liegen -半端者等の祝祭- (Lune-Moca)
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Prolog

 

閉じられた空間に新しい風が吹く。

 

ムッとした熱気。

闘技場の扉を開けた少女はそれに眉をひそめた。

それは中にいた荒くれ男も同様。

周囲の様子も、自身が異端であることも気にせず、少女は奥へと進んで行く。

 

少女を一言で示すなら、ただ、『黒』だった。

 

黒のベールに隠された髪はアッシュグレー。

氷の様に冷たい瞳は見ているこちらが寒々しくなってくるアイスブルー。

風に吹かれれば折れてしまいそうな細い身体は黒のシスター服に包まれている。

肌の露出は、顔のみ。手のひらさえ長い袖で見ることは叶わない。

全身を黒の衣装で隠す、少女。年は十七か八かと言ったところだった。

 

シスターがなぜ闘技場に。

そんな好奇心が人々をざわめかせる。

しかし、彼等は解っていた。なぜ彼女がここに来たのかを。

だとしても、なぜシスターがという疑問の声もあったが。

とにかくそれゆえに緊迫した面持ちで少女の行為を見守る。

今、この時、この場所に現れる理由は一つだけだから。

だからこそ。

 

「おいおい、シスターサマ。こんな場所にいてもいいのか? カミサマにお祈りしに来たのなら、間違いだぜ?」

そんなことに構わず、それとも解っていないのか、巨漢の男が少女の前を遮った。

その目は侮りと嘲笑がありありと浮かんでいる。

その後ろには、げひた笑みを浮かべる男が二人。

女、子供が足を踏み入れる場所じゃない。そう、彼等は少女を囲んだ。

誰かが小声で呟く。

 

おいあれ、止めなくていいのか。

いいんじゃねぇの? この場所に足を踏み入れた時点で、あの娘っ子はどうなろうと自己責任だ。それに……アレに参加する気なのなら、それなりに腕はあるんだろうよ。

 

少女は顔色一つ変えない。

この闘技場に入ってから、いままで、なんの変化もない。

周囲のざわめきも目の前に居る男達も、彼女にとって興味の無い存在。

元々眼中になかったのだ。

しかし、小さく口を開いた。

「……近寄るな、下衆」

刃の様に鋭い声。それでいて凛と響く声が静かに響く。

数秒、呆気に取られた男たちはその言葉に込められた拒絶と侮辱、そして明らかに見下した声色に顔色を変えた。

当たり前だ。どうしてこんな小さな少女にそんな事を言われなくてはならないのか。

そう、彼等は額に青筋を浮かべる。

「おい、シスター。俺たちを誰だと思っていやがる」

「鬱陶しい。聞こえなかったか? 死にたい馬鹿なら近づいて良いぞ、低能」

玻璃の割れたような声で男を下す。

あまりの事に、言われた男達も、周りの男達も呆然としていた。

一見すれば可憐な少女。そんな彼女からこんな言葉が飛び出すとは、一体誰が思ったか。そして、彼女は男たちの数の有利も考えて発言しているのか。

さらにざわめきが起こるそこで、一番初めに正気に戻ったのは少女の前に立つ男だった。

湯だったように紅に染め上げられた顔は、怒りの色を映す。

当たり前だ。

こんな小さな女子に見下されたのだ。挙句の果てに低能呼ばわり。

それに対して沸点の低かった男たちは容易に苛立ちを露わにした。

「このあまぁ!!」

瞬間的に振り上げられた男の右腕。少女にそれが振り下ろされようとした。

少女は微動だにしない。動けないのか、それとも避ける気が無いのか。

――その時。

 

「あのー、危ないですよ?」

 

停止を促す言葉。しかし、その言葉は間の抜けたような声色で発せられる。

そんな些細な事で男は止まる訳もなく、少女の体に振り下ろされた。

 

馬鹿な餓鬼。

愉悦の笑みを浮かべ、男は異変に気づく。

男の拳は少女の左手のひらの中に納まっていた。

きつく、きつく、その手を握られる。

少女の右手には黒い手袋。左手は素肌。

何とも奇妙なことだった。なぜ、片方しか手袋をしていないのか。それに疑問を想う前に、男は気を失っていた。

いささか呆気なく。少女の前で痙攣をしながら倒れ伏していた。

元凶である少女は冷たくため息をつく。

「あ、兄貴っ?」

「な、なんで?!」

後ろにいた男二人が慌て駆け寄っても、それを見下ろす少女は無表情。いや、呆れた表情だった。

そして、なにを思ったか後ろに視線を向ける。

「ったく、一応警告してあげたのに……」

奇妙な長剣を腰に差した青年……否、青年と呼ぶにはまだ早い少年がぼやいた。

眠たそうに根癖のついた髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、少女の横を素通りすると受付へと向かう。

そこで、人々はようやく気づく。

先ほどから少女と男達の諍いに注意を向けていたが、その間に彼は闘技場に入ってきたのだと。

彼こそ、先ほど男に制止の声を掛けた少年。だったが、倒れた男には目もくれないで足も止めない。

少女が向かおうとしていた場所――大会受付の前で、立ち止まる。

「ここで受付をしてると聞いて来たんですけど?」

眠たそうな顔ながら、へにゃりと人の良さそうな笑みを浮かべて受付に札を見せた。

それは札だった。書かれているのは少年の簡素なプロフィール。

国で発行される身分証明書を見せると、彼は笑顔で言った。

「ロディウス・ヴァンガード……ノースガルド武道大会に参加表明しに来ました」

 

 

人々の間でざわめきが起こる。

それは、大会に参加すると表明した彼のこと。そして、彼はどこの誰かと言う話し。

その中で、少女はそれを面白そうに見ていた。

「ふむ……ロディウス・ヴァンガード……あの、傭兵か」

いささか、剣呑なまなざしで。

 

 

 

 

もうすぐ。

そう、ほんの数日の後、ここノースヴェルドの武道大会は始まる。

その前にあった二人の邂逅。

 

それは、これから始まるであろう物語の序章にすぎない。

 

 

 

 



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開会

 

歓声、怒声、喚声、罵声、喊声……数多の声が入り混じったその場所。観客で溢れるそこは、ノースヴェルド帝国でも随一の大きさを誇る円形闘技場(コロッセオ)サヴェルオン。

中央の舞台には何千もの武者たちが雑多にあつまり、観客席には城下町、遠くの農村、隣国等様々な場所からの観客で溢れかえっていた。

 

『さあ、始まりました、ノースヴェルド武道大会。今年は、実に三千もの猛者どもが全国より集まりました!!』

 

突如響いた解説の声にさらなる高揚を見せる会場。

が、大会参加者の中に眠たそうに隅で佇む少年がいた。

 

 

 

「暇だ……眠い……」

思わずそう呟いてしまう。

開会式は盛り上がっている。が、眠い。ひたすら眠かった。

最近、いろいろやらかしたせいで休む暇が無かったのだ。昨日も夜遅くまで寝ることが出来なかった。まぁ、他にも理由はあるが。

話しの進行と共に横にも後ろにも、前にも集まるやる気十分な戦士たちが各々の得物を片手に時の声を上げる。

中には会うこともままならない有名な傭兵や戦士、騎士たちが混じっていた。

彼等が集まることなんてこれまでもこれからも無いだろう。

十四年に一度のノースヴェルドの武道大会。その開会式と言う、ある意味歴史的瞬間に立ち会っているのだ。が、……眠い。

そんなことどうでもいいと思ってしまうほど、眠い。

さっさと開会式でもなんでも終わらせてくれ。

周りの熱気とは正反対に冷め切った願い。それがそろそろ耐えきれなくなり、うつらうつらとし始めたころだった。

 

空気が変わった。

 

あれほどざわめいていた会場が、沈黙する。

いきなりの変化。それにロディウスは反応した。

「……来たか」

 

あいつが……『王』が来た。

 

眠いなんて言ってられない。

そう、背筋を伸ばす。

まわりも、ただならぬ面持ちでそれを見た。

 

闘技場の中に集まる参加者たちから一段離れた場所。そこに現れたのは、『王』だった。

ノースヴェルド帝国の帝王、アーフェリオン・L・ノースヴェルド。

一歩、一歩。進む姿はそれだけで周囲を威圧する。

その眼光は鮮烈にして苛烈。未だ三十路に満たぬ王とは思えない風格。

まさに、『王』。

この国『最強』と呼ばれるその存在が現れた瞬間あたりの空気が変わる。それほどの、存在感。

 

彼が口を開く。

 

「……これより、ノースヴェルド武道大会を開幕す。一攫千金を望む者、望みを叶えるために足掻く者、地位と名誉を欲する欲深き者ども、自らの法を振りかざし――存分に死合え」

 

耳が、聞こえなくなったのかと思った。

歓声よりも絶叫に近い歓声。

参加者から、観戦者から、四方八方から上がる声。

耳を塞いでも聴こえて来るそれは、終わることを知らない。

そんな中で――興奮を抑えられない自分がいることに気づく。

 

ようやくだ。

ようやく助けに行ける。

 

この大会、必ず勝ちぬかないといけない。

自分の為では無く、彼女のために。

 

 

 

 

開会式が終わると参加者に小さな腕輪が配られ、予選についての簡単な説明がされた。

この大会は、始めに予選がおこなわれ半分以上の参加者が落される。その、説明だ。

予選を突破すれば、本戦に。もし本選で負けても予選通過者は敗者復活戦も行う事が出来る。

その前に、予選に勝ち残らなければならないが。

 

そのうちに、三千人越えの参加者には五日間の猶予の中で五人の参加者を倒し、倒した相手の参加者全員に渡された腕輪を壊すことが予選通過の条件と説明がされる。

場所はどこでも構わない。町の中。町の外の森。街道。

寝起きを襲うのもよし、正々堂々正面切って殺し合うもよし。

ただし、町の中での戦闘では周囲への配慮を少々すること。

それだけ。

たったそれだけだが、それだけの事にため息をつく。どれほど大変なのかと考えて、ため息をつく。

 

この大会は普通の大会じゃない。

普通、大会の予選を町中でやるなんておかしい。だが、これは十四年に一度の祝祭でもあるのだ。

収穫祭が終わった後に始まり、その後三カ月。年をまたぎ行われる国を挙げての祝祭。

祝祭で在り、伝統であるがゆえに、このようなことがまかり通ってしまっている。

 

「まったく、簡単に言わないでくれよ……」

三千人の参加者たちは、誰も彼もつわものばかりだ。まぁ、中には物見遊山で参加してしまった憐れな人もいるだろうが。

そして、開始の鐘が――鳴り響いた。

 

「なーんだ、それだけでいいのか」

 

今の声は……。

酷く冷たい声。それと共に殺気が辺りにまき散らされる。

奇しくも自分の考えていたことと同じことだったが、ニュアンスが違った。

本当に、『それだけ』の事で在ることにため息をつく、そんな声だった。

それとともに、至る所から戦いが開始される。

「ちょっ……今から?!」

予選は、あまりにもあっけなく、簡単に始まっていた。

どうする、逃げるか? 一度逃げて、体勢を立て直す……こんな場所でわざわざ戦って自分の情報を渡したくない。

それに、この大会はチームで参加している奴らもいる。

案の定、三人組によって袋叩きになっている一匹狼や逆に返り討ちにあう者たちの戦いが展開されていた。

他にも、戦いながら仲間を増やそうとする慎重な者、いったん逃げることを最善とする者……。

こちらも、さっさと逃げるか。いや、それよりもこのまま漁夫の利を狙うべきか――。

考えをまとめる前に、事態は急速に進んでいく。

「……っ?!」

周囲から殺気を感じた。

慌てて回避をする前に姿を確認しようと振り返って……ソレを見た。

 

物言わぬ屍があった。

 

いや、屍なんて呼べない。

元が人間とすら判断できないスプラッタ。

切り刻まれ、粉々にされた人間だった物。

吐き気がする。

だれが、こんな事をやりやがったんだ。

……俺以外にも、気づいた奴らは各々口元を押さえ、そして自分で無かったことに安堵していた。

開始早々、知らぬうちにこんな姿になるなんて、誰が思うだろう。

青くなった参加者たちは、どれ程の覚悟を持ってこの場に立っているのだろうか。

この大会で、どれだけの死者が出ているのかを知っていて参加しているのか。

考えても詮無い事だ。

それよりも、目の前の惨状に意識を向けなければ。

他人の事で油断して、目の前のスプラッタのようにされたのではかなわない。

「五人……か」

改めて見ていると、形状が判断できないそれの中にあった五つの丸い者に気づいた。

それは、頭。

人間のそれは、赤い水たまりの中に沈んでいる。

この時点で予選を抜けた奴がいる、と言うことだろうか。

ふざけた奴だ。

こんな胸糞悪い事を平気でしでかして、本人は既に居ない。

どんな事をしたらこんな惨状を生み出せるのか。見た所で解らない。

もしも戦う事になった時のために少しでも情報が欲しかったが、意味はなかった。ただ気分が悪くなっていく一方だ。

大会の審判役達もこのありさまに慌てている。

「……こんなやつらばっかりなのか?」

 

ノースヴェルド武道大会。

内容がトーナメントの時もあれば、バトルロイヤルの時もある。異端な大会。

三人までのチームを組むことが許されているこの大会では、三対三での戦いや、三対一理不尽な戦いも展開される。

が、だれが優勝するのかまったく分からない。

事実、過去の優勝者の多くは独りで勝ち残ったつわものだと言う話をよく聞く。

そして、一番重要な事。優勝者には、莫大な賞金、比類なき名誉、そして、王に一つだけ願いを言う権利が与えられる。

 

だからこそ、ある者は賞金のため、ある者は名誉のため、ある者は願いの為、優勝を目指す。

 

自分もまた、その一人。

どうしても、助けたい人がいるのだ。

そのためにも……優勝して、あの王の前に立たなければならない。

 

――っと、来たか。

 

思考を中断させて、回避行動に移った。

殺気を感じた訳ではない。襲ってくる奴がいた訳ではない。

しかし、一時遅れてさっきまでいた所に何かが着弾する。

破裂した音。散らばる破片。小さなクレーターの中央には、岩が転がっていた。

当たれば簡単に命を奪うであろう凶弾は、離れた場所にいた坊主頭の男から放たれた物。

ったく、危なかった。

思わず、心の中で安堵する。

こんな物があたっていたら気絶か良くてもこの後の戦闘に不利になっていただろう。

「ほう、よく気がついたな、ガキ」

「……この大会に参加するだけの実力はあると思っているので」

見れば、声の主は坊主頭の男だった。

見覚えのある顔。以前、傭兵として活動していた中で擦れ違ったことがある気がする。

あちらは覚えているか知らないが。

「そうか……」

ニヤリと嗤う坊主頭。

そう言っている間にも、クレーターの中にあった岩が空高く打ち上げられた。

どうして? どんな原理で?

そんな事を考える者はここにいない。

「なら、どこまで逃げ切れるか、試してやるぜ!!」

「……っ」

空から、凶弾が降り注ぐ。

さっきの一つだけじゃない?!

堕ちて来た岩を飛び退いて逃げようとするも、逃げようとした場所をめがけて違う岩や石が降ってくる。

「ほらほら、さっさとお前のラウドを見せろ!!」

ただ逃げるだけの俺を坊主頭が笑ってくる。

 

ラウド――それは、一人につき一つ持っている能力だ。

 

相応の代償を払う代わりに発現する異常な力。

この大陸の住人は、誰であろうと持っている。持っていて当たり前のものだ。

他の大陸にはないものだとか聞いたことがあるがなぜなのか、詳しくは知らない。ラウドの研究者ではないし、知ってどうなることでもないから興味がないから。

 

それにしても、こっちはすでに見せている(・・・・・)のに。

そんなことを知らない男は、さらに放つ岩を増やして来る。

この男のラウドは、物を飛ばして落す物なのか。今は考えている余裕はないようだ。

「ったく、眠い……」

これ以上やっても仕方ない。

坊主頭の能力が、ただ空から岩を落とす能力と判断して行動を起こす事にする。

たしかに、空から高速で落ちてくる岩は当たれば容易に意識を刈り取り、時には死をもたらすだろう。

しかし、それは当たればの話だ。

「まったく、さっさと終わらせて帰るか」

帰って、これからのことを考えよう。

予選突破の条件は、参加者五人を倒す。この男を倒せばあと四人。

こっちは攻撃性の強いラウドを持っている訳じゃない。

一人ずつ、確実に戦って勝つことが一番だろう。

まあ、とりあえずは……目の前の奴を倒さなくては。

そう、坊主頭を改めて見ると、さっきっからまったく攻撃が当たらないことにいら立ちを見せていた。

「くそっ、なんで、どうして当たらねぇんだっ!」

「こんな単調な攻撃、当たる方がおかしいとおもいますよ」

まあ、嘘だけど。

 

左斜め上からこっちめがけて来る岩。数秒後に目の前に落ちて来る石。数十秒後に避けたオレに狙いを定めて追うように落される岩。

それを視て――全てを避けきり男に接近できるルートを探す。

 

「俺のラウドは――未来予知なもんでね」

相手のラウドを知るという事は、対策を取られることや弱点を知られることにもなる。

だから、誰にも聞こえないよう、小声で呟いた。

 

未来予知

 

つまりは、先の未来を知ることが出来る。

未来を知り、その未来を回避することが出来る。

だからこそ最初の攻撃に気づく前に回避行動に移ることが出来た。

そして、今も避け続けることが出来るのだ。

 

この坊主頭には悪いが、俺は運がいい。

俺のラウドにとって、避けようと思えば避けられるこの坊主頭のラウドは相性が良いからだ。

へまをしない限りは――常に先手を取れる俺の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 



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予選

 

 

 

はたして、結果は予想通りになった。

腰の得物を抜くこともなく、体術のみで組み伏せて男の腕輪を壊す。

簡単に壊れた腕輪。

別に何か変化が起こるわけでは無いらしく、なにも起こらない。

なんだか、拍子抜けだ。

その間にも、未だに会場に残っていた参加者からは、警戒と殺気が贈られる。

さっさとここから退避したほうがいいな。

こちらのラウドはばれていないだろう。が、顔は覚えられたかもしれない。

そろそろ代償の影響が出て来るしここから離脱して体制を立て直した方が良い。

 

ラウドの代償。それは人それぞれだ。

ラウドを使う事によって何かを失う者や、常に代償を支払い続けなければならない者もいる。

共通していることは、能力を使いすぎれば身を滅ぼす。死すらも招くということ。

今の戦闘でかなりラウドを使った。

俺の代償は即現れるものじゃないが、これ以上の戦闘は危険だ。

しかし。

「ほう……そこの少年、私と勝負をしろ!!」

「……ままならないか」

やっぱり、さっさとこの場から去っていればよかった。

見れば、自分と変わらないような年の血気盛んな少年が剣を構えていた。

騎士気取りなのか知らないが、城の警護を行う近衛騎士の制服を着ている。

「私の名は、ヴィクトール・フォン・エルディータ。いざ、尋常に勝負っ!!」

「ヴィクトール……?」

聞き覚えのある名前だ。

たしか、去年、最年少で騎士となった有名人だったはず。

ちょっとまて、本物の騎士なんかが大会に出ているのか?

「おいおい。金も名誉も十分あるだろうに……」

エルディータ家は貴族、そして王の近衛騎士はめったに拝命されない名誉職。そんなやつが、一体何のために。

「金? 名誉? そんな者などいらぬ。私はただ、自らの鍛錬のためにこの大会に参加したのだっ!」

「……あー、そうなんですか」

なんだかしらんが、熱血漢らしい。

鼻息荒く宣言する姿は、どこか近寄りがたい。

こんなやつがあの王の近衛をやっているのか。

思わず考え込みかけて、いやいやと頭を振る。

今は、この状況をどうにかしなければならない。

「では、いざ参る!」

「なっ、ちょっと待てよっ!?」

まったく、ままならないものだ。

こちらの心情をかんがみず、ヴィクトールは剣をゆっくりと振り上げる。

ただし、どう見ても振り上げた剣が俺に届かない位置で。

なにを考えている?

慌ててラウドを発動する。

 

未来予知。

いや、未来視と言った方が良いかもしれないそれでわかった未来は――。

 

「おいおい……」

 

剣に集約される光。振り下ろされたその先一帯を吹き飛ばす光の一撃。

それに回避できず直撃をする自分。

 

「……本気かよ」

 

武器に力をためて周りに影響を及ぼしたのか、攻撃力を付与してあたりを吹き飛ばしたのか、判断するのは難しいがそれよりも回避行動に移らざるを得ない。

さっきの坊主頭の攻撃は避けられた。避ける猶予があり、攻撃の範囲が狭かったから。

でも、この攻撃は間違いなく――避けられない。

自分は、周囲を巻き込んだ広範囲攻撃にはとことん弱いのだ。

すでに剣には光が集まってきている。すぐにでも放たれるだろうソレの威力は計り知れない。

まだ猶予はあるが、範囲が広すぎる。

それでも、攻撃を直撃するのはまずい。

逃げるしかない。

「我が一撃、受けてみろ!」

「受けられるか、ぼけっ!」

逃げるに決まってんだろ!

さっさと逃亡する俺に贈られるのは、ヴィクトールの叫び。

騎士としての誇りがどうのと叫んでくるが、そんな事にかまっていられない。攻撃に特化したラウドの直撃なんて、考えたくもない。

こっちは未来を視るだけなのだ。

しかし、そのおかげなのか、光の集約率は未来予知であらじかめ見たそれよりも遅い。少しは時間が稼げているらしい。もっと叫べと言いたくなるが、そんな暇はない。

そんな思いも空しく、時は刻一刻迫る。

これまでの間、ほんの数秒。とはいえ、ほんの数秒の地に状況は変化していく。

とにかく回避をしようと逃げる。

が、逃げて行こうとした先に人が戦っていた。

彼らには悪いが、こちらも必死。巻き込むことなんて気にしちゃいられない。

ただ、注意を促すために叫ぶだけ叫んだ。

 

 

 

///

 

 

 

 

参加者の集められた舞台。そこに黒の少女もまた、いた。

屈強な戦士の中で、異様に目立つ黒のシスター服の少女。

開始早々に目をつけられるのは、当たり前かもしれない。

 

少女の痩せた体に男の拳が襲う。その男とチームを組んでいた女戦士の剣が掠める。宙を舞う雷が少年の指示によって少女に向かう。

三対一の理不尽な戦い。

襲撃を受けたのは、始まりの合図が出た瞬間。であるにもかかわらず、少女はことごとくそれを逃げ切って魅せる。

 

ロディウスの様な未来予知の能力を持っている訳ではない。

襲撃者である三人組が弱い訳ではない。

ただ、実力と経験だけで避けているのだ。

それは、見る者が見れば判る洗練された動き。

それに思わず見とれる者もいる。

この少女、どれ程の修羅場をくぐり抜けてきたのか。そんな感想を抱かされる姿だった。

 

そして、避け続け襲撃者をあしらうのに疲れたのか足を止めた。

その手には、うら若き乙女が握るにはいささか物騒なセスタス。

鈍い光を放つそれは、洗っても消えぬ染みを幾つも残している。

少女との実力差には気づかない三人組は、これ幸いとばかりに少女に襲いかかり、逆襲を受けた。

 

男の拳が割られる。

女戦士の剣が弾かれた。

雷を操る少年は簡単に伸されて動かない。

まるで、舞うかのように麗しく、踊るかのように可憐に。

いとも簡単に、三人をひねりつぶすように蹂躙した少女は、汗一つ書いた様子もなく勝者となった。

後は腕輪を壊すだけ。

そう、近くにいた男の腕輪を思いっきり蹴り飛ばして壊す。

男が痛みにうめいたが、わざわざ優しくやってやる必要も感じず、さっさと壊す事を優先している少女の耳には届かない。

続いて、女剣士の腕輪を壊そうと移動しようとした。

が――。

 

「逃げろっ!!」

 

「……?」

少女が見た先には、見た事のある少年。

その後ろには騎士姿の少年が光を纏う剣を振り下ろそうとしている所。

 

あれは、なんなのか。

必死の形相の少年から、なにかしらこちらに不利な物であることは解る。

しかし、まだ腕輪を壊していない。それにこちらには関係ないことだ。

そう思うと、少女は少年を気にせずに腕輪を壊そうとした。

「なにやってんだ、ばかっ!」

「なっ――」

突然の衝撃。

少年が、少女に体当たりをするようにその手を掴んで引っ張ったのだ。

少女の数少ない素肌を晒す左手を躊躇いもなく掴んだまま、少年は走り出す。

無論、少女の停止の声も聞かない。

 

「な、なぜ……」

少女は掴まれた左手を凝視する。

「なぜ、お前は――」

 

その言葉は、ロディウスに聞こえることはなかった。

それどころか、全てを言いきることも出来なかった。

ヴィクトールによる攻撃、剣から放たれた光の奔流。破壊音が全てをかき消し、少女と少年――ロディウスを吹き飛ばしてしまった為に。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだあれは、他者に迷惑かけるなと教わらなかったのか? 死ねっ、キサマ。ふざけるなっトウヘンボクっ!」

「本当にすみませんでしたっ!」

夜の町に、そんな絶叫じみた叫び声の会話が響く。

声の出どころ、場所は裏通りの隅にある小さな借家の一室。

息も絶え絶えに罵詈雑言を絶え間なく吐き出すのはシスター姿の美少女だった。

 

「馬に蹴られて死んでしまえっ」

えーっと、助けてあげたはずの少女に罵倒された場合、どうすればいいのだろうか。

ロディウスは、困惑していた。そして、眠い。

大会の予選早々、ヴィクトールの容赦ない攻撃から直撃を免れて、どうにかこうにかボロボロになりつつ隠れ家に静観することが出来た。

そこまではいい。

たまたまヴィクトールの攻撃範囲にいたシスターを思わず助けた。

俺ってばお人よしだなー。まあ、倒れてた人はさすがに余裕無かったから見捨てたけど。

それで、攻撃受けて吹き飛ばされて酷いありさまになりながらも逃げることに成功した。

そしたら、シスターに思いっきり背負い投げされて羽交い絞めされた。怒涛の勢いで攻め立てられた。

道のど真ん中でやることでは無いので隠れ家の一つに案内して話をすることになった。

そして今に至る。

「……なんか、理不尽だ。つか、ねむいし」

「なにがっ理不尽だっ、眠いだっ。こちらは貴方のせいで二人分損したのだぞっ! しかも、新調した服はぼろぼろ、持ち金も全て失った!!」

「す、すみませんでしたっ」

あまりの迫力に、思わず土下座をしてしまう。

このシスター、いったい何者なんだ。男相手に、羽交い絞めする凶暴シスターなんて聞いたことないぞ。

あと眠いのはラウドの代償のためだ。しょうがないだろ。

そう思っても、さすがに口に出さない。

こちらの戦いの余波で起こってしまったことだから、攻められても仕方ない。

まぁ、ヴィクトールが一方的に襲ってきたのだからいささか理不尽だと思っているが。

「それに、なぜ……なぜ私に触ったっ!」

「なぜって言われても……」

たまたま前にいて、ヴィクトールの攻撃に気づいても逃げようとしてなかったから、思わず手を掴んで逃げただけなんだが。俺、何かしたのだろうか?

頭を掻きながら少女を見る。

むしろ、助けてあげたはずなんだが……。

そういや、シスターって、異性に触っちゃダメだとか規則あったっけ?

それだったら、ここまで怒られても……しょうがないのか?

いやいや、ここまでなんで怒られるんだ。

戦いがあるのは分かっていたんだから、新調した服を着てボロボロになっても、金銭を失っても自己責任ではないのだろうか。それに、触っただけでいったいなにがお気に召さなかったんだ?

本物のシスターなのか疑わしい凶暴さに辟易し、さっきっから隙あれば跳んでくる殺意のこもったセスタス付きグーパンチをかわしながら、そんな感想を抱いた。

それより、眠いのだが。

「……何ともないのか」

「へ? いや、なにが?」

急にしおらしくなって、上目づかいにそう聞いて来る。

今さらなことだが、シスター少女は結構な美少女だ。

もしも、初見でこんな感じにいろいろ迫られたら、一発で落ちたんだろうな。

ま、凶暴すぎる本性知った後じゃあ、恐ろしいだけだけど。

「そう……何ともないのか……」

良く解らないが、こちらの反応が無い事を自己完結すると、しゅんと気を落とすように目を落とす。

「ならば、貴方のラウドはなんだ」

「言うと思うか?」そう、答えようとして止める。

ぶっ飛ばされる未来が見えたからだ。

ちなみに、ラウドは使って無い。

「なら、そっちのラウドはなんだ?」

「……言う訳が無いだろう」

「そう言うことだよ」

いったい、どうしたのだか。

怒ったかと思えば、しおらしくラウドはなんだとか聞いて来て……。

ま、まさか、ギャップ差でこちらを油断させて予選通過を狙っていたりするのか?

少しずつ情報を奪って俺を倒すつもりなのかっ?!

な、なんて凶悪なシスターなんだ……。

お、俺、騙されないぞっ。いまさら可愛らしい姿を見せても、騙されないからなっ。

「な、なぜ離れる……?」

「……いや、なんとなく」

「もう一つ聞きたいのだが」

「えっと、なにか?」

一体、今度は何を聞いて来るのだろうか。

どきどきというか、なんと言うか。嫌な意味でドキドキだ。

「貴方のラウドは、相手のラウドの弱体化や消滅か?」

「いや、違う」

そんな能力だったら、そもそもヴィクトールから逃げていない。

そういう能力があったらなぁ……。

俺の未来予知(ラウド)に別に不満は感じない。けど、それでもそんな能力だったらよかったのにと思ってしまうこともある。

未来予知で、先の未来を知ってしまうといろいろ辛いものがあるし……。

そんな事を考えると、戦いの中で重要になって来るラウドの弱体化とか消滅なんかの方が使い勝手がよさそうでいい。

圧倒的な力でねじ伏せるような攻撃力の高いラウドでも良かったかもしれない。

まぁ、そんな事、考えても仕方が無い。

「……」

俺の答えに、シスターは沈黙した。

この少女はなにを考えているのだか。

怒ったと思ったら、ラウドについて聞いてくるなんて。

ぼんやり黙りこんでしまった少女を観察している内に気づく。

そういや、この子の名前をまだ聞いてなかった。

「俺はロディウス。君は?」

「知ってる。……私はセレネだ。セレネ・ファラーディア。先ほどは助けてくれたというのに申し訳ない。一応は礼を言っておく」

なんだ、俺の方は知られていたのか。

ちょっと驚く。

「……いや、こっちこそ他所の戦いの邪魔をしてすまなかった」

「戦いは終わっていたからな、その事についてはあまり気にするな」

「はぁ……えっと、倒したのに腕輪を壊せなかったのは三人か?」

「いや、二人」

一応、責任は感じている。

彼女にも願いがあってこの武道大会に参加したはず。

予選の中で、五つの腕輪を壊さなければならないのに、それを俺は妨害した。

さっき、腕輪を壊されなかったのは、彼女の恩情か頭に血が上って手忘れてしまっていただけだろう。

そう考えている内にも話題は変わる。

「貴方はチームを組んでいるのか?」

「いや、組んでないけど」

最初は組もうかと考えた。けど、大会の目的や戦い方が合わないやつらが多くて、チームを組むのは諦めた。

場合によっては誰かと組みたいとは思ってはいるが、どうだろう。

俺と組んでくれるような人がいるのかどうだか。

「そうか……」

セレネは何かを考え始める。

こちらを、ちらちら見ながら腕を組む。

えっと、この流れって、まさか……。

「ならば、お詫びとして私とチームを組め」

「丁重に断りたいっ」

 

こんな凶暴シスターと一緒のチームなんて、ごめんこうむる。

 



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氷の魔女

 

予選、二日目――

 

 

俺は、無理やり起こされた。

 

「……」

「おはよう、ヴァンガード」

「……えっと、なんでここにいるんだ?」

目の前にはセレネ。

昨日と似た黒のシスター服に身を包み、可憐な容姿をしている。が、その外見に騙されてはいけない。その攻撃力の高さは、自身で証明済みだ。

昨日、帰ったはずのシスターの姿をした凶暴少女が、いた。

「寝たい……」

「寝るな」

俺の代償は睡眠とか眠りとかなんだが。

すごく、眠くて……その……。ぐぅ。

「……」

「ふむ。では、貴方が眠った後、ゆっくりその腕輪を壊させてもらおう」

「なにをすればいいんですか」

よし、目が覚めた気がする。

少女が舌打ちするのを片目に、嘆息した。

「最初に、貴方の実力を見ようかと」

「……」

チームを組むって話、本気なのかこのシスター。

 

 

 

町中は、どこか殺伐としていた。それとともに、熱気と期待でうかれている。

殺気だっている者や、正々堂々と戦いをする者。

隠れ、隙を見ながら待機する、濡れ手で粟を狙う者。

もう、予選は始まっている。

そして、それに町に居る人々、一般人は此れから始まるであろう戦いを楽しみにしていた。

「……」

ため息をつきたい。

ものすごくつきたい。

後ろをちらりと見ればセレネ。

こんな事になるなら、助けなければよかったな……。

「さてと、ヴァンガードはどれほどの腕前だ?」

「さあな」

俺の反応速度を超えるような攻撃や、広範囲殲滅系なんかの攻撃うけたらまず負ける。

それ以外なら、どうにかなる。いや、どうにかして見せる。

これまで、ラウドが無くても戦えるようにと必死に努力してきた。

そのせいで師匠に何度殺された事か……。

まぁ、ともかくこれまでこの大会のために強くなろうとしてきた。

いや、強くなったつもりだ。……まだ、師匠に勝てたためしが無いが。

 

それにしても、本当にこのシスターはなにを考えているんだ?

見知らずの俺とチームを組むとか。

昨日、俺の腕輪を壊そうと思えば壊せたのに、なんで――。

「見つけたぞっ、少年!」

「……うわっ、……頭痛いんだが」

外出した途端にヴィクトールと再会とか。

厄日か。厄日なのか。

セレネに続き、ヴィクトールとか……頭痛いというか、もう考えたくない。

「昨日は逃げられたが……今日こそはっ!」

「って、お前、町中で昨日みたいなのやらないよな……?」

「町を守る騎士として、町を壊すなどするはずが無かろうっ!!」

昨日の光の一撃。町中で使ったりなんかしたら、どれ程の被害受けるかわかったもんじゃない。

そう思っていると、横のセレネが小声で話しかけて来た。

「……ヴァンガード、この暑苦しい奴は誰だ」

暑苦しいにどこか強調しながら聞いて来るセレネの顔は、どこか嫌がっていた。

もしかして、熱血系が苦手なのだろうか?

冷たい視線は、刃のように鋭かった。

「昨日の攻撃をやったやつだよ。ほら、あの時の光ってたやつ」

「私の邪魔をした愚者その二か」

「……ちなみに、その一って誰ですか」

「貴方に決まっている」

愚者認定されてたのか、俺。

「おや、隣のシスターは君のチームのメンバーか!」

「ちが――」

「そうだ。愚者その二」

「セレネさーん……俺、チームとか組むつもりは……」

「仕方ない。寝込みを襲うか……」

「すみませんでしたっ」

ちょっとシスター……。

腰には短剣を二本もつけてるし、セスタスを装備してるし、なんだか強いし……この人、本当にシスター?

何度目か分からない疑問に、頭痛が酷くなる。

「セレネ……? まさか、シスター・セレネ……?」

ヴィクトールの様子が、変わった。

さっきまでの暑苦しさは影を潜め、鮮烈な殺気を放つ。

最初からこんな感じだったら、俺の騎士像崩壊は無かったんだが。

しかし、なぜセレネを知っているのだろうか。

俺が知らないだけで、セレネは有名人なのか?

「『教会』のテロリスト……っ!!」

テロ、リスト? このシスターが?

……そこまで驚かないな。うん。

彼女ならこの国最強の『王』にも刃向いそうだ。

「お前、テロリストなんだ」

「……有名だと思っていたが?」

『教会』というと、このノースヴェルド帝国の裏で暗躍しているテロ集団だ。

前王、つまりアーフェリオンの父であるラインヴェルドの時代、その圧政を糾弾しレジスタンスのような活動をしていた。さらに、ラインヴェルドの崩御後は無駄に多かった王位継承権を持つ王子たちを裏で煽り兄弟同士での殺し合いをさせたと言われている。

その中でも有名などころは『教師』とか『オラトリオ』とか名乗るテロリストだ。

彼等は王位争いに介入し、裏で様々な工作をしたらしい。

つい先日も、このノースヴェルド一と呼び声高い騎士団を襲った『教会』の者がいたとか。確か、名前は知らないけど――『氷の魔女』と二つ名で呼ばれていたはずだ。

そんな事を思い出していると、すぐにその二つ名を聞くこととなった。

 

「まあ、隠す事でもないからな。私はセレネ・ファラーディア。他者からは『氷の魔女』と呼ばれている。先日は、世話になったな、熱血騎士」

 

ニヤリと嗤った少女は、氷よりも冷たい瞳だった。

「……貴様っ、……まあいい。この大会に参加していたのなら好都合だ。……同胞の仇は討たせてもらう」

おいおい……このシスター、犯罪者かよ。

しかも、つい最近騎士団に喧嘩を売った……。

 

この大会の特徴の一つに、参加者が犯罪者なら、大会参加中は逮捕されることが無いといものがある。

たとえ指名手配犯でも、殺人鬼でも、戦闘狂でも、だ。

だから、セレネは自分が犯罪者であることを告発したのだろう。

ヴィクトールの標的が、俺からセレネに変わる。

好都合。こっちはさっさと逃げて違う隠れ家に行こう。

あの隠れ家を失うのは手痛いが、このまま彼女のチームに入れられたらどんな事になるか分からない。

テロリストの仲間なんて思われたくもないし。

それに、この二人が潰し合ってくれるのなら好都合だ。

「仇、か。討てるのならばな」

不敵な笑みを浮かべているセレネは、ヴィクトールに注意を向けている。

こちらに注意を向けられるほどの余裕が無いのだ。

それだけ、ヴィクトールが強いということ。

しかし、セレネも負けてはいない。

二人の相対す姿は、見ているだけで総毛立つ。

 

よし、逃げよう。

 

「さらばっ!」

一瞬のすきを突いて路地裏に駆け込み、姿を晦まさせていただこう。

テロリストや熱血騎士にかまっていられない。

こっちには、いろいろ負けられない理由があるんだ。

「むっ、なっ、待て! ロディウス・ヴァンガードっ!!」

待てと言われて待つやつがどこにいるかっ!

昨日と引き続き、全力疾走をして俺は逃亡した。

 

 

 

///

 

 

 

逃げられた。

 

ヴィクトールと相対すセレネが思ったのは、まずそれだった。

「――待てっ! ロディウス・ヴァンガード!!」

逃げるその背に手を伸ばしかけて、とっさに後ろに下がる。

「っち、運が良い」

ヴィクトールが、いつの間にかすぐ横まで来て剣を振るっていた。

もしも手を伸ばしたままなら、間違いなく切り落とされていた。

このままではロディウス・ヴァンガードを追えない。

体勢を立て直さないと。

「テロリストめっ!!」

さらに剣を向けて来るヴィクトールから離れようとする。が、こちらの動きを追って来る。

その顔には憎悪。仲間を傷つけられた憎しみと共に、テロリストへの純粋な憎しみ。

熱血漢は、どこまでも熱血らしい。

悪を倒すため、正義の剣を振るっているのだ、この男は。

「ふざけるなっ」

ならば、なぜ私達のような存在が現れたのか、考えろっ。

どうせ言っても仕方が無い事を心の中で叫びながら、どうするかを模索していた。

こんなやからに負けるほど、私は弱くない。

しかし、勝ったとしても無傷とまではいかないだろう。

近衛騎士になるだけあって、ヴィクトールの腕前はかなりの物だ。

これからの事を考えると、怪我などはしたくない。

そもそも、私の代償は……いや、今は考えるな。

なら一発で仕留めるか?

一秒でも早く、戦いを終わらす。

逃げることは考えない。逃げたとしても、この様子ではどこまでも追ってくるはず。

なら、倒すだけ。

と思ったが、もうひとつ選択肢はある。

「何時まで逃げているつもりだっ!」

ヴィクトールの剣の速さが上がる。

こちらが何もしないことに、しびれを切らしたのだろう。

「……まったく、五月蝿い騎士だな」

これからの動きは決まった。

さっさと倒して、ロディウス・ヴァンガードを捕まえに行こう。

 

正直、なぜロディウスをチームに入れようと思ったのか解らなかった。

なんとなく、気づいたら誘っていた。

独りで勝ち進めることができないと、心のどこかで考えていたのもあるだろう。

でも、なぜ彼なのか。

 

息継ぎする暇もなく振るわれる剣。それを避けようと後ろに下がろうとし、何かが背に当たった。

壁だ。

ヴィクトールの剣が空を斬る。そして、壁を抉った。

破片が飛び散る。それが、頬を傷つける。

そして、私は――

「降参だ、うっとうしい騎士サマ」

――手を上げた。

「な……に……?」

「降参、降参。言葉の通りだ。ほら、どうぞ、捕まえろ」

セスタスを手から外し、腰にぶら下げた短剣を二つとも地に落す。

呆然とするヴィクトール。

これほどまでに虚をつけるとは思っていなかったが、それが楽しくて仕方ない。

まさか、さっさと降参されるとは思っていなかったようで、ヴィクトールはどうすればいいのかと困惑している。本当に、愉快すぎる。

 

これ見よがしに、両手に何も持ってないことを見せびらかして――氷の魔女(セレネ)は嗤った。

 

嗚呼、煩わしい騎士だ。

私のラウドを――魅せてあげようか。

 

 

 

 

 

///

 

 

 

暗い路地に、足音が響く。

その出どころは、カメラを首にかけた青年。

言動は軽く、楽観的な彼は前方に、同い年か、年下ほどの少年が走って来るのを見る。

どうやら、急いでいるらしく全力疾走中のよう。

腰には奇妙な剣……いや、この辺では珍しい刀。腕にはノースヴェルド武道大会の参加者の証。

それを見た青年は、カメラを構えた。

「おっと、獲物発見っ! オレっちついてる~っ」

同じく、参加者である青年は、一人考え事にふけりながら自身のラウドを発動させた――。

 

 

 

 

ロディウスは誰も居ない路地を走っていた。

時折、どこかで誰かの戦う音が聞こえる。それはきっと、大会参加者による戦闘だろう。

そんな事をぼんやりと考えながら、周囲に気を配り、いくつか用意してあった隠れ家のうちの一つへ向かっていた。

 

が――

 

なんだ……誰かに、見られてる?

おかしい。

何かがおかしい。

とてつもない違和感がある。

思わず走りを止めると、あたりを見回す。

誰も居ない。それなのに、視線を感じる。

まさか、遠くから狙われている?

遮蔽物のある場所に隠れたい。しかし、どこから見ているのかが解らない。

それではどこに隠れても意味が無い。

……仕方ない、か。

あまりラウドを使いたくない。が、そうも言っていられない。

 

――発動

 

ほんの数瞬先を見るのではない。

数十秒先を見るのではない。

これから先、なにがあるのか。

誰が、どこでこちらを見ているのか。

攻撃方法は? 防御するには? その後は?

 

これから起こる全てを知るために、未来を視る。

 

ロディウスがラウドの力で知ることのできる未来。

それは、ある程度操り視ることが出来る。

数秒先、数十秒先、数分先、数時間先。

今は、『現在』から攻撃を受ける『未来』、その『後』を視るために集中する。

体感時間が引き延ばされるような、停滞するような。

自分を廻る時間が狂って行く言葉にできない感覚。

 

「は?」

 

なんで、だ?

思わず、そんな間抜けな声を出してしまった。

案の定、敵に襲われ、斬られる未来を視た。でも、おかしい。

 

その未来は、すぐに起こるはずの未来。

それなのに、前方には誰も居ない。

それなのに、時は過ぎていく。

未来で見たのは、剣を構えた青年が俺に向かって襲いかかってくる所。

でも、前には誰も居ない。

視た未来通りなら、絶対に前にいるはずなのに、だ。

どうして?

 

「まさか……」

――相手のラウド?

こっちが未来予知(ラウド)を使っているのに、向こうが使わない理由が無い。

十中八九、相手のラウドが使われているはずだ。

姿が見えないという事は、姿を隠すラウドか何かか?

透過、擬態、いや、瞬間移動という事もあるかもしれない。

しかし、こちらはどこに彼が来るのかわかっている。

相手が遠くから見ているかもしれない。

こちらが未来予知で全てを知っていることを悟られないように行動しながら――相手を待つ。

片膝を立てて座ると、腰を浮かし刀に手を掛けて警戒。するふりをしながら彼が来るはずの場所へ集中をする。

 

そして――至る。

 

「はっ!」

 

一閃

 

素早く抜き去り、斬りつける。

つまりは――居合斬り。

 

「っ、た、ぶねっ?!」

 

突如、未来予知で見た青年が目の前に現れた。

こちらの攻撃をすんでの所でかわしたらしい。

腹のあたりの布が切れていた。

舌打ちをしながら、刀を構え直す。

「大会参加者ですか」

「まあなー」

俺よりも年は上だろう。

……そして、背が高い。

まあそれはともかく、変な奴だった。

なぜなら――

「なあ、あんさん、ロディウスだろ? まあ、合格か……。オレはエスター。情報屋をやったり万屋をやったりしてる。とりあえず、これからよろしくな」

そう、エスターと名乗った青年は、笑いながら手を差し伸べて来ていた。

「よろしく……? なんのつもりですか……」

「端的に言うとな……少年、オレとチーム組もうぜ!」

「……は?」

 

いったい、なんだってんだ。

ロディウスは頭を抱えながら青年を見る。

自分より年上な彼は、笑みを浮かべて手を差し伸べてくる。

明らかに、怪しい。

それにしても、なんでこんな短い期間に二度もチームに入れと誘われるんだ。

やっぱり、今日は厄日のようだ。

「なんで俺なんですか。俺以外にも、もっと強い奴とかいるでしょう?」

昨日の開会式もどきのあの場所で、多くの戦士がいた。

その中でも、俺でも顔を知っている有名な戦士や傭兵が多くいたはずだ。

不信感をあらわにして睨むと、彼はくっくっと笑い始める。

「まぁまぁ、そういいなさんな。お前はこの戦い、彼等と戦って勝ち続ける自信があるのか? あと、お前だって、曲がりなりにもそのうちの一人だってことを認識してねぇだろ」

確かに、彼の言うとおりだ。

あんな奴らと戦って勝ち続けることなんて出来るとは思えない。

しかし、初耳が一つある。

「俺がそのうちの一人?」

「そうだよ。……って、まさか知らなかったのか?」

「……」

普段、俺は傭兵として戦場を廻っていたために同業者や情報屋からなるべく情報交換をするようにしていた。

しかし、そんな話まったく聞かなかった……気がする。

いや、最近は師匠と二人っきりで修業ばっかりだったからごく最近の話はしらないが。

「まあいいか。オレはさ、どうしても金が必要なんだ。それで、なるべく強い奴と組みたい訳。もうほとんどの奴がチームを組んでる。フリーな奴の中で誘えそうな奴って言ったら、お前さんくらいしかいなかったんだよ」

「はー、なるほどね」

今回の大会、チームを組む奴等が多いのか。

その年によって一人が多い時やチームを組む奴等が多い年とかあるとからしいが、今年はそうなったようだ。

確かに一人のままでは不利だ。

「……だからと言って、あなたのことを信用できない」

「まぁ、そうだろうなー。予選が終わる前に返答してくれたらうれしい」

まるで、こちらがYESと応えることを前提にしているような声色で、彼はそう言うと後ろを向いて歩き去って行った。

 

エスター、か。

知らないし、聞いたことの無い名前だ。

セレネの正体には驚いたが、あいつは一体何者だ?

とりあえず、姿を消す事の出来るラウドを持っているようだったけど、どんな効果で姿を消しているのかよく解らなかった。

予選は今日を入れてあと三日。

気を引き締めていく必要があるようだ――。

 

 

 

 

 



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三日目

 

 

予選三日目――

 

 

 

 

 

あの時、俺は自分の無力さを思い知った。

 

何もできず地に伏し、半狂乱になった母を止められなかった。

去って行く背中を追えなかった。

失われた者に手を伸ばせなかった。

 

だから――だから、今度は、今度こそは、……。

 

 

 

「はぁ……懐かしいもん見たな……」

思わず額を打ちながら、天井を見て呟く。

時間は早朝。場所はいくつか作っておいてある隠れ家の一つ。

簡素なベッドに横たわり、眠りから覚めた後のどこか空虚な時間を横たわったまま過ごしていた。

「よし、行くか」

この辺の地理を頭に叩きこんで、腕輪を隠すように袖の長いコートを羽織ると外へ向かった。

予選の終了まであと二日。あと四人は倒さないといけない。

 

街中は昨日よりもぴりぴりとしていた。

かと思えば、楽観的な町人がいつ戦いが始まるのか、だれが勝つのかと一喜一憂している。

基本、彼等は自らに害が無い限りは目の前で戦いを見ることが出来ることを喜んでいるのだ。

家が壊されたり戦いに巻き込まれて負傷したりすると、開催者である国から補助金も出るらしい。

死ななければいい。そんな思いでほとんどの人は十四年に一度の大会を楽しんでいるのだ。なにしろ、祝祭でもあるから。

それに、普段は大っぴらに行う事を許されていない賭博、賭け事が赦されているのもこの時期だけだ。

優勝者は誰なのか。優勝しなくても、上位入賞するのは誰なのか。

未だ予選にもかかわらず、すでに賭けは始まっていた。

しかし、今年は盛り上がらない可能性が高い。

なぜなら……。

「王家直属の巫女様が、今年の優勝者を視たそうだぜ」

「おいおい、うそだろ?」

「どこのどいつだよ。そいつに俺は全部賭けてやる!」

店の中から、そんな会話が聞こえて来る。

「……やっぱりか」

王家に仕える未来視の巫女。なんて祭り上げられた少女がいる。

俺の未来予知なんかでは到底視ることの叶わない、全ての事象の未来を視ることができるラウドの持ち主。

ラウドは普通、血筋に関係なく様々な力を発現する。

親が風を操るラウドを持っていたとしても、子どもが風を操るラウドとは限らないのだ。

が、例外も存在する。

それが、『最強』とされる王家のラウドや一部の貴族や一族にのみ受け継がれるラウド。

予知者の一族もその一つ。

もちろん、一族の物じゃ無くても予知のラウドを持つ者はいるが、一族出の者はそれが発言する確率が異常に高い。

 

しかし、数年前に予知者の一族は数名を除き殺された。

王家の王位争い時の戦いに巻き込まれて……。

それのとばっちりが、妹に振りかかった。

俺と同じ未来予知を持つ、妹。

「リュカ……」

リュカルナ・ヴァンガード。

居なくなってしまった予知者の代わりに、連れていかれてしまった。

俺の自分の未来を数秒、もしくは一日程度視る、そんな小さな未来予知じゃない。

他者の、国の、世界の未来を全て見とおすとさえ評される。

居なくなってしまった予知者の代わりにはちょうどいいと、リュカは王宮に連れていかれてしまった。

しかし、大きすぎるラウドは身を滅ぼす。彼女の代償は――命。

未来を予知する代わりに、命を失って逝くのだ。

彼女を助ける。それが、俺がこの大会に参加した理由だった。

 

「見つけたぞっ、少年!!」

思考を遮るのは、暑苦しい聞きたくもない声。

なんだ、前もあったような展開は。

「また、おまえかっ」

居たのは、ヴィクトール・フォン・エルディータ。

昨日と相も変わらず、暑苦しい熱気を放っていやがる。

そう言えば、あの後セレネはどうなったのだろうか。

ヴィクトールがいるという事は、負けたのか?

まぁ、いいか。

躊躇いもなくふるって来る剣を予知してすぐに後ろに下がると、一時遅れて剣が振るわれる。しかし、ヴィクトールは避けられたことに動じず、勢いを殺さないままそこから攻撃を繋げる。

彼はラウドをまだ使っていない。

あの光の一撃。攻撃力も範囲もかなりの大きさのラウド。

たぶん、大きさなどもコントロールできるとは思うが……。

とにもかくにも、ラウドなしでも十分この騎士は強い。

こっちが余計なことを考えていられない、避けることしかできないほど苛烈な剣術に、思わず舌を巻く。さすがと言うべきだろう。

こちらは未来予知(ラウド)を全開にフル稼働させ、回避に徹することでどうにか攻撃をしのぐ。

傍から見たら、こちらが押されているように見える。

まぁ、その通りなんだが、こちらはまだ手を見せていない。

まだ、反撃の機会はある。ヴィクトールのほうもそれに気づいているのか彼は声を荒げた。

「そちらがやる気が無いのなら、決めさせてもらうぞ!」

闘技場で放ったあの一撃、あれをやるつもりなのか?

攻めるのを止め、十分な位置を取ると剣を構える。

あの、攻撃型のラウドを発動するつもりだ。みるみるうちに剣に光が集まっていく。

このラウド、どうしても溜の時間が大きい。

それを知っているはずの彼の行動。

罠か?

しかし、迷ってる暇はない。

「っち」

罠なら罠で未来予知をもって逃げ切ってみせようじゃないか。

こっちは、逃げと早さなら自信があるんだ。

一気に走り込み、斬りこもうと――。

「しかし、残念だ。至極残念だ。私は昨日、すでに五人の戦士を倒してしまった所。すでに予選を通過してしまった。我がライバルも早急に予選突破をするように励んでくれ!」

「ちょっとまて、何時の間にライバルになったんだ」

じゃっかんひきながら、抜いた刀は納めない。

ヴィクトールの行動を警戒しながら様子をうかがう。が。

「では、さらばっ!!」

何をしたかった、あの騎士は。

ゆうゆうと後ろを見せて去って行く。

もしかして、予選通過したぜと言いたくてここまで来たのか?

……いろいろな意味で厄介な奴に目をつけられたな。

 

その後、ヴィクトールが俺が大会参加者であることを大声で言ってしまったがために、かなりの人数の大会参加者につけ狙われた。

くそ、あいつ……今度会うときは返り討ちに……って、俺にできるか?

 

俺はそこまで強くない。それでも、ふつうの奴等からすれば強い方だと思っている。

これまで何年もの間戦場を駆け巡り、鬼畜な師匠に剣を教えてもらってきた。

それでも、まだだ。まだ俺は師匠にもあいつに勝てない。

この国、最強の称号を持つ――アーフェリオン・L・ノースヴェルドには。

あいつを破って妹を取り返すことは不可能。俺が大会に参加している理由の一つでもある。

とにかく、予選を通過すること。それが今一番の問題だ。

それだけを考え、戦い続けてその日は終わった。

 

 

 

「あーっ、疲れたー!」

昨日同様、隠れ家に戻ってくると近くにあったソファに横になる。

外はまだ明るい夕方。でも、代償が眠りのせいで、あまり起きてはいられないのだ。

今から寝ないと明日にくる。

ベッドに行こうかと重い腰を上げて、気づく。

「っげ」

「やあやあロディウス君。今日はすごかったな!」

「なんで……エスターさんとやらがここにいらっしゃるっ?!」

「いやぁ、返事を聞きに来たわけじゃないぞ。ただ、路端で君を探しているシスターに出会ってなー」

「……」

ま、まさか、シスターって……。

ぎしぎしと硬い動きで後ろを振り向くと――

「昨日ぶりだな、ヴァンガード」

――案の定、テロリストのシスター、セレネが無表情で立っていた。

 

「よくもまぁ、私を見捨てたな」

「ま、まことに、もうしわけありません……?」

なんで、テロリストに謝っているんだろうか。

ふと、謝ってから気づいた。

「って、なんでいるんだ! ヴィクトールとはどうなんたんだよ?!」

ヴィクトールと負けたのか? いや、それだと務所にぶち込まれているだろうし。

「一計をめぐらし、逃げ切っただけだ。そもそも、私は騎士団と対等に戦えるのだぞ」

「そ、そうでしたね……」

だてに有名じゃないってことだろう。

「……まぁ、あの時は一人じゃなかったが」

「なんか言ったか?」

ぼそぼそと小さな声で何かを言ったようだが、聞こえなかった。

その様子を、エスターはにやにやと見ている。

……悪い予感がする。

「聞いてみたら、彼女は君とチームを組んでいるそうじゃないか」

「組んでません!」

「うぬ」

「って、頷くなよ!」

「彼女にこちらの事情を話して聞いてみた所、快い返事をいただいた」

「おまっ、勝手に返事をすんな! つか、エスターさんは無視ですかっ!」

こいつら、たちが悪い。

ヴィクトールも俺としては関わりたくない奴だったが、こいつらも嫌だっ。

「ヴァンガード、諦めろ」

「諦められるか! 俺は絶対にこの大会で勝ち進まなきゃいけないんだよ! なんでお前たちと――」

「それは私達も同じだ」

「――っ!」

冷水を浴びせられたかのように、思考が止まる。

そうだ、セレネもエスターも、なにかしらの願いがあって、この大会に参加しているんだ。

俺と同じで。

「今日一日、エスター殿の力を借りて、お前の戦いを見せてもらった」

「……」

見られていたのか。

エスターのラウドはまだ詳しくは分かってないが、姿を消すモノだろう。それで、見ていた。

「見事だよ。実力を出さず、ラウドを見せず、どんな敵なのか一目で見抜き、勝てそうでも無理せずに逃亡する。なるべく力を温存して、全ての手の内を見せない。半日見ていたが、とうとう貴方のラウドを知ることは出来なかった」

「そりゃ、どうも」

買いかぶりすぎだ。

俺のラウドは地味過ぎて気づくことが難しいだけ。

それでも賛辞は貰っておこう。

「それでいて、あと本戦出場まで一人」

「あぁ」

ヴィクトールのせいで今日は戦い続きだった。が、そのおかげで三人の腕輪を壊す事が出来た。

予選で本気を出すのも駄目だろうと思ってなるべく逃げに徹していたせいで一人足りなかったが。

「今一度問う。私と組んでくれ」

「……」

どうするか。

指名手配中のテロリストと正体不明の男。

ちょうど、俺を入れて三人。

「さぁ、ロディウス・ヴァンガード君。どうするんだい?」

エスターはどこか楽しそうに、それでいて真剣な瞳で問うてくる。

組んでくれと言って来たセレネは、なぜか後ろを向いてしまった。

なんだって、こんなことになったんだ?

これなら、友人からの誘いを受けてチームを組んでたほうがましだった気がする。

「あぁっ、たく、勝手にしろよっ!!」

この二人の思惑がわからない。なら、もう利用してやれ。

このまま一人で勝ち進めるよりも、誰かがいたほうが有利なのは確かなんだし。

投げやりに叫び、ため息をついた。

 

 



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戦場の刈り手

予選四日目――

 

 

 

霧が町を包んでいた。

あまりにも濃く、美しい乳白色の霧。そのせいで、遠くを見通す事が出来ない。

そこを少年――ロディウスは歩いていた。

 

「……疲れた」

大会が始まって四日目。

それだけだというのに疲れた。この大会は四カ月以上続くようなものなのにと考えると、先が思いやられる。

 

セレネとエスター、あの二人は今居ない。

別行動をしているから。

予選突破をするためには五人を倒すということだが、まだ足りていないのだ。

といっても俺もだが。

「それにしても、この霧……」

迷惑この上ない。

これじゃあ誰かが襲撃してきても解らない。まぁ、相手側もこっちを見ることができないけども。

「これも、誰かのラウドだったりしてな」

なんとなく、独り言。言った自分で苦笑する。

町中に霧を発生させるラウドなんて……ありえそうで恐い。

ラウドは十人十色。

人知を越えたラウドもあれば、あまりにもくだらないラウドを持つ者もいる。

霧を生み出すラウドの持ち主だって、探せばいるだろう。

 

霧はどんどん深くなっていく。

ただ歩くだけでも困難になっていた。

この先を視るか?

正直言って、今あまりラウドを使いたくない。誰かにばれたらこの後が面倒だし、代償も眠りだけじゃあ足りなくなる。

そうしている内にも、霧の向こうから誰かが来るのが微かに感じる。

『ふふっ……』

一人で笑ってる?

あまり近寄りたくない類いの人のようだ。

ここはさっさと路を外れ――

「くっ?!」

何かが後ろから迫る。

慌てて回避してもさらに回避した先から。

なんだ?

まさか、俺と同じ未来予知の能力者なのか?

これまで戦場を駆け抜けてきた経験と勘、それだけで紙一重に避け続ける。

ラウドを使いたくないなんて言っていられない。

すかさず、未来予知(ラウド)を――発動。

「なっ――」

ありえない。

なぜか未来予知で見た未来に霧はない。

そして、短剣を握る二本の腕が……宙から生えるように出現して、俺に攻撃している?

こんなラウドもあるのか?

『ふふっ、ふふふふっ』

さっきの声が響いて来る。

女の、笑い声。

まさか、こいつか?

霧の中でもなぜかしっかりと姿が見えた。

壺のような者を持った女。

「お前か」

その壺から、霧が吹き出てきていた。十中八九ラウドだろう。

こいつが、この霧の犯人だ。

なら、腕のラウドの持ち主は?

ラウドは一人一つまでしか持てない。と言う事はこの攻撃は違う奴だ。

彼女は霧を発生させるラウド、ならば、この腕は他のラウドの持ち主の腕。

さらに、霧が濃くなってくる。

それとともに、攻撃が激化する。

第三第四の腕を宙に発生させるラウドか、自分の腕をここに出現させるラウドか。

「よし、やるか」

これじゃあ逃げることもできない。

腹をくくると、女を狙って走り出す。

腕はともかく、霧を出している女はきっと戦えないはずだ。

さっさとこの邪魔な霧を消す。それがさっさと終わらせる近道だ。

「ふふっ」

女が笑みを深める。

「って、おいっ?!」

姿が、掻き消えた?

いや違う。距離が開いた?!

動揺した俺に、宙の腕が襲いかかる。

どうにか避けるが、肩を何かが切り裂く。

しくった。

「――っぅ!」

拙い――いや……これなら、行けるかもしれない。

ちらりと見えた腕。そこには、大会参加者の証の腕輪があった。

ならば。

一旦、離脱するように女から離れる。それでも、腕はついて来る。

それを予知で見て

 

掴む。

 

出現する所、タイミング、それさえ分かっていれば出来るかもしれない。と、半ば博打だったが、ぎりぎり成功。

短剣の刃に気をつけながら二つの腕を行動不能にした。

手が慌てて抜け出そうと抵抗するが、もう無駄だ。

「すまんな、勝ち残るのは――俺だ」

その腕についていた腕輪。それ、を破壊した。

これで予選突破。

「っと、まだか」

まだ、あの霧を出している女が残っている。

こちらは予選突破したが、相手側は違う。こっちの腕輪を狙ってくるかもしれない。

彼女がどこにいるのかと周りを見回すと、霧が消え始めていた。

ラウドで創られた霧だ。維持時間の限界か、ラウドの持ち主に何かあったのか……。

『きゃああああああっあっ?!』

「――え?」

これは、後者のようだ。

霧が晴れた先にいたのは、一人の女と男、そして……黒い影。

影のような、人間?

なんなんだ? 姿がよく見えない。

手には構えもせずに細身の剣を携えている。

女と男は動かない。

倒れたまま、先ほどの叫び声は彼女の声だったはずなのに。

「う、うわああああああっ!!」

俺の後ろで、叫び声が上がった。

両手に短剣を持った青年だ。

女と男の様子を、こちらを見て、叫び声を上げて逃げだしただの。

しかし――。

「遅いよ」

壁が赤い血飛沫で彩られる。

切られた?

いつの間にか、黒い影のような男が青年の前にいた。

まるで、瞬間移動したように。

 

危険だ。

 

こいつは危険だ。

黒い影が、青年に剣を振り下ろす。

 

逃げろ。

逃げてしまえ。

今のうちに、狙われないうちに、早くっ!!

 

本能がそう囁きかけて来る。

見ただけでわかるのだ。

危険だと。これを前にしてはいけないと。

 

足が、地面を蹴った。

「くそっ!!」

そう言って――男に斬りかかる。

「ふざけんなっ!!」

青年の腕に腕輪はない。

なぜなら、さっき俺が壊したから。

宙に浮かぶ腕は彼の腕だったのだろう。

あの霧を生み出していた女と一緒に倒れていた男は、もしかしたらあの時、女が突然後ろに下がった時のトリックの正体なのかもしれない。

この影の男が瞬間移動したように、あの男は女を瞬間移動か何かをさせて……こちらを混乱させた。

そんなこと、今はどうでもいい。

「そいつはもう、参加者じゃねぇんだよ!!」

男は剣を止めたこちらを睨んでいた。

馬鹿やった。

なに、さっきまで戦っていた相手を助けてるんだ。

しかも、こんな良く解らない奴に。

「……逃げればよかったのに」

聞き取りづらい感情の無い声。

あたりには、なぜかまた霧が発生していた。

さっきの女は倒れたままだ。じゃあ、誰が?

「お兄さん……ばかだねぇ」

「っ――!!」

苦痛。

下を見れば、銀色の刃が腹を貫いていた。

それをしっかり確認する暇もなく、乱暴にそれを抜かれると壁に叩きつけられる。

「か、はっ――」

目の前で火花が散った。

いま、なにをされた?

起き上ろうとして、壁に手をつくと血が滴るのが見える。

どろりと、身体の至る所から赤い液体が流れていく。

いつのまに?

疑問を抱いた時には、未来予知をする暇もなく切り刻まれた後だった。

一瞬のうちにだ。人間業じゃない。

そもそも、見えなかった。動いていないのだから。

これが、彼のラウドなのか?

 

刀が持てない。しっかりと立てない。

くそ……。

揺らいでいく視線の先で、死神のような影の男はこちらを見下ろしてゆっくりと近づいて来る。

逃げられない。

やっぱり、あの時逃げておけばよかった。

それが出来なかったのは、自分の甘さか。それとも偽善か。

額から血が溢れて、それが目に入る。

真っ赤になった視界の中で、彼は手を伸ばしてきた。

「くっ」

転がりながら逃げると、傷に砂がめり込んで壮絶な痛みを与える。

悶絶する俺に、そいつは……なにも反応しない。

「ばかだね……」

そう言うと、手を翳す。そこに、手のひらに、風が集まって行く。

ラウド……?

「なん、で……」

なんでだ?

さっき、瞬間移動を行った。

なにもしていなかったはずなのに、切り刻まれた。

今、風を起こしている?

こいつは、ラウドを複数持っているって言うのか?

そんなの聞いたことが無い。

「お前は……一体……」

「……ネームレス……わたしは、ネームレス」

たどたどしい言葉だった。

いや、今はそんな事を言ってる場合じゃない。

「……な……」

知っている。

その名前を、俺は知っているのだ。

「戦場の刈り手(しにがみ)……ネームレス……」

 

 

最悪の(会ってはならない)化物(しにがみ)だ。

 

 

向かい合う。

戦場の狩り手と呼ばれる化物を。

戦の中で、幾つもの戦場を歩いた。

その中で、もっとも恐れられている傭兵。それが、ネームレスだった。

一度も遭ったことはない。

それでも、知っている。

その存在は数の暴力にも屈することはなく、どんな英雄をも殺したニンゲン。

人間ですら無いのではないかと、畏怖と恐怖、恐れと畏れから、そう騙られている、化物(ニンゲン)

 

張りつめた空気。

時間が止まったようだった。

未来予知をする余裕が無い。

一瞬でも気をそらせば、殺られる。そんな予感が在った。

帝王、アーフェリオンの圧倒的な存在感、圧力、上に立つ者のカリスマとは違う。

純粋な、恐怖。

ネームレスはまさにそれの体現者のような気を放っていた。

それが、ふと弱まる。

『ネームレス、あやつらに気づかれた。さっさと撤退するぞ』

誰だ?

女のような、男のような、子供のような、大人のような。確定できない、不気味な声が宙に響く。

「……運、良かったね」

くるりと後ろを向くと、ネームレスは悠然と去って行った。

 

完敗、か。

 

予選は突破できた。

しかし、負けた。

「くそっ!!」

打ちつけた拳は、酷く痛かった。

「……俺は」

弱い。

そう思ったが最後、無力感と痛み、代償によっていつの間にか意識は消えていた。

 

 



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理由

予選五日目

 

 

 

「ヴァンガードがここまでコテンパンに敗れるとは」

遅い朝食を取りながら、セレネは言う。

現在、予選五日目。最終日。

ちなみに、食べているのはヴァンガードの隠れ家に置いてあった食料をかってに頂いていたりする。

意外と自分で調理をするのか野菜やら調味料やらが豊富で、調理器具も揃っていた。

が、調理なんぞ面倒。

そのまま食べれる物を拝借していた。無論、返すつもりはない。

「そうだなー……」

応えるエスターの返事はどこか心あらず。

それにムッとしながら、何をする訳でもなくただ朝食を食べ続ける。

昨日、予選突破に必要な人数を倒して来た。そして、なんとなくここを覗いてみたら丁度エスターと鉢合わせ。

聞いたところによると、ボロボロになっていたヴァンガードをエスターが回収して来たらしい。

 

情報屋エスター。

この男は得体が知れない。

情報屋といっているが名を聞いたことが無い。そのくせして、自分の事を知っている様子。

そんな彼が、なぜヴァンガードの元に来たのか。

ロディウスに言わせれば、セレネも十分不審で得体が知れないのだが、自分の事は棚に置いてセレネは考えていた。

ヴァンガードは傭兵であり、最近はどこかの有名な剣士に弟子入りして逃げて来たらしいが、会った時は何も知らなかった。しかも、この話の大半も、エスターから聞かされたものだ。

今でも彼のラウドもこの大会に出る理由も知らない。

それでも……ともかく、自身はどうしても知りたい事があったためにチームを組もうと言った。

では、エスターは?

エスターはなぜヴァンガードとチームを組みたいと思ったのか。

知りたい。

が、そんな事を聞いてどうするのかという思いもある。

「でも、まぁしょうがないんじゃないか? まさかネームレスがいるなんて思ってなかったし……」

「本当に、ネームレスとやらに?」

「あぁ。なんだか知らないけど、止めをさす前に逃げちゃったけどね。ロディウス君は運が良かったみたいだよ」

「……強いのか、そのネームレスとやらは」

ネームレス……。名前だけは聞いたことは在る。

傭兵でも騎士でもない彼の事はまったく調べてこなかった。情報が無い。どうせ、この大会に出ないと思っていたから。

ヴァンガードはまあ実力はある方だと思う。傭兵として幾つもの戦場を歩いて来た実績。そして、昨日の戦いを見て来た。

その彼があそこまで一方的にやられるとは。

「んー、有名どころな話だと、死神って言われるだけあって、歩いた後には死体しかないとか」

「……」

エスターは自身を情報屋と名乗っていたが、そんな噂話程度の情報しかないのか。

それくらいしか情報を持っていないのか。

そう思いつつも、ヴァンガードが負けた理由を考える。

 

ヴァンガードは普通の人間達の間なら強いだろう。

しかし、ラウドなしでも天才、鬼才、天災なんて言われる外れた者たちとは?

彼等とでは埋めようの無い差がある。無論、自身も。

ネームレスは常識はずれの者の一人、ということ、か。

「……ただ、彼はもしかしたら複数人いるんじゃないかって話だぜ?」

「複数人? チームでも組んでいるのか」

と、考えていた理由の根底を覆す話を聞かされる。

数の暴力はどうしようもないものがある。

が、それならそれでヴァンガードなら対処のしようはあったのではと思うのだが。

「いや……毎回、違うラウドを使うとか、複数のラウドを操るとか、そんな噂に事欠かないのさ」

「ありえないな」

ラウドを複数持つ? ありえない。

少なくとも、これまでの歴史の中で、そんな輩は存在しなかった。

それに、能力が多いなんて代償が酷くなるだけだろう。悪くすれば寿命を削るだけ。

手数が増えるメリットより、デメリットが多い。

「なんでもいいから、頭上で話さないでくれるか?」

その噂のネームレスにぼこぼこにされたヴァンガードが眼を覚ました。

 

 

 

 

「……なんでもいいから、頭上で話さないでくれるか?」

頭上でかわされる会話に目が覚める。と、すでにあたりは昼だろうか。

明るい部屋の中には、セレネとエスター。

最悪の目覚めだ。

体中包帯を巻かれ、状態は最悪、気分も最悪。

いつの間にか、この二人に助けられてしまったようだ。礼を言わなければ。

身体の調子を確かめるが、どこもかしこも傷だらけ。今襲われたらひとたまりもないだろう。

刺された傷はそこまでひどくない。大丈夫そうだ。

今日一日耐えれば予選突破できる。それだけが唯一の救いだ。

しかし、考えなければならないことはたくさんある。

 

……ネームレスに完敗した。

頭上で話していた会話。彼もこの大会に参加しているということは、優勝を目指すのなら、かなりの確率で絶対に相対することとなる。

しなかったとしても、彼と同等もしくはさらに格上の者たちと戦う事になる。

このままでは、いけない。

この大会で気をつけなければならないのはネームレスだけじゃない。

開幕時、集まった時のあの場所には多くの有名な戦士たちがいた。

 

「……セレネ、エスター、さん」

「なにか?」

「どうしたー、少年」

声をかけると、二人は普通に接して来る。

いや、ついこの前会ったばかりの彼等の普通なんて、俺にはまだ解らないが。

「なんで、オレと組もうなんて思ったんですか?」

「そりゃ、この前言った通りだが?」

すぐに、エスターは返して来る。

それに対して、セレネは無言だった。

何かを、考えているようだ。

「セレネ……?」

「……知りたいからだ」

「え?」

知りたいって……な、なにをだ?

首をかしげる俺と何やら無表情のエスター。対するセレネの顔は暗い。

そして、いつもの冷徹な笑みを浮かべることもなく、たんたんと口を開いた。

「私のラウドは、強奪。常時発動型のため、私には操作することはできない。私に触れた者の意識を奪う。他にも体温を奪ったり、命を奪う事すら可能だ。だから……私に触れることが出来るのは、ラウドを無効化する力を持つ者だけだ」

「……」

「へー、そりゃ面白い。でも、いいのか? オレらになんか教えちゃって」

エスターが、愉しそうにセレネに問う。

その横で、俺は何も言えなかった。

 

俺は、彼女に触れた。

四日前。そう、開会式の終わった後、あの時。それなのに無事だった。

そして納得もする。

だからあの時、彼女は驚いていたのか。

触れば発動してしまうはずのラウドは発動した形跡が無いから。

俺のラウドについて聞いてきたのも、そのため。

欠けていた物がようやく合わさる。

……罵倒する方が多かった気がするが。

 

それはともかくひとまず置いておこう。

それよりも、気になる言葉を聞いた。

常時発動型のラウド。

それを者は総じて寿命が短いという。

どんな時でも代償を払い続けなければならないからだ。もちろん、その人によって代償は変わるから一概に言えないが。

なら、セレネも?

彼女の代償は知らない。

きっと、彼女も言わない。

「情報屋、ちゃちゃを入れるな……ヴァンガード、お前のラウドは一体何なのだ」

彼女に言うべきなのだろうか。

……セレネは自分のラウドをバラした。それがどれだけの弊害を招くことになるのか、彼女なら解っているはずだ。

能力を教えるという事は、弱点をばらす事。

反則的な能力(ラウド)でも、条件があったり代償を払わなければならない半端な能力(ラウド)だ。どれだけ便利なラウドでも、大抵は弱点がある。

代償が即効性もしくは酷く体力を消耗したりそれに準じる物、発動に条件が必要、効果が出るのに時間がかかる……。それに対して、対策を練られては、たまったものじゃない。

俺の場合、未来予知する暇もないような高速攻撃や予知しても避けられない広範囲攻撃をされれば弱い。それを知られては、勝率が下がることは確実だろう。

彼女のラウドなら、なるべく接触しないようにと動かれれば実力の半分も出せないだろう。

「無効化やそれに該当するラウドじゃない。……予知系の能力だ」

我ながら、甘いと思う。

これから裏切られないと分かりやしないのに。

それでも、そのリスクを承知で言われたら、応えない訳には行けないなんて思ってしまう自分がいた。

それに、そこから導き出される結果も、彼女は知っておくべきだと思ったのだ。

「ならっ、なぜあの時は平気だったんだ!!」

予想通り、彼女は掴みかかる勢いで聞いて来る。

わざと触るようなことはしない。

「こっちも分からない。むしろ、そっちの問題だったりはしないのか? 一部の人間には聞かないとか、常時発動型でも時々発動を停止するとか……常時発動型だとしても、本当に『常時』なのか?」

「そんなわけ……ない……」

言葉が頼りなく揺れる。

彼女も、それを考えていたのだろう。

俺は、未来を予知する能力しかない。今まで、それで戦ってきた。

セレネは視線を落として、考え込み始める。

当然だ。今まで普通に使っていたラウドに自分の知らない弱点や欠点があったとしたら命取りになる。戦いの中で分かるなんて考えたくもない。下手をしたら対戦者にばれて不利になるかもしれない。

「で、エスターさんはどんなラウドを使ってたんですか」

「え? この流れって、オレっちも言えって事?」

なんでもいいから体をくねらさないで欲しい。気持ち悪い。

「これから、本当にチームを組むとするなら、メンバーのラウドを把握しておかないといけないと思います」

「おっそれなら、ロディウス君こそさっきみたいに曖昧にぼかした説明じゃ無くて、しっかり説明しないと」

正論だ。つっこまれては仕方ない。

「……未来予知。自分と周囲にかかわる未来を一日までなら見ることが出来ます」

「なるほどねー。だから、ほとんどの戦いを先制することが出来たのか。俺と最初に会った時も、オレが襲って来るってわかってたのか……あっ、オレは、画像転送ね」

「画像、転送?」

軽く言うエスターは、自分のラウドをばらす事に別段思う事は無いようだ。

それにしても、画像をどこに転送するって言うんだ。と思うが、少しだけ思い当たることがあった。

エスターと初めての遭遇時。そう、姿が見えなかったあの時だ。

「まさか、自分が居ない景色の画像を俺に見せて姿を消していた……?」

「おっ、その通りっ! 姿を隠していたんじゃなくて、相手に別の風景を見せて見えない様にしていただけなんだよね」

からから笑うエスターに、思わずあきれかける。

誰かに画像……周囲の風景を見せる能力なんて、はじめて聞いた。

しかも、それを実用して戦闘に使うなんて。エスターを、もう少し注意したほうがよさそうだ。

そもそも、それが本当の能力なのか分からない。此処まで簡単に教えられると、逆に疑いたくなる。

本当だったとして、隠していることもあるだろう。

「それにしてもさ、セレネちゃん。よく考えなくても、けっこうバランスのいいチームじゃないの、オレら」

「そう……?」

『未来予知』で先制をする俺と『強奪』で共に襲撃するセレネ。そして、『画像転送』で敵を撹乱するエスター。と言ったところか。

バランスが良いのかどうか、はっきり言って他二人の実力を見た事が無いこちらとしてはよく解らない。

「とにかく、これからよろしくなっ。三人で、どうにか優勝目指そうぜ!」

「貴方も暑苦しい人か。まぁ、優勝はしなければならないからな、よろしく」

エスターとセレネは普通にこれからの事を話していた。

 

優勝……出来るのだろうか。

俺は自分を弱くはないとは思っていた。

でも、強い訳でもない。

ネームレスと遭遇して、それを痛感した。

相手にならなかった。赤子をひねるように簡単に、こちらを圧倒した化物のような人間。

それを見かねたのか、エスターが口を開く。

「ロディウス・ヴァンガード。……オレも、悩んだことはある。やらなくてはならない使命がある。それにもかかわらず、オレは弱かった。だから仲間を作ろうと思ったんだよ。お前(じぶん)一人じゃ勝てないかもしれない。でも――」

言葉を切る。

「一人じゃなければ、どうにかできるんじゃないのかって」

恥ずかしがらずに言いきったエスターは、どこかの物語の主人公のようだった。

俺じゃ言えない。

今まで、そう言う事を考えてこなかったから。

自分一人で勝ち残ろうとしていたから。

 

そして、思う。

 

「……エスターさん、リーダーにするか」

「同意」

「ちょ、ちょっと待て! なんでだっ!!」

チームにはリーダーが必要だ。

その役にはエスターになってもらおう。

「エスター、これがチーム用の書類だ。書いて提出しておいてくれ」

「リーダーと言いつつ、さっそく雑用っ?!」

セレネの同意は面倒事を押しつけたかったからのようだが。

とにもかくにも、明日から三カ月に及ぶ本戦が始まる。

だから、よく解らないうちに会って、よく解らないうちに仲間になってしまった正体不明の二人に言っておこう。

 

「とりあえず、これからよろしく」

 

 



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幕間 -予選突破/黒と騎士-

一話が短かったので、二話合体させてあります。


 

――予選突破――

 

 

「――失礼します、アーフェリオン様」

 

飾り気の無い、ただベッドの置かれた部屋。

いや、判る者がいれば置かれた物がどれも一級品の物ばかりなのがわかるだろう。

その部屋に男は入って来た。

腰には剣。その歩は剣士のそれ。

書類の束を持って、この部屋のあるじの元へと向かう。

「なんだ、大会の予選が終わったのか」

愉快そうに、彼は床から起き上がると笑った。

 

この人こそ、ノースヴェルドの王アーフェリオン。

国で、『最強』とうたわれている存在である。

ただ、色白の肌は病的で、どこか儚げだ。

先日、大会の開会式で演説をした。その後体調を崩していたのだ。

 

彼は『最強』と呼ばれるラウドを持ちながら、その代償として『病弱』。

では、弱いのか。

『病弱』でありながらも『最強』と人々は評価する。それが答えである。

 

「ランカ? 予選が終わったか。残ったのは?」

「五百と半分ほどです」

「多いな」

アーフェリオンは眉をしかめ、咎めるように男――ランカを見た。

それに、ランカは笑顔で応える。

「これから、どんどん落していきますよ」

「あまり、いじめてやるなよ」

「まさか。そのような事は行いません。ただ、誰もが楽しめるよう、少々のハプニングはあるかもしれませんが」

「優勝する者はもうわかっているのだろう? どいつだ」

「王、それを知っては面白みが在りませんよ。それに、予知者の予言も絶対ではありません」

ランカの持って来た書類をぱらぱらとめくっていたアーフェリオンの手、それが止まる。

「――騎士団からも出場しているのか」

「そうですね、騎士団の中でも実力者であるライエン殿、それにキアラ殿、新人のヴィクトール殿の三名だけですが」

「なるほど……ほう、異国の者もいるようだな」

さらにめくり始め、数名に気を止めながら微笑する。

「はい。どうも他大陸からやってきた者が予選を突破したようです」

「それは面白いな。以前、見た事があるが、珍妙な術とやらを使っていた。大会も盛り上がるだろう」

「はい」

そのうち、会話が無くなる。

ただ、紙をめくる音だけが聞こえてきた。

そして――

「以前の大会は人死が多かった。予選でも、すでに数名が亡くなったと聞く……」

「はい。いささか、残念な事ですが、この大会で死者が出ることは必然となっています」

「なるべくそれを阻止しろ」

「……こちらの事を考えていない注文ですね」

「俺は王だ」

「はいはい、分かりました。王様の言うとおりに」

ランカの不真面目な態度に怒ることもなく、アーフェリオンは笑った。

そして、急にまじめな顔をする。

「気をつけろ。この大会で、きっと奴等は動く」

「……」

「必ず、表舞台に引き摺り出せ」

「はい」

 

 

 

ランカの居なくなった部屋で、アーフェリオンは一枚の紙を握っていた。

 

「――まったく、お前は。待っていろと言ったのに」

その言葉に、いつの間にかそこに居た少女が苦笑する。

豊かなブロンドの長髪を一つにまとめて三つ編みにして、動きやすい格好をしている。

どこか悪戯者の目を思わせる黒の瞳は笑っている。

「しょうがありませんわ。なんと言っても……っと、それよりも問題はまだ行方を掴めていないということです」

「レイナの予言でも見つからない、か……」

「予言はただ未来を言うだけですから」

アーフェリオンの言葉に、王家直属の予知者レイナはそう穏やかに微笑した。

「……さて、この大会、本当にお前の予言通りに事が進むかな?」

「どうでしょう」

 

未来はその時折で変わるモノ。

一つの選択で、一つの間違いで、一つの結果で。

過去と今が綿密に連なり、影響しあい、未来ができるから。

 

だから、予言は変わる。

予言がなされた時点で、変えようとする人々がいるかぎり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――黒と騎士――

 

 

予選三日目。

それは、ロディウスがセレネとヴィクトールの前から逃亡した時まで遡る。

 

 

「降参だ、うっとうしい騎士サマ。降参、降参。言葉の通りだ。ほら、どうぞ、捕まえろ」

呆気に取られた騎士。

微笑して、持っていた得物を全て地に落す黒のテロリスト。

無言になった二人は、相手の腹を探ろうとお互いに見つめ合う。

一人は警戒して、一人は笑って。

「どうした。憎い仇がここにいるというのに、捕まえないのか?」

鼻で笑う彼女は明らかに動かない騎士をあおっている。だから、動けない。

なにより、真意が知れない。

その笑みは、なにをしようと画策しているのか。

どうしても、裏が在るとしか見ることができない。

 

二人は動かない。

が、時は進む。

 

そして――始めに騎士が動いた。

「なら、その袖に隠している物を捨てろ」

「ほう」

なんだ、気づかれたか。

そう言いながら地面にほうりだしたのは幾つもの短剣、針、糸、その他暗器など少女が持つには物騒なモノばかり。

これでもかと隠されたそれを捨てていくセレネは、微笑している。

「幾つ持っているんだ……」

「さぁ? 持てるだけ持ってるだけだからな」

思わず呟いたヴィクトールにセレネは律義に返した。

それほど隠していた得物の数が多いのだ。

袖の下から、靴の裏から、出るわ出るわ。重くないのだろうかと思わず心配してしまうほど。

「で、この先どうするんだ?」

全て武器を出しつくしたのか、手を止めるとセレネは挑戦的に笑う。

が、ヴィクトールは動かない。

 

おかしい。あっさりしすぎている。

この女は、騎士団が守っていた砦を壊滅させたテロリストのはず。

なのに、なぜこんなにも簡単に……。

 

その不信から、動けなかった。

セレネの挑戦的な笑みもあいまって、疑心暗鬼に陥っていたのだ。

 

そもそも、彼女のラウドはなんなんだ?

報告では、斬りかかって来た相手を意識不明に陥らせるとあった。

危険に陥ると発動する能力か? いや、もっと達の悪いものかもしれない。

なら、敵と認定した者の意識を問答無用で奪う能力?

 

その時、セレネが動いた。

大きな動作では無い。本当に小さく、注意して見ていなければ分からないほど極小さな動作で。

袖に、まだ何かを隠している。

それに気づいたヴィクトールはすかさずセレネの首元に剣を突き付け直す。

「その手に持っている物はなんだ?!」

「これか? これは……」

それをセレネは何事もなく落した。

 

不意打ち。突如、あたりに煙がおこる。

真っ白な人工的に作られたそれは、セレネの持っていた物から立ち上がる。

「煙玉っ?!」

驚くヴィクトールは、すでに視界を遮られて前に居たはずのセレネを見失う。

それと共に、首元に柔らかな小さな手が押し付けられていた。

首筋に息がかかる。耳元で、小さな声が聞こえてくる。

「残念だったな」

「――っ!」

その言葉を最後に、ヴィクトールは意識を失った。

 

「ったく、面倒な騎士だ」

煙が晴れた時、立っていたのはセレネ一人。

ヴィクトールは意識を失っている。

セレネのラウドで意識を奪ったのだ。

「まったく……おかげでヴァンガードを見失ったではないか」

ぶつくさと文句を言いながら、地面に投げ捨てた武器を拾って行く。

律義なことだが、現在お金の無いセレネにとっては重要なことだ。

これだけの武器の代金は馬鹿にならない。

組織に戻ればどうにでもなるが、セレネは戻るつもりが無い。

と、セレネはたびたび手を止める。武器を手に取ろうとして、なぜか空を掴む。

嫌な汗をかきながら、その手を止めない。

……そして、ようやく全ての武器を回収すると、立ちあがって呟いた。

「さて、どうするか」

どうするもこうするもない。ロディウスを探すだけ。

倒れたヴィクトールを踏みつけながらセレネは歩きだす。

 

その足取りは、どこか危なげで……。

 

 

 






予選終了までの登場人物。+現在までに判明したラウド。



ロディウス・ヴァンガード
 主人公
  妹を取り戻すために大会に参加した。
  エスターとセレネと共にチームを組むことに。
 ラウド:未来予知
  自分と周りに関する未来を予知する。
  ただし、視れる未来は一瞬先から一日ほどのあいだ。
  危機に瀕すると勝手に発動することがある。
  時折、自身でもよく解らない効果がでる時も。
 代償:眠り。
  ただし、使いすぎると他にもいろいろな代償が現れる。

セレネ・ファラーディア
 テロリスト
  大会参加理由は不明。
  シスター姿の少女。チームメンバー。
 ラウド:強奪
  素肌を触った相手の意識を奪う。他、条件を満たすと、相手の視力や熱を奪う事が出来る。
  常時発動型の能力の為、任意での発動はできない。
  また、そのために露出を抑え、素肌を晒さないようにしている。
  ただ、力の強弱はある程度操れる。
代償:不明

エスター
 情報屋
  大会参加理由は不明。
  チームリーダー。(雑用係とも言う)
 ラウド:画像伝達
  テレパシーの一つ。
  自分の見た映像を他者に見せることが出来る。
  現在だけでなく、過去の映像も可能。
 代償:不明

ヴィクトール・フォン・エルディータ
 貴族の近衛騎士
  大会参加理由不明。なぜかロディウスのライバルに。
 ラウド:不明
  光線に似た衝撃波を放つ。かなりの攻撃力を持つ広範囲攻撃。
  代償:不明


ネームレス
 戦場の狩り手
  不明。後ろに誰かがいる模様。
 ラウド:不明
  複数の能力を操る(?)。
 代償:不明

アーフェリオン・L・ノースヴェルド
 帝王
  ノースヴェルドの王。
 ラウド:不明
  ノースヴェルドで『最強』の称号を持つ能力。
 代償:病弱

ランカ
 アーフェリオンの側近
  かなりの実力の持ち主。また、アーフェリオンにとって唯一気の許せる相手。
 ラウド:不明
 代償:不明

レイナ
 王家お抱えの予知者
  不明。
 ラウド:不明(予知系)
 代償:不明


おまけ

坊主頭の男
 予選脱落者
  ロディウスに最初にやられた名前もない人。
 ラウド:投擲
  無機物を相手に投擲する。
  当たればかなりの威力をもつ。が、向きを変えられない。
 代償:痛み

霧の女
 予選脱落者
  ネームレスによって倒された女性。
  腕輪は壊されていないが、重症だったため本戦は出場できなかった。
 ラウド:五里霧中
  霧を発生させる能力。ただし、水の入った容器が必要。
  かなりの範囲に霧を発生させることが出来る。
  自身と仲間は霧によって視界を阻まれることは無い。
  また、近くならば霧の中に人がいるか察知できる。
 代償:水分
  脱水症状が出ることも。

霧の女の協力者
 予選脱落者
  ネームレスによって倒された男性。腕輪はロディウスに壊された。
 ラウド:自身の移転
  身体の一部を移動させる。
  持っていられる物、ただしそこまで大きくない物なら一緒に移転可能。
 代償:悪夢

霧の女の協力者
 予選脱落者
  ネームレスによって倒された男。霧の女と同じ理由で本戦には出場していない。
 ラウド:移動
  いわゆるテレポート。
 代償:視覚

師匠(名前不明)
 ロディウスの師匠
 ラウド:不明
  ロディウスの未来予知と似ているがどうしても勝てない能力。(ロディウス談)
 代償:不明

リュカルナ・ヴァンガード
 ロディウスの妹
  王に連れ去られた。(?)
 ラウド:未来予知
  ロディウスの未来予知と違い、自らの先の未来から関係の無い事象まで多くの事を予知できる。
  あまりにも視すぎるために、多くの人々から危険視されている。
 代償:眠り 寿命



いつの間にかお気に入り登録や評価をしてくださった方がいたようで、ありがとうございます。
完結までまだまだですが、面白いと思っていただけたのなら本当にうれしいです。

登場人物については物語の節目などで少しずつ更新しようと思います。
お読みくださりありがとうございました。

Lune-Moca


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戦いの前に

 

 

 

 

「さーて、はじまりました、ノースヴェルド武道大会本戦っ! その前に、皆さんに対戦相手を発表します」

 

ざわめく会場に、司会は声を張り上げた。

かなりの騒音だというのに、その声は会場中に響く。

拡大のラウドを持っている彼は、自分の声を拡大させてあたりに響かせているらしい。

「おー、始まったなっ、本戦」

横のエスターは、持っていたカメラで周囲を撮影しながら話しかけて来た。

「目立つからやめてくださいよ」

ただでさえ、まっくろくろすけなセレネで目立っているのだ。

しかも、包帯巻いた俺の姿は微妙に浮いている。

本当はまだ出歩くのはつらいのだが、これに参加しないと本戦の出場が認められない。

ベッドから離れられないような重症でもないからまだ良かったが。

一部じゃ、本選出場の資格を手に入れても、この会場にこれなくて失格になった人がいるらしい。

 

そんな中、司会の人や説明係らしい人が出てきてこれからについて話し始める。

でも、エスターの会話は止まらない。

一応、詳細が表に張りだされるらしいから聞き洩らしても大丈夫だが、それでいいのか情報屋。

「だって、十四年に一度なんだぜ? 十四年後に生きてるとも限らないし。なっ! セレネちゃんっ!」

むしろ、熱く語り始めていた。

「五月蝿い」

「ひどいっ」

一刀両断のセレネ。聞いているこっちがすがすがしくなって来るほどだ。

それと、エスター。俺はまだまだ死ぬ気は無いぞ。

 

 

俺たちは、結局チームを組むことになった。

いろいろとセレネとエスターがもめたりしていたが、やっぱり女子は強かったとだけ言いたい。それ以上言うと、トラウマが蘇りそうだ。

俺は叶えたい願いがある。セレネはとりあえず優勝。そんでもってエスターは賞金が目的。ちょうど、ばらばらの目的だったから、それに関してもめることはなかったのが幸いだった。

「はぁ……なんでこうなったんだか……」

「あら、男の子がため息なんてついちゃぁダメよ。そんなんじゃぁ女の尻に敷かれちゃうわ」

「……もう、敷かれている気がしますよ」

誰だか知らないが、後ろにいたのは黒髪の女性。普通に話してしまったが、大会出場者の一人の様だ。

肌を晒しまいとしているセレネとは正反対の服装に、思わず目をそらしてしまう。

彼女はそれに笑いながら、でも真剣な顔で話しかけてきた。

「アナタ、エルディータの子に目をつけられちゃった子でしょう?」

「エルディータ……? あ、あぁ、ヴィクトールの事ですか?」

目につけられたというか、勝手にライバル認定されたというか……。そういえば、あいつはどこに居るのだろう。

面倒なんで、なるべく会いたくないのだが。

「それに、あの子にも」

「え?」

あの騎士以外に、別に目をつけられた覚えは……ネームレスか?

いや、それは無い。

あの時、目をつけられるような戦いじゃなかった。

どういう意味か、視線を向けても黒髪の女性は意味深な様子で明後日の方向を向いていた。

そもそも、この人は誰だ?

何が目的で俺に話しかけてきたんだ?

「あっ、エクレアさん!!」

その向こうから、少年が人込みをかき分けてこちらに手を振りながら走って来た。

どうやら、エクレアというのが彼女の名前らしい。

「あら、ジーク。貴方も大会に出場してたのね」

「ジーク?」

どこかで聞いた名前だ。

どこで聞いたのか、思い出す前に話はどんどん進んでいく。

「お久しぶりですっ。まさかエクレアさんもこの大会に出場していたなんてっ」

どうやら、二人は既知の間柄のようだ。こっちは完全に蚊帳の外。

別に、知り合いじゃないから話す事もないし。

それにしても、ジークと呼ばれた彼は俺よりも年下。それなのに危険な大会に参加するなんて。……いや、予選を越えたのだから、それ相応の実力が在るのだろう。

「それじゃぁ、アタシはもうちょっと散策しようかしら。じゃあねー」

突然やってきて、そこまで話す事もなく去って行くエクレア。

ジークにしても、こちらに軽く会釈をするとどこかに戻って行った。

「なんだったんだ……」

「なぁなぁ、さっきのべっぴんさん、知り合いか?」

静かになったと思ったら、早速エスターが話しかけて来る。

いや、確かに綺麗な人だったけど。

「初めて会った人ですけど」

「……セレネちゃんがすごく睨んでいたんだが」

「え?」

セレネの方を見ると、確かにエクレアが消えた方を見ている。

だからと言って、睨んでいる訳ではない。

「……気のせいじゃ?」

「いやいやいや、めっちゃくちゃ怖かったんですけどっ……セレネちゃんって、時々謎っ」

自称情報屋の正体不明なエスターには言われたくはないだろう。

こちらからすれば、どっちも謎すぎる。

「あっ、それとさ、さっきっからロディウス君のこと見てる奴等がいるんだけど?」

「え?」

あたりを見回すと、冒険者や傭兵、俺でも知っているような奴等が辺りにいる。

その中で、こっちを見ているのは……探して行くうちに、会いたくない知り合いの顔を見つけた。

「げっ」

いそいそと隠れようとしても、遅い。

さっきっから気づかれてたのなら、意味が無い。

「よぉ、ロディ」

俺をロディと呼ぶ人は限られている。

俺の同年代で、一緒に戦っていた数名の……仲間。

「げってなんだよ、げって。久方ぶりだってーのによ」

紅髪碧眼、一度見たら忘れない容姿。

何度か共に戦った戦友と言うか、悪友と言うか……とりあえず友人、フラムだった。

俺よりも先に傭兵として様々な国へ行っていたらしく、先輩でもあり、最初の頃はよく世話になった。だから、あまり強く出られなかったり。

その後ろには、やっぱり何度か一緒に肩を並べて戦ったテネブエラと知らない奴がいる。

「おっ、ロディウス君の友人? へー、チームを組まない一匹狼だと思ったら、きちんと友人がいたんだね」

エスターがわざわざフラムの前に行って観察をするように見る。

それに対してフラムもエスターを凝視。

沈黙。

そしてなぜかその数秒後にがしっと手を結びあっている。

なんでだ……。

突然の固い握手に、頬がひきつる。

前々からよく解らない奴だと思っていたが、一体全体……。

「あんたとは、仲良くできそうな気がする」

「おっさん、ボクもだ」

「……おっさん、か」

ただし、エスターはおっさん呼ばわりされたことに衝撃を受けたようだ。

まぁ、おっさん呼ばわりするのは少し早い年齢かもしれない。

その後ろにいたテネブエラが声を押し殺して笑っていた。

「もしかして、僕がこのチームにはいることになった要因の人ですか?」

そう話しかけてきたのは知らない青年。

礼儀正しく見えるが、どこか胡散臭い。

「あぁ、そういや知らんかったんだよな。だちのロディウス。俺たちを裏切っておっさんのチームに行っちまった薄情者だ」

「いろいろあったんだよ、すまんって」

いろいろというか、師匠に脅されていたから断ったりいろいろあったのだが、それをフラムは知らない。

まぁ、教えるつもりもないけど。

「ん? ロディウス君、この、オレの心の友と一緒にチーム組む予定だったのか?」

「いや、誘われてたけど、それを断ったんです」

でもって、何時から心の友になったんだ。一瞬の邂逅と握手だけでそこまで進んだのか。

二人の共通点が見えない。

「あ、ボクの事はフラムでいいっすよ? フラム・ベイカーです、以後よろしく。でもって、こっちはテネブエラ。テネブ君。で、こっちはアルフ君」

テネブエラが会釈をして、アルフという青年はじろりとにらんで来る。

なんだか感じが悪い。というか、なんかこっちを嫌らっているような視線だ。

「フラム君か、オレはエスター。あっちはセレネ嬢」

「わかったよ、おっさん!」

「お兄さんって呼んでくれて構わないぜ!」

「了解だ、おっさん!」

なんだ、この会話は。仲が良いのか悪いのか、判らない。

いや、なんかいい笑顔で話しているから仲はいいようだが。

そんな中で、アルフはこちらをじっと睨んでいた。

エスターとこっちを交互に見て来る。

「なるほど……名前だけは聞いたことが在ります。まぁ、負ける気はありませんけどね」

「へー。こいついい性格してるな」

「だろだろ。面白いから仲間に誘ったんだ」

「ロディウス君の知り合いは面白い人ばかりだなぁ」

エスターの言葉に笑いながら、フラムは少し離れた場所にいたセレネに目を向けていた。

「おっさんも面白い人だな。ロディを誘うなんて。しかも、女の子もいるし。いいなー、女の子。紅一点。暑苦しい、むさい男の中の一輪の花! その香りは、きっとフローラル……っ!」

どんどん、話の途中からテンションが上がっていく。

「お前の少女像……すごく、美化されてるな」

羨ましいよ。

俺が素直に女の子に憧れていた時期は、すでに過ぎ去った過去のことさ。

「だって、美人さんだぞ?」

「外見で判断するなよ……。あの女は怖ろしいきょう……」

危機を察知して、言葉を止めるがわずかに遅かった。

小柄な影が、気配もなく……来る!

「ヴァンガード、彼等は誰だ?」

いつの間にか傍にいたセレネに頬がひきつった。

「ゆ、友人、知人、デス」

「ふむ、そうか」

よ、よかった。聞こえてなかったようだ。

いや、油断はいけない。なんせ、一夜で数十人の騎士を倒した『氷の魔女』なんて異名を持つテロリストなのだから。

「ほんと美人さんだな……ま、まさか、貴様俺たちを裏切ったのはそう言う事かっ?!」

その声に、テネブエラまで動く。

「な、なんだとっ? おれ達に秘密裏にっ?」

そのスピードは実戦並み。

これまで、二人は幾度も共に戦場を駆け巡って来た。そこで培ってきた絶妙なコンビネーションを駆使して俺に逃亡経路を封鎖する。

「ちがうっ!」

なんでそう言う話題に行こうとするんだお前たちは。

でもって、こんな所で本気になるなよっ。

……ちなみに俺ら三人とも女はいない。過去、現在、共にである。

「ロディウス君、酷い人っ。オレ、泣くよっ?!」

「って、なんでエスターさんまでっ」

そもそも、セレネを手伝って、俺んちまで来たのは貴方だろっ!

あと、男の泣き真似はちょっと。

「そうだよな、泣きたくなるよな。女の子とお話ししたい、すれ違った時に会釈だけでもしたい、落しものを届けてあげたい、けど遠くから眺めているだけで僕らはきっと満足している同盟を裏切りやがって」

「そうだ、そうだ!」

「なんだよ、その同盟っ。でもって、名前なげえよっ」

つーか、絶対に今即興で作っただろっ。

あまりにもつっこみどころが多すぎて、つっこみが間に合わない。

なぜかエスターまであいの手を入れて来てるし。

すると、何事か考え込んでいたテネブが、酷く真剣な様子で肩を叩いて来た。

そして一言。

「裏切り者には死ヲ。だとおれは思うんだよね。そこんとこどうだろう、友人R」

「そうだ、そうだ!」

「テネブっ、お前は明らかに煽ってるだろっ!」

「嗚呼、うん、そうだよ」

「ふつーに肯定するなよ……」

テネブは根は普通の人なのにっ。俺の近くでたぶん一番常識人のはずなのにっ。

なんでこう周りを煽ったり煽動したりノリでいろいろ言ったりするんだよっ。

 

 

不毛な会話はそのうち収拾がつくものだ。

数分後、どうにか場が収まると、いつの間にかセレネが遠くの方にいた。

なんだか、気力とか生気とか生きるために大切な物とかがごっそり無くなった気がする。

「まぁ、なにが言いたいかと言うとね、ロディウスよ。とりあえず、あの人はいるし、ロディウスは裏切って女の子といらっしゃるし……ボクたちは優勝諦めたよ」

「は?」

始まってもいないのに、最初から弱腰だ。こいつらしくない。

あと、女の子は関係ないだろ。

「あの人って?」

「……お前、知らないのか?」

「いや、だからなにが? あの、ネームレスが参戦していたことだったら知ってるけど……」

「げっ、ネームレスかよっ。あれ、噂の産物じゃなかったのか? それはそれでなんかもう絶望的なんだが……とにかくさ、お前の師匠サマが、来てたんだよ。ロディ、聞いてないのか?」

「え?」

師匠が?

 

あの、師匠が?

 

「うそ、だろ……」

本気か?

あのヒトが大会に出場なんて、冗談じゃない。

「へー、ロディウス君に師匠いたんだ。どんな人なんだ?」

何も知らないエスターは、興味津々で聞いて来る。

何も知らないがゆえに。

「最悪だよ」

「さいあく?」

乾いた笑いが口からこぼれる。

本当に、最悪だ。

この大会に出るため、修行中でありながら師を謀ってここまで逃げて来た。

きっと、あの師匠の事だから微笑みながらこちらを叩き潰して連れ戻すためにやってきたはずだ。

それにしても、わざわざ大会に出場するなんて。

冷や汗が……さっきっから止まらない。

いつ、かの師が人込みをかき分けて近づいてこないか。おもわずあたりを見回して探そうとしてしまう。

「エ、エスターさん、俺を、見えなくすることってできませんか?」

「ここまで人数が多いと、無理」

「っく……」

今、見つかるのはまずい。

そして、大会を勝ち進む中で相対すのは絶対に回避したい。

はっきり言って、絶対に会いたくない。本気で会いたくない。

あった途端にぶちのめされること確定だ。ぜったいにっ。

「そこまでやばいのか?」

こちらの様子にただならない物を感じたのだろう。エスターが、首をかしげる。

「……ヤバイ」

強いだけじゃない。ただ強いだけなら、自分に勝機はある。

弟子と師匠と言う事は、どちらも自分たちの手はばれている。師匠に対して、対抗策を用意することは容易だ。

もちろん、もろ刃の剣であり、自分の実力もばれているということだが。

それだけなら、まだいい。

「強いだけじゃない……俺にとって……天敵とも言えるラウドの持ち主だ」

 

 

 

 



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1/2

 

 

本戦開始。司会のその合図で戦いが始まった――訳ではない。

チームを組んでいる者もいるとはいえ、六百人もの人々が戦うのだ。

一人から三人のチーム戦。この闘技場が大きいとはいえ、さすがに無理がある。

その為、順番と戦う相手があらじかめ決められる事になっていた。

そして、

 

「一日目からか」

「まぁ、こちらの情報を下手に知られる前に戦えるんだから、有利だと思おうぜ」

本戦一日目の第一試合になるとは、運が良いのか悪いのか。

俺の場合はネームレスからの傷が癒えていないから運が悪いと思う。

そんな事を知ってか知らずか、エスターは能天気に口笛を吹きながら笑った。

 

『一日目』の『第一試合』と言う事で、相手はこちらの情報を知らない。それは、戦闘を有利に運ぶことが出来る。

どれほど純粋な戦力差が在ろうと、ラウドによって形勢は逆転させることが出来る。

どんなに小さな力でも、ラウドの使いどころによっては致命傷になる。

だから、相手のラウドを『知っている』ことと『知らない』では大きな差になる。

もちろん、こちらも相手の情報を知らないから、あまり意味はないが。

それでも、ラウドの常時発動型であるセレネの能力を知られていないのは暁光だ。

彼女の能力は、ばれれば即対応されてしまうような能力だから。

セレネのラウドは接触した者の熱を奪うモノ。肌と肌を直接接触しなければならないそれは、布の上などでは意味を為さないと後々聞いた。

なら、それを知られていないだけ、まし。

あちらも常時発動型や厄介なラウド持ちなどが居ないことを願うだけだ。

 

「それより、オレら即席チームの初戦闘だぜ。張り切って行こうぜッ!」

「……あ、はい」

「……」

感想はただ一つ。無駄に張り切っているな、エスターさん。

生温かい目で見守っていると、そう言えばエスターの方が年上なんだよな、なんて考え込んでしまう。

セレネに至っては哀しいかな、完全無視。

試合前の待合室の隅で、一人眼を閉じて瞑想をしている。

先ほどまで腰元に吊るされた二本のナイフを磨いていたのだが、いつの間にか終わっていたらしい。

他にも待機している数人は、こちらをちらりちらりと警戒している。

ここに一回戦の対戦者はいない。違う場所で待機しているらしい。

でもって、いつの間にかエスターは哀しそうに足を抱え、隅でいじけていた。

「……いいんだ。どーせ、オレっちはただの情報屋さー。リーダーという名の雑用係なのさ……」

「あの、えっと……すみません……?」

 

 

 

 

 

歓声が闘技場に響く。

「うわ……」

開会式の闘技場サヴェルオン、ではない。少々歩いた所にある、闘技場の一つだ。

そこまで大きい闘技場じゃないのだが、かなりの人数が集まっていた。

 

さすがに六百人もの人数を一つの闘技場で戦っていたのでは、らちが明かない。

そこで、町の各所に点在する闘技場でも試合は行われている。

他の場所でも、戦いは始まっているはずだ。

 

「さっさと行け」

「っと、すまん」

こんな場所で戦うのは初めてだ。

人に見られているという緊張が足を鈍らせていると、セレネは馴れているようで、どこまでも堂々と戦いの場へ赴いていた。

自分とそこまで年は変わらないだろう彼女が、どうしてそこまで戦う事になれているのだろう。

それに、なんでテロリストなんかに……。

「なにか?」

「い、いや」

考え事をしながら見ていると、セレネは顔を逸らして怒る様に聞いて来た。

少々、機嫌を損ねてしまったようだ。

さらに、興味深そうに見てくるエスターをセレネはひっぱたいている。

なんとも、変なチームだ。

まだ、出会って一週間も経ってないのに、いきなり一緒に戦うことになるなんて。

そうこうしている内に対戦者が現れる。

それを見て、少しだけだが驚いた。たまたまだろうが、知っている顔を見つけて。

「あらぁ、あの時の」

「えっと、エクレアさんでしたっけ?」

本戦の始まった昨日、その日ちょうど出会った女性だ。

その後ろには、自分と同じくらいの青年と少女がいる。

っと、あの人は……。

青年の顔もまた、どこかで見た気がする。

どこだったか……たしか、新聞かなにか?

思い出せそうで思い出せない。なんとも気持ち悪いのだが、どうしても思い出せないからしかたない。

 

そんな、首をかしげて考え込むロディウスの横で、セレネは小さく舌打ちをしていた。

誰にも気づかれないように、エクレアと名乗った彼女を睨みながら。

それを、ロディウスは気づかない。気づかれないようにとしていたから当然だが、とにかく気づくことはなかった。

 

 

「さぁ、注目の第一試合。勝負するのはこの六名――」

司会者がこちらの名前とあちらの名前を次々と紹介していく。

相手はこの前会ったエクレアと青年――フィンラ・フォルテにリーンベル・フォルテの兄妹。青年の方はどこか見たと思っていたら、ちょっとした有名人だ。

フィンラ・フォルテ。『緑の操り手』と呼ばれる、ノースヴェルドの冒険者ギルドでは有名人だったはずだ。こっちは冒険者ではないし、ギルドにも接点はないので会ったことはなかったが、ちょっとした似顔絵や写真などで見た事があった。

歓声と野次が飛ぶ中、開始の合図が闘技場内で響く。

エクレアとフォルテ兄妹は何やら相談をするように話しこんでいたが、その合図で一斉に動き出していた。

「で、俺らはどうするんですか、リーダー」

「えっ? オレっち、やっぱりリーダーなの? 雑用係じゃないのっ?」

見るからにわざとらしく言いながら、ちらちらとエクレア達を見ている。

「んー、とりあえず、三対三だから普通に一対一になればいいんじゃね?」

エスターの作戦なんてものじゃないその言葉に、ほかにしようもないので頷いておく。

隣のセレネはその言葉を聞いているのか聞いていないのか、すでに動き出していた。

連携も協力も無い。

まぁ、そうだろう。

こっちはつい先日に出会って作った即席チーム。で、お互いの事なんか持っているラウドと戦い方を少しぐらいしか知らない。

そもそも、それがどこまで本当かまったく分からないし、共闘もなにも今日が初めてのぶっつけ本番だ。

「って、来るぞ!」

エスターがセレネと俺に注意を呼び掛ける。

先行するセレネは止まらない。こっちはなにが来るのか身構える。エスターは後ろに下がったのが見えた。

そして

「遅いですよ」

緑の操り手の二つ名を持つフィンラがラウドを発動した。

 

地が隆起する。

ありえない急成長を見せながら、植物が舞台を蹂躙するが如く広がっていく。

広がりつつも、その植物たちがこちらを分断させるように動き、さらに攻撃するようにつっこんで来る。

先ほどまで闘技場の舞台だった其処は、数分もしないうちに木々の繁茂する森になっていた。

視界を遮る枝葉。奇妙な花を咲かす木々。その木に巻きつく蔦は気持ち悪い動きをしている。

相手にとってきっと得意なフィールドなのだろう。

それを指揮したのは、フィンラ。

まさしく、『緑の操り手』の二つ名にふさわしいその能力に、舌打ちをする。

当の本人は、すでに植物の影に隠れて見えなくなっている。

「ロディウス君、セレネちゃん、ぶじー?」

「ああ、俺の方は」

少し離れた場所。横たわった、人間の体の倍はありそうな木の幹の上でエスターは平然と聞いて来た。

画像転送なんて、よく解らないしどうも戦闘には使いづらい、援護ぐらいにしか向いていなそうなラウドを持っている割には、意外だ。

「セレネちゃん? おーい?」

一方、セレネの応えはない。

専攻していたせいかあたりにその姿はない。黒いシスター服は人ごみの中では目立つ、がところせましと葉の生い茂る森のような場所になったこの舞台では見つけるのも一苦労だ。

それにしても、おかしい。返事が無いのは、まさか……。

その思考を遮ったのは、何かがぶつかる戦闘音だった。

「まさかっ」

分断された隙に、襲われたのかっ。

セレネを援護するためにその場所へ向かおうと足を踏み出し――光る物を視界に発見して後ろに跳び退いた。

「――っ!」

短剣だ。それも、もしも気づかずに前進していたら、間違いなく直撃していたであろうその場所に三本。さらに、飛び退いた先に二本。

ぎりぎり避けたが一本は腕をかする。

少し動いたせいか、ネームレスにやられた傷が少し痛んだ。

「おっと、敵さんが来た見てーだな」

エスターの方はというと、周囲に木々がエスターを捕まえようとするかのように動きはじめていた。それを軽く回避しているが、少しずつこちらと距離を放されているように見えるのはきっと錯覚では無い。

「分断させる気か」

……もともと連携も何も無いこのチームにそこまで意味はあるとは思えないけど。

とりあえず、俺は俺でこの短剣の主を倒すか。

エスターに気を取られた隙に投擲されていた短剣を未来予知で避けながら、どこに主が居るのかを探す。

予選で最初に戦った坊主頭と同じように対応すれば勝てる。そう思っていた。

 

が、それは甘かったことを痛感することとなる。

だいたい、彼等は予選を勝ち残ったのだ実力者なのだ。

そして、最初に戦ったあの時、ロディウスの戦い方は他の者達に見られていた。つまり、対策を取ろうと思えば、とられてしまうハンデを抱えていた。

 

 

 

 

 

「――っ?!」

おかしい。

戦い始めて数分たった。はっきり言って、これは戦いなんてものじゃない。

どこからともなく放たれる短剣はこちらに当たらない。しかし、こっちはこっちで投擲した相手を見つけられない。

短剣な放たれた方向から死角になる物影へ隠れても、移動しても、対する相手はこちらを見つけて来るのだ。

今は避けられているし攻撃力の低い短剣は脅威にはならない。が、一方的すぎる。

こっちの反撃が出来ないのだ。

相手のラウドは、姿を隠すモノなのだろうか。

対戦相手が見えない。分からない。捕まらない。

これは、未来予知と言う未来を見ることしか出来ないラウドを持つ自分ではどうにもできないことだ。

何本目か分からない短剣を避ける。が、ほんの少し手足を斬った。

それに舌打ちをしながらも場所を移動する。

 

何度目だ? 

幾度となく繰り返されるそれに、苛立ちが募っていく。

姿の見えない敵と戦う事が、どれだけつらいか。今、ようやく知った。

苛立ちが募るに従い、少しずつ集中力が切れていく。

このままでは拙いと分かっていても何もできない。未来予知は未来予知でしかないから。

 

――そして、致命的失敗をする。

 

なにが起こったのか、すぐには分からなかった。

眼の前からやってくる短剣に注意をしていて地面には気を向けて居なかったからだ。

が、それは仕方なかったことかもしれない。

そもそも、先ほどから短剣の投擲しかなかったのだ。相手がそれ以外にも行動を起こすかもしれないと思っていたが、まさか、それが道具によるものだとは思っていなかったし、考えても居なかった。

なにが起こったのか。

それは――短剣を避けた先、その足元で何かが爆発したのだ。

 

「なっ?!」

虚をつかれ、体制が崩れる。

小さな爆発だ。しかし、ちょうど爆発に巻き込まれた右足からの痛みに舌打ちをしたい衝動にかられる。

危険だ。

慌てて回避。そして逃亡。

簡単にでも止血をしたいが、止まればまたなにかしらが襲ってくるはずだ。

出血が止まらない。このまま逃げ続ける? ……無理だろう。

すぐに動けなくなる。

逃げ続けなければいけないこの状況で足をけがするなんて、最悪だ。

自身の持つラウドは自分の危機に勝手に発動する。が、それは生死にかかわる時などだけだ。

つまり、死に遠い攻撃、例えば先ほどの小さな爆発には発動しない。自分の意志で未来を予知したときのみ、気づく事が出来る。だから、気づけなかった。

短剣にばかり気を取られていた結果だ。

 

考え事をしていたせいか、体勢を崩す。その隙をついて飛んでくる短剣。それを抜いた刀でどうにか弾き飛ばしながら、これからを考える。

対戦相手をどう眼の前に出させる?

逃げ続けることはできない。刀で短剣を弾くなんて初めてだ、そのうちぼろがでる。しかも、あたりは木々が生い茂っているせいで、刀を振り回す事に制限がかかる。

ちょうど、今立っている場所はすこし広いスペースがあるから刀を振り回せる。が、移動したあとどうなるかわかない。

さらに、一歩下がった途端、なにかの切れるおと共に上から短剣が落ちて来る。

どう見ても、罠にはまったしまったようだ。

それを避けるために跳び退けば、またもや其処には罠。

未来予知で避けた先に罠があることが分かっても、それ以外の逃げ場が無いようにと手が打たれている。

四方八方、罠だらけ。最初に短剣の投擲のみだったのは、この罠を仕掛けるためだったのかと納得しながら頭を抱える。

なんだ、これは。俺が戦っているのは罠を作るスペシャリストか?

悪意しか感じない配置のソレに、額に汗が流れた。

「まったく、やりづらい相手に当たったな……」

未来予知で先が分かろうと、どれだけ剣術に自身があろうと、敵が目の前に居なければ意味が無い。

 

 

 

 

 

 

 

「く――ぐぁっ!!」

背に、衝撃が走る。

吹き飛ばされ、いつの間にか生えていた巨木の幹に背をしたたか打ち付かせたセレネは、消えそうになった意識をどうにか引き止めた。

「……エクレア」

眼の前には自分を吹き飛ばした張本人。

先輩であり、師匠であり、同僚である……『教会』で共に任務をこなしてきた知人。

エクレア――いや、『影主』の二つ名で呼ばれる女性。

「なぜっ、貴女がこの大会にっ!!」

こんなこと、上から聞いていない。

ふらふらと立ちあがりながら問う。

先日会った時からずっと考えていた。なぜ、彼女がこの大会に参加しているのか。

と――

「あたりまえでしょう。あたしとあなたは目的が違うのだからね」

厳しい声でエクレアは応える。

自分の目的……殺す事。あいつを殺す事。

それは、自身だけの願い。だから、一人でこの大会に参加したのだ。

たしかに、当たり前のこと。

でも、なら彼女らはなんの目的で大会に参加したのだろうか。

……きっと、今のこちらには教えるつもりはこれっぽっちも無いのだろうが。

「それに、私だけじゃないわよ。『農民』、『オラトリオ』まで参加しているもの」

『農民』に『オラトリオ』、か。

農民についてはよく知らない。

が、オラトリオはよく知っていた。あの、私よりも『魔女』と言う名に相応しい女もこの大会に参加しているのかと眉をひそめる。

なぜ、あの女がわざわざ……。

「そんなことをこちらに教えて良いのか?」

「これくらいなら、別にかまわないでしょう。どうせばれちゃうのよ? それに、あなたの『聖女』サマもね、参加しているし」

「なっ……あの子、が?」

 

以前、騎士団に殴り込みに行った時、私は一人では無かった。

その時、共に行った相手が『聖女』と二つ名でよばれる友人だ。

『魔女』と『聖女』。正反対な二つ名を持ちながら、どちらも似たような能力を持っているという事で共に修行することが多かったからだ。

彼女が、この大会に……。

いや、今はエクレアをどうにかしなければ。

彼女がどんな理由でこの大会に参加しているのか、知らない。だが、自身にはやらなければならないことがある。

「そうそう。フォルテ兄妹と一緒にいるのはたまたまよ」

「別に、興味は無いな。今はお前を倒す、それだけだ」

「ふふっ、そんなことできるのかしら?」

たとえ、『教会』の『仲間』だとしても、この大会に勝ち残る。彼女らが何の目的でこの大会に参加したのかも知らないのだから、なにをしたところで上に文句は言わせない。

 

いつもつけている右手の手袋をはずす。

両の手には長年使って来た相棒とも言えるセスタス。

先ほど吹き飛ばされた衝撃はもう残っていない。

会話の時間が役に立った。情報も少しだが手に入れた。

 

「行く――」

 

腰を落としてエクレアの元へ弾丸のように飛び込む。

振り上げたこぶしはエクレアに――当たらなかった。

というよりも、姿が消えた。

彼女のラウドだ。

 

『影主』なんて二つ名の通り影に関するラウドである。

はっきり言って、私にとって戦いづらい能力だ。

影から影への移動。

だが、いくつか縛りがある。影に自分が出てこられるだけの広さがあること。そして中途半端に右手だけを移動させることなどができない。

彼女のラウドはよく知っている。そして、戦い方も。それを考慮に入れて戦う。

が、有利な状況とは言えない。

なぜなら、彼女もまた私のラウドを知っている。

一時期、師弟関係になった仲だ。こちらの弱点もなにもかも知られている。

 

姿の消えたエクレア。

影の中を移動しているのだ。

どこから出て来るのか分からない。警戒をしながら少しずつあとずさる。

はるか後方で誰かが戦う音がする。ヴァンガードとエスターだろう。

あの二人は残り二人と戦っているはずだ。

「横が開いてるわよっ」

「わかっている――わざとだっ!!」

横の影から飛び出すエクレアに固めた拳の洗礼を。

不意を突いたつもりだろうが、こっちは何度も彼女と戦った経験があることを忘れてはならない。

が、同時に拳は軽くあしらわれる。

あちらもこちらの攻撃を見きっている。しかも、しっかりと素手を触らないようにと注意まで。

「……らちがあかないな」

このままでは負けないだろうが勝ちもしない。

それなら、こちらの奥の手を出すだけだ。が、ここで奥の手を出しては後々面倒だ。

ならばどちらが先に代償で倒れるか、か。

 

 

 

 

 

 

はっきり言おう。自分は、自分から動く事が嫌いだ。

本気を出す事は疲れるし、眼をつけられても厄介だ。

自分は影。主役たちを後ろで支える。そんな役回りが昔から好きだった。

 

エスターはいつの間にか檻に囚われていた。

鉄の檻では無い。木々で出来た歪な檻にだ。

追って来る植物から逃げ続け、高所に追い詰められていつの間にか。

「うわー、オレっち珍獣みたい」

そんなかる口をたたきながらも、己の状況、そしてここからどう出るかを考える。

はっきり言って、出ようと思えば出られる。しかし、自分だけではまた捕まるだけだ。

前衛ポジションであるはずのロディウスもセレネも居ないこの状況では、緑の操り手フィンラから逃げられない。

なにしろ、植物がある所全てが彼の庭のようなものだから。

そう、エスター相手はフィンラだった。こんな檻を作ることはできるのは、植物を操るラウドの持ち主のフィンラ以外いない。ロディウスとセレネはその他、エスターの知らない女性エクレアとフィンラの妹、リーンベルと戦っているところだろう。

エクレアのラウドは知らないが、リーンベルのラウドは知っている。だてに情報屋を名乗っている訳ではない。

彼女のラウドは、植物と意思疎通を図るラウド。もしもエスターがこの檻からだ脱出し、運よくフィンラを追い詰めたとしても、植物たちを通してリーンベルに伝わりフィンラに助けが向かうだろう。それもここから動けない理由の一つでもあった。

それを相手も分かっていて、エスターを捕まえた後はなにもしていない。

いや、戦いの場を森に変えるという大規模なラウドを使った後だ、代償によって動けないからエスターを捕まえるだけ捕まえて、放っておいているのかもしれない。

「どうするかな……」

この状況で動いて勝機はあるかと問われれば、あると答えるだろう。だが、いまはまだ動く時じゃない。

今動いても厄介なだけだから。

「……っと? あれ、は……」

暇になって森となってしまった舞台を見ていると、そのうちロディウスの姿を視認した。

どうやら、何かから逃げているらしい。でも、ここまで離れているとよく見えない。

周囲の木々が邪魔だ。

「うわー、なんかピンチ? でもオレも捕まってるし……あっ、セレネちゃんに助けてもらうかっ」

自身のラウドは画像転送。

見た映像を相手に送ることが出来る。

しかし、それでは助けを呼ぶことはできない。もちろん、一方的にやられている映像を送れば大変なことになっていると気づきはするだろう。が、どうすればいいのか、なにが起こっているのか分からないはずだ。

なら――。

 



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2/2

 

不意に、めまいがした。

視界がかすみ、平衡感覚が失われていく。

代償が、現れ始めたのだ。

「まだ、いけるか」

しかし、これだけならまだ戦える。これくらいで立ち止まってなどいられないのだから。

そう自らを叱咤して、セレネは平然とした態度でエクレアを睨みつけた。

 

セレネが立っているのは木々の無い広場のような開けた場所だった。

エクレアの影からの奇襲から逃れるため、日のあたる場所へと移動したのだ。

小さな影はあるが、それでは移動はできない。

「あらぁ? どうしたの、セレネ」

一瞬、気がそれた隙をすかさず突かれる。

影を移動しなくとも、身軽な彼女の攻撃は素早い。さらに、剣と拳のリーチの差がセレネを不利にしていた。

だが、エクレアの息は切れ始めている。

彼女の代償はスタミナ。影で移動を行えば行うほど、普通に移動するよりも疲労がたまって行く。

「くっ」

だが、彼女の振るう剣を避けられない。こちらも代償のせいで少々視界が悪く、疲労も濃い。

ならば、攻撃を受けるまで。

とっさに左手を出して剣を受ける。刃が手のひらに食い込み血が地面をぬらす。

こんな怪我ぐらいで動きは止めない。手が切れたくらいでなんだ。

セレネは自らが傷ついたにもかかわらずに笑みを浮かべた。

剣を掴んだその手をさらにしっかり握り、剣を引っ張る。

まさか、素手で受け止めるとは思っていなかったのであろう。エクレアの体勢が崩れる。こちらに転んでくる。

それに対して、拳を握って待ち受け――一撃をお見舞いした。

「きゃあっ!!」

倒れたエクレアはそれでも剣を放さない。が、その剣を握り締めた手を踏みつけた。

「勝負あり、だな」

もう、彼女は動けない。

だというのに、エクレアは微笑んでいた。まるで、策があるように。

いや、事実あったのだ。

「うふふ、それはどぉかしら?」

その言葉が終わる前に――変化は訪れた。

 

なぜ?

セレネがその答えを見つける前に、エクレアの姿がかき消える。

一瞬の出来事。

目を放していた訳ではない。確かに此処にいたはずのエクレアは、消え失せていた。

いや、移動していた。己のラウドで、セレネの目の前から消えたのだ。

しかし、それには影が必要で、ここには影が無いはずだった。

が――

「なぜ……」

セレネとエクレアがいた場所に、影が出来ていた。

いつの間にか、周囲の木々が、私たちから太陽の日を隠すように成長していたのだ。

眼の前には、エクレアの剣が残っているだけ。

地面には影ができ、落ちた血が赤黒くまだらに変色させていた。

あたりは暗い。影が広がっている。

これでは、どこからでも襲撃することが出来る。

一旦、ここから離脱をしなければとセレネは周囲を見渡した。

幸い、エクレアの方はまだダメージから回復していないのか、攻撃を仕掛けて来る気配はない。

なら、今のうちに。

 

手の怪我を止血しながらなるべく日のあたっている場所を探して、慎重にエクレアの襲撃に警戒しての移動をする。

日のあたる場所を進まなければ危険だ。このまま不意打ちを受けたら、どうなるか分からない。

先ほどの事を思い出しながら慎重に、それでも早さは損なうことなく走り続ける。

 

どこかでヴァンガードが戦っている姿を見た。

姿の見えない敵と戦っているところを見た。

そして、樹の幹に刻まれた言葉を見た。

「まったく、あいつらはなにをやっている」

その怒りはエスターに。

 

『ロディウス君がリーンベルちゃんにやられてやばいみたいだから、加勢してくれない? あと、オレ捕まっちまった! 救出頼む!』

 

エスターのラウドはなんだった?

画像転送。自分の見た映像を他者に見せる能力。

木の幹に伝えたい事を書いて、こちらによこしたのだ。

「地味に使い勝手が良さそうで悪いな……」

画像しか送れないため仕方ないだろうが、なんともめんどくさい方法だ。

書ける場所が無い場合や、暗かった時はどうするのだろうか。

それに、こちらが了解したことを伝えられない。

「まぁ、いいか」

進路を変える。なるべく日の光のあたる場所を探していたが、もう関係ない。

エスターはどうやら少々高い場所にいたらしい。そのおかげで、ヴァンガードの戦っている場所やこの辺の地理を見ることが出来た。

大体のルートを頭の中に作り、動きだす。

「ヴァンガードを援護しなければな」

最後にそう呟き、加速した。

目的地はすぐそこ。

ヴァンガードとフォルテの妹の戦場へ。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……くそ……」

逃げ続けて、どれ程経ったのだろうか。

もう、時間の感覚が無い。

仕掛けられた罠。何度も危機に陥り、どうにか根性で逃げているが、もう限界が近かった。

ラウドを使いすぎたせいで寝不足の様に頭がくらくらする。

俺のラウド、ばれてんじゃねーだろーな。

これまで、自分のラウドを他人にばれないようにと立ちまわって来た。が、これだけ自分と相性の悪い敵と当たるなんて、偶然だとしても出来過ぎている。

「あ、やべ……」

先ほど爆発に巻き込まれて怪我を負った足に、感覚が既に無かった。

代償――『睡眠』のせいで思考も朧。

そして、足に何かがひっかかった。

「こりゃ、やば――」

なにが来るかと予知をして。

「――くないか」

横から、上から、前から、短剣が雨霰と降り注ぎ、全てが落された。

「ふむ。危機一髪だったな」

黒のシスターが前に。

まるで、こちらを守るように前に立っている。いや、事実さっきの攻撃からこちらを守ったのはセレネだ。

恥ずかしいったらありゃしない。

普通、男が女の子を守るんじゃないのか?

自分の実力不足に泣きたくなる。

「すまん、助かった」

なんで来たのだろうか。もしかして、もうすでに一人倒したのだろうか。

……なんだか落ち込んできた。

「ふん。一旦、エスターの元へ行くぞ」

「え? でも、あいつどこに……?」

「来い」

セレネが一旦躊躇して、俺の手を掴んだ。

グイッと引っ張られ、気づくと……黒い背中に背負われていた。

恥ずかしいどころじゃない。顔から火が噴きそうだ。

「なっ、なっ、セ、セレ、ネ」

「なんだ、黙っていろ。このトラップ地獄から抜け出すぞ」

女の子に……しかもシスター服の見た目可憐な少女に背負われるとか、なんだか大切な物が壊れていくような、メッタメタに切り刻まれて崩壊していくような、思考を放棄したい感情の波に襲われる。

走り出したセレネの前に、何本もの短剣が投擲される。きっと、相手がセレネの参戦に慌てて投げた物だろう。

「セレネ、左に避けろ!」

「むっ。ヴァンガード、この先の罠と攻撃をこちらに教えろっ」

「お、おう」

セレネに背負われたまま、奇妙な逃亡劇は始まった。

 

 

「そのまま前進すると罠があるから、でも右には爆発のトラップ。そこの木の左には右斜め五十度の方角から短剣が二本っ」

「了解だ」

馴れてきた連携で罠を避けていく。

先ほどから逃げ、しかも俺を背負っているはずのセレネに息を切らした様子はない。

どれだけ体力があるんだ、このシスター……怖ろしいぞ。

いろいろと自尊心とかが木っ端みじんに破壊されていく。

なんで周りの女性ってこんな奴らばっかりなんだろう。

「ヴァンガード? おい、ヴァンガード、どうした」

いきなり黙りこんでしまったことで、セレネは足を止めていた。

「あ、すまん」

このまま行って良いものか、こちらに問う彼女は困惑している。

意外といえば意外だった。

こう言うのには慣れていないのだろうか。

ちょっと新鮮だが、言ったら怒られそうだ。

「この先……何も無いみたいだ……」

いつの間にか、罠の大量地帯から抜けていたようだ。

「そうか、ではエスターの元へ行くか」

「……こ、このまま、か?」

「エスターの元まで歩けるのか?」

「すみません。お願いします」

……なんと言うか、恥ずかしい。ぜったいにエスターに笑われる。

まぁ、いいか。

それよりも……師匠に知られたらどんな事になるか。

凶暴だろうがテロリストだろうが、女の子に助けられるなんて。ましてや背負われて逃亡するなんて、絶対に知られたら殺される。

絶対にこのことは言わないことを心に決めていた。

 

 

 

 

 

「おー、ロディウス君、無事だった?」

「エ、エスター、さん……なに捕まってるんですか」

「いやぁ、捕まっちまった!」

ウィンクして言うことじゃないだろ。

思わずつっこみたくなった、が、俺なんか女の子に背負われている身。何も言えない。

 

セレネに連れられて来たのはエスターの捕まった檻の前。

目立った外傷もなく、どこかくつろいでさえ居るエスターはお気楽そうだ。

「なにをやっている……」

そう不機嫌そうにセレネは素手で檻を触った。すると、そのまま檻の役目をしていた木が……枯れていく?

「おまっ、そんな事出来たのかよ」

「……言っていなかったか?」

「言って無かった」

「ふむ。それだけ元気なら、まだ戦えそうだな」

檻が朽ちていく。

セレネのラウドだろう。けど、こんなの聞かされていない。

植物を枯らすなんて、どういう能力なんだかよく解らなくなってきた。

 

エスターは礼を言いながら自由の身になると、俺たちの様子に笑っていた。

まったく、笑い事じゃないって言うのに。

まだ一回戦目だっていうのに、ぼろぼろなこの状況。笑う要素が一切ない。

「っと、お二人さん、作戦会議しようぜ?」

「作戦?」

「まぁ、それと一緒に情報交換しようぜ」

 

 

 

 

 

 

リーンベル・フォルテ。

冒険者ギルドでの有名人フィンラ・フォルテの妹である彼女は、『植物との会話』をすることのできるラウドの持ち主だった。

兄のフィンラは植物を操るラウド。その相性は完ぺき。

フィンラが自分たちに有利になるフィールドを作り、リーンベルが植物との会話で敵を窺い撃破する。

妙な剣を持った少年――ロディウスを姿を見せずに襲撃したのは植物たちにロディウスの行動を聞いていたからだ。

そして、ロディウスは追い詰められ、仲間の少女によって助けられた。

今は三人そろい何やら作戦会議をしているらしい。

そこへ襲撃するべく、リーンベルは移動していた。

兄のフィンラはラウドの代償で未だ動けない。

二人だけでは不安だと雇った傭兵のエクレアと共にあの三人を倒す。

そう、意気込んでいた。

が――

「きゃあっ?!」

前を見ていたはずなのに、なぜか木に激突。たしかに焦っていた、が目の前に生えていた木に気づかないはずが無い。

なのに、なぜ?

「って、あ、れ?」

「動かないでくれよ? オレ、かわいい女の子を傷つける趣味ないから」

ナイフが背に、突きつけられていた。

さっきの妙に感のいい少年じゃない。兄に捕まっていたはずの青年だ。

「……動くなって言われて、動かない奴がいる訳ないじゃない!」

「うおっ?」

一歩前に、そしてくるりと青年に向き直ると、足を振り上げて青年の腕を打った。

ナイフが落ち――ない?!

それどころか、確かに蹴ったはずなのに、その感触が無い。

「な、なん、で?!」

青年の姿がぶれて最終的には消えてしまった。

まさか、幻を使うラウドの持ち主?

どこに居るのか分からない。これでは、先ほどと正反対だ。

植物たちに聞いても分からないの一点張り。

「いったい……」

ここに居るのは危険だ。

さっきの罠を仕掛けたあの地帯に戻って態勢を立て直さなければ――

 

 

 

こちらのラウドに気づき、元の道を戻って行く少女。

さっきロディウスが苦戦していたトラップ地帯に戻るつもりだろう。

それを止めることもなく、エスターは見送る。

周りの木には、誰もいない画像を見せている。正直、人間以外にもラウドが使えるのか疑問だったが、意外と出来たらしい。

追う者とかる者が逆転したこの状況。リーンベルはどんな気分で逃げているのだろうか。

「さて、追うか……でもなー。そこまでがんばりたくないし……あいつに画像転送しまくるか」

ゆっくりと歩みを進めながら、ラウドを発動させる。

自分のラウドは良く知っている奴と視界上に居る奴にしか画像を送ることができない。

無理をすれば出来るが、そんなことした次の日には怖ろしい事が待っている。

無駄に画像をある人物に送った後、リーンベルの元へと向かった。

 

追いついた時、少女は勝気な笑顔を見せていた。

画像転送を解いて姿を見せる。

驚いた顔をするが、さらに笑みを深めていた。

「ふふっ、ここまで来れる?」

たいした自信だ。

ロディウスの話によれば、怖ろしいほど大量の罠をこの辺にかけているらしいから、そのせいだろう。

そして、この彼女に一番適したフィールド。

ここで、自分の得意なこの場所で倒されるとは思っていないのだ。

「んじゃ、おまえさんの所に今から行くから逃げるなよ」

この先、どんな罠が待ち構えているのか――それにエスターは内心笑みを浮かべる。

情報屋として今までやってきた。そのなかで、何度も危ない橋を渡って来た。

その過程で、多くの事を学んできた。

 

エスターは罠に対してリーンベルと同等とは言わないが、ロディウスよりも良く知り、理解していた。

どうすれば罠を発動させずに動けるか、なにをすれば無効化できるのか、知っている。

そして……。

 

一歩、前に進む。

何も起こらない。

さらにもう一歩。

何も無いかのようにエスターは歩いていく。

それに、当初は笑っていたリーンベルだが、次第に焦燥の色を浮かべる。

「な、なぜっ」

なんで、あそこに仕掛けてあったはずの罠が発動しない?

なぜ、罠を知っているかのように動く事が出来る?

罠を無効化し、時には避け、時には不発し、エスターは歩を進める。

「ど、どうしてっ」

慌てて奥に逃げる。

まだ、罠は残っている。逃げ切ることも、その間に倒すことも可能だ。

しかし、いつの間にか、リーンベルは逃げ道を失っていた。

「女の子には乱暴なことしたくないんだ。降伏してくれるかな?」

自分が使っていた短剣を奪われ、その首もとに突きつけられる。

「……降参よ」

接近戦はからっきしのリーンベルは、お手上げとばかりに手を上げた。

 

 

「ねぇ、どうして罠が発動しなかったの? 貴方のラウドはなに?」

縄でぐるぐる巻きなんてことをされたリーンベルは、それを為したエスターに声をかける。

すでに自分の戦いは終わったとばかり休んでいるエスターは、どうも他の二人の援護に行く様子はない。

だから、リーンベルはちょうどよいとばかりに聞いた。

これまで、兄の為に強くなろうとして来た。しかし、自分には力がない。

だから、後方で兄を援護するために、もしくは襲撃された時に一人でも対応できるようにと腕を磨いてきた。

自分なりに罠に関して自負があったのに、あの結果。それが認めたくなかったのかもしれない。

「あれはラウドじゃないさ。……まぁ、副産物だけどな」

「副産物……?」

エスターは自分の能力を聞かれたのにも関わらず、笑って答えた。

普通なら、自分の能力は隠しているものだ。まぁ、例外として有名人、たとえばリーンベルの兄であるフィンラなどは周りに知られていることが多いが。

「代償の結果だよ」

「なんですって?」

代償の結果? 首をかしげるリーンベルに、エスターは困ったなぁと頭を掻く。

代償は人それぞれだが、罠を無効化する代償なんて聞いたことが無い。

そもそも、代償は代償である。なにかしらの不利な物のはずだ。

「オレのラウドの代償は……幸運なんだよ。あ、幸運が無くなる方じゃないぞ? むしろ、幸運になりすぎるっつぅ奴なんだ」

「……」

たまたま、罠が作動しなかっただけ。

幸いにも、罠が不発しただけ。

「そんな物が代償になっていいのかって顔だな。羨ましいか? 幸運になる代償なんてな。……最悪だぜ? 幸運になりすぎるって言うのはな、周りを不幸にするんだよ」

誰かが幸せになれば、その影で不幸になる者もいる。

代償がただ幸せになるだけなら、そんな物を『代償』なんて言わない。

代償はあくまで代償にすぎない。

この『幸運』という代償は、周りを不幸にして自分が『幸運』になるなんて卑怯な物だから。

「誰かが幸運になって、でもそのせいで不幸になる者がいる。……誰かが勝って、誰かが負けるのと同じことだ」

今回は罠を仕掛ける敵だったから、無駄にラウドを使って代償の『幸運』を利用したのだ。

不発だった罠以外は、自分で解除したり発動しないようにと動いたりしたのだが。

「こんな感じで、お嬢ちゃんの疑問は解けたかな?」

 

 

 

 

 

「あら、今度の相手はアナタなのね」

エクレアは目の前に現れた少年に笑いかけた。

暗がりの奥から現れたのは、ロディウス。

セレネとチームを組んだという傭兵。以前、絡んできたのは同僚とチームを組んだ少年だからという理由からだ。

セレネが一緒にチームを組んだほどなのだから強いのだろうとは思う。が、現在の状況――どうもリーンベルに散々攻撃されたらしい様相からはそこまでとは思えない。

「ちょっと、選手交代したんで」

そんなエクレアの心情など知らず、ロディウスは応えた。

ロディウスは、未だに暗がりに居る。

こちらのラウドは『影から影への移動』それを知らないのか。それとも、知っていてわざとなのか。

どうも、先ほどの戦いの始まりを見る限り、セレネ達のチームに連携は見られない。

即席チームにそれを求めるのは酷な話だが、どうも連携を取ろうという意志もないようだった。

ならば、前者かもしれないが、さきほどのセレネの撤退と交代という言葉が後者かもしれないという疑惑を抱かせる。

「実力のほど、見せてもらおうかしら?」

その瞬間、ラウドを発動させる。

影から影へ。

ロディウスの後ろ――では無くいったん距離を置く。

ロディウスは動かない。

まだ、影の中に居る。

「……何か考えがあるのか、それとも」

木々の幹を伝い、彼の死角へ。

そこから襲撃。するも呆気なく避けられる。

そしてロディウスの反撃。抜刀された刀がエクレアをかするが場所が影の中

一瞬にして移動をして刃から逃れる。

それに驚き、動きが一瞬固まるロディウスに、エクレアはすぐ後ろに移動。

「残念ね」

そう言いながら、一刀両断。

 

終わった。

 

今の攻撃に反応できるとは思えない。

勝利を確信したエクレアは、笑って――

「それはこちらのセリフです」

衝撃と共に意識は闇に墜ちた。

 

 

「よかった……終わった、か」

そう、一息つくロディウスはボロボロだった。

エクレアからの攻撃では無い。その前の、リーンベルとの戦闘での傷だ。

最後のエクレアからの攻撃。あれは何も知らなければ避けられなかっただろう。

が、未来を知ることが出来るというアドバンテージがあるロディウスには意味が無い。

剣が来る場所を事前に知り、エクレアが移動した瞬間に避ける。そして、刀の柄で腹を一撃。

結果、目の前には正体を無くしたエクレアがいる。

それを見て、ロディウスは崩れ落ちた。

もともと、傷だらけですでに戦闘を行える身では無かったのだ。

だからこそ、わざと影の中、エクレアの得意とする場所に陣取り、彼女から向かって来るように先導した。自分はエクレアを追えるほどの体力はもうないから。同時に、足にけがをしたこの身では無理だから。

「あとは、エスターさんとセレネか」

もう、二人を援護には行けない。

先ほど、フィンラの妹との一戦での代償がゆっくりとやってくる。

「眠いなー……」

ロディウスは気絶したエクレアの横で、この戦いが終わるのを待っていた。

 

 

 

 

セレネは森の中を走りまわっていた。

理由は簡単。姿の見えないフィンラを探すため。

しかし、いくら探しても見つからない。

「……面倒だな」

おもむろにセスタスを取る。と、セレネは木の幹に手を当てた。

何をするのか。と、数秒後に少しずつ木が枯れていく。

さらに、周囲の木々までも。

正確には枯れているのではない。水を、木々から奪っているのだ。

 

先ほど、三人で集まった時に知った話。

フィンラの生みだした木々は、根本で繋がっている。らしい。

そして、その中心にフィンラは居るはずという話だった。

主な情報源はエスター。一応情報屋ということでの情報だ。

 

木々を枯らしていくにしたがい、中心部らしきもの――木々が多く集まっている場所を見つける。

「ふむ……あそこか?」

見つけた後は簡単だ。

戦って勝つ。

あちらにはこっちが気づいたことがバレていることだろう。

あたりの木々は枯れて、丸裸の状態だ。これほどのことをしたのだから、気づかれたはず。

出来うる限り早く。ただ走る。

相手はまだ動けないはず。こちら今の行動でかなり代償を払うこととなっている。

早く、ただ早く相対す必要がある。

 

中心部に着くと、すぐに目的の人物は見つかった。

「お前がフィンラか」

「えぇ」

あたりの木々が、植物が彼を守るように生え茂る。

優男風の青年、フィンラに追い詰められたような様子はない。

むしろ、笑っている。

それに対して、セレネは問答無用で殴りかかった。

が、植物が邪魔をする。セレネのちょうど真下から生えた木。身体をひねって逃げようにも、それ以上の速さでセレネを捕まえた。

「くっ」

問答無用で腹を圧迫される。それに苦渋の色を見せるが、手を当てると数秒後に植物が枯れて拘束を解いた。

地面に足がついた途端、間髪いれずにフィンラの目の前に飛び出す。

一撃。殴りかかるが木の壁が出現。

それにかかわらず、さらに一撃。間を挟まず、殴る。殴る。殴る。

どんどん水が奪われて枯れていく木の壁は壊され、フィンラに一撃を与える。

逃げることを許さず、足を振り上げて蹴りを腹部に。

さらに回し蹴りお見舞いすると、彼は飛ばされる。

飛ばされた先の植物が葉を茂らしてクッションに。

どうも、セレネの攻撃をガードしたらしいフィンラは少々たたらを踏みながらも起き上る。

「なるほど、エクレアさんの言った通り、強いですね」

あまり効いていない。

しっかりと受け身を取られたらしい。

そして、言葉を続ける。

「これはどうですかね?」

「っ?!」

足に何かが絡みつく。

見れば、それは蔓だった。

ただの蔓では無い。薔薇の様な棘がいたる場所から姿を見せている。

何時の間に? 量の足が蔓に拘束されている。

さらに、右腕左腕。

四肢を拘束され、吊るしあげられる。

地味に棘が刺さって血がにじむ。

「なっ」

セレネのラウドは、素手で触らなければ発動しない。

今、素手になっているのは手のみ。

腕を拘束されたのでは拘束を解く事が出来ない。

フィンラはエクレアからセレネのラウドの事を聞いていたのだ。

そして、近づいて来る。

セレネの意識を刈り取るために。

この戦いの勝利条件は、どちらかが全滅すること。戦闘不能の状態にするか、気絶させるか、殺すかだから。

しかし、セレネは微笑む。氷のような冷たい笑みで。

 

次に驚愕したのはフィンラだった。

「私は、もう、おそれない」

拘束されているのにもかかわらず、棘が食い込むのにもかかわらず、蔓を引きちぎり、血をにじませながら、セレネが近づいてきたフィンラに一撃を与えた。

 

 

――こうして、一回戦は終了した。

 

 

 

 

 



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第一試合終了

 

ノースヴェルドの武道大会。

その初戦が終わった。

 

「ふむ。一番の負傷者はヴァンガードのようだな」

「か、顔を覗きこまないでくれ……うぐ」

初戦の終わった次の日。

隠れ家に、なぜかセレネとエスターがいる。この前と状況が同じだ。

昨日の怪我のせいで寝込んでいたのだが、今日もまた騒がしくなりそうだ。

なぜかこちらの顔を覗き込んで来るセレネに思わず赤面しながら身体を動かして、傷の痛みに呻き声を上げる。

耐性がないというか、女性が近づいて来た時は大抵が酷い目にあうためだ。

それを、エスターがにやにやと笑って観て来る。

はっきり言おう。ムカつく……。

「それで、ドクターに見せたか」

「いや、まだ……」

戦いの後、備え付けの治療所でちょっとした手当てをしてすぐにここに帰って来た。だから、まだ医者に行ってない。

一応、顔見知りの医者がこの後に来ることになって入る。

「なら、セレネちゃんに連れてってもらえばいいんじゃないか、青少年」

「……」

また、セレネにおぶってもらえと言ってんのか。

思わず半眼になると、エスターは声を立てながら笑っていた。

絶対に解っていて言っているよな、この人。

その横で、セレネは真面目な顔で言ってきた。

「肩なら貸すぞ。ただし、右だけだ」

「えっと、ありが、とう?」

なぜに右だけ。

「左の肩凝りが最近酷くてな」

止まる時間。

何を言えばいいのか分からないが、とりあえず。

「……お、お大事に」

「冗談だ」

さらに、崩壊するなにか。

間髪いれずに言われた単語に、思わず思考が停止する。

すべってる。おもいっきりすべっている。

「――……っ?!」

一瞬夢の世界に飛びかけた意識を無理やり現実に戻し、考える。

危険な黒服シスターの冗談とは、こうも怖ろしいモノなのかっ。

どこからどこまでが冗談なのか、まったく見当がつかない。

助けを求めようと、エスターの方へ向くと――先ほどまでいた所に居なかった。

「ちょっ、エスターさんっ?!」

すでに帰り支度を整え、帰る気満々。出口に向かっているところだった。

「オレっち、ちょっと迷惑かけた奴がいてな。そいつに謝ってこないとやばいんだわ。じゃーな!」

「エスターさーんっ!」

止める声など聞きやしない。

み、見捨てられた。

何やら楽しそうに隠れ家を出ていく後ろ姿が恨めしい。

そして、なんだかもう、ここはすでに隠れ家として機能していない気がする。

「で、どうするのだ、ヴァンガード。肩は貸すぞ? 借りは高くつくが」

「……俺の精神が異常をきたすから止めてくれ」

主に、セレネ流冗談に。

「了解した。しかし、ドクターには見てもらった方がいいのではないのか?」

「それなら、昨日頼んだからそろそろ来るころだと思う」

「そうか」

そこで沈黙。

何を話していいのか解らないから、当然だ。

そもそも、同い年くらいの女の子と普通に話したことが無いから、どうすればいいのか解らない。

セレネの方も、そわそわと――していない。普通に自分用に紅茶を入れている。

なんだか、バカバカしくなってきた。

「そういえば、エクレアさんってセレネの知り合い……なんだよな?」

「……うぬ」

「……」

「……」

聞いてみたが、それ以上の話に発展しない。

どうしようか。

ほんと、早くあいつに来て欲しい。

今日来る医者は、前からお世話になっている顔見知りだ。

彼女なら女の子同士だし、話のきっかけにも……。

「エクレアは、同じ『教会』から来た者だ」

「へ?」

いきなりの事に、なにがなんだかわからず変な声を上げてしまう。

「同じ、テロリストということだ」

エクレア……先ほどの会話の続きだったようだ。

それにしても、彼女もテロリストの一味?

じゃあ、セレネが最初、彼女と会った時に睨んでいたのは……?

「……聞いた話では、どうも数名がこの大会に参加しているらしい」

「そう、なのか……」

まだ他にもテロリストが参加しているのか。

十四年に一度の大会なだけあって……頭痛がする。

「なんでテロリストが」

「そりゃ、テロをするためじゃないのか?」

「……ごもっともで」

それ、やばいんじゃないのか。

……今さらだが、俺はなんでテロリストと一緒に戦っているのだろうか。

 

と、扉が無造作にノックされた。

外から聞こえて来るのは、快活そうな少女の声。

『ろでぃうすくん、いるー?』

もう、ここ隠れ家じゃ無いな。

大きな声で俺の名前を言わないでくれと頼んでいるはずなのに、彼女はまったく覚えていないようだ。

「開いてるぞー」

半分以上諦めて、そう声をかけて来ると騒々しい音を立てながら少女がやって来た。

「やっほー。ばっかだねー、ろでぃうすくん。こんなにボロボロになっちゃって、ふぃーちゃんに怒られちゃうぞ!」

入ってきたのはセレネとは正反対の真っ白な少女だった。

といっても、服装が真っ白なだけ。ワンピースもボレロも、挙句の果てに腰まで伸びた金髪をまとめるリボンも白。

本人、仕事をしているときは絶対にこの姿らしい。真実、この前たまたま会ったら、私服は普通だった。

少し鈍い金髪にそれと同色の瞳が白の中に映えて綺麗なのだが、ちょっとやり過ぎな気もする。

ちなみに、ふぃーちゃんとは師匠の事だ。

人が怪我をしているのに興奮しながら走り込んできた彼女は、問答無用でおでこを片手でチョップして来た。

意外と痛い。

「ひ、久しぶり、アルマ……」

「おうよ! 今回も派手にやったみたいだね」

「前よりはましだと、おもう」

「まーねぇ」

笑いながら仕方ないなぁと笑うアルマ。

彼女には以前から世話になっている。

 

アルマリーズ・アルフィルラーゼ。

外見は可愛らしい十六歳。本当の年齢は不明。本人は永遠の十六歳と言ってる。

師匠の昔からの友人らしいから、十中八九嘘だろう。師匠は普通に三十超えてるし。

彼女のラウドは『巻き戻し』。

傷を負ったことを、巻き戻して無かったことに出来る。

聞いた話じゃ、傷以外にも使えるとか。死者は生き返らないらしいがかなりふざけた能力だ。

だが、本人はそのラウドを本当に緊急事態の時以外は使わない。

それだけ医者としての腕が確かという事でもある。

本人いわく、片手に数えるくらいしか治療でラウドを使ったことはないらしい。

実は、その緊急事態になって昔運びこまれたことがあるのだが、その縁で今もよく治療してもらうようになった。

あと……彼女の見た目が幼いのは、このラウドのせいだと言われている。

 

「ふむふむ。これくらいなら数日寝て起きたら治ってるでしょ」

簡単に傷を見た後、さぞ簡単そうに言って治療を始める。

それを、興味津々とばかりに覗き込んで来るセレネ。

見るなよ……頼むから、恥ずかしいから、つか、かっこつかないから止めてくれよ……。

と、言いたいのだが、口を開こうとするたびにアルマにしゃべるなと言われ、結局治療が終わるまでそのままにされた。

なんだか、最近自分の扱いが酷い気がする。

「ふむ。一週間後に試合があるのだが、大丈夫だろうか?」

「一週間後? だいじょうぶだいじょうぶ! ふっふっふ。なんなら、一日で治るようなアブナイ治療でもしてあげようか? 大丈夫、成功例は一例もないけど、きっとろでぃうすくんならイケル!」

「頼むから実験台にしないでくれっ」

少々、いや、かなり危ない笑みを浮かべるアルマに、思わず身を引く。

いける、というが、どういう意味のいけるのか考えたくない。

こんな調子で何度怖ろしい実験に巻き込まれかけた事か……思い出しただけで頬がひきつる。

「えー。あー、うん、わかった。りょうかーい」

「……」

棒読みだ。

「ところで、ろでぃうすくん。お二人さんはどのような関係で?」

「へ?」

おふたり?

「あぁ、セレネか?」

「うんうん」

……ん? 今、すごくなんというか、すごく……やばい状態じゃないか?

動けない俺とセレネ、二人だけ……。

それは、その、なんというか、そういう関係に見えるというか。

「ただ単に、一緒のチームの者だ。セレネという」

セレネはまったくそう言う事を考えてないようだ。俺も、さっきまではぜんぜん気づいていなかったから人の事は言えないが。

「ふーん。せれねちゃんねー。ただのチームメンバーね……っふ」

「アルマさん、その意味深な微笑みは……」

「ろでぃうすくん、明日を強く生きなさい」

だから、どういう意味ですかっ。

思わず敬語になりながら、心の中でつっこんでいた。

「やっぱり、じょなんのそうが……」

「えっ?」

「イヤ、ナンデモナイヨ?」

「なぜ疑問形なんだよ」

「はい、これで治療は終了! ほか、なんか具合悪い所とかある?」

「無理やりすぎるだろっ! 別にないけどさっ」

まぁ、気かなった事にしようと思った。

このまま聞いても、あまり楽しくない未来が見えそうだから。

「うん。よしっ、これで終わりだね。代金は後で請求するから」

「了解」

最近、疲れることが多い気がする。

きっとそれは気のせいじゃない。

ともかく、やっとアルマが帰るのかと安堵していた。 が。

「と、いうことで。せれねちゃん。僕とちょっと女の子同士のお話をしようか」

突然の出来事。がしっと恐いもの知らずにセレネの腕を掴む。

反射的にびくりと逃げようとするセレネだが、アルマの方が早かった。

「にげちゃだめだぞ」

「……ふむ。なぜだ」

睨みつけるような視線で黒いシスター服のテロリストはアルマを見る。

対するアルマはそれはもう愉しそうに、危ない笑みを浮かべている。

まったく、なんで俺の周りには危ない女の子しかいないんだ?

いや、アルマに関しては女の子という年ではないが。

「そりゃぁ、ろでぃうすくんの仲間になった女の子だよ? 今まで、おんなっけのまったくなかったろでぃうすくんの仲間だよ? 気になるに決まってるじゃないですか!」

「ふむ。そこまでなのか、このへたれは」

「へたれっ?! なんで? でもって俺、初めてヘタレって言われた気がするんだがっ?!」

「ってことで、せれねちゃんをおもちかえりー」

治療には感謝するが、さっさとお引き取り願いたい……。

 

 

 

 

ヴァンガードいわく、隠れ家の外に出ると、アルマは背伸びをしながらくるくる辺りを回り始めた。

「やっぱり、外はいいなぁ」

真っ白な服に天真爛漫な笑顔。誰かを助ける、救う医者。

自分とは……何かを壊すくらいしか出来ないテロリストの自分とは、まさに正反対な女性だ。

思わず眺めていたが、ふと思い出す。

「……それで、私になんの用だ」

「ふんふんふーん。ん? なに? ごめんごめん、聞いてなかった。えっと?」

鼻歌を唄いながら楽しそうに笑っている。

なにがそこまで楽しいのだかわからないが、とにかく機嫌が良いみたいだ。

先ほど知り合った彼女の機嫌が良いからと言っても別にどうとも思わないが。

「私になんの用だ」

大きめな声で言うと、アルマは首をこてんと横にした。

その数秒後、ぽんと手を叩く。

「あぁ、ちょっとろでぃうすくんの話なんだ! けど、その前にちょっと来てほしいところがあるのっ」

腕を持っていかれ、歩いて少々。

気づくと、こぢんまりとした診療所に連れてかれていた。

中には誰も居ない。ドクターが往診中のようだ。

そこにアルマは勝手に入って行く。

「……」

「あれ? どうしたの、せれねちゃん?」

「もしや、ここは……」

「あっ、ここうちの診療所だよっ。とにかく入ってはいって!」

目にもとまらぬ速さで後ろに回ったアルマは、逃がさないようにと服の端を掴みながら器用に背中を押して無理やり診療所の中に入れられる事となった。

 

 

「はい、ここに寝てー」

「ちょっとまて、どういうことだっ」

「はいはい。……ちょっと確かめたい事があってね」

「だから、確かめたい事とは――」

ベッドの前で押し問答。

なぜこうなったのか、まったく分からない。

「せれねちゃん、僕さ、鼻だけは良いんだ。特に、血の匂いとか」

無理やり、いつもと違い両手にしていた手袋を取られた。

「待て、触るなっ」

「ん?」

自身のラウドは触った者に誰へだてなく発動する。

慌てて止めても遅かった。

素肌に、アルマの手が触れて……別に何も無かった。

「……どうかしたの?」

「な……なっ」

どういうことだ?

ヴァンガードの時と同じだ。

触ったのに、何も起こらない。

自分のラウドに異変でも起こっているのだろうか。

「貴女のラウドは……」

「あぁ、僕のラウドはねっ、巻き戻し。その様子だと、せれねちゃんのラウドは触ると発動するタイプかな? なら、大丈夫だよ。大抵のモノなら、巻き戻して無かったことにしてるから」

「……そんな」

そんな事が、可能なのか?

自身に触れる者は、無効化のラウドを持っている者だけだと思っていたが、認識を改めなければならない。

ヴァンガードの事もある。……彼の場合は何かが違うようだが。

「で、この手の傷……まったく、酷いじゃないか。女の子なんだから、ちょっとは気にしないと!」

アルマは勝手に治療を始める。

手のひらには棘で出来た傷や剣の刃を手で握ったことでの傷……酷いありさまだった。

自分で手当てはしてある。が、正真正銘のドクターには見逃せなかったらしい。

「……ねぇ、僕の勘違いだったらごめんね」

「なんだ」

「せれねちゃんさ……今、痛い?」

「……」

わざと治療に集中するふりをして、手のひらを見続けるアルマ。

彼女は、それ以上聞かない。

たぶん、彼女は気づいているのだろう。

 

すでに、私は痛みを感じることが出来ない事に。

 

「昔さ、痛覚を無くしちゃったって人がいたんだ。その人ね、冒険者でいつも戦っていたんだ。それで、ある日怪我をして、僕が呼ばれたんだ」

突然の独白だった。

「呼ばれた時ね、もう、助からなかったんだよ、その人は。……痛覚が無いから、怪我をしても気づかなかったの。骨が折れても、内臓が傷ついても、気づけなかったの。怪我をする前からの怪我が原因で、その人はいなくなっちゃった」

「……」

「せれねちゃん、また戦いが終わったら、僕の所に来るんだよ」

「すまない」

痛覚がない。それは、もろ刃の剣。

痛みが無いから、飛び出せる。攻撃を恐れない。

でも、痛みが無いからわからない。どれだけ重傷を負っても。命の危機に立っても。

あぁ、彼女は、その恐ろしさを知っているのだろう。

「っと、暗い話はなしなし! ここまで! さて、次はちょっとしたろでぃうすくんのお話ですぞ!」

明るくふるまう彼女は、先ほどまでの暗い様子はない。

無理してふるまっている。それが、なんとなくわかって何も言えなかった。

「さーて、さて……気をつけてね」

「ふむ。なにをだ?」

「ふぃーちゃんだよ……んーっと、ろでぃうすくんの師匠に」

「?」

ヴァンガードの師匠……?

ふむ、聞いたことが無い。後で聞いておくか。

そう言えば、フラムだとかなんとかが師匠がどうのこうのと話していた、ような気がする。

「あの子、すっごく恐いし執念ぶかいし、弟子を変な方向に溺愛してるし……とにかく、すっごい危険な人だからっ、気をつけてね!」

「うぬ。了解した」

執念深いのは、怖ろしいものだ。それはよく知っている。

それにしても、変な方向に溺愛している、か。

あのヴァンガードの師匠とはどのような人物なのか、少々気になった。

あ奴自体はそこまで目立つような奴ではない。物語の登場人物でたとえるなら、主人公の横にいそうな影の薄い役。そんな彼の師匠は、どのような人なのだろう。

「あとっ、あとっ……ろでぃうすくん、あんまりいじめないでね?」

「……?」

なぜ、彼女がそんな事を言うのだろうか。

こんどは逆に私が首をかしげる。

すると、アルマは困ったような顔をする。

どうやら、困らせてしまったらしい。

「いろいろ心配なんだよ。なんというか、放っておけなくて」

「そうか。心配……か」

「自分の孫ぐらいの年の子だからね……やっぱり、気になっちゃうんだ」

「……うん?」

今、なにかおかしなことを聞いた気がする。まぁ、気のせいだろう。

うむ、気のせいだ。きっと気のせい。

「ろでぃうすくん、私に孫が居たらあんな感じなのかなーって。気になっちゃうというか、ちょっぴり心配なんだよ」

気のせいじゃ無かったようだ。

それにしても、孫、か。

眼の前の少女は自身とあまり変わらない十代に見えるのだが。

「貴女は、一体何歳なんだ……」

「ふっふっふっ。永遠の……ふっふっふっ」

「答えになっていないぞ」

 

 

 

 

 






月一くらいで更新しようと思っていたら、いつの間にか年が明けていました……。


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幕間 -嘘吐きたちの夜-

深夜。エスターは、ため息をついた。

「はぁ……やっぱり、行かないとダメだよな……」

あの人から教わった、一部の者たちしか知らない裏口を通り、彼の元へと行く。

その足取りは重い。当然だ。

予告も無くにエスターのラウド、画像伝達をした相手に逢いに行くのだ。

送ったのは戦闘中の風景。とにかく無我夢中だったので何を送ったのかよく覚えていない。

今さらながら変な物を送らなかったかとひやひやモノだ。

「こんばんは……」

一応、誰かがいないか気配を探ってから、その部屋へと忍び込んだ。

そこには、大きなベッドが置かれていた。無駄に部屋は大きく、無駄に装飾されていて豪華だ。

まるで、貴族の屋敷……いや、実際そうなのだ。いや、むしろ貴族の屋敷よりも豪華なのだ。

なぜならここは、王がいる城。その城の主の部屋。

そう、エスターが逢いにやってきたのは……。

「アーフェリオン、起きてるか?」

この国の王、アーフェリオン・L・ノースヴェルド、その人なのだから。

「ああ、起きている」

さっとカーテンが開かれて、ベランダから青年が現れる。どうやら、夜風にあたっていたらしい。

寝る手前だったのか、寝間着姿で彼は少し楽しそうに笑っていた。

「昼間のあれのことだろう?」

「そう……えっと」

怒っているかと思っていたのだが、どうやら機嫌がいいらしい。

一国の王にラウドを使うなど、本来なら死刑モノだが、エスターとアーフェリオンは以前からの友人。時折いたずらや国の様子を見せたりと交流があった。

「なぁ、時々お前たちの戦っている姿を今回の様に送ってくれないか?」

「えっ」

「ダメか」

声だけしょんぼりとしている。

「いや、いいけどさ」

エスターのラウドの代償は自身の幸福。別に、戦闘中にどれだけ使おうとも自分が戦いに有利になるだけだから別にかまわない。ただ、あまりやりすぎると同じチームのメンバーに迷惑をかけてしまうだろうから使っていないだけだ。

「怒ってると思ったんだが」

「お前の悪戯は何時もたちが悪いからだ」

「へいへい。すんませんねっと、ところで、こっから本題に入ってもいいか?」

いつもの友人との会話から、がらりと空気を変えて、エスターは真剣な顔をした。

その様子に、アーフェリオンも気を引き締める。

彼とは、今回ある契約をしていた。

「そろそろ教えてもらえませんか、アーフェリオン様」

「……なにをだ?」

「なぜ、テロリストを放っておくのか。なぜ、異端分子の調査としてオレをこの大会に紛れこませたのか。どうして……ロディウス・ヴァンガードの情報をオレに渡したのか」

アーフェリオンは笑う。

「……お前を信頼しているからだよ」

 

エスターは、ロディウス達にウソをついた。

全部が嘘だった訳ではない。

エスターは大金が必要だった。どうしても、なるべく早急に。

そんなときだった、昔馴染みの悪友であるアーフェリオンは声をかけてきたのは。

大会に参加して異端分子を探って欲しいと話を持ちかけてきたのは。大会に参加するだけで莫大な前金を渡すと言う破格の契約だった。

どうしても、エスターは大金が必要だったのだ。

だから、彼はアーフェリオンの契約に乗った。そして、仲間を探そうとした時に――大会参加者の名簿を渡されたのだ。

それは、大会の中でも今だチームを組まずにいる者の中でも実力者を集めたものだった。そして、そのなかにロディウスの名前は乗っていた。

中の情報を吟味したうえで、さらに自分でも調べ……自分の目的に反せず、ある程度の常識を持っていて利用できそうな人物を探した。その頃には、幾人か候補が上がった中で、チームを作っていないのはロディウスだけだった。

それだけならたまたまだと思っただろう。だが。

 

「ロディウス・ヴァンガード、詳しく調べさせてもらいました。本人は知らないようですが……彼は、アルギリエ家の血をひいているようですね。調べるのに苦労しましたよ」

本当に、苦労したのだ。アルギリエ家はほとんど表舞台にも裏舞台にも姿を見せない。

その情報はあまりにも少なく、誰でも知っている様なものではない。

国による保護を受け、情報を規制されている謎の一族なのだ。だから、ロディウスのある一定の時期からの過去を調べるのに苦労をした。

「彼の妹は、あまりにも強い預言のラウドを持っていたために城に保護(・・)された」

それ以前の情報はまったく存在していなかった。見つからなかった。

「……」

アーフェリオンはなにも応えない。

「だが、可笑しなことにロディウスはそれを知らない。しかも、この城のどこを探しても、彼の妹は影も形も無い」

「エスター」

「なにかがおかしい。ロディウスがウソを言っている様子はなかった。なら……貴方は何を隠しているのですか」

「エスター、これ以上は契約外だ。君はこの大会に参戦して異端分子を探るだけでいい。それ以上の関与はいらない」

「……そうですか」

明らかに、アーフェリオンはなにかを隠している。だが、それ以上エスターは問い詰めることはしなかった。

これ以上は契約違反なのだと言う。ならば、彼の知らない場所で調べるだけだ。

「分かりました。では、また……」

そう言うと、エスターは来た道を戻っていこうとする。

「ちょっと待て」

そう言うと、アーフェリオンは数枚の用紙をばさりとテーブルに広げた。

「持って行け」

それ以上は話す事が無いとばかりにまたベランダに出る。

エスターは警戒しながらも紙を見た。そこには、二回戦目の相手の名前が書かれていた。

「……不正だぞ」

「名前だけだ。どうせ、他の参加者はもっと不正なことをしている」

ぼそりとアーフェリオンは言う。エスターは、その名前をよく記憶すると、礼を言って元来た道を戻っていった。

 

「オレは、卑怯者なんだ」

夜の風に吹かれて、アーフェリオンの呟きは消えていく。

眼下に広がるのは美しい見なれた首都。

このどこかに敵はいる。

「エスター……お前を信頼しているから、頼んだんだよ」

大切な……を。

 

 

 




お久しぶりになりました。時間の都合で書けなくなっていたのですが、いろいろと追いつめられていたら、書いていました。できれば、なるべく早く次話を投稿したいです……。もう、二年も過ぎていたのですね……。


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第二試合 1/2

 

二回戦前日、エスターはセレネを連れてやってきた。

 

 

「えっと、どうした?」

前回の試合の傷は完全回復している。アルマのおかげだ。

はっきり言って、アルマのラウドは本当は治癒とか回復系の能力なんじゃないかといつも思っている。

それくらい、彼女に治療してもらうと回復が早い。

 

と、いまはエスターだ。

セレネを引き摺りながら来たのには、何か理由があるはず。

この前の試合の次の日以来、行方知れずだったことも問いたいし。

しかし、それは問う前にエスターの言葉で忘れてしまった。

「次の試合で戦う奴らの事がわかったんでな」

「えっ、うそだろ……?」

対戦者がわかるのは明日。それなのに、なんで知ってんだ?

ありえないことに首をかしげる。と、エスターは笑って近くの椅子に腰かける。

「俺はまがりなりにも情報屋だぜ? いろいろな」

そう言えばエスターは情報屋だったか……。だとしても、そう言う内容は極秘のはず。

エスターはどこからか出した手帳をめくり始める。

ただ、めくりながら机に足を乗せるのはやめてほしい。

 

それまでエスターの横に居たセレネは少し離れた場所にあるソファの元へと歩いていった。

わがもの顔だ。

……俺の隠れ家が集会場になっている気がする。

俺がセレネの隠れ家も、エスターの住んでいる所も知らないからしょうがないのだろうが、なにか納得いかない。

セレネなんて普通に食料漁っている。

「でな、対戦者はこっちとおなじ三人組。一人目はハルシャ・グロッシュラー。槍を得物にしている。そんでもっても一人さんはヘリオドール・ユークレース。炎を操るラウドで接近戦を仕掛けて来るらしい」

「なんだろう、初めてエスターが情報屋に見えた。ただのちゃらんぽらんじゃなかったんだな」

「ひ、酷いっ。お前、今までそんなこと思ってたのかっ?!」

いや、これまで情報屋らしいことと言ったら、この前の試合の時に相手のラウドを教えてくれたときくらいだ。エクレアの事は主にセレネが話していたし、フォルテ兄妹のラウドは後から聞いた話じゃ有名だったらしい。

「それだけか?」

その横でセレネが不機嫌そうに聞く。一人足りないからだろう。

ここまで連れてこられたのに、これだけ。それが気にくわないようで口をとがらせている。

「もちろんこれだけじゃないさ。それで、三人組の最後なんだが……ちっとばかし……ヤバイ」

「強い、ってことですか?」

ネームレスほどじゃにとしても、あまり強い奴等と序盤からやりあいたくない。

そう考えていたのだが、エスターは首を振る。

「……いや、そう言う訳じゃない……一応、後衛。ラウドは『音』に関係しているみたいだ。それを使って前衛を援護している。能力の詳細は不明だ」

音という事は避けることが難しい。相手にしたくない種類のラウドだ。

それ以上に面倒なことって、なんなんだというのだろうか。

「ふむ。やっかいな能力ではあるな。で、なにがやばいのだ」

同じ事を考えているセレネが聞く。

「身分だよ、身分」

「身分?」

身分、か。

たしかに身分は厄介だ。

貴族サマだと金に物を言わせて何をするか分からないし、冒険者だと冒険者同士の情報網が厄介だと聞く。さすがにテロリストではないだろうが。

ちらりとセレネの方を見ると、睨みかえされた。

黒のシスターはご機嫌斜めらしい。触らないようにしておこう。

「で、誰なんですか?」

「……そいつの名前はクロト・ベルモント」

息を飲む。

まさか、そんな奴が大会に出てるとは。

ヴィクトールの時も驚いたが、その時とは桁が違う。

「王家の……三貴族か」

「そうだよ」

ベルモント家――王家傍流の貴族にして、もっとも王位に近い人物だ。

 

過去、現帝王アーフェリオン・L・ノースヴェルドには十数人の兄弟姉妹がいた。同時に、王家の中には王位継承権を持つ者が数十にいたと言われている。

しかし、数年前の王位争いの際にほぼ居なくなった。

ノースヴェルド帝国にて、王位継承権を持つにはいくつかの条件を持つ。

そのうちの一つが、王家特有のラウドを持っていること。

しかし、残っている者達はそのラウドを持っていない。

過去の王が王家のラウドが失われるかもしれないという懸念を抱かないはずが無い。

もしも誰も居なくなった時は王家の中でもっとも血が濃い人間を。もしもそれが無理ならば、三つの王家傍流の家から。ベルモント家は三つの家の一つであり、もっとも王位に近い家系だ。

 

「王家の傍流とはいえ、今は王位に最も近い人間……なんでそんな人が」

貴族であるヴィクトールしかり、テロリストのセレネしかり。大きな大会だからなのか?

前回の大会でもこんな感じだったのか、すごく気になる。

しかも、そこにネームレスやあの師匠も居る。予選の時の事もある。

面倒な人物ばかりじゃないか。

波乱万丈な戦いになりそうなこれからにため息をつきたい。

「さあなー。聞いた話じゃ、王家のラウドを持ってないから王になることを反対されてるとか。そのせいかもしれないし、ただ単に貴族の道楽かもしれない」

「やはり、王家の人間は傍迷惑この上ないな」

エスターに同意するセレネの声色があまりにも暗い。

思わず彼女の顔を見ると、どこか影のある表情をしていた。

そう言えば、セレネがこの大会に参加した理由を聞いていない。

もしかしたら……彼女も王家になにかしら因縁があるのかもしれない。

ふと、セレネはこっちが見ているのに気づいた。

また睨みつけられるかと思ったが、特に何かあるわけでもなく視線をそらされた。

何も聞くな。そう言われているようで、同じく何も言わずに視線をそらした。

こう言うのは苦手だ。

「めちゃくちゃ強い、ってわけじゃない。ただ、気をつけた方が良い」

エスターの言葉をどこか遠くに聞きながらため息をついた。

王家も貴族も、みんなろくなモノじゃない。できるかぎり接点を持ちたくもないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

人々の歓声が聞こえてくる。

二回戦がもうすぐ始まる。

 

前回の闘技場から変わって、首都で二番目に大きな闘技場フィンドラ。

戦場に向かうと、何も無いはずのフィールドにソレはあった。

 

横で息を飲む声が聞こえる。セレネだ。

「おいおい……おもしろいことするねぇ」

エスターが愉快そうに笑みを浮かべて言う。

目の前には、木々が複雑に組まれまるで枠登りのような物が戦場に広がっていた。

子どもの遊具などよりも、大きい。見上げるほどの高さをもつそれが、闘技場全体に張り巡らされていた。

まるで自分が小さくなったようだ。

見ればしっかりとした木で作られている。戦闘を上に登って出来るだろう。

これからの戦闘に考えを廻らせながら、闘技場全体を観察する。

今のうちに、どこに何があるのかを覚えていた方が戦闘に有利なはずだ。

「これをうまく使いながら戦えってことか?」

エスターは大きな丸太に手を這わせたり叩きながらそれを見ていた。

「ええ。このたびは、趣向をこらさせていただきました」

「――っ?!」

突然乱入して来た声。慌てて後ろを向くと、どうやら今回の審判になるらしい青年が……いや、彼を知っている。

彼は……ランカは以前と変わらない姿で立っていた。

「ラ、ランカ?」

なぜ、ランカがここに居る?

彼は王と共にいるはずだ。いや、まさか……この場に王が、いる?

自然と視線が客席に行く。

が、この人ごみの中でたった一人を見つけることはできない。それに、あの王がこの場に居るはずが無い。

最強の名をほしいままにしているとはいえ、仮にも一国の王がここにいる筈が無い。

あまりのことに動揺していた。ランカだって四六時中王の傍で控えているわけではない。

「お久しぶりです、ロディウス。と、そろそろ試合開始です。では」

「……」

去って行く。

その後ろ姿はあの時からまるで変わっていない。

俺が睨みつけても、まったく動じない。そこまで同じだ。

「なんだ、ロディウス君あいつのこと知ってんのか?」

「……知ってる」

知っているどころか、良く知っている。

最初の師匠のような存在であり、ロディウスのラウドの事を知る数少ない人物だ。

こちらもどんな能力のラウドを持っているのか知っている。が、彼の強さはラウドなど関係ない。何も無くとも、強いのだ。

あの王の傍にいつでも控えているのはその実力ゆえにだ。

「とにかく、今はこの戦いに集中するぞ」

エスターの言葉をどこか遠くで聞きながら、頷いた。

なぜランカがいるのかわからない。

しかし、とにかくこの戦いを勝ち残ることが今一番大切なことだ。

 

 

 

試合開始。――始まりの鐘が鳴る。

相手側はエスターの調べてきたとおり、槍使いと炎をまとった青年がこちらに向かって来る。

噂のベルモント家のやつはどこに居るのか。

見れば、最初の所からさらに後ろに下がっている。

「とにかく、作戦通りに行くぞー」

「あ、あぁ」

「……」

作戦……なんてないもどうぜんだ。

はっきり言って、作戦なんておこがましい。

三人で決めた事はただ一つ。

 

ただひたすら早く、ベルモント家の奴を倒す。

 

セレネはエスターに応えず、無言で敵の元へと走り出す。

まぁ、作戦通りと言えば作戦通りの行動だ。セレネと俺があの二人を止める。そして、エスターがベルモントを倒すことになっていた。

とにかく、今回の試合はベルモントをなるべく早く叩く事に限る。

他の二人のラウドはわかりやすいタイプの能力の為対処は楽だ。しかし、ベルモントのラウドは音関係。どんな能力なのかが分かっていない。

とにかく彼を先にどうにかする。

それが、作戦だ。

「えっと、じゃあ頼みます」

「おうおう。オレっちにまかせときー」

本当に大丈夫だろうか?

そんな疑問を抱きながらも、セレネの後を追った。

 

相対すのはハルシャ・グロッシュラー。

こちらの背丈よりも長い槍を構え、こちらの様子を探る。

動かない。

否。

動けない。

このフィールドは彼にとって不利だ。

立てられた支柱や複雑に組み上げられた丸太が邪魔すぎる。

通常なら有利なリーチも、ここでは不利にしかならない。それは、こちらも同じだが。

そのうち、セレネ達の戦いが過熱していく。

ここまで、炎の熱が伝わってくる。

上の二人は、こちらをまったく注目していない。

木々を支えるロープがその炎で焼けたのか、所々焼け焦げた大きな丸太が崩れ落ちて来る。

それが合図かのように戦闘が始まる。

先行はハルシャだった。障害物があるとはいえ、槍は突くことができる。木々の間から狙われる。それを避けながら反撃の機会をうかがうが、なかなか来ない。

槍のリーチの長さが近づくことを阻止しているのだ。

そもそも、槍と刀では槍のほうが有利。圧倒的な実力差が無い限り、苦戦は必然だった。

「傭兵ごときが……」

ぼそりとハルシャが呟くのが聞こえてきた。

攻撃があたらないことに苛立っているようで、だんだんと動きが荒々しくなってくる。

そして、彼の蔑むような視線に気づいた。

「だから、貴族は嫌いなんだよな……」

かつて、なんどもその視線をあびたことがある。妹が攫われた時だ。

平民ごときが、という視線。

あの時に、貴族なんてものは信用できないし王家なんてロクでもないモノだと学んだのだ。

これ以上彼と相対する事が我慢できず、周囲を見回した。離れた場所でセレネはヘリオドールと戦っている。それを確認して、一つ、覚悟を決める。

「ほんとは、したくなかったんだけどな」

後でセレネに怒られるかもしれない。そう思いつつも、このフィールドを見た時に一つ、思いついてしまったことを実行する事にした。

 

 

 

 



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