!」

 

「やりたきゃ勝手にやれって言いてえところだが……お前放っとくとドジこきそうだ。

報酬次第だって上に言っとけ」

 

「……ジェイク」

 

腰に回った手に、わずかに力が入る。

俺は更にアクセルを吹かし、人馬一体の風となって、

標的を目指し荒野を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

……以上が、ジョー・ベイカーの物語の結末である。

バイオテロは、争いとは無縁の一般人にも無慈悲に襲いかかる。

それでも過酷な運命を跳ね除け、生還を果たした者達がいる。

ジョーもそのひとりだった。そして、彼と家族に起きたような悲劇のない世界を目指し、

バイオテロとの戦いに身を投じる者もまた存在する。

その英雄達が生きている間にバイオテロが地球上から根絶される日は、

もしかしたら来ないのかもしれない。

それでも、ジョーが示したような勇気が人の心から消えない限り、

後を継ぐ者は必ず現れる。

ヒーローは、そう、死なないのだ。

 

 

 

 

 

「艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil」

Joe Must Die 《再生終了》

 

 

 




Last Tape; 未再生部分


──2017年 どこかの並行世界


よいしょ。よいしょ。この坂にはいつも一苦労させられます。
昔はとっても力持ちだったのに、歳は取りたくないものですね。ああ、やっと着いた。
白い小さな一軒家を見上げます。

終戦後、国連決議で私達艦娘を縛り付けていた悪法が是正され、
艤装の返上を条件に、私達にも人間と同等の人権が認められるようになりました。
おかげで、すっかりお婆ちゃんになった私には、二人の子供と孫が一人います。
数年前に夫に先立たれてからは一人暮らしですが、娘夫婦の家が近所にあるので、
こうして時々遊びに来ています。

インターホンを鳴らしますが、応答がありません。中からは物音が聞こえるのだけれど。
仕方なく小さな鉄の扉を開けて、玄関のドアを叩きます。
やっぱりうんともすんとも言わないので、ドアノブに手を掛けると、
開いてしまいました。もう、不用心なんだから。
勝手に中に入らせてもらうと、奥から声が聞こえます。

「あーくそっ!またタイムオーバーだ!スワンプマン強すぎて間に合わねーよ……」

まったく、うちの孫ったらテレビゲームばかりなんだから。
私の若い頃は、寒くなるとみんな喜んで、暗くなるまで外で遊んでいたものだけど。
リビングに入ると、テーブルにいろんなゲームソフトがいっぱい。
そのうちの1つを手にとってみると……
真っ赤に血塗られた背景に、黒だけで描かれた不気味な顔。
あらあら、このゲームは18歳未満は買っちゃいけないのに。
今はネット通販で誰でも何でも買えちゃうから困るわね。

「あ、赤城ばあちゃん来てたんだ。母さん達ならまだだよ。もうちょっと待っててよ。
僕、エクストリームチャレンジで忙しいから」

孫の隣に腰掛けて、さっきのゲームを眺めてみます。
そのタイトルを読むと、懐かしい思い出。そっとブルーのパッケージを撫でます。
あの人は在るべき世界で、幸せな人生を送ることができたのかしら。

「ああっ、あと10秒あれば行けるのに!……え、ばあちゃんゲームできんの?
まあ、いいけどさ。僕、疲れた。ちょっと見てるよ」

孫からコントローラーを受け取ると、私は“彼”を操ってB.O.W退治に繰り出しました。
まずは持ち物を確認して、足りないものを持ち出すために一旦引き返しましょう。
小屋に入ると、懐かしい箱。そう、大きくて緑色をした、なんでも入る魔法の箱。

「そっかー、ショットガン使う手もアリかもしんないね」

赤茶色に錆びた船の中をどんどん進みます。
やっぱり彼は拳だけで化け物をやっつけていくわ。

「へー、そんなとこにショットガンの弾落ちてたんだ」

それで、とうとう彼は姪を助けるための薬を手に入れるんだけど……
あらまあ、そんなに叩いたら機械が壊れるわ。
あの頃、明石さんが不機嫌だったのは、きっとこのせいね。
薬を手に取ったら、突然後ろからスワンプマンに襲われたの。
ああ、船の床に叩きつけられて痛そう。

「こっからなんだよなー。
ばあちゃん、右上のタイマーがゼロになる前にそいつ倒せる?」

さあ、B.O.Wの親玉との直接対決。ここはショットガンで慎重に頭を狙うのよ。

「すげえ!3発当てればさっさと1段階目のイベント攻撃にたどり着けるのか~」

あとは彼次第。さあ、姪御さんを助けるために頑張って。
私にできることはL2とR2、そして2本のスティックで貴方を導くことだけ。
……まあ大変血だらけ。そこに薬があるわ。もうひと頑張りよ。
貴方の猛攻に耐えかねてスワンプマンが膝をついたわ、とどめを刺して。
彼はスワンプマンの後ろに回ると、その頭を掴んで強引に回して首を折ったの。
さしものボスキャラもこれにはひとたまりもなかったみたい。
右上のタイマーは……ギリギリセーフ。上々ね。


──ざまあみやがれ、フゥー!


彼が大の字になって倒れるスワンプマンを指さして、高らかに勝利を宣言。
孫も彼と同じように大はしゃぎ。

「すげえよ、ばあちゃん!これでエクストリーム全クリだよ!
やっと“ムラマサ”ゲットだぜ!」

ムラマサ。……そう、そうだったのね。
孫にコントローラーを返しながら、湧き上がるような思い出に浸る。
ここで、私達はつながっていたのね。世界の壁を乗り越えて、手を取り合って。
だからこそ巡り会えた。例えもう会うことはないとしても、離れ離れなんかじゃない。
私は真っ赤なジャケットのゲームソフトをもう一度手にとって呟いた。

「イーサン、ジョー、……大好きよ」



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