生まれ変わって、こんにちは (Niwaka)
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ここは魔法のある世界
01. 異世界(?)転生したらしい


◇◆◇ ◆ ◇◆◇ 

 

 目まぐるしく移り変わる状況が落ち着いて、よくよく考える時間が増えるにしたがって気づく。私、転生したんじゃね? って、ね。記憶がさ、あるんですよ。ミレニアムを超えて十数年、昭和に生まれ、平成の世を謳歌した日本人女性の記憶が。

 

 聞こえてくるのは英語っぽくて、今度は外国生まれか~、とか。クチャクチャじゃなくてカタカタしてるからアメリカじゃないな~、とか。ネイティブ・イングリッシュ・スピーカーやね~、なんて思ってたんだけど、……何となくの違和感。生活レベルの水準が妙に古臭いんだよねえ。

 

 いやあ、さすがに中世とか言い出さないけど、テレビとかパソコンとか影も形もないし。間接照明って云えばムーディでおしゃれだけど、夜は何だか全体的に薄暗いし。蝋燭とかランプとか現役ですよ、奥さん。

 

 過去に遡っちゃったのかな~? でもなあ、なんか微妙に違うんだよねえ。飾ってある絵とか、ビデオだったっけ? ってくらい動くし、ニコニコ私をあやしてくれちゃうんだよねえ。

 ホログラフ? 3Dか? 意思疎通可能って、何それハイテク。

 

 ――うん、異世界転生だったみたい。

 

 だってさ、魔法だよ! 魔法! 指揮棒(タクト)みたいな棒振ってむにゃむにゃって恥ずかしげもなく唱えて、不思議現象巻き起こしてるなんて、びっくりだよ!

 

※※ ※ ※ ※※

 

 あやされてた片言(カタコト)の英語を覚え始めた頃、私の世話をしてくれてる壮年の男性と女性が、両親じゃなかった事実が判明した。

 

 ダディ、マミィって一生懸命呼びかけても微妙な表情だったので疑問に思っていたら、言い聞かされたのだ。っていうか、愚痴られた。男性は私の母親の兄で、女性はその奥さん。私の母親は私を産んで間もなく亡くなったそうだ。

 

 まあね、少年が一人、たまにのぞきに来ていて、兄かな~って思っていたんだけど――キミはどこの子? なんて訊ねられればさ。妹に向ける関心とはちょっと違うな~とかね。いやいやこのあっさり加減はこの家族の特徴なのさ、とか、いろいろ考えてたりしたんだけど。判明してみれば納得。伯父(母の兄)伯母(その妻)と従兄じゃ、家族愛も、あっさりな親戚愛止まりって訳だ。

 

 実はうっすら引き渡されたっていうか、預けられたって覚えはあった。でもね、赤ん坊なんて活動時間短いし、ぼんやりな記憶だから、はっきりしなかったんだよねえ。

 

 

 で、父親はどうしたか、というと、なんか育児拒否っぽい。

 

 母親が亡くなり、葬儀だなんだとバタバタして、幼い子供たち(兄姉がいる。なんとな~く覚えてる)の世話もあり、赤ん坊まで手が回らない。実際、泣きわめく私は放置気味だった。まあ、育児拒否はオーバーにしても、まともに育てられないだろうと、伯父が見かねて預かった。と、いう次第のようだ。

 

 態度とかはあっさりだけど、いい人たちだよ。伯父さんも伯母さんも。もちろん従兄も。しっかりきっちり世話されてるし、何の不満もございませんとも。

 

 よく聞く外国人特有の過度なスキンシップとかないし、親バカとか欠片もないけれど、お乳(ミルク)下の世話(オ ム ツ)も過不足なし。っていうか、泣けばすぐ来るし、洋服だってちゃんと可愛らしく清潔な女児用が準備されてる。従兄だって陰で虐めたりなんかしない。顔を合わせればあやしてくれるし、抱っこしてくれたりする。

 

 うん、ホント、何で彼らが家族じゃないんだろう。

 

◇◆◇ ◆ ◇◆◇ 

 

 1歳の誕生日に父親がやってきた。

 

 姉兄たちも一緒だ。

 

 小学生くらいの女の子が一人に、同じ位の年頃の双子の男の子たち、の三人だ。末っ子の私を入れて四人姉兄妹かな? と思っていたら、さらに上に二人いるらしい。六人兄弟だって、多いね! とか驚いていたら、この三人はなんと三つ子! 一番上に姉、次が兄、三つ子がきて、私なんだって。 三つ子って! すごいよ、双子よりもすごいよ!

 

 びっくりしすぎて、心の中では大興奮。たぶん見た目は呆然の態だろう。三つ子ショック! ほぇ~と感心していると、伯父さんと伯母さんが催してくれた心づくしのお祝いの後、どうにも当たり前のように帰って行った。うん、帰って行った。

 

 大事な事なので二度言ったけど、帰って行った。

 

 ――三回言っちゃうくらいびっくりしたよ。私また置いてきぼりだよ! 何これ、私ここの家の子になるの? 伯父さんも伯母さんも、そんなつもりはないみたいで、困惑してるんだけど! 私も知らされてないって云うか、そんな気配は微塵もないんですけど!

 

 伯父さんの名前はアルフレッド・ギャヴィン、伯母さんはクレアさん、良くあやしてくれる従兄はダニー――ダニエル。上にもう二人居て、ナッティーとマギー。兄姉だけど何歳上だとか、どういう順番とかはわからない。全寮制の学校に行ってるみたいで、顔合わせたのはちょっとだけだし、会話から聞き取った情報だからね。

 

 

 とか思っていたら、半月くらいでまた父親が来た。三つ子の姉兄たちも一緒だ。

 

 父親はジョージ、兄たちはアーニィとアーヴィ、姉はオーリィだって。

 紹介とかは一切なくて、ダニー(従兄)と遊ぶ声で呼び名が判明した次第。父親もね、ジョージって呼ばれてたから知れた。

 

 そっくりでどっちがどっちだか区別のつかない兄たちと姉は、最初に来た時こそベビーベッドに取り付き、私を珍しそうに覗き込んでた。でも今はすっかり、従兄(ダニー)と一緒に遊ぶのに夢中らしく、すぐどこかへ行ってしまった。なんかね、楽しそうに騒ぎ遊ぶ声しか聞こえないのだよ。

 

 どうやら引き取られることが決まったみたい。

 何やら大人たちがごそごそ話し合っていたけど、まとまったようだ。ベビーベッドのある部屋で相談してるから、わかりやすいよね。

 

 その日は皆お泊りして、次の日大きな籠(クーハン)に寝かされたまま移動と相成った。ヨチヨチ歩けるし片言ならしゃべれるようになったんだけど、父親からは一切話しかけられなかった。ベビーベッドから出されもしなかったよ。

 

 ハイハイも完璧で二足歩行に移行中だった私に、大きな籠(クーハン)はもう合わないけれど仕方ない。おんぶ紐とか抱っこ紐とかないみたいだし、ヨチヨチ歩き幼児用リードも望むべくもない。

 

 ヨチヨチ歩き幼児用リードはいわゆる迷子紐だ。ハーネス状の安全帯の背中にリードが繋がっていて、どう見ても散歩中の犬猫だが、いきなり走り出して迷子になるのを防止する紐だ。ヨチヨチ歩きの乳児が転がりそうな時は、特に真価を発揮して、リードを吊り上げ転倒を未然に防いだりも出来る。中腰にならずに済むので、保護者の腰も安全という、優れものなのだ。……外聞は悪いけど。うん、犬猫の散歩用リードにしか見えないからね。

 

 ベビーベッドはギャヴィン宅で大事に仕舞われていたお古を丁寧に磨いて、むしろアンティークな感じで使わせてもらっていた。外歩き専用の乳母車は消耗も激しいんだろう、さすがに保管されてはいなかったみたい。

 

 大きな籠(クーハン)で輸送か~って生ぬるく悟りを啓こうとしていたら、伯母さんに大人しくしているよう言い聞かされた。籠にみっしり詰まってる私を見て危ないと思ったのだろう、伯父さんも気を付けなさいと父親に注意してくれた。

 

 うん、うるさく構いつけるような人たちではないけれど、私の安全や健康なんかにはとても配慮してくれる。素晴らしい養い親たちだった。

 ありがとう、伯父さん伯母さん――さようなら。

 

 見送ってくれる彼らをしっかり見たかったけど、籠にみっしりだったからね。バランス崩して落とされるのも怖いし、手だけ挙げてフリフリした。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 人込みあふれる大きな駅舎から、蒸気機関の汽車に乗る。

 

 どこぞの少年魔法学校の特急列車もこんな感じだったかな~ときょろきょろしていると、父親と目が合った。……どうしていいかわからないって表情だった。

 

 ワーワーキャーキャーはしゃぎまわる三人を疲れたように(たしな)めて、お腹が空いたと騒ぎ始めた子供たちに食事の包みを渡す。

 思いのほか慣れた手つきで私を抱き上げ、ちょうどいい温度の哺乳瓶を銜えさせる。その流れるような段取りの良さ、さすが子沢山の父親です。

 

 離乳食もそろそろいけるんだけどな~と思いながら、ごっきゅごっきゅとミルクを飲む。落ち着きのない子供たちが全員食べ終わるのを確認してる父親に、出すもの出したと申告して下の世話(オ ム ツ)を処理してもらう。

 くせ~、とかなんとか言いながらコンパートメントを出て行った子供たちを尻目に、てきぱきとオムツを替えて、そのまま抱っこされた。

 

 背中をとんとん叩かれながら、しばし愚痴に付き合う。父親――父さんは日本語も堪能なんですね。

 マンマ(私の祖母)がイタリア人で今からマンマの実家、父さんの従兄のお家に行くのだそう。マンマの居る父さんの実家は日本なので流石に遠すぎるから、自分も世話になった事のあるイタリアの親戚宅に預けられるみたい。

 

 父さんは日伊のハーフなんだね。くたびれてて気づかなかったけど、顔立ちはちょい悪親父系で渋い。日本人の中だと目立つだろう茶髪も、ヨーロッパなこの辺じゃダークな髪色で、むしろ平凡だ。目は赤茶色。ちょっと黄色みも混じった感じのアンバー。

 

 今まで私が居たのは母親――母さんの兄の家で、母さんの母親(私の祖母)にバレて引き取りに来なさいとお叱りの手紙が来たそうだ。

 

 謝らなくてもいいよ、わかったから。いたずら盛りでやんちゃ盛りの三人の子供を抱えたシングルファーザーは厳しいよね。

 さらに上の二人って何歳か知らないけど、来てないってことは子育てに協力的じゃないのかも知れない。

 それに父さんだって若いって感じじゃないし、奥さん亡くして辛いってのも事実だろう。――育児拒否じゃなくて、途方に暮れてるんだねえ。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 その後、(寝台列)車中泊(私はほとんど寝てた)のち連れていかれたのは、南イタリアのブドウ農園をドカンと経営する一族だった。もちろん、不思議現象起こしちゃう系の一族だ。巻き舌も激しいイタリア語は聞き取りづらいけど、陽気な大家族は笑顔が絶えず、温かい。

 

 父さんの背中をバシバシ叩いてるのが従兄たちかな。

 おう、お婆ちゃんが出てきて、私は抱っこされた。父さんの従兄さんのお母さん(マンマ)だって、しわしわだけどニコニコしてる。彼女の旦那さんが、父さんのマンマ(父 方 祖 母)の兄だそう。

 

 父さんは学校を卒業してすぐの頃、ふらりと旅行で農園に来て、何年か居ついていたらしい。

 従兄のマウリツィオさん、ヴィットーリオさん、従弟のレンゾの4人でブイブイ云わせてたみたい。ヤンチャしてたってことね。一番上のマウリツィオさんは家業の手伝いがあったから、半分くらいは不参加だったみたいだけど。

 

 マウリツィオさんを置いて3人でナンパの旅、みたいなこともしてたんだって。そんでもって、観光地でのナンパ中に母さんと出会ったとか陽気に暴露してくれちゃったよ。ああ、父さん、ちょっと涙目で苦笑いだ。

 

 そっくりだな! ソランジュ(私の母)さんみたいに美人になるぞ! ってじょりじょりほっぺで頬摺りするのがレンゾさん。顎割れてる。父さんは「れんぞう」って日本語風に発音してる。

 名付け親の順番が父さんのマンマ(父 方 祖 母)に回ったらしく男なら蓮三(レンゾ)、女なら(レーナ)と日本名込みで名付けられたらしい。(レーナ)って名前はレンゾさんの娘さんに名付けられたんだって。おお、どの子だろう? うちの兄姉込みで6~7人がごちゃっと遊んでて区別がつかない。

 

 

 夕暮れに長テーブルみっしりでワイワイとご飯を食べた。

 

 私はお婆ちゃん(父方祖母の兄嫁)叔母さん(父の従妹)の間に座る。あーん、離乳食うまー。野菜とパスタと果物。さすがイタリアの離乳食。クリーム系パスタの離乳食でした。

 

 薄闇迫れば子供たちはお(ねむ)の時間と追いやらわれる。

 

 大人たちはお酒の時間だ。

 

 グラスやゴブレットをぶつけ合う音、お皿やカトラリーの触れ合う音、笑い声と口笛とともに歌われるカンツォーネ、ドッと上がる歓声。

 

 遠くに微睡(まどろ)みながら思う。こういう楽しい雰囲気で、癒されていってくれればいいなあって。……母さんが亡くなってまだ一年だものねえ、父さん。

 

 

 伯父さん(母の兄)宅でちょっと小耳に挟んだところによれば、私は思いがけない妊娠だったらしい。

 

 (ウチ)の上の姉兄二人が相次いで学校に通うようになって、手が空いたし寂しがった母さんの希望で三つ子が生まれたんだそう。誰もが、まさか三つ子だとは思わなかったらしいけど。

 騒がしくも慌ただしく子供の笑い声の響く家庭で、父さんも母さんもすっかり満足していた。

 

 だけど数年後、再び妊娠が発覚。そしてドクターストップ。

 スラリとした体形で、限界まで頑張った三つ子の出産で、今後の出産は諦めるように医者に宣告されていた上での事態(妊娠)だった。

 

 父さんは諦めるように泣く々々説得したらしい。でも母さんは、この末っ子を何としても産むと言い張ったみたい。

 説得し返されて折れた父さんは、覚悟を決めてサポート体制に入る。すると今度は親族が諦めるよう忠告を入れてきたそうだ。祖父母とか伯父たちとか、母さんの親兄弟ね。もう5人も居るからいいだろう、と。残念だけど諦めなさい、と。

 

 母さんは頷かなかった。確固たる意志で妊娠の継続を望み、万全の態勢で出産に臨んだのだ。

 

 ――うっすらと覚えてる。とても嬉しそうな柔らかな声、優しい香り。誇らしげな笑顔。

 

 数日は側に居たけれど、引き離されてそれきりになっちゃった。

 

 母さんは産褥熱で亡くなったのだ。

 

 父さんは憔悴して時々私の世話を忘れがちになったけど、決して憎しみは向けてこなかった。悔恨も後悔もあっただろうに、私に向かっては恨み言一つこぼさなかった。

 

 母さんが寝込んでる間、ワイワイガヤガヤキャッキャと幼い姉兄たちが哺乳瓶(ミ ル ク)くれたりオムツの世話をしてくれたのも、ぼんやり覚えてる。女の人が感情的に激しい言葉をぶつけて来た事があったけど、もしかしたらあの人が一番上の姉だったのかもしれない。

 

 いよいよ母さんが亡くなって、家族中が悲しみに暮れていた時、しばらく放置気味にされていた。こまめに乳飲まないと私も死んじゃうよ~って、控えめに泣いて知らせてた。

 

 このあたりの記憶はうすぼんやり、なんだよな~。排泄とか無意識の範囲だったし、寝てるか泣いてるか乳飲んでるかって生活だったからね。あれっ? って気づいたときには、もう伯父さん家に居たんだよ。

 

 うすぼんやりと云えば、私の前世の記憶もぼんやりしてる。名前とか全然思い出せない。

 平成の世で会社の事務員してたアラサー女性ってプロフィールくらいしか浮かんでこない。個人情報保護法の流れかしら、個人名とか浮かんでこないのよねえ。まあ、困らないから良いけど。

 

 異世界転生だから内政チートの私SUGEEE! とか、全く考えてないし。もちろん魔法全開私TUEEEも、ご遠慮願います。私の希望は中の上か、上の下くらいのの階級(ランク)なので。容姿や知能、社会的地位や実力など(すべか)らくそれくらいでお願いしたい所存です。

 

 

 翌日、父さんは名残惜しそうに帰って行った。

 

 三人の姉兄たちと一緒に、――帰って行った。

 

 名残惜しそうにぶんぶん手を振る姉兄たちは、私じゃなくて、昨日転げまわって一緒に遊んだ又従兄姉達に手を振っていたんだろうけど。

 

※※ ※ ※ ※※



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02. 南イタリアの青い空

※※ ※ ※ ※※

 

 数日たって落ち着いてみると、この家は意外と裕福で、結構な大家族で暮らしていると判った。

 

 まず、長老なお婆ちゃん、父さんのマンマ(父 方 祖 母)の兄の妻。みんなノンナって呼んでるけど、名前じゃなくて『お祖母ちゃん』って意味だよ。グランマってことね。ノンナの旦那さんで大伯父さん(祖母の兄)はすでに亡くなってるとのこと。

 

 家長で大黒柱なのがマウリツィオさん、父さんの従兄。その奥さんのジェルトルーデさん。二人の娘で私の又従姉のヴィヴィアーナ、中学生くらいかなあ? そのお兄さんはロレンツォ、イケメンで20代前半位、次期当主。間に二人居るけど、今は学校に行ってる。

 

 ナンパ仲間だった従兄のヴィットーリオさんは近くの別の農園に住んでる。父さんのマンマのもう一人の兄の息子なんだって。つまりマウリツィオさんとも従兄同士ってわけね。

 

 レンゾさんはこの同じ農園の別棟っぽい所に一家で住んでる。それからレンゾさんの奥さんフランチェスカさん。二人の娘のレーナは小学高学年か中学位、上に兄が二人。この二人も学校に行ってるんだって。

 

 あと、エレオノーラさん、マウリツィオさんとレンゾさんの妹で、父さんの従妹。娘のソフィアも小学高学年か中学位で、上に姉が一人。エレオノーラさんは離婚して二人の娘を連れて実家に戻って来たんだって。この又従姉二人はサンタンジェロって苗字だ。通称でクヮジモドって名乗ってるみたいだけどね。

 

 今は学校に行ってる子って全員同じ学校なのかな? クヮジモド家ばっかり何人も居るんじゃ紛らわしくない? あ、バラバラなんだ? へえ、全寮制ねえ、ハイソだこと。

 

 中学生くらいからハイソな全寮制の学校に入るから、それまでは普通の小学校っていうかむしろ自宅学習って流れみたい。教育機関的にゆっるゆるで、最終的にハイソな学校さえ卒業しとけば、その前後の学歴なんかどうでもいい、とのこと。その全寮制の学校は中高一貫校って感じらしい。

 

 小学校に相当する学校に行かなくても、大学に相当する学府なんか知らなくても、ブドウ農家には問題なし、だとか。ワイナリーもな!って感じらしい。子供のうちは遊び倒しとけ、てのがクヮジモド家の方針のよう。

 

 学校卒業したいい若いもんの父たちがナンパ旅行とかしてたぐらいだからね!――当時はかなり目を盗んでの、ヤンチャの限りだったそうだけど。

 唯一の学校を卒業したなら、後は社会人研修となるのが当たり前なのに、仕事も覚えずほっつき歩きおって! ってところらしい。

 

 当時の当主、マウリツィオさんの父で、父さんの伯父さんにかなり小言を食らったみたい。……あまり反省はしてなかったみたいだけどね。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 さらにひと月ぐらいたつと、わらわらと家長の従兄弟一家たちが頻繁に(おとず)れてきて、常に賑やかな声があふれかえった。

 バケーションで学校が夏休みの子供連れで、泊りがけで遊びに来るのだ。どの家族も数日単位で滞在していく。とても名前を覚えきれるものではない。というか、紹介はされないし。

 

 いや、私はされるんだよ? 日本に嫁いだ叔母さんの孫だよ~って。ジョルジョの娘だよ~、ジョルジョってどこの? ジャポーネ! レンギュ ウニート! インギリテッラ! ロンドラ! イタリア語は聞き取りにくいねえ。地名とか日本しかわからん。そして、儂はウントカ~、俺はスントカ~、私はナントカ~って名乗られるんだけど……。リスニングまだまだっす。

 

 学校に行っていたっていう寮暮らしだった子供たちも軒並み帰ってきて、なんかすごい騒ぎだ。私ぐらい小さい子も、訪れてくる一家の中で連れてくる家もあるにはあったけど、紛うことなき赤ちゃんなので話が合うはずもない。そもそも、片言でもイタリア語だもの。

 

 暑い盛りに何度も供されるホームパーティは室内じゃなくて、庭の木陰で開催される。

 

 テーブルをいくつも繋げて、みっしり座る人々とごっちゃり並ぶ料理。

 

 私は離乳食メインだけど、果物は美味しいし、煮込み料理の柔らかい野菜なんかを、あーんして食べていると、みんなニコニコしている。

 これも大丈夫か? みたいに潰してくれようとする人もいる。両隣のお婆ちゃん(ノンナ)叔母さん(父の従妹)が目を光らせていて、許可が出るとスプーンが差し出されてくる。パクリと食べればカリーナ! アンジェーラ! バンビーナ! と歓声が上がる。ノリが良い人たちだよねえ、陽気だ。

 

 意外に私が人気な理由が知れた。泣き喚かないからだ。

 

 そりゃあ中身はアラサーだもの、癇癪とか気まぐれとかじゃ泣かない。お腹空いたとかオムツ汚れてたとか、日差しが強いとかそろそろおねむです~とか、理由がないと泣かないよ。

 

 それに、いつもニコニコしてるってのもあるみたい。

 

 英語は知らない言語じゃなかったから、赤ちゃん言葉もそうじゃなくても、何となく意味が理解できてたけど、イタリア語はそうはいかない。巻き舌から始まる単語とか、会話とかね。聞き取れないし意味わからない。なのでニヘラッと愛想笑いするしかない。日本人の得意技だね! 愛想笑い。でもって赤子なもんだから、かわいらしく見えるみたいで、私大人気。まあ、訪ねてくるのは親族ばかりみたいだから欲目もあるだろうけどさ。

 

 お婆ちゃん(ノンナ)は前当主の奥さんで、現当主のお母さん(マンマ)。前当主の兄弟や甥姪は、当主が代替わりするとこの家から独立する(なら)わしみたい。つまり、レンゾさんはロレンツォが当主になるまでに離れから引っ越さないといけない。エレオノーラさんもかな。引っ越ししてもレーナはお婆ちゃん(ノンナ)にとって孫なのは変わらず、ロレンツォさんの従妹なのも変わらない。なので、親戚付き合いをする、ていう感じが、代々続いて、この親戚訪問ラッシュみたい。

 

 マウリツィオさんの従兄弟(父さんもここの枠)とか、お婆ちゃん(ノンナ)の旦那さんの従兄弟(父さんの母(父 方 祖 母)にとっても従兄弟)とか、その子供世代とか、とにかくごちゃっと親戚が訪れるのだ。それより遡ると、親しい親戚づきあいではなく、儀礼的なモノにフェイドアウトしていくらしい。

 曾祖父(父さんの祖父)の兄弟や従兄弟やその子供たちは、もうほとんど訪れては来ない。ほんの時々、マウリツィオさんの又従兄弟(父さんの伯父の従兄弟の子)が訪れるくらいで、さらにその子供とは、あまり面識がないみたい。

 

 ホントなら私もその当主の又従妹枠なんだけど、こうして預けられて家族の一員として育てられてる都合上、きっといつまでも訪問しても快く迎え入れられるだろう。又従妹じゃなくて従妹くらいの親しさになってるっぽいからね。

 

 それでもってクヮジモド家は、不思議なことが出来ちゃう系の一族だけど、できない人も中には居る。お嫁に来たとか、お婿に来たとか、生まれつき出来なかったとか、いろいろで。まあ、飲み食いに出来る出来ない(不 思 議 な 力)は関係ないし、酔っぱらって隠し芸とか披露するのでもなければ、そうは違いはない。

 

 大人たちに酔いが回る前に子供たちは別室に集められてたけれど、その中でも不思議なことが出来る出来ないは関係なく一緒くただ。

 基本的に弱い者いじめや小さい子を小突いたりすると、さらに年長者に取り囲まれてガツンと制裁を加えられる。挑むなら自分より年長者で強い者に、というのがここでの流儀だ。年下で弱い者は守るべし、と年長者たちから躾けられる。伝統だね。

 

 中でも私みたいな赤ん坊は、すぐさま寝間へ転がされ寝かされちゃうのさ。寄って集ってイイ子イイ子されて、挨拶(チュッチュカ)されれば――おやすみ、3秒です。すやぁ~。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 騒がしいバケーションが終われば、そろそろ農場が忙しくなる季節だ。

 

 子守担当じゃない者は、一族総出で収穫に駆り出される。ブドウはもちろんの事、自家用の柑橘類やオリーブ(庭の木陰の木)も収穫して加工処理までが一連の流れのようだ。

 

 ワイナリーはレンゾさんの指揮のもと、収穫したブドウでワインを仕込み始めたし、ヴィットーリオさんの果樹園の柑橘類も順調に出荷している。食べる専用じゃない果樹とかなら差別化できるんじゃないかな~と、アールグレイが好きだった前世の日本人アラサーは思うけど、まあ、その辺はおいおいね。

 庭にあったベルガモットは陳皮のように皮を利用して、レモネードとかサングリアの香りづけに使われてるし、()()発想なワケではないでしょう。うん、私SUGEE(笑)

 

 

 このあたりでも冬はやっぱり寒い。

 

 イギリスのアルフレッド伯父(母 の 兄)さんの家では暖炉が赤々と炎が踊っていても窓辺は寒く、どうかすると凍り付いてたりしてた。

 イタリアではその点、暖炉があればけっこうぬくぬくだ。まあ、暖かい特等席に居られるようになったってことだけどね。

 

 それから竈がある。台所に間口の大きなドアがあって、ほとんど外に。ピザ釜っていうか、パンとかロースト料理とか作られる結構な大きさの竈だ。

 煮炊きがガスコンロメインじゃなくて竈とか釜メインなんだよね。薪が壁一面に積んであったりする。蛇腹式の()()()とかもぶら下がっている。古き良き時代って感じ?

 

 ヨチヨチ歩き始めたり、この家に滞在する子供たちが一番最初に言われる注意が、決して竈の中に入ってはいけない、ということだ。

 たとえかくれんぼでも、入ってはいけないし、誰かを入れたり閉じ込めたり、ジョークとか遊びとかちょっとの間でも決して入ってはいけないと注意される。もし万が一入っているのを見つけたら、二度とこの家に招待しないし滞在させないし、すぐ出て行ってもらう、と、厳しい表情の当主の妻(マンマ)に注意されるのだ。

 

 毎年聞きなれた子供たちは、ハイハイって耳タコな感じだけど、まだ幼い子供たちは、出て行ってもらいます!って、びしっと出口を指さされて、びくぅってなってた。まあ、当然っちゃ当然の注意だ。暖炉と違って竈は密封空間で温度を上げる仕様だ。うっかりすると、とんでもない事になる。

 

 来て最初の年は、私は1歳だったので、たいてい誰か大人に抱っこされてて、そういう注意は聞かなかったけど、次の年からは最前列のまるかぶり席で注意を受けた。歩けるようになってから、あっちにフラフラこっちにヨチヨチ、じっとしてない子って認識されてみたいだからかも。……解せぬ。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 スローライフ最高。

 

 語学がチートだったのか、イタリア語もすんなり覚えて、このあたりの方言のシチリア訛りもバッチリだ。訪れてくる親族には英語を話す人やドイツ語を話す人、フランス語訛りなど多様だったがそれもするするすと覚えられた。うん、語学チートだね。

 

 離乳食が幼児食になって、美味しいイタリアンな毎日。

 

 コロコロと遊びまわって疲れれば眠って、お腹が空けばおやつをねだりに行く。アレだ、食う寝る遊ぶ。お元気ですか~。

 

 そんな私のお供は一匹の黒犬だ。

 

 顔はブルドックっぽいマスチフ系でドーンとでかい。毛色は甲斐犬みたいな黒地にうっすらと茶色の縞模様があり、毛は短い。大きさ的にシュッとしているセントバーナードみたいな感じだ。骨太なグレートデンでも可。

 

 名前はウーゴ。何歳か知らないし犬種もはっきりしないけど、この地方では番犬とか牧畜とか狩猟とかに使う使役犬だそうだ。守り犬っていう感じで呼ばれてる。大きいよ、欠伸する口の中に私の顔が丸ごと入っちゃうくらいデカい。

 

 (ウーゴ)にすっかり守護されるようになって、いつも一緒に農園を走り回っていた。残念ながら柑橘系の匂いがキライらしく、レモネードをごっきゅごっきゅと飲んでる私を、信じられないモノを見る目で見たりしてくるけれどね。

 それ以外は大抵一緒で、いつも傍に寄り添ってくれてる。

 

 不思議な事が出来ちゃう一族に飼われてるだけあって、外犬なのにとてもキレイでピカピカだ。月に一回、指揮棒みたいな杖を突き付けられて、ディラーヴォ(洗い清める)されて丸洗いされてるのだ。その後、カリドゥムシックゥム(暖かく乾かす)されて、ふかふかになる。ウーゴはすっかり慣れてて、その不思議事をされてる間、目を(つぶ)ってジッと耐えてる。うん、慣れてるけど、我慢するのに慣れてるのだ。

 

 父さんが来た時、ウーゴを見てギクッてなってたけど、犬が苦手なのかもしれない。農園に出入りする人の臭いを必ず嗅ぎに行くウーゴにビビってたからね。時々(うな)ったり吠えたり牙をむき出して見せたりする人たちが居るんだけど、何だろう? 番犬だから邪な考えを持つ人たちだったりしたのかな?

 ウーゴの基準は分からないけど、父さんたちは無事クリアみたい。

 

 あ、父さんたちは夏のバカンス・シーズンじゃなくて、私の誕生日前後にやってきた。

 

◇◆◇ ◆ ◇◆◇

 




語学系は翻訳サイトの丸写しです。
イタリア語――English
ジャポーネ――Japan
レンギュ ウニート――United Kingdom
インギリテッラ――England
ロンドラ――London
カリーナ――Cute
アンジェーラ――angel
バンビーナ――little girl

創作魔法:基本ラテン語
ディラーヴォ(洗い清める) Delavo!
カリドゥムシックゥム(暖かく乾かす) CalidumSiccum!
※イタリアの独自魔法


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03. オリーブとベルガモットの木陰

◇◆◇ ◆ ◇◆◇

 

 二歳の誕生日。

 

 片言で喋りかけても兄姉たちには通じなくてガックリした。

 

 そうだよね、彼らはイングリッシュ・スピーカーだ。いつの間にか得意になってた私の巻き舌交じりの片言イタリア語は、ニコニコ顔の大人たちにしか通じないんだよねえ。父さんは一生懸命聞いてくれるし、応えてもくれるけどさ。英語は今ではすっかりイタリア訛だ。

 

 

 南イタリアの太陽の元、抱き上げられた父さんの顔を覗き込んで驚いた。赤茶色の目に金色の花が咲いたような虹彩の、なんてエキゾチックな事。

 恰幅の良いマウリツィオさんとそっくりな目元に目の色だ。父さんのお腹はスマートだけどさ。

 

 髪もきれいに整えて、髭もすっきりあたっている。こざっぱりと身だしなみもお洒落さんだし、渋カッコいい顔立ちと良い、いや~、眼福です。

 日伊ハーフの父さんは、いつまでも若々しく見えるらしく、クヮジモド農園の小母さまたちにも人気だ。愛想よく受け答えしてるあたり、さすが往年のナンパ野郎(笑)

 

 ちなみに私は日伊英仏の混血(クォーター)だ。亡くなった母さんは英仏ハーフだったからね。

 もっとも、母方祖母が大陸(フランス)ケルト一族から島国(イギリス)ケルト一族へお嫁に行ったって感じだから、同じケルト族で本人たちには混血って意識は無いみたい。母さんは金髪碧眼のスラリとした美人さんだったそうだ。

 

 私は子供特有のミルク色の髪に緑の目をしている。髪はくるくるとした巻き毛。前世でするするすっとんのさらっさらストレートだったので、今の巻き毛に大変満足しています。アフロ系のチリチリカールじゃなくて、ウェーブの一種のふわふわカールだから、巻きが大きくいわゆる縦ロールにくるくるして、とても気に入っているのさ。女性陣にも、お人形さんみたいと大好評だ。

 

 私の肌は白人のような白皙の肌じゃなくて、こんがり日に焼けてる。幼児とはいえ日がな一日お外を駆け回ってるので、すっかりアプリコット色だ。

 

 この地方の人たちは純粋な白人系ばかりじゃないらしく、こんがり小麦色の肌の人が大半だ。日焼けで小麦色なのか、もともと小麦色なのかは、服を脱がなきゃ判らないけどね。パンツの跡が真っ白に残ってるかどうかで判断するので、あまり気にしてないとも言う。

 

 姉のオーリィは市松人形みたいな黒髪のストレート。目はビックリするくらい青い。肌は真っ白で、日焼けしてないからこの辺だと青白く見える。いわゆる雪花石膏(アラバスター)の肌だ。まあ、そこがこの辺りではモテ要素らしくて、超チヤホヤされてる。

 

 兄たちアーニィ&アーヴィはキラッとした明るい金髪でウェービー、目は黄色っぽい。琥珀色の虹彩に赤茶色の花が咲いたような班が入っている。たぶん、二人とも。いや区別つかなくてさ。姉ともども、4人まとめてお風呂に放り込まれたとき、覗き込んでくる目がちょうど父さんと反対な感じだった。たぶん、どっちも。うん、区別つかない(笑)

 顔立ちははっきり彫りが深くて、肌は少し日本人系かな? 青白くはない。ミルクじゃなくてクリームってぐらいの差異だけど。そして将来のイケメンズだ。

 

 母さんの青い目を受け継いだのは姉オーリィだけのようだ。私の緑の目は、母方祖父の家系(ギ ャ ヴ ィ ン 家)に時々現れるという。灰色とかの白っぽい色を一切含んでない緑の虹彩は、光がない所だと黒っぽく見えるほど深い色だ。

 まあ、目の色とか髪の色とか、詳細に気にするのは日本人ならではかもしれないけどね。

 

 明るいか暗いか、基本それくらいしか気にしないのがこの辺では普通だし。あとはイメージ。ブラウンや黒系の髪は男らしいとか、女の子ならコケティッシュとか、金髪の兄たちに、色男とか、白っぽい髪の私には天使ちゃんとか、そんな感じ。クヮジモド家は大雑把です。

 大体目の色なんて、ちゅーする距離位に近づかないとはっきりわからないでしょ?

 

 イタリアンなクヮジモド家ではキスは挨拶の基本だし、姉や兄たち、父さんとも親愛のちゅーは普通にする。たいていほっぺだけど目測が誤れば口になる。とはいえバードキスだし、口の端っこは当たり前な感じで、もはや気にもならない。私ちょー可愛がられてるからね。

 でもって挨拶なので、じろじろ見たり見つめ合ったりしない。だから目の色なんて、明るい○○色、暗い××色って位の大雑把さでしか把握しないのさ。

 

 

 私の誕生日を挟んだ数日滞在して、父さんと姉兄たちはイギリスに帰って行く。

 

 姉さんは父さんと腕を組み、笑いながら何か話している。

 兄さんたちの一人は姉さんとの逆サイドに位置し、腕こそ組んでないけど父さんを見上げて、笑顔で頷いたり何か言ったりしている。

 もう一人はあちこちフラフラ見回っては、片割れのもとに戻ってきて、並んで歩きながら話しかけている。

 

 一幅の絵のような一揃いの家族。……あの中に、私は入っていないんだなあってぼんやりと眺めていたら、ぐっと抱き上げられた。

 

 ロレンツォ――私の又従兄、大家族の次期当主。明るい茶髪で黄色っぽい明るい目の色だ。髪がくるんくるんしている。

 両足を抱えられて上腕に座らせられるような子供抱っこ。至近距離になったロレンツォの髪をくるくるさせていると、その手を掴んで持ってフリフリ動かされた。

 

 ロレンツォは口元を引き結び、去っていく私の家族たちをジッと見つめている。つられて視線を向ければ姉兄たちが大きく手を振っていた。どうせ私の事は見えてないだろうなあ、と思いながらもロレンツォに合わせてフリフリ手を振り返しておいた。

 

 足の先をクイクイ突かれて、足元に視線を向けると、ウーゴだった。側に来ていたウーゴに笑いながら足先で気を引くように遊んでいれば、その背にうつぶせに乗せられた。そう、乗れるんですよ!

 乗馬みたいに跨って上体を起こすと、握力とかないし、動きだされれば後ろにコロンと転がっちゃうけど。顔とか首の周りにぶにっと皮が余ってるからね、掴むことができる。うつぶせに伏せていれば、小走り位は余裕で乗っていられるのさ。

 

 よし、今日はあっちの畑の先のクローバー群生地で、四葉のクローバーを探そうか。

 Let's go! Ci vediamo! (さあ、出発だ! 行ってきま~す)

 

 トコトコ走り出すウーゴの背中から、顔だけロレンツォに向けて手をフリフリ。さっきまでの厳しめの表情から一転、にっこり笑って手を振り返してくれた。

 

 四葉のクローバーは株自体が変異してるので、一本見つけたら丁寧により分ければたくさん採れる。丁寧に押し花にして幸運のお守りにするのだ。

 幸運のお守りは(まじな)いを掛ければ軽い災難除けになる。効力が尽きると枯れ崩れちゃうし、ホントに軽い災難しか避けてくれないけどね。石に躓いても転ばないとか、花瓶を落としたけど割れなかったとか。

 

 赤紫の大きい花があれば、むしっと毟って蜜を吸う。手が小さいからチマチマと一本一本抜いて吸っても大丈夫。

 私が口にする前にウーゴが鼻先を近付けて来るので、欲しいのかと思って毟ってあげても、フンカフンカ臭いを嗅いで、プスッと鼻息を吐き、いつもの態勢に戻る。何かのチェックっぽい。

 

 一しきりゴロゴロ遊んでいるとウーゴが鼻先で突いてくる。そろそろ午睡の時間だ。おやつを食べてお昼寝だ。

 伏せて待つウーゴの背中にぽふっとうつ伏せ、首の周りの皮にしがみ付けば、トコトコ運ばれる。

 

 オリーブとベルガモットの木陰を通り過ぎ、大きな竈のある台所の勝手口から中に入る。

 

 焼き菓子を一つ二つに温かいミルク。焼き菓子を半分に割ってウーゴに差し出せば、タラっと涎を垂らしてペロリと食べる。賢いウーゴは、幼児の私の手が口の中にあるかも知れない内は噛みしめない。もごもご甘噛みして、私の手が口の中にないと確信してから、ガブッと噛むのだ。

 

 籐編みのカウチにゴロリと横になればたちまち眠くなる。傍らにウーゴもついて、すっかりお眠です。ウーゴより先に寝ないと鼾が聞こえてくる。まあ、おやすみ3秒だけど、すやぁ~。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 バカンスシーズンはお祭り騒ぎだ。

 

 学校の夏休みで子供たちが帰って来るのでいっぺんに賑やかになるし、親族たちがぞろぞろと訪れてくる。去年は赤ちゃんだったし、ほとんど寝かされてたようなものだったけど、今年はウーゴをお供に暴れまわった。いや、遊びまわった。

 

 訪れる子供たちも、最初こそ巨大な黒犬のウーゴにビビってたものの、私がくっついたり乗っかったりしているので、それほど怖くないと思ったのか、近づいても平気になった。

 ちょっかいをかけてくるようないたずら小僧には、歯をむき出して唸るという制裁を加えてたみたいだけれど。紳士(ジェントルマン)騎士(ナイト)なウーゴだった、まる。

 

 

 客人がさっぱり居なくなって、子供たちが学校の宿題を片付け大騒ぎしながら新学期に向けて出発していけば、いつものメンバーが残るばかりになる。とはいっても、すぐさま収穫シーズンに突入し、収穫の手伝いさんもやってくる。

 

 一家総出でブドウを収穫したり、ワインを仕込んだり、家庭菜園にしては規模が大きな畑や果樹から収穫したものを、保存食用に加工したり、大忙しとなる。

 

 紅葉で木々が色づくころにようやく一息つけるのだ。

 

 実りの秋が豊かに過ぎれば、冬支度をする。

 

 食料の状態や薪の量、住居の確認に衣服の繕いなどをせっせとこなす。

 

 イギリスにいた頃みたいにどっさり雪が降ったりしないけど、寒いのは寒いからね。霜は降りるし、氷も張る。この辺は日本の南関東位の寒さだ。雪が降ってもそれほど積もらない。降る時は降るけど、すぐ融けちゃう。

 

 

 ナターレ(クリスマス)の季節になればプレゼピオ(降 誕 劇)を飾る。

 

 不思議なことしちゃう一族はキリスト教徒ってわけじゃないけど、この地域全体的に見ればキリスト教徒が多い。魔女裁判的な事が行われちゃうとヤバいから、馴染んで溶け込む努力も必要らしい。

 個別に突入されれば、さっと杖を一振りどこそこに届け出をして、何事もなかったことにしちゃうみたい。けれど広範囲に広がる噂とかは、どうにも対処が難しいそうだ。

 この辺りの細かい所は、マリカ叔母(私の祖母)さんから日本の呪術札を都合してもらってとっても助かっているって、マウリツィオさんが言っていた。

 

 父さんの実家は日本の不思議一族の名家の分家なんだって。外国人の祖母と結婚するために名家の跡取りが家を出て隠崎家を(おこ)したとかで、クヮジモド家は日本人の祖父にとても感謝して信頼している。

 父さんは次男で、例のハイソな中高一貫校の学校に入るために渡欧したみたい。留学だね。お嫁さん(私 の 母)も外国人だし、すっごいグローバル。

 

 

 そうだ、自己紹介してなかったよね。

 

 私の名前はカレン・インザーキ。イタリアではクレーヌって発音されるっぽいけど、クヮジモド家ではあだ名でカリーナって呼ばれてる。英語で言えばキューティとかプリティって感じ。苗字は隠崎、日本名ね。

 私の生まれる前に父さんは正式にイギリス国籍を取得して、インザーキってイタリア風のスペルに改名されている。父さんが半分イタリア人だから、イタリア系苗字でも違和感はないでしょうってね。兄姉たちの容姿はイタリア系っていうよりイギリス系だし、おまけにイギリス在住だし。日本的要素はすっかり排除されちゃてるのさ。

 

 何だか世界情勢的に日本バッシングな感じなこの頃。不思議なことが出来ちゃう系じゃない方の世界が、だけど。だからかどうか知らないけれど、ずっと『隠崎』って日本名だったのに、正式に帰化したんだそうだ。

 

 父さんはイタリア系なんだからイタリアに帰化すれば良かったのにって、クヮジモド家では言われたみたい。でも母さんがフランス系イギリス人だし、もうずっとイギリスに住んでるし、三つ子たちもイギリス生まれだし。この機会(私が生まれる)に正式に英国籍になろうって思ったんだって。そこで名前の綴りをローマ字じゃなくてイタリア名のInzaghiにして、一見イタリア系って感じになった。っていうのが真相らしい。

 

 

 ついでに紹介。この頃の私の心のペット。

 

 生き物好きは前世からかも。そんな気がする私の、この頃のマイブーム。この辺りの不思議を起こしちゃう系の家庭にはたいてい飼われてる不思議生物、火蜥蜴(サラマンダー)だ。

 

 暖炉や竈の中に住んでて、ほぼ火種扱い。大きさも色もまちまちで、5cm位の小さなのから30cm位の大きなのまで、基本白系統だけど真っ赤な筋が入っていたり、全体的に青白かったり様々だ。もちろん触れば火傷する。火を扱うところにウロチョロしてて、燃え盛る炎の中でうっとりしてたりする。なかなかカワイイやつだ。

 

 居なくなっちゃった暖炉とかに竈から移動させたりもする。

 暖炉や竈の側に火掻き棒や炭スコップとかのツールと一緒に、直径10cm長さ20cm~30cm位の筒状のものが付いてるゲートボールステッキみたいのがたいてい常備されてる。その筒に火蜥蜴(サラマンダー)を追い込んで移動させるというわけ。火から出ると死んじゃうみたいで、でも胡椒粒を食べさせると火から出せるので、サラマンダーステッキの持ち手部分には胡椒粒を入れておく隠しもある。

 

 クヮジモド家の火蜥蜴はヴェズーヴィオ火山で生まれたという。火種もずっと受け継いでるそうだ。まあ、この辺り一帯のお宅がそうなんだけど。

 火種が絶えると火蜥蜴も死んじゃうから、どの家庭にもカンテラが軒先にぶら下がっている。カンテラの火は火蜥蜴と一緒にヴェズーヴィオ火山から移してきた火だ。万が一火が絶えたら、胡椒粒を食べせて、その間に隣近所からもらい火をするんだってさ。

 

 同じ場所同じ時生まれの火蜥蜴だと、そういう協力が出来るから、昔からの知恵ってヤツだね。子供の前で火熾しの呪文を使わないってのは慣習みたいだし。マッチとかライターで遊んで子供がボヤ騒ぎを起こさないようにするのと同じように、不思議な事が出来ちゃう系の家庭では、そういう暗黙の了解もあるみたい。

 

 台所の煮炊き用の竈に7~8cmの特に色のキレイなのが一匹がいて、それが私のお気に入り。とにかく色が良い。金赤と云うか朱と云うか、金色の輝きを秘めていて、実に和風な(おもむき)がある赤なのだ。鳥居の色を思い浮かべると多少目安になるでしょう。

 その昔、成人式の時、こんな色の振袖を着た。赤やピンクがずらりと並ぶ中、この色は古式ゆかしくとても印象が良かったのだ。そんな懐かしさも手伝って、ついつい目で確認する一匹となっていた。

 

 

 春になれば復活祭(パ ス カ)の季節になる。

 

 カトリックに紛れ込むための一端ではあるけど、まあ行事だ祭りだ楽しんじゃえ! ってな調子でご陽気なものだ。

 野菜中心でちょっと寂しかった食卓が、ドドンと肉のローストをメインな食卓になる季節。一人一人に卵を配り食べられる。イースターエッグだね。大事に冷暗所で保管していた卵を大放出する季節でもある。

 

 それからシチリアの子羊(ペコレッレ)というお菓子を配られた。練切りみたいな伝統のお菓子で、いろいろな表情をつけてるのがカワイイ。私がもらったのはウィンクしてた。

 

◇◆◇ ◆ ◇◆◇

 

 



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04. 初めまして長姉と長兄

◇◆◇ ◆ ◇◆◇

 

 そんなこんなで(めぐ)ってきた三歳の誕生日。

 

 父さんたちは来なかった。うん、――来なかった。今度はちゃんと姉兄たちと話せるように英語も頑張ったんだけどな~、……残念。

 

 知らされてなかったのは私だけなのか、待ちぼうけを食わされた感覚もなく、みんなで普通に誕生日のお祝い準備してくれてた。父さんたちをお迎えしようとウーゴと一緒に農園の入り口付近でウロウロしてた私を、ロレンツォが迎えに来てくれたのさ。

 

 近頃はすっかりロレンツォに抱っこされるのにも慣れた。髪形がそっくりなので親子っぽいらしい。すかさず髪をくるくるして巻き髪(ロール)に整える。ロレンツォ的にはもっとウェーブを抑えてキレイに撫で付けたいみたいだけど、私が巻き髪(ロール)好きでしょっちゅうくるくるするので、あまり短く切らずに好きにさせてくれるようになった。もちろん私の髪形も縦ロール、くるくるドリルだ。巻き毛に整えなければ、ふわふわの綿菓子ヘアーともいう。

 

 お誕生日席でロレンツォの膝抱っこでパーティと相成った。

 端から端までドルチェで埋め尽くされたテーブルに唖然。ケーキビュッフェみたいだ。

 

 (前世)好き嫌いがあって食べられなかった食材も、今は全ておいしく食べられる。良いことだ。エビとかイカとか食べられたけど好んで食べなかったからね。エビフライとかイカリングとか海老天よりもトンカツとかかき揚げを選んでたくらいだし。ウニとか牡蠣とか刺身とか、セロリもピーマンもバリバリです。

 日本と同じく海に囲まれたイタリアは魚介類とかも新鮮、牧畜酪農なども盛んで、食生活が豊かだ。素晴らしいね。ただしドルチェは注意が必要だ。

 

 ドルチェ、すなわちスイーツ。――私には平成日本で世を謳歌していた記憶がある。お菓子やデザートで「甘くなくて美味しい」というフレーズがまかり通っていた世代だ。

 だがしかし、まさしく駄菓子菓子、この世界のこの時代は「甘ければ美味しい」が普通なのだ。砂糖の塊と云うか、砂糖を煮溶かして飴状になったものに粉モノを入れて練り合わせ、砂糖をまぶす的なものが、当たり前のお菓子として登場したりする。ええ、げろ甘ですが何か? むしろただの砂糖の方がマシなんじゃね?ってレベルだ。

 

 食後のカフェのお供にプチフール的な感じでほんの一口供されるならまだしも、ドドンと盛られるとうええ~ってなる。萎える。アレだ、羊羹は2cm位に切り分けてあるから良いんだよ、丸かじりで、しかも一人一棹が毎食後ってなったらどうよ? それぐらい甘いものが正義なのだ。泣く。 

 

 そして私がクヮジモド家で子供らしい我が儘を発揮する一例となっているのが、この()()()()ドルチェをイヤイヤすることだろう。

 好き嫌いがなくなっておおむねニコニコあーんをしている私が、()()()()ドルチェは一口しか食べず、二口目から首を横に振る(イ ヤ イ ヤ)するのだ。

 

 それを踏まえたこのテーブルは、みんなの祝おうという気持ちが如実に表れていた。

 

 ドルチェでいっぱいのテーブル。私の好物系(甘くなくておいしい)ばかり。フルーツをふんだんに使って爽やかでさっぱり。砂糖は控えめ、クリームもバターも部分使い。「甘ければ美味しい」世代も居るので私のイヤイヤするドルチェもちらほらあったが、メインは私好みばかり。あまりの嬉しさに歓声あげたね。

 

 キャッキャ言いながら、ちまちまと全種類制覇する。それぞれ一口くらいずつしか食べなくても、品数が多いのでかなりな量だ。ほら私三歳児だから。

 

 みんなの祖母(ノンナ)監修、クヮジモド家のジェルトルーデ(マ ン マ)さんとエレオノーラさん制作のドルチェはかなり細かく作られている。まあ全体的に、ではなく私が食べる部分だけ、だけど。かなりな労力だ。フルーツは細かく刻まれてるし、ゴロゴロナッツだってほかの部分はアーモンドを半分か3つくらいに割ったサイズなのに、私にサーブされた部分は5mm角くらいの砕かれている。すごいよね。ありがたい。

 

 おかげで幼児の口にもたいへん美味しゅうございました。うまうま~。

 

 

 三歳児はまだまだ転がりやすいけど、日々農園を駆け回って遊んでいるので、だいぶ足腰が強くなった私です。ウーゴが補助犬のごとく付き従ってるお陰だけどね。

 

 あっという間に陽射しが暑くなり、冷たいレモネードが美味しい季節になれば、バカンスシーズンの到来だ。

 

 クヮジモド家に親戚たちがワラワラ集まるシーズン。

 あちこちから集まってくる彼らと、少しは流暢になった言葉で話す。イタリア語はもちろん、英語、フランス語、ドイツ語。シチリア訛もだけど、ラテン語を話すお爺ちゃんとかも居てびっくりだ。……話せるけど。幼児語メインだけどね。

 

 これがおそらく私のチートだろう、語学チート。頭の中で翻訳するってひと手間がないのだ。どの言葉もネイティブのように操れる、たぶん。メインの思考言語は日本語だろうけど、自動翻訳なのかも知れない。

 今世で日本語は父さんがちょろっと話しただけとか耳にしてないけどね。クヮジモド家には達筆な筆書きのお札が貼ってあったりするし、見知らぬ言語ってわけじゃないのだ。そしてもちろんスラっと読める。う~ん、チート。私SUGEEE! あ、私(語学)TUEEE!だった?

 

※※ ※ ※ ※※

 

 三歳のある夏の日、20歳位の青年が訪ねて来た。

 

 明るい褐色でくるくるしてる髪の英国人っぽい容貌。でも雰囲気はイタリアのナンパ野郎っぽい。普通にイタリア語で話してるし。名前はカミッロ。ビックリするぐらい顔立ちがロレンツォに似てる。二人で並ぶとそっくりな兄弟かって感じだ。

 

 ぎこちない手つきで抱き上げられて、いつも通り挨拶(ちゅっちゅか)してると衝撃の事実を聞かされた。なんと、上のお兄ちゃんなんだって!

 

 Ciao! Nice to meet you. (こんにちは、初めまして)

 

 つまり六人兄弟姉妹の一番上が姉で二番目がこの兄(カミッロ)、次の三つ子は姉が三番目で、二人の兄が、まあ、四番目と五番目。で、私が六番目(末っ子)。三つ子の長幼の順は初めて聞いた。あの三人はごちゃっと一緒くたって印象が強いから、はっきり聞けて良かったよ。

 今回上の姉が一緒に来る予定だったけど都合がつかなくて、とか云いながら、意外に優しい手つきで撫でられる。

 

 ちなみに衝撃なのはこれから。なんと(カミッロ)は私がここ(クヮジモド家)に居るの、知らなかったんだって! びっくりでしょ?

 

 驚いたのはカミッロもだったみたい。久しぶりに訪ねてみたら、末の妹が預けられてるなんて、初耳もいいとこ。はじめはロレンツォの娘かと思ったって。いや、似てるしそう見えるって評判だけれども。よくよく聞けば自分の妹、ロンドンで父さんと一緒に居るものとばかり思ってたのに!って感じらしい。

 

 一日の滞在予定を数日に延ばして、カミッロは私を構ってくれた。イタリア語で話してたけど、お客に合わせて英語とかフランス語とか使い分ける私を見て、驚いて英語で話しかけてきた。ネイティブは英語らしい。父さんはロンドン住まいだし、私も生まれはイギリスだから、英語に慣れた方がいいって考えかな。

 

 数日後、女の人が駆けつけてきた。

 

 カミッロの恋人かと思ったら一番上の姉さんだって! 名前はラシェル。ほとんど金髪っぽい琥珀色の髪がふんわりしてて、すっごく若々しい。そうか、顔立ちがちょっとだけ彫りが浅いんだ。いわゆるハーフ顔って云うか日本人テイストが入ってて童顔ってやつだろう。だから若々しくみえるんだねえ。

 

 Ciao! Ravi de vous rencontrer.(こんにちは、初めまして)

 

 明るい陽射しのもと見る目は濃いオリーブ色。瞳孔周りに茶色の班がある灰緑の目、いわゆるヘイゼルの瞳だ。カミッロはちょっと薄めのオリーブ色、黄色っぽい班で灰緑のヘイゼル。

 

 ラシェルはフランス訛りのイタリア語だったので、フランス語をメインに話しかけたら、喜ばれた。英語でもいいのよ、とネイティブ・()()()()・イングリッシュ。今のイギリスは王様なのでキングスで正解。前世では()()だったからクイーンズだったけど。

 この時代、女王が即位するなんて誰も可能性すら思ってない。まだまだ、当たり前に男尊女卑っぽい考えがまかり通ってるみたいだからね。不思議な事が出来ちゃう系の人たちは、その点女性の権利も強いのかな? イタリアって土地柄もあるかも、だけど。この辺りじゃマンマが最強です。

 

 ――ずっと昔、赤ん坊だった私に、母さんが死んだのはお前のせいだ、的な事を云ったのはこの声だった気がする。顔もこの顔だったような……あの頃は目がまだよく見えなくてぼんやりだったんだけど。

 まあ、あれから3年は経ったので、水に流してくれたのでしょう。私に対する態度も、子供に慣れない戸惑いだけで、あの時の言葉のような怨恨っぽいものは一切ない。腹に一物あったとしても表に出さないのなら、それでいいのさ。ええ、私は幼児なので、気づきませんともー。

 

 一(しき)り私を構い倒して、彼らもそれぞれ帰って行った。

 

 二人とももう独立してて住んでるのはイギリスじゃなくて、ラシェルはフランス、カミッロは今はブルガリアって言ってた。

 カミッロは世界各地に恋人がいるらしい(本人談)刺されるぞ。お仕事は『旅人』って言ってた。なにそれ。イギリス式ブラックジョークだと信じたい。

 

 

 秋になっても父さんたちは来なかった。

 

 夏風邪とか休暇の予定とか、いろいろあって来られなくなったって連絡が来たらしい。

 晩夏から収穫の秋になるまで、ずっと農園の入り口でウーゴと一緒にウロウロしていた私に、迎えに来たロレンツォが教えてくれた。夏休み(バカンス)には来られないんだって、てね。

 

 ロレンツォは無駄な期待を持たせない。不確実な希望的観測は口にしないのだ。だから周り中がナターレ(クリスマス)にはきっと来るよ、と慰めてくれる中、ロレンツォだけはそんな慰めは言わなかった。

 だけど、いつものように膝抱っこしてくれて、私が髪を弄りやすいよう顔寄せて、お揃いにしないの? と囁いてくる。このただ(ただしイケ)イケ(メンに限る)め! その後めちゃくちゃ巻き毛(くるくる)にしてやった。

 

 

 木枯らしが吹き始めプレゼピオ(降 誕 劇)を飾り始める頃、私はクリスマスプレゼントを用意した。ナターレじゃプレゼントはいらないけれど、クリスマスには必要でしょうってね。

 

 お金なんか見たことないし、通貨がリーレだかペニーだかよく分からない。イギリスは未だに12進法らしく、汽車に乗る時の貨幣の支払いが難しいって、前に父さんも言ってた。フローリンとかクラウンとか。日本も円だけじゃなくて銭とか厘の世界だし、世界中が独自通貨でバラバラなのだ。統一化の道は遠いね。

 それ以前に三歳児だからね、お金なんか持ってない。要するにお金要らずの、無料でできるものを準備した。

 

 庭のベルガモットの皮を細く刻んで干して、紅茶の葉にブレンドしたフレーバーティー、アールグレイだ。まだ市販されてないんだよねえ。

 レモネードにベルガモットで香り付けするのを提案してウケたり、レモンティーにもベルガモットだよと勧めて人気を博したので作ってみました。正しくは、作ってもらいました。刻んだり干したり、お疲れ様です。

 

 ベルガモットを保存のために刻んで乾燥させたものを(あらかじ)め茶葉に混ぜるという手法を主張してみたのだ。フレッシュじゃないなら、その方が淹れやすいよねって頼みこんで。完成したのが自家製アールグレイ。クヮジモド茶とか呼ばれちゃうのかな(笑) アールグレイじゃ誰にも通じないのでベルガモット・ティーって言ってるけどね。

 

 一番きれいな紅茶の缶を譲ってもらって、酸味や苦みに注意してブレンドしたベルガモットティーを詰めて、プレゼピオ(降 誕 劇)の飾りのリボンをわけて貰って、準備した。数は用意できなかったから、紅茶は父さんに、姉兄たちにはカードを準備したのだ。

 周り中馬小屋の意匠(プレゼピオ)ばかりなのでクリスマスツリーに星とリボンを飾り付けて塗り絵。Buon Natale! って書いた後、Merry Christmas! も続けて書いて、出来上がりに満足して気づいた。イギリスじゃクリスマスツリーが普通じゃんね?

 

 それから子供らしくお絵かきもつけた。父さんと(オーリィ)(アーニィ)たち(&アーヴィ)カミッロ(上の兄)ラシェル(一番上の姉)。天国から見守ってる、天使の輪っか付きの母さん。家族の肖像だね。出来た!ってロレンツォに見せたら、良く描けてるとのお褒めの言葉。うん、中身アラサーだからね。子供らしい絵を心掛けながら描きました。

 

 調子に乗って、ロレンツォの家族、マウリツィオさん一家も描いた。四人兄弟の長男なロレンツォ、長女ベアトリーチェ、次男ベルナルド、次女ヴィヴィアーナ、お母さん(マ ン マ)のジェルトルーデさん。それからもちろんお婆ちゃん(ノ ン ナ)、端っこにぶどう棚をちょろっと。一枚の絵に納まって、まさに一幅の絵だね。

 

 新しい紙にエレオノーラさん一家、オデッタにソフィアも。二人のパパはどんな人か知らないから描けない。ここは三人だから、ウーゴを付けといた。パパ代わり。

 

 もう一枚にはレンゾさん一家。長男オルランド、次男アルノルド、長女レーナ、お母さん(マ ン マ)のフランチェスカさん。背景にはワイン樽。

 

 どう?ってロレンツォ見せたら、困ったような微苦笑。カリーナが居ないよって、父さんたちの絵を指先でとんとんされる。そうか、自分視点で描いたから、自分は登場しないよね。

 

 それでは自画像といこうかな。新たな紙に立ち姿。白っぽい淡いベージュのような巻き毛はふわふわ、目は濃い緑でぐりぐり。健康的な日焼け肌の幼児。オリーブとベルガモットの庭木を背景に。うん、どうよ?

 

 ロレンツォは微苦笑を浮かべたままジッと私の自画像を眺めて、上手だねって褒めてくれた。嬉しいな。

 カードやお絵描きしていた道具をしまう。ロレンツォの家族の絵は進呈しようとしたら、せっかくだから皆にもあげておくよって言われた。お願いします。

 

 父さんたちの絵はくるくる丸めてプレゼントのリボンに結び付けた。自画像は寝間の私がいつも寝ているベッドの壁にでも貼ろうかと思ったら、良く描けてるから皆にも見せるね、だって。えへへへ、照れるぜ。

 

 クリスマス(ナターレ)は冬なので、農園の入り口でウロウロし続けるのは厳しい。もっこもこに着ぶくれてウーゴに寄りかかるようにして一回り。あとは家に戻って暖炉の側だ。

 夏の時と違って、遠方の来客はあまりないけれど、お祝いだからね。来るはず――……。

 

 

 



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05. ありがとう、大好きだよ

 ――結果として、父は来なかった。

 

 ずっとソワソワしてたけど、26日の朝、やっぱり来ないって判ってようやく落ち着いた。それこそ、何やらストンと憑き物が落ちたみたいに。

 プレゼントとカードをイギリスの父さんたちに送ってくれるように頼む。直接渡したかったけど、残念。おまけの絵は付けないで頼んだ。面と向かって話題の提供の一環なら(つたな)いお絵かきも良いけど、わざわざ送る程のものじゃない。

 

 ちょうど暖炉にお気に入りの火蜥蜴(サラマンダー)が居たので丸めたまま燃やしてもらおうかと思ったけれど、クレヨンとか画材が燃焼による気化で有害物質発生しちゃうと困るから、止めておいた。台所の竈からお引越しさせられたんだねえって、火蜥蜴をぼんやり見ながら口元だけでちょっと笑う。

 

 ずっと来てくれると思ってた。離れてても家族だからって思ってた。……違ったんだなあ。ちょっとだけ悲しくなった。でも仕方ないか、とも思う。嘆いても(なじ)っても現況は変わらない。だったら笑って、楽しく暮らした方がいいのさ。

 

 いつの間にか隣にはじわっと暖かいウーゴが座っていて、じっと私を見ていた。気遣わし気で優しいまなざしの大きな黒犬。

 今日はお外に行かないよ~ってウリウリ撫でて、すりすり抱き着いて、ゴロゴロ転げまわって、顔舐められて悲鳴を上げた。そして笑う。涎がすごいよ、あと犬臭い。声をあげて笑っちゃえば楽しくなるさ。きっと、ね。

 

 私、ここん家の子になるのかなあ? でもな~、みんなとてもとても良くしてくれるけど、『預かり子』ってはっきりしてるんだよなあ。親族だけど家族じゃない。いや、家族かな? ご陽気なクヮジモド家では、私はバンビーナだし、パパァとかマンマって呼んでるし。

 ロレンツォをパパァと呼ぶと、複雑な顔で返事してくれる。年齢的にパパァはアレだけど、パパァって呼ばれること自体はOKらしい。複雑な男心だねえ。

 

 

 新年になっても顔を出さなかった父さんたちに、クヮジモド家はお怒りです。

 

 日本の会ったことないマリカお祖母ちゃんからナターレのお菓子が届いたのに、年が明けてもジョルジョは来ないのか!ってね。けっこう遠いし、クリスマスカードは貰ったし、そんなに怒らなくて大丈夫だよ~。父さんたちにも都合があるんだよって言えばみんな一様に押し黙った。

 

 まあね、子供預けといて、数年経つのに1回しか顔出してないって、もうね、怒って当然かもだけど。そういうタイミングだったんだよって諦めた方が気持ち的に楽だ。待つのも疲れるからさ。

 

 マリカお祖母ちゃんからは金平糖と和三盆の干菓子。砂糖の塊だけど、遠いから仕方ない。それよりも久しぶりに見た和のテイストに感激だ。

 1cm位の梅とか紅葉とか蝶とか、すごく細かい。ちょう繊細。こう、イタリアの大雑把な所にすっかり感化されてたみたい。金平糖だって角も立派な1cm超えな代物だ。

 

 大事に食べようと思っていたけど、みんなも興味津々だったから1月6日(エピファニア)にお裾分け。千代紙で作られた箱だけでも素晴らしい贈り物だし。

 シュッとした口どけに、クヮジモド家総出で驚嘆した。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 春の復活祭(パ ス カ)に父さんたちが慌ただしくやって来た。汽車とか良く動いてたよねえ、連休で運休しちゃうんじゃないの?

 

 咲き始めた花畑を見に行っていたとき、鳥の連絡が来たのだ。

 

 農園ではちょっとした連絡に鳥を使っている。携帯電話とかないからね。電話自体珍しいぐらいだもの。スズメとヒヨドリの間位のコロンとしたシルエットの鳥。嘴とか顔の感じから梟の一種だと思われる。

 鳥は放し飼いにされていて、手紙運んで~って声かけて、やってきたらお願いするっていう、超アバウト飼育。運んであげるって鳥が来なければ、自分で行かなければならない。農園中心に隣近所位までしか運ばないけどね。小さいから。あれ、これって飼ってるんじゃなくて野生を呼び寄せてるの?

 

 その鳥が手紙を運んできたので、花畑で飛び回っているコガネムシをウーゴにバクッと捕まえて貰って、ご褒美に鳥にあげる。ご褒美目当てで運んでくれるみたいだから、なるべくあげてね、と云われてるのだ。

 くいっと丸まった嘴に爪の鳥はいわゆる(とり)で肉食だ。ご飯は肉とか小動物とか昆虫が良いでしょう。ビスコッティとか嗜好品の一種位の感覚であげないとダメらしい。

 

 コガネムシをバリバリ食べた鳥は花畑の側の木にちょこんと止まった。返事待ち? 手紙の裏に草の汁で『すぐ帰る』って記すと、配達して~と声をかける。バサバサッっと、さっきの鳥と、それ以外にも2羽やって来た。おおう、びっくりした。けっこう居たのねえ。

 

 くるくると首を動かして威嚇と牽制をする3羽に、どうしようかと一つため息。まず最初に運んできた鳥へはまた今度~、とワシッと掴んでポンッと空へ(ほう)った。危なげなく羽ばたいていくのを確認して残りの2羽を見れば、どうやら決着がついたのか、1羽が背を向けて飛び立つところだった。

 

 勝ち残ったのか誇らしげに胸を張る鳥の足にくるくると手紙を結ぶと、マンマだよ、マンマ、ジェルトルーデ! と宛先を言い聞かせる。

 首を傾げるように左右にくいくいと顔を回して、ホゥと気持ち高めの声で鳴くと飛び立っていった。うん、不安しかない。届かなくても仕方ないよねえってアバウト運営なので、とても緊急の時には逆に使われない連絡方法なのだ。

 

 ウーゴに帰るよと声をかけ、飛び去って行く鳥の後を追うように家に向かった。

 

 そしてやって来た父さんたちに、汽車動いてるの? ってなったわけ。

 

 大丈夫だよ、と困ったような笑顔とともに、渡されたのはイースターエッグ。途中の駅とかで買った感がありありだけど、買ってきてくれたんだからそれだけでも感謝だ。いや、来てくれただけでもありがたい。ちゃんと歓待しないとね。

 

 私はひと際はしゃいだ。甘えて、懐いて、姉や兄たちにも笑顔で話しかけた。ちゃんと英語で。カミッロとかラシェルとは英語で話したからね。

 ラシェルとカミッロも来てくれたんだよ~、とご報告。もちろん父さんは知ってたみたい。三つ子の姉兄たちは知らなかったみたいで、えー、いいなあ、と声を揃えてる。彼らが生まれた頃は二人ともすでに学校に通ってたし、卒業してもすぐ独立しちゃったので、三つ子たちは上の二人と住んだことがないんだって。

 

 コロンバを皆で食べる。マンマ(ジェルトルーデ)が焼いたものを切り分けてくれた。けっこうな甘さだけど、私の分は控えめなので満足です。

 三つ子は自分の分より明らかに少ない私のコロンバを見て、隙があれば食べてやろうと思っていた気持ちもなくなったらしく、ターゲットを同い年の姉弟に切り替えた模様。逆に父さんが自分の分を寄越そうとして来るので、イヤイヤをしておく。ロレンツォが、私があまり甘すぎるモノは好まないから、と父さんに言ってくれた。

 

 父さんは買ってきたイースターエッグがチョコだったのに気付いて、食べられるかい? と心配してくる。チョコは好きだし、すごく甘くても少しなら大丈夫、とうっかりイタリア語で返す。父さんは目を細めて、賢いねえ、とイタリア語で褒めてくれた。えへへへ。私も二ヘラっと笑い返した。

 三つ子たちにはイタリア語は通じないから、英語を話すように気を付ける。ちなみにクヮジモド家ではロレンツォくらいから英語が通じる。もっと年上になると通じなくなって、もっと年下は勉強中だ。ワイナリーのレンゾさんは仕事柄かペラペラだ。イタリア訛だけどね。

 

 そうそう、三つ子の姉兄たちを名前で呼ばないのは自己紹介してくれなかったので、正式な名前を知らないから。呼ばれてる名前を耳で覚えたきりなのよ。長幼の順で云えば、オーリィにアーニィ&アーヴィ。

 父さんが隠崎譲司ってのは知ってる。マリカお祖母さん(父さんのマンマ)からの手紙に書いてあったから。マリカお祖母ちゃんの手紙はイタリア語でクヮジモド家に届いたのを見せてもらった。途中にさらっと漢字で書かれてたから、字もバッチリさ。

 

 私の日本名も判明した。隠崎星子、私のミドルネームがエステラで、星って意味があるからだって。カレン・エステラ。イタリア風だとクレーヌ・エステッラ。

 ……ファミリーネームは何になるんだろう。インザーキ? クヮジモド? それともギャヴィン?

 

 一晩泊って、翌日早々に父さんたちは帰って行った。姉さんは疲れからかハッキリと不満顔で、兄さんたちも寝ぼけ眼でふらふらしながら。遠いからね、行きも帰りも車中泊で一晩掛かるだろう。帰りつくのは明日の朝ぐらいだ。

 

 強行軍だなあ、無理して来なくても良かったのに。

 

 玄関でお見送り。ウーゴに寄りかかって手を振りながら呟いていたら、ロレンツォに抱き上げられる。

 嬉しかった? って聞かれれば、そりゃあ嬉しいって答えるけどさ。無理してまで来る必要はない。遠いんだし、彼らには彼らの都合ってものがあるでしょう? にっこり答えて、私はもうひと眠りするって寝間に向かった。

 

 寝間は客間の一室の片隅だ。子供部屋って通称だけど、要は来客たちの子供たちがまとめて寝かされる部屋って事だ。私は常駐の来客ってことね。

 

 傍らの床にはウーゴが寝そべるための敷物が敷いてある。ウーゴは大人が四つん這いしてるより大きいから、ベッドの上にあげちゃダメなのだ。肘とか踵とか擦り剥けちゃうから敷物は藁マットを編んで貰った。ありがとう、口しか出さないのに、みんな優しいです。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 その後、大人たちが何やらいろいろ話し合いを重ねたらしく、私の聖名祝日おめでとうの時、今度の誕生日にはお迎えが来るよ、と言われた。

 

 私の聖名祝日は聖エステル5月11日だ。

 

 家族で住めるんだよ、良かったね、とみんなが喜んでくれたが、ロレンツォは微苦笑で黙ったままだ。調整とか上手くいってないのかも知れない。

 引っ越しだね、と言われたので引き取られるのは確実らしい。

 

 ――どこに行くのだろう? 誰が引き取るのだろう?

 

 いずれにせよお別れになるウーゴにくっついて過ごす。連れて行くことは出来ない。ウーゴはクヮジモド農園の番犬だし、広大な農場を自由に走り回るのがお似合いな大型犬なのだ。

 

 お気に入りの火蜥蜴(サラマンダー)を探し出してブツブツお別れを呟いていたら、譲ってくれるって。火蜥蜴(サラマンダー)一匹位どうぞどうぞって感じみたい。

 種火用のカンテラとか胡椒粒とか、石炭とか必要なものをロレンツォが揃えてくれた。

 

◇◆◇ ◆ ◇◆◇

 

 四歳の誕生日。前日にやって来たのはカミッロとラシェルだった。

 

 二人そろって丁寧に挨拶して、ラシェルはお祖母ちゃん(ノ ン ナ)ジェルトルーデさん(マ ン マ)たちと話し込み、カミッロは持ってきたカメラでバシャバシャあちこち撮りまくってる。

 クヮジモド家の人々、整然と並ぶ葡萄棚、庭のオリーブとベルガモット。この時代、写真はフィルム代がかかる貴重なものなのに、惜しげもなくシャッターを切っている。

 

 デジカメはデータだから撮った後に写された写真を見て、取捨選択ができたけど、フィルムのカメラは現像するまでどういう写真になってるかはっきりわからない。しかもフィルムの枚数制限とかあるんだよ、知ってた? フィルム交換とか簡単に出来なかったし。まあ、カミッロは魔法を使って〈手元だけ暗室〉みたいにしてフィルム交換していたけど。

 

 誕生日当日には落とさないように、と注意を受けたもののカメラを渡され、好きな所を写すように言われた。フィルム交換もしてあげるから、その都度戻っておいで、と送り出される。

 

 いつものようにウーゴと一緒に外に出た。クローバー畑、花畑、ワイナリーの片隅に出入りする猫、何してるの? と云わんばかりに首を傾げる鳥たち。台所の大きな竈、炎の中の火蜥蜴(サラマンダー)など、あちこち撮りまくる。いつも寝ていた寝間、昼寝した籐のカウチ。それから、ウーゴ、そして、ロレンツォ。

 

 写真を撮っていると別れが胸に差し迫る。――楽しかったなあ、……ありがとう、お世話になりました。

 

 次の日、カミッロに手を引かれて、私たちはクヮジモド農園を離れた。

 

 敷地が広大すぎて気づかなかったけど、私農園の外に出るの、クヮジモド家に来てから初めてだった。

 農園の出入り口で、ロレンツォとウーゴが見送ってくれてるのが分かった。大きく手を振るロレンツォに私も手を振り返す。真っ黒のウーゴがいつまでもいつまでも見えていた。

 

 って、着いて来ちゃだめだよ、ウーゴ。いつまでも見えるはずだよ。ハッハッしながら走って来たウーゴに、農園を指さして帰るよう言う。

 慌ててやって来たロレンツォがウーゴを抑え、ベロベロ舐められた顔をハンカチで拭いてくれたラシェルが苦笑いで、さようならを言うようにって私に諭してくる。

 

 そっか、お出かけじゃないんだよ、ウーゴ。……帰って来ないよ、――さようならだよ。

 いつの間にか零れてた涙を太い首に擦り付けるように抱き着いて、私はウーゴにさよならを告げた。

 

 

◇※◇ ※◆※ ◇※◇

 



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06. フランスの領主館で着せ替え人形

◇※◇ ※◆※ ◇※◇

 

 てっきりそのままロンドンまで連れて行かれるのかと思っていたら、途中下車、パリ。フランスだね。

 

 そこから不思議な手段で移動。一軒の目立たないカフェに入ったかと思ったら、大きなマントルピースを備えた煤だらけの暖炉にスルッと潜り込んだ。煙突がちょっと横についてるみたいで、奥に半畳ほどのスペースがある。

 子供抱っこだったのが、胸元に抱え込まれるようなコアラ抱っこになるよう促され、ごそごそ掴まりなおしていると、ゴウッと炎の上がる気配。ちょ、燃えちゃうから! 危ないよ!

 

 ムニャムニャって何か呟いて、カミッロは足を踏み出す。フリーフォールみたいな浮遊感が来て、トスンとどこかに着地した感じ。あまり変わり映えしない暖炉の中だけど。

 

 暖炉から出てみれば、さっきとは明らかに違う店内に出た。さっきはカフェだったんだけど、ここは何だかホテルのロビーっぽい。ワープ? っていうか、ゲート? 

 

 煤を掃うようにあちこちパタパタして再び子供抱っこへと体勢を変えてる間に、ラシェルも暖炉から出て来た。なんかこの移動方法、ちょっと出入口に問題あるんじゃない? なんでわざわざ暖炉の中なのかなあ。

 

 ホテルのロビーには何組か人影はあったんだけど、どうやらみな不思議なことをしちゃう人達らしい。暖炉からも、時々人が出てくるし。速やかに暖炉の前から()けたのは後続の人たちの邪魔にならないようにってわけだ。

 

 私を抱き上げたままのカミッロは、今度はスキップみたいな足踏みをした。

 ギュルンっと視界が回って、瞬きの後には別の場所に居た。

 

 ええっ、今度は瞬間移動? すごーい! こういう魔法魔法してるの見たことなかったかも。

 

 クヮジモド家では台所でちょこちょこっと使ってたり、酒の席で宴会芸的に披露されたり、収穫した葡萄とか運んだり、ワイン樽の中をぐるぐるしたり、ウーゴを洗ったり乾かしたり、そういう生活感あふれる使い方だったからなあ。あれ、けっこう使ってるや、魔法。意外に見てたよ、私。

 

 再び大きな玄関ホールに移動していた。(おおやけ)の所っぽい騒がしさは皆無、ただ大きさはさっきのホテルのホールくらいある。

 

 一体どこだろう? と思っていたら、私と同じくらいの身長のメイドっぽい人が廊下の先からやって来た。近づくと人じゃないのがわかる。アレかな、ゴブリンとかホビットとか、そういう小人族の人かな。ホラ魔法(不思議な事)がある世界なのだから、ファンタジックな人種がいたっておかしくない。

 

「グレートブリテン島コーンウォール、ギャヴィン家に嫁ぎしエルミオーネが娘ソランジュを母に持つ、我ら姉兄妹三人が(おとな)う。――(あるじ)はご在宅か」

 ラシェルが古めかしいフランス語で話しかける。小人族の人はお年寄りなのかシワシワな顔をしていて目がぎょろっと大きい。でも頭は白いひらひらなブリムのついたボンネット被ってるし、耳から手首(すね)までの紺のロングドレスにひらひらが付いた白いエプロンをかけている。これぞメイド! っていう姿だ。

 

 なんちゃってとかコスプレと違って、裾から下着のパニエをはみ出させたり、膝丈とか膝上のミニスカートだったり、半袖だったり、襟が大きく開いていたり、髪が結びも結いもせず下し髪だったりしない。

 大体下し髪って子供の髪形だから。大人になったら結うのが普通だ。働いてる人は何歳でも子供じゃなくて大人と見なされてるから、きちんと髪を結ってるのが当たり前だけど。まあ、最近は切り髪が流行りで、ショートやセミロングをよく見かける。ラシェルだってふんわりボブだ。

 

「主様はご在宅、暫し待たれよ」

 甲高い声で古典的な言い回しのフランス語が聞こえた。続いてパチンと指を鳴らす音。ファンタジックなメイドさんは、指パッチンで魔法が使えるらしい。鼻をぴくぴくさせて使う奥様も居たくらいだから、不思議な事が出来ちゃう世界では当たり前な事なんだろう、たぶん。

 

 時代がかって、お芝居見てるみたいだね。ござそうろう、とか言い出しちゃうのかな。

 

「久しぶりだね、ラシェル。……おお、その子が? カミーユ?」

 パチン、と指パッチンの音とにこやかな挨拶と共におじさんが現れた。カミーユってのはカミッロのフランス語読みかな。発音的にイタリアよりの名前だものねカミッロって。ちなみにラシェルはフランス語読みの名前。イタリアだとラケーレ、英語だとレイチェルだ。

 

「ええ、末の妹です。クレーヌ・エステッラ」

 私の事だ。イタリア風だけどフランス語読みでもある。クヮジモド家じゃカリーナかバンビーナって呼ばれてたからクレーヌっていうのは新鮮だ。

 

「こんにちは、初めまして」

 ちゃんとフランス語で挨拶。

「おや、初めまして。グザヴィエ・アルチュール、ド・ラ・ゲール家の当主だよ。君のママンの従兄に当たるんだ」

 おお、大陸(フランス)のケルト族の一族、ド・ラ・ゲール家だね。最初に預けられてたギャヴィン家のアルフレッド伯父さんも彼の従兄弟だ。エルミオーネお祖母ちゃんとは会った事ないんだけど、先にこっちに挨拶に来ちゃってよかったのかなあ。厳格そうなお祖母ちゃんだって雰囲気じゃない? 父さんの話によれば。

 

「従兄……」

「そう。親が兄弟同士の事を言うんだよ」

 ザックリとした説明ありがとうございます。エルミオーネお祖母ちゃんの実家って事だ。父さんにとってのクヮジモド家と同じ感覚だろう、母さんにとってのド・ラ・ゲール家は。

 

「学校で一緒だったミシェルのお父上でもあるのよ」

 ラシェルが説明を加える。知りませんがな。えーと、ミシェルって又従兄? ロレンツォとかと同じだね。ラシェルはフランスで学校に通ったの? だから、フランス語がペラペラなんだね。彼氏とかだったりして。え、ロレンツォはカミッロと同じ学校だったの? へえ、そうだったんだ、面白いね。

 

「君はビックリするくらい伯母上の小さい頃に似ているねえ、この巻き毛なんかそっくりだよ」

 ふわっと頭を撫でられてニコニコと告げられる。巻き毛の房をぽよんぽよんされる。ちなみにずっとカミッロに抱き上げられてるので、垂直になるほど見上げなくても良いから楽ちんだ。でも顔が近い分いろいろ良く見える。

 

 母さんの従兄のグザヴィエさんは黒っぽく見えるほどの藍色の目をしている。母さんも青い目だったそうだから、エルミオーネお祖母ちゃんもそうだろう。(うち)ではオーリィだけが母さんの青い目を継いだんだけど、ド・ラ・ゲール家っぽい容姿を継いだのは、むしろ私みたい。このミルク色っぽい髪がド・ラ・ゲール家特有なのだそうだ。そう云われて見れば、グザヴィエさんの髪は白っぽい。茶髪系の亜麻色、ベージュっぽい感じの淡茶色だ。

 

 南イタリアで農園を駆け回っていた私の肌はアプリコット色に陽に焼けている。髪がほとんど白いので、どうかすると地肌の方がこんがり色濃く見える。こういうミルク色の髪がド・ラ・ゲール家の子供たちの特徴なんだそうだ。

 10歳前後からだんだん濃くなって、思春期が過ぎて成人する頃には、淡茶髪に落ち着くんだそう。つまり、私も将来的にはグザヴィエさんみたいなベージュっぽい淡茶髪になるのだろう。

 

「……娘はいいねえ」

 なんかグザヴィエさんからオファーが来た。これって私の苗字がド・ラ・ゲールになっちゃう感じ?

 

 くいっと向きを変えられて、カミッロの服しか見えなくなる。チラッと視線を流せばカミッロの隣に立っているラシェルは苦笑していた。

 横目でカミッロを窺えば、超笑顔でグザヴィエさんと相対していた。にっこりと無言だ。こんなところで日本人の血が発揮されたのか、御あいそ笑い全開。アルカイックスマイルだ。怖っ!

 

 対するグザヴィエさんはさすがの貫禄で、余裕で相対している。若々しい言動から軽妙に見えるけど、壮年のド・ラ・ゲール家の当主だ。二十歳そこそこの若造なぞには押し負けない。むしろ圧し返す。

 

 そんな威圧合戦を私を挟んで行わないでもらいたい。

 

 幼女の必殺技を出しちゃうぞ。『泣く』が生易しく感じる『おしっこ』を炸裂させたろうか。などと()()()でプルプルしていると、どういうやり取りが交わされたのかグザヴィエさんに抱き渡された。

 

 フリルとレースがあしらわれた古風なシャツと渋い青のベスト。染色技術は現代風ではっきりと濃い染めの青だ。ロイヤルブルーっぽく、とてもおしゃれ。さすがおフランス。カミッロよりもぐっと安定感のある抱き方で、背中をポンポン叩いてもくれちゃってる。うん、パパ業が()()にいってる。

 

 汽車を乗り継いで直接来たから、疲れてたのかな、誘われるように眠い。個室(コンパートメント)でも寝倒してきたのに。イギリスからイタリアに行った時みたいな汽車で車中泊こそしなかったけど、朝早かったし。ううう、眠い……寝る。ぐう。

 

 

 ド・ラ・ゲール家には数日滞在した。

 

 到着した日は途中で寝ちゃったのでどういうやり取りがあったのかは知らないけれど、宵の口に起こされて、ポリッジっぽいものを少々食べさせられた。夕食抜きで寝ちゃうなよって事だ。食べさせてくれたのは、例のシワシワのメイドさん。出迎えてくれた、人じゃないっぽいファンタジックな種族のヒトね。

 古典的な言い回しで喋りは時代劇風だけど、寝ぼけてた私の()()()()とした()()()をとても辛抱強く待ってくれる、良いヒトだった。

 

 出されたポリッジを食べ終えた後、蒸しタオルで顔とか体とか拭かれて、寝間着に包まれて再びベッドに寝かされた。やっぱりファンタジックな種族らしく不思議なことができちゃう系だったよ。

 指パッチンでシュルシュルとパジャマが踊ったりベッドがぴっしり整ったりするのは感嘆した。まあ、寝かしつけられれば、おやすみ3秒ですが。すやぁ~。

 

 滞在中はグザヴィエさんと奥さんのフルールさんに超可愛がられた。何でもド・ラ・ゲール家って女の子が生まれにくいらしく、軒並み息子のオンパレードらしい。エルミオーネお祖母ちゃんが久しぶりに本家で生まれた娘さんで、とてもチヤホヤされて、一目惚れの我を通してイギリスに嫁いだそうだ。

 

 結婚してド・ラ・ゲールじゃなくなっても、珍しく生まれた女の子なのには変わりないし、母さんも姉妹なく娘一人だったのでけっこう可愛がられたみたい。姪っていうのもレアな存在なんだって。さすがにその子供(私たちの代)ってなると女の子もポロポロ生まれるそうだけど。

 母さんはラシェル(姉さん)も通ったフランスの学校に通ったし、長期休みの時もこの館に滞在したりしてたんだって。

 

 母さんは金髪碧眼で、典型的なイギリス美人だ。凛とした美人だったけど、ド・ラ・ゲール家っぽくはなかった。

 ラシェルは日本人の血は1/4(クォーター)だけど、ちょっとだけ1/2(ハーフ)っぽい容姿をしている。

 オーリィは黒髪でコケティッシュだけどド・ラ・ゲール家っぽくはない。

 そこにきての私、らしい。外見にド・ラ・ゲール家の特徴が出てるから、ド・ラ・ゲール家の娘っぽくてカワイイ、とのこと。

 

 ミルク色のカールした髪の女の子がズラッと並んだ肖像画の間は圧巻だった。目の色は青がメインだけど、碧っぽい色やヘイゼルにグレイとかも居るし。おまけにエルミオーネお祖母ちゃんの子供の時の肖像画は、うん、私に似ててびっくりした。

 あれ、でも肖像画的特徴から言えば三つ子のうちの二人の兄たちの方が似てる……ああ、男の子はお腹いっぱいお呼びでないってこと? そうですか。

 

 べたべたと可愛がられるのって意外に疲れることが判明。フリフリレースの可愛らしいサマードレスとか、リボンとフリルの子供服。リアルロリータね。嬉しそうに着せ替えされたんだけど、とても気疲れ。真っ白なレースにフリルは外遊びには向きません。

 

 犬の鳴き声が聞こえたり、キレイに整えられた庭園とか、お外にも興味があったんだけど、滞在中屋外へは一歩も出られなかった。

 

 柔らかくてきれいな室内履きは絨毯敷きの部屋か廊下を歩くのにしか向きません。地面や、石畳さえ想定外らしい。細かなビーズのきらめきが、ガラスじゃなくて天然石っぽいと、もうね、気を付けちゃう。まあ、仮に飾りが外れても、例のファンタジックなメイドのヒトたち(複数いた)が探し出して拾っておいてくれるだろうけれど。

 

 

 ほどなくお暇することになり、再びグザヴィエさんとカミッロは微笑ましいアルカイックスマイル合戦を繰り返した。

 今回はフルールさんとラシェルのオホホホ合戦も隣で繰り広げたられた。

 

 ちなみにグザヴィエさんには例のミシェルという援軍が参戦している。グザヴィエさんとフルールさんの息子で、ラシェルと同じ学校出身ミシェルは、髪はほとんど黒に近い濃い褐色のウエービーで目は明るい青灰色(ブルーグレイ)、顎がちょっと割れてる。

 

 割れ顎はクヮジモド家でも目にしてたけど、おっちゃん(レンゾさん)だったり女の人だったし、子供たちはジッとしてないし。だからミシェルに抱き上げられた時、挨拶しながら指で溝をなぞってみちゃったんだよねえ。髭もキレイにそり上げてるし、お尻みたいなグイッて感じじゃなくて、四角い顔ですって感じの割れ具合だったから、つい、するするっとね、気になって。

 

 ……なんか気に入られたみたい。挨拶(ちゅっちゅか)されながらカワイイ!ってすりすりされたけど、うん、天使みたいでカワイイと言われ慣れてる私としては、わりと当たり前な出来事なので、にっこりスマイル炸裂しておきました。にへら。

 

 カミッロとさすが兄妹と感心してもらうほどのアルカイックスマイルでした、まる。

 

 



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07. ヴェルサイユに響く鐘の音

※※ ※ ※ ※※

 

 その後、ロンドンの父さんの所に送り届けられるのかと思っていたけど、カミッロは私を抱き上げたままだった。

 

 不思議なステップの瞬間移動と暖炉から暖炉へのゲート移動を何度か繰り返し、とあるアパートの一角にたどり着いた。パリじゃなくて、ベルサイユ近郊、ド・ラ・ゲール家が所有している一室だ。一室と云ってもいわゆるマンションの一室なので、それなりに広い。ド・ラ・ゲール家から直接借りたらしい。

 

 いらっしゃい、とラシェルを先頭にカミッロに抱き上げられたまま、部屋ツアーを敢行された。

 あれだよ、箱庭ゲームのシム系で、新居に入居したシムたちがしてたヤツ。あれやこれやと部屋を回って、トイレの便器やキッチンのシンク、ベッドや机、照明器具までいちいち指差ししてダメ出しや思い出し笑い、がっかりしたり喜んだりする、例のツアー。現実でやられるとは思わなかった。これって欧州では普通なの?

 

 間取りは日本で云う3LDK、ゆったり広め。リビングには大きな暖炉がドカンとあって、何と我々はそこから這い出て来たのだ。

 キレイに煤を掃って広めのリビングを一回り、玄関はこっちだよと案内されるすぐの所にレストルーム。ちゃんと水洗で手洗いボウルも蛇口もある。もちろんドアを開けて中を確認した。さすがにシャワートイレじゃなかったけど。

 

 玄関はバリアフリー……うそ、靴脱ぐ習慣がないから、段差がないんだよ。玄関って云われなきゃ部屋のドアの一つと勘違いするような作り。基本的に廊下がない間取りだからね。当面一人で玄関のドアの外に行ってはいけませんって言われた。

 

 部屋割りは、主寝室がラシェル、別の寝室がカミッロ、一番小さい部屋が私、だそうだ。年功序列だって。つまり、私はここで暮らすのだ。

 私の部屋が出来るなんて!って、ヨーロッパで4歳じゃ当たり前なのかな? 日本だったら、まだまだママと一緒だろう。まあ、私のママは死んじゃって居ないんだけど。

 

 ラシェルの主寝室のエンスイートはバスタブ付き。細長くて、シャワースペースと猫足バスタブが並ぶバスルームと、トイレとビデのあるレストルームが左右に振り分けられている。洗面台は大きな三面鏡付きで真ん中にあり、機能的だ。

 エンスイートって部屋についてるバスルームの事ね。トイレと洗面台にシャワーとかバスタブとかついてるもの。ホテルとかの部屋についてるのを想像すれば目安となるでしょう。

 

 私とカミッロが使うバスルームはもう一つの方。案内されればこっちは広々してた。シャワーブースもあってバスタブもある。日本人的にシャワースペースで体を洗ってバスタブに浸かるって方式もとれそうだ。トイレとビデが並んでるところは開放感がありすぎる気もするけど、小さく区切る個室に慣れた日本人の感覚だろう。洗面台にはカミッロの細々した物が並ぶが、踏み台も置かれていた。ラシェルのエンスイートにも踏み台はあったし。どちらも私が一人で使えるように、との配慮らしい。

 

 カミッロの部屋もツアーの順路らしい。青と緑のモザイク調でとても私の好みに合った。

 ラシェルの部屋は良くも悪くもシンプルで、白い壁に木目の家具、柔らかな天蓋付きのベッドは牡丹色がメインな感じで、見慣れたヨーロピアンな感じだった。

 カミッロの部屋はエキゾチックだ。モザイクって見せられない部分を隠すって意味のモザイクじゃなくて、もともとの方のモザイクね。モロッコ風っていえば分かりやすいかな。ラグにしている絨毯だって中東風で、とても雰囲気がいい。雑貨屋気分であちこち見て回っていると、私の部屋へと案内された。

 

 私の部屋はもともと納戸とか書斎とか、いわゆるサービスルームらしい。でも壁は真っ白だし、可愛い家具も並べられてあるし、足元には花柄っぽい明るい色調の中東風の厚手の絨毯も敷いてある。シングルベッドもあるし、ハンモックも吊ってあった。

 大きな窓だと思っていたのは、窓風の絵だった。ラシェルと二人で渾身の作だよ、とカミッロの言う通り、動く風景画だ。スクリーンに風景画像が現実の時間でリンクされてるって言えば分かりやすいかな? 景勝地のライブ画像を放映してますって感じ。魔法の窓だって。

 

 私の部屋のカラーはオレンジと黄色と緑、壁の白に家具の木の色。ベッドや家具はヨーロピアンで、ファブリックがモロッコ風の折衷なエキゾチックさですごく良い。どうも部屋をざっくり用意したのがラシェルで、こまごまと整えたのがカミッロとのこと。うん、カミッロとは趣味が合いそう。きゃあきゃあ喜んで見ていれば、二人とも満足そうに頷いていた。

 

 すっきりとしたダイニングキッチンはちょっと旧式。薪式のクッキングオーブンが暖炉と兼用っぽくなってる。アイランドカウンターがあって、6人掛けのテーブルのあるダイニングスペースもある。

 神棚っぽく一か所だけ装飾されてる吊戸棚は家事妖精(ハウスエルフ)のためのものだから、中身を持ち出したりしないようにと注意された。この屋敷には家事妖精(ハウスエルフ)の一種シルキーが住み着いてるらしく、この部屋にも来てくれるとのこと。

 

 このマンションは建物丸ごとド・ラ・ゲール家の持ち物。何でも元はフランス貴族で領地もあるお金持ちの一族とのこと。さもありなん、な、お屋敷だったものね、滞在した領主館も。

 ここはベルサイユ宮殿が機能していたころからの建物で、貴族的視点で云えば「上流と云えば言えるし、中流よりはよろしいようで」というランクだそうだ。そのド・ラ・ゲール家の元お屋敷を、改装して中を区切って賃貸しているマンションの一室というわけ。

 

 お屋敷時代から住み着いてるシルキーたちが数人いるらしいが、居住者が気に入らないと現れないし、家事もしてくれない。でも、不思議なことをしちゃう系の住人たちは対話の後に契約を結び、家事を任せているんだって。

 

 シルキーはシルクのエプロンドレスを着ている女性体だけど、喋らないし声は出ない。言葉は通じるのでお願いすればやっておいてくれる、とラシェル。ド・ラ・ゲール家にいたファンタジックなメイドさんとはまた別なファンタジック種族だってさ。

 

 このマンションは日本人的感覚から云えばかなり広々だけど、フランス的感覚だと核家族向けの一般的なマンションで、このフロアには3軒あるそうだ。フランスで云うアパルトメント。5階建てでエレベーターはまだなくて、ここは3階だって。下の階の方が広々間取りらしいけど、姉兄妹3人で住むならこれくらいがいいでしょう、と勧められたそうだ。フルールさんに。

 

 

 ラシェルとカミッロは違う学校だったけど、それぞれ全寮制の、不思議な事出来ちゃう系の学校に相次いで入学したそうだ。年齢的には二つ違いだけど、学年的には一年違いで。

 

 カミッロが一年目を終えた夏、家に帰ったら、弟妹達三つ子が産まれたんだって。ラシェルもカミッロも、弟か妹が生まれるってのは手紙で知ってたけど、実際帰ってみたら、母さんのお腹はビックリするほど大きいわ、産まれてみたら三つ子で唖然呆然だわって感じみたい。

 その夏は、赤ん坊たちが順番に泣き続け、ひたすら手伝いに明け暮れて宿題どころじゃなくて、ラシェルもカミッロもこっちこそ泣きたいよと愚痴りあった。ラシェルは友達の手紙にまで愚痴を書き送るほど、くたくただった。

 

 どこからかその話を聞きつけたド・ラ・ゲール家が、ここを紹介してくれた時は、二人とも大喜びで飛びついたんだって。その時は4階の、もっとこじんまりとした2LDKSを勉強部屋に借りたそう。リビングとダイニングが一体となった簡易タイプでバスルームも一つ、納戸兼書庫が付いた2ベッドルームのアパルトメントだったって。

 

 カミッロが卒業した後も、ラシェルだけは上のその部屋で住んでたみたいだけど、今度は私も一緒に、ついでにカミッロも住むからって、下の階のゆったり間取りのこの部屋に引っ越してきた、というわけ。カミッロは学校卒業後、卒業旅行兼仕事探しで旅人してたんだけど、今回まとまった仕事をフランスでしばらくするみたい。

 ラシェルは教育関係の仕事がメインで、今まではあちこちの臨時講師をしてたんだけど、今回年契約の講師の仕事が決まったんだって。フランスの学校を出ているラシェルは当然フランス語は出来るし、英語も出来るから、語学系の仕事もあるみたい。エキゾチックな血筋だからね、私たち。

 

 ラシェルは私にイタリア語で話しかけてくる。うん、音的にフランス訛りのなんちゃってイタリア語だけど。カミッロは英語訛で普通にイタリア語が出来る。幼児語だけど私がイタリア語もフランス語も英語もペラペラなの知って、刺激されたのもあるだろう。

 私たちにはフランス、イギリス、イタリア、日本の血が流れてるから。この4つの言語を操るマルチリンガルになれる可能性を、維持するように考えてくれてるみたい。まあ、私は語学系チートなので、もうすでにマルチリンガルですが。

 

 日本のお祖父ちゃんと文通できるよと、筆文字の手紙を見せたら驚いてたし。マリカお祖母ちゃんが簡単に書いてくれてるんだよ、とイタリア語の手紙を見せれば納得しかけて、字が読めるって再び驚いてたけど。そういえば私4歳だった、てへっペロ。

 

 ラシェルとカミッロは、父さんと母さんが結婚してしばらく住んでいたイタリア生まれ。ラシェルが私くらいでカミッロがまだ赤ちゃんの頃、イギリスに移住してきたんだって。

 

 ちょうどそのころ、世界一周豪華客船の旅っていうのに出かけようとしたらしいけど、カミッロが熱出すわラシェルがぎゃん泣きで嫌がるわで旅行を諦め当日キャンセル。その分少しいい所に引っ越ししたって父さんが言ってたらしい。

 それが今父さんたちの住んでる、ロンドン市街のマンション。ここと同じような間取りだけど、主寝室以外の寝室は二つともカミッロの部屋位広くて、どの部屋にも窓があるんだって。

 

 自分の部屋がそれぞれあったラシェルとカミッロだけど、三つ子たちが生まれてからは、将来的にラシェルがオーリィと、カミッロがアーニィとアーヴィと一緒の部屋になる感じで、学校から帰るのが憂鬱になる勢いだったらしい。だからこその、ド・ラ・ゲール家の申し出に二人は飛びついたんだって。

 

 当然父さんはいい顔をしなかったけど、母さんは従兄とか伯父さんや祖父母のいるド・ラ・ゲール家を(ちか)しく感じてたから一も二もなくOK。

 父さん的には二人の勉強部屋にしぶしぶ、母さん的にはセカンドハウス的にウェルカムで部屋を借りてたというわけ。

 

 ちなみに、当日キャンセルした豪華客船ってのはあのタイタニック号だ。

 

 沈んだって聞いてびっくりしたわ、とラシェルはさらり。カミッロも苦笑い。どうも不思議な事出来ちゃう系の能力(ちから)の発露の一環として軽い予知は()()とのことで、二人の態度はそういう解釈がされてたらしい。

 まあ、たとえ乗船してても、例の不思議な移動方法とかで逃れられただろうって、のちに父さんと母さんと話しあってたみたい。とてもとても寒い道行になっただろうから、乗らなくて正解だったねって。

 

 ――異世界に転生したとばかり思ってたけれど、過去に生まれちゃったのかな? タイタニック号って第一次世界大戦より前の時代だよねえ、確か。例の、あの映画でちょっとググった記憶あるし。パラレルワールド的な転生かなあ。まあ、不思議な事(ま ほ う)とかファンタジックな種族とか生物とか居るから、異世界ってのもあながち間違いじゃないとは思うけどさ。

 

 最後に紹介されたのが、ラシェルのペットとカミッロのペット。同居ペットだね。

 

 ラシェルのペットはワシミミズク。黄褐色と生成りと黒の縞々でまだらな模様に、キュッとした眉毛みたいな羽角(ミ ミ)と黄みがかったオレンジの目をしている。でっかい猛禽だ。伝書鳩みたいに手紙や荷物を配達したりする。それなんてハリポタ? って感じよねえ。名前はM.(ムッシュ)デュフトゥ。英語で言えば、Mr.フラッフィ、ふわふわ殿ってトコかな。発音がネイティブで難しい。下唇は噛んで!

 

 カミッロのペットは大型の猫。耳が犬のパピヨンみたいに大きくて広がっている。メインクーンとかノルウェージャンフォレストキャットとかなのかな。普通の猫の倍くらいあるんじゃない? 超可愛い。シルバータビーで足先とか口元とか尻尾の先とか黒っぽい、目はヘイゼルっぽい黄色。名前はアルジェント。イタリア語で銀色って意味だ。凛々しくてワイルドな感じだけどメスだって。

 

 私も火蜥蜴(サラマンダー)を紹介する。名前は炎子(エンクォ)と決めておいた。日本名だけど発音はイタリア風で性別不祥な感じにしている。だって蜥蜴の性別とか色以外じゃ区別できないし、火蜥蜴って赤っぽい色は生息地とか出生場所変わるから雌雄の区別できないし。何より、火蜥蜴の雌雄の見分け方、誰も知らなかったみたいで、私も教えてもらったことない。

 

 M.(ムッシュ)デュフトゥはラシェルの部屋かリビングにある止まり木にたいてい止まっている。寝る時用の巣箱がラシェルの部屋には在るから、止まり木に居ない時は巣箱を覗く。出かけてなければ巣箱にお饅頭みたいになって寝ている。

 

 アルジェントは巨猫だけど身軽にあちこちを移動している。欠伸してる時の牙なんか二度見するほど大きく鋭いけど、意外に懐っこく、私の部屋のハンモックによく来る。夏になるとお気に入りの場所になるのかも知れないけど、私もお昼寝はそこでするつもりなので、今から場所争いが心配だ。

 

 炎子(エンクォ)はリビングの暖炉かキッチンの竈に常駐させている。主に暖炉かな。クヮジモド家のキッチンにあったデカい竈じゃなくて、コンパクトなおしゃれなクッキングストーブがキッチンにはある。

 上部鉄板コンロには丸い三ツ口と四角いプレート、オーブンが一つにあとは焚口と灰受け。幼児な私はキッチンストーブには触れちゃダメみたいだったので、リビングの暖炉というわけ。朝晩の涼しさに暖炉にちょこっと火を入れたりするからね。ランタン常備で、炎子には狭苦しい思いさせちゃってるかもだけど。

 

 

 ラシェルは夏休み明けの新学期からの講師なので、前職の引継ぎと準備に余念がない。家庭教師系は軒並み引き継いで来たらしいけど、翻訳とかがちらほらあるみたい。

 そんなラシェルはついでとばかりに私にも家庭教師してくれた。フランス語と英語のバイリンガル教育です。フランス訛りなへなちょこイタリア語は私が笑いながら返事するので諦めたらしい。うん、ごめん。フランス訛りちょうウケる。

 

 カミッロがイタリア語担当になったのか、このごろはカミッロとはイタリア語でしか話さない。陽気な調子はクヮジモド家を彷彿とさせて、懐かしくも楽しい。英語訛は気取った感じもするけれど、私がシチリア訛を披露したら、訛らないように気を付けるようになった。なので私も訛りを気を付けるように言われた。シチリア訛はどうやらべらんめぃな感じに聞こえちゃうらしい。ムズイね、どうも。

 

 



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08. バカンスは寝台列車に乗って

 

 カミッロは農園でパシャパシャと大量に撮っていた写真を現像して、丁寧にアルバムに(しつら)えてくれた。

 

 “農園”だとか“屋敷”だとか、タイトルを付けて写真を貼っていく。そこに私が、このブドウはワイン用、こっちはベルガモットでこれはオリーブ、などと言ったコメントを、カミッロが丁寧な飾り文字で書きつけてくれた。イタリア語とラテン語のちゃんぽんだけど。

 単語とか説明はイタリア語で、ちょっとした格言やポエムっぽいのはラテン語。その方が()()()からね。カッコつけたいときはラテン語って云うのは、ヨーロッパでの常識だからさ。

 

 “言葉を話さない友達”と題された一冊にはウーゴをメインに火蜥蜴(サラマンダー)たちや猫たち、伝言の鳥たちなどが写真の中を走り回っていた。うん、写真、動くから。

 どういう技術なのか、駅舎でカミッロが買っていた新聞の写真も動いていた。印刷された写真の動きは、現像された写真よりも限定的で繰り返しが多いけど、動くものは動く。先進的だよねえ、3Dとかホログラムとかとは、また違うんだろうけどさ。あれ、どうやって印刷してるんだろう。

 

 出来上がったアルバムが、あまりに素晴らしいのでラシェルにも散々見せて、カミッロにも何度もお礼を言った。

 その後、こういう仕事をすればいいのに、と呟いたらその気になったようで、写真旅行記なるものを企画したようだ。今までの旅行で撮り溜めてた写真を整理し、見本品を作るつもりらしい。

 

 まあ、女の子がメインだったりツーショットだったり、ちょっと危ない(エッチな)シーンとかは抜かないとまずいからね。題名が女性名のアルバムがそのまま女性遍歴だとしたら、カミッロはとてもプレイボーイだ。何冊あるんだよ。

 うっかり見始めた私からさり気なく取り上げて、手が届かない所へ仕舞い込まれるほどに教育には悪いらしいから。チュウしてるところとかベッドの上で半裸っぽい姿とか、絡み合ってるとか、ええ、見てませんとも~。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 部屋は快適だ。

 

 シルキーが世話をしてくれるのにも慣れた。彼女たちはシルクのエプロンドレスこそひらひらして目に映るが、本体は透けてる幽霊然とした風体だ。物理的に触れられないので、家事仕事は100%不思議現象になる。魔法だね。

 クッキングストーブのオーブンからラムラックのグリルがふわふわと出てきたり、シーツやブランケットがふぁさっと踊ってベッドメイキングされたり、なんとお風呂で髪を洗ってくれたり、背中を流してくれちゃったりもする。

 

 お風呂と云えば、ラシェルのバスルームにもカミッロと共用のバスルームにもバスタブがあるけれど、これは我が家の特注リフォームだ。ラシェルもカミッロも、父さんが日本育ちの日本人ハーフなためか、当たり前にバスタブにつかる習慣がついている。

 クヮジモド家でもバスタブはあったから気づかなかったんだけど、この辺りではシャワーで済ますって云うのが一般的だそうだ。つまりバスタブがない。イギリスもそうだって。イタリアではローマ伝来って文言がまかり通っていて、その一つが入浴文化だった。それともクヮジモド家のジョーク? たっぷりの石鹸と大きな海綿スポンジで体中を泡もこもこで洗ってもらったりしてたよ。テルマエだね。

 

 魔法で進行していく家事仕事が、ホント興味深い。見られてると働けないっていう、どこぞの鳥の化身とか職人小人さんと違って、シルキーは私がガン見してても頼まれごとをこなしていく。

 羽ハタキや箒や塵取りが独りでに掃除をして、洗い終わって水気を拭いた食器がキャビネットに仕舞われ、ふわりと乾いた衣類が畳まれそれぞれの部屋へ漂う。良いね! これぞ不思議系のまさしく魔法。いつまで見てても飽きない。

 

 シルキーたちは家事仕事をする存在なので、私の子守(ナニー)は本来ならば範囲外。でも、ペットの世話をするのと同じ感覚くらいで世話してくれる。部屋の備品の一つと思われてるのかな? 観葉植物的なノリで。水を上げて陽に当てて、葉の手入れをする。ご飯を上げて寝床を掃除して、お風呂に入れる。うん、ペットっぽい。

 その点、ド・ラ・ゲール家に居たシワシワなメイドのハウスエルフは会話が可能で、もう少し人間味があったなあ。イギリスでは人気の種族だって云ってた。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 ようやく部屋にも慣れたかな~って頃、本格的に夏になって、バカンスに行くことになった。

 バカンスと云っても行先はイギリスで、父さんたちの所と母さんの実家のギャヴィン家にご挨拶に行くみたい。

 

 ド・ラ・ゲール家で滞在した数日中にトランク一杯貰った子供服のうち、外出用のサマードレスを着て、エナメルの靴にひらひらの帽子もかぶる。丸い輪っかが持ち手のポシェットを持って。ヤバい、ちょうロリータファッションでマジ可愛い!――ええ、自分ですけど、なにか?

 

 トコトコ歩く私の手を引くのはラシェルだ。カミッロだと手を繋ぐのにちょっと高さが合わなくて中腰になっちゃう。だからいつも抱き上げられるのだ。ロレンツォもそうだったのかな。たいてい抱っこしてくれてたけど。

 

 暖炉ゲートと不思議なステップで、ワープ移動と瞬間移動をこなし、駅舎に着く。思うに、暖炉ゲートのワープ移動はゲートを固定しているから長距離が可能で、不思議なステップの瞬間移動は個人の短距離用なのかもしれない。

 暖炉の移動では、やっぱりどこかのロビーみたいなところを中継したし、ステップでくるりの瞬間移動で駅舎に到着したからね。

 

 列車は寝台車だった。車中泊するみたい。個室(コンパートメント)に入ってすぐカミッロはアルジェントのリードを外した。そう、バカンスで家を留守にするからペット同伴だ。ラシェルのM.(ムッシュ)デュフトゥは一足先に飛ばしてある。伝書だね。それなんてハリポタってニヤニヤしちゃったよ。

 

 私も炎子(エンクォ)を連れて来てる。ラシェルが持って来てるM.(ムッシュ)デュフトゥ用の鳥籠にカンテラとか炎子(エンクォ)用の籠とかまとめて入れて持ってもらってた。サイズ的にM.(ムッシュ)デュフトゥがみっしり詰まるだろう位の大きさしかない鳥籠だけど、私が持つには大きいからね。もっとも、不思議な事が出来ちゃう系の鳥籠らしく、見た目より中は広くなってるみたい。

 

 私が持ってたのはアルジェントのリード。けっこう力強くぐいぐい引っ張られたりしたけれど、カミッロが私の面倒を見るようにアルジェントに頼んでからは、近くを歩いてくれた。気を取られてキョロキョロしてると、意外に低い声でミャウ! って鳴いて叱られたけど。うん、私がリードに繋がれてたみたい。よろしくね、アルジェント姐さん!

 

 トイレに行くとき以外は個室(コンパートメント)から出ないように注意された。まあ、治安的なモノは前世の日本と比ぶべくもなく悪い。壊滅的とは言わないが、人攫いに遭う的なコトは脅し文句ではなく諭された。

 トイレも一人では当然ダメで、カミッロかラシェル、またはアルジェントを連れて行くように言い聞かされる。個室の並ぶ客車のトイレならば、等級的に安全らしいが、年齢的に単独行動は禁止だそうだ。

 

 

 夕食は食堂車。子供やペットはお断りな感じだったけど、ラシェルもカミッロも、私やアルジェントは躾けが行き届いてるから大丈夫と、それドコのモンペ? って言葉をウェイターと交わして、何食わぬ顔で4人掛けのテーブルに着く。

 

 ラシェルと私、カミッロとアルジェントに分かれて座る。ファンタジー種族が給仕してくれるのかと思ったら、普通に人のウェイターが料理を運んできた。

 

 ラシェルとカミッロは通常のコース、私はお子様向けの半コース、アルジェントは猫向けのコースだ。

 判りやすく言えば、イタリアンな方式で前菜とサラダが一皿、スープとパンに肉料理とチーズ、デザートとコーヒーという給仕だ。

 私のはメインの皿に前菜とサラダと肉料理がハーフサイズで並べられ、スープも大人向けのスープボウルじゃなくてスープカップに注がれパンとチーズも半分、それらが一度に来た。カトラリーもオードブル用がサーブされたけど、両手に持った私を見て、ウェイターがにこやかにデザートナイフとフォークを持ってきた。うん、ちょっと大きかった。スープスプーンさえ軽食用のミニサイズだ。

 猫用のアルジェントにはメインの皿に細切れの前菜と肉料理が大人コースと同じ(いろど)りに盛り付けられていた。細かくないと皿から引きずり出して食べるからね。ここの食堂車のスタッフ、判ってるぅ。

 

 クヮジモド家では()()()をし慣れてたので、今は自分で使うナイフとフォークは要練習だ。前世ではいい歳だったのでフルコース位のテーブルマナーは備えてたけど、幼児の手で切り分けるのは難しい。慣れるまでアメリカ式でいいわよ、とラシェルがザックリ切ってくれた。

 ラシェルの言うアメリカ式とはフォークのみで食べること。片手でね。最初にザクザク切り分けてから、利き手でフォークを握って食べるのだ。最後までナイフとフォークを両手で持って食べるのが普通のマナーだけど、出来ないなら仕方ない、片手で食べても良いですよ、ということだ。ヨーロッパ人はアメリカを一等低く見てるからさ。この植民地上がりが! ってわけ。

 

 刺して食べるだけなら簡単なのでパクリパクリと食べ進める。大人だった記憶があるのでついつい大きく口に運びがちだけど、幼児の私の口は小さいし歯だって乳歯だ。お肉は硬いのでよく噛んで食べましょう。

 ガッツリかき込むように食べるような性格の大人じゃなかったから、ちまちま口に運ぶのも、むぐむぐ何度も噛むのも、楽しんでいられるけど……これ、どんぶり(メシ)かっこんでむしゃあって男だったりしたら、幼児の食事にストレス感じるだろうなあ。

 

 列車でもラシェルの方針なのか、カミッロとはイタリア語で、ラシェルとはフランス語で私は話していた。ラシェルとカミッロとは英語で話す。トリンガルだね。列車のスタッフはフランス語でした。

 

 

 翌朝、モーニングコーヒーと軽食が個室(コンパートメント)に運ばれてきた。

 

 たっぷりのミルクとクロワッサン、蜂蜜とバター。小さなボウル一杯のフランボワーズ。花瓶に花が添えられている。

 

 あまり気にしてなかったけど、ラグジュアリーなこのシート、お高いのでは? グリーン車的に。

 この世界では乗り物に一等とか二等とか等級があるのが当たり前だから、この個室(コンパートメント)は相当()()等級に違いない。木目も艶やかな家具調のシートは何とか織って感じのゴージャスさだし、クッションも効いてて柔らかい。

 

 ほのかに温かく意外に美味しいクロワッサンを一つ食べて、カフェオレをミルク多めで飲み、デザートフルーツの木苺。甘酸っぱい。

 数粒ずつ分けた後、カミッロは山盛り一杯のシュガーをボウルに入れガシュガシュ潰し、ミルクをひたひたと注いであーんしてくれた。美味しい。ラシェルも酸っぱかったらしく、横からスプーンを差し込んで食べている。結局カミッロも同じく。

 アルジェントは味無しジャーキーみたいなものを一かけ貰っていた。両手で押さえながらクチャクチャ噛んでた。カワイイ。

 

 食後身支度を整えてるとすぐに駅に着いた。終点だ。フランスの北端になるのかな? 海峡を渡るトンネルはまだ掘られてなくて、一度下車して船に乗り換えるみたい。

 

 私がイギリスからイタリアに行った時は途中で寝ちゃったし、眠ってる間に運ばれたらしい。籠()()赤子だったからね。たびたび目覚めた時はちょうど列車の中から車窓を眺めてたので、ずうっと列車の旅だと思ってた。

 

 英仏海峡はまだ地続きじゃなくて、イギリスは島国だ。

 

 海峡を渡る船はいわゆるフェリーで、けっこう大きい。船酔いするかと思ってたら、平気だった。素晴らしい。乗り物酔いに苦しまない人生を送れそうだ。――まだ4年しか経ってないけど。

 

 カミッロが駅舎で駅員から切符を買う時、支払いで、シリングだのペニーだのクラウンだの云いながら硬貨を数えている。そうだ、十二進法だったっけ。大元の単位は何だろう。ポンド? 日本ならば円だし、合算金額だから払いも楽だけど、ここでは硬貨支払いだから、ジャラジャラと面倒臭そうだ。

 

 例えるなら、3五百円玉、16百円玉、11十円玉って感じかなあ? 合算でいくらだよ、て話だ。硬貨の種類が複雑すぎる。日本風にいえば、二十円玉とか二百五十円玉とかあるからね。

 前世で外国人で暗算苦手な人が、日本人の、お釣りをまとまった硬貨でもらおうとする感覚が分からないってあったけど、こういう複雑な硬貨が存在するならそれも当然って感じ。1/4硬貨(クォーター)って普通に存在するからさ。

 

 よくよく聞けば、不思議な事が出来ちゃう系の専用列車って云うのもあるみたいだけど、フランスで乗って来た列車も、さっきの船も、これから乗る列車も、不思議な事(魔 法)が出来ない系なんだって。だからあの食堂車のウェイターも、駅舎の駅員も魔法が出来ない系ってわけだ。

 

 ちなみにだけど、魔法が出来ない系の人々の方が圧倒的多数で、不思議な事(ま ほ う)出来ちゃう系の人々はちょっと隠れ住んでる。出来ない人の前で使ってはならないって法だか掟だかがあるらしく、いつもスイスイと魔法を使うラシェルもカミッロも列車ではかなり控えていた。

 アパルトメントでは普通にバンバン使ってるけど、玄関のドアを一歩出たら使わないようにしてる。アパルトメントの居住者も全部が全部魔法が使える人たちじゃなくて、使えない人たちも居住してるらしいから。

 

 イタリアのクヮジモド家でもそうだったけど、紛れ込む事を楽しんじゃう気質のカミッロは楽しげだ。まあ、だから『旅人』なんて出来るんだろう。

 ラシェルは面倒臭いって顔全開にしている。

 私はと云えばラシェルに手を引かれ、逆の手にはアルジェントのリードを持ち、トコトコ歩くことに集中していた。路面事情がそんなに良くないからね。気を抜くとコケるのだ。前世の日本並みの道路整備事情など望むべくもない。当時の諸外国中でもトップレベルだったし。変態的に先進的だったから、日本って。

 

 ラシェルの手は迷子防止、人や物にぶつからない様にアルジェントが細かく行き来、そして私は穴に(つまず)いて転ばないように路面をガン見。まあ、ちょっと躓いたくらいだと、ラシェルが腕を引き上げて転倒防止してくれるので、私としては安心です。

 

※※ ※ ※ ※※

 



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09. ロンドンではビッグベンが鳴る

※※ ※ ※ ※※

 

 そんなこんなでやってきました、ロンドン!

 

 父さんの家はロンドン市街のフラット、日本風ならマンション、コンバージョンフラット。ベルサイユのアパルトメントもコンバージョンタイプだけど。

 3LDKっていうか納戸もあるから3SLDK? 納戸は炭(薪)部屋で裏口付き。地下1階、地上4階の3階だ。似たような外観のヴィクトリア風って云うか、大邸宅がズラッと並ぶ一角の、目立たない一部屋だ。

 

 表玄関の入口ドアを開ければ階段室で、ぐるぐると上下に階段が伸びている。それぞれのフロアには向かい合うように左右にドアがあって、階段室を利用するのは階段を挟んだ各フロア二戸ずつ。地下と1階はちょっと間取りが違って一戸ずつしかないけど、2~4階までの六戸と合わせて八戸が階段を利用している。

 そういう建物が何棟もくっついて建っているのだ。炭薪部屋の裏口は殆んど吹きさらしのちゃちな螺旋階段が付いていて、非常口兼石炭や薪の配達用の裏口らしい。

 

 なんだかとっても良い住宅街って感じ。街並みはキレイだし、通りの石畳もちゃんとしてる。ビッグ・ベンの鐘の音も聞こえるし。非常に学校に通いたくなる音色です。

 ちなみにベルサイユのアパルトマンから聞こえる鐘の音は荘厳で、ラ・カンパネッラを彷彿(ほうふつ)とさせる。あのピアノ曲大好きだったけど、今のところ脳内再生オンリーだなあ。

 

 こちらでは当たり前の、玄関開けたらすぐさまリビング。靴を脱ぐスペースが必要ないから出来る間取りだ。リビングにはダイニングキッチンが付いていていわゆるLDK。

 レストルームを案内され、その奥に廊下が続き、主寝室と二つの寝室が続いている。

 

 父さんとラシェルとカミッロが話し始めて、私は三つ子たちに連れられて奥の彼らの部屋へ案内された。

 

 帽子を脱いでポシェットを置き、クヮジモド家だったらレモネードが出てくるところでお茶会。

 すっかり気に入ってるんだよ、とベルガモットティーが出て来て。私がせっせと作った(作ってもらった)ベルガモットティーは、クリスマスプレゼントの後に会った時にも渡した。喜んでもらえたようで私も嬉しい。

 で、一息ついたら大人たちのお話合いが始まって、三つ子たちに部屋に行こうと誘われたわけ。

 

 廊下の突き当りを左に曲がると、左側はファミリーバスルームで、右側に扉が二つ並んでた。片方が男の子部屋で片方が女の子部屋とのこと。

 元カミッロの部屋には二段ベッドが入れられていてアーニィ&アーヴィの部屋。元ラシェルの部屋はオーリィの部屋だって。ちなみにツアーな展開は血筋なのかも。三つ子たちは嬉々として私を案内してくれた。

 

 バスルームのもう一つのドアから繋がる主寝室も、ダディの部屋! って案内される。――いつの間にかアルジェントがベッドの上に寝そべっていた。

 歓声を上げて突進しようとする兄たちに、アルジェントは素早く反応した。近づくや否やサッとクローゼットの上に飛び乗ったのだ。……うん、届きません。

 キャーキャー騒いでアルジェントに手を伸ばす三つ子たちに、子供ってこんなものだっけ? と我ながら微苦笑。そりゃあ、落ち着いてるって評判になるはずだわ、私。――エネルギッシュですごいね、どうも。

 

 私を仲間に加えてアルジェントを呼びたいみたいだが、私は笑顔でアルジェントに手を振ってバイバイして三つ子たちをスルー。

 男の子部屋に行って二段ベッドの上階によじ登った。上のベッドは小さい子用と云って、アーニィ&アーヴィは毎月一日に身長を比べあっているんだって。小さい方が上、身長が同じなら体重の軽い方が上だそうだ。私は上の方が好きだけど、兄たちにとっては下のベッドの方がステイタスらしい。

 

 アルジェントを諦めたのか、あとから兄たちが二人よじ登ってきて、私を挟んで両側に座る。

 女の子部屋のベッドが二段になったら、お前は上だなってニヤニヤしながら言われたけど、別に上でも良いしって云うか上の方が好きだし。いや、それより女の子部屋がどうして二段になるの? 私、ベルサイユのアパルトマンに自分の部屋もらったよ? そんな事をたどたどしく話してみた。

 途中で、マジ? 信じられない! とか言われたけど話し通す。マーリンがどうのって慣用句、不思議な事出来ちゃう系の専用句? アーサー王伝説の有名な魔法使いだよねえ。

 

 その後はオーリィも混じって私の部屋がどんなのか聞かれまくり。遊びに来ればいいのにって思ったけど、フランスのド・ラ・ゲール家に挨拶に行くのが苦痛らしい。

 

 三つ子も私の生まれる前にあのアパルトマンには行った事があるみたい。家族でバカンスに。ラシェルとカミッロの前住んでた方の部屋だけど。セカンドハウスって云うか勉強部屋だからね。

 さすがに一家7人じゃ狭くて、泊まる時はド・ラ・ゲール家にお世話になったんだけど、言葉が分からなくて、どうにもつまらなかった思い出しかないんだって。まあ、フランス人はフランス語が話せない人にもフランス語を強要しがちだから、英語しか話せないとタイヘンかもね。

 

 カミッロもフランス暮らしでフランス語は出来てたし、ラシェルはもともとフランスの学校に通ってたし。その後、三つ子たちのお勉強にフランス語が追加されたけど、程なく言葉の教師である母さんの妊娠が発覚して(in私)、だんだん授業が減って、今ではもうすっかり埃をかぶってるみたい。それは(私の生まれる)タイミング悪くて申し訳ない。

 でもさ、せっかくの機会だから、もったいないよ。出自に4ヵ国あるなんて稀な事を生かさないなんて。……もっとも、やる気のない子供たちに勉強を課すなんて無理か。

 

 年齢を聞いたら9歳になったって教えられた。ついこの前が誕生日だったんだって。もう少し早く来たら良かったのに! って言い出した兄のうちの一人に、また今度ね、と私渾身のアルカイックスマイル。相変わらず兄たちはそっくりすぎて区別できない。

 さらに何か言いつのろうとする兄たちの一人に、オーリィが素早く肘で突っ込みを送っていた。

 

 そうそう、私たちは友達じゃなくて兄妹なのだよ。キミの誕生祝をするのならば私の誕生祝もしたまえ。オーリィは気付いて兄たちを(たしな)めながら私の誕生日を聞いてきた。笑みを深めて答えてあげた。

 イタリアには私の誕生日で来てたと思ったけど、知らなかったのね。まあ、誕生日に来たのは一回だけだし、それを云ったら通算で二回しか来てないから、知らなくても仕方ないか。お互い様だね――私も無邪気に聞き返した。

 ついでに、名前もハッキリ知らないと言えば、呆然とした後、自己紹介してくれた。うん、誰かに呼ばれてるのを聞いて覚えただけだったからさ。

 

 三つ子だけど、産まれた順で云えばオーリィが姉。オーレリア・フェリシア。前にも云ったよね? 黒髪ストレートで目がビックリするくらい青い。白っぽくない青なので濃く見える、いわゆるサファイアブルーの瞳というやつだ。髪は黒髪で、黒褐色って云うか焦げ茶っぽいけど、日本人的な髪質。たぶん1/4の日本人の血が髪に出たんだろう。白人特有の雪花石膏(アラバスタ―)の肌で、アレだ白雪姫みたい。

 いわゆる美人顔で、将来じゃなくて今から美少女だ。冴えた美貌って云うのかな?

 

 兄たちは三つ子の内でも同性の一卵性の双子らしく、見事にそっくりで私には見分けがつかない。どちらが兄か弟かって争いは完全に二人の中だけで済ませてしまうみたいで、二人で一セット扱いされることに不満はなさそう。まあ長幼の順を気にする文化じゃないからねえ。兄だろうが弟だろうが、ブラザーです。

 

 アーネスト・クロードとアーヴィング・トール。ほとんど金髪と云っていい明るい茶髪で目も黄色っぽい。ただ肌が白人系じゃなくて、クリーム色の色白な日本人みたいな色で、肌に日本人的要素が出たみたい。全体的に黄色とか金色って感じで、ウケる。

 二人は、どっちが(エルダー)かはどうでも良いが、とり違えられるのはムッとするらしい。だから見分けのつかない私に、ちょっとばかり態度が荒い。最も、明らかに年下の妹っていう存在は嬉しいらしくて、ぶっきらぼうで済んでるけどね。うん、ちょろい。まあ、血をわけた兄妹なんだし、見分けられるようにはなっておきたいけどさ。

 

 私の名前はクレーヌ・エステッラってフランス風に紹介したら、ちょうど呼びに来た父さんに、カレンだよ、と訂正された。発音的には日本語の『可憐』に聞こえる。

 おまけで皆の日本名も教えてくれた。みんなミドルネームにちなんでいて、ラシェルはアグネスにちなんで清子(きよらこ)。カミッロはユージーンで悠仁(ゆうじん)

 オーレリアはフェリシアにちなんで幸子(みゆきこ)。アーネストはクロードで蔵人(くらうど)、アーヴィングはトール(ソ ア)遠流(とおる)。そして私はエステルで星子(あかりこ)

 父さんは日本生まれでイギリスに留学してきて居ついたから、ちょっと怪しい所もあるけれど、ネイティブな日本語が出来る。だからそれぞれの日本名も正確だ。漢字の説明もしてくれた。

 

 誰が名付けたかも教えてくれた。

 女の子はファーストネームが母さんメインで考案のフランス風、ミドルネームは父さん(andギャヴィン家)考案のイギリス風、日本名は日本の祖父たちにこういう名前になりましたって報告したら贈ってくれた名前だって。

 男の子たちはファーストネームが父さんと母さんが考えて付けた生まれた土地風、ミドルネームは日本名を念頭に父さんが付けて漢字は日本の祖父たちに選んで贈ってもらった名前だそうだ。

 

 アーヴィングは自分のミドルネームが『ソア』じゃなくて『トール』なのを不思議に思ってたらしいけど、説明を聞いて納得していた。日本語の発音の名前を何度も父さんにねだっていた。アーネストも『クロード』を『クラウド』と日本風の発音にしよう、と喜んでいた。その名前、金髪のツンツン頭で「興味ないね」が口癖になりそうです。

 

 

 話し合いの結果の発表された。

 

 私は当面、フランスのベルサイユ暮らしが決定だって。ラシェルとカミッロと一緒にね。

 少なくとも三つ子たちが学校に行くようになってから、私の引き取りを検討したい、それまでは無理、という事らしい。いや、もっと丁寧かつ巧妙にオブラートに包んでいたけど、そういうことだ。

 

 昼食は家で摂るようだ。父さんが主催でラシェルとカミッロも手伝って食事を作っている。魔法を唱えてチチンプイだ。

 無から製造することは出来ないらしく、材料を揃えて、作業を簡略化する感じで魔法を使っている。料理番組とかの「この大きさに切って下さい」⇒「切った物がこちらです」、「二〇分煮込んでください」⇒「煮込むとこうなります」のところの、『⇒』部分に魔法を使っている。

 

 シルキーは居ないのか聞いてみると、このフラットのある建物には不思議な事が出来ない人たちがほとんどなので、居ないそうだ。

 シルキーはフランスを中心としたヨーロッパ各地に居る家事妖精(ハウスエルフ)の一種で、イギリスでは単に家事妖精(ハウスエルフ)と云うおそらくブラウニーの一種が主に居る。ドラゲールの邸宅に居たシワシワのファンタジック種族がブラウニーでベルサイユのマンションに居るのがシルキーだ。ただし会話が成り立ち意思疎通が可能なブラウニーの方が人気が高いらしく、現在シルキーは衰退しているらしい。

 

 不思議な事が出来ない人たちをマグルって言ってるんだけど、とても嫌な予感がします。ほら、アレだよ。わー、それなんてハリポt……うん、似てるよね。すっごい偶然! ――偶然(グウゼン)ッテコワイワー(棒)

 

 食事風景はびっくりの連続だった。子供の食事ってこんなにうるさいんだっけ? と硬直しちゃうくらいだ。

 

 楕円のダイニングテーブルにイスは6脚。父さんに三つ子たち、ラシェルとカミッロで満席だ。私はソファでアルジェントと一緒かと思ったら、何と父さんに抱っこされた。そろそろ重いんじゃない?ってカミッロには遠慮して座らないように心がけてたんだけど、重くなったなあって父さんに嬉しそうに抱っこされれば大人しく膝の上に座るしかない。

 ()()()までされそうになったけど、それはラシェルが阻止した。カトラリーの小さいナイフがないから一口大に切り分けてくれたのは父さんだけど、それ以降は自分でフォーク握ってパクリ。

 

 メインはコールドミート――チキンだった――繊維に直角に切ってくれたので食べやすい。ハニーマスタードソースが美味しい。

 温野菜サラダはマッシュした焼きトマトと削ったチーズがかかっている。

 パンはハードでヘルシー、つまりは硬くて製粉的な粗さで灰色っぽい。クリームやバターを付ければ美味しくなるけどね。

 スープは根野菜とトマト。隠し味に醤油が垂らされてるらしい。懐かしくもエキゾチックな風味。

 デザートはルバーブのクランブルパイのカスタードソースだ。イギリスらしくじゃぶじゃぶとカスタードソースをかける。

 

 イギリス料理はイマイチと定評があるらしいが、父さんは日本育ちで母さんはコーニッシュ、新婚当時はイタリア住まいだったので、純粋なイギリス料理とは言えないだろう。味も良かったし。塩と胡椒のオンパレードなイメージのイギリス料理とは一線を画していた。隠し味の醤油とかね。まあ、チキンのソースのハニーマスタードは今ラシェルにブームが来てるから、伝授されたんだろうけど。

 ド・ラ・ゲール家の肉料理で出されていたハニーマスタードソースは粒マスタードだったけど、イギリスでは粉のマスタードが流行中で、今回も粉のマスタードを練り上げたもの。これはこれで美味しい。ラシェルはさっそく粉マスタードを購入する算段を付けていた。

 

 私にマルチリンガル教育を施したいラシェルの意を()んで、父さんはイタリア語で話し始めた。

 

 カミッロの役じゃね? って思っていたら、カミッロはスウェーデン語とか出来るみたい。何でも、通っていた学校がスウェーデンとノルウェーの国境付近にあり、厳冬期はブルガリアの校舎で学んでいたりしたので、その辺りの言葉が片言でできるんだって。ずいぶんグローバルな学校だな~って思ったら、うん、不思議な事が出来ちゃう系の寄宿学校だってさ。確かロレンツォも同じ学校だったよね? けっこうクヮジモド家からも入学してたりするんだって。ラシェルの通った学校にもクヮジモド家は入学してて、グローバルなのはクヮジモド家でした。さすが南イタリア屈指の大農園。

 

 ドイツ語とかロシア語もいけるよ、と片言で話し始めたけれど、語彙のほとんどが口説き文句な気がするんですが気のせいですかそうですか。そのあたり、親としてどうよ? ってチラリと父さんを見てみれば、うんうん頷きながらイタリア語の言い回しとか教えたり、ドイツ語の常とう句を聞いたりしてる。……忘れてた、父さんも往年のナンパ野郎でした。

 

 



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10. コーンウォールの楢の丘

 

 ホントだったら一晩泊って朝一番の汽車で行くところだけど、出かける支度を済ませた私たちはぞろぞろとリビングの暖炉前に集合する。

 

 アレだ、ゲート移動。暖炉がゲートで繋がってるヤツ。ここの暖炉はそんなに大きくないから、一人ずつ入って行くスタイルみたい。『楢の丘(オークヒル)』が行先で、はっきりと発音するように注意される。

 

 (ナラ)(カシ)と似て非なる種でどっちも英語ではoak(オーク)だけど、(ナラ)は落葉樹で(カシ)は常緑樹だ。一般的にヨーロッパでオークと云ったら落葉する(ナラ)の事を云う。ちなみに日本にあるoak(オーク)は紅葉しない(カシ)が普通。この辺りでオーク材って云えば(ナラ)材のことだけど、日本語に翻訳するとき生じた取り違いで、日本では(カシ)材って云われてる。

 〈樫の扉〉とか〈樫の杖〉とか日本語訳されてるのが、ホントは〈楢の扉〉や〈楢の杖〉の事が多い。RPGで有名な〈樫の杖(かしのつえ)〉も、たぶん〈楢の杖(ならのつえ)〉のことでしょう。

 

「『楢の丘(オークヒル)』」

 

 最初に父さん、次にラシェル。三つ子たちが我先にと後に続いて、私の順番。殿(しんがり)がカミッロ。

 カミッロは暖炉の側にぴたりと付き、ラシェルの後に飛び込もうとしていた三つ子たちのために、灰みたいな粉を投げ入れ、炎を噴き上げさせている。ちょっと黄みがかった緑の炎がぼおっと上がる中にみんな踏み込んで行くから、それが正解なんだろう。あの炎で火傷はしないらしい。

 

 私の順番が来て、上がる炎の中に踏み込み、行先を叫ぶ。――噛まずにはっきり言えました。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 這い出たところはもちろん暖炉だけど、ちょっとしたホールと云うか立派な応接室だった。

 

「キレイキレイして」(S'il vous plaît nettoyer, nettoyez-moi.)

 暖炉の側に立っていたラシェルに気付いて、煤と灰を掃ってもらうべく頼む。口をついて思わず出たのがシルヴプレでフランス語だった。

 ふわっと体に風が纏わりつき服をそよがせて吹き抜けていくと、煤や灰がキレイさっぱりなくなっていた。すごいね、魔法。でもやってくれたのはラシェルじゃなくて、シルクのエプロンドレスを着たシルキーだった。

 

「Merci.」(ありがと)

 私はベルサイユのマンションで慣れてるので笑顔でお礼を言った。彼らには盛大な感謝の気持ちと僅かな嗜好品と少々の新鮮な食料が報酬なのだ。

 

 シルキーは、居て当たり前とかやってもらって当然って気持ちでいるとすぐにストライキを始める。嗜好品はモチベーションを上げる貢物で、新鮮な食料は下げ膳を頂けるお供え的なモノだ。基本報酬は感謝。家屋敷に憑く。仕事のできる座敷童みたいなものかな。ストライキが続くと(ほど)ける様に消えて居なくなっちゃうらしい。

 

 一方ハウスエルフは家族との契約となる。家にやって来て仕事をし始め、姿を見たり意思疎通が出来たりし始め、家族に仕えてくれる。衣服を所有すると別の家族を探して放浪の旅に出ちゃうそうだ。家族の世代交代は気にしない質らしく何代にも(わた)って仕えてくれたりもするみたい。寿命とかどうなってるんだろう? 会話できて実体がある分、生物っぽいけど、妖精だしなあ。

 シルキーなんてはっきり見える幽霊みたいな感じ。寿命とかないのかも。いずれにしてもファンタジック種族だねえ。

 

「その子が末の子かい?」

 お年寄り~って感じの老夫婦が近づいて来ていた。老人特有の白髪でシワシワな顔だけど、背筋はピンとして腰が曲がったりとかはないみたい。きっちりと昔風に結い上げられた髪、耳には巨峰みたいな貴石がぶら下がっている。喋ったのは老紳士の方。

 

「はい、末のカレン・エステラです」

 父さんがそう紹介してくれたので、ド・ラ・ゲール家で教わった通りスカートをつまんで挨拶をする。カテーシーっぽいやつ。

 

「Hello, nice to meet you.」(こんにちは、初めまして)

 老紳士に向かってにこりと笑う。母さんの父母は父が英国紳士で母が仏国美女だ。シルキーはお嫁入りにあたって連れて来たのかな? 嫁入り道具の一環みたいに。

 老紳士の隣に並んでいる老婦人に向かって続ける。

「Ravi de vous rencontrer.」(初めまして)

 ちらりとラシェルの満足そうな笑顔が見えた。目指せマルチリンガル!

 

「Oh la la! À Rome, fais comme les Romains. 英語でよろしいですよ」(おやまあ! ローマではローマ人らしく:郷に入りては郷に従え)

 老婦人が柔らかく微笑んで言ってくれた。あれ? 怖いイメージあったんだけど、けっこう優しい?

 

「はい。カレンです。4才になりました」

 幼児らしく指を四本立てた掌をかかげて見せる。……あざとい?(てへぺろ)

「こんにちは。君の祖父のテレンスだよ。テリーでいい」

「私は祖母のエルミオーネよ」

 二人とも初老って感じだけど、たぶん聞けばけっこうな御年なハズ。私ってば恥かきっ子だからさ。

 

 私たち兄弟姉妹は、一番上のラシェルとカミッロは2歳差で一学年違いの姉弟だけど、その次の三つ子たちは12歳違うんだって。ここも恥かきっ子っちゃ恥かきっ子だよね、俗にいう一回り違うってヤツだ。そのうえさらに末っ子の私ってわけ。誕生日で厳密に比べるとちょっと違うけど、生まれ年で大まかに云えば、私とラシェルは19歳、カミッロとは17歳、三つ子たちとは5歳違う。

 

 〈恥かきっ子〉って表現は、私の記憶の日本特有のものかも知れない。この辺りだとけっこう居るからね、10歳くらい年の離れた兄弟とか、普通に。年を経てても夫婦仲が良好ならば授かりものなので、恥ずかしくないわけです。

 

 〈一回り違う〉ってのも日本独特の考え方かな。それともアジア圏? 干支だものね、元が。私の記憶の日本だとだいぶ(すた)れてたけど、年齢を聞かれてボカシて言う時に干支って普通に使われてたんだよねえ。何しろ12才サイクルなので、(ボカ)すも何もほぼ正確に把握されるんだけど、ズバッと明言を避ける傾向にある日本人向けなボカシ方なのだ。

 

 まあ、つまりは、私は母さんが42歳の時生まれた。祖父母も若く感じるけど70歳代くらいだろう。

 

 不思議な事が出来ちゃう系の人たちは寿命が比較的長い。極端じゃないのがミソだ。感覚的に記憶の日本位と考えていれば目安となるでしょう。老人は80代後半くらいまで生きるのが当たり前、高齢出産だって初産じゃなければ40代位までは普通な感じ。そのくせ成人年齢とか大人になるのは、この時代背景と同じく早い。

 17~18歳で成人すれば、20代そこそこで独立して一家を構えちゃうのも当たり前なのだ。ちなみに、不思議な事が出来ない人たちは60代くらいが寿命な感じみたい。70代で大往生だって。

 

 成人年齢が早ければ壮年期間が長くなるから、長命に感じるのも道理だろう。20代半ばまでに男女共にほとんどの人が所帯を持つのが当たり前ならば、80代で曾孫が居るのも普通だ。記憶の日本で云うクリスマスケーキって感じ? 年越しそばとかお節とか七草粥とか、後年どんどん延長してたみたいだけどねえ。え、知らない? 結婚適齢期の話だよ。

 

 髪がすっかり白くなってる二人だけど、かくしゃくとしている。あまりシワくちゃな感じがしないのは、例のファンタジック種族と比べているからだろうか。

 

 この屋敷にもシワシワなハウスエルフが居た。タオルだと思われる布をギリシャ神話みたいに体に纏っている。肩を止めてるのは金属製の洗濯バサミかな。清潔なタオルと金属の肩止めは、イイ感じにおしゃれに見えた。一人じゃなくて何人かいるみたい。

 

 挨拶を順次行っていくのだけど、ここでも私のあざと可愛さがさく裂したらしい。お祖母さん(エルミオーネ)にちょう気に入られた。何でも自分の子供の頃を彷彿とさせる髪形がキモらしい。やっぱりね。ド・ラ・ゲール家でもさんざん言われたし、慣れたよ。

 私の一見黒っぽく見える緑の目の来歴も知れた。お祖父さん(テリー)のお母さま(私の曾祖母)がアイスランド出身で、ちょうどこんな風な緑の目をしていたんだって。灰色がかって白っぽかったり、黄色がかって明るく見えたりしない、黒々とした緑色。懐かしいって。曾祖母は栗毛だったそうだけど。

 

 ギャヴィン家の現当主ザカリアスさんと奥さんのアンゲリーナさんと挨拶した後、朝からいろいろあってすっかり疲れた私は、眠さ限界でお昼寝に突入しちゃった。夜中に一回起こされて、ポリッジを食べさせられたのは、デジャブです。

 

 ファンタジック種族のハウスエルフのメイドさん風なヒトに、()()()()()で食べさせられた後、体を拭いてもらう。指パッチンでお着替え&ベッドメイク。

 彼女の名前はゾーイ。おしゃべり好きで、ギャヴィン家ではハウスエルフに3文字で名前を付けるのが習わしだとか、自分は『Z』で、次に雇われる女性体が『A』のエイダに戻るとか、男性体で今いるのは全員『R』らしく紛らわしいので気を付けてくださいとか、ちなみに名前はレイ、ロブ、ロイの三人だとか、女性体はゾーイ一人だとか、ずーっと喋っていた。

 

 嬉しそうなお喋りなので相槌打ちながら、陽気なラジオのつもりで聞き流してたけど、意外に疲れると知りました。ふう、――おやすみなさい。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 お屋敷は小ぶりな領主館(マナーハウス)って感じ。四角い建物が何階にもあるってわけじゃなかったけど、エントランスホールとか、私たちの出て来た立派な暖炉がある応接室とか、図書室とか、食事室とか、明るい陽射しの入る居間とか、朝日もまぶしいダイニングとか、ビリヤード専用室やカード室(社交場だって)チェス用の部屋とかまであった。

 

 客間も、私たち家族用に寝室が3部屋も用意されていた。ちょっとした客用居間と広々したバスルーム付きだ。三つ子たち、父さんとカミッロ、ラシェルと私って部屋割りで一日目は泊まったけど、オーリィが男の子たちと同じ部屋は嫌、と言い出したり、子供たちだけの部屋は作らないようにと父さんはやんわり注意されたらしく、すぐに部屋替えとなった。

 

 父さんと三つ子の男の子たち(アーニィ&アーヴィ)、ラシェルとオーリィ、カミッロと私という部屋割り。

 

 ラシェルとカミッロは成人してるから大人だし、父さんも加えてこの三人がそれぞれどの子と泊まるかという議題になったらしい。オーリィは男の子たちと一緒は嫌って事だから、三つ子はオーリィと男の子たち(アーニィ&アーヴィ)で分け、もう一人が私、と決まった。

 当初はいっそ三つ子を一人ずつにバラし、オーリィの希望を入れ、ラシェルを筆頭の女の子部屋、父さんと三つ子のの片方、カミッロと三つ子のの片方って部屋割りで決まりかかったんだけど、ラシェルが二人の子供の担当は嫌、と言い出して、練り直し。父さんが三つ子の男の子たちを見て、ラシェルとカミッロが一人ずつにしようと云う事になって、現状に落ち着いたみたい。

 

 兄弟姉妹が全員揃うのは何気に初めてでちょっとだけ緊張してたけど、まあ、幼児らしさを前面に出せば、チョロかった。私、あざとカワイイからねえ(ニヤッ)

 

※※ ※ ※ ※※

 

 バカンスなので観光もするみたいで、何とかマナーハウスとか、何々庭園だとか、着飾られてあちこちに連れられて行く。

 

 私は基本クヮジモド農園から出ないで育ってたので、人いきれに弱いらしい。体力面では大丈夫、と思っていたけど、思いのほかウーゴに甘やかされてたらしくて、長く歩くのもイマイチ。いわゆるミソっかすだ。それも子供たちの中では、と注釈もつく。

 

 パワフルでアグレッシブな、超音波(奇声)を上げて走り回る一団(三つ子と従兄姉たちのことらしい)と一線を画している私は、大人たちがアクセサリー感覚で連れ歩くのに丁度よいらしく、ハイティーなどに参加してた。前当主夫人のエルミーさん(お祖母さんにこう呼ぶよう言われた)の行くところには大抵私ありって訳さ。

 

 ここは母さんの実家なので、集まって来る子供たちは従兄姉たちがメインだ。母さんはエルミーさんの唯一の娘だったけど、兄が二人に弟が一人いた。現当主のザカリアスさんと、以前私を預かってくれてたアルフレッドさんが母さんの兄たちだ。

 

 アルフレッド伯父さんのところは、上のナッティーとマギーと今は学生のダニエル――ダニー。覚えてる? 大きくなったねえって挨拶に来てくれたダニーは、現在、夏休みの宿題に追われてるみたい。がんばれ。従兄のナッティーはお仕事とデートで、夜に顔を出してすぐ帰っちゃうみたい。カミッロと同学年なんだって。まあ、学校も違うから同期って感覚はないだろうけど。従姉のマギーは卒業したてで家族と共に来ている。

 

 ザカリアス伯父さんの所は三人娘が立て続けに生まれて、跡取り息子を産まなければってプレッシャーに消沈した奥さんのアンゲリーナさんを(いたわ)りがてら、養子を貰うか三人娘の誰かに婿を迎えるかって話をし始めた頃、息子を授かったらしい。そのエディ君はギャヴィン家の期待の星だ。卒業してお仕事始めてるので、夕方にちょっと顔を見せる。そして、けっこう話し込んでる。5人目の末っ子のヨランダは学生でダニーの一つ上。

 

 母さんの弟のウィンフレッド叔父さんは、奥さんのオリヴィアさんとフィリップ――フィル(三つ子の一つ上)と末っ子のサマンサ――サミー(三つ子の一つ下)を連れて来ていた。上の二人、ローリーとハティは学校も卒業して仕事もしてて独立してるから、今回は一緒じゃないみたい。気が向いたら来るでしょうって感じ。ちなみにローリーはラシェルの一つ上、ハティはナッティーと同級生だって。

 

 今の学生組はヨランダとダニー。ヨランダは私とちょうど10歳違いで、今年から四年生になるそうだ。ダニーはヨランダの一つ下で三年生。

 未就学グループはフィルとサミーと三つ子と私。

 

 未就学って云っても、全寮制の学校にはって意味で、塾的なモノには通ってる。家庭教師が家庭に来るんじゃなくて、場所を借りて数家の子供を集めて教えてます的な、塾みたいなモノだけどね。残念ながらフィルとサミーはロンドン住まいじゃないので、三つ子たちと同じところに通ってるわけじゃない。事前学級? 学校で勉強する仕方を学ぶって感じの。そういう所で7歳くらいから3~4年学ぶんだって。

 

 社会人組は上からローリー、ラシェル、ナッティーとハティとカミッロ、次期当主のエディに、卒業したてのマギー。

 ヨランダとエディの上の三人の姉たちは全員既婚者。既婚者グループだね。ローリーがそろそろ結婚するかも? 

 

 三つ子たちとフィルとサミーたちは従兄弟姉妹(イ ト コ)連中の下の子グループにあたる。遊んでくれそうな年上たちは軒並み学生か社会人で、子供と遊ぶ余裕も暇もありませんって感じだった。なので年の近いイトコ同士、自分たちだけで遊び回るようになったのだ。

 

 今年は末の従妹(私のことだ)が来ている。よし、ならば誘わねば! 遊んであげなければならない、年上として! と、云うような謎の決心をしたのかどうかは定かじゃないけど、私も彼らに連れ出される事しばしば。おかげで立派に未就学グループの一員だ。

 

 空調管理もバッチリな屋内で優雅にクリームティーでもかっ食らって、ニコニコしてた方が楽ちんなんだけどな~。

 

 



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11. それなんてハリポt……

 

 気が付けば三つ子の兄たちに担ぎ上げられて、脱兎の一兎に。

 

 さすが不思議な事が出来ちゃう系の一族。幼児とはいえ子供一人、二人掛かりとはいえ担ぎ上げて、飛ぶように走って行くのは圧巻だ。

 映画かアニメかというような息の合った足並みで、ひょーいひょーいと走り抜けていく。いつもはオーリィを担いで走ってるらしく、軽いなって私に振り返って笑って見せる余裕もあるのだ。

 

 今年十歳の従兄のフィルは、髪の色が三つ子の兄たちにそっくりで、後ろ頭だけ見れば、お前たちが三つ子だろうって似具合の男の子だ。八歳のサミーは鳶色の髪でそばかすのある赤毛のアン系。目が水色で儚げだけどちょうお転婆だ。

 学生組も居れば私は担ぎ出されずに済んだのかもだけど、彼らは彼らで宿題に追われてる。がんばれ。私なんか連れてっても、人数合わせにしかならないだろうにね。

 

 騎馬戦のように軽々と私を抱え上げて走る二人の後を、フィルとオーリィとサミーが両手に一本ずつ箒を持って付いてくる。あ、サミーは片方箒で片方は旗? 布がぐるぐる巻いてある。そこだけ不揃いだけど、某スタイリッシュ戦国ゲームの日の本一の(つわもの)の槍のようだ。この辺ではチャンバラは刀じゃなくて両手の槍が標準装備なのかなあ、などと軽く現実逃避。

 

 それから丘の麓に降ろされて、彼ら5人は彼らで走り回る。兎を追いかけたり、不思議な事が出来ちゃう系の遊びも織り交ぜて跳ね回っている。

 

 キャーキャー言いながら箒に跨り始めた。わぁ~、それなんてハリポt……、――うん、いや、もう、たぶん……そうなんだろうけどさあ。

 ――確定的な証拠と直接的な係わりがない限り、ここは私の知ってるハリポタそっくりな、全く別の異世界だって悪あがきする所存です。……はあ。

 

 砂浜のパラソルよろしく日傘を縛り付けた棒を地面に刺して、ばさりとピクニックラグが広げられてる。ここに居なさいよと云われた私は、寝転がってうたた寝する気満々だ。草はら気持ちいいよね! 虫さん蛇さん鼠さん、あっち行ってバイバーイ、と呪文っぽく唱えておけば、近寄って来ないだろう。っていうか、そういうお(まじな)い効果が敷物にはあるらしい。さすが不思議製品。

 

 この日傘は開くと倍以上の大きさになり、雨傘にもなる晴雨兼用の、やっぱり不思議製品で、サミーの持っていた旗みたいなモノの正体だ。持ち手のだいぶ長い傘にぐるぐるとピクニックラグが巻き付けられていたというわけ。ラグは正方形で長さは大体三尺半(106cm)。私は余裕で寝転がれます。

 

 頭だけ日陰になるように寝転がって、遠目に低空飛行な箒に跨ったお子様たちを眺める。

 

 学校に入ってから習い使う箒は大人用と全く同じものだそうだ。その気になればどこまでも高く舞い上がれるし、世界一周だってできちゃう。でも就学前の子供たちには、子供用の箒しか与えないのが通例なんだって。幼児用なんてのもある。

 

 子供用は基本、本人の身長より高くは飛ばない仕様だ。たとえ落ちても、悪くて骨折ってレベルの怪我で住むような配慮だ。ちなみに幼児用は本人の腰より高くは飛ばない。落ちても、歩いてて転んだのと変わらない怪我にしかならないように、だ。

 

 彼らがキャッキャッと跨ってるのは子供用の箒らしい。ただし限定解除してあるらしく、本人の身長じゃなくて、箒の長さまでの高さに飛べる様にした代物のようだ。まあ、とびぬけて長いというわけじゃなくて、身長よりはちょっと長いかなあって位だけど。そのちょっとがイイみたい。

 

 元気だねえ、子供たち。落ちても怪我なんかするんじゃないぞ~。

 

 飛び回る従兄や姉兄たちを眺めながらウトウトと寝そべっていると、何やらブツブツ聞こえた。崖というにはささやかな、ちょっとした段差のあたりの草の陰からだ。

 

 草葉の陰からヤッホーするのは鬼籍に入った人たちって定番だけど、私は(いま)だシルキーよりゴーストっぽいモノは見ていない。シルキーが最高のゴーストらしさで、後は(すべか)らく実体を伴っている。居るのかな? ゴースト。――居るんだろうなあ、この世界ならば。

 

 そーっと目を向ければ、兎か狸の穴かと思っていた陰から、小人が顔を出して周りを見回していた。

 

 何アレ、アレが噂の庭小人? 良かった、ゴーストじゃなかったよ。

 害獣扱いされてたハリポタのジャガイモみたいな庭小人と違って、こっちでは土妖精? もっとずっとスマートでフォルムが人間らしい。お洒落な帽子としっかりしたブーツを履いている。ハイホーハイホーして仕事が好きそう。

 

 ジーっと見つめていたら、気が付かれたみたい。ひゃって引っ込んだ頭が、再びそろーっと出て来て、こちらをチラチラ見ている雰囲気。なんかカワイイ。餌付けとかしたくなる。

 何かあったかな~、と上体を起き上がらせてポケットを引っ繰り返すと、ドラジェがポロポロ出てきた。

 

 ドラジェは砂糖菓子だ。アーモンドの粉糖掛け。縁起が良いお菓子って事で、祝い事には欠かせないらしく、先月従姉の結婚式の際に大量に作られたんだって。エディとヨランダの上の三人の姉の内の一人ね。みんなに配ったお余りが大量常備されていた。節分の豆っぽく年の数だけ食べるのかなあ、とか思っていたけど、そんな仕来りはないらしい。ただ五個ずつ配るのが縁起が良い、とは聞いたけど。

 

 蛇の卵っぽくてカワイイ、と褒めたら、微妙な顔をされた。例えが悪かったみたい。白と黄色が同じくらい大量にあって、ピンクにグリーンにブルーは同じくらい少ししか残っていない。色付きはお残りが少なかったのかな?

 ちなみにグリーンはほのかにミント味、黄色はかすかなレモン味。赤はルバーブジャム? 青はアレかな、お茶の時出て来た目の覚めるようなブルーのハーブティー。味はホントに(かす)かにしかしない。味付けじゃなくて色付けだからだと思う。パステル系の淡い色で可愛い。

 

 ワシっと鷲掴みでポケットに詰めても怒られなかった。洗面器みたいな大きな器2つにぎっしりあったからね。

 

 そのドラジェを、はいって手渡し状態でキープ。気分はナウシカ。怖くなーい、怖くなーい。ほーら、怖くなーい。

 チラチラ視線を寄越しながら、そろそろと近付いてくるのを辛抱強く待つ。……噛まないよね?

 

 間近で見ると目が特徴的なのが分かる。正面から見ると黒目がちで白目が見えなくて、チラッと視線を逸らすと僅かに白目が分かる。逆か。白目が覗いて視線が動いたのが分かる。犬の目みたい。色も黒っぽい色ばかりだし。藍色とか深緑とかも居たけれど。サイズといい姿といい、動くお人形のようだ。

 

 最初こそビクビクしてたけど、一つ貰ってからは大胆に両手を差し伸べるようになった。後から後から。――そう、一人じゃなかったんだよねえ。たくさんいる全員に行き渡るといいなあって思いながら、はい、はい、と一つ一つ手渡しであげる。

 

 ポケットに詰めてた数より明らかに多くのドラジェを飽きることなく手渡してると、ついに最後の一つになった。

 

 最後の一つだよ、と渡すと、その貰った小人は驚いた顔をして両手で受け取ったドラジェと私の顔を何度か見比べた後、慌てたように返して寄越そうとした。いいよ、貰って、と返却を拒否してるとしぶしぶ小脇に抱えて、穴へと帰って行った。うん、カワイイ。

 意思疎通のできる不思議生物、とてもカワイイです。

 

 

 やがて、三つ子と従兄姉の5人が私を回収に来たので、またぞろ担ぎ上げられ連れられる。来る時と同じ配置だ。兄たち二人(アーニィ&アーヴィ)が騎馬、(オーリィ)従兄姉たち(フィル&サミー)が両手に一本ずつ(両手槍風に)箒を掲げてついてくる。一本はパラソルだけど。

 ひょーいひょーいと走る割に揺れない兄たちの背中にしがみ付きながら、庭小人ってカワイイねえ、と言ってみた。

 ええっ、こんなとこに庭小人は居ないよ! という従姉(サミー)に、じゃあ何を見た! って兄たち二人(アーニィ&アーヴィ)も振り返る。そっくりな仕草で左右対称に同じ動きをされるとビビる。ミラー双子か。

 土精霊の一種、ノームじゃないの? と云っても、庭小人も同じノームと云うからややこしい。土地の魔力が多ければ何処にでも()()んだろうけどさ。

 

 結局、私が何を見たかははっきりしないまま帰りつく。

 

 屋敷に帰ってみれば、積み上げてあったドラジェがキレイさっぱり消失していたそうで、従兄姉と姉兄たちが疑われていた。

 

 食べても良いとは言ったけど、全部食べるのはさすがに多すぎです、と説教モードだ。なので私がは~い、と手を挙げながらノームにあげたけど、ポケットからいくらでも出てきてびっくりした~、みたいなことを舌足らずに説明する。

 

 ノームじゃないよ、居ないよ! と声が上がるが、にっこりスルー。だって正体が分かるかも知れないじゃないですかー。

 

 けれど大人たちは、嬉しそうに歓声を上げ始める。庭小人でもノームでもどうでも良いらしい。なんでも魔法力の発現の一環だそうだ。これでスクイブじゃないって決定されるらしく、父さんと私にかわるがわるおめでとうと声がかかる。

 

 似たような事はクヮジモド家でも遇ったけど、誰もお祝いなんか言わなかったけどなあ。魔法力はあって当たり前、みたいに思われてた節があるし、私。こまっしゃくれてたのが、すでに魔法力の発現と思われてたのかなあ?

 

 エルミーさんが止めてくれたから良かったけど、軽くパーティとか言い出してたからね、テリーさん(お祖父さんにこう呼ぶよう言われた)たち。

 エルミーさん曰く、歯が生え変わりの為に抜けるのと同じように魔法力が発現するのは当たり前のことです、だって。魔女だと疑ってないって事だね。代々魔法族の旧家だからね、ギャヴィン家。

 聖なんちゃら一族(未)には「(英国以外の魔法族も血筋には多いので)謹んで辞退します」と返事したから(つら)ならないみたいだけど。

 

 聖なんちゃら一族ってのはまだ名称未定だけど、ノット氏って人が提唱してて、英国の純血一族の血筋について聖別しようって考えなんだって。魔法族の旧家と云われる各家を訪ね、家系図を確認させてもらったり、婚姻関係を聞き取りしたり、姻戚家系を辿ってみたり。そういう調査をずっとしていたノット氏がギャヴィン家にも来たんだって。()()の純血の家系って処がミソだ。島国根性だよね。

 

 ギャヴィン家に来た時も家系図をチェックしたりしてたけど、頻繁に他国から嫁や婿が入るし、何より前当主のテリーさんや現当主のザカリアスさんの意向でそのような一族に名を連ねなくても構わないだろう、と断ったようだ。テリーさんはお母さんはアイスランドの人で奥さんはフランス人だ。ザカリアスさんだって奥さんはドイツ系だもの。まあ、はっきりと献金をねだられたという事もあったみたいだけどさ。

 何でも纏め上げた内容は豪華本に装丁してお贈りします、なんて言われても、出版費を集める言い訳のようにしか聞こえませんでしたよ、とエルミーさんはお怒りだ。せっかくの純血家なのに外人の血が入って惜しいとか言われちゃったみたいだからね、そりゃあ怒るだろう。

 

 って云うか血統書だよね。競走馬とか犬とか猫とか、父母が誰で、祖父母が誰々で、曾祖父母が誰々で、ってさ。おまけに名目が「そのような血筋を保つために」ってまさしく血統書扱い。

 

 もともとギャヴィン家はケルト系で、ケルト家系ならば国境など全く関係なく婚姻を結んできた経緯(いきさつ)がある。昔は厳密にケルト民族って括られてたみたいだけど、近頃はスペインとかドイツ出身でも、ウチは昔からケルト系で~って(いわ)れがあれば、今の外見100%その土地由来になっちゃっててもOKらしい。スラブ人的でもゲルマン人的でも、先祖的にケルト系を名乗ってればよろしいでしょうという訳。寛容です。

 

 現当主ザカリアスさんの奥さんのアンゲリーナさんはドイツ系イギリス人で、ちょっと顎の割れてる厳ついゲルマン人的容貌だ。ドイツのケルト系と云われている家系の出身だ。

 ケルト系に拘ってるのは当主に限っているので、当主以外ならどこの誰に嫁ごうが婿に行こうが本人の自由だそう。だから母さんも心置きなくイタリア系(日本人)の父さんと結婚できたのだろう。

 それゆえ、間違いなく純血(おそらくケルト系)ではあるけれど、英国に拘らないお家柄なので、むしろこちらからお断り~って感じらしい。純血魔法使い血統書聖なんちゃら一族は英国国内のみ有効です。もっとも、純血なのに違いはないので、純血家の一つとは記載されるらしいけどね。

 

 魔法力発現おめでとうパーティーはしないと決まったけど、お祝い的な言葉はみんなから貰った。最初に預けられてたアルフレッド伯父さんたちにも、すごく嬉しそうにおめでとうを云われる。ありがとう。お祝いは一人一回で良いと思うんだけど、みんなにわやくちゃにされるのは疲れます。

 

 ちょっとぐったりしてたら、父さんが救出してくれた。以後、おめでとうと云われて肩叩かれる係は父さんで。

 

 クヮジモド家ではこういうのなかったよねえ、と呟いてみたら明かされた真実。

 

 なんと、あの黒犬のウーゴって魔法生物なんだって! 犬じゃなかったの? 犬型? ニーズルみたいな感じの混血? へえ~。

 

 もともと闘犬とか牧畜犬とか魔法生物を掛け合わせて、賢く強い犬を目指した交配だったみたいで、その成功例の一種だそうだ。公式に発表されたりしてないから、地方限定でそれほど広まってないらしい。特色は魔法族に従順な事。非魔法族には獰猛になるんだって。――ああ、それで時々農園に来た人たちの中で吠えられてる人が居たんだ。

 あの辺りの魔法族の家にはたいてい飼われている種で、非魔法族除けの一環となっているみたい。獰猛に吠え掛かっても、闘犬の血が~って云えるらしい。なるほどね!

 

 そんなウーゴに子守されて、乗ろうが寄り掛かろうが唸り声一つ上げられもせず、ジッと傍に付き従われていた私を、魔女だとクヮジモド家では疑っても居なかった。むしろ魔女じゃなかったらびっくりだよって感じだったそうだ。

 

 父さんがウーゴを見るたび毎回ドキッとしてたのは、イギリスにいるガルムっていう魔法犬に似てたからだって。とても不吉な黒犬らしく、目撃すると間もなく死んじゃうとか謂われてる、別名『死神犬』。

 もうちょっとずんぐりしてたり、茶色で黒い縞がはっきりしてたり、昔はしてたのに、あの犬(ウーゴ)はスマートで黒くて、学校で習った挿絵のガルムにそっくりでなあ、と苦笑い。父さんが農園で暮らしてた頃も守護犬として飼われてた種だけど、そのころは黒よりも焦げ茶って感じの縞模様で、もっとずんぐりと皮が余ってた印象だったんだって。マスチフっぽい闘犬の血かな。ウーゴはグレートデンよりのシルエットだったものね。

 

 農園とウーゴを思い出してちょっと寂しくなってると、ナターレ(クリスマス)にクヮジモド家に行こうか? とカミッロに誘われる。ホントに顔出す程度で良ければ、って言われて思わず

「Grazie, voglio andare!」(ありがとう、行きたい!)

 万歳して答え、とたんに機嫌が上向く。私ってチョロい。

 

 



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12. ノームじゃなくてノッカー

 

※※ ※ ※ ※※

 

 さて、常備のお菓子が無くなったから、大量にクッキーを焼くことになった。

 

 作りたい人たち! と招集が掛かったのでトコトコ近寄ってみる。女の子たち!って限定してない所がイイね。呼び集めたのも、おっちゃんだからね。

 フィルとサミーのお父さんのウィンフレッド叔父さんは菓子職人。プロが居たからこその、あの大量のドラジェだったみたい。納得。

 

 家庭のお菓子は手作りが基本だ。この世界は何でも売ってて買える時代じゃない。保存技術がそれなりな頃なので、お菓子にさえ旬がある。夏にチョコ系は出回らないし、冬のフルーツはドライか瓶詰か缶詰だ。

 需要と供給のバランスの為か、ほとんどが受注生産で、ケーキ屋さんとかパン屋さんとかあるけど、基本的に予約制だ。イベントとか重要ごとの時は結構前から予約して下準備しなきゃいけないし、そうじゃない普通の買い物の時でも前日くらいには予約する。外食のレストランとかもね。

 

 欲しいものが直ぐ買えるって云うのも画期的な事なんだよ。欲しい品物が店にないってざらだから、予約したり配達してもらったりして確保する。御用聞きが勝手口に注文受けに来るのも顧客を逃さないためのサービスの一環だからね。

 日本でも醤油とか砂糖とか隣近所で貸し借りしてた時代があるでしょ? 私の記憶の日本だったらコンビニ一直線だろうけど。お店が閉まってる時間帯が長かったから「貸して」って事態になる訳。店が開いてたら買いに行くもの。

 

 そんなわけで、お茶菓子として大量に焼き菓子を作ることになり、ついでに子供たちも遊ばせようって感じで、叔父さんがおいでおいでし始めたみたい。学生組や未就学グループもまんまと釣られている。もちろん私も。

 

 幼児な私は基本見学で、量ったり混ぜたりは応援に終始する。伸ばして型抜きってところでようやく手伝いを許された。

 

 星とかハートとか花とかの抜型の中から、ジンジャーマンの小さいのを選ぶ。5cm位。抱っこクマみたく片手でアーモンドを抱えさせ、顔に点を打って目とv字の口。ココア生地のハートを抱えさせたり、星は両手で胸元に掲げさせる。

 途中で叔父さんが手伝ってくれて、私の作る抱っこ(ジンジャー)マンよりもクォリティ高いのがずらずら並ぶ。しきりに褒められた。斬新なデザインらしい。うん、半世紀は先取りしてると思うよ。

 

 焼き上がり、ざらざらと天板からクーラーへと移されていくクッキーたち。抱っこ系は焼き損じ率が他の型より高めだ。割れたり欠けたりってのが意外に出る。腕が取れやすい。まあ、味は変わらないから普通に食べるけど。プレゼントとかで作った時は味見や自分で食べる用にしてたし。叔父さんもプロだからササっと選り分けると別にしていた。クッキークランチはアイスに掛けたり混ぜたり、マフィンに掛けたり、チーズケーキとかのボトムに成ったり用途があるからね。

 

 クッキーの焼きあがるバターと砂糖のこんがりした匂いは食欲をそそる。十分に冷めた一つを頂いてみて、微妙に半笑いになった。うん、〈甘ければ美味しい〉系だった。まあ、1個位なら紅茶のお供に何とか。砂糖同じ量使っててもスペキュラースみたいなスパイスクッキーだったら結構いけたんだけど、お子ちゃま(私だ)が居るのでスパイス系は避けられたもよう。けっこうみんなボリボリいってるけど、やっぱり〈甘ければ美味しい〉時代なんだねえ。……私は一つで十分です。

 

 そして、クッキーの抱っこ(ジンジャー)マンは斬新なデザインと大絶賛されました、まる。

 

 

 その後、就学前グループに学習タイムが割り当てられた。

 

 ブーイングの後に逃げ出す算段をし始めた三つ子&フィルとサミーは、振り返って後ろで仁王立ちしている保護者たちを見ると良いよ。

 

 私もメンバーに入ってるのかと思ったら、4歳児はハブられました。お勉強けっこう好きなんだけどな。――ここは幼児らしく遊び倒すことにする。

 

 各家庭が連れて来たペットたちにダイブしてみた。猫も居るけれど犬もいる。首輪を外されると目くらましが解けたのか、尻尾が二本になる種類の犬とか、尻尾が蛇になる種類の猫とか――それって猫?……まあ、いいか。(ペットの)皆さんおおむね友好的で、とても嬉しいです。

 

 どこのご家庭でもキレイに洗って乾かす魔法で、ペットたちを手入れしているのか、抱き着いても獣臭はそれほどしない。でも洗いたてっぽい犬から香る匂いが、クヮジモド家でウーゴを枕にしてた時と全然違うので、驚いた。魔法の系統が違うと使われる洗剤も違うのだろうか。英国では英国の香りがするみたい。

 

 陽の当たる部屋の片隅のカウチに転がってウトウトしてると、バレーボールくらい大きさの毛玉が転がって来た。

 

 あの西部劇で決闘シーンに転がって行く草の塊みたいな調子で目の前を通り過ぎ、大回りで私の死角から近付いてくると、私の顔の横、耳の後ろあたりにピタリと陣取った。色は生成りな感じ。そんでもって何やら棒状のピンク色のものをみょーんと毛玉の中から伸ばしてくる。舌かな。ポチ目でじっと見つめて来るけど、それって捕食者の目? うん、キモ怖い。

 

 怖いよ!って、ぎゃん泣きしてやろうと思っていたら、同じようにすっと伸びて来た蛇にしゃーってされて、毛玉は再び転がりながら行ってしまった。

 

 蛇はどこから来たんだろうと、よくよく見れば、私に腕枕を強請って横になるやゴロゴロ喉を鳴らし始めた猫の尻尾から生えてた。お前か。お礼代わりにちょっと幅広な鼻先に私の鼻先を付けてすりすりしたら、喉の鳴る音がバフンバフンし始めた。ちょっと鼻水飛んできたのはご愛敬だ。へへへ、カワイイ。

 すっかり猫のつもりで相手してるけど、顔立ちがかすかにライオンっぽいのは全力で見ないフリします。

 

 カミッロのアルジェントもペットたちの一団に混ざってて、尻尾が蛇の子はアルジェントと同じくらい大きいのに、顔立ちとか頭の大きさや手足のバランスが子猫特有な感じがする。

 頭はデカくてごろっとしてるし、前足もぶっとくてもふっとしてるし、でも後ろ足がシュッとして蹄があるっぽい。……うん、見ないフリ、見ないフ――ちょ、コレいいの? 飼っちゃダメな不思議種族じゃないの? 大丈夫? ホント平気?

 

 アルジェントに聞いてみたけど、猫だからゴロゴロ喉を鳴らしながら、蛇尻尾の子をザリザリ舐めてあげて、ついでに私の顎もザリザリ舐めて、毛玉の陣取っていた位置にとさっと横になった。うん、私に猫語は無理だった。

 尻尾が二本の犬たちも拍手するみたいな音を立てて尻尾を振りながら側に居るけど、私には犬語も厳しいと判明した。

 尻尾が二本の犬たちは小型犬で、アルジェントくらいの大きさしかない。私は大型種が好きなので、同じ犬ならウーゴみたいな大型犬が好みだけど、この小型~中型の犬もカワイイっちゃカワイイ。四角くてテリア系の顔立ちで。

 

 カウチに山盛り(たか)っているペットたちに囲まれながら、お昼寝タイムです、すやぁ~。

 

 

 お昼寝が遅かったからか、夕食時間に起きれなくて食事をパスした私は、夜に起こされて夜食コースだ。うーん、何度目?

 

 ハウスエルフのゾーイが陽気なお喋りと共に()()()()()でポリッジを食べさせてくれる。コンソメ味でみじん切り野菜入り。美味しゅうございます。

 

 ここの食事はエルミーさんがフランスから嫁いでくるとき連れて来たシルキーの監修が入ってるらしく、なかなか美味しい。クリームとバターの使い方はちょっと重めだけど、あっさりなモノはあっさり爽やかだし、不味いと定評のあるイギリス料理には当てはまらない。こういう食事で育てば、食事を楽しむ習慣がつくのかも、イギリス人でも。だから料理人(菓子職人だけど)が育つのかもね。

 

 ゾーイの指パッチンでシュルシュルとベッドメイクがされ、顔や手足が拭かれ、着替えさせられる。

 ネグリジェだけだと夏でもお腹冷えちゃうから、私はいつでもどこでもドロワーズを履いている。ちょうロリータだ。ちなみに股開きじゃないドロワーズだよ。おへその上までしっかり深履きのだけど、上に着ているワンピースやネグリジェはもっと上まで(まく)れるからさ。トイレの時はガバッと胸まで(めく)ります。

 

 ロリータと云ってもここでは誰にも通じないので、ヴィクトリアンって云ってる。フリルとレースとリボンで出来てる、ワンピースが基本なお洋服のことだ。ウエストの切り替えがかなりハイかちょうローの二択で、はなからウエスト切り替えがない物も多い。幼児体形でお腹がポッコリしてるからね。スポッと被れば着替え終了なワンピース系は楽ちんなのさ。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 午前中の学生組の宿題の一環に魔法生物に関するものがあったらしく、ペットたちを一匹一匹種類を特定していた。

 

 アルジェントはニーズル系メインクーンで魔法生物ではない、と特定されている。

 尻尾が二本の犬はクラップと云うらしい。尻尾を振るたびに拍手のような音が鳴っている。これは魔法生物。けっこう賢い犬さん。

 小型の猫の内数匹がニーズルと特定されていた。ニーズルも魔法生物ね。とっても賢い猫さん。

 

 気になってた尻尾が蛇の子、数人が囲んで大人も混じって何やらガヤガヤしてたけど、ニーズル系って決まったみたい。――決まったって(笑)

 

 ニーズル系って、猫型魔法生物のニーズルってネコ科と交配可能な種族の血を引く猫のことで、とても知能が高く人気だ。その知能の高さを猫種に取り入れようとする交配の一環だったらしい。

 猫種って。ぶっちゃければキメラだよね? あれ獅子じゃね? ネコ科って云えばそうだけど、っていうかニーズルって小型猫なんだけど!

 

 まあ、賢い子ならいいか。って云う事らしい。――いいの?……いいのか、飼い主がそう言うなら。いいことにしよう、そうしよう。

 

 

 昼食までのちょっとした時間に、私はまた兄たちに攫われた。

 

 えーっ、箒で遊ぶのに私必要ないじゃん! 末っ子のミソっかすをわざわざ連れ歩かなくても良いのに……って思ってるのは私だけで、彼らは彼らでずっと離れ離れだった末の妹を、それなりに可愛がりたいようだ。自分たちの行動と共にして、姉兄妹(きょうだい)の一員として遇したいみたい。

 

 まあね、イジメられたリ無視されたりよりはずっと良いけど、アウトドアな遊びは、キツいっス。私インドア派なんで。

 

 

 再びキャーキャー言う箒乗りたちをパラソルの陰から眺めていれば、先日のハイホーハイホー仕事が好きたちがワラワラ集まって来た。

 人形みたいにかわいいけど、笑った口元から除く歯は、すべてギラリと尖って鋭く光っている。まあ、犬だってそうだから、あまり怖いとは思わないけどね。

 

 今日の餌付けは何かあったかな~とポケットに手を入れたら、昨日焼いたばかりのクッキーの入っている紙袋が出て来た。ちょっと焦げ色の強い抱っこマン。

 実は私、焼き色が少し強いモノを好むんだよね。きつね色よりも濃く、たぬき色ぐらいが好き。トーストとかも、キレイなブラウンじゃなくて焼けたブラウンの方が好き。

 

 私好みの焼き具合はプロの目からは跳ねられるらしく、ザラッと紙袋に入れてくれたんだ、叔父さんが。私がボリボリ食べないって判ったからみたいだけど。甘みの強いこのクッキーは紅茶かコーヒーのお供じゃないと食べるの厳しい。今の私は半量ほどミルク入りが基本だけど。

 

 そのクッキーを一つあげる。抱っこマンだ。彼らから見たらけっこうな大きさだと思われる。身長が2~30cmなのに、抱っこマンクッキーは5cm位ある。彼らの顔と同じくらいの大きさだ。顔サイズのクッキーと想像すれば目安になるでしょう。

 

 一つ一つ手渡し始めたら、嬉しそうに並び始めた。そんなにたくさん入ってないんだけどなあ、と思いながらも渡していると気づく。まただよ。いつまでたっても紙袋から出て来る。これ、無意識の魔法なの? まあ、便利だから突き詰めないけど。

 

 全員に一枚ずつ行き渡ったらしく、最後尾のモノが後ろを振り返り、自分のクッキーを見て、私が手を入れて取り出していた紙袋を覗き込もうとする。もっと欲しいのかな? と袋の中を見せると、ホッとしたように一つ頷いて満足そうに手にしたクッキーを抱きしめ、スキップしながら帰って行った。カワイイなスキップ。

 崖の陰の穴の中にもぐって行ったのを見送ってから紙袋を覗き込めば、コロンと一つ残っていた。おおう、最後の一個を私にってことだったのか。なんてカワイイ子。

 

 その後、お腹空いた~と従兄姉と姉兄たち5人が戻って来たのでクッキーを見せたけど、一つしかないなら一番ちびっ子のモノだ、とみんな受け取らなかった。端っこの欠けたこんがり焼き過ぎクッキーだからかな。

 

 クヮジモド家でもそうだったけど、ギャヴィン家も裕福な部類だ。食べ物に困った経験などない子供たちは、より大きいモノとか美味しいモノとか狙ってくるけど、取り上げてしまおうとする者はいない。ちびっ子が自分たち程たくさん食べないと云うのも知ったらしく、分け与えられる量が半分以下なので、大いに見逃しているのだ。

 

 例えば、クッキーで云えば、ちびっ子は一つ食べて満足している。自分たちは二枚も三枚も与えられるしもっと食べたいのに。

 ケーキだって切り分けられるのは自分たちのケーキの厚さの半分より薄い。一口貰い!って奪えば三口くらいで無くなりそうだ。ちびっ子はチマチマと何度も口に運んでいるのに。

 それにヘタに奪ってぎゃん泣きされ叱られるよりも、お代わりをねだる方がよっぽど建設的だ、と。

 

 兄たちの騎馬に担ぎ上げられて帰る道行で、再び庭小人(ノーム)が出てクッキーをあげたと話す。居ないよ! と声をそろえる従兄姉たちや姉兄たち。庭小人ではないなら、何だろう?

 

 

 やがて屋敷に帰り付けば、仁王立ちな大人たち。

 

 空っぽになったクッキー入れを示して説教モードだ。再び私が申告すると、今度こそあの大量のクッキーを食べたのかと聞かれる。

 

 ここでようやく庭小人(ノーム)? にあげたと言えば、庭小人(ノーム)は庭にしかいません、お前たちは庭で遊んでいたの? と尋ねられ、従兄姉と三つ子たちは違うと一斉に声をあげた。じゃあ、小鬼(ゴブリン)? と私。小人(ドワーフ)かな? と学生組のヨランダ。

 

 物見高く集まって来ていた学生組の片割れが教科書を開いて挿絵を見せてくれる。ダニーだ。指さし確認で覗き込んでチェックした所、一番近いのはレプラコーンで、地方的にノッカーではないか、とのことだった。精霊の一種らしく坑道に良く現れるそうだ。へえ~、じゃあ、あの穴が坑道の入り口なのかな?

 

 正体は知れたけど、接近禁止を申し渡された。幼子は攫われる恐れがあるから遭ってはならないそうだ。がっくり。姉兄たち位なら連れ去りもないだろうから、独りで会うのでなければ良いとされたが、箒乗りたちがジッとしてるとはとても思えません。

 私を連れ出さずに遊びに行くと良いよ。

 

 



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13. 二度あることは三度ある

 

 昼食は学生組と就学前グループの子供たちが一まとめにされて摂った。

 

 ラムラックのローストにたっぷりの温野菜、山盛りのフライドポテトと半マッシュ蒸かしポテト。厚切りバゲットはチーズインのプティング焼き(フレンチトースト)。ホリデーローストの残りのコールドミートじゃなくて、ちゃんと焼きたてのラムで、スローベリーのソースが絶品!

 

 ほかほかの所をハウスエルフの「R」の誰か――レイか、ロブか、ロイ――がチョップにさばいてスローベリーソースを回しかけてサーブしてくれる。昼餐だ。あ、私は両端の小さいの二つで充分です。中の大きいのは大きい人たちでどうぞ。え、中の方が柔らかい? じゃあ、薄めで一つ。(あばら)は数が決まってるからね。

 幼児な私がナイフとフォークで食べられるように、そして通常2本で一皿な完成形に近づけるため、骨ごとに切り分けられただけではなく、間に切り込みが入れられ2本あるように盛り付けられてサーブされた。すごいね、さすが。

 

 スローは小粒のスモモみたいな実で、大きさからベリーって云われてるのかな? 果実酒用の果物ってイメージ。木は黒くてとげとげが生えてるので黒棘の木(Blackthorn)って云ってる。アイリッシュはこの木でこん棒を作るらしい。天然棘バットってことだ。なんて物騒!

 ラムチョップのソースはブルーベリーとかでも良いけど、たまたまスロー・ジン(果実酒)用に大量に収穫してきたから、スローを使ってみたんだって。美味(び み)でございます~!

 

 デザートはたっぷりベリーのトライフル。赤いのがメインで、フレッシュな季節のモノばかりだ。みんな(こぞ)ってカスタードやクリームのところを(すく)ってもらってるけど、果物好きな私はベリーたっぷりでお願いします。

 

 三つ子たちが山盛りよそわれたトライフルの器から私の器にポイポイとベリーを掬って入れてくれる。まるで嫌いな野菜を避けてる風だけど、彼らだって果物が嫌いなわけじゃない。たっぷりのスポンジとカスタードとクリームに飾りのベリーでケーキ風ってのが好みなだけなのだ。私はちょっぴりのスポンジとカスタードにクリームで山盛り果物が好きなだけ。ギブ&テイクだね。

 

 食後の紅茶の最中に飛び出そうとする三つ子たちに挨拶しないとダメだよと促す。学生組が苦笑しつつ遊び相手をしてくれるらしく、話しかけて来る。従兄たちも兄たちも歓声を上げて、箒に乗せて! とねだっていた。学生組の持つ箒は子供用(限定解除)じゃなくて、大人と同じだからね。屋根より高く揚がっちゃうと危ないんじゃない?

 

 私はまったり留守番かと思われたけど、まとめて面倒みるつもりみたい。学生組のヨランダが箒に乗せてくれるって。兄たちや従兄姉たちから羨ましがられる。ヨランダはなんと寮代表選手なんだって。え? 何のって? うん、アレだよアレ。わ~それなんてハリポt……のクィディッチ。イヤー偶然、偶然。――偶然(グウゼン)ッテ(コワ)イワー……っよし!(暗示完了!)

 

 ダニーは選手じゃないけど箒は得意だから、まとめて子供たちの面倒を見ましょうって感じみたい。

 

 外遊び用の服に着替えて、屋敷の外に出ればヒョイと箒に跨らせられて、後ろに安定力抜群で陣取ったヨランダが、トンっと軽く地面を蹴ってすいっと音もなく舞い上がった。あ、音はあった。私のあげたおマヌケな悲鳴。ひょえ~。体の両脇をがっしりと腕で囲われ、ヨランダの足の間に腰を固定されてても、いきなりはビックリします。

 

 それほど高高度ではないにしても屋根よりは高そう。下を見ればポカンとした三つ子たちとサミーの顔。フィルはちゃっかりダニーに乗せてと言い寄ってるみたい、何やら詰め寄ってる。屋敷の側で箒に乗らず、ちょっと離れた丘の向こうまで走って行っていた三つ子たちは、私を乗せたヨランダの箒を夢中になって走って追いかけて来ていた。興奮しているのかピンクの顔で目がきらっきらだ。

 

 ダニーが子供用箒を纏めて抱えて後続に付いてくる。走って付いてくる三つ子たちの側をゆっくり飛んでいる。フィルとサミーは三つ子たちの後を追いかけ、追い抜く勢いだ。乗せてはもらえなかったらしい。

 

 あっという間に丘向こうに到着。いつもの場所に降ろされて、例の穴はどこ? と聞かれたので、すぐそこの横穴を案内する。

 

 大人とほとんど同じ背丈に成長しているヨランダは無理だけど、私なら這って進めるくらいの横穴。何かの草か木の根がぴょこぴょこ飛び出て見える、ホントに兎とか狐とか、何か動物の巣穴っぽい。

 これが坑道に繋がってるのかねえ。私の疑問をヨランダも思ったらしく、サッと杖を引き抜いて横穴に突き付けてる。

 

 と、ヨランダ姉、校外は魔法禁止!ってダニーが叫びながら到着した。手に持っていた子供用箒でバランスが取り辛かったらしく、ちょっとふらつきつつご登場だ。

 

 保護だの錯誤だの撹乱だの言い合っていた二人は、「屋敷内ならともかく、いくら敷地内でも屋外でしかも大人が側に居ないのに、緊急でもない魔法を使うのは不味い」と合意に至ったようだ。揃って杖をしまって私の手を片方ずつ繋いで、その横穴から引き離すように歩きだした。両手を繋がれてる私は連れられた宇宙人だ。

 アレってさ、全身剃られたチンパンジーとかの猿っぽいよね。それかナマケモノ。まあ、フェイク? この世界ではハウスエルフとかが該当しちゃうのかしら。そんな感じで両手をバンザイで繋がれて二人に連行されました。

 

 毎回パラソルをぶっ刺していた所に、三つ子の内の兄たちがいそいそと待機所を設置している。いつもサミーが掲げて持って来ていたパラソルを、手ぶらだと思っていた彼らが運んで来ていたようだ。

 ピクニックラグがバサッと広げられる。ラグはいつものより大きい。4.5 ft(フィート)(≒137cm)四方かな。どこに準備してきたのかクッションが3~4個転がり、私はと言えば靴を脱がされて転がされた。箒に乗るつもりはさらさらないので、クッションを抱えてさっさと日陰に寝転ぶ。おおう、枕、大事! お休み、3秒。すやぁ~。

 

 

 ふと気づくと、待機所なのに誰も待機してない事実。

 

 ヨランダとダニーが片手に箒、片手に杖を持って上空を見ている。かなり小さい黒豆状の粒が私の兄妹の一人と従姉らしい。三つ子の内の姉と兄の一人、それから従兄が身長くらいの高さを飛んでいるのが見えるから、つまり、あの黒豆が残りの二人だ。怖っ!

 古来、箒なんてもので空を飛ぼうと思った魔法使いは、危険察知能力がぶっ壊れてたに違いない、と私は思う。人間は鳥じゃないんだから、飛べないって自覚しなきゃ。落ちたら死ぬよ? それとも昔の魔法使いって高高度から落ちても死ななかったの?

 

 低空飛行の3人が交代を呼び掛けると、みるみる黒豆が大きくなって3人に合流する。それから全員地に降りると学生組の監督の元、メンバーを入れ替えて再び空に飛び立っていった。どうやらそれを繰り返しているらしい。学生組が杖を握っているのは万が一の救助の為だろう、たぶん。

 ただし、ダニーが何度か、こうだよね?って杖の振り方をヨランダに習って確認しているのが怖いところ。そんな魔法で大丈夫か? まあ、落ちなきゃいいのか……大丈夫だ、問題ない。

 

 ひそやかな(はしゃ)ぎ声が聞こえた気がしたので横穴方面へ目を向ければ、ハイホーハイホー仕事が好きなノッカーたちがニコニコと穴から列を作って向かって来るところだった。

 おおう、餌付け完了って感じ。池の縁に立ったら、わーっと鯉が集まって来てパクパクバシャバシャ水面から顔を出してるのを眺めてる気分。何か食べさせなきゃいけない気分っていえば分かる? 責任感って云うか義務感って云うか……野良猫に餌あげちゃう猫オバサンの気持ちが、とてもとてもよく分かる状況だよね。

 

 そして今日の配給って何かあったっけ? 何にも気にせず来ちゃったからなあ~、とポケットを探れば、ぐにゅっとした感触。引っ張り出してみればギモーヴだった。

 

 1in(インチ)(≒2.5cm)の立方体でカラフルなギモーヴは、お洒落でジューシーでとっても美味しかった。ウィンフレッド叔父さんがエルミーさんのリクエストで作っていたのだ。

 特にキレイに立方体に整えられた一角は手土産として包まれ、若干厚みの足りないモノが普段使いのお茶菓子に回され、端っこの切り落とし部分は三角に切り分けられて小鉢に盛られていた。

 私が食べたのはこの小鉢のだ。これまたとても大量に作られていたけど、大丈夫かな? 足りる? 手にした三角のギモーヴとノッカーたちを見比べる。

 

 叔父さんは特に私に言い聞かせるように、手土産として包んだモノはもう(ウチ)のモノじゃなくて持参する家のモノだから、絶対食べたり悪戯しちゃダメだよ、と子供たちを集めて注意していた。私も、なるほどなあ、と納得していた。よその家のモノに手を出すのは単なるドロボウだ。食べちゃいました、てへぺろ、じゃ済まされない。

 つまり、その分さえ安全ならば、他は食べても良いってことだろう。小鉢に盛られていた三角のヤツは完食待ったなしって感じだな、たぶん。うん、そんな感じで作ってた気がするし。

 

 あ、ギモーヴってマシュマロのことだよ。フランス語だね。マシュマロは〈ふわっもち〉って食感だけど、ギモーヴは〈ふかっジュワ〉って感触。材料が違うみたい。果物の香り豊かで、私はギモーヴの方が好き。

 

 そわそわ並んで、キラキラの目で私の手元を見ているノッカーたちにギモーヴを手渡す。ベリー系がメインだからピンクや紫、赤の綺麗な色にノッカーたちは嬉しそう。柑橘系のオレンジとか黄色も爽やかでいいよね。鮮やかなグリーンはキレイな見た目の色と反して、喉に良い薬草味だ。本来のギモーヴって薬草じゃなくて、別の薬草だけど。青みがかったエメラルドグリーンはミント系の味。

 濃い緑の薬草味は唯一()じってる(ハズ)れ味で(アタ)り菓子。菓子としてはハズレな味だけど、薬としては美味しいアタリというわけ。

 

 そういえば彼らが食べてるところを見たことなかったけど、食べ物だって知ってるよね? ドラジェもクッキーも十日くらい余裕だけど、ギモーヴは早めに食べないと……仕舞い込んで飾ったりしてるとカビるぞ。

 私の心配を余所に、貰ったギモーヴの柔らかさを両手でふわふわ堪能して、後ろに並ぶ同輩に順番を譲りながら、パクッとかじり付いてるノッカーも居た。良かった、食べ物だと知ってた。でも、かじり付いたギモーヴを食べきったヤツが、列の一番後ろに並び直すのはどうなんだろう。大事そうに抱えこんでるノッカーは、横穴方面へ向かっているのに。持って帰る分をまた貰おうって魂胆?……カワイイからあげちゃうけど。

 

 今回も最後の一つが私の手に残るうちにノッカーたちは撤収するようだ。うきうきと楽しそうに帰って行く後ろ姿は、とてもカワイイ。

 

 ポケットから引っ張り出したギモーヴが、三角の切り落としの内に収まりが付いて良かった。四角に整形されてるのは客用菓子だからね。

 

 ダニーが杖を握ったまま近づいてきた。歩き去るノッカーに気付いたらしい。カワイイよね、と話を振ったら目を見開いて凝視された。

 

 え? あのヨチヨチ歩きとか、子供っぽいしぐさとか、それなのに大人っぽい等身とか、犬っぽい目とか、人形サイズの小ささとか、小さいのに作り込まれている革製ブーツとか、面白いし……弁護するように言いつのる言葉が尻窄みになる。ジッと見てくる視線は、何言ってんだコイツって物語っていた。

 ――噛まれると腫れあがる位の毒を持ってるらしいから気を付けてね。と、とても一本調子でダニーは言うとタメ息つきながら頭を撫でてくれた。ふう、ヤレヤレって感じで。……むう、カワイイじゃん、ノッカー。

 

 飛び回っていた連中がワラワラと集まって来たので、ギモーヴを配りながらノッカーを見た、と報告。三角の切り落としを二つずつ、ポケットから引っ張り出してはみんなの掌に乗せていく。

 

 私の分は薬草味とラズベリー味。赤と緑のクリスマスカラーだ。実はこの組み合わせで食べると、甘すっぱ苦くて絶妙なハーモニーを味わえるのだ。

 みんながハズレをひいちゃって可哀想にという目で見て来て、ダニーが交換しようか? と言い出したけど、私はニコニコと両方一緒に食べ始めた。うん、この絶妙なハーモニー。美味しいよ、と説明するけど、みんな引いてた。

 

 それから来た時と同じ配置で帰る。私はヨランダの前。三つ子の内の兄二人がパラソルを前後で担いで持って帰るようだ。後は手ぶら。あ、ダニーはまた全員分の子供用箒を持って飛んでいる。ちょっとは慣れたのか来る時よりしっかりしてる。

 

 屋敷に帰り付いたらすぐさま大人にご報告。ノッカーに会ってギモーヴを食べました~。

 

 もしかしたらって切り落としの三角ギモーヴを大量に作っておいたので、消費したこと事態は怒られなかったけど、私が一人でノッカーと相対したのは不味かったらしい。ダニーがちゃんと見張ってたよ、と伝えるも、帰って行くノッカーの行列に気付いて慌てて近くまで行ったんだ、とダニーは正直にご報告。ギリギリお叱りは受けない範囲だった模様。(連れ去る背中を追えるには間に合ったけど)ベストは相対した時、隣に就いて見張って欲しかったようだ。

 

 そして私は、父さんとアルフレッド伯父さんとウィンフレッド叔父さん、三人に囲まれて厳重注意。攫われると暗くて狭い穴倉で怖いノッカーに無理やり働かせられるぞ、と脅される。首を傾げて伝承とかかなあ、と考えているとカミッロが参戦してきた。

 

 取り替え子(チェンジリング)の心配もあるけれど楽しそうとか面白そうって付いて行くと〈妖精の輪〉に誘い込まれて、どことも知れぬ場所に飛ばされるかもしれない。暖炉で移動する訳じゃないから何処に出るかは完全ランダムだし、ヘタをしたら時間も移動するんだ、とメッと叱って来る。

 

 彼らが意地悪でどこかにやっちゃえって訳じゃなくて、喜んでるからって飛ばされるのが一番厄介で、見つけることがとても難しいんだって。

 意地悪なら当事者をとっ捕まえて締め上げれば軌跡を辿れない事もないそう(辛うじて出来るって意味)だけど、善意だとより面白そうな場所へとチャレンジしちゃうらしく、彼ら自身も何処に飛ばしたか分からないらしい。飛ばされた本人が自力で帰って来るしかないそうだ。

 

 場所だけならばまだましで、時を飛ばされると帰還は絶望的と云われているんだって。だから気を付けなさい、と。もう二度と会えなくなったら、寂しくて悲しいよ、と。カミッロに諭される。そうか、悲しいのか。そうなったら私も寂しい。うんうん頷いて気を付けると約束する。カミッロも厳しい表情を緩めて頭を撫でてくれた。

 

 私を囲んでいた大人たちも何とか表情を緩ませて、父さんは抱き上げてくれる。伯父さんたちが頭を撫でたり背中を撫でたり、よしよししてくる。そうか、心配されてたのか。それは済まなかったと、ごめんなさいしておいた。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 



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14. バカンスの終わり

 

※※ ※ ※ ※※

 

 それから私は箒乗りの一員として連れ出されることもなく、空調の整った室内でアフタヌーンティーやハイティーでクリームティーを存分に楽しんだ。お供として。エルミーさんのね。

 

 時々ヨランダを連れたアンゲリーナさんとか、サミーを連れたオリヴィアさんとか、クレアさんとかも同行した。嫁~ズだ。

 アンゲリーナさんはエルミーさんの長男の嫁、オリヴィアさんは三男の嫁、クレアさんは次男の嫁だ。長女の婿だけど、父さんは嫁じゃないから除外。

 

 クレアさんはダニーの母親で、赤ん坊の私をきっちりしっかり育ててくれた人。

 オリヴィアさんとクレアさんは学校では先輩後輩として寮も同じで仲良くしてたんだって。結婚はオリヴィアさんの方が早かったらしく、クレアさんがその結婚式に参列して、アルフレッド伯父さんと出会ったとかなんとか。若々しく華やいだ様子で教えてくれた。

 

 サミーも茶菓子を食べてる間は大人しく聞いているけど、耳タコな話題(父母の馴れ初め)のときは、すぐにソワソワしだす。ヨランダもソワソワはしないけど飽きている感じを醸し出す。宿題があるからって断り続けてたヨランダが参加するのは、何やら大きな集まりの時が多い。

 

 アンゲリーナさんは当主夫人だからエルミーさんからの引継ぎに余念がない。

 仕事の引継ぎと違って社交の引継ぎは、やんわりじっくりなじまないとならないからね。自分で新しく開拓した社交関係なら良いけど、引き継いだのなら現状維持は最低限保たなければならないから気を使うだろうし。

 アレだね、長男の嫁が嫌厭される一因だと私は思うよ。そんな面倒はまっぴらごめんってヤツだ。

 

 ちなみにダニーは淑女(レディ)たちだけでどうぞ、と不参加表明をさっさと出してフィルと三つ子たちを連れて逃亡していた。

 女の子のオーリィが誘われないのは、必ず三つ子の兄たちがセットで付いて来るうえ、その兄たちは大人しく座ってお茶会などできない相談だからだって。身内だけならまだしも、お呼ばれでやらかされては堪ったモノじゃないという訳。

 

 ヨランダとサミーはそうしたお茶会にお呼ばれしても、ササっと途中で居なくなる。謎の連係プレーで中座し、帰るころには戻って来るのだ。その謎プレーは私には発揮されなかった。

 まあ、良いけどね。エルミーさんの隣でニコニコ飲み食いしてればOKなのだから。幼児の私が気の利いた会話などに参加できるはずはないって、誰でもわかるからね。私は置物なのです。ちょっとぐらいうたた寝してても、あらあら、で済まされる年頃、私4歳!

 

 

 招待状のあるご招待の時は、瞬間移動できるアイテムが同封されてることが多い。準備ができるとお呼ばれの参加者全員でそのアイテムを掴み、一瞬で移動するのだ。

 たまに別の招待者と同時刻にアイテムを使用する事があって、そんな時は3分ほど待たされる。

 

 一度あった。さあ移動だって身構えたけど――何も起こらず、一瞬の静けさの後に全員で失笑と苦笑を交わし、説明されたのだ。

 ここでアイテムから手を離すとさらに順番を後に回されるから、このまま待機しなくちゃならないのよ、と。この待ち時間の何が嫌って、このマヌケな姿勢よねえって笑い合っているうちに移動と相成るそうだ。その時も説明が終わるころには移動していた。

 

 ころりと転がった私を何事もなかったように立ち上がらせて、エルミーさんは素早くその場から退く。同時刻の使用者がいるほど込み合うパーティーなら、早々に瞬間移動場(専用の場所が設けてある)から捌けるのがマナーで常識なのだ。

 

 そして帰りは自己解散。大人たちだけならば個人の瞬間移動で帰宅。カミッロが良くやるステップを踏むやつね。でもこの瞬間移動ってけっこう難しい技らしく、大人じゃなきゃやっちゃダメで、大人でも不得意な人はいる。そんな人はゲート移動、暖炉での移動を使う。

 とても大きいお屋敷だと、ゲート移動用の暖炉が設置された応接間のある家が門扉の側に建てられている。

 

 私がエルミーさんのお呼ばれに同行した時のお屋敷にも、まさにこの暖炉の家が建っていて、凱旋門みたいなマントルピースを備えた巨大な暖炉を(しつら)えた応接室があった。応接室の隣の広い廊下には控えめな暖炉が設置されていて、そちらは内線――敷地内のみ専用の暖炉だって。普通な感じの一軒家だったけど、門番()()と呼ばれていた。お金持ちは規模が違うね。

 

 カミッロは私を抱き上げたまま気軽にステップを踏んで瞬間移動してたから、大人なら誰でも出来るんだと思っていたけど、どうもそうじゃないんだってさ。エルミーさんは私を連れて瞬間移動は決してしないし、よく考えればラシェルもしない。

 〈慣れ〉も重要らしく、瞬間移動に慣れてないと誰かと一緒って云うのは難しいんだって。失敗すると体の一部を置いて来ちゃうらしい。何それ怖い、てか痛い。エルミーさんもラシェルも、私の体の一部を置いて来ちゃいそうで怖いって訳だ。

 

 その点、暖炉のゲート移動は安全だ。行先の指定さえ間違えなければ、多少(すす)が付こうが、怪我無く到着する。行く先指定を間違えるとどこか別の暖炉に飛ばされるが、暖炉に違いはない。治安の悪い犯罪者集団の居間にでも転がり出ない限り、その暖炉からもう一度正しい暖炉に移動すればいいのだ。

 暖炉の近くには大抵例の灰っぽい粉が常備されてるものだし、私もカミッロやラシェルからは予備用の粉を渡されてる。2回分だよと小さいブックタイプのロケットペンダントトップで、パカリと明けると両側に1回分ずつ一つまみずつ粉が詰まっている。間違えて迷子になった時用だ。

 

 私も一緒のお呼ばれの時は暖炉間移動で帰るのが常だ。外線用の暖炉まで出向き――内線用の暖炉で移動したり歩いて向かったり、それは招かれたお屋敷により様ざま――コーンウォールの『楢の丘(オークヒル)』までゲート移動で帰る。出てきたところでシルキーがササっと煤を掃ってくれるところまでが一連の流れだった。

 

 

 そんなこんなで社交に連れまわされて、たっぷりお茶会を楽しんでた私は、いつの間にか顔が売れてたみたい。私宛の招待状が届くようになった。

 

 4歳なのに泣かず騒がずいつも大人しく、お茶とお菓子をニコニコいただいてる幼児は可愛らしいからね。たまにウトウトうたた寝するのはご愛敬で、その前後でもグズらず我が儘を言わない、大人しい私は人気なのだ。ふふん、チョロい。

 

 3週間くらい居たかな? あっという間だったなあ。

 

 夏休みなんだから海とか行きたかったかもって呟いたら、来年行きましょう、となった。今年は私が小さすぎて無理だろうから、初めから計画されなかったんだって。来年は5才だから、もっと外遊びも動けるようになるでしょう、ってね。ちょう楽しみ。

 

 大きくならないとなって頭を撫でてくれる伯父さんたち。首がもげる勢いだったクヮジモド家とは違って陽気な気さくさはないけれど、丁寧な親愛の情は伝わって来る。そしておっちゃんたちは女の子の髪形を気にしなさすぎです。

 

「Revenez l'année prochaine.」(来年もまた来なさい)

 パヤパヤに乱れた髪を、巻き毛に整え直しながら呟くエルミーさん。私は満面の笑みで答えた。

「Oui bien sûr.」(はい、もちろん)

 

※※ ※ ※ ※※

 

 帰りにロンドンの父さんたちの部屋の名前が『カチカチ部屋(tick-tock flat)』というのを知った。とても言いづらいです。噛みそう。フラットじゃなくてフラック(flack)って言っちゃいそう。

 

 そしてべルサイユの私たちのアパートの部屋の名前は『戦争の洋梨』と云うそうだ。取り合わせがすごいけど、こっちは言いやすい。ド・ラ・ゲール家の持ちアパート一棟だからそんな名前なのかもね。

 

 〈ド・ラ・ゲール〉ってもともと〈戦争〉って意味で、その昔フランスに攻めて込んできたケルト人一族の末裔と云う謂れから付いた姓名なんだって。

 ズバリ〈戦争〉って苗字なんて……まったく、なんて戦闘民族だろうねえ。

 

 家系に呪いが掛かってるのか、不思議な事が出来ちゃう系だからか、男系一族として知られてる。戦闘民族的には戦う男手が増えるから、良いことなのかもしれないけどさ。たまに女児が生まれるも、何故か遠方に嫁ぐらしく、親戚一同おっさんばかりって状態が普通だそうだ。前にグザヴィエさんがしょっぱい顔で愚痴ってたもの。

 

 もっとも娘を持つと親族中から羨望と嫉妬の嵐を受けて、無駄に結束されちゃうらしい。対娘の父で。エルミーさんの父親も苦労したのかもね。

 

 〈洋梨〉はどこから来たの(由来)かと思ったら、暖炉のマントルピースの装飾されてた。何でも昔はそれで部屋の区別をしていたらしく〈洋梨の間〉とか使われてたみたい、内線用の暖炉間移動で。なるほど、おされ(洒落)

 

 

 8月の残りはラシェルは仕事の準備に余念がなかった。

 

 何でも学校関係者になるらしく、9月1日から新学期で着任だそうだ。確か全寮制の学校だよね?って思っていたら、そういう学校に入るための事前学校の先生になるんだって。

 学校って云うよりも塾って感覚の語学教師で、フランス語の出来ない英語圏の人にフランス語を教えるみたい。事前学習的に子供がメインだけど、大人も受け入れる語学学校らしい。不思議な事が出来ちゃう系のね。

 

 今、少しずつイギリスの魔法学校に人気が集まりつつあって、ヨーロッパの魔法学校は生徒確保に試行錯誤中なんだって。英語圏の入学者を狙った学校政策の一環で、アメリカとかカナダとかオーストラリアからの入学者を狙ってるのかな? 憧れのヨーロッパ!って事で留学希望する人も居るそうだからね。

 

 全くの他言語出身者が、なんとか英語は話せるけどフランスの学校へ入学したいって門戸を叩く場合も受け入れてるみたい。すごく無謀だけど。

 例をあげれば、日本人が片言英語をマスターしてフランスの学校に入学希望して、語学学校にやって来たって感じだ。そんな語学で大丈夫か? って感じ。問題あるよね。

 

 教授の話とか教材とか提出物とか全て仏語だよ? まあ、そこを何とかしましょうってコンセプトなのが事前学校みたいなんだけど。

 

 週休二日で9時~6時(昼休憩は2時間)の、とても余裕のある勤務形態……と思っていたのは私だけで、けっこう厳しいねとカミッロの感想。新任はこんなものよとラシェルも苦笑い。――つまり、先任になればもっと余裕になるらしい。え、もっと? へぇ~、それがヨーロッパ風なの?

 

 

 カミッロは旅行記(写真集?)の見本品を持って出版社に売り込みをかけてた。

 

 最初はただのアルバムっぽかったのを、ちょっとした旅行案内と現地の感想を文章で付けると、ガイドブックみたいで良いんじゃない? と、アドバイス。全体の半分くらいまで写真を抑えて文章を付け、テーマも何種類か作ってみていた。女性メインとか食事メインとか観光地メインとか。

 

 複数テーマが功を奏し、それぞれのテーマごとに出版社が興味を示してくれたみたいで、合計3社と話を進めてるんだって。

 ただし、女性メインの旅行記の会社って、いわゆるエッチ系っぽくて、カミッロはかなりイヤイヤだった。他2社がダメになった時の保険的に話を進めてるけど、あからさまな感じは断固拒否で、官能的だけど芸術的な方向ならばって感じみたい。後は汎用な旅行案内的なモノを希望している出版社と、食物(グルメ)衣服(ファッション)に興味のある出版社の2社だ。

 

 3社ともとりあえず1冊ずつ発行してみて評判を見て今後を決めましょうってスタンスになったみたい。学術書とかと違って、ある意味、人気商売なモノだからねえ。

 

 著者近影は、顔がアップとか胸から上の顔がはっきりわかるピンナップタイプじゃなくて、愛用のカメラのクローズアップにカミッロの手がフレームイン、カメラを手に取って立ち去るっていう雰囲気重視の写真に変えたもよう。

 顔バレするとナンパに影響するって云うのが最大の理由だけど、せっかく動く写真なら、動画的な演出した方が良いんじゃない?って言ってみたのさ。

 

 数秒CMのノリで出来上がった写真は、映画の宣伝みたいと大変好評だったらしい。

 男らしい手と(たくま)しい背中とセクシーな腰つきが堪らないんだって。――うん、その評価を何故4歳児の私に聞かせたし。

 

 カミッロは確かに細マッチョで、お腹にはくっきり縦筋があるしうっすら腹筋もある。板チョコみたいにぼこぼこの腹筋にすると胸も鍛えられてバストアップしちゃうから、そこまでいかないように、絶妙なラインの鍛錬を欠かさない。ただ、毎日のエクササイズに私を使うのはやめて欲しい。

 〈うっすら〉をキープするために数回ずつしかしないんだけど、決まった回数高い高いされたり、おんぶに抱っこで筋トレされるのは、ちょっと……スキンシップの一環だと云われれば、まあ良いかな、と思うくらいに慣れちゃってるけどさ。ちなみに一緒にお風呂に入りま入れてもらっています。

 

 

 私はお子ちゃまなので日がな一日遊び倒してる。とはいえ、一人で玄関の先に出ることは許されてないので、遊ぶ範囲は家の中だけ、だけどね。これってヒッキー?

 

 多言語(マルチリンガル)教育は読み書きに突入して、各国の絵本や幼児書などを読み解く日々、読書が遊びの毎日だ。私は前世の日本で読書好きだったので全く苦にならない。娯楽が少ない昭和の頃は、文庫とか新書とかを二日で1冊くらいは読んでいたからね。パソコンが普及してからはパソコンでばかり読書してたけど。

 

 そして読み書きをしてて気づいた私の特殊能力(チート)――映像記憶らしきものがあるみたい。()()()なのは書籍や文章にしか発揮されないから。風景とか人の顔とかは普通な感じの記憶力だけど、書籍とか文章はくっきりしっかりクリアに記憶される。書籍になっていれば、挿絵や写真、余白の書き込みや、印刷の()()まで覚えているのだ。ちょう便利。頭の中に図書室所蔵って感じ? いかんせん入出力機関(目とか手とか口)は普通の幼児なので、速度を求められるとイマイチだけどね。

 一度読めば完璧に暗記できるってわけ。我ながらすげ~……あ、私SUGEEE!

 

 私が端から書籍を暗記しまくっていながら、ずっと家に居るのには深い事情がある。……ちょうど私の行ける幼稚園とか学校がないんだよね。フランスには不思議な事が出来ちゃう系の小学校があるらしいんだけど、5年制なんだって。6歳まで待たなきゃいけないのよねえ。

 イタリアには事前学校なんてなくて、10歳か11歳からいきなり全寮制の中高一貫校に入学してたのに、フランスは教育熱心。不思議な事が出来ない人たちは3歳の幼稚園から完備らしい。アレだね、革命の国だからかな。(1)(7)(8)(9)すぶるフランス革命!

 

 6歳から5年間の小学校の後、全寮制の中高一貫校に行くのが私の教育計画のようだ。

 

 イギリスにも小学校はあるみたいだけど、三つ子たちは通っていない。魔法が出来ない人たちの小学校しかないんだって。

 

 三つ子たちは、ホラ、塾みたいな事前学級に通ってるから。学校での勉強の仕方を学びましょうって感じの、家庭に来ない家庭教師っぽい学級ね。ノリとしては寺子屋とかかな。7歳前後で魔法力が発現してから、中高一貫校の入学許可書が届くまで。大体4年間くらい通うんだってさ。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 



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15. 水に拘る一族

 

※※ ※ ※ ※※

 

 ラシェルもカミッロも順調な滑り出しで仕事が始まったみたい。

 

 私も毎朝決まった時間に起きて起こされて、ラシェルと一緒にご飯を食べて、行ってらっしゃいをする。

 

 挨拶は基本ちゅっちゅかとキス付き。フランスではビズって呼ぶ。クヮジモド家では両方のほっぺに一回ずつだったけど、フランスでは一回ずつにプラス一回で計三回するみたい。

 大人は頬をくっつけ合ってちゅっと音だけするエアキスが当たり前で、逆に子供は元気よくぷちゅうとするのがお約束っぽい。なのでラシェルにもぷっちゅ~。

 

 読み書きのお勉強をしているとカミッロが起きて来るので、ご飯食べるのに付き合って(一人で食べるの寂しいからね)、昼前には出かけるカミッロに行ってらっしゃいをする。日によっては出先で食べるからと、食事しないで出かける時もある。ランチミーティングか、ランチデートだな。

 

 もちろんカミッロにも挨拶(ちゅっちゅか)。三回目は口にするのもありだとか。右、左、真ん中だって。それってホント? ナンパ仕様の対女の子用じゃなくて?

 片頬を緩ませニヤッと笑い、背中越しに片手をあげて颯爽と出て行くカミッロ。気になるから正解教えてってよ~。

 

 昼食時間までにフクロウのM.(ムッシュ)デュフトゥが連絡に帰って来なければ、ラシェルも帰宅して一緒にお昼。昼休憩が長いので、私の午前中の学習進度をチェックしたりする。

 ラシェルが帰って来られない昼には、カミッロが帰って来て一緒にご飯。お勉強もカミッロが見てくれる。

 

 まれに双方どうしても帰れないってときは、猫のアルジェント姐さんが椅子に座って私を見張る。座ると彼女の方が大きいから、ちょっとしたプレッシャー。

 

 好きなモノばかり食べてないか、シルキーの準備したバランスの取れた幼児食をちゃんと食べているか、お菓子を盗み食いしてないか、自分の知らない美味しいモノを食べてないか、姐さん(アルジェント)の視線は厳しい。でも、喉をゴロゴロして見つめてる視線に応えて、チーズの欠片とか、コールドミートの端っことか、ワイロを差し出すと機嫌よく食べてくれる優しさもある。カワイイ。

 

 どうも彼女は私を妹分か子供枠で考えているみたい。ふう、ヤレヤレ仕方ないわねって感じの鼻息を吐いたりしてるし。見張られた昼食後、口の周りを舐めてキレイにするよう促がしてくるし。心地よい陽だまりに案内しては、うたた寝と毛繕いを誘ってくる。

 

 ネズミのおもちゃを咥えて来ては、私の前に転がして猫パンチの手本を見せてきたりもする。

 私が陽だまりにコロリと横たわって、ネズミのおもちゃをちょいちょいしていれば、アルジェントもちょいちょい転がし返して楽しそうにしてる。何よりです。

 

 午後のお昼寝とお勉強と読書を終える頃、終業時間になったラシェルとカミッロが帰って来る。ちなみに、カミッロは出掛けなかったときには、写真整理に余念がない。オファーの来ている旅行記に合わせた写真を選んでレイアウトして文章を構成するのだ。自宅作業だね。

 

 何でもラシェルが特別な魔法仕掛けのスーツケースを持ってて、秘密基地みたいに中に部屋が作ってあるんだって。そのうちの一つが書斎で、カミッロはそこで作業をしている。学校行ってた時から二人で使ってて、大量の蔵書も大量の衣服も、すべて収納してくれる優れものなんだってさ。へぇ~、へぇ~、へぇ~…3へぇじゃ足りないくらい感心した。

 

 今日一日のお勉強をラシェルかカミッロにチェックしてもらって、夕食。

 

 夜のお出掛けは週末がほとんど。二人とも食事は私に付き合って軽く摘まむだけで、支度をして出掛けて行く。たいてい一人ずつで、片方は残って私の面倒を見てくれる。

 デートの時はバッチリお洒落してて、帰りは遅くなる(もしくはお泊り)ので待たない。お酒などのお付き合いの時は、比較的早めに帰るけど、お酒臭いのでお休みの挨拶(ちゅっちゅか)はご遠慮申し上げたいです。

 

 平日はたいてい二人揃ってて、三人でのんびり夕食を食べて、まったり寛ぐ。食休みも兼ねて、今日の出来事を話し合ったりもする。週末はお出掛けがない方とね。

 食休みを十分とったら、幼児の私は残ってる方と一緒にお風呂に入る。この〈一緒にお風呂に入る〉ってのは、きっと父さんからの伝統だろう。日本育ちで風呂好きだからさ。テルマエだね。

 

 あ、姉弟でも、さすがにラシェルとカミッロは一緒に入らないよ。私とラシェル、カミッロと私の組み合わせ()()です。

 

 たまに夜のお出掛けが二人ともに重なった時は、アルジェント姐さんが夕食からバスルームまで見張っている。姐さん専用の食事処に準備された食事を放って、私の側に来てくれるのだ。今日のお肉やチーズの欠片などをこっそり献上する。あまりたくさんだと体調崩すし、シルキーに止められちゃうからさ。

 

 お風呂も一人で入る。入浴は私だけだけど、アルジェント姐さんが見張り(見学)にバスルームに来るし、シルキーも手伝いに来てくれるから、まあ、厳密に独りとは言い難い。背中流してくれたり、頭洗ってくれたり、とても助かります。

 

 うん、アルジェント姐さんじゃなくて、シルキーね。――なぜそこでドヤ顔した。

 喉をゴロゴロさせながら私を見てる姐さんは、水が嫌いなのだ。ちょっと跳ねただけで、ピタリと喉を鳴らすのを止め、嫌そうにじっと見て来る。しばらく見定めて(ワザと水をかけたのか偶然なのか見極めてると思う)再起動して、再び目を細めて喉を鳴らしている。カワイイ。

 

 私も7歳に成ったら一人で入るように言われてる。シルキーは7歳以降でも手伝ってくれるみたい。

 まあ、バスタブの底に滑らないように凸凹を付けてくれれば問題ないかな。『楢の丘』で付いてなくて、ずるっと滑って水没したからね。

 

 あの時はカミッロと一緒に入ってたから、ガボッバシャッて一掻きした位ですぐさま助け出してもらって、大事にはならなかったけど……水を吸い込んで、ゲハッゴバッって女の子が出しちゃいけない声でさんざん咳をして、あげく吐いちゃったんだよね。ヘタしたらトラウマものだ。ごく自然にギャン泣きしてしまったし。

 ――いやあ、あの時は死ぬかと思ったよ。

 

 翌日には滑り止めがバスタブの中に完備されてた。

 ここべルサイユのアパルトマンのバスタブには最初から完備されてたし、クヮジモド家の浴室はタイル張りだったので一人で入ったことはなく、そういう危険に気付かなかったよ。タイル張りは滑りやすいからって、必ず誰かに入れて貰ってたからなあ。ホント、盲点でした。

 

 

 お風呂事情で思い出したけど、我が家は伝統的に水にうるさい。

 

 父さんが日本生まれの日系だから、軟水で育ってるのね。イギリスの学校に留学して食事も困ったけど、水にも大いに困ったんだって。不味いし飲むと腹を下すし、風呂は無くてシャワーのみだし、シャワーでも我慢して入れば髪も体もバサバサでカユカユになるし。

 

 学校関係者に訴えたところ鼻で笑われたそうだ。水が悪いんじゃなくてお前の体質(が悪い)なんだろう、と。まあ、当時、珍しい東洋からの留学生だったから、親身になってもらえなかったのは、人種的なアレも絡んでたのかも知れないけどね。

 

 そこで父さんは、自分が使う範囲だけ自分に合った調節をしても良いか訊ね、了承をもぎ取り書面を(したた)めて貰った。そして実家に(つまび)らかに遣り取りを報告し、アドバイスをもらった後、魔改造を行ったそうだ。

 

 まず、寮の部屋の浴室。自費でバスタブを設置した。

 同部屋の同級生の苦情は、学校の許可があると了承の書面を見せて突っぱねる。学校側の苦情には書面を提示し父さんの(マンマ)(祖母)からの手紙を渡した。

 

 ラテン語で書きあげられた手紙には、未だに蛮族な未開の地に文化の英知を授け蒙昧な人々に身体を清潔に保つ事による利点と習慣を身に付けさせ――簡単にいえば、テルマエである。……簡単すぎる? まあ、水や湯を浴びるだけの野蛮な風習の学校だけど個人的に文明的な入浴習慣の許可をしてくれてありがとう、みたいなことが書かれてたようだ。了承されたのは事実である。

 

 学校も許可した手前、それ以上強くも言えず撤去も出来ず、仕方なしにシャワースペースの隣に専用のバスタブスペースを設け、バスタブを移動させて対処した。

 この噂は同寮生から他寮生にもあっという間に広まり、不公平だとかその個室だけズルいとかの声も上がり、学期の終わりまでには全寮の各階にバスタブ完備の浴室が増設されたそうだ。さすがに全室完備とはいかなかったらしい。

 「シャワーで充分」という人たちも根強く居たみたいだからね。文化の違いと云うか気候の違いと云うか、ヨーロッパでは毎日体を洗わないのが常識だもの。

 

 そして水である。もっとも懸案の水質。

 学校中の水を変化させるのはとても難しく大変なので、父さんが使う分だけ水質を変化させる方法を、日本の父(祖父)が考えだした。

 

 祖父はもともと手先が器用な人で、いろいろな不思議な道具を作り出してた。今回は留学先で苦労している息子の為に、日本だとあまり役に立たなくても外国では素晴らしく役に立つ、そんな道具を考案したのだ。呪術を大いに利用し西洋の魔術も参考に複雑で精緻な術式を組み込み、使い易さを第一に装飾に凝らず、安全で丈夫で清潔な――浄水器。

 

 うん、え~ってがっかりした? でもね、優れものだよ。20cm位のミニダンベルみたいな筒形で、蛇口にはめ込んで筒の中に水を通して使用する。その名も『浄水筒』。

 

 不思議道具だから蛇口の形は選ばず、はめ込み口の方はどんな形状にもピタッとフィット。注ぎ口の方はシャワーヘッドを付けたり、ホースを繋げたりも出来る仕様だ。数日に一度、ダンベルで云う(おもり)の部分を取り外して除去した石灰やミネラル分を捨てれば、本体が壊れるまでずっと使える。カートリッジもフィルター交換もいらない、とにかく優れものだ。

 

 父さんはこの『浄水筒』を風呂用と飲み水用に部屋に常設し、携帯用に一つ持ち、食事用に学校付きの料理担当者に自分の分はこれで、と念を押して預けた。

 

 たかが水に(こだわ)るヘンな奴って認識が学校中に広まったけど、父さんは体調も良くなったし満足のいく入浴も出来てリラクゼーション効果もバッチリだし、噂なんて気にしてなかった。

 

 最初こそ、父さんが使う時だけ一々『浄水筒』を取り付けてたけれど、同室者が面倒だからそのままで良いと、やがて取り付けられたままになった。

 父さんが問題が解決した旨お礼と共に実家に知らせる頃には、同室者もすっかり水の(とりこ)になっていた。何だか一皮むけた美少年部屋と呼ばれるようになっていたのだ。

 

 『浄水筒』を通せば石鹸の泡立ちが違うし、洗いあがりの肌艶も違う。バスタブの入浴も、週一とかじゃなくて毎晩なんて面倒だが、ローマ風のテルマエの仕方(父さんは〈日本風〉をそう説明した。洗い場(シャワースペース)で石鹸を使い泡を流して(バスタブ)に浸かる)を習い、実践すれば大層心地よい。顔立ちが変わる訳じゃないのに、肌や髪が艶々サラサラになれば、補正はバッチリだろう。

 

 同寮の女生徒たちが色めきだって理由を探れば〈水の違い〉と分かったものの、「たかが水」と(わら)っていたのだ。どうしても父さん本人に言い出せなかったらしい。寮の同室者が水売りを始めて、父さんが気付いて――まあ、何やかんやとあったみたい。学校は日本の祖父に大量に『浄水筒』を発注したそうだ。

 

 学校サイドとしても、全校を改装する必要性はないけど、希望者の寮部屋や寮各階の浴室には『浄水筒』を取り付けることにした。そして学校生活中に一人に1つまで貸し出すことにしたらしい。もちろん卒業時には返却だ。個人的に欲しいときは、学校が仲介して『浄水筒』を販売した。

 ――こうして祖父は銀行にたっぷりと貯えを(こしら)えたという話。

 

 

 さて、水に拘る父さんが卒業して、ぶらりと立ち寄ったイタリアのクヮジモド家。

 

 ちゃっかり住み着いた父さんは、学校から取り外し回収して来た『浄水筒』を持参していて、与えられた客室に当たり前のように取り付け使用していた。

 

 もともとクヮジモド家は「ローマ伝来の文化」と冗談を言いながらも、広い浴室と浴槽を持っている。オリーブの石鹸に海綿のスポンジ、ベルガモット果汁を垂らした上がり湯。それを毎日の習慣とする文化だ。日本の隠崎家(父さんの実家)の内湯の檜風呂で、糠袋と木綿の手拭い、天花粉と椿油で育ってきた父さんは、とても馴染んで心地よく過ごしていた。

 

 しばらくして、卒業したての青年とはいえ、いつまでも若々しいのは日本の血かねえ、と話題になっていた所で、水の所為(せ い)かもと、学校での水にまつわる騒動を説明した。クヮジモド家の女性陣が色めき立ち、父さんの携帯用の『浄水筒』以外を全て提供させられ、試すこと数週間。

 当主夫人(みんなの祖母(ノンナ)はまだ現役)の厳命の元、屋敷中の蛇口が数えられ、日本に発注がかけられる。

 

 距離こそあるものの、前当主の娘婿で現当主の妹夫婦だ、関係は(ちか)しく頼むこと自体は気軽に出来る。

 やがて届いた船便の荷はクヮジモド家の女性陣が開封し、さっそく屋敷内の蛇口に取り付けられた。同梱包の父さん宛の荷物には、改良版の風呂用、台所用、携帯用と各種揃っており、今後住まいを移す度に取り寄せなくても済むほどの量が詰まっていた。

 

 一時は全ての蛇口に取り付けられてた『浄水筒』も、浴室と台所と一部農場などに常設される以外は取り外し待機させられる事となった。もちろん父さんの学校から外して持参していた『浄水筒』も、新品で返却されている。

 

 お風呂などの水は浄水かけた方が洗いあがりがイイが、料理などには適さない場合もあったので、使い分けるようになったのだ。水に拘るクヮジモド家の出来上がりってわけ。

 

 

 そして、父さんが母さんと出会い、やがって結婚して暮らし始めたの港町のアパートでも、ロンドンに引っ越して住み始めたフラットでも、『浄水筒』は設置され使用されてきた。もはや伝統だ。ラシェルとカミッロのベルサイユのアパートメントにも、ラシェルやカミッロの寮生活にも、当然活躍した。

 水に拘る一族、我らがインザーキ家の完成だ。

 

 ちなみにコーンウォールのギャヴィン家(母さんの実家)も日本の祖父に大量発注を掛けて、要所要所に設置済みだ。母さん経由で、水に拘るギャヴィン家に成ってるのかも知れない。

 

 今では旅行鞄に一つずつ『浄水筒』を常備するのがインザーキ家では当たり前になっている。バカンスの時はギャヴィン家の客間にすでに設置してあった『浄水筒』を使ったので、持って行って鞄から出しもせず持って帰って来たけれど、それでも鞄に携帯しておくのがもう習慣になっていた。もちろん今のアパルトメントにも『浄水筒』は設置されてる。

 

 注意して見ていると、シルキーが『浄水筒』を外して料理することがある。料理によっては『浄水筒』を通さない方が良いみたいだからね。水を使い分けて料理するなんて――やるな、おぬし。おぬしも立派に水に拘る一族の一員よのぅ(ニヤッ)

 

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16. お墓参りは誕生日に

  

※※ ※ ※ ※※

 

 10月になって、私は初めて母さんのお墓参りに行った。10月11日、母さんの誕生日だ。

 

 記憶の中の日本人だった私には違和感覚えるけど、欧州だと故人の誕生日か墓参りの日に行くのが一般的だそうだ。命日って仏教系の感覚らしい。誕生日に(もう)でる時は、花に指定もない。故人の好きだった花とかを誕生日プレゼント代わりに供える。

 

 墓参りの日はホントは11月2日だけど、前日の1日が〈聖人の祝日〉で祭日なので、たいていその日が墓参りの日となる。供えるのは植木鉢の菊メイン。切り花よりも植木鉢の方が一般的なんだって。

 ちなみに、ハロウィンはまだない。あの、はっちゃけた仮装で盛り上がり、オレンジ色のカボチャに顔を彫り込み繰り抜いて飾り、カボチャのお菓子や料理が街中を席巻する――お祭り気分なハロウィンは、という意味では、だけど。

 

 イタリアのクヮジモド家でもハロウィンは特別の日でもなんでもなく、普通に過ごしていた。メニューに南瓜が出たかもあやしいレベルの普通さだ。

 ただ、11月1日の朝に、どこかから貰い火してきた火を庭先で幾本もの小枝に移し分けて、火蜥蜴(サラマンダー)の居る暖炉や竈に加えていた。新たに熾すのが本式らしいけど、火蜥蜴が居ると火を絶やせないからねえ、と貰い火の小枝を火蜥蜴が抱え込むのを見ていた私に皆のノンナ(お祖母ちゃん)が教えてくれたっけ。

 

 10月31日は万聖節前夜。11月1日が万聖節――〈聖人の日〉で祭日。11月2日は万霊節――〈死者の日〉で墓参り日となる。オレンジと黒の仮装もなく、かぼちゃ料理はメインにならない。一斉に墓参りする日があるのは、お盆っぽくて馴染みがあるけど、一日しかないうえに寒い冬なので、そこは違和感かな。

 

 その日以外で墓参するのが故人の誕生日、という訳。込み合う〈聖人の日〉辺りを避けるために、ラシェルとカミッロは母さんの誕生日に墓参りするんだって。今年はたまたま日曜日だったから当日にね。

 

 

 お墓はイギリスのロンドン郊外に在った。

 

 土曜の夕方から出発。今回はアルジェント姐さんも炎子もお留守番。シルキーに世話を頼んで来たみたい。

 

 夕食は近所のバル――ブラッスリーで軽く済ませた。

 

 ステーキフリットとローストチキン、クロックムッシュに野菜のラぺ。ラシェルとカミッロは、グラスワインの赤とワインに合うチーズ、食後のコーヒーとプチフール。私にはオレンジジュースとカフェオレ。もちろんチーズもプチフールもいただきます。

 

 けっこうしっかりメニューで軽食っぽくないけど、食後のコーヒーとプチフール以外一度に配膳されるところが軽い食事って感じかもね。一皿々々給仕されると途端にレストランっぽいし。ブラッスリーはお酒も飲める食事処って感覚でOKです。

 

 料理は3人でシェア。ラシェルとカミッロがテキパキと各人にワンプレートで盛り付けていく。料理をシェアして取り分けるのに全く忌避感がないのが我が家流。品数増えるし食べる量調整できるし、何が悪いの? といわんばかり。この辺りはイタリア気質かも知れない。

 

 ド・ラ・ゲール家でもギャヴィン家でもきっちり一人前ずつサーブされるからね。でもクヮジモド家みたいに大皿でごちゃっと出される方が、アットホームで楽しいかな。取り分けるのが面倒って思われるかもだけど、そんなの大抵マンマが取り仕切るし、ホストのパパァが取り仕切るのが常だもの。

 コイツ自分でぐいぐい来ないヤツだな、よしよし取ってやろう、アイツは好きなモノを好きなだけ食いたいタイプか、うんうんかっ食らえ――こんな感じで目を光らせてるのが、ホストとホステスだからね。

 

 そんなわけで、夕食を済ませてお墓のあるイギリスに向かう。てくてく歩いてたら眠くなる私。カミッロに抱き上げられれば、たちまちお休みなさい。ぐぅ~。もちろん歩いてイギリスに行くわけじゃないからね。

 

 カミッロに抱っこされたまま私が眠ってる間に、小刻みなステップの瞬間移動を繰り返してフランスの北端に辿り着く。

 海峡を渡る船に乗ってイギリスへ。船は2時間もかからない。

 

 夜はこじんまりとしたB&Bにお泊り。

 

 

 翌朝、ツインルームのセミダブルの方のベッドの上でお目覚め。隣にはカミッロ。狭いベッドだと蹴飛ばしちゃうみたいで、遠慮されている。うん、ラシェルの寝相の話ね。私の寝相は普通です。カミッロも普通。ちょっと(いびき)がうるさい時もあるけど、ウーゴだってそうだったし、慣れる。

 つまり、ラシェルの寝相は一緒に寝ると青あざ出来るレベルなのだ。えーと、将来の旦那さんは屈強な方がよろしいようで。

 

 カミッロを起こしてシャワーに向かう。『浄水筒』はもちろん持参で。バスタブなしのバスルーム。アレだ、シャワーしかない浴室。置いてある石鹸の質がイマイチだったらしく、持って来れば良かった、とカミッロは呟きながら私も洗ってくれた。いつもより長めに(すす)がれました。

 

 ホカホカしながら部屋に戻り、ラシェルのボディークリームをちょっともらってぬりぬり。普段は使わないカミッロもちょっとだけ塗ってた。交代でバスルームに向かったラシェルも、戻って来た時には私たちがボディクリームを使ってたのに納得していた。

 洗濯石鹸かと思ったわって、私も思ったけど、オブラートオブラート。背中にクリームを塗ってあげながら、人差し指を口に付けて、シィーとする。ラシェルも笑いながら、シィーと返してくれた。

 

 このB&Bはツイン二部屋で計4人まで泊まれる仕様だ。でも、家族で泊まるなら6~7人位までOKだそうだ。私ももう少し大きくなってたらエキストラベッドを出してもらう所だけど、まだ小さいからカミッロと一緒に寝てたという訳。そして昨夜は私たちだけしか泊まらなかったもよう。

 

 ダイニングルームで伝統的なイギリスの朝食が出て来た。

 

 トマト味の煮豆、両面焼いた目玉焼き、ソーセージ、ベーコン、キノコのソテー、焼きトマト。パンは小ぶりだけど四角に成型されてる。いわゆる食パンだね。それを三角に切ってトーストされて、トーストラックにズラッと並べられてた。バターとジャムも添えられてる。オレンジジュースにミルクと紅茶。

 テーブルには小さな花瓶に可愛らしい花も活けられていて、なかなか当たりな宿だったみたい。ラシェルも頬を緩ませて花を見てたしね。まあ、私はラピュタベーコンエッグパンにしたトーストをうまうまと食べるのに忙しくて花には気付きませんでしたがなにか?

 

 朝食は二人前だと少ないし三人前だと多い感じでと、伝えた通り作ってくれたみたい。私の分はちょうど半人前のお皿だった。ただ量的に全部食べられないかも……と食べるスピードが遅くなればササっとカミッロにお皿を取り換えられる。

 煮豆が数粒とキノコ一片に焼きトマトの切れ端が残るお皿は、ちょうど私が食べ残していたメニューだ。卵とソーセージも半分くらいは残ってたけど――カミッロのナイスプレーで完食!

 

 食休みがてら宿の主人とお喋り。若夫婦とその娘って思われてたみたい。ふふふ、それは大抵の皆さんが思われるので、もう今さらだよ。

 当初こそラシェルもカミッロも、こんな大きな子供が居る年に見えるのか!って憤慨してたけど……うん、私と同い年くらいの子供を連れた夫婦連れって、出会ってみれば、ラシェルとカミッロとそう年は変わらない。ラシェルとは19歳差なので、普通に母娘で通じます。なので――慣れた。カミッロも「大人の余裕だね」と(おだ)てたら、「幼い子供の世話をする俺ってカッコいい」と思ってくれてるみたい。ちょろいな、ニヤリ。

 

 てくてく歩いて駅に向かいながら、人目が途絶えたところでステップの瞬間移動。何回か繰り返して、ようやく小さな教会の裏の墓地に辿り着いた。

 

 ラシェルが手にしてきたのは、欧州の習慣では当たり前な菊の植木鉢。小さい花がキレイにびっしり咲いている。もちろん切り花だってNGってわけじゃないから、小さなブーケでもOKらしい。

 実際、お墓にはカサついてても色褪せてないヤグルマギクのブーケが供えられていた。母さんの目はコーンフラワーブルーでとてもキレイだったって云ってたから、おそらく命日頃に父さんが供えに来たんだろう。

 

 お墓は四角だけど上の角が丸くなってて、とても丁寧に磨かれている。握手してる手が真ん中に彫刻されていて、その上に父さんの名前、生年月日。下に母さんの名前、生年月日と命日。母さんのスペースには所どころ折れた薔薇が文字を囲むように彫られていた。夫婦用のお墓みたい。

 

 意匠が西洋的なのでシラッと見逃したけど、一番上に隠崎家(父さんの実家)の家紋が彫られていた。

 (ウチ)の家紋は『組合角に向こう山桜』。ダビデの星っぽく見えたけど八芒星で、山桜は普通の桜みたいにハート型の花弁になっちゃってて、微妙だ。日本の家紋を知らない人が彫りましたって感じだけど、まあ、知ってれば……解かる、かな。知らない人が見たら――何の意匠だろうって悩むだろうなあ。

 

 お参りの作法なんて、両手のしわとしわを合わせて幸せ(しわあせ)、南無~くらいしか知らない。ちなみにふりがなはワザとだよ? 仏教式だね。ラシェルとカミッロは胸に手を当てて目を閉じている。そうか、黙祷か。なので私も両手を胸に当てて目を閉じた。キリスト式っぽく見えるのがミソかな。

 

 母さんの記憶は、私がこの世界に転生して初めて目にしたものだ。ぼんやりとした風景の中で、浮かび上がるように唯一見えた人。嬉しそうに、誇らしそうに、幸せそうに、笑っていた。だから私は思ったのだ。歓迎されてる、望まれてる、私はこの世界に受け入れられてるんだってね。

 

 前世の親の顔は、よく覚えていない。日本人で壮年のイメージがあるから、老親だったんだろう。ぶっちゃけ、私も妙齢だったイメージがあるし。

 前世があるからこそ、強く思う。母さんは私をこの世に生み出してくれた人なんだなあって。――ありがとう、ホントに。生きててくれた方がもっと嬉しかったけど、私を諦めないで挑戦してくれてありがとう。……あなたが母親で私はとても嬉しいです。

 

 黙祷というか南無南無してる私を見守っていたラシェルとカミッロは、母さんの話を聞かせてくれた。概要は今まで私が小耳に挟んでいた通りの、末っ子誕生逸話。特にラシェルとカミッロは、母さんがどんなに私が生まれて喜んでたかと、私の受けた印象通りの母さんの気持ちを強調していた。

 ジッと私と目を合わせるラシェルからは、母親を失った悲しみよりも、母のない末妹への憐れみが漂う。どうやら心の折り合いをつけてくれたらしい。――私は二ヘラっと笑った。

 

 

 ロンドンに来て、父さんの所を素通りして行くわけにはいかないので、『カチカチ部屋(tick-tock flat)』に顔を出す。墓地からステップの瞬間移動。私はカミッロに抱っこされてます。足にしがみ付いたら、蹴飛ばしそうだしステップ乱れるからダメ、と云われて抱き上げられた。

 

 アポなし訪問、ではなく事前にラシェルが知らせてたもよう。M.(ムッシュ)デュフトゥを飛ばしてたみたい。父さんにようこそと歓迎された。

 

 日曜なので三つ子たちも居るのかと思ったら、外に遊びに出かけてるとのこと。ちょっと寄るだけと連絡してたみたいだからね、待ってられなかったんだろう。

 

 お茶をいただきながら、しばし歓談。

 

 父さんたちはお墓参りの日(前日の〈聖人の日〉の祝日)に三つ子たちと出掛けるつもりらしい。それに、お墓に供えてあったヤグルマギクのブーケは、案の定父さんだって。でも命日じゃなくて二人の結婚記念日に供えてるみたい。

 

 来年は銀婚式だから、何か銀製品を準備しようかな、と言う父さんに、苦笑で顔を見合わせるラシェルとカミッロ。あっちにフラフラこっちにソワソワ、女の人をとっかえひっかえするような父親は困りモノだけど、亡くなった母親を一途に思いつめ過ぎちゃうのも心配ってトコかな? まあ、大丈夫だとは思うけど。

 

 懐かしそうに母さんのことを話す父さんは、確かに寂しそうだけど、しっかり父親の顔をしているから。どちらかと云えば、晩年、独りぼっちになっちゃわないように、今から再婚相手を探した方が良いかも知れないくらいだよ。私たちの新しい母親ではなくて、父さんの新しい奥さんとして。タイミング的には、私が例のハイソな全寮制の学校に入学しているあたりで、ね。

 

 カミッロにこそっと耳打ち。銀製品は子供たちで贈るってのはどう? 写真立てとか。母さんの写真をキラキラの銀細工に収めるとか、さ。カミッロは納得顔で肯くと、ラシェルに伝言ゲーム。

 再婚云々の話は、本人不在の場で(ひそ)やかに話し合うべき事柄だ。しかも兄弟姉妹の参加人数は、多ければ多いほどいい。まあ、後6~7年後に話し合われるべき事柄だけどね。今は時期尚早です。

 

 ラシェルとカミッロの内緒話が長引きそうなので、父さんの梟を見せてもらいに行く。この前来た時はお使いに行ってたから、じっくり見るのは初めてなんだよね。

 

 リビングの止り木に止まっていたのは、まだ若くて白っぽい大きな梟。黒とうす茶色の斑もあるけど全体的に灰色系で目はくっきりとしたオレンジ色。デカい。はっきりと猛禽って感じ。種類はミナミ(ベンガル)ワシミミズクだって。名前は伝子(デンコ)ちゃん、メスだ。伝書の〈伝〉だって。

 

 前に飼っていた梟は傳三(デンゾウ)と云って、入学祝いで両親(私の祖父母)から贈られたんだって。とても良い血筋(頑強で従順)の梟を求めたらしく、父さんの留学に間に合わず、入学してから両親の手紙と共に飛来してきたそうだ。日本から! 遠くない? すごいよねえ。種類はシマフクロウだって。

 

 写真を見せて貰ったら、アレだ、天狗みたいな顔をしていた。うん、イメージ的にね。焦げ茶の顔で茶色と黒の班があって、ちょっと親父臭い感じ。三十年以上も働いてくれたみたい。長生きだねえ。そして、デカい。

 大人の父さんと母さんも一緒に写ってる写真から見るに、赤子よりデカい。むしろ赤子が攫われる勢いの大きさだ。アレだね、ラシェルの梟のM. (ムッシュ)デュフトゥも大概デカいと思ってたけど、それよりも大きく見えるよ、傳三くん。ラシェルの〈フクロウは大型派〉は父さん譲りなんだね。

 

 

 気が付いたら父さんと文通することになってた。えっ、いつの間に!

 

 おまけに、ラシェルとカミッロが、銀婚式の贈り物は姉弟妹一同で贈らせて貰うよ、と申し出て、父さんに感激と共に了承されていた。あれっ、聞いてたハズなのに?

 

 ……どうやら、眠くて舟をこいでたみたい。お茶請けのスコーンでお腹が膨れたせいだろう。うとうとしてた。そのままソファに転がされてお昼寝。――眠さ限界、すやぁ~。

 

 午後には無理やり起こされてお(いとま)した。

 

 寝ぼけ眼でボンヤリしてたけど、以前より距離がグッと近づいて逢いやすくなったためか、それほど無理やり起こされなかった。また来ればいいし、文通もするしね。なので、私はもう後はずっと寝てた。ちょっと幼児の私には強行軍だったもよう。

 一泊二日だったからさ、お子ちゃまな私はもっと余裕のあるスケジュールが嬉しいです。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 




墓石の意匠
握手する手:今生の別れ、夫婦それぞれに在る時は死別。家族間の死別の場合在り。袖口などで男女や大体の年頃を推測できる。
折れた薔薇:蕾か満開かで女性の亡くなった年齢を表す。棘が付いてる茎が折られていれば早すぎる死。
 


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17. 冬の楽しみ

※※ ※ ※ ※※

 

 ハロウィンのない月末も、〈聖人の日〉の祝日も過ぎた数日後、あちこちでラッパの演奏が聞こえた始めた。

 起きぬけに(にゃに)ごと? と聞いてみたら、終戦記念日だって。第一次大戦のね。第二次大戦はまだ勃発していない。

 

 私の近代~現代の日本史は駆け足授業だったので、いかんせん、西暦でいつから世界大戦かはっきり覚えてないんだよねえ。明治維新の後は駆け足も駆け足で、大正時代くらいからはダッシュだったし。

 

 終戦の日なら覚えてる。確か、昭和二十年八月十五日。

 ラジオ聞くから集まりなさいって集められたのに、何(しゃべ)ってるのかちっともわからなかったよ、とお年寄りに聞いた気がする。祖父母とかかなあ? もちろん記憶の日本の話だけど。

 

 戦争が終わるってことだけはサーっと話が広まったけど、あの声が誰だったか話の内容は何だったか、は、ちょっと後になってから知らされたって云ってた。田舎の村とかじゃそんなもんだったんだってさ。

 

 私としては、お盆の頃の暑い盛り、入道雲と蝉と甲子園が思い出される。向日葵(ひまわり)西瓜(スイカ)と麦わら帽子を加えても良い。夏休みにスイカを食べながら高校野球をテレビで見て、蝉の声をBGMに正午の時報のサイレンで黙祷ってイメージだ。日本の夏の風物詩だね。あの黙祷が、終戦記念だったんだよ~。

 

 第一次大戦の終戦記念日は寒い冬の日に行われました。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 11月もそろそろ終わる頃、どこかから貰ったというユーズド感たっぷりの緑色のワインボトルを数本、ラシェルが持ってきた。

 

 グラスに注いでみれば明るい色合いの赤ワインで、カミッロと二人で飲み比べている。

 (ウチ)には保存用にドゥミ(ハーフ)ボトルが数本あって、飲み残すと詰め替えるのだが、珍しく数本林立させていた。なるべく飲み残しから消費していくように、いつもしているのにね。

 

 なんでも味見用のワインらしく「今年はここのワイナリーを買いだな」って感じで試飲するんだって。だからラベルも販売用の正式なモノじゃなくて、ワイナリーの名前が書かれた簡単なものがペタリと貼ってあったりもする。あまり小売りはしないようだけど、そこは伝手で入手したみたい。

 

 話を聞くに、アレだ、ボジョレー・ヌーボーだよね? 単語としてはヌーボーとしか聞こえないから、ボジョレー地方のモノとは限らないけど。

 

 私の記憶の日本では、バカみたいにモテ(はや)されていたワインの新酒。昔から旬の物と初物を好む日本人らしい狂乱ぶりだったと、今なら思う。まあ、村興しの販売戦略に乗せられたってのもあるだろうけどさ。

 本来はあくまで試飲で、感覚としては試供品だ。大量購入予定者に配られるサンプル品やお試し価格のような物で、安売りの味見用でしかない。本式で本物のワインは、まだ出来上がってないのだから。

 

 その日の夕食はワインとチーズとパンだった。―― キリストか!

 

 白カビと青カビと、硬いのと柔らかいの、新鮮なのと熟成させたチーズ(フロマージュ)がずらずらテーブルに並ぶ。今日のワインの試飲会のためにわざわざ揃えたのだろう。

 食料品を買える界隈にはチーズ屋も当然ある。パン屋とワイン屋と肉屋もセットで、むしろ無い方が稀だ。チーズ屋は量り売りがメインで、いつ食べるのか、どんな料理と食べるのか、ワインも飲むのか、何人分か、などと聞き取って数種類のチーズをピックアップしてくれるシステムだ。

 

 これとこれとこれはディナー用でこれは朝食用、こっちは昼食までに食べきれよ、と云う感じで売ってくれる。無駄に細かく押しつけがましいのがチーズ屋の特徴だ。どこの店も、いつまでに食べるように、と指示して来るんだよ。対面販売ならでは、なのかな?

 買い置きとかで量を買おうとすると、客でも来るのか、みたいな感じの確認が入ったりする。余計なお世話だよ!って私なんかは思うんだけどね、ここじゃそれが普通らしい。

 

 パンはメテイユの薄切り。バタールくらいの太さのライ麦パンだ。黒パンなんてって眉をひそめてたけど、その健康と美容効果と、なにより相性の良さに我が家ではチーズにはライ麦パンを合わせるのが定番なのさ。(美味しければ正義!)

 

 珍しく生野菜のサラダボウルがあったけど、全体的にほろ苦系だからか私にはサーブされずに、様子を見て取り分けるよう言われる。エンダイブとセロリに、ビーツと人参のラぺ。カラフルでキレイだ。

 記憶の日本人だった時はセロリや香菜(シャンツァイ)系の香りが苦手だったけど、今はそういう食べ物の好き嫌いが一切ない。嬉しい。生セロリもシャクっといけるよ。

 

 試してみれば、けっこう苦みを感じた。ラシェルやカミッロはわしゃわしゃ食べてる。大きくなれば美味しく食べられるようになるよ、と、人参だけ取り分けて私の皿にちょこんと乗せてくれた。うん、甘めでほのかなキャラウェイの香り、いつもの我が家のラぺだ。エンダイブの白っぽい葉の部分なら苦みが少なく、何とか食べられた。

 

 私の分もワインは準備されていた。ただし〈炭酸割り〉。

 最初こそワイン1に対して炭酸水5くらいのカルピス配合だったけど、味見をしたラシェルがさらに炭酸水をドバドバ注いで薄めてからわたされる。かなりアルコール度数が薄められたほとんどワイン色付き炭酸水って感じのモノになっていた。炭酸水は普通に売ってるミネラルウォーターのガス入りね。

 

 ガラス瓶入りのミネラルウォーターはお高い感じがするけど、ラシェルと私が愛飲してるので我が家には常備されている。水に拘る一族の我が家は『浄水筒』が設置済みなので、水道からでも美味しい水が飲めるけど、炭酸水じゃないから、わざわざ購入しているのだ。

 

 薄めのビールくらいのアルコール度数でも、幼児の私にはちょっと早かったみたい。たちまち酔った。いつもの3倍くらいきゃわきゃわ騒いで、すぐ眠くなって寝た。

 

 バタン、きゅ~。

 

 

 翌日、頭が痛いとムスッとしていたら、苦笑された。まったく見事に二日酔いだってさ。

 

 二日酔いの薬飲む? って差し出されたのでチラッと見れば、ベージュ色でドロッとした感じ。液キャベ? 大人はカップ一杯だけど子供だからとスプーンで掬って()()()を促してくるラシェル。ラシェルは二日酔いにならないの?

 カミッロは喉を仰向けてカップを呷っていた。薬を飲み下した後、顔をしかめてカラフェに直接口を付けて水を飲んでいる。丸々一つを空にして、トイレに急行していた。―― 大丈夫なの? この薬。

 

 私が不安そうな顔をしていたのか、ラシェルが笑み含みで説明してくれた。この薬を飲んで、大量に水を飲むと、アルコールがたちまち尿に排出されて酒が抜けるそうだ。何それ画期的! ただし0にはならないみたい。少々(きこ)()した状態まで素早く回復させるのがこの『酒精排出薬』なんだって。

 ちなみにラシェルは朝一番に服用済み。な~んだ、二日酔いにならないんじゃなくて、処置済みなのか。

 

 納得して、私は()()()と口を開ける。慣れた手つきで流し込まれた薬は……甘ッエグッ冷しょっぱ!って味だった。

 まず甘い気がするけどえぐみがある、そしてミント系の爽やかな香りが冷たいと錯覚させて後味はしょっぱいのだ。一言でいえば、マズい。

 

 水、水。水を飲まなきゃ、流し込まなきゃ。大匙二杯を何とか飲み込み、大きなカップの水をがぶがぶ飲む。最初など外聞もなくブクブクと口を(すす)いだ。

 大きなカップの二杯目の水を飲んでるうちにトイレに行きたくなった。()()()()しだしたら、サッとカップを受け取られて、私はトイレへ急行した。

 

 すでに踏み台が設置してあったので、わき目もふらずに用を足す。

 

 尾籠な話、我が家のトイレは現在、大人用便座の上に子供用便座が設置されている。一回々々取り外しの利くタイプじゃなくて、普通の便座と同じく常設型だ。

 大人はフタが二つある感覚で、フタと子供用便座を上げて使用する。私はフタだけ上げて、子供用便座と下の大人用便座を重ねて使用する。高さ的に踏み台は必須だ。もちろんお掃除はシルキー任せ。ありがとう、シルキー!

 

※※ ※ ※ ※※

 

 12月に入った日に、小さな抽斗(ひきだし)が規則正しく並んでいる、薬箪笥みたいなものが飾られた。

 

 箪笥よりは薄っぺらくて、横6列、縦6段。内、横3列分の横広の抽斗(ひきだし)が、2つ。つまり小さいのが横6列×縦5段で30個、横広が2個。前面には漢数字が浮彫に彫られていて、英語と仏語でも単語で番号が振ってあった。

 

 はじめは何だかよく分からなかったけど、横広の抽斗(ひきだし)に刻まれてたり描かれてたりする言葉で理解した。

 [廿五(にじゅう ご)]には[Christmas][Noël]って書いてあるし、もう一つは[Happy New Year!][Bonne année!]真ん中にドカンと[元日]ってあった。よく見れば[丗一(さんじゅう いち)]がなくて、[大晦日]ってなってるし。―― うん、カレンダーでした。

 

 12月の特別なカレンダーで、ノエル(クリスマス)をワクワクと待つための暦箪笥なんだって。

 毎朝その数字の日の抽斗(ひきだし)の中身を取り出して(中身はちょっとしたプレゼントになってる)本番(クリスマス)まで毎日気分を盛り上げていくシステムみたい。皆で分けましょうね、と楽しそうに言うラシェル。

 

 父さんが留学した初めての年、もっと小ぶりだけど全く同じ感じのものが、日本から留学先の学校に届いたそうだ。

 

 父さんのマンマ(私の祖母)が学生時代、同級生などが家族の手作りを寮に持参していたのを羨ましく眺めていたそうで、留学したならば譲司(ジョルジョ)(父)にも贈らなきゃ! と、準備したらしい。日本の職人にこれこれこういうものを、と発注して。ただ、うまく話が伝わらなかったのか、ナターレ(クリスマス)で終わるハズのカレンダーが、正月を待つ方が重要とばかりに、12月いっぱいの暦箪笥になってしまっていたけれど。

 

 話を聞いていた父さんの父(私の祖父)は、これはこれで日本らしくて良いだろう、と[元日]の所にお年玉を仕込んで送ってくれたそうだ。ちなみに父さんのマンマ(祖母)はカミッロの通った学校の卒業生です。さすがグローバルなクヮジモド家出身。

 

 この暦箪笥はロンドンに引っ越した時に、引っ越し祝いを兼ねて子供たち用にと新たに贈られてきた(もの)だそうだ。漢数字は浮彫で漆塗り仕上げの職人技で、かなり立派な造り。英語は父さんが、仏語は母さんが、飾り文字で書き込んだみたい。

 二十年くらい経ってても、とても丁寧に使われたことがうかがわれる綺麗さで、むしろ風格が増している感じ。ラシェルとカミッロが小さな頃から毎年使い、二人して学校に入り、このアパルトメントの上階に住み始める時にも大事に持って来たんだって。

 

 暦箪笥の上にはプレゼピオ ―― 仏語ではクレシュ(降誕劇)を飾れるようになっている。専用の小さい人形や家畜小屋など付属に在って、すでにセットされていた。

 家畜小屋に聖母がメインで、主人公のイエスは25日の朝に置かれるのが基本コンセプトの降誕劇(クレシュ)。東方の三賢人や家畜小屋の住人(羊とか馬)、ヨセフ(聖母の夫)やベツレヘムの星などはサブキャラで、オプションって感じ。この暦箪笥にはフルメンバーで揃ってるけどね。

 

 ラシェルやカミッロが学生の頃、学校用に持って行ってたのは母さんが手作りしたもの。もちろん、このロングバージョンで、正月を待っちゃうタイプ。学校の寮ではとても話題になったみたい。そりゃあ、誰も彼もノエルまでのカレンダーなのに、12月いっぱいでお正月まであるなんて、珍しがられるよね。

 同室者の中にはノエルまでじゃなくて、帰宅日までのカレンダーを持参してきてる猛者も居たみたい。さすが寮生活。そういう簡易的なカレンダーは、布製のパッチワークみたいなタペストリータイプがほとんどで、イメージ的には薬カレンダーっぽい。たいていが手作り。だから日にちとかはいくらでも融通できるってわけ。

 

 中身はちょっとしたお菓子がメイン。焼き菓子とかチョコレートとか飴とか、日持ちするモノね。寮では毎朝確認しては、交換し合ったりしてたんだって。ノエルまでの、帰宅日までのお楽しみだったそうだ。

 

 三つ子たちには三つ子たち専用の物がすでに贈られていて、ロンドンで活躍してるから、この暦箪笥はこれからカレン専用で使いなさいと、二人して譲ってくれたのだ。

 え、これってカミッロが受け継ぐモノじゃないの? 長男って意味で日本から贈られたと思うよ?

 クレシュ(降誕劇)用の人形なんかを入れておくっぽい物入れ部分の観音開きの扉には、どどんと家紋があしらわれてるし……。五月人形とか雛人形に家紋が入れられますって感じの、どう見ても『隠崎家』って仕様なんだけど?

 

 カミッロ的にはどうでも良いらしい。家を継ぐとか、そういうの興味ないって感じ。もともと父さんも次男だし、日本を飛び出して異国に居ついちゃった時点でお察しだ。まあ、くれると云うなら遠慮なくいただいちゃうけどさ。

 貰ったからには、私が将来家族を持った時も大事に使わせていただきます。ふふふ、けっこう嬉しいな。

 

 学校ではノエルやユールやナターレ、つまりクリスマス関係をお祝いする風潮がけっこうあるんだって。何でも、不思議な事が出来ない系の人たちの中にも、突然変異か何かで魔法が使える人が出現するみたいで、そういう人が学校にやって来ては、いろいろなお祭りとか風習を広めていった結果らしい。

 隠れ住むうえで紛れ込む意味もあって、そういう行事は忠実に模倣されてたりするものね。ホラ、クヮジモド家でもいろいろ(おこな)ってたでしょ? アレよ。

 

 

 我が家では父さんが日系だから、お正月も重要行事の一環として教えられている。

 新年の挨拶をして、作り置きのご馳走を食べて、グリューワイン(ヴァン・ショー)を飲む。

 

 父さん的には「お節」に「お屠蘇」といきたいところだろう。

 母さんはフランス系だからクリスマスシーズンのヴァン・ショー(ホットワイン)には違和感なかったろうけど、新年にご馳走って、なんで?ってなったかもね。ノエルに食べたでしょ?って感じで。

 

 逆にこの時代ぐらいの日本人だったら、クリスマスにご馳走って、それこそ何の意味が?ってところかな。元旦にはまだ早いぞ、とね。

 まあ、父さんはイタリア人のマンマがナターレ(クリスマス)公現祭(エピファニア)を教えてたろうから、留学してもそういうカルチャーショックは少なかっただろうけどねえ。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 



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18. ノエルの再会

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 暦箪笥の抽斗(ひきだし)から取り出したワックスペーパーで包まれたチョコ菓子を、三人で分け合って齧りながら、クヮジモド家への小旅行の日程が発表された。この前のお墓参りの時と同じように強行日程らしい。

 

 フランス国内はちょこちょこと瞬間移動して、国境を越えてスイスへ。そこで汽車に乗って車中泊。乗車中に山脈と国境を越えてイタリア入りし、ミラノで下車。イタリア国内をちょこちょこと瞬間移動で南下して、クヮジモド家には25日の昼に着く予定。

 一泊させてもらって、帰りは余裕の日程で新年旅行で観光とかしながら北上、ミラノで再び汽車に乗ったらパリまで、列車の旅だってさ。

 

 旅行なのでペット同伴だから、自分のペットの準備をしなさいと通達された。

 

 私のペットと云っても火蜥蜴(サラマンダー)なので、カンテラの種火を切らさない配慮とたっぷりの粒胡椒で準備はお(しま)いだ。

 

 

 南イタリア旅行だから避寒になるだろうけど、この辺り(フランス)は普通に寒いので、しっかり冬服の準備もする。

 

 私の冬服は毛皮の裏打ちのある外套(マント)で雪の中でも目立つ赤。フードを被ればリアル赤ずきんちゃんになる。いわゆる羅紗の猩々緋(緋毛氈)よりも少しだけシックで落ち着いた赤色で超お気に入り。マントの縁飾りも手に持つマフも白いフワフワ。

 ちなみにマントもマフもラシェルからのお下がり。

 

 元は母さんが子供の頃着てて、ラシェルが受け継いでたものだって。オーリィに継がれなかったのかと思ったら、色合い的に黒髪だとイマイチ似合わない感じらしい。ラシェルの髪は子供の頃、私と同じようなミルク色まではいかないながらも、淡茶色系統だったみたい。今はほとんど金髪っぽい茶髪だけどね。

 淡色系の髪に合う赤色なので、ラシェルがずっと持ってたそうだ。子供の頃はマントとして、成長してもケープとして着られる丈だ。ラシェルも学校の低学年の頃は何度も着たって言ってた。

 

 この時代、排斥運動とかまだ起きてないので、毛皮はフェイクじゃなくてリアルだ。ぬっくぬくです。

 私の記憶の時代は地球が温暖化してて、暖冬猛暑が当たり前だったけど、今はそれよりちょっと寒いと思う。10度はオーバーにしても5度くらいは気温低いんじゃないかなあって体感。まあ、国とか地方によって気候が違うのかも知れないかもだけどさ。ともあれ、毛皮の外套はとてもありがたい。防寒大事!

 

 カミッロのコートは黒っぽい銀の総毛皮(フッサフサ)のロングコート。流れるような毛並みも美しい銀狐(シルバーフォックス)だ。ダブルボタンのオーバーコートみたいなデザインで、襟や袖にもふぁっさりとファーが飾られている。フサフサと整えられた毛並みは、デザインこそちょっと古臭い(今の時代的には定番らしい)がとってもゴージャス。

 

 ラシェルのコートは濃い水色のロングコート。シルエットが細身でぴったり見えるクラシカルデザイン(モガとかイメージすれば目安となるでしょう)。襟とか袷とか袖口に赤っぽいベージュの毛皮がモフモフでフワッフワ。狐の毛皮だって。マフラーとマフをコートに付けましたって感じね。裏打ちは灰茶色のノースリーブのハーフコート状で、なんとリス。表地はウールでつゆ草色っていうのかな、とてもキレイで鮮やかだ。

 

 ちなみに私の赤マントの裏打ちはラムの総張り、いわゆるムートン。毛布巻き付けてるみたいにぬっくぬくなのさ。縁飾りもマフも青狐。前袷や腕を出すスリットはリボンで結ぶ仕様。大事に使うからね~。

 

 そうそう、ミンクは焦げ茶と云うか黒っぽい色しか、今のところ居ない。ロシアンセーブル風な毛皮としてミンクを養殖してるのかもね。養殖ミンクに突然変異が出現して、毛色がバラエティーに富むのはまだ先ってことなのさ。

 

 毛皮というと養殖ミンクって図式が頭にあったけど、それは私の記憶の話で、今のメジャーは養殖狐っぽい。カミッロのシルバーフォックスも養殖だって言ってたし。今年の春先のシーズンオフにカナダで買った逸品だってさ。とても高かったって値段は教えてくれなかったけど、これから一生着るつもりで思い切って買ったんだって自慢されたよ。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 ノエル(クリスマス)の休暇は二週間と少し。12月で十日位、1月で一週間って感じのスケジュールだ。これはラシェルの休暇ね。ラシェルは学校の先生だからさ。

 ちゃんとした学校は寮生活の学生たちが実家に帰って寛ぐ期間を鑑みてのスケジュールで、三週間は余裕であるそうだ。12月20日くらいから、1月10日くらいまで冬休みだったみたい。二人して学生の頃を思い出して教えてくれる。

 生徒と教師の違いかな? ラシェルの勤める学校は予備校的なモノだからね、寮はないし、カリキュラムだって語学がメインだ。

 

 カミッロは作家先生だ。自由業だね。流行でも人気でもないけど、旅行記はそこそこ売れてはいるらしい。次作の為にイタリア行きを大いに活用するつもりのようだ。

 でもね、写真を撮る時、私をフレームの端に入れて撮るのは止めて欲しい。雪景色に赤いマントは素晴らしく映えるけどさ。ああ、例の女性関係も次作を期待されちゃってるの? 私をモチーフにしたらそれってペドじゃね?

 

 そういえば、前にも云ったけど、ロリータって今の時代はただの名前の一つなのよ。あの有名な作品が発表されるまでは、普通の名前の一つ。だからフリルとレースのふりふりファッション関係ならヴィクトリアン(フランスだとロココ?)で、幼児少女(少年)を性愛対象にしちゃう系はペドフィリアってわけ。

 ヴィクトリアンに子供系って意味合いは含まれてないけどさ。ロリータが名前じゃなくて単語の一つとして認識されるのは、あと半世紀くらい経たないとねえ。

 

 

 事前に発表されていた通りの行程で旅行に出発した。

 

 ステップを踏む瞬間移動は最小限に抑えるために、暖炉を使ったゲート移動が何度もあった。時々、暖炉を出て、別の暖炉に這い入って移動するとか、何度か繰り返して、ようやく駅に辿り着く。いつの間にやら国境を越えていてスイスだった。

 

 列車に乗り込む。食堂車で食事をして、寝台車で就寝だ。

 

 列車の中をカミッロがあちこちカメラを抱えて歩いている。旅編の写真を撮ってるみたい。夜だから採光の関係でどうにも幻想的な写真になるらしく、ムーディだとお喜びの様子。

 ここでも被写体もどきを頼まれる。バッチリ撮るわけではなく片隅に写り込ませるので、意外にアングル指定が細かい。

 

 列車は、夏のバカンスで乗った寝台列車と同じような内装、つまり、ラグジュアリー。今回の個室(キャビン)は前回より少々手狭で、ベッドも二段だ。

 私は下の段に決定で、一緒に寝るのがカミッロかラシェルか……ああ、カミッロに決まったの? 身軽で小さい方が上ね。アルジェント姐さん(カミッロの猫)は一人掛け用ソファにクルリと丸くなって寝ていた。

 

 

 翌朝、朝食が運ばれてきて、みんなで食べる。

 

 バターだと思っていたのがフレッシュチーズで、とても美味しかった。アルジェント姐さんも狙うくらいだ。

 デザート代わりの四角いコロンとしたチョコは中のプラリネといい、周りのチョコといい、今生一番の美味しさだった。まあ、幼児な私はまだまだチョコを食べる経験は今世では3年位と少ないけれどね。スイスチョコうま~。

 

 

 午前中にはミラノに着いた。観光は後回しで、さっそくゲート移動と瞬間移動。

 

 ボローニャ―― フィレンツェ―― ローマ―― ナポリ。

 

 昼食の遅い時間にピッツェリアで魚介たっぷりのピッツァを購入。カルツォーネのように畳んで食べる。大きめ一枚を三人で分けて小腹を満たし、再び移動。

 

 クヮジモド家は南イタリア、ブーツで云えば指の付け根辺りで足の甲の方、ティレニア海よりだ。

 

 

 予定通り夕刻には到着した。

 

 ウーゴに会えるかとワクワクと農園の入り口をくぐる。

 

 のそりと大きな犬が出迎えたが、ウーゴよりも茶色っぽくてブリンドル柄。頭も少しゴロンとしてる、マスチフ系。ふんふん鼻息荒く臭いを嗅いで、ぽそぽそと尻尾を振ってくれる。私も半年前まで住んでたし、知った顔だ。

 

 農園にはウーゴ以外にも守護犬が何頭か飼われていた。そのうちの一頭、アージェ。

 アージェは私がクヮジモド家に預けられた後に来た犬なので、先住者には従順だ。もっとも若犬で来て、訓練されてた犬なのでホントに顔見知りってだけだけど。

 

 口の周りの襞ひだをびよーんと持ち上げて立派な牙を見ながら、皆が元気か聞く。

 仕方ねえな、案内するよって感じで(きびす)を返すアージェに付いて行く。ラシェルもカミッロも以前来た時に出迎えてくれたのがこの犬だったって。

 

 正面口や玄関をスルーで勝手口へ。挨拶もせずに上がり込むのは拙いと、姉兄は慌てて玄関へ回って行った。私はそのままアージェに付いていく。

 

 たった半年なのに、もうずいぶんと懐かしい感覚のする台所。いつもお昼寝していた籐のカウチには、厚手のコートが軽く畳まれて置いてある。

 

 私の寝ていた子供用の客間のベッドの脇に、いつもの敷布の上でウーゴは寝ていた。ああ、ウーゴ―― 年を取った。

 

 私たちの近付いた気配に不機嫌に唸っていたウーゴに近寄ってそっと撫でる。ハッとしたように臭いを嗅ぎに来る鼻先に掌を近づけた。

 床を掃くように尻尾を振っている。よく見れば口の周りとかに白髪が生えてグレーになってた。

 

 ギュッと抱き着く。―― お別れだ。きっと、これが最後。咳払いするように擦れた声で甘え声を出すウーゴ。大きな声で吠えたり唸ったりすると私がびっくりするのを知ってるから、甘え声さえひっそり出す。

 

 ―― ウーゴ、ウーゴ、大好き。会えなくなるのは寂しいよ。私はいつの間にか……泣いてた。

 

 迎えに来たロレンツォが泣いてる私に驚いてたけど、懐かしがったからだと思ってくれたみたい。ちょっと見ない間に可愛くなったって、イタリア男らしく褒めてくれながら涙を拭いてくれた。このただイケ(ただしイケメンに限る)め。

 フランス風の挨拶(ビズ)で元気よく、三回目の真ん中もぷっちゅう~とかましてやった。カミッロに教わったフランス風だよ、と自慢気に。驚いたキョトン顔も、説明を聞いた爽やか笑顔(スマイル)も、ホントにイケメンですありがとうございました。

 

 抱き上げて運ばれたリビングで、懐かしい面々にも一人一人挨拶。チュッチュカとぷっちゅう~に、みんな微笑ましそうに笑っていたけど、ラシェルに小学校に行くまでの子供限定なのよ、と割と真面目に注意を受けた。

 なるほど〈男女七歳にして席を同じうせず〉だねと肯けば、さすが日本のお祖父ちゃんと文通してるだけあると褒められた。うん、クヮジモド家では褒めるのが日常風景でした。

 

 ヨタヨタとウーゴがリビングに入って来たので、暖炉の側の暖かい場所に案内する。ドサッと体を重そうに寝そべった。

 私はナターレのご馳走を食べるとき以外はずっとウーゴにくっ付いていた。

 

 お泊りは懐かしの客間の子供部屋のいつものベッド。いつもの敷布の下に古い絨毯を敷き込んで貰って、定位置で寝そべるウーゴに掛布もかける。

 

 イビキじゃなくて寝言を言うウーゴ。

 明らかに水を飲んでますというようにぺちゃぺちゃと音を立てて口を動かすウーゴに笑いが零れる。そういえば昔も、後ろ足で耳掻いてますって勢いで足をカカカカカって痙攣するように動かしたりしてたこともあったっけ、(眠り)ながら。懐かしい。

 

 

 翌日、クヮジモド家に着いてすぐ暖炉に放しておいた私の火蜥蜴(サラマンダー)炎子(エンクォ))を再び携帯用のカンテラに入れるため、火掻き棒と火蜥蜴(サラマンダー)筒を持って暖炉の前に仁王立つ。お供はウーゴとアルジェントだ。

 

 アルジェントはカミッロに連れられて旅慣れてるので、こういう知らない所に来ると案内された区画以外からはあまり出ない。他所には他所のテリトリーがあるって理解しているのだ。ウーゴには紹介済み。農園にはネズミ捕りに飼われている猫グループも居たので、ウーゴやアージェたち守護犬も猫に慣れてる。吠え掛かって追いかけまわしたりしない。

 

 そんな二匹を両脇に従えた私は、暖炉の中をちょろちょろと動いている火蜥蜴(サラマンダー)をジッと見極める。私のペットの炎子は奥に隠れてるのか、なかなか見えない。

 通りかかるマンマやマウリツィオさんが、そこにいるとかこっちにもいるとか教えてくれるけど、それは私の炎子じゃないって断るとちょっと首を傾げていた。火蜥蜴(サラマンダー)の個体識別は難しいのだ。私だって色で見分けてる。全く同じ色が複数居たら区別なんかできないだろう。

 

 ようやく、あの独特の赤色を持つ火蜥蜴(サラマンダー)が居たので火蜥蜴(サラマンダー)筒にちょいちょい追い込む。目の前に転がした胡椒粒をパクリと咥えて筒に入った炎子(エンクォ)を慎重にカンテラに移す。カンテラの中に火蜥蜴(サラマンダー)のシルエットが浮かび、炎子が焔を浴びてるのを確認して、ようやくホッと息を吐いた。

 

 それから、たぶんもう二度と会えなくなるウーゴに抱き着いて、存分にお別れをした。

 

 大型犬は年取ると一気に()()。半年前までは普通な感じだったのに、驚くほど老け込んでいた。来年の夏のバカンスシーズンまで持たないだろう。だから―― お別れなのだ。

 ……ありがとう、ありがとう、ウーゴ、大好きだよ。

 

 ズビズビ泣いてるとロレンツォが来て抱き上げられた。泣かないでカワイ子ちゃん、とイケメンでナンパな慰めを口にしながら両目を拭いて洟をかんでくれる。

 抱き渡されたのはカミッロで、ちょっとびっくりした。似てるからね、二人とも。少しだけカミッロの方が細い、抱き心地がね。あ、抱き着き心地? 逞しさと云うか安定感はロレンツォの方が一日の長がある。

 

 

 今日はクヮジモド家の皆もお見送りに出てくれた。お婆ちゃん(ノンナ)お母さん(マンマ)、マウリツィオさんにロレンツォ。エレオノーラ叔母さんとオデッタとソフィア、ビーチェとベルナルド、ヴィヴィも一緒だ。

 

 オデッタとソフィアはエレオノーラ叔母さんの娘たちで、ビーチェとベルナルドとヴィヴィはロレンツォの弟妹。しかも一番年下のヴィヴィ以外は全員、ラシェルも卒業したフランスの学校の後輩だとかで、学校あるある話で盛り上がっていたみたい。

 正確には年上のビーチェとベルナルドがラシェルの(在学時期が重なってる)後輩で、オデッタとソフィアはラシェルの卒業後に入学した後輩だ。

 

 一番年下のヴィヴィは、カミッロやロレンツォの卒業した夏と冬で校舎の違う学校で、年が離れてるから二人のことは先輩ってよりもOBって感じらしい。ここには居ないけど、レンゾ叔父さんの娘のレーナ(あの〈蓮〉の字が名付けられてる娘)も一緒だって。

 

 いずれにせよ全寮制なので、入学後は家から居なくなっちゃってた。―― 今はクリスマス休暇なので、みんな帰宅してるけどね。

 

 不思議な事が出来ちゃう系の全寮制の学校って、縁故入学が基本らしい。祖父母や親が卒業生とか、兄姉が通ってたとか、親戚が通ってたとかね。

 

 父さんは極東の日本から欧州に留学したわけだけど、そこはマリカお祖母ちゃん(父さんの母(マンマ))が伝手を駆使した成果みたい。マリカお祖母ちゃんの(ロレンツォやカミッロも)卒業した学校ならば縁故でバッチリだったのに、わざわざイギリスの学校に通いたいと言い出した息子の為に、とても頑張ってくれたそうだ。

 

 そのおかげで何とかイギリスの学校から入学許可書が届いた時は、許可された父さんよりも、もぎ取った成果に快哉を上げたお祖母ちゃんの喜びの声の方が大きかったんだって。ちなみに父さんの弟(私の叔父)も留学したけど、マリカお祖母ちゃんの母校だったから、すんなり縁故入学が決まったみたい。

 

 見送ってくれる皆に手を振る。ウーゴにはよくよくお別れを言い聞かせたし、もう走って付いて来るような体力もないようだった。黒い大きな犬の座る姿は、いつまでもいつまでも手を振る皆の傍らにあった。

 

 グスグス鼻を啜ってるとラシェルが私の手からアルジェントのリードを受け取り、カミッロに抱き上げられた。寂しいの? と聞かれて、ウーゴに会うのはきっと最期だから、と答えれば、納得したような顔でよしよしされる。そして、おぼろげながら理解していたことを説明された。

 

 ウーゴ達みたいな守護犬は大型犬という事もあって寿命が短い。魔法動物との混血で若干寿命が延びてるとは云え、10才位が普通だそうだ。1才半位で訓練し仕事を始めて、7~8才位で仕事から引退し、余生を2~3年過ごすって生涯らしい。

 ウーゴも引退してのんびりし始めた頃合いに私が引取られ、そのまま私専属みたいになり、3年間子守してくれた。立派に寿命だ。グレートデーンみたいな超大型犬は一般的に7~8才位が寿命らしいし、ウーゴは12才くらいだろうって言ってた。

 

 私の幼児期が楽しく充実したものになったのはウーゴのお陰だ。ありがとう、ウーゴ。

 

※※ ※ ※ ※※ 

 

 



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19. 冬のバカンスとバレンタイン

※※ ※ ※ ※※  

 

 帰路は冬の新年の旅行となった。ゆったりとした旅程にのんびりとした観光を加えて、イタリアを北上しつつ、フランスに戻る旅路だ。

 ヨーロッパでは年末年始って特に何もなくて、クリスマスシーズンが続いてる感じだ。唯一新年のカウントダウンはちょこっと盛り上がるけど、まああくまでちょこっとだし。

 

 フィレンツェで〈新年おめでとう〉の挨拶(ちゅっちゅか)の嵐は、幼児の私はお(ねむ)で体験できなかった。

 夜遅くまで喧騒に紛れていたらしい長姉(ラシェル)長兄(カミッロ)は、元旦の午前中をほとんど寝て過ごしていたけどね。

 

 私はいつもの時間に起き出して、アルジェント姐さんのリードを持って一緒にホテルのダイニングに朝食を貰いに行く。新年の朝のルームサービスは承れませんって事前に聞いてたからさ。新年の朝は朝寝が基本みたい。

 

 朝食ルームは客も従業員もまばらで、閑散としていた。

 

 幼児用の椅子が二脚並べられて、アルジェントの分の食事もテーブルに出された。暇だったのかな? 茹でたチキンが細かく裂かれてたっぷりのスープが掛かっている。皿に盛りつけられてるとやけに美味しそうだ。

 私の朝食はブリオッシュとアプリコットのタルトにカプチーノだ。唇の上にミルクの白いひげを作りつつ、甘いパンを食べる。カプチーノは幼児用にエスプレッソ控えめ配合になっていた。ありがとう、従業員さん。

 

 美味しいねえ、とアルジェントに話しかけながら食べていれば、唇の上の白ひげを舐められた。ミルクの匂いに惹かれたらしい。

 お腹ゴロゴロになっちゃうから飲んじゃダメなんだよ、と注意をするとプスっと鼻息で笑われた。笑ったのはアルジェントもだけど、壁際に控えていた従業員のお兄さんも笑ってた気がする。

 

 

 公現祭(エピファニア)はミラノで迎えた。

 

 イタリアの1月6日(エピファニア)はクリスマスシーズンの最終日だ。

 日本は年末年始に元旦正月って風習があるから、記憶の日本ではクリスマスの12月25日が終われば超特急でお正月モードに切り替わってたけど、この辺りではずっとナターレ(クリスマス)のままで1月6日に最終日となる。

 降誕劇(プレゼピオ)で云えば、飾られていた家畜小屋の聖母(マリア)の元にキリストが置かれる(誕生する)のが12月25日で、その後三賢人が少しずつ近づき、1月6日に贈り物を持ってキリストの前に並ぶのだ。それが降誕祭の最終日ってワケ。

 

 この辺りではベファーナと云う魔女が箒に乗ってサンタクロースの代わりに活躍しているらしい。

 活動日が1月6日(エピファニア)の前の晩で、ミラノのホテルでは靴下状の袋にお菓子を詰めたものを貰った。子供専用サービスらしい。ラシェルとカミッロからも貰ったけど、こちらは私の本物の靴下に詰めてくれたので、サイズ的にはミニだ。

 

 不思議なことが出来ちゃう系の人たちは魔女も箒も身近なモノなので、クヮジモド家ではそういう習慣があると云う話だけしか聞いてなかった。何というか、飴とかちょっとしたお菓子を食べる日って認識だったけど、本式では靴下を準備しておけば、ベファーナから良い子にしてた子にはお菓子が配られるシステムみたい。悪い子には炭だって。悪い子はいねぇが~!

 暖炉から入って来たついでに拾うって設定なのかもね。まだまだ暖房器具に、暖炉は現役だから。

 

 

 ミラノから例のラグジュアリーな列車に乗った。よくよく聞いたらオリエント急行だって! 殺人事件は起きなかったけど、今回はスイートでベッドがツインだったから―― 私はカミッロと寝ました。……うん、ラシェルの寝相がアクロバティックな事、忘れてたよ。蹴られる打たれるくらいは序の口で、ベッドから落とされると危ないからね。

 

 アルジェントはカミッロが独り寝の時はベッドに上がって来るけど、誰かと一緒だと来ない。長い卒業旅行中にそういう風に協定を結んだんだって。

 まあ、彼女と一緒の時に猫に来られると、気が散ってコトに集中できないという男性特有の諸般の事情があるようだが、そこまで私に説明されることはない。ふう~ん、そうなんだあ、とニコニコしていればお互い気持ちよく兄妹での会話になる。基本、私は寝つきが良いので。

 

 汽車に揺られて、長いトンネルを越えて、フランスの農作地帯を抜けて、ようやくパリに到着だ。

 

 車中ではもちろん、車窓を楽しんだり、ポージングの厳しいモデルをこなしたり、アルジェント姐さんを散歩させたり、いろいろあった。カミッロが写真を撮る関係で車内を行き来してたので、私もそれにくっ付いて見学しまくってたから、それゆえのモデルもどき、なんだけどね。

 大人しく聞き分けよくカメラの前でおすましする私ってカワイイらしい。ちょうチヤホヤされた。ご機嫌に笑っておいた。にへらぁ。うん、まだ可愛らしく見える年頃(幼女)で何よりです。

 

 ド・ラ・ゲール家には寄らない。フランス、ヴェルサイユ在住の私たちには近くて遠い親戚なので、イベント事じゃない何でもない時季に訊ねるのがよろしいでしょう、となってるみたい。バカンスシーズンに出掛ける先じゃないってことね。まあ、顔見せでご挨拶くらいならばその限りではなくてよ、って感じらしい。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 1月も10日くらいから、ラシェルの学校も再開したもよう。いわゆる冬休みだったから、避寒で南イタリアに出掛けた(バカンス)って事だったし。メインはクヮジモド家へウーゴに会いに行ったんだとしても、ね。

 

 ヴェルサイユあたりは南関東位の気候感覚で、雪は年に数回降る。南イタリアで育った私には雪が珍しいだろう、とカミッロの息抜きがてら雪降る中を外に連れ出されたりした。赤外套(マント)の防寒能力は優秀だから良いけどね。

 

 イギリスのアルフレッド伯父さんの所の方で雪は見てたよ。生後半年位だったから赤ちゃんプレイを満喫していた頃合いかな。それをカミッロは知らないのか、知ってても赤ちゃんの頃だから覚えてないだろうって思われてるのかなあ。

 

 私の前世の記憶によれば、体の不自由な入院生活に比べれば赤ちゃんプレイは全く余裕のよっちゃんだった。あ、ここ「古ッ」ってツッコミ待ちだから(笑) お乳飲んじゃ寝の生活はあっという間だったし。

 

 よく転生小説で、オムツ交換が恥ずかしいとかお乳吸うのが恥ずかしいとかあって、一刻も早く逃れるために努力するって(くだり)があるけれど、笑っちゃうよね、どれだけ自意識過剰なのか。

 一日数回、ひと月も経てば百回は超える回数こなして、慣れるでしょ? いくら何でも。自分が慣れなくてもさ、向こうが慣れるし、基本なんとも思ってないよ。

 

 歯がない口で固形物は食べれないし、液体を飲むのは理にかなってる。寝返りも首を動かすのもまともに出来ない赤ん坊に、寝転がってる以外、出来ることなどありはしないのだ。

 お腹空いたと泣き、オムツが濡れたと泣き、暇になったから構えと泣く。こまめに抱き上げられれば床ずれも出来ないし、合理的だ。

 

 そんな風に暢気な赤ちゃんライフ真っ盛りで、イギリスでの寒い冬の日は過ぎていったのさ。窓の外の雪景色が融けずに残り、一面の銀世界に緯度が高い雪国の地方なんだなあと眺めたものよ。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 2月になってすぐ、とても申し訳なさそうに、翌週の週末、旅行に出かけることになった、とカミッロとラシェルから言われた。金曜の午後から日曜までの週末の小旅行。

 

 急だね、今度はどこ行くの? 支度は何すればいい? と尋ねれば、二人そろって困った顔をした。なんと、私はお留守番だそうです。

 

 カミッロは今の彼女と、ラシェルも彼氏と、それぞれ全く別々の場所に旅行に行くらしい。そういえば、〈聖バレンタインの日〉だ。

 

 2月14日。もちろん記憶の日本式のチョコレートを贈る日、などという日じゃない。あれ(チョコレートの日)って戦後生まれが適齢期頃に流行り始めた習慣だった気がするから、現在じゃ影も形もない頃かな?

 この辺りじゃ、基本カップルの日みたいだよ。彼氏(BF)彼女(GF)、恋人同士、夫婦など、二人で過ごす日っていう感じらしい。相手のいない人や、子供たちなどは除外されちゃうイベントなのだ。

 

 今年は14日が日曜日で、週末のバレンタイン旅行を楽しく計画したものの、私の面倒は誰が看る!ってなったみたい。

 まあ、二泊三日だし、今回はカップル旅行だからそれぞれペットもお留守番だし、みんなと一緒に留守番してるけど、と、思ってたら―― シッター(ヌヌ)さんが来るとのこと。

 

 一泊だけだったら、シルキーに頼んで何とかしちゃって なったかも知れないけど、さすがに二泊も幼児を一人には出来ないと、長姉(ラシェル)長兄(カミッロ)も考えたみたい。

 

 

 当日やって来たのはファンタジック種族家事妖精(ハウスエルフ)のブラウニーだった。シワシワでギョロ目で指パッチンの、例の彼らね。ド・ラ・ゲール家から派遣されてきたらしい。

 よーく見れば、去年イタリアから来て挨拶に寄った時、見かけたような気がしないでもない。名前はレズユー(目玉って意味)で女性体だ。甲高い声で厳めしい古いフランス語を話すメイドさんたちの一人。

 

 このアパルトメントにはシルキーも住み着いてるので、縄張り争い的な事が起こるのかとちょっとワクワク 心配もしたけれど、全然問題なく大丈夫だった。

 

 レズユーは夕方にやって来て泊まり、午前中に帰るそうだ。私が一人でお留守番しているいつもの時間は、いつも通り一人で過ごして、ラシェルかカミッロが在宅する予定の時間に子守に来る、というスケジュールみたい。

 

 直接行くから、ごめんね、とラシェルが出掛けるのをビズで見送る(いってらっしゃい)。昼ご飯まで一緒だったカミッロが、彼女との待ち合わせ時間がそろそろだからと、午後も早々に出掛けるのを見送り(ちゅっちゅか)、一人で過ごしていた夕方に、パチンッと現れたのだ。

 

 お勉強も見てくれるのかと思ったら、そちらは管轄外とのこと。おおう、会話が出来るってステキ。シルキーは喋らないからなあ。

 

 お勉強は管轄外でも子守の範疇は対応してくれるらしく、意外に素晴らしい声色の絵本の読み聞かせをしてくれた。落語の人物の演じ分けって云うか日本昔話風って云うか、紙芝居っぽいって云うか―― 達者な特技だなあと感心しきり。

 

 お婆さん役が素でハマり役なのが良いね。古めかしい喋り方もマッチング最高です。でも裏声のお姫様は……、凛々しい話し方でもそれ王子さまって云うより……。うん、チョイスがいまいちだったみたい。

 

 朝寝を企む私を、詩の朗読のような素晴らしい言い回しで起しに来たレズユー。ベッドまで何もかも運んでくるつもりだったみたいだけど、我が家流ではないと思い至ったらしく、要所要所にスタンバることにしたらしい。

 

 バスルームでタオルを携えて洗面を促し、ベッドルームでシャツをかまえて着替えを手伝い、キッチンテーブルでミルクたっぷりカフェオレを啜っていれば、本来ベッドまで運ぶつもりだったろう朝食一式を運んできた。

 ブリオッシュ、フレッシュチーズ一掬いにジャムとバター。サラダと珍しくジュースじゃないカットオレンジ。レズユーによると、そろそろ生サラダ向きな野菜が出て来るんだって。葉物野菜の間引いたものを食べようぜってことらしい。ベビーリーフ? キャベツとかブロッコリーとか、普通の菜っ葉っぽく見せられて、へぇ~をエア連打。

 

 朝食後片付けも終わり、私がいつもの各種絵本を取り並べていると、また夕刻にまかり越しましょうぞ、とレズユーは瞬間移動して帰っていった。

 

 

 そんな感じでシッターされてた3回目の夕方。

 

 お勉強の中身は見ないけど進捗具合は確認したいレズユーに、今日の成果を自慢 報告して見せて、片付けに入る。マルチリンガル教育だから、各言語の読み書きノートだ。

 

 今日はイタリア語だった。ラテン語と似てるところもあるし、読み方は基本ローマ字読みでとっつきやすい。音読は、アルジェントに聞かせていたら軽い猫パンチをほっぺにお見舞いされてグイグイ押されたので、以後は控えた。どうやらうるさかったらしい。イタリア語はなぜか身振り付きになっちゃうからね。

 

 お勉強道具を片付け終わった頃、まず、カミッロが帰って来た。

 もしかしたら今晩もお泊りかもって言ってたけど、夕ご飯前に帰って来たってことは、彼女とはイマイチだったのかも知れない。まあ、そんなことはおくびにも出さず、お帰りなさいの挨拶(ビズ)

 

 ただいまって帰ってきてすぐに、レズユーがカミッロに清める系の魔法をかけてた。指パッチンで。

 

 清める系にはいくつか種類があって、泡アワが出て来て洗うのとか風が渦巻いて吹き抜けるとか、ピカピカと光が瞬いて清めるとかあるらしい。今回は軽く風が渦巻いて足元から頭上に抜けてくタイプだ。埃とか悪い気が祓われると云う。花粉症の人には持って来いの魔法だね。

 

 で、屋内に入る前にこれを掛けるのが当たり前なんだとか、レズユー曰く。

 私が幼児だから特に厳密に守るように、ことわざみたいな言い回しでカミッロに注意してた。これで私が赤ちゃんだったら、きっと泡アワの方の清め方をされる勢いだ。それで、ようやく挨拶(ちゅっちゅか)が出来たというわけ。

 

 ラシェルの帰宅は待たずに、カミッロと夕ご飯。ある程度給仕を済ますと、レズユーはあっさり帰って行った。今日の夕方から保護者の帰宅までが、彼女の勤務予定時間だったからね。

 

 お風呂の手伝いで頭を洗ってくれるカミッロに、一緒に入らないのか聞いてみると、もう入って来たよ、とのお返事。ふうん、アレかな、ちょっと教育的に見られちゃまずい感じの痕とかついてるのかな? お泊りデートだったし。そうなんだあ、ってにへらっと笑っておくけどね。私は空気の読めるお子様なのです。

 

 ラシェルは食事を済ませてから帰宅してきた。彼氏に送ってもらって来たはずなのに、さらっと入って来る。お別れは玄関の外で充分してきたのかもだけど。

 

 カミッロが、自分が言われたことわざみたいな言い回しで注意している。

 ラシェルは片眉を跳ね上げて見せてから、スチャッと杖を引き抜きぐるりと回して、風で清める魔法をかけてた。知ってたわよっていう感じのドヤ顔だ。

 

 結局、ラシェルの彼氏ともカミッロの彼女ともご紹介に(あず)れなかったので、そこそこの関係で進展してないらしい。恋人未満って感じ?

 

※※ ※ ※ ※※

 

 

 



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20. 冬から春へ

※※ ※ ※ ※※

 

 2月の終わり頃。今年は閏年だから29日までだねえ、なんて云ってた頃、見慣れない梟がやって来た。

 

 顔は白いハート型、胸とか前側は白くて背中側は焦げ茶色の、メンフクロウだ。口に銜えていた手紙を見せびらかすように差し出してきて、窓を開けろとアピールしてる。クヮジモド家では足に結んでたけど、封筒を銜えるって空気抵抗大丈夫なの?

 

 カミッロが窓を開けて招き入れる。ひょいっと窓枠を越えて入って来たメンフクロウは、ぐいぐいと封筒アピールを続けていた。

 

 カミッロが封筒を手に取るや否や、ぴょんっと暖炉の側に着地して、翼を広げて温まっている。うん、そんなことしてるとウチのM.(ムッシュ)デュフトゥ(ラシェルのフクロウ)に怒られるから。

 風圧で空気の塊が動く気配がして、我が家の梟(ムッシュ)がメンフクロウの側に着地していた。途端に翼をしまって気持ち細長くなった感で恐縮してるメンフクロウ。

 

 ラシェルが水とかフーズとか教えてあげなさい、と言ったみたいで、ムッシュは膨らませていた羽毛をすぐに落ち着かせて食餌場所まで案内していた。

 

 封筒はラシェルが杖で突くと一般的なサイズになった。へえ、そういう仕組みなんだ。

 

 ラシェルの杖はカミッロよりも太くて、良くバトントワリングみたいにくるくる回している。魔女っ子ナントカみたいに決めポーズっぽくバトン(杖)で指し示して魔法をかけてたりするのだ。サブカルな日本でもまだ出現してないけどね、魔女っ子。奥様だって、まだ魔法は使わない。まあ、あっちは鼻ピクピクだったけど。

 

 一方、カミッロの杖は細くてシュッとしている。黒いのとナチュラルな木目の二本有って、黒い方は細かい装飾的な彫刻が施されてて芸術的な高級感がある。木目調のは自然の風合いを生かしてるのに、絶妙な節やうねりが独特の雰囲気を醸し出してて希少な一品ものって感じだ。まあ、どっちも、ぶっちゃけ菜箸ってイメージでおおむね間違ってない。

 

 木目調の杖で突いて封筒の蝋をはがしたカミッロが、手紙を読んで封筒の宛名を確認し、ラシェルの顔と宛名を見比べて手紙を渡している。ラシェルも肯きながら手紙を受け取り、一通り読むとカミッロと目を見かわした。暫し目線でやり取りした二人はおもむろに私の前にしゃがみ込む。

 

 ドキリとした。カミッロの手にある封筒の宛名は連名で、三名分―― 私の名前も記されてる。何かの知らせ―― 二人の様子から察するに、悪い知らせだ。

 

 二人そろって視線を合わせて告げられたのは、ウーゴの死。

 ヒュッと思わず息を吸えば、一気に出会ってから別れるまでのウーゴの様子が脳内にブワッと思い出される。半ば予想していた知らせに、少しずつ意識して詰めていた息をそろそろと吐いた。

 

 ……大丈夫、知ってた。寿命だもの、大往生だ。10年そこそこしか生きられない大型の使役犬が、晩年、私のお守をしながらも長生きしたのだ。当たり前に、先に亡くす覚悟もしてた。今年の夏までは()()(バカンスに会いに行け)ないだろうって思ってた。犬や猫は人間ほど長生きしない、寂しいけど仕方ない……大丈夫。

 

 どっしり構えて(はしゃ)がないのは性格もあっただろうけれど、老練だったからだ。口の両脇の垂れ下がった皮を持ち上げても、両の鼻の穴を指でふさいでも、私がニマニマと続行していると、ヤレヤレと言いたげにブルっと一つ首を振るうだけでウーゴは済ませていた。

 尻尾を踏んだり、ちょっとおいたが過ぎると、ほとんど息だけでワフッと微かに吠えて(たしな)められたけど、いつもジッと傍にいてくれた。我慢強く見守られていた。全力でお守されてたよ、私。大好きだった、ウーゴ。もう居ない―― 会えないのか、残念、……寂しいよ、ウーゴ。

 

 ラシェルがそっと私の顔を拭って、ギュッと抱きしめてくれる。

 

 カミッロが私の頭を撫でた後、よっこらしょと抱き上げてくれる。

 

 ―― 大泣きした。幼女だからね、私。我慢とか外聞とか、一切気にせず、大声あげて泣き喚いた。力いっぱい過ぎてちょっと吐いた。

 そしてそのまま泣きつかれて、気づいたら寝てた。

 

 

 翌日は知恵熱と云うか、体調を崩した。

 ギャン泣きで酸欠になって頭クラクラもしてたし、嘔吐もしたし。お医者的な人が呼ばれて来て診察もされた。

 

 不思議なことが出来ちゃう系のお医者様で、杖をフリフリ診てくれたよ。バトンみたいに杖をぐるりと回すのがフランス風なのかな? ラシェルも良くやってるけど。

 病気じゃないから心配いらないよって感じで、特に薬とかもなく、大人しく寝てること、と言い聞かせられた。

 

 ラシェルがメモを片手にここぞとばかりにいろいろ質問攻めにしている。幼児に対して注意する事とか根掘り葉掘り。

 そっか、いきなり子育てだモノ、タイヘンだよねえ。まるっきり他人事だけど、育てられるのは私だ。お世話になってます。

 

 

 その夜は、珍しくカミッロの部屋で川の字で眠った。私が真ん中で、左側はアルジェント姐さん(カミッロの猫)だ。アクロバティックな寝相のラシェルは仲間外れ。数日は目を離さないように、というお医者の指示みたい。そういえば私、幼児だった。けっこう心配されてる?

 

 グルグルと喉を鳴らすアルジェントを撫でながら、起きてる気配のカミッロに猫はどれくらい生きるのか聞いてみた。アルジェントはニーズル系だから、普通の猫よりちょっとだけ長生きするそうだ。具体的に云えば2~3年。うん、ホントにちょっとだ。

 普通の猫の寿命が15年だとして、17~18年くらい? あ、今は猫の寿命、もっと短いかも。高度に発達したペットフードとペット医療のお陰で寿命が延びてたからね、記憶の日本だと。ん~、でも、そこは不思議なことが出来ちゃう系の技とかで、イコールな感じ?

 

 アルジェントはカミッロの学校のお供として飼われたんだって。もう11才にはなってるみたい。元気で長生きしてね、姐さん。

 

 ウーゴを思い出して私がしょんぼりしてるのを見て、カミッロが秘密だよと言ってすごい魔法を見せてくれた。ドロンとベッドの上でいきなり変身したのだ。ネコ科の動物、縞のないトラみたいな、鬣のないライオンみたいな、そんな動物――デカい猫に。

 ベージュっぽいようなミルクティーのような、もうちょっと黄色がかった淡い毛色で、短毛系。尻尾はしゅるんと長く、目はカミッロと同じヘイゼル(オリーブ)色。ピューマ?

 

 歓声を上げて抱き着いて、一(しき)りゴロゴロすりすり撫でまわして、気づけば猫パンチで転がされながら、きゃあきゃあ騒いで、気絶するように体力尽きて寝た。

 

 大きさ的にはウーゴよりちょっと大きい感じ。シュッとした体形だから、同じ位かと思ったけど、抱き着いてみれば少しだけ大きい感じが分かった。アビシニアンっぽい猫だけど、大きいからピューマ的。うん、もう、ピューマで良いか。

 

 

 さらに翌日も微熱が続いて、夜中に私を騒がせて疲れさせたってカミッロがラシェルに怒られていた。すごいの見せて貰ったから怒らないで、とラシェルを(なだ)める。

 怒られていたカミッロに、変身する魔法を詳しく聞くと、アレだった。それなんてハリポt……! の、動物もどきらしい。アニマギって言ってるけど、たぶんアレ。厳密に云えば、魔法じゃなくて技なので、杖も呪文もいらないんだそう。

 

 この技を身に付けるのはけっこう大変で、学校でも居て二人位って感じらしい。しかも一人は生まれつきで、後年身に付けられるのは一人位かなって、ドヤ顔で自慢された。

 在学中に身に付けるのも一苦労らしく、中学年から高学年にかけて取り組んで、卒業間際にモノにしたんだって。役に立たないし意味もないって敬遠されがちな技だけど、そこは日本人的な血が出たのか、収集家(マニア)の如くチャレンジしたみたい。

 

 うん、わかる。私もやる。絶対覚える! 拳握りしめ宣言する私に、学校に入学するまではダメって注意された。練習の段階で、かなりモザイクな状態になることもあって、すぐに元に戻せる環境がないと、危険だから、だって。

 

 ラシェルは変身できるのか聞いてみたら、出来ないよ、とあっさり。え~、そこは浪漫で覚えようよ~。まあ、習得しても使え(利用価値)ないし無駄でしょう? と言われれば、ハイそうですね、とカミッロと二人でコクコク肯くしかない。ラシェルは合理主義だからねえ、とカミッロも微苦笑だ。

 

 それから、完璧に技を身に付けたら、公的機関に登録するように、とカミッロに注意された。ああ、未登録なアニマギが迷惑極まりない存在なのは、とてもよく分かります。

 それもあるけど、公的保障が受けられなくなるから、なんだって。へえ、そうなの? 詳しく聞きたかったけど、まだ早いかって曖昧スルー。

 

 ちなみにカミッロはブルガリアでアニマギ登録してるんだって。世界ライセンスって訳じゃないから国際的に共通されないし、フランス的には登録してないのと同じ状態だけど、必要になった時、申告して問い合わせさせれば済むから、一々各国では登録しなくてもいいんだって。

 

 へえ~、それは良いことを聞いた。じゃあ、めったに行かないような国で登録すれば、ほぼ未登録と同じように暮らせるんじゃない? って、そこはやっぱり伝手が必要だってさ。カミッロも学校の冬校舎のあるブルガリアで、学校の紹介と云う形で登録したんだって。

 私の場合はイタリアとかで登録すればいいのかなあ? 普段暮らす国に登録してると、何かあった時に調べに来られちゃうからね。犯罪が起きる度とか、公式行事前とか。

 

 それからも時々寂しくなった時などに、カミッロに変身してもらって、ゴロゴロすりすりしたりして過ごした。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 外の景色が春めいてきて、あちこちに隠した卵型のお菓子を探し出したり、魚の形のお菓子を食べたり、春の行事が瞬く間に過ぎた。

 

 

 卵型のお菓子は復活祭のことね。いわゆるイースターエッグだよ。この辺りではパックって言うんだけど、親族で集まりましょうって感じで、ド・ラ・ゲール家にお呼ばれしてお食事会に出掛けた。

 けっこう盛況で、おめかし必須! なのに、卵探しをきゃあきゃあ云いながら本気を出して楽しんだ。

 

 卵の中身を出してお菓子を詰めて塞いで装飾した卵だから、形やカラは本物の卵だ。探し出して持っている籠に収める時までは丁寧に扱うけど、それぞれいくつ見つけたか皆に披露しあった後、ためらいもなくそこらにぶつけてパカッと割って中身を出す。

 中身はおおむねお菓子―― アレよ、暦カレンダーと同じ日持ちのするお菓子たち。時々チョコで出来た卵とか紛れてて、パカッと割れなくて、アレッ?! ってなって一(しき)り笑うのまでがお約束。

 

 季節的にこの頃がチョコを食べられる最後になるのかな。夏には融けちゃうから出回らないし。チョコチップ的なモノやココア的なモノはあるから、全くなくなるって訳じゃないけど、チョココーティングのモノとかチョコレートメインのモノは、よっぽど事前に調整して手配しないと、夏には手に入らなくなるからね。

 

 子羊のローストメインのコース料理はさすがに美味しゅうございました。

 まあ、うっかり幼児コースでブリオッシュを一つ二つにスープを食べさせられて寝かしつけられそうになったけど、私の子守りに来てくれてたレズユーが、詩的な言い回しで掛け合ってくれて、子供コースに交じれた。

 何でも―― イタリア育ちでフランス料理よりイタリア料理の方が美味しいと思い込んでるみたいだから、その認識を改めさせなければならない―― 的な、ね。うん、ものは言いようだこと。美味しいお料理が食べられたので、良いけどね。うま~。

 

 ちなみに、お呼ばれのお子様たちにはもちろん女の子たちも居るんだけど、軒並みブルネット系。むしろ男の子たちの方がミルク色の髪している。エルミーお祖母(ばあ)様の実家だから、又従兄姉たちだろう。娘や姪が珍しいだけで、孫娘は普通に居るらしいからね。紹介も、イギリスに嫁いだエルミー大叔母様の孫って扱いだった。

 

 

 あ、それから、魚の形のお菓子は〈四月の魚〉ってフランスのエイプリルフールのことだよ。嘘を吐くんじゃなくて、くだらない冗談を言う日らしい。くだらない冗談を聞いて、大笑いしてから、魚の形のパイとか食べるって感じ。

 隙をついて背中に魚の形の紙を貼るのを忘れてはならない。たくさん魚型紙をヒラヒラさせてる姿を笑いあうのもお約束みたい。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 ヴェルサイユ周辺のお散歩コースも花盛りで、とても過ごしやすい気候です。

 朝晩は寒い時もあって、暖炉燃しちゃう時もあるけど、昼間はぽかぽか陽気。桃っぽい咲き方で桜そっくりの花が咲くアーモンドが一斉に咲いてたりもする。

 

 記憶の中の日本では、春と云えばもちろん桜。満開の桜がはらはらと花びらを散らす頃合いを、特に私は好んでいた。西行法師だ。実際に如月で望月だったか……思い出せないけど。満開のアーモンドの木は懐かしい気持ちでいっぱいになった。―― 郷愁だね。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 五月の最初の週に、外出から帰って来たカミッロが微妙に顔色悪くしていた。理由を聞いたら、仕事の関係で出かけていたパリで銃撃があったんだって。けっこう直ぐ側で。

 

 事前に兆候もなく、対峙するでもなく、いきなり銃声がして、人が倒れて、びっくりするやら防ぐ手段を考えたやら、ショックだったみたい。不思議な事が出来ない人たちも技術開発の進歩は目覚ましく、侮れないな、だって。

 

 目の前で銃を出されて、撃つぞ、とやられた場合は簡単に対処できるけど、狙撃みたいな知らない所からって云うのが、けっこう不味いみたい。ファンタジーにありがちな、バリアーとかないのかねえ。

 

 翌日、普通の動かない新聞で確認していたカミッロが、昨日の撃たれた人死んだみたいだって言ってた。ちょっと社会情勢的に不安になるかもだから、外出時は気を付けないと、ってラシェルと話し合ってるから、誰が死んだのか聞いてみた。―― 大統領だって! そんな重要人物が撃たれて死んだなんて、そりゃあ大事件だよ!

 

 不思議な事が出来ちゃう系の社会は、普通の人たちから隠れ住んでるけど、そういう要人の一部の人たちには認識されているんだそう。こっそり協力関係結んだりもしてるみたい。普通に大統領が替わるのだって引継ぎだなんだってタイヘンなのに、そんな事件で急(きょ)交代なんて、すっごくタイヘンそう……。

 

 大変ねえってラシェルも言ってる。うん、一般人(不思議な事が出来ちゃう系だけど)には、遠い社会情勢でした。ちょう他人事だった。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 聖名祝日(聖女エステル)のお祝いを言って貰いながら発表されたのが、これからの予定。何と誕生日会に再びド・ラ・ゲール家にお呼ばれです。

 

 そう云えば去年は引き取られる話を、この日クヮジモド家で聞いたんだっけ。ここで暮らし始めてそろそろ一年か~と感慨深い。

 

 それで何故わざわざ再びのお呼ばれ(復活祭(パック)の時、親戚で集まったでしょ?)なのか聞いてみると、先日のモノは言いようのレズユーの言い訳が、レズユーにとってはその場しのぎの言い訳ではなくて、本気でそう考えていたことが判明した。

 

 ()()、クヮジモド家でとても美味しい誕生日のご馳走を食べたと自慢していたので(レズユーの主観)、ド・ラ・ゲール家の方がもっと美味しいご馳走を(きょう)せる、と知らしめるべきだ! という流れらしい。

 ぉおう、正直、すまんこってす。

 

 

 

 



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21. 誕生会は昼餐会

 

 5月の最後の週、前入りでド・ラ・ゲール家を訪問した。

 付き添いはカミッロ。作家先生は今回もカメラ片手に仕事兼で同行です。

 

 去年貰った服が順当に小さくなっていたので、夏用外套をかなり誤魔化して着て行ったんだけど、到着して訪問の挨拶した途端、見抜かれたらしいフルールさんに連れ攫われた。お着替え&着せ替えタイムだ。

 

 夏物はレースとガーゼが主体。子供服はワンピースが主体で、ひらひらと可愛らしい。ボンネットみたいなお帽子もある。うん、着せ替えされてるのが私じゃなければ、もっと楽しめただろうに。

 着替えるのって意外に気を遣う。自分の服って訳じゃないから、一応、汚さないように破かないように皴にならないように、気を付けて脱ぎ着するし。まあ、ファンタジック種族のメイドさんは指パッチンで衣装の早替わりをしてくれるんだけど、リボンを結んだりフリルを整えたりレースを伸ばしたり、を楽しみたい当主夫人のフルールさんは量より質なのだ。

 素晴らしく丁寧にファッションチェックを繰り返した。

 

 

 翌日は、カミッロの持つカメラに目を付けたフルールさんから夫で当主のグザヴィエさんへ根回しされたらしく、撮影会と相成った。

 

 これは! とピックアップした衣装を着せられて、丁寧に整えられた庭園やバラ園などを背景に写真撮影。フルールさんとお揃いっぽいイメージの服などで、ガゼボから私たちを眺めるグザヴィエさん込みの構図とか。どこの家族写真だよ。

 間にちゃっかり、カミッロ指定のポージング(絶妙に顔が写らない構図)での撮影も挟んだりしてるし。まあ、素晴らしいバラ園だったので、テンション上がった私もノリノリでポージングしちゃったけどね。バラにちゅーするポーズとか、普通のテンションでは無理です。

 

◇◆◇ ◆ ◇◆◇

 

 そして迎えた誕生日。5歳に成りました。

 

 けっこうフォーマルな昼餐会だけど、よくよくメンバーを見れば復活祭(パック)の食事会の時と同じようなメンバー。つまり、親戚関係。

 ド・ラ・ゲール家はエルミーさんの実家で、もう引退しているけど前当主がエルミーさんの弟で、現当主のグザヴィエさんは甥。母さんの従兄だ。

 

 母さんはフランスの学校(ラシェルの母校)に入るにあたって、短期休暇の帰省先をド・ラ・ゲール家にして、書生さんみたいな感じで下宿してた。夏休みはさすがにイギリスの実家『楢の丘』に帰省してたらしいけどね。

 母さんの従兄弟たちは当然の如く男ばかりで、あ、一人だけ従姉がいるって云ってたかな? 母さんはけっこうちやほやされて過ごしたらしい。ド・ラ・ゲール家ではね、女の子はお姫様扱いで大事に大事~にされちゃうみたいだからさ。

 

 お食事はバターとクリームがたっぷりで、くどい感じはしたけれど、お子ちゃま舌に合わせた味付けで、さすがおフランス、美味しゅうございました。近くの海で取れるお塩が有名らしく、そこの海塩が使われてるんだって。

 

 前菜のムール貝の白ワイン蒸しとフリット(フライドポテト)、スープは魚介の出汁が利いててブイヤベースっぽいけど、魚は出てこずドーンとオマール(ロブスター)のオーブン焼きが出て来た。グラニテは口直しで緑色の、果物と野菜な感じ。キュウリとかかな。

 メインの煮込みは子羊で蕪がトロトロ、ローストは鳥で皮がパリパリ。初夏の色とりどりのサラダにはローストビーフが添えられていた。再びのグラニテは柑橘系果物のシャーベット。

 

 そうそう、味もそうだけど、食べる量もお子様に合わせていて、私の分なんかちょう小盛よ。子供は半身のオマール海老なのに、私のは幼児特典で剥いて解してもらった、ハサミと尾のいい所だけだ。

 子供たちから羨ましそうに見られた。一部は大人たちからも。オマール海老、食べ難いからね。

 

 テーブルにあったパンやバター、食事の皿が片付けられてデザートのお皿が出て来る。チーズと果物、お菓子の盛り合わせだ。大人たちだけの晩餐なら、まだまだ一皿ずつお酒と共に供されるだろうけど、子供たち込みの昼餐なので、デザートは一気に出て来た方が騒がしさもいっぺんで済むし飽きがこない、という配慮だろう。

 

 お誕生日らしいホールのケーキが出てきて、不自然に空いていたデザートの皿の一部分に、切り分けられてサーブされた。リング状のケーキでグレイズ(砂糖がけ)たっぷりのレモンケーキ。甘ければ美味しい系だけど、レモンがさっぱりしてるので私も意外に美味しくいただけました。

 

 最後のコーヒーと、プチフールにはものすごくガンバッたサイズのマカロンが出て来た。

 マカロンってフランスだと、煎餅くらいのサイズが普通なのよ。直径で云えば7~8cm前後くらい。それが、3cm弱位のサイズで、コロンと一口感があふれてる。ちまちまとした繊細さはフランスにはない感じだけど、今回は私が主賓の誕生日会なので、全体的に小さく作られていた。

 

 指パッチンで給仕をするレズユーがドヤ顔決めてる感ありありだったので、とても美味しい、サイズ的にも配慮が行き届いている、などと、当主ご夫妻にお礼を言いがてらヨイショしておいた。いや、ヨイショじゃなくても素晴らしい食事だったから、ほぼ本心なんだけどさ。

 

 ちなみに父さんと三つ子たちは欠席。

 フランス語しか通じないってところが嫌厭する最も重大で唯一のポイントみたい。

 

 父さんは日本生まれで母親(マンマ)(私の祖母)がイタリア人だから日本語もイタリア語も出来るし、長年イギリスに住んでるから英語はもうネイティブって感じだけど、フランス語はホントのさわり位で片言もいいトコ。

 三つ子たちも小さい頃にさらっと習ったくらいで、挨拶して自己紹介してお終いって感じらしい。苦手意識が先に立っちゃってるみたい。

 

 替わりに誕生日プレゼントが贈られてきたけどね。

 父さんからのプレゼントはしっかりした書籍で図鑑っぽい。

 父さんは画家で、本の挿絵を主な仕事にしている。不思議なことが出来ちゃう系の本だから、まさに飛び出す絵本に動く絵本だ。プレゼントの本もちょうリアルで詳細な挿絵が全ページに渡って描かれていて、父さんの仕事らしい。『不思議な獣とそれが見つか――、ん? あ、あれ、これって、もしかして……著者がニュート・スキャマ……―― イヤイヤ、偶然ッテ怖イワー。第4版ッテナッテルワー。ホント偶然過ギテ怖イワァ――……よしっ。

 

 三つ子たちからのプレゼントも本だった。絵本だけど。私って本好きって思われてる? 下剋上はしないよ?

 

 他のパーティー参加者からのプレゼントは無し。パーティー開催とその参加自体がプレゼントという事になったみたい。

 私まだ5歳児の幼女だからね。壊れることが前提の玩具メインなプレゼントが普通の年頃だからさ。豪華で正式な昼餐に主賓として招かれ、拙いマナーを微笑ましく見守られ、お祝いを述べられるってだけで、十分な贈り物でしょうってわけ。

 

 パーティも午後には終了し、主催者(ド・ラ・ゲール家)に開催と招待のお礼と、参加者には出席のお礼を述べて、真っ先に私が退出する。マナー的にはどうか知らないけど、切実な事情から致し方ない措置だ。ええ、眠さが限界ですがなにか?

 腹ごなしに自分の足で部屋まで戻り、ウトウトしながら盛装を解かれ、そのままお昼寝に突入です。すやあ~。

 

 夕方か夜か分からない時間帯に起こされて、軽食と身支度を整えて再び就寝。

 あ~んってポリッジ食べさせられると思ったら、口どけの良いブリオッシュと蜂蜜の香りのホットミルクだった。食べさせられる幼児は卒業で、自分で食べる子供に昇格したのかもね。

 

 身支度はお風呂かと思ったら、歯磨きしてお湯で顔を洗っているうちに指パッチンで体中を清められた。ふかふかのタオルで水気を拭き取り、温風乾燥の後に肌触りの良いフレンチ袖の下着とショーツ。

 記憶の中の日本でも全く遜色なく流通してたような感じのモノ、いわゆるグ○ゼの白パンと云えば目安となるでしょう。色的には生成りっぽくて、オーガニックな感じと云えば、ズバり思い浮かぶかな。その上にネグリジェとドロワーズが私の寝間着の定番だ。

 

 

 翌日は、以前の滞在時に声だけ聞いて見に行けなかった、犬たちに会いに行く。もちろん一人で出歩くなんて許されてないので、付き添い付き。

 付き添いはユベール、グザヴィエさんとフルールさんの次男。去年学校を卒業したんだって。

 

 長男のミシェルは、昨日は午餐に出席してくれたけど、今日はお仕事。

 三男のセヴランは学校で寮生活中に付き昨日も欠席。

 

 フランスには不思議なことが出来ちゃう系の小学校もあるから、就学年齢に達する子たちは、今日は軒並み学校です。昨日の午餐の後、皆さんお揃いで帰宅されたもよう。5歳児の私はプラプラ遊んでてもOKなのさ。

 

 犬たちは猟犬だって。セッター系って云うのかな、胸とかの毛がちょっと長い。背中とかは普通の短毛だけど、垂れ耳はおかっぱみたいだし腹の毛がすだれみたいに垂れている。

 毛色は白と赤茶色か茶色の斑。ポインター柄って云えば分かりやすい? 白がちなのも茶色がちなのも居るけど、顔と耳が茶色系がほとんどで、鼻の周りから額にかけて一筋白い毛が通ってる感じ。馬で云う流星? 作?

 あと生まれつき尻尾が短い。断尾って云う尻尾切っちゃう処置されるんじゃなくて、遺伝的に尻尾が短いらしい。

 

 犬種的にはエパニュール(スパニエル)系って云うんだってさ。最近この辺りで流行している猟犬だって。どれだけ流行してるかっていうと、なんと外国人が譲ってくれって言ってくるほどなんだって。

 

 外国ってニュアンスで語られるのは、地続きじゃないところ=ヨーロッパじゃないところだよ。アメリカとか未だに新大陸だし、オーストラリアなんて世界の果てだ。アジアは辛うじて地続きだし、大陸の端っこって認識。

 

 尻尾が二本の(魔法動物系)は居ないのか聞いたら、時どき生まれるみたい。でも不思議なことができない系の猟仲間とか居るから、「長い尻尾の仔が生まれた」と誤魔化して断尾してるんだって。なるほどねえ~。

 

 愛玩用の室内犬じゃないので、犬たちはとても犬臭かった。

 犬の世話係って感じの役職の大人の人が居て、犬たちを訓練している。訓練中は私みたいな子供がまとわりついてヨシヨシしちゃうとまずいからって、春生まれの仔犬たちを見に行くよう促がされた。

 

 コロコロした仔犬たちは大層可愛らしく、元気一杯だ。あまりのもこもこ具合に夢中になって一匹一匹抱き上げては、頬擦りすりすりを繰り返した。ニコニコと飽きもせず、延々と。―― ユベールが控えめに午前のお茶に誘って来るまで。正確にはお呼ばれしたいって申し出だけど。

 

 犬の毛だらけ涎まみれの私の手を躊躇いもせず繋いで、ユベールは朝食の間にエスコートしてくれた。もちろん室内に入る前に洗浄魔法が炸裂したけどね。泡アワになるタイプだ。事前注意が完璧だったので、目も閉じて息も止めて臨んだ。

 ド・ラ・ゲール家の泡アワは残り香がバラの香りで優雅でした。

 

 午前のお茶は、遅く起きた人たちのブランチの席でもある。さすがにド・ラ・ゲール家の家族用の朝食の間じゃなくて、客間の朝食ルームだけど、遅く起きたカミッロのブランチと一緒に、私の午前のお茶も準備されてた。

 エスコートしてくれたユベールのお茶の準備を頼み、カミッロにブランチの席にユベールが同席することを伝えてもらう。

 

 普段は午前のお茶もお菓子もないけれど、ド・ラ・ゲール家では習慣的にある。午後のお茶の時間もあって、子供たちは軽食もたっぷり食べさせられて、宵の口早々に寝かしつけられるのがスケジュールだ。早めの夕食だね。大人は社交とかあって夜が遅いので、晩御飯な時間になる。だから、翌朝はブランチの時間になるのだ。

 つまり、子供たちや普通に起きれば朝食の時間帯に朝寝してた人たちが、午前のお茶にブランチ(遅い朝食)となる。午後のお茶は夕方5時までに終わる感じで、子供たちは夕食として済ませて、8時ごろには寝ちゃう。大人たちは子供たちにお休みを言ってから晩御飯の晩餐と社交をこなして、深夜に就寝ってことらしい。

 

 もちろんラシェルやユベールのように、朝からキチンと起きて時間通りに朝食を摂る大人も居るので、一概にこう、とは言えないんだけどさ。ラシェルは朝キチンと起きて、ここから出勤して行ったし。一緒に朝食をしていってらっしゃい(ちゅっちゅかちゅ)もしたもの。

 

 カミッロとユベールは卒業旅行の話題で盛り上がっていた。カミッロは世界中をあちこち旅して周ったけど、ユベールは暗黒大陸を旅行したんだって。広く浅くなタイプと、一転集中なタイプの好対照だね。そうそう、暗黒大陸ってアフリカのことだよ。

 

 アフリカでは最も古くて権威のあるンガドゥって魔法学校が月の山脈に並々と横たわっていて、アフリカ大陸の膨大な魔法族たちの知識の最高峰とのこと。

 アフリカでは私塾と云うか、遊牧とかで暮らしてる部族ごとで、師匠が数人の弟子に教え込むってスタイルが主流みたい。そうなると、やっぱりどうしても師匠の得意不得意とか出てきて、弟子の習う魔法にも偏りが出るそうだ。

 あっちの部族はアニマギ(動物もどき)が得意で、こっちの部族は星読みが得意、とかね。知識が薄まり過ぎないように、適度に魔法学校に弟子を送り込むのが良い師匠って感じらしい。

 

 そんな事情を盛りだくさんで、ユベールは話してくれた。魔法学校ンガドゥってすごく広大な規模で、山脈に跨って学校が建ってるんだって。あっちの山の校舎、こっちの山の校舎って感じで。その一つの校舎が、ユベールの卒業した学校くらいあったってさ。さすがアフリカ大陸最大にして最古、唯一の魔法学校。あ、ユベールはラシェルの後輩、フランスの魔法学校卒だよ。

 

 

 そんな調子で数日ブラブラと滞在した私とカミッロは、ド・ラ・ゲール家一行に見送られて帰路に就いた。お土産にたっぷりと夏から初冬までの衣装を貰ってね。ロココ調って云うの? おフランスだし、イギリス式より布たっぷりで豪華で宮廷風って感じ。これ、たぶん、ちょっとくらい成長しても、ヴィクトリアン風にお直しして着られるよねえ。

 

 ちなみに、ド・ラ・ゲール家の館はブルターニュ地方でレンヌからナントへ行く中間あたりにある、らしい。詳しくは知らないけど。

 イギリスからケルト族が海を渡って侵攻し、南下して住み着いたって感じの位置だって。塩が取れるっていう所はゲラント、超有名どころキタァーって感じ。もちろん塩もお土産にいただきました。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 



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22. 夏のバカンス

※※ ※ ※ ※※

 

 家に帰って早々に夏のバカンスの予定が発表された。

 今年もコーンウォールの『楢の丘(オークヒル)』に出掛けるんだってさ。海にも行くらしい。おおう、ちょう楽しみ。

 

 カミッロがあれこれ都合をつけて、私たちは7月の後半から出かけるみたい。

 ラシェルは10日くらい遅れて8月から合流、だって。7月中は彼と旅行らしい。

 カミッロの彼女はいいの? って聞いてみたら、満面の笑顔で、募集中、と(のたま)った。

 

 その後、8月中旬くらいからクヮジモド家に顔出しして、のんびり北上して9月中には帰って来るって云うバカンス計画らしい。2ヵ月近いよね、さすが自由業(作家)。

 ラシェルはイタリアはパス、だって。新学期の準備に充てたいみたい。つまり『楢の丘(オークヒル)』だけ一緒だ。

 

 (ビーチ)が楽しみだね、とカミッロもウキウキだ。バレンタインの彼女とはお別れしたようだ。ラシェルの彼はバレンタインの彼? と聞いてみたら、違うわよ、とにっこり。いつの間に!

 ……どうやら私の上の姉兄はとても社交的な様です。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 リビングと玄関との間にドカンと置かれているクローゼットの裏面には、タペストリーと云うか絨毯と云うか、とてもエキゾチックな掛物がしてある。

 ペルシャ絨毯とか鳥獣文様とか云えばイメージ湧くかな? その掛物をめくってクローゼットの裏面にピタリと背中を当てれば、すかさずシルキーが頭の所に線を入れてくれた。

 カミッロ(兄さん)じゃないし、(ちまき)を食べてるわけでもないけど、測ってくれてるのよ、背の丈を。

 

 ちょうど一年前にも測って書き込んだ跡より、7~8cm伸びてる。一年ごとじゃなくて半年くらいごとの方が良いような気がした。こう、ワクワク感的に。

 このクローゼット、ラシェルの魔法の旅行鞄(スーツケース)の中に収納されてたもので、ラシェルとカミッロが勉強部屋として上階に暮らし始めた時に買った物なんだって。だから、ラシェルの背の高さの線もカミッロの線も、今の私からだと見上げるほどの高さにだけど、書き込み跡がある。

 

 日系な父さんからの伝統らしい。ロンドンの『カチカチ部屋』にも二人の背の丈を刻んだ柱があるハズだって。このクローゼットには、学校に入学した時の背丈から刻んでみたって言ってた。

 

 イギリスはインチでフランスはセンチだけど、この位置って線を引く分には単位の違いは関係ないからね。今の日本だと、寸? まあ、このくらい伸びてたって報告するのに、人差し指と親指でL字を作って見せながらだから、実際身長がどれくらいなのか、私にも把握できてないんだけどね。

 

 後日、ラシェルがパタパタと折りたたんで収納できる木製のモノサシを持って来て、私の身長の線を測ってくれた。111cmでした。ゾロ目だね。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 あっという間に夏らしくなって、バカンス用の準備も万端だ。1ヶ月くらい完全に家が留守になるので食料品を空にして、もちろんペットたちも全員移動だ。

 

 M.(ムッシュ)デュフトゥ(ラシェルの梟)は我が家の連絡係なので、常にあちこち飛んでいるけど、今回も先行で先触れにあちこち飛んでいた。ラシェルの今の彼も不思議なことが出来ちゃう系の人で、ペットに梟を飼ってる。何度か見たことあるけど、羽に黒いごま塩みたいな模様が散っているものの、真っ白で丸い頭に黄色い目のデカいヤツだった。名前は聞いてないけど、白いフクロウなんて、それなんてハリポt……ええと、ワー偶然ダワー(棒)

 

 アルジェント(カミッロの猫)は私たちと一緒に『楢の丘(オークヒル)』に行く。その後クヮジモド家へも。アルジェント的にはカミッロと一緒に私の引率って感じだろう。彼女は姐さん気質だから。

 

 炎子(私の火蜥蜴(サラマンダー))も連れて行く。留守宅になるから火の気が無くなるし、去年も連れてって調理場の竈と客間の暖炉をウロチョロしてた。火種に便利って喜ばれてたよ。

 

 夏用にもらった服たちの中には水着も含まれていた。

 記憶の日本で、時代ごとにだんだん布面積が少なくなる流行を知っている身としては、もう一枚脱ぐんだよね?って感じの水着だ。

 

 ノースリーブのブラウスに半ズボン。レースで縁飾りされてて、あの当時の暑い日本だったら街着でOKってデザイン。スカート丈が膝で限度の今だと、かなり短く、しかも女児にズボンって所が、この水着が正しくスポーツ用だとわかるポイントらしい。女性が普通にズボンを穿くのは、意外に歴史が浅いのだよ。

 

 ちなみにラシェルの水着はワンピースタイプ。上半身はタンクトップで下半身が普通のミニスカートってくらい布面積多いけど、これが今のスタンダートらしい。同じ色の帽子を水着と一緒に着けるんだって。スイムキャップかと思いきや、普通のクローシュ帽だ。今流行してるからね、クローシュ帽。

 

 カミッロの水着にはビックリした。――ワンピースタイプなのだ。いや、下半身はスカートじゃなくてトランクス型だけど、ランニングシャツ状の上半身がついてるのだ。……うん、この時代では普通だった。

 最新流行はもっと布面積が少なくて体にピタッとフィットして、脇というか腰部分が大きく開いてる競技用レスリングみたいな水着もあるんだけど、カミッロ的にはフィットしすぎると爽やかさが軽減されてセクシー過ぎて泳ぎにくいんだってさ。

 

 

 7月16日の三つ子の誕生日にプレゼントを贈るラシェルとカミッロに便乗して、カードだけ届けてもらう。さすがに5歳児にはプレゼントを買う余裕などないので、手作りカードオンリーだ。普段の学習成果をラシェルやカミッロに見せる意味合いもかねて、4か国語で綴ってみた。

 英語、フランス語、イタリア語、日本語。われら兄弟姉妹の出自の四か国だ。日本語は文語で縦書き、フランス語は古めかしい単語を筆記体で、イタリア語は口語を陽気でポップに、英語は翻訳を兼ねて正確な教科書調で。

 間違ってないか確認してくれた二人は大絶賛。すっごく褒められた。えっへっへっ。

 

※※ ※ ※ ※※

 

 やがて夏のバカンスの出発予定日が来て、私はカミッロと先行して出発した。

 アルジェントのリードを持って、もう片手は日傘を差す。

 

 冬の時持っていた炎子のカンテラは、寒い季節には暖房も兼ねてて重宝したけど、夏には暑くて不向き。なので例の秘密基地みたいな魔法仕掛けのスーツケースにしまわれていた。二か月近い旅行予定の荷物が、カミッロの持つ小ぶりな旅行鞄(スーツケース)一つにすべて収められているのだ。すごいよね。

 

 今回、中がどんなふうになっているのか見せてもらったけど、まあ、唖然とした。倉庫みたいにドカンと広々した空間が広がってるのかと思いきや、普通の部屋なのだ。

 

 部屋というか書斎というか、ミニ図書館付き書斎って感じの部屋に、中に入るとまず降り立つ。一角は本屋みたいに書棚が並んでいる。すっごい蔵書だなあ、と近づいて背表紙を見てみると、いろいろな国の言葉が並んでいた。日本語の本もある。でも全部が全部学術書ってわけではないみたいで、ある一角などは新聞が束になってるし、雑誌で埋め尽くされてる一角もある。この辺はラシェルのかな、と示されたあたりにはファッション雑誌なんかも並んでいた。

 

 書斎にはドアがあって、カチャリと開けば衣裳部屋(ワードローブ)だった。一人掛けソファが二つ並んでてちょっとした休憩スペースを抜けた先は、コの字型のワードローブスペース。コの字というより〈〉の字? 真ん中に背もたれなしのカウチみたいなスツール(?)が置いてあって、シンプルな姿見もある。

 そういうワードローブスペースが2ブロックあった。男物と女物に分かれてるから、カミッロとラシェルの衣装たちだ。

 こっちはカレンのだよ、と案内された一角は〈〉の字っぽくなったブロックで、私の服が並んでいた。いつの間に!

 

 あとバスルームはここ、と案内された広々バスルームには突き当りにもう一つ扉があって、そっちのドアはさっき入ってきた書斎とのドア近くに繋がっていた。これ、ここで暮らせる勢いだ。ワードローブの真ん中のスツール、あれシングルベッドくらいの大きさ十分あるし、余裕で寝れる。

 

 そういう話をしてみたら、寝室作る? と方向性の違う話に。魔法の旅行鞄(スーツケース)の拡張の相談をし始めた二人を見上げていれば、どうやら今回は無理、とのこと。

 部屋を増やすにはそれ相応の準備と慎重な魔法が必要で、この夏のバカンスには間に合わないでしょう、と。すでにある部屋を大きくしたりリフォームしたりは比較的簡単に行えるが、新たな部屋を付け加えるのはちょっと違うアプローチが必要で、それは今は無理なのだそうだ。

 

 幼児の私はサイズ的に両開きの大きなクローゼットでもあれば、アルコーブベッド風に使えるんじゃないかと思っただけなんだけど……と話してみたら、即採用。

 両開きの大きなクローゼットがメリッと壁際に埋め込まれて、中をベッドに(しつら)えられた。下に4列二段の抽斗(ひきだし)付きで、今は身長的に踏み台かよじ登る必要があるけど、サイズは押入れくらいあるので、長期間使えそう。記憶の日本人だったころなら大人でもOKなサイズだ。

 

 そんなわけで、秘密基地な旅行鞄(スーツケース)には書斎と衣裳部屋が内蔵されている。炎子は私のワードローブスペースのアルコーブベッド風クローゼットのそばのカンテラに置いてある。暖炉とかついた応接室とかあれば炎子も放せるんだけどね。火の番をしてくれる存在が常駐しないと、暖炉は危険なんだってさ。

 

 

 ロンドンの父さんのフラットまで列車の旅だ。

 

 カミッロが喜々としてカメラであちこち撮っている。もちろん私もアングル指定でフレームイン。アルジェントとの二人旅って感じの写真が多かった気がする。

 ちなみに私がフリフリのフリルとレースにリボンの服を着ているのは、モデルの意味もあってだよ。髪型も顔が写りにくいよう配慮されてるし。

 

 今回はドーバー海峡を渡ってイギリスに上陸して列車に乗る前に昼食をとった。

 フィッシュ&チップス、は魚が新鮮だったのでまずまず普通に食べられた。英国感を出したかったカミッロによるメニュー選択だったけど、撮影中はノリノリだった私たちも、食べる間中二人して無言になってしまった。うん、美味しいってニコニコ出来ないけどすごく不味いってわけでもなかったし、まあ、普通だ、普通。

 

 クリームティー(アフタヌーンティーの、クロテッドクリームたっぷりスコーンバージョン)に期待だね、と二人して何とか食べきって乗車。

 

 ロンドンに到着したのは薄暗くなってから。ビッグベンがウェストミンスターの鐘の音を鳴らし、最後の点鐘を数えたら4時だった。アフタヌーンティーは終わっちゃう時間だよなあ、と思いながらも、カミッロに連れられて駅舎の片隅の物陰から、父さんのフラットへ瞬間移動。

 部屋に直接移動する場合、玄関ホールかリビングの暖炉の前に現れるのがお約束らしい。そりゃあ、いきなりバスルームとかベッドルームに出現したら大顰蹙(ひんしゅく)だ。

 

 玄関前に現れた私たちを見て、小さな歓声が上がり、挨拶する間も一息入れる間もなく、次々に暖炉間移動と相成った。どうやらお待たせしていたようだ。

 三つ子たちに続いて『楢の丘(オークヒル)!』と叫んで、父さんが(パウダー)を投げ込み作り出した緑の炎の中に足を踏み入れた。

 

 こちらでも待ち構えていたらしいエルミー(祖母)さんたちにあわただしく挨拶してる間に煤を払われる。後ろから現れたカミッロと殿(しんがり)の父さん。

 インザーキ家が揃ったところで再びご挨拶。父さんがラシェルが遅れる旨や滞在予定などをテリー(祖父)さんたちに報告してると、三つ子たちは駆け出して行った。いや、全員そろってご挨拶が出来ただけでも上出来だろう。

 

「Je suis content que tu sois venu.」(よく来ました)

「Je suis heureux de venir aussi.」(来ましたよ♪)

 エルミーさんの厳格な発音に、私は気軽な調子で言い回しだけ古臭く応えた。

 エルミーさんは雰囲気が厳格で怖い感じがするけど、それはたぶん、スッと伸びた背筋に引き結ばれた口元の、凛とした佇まいのせいだと思われる。実際のところはクヮジモド家の祖母(ノンナ)と同じく、気のいいお祖母(ばあ)さまだ。あと懐かしがってポロポロフランス語を話すのも、とっつきにくい印象を与える理由の一つかもね。

 

 



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23. 再び現われる

 

 今年も『楢の丘(オークヒル)』に従兄や従姉たちが集まるようだ。集合するのは8月に入ってからのようだけど。

 

 フィル[フィリップ:ウィンフレッド叔父さん(菓子職人)の息子]が来年度(今度の9月)から学校に入るので、その入学許可書待ちをしたり何だりと、7月は各家お忙しいようです。

 

 入学許可って云っても、基本縁故入学だから、親兄姉・祖父母や親せきが同校出身ならばたいてい送られてくるものらしい。あとはその地域生まれとか。ここはイギリスだから、イギリス生まれの不思議なことができちゃう系の子供には門戸が広い。

 ほぼほぼ間違いなく許可書が送られてくるだろうけれど、この時期間際の子供たちには、叱るときに「入学許可書が送られてきませんよ!」という脅し文句が使われるのだとか。

 なのでドキドキワクワクで許可書待ちをするそうだ。で、送られてくるのは7月の上旬くらい、決して誕生日とかではないのであしからず。

 

 入学時(9月1日)に11才という条件ならば、もちろん8月31日生まれとかも含まれるわけで、その子は誕生日の次の日に入学式だ。許可証の返事(入学希望)が届くのかも怪しい日程になっちゃうよ。

 逆に9月3日生まれくらいの子に、誕生日に許可書を届けて、実際の入学はおよそ一年後とか、無理でしょ。待てないし、無くすよ。持参品のリストとか。制服だって入学の直前に、成長の度合いを見ながら作るのが普通だし。

 つまり、〈誕生日に入学許可書が届く〉というのはナンセンスってわけ。

 

 そんなわけで、イトコ連中の集まりが悪い。本家の末っ子ヨランダくらいしか構ってくれる従姉は居ないのだ。

 けれど、三つ子たちは三人いるので遊ぶに人数には困らないらしい。到着早々、キャーキャー言いながら箒片手に飛び出していくところを、カミッロと、珍しく日中から在宅していたエディ[エドワード:ヨランダの兄、総領息子(本家の跡取り)]に三つ子のうちの兄たち(アーヴィ&アーニィ)が首根っこを掴まれて捕獲されていた。オーリィはヨランダがガードして引き留めていた。素晴らしいフォーメーションだ。

 

 その後、疲れ切っていた私は軽くハイティーの残りを頂いて、早々に寝た。列車の中で寝倒して来たならもう少し起きてられたかもだけど、モデルしてたので意外に疲れてたらしい。ふかふかソファで腰を落ち着けた途端にウトウトしちゃったよ。なので、速攻、おやすみなさい~。

 

 以前みたいな夜に起こされての軽食はなかったけど、お着替えはされてたもよう。ネグリジェタイプのパジャマにドロワース。相変わらずのヴィクトリアン(ロリータファッション)だ。

 

 割り当てられた客室フロアは去年と同じ場所で、ベッドルームが三部屋に客用居間と広々バスルーム。今年の部屋割りは女の子部屋として私とオーリィの二人が一部屋、三つ子のうちの兄たちも一人一人分かれて、アーニィが父さんと、アーヴィがカミッロと同室になった。

 この部屋割りだと、ラシェルが来たら女の子部屋になるのかな? 去年はイヤって言ってたけど、今年はOKなの?

 

 

 8月に入ってイトコ連が集まってくるまで、遊びの輪の中に自動采配されちゃうんだろうなあ。またぞろ三つ子に強制連行されるのかあ、と思っていた。ところが特攻してきたのは三つ子の兄たちだけで、私は二人に拉致られる。

 

 一人足りないと、私を担ぎ上げて走る二人の背中から振り返れば、オーリィはヨランダと何やら内緒話をして、くすくす笑いあってるところだった。おおう、なるほど、ガールズトークか。女の子特有のグループ行動の一環。三つ子たちは10才だから、そういうお年頃ってヤツなんだろう。

 この年頃くらいから、女の子はおませで男の子はやんちゃになるのだ。でも、いいのかな、ヨランダの宿題は?

 

 オーリィが居ないので、いろいろ準備が足りなく、ポイっと丘のふもとに置き去りにされても、パラソルもラグも何もなかった。ぽつんと突っ立っている私に気づいて、二人の兄は気不味げに顔を見合わせると、箒に乗るよう勧めてくる。

 俺の箒貸すのイヤだけど仕方ないから、でも断れっていうか、チビなんだから大人しく座ってろ。……っていう感じでガン飛ばされながら勧められても、ねえ。思わず、空気読まずに喜んで見せつつ箒に跨りたくなっちゃうよ(笑)

 

 まあ、無難にお断りしてお礼とともに箒乗りを促せば、二人は視線を交わしあいながら、着ていたベストを脱いで地面に敷いてくれた。ここに座ってろってことらしい。せっかくの気遣いなのでありがたく座って見せれば、二人はほっとしたように箒に跨って飛び回り始めた。

 

 

 ちょこんと膝を抱えて飛び回る兄たちを視線で追っていると、足にこつんと何かが当たった。

 

 キラッと透明で黄色い飴玉みたいなモノがころりと転がっていて、傍にはドヤ顔のノッカー(レプラコーンの一種らしい)が居た。ニッと笑っている口元にはズラリと尖った歯がサメみたいに並んでいるけど、気配が楽し気で嬉し気だから一切怖くない。

 

 ハイホーハイホーと行列で来るノッカーたちは、私の足元に飴玉っぽいのをどんどん転がしていく。

 その中の一人が持つものが、洞窟から出るときに赤っぽかったのに目の前で転がされたとき緑色だったので、思わず手に取って陽に透かしてしげしげと眺めていれば、同じようなものがさらにどんどん追加されてもたらされてきた。気に入ったと思われたらしい。

 黄色っぽい緑とか青っぽい緑とか薄い緑から濃い緑まで、様々な色合いだけど緑がたくさんあって、ここでようやく私は気づいた。これって、宝石じゃね?

 

 一つ一つの大きさがコインくらいあるし、角々と複雑なカッティングなんか施されてないからわかりにくいけど、透明できれいな色味の石たちは、ただならぬ輝きを放っているのだ。

 

 ガラスか水晶かって思ってた透明なものを摘み上げて陽に透かす。キラキラとしてて、ヤバい感じに高貴な輝きだ。薄い青とか薄い黄色も同じような輝きでキラッとしてる。

 

 一体全体なんでこんなに……ノッカーたちがこれを私に贈るために持ってきてるのはかなり初期にジェスチャーで確認した。

 食べられるのかと思って食べるそぶりを見せたら止めてきたし、返そうとすれば固辞するように首を横に振り、兄たちにも分けようかと指させば、かなり悩んだ様子で数人たちで相談した挙句、しぶしぶと少しならばと身振りしてきた。つまり、私に受け取らせるべく持参してきているのだ。

 

 そのうち一人がとても自慢げに差し出してきたものを見た瞬間にハッと気づく。これって、アレだ、ドラジェだ。アーモンドの粉糖がけ。それがあまりにもそっくりですぐに分かった。

 よく見れば他のも全て球体だけど楕円っぽい、蛇の卵っぽいよ。形に拘ったモノたちが悔しそうに自分の差し出すものとドラジェっぽいのを見比べているけど、私的にはコインみたく丸くて平べったい方も良いし、この色合いが素敵だよ、となぜかフォローしまくり。

 

 結果、バケツ一杯くらいのドラジェもどきが積まれた。

 

 いつの間にか側に来ていた兄たちも、唖然としている。

 

 兄たちは転がる石を一つ拾い上げ、陽に透かして興奮の歓声を上げ、両手に握りさらにもう一つ、となったところでノッカーたちからカチカチ音が鳴りだした。ずらりと並んだ牙をむき出しにして、ガチガチ鳴らしている。怖ッ!

 穏やかそうな表情だったのが、目が吊り上がり歯もむき出しで威嚇の表情だ。横穴に帰って行っていたハズの仲間のノッカーたちも、目を光らせながらワラワラ出てきている。怖ッ!

 

 兄たちが鷲掴んでいた石を、両手をパッと開いて放すと、ガチガチ言いながら近づいて来ていたノッカーたちがピタリと足を止める。威嚇の表情も戻り始めた。

 少しなら良いって言ってたよね? と私がノッカーたちに話しかけてる間に、兄たちはそろそろと一つ石を摘み上げ、ゆっくりじわじわと二つ目を摘み上げた。もう一つ、と手を伸ばしたところで、ざっと歯をむき出してガチガチガチガチ……。

 

 2個ならいいの? と確認すれば、肯きながらハイっとさらに石を渡された。深い緑色の楕円の石はとてもキレイで、私はニコニコお礼を言う。ノッカーたちの雰囲気もハイホーハイホーな感じになって、やがてぞろぞろと横穴に帰っていった。

 

 見えなくなったので、もっといる? と兄たちに渡そうとしたら怒られた。ああいう魔法生物は無意識な魔法契約を仕掛けてるらしく、見られてないからとか、知られないだろうとか、で約束事を破ると酷い目に合うらしい。

 説明自体は、もっとお子様な言葉遣いの説明だけどね。バッカだな、知らないぞ、腫れ上がるんだぞ、黒緑色のドロドロになるぞ、約束したら破っちゃダメなんだぞ、俺たちが2個までって言われたんだから、それ以上は誰にもやっちゃだめだぞ……ってな感じで。

 

 オーリィにも秘密。もちろん、大人たちにも。

 たぶん、大人たちにすべて話して、しかるべき対処をしてもらえば、兄たちの云う、腫れ上がる系の呪いは解除されるだろうけど、兄たちはこの秘密ごとが気に入ったらしい。

 

 交換していいか? とじゃらっとした山の中から最もお気に入りの二つを選ぶべく、取ったり置いたりしている。

 ウズラの卵くらいの深い緑色のエメラルドっぽい石を両目にあてて、カレンみたいだなって言ってる兄と、同じような大きさの深い青色のサファイアっぽい石を両目にあてて、俺はオーリィと言ってる兄は、まさしく双子(三つ子の中の)だと思い知らされました、まる。

 

 結局、アーニィが赤とオレンジがモヤモヤしてるファイヤーオパールっぽいのと、赤いけど白く『*』の模様が浮いてるスタールビーっぽいモノを。アーヴィが深い緑に黒い歯車模様のトラピッチェエメラルドっぽいのと、片側が緑でもう片側が赤のバイカラートルマリンっぽいモノを。それぞれ選んでいた。

 アーヴィがこっそりバイカラーを舐めて「味がしない……」と呟いていたのを、私はヤレヤレと思いつつアーニィを見れば、ぷっくり膨らました頬をすぼめてプッとファイヤーオパールを掌に吐き出している所だった。あー、うん、このそっくり兄弟め。舐めんな。(飴じゃないんだよ)いや、ふざけるなって意味もこの際加味していいよ。

 

 どうやって持ち帰ろうか考えていると、兄たちがそれぞれ自分のポケットから革製の巾着袋を取り出して、貸してやると言い出した。なんでも今年の誕生日プレゼントの財布で、ちょっと良いものらしい。

 不思議なことが出来ちゃう系の社会では紙幣がないから、札入れタイプの財布はまずない。硬貨オンリーなので、巾着が一般的な財布のスタイルだ。それかがま口。誕生日プレゼントに以前からねだっていたらしく、高性能財布とのこと。

 大きさは化粧ポーチくらいだけど、見た目以上のモノを入れられるし、持ち主以外が中身を出したりできないし、いざとなれば小さく縮んで隠れちゃうって仕様なんだって。へぇ~。

 

 それって、私も取り出せないんじゃない? と聞けば、貸すって形で仮の持ち主になれば使えるんだそうだ。

 二人は財布をひっくり返して、中身(数枚の銀貨と銅貨、瓶の王冠、コルク栓、それから何かの包み紙)をポケットに詰め込み(カラ)にすると、貸すと言って渡してくれた。

 

 云われた通り、借りる、と宣言した後、ざらざらと巾着に入れる。ホントにびっくりするくらいじゃらっと入った。バケツに一杯は余裕であると思われるのに。洗面器サイズの器にみっしり二杯分くらいあったドラジェの、お礼ゆえの量かもしれない。

 

 そろそろ帰るか、と二人に担ぎ上げられて、丘を駆け上がる。去年より足が速くなったのか、あっという間に屋敷に到着。隠しとく場所あるのか? と問われて驚く。隠すつもりなんてなかったからだ。

 バッカ、おまえこういうのはなあ、と足を止めた兄たちに交互に言い聞かされる。曰く、内緒にしとくものらしい。

 

 うーん、例の魔法のスーツケースの中の衣裳部屋に作ってもらったアルコーブベッド風クローゼットとかなら、しまっとけるかも。カミッロにもラシェルにも、内緒の宝物だから見ないで、言っとけば良いし。

 そう答えれば、しぶしぶ納得して、私はようやく降ろされた。そう、担ぎ上げられたまま説得されてたのさ。壁ドンならぬ空ドンだ。さすがに放り投げられはしなかったけどね。

 

 早速、カミッロにアルコーブベッド風クローゼットに隠しておきたいものが出来た、と申告。兄たちが、パタパタと手信号を送ってくるけど、解らずに首傾げている間にスーツケースの準備が整って、私は衣裳部屋へ。

 私の服がしまわれているブースの壁面一杯のクローゼットの足元の抽斗の一つに、適当な敷布を敷いてざらっと中身を出した。借り物の財布だから、早く返したいし。

 

 適当に石を均して抽斗を閉める。

 隠し終えたので、ホッとしながら入ってきた場所に戻って、出たいと思いながら両腕を伸ばした。見えないけど掌にスーツケースの縁が当たる感触がある。出るときの魔法だ。これでよっこいせと体を持ち上げれば外に出られるというわけ。

 魔術的な力が働くから、実際に体を持ち上げるような腕の筋力とかは必要ない。あくまでもポーズで、そういう仕様なのだ。

 

 スーツケースの縁が肩より下になれば、視界も切り替わって外側の景色が目に入る。ぴっしり整えられたカミッロのベッドの上で開かれていたスーツケースなので、出てくる時も同じ場所だ。

 なるべく動かしたり動かされたり、しないようなところで開けるように、という諸注意はすでに受けている。中に人が入っていてもスーツケースを閉めて持ち運ぶことも可能だ。その場合、出るポーズをしても出られない。

 別の方法はちゃんとあるけど、ちょっと面倒な手順を踏まなければならないそうだ。魔法を使うらしいその手順は、まだ教えられてはいないけれど。

 

 無事に隠し終わった、と報告。特に、これは!と思った石は別に枕の下に入れておいた。ドラジェっぽく設えられてる石なので卵型が基本の中に、どう見ても卵だろうってバランスの石があったのだ。しかも色が変わるタイプで。

 ベッドの下の抽斗にざらっと開けたとき、赤っぽい一群があって、その中にね。

 実は兄たちの財布にしまう時、ざっと仕訳けたのだ。全体的に緑の石が多かったので、緑系を片方に入れて、それ以外を全部もう片方に入れて、と。その、緑っぽい石たちの中に、引き出しの中で赤く見える一群があったのさ。カラーチェンジ、アレキサンドライト系だね。深い色合いではっきり色が変わる石は卵型の石は、一目で気に入ったのだ。

 

 兄たちが指を口に当てて息を吹いてシィーとジェスチャーしてくるのに肯いて、私も立てた人差し指を唇につけて、シィーと言いながら、内緒なのよ、とカミッロに言った。

 

 ちなみに、次の日、今度はオーリィも一緒に箒乗りに出かけたけれど、ノッカーは現れなかった。どうやら、兄たちは三つ子の絆に負けてオーリィにバラしたらしい。

 あげようか、という私に、やっぱり怒りながら、でもちょっと惜しそうに若干羨ましそうにしながらも、ダメ! とオーリィは言い聞かせてきた。魔法生物、ナメちゃいかんらしい。

 

 

 



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24. その結末

 

 7月の終わりに間に合って、ウィンフレッド叔父さん一家がやってきた。オリヴィア叔母さんと、フィリップとサマンサを伴って。

 兄妹の上の二人(ローリーとハティ)は今回も一緒じゃない。来るか来ないか微妙な所……というより、もういい加減大人になったんだからせっかくの長期休暇に家族旅行もないだろう、っていうのが真相みたい。二人とも仕事してるし、一番上のローリーと末っ子のサミー[サマンサ:三つ子たちより一つ下]は15才違いで、年も離れてるし。つまり、来ないと思われる。

 顔くらいは見せに来るだろうけど、長居したり泊まったりはしないってことだね。

 

 菓子職人の叔父さんが来ると、置き菓子やお茶菓子、デザートのレベルが一気に上がるのでちょう楽しみ。そんな風にワクワクしてる私は、あっという間に去年のメンバーに連れ攫われた。

 

 いつの間に準備したのか、フィル[フィリップ:今年11才、入学おめでとう!]もサミーもオーリィも(つわもの)のように両手槍風に箒を掲げて走っていた。私はアーニィ&アーヴィの三つ子の内の兄たちに騎馬戦の様に担がれている。

 走りながら、入学祝に買ってもらった箒を自慢するフィルに、すかさずアーニィ&アーヴィが羨まし気な歓声をあげる。声の調子に合わせてウェーブみたいに揺れるので止めて欲しい。

 

 乗せて乗せてコールに、ヨランダが来たからOKと云うので驚いて振り返ると、ヤレヤレお守りか~って顔のヨランダが、後ろの方で低速追尾飛行していた。……全然気づかなかった。

 ヨランダは例の競技(クィディッチ)の寮代表選手の座をキープしてるらしく、フィルがとても尊敬してるのだ。

 

 そんなこんなで到着すれば、てきぱき待機場を設置した。私もお手伝い。ピクニックラグを這いつくばりながら広げる。ぱさってできるサイズじゃなかったからね。パラソルも良い感じの影を作るよう地面にぶすりと刺され、クッションもポロポロ転がっている。

 いいね、グッジョブ、と内心で親指立ててこぶし握りながら、私はころりとラグに寝転がった。

 

 早速フィルに群がる兄たち。サミーとオーリィはヨランダににじり寄っていたけど、ヨランダは笑顔でNO!だった。なんでも競技用(クィディッチ)にチューンナップしてあるらしく、普段使いには向かない、とのこと。

 箒だよ、箒。―― いや、まあ、この可笑しさと虚脱感を分かってくれる人は、どこにもいないけどさ。脳内ツッコミ炸裂だ。

 

 フィルもまだまだ満足いくまで買ってもらった箒を堪能してないらしく、兄たちにNO!と断っている。そしておもむろに飛んで逃げようと箒に跨ったところで、厳しい顔したヨランダに襟首掴まれて止められた。

 ひとしきり説教をするヨランダ。子供用の箒と違い飛行空域に安全制御のない箒の扱いは慎重にしないとダメなんだってさ。

 

 正しい姿勢と正しい手順。最初の授業で習うんだよ、と仁王立つヨランダに見張られながら、フィルはエレベーターみたいに上がったり下りたりを繰り返す。飛ぶ練習じゃなくて、下りる練習だって。

 両足で地面に着地する姿勢から、片足とか、足を使わず肩あたりで地面に着地するとか。何とかってボールを持ったまま着地するときなんかはこうだよ、って説明が挟まればフィルは途端に真剣に地面に転がっている。うん、ちょろい。

 

 最初の内こそ、一丸となって説明を聞いていた三つ子たち&サミーも、数回転がるフィルを見守った後、それぞれ自分の子供用箒に跨って飛び始めた。飽きたらしい。

 2対2で追いかけっこしてるけど、うっかり区別がつかないサミーが翻弄されてるっぽい。その分オーリィが、後ろ姿でもどっちか区別がつくらしく、アーニィ!とかアーヴィ!とか名前を呼びながら追いかけまわしてる。さすが生まれる前から一緒にいる姉弟(三つ子)たちだ。後頭部なんて髪色が同じならばそれだけで区別がつかなくなるものなのに。

 

 転ぶ 下りる練習を済ませたフィルと、ヨランダがスイっと上空に上がっていく。子供用の箒とは違い、あっという間に高高度だ。黒豆サイズ。

 三つ子&サミーが自分の箒に跨りながら上空を見上げている。さっと同時に顔を見合わせたタイミングが、まったく一緒なのでビビった。これは血筋というよりも同好の士って感じかな。

 

 多分、私の理解しやすい所で例えるならば自転車なんだろう、箒って。子供用の箒は補助輪付きって感じで。自分の自転車を買ってもらえれば自慢たらたら見せびらかしたいだろうし、それが補助輪ナシの大人用ならば言わずもがなだ。

 スポーツタイプの自転車を乗りこなすヨランダに、補助輪ナシの普通の自転車を買ってもらったフィル、二人がスイスイ乗りこなすのを、補助輪をガーガー言わせながら追いかけようとする三つ子たち&サミー。―― ね、解りやすいでしょ?

 

 この場合、私も三輪車(超低空飛行の例のアレ)で混ざればよかろう、なんだけど……あいにく箒に興味はないので、幼児用の箒すら私は持っていない。同じ飛ばすなら箒より自転車の方がよっぽど乗りやすいと思うんだけどねえ。せめてキックボードとか、セグウェイとかさ。

 自転車ならばちょっと見つかっちゃってもETの真似って云えば誤魔化せない?……無理か。半世紀早いよね。

 

 

 そして、再びハイホーハイホーと登場したノッカーたち。

 

 お菓子は何かあるかなあ、と、今日は持参していたピクニックバスケットをガサゴソしている間に、ラグの上にコロコロとキレイな石が転がり始めた。ドヤ顔のノッカーの多いこと。

 

 全体的に四角い石が大多数。でも小さな器みたいなのとか、小瓶みたいなのを拾い上げて思わず陽に透かしながら歓声あげてると、同じようなものが並び始める。

 すっごく透明でキラキラした瓶などは、いわゆる香水瓶っぽくコロンとしたシルエットや、シュッとしたデザインまで多種多様で楽しい。小さい器も丸かったり四角だったりするミニサイズグラタン皿のようで、私の手のサイズにちょうど良く、まるでままごとセットだ。

 

 お皿に見立てて、いろいろな色石を並べたりして楽しんでいると、いつの間にやら近くに集まっていた姉兄(三つ子)従姉兄(いとこ)連の内のサミーが色とりどりの石が盛られたキラキラの小皿を持ち上げて、一斉にノッカーたちに警戒態勢を取られていた。尖った歯をむき出しガチガチと鳴らしながら、じわじわ包囲にかかっている。

 

 素早く杖を構えていたヨランダがサミーをかばうように足を踏み出しつつ、背中をつまんで引っ張っていた。その間に三つ子の内の兄たち(アーニィ&アーヴィ)が、さっとサミーの手から小皿を取り上げて素早くラグの上、私のそばに置き戻す。

 兄たちは経験者だからね。前回と同じ轍を踏まない、踏ませないってわけだ。

 

 何も持ってませんと開いた掌をひらひらさせながら数歩下がれば、途端に大人しくなるノッカーたち。吊り上がった目つきも雰囲気まで穏やかになって、持っている薬瓶っぽいものを並べていた。

 

 兄たちが従姉兄たちに早口で説明している間に、私も、あげてもいいよねえ、とノッカーに交渉。前のときと同じく、両手に一つずつ二つまでなら許される模様。

 

 サミーが、虹色になるよう七色の石を乗せていた小皿に手を伸ばした時、再びカチカチと威嚇音がし始めて、かなり頑張って小皿ごと一つとしたかったらしいけど、ノッカーにそのごまかしは効かなかったみたい。残念そうに手を引っ込めていた。

 

 まあ、一緒に遊ぶのなら構わないけれど、私が見ていないところで触るのはダメらしく、ヨランダがガチガチいうノッカーと正面からメンチ切りあっているのを見て、遊ぶ許可を口にすればノッカーたちは引き下がる。彼らはこっちの云うことを完全に理解してるみたいだ。

 

 ヨランダは警戒の表情のまま、水晶でできたシュッとした小瓶を一つをさっと選ぶと、後はどれにしようか迷っている。小瓶は学校でも使えるから選んだらしく、もう一つは寮カラーの緑のモノが良いと、あちこち石を転がしている。

 

 兄たち二人は緑の石と青の石で「カレン」「オーリィ」と私には二番煎じだけど、初見の従姉兄妹(いとこ)たちに物まねを得意げに披露していた。うん、私が大うけしたからだけど……良かった、ヨランダもフィルもサミーも笑ってくれてる。

 

 みんな水晶製の小物を一つとキレイな貴石を一つ選ぶことにしたようだ。

 

 ヨランダがコロリと拾い出したのは、小粒だけど深い緑色で、トラピチェ・エメラルドっぽいもの。目に良いかも、と陽にかざしてみているのは兄たちの真似っこ? あ、違うんだ。装飾品の目の部分に嵌め込むってことね、なるほど。

 フィルもヨランダと同じような水晶の小瓶と、明るい黄色の透明な石を選んでいた。イエローダイアモンドかイエローサファイアかな?

 サミーは水晶の皿と、皿にびったり収まるほどの大きさの緑色の石を選んでいた。新緑のような緑はグリーンガーネットかもしれない。小ぶりな鶏の卵ぐらいの大きさだ。

 

 兄たちはささっと自分のを選んでポケットにねじ込むと、熱心にオーリィに青い石をあてがっていた。どうやらオーリィの青い目と同じ色の石で同じ大きさの石を二つ揃えたいようだ。エルミーさん(祖母)の耳にぶら下がっていた巨峰のような大粒の耳飾りみたいな、青い耳飾りを勧めたいらしい。

 オーリィはデザインの古臭い(確かにアンティークな)耳飾りよりも指輪とか首飾りとかに加工したいもよう。とはいえ、三人とも青い石って所は一致しているようで、しきりに色と大きさを比べながら、なんとか選び出していた。

 

 残りはまとめてラグの中に入れて、ヨランダが持ってくれようとしたんだけど、箒のところへ向けた足を数歩進めて、いきなりくるりと(きびす)を返し戻って来た。速足で私の前に来るとラグをまとめて私に持たせ、正式に言葉で依頼して、と真面目な顔で言い出した。なんでも、ヤバい感覚がしたらしい。

 呪いだな! とフィルもうんうん肯いて、ものすごく羨ましそうに何とか掠め取れないか狙ってる風だったサミーに注意を促していた。ヨランダが黙って持ち出そうとしたのが不味い感じらしい。

 

 私の代わりに運んで、と気持ち声を大きめで言えば、ヨランダも分かった着くまで預かる、と芝居がかって答えてラグの包みを受け取った。箒に向かう足取りは慎重だったけど、自分の箒を掌に呼ぶ頃にはホッとしているみたいだった。

 大丈夫? とオーリィが聞いてるのへ、サムズアップで応えていた。OKらしい。

 

 ワイワイと帰途につき、館が見えてくるあたりで小休止、作戦会議と相成った。いや、なんか、また内緒の方向らしい。

 ちゃんと報告した方が良いんじゃない? と私は年長者(ヨランダ)に目顔で訴える。

 三つ子の内の兄たち(アーニィ&アーヴィ)はもちろん、フィルもサミーも内緒にしたいらしい。オーリィはヨランダをチラチラ見ながら、どうしようか迷ってる風。趨勢を見守っていたヨランダはどうしたいのか、私に確認してきた。

 

 報告しちゃえばいいじゃない、と云おうと思っていると、両サイドから必死の説得が来た。兄たち二人のそっくり攻撃だ。なにこのサラウンド効果、しかも私がキャーキャー叫ばれるのを苦手にしてるのを知ってるかのように、抑えた声と口調だ。有能だな! さりげなくがっしり肩に手を置いて抑え込んできてるし。

 

 内緒の方向で、としぶしぶ告げれば、全員で口裏合わせを行い、軽く予行演習の後、再び帰路へと相成った。なに、この謎の一体感。これが血の成せる(ワザ)? ノリがよくて思わず笑っちゃったよ。

 

 まあ、今回も私はサクッとカミッロに内緒だよ、と半ば暴露気味に魔法の旅行鞄(スーツケース)を出してもらい、衣裳部屋の私のアルコーブ風ベッド下の抽斗にざらっとしまった。

 

 今回のは全体的に細工物が多い感じ。ちょっとしたおままごとができる勢いで、お皿とかグラスとか小物入れとかが並んでいる。キラキラしててけっこう楽しい。

 うっとり一つ一つ眺めていれば、あっという間に時間が経ったみたいで、カミッロの軽い咳払いがワードローブのレストルームから聞こえてきた。内緒で秘密だから、見ないようにしてくれてるらしい。

 

 ちなみに、ノッカーたちは出会う度じゃらじゃらと貢物を持ってきた。私も出会う度にホイホイお菓子を配っていたからだと思われるが。

 その時一緒にいるメンバーたちは、両手に一つずつ分け前を許されていた。

 

 一度、一緒に来られなかった時の分も欲しい、とサミーが言い出して、止める年長の従姉兄たちを振り切り、さらには両手に一つずつじゃなくてもっとたくさん寄こしなさいよ的な口上で、掌に一掬い分持って行った事があった。フィルも三つ子たちも、ダメだよ腫れるよ! 魔法契約だよ、呪われるよ! と、必死に止めていたにも拘らず。

 ―― 腫れたらしい。しかも無駄にキレイな青緑色に。

 

 それはそれは大騒ぎの大問題で、ヨランダを筆頭にダニー(中途参戦済み)フィル、三つ子たち、私とキチンと並ばされて状況説明させられた。

 

 一番最初の、三つ子の内の兄たち(アーニィ&アーヴィ)と私の三人の時の出来事は、秘されることになったらしい。最初はね、と語り始めた出来事は、フィルとサミーが来て、ヨランダ監督の元の箒遊びからだった。

 

 何度か出遭う内に、そのとき同席している者たちが両手に一つずつ、つまり二つまで分け前として貰えるらしいと了解していたのだが、サミーがざらっと一掬い持って行った事が原因だろうと私たちは見ている。と、ヨランダとダニーが代表で、兄たちがかわるがわる口添えして説明していた。

 

 おおむね大人たちの見解も同じようだった。

 

 やっぱり魔法生物との原始的な魔法契約が結ばれていたらしく、サミーが止められながらも持って行ったモノを私に返却した途端、変色していた肌の色が薄れて腫れも収まり始めた。

 

 大泣きしていたサミーは癇癪を起して、投げつけるように全部返して寄こして来たけど、分け前としての取り分は受け取りなさいと、逆に(さと)されていた。原始的だからこそ明快で単純で強固な契約になっているんだそうだ。決められたことは遵守しなさい、というわけ。

 フィルとサミーは同じ数なはずなので、フィルが促して選ばせていた。

 

 もう行くのは止しなさい、と私は叱られる。

 

 カミッロはおそらく私のクローゼットの抽斗をこっそり確認してるだろうから知ってるだろうけど、もう引き出しがいっぱいなのだ。しかも二杯分。だから私は素直に肯いた。三つ子たちはちょっと残念そうだったけどね。

 

 

 



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25. う~み~ッ!(海)

 

 約束していた海に行こう! という話になった。

 

 唐突に過ぎる。

 ポカンとしていたら、去年約束しただろうと、テリーさん(祖父)はニコニコ。エルミーさん(祖母)も支度しなさい、とスパンと号令かける。孫たちが揃うのを待ってたみたいだ。

 

 もちろん水着は持参してきている。水着セットも準備済みの私に死角はない。

 両手を腰に当てすっくと立ち、ドヤ顔しつつうんうん首肯していると、両脇からズボッと掬われてブラブラ持ち運ばれた。

 

 ちょ、ちょっと、こっそり上げ下げして筋力トレーニングしてるカミッロに物申す! 物申す~……って、思わずフランス語の古風な言い回しで呼びかけてたら、通りがかるすべての人に噴き出して笑われた。むう、解せぬ。

 

 

 やって来ました、海水浴場。砂浜(ビーチ)です。ちょっと考えてたのと違う感じだけど、海には違いない。

 白い砂浜とか青い海とかヤシの木とか真夏の太陽とかイメージしてた皆さん、ハズレです。なんか―― 山と山の間の入り江の海岸って感じで、砂も白かったりサラサラだったりはしない。砂浜なのは間違いないんだけどね。全体的に地味目な印象。

 

 少し前まではもう一つ山向こうの湾の海岸に良く行ってたんだって。砂浜(ビーチ)って感じではないみたいだけど、遠浅が湾の入り口の方まで続いて、ずらっと水浴車が並んでたそうだ。

 

 水浴車ってのは、持ち運び海の家って感じかな。箱馬車で後ろ側がガバッとハッチバック方式になってて乗り入れできる、小屋みたいなものだ。馬で沖まで運んで行って、中で休んだり着替えたりして、直接海中に入れるというシステム。

 貸()()屋が貸しボート屋みたいに林立してて、それぞれ設置・回収までしてくれたそう。もっとも今ではすっかり廃れているシステムらしいけど。

 

 その点、こっちの湾は、小なりとはいえ砂浜(ビーチ)が広がっている。

 私のイメージではまだまだ肌寒い梅雨の間の晴れ間って感じの弱々した日差しでも、この辺的には夏日らしい。みんなゴロゴロ砂浜(ビーチ)に寝転がっている。ピクニックラグを広げて、パラソル完備だ。

 

 海に来てはっきり気づいたけど、イギリスって寒い。南イタリアはもっとずっと暑かったし、フランスも私的には普通な気候だった。でも夏のバカンスで来てるイギリス(コーンウォールの『楢の丘(オークヒル)』)は、涼しい。夏なのに。

 昼間は確かに暑くなるけど、夏日って感じじゃないし、日陰に入れば過ごしやすい。朝晩は涼しいのだ。―― 思い出す、記憶の中の日本でも、昔はそうだったのだ。

 早朝、薄暗い中起き出して、長そでに長ズボンで昆虫捕りに出かける時は涼しかった。夜中なのにクーラーかけっぱなし、なんて2000年をとうに過ぎてからの話だ。

 

 それで、今日の気候は私的には、ちょっと過ごしやすい感じの初夏って心地だけど(つまり爽やか)、この辺の人たち的には、夏! 海だ! ビーチだ!って感じらしい。カルチャーギャップ! まあ、おかげで布地多めの水着でも違和感なく着こなせます。ただし、実際海に入るときに、もう一枚脱がなきゃ!って思っちゃうのは致し方なし。

 

 そんなわけで、みんなでまったり日光浴。時々波打ち際でぱちゃぱちゃ遊ぶ。

 レジャーラグの上に寝そべれば、エルダーフラワーコーディアルの水割りなんかを手渡される。

 

 ニワトコの花(エルダーフラワー)のコーディアルは、『楢の丘(オークヒル)』を訪れる楽しみのうちの一つで、みんなが土産にとねだる程美味しい。ギャヴィン家伝来のレシピだよ、とテリーさん(祖父)は云うけれど、作っているのは四人いるハウスエルフの内の誰かだろうし、各国のお嫁さんたちが少しずつアレンジを加えてきたに違いない。

 すっかり私にとっても夏の味になってる。もちろん大瓶でシロップを(お土産に)貰っていくつもり。

 

 水中に潜って散歩とか出来ないの? と聞いてみた。

 

 ダニー[ダニエル:アルフレッド伯父さん(預けられてた家)の息子]→ヨランダ[ザカリアス伯父さん(ギャヴィン家当主)の娘]→ハティ[ハリエット:ウィンフレッド叔父さんの娘(フィルやサミーの姉)顔出しに来た所を強制連行]→ラシェル[私の一番上の姉、ここ(イギリス)ではレイチェルと呼ばれて不満そう]&オーブリー[ラシェルの彼氏:フランス語メインのバイリンガル(英語も話せるよ)、カナダ人]と見事なたらい回しに()う。

 

 ちなみにカミッロ[私の二番目の兄、名前を英語的発音で呼ばれる度()()()ってた]はエディ[エドワード:ヨランダの兄、本家の跡取り息子(次期当主)]と一緒に声掛け(ナ ン パ)中。オーブリーも誘いかけてラシェルに睨まれてた。なんか目線だけで魔法とか掛けられちゃったみたい。苦笑浮かべたエディとオーブリー本人が杖を振りふりカミッロを正常に戻してた。

 両腕を垂直に伸ばして荒ぶる鷹のポーズかと思えば、手首をぐりぐり回しながら緩急のある足さばきを披露して、おもむろに両肘を直角に曲げて顔の横で手拍子を取りながら激く足踏みし始めていたからね。砂浜で。―― フラメンコか。

 魔法を解いてもらってから、そそくさと二人で出かけて行ってた。

 

 水中に潜る魔法も何種類かあるみたいで、簡単なのは空気をヘルメット状に頭にまとわせる魔法だって。ただし、この空気ヘルメット、強度もそこそこしかないらしく、泳いでる時に割れやすい。だから常にまとわせられるように、自分で魔法をかけるのがベストなんだってさ。水中人とかが居る水域だと、イタズラで空気ヘルメットを割ってくるらしいから、特に注意が必要だそうだ。

 

 ほかにもいろいろあるみたいだけど、この空気ヘルメットと防水魔法(水着だけどね)をセットでかけて、体を重くする魔法とかで海底を歩いていくのがよろしいでしょう、と決まったらしい。

 もちろん、私は魔法を使えないので引率は必須。声かけて、たらい回した人たち総出で連れてってくれた。ダニーにヨランダ、ハティ。ラシェル&オーブリーも一緒かと思ったら、私にじゃかじゃか魔法をかけて、両手を引いて波打ち際まで来たけれど、行ってらっしゃーいって、送り出された。引率はハティだそうです。

 

 そのままずぶずぶ沖に向かって行くと、どこの入水自殺って構図になっちゃうから、少しは泳ぐそぶりをしなきゃならない。

 ヨランダの手に掴まってバタ足で泳ぐ。ダニーは平泳ぎで私の奮闘を観戦しながらついて来る、という態だ。ハティはとっさの時のために手ぶらで警戒中。ちなみにもう魔法はかかっているので、バタ足してる私は海中をガン見してる。息継ぎの必要ないからね。

 

 周りを確認していたハティからススっと合図があって、とぷんっと海中に沈むヨランダに手を引かれたまま、私も海中へ。全体的に暗くて、カラフルな魚たちはいないし水温だって低いけど、神秘的なのは否めない。

 

 ほわぁ~……。それはそれは素晴らしかった。

 

 水中に潜れる魔法は必須だ。絶対。もっといろいろ研究と工夫を重ねて、海底散歩とかしよう。魔法が使えて、出来たらいいなあって事がらで、私は空を飛ぶことよりも、水中で自由自在の方が断然いい。

 

 そんなことを興奮しながら手をつなぐダニーとヨランダに訴える。二人とも箒乗りで、特にヨランダは寮代表選手だ。空を飛ぶ方を好むタイプの魔法族だろう、とあたりを付けて夢中で言葉を重ねる。

 

 学校の敷地内に結構な大きさと深さの湖があって、そこには水中人も暮らしていると云う。会ったことはないそうだ。ダニーは見かけたことがあるって。

 泳ぎ方や水中での過ごし方とか聞けるねえって言ったら、セルキーかって笑われた。

 セルキーとは、アザラシの着ぐるみで水中で暮らして自前の二本足があるタイプの水中人の一種だそうだ。ウチ(ギャヴィン)の一族にはいないはずだけどねえってハティも笑ってる。

 

 ハティはカミッロと同い年だけど、学年は一学年下だ。一ヶ月くらいしか誕生日が違わないらしい。早生まれと遅生まれってヤツだね。カミッロは8月下旬の生まれなのだ。

 ハティの上の(兄妹の)ローリー[ローレンス:ウィンフレッド叔父さんの息子、今回は来ていない]はラシェルと同い年だけど、一学年上。つまり、学校は違うけれど、ローリーが二年生の時ラシェルが入学して、ラシェルが二年生の時(ローリーは三年生)カミッロが入学して、カミッロが二年生の時(ラシェルが三年生、ローリーが四年生)ハティが入学した、という四人は一学年違いなのだ。ちなみに、今は居ないけど、ダニーの上の兄ナッティー[ナサニエル:アルフレッド伯父さんの息子、数回しか会ったことない]はカミッロと同い年で同学年だそうだ。

 

 イギリスの学校の従兄姉(いとこ)たちは、学年が近ければ仲が良いのかと思ったら、意外とそうでもないみたい。学年よりも寮だってさ。同学っていうより同寮って方が、いろいろ交流の機会もあるのだとか。同じ寮って括りの仲間意識が芽生えるらしい。コミュニティ狭いからねえ。

 

 そういえば父さんと、母さんの兄弟たちが意外に仲が良いのも、そう云う訳みたい。

 母さんは一人(ラシェルも通った)フランスの学校へ行ったけど、ほかの兄弟たちはイギリスの学校、つまり父さんも通った学校に行ったのだ。何でもウィンフレッド叔父さん夫婦と、ダニーのお母さん(クレアさん)はみんな父さんと同じ寮で、先輩後輩として既知だったんだって。

 だから、母さんと「結婚します」となったとき、「先輩の留学生ですよね」って知られていたみたい。……なるほどねえ。

 

 

 体も水着も濡れないけど、水温低い海底を歩いてるからか、ちょっと冷えてきた。

 

 暖かくする魔法はないの? と手を繋ぐ二人に聞いてみる。5歳児の私はちょこまか動き回らないように、水中ではヨランダとダニーに手を引かれていた。おなじみの捕らわれた宇宙人スタイルだ。

 火をつける系の魔法しかできないというダニーに、爆発系で周りの水温を上げれば暖かくなるのでは? とか物騒なことを言い出すヨランダ。私の頭上であれやこれや議論を交わしてるけど、それ火傷必須な感じじゃね?

 

 たっけて(たすけて)~。杖を片手に周囲を眺めてるハティにアイコンタクト。私の視線を受け止めたハティは、にっこり笑って一つ肯くと―― 帰還を選択した。ああ、……はい、飽きてたんですね。ヨランダとダニーも特に反論することなく、戻ろうか、と相成った。

 はあ~、残念過ぎる、もうちょっと~って思う私は、やっぱり〈水中に潜りたい派〉だ。〈空を飛びたい派〉だろう二人(もしかしたら三人とも)はあっさりと(きびす)を返した。

 

 未練がましく足が鈍りながらも、浜に向かって歩く。

 波があるからゆらゆらと体を揺すられながらの歩行だ。下手したら酔うだろう、が、今生の私は三半規管が強いのさ。波間に差し込む日差しを眺めながら、倒れそうなほどの波もへいちゃらだ。

 

 2mくらいの深さになってハティとヨランダが立ち泳ぎ始める。私はと云えば昆布の様にゆらゆらと波に揺られながら海中から水面を見ていた。びっくりするくらいキレイで飽きない。楽しいのにな~、残念。

 

 ダニーに繋いでいた手を引かれて、ゆっくりと浮上する。ポカっとかすかな音がして、空気のヘルメットが弾けて消えた。防水魔法はまだかかってるので、水につかってても濡れないという謎現象の真っ最中である。

 

 両側は崖が見える山に挟まれた小さい湾、その砂浜に帰還中。

 

 崖をところどころ覆う繁みからか、旋律を奏でるようなキレイな声が聞こえてくる。鳥かな~って、私は斜面に沿って視線を動かしていた――から、見つけてしまった。木々に隠れるようにそろそろと、大きな生物が周りを(うかが)っているのを。

 

 森に紛れる保護色の緑色で、頭は丸いが、まるでワニだ。……ちょ、デカくね?

 

 急なアクションとか、大きな声とかヤバいかも、と繋いでいたダニーの手をクイクイと合図にそっと引いて、その生物をこっそり指さす。ヨランダにもアイコンタクトで合図を送り、顎を突き出すように方向を示して、なんとか伝える。

 

 ヒュッ……、息を吸い込む音を立てたのはハティだった。私たちの様子が変わったのに気づいて、視線を辿ったのだろう。叫んじゃダメだよ! 映画の様に悲鳴を上げられちゃ、たまったもんじゃない。

 

 ぱくぱくと何度か口を開け閉めして、ハッと何やら気づいたようにハティは私に視線を合わせると、口を引き結んで肯くように顎を引いた。と、いきなり腕が伸ばされたかと思えば、グイっと小脇に抱えこまれた。

 ええ~、なにこの早業! 両腕で抱え込まないのは、杖をえいやっと振り回す都合上仕方ないけれど、(おとこ)前感ありすぎだよ。

 

 ダニーがサポートに私の腰を、やっぱり片手で押さえてハティの補助をしながら、ピタリと傍につく。いつの間に!

 

 ブツブツと何やら呟いて魔法をかけていたハティは、ヨランダに、後ろから警戒しながらついて来て、と言ってぐんぐん歩き始めた。浜に。海底を。一瞬沈んで海藻と岩場の隙間を縫うように歩き、すぐさま水中から顔が出ても、足を止めることなくずんずんと。

 

 不思議なことが出来ない系の人たちに紛れる意味で泳ぐフリとかしてたのに、もう一切関係なく、全力で私たちのレジャーラグを目指していた。波間から砂浜に上がり、海中じゃないのに私は相変わらず小脇に抱えられてぶらん状態だし、他三人とも棒(杖)を掲げて、小走りだ。

 

 そんな私たちはちょっと目立ってたかもだけど、私がぶらんぶらん抱えられてるから、子供を助けた一団って見えたみたい。実際、駆け寄ってきた父さんたちと合流した頃は注目されてたっぽいもの。もっとも、私を縦抱っこでラグに向かう父さんを囲むように歩き出せば、意図的な視線はだいぶ薄れていたようだ。

 

 もちろん大人組も海に来てるよ。彼らは日光浴がメインだから、水に入ったりする組にはいなかっただけで。テリー&エルミーさん(祖父母)率いるギャヴィン家一団で砂浜(ビーチ)にお邪魔しています。

 

 父さんと一緒に来てくれたウィンフレッド叔父さんにハティが小声で(せわ)しなく説明する。ドラゴンよ、多分ウェールズ・グリーン。ヨランダも、声が聞こえたって追加説明。ダニーは少々興奮気味に、初めて見た! とか、大きかった! とか言ってる。

 

 ―― え、本気(マジ)

 

 

 



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26. ドラゴン

 本気(マジ)でした。

 

 ウェールズ・グリーン種の普通種ってドラゴンだそうだ。遠近法間違えたイグアナか丸い頭のワニそっくりだが、翼もあるし飛べる。まあ、デカいトカゲで語弊はない。

 亜種が出やすくて、イギリスでは一般的なドラゴンだそうだ。―― 一般的って。普通、一般的にドラゴンは居ません。……居ないよね? 

 

 大人たちが集まって相談している。もちろん見張りも立てている。

 

 倒すの? って聞いてみれば、なぜ? とダニーに聞き返された。

 まあ、うん、私も、むやみやたらと倒す意見には反対だ。オレオマエマルカジリとばかりにガオーしてこなければね。

 

 ダニーはこういう魔法生物系がけっこう好きらしく、ハイホーハイホーな例の連中にも、なんとかコミュニケーション取ろうと頑張っていた。こっそり持参したスコーンを手渡すことに成功したときは、感動に打ち震えていたくらいだ。

 

 ヨランダは蹴散らしちゃえばいいのにって感じ。役に立つなら立てればいいけど、役立たずならいらないでしょ? という感覚だ。邪魔にならないなら居てもよろしくてよ、というところだろう。それなんてお蝶夫人(知ってる?)

 

 サミーもヨランダと似た感じで、フィルはダニーと似た感じだ。つまり、男の子は生物(いきもの)好きで、女の子はリアリストって感じなのかな。もちろん三つ子たちも、兄たち(アーニィ&アーヴィ)とオーリィではっきり分かれてきている。

 たぶん男の子は蛇とかカタツムリとか子犬のしっぽに夢中で、おそらく女の子は甘いモノとかアロマとかステキなことが大好きなのだ、きっと。大きいトカゲ ドラゴンと聞いてソワソワしちゃうのは男の子のほうが顕著ってことさ。

 

 今、三つ子たちはラシェル&オーブリー[ラシェルの彼氏]にガッシリ捉まえられてて、フィルとサミーはハティに押さえられている。私を捉まえてる役はダニー。カミッロとエディも呼び戻されて、ナンパがてら 見張りの任についていた。

 

 けっこうな大事(オオゴト)だ。

 

 時々キレイな歌うような(さえず)り声が聞こえてくる。ドラゴンの声だって。あの種類のドラゴンの特徴だそうだ。

 鳥の声だと思えばそうとしか思えず、砂浜(ビーチ)で寛ぐ他の方々は気にしていない。鳥類学者でも紛れていて、「聞いた事もない鳴き声……新種か!」などと騒ぎだしでもしない限り、声だけじゃドラゴンなどと気づきもしないだろう。

 

 実はもう一組、若夫婦に赤ちゃん一人の一家族が私たちのグループに合流してきていた。不思議なことが出来ちゃう系の人たちだ。家族サービス中にお疲れ様です。

 奥さんが声に気づいて、旦那さんは泳いで目測して来ていたらしい。代わるがわる砂浜(ビーチ)で赤ちゃん抱いて待機して、確認した後に夫婦でどうしようか、ってなったそうだ。相談し始めてすぐ、我々グループに気づいて、近付いてきたんだって。

 

 奥さんの方はハティの同寮の先輩で顔見知り、旦那さんの方はさらに年上で知己はなくても聞いた事のある家名の一人だった。去年の御呼ばれで、暖炉のある家が門番小屋として建っていた、あの豪華な館を持つ一族の一人のようだ。

 ハティはこの場にいる従姉兄たちの中で、イギリスの学校を卒業した一番年上だ。その上ともなれば父さんや伯父さんたちで、ウィンフレッド叔父さんが一番下。その間に入学卒業したならば、顔は知らない。でも「誰それの親戚で」ってなれば「ああ、あの……」と大抵わかるらしい。コミュニティ狭いから。まあ、イギリスの学校は有名で唯一らしいから、そこの卒業生ってことが一つのステイタスっぽいけどね。

 

 ちょっと隠れて住んでる不思議なことが出来ちゃう系の人たちは、ドラゴンみたいな魔法生物系も隠している。時々隠しそこなう事態が生じて、UMA(未確認生命体)発見!ってなっちゃうらしいけど。

 これだけ大人が揃っていれば、実は倒しちゃうことも可能だそうだ。でも、襲われたわけでもないし、ケガしちゃったりしてもつまらない。おまけに騒動に発展しちゃったら隠すのも面倒だし、と、追い払うことに決定したらしい。

 

 大人たちが全員棒(杖)を持っている姿は、不思議なことができない人たちから見れば滑稽だろう。一人二人ならば、指揮者だなどと誤魔化せるが、軒並み全員持っている。もちろんヨランダやダニーも。スチャッと構えている。

 大人組は実際の対処に当たってて、学生組は子供たちの万が一の守り。赤ちゃんは子供組の最年長フィルに渡され、サミーと一緒にあやして 守っている。

 

 フェンシングっぽい姿勢と持ち方は、まるでアレだよ。時代先取り!

 May the Force be with you.(フォースと共にあらんことを)

 ―― そのごっこ遊び(コスプレ)だって誤魔化せるのに、惜しいな。……いや、半世紀は〈惜しい〉じゃないか、掠ってもないし影も形もない頃だもの。あの監督だって生まれてないだろう。

 

 認識阻害、非魔法族除け、目くらまし、耳誤魔化し……これから行われる一大不思議事の前準備が行われる。これで、杖を掲げた大人たちの集団が群衆に紛れられるそうだ。ホントかよ。

 とは云え魔法の軌跡上に魔法の使えない人たちがゴロゴロしてると、射線(さえぎ)られて困るから、人除けや人寄せなども駆使している。

 

 杖の先から(ほとばし)る魔法力の光が見えるのは魔法族だけだ。

 前にエルミーさん(祖母)に聞いた事がある。幼い頃から魔法を使う姿を見せて、魔法力の(またた)く光を感じさせて、魔法力の発現を促すのがフランス流なんだって。フランスには魔法学校の初等部(小学校)があって、この魔法力の光を認識できることが入学条件の一つになってるそうだ。

 

 淡い瞬きと透明な光と重厚な輝きが、砂浜から湾内へとゆっくりと流れていく。追い払うのに強い魔法で(おど)かすのは、今回は悪手だ。隠れている崖の繁みから、飛び出されると(まず)い。

 魔法力の光や発現している力の輝きなどは不思議なことが出来ちゃう系の人しか見えないが、ドラゴンは血と肉を備えた生身(なまみ)だ。出て来られれば、あれは何だ! 鳥だ! 飛行機だ! ドラゴンだ! となってしまう。

 

 誰にも気づかれないように、こっそりと自主的に撤退してくれれば、成功というわけ。

 万が一、繁みから飛び出しても、湾内を、ましてや砂浜方面へは来られないような魔法が張られている。その場合、なりふり構わず、全力の捕獲作戦が採られるそうだ。見られるとか以前に、襲撃されると大変だからだって。

 

 ドラゴンって泳げないの? と、固唾を飲んで大人たちの展開する魔法を見ているダニーに聞いてみた。どうだろう? わからない、との答え。

 翼があるから飛んで逃げて行くんじゃないかな? と言うから、〈〉の字な感じで輝いてる光が崖の上に(ひさし)を作っているから、あの下からは飛び上がれないんじゃないの? みたいなことを述べてみた。〈〉の字の下の方は、けっこうすぐそこの海面が迫っていて、その部分から海中に逃げられたら面倒でしょう? と。

 

 いつの間にやら近寄ってきていたエルミーさんが、私がどういう風に見えてるか、根ほり葉ほり聞いてくる。なので、泳げると拙いんじゃない?ってあたりから、詳しく説明。

 (うなず)きながら聞いていたエルミーさんは、大人たちに新しく指示を出してる。海中に飛び込まれないように、水面にも新たに魔法が敷かれていった。

 

 そんなこんなで、囲い込んで押しまくったおかげで、無事、ドラゴンが撤退していった。美しい(さえず)り声が細く後を引いて遠ざかっていく。悲し気だ、って表現したいけど、私には、おぼえてろよこんちくしょうぅ~って感じに聞こえて、思わず笑った。顔文字なら( ̄▽ ̄)ニヤリだね。

 

 火を噴く(炎のブレス)種類だったけど、噴かずに行ってくれたので、ヤレヤレ良かった良かった。と、大人たちも嬉しそうだ。

 

 乾杯とばかりに手に手にコーディアルを持って、緊張に乾いた喉を潤している。学生組から子供組まで配られた。大人たちの手にしているコーディアルからはぷんっとアルコールが匂ったけど、もちろん未成年者たちの分は水で割られている。

 エルミーさんとラシェルが杖をくるくる回して子供たちの手にするグラスを冷たくしてくれた。大人たちのグラスにはラシェルの彼氏のオーブリーが杖を当てて氷を浮かべている。学生時代のアルバイトで(つちか)った業みたい。

 

 アメリカは禁酒法の時代で、週末ごとにカナダの国境の町という町の酒場という酒場はアメリカ人が押し寄せてくるんだって。夏季休暇期間ともなれば食い倒れならぬ飲み倒れも出てくる始末。従業員は常に募集中で、とてもいい稼ぎになるそうだ。

 

 

 あの魔法の光は、関知したての幼子が一番よく見える、とエルミーさんは云う。成長に従って慣れてしまうらしく、大人になれば、もうほとんど見えなくなってしまうそうだ。へぇ~。

 

 今回、私が居て、目視出来てなおかつ説明も聞けたので、とても助かった、と珍しくエルミーさんが褒めてくれた。確かに赤ちゃんもチラチラと視線を動かして魔法の光を見てたっぽいけど、説明できないよね。「マーム」とか、「ダーダ」とか言うレベルだし。

 ちなみに、赤ちゃんと云ってもヨチヨチな感じで一歳と三か月だって。迷子用リードのハーネス背負ってます。

 

 エルミーさんは基本、出来て当たり前ってスタンスの喋り方をするから、褒めるのは珍しいのだ。

 大人たちも助かったよ、すごいね、と褒めてくれる。でゅっふっふっ。

 

 私は上機嫌に笑っていたから気づかなかったけど、赤ちゃんのお父さん―― 合流してきた一家の旦那さんが、ドラゴンの行方が気になるから追跡する、って追って行った。赤ちゃんのお母さんは大人たちと連絡先を交わしたり、談笑中。

 

 連絡先って云っても、ラインとかメアドとかではもちろんなく、さらには電話番号でもない。全部ないからね、不思議なことが出来ちゃう系の人たちの世界には。魔法の使えない人たちの世界でも、辛うじて電話がぼちぼち普及してるくらいだ。

 

 では何を交換するかというと、当たり前だけど住所だよ。まあ、土地名と屋敷名と個人名でフクロウは飛んでくれるから、それをね。

 不思議なことが出来ちゃう人たちのフクロウ便は、今の世の中だと最先端でちょう便利なのだ。住所と名前で個人宛てに便りを届けられる。郵便が100%届くとは限らない時代だから、ほぼ配達されるフクロウ便は重宝されてるのだ。

 

 父さんも云ってたけど、実家(日本)に便りを書くと船便だからどんなに早くても1ヶ月半くらい余裕でかかるそうだ。それがフクロウに頼めば、半月くらいで届くんだって。すごいよね。

 季節や天候状況などで左右されるし、フクロウの健康状況もあるので連続は厳しいみたいだけど、行きのフクロウと帰りのフクロウが違うのならば、往復で1ヶ月くらいで届けられるらしい。

 

 もっとも、これは電話が普及してくれば、すっかり様相を変えちゃうんだろうけど。海外に電話は掛かるところもあるけれど、繋がってる国かどうか、まだまだ事前チェックは欠かせないみたいだし。

 

 

 興が削がれたから帰りましょうか、と相成った。

 

 ええ~、(もう)一回海の中に行きたい~。珍しく駄々をこねてみた。

 私が駄々をこねるのは珍しいけど、姉兄たちや従姉兄たちが、毎日誰かしらブーブー文句を言ったり、足を踏み鳴らしたり、床に転がってジタバタしたりするので、すっかり慣れてる大人たちに、私は軽くあしらわれた。はいはい、また今度ね~。誰に云っても同じ返事だ。

 今度っていつさ!

 

 むっすり頬を膨らまして突っ立ってても、片づけは滞りなく進む。さあ、帰りましょう、と、ぞろぞろ連れ立つ一団に手を引かれて加わった。

 赤ちゃんをヨチヨチ歩かせて、リードを持つお母さんは旦那さんが戻ってくるのを砂浜(ビーチ)で待つそうだ。ハティとまたね、と挨拶して見送ってくれる。

 

 うらぶれたパブにどやどやと入っていく。このパブの暖炉がゲート移動の出入り口なのだ。

 観光地のゲートらしく、暖炉の奥に少し余裕がある大きなタイプで、大人は腰をかがめるけど、私の身長だとそのまま中に入れるくらい大きい。

 

 個人で瞬間移動できる人たちは、次々にぐるぐる回ってシュワッと消えて行ってる。テリーさん(祖父)が店主(マスター)に暖炉を使用する旨申し出て、お金を支払っていた。厳密にいえば暖炉の使用料ではなく、ゲート移動の炎を立てる粉を使用分買ってるのだ。

 

 こういうパブみたいな客商売のお店や公共の駅とかのゲート移動用の暖炉には、傍に〈ご自由にどうぞ〉とばかりに煙突飛行粉(フルーパウダー)が置かれている。けれど、厚顔無恥にも無料で大っぴらに使用するのはイギリス紳士の風上にも置けないって感じだ。

 

 お店なら一声かけて何か商品を一つ二つ購入するのがマナーだし、公共の場所なら煤払いしてくれる人にチップを握らせるのがスマートなのだ。もちろん、自前の粉を持っているなら「暖炉を借りる」の一言で十分だろうけど。それでも暖炉を()()()()つけるような季節ならば、薪代石炭代は必要みたい。

 

 テリーさんは黒っぽい液体の入った瓶を2本、片手に持ってかすかにカチャカチャ云わせながら、交渉成立とばかりに一団に振り返りエルミーさんをエスコートしていた。

 瓶はベリー系のリキュールかコーディアルかな? 自家製のものを店で販売するのは今どき普通だからね。焼き立てパンの店だって、自家製のパンを売ってるわけだし。あ、自家製リキュールとかコーディアルは、日本で言えば梅酒に梅シロップって考えれば解りやすいかも。

 

 順次、暖炉に突入する。一番年下の私は言わずもがな、三つ子たちやサミーやフィルまでが、がっちり腕を掴まれて連行されている。ちょっと手と目を離したすきに、たーっとどこぞに走って行ってしまうと、大人たちは思っているのだ。そしてそれは真実だ。

 

 帰り道だからと気の緩んだ大人の手が離れた三つ子の内の兄たちの片方、多分アーニィが小走りで一団から離れていったからね。さっき。叱責の言葉の前に名前を呼ぼうにも区別がつかなかったらしく、「どっちだ?」って言葉が先に出ていたし。

 残っていたアーヴィが、「アーニィずるい!」って叫んだから、すかさず、「アーニィ! 戻りなさい!」ってやってたもの。

 私の左右で手を繋いでいるヨランダとダニーが、たーっと私にも走り出されてはたまらないとばかりに、ぎゅっと手を握ってきたし。

 

 うん、大丈夫。私は走り出さないとも。

 あ、面白い色の花が咲いてる。ほら、あれ、あれ、ちょっと、ダニー、あれなんて云う花? ヨランダ、あれだよ、あの赤紫色……両手を掴まえられてるので、言葉で注意を惹き、顎で指し示し、視線で対象を見つめた。

 はいはい、また今度ね~。二人とも、チラリとも視線を向けずに足並みを乱すこともなく、一団に着いていく。―― むう、今度っていつだよ!

 

 そしていつの間にやら、半ば引きずられる勢いでパブに入店していたのさ。

 暖炉の前まで連行される。緑色に変わった炎の前で、『楢の丘(オークヒル)!』って叫ぶ以外に、私に選択肢はなかった。

 

 




今回のストック放出はここまで。
皆様お付き合いありがとうございました。
以後、書き溜めたらまた更新します。
(この後書きは次回のストック放出時に削除します)
 


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