私と旦那様と祝福された純白の日々 (カピバラ@番長)
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一章 アルゴンリング編
第一話 私とあなたと二人で歩いて行く道


どうもどうも、初めまして。
今頃になって何故ドラクエ8のしかもゼシカなのかと、疑問に思った方が多数と思われます。
それを説明できる理由は一つ。
私がゼシカのこと大好きだからです。
それ以上の理由はなく、それ以下の理由もないです。

私の描き起こしたこの作品に於いて、主人公に名前はありません。
従って、ゼシカやその他のキャラクターが主人公のことを呼ぶ時は「彼」や「あなた」あるいは「勇者様」となります。
その理由は、その三人称の部分に自分の名前を当てはめていただきたいなと思ったからです。
と言うか、私が自分の名前を当てはめて読みたいからそうしました(笑)。

最後にもう一つ、今回の話に於いてだけはある程度原作に忠実な部分が数多く出てきます。
まるっきり同じと言うことはありませんので御了承下さい。

前書きが長くなってしまいました。
それではどうか、お楽しみ下さい。


私達は遂に成し遂げた。

あの人の育ったお城をイバラで蝕み、ミーティア姫とトロデ王を呪いで辱め、ククールがお世話になったオディロ院長を酷くも刺し殺しそして…

ーーー私の大好きな、サーベルト兄さんをも殺した、憎きドルマゲスを倒した。

更にはその裏で暗躍して、あまつさえ私をも操った真の黒幕ーーー暗黒神ラプソーンをも倒したのだ。

 

それまでに多くの人が涙を流した。

多くの人が宿した怒りに振り回された。

私やククールやヤンガスも幾度と無く怒りで我を忘れ、涙を流すだけの日々が続いた。

おかしくなりそうだった。

ーーーーそう、メディおばさんの時は本当に堪えた。

 

それでも彼は諦めはしなかった。

 

世界を飛び回り、出逢った人々に希望を与え続けた。

例え、自分の仕えていたお城がイバラの呪いで時が止まっている姿を見た時でさえも、彼は一度も【諦め】を口にしたことは無かった。

 

それどころか彼は私達を励まし続けた。

上辺だけの言葉ではなく、行動で示し続けてくれた。

だから私たちは彼について行くことができたのだ。

 

それでも、私達が本当に辛くなった時、彼は言葉をかけてくれた。

 

『僕はもう、みんなの泣く姿を見たくない』

 

そう言って私達に立ち上がる理由をくれた。

抗い続ける理由をくれた。

もしも、その言葉が無ければ私は…

多分、道中の魔物に殺されていただろう。

 

ーーーいつしか私は彼を好きになっていた。

 

いつからなのか、はっきりとは分からない。

 

アスカンタ城でパヴァン王とシセル王妃の為に奔走する彼の後ろを着いていった時かもしれない。

操られていたとは言え、みんなを攻撃した私を朝まで介抱してくれた時かもしれない。

メディおばさんの冥福を丸一日祈ってる姿を見た時かもしれない。

…もしかしたら出逢っ時から既に好きだったのかもしれない。

 

…いや、流石にそれはないか。

 

兎に角私は彼を好きになっていた。

 

うん、正直に言うと私はもう、彼無しでは生きてはいけないだろう。

彼ほど心の底から好きになれる人はきっともう間違いなく絶対に今後会うことは出来ないだろうと、胸を張って言えてしまう。

 

もはや依存と言ってもいいのかもしれない。

 

「ふふふ、なんてね。自分でも驚いちゃう。

まさか、天下の大魔法使いゼシカ様がこんなに女々しい事を考えるなんて」

 

らしく無く独り言を口にしていると、後ろから扉の開く音がした。

 

「ゼシカ、そろそろ入場の時間よ」

 

「わかってるー!」

 

おかあさんだ。

サーベルト兄さんが殺された時、誰よりも泣いて、誰よりも落ち込んで、そして誰よりも喪に服す事に徹し続けた、私がただ1人の家族になってしまったおかあさん。

 

「(そうね、あの事も彼に感謝しなきゃ)」

 

「あら、何か言いった?」

 

「んーん。別に!」

 

そうだ、彼がいなければ今だにお母さんとは仲直りができていなかったかもしれない。

 

あの日、彼が気を使って私の故郷・リーザス村に戻ってくれた事。

今だにしっかりとお礼は言えていないけれど、本当に凄く感謝している。

 

これは後でおかあさんから聞いた話なんだけど、その日、彼はおかあさんに私の事を必死に話していたらしい。

それはもう、私を褒めに褒めてベタベタに褒めた話を。

おかあさんはすぐにケンカの事だと察しがついたらしいけど、面白いからってそのまま話を続けさせたそう。

意地悪にも怒ってるような顔をしたままで。

 

その甲斐もあって今では昔よりも仲が良くなった。

…と思う。

まぁ、お陰でおかあさんとバージンロードを歩く羽目になったのだけれど。

 

「そろそろいくわよ」

 

若干の苛立ちと共に催促をされる。

当然だろう。

今となっては一人娘の私をお嫁に出すのだ。

嬉しさ半分悲しさ半分で気持ちが綯交(ないま)ぜになってるに違いない。

 

「勿論!」

 

普段なら出さないような大きい声で返事を返す。

やっぱり、心の中でとても喜んでいる私がいるんだろう。

 

「そう、じゃあベールを少し直してから行きましょう」

 

「別に、ちょっとくらいズレてたっていいのに…。

あの人はこんなところ気にしないんだから」

 

「ダメ。

こういうのはちゃんとしなくちゃ」

 

言いながらおかあさんは、にこりと笑って僅かにベールを動かした。

誤差の範囲もいいところだ。

 

「よし、流石は私の娘であの子の妹ね。世界で一番綺麗よ。

きっとあの子も…サーベルトも向こうで喜んでるわ」

 

「やだ、おかあさん。また年取ったんじゃない?

涙腺が脆くなってるわよ」

 

「あんた、貰われた先でもそんなこと言って見なさい?

すぐに捨てられますからね」

 

目尻に浮かんだ雫を優しく拭っていると、おかあさんはおかしな事を言い出した。

 

「そんなことあり得ると思う?」

 

「…あの方に限ってはないと思うけれど、万が一という可能性も捨てられないわ。

なんて言っても、田舎のじゃじゃ馬娘と、姿を変えられても高貴なままのお馬様になった一国のお姫様を比べたら、どっちの方が魅力的か、なんて簡単にわかるんだから」

 

むぅ…そう言われると自信が無くなってくる。

確かに、ミーティア姫は優しくて賢くてお上品で優雅。

対して私は、気が強くて素直じゃなくて意地っ張りで負けず嫌い。

自分で言うのもなんだけど、私が男だったら多分相手としては選ばないだろう。

 

…気をつけないと。

 

「そ、そんな事より、そろそろ入場した方がいいんじゃない!?」

 

「そうね。

それじゃあ手を乗せて、ゼシカ」

 

「…はい。おかあさん」

 

差し出されたお母さんの手の上に私の手を重ねて、扉から出る。

少し道を歩いた先にはとても大きく、荘厳で雄大な礼拝堂の大きな扉に行き当たる。

裏口ですらこのように豪華なのだからびっくりだ。

 

ゆっくり、けれど確かに。

確実に、一歩ずつ進む。

その度に心臓が高鳴るのがわかる。

額が汗ばんで、指先が微かに震えているのがわかる。

 

やがてその時は訪れた。

僅かにでも手を伸ばせばそこに扉はある。

 

「(はぁ、はぁ)」

 

気がつけば呼吸も速くなっていた。

 

「…大丈夫、ゼシカ。貴女の好きな時に扉を開けなさい」

 

小さく頷く。

 

このドアの先にはあの人がいる。

どんな時も一緒にいてくれたあの人が。

 

私なんかで本当にいいのだろうか。

本当はミーティア姫の方が彼に相応しいんじゃ無いのだろうか。

そもそも彼はOKしてくれないんじゃ無いか。

 

ここまで来て私らしく無い。

女々しい考えが頭の中を駆け回る。

でも、悔しい事にその考えのどれにも私が望む答えなんて当てはめようもなかった。

 

「ゼシカ」

 

名前を呼ばれて我に帰ると、おかあさんの顔が目の前にあった。

 

「さっきはあんな風に言いましたが、自分の選んだ人を信じなさい。

『彼に限ってそんな事は起きるはずない』ってね」

 

優しくてあったかいおかあさんの手が私の頬に触れる。

随分ともう触れ合うことのなかったその温かさは私を安心させてくれた。

 

けれど、私はまだ彼の口からは何も聞いていないのだ。

 

昨夜聞いたミーティア姫の話。

 

正直に言って、今でも半信半疑でいる。

ミーティア姫の嬉しそうな悲しそうな、楽しそうな寂しそうな、そんな表情で語られていた話。

何度思い出して考えてみても、やっぱり飲み込む事が出来ない。

 

「(ううん。今更何を考えたってしょうがないじゃない)」

 

小さく呟いて弱気な気持ちに喝を入れる。

 

ダメで元々。

当たって砕けろ。

やらずに後悔ならやって後悔!

 

そうやって気持ちを奮い立たせて深呼吸をする。

 

ゆっくりと差し出した掌に伝わる厳かな冷ややかさ。

布越しでも伝わるのは、緊張と期待で身体が火照っているからだろう。

 

「じゃあ、開けるね…」

 

自分でも驚くくらいに弱々しい声を合図に、おかあさんも扉に手をかける。

遅くもなく速くもない。ただ、普段通りに扉を開ける。

 

やがて、静かに開けられた扉の先には、恋い焦がれて止まない彼の姿があった。

 

メダパニ系の魔法を受けたような顔をして呆然と立ち尽くす彼。

 

そんな彼の元へ、逸る気持ちを出来るだけ抑えてお淑やかに歩み、手を伸ばせば届くほどの距離まで間合いを詰める。

 

「ふふ、どうかな」

 

可能な限り普段と同じように。

 

「ちょっと窮屈だけど、似合ってるかしら?」

 

でも、どこか可愛らしい女の子のように。

 

「昨日、貴方が宿に帰った後に突然ミーティア姫に呼び出されたの」

何だろうと思って、着いて行ってみたら『自分の結婚式は無くなったから代わりに私(ゼシカ)の結婚式をやる』って言い出したのよ」

 

…自分で言っていて嫌になる。

 

「最初は、何かの冗談か何かかなって思ったけれど…

トロデ王どころか、クラビウス王からも本当の事だって言われて、びっくりしたわ」

 

私は知って…いいや、わかってるんだ。

 

「それで、気が付いたら…

こんな格好にされちゃったわ」

 

本当はミーティア姫は彼の事が好きだという事を。

 

「しかも、いつの間にかおかあさんや、ポルク達まで連れてこられているし」

 

本当はトロデ王もクラビウス王も、彼とミーティア姫の結婚を望んでいる事を。

 

「もう、何が何だか………」

 

それでも、私は彼に想いを伝えたい。

胸の中にある、重くて辛くて苦しくて、でも、どこか愛おしいこの気持ちを。

 

「……………………。

私は……」

 

言わなければ。

 

人の気持ちを蔑ろにするような事までして望んだ、今日のこの瞬間。

それさえも、踏み躙る事は許されない。

それになにより…

 

これ以上私は、自分に嘘をつきたくない。

 

 

「私は、貴方の事が…好き」

 

 

たった一言。

『好き』という二文字のありふれたセリフ。

ただそれだけの言葉が口から出た途端、それまでに溜めていた言葉達が止めようも無く溢れ出した。

 

「いつからなのか、わからないけれど……。

気がついたら、貴方の事ばかり考えていたわ……」

 

いつもの私らしく、強がっているつもりだったのに。

一つ、口を動かすたび、そんな気持ちとは真逆の態度に変わっていく。

 

「でも、私は…。

この気持ちを思い出にして、心の奥にしまっておこうと思っていた。

だって、貴方はきっと…

ミーティア姫の事を……」

 

決して見せまいとしていた弱い部分を曝け出していく。

いつからか在った想いを露わにしていく。

 

「なのに…

そのミーティア姫が『貴方(かれ)には自分以外に結婚したい程、好きな人がいる』って言い出したのよ」

 

昨夜の話の内容が脳裏を過る。

あんな…あんな話を聞かされたら。

私は、ラプソーンなんかに心を手玉に取られてしまうような私は…。

 

「そんなこと言われたら、期待…しちゃうじゃない……」

 

貴方に、好きだと言って欲しい。

 

「私は、もう自分に…嘘をつくつもりはないわ。

だって、貴方を好きな気持ちは…今も昔も変わらないんだもの」

 

出来る事なら、これから先を一緒に歩みたい。

家庭を築いて、寝食を共にして、朝まで話して、笑って、時にはケンカをして、やっぱり仲直りをして。

そんな風に暮らしたい…

 

「でも、貴方はどうなの?

こんな、弱くて身勝手な私でいいの?」

 

それがどんな答えだって構わない。

私は貴方の言葉(こたえ)を知りたい。

 

「人伝てじゃない、貴方の本当の気持ち…

教えて下さい……」

 

そう言い終えると、少しの時間もなく、彼は私の左手を取り薬指に御両親の形見であるアルゴンリングをはめてくれた。

 

その刹那。

ほんの僅かな間だけ、私はあらゆる感情を忘れた。

薬指にしっかりと乗る、大粒の真紅の宝石。

吸い寄せられるようにして心を奪われる。

 

「これが、僕の答えだよ。ゼシカ」

 

我を忘れた私を引き戻したのは、いつもなら殆ど話さない彼の言葉だった。

優しくて、柔らかくて、でも頼りになる不思議な声。

 

胸の中にあったいろんな心配が全てかき消えて、今にも泣き崩れそうになる。

 

ずるいな…

こんな時まで行動で示すなんて…

 

くしゃくしゃに歪んでいるであろう私の顔を見たおかあさんは彼から向き直ると、努めても緩んでしまう表情で言葉を紡いだ。

 

「ゼシカ。

貴女の選んだ道について、私はもう何も言いません。

ふたりで、幸せになりなさい」

 

どこまでも優しく、どこまでも厳しくそう言い放ったおかあさんも最後は、柔和に微笑んでしまう。

 

「おかあさん…。

ありがとう」

 

「こんな、ふつつかな娘ですが、ゼシカの事をどうか、よろしくお願いしますね」

 

今までに無い寂しい声でそう言うと、彼はどこまでも真っ直ぐな目で私を一瞥すると、おかあさんの方に向き直り頷いてくれた。

 

ーーーーー ーーーーー ーーーーー ーーーー

 

「リーザス様。

私たちふたりの行く末を、どうか見守っていて下さい」

 

ここはリーザス村から出て左に少し進むとある、リーザスの塔の頂上。

 

サーベルト兄さんが殺され、私が彼を殺そうとした、リーザスの像が静かに佇む神聖な場所。

 

今はもう、両目に紅く輝いていたクラン・スピネルは無い。

けれど、それでもリーザス様はきっと、私達を見守っていて下さる。

 

やがてお祈りも終わり、その場を後にしようとした時、思わず口が開いた。

 

「ここで貴方達と出逢ってから、本当に、いろんなことがあったわね」

 

彼は私の話に優しく頷く。

そんな彼が可愛くて、つい、意地悪をして見たくなった。

 

「最初はあなたの事、『なんだか、頼りなさそうな人だな』って思っていたのよ。

気づいてた?」

 

苦笑いして頭の後ろに手を当てた彼は、少し考えてから恥ずかしそうに頬を紅くして言葉を返す。

 

「じゃあ、どうしてゼシカは僕の事を好きになってくれたの?」

 

思ってもみなかった反撃に私は少しだけ戸惑う。

にまにまと笑ってみせる彼を見て、私は彼の知らなかった一面を見れた事に内心喜んでしまった。

 

ーーーなら私も、相応の返し方をしないといけないわね。

 

「そうね…

やっぱり、ラプソーンに操られていた私を助けてくれた時からかな、あなたを見直したのは」

 

「うんうん、それで?」

 

「それでね、いつの間にか…あなたの事を、サーベルト兄さんの影を重ねるようになったの。

それで、一緒に旅する内に、だんだんあなたの事が好きになっていって…」

 

そこまで言うと、彼は顔を真っ赤にして下の方を見始めてしまう。

きっと、そこまで言うとは思っていなくて急に恥ずかしくなってしまったのだろう。

 

勿論、今言った事は全て本当だ。

ただ、もう少し正確に言うのなら。

今も彼の事を好きになり続けている、ってところかな。

 

「ふふっ。

なんだか、色々ありすぎて、全部ずっと遠い昔の出来事みたいな気がするわ」

 

下を向いていた彼は「そうだね」と返す。

 

「さぁあなた、そろそろ戻りましょうか。

私たちの…家に」

 

『私たちの家』

そう言うのは、今でもまだ照れくさい。

とんでもない結婚式が終わってから、だいたい半月。

 

急な結婚式内容の変更に、呼ばれていたお客さんの中には怒りの声を上げた人もいたそうだけど、殆どが私たちが旅の途中で出逢った人々で、あまり大事にはならなかったらしい。

 

両国の関係も特に亀裂が入ったわけではなく、トロデーン城内では『姫様の貞操が守られた!今なら婚約できる可能性もあるぞ!武勲を立てろ!』と言った風にむしろ士気が上がり、サザンビーク城内では『チャゴス王子。あの時の物言いは皆、流石に腹に据えかねました。旅人とは言え、貴方は彼らに恩があるのですぞ?そのたるんだ腹と共に精神も鍛え直しましょう!』となり、王家の山に篭らされているのだとか。

 

その間、ヤンガスやククールそれにゲルダさんやモリーさん達と一緒に、私と彼の定住する場所を世界を飛び回りながら探していた。

幸いにも彼はルーラを使えたからそれほど苦では無かったし、割とすぐに場所は見つかった。

 

ーーーーエジェウスの石碑

私たちが旅をする最中、本当に偶然見つける事ができた古ぼけた石碑。

 

『僕とゼシカでこの石碑を守り続けよう』

 

私は、彼に賛成した。

この石碑には、ラプソーンを倒すための手かがりが刻まれている。

七賢者の一人・エジェウス様が書き記し、残してくださった大切な教えが。

 

他のみんなは口々に『ラプソーンが復活することはないんだからもっと便利なとこに住むべき』と言ってくれたけれど、万が一ということもあるし、ルーラの使える彼がいれば基本的に移動に不便はない。

それに何より、この石碑がなければ私たちは今頃どうなっていたかすらわからない。

恩返しの意味も込めて、私と彼でこの石碑を守っていくべきだと思った。

 

最後にはみんなも納得してくれて、そこに家を建てる事にした。

 

旅の途中で仲間にした優しい心を待つ魔物達や、みんなで協力して建てた家は二人で住むにはあまりにも立派な物だったけれど、みんなで集まる時や、トロデ王やミーティア姫達が来た時の事も考えれば決して大き過ぎはしない家になった。

 

それから何日かはトロデ王やミーティア姫も呼んでみんなでお祭り騒ぎをした。

とても楽しい時間だった。

中でも驚いたのはゲルダさんがヤンガスに告白(?)した事だ。

 

酔った勢い、なんて言葉もあるけれど、アレはまさにその言葉のままだった。

 

『なんで私があんたに意地の悪いことするかわかるかい?このイノブタマン。

全く、こういう事になるとそのブタっ鼻はなんの役にも立ちゃしないんだから、困ったもんだよ。

…いい加減、こっちの身にもなりなっての』

 

唐突にそう言い放ったゲルダさんは、自分の発言を思い返すと普段のクールでカッコいい態度からは想像も付かない顔をして、別の部屋に篭ってしまった。

 

面白がったククールとトロデ王は、慌てふためくヤンガスをけしかけてゲルダさんの居る部屋に入れてゲラゲラ笑っていた。

 

そうして日々はピオリムがかかったように流れて行き、今日が訪れた。

 

私は、彼が差し出してくれた左手に自分の右手を重ねて歩幅を合わせて、塔の中を見て歩いた。

男らしい彼の手が私の手を包み込む感覚は結婚式の日以来だ。

 

やっぱり胸がドキドキする。

そんな心臓の高鳴りが彼には届いてしまっているのだろうか。

変に力を入れてはいないだろうか。

手汗は大丈夫だろうか。

それ以前に顔はどうなっているんだろう。

そう思った私は、努めて冷静な顔を作ってみた。

 

「(だめね、やっぱりどうしてもにやけちゃう)」

 

ーーー絶対に叶わないと思っていた願い事が現実になる。

それがこんなにも心踊る事だったなんて。

 

そこでふと、彼の事が気になった。

普段、物静かであんまり表情を変えない彼は今、どんな顔をしているのだろう、と。

 

塔を出た辺りで彼の顔を、ちらりと横目で確認してみる。

すると彼も、ほんのり顔を紅くして口元がにやけていた。

 

その顔を見て私は急に嬉しくなった。

ーーー彼も私と同じ気持ちなのかな…

そう思うと、胸の中がキュンとするような、変な気持ちになる。

 

だから私は思い切って立ち止まってみた。

 

彼は驚いた風に私を見る。

当然だ、さっきまで一緒に歩いていたのに、急に止まったのだから。

 

けれど、今言っておかなければならないと思ったのだ。

 

「ねぇ、あなた。

私は今、とっても幸せよ」

 

【僕もだよ】

そんな表情で頷く彼。

そんな些細な事が凄く嬉しい。

 

「だから…」

 

彼は小首を傾げて私の次の言葉を聴き逃すまいとする。

 

「これからも、ずっと頼りにしてるからね。

私の旦那様!」

 

恥ずかしげもなく大きい声で私はそう言った。

これからはいつだって言えるセリフ。

けれど、何故かはわからないけれど、今言わなければならない。

そう思ったから、精一杯の心と笑顔を込めて彼の事をそう呼んでみた。

 

すると彼は一瞬だけ微動だにせず立ち尽くす。

 

「ぬ"っ"!」

 

そして彼は、胸の辺りを強く握り締めると、そのまま草むらに倒れ…た?

 

「…え?」

 

突然の出来事について行けず混乱しながらも、大急ぎで彼の元まで駆け寄る。

 

「ねぇ、あなた!大丈夫!?あなた!ねぇってば!」

 

何度も声をかけると私の声が届いたのか、彼は反応し僅かに目を開くと、ゆっくり右手を持ち上げて私の頬をそっと撫でる。

 

「ゼ、ゼシカ…

君は…かわい…過ぎ…る…ーら…」

 

「へ?」

 

彼が何かを言い終えると刹那にして視界が光に覆われ、気がつくと私達の家に戻っていた。

 

私の旦那様は何故か、満面の笑みで気絶していた。

 

 

 

 

 

To be next story.

 




とまぁ、こんな具合でかなり原作に忠実となっております。
正直、結婚式場に入場したあたりからの主人公以外のセリフは秀逸過ぎて私には書けません。
なので、ほんの少しだけ蛇足をさせていただき、オリジナリティのあるオマージュをさせていただきました。

そんなこんなでps2版ドラクエ8をプレイしていた頃から暖めていた、ゼシカとのラブでラブな物語をこれから綴っていこうと思います。

そうそう、Twitterもやっているので良ければのぞいてみて下さい。

それでは、次の更新がいつになるかはわかりませんが、次回までさようならです。


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第二話 私と彼とドキドキの朝

自分でも驚くほど早く2話目を更新することが出来ました。
今回からは普通に主人公も話すようになります。
それではどうぞお楽しみください。



『ギェェェーー!!!』

怪鳥・キメラの鳴き声と共に眼が覚める。

 

「んん〜!」

 

まだ重たい瞼をどうにかして持ち上げるとカーテンから光が溢れているのが見える。

 

「ふぁ〜…」

 

私はいつものように身体を起こして欠伸をして何度か目を擦って、はたと気付く。

ここはいつも寝起きしていた自分の家ではない事に。

 

「そうだ、私はあの人と…結婚、したんだっけ」

 

改めて結婚式の事を思い出す。

あれからもう半月くらい経っているけれど、こうやって二人で朝を迎えるのは初めての事だ。

今更になって実感が湧いたのだ。

 

隣を見れば、やっぱり彼が眠っている。

旅の途中で何度も見た頼り気のない穏やかな寝顔。

前まではこの寝顔を盗み見ては喜んでいたっけ。

 

「でも今はもう違うのよね。

だって、この寝顔を独り占め出来るんだもの」

 

なんてね。

ちょっと、あざと過ぎたかしら。

一人でクスクスと笑ってみる。

 

「ん?ちょっと待って。

そう言えば確か、彼は昨日気絶していたんじゃ…」

 

そうだ、思い出してきた。

昨日、私の思っていた事を素直に伝えたら、彼は急に胸を押さえて気絶して…

気がついたら家に着いていて、彼を部屋まで連れてきて、その後は私は看病をしていたような…

 

そう思って周りを見渡してみると、ベッドの側には確かに椅子が置いてあるし、その隣には小さな机があって濡れタオルだったり薬草だったりが置いてある。

 

つまり、看病していた事は間違いないはずだ。

 

「あれ?

じゃあなんで私はベットで寝ているのかしら」

 

まだ若干寝ぼけている頭で考えてはみるけれど、当然答えは出ない。

 

「まぁいっか!」

 

わからないなら考えたって仕方がない。

そのうち思い出すだろう。

 

それよりも、彼は大丈夫なのだろうか。

記憶にある時点だと少なくとも彼は苦しんでいる様子はなかったし、熱もなかった。

 

「今も特におかしな様子は見れないし…」

 

と、そこで彼に違和感を感じた。

僅かに身体が震えているのだ。

 

「け、痙攣(けいれん)!?」

 

急いで彼の肩を揺すって彼の名前を呼びかける。

すると、さらなる違和感に気づく。

 

「なんだか…口をつぐんでるみたい…?」

 

彼は必死に口をつぐんでいるように見える。

しかも、目もしっかり閉じている。

まるで何かを我慢するように。

 

「…っぷ」

 

私が彼の顔を覗き込んでいると、どこからか空気の漏れるような声が聞こえた。

 

「待って…これ、まさか…!」

 

そうか、分かったわ。

もしそうならこうすればきっと起きるはず…

 

私は自分の考えが正しいのか確かめるため、彼の耳元にゆっくりと顔を近づけた。

そして小さな声で囁いてみる。

 

「旦那様、朝ですよ。起きて下さい」

 

言い切ると、彼はピクリと身体を震わせる。

 

どうやら私の考えは当たっていたみたいだ。

けれど、一向に起きる様子がない。

 

ーーーそれならこっちにも考えがあるわよ。

 

一旦耳元から離れてしっかりと深呼吸をする

 

「よし」

 

再び彼の耳元に顔を寄せて、さっき同じように囁く。

 

「旦那様、旦那様?起きてくれないとイタズラしちゃいますよ…?

…魔法でね」

 

「ごめんなさい。起きてました」

 

効果てきめん。

彼はすぐさま身体を起こすと、とても寝起きとは思えない程はっきりとした声で私に謝った。

 

「いつから起きていたのかしら?」

 

少しだけ怒り気味に聞いてみる。

勿論、全然怒ってなんかいない。

これはちょっとした仕返しだ。

人の話を盗み聞きしていたのだからこのくらいしたってリーザス様は怒らないだろう。

 

「言っても怒らない?」

 

「返答次第かな〜」

 

「うぅ…

えっと、その、『んん〜』の辺りから…」

 

「まるっきり初めからじゃないの!?」

 

「いや、最初はすぐに起きようと思ったんだけど、なんていうか、その…」

 

「ちゃんと言ってくれないと、初めて会った時みたいにメラを唱えるわよ」

 

指先に小さな炎を出して見せる。

 

「…可愛いかったから…その、もっと聴きたかったなぁ…なんて思って…」

 

「え?」

 

一瞬呆気に取られた私は次第に彼の言った言葉を理解し始める。

 

『可愛いから聴いていたかった』…ですって…?

 

「それ、ホント?」

 

「勿論ホントだよ!

そしたら予想以上にゼシカの可愛い声が聞けて…!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってて!」

 

「って言うか、ゼシカって結構乙女なところがあるんだね!

普段の勝ち気な姿からは想像もできなかったよ!」

 

「待っててって!」

 

サッと彼に背中を向けた私は、真っ赤になっているであろう顔を覆った。

まさか彼があそこまでストレートに言うなんて思いもしなかった。

 

正直に言わせて恥ずかしがる姿を見てやるつもりだったのに、これじゃまるっきり私がしてやられてるじゃない…

何より、一番堪えるのは彼自身そんなつもりが毛頭無い事だ。

 

彼は、素で言っているんだ。

 

それはつまり…本心、となるわけ…よね…

 

考えれば考えるほど身体が火照ってくるのがわかる。

まずい、まずいまずい!

今もし誰かに顔を見せたらきっとこう言われるだろう。

『おどるほうせきのような笑顔』と。

 

「あの…大丈夫、ゼシカ?」

 

「ごめんなさい!もうちょっとだけ待ってね!」

 

右側から覗き込もうとする彼の顔を避けるようにして背を向ける。

 

だめだ、こんな顔を見せたらいけない。

流石にこんな顔を見せたら気持ち悪がられる。

多分、そのくらいの笑顔だ。

 

「ごめん、ゼシカ。そんなに怒るとは思わなくて…

どうしたら許してくれるかな…?」

 

彼のシュンとした声が聞こえる。

まずい、これはこれでまずい。

元はと言えば私が悪いのだから、彼に罪悪感を感じさせてはいけない。

 

…そうだ。

良いこと思いついたわ。

 

「ね、ねぇあなた。

それなら、私のお願い事を一つだけ聞いてくれるかしら?」

 

今にも甘えそうになる気持ちをどうにか抑え込んで彼に聞いてみる。

 

「僕にできることならなんでもするよ!」

 

「そ、それなら…

私が良いよって言うまで目を瞑ってくれる…?」

 

「わかった。それでゼシカが許してくれるなら」

 

そう言うと彼はしっかりと目を瞑った。

 

「ありがとう。

…少し、苦しいかもしれないけど我慢してね…」

 

私の言葉を聞いた彼はコクリと頷く。

 

ごめんなさい、あなた。

これで、許して。

 

私は胸元の服にそっと指をかけて下に引く。

 

「(確か、あのお店だと…こんな風、だったかな…)」

 

遠い記憶を必至に探り思い出す。

 

「(そ、そーれ!ぱ…ふぱふ…ぱふ…!)」

 

むにむにと弾力のあるスライム越しにも伝わる彼の頭の形と混乱。

一体何をされているんだ?と考えているのだろう。

 

ーーーそう言えばあのバニーさんも『目隠しすると更に興奮する』とかなんとか言ってた気がしたわね。

 

「(そろそろ、良いかな…?)」

 

まだ彼を挟んでから10秒程しか経っていないけれど、正直、こっちが恥ずかしくて仕方がない。

あのバニーさんはよく色んな人にこんなことが出来るな、と感心してしまった。

なんて、そんな事はどうでも良い。

 

私は彼を二対のスライムからゆっくりと解放すると、すぐに元の位置に服を戻した。

 

「も、もう目を開けても良いわよ!」

 

「え、あ、うん」

 

「どう…だったかな…」

 

「どうって…えぇと…」

 

彼は少し、考えたた素振りを見せると左手を頬に当てて。

 

「よくわからないけど、凄く幸せな気持ちになれた…かな?」

 

「そう、なんだ…!なら、今日はこれでおしまい!また今度にしましょうね!」

 

私は言いながらベットから降り、そさくさと歩いて、ドアノブに手をかけた。

早く別の事をして頭を冷やさなければ。

もうそろそろ恥ずかしさの我慢の限界を超えてしまう。

 

「え、うん。

ゼシカがそれで良いなら…」

 

「じゃあ、朝ごはんにしましょうか!

今日は私が作るから、先に下に行ってるね!」

 

「あ、うん。

それなら僕はベッドを直しておくね」

 

「わかった!お願いするわ!それじゃ!」

 

バタンとドアを開けて颯爽と寝室を後にする。

 

危なかった…あと1秒でもいたらスーパーハイテンションさながら、全身がピンク色に輝いていたかもしれない…

まぁ、そうなったからと言ってどうなるって訳でも無いんだろうけど。

変に気まずくなるのは嫌だし、ね。

 

階段を下りながらそんな事を考えて頭を冷やす。

新婚生活初日からこんな事件が起きるなんて思いもしなかった。

けれど、そうね…

 

「次はもっと上手く、してあげなきゃね」

 

まさかアレがあんなに難しかっただなんて、思いもよらなかった。

やっぱり、バニーさんは凄かった…

 

「そうね…先ずはククールとモリーさん辺りに声をかけて資料を借りようかしら」

 

そしたら次は…やっぱりプロに教えて貰うべきかな。

 

なんて事を考えていると、いつの間にか台所に着いてしまった。

 

「あ…朝食に何を作るのか考えてなかった」

 

取り敢えず、保存室にあるもので適当なものを作ろうかな。

そう思って食料を漁り始めた。

ここにあるのはミーティア姫やトロデ王達が新婚祝いとして私達に贈ってくれた品々で、どれもこれも長持ちする食材ばかり。

当然、その全てが抜群に味のいいものだ。

 

「んー、結構色々あるのね。

これだと色んな料理が作れそうだけど…」

 

正直なところ私はあまり料理をしたことがない。

旅に出る前はメイドさんが料理をしてくれていたし、旅に出てからは一番起きるのが遅かった私は殆ど料理を作ったことがなかった。

 

勿論、一切料理ができない訳じゃない。

田舎とは言え、元は七賢者の一人が血を引く名家のお嬢様。

一通りの家事と、少なくとも五日分のローテーションを組めるだけの料理は作れる。

 

「と言っても、流石にこれだけ沢山の種類の食材があるならもっと料理のレパートリーを増やさなきゃならないわね」

 

となると、料理の事を聞くならやっぱりユリマちゃんかキラさんがいいかしら。

 

「んー…あ、そうだ!」

 

ゲルダさんやユッケ、ラジュさんやグラッドさんにトーポ…じゃなくてグルーノさんに聞くのも良さそうね。

面白そうな料理を知ってそうだし、何よりグルーノさんは彼の故郷・竜神族の里に住む竜神族だもの、彼の口に合うものが沢山あるはず!

 

「うん、俄然やる気が出てきたわ!片っ端からマスターして見せるんだから!」

 

今後の大まかな方針も決まった事だし、早速料理に取り掛かる。

 

「今朝は簡単なスープとベーコンエッグにしましょう!」

 

鼻歌交じりに調理を始める。

 

「うんうん!思ってた以上に楽しくなりそう!」

 

まだ見ぬ未来に胸をときめかせた私は、この後調子に乗って作りすぎてしまうのだけれど、それも彼と一緒に笑いながら食べ切った。

 

 

 

ダイエットも視野に入れておかなきゃ。

 

 

To be next story.




いやぁ、やっぱりゼシカは可愛いですね。
結婚したいです(切実)。

というか、取材(?)もかねてドラクエ8がやりたい。
自分、パヴァン王とシセル王妃の話が一番好きなんですよね。
リメイク版のボイス有りも良いですが、やっぱりテキストだけの方が好きですね。
あー、やりたい。
何故、ゼシカとはゲームの中でしか会えないのか…これがわからない…。

なんて下らないこと言ってないで、早速次の話の構成を考えますね。
それではまた次回の更新で会いましょう。
さようなら。


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第三話 私と旦那様と願い事

いやぁ、やっぱりゼシカは可愛いですね。
攻略本の上巻にある、ちょっとしたフリートークがあるのですが、もう、可愛くて可愛くてしかたがないですねぇ…
ゼシカは可愛くない、なんて言われたら「異論は認めるが、聞く耳は持たないね!」と返すくらいには好きです。

っと、少しばかり駄文が過ぎましたね。
それでは、お楽しみ下さい!


『行ってきます』

 

彼のセリフを聞いてからどれだけの時間が経ったのだろう。

二時間か三時間か、それとももっと長い時間だろうか。

時計を確認すると、まだ一時間くらいしか経っていない。

 

「そっか…そうよね…。

結婚したからってずっと一緒に居られるわけじゃないのよね…」

 

ため息にため息を重ねてため息を吐く。

彼とずっと一緒に居られない事には未だに慣れない。

今までは彼と一緒に居られなくなるなんて殆どなかった。

だからこそ、ここ何日かはかなり堪えている。

 

暮らして行くためにはゴールドがいる。

ゴールドを得るには仕事をしなければならない。

彼の能力を活かした仕事をするためには、トロデーン城に行かなければならない。

そんなことはわかっている。

わかってはいても、私の心はブリザードのように冷え切って凍えてしまうのだ。

 

「…少しくらい、一緒に居てくれたっていいのに…」

 

そんな事を言いながらベッドにダイブする。

そのままうつ伏せになって、シーツなんかに顔をうずめる。

ここにはまだ、彼の匂いが残っているから。

 

彼がトロデーン城で剣の指南を始めてから幾日かが経った。

朝は早くに家を出て、夜は遅くに帰る。

そんな日が今日までずっと続いている。

当然これからも続くのだろう。

 

最初は彼も、『以前のように魔物と戦うわけではないし、大丈夫だよ』と、安易な気持ちで指南役を引き受けたのだが…

 

「まさか、今度は国との闘いが起きるなんてね…」

 

と言っても、それは無辜の血を悪戯に流す争いでは無い。

俗にいう『剣闘』と言うものだ。

 

発祥は荒くれ者たちが集う地ーーーパルミド。

 

詳しくは分からないが、なんでも訓練用に使われる【ひのきのぼう】と【おなべのふた】を携え、【かわのよろい】と【ブロンズキャップ】で身を包んだ兵士達が多く出場してしのぎを削るのだとか。

 

以上の理由により、彼は剣闘をする兵士を育てるために、日夜指導をしている。

 

「って、そんなのどうだっていいじゃ無いのよー!」

 

勢いよく仰向けになってモヤモヤを晴らすように叫ぶ。

こんな時、お隣さんが居ないというのはとてもありがたい。

 

「魔物と戦うために彼がいろんなことを教えるのは分かるわよ!?

でも、わざわざ人同士を闘わせるために彼を使うってどうなのよー!!」

 

その勢いのまま身体を起こして、更に続ける。

 

「トロデ王もトロデ王よ!

なーにが『もし、剣闘中に我が兵達に何かあったら大変だ、だから此奴の力を貸してくれ』よ!

そんなもっともらしいく言ったってわかってるんだからね!一番剣闘を楽しんでるのはトロデ王って事は!!」

 

ここまで叫ぶのはどれくらい振りだろう。

軽い酸欠を起こした私は、クラついてもう一度仰向けの状態でベッドに倒れ込む。

 

「ていうか、そんなこと心配するくらいなら剣闘なんてやらせるなっての…

……あの人もあの人よ…まったくもう…」

 

そうは言っても彼に落ち度は無い。

仕事をして帰ってきて、疲れたから食事とお風呂を済ませて寝る。

私が家事を終わらせてベッドに着く頃には、彼はもう夢の中。

どこの家庭でもある普通の光景…だと思うのだけど…。

 

「もう少しくらい構ってくれたっていいじゃない…」

 

仕事を始める前までは、旅をしてる時とは比べ物にならないくらい話しをしてくれたのに、最近は眠気や疲れもあるのだろうけど殆ど話さなくなってしまった。

いや、正確には話す暇がなくなってしまった、のだろう。

 

「………んん…。

んんんん〜〜!!」

 

おもむろに足をバタつかせてみる。

鏡で今の自分の姿を見たら多分、駄々っ子のようだろう。

 

「よし、決めた!」

 

勢いよくベッドから降りて立ち上がった私は、化粧棚の引き出しにしまってあったキメラのつばさをとりだす。

 

「こうなったら実力行使よ!

彼が私を構いたくなるようにしてみせるんだから!」

 

そう息巻いた私はキメラのつばさを胸に当てて飛び先を思い描き、空に放り投げた。

 

ドゴッ

 

鈍い音と共に尻餅をつく。

 

「し、失敗したわ…。

外で使わないと頭を打つんだったわね…」

 

鈍痛を訴える頭頂部をさすりながら家の外に出て、再びキメラのつばさを放った。

 

脚に受ける小さな衝撃と共に耳を刺す盛大な音楽。

 

ここは夢と希望と欲望と絶望が渦巻く巨大なカジノ街・ベルガラック。

ここに来た理由はただ一つ。

 

それは当然カジノ。

では無く…

 

「おじさん!この、【おどりこの服】一着頂戴!

あ、そっちのおじさんは【キメラのつばさ】を5つね!」

 

そう、私のお目当はここかパルミドでしか手に入らない【おどりこの服】だ。

旅をしている時に買った物は途中で【シルバーメイル】と錬金して【ダンシングメイル】へと変わってしまった。

 

結構値の張る装備品だけど、まだ旅の途中で稼いだゴールドもあるし、懐には余裕がある。

キメラのつばさは単純にストックが底をつきそうなので、今のうちに買いだめする事にした。

 

『お嬢ちゃん!随分気前がいいねぇ!

オマケだ!こいつも持ってきな!』

 

そう言って武器防具屋のおじさんが出してくれたのは、【どくばり】だった。

 

「え、でも、そんなに良い物頂けないわよ」

 

『いいっていいって、気にすんな!

正直、売れなくて手に余ってたんだよ。魔物との戦いん時はあんまり役には立たなかったらしいが、獣どもにはまだまだ使えっからよ!

ほら、この解毒方法とか毒の成分の載ってる説明書も持ってきな!』

 

そう言って、筆記体で書かれた説明書もさしだされる。

 

どうしようか…

旅の途中だったら間違いなく貰っていたけれど…

 

『ギャリングさんの事もあったんだ、護身用として持っておいた方がいいと思うぜ?』

 

包み終えたキメラのつばさを私に渡しながら忠告混じりにそう言う道具屋のおじさん。

 

ギャリングーーー七賢者の子孫の一人で、身寄りのなかったフォーグとユッケを引き取った、クマをも倒すカジノのオーナー。だった人。

 

「う〜ん、確かにそうね…」

 

魔法は使えるけど、家の中でつかっちゃったらとんでも無い事になるし、ムチに関しては狭い所じゃそもそも振り回せないもんね。

 

「よし、わかったわおじさん!大切に使わせてもらうわね!」

 

『お、良い返事だ!それ、持ってけ!』

 

武器防具屋のおじさんは、買った物を手早く包んで渡してくれた。

 

「それじゃあ、またね!おじさん達!」

 

代金を支払い終えると二人に手を振ってさよならをし、キメラのつばさを放った。

 

『なぁおい武器防具屋よ』

 

「なんだ、道具屋』

 

『今日はスッゲェいいもんが見れたな。これで後十年は長生き出来そうだ』

 

『ちげぇねぇぜ』

 

『あ!!!』

 

『どうした、武器防具屋』

 

『やべぇ、あのネェちゃんに渡した服、見立てたサイズの一個下だった!』

 

 

 

 

少し前と同じく足に軽い衝撃を受けて、部屋に戻った私はおどりこの服の着付けに戸惑っていた。

 

「ちょ、なによ…これ…!

全然、胸が…収まんないじゃ、ない…の!」

 

胸当ての窪みに胸を入れようとする事数分。

何度やっても溢れてしまい、どうにも着ることが出来ない。

 

「も〜!イライラするわね!また胸が育ったのかしら!」

 

胸当てをベッドの上に放り投げ、同様に自分も横になってどうしたものかと腕を組む。

 

「何か、代用出来るものはあったかしら…」

 

何度か体勢を変えながら頭を悩ませていると、次第に視界がぼやけ始める。

 

「そう言えば、今日はあの人に合わせていつもよりも早く起きたんだっけ」

 

なんでも、今日は剣闘の模擬戦があるらしくらしく、普段よりも二時間くらい早く起きて支度をした。

通りで眠いわけだ。

 

「ふぁぁ…

取り敢えず、一旦眠ろうかしら」

 

言うが早いか、流れるようにシーツに包まると、すぐさまラリホーにかかったような深い眠りが訪れる。

やがて意識は完全に落ち、闇の世界さながら真っ暗闇へと視界は消えた。

 

 

 

『…シカ…、ゼシカ?』

 

どこからか彼の声が聞こえる。

目の前は真っ暗で、どこにも彼の姿は見えない。

 

どこにいるの?あなた。

 

どうしたんだろう。

何故か、上手く言葉が喋れない。

口が動いているのはなんとなくわかるけれど、発音はできていない。

そこまで理解して、ようやく気が付いた。

 

ここは多分、夢の中ね。

だから聞こえるはずのない彼の声が耳に届くのよ。

だって、彼は今頃仕事をしているもの。

 

それならばと、私は思い切って言ってみたかった事を言ってみた。

 

好きよ、あなた。大好き。

だから今度、一緒にお風呂に入りましょう?

 

やっぱり声にはならなかったけれど、少しは気分が晴れた気がした。

 

それは小さな頃の思い出。

サーベルト兄さんが生きていて、私の身体が貧相どころか小さかった日の記憶。

村の警護で疲れて帰ってきた大好きな兄さんの背中を流す事が幼い頃の私の日課だった。

 

成長期に入ってからは兄さんに止められてしなくなったけど、それまでは大好きな兄さんを労う事が私の楽しみであり、誇りだった。

 

そして今は、兄さんと同じ…ううん。それ以上に大好きな彼の背中を流してあげたいなと、いつからか考えていた。

でも、流石にそんな事は言えない。

 

彼に初めて逢った日から今日まで、イレギュラー的に弱い部分を見せてしまう時もあったけど、基本的には勝ち気で男勝りな姿ばかりを見せていた。

彼はそんな私を好きになったんだと思う。

そうじゃなきゃ私を選ぶはずがない。

 

だからもし、意味もなく弱い部分を見せて仕舞えば、多分もしかしたら、彼は私を嫌ってしまうだろう。

それだけは避けなければならない。

それにそこまで望むのは欲しがりと言うものだ。

 

『え…それって?』

 

再びどこからか声が聞こえる。

仕事を始めてからは殆ど聞く事が出来なくなった、彼の困った時の声だ。

 

「私だって、たまには可愛らしい少女みたいに甘えたい時もあるのよ?」

 

返事をするように考えを返すと、何故か今度は声を出せた気になる。

…というか、確実に声が出ている。

それどころか、暗闇で覆われていたはずの視界が仄かに明るくなったように感じる。

 

『そう…だったんだ』

 

彼の声がはっきりと聞こえる。

これは…?

まさか…まさか、まさか。

 

恐る恐る身体を動かしてみる。

指先ーーー動く。

足先ーーー動く。

瞼ーーーー開く。

 

開かれた瞼、歪む視線、その先にいたのは。

心配そうに私を覗き込む彼の顔だった。

 

「お、おはよう…ございます。

あ、あああ…あなた?」

 

「お、おはよう…?ゼシカ」

 

「私、何か変なこと言ってたり…した?」

 

「え?えーと…

取り敢えず、『おはよう』じゃなくて『おかえり』かな?」

 

彼にそう言われて初めて気がついた。

朝早くに仕事に行ったはずの彼が今ここにいる、と言う事は…

 

弾かれたようにベッドから身を起こし、即座に降りる。

 

「ご、ごめんなさいあなた!私、晩御飯の用意どころかお風呂すら洗ってない!」

 

「ゼ、ゼシカ!?」

 

「まってて、今すぐお風呂だけでも用意するから!」

 

そう言って、急いで部屋から出ようとした私の肩を彼が掴んで止めた。

 

「ゼ、ゼシカ。

わかったから、取り敢えず、上を隠して…」

 

「上?」

 

彼は私を見ずに俯きながらそう言うと、近くにあったおどりこの服の上を差し出す。

 

瞬間、全てを理解した。

 

私は今、胸を布で覆っていなかったのだ。

服を着替えようとした後、サイズが合わなくてイライラしてそのまま寝てしまったていたのだ。

 

「あ、あわ、あわわわ!ご、ごめんなさーい!」

 

ほしふるうでわを付けた時よりも早く普段着を着直して、彼の持っているおどりこの服の上を受け取る。

 

彼は持っていた上を私が受け取ったのを確認すると、すぐに背中を向けて。

 

「大丈夫!大丈夫ゼシカ!僕は何も見てないから!」

 

半ば焦り気味にそう言った。

 

「えっ!?

全然…見てくれてない…の?」

 

「えっ?

少しなら見ても良かったの…?」

 

「う、うん。まぁ…ね。

一応、私たち結婚してるんだし…」

 

「あ…確かに」

 

そうだ、私たちは結婚をしているのだ。

なのに何故私は恥ずかしがることがあるのだろう。

私たち二人は将来を誓い合った、

ならばいずれ彼とは…その…そういう事…もするんだろうし、さっきの対応はおかしかったかもしれない。

 

…いや、やっぱりまだ恥ずかしい。

流石にまだ心の準備が出来ていないし、えぇと、その…

 

「大丈夫、ゼシカ?顔が真っ赤だけど…」

 

「うぇ!?だ、大丈夫、大丈夫…。

そ、それより…本当に見てない…の?」

 

「……ごめん、嘘ついた。

実は、少しだけ見ちゃったんだ」

 

恥ずかしそうな、申し訳なさそうな感じで彼はそう言う。

 

「どう、だったかな…?」

 

「す、凄く…凄かった…」

 

そこまで聞いてから私は、自分の頬っぺたが熱くなるのを感じた。

 

自分で言うのもなんだけど、私の胸は凄い。

正直誰にも負けない自信がある。

今までも色んな人にそう言われて来た。

 

でも、違かった。

 

自分が恋した人にそう言われるのは思ってた以上に…恥ずかしいし、嬉しい事だった。

 

「ねぇ、あなた。もう一度…言ってくれないかな?

ちょっと、聞き取れなくって」

 

「え?えぇと…。

凄く、凄かった…よ」

 

「どんな風に凄かったの?」

 

「形とか…色味とか…やっぱりボリュームとかかな?

って…何言ってるんだ僕は」

 

「…もっと見たいって思った?」

 

「それはまぁ、見たくないと言えば嘘になるけど…って何かなこれ。

ニノ大司教に監禁された時よりも辛い気がするんだけど…」

 

「じゃ、じゃあさ!今夜辺りに…その…見せてあげましょう…か?」

 

「えっ!!??」

 

旅の途中で何度か見た彼のリアクション。

このポーズは、本当に驚いている時にしかしない。

そして、私も当然驚いていた。

まさか、自分からこんな事を言うなんて夢にも思っていなかったのだから。

 

でも何故だろう。

勢いとは言え、後悔はしていないのだから不思議だ。

 

「ゼシカからそんな事を言うなんて思いもしなかったよ。でも、ごめん。

実は、今日の模擬戦で対戦相手をしたら、運悪く左腕と腰を打っちゃってね…」

 

「うわ、ホントね…。しかもよく見たら結構酷いケガ…

私も、ホイミとか使えればよかったんだけど…」

 

「完全に油断してた。

何があっても利き手だけは守らなきゃ行かなかったのに。これじゃ回復魔法が唱えられないんだ」

 

「お風呂とか大変そう…」

 

「うん。

だから、その、1つお願いしたいことがあるんだけどさ…」

 

「え?」

 

どこか改まる彼の言葉に、私も自然と背筋を正す。

 

「ゼシカが良ければなんだけど、さ。

腕とかがある程度動くようになるまでその…一緒にお風呂に入ってくれないかな…

身体を洗ったりが出来ないからさ…」

 

「勿論いいわよ!」

 

即答してしまった。

余程驚いたのだろう。

また彼がさっきみたいなポーズで固まっている。

 

自分でも失敗したと思う。

もう少し含みをもたせた方がよかったのではないだろうかと、思わなくもない。

しかし、これは不可抗力と言えないだろうか。

 

彼の望みが叶うのと同時に私の願いも叶う。

これほど素晴らしい状況が今後訪れるだろうか。

それは無いと言えるだろう。

と言うか、彼がケガをして帰ってくるなんてもう二度とあって欲しく無い。

だからこそ、もう二度と絶対に同じ状況になる事はない。

 

「それじゃあすぐにお風呂の用意をするわね!待ってて!」

 

「妙に張り切ってるみたいだけど、どうしたの?」

 

「そんな、張り切ってるわけないじゃない!

今すぐにでも、旦那様をこんな風にした奴を魔法で叩きのめしてやりたいわよ!

でも今日はもう遅いし、キズの具合も見なきゃいけないしだから、すぐにお風呂に入っりましょう!」

 

「全然話が繋がってない気がするけど…

でも、僕がこうなったのは僕が悪いんだし、魔法でどうにかしちゃうのは見送ってもらえないかな?」

 

「わかったわ。

それじゃあお風呂の用意をしてくるわね!」

 

なんて、言い終わる頃には既に部屋を後にしていた。

大丈夫、彼はきっと気づいてはいないはずだ。

昂る気持ちをどうにかこうにか抑えて話せたのだから、彼には私が喜んでいるようには見えなかったはずだ。

 

鼻歌混じりに階段を降りる。

 

「なんだかとっても気分がいいわ!

久し振りにスキップでもしてみようかしら!」

 

独り言を言い終わる頃には既にスキップをしている私。

彼の背中を流せる日が来るなんて思いもしなかった。

彼がケガをして帰ってきた事については後でトロデ王にしっかり責任を取ってもらうとして、今からお風呂が楽しみでならない。

 

「今日はご馳走を沢山作らないとね!」

 

浴室に着くと、そんな事を呟いていた。

彼のケガを早く治すために美味しいものを作ると言うも勿論あるけれど、沢山作るのにはもう1つ理由がある。

 

「一度でいいからやってみたかったのよね…!」

 

それは恋人同士が行う、俗に言う『あーん』というもの。

片方が片方の開けられた口に食事を送るという、マナーも何もない食事方法。

 

旅の途中にいたカップルがしているのを見て、憧れていた。

いつかはそんな事を好きな人とやって見たいな、と。

 

「楽しみー!」

 

そんな歓びに満ち満ちた声が家の中に響き渡った。

 

 

 




ゼシカはいずこ…
なんで3次元には存在しないの…
こんな世界間違っている…ふざけるな!ふざけるな!馬鹿野郎!馬鹿野郎!
私はゼシカにバブみを感じていた…それだけなのに…。

などと気持ちの悪い事は置いといて。

ゼシカがお風呂を洗うため部屋を出た後の事。
主人公はこんな事を言っていました。

「やっぱり、一緒にお風呂に入りたかったんだね、ゼシカ」

という事はつまり、ゼシカが夢の中で言っていたと思っていたセリフは、実は寝言として主人公に届いていたのです。

俗にいうレム睡眠ですね。

主人公…いいなぁ…
自分もゼシカと一緒にお風呂入りたい…

などとアホな事を書くのはやめて、早い所次の内容を考えなくては。

それでは、次回の更新で会いましょう!
さようなら!


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第四話 私と旦那様と胸の内

ゼシカ…好き。
すごい好き(語彙力の欠如)

では、本編をどうぞ。


「ねぇゼシカ」

 

「なに?あなた。はい、あーん」

 

最近の定位置ーーー彼の真横に座る私は、一口サイズの大きさに分けられた料理を彼の口に運ぶ。

 

「あーん。うん、美味しい。

…じゃなくて」

 

「なに?」

 

どこか辛そうな表情で口を開く彼。

どうしたのだろうか。

 

「あの、言いづらいんだけどさ」

 

「それなら無理して言わない方がいいわよ。

はい、あーん」

 

私は彼の口を塞ぐようにして料理を運ぶ。

 

「あーん。…なにこれ、いままで食べたことない味だ」

 

「あら、気付いちゃった?それはね、この前ゲルダさんに教わった料理なの。

ヤンガスの好物らしいわ」

 

「へぇ….珍しい味だね。ちょっと変わってて、また美味しいよ」

 

「えへへ、よかった。

何度か作ったけど、ちょっと難しくてね。ようやくあなたに出せるくらいには上手になったんだ」

 

そう言って私は微笑んだ。

 

彼がケガをして帰ってきた日から幾日か経った。

完治するまで仕事はおやすみで、トイレ以外は殆ど私がつきっきり。

ケガをしている彼には悪いけど、常に彼の傍にいれる事はこの上なく幸せだ。

このままそんな日々がずっと続いて欲しくてたまらない。

けれど、その時は突然訪れる。

 

「ゼシカ…あのさ」

 

「んー?」

 

次の料理を彼の口に運ぼうとしていると、妙に重たい雰囲気になったことに気づく。

事態の深刻さ…という程ではないだろうけれど、フォークとスプーンで運ぼうとしていた料理を取り皿に一旦置い彼に向き直る。

 

「えっとさ、その…実はね、腕…治ったんだ…

腰も…」

 

「えっ!?」

 

「ほら、若干筋肉は落ちたけど難無く動かせるよ」

 

そう言って彼は、手を握ったり開いたり、腕を軽く回したりして完治した事を教えてくれる。

 

「な、なーんだ!それなら早く言ってくれればいいのに!

よかったぁ!」

 

「…本当?」

 

訝しげに問う彼。

 

「あったり前じゃない!

愛しい旦那様のケガが治ったんだから嬉しくないわけないわ!」

 

少しだけ大袈裟に喜んで見せる。

当然、本心からの言葉だ。

嬉しいに決まっている。

今でこそ見なくなったけど、初めの頃の、彼に痛み走る度にうずくまる姿を見ると、とても一緒に居られることに喜びなんか感じていられなかった。

 

「ならもし、今すぐ『あーん』ってするのをやめて、前みたいな位置に座ってって言ったらどうする?」

 

「そ、それは…もももも、勿論やめるし、移動するわよ!」

 

言いながら椅子を以前の位置、つまり彼とテーブルを挟んで向かい合う形に戻す。

 

「もしかして、僕の世話をするのは嫌…だったかな…」

 

悲しそうに俯く彼。

もしかしてもなにも、嫌なはずがない。

彼の力になれるならどんなに辛い事だってやり通す自信がある。

だって、彼が好きだから。

でももし、ここで弱い心を出したなら…

 

「嫌!…って程じゃないけど、大変だったのは間違い無いわね」

 

胸の下で腕を組んでそんな事を言う。

嘘だ。

大変どころかもっとお世話をしてあげたい。

けれど、そんな事を言ったら彼に嫌われるかもしれない。

そんな女々しい姿を見せたら、きっと…。

 

「そっか…

じゃあ僕は、ゼシカにちょっとは嫌われちゃったのかも」

 

「なっ!!」

 

「だってほら、旅をしてる時だったらきっと『男のくせに甘え無いの!』ってくらい言ってたのに、ケガをした日から今日までそれらしい言葉を一つも聞かなかったからさ…

怒る気も無くしたのかな…って」

 

しまった…。

彼に余計な心配をさせてしまった。

だめだ、彼の身体がみるみる内に小さくなっていく…ように見える。

 

「うっ!た、確かに、昔はそんな風に言ったりもしたけど…

あれはなんと言うか、その、私なりの激励だったって言うか…えぇと…」

 

今更なんと言い繕っても綻ぶだけとはわかっている。

けれど、そうでもしなければ…

 

「ねぇゼシカ」

 

「は、はい!?」

 

「もしも僕が君の事を今すぐ抱きしめたいって言ったらどう思う?」

 

急に彼は何を言い出すのだろうか。

そんなの私からお願いしたいくらいなのに。

けれど、そうは言えない。

 

「そんなの、食事が終わってからに決まってるでしょう?

お行儀の悪い」

 

反発するような言葉を返す。

だって、前の私ならそう言うに決まっているから。

 

「じゃあ、食事中じゃなかったら?」

 

「それでもだーめ。次はお風呂に入らなきゃ」

 

「どうして?食事中なのがダメなのはわかるけど、なんでお風呂の前はダメなの?」

 

「なんでって…汗臭いじゃない」

 

「僕はそれでも構わないよ?」

 

「…へ?

 

「ゼシカは嫌がるかもしれないけど…僕はそう言う部分も含めて全部が好きなんだ。

それでも、ダメかな?」

 

ダメなわけないじゃない!!!!むしろウェルカムよ!!!

そう叫びそうになるのを必死に我慢する。

そんなの昔の私じゃないもの。

だから、そんな姿を見せるのはダメだ!

 

「僕は今まで、ククールみたいに仲の良い女の人がいないからわからないけど…」

 

ふわりと彼の匂いが私の嗅覚全てを覆う。

同時に、彼のがっちりと引き締まった胸板に私の顔があったった。

 

「好きな人が何かを悩んでいるんだって事くらいなら、僕にだって察しがつく。

それが、ずっと旅をしてきた仲間だったら尚更だ」

 

彼の手が私の腰に回るのがわかる。

するすると撫でるように優しく伝う。

 

「相談して、なんて身勝手な事は言わないよ。同じ女性にしか相談できない悩みだってあるだろうし、むしろそのせいでゼシカが苦しむ時だってあるだろうから。

だから、君が相談したくなったらしてくれれば良い」

 

でも。

 

彼はそう続けた。

 

「身体を寄せ合うだけで解決する事だってあると思うんだ。

これから先に誰にも相談出来ない悩みが出来たらなら、まずはこうして欲しい。

その場しのぎだとしても、気持ちは楽になるはずだから」

 

そうして彼は、私を深く抱擁した。

彼の鼓動、彼の体温、彼の呼吸、彼の想い。

言葉では言い表せない『何か』が私に伝わった時、強がりすぎて突っ張りきっていた心がはち切れた。

 

「…私は…あなたに嫌われたくない…!

勝ち気で、強がりで、負けず嫌いで、思い込んだら周りが見えなくなる…そんな私があなたは好きなんだと、結婚式を挙げたあの日から今日までずっと思ってた!

だって、そうでもなきゃ説明がつかないだもの…!

あなたが私を選ぶ理由が!」

 

弱さを晒し続ける私を、それでも彼は抱擁して離さないでくれる。

それは感謝なんて弱い言葉で表現しきれない程に嬉しかった。

 

「なら、私は演じて見せるしかないじゃない。

昔のままの、あなたの好きな私を!」

 

とうとう言ってしまった。

何が何でも隠し通すべき一言を。

最低だ。

卑しくて汚くて魔物のような、でも間違いなく私だ。

こんな忌むべき姿はどんな人ですら受け入れられないだろう。

けれど、彼は違った。

 

「どんなゼシカでも僕は好きだよ。大好きだ」

 

彼の顔を見上げる私に、にこりと微笑みを返す。

彼は、私の頬を優しく拭うと言葉を繋げた。

 

「どんなにボロボロになっても絶対に引かない負けず嫌いなところや、相手が屈強な男だったとしても水を頭からかけられる勝ち気な姿。

それに、旅の途中で時々見せた花を愛でる可愛らしい君のどれもが大好きだ。

心の底なんて浅瀬じゃない、もっと深い部分から君を好きだと思ってる。

本当は、それを結婚式に言うべきだったのに、言わなくて…ごめん。

色んな人の手前、すこし、気取ってみたかったんだ。

でも、そのせいで君をこんなにも苦しませた。

僕は、旦那失格だ」

 

「そんな事ない…そんな事ないわ!」

 

彼の言葉を遮って続ける。

続けようとした。

でも、もう、言葉が口から出ない。

口を動かしたくても、喉を震わせたくても、脳が邪魔をする。

彼は悪くない。何一つとして悪くない。

そう言いたくて仕方がないのに。

それと同時に、『そう続けたら彼の想いを否定してしまうんじゃないか』と思ってしまったのだ。

 

「いいんだ、もういいんだ、ゼシカ。

これ以上君が苦しむ必要はない。これ以上君が悩む必要はないんだ。

君は充分に自分を痛めつけてきたんだ。だから、もうそろそろ自分のために生きてもいいと思うんだ」

 

「…ホント?」

 

「本当だよ」

 

「ホントにホントの本当?」

 

「本当に本当のホント」

 

「嫌いになったり…しない?」

 

「なるはずないさ」

 

「あなたが思っている以上に、私は弱くて甘えん坊かもしれないわよ…?」

 

「むしろウェルカムさ!

好きな人に甘えられるのが嫌な人なんて…少なくとも、男にはいないと思うよ!

あのモリーさんだってそうなんだから!」

 

「ぷっ…ふふふふ、あははは!

そうなんだ、あのモリーさんでもそうなのね!」

 

「そうだよ。あの、モリーさんですら甘えられるのが好きなんだから」

 

「へぇ〜、甘える方が好きな感じしかしないモリーさんも甘えられるのも好きなんだ…」

 

「そうそう、だからねゼシカ」

 

そう言うと、何故か彼の顔が近くなる。

それはとても近くて、鼻が当たるくらいに近づいて…。

 

「甘えたくなったらいつでも来てね。

僕もそうするからさ」

 

何かが私の唇に触れたような気がした。

それは間違いなく彼の唇なのだろう。でも、そうじゃない。そうじゃないのだ。

優しさというか、なんというか…こう、五感で感じることはできても、形で表せはしないもの。

これが多分『安心』なのだろう。

 

「あ、あ…あな…」

 

私は旅に出てから今日まで、本当の意味で安心を感じてはいなかったのかもしれない。

一人で旅をしようとしていた時は見るもの全てが敵に見えて。

みんなと旅をするようになってからは『絶対に勝てる』という強い信頼はあっても、内心どこかで裏切られるんじゃないかって怯えていたのかもしれない。

そんな疑う心をラプソーンにつけ込まれたのかもしれない。

 

「大丈夫だよゼシカ。

これからは、僕が君だけの騎士になる。絶対に誰にも傷つけさせはしないし、絶対に悲しませたりしない。

だから今日はゆっくりと泣いたらいいよ。いくらだって僕が側にいるから」

 

「う、うう、ううう…グスッ…。うわぁぁぁぁぁ……!」

 

私は彼の胸に顔を押し当てると、喉が裂けんばかりに声を上げて泣いた。

記憶が飛ぶくらいに涙を流した。

泣いて、泣いて、泣いて、泣き疲れた頃には外は朝焼けへと移り変わっていた。

 

「ふぐっ…ぐす…」

 

「落ち着いた?」

 

「…うん」

 

「そっか、なら良かった。それじゃあ、何をしようか?

食事の続きか、眠るか…それとももっと別のことをするか。

好きなことを選んでいいんだよ」

 

「…お風呂」

 

「へ?」

 

「一緒に…お風呂はいってちょうだい。

前みたいに、私が服を着たままじゃなくて、互いに裸を見せ合う状態で」

 

「…よぉし、なら早速お風呂を沸かそうか!」

 

「…それと、私の身体を洗って欲しいな」

 

「えっ?」

 

「…いや?」

 

「手洗いとアカスリのどっちがいい?」

 

「…恥ずかしいけど手洗いで…」

 

「喜んで!」

 

『ギェェェーーー!!!』

 

「ふ、ふふふ」

 

「あは、あはは」

 

怪鳥・キメラの鳴き声は朝を告げる声。

私たちは、どこか愛嬌のあるキメラの鳴き声を聞いて笑い転げた。

 

お母さん。

結婚式の少し前、扉を開ける時にお母さんが言っていたことは本当でした。

『彼に限ってそんなことはない』

お母さん、これから私はようやく彼とこの先を歩いて行けそうです。

 

「それじゃあすぐにお風呂を用意してくるね」

 

この頼りないけれど、すごく優しい旦那様と。

 

「…アカスリの方にして貰えば良かったかも…」

 

なんて事を言いながら、私はテーブルに乗ったままの食事を簡単にまとめて、上から虫除けの網を被せた。

 

 

 

 

To be next story.




ゼシカ好き。
結婚したい。
ギュってしたい。
お風呂は一緒にはいって、身体を手洗いしあいたい(何の店だ)
欲望ダダ漏れのお話でした。

それではまた次回の更新で。
さようなら。


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第五話 私とユッケとオトナな話題

先に謝っておこうと思います。

ユッケファンの皆さん、本当にごめんなさい。
サブタイの通り彼女が出て来ます。
しかし、キャラ崩壊というか、何というか…
私の中であるユッケ像で描きました。
なので、カピバラ番長版ユッケと思って呼んでください。
反省はしていますが、後悔はしていません。

そうそう、今回に関しては(スマフォの方は)横にして呼んだ方が良いかと。

それでは、お楽しみ下さい…




ふかふかのソファ。

いい匂いのする程よい温かさの紅茶に、ほっぺの落ちそうなくらい美味しいケーキ。

 

ここはベルガラックにあるギャリングさんの邸宅。

 

「それで、その後どうなの。

勇者様はあっちの方も勇者だったの?」

 

「ブフッ!?

な、なんの話かしら?」

 

「うっそん…

結婚式からどれだけ時間だったと思ってるのよ…」

 

少しだけ模様替えをしたギャリングさんのお部屋…正確には元・ギャリングさんのお部屋。

今はフォーグとユッケが共同で使い、私のような客人をもてなすための接客部屋になっていて、私はそこに通された。

 

「まだ、二ヶ月…かな?」

 

煌びやかなお皿とコップを、驚くほど豪華なテーブルの上に置く。

 

「呆れた…

『まだ』じゃなくて、『もう』でしょ?

初恋で新婚で二ヶ月って言ったら既に子供が二人くらいいないとおかしいでしょうに!」

 

「物理的に無理じゃないかしら!?」

 

現実離れした事を言うのは継承の試練の時に一緒に竜骨の迷宮を走り抜けた子、ユッケ。

今でも掌には【家長のあかし】がしっかりと刻まれている。

 

「まぁ、流石にそれは言い過ぎたとしても、よ。

まさか、本当に何にもしてないわけじゃないんでしょ?」

 

「う…うん、まぁ…その、ね」

 

「まぁ…その…何よ?」

 

「ま、毎日、ギュッて抱き締め合いながら、ち、ちゅーはしてる…わよ…?

10秒…くらい…」

 

「はぁー!?!?」

 

「な、なによ!自分で言うのすっごい恥ずかしいんだからね!?」

 

呆れて物も言えない…

そんな風に頭を抱えるユッケ。

 

「あのねぇ…はぁ…もう、なんて言うか…はぁ…

別にあんたらのペースでそういうことすればいいとは思うわよ?

でも、よくそんな少年少女みたいな恋愛してられるわね…発情しないわけ?」

 

「は、発情って!

そんな、動物じゃないんだから…!」

 

「するわけない?」

 

「うぐっ…!し、しないわよ…

したとしたって我慢するわよ…身体を洗いっこした時だって我慢…したんだし…」

 

「…今なんて?」

 

目を丸くして聞き返すユッケ。

絶対聞き返してくると思った。だから言いたくなかったのに。

兎に角一旦落ち着くために私は、半ば冷えている紅茶を一気に飲み干す。

 

「お風呂で一緒に…その、身体を洗いあったのよ」

 

「裸で?」

 

「服着て体洗うわけないでしょ!」

 

「ぶっ、あっはっはっはっは!!」

 

「な、なんで笑うのよ!」

 

私には全くわからないけど、どうやらユッケのツボに入ったらしく、しばらく笑い転げていた。

荒ぶる呼吸もそこそこに、落ち着きだしたユッケは涙を拭うとソファに座り直して。

 

「ひー、死んじゃう。ホンット、面白いわ〜。

あんたら、これからはそれネタにして世界中飛び回ったらどう?」

 

「ユッケ…?あんまりバカにすると流石の私も怒るわよ…?」

 

「冗談よ、冗談。

はぁ、それだけの事してるのにやる事ヤッて無いなら、まだ暫くは無理ね。

ま、彼とっても誠実そうだし、仕方ないと言えば仕方ないんだけど」

 

テーブルに肘をつつそんな事を言う。

 

「仕方がない、ってどう言う事?」

 

「わかりやすく言うとね、元気にならないのよ。

誠実すぎる人はね、きのこがおばけきのこにならないの。

そういう場面になるとね」

 

ユッケは、別に誰に聞かれているわけでもないのに身を乗り出して顔を近づけてくる。

もちろん私もユッケの動きを真似してテーブルに両腕をつく。

 

「え、そうなの?」

 

「うん、そうなの。

最初は元気一杯でマージマタンゴだったとしても、いざ入刀!ってなった時にはもう、見るシャドーもない…らしいわ」

 

「へ、へぇ…知らなかった。

でも、どうしてそうなるの?」

 

「聞いた話だと、急に責任感が出て弱くなっちゃうみたいね。

そんな事されたら相手は怒ればいいのか喜べばいいのかわからないわよね〜」

 

言い終えてソファに座るユッケ。

私もそれに習う。

 

「確かにねぇ…

…気になったんだけど、どうしてユッケがそんな話知ってるの?」

 

「どうしてって…どっかの王様もお忍びでやってくる、ベルガラックカジノのオーナーなのよ?

そんな私がちょーっと気にかければ今みたいな話幾らでも入ってくるわよ。

なんなら、男の人がスーパーハイテンションになっちゃう方法教えてあげよっか?」

 

「結構よ。

で、今頃本題だけど。どうして私を呼んだの?

まさか、さっきみたいな話しをするためだけに呼んだわけじゃないでしょう?

私だけならともかく、あの人まで」

 

「あっははは、バレた?

まぁ、久々に話をしたかったのと、二人がどこまで進んでたのかも確認したかったってのもあるけど…」

 

ユッケはそんな事を言いながら、ソファの端に置かれたままだった茶封筒から紙を二枚取り出す。

 

「実は、このカジノが次のステージに上がるための実験台になって欲しかったんだ」

 

そうしてテーブルに置かれたのは、二枚の契約書らしきもの。

 

「本当は今すぐ二人に書いてもらうつもりだったんだけど…

まさか旦那の方がお仕事してたなんてねぇ、盲点だったわ。

最後に会った時…と言っても結婚式の日を除いてだから、暗黒神を倒す前のちょっとした息抜きの時ね。

その時は結構ゴールド持ってる感じだったし、暫くは甘い蜜月を過ごすもんだと踏んでたのに…」

 

「あはは、彼もまだミーティア姫のコト、踏ん切りがつかないんでしょうね。

ある程度落ち着いてからだから…結婚してから半月と少しくらい経った頃かしら。

仕事の話が来たから言ってくるって言ってね、そのまま新米兵士の指南役になっちゃったわ」

 

「はー、立派なもんねぇ。

普通、嫁の恋敵だった相手のところで働くかね。

まぁ、あの勇者様に限っては浮気だの何だのはないと思うけど」

 

「そ。

私もそう思ったし、やっぱり、ミーティア姫に恨まれても仕方ないコトしちゃってるわけだし…

トロデーン城に関する話は、全部彼に一任してるわ」

 

「なーんか、ゼシカさんらしくない気もするけど、当事者になったらそんなもんなのかな、って思ったりもしたり」

 

頬杖をついて笑うユッケに、つられて私も笑ってしまう。

確かに、普通なら考えられない話なんだろうけど、そもそも私たちは生い立ちからして普通じゃないもの。

勇者様に姫様に賢者の子孫。

これだけの材料が揃えばイレギュラーだってあるだろう。

 

「で、それには目を通してくれた?」

 

「あ、ごめんごめん。すぐに見るわね」

 

私はテーブルに置かれた二枚の紙を持って、さっと読む。

どうやら書かれている内容は同じらしい。

持っていた一枚をテーブルに戻してさらに読み続けた。

 

「えぇと、なになに?」

 

『この度はベルガラックカジノにお越し頂きありがとうございます。

 

あなた方は、カジノ経営者である我々フォーグとユッケにとってかけがえのない存在であり、訪れたのならばどんなお客様よりも最上のおもてなしを致す所存でございます。

 

つきましてはこの度、新しく発表しようと思案しているプラン。

 

その名も。

 

【恋愛成就&ハネムーン大作戦(仮)】

 

の被験者となっていただきたく、お呼びした次第です。

 

カジノオーナー・フォーグ&ユッケ』

 

「なに…これ」

 

前後の文が繋がっていない…と言うか、繋げるつもりもない。そんな感じだ。

 

「書いたまんまよ。ま、簡単に言うと新しい宿泊プランね。最終目的はこうよ」

 

勢いよくユッケは立ち上がると、どこから取り出したのかわからない大きな紙を広げる。

そこにはこう書いてあった。

 

【恋愛スポットとして売り出して!

カジノの利益を更に上げたい!】

 

「なるほどね…

商売人の考えそうな事だわ…」

 

「ふふん、ありがと!褒め言葉として受け取っておくわ!」

 

正直に言って怪しい臭いしかしない。

商売人…しかもやり手の経営者の二人だ、きっと相当なのを試してくるはず。

 

「で、どう?受けるかどうかは旦那と決めるとして、ゼシカさん自身は乗ってもいいとか思ってる?」

 

薄ら笑いを浮かべて聞いてくるユッケ。

 

「そうね…」

 

実験台になれば間違いなく色んな事をしてくるだろう二人。

本来なら一蹴して断っているだろう。

けど、この企画を読んでからは心が揺らいだ。

 

【恋愛成就&ハネムーン大作戦(仮)】

 

恋愛成就はもう叶っているからいいとして、後者の【ハネムーン】という単語。

これには抗いがえない誘惑がある。

 

それは旅の途中に独り言のつもりで口にした言葉。

 

『こんな町ならハネムーンで来たいわね』

 

その気持ちは今でも変わってはいない。

それどころかむしろ、以前よりも強まっているのだ。

何故なら、私たちはまだハネムーンに行っていないのだから。

 

「…返事はいつまでにすればいいのかしら」

 

「そうね〜、来週までかしら。

企画自体は二人の都合に合わせるからいつでもいいし、やるのかやらないのかだけ早くわかればそれでいいわ」

 

いつの間にかユッケの顔は満面の笑みへと変わっている。

初めから私が乗るつもりだと思っていたのだろう。

 

「…彼の仕事の都合によるから何とも言えないわよ?」

 

「ま、期待して待ってるわ。

書類は持って帰っていいわよ〜。その方が承諾も取りやすいでしょうしね。

あ、何ならこのおっきい紙も持ってく?」

 

「い…らないわね。

特に役に立ちそうもないし」

 

「おっけ〜。

じゃ、いい報告待ってるわ」

 

慣れた手つきで書類を茶封筒にしまったユッケは、それと一緒にキメラのつばさを私に渡す。

 

「そろそろ夕飯をつくらないといけない時間じゃない?

早く帰ってあげたらどうかしら」

 

「ほんっとうに逞しく成長したわね。

その手のしるしは本当にただのしるしなんでしょうね?」

 

「さぁて、どうかしらねぇ」

 

「ふふっ」

 

「あははは」

 

少しの間笑いあってから、私は貰ったキメラのつばさで家に帰った。

それから夕飯を作り、お風呂を用意して、彼の帰り待った。

 

 

翌朝。

 

「あら、随分早いんじゃない?」

 

「はい、これ。それじゃ!」

 

私は何枚か持って来た内の一枚を空に放り、今度はリーザス村へと飛んだ。

 

「あらら、もう行っちゃった。

よっぽど嬉しいのね〜。

ま、こうなることはわかっていたけど」

 

【承認】に丸が付けられた二枚の書類を見て、最高の笑顔を浮かべるユッケを尻目に。

 

「お帰りなさいゼシカ。

お嫁に行っても、これと決めたら周りが見えないのは変わらないのね」

 

「何か言ったお母さん!?

それより、私が持って帰って来た旅の道具とかってどこにあるんだっけ!」

 

「はぁ…

屋根上部屋のどこかでしょう」

 

「ありがと!」

 

嬉しい。

楽しみだ。

まさか彼が、二つ返事で書類にサインしてくれるなんて。

 

泊まりに行くのは、彼の仕事がひと段落する四週間後。

とてもじゃないが、それまでじっと待って入られそうにない。

 

屋根上部屋に上がった私は小さな声で呟いた。

 

「さいっこー!」

 

 

 

 

To be next story.




と言うわけで、次回はゼシカ&主人公のラブラブハネムーン回。
となるわけですが、予告しておきます。
次回はフォーグがキャラ崩壊します(迫真)
え?ゼシカも主人公もキャラ崩壊してるんじゃないかって?
…ノーコメントで。

これではまた、次回の更新でお会いしましょう。
さようなら。


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第六話 私と旦那様と宿泊先

フォーグのキャラ崩壊ですが…
やはり、免れませんでした…

それではお楽しみ下さい。


「やったわね、お兄ちゃん」

 

「お手柄だ、妹よ」

 

暗闇に灯る二対のろうそくの炎。

それに映されたのは、同じく二対の笑み。

 

「さて妹よ。実験台のあの二人、どうくっ付けてやる?」

 

「安心しなさいお兄ちゃん。私には4つのプランと1つの奥の手があるわ。

…まぁ、軌道に乗ったら5つ目のプランを追加する予定なんだけどね」

 

「その5つ目のプランってのは?」

 

「恋愛成就&ハネムーン大作戦(仮)が正式に宿泊プランの1つとして追加された場合、カジノの一角を宿泊プランで泊まった人たち用にするの。

…あらかじめ当たりやすくなったスロットを置いてね」

 

片方の炎が揺らめぐ。

 

「なるほど。それで自分のパートナーの運が強いと思わせて更に、好きになってもらうわけか」

 

「さっすが私のお兄ちゃんね。全くその通りよ」

 

「そもそもの実験台が二人しかいないとなると、専用のスロット台ばかり当たるのは他の客が不審に思うから、今回は組み入れなかったのか」

 

「またまた大正解。

回数制限なんかをつけて試してみても良かったんだけど、万が一、お客の暴動でも起きたらいくら何でも二人に申し訳ないしね」

 

「確かにな。

では本題だ。他の4つのプランと1つの奥の手を教えてもらえるか?」

 

「オーケー。それはね…(ごにょごにょ)」

 

炎に照らされた顔の1つが、もう1つの顔に近づいて耳打ちをする。

 

「なるほどなるほど。なかなか悪くないじゃないか。

よし、手配は任せておけ」

 

「もちろん、そっち方面はお兄ちゃんの役割だしね」

 

「はっは、それもそうだな!」

 

僅かに笑い声が室内に響く。

とても明るく、されど企みに満ちた商売人特有の笑い声だ。

 

「それじゃあお兄ちゃん、明後日までにお願いね?」

 

「明日中には済ませておくさ」

 

そうして聞こえたのは小さな吐息の音。

揺らぐ炎は白くて細長い煙を出して、消えた。

 

 

 

 

 

 

「ほ、ほら!見てよあのカジノ!大きいね!ねぇゼシカ!」

 

おどおどとする彼の言葉はまるで聞こえていないかのように、私はプイッと全く関係ない方を見る。

 

「くぅ…

あ、あそこに美味しそうなケーキ屋さんが…!」

 

「…私今ダイエット中なんだけど」

 

酷くぶっきらぼうに答える。

 

「うっ…そっか、ごめん…」

 

声と共に肩を落とす彼。

 

(うぅぅ…ごめんなさいあなた…でも、許して…)

 

思ってもいないのに、怒ったようなフリをするのがこんなに辛いなんて思いもしなかった。

顔を引きつらせながら、必死になって不機嫌な表情を作る。

 

「(何が簡単なお芝居よ…全然簡単じゃないじゃないの…!)」

 

遡ること2日前。

ワクワクとドキドキと、ほんの少しの緊張感をもって夕飯を作っていた時。

少し大きめの封筒が届いた。

宛名はフォーグで送り先は私。

中身は2つで、片方は一般的に見られるごく普通の手紙。

もう一方は薄い本のような物。

最初に開けた手紙の内容はこんな感じだった。

 

『試したいことが多くあるため、本来なら一泊二日の予定だったがこちらの都合により二泊三日となった。すまない。

さて、その大作戦についてだが、実験台の君達が初めからラブラブで来ていたら宣伝にもならない。

そこで1つ芝居をしてもらいたい。

なに、簡単な事だ。

不仲な関係。倦怠期。実は好きではない。

理由は何でもいい、要はラブラブでは無いように演じて欲しい。

 

もし適当な設定が思いつかないのであれば、不肖、私が書かせていただいた台本に沿ってもらえれば助かる。これならそこまで難しくはないはずだ。

同封しておく』

 

そうして同封されていた台本の内容がついさっきの会話だ。

 

彼と話し合った末、フォーグの台本を演じる事となったのだが…

 

「ゼシカ…!あの!」

 

「何よ?またケーキの話だったら凍らすわよ」

 

「…ごめん。

砂糖控えめって書いてあったからアレなら…って…思ったん…だけど…。

ホントに…ごめん」

 

弱々しくて哀しげで、どうにかして私を振り向かせようとする夫の役を、迫真の演技でこなす彼。

あまりの演技力に、彼を直視…どころか指先をちらりと見る事すらできない。

と言うか、本当に演技なのかと疑っているくらいだ。

 

「わかってるなら静かにしてて。

そーいう、マゴマゴしてて頼りないところ?

ホントにムカつくから」

 

胸の下で腕を組み直して、ふんっ!とそっぽを向く。

もちろんこれも台本通りの動きだ。

 

当たり前だけど、さっきのセリフは全部嘘。

確かに彼を、何も知らなかった頃はイライラもしたけど…

それは彼の持つ優しさなんだと気がついた時からは、むしろ大好きなのだ。

 

演技と分かっていても、心にもない言葉を言うのは結構堪える。

…ちょっとだけ、ラプソーンに操られている時の事を思い出した。

…チェルスのコトも。

 

「ゼ、ゼシカ!ほら、着いたよ!今日はここに泊まるんだ!」

 

彼に声をかけられて我に戻る。

まずい!

えぇっと、次のセリフは…確か…!

 

「ふ、ふ〜ん。あなたにしては良いところ選んだじゃないの。

まぁまぁってところね」

 

慌てたせいでちょっとだけ棒読みになってしまったけど、何とか忘れずに言えた。

 

「…だってほら、前に来た時に『ここに泊まりたい』って言ってたからさ…」

 

「えっ?」

 

そんなセリフは台本になかったはず。

ここは、『世界で一番のカジノが楽しめるし、ここの宿屋なら喜んでくれると思って』なのに。

私は思わず彼の方を見てしまう。

 

「あはは…フォーグたちに怒られちゃうね」

 

彼は照れ笑いしながらそう言った。

 

「ンンッ!!」

 

ズギュゥゥゥウン。

そんな効果音が聞こえる。…気がした。

どくやずきん…いや、キラーマシーンの弓で痛恨の一撃を喰らったかのような衝撃に、胸を掴む。

 

私のボリューム満天な胸の上からでもわかる鼓動の高鳴り。

火照る身体に染まる頬。

これが、俗に言う魅了系の攻撃…!

旅の途中で、ククールやヤンガスやモリーさんが女人系の魔物に片っ端から受けて、当然の如く行動不能に陥っていた攻撃!

 

「ど、どうしたのゼシカ!?そんなに苦しそうに胸を押さえて…!」

 

だ、だめ…

そんなに優しい言葉をかけないで…

今、私を気遣うようなコトばかり言ったら…心臓が止まっちゃう…からぁ…

 

「な、何でもないわ…!そ、それよりほら、早く入りましょうよぉ…」

 

緩まりそうになる言葉をどうにか締めて、目の前にある宿屋の入り口に行くよう促す。

 

「で、でも!」

 

「大丈夫、大丈夫よ…!

…ほら、見ての通りピンピンしてるし、ね?だから行きましょう?」

 

心配性な彼の前で、二度三度ジャンプして元気な証拠を見せる。

それを見た彼は、渋々といった風な顔をして。

 

「それならいいんだけど…

辛くなったら教えてね?すぐに回復魔法を使うから」

 

「も、もちろんよ!

さ、行きましょう!ユッケたちが待ってるし!」

 

言いながら入り口の扉に手をかける。

 

本当に嘘なんてついていない。それだけは誓って言える。

むしろ、元気すぎるくらいに元気だ。

まさか、彼が覚えていてくれただなんて思いもしなかった。

それにあの照れ笑いした顔…

あれだけで、今夜から一週間は困らなそうだ。

 

「それじゃ、開けるわよー!」

 

溢れ出る喜びに振り回されないよう、無駄に声を出して扉を開ける。

すると、その先には…。

 

「「いらっしゃいませ!御二方!此の度はベルガラック宿屋にお泊まりいただき、誠に有難う御座います!」」

 

フォーマルな服で身を包んだフォーグとユッケが居た。

 

 

 

 

「「では!お楽しみ下さいませ!」」

 

妙に上機嫌で言ったかと思えば、フォーグとユッケはそさくさとどこかへ消えてしまう。

 

まぁ、いない方が休まるからいいのだけど。

しかし、それにしても…

 

「うわぁ…何よこれ…。

悪趣味っていうか、何ていうか…」

 

ユッケたちに案内された部屋ーーー名義上は【ロマンスルーム】と呼ぶらしいのだけど…

 

「うぅん…旅で疲れた時に案内されたら、僕でも怒るかも…」

 

困惑する彼。

彼の言葉はもっともだ。

 

赤が強めのピンクで全体は照らされている。

部屋に置かれているのは、少し小さめのダブルベッドと若干大きめの枕。それに、二人掛け用のソファ1つにテーブルが1つ。

更に部屋の奥に行くと、中身が丸見えのシャワールームと脱衣所。

その入り口付近には、これでもかと並べられているタンス。その数、およそ5つ。

一体何が入っているんだか。

 

「兎に角、部屋の明かりをどうにかしなくちゃね」

 

そう言って、彼と辺りを見回す。

と、ベッドの置かれている近くの壁の上の方に、それらしいスイッチを見つけた。

 

「あれかな?

…何でこんなとこにあるのかしら」

 

「変だね…

よし、ゼシカは待ってて。僕が押してくるから」

 

「ん、わかった」

 

彼は警戒しながらベッドまで行き、その上に乗ってスイッチを押した。

すると瞬く間に、雰囲気がガラリと変わった。

ムード溢れる部屋から、どこにでもある部屋。

つまり、ごく普通の、民家のような明かりが灯ったのだ。

 

とはいえ少し光がキツイ。

どこが灯っているのかを確認すると、どうやら明かりの元は天井の四隅と同じく天井の中心らしい。

五つの方向から照らされているのだから道理で眩しいはずだ。

 

「ふぅ、よかった。何もなかったわね。

ま、ダンジョンとは違うんだし、なにか起きてもせいぜいタライが降ってくるとかぐらいでしょうけど」

 

笑いながら彼のいるベッドに視線を戻す。

そこでは両膝と手をついた状態…所謂四つん這いの格好になっている。

 

「あら、どうしたのあなた。

早くベッドから降りて、一緒にこの中を見回らないと」

 

「あ、うん。そうしたいのはやまやまなんだけど…」

 

「…どうしたの?」

 

一向に動く気配のない彼。

流石に疑問を感じた私は彼の元まで行くと。

 

「なに、この看板…?」

 

彼の身体で隠れていた部分には、真新しい看板があった。

ついさっきまではなかったのにあるという事は、明かりを変えるためのスイッチを押したから、だろうか。

 

「えぇーと、なになに?

『ベッドから降りたければ、その上で相手と三十秒間抱き合え』…ですって!?」

 

「そうみたいなんだ…」

 

言いながら彼が足を動かすと、ジャラジャラという金属の擦れる音がした。

見れば、彼の足首には囚人がつけるような黒鉄の鎖が。

 

「なぁるほど、こんな風に攻めてくるのね、あの二人は…」

 

「後これ、時間が過ぎるごとに締め付けがきつくなるみたいなんだ…」

 

「はぁ!?

……ホントね、微弱だけど確かに魔力を感じる。

しかも、かなり特殊で複雑な感じのね」

 

もちろん、私ほどの大魔法使いともなれば手間をかければ解呪は可能だ。

しかし、これを解呪する時間は無い。

 

「なんか、棚ぼたみたいな感じで納得いかないけど…

ユッケたちの思惑通り抱き合いましょう」

 

口ではそう言っても内心は穏やかじゃなかった。

三十秒、つまりはいつもの三倍の時間も全身を密着させるというコト。

それでかかる心的負担は並では無い。

普段だって必死に、ばくばく動く心臓をどうにか落ち着かせて抱き合っているのに、それを三十秒も続けるのだ。

その時はきっと、永遠とも言えるくらい長い時間だろう。

 

いいえ、待って。

体感とはいえ、永遠とも言えるくらい長いあいだ抱き合っていられるの…?

 

それは…悪く…無いわね。

 

「さ、じゃあ早速抱き合おうかしら!」

 

「え、あぁ、うん。あ、待って!」

 

そういうと彼は、何かを確かめるように身体を何度か揺らす。

 

「…ゼシカ、今気づいたコトが一つあるんだ」

 

途端に真面目な顔になる彼。

どうしたというのだろう。

 

「へ?もしかして、鎖取れちゃった?」

 

それはまずい!

もとい、ある意味では大変だ。

すぐにユッケかフォーグに知らせなければ。

 

…別に、残念がってなんか無いわよ?

 

「ううん。

今ね、横向きで寝ようと思ったら、無理だったんだ」

 

「えっと…つまりどういうコト?」

 

「つまり、僕の下にゼシカが横になって、その上に僕が重なるようにしないと抱き合えないってコト。

…みたい」

 

「…はい?」

 

急な話に頭がついていかない。

待って待って待って。

私の考えだと、二人で横向きになった状態で抱き合うカンジだったんだけど…!?

 

けど、彼の言い方だと…

端的に考えて、彼が私を押しつぶすような形で抱き合うコトになる。

それは文字通り、彼の全体重が私に襲いかかるわけで…

当然、私はそれを全身で受けなければならない。

 

そんな…そんなコトって…

 

「あの、ゼシカ?そろそろ本当に足首が限界みたいなんだ…

まさか、両足首と左手首が鎖で繋がれているなんて…僕がもっと気をつけていたら…」

 

「いいわ!やりましょう!早速!今すぐに!」

 

「え、あ、うん!わかった!」

 

彼の両足首と左手首が締め付けられているのに迷っている暇はない。

私は、彼が大きめに開けてくれたスペースに身体を入れる。

僅かに顔を撫ぜる彼の息が、私が今、どれだけ彼の近くにいるのかを物語っている。

 

「そ、それじゃあ、行くよ…?」

 

「ば、バッチコーイ…」

 

ゆっくりとだけど、素早く。

慎重だけれど、大胆に。

それは多分、私が彼を下から見ているから感じるコトだ。

 

むに…と、彼の胸が私の胸と微かに触れる。

一瞬だけ、戸惑うように彼は止まると、けれど再び、動き出す。

むにゅ…

むににに…

普段とは比べ物にならない圧迫感と、胸の潰れていく感覚。

押される感覚の次に来たのは、締め付けられる感覚。

彼の右腕が私の背中に回り、私も両腕を彼の後ろに回す。

 

幸せが、歓びが、彼の想いが、私を支配していく。

 

ここがどこなのか。

 

誰に招待されたのか。

 

そんなものは全て頭の外に出て行ってしまうほどの充足感。

 

私の胸が完全に押し潰された時には既に、彼の顔が、ほぼ私の真横にあった。

 

「…あなた」

 

「な、なに?」

 

感極まる、というのは今みたいな気持ちのコトを言うのだろう。

 

「ちゅーしても…いい、かな」

 

「……」

 

彼は少しだけ黙ると、私に顔を向ける。

それは、『してもいい』という合図だった。

 

私は目を閉じて、彼に唇を重ね…

 

【プァー!プァー!プァー!】

 

ようとした時、部屋に大音量のラッパが鳴った。

 

「「っはぁ、はぁ、はぁ!」」

 

あまりにあまりの出来事に、緊張だったりなんだったりとは全く違う別の驚きに心臓が早鐘を鳴らす。

間違いない、あと一つ上のびっくりだったら死んでいた。

 

「ユッケ!!!!」

 

私は怒鳴りながらも、ついさっきのコトを思い出す。

あと少し。

あとほんの少しというところで、彼と…その…そういうところまでいけそうな雰囲気だったのに…!

 

「こ、これは安心出来そうにないぞ…!」

 

彼の言葉で目が覚めた。

ユッケはともかくとして、フォーグは継承のしれんの時に、自分が勝ちたいという理由から私達の夕飯に眠り薬を入れるような奴だった…!

 

「いいわよ、そういうつもりならとことんまでやってやるわ!」

 

かんっぜんにあったまきた!

こうなったらあの二人に徹底的に教えてあげなければ。

 

「いい、あなた!絶対にあの二人の思い通りになんかさせないわよ!」

 

「だね。

これはイタズラにしてはちょっと、度が過ぎてる。

少し、お灸を据えたほうがいいかも…!」

 

珍しく彼もやる気らしい。

 

そんな時に、どこからともなく乾いた木がぶつかるような音がした。

 

【楽しんでもらえたかしら?それじゃあ次は食堂へレッツゴー!】

 

とだけ書かれた看板が、二人掛けソファの後ろからニョキッと生えている。

音の元はこれだろう。

 

「ふっ、いいわ。行ってやろうじゃないの。

いいかしら、あなた?」

 

「勿論。お腹も空いたコトだしね」

 

私たちの意見は一致した。

お腹に手を当て、顔を見合わせて頷き、次なる戦場へと足を運ぶため、部屋のドアに手を掛けた。

 

その時の私たちは知らなかった。

ドアの先に起きる、想像もしなかった事を。

 

 

 

 

 

To be next story.

 




ぁぁぁぁぁ
ゼシカが可愛いんじゃぁぁぁ-
私のところに来てホスィ…
え?それは無理?そんなぁ…

そんな事より!
次回は食堂で事件が起きる模様!
ユッケの考えた4つのプランとは?奥の手とは!?
次回、そのうちの1つが明らかに!?(なるとは言っていない)

それではまた、次回の更新で。
さようなら。


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第七話 私と旦那様と宿屋の御夕飯

久々の投稿となります。遅れてしまい申し訳ない…

ええはいまぁ、非常に異常なまでにゼシカと旦那様がキャラ崩壊しています。
仕方ないと言えば仕方ないのですがね…

では、お楽しみ下さいませ。


「くっ…!こんなの…卑怯よ…!」

 

受付近くの地下階段を降りて食堂…もとい、酒場へと私たちは立っていた。

 

リズミカルな音楽。

充満するいろんなお酒の匂い。

男女問わず飛び交う酔った人の声に、ステージ上のバニーちゃん。

 

普段なら見向きもしない場所だけど、今回は違う。

ここは、そう。

部屋に現れた看板が示す場所だからだ。

 

「凄く、豪華だね…(ごくり)」

 

目の前に広がる光景に彼の喉が鳴る。

 

「ダメ、ダメよあなた…!これに何が入ってるかなんて分かったもんじゃ無いんだから…!」

 

木製で横長のテーブルに乗せられているのは、豪華に豪華を足して上から更に豪華を振りかけたかのような豪華な料理の数々。

そのテーブルの一番端っこに立てかけられている看板にはこう書いてある。

 

【勇者様御夫婦専用バイキング

お好きなだけお食べ下さいね♪】

 

「くっ…!誰がこんな、怪しさ全開の看板の料理を食べるもんですか…!」

 

なんて口ではそうは言っても、私も彼も今もの凄くお腹が減っている。

何故なら、お昼を食べずに来てしまったから。

ベルガラックの宿屋にならきっと美味しい料理がたくさん出ると思ってお昼を抜いて来てしまったから。

 

…予想通り、とっっても美味しそうな料理が目の前に並んでいる。

けれど、食べてはいけない。

食べたら最後。

竜骨の迷宮に挑む日の朝のように睡眠薬で眠らされてしまうかもしれないのだ。

 

こんな事ならちゃんと食べてくればよかった…!

 

「おや、二人ともどうした?何故食事に手をつけないんだ?」

 

背後から不意に聞こえた声に反射的に振り向く。

そこには、蒼白色の髪で右目を隠した真紅の服に身を包む青年ーーーフォーグが居た。

 

「そのテーブルに並ぶ料理は全て、君達二人のためにコックに作らせたものなのだから遠慮なく食べると良い」

 

偉そうに腕を組むフォーグ。

 

「イヤミな言い方は相変わらずのようね。

それで?この料理は何かしら」

 

「おっと?何を勘違いしているのかわからないが、そちらも以前と変わらず何よりだ」

 

なんて、挑発的な言い方も変わっていない。

 

「で、何故食べな…ああ、そうか!

何か仕込んでるのでは無いかと考えているのだな?」

 

「ご名答よ。ついさっきあんな事があったのに、無用心にご飯なんて食べられるわけないでしょ?」

 

「ねぇあなた?」そう言って彼の方に向いた。

 

「うん、ちょっと信用出来ないかな…

あ、そうそう、その件についてなんだけどさ。

流石にあれはやり過ぎだよフォーグ。僕もゼシカも君達を叱りつけたりはしたく無いから、今後はやめてよ?」

 

彼は苦笑いしながらそう言うと、ぽりぽり頭を掻いた。

 

「ははは、そうだな。少しばかり急ぎ過ぎたようだ。以後気をつけよう。

それより、やはり私達の用意した食事には手をつけたく無いか?」

 

フォーグは、テーブルの上の食事に視線を向ける。

やっぱり、用意した以上は食べてほしいのかな?

 

「前科のある私ではあるが…ここは一つ、私を信じてあれらを食べてはくれまいか?」

 

「あんたを信じて…って、信用に足りるだけの証拠が無いんだけど…?」

 

「む、痛いところを突くな。

しかしこの料理は、ベルガラックの宿屋が誇るコックたちが腕によりをかけて作ってくれたものだ。

いくら私でも、そんな芸術品とも言える料理に薬を仕込むと思うか?」

 

まるで展覧会の品を見せるかのように大袈裟な振る舞いをするフォーグ。

 

そりゃあ、確かに?

よくわかんない絵画とかに比べたら、芸術的にも見えるけど…

 

「そんな言い方したら、なんだか私たちが悪者みたいじゃない…」

 

私は思わず弱気な口調になってしまう。

そこを見逃すフォーグでは無かった。

 

「…以前に比べて食料の調達は遥かに容易になった。しかしな、それでも食料が行き届かない地域は多くある。そうなれば当然、満足な栄養も取れずに飢えて死んでしまう者も少なからずいる。

そんな中、だ。

そんな中、君達はその貴重な食料で作られた食事に手をつけないというのか?」

 

ヤンガスが使っていた【おっさん呼び】のような怒涛の物言い。

そりゃあそういう人だって沢山いるだろうし、私だって経験したことがないわけじゃない。けど。

 

「あんたねぇ…その言い方は、いくらなんでも卑怯じゃ無いかしら…?

それに、どちらにしたってあの量を私たち二人で食べ切るなんて無理よ?」

 

「いやそこは心配ない。

あそこに並ぶ料理は君達の食事の後、ここのコックやバニーちゃん達に食べてもらう予定だからな」

 

「だったら!別に私たちが食べなくても問題無いじゃない!

失礼しちゃうわ!」

 

胸の下で腕を組んで、フンッ!とそっぽを向く。

全く、さっきまでの口上はなんだったのかしら。

私たち以外にも食べる人がいるんだったら、それこそ私たちが危険を冒してまで食べる必要なんてないじゃないの。

 

「だが考えてもみてくれ」

 

「何よ」

 

「君はそこにいる勇者様や、あるいは他の仲間達に食事を振る舞う時、皆の為にととても美味い料理を作り上げ提供した。

しかし、誰もそれに手をつけなかった。

そうなった場合、君はどう考える?」

 

「へ?」

 

急な質問に戸惑いながらも、状況を思い浮かべてみる。

 

我が家にみんなが集まる。

テーブルに出された私の作った料理の数々。

けれど、みんなお酒とかばっかり飲んで誰も私の作った料理に手をつけない。

…彼でさえも。

 

「うっ…それはちょっと、耐えられないわね…」

 

「大丈夫ゼシカ。僕も他のみんなも、君の作った料理に手をつけないなんて事は絶対にないよ」

 

「あ、あなた…!」

 

「今はそういうのいらないからな、勇者様?

…話を戻すとだ。

君達が今やろうとしてるのは、宿屋のコック達に対してのそういう事なんだ。

わかるか?これがどれだけ罪深く、また許されない行為なのかを」

 

そう言うとフォーグは、背後のお酒の飲めるカウンターに視線を向ける。

そこには、コック帽を被ったちっちゃくてまるいおじさんがチラチラとこっちの様子を伺っていた。

 

「…ほらな?」

 

嫌らしい笑みを浮かべるフォーグ。

 

「ぐぬぬ…やっぱり、あんたって卑怯だわ…!

わかったわよ!食べれば良いんでしょう!食べれば!」

 

「ゼシカ!?」

 

「こうなったら仕方がないわ!

フォーグはムカつくけど…でも、コックのおじさんに罪は無いもの!

私たちで、出来る限り食べましょう!」

 

言いながら、怪しい言葉の書かれた看板の近くに置いてあるお皿を取る。

 

「だ、そうだ。勇者様はどうする?まさか、優しくてみんなのヒーローがそんな酷いことするはず無いよな?」

 

フォーグは再びカウンターに視線を向ける。

 

『(おどおど)』

 

やはりそこにはコック帽のおじさんが居て、こっちの様子を伺っていた。

 

「よーし、ゼシカ!夕飯にしようか!

見て、どれも凄く美味しそうだ!」

 

そう言って彼もお皿を手にする。

 

「ははっ!ま、安心するといい。そこの料理には本当に何も入っていない。

…父に誓ったっていい」

 

フォーグは自信たっぷりなセリフの最後に、そんな言葉を混ぜた。

教会の前に捨てられていた赤ん坊のフォーグとユッケ、実の子のように育てたギャリングさん。

そのギャリングさんに【誓う】とまで言うってコトは、本当に何も仕組んではいないんだろう。

 

「そこまで言うのなら…本当なのね。

…うん、なんか疑って悪かったわ。そこまで思い詰めさせちゃうなんて…

ちょっと、言い過ぎちゃった気がするわ。

その…ごめん、なさい」

 

「僕も、ごめん…」

 

「いやいいんだ。君達が僕を疑うのは当然だし、仕方が無いと理解している」

 

いつものように腕を組むフォーグ。

 

「だがな、もし悪いと思うのなら」

 

フォーグは近くを歩いていたバニーちゃんの運んでいた【シルバートレイ】に乗っている飲み物を二つ取ると。

 

「ここで提供している食前酒の味についても感想をくれないか?」

 

ニヤリと笑ってその飲み物を私たちに差し出した。

 

「あっははは、恐れ入ったわ。まさに筋金入りって感じね。

いいわ、普段あんまり飲まないけど…今日は特別」

 

「じゃ僕も、少しだけ」

 

私と彼はお酒のグラスを受け取る。

 

「そうか、それは良かった。

…そう言えば、二人は酒には強いのか?」

 

「えっ?ん〜どうかしら。

私も彼も人並みより少しだけ強いって感じかしら?」

 

「前にみんなで飲んだ時は、僕とゼシカが一番最初に潰れちゃったんだよね」

 

「そうそう。あの時は調子に乗っていっぱい飲んじゃったわ〜」

 

「…ふむ、まぁ、だからと言って別にどうと言うコトはないのだがな。

なんとなく気になったから聞いただけだ」

 

そう言うとフォーグは私たちに背を向け。

 

「では、楽しんでくれたまえ。

酒に関しては、近くのバニーちゃんの誰かに遠慮せず頼んでくれ」

 

「わかったわ、ありがと」

 

「では、また今度」

 

「じゃあね。ユッケにもよろしく」

 

頷くとフォーグは、階段を登っていった。

 

「さてと。それじゃ食べましょうか」

 

「だね。

…早いところ食べ出さないとコックさんも仕事に戻れなくて大変だろうし」

 

「そ、そうね」

 

そう言って私たちは、貰ったお酒を少しずつ飲みながら、思わずほっぺに手を当ててしまうくらい美味しい料理をお腹いっぱいになるまで食べた。

 

 

 

 

 

「うーん!すっごく美味しかったわねー!」

 

「だね。ゼシカの料理にも負けないくらい美味しかった」

 

「あら、嬉しいコト言ってくれるじゃない♪

おだてたって〜、何も出ませんよーだ」

 

満腹になった私たちは、バニーちゃんに渡された食後酒を持って部屋に戻ってきた。

廊下とかで飲んでしまったから、グラスの中身は殆ど空っぽだけれど。

 

「ってアレ?元に戻ってる…?」

 

部屋の中はいつの間にか普通の明かりに変わっている。

 

「多分、フォーグかユッケが直したんじゃないかな?

さっきも『やり過ぎた』みたいなこと言ってたし」

 

少し遅れて入って来た彼がそう言った。

 

「確かにそうかもね〜。

まぁ、わかってくれたなら良いのよ」

 

お腹が満たされて上機嫌な私は近くのテーブルに、持っていたグラスを置く。

 

「にしても、ここってお酒も美味しいのね〜。

あんまりお酒には詳しくないけど、アスカンタ城やトロデーン城で戴いたのと同じくらい飲み易くていいわ」

 

「そうだね。丁度良い甘さでスルスル飲める…

なんて言うお酒だっけ?」

 

「確か、カクテルとかって言ってなかったかしら?

ベースのお酒と、一種類以上のお酒かジュースを混ぜたとかなんとか、って」

 

「今度、みんなにも教えてあげようか」

 

「そうね。みんな喜ぶわ、きっと!」

 

話しながら部屋にある二人掛けのソファに腰を下ろす。

もちろん、隣には彼がいる。

 

「…なんだか、こういうの初めてな気がするわ」

 

くてっ…っと、横に座る彼に身体を預ける。

僅かに体温を感じた。

 

「二人だけでお酒を飲むのって、確かに初めてかもしれないね」

 

ピクリ、と身体が反応する。

彼の左手が私の左肩に触れたからだ。

そのまま彼は私の事を寄せる。

ほんの少しだけ空いていた二人の間が無くなり、完全に身体同士が密着する。

 

「どうしたの?なんだか今日は随分積極的じゃない」

 

「さぁ、どうしてかな?

…お酒の入ったゼシカが魅力的過ぎるから、かも」

 

なんて、本当に彼らしくないセリフを言う。

もしかしたらお酒が回っているのかも。

…な訳ないか。

あんなに飲みやすいお酒なら、そこまで強くないはずだしね。

 

それよりも…なんだろう。

何と無く視界がグラつくような…?

それだけじゃない。

なんだか、汗が酷いような…

 

「………この部屋、妙に暑い…?」

 

「そう?なら離れようか?」

 

「ううん、あなたが暑く感じないなら大丈夫」

 

「…なんだかすごい汗だね?

本当に大丈夫?」

 

言いながら彼は私の額を拭う。

心なしか気分がすっきりした気になる。

 

「ちょっと尋常じゃないな…

ゼシカ、先にお風呂入って来たら?このままだと風邪引くだろうし」

 

そんなに、酷いのかな。

少しだけぼんやりとする頭で考える。

 

「…そうね、悪いけどお先に失礼するわ」

 

お風呂に行くためにソファから立ち上がろうとした。

 

「あれ?なんか、足もほが…?」

 

中腰になった辺りで身体が前のめりになる。

脚に力が入らず、そのまま倒れそうになったところを。

 

「おっと!どうしたのゼシカ?」

 

彼の腕が入り、どうにか転倒だけは避けられた。

 

「ぅん、ちょっほね…あへ?なんか急にろれふが…?」

 

途端に視界が歪んで頭がぽわぽわとしてきた。

ナニ?ナニ?どういうこと?

 

「もしかしたら、お酒が回って来たのかも」

 

「ましゃか、しょんなわけ…」

 

自分でも驚く程口が回らない。

以前酔った時でもここまでじゃなかったのに。

 

「一旦座ろうか」

 

彼に身体を預けるしか出来ない私は、されるがままにソファに座り直す。

もちろん、力の入らない私は全体重を彼に寄せている。

 

「うーん…今日はもう、寝た方が良いかも。

変に起きてると、二日酔いで明日楽しめなくなっちゃうし」

 

「ふぇ?でも、まだお風呂にすら入ってにゃ…ない…」

 

「そんな事言われてもなぁ…

酔ってる時にお風呂に入ったら、危ないんだよ?

下手したら死んじゃうかもしれないし」

 

彼は諭すように言う。

 

「うぅ…

けど…それだと汗臭いままだし…」

 

「大丈夫だよゼシカ。汗の匂いくらいじゃ僕は気にしないし、むしろ、ゼシカが死んじゃうことの方が嫌だよ。

旅の時と違って、僕らにはもう神様からの加護が無いから復活系の呪文でも生き還れないから…」

 

「でもぉ…」

 

「上目遣いで頼んでもダメ」

 

「…ケチ」

 

ぷいっ、と明後日の方向に顔を向ける。

 

「あはは、嫌われちゃった。

…なら、嫌われたついでにどこかに行ってこようかな」

 

「へ?」

 

言い終わるよりも早く、彼はソファから立ち上がろうとする。

 

い、イヤ!

この状況で一人になるなんて、つらすぎる!

 

「ま、まっへ、きらいになんてなってないから!

いかないで…!」

 

彼にもたれかかっていた体重が、ソファの背もたれに移動するのが分かる。

そうなるように彼が移動したのだろう。

 

「あはは、わかってるって。

ちょっと水を持ってくるだけだから、待っててね」

 

「ふぇ?」

 

ふっ…と、私の頬に何かが触れた感触がした。

柔らかくて温かくて、ちょっとだけ湿り気のあるなにか。

 

「んー、もしかしたら僕も酔ってるのかもね。

…嫌だった?」

 

ぽりぽりと頬を掻いて、彼は恥ずかしそうに笑う。

 

…え?

 

「ちょ、まっ、な、なに…したの?」

 

「…水、持ってくるね」

 

サッ、と後ろを向いた彼は足早に洗面所に消える。

 

「も、もしかして…?」

 

『なにか』の触れた頬をさすってみる。

流石にさすっただけじゃ何をされたかなんてわからない。

けど、予想はつく。

 

「ほっぺに…ちゅー、された…の?」

 

考えるまでもなく、きっとそうなのだろう。

何をされたのかが分かった途端に、顔が熱くなる。

 

「いやいや、ふだんはもっとシゲキてきなのをしてるじゃないの…

にゃの…なのにいましゃら、それこそこどもみたいなコトで…」

 

なんで照れてるんだろう…。

どうしてこんなに胸がドキドキするのよ。

まさかお酒のせい…?

 

「お、お待たせ。これ…」

 

洗面所から戻って来た彼は、俯きながら手にしていた水の入ってるコップを私に差し出した。

 

「ん、あああ…ありがほ」

 

コップを受け取る手が震える。

 

なんでこんなに動揺してるのかしら。

どうしてこんなに胸の奥が切ないの?

これも、お酒のせい?

 

「そ、そうだ。ゼシカ、水を飲んだらちゃんとトイレに行ってね」

 

「へ?

…や、やだわ!わたし、そんなコトしんぱいされるほどこどもじゃにゃ…ないわ!」

 

「あ、いや、そうじゃなくてね」

 

「うん?」

 

「水を飲んでからトイレに行くと、身体に入ったお酒が外に出やすくなるんだ。

そ、そういう趣味とかじゃないからね!?」

 

「だ、だれもしょんなコトきいてにゃ…ないわよ」

 

どうやら彼も酔っているらしい。

よくわからないコトを口走ってる。

 

「それじゃ、もう少しだけ起きてようか」

 

そう言うと彼は、さっきのように私の隣に座ると。

 

「うわわ!」

 

ぐっ、と私の身体を寄せる。

 

「…たまには積極的な僕も、良いんじゃないかな?」

 

冗談ぽく、笑ってそう言う彼。

 

「…うん。わるくない…かも」

 

ぎゅっ、と。

静かに彼の腰を巻くように伸ばしていた右手に力を入れる。

当たり前だけど、全然力は入らない。

だから彼も気づいていないだろうと思った。

 

でも、違かった。

 

「やっぱり、ゼシカの手は柔らかいね」

 

そう言って、指同士を絡める…恋人繋ぎと言われる繋ぎ方をしてくる彼。

普段の彼なら、こんなコトは絶対にしない。

というか、彼がこの繋ぎ方を知っていたコトに驚いているくらいだ。

 

「…あなた、よってるでしょ」

 

「今のゼシカには言われたくない、かな」

 

「ふふっ、そうね。たしかにそう。

…ねぇ、あなた」

 

私は、彼の体温を半身で受けながら話しかける。

 

「なに?」

 

「今は、ずっとこのままでも…いい、かな?」

 

「もちろん。

でも、眠くなったら言ってね?ベッドでちゃんと寝ないと、疲れも酔いも取れないから」

 

「…うん」

 

そのまま私たちは、お喋りをするわけでも無く、天井を見上げたり窓の外を見たりしていた。

時折、彼の顔を覗いたりも。

 

何もしないでいるという贅沢。

 

ユッケは、もっと急いだ方がいい、みたいな事を言ってたけど…

私としては、こんな風に時間を使えるコトが嬉しくってしょうがない。

 

眼が覚めると、私はベッドで眠っていた。

足首や手には鎖は巻き付いていない。

代わりに、彼の身体がとても密着している。

きっと、鎖に繋がれて直ぐに私を抱き締めて、そのまま眠ってしまったんだろう。

 

心地の良い圧迫感に気を許した私は再び眼を閉じて、彼に起こされるまで眠った。

 

 

 

 

To be next story.




前回の話の引っ張りはなんだったんだー!

とは言わないでくださいませ。
一応、ラブコメ的感覚で描いてるので余り深くは考えずに描いております…
ゆるしてつかぁさい。

しかし、酔った女性って難しいですね。
特に話し方。
ろれつが回ってないって言ったって、どう回らないんだよって話です。
酔った女性と話したことなんて無いですし…

と、とにかく!
次回の更新でまたお会いしましょうゾ!

それでは、さようなら。


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第八話 私と旦那様と招待

お久しぶりです!
最近はリアルでやることが増えて来て、あまり描けていませんでした。ごめんなさいです。

なんて前書きはこの辺にして、それでは、どうぞ!


「おはよう、ゼシカ」

 

ちょっと喉に重みがかかる声で、再び私は瞼を開く。

 

「ふぁ…ふぁぁ〜〜

…………おはよう、あな…た…うぐ…」

 

いつもと違う天井。

いつもと違う匂い。

いつもと違うベッドに、いつもと違う目覚め。

それを感じるのは旅の醍醐味と言えるのだろうけど、正直、今はそんなコトを気にしている余裕はないみたい。

 

「うぅぅ…頭がぁ……」

 

ガンガンと、まるで【コングヘッド】に叩かれているみたいに頭が痛い。

思わずベットの上で体を丸めてしまう。

 

「なんか…気持ちも悪い…うぅ…」

 

「あー…それ、完全に二日酔いの症状だね」

 

なんとも言えない表情を浮かべた彼がこっちを見ている。

のだけど、その顔もわからないくらいに頭が痛い。

 

「ちょっと待ってて、水持って来るから。

ゼシカは楽な格好しててね?」

 

「あ、ありがと…」

 

ぐらぐら歪む視界で、どうにか捉えていた彼の姿が消える。

多分、洗面所に行ったんだろう。

 

「くぅ…身体くらい起こさなきゃ…ね…うぷ…」

 

ほんのちょっとでも頭が揺れると吐きそうになる。

出来る限り揺らさないで、ゆっくりと慎重に両肘を伸ばす時の力を使って身体を起こす。

 

「く…ふぅ…はぁ。つらいわ…」

 

普段なら小鳥のさえずりは心地いいものだけれど、今日に限ってはそれの真反対。

次からはもっと少ない量でお酒を楽しむようにしよう…

 

「ただいま。はい、これ」

 

「ん…」

 

微妙に焦点の合わない中、どうにか映ったコップらしきものを彼から受け取る。

 

「ありがと〜…」

 

うぅ、だめ。

少し声を出すだけで吐きそう…

とにかく、早いところ水を飲んで気分を変えなきゃ。

 

手にしたコップを口元に運んで傾ける。

けれど、何故か口の中は満たされない。

 

……どうして?

 

「ゼ、ゼシカ?そこは口じゃなくてほっぺただよ?」

 

「へ?…うわわわ!」

 

気がつけば、口内に流していたはずの水は全て私の胸へと流れていた。

 

「うぅ、冷たい…」

 

「あはは、タオルと新しい水を持ってくるね」

 

彼はニコニコと笑うと私からコップを受け取って、再び洗面所の方へと消えた。

 

 

 

 

 

「うーーんっ!やっぱり、健康が一番ね!」

 

両手の指を絡めて掌を上に向けて出発て背伸びをする。

そうする事で全身の緩みが減って、気分がリフレッシュされるのだ。

 

「間違い無いね。

…それにしても、まさか【アモールの水】が2日酔いにここまで効くなんて、思いもしなかったよ」

 

「そうね。旅の時はどうしても水がない時に飲んだりしたくらいだったし。

後でヤンガス達にも教えて上げましょうか」

 

彼が洗面所から持って来た道具。

それは、伝説の滝の水から名付けられた物、【アモールの水】。

なんでもその滝の水は、飲めばたちどころに病気が治るとか治らないとか。

 

恐らく、フォーグかユッケかが二日酔いにも効く事を知っていて、サービスの一環として洗面所に置いていたんだろう。

 

「名は体を表す、って言うのは本当だったみたいね」

 

「だね。アモールの水はまだ後二つ残ってるから、今日も飲み過ぎても平気だよ?」

 

「あー…ううん、やめとく。寝起きが辛いし…」

 

「あはは。それが良いよ。

まぁ、見てる側としては可愛いから、また見たいけどね」

 

「へ?ご、ごめん。なんて言ったの?」

 

そう聞き返すと、わたしの隣に座る彼は急にほっぺたを紅くして。

 

「あ、いやなんでも!

そ、それより今日はどうしようか!?」

 

何故か慌てた様子で話題を変えた。

 

うーん、まだ頭がぼーっとしてるのかな?

時々彼の声が聞こえない時があるっほい。

 

「そうね〜、どうしようかしら…」

 

なんて、いつもならあり得ないくらいゆっくりとした朝を過ごしていると。

 

バタン!

 

という大きな音が部屋に響いた。

 

「おはよう!今日は君達にスタンプラリーに挑戦して貰おうか!」

 

「ちょ!何勝手に入って来てるの!フォーグ!?」

 

声高々に入って来たのは、ユッケの双子の兄(もしくは弟)のフォーグ。

 

「はっはっは!実験台にプライバシーなど無いのだ!」

 

「はぁ!?」

 

「はっは、流石に冗談だ。だから早くその掌で作り上げた凶悪な火球を消してくれ」

 

笑顔の引き攣るフォーグ。

視線の先は、いつのまにか唱えていたメラが。

 

「えっ、あ、ご、ごめんなさい!つい、癖で…」

 

「恐ろしいな…

勇者よ、これではおちおち浮気も出来んな!」

 

「「しないから(わよ)!!」」

 

「うむうむ。息ぴったりで実に良い。

では先ほどの続きと行こうか」

 

そういうとフォーグは私たちに、スライムの色と形をした厚紙を差し出して来た。

彼と互いに顔を見合わせつつ、それを受け取る。

 

「なにこれ?

…ちょっと可愛いのが妙に腹立つわね。ユッケが?」

 

「そうだ。

スライム型にしようと提案したのは私で、サンプル品を作り上げたのがユッケだ」

 

「ふーん。子供とか女の人にウケそうね」

 

「そうで無くては困るからな。

何しろこれの目的は、正しく女子供に楽しんでもらう…いわば家族やカップル向けの催しだからな」

 

「それがスタンプラリーってやつなのね?

…あ、これ二つ折りになってる」

 

開くと中には彼とヤンガスが倒したというザバンや、みんなで洞窟で倒したトラップボックス、王家の山のアルゴングレードなどなど。

私たちが旅の途中で倒した強い魔物達の、可愛らしくなった絵が描かれていた。

中間地点に当たる4つ目にはドルマゲス、一番最後となる7つ目にはラプソーンの絵が。

それもまた憎たらしい事に可愛く描かれている。

 

「うーん、倒して来た者としてはちょっと困るな、あはは…」

 

隣では彼が力無く笑っている。

 

「そこはすまないと思ってはいるが…しかし、これもまたお客様に楽しんでもらうための工夫というものだ。許してほしい」

 

と、珍しく頭を下げて素直に謝るフォーグ。

 

「せめてと思い、勇者の一行が倒した全ての強敵をそこに描かせたかったのだが…

『何体いると思ってるのよ、お兄ちゃん!』とユッケに言われてしまってな…

結果、選抜された七体となったわけだ」

 

「じ、事情は分かったからもう頭をあげなさいよ。…別に、そんなに気にして無いものね?あなた」

 

「そうだね。うん。これでみんなが楽しんでくれるなら、全然良いと思うよ」

 

微笑む彼の言葉を聞いたフォーグは、顔を上げると。

 

「そうか!ありがとう!では早速だが君達に、このスタンプラリーがどれほど面白いのかを検証してもらおうか!」

 

もの凄く元気に言われた。

 

こいつ、怒られまいと一芝居打ってたわね…!!

 

「ま、まぁ良いわ。あなた、どうする?」

 

「いいね、やろう。

追体験って言うのかな、こういうのって?」

 

「ん〜、どうなのかしら?」

 

なんて笑いながら話していると。

 

「ふむ、やはりイチャつくのは二人だけの時にしてほしいものだな…

では、《参加する》という事でいいのだな?」

 

どこか嫌々にフォーグは話した。

 

「開催時間は十四時〜十八時までの間だ。それまでに目的…つまり、スタンプ全ての取得だなーーが出来れば、ささやかながら賞品をお渡ししよう。

逆に達成できなかったとしてもそこにペナルティなどは無いから安心してくれていい。

…強いて言えば、『どうして達成できなかったのか』を根掘り葉掘り聞かせて貰うがな」

 

腕組みのまま口早に話すフォーグの目に冗談の色はない。

どうやら本気みたいだ。

 

…まぁ、経営に関わる事だし当たり前なのだけれど。

 

「めんどくさそうだから、意地でも達成して見せるわ」

 

「いい返事だ。

では、この後に昼食を取ってもらい少ししたらスタンプラリー開始、といった具合になるが…いいか?」

 

「構わないわ。

貴方もそれでいい?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

「わかった。では、時間までに宿屋の入り口に集まってくれ。

今日は少し早めに食堂を開けておくから、今から食べに行って、食休みを長く取るという事も可能だが…」

 

そう言うとフォーグは突然考え込み始め、ぶつぶつと呟きだした。

 

「(そうか、この時間に始めるとなると昼食や夕食の時間も変えなければならないのか…

いや、ここは敢えて組み込んでしまうという手も…)」

 

さみだれ突きのように次々と言葉を繋げるフォーグに、私たちは若干の恐怖を感じる。

 

「(なら、あそこはこうして、そこはああして…いや、アレはユッケに頼むべきか?…いや、しかしな…)」

 

止まることを知らないさみだれ突きに堪らず声をかけてしまった。

 

「ど、どうしたのかしらフォーグ…?急に独り言を始めたりして…」

 

「………?

おっと!すまなかった。つい考え事に夢中になってしまった。

それでは私は他にやることがあるのでな」

 

フォーグは言い切るや否や、すぐさまドアを開けて部屋を後にした。

 

「なん…だったのかしら…?」

 

「さ、さぁ?

それより、そろそろ支度でもしようか。

ゼシカ、髪縛って無いしね」

 

「ん、ありがと。

じゃあ、用意してくるわね」

 

彼から髪留めを受け取った私は、身支度を整えるために洗面所へと向かった。

 

 

 

 

 

「わぁ、今朝もまた豪華な食事!

フォーグの言う事もたまには信じられるのね」

 

「あははは。

他の人もまだそんなに来てないみたいだし、これならゆっくり出来るかも」

 

身の回りの事を終えた私たちは早速食堂の席に着き、長テーブルに並べられている重過ぎず軽過ぎない、まさに丁度良い料理にプロの凄さを感じていた。

 

…また、あのコック帽のおじさんが作ったのかな。

失礼な事言っちゃったし、見かけたら謝ろうかしら?

 

「どうしたの?ゼシカ」

 

「うぅん、なんでも…って!わわわわ!」

 

いつの間にか目を瞑っていた私が瞼を開くと、そこには心配そうにする彼の顔が!

 

「な、ど、急になに!?」

 

「あはは、そんなに驚くとは思わなかった。

何か、困ったような顔をして俯いてたからどうしたのかな、って」

 

「…ホント?」

 

「ホント、ホント」

 

て、事は、頭で理解しているよりも昨日の事を悪いと感じてるのかもしれない。

…それなら、ちゃんと言わなくちゃね。

 

「そう。…なら、昨日のコックさん見つけたら教えてね。

失礼な事言っちゃったから、謝りたいの」

 

「あぁ、うん、わかった。気にかけておくね」

 

彼は頷くと席を立ち。

 

「少しずつ他の人達も来たみたいだし、取りに行こっか」

 

と言って、私を促した。

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜!やっぱり、とっても美味しかったわね!」

 

「だね。夕飯も楽しみだ」

 

「あはは。ちょっと、気が早いんじゃない?」

 

食事を終えて部屋に戻った私達はコックさんを見つけられなかった事に心残りを感じながらも、食休みをしつつ開始時間になるまでの時間をソファに座って過ごしていた。

 

「それにしても、今日はどんな手を使ってくるのかしらね。あの二人。

出来る事なら対策の一つでも立てておきたいところだけど…」

 

「そうだね。でも、どうだろう?流石に町の人もいる中であそこまでの事はしないだろうけど…」

 

思い出すように彼はベッドに視線を向ける。

 

ベットに乗れば最後、パートナーと一定時間抱き合わなければ降りる事は叶わない。

という無理矢理にでも相手とくっつけされる、嬉し…恐ろしい寝具。

 

確かに、公衆の面前ならあそこまで強引な手を使ってはくっつけようとしないはず。

だって、万が一にでも私達以外の人がそれにかかってしまったら、大変な事になるもの。

なら、他に考えられるとしたら…

 

「荒くれ者を雇って、私達にけしかけてくる…とか?」

 

「あぁ、前にククールが言ってたやつだね。

予め用意していた荒くれ者に女性を襲わせて、男性がそれから庇う。そうする事で、女性は男性の勇敢さに惚れ直して愛が深まる…とかって」

 

「そうそう。小ずるいけど、確かに効果的よね。私だってキュンと来ちゃうかもだし。

…でも、それは有り得ないか。

いくらお金を積まれても、世界を救った勇者様にケンカを売るような真似、自殺行為と変わらないし」

 

「自分で言うのもアレだけど、そうだよね。

うーーん……。こればっかりは考えても仕方ないのかな」

 

腕組みをして顔を顰める彼。

 

「かもしれないわね…って、もうこんな時間!?

あなた、開始時間まで後三分も無いわよ!そろそろ行きましょう!」

 

「だ、だね!」

 

慌ててソファから立ち上がった私たちは、部屋のちょっとした所に肘をぶつけながらも、部屋を出て行った。

 

その先で起きる斜め上の事態に、混乱させられるとも知らずに。

 

 

 

 

To be next story.

 




はい、次回まで引っ張ります。(クズ)
今回はあんまり二人をいちゃつかせられなかったので、次回はもうちょっとだけラブラブな感じにしたいと思いますゾ!

それでは、次回の更新までさようなら。


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第九話 私と彼と揺れる感情

お久し振りです。
例の如く、書く書く詐欺師のカピバラ番長です。
アホみたいに時間使った上に今回もまたキャラを崩壊させました。
挙句にめちゃ長いです。いつもの倍近く書いてます。
けれども、それでもお楽しみいただけたなら幸いです。

それでは、どうぞ。


少しだけ、風が吹いている。

ほんのちょっとだけだけど、空の果て辺りが赤く染まっている。

 

「全く、なんで外に置いたのかしら」

 

ひらひらと、飛んで行ってしまいそうなスライムを開いてカウンターに押さえつけ、可愛らしくなったドルマゲスのスタンプを押す。

 

「ふぅ。やっと半分。

…それにしても遅いわね、あの人」

 

朱色で描かれたドルマゲスを、サッ、っと隠して元のスライムに戻すと、噴水近くの長椅子に腰掛ける。

あの人がトイレに行くと言ってから十分くらいが経った。

 

「なんだか、変な気分…」

 

ふと気がつく。

ベルガラックに泊まってからこんなにも長い間一人きりになった事が[初めて]だと。

 

「(そっか、彼が近くにいないから…)」

 

ほんのりと締まる胸に手を当てて心を落ち着かせる。

 

けど、宿に泊まる前までは一緒に居られない時間の方が多かったのに、どうしてだろう。

なびく髪を抑えて、石張りのタイルに視線を落としながらそんなコトを考える。

つなぎ目をなぞっては行き止まり、少し戻しては別のつなぎ目をなぞる。

 

「あ、分かった」

 

少しだけ視線を上げて、薄っすらと赤らむベンチを捉える。

昔、村の人が言ってたっけ。

『人は慣れてしまえればどんな時も大丈夫』

って。

 

「(そっか、だから今までは平気で、今は平気じゃないんだ)」

 

じゃあ。

じゃあまた、前の生活に戻ったら、平気に…なっちゃうのかな。

 

「それはちょっと…寂しい…」

 

思わず口をついた言葉。

風に乗って帰って来たそれは、人目も気にせず感傷に浸っていた自分を元に戻した。

 

「って!らしくないらしくない!私ってば何言ってるのかしら!」

 

バタバタ両手を振って否定をしつつも蘇る。

彼は、そんな私も『好きだ』と言ってくれたんだ。

 

「…そうね、そうだった。これも間違い無く私なのよね」

 

右手で口元を隠す。

 

「ふふっ、それなら今日は彼に、らしくないコトでも言ってみようかしら」

 

それから少し後、赤焼けが街を覆う頃になって、ようやく彼が戻って来た。

 

「ごめんゼシカ!待たせちゃった!」

 

「ううん、平気」

 

走って戻って来てくれた彼に、隣に座るように椅子を軽く叩いて促す。

気がついた彼は「ありがとう」と言ってそのまま腰を下ろした。

 

「そっか、それなら良かった」

 

「ただ、少しだけ…」

 

「ん?

少しだけ、どうしたの?」

 

「少しだけ、さ、さみ…

ううん!やっぱりなんでもない!」

 

さ、流石に勢いも付けずに言うのは無理ね!

初めはもっと慣らしてからにしましょう!

 

「よく分からないけど、何かあったら隠さず言ってね?」

 

困り顔をしながらも笑顔を作る彼の顔が見えて、申し訳ない気持ちになる。

うぅ…実は少しワガママ言ってみたくなった、なんて言えないわ…。

 

「そうだ。あなた、今何時か分かる?

結構陽も落ちてきたし、そろそろ時間を気にしなきゃいけないかも」

 

「さっき見た時は確か十六時半くらいだったかな?」

 

「うわ、思ったより時間使ってたのね。

うーん、フォーグたちを探す時間を考えると制限時間は後一時間ってところかしら」

 

私が悩んでいると、彼は何かを思い出したのか辺りを見回して。

 

「そう言えば、四つ目のスタンプは見つけられた?」

 

「もっちろん。バッチリよ!…まぁ、変なところに隠してたもんだから、直ぐに押せたわけじゃ無いんだけどね」

 

言いながら彼にスライムのスタンプカードを見せる。

 

「凄い、よく見つけたねゼシカ!二人で探しても見つからなかったのに」

 

「アレは普通に探してたら見つからないわね。

だって、お弁当屋さんのカウンターの後ろに隠してあったんだもの。受付の人が『何かしら?』って言ったのを聞き逃してたら絶対見つからなかったわ」

 

手元に戻ってきたスライムをしまってため息をつく。

 

「それは確かに分からなかったかも。

うーん…なんだか、急に難易度が上がったね」

 

「そんな気がするわね。

一つ目が《ゴールド銀行の羽根ペンの近く》

二つ目は《教会の脇道に見える井戸の近く》三つ目は《噴水近くのギャリング像の足元》だったし」

 

「思い返してみると、少しずつ難しくなってるね。

これは次からも大変そうだ…」

 

「なんて言ってても始まらないわよ。

さ!早いとこ五つ目のスタンプを探しましょ!」

 

意気込んで立ち上がり、開始時にユッケから渡された子供向けにアレンジされた地図を広げる。

元はユッケの手書きらしい。

彼女は案外、子供が好きなのかもしれない。

 

「次のスタンプがある場所は…

あれ?ここは確か、前に大王イカが現れた場所だったような…」

 

「あ、ホントだ!懐かしいわねぇ〜。

よし、それじゃ早速移動しましょうか!」

 

 

 

 

 

 

旅の途中で寄った時、ベルガラックの中にまで現れた大王イカ。

それを倒した場所に到着して少しの間探し回った。

 

「あら、小さな虹が出来てるじゃない」

 

手を休めて水際ギリギリの辺りまで行くと、細かな水飛沫が体全体に当たってなんとなく気持ちがいい。

 

「へー、ここって思ってたより浅いのね」

 

飛沫を浴びながら屈んで水底を覗き込む。

 

「少し底上げすれば、小さな子でも水遊びとか出来そう」

 

「ゼシカー、見つかったー?」

 

「う、ううん!それらしいのは無いわねー!」

 

手分けして探していた私たちは、彼が道具屋さんの方、私が水の流れてくる方とした。

そんな彼も、どうやらスタンプが見つからないらしい。

…まぁ、私の場合はちょっとだけよそ見していたのだけど。

 

「どうしたんだ、にぃちゃん達!さっきからウロウロと!落としモンか?」

 

唐突に後ろの方から景気のいいおじさんの声が聞こえた。

 

「え、ええまぁそんな所です!」

 

驚いた彼は、振り向きながら答える。

そこに立っていたのは、旅の間何度もお世話になった道具屋のおじさん。

 

「そうかい!なら昼前ぐれぇに見つけたのがあるんだが、これかい!」

 

そう言って見せてくれたのが…

 

「うそ!スタンプじゃない!」

 

少し遠くから見ていた私は、すぐにおじさんの元へと駆け寄った。

 

「これよこれ!どうしておじさんが!?」

 

「お?なんか見た覚えのある姿だと思ったら、ちっと前に買い物に来てくれたお嬢ちゃんじゃねぇか!」

 

「え、あ、そ、そうです…けど…」

 

「ん、これか?これはな、いつもの様に滝ん近くで昼飯食おうとしてたらよ、中に落ちてんのを見つけてな。あんまりにも出来がいいモンだから拾っておいたんだ」

 

おじさんは「ガッハッハ」と豪快に笑って説明してくれた。

 

「あの、ごめんなさいおじさん。そのスタンプ、私たちの…と言うか、私たちの友達の物なの。だからその…私たちに預けくれないかしら?」

 

「おお?そうかいそうかい!ならほれ、早く持って行ってやりな!

綺麗に拭いてあるし、あらかた乾燥も終わってるからよ!」

 

そう言うとおじさんは私にスタンプを渡す。

 

「ありがとうおじさん!」

 

「ありがとうございます!」

 

「いいってこった!

それよりも、ちゃんと持ち主に返してやってくれよ?拾った俺の『二度と水ん中に落とすんじゃねぇぞ!』って言葉と一緒にな!」

 

「うん、わかった!」

 

おじさんが大袈裟に笑うものだから、つられて私も彼も笑ってしまった。

すると、道具屋さんの方から声が届いた。

…と言っても、何を言ってるのかまではわからなかったけど。

ただ、なんとなく怒ってるのは理解出来た。

 

「おっと、カーチャンが呼んでやがる。とっとと戻んねーとどやされちまうな。

それじゃ今後とも、ご贔屓に!」

 

「ええ!また買いに来るわね!」

 

ニカッと笑ったおじさんは小走りでお店へと戻って行った。

 

「良かったね、見つかって!」

 

「ええ!これで残るスタンプは後2つ…になった訳だけど…」

 

そう言って取り出した地図を見てみる。

けれど…

 

「うん?どうしたの、ゼシカ。難しい顔して」

 

「うん…。

えっと、六つ目のスタンプがどの辺にあるのかを探してるんだけど…」

 

「見つからない?」

 

「そうなの、あなたも確認してみて」

 

今いる場所を指差しながら彼に地図を渡す。

 

「あ、あれー?本当だ。乗ってないね?」

 

「そうなの。流石に手がかりも無しじゃ探しようがないわ」

 

「うん、そうだね」

 

どこか、無関心な彼の返事。

なんだろう。

いつもと変わらない彼の言葉に何か違和感を感じる。

 

「ねぇあなた?さっきから少し変じゃない?」

 

「うぇっ!?な、何が変なの?」

 

「今のとかよ」

 

「えぇ!?」

 

動揺しているようなこの反応。

多分、何か私に隠し事をしている。

 

「なんて言うか、あんまり関心無い気がするんだけど」

 

「そ、そんな事ないよ!?」

 

うわずる声、妙な挙動に、泳ぐ目。

間違い無い。私に何か隠している。

それも、私にバレたらまずい種類の秘密を。

だってほら、ご丁寧に額から汗まで飛ばしちゃってる。

 

「へぇ〜、そうなんだ?でも、その割には目を合わせてくれないじゃない?」

 

ずいっ、と肘をみぞおちに押しつけるようにして身体を寄せる。

目と鼻の先にあるのは、明後日の方向に視線を向ける彼の顔。

 

「そ、それはゼシカが睨んでるからで…!」

 

「最初っからは睨んでなかったじゃない?」

 

組んでいた手を僅かに離して、人差し指で小さな火球を作る。

メラメラと燃えるソレは、彼のアゴ先を綺麗に乾燥させた。

 

「ちょ、ゼシカ?それはシャレにならないんじゃ…!!」

 

「大丈夫。ちゃーんと加減してるから」

 

勿論、放つつもりは無い。

今の私のレベルだと、こんな小さな火の球でも家一つを全壊させるくらいの威力はある。

万が一、外してしまった場合の事を考えると絶対に使えない。

 

「でも、隠し事を話してくれるなら…」

 

立ち昇る煙の臭いに顔を顰める彼は、私の指先を見て安堵の息を吐く。

 

「でももし、それが!嘘!なら…!」

 

「熱っ!ゼシカ!?これ、僕のアゴが!!」

 

「黒コゲになりたく無いなら、今すぐに本当の事を話しなさい?」

 

ジリジリと迫り寄る、火の先端。

アゴをあげて抵抗する彼。

最早、空を見上げてるのと変わらない状況になると、観念したかのような声を出して。

 

「ご、ごめんゼシカ!直ぐに話…」

 

「どうしたんだ二人共。破局か?」

 

嫌味な声が髪を揺らす。

咄嗟に火球を消して、彼から離れる。

 

「え、あ、フォーグ!?」

 

最初に声を上げたのは、私ではなく彼だった。

 

「あ、あら!どうしたの?」

 

今出来る一番の笑顔を作って振り向いて見たものの。

 

「ふふ、清々しいまでに隠しきれてないな。

全く、外にいる時はラブでホットな二人で居てくれと頼んだのに」

 

瞬時に見破られてしまった。

 

「うっ…。そ、それ、ちょっと古いわよ。

……で、何の用?」

 

何となく流れる、気持ちの悪い雰囲気を読む事をしないフォーグは彼の手にしている地図を指差す。

 

「はっはっは!いや、すまない。用件というのはそれの事だ。

ユッケの奴が作った試作品の方を渡してしまったようでな、正しい物と取り替えに来たのだ」

 

「な、なるほど」

 

「何で感心してるのよ」

 

「さぁさ、下らない痴話喧嘩をやめたまえ。そしてまた、仲睦まじくスタンプラリーをしたまえ」

 

有無を言わせない。

そんな威圧感を発しながら、彼の持つ地図と自分の持って来た地図を取り替える。

 

「さ、これで続けられるだろう。それに、今回は運営側の不手際という事でプラス一時間の延長だ。

残り時間と合わせておおよそ一時間半。まぁ、これだけあれば残り二つくらい見つけられるだろう」

 

そう語るフォーグの顔からは《見つけられまい》という悪意が見え隠れしている。

徐々に上がって行く難易度といい、いよいよ気を引き締めて探した方が良さそうだ。

 

「あ、そうそう。5つ目のスタンプなんだけど、そこの水の中に落ちてたわよ。

道具屋のおじさんが拾って乾かしてくれたんだし、あとでお礼、言っときなさいよ」

 

「む、そうか。

試験的な試み故、余計な配慮などを避けるため、極力多言せずに実行しているからな。

スタンプラリーが終わり次第、道具屋の主人には説明と謝罪をしておこう。

案ずるな。お礼品として、幾ばくかのコインも渡しておく」

 

「ならいいわ。

あー、それから。お弁当屋さんの受付の子にも言っておいて。カウンターの裏の方、だったかしら。スタンプが置いてあって、驚いたって」

 

「…全く、あそこの店長は。

あくまでも『見つけられる場所に置いておけ』と言ったのに。宝探しとは違うのだぞ…」

 

頭を抱えるフォーグ。

事実上、ベルガラックを治めてると言えなくもない彼らでも、やっぱり思い通りに行かない時もあるらしい。

 

「まぁいい。

そら、さっさと探して来るといい。刻限まで後一時間と十五分程しかないぞ」

 

そう言ってフォーグは時計を見せてくる。

それを熱心に覗き込む彼。

…考えるのもバカらしくなるくらい、変だ。

 

「ほ、本当だ!ゼシカ!早く探しに行こう!」

 

「…そうね。行きましょうか」

 

色々と引っかかる部分はあるけど、取り敢えず今はスタンプラリーに集中しよう。

完走出来なかったその時は、理由を根掘り葉掘り聞かれる。なんて、面倒な事この上ないし。

 

「それじゃ行こうか!」

 

妙に急ぐ彼に不満を抱えながらも、その後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くして。

夕暮れも過ぎ、夜の帳が降り出し始めた頃。

私は、ギャリンク邸のいつもの部屋でフォーグにスタンプカードを渡していた。

 

「ふむ、確かに受け取った。…手配した私がいうのもなんだが、よくも全部見つけられたな。伊達に洞窟なんかを探っていたわけじゃなさそうだ」

 

「あったり前でしょ!死ぬ心配をしないでいいだけマシよ!」

 

イヤミ男はニヤリと微笑んだかと思うと、深々と腰掛けていたソファから立ち上がる。

 

「ふっ、それもそうだな。

では、明日の昼にチェックアウトする時にでも感想を聞かせてくれ」

 

結局は感想を聞くのね。

けど、よくもまぁそんな事が言えたものだ。

あんなものの感想なんて。

 

「ふん、考えるまでも無いわね。サイテー最悪の催し物よ!

なんなのアレ!なんでよりにもよって最後の一つだけあんなに難易度高いのよ!」

 

「そうか?こちら側が手配した人物から受け取るだけじゃ無いか」

 

『何を言っているんだか』そんな風に肩をすくめる。

ムカつくわね。あんたの方がよっぽど隠しきれてないじゃないの。

ま、隠すつもりがあれば、だけど。

 

「なら、わからないフォーグのために教えてあげるわね。いい?よーく聞いて。

あんたの手配した人物がバニーちゃんなのはまだ良いわ。けど、その子の胸元にスタンプがあるっていうのは、どうなのかしらね!?

しかも!胸以外の全部が!私にそっくりって!」

 

「おや?そうだったのか?気がつかなかった」

 

首を傾げてとぼけるその顔も、やっぱり本音は隠しきれてない。

 

「消し炭にするわよ!?

更に言うなら、そのスタンプを取っていいのは男の人だけ。と言うことはつまり、あの人だけって事よね?

それって、どう考えてもダメでしょ!?

意を決して取ろうと彼が手を伸ばせば、バニーちゃんは変な声を出すし、スタンプは押さえが強くて取りづらいしで!

その時、彼はなんて言ってたと思う?」

 

「なんと言っていたんだ?」

 

「『ごめんゼシカ。違うんだ、浮気じゃないんだ燃やさないで』って、泣きながら言ってたのよ!?

とてもじゃないけど見てられなかったわ…!!」

 

勢いのままに吐き出すと、今度は胸のあたりから何かが込み上げて来てしまった。

とてもじゃないけど抑えきれないソレが口から出てこないよう両手で蓋をする。

 

「なっ!顔を覆って泣く事はないじゃないか。これではまるで僕が悪者みたいではないか!」

 

言うに事欠いてこの男は…!

私が、あの人以外の、男の人の!前で!!

 

乾いた木のような音が部屋に響く。

反応してフォーグは一歩、後退りした。

 

「泣くわけないでしょ!?怒りが爆発しないように我慢してるの!

ていうか、悪者みたい、じゃなくて悪者そのものでしょ!あんたが魔物だったらとっくに経験値に変えてるわ!」

 

「わ、分かった!分かったから、その、両手で作ったメラとヒャドを消してくれ!極大消滅呪文などシャレにならんぞ!!」

 

「なによそれ!?テキトーな事言ってると本当に放つわよ!!」

 

「なっ!知らないのに使おうなどと…!

よ、よし、わかった、謝る!今すぐに望み通りの謝罪をしよう!だから、すぐに両手から魔力を放棄するんだ!」

 

「な!ん!で!上から目線なのよ!!!」

 

もうダメだ、とことん頭に来た!

 

呪文を放とうと両手を正面に突き出そうとしたその時。

 

「あーもーうるさい!いいから二人とも落ち着きなさいって!」

 

バタン!

 

と、大きな音を立てて扉が開いた。

その勢いは、反動でふたたびドアが閉まるほどだ。

あまりにも突然の音に、手に作っていたメラとヒャドが消失する。

 

「お…おぉ、おお!良いタイミングで戻ってきてくれた、我が妹よ!」

 

言うが早いか動くが速いか、フォーグは颯爽と扉の方に走るとそこに立っていたユッケの後ろに隠れるようにして立った。

普段では考えられない光景だ。

 

「全く、このバカ兄は…

いい、ゼシカ。バニーちゃんを手配しろと命じたのは確かにお兄ちゃんだけど、それをあの娘に頼んだのは私。

なら、罰を受けるのはお兄ちゃんだけじゃなくて、この私もよ」

 

「そ、そう…なの。ユッケ、貴女も仕組んだのね…」

 

それを聞いて少しだけ驚いた。

フォーグの妹なのだし、多少はユッケにもそういう面があるとは思っていたけど、本当にそうだったなんて、ちょっと疑いたくなる。

 

「そう。だからほら、やるなら私もやりなさい」

 

ツカツカと、ゆっくり私の方に寄ってくるユッケの表情は正しく弟を守る姉のよう。

まだサーベルト兄さんが生きていた頃、私もこうして守られていたっけ。

そんな日を思い出すと、胸の中に溢れていた怒りが晴れた気がした。

 

「分かったわ。それじゃあ、仲良く両成敗って事で」

 

「うえっ!?この流れなら普通、お咎めなしなんじゃ…?」

 

「ソレとコレとは別よ。悪い事をしたのならちゃんとお仕置きしなきゃ、ギャリングさんに顔向け出来ないでしょう?」

 

そう言って右手でメラ、左手でヒャドを作る。

今度は怒りに任せてでは無く。

 

「安心しなさい。出来るだけ威力は下げるし、大きな怪我をしてもあの人に治してもらうよう頼んであげるから」

 

「「そ、そんな〜!!」」

 

数秒後には焦げた臭いのするフォーグと寒さで震えるユッケが絨毯の上で正座していた。

 

「今回の件は、取り敢えずはコレで許してあげる。

いい、次は無いと思いなさい?」

 

「しかと胸に…」

 

「はぁい…」

 

こうして怒られたのは久し振りだったのだろうか。

何とも言えない表情で約束をすると、そのまま俯いてしまった。

それから数分、部屋に居たけれどどうにも居心地の悪い空気が増すばかり。

何と無くバツが悪くなった私は、このまま部屋にいる理由も無いし居辛いしで部屋を出るためドアノブに手を掛けた。

 

「…それじゃあ、私は部屋に戻るから。

今日の夕飯は自分たちでどうにかするから気にしなくて良いわよ」

 

振り向いて見たものの、二人とも僅かに頭が動いただけで、やっぱり返事は無かった。

 

そっ、と扉を締めてそさくさとギャリング邸を出た私は、お弁当屋さんで夕飯を買ってから宿屋へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰り、ゼシカ。ごめんね、一人で行かせちゃって」

 

部屋に入った途端に聞こえたのは、部屋の空気が淀んでいると感じるほど疲れに満ちた声。

 

勇者様が出して良いものじゃないわね、これ。

心なしか哀しげな…雨?みたいな匂いまでするし。

 

「ただいまー…って、まだ立ち直れてないわけ?そんなにショックだったの?

優し過ぎて頼りなく見えちゃうあなたは好きだけど、いつまでもウジウジしてるのは大っ嫌いよ?」

 

彼の座るソファの近くにあるテーブルの上に夕飯を置いて、彼の隣に腰を下ろした。

 

「ううっ、僕もゼシカのそういうはっきり言うところは好きだけど、今はちょっと優しくして欲しいかな…」

 

力無くソファにもたれ掛かる彼。

魂が抜けているみたい。

 

「どれだけショックだったのよ。

一回、鏡見て来たら?凄い顔になってるわよ」

 

「あははは…

そ、そう言えば、二人にはお仕置きして来たの?」

 

ゆっくりと身体を起こしてそんな事を聞いてくる。

 

「勿論。威力を限界まで下げたメラとヒャドでコツンと」

 

怒りのあまりやり過ぎそうになったのは黙っておこう。

 

「そっか。

ごめんね、嫌なことお願いしちゃって」

 

「気にしなくて良いわよ。

いくらなんでも、あんなに落ち込んでるあなたを連れて行くわけにもいかないし」

 

バニーちゃんの一件の後、彼はこの世の終わりを見たかのような表情になって、歩くのすらやっとの状況だった。

 

「それにしても、どうしてあんなに疲れてたの?」

 

一体何が彼をそこまでにしたのか。

頭の隅の方でずっと考えていたけど結局わからなかった。

分からない事を分からないままにして置くのは嫌だし、一層の事聞いてしまおう。

 

「えっ!…えっと、それはその…なんて言うのかな…」

 

途端に口をもごつかせてオロオロとし始めた。

 

「あら、そんなに言いづらい理由なの?

……まさか、あのバニーの娘が好きになっちゃった、とかじゃないわよね?」

 

「ま、まさか!いくら見た目が似てるからってそんな事ないよ!ただ…」

 

「ただ?」

 

「…ゼシカみたいな見た目の人がこの世にいるなんて思わなくて、驚いたって言うか…そんな人を見ても胸が何ともなかったって言うか…」

 

「難しいわね…要するに、どう言う意味なの?」

 

「えっと、その…あぁもう!素直に言うよ!

僕が君を好きになったのは見た目だけが理由じゃない!君の内面も含めてだったんだ!」

 

「…………へ?」

 

突然の告白に思考が追いつかない。

疑問符を浮かべてる私の事なんて構わずに、彼は胸の内をさらに明かす。

 

「あのバニーちゃんはゼシカにとても似てた、胸以外の全てが完璧だ、だって言えるくらい似てた、

けど、中身はそうじゃなかった。

相手に好かれようとしている感じが凄かったし、営業スマイルが引きつってなかった!何て言うか…そう!ゼシカとは性格が真逆だったんだ!」

 

「そ、それとあんなに疲れた事に何のつながりがあるの…?」

 

「…ここに泊まりにくる少し前にね、お城で休憩の時、新米の兵士達に言われた事があるんだ。

『ミーティア姫を選ばないなんて、奥さんはもっと凄い美人さんなんですね』『この、メンクイが〜』って。

まぁ、ゼシカが美人なのは間違い無いんだけど、どうしても、メンクイ、の一言だけが頭の隅から離れなくて。

もしかして、僕はゼシカを顔で選んだんじゃ無いかって、ちょっと思っちゃってたんだ」

 

「なるほどね。つまり私はその新米達を炊き立てにしてあげればいいのね?」

 

「違うよ!?みんな気が抜けてる時だったから思わず言っちゃっただけだと思うよ!

それに一番の原因は、今日のスタンプラリーの時」

 

彼は僅かに顔を伏せる。

 

彼がトイレに行ってた時の事かしら。

もしかしなくても、ここに彼の挙動が不審だった原因があるのかも。

 

「宿屋でトイレを済ませて外に出ると、抜け道みたいな所から荒くれ者の格好をした二人組が出てきたんだ。

そしたら急に、僕の胸ぐらを掴んで顔を殴って来たんだ…ってちょっと待ってゼシカ、窓を開けてどうしたの?魔力の高まりが異常なんだけど…?」

 

「あ、あら、ごめんなさい?

大丈夫、続けて。射程圏内に収めてるから」

 

あ、危ないところだったわ。

もう少しでそいつらのいた場所にイオナズンを打つところだった。

しっかり話を聞かないとね。もしかしたら、彼に非があるのかもしれないし。

 

「…?

それで、こう言われたんだ。

『お前にあの女は不釣り合いだ、人を顔でしか判断出来ない下衆が』って」

 

『おぎゃあーー!?!?』

 

『おわぁー!?アニキの頭の上で爆発がーー!?!?』

 

「どうかしたのゼシカ!?外から悲鳴が聞こえたけど!!」

 

「ううん、平気。誰かが盛大にコケただけだから。

大丈夫!怪我はしてないから!」

 

「そ、そうなんだ?なら、いいけど…」

 

『あ、アニキの大事なツノがあぁぁ〜〜!』

 

『しかも雨まで降ってきやがった!チクショーー!!』

 

確かこういうのって、身から出た錆、って言うんだったかしら。

…ツノだけで済ませたんだから感謝してほしいくらいだけどね。

 

「じゃあ、アレね。あの不審な言動や態度は、今までどこか疑っていた事が、その荒くれ者たちの言葉のせいで自分の気持ちに確実な自信が持てなくなった。けど、その後のバニーちゃんの件で自分の気持ちを信じる事ができるようになった、ってコトね?」

 

「そう、だね。うん、やっぱり僕はゼシカの見た目だけじゃない、強い心に、優しさに、信念に、惚れたんだって、今は疑わずに思える」

 

そう言って彼は静かに微笑んだ。嘘偽りの無い気持ちの良い笑顔。

優しさの具現化と表しても差し支えないそれは、私の中にある[らしくなさ]を目覚めさせた。

 

「…他には?」

 

「へ?」

 

「他に、私のどこが好きなのって聞いてるの」

 

「き、急にどうしたのゼシカ?」

 

少しずつ彼との距離を縮めていく。

ゆっくりと、でも確実に。

 

「…もしかして、もう…無い、の?」

 

彼の隣に座って耳元で小さく尋ねてみる。

 

「ま、まさか!ちょっと強引なところとか、思い込んだら後先考えないところとか、可愛いと思うよ!」

 

弾かれたようにソファから立ち上がる。けれど、驚きながらも、ちゃんと答えてくれた。

嬉しい…とっても。

顔がにやけてしまいそう。

 

「…なんで、逃げるのよ。もしかして今の言葉は全部…」

 

「嘘じゃ無いよ!ほら!ちゃんと座ってるから!」

 

彼ははぐれメタルよりも早く隣に戻ってきた。

同時に、私の手を握る、という芸当まで入れて。

 

「…どうしたのゼシカ。俯いたりして?」

 

「う、ううん。なな、何でもない、わ」

 

筆舌に尽くし難い、とは今の気持ちを言うのね、きっと。

嬉しさと恥ずかしさがメーターを振り切って、ニヤニヤどころか、ふにゃふにゃな顔になってしまってる。

 

「なんだか変じゃないゼシカ?

もしかして、僕がいない間に…何かあった?」

 

優しさの中に男性らしさが混ざった声が、小さく髪の毛を揺らす。

不意の出来事に咄嗟に顔を上げた。

 

「あ、あああ、あなた…!?」

 

「えへへ、さっきのお返し」

 

未だに残る声の感触を、彼の子供っぽい笑顔を見ながら手を当てて確かめる。

間違いない。彼は、囁いたんだ、私の耳に。

 

「おわっ!?

ゼシカ!?なんで急に抱きついて…!」

 

「ま、ままままままさか!あなたがこんなに卑怯な人だなんて思ってなかったわ!

良いわ、今日はもうとことんまで行きましょう!」

 

真っ赤になった顔を見られる事も構わず、彼をソファに押し付ける。

 

「へ?あの、え!?よくわからないんだけ…どぉ!?」

 

抵抗はさせない。

さっき私は自分にバイキルトをかけた。お陰で彼は身動きが取れずにいる。

 

「誘ったのはそっちでしょ?あなたに拒否権はないの!強引なところが好きだ、って言ったのはあなたでしょう!?」

 

「確かにそうだけ…!?」

 

全く予想していなかったのだろう。

彼は目を白黒させて言葉を失う。

 

「ふふふ。そう言えば、私からいきなりちゅーをしたのって初めてだったかもね!」

 

強い風が火照る身体を少しだけ冷やしていく。

中途半端だったのか、窓の外へと空気が流れたお陰で部屋のドアが閉まる音が聞こえる。

 

「もしかして、ここでするつもり!?」

 

「言ったでしょう?あなたに拒否権はないって。

安心して、初めてはまだだけど、手法はゲルダさんに教えてもらったの、ミーティア姫も相手にして、4人で、ね?」

 

「へ!?」

 

慌てふためく彼の服に手をかけながら更に続ける。

 

「ミーティア姫よりは劣るけど、それでも結構やる方だって言われたのよ?ラジュさんが言うには、だけど」

 

再び口を重ねてから、笑顔を向ける。

 

「けどアレね、やっぱり、いざってなるとどうにも緊張しちゃってダメ。全部頭から抜けちゃう。

けど…今日こそは」

 

文字通り薄くなった装備の上から、ラジュさん達から教えてもらった力加減で優しく撫でる。

ピクリと反応する彼の身体は、あの時に見たゲルダさんを彷彿とさせた。

 

「ちょ、まって、ゼシカ!

あ、あ、アッーーーーーーー!!」

 

彼の蕩けるような声は、外から聞こえた力のある雨音に消されて、漏れる事はなかっただろう。

 

今日はこのまま何事も無く、甘く切ない短編が続くことを祈って。

ゴウゴウと、うねる風は気にも止めず話を紡いだ。

 

 

 

 

 

To be next story.




なんとも中途半端な締め方ですよね、これ。
いえまぁ、これまでのも良い終わらせ方をしていたのかと問われれば微妙ではありますが。
本当はですね、もう少しばかり続くのですよ。ですが、例の如く次回へ持ち越し。そうでもしなければさらにこれの1.5倍を書くことが無きにしも非ず。なのでここで一旦終了、と言うわけです。

さてさて、最後の方に書かれた如何わしい文。これに少しばかり補足を。
ゲルダ、ミーティア、ラジュ、そしてゼシカ。
私の設定だと、この四人は仲がかなり良いです。三角谷を拠点に旅をしていた頃は、主人公を含めた男連中と行動をするのは谷の外に行く時だけで、それ以外は基本ラジュと共にいました。(この時、ミーティアは馬なのでゼシカやゲルダと比べ、ラジュといる時間は少なかったのです。引け目も感じていたでしょうし、トロデ王に毛並み等のケアをしてもらっていましたから)
さてさて、一行が世界を救ったその後、谷のみんなが心配になった3人は男達には内緒で三角谷へ。元近衛兵の主人公に言えば間違い無く止められますからね。ちなみに、その間誰がトロデーン城にいたかと言うと、ゼシカとゲルダの話に聞き耳を立てていたリーザス村のモシャスを練習していた女の子。初めは困っていた二人ですが、モシャスをマスターしていると知ったゲルダは提案します。

「手伝ってくれたら、あたしの持ってる宝石を一つあげるけど、どうする?」

当然ゼシカは止めましたが、女の子はやると言って聞きませんし、他に方法が無いので「一日だけなら」と渋々承諾。
ある程度の情報と、本当に困った場合は主人公を頼るようにと徹底的に教え込み、作戦立案から三日後、トロデ王がお忍びでベルガラックへ行く日を狙って実行しました。
交換は上手くいき、不安を残しながらも早速三角谷へ。
住人が一人も欠ける事のない三角谷を見て安堵した3人は直ぐにラジュの元へと行き、昔を懐かしむように会話に耽りました。
そして、その時の話題というのが、何を隠そう[殿方を喜ばせる手法]でした。
しかも、言い出したのはミーティア姫。
曰く「一国の姫ならそのくらい出来て当然なのでは?」という理由。
そこで標的にされてしまったのがゲルダさん。
姫曰く「クールでカッコいいしそんな事にも詳しそう」と。
とんでもない偏見ですが、まぁお姫様ですし情報が偏るのは仕方ないのかと。
そんでもってゲルダさん。経験は無いし知識も薄いがプライドはある。頼られたからには応えなければと「得意中の得意」なんて返してしまったものだからお姫様は大喜び。

「それでは教えてください!ゼシカさんのためにも!」

「え、あ、そ、そうね!私も知っておきたいわね!」

「ま、まぁ待ちなよ、まずはみんなの実力を教えてくれないかい?」

そんな会話を笑いながら見ているラジュ。
数百年は生きてる彼女ですから、ミーティア姫の考えなんてお見通し。当然ゲルダの嘘も嘘をついた理由もお見通し。
けれどそれを言うのは野暮だとも当然弁えている彼女は、バレないように三人を導いて行きます。
そう、ホンモノの強者はラジュ。長寿の彼女はそっちの道も相当に極めていました。練習相手は女エルフの幼馴染。その子はラジュがいないと生きられない身体に…。
とまぁ、色々あってほぼ丸一日をそんな事に費やした彼女たちは。

一位・ミーティア。二位・ゼシカ。三位・ゲルダ。とその手腕の才覚を開花させたのです。

そしてそして、どうにかお城の人にバレずに姫に成り切った女の子を回収して帰宅。
こうして、彼女達は新しいスキル[乙女の嗜み]を手に入れたのです。


…………我ながらよくもまぁこんなアホくさい設定を作ったものです。
けどけど、清楚な人が超絶テクニシャンだったり、上手そうな人が実は下手っぴだったりって…結構良くないですかね?

余談ですが、リーザス村の女の子は回収された時、ゼシカたちにこう言いました。

「私、憧れに憧れてただけの子供だったのね…」

少女は「姫」と言う立場の辛さを知り、より一層の尊敬をしたのだとかなんとか。


そんな具合で蛇足のような補足はお終いです。
それではまた次のお話でお会いしましょう!
さよーなら!


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番外編 私とエイプリルフール

サクサクっと季節ネタを。
投稿時間とかなんとかは気にしちゃあいけない。
時系列とかそんなのはあんまり気にしないで書いてるのでご了承下さい。

それでは、どうぞ!


「…ごめんねゼシカ。実は僕、君に言わなきゃいけない事があるんだ」

 

朝食も残り僅かで終わる…そんな時に、向かい側に座る彼の顔が悲しく歪んだ。

 

「ど、どうしたのよ急に」

 

聞き返すと、更に辛そうな顔をして俯いてしまう。

そんなに重大な問題なかしら。

 

「ゼシカの事は凄く好きだよ!でも…実はね、その、僕…」

 

そう言ってまた黙ってしまう。

 

「…どうしたのよ、あなた。私、前にも言ったわよね?うじうじしてる人は嫌いよ!って。

だから、ね?言ってよ。大丈夫!あなたとならどんな問題でも解決出来るから!」

 

「実は僕…と言うか『僕たち』…」

 

一瞬、声が二重に聞こえた?

その疑問を彼に聞く前に、部屋のドアが勢いよく開く。

それと同時に、丸っこい影が彼の椅子の隣にまで転がって来て…。

 

「結婚する事になったんでがす!」

 

はち切れんばかりの身体をフォーマル(だった)スーツに身を包んだヤンガスがいた…!?

 

「え!?は、えっ!?な、何でヤンガスがここに!?

そ、それよりも!結婚って!?」

 

慌てふためく私をよそに、ヤンガスが転がって来たドアから、ククール、ゲルダさん、モリーさん、それに、ミーティア姫とトロデ王までもが現れた。

しかもみんな、結婚式に着て来そうな礼儀正しい格好をしている。

 

「どうもこうも、そう言う事だよゼシカ。君のいとしの旦那様は」

 

「そこで破裂しそうなイノブタマンの旦那にもなる、って事だね」

 

「ま、よそ様から見れば立場は逆じゃろうけどのぅ」

 

「うるさいでがすよ!

そもそも、アニキの漢前は内面からあふれるものなんでがすから、他の人にわかるわけないんでがす!」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!

え、なに、どう言うことなのこれ!?だって、彼とその…結婚、したのは私なんだから、今更そんな…」

 

「うむ、その不安は最もだ!だがしかぁ〜し!心配は無用だぞガール!

正式な発表は少し先らしいが、姫様が直々に判を押した法案が可決されたため、ボーイ達の結婚は認められるのだ!」

 

「へ!?な、え、ま、まって!頭が追いつかないんだけど!?」

 

「はい!おじさまの言う通り、私が提案して、そのまま可決まで持って行きました!」

 

最後尾から分け入って出て来たミーティア姫は屈託の無い笑顔でそう言った。

 

「わ、分かったわ!うん、分かった、一旦落ち着きましょう!」

 

自分の声が混沌とした空間を正すように部屋の中を響かせる。

 

「まず、ミーティア姫の言う法案って、なに?」

 

「はい、それは〈既に異性との結婚をしている場合、同性との婚姻は結婚として認めない代わりに互いの…?」

 

「〈互いの関係をそれに準ずるものと出来る〉

ま、要するに、異性と同性での事実上の結婚を認めるぜ、って法案だな」

 

「うむ、この国では重婚を認めておらぬからな」

 

「…と言う事は、私にとっての旦那様は…」

 

「あっしにとっての旦那様にもなるって訳でガスな!」

 

「ふっ、アンタ、いまやっと理解しただろ?」

 

「う、うるさいでがす」

 

「って…事なんだ。ごめんね、ゼシカ。僕、どうしてもヤンガスの求婚を拒め無くて…」

 

「はっはっは!ボーイもまんざらでは無かったではないか!」

 

「うっ、そ、それは…」

 

「…ゼシカさん?」

 

「ゼシカ?」

 

「あはは…そっか、ふふふ」

 

「ど、どうしたんだゼシカ。急に笑い出して、気持ち悪いぞ?」

 

「ううん。別に。ただね、三人で船に乗った日を思い出してね」

 

「馬鹿でかいイカを倒した時の事でがすか?」

 

「そう。その時、私が感じたのはやっぱり間違いじゃ無かったんだなーって」

 

「へ?」

 

「やっぱり、あなたとヤンガスってそういう関係だったんだなぁって」

 

視界がぐにゃぐにゃと歪んで見える。

 

「あれ、ゼシカ?目の光が薄くなってるような…?」

 

これまでの彼との日々が走馬灯のように脳を走り回る。

 

「うん、いいの。いいのよ。私はあなたにとっての二番目でもいいの。あなたが一番好きな人が例えヤンガスでも…」

 

そう、確かに二人はお似合いだ。

旅の時、戦闘だけじゃ無くて普段の生活の時も阿吽の呼吸だった。

 

「まって!?僕そんな事一度も言ってないよ!?」

 

「違うんでがすか!?」

 

「ちょ、アンタは黙ってなイノブタマン!」

 

なんだか、体までが揺れているような気になる。

 

「ううん。大丈夫、時々一緒に寝てくれるだけで私は満足だから…だからほら、うん」

 

「ちょっと待って!僕はゼシカ一筋だから!ね!?戻って来て!?」

 

「おいおい、揺らし過ぎだぞ勇者様!」

 

「ふぅむ、ここらがやめ時じゃのう」

 

「そ、そうですね。まさかこんなにショックを受けてしまうなんて、思いもしませんでした…」

 

「ゼシカ!?今日はほら、エ、エイプリルフールだから!全部嘘だよ!真っ赤な嘘!だから、本気にしないで!?」

 

「エイプリル…フール?」

 

エイプリルフール…そっか、今日は四月の一日…みんなが嘘をついても許される日…なんだっけ、そっか、へー…

 

「へ?エイプリルフール?」

 

「そう!だからぜーんぶ嘘!あんな法案は無いし、僕にそっちのけは無い!僕はこれから先もずっとゼシカだけ!」

 

「そっか、そうよね…うん、あなたがヤンガスとなんてあり得ないものね…」

 

「そうそう!だよね、ヤンガス!」

 

「まぁ、あっしは別に構いやしませんが…」

 

「「えっ」」

 

「イノブタマンはその意味がわかってないと思うけどね。

しかしククール、アンタやっぱり詐欺師の方が向いてるんじゃ無いのかい?

『勢いと数に任せてそれっぽい事言っとけば大抵の奴は騙せる』なんて、よく思いつくもんだよ」

 

「ばっ、ゲルダ!絶対バラすなって言っただろ!?」

 

途端に声を荒げる。

 

「へぇ、そう。やっぱりククールが元凶なのね?

どう?私が騙される様は面白かったかしら?」

 

「え、あ、いや。…まぁまぁ、だったかな?」

 

「おっと、潔い方が可愛いバニーちゃんたちにモテるぞ?」

 

「な、クソ!離せよモリー!!アンタだって『たまには美しいガールの困惑する姿を見てみたいな』とか言ってたじゃ無いか!」

 

「なぁ!?そ、それは…!」

 

「おっと、離さねぇぜ!潔い方がモテるんだろ!?死なば諸共だ!」

 

モリーさんがククールを羽交い締めにし、ククールはその腕が離れないようしっかりと脇を締める。

二人は静かな争いをしつつもジリジリと後退し、とうとう、外へと繋がる玄関へと到着した。

 

「トロデ王?そこのドア開けてちょうだい?」

 

「よ、よしきた!」

 

そうして外から流れ込む風に当たる。

 

「ありがとう。それじゃあ行くわよ?」

 

「ま、待ってくれゼシカ!」

 

「う、うむ!話を聞いて欲しい!」

 

「ほら、二人とも?潔よくしてくれたら、私も好きになってあげるわよ?」

 

「「え?」」

 

「ウ・ソ」

 

巨大な爆煙とともに二人の姿は彼方へと消え去った。

 

「ら、来年は、やり過ぎには注意、ですね」

 

「いえ、もう二度としたく無いです…」

 

 

 

 

 

それから少しして、焦げ気味の服を着た二人がキメラのつばさをつかって戻って来た。

 

「あら、いい度胸ね?」

 

「「ご、ごめんなさい」」

 

土下座の体勢で。

 

「ふふ、なんてね。冗談よ冗談。今、私とゲルダさんとミーティア姫で昼食の準備をしてるの。ちょっと、早いけどね。

それで、どう?良かったら食べてく?」

 

「お、怒ってないのか?」

 

「あら、エイプリルフールでしょ?怒らないわよ。さっきの呪文もちゃんと威力を抑えたし。

そりゃあ少しは頭に来たけど…でもほら、久しぶりにみんなに会えたし、それで良いかなって」

 

「お、おぉ!やはりガールは天使だったか…!」

 

「あら、そんな事言っても何も出ないわよ?

中ではもうお酒飲み始めてるから早く入りなさい」

 

二人は互いの顔を見合わせると安堵のため息を漏らして部屋の中へと入っていった。

 

その後はもう、どんちゃん騒ぎ。

みんなの近況を報告しながら夜を過ごした。

 

 

 

END.

 




と言った感じのお話でした。
いろんな人を出して書くのは大変ですね…

ちなみに、ミーティア姫的には結婚出来なかったことに対しての遺恨なんかは今はもう一切ありません。
主人公との日々を胸に、新しい恋へと歩みを進めたのです。
とは言っても、主人公ほど好きになる殿方が現れるとは思えませんが…それはまた別のお話。
今回のエイプリルフール作戦に参加したのはそんな心境の表れです。

なんて言ってないで、本編の続きを書かなければ!

それではさよーなら!


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番外編 空と星々と願いの短冊

七夕が七月七日だけだと誰が言った!
七月に入ったら七夕ウィーグが始まるのだ、翌日の八日だって七夕みたいなものだろう!(謎理論)

ま、例の如く時間を蹴倒しての投稿です。
短い&速攻で書いたので細かいところには目を瞑って下さい。

では、どうぞ。


昔の人はロマンチストだ。

暗闇に光る数えきれない数の星々に形を与え、物語を与え、願いを込めた。

それが星座。

そして今日は七月七日の七夕の日。

織姫と彦星が年に一度だけ会う事を許された優しくも悲しい一日。

まぁ、そうなった原因は二人にあるのだから悲しむのは少し違う気もするけれど、でも、いい加減許してあげてもいいんじゃないかな?

 

「ゼシカ、短冊に書くお願い事は決まった?」

 

「えっ!?う、うん!決まったわよ!」

 

手にした長方形の紙を、隣に立つ彼に見えないよう後ろに隠す。

なんでも、誰が書いた願い事なのかが分かると叶いにくくなるらしい。

単なる噂ではあるけれど、どうせなら叶う確率を少しでも高くしたい。

 

「あっ…ごめんね、確か見ない方がいいんだったっけ」

 

「そ、そうそう。だからあなたのも見えないようにしてね?」

 

「うん」

 

彼は微笑んで頷くと、目の前にある葉竹の裏に回り込んで私に見えないように短冊を掛けた。

 

「確か、高ければ高い位置ほど叶いやすくなるんだっけ?」

 

「ヤンガスが言うにはそうらしいよ」

 

「また微妙なトコロね…。まぁいいわ。今回は信じてみましょう」

 

「あはは、ゲルダさんも言ってたし大丈夫じゃないかな」

 

「そうなの?なら問題なさそう。

っと、あなた?何か、踏み台みたいなのって無かったかしら?どうせならてっぺんに掛けたいんだけど背が届かなくて」

 

「ああ、それなら…ちょっと待ってね」

 

そう言うと彼は反対側から私の側まで来て。

 

「え、ちょっ!うわわわ!」

 

「よっ、と。どう?これで届きそう?」

 

「え?あ、と、届くわね。ちょっと高過ぎるくらい…じゃなくて!」

 

置き場のない脚をばたつかせる。

何故か彼は踏み台を持ってこないで私を肩車したのだ。

急にされたものだから、びっくりしたなんてレベルじゃない。

 

「こっちの方が早いかなって。嫌だった?」

 

「べ、別に嫌って訳じゃないけど…

ただ、言ってくれないと危ないっていうか…その、恥ずかしいっていうか…」

 

「どうして?ゼシカはそんなに重くないし、僕の力も殆ど落ちてないから大丈夫だよ?」

 

「重っ…!あのねぇ!」

 

デリカシーの無い彼の発言に反射的に睨みつける。

しかし、当の本人はきょとんとした顔を向けて来た。

そのあまりの表情に私の中にあった怒りはどこかに消えてしまう。

こういうのってずるいと思う。

 

「…はぁ、まぁいいわ。

それよりあなた。書いたお願い事って叶うと思う?」

 

「うーん、どうだろうね。

けど、これだけ掛けてあればきっと一つくらいは叶うんじゃ無いかな」

 

彼につられて葉竹に視線を向ける。

そこには私や彼の短冊の他に、ヤンガスやククール、モリーさんやゲルダさんにミーティア姫やトロデ王の短冊も飾られている。

とは言っても、誰がどれを願ったのかは知らないのだけれど。

でも、大体の想像はつく。

 

「…あの、『鈍感男をどうにかしてほしい』っていうのはゲルダさんのかしら。苦労してるのね」

 

「となると、『アイツはもっとはっきり説明してほしいでゲス』はヤンガスのだね…って、短冊にも書くんだ」

 

「あっはは!ヤンガスは根っからの山賊ね!」

 

「みんながみんなそういう訳じゃ無いと思うけど…っと、『世界中の女性と仲良くしたい』は…ククールとモリーさんのどっちだろう?」

 

「あー…いや待って、こっちにも似たようなのがあるわね。

全く、モリーさんには三人のバニーちゃんたちがいるんだから充分でしょうに」

 

「ククールもそろそろ身を固めた方がいいんじゃないかな、なんて」

 

「ま、無理でしょーね。ククールは一生あのままよ」

 

「手厳しいね。

うん?『時々、お馬さんに戻れるようにして下さい。…時々ですよ?』って、これはミーティア姫のだ」

 

「ミーティア姫も変なことお願いするわね…戻れた時は『もう二度と嫌ですー!』とか言ってた気がするのに。

あら、これは多分トロデ王のね」

 

「どれどれ?『また皆と旅をしたいわい。今度は命掛けではなく、世界中の観光としてのぅ』…か」

 

彼と顔を見合わせる。

みんなで旅をしていた時は確かに観光をしてる余裕は無かった。

一つの町とかに長く滞在することはあっても、それは観光では無くてダンジョンを攻略するためで、心の余裕があった時なんて全くと言っていいほどなかった。

 

「…そうね、その内みーんなで色んな所を見て回りたい。楽しい思い出なんて殆どないから尚更」

 

「だね。その時は、ミーティア姫にも美味しいものを沢山食べて欲しい。旅してた頃はきっといい物なんて食べれてなかっただろうし」

 

そう、馬の姿だった頃のミーティア姫が食事をする時は決まってトロデ王と二人きりだった。

余裕のある時はトロデ王が果物を持って行ってたけれど、そうではなかった時とかに何を食べていたのかはまるで知らない。

 

「そうね、私もそう思う。…うん。今度またミーティア姫を連れ出して、美味しいもの巡りでもしてくるわ!ゲルダさんも連れて!」

 

「その時は僕にも教えてよ?前は何も教えてくれなかったんだから」

 

「分かってるわよ。その方が色々都合もいいでしょうしね」

 

「頼むよ?」

 

「はいはい、大丈夫よー、っと、風も強くなって来たし、そろそろ部屋に戻らない?

みんなも待ってるでしょうし」

 

風でなびく髪をおさえ、彼の方を見ようとした時、向かい側に掛けられていた短冊が翻る。

 

「うん、そうしようか」

 

「…ごめん、やっぱりもう少しいましょう?なんとなく風に当たりたい気分なの」

 

「?

いいよ、僕も同じ気分だったし」

 

どこか嬉しそうに聞こえる彼の言葉を耳に、私は自分の書いた願い事を思い出す。

 

「(心が繋がってる、ね)」

 

「何か言った?風の音で聞こえなくて」

 

「ううん。なんでもない。ただ、大好きよって」

 

輝きの散らばる悠久を見つめてそう言った。

彼は途端に顔を紅くして何かを言っていたがどうも今の私には届かない。

今彼の言っている事だってきっと凄く嬉しい言葉だ。

けれど今の私にはそれよりもほんの少しだけ嬉しい出来事があった。

 

『いつまでも仲良しでいられますように』

 

彼も私と同じ事を願っていてくれた。

こんなの、もう叶っているのと変わらない。

きっと空に浮かぶ天の川では、一つのカップルが互いに言葉を尽くして心を確かめ合っている事だろう。

それは、側から見れば胃もたれするくらい甘いひととき。

誰にも割り込めない二人だけの世界。

けれど、今の私達だって負けていないわ。

だって、私達は言葉にしなくても通じているんだもの。

ね、あなた。




いいなぁ、ゼシカを肩車したいなぁ。

てな感じで七夕編、完。
今後もこういう季節イベの話は書いていきたいですね。(前にも言った感)投稿時間は
…まぁ、うん。気にしないようにしましょう!
ちなみに作者のお願い事は『ゼシカと結婚する』です。
…短冊掛けてないけど、叶いますよね?ね?

ではまた次の更新で!


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第十話 彼と私と大惨事

どもども、お久しぶりです。
短編を二つ挟んでからの投稿です。
気がつけば十話目なんですねぇ。短編を除けばですが。

ではでは、どうぞ。


薄暗い部屋。

上がる息。

火照る身体。

額を、頬を、首筋を伝う水分。

 

「あ、あなた…?」

 

荒い息で、彼を呼びかける。

汗で滲む彼の顔が笑顔に変わり、『大丈夫』と語る。

 

「うん。…ここでしょ?」 

 

「いいわ…すっごく良い位置」

 

一人じゃない。

彼の手に支えられてるのがわかる。

繋がってるのが分かる。

 

「しっかりね?せーのでいきましょう?」

 

自分に言い聞かせるように口にした言葉で、思わず微笑んでしまう。

少し前のことがまるでウソのよう。

一人が先走っても意味が無い。

二人でするから意味があるんだ。

 

「それじゃあ…!」

 

彼の呼吸が止まる。

次のために力を溜めてる。

 

「ええ!」

 

私の息も止まる。

彼とタイミングを合わせるために。

 

一瞬の沈黙が訪れる。

 

どんな些細なキッカケも逃さない。

集中が最高潮に達した時、部屋の空気が僅かにーーー動いた。

 

「「せーの!」」

 

動く彼、持ち上がる影、跳ね上がる鼓動。

この時の私たちの息は、間違いなくピッタリだった。

数秒後の落ちる音を合図に、歓喜が上がった。

 

「「や…!」」

 

「「やったーーーー!!!」」

  

月明りが差し込む壊れた両開き窓の前で彼と私は強く抱き合った。

身体が許す限り、力強く。

 

「やっと、やっと運べたわ!」

 

「うん…!こんなに嬉しいのは久しぶりだよ!

ゼシカと結婚できた時以来だ!勿論、あの時と比べたら劣るけどね!」

 

「私だってあなたと両想いだってわかった時に比べたら全然よ!けど、とっても嬉しい!」

 

なんて笑っていられるのも、風で横転したダブルベッドを元に戻せたから。

今から一時間ほど前。

彼との盛り上がりが達し、…そういう事になるまであと僅かのところで、停電が起きた。

原因はその時の雨や風だと思う。

そこからはてんやわんやだった。

開けっ放しにしていた窓が強風で吹き飛び、強烈な雨が私たちを襲い、慌てふためいている間に一番強い風がベッドを襲った。

その後すぐに窓にはマホカンタを使ったので雨風は防げたんだけれど…

当然そんな中でお楽しみなんて出来る訳が無く、なし崩しにというか、必然的に室内の復旧作業をすることになった。

というか、どうしてあんなに重いのよ。あのベッド。

彼も私もバイキルトを使ってやっと運べたんだけど?

 

「それで…えっと…」

 

抱き合ったままの彼が何かに気づいたように口を開いた。

 

「うん?」

 

「今日は、どこで寝る?」

 

「あ…」

 

彼の視線の先にあるのは、雨でびしょびしょになってしまったベッド。

床は薄い水たまりのようなものがいくつかある上、小さな木片も散らばっている。

唯一寝れそうで無事だったのは、すっかり冷え切ってしまっていたソファだけ。

 

「…とりあえず、お風呂に入りましょ?このままだと風邪引くし」

 

「そう、だね。うん、そうしよう。

じゃあ、お湯入れてくる」

 

「わかった。着替え用意しておくわね」

 

それからお風呂のできる約十分、用意を終えた私たちはソファに座ってそわそわしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~…どうする?」

 

「やっぱり、僕が床で、ゼシカがソファで寝るしかないんじゃないかな。バスタオルで拭けばとりあえずは平気だろうし」

 

「ダメよ、そんなの。もう一枚タオルがあれば床に敷いてその上でって事もできたけど、さっき私たちが使ったので最後だし…

そうだ、三人くらいなら腰かけられるし、座ったままで寝ればいいんじゃないかしら」

 

「それだと身体に負担がかかって、明日帰る時が大変かも。さっき結構な力仕事もしたから、変に疲れが溜まるとと大変だし」

 

彼はうんうん唸って顔をしかめる。

お風呂を出てからというもの、どうすれば眠る場所を確保できるかを考えているのだけれど、どうにもいい案が出ない。

多分、眠いせいもあるんだと思う。

彼も私も微妙にろれつが回ってない。

 

「うぅ~ん。どうしようかしら」

 

どっちかが床で寝るなんて絶対ダメだし、かと言って座ったまま寝たら彼の言う通り起きてからが怖い。

…そうだ、それならいっその事。

 

「一緒に寝る?ソファで」

 

何も、ソファは座るためだけの物じゃないんだし、この大きさなら大丈夫かもしれない。

 

「え、けど、座っては…」

 

突然の提案に彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに何かに気が付いてソファを眺める。

 

「…この奥行きならいけるかも」

 

そう言うと彼はすぐにソファの上に横になる。

続けて私も余っているスペースに横になる。

けれど…

 

「横向きになって寝ても身体が半分近く出ちゃうわね…」

 

スカスカする面積を少しでも減らそうと、彼の背中に身体をくっつける。

 

「ゼ、ゼシカ?」

 

「これ以上詰めるのは無理かしら。

これだと寝てる時に絶対落ちるわよね…」

 

出来る限り身体を背もたれにの方に押し付けるが、胸があるせいで肩一つ分が出てしまう。

う~ん、これだと、並んで寝るのは無理そう…。

 

「あの、ゼシカ?」

 

「なに?

…って!ご、ごめんなさい!あなたの事すっかり忘れてた!」

 

彼の潰されそうな声を聞いた私はすぐにべッドから降りた。         

どうやったらソファに収まれるかに夢中になっていて、すっかり彼の事を忘れていた。

 

「ううん、大丈夫。そんなに苦しくなかったし、むしろ嬉しかったというか…」

 

「へ?」

 

「いや!何でもないよ!それより、並んで寝るのは無理そう?」

 

慌てた様子で起き上がった彼はソファに腰かける。

つられて私も隣に座った。

 

「あ、うん。さっきくらい近寄れば寝る時は大丈夫かもしれないけど、多分、朝には落ちてるでしょうね」

 

「そっか。なら、後はもう重なって寝るしかないか…」

 

「重なって…って言うと、一日目に鎖で繋がれたみたいに?」

 

彼の提案で思い出したのはベルガラックに泊まりに来た日の夜。

フォーグとユッケの企みによって彼がベッドに繋がれてしまい、解放するために彼の下敷きになる形で私が横になって一夜を過ごした事。

 

「うん。ソファの上だし寝心地はあまり良くないだろうけど、この前は寝起き自体は平気だったし、どうかな」

 

「いいと思うわ!そうしましょう!」

 

勢いのあまりソファから立ちあがってしまう。

今思い出してもドキドキしちゃうアノ事をまた出来るなんて…不幸中の幸いってやつかしら!

 

「…じゃあ、この前はゼシカが下だったし、今回は僕が下になるよ」

 

そう言うと彼はすぐソファに横になった。

仰向けで。

と思えば、少し顔をそらして小さな咳払いをすると。

 

「…おいで?」

 

挑戦的で、でも少し恥ずかしそうに、私をしっかり見据えて右手を差し出してきた。

そんな彼をまじかにしても冷静さを保っていられるほど今の私は落ち着いているはずもなく。

 

「失礼しまぁぁぁぁす!!!!」

 

「おっふ!!」

 

本能のままに彼へとダイブした。

胸の下では彼が軽く咳き込んでいる。

けど、自業自得よ。

あんな事されたら飛び込んじゃうに決まってるじゃない!

 

「…幸せに重さがあるとしたら、きっとゼシカくらいだね…」

 

私が馬乗りに体勢を変えると、彼は悶え気味に呼吸をしながらそんなことを言った。

全く、失礼しちゃうわ。

私がそんなに重いはずないじゃない。

 

「あら?じゃあ、たいしたことないんじゃない?」

 

そっぽを向きながらも目の端で彼の顔を伺う。

 

「た、確かにね…そんなこと言ったらゼシカの体重は、大きくなったラプソーンよりもあることになちゃうもんね」

 

「なっ…!」

 

そこに見えたのは、慌てふためく彼の顔ではなかった。

余裕を見せるだけじゃない。

誘いも含めた彼の笑顔は、今ある思考をすべて捨ててでも抱きしめたくなるものだった。

驚いたわ。

まさか彼が【相手に嫌味を言ってから褒める】なんて技を使うなんて。

おかげで、落ち着いているフリをするので精いっぱいだ。

すぐにでも顔を寄せたい衝動に駆られている。

でも、ここで味をしめさせたらダメよね。

そうなったら最後、二人目のククールが出来てしまうもの。

 

「…褒めても、何も出ないわよ?」

 

出来る限り平静を装ってそう言った。

けれど、私の必至の抵抗もむなしく。

 

「ううん、ゼシカの笑顔が見れただけで十分だよ?」

 

「へっ!?」

 

とんでもなく歯の浮くような事を言われた。

な、ななな何!?今日の彼はどうしたの!?

普段なら言わないようなことをこんなに続けて言うなんて!!

 

「うん?どうしたのゼシカ。顔が真っ赤だよ?」

 

「ええっ!?ちょ!」

 

こ、これはどう考えてもおかしい。

だって、彼は今、私の事を抱き寄せた!

文字通り目と鼻の先まで!

いつもの彼ならこのタイミングで抱き寄せたりしないのに。

こんな裏のありそうな笑顔をみせながら、私の事を見つめたりしないはず。

 

「あ、あなた?今日はどうしたのかしら…?随分と積極的だけど…」

 

「だってそれは、ゼシカが…それだけ…」

 

「そ、それだけ!?」

 

そう余韻を残したまま、それっきり彼の寝息しか聞こえることはなかった。

 

「な、なんなのよーーー!!!」

 

身体の殆どが重なり合った状態から再び馬乗りの体勢に戻る。

 

「これだけ人を惑わせておいて、当の本人はあっさり寝落ち!?思わせぶりなのも大概にしてほしいわよ!ちょっと期待しちゃったじゃないの!

全く、いい度胸じゃない!今のうちに別の人のところにいっちゃおうかしら!?」

 

なんて怒りのままにまくし立てていても、頭の中にいる冷静な私は知っていた。

他の男に今みたいなことをされても、きっと私は何にも思わなかっただろうなぁ、と。

むしろ、サクッと魔法でどうにかしていた可能性まである。

私は、彼だからあんなことをされてドキドキするし、おあずけされればもどかしくなるんだ。

 

「…はぁ、とことん惚れちゃってるのね。私」

 

呆れたように吐いたため息と、同時にこぼれた笑み。

矛盾に思えるそんな行為も、なんだか嬉しく思えてしまう。

うん、思ったよりも楽しんでるみたい。

 

「けど、寝落ちしたことは許さないわよ?」

 

彼が起きた時に驚かせるため、適当な感じで服を脱がせていく。

 

「ふふふ、乙女の純情を弄んだんだもの、このくらいしないとね?」

 

後は朝起きた時に、彼になんて言うか考えておかないと。

 

「そうね…『私に、あんなにえっちなことしておいて覚えてないなんて…サイテー!』あたりかしら」

 

ラジュさんに聞いた話だと、そういう事をしたのに何も覚えてないと、男性側はとてつもない罪悪感に襲われるらしい。

世の中にはそれを逆手にとってゴールドを稼ぐ詐欺師もいるのだとか。

正直、聞いた時はあまりいい気はしなかったけれど、けど、今回に関しては私にも彼を慌てさせる権利があると思うの。

だって、未だに彼の言いかけの言葉が頭から離れないの。

 

「だから!これは仕返しなのよ。あなたが悪いんだからね」

 

そう言って、そっと頬に口づけをした。

全くなにもしないで今日を終えるのは、明日仕返しをするにしてもなんとなく物足りなさを感じたから、彼が寝ている間に、彼が喜びそうなことをしてみた。

私だけが一方的に知っている幸せ、とでも言うのだろうか。

そう考えると、急に胸の高鳴りが増した。

そのまま頬を密着させて横になる。

この高鳴りが彼に届いて、もしかしたら起きてくれるかもしれない。

いっそ私も脱いでしまおうかと考えたけれど、彼の体温と呼吸を感じると安心するからなのか、いつの間にか私も眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

To be next story.




え?期待していたのと違がったと?
それはまぁ、ねぇ?私だってそう書きたくはありましたが、書けない事情があるというかなんというか。
ですが、それ以上にラブラブに書いたはずなのでお許しを。

では、次のお話で!


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第十一話 失敗と勘違いと

お久しぶりです。

………
…………
お久しぶりです。(特に書くことがなかった)

で、では!本編にどうぞ!


「はっくしょん!」

 

小さな破裂音で目が覚める。

それが自分のくしゃみだと分かった途端、一気に身体が冷えた気がした。

 

「…寒い」

 

室内の空気は冷え切っていて、とても部屋の中だとは思えないほどだ。

まぁよくよく考えてみれば、冷えた風が部屋の中を占領していてついでに雨まで中に入ってきていたのだから、冷え込むのは当然よね。

 

「昨日の夜は色々あったものね、うっかりしてたわ…」

 

後ちょっとのところまで発展したと思いきや窓から雨や風が入ってきて、どうにか後片付けを済ませたと思ったら、今度は彼がおかしくなっちゃってて…

 

『だってそれは、ゼシカが…それだけ…』

 

「ぶっっ!!」

 

思わず目を瞑って昨日の事を思い出したが最後、彼の顔まで瞼の裏に出てきた。

 

「げほっ、げほっ、し、心臓に悪いったら無いわね…。危うくむせ死ぬところだったわ。

全く、なんて爆弾残してくれたのかしらこの人は」

 

私の下で寝ている彼を横目で確認する。

こういうのをフラッシュバックと言うのだろうか。

連鎖的に、彼の強気な一面を思い出してしまう。

 

「…はぁ」

 

顔が赤くなってるのか、恥ずかしさの余り無意識に当てた左の掌があったかくなってる。

うう、結局何が言いたかったのかしら。

 

「はっくしょん!」

 

二度目のくしゃみで現実に戻る。

今の私たちは、オークニスの町のある雪山地方のような寒さの中にいるんだって事を思い出した。

 

(なにか、暖かいものは…)

 

小刻みに震える身体を抱き締めながら起きる。

目に映ったのは風雨で揉みくちゃにされた室内と、上着のはだけた彼だけ。

昨夜の薄明かりでは見えなかった彼の鍛え抜かれた身体が、陽の光で輝いて見える。

 

「あ、改めて見ると凄い身体よね…」

 

服を着ると細く見えるけど、彼の身体には六つに割れた腹筋と、戦いで負った沢山の傷。

中には私や他の二人を庇った時に出来た傷もある。

それを思わず指でなぞってしまった。

硬いながらも弾力のある腹筋と腹斜筋の間、皮膚の色が少し変わっている傷口の縁を、人差し指で撫でるように。

 

「冷たくて、鉄板みたい」

 

こんな風になぞれるのは私にだけ許された特権。

他の人には出来ない特別な幸せ。

けれど、その幸せも束の間。

私はあることに気がついた。

 

「ん…?冷たい…?……あっ!!!」

 

急いでなぞるのをやめ、人差し指で小さくメラを作りだして当たらないよう体に近づける。

 

しまった、私が冷えているなら彼だって身体が冷えているに決まってる!

しかも、彼は上半身が裸と変わらないのだから…!!

 

「あ、あなた!?起きて!起きてってば!」

 

ペチペチと頬を叩く事数回、彼は小さく、呻き声にも似た声を上げる。

 

「ゼ、ゼシカ?おはよ…寒ッ!!何これ、冬!?」

 

口を開いた瞬間に両手で自分の身体を抱きしめる彼。

いきなり起き上がってきても大丈夫なように指先に作ってたメラを消した。

 

「ご、ごめんなさい!こ、これ!脱がした服!濡れてないから大丈夫だと思うわ!」

 

ソファの腰掛けに掛けて置いた服を急いで渡す。

彼は「ありがとう」と言ってそれを着始めた。

 

「ふぅ、冷たいけどとりあえずこれで大丈夫かな。…って、あれ?僕、上着なんて脱いでたっけ」

 

「えっ、あっ、うん…ぬ、ヌイデタワヨ?」

 

「…?まぁ、別にいっか。

って、それよりゼシカは大丈夫!?風邪引いてたりしない!?」

 

唐突に彼の顔が近づく。

それと同時に、変な感触が全身を巡る。

 

「わわ!?な、急に…!」

 

心配して焦っているのか、ペタペタと私の身体を触る彼の顔は至って真剣だ。

腰、お腹周り、手や腕や肩、最後はほっぺたと、一通り身体を触り終えると。

 

「ダメじゃないか!僕より冷えてるならそう言ってくれなきゃ!」

 

彼は言い終わるより先に着ていた服を脱いで私に羽織らせる。

彼の体温で僅かに暖まっていた上着は、私の冷えていた身体へとその熱を伝える。

 

「わ、私は大丈夫だから、あなたが…」

 

急いで脱ごうとすると彼がその手を掴む。

 

「それは僕のセリフだよ。ゼシカには、いつだって元気でいて欲しいんだ。だからそれは着てて。僕は大丈夫だから」

 

そんな、真剣な眼差しに思わず納得して。

 

「あ、う…わかった…」

 

頷いてしまった。

 

ど、どうしよう…

上着を脱がせたのは私だと言わなければいけなかったのに咄嗟に嘘をついてしまった。

それどころか、本来なら彼が着るべき上着を今は私が羽織っている。

大きな罪悪感と後悔が私を襲う。

 

これも復讐しようとした罰…?

それなら、せめて…

彼を暖かくしなくちゃダメ、よね。

 

「どうしたのゼシカ?」

 

今まで彼の下腹部付近に座っていた事に気付きつつ、彼の身体とソファの腰掛けの間に片足を通す。

 

「ちょ、ゼシカ!?」

 

そのまま、ぎゅっと彼を抱き締めた。

 

「知ってる?人を暖めるには人肌が一番いいんだって」

 

そう言って更に抱き締める腕に力を入れる。

 

「いや、けど!」

 

顔を真っ赤にして慌てる彼を尻目に、もう少し身体を密着させる。

とても冷たい。

鉄板のようだと言ったのは自分だというのに、その的確な表現に驚いてしまう。

本当に冷え切った鉄板のような身体だ。

どう考えたって彼の方が冷えてるに決まってる。

なのに、彼は私を引き剥がそうと身体の脇に手を置いている。

といっても、それに必死さはないので、驚いて反射的にしている事だろう。

 

「いいじゃない。私たち夫婦なのよ?恥ずかしがる事なんてないわ」

 

「い、いや!そういう事じゃ…!」

 

それでも脇から手を放そうとしない彼にムッとして、彼のほっぺに私のほっぺをくっつける。

 

「…どーせこの旅行が終わればあなたはまたお城に仕事に行っちゃうんだから、あと一日くらい甘えさせなさいよ」

 

ここまですれば彼だって拒めないだろう。

ちょっとずるい気もするけど、これで彼が風邪を引かずに済むのなら。

 

けど、そっか。気がつけば私たちのハネームーンも今日でおしまい。明日にはまた以前と同じ『いってらっしゃい』と『お帰りなさい』の日々に戻ってしまう。

そうなったら彼とこうしてくっついていられる時間も減ってしまうんだ。

思わぬところで大事なことに気がついて、思わず抱き締める力を強くしてしまう。

あと一日、今日はこのまま…

 

「け、ケホン!あ、あのー、この惨状はどういう事なのかし…ら…」

 

突如聞こえた声に顔を向ける。

その先にいたのは、着ている服にも引けを取らないくらい顔を赤くした、草原のような柔らかな緑色の髪を持つ少女・ユッケ。

 

「あっ…!

うん!そうだね、こういう激しいのもあるんだよね!知ってる、あたし知ってるから大丈夫!それじゃあ!」

 

「まっ、待ち…待ちなさい!!!」

 

自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「はぁぁぁーーー…」

 

「べ、別に覗こうとしたわけじゃないからね?朝食の案内をしようとしてドアをノックしても返事が無かったから、何かあったのかと思って入ってみたら…その…エッ…」

 

「「してないわ(から)!!」」

 

ユッケが部屋にやって来た後、勘違いをしたままどこかへ行こうとした彼女を間一髪引き止め昨夜の事を伝え、一先ずギャリング邸に案内してもらった。

 

「ならどうしてあんなカッコウで抱き合ってたんだか…」

 

「そ、それは、二人とも身体が冷えてたから抱き合って暖め合ってた…って言うか…」

 

問い質すような、睨むような目で見られて思わず口ごもってしまう。

言い方一つで本当の事が嘘っぽく聞こえてしまうのだから不思議なものよね。

 

「…まぁいいわ。そういう事にしておきましょう。

それより、服は苦しくない?私とお兄ちゃんの服を貸したけど…」

 

「あ、うん。僕の方は大丈夫。ゼシカは?」

 

「私も肩幅とか丈は大丈夫だけど、胸が、ちょっとね」

 

何とも無しに胸を張って彼に見せる。

ぎゅうぎゅうと胸全体を満遍なく圧迫されるのは、今では実家となったアルバート邸で過ごす時の服に似ているけど、着慣れていない分、ユッケの服の方が苦しく感じる。

 

懐かしさに胸を締め付けられていると、目の前で紅茶を飲んでいたユッケのこめかみに血管が走る。

 

「小さくて悪かったわね!文句があるならその無駄肉削いであたしによこせっ!」

 

その速さは今まで見てきたどの魔物よりも速く。

向かいに座っているユッケがテーブルを踏み越えて私のところまで来るのに、まばたき程の時間すらかからなかった。

 

「ちょっ、何してるのよ!服が破けちゃうから!」

 

気付いた頃には両胸を鷲掴みにされていた。

 

「煩いわ!

間違って買っちゃった胸囲の大きい服すらこんな風にパッツンパッツンにして…!

もう勘弁ならない!あたしの気が済むまで揉ませなさい!!!」

 

言いながら、鬼気迫る顔をして私の胸を寄せては上げて揉んでを繰り返すユッケ。

この慣れた手つき、従業員にも手を出してるわね。

 

「あ、あのねぇ、私の胸に勝てる人なんてそうそういないわよ?第一、私が負けを認めたのだって、旅の途中に寄った変わった口調の荒くれ者がいる変な場所にいたバニーちゃんだけだし」

 

「あたしの知らない人を出されても困るわね!くそぅ!なによ、大きくて柔らかくてなのに弾力があるなんて卑怯よ…!大きさだけじゃなくて質でも負けるなんて…」

 

次第にユッケの手から勢いが薄れ、力が抜けていく。

気がつけばさっきまで私の両胸を掴んでいたはずの手は、肩と一緒にだらんと落ちていた。

 

「あら、もう終わりなの?思ったより早かったわね。

ま、服が破れる前に終わってよかったわ。自業自得とは言え、服が破れたら申し訳なかったし」

 

「ゼシカ?これ以上ユッケをいじめるのはやめた方がいいんじゃないかな…?」

 

赤面して顔を晒していた彼がそんな事を言ってくる。

 

「いーのよ、勝ち目がゼロの相手に挑んで来たのが悪いんだし」

 

別に命を取るわけでもないし、大した問題じゃないわ。

 

「ま、まぁ、そうかも知れないけどさ。あんまりいじめるから、泣いちゃったみたいだし」

 

「へ?」

 

言われて始めて鼻をすするような音に気がつく。

発信源は、どうやら俯いたままのユッケのようだ。

 

…確かに、少しやり過ぎたかも知れないわね。

 

「ごめんなさい、ユッケ。私もちょっと大人気なかったわ。

大丈夫よ!世の中には小さい方がいいって人も沢山いるわ!実際そういう人も見てきたしね!」

 

ユッケを慰めるべく頭を撫でる。

 

「そ、それは慰めの言葉としてどうなんだろう…」

 

隣で小さく呟く彼の言葉に反応したのか、鼻をすする音とは別に「ひっく、えぐっ、うぅ…」という声も聞こえて来た。

 

「なによなによ、いいわよそんな慰めは。そんなんで胸が膨れるなら努力なんてしないわよ」

 

ボソボソと聞こえる涙交じりの声は恨みや妬みの感情というよりは、心からの切実な思いといった感じで、私の胸に響くものがあった。

 

「ね、ねぇユッケ?その、本当にごめんなさい?私が悪かったわ。ちょっと度が過ぎたわよね。本当に悪かったわ」

 

未だに俯いたままのユッケの顔を覗くようにして謝る。

 

「…せろ」

 

「へ?」

 

ほんの少しの沈黙の後聞こえたのは、鳴き声でも怒りの罵声でもましてやお許しの言葉でも無く。

 

「そんなに言うなら実物見せろ!!!」

 

「はぁ!?」

 

謎の理論によって導かれた意味不明な欲求だった。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「ふぅー、満足満足。これで研究も捗るってものね!」

 

「うぅ…弄られた…上半身の一部分だけを必要以上に弄られれて物凄く凝視された…」

 

「ま、まぁ、やっぱりゼシカの胸が最強って事だったんじゃないかな!」

 

およそ十五分にも渡る、ユッケの手と眼による両胸の蹂躙は彼女の満ち足りた笑顔とともに終わりを迎えた。

しっかりとほぐされた私の両胸は、心なしか柔らかくなったような気がして嫌じゃない気分なのが逆に悔しかった。

 

「後は、私の仮説が正しいかどうかを七日後の報告で確かめれば終わりね。あ、それまでは毎日、夫である貴方が今私がやった事をするのよ?」

 

「「えぇ!?」」

 

突然の爆弾発言に私と彼は顔を見合わせる。

今のを、彼が、毎日、私に…?

真剣な眼差しの彼と、顔を赤くしてそれを望む自分の姿を想像して、咄嗟に頭を振る。

そんなの嬉しすぎ…じゃなくて、彼の負担が大きい!

 

「ど、どうして毎日する必要があるのかしら!?何か理由があるなら聞かせて欲しいんだけど」

 

「どうしてもなにも、一回の実験だけじゃ効果が薄いからよ。

それに…」

 

ぬっ、と顔を寄せて私の耳元まで来ると、ユッケは囁くようにしてこう言った。

 

「(その方がゼシカさんも何かと都合がいいんじゃないの?)」

 

「ば、ばばばばバカ言わないでちょうだい!?私は別に、その…」

 

「あーあ、いやだいやだ。そういうのをカマトトって言うんじゃ無かったかしら。本当は今すぐにでも旦那様にうぐっ!?」

 

余計な事を言う前にすかさずユッケの口を押さえる。

思わず鼻も閉じてしまった気がするが、気のせいね。

 

「あーーら、ユッケ?ちょっとおいたが過ぎるんじゃ無いかしら?そういうのって、余計なお世話、って言うんじゃ無かったかしら」

 

こくこくと激しく頷くユッケの耳元で続けて呟く。

 

「(あんまり心配しなくても大丈夫だから。貴女の教えてくれたように、私達は私達のペースでやっていくわ)」

 

言い終えると同時に押さえていた手を離す。

二度ほど深呼吸をしたユッケは私の方に振り向くと、ニカっと笑って。

 

「そう、なら安心したわ」

 

そう言って元の位置に座り直した。

 

「あ、けど毎日揉むのはやって貰うわよ?私の仮説だと、毎日適切な揉み方をする事でバストアップが出来るはずだから。

仮説があっていればゼシカさんの胸は文字通り誰にも負けないモノになるだろうし、間違っていたとしてもそれによるデメリットはないから大丈夫。

精々、旦那様の負担が大きいって位かしらね。

あ、別に穴が開くほど胸を見たりはしなくていいわよ?あれは単に度肝を抜かれて目が釘付けになっただけだから」

 

脚を組んだユッケは、もう一度笑って。

 

『それはそうと私の胸を大きくする手伝いはしてもらうから』

 

と、眼が語っていた。

 

「はぁ…分かったわよ。やるわ。あなたもそれでいい?」

 

「ゼシカがいいなら僕からは何も無いよ。まぁ、ちょっと恥ずかしい気もするけど」

 

薄っすらと顔を紅くした彼の顔を見て、つられて私の顔も熱くなってしまう。

二人同時に目を逸らした事まで恥ずかしい。

 

「あのねぇ、それじゃ子供のお付き合いじゃないのよ。一緒にお風呂はいったことあるならもっとこう、あるでしょう!?」

 

言われてその日を思い出して、また顔が熱くなる。

力強い彼の手が私の身体を優しく触れてくれた事を。

 

「…アホらし。付き合ってられないわ。

もう少ししたらあなた達の服が乾くはずだから、それまでに部屋に戻って荷物を纏めるなり、そこできゃっきゃうふふするなり好きにしたらいいわ。

あーあ!全く、あたしにも恋人が出来たらああなるのかなー!」

 

扉が閉まる音と同時にユッケは部屋から出ていく。

どこか嫌味にも聞こえる期待を残して。

 

(私だって、自分がこうなるなんて思いもしなかったわ。一番縁遠いものだと考えていたし。

けど…)

 

彼の方を見る。

いまだに私から顔を逸らしているから後頭部しか見れないけれど、それでも、気持ちが温かくなっていく。

 

(こんな気持ちになれる人に、早く逢えるといいわね。ユッケ)

 

扉に向けて、小さく微笑んだ。

 

ユッケが出て行ってから数分後、「…行こうか」と切り出した彼の手を握って、部屋を後にする。

その時、視界の端に二つ影が映った気がしたけれど、扉が閉まって確かめられなかった。

 

「どうしたのゼシカ?」

 

「ううん、何でもないわ。いきましょう」

 

残された時間を確かめるようにして彼の手を握り、私たちは宿泊部屋へと帰った。

 

 

To be next story.

 

 




女の子同士の絡みって良いよね!
特に、胸の話で盛り上がってるのって最高だよね!
そんな趣味全開の話でした。

次回は(恐らく)ハネムーン編(仮)最終回です。
部屋にいた2つの影とは一体…!?
それではまた!


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第十二話 例の黒い影とハネムーンの終わり

おっすおっす。
ドラゴンクエストライバルズにサンタコスゼシカスキンが追加されて絶賛発狂中のカピバラ番長です。
今回は題名の通り、とうとうハネムーン編が終わります。
前話ラストに現れた謎の影とは一体なんなのか。その答えが今回明らかに!
え、察しはついてる?そんなぁ〜。

では、どうぞ!


『い、良いものが観れたな…』

 

部屋の一角。

歴史を感じる木製の机の影から現れた長身のシルエット。

続いてもう一つシルエットが浮き上がる。

それは先に上がったものよりも頭一つ分小さく見える。

 

『良いものな訳あるか。あんなの、観たくなかった…!うぅ、吐き気がしてきた…』

 

屈んだような形をとった小さい方の背中に手が添えられる。

 

『そんなもんなのかね。

…まぁ、自分のアニキが女とイチャついてるところなんぞを見た日には発狂もんだろうがな』

 

『しかし、いよいよどうしたものか。片方は仕方ないにしても、もう片方はどういうつもりなんだか…』

 

それに頷く大きいシルエット。

 

『オレを呼んだのも不本意だったんだよな?』

 

『ああ。だが、私の思い違いだったみたいだ。貴方が良ければうちに常にいてくれると助かるが』

 

それを聞くと大きいシルエットは左手を口に当てて微笑んだ。

 

『冗談。俺は自由な身でいたいのさ』

 

『そうか。

さて、これからどうしたものか』

 

外の廊下へと続くドアへと忍び寄る小さいシルエットはそこから外の様子を慎重に確認した。

微かに照らされたシルエットから蒼い色が浮かび上がる。

 

『流石にもういないみたいだな。助かった」

 

同様に、大きいシルエットも僅かに開かれたドアから外を覗く。

照らされた爽銀の髪が光を拒むように闇へと消える。

何故か響く床に恐怖を覚えながら。

 

 

 

ーーーー ---- ---- ---- ---

 

 

 

 

 

「ねぇ、そっちは終わった?」

 

 

綺麗に片づけられた室内で彼の進行状況を尋ねてみる。

 

「うん。もうほとんど終わりかな。そっちは?」

 

「こっちも。

後は何時にチェックアウトするかね」

 

衣類やらをまとめたバックを彼のまとめた荷物の近くに運びながら今の時間を確認した。

私たちがギャリング邸から戻ってきて既に一時間。

外で輝く太陽の光が柔らかに差し込み、室内がほんのりと紅に染まりつつある。

窓から見えた暮れてゆく街並みに寂しさを覚えるのはきっと、明日からまた始まる日常に胸を締め付けられるから。

 

…なんて、感傷に浸ってる場合じゃないわね。

帰り道にかかる時間を考えなくていいのは楽でいいけれど、それはそれでかえってだらだらしちゃいそう。

ここはいっそ、今すぐ帰るっていうのもありかも。

 

「ねぇあなた、何かやり残したこととかはない?もしなければ、そろそろ帰りたいかなーなんて思わないでもないんだけど…」

 

私の提案に彼が首を傾げる。

その理由は多分、私の歯切れの悪さだ。

どうしてこんなにおかしな質問をしたのか自分でもわからない。

むしろ、『帰りたい』と断言したかったのに。

 

そんな私の疑問に気付いたのか、彼は優しく笑うと。

 

「ゼシカの方こそ何かやり残したことはない?」

 

なんて聞いてきた。

 

やり残したこと、なんて言われても…

彼とこんなに長い時間一緒にいられただけでもう充分だし、抱き合って寝たり、酔った私を介抱してもらったりと普段ならあり得ない体験をいっぱい出来たんだから、やり残しなんてあるはずない。

だから、だから…

 

「…ちゅー、したい。かも…」

 

だからこんな事口走るのはおかしい。

いや、したいかどうかで言えばそりゃあしたいけれど、家に帰っておやすみの前にすればいいと思うし…

 

「だめ、かな…?」

 

続けて口からこぼれる言葉を合図に、彼は私を抱き寄せる。

 

「僕の方こそお願いしたかったんだ。もちろん、しよう。

ここでの、最後の記念に」

 

彼は言葉を紡ぎ終わると、その閉じたままの唇を、ぼうっと待ち惚けている私の唇に静かに重ねた。

なんてことのない、いつもと同じただの口づけ。

ほんのりと感じる弾力もいつも通りで、彼との距離もほとんど変わらない。

劇で見る激しくて熱烈で互いを求めあうようなものじゃない。

なのに、とてもあなたを感じている。

だから、切なくて…

 

「…うぅ…グスッ…」

 

いつの間にか、私は涙を流していた。

 

「…私ね、もっとあなたと一緒にいたい。

旅をしていた時みたいに命の危険があってもいいから、毎日野宿でもいいから、あなたと同じ時間をもっと一緒に過ごしていたい」

 

彼の唇が離れると思いが静かに溢れる。

このハネムーンの間に時々過っていた考え。

二泊三日の特別な日々が過ぎてしまえば再び私たちを縛りつける日常。

求めていたのに、戻りたくないあの日々に帰らないといけないんだ。

 

「私ね、寂しいの。あなたが家にいない間、あの辺境の場所でずっと一人でいることが寂しくてたまらないの。ううん。たとえベルガラックに住んでいたとしてもそう。あなたがいないことが寂しくて寂しくて仕方ないの。

だって、旅をしていた時に比べてあなたといる時間はとっても減ってるのよ?なのに、私ったらいつの間にかそんなことに慣れちゃってて…」

 

彼は、私の情けない感情をただ黙って聞いてくれている。

私の身体に腕を回して、自分の体温を伝えて私に安心を与えてくれている。

 

これだけのことをして私はようやく自分の口から飛び出てきた言葉の意味を理解した。

スタンプラリーの時に理解してしまった事実は気付かない内に私の心を深く強く握っていたんだと。

時間と共に風化して、いずれ消えていってしまう『寂しい』という感情。

どんな魔法や道具でも食い止められないこの現象を、私は放っておけなかった。

だから私は、非日常から日常への帰還を拒んでいる。

 

それでも、それでも戻らないといけないのなら、私は…

 

「…だから、あなた?もう一度だけ、私に日常に戻る勇気をちょうだい。あなたに望まれれば私は…」

 

彼の胸から顔を遠ざけて瞳を覗き込む。

やがて薄明りすらなくなった視界で彼を待った。

早鐘が耳を覆う。

自然と瞼に力がこもる。

普通の中で、今でも特別に輝いているそれを貰えれば私は何も怖がらずに帰る事が出来る。

だけど、彼は恥ずかしそうな声で私に胸の内を告げた。

 

「…ごめんね、ゼシカ。僕は君に勇気を与えられない」

 

「えっ…?」

 

眼に映ったのは彼の照れ笑いした顔。

 

「実はね、僕もそうなんだ。

初めて仕事をしに行った日は辛くて仕方がなかった。ゼシカと離れないといけないことがあんなに辛かったなんて思いもしなかった。でも、いつの間にかそんなことにも慣れてる自分がいた。ゼシカといられない時間を、仕方ないで片づけようとしていた自分がいたんだ。…しかもそのことに今日まで気付けずにいた。

だから、僕は君に勇気を与えられない。

だから、君に勇気をもらいたいんだ」

 

「あなた…」

 

私は彼の告白を受けてどうしてか嬉しくなっていた。

このやるせない気持ちを彼も感じていたんだって、勇気をもらえた。

だから…

 

「…もうっ!しょうがない人ね。

わかったわ。私がどうにかしてあげる!」

 

 

そう言って彼と勇気を分かち合った。

いつもと同じように、ただ静かに重ね合って、心地いい弾力を感じ合った。

そうしていつもより少しだけ長かった特別に別れを告げて、二人で顔を見合わせて笑いあった。

 

 

 

 

ーーーー ---- ---- ---- ---

 

〈同日・同時刻・ギャリング邸〉

 

 

「…で?何か言うことはある?二人とも」

 

三人掛けのソファに一人で腰を落とし、侮蔑の視線を美しく組んだ脚の下に向ける女性ーーーユッケ。

その視線を甘んじて受けるのは兄と呼ばれた威厳なき男・フォーグと、世界の傷を癒し続けついに救済へと導いた僧侶…もとい、色男な破戒僧・ククール。

あの後、彼らは地響きを立てながら戻ってきたユッケに見つかり、正拳突きをそれぞれ三発。顔、腹、右腿の外側に受け、崩れ行くようにして土下座の体勢をとっていた。

正しくは、腰が持ち上がり床に顔を預けているだけなのだが。

 

「お…お前が計画を壊したんだろう!?」

 

咳交じりに抗議する兄にしかし妹は公然とした態度で見下し続ける。

 

「…いや、確かにユッケの言う通りだ。

計画があったとはいえ乙女のあられもない姿を見たとあっては神に使える末席を汚すものとして…いいやそれ以前に男としてあるまじき行いだったと反省している。

本人の前で謝るというのは死を意味するので勘弁してもらいたいが、ここでせめてもの謝罪をしたいと思う。

申し訳なかった。そんな言葉で許されるとは思わないが、どうか受け取ってほしい」

 

「おまっ…!」

 

つらつらと呼吸をするように流れ出る薄っぺらい言葉に息をのむしかないフォーグ。

隣で自分と同じように床にめり込みかけている男のその目はまだ深淵に落ちてはいない。

 

(悪いなフォーグ。これ以上顔を殴られるわけにはいかないんだ。俺には…約束が、ある!)

 

「こいつウソついてます」

 

「お前!!」

 

視線で知らされた薄汚い告白にフォーグが黙ってはいるはずがない。

 

(ここまで来れば一蓮托生…!共に死のうじゃないか兄弟!)

 

(クソッ!!!)

 

この男、間髪入れずに事実をユッケに伝えて二人で罰を受けようというのだ。

更に付け加えるなら、フォーグは知っているのだ。この後ククールと約束のある女性、それは、プランCとして用意したバニーちゃん・セシーとの一夜の戯れだということを。

正直なところククールが誰と過ごそうがフォーグは興味がない。だが、本来なら同等の罰を受けるはずの人間が罪から逃れ、あまつさえ幸せを享受することが許せないのだ。

そんな切な思いが通じたのか、魔王の如く君臨していたユッケは組んでいた脚を解くと額に手を当てて。

 

「…はぁ。全く呆れた。男同士もっと協力したらどうなのよ

もういいわ、なんか、怒る気なくなった」

 

そう言ってソファから立ち上がり、廊下へと続くドアを開いた。

 

「ほら、ククールさん。もう帰っていいわよ。約束の時間まであと少しでしょ?」

 

仕方ないわね、なんて聞こえてきそうな顔をして外へ出ることを促すユッケに、困惑の表情を見せながらもククールは右腿を抑えながら部屋を後にする。

 

「…どういう風の吹き回しだ?」

 

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ。ってね」

 

腹部に残る鈍痛を抑えてその場に座り直すフォーグに、ソファへと戻りつつユッケは理由を口にする。

 

「あの男がそんな殊勝な心掛けで口説き歩いてるとは思えないが?」

 

「バカね、あの人は必死なのよ。

どうしてもチラつく、いつの間にか好きになってた人のことを忘れられるようにって。

だから頭まで下げて、追いかけようとしたのよ」

 

寂し気に持ち上がった口角を視界の端に捉えたフォーグは、隙間風が吹き込んでくるドアを見直す。

 

「だからあんな影法師を選んだのか。私はてっきり、旦那の方を誘惑するためだけだとばかり」

 

それを聞くとユッケは自嘲気味に笑って言葉を繋げた。

 

「同性の気持ちにすら思いやれないからモテないのよ、バカ兄ぃ」

 

「異性に気を回し過ぎてもいいことがないのを知っているからな。アホ姉ぇ」

 

ゆっくりと立ち上がり隣に座ったフォーグは鼻で笑う。

 

「な、なによ!?」

 

その行為に頭に来たユッケは握った拳をいつでも放てるように準備したが、その必要はないとすぐに解く。

笑っていた。

最近はめっきりしなくなっていた、兄の何かを楽しむ時に見せる不敵な微笑みだ。

 

「…上手く、行くといいね」

 

「相手はされるが捨てられるに二十コイン」

 

「じゃあ、上手くいくに同じだけ」

 

こうやって賭けをするのはいつ振りだろう。昔はよく怒られてたっけ。

 

あぁ、そうだな。

 

無邪気に微笑んで顔を見合わせる。

視線で交わされた二人の会話は夕暮れに照らされていた。

 

 

 

ーーーー ---- ---- ---- ---

 

 

「ん、ん~~~~っ!ただいま~!

やっぱり我が家が一番落ち着くわね!!」

 

「ただいま。

なんだか安心するよね。自分の家の匂いって」

 

すっかり心落ち着く場所となった我が家の居間に荷物を下ろして、二人で背伸びをしあう。

ついさっきまでいた非日常からの帰還は、もっとも見慣れた空間に到着することで否定できない現実に変わる。

少し前までは怖くて怖くて仕方がなかったけれど、今はもう違う。

彼と勇気を分け合ったこれからなら大丈夫。

きっと寂しい気持ちは変わらないけれど、それが一人じゃないって分かったんだもの。

私ばかりわがままは言ってられないしね。

 

「あなた、明日は早いの?」

 

これまでのように彼の起きる時間を確認する。

心弾むハネムーンはもう終わり。

明日からまた気を引き締めていかないと!

 

「いつもと同じ時間かな」

 

「了解。

旅の疲れがあるからって寝過ごしたらダメよ?」

 

ツンと指先で彼の胸元をつつく。

すると彼は苦笑いして「気を付けないと…」なんて呟いた。

 

「それじゃ、お風呂の用意してくるわね。

あなたは荷解きお願い」

 

「任せて」

 

洗濯する物をまとめておいた方のバッグを預かり、部屋を後にする。

私の後をついてきた彼は途中で二階へと登っていく。

 

「さ、今日は彼とずっといられる最後の日!今のうちに旦那様パワーを蓄えておかないと!」

 

いつの間にか着いた脱衣所の扉に手を掛けた時、ふと気付く。

 

「ふふっ、旦那様パワーってなによ」

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 




さてさて、ここで補足。
フォーグとユッケが建てた四つのプランと一つの奥の手とは以下の通り。
プランA・ベッドに縛り付けて抱き合わせてチョメらせる。

プランB・酒を盛って酔わせてチョメらせる。

プランC・恋人にそっくりなバニーちゃんを用意して誘惑するが、男がどうにか理性を保ち、部屋に戻って怒っている恋人に一言「自分にとって最愛の人は君だけだよ」女「まぁ!ステキ!」そしてチョメ(略)。

プランD・街のゴロツキを雇い、恋人のどちらでも良いからその愛を疑わせるような言葉を浴びせる。(ゴロツキは相手に対応した性別を用意)。

奥の手・恋人のどちらかの大切な友人を呼び助言をしてもらう。そしてチョ(略)(今回の場合、主人公に対してククールが呼ばれたのは最初に声かけしたヤンガスに断られたから。)

といった内容のものでした。
実際のところ、チョメらせようと心がけたのは主人公とゼシカが相手だったからで、その他の人の場合は多分、「どうでも良いわ」「だな」とこだわりを見せることはないと思われます。
と言うのも、以前書いたようにさっさと進展してほしいという親切心と言う名のお節介が働いたから。
ハネムーン当日にしていた小芝居はフォーグの遊び心です。

とまぁこんな感じでした。
もしなにかわからないことがあれば感想で気軽にお聞きください。

ではまた次回!
さよーならー。


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第十三話 空と海と大地と祝福されし聖夜

ちょっと考えた結果、番外編ではなく本編として書かせていただきました。
理由は特に無いです。

それでは、どうぞ。


彼と一緒になってあともう少しで一年が終わる。

今日までの日々はとても一言では言い表す事が出来ない。

 

 

初めて一緒に迎えた朝は彼のいたずら好きな一面が見れて嬉しかったのを覚えてる。…それに、その、ぱふぱふもしちゃった。ま、彼は多分その事に気づいてないでしょうけど。

 

彼がケガをして帰って来た日、初めて裸の胸を見られた時は、恥ずかしくもあり嬉しくもあって…。

その後一緒にお風呂に入った時は本当に凄かった。なんて言うか、彼の彼はやっぱり勇者なんだなぁって思い知らされた。

 

それから、彼の腕が治ったと知った日。私の弱い部分を初めて彼に見せた時。私は心の中にあった汚くて卑しいものを彼の前にさらけ出した。けれど、それでも、彼は私を好きだと言ってくれた。

 

そうして訪れた彼とのハネムーン。ユッケとフォーグのして来たことはかなり衝撃的で驚かされたけど、でも、あの二人なりのおうえんでもあって、いろんな人に祝われてるんだなって改めて感じた。

 

 

少し思い出しただけでもこんなに沢山彼との思い出が胸の中に溢れてる。

その何もかもが驚きで、何でもかんでも恥ずかしくて、何よりも…幸せな時間で。

他にもいっぱい色んな事があった。

そして、その度に彼への思いは大きくなっていってた。

気が付いたら、喉が枯れるまで『好き』って叫んでも収まりがつかないくらいになっちゃってる。

そしてこれからもこの気持ちは大きくなっていくんだと思う。

 

『あなたのためならなんだってできる』

 

旅先で見かけたカップルたちがそんなことを言ってるのをよく聞いたけれど、あまり実感が湧かなかった。

でも、今なら分かる。

 

「…例え世界を敵に回したとしても彼のためならなんだってできる」

 

心からそう思えるから。

 

「なら、これも着れますね?」

 

「でも、やっぱり、限度はあると思うのよ」

 

差し出された、深紅に染め上げられた服に目を背ける。

ここは三角谷にある一角。

ラジュさんが住んでいる神秘的な場所。

私はそこで、来るクリスマスに向けて装備品を仕立てようとしていた。

 

「ゼシカ様の持つ旦那様への愛はその程度なのですか??」

 

「だってだって!いくら何でもその服は攻め過ぎじゃないかしら!?」

 

ラジュさんの持つ幾つかの深紅の服…俗にサンタガールコスチュームと言うのだけど、そのどれもが驚くほど布地が少なくて、中には下着の方が布が使われてるんじゃないの?ってくらいのまであって。

 

「…いいですか?聖夜とは、すなわち性夜。愛する人と共に生まれてきたことを祝福し合い、新たなる生命の誕生を願う日でもあるのです。

だからこそ、パートナーがそういった気持へ昂るように誘ど…誘わ…道筋を示さねばならないんです。

ましてやあなた方二人は生涯を誓い合った仲なのですから、何も戸惑うことはないでしょう?」

 

聞き分けのない子供に教えるように言葉を紡ぐラジュさん。

エルフである彼女は私の比じゃない年齢だからか、その言葉一つ一つに妙な説得力がある。

そりゃあ、言ってることが分からない訳じゃないけど…

 

「だからって、そのコスはどうなのかしら!?」

 

新たに差し出されたサンタガールコス。

それは鼠蹊部の付近と胸部にしか布のない深紅のコスチューム。

お尻の部分に布がない分、下着の方が身体を隠せてる。

 

「これもダメなんですか?以前私が着た時は殿方にかなりご好評でしたけれど…」

 

「え、それ着たの!?」

 

「ウソです♡」

 

人差し指を立てて可憐な微笑みを見せられても、とてもじゃないけど信用できない。

なぜって、コスの大きさがラジュさんにぴったりなんだもの。

 

「う~ん。そうなりますと、私の持つコスチュームはあと二着だけになってしまうのですが…」

 

困ったような表情で宝箱の中を探すラジュさん。

「これじゃなくて、あれじゃなくて」と、やくそうやおなべのふたを放っている。

 

「あ、ありましたありました!」

 

そうして差し出されたのは…

 

「マイクロ…ビキニ…?」

 

「はい!」

 

「イヤよ!」

 

「何でですか!?あぶない水着は着たくせに!?」

 

「あれはまだ水着として成立してたからよ!!それに比べてこれはどう見ても面積がおかしいでしょ!?」

 

「むぅ~~!!!ならこれしかないです!もう知りません!!」

 

乱暴に渡された最後の一着。

ラジュさんはそれっきりそっぽを向いてしまった。

 

悪い事しちゃったかな…

 

そう考えながらもとりあえず、渡された最後のコスを広げてみる。

 

「…あら、凄くいいわね。これ」

 

一目で気に入った衣装に思わず口をついた言葉。

そんな言葉をとんがった耳は聞き逃さなかった。

 

「でしょう!?私のお気に入りなんです!」

 

サンタコスを探していた宝箱に向かって、三角に折った脚を抱えて座っていたラジュさんは、驚くほどの素早さで私の手を握ってきた。

 

「へ?そ、そうなんだ」

 

私の驚きを気に留めず、キラキラと目を輝かせている。

さっきまであんなにいじけていたのに、ちょっとしたことで機嫌が直る。

相変わらず気持ちの切り替えがはやい。

 

って、今はそんな事はどうでもよくて。

 

「あの、これ、借りてもいいかしら…?」

 

ラジュさんの手を握り返すようにして、握られていた手とは逆の手でラジュさんの手に触れる。

 

「勿論!

それは私の友人が着ていたものですからサイズも問題ないと思いますよ」

 

神秘的な微笑みで答えるラジュさんに、私も同じく笑顔で。

 

「ありがとう、ラジュさん」

 

そう返した。

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「ゼシカ、外見てみて!雪だよ!」

 

「…あら、ホントね!珍しいこともあるものね」

 

寝室の窓から見えるのは、小さくて可愛らしい白い綿。

触れればきっとすぐに溶けてしまう空からの贈り物。

今では懐かしい、オークニスで目に焼き付くほど見た雪。

 

「…サンタさんからのプレゼントかな」

 

照れ気味にそんなことを言う彼。

 

「ふふっ、そんな事ないって分かってても、ついつい信じたくなっちゃうわよね」

 

窓から離れてベッドに腰掛ける。

それに習って隣に座るのは彼。

そっと重ねられた彼の手は、ほんのり冷たかった。

 

「あなた、窓触ったわね?」

 

「バレた?」

 

「もう、掃除が大変だからやめてって言ったのに」

 

「ごめんね、つい」

 

小さな会話の後に小さな笑い。

取り留めのない事だけど、今日は特別に思えてしまう。

そう、今日は待ちに待ったクリスマス。

 

町は幸せに包まれ。

村はお祭りに明け暮れて。

子供達は何かを手にし。

家族は親愛を確かめ。

恋人達は愛をささやき合う。

 

そんな、とってもステキな一日。

 

「ホワイトクリスマスなんて、何年振りかしらね」

 

ポツリと呟いた言葉に彼は頭を傾ける。

 

「うーん、覚えてないや。

でも、ゼシカと過ごす初めてのクリスマスがホワイトクリスマスになったのは凄く嬉しい」

 

指の隙間と隙間に彼の指が滑っていく。

私はそれを包むように優しく握る。

 

「そうね。私も嬉しい」

 

そう言って、彼に身体を預けた。

反対の肩に灯る温もり。

安心する温かさに、思わず眠ってしまいそうになる。

 

「…ごめんなさい、あなた。少し、トイレに…」

 

「うん。

部屋の外は冷えるから気をつけてね」

 

少し寂しげに聞こえた彼の心配に頷いて、感ずかれないように慌てて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ごめんなさいあなた。

今はまだベッドに一緒に入るわけにはいかないのよ)」

 

心の中で謝りながら真っ暗闇の客室へと足を踏み入れる。

 

「うぅ…寒い…」

 

真っ暗だからか余計に冷えてるように感じる。

廊下の明かりを頼りに、寒さで強張りつつある手でテーブルの上を探り、目当ての物を掴んだ。

 

「えぇっと…」

 

指先でメラを作って室内にあるロウソクを灯し、隅に置いてある客人用のタンスの中から用意していた衣装を取り出す。

衣装を持っている手は少しずつ本来の感覚に戻り、暖かくなっていく。

 

以前、何かでサンタコスを着た女性を見た時は『あんなにお腹や脚を出して寒くないのかしら』なんて思っていたけど、なるほど、確かに魔力で編んだ服を纏えばなんてことは無い。

まぁ、そのお陰で他の服よりもすこーしだけ値段が張るのだけれど。

 

「…ふふふ。あの人、どんな顔するのかしら」

 

誰が見てるわけでもないけれど、思わず衣装で顔を隠してしまう。

柔らかくて、ふかふかで、気持ちのいい触り心地のサンタコス。

 

これを着て彼に抱きついたら、どんな反応をするんだろう。

 

そう考えると居ても立っても居られなくなって、早速着替える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こう!」

 

潜めた声が客室に響く。

 

「…なんか、微妙ね」

 

衣装に着替え終えた私は、鏡の前でポーズを取っている。

投げキッスやぱふぱふをする時、ムチや短剣や杖を持った時、それに他にも色々なポーズを取ってみたけれど、イマイチ決まらない。

 

「う〜ん…」

 

借りてきたサンタコスは肩先までを隠す白いファー付きの紅いケープに、スカートの裾に白いファーのついた真っ赤なワンピースで腰にオシャレで巻いたバッテンのベルト、指先から脇下の近くまでしっかり隠す真紅のアームカバー、そして紅いブーツ。

今回は他の人を倣ってタイツやストッキングの類は履かずに短い靴下で生脚にしたりと、結構凝ってみたけれど。

 

「なにかこう、違うのよね…イメージっていうかなんていうか…」

 

今まで戦ってばかりだったからか、どんなポーズをとっても戦闘をする人に見えてしまう。

多分、感覚的な問題なのだろうけど、でもどうせなら完璧な姿を彼に見せたい。

 

「何が足りないんだろう…」

 

どうすればサンタガールっぽいポーズをとれるのか、考えれば考えるほど訳が分からなくなっていく。

 

ハッスルダンス…はそもそも動きだし、両手をほっぺに当てて少し首を傾げる…なんてのは単純にしたくない。

あえて普段の私通りにするというのもそれはそれで味気ないからイヤだし。

 

「あぁ~、頭痛くなってきた」

 

出ては否定されていく考えでパンクしそうな頭を抱えて、ふと、時計を見てみた。

示されていたのは部屋を出る時に示していた場所から三つ過ぎた数字。

つまり、十五分後。

 

「…ヤバ」

 

考えるよりも早く部屋を出る。

 

もうポーズをどうするかなんて考えてる暇ない。

これ以上待たせられない。

あとは、ぶっつけ本番に頼ろう。

 

考えながら速足で階段を上がる。

廊下を少し行き、そうして見えた寝室のドアに手をかけて、深呼吸をひとつ。

 

大丈夫。少なくとも変な恰好じゃない。だから、引かせてしまうことはないはず。

 

自分に言い聞かせて、ゆっくりとドアを開いた。

中から流れ出てくる暖気。

その逆に、流れ込む廊下の寒気。

一瞬身震いしたように肩を竦めるあの人。

 

「おかえりゼシカ。遅かったけど、明日の準備でもして…た…の…?」

 

外の雪を見ていた彼は、振り向くと同時に言葉を失っていく。

目を擦って、下を向いて頭を振って、ベッドに座り直して、そうしてもう一度私を見て。

 

「…さようなら、僕の人生。来世でも会おうねゼシカ」

 

「あなたーーーー!?!?!?」

 

軌道が見えるほどゆっくりと、静かに、ベッドに沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…目、覚めた?」

 

太ももの上でまぶしそうに目を細める彼。

倒れた時に頭でも打ったのか額に手を当てながら身体を起こしている。

 

「あれ…僕は、なにを…?」

 

「大丈夫、あなた?

私の格好を見たらいきなり倒れたんだけど…覚えてる?」

 

目を瞑って記憶をたどる彼にそう言うと、何かを思い出して微動だにしなくなる。

 

「そ、そうだ。僕は…!」

 

呟いて、こっちをちらりと見た彼は、すぐに顔をそらして、また目を瞑る。

 

こ、これは…もしかして…

 

「…その、あんまり、似合ってなかった…?」

 

一番安全だと思っていたものが実は最も危険なものだった。

何度か旅の間に経験したことだけれど、まさか今回にそれが起きるなんて思いもしなかった。

何を勘違いしていたんだろう。

旅をして、魔物を倒して、こんなにがっちりしてしまった身体では何を着ても女の子らしく見えるはずがないのに。

 

「違うよ!」

 

そう思った時、彼の声が思考を奪った。

 

「ち、違うんだ。

似合ってないなんてありえない。ウェディングドレスを着たゼシカを見たとき『これ以上の驚きはない』って思ったけど、でも、僕の認識は甘かった」

 

手を握りしめられて、真っ直ぐな視線で私を捉えた彼は。

 

「僕は吟遊詩人じゃないから、ありふれたセリフしか言えないけど…

今日のゼシカは世界中の誰よりも可愛いよ。

綺麗の頂点がウェディングドレス姿なら、可愛さの頂点はきっとその姿だ」

 

確信を胸に言葉を口にした。

 

「へ…?」

 

徐々に温かくなってくる顔。

比例して早まる鼓動。

彼の言葉を理解した時にはもう、遅かった。

 

「な、ななななに言ってるのよ!確かに?この服を一目見た瞬間に?びびっときたけど、それこそあなたの勘違いよ!結婚式の時の私が一番綺麗なのは認めるけど、一番可愛い姿の私はまだまだこんなもんじゃないと思うわ!?

それこそ、あなたが一発で昇天しちゃうくらいに凄いんだから!」

 

恥ずかしさに駆られて言葉が溢れていく。

思ってること、思ってないこと、今考え付いたこと。

とにかく、この瞬間に思いついたことをどうにか繋げて、取り合えず意味の通じるようにする。

それだけ必死に言葉にしても彼は平気な顔をしてまた話しだす。

 

「うん。きっとそうだと思う。

ゼシカが一番可愛く見える服を着た時がきっと僕の灯火が消える時だと思う。けど、そうなったとしても大丈夫。僕は絶対に生き返ってみせる。そんな素敵な姿のゼシカを見て死ぬことは嬉しいことだったりもするけど…でも、一度しか見れないなんて絶対に嫌だ。

それに何より、ゼシカを置いて先に逝くなんてありえない。例え神様と戦闘になったとしても、絶対に生き返って、その姿のゼシカを何度だって抱きしめる」

 

さみだれ突きのように出てくる言葉に頭がついていかない。

羞恥心に思考が覆いつくされていて、それでもどうにか彼の話を聞いていたら、今度は彼が視界から消えて、耳元で彼の声がして、全身に優しい暖かさがあって…

 

そっか、私今、彼に抱きしめられているんだ。

 

理解した瞬間に、ばかばかしい感情がすべて消え去る。

頭の中が彼のことでいっぱいになって、余計な考えが姿を隠す。

 

何を恥ずかしがることがあるんだろう。

彼はただ私のことを褒めてくれただけなのに。

 

「…今日は、ずっとこうしててくれる?」

 

彼に負けないよう、強く抱きしめる。

こんなことで好きの大きさが、愛の大きさが図り切れるとは思わないけど、それでも彼には負けていないってことを伝えたい。

 

「勿論。いつまででも。こんなに可愛い人をこうしていられる機会なんて滅多にないからね」

 

ささやくような彼の声と、全身を包む体温。

思わず、彼に触れている指に力が入る。

 

「バカな事言わないの。あなたが望むなら、いつだって着てあげるから。

…まぁ、借り物なんだけど」

 

「じゃあ、尚更だね。悔いのないように、しっかり抱きしめておかないと」

 

「…全く、あなたってそんなこと言う人だったっけ?」

 

「ゼシカと一緒にいると口下手ってわけにもいかないなって思ってね。

やっぱり、好きな人には好きって言わないと」

 

「あっそ。勝手にすれば?」

 

折角消えていたほっぺの熱がまた灯る。

 

「…?どうしたのゼシカ。そんなに力を入れなくても僕は…」

 

「…うるさい。我慢、しなさい」

 

圧迫感を覚えるほど強く彼と密着する。

少しだって顔を見られないように。

 

こんな…こんな、トナカイの鼻みたいに真っ赤になった顔を見られたら、いい雰囲気が壊れちゃうもの。

 

それっきり、私の熱が引くまで、会話はなく。

暖炉ではじける木の音と彼の鼓動が、外で降り積もる雪のように、ゆっくりと心を満たしていった。

 

ーーーー ---- ---- ---- ---

 

『おやすみ』を言ってからどれだけの時間が経っただろう。

空からの贈り物はもう終わり、今は静かに、受け取る人たちを待っている。

隣に聞こえるのは愛おしい寝息。

今も身体に残る彼の名残に重ねるようにして腕を回す。

 

「(クリスマス、ね)」

 

布団に隠れた口で呟いて、なんとなく彼の手に触れる。

心を落ち着かせる不思議な暖かさ。

微睡を覚えた瞼は鉛のように重さを増やし、意識にまで覆われそうになる。

 

「(…そんなの関係ないわよね。

明日からもよろしくね、あなた)」

 

今日はいつもよりほんの少しだけ、あなたに身体を寄せて。

 

 

 

 

翌朝、半人分だけ空いたベッドの上は、凍えるほど冷えていた。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story




サンタコスゼシカ死ぬほど可愛いよね。でも私は持ってないんだ。出ないからね。でもデスピサソは出たよ。涙も出たん。

もとい。

(二人はやって)無いです。
あくまでも身を寄せ合って寝ただけです。
聖なる夜なんだから、ふしだらなことしちゃダメでしょう?

てな訳で、恐らく今回ので今年の投稿納めになると思われます。
それでは皆様、良いお年を。


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番外編 私とアイツと不思議な気持ち

お久しぶりです。
絶賛お正月ネタをカキカキ中の中、バレンタインデーのお話を投下しますよぉ〜。
などど御託はよろしい。
今回のお話はまだドルマゲスすら倒していない時の時分から始まります。
そう、彼女が彼を好きだと知る前の時から。
もしこうだったら良いなーっていう所から来たお話なのです。

それではどうぞ!


ここは過ぎし日の旅道。ある日の記憶。まだ世界が混沌に覆われていた時。

一行の行く先は、最愛の息子の帰りを待つ王の住まう城。

一人の少女の胸中には芽吹きかけの愛らしさが一つ。

ここに記されるのは過去の出来事。恥ずかしさのあまり少女が記憶から消してしまった甘くて苦い思い出。

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「ちょこ、れーと?」

 

「なんだい御嬢さん、知らないのかい?今流行りのお菓子を」

 

サザンビーク城に辿り着いた私達。

バザーが開かれているということで、各自好きなように見て回り、夕方に宿屋へ戻ることになった。

久し振りの自由という事で羽根を伸ばしつつ、道中集まったお金で何かを買おうとした矢先に、この小さなおじさんに呼び止められてしまったのだ。

 

「これはね、ここ最近出回るようになった海の向こうの食べ物なんだ。カカオって言う貴重な実を惜しみなく使用し、好みの量の砂糖を加えて形を整える」

 

商品がたくさん並んでるテーブルの下でごそごそと何かを取り出すおじさん。

ひょこりと顔をのぞかせて、テーブルの上に乗せた手に持っているのは…

 

「それが…ちょこれーと?」

 

小さな黒い物体ーーチョコレートーーと呼ばれた物を覗き込む。

 

「そう言う事。どうです?一つ、味見してみます?」

 

「え、あ、うん…」

 

思わず手のひらを出すとその上にコロリと乗せられる。

形は台形のようで、手のひらにできる窪みくらいの大きさしかない。にも関わらず、なんて言うか、ズッシリとくるものがある。

 

「大丈夫。お代は頂きませんよ」

 

「そう…なら」

 

店主の言葉に安心しつつ、摘んで口に送り込もうとする。けれど、どうにも指がチョコレートから離れてくれない。

 

「大丈夫ですって。毒も何も入ってませんから。ささ、一息にパクッと」

 

「う、うるさいわね!大丈夫よ!」

 

僅かな不安を飲み込むようにして半ばヤケクソにチョコレートを指から離してしまった。

一秒もしないうちに舌の上に乗ったチョコレートのほんのり残る冷たさに一瞬驚いたけれど、瞬く間にそれは溶け始めた。

舌に絡みつくねっとりとした感覚は慣れないものだったから少し気味が悪く感じてしまう。でも、それを覆って余りある感情が喉から自然と出て来た。

 

「お、美味しい!」

 

「そうでしょう、そうでしょう!」

 

「何これ、今まで食べた事ない食感ね!固いのに溶けて、なのにしっかりと舌触りがあって…飲み込むのかと思ったらいつの間にか消えちゃってて、でも甘い感じがまだ口の中に残ってて…」

 

「味見したお客さんみんなそう言うんです。

ささ、どうです?買います?」

 

普段ならあんまり好きじゃない商売人の手擦り。でも、今はそうしてしまう気持ちがなんとなくわかってしまう。

 

「そうねぇ…凄く美味しいけど…いくら?」

 

「はい。一粒五百G。十粒入りは一箱四千八百Gです」

 

嬉々として綺麗に梱包された箱を取り出してテーブルに置くおじさん。続けて、さっきの一粒を包むには大き過ぎる小箱を隣に並べた。

 

「た、高いわね…」

 

「えぇ、貴重なものですから」

 

手持ちのGは六千と二十一G。他の買い物を諦めれば十粒入りを買えるけれど、初めて覗きに来たバザーの最初の一店舗目でそんな買い物は出来ない。

けれど、出来ることならこの美味しさをみんなと楽しみたい…

 

「…そうそう、ところで御嬢さんには大切な人はいらっしゃる?異性でも同性でも構いません」

 

腕組みをしてウンウン悩んでいると、おじさんが突然そんなこと言い出した。

 

「えぇ、いるわ」

 

大切な人…つまり、仲間ってことだろうけど、妙な含みがあるのが引っかかる。

 

「でしたら、その人にプレゼントする分だけをお買いになったらどうです?」

 

「は、はぁ」

 

そのためのお金がない、とはまさか言えない。かと言って、見栄を張るのは好きじゃない。

そんな曖昧な受け答えをおじさんは心が揺らいだと感じたのか。

 

「実はですね、ここだけの話、とっておきの御利益があるんですよ。このチョコレートっていうのは」

 

「え?」

 

急にひそひそ声で話し始めるおじさんに、その声が聞こえるように耳を寄せる。

 

「なんでも、チョコレートをプレゼントした人は、プレゼントされた人と更に仲が深まるらしくて、そのまま結婚したりしなかったり…」

 

「け、結こっ…!」

 

思いもしなかった言葉に声が飛び出る。周りが騒がしいからから他人の視線は集まってこない。

 

「って、話があるんですよ。そして、そんな人がいる方にはこの特別な商品を、です」

 

そうして取り出したのが赤色のかかった桃色の可愛らしい箱。ハートを模したそれは、まさしく意中の人にプレゼントするのにぴったりだ。

 

「中には、少し大振りなチョコが二つ。味はさっきのより少しだけ苦めとなっています」

 

パカリと蓋を開け見えたのは、箱に比べてだいぶ小さい二つのチョコレート。干し草みたいなベッドの上に薄くて小さい紙皿…?と一緒に乗せてあるそれは、多分二つをくっつけたらハートになるんだと思う。

 

「…ちなみに、これいくら?」

 

「お一人様お一つ限りで八百G」

 

「…二つ買うより安いって言うのが中々上手いわね」

 

「えぇ、みなさんそうおっしゃいます」

 

ニヤリと胡散臭い笑顔を見せるおじさんを前に少し考えてみる。

試食までしてしまった以上、一つも買わないで出ていくというのは私のプライドが許してくれないし、おじさんにも申し訳ない。けれど、みんなで楽しみたいという当初の目的を果たすには資金が少しばかり惜しい…。これが装備類に特に不満のない時ならいいのだけど、ここに来るまでに出会った魔物達はかなりの強敵ばかりで今の装備じゃ心許なさ過ぎる。となると、自分の分だけ買えばいいのでは?とも思っても、やっぱり誰かと楽しみたいという気持ちが捨て切れない…

 

「う〜ん」

 

「まぁまぁ、そう難しく考えないで。渡したいと思う方にプレゼントすればいいんですよ」

 

なるほど。確かにおじさんの言う通りだわ。全員にプレゼント出来ない以上、特に私が感謝している仲間にあげればいい。

となると、ククールは外してもいいわね。…単純に得意な人じゃないからあげようって気にならないだけなんだけど。

次にヤンガスだけど…これも除外して良さそうね。私があげても『アニキぃ〜』とか言ってアイツにあげちゃいそうだもの。それだとプレゼントの意味がないから。

と、なると…

 

「あの人、かぁ」

 

残るはバンダナ頭とポッケのネズミが特徴の我らが勇者様、という事になる。

確かに、思い返してみればあの人には色んな場面でかなり助けてもらった。そもそも、彼(とヤンガス)がいなければ私はドニの村に着いたかすら危しい。

それに…

 

「御嬢さん?どうしたんです、急にニヤけて」

 

「えっ?」

 

「あぁ!いえいえ、なんでもありませんよ!なーんでも。アタシの気のせいです」

 

「…?そう。ならいいけど。

じゃあ、これ、はい」

 

「…確かに八百G、頂きました。ではこちらを。

…装備なさいますか?」

 

「…買うの、やめるわよ?」

 

「それは大変な失礼を。では、袋の中に入れておきますね。

どうぞまたご贔屓に」

 

慣れた手つきで商品を購入して袋の中に入れてもらう。

その間、終始ニヤついてたおじさんにはちょっと腹が立ったけど、でも、今はどうしてかそれどころじゃなかった。

日頃の…というより、今日までの感謝とこれからも宜しくという気持ちを伝えるだけのはずなのに、何故か胸がバクバク脈を打ち始めているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入ってもいいかしら?」

 

乾いた木の音が二回ほど廊下に響く。続いて彼の「いいよー」という声。

 

「悪いわね、ゆっくりしてるところに。ちょっと用が…何してるの?」

 

高いだけあって立て付けの良いドアを開けると、何やらベッドの上で色んなものを広げている男の人が一人。

 

「うん。夕方、みんなが戻ってきたら王様にチャゴス王子の事を報告しに行こうと思ってね。

それまで暇だったから道具でも整理しておこうかと」

 

そう言いながら、やくそうやらの消耗品やちいさなメダル等の大事なものまで、現状持っている道具をベッドの上とかに広げて、袋に詰めなおしてる。

 

「そうなの。まぁ、持ち物がわかりやすく入ってると心に余裕が出てくるものね。決して無駄とは言い切れないわ」

 

椅子に座りつつそんなことを言うと、彼は苦笑いして。

 

「はは、そう言ってくれるのはゼシカだけだよ。

ヤンガスはあんなだし、ククールは見た目からは想像できないくらい雑だからね、二人して『意味が無い』なんて言うから。ちょっと寂しかったんだ」

 

「まぁ、あの二人はそう言うでしょうねー。特に、ヤンガスは酷そうだもの。

何事も気分が大事なのよ、気分が」

 

何気無い普段の会話。違和感なんて欠片も感じないはずの、いつも通りのお喋り。

なのに、どうしてこんなにも胸が痛いのかしら。心臓が早鐘を打ち、不必要なくらい普通を装って、何故か目が泳いで、居心地が妙に悪い。

そこら辺の宿にある椅子に比べれば柔らかくて座りやすいはずなのに、気持ち悪さが少しずつお尻を覆っていく。

あぁ、まずいわ。なんでか目眩までしてきた。

気分サイアクの沈黙がどれくらい流れたのだろう。彼の荷物を整理する手は驚く程ぎこちなく、チラリチラリとこっちを伺っている。

まるで止まった時間の中にいるような不快さが私の心臓を握り潰しかけた時だった。

 

「ところで…」

 

「えっ!?」

 

時計の針が彼の言葉で動き出す。

落ち着いた、と言うよりは意識の外にあった動悸が再び鼓膜を支配する。

 

「えっ?いや、その、何の用かな〜、と思って」

 

伏せがちの目で訪ねてくる彼を見て私はようやく気がついた。

この場において、一番居心地を悪く感じるのは他でも無い彼だと言う事に。

そりゃあそうよね。自分が借りてる一人部屋に旅の仲間とは言えいきなり異性が入ってきて、用があると言われたものの一向に口を開かず雰囲気を悪くしているんだもの。

私が彼の立場だったら顔を引っ叩いて外に放り出してるに違いないわ。

 

「あ、ううん!その、ね!なんて言うか…あの、これ!」

 

もういいわ。ここまで来たら当たって砕けろよ!彼の事だもの、どう転んだって悪い方向には行くはずがない。何より、彼はミーティア姫のことが多分、好き…なんだから、変な誤解されても多分大丈夫!

よくわからない理屈を自分に言い聞かせて、左のポケットでずっと存在感を示していた例の箱を取り出し、勢いに任せて突き出す。

 

「な、なんか、バザーで売ってたのよ!他の町や村じゃ見たことなかったし、珍しいから試しに買ってみたの。あ、大丈夫よ!味はとっても良かったから!ちょっと食感…?が独特ってだけで!」

 

「あ、う、うん。ありがとう」

 

目の前が真っ暗で彼の声しか届かない。ゆっくり薄っすらと目を開くと見えたのは驚きと困惑の顔をした彼ではなく、床と二足の向かい合った靴。

私はいつの間にかお辞儀をしていたみたいだった。

 

「それなら、みんなで食べようか」

 

「ま、待って!」

 

「へ?」

 

予測していた通りの返答。彼の事だから、どうせ『みんなと食べよう』と言うと思ったら案の定。自分でも怖いくらい見事に予測出来ていた。

勿論、そうならないための手段も用意してある。

 

「その、実はその時あんまりお金が無くてね…その、二人分のしか買えなかったのよ。

だ、だから、二人には悪いけど、内緒で食べない…?」

 

自分で言っておきながら頭が痛い。お金がなかった事自体は間違ってはいないけど、今の言い方だと買った時に所持金が殆ど底をついてたように聞こえてしまう。本当は、私がケチったからなのに。

なのに、どうしてこんなにつまらない嘘をついてしまったのかしら…。

ちゃんと説明すれば、彼なら笑って許してくれるのに。

 

「…そっか。なら、ヤンガスとククールには悪いけど、二人で食べようか」

 

罪悪感の垣間見える微笑みを向ける彼。

分からない。分からないわ。どうして?ただの仲間のはずなのに、彼のこんな笑顔を見るとどうしようもなく胸が苦しくなる。死にかけの時にバクバク鳴っていた心臓なんかよりもよっぽど痛みを感じている。

 

「…うん」

 

ハートの下の部分、尖っている方を持って彼に突き出していた箱を開ける。中にあるのは少し溶けてしまった歪な形のチョコレート。

これじゃあ、二つ繋げてもとてもハートには見えない。

 

「…美味しい!ゼシカの言った通り、初めての食感だ!

舌に絡みつく感じはちょっとアレだけど、それが少しずつクセになって、飲み込むのかなって思ったら、いつの間にか消えてて、でもまだ口の中には程よい甘さが残ってて…」

 

「でしょ!すっごく美味しいのよこれ!舌に乗せて溶けていく感じとか…」

 

鬱屈とした気持ちを無理矢理追い払ってハートになったはずの片割れを手に取る。酷く柔らかくなっていて、手についてしまったけれど関係無い。そのまま口に入れる。

そう、他の二人には悪いけれど、これは日頃の感謝とこれからも宜しくと言う私の意思表示。別にあの二人にそんな気持ちがないと言うわけじゃ無いけれど、三人の中だと、どうしても、私をここまで連れてきてくれた彼を選んでしまう。

 

だからそう、流し込んでしまおう。

 

このよく分からない気持ちは。

 

甘い、チョコレートと一緒に。

 

「…うん、美味しいわ!すっごく!」

 

でも、あんまり、味がしなかった。

ちょっと苦いとは言っていたけれど、全然、味がしなかった。

 

 

 

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

 

「あなたー!はいこれ!チョコレート!」

 

今日はそう、バレンタインデー。

ここ最近、爆発的に広まったチョコレートを使ったちょっとしたお祭り。

胸に抱いた甘い気持ちをチョコレートに乗せて好きな人に贈ったり、あの日の喜びを改めて感じ合うために恋人に贈ったり、最愛の旦那様に日頃の感謝と変わらぬ愛を添えて贈ったりするとっても素敵でささやかなお祭り。

何故かはわからないけど、チョコレートと聞くと心にしこりが出来たような気がしてしまう私だけれど、大好きな人にプレゼントするという催しなら乗らない手はない。

だって、例え毎日がバレンタインデーやクリスマスだったとしても彼にこの気持ちを伝い切れるとはとても思えないから。

 

「ありがとう、ゼシカ!

…これでゼシカにチョコを貰うのは二度目だね」

 

「へ?」

 

いつも食事をするテーブルで明日の仕事の準備をしていた彼に私お手製のチョコレートをプレゼントすると、そんなことを言われた。

二度目?多分、初めてのはずだけど…

 

「あ、もしかして覚えてない?

ほら、チャゴス王子の試練が終わってサザンビーク城の城下町に着いた日のこと、覚えてる?」

 

「…あっ」

 

彼の言葉で記憶の奥の奥に流し込んで蓋を閉めていた、苦い思い出が蘇る。

あぁもう!こうしちゃいられないわ!

 

「ふふっ、あの時のゼシカ、今思い出してもすごく変だったな〜。

なんて言うか、本人にもわからない何かに操られてる感じ、っていうのかな?…って、ゼシカー?」

 

「ごめんなさいあなた!私、今からまたチョコレートを作るから!」

 

言いながら台所へと速足で向かう。

そうよ、そうだったわ!私は、ヤンガスとククールに謝らないといけない!訳の分からない言い訳をして、自分の中で勝手に終わらせていたあの事をちゃんと説明しないといけない!本当はあの日渡すはずだったチョコレートを手に二人の元に行かなければいけないの!

と、そこで再び彼のいる部屋へと戻る。

 

「あなた!後二時間くらいしたら一緒にヤンガスとククールとついでにモリーさんのところに連れてってくれないかしら!」

 

何一つ説明の足りて無い私の言葉に彼は少し眉をひそめると。

 

「…わかった。

僕たちは共犯だからね。勿論付き合うよ」

 

そう言ってくれた。

 

 

 

 

そうして家に帰ってきた時には外はもう暗くなり始めていて、私と彼の手には行きよりも多い紙袋があった。

 

「…冷静に考えれば、こうなる事は予想できたわね」

 

「うん、そうだね。幸い、誰とも行き違いにならなかったのが救いかな」

 

ガチャリと鍵の開く音が夕闇に吸い込まれる。

私達は行った先で謝ってきた。

怒られる…という事は無かったとしても、悪態のひとつは突かれると思っていたのだけれど、待っていたのは首を傾げた顔とお土産のチョコレート。

確かに、自分の関係ない所で起きた出来事と、ついでに遠い過去の出来事だ。私達の仲間にはそんな事で機嫌を悪くする人なんているはずがない。

とは言え、これは私が許せなかったからした事だ。その点は特に問題ない。

問題なのは、そう、私と彼、両手にいっぱいのチョコレート紙袋。

その内1つはゲルダさんから、もう1つがモリーさんとそのバニーちゃん三人から。

残りは全部…

 

「ナメてたわ。長い事ずっと一緒にいたから忘れてたけど、ククールって女の子にモテるのよね」

 

「うん。確かにかっこいいけど、まさかここまでとは」

 

ゆうに二十袋は超えるチョコレートの紙袋。それでもまだまだ余っていたのだからちょっと普通じゃない。

 

「流石にあの量を見たら、一人で食べなさい!とは言えないわ。あの量食べたら、多分、死ぬわ」

 

「…うん。大袈裟じゃないってところが本当に怖い」

 

テーブルの上に紙袋を乗せると、ドサリと音が鳴る。

そう、この紙袋の中には十粒入りの様な箱のものから一粒入りの箱まで様々なものが入っていて、一袋にチョコレートの箱が3つだったり四つだったりするので、見た目以上に重い。

 

「ま、まぁ、僕もゼシカもチョコは好きだからね。暫くは困らないって思えば、ね、うん」

 

「そうね!何事もプラスに考えましょうか!」

 

そうして夜は深まり、手始めに私のチョコレートに手をつける彼だった。

 

 

 

 

END.

 

 

 

 




おほ^〜思ったより投稿時間が遅くなってる^〜
本当は二十三時ごろにはあげる予定だったのに。(それでも遅い)

とまぁ、物語はこんな感じになりました。
良いですよね、自分の好きに気が付かず本能に従って好意を示す女の子って。ゼシカって絶対その人種だと思うんですよ。ほら、リメイクの結婚式の時にも「いつからか好きになってた」って言ってたじゃないですか。あれ多分、結婚式当日まで自分でもよくわかってなかったんですよ????そういうのって本当に本当に可愛いと思うんですよワタクシ。

…などと、気持ちの悪い考察はさておき。
最後のクソモテ男・ククール君。最低ですね、貰ったチョコを人にあげるなんて。断じて許される行為ではないです。
ですが、そんな彼でも1つだけポリシーがあるんです。
どんなことがあっても、手作りの元は絶対に手元に置いておく。という、イケメン過ぎるポリシーが。

てな感じで、今回の番外編はおしまいです。
ではまた本編で(多分)会いましょう!
さよーならー。


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第十四話 私と彼と誘惑の道具と

あけましておめでとうございます!(手遅れ)
作中では年が明けてすぐとなっていますのでご了承下さいませ。

それではどうぞ!


みんな。新年明けましておめでとう!

…なんて、もう遅いかしら。

 

「はぁ…」

 

半分食べたミカンを新しいテーブルの上に置いてため息を吐いてみる。

今日は三が日最後の日。明日からは彼も働きに戻って、このだらけきった生活ともお別れしなくちゃいけない。

そう、それは分かっているんだけど…

 

「無理よね~~~~。こんなにいい物があったら~~~」

 

ゴロンと床に寝そべり、身体を肩のところまで潜り込ませる。極寒と言っても差し支えない外へと脚が出ないように折り畳んで、極楽の空間を満喫する。

 

「ゼシカ、ちょっと潜りすぎじゃない?」

 

「え~、そうかしら~」

 

彼の忠告も何のその。今の私はこの【コタツ】と呼ばれる新しい道具の虜なのだ。

クリスマスの翌日、私の身体を掴んで離さないコタツと呼ばれるものに出会った。製作者は我らが王様・トロデ王。錬金釜の時のように密かに作り上げ、感想を聞きたいと渡された素敵な道具。

ここに更に、お茶・ミカン・お正月の緩い雰囲気、の三つが揃うとどんなに素晴らしい人でもあら不思議。堕落したダメ人間に早変わり。

 

「ゼシカ、やっぱり潜りすぎだよ。もう少し出てくれないかな」

 

「イヤよ。そっちにも十分スペースあるでしょ?」

 

運ぶような力加減で私の足をちょっとずつ端っこに追いやる彼。すかさず私も運ばれている足を持ち上げて元の位置に戻す。けど、彼もその動きに当然ついてくるわけで、やっぱり私の足が端に運ばれて…

という攻防が一日に数回、繰り広げられている。

ある種の楽しさも感じるこの攻防はお正月に入ってから始まったんだけど、日に日に彼の脚捌きが上達していってるみたいで気を抜くと直ぐ外に追いやられそうになる。

 

「ふふふ、年末はゼシカに場所をとられっぱなしだったけど、今日という今日こそは絶対にいいポジションを手に…ううん、脚にしてみせる」

 

「大きく出たわねあなた。いいわ受けて立ちましょう!この大コタツ使いのゼシカ様から一番暖かいポジションを奪い取って見せなさい!」

 

大見得の後に僅かな沈黙。妙に心の落ち着く静けさはクセになりそう。

そうしてどちらともなく結んだ口から小さな音が溢れる。

 

「…あははは。このやり取り、これで何回目だっけ」

 

「さあね、もう数えてないわ」

 

ミカンを片手に肩まで潜って、お行儀が悪いけれどうつ伏せになったまま一切れ口に放る。薄くも頑丈な皮から現れる自然に育まれた極上の甘味。人の手で作られたそれとは異なる、味覚に染み付いた甘さを口の中で広げ、余韻をさらなる主役と仕上げる豊かな緑を流し込む。僅かに攻撃的な温度は、けれど心を落ち着かせる最上の至福。

 

「「はぁ~~~」」

 

一日中やっても飽きない、いいえ、むしろ永遠に続けていきたい時間。一種の作業のようであるにも関わらず今日まで一度も飽きの来たことがない。まるで、ご先祖様も嗜んでいたのかなと錯覚するほどに違和感のないルーティーン。

あぁ、お正月が終わってもずぅっと続けていたい。

けれど…

 

「でも、もうお別れなのよね…コタ子とも…」

 

「そうだね。今日の夕方までにはお城にこれを返しに行かないと。感想と一緒に」

 

「そういう約束とはいえ、ここまで慣れ親しんだコタ子と離れるなんてちょっと辛いわね…」

 

コタ子の脚を撫でつつそんなことを呟いてみる。

コタ子が来てから二週間も経っていないというのにこんなにもこの子が恋しく感じるなんて不思議だわ。

 

「というか、いつの間にこのコタツに名前を付けたの?コタ子、なんて」

 

「…コタ子?」

 

不意な質問にコタツ布団から身体を起こしてしまう。

コタ子、とは恐らくコタツの事だと思うけど…。

 

「あ、あぁ。もしかして自覚なかった?」

 

そう言ってとても楽しそうに微笑む彼。

 

「え?どういう事?」

 

コタ子という単語といい、急な笑いといい、お正月の間抜けた雰囲気にやられてしまったのかしら。

 

「あぁ、ううん。いいんだ、なんでもないよ。

さて、コタ子の件だけど、何時頃返しに行こうか。あんまり遅い時間だと王様達も大変だろうし、かと言って今直ぐっていうのもちょっと寂しい。

僕としては、後二〜三時間くらいしたらって思うんだけど、どうかな?」

 

「そうね。妥当じゃないかしら?それだけ時間があればコタ子と別れる決心もできるでしょう…し?」

 

ふと、違和感を感じて喋るのをやめてしまう。今私はなにかこう、とても恥ずかしいことを口にしたような気がして。

 

「うん?もしかして気が付いた?」

 

「え?あなた、私が何に悩んでるか分かるの?」

 

「まぁね。これでも君の旦那だし」

 

彼はえへんと腕組みをしてみる。変に様になるのは普段から何かを考える時によく腕を組むクセがあるからだ。

 

「そう。…なら、教えてもらえないかしら。ちょっと、わからなくて」

 

ミカンに手を伸ばしつつ尋ねる。同様に彼も新しいミカンをむきながら答えた。

 

「ゼシカ、僕たちが今使ってるこれってなんて名前だっけ」

 

「え?」

 

ミカンをむく手を休めることなくそんなおかしなことを彼は聞いてくる。

疑問に思いつつも。

 

「なにって、コタ子で…あ」

 

「ふふふ。ゼシカ、途中からずっとコタツの事コタ子って呼んでたよ」

 

むきおえたミカンを小気味良い音を立てながら皮から外し、乾いたような音を響かせて半分に割る彼。そのうちの片方から一粒取って口に運び、お茶を飲んでほっこりとしている。

その間というもの、私はまだまだ下準備なしに飲むには難しいお茶よりも熱を出してる顔をどうにかして両手で覆い隠すことに精一杯だった。

 

「あ、あなた!?気づいてるならどうして言ってくれなかったのよ!」

 

「割と直ぐに言ったと思うよ。僕」

 

「あ、う…た、確かにそうだったけど…でも、もっとちゃんと止めてくれても良かったんじゃないかしら!?」

 

「いやだって、物にあだ名をつけるゼシカが可愛いくて。つい、もっと見たいなーなんて」

 

お茶を飲みながらそんな事を言ってのける彼。

普段の私ならここで抱きついたりしちゃうのだけど…今回は違う。思い返せば私はいつからか彼に一言『かわいい』や『好き』と言われるだけでコロッと気分を直してしまっていた。

でも、私にだって意地がある。惚れた弱み、なんて言葉があるけど、向こうだって私が好きだから結婚したんだから条件は同じはずだわ!

 

「あ、あのねぇ!いい、あなた!もしもコタ子…コタツを返す時に同じこと言っちゃったらどうするのよ!トロデ王の事だからそりゃあもう大笑いするわよ!?あなたはそれでもいいのかしら!!?」

 

「…それはちょっと…」

 

そう言って彼は苦笑いする。

 

「でしょう!!」

 

一気にまくし立てて腕を組む。

そうよ。他のみんなが私のことをよく知らない以上、今の私を見せれば爆笑必至。そんなのは私は勿論、彼だって嫌なはずだ。なら、そこを突けば彼も認めるしかない。

…我ながらイヤな手段だなぁと思いつつも、考えを改める。

そうよ、たまには私だって怒るんだから!

 

「なら、次からは…」

 

「それだと…」

 

「え?」

 

締めの一言を口にしようとした時、彼は呟くように言葉を漏らした。

 

「それだと、みんながゼシカの可愛いところに気がついちゃうもんね」

 

「…へ?」

 

ばくだんいわのメガンテよりもよっぽど破壊力のある一撃が鼓膜を揺らす。

彼は今、『恥ずかしい姿を見られたくない』ではなく、『可愛いと気付かれたくない』と言ったのよね?それって…つまり…?

 

「ゼシカがこんなに可愛いってことはみんなに教えたいけど、でも、誰にも教えたくないとも考えちゃうんだ。

だってほら、そんな事言ったら誰かがゼシカを誘惑しちゃうかもしれないし」

 

頭をかきながらそんな事を言う彼。顔は笑っているけれど、ちょっとだけほっぺたが引きつってる。

それはつまり、無理して笑ってるって事だ。なら、つまり…

 

「あなた、自分で言ってて恥ずかしくなってる…?」

 

ピタリと後頭部をかく手が止まる。ピクピクと口角が揺れ始めて、冷や汗が滲み始める。

やがて。

 

「あ、あははは。

…バレた?」

 

コタ子…コタツのテーブルに突っ伏して、泣いてるんだから笑ってるんだかよくわからない声でそんな事を言い出した。

 

「はぁ。バレバレよ。バレバレ。

…前から思ってたけど、あなたってそんな口説き文句的な事を言うような人じゃないでしょう?どういう風が吹いたからかは知らないけど、慣れないことは身体に良くないわよ?」

 

私の言葉が俯いたままの彼の背中にいくつも刺さるのが見える。

どうやら無理をしていたのは本当みたいだ。

 

「あ、あはは。だよね。やってて僕もちょっと思ってた」

 

「ならなんで続けてたのよ」

 

少し突き放すような言い方で聞いてみる。すると、彼は顔を突っ伏したままの状態で。

 

「…だって、ほら、僕がそう言うとゼシカもまんざらじゃなかったでしょ?だから、ね」

 

痛いところを突いてきた。

 

「うっ…」

 

思い当たる出来事がちらほらと…いいえ、かなり思い出せてくる。

…どうやら、彼が慣れない事をした原因は私にもあるみたいだ。なら、はっきりと言わなければ。

 

「ま、まぁそうね。言われて嬉しかったし、舞い上がってたのは認めるわ。でも、それならあなたの言葉で言って欲しかった。

私のためにって言うのなら、なおさら」

 

「…確かに」

 

私の言葉に頷き、テーブルに置かれていた頭をコタ子布団まで降ろして顔を隠す彼。

ホント、優しい人。脱線してることに気がつかないくらい私のことを想ってくれてるなんて。嬉しすぎて胸が張り裂けそうよ。全く。

 

「…ゼシカ?」

 

僅かに燃える暖炉の薪。部屋の中とはいえそれだけだとやっぱりまだ肌寒い。

 

「…今日は一段と冷えるわね。ほら、あなた?もう少し端に詰めて詰めて」

 

「え、うん、それはいいんだけど…」

 

ギリギリ二人が並んで座れるだけの幅があるコタ子。なぜ私は今までこの使い方を思いつかなかったのだろう。

…答えは簡単。

 

「やっぱり、こうすると狭いわね」

 

「…うん。でも、この方があったかい」

 

「…ふふ、そうね。あなた」

 

火照る顔を見せるのが恥ずかしかったからだ。

 

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

 

 

 

 

 

 

それから約二時間。

私達は狭くてキツくて、でも、柔らかい暖かさをよく味わってからコタ子をトロデ王に返しに行った。

翌日からは以前と同じようにテーブルと椅子を使った生活が始まった。前まではなんとも感じなかったテーブル下の空間や椅子の座り心地に今は少しだけ戸惑っている。

でもそれも少しの間だけ。

一週間も経った今では、むしろコタ子…コタツを使ってた日々の方がおかしく感じているのだから不思議だ。

 

「はい、あなた。これそっちに置いといて」

 

「了解。

こっちの料理は?」

 

「それは私が持っていくから大丈夫」

 

「了解」

 

ただ、それでも一つだけ以前とは違うことがある。

 

「それじゃ、食べましょうか」

 

「…ん、今日はこっちに座るんだね」

 

「そ。たまには、ね?」

 

それは。

 

「「いただきます」」

 

時々、ご飯の時彼の隣に座るようになったことだ。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 




好きな人とコタツって良いよね。
私が言いたいことはそれだけです。

ではまた次回お会いしましょう。
さよーならー


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第十五話 私と彼と長い空白

お久しぶりです。
最近は、まだ春だというのに夜すら布団かけると暑いですねぇ。
眠れなくて小説書いたりしちゃいますねぇ!
ま、データ飛んでやる気が冷え切るまでがセットなのですが…

などと愚痴はここまでにして。
本編どーぞ!


『行ってきます』

 

彼と最後に言葉を交わしてから十二時間経った。いつもならもう帰ってきててもいい時間で、テーブルには夕飯が並んでるはず。

けど、今日はまだ帰ってきていない。ううん。今日から彼はこの時間には帰ってこない。

夜勤じゃない。あくまでも彼はトロデーン城を辞めた元近衛兵だ。今の仕事に就いた際に、そうならないように契約していた。だから夜勤じゃない。

今回のは、そう。出張のようなもの。

今の彼はトロデーン城で最悪の場合に備えた剣の指南を兵士たちに行なっている。でも、彼の仕事はそれだけじゃない。

王国、国、村や町など様々な場所から優秀な戦士を一箇所に集めて武を競い合う戦いの祭典ーー剣闘ーー。

その戦士の育成も兼ねての指南役。むしろそっちがメインで、国同士だったりの戦争を想定した指南は単なる名目だ。

それはまぁいい。

彼から聞いたのはそれがスポーツと呼ばれるようになって、参加した人たちの友好関係を築くのに一役買っているらしく、引いては国同士、町や村なども含めて良い関係になり、最悪の事態が起こり辛くなっているらしいのだ。

だから、それ自体は問題じゃない。

問題なのはそう。

 

「何であの人も一緒に試合会場に行くのよーーー!!!」

 

指南役でしかないはずの彼が付いて行ったことだ。

 

「理屈はわかるわ!指南役って事なら、手塩にかけて育てた兵たちの雄姿を見せてやりたいと思うのが上の立場の人たちだし、教えてもらった人たちだって先生が近くにいたら緊張しないで戦えるはずだもの!

けーーどーーー!!」

 

埃が舞うことも気にせずベッドの上で駄々をこねる。

そろそろお風呂の時間だけれど、そんなことどうでも良い。

 

「だったら私も連れてきなさいよねーーー!!!」

 

こっちの問題の方が重要なのだ!

 

「なによ!お城の関係者じゃないから付いてきたらダメって!いーわよ!だったら自腹で行くから!なのに、今度は試合会場に入れてもらえない!?初めての大きな大会だから一般人は観覧禁止!?なによそれー!!」

 

布団に含まれた空気とバネの音が部屋に響く中、私の恨み言は続く。

 

「そりゃあ確かに私はトロデーン城に勤めて無いわよ!けど、旦那が勤めてるのよ?剣闘よ?もしものことがあったらどうするのよ!試合に出なくったって、弾いた剣かオノかハンマーか知らないけど飛んできて当たったらどうするのよ!側にいられなかったせいであの人の死に目に会えなかった、なんてことになったらあいつら全員呪い殺してやろうかしら!?

ま!あの人に限ってそんなこと絶対ありえないけど、ね!」

 

最後に思い切りベッドを叩き、荒くなった呼吸を整える。

うつ伏せだった体を仰向けにして、意味もなく天井の木目を数える。

 

「…しかも、三日もいないのよ?

その間私は、一人で、こんなに広い空間をどう過ごせば良いのよ」

 

今の今までベッドの上で現実から逃げていた代償がやってくる。

じわりじわりと目頭が熱くなり、目尻から伝った雫が耳の辺りで嫌に存在感を示す。

 

「そりゃあ泣くわよ。彼とずっと一緒にいたくて結婚したのに、結婚する前の方が一緒に居られる時間が長かったなんて…これじゃあべこべだもの。

意味分かんないわよ。ばか」

 

仰向けから横向きに身体を動かし、夕焼けも終わりかけている風景を窓から覗く。

二羽の鳥が沈む夕日に向かって互いを想い合うように羽ばたいているのが見える。

 

「…いーわよねー動物は。仕事なんて無いんだから、いつもいつでも好きな時に好きなだけ一緒に居られるんだから」

 

霞む目で、消えていくつがいの鳥を眺める。

いいなぁ…。きっとあの二人はこの後巣に戻って毛繕い…羽繕い?し合って、楽しくお喋りするんだろうなぁ…。

そんな光景を自分たちに当てはめて想像すると、涙が溢れてきた。

 

「…バカ。妻が泣いてるんだから隣で慰めなさいよ」

 

誰にも届かない悪口は虚しくシーツに消えていく。

分かってるわよ。お仕事なんだから、やらなきゃいけないことなんだって。

 

「でーもー!!」

 

そんな叫びも当然彼に届くことはなく…

落ち込み疲れた私は、そのまま眠ってしまった。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「…あ」

 

空腹で目が醒めるとさっき沈んだはずの太陽の光が差し込んでいて、外を見れば太陽が空の中心より西に傾いていた。

 

「…やっちゃった」

 

布団を剥がしつつベッドに腰掛けて昨日の夜のことを思い出す。

 

「…我ながらよくもあれだけ落ち込めたわね…。結婚までしてるのに、まさかあのまま寝落ちなんて」

 

額に手を当てて自分の子供っぽいところに辟易する。

そうすると、一つの疑問が出てきた。

 

「それにしても、私、いつの間にかけたんだっけ」

 

手に持ったままの掛け布団を剥がしてベッドに腰掛ける。

もしあのまま眠ったのなら、かけているはずがないのだけど…

 

「…多分寝てる間か、寒くて起きてかけたのに忘れてるだけね。

それよりも今は気持ち悪い身体をお風呂に入ってさっぱりさせよっと」

 

ベタつく…まではいかなくとも、あんまりいい感じのしない首元をさすりつつドアに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…変ね」

 

視界を遮る湯気。優しくて心の落ち着く室温。霞む視線の先には沸かした覚えのないお風呂がなぜが出来上がっている。

 

「…カギは、確かに閉めたわよね。合鍵は彼と私のお母さんしか持ってないし…」

 

服を脱ぎつつそんなことを考える。

泥棒…山賊…?けど、いくらあんな野蛮な人間でもこんなところまで登って来れるわけがない。現に、私たちがここを見つけた時は誰も住んでるようには見えなかったし、集合場所にしてるような雰囲気もなかった。

となると…

 

「昨日、使ったっけ?」

 

以前に比べて家事にも慣れ、覚えておきたい料理も大方作れるようになったおかげで時間に余裕ができた。その時間を無駄にしないために、最近は新しい呪文の開発もしているのだけれど…

パンツを脱ぎ、タイツと一緒に洗濯籠へ放り込む。

一昨日くらいに完成したアレの応用で必要な時に大量のお湯が沸く時間魔法を使った気がしないこともない。

…だとしても、どうしてこの時間に沸くようにできたのかが分からないけど。

 

「ま、こんな辺境の土地に家があるとは誰も思わないだろうし、流石に泥棒とかじゃないわよね!」

 

疑問を思考の外に追いやってシャワーの蛇口へと手をかける。

少し冷たい水で顔を洗い流して、適温になり始めたお湯で髪を梳く。次に谷間を開いて中をすすぐようにして擦り、最後に首元を中心にシャワーで流してから、軽石で出来た椅子に腰かけた。

それからシャンプーとリンスで念入りに、アカスリを使って身体を丁寧に洗う。

そうして、ようやく湯船へ足から堕ちていく。

驚くほど丁度いい温度に再び謎が持ち上がるも湯船のお湯で顔を流して気分を変えた。

 

「は〜。やっぱりお風呂はいいわねぇー」

 

両手で伸びをして湯船に肩まで浸かる。余計な力が抜けて気持ちのいい脱力感が全身を襲いまさに極楽気分。

…なのだけど。

 

「やっぱり、一人で入ると広いわよね…」

 

両膝を抱え込んで座り直し、人一人分か少しある空間を見つめる。

最近は毎日と言っていいほど一緒に入っていたせいか、改めて体感してみるとその広さに驚く。

同時にこれは、私の持つ心の隙間の大きさに近い。

 

「あーもー!やめやめ!どうもダメね、今日は。別にたまにくらい居なくったっていいじゃない!今生の別れでもあるまいし」

 

抱えた足を解放して目一杯伸びをする。すると、足のつま先が僅かに反対側の浴槽に触れた感触がある。

 

「…よっ…ほっ!もう、ちょ…あっ!!」

 

私の小さな叫びとともに上がる水飛沫。

 

「ぷはっ!けほっけほっ…はぁ…」

 

盛大に濡れた顔を手で拭って、天井を見上げる。

開けた視界に一息ついて、さっきした自分の行いに顔が熱くなる。

 

「…何やってるんだろ、私」

 

うつ伏せの態勢になって浴槽のふちに両手を置いて顎を乗せる。

 

「あーあ。早く帰ってこないかしら」

 

乗せるものを顎から頬に変えて間仕切りをぼうっと見つめる。

そこに出来た雫が僅かにトーポに見えて思わず笑ってしまった。

 

「こういう時って大体本人が見えるんじゃなかったっけ」

 

呟いて、湯船から上がって脱衣所へと向かう。

 

「けど、しょうがないわね。思い出してみれば、途中から見てたのは彼の顔じゃなくて背中ばかりだったもの」

 

バスタオルで水滴を拭って髪を拭く。一定のリズムで髪をタオルで挟んで叩く音が少しずつ昔を思い出させる。

最初は私の方が強いと思ってて。仲間だと感じた時には差はなくて。…気が付いたら、憧れていて。

 

「…うん。そうね。多分、そう。いつの間にか、周りを気にするふりをして目を逸らしてたりしたもの。

あの頃から私は彼に、好き、って気持ちを持ってたんだわ」

 

髪を叩くのを一旦やめ、寝巻きに着替える。

それからバスタオルを籠に放り込んで小さなタオルを首にかけて脱衣所を後にした。

 

 

 

 

 

 

「さて、夕飯はどうしようかしら」

 

髪を拭き上げながら歩く廊下。通路を照らす光はデイン系の呪文を応用して作られたデイン球という魔法アイテム。

…と言っても、デイン系の呪文は本来勇者の血筋の人じゃないと使えないから、その実態はかなり謎だ。

 

「一人だと作るのも面倒よねぇ…。

あー、そうだ。ちょっと前に貰った果物、食べないと。結構量あるし、ついでにジャムか何かも作っちゃおっと」

 

保存庫に入れてある大量の果物のことを思い出す。

一昨日くらいにヤンガスとゲルダさんが家にやってきて、近くで採れたリンゴをお裾分けしてくれたんだけど、樽いっぱいくらいあったからどうしようか迷っていたんだった。

 

「しっかし、よくあんなに採れたわよねぇ…果樹園でも始めたのかしら」

 

そんなことを言いつつ髪を拭きながらドアを開ける。

すると。

 

「…あれ。なんか、いい匂いがする」

 

鼻腔をくすぐり味蕾を刺激する攻撃的な匂いと、後から香った香ばしくて甘い果物のような匂い。

それがなんなのかを知るよりも先に聞こえてきたのは。

 

「ただいま」

 

待ち望んでいた彼の声だった。

 

「…どうしたのゼシカ?」

 

「え?あ、いや、その…えっと…え?」

 

突然の彼の登場。…もとい、帰宅。

それは本来嬉しいことのはずなのに、なぜか受け入れられてない自分がいる。

 

「だって、あなたは今、大会会場のアスカンタにいるはずなのに…」

 

もしかしたら、あまりにも会いたい気持ちが強すぎて自分に見せている幻なのでは?と疑ってしまったり、実は夢なんじゃ?と頬をつねってみる。

けれど。

 

「…痛いわね。って事は、夢じゃ…ない?」

 

コトン、とテーブルに皿が置かれる。

2人前のカレーやホール型のアップルパイ。コップに注がれた薄い黄色をした飲み物…多分、りんごジュース。

 

「実は、先に帰らせて貰ったんだ。

組まれてた日程の最終日が打ち上げだったみたいで、それなら僕がいる必要はないかなって」

 

一度台所に戻って持ってきたスプーンを置きながら、早く帰って来れた理由を話す彼は、どこか恥ずかしそうに私の前へ来た。

 

「帰っってきてそのまま部屋に戻ったらゼシカがぐっすり寝ててさ、いつもは僕に合わせて早起きしてくれてるから、たまにはゆっくり寝ててほしいなと思って…」

 

照れ笑いを浮かべながらポリポリと後頭部をかく。

 

「いつもありがとう、ゼシカ」

 

手を握られて、真っ直ぐな目で、そう言われた。

 

「分担するはずだったのに、最近は家事を任せっきりでごめん。でも、もう少しすれば僕の仕事もひと段落ついて出勤する時間とか頻度とかが変わるはずだから、そうしたら、また前みたいに一緒にご飯を作ったりしよう」

 

抱き寄せられて耳元で囁かれるとても温かな彼の声。私の胸が苦しいのは多分、彼に抱き締められているからだけじゃなくて。

 

「…ふふっ、改まって何よ。また教え子に何か言われたの?

大丈夫。確かに慣れるまでは色々失敗はしたけど、一番大変な時はあなたと一緒にやったんだから、それだけでも充分。そのうちあなたが仕事に行って、あんまり家にいられなくなる事は薄々気がついてたし」

 

ずっと待っていた彼の温もりが身体中を煽っていく。

今では、最も安心出来る行為。彼と私の心音を感じ合い、息遣いに直で触れて、互いの気が済むまで身を寄せ合う。

…いつもなら、それが別れと再会の挨拶。行って来ますとお帰りなさいの合図。

でも、今日は…

 

「でも、そうね。なら一つ、いいかしら」

 

彼の肩に寄りかかるようにして頬を預ける。

 

「うん。なんでも言って」

 

「…久し振りにしたいの。ちゅーを。

おやすみ前の軽い口づけじゃなくて、ね」

 

耳元でそう囁いた私はとても穏やかで落ち着いた気持ちだった。

 

「…もちろん」

 

身体は密着したまま彼と見つめ合う。その目に映っているのは、私だけ。

 

 

気が付いたら唇が触れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとこれ」

 

適度な温度になった夕飯を済ませ、一通りのことを済ませた私達は、寝室のベッドの上で彼に何かを差し出される。

 

「なに、これ?」

 

受け取ってよく見てみると、どうやらラッピングされた小箱のようだ。

 

「ほら、この前チョコ貰ったからそのお返し」

 

「開けてみて」と促されるまま包みを開いて蓋を取る。

 

「…これ、イヤリング?」

 

藁のようなクッション材の上に置かれているのは両耳用のイヤリング。

いつも私がつけているのと似ているけど、球体の色が青ではなく緋色だ。

 

「…まさか、前に言ってたのを覚えてて…?」

 

「うん。…気にいっ…わわっ!」

 

彼の言葉より早く、私は抱きついていた。

 

「ありがとう!とっても嬉しい!」

 

「そ、そっか。それなら良かった」

 

勢いよく抱きついたせいで彼と一緒にベッドに横たわる。結果的に押し倒す形になってしまったわけだけれど、彼は微笑んでいた。

 

「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったから、僕も嬉しい」

 

そうして落とされた沈黙。

気まずいとかそういうのじゃない、気持ちのいい静けさ。

お互いの気持ちが通じているからこそ訪れるこの瞬間は、ずっと感じていたい時間の停滞。

永遠を思わせる数秒は風に流される綿毛のように自然に終わり、私達はもう一度唇を交わし、身を寄せ合って眠りに就いた。

 

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「…おはよう。目、覚めた?」

 

窓から射す柔らかな日差しがベッドに腰掛ける少女と、眩しさに目を擦る少年に降り注ぐ。

その日は普段よりも遅い始まりだった。太陽は中天を位置し、空腹が二人を襲う。

それでも、少女は彼が目覚めるのを待っていた。

やるべき事はある。していた方が遅れを簡単に取り戻すことができる。けれど、少女はその瞬間のためにただ、待っていた。

 

「…どう、かな」

 

少し照れ気味に頬を染め、口元を掌で抑えて顔を逸らす。

それは照れから来るものではなく。

 

「…うん。凄く良く似合ってる」

 

太陽を浴び、一際紅く輝く球体。隣接するほど近くにあった頬は、それ以上に紅くなり。

 

「とーぜん!」

 

言葉とは裏腹に態度は可愛らしく、少年を破顔させた。

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




全く、いつになったらps4で8(リメイク版)がリリースされるんでしょうね。高画質、大画面で花嫁ゼシカ観たいんですわ。
ps5ですら出なかったらどうしよう…

ではまた、次回。
さよーならー。


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第十六話 久しぶりの帰郷

お久しぶりです。
最近は暑いんだから寒いんだから過ごしやすいんだからわからない天気ですね。
お互いに風邪をひかないように頑張りましょう!

それでは、どうぞ。


 

窓から差し込む日差しがテーブルの上にある料理を照らす。

リズミカルに奏でられるのは私たちのデュエット。

ただの朝食のはずなのに今日はとっても心が躍る。今すぐにでもスライムのマラカスを手にしたいくらいに。

 

「ねぇあなた。これから三日間、なにしましょうか」

 

「そうだね…たまには、お義母さんにでも会いに行ってみる?」

 

一通りの食事を終えた彼が手にした食器を置きながらそんなことを言う。

自然とそれに倣うようにしてフォークを置いて。

 

「…気は向かないけど、そろそろ顔出さないとマズイわよね…」

 

「あはは」

 

苦笑いするという事はきっと彼もあまり前向きな事ではないんだろう。けど、結婚してから半年以上経っているにもかかわらず、いまだに一度も顔を見せに行っていない現状から考えると、下手したら向こうから来る可能性だってある。

それは避けたい。

なぜって、私たちの家を荒らされたくないし…

 

「ご馳走さまでした。

二人はもう仲直りしたんだよね?」

 

「うん。まぁ、ね。

でも、こっちに住むようになってから全く顔を合わせてないし、もしかしたら前に戻ってるかも」

 

「…それはないと思うけど、でもそっか。なら、余計に行かないといけないね」

 

水を飲んでからそう言うと、決意を固めたような顔をして汚れ物を流しへと運ぶ。

善は急げ、ってことかしら。

 

「ご馳走さま。

そうね、行くなら決心が鈍らないうちに行かないとそのまま先延ばしになっちゃうものね」

 

今日の担当は彼が洗い物で私が保存係。

最初の頃は別にして、最近ではご飯が残る事はほとんどなくなった。それでも、時折残る事があるからそれを1つにまとめて夕飯の一品としたり、もしくはおやつ的なものにしたりとするのが保存係の役割。

今日は例に漏れず綺麗に完食していたから、ちょっとしたご褒美のようなお休み。

 

「じゃあ洗ってくるね」

 

手際よく重ねた汚れ物を持った彼はそのまま台所へと消える。

その間に私は宿泊の準備でもしちゃおう。

 

「お願いねー」

 

テーブルの端にある布巾で軽く拭いてから二階へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御無沙汰ね。ゼシカ」

 

「ひ、久し振りねお母さん」

 

リーザス村に入るなり鉢合わせするラスボス・アローザ。…もとい、私のお母さん。

全く顔を見せなかったからなのか、それとも元からなのか。お腹でも痛いのかってくらい難しい顔をしてる。

 

「こんにちは、お義母さん。変わらずお元気そうでなによりです」

 

「こんにちは。…そんな他人行儀な挨拶しなくていいわ。

それじゃ、行きましょうか」

 

あくまで淡々と言葉を発するお母さんはそのまま一度も振り返る事なく丘の上の家へと向かう。

 

「相変わらず無愛想なんだから」

 

「あはは。それがアローザさんのいいとこでもあるんじゃない?」

 

「そうかしら。私からしたらおっかなくて近寄りたくないわ」

 

小言もそこそこに、お母さんの後に続いて懐かしの実家へと帰宅した。

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいです!ゼシカお嬢さまぁ〜!!!」

 

「あら。久しぶり。元気にしてた?」

 

「はい〜!」

 

入り口から入ってすぐ、玄関で最初に声をかけられたのはいつも庭を掃除しているメイドだった。

おっとりしていて少し個性的だけどなんでもそつなくこなす子で、この家に働きに来たのが十歳の頃。私の1つ下だったからほかのメイドとかに比べて少しだけ仲がいい。

 

「こら。使えてる人に対してそんな態度がありますか!早く仕事に戻りなさい」

 

「あっ。ごめんなさいです。

それでは。ゼシカお嬢様、また後ほど〜」

 

驚いているのかなんなのか、口に手を当てお辞儀をして手を振ってから仕事に戻るメイド。

ま、昔から同じことでよく怒られてたし、慣れちゃったんだろう。お母さんも口ではああ言いながらも、どこか優しい顔してるし。

 

「うん。またね。

あ、そうだ。私たちはこっちにいる間、どこに寝泊まりすればいい?」

 

「あら、泊まるの?」

 

「まぁね。日帰りじゃ味気ないし。

イヤならやめるけど」

 

「またそうやって憎まれ口を叩いて。

大丈夫です。止めはしませんからいつまででもいなさい」

 

「あら?寂しかったのかしら」

 

「居ないと静かで暮らしやすかったわ」

 

今にも口喧嘩がヒートアップしそうだと察したのか、彼が隣であたふたと汗を飛ばしている。

でもそんな心配は無用。ここに来て少し話してわかったけど、これは口喧嘩なんかじゃなくてスキンシップ。

お母さんとは元々こんな会話くらいしかしたことがないから、それがいつの間にか一つの愛情表現みたいになっている。

ここでもしお母さんが嫌味の一つも言い返さなかったりしたとしたら、それこそ病気を疑ったりして気が気じゃない。

 

「寝る場所は考えるまでもないでしょう?あなたたちは夫婦なのだから、ゼシカの部屋で仲良く眠ればいいでしょう」

 

こともなげに言い放つ驚きの発言に一瞬頭の中が白くなる。

…お母さんって、割と過激なことを平然と言うのね。

 

「えっ、あ、まぁ、そう、ね…

あ、あなたもそれでいい?」

 

全く予想もしてなかった言葉にしどろもどろになりながらも答える。

てっきり、兄さんの部屋を使え、とか言うのかと思ったのに。

 

「もちろん」

 

「少なくとも、まだ愛想は尽かされてないみたいねゼシカ。ボロが出てないみたいでなによりです」

 

彼の返事が嬉しかったのか滅多に見せない微笑みでやっぱり口悪く言うお母さん。

反論したいところだったけど、流石にこれ以上荷物を持ったまま玄関付近で言い合うのも良くないと思い、ベー、っと舌を出すだけに収めた。

 

「はぁ…。他所でそんな顔しないでよね。

お昼は後二時間もしたら出来ますから食べたければいつものところへ来なさい。

それまでは大人しくしてるのよゼシカ」

 

「私がいつお腹減って暴れたっていうのよ」

 

「あら、旦那さんの前で言っていいの?」

 

「…やった覚えはないけど、あったらイヤだからやめとく」

 

そう最後のスキンシップを終えて、私たちは元…になるんだろう、私の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

「…何にも変わってないわね。…これ以外は、だけど」

 

懐かしの自室。そこには壁掛けの写真やずっと使ってた羽ペン。時々、空が飛べたらなって練習してた箒に、勉強机。どれもこれも綺麗すぎず、汚すぎず、丁度いい具合に掃除されていて、幼い頃の記憶が鮮やかに蘇る。

けれどそれは、この目の前にある大きな物に全て掻き消される。

 

「…こんなに大きかったっけ」

 

「もっと小さかったわ。それこそ、一人用だもの」

 

部屋の入り口の端に置かれてあったはずの私のベッド。それはもう影も形もなく、ただベッドが置いてあったはずの場所だけが他の床よりも新し目に映る。

疑問を抱えたまま階段を上がり、屋根裏部屋に近い場所へ向かうとそこには二人用のベッドがおいてあった。

 

「…なるほど、お母さんからの無言の催促ってわけね」

 

「孫、的な事だよね」

 

「はぁ…。まぁ仕方ないんでしょうけど。でも、流石にこの家でってのは、ねぇ?

第一、自分たちの家でも一緒に寝てるわけだし、今更こんなのあったからって…」

 

ばふん、とふっかふかのベッドの上に勢いよく座る。そのふかふか具合は私達が選び抜いて買ったベッドよりも凄くてちょっとだけ悔しい気持ちになる。

そのまま寝転がり、思わず眠ってしまいそうになっていると。

 

「ん?これ、本?」

 

右隣に置かれていた小さな机の上に、ランプとは別に何か薄いものが置いてあった。見つけた彼はそれを手に取り…

 

「…ちょっと待って。どういうこと?」

 

今まで見たことないくらい驚いた顔で見つめられる。

何も思い当たる節のない私は疑問に思ってすぐにベッドから起き上がり、彼の手にしている本を覗き見る。

 

「ちょっと!お母さん!?!?」

 

そしてすぐさまそれを持って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔からあなたはその辺が奥手だったでしょう?だから、後押しになればと」

 

「余計なお世話よ!!あ、あのねぇ!?これ、こんなの…あのねぇ!?」

 

椅子に座り、優雅に紅茶を飲むアローザ・アルバート。そのあまりにも余裕に満ちた悪びれもしない態度に私は言葉を失いつつある。

それでもどうにかこうにか言葉を繋げて抗議するも、本当に言いたい事は口から出てきてはくれなくて、だからと言ってここで黙って仕舞えばなんだか負けた気になってしまう。

結果、よくわからないことを延々と言うことになってしまっていた。

 

「一度落ち着きなさいゼシカ。

…悪いけど、この子の分のお茶も用意してもらえる?いえ、この子と旦那さんの分もね。多分、来るでしょうから」

 

「わ、分かりました」

 

私の手にしている本に目を奪われながらも頷いて調理場へ向かうメイド。

どうしてそんなに落ち着いていられるのか全くわからない。

 

「落ち着けるわけないでしょう!?こんな、その、物を部屋に置かれて!」

 

「…本当にダメなの?」

 

「ダメよ!ダメに決まってるでしょ!?」

 

ここ一番の大声に、けれどやっぱり落ち着いて紅茶のカップを皿の上に戻すお母さん。

 

「…そう。聞いた話と違うわね」

 

「聞いた話?」

 

いい加減叫び疲れた私は、呼吸を整えつつ椅子に座る。それと同時ぐらいに運んでこられた紅茶で枯れかけの喉を潤す。

 

「ええ。その方の希望のため名前は伏せますけど、なんでも、今あなたが手にしているえ、エッチな本、をベッドの横に置いておくと、良いきっかけになって夜のお供になるのだとか」

 

頭の痛くなる返答に思わず手にしていたカップを皿に叩きつけそうになるのを必死に堪え、お母さんにそんなことを教えたバカを聞き出すことにシフトチェンジした。

 

「ククール?それともモリーさん?どっちかしら」

 

あるいはトロデ王という線も考えられたけど、今のあの人は流石にそこまで暇ではないはず。

となると、残る可能性は二人しかない。

 

「モッ…匿名の紳士です」

 

「そう…その紳士さんお礼したいから後で怒りの魔神を送っておくわ」

 

元々ウソをつくのが不得意…と言うより、そもそもロクにウソをついたことがないお母さん。

案の定、反射的に名前に繋がるヒントを教えてくれた。

それに気が付いたのかすぐさま話題を変えようとしたのか。

 

「そっ、それよりも。どうですゼシカ?…したの?」

 

慣れない作り笑いで頬が引きつっているお母さん。

勿論、そんな失礼な問いに冷静に返せるわけもなく…

 

「最低な返しね!するわけないでしょう!」

 

とうとうカップを叩きつけるようにして皿の上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、もう帰ろうって?」

 

「そ。自分たちの家が無いわけじゃないし、我慢してまでいる必要はないかなって。

これ以上話してたら手が呪文か出ちゃいそうだったし」

 

お母さんとのお話も終わり、一先ず彼の待っている元自室へと戻ってきた私は、用意されていた二人用のベッドに仲良く横になっていた。

私がいない間暇だったのかライトの置いてある小さな机の上にいくつかの本が乗っていて、中には私のアルバムもあった。

 

「そっか。

僕としてはもう少しいたかったけど、家が焼けちゃったりしたら大変だしね」

 

「あら、失礼ね。そのくらいの加減は出来るわよ」

 

「あはは。ちょっと怖い」

 

そう言ってベッドから起き上がると、彼は階段の方へと向かっていく。

 

「どこ行くの?」

 

「お義母さんに帰るって挨拶してくる。流石に無言で帰るって訳にもいかないし」

 

「そう、わかった。

…ホントは私も行った方がいいんだろうけど、やめとくわ」

 

「うん。それじゃ、少し待ってて」

 

会話が終わり階段を降りていく彼の背中を見送ってから机の上にある本を一つとる。

それは私が字が読めるようになってから始めてもらった魔道書だった。

貰った時から既にボロボロだったけど、擦り切れるまで読み込んだ本だから、今ではもう人によってはゴミと言ってしまいそうなくらいに古びてる。

中に書いてあるのは初歩的な物から既に失われてしまった超高等魔法まで様々で、後々知った話ではかなり値の張る本だったらしい。

 

「…メラゾーマにマヒャド。ライデインにギガデイン。マダンテも載ってる。本当、凄かったのねこの本」

 

破れないよう注意しながらページを捲る。

今読んでいる項は[いずれ失われるかもしれない高等呪文]。次に書かれているのが[使い手と共に失われていった超高等呪文]で。聞いたこともない物ばかり載っている。

 

「メドローアにベタン。ラナルータ、マホイミ、ミナデイン、メラガイアーとマヒャデドスにバギムーチョ。…なになに?言い伝えによると後述の超高等呪文は天上の世界に住む天使たちや時を超える術を得た者たちが使える。…ね。

地上は制覇したと思うけど、流石に空の上までは無理ね。神鳥の魂を使っても天使様達に会えなかったんだから、多分一生会えることはないのかしらね」

 

本来なら笑って読み飛ばしてしまうような文も暗黒神やもう一つの世界を実際に見てきたお陰で本当にあるんだろうと思えてしまう。

…事実、多分あるんだろう。

そこへ旅が出来ないのが少しさみしい。

 

「たまには思い出に浸ってみるものね。知ってたのに知らなかったこととか結構あるみたい」

 

そろそろ彼も帰ってくるだろうと思って本を閉じようとする。

すると、本の隙間から何かが飛び出てきた。

 

「….手紙?何かしら」

 

不思議に思いながらも、飛び出したもの….妙に新しい茶色の便箋を拾う。要点しか書かれてないのか、それとも中に何も入っていないのか、封筒はかなり薄い。

 

「…[ゼシカへ]か。

いつ貰ったんだっけ」

 

後ろに書かれていた宛名は間違いなく私のものだ。

ラブレターを貰った記憶も文通していた記憶もない。と言うことは、必然的に家族かメイドたちからのものになるのだけど。

 

「メイドは、まぁ無いわよね。仲のいい子はいるけど、どっちかっていうと怖がられてたし。

ってなると…サーベルト兄さん?いや、それは無いか。読み書きを教えてくれたのはサーベルト兄さんだったけど、手紙書くような人じゃなかったし。

…私宛だもの、読んでもいいわよね?」

 

なんとなく開け辛くある封筒。自分に言い聞かせるようにしてそんなことを言って中を確認する。

出てきたのは半分に折られたごく普通の便箋。派手でもなく地味過ぎない。当たり障りのないどこにでも売ってそうな物だ。

そうして中身を確認して、全てに合点がいく。

 

「…なるほど。そういうことね」

 

封筒はベッドの上に置きっ放しにし、右手に便箋だけを持って階段を降りる。

 

「ゼ、ゼシカお嬢様!?」

 

「ごめんね!また後で!」

 

部屋から出る瞬間、ドアをノックしようとしていたメイドとぶつかりそうになるが今は謝ってる暇はない。

 

「お母さん!」

 

「ゼシカ!?

ど、どうしたんです。はしたない」

 

幸いにもお母さんは自室じゃなく、いつものところに座っていて、今まさに彼と会話している途中だった。

 

「手紙、読んだわ」

 

そう言って便箋を差し出すとお母さんは少しだけ顔色を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 




珍しく歯切れの悪い終わり方になりました。
理由は、単純に長くなるからというのと、続きの気になる終わり方(引きって言うんでしたっけ)をしてみようかなと思いまして。
ということで、次回をお楽しみに!
それでは、さよーならー


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第十七話 過去と手紙と家系

いやー、アローザさんって書くのちょっと楽しいですね。なんでかわからないけど楽しい。
帰郷編(命名)その二です。
それでは、どうぞ。


「手紙に書いてあることって本当なの?」

 

彼の横を通り過ぎ、お母さんの座っているところに便箋を置く。

 

「…ええ。残念な事にね。

けれど、貴女にも分かるでしょう?少なくとも無視出来る類の話ではない、と」

 

背後で立っているメイドに何か合図を出しつつ答えるお母さん。

私と彼は近くの空いている席に座る。

 

「まぁ、ね。でもこれでようやく納得いったわ。お母さんがどうして焦ってるのか」

 

「別に焦っては…。いえ、そうね。確かに焦っていました。けれど焦りもするでしょう?何があってもそうあってはならないのですから」

 

私たちの深刻な表情に一人ぽかんとしている彼に、お母さんは手元にある手紙を差し出す。

受け取った手紙に目を通すと、彼は酷く驚いた顔をした。

 

「アルバート家の血を引く者は短命になる…」

 

「…やはり知らなかったのね。

そうです。私の夫やそれ以前のこの家の血を引く者は皆若いうちにその命を落としていきました。

事故死や病死、魔物に襲われた者など様々でしたがそのどれもがどこか不自然だったと伝えられています。

理由はわからないけれど…。あなた達なら察しがつくかと思います」

 

運ばれてきた紅茶を飲みながらそう語るお母さん。

その理由はきっとラプソーンによるものだろう。

遥か昔にラプソーンを杖に封じた七賢者が一人、シャマル・クランバートルにラプソーンは多分呪いを掛けたんだ。

代々、彼の血を引く者は短命になるような呪いを。

そうすることで杖の封印を少しでも弱めようとしたんだろう。

 

「…けど、その原因だったはずのものはもう私たちが倒したんだからそんなに心配する必要はないと思うんだけど…」

 

「ええ。そうね。確かにそう。

けれど、もしものこともある。呪いは怨念に変わるものだから」

 

「だから急かすようなことをした、って事ですか?」

 

彼の言葉にお母さんは頷く。

 

「でも、だとしてもちょっとあれはどうなのかな。その、エッチな本を部屋に置いとくとかって言うのは…」

 

「そ、それは…

確かに、早計だったとは思い…ます」

 

「…ふふっ、なによそれ」

 

生まれて初めて見るお母さんの赤い顔に思わず笑いがこぼれてしまった。

それを見たお母さんは更に顔を真っ赤にして、一気に紅茶を飲み干すと。

 

「何ですかゼシカ!人の顔を見て笑うなんてはしたない!」

 

普段の調子で怒り始めた。

 

「お、奥様…!落ち着いて下さい…」

 

「分かってます!

貴方も、ゼシカがあのような態度を取った時はキチンと叱ってくださらないと!」

 

おろおろとなだめるメイドをよそに今度は彼にまで飛び火して、本当にお母さんらしくない。

 

「あっはははは!慌てるお母さんなんて初めて見た!

ねぇねぇ、前から気になってたんだけど、私のお父さんでどんな人だったの?」

 

そんならしくなさに誘われたのか、ついつい聞き辛かったことを聞いてしまう。

すると、お母さんは驚いた顔をした後に一度だけ深く呼吸をすると、目を瞑ったまま話し始める。

 

「…私があの人と結婚したのも丁度あなた達と同じくらいの歳でした。婚姻を迫る彼に少しだけ嫌気がさした私は逃げるようにしてリーザスの塔へ向かい、その最中に魔物に襲われたんです」

 

懐かしく、絵本を読むように優しく語るお母さんに、私たちは紅茶が冷めることも忘れて話に聞き入る。

 

「今思えば大したことのない魔物だったのだけれど…どこか、期待していたのかもね。

そうしたら、期待通りにあの人が来てくれた。抜かしたこともない腰を抜かしてその場で座り込んでいた私の前に現れて、別れる前に酷いことを言ったのに嫌味の一つも言わずに、ただ『結婚しよう』と。そう言って守ってくれた」

 

「うん」

 

「それから、私達は交際を始めました。

散歩道はいつもお決まりで、村の中を一通り歩いた後にリーザスの塔を眺めてからポルトリンク近くの海沿いまで行って海岸で夕焼けを見る。

ただそれだけのことだったのに、毎日毎日新鮮で楽しかった。何でもないはずの壺が何故か可笑しくて、道端に転がっている石ころさえ微笑ましくて、砂浜なんて宝の山のように思えた。

そんなある時に教えてくれたんです。

『貴女がいなければ好きでもない人にこれをプレゼントしなければならなかった。私は幸せ者だ』

そう言って、いただいたのが婚姻の指輪とゼシカに譲った魔導書。

その日から私はあの人の妻となったのです」

 

それは、とても幸せそうな顔で左の薬指を見つめる。

その姿はまるで少女のように輝いていて、どこか若返ったようだった。

 

「…驚いた。お母さんって昔から口が悪かったのね」

 

「えぇ。貴女の母ですもの」

 

ふふ、と二人で笑う。

既に冷え切っている紅茶を流し込み、席を立ち上がる。

 

「やっぱりもう少しここにいるわ。日帰りなんて寂しいでしょ?」

 

「好きになさい。

ただ、この家にいる以上は規則正しい生活をしてもらいますからね」

 

「はーいはい。分かってるわよ。

行きましょ、あなた」

 

今までなんとなく聞き辛かったことも聞けて、お母さんの惚気も聞けて、それにあんなに嬉しそうな顔を初めて見れて、ここに帰ってきてよかった。

 

「(私たちも負けないようにしないとね)」

 

「(もう勝ってるかも?)」

 

手を引く旦那様とそう囁き合う。

確かに、少なくとも負けてはないわね。でもどうせなら圧勝しないとね!

 

「部屋に戻るのは構わないけど、後一時間もしたら夕飯ですからね」

 

後ろで呆れ気味に言うお母さんに、はいはい、とだけ返してその場を後にした。

 

「…今でも覚えてます。あの日の夕焼けは本当に綺麗でしたね。もう、見ることは叶わないのでしょうけど」

 

そう、小さく呟く声と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間しないうちに夕飯になった。

お母さんはいつも通りと言い張るけれど、どう見ても一人分とは言えないご飯の量に、彼と顔を見合わせて笑い合う。

食事のお供は当然と言うかなんと言うか、私たちの今日までにしてきたことだった。

中でも、特に食い付いていたのがハネムーンの話で、フォーグとユッケにあれだけのことをされたのに事に及ばなかったと言ったら大きなため息をついて。

 

「私が浅はかでした。

娘だけなら或いはと思っていましたが、義息子の貴方もそうだったのならお手上げです」

 

と、失礼なことを言われた。

それから特に大きな問題もなく世間話や、幼い頃の私の話なんかを少しして、今までにないくらい賑やかな夕飯は終わりを迎えた。

 

「こんなに話をして食事をしたのはかなり久し振りです。

本来ならお行儀が悪いとたしなめる場面もありましたが、今日はいいでしょう。

明日、朝食の十五分前には起こしに行きますから今日はもう外には出ず、お風呂に入って大人しく部屋で寝ること。良いですね?」

 

「ちょっとお母さん。私もこの人ももう子供じゃないんだからそんな言い方ないでしょ?」

 

せっかくの楽しいご飯だったのに。そう付け加えようとしたら、彼が口を開き。

 

「あはは。

ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えて、明日は起こしてもらおうか」

 

なんて、そんなことを言う。

ホント、この人はどこまで優しいんだか。

 

「えぇ。いつもは貴方が起こしているんでしょう?ゼシカは朝が弱かったから」

 

「ちょ、普段は私が起こしてるから!ね、あなた!?」

 

「え、えっと、結婚してからはゼシカによく起こしてもらってますね。でも、旅してる時は…」

 

「余計なこと言わない」

 

「はぁ…。

まぁいいわ。ほら、いずれ家長になるのですから先にお風呂へ入ってきなさい」

 

お母さんに言われると、彼は少し申し訳なさそうな顔をしてその場を後にする。

 

「お母さん?あんまり私のこと子供扱いしないでよ。恥ずかしい」

 

「何言ってるの。親から見れば子はいつまでも子供なんです。諦めさなさい」

 

食後の紅茶を啜りながらそんなことを言われる。

まぁ、そうでしょうけど。

 

「次は貴女が入りなさい。私はその後に入りますから」

 

飲み終えたのかカップを皿の上に置くと席を立ち上がるお母さん。どうやら自室に戻るみたいだ。

なら、その前に言っておかないと。

 

「ねぇ、明日のお昼過ぎからって時間ある?」

 

「…珍しいわね。

暇ですけど、なに?」

 

「ちょっと、そんな驚いた顔しないでよ。とんでもないことやらかしたみたいで変な気分なんだけど。

あのね、暇だったらここにいて欲しいの。彼とその、ちょっとお出かけって言うか、したいから」

 

どこか恥ずかしくそう言うと、お母さんは更に驚いた顔をした後に。

 

「分かりました。

明日は一日何もないですからどこへでも付いていきます」

 

そう、少しだけ嬉しそうに返して部屋へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




またも中途半端な感じで終わらせました。
次回、帰郷編その三 最終話。
お楽しみにしてください。

さよーならー。


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第十八話 懐かしい日の冒険

帰郷編最後のお話です。
私個人、ゼシカの父親について以前からずっと気になっていましたが、ゲーム本編では語られることがなかったのです(記憶違いでなければ)
なので、これは私の考えたゼシカの父親像となります。

それではどうぞ。


時刻はお昼過ぎ。

昼食を三十分程前に済ませた私達は、お母さんを連れて村の中を歩いていた。

 

「あら、アローザさん!お久しぶりです。いつもいつも、ありがとうございます」

 

恭しく頭を下げて、村を行くお母さんに挨拶をする人はこれで何人目だろう。

忘れていたけど、お母さんってこの村で一番偉い人だったのよね。そりゃあこうなるか…

 

「どうしたんですゼシカ。アルバート家の長女がそんなみっともない顔をして歩くなら、私はもう帰りますよ」

 

「ま、まってまって。ほ、ほら、これでいいでしょ?これで!」

 

下から舐め上げるような言葉に身震いしながらもきっちりと背を伸ばして歩く。

今日はお母さんのための日なんだからこんなことでくじけちゃ駄目。頑張らないと。

 

「それじゃお義母さん、少しリーザス像の塔を見に行きましょう」

 

流石はもと姫の側近である近衛兵。女性のエスコートはお手の物なんだろう。自然とお母さんへと手を差し出して村の外へと促している。

 

「…そうですね。最近はポルクとマルクに任せきりでしたから、たまには自分でも見に行きましょうか」

 

そしてそこはやはり良家へと嫁いだお母さん。寸分の狂いもなく、淑女然としてその手に手を重ねた。

…なんか悔しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからともなく小鳥のさえずる声が聞こえる。

空を見上げれば二羽の鳥が線を描きながら滑空していて、遠くからは潮騒の音が響く。

リーザス像の塔へと侵入者を阻み、行事の時にしか開けられることのない門の前で、私達三人は塔を見上げていた。

 

「ふむ…

魔物も居なくなった事ですし、そろそろ改修工事をするべきかしら。茂っていた雑草なんかの掃除はした事ですし」

 

「お、お母さん!今はそういうのはいいんじゃないかしら!」

 

ぼそりぼそりと呟くお母さんに慌てて止めに入る。

そんな私のことをとても不思議そうに見つつも、そうね、と一言呟いてさっきまでとは違った視線をリーザス像の塔に向け始める。

 

「どころどころ壊れていたり、ひび割れていたりしているけれど、昔と変わらないわね。えぇ、本当に昔のまま。こんな気分で観るのは何年ぶりかしらね」

 

「お母さん、いつも安全に気を配ったりだとかで全然楽しんでなかったものね。

知ってる?実はね、あの行事の時ってちょっとした告白の舞台にされてるのよ」

 

「…初耳です。けど、驚きはしないわ。

だって、あの人が初めて言い寄ってきた日がその行事の時でしたから」

 

小さく笑みをこぼすお母さん。

 

「あははっ、私達のお父さんって、本当に私達のお父さん?なんだか、お母さんとは正反対に思えるんだけど」

 

「家柄か、普段はとても生真面目で誠実な人だったのよ。丁度、サーベルトのようで。

でも、私の前ではそんな姿はあまり見なかったわね。それこそ、ゼシカのようなじゃじゃ馬だったわ」

 

「ちょっと、誰がじゃじゃ馬よ」

 

今度は彼にも分かるくらいに微笑んでからリーザス像の塔に背を向ける。

 

「ここまで来たついでです。このままポルトリンクまで向かっても良いですか?」

 

手を差し出しながら振り向きそう言うお母さんに少し驚いた後、頷いた彼は再びその手を取り歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ややっ!?これはアローザ奥様!ご無沙汰しておりやす!今日はどういったご用件で!」

 

覆面の筋肉男…じゃなくて、船着き場の番頭にさえ頭を下げられている自分の親を見て、どこか複雑な気持ちになる。

うん。リーザス村の中を歩いた時から予想はしてたけどね。やっぱり変な気持ちになるわ。

 

「大丈夫です。今日は寄ったついでに顔を見せに来ただけですから。

いつだったかは娘のゼシカのわがままを聞いていただいてありがとうございました。

これからもまた何か迷惑をかけることがあるかもしれませんがその時はよろしくお願いしますね」

 

お礼の言葉とともに頭を下げるお母さん。その姿を見た番頭は大慌てで辺りを見回して。

 

「お、奥様!やめてくだせぇ!アタシらはいただいた仕事を全うしているだけですし、ゼシカお嬢様の件だって結果的にアタシらの利になったんですし!」

 

「…そうでしたか。

ですが、それはそれとしてお礼を申し上げます。

改めて、これからもよろしくお願いします」

 

「ほ、本当に勘弁してくだせぇ!!!」

 

「…あれってもしかして、楽しんでたりするのかな」

 

「どう、かしらね。なんとも言えないわ」

 

二度目のお辞儀は一度目に比べて深く長い。それに比例するようにして番頭の男はあたふたと汗を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くでしたカモメの鳴き声が潮騒の音に吸われている。目の細かい砂が押しては引く並みにさらされ、耳に心地いい。

ざくざくと響く足音。

潮風にたなびく髪を抑えながら海を眺める。

 

「もう、こんな時間」

 

彼方へと沈みいく太陽が空を橙色に焼き上げる。

千切れそうで千切れない雲と海に映る夕陽が美しく幻想的で時間を忘れてしまいそう。

 

「とても綺麗な世界、ですね。ここは」

 

お母さんの隣で彼はそう呟いた。

私も、同じ気持ちだった。

潮騒は耳に鮮やかに。視界は沈む夕陽と輝く海で色とりどりに。

こんな近くに、こんなにも幸せになれる景色があるなんて思いもしなかった。

この景色の中、プロポーズを受けたのなら、私だって一生忘れないだろう。

 

「…どうお母さん?少しは楽しかった?」

 

「…ええ。久し振りに童心に帰れた気がしました。

たまには、散歩をするのもいいものね」

 

夕陽に照らされたお母さんの笑顔。

…きっとお父さんはこの笑顔が大好きだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ。奥様、お嬢様、…旦那様?」

 

「若旦那様、です。分かりましたか」

 

「はい、奥様。

お帰りなさいませ、若旦那様」

 

私達が家に着いたのはすっかり陽が沈んだ頃だった。

夕焼けを堪能した私達は、夜道を私のメラを頼りに村へと戻った。その際、何人かの慌てた村人に遇ったけれど、お母さんがただ散歩に行っただけだと言うと、少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上の追及はなくみんな家へと帰っていった。

今日だけで何度もお母さんの凄さを再確認したけれど、これだけ村の人たちに慕われているなんて、と、また驚いてしまう。

…お母さんが亡くなった時かもう仕事ができなくなった時、この後を継ぐのは私なんだと思うとちょっとだけ、背中が重くなる気がした。

けれど。

 

『大丈夫、僕もいるから。二人で頑張ろう』

 

彼が言ってくれたおかげで、少し自信を持つことができた。

そうだ。この後を継ぐのは私だけじゃなくて彼もいる。なら、何も恐れることなんてないじゃない。

 

「お夕食は…各自、部屋で取ることにしましょう。私はとても疲れたので先にお風呂に入らせてもらいますから、二人は気にせず食事を済ませなさい」

 

家に着くと同時に告げると、足早に部屋へと戻って行った。

 

 

 

 

 

「ふ〜。久々に長い距離歩くと結構疲れるわねー」

 

「だね。浜辺を歩くだけであれだけ足腰にくるなら、訓練メニューに加えてみてもいいかも」

 

「あはは、いいわねそれ。三十分も走らせたら倒れる人いっぱいいそう」

 

部屋に戻り、身を投げるようにしてベッドの上に横になる。その時に思いの外大きな音がして一瞬だけ身構えたけれど、お母さんの声は飛んでくることはなかった。

 

「…これで親孝行、出来たかな」

 

「うん。きっとお義母さんも喜んでると思う。

とってもいい笑顔だったし」

 

僅かな不安も彼の言葉で綺麗に流されていく。

そうよね。滅多に笑わないお母さんのあんな笑顔が観れたんだもの。あれで嘘だったら、役者でもやったほうがいい。

 

「さてと。

それじゃあ、あなた。明日には帰るから荷物の準備、しましょうか」

 

「わかった。

…もう少し居たいって言うかと思ったけど」

 

「あら、どうして?」

 

少し驚いた顔をして頷く彼に意地悪く尋ねてみる。

 

「どうしたって聞かれると困るけど…ただ、何となく」

 

頬を指先で掻きながら困った風に答える姿を見て、思わず笑ってしまう。

 

「ごめんなさい、ちょっと意地悪したくなっただけ。

本当は、もうちょっと居てもいいかなって思ったんだけど…。これ以上はなんだかケンカしそうな気がしてね。

どうせ別れるなら、最高の気持ちのままお別れしたいじゃない?」

 

今の私は多分きっと恥ずかしさで変な顔になってる。

だって、旅に出る前ならあり得なかった…とまでは行かなくても、少なくとも人前ではお母さんの事をこんな風に言うことなんて無かった。

だから、今の私は恥ずかしさで凄く顔が歪んでると思う。

なのに、彼はそんな私の顔を見て、今日のお母さんにも負けないくらいのとびきりの笑顔で。

 

「夕焼けがないのが残念。でも、負けないくらい素敵な笑顔だよ」

 

そう言って私を抱きしめた。

…そっか。私は今笑ってたんだ。ケンカばかりしてて、少しも優しい言葉をかけたことのなかったお母さんの事を想って笑えたんだ。

 

「…ふふ。嬉しい。けど、やっぱりちょっと恥ずかしいかも」

 

 

 

 

それからどのくらい時間が経ったんだろう。

気がつくと、私と彼はベッドの上で一緒に寝ていた。抱き合ったままだから、多分、あのまま眠ってしまったんだと思う。

起き上がり、首元の違和感に顔をしかめる。

…それもそうよね。あれだけ潮風を浴びたんだから、べたつかないほうがおかしい。

 

「あな…

って、ここは家じゃないのよね」

 

普段の調子でついつい彼を起こしてしまいそうになる。

ここは私達の家でもあるけど、私達の家じゃない。なのに、いつものように一緒にお風呂に入ったらお母さんになんて言われるか分かったものじゃない。

 

「…まぁ、今のお母さんなら笑って許してくれそうな気はするけどね」

 

呟いてから適当に着替えを手にして部屋を出る。すると、近くにメイドが立っていた。

多分、お風呂に行くのが遅かったからお母さんが呼びに行くようにでも言ったんだろう。

 

「ごめんなさいね、待たせちゃって。今から入るわ。

あ、それと中でまだ寝てるから出来れば起こさないであげてほしいの。もし起きて私のこと聞かれたらお風呂に入ってるって伝えてくれて構わないから」

 

用件だけを伝えてその場を後にする。後ろの方から、分かりました、と聞こえたし大丈夫だろう。

あの子には悪いけど、私だって女の子だしいつまでもこんなベタベタな髪でいたくないから許してね。

 

 

 

 

 

お風呂を出て部屋に戻ると、そこでは彼が明日の荷物の支度を済ませたところだった。

 

「任せちゃってごめんなさい。先にお風呂いただいたわ」

 

「うん。その間に分かる範囲でしまっといたから、他に何かあればやっといて。

僕もそろそろ気持ち悪くなってきちゃって」

 

「あはは、凄くよくわかる。

疲れてるからって後回しにするのはよくないわね」

 

「だね。メニューに加えた時に注意書きしておく」

 

「ふふ。行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

会話もそこそこに彼を送り出し、荷造りの続き始める。

…いつも思ってたけど、よくこんなに小さな鞄にこれだけのものを詰められるわよね。

 

「…あ、そうそう。あれも持ってかないと」

 

置きっ放しにしていた私服をいくつか詰めつつ、思い出した物を取りに階段を登る。

 

「あったあった。そんなに大事なものだったなんで知らなかったからね…

ちゃんと保管しないと」

 

ベッドの横にある机の上に置かれていた古びた本。

それを大事に抱えて再び階段を降りる。

 

「…よしっと。こんなものね。

後は…うん。大丈夫そうね」

 

カバンの蓋を閉めて机の上に乗せ、そのまま彼の帰りを待つ。

 

「なんだか、思いがけないことばっかり起きたなー」

 

最初はあまり乗り気じゃ無かった里帰り。でも、いざ帰ってきてみると結構楽しいみたいで、近いうちにまたきてもいいかなと思ったりしていた。

 

「でも、油断は禁物よね。調子に乗ってると絶対痛い目見るし」

 

そう最後に付け加え独り言もなくただ待った。羽根ペンの羽根の部分を弄ったり、写真を見て物思いに耽ったり、箒で少し浮いて見たり。

そうこうしていると彼が扉をあけて部屋に入ってきた。

 

「ただいま。

どう?何か忘れ物とか無かったかな」

 

「おかえりなさい。

うん。後は私の私物を少しだけ入れて終わりだったわ。特に漏れもなかったし。ありがとね」

 

「どういたしまして。

それじゃ、寝よっか」

 

「そうね」と返して階段を登る。

少し前に仮眠していたにも関わらず眠気があるのはお風呂上がりだからだろうか。

 

 

 

そうして二人でベッドで横になり、数分もしないうちに静かな寝息が立ち始めた。

その日の夢はなんだか、とても普通の夢だった。

歩き慣れた場所を歩いて、少しだけ遠出をして。その先で、ちょっとした名産品を買ったりして家に帰る。

ただそれだけの、起きて仕舞えば忘れてしまうようななんの変哲も無い夢。

なのに、目が覚めた時も不思議と覚えていた。

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




よくよく考えたら、前回の血筋が云々というのも私の想像だったじゃないか…

と、こんな感じ(どんな感じだ)で帰郷編は終わりです。
次回は、休日最終日のお話。
さよーならー


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第十九話 私と彼と不思議な世界

今回は初めてデートらしいデートをする回です。

では、どうぞ。


「えいがかん?」

 

いよいよ今日で休日最終日。最後の日は何をしようかなー、なんて考えていると、彼から聞き慣れない単語を言われる。

 

「うん。映画館。イシュマウリさんの全面協力の下、アスカンタ城に作られた娯楽施設、かな」

 

「ふーん。どういうのなの?」

 

朝食を終えて食休みついでの話題にはもってこいな内容だ。行くかどうかは別にして、とても気になる。

 

「旅の途中でシセル妃の記憶をハヴァン王と一緒に見たけど、それをどうにかして好きな時に好きなように見れるようになりたかったらしいんだ」

 

「うん」

 

「色々苦心していた時にメイドのキラから話を聞いて月の窓を開いたんだって。そこでイシュマウリさんにあって、どうやってやったのか、とか、何か代わりになるものはあるのかな、とか熱心に聞いたらイシュマウリさんが協力することになって、なんだかんだあって出来たのが[魔法映写機]って言うアイテムなんだけど」

 

「また安直なネーミングね。ハヴァン王らしいと言えばらしいけと」

 

お茶を飲みつつ相槌を挟む。

確かに、なんて頷くあたり彼ももう少しいい名前があったんじゃないか、なんて思ってるのかも。

 

「魔力を使って本を複写したりする方法は知ってるよね?

僕も詳しいことはわからないんだけど、それの応用で旅芸人たちがやってる演劇のシーンを少し離れたところから魔法使いが魔力をフィルムっていう魔力を特に記憶させられる道具に向けて飛ばして、影絵のように焼き付けるんだって。

そうすると魔法映写機って、さっき説明した道具と合わせることによって、その演劇が暗闇と平坦で大きな壁があるところならいつでも見られるらしいんだ」

 

「…なんだか壮大な話ね。ちょっと目眩がしてきたわ」

 

「あはは。僕も最初聞いた時はそうだった。

まぁ、今でも理解できてるかは微妙だけど」

 

照れ笑いをしてお茶を飲みきる彼。

 

「…もしかして、行きたくなった?」

 

「当然」

 

そんなに顔に出ていたのだろうか。彼は若干驚き気味に尋ねてきた。

けど、顔にでるのも仕方ないわよね。最初は興味半分だった映画館の話だったけど、魔法が絡むと言うのなら話は別だ。

少なくとも今この時において世界で一番の魔法使いであるこの私が知らない魔法の技術があるなんて、とてもじゃないけど認められないもの。

 

「ねぇ、もし今日することがないならその映画館っていうのに行ってみない?」

 

「うん、いいよ。僕も気になってたから」

 

二つ返事で快諾してもらえた。

 

「じゃ、さっさと片付けていきましょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから一時間もしないうちに私たちはアスカンタ城下町へと訪れた。当然と言えば当然だけど、初めて来た日に比べて今はかなり活気がある。

それは多分、パヴァン王の正しい政治が理由だけじゃなくて…

 

「結構…大きいのね…」

 

「うん。想像してた以上だね…」

 

見上げるのは巨大な施設。アスカンタ城の縦横半分ずつくらいの大きさはある、映画館、とベルガラックのカジノのように大々的に掲げられるネオンの看板。

あのおとなしい雰囲気のパヴァン王からは想像も出来ないくらいの派手さと、城下町にそぐわないほど目に眩しい店構えに身動きが取れずにいる。

 

「おーい!今日はバトルロードもやるらしいぜー!」

 

「やったー!前の続きかなー!」

 

私と彼の両脇を小さな男の子達が駆け抜けていく。

彼らの口ぶりからするといくつかの作品がやるらしい。

 

「…あんまりここに立ってちゃ邪魔になるかもね。取り敢えず、中に入ろうか」

 

「そ、そうね。観るかどうかは何がやってるのか見てからにしましょう」

 

なぜかぎこちない動きにお互い苦笑いしながらも、お城の門並みにある両開きの扉を開けて中に入った。

 

 

 

 

 

 

「す、凄い人だかりだね…」

 

「トロデーン城でやった祝勝会よりもいるわね…多分」

 

中は外よりも眩しかった。

デイン球を惜しみなく使った豪華な内装に、色とりどりで鮮やかな大きな張り紙群。見たことのない箱…?の中で今まさに生きているかのように動く映像。…多分、これが映画というものだろう。

 

「あの張り紙に描かれてるのが多分今やってる映画よね。思いの外あるわね」

 

「だね。てっきり二つ三つくらいだと思ってたけど…へぇ、八つもやってるんだ、バトル物…恋愛物…伝記物に絵物語物…。色々あるけど、どれがいいかな な」

 

走り回る子供とそれを追いかける父親を背後に張り紙の前で立ち尽くしてどれを観るか決める。

決めようとするけど、これだけあると逆にどれがいいのかわからなくなる。

 

「うーん。難しいわね…」

 

「それなら、逆にどれは興味ないのかで選んでみたら?」

 

「…なるほどね。結果的に残ったのが一番興味あるものになるのか」

 

そうと決まれば早い。

バトル物はもう十分だし、絵物語は面白そうと思えるのがない。伝記物も…トロデ王やフォーグとユッケの話じゃあね…知ってるし。

となると…

 

「恋愛物のどちらか、よね。あなたはどっちが良い?」

 

「そうだね…。僕はこれがいいかな」

 

彼が指差したのは恐らくこのの一番人気と思われる作品・[夢で君に逢えたなら]。

もしかしなくてもハヴァン王とシセル妃がモデルだろう。

 

「うん、いいんじゃないかしら」

 

映画が決まった。

周りの話によると、映画を観る際はポップコーンと呼ばれるお菓子とジュースを一緒に買うのが基本らしい。他にも、チュロスと呼ばれる細長いお菓子や、驚くことにお酒なんかも売っていて、ちょっとした軽食なら取れそうだ。

 

「薬草味、毒消し草味、きつけ草味と、岩塩味。どれがいいかしら」

 

「一番人気は岩塩味ですね。きつけ草味は少し辛くて、薬草味はハーブっぽいという話です。毒消し草味は人によっては苦手な味だそうで」

 

「なら岩塩味にしようか。ゼシカはどうする?」

 

「私も岩塩かな。飲み物は…ホイミドリンクにするわ」

 

「僕はスラベスオカにしようかな」

 

「でしたら、こちらのカップルセットというのはいかがでしょうか。二人分のポップコーンと同じく二人分のお飲み物がついてお値段が少しだけ安くなりますが…」

 

「じゃ、じゃあそれにしようかしら。あなたは?」

 

「僕もそれがいいかな」

 

「かしこまりました。

………どうぞ、お品物になります。では、お楽しみ下さい」

 

五分と待たずに出されたそれらを手に、上映されるシアターと呼ばれる部屋が横並びに配置されている廊下へと向かう。

途中、係りの人に購入したチケットを確認してもらった。

ちなみに、この廊下はかなり薄暗い。デイン球を惜しげもなく使った玄関…?とは打って変わり、雰囲気を出すためなのかとてもムーディな明るさだ。

心なしか足音の響きもいい。

 

「八番シアターだから、ここかな」

 

「そうみたいな。

…あら、中もかなり広いのね」

 

「そうみたいだね。

えーっと、Dー八と九は………っと、ここだね。暗いから通り過ぎるところだった」

 

「ふふっ、しっかりしてよね」

 

囁き声で会話をしつつ、選んだ席へと座る。本来なら予約をしないと取れない程にいい場所らしいのだけど、運がいいことに予約していた人がキャンセルをしたらしく、私たちがありつくことができた。

 

「(あ、暗くなった)」

 

「(そろそろ始まるのかな?)」

 

さっきよりも更に小さい声で会話を始める。

座席番号が見える程度には明るかったシアター内は夜になったかのように暗くなり、それこそ階段の足元のデイン球でさえ可能な限り光を抑えている。

 

〔上映中のマナー〕

 

「(なにかしら)」

 

「(…パペット小僧、だね)」

 

スクリーンと呼ばれる大きな白い垂れ布に映し出される黒子の姿をした魔物・パペット小僧。その頭上に文字が現れ、手にした人形を使って何か小芝居を始めた。

 

〔前のイスを蹴っちゃ…ダメ!

大きな声で話すと…他の人に迷惑!

暗い中で走ると…怪我するかも!?〕

 

げんじゅつしとスライムの人形を巧みに操り、まるで実際に起きたことがあるかのように演じてみせる姿は、気を付けよう、と思うより、面白い、と思えてしまう。

小さな子供も楽しめるようにという意図もあるのだろう。

…考え過ぎかな。多分、あの魔物が笑わせるのが好きでやってるだけかも。

 

〔それでは上映時間です〕

 

最後に、ぺこりと三人でお辞儀をして映像が移り変わる。

映されるのは真夜中の願いの丘頂上。そこを一人歩くごく普通の格好をした青年。

 

「…もう一度、君に逢えたなら。僕は…」

 

ぼそりと独白し、彼を照らす月を見上げる。その月を隠すようにして文字が現れる。

 

〔夢で君に逢えたなら〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫、ゼシカ?」

 

「だ、大丈夫よ。問題ないわ…うぅ、何よこのくらい。あんな話、どこにでも転がってるじゃないのよ…ズズッ」

 

一時間二十分という上映時間。その間、ずっと座っていたにも関わらず身体のどこにも痛みはない。

買ったポップコーンはほぼ残り、飲み物は綺麗になくなる。思いの外食べないものだ。

 

「そっか。

それにしても面白かったね。まさか最後の最後に夢に出て…」

 

「まって!い、今ここでその話するのはやめましょう?

い、家に帰ってからのお楽しみって事で…」

 

「ふふ、わかった。じゃあ、僕は飲み物のカラを捨ててくるから、ゼシカはそこに座ってて」

 

「うん」

 

シアターの並ぶ廊下を出て少ししたところにある三人用のテーブルに腰掛けて彼の帰りを待つ。

思い浮かぶのは映画のことばかり。

映画の内容は至ってシンプルだった。

引っ込み思案で気の弱いけど賢い青年と、明るく爛漫で誰にでも好かれるけど人には話せない過去を持つ少女。彼らはサザンビーク城で行われるバザーで知り合い、住む場所が同じアスカンタ国領だったことを知る。

それ以来、何かと縁があり城下町で会ったり、川沿いの教会で同じ日に泊まったりして少しずつ距離が近づいていく。

そんなある日、青年は夢だった城の兵士を大怪我をしたせいで諦めなくてはならなくなった。

それまで毎日必死に剣術を磨き、兵法を学び、武具の種類を網羅し、アスカンタ領内のみならずパルミド地方に出現する魔物の生態すら空で言える程に暗記していたにも関わらず、医師に諦めろと言われてしまう。

深く落ち込み絶望した彼は自暴自棄になりドニの町にある酒場に入り浸り、呑んだくれては外に追い出されて道端で眠る生活を送っていた。

けれど、その生活は一週間と続かなかった。

いつものようにお酒を飲んでいると追加の酒を運びにきたバニーガールの顔を見て青年は激しく動揺する。

そのバニーガールの女性とは、青年が密かに恋していたあの少女だったのだ。

恥ずかしさと情けなさと悔しさが青年を同時に襲い、ただただ店から逃げるようにして走り出す。

たどり着いた先はマイエラ地方とアスカンタ領の境目付近にある川沿いの教会だった。

教会の外で縮こまり、寒さでガタガタと震える青年。

 

『いつ死んでもいいと思っていた時は風邪の一つも引かないくせに、こんな時ばかり身体は怯えるんだ』

 

半べそになって呟く彼は震える身体を強く抱きしめ、遅いから睡魔に必死に抗う。もしも今寝て仕舞えば最後、二度と空にある綺麗な月を見ることは叶わないと分かっていたからだ。

けれど、睡魔は猛然と襲いくる。

 

『もう、いいか』

 

戦うことをやめ、安らぎを求めた青年は静かに目を閉じる。

その時だった。

青年の頬を鋭い痛みが走る。驚いて目を見開くと、目の前には息も絶え絶えに立ち、ずれたうさ耳バンドを直す少女の姿があった。

 

『月と一緒にうさぎが見れたんだから笑ってよ』

 

そう、涙ぐみながら言葉を口にする少女に青年は何故、と問う。

 

『…言わせないでよ。バカ』

 

その一言で青年は全てを悟る。

自分と同じように、彼女も恋をしていたのだと。

 

『はぁ…あそこ、私の無理な頼みを聞いてくれる最後の仕事先だったのに、途中で抜け出したのが分かったら即クビよ?

責任、どう取ってくれるの』

 

『…僕が、働くよ』

 

『…そっ。なら許してあげる』

 

輝く月の下、二人は優しく抱き合い、細やかな口づけを交わす。

翌日から二人は同じ屋根の下で暮らすことになる。

…本当はそこに至るまでに少し問題があったみたいだけど、上映時間の関係からか端的な説明だけだった。

一緒に暮らすようになり、青年は知らなかった少女の一面をいくつか知るようになる。

自分の前では明るく振る舞うのに、自室に戻ると正気を失った人形のようにぼんやりと天井を見つめる。

時々、物忘れをする。昨日食べた夕飯の献立、なんていうレベルではなく、一分前に自分から聞いた質問を一分後にもう一度全く同じように聞き直したり、と。

不審に思った青年は医師の元へと足を運び、そこでとんでもない事実を知る。

 

『彼女はある魔物の呪術により、日を追うごとに生命力を削られて行くのです』

 

と。

医師の言う生命力とは単純な体力の事だけでなく、それまでの生きた証である知識や記憶。あるいは、これから何をしようか、などといった行動力も含まれるらしい。

不審の真相を知った青年はすぐに少女に問い詰める。

 

『ごめんなさい。私、本当は悪魔みたいな女なの。

だって、そんなこと言ったら貴方は私を嫌いになったでしょう?』

 

青年は愕然とした。

自分の、彼女を愛する気持ちがその程度だったのだと思ったから。

ではなく。

彼女のそんな気持ちに気付けず、自分勝手にわめき散らした事を激しく後悔したのだ。

 

「…シカ?ゼシカ!」

 

「へっ!?あ、あなた。

…って、ここは」

 

「よかった、ようやく気づいてくれた。

ほら、もう家だよ?」

 

「え、えぇ…?」

 

彼の言葉に耳を疑う。けれど、目の前にあるのは間違いなく私達の家だ。

多分、あんまりにも深く考え込みすぎてルーラで家に着いたことにすら気がつかなかったんだろう。

辺りを見渡せばすっかり暗くて、まるで映画のラストのよう…

 

「う、うぅ…。シ、シルゥ〜」

 

「シルーって…あぁ、確かにここから見る風景は最後のシーンによく似てるね」

 

彼が月を見上げてから私を見る。

 

「やめてよ…

あーもうほら!思い出すだけで涙が…」

 

込み上げてくる嗚咽を必死に抑えて涙を拭う。

そう、映画の最後は川沿いの教会に訪れあの日のように月を見上げた後、子守唄に聞いた願いの丘に登り、月にいるうさぎ…シルーの影を追いそこで眠るのだ。

その時の夢にシルーが現れる。

 

『あなたって、賢いくせにバカよね』

 

ただ一言告げて消えて行くシルー。

目を覚ました青年は、再び助けてもらったことを心から喜び、また、心から恥じた。

決意を新たにした青年・パーヴァは呪いによって亡くなってしまったシルーがもう二度と夢枕に立たなくて済むように日々を送る。

やがて彼はアスカンタ城で大勢の人を集めることになる。

 

『僕はただ夢を叶えたかっただけです。こんな自分を愛してくれた妻のために』

 

そう言い放ち、それを聞いた人たち〔夢を叶えた心強き人〕と彼を持て囃すが、医師を始めとする数人だけは知っていた。

その夢は彼の物ではなく、少女のものだと言うことを。

 

 

 

 

 

 

「ねぇあなた!私やっぱり思うんだけど、あの話考えた人って酷くない!?わざわざシルーを殺すことなんてないでしょ!?」

 

茶の間にて、テーブルの上にしけかけのポップコーンを置き、ひょいパクと口に運びつつそんなことを言う。

 

「気持ちは分かるけど…でも、あそこで彼女が死ななかったら話としてダメじゃない?」

 

同じくポップコーンをつまむ彼。

 

「分かってるわよー!だから酷いって言うの!別にシルー死ななくていい物語だったのにわざわざ御涙頂戴で殺したんだったらそこを突き回してこの気持ちを落ち着かせたのにー!」

 

「うーん。ちょっとひねくれてる気がするけど、気持ちがわかるせいで何も言い返せない…

そうなんだよね、あそこでシルーが死ななかったらパーヴァはまたうじうじして一歩踏み出せなかったわけだし」

 

「そうそう、そうなの。強烈な後押しがないと彼は何も出来ないのよ。それだけの能力があるのに、自分はダメだと思っちゃって。ただでさえそう考えちゃうのに、そこに兵士の夢を諦めた事が来るのよね〜。ホント良くできてるわ」

 

「そう言えば、シルーはなんであんなに無理して仕事してたんだっけ。何か説明してたかな?」

 

「ううん。覚えてる限りだとされてなかったわ。

でも多分、インクや紙を買うためにお金がいるんじゃなかったのかしら。今でこそ紙もインクも安いけど、私たちが旅してた頃は普通の人がそうそう手にできるようなものじゃなかったしね」

 

「そっか。言われてみればそうだね。

忘れてたけど、少し前まではあの話みたいに理不尽な呪いで死んじゃう人もいたんだよね、きっと」

 

「…そうね。そう考えると、あながち作り話とは言い切れないかも。

あ、そうだ!もしも私がシルーみたいに大変な呪いにかかったりしたら、どうする?」

 

僅かに重くなり始める空気に、けれど私は不必要に笑って話を逸らす。

あんなにおもしろいお話を観たのに暗くなるなんてナンセンスだ。楽しい日は楽しい気持ちのままで眠らないと、そんな気持ちにしてくれた色んな人たちに申し訳ない。

 

「考えたくは無いけど…そうだね、多分、絶対にゼシカの側を離れないかな。

物語の中では働きに行くためにパーヴァは何度も家を空けて、そのせいでシルーが抜け出して命を落としたけど、僕なら何があっても一緒にいる」

 

「ふふ、すごく嬉しい。

でも、お金はどうするの?」

 

「…誰かの家で養ってもらうとかは?」

 

「あっははは、それもいいかもね。

ヤンガス辺りなら逆にお願いされるかも」

 

「あり得そう」

 

彼と笑い声が重なり合う。

映画のような出来事は恐らくもう誰にも起こりはしないだろう。けれど、それでももしも起きたとしたら。それが運悪く私だとしたら。

彼はきっと今言ったように、手を尽くして私と一緒にずっといてくれる事だろう。

勿論、彼がその呪いにかかったとしても私は絶対に彼の側を離れないと断言出来る。

何故なら、そう出来なかった青年を知っているからだ。

彼の深い悲しみと後悔。それを見て仕舞えば誰だって私達と同じ気持ちになるだろう。

…ま、仮にあの映画を観てなかったとしても、私も彼もきっとずっと側にいるでしょうけど。

 

「さて、ポップコーンも食べ終わった事だし、そろそろお風呂にしましょうか」

 

「だね。

また機会があれば映画館にも行こうか」

 

「そうね。

今度はもう一つの方の〔濡れる海の怠け者〕が気になるわね。

隣のシアターだったけど、出てきた人達みんな顔を赤くしてたし」

 

「…オススメはしないけど、どうしてもっていうなら付き合うよ」

 

「そう?なら、次行った時はお願いしようかしら」

 

空になった大きな筒状の箱を捨てて彼と一緒にお風呂場へと向かう。

すっかりお馴染みになった、一緒にお風呂に入る、という行動が、例の〔濡れる海の怠け者〕を観たことによってとんでもなく躊躇われるようになるのは、今日からしばらく先の事。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 

 

 




かなり無茶な感じで建設しました映画館。この後の登場予定は…

では、また次回!
さよーならー


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番外編 ある日の孤独

今回のお話は(かなり)以前にいただいたリクエスト内容です。
果たして期待に添える物語となったのか…非常に不安ですが書いてしまったものは仕方がない。

それでは、どうぞ。


夢を、見た。

懐かしくも苦しい想い出を見た。

空洞を走る死んだ風。混沌とした冷たさに身震いが治らない。

ここは、島全体が薄暗い北西の孤島。中心から少し上に外れた場所にある闇の遺跡、その深部に最も近い場所。

 

〔オォォォォン…ォォオォォオン!!〕

 

「ほんっと、悪趣味な顔もこれだけ並べば壮観よね…!」

 

並ぶ敵の数は八。それまでに倒した敵は十。わずか数歩の距離の先で悪夢を彷彿とさせる暗い息を吐き続けるのは、いくつかの顔が集まるエレメントの集合体・エビルスピリッツ。

 

(全く!だらしのないわね!男のくせに…!)

 

眉間のシワに大粒の汗を流しながら悪態をお腹の中でつく。

けど、無理もない。

今でこそこの数だけれど、少し前にはエビルスピリッツに加えてしにがみきぞくまでいた。

あいつらの描く不気味な紋様と疾風のような素早さの突き。それに加えてエビルスピリッツのあまいいきや通常攻撃による身体の麻痺。

全てをいなし続けて私を守ってくれた彼。回復に徹したククール。隙あらばかぶとわりを叩き込み数を減らしてくれたヤンガス。

私がそれほど体力を消耗せずに今立っていられるのは間違いなく彼らのおかげだ。

けれど、ヤンガスが倒れ、ククールが倒れ。

 

『ごめん…』

 

あの人まで倒れた。

今生きているのは私だけ。

八体の強敵を前に私には僅かな回復手段しかない。魔力も十全とは程遠い。

 

「万事休す、ね」

 

ルーンスタッフが握った手から滑り落ちそうになるのをギュッと堪える。

大丈夫。私達にはまだ不思議な力が…神様の加護がある。ここから生きて帰れればみんなを生き返らせる事は充分に可能だ。

 

「ま、問題があるとすれば生きて帰れるのか、だけどね」

 

諦めにも似た言葉が溢れる。

 

〔ォォオォォオンンンン〕

 

三重にも四重にも聞こえる怨嗟の声に身構える。

 

「ぐぅぅっ!!」

 

エレメント…ようは魂の集合体のくせになんて重い一撃…!身体的なものだけじゃない、まるで魂を吸い取られるような脱力感に左の指先が僅かに痺れる。

 

「…なめんじゃ、ないわよ!!」

 

手にしたルーンスタッフで力任せに殴りつける。手応えは確か。

ホント、どれだけ高密度の魂なんだか…!

 

〔ォォオォ…オォォォォ…!〕

 

「聞き飽きたわよあんたの断末魔。死んでるんだからとっととの元の場所に帰りなさい」

 

初めは悲鳴を上げてしまうような呪いの叫びも十や二十も聞いていればいい加減飽きもくる。

つまらない子守唄は色気のない石の部屋に吸われて消えていく。霧散する紫色の顔たち。

瞬間、連鎖する怨讐の音。石畳を捲り上げんばかりの生気なき復讐の歌は私の身体を竦みあげる。

 

「っは!なによ、仲間がやられて怒ってるってわけ?」

 

堅くルーンスタッフを握りしめ、ギリッ、と歯を鳴らす。

冗談じゃないわ。仲間をやられて頭にキてるのはこっちの方なんだから…!

 

「いいわ!かかって来なさい。この大魔法使いゼシカ様がもれなく全員相手してあげるわ!

数の利だけじゃ私には勝てないわよ?」

 

大口は竦む筋肉を叩き上げるための詠唱。不敵に微笑むこの心はただの強がり。

けど、それでも、私は絶対に負けるわけにはいかない。

後退は許されない。私一人じゃ三人も抱えて逃げられないもの。

魔力はまだある。唱えられる呪文に限りはあっても、大技が出せないわけじゃない。

回復アイテムは…まぁ、要らないわよね。そんな暇無いもの。

仲間を蘇生する術はある。夜にしか姿を見せない不思議な木の根元で拾った世界樹の葉。けれど、一手足りない。そんなことすれば準備している間に多分死ぬ。

なら、できる事は一つ。

 

「…運が無いわよね、あんたたちって。だからそんな魔物になっちゃったのかもだけど。

恨まないでよね。私を怒らせたのはあんた達なんだから」

 

ルーンスタッフをしまい、握り直すのは伝説に名高いグリンガムのムチ。

まさかこんなところでククールのイカサマが役に立つなんてね。…まぁ、もう二度と裏カジノの人間に追われるなんてごめんだけど。

 

〔オォォ!〕

 

二撃、三撃と続けてダメージを食らう。

裂けた皮膚から滲む血はまだ少ない。

 

「悪いわね、私、こう見えても防御力には自信あるのよ?」

 

仲間になった日を思い出す。

口だけばかりで実力も装備も整ってなかった私に、元兵士の彼がくれたアドバイスは、防具の充実だった。

 

『力仕事は僕達に任せて、ゼシカはとどめや全体火力をお願い』

 

お陰で、敵の体力の目測がだいぶ上手くなった。

 

「ふっ!」

 

脚を開いて身体を力ませ、心を作り上げる。

そう、今の私にできるのは、ただただ敵の猛攻に耐えて溜めに溜めた怒りのエネルギーを一撃に集約させる事だけだ。

そんな私の覚悟に気がついたのかエビルスピリッツ達は更に攻撃を続ける。

けど。

 

「…なによ、ちゃんと見れば案外避けられるじゃない」

 

三つ四つと迫り来る噛み付きに素早く対応し、間一髪ギリギリのラインで避け切る。

余分な動きはできない。不用意に体力を使えば、いらないピンチを招くだけだもの。

 

「っつ!

さ、流石にそう何度も上手くはいかないか」

 

それでもダメージは受ける。

一撃一撃が充分すぎるほどに強力なあいつらの攻撃は、七回避けられたところで一回当たれば致命傷になりうる。

…それでも!

 

「はぁっ!」

 

我ながら雄々しい掛け声だ。

 

「ふふっ、びっくりさせちゃったらごめんなさいね」

 

気持ちの高ぶりは戦意の高ぶり。

叩きつける為の力を腹の底に宿してじっと待つ。

 

「…?もしかして、へばった?

いや、そんなわけないか」

 

同様にいくつかの攻撃を受ける。けれど、心なしかダメージは少ない。

理由はわからないけど、今は大した問題じゃない。

 

「それっ!

ほら、どうする?あと一回、私が掛け声を上げたら形成逆転よ」

 

事ここに来て私は余裕を口にする。

確信があった。あとたった一度、力を蓄えるだけで目の前にいる敵全てを一撃のもとに屠るだけの力が溜まるのだと。

でも、それはあと二回私にチャンスが回ってくればの話だ。

力を蓄えるのに一回、ムチを振るうのに一回。

そこまで私の身体が持つかは怪しい。こればかりは賭けだ。

 

〔オォォ…オォォオォォオ!〕

 

「…ふん、いいわ、そう来なくちゃね」

 

滴れる冷や汗を拭う。

勇み突撃してくる一体のエビルスピリッツ。現れては消え、消えては現れを繰り返しジグザグに距離を詰めてくる。

翻弄され続けた攻撃パターンも腹を決めて仕舞えばなんて事はない、ただの無駄な動きだ。

大丈夫、今の私は何故かダメージが入り辛い。これなら、余程のことがない限り…

 

「…えっ?」

 

目前に迫り、今まさに腹部を食いちぎらんと襲いくるエビルスピリッツ。けれど痛みはどこにもない。

避けたわけでもない。あのスピードで迫られればいくら無駄な動きが多いとはいえ避けるだけの余裕がなかったからだ。

 

「どこに…

うそ、まって、だめ!」

 

消えた集合体は私の後ろで横たわる彼の元にいた。

ニヤついた顔でおかしげに漂う姿は死神にしか見えない。

 

「いやよ、その人を連れて行かないでっ!」

 

硬直した筋肉の悲鳴に耳を貸す暇はない。距離にして十本。大股で考えてようやく助けられると踏める距離。

 

「まって、まってっ!!」

 

崩れかける膝を叱咤し走り出す。

こんな時に限って身体が重い。あぁ、きっとダメージを食らいすぎたんだ。よくよく見れば腕や脚に深い傷が見える。

脚が地面を蹴るたびに脳が麻痺する。

少しでも早くと腕を振るたびに赤い飛沫が視界で捉えられる。

でも、でも、でも!!

 

「うっうぅぅっ!!」

 

背中に走る鋭い痛みと鈍痛。幸い麻痺はない。

あるのはただの出血だけ。あつでのよろいを着たような重力感に肺が潰れそうになる。指先はかろうじて動き、首の可動も悪くない。精々が身体を起き上がらせられないだけ。

それでも、私は心が軽かった。

 

「はぁ…はぁ…。良かった。間に合った…」

 

血に濡れる手で下にある顔を撫でる。

気持ち悪いかもしれないけど、許してね。このくらいの役得。

おかしくて笑いがこぼれる。

あーあ、なんか腹立つ。なんでそんな顔してられるのかな。

 

「…私だけじゃなくて、貴方もみんなもいるんだし、こんな姿になっても楽しいかもね」

 

今度は間違いない諦めの言葉。

冗談じゃない。例え彼と二人きりだったとしてもあんな姿になるなんてごめんだわ。

でも、そうとでも思わないと本当に魔物になっちゃいそうだもん。いいわよね…?

 

「…バカ、言っちゃダメだ…!ゼシカ!」

 

「…え?」

 

とうとう幻聴が聞こえ始めた。

とっくに死んだはずの彼の声が耳元で聞こえる。

 

「誰がよ、この大バカ」

 

まさか幻聴との会話が最後になるなんて、私も落ちるとこまで落ちたわね…

でも、彼の幻聴なら悪くないかも…

死ぬ覚悟はできた。

ドルマゲスの奴にメラの一つもぶつけられないのは悔しいけど、今思えばサーベルト兄さんですら勝てなかった相手だ。私がかなうわけ…

 

「…あれ、身体が、軽い…?」

 

どうせ動かないだろうと思いながらも、寝返りを打つようにして仰向けになろうとした。

最後に、私たちを全滅させた憎い敵の顔を覚えておいてやろうと。

でも、何故か身体はふわりと浮いた感覚とともに動きすぎる。

 

「…傷が、治って…る?」

 

身体を動かしても一ミリも痛まない背中。どくどくと血が溢れてもおかしくはないはずの大怪我なのに、少しも血の流れを感じない。

 

「…ごめん、後は任せる」

 

「…!!」

 

今度は幻聴とは勘違いしなかった。

死んだはずの彼が、僅かに息を吹き返している。

もしやと思い、自分の腰にさげてる道具袋に手を突っ込み弄る。

 

「…そう、勝手に…」

 

そこにはあるはずの世界樹の葉が無かった。

本来なら使用者の体力を十全にして蘇生させる秘薬中の秘薬。けど、何かの拍子でそれが使用されたのだ。正式な手順を踏まずに使ったからかとても全快とは言えない復活だけれど、それでも彼は私にベホイミを掛けてくれていた。

 

「…期待には応えないとね」

 

癒されたのは背中の傷だけ。でも、それで充分だった。

 

「私は今さいっこうに怒ってるの。悪いけど、憂さ晴らしに付き合ってもらうわよ」

 

プツリと、私の中で何かが切れた音がした。

 

 

 

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

 

「…お、おはよう。どうしたのよあなた、そんな顔して」

 

眼が覚めると目の前には恐怖におののく彼の顔があった、

 

「い、いや、その、ゼシカが怖い顔してたから」

 

「…本当だ、しかめっ面してる」

 

違和感を覚える眉間に当て、寄せられていた皮膚を指先で軽くほぐす。

まぁ、あんな夢見れば現実でも変化くらい起きるわよね…

 

「他には何かやってたりした?」

 

「ううん。特には。

…何度か寝言があったくらい」

 

「なんて言ってたのかしら」

 

おかしな顔をして明後日の方を向いてしまう彼に顔を寄せて聞き返す。

 

「えっと、その…あの人に手を出さないで…的な?」

 

照れた顔で視線だけをこっちに向けられる。

ははーん、なるほど。もしかしてちょっと恥ずかしがってるわね?

 

「いいじゃない今更。私だって頑張ったのよ?」

 

「戦う夢でも見たの?」

 

「まぁそんなところね。正確には、戦った夢、だけど」

 

ベッドから降りて扉に手をかける。今日は別に休日でもなんでもないただの一日だ。

ならあまりゆっくりしてる時間はない。

 

「ほらあなた。何してるのよ。今日も仕事でしょ?準備しないと」

 

「え、あ、うん。

…大丈夫?」

 

「何がよ。

あなたが生きてるんだから大丈夫どころか絶好調よ」

 

「どんな夢みてたんだろう…」

 

後に続いて部屋を出てくる彼。その背後に手を回して背中を突いてみる。

 

「秘密よ、ひ・み・つ。

私にもあなたにもすこーしだけ恥ずかしいところはあった夢だったし」

 

「…もっと気になる」

 

「あはは、後で気が向いたら教えてあげる!」

 

リビングにある窓を開け、朝の風に髪を揺らす。

なんて気持ちが良いんだろう。夢の中のとは大違い。

 

「さて、すぐ朝ごはんにするからちょっと待っててね!」

 

振り向く先には元気な彼がいる。

たったそれだけだけど、けれど心から言える。

私は今日も幸せだ、って。

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




誰もが一度はつまずくであろう闇の遺跡。あそこのエンカウントした際の敵の数本当ひどい。
マミーとミイラ男の計10体とか割とな確率でありましたからねぇ…

さて、初めてのリクエスト作品ですが、もしも他の皆様もありましたら気軽に感想なりTwitterなりでお申し付けください。
ただしご注意を。独断と偏見で選びます故「選んでもらえなかったから低評価」的なことはやめて下さいね。
そんな方いらっしゃらないと思いますが念のため。

それではまた次回。さよーならー



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第二十話 思いもよらない訪問者


…書くこと何にもない。

では、どうぞ。


「…あの、どうしたのかしら」

 

彼の三連休が終わり、今朝からいつも通りに歯車が動き出す。

そのはずだった。

 

「うふふ。少しお休みをいただいたので久し振りにお話をしたいと思いまして」

 

「そ、そう。なら、上る?」

 

「是非!」

 

シンプルながらも気品のある白いドレス。上げた髪を留める精密で綺麗な作りの髪留め。そして、歩くだけで漂う風格。

彼女は、そう。我らが[元]馬姫のミーティア姫。

何を思ってか全くわからない…うそ。思い当たる節はあるけど考えたくない、そんなちょっと微妙な関係になってしまったのに、私達の家へとお忍びで遊びにきていた。

 

「とっても素敵なお部屋。何度見てもうっとりしてしまいます」

 

「そ、そう?喜んでもらえて嬉しいわ。

あ、何か飲む?と言っても、安いお茶くらいしかないけど…」

 

「ミーティアは緑茶が飲みたいです。最近、ハマっていて」

 

身振り手振り足の運びに至るまで、身体のどこかを動かすだけで舞い上がる気品のオーラに圧倒されつつも、頷いてお茶を用意しにいく。

馬姫様の時ですら只者ではない雰囲気を醸し出し、人の姿に戻ってからは私達と一緒にいるのが場違いなのではと常に考えてしまっていたミーティア姫。

以前あった時から結構時間が経ってたけれど、その間にお城でお姫様としての仕事を多くしていたのか、今では気軽にお喋りなんてとてもじゃないけど言えない感じになっていた。

…いやまぁ、時々手紙でのやり取りとかはしてたから、完全に私が負い目を感じているだけなんだけど。

 

「はい、どうぞ。

美味しくなかったら言ってね。他にもまだいくつかあるから」

 

「ありがとうございます。

…美味しい。緑茶は心が温まりますね」

 

「そうね。芯から来る感じよね。わかるわ」

 

「うふふ」

 

テンポよく会話が続いたのもここまで。それからはなんだか気まずい感じがして上手く言葉が口から出てこない。

おかしい。以前、ゲルダさんを加えた三人で三角谷に行った時や、みんなでワイワイした時はこんな事なかったのに…

そう自分で考えていて気がつく。

よくよく思えば私、ミーティア姫と二人で話したことってなくない?あの時もこの時もその時も思い返せば必ず私とミーティア姫にプラス誰かだった。

…え、どうしよう。

 

気がついた途端に訪れる僅かな動悸。別にミーティア姫が嫌いだったり苦手だったりするわけじゃない。

だだ、その、どうしても彼のことがあるから手放しで安心できる相手じゃないのだ。

だ、だって、彼女が本気になったら私なんて秒で消されるわよ。多分。

ミーティア姫に限ってそんなことはないと分かってはいても、心のどこかで〔もしかして〕と思ってしまう自分がいる。

 

「…なんだか変な感じですわね」

 

「へ?」

 

湯呑みを驚くほど上品にテーブルに置いてそんなことを言うミーティア姫に、思わず間抜けな声が出る。

 

「旅をしている時は皆さんとたくさんお喋りしたいと思っていたのに、いざこうして二人きりでお会いすると、取り留めのないお話すら思い浮かばないのです」

 

寂しげに笑って首を傾げるミーティア姫。

…多分、それだけが理由なわけじゃないと思うのだけど…。

 

「わかっていますわ。ゼシカさんがミーティアに苦手意識というか…そういうのを待っていることを」

 

「え、そ、そんなことないわよ?」

 

疾風突きのような素早さで核心に触れられる。

も、もしかして、今日家に来た理由ってそれ、かしら。

 

「ふふ、良いんです。ミーティアも初めのうちはそうでしたから」

 

「いや、その…

…うん。実は少しだけ。で、でも!嫌いとか苦手とかそういうのじゃなくて…えっと…」

 

なんとか弁明しようにも必ず触れなければならない話題を前に言葉が詰まる。

私は本当にミーティア姫を苦手だと思ったりしたことはない。むしろ、あんなに芯の強い子だもの。好きに決まってる。

けど…

 

「あの人の事、ですわよね」

 

「…うん」

 

言い辛い事をはっきりと言えるミーティア姫。

ホントに凄いと思う。

 

「多分、ゼシカさんは勘違いしていると思いますのではっきりとお伝えしておきますわ」

 

「…?」

 

いつも笑顔で振る舞うミーティア姫には珍しく、神妙な面持ちに変わる。

いずれ一国を預かる者の風格と言うのだろうか。部屋が一瞬で引き締まるのを感じた。

 

「ミーティアは、あの人を好きだと思った事はありませんわ。

ミーティアは、ただ、あの人に憧れていただけですの。強く逞しく穏やかで優しい真面目なあの方のようになりたいと、小さい頃から思っていたのです。

ただの憧れを、何も知らないミーティアはそれを恋だと勘違いしていたのです。

その事実をあの日、結婚式をあげるはずだった前夜に理解したのです」

 

聞く者を虜にするほどの美しい声で、口が挟めないほど確固たる意志を持って語り終えたミーティア姫は、いつものような優しい笑顔をみせて。

 

「だって、ミーティアはわがままな子なんですよ?本当に好きな方だったら、意地でも自分のものにしてしまいますもの」

 

そう締めくくった。

 

「…そっか」

 

どれだけ自分が子供だったのか、今ここでようやく思い知った。

ミーティア姫は自分の気持ちに嘘をついてまで私たちの事を認めてくれていた。なのに、私はいつまでもうじうじと過去を引っ張り、いざ目の前にミーティア姫が現れたら彼女にこんな事を言わせてしまうほど取り乱していたなんて。

申し訳なくて腹が立つ。

 

「ごめんなさい。私、貴女の言うように勘違いしていたみたい」

 

「ふふ、なら誤解が解けてよかった。これからは気をつけてくださいね?」

 

「うふふ、了解」

 

ミーティア姫がそう決めていたのなら、私が駄々をこねるわけにはいかない。

そもそも、結婚するあの日に決めたじゃない。

もうこれ以上、自分の気持ちに嘘をつきたくないって。

 

「ところでゼシカさん!普段のあの人ってどんな感じなんですか!?

お城で見るあの人はいつも気を張り詰めていて、少しだけ怖いの」

 

「戦闘してた時みたいってことかな。それは確かに怖いわね。

えっとね、家だと結構気の抜けた顔してること多いのよ」

 

「本当!?もしかして…こんな感じてすか?」

 

「そうそう!

あはは、すっごい似てるわ!」

 

「うふ、実を言うとあの人、見習いの頃はよく『ボーッとするなーッ!』って、よく怒られていましたの。

それが今では、逆に起こる立場になってて…」

 

「想像つかないわね…

ねぇねぇ、お仕事してる時の彼、どんな感じなの?」

 

「えーっとですね、なんて言うか、すごく厳しい感じですわ。でも、優しさも滲み出てるからか、みんなに慕われています!」

 

続けられる会話はとどまる事を知らず、話題は言い出せなかった彼のことばかり。減り続ける御茶請けのお菓子と、不思議と注がれることのないお茶。

私もミーティア姫も今はただ、自分の知らない彼のことを知りたくて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 





久々のミーティア姫登場回でした。
というか、もしかして番外編以外で出るの初めてかな?
この二人にはとても仲良しでいてほしい願い、こんな内容になりますた。

ではまた次回。さよーならー


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第二十一話 私とゲルダさんと少しの疑問

サブタイの通り、ゲルダさんが出てくるお話でゲス。
ということはつまり…

では、どうぞ。


遠くで聞こえるさざ波の音。

さわさわとくすぐったくなるような草原の歌。

相変わらず、なんとなく野生的な地形。

 

「どうしたんだいゼシカ。早く入んなよ」

 

「あ、うん。ちょっと風が気持ち良くってね」

 

「そうかい?いつもこんなだから洗濯物が飛ばされそうなんだよねぇ」

 

吊革を渡って現れたのは、一睨みで荒くれ者どもを黙らせられそうな女性・女盗賊のゲルダ。

初めて会う前、ヤンガスとかからの話で想像したゴリラのような女性とは全く違くて、私に負けないくらいの美人だ。

 

「あー、タオルとかすぐ飛びそう」

 

「タオルだけならまだ良いんだがねぇ…。たまに下着がどっか行くから困ってるんだよ」

 

「あはは、それはイヤね」

 

初めはふらついてて少し怖かった吊革も今はもうなんてことはない。

ゲルダさんと、これから何をしようか、なんて話をしながら彼女の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、珍しいこともあるもんだねぇ。だってアイツだよ?」

 

「そんなことしそうにない見た目だものね」

 

軋む木製の揺り椅子。パチリと軽快な音を立てて燃える暖炉の前にあるそれに座り、足組をして揺れているゲルダさんは不思議そうに頭を悩ませている。

 

「実はね、ちょっと怖いんだ。何か企んでるんじゃないかと思ってさ」

 

「企むって、何を?」

 

「毒でも盛るんじゃないかって」

 

「さ、流石にそれはないでしょ…」

 

真面目な顔で冗談を言うゲルダさん。なんでそんな物騒なことを思いつくのだろうか。

彼から、夫婦仲が悪い、なんて話は聞いてないし…

 

「あんたは知らないのさ。アタシが家でアイツをどんな風に扱ってるのか」

 

「…思い当たる節があるのね…」

 

冗談と思いきや本気だと語られる。

ヤンガスがゲルダさんのことをなんだかんだ言って好きだって事は旅していたみんなならよく知ってる。

…面白いことに当人たちは一切気がついていなかったし、気付かれてないと思っていたのだけど。

だからまぁ、ケンカばかりすることになったとしても、殺し合いに発展することだけはまずないだろう。

それでも、もしもという事もある。念のため聞いておくことにした。

 

「えっと、どんな感じなのかしら」

 

「まず、朝はアイツに起こさせるだろ?勿論、食事が作り終わったらね。

でまぁ、出来が悪けりゃ文句を言う。仕事の時もアイツに全部任せてアタシは昼寝するだろ。そんで夜は部屋を別々に寝るんだ。

アイツ、イビキはうるさいし寝相も悪いしでとても一緒には寝てやれないんだよ。

これがほぼ毎日、だね。

たまに小言も言われるけど、テキトーにあしらうから大して効果はないね」

 

「…刺されるのは仕方ないかもね」

 

「…そこは嘘でも大丈夫と言うとこじゃないのかい?」

 

思ってた以上にアレな扱いに同情してしまう。

一緒に寝れないってのはヤンガスが悪いにしても、その他があんまりにあんまりだ。

せめてご飯の出来にくらいは文句を言わない方が…

 

「やっぱり、向いてなかったのかねぇ。このアタシが結婚なんてさ」

 

頭の裏で腕を組んで一際大きく椅子を揺らす。私は出されたコーヒーを啜ることしか出来てない。

向いてるか向いてないかで言ったら多分、向いてないだろうけど…。でも、相手がヤンガスなら話は変わる気がする。ただ、どう変わるのかと聞かれたら困ってしまうから言い出せないだけで…。

 

「ゼシカんとこはどうなんだい?流石にアタシらのとこより酷いって事はないだろうけどさ」

 

微妙な雰囲気と感じたのか唐突に話題を振られる。

 

「そうね、他のところがどうかわからないからよくわからないけど…

仲はいいと思うわ。かなり」

 

答えると、途端に揺り椅子の揺れを止めて身を乗り出してくるゲルダさん。子供のように目を輝かせているのが可愛い。

普段からこのくらい楽しげにしていればもっといろんな人から好かれるんじゃないかしら。なんてお節介なことを考えてしまう。

 

「へぇ、聞かせてもらおうじゃないか。どうなんだい?えぇ?」

 

それはそれは楽しそうに尋ねてくる姿に少し驚きながらも、とりあえず、一緒に寝てお風呂に入ってると伝えた。

 

「…マジか」

 

「えぇ、マジよ」

 

告げたと同時に身体の力が抜けて椅子に寄りかかるゲルダさん。表情からしてもかなりの放心状態だ。

 

「それ、いつからだい?」

 

「いつ…って、詳しくは覚えてないけどあの家に越した頃からじゃないかしら」

 

「覚えてないほど日常的なんだね…

あんたら、それ仲がいいってもんじゃ無いよ。夫婦で毎日一緒に風呂に入ってる、なんて他の人に話したら軽く引かれるくらい仲がいい」

 

「えっ…」

 

頬杖をついて再び揺れ出し、部屋にキィキィと音が染み入る。

…みんな、一緒に入らないの?お風呂。

 

「ま、だからと言って辞める必要は無いけどね。夫婦仲が良いのは結構だし、面白い話が聞けそうだしねぇ」

 

ケラケラと楽しげに笑う彼女に、少しだけ恥ずかしさを覚える。

なによ、そんなに笑うことないじゃ無い。

 

「じゃ、じゃあゲルダさんはヤンガスとお風呂はいらないの?」

 

毎日、は珍しいとしても、誰だって一度くらいは入るはずだ。

それを聞いて私も笑ってやろう。そう思って聞いたのに、ゲルダさんはそれはそれはものすごい顔をして。

 

「バカ言うんじゃないよ。あんな不潔なのと入れるわけないだろ」

 

と、言い切ったのだ。

…確かにヤンガスは清潔な見た目とは程遠いけれど、いくらなんでも言い切るのはかわいそうよ…

 

「アレと一緒に入ったことなんてそれこそガキの頃に何度かってだけだよ。

あの頃はアイツもまだ可愛げがあったからねぇ」

 

「…ヤンガスが、可愛い…?」

 

冗談にも聞こえない台詞に喉を鳴らす。

…どれだけイメージしてもドワーフしか出てこない。

 

「あんた、さてはドワーフのガキを想像してるね?

ところがどっこい。アレはああ見えてガキの頃は細身のコワモテでそれなりに人気があったのさ。

パルミド地方一帯を仕切ってる山賊団の子供だったから誰もそんな話はしなかったがね」

 

楽しげに話す姿はどこか幼く私の目に映る。でも、だとしたらどうして今はあんなになってしまったんだろう。

 

「アレの親父が今のアイツにそっくりな見た目だからね。遺伝ってやつだろう。血は争えないって言うから。

ま、人が良すぎて賊にゃちょいとばかし向いてなかったようだかね」

 

無邪気に笑って椅子を揺らすゲルダさん。

この姿を見ていると、さっき聞いたヤンガスの扱いが嘘のように思えてくるから不思議だ。

 

「…しっかし、遅いねぇ。

アタシはとろい男が大嫌いだって言ったはずなんだ…」

 

ゲルダさんが言葉を言い切ろうとしたその時、不意に玄関の扉がバタンと開けられる。

…この乱雑さだと、彼じゃないことは確かだわ。

 

「ま、待たせたなゲルダ!そら、とっととアニキの家に行くぞ!」

 

バタバタ走ってくるのにふわふわ弾んでいるような印象を受けるのは、自称あの人の弟分・ヤンガス。

揺り椅子に座るゲルダさんの手を取り、無理矢理椅子から立ち上がらせる。

 

「…へぇ、随分偉くなったんだねアンタ。アタシの意見も聞かずに連れて行こうとするなんざどう言う了見なんだか」

 

と、こちらも負けずと乱暴に握られた手を振り払うゲルダさん。

こうしてみるとよく分かるけど、かなりの似た者夫婦だ。

 

「あ、っと、すまねぇ。確かに今は姐さ…ゼシカと話してる最中だった。

オレは外で待ってるから都合が良くなったら来てくれ」

 

そう言って頭を下げ、やっぱりよくわからない走り方で玄関へと急ごうとするヤンガスに、けれどゲルダさんの長い腕がその肩を掴む。

 

「今更なに言ってんだい。アンタ、組み立て中だった積木壊した後に『気が済むまでやってくれ』とか言って許されると思ってんのかい。

それに、こっちの話も聞けってんだ。

アタシらも今丁度アンタらの話ししてたんだ。いいよ、付いてってやるからとっとと案内しな」

 

わなわなと身体を震わせた彼女の指先は、よく見なくてもヤンガスの肩に跡が付くくらいぎっちりと握っている。

でも、不思議なことにヤンガスは一言も、痛い、とは言わず、寧ろ笑顔になって。

 

「そうか!なら良かった。じゃ、早速行こうぜ」

 

なんて言ってその手をもう一度握ったのだ。

 

「あ、ああ。行こうか、うん」

 

満更でもないのか、引っ張られて連れて行かれているゲルダさんの顔も心なしか赤い。

なにが毒を盛られるかも、よ。そんなの絶対ありえないじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

所変わって我が家。

ここからでも海の音は良く聞こえるけど、草や木の囁きが無い分少し寂しく感じる。

 

「お帰り、ゼシカ。二人はもう中にいるから行こっか」

 

「ただいま、あなた。うん。

所で、何してたの?」

 

入り口で私を出迎えてくれた彼が、お姫様を誘う王子様のように右手を私に差し出す。

不思議に思いつつもそれに応え、動きだけならそれこそお姫様と王子様だ。

 

「ふふ、内緒。

まぁ、今回僕はヤンガスの手伝いしかしてないけどね」

 

なんて笑ってリビングの扉を開けた彼は、中へ私を誘導する。

流石に他の人の前でされると恥ずかしいけど…。ヤンガスとゲルダさんの前なら、まぁ…

 

「おいおい、どう言うことだいアンタ。あっちの旦那の方がリード上手いじゃないか。ケンカ売ってんのかい?」

 

「ば、バカ言うんじゃねぇよ!アニキと比べんな!」

 

椅子に座るゲルダさんと側に立つヤンガスは、いい加減見飽きた言い合いをまた始めている。

…ていうか、今なんだかおかしな事言ってなかったかしら…?

 

「実はさっきの招き方、ヤンガスの提案なんだ。『どうせなら全部やっちゃいやしょう』って言ってね」

 

「あ、あ、アニキィ!なんで言っちゃうんでがすか!!ナイショだってあれほど言ったのにぃ…!!」

 

「あ、ごめんごめん。ついね」

 

泣き寄るヤンガスにあんまり悪びれた様子のない彼。

彼の悪い癖で時々ああやってイジワルをすることがあるのだ。

 

「…で、わざわざ呼んだんだ。何かあるんだよねぇ?」

 

私たちが立ってる位置とは真逆の方向に顔を向けてどこかイラつき気味に言い放つゲルダさん。

それを聞いたヤンガスはすぐに彼から離れて。

 

「おっと、主題を忘れるとこだった。

アニキ!持ってくるの手伝ってくれでがす!」

 

「わかった。

じゃあ、二人はここに座って少し待っててね」

 

彼が言い終えるより早くヤンガスは台所へと消え去り、その後を追うように彼も姿を消す。

その間、終始明後日の方向を見ているゲルダさんに近づいて、顔を覗こうとすると…

 

「…ゼシカ、あんたでも今のアタシの顔を見るのは許さないからね」

 

「あ、はい。ごめんなさい」

 

ドスの効いた声で追い返されてしまった。

でも、ほんの少しだけ顔を確認できた。

 

「(なによ、素直じゃないんだから)」

 

「何が言ったかい?」

 

「いーえ、何も!」

 

それから彼らが現れるまでの約十分、特に会話はないけれどとても平和な時間を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

「ま、待たせたなゲルダ。

口に合うといいんだが」

 

「お、おぉ…こりゃまた随分豪華な…」

 

ででん!と音のつきそうなテーブルの上を眺め息を飲むゲルダさん。

二人が戻ってくるまでの間ずっと同じ方向ばかり向いていたせいか、少しずつ増えていく料理に気が付かず、並び切った時になってようやく目にしたのだ。

並ぶのはお城で見るような料理ばかり。

流石にテーブルは四人用のなのでそれほど乗せられないが、それでも充分にインパクトのある光景だ。

私達の家では珍しいことにお酒も傍に置いてある。

 

「お前、最近あんまり飯に手ぇつけなかっただろ?それで心配になってよ…

オレ、そんなに料理上手くねぇだろ。だからアニキに教わって精のつくもん食わせてやりたくてさ」

 

照れているのか顔を背けながらそう言うヤンガスに、隣に立つ彼が言葉を付け加える。

 

「この量を一人で作るのは大変だから、僕も手伝うって言ったんだけどね。『一人でやらせて欲しいでがす』って言って聞かなくて」

 

「うっ…

ま、まぁそういうことだ!盛り付けはちっとアレだが…味は保証する!アニキのお墨付きだしな!」

 

音を鳴らして椅子に座り、戴きます、と真っ先に声をあげたのはヤンガス。

事ここにきてとうとう恥ずかしさに我慢できなくなったんだろう。

その前に座るゲルダさんも後に続いて手を合わせて食事を始める。

 

「…ふん、アンタにしちゃ悪くないじゃないか」

 

「あ?なんか言ったか?

早く食わねぇとオレが全部食っちまうぞ?」

 

「あぁ!?ホンットにデリカシーのない男だね!このイノブタマン!

第一、ここは人様の家だよ!アンタがそんなにがっついてどうすんだい!」

 

口ではそう言いながらも決して取り皿に料理を盛る手を緩めないゲルダさんは流石だと思う。

ヤンガスに関しては旅してる時からあんな感じだし今更気にならない。

ただ。

 

「そ、そろそろ私たちも食べましょうか。本当にヤンガスに全部食べられちゃったら、かなわないし」

 

「だね。

い、戴きます」

 

彼に続いて手を合わせ昼食を開始する。

ヤンガスの言った通り、料理の味は凄く良かった。繊細さはないからお城の料理とは言えないけど、胸の暖かくなるような味で食べる人の事を思って作ったんだなって伝わってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあアニキ、今日は世話になりやした。また今度、一緒に飯を食おうでがす!」

 

「おいおい、あんまり動くんじゃないよ。担いでるアタシの身にもなれってんだ」

 

街灯が街を染め上げる頃、ヤンガスとゲルダさんは自分たちの家へと帰っていった。

昼食の後はお酒を飲みつつ近況を話し合ったりして楽しい時間を過ごしていた。

久々に飲んだけど、やっぱり私はあんまり強くないみたいで正直、立ってるだけで精一杯だ。

 

「それじゃ、部屋に行こうか。お風呂は…明日の朝に入ろう」

 

「…ん、そうね。

ふぁ…ごめん、私もう無理。ギブ」

 

「はいはい。おぶってあげる

はい、乗って乗って」

 

「ありがと」

 

屈んだ彼の背に身体を預け、そのまま二階へと運んでもらう。

彼もそれなりに飲んでたはずだけど、なんでか潰れてないのだ。

 

「んー、最近、僕の見てる兵士たちと時々飲んだりするから強くなったのかな。

飲むっていっても僕はそんなにだけど」

 

言葉に出ていたのか酔いにくくなった理由を語る彼。

いわゆる、付き合いってやつね。私としてはすぐにでも帰ってきて欲しいところだけど、良い関係を築くために必要なら少しはしょうがない、かな…

 

「…寝ちゃったかな。

幸い、明日も休みだし。二日酔いにも付き合うよ、ゼシカ」

 

ふわりと浮く感覚が背中を覆う。

瞼が重くて目は開かないし、お酒で頭がぼーっとしてるから間違ってるかもだけど、多分、ここはベッドだ。

…明日はきっと二日酔いね。

辛うじて残っていた意識はそこで切れる。

 

 

次に繋がった時は、見事に頭痛からだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「悪りぃなゲルダ。お前のためにと思ってやったのに、結局迷惑かけちまった」

 

「はん、バカのくせに細かい事気にすんじゃないよ。

何のためのアタシだと思ってんだい」

 

「…ははっ、違いねぇや」

 

暖炉の消えた部屋。

いくつかの蝋燭による明かりのみの部屋で似つかぬシルエットの二人がソファに座る。

丸い身体をした男はアルコールによって意識が薄く、対してモデルのような体型をした細身の女は意識はしっかりとしているものの普段に比べて幾分か判断力が薄い。

 

「なぁ、ヤンガス。こっちを向きな」

 

「なんだよ改まって。オレもう眠いんだ…」

 

「…っ。ふん、だったら寝ちまいな。バカ旦那」

 

「あ、ああ。おやすみ」

 

二つだった影は一つとなり、再び分かたれる。

男は何をされたか理解できず、そのままソファで倒れるように眠りに落ちた。

女はなまじ意識がはっきりしている分、自分の行った行為を脳内で何度も何度も反芻していた。

 

「…ついにしちまったか。これで覚えてくれてりゃ嬉しいんだけど…。ま、無理か」

 

ぼそりと、恥ずかしげに口元に手の甲を当てて呟いた女は、自室で悶えながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 




ごく稀に出てくる二人が主役っぽい感じのお話でした。
しかし、ヤンガスのゲス、だの、ガス、だのはいまいち法則がわからず使い方がわからない…。
なんでも、本人は敬語的な意味合いで使ってるというはなしですが、ガス、はともかく、ゲス、は一体いつ使うんだろう…?本編では結構使ってた記憶があるんですけど…
次出すときまでには研究しておこう(決意)

それではまだ次回。
さよーならー。


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第二十二話 白い息と煌めく空


夜空って良いですよね。いろんな夢と希望が見えて不思議な気持ちになります。
でも、長い間見続けてると不安にもなるんですよね。
なんというか、あまりにも広大で永久な夜空は見上げているだけで吸われそうな気になってどんどんと恐ろしくなるのです。
えぇ、隣に別の人がいればそんなことはないんでしょうけどね!(半ギレ)

では、どうぞ。



ここは私達の家の庭。毎朝彼を送り出し、時に石碑の掃除をするために通る道。

なのに今は全く別の景色になっていた。

時刻は夜遅く。過ごしやすい季節のはずなのに吐く息が白い。

時折身震いする身体が求めるのは隣に座る彼の温もりと足元にある水筒の中のお茶。

 

「綺麗ねー」

 

「うん。

星を見上げるのなんてどの位振りだろう」

 

今日のお昼に作った即席の木製のベンチに仲良く座って身を寄せ合い、まばゆい星を眺める。

こんなにもロマンチックな夜空を静かに見上げられるのは、人里離れた場所に家を作ったから。

この星空は私達だけのもののように思えて気持ちがいい。

 

「…本当はね。私、夜が好きじゃなかったの」

 

思わず漏れた言葉に彼は不思議そうに首を傾げる。

 

「そうだったんだ。初耳」

 

「ふふ、誰にも言ってなかったからね。

…夜が来ると、眠くなるから、あいつらを追い詰められなかったし」

 

「…なるほど。

そう言うことなら、確かに僕も嫌いだったな」

 

「あら、似た者同士ね」

 

微笑みあって空に想いを馳せる。

星座と呼ばれるものに知識は深く無く、そこで綴られた物語は一つ二つしか知らない。

でも、そんなのは些細な事だ。

重要なのは何を見上げるのかじゃ無く、誰と見上げるのか、だから。

もちろん、知ってるに越したことはないけどね。

 

「ゼシカはさ、どうして星は輝いてるんだと思う?」

 

「え?」

 

ふとした質問に悩む。

星が光るのは恒星がどうのって話を聞いたことがあるけど、多分そういうことじゃない。

なんて答えればいいのか分からず考えていると。

 

「僕はね、人を導くためだと思うんだ。

ほら、道に迷った時は北斗星を探せって、聞いたことあるでしょ?アレと同じで、星の光にはそれぞれ意味があって、見た人が何かを感じて行動するんだと思うんだ」

 

言い合えて「なんて、変かな」と苦笑いを浮かべた。

 

「…私は、見守ってくれてるんじゃないかなって思うわ。

なんていうか、上手く言えないけど…。あなたの考え方に近いのかな。星の数だけ誰かの優しさがあってそれを見た人が勝手に見出すの。

そうすると、ほら、勇気が出てくるじゃない?あんなに光ってるんだから自分も負けないぞーって」

 

自分で言っててよくわからない言葉に、けど彼は笑顔を持って答える。

 

「…うん、確かにそうかも。こうやって星を見てると胸が高鳴るのはそういうことなのかも」

 

空に昇って霧散する彼の白い息。星を見上げる横顔はなんだかとっても綺麗だ。

 

「ねぇ、あなた」

 

不意に呼んで振り向かせる。

なに?と言わんばかりの唇に、私は言われるより早く塞いだ。

 

「…ん。

星空の下にするのも、中々良いわね。クセになりそう」

 

「…驚いた。

するならするって言って欲しかったな」

 

「あら?嫌だったかしら」

 

あっけにとられてぼうっとする彼の口元に人差し指を触れさせる。丁度、小さい子に、静かにするように、ってジェスチャーするみたいに。

すると彼はその手を取って自分の首の後ろに回すように私を引き寄せると。

 

「…お返し」

 

そのまま私にちゅーをした。

 

「…あ、あはは。思ったより心臓に悪いわね」

 

「嫌だった?」

 

なんて少し前の私のように切り返す表情は無邪気ないたずらっ子のようだ。

ふぅん、なるほど。仕返しってわけね。いいわ、それなら私だって。

 

「あなた?絶対私のこと、(離さないでね)」

 

抱き付き、耳元で囁く。息を多めにしてくすぐるように。ボソリと。

 

「…ずるいな。僕じゃ上手く真似出来ない」

 

「当然よ。やり返されない方法をとったんだから。悔しかったら、あなたも何かやってみたら?」

 

ふふん、と鼻を鳴らして胸を張る。以前彼がやったことの真似だけれど、どうやら覚えていないようだ。

やっぱりお酒の影響だったのかしら。

 

「だったらこういうのはどうかな。

…あったかいね(ゼシカは)」

 

「…!!」

 

彼はついさっき言ったことを忘れたのだろうか。私の背を彼の正面に来るように座り直させると、そのまま背後から抱き付き、あろうことか自分で否定していた〔耳元で囁く〕を実行したのだ。

…ヤバイ。これ、耳だけなのに、大変なことになる。

 

「…実は、あの日したこと少しだけ覚えてるんだ。夢だと思ってたから言わなかったけど、今さっきゼシカにして貰って現実だったんだなってわかった。

だから…うん。お返し」

 

「そ、そうなの。わわ、私はてっきり記憶に無いのかと思ってたわ」

 

荒ぶる心臓を必死に落ち着かせようとするけど、原因がすぐ後ろにいるんじゃ落ち着くものも落ち着かない。

それでもどうにか平静を装う。

 

「で、でも大したことないわね。もう少し頑張ってみたら?」

 

上ずりそうになる声を必死に抑えてダメ出しをするけど、本当はその真逆だ。こんなの、三日も連続でされたら私の心臓が破裂して死ぬ。

彼が味をしめないようにしなければ。

けれど、そんな必死の抵抗も虚しく、彼は再び私をしっかりと抱きしめると。

 

「そっか、残念だなぁ…。でもその割には(凄く白い息出てるよ?)」

 

「うっ…!そ、それは…」

 

忘れてた事実。それは呼吸の流れが全て露わになっているということ。どれだけ言葉で取り繕い、いかに行動で示そうとも自然現象までは偽れない。

虚しく闇に消えていく白い息を恨めしく思いながらも、とにかく心が落ち着くように努める。

 

「(どうしたのゼシカ?急に黙り込んで)」

 

「あ、ああ…えっと、その…」

 

彼の優しくて頼りになる落ち着いた声が散逸する事なく鼓膜を刺激する。鼓膜を揺らすのは彼の奏でる音だけでなく、その吐息。

こんなの、本当に死んじゃうっての…!

 

「あはは。ちょっとやり過ぎたかな」

 

「…へ?」

 

私の意識が落ちる直前、彼は抱擁をやめると私を向かい合う形に座り直させる。

 

「ごめんごめん。あんまり反応が可愛いから、つい。

…怒ってる?」

 

「…少しだけ、ね」

 

楽しそうな彼とは反対にそっぽを向く私。

つい、で殺されたらたまったものじゃない。

 

「そ、そっか。それは本当に、ごめん。もうしないよ」

 

申し訳なさそうに謝る彼に、けれど私は再びその唇を塞ぐことで答える。

 

「…でも、たまになら、許すわ」

 

「…はは、かなわないな」

 

一瞬、呆然とした後に緩む彼の頬。つられて笑ってしまう。

時刻はもう翌日へと針を動かしたことだろう。

そろそろ本格的に冷えてきた私達は、ベンチはそのままに家へ入ることにした。

こんなに寒かったのなら、先にお風呂に入るんじゃなかったな。

 

 

 

翌朝、二人仲良くくしゃみをして目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 





今日も一人見上げる夜空。光り輝く正体は単なる自然現象に過ぎず、そこに夢や希望を馳せるは単なる人の欲。
あるいは、満たされない寂しさ故なのか。

私の場合は寂しさですね(白目)
お星様?いつになったら私の傍にゼシカは現れるのでしょうか。
やっぱり、星は星でも7つ星の例の球を使わなきゃダメなんでしょうか。

それでは、また次回。
さよーならー。


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第二十三話 私と彼と呪われしお話

美味しいですよね、アイス。
暑い日は何かで涼むに限りますね。

それでは、どうぞ。


外では蝉の声が聞こえる。

ミンミンミンと、うるさいを通り越して煩わしい大合唱。

それだけならまだよかった。音によるうるささ、煩わしさなら野宿の時のヤンガスの寝息で二回分の人生まで慣れているから

問題は、そう。

 

「…死ぬ」

 

「…溶ける」

 

私の呟きに続けられる彼の感想。それはどちらも事実。

 

「暑過ぎて…喋る気力すらないわ…」

 

そう。

問題なのはこの暑さだ。

先週くらいまでは比較的過ごし易い気温だったのに対して今日はヤバイ。暑いなんてものじゃない。家の周りを溶岩で囲まれたんじゃないかってくらいの暑さだ。

私も彼も殆ど下着同然の格好で居るのに、一向に涼める気配がない。

 

「…これ、うちわって非効率よね。仰げば仰ぐだけ涼しくなるけど、その分腕の筋肉を使うから身体があったまるもの…」

 

「だね…。

…最初はちょっと喜んだ暑さだけど、やっぱりそんなことなかった…」

 

ドロドロになりそうな声で話す彼は今日、本来なら仕事だったのだ。けれど、このあまりの暑さにトロデ王が場内にお触れ出した。

 

[やめじゃやめじゃ!こんなクソ暑い中何ができるというんじゃ!今日は休み!]

 

らしいと言えばらしいお触れの内容。

でも、そんないい加減な感じの人にお城を任せていいのだろうかと少し心配になった。

 

「今はこの暑さを凌げる魔道具の開発案を募ってるんだ」

 

「へぇ…それはいいわね。今日中に出来上がらないかしら」

 

「あはは。出来るといいなぁ…本当に…」

 

それぞれのソファの上で今にも死にそうな私達。

夜になれば少しは過ごしやすくなるはずなんだけど、そこまで持つのかが怪しい。

…仕方ないか。あんまりしたくなかったけど…

 

「…?どうしたのゼシカ。窓なら、全開だけど」

 

「あ、うん。ちょっとね。まぁ見てて」

 

溶けそうになる身体を必死に維持しながらリビングの窓へと向かう。彼の言う通り、窓は網戸すらない全開。

その前に立ち、慣れ親しんだ詠唱を開始する。

 

「…あれ、その呪文って…!ま、まった!」

 

焦る彼の声は耳に届かない。いや、仮に届いたとしてももう遅い。

その時にはすでに詠唱を終えていたのだから。

 

「マヒャド!」

 

空中から大地は降り刺さるいくつもの大きな氷の刃。ピシピシと氷の軋む音が耳をつんざく。

鋭い轟音と共に、視界は一瞬にして私の顔を反射させるだけの透明度を持つ氷で覆われた。

 

「び、びっくりした…」

 

ほっ、と胸をなでおろす彼。

当然よね。私の持つヒャド系で最上位の呪文だもの。失敗を想定したら恐ろしくて身震いする。

私も、それが怖くて今まで悩んでいたんだけど…。でも、この暑さでやられるくらいなら、と思い切ってよかった。お陰で少しずつ涼しくなってきた。

 

「ふふ。ごめんなさいね、いきなり使っちゃって」

 

「本当だよ。次からは教えてね?危ないし」

 

「はいはい。

でも、いい感じに冷えてきたんじゃないかしら」

 

元のソファに座りなおし、未だ残る熱の名残りに背中を蒸しながらも得意げになる。同様に、驚いて立ち上がっていた彼もソファに座りなおす。

 

「…うん、確かにいくらが過ごしやすくなったね。

けど…」

 

言葉を濁す彼に私も頷いた。

 

「まだ暑いわね…」

 

考えてみれば当然だ。四面ある家に対して一面分だけ氷を張ったとしても、残り三面が未だに暑いのだ、結果として暑さが勝るに決まってる。

 

「本当は全部の窓と、出来るなら屋根上にも氷を作るべきなんでしょうけど、久し振りに大技使ったからかちょっとバテ気味なのよね…」

 

「僕じゃヒャド系は使えないし…

でも、それでも充分に涼しいからこれ以上は望み過ぎかもね」

 

立ち上がりながらそう言ったと思うと、彼は台所へと向かっていった。

多分、麦茶を持ってくるんだろう。テーブルの上にあるものはもう無いし。

 

「…はい。

台所の方もそれなりに涼しかったし、取り敢えずは平気かも」

 

「ありがと。

そっか、じゃあ無理して他のところにマヒャドしなくても良さそうね。いつあそこの氷が溶けるかもわからないし、体力は温存しとかないと」

 

「だね。

僕も使えればよかったんだけど…」

 

「何言ってるのよ。あなたには冬の寒い日にギラしてもらったじゃ無い。お返しよ、お返し」

 

さっきまでとは打って変わって繋がる会話。

気温一つでここまで変わるのだから不思議なものよね。

 

「でも、こうなると少し暇ね。さっきまでは暑さを我慢するのに精一杯だったけど…」

 

「それなら、怖い話でもする?」

 

「…えー」

 

彼の提案は暑い日にはぴったりの定番だ。

でも、私が怖い話あんまり好きじゃ無いって言ったの忘れてるのかしら。

 

「確か、ゼシカってあんまり得意じゃなかったよね?だったら、普通以上に涼めると思うよ」

 

どこか楽しげに笑う彼に苦笑いをもって返す。

…言い出しっぺは私だものね。

 

「そうね、ちょっと話しましょうか。怖い話。

でも、冷えきったらすぐやめるわよ…?」

 

「もちろん。タイミングはゼシカに任せる」

 

「そう言うことなら…」

 

何故か生き生きと話し出した彼に少しだけ違和感を感じつつも、二人だけの百物語が始まった。

…もちろん、百個も話した頃には私は体も冷え切ってるでしょうけど。

 

 

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

初めは私からだ。

 

 

 

暗い洞窟。天井から滴る水滴の音が、ぴちょん…ぴちょん…、と耳を舐める。

手には消えかけの松明。それが無ければ一寸先も見えない程の真っ暗闇の道の中、古びた何かが目の前に見えた。

木製のそれは、ところどころ腐敗していたりカビていたりで、一見すると扉には見えなかった。

 

ギィ…

 

ガシャン、バタン。

 

腐りきっていた蝶番か壊れて扉は地面に倒れ落ちる。

舞い上がる埃を手で払いつつも松明を突き出して先に進む。

部屋の奥はそれほどなくて、すぐに行き止まりになった。

目の前には宝箱。

 

「こんなところにあるなんて…」

 

そうは思いながらも松明を手にした少女は好奇心に負けて宝箱を開けてしまう。

…すると中から…!

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「ドッカーン!って!ミミックの舌が出てきたのです!!」

 

「うわぁ!

…って、怖い話ではあるけど、怪談とは少し違くない?」

 

「…うるさいわよ」

 

初めは静かに締めは大声で、と以前誰かから聞いたテクニックを実践してみると、案外効果があるらしく、彼はソファに背中を押しつけるようにして驚いていた。

けど、彼の言う通りこれは多分怪談とは少し違う気がする。

 

 

「でも、怖かったなぁ。心臓止まるかと思ったよ。真に迫ってて、凄かった」

 

「あ、ありがと…」

 

それでも話し方がよかったらしく、見事に彼の肝を冷やせたみたいだ。

 

「それじゃあ次は僕だね」

 

そう言うと彼はさっきまでの笑顔を引っ込めて、両膝に肘をついてどこか怖い表情で話し始めた。

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

 

とある街に偉大な魔法使いを目指す少年がいました。

ある日彼は古めかしい本を読みます。

 

今は亡き王国。その知恵の終着点に大いなる四賢者が携わりし書物あり。手にせし者、数多の者たちから拒まれるほどの力を得る。

故に、所有者の身を危機に晒すなり。

 

その内容は少年にとっては喉から手が出るほどの価値がありました。

すぐさまその王国を探し当てた少年は近くにある村に滞在することになります。

滞在して二週間。

すっかり村の人たちとも打ち解けた少年はとうとう瓦礫に塞がれた大きな扉を見つけました。

必死に瓦礫を払い、古びた扉を開けると、中には一生かけても読みきれなさそうな量の本が。

 

「ついに、見つけた…!」

 

歓喜に打ち震えた少年はひとりごちつき、取り憑かれたように中を探索します。

 

魔術の書。

武術の書。

知識の書。

兵法の書。

民草の書。

 

どれも一流のものが揃っていて、王国の知恵の終着点と評して差し支えないものばかりでした。

けれど、彼の探し求める四賢者が携わりし本…仮に少年は[賢者の書]と呼んでいたものはどこにも見当たりません。

 

「まだ、明日もある」

 

悲しげに呟いた少年は、夜になり強い魔物が活発になる前に村へと引き返しました。

 

 

村に帰った少年はお祝いと称して酒場に行きます。

滞在費を無駄にできないので飲むのは安酒を数杯。しかし、それまで一つの娯楽もせずにひたすら廃墟となった城を探索していた少年にはそれ以上ないご褒美でした。

そんな幸せな席で、とある話を耳にします。

語っていたのは村の中でも人気のある好漢。力はあっても決して威張らず、魔物が襲ってきたと知れば誰よりも先に駆けつけてて退治するような気持ちのいい男です。

なので、その話を聞いていた少年を含む周りの人たちは皆驚いたのです。

 

「この村に裏切り者がいる」

 

と。

普段なら絶対にそんなことを言わない人物だっただけに、少年はとても興味を持ちました。けれど、久々に飲んだせいかすっかり酔ってしまったため、後ろ髪を引かれる思いで酒場を後にします。

 

 

それから何日かして、少年はとうとう探し求めていた賢者の書を手に入れました。

場所は書物庫の最も奥。壁の裏側に作られた隠し部屋の中に、四賢者の像と一緒に保管されていました。

部屋の隅に一人ずつ賢者の像が立ち、部屋の中央にある魔法陣らしき床絵の真ん中に置かれていた賢者の書。

早速それを手にし、村へと少年は帰って行きました。

 

異変が起きたのはその時からでした。

 

村にある自分の借家まで行く途中、誰からも話しかけられなかったのです。小雨が降っていたというのもあるでしょうが、それでも、すれ違う人に誰からも話しかけられなかったのです。

傘を持っていなかった少年は、少しばかり不親切だな、と考えましたが、今はそれどころではなく、とにかくその本を読みたかったので足早に向かいます。

程なくして借家へと帰り着いた少年。

待望の読書。のはずでした。

しかし、その本はまるで封印されているかのように固く閉じられています。

探し疲れているのもあり、その日はそのまま寝ることにしました。

 

翌日、昨夜の雨とは打って変わった快晴に少しばかり心の弾む少年。空腹のため、三週間通い慣れたお店へと足を運びました。

いつもおまけをくれるお店の女性店員と話すことが日々の小さな楽しみの一つだった少年は、この見つけた本のことを彼女に話したくて仕方がありませんでした。

けれど、少年はそこで悲しい思いをしました。

いつものようにした挨拶に、当然返してもらえると思った少年。でも、返ってくることはありませんでした。

 

一度目は聞こえなかったのだろうと思い。

二度目は慣れ始めたからイジワルをされてるのかと思い。

三度目は苛立ちを見せながら。

 

それでも挨拶が帰ってくることはありませんでした。

いいえ、それどころか、目の焦点すら合っていなかったのです。

怒りは不安に変わり、不安は恐怖へと変わりました。

買い物なんて放り出し、すぐさま酒場へと走り込む少年。その村の酒場はいつも昼からも賑わっていたのできっと挨拶をしてもらえるだろう、と。

 

そこで少年は愕然としました。

 

案の定賑わいを見せていた酒場。だけど、誰一人として少年に焦点の合う人はいませんでした。

一人ずつ挨拶をしに行っても。

大声で店の悪口を言っても。

ヤケになってカウンターの上で踊り狂っても。

誰一人として少年を咎める者は居なかったのです。

 

そんな中、ただ一人だけ、村の外で少年の名を呼ぶ者がいました。

あの好漢です。

少年は喜んでその男のもとへと駆け寄りました。

 

「裏切り者はお前だったのか」

 

厳しい表情で少年は言い寄られます。

 

「どこでこの本のことを聞きつけたか知らないが、すぐに元の場所に返してこい。さもないと、お前は本当に誰からも認識して貰えなくなるぞ」

 

両肩をがっちりと掴まれ、睨む瞳をその目に焼き付けてしまった少年は放心状態で家へと帰ります。

 

「…明日、返しに行こう」

 

そう決心した少年は最後に一度だけ、その本を開こうとしました。

するとその本は昨夜の堅さが嘘のように、一ページ目だけ開きます。

あぁ、最後に一ページだけでも見られてよかった。そう思ったのも束の間。書かれていた言葉に少年は息を呑みました。

 

[お前を知る者は、ない」

 

ページの中央にただそれだけ書かれていた言葉は、少年の呼吸を激しく乱します。

荒れる動悸と止まることのない汗。ぐらぐらと揺れる視界に少年はとうとう我慢できず、その本を置いてどこかへと走り去ってしまいました。

 

翌朝、少年に忠告をした好漢は少年の住んでいた借家へと訪れました。

 

「…また、犠牲になったのか。不運な奴だ。開かなければ他の人間たちには認識して貰えたのにな」

 

机の上に置かれた賢者の書を手にした好漢はそう呟くと、本を元の魔法陣の中心部へと返しに行きました。

 

それから暫くして少年の住んでいた街の本屋に見慣れない薄い冊子が置かれていました。

不思議に思った店主はその冊子の中を恐る恐る覗きましたが、すぐさま店主はその本を放り投げてしまいました。

 

曰く、手にした者は誰からも忘れられ。

曰く、読んだ者は人知れず死んでいくだろう。

そんな本が、とある王国の書物庫に厳重に保管されている。

腕の立つ賢者の四人が三日三晩かけて封印をしたんだ。

だからそれを手にしてはいけない。

だからそれを手にしてはいけない。

だからそれを手にしてはいけない。

手にしたら開くな。

手にしたら開くな。

手にしたら開くな。

手にしたら開くな。手にしたら開くな。手にしたら開くな。手にしたら開くな。手にしたら開くな。手にしたら開くな。

 

太いインクの文字と、ペンを伝うように滴った跡のある血でびっしりとそう書かれていました。

そうして投げられた本の隣に浮かび上がる真っ赤な文字。

 

[開いてしまえば。

お前も仲間だ。]

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「って言うお話だったんだけど、どうだったかな」

 

語り切った彼は満足げに聞いてきた。

私の気も知らないで。

 

「…嫌い」

 

「え?」

 

「バカ!嫌いよ嫌い!あなたなんて大っ嫌い!バカバカバカバカ!アホー!」

 

「ゼ、ゼシカ!?」

 

ソファに置かれていたクッションが圧縮されんばかりに思いきり抱き締める。

目の前で慌てふためく彼のことなんて知ったことじゃないわ!

 

「なんで、なんでこんな怖い話するのよ…。しかも!頭から怖い話だったらすぐ止められたのに、最後まで隠してるなんて…!

卑怯よ!ズルよ!イジワルよ!バカ!」

 

「ご、ごめん!そ、そんな怖がるとは思わなくて…」

 

左にある肘掛に、埋めるようにして身体を押し付ける私のもとへ急いで寄ってくる彼は隣に座って私の肩を引き寄せた。

 

「ごめん、もうしないから許して。

まさかこんなに怖がるなんて思わなかったし、本当にごめん」

 

心の底から謝ってくる彼に、私は鼻をすすりながら答える。

 

「…わかったわよ。でも、一つだけ条件がある」

 

「なんでも言って。どんなことでもするから」

 

「明日も多分怖いから、家にいてくれるかしら」

 

「…分かった。そうしたらまた僕を好きになってくれる?」

 

「…うん」

 

 

 

その日の夜。

寝る頃になっても怖い気持ちが収まらなかった私は、暑いこともお構い無しに彼の身体に抱きついて眠った。

 

 

 





ちなみに今回の怖いお話は元ネタは特にないです。自作です。

それではまた次回。
さよーならー。


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第二十四話 再会の機会は突然に

サブタイ通り、今回はひさびさにあの人たちが出てきます。
ではでは、どうぞ。


「ほんっとうにごめん!」

 

「…バカ」

 

いつも食事をするテーブルに頭を擦り付けて謝るのは私の愛しい旦那様。

数日前に怖い話をしてから、未だにちょっとだけ怖い思いが拭いきれない中、彼は驚きのことを言った。

 

『…来週の、トロデーン城で開かれる百物語会に出て欲しいんだ…』

 

僅か数分前のお願い事が何時間も前のことのように思える。

だって、あれだけ言ったにも関わらずにまた怖い話をすると言うのだ。気が遠くなるのも仕方ないわよ。

 

「…それ、本当に私が行かなきゃダメ?」

 

「…絶対ってわけじゃ無い、けど…」

 

「………。

みんなも、来るのよね…」

 

力なく頷く彼は、見ているだけでこっちの力も抜けてしまうほどだ。

なんでも、ここ最近の暑さでトロデーン城内では兵士・大臣など、役職問わずに怪談話の話題で持ちきりだったらしい。

そんな中でミーティア姫が提案し、トロデ王が企画したのが[トロデーン百物語]というものだった。

城に勤める人達から選りすぐった怖い話を持つ人達を一堂に集め、ロウソクを立てて怪談話をするという企画。

一番怖い話をした人には賞金も出るということから、みんな本気になっているらしい。

それだけならまだよかった。私には関係のないところで怖い話だったりなんだったりをする分には何も構わない。

でも、ミーティア姫が提案してしまったのだ。

 

『折角ですから、世界を救った勇者様御一行も呼びませんか?』

 

もちろんそれを突っぱねた人はいない。

むしろ、みんな大喜びだったそうだ。

何せ世界中を飛び回った人達なのだから、身の毛もよだつような恐ろしい話を沢山知っているだろう、と。

決まってからの行動は異様なまでに早く、すぐさま彼にみんなに招集をかけるようにトロデ王が命令した。

若干渋った彼も『多分みんなは集まらないし、大丈夫だろう』と思い、取り敢えず各地に飛んだそう。

けれど彼の予想は外れてしまう。驚くことに、誰一人として断る人はいなかったのだ。

どころか、久々にみんなと会える、と言って喜んでいたのだとか。

結果として、私以外の全員が参加に丸を付けてしまっていた。

 

「………………。

ここまでみんな来るって言うなら断るのは…ちょっと無理よね…」

 

彼と同じように額をテーブルにつけて落ち込んでしまう。

話をよく聞いた結果、どこにも悪意はなく、それどころか善意の塊で組み上げられた私への罠。

仕方ない…のかなぁ…。

 

「いや、大丈夫。やっぱり断ろう!ゼシカだけじゃなく、僕も一緒に断れば、微妙な雰囲気にならないはず!

な、夏風邪とか言えば大丈夫…だと思う!」

 

決意を固めた表情でそう言うも、不安に傾いた私の考えでさえ穴があることにがついてしまう。

 

「無理よ。だってあなた、嘘つくのすごい下手だもの。

それに、勇者であるあなたがいないんじゃ始まるものも始まらないわ。

百物語会、なんて銘打ってはいるけど、今じゃもう、勇者様御一行が全員集まるスペシャルイベントの意味合いの方が強そうだし」

 

自分で言ってて逃げ場がどこにもないことに涙が出そうになる。

腹を決めるしかないわね。

 

「大丈夫。行くわ、私。開催まであと一週間くらいあるのよね?だったら、今のうちに沢山怖い話聞いて耐性つけておけばなんとかなるわよ!」

 

「…ごめん、ゼシカ。僕が不甲斐ないばかりに…」

 

「仕方ないわよ。あなただってわざと私をその会に連れて行こうとしたわけじゃないんだし。

大丈夫!この前の話より怖いのなんてそうそうないはずだもの!」

 

明るく言い切るも私の胸の内は暗雲が立ち込めるばかり。

それでも、その日から当日まで、彼と毎日怪談話をして特訓した。

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

 

「よう、久し振りだな。二人とも。元気にいちゃついてるか?」

 

「久し振りねククール。ホント、あんたはいつも隣に誰かしら女の子を連れてるわね」

 

トロデーン城の入り口、石畳で出来た長い道の途中で出会ったのは生臭坊主のククール。

相変わらず、両脇にバニーちゃんを抱えての登場だ。

 

「まぁな。モテる男は辛いんだ。

どうだ?一人じゃ寂しいだろうから分けてやろうか?勇者様」

 

「いや〜ん。私はククールがいーいー」

 

「うっふ〜ん。私結構あの子タイプかも〜」

 

辟易する流れにため息も出ない。

彼は苦笑いして混乱するばかりだ。

 

「え、えっと、取り敢えずお城のホールでまた会おっか!

じゃ、また!」

 

「あーん、行っちゃうのねぇ〜ん」

 

「バイバーイ」

 

とにかくその場を離れなければと思ったのか、彼は私の手を取ると逃げる形で走り出した。

 

「ちょっと、何鼻の下伸ばしてるのよ」

 

「の、伸ばしてないよ。どう答えればいいか迷っただけだから…」

 

「普通に断ればいいのよ、全く。ま、良いわ。そのことは後で話しましょ。

それより、あそこにモリーさんっぽい人見えない?」

 

私の視線の先、図書館の外側で風もないのにマフラーをたなびかせている赤と緑のツートンカラーのおじさまがいた。

 

「おぉ!久しぶりだなボーイ&ガール!いや、レディ&ジェントルメンの方が正しいかな?はっはっは!」

 

ポーズを決め、どこからともなく燃え上がる背後の炎。今回は三人のバニーちゃんはいないけれど、バトルロードの会場でチームの名前を決めた時のようだ。

一体どこから炎は出ているのかしら…。

 

「…やっぱり、モリーさんて謎よね」

 

「んなぁ!?」

 

大袈裟に驚いてみせるモリーさん。

 

「あはは。モリーさんも相変わらずお元気そうでなによりです」

 

「む?と言うことは、道中誰かにあったのかねボーイ?」

 

「えぇ、多分そろそろ来るんじゃないかしら」

 

言いながら後ろを振り向き、石畳の方を見る。

そこに見えるのはついさっき会ったばかりのククールと二人のバニーちゃんだ。

 

「はっはっは、彼は相変わらずだな!」

 

「人のこと言えないわよ」

 

「む?そうだったか!はっはっは!」

 

やっぱり、この人は謎だ。モリーさんの高らかに笑う姿は見ているだけで楽しくなってくる。

なにか、魔法のような感じ。

 

「さて、そろそろ僕たちは中に行こうか」

 

「そうね」

 

「うむ。それではまた会おう!」

 

簡単に挨拶を済ませて別れた後、お城の門を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、それでは今からルールを説明したいと思います」

 

真っ暗な中、たった一つのスポットライトに当たるのはバトルロードでいつも実況をしているあの人。

普段から人前で話しているからかとても慣れた雰囲気だ。

 

「まず最初に、百物語と称していますが時間の都合上流石に無理だと言うことなので、本日参加する十五名に一人一つずつ怪談話を披露していただきます。

制限時間は一人十五分。一つの話が終わる毎に投票を観客席に座っている方々とトロデ王、ミーティア姫にしていただきます。

最終的に最もポイントの高かった方には商品としてトロデーン城で使える商品券と、ミーティア姫と一日デート出来る権利が与えられます」

 

瞬間、それまで静かに聞いていた会場中が驚きの声で溢れかえる。

もちろん、例に漏れず私もだ。

 

「ミ、ミーティア!?いつの間にそんな話を…!」

 

「うふふ、この方が盛り上がりますもの。たまにはいいかと思って」

 

楽しそうに笑うミーティア姫と、今にも大会を中止にしそうな顔のトロデ王。

これがすでにホラーだと思ったのは私だけかしら。

 

「…中々、馬姫様…じゃねぇや、ミーティア姫様も思い切ったことをするでゲスなぁ」

 

「度胸だけならアンタよりあるんじゃないかい?」

 

向かいの席に座るヤンガスとゲルダさんの話し声が聞こえる。

正直、度胸に関しては私もミーティア姫に勝てる気がしない。

 

「…むぅ、まぁ良かろう!

それではこれより、第一回・トロデーン城百物語を開始するぞぃ!」

 

トロデ王の宣言により、とうとう始まってしまった百物語会。

隣に座る彼の手を握り、小さく深呼吸をした。

…大丈夫。彼と特訓したんだから、どうにかやれるはずよ!

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 

 

 




という事で、前回に続いてもう少しの間怪談話を題材にしていこうかと思います。
次回からのお話は元ネタありきでそれっぽく変えていきます。

ではでは、また次回。
さよーならー


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第二十五話 彼と私と百物語〜其の十〜

さて、始まりましたトロデーン城百物語会。
元ネタとして使えそうなのを探して、いい感じのを見つけるんですけどそれがアホみたいに怖い。
ゼシカじゃないですが、私も心が鍛えられそうです。

では、どうぞ。


「…そうして、二人は今も夜の街を彷徨っているのです。真夜中に駆け回る子供を友達にするために。

[駆ケル日ノユメ]と言うお話でした」

 

薄暗いスポットライトが少しずつ色味を失っていく。

やがて綺麗に消え去り、残ったのはロウソクの灯り。それも、語っていた人の吐息によって一本の白く細い線へと姿を変えたのだった…。

 

「…いやー、正直一人くらいそんなに怖くない話の人がいると思っていましたが、まさか九人目まで身震いするようなお話だとは思いもしませんでした」

 

再びスポットライトに照らされる司会の人は、どこかオロついた様子で進行を再開する。

司会の人が言う通り、今の人の話も含めてどれも恐ろしく聞こえる話ばかりだった。

怪談話なのだから当然と言えば当然なんだけど、でもまさかここまで沢山の種類があるとは思っていなくて、そこには少し驚いた。

 

「(結構怖かったね。大丈夫、ゼシカ?)」

 

「(えっ!

あ、うん。そんなにでもなかったわ。怖かったけどね)」

 

突然耳打ちしてくる彼に心臓を飛び上がらせながらも答える。

さっきの話より、今の彼の方が驚いたというのは内緒だ。

 

「(そっか。特訓して良かった)」

 

「(うん)」

 

彼の微笑みに同じく微笑みで返す。

ホント、あの特訓が役に立ったわ。だって、今日聞いた九つのお話のうち三つはその時に知ったものだったし。

残りの六つも、流れや場所出てくる人や人数が違うだけで大まかな筋と落ちが同じだって気がついてからは、やっぱりそんなに怖くなかった。

彼の言っていたように『中身さえ知ってれば怖くない』と言うのは本当だったみたい。

 

「おぉっと!ここでトロデ王とミーティア姫の点数が出たようです!」

 

玉座に座る二人の手元には今日で九度目のフリップポード。

点数は、トロデ王が八点。ミーティア姫が最高得点の十点だ。

 

「ふむふむなるほど。

これまで七点前後だったミーティア姫が初めての最高得点を付けました。理由を伺ってみましょう!」

 

マイクを手に玉座の方へと向かい、大臣に渡されたマイクがミーティア姫へと届けられる。

 

「このお話は、なんて言いますか怖いだけではなく悲しい気持ちにもなりました。

魔物に殺されてしまい街を彷徨う幼い男女の霊。彼らはただ友達が欲しかったのに、恐れられてしまったために余計に友達が出来なくなってしまった…

二人のことを思うと胸が苦しくなってしまいます。

なので、十点を付けさせてもらいました」

 

少し潤んだ声で理由を述べる姿に、会場の人達からも啜り泣く声が聞こえる。

…うん。私も、点数をつけられる立場だったら十点をつけてたかも知れない。

 

「ちなみにワシは怖かったが怪談か?と思ったから八点じゃ!」

 

ミーティア姫からマイクをひったくり、誰も聞いていない点数の理由を大声で言うのはトロデ王。

会場からも「そうだそうだ」という声が聞こえる。

 

「賛否両論と言ったところですね。ちなみに私は怖すぎて途中から聞くのをやめてました!」

 

いつの間にかマイクを取り戻した司会が、やっぱり誰も聞いてない感想を口にしたことで会場は徐々に落ち着く事となった。

 

「さぁて!場内の恐れおののく空気冷めやらぬ中、とうとう真打ち登場です!

それでは行ってみましょう!我らが勇者と兄弟の盃を酌み交わした山賊!コワモテヤンガスの登場です!」

 

バトルロードよろしく、声高らかに紹介されたヤンガスにスポットライトが当たる。目に出来た影がただでさえ怖く見える顔をさらに際立たせていて既にホラーのようだ。

 

「ようやくオレの番か…。

アニキ!アッシの晴れ舞台見ててくれでゲス!」

 

楽しげに笑って手を振ってくるヤンガスに彼も手を振ることで応える。

…あれでも怖く見えるんだから不思議よね。

 

「気合いは充分なようです!では、どうぞ!」

 

司会の人を照らしていたスポットライトが徐々に消えていき、残ったのは生きる怪談のような怖さを持つヤンガスを照らす光だけ。

示し合わせたかのようにシン…と静まり返る会場で、ゆっくりと話し始めた。

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

アレはまだアッシがアニキと会う前の話でゲス。

皆さんも知ってると思うでガスが、悪徳の町で有名なパルミドは昼も夜も物盗りが歩き回るような場所でガス。

ある日、アッシはいつものように町の外で家業を終え、町へと戻ったのでゲス。

腹が減ってたアッシは、いつの間にが出来てた新しいくせにオンボロの店に入ったでゲス。

 

「オヤジ!ここで一番高いメシと酒をくれ」

 

懐が潤ってたアッシは気前良く頼んだでガス。

今思えば、それが間違いだったのかも知れねぇでゲスなぁ…

 

「はいよ。

酒はこれで、メシはちょっと待ってな」

 

パルミドには珍しく活気のある振る舞いと目をした店主のオヤジはすぐに酒を持ってくると厨房へ消えたでガス。

オマケで出されたツマミを食いつつ酒を舐めて待つこと十分、いい匂いが香ってくる。

…店一の酒とは言えパルミドのでゲスから、他所に行けば安酒の部類でゲスが、それでもアッシはほどほどに酔ってた。

 

「これがアタシの店で一番高いメシのソバだよ」

 

「そば?聞きなれねぇ食いもんだな。まぁいいや。いただくぜ」

 

店主が自慢するだけあってそのメシはめちゃくちゃ美味かったでゲス。出来るならもう一度食いたいと思うくらいでゲス。

 

メシを食い終わり、酒も飲み終えたアッシは勘定を払うため財布を出したでゲス。

 

「オヤジ、いくらだ?」

 

「あいよ、勘定だね。全部で五百七十ゴールドだ」

 

「あぁそうかい。そんなにしなかったな。

…っと、ちっと飲みすぎた上に小銭ばっかりだ。ちょっと一緒に数えてくれねぇか?」

 

「仕方ないお客だねぇ。

いいよ、出しな」

 

「へっ、すまねぇなオヤジ。

えぇっと、五十ゴールドが、一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚…」

 

「ん?お客さん、今何時か見てもらえるかい?仕込みの時間かも知れないんだ」

 

「おう。今は二時だな」

 

「そうか、ありがとう。お客さんが帰ったら仕込み始めなきゃな」

 

「まぁ頑張ってくれ。

二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚九枚十枚っと!あとは二十ゴールドだな。

ごちそうさん」

 

そうしてアッシは家へ帰り、翌朝気がついたんでゲス。

 

お金を多く払ってたってことに!

しかも!その店は次の日には綺麗さっぱり跡形も無くなってたんでゲス!

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「ありゃあ幽霊の仕業だったんだろうなぁ…」

 

静まり返ったままの会場。

さっきまでなら話のオチに差し掛かった辺りからぼんやりとライトの明かりが落ちていっていたにも関わらず、未だに充分な光を放ったままだ。

 

「このバカが!それのどこが怪談だって言うんだい!」

 

スパーンッ!と気持ちの良い軽い音が響く。

 

「いってぇな!何すんだよゲルダ!」

 

「アンタがあんまりにも間抜けだからつい手が出ちまったんだよ!」

 

叩かれた頭をさすり抗議するも勢いの強いゲルダさんにたじろぐヤンガス。

途端に会場は笑い声で溢れかえった。

 

「と、取り敢えず、お二人の点数を見てみましょうか」

 

あまりの展開について行けてなかった司会。我に帰り、振り返った先にあったのは。

 

トロデ王[0点] ミーティア姫[五点]

 

という、現状では最低点数だった。

 

「馬鹿者!ここは落語を披露する場所ではないわい!出直してこい!」

 

「なんだとこの野郎!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください?

ミーティア姫は何故五点という高得点を付けたのですか?」

 

 

懐かしい言い合いが始まりそうな中、一人違和感に気がつく司会。

確かに、あの話なら五点がかなりの高得点になる。

 

「…えっと、その、実は昔、ミーティアも似た事がありまして…。そのせいでお小遣いをほとんど使うことになってしまったんです…

なので、気持ちがわかります…」

 

話しながら恥ずかしくなってきたのか、フラップに顔を隠してしまうミーティア姫。至る所から黄色い声援が飛んできている

…ていうか、お姫様のお小遣いをほとんど使っての買い物って、一体どれだけぼったくられたのよ…。間違いなくホラーじゃないそんなの。

 

「人が違えばここまで違うんですねぇ…。

それにしてもヤンガスさん!貴方のおかげでいい感じに会場に活気が溢れてきました!おかげで私も新しい気持ちで次のお話を聞けそうです!

ありがとうございました!」

 

上手い具合に司会が締めくくるとヤンガスを照らしていたスポットライトが消え、十一人目の語り手へと移る。

 

「さぁて次は!世界の女性を手玉にしてきたであろう色男!」

 

銀の髪を照らされて、皮肉屋に笑うククールだ。

 

 

 

 

To be next story.

 

 




怪談だと言ったな?アレは嘘だ。

今回の元ネタは言わずと知れた落語の[時そば]。
説明は不要でしょう。
ちなみに、私が初めてかの話を知ったのは小学生くらいの頃。
あの時でも面白く感じたかな落語ですが、今見てみると上手いこと誘導されていることに気がつきます。
数えながら時計を見て、時計の数を継続してまた数え直す。マヌケに聞こえるかもしれないけれど、同じようなことなら誰にだって経験あるはず…
老若男女問わずに楽しめるのが落語の良いところですね。

それではまた次回。
さよーならー。


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第二十六話 私と彼と百物語〜其の十一〜


今回の語り手はタンバリン演奏者として名高いククールくん。
私がプレイしていた時も、暇さえあればシャンシャンやってみんなのサポートをしてくれていました。
そんな彼がどんなお話をするのか。
それでは、どうぞ。


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

俺の暮らしてたマイエラ修道院で昔からよく噂になってた話があってな。

なんでも、夜になると[鳴る]っていうんだ。[出る]じゃなくて、[鳴る]ってところに興味の引かれた俺はまだガキの頃に拷問部屋の前にある尋問部屋に忍び込んだんだ。

その日の夜。音はすぐに鳴り始めた。

 

…デェーーー。

……デェーーー。

 

外からバレないように明かりはロウソク一本。

丁度、俺の目の前にあるやつと同じくらいのだな。それしかない明かりの中で、そんな音が鳴り始めたんだ。

興味本位で部屋に入ったはいいが、その音に耐え切れず俺はすぐに逃げようとした。

テーブルの下から頭をぶつけながら出て、ドアに手をかける。

だか、そのドアはビクともしないんだ。元々建て付けが悪いってのもあるかも知れないが、普段ならちょっと力むだけで問題なく開くんだぜ?

それが、その時に限って押しても引いてもうんともすんともいいやがらねぇ。

とうとう我慢の限界にきた俺は大声を出して誰かを呼ぼうとしたんだ。

だがどうだ?

喉から漏れるのは掠れた音だけで言葉と呼べるものは一つも出てこない。

お陰様でパニックになった俺はドアを思い切り叩いた。

 

ドンドンッ!ドンドンッ!

 

って。

でもな、不思議なことにドアを叩いた感触はあっても肝心の音が出ねぇ。

 

「あぁ、幽霊か…」

 

ここまでくりゃ、ガキでも分かる。

声は出ねぇ、叩いても音は出ねぇ。魔力の気配もなけりゃ人の気配もねぇ。

心底びびったね。

俺はとにかくその部屋から出たくて出たくて仕方がなかった。

口から出る掠れた音と、叩いても出ねぇドアの音に必死になって縋り付いてとにかく助けを待った。

だか、助けは一向に来ない。

いつもならとっくに夜回りの騎士が部屋に俺がいないことに気がついてもいいはずなのにだ。

そのせいで俺は一瞬冷静になっちまった。

昔から頭の回転は良い方だったからな、すぐに気がついた。

 

時間が経ってねぇってことにな。

 

メラメラ燃えてるくせに、ロウソクはロクに減ってなかったんだ。

それじゃあ誰も助けに来るはずがない。

今までの自分の行動が全て無意味だって気がついた時には愕然としたよ。その場にへたり込んで、一生ここから出られないんだと悟ったんだ。

 

…デェーー

……デェーー

 

必死に出ようとももがかなくなったからか、また音が聞こえ始めた。

だがその時にはあまり怖くはなかったんだ。

何せ一生付き合っていく音だ。びびったってしょうがねぇと思ってな。

そうやって冷静になると、今度はその音がよぉく聞こえてくるんだ。

 

…イデェーー

……ナイデェーー

 

鳴っている音は、[ナイデ]と言ってるように聞こえてきたんだ。

何がないんだ?そう思って、やめとけば良いのに耳を凝らした。

 

…サナイデェーー

……ロサナイデェーー

………コロサナイデェーー

……………コロサナイデェーー

 

間違いなかった。

今までずっと、鳴ってると思われてたのは誰かの声だったんだ。

他の連中は最初の段階でびびってすぐに逃げたんだろう。だから、[出る]じゃなくて[鳴る]と思ってた。

だが実際は、声が[する]だったってわけさ。

 

コロサナイデ

コロサナイデ

コロサナイデ

コロサナイデ

 

ずっと同じことを繰り返される言葉に言いようのない恐怖を感じた。

命を取られるとか、何か…要は幽霊だな…が出てくるとか、そういうのとは全く違う恐怖。

 

コロサナイデ

コロサナイデ

ヲコロサナイデ

シヲコロサナイデ

 

不安になればなるほど耳が敏感になって、本来なら聞こえないはずの音まで聞こえてくるんだ。

 

ワタシヲコロサナイデ

 

ワタシヲコロサナイデ

ワタシヲコロサナイデ

ワタシヲコロサナイデ

ワタシヲコロサナイデワタシヲコロサナイデワタシヲコロサナイデワタシヲコロサナイデワタシヲコロサナイデワタシヲコロサナイデワタシヲコロサナイデワタシヲコロサナイデワタシヲコロサナイデ

 

連鎖して聞こえてくる音。

いっそ恨みさえこもってくれてれば捻くれてた俺には良かったかも知れなかった。

異端者、異教徒の分際で何を。って思えたからな。

だがその音には恨みも恐怖も怒りも無かったんだ。

ただただ、ひたすらに助けを求めてた。

どこまでもどこまでも、ただただ切実に願ってるんだ。

 

ワタシヲコロサナイデ

 

ってな。

それが俺にはダメだった。

ずっと一本調子で言うんだ。音の高低も感情の起伏もずっと同じ。

鼓膜を永遠に揺らすその音に耐え切れず俺はとうとう気を失った。

糸が切れるみてぇにプッツリと。

 

 

眼が覚めると、目の前にはオディロ院長の心配する顔があった。

明け方、その時の騎士団長様が尋問部屋に行くと、俺が寝てたらしいんだ。

騎士団長様はたいそう驚いたらしい。

何せ、俺が部屋に閉じ込められてた時の夜回りが団長様だったんだからな。

横着者だった団長様は俺の部屋にノックして聞いたらしい。

 

『ククール、いるか?』

 

そう聞くと部屋からは。

 

『居ますよ。もう寝ます』

 

と声が返ってきたらしい。

俺にそんな記憶はないから、抜け出した後の出来事だ。

 

本来なら夜中に抜け出すなんて折檻ものなんだが、その時は騎士団長様の失態ということもあってお咎めはなかった。

オディロ院長は元々折檻には難色を示してたしな。

 

騎士団長様が部屋を出て行った後、オディロ院長に俺は尋問部屋で何がいるのか知ってるか聞いてみたんだ。

 

「まだ幼いお前に話すべきかは分からないが…

あの尋問部屋では、稀に無実の人を収容してしまうことがあって、そういった人たちは我々と同じ神を信仰する者。

尋問中もただ許しを請うていたんだよ」

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「オディロ院長はそう言いながら俺の頭を優しく撫でてくれた…。

って、話だ。

題名はそうだな…[部屋の鳴る音]ってのはどうだ」

 

ククールら最後に、ふっ、と笑い、ロウソクの火を消した。

会場からは誰一人として声が上がらない。さっきの、ヤンガスの時の大笑いが嘘のようだ。

 

「…え、えぇと。ま、まずはお二人の点数を見てみましょうか」

 

司会の言葉に、急いで点数を書き始めるトロデ王とミーティア姫。

他の人たちが呆然としているのだから、この二人だって例外じゃない。

 

トロデ王[十点]ミーティア姫[十点]

 

という、当然と言える高得点だった。

 

「な、なるほど。理由は聞くまでもなさそうですね。

いやぁ、ククールさん。貴方、幼少期にどれだけ恐ろしい思いをしているんですか」

 

努めて明るく振る舞う司会。けれど、その身振り手振りはどこかぎこちない。

 

「(…大丈夫、ゼシカ?)」

 

「(ダメね。無理。怖い)」

 

司会とククールが会話をする中、彼の耳打ちに答える。

正直、冷や汗で手が大変なことになってる。身体はカタカタ震えてるし、口元が痙れんしてピクついてる。彼には申し訳ないけど、この手を離してもらうわけにはいかない。

 

「(僕も、かなり肝が冷えたよ。内容もそうだけど、ククールの話し方が上手いなんてものじゃなかった。

やっぱり、実際に体験してる人はとんでもないね)」

 

「(全くよ。途中から心臓が口から飛び出て来ないか心配で余計に怖かったわ)」

 

「さて!それでは次に行ってみましょうか!

今度の話し手は…女盗賊のゲルダさん!」

 

恨み言を全部吐く暇もなく会は勧められる。

 

「これだけ恐ろしい話の後にするのも気が引けるけど…

なぁに、アタシの負けず劣らずさ!お前ら!びびって腰抜かすんじゃないよ!」

 

声高に宣言し、恐怖で沈んでいたはずの会場中からちらほらと声が上がる。

流石は荒くれ者どもを率いていたゲルダさんだ。発破の威力が違う。

 

「それではいってみましょう!」

 

スポットライトの下で右手に持ったマイクを真上に掲げる司会。

さっきまではしてなかったのに…。

…ていうか、もう最高得点出たんだし、終わりで良くない?

 

「アレはアタシが船に乗ってた時のことさ…」

 

私の思いもむなしく、百物語は続くみたいだった。

 

 

 

 

To be next story.





今回のお話の元ネタは「不安の種」シリーズ(作・中山 昌亮)からです。
ですが、作者様には謝らなければならないことが。
そもそも二次創作は色々グレーなので、元ネタとして扱うのなら相応の調べをしなければならないと思っています。
それなのに今回は、画像検索で引っかかった「何これ怖ッ!」と思っただけで題材にしようと思いました。
当然、公式サイト等で読める立ち読みなども使い、作品そのものの世界観は理解したつもりですが、その分、元になった画像の話を調べにくくなってしまったのです。
…要するに、あんまりにも話が怖くてそれ以上読むのを拒否した。と言うことです
なので、元にさせていただいたお話とは大分、どころかかなり違うと思います。
…というか、「殺さないで」のところ以外は全く違うのかも。(世界観すら)
それでも、筆者的に引っ掛かりを持ったのであとがきにて弁明のような言い訳のような謝罪を致しました。

不安の種はホラー系が好きな方なら必ず楽しめると思いますよ!興味が出ましたら是非!実写化もされているそうな!

それでは、次回。
さよーならー。


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第二十七話 私と彼と百物語〜其の十二〜

さて、いよいよトロデーン百物語会も残すところも後四組。
今回の語り手は我らがげるださんじゅうにさい!見た目の割に思いの外年が言ってるというアネゴです!
不覚にも十二という数が被ってる!(今気がついた)

では、どうぞ!


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

これはまだアタシが二流からアタマをもたげた頃の話さ。

後ちょっとで、世界中で有名になれるってんで、知らず知らずアタシは焦ってた。

とにかく功を欲しがったアタシは至る所で盗み回ったさ。

洞窟、塔、滅びた城といったところはもちろん、地主や金持ちの家とかにもね。

ヤバイお宝を知ったのもその時だ。

廃れて廃墟となっていたある名家に盗みに入った時のこと。

そこには蔵が二つあった。

片方にはゴミ同然のガラクタばかり置いてある蔵。

もう一つはお宝と呼べるものばかりを集めてあった蔵だ。

とっくに誰も住んでいなかった家だからね。蔵から物を盗るのは大して苦じゃなかった。精々が重たいってくらいか。まぁ、うれしい悲鳴さ。

で、欲が出た。

チラッとしかガラクタの蔵は見てなかったからね。もしかしたら、とんでもないのが埋まってるんじゃないかと思った。

重たそうなのを一通り運び終えたアタシ達は、部下二人にガラクタの蔵を見に行くように言って、残りの細かな宝石だの装飾品だのをアタシ一人で漁ってた。

それの量が思いの外多くてね、予定よりだいぶ合流するのが遅れちまった。

先に行かせてた部下の二人はちょいとビビりでね。威勢はいいんだが、暗がりの中だと肝が小さくなっちまうような奴らだ。

だから最初は何かのイタズラかと思った。

 

ガラクタの蔵に行くと、部下の一人…Aとしとくか。が入り口に背を向けて何かを口にくわえてるんだ。

もう一人の部下…Bは、手にしてるロウソクがグラグラ揺れるのも気にしないでAの事をしきりに呼んでた。

 

「おい!何やってんだ!んなもん開けたところでアネゴは喜ばねぇよ!」

 

ってな具合でな。

あんまりにもビビり散らしながら言ってるもんだから、アタシを怖がらせようとしてやってるんだと思って、入り口の影から少し様子を見てたんだ。

だが、どうにも様子がおかしい。

Aは相変わらずガジガジと不快な音を立ててるだけで、一向にBに返事を返さない。二人は気持ち悪いくらい仲がよかったからね。そんなのはあり得ないのさ。

Bも、アタシが来るのを探ってる様子が一つもない。怖がらせようとする相手がいないんじゃ演技の意味もないんだから、チラリとだって入り口を確認するはずだ。

そこで気がついた。

これは普通じゃない。何か、魔物のせいかもしれないと。

 

「おい!なにやってんだいあんたら!」

 

そう考えてからはすぐだった。

一息に二人のところまで駆け寄って、まずはBに問いかけたんだ。

 

「あ、アネゴ!

や、ヤバイんですよ!なんか、Aがいきなり!」

 

冷や汗を垂らしながらBはAを指差す。指先はアホみたいに揺れてるんだ。筋骨隆々の、荒くれ者がだよ?これは多分魔物のせいじゃないと思ったのはその為だ。

指差された先を見て、アタシは本気でビビった。

 

死んだ目で、ひたすら木箱をかじってるAがいたんだ。

 

しかもただの木箱じゃない。鉄の鎖でぐるぐる巻きにされてんだ。どう考えても人の歯じゃ歯が立たない鉄の鎖を、どうにかして噛みちぎろうとしてるんだ。

半分パニックになったアタシはすぐさまそいつの顔を思いっきり殴ってその木箱を奪い取った。

手にまとわりつくのはAのヨダレだけじゃない、噛みすぎて歯茎から垂れた血もだった。

 

「アネゴ!それ、そこの鎧の隣にあったんです!」

 

惨状に呆気にとられてたアタシに声をかけたB。すぐに目に入った、鎧の隣にそれを叩きつけるようにしておいて、起き上がってきたAを連れて急いで外に出たんだ。

出た先に見えたのは井戸。

やることが理にかなってるかどうかなんて知ったことじゃないが、咄嗟にその井戸から水をすくい上げてAに、文字通り浴びせるようにして飲ませたよ。

あの木箱がなんなのかわからない。見た感じ魔物でもない。なら呪いの違いだろう。だったら、水で洗い流せるんじゃないかって思ってね。

我ながら頭の悪い結論だったが、それがよかった。

三杯目か四杯目だったかね…。

それまで、Bに押さえつけられてないと蔵の方に行こうとしてたAが急に暴れるのをやめてさ。

 

「…水浴びには早くないですか?」

 

なんて言い出したんだ。

怒りより先に安心感が湧いたアタシ達は、ホッと胸を撫で下ろして家に帰ったんだ。

 

 

翌日、パルミドにいる情報屋から盗みに行った名家の話を聞いたんだけどね。

なんでも、あそこには代々呪具が祀られてるって噂があったらしい。

呪具に祈りを捧げることでその家は長い間繁栄出来ていたんだ。

だが、ある代の当主が『そんな気色の悪いもの、どこかに捨て置け』とメイドにいったらしくてね。

昔から使えてたメイドは困り果てた末に蔵にしまうことにした。

宝の方じゃ目立つだろうから、詰め込まれてるだけのガラクタの蔵にしようってことでね。

それが原因で名家はその代で没する事になったんだが…

未だに、あの木箱の謎は解けていないんだ。

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「[隣の蔵のお宝]の話は以上だよ。

どうだい?あんたらもその家に盗みに行ってみたら。

責任は負わないけどね」

 

ふぅ…、と流れるような自然さでロウソクの炎が消えた。

 

「ククールさんに続き、実話からでした。

しかし恐ろしいお話ですね。盗みに行く、なんてことはまず無いでしょうけど、友人の家や祖父母の家だったりに蔵がある人は、不用意に触らないほうがいいでしょう…」

 

感想を言い終え、振り向く司会。

スポットライトに照らされた玉座の二人の手元には。

 

トロデ王[九点]ミーティア姫[七点]

 

とあった。

 

「おや、ミーティア姫様は七点ですか。あまり怖くなかった?」

 

不思議そうに問いかける司会に、ミーティア姫は少し困った表情を見せる。

 

「えっと、お話は凄く怖かったのですけれど、盗みに行った先での出来事なので、自業自得なのでは…?と思ってしまいました。

なのでこの点数です」

 

「なるほど。一理あります。ミイラ取りがミイラ、ではありませんが、減点されてしまうのも致し方無いでしょう」

 

「くぅ。手厳しいねぇ」

 

指を鳴らして残念がるゲルダさん。

会場からは、結構怖かったぞー、なんて応援めいた声が聞こえる。

 

「(ねぇあなた。どうしよう)」

 

「(どうしたのゼシカ?)」

 

いっそ繋がってほしいとまで思いながら彼の手を握る。

腕が震えて心臓が高い位置で鼓動を鳴らす。それは、さっきのゲルダさんのお話が怖かったからでも、ククールやその前の人たちのお話がぶり返したせいでも無い。

 

「(私、緊張してきちゃった。どうしよう)」

 

「(…頑張って!…痛っ!)」

 

無責任な彼の発言に思わず握る手に力を込める。

分かってるわよ。この緊張は自分でどうにかしなきゃいけないってことくらい!

分かってはいても、反撃せずにはいられなかった。

 

「さぁみなさん!トロデーン百物語会もいよいよ大詰め!残すところあと三人となってまいりました!

次なる語り手はこのお方!見た目が恐怖感から一切かけ離れている彼!

モリーさんです!」

 

瞬間、会場全体が揺れるような熱気と拍手に湧く。

さながら、バトルロードの試合が始まる直前のように。

そう。

今まではみんな座っているだけだった椅子の上に立つ、モリーさんの姿を見て。

 

 

 

To be next story.

 

 




今回のお話は「怖話ノ館」さんに投稿された「蔵にしまわれないお宝」というお話が元になっています。
知ってる方なら途中で察しがついたかと思いますが、怖話ノ館さんに投稿されてた内容とかなり類似しています。
気になった方は検索検索ゥ!
それにしても、蔵や小箱、といったものって怪談話とかの定番だったりするんですかね?
あの、とんでも怖い「コトリバコ」のお話も蔵から出た小箱だったような…
もしも、蔵に小箱やら怪しいものがあったら不用意に触らないことをお勧めします!

それでは、また次回!
さよーならー


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第二十八話 私と彼と百物語〜其の十三〜

さて、今回はモリーさんになります。
…正直、あの人が怖い話するところが思い浮かばず、割と大変だった…

では、どうぞ!


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

これはわしの友人と体験した話なのだが。

その友人は、その、とても臆病者なのだ。それを変えるべくわしの誘いに乗った。

つまりは、バトルロードだな。

彼の相棒はホイミスライムのホミン。彼に懐いていてとても賢く、また勇敢なホイミスライムだった。

彼らは必死に努力していた。

来る日も来る日も、素質のあるモンスターをスカウトするべく野を駆け山を駆け、時には海に潜ったりもしていた。

だが、ある日友人はふと思ってしまう。

自分に才能は無いのではないか?と。

無論、わしが見抜いた才能だ。無いはずがない。

だが彼は、持ち前の臆病さ故か自信を持てなかったのだ。

日々の日課であったモンスターの捜索、戦闘も二日に一度、五日に一度、と減っていき、最終的には半月〜一ヶ月に一度となってしまった。

が、彼は諦めたわけではなかったのだ。

今まで捜索や戦闘に使っていた時間を仕事に変え、自分で仲間にできないのならプロのハンターを雇えば良いでは無いか、とゴールドを貯めていたのだ。

私からすればそんなのはナンセンスなのだが…。本人が決めたのなら仕方がない。私も、出来る限り彼に協力したよ。

そうやって日々を過ごしていくと、彼はとうとう強いモンスターで作られたチームを連れて闘技場へやってきた。

 

うごくせきぞう、ストーンマン、ギガンテス。

 

どのモンスターも一筋縄では手に入らない強き者ばかり。

しかし、私はそこで気がつく。

 

「ホミンはどうしたのだ?」

 

私が尋ねると、彼は寂しげに頭をかいて。

 

「あいつは弱いから家に置いてきた」

 

そう、言ったのだ。

一番最初に仲間にしたモンスターは確かにバトルロードの編成からは外れやすい。

上へ上へと進むごとに対戦相手のチームは間違いなく強力なモンスターばかりになるからな。単なる戦力的な問題や、傷つけたくないという想いなどから外すオーナーは多い。

だが、戦いの場に…即ち、バトルロードで戦う日に、観客として相棒として連れてこない者など全くと言っていいほどいないのだ。

当然、私の選んだ者が…?と、私も悩んだよ。

しかし、彼の話を聞いて納得した。

 

「つい先日に、僕をかばってやられてしまったんだ」

 

ホミンは、既に亡くなっていたのだ。

私の手でも復活させられない、完全な死を迎えていた。

私は自分に腹が立ったよ。

彼がそんなことをする人物だと少しでも思ってしまったことにね。

そのせめてものお詫びと思って、翌日にホミンの墓参りをさせて貰ったのだ。

今思い出してもあのお墓は愛のこもった素晴らしいものだった。

 

…だから、かもしれん。

 

お墓の前で佇み、花を添え、私は手を合わせた。

するとどこからか、ウニョンウニョン、という音がする。

ホイミスライムを始めとする、あの触手が動く音だ。

 

「君は、もしかして新しいホイミスライムを手に入れたのかな?」

 

相棒を亡くしたオーナーは、相棒を忘れることができずに同じ種族に影を見てしまうというのはよくあることだ。

私はてっきり、彼もそうなのだと思ったのだが。

 

「いいえ。僕は捕まえても、買ってもいません。ホミンはホミンですから」

 

と、清く澄んだ目で言い切った。

彼自身、嘘をつくような人物ではないからな。すぐに信じられた。

ならば、今も聞こえているこの触手の音はなんだ?

彼の家は海辺にはなく、またホイミスライムが生息できるほど弱い生態系ではない。かと言って、上位種が蔓延るほどの危険地帯でもない。

わからなくなった私は素直に彼に尋ねることにしたのだ。

だが、帰ってきたのは彼の、酷く怯えた言葉だった。

 

「モリーさんも…聞こえるんですか…?」

 

言い合えるや否や私の手を取り、自宅へと彼は駆けた。

バタン、とドアが勢いよく閉められ、私も彼もへたりこむように玄関に座りこんだ。

 

「じ、実はホミンが亡くなった翌日から聞こえるんです。最初は、僕が忘れられなくて、いつまでも幻聴を聞いてるんだと思ってたんですけど…!」

 

いつになく慌てた様子で震える彼の話をよく聞いてみると、ここ最近、不思議なことばかり起きていたそうだ。

 

ホミンの寝床だった場所が乱れていたり。

保存庫の中から食材が減っていたり。

地震も風もないのに物が落ちたり。

閉じ忘れたドアが独りでに閉じられたり。

 

そのような些細な不思議がここ三週間ほどあったらしい。

彼が私に教えてくれると、ハッ、と気がついた顔をした。

「…丁度、ホミンが亡くなった時期からだ」と。

その瞬間から彼はおかしくなってしまった。いや、信じるようになってしまったのだ。

 

「ホミン…!ホミン…!ごめんよ…!僕のせいで…僕のせいで…!」

 

抱えた膝に頭を埋め、取り乱す。私の声も聞こえないほどに頭を振ってずっと、ホミンに謝っているのだ。

なにを謝っているのかまでは分からなかった。だが、それでも、心の底から謝っていることだけは私にも分かったのだ。

 

しかし、それでも幻聴は止まなかった。

それどころか、酷くなっていたのだ。

触手の動く音だけではない。ホイミを唱える音のようなものも聞こえるのだ。

私も腰を抜かしたよ。その場にへたり込み、何も考えることができなかった。パニックだったのだろうな。

そんな中で、彼は一際大きい声を出した。

 

「ごめんよホミン!お前はもう、死んだんだ!」

 

と。

その途端、パッタリと、不気味なほど静かになった。

自分たちの呼吸音だけが嫌に大きく聞こえるほどの静寂で、私も彼もようやく落ち着きを取り戻すことができた。

 

「…もしかしたら、ホミンは死んだことに気がついてなかったのかもしれません」

 

まだまだ乱れている呼吸の中で彼はそう言った。

私も、そうだろう、と頷き、その日は帰ることにした。後日、また改めて、と言ってね。

そうして彼がドアに手をかけて、開けた時…。

 

〔僕も入れてよぉぉぉ!!!〕

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「玄関の外で口から触手を生やしたような姿のホイミスライムが現れたのだ!

[ごめんよホミン]という話だ」

 

どこかカッコつけた感じでモリーさんはロウソクの火を吹き消した。

僅かな沈黙。それは、嵐の前の静けさのようで…。

 

「…いい話だと思ったのに。なんというオチなんですか…!!モリーさん!」

 

「んなぁ!?な、何故泣くのだ!!」

 

マイクを叩きつけんばかりの勢いで両手を振り下ろし、司会はモリーさんに激しく抗議し始めた。

そこから連鎖するように始まり、会場中から湧き上がる非難のような啜り泣く声。

私も、語り手の席にいなければ座布団の一つでも投げていたかもしれない。

 

「ど、どうしてあそこからそんなに怖い話になるのですかおじさま!ミーティアは、ミーティアはてっきり、優しいお話だと…」

 

どうやらそんな気持ちなのは私や会場の人たちだけでは無く、いつもならおっとりと温厚なミーティア姫もだったらしい。

 

「プ、プリンセス!?こ、ここは怪談を話す場なのだが!?」

 

「ですが!ですが!」

 

髪を振り乱し、必死に抗議するミーティア姫は正しくこの会場全員の代弁者だった。

 

「あ、あそこまで来ましたら、普通はお墓の前でホミンさんの笑顔を見ながら天国へ送り出す…ですとか!なのに…うぅ。ミーティアはとても悲しいです!」

 

そうして、とても悲しそうな顔をしたままプリップを書き上げたミーティア姫。

手元には。

 

[四点]

 

と、書かれていた。

 

「な、なんと…!私の、私のとっておきの怪談が、ミスター以下…!」

 

愕然とその場に両手をつくモリーさん。

それもそうだ。怪談として語るなら反感を買いやすい内容とは言え、ただのマヌケな話だったヤンガスに比べれば全然怖い。

その点数の理由についてかなり気になるけど…。

 

「違うだろー!」「そうじゃない!そういう怖いのじゃないんだ!」「それは怖い話とか怪談と言うよりは!」「そうよ!びっくり話よ!」「あれならいっそ良い話で終わらせて欲しかった!」

 

と、会場全体からそれらしい理由が沢山聞こえてくる。

そんな意見に頷かないわけではないけれど、流石にこのように非難轟々と言った感じだと、そこまで違くはなかったんじゃ?と思わなくもない。

 

「ひ、百物語会は一旦休憩に入りましょうか!

最後に、トロデ王の点数を教えてもらいましょう!なるほど、八点ですか!

それでは、休憩です!再開は十五分後!十五分後です!」

 

この状態だと続行は難しいと思ったのか、司会の人は口早に進めると、すぐに休憩へと移行した。

ほとんど真っ暗だったお城のホールはいつものように眩いばかりの明かり灯り、非難をしていた人たちも、ため息をついたり、それまでのお話を振り返ったり、お腹が空いたと子供に急かされたりしながら会場を後にしていった。

 

残ったのはトロデ王やミーティア姫を除く旅の仲間だった人たちだけ。

つまり、彼、私、ヤンガス、ククール、ゲルダさん、モリーさん、の六人。

 

「…モリーのおっさん、そう落ち込むな。オレは結構好きだったぜ」

 

「うぅ…ナイスガイ。私を慰めてくれるのか…。なんと心の広い…」

 

未だ両手両膝を地面につき、愕然としているモリーさんに、ククールが手を差し伸べている。

 

「あぁ。なにせ、これでも敬虔な使徒だからな。救いを求めるている人には手を差し伸べるんだ。

ま、それとは別にあの話がオレ好みってのは本当だけどな」

 

「そう…か。そう言ってくれる者が一人でもいてくれると私も救われる」

 

その手を取り、ゆっくりと立ち上がるモリーさん。

その顔には、すでにいつもの笑顔が戻り始めていた。

 

「さて、と。いよいよ残すところもあと二人。期待してるよ、バカップル」

 

「おいゲルダ!アニキたちその言い方はねぇだろ!

ですがアニキ!ゼシカ!アッシも期待してるでゲスよ!」

 

「あ、あはは。まぁ、楽しみにしておきなさい。すっごい話、してあげるから」

 

二人の期待に大口で答える。

…正直、私としてはこのまま帰りたいところなのだけど。

 

「うん。僕もゼシカも、それなりに怖いのを用意してきたから、楽しみにしてて。

…ククールに比べたら劣るかもしれないけどね」

 

「おいおい、勇者様がそんな情けない気持ちで戦いに臨んでいいと思ってるのか?

楽しみにしてるぜ」

 

ニヒルな笑みを浮かべて彼を一瞥したククールは会場の外へと歩き出していった。

 

「すまないな、二人とも。私のせいで微妙な空気の中話すことになってしまって。

いや、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がないなら

二人とも、私も!暗闇の中から応援しているぞ!」

 

申し訳なさそうに顔を伏せながらも、最後は笑顔と立てた親指を見せるモリーさん。

 

「だとさ。

それに、アタシもコイツも応援してるんだ。ま、頑張んな」

 

「頼んだでゲスよ!」

 

そうして、三人は会場の外に続く扉の方へと向かっていった。

残されたのは、私と彼。

 

「ねぇ、あなた」

 

「ん?」

 

「後に、引けなくなったわね」

 

「あ、あはは」

 

ギュッ、っと彼の手を握り、会場を見渡す。

やっぱりとっても広い。この空間を埋めるだけの観客の前でこれから私はお話をするんだ。

そう思うと身体が少しだけ震えてくる。

でも。

 

「お陰で腹が決まったわ。いいわ、やってやろうじゃないの。こんなの、世界を背負って戦った時に比べれば全然大したことないじゃない」

 

「…うん」

 

彼と顔を見合わせて、不適に微笑みあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




今回の話の元ネタは「銀魂」(作・空知英秋)の中であった「寝る子は育つ」の中でされた「ごめんねジェリー」という、お話です。
…えぇ、ホラーサイトとかそういうところからの引用(?)でもなんでもないです。
全体的な話の流れというか、話のオチの後というか、だいぶ元の話と似ています。

ちなみに、元のお話はというと。
寝れない→ラジオ(ごめんねジェリー)→さらに寝れない。
といった感じです。
何言ってるかわからない?そんな時は調べてみましょう!

それではまた次回。
さよーならー


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第二十九話 私と彼と百物語〜其の十四〜


とうとうゼシカの番が回ってきましたね!
可愛い!ゼシカ!好き!

では、どうぞ!


「それでは再開したいと思います!みなさま、席に着きましたね?では、暗転!

語り手はこの方。大魔法使いのゼシカさんです!」

 

司会の言葉で会場は暗闇に落ちる。

ざわめいていた観客席も、今では私の声に耳を傾けるだけ。

目の前で揺らぐロウソクは、私の決意を映すようにひと揺らぎもしていなかった。

 

「…あれは、私がまだ小さい頃に聞いたお話…」

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

その頃、私はこんな噂を耳にしたの。

 

[生き物を石化させる道具がある]

 

って言うね。

不思議と興味を惹かれた私は噂を知ってそうな人に片っ端から聞き回ったわ。

村の大人、子供、隣町の人にまで聞きに行ったりして事の真相を確かめたわ。

 

結果からいうと、それは昔に実在した魔道書で今はどこにあるのかわからないらしいの。

でも、私はその話を聞いてもう本を探そうとは思わなくなったわ。

…それどころか、しばらくは本が読めなくなってしまったの。

 

 

それはすごく昔のこと。

まだ、神様と人間が手を取り合っていたくらい昔のこと。

ある魔物を倒すべく、一人の勇者が立ち上がった。でも、周りの人はその人を勇者とは呼ばなかった。

勇者とは文武に優れた勇気ある人のことだと、その頃の人たちは思っていたから。

勇者は、魔法しか使えなかったの。

筋力は短剣を振るうほどもなくて、体力は村の少年の方があるんじゃないかってくらい少なくて。

それでも、勇者は諦めなかった。

その魔物は、自分の村を石に変えてしまった仇だったの。

復讐と呼べる心の炎が原動力だった勇者は自分の傷を、疲労を顧みることなく毎日毎日経験を積んでいった。

やがて、魔法だけなら誰にも負けないくらい強くなった勇者は、仇の魔物が住む遺跡へと向かったわ。

左手に、あらゆる魔法を留め置いた一冊の本と一緒にね。

 

勇者が魔物の根城に着くと、そこは惨状だった。

勇者とは違い、文武に優れた勇気ある人…つまり、当時の人たちが本当の勇者だと呼んでいた人たちの、石像にされた姿がいくつもあった。

男も、女も、優しい心に目覚めた魔物も。みんな例外なく石にされていた。恐怖に怯えて逃げようと考えている表情でね。

でも、勇者は逃げなかった。

むしろ、握っている本に込める力が一段と増してたの。

 

「本物の悪党でよかった…」

 

そう言ってね。

それから戦いが始まったわ。

中距離を得意とする魔物と、遠距離を得意とする勇者。二人は、互いに自分の最も有利になれるような立ち回りをしながら、相手がそうならないように妨害しあっていた。

詰めてくれば足元を破壊し、遠ざかろうとするなら壁際に追い込もうとして。

そうやって戦っていくうちに、ついに勇者は膝をつく。

どれだけ鍛えたところで元が大したことないんだもの、体力が巨大な魔物と渡り合えるだけにつくはずもなかった。

魔物はその機会を逃さなかったわ。

すかさず近距離に最も近い中距離に位置どって渾身の魔法を唱えようとしたわ。

でも、それが勇者の狙いだったの。

魔物が魔法を放つ瞬間、勇者はそれまで開きもしなかった本をとうとう開いた。

 

「飾りだと思ったか?これはとっておきなんだよ」

 

そう不敵に微笑んで呪文を口にした。

 

[魔物よ、この本に呑まれ、永劫に生きろ]

 

そんな恐ろしい呪文をね。

魔物はすぐに悟ったわ。

その本に呑まれてしまえば二度と外の世界には出てこられないこと。

自分の意思では指先すら動かせなくなること。

空腹にはなるのに、決して死なないこと。

もちろん、本が開かなければ呼吸もままならないだろうってこともね。

 

だから魔物は必死に逃げようとしたわ。

でも、逃げられなかった。

本に呑まれ、禍々しく光る呪われた本と成った魔道書に、勇者は笑顔を見せてこう言ったの。

 

「あとは、私が石になれば誰の手にも渡らない」

 

そう。どこかに封印して伝承を残してしまうより、この遺跡と化した自分の村で命果てた方が後世のためだと思って。

呑み込ませ、閉じた魔道書を開き、勇者はやり遂げた顔で石化したわ。

 

それが生き物を石化させる本のお話の全て。でも、これには続きがあるの。

 

「なぜ誰も知らないはずの魔道書が、噂になって広まってるの?」

 

私はそう聞いたわ。

そしたら、教えてくれた人が悲しげな顔をして口にしたの。

 

「…その本が、今も実在するからだよ」

 

って。

長い年月をかけて、魔物の住んでいた場所は発掘された。その時に、埃一つ被ってない不思議な本が見つけられたの。

当然、調査員たちはその本を持ち帰り、研究しようとページを開いたわ。

おかげで、二度と研究できない体になってしまったのだけれど。

 

それ以降、本の行方はわかっていないらしいわ。

ただ、その石化させる力があるせいで目撃情報だけが点々としているの。

 

ある所では、村の子供が石にされていて。

ある所では、本も読まなそうな戦士然とした男が石にされていて。

ある所では、知恵の深い者が石にされていて。

ある所では、神父たちが石にされていて。

 

それだけ聞けば嫌でもわかったわ。

本は、見た目を変えることによって色んな人に開かれるようにしている。そして、自分と同じように永遠の苦しみを与えようとしている。ってことにね。

 

…もしかしたら、貴方達の家にある本の中に潜んでいるかもしれないわ…。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「お互い、気をつけましょうね。石にされたら、もう、戻れないんだから」

 

微かに震える唇で、ロウソクを優しく吹き消した。

シンとする会場。

物音ひとつない暗い世界で、会場のどこからか物を落とすような音がした。それは、本を落とした時に出る音にとてもよく似ている。

 

「…ちょっと、やめてくださいよ…」

 

ブルブルと身体を震わせるのはスポットライトに照らされた司会。必死に勤めを果たそうとマイクを握るも、口を開かずにいる。

とうとう、助け舟を求めて玉座にいる二人に顔を向けた。

 

トロデ王[十点]ミーティア姫[十点]

 

「えっ、そんなに、怖かったかしら…」

 

思わず漏れてしまった本音に、途端に会場へ言葉が戻り始めた。

 

「…どうしよう。昨日買った本読めねぇよ…」「いやよ、あの、魔法の書かれた本高かったのに…」「バ、バカ言うな。そんな昔のがあるわけ…」「でも、あそこの勇者様が持ってる武器には何百年以上も前のもあるって…」

 

にわかに騒がしくなり始める会場に、私は不安を覚える。

ど、どうしてそんなにみんな怯えているのかしら…

 

「(やったね、ゼシカ!みんな怖がってくれたよ!)」

 

「(あ、あなた。で、でも本当にそんなに怖かったの…?)」

 

今はもうスポットライトもロウソクの灯りもない席で、彼に問う。

そう、あのお話は私のお手製だ。

彼に色々教えてもらったりしたけれど、どれも覚える気にはならなかった。だから、一番最初に聞いた彼の話を元に自分なりにお話を作ってみた。わけだけど…

 

「うーん…あの本どうしようか…」「まだ図書室に未開封のあったわよね…開けていいのかしら…」

 

会場から漏れ続ける不安の声。

 

「(うん。怖かったよ。

僕の話もそうだけど、やっぱりいつどんな時に自分に災いが降りかかるかわからない状態になると、不安で不安でしょうがないんだと思う。だからみんなあんなにも怖がってる)」

 

「(そ、そっか…。じゃあ、成功ってことで、いいのよね?)」

 

「(うん。

むしろ、大成功だよ!)」

 

彼の言葉にホッと胸をなでおろす。

良かった。みんなを楽しませることができたのね…。

 

「さ、さてさて!気を取り直していきましょうか!

大トリになります語り手は、トロデーン城が生み出した英雄!後世に語り継がれるべき男!そう!我らが勇者様です!」

 

今日一番の熱気に湧く会場。さっきまでの不安で埋もれていたのが嘘のようだ。

…それだけ、彼に人気があるって事よね。

ホント今更だけど、私の大好きな人はみんなからもこんなに好かれているのよね…。

 

「(頑張ってね、あなた!)」

 

スポットライトとロウソクが灯るよりも早く、私は彼の手を握った。

 

「(…うん!)」

 

何よりも、誰よりも先に彼を送り出せる。それは、誰もが憧れている彼を、独り占めにした私だけの特権だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





今回の元ネタは、ゼシカの言っていた数話前の主人公が話していた怪談(石像と本)と、ギリシャ神話のメドゥーサのお話をミックスし、それっぽく仕上げたお話です。
締め方は不安の種さんに近いですね。

…どれだけ不安の種さんの話怖かったんだ…私…。

それではまた次回。
さよーならー。


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第三十話 彼と私と百物語〜其の十五・終〜


今回はとうとう主人公君が語り手となります。
それでは、どうぞ。


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

みなさんは、お風呂に入っている時に誰かに見られたような感覚を覚えることはありますか?

あるいは、暗い夜道を歩いている時に後ろから視線を感じて振り向いたことは?

 

これは、そんな誰にでもある些細な違和感を追求してしまった一人の少年のお話です。

 

その少年は昔から人の気配に敏感でした。

脅かそうと柱の陰で待ち構えている友人を逆に脅かすことができたり、隣の部屋から来た人を足音が聞こえるより早く知ることができたり。

少年はその不思議な[能力]とも呼べる力を持っていましたが、けれど、使いこなせているわけではありませんでした。

自分の意思で気配を探れるわけではなく、常に、周囲から見えない[気配]という情報を自動的に受けているのです。

けれど、生まれ持った能力のため特に不便はありませんでした。

ただ一つ問題があったとすれば、誰もが持っている力を持っていると思っていたこと、くらいでした。

 

ある時、今日の私たちのように、少年の友人の少女が仲のいい人たちを一つに集めて怖い話をしようと計画しました。

 

少年と少女を合わせ集まったのは八人。

お話をするのが八番目だった彼は、他のみんなの怖い話を出番が来るまでずっと聞いていました。

やがて、少年の前の人が話を終えます。

「さぁ、自分の番だ」意気込んだ少年は、何故か明るくなった部屋に疑問を持ちます。

 

「まだ、オレ話してないよ?」

 

少しばかり不機嫌になっていた少年。

でも、周りの人たちは笑っていました。

 

「何言ってるの?さっき話したばかりじゃない」

 

みんなを集めた少女にそう言われ、少年は首を傾げます。

 

「いや、まだ七人しかやってないぞ?」

 

「何言ってるんだか。元々七人じゃない」

 

楽しげに笑って答える少女に、少年は持ち前の力を使って辺りを見ることなく数えて、再び言いました。

 

「いや、数えたけど、やっぱり八人いるよ」

 

「…え?」

 

少女は驚いた顔をすると、すぐに人数を数え始めます。指先を使って間違えないように。

 

一、二、三…六、七。

 

「変なこと言わないでよ。やっぱり七人しかいないじゃない」

 

「そんなはずは…」

 

そう言って少年も少女と同じようにして数えます。

 

一、二、三、四…七。

 

「おかしい。感じたのは八人だったのに…」

 

それまで気配を察知する方法で間違えたことのない少年は頭を振ってもう一度数え直しました。

けれど、何度やっても七人しかいません。

それなら、と今度は気配で数え始めます。

 

「…八人…?」

 

「ねぇ、いい加減にしてよ。そんなので怖がる人いないって」

 

怯え気味に言う少女。しかし少年は、今度は両方の手段を使って同時に数え始めました。

 

一、二、三、四、五、六、七…………八。

 

少年が最後に指差した先。

それは、円を作るようにしてみんなで座っていた場所の、丁度中央部分でした。

 

「ね、ねぇ、本当にやめて。怒るよ」

 

少年の震える腕に捕まり力なく言葉を口にする少女。

何故なら、少年が最後に指差した円の中央…。そこには、風も無いのに揺らぐロウソクしかなかったからです。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「…今、僕の前で揺らいでいるロウソクのように…」

 

ゆらゆらと、左右に揺れるロウソクに彼は息を吹きかけ、消した。

まるで、何事もなかったかのように。

 

「…あの、それって実体験だったり…?」

 

怯えたように聞いてくる司会に、彼は笑顔を見せて首を横に降る。

 

「まさか。僕は経験したことないですよ」

 

それを聞くと安心したのか、司会はほっ、と胸を撫で下ろし、普段の調子に戻った。

 

「いやぁ〜良かった!ククールさんやゲルダさんたちのように、実体験だったらどうしようかと思いましたよ!

しかし、こんな話を作れるなんて凄いですね!流石勇者様!」

 

明るい司会の声に触発されたのか、会場からも声が湧き上がる。そのどれもが、彼を褒めるものだ。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

そんな賛美の声を遮るように彼は慌てながら立ち上がる。

 

「た、確かに僕は体験してないけど、このお話自体は僕が作ったものじゃないですよ!」

 

「…え?」

 

彼の言葉に耳を傾けるため静かになっていた会場が、今度は沈んだような雰囲気で静かになる。

それは、私も同じで…。

 

「え、えっと、では、今していただいたお話は…?」

 

顎が外れそうになっている司会。けど、彼は特に気にする様子もなく。

 

「はい。実際にあった話を僕が知っていたので、ここでお話ししました」

 

そう、言い切ったのだ。

 

「あ、明かりつけろー!」「うわぁぁ!ロウソク、ロウソクさっき揺れてた!勇者様の!!」「大丈夫?ここ、人増えてないわよね!?」「じ、実は俺、さっきあそこのに人影が…」「おい!こんな時に変なこというな、ばか!」

 

パニックに陥る観客。会場には一気に明かりが付くと、地震のような揺らぎが訪れ、瞬く間に会場から観客はいなくなってしまった。

残ってるのは、旅をしていたみんなと、司会の人のみ。

 

「あ、え、えっと…

と、取り敢えずお二人の点数を!」

 

流石はプロ。

こんな状況になっても、仕事を続行した。

 

「えっと…その、ミーティアは十一点を付けたいのですけど…」

 

「わしは十点じゃ」

 

おずおずとフリップを持ち上げるミーティア姫と、いつものように真上に掲げるトロデ王。

最高点は十なのだけど、それを決めたのはトロデ王たちだろうし、この場合はどうなるんだろう…。

 

「だったら、後でお触れなりなんなりで[一つだけ十一点まで付けても良い]とかなんとかだしとけばいいんじゃないか?

集計する元の予定を少し遅らせたりすれば、まぁ、文句は出ないだろう。

これ、一応遊びだしな」

 

「…ククールの言う通りじゃな。

今日のこの後にでもすぐにお触れをだしておくわい」

 

「ま、誰かさんのせいで恐ろしい儀式みたいになっちまったがな」

 

ククールはそう言うと、隣にいた彼を見て楽しげに微笑む。

 

「うむ。まさかボーイにバトルロードの才能だけでなく、怪談話をする才能まであったとはな」

 

満面の笑みでマフラーをたなびかせるのはモリーさん。

二人につられてなのか、それまで見ていただけだったゲルダさんとヤンガスも彼の元へ寄ってきた。

 

「あ、アッシ、ビビって震えちまったでゲス!やっぱ凄いでガスなアニキは!」

 

「ま、アタシらの応援が良かったってことかね。

にしても、よくあんな話持ってたねぇ。アタシもいろんなところに盗みに行って、そこそこ沢山の話を知ってるけど、ここまでのはなかったよ」

 

「あはは。僕も偶然知ってね。これなら、誰に負けないかなって思ったんだ。順番がよかったって言うのもあると思うけどね」

 

まるで旅をしていた頃のように広げられる会話に、でも、私は混ざれそうになかった。

…こんな、震えた腕をしたままじゃ。

 

「…えぇと、それではみなさん。今回のトロデーン百物語会は、ただいまを持って終了とさせていただきたいと思います!」

 

「お、おぉ!そうじゃな!

皆の者!ご苦労であった!後日、順位等々の連絡をするから、今日は一先ず自宅に帰るなりして疲れを癒してくれ!」

 

唐突にミーティア姫は会の終了を宣言し、トロデ王が後に続く。

 

「…!

そ、そうですねミーティア姫。それではまた明日、仕事の時にお会いしましょう。

それでは」

 

そう言うと彼は、他のみんなにも手短に別れの挨拶をすませるて、少し遠くで見ていた私のところへと足早に向かってくる。

 

「(ごめん、向こうで話しよっか)」

 

耳の近くで囁いて、私の手を引っ張るようにして会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ここなら大丈夫かな」

 

そこは私達の家。

会場を出て少ししたところですぐにルーラを唱えた彼は、家の外にあるベンチに座る。

 

「ゼシカもおいで。ここなら多分、誰も見てない」

 

「…うん」

 

言われるがままに彼の隣に座る。

まだ、震えは治ってない。だから、もう限界だった。

 

「…バカ」

 

「え?」

 

「バカ!あ、あなた!私が聞いてるの知ってるのになんであんな話したのよ!とんでもなく怖かったんだけど!?」

 

私が震えてた理由。それは言わずもがな、彼のお話しが超が付くくらい怖かったから。

普通の時に話すならまだしも、みんなを集めて完璧な雰囲気を作り、しかも、会場全員の心持ちが固まった頃にあんなお話をするなんて、私以外の人だって怖がるわよ!

実際、怖がって逃げてたし!

 

「あ、えっと…。特訓したし、平気かなって」

 

「ダメに決まってるじゃない!何が『僕の前のロウソクのように…』よ!バカ!」

 

「あ、それはその…ごめん」

 

「…わかれば、いいわよ」

 

冷や汗を垂らしながら謝る彼。

私は、そんな気もないのに出てきた涙の雫を拭う。

 

「…でも、やっぱり条件があるわ。今度は二つ」

 

「…なに?」

 

「…一つは、次からは絶対今回みたいな会には絶対に連れて行かないってこと」

 

潤むだけとは言え、涙まで見せてしまった私の言葉に耳を傾ける彼。

私は、そんな彼の顔を両手で包んで、目の前で言う。

 

「二つ目は、その、怖いから暫く私を離さないで寝て…って、こと…」

 

「…わかった。今度は絶対に守るよ。

特に二つ目は」

 

私の言葉に、彼は優しく頷いた。

 

「…バカ。絶対守るべきなのは一つ目よ一つ目」

 

「でも、もしまた一つ目を破ったとしたら、その時も二つ目のお願いしてもらえるかもしれないし」

 

「…ちょっと、元からとは言え、真面目な顔して言わないでよ。もし一つ目を破ったら今度はないわ。

りこ…べっき…一緒に寝てあげないから」

 

「…どれも嫌だから絶対守る」

 

「うん。それならいいわ。

それに、別にあなたが望むなら、毎日だっていいわよ?離れないで眠るの」

 

やっぱり、彼と話すのは私にとってとてもいいことみたいで、さっきまであった怖がりな気持ちは、もう、だいぶ和らいでいた。

…それでも、しばらくは私の抱き枕になってもらうけどね。

 

「…なら、これからはずっとそうしようか」

 

「あはは。じゃあ、そうしましょうか」

 

見慣れた彼の真面目な顔に今度は笑って返す。

その言葉が本気だったと言うことに気がつくのは、もう少し先のことで。

今日は互いに抱きしめあって眠った。

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 





今回の怖い話は元ネタはないです。自作ですね。でも、こういう系(怖い話してたら本物出てきた系)は結構聞きますから、強いて言うならそれら全てが元ネタになるのかもです。

さて、次回は誰が優勝したのかが判明します。
それではまた次回。
さよーならー


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第三十一話 彼と姫と散歩道

今回は前回までに行なっていたトロデーン百物語会の優勝者、準優勝者、準々優勝者が発表されます。
と言うことはつまり…。

では、どうぞ。


「行ってらっしゃい、あなた」

 

「うん、行ってきます」

 

いつものように彼を送り出す朝。

外では何羽かの小鳥が庭の上で鳴き、彼が近くを通り過ぎてもその小鳥たちは逃げない。

吹き抜ける風は彼のバンダナの結びをたなびかせている。

 

「今日は仕事じゃないし、早いと思う」

 

「気にしなくていいわ。楽しんできて」

 

私がそう言うと、彼は少しだけ困ったような顔をしてルーラを唱えた。

行き先はトロデーン城。

トロデーン百物語会の結果が昨日届いた。

一位は彼で、二位がククール。三位は私だった。

上位者三名には商品が送られ、彼は会の冒頭で言っていたミーティア姫との一日デートとトロデーン城で使える二千ゴールド分の商品券。ククールは千ゴールド分の商品券で、私が五百ゴールド分の商品券。

元々は商品券だけだったけど、ミーティア姫が勢いで足してしまったらしい一日デートの権利。

 

「…楽しんできて、か」

 

そして今日がそのデートの日。

と言っても、一国のお姫様である以上どこかに出かけたりというわけにはいかないらしく、トロデーン城の中でのデートになるらしい。

 

「あの人、心変わりなんて…しないわよね?」

 

ミーティア姫に対する不安が無くなった今、気がかりなのは彼の方だ。

万が一にも可能性はないと知っているけれど、億が一にはあるかもしれない…

そんな不安が募るばかり。

 

「…気にしても仕方ないか。

私はいつも通り過ごしましょ」

 

そんな不安を払うように独り言を口にする。

そう、考えても仕方がないのだ。世の中はなるようにしかならない。それを旅で知った今、人の心の移り変わりを案じるだけ意味がない。

 

「なんにせよ、一度は帰ってくるはずだし。その時にまた心を掴めばいいだけよね!」

 

最後に決心を胸にして、私はいつも通りに家事をすることにした。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

「…まだ、来ないかしら…」

 

憧れのあの人をお部屋の椅子に座って待つ。約束の時間まではあと十分くらいありますけど、そわそわして落ち着かない…。

今日のために用意してもらった絹のローブをシワを伸ばしたり、肌触りを確かめたりしています。

 

「…まさか、こんな機会がくるなんて思いもしませんでした…」

 

漏れてしまった言葉に驚いて手で口元を覆ってしまう。

…今はもう姫ですから、変ににやけたらだめですよね。示しがつきませんもの。

そうやって待つ事五分。

もう、遠い昔のように思えてしまうほど聞き慣れたノックが響きました。

 

「ミーティア姫。お迎えにあがりました」

 

「…どうぞ」

 

あの日、結婚式場に向かう日と同じことを言って、憧れだった人はドアを開けました。

 

「…えっと、今日はよろしくお願いします…」

 

今にも旅に向かいそうな服。トレードマークのバンダナ。優しそうな目に、不思議と頼りになる声。

ミーティアの心の底から憧れていたあの人が、今、部屋の入り口から入ってきてくださった。

どこか、ぎこちない動きで。

 

「…うふふ。そうかしこまらないで。もう、昔とは違いますから」

 

「しかし…」

 

閉めたドアの前で戸惑う彼に、悪いこととは思いながらも、ミーティアは少しだけ意地悪をしてみたくなりました。

 

「あら、でしたら貴方はこれからデートするお相手にもそんな風に話すのかしら?」

 

「そ、それは…。…はい。えぇと、普通に、話す…ね」

 

とても困った表情で言葉を選ぶ彼に、思わず笑ってしまいます。

 

「ミーティア姫、そんなに笑わなくても…」

 

少し焦ったように私の座っているところまでやって来た彼に、ミーティアの前で寂しそうにしている椅子に座ってもらえるよう促しました。

 

「…えっと、失礼、します」

 

「まだかしこまってますわ。ほら、旅の皆さんとお話しする時みたいにしてくださいな」

 

「…わかった。

これでいいかな。ミーティア…姫」

 

「今日は、姫、も取ってくださいね?」

 

「…わかった。ミーティア」

 

「ふふ、なんだか、とっても懐かしい感じ」

 

恐る恐る、といった風に呼び捨てで『ミーティア』と呼んでくれた彼。

敬称を付けずに呼んでもらえるのなんて、本当、いつぶりでしょう…。

 

「そうだね。少し、照れくさいな。

あれ、そう言えば今日はいつものドレスじゃないんだ」

 

「えぇ。デートですから。代わり映えのしない衣装では面白くないですもの」

 

ミーティアは、立ち上がって彼に服をお見せしました。くるりと、一回りして。

おかしいですわね…。ただ服が違うと言ってもらえただけですのに、こんなにも嬉しいなんて。

 

「それでは、ここで少しお茶をしてから行きましょうね」

 

「うん。それじゃあ、持ってくるよ」

 

そう言って彼は立ち上がしました。

まだ、近衛兵だった頃のくせが抜けないのでしょうか。

 

「もう。今日は貴方も楽しむ日なのですよ?お茶は他の方が持ってきてくださいますから、座ってください」

 

「あ、そ、そっか。ごめん」

 

「ふふ、なんで謝るんです?ミーティアは怒ってませんよ」

 

「あ…ご、ごめん」

 

「ほら、また謝った」

 

ミーティアの言葉で彼はまた笑顔になりました。今度は、違和感のないいつものような優しい笑顔。

はしたないと思いながらも、ミーティアも笑ってしまいます。

とても、楽しい。本当に…。毎日続けても、きっと飽きないコト…。

 

少しずつ笑い声が消え始めた頃、部屋のドアをノックする音が聞こえました。

 

「きっと、お茶ですわね。

どうぞ」

 

中に入ってきたのは思った通り二人分の紅茶のセットを手にした一人の侍女。

最近からミーティアのお付きになった子でのメリー。

 

「…失礼します。紅茶をお持ちいたしました。

もしお代わりが欲しければ外に立っていますのでお申しつけ下さい」

 

用意を終えると、深々とお辞儀をして去ろうとするメリー。

ミーティアは彼女がテーブルから離れる前にいいました。

 

「ありがとうございます。でも、外に立ってなくても大丈夫ですわ。

これを飲み終えたら、お散歩に行きますから」

 

すると侍 メリーに、いつものように「ほどほどにしてくださいね。お姫様なんですから」なんてお小言をされてから、部屋を後にしました。

 

「メリーったら。お客様の前であんなこと言わなくてもいいですのに…」

 

「あはは。もしかして、今でも時々抜け出したりしてるの?」

 

「…少しだけです」

 

まだ熱い紅茶を口に運んで弱々しく否定しました。すると、彼はほんのり困った顔をして、ミーティアをたしなめます。

 

「あんまりみんなを困らせたらダメだよ。旅をしている時みたいに、僕や他のみんなが必ず側にいるわけじゃないし」

 

「でしたら、今日は少しだけ無茶をしてもよいのですね。嬉しい」

 

「いや、そういうことじゃないけど…。

でも、それで普段大人しくしてくれるなら、いいのかな…?」

 

ミーティアに続いて紅茶をお飲みになる彼。

その姿は、やっぱり、長い間見ることのできなかった姿。もう、見れないと思っていた姿は。

 

「今日はどこを巡りましょうか」

 

「そうだね…。お城からでれないのなら、他の人達の仕事を見て回るっていうのはどうかな」

 

ミーティアのカップに紅茶を注ぎながら彼は提案しました。

ミーティアはその提案に頷きますが、できればお城の外に出たいな…と思ってしまいます。なんて、わがままですわよね。

 

「そうなると、訓練場や食堂、図書館とかあるけど、どこから回る?」

 

「う〜ん…。

そうですわ!貴方にお任せします!その方がわくわくして楽しいですから!」

 

「わかった。じゃあ、僕に任せて」

 

頼もしく言ってくださった彼を見て、ミーティアは思わず微笑みました。

やっぱり、彼の言葉はとっても頼りになります。

 

「うふ。それでは、お茶も無くなってしまいましたし、そろそろ行きましょうか」

 

「うん。じゃ、行こうか」

 

立ち上がると、彼はミーティアに手を差し出します。その手を取って、ミーティアも立ち上がりました。

…手を繋いで歩くことは出来ませんでしたけれど。それで、いいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一通り、お城の中は見て回りましたわね。この後はどうします?」

 

図書館で何冊かの気になっていた本を借りる予約をしてお庭に出ました。

彼とは、手が触れ合うかどうかの近さでずっと歩いています。

 

「…実は、行きたいところが一つだけあるんだ。付き合ってもらってもいいかな」

 

「…!

もちろんですわ!今日は貴方とのデートですもの。どこにだってお伴いたします」

 

どこか微笑んでいる彼に、ミーティアはすぐに答えてしまいました。

けれど彼は、嬉しそうに頷いてミーティアの手を握りました。

 

「………。うん。ここなら誰もいないか」

 

何か独り言を呟いた後、魔法を唱える音がします。

不安になって彼の顔を見ると、彼は笑顔で頷いて。

 

「それじゃあ、飛ぶよ。しっかりつかまっててね」

 

言葉と同時に訪れる浮遊感。それはすぐに移動する力を身につけて、気がついたら見えていた世界がガラリと変わっていました。

 

「…ここは、トラペッタ…?」

 

「少し、見て回ろうか」

 

そう言って手を取り歩き出した彼。

それはまるで、遠い遠い日のミーティアのよう。

 

「今日はお弁当はないから、お腹が空いたらどこかで食べよう」

 

「…はい!」

 

貴方はあの日のことを覚えていてくれたのですね…。

 

今はもう思い出となってしまった街。お馬さんの頃に訪れたきりの街。見える景色は、あの頃よりも小さく、弾む気持ちは変わりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 

 




ということで、ミーティア姫と勇者君のデート回というわけです。

それではまた次回。
さよーならー。


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第三十二話 私と貴方と遠き日の夢

前回の続きになります。

では、どうぞ。


「うふふ。貴方とこうしてこの街をまた歩けるなんて、思いもしませんでしたわ!」

 

彼よりも少し前で、小さくなったトラペッタの街を眺めて歩く。

あの日、お弁当を広げて座った木は見上げるほども無くて、過ぎた時間を感じます。

 

「本当はみんなで旅したところ全部を行きたかったんだけど、そこまでの時間はないから、一番思い出深いかなって思ったところに行こうと思ったんだ。

ここは、僕とミーティアが二人て来た場所だから」

 

「えぇ、えぇ。覚えていますわ。鮮明に。あの時は駄々をこねしまってごめんなさい…。

でも、本当に楽しかった。それが今日、また二人でここに来れるなんて本当に夢のよう」

 

後ろを歩く彼に振り返ると、そこには笑顔がありました。

愛しくも手の届かない、優しい笑顔が。

 

「実は、少し不安だったんだ。旅を始めたばかりの頃にここに訪れた時、町の人たちはトロデ王に石を投げていたから…。もしかしたら、嫌な思いをさせてしまうかと思って」

 

初めて訪れた日。それは、ミーティアとお父様が姿を変えられて間も無くの頃でした。

あの時はまだ変わってしまったことを受け入れられず、どこか人の姿のままだと思っていました…。だから、石を投げてきた街の方たちにも言いようのない怒りを覚えましたけど…。

でも。

 

「…あの時は確かに怒りましたけれど…。あれは仕方のないことだと分かっていますわ。

ミーティアだって、今のトロデーンに魔物が現れたらきっと悲鳴をあげてしまいますもの。例えそれが、貴方や一緒に旅をしたみなさんが呪いで変えられてしまった姿だったとしても。知らなければ、きっと…。

ですから、今はもう怒ってはいません」

 

「…そっか。それなら良かった」

 

悩みが晴れたのか、彼は私の隣へと駆け寄ってきました。

手を繋いで歩いていないのが不自然なほどに近いところまで。

 

「ミーティア、お腹は空いてない?」

 

「…恥ずかしいですけれど、少しだけ」

 

きゅるきゅると切ない声を小さくあげる自分のお腹に手を当てて答えます。

この人の前でお腹を鳴らしてしまうなんて。顔が赤くなっていなければいいのですけれど…。

 

「それならどこで食べようか。と言っても、ここは宿屋か酒場くらいしかないけど」

 

近くにあるベンチに座って行き先を考えます。

旅をしている間は出来なかった、普通のこと。今も、遠くまで行ったとしてもお城の中でしかご飯を食べたことがないから、とても迷ってしまいますけど…。

 

「…酒場、でご飯をいただきたいです。

宿屋は、もしかしたらこの先行く機会があるかもしれませんけれど、酒場は間違いなく行かないでしょうから」

 

答えると、彼は頷いて立ち上がり、ミーティアに手を差し伸べます。

 

「それなら、石段を登っていくけど大丈夫?」

 

楽しげに笑う彼に、少しだけむっとして。

 

「もう。バカにしてるの?そのくらい、ミーティアにだって出来ますっ」

 

その手を握らずに立ち上がってしまいました。

 

「あはは。ごめんごめん。じゃあ行こうか」

 

「知りません。貴方は一人で歩いてくださいな」

 

自分でも驚くほどツンとした態度に戸惑ってしまいます。

どうして、こんなにもむっとした気持ちが出てにてしまうのでしょう。

わからずに悩みながらさし当たった石段。

多分、考えながら登ったのがいけなかったのです。

 

「きゃっ!」

 

石段の半ばくらいで踏み外してしまいました。

登っただけでわかる硬い石の感触。こんなところに頭を…いいえ、例え、手、だけだったとしても、転んでぶつけてしまったらただでは済まない…。

痛みに耐えるため、目を閉じて、来る衝撃に備えました。

 

「…っ!

あ、あれ?」

 

ですが、感じたのは鈍い痛みではなくて、温かな温もり。それと、耳元で聞こえる僅かな焦りの吐息でした。

 

「あ、危なかった…。

ダメだよミーティア。もし怪我でもしたら、みんな悲しむんだから。しっかりしてくれないと」

 

「あ、えっと…あ、ありがとう…ございます…」

 

彼は、上から落ちてきそうになったミーティアをその両手で受け止めてくれたのです。

まるで、お姫様抱っこをするように。

 

「うん。

それより、どこか痛いところとかはない?見た感じは怪我とかなさそうだけど…」

 

「…今は大丈夫。ただ…」

 

「ただ…?」

 

焦るような顔をしてミーティアを見てくださる彼。

その表情は、ミーティアの押し留めていた決心を振り払ってしまえるほどに愛おしく映ってしまいました。

 

「…少し、転んでしまったのが怖くて足が震えています…。

出来れば、震えが収まるまで手を握っていてほしい…。だめ、ですか?」

 

もう二度と、決して外には出さないと決めていた想いが溢れてしまいました…。

 

「それは…。

…うん、分かった。こうなったのも僕のせいなところがあるし、震えが止まるまでだったら、手を貸すよ」

 

僅かに困った表情からすぐに笑顔になって、受け止めたままだったミーティアを確かに石段の上に立たせてくれました。

ミーティアの左手を握ったまま。

 

「…(ごめん、なさい)」

 

「え?」

 

「い、いいえ!なんでもありません!

さ、さぁ、もうミーティアはお腹がペコペコです。早く行きましょう!」

 

「ま、また転ぶよ!?」

 

しっかりと握った彼の手を引っ張って急ぎ足で石段を登ります。

…脚が震えてる、なんてウソ。本当は、彼と少しでも触れ合っていたいだけ…。

こんなこと、許されることではありません。でも…

でも、今日だけは許して下さいますよね。ゼシカさん…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、酒場…」

 

入り口を開ける前から聞こえていた楽しそうな音楽。ドアを開ければ、その音は更に胸を弾ませます。

立ち込めるお酒の匂いも気にならないほどの活気。まだお昼なのに、何人もの人がお酒を片手に笑いながら言葉を交わしています。

 

「あら、いらっしゃ〜い。二人?

おっけー。じゃ、あっちの端の方にどーぞー。あとで注文聞きに行くから、それまでに決めといてねぇ〜」

 

バニーガールさんに案内された席に座り、メニューに目を通すと、見たこともないお料理ばかりが書かれていました。

知っているのなんて、いくつかのチーズと枝豆、それと他のお城へお邪魔した時に食べたことのあるお豆腐くらい。

…もつに、って、なんなのでしょう…。

 

「それは動物の腸を煮込んだ食べ物だね。牛とか豚とかが多いけど、馬を使ってるところもあったなぁ」

 

「お、お馬さんの腸を…!?」

 

思わず、自分のお腹に手を当てます。

 

「あ!ご、ごめん。今のは忘れて。

それより、ほら。こっちのはどう?」

 

お馬さんと聞いて取り乱すミーティアに、彼が指差したのは[唐揚げ]というメニューでした。

…どこかで、聞いたことがあるような…?

 

「それは鶏肉を揚げた食べ物で、他にもタコとかイカとか魚を使ったものもあるんだ。

トロデ王のお気に入りの一つだったと思うけど、食べたことなかった?」

 

「えぇと…そう!とっても昔に一度だけありました。

お父様が内緒でお酒を飲んでいるところをミーティアが見つけて、お母様に伝わったら大変だからと、一つだけいただいたことがありますわ」

 

「それならこれ頼んでみる?」

 

「はい!是非!」

 

ミーティアが頷くと、彼は近くにいたバニーガールさんにいくつかの注文をしました。

聞き取れたのは、お豆腐とふつうのチーズにやわらかチーズ。それと鳥の唐揚げ。サラダも言っていましたけど、何サラダかまではわかりませんでした。

 

「あ、お酒はダメだよ。予定はなかったはずだけど、帰った時にもしも来客があったら大変だからね」

 

念のため、と付け加えて彼に注意をされてしまいました。

もう。ミーティアがたくさんお酒を飲んだのは、あの時の宴の席だけですのに。

 

「えぇ、もちろん。貴方は飲まないのですか?」

 

「僕はミーティアを守らないといけないし、帰る時に酔ってルーラを失敗したら大変だから」

 

安らぎを与えてくれる眼差しでミーティアを捉え、固く決心したように言ってくださる彼。

ミーティアを守る…。それはきっと、お城のみんなが心配するからですわよね。けれど、分かっているのに胸が張り裂けそうになるくらいドキドキしてしまう自分がいます…。

 

「…そうですわよね。

うふふ」

 

「…?僕、何か変なこと言ったかな」

 

「いいえ。いいえ何も。ただ、ちょっと…」

 

思わず漏れてしまった笑み。

ミーティアは、ミーティアは今、とても嬉しいのです。守ってくれると言ってもらえて。

でも、そんなことを彼に伝えてはダメ。

 

「…?よく分からないけど、ミーティアが平気ならいっか」

 

「はぁ〜い。イチャイチャしてるところ悪いけど、お料理よ〜。

旦那さんも大変ねぇ。こんな野蛮な店に来たがる子なんだもの、きっとおてんばなんでしょ?ちゃんと手を握っといてあげなきゃダメよー。

それじゃね〜。追加が欲しかったらまた呼・ん・で。チュッ」

 

トレイに乗せて持ってきて下さったお料理をテーブルに並べ終えますと、バニーガールさんは彼に…な、投げキッスをしてから帰って行きました。

………………。旦那、さん。それはつまり、ミーティアが彼の、お、お嫁さんに見えたと、言うことですわよね…。

 

「え、えっと、冷めないうちに食べようか!

はい、唐揚げ!」

 

「あ、ありがとうございますわ!

そ、それでは戴きます!」

 

ぼーっとしていたミーティアの前に置かれた小鉢の音でハッと意識が戻りました。

胸のうちに渦巻いていく不思議な感情。今はそれを考えから追い払って、彼と変になってしまった空気を払拭するように、美味しいお料理を戴きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかったですわね!」

 

「うん。少し食べ過ぎたかも」

 

お会計を済ませてお店を出たミーティアたちは、食後の運動も兼ねて、また少しだけ街を歩く事にしました。

今度は、民家の多い二階を。

 

「ユリマさんとルイネロさんはお元気でしょうか」

 

「そういえばしばらく会ってないな…。

寄ってみる?」

 

「…いえ。占い師の方なのですから、変装していてもきっとミーティアがトロデーン城の王女であることがわかってしまいます。余計な気は使わせたくありません」

 

「そっか。

それなら、二階を一周したら帰ろうか」

 

「………。

はい。そうですわね」

 

横でかすかに感じる温もり。触れ合っていませんけれど、確かにそこにあると感じてしまえる距離。

…本当は今すぐにでもその手を握りたい。抱き着いて、抱きしめて欲しい。…ですが。ですが、それだけはダメ。

貴方は、もう他の方の愛を受けてしまっていますもの。貴方はもう、他の方に愛を捧げていますもの。

伝える勇気を、押し通す勇気のなかったミーティアが今さら覆すことだけは許されません。

だから、だから今日は本当に嬉しかった。

貴方がこの気持ちに気付いてくれているかは分かりませんけれど…。ミーティアには、本当に、素敵な一日でしたのよ?

ですから…

 

ですから、あと一度だけでいいの。私の手を握って下さい。

貴方の意思で、この手を取ってください。

 

「それじゃあ、帰ろうか。あまり遅いとみんな心配するし」

 

気が付けば、酒場の前にいました。いつの間にか街の二階を一周していたみたいです。

景色を見た記憶はないけれど、でも、とても大切なひとときでした。

遠い遠い日を思い出させてくてた、ミーティアの宝物。何物にも代え難い時間。

こんな日を、もう観ることはないのですね。

 

「…はい。

そうですわね。もう、帰りましょうか」

 

彼がミーティアの手を優しく包みます。かすかに、震えた左手で。

その手は、少しだけ痛く感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミーティア姫様、失礼致します。お茶をお持ち致しました。

…おや、勇者様はもうお帰りになられたのですか?」

 

「えぇ。もう、帰ってくることはありません」

 

「…では、姫様の分だけを…」

 

「いえ、二人分で良いのです。メリー?貴女と少しお話がしたいと思っていましたから。こちらにお座りになって?」

 

「…承知致しました」

 

部屋にメリーを招き入れて、ミーティアは、少しだけ昔話をしました。

もう帰らない、遠い日の夢を。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

 

「お帰りなさい、あなた」

 

「ただいま、ゼシカ」

 

夕方、まだ陽が落ち切らない時間に彼は帰ってきた。

どこか浮かない顔をして。

 

「…あなた?」

 

「………。

うん!?あ、ごめん、聞いてなかった。なんていったの?」

 

「ふふ、まだ呼んだだけよ」

 

「そっか、それなら良かった」

 

ぼぅっとして、少し辛い顔をした彼。

デートをして何があったのは分からない。多分、私が聞いていいことじゃないんだと思う。

 

「…あなた?」

 

唐突に暗くなる視界。それは、彼が私を抱きしめたということだとすぐに分かったけれど、理由がわからない。

 

「こんなこと言うのは…変かもしれないけど。

僕は今、とっても幸せだ。ゼシカと一緒に暮らせて本当に嬉しい」

 

「ど、どうしたのよ急に」

 

いつもより少しだけキツく抱きしめてくる彼に、仕返しとばかりに私も力を込める。

 

「ゼシカは、幸せ?」

 

「…うん。多分、あなたが思っているよりもずぅっと私は幸せを感じてるわ」

 

「そう…そっか。それなら、良かった」

 

「どうしたの?今日のあなた、変よ?」

 

ゆっくりと、どこか安心したように腰から離れていく彼の腕。

私の質問に、彼は首を横に振ってから微笑むと。

 

「ううん。ただ、ゼシカのことを愛してるんだなって、再確認してただけ」

 

そんなことを言い出した。

 

「もう。やっぱりあなた変よ?

ほら、早く中入りましょ!あんまり外にいると風邪引くわ」

 

まだ少しぼうっとしている彼の手を取って、家の中へと引っ張る。

 

「あ、そうそう!今日は気が向いたからご馳走作ったわよ!あなたが着替えてる間に用意が終わるはずだから、楽しみにしててね!」

 

「本当?嬉しいなぁ。

じゃあ、すぐ着替えてくる!」

 

笑顔に戻った彼に微笑みを返し、台所へと向かう。

食事をする間、どんな話をしようか考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




ミーティア姫のデート回書いてて思ったんですけど、この子、すっごく良い子じゃありません?
健気で、一途で、優しくて、芯の強い。そんな子なんだなぁと、書いてて深く認識しました。
…もっと影さえ濃ければ…!

それでも私はゼシカが好き!

ではまた次回。
さよーならー。


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第三十三話 私と旦那様と二度目の始まり

Ⅷをやり直したい衝動に駆られながら書きました。

では、どうぞ。


「………なんで、こんな時間に起きたのかしら」

 

妙なまでにスッキリとした頭と、すっかり冴えてしまった眼。驚くほど快適な目覚めは、けれど、外の暗さでため息が出てしまう。

時刻は早朝四時。

電気の消えた部屋よりは明るく、外だけを見ればまだまだ暗い時間。

当然、隣で眠る彼は見てて微笑みたくなるような寝息を立てている。

 

「(寝直すのは…ちょっと無理よね)」

 

もぞもぞとベッドの上で寝返りを打ちつつ呟く。

ホント、なんでこんなに気持ちいい目覚めなのかしら。毎日こうならいいのに。

 

「(まぁいいわ。起きちゃったのなら、できることをしましょう)」

 

恋しい彼の温もりから離れる決意を言葉にし、やっぱり不思議なほど快調な身体を起こした。

 

「………」

 

私が動いたせいで、首を少し動かしたけれど、まだ彼は眠っている。

 

「(早起きは三ゴールドの徳、って聞いたことあるけど、こういうことだったのね)」

 

薄く笑って、こっちを向いている彼の頬に唇を当ててから、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと。起きてきたはいいけど、まず何をしようかしら」

 

庭で楽しげに鳴く小鳥達の口笛を耳にしながらソファに座る。上から下に降りてきただけなのに、外はさっきよりも明るい。

朝食の準備はいくらなんでも早すぎるし、洗濯物は昨日全部おわしちゃったからない。

他にやることといえば、いつも後回しにしてしまうようなお風呂を洗うことか…思い切って全部の窓を拭いたりだろうか。

 

「お風呂掃除はまだしも、窓を全部拭くのは気合がいるわね…」

 

大したことでもないのに本気になって考えてしまう。

…このまま、くだらないことを考えるのに時間を使うのもアリかもしれないわね。

そんなことを考えながら、ふと、今日が何日か気になった。

いつもなら存在すら忘れている物なのに、なぜか今は異様なまでに日付が気になって仕方ない。

何をするのか考えるのをやめ、部屋を見回す。

けど。

 

「…あれ?この部屋にはなかったんだっけ」

 

あったと思っていた場所にカレンダーがかかっていなかった。

 

「おかしいわね。隣の部屋だったかしら」

 

ソファから立ち上がり、お客用の部屋まで足をのばす。

けれど、やっぱりそこにも無い。

 

「……?」

 

まだ半年分くらいは残っているから処分したとは考えられない。というか、そもそも私は捨ててないし、彼が捨てるところも見ていない。

頭を悩ませながら部屋に戻り、再びソファに座りなおす。

 

「う〜ん?どこかに纏めたりもしてないはずだし…」

 

魔物か妖精のイタズラくらいしか思いつかない。でも、少なくとも魔物はこの家の中には入って来てないし、妖精だって旅してる間に会ったことがあるのはラジュさんくらいだから考えにくい。

…そう言えば、昨日彼は私より後に寝室に来てたっけ。

 

「もしかしたら何か知ってるかも。起きて来たら聞いてみましょうか」

 

自分で考えてわからないなら他の人に聞くのが一番だ。考えることを一旦やめて、とりあえず今できることをしなきゃね。

 

「…って、もうこんな時間!?そろそろご飯の支度しないと!」

 

なんとなく確認した時計はもう間も無く六時を示すところだった。

すぐにソファから立ち上がり、台所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………。

やっぱり、どこにも無かったわね…。カレンダー」

 

時刻は間も無く十八時。丁度、カレンダー捜索を辞めた時間と同じだ。

あの後、ご飯を作ったり食べたりしたお陰で、すっかりカレンダーの事を聞きそびれてしまったのが今でも悔しい。

結局今日一日、ずっと消えたカレンダーの事で頭がいっぱいになってしまった。

家事や便利そうな魔法の開発をする間もひたすら考えていたせいで、パッとしないままいろんな事を終わらせてしまったから、変に気持ちが悪い。

それに、何か大事な事を忘れているような気がしてならない。

 

「で、でも良いわ。そろそろあの人が帰ってくる頃だし、ようやく気分が晴れるわ!」

 

夕飯を作る今この時でさえ私を悩ませ続けるこの疑問。それがもうすぐ解けるのかと思うと嬉しくなってくる。思わず、料理を盛り付けるのが楽しくなる。

 

「ただいまー」

 

「…!

お帰りなさーい!」

 

玄関の方から聞こえたドアの開く音と彼の声。

ようやくこの悩みから解放されるのね!

途中の料理も気に留めず、急いで手を洗い、拭いながら彼の元へと向かう。

 

「ねぇあなた。ちょっと気になったんだけど…って、え?」

 

部屋のドアの前で彼に鉢合わせする。少し身体がぶつかりそうになったけど、驚いたのはそれじゃ無い。

 

「はい、これ」

 

彼が差し出して来たのは、布が入っているっぽい大きめの包み。

 

「え、あ、ありがとう」

 

「開けてみて」

 

何が何だか分からないまま、彼に言われた通り包みを開ける。

中に入っていたのは、私がいつも来ている物と同じ服だった。

 

「……??」

 

これは、もしかしなくてもプレゼントだろう。

でも、プレゼントを貰える理由がわからず、謎は解けない。

 

「………もしかして、要らなかった?」

 

不安げに見つめてくる彼。

私はそれを否定するために首を振る。

 

「う、ううん。嬉しいわ、嬉しいけど…」

 

「…ふふ、そっか、まだ気がついてないか」

 

「へ?」

 

不安な顔をしていたと思ったら、一変して楽しそうに笑い出す彼。

……そんなにお仕事大変なのかしら。

 

「ううん。なんでもない。ただ、何か今日までて気が付いたことってなかった?

何か、家の中からなくなってるとか」

 

楽しそうに質問してくる彼に、私は、えぇ、と答える。

 

「カレンダーが無かったわ。模様替えしたのかとも考えたけど、ここ一ヶ月ではそんなことしてないし…」

 

「それ、僕が隠したんだ。ゼシカを驚かせようと思って」

 

「…どういうこと?」

 

私が首をかしげると、彼は左腕を持ち上げて、白くて小さな箱を目の前に持ち上げる。

その箱からはほんのりと甘い匂いがした。

 

「ゼシカ、いつもありがとう。これからも迷惑をかけると思うけど、最後の日まで一緒にいてくれると嬉しいな」

 

その言葉と、重なる彼の唇で、疑問だったことに答えが出た。

そうだ。どうしてこんなに大切な事を忘れていたんだろう。

今日は、彼との一度目の結婚記念日じゃない。

 

「………っ」

 

いつもよりも長いお帰りなさいのちゅー。

まだケーキの匂いが残っているからか、とても甘く感じる。

 

「ごめんね、驚かせたくて」

 

「…いつから、隠してたの?」

 

「一ヶ月半くらい前から、かな」

 

「そう…。そんなに前から準備してたんじゃ、気がつかないわけだわ」

 

少しぼうっとした頭で彼からケーキを預かり、食事をしているテーブルの上に置く。

あんまり明るい感じの動きじゃ無かったからか、後ろからついて来ている彼申し訳なさそうに苦笑いした。

でも、そんな態度をとったのは怒ってたからとか、そういうのじゃない。

ただ、嬉しすぎてどうすればいいかわからないだけ。

 

「…こんなサプライズ、喜ばない人なんていないわよ」

 

「…それなら良かった」

 

呟いて、彼は微笑んだ。

 

それから、作り終えていた料理を二つ彼に渡し、テーブルへと運んでもらい、残りは私が持っていった。

私の作った料理以外にテーブルの上乗っているのは、彼の買ってきてくれたショートケーキ。

いつもよりも心の弾む夕飯。合図は、戴きます。

そこからはいつものような他愛のない会話をしながら食事を楽しんだ。

どこにカレンダーを隠したのかとか、今は作ってないあの服をどうやって手に入れたのかとか、そんな話をしながら。

…どうして、今持ってる服よりも胸のサイズを大きめにしてもらったのか、とか。

私、胸元がキツイ、なんて彼に伝えてたっけ。

 

 

メインが終わり、デザートを食べる時。

私は彼に宣言した。

 

「あなた?明日は覚悟しておいてね。私が負けず嫌いなの、知ってるでしょ?」

 

彼は、お手柔らかに、なんて笑いながら言ってたけど、私にはそんな気全然ない。

……久々に、バニースーツを着る時が来たみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 




ゼシカ、可愛いよゼシカ。現実世界じゃ一年以上経ってるけど、君たちの世界ではこの日が記念日なんだよゼシカ。
作者の計画性の無さを怒らないでゼシカ。


それではまた次回。
さよーならー


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第三十四話 私と彼と不思議なくせ者と

前回の続きでは無いです。

では、どうぞ。


今日は待ちに待った彼の休日。

定期的に休みがあるとは言え、それはそれ。やっぱり、彼が一日家にいるというのは飛び跳ねるくらい嬉しいことだ。

昨日の夜から、『明日はなにをしようかな』なんて考えていた。

あれきり行ってない映画館もいいし、旅を思い出してピクニックなんてのも楽しいかも知れない。

そう、胸を弾ませていた。

でも、今日はそのどれもが出来そうにはなかった。

 

「ではまず、私の前でイチャついてみて下さい」

 

「「…は?」」

 

数分前我が家の玄関のドアを叩いたのは小柄な女性。年齢は多分十八くらいだ。背は私より頭半分ほど小さく、艶のある黒髪のおかっぱ頭。

彼がドアを開くなり、お邪魔しますと言ってずんずんと家の中へ入ってきたこの女性は、部屋のソファに座るなりおかしなことを言い出したのだ。

 

「あの、言ってる意味が分からないんだけど…。そもそも貴女誰?」

 

率直な思いを言葉にして、刺々しく投げるもどこ吹く風。

彼女は、背筋を伸ばしたまま顔色一つ変えることなく口を開く。

 

「私のことはどうでも良いのです。呼び辛いのであればモコ、とでもお呼び下さい。

大丈夫です。怪しい者ではありません」

 

どこかイライラとした雰囲気を放つ[モコ]と名乗る女性に、戸惑いつつもお茶を運んできた彼。

正直、追い返したいところだけど、世界中を旅したせいか、どこかで知り合った誰かの知り合いなんじゃ?という思いが拭いきれない。

…だとしても、こんなことするのは謎なのだけど。

 

「…分かったわ。じゃあ、一つ質問してもいいかしら」

 

図々しくも、運ばれてきたお茶を飲むモコは私の言葉に頷く。

 

「貴女、いきなり家に入ってきた知りもしない人にいきなり命令されたら、どんな人だと思う?」

 

「……。

前言を一部訂正致します。私は、あなた方に危害を加える者ではありません」

 

「………間違いは認めるのね」

 

いよいよどんな人物か分からなくなってきた。

どう対処するのが正しいのだろうか。彼を別の部屋に呼んで会議を開きたい。

そう思った時、隣に座る彼に耳打ちをされた。

 

「(…この子、僕の記憶が正しければトロデーンで働いてる侍女だよ)」

 

「(えぇ…?なんでそんな子がここに?)」

 

「(分からないけど、あの子の言う通り害はなさそうだから、取り敢えずは平気だと思う)」

 

「そこ、コソコソ話すのはイチャイチャとは呼べませんよ。仲が良いだけです。

早くして下さい。ほら、イーチャ、イーチャ」

 

「「…………」」

 

テンポよく手を叩き、リズミカルに[イチャイチャ]と促してくるモコ。

やってることは楽しそうなんだから、せめて笑ってほしい。

この、若干頭の痛い状況。

何はともあれ、まずはモコの認める行為をしなければならない、というわけなのだろう。

わけのわからない人に言われてするのはイヤだけど、このまま居座られても、大切な休日がなくなってしまう。それだけは避けたい。

とすると…。

 

「するしか、ないのね…」

 

「みたい、だね。

早く納得してもらわないと、ゼシカとの休日がなくなっちゃうし」

 

「…む」

 

ため息交じりの言葉に、諦めたように笑って返す彼。その姿を、モコは睨むように見ていた。

…けど、いざやろうとすると、どうすればいいのかが全くわからないわね。

 

「どうしたのですか。早く。潔くイチャつきなさい。エビバデセイ!イーチャ!イーチャ!」

 

私の戸惑いも知らずなおも手を叩くモコ。

この子、アレね。もう。

 

「燃やしてあげようかしら」

 

「!?」

 

「まったまった!気持ちはわかるけどゼシカの場合はシャレにならないから!」

 

いつだったかのように腕組みをして苛立ちを露わにしていると、慌てた彼の顔が視界に映り込む。

…まぁ、確かにそうね。今の私が普通の人に加減してないメラミの一つも唱えたら燃えカスも残らないでしょうし。早まるのはやめましょう。

 

「だ、大丈夫だよモコ!今のはゼシカの冗談だから!

…だよね?」

 

「えぇ、半分はね」

 

再び視界に戻ってきたモコは酷く怯えた様子で自分の身体を抱き抱えていた。

私の魔法が冗談の威力を出ていることを知ってるってことは、彼の言う通りトロデーンの人なのね。思わぬところで確認が取れたわ。

 

「…じゃ、じゃあ、あなた…?」

 

「…そうだね」

 

一先ずの安心を得て私の怒りは取り敢えず収まった。

そうなったら、する事は一つだ。

 

「………?」

 

見つめ合う私たちに、モコが疑問の視線を送っているのが感じ取れる。

多分、彼女の中でのラインを超えているのかを判断しているんだろう。

 

「……あの、雰囲気から察するにイチャついていると思うのですが…。

それは…?」

 

「…何って、恋人繋ぎ、でしょ?

………もしかして、違うの?」

 

左手の指の隙間と隙間に彼の熱を感じる手の繋ぎ。

普段、抱きしめ合ったりは良くしているけど、思い返してみると手を繋いだりはあまりしていなかった。

だから、こんなに新鮮な気持ちになるのかしら。

 

「い、いえ、間違ってはいませんが…

それだけ、ですか?」

 

「………へ?」

 

モコの純粋な疑問を耳にして間抜けな声が出た。

そ、それだけって…。二人だけの時ならまだしも、人前でするのなんてかなり恥ずかしいんだけど…。

 

「………ガッカリです。てっきりあなた方はもっと組んず解れつの犬も食えないような砂糖菓子の如き絡み合いをするのかと思っていました」

 

「…犬が食わないのは夫婦喧嘩でしょ。そもそも、喧嘩らしい喧嘩なんてしたコトないし」

 

「結婚して一年と少ししか経っていないのに喧嘩してないアピールされても困ります」

 

両手を広げて、やれやれ、といった感じに首を振るモコ。

さっきまでは雰囲気でしか察せなかったけれど、今は手を繋いでいるからわかる。

彼、少し怒ってるかも。

 

「…そこまで言われたら、こっちも引き下がれないな」

 

嫌な予感は的中したみたいで、私の手を離して彼は立ち上がった。

少しだけ、険しい顔をして。

 

「ちょ、ちょっとあなた」

 

なだめるために私もソファから腰を離して立ち上がる。

けれど、彼の表情は険しいままで、まるで戦闘をする時みたいだ。

 

「わ、私が言えたコトじゃないけど、あなたのギラもシャレにならないわ…!?」

 

説得して、それでもダメなら何か弱体系の魔法を唱えようと必死になって考えていた。

でも、それは杞憂だったらしく…。

 

「………っん。

ちょ、ちょっと、急にどうし…?!」

 

「………は。

少し頭にきてね。彼女の言う通り見せつけてあげようと思って。…ゼシカに何も聞かずにして、ごめんね」

 

「…ううん。私も同じ気持ちだったから、いいわ」

 

彼は、何も言わずに私の唇をいきなり閉じてきた。

そう、ちゅー、だ。

 

「……もう一回」

 

「うん。わかった」

 

私は、目の前に他の人がいることも忘れて彼に甘える。

ここ最近、行ってらっしゃい、と、お帰りなさい、の分しかしてなかったから、溜まっていたのが溢れたんだと思う。

 

「あ、あぅ…」

 

チラリと見えるモコの真っ赤な顔。

ふふ、これでもまだ『ガッカリしました』なんて言えるかしら。

 

それから、少しの間だけ私たちはモコの言ってきた通りにイチャつきあった。

と言っても、抱きしめあってちゅーをしただけだから、普段と変わらないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…今日は、突然お邪魔して申し訳ありませんでした」

 

「ホントよ。

よくよく考えたら、誰とも知らない人の前であんなことするなんて、恥ずかしくって死にそうだわ。

…念のため言っておくけど、今日のこと、誰かに話したら…」

 

「わ、分かっております!わ、私はまだ死にたくありませんから!!」

 

「そう、ならいいわ。

それじゃ、帰り道気をつけてね」

 

「またね。

明後日は僕も仕事だから、その時あったらよろしく」

 

「はい。こちらこそよろしくお願い致します。

ご丁寧にお見送りまでありがとうございます。

では」

 

玄関の外で一礼し、モコはキメラのつばさを放り投げ、トロデーン城の方へと光の軌跡を描きながら帰っていった。

 

「とんでもない子だったわね」

 

「だね。

よろしくって、言ったはいいけど、会ったらどんな顔すればいいんだろう…」

 

恥ずかしそうに頬をかいて空を見上げる彼。

確かに、目の前であれだけのことをしたのだから、恥ずかしくなるのは当然だ。

 

「ま、それは後々考えましょ。

トロデーン城は結構広いから、しばらく会わないって可能性も充分あるしね」

 

「それもそうだね。

よし、それじゃあ中に入ろうか」

 

「そうね」

 

彼に差し出された手を取って家の中に入る。

この後は、何をしようかしら。まだお昼くらいだし、出かけられなくはないけど…,

……私としては、さっきの続きを少ししたい。

 

「ゼシカ」

 

「な、なに?」

 

食事をする部屋の前で彼に呼び止められ、ドキリとする。

なにか、深刻な顔をして悩んでる。どうかしたのかしら…。

 

「……唇が乾いた時って、どうすればいいかな」

 

「…!

そうね、私が良い方法を知ってるわ」

 

彼の手を引いて、ソファのある方へと連れて行く。

彼の悩みは、今の私も持っているものと同じだったらしい。

僅かな時間だけれど、私は彼と一緒にお互いの唇を潤しあった。

……時計は、十分くらい経ってたけど。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 




超感のいい方は気がついたかと思いますが、今回のモコちゃんは前々回くらいに出たメリーです。
ミーティア姫の寂しそうな姿を見て一肌脱いだのです。

なお、名前をつける流れは、メリー→さんの羊→羊→モコモコ→モコ。という連想ゲーム。
きっちりした性格なのに考え方がメルヘンな子かわいい。

では、また次回。
さよーならー。


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第三十五話 私と彼と重い空

最近、雨多いですよね。梅雨なんでしょうねぇ。まぁ、その割には降ってない気がしないでもないですが。

それでは、どうぞ。


考えてみれば、朝から妙な胸騒ぎはあった。

不思議なほどに心地よい青空。

窓を開けるといつもより香る土草の匂い。

まだまだ暑い盛りなのに、ひんやりとした涼しい風。

何から何までが清々しくて、今日は絶好の買い物日和だと、思ってしまったが最後。

 

「…予想、出来ないわよ…」

 

いつもはベルガラックかアスカンタでする買い物を、今日は珍しく遠出してサザンビーク城。

本当なら楽しい気持ちのまま帰れたはずなのに、買い物が終わったのとほぼ同時くらいに大雨に降られてしまった。

 

「はぁ。

買った物が濡れてないからまだいいけど…」

 

石のタイルに降り注ぐ大粒の雨音に私のため息はかき消されていく。

不幸中の幸い、というやつなのだろう。お店を出て少ししてから雨が降ってきたにも関わらず、すぐ近くの宿屋に駆け込むことができたんだから。

…ただ、臨時休業という看板さえなければ、もっとよかったんだけどね。

ホント、憂鬱なんてものじゃないわよ。

 

「全く、さっきまでの過ごしやすい暑さに比べて、今は気持ち悪いわね。湿気で蒸してるのかしら」

 

身体中にまとわりつくような熱に顔をしかめる。不快な暑さのせいか、束ねた髪が首筋に当たってイライラしてしまう。

なんであと五分持ってくれなかったのかしら。そうしたら、無事に家に帰れたのに。

つま先でタイルをトントンと突いて苛立ちを紛らわせ、早く止まないかなぁ、と空を見るも、その兆しはない。

 

「はぁ〜。よく降るわねぇ」

 

片手に袋を持ちつつ出来ることなんてため息と独り言くらいしか無く、気持ちはどんどん落ち込んでいくばかり。

せめて、誰か話し相手がいてくれれば良いんだけど…。

 

「……無理よね。彼、今お仕事だし。そもそも、ここに私がいること知らないし」

 

うっすらと冷たくなってきた風に身体を震わせる。

…書き置き、してくればよかったなぁ。

一向に弱まる気配のない雨。それどころか、雨の勢いは増し、さっきまでは気にならなかったはずの風まで吹いてきている。

今はまだ緩い風だから良いけど、後十分もしないうちに強風になりそう。そうなったら、雨は横殴りになって、私は大変なことになる。

 

「…かと言って、合羽も着ないでこの雨の中を飛んでいったら明日は風邪確実だしね。

せめて、傘でもあれば教会だったり、式典会場だったりに移動出来るんだけど」

 

何度目かもわからないため息。

退屈だ。

買い物袋を持ち変えたり、何を買ったか確認したり、つま先でトントンしたり…

退屈を紛らわせそうなことをしても長くは続かない。

夕飯の献立を考えるにしても、決めてから買いに来たのだからする必要もないし…。朝食の分も決めてから買いに来てるし…。

 

「…はぁ。こんな時も、あの人いれば楽しいんでしょうけど」

 

「うん?」

 

「なんて、ボヤいても仕方ないわよね。いないものはいないんだし」

 

「…ゼシカ?」

 

「なに、あなた?」

 

彼の声に頷く。

そうそう、彼がいればこんな風に返事が帰ってきて、止むのを待ってる間も会話をして楽しむことができ…。

 

「へ?」

 

誰もいなかったはずの空間。左隣に、ずぶ濡れた彼が、笑顔で立っている。

………どういうこと?

 

「お待たせ。はい、傘」

 

「あ、ありがとう。…じゃなくて!」

 

メダパニ並みの混乱の中、差し出された傘を受け取る。そこでようやく私の思考は戻り始めた。

 

「あ、あなたどうしてここに!?お仕事じゃ…。ううん、その前に、なんでここにいるって分かったの!?」

 

思わず問い詰めるような勢いになってしまった私に戸惑いながら、彼は説明を始めてくれる。

 

 

「仕事の方は野外訓練だったからこの大雨で中止。止む目処も立たないから今日は早上がりになって、ここにゼシカがいるのが分かったのは…勘?」

 

「勘…って、そんなあやふやなので、この雨の中?」

 

「うん、まぁね。ただ、雨がひどいのはサザンビーク領だけで、他のところはそうでもなかったね」

 

「…そう、なの」

 

今すぐ抱きつきたい衝動に身体が動かされそうになる。

一発でここだと分かったのなら、そんなに濡れるはずがない。

彼は、多分、私がいつも行っている買い物先を見て回ってからここに来たんだ。

それを言ったら私が心配すると思って慣れてないウソまで付いて。

 

「さてと。

傘を持ってきたのは良いけど、この雨の中を家までルーラするのはちょっと辛いね。

どうしようか」

 

「…そうね、取り敢えず、落ち着いて座れそうなところに行きましょう。

あそこに入りましょうか。少し、遠いけど」

 

指差した先は教会。

最近、お祈りをあまりしていなかったし、そういう意味でも丁度良さそうだ。

きっとタオルも貸してくれるでしょうし。

 

「そうだね。じゃあそれ、これと交換」

 

「…これ?」

 

右手に持っていた買い物袋と彼の持つ傘をトレードしようと言い出した。

…私、得しかしてないんだけど…。

 

「……あ!

………やっぱり、このままで行こう」

 

珍しく大きな声を出して何かに気がついた彼は、手にしたままの傘を開く準備をしている。

どうしたのかしら。

 

「…来たのは良いんだけど、傘、一本しか持ってきてなかった」

 

「……あなたって、ちょっとしたところでドジよね」

 

恥ずかしそうに笑う彼のお腹を、にやりと笑ってつついてみる。

なるほどね。つまり、こういうことよね。

 

「…ごめんね、濡れてるのに」

 

「良いわよ全然。それでも嬉しいし」

 

ぴったりと彼にくっついて、さされた傘の中に入る。

相合傘。もしかして、初めてだったかしら。

 

「ぜ、ゼシカ。ちょっとくっつきすぎだよ」

 

「あら、イヤかしら?」

 

「……ううん」

 

「よろしい。さ、それじゃあ行きましょうか」

 

今までは他人事だった雨音の中に進む。

大きな足音のように鳴る頭上の雨。

大雨のただ中に足を踏み込んでも、それでもやっぱり他人事。

今一番気になるのは、右の身体から伝わってくる彼の音。この雨音よりも大きく聞こえる心臓の音。

それは多分、気のせい。いつもよりも彼に会えて嬉しかった今日だからそう感じてしまってるだけ。

でも、それでも彼を近くに感じられる。それだけで充分に幸せなコト。

 

「…たまには、雨の中を歩くのもいいかもね」

 

「…そうね。結構好きかも、私」

 

私たちの会話を彩るのは雨粒が奏でる音楽。

耳に心地いい、タイルに当たって弾ける音。

その日の雨はもうしばらく続いて、私と彼は教会でお世話になった。

驚くほど満ち足りた時間。さっきまでの退屈がウソみたいだった。

雨が止んだことも気がつかないくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




書いてて出た疑問。
ゼシカって、上の下着着てるんでしょうか。普段着の方は多分着てると思うんですけど、通常時の時は非常に微妙…。言及してた記憶もない。
で、もしつけてなかった場合、作中の大雨で服が濡れたら大変なことになってたのでは。
というか、主人公君がずぶ濡れだったので身体をくっつければ必然的に雨水が吸われていってしまうのでは。そうなったら…。
……そんなことを考えながら、書いた後に読み直しました。
(考えが)不潔!

それではまた次回。
さよーならー


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第三十六話 私と彼と特別な日

最愛の人がそばにいるだけでなんでもない日が素敵な一日になる、とはよく聞きますが、実際そうだと思います。
…私の最愛の人は画面の中のままですが。

それでは、どうぞ。


「…ゼシカ?」

 

ベッドに座る彼の戸惑いの声と視線。

普段よりは遅い朝に、彼も気が抜けていたんだろう。

だとしても、混乱するのは当然だ。

だって、そうなるように私が仕組んだんだもの。

 

「ふふ、どうかしら。たまにはこういうのも良いかと思って」

 

舞踏会に参加したお姫様のようにくるりと回って彼に全身を見せる。

今日のために引っ張り出したんだもの、しっかり見てもらわないと。

 

「…いいんじゃ、ないかな」

 

「あら、本当かしら?」

 

ドレスほどは長くないスカートの裾をつまんで、それっぽくお辞儀をしてみる。すると彼はすぐに視線を逸らした。

もしかして、顔が赤くなってるのかしら。普段と違う服を着ると印象も変わるのね。

 

「ほらあなた。こっちを見てよ。あなたのために着たんだから」

 

逸らした視線の前へ身体を持っていく。

やっぱり、彼の顔は真っ赤で、私の顔を見るや否や驚いた。

そんな仕草が嬉しい。

今日の私が着ているのはシャイニーチュチュ。普段着や私服とは比べ物にならないくらいの派手さと明るさ、そして露出度を誇る衣装のような防具。

それこそ、ステージの上で踊るアイドルのような服装だ。

 

「う、うん。ちょっと待ってね」

 

「ふふ、いいわ、いくらでも待ってあげる」

 

相変わらず恥ずかしいみたいで、私に背を向けてしまう彼。

出来ればもっと見て欲しいし、褒めてもらいたい。

でも、そうしてもらえないのなら…。

 

「……!!ぜ、ゼシカ!?」

 

「どーお?普段触れないはずの肌が触れるのは」

 

彼の首元を両腕で挟むようにして後ろから抱きつく。

これなら、見てもらえなくても意識してもらえるはずだから。

……死ぬほど恥ずかしいのを我慢する必要はあるけど。

 

「………心臓が飛び出しそうなくらい、恥ずかしいけど、嬉しい、かな」

 

「あ、あはは。それなら良かった。なら、もう少しこうしててもいいかしら?」

 

「うん、全然構わないよ」

 

彼の熱を直で感じ、私自身、火照っていくのが分かる。

いっそ、頬擦りでもしてみようかしら。

 

「ねぇ、あなた」

 

「ん?」

 

「今日、なんの日か知ってる?」

 

少しだけ、怖い質問をしてみた。

多分、彼は知らない。初めから意識してなければ忘れていて当然のコト。

それでも、知らないと言われたら、ちょっとだけ悲しい。

期待と寂しさを胸に彼の返事を待つ。

…うん、忘れていても、今日からまた始めればそれでいいの。

諦め半分で思っていると。

 

「僕たちが初めて会った日、だよね?」

 

「…覚えてたんだ…」

 

不安が全て吹っ切れたような喜びか手に力を込める。

そう、今日は彼と初めて会った日だ。

彼がリーザス村に訪れ、リーザスの塔を登り、その頂上で私と会った、覚えていてほしいけれど忘れてしまっても仕方の無い日。

だって、その時は私も彼もまだ好き合ってなかったんだもの。

だから、覚えていてくれたことがこんなにも嬉しい。

 

「ちょっ、ゼシカ!?」

 

「いいじゃない。誤差よ、誤差」

 

喜びのあまりさっき思いついた頬擦りをしてしまう。

見えてないのに、彼の照れて恥ずかしがる顔が手に取るようにわかる。

ふふ、でもダメ。逃がさないんだから。

 

「…なら」

 

「えっ?

んっ………!」

 

擦りあってたはずの彼の頬が急に離れたかと思うと、私の唇に何かが当たる。

……なるほど、反撃ってわけね。

 

「さ、そろそろ下に行こうか。

今日は僕が作るよ」

 

「……えぇ、そうね。行きましょうか」

 

離れていった唇に名残惜しさを感じつつも、彼の言葉に頷く。

出来ればもう少し戦いたかったけど、お腹が減ってるのも事実。

それに、まだ私のターンは終わったわけじゃない。

あなたには、もうちょっとだけ驚いてもらうわよ?

 

 

 

 

 

「…これ、いつの間に作ったの?」

 

「ふふ、昨日の夜に準備して、今朝早めに起きて整えたの」

 

食事をする部屋に来た彼が最初に目にしたのは、テーブルの上に並ぶ、一口サイズに切られて串に刺された食材と、グルーノさんから譲ってもらったチーズの流れてくる二つの二段の塔。

いわゆる、チーズフォンデュのアレ。

 

「あなたって、苦手そうな顔をすることはあっても、なんでも食べてたじゃない?だから、何が好物なのか分からなくてグルーノさんに聞いたんだけど…。

『竜人族ならチーズじゃ!』って断言されてね、だから用意してみたんだけど、どうかな」

 

「どうだろう。チーズは非常食用としてしか考えてなくて、好きか嫌いかわかるほど食べなかったから、分からない」

 

「あー、そう言えばそうね。

しかも、その非常時に食べようとするとトーポがグルグル唸ってたし」

 

「そうそう。

それに、僕の好物はもう決まってるしね」

 

「えっ!?初耳なんだけど!」

 

驚きの言葉に思わず食いついてしまう。

どうして分かった時に、私に言ってくれないのよ。

 

「あ、いや、今のは忘れて」

 

「何よそれ。言ってよ」

 

知らず知らずのうちに言葉に棘が出てしまう。

でも、仕方ないと思うの。だって、秘密にされてたんだし。言ってくれる気すらないんだもの。

 

「いや、ほら…

僕の好物はゼシカの使ってくれる料理、なんてちょっと言い辛いよ」

 

戸惑い、口籠るも、私の視線で諦めたのか彼は好物を口にした。

答えのようで答えではない言葉で。

 

「…どうしてよ」

 

「どうしてって…、なんて言うか、ちゃんと考えてないように聞こえるし…。それに、そういうことが聞きたいわけじゃないだろうから、言えなかった、かな」

 

「そう。なるほどね」

 

小さく呟いてから、席に着く。不安げな顔をしたか彼も後に続いて椅子に座った。

とりあえず私はフォンデュの塔に魔力を込めて動かす。塔の内部には込められた魔力をメラ系の呪文に変換する魔道具が付いているらしく、固まり気味だったチーズも少しずつ溶けているようだ。

 

「ねぇ、あなた。ご飯を作る時に、いつも考えてることってなに?」

 

「えっ?

え、えーっと…相手が喜んでくれるかどうか、かな」

 

私の差し出した串を受け取りつつ、彼は答える。

 

「そうよね。私もそう思いながら作ってる。

だから、次からはちゃん言ってね?そりゃあ、特にこの料理が好き、って言ってもらえた方が作る側としては良いけど、決められないくらい全部好き、って言われたらもっと嬉しいんだから」

 

自分で口にすると恥ずかしくなる言葉に、顔を晒してしまう。

なによ、私の作る料理は好物、って、そんなこと言ったら、私だってあなたの料理が一番好きに決まってるじゃないの。

 

「…!

わかった!約束する」

 

「あ、だからって、どれが特に好きか、を決めないで良いってわけじゃないからね?

それさえわかれば、次からの記念日とか、迷わなくて済むから」

 

「う、うん。頑張って決めるよ」

 

「だいじょーぶよ。好物の中から大好物を選ぶだけなんだもの、それ以外のがまずいものになるわけじゃないんだし、気軽に言って!」

 

滑らかな滝のように流れ落ちる塔のチーズ。

部屋に充満する匂いは、やわらかチーズといやしのチーズ。辛口チーズも予備にあるから、きっと味に飽きることはない。

 

メインのようなデザートのような食事は、どんな食材を使った料理が好きか、という話題で持ちきりのまま、和やかに続けられた。

…結局、お互いに大好物を決められはしなかったけどね。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 




シャイニーチュチュとは、リメイク版8にて見た目が変わる衣装として追加された防具です。
正直、破壊力がヤヴァイ。
あれで惚れるなっていうのは無理なお話。
…まぁ、私の場合はその前から好きでしたが!

ではまた次回。
さよーならー


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第三十七話 彼と私と湖と


特に書くことはない!

では、どうぞ!


「さて、君たち二人に来てもらったのは他でもない」

 

場所はサザンビーク領東にある湖。旅の時ですら二度寄った程度の場所に、私たちはなぜか集められている。

…いえ、理由は知っているのだけど。いまいち納得できていない。

目の前で演説するかのように語り始めるのはフォーグ。

今日はユッケの顔をまだ見てない。

 

「我々はこれからここに娯楽施設を作ろうと考えている。

夢に見たことはないか?

最愛の人と、時の流れさえたゆたうように感じる水の上で愛を囁き合う日のことを…

すなわち!

カップルボート乗り場だ!」

 

ドン!と、効果音がつきそうなくらいの勢いで言い放たれたのは、聞き慣れない単語だった。

ボートって、船より小さいアレのことかしら…

 

「む、よく気がついたな。

ゼシカさんが今見ているそれのことだ。

君たち二人には例の如く実験台になってもらいたい」

 

差し出される二枚の紙に彼と目を通す。

なになに…?

 

[湖の上、揺蕩う影。見渡す限りの自然の中に映る、最愛の人。

進むボートは二人の行く末を雄弁に語り、響く水音は安らぎを与える。

永遠と変わらず流れる時の中、二人だけの世界。

 

そんな極上のひと時を、我々は提供いたします。

 

ビーク湖のほとりで、上で、愛を語ってみませんか?]

 

「なに、これ…」

 

「…さぁ」

 

「所謂、キャッチコピーだ。ユッケが考えた」

 

「いえ、それはわかるけど…って、あー、事業拡大ってわけ?」

 

「あぁ。その通りだ」

 

腕を組み頷くフォーグは、少しもしないうちに腕組みをほどき、ボートの方を手で指す。

 

「さぁ!早速乗ってもらおうか!そして感想を教えてくれ!」

 

「…どうする、あなた」

 

「まぁ、良いんじゃないかな。

前みたいな仕掛けも、流石にボートじゃできないだろうし」

 

彼の言葉に頷く。

そうよね。見た感じ仕掛けられそうな場所とか全然無いし、多分大丈夫。…よね?

 

「わかったわ。ちょっと興味もあるし、乗ってみましょ」

 

「よし。

では、あそこの暫定ボート乗り場に向かい、ボートに乗ってくれ。オールはわかるな?漕いだことがなくても使い方さえ知っていればあとは感覚でどうにかなる。

我々としては、一周してもらい地点ごとに見える風景等を些細に教えて欲しいところだが、あれは中々に体力がいる。途中で引き返してもらっても構わん。そうした場合、到達した地点までの景色・漕ぎ手の状況、乗り心地等々わかってる範囲で教えてもらうからそのつもりで行ってくれ。

ではまた二時間後くらいに会おう」

 

ボートの繋がれた湖のほとりから、何箇所かを指差したフォーグは、ざっと説明し、用は済んだとばかりにどこかへ消えてしまった。

 

「…ま、まぁいいわ。やることはいろいろあるっぽいけど、聞かれたら考えましょ」

 

「そうだね。まずは楽しむことの方が重要だろうし」

 

呆気にとられた彼と頷き合い、ボート乗り場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

細やかな風が水面を撫ぜる。

海と違い、波はないけれど、そんな細やかな風でボートはうっすらと揺らぐ。

潮気のない水の匂いが透き通るように香ってくる…。

太陽に照らされた湖は、星よりもまばゆい光をみせる。

とても、穏やかな時間。

 

「いいわね、こういうの。船に乗ってる時よりも水の上にいる感覚になるわ」

 

「うん。なんだか、優しい気持ちになるね」

 

湖の中心近くで風に揺られる私たち。

心なしか会話もゆっくりだ。

けど、疑問が一つある。

 

「ボートに乗ってすることってなにかしらね」

 

「それは…

書いてあったみたいに、ささやき合うんじゃないかな。愛を」

 

「…やってみる?」

 

彼の言う通り、ここはフォーグに見せられた紙に書かれていたことをするのがいいかもしれない。

…不安定なボートの上じゃ、抱き着く、みたいな動きは難しいでしょうし。

 

「…改めて言えってなると、ちょっと恥ずかしいわね…」

 

「…うん」

 

互いに視線を逸らして、ほんのり熱くなる頬に手を当てる。

思いつかないわけじゃないけど、こうして場を設けてっていうのは照れ臭くて言葉が出せない。

 

「………。

あ、あなた?」

 

「う、うん!?なに、ゼシカ」

 

取り敢えず呼んでみるも、やっぱり恥ずかしい。

でも、思い切って言わなきゃダメよね…!

 

「す、好きよ、あなた。愛してる!」

 

「うん、僕もだよ!」

 

必死になって振り絞ったのは、なんのひねりもない言葉。対する彼も、変哲のない普通の返事。

 

「ふ、ふふ」

 

「あはは」

 

訪れる沈黙の間、私たちは互いに顔を見あって、湖畔まで届きそうな声で笑いあった。

 

「なによ、『愛してる!』って、もっとマシな言い方ないのかしらね!あははは!」

 

「僕も僕だよ!もう少し気の利いた返事があるはずなのに!」

 

それは時が動き出すような賑やかさ。

私たちのせいで揺れるボートに、水中で刺激された魚たちが暴れだす。

ついさっきまでの静けさがウソのようだ。

 

「でも、思い返せば、結婚したての頃はそんなことばっかり言ってたわよね」

 

「そうだね。あの時からに比べて、僕たちも随分変わったよね。ゼシカが、こんなに甘えたがりだなんて知らなかったし」

 

「あら、それなら私だってあなたがあんなに積極的だなんて知らなかったわ。何回こっちが死にそうになったことか」

 

時間を忘れる湖の上で、昔を思い出す。そんな矛盾を楽しむ、贅沢な時間。

風は穏やかで、どこからか小鳥の鳴く声が聞こえる。水中の魚がヒレを動かすと音にならない音がした気がして、不思議な気持ちになる場所。

 

「困るわね。ここに施設が出来たら通い詰めちゃいそう」

 

「うん。思ってた以上に楽しいし、ホントに通いそうだ」

 

さざ波すら少ない湖の上で私たちは心ゆくまで会話を楽しむ。

次は、夕焼けを見たいね、なんて事を言いながら、素敵な時間を過ごした。

 

 

……陸に戻った時、フォーグとユッケに質問責めにあったせいで変に疲れちゃったけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 





ボートって、楽しいのかなぁ…。
酔いそう…。

ではまた次回。
さよーならー


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第三十八話 私と彼と埋まる身体と

書くことは何もない!(ドンッ!


では、どうぞ。


瞼が、重い。

身体が、だるい。

動いてないのに頭がクラクラする。

まるでベッドにめり込んでいるかのような違和感。かけられた毛布は軽いはずなのにひどく重く感じられる。そう、それこそ柔らかい鉄の板のよう。

 

「大丈夫、ゼシカ?暑くない?」

 

「え、えぇ。全然、平気よ、こんなの。

でも、もう一枚かけて貰ってもいいかしら。ちょっと寒いから…」

 

「それは…難しいかな。もうだいぶかけてるし…」

 

「あら…そう。

あなたが言うなら、そうなのね…」

 

詳しく聞く気もなくなるくらいの脱力感。

心配した彼の顔がボヤけた目の前でダブって見える。

額の上に風が通り、涼しくなったかと思うと、背筋が痺れるような冷たさが訪れた。

…あぁ、濡れタオルを交換したのね。

 

「ふふ、ありがと。気持ちいいわ」

 

「…ねぇ、本当に大丈夫?」

 

椅子に座る彼は心底不安気に聞いてくる。

今日で、三度目、だったかしら。

 

「だいじょーぶだって。大魔法使いゼシカ様が、夏風邪なんかに遅れはとらないわよ」

 

「……そこまで言うなら、信用するけど…。何か飲みたいものとかある?」

 

「そうね…でも、やっぱり水かしら。薬草とか、どくけしそうとかで作った栄養水じゃなくてね…普通のお水…」

 

あんまりろれつが回ってない気がする。

以前、酔ってなに言ってるかわからなくなったこともあるけど…それよりも酷い感じだわ。

 

「わかった。それならすぐ…って、ごめん、さっき飲んだので終わりだったみたいだ。ちょっと汲んでくる。

…ついでに、タオル用の水も用意してくるから、少し遅くなるかも」

 

桶の中を覗き、氷が減っていることを確認した彼は、朝持ってきた時のようにお盆の上に水差しと桶を乗せる。

 

「そ、そう、わかったわ。零さないでね?」

 

「うん。

一人にするけど…平気?」

 

「えぇ、平気よ。ほら、早く行って行って」

 

硬い筋肉を動かして微笑んでみる。

上手くできてるか心配だけど……。

 

「…わかった。すぐ戻ってくるけど、眠かったら寝てね」

 

「はーい」

 

ちゃんと笑えてたみたいで、彼も微笑み返してくれた。

変な間があった気がするけど…多分、気のせい。

カタリ、と、椅子から立ち上がる音がする。お盆を持ち上げるカタカタという音も。

あれよね、風邪の時って音に敏感になるわよね。だから、かしら。

 

「(すぐ、戻るから)」

 

そんな音よりもはっきりと、彼の呟きが聞こえたのは。

 

「(うん、待ってるわ)」

 

彼の真似をして、小さく言葉を吐く。

当然彼には聞こえてない。

早足で部屋から出て行った彼の背中を私はボーッと見つめる。

開けられたドアから入ってくる新鮮な空気。今日は比較的涼しいからか、その風が熱のある顔に当たって気持ちいい。

でも、そのドアはすぐに閉められる。

まぁ、当然よね。換気は別にしても、これ以上余計な菌を連れてきたらいけないもの。

 

「ホント、イヤんなるわ。せっかくの彼の休日なのに」

 

寝返りを打った気になってボソボソと嘆く。

今日は、映画館一緒に買い物に行く予定だったのに…。彼には悪いことしちゃったな…。

 

「…それもこれも気温の変化のせいよね。暑い、寒い、雨、また暑い…そんな風になったら、誰だって体壊すわよ」

 

ここ数日を思い出し、いもしない[気温]という魔物に悪態をつく。

少し前みたいに、マヒャドで冷やすくらいしないと死ぬ暑さの時もあれば、メラやギラで暖炉をつけようか迷うくらい寒い日だってあった。どころか、雨が降ってて暑いなんて時もあったし、勘弁してほしい。

 

「あなたも気をつけて…って、今いないんだった」

 

重い首を動かして椅子の方に顔を向けるも、そこにはあの人はいない。

…まだ、戻ってきてないか。

 

「…寂しいわね…」

 

鼻詰まりによる苦しさとは別のものが、私の胸を握り掴んでくる。キュウ、と音がしそうな締め付け感。

心細い…。

 

「やっぱり、いて貰えば良かったかしら…。

眠れればいいんでしょうけど、ずっと寝てたから、もう眠くないし…」

 

時計が指すのは十三時。

起きた時は確か九時で、寝たり起きたりを何回かしたから、でも、計二時間くらいは寝たはず。

…眠くないわけよね。

 

「体を起こしてみようにも、風邪なんて久々だから、言うこと聞いてくれないし…」

 

そう、そうなの。

どうして旅の間はオークニスに行っても風邪を引かなかったのに、健康的な日々のはずの今の方が風邪を引いてるんだろう。

………わからないわ。

 

「まぁ、咳が出て無いだけマシなんでしょうけど」

 

幸いなことに、風邪の代名詞である咳もくしゃみも殆どしていない。

代わりに、重だるい、クラつく、ボーッとする、が特に出ているけど、じっとしていればいい分、まだ辛うじて楽だ。

ホント、ギリギリのラインの楽さだけど。

それでも、辛いことには…代わりに、無いけど…ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ、起きた。

おはよう、ゼシカ。気分はどう?」

 

部屋の扉と枕を半々ずつ見ていた私が次に見たのは、彼の優しい顔だった。

 

「…私、眠っちゃったのね。全然眠くなかったのに…」

 

「…!起きて平気なの?」

 

「え?」

 

彼の声でようやく気づく。

無意識のうちに、私は身体を起こしていたみたいだ。

あれほど重だるくて寝返り一つ打てなかったのに、気にならないほどすんなりと。

 

「……みたいね。うん、まだ少しだるいけど、もう平気そう。クラついたり、ボーッとしたりはしないし」

 

そう言うと、彼は大きく息を吸い、僅かに止めた後一気に吐き出して、膝に膝をついた。

 

「よかったぁ………!

治らなかったらどうしようかと思ったよ……」

 

「バカね。そんな大げさよ、風邪くらいで」

 

冗談ぽく笑って答える。

でも、彼は真剣な目をして私を見た。ドキリと、心臓が縮みそうな視線で。

 

「風邪をバカにしたらダメだよ。今はもう、回復呪文の発達のおかげで治り易いかも知れないけど、ちょっと前までは普通に亡くなった人だっていたんだ。だから、全然大げさなんかじゃない」

 

彼の瞳の奥にあるのは、悲しい色。

もしかしたら、お城で見てきたのかも知れない。そうやって亡くなっていく人を…。

 

「って!治ったかも知れないけど人にする話じゃないよね!ごめん!

別に落ち込んでほしいとかそう言うわけで言ったんじゃ…」

 

「うん、わかってるわ。

それだけ心配してくれたって、ことでしょう?」

 

慌てて弁明する彼に、私は微笑んで頷く。

そうだ。彼が珍しく怒ったような顔をしたのは、それだけ私を心配してくれていたというコト。

だから謝るべきは私の方。

でも、多分、今は謝るべき時じゃないっていうのもわかる。

こういう時は…そう。

 

「ありがとう、あなた。嬉しい」

 

お礼を言うんだと思う。

 

「…うん、僕も、ゼシカが楽になってくれて嬉しいよ。

症状は軽くなったって言ってたけど、寒かったりはどう?」

 

「そうね、寒さはまだあるわ。

今日はもう、ずっと寝てた方がいいかしらね」

 

「だね。ゼシカは安静にしてて。家事は心配いらないから。

それと、具合が悪くなったらすぐ言ってね」

 

「うん。わかった。ありがと」

 

そう言って、私はもう一度ベッドの上に横になった

それから間も無くしてまた私は眠りにつく。

次に起きた時には、殆ど身体の調子は戻っていて、寒気だけが残ってた。

二枚かけるのじゃ暑いけど、一枚じゃ寒い。…人肌で丁度よく温まる、そんな寒気。

それを知ってるのか、私を包むのは、人肌の優しいぬくもり。

 

彼に、感染らなきゃいいけど…。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 




ナースコスゼシカとか出ないかなぁ…。シスターコスでもいい…。

ではまた次回。
さよーならー


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第三十九話 私と彼と散るための花と

…たまーにお祭りとか行きたくなるんですけど、基本人混みが苦手な私は、結局行かないんですよね。
え、浴衣姿のゼシカが付き合ってくれる!?
行きますねぇ!


………。
では、どうぞ。


「ただいま」

 

「おかえりなさーい」

 

玄関から届く待ちわびた人の声。

静かに響いて来る足音。あぁもう、待ちきれない。

駆け出しそうになる気持ちをグッと堪えて、彼を待つ。

テーブルの上に用意された夕食と、手にした珍しい物と一緒に。

 

「ただい…」

 

「おかえりなさい!」

 

「ちょ、どうしたのゼシカ?」

 

「ふふ、疲れてるのにごめんなさいね。でも、つい」

 

彼がドアを開けた瞬間、私は抱きついてしまった。もちろん、すぐに離れたけど、戸惑う彼の顔が可愛いくて、もう一度飛びつきたくなっちゃう。

 

「それは大丈夫だけど、それは…?」

 

「あら、気づいちゃった?」

 

私が右手に持っている、中が透けて見えるちゃうくらいの袋。

絵本ほどの厚さは無くても、魔道書よりも縦幅があるこれは。

 

「花火よ」

 

「花火?」

 

「そ、花火」

 

いまいちよくわかっていなさそうな彼。

それもそうだ。私たちの知ってる花火は、空に打ち上げられる大きな花だけ。初めてこれを見つけた時私も同じくらい混乱したし。

 

「凄いわよね。

今までは大切な行事とかお祭りとかじゃないと出来なかった花火が、今は家でも出来るのよ!」

 

「え!?み、見せて!」

 

「えぇ、もちろん!」

 

花火の袋を渡すと、彼は少し真剣な顔をして注意深く観察し始める。

まるで、ダンジョンなんかで見つけた不思議な石碑とかを調べるように。

 

「…なるほど。火薬を包んで、先に火を着けるんだ。花火の筒…棒?毎に色が変わってたりするから、その色が出るのかな?」

 

独り言のようにこぼす彼は、次は袋を開けて中身を取り出そうとしはじめる。

 

「もー、今はそういうのいいでしょ?解かなきゃ出来ないわけじゃないんだし」

 

流石にそれを許すわけにはいかない。

これ以上エスカレートする前に、ストップをかけた。

作りがどうなってるのかは気になるけど、それだとロマンに欠けるから、やり終わってる明日までその好奇心は取っておいてほしい。

 

「ん。ごめん、そうだった。

ダメだね。ついつい気になっちゃって」

 

「ま、気持ちはわかるわ。これ、魔法とかほとんど使われてないみたいだし」

 

「へぇ、珍しいね」

 

「そ、だから思わず買っちゃった。

ご飯終わったらやりましょ!」

 

「そうだね。

じゃ、早速荷物置いて来るよ」

 

笑顔で頷いた私を見ると、彼は道具袋とかを置きに二階に上がっていった。

 

「さてと、私もサクッと用意おわらせちゃいましょうか!」

 

独り口にして、中断していた料理の仕上げに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからか、フクロウの鳴く声がする。

きらきら輝いている空の海は、今日に限っては暗く感じる。

月でさえも。

 

「ホント、綺麗ね」

 

「うん。

楽しいね」

 

「えぇ、なんでもっと昔からなかったのか悔しくなるくらい楽しいわ」

 

家の横。ソファなんかが置いてある部屋の外で、二人でベンチに腰掛けて地面を照らす眩い光を眺める。

私の持つのはシュゴゴゴと音がして横に持ってもあまり落ちずに真っ直ぐ輝く花火で、彼のは筒が少し柔らかくて横にするとすぐ下に落ちてしまうけれど色が綺麗な花火。

部屋のカーテンを閉めているせいか、周りは暗い。けど、私たちのところだけが、照らされたように明るい。

なんていうか、不思議な感覚。

 

「……そうだ、もしかしてこれ…」

 

「…?急に立ち上がってどうしたの?」

 

「ううん、ちょっと面白いこと思いついたの」

 

私が答えると、彼は更に困った顔をして首を傾げた。

 

「ま、見てて。

……ヒャド!」

 

「えっ!?」

 

花火を体と垂直になるように前へ出し、先端に魔力を込める。

魔力は、普段よりもゆっくりと氷を象り始める。燃えている先端を包むようにして、溶けるよりは速く、いつもよりは遅く。

少しずつ氷が光を覆いはじめる。ゆっくりと、着実に。けれど花が散ることはない。

やがて完璧に凍ると、氷が覆っている部分とそうじゃない部分の二つに別れ、地面に落ちた。

 

「…ふふ、思ってた以上みたい」

 

屈んでそれを覗き込む。

 

「……凄い」

 

それは、氷の中で輝く花の結晶。

思っていたよりも簡単に、想像以上に美しく出来ていた。

 

「…うん、手に持っても大丈夫みたい。冷たくも、熱くもない、丁度いい感じ。

はい、あなた」

 

「ありがとう。

…ホントだ。うん、やっぱり凄い。こんな事できるなんて」

 

「ふふん、当然よ。だって、大魔法使いのゼシカ様よ?このくらいどうって事ないわ」

 

拾い上げられた氷の花を二人で眺める。

中で未だに咲き続けるピンク色の花。思わず息が溢れてしまうほどの鮮やかさ。

 

「これ、どこかに飾ろうか」

 

よっぽど気に入ったのか、彼は手に持ったままずっと花を眺めている。

氷の膜がある分、目に優しいから見つめ続けててもあまり痛くない。

 

「それは…多分無理ね。

中の火薬の入ってる部分が全部燃えたら、消えちゃうと思うわ」

 

「そっか」

 

「…あ」

 

彼と話していた少しの間しか目を離していなかったのに、視線を戻した時にはもう、花はほとんど枯れていた。

 

「…ちょっと、寂しいわね」

 

それから少しもしないうちに花は散ってしまった。

私よりも凄い魔法使いがいたのなら、きっと花火の光を永遠のものに出来たんでしょうね。

そうしたら…

 

「そうだね」

 

彼に、こんな顔をさせなくて済んだのかな。

 

「もう、そんな顔しないでよ。

まだまだ花火はあるんだからいくらでも作ってあげるわ」

 

こんなに楽しい時間を悲しいものに変えたくない。

だから私は、少し無理を言ってみた。あの氷の花は結構魔力を使うからあんまり沢山は作れないけど、でも、彼が笑ってくれるのならどんなに疲れても気にならないわ。

 

「…なら、もう一回作ってほしいな」

 

「お安い御用よ!」

 

頷いて花火を手に取る。

今度は二本取って同時に火を付けて、さっきと同じ要領でヒャダルコを唱えた。

そうして出来上がる大きな氷の花。

中には、一対の花火。

 

「うん、上出来!

今度は長めに氷の中に入れたから、すぐには消えないはずよ!」

 

手渡した対の花を受け取った彼は、嬉しそうな少し寂しそうな顔で「ありがとう」と言って私にちゅーをした。

あんまり唐突だったから驚いたけど…。

一度顔を離した彼の唇を、今度は私から貰いにいったりして、少しの間じゃれあった。

 

 

やがて夜は更けて、星よりも明るく光る輝きは無くなる。

あるのは、家の中の明かりだけ。

星よりも、月よりも、もちろん花火よりも、熱く輝いて見える愛しい人との言の葉の花。

テーブルの上のお皿に置かれた、二つの氷の花と共に。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 




ちなみに、主人公君が氷の花を気に入ったのはゼシカのお手製だったのもあります。というか、七割がゼシカのお手製アイテムだったからです。
残り三割は好奇心と、花火がいつでも見られるかもしれないという期待です。

さて、それではまた次回。
さよーならー


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第四十話 空と大地とお困り事と

さてさて、この期に及んでやっぱり書くことがありません。

では、どうぞ。


ざぱざぱと響く水音。さらさらと流れる川。風が運ぶ水の匂いと草木の香り。

ここはトラペッタ地方にある滝の前。彼とヤンガスが初めて潜ったという洞窟の側。

 

「ん〜っ!久し振りに外で食べると気持ちいいわねー」

 

「うん。旅してる頃はこれが普通だったからなんとも思わなかったけど、今やってみるとスッとした気持ちになるね」

 

「ホントよね。まさかピクニックしたくなるなんて、あの頃は思いもしなかったし」

 

草原の上に正方形の大きな布を引き、その上にお弁当と水筒。

ふとした思い付きからやってみたピクニックだけど、ここまで晴れやかな気持ちになるなんてちょっと驚きだ。

なにせ、一年くらい毎日ピクニックしてたわけだし。

 

「…懐かしいなぁ。ザパンは元気にしてるかな」

 

「あー、そこの洞窟の主だっけ」

 

滝つぼの中に視線を向けて尋ねると、彼は頷いた。

 

「そう。額に水晶玉がぶつかってできた傷があって…なんか、この頃の僕ってとばっちり多いな」

 

「とばっちり?」

 

「ザパンの時もね、僕が水晶玉を投げた犯人にされてさ。勘違いで戦闘になったんだ。

…水責めと火責めをあんなに短い期間で両方受けるとは思わなかったなー」

 

彼の含むような言い方に申し訳ない気持ちになってくる。

言われてみれば、空がリーザス村に来たのはトラペッタでユリマちゃんとライネロさんの件が終わってからだったから、一週間と経たずに私に殺されかけたとになる。

勘違いで殺されそうになった後に、勘違いで殺されそうになったのよね…彼。

 

「あ、あの時は悪かったわよ…。犯人は現場に戻るって聞いてたし…」

 

「ザパンも同じこと言ってた気がする」

 

「うぐっ…」

 

彼にじとっと見られてなにも言えなくなる。

…私が悪いのは間違いないけど、しょうがないと思うのよ。だって、戻ってくると思ってたし…

 

「あはは、冗談だよ冗談。別に気にしてないって」

 

なんて考えていると、楽しそうに笑って空を見上げる彼。

…イジワル。

 

「…あなた、時々性格悪いわよね」

 

「え」

 

「ま、良いわ。パッフィーのお店で一番喜んでたのが実はあなただってこと、まだ忘れてないし」

 

「い、いや、そんなこと…」

 

「冗談よ」

 

冷や汗を垂らして否定する彼。あまりの必死さに思わず笑いそうになる。

やられたらやり返す。やられっぱなしは性分じゃないもの。

 

「さてと、お弁当も食べ終わったし、なにする?」

 

「…なんだろう?」

 

そよぐ風に揺れる髪を感じながら彼の肩に頭を預ける。

子供の頃だったら近くの川や、それこそ滝つぼの洞窟に行ったりして遊ぶんだろうけど、私も彼ももうそんな歳じゃない。

かと言ってご飯食べて帰る、って言うのもなんとなく抵抗がある。

特に思いつきもしないまま、彼と家でも出来る話を続けた。

 

 

 

 

少しして、なんとなく帰ろうか、なんて雰囲気になった頃。

 

「助けて下さーい!」

 

「「!!」」

 

遠くの方から小さな女の子の声が聞こえた。

 

「はぁはぁはぁ。

あの、助けて、下さい!」

 

息も絶え絶えに現れたのは、十歳になるかならないかくらいの小さな女の子。丁度、ユリマちゃんを小さくした感じの見た目の子だ。

 

「どうしたの?魔物…はもういないから、何か、野生の動物に襲われたの?」

 

水筒に入ってるお茶を注いだコップを少女に渡しながら尋ねる彼。

女の子はコップを受け取ると、一息に飲んで大きく息を吐いた。

 

「え、えっと…その、襲われたとか、そういうのじゃなくて…」

 

お茶を飲んで冷静になったのか、私たちを怪しむ感じで交互に見る。

無理もないわね。急いで逃げてきた先に知らない人がいたんだもの。混乱してたせいでどんな人かも確認する余裕がなかったんだろう。

 

「私の名前はゼシカ。あなたの名前は?」

 

「…ユリィ」

 

ぼそりと呟く少女ーーユリィの前で私はにっこり笑って手を差し出す。

ユリィは私の手のひらを不思議そうに覗き込む。

 

「…それっ」

 

軽く拳を握り、すぐに広げる。すると、そこには氷でできた小さなスライムができていた。

 

「す、凄い!どうやったの??」

 

「ヒャド、って知ってる?」

 

「うん!」

 

「私、呪文が得意で、ヒャドなら簡単な形を作れるの。

…ほら」

 

「うわ〜!ドラキーだ!かわいー!」

 

今度は反対の手を握り、同じようにしてドラキーを作る。それを見たユリィはキラキラと目を輝かせていた。

小さい頃に遊んだきり、久し振りにやったけど上手くできてよかった。

 

「はい、これはあげる。魔力で作った氷だから溶けづらいけど…ごめんなさい。無くなっちゃうの」

 

「ううん!大丈夫!ありがとう、ゼシカおねぇちゃん!」

 

「うん、どういたしまして」

 

渡した氷のスライムとドラキーを大事そうに手に抱えて喜ぶユリィ。

もう、殆ど使うことはないだろうと思ってた呪文だけど、意外なところで役立つ事が出来た。

たまに小さい子にこうやって配るのも良いかもね。

 

「良かったね、ゼシカおねぇちゃん」

 

「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ」

 

隣で微笑む彼に少し口を尖らせる。

…もしかして、ユリィに相手してもらえなくて妬いてるのかしら。

 

「…ねぇ、ゼシカおねぇちゃん。こっちの人は誰…?」

 

一通り氷のスライムたちを見終えたらしいユリィはわたしの袖に隠れて彼のことを覗き見る。

ぶっ、くくく。ユリィに怖がられて見られてるのがわかって凄い残念な顔してる。

 

「ふふ、大丈夫。この人はね、私の旦那様だから怖い人じゃないわ」

 

「旦那…様?

じゃあ、ゼシカおねぇちゃんはゼシカ奥様!!??」

 

「…おねぇちゃんで良いわ。ううん、おねぇちゃんが良いわ」

 

おままごとで覚えたのだろうか…。急にマダム感のある呼ばれ方をして思わず否定してしまった。

まだ、お母さんほど年取ってないもん。

 

「こんにちは。ユリィちゃん」

 

彼の優しい笑顔に、けれどやっぱり袖に隠れてしまうユリィ。

…可哀想な旦那様。精神に痛恨の一撃が入ってる。

 

「それで、ユリィちゃんはどうして助けを求めたの?」

 

「そ、そうだった!あ、あのねあのね!」

 

本題に入ると、途端にパニックに陥る。かなり緊急を要する事態かもしれない。

 

「えっと、花が、お母さんで、滝が妹で…!」

 

「…????」

 

まるで要領を得ない発言に、けれどとりあえず笑顔で頷く。

花のお母さんに滝の妹…?それでいくとお父さんは地面でユリィちゃんは空だったりするのだろうか…。

 

「…もしかして、お母さんに花を上げようとしたら妹が滝の近くで迷子になったのかな」

 

「そう!」

 

「そうなの…」

 

旅の途中のダンジョンなんかで見せた推理力は健在らしい。見事にユリィの悩みを言い当てた。

よくあんなに脈絡のない話なのにわかったわね。

 

「(ゼシカ、さっきちょっと変なこと考えてたでしょ)」

 

耳打ちをしてきた彼に慌てて違うと答える。

…なんで分かったのかしら。

 

「(旅の時もたまに変なこと言ってたからもしかしてと思ったんだけど…)」

 

「どうしたの?」

 

間に割り込むように顔を覗かせるユリィに驚き、私たちはサッと身体を離す。

そうだった、今は彼と取り留めのない話をしてる場合じゃないんだった。

 

「なんでもないわ。それじゃあすぐ探しに行きましょう」

 

「うん!」

 

立ち上がり、ユリィと手を繋ぐ。

彼女が言うには滝の近くで迷子になったらしいのだけど、それだけだと情報が少なすぎる。

 

「あ、でも…」

 

「どうしたの?」

 

取り敢えずユリィを連れて妹がいなくなった辺りを教えてもらおうとした矢先、ユリィが立ち止まる。

その視線の先にあるのは…。あっ。

 

「これは僕が片付けておくから先に探しに行ってて。あとで合流するから。

もし、僕が来なかったとしたら夕方頃に一旦ここに集合しよう」

 

お弁当や水筒を一つにまとめながらそう言う彼に私は頷く。

 

「わかったわ。悪いけど、お願いね。

行こ、ユリィちゃん」

 

「…でも」

 

「大丈夫、すぐ追いつくから」

 

「…うん!」

 

彼を置いて先に行くのを悪いと思っているのだろうユリィは、けれど彼の言葉に頷き私の腕を引っ張る。

彼の『大丈夫』には、不思議な力があるものね。ああ言われたら本当に大丈夫な気がするもの。

 

「ねぇ、おねぇちゃん」

 

「ん?」

 

少し離れたところ。滝の飛沫が風に乗って飛んできそうな場所まで来るとユリィが嬉しげに笑う。

 

「あのおにぃちゃん、優しいね」

 

「…ふふ、当たり前よ。私の自慢の旦那様なんだから」

 

少女の素直な感想に、私は大人気なく胸を張って言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




続く!


ではまた次回。
さよーならー


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第四十一話 一つの不安と三つの花と


続きです。

では、どうぞ。


遠くでカラスの鳴く声が聞こえる。

はっとして見渡せば日が暮れ始めていた。

 

「ミーティ…」

 

探し疲れ、その場に座り込んでしまうユリィ。

無理もないわ。彼と別れてからざっと四時間。ずっと探し詰めだもの。むしろ、よくもった方。

 

「ユリィちゃん、少し休まない?」

 

「…いや」

 

身体は疲れて動かないはずなのに、少女は頑として探すことを止めようとしない。けれど、ここのままじゃユリィが倒れてしまう。それでは妹のミーティが見つかったところで意味がない。

 

「…ごめんなさい、おねぇちゃん疲れちゃったの。だから、少し休憩したいんだけど…」

 

「…そういう、ことなら…」

 

不満そうに俯くも頷いて私の近くに来て座るユリィ。

昔からポルクやマルクの相手をしていたからか、このくらいの歳の子がどうすれば言うことを聞いてくれるのかがなんとなくわかる。

もちろん、子供によってはダメだったりするんだろうけど…。

ユリィのように優しい子なら、ああ言えばきっと休んでくれると思った。

 

「…少ししたら、すぐに行こう。おねぇちゃん」

 

「…うん、ごめんね」

 

「だいじょうぶ」

 

ユリィは私に身体を預け、目をこすりながらそう言う。

それから少しもしないうちに、ユリィは夢の中へと落ちていった。

 

「…やっぱり、大切なのよね。

本当、どこにいるのかしら。ミーティ…」

 

私たちが今いるのは滝つぼの洞窟のある一角の外周部分の東側。

ユリィが言うにはこの辺りで離れ離れになったらしいのだけど。

 

「魔物どころか、獣の一匹もいないなんて逆に変よね。

鳥くらい、見かけてもいいはずなのに」

 

周りを見渡しながら異様なまでに静かな辺りに不気味さを覚える。これなら、悪い魔物の一匹も出てきた方が安心できる。

 

「ゼシカ!」

 

そんな中現れたのは大きな声で私を呼びながら走って戻ってきた私の旦那様。

 

「あ、ごめん。寝てたんだ…」

 

「うん。

でも、結構しっかり眠ってるみたいだら大丈夫だと思うわ」

 

「それなら良かった」

 

「それより、今までどこにいたのよ」

 

ユリィが起きないよう声を潜めて彼を問いただす。いくらなんでも四時間近くピクニックのセットをしまうのに時間がかかったとは思えない。

それと同じくらい、彼がサボっていたとも思えないから不思議なのだけど。

 

「ごめんごめん。合流するっていったけど、二手に別れた方がいいかなって思って。

ついさっきまで反対側を探してたんだ」

 

苦笑いして後ろを指差す姿を見てなるほど、と頷く。確かに、時間制限があるなら二手に別れて探した方が効率的だ。

でも、出来るなら私たちに伝えてから行って欲しかったというのが本音。要らないとは思いつつも、少しは心配したわけだし…。

そんな不満が顔から漏れていたのか、彼は申し訳なさそうに頬を掻く。

 

「僕も途中で言えばよかったって気がついたんだけどね、ついつい探す方を優先しちゃって…」

 

「ううん、大丈夫。いまはミーティを見つける方が大事だから。…まぁ、ちょっとくらい言って欲しかったっていうのはあるけど…

それで、なにか手がかりになりそうなものはあった?

 

「足跡とか、そういうのはなかったけど、情報は手に入ったよ」

 

「ホント!?」

 

思いもよらない一言に思わず出てしまった大声。慌ててユリィに視線を送る。

良かった、起きてはいないみたい。

 

「うん。嬉しいことに優しい魔物がいてね、誰かは知らないけど小さい女の子を僕たちが今いるところで見かけたって教えてくれて。

手に花を持ってたって言ってたし、多分その子で間違いないと思う。

あと、これは確実ってわけじゃないんだけど…」

 

「どうしたの?」

 

急に言葉を濁し、難しい顔をする彼に不安を覚える。

 

「…その子の後をバトルレックスが付いていってたって言うんだ」

 

「うそ…。それ、大変どころじゃないわ…!すぐに行かないと」

 

「うん、だけど…」

 

そう言って私の太もも辺りに視線を落とす彼。

ああ、そうだった。私達二人だけならいざ知らず、ここにはまだまだ幼いユリィがいるんだ。考えなしに突っ込むわけにはいかない。

 

「…取り敢えず、僕が見てくるよ。三十分しても帰ってこなかったら、ユリィと一緒に街に助けを呼んできて」

 

「ダメよそんなの!

バトルレックスは私達にしてみても充分強敵だし、それに、ミーティを保護する人と、戦う人に別れないと、その子を無事に助けられる確率が少なくなっちゃう」

 

彼は少しの間考えると、決心したように私たちを見る。

 

「…そうだね。わかった。

行こう、三人で。僕が二人を絶対に守る」

 

そう言って、眠ってるユリィと私の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい感覚が両脇を通り過ぎていく。

虫たちの羽音。小動物たちのささやき。猛獣たちの突き刺さるような視線。それでも、魔物たちの悪意が無い分、歩きやすい。

彼の後に続き、ユリィを抱き抱えて私たちは木々の中を進んでいく。

 

「大丈夫。私たちがいるから、安心して」

 

私の腕の中でふるふると震えているユリィに微笑みかける。

こくん、と力なく頷くも、やっぱりユリィは周りからの小さな音や視線に敏感に反応していた。

 

「(…いた)」

 

先頭を歩く彼が呟き、その場で止まる。

彼の前にあるのは僅かに出来た茂みの隙間。除いて見えるのは、大きな斧を持ったドラゴンタイプの魔物、バトルレックス。

そして、たくさん敷かれた落ち葉の上に横たわるユリィと同じくらいの女の子。

間違い無く、ミーティだ。

 

「(本当に魔物が攫っていったのね…。

…!もしかして、ラプソーンに変わる悪いヤツが出て来たとか…!?)」

 

そうだとしたらミーティが危ない。

 

「(まって、まだ決めつけるのは早いかも。あそこ、よく見てみて)」

 

悠長に構えてる場合じゃないのに…。と思いつつも彼の指差した先を見る。

………アレは、果物と薬草…?

 

「(バトルレックスって、確か肉食よね?それに、ケガもしてないのにどうして薬草なんか…)」

 

「(しっ、動き出した)」

 

彼の言葉とほぼ同時、地面が僅かに揺れる。それは一度や二度ではなく、何度も。

 

「(大丈夫、バトルレックスが歩いてるだけよ)」

 

怯えるユリィの頭を撫でながらも、決してバトルレックスから目は話さない。

歩き出し、果物と薬草の積まれた場所まで歩いていくバトルレックス。食事か、それとも治療か、どちらにしてもミーティが今すぐどうなる言うわけでは

なさそうだけど…。

 

「(…って、え…?)」

 

「(オノを、置いた…?)」

 

どのバトルレックスも戦闘中、力尽きるまで何があっても離さなかったあのオノを、地面に置いている。

それから拾い上げたいくつかの果物と、三つくらいの薬草を持ってミーティらしい子のもとへと再び歩き出す。

 

「(あの魔物、もしかして…)」

 

「(うん、そうだと思う)」

 

彼と顔を見合わせて互いの意思を確認する。

これ、もしも私たちの予想が正しかったら、結構な事件かもしれない。

 

「(え、なになに??)」

 

頷いて、微笑み合う私たちを交互に見て、泣いていいのか喜んでいいのかわからなそうに混乱するユリィ。

 

「(大丈夫。多分、あのバトルレックスは悪い魔物じゃないよ)」

 

そんなユリィに彼は笑顔を向けた。

側から見てる私すら安心してしまうような優しくて頼りになる笑顔を。

 

「(あなた、やっぱりそうみたい。

どうする?このまま見守ってる?)」

 

「(…いや、行こう。バトルレックスの手だとかなり難しいだろうし、手伝った方がいいと思う)」

 

頷いて、すぐに茂みから立ち上がる。

バトルレックスは驚き、手にしていた薬草などを落とす。そして、すぐさまオノのもとへ駆け出した。

 

「待って!僕たちは敵じゃないよ!」

 

彼の言葉に、けれどバトルレックスは拾い上げたオノの柄を固く握る。

突進するように駆け向かってくる巨体。狙いは、私たち二人を守るようにして立つ彼だ。

振り上げられるオノ。それでも、彼は身じろぎひとつせずにバトルレックスの目を見続けた。

 

「グォッ!?」

 

オノが振り下ろされる瞬間、時間が止まったようにピタリと固まるバトルレックス。

僅かな沈黙の後、彼の脳天に向けられた刃は、彼を通る事なく地面に刃跡を作った。

 

「…グガァ…グゴォ…」

 

その場に座り込み、バトルレックスは彼に頭を差し出した。

その頭に彼は手を置いた。

 

「うん、いい子だ。

あの子を助けてあげたの?」

 

「ガァ!ゴォォ!」

 

「…そっか。ありがとう」

 

それは、ユリィにとても不思議な光景に映っただろう。

人の身の丈を平然と超える大きさの魔物が、自分よりも遥かに力の弱いはずの人間に頭を下げて、撫でられているんだから。

 

「す、凄いね!ゼシカおねぇちゃんの旦那様って!あんな怖い魔物を手懐けちゃうなんて!」

 

「ふふ、でしょ?

ほら、あそこよユリィ」

 

「…!!ミーティ!」

 

抱き抱えていたユリィを下ろし、ミーティの横たわっている落ち葉の布団を指差す。

するとユリィは一目散に駆け寄っていった。

 

「ミーティ!ミーティ!」

 

「……?

ユ…リィ…?」

 

「ミーティ!」

 

「ユリィ…重い…」

 

ユリィの呼びかけに目を覚ますミーティ。その途端、ユリィはミーティの上にのしかかるようにして抱きついた。

 

「良かったぁ…良かったぁ!!」

 

「…よくわかんないけど、ごめんね。ユリィ」

 

泣き出してしまったユリィに困惑の表情を見せつつも、よしよし、と頭を撫でるミーティ。

少し、二人きりにしてあげたほうがよさそうね。

 

「それであなた?そのバトルレックスはなんて?」

 

「うん。久し振りだからちょっと自信ないけど…

その子…ミーティが崖に落ちた時にドランゴ…このバトルレックスの名前なんだけど、ドランゴがたまたま通りかかって、崖の下のちょっとした足場で気絶してたミーティをどうにか拾い上げたんだって。

それで、このドランゴの住んでるところに連れてきて治療する途中だったらしい」

 

不安げな面持ちで、でも、ちゃんとした説明に思わず笑ってしまう。

 

「何が自信ない、よ。結構しっかり伝わってるじゃないの」

 

「え?

あ…確かに」

 

こんな軽口が叩けるのもミーティが無事だったから。

ホント、何事もなくて良かった…。

 

「ミーティ!やったねミーティ!」

 

「うん。頑張ったよ、ユリィ」

 

落ち葉のベッドの上で、手にした花を大喜びで見つめるユリィと、自慢げに胸を張るミーティ。

どうやら、二人の探していたお花は手に入れることができたみたいだ。

 

「さてと、そろそろ暗くなりそうだし、トラペッタに行きましょうか。

ここまで来たら、あの子たちのこと、最後まで面倒みましょ」

 

「そうだね。それじゃ、二人のこと呼びに行こうか」

 

「うん」

 

そう言って、楽しそうにしている二人を迎えに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





次回に続く!

さよーならー


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第四十二話 晴れる涙と涙の笑顔と


続きです。

では、どうぞ。


街に着いた頃、陽は完全に落ちていて、一番星が空に輝いていた。

街灯の照らす石畳のに落ちる四つの影。二つは大きくて、二つは小さい。

小さい影は、黒一色でも分かるくらいに明るく元気だ。

 

「これでお母さんが良くなるよね!」

 

「…うん。絶対なる」

 

少しの不安と沢山の期待を持って歩くユリィとミーティの後に続く私たち。

彼女たちの微笑ましい会話を見て、彼もすっかり緩んだ顔をしている。

 

「いいわね、子供って」

 

「そうだね。僕たちに出来たら、どんな子になるかな」

 

当然の質問に、けど、少しだけ恥ずかしくなる。

彼との子。

そんなの、強くてカッコよくて頼りになって優しい、完璧な子になるに決まってるわ。

 

「うーん…あなたに似て、頼りなさげなのに頼りになる子になるんじゃないかしら」

 

でも、そんなこと恥ずかしくて言えない。

だから、ちょっとイジワルに返してみた。

 

「あはは。

僕は、ゼシカみたいに心の優しい子になると思うんだ」

 

「…あなたねぇ…」

 

よくもまぁ恥ずかしいことを真顔で言えるわね、この人は…。

 

「ゼシカおねぇちゃーん!旦那様ー!ここだよー!」

 

「ユリィ、うるさい」

 

石段を登りながらなんて返そうか考えていると、前を歩く二人がこちらを振り返って家を指差している。

 

「はーい、今行くわー」

 

彼と手を握り二人の元へとと急ぐ。

すると、突然開かれるドア。現れるのは、鬼気迫るといった表情をした一人の女性。

ユリィのように二房に分けた髪を持ち、ミーティのような綺麗な銀髪の女性は、真っ赤に腫れた目で、キョトンと首を傾げている少女たちを見る。

 

「あんたたち…どこ、行ってたの」

 

「ミーティと一緒に」

 

「お花、取ってきた」

 

「「お母さんに」」

 

小さく、呟くような声で口にする女性に、ユリィとミーティは胸を張って手にした花を差し出して答えた。

花にも負けないくらい、華やかな笑顔で。

 

「…ありがとうね、二人とも。

でも!!」

 

女性は俯いたまま花を受け取る。

そのあと、ユリィとミーティに一回ずつ、ゲンコツをした…!?

 

「ちょ、ちょっとどうして…」

 

「ゼシカ!」

 

お母さんと呼ばれた女性に抗議をしようとすると、隣にいる彼に止められてしまう。

 

「ダメだよ。僕らはあくまでも二人を見送るだけ。家族の問題に口を出しに来たわけじゃない」

 

「それは…そう、だけど…」

 

どうして、と問う前に、彼の真剣な表情に気圧されてしまう。

確かに彼の言う通り、家族のことは家族で解決するのが一番いい。でも、だとしても、二人が必死になって探してきたのに、ゲンコツで返すなんてあんまりよ。ちゃんと説明くらい聞くべきじゃない。

けれど、私のその考えはすぐに間違いだと気がついた。

 

「バカ!どうして滝つぼの方になんて行ったの!!魔物は確かにもういないけど、でも!猛獣がいなくなったわけじゃないでしょ!?

なのに、どうしてそんな危ないことするの!!

襲われでもしたら、死んじゃうのよ!?」

 

眼、いっぱいに涙を溜めて、二人を叱る母親。ミーティとユリィは、自分のした恐ろしさに気がつき、次第に瞳を潤ませていく。

 

「え、う、で、でも、お母さん、お花見たいって…!」

 

「うん…いっ、言ってた」

 

涙を堪えて二人は抵抗をする。

その二人を、母親は目線に合うようにしゃがんで頭に手を乗せた。

 

「確かに言ったわ。けど、貴女達二人よりも見たいなんて言った?

お母さんはね、貴女達を見ていたいの。危ない目に合わないように、ちゃんと見ていたいの。

だから、もう何も言わないでお母さんの前からいなくならないで。ユリィもミーティも、嫌でしょ?お母さんがいきなりいなくなったら」

 

そう言って、二人を抱き寄せた。

 

「う、うぁぁ…うぁぁん!ごめんなさい!ごめんなさい!もう、勝手に行かないから…!

だからどこにも行かないで!」

 

「ごめん…なさい…お母さん…!」

 

「うん、うん。分かればいいの。

どこにも行かないから。大丈夫」

 

それから二人が泣き止むまで、母親は二人のことを抱きしめ、頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

「すいません、うちの子がご迷惑をおかけしたみたいで。

私はヨウイと言うのですが…その、お怪我とかは大丈夫でしょうか?」

 

あの後、二人の後ろにいた私たちに気がついた母親…ヨウイさんは、お礼がしたい、と言って家に招き入れてくれた。

案内された椅子に腰掛け、お茶とお茶受けをを持ってきてくれた彼女は、申し訳なさそうに私たちの具合を案じてくれた。

 

「はい。私も彼も、以前は旅をしていたので身体は丈夫なんです。あまりお気になさらないでください」

 

そう答えると、心底ホッとしたように胸に手を当て、目を瞑るヨウイさん。

 

「そうですか…それは良かった…。

もし宜しければ、うちで夕飯を召し上がっていきませんか?人に振る舞えるほどの腕とは思っていませんが…あの子達のお友達には喜んでもらえているので、多分、大丈夫かと…」

 

「いえ、お気になさらないで下さい。僕たちは、僕たちにできることをしただけですから、お気持ちだけで充分です」

 

彼の言葉に頷き、昼寝のスペースとして使用していると教えてくれた場所で眠るユリィとミーティを見る。

そう、私たちはお礼とかが欲しくて二人を助けたわけじゃない。二人が無事なら、例え、誘拐犯だ、と追い返されたとしても構いはしない。

…少しは頭にくるでしょうけど、大事なのはあそこで幸せそうに横になる二人が助かることだし。

それに、同じく台所を預かる身として予定外の出費は妙なところで堪えるとよく知っている。助けたお礼に大変な思いをさせてしまうんじゃ、意味がない。

 

「ですが、それだと私の気が済みません。

なにかお礼をさせて下さい」

 

もちろん、そんなことを言えるはずはない。

だって、感謝の気持ちを無下にするなんて、天地がひっくり返ったってしたらいけないもの。

 

「…どうする、あなた?」

 

「うーん…」

 

困る彼に聞きながら、自分でも考える。

お礼と言えば、なんだろう。

何かを貰ったり、秘密の情報を教えてもらったり、仲良くしてもらったり、かしら…。

あ、なら、こういうのはどうかしら。

 

「だったらヨウイさん。もし、私たちに子供が出来たら、是非二人と仲良くしてもらえませんか?

私も彼も、世界中に友人はいるんですけど、子供のいる人というのが殆どいなくて…」

 

私の提案に、けれどヨウイさんは難しい顔をする。

 

「…それは、どうでしょう。

誰と友達になるかはユリィとミーティの気持ち次第ですし、お約束は出来ません」

 

「あ…

そ、そうですよね。ごめんなさい。今のは忘れて下さい」

 

その言葉に、ヨウイさんは横に首を振る。そうして、私たちに向き直る。

 

「でも、一度うちに遊びに来て下さい。

あなた達のように心の優しい人たちのお子さんですもん、きっととてもいい子の筈です。

もしかしたらこちらから、友達になって、と頼むかもしれませんけど」

 

そう、笑顔で言ってもらえた。

 

「…はい!その時は、よろしくお願いします」

 

彼に続いて私もお願いをした。

 

 

 

 

「本当に帰ってしまうんですか?もう夜も遅いですし、泊まっていったらいいのに」

 

街灯くらいしか明かりのないトラペッタの街。

玄関の前で、ヨウイさんに私と彼は引きとめられていた。

 

「いえ、僕たちは呪文のおかげですぐに家に帰れますし。それに、旦那さんに余計な心配をさせたくありませんから、この辺でお暇させてもらいます」

 

「お茶やお菓子、とても美味しかったです。ごちそうさまでした」

 

軽く頭を下げてお礼を言うと、ヨウイさんも諦めたように頷く。

 

「…分かりました。

都合の良い日があればいつでも遊びに来て下さい。あの子達も、喜びますから」

 

開けられたままのドアから家の中を覗き、ぐっすり眠ったままの二人を見遣る。

ふふ、あの子達にしてみたら大冒険だもんね。夢の中じゃ、あのバトルレックスと一緒に何かと戦ってたりしてね。

 

「はい。その時は是非。

…ああ、それと一つお伝え忘れしたことがありました」

 

彼の言葉に首をかしげるヨウイさん。

心当たりのない私も同じようにして彼をみている。

 

「ミーティちゃん、もしかしたら魔物と心を通わせる才能があるかもしれません。

お話ししたように、ミーティちゃんはバトルレックスに助けられたんですが…、いくら心の優しい魔物しかいない世界になったとは言え、普通はそんなことありませんし、僕自身、魔物と心で会話を出来るんですが、その時にバトルレックスが言っていたんです」

 

「…なんと、言っていたんですか?」

 

「『この子は、どうしても助けなければならないと思った』と。

人間が魔物に対して良い感情をあまり持っていないのと同じように、彼らも僕たちを信用していません。だから、そう言っていたのが引っかかるんです。

…もし、ミーティちゃんに才能があった場合、決して驚かないでください。僕が相談に乗りますし、彼女やヨウイさん達が納得するのであれば、魔物と心を通わせるプロの方を紹介しますから」

 

いつになく真剣に語る彼。

その姿を見たヨウイさんは、魔物と心を通わせる、という前提をバカにせず、深く頷いた。

 

「もちろんです。私は、ユリィもそうですけど、ミーティが望むのならそのように生きてもらうつもりです。

…悪い方向にいかなければ、ですけどね」

 

「それなら良かった」

 

微笑むヨウイさんに、彼は同じく微笑みを返す。

 

「…寒くなってきたわね。あなた、そろそろ行きましょう」

 

どこからともなく吹く冷たい夜風に身を震わせ、彼の袖を引っ張る。そうだね、と答えた彼と、ヨウイさんにお別れの挨拶をして、ルーラを唱えてもらう。

飛び立ち、家が見えなくなる瞬間まで、ヨウイさんは私たちに手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

すっかり冷え切った部屋に明かりが灯る。

不思議なほどに静まり返った室内。聞こえるのは、彼の持つお弁当の空箱をテーブルの上に置く音と、私が置いた空の水筒の音。

 

「ねぇ、あなた」

 

驚くほど通る声。

でも、不気味さはない。それどころか、むしろどんどん心が落ち着いていくような感覚がある。

 

「うん?」

 

同様に、部屋に響き渡っているのかと勘違いするくらいはっきりと聞こえる彼の声。

それが、凄く嬉しい。

 

「そろそろ、私たちも良いのかもね」

 

「…うん。

ゼシカも、そう思ってたんだ」

 

こくりと頷いて、彼は私の目をまっすぐに見つめる。

その目に映るのは、私の顔。

そして、未来の家族の姿。

 

「…ねぇ、今日はもう疲れてるからアレだけど…。

そのうち、しましょうね。あなた」

 

「うん。その時は、よろしくね。ゼシカ」

 

そう言って、とっても短いちゅーをした。

今までで一番触れ合ってた時間の短い、刹那のようなちゅー。

でも、今までで一番深くて広い想いを交わしあった。

 

 

それから私たちは分担して一日を終える準備を始めた。

彼は夕飯を作り、私はお風呂を洗って洗濯物をする。

 

それは、もう間も無く、一日が終わる時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





さて、今回までを含む全三話。
これらは、彼ら二人にとても大きな意味を残した出来事でした。
それが一体どんな変化をもたらすのか、次回をお楽しみにして下さい。

さよーならー


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第四十三話 私と旦那様と解け合う日


どうぞ。


今日は、何から何まで普通の日だった。

いつものように彼を起こして。

作った朝食を一緒に食べて。

彼を送り出す。

 

残された私は、少しだけお仕事に恨みを持ちながらも、朝食の後片付け、掃除、洗濯、買い物、便利そうな魔法の開発、休憩の読書、昼食、と代わり映えのない時間を過ごした。

…ただ、その読書する本が初めて読んだのってのはあるけど、それ以外はなんてことのないいつもと同じ時間。

 

彼が、帰ってくるまでは。

 

「ただいま」

 

「…おかえりなさい」

 

恥ずかしくて小さくなってしまう声。

テーブルの上に並ぶ料理と、椅子に座って俯く私。

部屋の扉を開けて立つ彼は、どこかぎこちなく私を見ていた。

 

「…荷物、置いてくるね」

 

俯いたまま、ちらりと彼の顔を覗く。映るのは、染めた頬を指先でかく彼の姿。

 

「うん…」

 

小さく頷いて彼に答える。

戸惑うような間の後、いつもより少し早く階段を登っていき荷物を置いてきた彼は、ゆっくりと椅子に座る。

 

「あなた、手、洗ってないわよ?」

 

「あ、あぁ!そうだった!ごめんごめん、すぐ行ってくる!」

 

慌てた様子で立ち上がり、小走りで洗面所に行ったかと思うと、数秒のうちに帰ってきて、再び椅子に座る。

 

「…じ、じゃあ食べましょうか」

 

「うん、いただきます」

 

いつもならありえないほどに静かな食事。黙々と勧められる箸に、私は少しずつ不安を募らせる。

 

本当に良かったのか。

今日がその日だったのか。

彼は疲れているんじゃないか。

嫌なのに、無理して私に合わせているんじゃないか。

 

今日の夕飯は、ずっとそんなことばかり考えて、終わってしまった。

 

 

 

 

 

お風呂は、珍しく別々に入った。

提案したのは私で、彼は少し考えた後に頷いてくれた。

 

湯気の音が聞こえそうな浴室。

目一杯伸ばした脚。浴槽の端に背中をもたれて、顎先までお湯に浸かる。

全身を包むちょっと熱めのお湯。

でも、私の身体を火照らせるのは、そんなお湯よりも熱いモノ。

 

「…とうとう、彼と…」

 

口にする言葉を隠すように、水面に小さな泡ぶくが出来た。

 

 

 

 

 

うっすらと暗い寝室。

いつもと同じはずのベッドに腰掛けているだけなのに、今日は初めて泊まった宿屋のように他人の物に感じられてしまう。

彼が、お風呂から出てくるまで後数分くらいかしら。

低反発の、寝心地がとっても良いベッドに手を押し当ててその反発を楽しむ。

 

「今更だけど、このベッドホントに持ちがいいわよね」

 

高まる緊張を紛らわすように呟いて、枕に顔を押し付ける。

心臓の音がハッキリと聞こえる。

ドクン、ドクン、と少し早くて力強い音。

 

タン、タン、タン。

 

ドアの先から聞こえる足音。

もう、彼は出てしまったみたいね…。

 

「…出ました」

 

「お、お帰りなさい」

 

敬語になってしまう会話。

それは、これから先にするコトのせい。

 

「………その、少し、話しましょうか」

 

「…うん」

 

隣に腰を下ろす彼。

ほかほかとしていて、とてもいい匂いがする。

 

「私たち、もう一年以上も一緒に生活してるのよね」

 

「うん」

 

「不思議ね。本当なら、一生出会うはずがなかったかもしれないのに。それどころか、あんな出会いだったのに、今じゃこうして一つ屋根の下、同じベッドで隣り合って眠ってる」

 

「うん」

 

「私ね、いつも思うの。

あなたと、結婚して良かったって。一緒に暮らせて嬉しいって。出来るなら、一生を終えても、ずっと一緒にいたい。そう思ってしまうくらい、幸せなの」

 

「うん」

 

「…だから、私は、あなたとの子が欲しい。

今でも充分幸せだけど、でも、私はもっと幸せになりたいって思っちゃったの。ユリィとミーティを助けた日からずっと、もしも私たちに子供がいたら、って毎日思ってた。

みんなで食べるご飯。みんなでする買い物。二人じゃしないけど、子供がいればするような遊び。

全部…全部したいと思っちゃう」

 

「…うん」

 

一言、二言と話すにつれて赤く火照っていく顔。

あの子たちを助けてから半月間、ふと気がつけば子供がいたら、と考えていた。

その想いを、今、彼に打ち明けた。

私は、ね。心の奥底から、どうしようもないくらい本心から、あなたとの子を成したいと思ってる。そうすることで世界中の全てから嫌われてしまっても、構わないと思ってる。

その気持ちのほんの僅かでも、伝わって欲しい。

 

「ゼシカ」

 

「…はい」

 

彼の、力強い、頼りになる声。

ベッドの上に置かれていた私の手の上に重なる、温かな彼の手。

私は、恥ずかしくも嬉しい気持ちになって、彼を見る。

視線の先にあるのは、同じように…ううん、私よりも真剣な眼差しで私を見据える彼。

 

「ゼシカ。

僕は、ゼシカのことが大好きだ。世界中で誰よりも愛してる。例えゼシカを愛することで世界を敵に回すような日が来たとしても、生涯、ゼシカを愛していられるくらい、好きだ。

だから、僕と…子を成して欲しい。

この人生をかけて、ゼシカと、これから生まれる子を命に代えても守るから」

 

「…はい…!

私で良かったら、こっちこそ、よろしくお願いします…!」

 

私の頬を伝うのは、あの日…結婚式の日に流れたものと同じ涙。

寂しさや悲しさ、辛さや苦しさとかからくる負の感情とは真逆の涙。

私と同じ想いをしてくれていたことによる嬉し涙。

流れた一滴が、伝い切った時、私たちは今までで一番想い合うちゅーを交わした。

 

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

彼に包まれる私。

まだ、身体が熱い。

直に触れ合う彼の身体は、その全てから熱を感じる。

少しだけ荒いままの彼の呼吸が、私の前髪を揺らしてる。

ちょっとくすぐったいけど、嫌じゃない。ううん、むしろ、好き。普段はこんなに寄り添い合うことがないんだもの、思わず微笑んでしまうくらい嬉しいコト。

 

「…ねぇ、あなた」

 

「なに、ゼシカ」

 

「…なんでもないわ。ただ呼んでみただけ」

 

昂ぶる心に任せてただ彼を呼んでみる。たったそれだけのことなのに、いっぱいになったと思っていた気持ちが更に満たされていく。

 

「ね、ゼシカ」

 

「ん?なに、あなた」

 

「ただ呼んだだけだよ」

 

「…ふ、ふふ。うふふ」

 

「あはは」

 

子供のような仕返しが、もっと私の気持ちを満たす。

思わず笑ってしまうのは、そんな嬉しさが溢れてしまったから。

 

「ねぇ、あなたって、明日はお休みだっけ」

 

「うん。明日は休みだよ。

…明日は、ゼシカとずっといたかったから、休みにしてもらった」

 

「…そっか。

じゃあ、まだイケるわね?」

 

「…うん。もちろん。

むしろ、僕からお願いしたいくらい」

 

「あら、言うじゃないの。途中でへばらないでね?お父さん」

 

「それはこっちのセリフかもしれないよ、お母さん」

 

薄い明かりの中、私たちは、今日何度目かわからないちゅーをして、もう一度硬く手を握り合った。

彼の体温を、全身でしっかりと感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




ここまでようやく来た気がします。
次回、最終話。

それではまた。
さよーならー


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第四十四話・最終話 私と旦那様と愛し子と祝福されし純白の日々

さて、今回が最終話となります。
ぜひ最後まで読んでください。

それでは、どうぞ。


私と彼が初めて身体を重ねた日から七年程の時が経った。

それは、あっという間の出来事。

始めの一ヶ月で、私の身体にもう一人の命が宿って。

九ヶ月間、彼にはずっと迷惑をかけっぱなしで。でも、彼は嫌な顔一つせずに毎日私をいたわってくれた。

 

それから、この子たちが産まれた。

 

二人とも私に似た赤毛で、男の子と女の子。

男の子…ウェーナーと、女の子…ルイーサ。

双子だったから、産むのも育てるのも本当に大変だったけど、でも、彼と協力して、二人は、私たちが望んだ以上に良い子に育ってくれた。

ウェーナーは彼のように、困ってる人がいたら必ず手を差出せる子で。

ルイーサは…彼が言うには、私のように誰かを思いやれる子で。

とにかく、私たちには過ぎたくらいに出来た二人。

 

「母さん、なにしてるの?…日記?」

 

寝室のドアを開けて入ってきたのは、寝癖でボサついた頭の瞼をこするウェーナー。

 

「あら、起きたのね。そう、日記よ。

待ってて、すぐ朝ごはんにするから。あ、まだ起きてないようならルイーサも起こしてきて」

 

「うん!わかった!」

 

頷いたウェーナーは子供部屋の方へと駆けていき、少しもしないうちにルイーサの叫ぶ声がした。

 

『私は!まだ!寝る!』

 

「…あはは、おかあさんの言う通りなら、昔の私もあんな感じだったのかしらね…」

 

いつにも増して悪い寝起きに頭を抱える。

ウェーナーが叩かれないよう助けに行かないと。

っと、その前に私にもすることが一つあった。

 

「…ほら、起きて。お父さん」

 

ベッドの上で毛布にくるまったままの彼の耳元で囁く。

僅かな寝返り。その後に、彼は薄く瞼を開く。

 

「…ん。

おはよう、お母さん」

 

「…ちょっと、子供が見てたらどうするのよ」

 

離れていく感触を確かめるように唇に手を当てて、目をこする彼の横に座る。

すると、まだ寝ぼけてるみたいで、私に身体を預けてきた。

 

「全く。仕方のない人ね。

…二人ともー!お父さんが起こして欲しいってー!」

 

「えっ!?

ま、待った!待った!僕は起き…うぐっ!」

 

「父さーん!」

 

「お父さーん!」

 

ふふ、流石は私とあなたの子ね。

呼びかけてからこっちに来るまでのはやさが段違い。

そのまま揉みくちゃにされると良いわ。

 

「起きてー!」

 

「起きたー?」

 

「くぅー!やったなー!」

 

「「きゃははは!!」」

 

彼のお腹を叩くウェーナーに、抱きつくルイーサ。

そんな二人を、わしゃわしゃと撫でたりして遊んであげてる彼。

見ていて、心の和む光景。

…でも。

 

「…楽しそうね。

私も混ぜて!」

 

「ちょ、ゼ、ゼシ…ぐふっ!」

 

適当なところで止められるようと思ってたけど、三人のあまりにも楽しそうな雰囲気に我慢できなくなる。

つい、私も彼に飛びついてしまった。

 

………。

……………。

やだ、ちょっとこれ、楽し過ぎる。

 

「く、ふふ、あはは!ちょ、ちょっとゼシカ…!!くすぐったい…!」

 

後ろから抱きついたり、くすぐったり、頬擦りしてみたり。色々やってみる。

その度に変わる彼の反応は、次になにをしようか、って考えちゃうくらいに私の中の何かを掻き立てる。

 

「…フケツ」

 

「「えっ」」

 

そんな中聞こえたルイーサの声。

ハッとして彼をいじるのをやめてみると、ウェーナーもルイーサも、いつの間にかベッドの上から降りていて、じゃれあっていたのは私と彼だけになっていた。

向けられる、ルイーサの冷ややかな視線と、ウェーナーと妙に暖かな目。

…これは、教育上良くないものを見せてしまったのかしら…?

 

「ダメだよルイーサ。父さんと母さんは僕たちの面倒ばかり見てて、最近は全然一緒に遊べてなかったんだから。

このくらいは大目に見てあげようよ」

 

そう考えているところ飛んできたとんでもない発言。

確かに、ここ何年かは彼と一緒にお風呂、なんてのも出来なくなってたけど…、でも、どうしてそんなことをウェーナーが知ってるのよ。

 

「イヤよ。だってお父さんは私のものなんだもん。お母さんはもう充分楽しんだんだから、世代交代よ」

 

その疑問も晴れる前に告げられるルイーサの煽り言葉。

おかしいわね、この子、こんなに生意気だったかしら。

 

「ダメよ。お父さんは誰にも渡さないんだから」

 

「ちょ、ちょっと二人とも」

 

「…なら、勝負しようよ、お母さん。

私の料理と、お母さんの料理。どっちの方が美味しいかお父さんに決めてもらおう!

で、選ばれた方がお父さんの花嫁さんってことで!」

 

左腕を突き出して投げられたのは、懐かしい戦闘の合図。

当然、引き下がるはずはない。

 

「いいわ、受けて立ちましょう!」

 

「ゼシカ!?」

 

「父さん、諦めよう。

……骨は、拾うよ」

 

睨んでくるルイーサを見つめながら、視界の端に映るのは彼の肩に手を置くウェーナー。

何はともあれ、まずは朝食ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんとお母さんは、どうやって知り合ったの?」

 

それは、勝負…じゃなくて、朝食が終わり、一通りの片付けが済んだ頃。

食後のお茶を用意している私か、それとも、ソファに座ってウェーナーの道具袋を整理している彼に対する質問なのか、どちらかはわからないけれど、ルイーサが口にした質問。

 

「…そうね、話すと長くなるわよ?」

 

運んできたお茶を食事をする際に使うテーブルの上に置いて、彼とウェーナーに顔を向ける。

私に見られた二人は、道具袋の整理を中断して、席に戻ってきた。

 

「僕も興味あるなぁ。

だって、父さんと母さんって、そんなに性格似てないし…なんなら、母さんは父さんみたいな人、あんまり好きじゃなさそうだもん」

 

ウェーナーの言葉にルイーサが激しく頷く。

…まぁ、否定はしないけど…。

けど、二人にあんなことを話してもいいんだろうか。

彼との出会いは、つまり、私たちの旅の元凶のドルマゲスの事を話さないわけにはいかない。

それは…どう取り繕っても、悲しくて苦しい物語だ。

不安な気持ちのまま、彼を見る。

私たちが…ううん、私が困った時に、いつも答えを教えてくれた彼。

そんな彼ならどうするのか、教えてほしい。

 

「あはは。

どうするお母さん?僕がゼシカに殺されかけた話でもする?」

 

……へ?

 

「「え!?」」

 

「ちょ、ちょっと!あれは勘違いでしょ!?誤解させるようなこと言わないでよ!」

 

頼みの助け舟は泥舟だったみたいで、ある意味じゃドルマゲスの話よりもして欲しくない話題に直球を投げ込む彼。

なんでそんなに楽しそうな顔してるのよこの人は!

 

「そう、勘違いだったよね」

 

私の焦りも意に返さず、彼は懐かしむように続ける。

その雰囲気は…そう、私が彼に想いを打ち明けた結婚式の日のよう。

 

「後にも先にも、あれより凄い出会いはなかった。けど、お陰で僕はゼシカのことをもっと知りたいと思ったんだ。

初対面の人をいきなり犯人扱いしてメラ系の呪文を唱えてくる女性だから、気にならない方が変だけどね。

…そして、僕らは一緒に旅をするようになった。女の人の一人旅は危ないから、一緒に行こうって。…ヤンガスおじさんやククールおじさんとかとね。

それから毎日少しずつ、お母さんのことを知っていったんだ。

強気で、明るくて活発で、周りが見えなくなるくらいに一途で。でも、誰よりも人の悲しみに敏感で、それに共感できて、人を思いやることの出来る、とっても優しい人。

それがお母さんだった。

だから、お父さんは思った。

この人と…ゼシカと、一生を過ごせたらどれだけ幸せなんだろうって。家庭を築けたら、どんなに楽しい毎日になるのかな、って」

 

静まり返る室内。

思えば、こうやって彼の気持ちを聞いたことは初めてかも知れない。いつもは、なんていうか…どこもかしこも好き!みたいな言い方だったけど、今みたいに、詳しく教えてもらった事は、多分、ない。

 

「…あなた、私のことそういう風に好きになってくれたんだ…」

 

「うん。

本当はもっと早く…いや、結婚式の時に伝えるべきだったんだろうけど、出来なかった。

その後は…毎日のゼシカとの会話が楽しくて、つい後回しにしちゃったんだ。

…出来ることなら、いつから好きになった、とか言えればいいんだけど…。ごめんね。

僕も、分かんないんだ。気がついたらゼシカのことが好きになってた。もちろん、今でも好きになってる」

 

微笑む彼を、しっかりと見据える。

彼の瞳に映るのは、頬を赤く染めたわたしの顔。それが、ゆっくりと瞳に吸われていくように近づいていって…。

 

「ダメー!」

 

「「「!?」」」

 

「ダメよ!ダメ!お父さんは、もう私のなんだから!ち、ちゅーなんかしちゃダメー!」

 

あと少しで彼の温度が感じられるというところで、テーブルをタンタン、と叩くルイーサに止められてしまった。

 

「あら、ならキスならいいかしら?」

 

「もっとダメー!」

 

「ゼシカ!?どうして煽るの!?」

 

「…父さん、冴えないふりして実はモテモテなんだ…。罪深い人」

 

「ウェーナー!?」

 

静寂がウソのように晴れ、賑やかになる部屋。

それは私と彼が望んだもの。

家族みんなが幸せを得られる、祝福された純白の日々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin…

 

 

 

 

…ウソよ。まだまだ私たちの幸せは終わらないわ!

だから…!

 

 

To be next story !

 




…嘘でした。
もうちょっとだけ続けようと思います。
でも、すこーし時間をあけてからの再開です。
第二章・クランスピネル編に、乞うご期待!

それではまた次回。
さよーならー


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二章 クラン・スピネル編
第四十五話 私と彼と愛し子たちと基礎と



子供たちが出てくるクランスピネル編、スタートです。

では、どうぞ。


透き通る風。

澄み渡る空。

耳に心地いいのはたなびく草花たち。

難しい顔をしたルイーサと、ワクワクを抑えきれてないウェーナー。

子供達の前に立つのは、私と彼。

 

「さて、今日はルイーサが剣術、ウェーナーが魔法のお勉強よ。いつも通り、それぞれが私たちの出した課題のところまでクリアしたら交代ね!」

 

「はーい!」

 

「はーい…」

 

今にも飛び上がりそうなウェーナーは、大きく返事をするとすぐに私の元まで駆け寄ってくる。

対するルイーサの重い重い足取り。

毎度のこととはいえ、剣術を教える彼の顔はやっぱり晴れてない。

 

「ルイーサ。貴女が剣術が苦手なのはわかるけど、イヤだからっていつまでもやらないでいると一生できないままよ?」

 

「分かってる…。でも、私、魔法の方が得意だし、剣は別に…」

 

「じゃあ、代わりにお母さんがお父さんに教えてもらっても良いのかしら?」

 

「……やだ。

やる…」

 

いつもと同じ説得方法でようやくその気になるルイーサ。

ホント、私と彼が絡もうとすると、阻止するためならなんでもやるのよね。

 

「ルイーサ?いつも言ってるけど、お母さんも剣は苦手だったんだ。でも、毎日短剣で練習したおかげで、剣も使えるようになったんだ。

だからルイーサも頑張れば…」

 

トボトボ歩くルイーサの元まで近づいて屈む彼は、サイドテールに結われた頭を撫でる。

 

「分かってるって!ほら、早くやろうお父さん!」

 

それを払いのけたいけど払いのけられない、みたいな感じで手をどかすルイーサ。

難しい年頃ね…ホント。

 

「…はいはい。じゃあ、今日はドラゴン斬りをマスターしよう。この間までにやった剣の振り方と握る時の力のこめかた。そして、魔力を刀身に伝わらせるタイミングと量。

それらを間違えずに出来るようになれば、出来るはずだから、頑張ろう」

 

これも毎度のため、彼はどこか楽しそうに立ち上がる。

 

「…はーい」

 

ルイーサは彼の取り出したひのきの棒を握る。

その瞬間から、少し雰囲気が変わる。

 

「ルイーサは魔力量がゼシカに似て多いからそこを特に気をつけてね」

 

「はーい…」

 

けど、やっぱり気のせいだったのか、そっぽを向いて返事を返されてしまい、彼は苦笑いをした。

…なんで私に似てるって言うといつもイヤそうな顔するのかしらね。

 

「母さん。いつまでそっち見てるの?早くやろうよ」

 

「あ、あぁごめんなさい。

えぇと…この間はどこまで行ったっけ」

 

スカートを引っ張り催促してくるウェーナーの頭を撫でてあげる。

どうして兄妹でこうも違うのかしらね。…どっちに似たのかしら。

 

「メラが使えるようになったから、今度はメラミの練習だよ!」

 

「そうだったわね。

じゃ、まずはメラを出してみましょうか」

 

「はい!」

 

元気よく手を挙げ、すぐに詠唱に移る。

親の私が言うのもなんだけど、ウェーナーは剣も魔法もどちらも筋が良い。まるで、サーベルト兄さんのようだ。

今ではすっかり懐かしくなってしまったサーベルト兄さんの記憶。昔は事あるごとに思い出してたけど、今はもうそんな事はない。

…少しさみしい気もするけれど、でも、もう影を追わなくて良いのよね。

おかあさんが認めてくれて、サーベルト兄さんの意思を継いだあの人がいるんだもの。

 

「…母さん?」

 

「え、あ、ごめんなさい。

メラを作ったのね。良いわ。それじゃあ、今度はそのメラに更に…」

 

ウェーナーと同じように手のひらにメラを作り、形が崩れないように保ちながら更に魔力をこめて大きくしていく。

その思考の傍ら、考えるのは記憶の中にいるサーベルト兄さんのこと。

大丈夫よ、サーベルト兄さん。ウェーナーとルイーサは私たちのようにはさせないから。二人は、私たちが必ず護るから。だから、見守っててね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空腹が考えを遮る頃、ルイーサはようやくドラゴン斬りを使えるようになった。

先に終えていたウェーナーは、私と軽食を食べながら二人の授業風景を見ている。

 

「…ねぇ母さん」

 

「ん?どうしたの」

 

食べ終えたウェーナーは、キラキラと輝かせた瞳を私に向ける。

 

「母さんはさ、どんな剣が使えるの?」

 

「…そうね…確か…」

 

期待に胸を膨らませたウェーナーに、どこか得意げに言おうとして、けど、そこから先が出てこない。

………アレ?私、もしかして…アレ?

 

「……すっごい良いのが入りやすいくらい、かしらね…」

 

「…???」

 

思い出してきた。

私、最初は短剣を使ってて剣も握れるようになったけど、その頃にはムチの方が向いてるのがわかったり、お金がなくて武器を売り払ったこともあって少しの間素手でも戦闘してたりしたから、あんまり剣を使ったことなかったんだわ…

 

「…お母さん?なに、その顔」

 

「へ!?あ、ルイーサ!?」

 

鏡で見るまでもなく冷や汗をかいてるだろう私の顔をジトついた目で見てくるのは、額に汗をにじませているルイーサ。

少し後からやってきた彼と一緒に、私たちの座ってるベンチに腰を下ろした。

 

「ねぇ父さん。父さんはドラゴン斬りとかメタル斬りとか色々知ってるけど、母さんはどんなの使えるの?」

 

「ちょ、ちょっとウェーナー!」

 

私の答えられなかった質問を今度は彼にされてしまう。

あ、アレだけ毎回ルイーサを説得するために私の話をしてたのに、今更「大したことなかった」なんて言ったら、ルイーサがなんていうか分かったものじゃない…。

あなた、上手いことお願い!

 

「…うん、そうだね。

お母さんは取り立ててすごい技を使えたってわけじゃないよ」

 

「えっ!そうなの!?」

 

率直な彼の言葉に目を見開いて驚くルイーサ。

…なんていやらしい目を向けて笑うのかしら。この子。

 

「でもね、代わりにお母さんが剣を握った時は、必ずと言って良いほど重い一撃が入ったんだ。致命傷って言っても良いかもね。

別にお母さんは筋肉があるわけじゃないけど、狙い所っていうか、弱点を見つけるのが上手だったんだ。

短剣には急所に当たるだけで敵を仕留められる物もあったから、それのおかげかも」

 

「…ふーん。そうなんだ」

 

「だから、必要ならお母さんから短剣の使い方を教えてもらったほうがいいかもね、ルイーサ」

 

「はーい」

 

彼の言葉に渋々頷いたルイーサは、まだ手に持っていたひのきの棒をくるくると投げながら回して器用に遊んでる。

私の想いが通じたのか、彼が上手いこと説明してくれたおかげでルイーサに勉強をしなくて良い口実を作らせなくて済んだ。

 

「…そうだ。たまにはゼシカの剣も見てあげようか?」

 

「え?わ、私は良いわよ!魔法とムチさえあれば大体どうにかなるし」

 

彼の突然の提案に慌てて首を振る。

もしここで下手をすればせっかく無くした口実を作ることになるかもしれない。それはダメだ。

 

「…そっか、なら、もししたくなったら教えてね。いつでも教えるから」

 

そう思って拒否をしたわけだけれど、彼はとても寂しそうな目をしていた。

……わかったわよ…。

 

「…と、思ったけど、やっぱり少し見てもらおうかしらね。

いきなり変な人が襲ってきた時、ムチも魔力もなくて、でも近くにひのきの棒はある、って場面は考えられそうだし!」

 

言いながら立ち上がり、彼に向き直る。

そんな寂しそうな顔されたら、イヤとは突っ張れないじゃない。

 

「よし!それならこれ、握ってみて!」

 

同じく立ち上がった彼に渡されたのは、どこからか取り出したひのきの棒。ベンチから少し離れてから、それを剣を構えるようにして握る。

 

「…うん、構え方は凄くいい。ゼシカはほぼ真下から切り上げるタイプの使い方をするから、直感で出来るドラゴン斬りとかが覚えられなかったんだろうけど…」

 

なにかを呟きながらひのきの棒を構える私の身体のあちこちを触り、姿勢や重心の置き方なんかを変えていく。

ちょっと、くすぐったい。

 

「…そうだね。これで後は全身のバネを使って下から思いっきり相手を切り上げるつもりで振り上げて、その時にメラ系の呪文を唱えるつもりで刀身に魔力を込めれば出来ると思う。

…いや、確かゼシカはギラ系も使えたっけ?」

 

「えぇ、使えるわよ」

 

「なら、僕と同じくギラ系の呪文を唱えるつもりでやったほうがいいかも。要領は同じだから、好きな方でいいんだけどね」

 

「ならギラでいくわ。その方があなたも教えやすいでしょうし」

 

私の言葉に彼は頷き、早速言われた通りに刀身に魔力を流してみる。

えっと、確か、思いっきり切り上げて魔力を込める、だったわね。

 

「…てりゃ!!」

 

言われた通り…かは分からないけど、彼の言ったように思いっきり切り上げる。

ただ、あまりにも力を込めすぎたからか、切り上げた後に余剰分の力でくるりと体が回転する。

剣を振るう音とギラの出る音がしたから、多分成功してると思うんだけど…。

何も言わない彼の方を覗くようにして見る。

そこにあるのは、とても驚いた表情の彼と二人の子供たち。

…失敗、しちゃったのかしら。

 

「ゼ、ゼシカ」

 

「は、はい!なにかしら!!」

 

戸惑いの中で急にかけられる言葉に過剰に反応してしまう。

 

「そ、そっか、そうだね。ゼシカはムーンサルトとか人離れした身体能力の持ち主だっけ。それならこの威力も頷ける…かな」

 

「え、何々?私何かしちゃったの??」

 

含みのある言い方に不安が増していく。

失敗したわけじゃなさそうだけど、何故かこう、怖いものを見るような感じだ。

 

「母さん、ほら、あそこ」

 

ウェーナーのわずかに震える指先が示すのは、家とは反対側の、石碑がある方の木々。

…ただ、さっきまで見えてたはずの木が無い。というか、上半分が斜めに切れてなくなってる…?

 

「今後の課題は目を瞑らずに使えるようになることだね。そうしないと、どれだけ威力があるのか分からないし、そもそも敵に当たらないこともあるから。

……対人用の自衛手段としてはあんまり使って欲しく無いかな…」

 

「分かったわ。見てないけど、とんでも無いってことがよく分かったから、あんまり使わないようにするわね」

 

私の持つひのきの棒を預かる彼は、そう言うと、別のことを教えてくれようとしているのか、もう一度私の身体を触り始めようとする。

 

「お父さん!休憩は終わり!早く続きしようよ!」

 

けれど、私の番は終わりらしい。

用意していた軽食を食べ終えたルイーサが彼のズボンの裾を激しく引っ張り、続きをしてほしいと抗議している。

 

「え、ああそうだね。

じゃあゼシカはまた今度。あ、次は僕にも呪文教えてほしいな。バイキルトとかフバーハとか」

 

「もちろん良いわよ。まぁ、呪文に関しては才能の問題が大きいから、できるかは分からないけどね。

でも、出来る限りのことは…」

 

「お父さん!!ほら!!」

 

私の言葉を遮るようにして、更に強く裾を引っ張り出すルイーサ。

理由は…まぁ、私のを見たからでしょうけど、対抗心だとしてもお勉強に積極的になってくれるのは嬉しい。気が変わらないうちに、進めた方がいいわね。

 

「じゃ、今日はこのまま続けましょうか」

 

私の意図を理解して頷く彼。

ウェーナーもルイーサも喜んで頷いてくれた。

 

 

 

その日のお勉強は、珍しく夕陽が出るまで続けられた。

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 





と、こんな感じで進んでいこうかと思います。
それではまたお付き合い下さいませ。

さよーならー。


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第四十六話 私と子供達と広くて狭い世界と


さてさて、書くことは特にないのです。

では、どうぞ。


「ねぇおかーさーん。お父さんまだー?」

 

「まだよ。

あと一時間経ってもまだだから聞かないでね」

 

「ぶー」

 

ソファの上でうつ伏せになり、バタバタと脚を暴れさせるルイーサ。

今日だけでもう四度目で、彼が仕事の日のたびに繰り出されるルイーサの質問にも、いい加減慣れてしまった。

わかるわよ。そりゃあ、私だってあの人と一緒にいたいし…。

 

「ほら、ルイーサ。ウェーナーを見なさいよ。お父さんがいない時でも外で頑張ってるでしょ?

貴女も一緒にやって来なさいよ。一人より二人の方がずっと効率がいいんだし」

 

お茶を飲みながら窓の外を眺め、庭でひのきの棒を振り回しているウェーナーのところへ行ってみたら、と促してみるもどこ吹く風。

ルイーサは脚を暴れさせるのをやめはしたものの、相変わらずうつ伏せのままソファの肘置きを枕にしている。

 

「やーだ。

疲れるし、汗かくし、やりたいわけじゃ無いし」

 

「…はぁ。ならせめてお風呂とか洗ったりしたら?」

 

「お父さんが帰って来そうな頃になったらねー」

 

私に一瞥もせずひらひらと手を振られる。

とことんなめられてるっぽい。

…ウェーナーと同じように育ててるはずなんだけどなぁ…

 

「ま、いいわ。

それよりそろそろお昼にするから、ウェーナーに伝えてきてあげて」

 

「はーい」

 

私のお願いを聞いてくれたルイーサはソファから起き上がると、トタトタと可愛らしい足音を立てて庭へと向かっていった。

 

「さてと、作りましょうか」

 

コップに残っていたお茶を一気に飲み、昼食作りに取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇお母さん」

 

「ん?」

 

昼食に作った野菜炒めがまだ半分くらいしか減っていない時、ルイーサが少し深刻な感じで話しかけてきた。

 

「お母さんはさ、お父さんがいない時って何してたの?」

 

「えっと、それは結婚してから、ってことでいいの?」

 

聞き返すと、フォークを置いたルイーサが頷く。

 

「それは勿論、掃除とかじゃない?」

 

その隣で食べるウェーナーが私の代わりに答えた。

 

「そうね。

大体はお掃除、お洗濯、お買い物とか、まぁその辺よね」

 

補足して答えると、何故か睨むような困るような顔を向けてくるルイーサ。

 

「…寂しくなかったの?」

 

「そりゃ寂しいわよ」

 

「……即答なんだ」

 

「当然よ。だって、お父さんとずっといたくて結婚したのに、結婚してからの方が居られないなんて変だもの」

 

諦めにも似たため息をこぼしつつ食事を続ける。

目の前の二人はどこかポカンとした顔だ。

 

「じゃ、じゃあ、お仕事やめて欲しいって思ったことは?」

 

「ない…と言えばウソになるけど、お父さんに言ったことはないわね」

 

「それはどうしてなの?」

 

手に持っているフォークのことを忘れたように質問に夢中になるルイーサ。

本当は、ご飯食べなさい、って注意しなきゃいけないんでしょうけど…

 

「どうして…って、お仕事しないとゴールドは手元に来ないのよ?だから、お仕事してるの」

 

この際だから、少し話してもいいのかしらね。

 

「でも、アローザおばさんにお願いすれば良かったんじゃない?」

 

「ふふ、まぁそう思うわよね。

でもねウェーナー。誰かに頼っていいのは本当に大変になった時だけ。あなた達はまだ子供だから話は別だけど、そうそう誰かを頼っちゃいけないのよ。

どんな時でも頼れる人が側にいるとは限らないんだから」

 

「ふーん…?」

 

ルイーサと顔を見合わせて、二人して首をかしげる。

やっぱりまだわからないわよね。

 

「じゃあ、二人はお父さんのどんなところがカッコいいと思う?」

 

でも、ここでわからないままにしたらいけないわ。

私みたいに、気がついた時にはお礼も言えなかった、なんてことにはしたくないもの。

だから、少しアプローチを変えてみる。

 

「全部!」

 

「そう、全部よね。

…じゃなくて」

 

ルイーサの答えに思わず同調してしまう。

事実なんだから仕方ないけど、今聞きたいのはそういうことじゃない。

 

「…強くて、頼りになるところ、かな」

 

「私もー!」

 

私の聞きたかったことを妹の代わりに答えてくれたウェーナー。

それに激しく頷くルイーサだけど、多分、彼を褒めることを言えば全部便乗する。

 

「そう、そういうことよ。

じゃあ、どうすればお父さんみたいに頼りになる人になれると思う?」

 

二度目の質問に眉をひそめて考える二人。

…八つになる前の二人には、ちょっと難しいわよね。

 

「それは…」

 

もう少ししたら答えを言おうとした時、ウェーナーは何かに気がついたように顔を上げる。

 

「…たくさんの人を助けてあげたりすればいいのかな??」

 

「あ、そっか!」

 

ウェーナーの答えにルイーサは納得してひそめた眉を解く。

…流石私たちの子たちね。よく気づいてくれたわ。

 

「正解。

たくさんの人を助けるには、その人達のもつ問題を解決できるだけの力がないとダメなの。

その力をつけるには、知識と勇気と諦めない気持ちがないとダメ。それを身につけるのには、普段から頑張るしかないの。

そうすれば、いつかお父さんみたいにいろんな人に頼ってもらえて、助けられる人になれるわ。

でも、間違えないでね。自分でどんなに頑張っても解決できない時はたくさんある。だから、そんな時は迷わずお父さんやお母さん、ルイーサでも、ウェーナーでもいいわ。友達に頼るのだっていい。抱え込まずに教えてね。一人じゃできないことでも、みんなで力を合わせればできるんだから」

 

「…それが、旅をしていた時のおじさんたち?」

 

はっとして尋ねてくるウェーナーに優しく頷く。

 

「そうよ。

ふふ、本当に信頼できる仲間となら世界だって救えるのよ?あなた達にもそんな素敵な仲間が出来ると良いわね」

 

「「うん!!」」

 

大きく頷く二人。

…出来るなら、二度と世界が大変なことになって欲しくないけど…でも、もしまたなったとしたら、その時世界を救うのはきっとこの子たち。

ラプソーンに変わる魔王が現れた時、ウェーナーとルイーサが困らないようにせめて知恵と力くらいは身につけさせておかないとね…。

 

「よーし、お母さん気が変わったわ!

この後、座学のお勉強するわよ!」

 

「えっ!!」

 

「…剣術よりはいいかな…。

でもヤダァ!」

 

「ワガママ言わない!

ほら、早く食べちゃいなさい」

 

「「は〜い…」」

 

なんとも言えない表情でフォークを握り直した子供達。

今はまだわからなくてもいい。…ううん、叶うなら、わからないといけない時が来なくていい。

ただ、もしも来た時に役立つように、私と彼の全てを伝えなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





家庭教師ゼシカとか、いいですよね…絶対いい。
ポニテでメガネで[ゼシカの普段着]を着てるゼシカにすっごい丁寧にお勉強教えて欲しい。

ではまた次回。
さよーならー


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第四十七話 私と子供達と初めての事と

ホント可愛いよね、ゼシカって。

では、どーぞー


家の外で賑やかに語り合う音々。それは、遊び盛りな子供達にとっては苦虫になるもの。雨。

窓の外を淋しそうに見つめ続けるウェーナーと、嬉々としてテーブルの上に小道具を広げるルイーサ。

コップ、ナイフとフォーク、お皿とその上に乗せられた毛糸で作られた単純な形をした数種類の色球。それぞれ一組ずつがある程度並べられた頃に、ルイーサが口を尖らせた。

 

「もー!いつまで見てるのよー。今日、雨降ったら相手してくれるって言ったのはそっちなんだからね」

 

「…分かってる」

 

肩を落としてため息を吐くウェーナー。正面の窓ガラスに小さな曇りができて、そこに指先で何かを書いてる。

…あはは、[ヤダ]か。

 

「二人はこれからどうやって遊ぶの?」

 

渋々テーブルについたウェーナーと、嬉々として毛糸の球をお皿の上に並べるルイーサに、ソファに座って読んでいた本を閉じながら聞いてみる。

昨日、二人が話していたのは今日の天気のこと。

晴れなら外で駆け回ったりしたいとウェーナーが言い、雨なら家の中でおままごとをしたいと話し合っていた。

…正直、羨ましい。

私とサーベルト兄さんはそれなりに年が離れていたし、村を守るために家に居なかったことが多いから、一緒に遊んだ記憶がない。

…そんなサーベルト兄さんの役に立とうと、魔法や剣の勉強をしてたから、他の人とや、一人で遊んだ記憶自体ないのだけれど。

 

「えっとね、私がお母さんで、ウェーナーがお父さん!」

 

ルイーサは皿の上に毛糸の玉を乗せる手を止めず満面の笑みを浮かべる。

対するウェーナーは、どこか気が重そうで、外で遊び疲れた時よりもグッタリとした顔をしてる。

 

「…ルイーサのお父さん像は理想が高すぎて僕には無理だよ…」

 

テーブルに頬擦りをしたままボソリと呟いた言葉に、ルイーサはしかめ面を向ける。

 

「えー、これでも我慢してるんだけどなぁ…」

 

「………ウソだよね?」

 

まるで信じられないものを見るかのように目を見開くウェーナーに、だけどルイーサはとっても素敵な笑顔を見せる。

 

「本当!」

 

「うう…助けて母さん」

 

捨てられた子犬ににも似た眼差しで助けを訴えられてしまった。

ふふ、しょうがないわね。

なんて、実は少し嬉しかったりする。流石に全くの初めてってことはないだろうけど、物心ついた頃からの記憶だと遊んだ思い出が見当たらない。だから、こうやって遊ぶことができるのはとても嬉しい。

 

「ねぇ、ルイーサ。お母さんも混ぜてもらえるかしら」

 

手にしたままだった本をソファの上に置いて立ち上がり、テーブルの方へと歩いていく。

テーブルの上には、もうセットが完成しつつあった。

 

「えー。良いけど、お母さんの役は私だよ?」

 

「えぇ、良いわよ。

私は…そうね、娘とかそういうので大丈夫」

 

最後の確認をしつつ返事をするルイーサに告げると、少し考えた後に、パチン、と可愛らしい柏手を鳴らして私に向き直る。

 

「じゃあ!お母さんのお母さん!」

 

「…ま、まぁいいわよ」

 

「けってーい!」

 

今にも飛び跳ねそうな感じで喜ぶルイーサを見て、頬が緩む。

こんなに喜んでくれるなら、おばあちゃん役も悪くないか。

…けど、お母さんしか知らない私に出来るかな…?

 

「出来た!

それじゃあ始めよっ!よーい、スタートー!」

 

ずっと弄っていた毛玉の料理たちの盛り付け方にようやく納得いったルイーサは、椅子から降りると、パチン、と手で合図を鳴らした。

 

「…ただいまー」

 

「お帰りなさーい!あなた!」

 

その瞬間、ウェーナーがセリフを言い始める。それは、かなり真に迫った疲労感のある『ただいま』で、対するルイーサの『お帰りなさい』は異様なまでに元気だ。

 

「今日はおばあちゃんが来てくれてるわよ」

 

と、急に白羽の矢が立ち、どうするべきか迷う。

…と、とりあえず、お母さんでいってみるしかないわね。

 

「お帰りなさい、ウェーナー。ずいぶん疲れてるみたいだけど、どうかしましたか?」

 

「あ、いえ…その、魔力が切れちゃって、隣町までキメラの翼を買いに行ったんですよ」

 

「そうなの。大変でしたね」

 

左腕をさすりながら答えるウェーナー。

…あー、そういえば旅したての頃は回復呪文とルーラを天秤にかけてたっけ…。

薬草、青臭かったなぁ。

 

「じゃあ、あなた!ご飯とお風呂と私どれがいい!」

 

「…まずはご飯かな。君は最後」

 

「もぉ〜あなたったらぁ〜」

 

感慨に耽っている間に話は進んでいき、玄関になっていた、ソファのある客間から二人は仲良く手を繋いでテーブルの所まで歩いていく。

全く、どこであんな言葉覚えて…って、何となく記憶にあるわね、この流れ。

 

「はい、じゃあ今日のご飯の、ハンバーグ!

それと、最近流通するようになってきたお米って食べ物ね。味見してみたけど、あんまり味がなかったかな。ただ、他の物と食べるととっても美味しいよ!」

 

「…ルイーサ。手を洗ってもらうのが先でしょう?」

 

取り敢えず何か言ってみたけれど…思わず目を瞑りたくなる今の状況。どうしたものかしら…。

これ、もしかしなくても一昨日の夜にあったことよね?帰ってきてからリビングに向かうまでの会話といい、夕飯のメニューといい、まるで一緒だもの。

 

「あ、そうだった!

じゃああなた、洗面所で手を洗ってきてね!すぐ戻ってきてねー」

 

「はーい」

 

ニコニコと手を振って送り出したルイーサは、そのまま普段私が使ってる椅子に着く。その姿は、本当に幸せそうで、見ているだけで楽しくなるような姿。

…これ、本当に一昨日の再現だとしたら…みんなにはこういう風に見えてたってことよね。

 

「戻ってきたよー」

 

「も〜、遅いよー?じゃ、早速食べよう!」

 

実際に手を洗って来たらしいウェーナーは、タオルで手をぬぐいつつ、いつも彼が座っている席に着く。

私は…ルイーサの席でいいわね。

 

「どう?美味しい?」

 

「うん、やっぱりゼ…母さんの作る料理は美味しいね」

 

「うふふ!ありがとー!」

 

オモチャのナイフとフォークでハンバーグに見立てた毛玉を切る真似をし、何も乗ってない…多分、お米の乗ってる設定のお皿を手にして、フォークを使って口に運ぶジェスチャーをするウェーナー。それを、両肘をついて手の上に顔を乗せ満面の笑みのまま見つめるルイーサ。

……そういえば、あの時に彼も間違って名前呼びかけてたもんね…。あー、それに、思わずずっと彼のこと見てたっけ…。

どこまで再現するつもりなのよ、この二人は。

 

「……ご馳走さまでした」

 

「はーい!

じゃ、お風呂の準備してくるね!」

 

「うん。よろしく。

洗い物はしておくねー」

 

「よろしくー」

 

思いの外早く終わる夕飯。おばあちゃんがここにいることは完全に忘れられてるっぽいけど、それはまぁいいわ。

問題はこの後。

…二人が着替えの用意をしに行った時話してた事だから流石に聞かれては無いと思うけど…。結構な事を言っちゃったから、もしも聞かれてたとしたら割と問題よね…?

すこーしずつ募る不安は、ウェーナーの前でもじもじとしているルイーサのせいでどんどんと増していく。

ほんのり染まる頬は恥じらいを持つ乙女のようで、せわしなく動かす指先は不安と期待を入り混じらせたような感じだ。

これは…

 

「そうだ!久し振りに、二人で入る?お風呂。

…なんちゃって!今日は私が子供たちと入るね!」

 

思い切って提案するも、恥ずかしさが勝ってしまって出来上がる照れ笑い。

ここまでの一連の動作をした記憶はないけど、発言自体はまんま一昨日言った事と同じだった。

……まさか、聞かれてるなんてね……。

 

「うん。わかった」

 

両頬に手を当てて大袈裟に恥ずかしがっているルイーサ。そんな彼女とは対照的に、ウェーナーは素っ気ない態度で返事を返した。

…おかしいわね、この後確か彼は…。

 

「ただいまー」

 

「あ!お父さんが帰って来たー!」

 

「お帰りなさい、父さーん!」

 

玄関から聞こえて来たのは、愛しい愛しい旦那さまの声。

ほぼ反射的にそっちの方へと二人は駆け行った。

おままごとはこのまま終わりそうね。

 

「…あ、いけない!夕飯の準備しないと!」

 

すっかり遊ぶことに夢中になっていたせいで、簡単な仕込みしかしていない事を思い出す。

今日は、あんまり凝った物を作る予定じゃなかったからアレだけど、次からはもう少し時間を気にしていた方がいいわね。

 

「ねー、お母さーん!今度泊まり行ってもいーい!?」

 

言いつつ掛け時計を眺めていると、駆け寄っていたルイーサが脚に抱きついてきた。

私を見上げる顔は期待に満ち溢れてる。

 

「ルイーサ。それだとよくわかんないよ」

 

声の通り、いまいち状況を掴めていない私は、リビングのドアの方に視線を移す。

そこにいるのは、ルイーサを注意したウェーナーと、道具袋を肩掛けから外して手に持っている彼。

 

「ただいま、お母さん。

今日、仕事でトラペッタの街に行ったんだけど、その時に偶然ヨウイさんに会ってね。

『また泊まりに来てください』って言ってもらえたんだ。それをルイーサたちに伝えたら、走り出しちゃって」

 

袋の中から取り出した手紙を渡しつつ彼はそう話した。

 

「そういう事。

そうねぇ、いつもあっちに泊まってもらってるし、たまには私たちの家にも来てもらいたいけど…」

 

「断崖だし、何も無いもんね、ここ。

目一杯遊んでも平気っていうのはあるけど、もしもがあったら大変だし…

やっぱり泊めてもらうしかないかな?」

 

「そうねぇ。もう少し大きくなってからなら、来てもらってもいいかしらね。

…っと、ほらほら、二人とも?お母さんたちは夕飯の用意しちゃうから、早くお風呂洗って来て」

 

「「はーい!」」

 

いつものように二人にお願いをすると、頷いて浴室まで軽快な足音を立てて駆けて行った。

その背中がドアの角から見えなくなるまで見送ってから渡された手紙をザッと目を通すと、どうやらヨウイさんからの、お久し振りです、といった内容だった。詳しく読めば、泊まりに来ても平気な日にちとかが書かれてるだろう。

 

「…ふふ、この前言った事が結構早く出来るかもね、ゼシカ」

 

「え?

あ、一昨日の」

 

「うん」

 

気がつかないうちに、身体と身体が触れ合える距離まで近づいて来てくれた彼の腰に手を回す。

…そうそう、おままごとの最後にウェーナーがした返事は、素っ気ないものだったけれど、実際は違う。

確かに、素っ気ない感じではあるけど、言っていたのは。

 

「久し振りにゼシカとお風呂に入れるかもね」

 

そう、今のように優しく言葉にしてくれて、最近では時々しかしなくなったお帰りのキスを、やっぱり今みたいにしてくれたんだ。

 

「…ふふ、見られてたら大変だから、もう離れましょうか。

夕飯も作らなきゃいけないしね」

 

「そうだね。

僕も手伝うよ」

 

お互いに微笑み合い、調理に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




個人的に、幼少期のゼシカは孤独だったのではないのかと思うのです。
別に嫌われていたわけでは無いが、人見知りが災いして他者を深く信用できていなかった。…的なサムシング。
原作でも[いつも兄の裏に隠れていて、探るように周りを見てた]といった風に村人から評価されてましたし。
また、[ゼシカの友人]を名乗る人物はいなかったかと思います。(村で親しげだったのはポルク・マルクを除くとモシャスの女の子くらい?)
まぁ、地主の家の娘で、村を守る英雄の妹ともなれば多少なりとも神聖化されてしまい、一般の人が近寄れなかったのだろうなぁ。と予想しています。

そんな女性を落とした主人公君凄い…凄く無い?

さてさて、ではまた次回。
さよーならー


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第四十八話 私と彼と二人きりと


題名通り、今回は二人っきりのお話です。

では、どーぞ。


寂しいくらいに静かな部屋。

いつもなら、お腹が空いたー、なんて声が飛んできてもいい時間なのに、聞こえることはない。

外は、まだ明るい。当然よね。お昼をどうしようか、ってついさっき話していたんだもの。

 

「二人だけになるのは、久し振りだね。ゼシカ」

 

「…うん」

 

並んで座るソファの上で、改めて今を噛み締める。

決して普段がつまらないわけじゃない。辛いわけじゃない。ただ、種類が違うの。

みんなで一緒にいる時の楽しさと、二人だけでいることの楽しさ。

みんなで話すことの嬉しさと、二人だけで語り合うことの楽しさ。

似ているようで全然違うそんな感情の昂り。

もちろん、泊まりに出かけた二人のことが少し心配だったりもする。

怪我をしていないかな、とか、迷子になってないかな、とか。でも、ヨウイさんが見てくれてるし、そんなことになったとしてもウェーナーとルイーサなら乗り越えられるって、信頼もある。

 

「今日は何をしようか」

 

「そうね…

まずは、おおっぴらに出来なくなったキス、かしら」

 

彼も私と同じ考えなのか、子供たちのことは口にしない。

…うん。そんな心遣いが嬉しい。

今日は、今日だけは、あの頃のように二人っきりの時間を満喫したい。

 

「わかった」

 

コクン、と深く頷いて、彼の顔がゆっくり近づいてくる。

優しくて、穏やかで、大好きな人。

…でも、ちょっと焦れったい。

 

「…っ!?」

 

「……んふ、ダメよ、あなた。前までみたいに時間が沢山あるわけじゃないんだもの。勿体ぶってたら、すぐタイムリミットが来ちゃうんだから」

 

私は、彼を押し倒すくらいの勢いで唇を触れ合わせた。

そんな心配はいらないけど…、逃げないようにキツく身体を抱きしめて。広い部屋でするキスの開放感を感じるように、しっかりと。

 

「…わかった。ゼシカがそう言うなら、僕ももう遠慮しないよ」

 

少しむっとしたみたいな顔をしてそう言うと、今度は彼が、私がしたように押し倒す勢いで身体を抱きしめ、互いの感情の火照りを寄せ合った。

嬉しい事に、頭の裏を手で抑えられたから、驚いて離れる、なんて悲しいことも起きない。

 

「…ん、んん…。…は。

そうよ、そうそう。ガンガン来てくれなきゃ。明日になったらまた我慢する日々が続いちゃうもの。今のうちに目一杯しときましょ?」

 

「あはは。もちろん。

…でも、あんまり夢中になるとそれはそれで一日が終わっちゃうけど、それでもいい?」

 

ソファの肘おきを枕にして彼の顔を見上げる。

表情から読み取れるのは、ゼシカはどうしたい?ということ。

…私としては、たまには彼に決めてもらいたいなって思ったりもするけど、そこが彼の良いところでもある。

だから、私はそんな彼に甘えてしまうの。

 

「じゃあ、あと一回したらお昼にしましょう。

このまま一日が終わるのも悪くはないけど、せっかく二人きりなんだから、どこかに出かけたいわ」

 

そう答えると、彼は微笑んで頷く。

 

「うん。そうしよっか。

最後の一回は、深いのと柔らかいの。どっちが良い?」

 

「そうね…。

じゃあ、柔らかくて深くて情熱的なのが良いわ」

 

ほんのりと温かくなる頬を感じながら答える。

彼は、ただ頷いて、もう一度私をきつく抱きしめた。

心地の良い圧迫感と、布ごしでも感じることのできる彼の鼓動と体温。

さっきまでは触れ合っていただけのお互いの熱は、三度目になってとうとう直に感じ合う。

蠢き合い、練り合い、混ざり合い、溶け合う。

蕩け合うひとときは、二度のキスの時間を合わせても足りないくらい、ずっと続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石畳の上を軽やかに二人で歩く。

城下町に響くのは、出店の店主の呼び込みの声。

目に映るのは、一日じゃ見て回れなさそうなくらいたくさん並ぶお店。

武器や防具といった泥臭い商品を取り扱う店は少なく、代わりにあるのは調味料や食材、あるいは[服]としての機能しか持たない服を売る店ばかり。

 

「やっぱり、沢山買い物をするなら、サザンビークよね!」

 

「だね。

でも、しばらく来ない間にこんな事になってたんだ…」

 

心底驚いた表情で周りを見回し、腕を離してしまえばどこかへ消えていってしまいそうな彼。

昔から、取り敢えず調べないと気が済まなかったもんね。一日で全部は無理だろうけど…いつかは、全て見て回りたい。

…でーも。

 

「もー、あなた?今日は私の買い物に付き合ってくれるんでしょ?見てる間に、どっか行かないでよね?」

 

今日は、彼が私の買い物をしようと言ってくれたんだもの。とことん付き合ってもらうんだから。

 

「だ、大丈夫だよ。

えっと、服が見たいんだっけ?」

 

汗を飛ばして否定する彼。

なんだか、そんな子供っぽい仕草を見るのが久し振りな気がしてついつい笑ってしまう。

 

「そうよ〜?

あなたのために選ぶってところもあるんだから、ピンと来たのはすぐに教えてね?

今日みたいな日のために、やり繰りして、ゴールドを用意しておいたんだし!」

 

「了解。遠慮せずどんどん言うから、覚悟してね」

 

「もちろん!そう来なくっちゃ!

じゃ、行きましょうか!」

 

出店の一番端っこの方を指差し、彼と手を繋いで向かう。

繋ぎ方はもちろん、そうそう離れられない指と指の間に相手の指を挟んでにぎり合う恋人繋ぎ。照れくさい事に、彼からしてもらえた。

少し狭い私の歩幅に合わせて彼が歩いてくれることがすごく嬉しくて、このまま帰る事になってももう、充分満足だったりする。

でも、そうはならない。

今日は、もっともっと嬉しくて、楽しくて、幸せになれる日なんだ。

今まで着る物は、動きやすさと性能だけで選んでた。だってそれが一番効率がいいから。

けど、これからはもう違う。

悪い魔物がいなくなった事によって、服は防具という面よりも着飾るもの…つまりは、オシャレさを第一に考えて作られる事になった。

それは、つまり、大好きな人により綺麗な自分を見せることが簡単になったってこと。

そんな買い物を、真っ先に見てもらいたい人と一緒にできるんだもの。胸がときめかないわけない!

 

「…ふ、ふふ」

 

「どうしたの、ゼシカ?」

 

「んーん、なんでもない」

 

いつの間にか着いていた洋服の出店の入り口付近で思わず微笑みが溢れる。

不思議に思って聞かれたけど、でも、ナイショ。

だって、鋭いクセにどこか鈍感な彼のことだもの。今この瞬間がどれだけ満ち足りた時間かまだきっとわかってない。

だけど、それを私が教えてしまうのは、ダメ。

彼には後々自分で気づいてもらって、私以上にこの時間を堪能して貰いたいから。

だから。

 

「あ、これとかどうかしら。胸元がいつもと同じくらい開けてるけど、代わりに…ほら、スカートが膝くらいまでしかなくて、袖がないわ。

それとも、こっちのやつみたいに胸元じゃなくて胸下が大胆になってるのとかどうかしら?」

 

露骨に話を逸らす。

と言っても、私が手にしている服は店に来た瞬間から、いいな、と思っていた商品。

それを交互に身体の前でかざして、彼の意見を待つ。

 

「う〜ん。普段、着てる服が似合い過ぎてるから分からないな…」

 

本当に悩ましげに見比べる彼。

分かるわ。今着てる服は機能性もオシャレ性も抜群だもの。これよりいいのを見つけるのは至難の業。

でも、一人じゃ難しいことでも二人ならきっと出来る。

 

「…試着とか出来るか聞いてくるね」

 

ほんの少し、何かに気がついたみたいな間の後、彼は口早に言った。

 

「ホント!?ありがとう!」

 

私の返答を聞ききるよりもはやく、彼はくるりと振り返ってしまう。

その理由は、すぐに分かった。

…ようやく気が付いてくれたのね。あなた。

 

「すぐいってくるね!」

 

そう言うと、今度は私の返事も待たずに足早に行ってしまった。

 

「…ふふ、今でアレじゃ、きっともっと大変な事になるわね」

 

抑えきれない気持ちを抑えて、早速ほかの洋服を探し始める。

その間、傍で考えるのは今夜のこと。

二人っきりの夜だもの。することなんて必然的に決まってしまう。

久しぶりに一緒にお風呂に入って、その後。

お互いがお互いの気の済むまで身を寄せ合う瞬間の、衣装選び。

来る時にした[ような]じゃなくて、本当に[蕩け合う]刹那を得るための重要な、この時間。

 

「…なんて、張り切り過ぎかしらね」

 

思わずにやけた時に聞こえてきたのは彼の足音。

その日一日を締めくくるのに相応しい最高の瞬間の想像は一旦やめた、今日一日を満たしてくれる幸せに、全力を注ぐことに集中した。

陽暮れの時まで後数時間。

きっと、夕暮れ後が本番。

今日はまだまだ長そうね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be nexst story.

 





子供ができた事によって、二人のイチャでラブなひとときは大幅に進化いたしました。
具体的にいうならば、付き合ったばかりの中学生レベルから、お互いを諸々知ってる大学生レベルまで、一気に進化したのです。
…だって、原作だと旅中のゼシカは年齢十七歳らしいですし…そう無茶苦茶な事はさせられない…。(ちなみに、主人公君は十八歳らしいです)
…つまり、この世界のゼシカは二十五歳くらいで、主人公くんが二十六歳くらい…!!

それではまた次回。
さよーならー


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第四十九話 私とルイーサと秘めゴトと


あとがきは読み飛ばしてしまって大丈夫です。

では、どーぞー


チク。チク。チク。

秒針の進む音ばかりが際立つ空間。

時間はまだお昼前だと言うのに、部屋の中がまるで暗い色をしているのかと錯覚してしまうほど張り詰めてる。

こんな不思議な空間を作り出しているのは、魔物でもなんでもなくて、たった一人の女の子。

 

「…ねぇ、ルイーサ?どうかしたの?」

 

テーブルの椅子に着いている私は、実際の距離よりも遠く感じる、客間のソファに横になって窓の外を見つめているルイーサに問いかける。

 

「別に…」

 

返ってくる返事は嫌悪感というか、悪意というか、とにかく、プラスの方向とは逆向きの感情。

朝は普通だったのに、彼とウェーナーがいなくなってからというもの急に態度がおかしくなった、

 

「あ、そっか。

ウェーナーがいないから寂しいのね!なら、お母さんと遊ぶ?ほら、この前のおままごととか!」

 

二人は今日、トロデーン城へと朝早くから行ってしまってる。

というのも、ウェーナーは彼の仕事に興味を持ち『それなら』と彼が仕事を見せてあげると言ったのだ。

つまり今日は見学会。

出来れば私も行きたかったけど、ルイーサが行きたくないと駄々をこねたので一人にするわけにもいかず、二人でお留守番をすることになった。

だから、なおのことルイーサの機嫌が直って欲しいのだけど…

 

「女の人二人じゃ出来ないと思うんだけど」

 

「うっ…そ、それもそうね」

 

明るく振る舞って話しかけても、やっぱり突っぱねるみたいな感じで返されてしまう。

なにが原因でこうなっているのかが全く分からない。

普段から気分屋なところはあったけど、今日はいつにも増してひどい。

流石に、私もイラッとしてきてる。

でも、だからといって叱ったりしちゃダメ。子育ては根気だって、お母さんが言ってたもの。…あと、昔似たようなことをした気がするし… 。

 

「…まぁいいわ。

そろそろお昼だけど、何か食べたい物ある?」

 

チラリと確認した時計の示す時刻は十三時の少し前。

このままルイーサの事で頭を悩ませても仕方がないし、気分転換も兼ねてお昼にしましょう。

 

「…ちょっとがっつりしたのが食べたい」

 

相変わらず窓を見つめたまま話すルイーサ。

…ダメよ。まだ手を出すには早いわ。無視されてないだけマシだと思わないと。

 

「いいわよ。

ご飯作ってきちゃうから、それまでに機嫌、直しておきなさいよ」

 

「…はい」

 

とりあえず言いたいことだけ言って、私はお昼ご飯の調理に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食は静かに進んでいった。

ただそれは、不機嫌から来るような沈黙では無くて、なんて話しかければいいのか分からなくて出来た静寂だった。

時折なにか話したそうに私の方を見たりもしていたけど、私からは手を指し延ばすようなことはしなかった。

だってそれは、優しさじゃなくて甘さだから。

 

 

少しして昼食は終わる。

結局、食事中の会話はなかったけれど、食器を重ねていると、重々しい口をルイーサがようやく開いた。

 

「お母さんは、まだお父さんのこと、好き?」

 

「…えぇ。好きよ。大好き」

 

予想していなかった質問に戸惑いながらも、本心を答える。

 

「…嫌いになることは?」

 

「無いわね。絶対」

 

「…そっか…」

 

「どうしたのよ、急にそんなこと聞いてきて」

 

運びやすいように一通り食器を重ね終え、ルイーサの顔を横目で覗く。

映るのは、俯く頭だけ。

 

「…なら、お母さんはそのうち倒さなきゃいけないんだ…」

 

「…へ?」

 

その発言の意味がわからず、一瞬、なにも考えられなくなる。

私を倒す、というのはまさか戦闘でという意味じゃ無いはず。

なら、つまりどういうこと…?

 

「お母さん。私ね、お父さんのこと好きなんだ」

 

「え?え、ええ。確かにお父さんっ子だもんね」

 

誰から見ても分かる事を言われて呆気にとられる。

…ううん、これ、多分そういう事じゃ無いわよね。

 

「…それって、もしかして」

 

「うん。

お母さんがお父さんにしてるみたいな好き」

 

「……本気?」

 

予想外…どころか、夢にも思わなかった事実に開いた口が塞がらない。

た、確かに普段から彼に抱きついたり、頬にキスをしたり、なんてスキンシップをしていたけど、でもまさかそこまで好意を寄せていたの!?

で、でも、家族での…しかも、父親と娘での恋愛なんて!!

 

「だ、ダメよダメ!そんなこと絶対にダメ!な、なにいってるのよルイーサ!悪い冗談はよしなさい!」

 

朝から我慢してたせいか、胸の内の感情が一気に溢れ出す。

今までしたこともない怒鳴りは、だけどルイーサに更に火をつけてしまったらしく、椅子から勢いよく立ち上がった。

 

「冗談じゃ無いもん!本気だもん!

お父さんは優しいし、かっこいいし、強いし、頼りになるし!好きなの!

だからその指輪、私にちょうだい!」

 

「なっ…!!」

 

あまりに堂々とした態度に一瞬押されてしまう。

って、なに負けてるのよ私!ここで引いたらダメでしょ!?

 

「あのね!?いいかしらルイーサ!

お父さんの彼と、娘の貴女は、結婚とか出来ないの!そういう決まりなのよ!」

 

「なんで!?誰が決めたの、そんなルール!!」

 

「し、知らないわよ!お母さんが生まれた頃からあったことだし!

とにかく!お母さんは認めないからね!!!!」

 

「やだ!!

それを決めるのはお母さんじゃなくて、お父さんだもん!絶対にお母さんのことより好きになってもらうんだから!!!!」

 

一気に酸素濃度が薄くなったと感じられる部屋の中で、私たちは肩で息をする。

お互いの額に馴染む汗。睨み合いとも見つめ合いともつかない視線の交わりは、それぞれの心の中に生まれた冷静さを感じとる。

 

「…少し、落ち着きましょうか。

お母さんは食器を洗っちゃうから、ルイーサはお風呂を洗ってきてもらえる?」

 

「…う、うん。分かった。

綺麗にしてくる」

 

「「あ、あははは」」

 

乾いた笑い声が響く中、それぞれの持ち場に別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、冷静になれた?

お母さんは平気よ」

 

「私も平気。

…おかげで、すごいお風呂が綺麗になった」

 

向かい合うようにしてテーブルの椅子に座り、お互いを見合う。

ルイーサの言った通り、もう興奮していないみたい。

当然、自分で言った通り私も落ち着いてる。

 

「…やっぱり、ダメなの?」

 

今にも泣きそうな声で口にするルイーサ。

どこまでも切実で、ルイーサの瞳を見るだけで、私の心は細く握られたような気分になる。

…そうよね。この子にとっては今一番大切で重要な問題なんだもの、不安になるに決まってる。

だったら、私は私の出来る精一杯を持って答えないと。

 

「…えぇ。ダメ。

でも…どうしてダメなのかは…ごめんなさい。説明出来ないの。

けれど、成長するにつれてきっとわかるようになるわ。理由は分からなくても、ダメなものがあるって。

それに、貴女が知ってるのは、まだ、この狭い世界だけ。私や彼のように世界中を旅した結果の恋と、貴女の持つその胸の高鳴りはきっと別のもの。

だからルイーサ?今はまだ彼のことを好きだと思っててもいい。だけど、それと同じくらい好きになれる人がこの広い世界のどこかにいる、って思っていて。

…これがお母さんの考え。

貴女は、どう考えたの?絶対に怒らないから、お母さんに教えて」

 

食器を洗い、ルイーサがお風呂を洗い終わって戻ってくるまでの間、私なりに必死に考えて出した答えを告げる。

…そう。確かに私は、私たちは、血の繋がった者同士での恋愛を禁忌としてる。

でも、それが何故なのかを教えてくれた人は誰もいなかった。

そのせいで、私は自分の娘にこんな曖昧な答えをするしかなかった。それが本当に悔しい。

 

「…私は」

 

ポツリと、呟くルイーサ。

決して聞き逃さないよう、耳を傾ける。

 

「私ね、お父さんのことが大好き。毎日、一緒にいたいし、独り占めしたいって思ってる。

でも…お母さんの話を聞いて、もしかしたら他の人の事を、って思っちゃった。

ってことは、多分私はお父さんのことがホントの本気で好きなわけじゃないんだなって、考えた。

だけど…だけど、それが本当なのかは分かんないの」

 

小さな手を握り締めて言葉を繋げるルイーサの手を優しく包む。

そりゃあそうよね…。自分では何も間違ってないと思ってたことが、理由もなく全部否定されてしまうんだもの。訳がわからなくて困るに決まってる。

私だって、少しでも別の道に進んでたら、ルイーサと同じように家族を…サーベルト兄さんを恋愛対象として好きになってたかもしれない。

そこに大きな違いなんてない。

なら、私がこの子の想いを受け止めてあげなきゃいけない。母親だからっていうのももちろんあるけど、一人の女性として、別の道へ進んだ仲間として、隣にいてあげたい。

いなきゃならない。

 

「いいのよルイーサ。

全部ぶちまけちゃいなさい。私は貴女のお母さんなんだから、頼っていいのよ」

 

私の言葉に、ルイーサは確かに頷く。

 

「お母さん。

私ね、いつか旅に出ようと思ってたの。今までは、お父さんに見合ったレディになって、お母さんから奪い取ってやるつもりだったんだ。

だけど、今日のお母さんの話を聞いて考えが変わった。

私は、世界中を回って、お父さんよりも好きになれる人を見つける!

それでもしも見つけられなかったら、その時に初めてこの気持ちが本物なんだって思えるもん!」

 

「それが答えなのね?」

 

不安を握っていた拳が解け、代わりに、希望に溢れた想いがその手に込められたのがわかる。

言ってることは想像してたよりもデンジャラスだったけど、だけど、今重要なのはそこじゃなくて、ルイーサの悩みが吹っ切れたこと。

今日になって初めてこの子の顔に笑顔が灯ったこと。

それを思えば、奪い取ってやるつもりだった、とかそんな発言はちっちゃなことよね。

 

「うん!

だから、お母さんは今のうちはお父さんのこと独り占めにしちゃっててもいいよ!」

 

普段のように…ううん、普段よりももっと元気になったルイーサは、さらに満面の笑みでそんな事を言ってきた。

 

「こーら!調子に乗らないの。

例え貴女が世界中の誰よりもお父さんのことを好きだったとしても、それより私の方がもっとずっと愛してるんだから。絶対に渡さないわよ」

 

本気とも取れるその上段に、私も笑顔で返す。

前々からルイーサが私のことを敵視してるっぽかった理由がわかった今、それまで生意気だと感じていたことが、途端に可愛らしく思えてしまう。

 

「ふーんだ。その頃になったら絶対お母さんみたいにナイスバディになってるし。なんなら、お母さんより若いから、きっとお父さんも私の方にきてくれるもーん」

 

ルイーサは皮の鎧並みに平らな胸を張ってセクシーポーズをとってみせる。

あまりにチグハグな姿に思わず笑ってしまう。

 

「ざーんねん。お父さんは見た目だけじゃなくて中身も好きだって言ってくれたんだから。年齢とかスタイルとかで勝ったとしても、中身までは…ねぇ?」

 

「むー!!

わかった!じゃあ、お父さんが帰ってきたら、どっちの方が好きか決めてもらお!」

 

すると、口を尖らせてムキになり始めたルイーサは驚くことを言い出す。

今までの話の流れで、流石にそれはマズイと思い止めようとするも…

 

「ただいまー」

 

「ただいまー!」

 

「!!!

おかえりーお父さーん!!

ねぇねぇ!聞きたいことがあるんだけどーー!」

 

タイミング悪く二人が帰ってきてしまった。

すかさず駆け出すルイーサ。

…彼にはこの事を後で話すにしても、まずはこの難局を乗り越えないといけないみたいね…。

兎にも角にも、すぐにルイーサの後を追って玄関へと向かう。

けれど、着いた頃にはとっくにルイーサの[聞きたい事]は終わっていて、額に手を当てて段差に座り込む彼の姿があった。

 

…あれ?即答で私って言うわけじゃないの…?

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 




娘とムキになって[どっちの方が好かれてるか]って言い合うのを見るのって、微笑ましくて可愛らしいですよね。

…えぇ、そんな話が本当は書きたかったのです。
結果としてそれっぽいのは書けたんですけど、[お父さん大好きっ娘]という安易なキャラ付けからやってくる重い罠。
違うんですよ。あんな重めの話し合いをさせるつもりはなかったんです。でも、掘り下げてくとああなっちゃったんです…。

ちなみに、(超浅い調べですが)いわゆる近親相姦というものは日本では法律上の問題はなく、発生するのは道徳的問題だけなのだとか。
また、何故ダメなのか、という明確な理由もはっきりしていないそうです。
一般的に言われているダメな理由は、障がいを持つ子供が産まれやすくなるから、だと思われますが、明らかになっている事例自体が少なく、氷山の一角だったとしてもその下の氷の体積がわからないので「実はそんな事ないんじゃ…?」と考えている人も少なからずいるらしいです。(なお個人的見解ですが、障がいを持つ子供が産まれやすいからダメ、だというのなら、高齢妊娠等はどうなるのだろうか、と考えてみたり)
また、純血を守るため、という名目で家族間で子孫を作っていたという歴史も各地であるみたいなのです。
これらのことから推察というか憶測というか妄想をしてみると、近年の少子化問題から[一世代間でのみの近親相姦なら許される]的なことにならないこともないのかなと思いました。
…まぁ、良いとも悪いとも言えないですよね。本当に愛し合っているのなら、家族間であれ許されて然るべきだと思いますけど、立場の強い方が無理強いしている可能性がないとも言い切れない…(これはまぁ、家族間に限った話ではないと思いますが)。
うん。考えても仕方ないことな一つっぽい!道徳的なことはなるようにしかならないね!

とまぁ色々書きましたが、先述した通り、驚くほど浅い調べ、かつ、専門的知識があるわけでもありませんので、鵜呑みにしないようお願いします(念のため)。
また、[それはそれ、それはこれ]の精神でルイーサとゼシカと主人公君とウェーナーたちの絡みを見ていって貰えればと思います。
あ、ちなみにウェーナーはゼシカに恋心を抱いたりはしてないですよ!

ではまた次回。
さよーならー


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第五十話 私と彼と子供達と驚きの一面


今回は久し振りのあの人が登場します。

では、どぞー


ここは、歩き慣れた道。

生まれてから引っ越すまで、ずっと親しくしていた場所。

幼い頃はそこが世界の全てで、村の外に広がるのは一つの町とリーザスの塔、それと、木々だけだと思ってた。

だけど、旅をしていろんな世界があることを知って、全てが終わって帰ってきた時には『やっぱり、ここしか無いなぁ』なんて思っていたのに。

 

「本当、久し振りだね。里帰りするの」

 

「…うん」

 

彼と結婚して、家を出て、二人だけで住むようになって、子を成して。それから二人を育て始めての今日。

リーザス村に足を踏み入れるのは、約七年振り。

家並みを見て、実家を見た時に感じたのは…懐かしさ。

帰ってきて当然の場所だと思ってた私の家は、もう、私の心の中では過去の場所になっていて。

彼と、子供たちのいる今の家が、私の帰る場所になっていた。

ちょっとだけ寂しいと思って、けど、どこか嬉しくて。

凄く、不思議な気持ち。

 

「どうしたの、母さん」

 

「泣いてるー?」

 

側を歩いてた二人に心配されてしまう。

確かに、私は泣いているのかも。でもそれは悲しいとか辛いとかじゃなくて…

 

「んー?泣いてないわよ〜。喜んでるんだから」

 

とっても穏やかで、優しい気持ちが溢れてるだけだ。

 

「さ、みんな行きましょ。おばあちゃんが待ってるわ」

 

「わわっ!」

 

「ちょ、お母さん!!」

 

目尻を拭ってウェーナーとルイーサの背中を押しながら小走りになる。

いきなり押された二人は慌てて足を回転させ文句を言いながらも、嬉しそうに駆けてる。

後ろで彼が笑うのを感じながら、一気に丘の上の実家まで登っていった。

 

 

 

 

 

 

少しも変わらない内装。嗅ぎなれた匂い。心なしか小さく感じられる空間。

見えるもの、感じられるもの全てに湧き上がる寂しさ。

けど、一番胸を締め付けるのは。

 

「お帰りなさい、ゼシカ。五年振り、かしらね」

 

「…ただいま、おかあさん。あの時はありがとね。

ようやく色々落ち着いたから、帰ってきたわ」

 

玄関で挨拶を交わすのは、私の母のアローザ・アルバート。

二年前、ウェーナーとルイーサが同時に高熱を出してしまった時に、一緒に看病をしてもらった日以来の再会。

…五年の歳月は、無視出来そうにない。

以前にも増した白髪やシワの数。…覇気のない、声。

 

「こんにちは、アローザ叔母さん」

 

「こんにちはー!」

 

「えぇ、こんにちは」

 

お母さんのもとへと駆け寄り、元気に挨拶する二人。

お母さんは屈んで膝をつけると、薄く微笑んで二人の頭を撫でる。

 

「ご無沙汰してます。お義母さん」

 

「彼のまとまった休みが取れたから、少しの間こっちにいるわ」

 

暗い気持ちに支配されそうになるのを拒み、努めて明るく振る舞う。

そうよ。今日から三日間、おかあさんにはウェーナーとルイーサとたっぷり遊んでもらうんだから。出だしで落ち込んでじゃダメよ。

 

「あら、そうなの。

でしたら、その間は夫婦水入らずで過ごすといいわ。この子たちの面倒は、私と他のメイドたちで見ますから」

 

立ち上がってそう告げると、二人の前におかあさんは両手を差し出す。

 

「ウェーナー、ルイーサ。二階に座るところがあるからそこまで行きましょうか。

もしよかったら、あなた達のお話をおばあちゃんに聞かせてくれますか?」

 

にこり、と瞳を閉じておかあさんは笑いかける。

二人は顔を見合わせると、すぐに頷き合い。

 

「「うん!」」

 

大きく返事をして、その手を握った。

 

「では、私たちはいつもの所でお喋りを楽しんでいますから、ゼシカたちは荷物を置いてきたりしてきなさい。

お夕飯の時間になればいつも通り声をかけますから」

 

「えぇ、分かったわ。じゃ、その子たちのことよろしくね」

 

「お願いします」

 

短く会話を終えて、ウェーナーとルイーサに手を引かれながらお母さんは二階へと登っていった。

階段を上がりならも何かを会話している後ろ姿は、見ているだけで心が温かくなってくる。

 

「ふふ、おかあさんったら、だいぶテンション上がってるみたいね」

 

「うん。凄く嬉しそう」

 

お互いに、あんな姿のお母さんを見るのは初めてだから少し驚いてる。

 

「邪魔しちゃ悪いし、少ししてから部屋に行きましょうか」

 

そう聞くと彼は頷き。

 

「じゃあ、一階を見て行こうか。

メイドの人たちも、ゼシカに会いたいだろうし」

 

「…そうね。会いたいかどうかは分からないけど、見て回りましょう」

 

そう言って頷き、彼の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、それでね!」

 

「えぇ、ちゃんと聞いてますから、慌てないの」

 

「はーい」

 

お皿とフォーク・ナイフのこすれる音が小さく響く。

テーブルに並ぶ料理を更に美味しくするのは、キラキラ輝いて聞こえる子供達の声。

 

「それで、えっとね、お兄ちゃんの前でユリィちゃんがコケちゃったの」

 

「まぁ、それは大変。そのあと、どうなったの?」

 

「えっと、父さんから教えてもらったホイミを使って、治してあげたんだ。

そしたら、『私の方が年上なのに、ウェーナー君の方がお兄ちゃんみたいだね』って驚かれちゃった」

 

「だって、お兄ちゃんだしね!」

 

「あら、確かにそうでしたね」

 

得意げなルイーサと、照れ臭そうに笑うウェーナー。おかあさんは、うんうん、と頷いてずっと二人の話を聞いている。

食事を始めてからずっとそんなだから、あまり自分の食事ができていない。

 

「ほら二人共。アローザ叔母さんがご飯食べれてないでしょ?

食べ終わったんだったら、お風呂に入って来ちゃいなさい」

 

おかあさんとは対照的に、ちゃっかり沢山食べてた二人は少し不満げに返事をすると、そのままテーブルを後にした。

 

「すっかりデレデレね。まさかおかあさんがこんなに子供好きだったなんて思わなかったわ」

 

二人の出ていった部屋の扉から視線を戻しつつ、思わずにやける。

私にとっては頭の固くて融通の利かないしかめっ面ばかりの人だったけれど、あの子達に見せるのは穏やかな顔ばかり。

きつい物言いをする姿も知ってるから彼も、食事を始めた頃は結構驚いてた。

 

「いいえ。そんなことないわ。

今日は来たばかりですから、明日からはもう少し厳しくします」

 

食事を再開しながら澄まし顔返すおかあさん。

あれだけニコニコしながら話してたら、今のがウソだって誰にだってわかるのに。

 

「全く。素直じゃないわね」

 

「貴女の母親ですから」

 

おかあさんはイヤミっぽく頬を上げると、手にしているナイフとフォークを置いてティーカップに口をつける。

 

「…年甲斐もなく食べ過ぎてしまったわね」

 

嬉しそうにそう溢し、ティーカップを皿の上に戻す。

 

「あの子達には言ってありますけど、ここに滞在する間はサーベルトの部屋をあてました。

あなた達は前回通り、ゼシカの部屋で寝泊りなさい。

…もしも寂しいと言うようでしたら、私の部屋に来させても構わないわ。

私は自室に居ますから。何かあれば言ってください。

では」

 

「わかった。必ず行くように伝えておくわ。

おやすみなさい」

 

「おやすみなさい」

 

私たちの言葉を聞くと、深めの会釈をした後おかあさんは部屋を後にした。

 

「ホント、素直じゃないんだから。

自分が話し足りないならそう言えば良いのに」

 

食後の果物をつまみながら彼に言うと、「そうだね」なんて頷いて、私と同じように果物に手を伸ばす。

 

「まぁでも、寂しかったのは間違いないでしょうしね。

あの子達も楽しそうだったし、今夜は寝ずに話したりして」

 

「あはは。案外そうかも」

 

「お母さーん。出たよー」

 

「…あれ、アローザ叔母さんもう寝ちゃったんだ」

 

食事の余韻を楽しみながらの会話はホカホカ湯気を立てた二人の登場で終わりを迎える。

 

「おばあちゃんなら部屋に戻っただけだから、行ってきたら?

来て欲しいって言ってたし」

 

そうして再開するのは、一世代を跨いだ音色の園。

 

「どうするお兄ちゃん?」

 

「そうだね…行ってみて、ダメだったら部屋に行こうか」

 

「うん!そうしよっか!」

 

よっぼとおかあさんとの会話が楽しかったらしく、話し合いうとすぐに駆け出した。

 

「あんまり遅くまで起きてちゃダメよー」

 

「あんまり迷惑かけちゃダメからねー」

 

なんて、彼と一緒に形だけの注意をして、紅茶に口をつける。

 

「さってと、私たちも部屋に行きましょうか」

 

立ち上がり、彼に手を差し出す。

彼の感触と温度に包まれる右手が心地いい。

 

「明日はみんなで出かけるんだっけ。

僕たちも、あんまり夜更かししないように気をつけないとね」

 

「ふふ、そうね」

 

短く会話を交わして、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





ということで、里帰り編が始まります。
やっぱり、アローザさん書くの楽しい。

ではまた次回。さよーならー


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第五十一話 私とみんなと在りし日の塔


前回同様アローザさんが出てきます。

では、どうぞ。


実家に帰ってきて一晩が明けた。

久し振りに訪れた、なにも気を使うことのない夜は彼との会話を弾ませ、結局あんまり眠れなかった。

ま、その分楽しい夜を過ごせたから良いんだけどね。

 

「おはよう、ゼシカ」

 

「ん、おはよう、あなた」

 

二人仲良くベッドの上に起き上がり、まだ若干重たい瞼を擦る。

隣であくびをした彼は毛布を剥いでベッドから降りると、私の寝ている方まで回り込み。

 

「どうぞ、お姫様」

 

なんて言って、手を指し伸ばしてきた。

 

「もう。バカなこと言ってないで早く着替えましょ」

 

口では否定しつつもその手を取る。

目覚めて最初に目にしたのが愛しの王子様なんだから、手を握らないわけないじゃない。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「うん」

 

彼に頷き、歩幅を合わせてもらいながら部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食後、食休みをした後にアルバート邸を後にする。

食事中、元気なウェーナーとルイーサとは反対に、かあさんは小さくあくびを

何度かこぼしていた。

今までおかあさんのあくびをする姿なんか殆ど見たことが無かったのに…。

多分、話疲れて二人が眠った後、残ってた仕事を片付けたか何かしてあまり眠れなかったんだろう。

 

「おばあちゃん!今日はどこに行くんだっけ!」

 

「リーザス像の塔だっけ?」

 

「えぇ。よく覚えてたわねウェーナー。今日は私たちの村にとってとても大切な場所、リーザスの塔に登って、頂上にあるリーザス様の像にお祈りを捧げに行くんですよ」

 

「「はーい!」」

 

おかあさんを挟むようにして両脇を歩くウェーナーとルイーサ。その少し後ろを彼といて行く。

ホント、よっぽど可愛いのね。私となんてロクに手を繋いで歩いてくれたこともなかったのに、今じゃ両方とも塞がってるじゃないの。

 

「…寂しい?」

 

「まさか。

たまには肩の荷が降りた気がして楽で良いわ」

 

彼の言葉に、大袈裟に背伸びをして答える。

本当はちょっぴり寂しいけど、気楽になったのも事実だ。二人の子供と一緒にいるのは楽しいけれど、その分重たい責任がついて回るから[気が休まるか]という意味では、全然余裕ないし。

 

「そっか。

じゃあ、僕が寂しいから、ちょっと良いかな?」

 

そう言って右の掌を見せてくる彼。

 

「…ふふ、なるほどね。

そういうことなら私もすこーし寂しかったの。お願い出来るかしら?」

 

彼の頷きを確認してから、その手を握る。

 

「…?どうかしたゼシカ?」

 

「う、ううん。なんでもないわ」

 

歩いているのは、実家から伸びる丘下までの道。八年くらい前までは、彼と毎日ここを通ってトラペッタの町まで行ったりなんかしてたのよね。

なんだか、結婚したばかりの頃を思い出しちゃって彼の顔をちゃんと見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、すっかり綺麗になってるわね…」

 

「うん。あれだけ入ってたヒビとか欠けてた所が見当たらない」

 

村を出て東へ道なりに進み、到着したのはリーザス像の塔の入り口。

 

「開けてもいいー?」

 

「構いませんよ。

でも、一人だと重いでしょうからウェーナーと…ほら、お父さんも来て下さい。三人でやるといいでしょう」

 

少し後ろに立って様子を見ていた私たちに振り返り、おかあさんは彼を指名する。

彼は不思議そうに私を見るけど。

 

「分かりました」

 

と、返事をして扉のところへ向かった。

 

「じゃあ、僕が真ん中を持つから、ウェーナーとルイーサは端に分かれて」

 

「はーい。

ほらぁ、そっち持ってよお兄ちゃん」

 

「はーい」

 

「持った?

行くよ、せーの!」

 

両端に付いた子供達は彼の掛け声に合わせて一気に扉を持ち上げる。

ゆっくり上にスライドしていった扉は、彼が両手を伸ばしきることで完全に開かれた。

 

「うぅー。本当に重かった…」

 

「…指が痛い…」

 

その場でうずくまり、両手を見つめるウェーナーとルイーサ。

口には出してないけれど、彼も手を閉じたり開いたりして感触を確かめてる。

おかしいわね、私の記憶だと、ポルクかマルクでも開けられるくらいだったはずだけど。

 

「昔は魔物がここを守っているところもありましたからね。いなくなってしまった今、リーザス様の像を狙う悪党が現れないとも限りませんから、重たいものに変えたんです」

 

顔に出てたのか、いつの間にか側まで寄ってきていたおかあさんが理由を教えてくれた。

 

「なるほどね。彼の力でも開けるのが辛いのなら、並みの奴らじゃ進入できないってわけね」

 

「代わりに、村の力自慢が三人がかりでないと開かなくなってしまいましたけどね。致し方ないわ」

 

「まぁ、何かの行事の日にもしも揃いそうになければ私たちを呼ぶといいわ。私もそれなりに力はあるし」

 

「おばーちゃーん!おかーさーん!置いてっちゃうよー!」

 

話し込んでいると、すっかり元気になったウェーナー達が塔の中へと続くドアまで着いていたために、ルイーサに急かされてしまう。

 

「あの子は貴女によく似ているわね。私も、ああしてよく急かされたものです」

 

「…本当に?全然記憶がないんだけど…」

 

「…まだ幼い頃だったから、覚えてなくても仕方がないわね。

今でも思い出せるくらい、とても大変でした」

 

「そんなに…」

 

「はーやーくー!」

 

「はーい!すぐ行くわー!」

 

シビレを切らして今にも駆け出しそうなルイーサに大声で返事を返す。

隣のおかあさんに「はしたない…」なんて言われそうだし、すぐに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ…きれー」

 

「これがリーザス様の像…」

 

近道を通り、十分と経たずに塔の最上階へ到達する。

それまで通ってきた道や部屋は、ささやかに飾り付けが施されていたりして定期的に人の出入りがあるんだなとわかったけど、塔の頂上、リーザス様の像が佇むこの場所だけは、私と彼が初めて出会った日から一つも変わっていなかった。

…ご丁寧に、私の放った火球で少し黒くなった場所までそのままだ。

 

「二人とも、静かになさい。ここは神聖な場所です」

 

私には見慣れたおかあさんの厳しい表情に、ウェーナーとルイーサは少し萎縮する。

けど、怒っているのではなく真剣なんだとわかると、おかあさんに倣って二人は静かに瞼を閉じる。

私も、彼とアイコンタクトをして瞳を閉じ、両手でリーザス様の像にお祈りを捧げる。

…今の私がリーザス様に望むものなんてあるのかな、って塔を登ってる間ずっと考えていたけれど、いざこうしてお祈りするってなると、欲が出るものなのね。

ーーーお願いします、リーザス様。私と彼と…ウェーナーとルイーサ。家族四人永遠に仲良く元気に暮らせますように。怪我をしても病気に罹っても、大事に至らず、幸せであり続けられますように。

…もちろん、おかあさんのこともよろしくね。

あ、後!もっともっと彼と愛し合えますように!

 

 

そうして、静かで穏やかな時間が訪れる。

耳に響くのは、流れ落ちる清らかな水と、仄かな飛沫の音。

心の安らぐ、心地の良い音。

流れる時間が悠久に感じられるほど落ち着いた空間。

 

 

 

 

 

「…二人共、きちんとお祈りできましたか?」

 

「「うん!」」

 

永遠にも、数分にも感じられるお祈りが終わる。

村の子たちはこんなに長くじっとなんてしてられないのに、この子達はソワソワせずにずっとお祈りしてられるなんてね。

流石、彼と私の子だわ。

 

「さてと、名残惜しいけど行きましょうか。

この後、どうするとか予定ある?」

 

「そうですね…。

そうだ。ウェーナーとルイーサは、昨日お話ししたポルトリンクの事を覚えていますか?」

 

「うん!」

 

「勿論!」

 

おかあさんの質問に、二人は顔を見合わせて目を輝かせる。

あんなにワクワクした顔を見るのは久し振りなんだけど、一体どんな事を話したんだろう?

 

「でしたら、これから見に行きましょうか。

私の屋敷よりも大きいのに、海の上に浮かぶ物を」

 

「「行くー!!」」

 

おかあさんの言葉に喜び、その場ですぐにジャンプしそうになる二人。

…まぁ、考えてみればポルトリンクで有名な物なんて一つくらいしか無いもんね。

二人とも、きっと驚くだろうな。

 

「…声を小さく」

 

「「((行くー!))」」

 

一瞬、厳しい目つきで二人を注意すると、すぐに頬を緩めて手を繋ぐお母さん。

そのまま手を引かれるようにして階段の方へと向かっていった。

 

「…もしかして、私よりも子供達と仲良かったり…?」

 

「あはは。もしそうなら、僕なんて知り合いレベルかもね」

 

僅か二日程度であの仲の深まり方、自分のおかあさんとは言えとても信じられない。

…違うわね。あのおかあさんだからこそ信じられないんだわ。

 

「…けど、ま、嫌い合うよりは全然いいわよね。

さ、私たちも行きましょうか」

 

「うん。

…はい」

 

「ん。

エスコート、お願いね。旦那様」

 

「もちろん。

絶対に離さないから安心してね」

 

「ふふ。バカね」

 

「あはは、お互い様」

 

最後に、リーザス様の像に一礼をしてから、おかあさんたちの後を追って塔を降りていった。

右手に灯るのは彼の温もり。

この胸を打ちつけるのは、柔らかな安心と僅かな恥ずかしさ。

結婚して、もうちょっとで十年経つっていうのに、あんな言葉で喜んじゃうなんて、私もまだまだ子供なのね。

 

 

 

 

 

To be nexst story.

 





リーザスの像の塔ですあった扉のくだりですが、実際はほぼ主人公君一人で持ち上げました。
ウェーナーはともかく、ルイーサのステータスは(普通の)魔法使いと大差がないため、それほど力はありません。ゼシカの娘ですが、それほど力はありません。
代わりにテクニック的なものを受け継いでいるので、ゼシカや主人公君がスキルを上げて得た常時発動系のもの(剣装備時会心率アップなど)を最初から持ってる感じですね。装備可能な武器は短剣と鞭だけですが、短剣で剣スキル(ドラゴン斬りなど)を応用した技を使えます。魔法使いとしての素養もゼシカに負けず劣らずなのでマダンテも覚えてしまう…。
ゲーム化された暁にはぶっ壊れロリとして名を馳せることでしょう。

また、ウェーナーはゼシカの持つ[マダンテ]と主人公君の持つ[ベホマズン]以外の両親の持つ呪文を全て使えます。装備できる武器も両親が装備できたものをそのまま出来ます。代わりに、レベルを上げたらスキルを振らないと常時発動系のものを得ることは出来ず、特技も習得しません。
ルイーサのように短剣でドラゴン斬りに似た技を使う、なども出来ないので、融通がきかないところはありますね。ただし、状況に応じて使う武器や技を選べるのはかなり強いはず。
さらに、ゼシカの上級呪文解放時のように、マダンテとベホマズンを習得するイベントもあります。


…まぁ、ゲーム化なんてされませんけど。

それではまた次回。
さよーならー


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第五十二話 私たちと港町と


前回の続きでーす。
では、どうぞ。


リーザス像の塔のを出て大体十分。

初めて見る浜辺に興奮するウェーナーとルイーサが、おかあさんの手を離して岸辺へと駆ける。

目当ての物は、そう。

 

「すっごぉぉぉぉい!!!」

 

「本当に家が浮かんでる!!!」

 

白い帆で一心に風を受け大海原を突き進む巨大な乗り物。船だ。

タイミングの良いことに丁度定期船が戻ってくる時間帯だったらしく、ゆっくりと船着場へと入港していく姿を見ることができた。

 

「ねぇねぇ、アローザ叔母さん!!見にいっても良い!?!?」

 

「私も私も!!」

 

船がポルトリンクへと入港するのを見届けると、二人はすぐに駆け戻ってきておかあさんに言い寄った。

私や彼は見慣れたどころか一時期所有していたから今更感動もないけど、やっぱり、初めて見た時はあの位興奮するわよね。

 

「えぇ、もちろん構いません。

ただし、他の人の迷惑にならないように」

 

「「はーい!!」」

 

許可をもらうや否や駆け出した二人を微笑んで見送るおかあさん。

 

「ふふ。まるで昔の貴女のようね」

 

「えっ!私もあんな感じだったの?」

 

少し後ろからおかあさんと子供達を見ていた私たちに振り返り、懐かしむような顔を見せる。

 

「そうよ。

…いえ、私に確認もせず走り出した貴女に比べればまだまだあの子たちの方が大人ね」

 

なんて、おかあさんは意地悪く笑う。

 

「あはは。昔から変わってないんだね、ゼシカは。

旅の時も、気が付いたらどこか行ってたりしたもんね」

 

「ちょっと。それはお互い様でしょ?あなただって目を離した隙に他人の家に上がり込んで本とか読んでたじゃないの」

 

「うっ…

だ、だってそれは、家の人が『どうぞ』って言うから…」

 

「だとしても仲間を置いて先に行かないでよ。心配したんだから」

 

「…ごめんなさい」

 

聞き捨てならない言葉に思わず言い返してしまうと、それを見てたおかあさんが小さく咳払いをして。

 

「…ところで、いつまで手を繋いでいるんですか?子供たちに見られたらどうするつもり?」

 

「「あっ」」

 

言われてようやく思い出した。

塔からここに来るまでずっと手を繋いでたままだったのを忘れてたわ。

お互いに目配せをして、それとなく手を離す。

右手を包んでた温もりがゆっくり消えていくことに寂しさを覚えながらも、何度か手を閉じたり開いたりして感覚を確かめる。

…なんでかは分からないけど、手を繋いでる状態の方が自然な感じがするわね。

 

「さて、あまり二人を待たせるのもよくありませんから、そろそろ行きましょうか。

…互いを慕い会うのは構いませんが、子供の前では程々になさい」

 

「は、はい」

 

少しだけ睨んだような目をして私たちを見ると、おかあさんはウェーナーとルイーサの待っているだろう船着場へと向かって行った。

 

「…なによ、ケチ」

 

「ま、まぁまぁ。今回はお義母さんの言ってることが正しいよ」

 

おかあさんが、私の声が聞こえない所まで行ったのを確認してから悪態を吐く。

 

「分かってるわよ、そんなこと」

 

けど、一切知識を与えないで育てたら私みたいに、恋愛してもおかしくない年頃になってもそういうことを全然知らない大人になっちゃうもの。

それはそれで悲惨なのをおかあさんは分かってないわ。

 

「…やっぱりムカつく。

あなた?ん」

 

「…注意されたばっかりだよ?」

 

ぶっきらぼうに顔を彼の方に向けて目を閉じる。

瞼の先で困る彼の顔が眼に浮かんだけど、少しもしないで私の望むことが起きた。

 

「…ふふ、何よ。注意されたばっかりじゃないの?」

 

「…僕だってずっと手を握ってたかったし、このくらいならいいと思うんだ」

 

微かに残る彼の温もりを感じながら指先を唇に当てる。

浜辺の近くで、って言うのも、なかなか悪くないわね。

 

「それより、そろそろ行かないとまずいんじゃないかな」

 

「あ、そうね。行きましょうか」

 

頷いて、手を繋ぎ歩き出…さずに、自然と繋いでしまった手を離して、くっつき過ぎない程度に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうです坊ちゃん、嬢ちゃん!甲板から見る街並みは!」

 

「すごい!!沢山見える!」

 

「ちっちゃく見えるー!」

 

「久しぶりに乗りましたけど、良い眺めですね」

 

一際強い潮風に吹かれながら見上げるのは、積荷を下ろしている定期船の甲板に立つ三人の姿。

いつも住んでるところが高い場所だから、結構身を乗り出しててもあんまり怖くないのかな。

落ちそうで少し怖いけど、船頭さんも近くについてくれてるし、大丈夫よね。

 

「それにしても、まさかおかあさんまで乗ってるなんて思わなかったわ。あの子達に乗せさせられたのかしら」

 

私たちに気がついて両手を振り始めたウェーナーとルイーサに手を振り返す。

 

「かもね。でも、楽しそう」

 

彼の言葉でもう一度船の上の三人を見る。

相変わらず手を振りっぱなしのルイーサと、ルイーサが落ちないように身体を支えてるウェーナー。

その隣に立つおかあさんは、少しだけ不思議な顔をして、小さくこっちに手を振っていた。

 

「…ホントだ。

そうだ。もし大丈夫そうなら、今度私たちの船におかあさんたちを乗せてあげない?

定期船だと南の船着場にしか停められないけど、あの船ならどこにでもいけるし」

 

「いいね。海の向こうに何があるのかとか二人にも見せてあげたいし、今度トロデ王にお願いしてみるよ」

 

「そうなったら、またみんなで乗るのもいいかもしれないわね」

 

「うん。

今は魔物もいないだろうし、気ままに世界を渡れるだろうからきっと凄く楽しいと思うな」

 

広い海を眺めて口にする彼に頷く。

えぇ、きっとそう。誰にも縛られずに、広い広い大海原で最高の仲間たちと最愛の人たちで過ごせるなんて、想像するだけでワクワクしちゃう。

 

「ねー、おかあさん!今度は船に乗っていい!?」

 

思わず物思いに耽っていると、いつの間にかそばに駆け寄ってきていたルイーサがスカートの裾を引っ張ってる。

 

「僕も乗りたい!」

 

すぐ隣では彼がウェーナーから同じような事をされて少し戸惑ってた。

 

「おばあちゃんが、お父さんとお母さんに聞いてきなさいって!」

 

端的な説明に頷き、彼をみる。

ルイーサの声が聞こえたのか、彼もこっちを見ていて、アイコンタクトを取り合った。

 

「うん。勿論いいよ」

 

「「ホント!?」」

 

「ただし、私たちも一緒だからね?」

 

「「うん!」」

 

私たちの言葉に大喜びで答えた二人は、一呼吸も置かずに船の方へと走り出そうとすると。

 

「そう、良かったわね。ウェーナー、ルイーサ。

先ほど、私の方で許可は貰っておきましたから、後で日にちを教えてもらえれば伝えておきますよ」

 

 

「「やったー!!」」

 

静かに現れたおかあさんが子供達の近くに来て、乗船許可をもらえた事を教えにきてくれた。

 

「さ、お礼を言いに行きますよ」

 

「「はーい!」」

 

そうして二人の手を取り、船着場の方へと歩き出す。

 

「私たちも後でお礼に行かないとね」

 

私の言葉に彼が頷く。

本当は今行きたいけど、あんまり大勢で行っても向こうを困らせちゃうだけだから、乗る日にでも言えばいいわよね。

 

「さて、あの子達が戻ってきたらそこの宿屋でお昼でもいただきましょうか。

ここはお魚が美味しいのよねー」

 

「そう言えば、ゼシカはあんまり魚料理作らないね」

 

「…だって、こっち見てるんだもん…」

 

「あー…

あれ、結構怖いよね」

 

苦笑いして調理する時のことを想像する彼。

慣れれば平気なんだろうけど、つい思い出しちゃって捌けなくなっちゃうのよね…

 

「っと、三人とも戻って来るわね。

私、席空いてるか聞いて来るわ」

 

「ん、分かった。なら僕はみんなに伝えて来るよ」

 

軽く手を振ってから別れて宿屋へ向かう。

今はお昼の少し前くらいだから多分混んではないと思うけど、念のために聞いておいた方がいいわよね。

 

 

それから五分ほど待って昼食をとった。

家ではあんまり食べれないお刺身を食べてから実家へと戻った。

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





ポルトリンクは街の中でも結構好きな部類なんですよね。港町なだけあって海が見えるからテンションが上がりました。

それではまた次回。
さよーならー。


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第五十三話 私とおかあさんと大切なこと


今回はちょっとだけ真面目なお話です。

では、どぞー


実家で過ごす最終日。

今日はどこかに出かける予定は無くて、屋敷の中を彼がウェーナーとルイーサを案内している。

その間、私はおかあさんに呼び出されていた。

 

「それで、貴女はこの家に戻ってくる気はありますか?」

 

「…一応」

 

おかあさんの部屋で、冷えつつある紅茶の乗ったテーブルを挟んでのお話。それは、いずれ継ぐことになるだろう[アルバート家の使命]について。

 

「そんな曖昧な態度では困ります。

私たちアルバート家は代々この村を守り、次の世代へ受け継がせるために力を注いできました。サーベルトが亡くなった今、この家を継ぐに相応しいのは貴女しかいないのです。それを分かっているの?」

 

「分かってるわよ、そのくらい…」

 

睨み殺すなかったくらいのキツい視線を受け、身体が萎縮してしまう。

そんなこと、おかあさんに言われるまでもなく理解してる。私だって、生まれ育ったこの村が大好きだ。争いがなくて、悪いことをする人もいなくて、のんびりして穏やかで心の休まるこの村を守るおかあさんのことを尊敬してるし、憧れてもいる。

だけど…

 

「いいえ、分かっていません」

 

ピシャリと、斧を振り下ろすくらいにバッサリと言い切られる。

 

「ここに手鏡があるから自分の顔をよく見てみなさい」

 

差し出された取ってのついてる丸い鏡を受け取り、顔を映す。

 

「本当にわかっているなら、そんな顔しないでしょう」

 

そこに写っているのは、迷いに溢れた不安な表情。自分がしているのに、その顔を見ているだけでもっと不安になっていく、そんな、最悪な顔。

でも、仕方ないじゃない。

以前彼は『二人なら出来る』って言ってくれた。その言葉は私に勇気をくれた。けど、そうじゃないの。それだけじゃダメなの。

村のみんながおかあさんを慕ってるのは、昔からある名士だからとかそんな安っぽい理由じゃなくて、おかあさんが村の人たちを思って常に行動してるからだって今の私は知ってる。

…私には、それが出来るかわからない。彼や、ウェーナーやルイーサの力を借りれば、おかあさんの事を真似することはできると思う。でも、きっと出来るのは真似だけで、おかあさんと同じくらいだとか、よりも、だとかは多分できない。

…だって、私は自分勝手にこの村を出てった放蕩娘なんだから。

それに………

 

「はっきりなさいゼシカ。

貴女の取り柄なんて、キッパリ物事を決めることくらいしかないでしょう」

 

真っ直ぐ、私を見据えるおかあさん。

決して張り上げていないはずのその声は、けど、私の頬を引っぱたいたように強烈な一言だった。

 

「私は、貴女に[継げ]と言っているのではありません。[戻る気はありますか]と尋ねているのです。

結婚式の日にも言ったでしょう?私はもうあなたたちの生き方に口を出すつもりはない、と」

 

紅茶を口に運び、穏やかに言ったおかあさんは、もう一度私の目を見る。

 

「…貴女は、村の方々からよく思われていないと感じているかもしれませんが、それは大きな間違い。幼少期の貴女を知る者は口を揃えてこう言うのよ。

『とても意志の強い、勇気のある子だ』って」

 

「…ウソ」

 

「いいえ、本当です。

貴女の抱く想像は、私や村の方々に対して抱いた負い目からくるもの。現実は、もっと優しいのよ。

だから、貴女がどちらの道を選んだとしても、誰も貴女を恨まないし憎みません。好きな方を選びなさい。ゼシカ」

 

「…私、は…」

 

柔らかな視線が私を包む。

おかあさんはウソをつくような人じゃないから、今言ったことは全部本当だと思う。

だけど私は、この村を率いるのに足る心構えを示した家訓を無視して飛び出したような人間だ。

そんな人間が、家族を支えながら村を支えるなんてこと、出来るの…?

…ううん。違うわ。

出来る出来ないじゃない。私は、やるんだ。

私は家族を蔑ろにしたくないから、この家に戻ってくるのかどうかを迷ってる。でも、同じくらい、尊敬してるおかあさんの跡を継ぎ村を見守る役目を果たしたいと思ってるから、結論を出さずにいるんだ。

なら、私がすることは一つじゃない。

 

「おかあさん。私は、貴女の跡を継いで、彼とこの村を…リーザス村を守りたい。

でも、それはまだ出来ないの。ウェーナーとルイーサがもっと大きくなって、独り立ち出来るようになって…

私がこの村の人たちに信頼してもらえてると思えるようになるまで、後を継ぐことは出来ないわ。そんな中途半端な気持ちのままじゃ、それまで村を守ってきてたおかあさんやその前の人たちに顔向け出来ないもの」

 

どっちもする。これが私の答え。

覚悟は決めた。迷いはもうない。私は、もう二度と、後悔したくないから。

 

「…わかりました。それが貴女の答えなら、受け入れます。

それに…えぇ、こんな話を持ち出しはしましたが、私もまだまだ若い。貴女が戻ってくるまで、貴女が胸を張れるような母であり続けるわ」

 

私の意思を受け入れてくれたおかあさんは椅子から立ち上がると、私の横まで歩いてきて手を指し伸ばす。

 

「そろそろ、貴女の愛しい人達を迎えに行きましょう。…夕飯まで食べていくと言うのなら、話は別ですけど」

 

立ち上がって、その手を握る。

結婚式以来の手の結びは、なんて言うか…自分の子供の頃を思い出すような、そんな懐かしさを感じた。

 

「…そうね。もうそんな時間なんだ。

わかった。あの子達に聞いて、食べていくって言ったら、もう少しここにいるわ。

おかあさんが普段、どんな仕事をしてるのかとか知りたいし」

 

「多くは書類仕事ですよ。時折、訪問者とお話をしたり、村の行事を取り仕切ったり…

まぁ、ゆっくり覚えればいいわ」

 

部屋の扉まで手を繋いだまま歩き、話をしながら辺りを見回す。

…子どもの頃は殺風景に見えたおかあさんの部屋だけど、こうして改めて見ると必要なものがどこにあって、いつ頃纏められたものなのか、とかが分かりやすく置かれてる。

これ全部が、ってわけじゃないだろうけど、でも、その一部はおかあさんの功績なのよね…。

 

「…うん。頑張るわ。きっとおかあさんにも負けないくらいみんなに慕われてみせるから」

 

「ふふ。えぇ、楽しみにしているわ」

 

扉を開けながらおかあさんは微笑みを見せる。

ちょっと照れくさくなるくらい、優しい笑顔だ。

 

「あ、ゼシカ。ちょっといいかな…」

 

扉の向こうの、廊下にあたる場所に立つのは私の旦那様。

何故か、少し困った顔をしてる。

 

「ん?平気だけど、どうしたの?」

 

「いや、実はルイーサが…」

 

苦笑いしながら彼が語るのは、何だかんだ聞き分けのいいルイーサが『まだ帰りたくない』と駄々をこねているんだそうだ。

あまり遅くなるとルーラを使っているてしても危ないからダメだ、と彼は言ったそうだけど、それでも聞かないらしい。

それで、私に言い聞かせるようお願いしに来たのだそう。

ちなみにウェーナーもルイーサに触発されて『まだ帰りたくない』と言い出してしまったらしく、彼だけでは手に負えなくなったわけだ。

 

「…はぁ。まずは子供達をまとめるのが先みたいね。

いいわ。おかあさんと話して、夕飯を食べてから帰ろうかな?ってなったけど、それはそれ。今そのことを伝えた甘やかしただけになっちゃうもんね」

 

そう、彼とおかあさんに告げて、駄々っ子の待つ部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





この話は前々から気になってたことに少し突っ込んでみました。
二人が結婚する、それはつまりアルバート家を継ぐことになるのではないのだろうか、と。
主人公には父も母もいませんし、今更サザンビーク城に戻ってどうのこうのというのも出来ない。なら、彼が取るであろう選択は自身の最愛の人であるゼシカ・アルバートの産まれた家を次の世代まで繋ぐことなのではないか。しかし、そこに発生する問題は、ゼシカが後を継ぎたいと望むのか否か。
旅をしている途中の彼女なら、多分継ぐことはなかったと思います。が、世界を見て回り、子を成し、母の深い愛を理解した彼女ならばどうなのだろう…。
私は、継ぐ、と言うと思ったのです。

一ファンの考えた結果が今回のお話でした。

ちなみに、継がない、とゼシカが言ったならアローザおかあさんは、ポルクとマルクに後を任せるか、自分の代でアルバート家を終わりにするか、のどちらかを選んでいました。
そのため、ポルクとマルクには世界を見て回る旅をさせてます。そうして戻ってきた二人に彼女と似た問答をし、返答でどちらかを選ぶのです。
うーん、やっぱり跡継ぎ問題は難しい…

さてさて。それではまた次回。
さよーならー


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第五十四話 私と彼と子供達と陽気な風


では、どうぞ。


行き交う人の群れ。

大人も子供もお年寄りもみんなが笑顔でそこを歩いてる。

彼らの御目当ては、今ではすっかり馴染み深いものとなった水上で過ごすひととき。

広大で、見渡す限りの湖だったサザンビーグ領の湖は今ではすっかり人々の溢れる観光地と様変わりしていた。

けれど、感心することに景観が損なわれてはない。ボートに乗るのに必要最低限の設備と、軽食を取れる屋台がいくつか並んでいるだけで、[湖を見に来た]という人も満足のいく風景を見ることができるだろう。

そんなビーク湖に私たちは四人で訪れていた。

 

「ねぇお父さん!これも海?」

 

「これはね、湖って言って、海や川とは別のものなんだ。わかりやすくいうと、しょっぱくない海、かな」

 

「へー!!」

 

おねだりしてしてもらえた肩車のままルイーサは背伸びをするようにして広い湖を見渡す。

周りには今のルイーサを超える背丈の人や障害物がないから、きっと端っこの方まで見えてるわね。

 

「ウェーナーはいいの?お母さんでよければ肩車してあげるけど」

 

「ううん。僕はボートに乗った時に広さを感じたいから、いいんだ」

 

私と手を繋いだまま、ボートのとめている場所をチラチラと見てるウェーナーに聞いてみると、首を横に振って答えた。

こういう、[実際に体験して確かめたい]ってところは彼に似たのかしら。私だったら、ルイーサみたいにすぐ見たくなっちゃうし。

 

「そ。なら、すぐ乗ろっか!」

 

「「うん!!」」

 

二人は大きく頷くと、ウェーナーは私の手を引っ張り、ルイーサは彼のバンダナをハンドルのように動かして、ボート置き場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ、父さん、これどうすれば進むの?」

 

「全然船が動かないよ…?」

 

家族向けの大きめなボートを借り、彼と私で湖の中心部辺りまで漕ぐこと数分。

とうとう我慢の限界にきたのか、ウェーナーとルイーサはうずうずと体を震わせて私たちに、[自分たちに漕がさせて]と言い出した。

もちろん、私たちは二人にオールを渡した。けど、渡したとの真似をして漕ぐも水面を撫ぜるだけで一向に進む気配がない。

 

「あはは。どうしてだろうね。わかるかな、お母さん?」

 

「ん〜。分かんないわ。お父さんは?」

 

「僕も分かんないな〜」

 

三文芝居もいいとこな会話を見せると、頬の膨らんだ真っ赤な顔のルイーサが口を尖らせて言い返してきた。

 

「イジワル!いいもん、お兄ちゃんと頑張るから!ね!!」

 

「うん。やろう、ルイーサ!」

 

子供たちは互いを見つめ合い頷くと、再びオールと水面との戦いに戻る。

予想通りすぎる可愛らしい反応に思わず笑いそうになるけど、ここは我慢。二人の反応を見たかったのもあるけど、やっぱり、こうやってなかなか体験出来ないことをしてるんだもの。自分たちの力で解決して欲しい。

 

「さて、出来るかしらね。あの二人」

 

オールの先端で水面を叩いたり、逆に、目一杯先端を湖の中に沈ませてみたりと、色々工夫を凝らしながら正解を探す二人。

そんな姿を、彼とずっとみてる。

 

「大丈夫だよ。ゼシカと僕の子だもの。きっとすぐに正解を見つけるよ」

 

「根拠としては充分ね」

 

ああやって、答えを必死に探す姿を見ると、旅をしていた昔の頃を思い出す。

いろんなダンジョンで様々な仕掛けを彼は沢山解いてきたわけだけど、時々私たちにも意見を求めることがあった。

私たちはそれぞれ気になったことを口にしただけなのに、彼はそこからヒントを得て解いていた。

おかげで、私たちも観察眼が身について、今では初見の物でもなんとなく解けるようになったくらい。

…ふふ、そろそろそんな頃合いかしらね。

 

「ねぇあなた。あのオールの先端って、どうして持ち手よりも平べったいのかしらね」

 

「うーん…。あ、何か物を載せるとか、かな?」

 

「あー、確かに平らな部分はいっばいのせるのに向いてるわよね」

 

わざとらしい会話をすると、子供たちは私たちの方を向いて少しだけ難しい顔をする。

うんうん。そうよ、よく悩みなさい。答えはそこにあるわ。

 

「…のせる?んーーー??」

 

「平らで、のせやすい…。ん?漕ぐ…?」

 

何かに気がついたらしいウェーナーは、思いつきが正しいか確かめるかのようにオールを手にする。

ちゃぽんちゃぽん、と、オールの先端の平らな部分で水面を触ったり沈めたりして感触を確かめると、それまで曇っていた表情が一気に明るくなる。

 

「そっか、そういう仕組みなんだ!」

 

「え、なになに!?お兄ちゃんわかったの!?」

 

「うん!多分!」

 

答えると、ウェーナーは手にしたままのオールの先端を適度に水の中に沈め、目一杯の力で漕ぐ。

すると、ボートは水上で半回転した。

クラクラと波に揺れるボートの中、ウェーナーは初めての[水を漕ぐ]感触にキラキラと目を輝かせていた。

 

「や、やった!できた!!」

 

「すごぉい!!どうやったの!?」

 

「えっとね、えっとね!」

 

今にも飛び跳ねそうな勢いで喜ぶウェーナーに、隣でまだ悩ましい表情をしていたルイーサが飛びついてもおかしくないくらいで説明を受ける。

 

「ふふふ。やったわね」

 

微笑むと、彼は頷いて。

 

「やっぱり、ゼシカと僕の子だね」

 

なんて口にした。

 

「そーいうのを親バカって言うのよ。

ま、私もそう思っちゃうから一緒なんだけどね」

 

呆れにもにた喜びをこぼすと、くらり、とボートが揺れる。

突然のことだったから体勢を崩してしまい、隣に座ってる彼に体を預ける形になった。

 

「!!!

できた!!!!」

 

体を起こしつつ子供達の方を見ると、それまでずっと難しい顔をしていたルイーサの表情が快晴よりと晴れ渡っていて、どうやら漕げるようになったんだとわかる。

 

「ねぇねぇお父さん、お母さん!私たちでちょっと漕いでもいーい!?」

 

見て取れるほどワクワクと胸を弾ませるルイーサとウェーナー。

私と彼は軽く頷きあってから返事を返した。

 

「えぇ勿論いいわよ」

 

「でも、他の人の迷惑にならないように気をつけてね」

 

「「やったーー!!」」

 

許可をもらうや否やすぐに漕ぎ始める二人。

けれど、タイミングがズレてるせいで真っ直ぐ進まず、右に行って左に行って、と蛇行してしまう。

 

「ふふ、完璧に出来るようになるにはもう少しみたいね」

 

オールを動かす手を止めて再びしかめっ面になる二人をよそに、彼と笑いかける。

その言葉に彼は頷き、口を開く。

 

「だね。

けど、すぐに出来るようになると思うよ。なんて言っても…」

 

「あなたと私の子だもんね」

 

「あはは。そうそう」

 

お互いに親バカを炸裂して、心地のいい風を感じながら湖の上を揺蕩った。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





アルゴンリング編以来のボート回でした。
恋人と少しだけ静かな空間の中で水面に反射する相手の顔を盗み見しながら胸をときめかせるのもいいですが、忙しなくオールをいじったり湖に手を触れさせて水を飛ばしたりする子供達を注意する最中にふと静寂を感じてあの日を思い出す、というのもいいですよね。

それではまた次回。さよーならー


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第五十五話 私と彼ともう一つの夫婦


今回は久々にあの夫婦の登場です。
ではどぞー


一際賑やかな部屋。

それは、遊び盛りの子供たちのせいじゃない。

テーブルの上には話をしながら食べられるような手頃な料理が並んでいて、それぞれの手元には飲みやすく酔いにくいお酒の入ったグラスがある。

 

「いやぁ〜!ようやくアニキのお子さん達にアッシのとこのガキを合わせられたでゲス!!」

 

「おいおいアンタ。何遍おんなじこと言うんだい。いい加減聞き飽きたよ」

 

「んん?そうだったか?まぁいいじゃねぇか!嬉しいもんは嬉しいんだよ!」

 

他のみんなとは違い一人だけタル状のジョッキでお酒をあおるのはヤンガス。その隣でキツイ口調な割にはにこやかに微笑んで頬杖をつくゲルダさん。

私と彼は今日、この二人とその子供達と会って朝から一緒に過ごしていた。

 

「あはは。けど、僕も嬉しいよ。ヤンガスとゲルダの子達に会えてさ。僕らの子達とも仲良くしてくれてるし」

 

「それもそうね。ゲルダさんはともかく、ヤンガスの子供って聞いた時には子グマを予想してたもの。

それがどうしてかみんな線が細くて美形揃い。…目がちょっと怖いのはあるけどね」

 

「おいおい、そりゃあねぇでゲスよ。アッシだってガキの頃はイケメンでモテモテだったんでガスから」

 

「何言ってんだか…。そんな話一度も聞いたことないっての」

 

「そりゃおめぇがみんな追っ払っちまったからだろうが」

 

「ば、バカ言うんじゃないよ!!」

 

「ゲースゲスゲス」と、相変わらずおかしな笑い声を上げて、頬を染めるゲルダさんを笑うヤンガス。

…ホント、まさかこの二人が子供を成すなんてねぇ…。下手したら私たちよりそういうことしなさそうなのに。しかも、三人も。

キッカケさえ出来たら後はイケイケ、ってことかしらね。…まぁ、私たちもあんまり人のこと言えないけど。

 

「それで、二人はやっぱりまだ盗賊か何かしてるの?」

 

彼の言葉に、一瞬、一切の音が止まる。

当然と言えば当然な質問にゲルダさんとヤンガスは少し困った顔をする。

昔から思ってたけど、彼のこういう妙に率直なところ、凄いわ。

 

「あー、まぁね。ただ、昔みたいに誰彼構わずって訳じゃなくてさ。所謂、義賊ってやつ?前は悪党やら跡地やらからちょろまかしてきてたけど、殆ど全部自分らのために使ってた。

けど、今はもう違うよ。盗ったもんは貧しい人らに分け与えて、アタシらは表稼業で稼いだ金で食ってく。

そうでもしなきゃ、あの子らに顔向けできないからね」

 

「アッシらも必死に考えたんでゲス。ガキどもに盗みをやらせるなんてもってのほかだ。けど、アッシらの生きた証の殆どはそれだ。なら、ガキどもに教えてやりゃあいい。盗みは悪いだけじゃねぇ、世界だって救えるくらい悪どくて立派な事だってな!でガス!」

 

顔を見合わせて答えた二人はそれから、大きく笑った。

 

「…そっか。うん。本当、二人の器用さには何度も助けられたからね。特に、装備も何も買えない時とかは魔物からいただいたも物が無かったらどうなってたか分からなかった。それに、盗賊は盗賊でも[義賊]っていう悪いだけじゃない盗賊もいるって知ることができた。

今更かも知れないけど…。ヤンガス、ゲルダ。二人とも、旅の時は本当にありがとう。凄く助けてもらった!」

 

唐突な彼のお礼に目を丸くする二人。それから少しして、今度はさっきよりも大きな声で笑いだした。

 

「何言ってるんでガスか!アッシと兄貴の、いや、アッシらと兄貴の仲じゃないでゲスか!そんな小っ恥ずかしい事、城の宴会の時以外に言わないでくれでガスよ!」

 

「そうだよぉ。

あんたは何度もアタシやアタシの旦那を助けてくれた。だから助けた。たったそれだけのことじゃないかい。礼なんて要らないよ。腹の足しにもならない。

…ま、気持ちは貰っといてやるか。貰えるもんは貰っとくのがアタシの流儀だからね」

 

「三人も子供産んでるのに素直じゃないとこは治ってないのね、ゲルダさん」

 

「うるさいねぇ。ゼシカだって旦那と喋ったら未だに顔赤くするんだ、そうそう変わんないってことだよ」

 

「う、うるさいわよ!前よりはそんなことないから!…多分」

 

いっつも一枚上手のゲルダさんを今日こそは取り乱せさせられると思ったのに、いつも通り言い返されてしまう。

そ。前までは[いつも]だったやり取りが、何年振りになるのかな。

嬉しくて、少し寂しい。そんなよくわからない感情が生まれる。

 

「ん、そう言えばククールのヤツはどうしたんだい?モリーは映画製作だかなんだかで忙しいから来れないって聞いてはいたけど、あの色男は結局なんだって?」

 

ゲルダさんに言われて思い出す。

本当は今日、この家には旅をした皆んなが集まる予定だった。ミーティアとトロデ王からは早い段階で無理だってことを聞いていたし、モリーさんも一週間前くらいに予定を繰り上げられなかったと連絡が来た。

けど、ククールだけは昨日の夜に手紙が届いたばかりだった。

 

「うん。ククールはやっぱり来れないらしいんだ。

代わりに、言伝を預かってるよ」

 

「なんか嬉しそうでゲスね、兄貴」

 

ヤンガスの感じている通り、彼はとても嬉しそうに手紙を取り出してる。

普通なら、来れないことに残念がったりするんだろうけど。

けど、うん。あの手紙を読んだ人なら多分、来れないことを喜ぶと思う。

 

「読んでみなよ。アタシも気になるからね」

 

「アッシも知りたいでガス」

 

グラスに残ってたお酒を一気に煽ったゲルダさんは、何か察しのついた顔で彼を見る。

その視線を嬉しく思ったのか、彼はまた少し笑って手紙を開いた。

 

「『拝啓、勇者殿たちへ。

過ごし易い気候の中、皆様ますますのご健勝のこととお慶び申し上げます。

この度の御招待、私のような流浪の者の身に余る光栄でした。それをお断りすることをどうかお許し下さい。

私共は今、世界各地を回り、身寄りのない子たちを集めております。

親に捨てられた子。家族を事故で失った子、或いは殺されてしまった子。

聖職者の末席を穢す者として、このような子供を見過ごすことが出来ない私の優しさをお許し下さい。

いずれは一つどころに落ち着き、聖オディロのような孤児院を作りこいつらを教育して、世を見せてやろうと思ってる。

だからそれまではお前らに会うことは出来ない。

お前らに会えるようになるのがいつになるかはわからねぇが、次会った時、きっと驚くぞ?俺が誰と旅してるのかを知ったらな。

それまで、おあずけだ。

じゃあな。また手紙を出すよ』」

 

読み終えた彼は大事に手紙を折りたたんで大切にしまう。

聴き終えた二人は、いつの間にか乗り出してた身体を元の場所に落ち着かせてお酒を手に取る。それを軽く口の中に流し入れると、ふぅ、とため息をシンクロさせて顔を見合わせる。

 

「…あの色男、随分生き生きしてるじゃないか」

 

「あぁ。ククールのヤツ、なぁにが『ぶらぶら旅でもするかな』だ。最初からそれが目的だったんじゃねぇか」

 

「これじゃあ、来れないわけだ。

アタシらは子供育てるか昔を振り返るかしかする事がないが、こいつの旅はまだ終わってなかったっんだ。そりゃ昔話なんかする暇ないさ」

 

くつくつ、と二人は楽しげに笑ってたもう一度お酒を飲む。

なんだか、私たちがこの手紙を初めて読んだ時の行動に似てる気がするわ。

 

「そーいうこと。

アイツの言う『びっくりするヤツ』ってのは多分マルチェロよね。ホントに私たちが気がつかないと思ってるのかしら」

 

「どうだろうね。ククールはそういうとこ、変に鈍感だったからなー」

 

「いやいや、案外もっとすんごいヤツかもしれないでゲスよ」

 

「ラジェ、とか言ったら本気で驚くねぇ。まぁ、流石にないだろうけど」

 

「いや、分からないわよ?三角谷には結構子供がいたし、一度は寄ってるハズ。そこで…っていうのは、十分考えられるわ」

 

「なるほどね…。それなら確かにあり得るか。

いいねぇ。酒の肴にはもってこいの話題さね!」

 

それから始まったのは、ククールが誰と旅をしているのか、という話。けど、どんどん脱線して、最終的には全く関係ない[最近あった子供達の面白い事]

に変わっていた。

ただ話しているだけなのに、陽は暮れていき、やがて外で遊んでいた子供達が帰ってきた。

すっかり酔っているヤンガスとゲルダさんを今日は家に泊めることにして、再び話に花が咲く。

 

 

今夜は、まだまだ楽しくなりそう。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





ヤンガスとゲルダは子宝に恵まれて、口は悪いけど仲のいい家庭を作って欲しい…

ではまた次回。
さよーならー


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第五十六話 私とみんなと日帰りの別世界


ゼシカ可愛い(至言)

では、どーぞ。


「さ、寒いわね…相変わらず…!!!」

 

吹き荒ぶ白い風。

それは私たちの生活圏では滅多に見ることの出来ない雪。

結局手に入れられなかったヌーク草の事がすごく悔しい。

 

「うぅ…。本当、余計かなって思ってたけど、持ってきてよかった…」

 

隣で身体を抱きかかえて震えてるのは普段の二倍くらいに膨れ上がった彼。私と同じように、普段着の上に追加で三枚服を着てる。

…それでも寒いんだからとんでもないところよね、ここ。

 

「…けど、ま」

 

彼とそれとなく顔を見合わせて氷の上を滑る二人の子を見る。

 

「凄い凄い!こんなに大きな氷があるんだ!!」

 

「みてみてお兄ちゃーん!!雪!丸められるよ!!」

 

氷の上を滑ったり、雪玉を作ったり、寝転がったりして忙しなく遊びまわるウェーナーとルイーサ。

オークニスに来て大体二時間。最初はぶーぶー文句を言ってたルイーサだったけど、オークニス地方に来て雪を見た途端に『遊びたーい!』なんて言い出して聞かなくなって。

 

「わーい!雪玉攻撃だー!」

 

「ちょ、ちょっとルイーサ!冷たいよー!!あははは!」

 

町の真ん中にある出た瞬間から、最初から楽しみにしてたウェーナーを引っ張って全力で遊び始めちゃった。

 

「ほら〜?あんまりやり過ぎないでよー」

 

「「はーい!」」

 

雪玉を投げる手を止めずに生返事を返す二人は、直ぐにお互いの顔面に直撃を受けて背後の雪原に倒れ込む。

 

「…あはは」

 

「…ふふ!」

 

「「あはははは!!!」」

 

本当なら痛いはずのことさえ楽しいのか、二人は空を見上げながら大きく笑いだした。

大きな家にも見える六角形の塀の中、ウェーナーとルイーサの笑い声が響く。

近くで遊んでいた村の子や、旅の人らしき大人の人たちはそんな二人を見て温かな微笑みを向ける

 

「…はぁ。後でアザだらけになっても知らないからね」

 

「あはは。そしたら少し押してあげよっか」

 

「意地悪なこと言うわねぇ。

…でも、言うことを聞かなかったお仕置きは必要よね」

 

大笑いしたままの子供達を見ながらそんなことを言い合う。

こうやって色んな人に見られるのは、自分のことでもないのにちょっと恥ずかしいけど、でも、今日この町に来たのはあの子達にもっと沢山の人や世界を知って欲しいと思ったから。

だから、こんな風に見守ってもらえるのもそんなに悪いことじゃない。

 

「…ん」

 

「う〜ん…」

 

子供たちは、お互いに寒さで少しだけ赤くなった顔を見合わせながらゆっくりその場に座る。肩や背中に着いた雪を払い落とし、ゆっくり立ち上がって屈むと、ごそごそと積もった雪をいじり始める。

 

「呆れた。きっと痛い思いをしたのに、二人とも懲りずにまた投げ合おうとしてるわ」

 

口ではそう言いつつも、口角がちょっとだけ上がってるのがわかる。

心にの中に、[楽しいならいっか]と思ってる自分がいるのね。

うん、二人が楽しいのならそれでいいわよね。ケガをしたら私たちが治す。そして二人はまた遊ぶ。今はまだ、それでいいわ。

 

「…あれ、なんだか変じゃない?あの二人」

 

「えっ?」

 

思わず閉じていた瞼を開き、彼の視線の先の子供達を見る。

相変わらずなにか忙しそうに雪をいじってるだけで特に変な感じはしないけど…

あれ、ちょっと待って?

 

よく目を凝らしてルイーサの辺りを見ると、雪玉みたいな物が何個か見える。不思議に思ってもう少し前に乗り出して見ると、どうやら二人は雪玉を沢山作っているらしいことがわかった。

さっきまでは投げては作って投げては作ってを繰り返していたから玉のストックなんて精々一つか二つだったのに、今は十個を余裕で超えてる。

作戦を[ガンガンいこうぜ]から[バッチリがんばれ]に変えたのかしら?」

 

「…あ、これマズイかも。

ゼシカ。伏せた方が…」

 

「へ?なん…痛っ!?」

 

少し緊張の篭った言葉を向けられ、迂闊に彼の方は顔を向けてしまう。

刹那。頬に、冷たくて微妙に硬い物がぶつかった。

その瞬間、あの二人がなにを企んでいたのか一瞬で理解できた。

 

「…やったわね!!!」

 

「「よーし!行くぞー!!」」

 

すぐに屈んで手頃な大きさの雪玉を二つ作り、ウェーナーとルイーサに向かって一つずつ投げる。

けど、どちらも避けられてしまう。

 

「やーいやーい。お母さんのへたっぴー!」

 

「そりゃー!」

 

一呼吸の間もなく仕返しの雪玉が飛んでくる。それは顔や肩とかの思わず当てたくなっちゃうような場所ではなくて…。

 

「くぅっ!

や、やったわねぇ!!」

 

白くてまあるい玉は、私のおへそより少し上の辺りにクリーンヒットした。

力はそれほどないからあまり痛くはないけど、三枚の布越しに冷たさを感じてる。

…実際は冷たくないんだけど、なんとなくそんな気がする。

 

「…よし、僕も手伝うよ!お母さん!」

 

私に雪玉が命中したからか、彼はとてつもないスピードで雪玉を量産していく。

…確かに、私を守る、とは言ってたけど、子供たちに対してまでそれを実行するのはどうなのかし…

 

「やったー!私も当てたー!」

 

私の中にあった小さな優しさ。それは、ルイーサの投げた雪玉が顔に当たることによって一瞬で溶けてしまう。

 

「…えぇ、頼むわよお父さん!あの子達に大人の強さを見せてあげましょ!」

 

「はい、一発目!」

 

手渡された雪玉を確かに受け取り、投げる構えを取る。

その途端、子供たちは手に持っていた雪玉を落として慌て始めた。、

 

「わわっちょっと待ってお母さん!」

 

「う、うん!は、話せばわかると思うな!」

 

「問答無用よ。

最近…特にルイーサは調子に乗ってるところがあったから、念入りにお仕置きね?」

 

「きゃっ…!」

 

「る、ルイーサ!!」

 

私の投げた雪玉は狙い違わずルイーサのおでこに当たる。

ああは言ったけど、もちろん本気で投げるつもりはない。

…たまには、童心に帰りたいもの。彼と一緒に、ね。

 

 

 

 

それから十分くらい私たちは楽しく雪玉を投げ合った。

みんながみんなびちょびちょになって、三枚目の服すら湿り始めた頃にようやく家へ帰ることになった。

 

 

翌日、元気な挨拶をくれた子供達とは真逆に、私と彼は少し風邪っぽかった。

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





と言うことで今回は旅行回でした。
あぶない水着を着せて雪国に赴いた紳士淑女の諸君はもれなく私の仲間です。
リブルアーチで買うべきものなんてアレくらいですからね(断言)。
嫁のために良い服を買う。それは何物にも変えがたい素晴らしき幸せ。
あぁ、可愛いよゼシカ。ライバルズのあぶない水着スキン本当に最高です。等身大パネルと掛け軸売ってください公式さん絶対買いますから。

それではまた次回。
さよーならー


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第五十七話 私たちと息子と夢と


前回の続きです。
時系列は、旅行から帰ってきた翌日の晩です。

では、どうぞ。


「父さん、母さん。すこし、いいかな」

 

オークニスから帰ってきた次の日の夜、本当なら寝静まっているはずのウェーナーが私たちの部屋に訪れた。

あんまり突然の登場だったせいで、ベッドの上で身を寄せ合ってるところを見られてしまう。

 

「え、えぇ、いいわよ!」

 

「うん、どうしたの!?」

 

私たちはすぐに距離をとって座りなおす。

ちょっと心臓に悪かったけど、ウェーナーの妙な雰囲気にあてられてそんな気もどこかへ行ってしまう。

 

「…どうしたの、ウェーナー。何か、悩み事?」

 

ベッドから降りて息子のもとまで歩み寄った彼は、視線が合うように屈んで問いかける。けれど、ウェーナーはなぜか俯いてしまう。

 

「えっと…その…」

 

小さな手で拳を握ってふるふると両肩を震わせるウェーナー。

私も彼も、ただ静かに待つ。

 

「…あの、僕、ね」

 

少しして、ウェーナーは口を開いた。

 

「僕、もう少ししたら旅に出たいんだ!」

 

決意を固めた瞳で、真っ直ぐに彼を見据える。どうしてか、目尻にちょっとだけ涙が見える。

そんなウェーナーを真剣な眼差しで捉えた彼は立ち上がって、少し怖い顔をした。

 

「それはどうして?」

 

怒ってる、ってわけじゃないと思うけど、私でも少しドキッとしてしまうような声色で質問した彼。

普段は絶対に発さない声にウェーナーは、驚いたような怖がるような顔で見てる。

だけど。

 

「世界を、見て回りたいから」

 

僅かに上ずる声で、けれど、キチンと答えた。

 

「オークニスに行って雪を見た…。僕たちの住むこの地方じゃ見られない物が見れた。

僕は、それがすごく嬉しかったんだ。触ると冷たくてすぐに溶けちゃうのに、ギュッてすれば固まって氷みたいになる。そんなのが空から降ってくるなんで、思いもしなかった。

すごくドキドキしたんだ。ドキドキして、ワクワクして、とっても楽しかったんだ!

それで僕は思ったんだ…。

この世界には、もっといろんなものがあるんじゃないのかな?って。

僕はそれが見たい。見て、感じて、知って、触れたい!

だから、旅に出たいんだ!」

 

ウェーナーの悩み。

それは、誰もが一度は抱く夢、だった。

さっきまで不安がってた顔をしていたのに、話すうちに徐々に徐々に明るくなっていって、今じゃ、好奇心を抑えきれずに顔に出てる。

 

「楽しいだけじゃないよ?辛いこと、悲しいこと、痛いこと嫌なこと、きっとたくさんある。

それでもいいの?」

 

「うん。

…僕は、楽しい以外のことも知りたい。知らなきゃいけないんだと思う。それが多分、父さんの優しさで母さんの厳しさだから」

 

「もしかしたら死んじゃうかもしれない。それでも?」

 

「それでも。

僕は父さんと母さんみたいに世界を見て回りたいんだ。世界を見て回って、色んな人と出会って、別れて…。それで、僕は僕を知りたいんだ」

 

そう語るウェーナーの顔は、一人前の大人の顔をしていて。

ドルマゲスと戦う前日の、彼の顔にとても似ている。

…そっか。この子も、私たちが思う以上に大人になってたのね。

 

「…そっか。

わかった。それだけ意思が固いなら、お父さんもお母さんもウェーナーを止めはしないよ」

 

「ほ、ホントにいいの?」

 

ぽん、と、ウェーナーの頭に手を置いて、わしわし、と撫で始める彼。

撫でられてるウェーナーは顔を赤くして恥ずかしがってるけど、どこか嬉しそうだ。

 

「うん。もちろん。ゼシカも、いいよね?」

 

「えぇ。あれだけ意思を固めてるんだもの。ダメとは言えないわ。

ま、私たちの子だし、ダメって言ったところで行くでしょうけど」

 

聞かれるまでもないことを聞いてくる彼に頷いて答える。

今日までずっと一緒に暮らしてきたんだから、子育てのことで意見の違いが出るわけないわ。

…ま、口に出して確認するって意味では必要だけどね。

 

「あはは。確かに」

 

撫でる手を離して自分の首元に手を当てた彼は照れ笑いを浮かべる。

私は特にだけど、彼も一度決めたことはそうそう曲げない人。そんな二人の血が入ってるウェーナーが親に反対されたくらいで大人しくなるわけない。

ルイーサだって、まんま私だしね。

 

「よ、良かった…。

もし反対されたらどうしようかと思ってたんだ。父さんも母さんもルイーサも大好きだから、この家から出て行きたくなかったし…」

 

ほっ、と胸を撫で下ろしたウェーナーは力が抜けたのかその場に座り込んでしまう。

その際、とんでもないこと口にして、私と彼を凍りつかせる。

 

「…下手に反対しなくて良かったわね」

 

「うん。笑い事じゃなかったみたい」

 

お互いに顔を見合わせてため息をつく。

もしかして、私みたいにこれと決めたら突っ走るタイプなのかしら、ウェーナーって。

 

「あ!こんなところで座ってられないや!今のうちから準備しておかないと!!」

 

そんなことを考えていると座り込んでたはずのウェーナーが立ち上がって部屋から出て行こうとする。

…間違いないわね。この行動力は若い頃の私とそっっくりだわ。

むしろ、この歳からこれだけ活発な分、私より大変かもしれない。

 

「ちょっと待ちなさいウェーナー」

 

「なに!?母さん!」

 

足踏みしそうな勢いで立ってるウェーナーは私の方にキラキラと輝く顔を見せる。

 

「その代わりに、今まで以上にお勉強は厳しくするわよ?

いつから行くつもりかは知らないけど、親元から離れるんだからそれ相応の知識と力は身につけてもらわないと安心できないわ」

 

「わかった!おやすみー!」

 

びっくりするくらい軽ーい返事を返すと、駆け出すくらいの素早さで部屋を出ていった。

 

「…考えてたことよりもっっと厳しくしてあげようかしら」

 

ベッドに座ったまま、開けっぱなしにされたドアを見つめてこぼす。

私もあんな風になってたのかなって思うと、おかあさんに申し訳ない気持ちになってきた。

 

「あはは…。お手柔らかにね、ゼシカ」

 

部屋のドアを閉めて再びベッドに戻ってきた彼。ウェーナーが部屋に入って来る前のように、身体を寄せ合って壁に寄りかかる。

彼は私が怒るとどのくらい怖いかを知ってるから、その言葉は結構本気だ。

 

「どうしかしらね。あの子達の態度次第かなぁ〜。

ま、手始めに座学も実技も時間を倍にしましょうか」

 

「…そうだね。そのくらいなら丁度いいかも。

ウェーナーもルイーサも旅に出るなら、今のままじゃ少なすぎるもんね」

 

「えぇ。

メラミもロクに扱えないようじゃこの先大変な目に合うことは目に見えてるもの。

魔物は出なくても獣と怖い人はいるから」

 

思い出すのは初めてパルミドに訪れた時に起きた事件。

あの時はまだウマの姿だったミーティアを盗まれてしまって大変な目にあったもんね…。

二人には、あんな目にあって欲しくない。

 

「うん。本当にそう。

あ、そうだ。機会があればヤンガスとゲルダに[しのびばしり]を教えてもらえるように頼んでみよっか」

 

「いいわね、それ。きっと役に立つわ」

 

彼の名案に強く頷く。

旅の時もたくさんお世話になったあの特技なら、覚えていて損することは絶対ないわ。

流石は私の旦那様。冴えてるわ。

 

「っと。あなた、明日も早いのよね?そろそろ寝よっか」

 

「ん、もうそんな時間なんだ。それじゃあ…」

 

「…ん。

じゃ、おやすみ」

 

「うん、おやすみ」

 

デイン球の明かりを消し、その日一日をもっとステキな日にするための細やかな想いの交わりを終え、私たちは眠りについた。

…明日から始まるのは、漠然とした目的のお勉強じゃなくて、二人を送り出すために必要な事を教える日々。

それは、嬉しい反面、少し寂しくて。

ちょっとだけ、寝つきが悪くて。

彼と、もう少しだけ話をしてから眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





男子三日会わざれば刮目してみよ。なんてことわざがありますが、ウェーナーのように成長途中の子の場合、こっちが気がついてないだけで、確実に大人になってるんだろうなぁって思いながら書いたお話です。
もちろん、ルイーサもその例にもれない筈です。(男じゃないけど)

それではまた次回。
さよーならー。


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番外編 私と彼と未来への決意

今回はリクエストにあったお話です。
では、どーぞ。


初めはなんでもなかった。

いつものように起きて、いつものように起こして。いつものように彼を送り出す。

…うん。本当に、それだけ。

ほんのちょっとの違和感はあったけど、でも、それだけ。開いた窓の側に立ってたら風が吹いたような気がした。

そんな感じの、気にも留めないような小さな違和感があっただけ。

けど、それは全然小さなことじゃなかったの。

日に日に大きくなる違和感はいつの間にか目に見えるものになってて、気が付いたら、…自分の手元を離れてた。

 

 

最初は良かったの。

お腹が大きくなっていくことが本当に嬉しくて。彼と共有できることが心から幸せで。苛立ちなんて、ちっとも感じなかった。

…でも、ちょっとずつ変わっていった。

自分でも気がつかないうちにどんどんわがままになっていって、普段なら気にしないことに苛立ちを覚えて、彼に…辛く当たった。

キスしたくなるような寝顔に眉間を寄せた。

微笑んでたはずのドジに怒りを覚えた。

一緒にベッドに入る約束を破られて、怒鳴った。

お母さんには、仕方ないこと、って言われたけど、自分が許せなかった。

…だって彼は、こんなにわがままになった私を、嫌な顔一つしないで毎日支えてくれたんだもの。

起こすのが嫌だって言えば、次の日から自分で起きてくれて。

失敗とも言えない失敗をする度に文句を言ったら、同じ間違いをすることはなくなって。

二人の時間を減らしたくないって言ったら、仕事を休んでずっと家にいてくれた。

そうしてくれたことが嬉しくて。なのに、何もかもに苛立って。

私はとうとう、苛立ちを全部ぶちまけてしまった。

子供ですら言わないような自分勝手なことを彼にぶつけた。

ぶつけて、ぶつけてぶつけてぶつけて。なにもかもをぶつけきって。

それから私は彼に聞くことができた。

 

どうして何も言い返そうとしないの?

 

どうして私の側から離れてくれないの?

 

どうして文句も言わずにいてくれるの?

 

って。

怒鳴り疲れてヘトヘトで、頭もクラクラして、近くにあったソファに腰掛けて、そうなってから、本当に聞きたかった事を聞けた。

ホント、おかしくなってたのよね、私。

なのに、そんなにおかしくなってたのに、彼は側まで来て私を抱き締めてくれた。

 

『僕は、ゼシカのことが好きだから、大好きだから、何をされても平気だよ。きつく当たられても、怒鳴られても、全然平気。痛くも痒くも無い。

だけど、ゼシカが苦しそうにしてるのだけは我慢出来ないんだ。

怒りたくもないのに怒って、したくもないのに怒鳴って…。そんな風に自分で自分を傷つける姿を見たくないんだ。

だから僕は、君が楽になれるなら、どんなことだってする。どんなことだって受け止められる。

ゼシカと、この子のためなら、僕は全てを捧げられるんだ。

…それに、僕が一番幸せなのは、ゼシカの隣にいることだから。離れたりなんてできないよ』

 

…今思い返すとにやけちゃうような歯の浮いたセリフだけど…。

その時の私にとって、これ以上無い、言葉だった。

 

最初、呆気にとられてポカンとしてた。

何を言ってるのか分からなかったから。

だけど、次第に意味が理解できてきて。彼の、微笑んだ顔を見て。

それまで忘れちゃってた気持ちを、思い出した。

抱き締めてくれてた彼の手をわざと押し退けて、少しそっぽを向いて、すぐに向き直って、キスをした。

自分が変になってから初めてしたいと思ってした、キス。

 

それからは、もう平気だった。

いつも通り、寝顔に口付けをしてから彼を起こせるようになって。

小さな躓きを、冗談と一緒に指差しして言えるようになった。

…二人の時間は減らしたくなかったからちょっとの間甘えてたけど、でも、無理強いするほどじゃなくなった。

…本当に、良かった。

あの日、彼の言葉がなければ私たちはもっとどうにもならないくらい、大変なことになってたかもしれない。

そう思うと、今でも怖い。

多分、別れることはなかったとしても、今みたいに家族四人で仲良く暮らせてたとは思えない。そのくらい、大変な時期だった。

でも、そのおかげで私たちは今まで以上に強い絆で結ばれることができた。

 

 

そういう意味では、悪いばかりのことじゃなかったのかな?

なんて、全部終わった今だから言えるんだけどね。

 

そうそう、二人が生まれた時も大変だったわ。

こっちは一人のつもりだったのに、いざ産んでみたら、もう一人いるって言われたんだもの。驚かないはずないわ。

正直、産むのは大変だったけど、でも、その分嬉しかった。

産むのが辛くて泣いてたのか、嬉しくて泣いてたのか、分かんなくなるくらい大変だったけど、間違いなく嬉しかった。

 

 

それからの日々は、メタルスライムの逃げ足よりも速く進んでいったわ。

初めはタネくらいちっちゃかったのに、気がついたら歩けるほど大きくなってて、すぐに言葉を話せるようになった。

かと思えば、二人同時にとんでもない熱を出したから、彼とおかあさんとの三人で付きっ切りで看病して…

こっちは疲れてても、二人はお構い何し『遊んで、遊んで』なんて言うから、ついつい無理しちゃって、今度は私たちの方が体調を崩したりしてた。

頃合いかな?って思って始めたお勉強は好き嫌いが激しくてどうすればいいか凄く悩んだし、滅多に喧嘩しない二人が言い合いを始めちゃってどうやって止めればいいか彼と頭を抱えたわ。

 

本当、思い返せば濃過ぎる毎日だったのよね。

この七年間、辛い事も大変なこともあったけど、それ以上に嬉しいことや楽しいこと、何より、幸せなことがもっともっと沢山あった。

そしてきっと、これからももっともっと増えていくんだと思う。ううん、増えるわ。間違い無く、絶対にね。

だって、私と彼だけじゃ無くて、ウェーナーとルイーサがいるんだもの。それだけは断言できるわ。

…だから、私達はこの前決めたの。

 

二人を立派に育てる事。

必要の無い苦しみや悲しみを教えない事。

絶対に、二人を守り抜く事。

 

気が付いたら大きくなってるこの子達に、親の私たちが出来ることなんて多分、それだけ。

だから、私たちは私たちの決めたことを全力で護り通す。

その決意を忘れないために、ここに記しておくわ。

 

…こんなの、あの子達には恥ずかしかって見せられないわね。

 

 

 

 

「母さん、なにしてるの。日記?」

 

寝室のドアを開けて入ってきたのは、寝癖でボサついた頭の瞼をこするウェーナー。

…なるほど、日記っていうのは良いわね。書き続ければ決意を忘れることはないでしょうし、大人になった二人に出来る話も増えるわ。

 

「あら、起きたのね。そう、日記よ。

待ってて、すぐ朝ごはんにするから。あ、まだ起きてないようならルイーサも起こしてきて」

 

何気ないウェーナーの一言で、私の新しいことが決まる。

忘れないために記そうとしたこの想いは、今日の夜からは日々を書き留める大事な行為になる。

そう考えると、ちょっとめんどくさがりな私でも続けられそうね。

 

「うん、分かった!」

 

寝起きにも関わらず元気な返事は、日記を書いてて眠れてない私に元気をくれた。

…さて。今日も一日頑張りましょうか!

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 




結婚生活は妊娠した母親を如何にケア出来るかでその後の家族関係が左右される、なんて話を以前聞いたことがあります。
…果たして、主人公のとった行動は実用向きなのか…。自信はありませんが、ゼシカ的にはこれで良かったので問題ないです!(現実逃避)

ちなみに、時系列は四十四話の始まりよりも少し前からになってます。

それではまた次回。
さよーならー。


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第五十八話 私と彼と親友と


今回は久しぶりにあのお方が出ます。

では、どうぞ。


気品溢れるお淑やかな部屋。

ピアノがあって、壁掛けの絵があって、彩として添えられるお花で優しい印象を受けるここは、ミーティアの自室。

今ではもう正式に王女として公務に就いたミーティアは滅多に休みが取れないらしいのだけど、最近急な空きができたらしくて、私と彼はここに呼ばれたのだ。

 

「お久しぶりですわね。あれから、お変わりありませんか?」

 

旅をしている時より少しだけ胸が大きくなっただけで、それ以外はほとんど変わらないミーティアは、侍女に私たちの分の紅茶を淹れるよう促しながら口を開いた。

彼曰く、ミーティアは普段からかなり忙しいらしくてお城で勤めてる彼ですらほとんど顔を見ることがないそうだ。

 

「えぇ。ミーティアも元気そうで良かったわ。

この間はありがとね。うちの子のわがままに付き合ってくれて」

 

「いえいえ。お二人のお願いですもの。城の兵たちからは『良い刺激になった』と報告を受けていますわ。

それに、お二人のお子さんを見れたこと。とても嬉しく思っています。ウェーナー君はお元気ですか?」

 

「うん。

今日は娘のルイーサと一緒に友達の家に遊びに行ってるんだ。機会があれば、ルイーサにも会って欲しいな」

 

「まぁ!それはいいですわね!こちらこそお願い致します」

 

いつかの日のように両手を合わせ無邪気な笑顔を見せて喜んでくれるミーティア。

正式に公務に就いたとは言っても、やっぱり彼女は彼女みたいで変な話辛さとかは感じない。

 

「それにしても、大きなお部屋ね〜。

ミーティアって、ピアノ弾けるんだっけ」

 

「えぇ、もちろんですわ!

最近は忙しくてお稽古もあまり出来ませんでしたが…。それでもよければ引いてみましょうか?」

 

「あら、ホント?聞かせて欲しいわ」

 

「僕も久しぶりに聴きたいな」

 

「でしたら、少しお待ちを。

メリー?」

 

「…こちらはどうでしょうか」

 

呼びかけに応じた侍女のメリーはどこからか楽譜を取り出すと、ミーティアにそれを渡して反応を伺ってる。

…気のせいかしら。この子、どこかであった気がするけど…

 

「うん。これにしましょうか。

ありがとうメリー。貴女はいつも素晴らしいものを選んで下さいますね」

 

「いえ。姫様とはもう長いですから、このくらい当然です」

 

「ふふ、頼もしいですわ」

 

静かに立ち上がりミーティアはピアノの椅子へと座り直す。

持っていた楽譜を開いて立てかけ、軋み一つなく開けられる鍵盤の蓋。引かれていたバラ色の布を綺麗に折りたたんでメリーに渡すと、両手を膝の上に乗せて深呼吸をする。

 

「…それでは」

 

ポロン。

 

気高く品のあるけれど幼い、そんな音が響く。

しなやかに叩かれる鍵盤。勢いはないけれど、観ている人に勇気を与えてくれるような力強さを感じる伴奏。

これは、そう。まるで私たちの旅を題材として書き上げたみたいな曲。

始まりは穏やかながらも苦しみを感じて、少しずつ陰鬱としていく。けれど、そこに決して光がないわけじゃない。僅かな希望を信じて突き進み、やがて勝利を収めて平和を取り戻す。

そんな、悲しくも優しい温かな曲。

 

「…ふぅ。

いかがでしたか?思ったよりも上手に出来たと思うのですけれど…」

 

最後の音符を響かせ終え、額に浮かんだ汗を指先で拭いつつ私たちの方に向き直るミーティア。

感想はもちろん。

 

「最高だったわ!何があんまり稽古できてない、よ。謙遜しすぎだわ」

 

「うん。凄く良かった。最後に聞いた時よりも更に腕を上げたみたいだ」

 

私も彼も文句無しの満点。…ううん。百二十点って感じ!

できることなら毎日聴きたいくらい最高で、二人して思わず拍手をしてる。無表情だけれど、メリーもだ。

 

「ふふ、嬉しいですわ!実は今度、アスカンタ城にお呼ばれされてピアノを弾くことになっていましたから、そう言ってもらえると嬉しいです!」

 

「それなら問題ないわね。きっとパヴァン王も腰抜かすわよ?あんまり上手すぎて!」

 

「本当ですか!?うふふ。ゼシカにそう言ってもらえるととても自信が持てます!」

 

椅子から駆け出して私の手を握るミーティアは満面の笑みを見せる。

ホント、仲間とは言え、一国の王女様なのにこんなにフレンドリーで大丈夫なのかしら。心配だわ。

 

「姫様。余りお戯れをなさらないように。

…私はまだ燃やされたくありませんから」

 

それを少し離れた所から制するメリー。

当然といえば当然のことなんだけど…なんていうか、ケチよね。

 

「燃やす…?よくわからないけど、そうですわね。ごめんなさいゼシカ。まだクセが抜けてないみたいでして」

 

真面目なミーティアは、苦笑いしながら側を離れていく。とても、寂しそうな表情をして。

…だから、その手をちゃんと握ってあげる。

 

「ふふ、いいじゃない。私達は仲間で、親友なんだから。こんなの戯れにならないわ」

 

彼女を引き寄せて抱き合う形で身を寄せ合う。

…そう。あれだけの大冒険を一緒にして、同じ人を好きになって、今もこうして仲良くしてるんだもの。こんなの、なんてことない普通のことよ。

 

「ひ、姫様!」

 

ギュッ、っと抱きしめてメリーの方に視線を向ける。

…あら。無表情が売りなんじゃなかったのかしら。あの日もそうだったもんね?…モコ?

 

「…もう、ゼシカったら。メリーに怒られても知りませんよ?」

 

「大丈夫よ。優しいメリーならきっと許してくれるわ。

ね?」

 

微笑みながらメリーに視線を向ける。

…ええ、そう。ようやく気がついたわ。このメリーって侍女は、だいぶ前に私たちの家にいきなり上がり込んできた[モコ]と同一人物。

正直、あの時の真意はいまだにわからないけれど、今日ミーティアと話した感じだとあの日のモコ…メリーの行動は内緒だったっぽい。

なら、それを利用しない手は無いわよね?だって、ミーティアはあんなに寂しそうな顔をしていたんだもの。あのまま座らせてしまったら、今日がきっと楽しくない思い出になっちゃう。

 

「…はい。よくよく考えれば、ゼシカ様がミーティア姫様に危害を加えるなどあり得ません。

ですので、私が口出す必要はありませんでした」

 

私の視線に含まれた意味を受け取ったのか、メリーは少しだけ怯えたような顔をしてもう一度無表情になる。

 

「ふふ、そうそう。私がミーティアに何かするわけないわ。ただこうやって友達とハグしてるだけなら、何も問題ないはずよ」

 

「…そうですわよね!でもゼシカ?友達、じゃなくて、親友、でしょう?」

 

「うふふ、そう、そうよね!」

 

腕の中で微笑むミーティアが可愛くって思わず頬ずりをしてしまう。

それを少し恥ずかしそうに受け止めて、仕返しとばかりに腰に回ってる手に力を入れるミーティア。

…本当、気まずいからって関係を切らずにいて良かった。定期的に交わしてた手紙のおかげでミーティアがどんな子かもよく分かったし、私がどんな人なのかも伝えることができた。

おかげで、私は何物にも変えがたい友達が出来た。

 

「ねぇ、ミーティア?」

 

「はい?なんですか、ゼシカ」

 

「今度、一緒にショッピング、なんてどうかしら?この前、結構良いところを見つけたの」

 

「それは良いですわね!

メリー?今度はいつ休みが出来そう?」

 

私の思い付きにも嫌な顔しないで応えてくれたミーティアは、すぐにメリーに確認を取ってくれる。

相変わらず無表情に、手帳に目線を落とすメリーは可能性のある日を幾つか上げていく。

その中から最も休みになる確率の高い日をミーティアに教えると、一先ず、その日に出かけることにした。

 

「…ゼシカ?まだ、いられますわよね?私、最近少し辛いことがあって…。相談に乗って欲しいのですけれど…」

 

「えぇ、もちろん良いわ!」

 

すっかり蚊帳の外に置かれてしまった彼の事も忘れて、その日はミーティアの悩みを解決するために残りの時間を使った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





ということで、ゼシカの親友はミーティア姫でした。
紆余曲折を経て、手紙で連絡を取り取り合い、そうしたお陰でこの関係へと至りました。

ではまた次回。
さよーならー


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第五十九話 私と彼と戸惑いと


最近暑いですねぇ…
本当に暑い。気持ちの悪いくらい暑い。

では、どうぞ。


寝室の、ベッドの横に椅子を置いて座る。

普段は本なんかを置いてる小さな机には、今は冷たい水の入った桶と水差しとコップ。

 

「…ねぇ、大丈夫?」

 

「うん…。少し、顔が熱いけど、そのくらいかな」

 

「タオル、交換するわね」

 

彼の額に置いていてぬるくなった濡れタオルを桶の水に浸してもう一度冷たくする。

桶の水には氷が入ってるから手が凄く冷たいけど、そんなことに気を止めてる余裕はない。

 

「…ありがとう。気持ちいいよ」

 

「そう…。なら良かったわ」

 

努めて笑顔を作って彼を安心させようとする。

…あんまり、自信はないけどね。

普段、くしゃみの一つもしない彼が昨日の夜から急に体調を崩した。

理由は分からない。特に風邪を引きやすい格好で寝てた訳でもないし、最近の気候は安定して温暖だから季節のせいって訳でもなさそう。

考えても分からなかったから辛いと思うけど、昨晩、彼に心当たりを聞いてみた。

返ってきたのは、流行病かもしれない、ってこと。

トラペッタの辺りで最近流行り出した新種の風邪[ベスフルエンザ]。

スラフルエンザっていう普通のよりも厄介な風邪の上位種のようなもので、患うと大体一週間寝たきりになっちゃうらしい。

最近の回復魔法の発達は目覚ましくて、治療用の呪文は既に開発済みらしいんだけど、問題が一つある。

それは、間違ってスラフルエンザにその呪文を使と、余計に悪化してしまうということ。

だから、スラフルとベスフルの見分けがつく[発症から二十四時間後]までは、感染率の高さからも自宅療養が求められるの。

 

「…二人はヤンガスのところに預けたんだっけ」

 

「そうよ。お願いしたら二つ返事で返ってきたわ」

 

ボソリと呟く彼に頷く。

すると彼は、急に頬を緩めて。

 

「なら、二人きりだね。ゼシカ」

 

なんて、バカなことを言い出した。

 

「…あのねぇ。そんなこと言ってないで、早く治してよね?いつまでもあの子達を預けておくわけにはいかないんだから」

 

「あはは。そうだね」

 

彼のこういう楽観的なとこを見ると、本当は辛くないんじゃ?なんて思っちゃうけど、これも彼なりの優しさなんだなって事が一緒に暮らしてから分かるようになった。

本当は、軽口の一つも返したいけど、ちょっとそんな余裕はない。以前私の引いた夏風邪とは違って、彼の患ってるかもしれない病は死んでしまう可能性が他に比べて高いもの。看病してる私は異変が起きてもすぐに対応できるようにしておかないといけない。

…軽口の一つくらい、なんて思っちゃうけど、そのせいでもしもが起きたら悔やみきれないもの。

 

「全く…。

…早く二人きりの時間を楽しめるように、頑張ってよ?」

 

…とは言っても、素っ気なく返すだけじゃ彼だって寂しくて症状が悪化しちゃうかもしれないもんね。こっちが気を抜かないようにすれば、このくらいなら大丈夫。

…よね?

 

「うん、凄く頑張る」

 

少しの不安は、彼の微笑みで綺麗に無くなる。

 

「ん、お願いね」

 

そう返して彼の頭を撫で、時間を確認する。

そっか、もうちょっとでお昼なのね。

 

「あなた、食欲はどう?食べたいものがあればすぐに作ってくるけど」

 

「うーん…。今は、いいかな。お腹は空いてるけど、あんまり食欲ないんだ」

 

彼は申し訳なさそうな顔をして答える。

…一緒にご飯を食べられないからって、気を遣わなくてもいいのに。

 

「わかったわ。それなら、桶の水とか交換してきちゃうから少し待ってて」

 

ふと思い出して移した視線に映すのはすっかり氷の溶けてしまった桶の水。汲んできてからあまり飲めてない水差しの水もそれなりに時間が経ってるし、交換するのには丁度いい頃合いね。

それに、あんまり同じ部屋にいると感染しやすいし、一度外の空気を吸いたいのもある。

同じ部屋にずっといたいって気持ちはあるけど、私まで発症しちゃったら大変だしね。

 

「うん、わかった。

それなら、お昼も食べてきたらどうかな?僕も少し眠いから、丁度いいかも」

 

「…そうね。ならついでに、水を汲んでくる間に換気もしちゃいましょ」

 

「だね。お願い」

 

小さく頷いた彼を確認してから窓を全開にしてカーテンを開ける。

ここ最近の例に漏れず、今日も外はスッキリと晴れていて乾いた風が気持ちいい。すっかりどんよりしてた空気が一気に洗い流されてく感じがするわ。

 

「っと。待ってて、すぐに交換してきちゃうわ」

 

「いってらっしゃい。

焦り過ぎてこけないでね?」

 

「ふふ、そんなに私はドジじゃないからだいじょーぶ」

 

部屋の空気を入れ替えたせいか、ちょっとだけ元気を取り戻した彼の言葉に笑って答えて、桶と水差しの載ったお盆を手に部屋を後にした。

 

 

 

それから少しして、中身を入れ替えた水差しと桶を運ぶと、彼は夢に落ちていた。

一応置いておいたコップの中身は無くなっていたからそれに新しい水を注いで、額の濡れタオルを氷水に浸す。

あまり意味は無いけど、三十分くらい席を外すし普通より多めに冷やすためだ。

その間に彼の額に私の額を合わせて熱の具合を確認する。

さっきまでタオルが乗ってたしちょっと長めに確認をしてみると、ベッドに入り始めた頃よりも熱が下がってるっぽいことがわかった。

もしかしたら、スラフルでもベスフルでも無くて、ただの風邪って可能性もあるわね。それならいいんだけど…

額を離してタオルを絞り、もう一度彼の額の上に載せる。

その後、頬に軽く唇を当ててから窓とカーテンを閉め、昼食を取るために一階へ降りる事にした。

 

 

 

 

一時間後、買ってきたスラフルやベスフルの時でも食べやすいって評判の栄養食を手に二階の部屋へと戻る。

ベッドの上で眠るのは、寝返りをしたせいでタオルが落ちちゃってる彼。

結構思いっきり寝返りを打ってるし、患ってたとしても軽度で済んでるのかな?

そう思って彼の額に私の額を当てて熱を測ると、すっかり人肌まで落ち着いていた。

 

「…はぁ。良かったー。ただの風邪だったのね。大したことなくて良かったわ」

 

思ってたよりも早い回復に胸を撫で下ろして椅子に座る。

私が夏風邪をこじらせた時は次の日のお昼くらいまでずっと調子が悪かったけど、彼がそうならずに済んで本当に良かった。

 

「後は、彼がぶり返さないようにしっかり看病しないとね」

 

一度抜けた緊張を再び張り直して自分に気合いを入れる。

取り敢えず、彼の夕飯は買ってきたのがあるし大丈夫ね。問題はお風呂だけど…。今日は念の為にタオルで拭くくらいがいいかしら?

…確か、風邪を引いた時に湯船に浸かると悪化するって聞いたことがあるし、その方がいいわね。

 

「なら、丁度いい大きさのバスタオルを用意しないとダメね。前にそんなのを買った気がするし、今のうちに探しておかないと」

 

言いながら立ち上がって部屋を出る。

その時に、ふと思い出して彼の方を見つめる。

 

「(すぐ、戻るからね)」

 

そう小さく呟いて、少しだけ反応を待ってみる。

 

「…なんてね。覚えてるわけないか」

 

指先で頬をかきつつ苦笑いをこぼす。

って言うか、そもそも聞こえてたかすら怪しいのに、覚えてるも何も無いわよね。

そう頭ではわかってても少しだけ寂しい気持ちになってしまう。

…いけないわ。ショックを受けるのは後。今はタオルの用意が先だわ。

軽く頭を振ってさっきまでの考えを振り落として、手にかけたままだったドアを閉めかけたその時だった。

 

「(うん、待ってる)」

 

本当に小さく、そう聞こえた。

振り向いて確認しようにも、ドアはとっくに閉まってるから見えるのは加工された木の扉だけ。

…でも。

 

「なによ、聞こえてたなら返事くらい返してくれても良かったじゃない」

 

思わずにやけちゃう口を押さえながら、脱衣所に足早に向かった。

…途中、転びそうになったのは、多分一生彼には言えないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 





えぇ、ゼシカに看病してもらいたい。その一心で書いたお話です。
ライバルズでナースコスゼシカでるんじゃないかと思っています。
…出ますよね?


ではまた次回。
さよーならー


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第六十話 私と彼と知らない事と


次回の続きと言えば続きです。
もちろん、続けじゃないと言えば続きじゃないです。

では、どうぞ。


「この間は急にお願いしちゃってごめんなさい。

お陰で、すごく助かったわ」

 

「なぁに、良いってことさ。また何かあったらすぐに言うんだよ?アタシらに出来ることならなんでもするからさ」

 

晴れた日の昼下がり。私の家のソファに座りコーヒーを飲むのは、よきママ友でもあるゲルダさん。

彼がタチの悪い風邪を引いてしまい、ウェーナーとルイーサに感染らないように二日ほど預かってもらってから半月ほど経った今日、たまにはゆっくり話そう、ということでやってきた。

私としてもお礼が言いたかったし、子供達もヨウイさんの家に遊びに行ってて暇だったしで二つ返事を返した。

 

「そう言ってもらえると助かるわ。

もちろん、そっちに何かあったら私たちも力になるから、教えてね?」

 

「あぁ、その時は頼むよ」

 

お互いに薄く笑って手元にあるカップを口元に運ぶ。

 

「…このコーヒーって飲み物、最初は苦くてダメだったけど、慣れると結構美味しいわね。

旅してる時には飲んだ覚えが無いけど、どこで手に入れたの?」

 

カップをお皿の上に戻してテーブルに置きつつ、気になっていたことを聞いてみる。

今飲んでいるのは黒色をした[コーヒー]と呼ばれる飲み物。さっきも言ったように、旅の途中では耳にしたことがない物をゲルダさんが手土産として持ってきてくれたの。

なんでも、豆を挽いてろ紙に載せ、その上からお湯又は水を適量注ぎ、カップに注ぐのだとか。

用意してくれたのがゲルダさんだから詳しいことはよくわかってない。

初めは苦くてとても飲めたものじゃなかったけど、二〜三杯目くらいから徐々に苦味以外の味を感じられるようになり、今では香りを楽しむ余裕まで出てきた。

 

「お、気に入ってくれたかい?

実はね、それの元になる豆はアタシらが栽培してるのさ」

 

「…え?」

 

嬉しそうにそう口にしたゲルダさんは、混乱する私をよそに再びコーヒーを啜り得意げに微笑む。

 

「嘘だと思うだろ?けど、これが本当なんだ。

アイツと一緒に盗みに行った屋敷の庭で偶然これの豆を見つけたんだけど、中にお湯が入ってる水筒に落ちちゃってさ、仕方ないからとりあえず家に持って帰って桶にあけてみたんだ。そしたら、結構良い匂いがするもんだから思わず舐めてみてビックリ!結構美味かったんだよ!

それで、どうしたらもっと美味しくなるかを研究してたらコーヒーができたってわけだ。

ホント、幸運だったよ。おかげで今じゃアタシらの店で一番の売れ筋だ」

 

よっぽどコーヒーの豆を見つけられたのが嬉しかったのか、早口気味に経緯を教えてくれるゲルダさん。

私としては、例えいい匂いがしたとしても得体の知れないモノを舐めてみたいとは思わないけど、結果としていい方向に働いたみたい。

…やっぱり、ヤンガスの奥さんなだけあってワイルドだわ。

 

「へー。って事は、ゲルダさんたちのお店に行けば買えるのね?いくらくらいなの?」

 

「そうだねぇ…

今はまだ数が少ないからちょっと高めだけど、ゼシカたちになら現状の最終的な価格で売ってあげられるよ。

二百グラムで二千五百ゴールド。一回に使う粉末の量が十〜十五…仮に十五グラムとすると一杯は大体百七十ゴールドくらいだね」

 

「ま、まぁまぁするわね…」

 

まだ飲みかけのコーヒーに眼を落とし、苦笑いがこぼれる。

それまでに私が飲んだのは四杯…。つまり、六百八十ゴールド分だ。

…結構な出費ね。

 

「いや、そうでもないさ。

アタシらが普段飲んでる紅茶だって、良いものは二百グラムで四千ゴールドとかするからね。コーヒー豆が更に上手いこと栽培できて、粉末にするのをより効率的に出来るようになったらもうちょっと安くできると思うよ」

 

新しくコーヒーを注ぎつつ設定理由を教えてくれるゲルダさん。

確かに、言われてみれば紅茶や緑茶も値段はピンキリ。二つはそれなりに流通してて、種類も豊富だから値段もバラけるわけだけど、コーヒーに関してはゲルダさんの言うようにまだ数が少ないから、高価なものになってしまうのは当然だ。

そう考えれば、今の価格設定も納得できる。

 

「なるほど。たまの小さな贅沢って感じなら、全然良いわね。

決めた。今度買いに行くわ」

 

「了解。飛び切り上質なのを用意しておくから、楽しみにしてな」

 

「えぇ、わかった。

あ、そうそう。うちの子、コーヒー豆とかにイタズラとかしなかったかしら?大丈夫だとは思うんだけど…」

 

ふと気がついたことをゲルダさんに尋ねてみる。

今までの話し方だと多分自営業をしてるんだと思うんだけど、そうなるとウェーナーとルイーサを預けたことで何か迷惑をかけたんじゃないかと思ってしまう。

贔屓目を抜きにしても、二人とも落ち着いてるから余計なことはしないと分かっててもそれはそれ。何かわからずに粉末状のコーヒー豆を見つけたらゴミだと思って捨てないとは言い切れない。

 

「いや、むしろその逆さね」

 

そんな私の不安をよそにゲルダさんは嬉しそうに微笑む。

 

「どういうこと?」

 

「いやね、言い辛い事に、あの二人にはちょっと仕事を手伝ってもらったのさ。

ああもちろん、迷惑なんてこれっぽっちも被ってないから安心しなよ。それどころか、手際が良くて従業員として雇いたかったくらいだ」

 

「ほ、ホントに?」

 

「本当さ。

その日に受付を担当するはずだった奴が急に来れなくなっちまってね。旦那とうちの子は力仕事やら包装やらがあって手伝えない。しょうがないからアタシ一人で回してたんだけど、昼前辺りとんでもなく混み始めて、一人じゃどうにもならなかったんだ。

そうしたら、ウェーナーだったかルイーサだったかが、『何か出来ることは?』って言ってくれたから、ついつい甘えちまってね…

すまない!黙ってて悪かった」

 

ゲルダさんが預けた日のことを思い出しながら話すと、急に両手を合わせて謝られる。

突然のことに驚いたけど「気にしなくて良いわ」と返すと、申し訳なさそうな顔をしながらソファに座りなおした。

 

「二人が言い出したことだし、ゲルダさんが謝ることないわ。むしろ、それで迷惑をかけたかもしれないんだから、謝るのはこっちの方よ。無理にでもやらせてって言ってたら、ごめんなさい。

それで、本当になにもしなかった?他のなら良いってわけじゃないけど、貴重なコーヒーの粉をこぼしたりとかしたら、とんでもないし」

 

「それは大丈夫。

包装自体しっかりしてるから多少手荒に扱っても滅多にこぼれないようにしてるし、仮にこぼれたとしたら、それは包装をした奴に問題がある。

それに、二人に手伝ってもらったのは販売の受付の時にお金を預かる役と、補充されてきた商品を棚に並べることだったから、失敗してもそんなに被害があるわけじゃなかった。

…まぁ、ゼシカが心配するようなことはなにも起きなかったってことさ」

「そう?なら、良いんだけど」

 

「あぁ。

言葉遣いはよかったし、言ったことをちゃんと守ってくれた。接客なんて、アタシよりも丁寧だったよ?

ホント、立派なもんだよ。うちの子たちにも良い刺激になったんじゃないかな。最近は文句言いながら手伝ってたし」

 

ゲルダさんは両腕を組んで感心したように頷く。

彼女は気を遣える人だけど、嘘はつかないから、全部本当のことだと思う。

だから、うん。

ちょっとさみしい。

 

「最近、子供の成長を目の当たりにすることが多くて驚くことばかりだわ。

まさかそんな風にあの子達ができるなんて思いもしなかった。

早いわね、本当に」

 

思わず漏れた想いに、ゲルダさんが頷く。

 

「全くだよ。アイツら、気がついたら出来なかったことが出来るようになってるんだ。

アタシや旦那としてはもう少し頼って欲しいけど、アイツらは多分自分でやりたいんだろうね。だから成長も早い。

もうちょっと、ゆっくりでもいいと思うんだけどねぇ」

 

「あはは。すごく良くわかるわ。

うれしいけど寂しい…。手を握ってると思ってたら、いつの間にか手を握られてた。なんてことにすぐなるかもね」

 

「オイオイ、アタシはともかくあんたらにはまだそんな心配いらないだろ?気にし過ぎだよ」

 

どこかムッとした表情でそう答えるゲルダさん。

…確か、ヤンガスと同じくらいの年だったから、彼女は今はもう四十…

いけないわ。これ以上の詮索はよしましょう。

 

「ま、まぁなんにせよ、子供の成長は嬉しいわよね。

そうだ!もし、迷惑じゃなかったら、時々手伝いとかさせてもらっても大丈夫かしら?あの子達、そのうち旅に出たいって言ってたから、その資金集めや、私たちじゃ教えられないことを教えてほしいの」

 

「あぁ。そういうことなら任せなよ。人手はいくらあっても良いんだ。余裕のある日を教えてくれれば、入って欲しい日を連絡するよ」

 

危なげな話題から話を避け、思い付いたことを聞いてみると、快諾してもらえた。

これなら、前に彼と話してた[しのびばしり]を教えてもらいやすくなるでしょうし、お金の事も知ることができる。

 

「もちろん、悪い事をしたら叱ってもらって構わないわ。

私たちじゃどうしても甘くなっちゃうから、目一杯怒って欲しいの。それがあの子達のためにもなるでしょうし」

 

「了解。

ま、預かる間はアタシらの子供たちと同じように扱うさ」

 

「うん、それでお願い」

 

「賃金に関しては、まぁ、追々決めるとして、やらせる仕事はこっちで決めちゃって良いかい?

多分、この前と同じように受付と補充になると思うけど」

 

「えぇ、そっちのやりやすいので大丈夫。

危ない事じゃなければ、任せるわ」

 

子供達を預ける際どうするのかを簡単に決め終えると、ふと外の陽射しに目が眩む。

時計を見ると時間は既に十六時を示していて、解散するには丁度いい頃合いだった。

 

「さてと、そろそろ家に帰って夕飯作らないとね。

旦那は良いけど、子供たちが騒ぐんだよ」

 

「あら、前はヤンガスに作らせてたのにどういう心境の変化?」

 

聞き捨てならない言葉に食いつくと、ゲルダさんは[しまった]みたいな顔をして焦り気味にソファから立ち上がる。

 

「…今日は世話になったね。また今度、暇な日があれば集まろう」

 

「えぇそうね。

その時は、手料理でも振る舞ってもらおうかしら」

 

気を抜いたらニヤケちゃいそうになる顔をどうにか堪えて、見送るのに立ち上がる。

…ふふ、ようやく弱味を握れたわ。今まで散々言ってくれた分、お返ししなきゃね。

 

「バカなこと言ってないで、どうやったら旦那との時間を増やせるか考えてたらどうだい。アタシと違って、一緒に居られるわけじゃないんだからさ」

 

「よ、余計なお世話よ!」

 

「その余計なお世話がなきゃ、未だに勇者様と仲良く旅してたかもしれないんだから感謝しなよ」

 

「う…

…否定は、しないわ」

 

お互いに一歩も譲らない舌戦を繰り広げつつ、着いた玄関。

ドアを開けると、気持ちのいい風と柔らかな夕陽が私達を包む。

 

「んじゃね。連絡待ってるよ」

 

「ええ、帰り道気をつけてね」

 

そう言って手を振り、ゲルダさんは弧を描いて自宅へと帰っていく。

 

「さーてと、私も準備しなきゃね」

 

独り言を呟いて台所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 





話しの続きと言うのは、時系列的に[直ぐあと]だけでなく[間を置いたけど継続している後]でも通用するのか。人のの認知によって変わる事っぽいですよね。
…なんか、バカっぽい疑問だなぁ(渾身の自虐ネタ)

それではまた次回。
さよーならー


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第六十一話 私と彼と準備と


それでは、どうぞ。


快晴の下、飾り気がないのにどこかオシャレなタイルの上を楽しげに鳴らして歩く二つの影。

右がウェーナーで、左がルイーサ。

その少し後ろを歩くのは、私と彼。

ここは、すっかりお決まりの買い物先となったサザンビーク城下町のバザー。

私たちが旅をしている時に開催したバザーの後、出店者達が『まだ閉めたくない』とかなんとか言って、長期的な[なんちゃって]バザーが始まったのだ。

流石に本来のバザーほどの活気はないけど、それでも、普段の買い物やちょっとしたショッピングくらいなら充分以上に揃えることができる。

だから、ご飯の献立がマンネリ化した時とか、珍しい小物や服が欲しくなった時とかによく訪れる。

そんなバザーに今日訪れたのは献立や小物に困ったからでも、新しい服や日用雑貨が欲しくなったからでもない。

 

「ねぇ、父さん!今日は休んでくれてありがとね!」

 

「お母さんだけじゃ不安だったし、嬉しい!」

 

立ち止まって振り返り、改めて彼にお礼を言う二人。

本当は今日、彼は仕事だったんだけど、『二人の大切な買い物をそろそろしたい』って言ったら、一週間前から休暇申請を出してくれて、おかげで丁度いい頃合いに買い物に行くことができた。

…ついさっきのルイーサの発言については私から反論出来ないわ。

確かに世界中を旅したおかげで色んな武器や防具を知ることが出来たけど、基本は彼に勧められた物を装備していたから、詳しい性能のことを聞かれると『多分』とか『大体』って言い方になっちゃう。

 

「ダメじゃないかルイーサ、そんな言い方したら。お母さんだって、二人のことを思って色んな装備を提案してくれたんだよ?」

 

「もー!子供扱いしないでよー!」

 

ルイーサの頭の上に手を乗せて優しく叱る彼。

そろそろ大人の扱いをしてほしい時期の彼女は、そんな子供っぽい叱り方に不満を感じて両手で拳を作って気を付けの姿勢をとる。

 

「はいはい。わかりました、お姫様」

 

そう、やっぱり小さな子をあやすように言うと。

 

「むぅー!そういうのがヤなのー!」

 

両手を縦にフンフンと上げたり下ろしたりして抗議する。

以前までなら通用したご機嫌の取り方も今のルイーサは満足してくれないみたい。

 

「ごめんごめん。

お詫びに後で肩車してあげるから、許して」

 

「それなら許してあげる!」

 

なんて言ってても、やっぱり単純みたい。

もうひとゴネすれば抱っこくらいはしてもらえたのに、あそこで諦めちゃうようじゃまだまだ子供だわ。

 

「あ!父さん、母さん、もしかしてあそこ!?」

 

それまで楽しげに歩いてただけのウェーナーが大きな声を出して指を指す。その先にあるのは、鉄のよろいやまほうの法衣を飾っている屋台があった。

いつの間にか一つ目のお店に着きそうだったんだ。

なら、もう必要な事を話し始めてもいいわね。

 

「さてと、二人は欲しい物の候補は決めてるの?ここだと、安い物からそれなりに高価な物まであるし、大体は揃ってるはずだから、とりあえず言ってみて。

買うかどうかはそれから決めるわ」

 

そう言うと二人は、彼の肩掛けカバンの子供用から四つ折りにされた紙を二枚ずつ取り出し、私と彼にそれぞれを手渡す。

彼と顔を見合わせて二人の準備の良さに少し驚きつつ、中身に目を通す。

えぇっと、なになに?

 

「ルイーサの欲しいのが、みかわしの服か賢者のローブ…?それに、バスターウイップとキトンシールド…」

 

「こっちは、ドラゴンメイルかシルバーメイル。それにドラゴンシールドとドラゴンキラー…」

 

隣で読み上げる彼の声が少しずつ落ち込んでいく。

…もちろん、私の声もだ。

ウェーナーもルイーサも、いつの間にこんな余分な知識を得てたのかしら…

 

「…ダメ」

 

「かな…?」

 

キラキラと悲しげに目を輝かせて私達を見る二人。

その問いに対する答えは。

 

「無理!そんな高価な装備を揃える必要性もなければ、お金の余裕もないわ!」

 

当然NOだ。

 

「えー!」

 

「ケチー!」

 

「あのねぇ!?」

 

ルイーサだけならいざ知らず、ウェーナーまでも口を尖らせて不満を露わにする。

この子達、自分で選んだ装備が総額でいくらかかるか分かってるのかしら。そもそも、錬金釜じゃないと作れないのだってあるし!!

 

「ゼ、ゼシカの言う通り、ちょっと無理かな…。

キトンシールドとドラゴンキラーなら確か旅の時に使ってたのが残ってたと思うけど、それ以外のは買わないとないかな…。

今は魔物が出るわけじゃないし、最低限の装備で大丈夫だと思うよ…?」

 

今にも卒倒するんじゃないかって雰囲気の彼が優しく諭すと、二人はそれとなく顔を見合わせると、再び私たちに向き直り。

 

「じゃあ、それで我慢する」

 

「父さんの言う通り、強いのを待ってても使わなかったら意味ないもんね!」

 

満面の笑みで頷いた。

…ま、まさか。

 

「…お父さんとお母さんのこと、騙したわね?」

 

ジトりと、粘り気のある視線を向けて二人を観察する。

 

「そ、そんなことないよー?」

 

盛大に目をそらして冷や汗を流すウェーナーと。

 

「ほ、ほしいのが全部貰えなくてざんねーん…!」

 

私の視線を遮るために後ろを向くルイーサ。

これは間違い無いわね。

この二人は、多分どこかで家の倉庫の中を見た。その時に、どうしても欲しいと思う装備を見つけて、貰えそうなチャンスを待った。

で、今日がそのチャンスの日。ここぞとばかりに用意したフェイクの欲しい装備品と一緒に提示して、[この中なら、まぁこれくらいなら…]と言う状況を作り、目当ての物を手に入れようとしたわけだ。

つまり、私達を謀って欲しいものを手に入れようとした。

確かに賢いやり方ではあるけど、こんな手段を覚えさせたら人から信用されなくなってしまう。

 

「はぁ…全く。なんでこう悪知恵を働かせるのかしらね。

いつもなら別だけど、今回みたいな場合なら別よ。流石に無条件で上げるわけにはいかないけど、ちゃんと理由を教えてくれればプレゼントしたのに。

…でーも。

あなた達二人がそんな悪い子なら話は変わるわ。あなた?この子達に旅の装備を買ってあげるの、やめましょ」

 

「「えぇ〜!?」」

 

この世の終わり、みたいな顔をして落ち込むウェーナーとルイーサ。

そんな二人を見て、彼とアイコンタクトを取る。

 

「そうだね。二人がお父さん達を騙そうとしてたなんて知ったら、とてもプレゼントする気にはならないかな。

お母さん、今日はもう帰ろうか」

 

「そうね。本当はお昼も外で済ませようと思ってたけど、それもやめね」

 

「「そ、そんな!」」

 

彼と一緒に二人に背を向けて入口の門の方までゆっくり歩いていく。

背中に感じるのは[行かないで]という、切実な思い。

 

「(もう一押し必要かしら)」

 

「(うーん、もう少し様子を見てみよう)」

 

彼にしか聞こえない声で話しつつ、後方をチラッと確認する。

見えるのは、お互いに顔を見合わせる今にも泣きそうなウェーナーとルイーサ。

 

「あ、そうだ。あなた?」

 

「ん?どうしたの?」

 

わざとらしく大きな声で彼を呼び止める。

別に何か用があって彼を呼んだわけじゃない。後ろで立ち止まったままの二人を観察するためだ。

彼も私の意図に気がついてくれたみたいで、すぐに益体のない話に付き合ってくれた。

そうやって少しの間会話をして、二人をもう一度チラリと見る。

見えるのは、ルイーサに何かを話すウェーナー。

距離があるのと、あっちもヒソヒソと話しているから声は殆ど聞こえないけど、雰囲気から察するにどうやって謝ろうかと話し合ってるみたい。

 

「(私たちももう少しここで話しましょうか)」

 

薄く微笑んで頷いた彼に、今日のお昼の話をし始める。

何を食べたいか、とか、どのくらい食べたいか、とかそんな話をしていると、程なくしてウェーナーとルイーサが小走り気味に寄ってきた。

 

「あ、あの…」

 

「お父さん、お母さん…」

 

私たちは会話をすぐにやめて二人に向き直る。

ウェーナーもルイーサも半ベソをかきながらどうにか言葉を繋いでいて、次に何かを口にすれば涙が溢れてしまうのは見ていてわかった。

けど、私も彼も返事を返すだけでそれ以上は何も言わない。

僅かな間の後、ウェーナーとルイーサはお互いに顔を見合わせると。

 

「「ごめんなさい!!」」

 

目一杯頭を下げて、謝った。

 

「父さんと母さんを騙すようなことをしてごめんなさい!」

 

「私たち、あの装備がどうしても欲しかったの!でも、こんなに怒るなんて思わなくて…その、ごめんなさい。もうしません!」

 

すすり泣きながらキチンと理由を説明してくれる二人。

私は、彼と頷きあってから、二人の子供の頭に手を回す。

それから、ウェーナーと、ルイーサの顔をそれぞれ見つめて、抱きしめた。

 

「よく謝れたわね。偉いわ、二人とも。

そ。人を騙してでも欲しいって気持ちはわかるけど、本当にしたらダメ。最初はいいかもしれないけど、その内誰からも相手にされなくなっちゃうわ。そうなったら嫌でしょう?

だからお母さんとお父さんは怒ったの」

 

そう言って、泣きじゃくる二人の頭を撫でてあげた。

 

「うんうん。大丈夫、大丈夫よ」

 

 

 

 

一通り泣き終えると、小さく嗚咽をこぼす二人が口を開く。

 

「もう、怒ってない?」

 

「えぇ、怒ってないわ」

 

「父さんも?」

 

「うん。父さんも」

 

私たちの気持ちを知ると、次第に顔が明るくなっていった。

すっかり鼻をすする音も聞こえなくなって、二人が完全に泣き止んだことを確認して立ちあがる。

 

「さて!それじゃあ防具屋さんに行くわよ!」

 

「「え!?」」

 

「どうしたのよ。今日は元々そのつもりで来たんでしょ?」

 

「で、でも…」

 

「私たち悪いことしちゃったし…」

 

「何言ってるのよ。ちゃんと自分達が悪かったってこと、分かったんでしょ?それに、もうしないって反省もしたんだし、何も問題ないじゃない。

ね、あなた?」

 

「うん。

でも、次は無いからね?忘れないように」

 

言い終えて、私がルイーサの手を。彼がウェーナーの手を握る。

それから防具屋さんの方まで引っ張り気味に歩いていくと、困惑してた二人の顔に笑顔が現れてくる。

 

「ねぇ父さん!僕ね、本当はたびびとの服が欲しかったんだ!」

 

「私、皮のドレス!」

 

「それなら大丈夫。お父さんとお母さんに任せて」

 

「あ!それとドラゴンキラー!」

 

「キトンシールド!!」

 

「…それは、今後のあなた達次第ね。良い子に出来たら、考えてあげるわ」

 

「「やったーー!!」

 

私はルイーサと。彼はウェーナーと。そして、ルイーサはウェーナーと。手を繋いで陽気に歩く。

訪れる別れの日を、意識の外に追い出すように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 

 





ゼシカにバブみを感じておぎゃりたい最高に尊い。
こんなはるか古の言葉がこれほど適合するキャラクターがいるでしょうかいないでしょういません(確信)

それではまた次回。最終回でお会いしましょう。
さよーならー


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第六十二話・最終話 空と海と大地と祝われし未来

最終回です。
とうぞ。


閉め忘れたカーテンから、薄っすらとボヤけた碧が瞳に柔らかく映る。

目で捉えている筈なのに見えていないような、そんなあやふやな碧空。無理に表現するなら、浮いてるって感じ。

彼と半分してかけてる薄手の毛布を自分の分だけ剥がして、床に足裏がつくようにベッドに座る。

シバつくまぶたをパチパチと動かして、どうにか意識をはっきりさせる。

昨日の夜は結局眠れなかった。

遅くまで準備の手伝いをしていたからっていうのもあったけど、それでも二十三時を過ぎる頃には用意は万端にすんでた。

眠れなかったのは、私が心配性過ぎたから。

昨日の準備だって、私があーだこーだ言っちゃったから長引いたようなもの。ルイーサだけじゃなくて、いつもなら頷いて話を聞いてくれるウェーナーすら途中から嫌な顔をしてた。

けど、仕方ないじゃない。

だって、あの子達は今日、旅に出るんだもの。

二ヶ月前にした旅装品の買い物…つまりはたびびとの服とか皮のドレスとかを買いに行った時の事。

買い物に行く理由こそ[旅の用意]だったけど、まさか一年も待たずに行きたいと言い出すとは思わなかった。

もちろん、私も彼も止めたわ。

『もっと準備してからの方がいい』とか、『まだ早いわ』とか色々。

でも、どれも二人の心を動かすには足らなかったみたい。

ウェーナーもルイーサも頑として首を縦に振らなかった。

 

『八歳になったら旅に出るって決めてた』

 

それが二人の言い分だった。

まるで一年も前から決めてたみたいな言い方だったけど、世界を見て回りたいと言い出したのなんてここ半年くらいなもの。

 

『本当はすぐに行きたかったけど我慢してたの』

 

『お願いだから行かせて』

 

初めてされる本気のお願い。

私も彼も言葉に詰まった。

以前、旅に出ることを許した手前頭ごなしに否定することもできず、かと言ってこんなに小さな子供を世の中には送り出したくない。

それでも二人は、私たちの葛藤をよそに言い寄ってくる。

 

『なんで?』『どうして?』「お勉強頑張ったのに』『呪文だって特技だって沢山覚えたのに』

 

間髪入れずに耳に届く二人の疑問。

こっちも考え詰めちゃってたせいで、普段ならちょっと叱るだけで済ますのに、その時ばかりはイライラが募っていった。

疑問に一つずつ答えていって納得してくれるのを待ったけど、ダメだった。

ああ言えばこう言って、こう言えばそう言って。

それでも全然やめてくれないから、私たちも限界だった。

何度目かの質問に、とうとう私は怒鳴り声を上げそうになる。

…そう、[なる]だった。

怒ったのは、私じゃなくて、彼。

 

『どうしてそんなにわがままを言うんだ!ダメって言ってるんじゃない、せめてもう二年、ううん、あと一年でもいい、もう少し待って欲しいだけなんだ!』

 

私と暮らすようになってから初めて聞いた、彼の怒声。

いつもなら少し強く言うだけだったはずのお父さんの姿に、二人は放心状態になってた。

当然、私も。

少しの沈黙ーー時間さえ感じられなかったから空白って言った方がいいかもねーーの後、ハッと我に返った彼は近くにあった椅子に座りなおすと、じわじわと目尻に涙を溜めていく二人に向かって努めて作った優しい口調で話し始めた。

 

『怒鳴ったりしてごめんね。

…けど、旅をするのは楽しいことばかりじゃないんだ。

むしろ楽しいことよりも辛い事、悲しい事、嫌な事の方が多い。

僕もゼシカも旅をした日々を後悔したことは無いけど、実際にしていた頃はやめたくなる日だって沢山あった。

魔物以外のせいで怪我をしたり、お金がなくて飢え死にそうだったり、野宿が多かったから本当の意味で休めた日は宿屋に泊まれた時くらいだったり。…仲良くなった人の死ぬ姿だって見た。

そんな危ない世界に、愛する子供を送りたいと思う親はいないんだ。

それでも、二人は旅に出たいと言った。僕らの考えが間違ってるんじゃ無いかって思うくらい強く熱を帯びて。

なら、お父さんたちに出来るのは、何かあっても自分で対処出来るようにしてあげる事だけ。

確かに二人は凄く良く頑張ってくれてる。でも、まだ足りない。

だから後一年。せめて待ってて欲しい』

 

彼の心からの願いを、涙を堪えながら二人は静かに聞いていた。

七歳の子供に、彼の想いの全部が伝わるかはわからない。でも、全ての意味が分かっていなかったとしても、[二人を大切に思っている]って事だけは、伝わっているはず。

証拠に、それまでしていた質問をパッタリとやめて、深く考えてる。

自分たちが旅に出て平気なのか。どんな辛い事や悲しい事が待っているのか。多分、そんな事を想像してたんだと思う。

…けど。

 

『それでも、僕は行きたい』

 

『何があっても、頑張るから…!』

 

二人の決意を変えることは出来なかった。

 

真っ直ぐな瞳。

乱れる事のない硬い呼吸。

全身から沸き立つような強い想い。

 

私は、私たちは、その姿を良く知っていた。

旅の最中で何度も目の当たりにした、決して変える事のできない人の強い意志。

この時になって私と彼はやっと理解したの。

ウェーナーもルイーサも、とっくに子供じゃなくなってたって事を。

体は小さいし、歳も若い。世界どころか世間だって知らないし、まだまだわがまま。

…だけど。

強い意志を持ち、それを通そうと必死になる人は…ううん。そんな人こそが、きっと大人なんだろう。

 

『…やっぱり、僕とゼシカの子だね。一度決めたら絶対に変えないんだもん、困っちゃうよ。

けど、そこまで言うならお父さんも腹をくくる』

 

諦めたみたいな顔をして私を見る彼と視線が合った。

…えぇ、そうね。あなた。

 

『そこまで言うなら仕方ないわ。

ま、ここで下手に止めたら、私みたいになりかねないもの。いっそ、送り出してあげた方が安全ね』

 

『『じゃ、じゃあ!!』』

 

『うん。何があっても、絶対に負けないで』

 

『思う存分、楽しんできなさい!』

 

私たちの言葉に、ウェーナーとルイーサは飛び跳ねて喜んだ。

 

 

 

そうして迎えた今日。

準備も終わって、旅をするにあたっての約束事を決めた後、いつものように部屋へと戻って眠りにつく。

…まぁ、ベッドに腰掛けた瞬間から急に冷静になって、許可を出した事を激しく後悔したわけだけど、今更後には引けない。

今はとにかく、二人の無事を確認するための約束事を守って貰えると信じるしかない。

 

「…おはよう、ゼシカ。

いよいよ、だね」

 

「おはよう、あなた。

…えぇ、そうね。ろくに心の準備もできなかったけど、今更そんな事言えないわよね」

 

ベッドが歪み、彼が身を起こした事がわかる。

振り向いてベッドの上に座り直し、彼に寄りかかる。

 

「…眠れた?」

 

窓からはすっかり陽の光も差し込んで来てきて、彼の寝起きの顔が目に映る。

 

「えぇ。あなたと同じくらい、よく眠れたわ」

 

「そっか」

 

お互いに、久し振りに出来た隈を見ながら小さく笑い合う。

当たり前よね。いくら鈍い彼だって、こんな大事な日に眠れるわけがない。

 

「さ。そろそろ準備に取り掛かりましょうか、あなた」

 

「そうだね、ゼシカ」

 

胸の内にくすぶる不安を誤魔化すためのキスを小さく交わして、手を繋いで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんとやくそうは持った?どくけしそうは?一応、まんげつそうも持っていきなさい。お弁当はちゃんと入れたし、後は、えっと…」

 

「もー!お母さん心配し過ぎ!さっき一緒に確認したんだから、大丈夫だよ!」

 

「それは…そうだけど…」

 

開け放たれた玄関口で、最後の抵抗とばかりに荷物の確認を行うも、やっぱり無駄なものは無駄。

半分怒り気味のルイーサと、困り顔で頬をかくウェーナーは、今すぐにでも旅立ちたそうだ。

 

「…ゼシカ。今はほら、それよりもする事があるんじゃない?」

 

「あ!そ、そうね!そうだった!」

 

薄く微笑んでる彼に促されて取り出すのは、本のページ程度の大きさの二枚の紙。

 

「ここに昨日の夜した約束が全部書いてあるから、ちゃんと持っていってね。

絶対に忘れないように!」

 

「「はーい!」」

 

ウェーナーとルイーサにそれぞれ手渡して、バッグにしまうよう促す。

あの紙に書かれているのは、この子達が産まれてから今日までしていた基本的な事と、追加の約束。

 

一つ、怖い人には近づかない事。

二つ、自分たちじゃどうしようもない事になったら必ず誰かに頼る事。

三つ、町や村、国に着いたら必ず手紙を私たちに書く事。

四つ、絶対無事に帰ってくる事。

 

…などなど、自分でも驚くくらい色々書いた。

それと…。

 

「はい、これ」

 

彼がポケットから取り出したのは二つのネックレス。

一つはキメラの翼を模した装飾品が、もう一つは旅の間何度もお世話になったアイテム・バウムレンのすずが付いてる。

 

「いいかい、二人とも。

旅の途中、どうしても辛くなったらこっちの[振り返りの羽根]を。野宿する事になったらもう一つの[親愛なる獣の鈴]を使って。

羽根はこの家に帰ってこれて、鈴は野宿する二人を守ってくれる魔物が現れるから」

 

そう言いながら羽根の方をルイーサ、鈴の方をウェーナーの首に着ける。

 

「二つともお母さんが作ってくれた何度使っても壊れない魔法の道具だから、絶対に無くしたり売ったりしないように」

 

首にかけられたそれを興味深く確認する二人を見つめて、私と彼は顔を見合わせて頷き合う。

 

「さぁ、ウェーナー、ルイーサ!」

 

「今日はあなた達の記念すべき日よ!」

 

「「胸を張って、行って来なさい!お誕生日、おめでとう!!」」

 

「「……はい!!」」

 

今、親としてしてあげられる事は全てした。

後はもう、とにかくこの子達を信じるしかない。それでももし、挫けてしまって帰ってきた時には、優しく迎え入れてあげる事。

それが、これからの私と彼に出来る事だ。

 

「ルイーサ、僕の手を握って。それじゃあ、またね。父さん、母さん。行ってきます。

……ルーラ!」

 

「行ってきまーす!」

 

「「行ってらっしゃい」」

 

二人が空を舞う瞬間、手を振り返す。

光の軌跡は緩やかに弧を描きつつ、確かに彼方の大地へと遠ざかって行く。

その姿は、まるで大空を自由にはばたく大きな鳥のよう。

…そう、いつかの日に、私達の頭の上を過ぎ去っていった番いの鳥のように自由だ。

あの子達が初めに向かう先は、トラペッタ。

もう、散々行き慣れた町だろうけど、でも、だからこそ不安を騙せる。

ヨウイさん達だっているし、最初はきっと大丈夫。

だから…。えぇ、だから…。

 

「…ゼシカ、もう我慢しなくていいんじゃない?」

 

「……何がよ。別に、何も我慢なんてしてないわ」

 

ウェーナーとルイーサがいない。

だったそれだけで、こんなにも全てが静かに感じられる。

風の吹く音。

草木の騒ぐ声。

さざ波を鳴り響かせる、広い海

そんな、今まで気にならなかった筈の物事が、急に胸を突く。

 

「そっか。…うん、そうだね。

旅立ちの日に、涙は似合わない。僕たちはそれを良く知ってるもんね」

 

「そういう事。

寂しいのなんてどうせ今だけよ。少ししたら、あの子達がいなかった時みたいにまたイチャイチャ出来るって、喜んでるに決まってるわ」

 

隣に立つ彼の腕に私の腕を絡める。

強く結ぶ手に伝わってくるのは、確かな安心。

彼も、不安なんだって伝わってくるから一人じゃないって思える。

それが良いことなのかは分からないけど…。でも、この気持ちを紛らわせるには充分。

 

「さ、そろそろ中に入りましょうか。ルーラの軌跡もとっくに消えちゃったし、まだ朝も早いわ。

せっかくの二人っきりだもの、どこかに出かけましょうよ」

 

「そうだね。

見ようによっては解放されたみたいなものだし、二人はいつ帰ってくるか分からないし、今のうちに目一杯楽しんじゃおうか!」

 

「ならまず、一緒にお風呂に入りましょ!

身体を洗いっこして、一緒に湯船に浸かって、まったりのんびりゆっくりしたいわ」

 

「いいね、それ!

じゃあ、早速お風呂を洗いに行こうか!」

 

なんて、お互いに分かりきった強がりを言い合う。

本当はこのまま後をついていきたい。二人がどんなことをするのかを見守って、何かあったら助けてあげたい。

…でも、今はこれでいいの。

だって、思い出したら寂しくて仕方ないから。

だって、私たちは二人を信じてるから。

必要以上の心配は悪い出来事を呼び寄せやすい、とかなんとか聞いたことがあるし、逆にケロッとしてた方が案外拍子抜けするくらい上手く進んだりするはず。

 

 

 

ーーーだから、必ず夢を叶えて帰ってきて。この広い空は、海は、大地は、きっとあなた達を祝福しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin….




今日まで私のような者の作品に付き合っていただきありがとうございました。
これで私の描きたかった殆どの物語を書くことができました。これもひとえに応援して下さった読者の皆様のおかげです。
定期更新はこれにて終了。
ゼシカと主人公、そして、二人の子供・ウェーナーとルイーサは今日より先も自身の物語を生きていくことでしょう。

…さて、この長きに渡って連載致しました[私と旦那様と祝福された純白の日々]ですが、章分けがドラクエ8世界での三大宝石だという事には聡明な皆様ならきっとお気付きのはず。
アルゴングレード、クラン・スピネル、そして章分けに〔まだ〕追加されていないビーナスの涙。
そうです。先程も申し上げました通り、ゼシカ達の日々はこれからも続いていきます。
ーー故に。私もまだ筆を置くわけにはいきません。
今話より先から始まるは〔三章 ビーナスの涙編〕。
こちらは全て不定期更新による番外編を予定しております。
内容としましては、季節行事(バレンタインやクリスマス等)やリクエストしていただいたものなどです。


…要するに、私がまだゼシカを書きたいのです。

だって可愛いじゃん!?

という事で、これからも末長くご愛読いただければ筆者の私としてはこれ以上ない幸福であります。
この物語が終わるのは、私が死んだ時だけ!(新手のCMキャッチコピー)

それではまた次回。
さよーならー



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第三章 ビーナスの涙編
寒空の下に積もる白と橙色の暖かさに満ちた部屋と


どうも、お久し振りです。カピバラ番長です。
宣言通り、今回よりビーナスの涙編がスタートいたします。

………気が向いた時更新ですけど(ボソリ)

さて、それでは本編どうぞ。


暖炉に明かりの灯る時期になってもう半月。

薪の弾ける音で耳が温まり、炎で体を暖める。そんな季節。

不意に窓の外を眺めようとしても結露してて端っこのちょっとした隙間からしか覗けないけど、たったそれだけしか見えなくても、私の心は弾むようだった。

 

「はい、ホットミルク」

 

「ありがとう、あなた」

 

ソファに座ってる私に一階から飲み物を持ってきてくれたのは私の旦那様。

世界を一緒に救って、今はお互いに助け合うーーううん、ちょっとだけ、私の方が助けられてる、そんな関係の愛しい人。

 

「外、まだまだ積もりそうだったよ」

 

「ホントに?

また起きるのが辛くなるわねぇ……」

 

マグカップを受け取って、隣に座る彼に愚痴をこぼしてしまう。

 

「だね。

もう少ししたらまた早起きするし、それまでに少しは落ち着いてくれるといいんだけど」

 

ため息を漏らして窓の外に想いを馳せる彼。

けど、ガラスが真っ白に曇ってるせいで届いてるかはわからない。

 

「でも……」

 

「ん、どうしたの?」

 

カップをテーブルに置いて私に向き直る。

どうしてか真剣な彼の瞳。

真っ直ぐに、私の眼を掴んで離さない。

 

「……こうやって、暖め合うことも出来るしね。寒いのも、悪いことばかりじゃない」

 

気が付けば、私は彼に抱き寄せられていた。

 

「…もう。ミルクがこぼれちゃうでしょ」

 

まだ半分以上残ってるホットミルクをテーブルに手探りで置いて、彼の背中に両手をまわす。

ほんのりと冷たい彼の衣服。

頬のあたってる肩の辺りは少しだけ湿ってて、火照る私の顔をちょっとずつ冷ましていく。

そうして感じる、僅かな魔力。

……これは、もしかして。

 

「それにほら。

イタズラだって、季節があるか……!?」

 

楽しげに微笑む彼の顔が一瞬にして蒼白に変わる。

離れていくお互いの身体。胸元にはまだ彼の温もりが残っているけれど、私に笑顔をくれるのはもう少しだけイジワルな想い。

 

「残念。元魔法使いを舐めないでよね?」

 

「う、くぅ……。背中が……」

 

背中に両手を回して異物を取り除こうと弄る彼。

こういう時って、もがけばもがくほど取れないのよね。

 

「おおかた、外の雪を少し拾ってきてヒャド系の魔力で保ってたんでしょうけどおあいにく様。抱き合った時にぜーんぶお見通しよ」

 

ふしぎなおどりを踊ってる彼は驚いたような表情で私を見る。

ふふ、私のことを騙そうとするなんて百年早いわ。

 

「うぅ…全部溶けた……」

 

踊りをやめた彼は両肩を落として項垂れた。

微かに見えた服の背中部分には、小さなシミが出来ていた。

 

「上手くいってると思ったんだけどなぁ」

 

「ま、上手くいったらいったで踊ってもらったけどね」

 

「……冷たい?」

 

「あったかいかも」

 

「……失敗してよかった」

 

怯えた表情で私を見つつ、彼は安堵のため息を漏らす。

そこは当然私だもの。やられっぱなしにしておくわけがない。

どうにか外に出てもらって、呪文を使ったダンスをしてもらったはずだわ。

 

「さてと、そろそろ夕飯の準備でもしましょうか。

ふふ、今日はご馳走よ?」

 

そんなもしものことを考えながら、身体を伸ばしてから振り返り、右手を差し出す。

それを見ると、微笑みに変わった彼が手を握ってくれた。

 

「そっか。今日はクリスマスイヴか」

 

「えぇ、そうよ。

……二人が居なくなってから初めての、ね」

 

「プレゼント、届いてるといいね」

 

ウェーナーとルイーサのことを思い出してほんのり苦しくなる胸の奥。

本当は手渡ししたかったけれど、こればかりは仕方ない。

三日前に届いた手紙で居場所は分かっていても、着いた時に二人がそこに居てくれるとは限らないのだから。

でも、こういう時だからこそできることがある。

それは、サプライズ。

手紙が来た直ぐ後にその宿屋に飛んで、クリスマスのプレゼントを渡してもらえるようにお願いして来た。

こうすれば、本当にサンタさんが来てくれたみたいになって、二人に凄く喜んでもらえる。…はず。

まぁ、タイミング悪く、今日出発……ってなった場合は後でプレゼントを回収しに行って、先回りして二人に渡すことになるんだけどね。

それはそれで再会できるから悪くはないんだけど、どうせなら今日受け取って欲しい。

先回りして会う、なんて、しようと思えばいつでもできるもの。

 

「えぇ。本当に」

 

小さくため息をこぼしてドアを開く。

いけないわ。今日は年に一度の特別な日だもの。ため息なんてこぼしてたらバチが当たる。

 

「さ、行きましょうか。あなた」

 

ちょっとだけ頑張って笑顔を作り、もう一度彼に振り返る。

 

「…うん」

 

変わらず笑顔で頷いてくれた彼と一緒に、リビングへと続く階段へと脚を伸ばす。

……でも、寝室から離れれば離れるほど恐ろしいくらいに寒くて、一階についてもとてもじゃないけど料理なんてできなかった。

夕飯の支度を始めたのはキッチンとリビングが暖まった約一時間後。

それまでは彼と身体を寄せ合いながら、二杯目のホットミルクをすすっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、静かな夜が訪れた。

寂し気だったお腹は満たされ、地獄のような入浴を乗り越え、やっと帰ってきた寝室。

もう、冷え切ってしまっていたミルクに小さなメラを落として温め直し、ひんやりとした布団の中に彼と両足を忍ばせる。

身震いを覚えるのは一瞬の事。

直ぐに、彼と私の体温で快適な温度に変わった。

 

「ねぇ、あなた」

 

「なに?ゼシカ」

 

温め直したミルクを口に含んでいた彼の肩に頭を預けて呼んでみる。

まだまだ暖炉の火で暖まりきらない部屋の中で冷えていた頬に感じる心地のいい熱。

思わず、顔が緩んでしまう。

 

「明日、どこかに出かけましょうよ」

 

「いいね。どこに行こうか」

 

「そうねぇ……。

アスカンタとかどうかしら。映画館もあるし、楽しめそうじゃない?」

 

「うん、いいかも。

いま、何やってるかな」

 

「それは……明日までのお楽しみって感じかしらね」

 

「あはは。確かに」

 

彼の笑みにつられて小さく笑い、手にしていたホットミルクを近くの机に置いて彼の身体を抱きしめる。

 

「……あなた」

 

「ん?」

 

僅かに火照る頬を今度は彼の頬にくっつけて冷まそうとする。

けれど、熱は少しも引く様子はない。

 

「私、そろそろ横になりたいんだけど、あなたはどう?」

 

摺り寄せていた頬を離し、彼の視界に私が映るよう、身体を動かす。

 

「……そうだね。僕も、横になりたかったんだ」

 

「よかった」

 

持ったままだったマグカップを机に置いた彼を、私は身体を重ねるように押し倒し、寒くないように布団をかぶった。

 

「ふふ、真っ暗ね」

 

「うん。何も見えない」

 

「…じゃあ、何をしてもわからない?」

 

「かもね。

勿論、何をされるのかもわからないけど、平気?」

 

「えぇ。あなたになら」

 

小さな微笑みが、作られた暗闇の中で消えていく。

それから、ゆっくりと身体を降ろして、柔らかな空間に唇を押し当てた。

足元から流れ込んでくる、刺すような冷気。

いつもならすぐに足を引っ込めて暖かな避難所へと逃げるところだけど……。

今は、とっても気持ちいい。

ふふ、こんなに身体が暖かいんじゃ、暖炉はいらなかったかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be next story.

 

 




あ^~やっぱかわいいっすねぇ。
すこすこのすこ。
結婚したい。でも現実にはいない……。
あぁ、無情。

ではでは、またそのうちにお会いいたしましょう。
さよーならー


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私と彼と尾行

お久しぶりです。
やっぱ可愛いですねゼシカ。めっちゃ好き。

今回のお話はウェーナーとルイーサが旅立った後です。
クラン・スピネル編のあとですね。

では、どぞ。


二人が旅立ってから、どのくらい経ったんだろう。

ふと、そんなことが気になった。

 

「えーっと…やだ、もう三週間も経ってるの!?」

 

想像してた以上の月日の流れに目を見開いてしまう。

最初は辛くて寂しくて悲しくて…でも、誇らしかった旅立ちだったけど、一日、また一日と日が経つにつれてそんな感情はどんどん薄くなっていった。

今あるのは、怪我してないかな?とか、他の人に迷惑かけてないわよね?とか、とにかく不安な思いばっかり。

…けど、二人とも元気過ぎるくらい元気だってことがこの手紙からは伝わってきて、少しだけ安心してる。

 

「全く。もうパルミドに着くなんてね」

 

あんなに危なっかしい町、出来ることなら一生行って欲しくなかったけど…

でも、今あの辺りにはゲルダさんとヤンガスたちが住んでるし、多分大丈夫。

いつ届くかは分からないけど、念のために後でゲルダさんに手紙も書いておこうかしら。間に合ったら、私たちの時みたいに何かを盗まれる、なんてことはきっと無くなるはずだし。

 

「…はず、よねぇ」

 

ソファに寝転がって天井を見上げても、この不安な気持ちが晴れるわけじゃない。それどころか、気休めにもならないみたい。

 

「うーーん!!!心配よねぇ〜……」

 

手すりに膝をかけてパタパタと動かして気を紛らわせようとしても、やっぱり不安は消えてくれそうにない。

 

「…こうなったら」

 

身体を起こして座りなおし、壁に掛けてあるカレンダーを確認する。

幸い明日から何日かは彼が休みだし、多分問題ないはず。

 

「そうすると、それっぽい服を見繕わないといけないわよね…」

 

パルミドで着ててもおかしくない服って持ってたかしら?

 

「ま、それはあの人が帰ってきてからでいっか。今の私だと、焦り過ぎて変なの選んじゃいそうだし」

 

それより、あのバッグはどこにしまったっけ。何日滞在するかわからないし一応ちゃんとしたのじゃないとダメよね?

 

「……ふふ」

 

……なんて、自分の決断力の速さに思わず笑ってしまった。

アレから少しは大人になったと思ってたけど、やっぱり全然みたい。

相変わらず、私はこうと思ったら行動しないといられないのね。

 

「待ってなさいよ、ウェーナー、ルイーサ!」

 

 

 

 

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

 

 

賑やかなのに寂れた空気。

僅かに鼻を攻撃する異臭に、所構わず歩き回ったり、横になっている人々。

洗濯物を干すロープに止まっただけなのに、汚れて見える小鳥。

 

「……久しぶりに来たけど、相変わらずとんでもない町よね…」

 

「う、うん。旅でもしてないと来ないだろうね」

 

ため息を漏らしながら入り口近くにあるカジノの前を歩くのは私と彼。

 

『パルミドは心配だから二人を見に行きたい』

 

昨夜彼に伝え、返ってきたのは『僕も』と言う嬉しい言葉だった。

それからすぐに用意を終え、翌日…つまり、今日の朝早くにルーラして来たというわけ。

到着して一番最初にかけられた住民からの言葉が『ここを通りたければ金を払え』なんだから、来ることができて本当に良かったわ。

 

「それにしても、よくこんな服があったわね」

 

そう言って、今彼が着ているヨレヨレの布の服に改めて驚く。

彼は昔から綺麗に整頓するタイプの人だったから、まさかこんなにパルミドに適した服を準備できるとは思っていなかった。

 

「僕も驚いたよ。まさか、旅を始めた頃の服が残ってるなんて思いもしなかった」

 

「あー、なるほど。通りでヨレヨレなのね」

 

彼の説明に納得しつつ、慣れない髪をいじる。

バレないように後を付けるのが前提なわけだけど、もしもの時を考えて、私は髪を下ろして、彼はバンダナを取って、ボサボサにばらけさせた。

驚いた事に、髪がボサついてても女性らしく見えるらしく『悪くないね…』なんて、彼が呟いてた。

嬉しいようなそうじゃ無いような、ちょっと複雑な気持ち。

 

「さて。まずは二人を探さないとだけど…」

 

辺りを見回してウェーナーとルイーサの影を探す。

けど、所狭しと家屋が密集してるパルミドだと視界が悪くて見つけられそうにない。

 

「あなた。そこの見張り台から探してみない?」

 

「だね。あそこなら見つけやすいかも。

それに、うっかり遭遇、なんてこともないだろうし」

 

頷いた彼と、少し周りを気にしながら見張り台の方へと向かう。

探してる途中で二人に見つかったら大変だしね。

 

「……そういえば、これってハシゴだったわね」

 

到着して見張り台の頂上を見上げ、ため息がこぼれる。

 

「先に登った方がいい?」

 

「ううん。あなたにだったら構わないから、私が先に登るわ」

 

この町じゃいつ何時誰に覗かれるか分かったものじゃない。あの時はズボンタイプの装備があったから良かったけど、今は丈が長めのヨレた皮のドレスだけ。とてもじゃないけど、下に安心できる人がいないのに登る気にはなれない。

 

「ホント、スカートが長めで良かったわ。これで短かったら悲惨だもの」

 

「あはは。誰かに見られる心配しないで済むから良かったよ」

 

二人で笑い合いながらハシゴに手を掛ける。

すると、風に乗った魔力の余波を微かに感じた。

 

「ルーラ、かしら」

 

「うん、多分。入口の方だ」

 

ハシゴから手を離して、隠れるようにして入口の方を覗く。

ちょっとしてから現れる、二つの影。

その正体は、私も彼もよく知っている人物だった

 

「「(ウェーナーとルイーサ!!)」」

 

どこからか帰ってきた後らしい二人の服は薄汚れてて、見える地肌には小さな傷がいくつか見える。

駆け出したくなる気持ちをグッと抑えて、真っ直ぐに進んでいったあの子達の後を追う。

 

「(何か、持ってるね)」

 

「(卵……かしら?)」

 

ウェーナーが小脇に抱えた、子供の頭くらいの大きさの白っぽい何か。多分、動物か魔物の卵だわ。

 

「(どこに持っていくのかしら)」

 

「(この方向だと……酒場、かな?)」

 

コソコソと物陰に隠れながら後をつけ、着いた先は彼の予想した通り酒場だった。

二人が扉をくぐった後、少し待ってから中に入る。

蝶番を軋ませながら閉じられていくのは宿屋側の扉。やっぱり、同じように待ってから中を覗く。

 

「いらっしゃ……どうかしたかい?」

 

「あ、いえ、ちょっと…」

 

カウンターにいる受付人に不審げに訪ねられるけど、事情を説明するわけにもいかない。彼と一緒に愛想笑いを見せながらそそくさと階段を登っていった。

……なんだか、ドロボウみたいで落ち着かない……。

 

「(ええっと……?)」

 

「(あ、あそこ)」

 

二人の後ろ姿が屋上へと登る階段に消えていく。

こんなところからどこかに行けたっけ?

 

「(ねぇ、ゼシカ。もしかしてだけど)」

 

悩んでる私の耳元に彼の不安げな声が届く。

 

「(もしかしてだけど、あの子達、情報屋の所に行きたいのかな?)」

 

「(……まさか。

確かにこの街はややこしいけど、一度行ったことがあるなら間違えないんじゃ…)」

 

「(…………だって、僕たちの子供だよ?)」

 

「(うっ…)」

 

彼に言われ、何も言えなくなってしまう。

正直な話、旅の途中で私と彼は何度も道に迷ったりしていた。

特に、サザンビークのお城の中を見て回っていた時が酷くて、魔法の鏡が保管されてる宝物庫に着くのに二時間くらいかかった。

ヤンガスの鼻は効きすぎて壁の向こう側のとか、そもそも別の宝物とかに行き当たるし、ククールは面白がって何にも言わないしで大変だったのを今でも覚えてる。

 

「(……そうね。もう少しここで様子を見てみましょうか)」

 

「(うん)」

 

彼と頷き合い、辺りを見回してからそこで少しの間待った。

 

 

 

 

 

およそ十分後。

階段を降りてくる足音が聞こえてきた。

多分、二人分の音だ。

 

「……この感じだと、上で迷ったみたいね」

 

なんとなく微笑ましい気持ちになりながら彼と頷く。

思ってた通り、二人は場所を間違えたみたいだ。

 

「(っと、それよりゼシカ。ここから少し離れよう)」

 

「(それもそうね)」

 

彼について行き階段から距離を取ると、一分もしないうちに人影が現れる。

思った通り、ウェーナーとルイーサだ。

……けど、さっきとは何かが違うように見える。

 

「(……卵、持ってないね)」

 

「(ホントだ。あれ?じゃあ、ここから情報屋のところに行けたの?)」

 

彼の指差す先を見ると、確かにウェーナーが抱えていた大きな卵がなくなっている。

私達の記憶が正しければ宿屋の屋上からは情報屋のところには行けない。なのに、依頼されてるはずの卵が無いって事は……

 

「(そもそも、情報屋の依頼じゃなかった……?)」

 

「(のかもしれないね。僕達のただの早とちりだったのかも)」

 

「(そ、そっか…)」

 

言われてみればそうだ。

あの子たちが情報屋の依頼で【魔物か動物の卵を取ってきてくれ】と頼んだなんて話は誰からも聞いてない。

私達が、この町ならあの人しか依頼しないって勝手に思っただけだわ。

 

「あ、あはは。なんだ、そうだったのね」

 

さっきまでの微笑みが嘘のように引っ込んでいく。

代わりに出てきたのは、見守ってたつもりがただの勘違いだったっていう、恥ずかしさ。

ちょっと考えれば気がついたかもしれないのに。

あの子たちのことを信用していなかったわけでは決して無いけれど、やっぱりどうしても心配になってしまう…

だから思い込んでしまったのかも。

 

「でも、良かった。二人が他の人に助けを求めてもらえるくらい立派になってて」

 

「……そうね。ちょっとだけ怖かったけど、余計な心配だったみたいね」

 

依頼の達成を喜んでいるのか、階段から降りた少し先で興奮気味に会話を交わす私達の子供。

二人とも凄く良い顔で笑って、一階まで降りていく。

 

「………あなた、行きましょうか」

 

「だね。

屋上から?」

 

「そうね。ここまで来て鉢合わせたら台無しだし」

 

「分かった」

 

彼の手を握り、ウェーナーとルイーサが降りてきた屋上への階段を登る。

登り切った先から見える場所には、大切そうに卵を抱える女の子と、母親らしき女性がいた。

 

「多分、あの人ね」

 

「うん。嬉しそうだ」

 

彼女たちを一瞥して彼と頷き合う。

次の瞬間には、地面に足はついてなくて、気がつけば家の前にいた。

 

「それじゃ、ちょっと遅いけどお昼にしましょうか。

今日はあの子たちが好きだったご飯にする?」

 

玄関を開け、中へ入りながら提案すると、彼はにこりと微笑んで頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




ゼシカ好き。結婚する(鋼の意思)(届かぬ想い)

次回はいつになるかわかりませんが、多分投稿します。
それではまた次回。さよーならー


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私と旦那様と若さと

どうもお久しぶりです。ライバルズで二回天井しても新衣装の[しんぴのビスチェ]が出なかったカピバラ番長です。
無課金なのが救いですね。


では、どうぞ。


 

 彼がいつも通りトロデーン城へ仕事へ行った日のお昼過ぎ。

珍しくいつもの事が早く片付いて、新魔法開発の一つの目処が立った私は。

 

 「……入るのは入るけど」

 

急に訪れた暇な時間を使って、旅をしていた頃の服を着たりしていた。

のだけど……

 

 「若いって、偉大なのね…」

 

あまりにもあんまりな露出のレベルに激しい後悔を覚えていた。

 

 「光のドレスとかローブ系はちょっと勘違いしてる感があるだけだし全然平気なんだけど、問題はこっちのやつらよね……」

 

ベッドの上にずらりと並べた衣類を眺めつつ、そのうちの一つを持ち上げる。

窓の光すら殆ど透けてきてしまうそれは[あぶないビスチェ]。

普通なら決して買ったり着たりしないシロモノだけど、ちいさなメダルの景品で貰ったり、宝箱で見つけた物で、しかもその後錬金釜で新しい装備を作り始めてしまったものだから、資金がカツカツだった私はこれを着るしかなかった。

………えぇ。状況は分かるの。一から十まで仕方ないなとは思えるんだけど。

 

 「流石に、これは無いわよね……」

 

鏡の正面に立って、あぶないビスチェを体の前に重ねる。

………うん。刺激的なんてレベルじゃないわね。

 

 「ていうか、よくこれ着て無事でいられたわよね、私。流石にこんなの来て出歩くような女の人は怖すぎて近づけないのかしら」

 

布切れと言って差し支えないもの同士を繋ぐ紐の隙間に指を通しながらあの時の幸運の正体に想いを馳せる。

いくら何でも、こんなの着てたら【襲ってください】って言ってるようなモノなのにホントに幸運よね。まぁ、殆ど一人行動しなかったし、その辺も理由ではありそうだけど。

……もしかして、あの頃いつも近くに彼がいたのはそれが理由だったりして。

 

 「なんて、そんなわけないか。仕方なかったとは言え、着せたのは彼なんだし。きっと私に見惚れちゃってたのね」

 

なんて言いながらそれを畳んでベッドに戻す。

見惚れていたかどうかの確認は今度これを着て迫ってみればすぐに分かる。

……多分、元々はそのための服なんだし、『そんな恰好しないでよ、恥ずかしい』なんて言われないわよね?

 

 「それで次は…っと。

あ~、これとかも中々…」

 

次に取り上げたのはバニースーツ。

さっきのに比べれば全然露出度は少ないけれど、それでも充分以上に肌が晒されてる。

何が憂鬱だったって、こんな見た目なのにそこそこ丈夫な素材だから装備としても優秀なところ。

基本お金がなかった私達にしてみれば、旅の合間の休憩も兼ねて参加してたバトルロードでの商品だったから、着ない理由が私の我儘以外なかったのよね。

……結構着心地良くてムカつくのよね。

 

 「ま、私のバストサイズには準備されてたやつじゃ対応できてなかったらしいし、それで良しとしましょ」

 

そう言いつつ、思わずバニースーツに袖を通してしまう。

……うんやっぱり着心地良くてムカつくわね。こんな、着てるかどうかも分からない服なのに。

それでも思わず笑みがこぼれてしまうのは胸が結構きついから。

 

 「ふふ。私に勝とうなんて甘いわ。もっとバツグンな伸縮素材になってから出直してきなさい」

 

悪口を口にしながら脱いだそれはきちんと畳む。

これはこれで彼に見せたらどんな反応するか楽しみだわ。

 

 「それで、と。極めつけはこれかしらね」

 

他にもいくつかあるきわどい服の中でもダントツで大変な物。

……それは、しんぴのビスチェ。

さっきのビスチェに比べて服そのものの露出は抑えられていて、アームガード・ハイニーソックスとチョーカーを一緒に着用する事になってる一品。

ちょっと可愛いフリフリのスカートはついていても辛うじて前が隠れているだけで、ハイニーソックスとビスチェを繋ぐガーターベルトやお尻が殆ど隠せていない、ホントにワンポイントとしての意味しかなしていない、考案者を問い正したくなるシロモノだ。

にも関わらず。

 

 「……相変わらず、凄い魔力を秘めてるわね」

 

触れるだけで分かるし神聖な魔力。最終的にはこれ以上に魔力を感じる装備はドラゴンローブくらいしかなかったけど、これは着ると驚くほど身体が軽くなってどんな攻撃でも致命傷を避けることが出来た。

ただ守りの硬い装備よりも、私の戦闘スタイル的にも、避けられる方がいいからずっとこれを着ていたけど。

 

 「どう頑張っても、変態性の塊よね、これ」

 

チョーカーといい、見えるガーターベルトといい、きわどい上とアームガード&ハイニーソックスの組み合わせといい、何をどうしても

良い造ろう事の出来ない変態装備だ。

 

 「オマケにこの羽。いっそ飛べそうなくらい大きければ【変な服】で終わったのに」

 

ため息を吐きつつビスチェの背面についている可愛らしい羽を指先で弾く。

 

 「これで一気に変態っぽさが上がってる気がするわ」

 

しかもここが特に強い魔力の波動を放っている。

羽なだけあって身の軽さはこれのおかげなんだろうけど……

 

 「なんていうか、勘違い感凄いわよね。【私可愛いです】みたいな」

 

この服自体が結構可愛い見た目もあってか余計にそう考えてしまう。

別に、自分の顔がこの服に見合ってないとは思わないけど、それとこれとは話は別。世界一の美女だって、あんまり露骨なのは着ないはずだわ。

 

 「…………」

 

そう、分かってはいるけど……

 

 「……うん。やっぱり、凄く落ち着く」

 

習慣だった記憶は恐ろしくて、あれだけの事を考えていたのにちゃんと着てしまった。

 

 「このフィット感、身軽さ、動きやすさ、肌触り、そして着ているだけで感じられる神聖な魔力。

悔しいけど、いつもの服と同じくらい着やすいわ」

 

軽く動きながら魔法を放つ仕草をしてあの頃の感覚を思い出す。

…えぇ、そこはかとなく全身がきつい事を除けばあの頃と全く同じだわ。

元々、お腹周りはかなりキツめに絞ってある服だから、胸とかが少しでも大きくなるとそれが原因で全体的に小さくなっちゃうのよね。

バニースーツは別に胸以外きつくなかったし!

 

 「…って、誰に言い訳してるのかしら。そろそろしまいましよ」

 

ふと我に返って顔が熱くなる。

もう、子供も産んでるのに何してるのかしら私。大きくなったルイーサに渡しても平気そうなのだけ選んで後はタンスの奥にでも封印しておいた方がいいわね。所謂、黒歴史になりかねないし。

……後、彼が喜びそうなのもいくつか確保しておいて。

 

 「……あれ?」

 

そう思って、早々にしんぴのビスチェを脱ごうとして違和感を覚える。

 

 「…なんだか、変にきつくなってないかしら。これ」

 

あの時と同じ方法で脱衣しようとしても、一向に服が脱げない。

なんていうか、きついと言うよりかたい……?

 

 「え、え?うそでしょ?これもしかして、本格的にマズいんじゃ」

 

焦って色々試してみるも、何故か全く脱げない。

ちょっとまって?こんなに背中スカスカなのに何でこんなにびくともしないの!?!?

 

 「う、うそ。もしかしてさっきの考えが服にバレて腹いせに……?の、呪いの装備品とかあったし、あり得ない事じゃないけど、何で今ごろ!?」

 

じょ、冗談じゃないわ!まだイケイケだったあの時ならともかく、そろそろおばさんって言われてもおかしくない今じゃ流石にこんな格好で出歩けないわよ!?

……と言うか、お風呂とかどうすればいいの!?!?

 

 「あーーもう、どーしよ!」

 

天井を仰いで叫んでもこの服が脱げるわけも無く…

とにかく、彼が帰ってくるまではこの格好でいろんなことをしないとならなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、彼が帰宅して。

久しぶりに驚いた姿を見せてくれた彼に苦笑いを返しながら、どうにかこうにかしんぴのビスチェを脱ぐことが出来た。

……できればもう同じ目には合いたくないけれど、彼、あの格好の私を見てちょっと嬉しそうだったのよね。

事情を離したら直ぐに脱ぐの手伝ってくれたし、ちょっとダイエットでもしてみようかしら。

 

 

 

 

 

 

 

to be next story.

 

 




 そりゃ死ぬほど可愛いゼシカですが、やはり寄る歳の波には抗えません。
まだまだ身体や見た目は若いですが、心の方が(経産婦ですし)既に…
でもね、現状を正しく把握しつつも昔に憧れを持ってその頃の衣服や行動に手を出してしまう女の人ってとっても良くないですか?私は良いと思います。だから良いと思え(暴論)。
今回のはそんな欲望が詰められたお話でした。

しんぴのビスチェは竜神王の連戦の際必須級の装備だと思ってます。好みによってブレス系を防げる装備をする方もいるかと思いますが、私はしんぴのビスチェ派でした。目の保養にもなりますしね!

にしても、ドラクエって全年齢対象の割に結構際どい服多いですよね。そのせいで性癖を開発されてしまった紳士淑女も多いのではないでしょうか。
実を言うと私もその一人ですが、よくよく考えてみると、ドラクエ のキャラが好みじゃなかったら開発なんてされないんですよね。
つまり、その開発された趣味は、イコール好みのキャラにされたと言っても過言ではないのでは?
そう、私のガーターベルト好きはゼシカによって作られたのだ!ありがとうッ!

………さて、それではまた次回。また気が向くか、ライバルズで新衣装が来れば投稿しようと思います。
さよーならー


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今はただ、静かに

お久しぶりです。
気がむいたので投稿します。
めっちゃ短いです

どぞ


 

 夢を、見てる。

頭が変にすっきりしてるからか、はっきり分かる。

……分かってしまう。

 

 「どうしたんだ、ゼシカ」

 

今ではもう遠い昔の記憶。

リーザス村からリーザス像の塔に向かう道を歩いてる時の記憶。

格好は…当然のようにあの頃の普段着で。

でも、隣にいるのはあの人じゃない。

 

 「ううん。何でもない。サーベルト兄さん」

 

 「そうか?ならいいんだけど」

 

 「……うん、何でもないの」

 

誇らしくてかっこいいけど少しだけキライだった鎧の擦れる音に紛れて聞こえるサーベルト兄さんの声。

優しくて、強くて、安心できる、あの、声。

 

 「ねぇ、サーベルト兄さん。少し、お話しない?」

 

 「話?」

 

 「そ。話。なんでもいいの。村の事とか、トラペッタの事とか。何だったら、村の中を走り回ってる犬の事でも何でも」

 

 「急に変な事を言うな。何かあったのか?」

 

 「ううん。別にそういう訳じゃないけど、ただ何となく、ね」

 

 「……?まぁいいけどさ」

 

近いようで遠かったリーザス像の塔までの道。それが終わったら、この夢はきっと終わり。

理由はないけど、確信してる。

だから、今のうちに沢山話をしたい。

日常だったあの頃をもう一度感じたい。

例えそれが私の造り出した幻影だったとしても、今は甘えさせて欲しい。

 

 「………そうだなぁ。ならそうだ。ゼシカの旦那の事でも話してみるか?」

 

 「え、えぇ!?」

 

 「いいだろ?お前だってそろそろそういう歳だ。計画は早いうちに立てておいた方がいい。なんていっても生涯の伴侶だからな」

 

 「そ、それはそうだけど!」

 

予想外な話題に思わず息が止まりそうになってしまう。

けど。

……けど。

 

 「…うん。悪く無いかも」

 

あの人の事を自慢できる最初で最後の機会かもしれない。

本当は少しだけ恥ずかしいけど、聞いてる人がいるわけじゃないし、いっそはっきり全部言ってしまおう。

……最近はあんまりそういう話題も出なくなっちゃったし。

 

 「意外だな。てっきり怒って先に行ってしまうものだと思っていたんだが」

 

 「私だって考えたことくらいあるわよ。ただ、そんな人いないと思ってただけで」

 

 「へぇ、是非聞かせて欲しいな」

 

 「勿論。サーベルト兄さんに負けないくらいいい人なんだから。嫉妬しても知らないからね?」

 

 「それは楽しみだ」

 

 「まず、すっごく強いの。それも世界中の人を助けられるくらい。なのにちょっと頼りないところがあって、けどそれがその人の優しさなの」

 

 「うん、それで?」

 

 「それでね……」

 

目の前にリーザス像の塔が見えてくる。

少しずつ、少しずつ近づいてくる。

あと少しだけ、この夢を見させて欲しい。

終わらないで欲しい、だなんて贅沢は言わない。もう少しだけ。後ほんの少しだけ。サーベルト兄さんと話がしたい。

それで、それで……。

 

 「それで、サーベルト兄さんはそんな人の事、どう思う?」

 

あの人の事をーー私の最愛の人の事を、どう思っているのか聞かせて欲しい。

一番最初に伝えたかった貴方に、私の愛してる人の事を『認める』って欲しい。

 

 「そうだな……」

 

塔の仕掛け門の少し手前で立ち止まって顔を顰めるサーベルト兄さん。

夢はきっともう終わり。

きっと……きっと、サーベルト兄さんの想いを聞く前に終わってしまう。

でも、だとしても。……お願いだから。

 

 「そんな人ならゼシカを……ーー」

 

そこで、サーベルト兄さんの声は聞こえなくなってしまう。

思っていた通りだけど、やっぱりショックな事には変わりない。

だけど。

だけど、もう一度。あの笑顔が見られたのだから。

これ以上望むのは、きっと我がままなんだと思う。

そう、思っていたら。

 

 「ーーと思うぞ。そんな人が本当にいるのなら」

 

ほんの少しだけ、サーベルト兄さんの声が聞こえた気がした。

 

         ーーーー        ーーーー

     

 夜明けは遠く、深淵を思わせる闇が世界を覆う時分。

ある部屋には薄く小さな柔らかい光が灯っている。

 

 「……ゼシカ?」

 

何かに気付き、目を覚ましたのは真なる意味での闇を払った、かつて勇者だった男。

 

 「………寝てる??」

 

彼の隣で安らかな寝息をたてている妻に対し、ふと、虫の知らせを覚え目を覚ましたようだ。

 

 ーー気のせい?

 

小首を傾げて不思議に思った彼は頭を軽くかきつつ、最愛の人が風邪を引く前にと毛布を掛けようとした。

そんな時に、彼は妻の目元に光る雫を見つける。

 

 ーーなんで……

 

疑問の中、旅の最中で見つけたどんな宝石よりも輝いて見えたそれは彼に一つの暖かな想像をさせる。

 

 「優しい、夢を見てるんだね」

 

近づいてみてみれば微笑みさえも浮かべている彼女。

彼はその微笑みが崩れぬように静かに毛布を掛けると、僅かに迷い、涙を拭かずに彼女を腕の中に収まるよう身を寄せる。

 

 「………大丈夫。その夢は、君が起きるまで僕が守るから」

 

決して力を込めず、けれど何人にも解けぬ堅さで、彼は少女を胸の内に抱いた。

そんな二人を薄い橙色の蝋燭が照らしている。

隣に飾られている、形見の鎧と共に。

 

 

 

 

 

 

end.





時にはセンチメンタルなお話でも。
という事で考えたこのお話。
実際、サーベルトが生きてたら二人の結婚の事を何と言ったんでしょうかね?
「ゼシカが認めたならいい」なのか「大事な妹を任せられるなら決闘だ!!」なのか。
主人公君は一応トロデーンの近衛兵ですし、曲がりなりにも(失礼)その王様にも認められている男ですから、ネームバリュー的には問題ない気はするんですけど、はてさて。

え、そもそもアニキが死んでなきゃゼシカ旅に出ないしダメなんじゃ、って?
嫌々、ラグサットとかいう馬鹿王子がいたし、アローザさんとも中悪かったしで遅かれ早かれ旅に出ていたと思いますよ。
そんで、トロデーンに寄った時に主人公と運命的な出会いを遂げ、ミーティア姫と天然かつまぁまぁ重たいラブコメを披露したと思います。

………ありだなぁ。


冗談はさておき、二億年ぶりくらいの話はこれで終わりです。
また何か思いついた時には書こうかと思います。
それこそ妄想力=ストーリーみたいな上のラブコメとか。
それではまたいつか。

さよーなら―


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 これが私なりの弔いです。
部屋の隅に溜まる埃のような存在ではあれど一人の表現者として考えた結果が今回の話になります。
この行為が正しいかどうかは知りません。物好きな方がいらっしゃるのなら好きに評すれば良いかと思います。
私はそうするべきだと考えたのでそうしました。

偉大なる漫画家であり、類稀なるイラストレーターの死を悼んで。
ご冥福をお祈り致します。


 

 ーー背後から風が私を通り抜けていった。

頬を撫ぜて、纏めた髪の毛先を優しく揺らす風だった。

ここは下界とは切り離された高台で風なら日がな一日吹いているような場所。

だから、本来ならなんて事の無いただの風。それも気に留めるほどじゃない微風のはずなのに。

何故か、胸の奥の深いところが苦しかった。

 

 「何だったのかしら…」

 

快く晴れた空の下、疑問のままに言葉が漏れ出る。

ほんの一瞬。一秒にも満たない瞬間の出来事だったのに胸の奥の深いところが今も苦しい。

……けど、少し時間が経つと、なんだかそれだじゃないような気もしてくる。

楽しいような、面白いような、それでいて遊び心のある、そんな明るい気持ち。

最初に感じたのとはまるで逆なのに、どちらも正しいと言い切れる。そんな不可思議な想い。

 

 「変なの。ただの風に心を感じるなんてね」

 

首を傾げなら口を吐いた言葉は本心だ。だけど、何処か間違っているような気がしてならないのはどうしてだろう。

何かが……ううん、何もかもが当たり前だったような。

ただの風に感じるはずが無い、すごくおかしな感覚。

…………。

……。

…。

 

 「……もう一度、吹いてくれないかしら」

 

考えても分からなかった私は思わずそんな事を言ってみる。

けど同時に、もう、同じ風は吹かない気もしていた。

そしてそれが当たり前であるはずなのに、またあの苦しい感覚が起きて来そうだった。

 

 「だとしたら、[さようなら]?かしら」

 

言葉にして、初めて少しだけ納得のいく答えが出た気がした。

でもやっぱり少しだけ足りない気がして。

私は小さな声で「ありがとう…?」と口にしてみた。

 

 「……変なの」

 

すとん、と。納得がいく。

何でもない日のなんでもない風に感謝をしたら納得がいったーー。

それがとてもおかしくて少しだけ笑ってしまった。

 

 「ふふ、たまにはそういう気持ちになれる本でも読んでみようかな」

 

今も胸の奥の深いところで感じる明るい気持ち。それを感じられる本。

あの風のせいなのか今はそんな本を読みたい気分だ。

この気持ちと同じになれる本のジャンルはそれほど多くないけど……漫画ならきっと。

 

 「前にあの人が貰ってきたギャグ漫画があったわね…。どこにしまったんだったかしら」

 

誰に話しかけるでもなく言葉を紡ぎながら家へと戻る。

それから漫画を見つけるまでの間、一人で話していたのはきっと、最初に感じた苦しさをもう一度感じるのが怖かったからなのかもしれない。

何か、代えようのない大きなものを失った気持ちになるのが嫌だったから。

 

 

end.





キャラクターに代弁させるな、とか。
そもそもキャラデザだけだろ、とか。
人のふんどし使うな、とか。
まぁ、見つけて読んでくれた人には色々思われるだろうなと書きながら思ってます。
私自身全くもってそう思うし。
それでも、前書きで書いたた通り、これが私なりの弔いです。
私に、生涯愛せるキャラクターのデザインをしてくれた偉大な方への、私なりの感謝の方法です。
同様に。
ドラゴンボールやDr.スランプ アラレちゃんのような時代を超えて愛される作品を生み出してくださった事には感謝の念が絶えません。
私が面白いと思う、また、自身の作品の中で表現するコメディやギャグの根幹に少なからず影響を及ぼしている事は間違いありません。
特に好きなのは「タマがねぇ…!チ…チンも……」です。
ニコちゃん大王の[頭の上に尻があって鼻もあるからおならすると辛い]って設定も好きです。天才でしょこんなの思いつくなんて。

 改めて文字に起こします。
偉大なる漫画家で、類稀なるイラストレーターの死を悼んで。
ご冥福をお祈り致します。


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