勇者という大役を持って生まれた君へ (アドライデ)
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カミュ編

 

 彼奴を初めて見たとき、とても頼りないと思った。勇者は不幸を呼ぶ悪魔の子と呼ばれ、大国という強力な組織から追われる羽目になった。信じていたものに裏切られたのだ。

そのお陰で自己の立ち位置が曖昧になり、捨てられた子犬のようにフワフワと彷徨っている。

何を信じたら良いのか分からなくなったのだろう。差し出された手を必死に掴んで、グッと耐えているそんな様子が窺い知れた。

 

「自分の居場所なんて、誰にも分かるわけねーよ」

 カミュも定住はなく相棒(既にコンビは解消している)と共に点々と旅をしていた。何をしても虚しさだけが心を支配し、それを振り払おうと盗みを繰り返していた。今回もその虚しさを埋めるべく、大物を手に入れようとしてちょっとしたミスで捕まり、監獄へ落とされた。その後、脱獄を企てていた時に勇者を名乗る少年と出会ったのである。

 

 その危なげな勇者はあんな事があったにも関わらず、呑気にスヨスヨと寝息を立てている。寝顔からは何を思っているのか読み取れなかった。

脱獄後に寄ったあの村の大惨事は、何も知らないカミュ自身の心にも突き刺さるような酷さである。家に形は皆無、そこに住んでいたであろう村人は姿形もない廃村と化していた。そこまでするかと、エゲツなさが漂う。生前の村がどんなだったのか、皆目見当がつかないぐらいだ。

 唯一の情報はカミュの言葉を疑うことすらせず、ノコノコとついて来て、寝首をかかれても文句は言えないこの状況で、眠っている彼だ。そんな純真無垢に育っていることを鑑みて、その環境が如何に愛に満ちていたか、捻くれて育ったカミュでも分かる程、温厚で優しい人達だったのだろうと想像が付く。

 

「結局、泣かなかったな」

 呆然と何処を見るわけでもなく、滅びた村を眺めている時も、残された建物にかつての面影を見つけた時も、ただ無表情に立ち尽くしているだけだった。受け入れられていないのか、はたまた覚悟していたのか。

 

 出会ってそんなに月日が経ってないが、彼の心の強さを見た気がした。確かに不安そうにフラフラと彷徨っていて頼りないが、絶望を突きつけられたはずの瞳は死んでいなかった。真っ直ぐにこちらを見つめ協力を仰ぐその瞳は、人を魅了する程、硬い意志を持っていた。

 

「あのヤローに言われた言葉も気になるしな」

 彼と会う前に言われた預言者の言葉も気になる。彼が本当に勇者ならば、助けた恩恵で救われるはずである。本当に? 一体どんな手段を使って? 手元にある赤く煌めく玉は元々カミュ自身が手にれたいと思っていたものである。偶然の一致か、はたまた…。今、その予言の通り彼と共にいる。

 

「しょうがねー。もう少し、付き合ってやるか」

 カミュは焚き火に木を焚べ、寝に入る。この商人や旅人のために建てられた聖なる場所では何故か魔物が寄ってこない。油断はしないが、寝ずの番をしなくて良いのは楽だ。

 

 もう一度、既に寝ている彼を垣間見る。

完全に熟睡していることにまた頼りなさを感じつつ、堂々としているその様もまた大物なると感じているのも確かだ。共に行くと決めた時点で、すっかりカミュも彼に魅入られた一人になってしまったのかもしれない。

 

「……バカらし」

 変なところまで想像してしまった思考を断ち切り、樽を背にして目を閉じる。

 

夜空には無数の星が煌めいていて、焚き火の煙が天高く上っていく。まるで一本の道筋を示しているかのように…。

 

END




レッドオーブを手に入れた後。


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マルティナ編

 

 高貴な塔の上。暖炉の火に照らされながら、スヤスヤと腕の中で眠る赤子を見つめていた。

「この子は勇者なの?」

 抱いている母の指をキュッと握ったままの赤子の手には、見慣れぬ痣がある。それは一種の紋様のようであり、これこそが勇者の証と言われている。

「そうよ」

 優しく見つめるその瞳は優しさと愛情が溢れているが、それ以外にも複雑な思いをも写し、揺れている。

「勇者ってなあに?」

「古の言い伝えでは、闇を打ち払う存在。人々の希望…」

 今、世界は平和である。世界の国々の王が会合に集まり、永続的不可侵条約を結んで久しい。大きな争いもなく、魔物の脅威も兵士により抑えられている現状。とある一国が滅んでから久しい。沈黙する闇が徐々に燻っているそんな予感がする。

「この子が大きくなった時、世界はどうなるのかしら」

 精霊が、大樹が、この子を必要としている。選ばれし子。選ばれてしまった子。人々は警戒するであろう。この子のために我々ができることは、未然に防ぐことである。戸惑いながら夫婦二人で、全世界の王達にこのことを明かすことに決めた。いざという時、この子の負担を軽くするために全力を尽くそう。

「大丈夫よ。私お姉ちゃんになるんだもの。ちゃんと、護るわ」

 同じように赤子を見つめていた少女は立ち上がって、トンと胸を叩く。

「…マルティナ」

「エレノア様は私のお母様になってくれたもの。弟の世話は姉の仕事だって教わったわ」

 少女…マルティナには母がいない。体が弱く、マルティナが幼い頃に亡くなったのだ。寂しさを押し殺していたマルティナに、異国の好憂国の王妃であるエレノアが手を差し伸べたのだ。

『同一になることは叶わないけれど、母と思って、甘えて欲しいわ』

 その言葉にどれだけ救われたか、分からない。時折しか会うことは叶わなかったが、訪問時と来訪時の際に、必ずマルティナとの時間を作ってくれたのである。

「ありがとう。息子をよろしくね」

「うん!」

 和やかな会話が繰り広げられる。そうこうしているうちに晴れていた空は急激に曇り、パラパラと雨が降り始めた。そして、この国の終わりを迎える。

 

 

 

「姫、姫や」

 ハッと目を覚ます。どうやら、時間を持て余しているうちに寝てしまっていたのであろう。まだ、重い頭を振り覚醒を促す。

「ロウ様、申し訳ありません。うたた寝してしまいました」

 同じように寛いでいたであろう老人…ロウに謝罪する。

「かまわんよ。起こすのは忍びないと思ったんだが、魘されておったのでな」

 出発にはまだ時間はあると笑みを見せてくれる。悪夢、悪夢だったのだろうか。とても懐かしい優しい夢。

「…ありがとうございます」

 起き上がり乱れた服を整える。

 

 悪夢なのは、今見た夢の先。魔物が押し寄せ、全てを破壊した所だろう。

いや、約束を果たせなかった。弟として彼を護ると豪語したにも関わらず、託された揺かごを手放し、流されるのを見送るしかできなかった。消息不明となったエレノアの息子。あの平和な夢の中に映る、無知で無力な自分の姿が苦しかったのは確かだ。

「………」

 思わず彼の名を呼ぶ。普段は呼べない、呼ぶことが憚れる。彼の名前を聞くと辛くなるのはマルティナだけではない。彼女以上に肉親であるロウの方がより一層辛いはずである。

その彼に助けられた命。恩返しでロウに全てを捧ぐ一心である。

「辛いか? 本来なら姫であるお主がな」

 首を横に降る。後悔はしてもし切れない。涙は十六年前に置いてきた。

「父に捨てられた身。今の状況を選んだのは私です」

 何度繰り返されたであろうやり取り、遣る瀬無い思いは多くあれど、謎がほんの少しずつ解かれてきた。絶望しかない中での希望。母であるエレノアの死を無駄にしない。

「しかし、お主の父は…いや、そうだったな」

 例え、国王である父が闇の存在に操られて、今正気ではないにせよ、マルティナがもう国へは戻れないのが現実。ロウと共に歩める事の有り難さが身に浸みている。マルティナ一人では疾うに朽ちていただろう。

「さぁ、行きましょう。あの景品は取る価値があります」

 手に嵌めたグローブを締め直し、強気の笑みを浮かべる。前に進むしか道がないのだから。そんなマルティナに、何も言わず同じように笑みを返して腰を伸ばすロウ。

この優しい瞳はエレノアに良く似ている。

 

END




仮面武闘会出場直前。


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ベロニカ編

 

「………」

 熱で魘されている彼の顔を拭いてやる。まさか、倒れてしまうなんて思わなかった。ベロニカとセーニャは高い山育ちだったし、麓に降りるにはこの過酷な雪原をよく利用してしたので、慣れっこであった。

暖かい地域の城育ちであるマルティナ曰く、結構肌に突き刺さる寒さで、体を動かしていないと直ぐに凍えそうと言っていたから、暖かいところに住んでいた彼も同じかも知れない。

「何があったのよ」

 魔女が彼を半分以上凍らせていたところは見た。慌てて魔法をぶつけたから良かったものの。氷漬けにされるところだった。

あの吹雪の中、彼と逸れて慌てるも、音がかき消されて、どこにいるか分からない状況だった。彼以外と逸れなかったのは奇跡に近いかも知れない。いや、もしかすると誰かが意図的に逸れさせたのかも知れない。そんなことができるのは、城ごと城下町を氷漬けにしたあの魔女だけだが…。動機は…。憶測だけでは何も分からない。恨みの気持ちが先行して思考がまとまらない。

一度、頭を横に振り、思考のリセットをかける。彼は相変わらず懇々と眠っている。

 

「大丈夫って聞いたときは、頷いてたくせに」

 自身が勝手にそう思ってしまったのかも知れないけれど、倒れるまで寒さを訴えることがなかったことには、責めたい思いである。

「そう言う状況じゃなかったかも知れないけど」

 確かに色んなことが一気に起きた。ベロニカの中でもまだ整理し切れていないのは確かだ。でも、そうじゃない。そんなことを言いたいんじゃない。気付けなかったことが悔しかったのだ。だって、双子の姉妹が彼のそばにいる理由は、終始彼を護り、安全に導くためだ。

「あたしは治してやれないのよ!」

 同じ世界樹の葉から二つの生命が生まれたことで、能力が二分化された。妹のセーニャは回復魔力に、姉のベロニカは攻撃魔力に特化した性能を持つ。だから、敵にダメージを与え蹴散らすことはできても、傷付いた体を癒すことはできない。

 

「はぁー。ヤになっちゃう」

 ちゃんとセーニャが傷と熱の治療をしているのに自分ができることがないかと思ってしまう。今ほど子どもの体であることが恨めしいと思ったことはない。悔いるなんて自分らしくない。何故こんなにも焦るのだろう。

 

 皆はこの小屋を貸してくれた人と今後についての話し合い、確認作業と策を練るために一度外の様子を伺いに行っている。何故か行く気が起きなくて、彼を見ていると言った。

皆に驚かれた、特におっとりしているのであまり驚くことのないセーニャが、目をまん丸にしていたのが、印象的だった。

 

 何でかな。目が離せないのよね。色んな加護に護られているはずの勇者。でもそれはとても危ういものなのかもしれない。

誰かが、皆が護らなければ直ぐに朽ちてしまうようなそんな儚さが何処かにある。

 

「どんな事があっても光は滅ぼさせはしないわ」

 賢者の生まれ変わりが二人である役割。良いわよ。受けて立とうじゃない。

彼は儚い、でも何にも負けない勇気と光がある。

諦めの悪さも天下一品だ。

 

「だから、最後まで付きまとってあげるんだから、覚悟しなさいよ」

 小さい手ではやはり摘みにくいと思いながら彼の鼻を摘む。眉を潜めるも先程の苦悶の表情は和らいだ。

もう大丈夫だろう。

ベロニカは一人、誰にも見せないであろう優しい笑みを浮かべた。

 

END




氷の国のあたり。


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ロウ編

 

 今は亡き王国ユグノア。この地に孫を呼び共に旅をして、どれぐらいの年月が経ったのであろうか。キラキラと光り輝く姿に目を細める。

 

 孫に初めて両親を紹介した時、少しキョトンとしていた。まぁ無理もないだろう。

まだ、生まれたてで首がようやく座った頃に、あの事件が起きたのだ。記憶に残っている方が可笑しいと言うものよ。

不幸なことに顔すら知らない両親は既に他界している。そんな残酷なことを告げねばならない。

幸運なことに孫が育った環境は、とても恵まれており、真っ直ぐな意思のまま優しい子に育ってくれていた。ロウ自身のことを唯一の血の繋がりのある者として語ると、今は亡き養祖父のようだと嬉しそうに受け入れてくれた。

 

 良くぞ生きていてくれた、良くぞ生きていてくれた。影で、何度嬉し涙を流したことか。

孫自身の実感はまだ薄いだろうが、今の家族が側に居ない寂しさがある。ロウと言う家族が増えた事は純粋に嬉しいのだろう。何度か辿々しいながらも声を掛けて気遣い、親しみを持ってくれる。

 

 十六年前の惨劇はロウのみが生き残り、原因解明と言う名の復讐以外の思いが描けなくなっていた。この孫の生存は、疲弊していく心を止め、癒してくれた。魔物により滅ぼされたユグノアの城を行く末を語る意味を見出せるようになった。

 

 あの事件は城一つ滅びる悲惨なものであった。魔物の大軍は老若男女、人も家も関係なく破壊尽くした。生き残れたのは逃げ延びたことを期待し後を追いかけたロウと、グレイグが助けに来ただろうデカルタールの王、直属の近衛兵に守られたであろう各種の王ぐらいだろう。

アーウィンはエレノアを助けるために犠牲になり、エレノアは息子とマルティナを助けるために犠牲となった。奴の陰謀か、何故かアーウィンの魂は現世に止まり、踠き苦しむ。

何もしてやれないことに悔いる。

 

 しかし、孫のお陰で娘夫婦エレノア、アーウィンは心穏やかに旅立ってくれた。久し振りに聞いた我が娘夫婦の穏やかな言葉。

孫もロウやマルティナのような当時を知る人物からしか聞けなかった彼の父の勇姿、それを間接的に知る事ができたらしい。

元々正義感が強かった勇者の意思を、親から託された愛情を強く受け継ぎ、真っ直ぐに上を向く様は絶望の中でも一際に輝き、とても勇敢に見えた。

振り返り微笑む姿はまさに勇者、お礼を言うのはこちらの方だ。辛いながらもよくぞ此処まで来てくれた。

 

「お前は、わしの自慢の孫じゃ」

 

 どんな絶望にも屈しない強き心の持ち主。

何度も言おう。

 

生きて居てくれて本当にありがとう。

 

愛しの孫よ。

 

END




ユグノアの城跡にて…。


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セーニャ編

 

 竪琴を奏でるは悲恋の歌。もう二度と会うことのない亡き恋人への弔いの歌。

 

 何故彼女であったのか、何故気づく事ができなかったのか。何度自己を責めても彼女は帰ってこない。

知りたくなかった双子の意味を恐れていたことだから、考えないように考えないようにしていた事が、今に繋がったというのなら、何て理不尽なのでしょう。もっと、早くに悟っていれば、私が代わりに朽ちて行けたのに…。とんだグズです。

 

 ゆっくりと近づいてくる足音に演奏をやめ、セーニャはゆっくりと振り返る。そこには何も言わずにこちらを見ている彼がいた。

 

 ねえ勇者様、あなたは此処まで悲劇を眼にしても、真っ直ぐに前を向いていられるのですか。諦めずにいられるのでしょうか。涙を流さずに済むのですか。

 

 空を見上げれば、世界は闇に落ちたというのに、月はまだ尚、空に輝き、星々は瞬きを繰り返す。何事もないかのように…心だけが暖かく燃える。そう、姉ベロニカのように熱い炎。

 

 あぁ、そうでした。お姉様も諦めの悪い方でした。だから、今があるのですね。今世界は滅びに向かっています。命の源である大樹が堕ち、人々の魂は大樹に戻るすべを失っています。

ここで諦めてしまったら、それこそ世界は終わりを迎えます。何の手がかりがない今、その意地さえなくなってしまうと、本当に今生きている人々すら守れなくなってしまいますね。

 

 流れ落ちる涙は止まることなく湧き出てくる。それでもセーニャは俯くことなく真っ直ぐに前を見る。暖かで力強い彼と目が合う。

 

 賢者セニカ様の生まれ変わりである私達は勇者の側にいる定め、彼女もまた勇者を愛し共に守り戦うことを選んだ。彼が前に進むというのなら、その守護者である私達がその場に止まるわけにはいかない。

そう、不躾な疑問でした。

 

 勇者様は勇者であるからこそ、希望を失わない。勇者と言う名は、今までの歴史の中で根強く残り、希望となる。その力がないのならまだしも、その期待に応えるすべを持っているのなら、皆を裏切ることはできない。それが勇者様なのです。そう、彼は目に見える希望であり、進むべき道を照らしてくださる光なのです。その光を照らし続ける為にお姉様も私も此処にいるのです。

 

「有難うございます。残された私がすべき事が見えて来ました」

 

 勇者の光を増やすのです。一つ一つは小さくとも複数集まる事で増幅しより強い光となりましょう。勇者様が真っ直ぐに進むべき道を照らしてくださるのなら、私はその光で周囲を見渡せる鏡となりましょう。視野が広がれば、可能性もまた増える。

 

 癒すことしかできなかった私の強き思いを思い出しました。勇者様と共に入れることを感謝します。

 

「夢を追い、時を駆ける。勇気と希望があれば、空はまた明るく、大地を照らすだろう」

 

 静かに紡がれる歌は竪琴の音色に合わせ、力強く響く。

 

 

END




乗り物を手に入れるちょい前。
この衝撃は忘れられない。


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シルビア編

 

 皆が寝静まった夜。シルビアは眉を大層に寄せて渋い顔を作っている男に話しかける。

「もう答えが見えているのに何をためらっているのかしら」

 男は相変わらず答えない。明日はもうリベンジすると言うのに…。シルビアはビシッと指差し、眉間のシワをグリグリする。

「あの子が強いのは皆から、愛をもらっているからよ」

 

両親からは勇気と光を

育ての母と幼馴染からは諦めない心を

 

「勿論、アタシ達仲間、皆彼をサポートし上まで上り詰められるように、力を貸したわ」

 シルビアは語る。彼への思いを…。

 

何故、力を貸したのか?

 

「その答えは簡単、彼だから力を貸したのよ」

 

 皆がそれぞれの思惑で仲間になった。

きっかけは、勇者だからってのはあると思う。シルビア自身、面白そうが半分、後の半分は目的が一緒だったってだけ。

 

 でもそれは些細なこと、こうやって彼のそばにいるとね。暖かくなるのよ。

勇気を出して良かったって、彼の思いを汲み取って実行して良かったって、頑張って正解だったって、思えるのよ。

これって凄いことよね。

 

 人って自分が有利に立ちたいばっかりに、踏み躙ったり、蹴落としたり、ダメだって分かっていても、しちゃう時ってあるわよね。

案外簡単に地の底に落ちる事ができちゃうの。

そして、良いことをするのって、物凄い労力がいるわ。生半可なことじゃ返り討ちにされちゃうもの。

己自身を磨く、とても痛いことだわ。だからこそとても美しく輝けるの。

 

 そう歯を食いしばって、血の汗を流して、皆が一つになったから、此処まで来れたのよ。

敵の思惑を見抜けなかったアタシ達は、術中にはまり、伝説の剣が奪われ、全てが地上へと落ちてしまった。モンスターが狂暴になり、敵が蔓延り、多くの犠牲者が出た。

 

「ほら、気付かなくて? 何時の間にか、理由なんかいらないほど、皆共にいたい、失いたくない存在になっているでしょう?」

 

 最後の希望とか、勇者ちゃんを守る使命とか、自分自身のためだとか、はじめは一杯言い訳があったのよ。

でも今はね。彼が多く助けてくれたから、人間だもの完璧には無理だったけれど、前を向く勇気が湧いている。

ねぇ、アタシ達が希望を失わずに済んでいるのは、何故かしら?

ほら、答えはもう目の前にあるじゃない。

 

「だから、貴方もちゃんと自覚しちゃいなさい」

 シルビアはウインクを男に飛ばし、投げキッスを送る。キッカケはあげた、後は自覚するのみである。

 

 勇者の盾とか、償いとか、雁字搦めにならずにリラックス、リラックスよん。

 

 

END




終盤
追記:シルビアの一人称間違えてました。orz


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最後の仲間編

 

 あぁ、勇者というものはこれほどまでに強いものなのだろうか。

グレイグがゆっくりと跪き、到底許されぬことをした非礼を詫びる。どんな仕打ちを受けても文句は言えない、それこそ死して償わなければならないことだ。

しかし、彼のとった行動は手を差し伸べることだった。こちらへの許し、尚且つ協力要請だった。仲間として、共に行くことを願ってくれたのである。

 

 グレイグにとって許されるならばと言う償いの機会を最も好条件で与えてくれたのである。何ということであろう。

言葉に言い尽くせず、感激を通り越し戸惑いすら覚えるぐらいである。

 

 何故だと問うと『人を恨んでも意味がない』と言う意味合いに言葉が返ってきた。深く咀嚼すると見えてくるペルラとの旅立ち時の会話だ。成る程、全てはウルノーガの術中にはまったグレイグを責めても、元を断たねば確かに意味はない。いいように利用されていた我が身が憎い。何と盲目であったのだろう。

後戻りできぬ今、全力を持って盾となる事を改めて誓おう。

 

 皆が勇者であるが故に、最後の希望として命を推して守る。それが彼にどれだけの重圧をかけているか言葉にせずとも、苦しいのが実情である。

年端も行かぬ子どもに運命を任さなければならないとは、グレイグが同じような年の頃、部隊に所属して王のために強くなることだけに懸命になっていたように思う。

 

「またその話? 真面目過ぎて逆に頭が痛いわ」

 使えている王の娘マルティナは、長らくの間城を離れていた。ロクに詮索もせずにここまで放置していたグレイグに取って、その辺りは弁解もできない耳の痛い話ではある。しかし、マルティナ本人は、主に忠実であった故に盲目であることを知っているからか、グレイグの謝罪に『今は気にしていないわ』と軽く流されてしまった。

「堅いわ。だから面白くないと言うのよ」

 すっかりじゃじゃ馬に育ったマルティナは、高貴な者が行かないであろう場所も平気で行く。慎みをと注意すれば、呆れたようにそう返された。

 確かに冗談の一つも言えぬグレイグは面白い存在ではないだろう。その様子は勇者の態度でも分かりだした。盾になると決めて長らく旅を続けていたが、仲間が増えるごとに硬かった表情が徐々に柔らかくなって行くのが見て取れる。グレイグは哀愁すら出すことを許していなかったと言うことだろう。物理的な盾のみに執着していたと言うことだ。

 

「だから、貴方もちゃんと自覚しちゃいなさい」

 ゴリアテが額を指で弾き、考え込んでいたグレイグに発破をかける。

 

そうだな。

皆が言う希望は確かに勇者である。だが、彼一人が背負う業でもあるまい。英雄という大それた名誉を頂いたグレイグもまた、希望の一人になり得たという自負の元、最後まで力になろう。

 

END




こっちも終盤


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主人公編

揺るがない決意。


 

 人の記憶というものはとても曖昧で、凄く危ういものらしい。鮮明に記憶しているつもりでも、時の旅を終えた後の記憶はとてもフワフワしていた。

 過ぎ去りし時を求めて、ここまで来たというのに、そのことが起こってそうだったと思い出す始末。何とか、一番重要な使命だけは果たせて、首を傾げつつも笑う彼女の姿を確認できたことに安堵する。

 

 しかし、これが限界だった。もっと過去、それこそこ魔王が、ユグノアを、バンデルフォンを、滅ぼす前に戻れたら、両親は死なずに済んだだろう。例え戻れたとしても、運命を変えれる力は赤子にはない。それが残念で仕方がない。

記憶にない両親のことはあまりピンと来ていないのだけれど、祖父の悲しみを見るとそこまで時が戻れば良いのにと思うのだ。

 

 巡る旅の中、二度目の父の元に行く。また、父の旅立ちを見送る。救える力があると言うのに、残念でならない。今も暖かい愛情は育ての母を通してでしか実感できないのだから。

ごめんなさい。愛してくれてありがとう。

あなた方の息子で幸せです。

 

 また、旅をしていると仲間の言動が少し面白い時がある。

時を壊しても一度溜めたものは、何処か破片とともに散らばっているようで、時折、あるはずのないデジャブが襲うようだ。何故そう思うのかと言うことを説明していない。あそこまで反対された行為を押し切ってここにいる。本当のことを話せはきっと怒る。

それでも、彼女に、皆に生きて欲しかった。渡しそびれた種を見る度に切なくなっていたから。

 

 暗黒の太陽が舞い降りた時から、世界を回ると、一つ一つが自身の知っている過去と相違することも、少し似通ったこともあった。されど違うものでも良き結果へと導かれている気がする。

殆どの人がまだ犠牲になっていない。人の、仲間の涙ももう見なくて済む。自身の未熟さを呪わなくて済むのだ。

 

「なんか最近変わった?」

 

 怪訝そうに見られても、まさか時を壊して遡ったまでは想定できないだろう。首を傾げ、曖昧に笑えば、「変なの」と言いながら、追求を諦めてくれる。

知っていることも多々あるが、想定外の事態は今現在起きている。サマディールの砂漠に浮かぶ黒き太陽がまさにそれである。

今まで以上に魔物が強くなり、町々を幾多にも襲っているのだ。あの時のような、多くの犠牲を出す前に止めなければならない。

まだ、大樹が枯れずに世界を見守ってくれている。せっかく良い方向に向かっているのだから、誰も死なせたくない。

 

この紋章にかけて…世界を救う。

 

 これがあの時に置き去りにしてしまった大切な人達への償い。

一人では何もできなかった。絶望の中、皆が支えていてくれたから、命を推して護ってくれたから、最後までこうして前を向いていられる。

 

 手に入れた剣を額に付け、騎士の真似事をする。誓う相手は見えることのない大樹か、目の前の人々にか。

 

諦めない思い。

必ず多くの人々が安堵できる世界へ。

 

これがこの世界の勇者の使命。

 

END




後書きと言う名のプレイ感想。がっつりネタバレ。


一言で言うと最高でした。
まだ脇道の細かいことはできてない亀プレイヤーですが、メインストーリーだけでも十分引き込まれました。
全キャラ好きですが、出会い頭にマルティナさんに心奪われた一人です。


ロトシリーズに繋がる話ということなのですが、いまいち聖竜とルビス様の関係とかそういうところが消化できていません。
そんなことよりも、聖竜は闇に心を奪われ竜王になっちゃうかも〜ってことを示唆したかったんですかね?
過去の魔法使いさんみたいにいつでも誰でも闇に落ちる事があるよ!
って、言いたかったんでしょうかね?
時間を弄る世界観は本当にどう解釈していけば良いか悩みます。

これから何れ妄想や自己解釈して、個人的なロトシリーズに繋がっていけたら良いなとは思います。
ここまで付き合いくださりありがとうございます。

最後に、この世界観を生み出して下さりました本家ゲームに感謝いたします。有難うございました。

そして、ここまで読んでくださった皆様、お気に入りにして下さった方にもお礼申し上げます。
この度は当小説をお読みいただき有難うございました。

アドライ


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