ハリー・ポッターと呪われた瞳ーInnocent Red (轟th)
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名前を持たない少女

お久しぶりです、轟thです。
以前申し上げました通り、こちらは前作のリメイク版になります。
手直しをしましたので、別物じゃんと思われるかもしれません。
それでも宜しければ、このままお進みください。

後、久しぶりの更新なので色々と忘れています。
変なところがあったら、ご指摘ください。訂正は時間がかかりますが。

では、本編をどうぞ。


 物心つく頃、それがいつを示すかは個人によるだろう。

 

 

 厳密な定義はないが、記憶と一緒に何らかの感情が芽生え始める時期とされる。

 

 

 それを小学校に入ってから、あるいは幼稚園に通っていた頃からと言う者もいるだろう。

 

 

 だが、“彼女”がそれを抱いたのは、一歳になって間もなくだった。

 

 

 目も眩む程の緑色の閃光と、母親が叫んでいた言葉。

 

 

 その二つが彼女にとって、最初に記憶。

 

 

 そして彼女が抱いた感情は―――絶望だった。

 

 

 

 

 

「………また、か」

 

 いつだって、あの夢を見た日の翌朝は気分が最悪だ。

 これまで飽きるほど見た光景だと云うのに、一向に慣れる気配がない。いや、悪夢に魘されて飛び起きては殴られていた頃に比べれば、マシになったと考えるべきなのだろうか。あの脳裏に焼き付いた光景が何を意味するのかは分からないが、いい加減にして欲しいと思ってしまう。ただでさえ眠れる時間は少ないのだから。

 ため息をこぼし、枕元にある古ぼけた置時計に視線をやる。

 

「二度寝の暇は……ないか」

 

 そう呟いた直後。

 ドンドンッと、部屋の戸が外から強く叩かれた。

 

「何してんだい! いい加減に起きてきな!」

 

 扉の向こうから、嗄れた老女の声が響く。

 何も知らない人が聞けば何事かと思うだろうが、こちらは既に慣れたものだ。これ以上待たせると立て付けの悪い木戸が本当に壊れかねないので、ギシッと軋む簡易ベッドから降りて手早く支度を整える。普通なら年齢を問わず女性の身支度は総じて時間がかかるものだが、こと彼女に関しては例外と云えるだろう。

 何しろ、するのは肩に触れる程度の長さの髪を適当に纏めるだけ。部屋の片隅にある古い洋箪笥の中に入っているのは年頃の女の子らしく可愛らしい洋服……ではなく、ゴムの伸びきった灰色のTシャツと擦り切れたジーンズが何点かのみ。下着は比較的新しい物が入っているが、飾り気の欠片もないシンプルな白のみ。

 履き潰されたローファーを履き、ズボンの裾を引きずりながら部屋を出る。

 

「遅い!」

 

 開口一番がそれだった。

 部屋の前で腕を組んで仁王立ちしていた老婆は、皺の入った顔をより歪ませていた。ここで反抗したところで返ってくるのは暴言、あるいは暴力と決まっているので無用なことは言わずに素直に頭を下げる。

 

「ごめんなさい、ロージャー」

「全く、この穀潰しが! 誰のおかげで生活できると思っているんだい!?」

「ロージャーのおかげです」

「分かってるなら、さっさと仕事に取り掛かりな!」

「はい」

 

 老女はそう吐き捨てると、背を向けて去っていく。

 突然ではあるが、この二人は孫と祖母といった血縁関係にはない。ならば何なのかと云えば孤児院の棄児と孤児院の院長という関係だ。付き合いとしては五年ほどになるが、普通はそれだけ一緒に暮らしていれば愛情などが芽生えそうなものだが、老女が少女に対して優しさを見せることは一度もなかった。それは他の孤児に対しても同じであったが、彼女への当たりがその中でも一番酷いのは気のせいでも何でもない。

 老女は確かに、少女に強く当たっていた。

 しかしそれも、仕方のないことだと少女は思った。

 

「………気持ち悪い」

 

 窓ガラスに映った自分の顔を見て、そう評する。

 そこに居るのはボサボサのカラスの羽のような黒髪に、ルビー色の右目とエメラルド色の左目をした頬の痩けた少女だ。十中八九、こんな格好で外に出たとしても殆どの人は見窄らしい少年にしか見えないだろう。

 それはヘテロクロミアと呼ばれる、左右の眼で虹彩の色が異なる虹彩異色症だ。虹彩の色はその内部で生成されるメラニン色素の量によって決まり、量が多ければ黒人や黄色人種に多く見られる濃褐色、少なければ白人に多く見られる青や緑色などの虹彩をもつことになる。これは先天的にも後天的にも発症する可能性のある症状だが、少女のものは少し特殊だ。彼女の目は後天的に変化したものだが、病気や外的衝撃、手術などの外的要因なしに起こった。それこそ、ある日目が覚めたらぐらいの感じで。

 最も、老女が忌避するのは眼だけが原因ではないが。

 

「何ボーッとしてんだい! さっさと仕事をしな!」

「はい、ロージャー」

「フンッ、全く気味の悪いガキだよ。あのバカも面倒事を残しやがって」

 

 機械的に返答する少女に、老婆はつばを吐く。

 ロンドンの片隅にあるこの孤児院は、以前は別の人物が管理をしていた。国の助成金や有志による寄付などにより経営は成り立っていた。その老人はとても出来た人であり、身寄りのない子供たちを引き取っては我が子のように愛情を持って接していた。決して裕福とは云えない生活ではあったが、それでも子供たちは確かに笑顔を浮かべていた。

 それも、彼が病死するまでの話であった。

 五年前、病死した老人の代わりにやってきたのがあの老女だった。話によれば老女は前院長の実の姉に当たる人物らしく、弟の残した孤児院の院長を務めることになったらしい。問題だったのは老女の性格が冷淡であり、そこから孤児たちの生活は一変した。食事は夕方に一度きり、外出は三日に一度だけの監視付きへと変更された。雑務も一切合切が子供だけで行わければならず、まるで牢獄にでも押し込まれたかのような環境。奴隷のような毎日に子供たちは不満こそ抱いたが、例え老女を倒したところで何の意味もないことを子供たちは理解していたからだ。

 所詮、自分たちは親に捨てられた不要物。

 ここを抜け出しても、行く宛がある訳もない。

 ならば、ここで耐えている方が最低限生きていられる。

 

「自由故の死か、服従故の生か」

「何ブツブツ言ってんだい、人形娘(ドール)!」

 

 忌々しそうに、老女は罵倒する。

 人形娘とは、少女に付けられた渾名だ。人形という言葉から察せられる通り、少女は感情を表に出すことがない。別に感情がない訳でも、感情が理解できない訳でもない。老女に殴られて腹も立ったし、前院長が亡くなった時には悲しいと感じていた。ただどうしてか、それを表現することが出来ずにいた。

 誰もが首を傾げるが、少女だけは理解していた。

 何て不思議なことはない。

 ただ単に、少女が―――“絶望”しているだけだ。

 

「とっとと、仕事に取り掛かりな!」

「はい、ロージャー」

 

 そして今日もまた、少女は希望を抱かず生きていく。

 

 

 

--???--

 

 その日、一人の男性がロンドンを訪れていた。

 まだ茹だるような暑さでないにせよ、季節外れにも重たげな漆黒のローブを纏った奇妙な男性だった。肩まである黒くねっとりとした髪は前側で左右に分けられ、そこから見える顔は土気色をしている。中でも特徴的なのは大きな鉤鼻だろう。

 不健康そうな表情から分かる通り、彼は普段は自分の研究室に篭もり気味の人間だ。本当なら今頃は部屋で来季から始まる新学期に向けての準備をしなければならないが、とある事情からこうして重い腰を上げて外に出てきたのだ。

 

「よりにもよって、この場所とは……」

 

 そこは、帝王が育った場所。

 事情を知る者ならば、誰もが忌避して近付こうとしない場所。

 “母親”の仇が暮らしていた同じ建物に、“彼女”の娘が暮らしている。

 

「やはり、吾輩にはあの方の考えは理解できぬ」

 

 ふぅっ、と首を振る。

 そこで男性は、自分に向けられる視線に気がついた。

 

「………………」

 

 いつから、そこにいたのか。

 手入れのされていないボサボサの黒髪をした、見窄らしい姿の子供がこちらを見ていた。それは子供のような好奇心にも、大人のように不審者を見るような目でもなかった。ただ無機質に男性のことを見詰めていた。

 だが、彼には一目で分かった。

 誰に言われずとも、“彼女”の娘を見紛う筈がない。

 

「……初めまして、お嬢さん」

 

 意を決し、男性は少女の前に立った。

 笑顔を浮かべないながらも、普段の仏頂面をなるべく抑える。

 

「………こんにちは」

 

 少女は軽く会釈する。

 表情こそ無表情であったが、瞳からは警戒心がありありと取れた。

 

「申し訳ないが、ここの院長に会わせてもらえないだろうか?」

「………誰?」

「ああ、名乗り遅れていたな。吾輩の名はスネイプ、《ホグワーツ》にて教鞭を執っている」

「教鞭……先生、ですか?」

「その通り。お嬢さんの名前を教えてもらっても構わないかな?」

「名前……知らない。ロージャーはドールって呼ぶ」

「まさか……何てことだ」

 

 少女の返答に、男は愕然とした。

 「やはり十年前に止めておくべきだった」と、心の中で強く後悔した。

 

「仕事をサボって何してんだい!?」

 

 そこへ施設から一人の老女が出て来る。

 どうやら中から少女が掃除をしていないことに気づき、怒鳴りに来たようだ。しかし直ぐに男の存在に気が付くと、こちらは隠す様子もなく不審者を見る目で男を睨みつけてきた。それを男もまた冷たい目で見下ろした。

 

「誰だい、アンタは」

「吾輩はスネイプ教授。ホグワーツよりダンブルドア校長の名代で参った」

「ふんっ! その教授様が、こんな場所に何のようだってんだ!」

「この度、こちらの少女に対して、我が校への入学説明の手紙を持ってきた」

「入学だって? アンタ、いつそんなのを受けたのさ!」

 

 老女の問いに、少女は首を横に振った。

 確かに少女からすれば見に覚えもないだろう。何しろ、この手紙はある“素養”を持った十一歳になる少年少女へと送られる物なのだから。ホグワーツには、一般のように入学のために試験を受ける必要性はない。

 

「こんな字もろくにかけないガキが入学できる訳ないさね!」

「その子には“ある素養”が見出された為、許可が下りたのだ」

「素養ぉ? 不気味悪いだけの小娘に、何ができるってんだい!?」

「貴様には関係ない。疾く、失せるがいい」

 

 そう言って、男は腕をふるった。

 すると老女の目が虚ろとなり、のそのそと建物の中へと戻っていった。

 

「これで邪魔者はいなくなった。これを受け取るがいい」

 

 少女の前に差し出されたのは封筒だ。

 恐る恐る受け取ると、封を切って少女は中身を確認した。

 

『親愛なるマリア・エバンズ殿。

 この度は、ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお慶び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。新学期は九月一日から故、お間違いなきよう。お会い出来ることを楽しみにしております。

                ホグワーツ魔法魔術学校 校長 アルバス・ダンブルドア』

 

「魔法、魔術学校?」

「左様。君のように魔法使いの素養がある者を教育する機関だ」

「魔法使い……お伽噺じゃないの?」

「マグルの世界では架空の存在だが、魔法使いは確かに実在する。そして間違いなく、君もまた吾輩と同じ魔法使いなのだ。例えば君が怒った時や怖かった時、何か不思議なことは起こらなかったかね?」

「……うん」

 

 少女には、身に覚えがあった。

 例えば、懐いていた猫が傷付いていたのを助けた時、翌朝には元気になっていた。

 例えば、同じ孤児の少年が自分のことを虐めてきた時、翌朝には屋根の上に移動していた。

 例えば、腰まであった黒髪を目障りと老女に切られた時、翌朝には元の長さにまで戻っていた。

 どういう理由からか、少女が辛い目に合うと決まって不思議な事が起こった。だから老女は少女を化け物と罵るようになり、他の孤児からも畏怖の目で見られるようになった。これら全てのことが魔法によるものだったと。

 そう、この男は告げる。

 

「身に覚えがあるようだな。それが魔法だ。とは言っても、未だ魔力の正しい使い方を知らない故に強い感情にだけ反応している。しかしホグワーツに通い、そこで御する術を学べば魔法は君の思いのままに使うことができるであろう」

「でも、何も知らない」

「大丈夫だとも。何しろ君は彼女の――」

 

 そこまで言いかけて、彼は口を噤んだ。

 男性が何を口にしようとしたのか分からないが、“彼女”とは誰のことだろうか。

 

「兎も角、手紙は確かに渡した。同封されているリストに必要なものが書かれている。吾輩も何かと多忙な身なのでな、代わりの者が同行して買い物に付き合ってくれる。一応、必要な物は事前に確認しておきたまえ」

「あ、あの……!」

「何かね?」

「お金……持ってない」

 

 年齢を問わず、学生とは金が掛かる。

 学校に入学するに当たり教科書や筆記用具に、制服なども準備する必要がある。それを全て揃えるには当然、少なくない金銭が必須となる。そんな大金を孤児に用意など出来る筈もなく、ましてやロージャーが立替てくれる訳もない。少女の心配をよそに、男性は想定通りと云わんばかりの反応を返した。

 

「費用の心配はない。君のご両親が、ちゃんと遺産を残してくれている」

「……両親?」

「だから心配する必要はない。それと言い忘れたが、誕生日おめでとう」

「誕生日?」

 

 思わず首を傾げてしまう。

 その反応に男性は少女が何を不思議がっているのか分らなかったが、直ぐに理由を察した。

 

「……まさか、自分の誕生日を知らないのかね?」

「知らない」

「歳は?」

「ん……10歳くらい?」

 

 少女の答えに、ショックを受けた。

 この子は、この偉大なる少女は自分のことを何も知らないのか。

 

「いいかね、マリア。君の誕生日は7月31日だ」

「明々後日?」

「そうだ。その日を以て、君は11歳になる」

 

 そうなのかと、少女は他人事のように頷いた。

 まるで喜ぶ様子もない少女に男性は口を開けたが、直ぐに閉ざした。

 

「では吾輩はこれで失礼させてもらう」

 

 パチンッと音を立て、まるで霧のように目の前から消え去った。何も知らなければ手品か何かと思っただろうが、あれが魔法なのかと少女はいいようのない喜びを感じていた。いつか自分も同じことが出来るのかと。

 

「………ボク、親がいたんだ」

 

 遺産が残されている、と云うことは。

 自分は捨てられたのではなかったのだろうか。

 いや、ここで考えたところで詮無きことだと直ぐに思考を切り替える。

 

「マリア・エバンズ……それが、ボクの名前」

 

 正気に戻った老女が飛んでくるまで、少女はその名を繰り返した。

 

 

 




リメイク版は如何だったでしょうか?
スタート地点からすら前作とは異なったモノと相成りました。まぁ、前から愚兄と一緒なんて幼女が可哀想すぎると言われてきましたので、もう最初から別の場所から始めようと考えました。
こちらの方が、愚兄が暴走しやすいんだけどね!

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死の呪いを持つ少年

十五日現在、公開お気に入り登録をして頂いた方々。
エクシア00様、シルヴィア様、子狐久遠様、岩チャン様、そこにいるだけの存在様、Shupy様、
リベレーター様、紅ークレナイー様、鍬形丸様、オリゴデンドロサイト様、FoolishCoffin様、
石の騎士様、汰華盧顧様、C6H2OH(NO2)3様、夜の王様、藍海様、筒井遥生様、じゃた様

他も合わせて計23名の方に登録して頂けました。
この場を借りて、御礼申し上げます。ありがとうございます。

では、本編をどうぞ。


 そこはイングランドの某所。

 シャーウッドの森の更に奥地、凡そ一般人が決して近付かぬ土地。表向きは国立自然保護区として国により管理された場所だが、それはあくまで“マグル界”における話。本当の姿は多種多様な魔法植物が自生し、多く危険な魔法生物が暮らす立ち入り禁止区域。魔法使いですら用事があっても近付きたくはない区画。

 しかし奇妙なことに、そこには一軒の屋敷があった。

 それほど広くはない庭が一つある、西洋建築の一般的な建物。建っている場所さえ違っていれば何ら可笑しなことはないのだが、如何せん場所が場所なだけに違和感しか感じられない。おそらくは住んでいるのは危険と隣り合わせな仕事をしている魔法使いか、危険を危険と感じられない頭の螺子が三本ぐらいは軽く抜けている者だろう。

 とそこへ、屋敷の傍に空から何かが舞い降りた。

 頭部と前足に両翼は大鷲、胴体と後ろ脚に尻尾は馬というグリフォンと雌馬の間に生まれた半鳥半馬の生き物――ヒッポグリフだ。彼らはとても誇り高く、例え言葉が通じてなくとも自分たちを侮辱した者には容赦なく襲い掛かる。グリフォンほど気性が荒くなく、乗馬として用いれるので一部の魔法使いの中には所有している者もいる。因みに所有者には、マグルの目に付かないよう「目くらまし術」を毎日かけることが義務付けられている。

 野生のヒッポグリフがやってきたのかと云えばそうではないのは、彼の肩から奨励用の赤いカバンがぶら下がっていることから手紙か何かを運んできたことは容易に想像がつく。ヒッポグリフは器用にカバンを開けると、中から便箋を一つ取り出して目の前のポストに投函した。それから大きく嘶くと地を蹴り、羽を羽ばたかせて大空へと舞い上がっていく。

 少しして、屋敷から誰かが出てきた。

 出てきたのは研究者のような風貌の魔法使い――ではなく、白髪の男の子だった。まだあどけない顔立ちから年の頃は十代前半、肩に触れる程度で整えられた流れるような白髪。やや長めの前髪の隙間から覗く瞳は、知性に満ちた澄んだ青色をしている。

 男の子はポストから便箋を取り出すと、不思議そうに首を傾げた。

 

「手紙……珍しい」

 

 ここに何かが届くことは、先ずない。

 場所が場所なだけに魔法使いを含めて普通の方法では誰も近寄れないが、そもそも住所等を役所に登録すらしていない。だから広告やチラシといったものが投函されることがなく、少なくとも男の子が知る限りでは一度も使われていない。もはや飾りとすら思われていたポストが、今回初めて使用された。

 誰からだろうと差出人を見て、男の子は納得した。

 

「なんだ、ダンブルドアからか」

 

 相手が知己だと知り納得する。

 仮にも相手が数々の業績を築いた二十世紀で最も偉大な魔法使いだと知っていれば、彼から直接手紙が送られれば驚くなりするものだが、幼い頃から自分の面倒を観てきてくれた相手なので仕方がない。彼にとってダンブルドアとは、時折り手土産をもっては来ては居間で寛いで帰っていく人物なのだ。勝手知ったる他人の家といった感じで、居間のテーブルに常備されている飴やお菓子は彼のための物だったりする。

 封を切って中身を確認すれば、羊皮紙が一枚入っているだけ。

 

『親愛なる我が友、ノエルへ。

 先ずは入学することへのお祝いの言葉を贈ろう。子供の居ない身からすれば、まるで孫が入学するような気分じゃ。ここでわしの長い話を書いても嫌がって飛ばすじゃろうから、簡潔に用件だけを伝えることとする。

 実は今年度ホグワーツに入学することになった女の子を一人、ダイアゴン横丁へと案内してほしいのじゃ。その娘は訳あってマグルの中で魔法とは無縁に暮らしており、普段なら手空きの教員を派遣するところだが諸事情からそれも出来ぬ。どうしたものかとワシも頭を悩ませたが、そこで頼りになる君のことを思い出したわけなのだ。君には彼女と一緒に横丁を回って入学するに必要な物を買うのを手伝ってほしい。』

 

「諸事情ねぇ……まぁ、人のことは言えないか」

 

 自虐的な笑みを浮かべる。

 そこへバキッと音を立てて、森の中から一匹の魔法生物が姿を現した。それは鼻の上に大きな角と長い尻尾を持ったサイにも似た大型の灰色の生物――エルンペント。この魔法生物は大概の呪文を撥ね付ける分厚く硬い皮膚を持ち、魔法使いからも忌避される存在である。本来はアフリカ等の熱帯地帯に生息するのだが、この森にはこうした魔法生物も数多くいる。この個体もまたその内の一体ということだ。

 

「払いの結界を張っていたが……迷い込んだか」

 

 この屋敷の周囲には動物よけが張られている。

 結界は許可のあるモノ以外の立ち入りを禁止するものだが、エルンペントが迷い込んできていると云うことは結界に穴が空いていることになる。後で確認しなければと、危険な魔法生物を前にして男の子は考えていた。

 

「人の言葉が通じるか分からないが、警告はしておく。今すぐに向きを変えて俺の前から去らなければ命を落とすことになる。と言ったはいいが、まぁサイもどきを相手に意思疎通が出来るわけもないか」

 

 やれやれと肩をすくめる。

 その行動を馬鹿にしていると取ったのか、エルンペントは前足で地を削る。明らかに突進体勢だと云うのに、やはり男の子は動じる気配はない。ただ静かに、手紙を持っていた手を下ろしてエルンペントを凝視する。

 

「“死ね”」

 

 ただ一言。

 告げられたのは、終わりを意味する言葉。

 “金色の瞳”に見詰められたエルンペントは、音を立てて地面に横たわった。

 あらゆるものを貫き通す角も、あらゆるものを破裂させる毒液も彼の前では意味を成さない。

 

「だから言ったのに」

 

 そう口にする彼の表情は、悲しげであった。

 この“呪い”こそが、男の子をこんな辺鄙な場所へと縛る理由。街中で暴走しようものなら呪いは有象無象の区別なく、立ちどころに付近の命を全て刈り取ってしまう。たちどころに、傍にいる命ある者全てを殺してしまうことだろう。こんなはた迷惑な怪物を野放しにできる訳がない。

 

『君のことだから、ワシの頼みを聞いてくれると信じておる。ついては下記の住所に暮らすマリア・エバンズの面倒をお願いする。彼女には事前に案内人の話はしておるから、安心して八月三日に向かってほしい。それと彼女の金庫の鍵も同封しておくので、その辺りの説明もしておいてくれると助かる』

 

「いや、承認してないよ……八月三日?」

 

 はて、と首を傾げる。

 彼の記憶が間違いでなければ、自分が入学案内の手紙を貰ったのが七月の末だったはず。そこから今日までの経過した日数を考えると、本日の日付は……。

 

「って、今日じゃねぇか!」

 

 慌てて屋敷の中へと戻る。

 手紙の通りなら、相手の少女は自分のことを待っていることになる。

 

「クラウス、クラウスは何処だ!?」

「はい、こちらに」

 

 彼に呼び出しに応じ、従者が姿を現した。

 まるで魔法のように現れたのは、茶色い顔にテニスボールくらいの大きな目をした顔が割れて見えるほどに大きな口とコウモリのような長い耳を持つ、細く短い手足に長い指が特徴的な小さく醜い人型の魔法生物――屋敷しもべ妖精だ。

 彼らは特定の魔法使いを自身の「主人」とし、その主人や家族に生涯仕えて日常の家事や雑用などの労働奉仕を行うことを生きがいとする。また隷従の証として衣服の代わりに枕カバーやキッチンタオルを身に付けており、妖精にとって服を与えられることは「解雇」を意味するが、クラウスは例外的にも燕尾服を着ている。これは男の子からの命令であり、不本意であっても従わなければならない義務がある。

 

「どうなされました、若様。そのように声を荒げて」

「今すぐに、ここに書かれた住所に飛んでくれ!」

 

 妖精は魔法使いとは別に、独自の魔法を有している。

 基本的には家事などに用いたりするが、特定の場所への転移(とぶ)もできる。

 

「畏まりました」

 

 男の子の手を取り、妖精は屋敷から姿を消した。

 

 

 

--マリア・エバンズ--

 

「もう八月か……」

 

 あれから数日が過ぎた。

 既に誕生日の三十一日を超えて、既に八月の三日になっている。別に彼女――マリア・エバンズには予定などないので、案内人も急に来られたとしても問題はない。ただいつ来るとも分からない相手を待ち続けると云うのは、意外にも精神的に疲れるのだ。相手が誰かは知らないが、来るなら早く来て欲しいと考えるのが人間だ。

 手持ち無沙汰から、先日貰った教材リストを何回目かになる確認をする。

 

「普段着用のローブが三着、三角帽に安全手袋と冬用ローブが一つずつ。教科書は各教科の物が計八冊必要で、その他のものが杖や大鍋に薬瓶等が色々と……これ、ロンドンのどこで揃えられるんだろう?」

 

 ロンドンには、これらを売る怪しげな店があるのだろうか。

 いや、もしかしたら自分が知らないだけで、ロンドンには魔法使いの店があるのではないか。

 今でもあのスネイプという人物が自分を謀っているのではと疑っているが、こんな孤児一人を騙して何の意味があるのかと思うようになり、深く考えないようになっていた。嘘だったら嘘で別に構わないからだ。

 そんなことを考えていると。

 

「ドール、お客さん」

 

 孤児の一人が声をかけてきた。

 それだけ伝えると孤児の子供は自分の作業へと戻っていく。

 

「お前がマリアか」

 

 果たして玄関に居たのは、一人の男の子だった。

 自分とは正反対の真っ白な髪と青い瞳をした、自分と同じぐらいの年頃の男の子だ。ただ服装はスネイプ教授とは違ってジーンズにパーカーと、予想していたものとは違ったのでマリアは意外と普通なことに驚いた。

 

「違うのか?」

 

 無言のマリアを訝しみ、男の子は首を傾げる。

 

「違うのか? さっきの子供には、マリアを連れてくるよう頼んだが?」

「……合ってる。ボクが、マリア」

「そうか。俺はノエル、お前と同じで今年ホグワーツに入学する」

 

 宜しく、と手を差し出してくる。

 その手を握り返しながら、マリアはこれが初めての握手だと気が付いた。

 

(他人との繋がり……変な感じ)

 

 手から伝わる温もりに、違和感を覚える。

 けれども、決して気持ちが悪いとは不思議と感じなかった。

 

「遅れてすまなかったな。実を言うと、俺もついさっき知ってな。これでも急いで来たんだ」

「ううん、大丈夫」

「そうか。ならお詫びに、いろいろと教えるよ」

 

 行こうか、と二人は出発する。

 繋がれた手を引っ張られるようにして、少女は少年の後を追う。

 

 これが、これから始まる物語の主役たちの出会いである。

 

 それは決して街角でぶつかるような運命的なものではなく、とても落ち着いたものだった。

 

 しかし、二人の知らないところで、物語は静かに幕を開けた。

 

 さぁ、準備は宜しいか。

 

 全ては神のみぞ知る(Deus Ex Machina)

 

 

 




今更ながら、最後の一文はないな。
中二病を未だに患っている自分にあきれて何も言えない。

閑話休題。
最近、仕事中でも執筆の内容を考えている自分がいます。本当は危ないから辞めるべきなのですが、こう、思考する時間があるとどうしても考えてしまう。妄想が捗って仕方がありません。

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ダイアゴン横丁

気が付けば、今年も残り僅か。
去年の今頃は……新しい職場へと向かっていたな。まぁ、そこがブラック過ぎて三ヶ月で辞めてしまったけどね! 幾ら正社員になれるとは云え、最初のアルバイト雇用期間の一ヶ月目でやる気が失せたら無理だよ。現に、私の後に入ってきた子全員辞めてってたし。
話が脱線してしまった気がする。

今回は諸事情により、前日ではなく25日現在のものです。
夏季様、主はきませり様、爆発美学様、ぺにー様、カゲウス様、蒼い空様、裏訃塔様、飛燕神様、レーザーよ永遠なれ様、るみあ様、寒がりさん様、霧島椎名様、筆者+α様、こうてつ226様。
今回、新たに15名の方にお気に入り登録をして頂けました。
この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございます。

では、本編をどうぞ。



 久しぶりのロンドンの街並みを、マリアは楽しげに眺めた。

 前院長が亡くなってから暫らく外を出歩くことはなかったが、数年ぶりに訪れた街はそれほど変化は見当たらない。しかし懐かしい、と思う程度には変わったように感じられた……と云えるほど街を知っている訳ではないが。

 しかし、こんな都市のど真ん中に魔法使いのお店があるとは到底思えない。

 

「ねぇ……本当に、ロンドンにお店があるの?」

「ああ、あるぞ」

 

 そう返事をし、ノエルは前へと進む。

 このまま進めば駅に行き着くと考えていると、不意に先を歩いていたノエルが止まった。彼の目の前にあったのは、ちっぽけな薄汚れたパブだった。《漏れ鍋》と年季の入った看板を下げている店は、言われなければ見落としていたことだろう。先程から道を歩く人たちもパブには一人として入らず、隣接する本屋かレコード店にしか向かっていない。いや、間にパブがあることにすら彼らは気が付いていないのかもしれない。

 

「ほら、入るぞ」

「あっ、うん」

 

 ノエルに促され、店内へと踏み込む。

 パブはやはり外観と同じで暗くて見窄らしく、客も五人にも満たない少人数。バーテンと思しき禿げているじいさんがこちらに気付くと、ノエルと顔見知りなのかニッと笑顔を浮かべてグラスに手を伸ばした。

 

「おおっ、ノエル。どうした? 何か飲んでくか?」

「止めておくよ、トム。今日はホグワーツに行く為の準備をしに来たんだ」

「ほーっ、お前ももうそんな年になるのか……年月ってのは早いもんだ」

「何ジジくさいこと言ってんのさ。後、未成年に酒を勧めるのはどうなんだ?」

「なーに言ってんだ。ガキの頃から、ハグリッドに連れられてよく飲んでたじゃないか。しかも全然酔わねぇから“蟒蛇”なんて呼ばれてただろう。別に急ぎじゃないだろう? 奢ってやるから一杯飲んでいきな」

「いや、今日は駄目だ。連れもいるしな」

「連れ……?」

 

 そこでようやく、バーテンはマリアの存在に気が付いた。

 

「これはこれは、小さなお客さんだ。初めまして、私は店主のトムと言います」

「はじめまして。ま、マリア・エバンズ……です」

「エバンズ?」

 

 はて、とトムは顎に手を当てた。

 何か聞き覚えがある様子だが、どうやら思い出せないようだ。

 

「と言う訳で……トム、悪いけどまた今度な」

 

 ノエルはそう言って、パブを通り抜けて壁に囲まれた小さな中庭へとマリアを連れ出した。ゴミ箱と雑草が煉瓦の隙間から生えているだけの狭い空間。こんな場所に来たからには、何かしらの理由があるのだろうが。

 

「ちょっと下がってろ」

 

 ノエルは腰の細長いホルスターから杖を取り出して目の前の壁を三度叩いた。すると叩いた煉瓦が震え始め、まるで意思でもあるかのように動き、あっと言う間にアーチ型の入口が二人の目の前に出来上がっていた。

 

「ようこそ魔法使い御用達の通り、《ダイアゴン横丁》へ」

 

 仰々しく、ノエルは一礼する。

 二人がアーチを潜ると、煉瓦は独りでに戻っていき前と同じ壁となった。この隠し扉ならぬ隠し壁ならば、例え一般人が間違って入ってきたとしても、この魔法使いの大通りには辿り着くことは出来ないだろう。

 

「さて、まずは金を下ろしに行くぞ」

「そうだ、お金……ボク、持ってないよ?」

「ん? あー、その辺も話は聞いてるから安心しろ」

 

 どうやら話は伝わっているらしく、横丁を突き進んでいく。

 魔法使いのお店だけあって、ここにはマリアが見たことのないような品物が幾つもあった。例えば様々な材質で鋳られた大鍋や何羽ものふくろうが展示されたお店もあれば、最新型の箒が飾られたショーウィンドウの前には何人もの子供たちが眺めていた。何やら薄暗い通りへと続く小道もあったが、兎に角全てがマリアを飽きさせなかった。

 

(凄い。これが魔法使いの世界なんだ!)

 

「着いたぞ。《グリンゴッツ銀行》だ」

 

 そこにあったのは、一際高くそびえる真っ白な建物だった。磨き上げられたブロンズの観音開きの扉の両脇に立っていたのは、真紅と金色の制服に身を包んだ奇妙な生き物だった。マリアと同じぐらいの背丈をした浅黒い賢そうな顔付きの、不思議な生物だ。

 

「ねぇ、あれは何なの?」

「あれは《小鬼(ゴブリン)》だ。気を付けろ、凄まじい守銭奴だ」

 

 へぇ、とマリアは小鬼を横目で眺めた。

 銀行の中は汚れ一つ無い磨き上げられた大理石のホールとなっており、ノエルとマリアは幾つもあるカウンターの一つへと近付いた。そこでは真鍮の計りでコインの重さを測っている小鬼が脚高の丸椅子に座って仕事をしていた。

 

「失礼、マリア・エバンズさんの金庫から金を取りたいんだ」

「鍵はお持ちでいらっしゃいますか?」

「それなら此処にある」

 

 ノエルは上着のポケットから、黄金の鍵を取り出した。

 小鬼は鍵を受け取ると、それをしげしげと眺めてから別の小鬼を呼んだ。ボグロッドと呼ばれた小鬼の後に従い、無数にある扉の向こうに続く細い石造りの通路を進む。よく見れば床には小さな線路が敷かれており、三人はそこからトロッコに乗って移動した。

 

「ねぇ、ノエル。どうして小鬼が金庫番をしているの?」

「彼ら程、優秀な宝の番人は居ないってことだ。因みに言うとここは魔法界唯一の銀行でな、殆どの魔法使いは自分の財産をグリンゴッツに預けている。何故ならここに盗みに入ろうなんて馬鹿な考えをする奴はいないからだ」

「それは、どうして?」

「誰だって命は惜しいだろう?」

 

 つまり、それだけ危険と云うことだ。

 ジェットコースターなんて目じゃないくらい、右へ左へと揺られながら三人を乗せたトロッコは目的地へとたどり着いた。小鬼は当然のことながらノエルも慣れているのか、平然とした様子でトロッコから降りた。その後に続くマリアの顔は真っ青になっており、少しフラフラなので石柱に寄り掛かる。

 そんな少女を尻目にボグロッドが金庫の扉を開け放てば、そこには金貨や銀貨に銅貨の三種類が幾つもの山を築き上げていた。今まで見たこともないような財産の前に、マリアは目がチカチカとするのを感じた。

 

「こ、これが……」

「お前のものってことだ。さてと、必要な分だけ取るぞ」

「この硬貨の価値は、どうなの?」

「金貨をガリオン、銀貨がシックル、銅貨はクヌートと言う。価値としては十七シックルが一ガリオンに相当し、一シックルは二十九クヌートになる。因みに子供のお小遣いとしては一シックルが妥当だな」

 

 失くすなよ、と言って通貨の入ったバッグを渡される。

 それなりに詰め込んだので、肩にはかなりの重みが掛ったが何とか堪える。

 

「さてと、戻るとするか。あっ、途中にドラゴンが居るから余裕があれば見るといい」

 

 猛烈な地獄のトロッコに乗り込み、一行は地上へと戻っていった。

 余談ではあるが、帰り道でドラゴンを眺められるほどマリアには余力はなかった。

 銀行を後にした二人が先ず最初に向かったのは、《マダムマルキンの洋装店》という看板を掲げた洋服のお店だ。店主のマダム・マルキンは愛想の良い、藤色ずくめの服を着たずんぐりとした魔女だった。

 

「お嬢ちゃん、ホグワーツなの?」

「はい、そうです」

「丁度今、別の子も丈を合わせているところよ」

 

 マリアは店の奥へと案内され、茶色い髪がふさふさとした女の子の隣に立たされた。踏み台に立つとマダム・マルキンが頭から長いローブを着せかけ、丈を合わせてピンで留め始めた。それを眺めていると、女の子が話しかけてきた。

 

「ねぇ、貴方もホグワーツなの?」

「……そうだよ」

「私ね今からとても興奮しているの! 私の家族に魔法族は居なかったから、手紙を貰った時は本当に驚いたわ。けど同時にとても嬉しかったわ。ホグワーツは最高の魔法学校だって話は聞いているけど、どんな学校なのかしら?」

「よく、知らない」

「そう言えば、あなたはどの寮に入りたい? 私はいろんな人に聞いて調べたけど、《グリフィンドール》に入りたいと思ってるの。そこが一番いいみたいだし、何よりあのダンブルドアもそこ出身だって聞いたわ。でも《レイブンクロー》も捨てがたいのよね。知られざる叡智を解き明かしたいって思うもの」

 

 女の子は捲し立てるように話を続ける。

 彼女が何を言っているのか、マリアには半分も理解できなかった。ただちょっと、こうした相手は初めてだったので少し苦手に感じていた。悪い子ではなさそうなので、出来ることなら親しくなりたいとは思うのだが。

 

「ねぇ、あそこに居る彼は知り合い? 一緒に入ってきたけど」

 

 女の子の見ている方を向けば、そこにはノエルが入口の脇に立っていた。どうやら彼は寸法をしないのか、腕を組んで壁に寄りかかっている。唯でさえ長い前髪は俯いているせいでカーテンのように目元を隠してしまっており、起きているのか寝ているのか分からない。

 

「うん。ホグワーツに、入るって聞いた」

「彼は魔法使いの家柄なのかしら?」

「知らない……会ったばかり、だから」

「そうなの?」

「うん……」

 

 そこへマダム・マルキンが終了を告げたので、話はそこまでとなった。おそらく先に終わったのは彼女よりも、小柄だったからかもしれない。マリアは女の子に別れを告げると、ノエルと合流して店を後にした。

 

 

 

 

 

 ローブが仕上がるまでの間、二人は色んな店を見て回った。

 授業に必要な教科書類を始めとし、羊皮紙や羽ペンなどを買い揃えた。タイミングを見計らって出来上がったローブを受け取ると、一度小休止を取ることになった。二人が入ったのはマグルの世界にもあるような喫茶店だった。

 

「後必要なものは……杖だな」

「ねぇ……魔法使いのこと、教えて」

「ん? あー、お前は《マグル》の中で育ったんだったな」

「マグル?」

「分かりやすく言えば、非魔法使いのことだ。マグルなんて呼び方をするが、魔法族との差異なんて魔力の有無だけ。そもそも魔法族の起源は、突然変異で魔力を有した人間なんだ。にも関わらずマグル生まれの魔法使いを卑下する連中もいるが……まぁいい。兎も角、現在の魔法使いは親に魔法使いを持つか否かぐらいなもんだ」

 

 あの洋装店にいた女の子も、魔法族ではないと言っていた。

 おそらく、彼女はマグルを両親に持つ魔法族なのだろう。

 

「ボクはどうなの?」

「確実ではないが、少なくとも片方は魔法使いだな」

「そうなんだ。じゃあ次はホグワーツについて教えて」

 

 店員が持ってきたコーヒを一口飲んでから、ノエルは口を開いた。

 

「歴史書を読めば分かることだが、ホグワーツの歴史はとても古い。今から大体千年前、偉大なる四人の魔法使いたちの手により創設された。騎士のように勇猛果敢だった《ゴドリック・グリフィンドール》、誠実で心優しかった《ヘルガ・ハッフルパフ》、まだ見ぬ叡智を求めた《ロウェナ・レイブンクロー》、血と才智を尊んだ《サラザール・スリザリン》だ。その後、教育方針の相違からスリザリンは他の創設者と決別し、ホグワーツを去ったとされる」

「どうして仲違いしたの?」

「簡単に言えば、スリザリンは純血を重んじたんだ。さっき言ったマグル生まれの魔法使いはホグワーツに相応しくないと彼は主張したんだ。因みにこの考えは今では変わらず、スリザリンに入りたがらない生徒も多い。何しろ《例のあの人》の出身でもあるからな」

 

 ノエルの妙な言い回しに、マリアは疑問を感じた。

 

「《例のあの人》って誰?」

「……それは魔法族なら誰もが知る――決して忘れられない人物だ。こんな一通りの多い場所で名前を口にするのは憚られるからな、文字にして見せる。だが、決して口にするな。名前を聞いただけで怯える奴もいる」

 

 ノエルはメモ用紙と万年筆を取り出すと、サラサラと名前を書き始めた。

 そこには達筆な字で《Voldemort(死の飛翔)》と記されていた。それが「死を撒き散らす者」なのか、あるいは「死から脱却した者」か定かではない。マリアがそれを覚えると、ノエルは羊皮紙の切れっ端を杖でトントンと叩いた。するとボッと切れっ端は瞬く間に燃え上がり、あっと言う間に灰となると風に乗って散る。

 

「この魔法使いは今から二十年ほど前に活動を始め、瞬く間に仲間を増やしてこの魔法界を恐怖で支配しようと目論んだ。純粋に彼に同調した者もいたが、恐怖心から軍門に下った魔法使いも少なくはない。無論、立ち向かった者も大勢いた………が、全員殺されてしまった。ただホグワーツだけが唯一安全な場所とされた」

「どうして?」

「ダンブルドアが居たからだ。《例のあの人》も一目置いていた」

 

 つまり、ダンブルドアには下手に手が出せなかったと。

 ホグワーツは素晴らしい学校だと聞いたが、ダンブルドアがいるからかもしれない。

 

「それで、その人はどうなったの?」

「今から十年ほど前、彼はある一家を殺害しようとした。どうしてその家族を狙ったのかは詳しくは知らないが、歯向かったからか邪魔と思ったのか。兎も角、彼はそこの夫妻を殺害して僅か一歳だった子供の命まで奪おうとした。だが、失敗した」

「失敗? それ程までに恐ろしかった人が?」

「如何なる方法でか、たった一歳の赤子が彼の放った呪いを打ち破った。その跳ね返った呪いにより彼は肉体を砕かれ、額に稲妻のような傷跡を残した赤子だけが生き残った。大人たちはその赤ん坊を《英雄》呼ぶようになった」

 

 十年前に一歳だったのなら、自分と同い年ということになる。

 だが、それ以上にマリアはどうしてか生き残った子供が気になって仕方がなかった。

 

「その子の、名前は?」

「ハリー・ポッターという」

「―――っ!」

 

 ドクンッ、と急に右目が疼いた。

 今まで体験したことのない感覚に、マリアは咄嗟に左目を押さえた。ノエルが心配して声を掛けてきてくれるが、それすら彼女の耳には入ってこなかった。ただ無性に、その生き残った男の子の名前が彼女を蝕んでいた。

 この時、もしマリアが顔を上げていたのなら気付いたことだろう。

 彼女のルビー色の瞳が、赤く、朱く、赫く輝いていたことに。

 

 




拙い。何か間を空いたから、書き方が安定していない。
半年ぐらい前には、こう……流れ的な物が出来ていたのだが。
一応、気をつけますが気になる方もいるかもしれません。
時間が、欲しいです。

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ライラックの幸福

今回、新しく19名の方にお気に入り登録をして頂きました。(11日付け)
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大牟田蓮斗様、Asute様、アメジスト117様、motomu様、Black Taiger様、ハロラビ様
紅風車様、爆発美学様、いつき3322様、紅風車様、シュート@大宮栗鼠様、どな餅様
非公開の登録者様もありがとうございます。
この場を借りて御礼申し上げます。

では、本編をどうぞ。




「ごめん……迷惑、かけた」

 

 あれから少しして、右目の疼きは収まった。

 突然のマリアの異変にノエルも戸惑ったが、マリアも何が何なのか分からなかった。こんなことは今まで一度としてなかったのに、何故か今日に限って異変が起きてしまった。ハリー・ポッターの名が何か意味を持つのか。

 理由は分からないが兎も角、二人は残った買い物を済ませることにした。

 

「気にするな。……ここだ」

 

 それは紀元前382年創業の看板を掲げた杖の専門店だった。

 しかし老舗の割に店は小ぢんまりとしており、店内も狭くて見窄らしく思える。それでもノエルの勧めてくれた店だからと入ってみると、来客を告げるベルが奥から聞こえてきた。少し待つと奥から月のように輝く薄く淡い色をした、大きな目を持った老人が姿を現した。

 

「こんにちは、お嬢さん。まもなくお会いできると思ってましたよ」

「えっ……ボクを、知ってるの?」

「勿論ですとも。わたしはオリバンダー、お嬢さんのお名前を聞いても宜しいかな?」

「マリア。マリア・エバンズです」

 

 マリアの瞳を眺めながら、老人は懐かしむように口を開いた。

 

「ああ、君もお母さんと同じ目をしているね。あの子がここに来て、最初の杖を買っていったのが昨日のことに思えるよ。二十六センチの長さ、柳の木で出来たとても振りやすい、妖精の呪文にはぴったりの杖じゃった」

「……もしかして全ての杖を覚えているの?」

「勿論ですとも。わしの店で売った杖は相手も含めて、全て覚えていますよ。例えばお嬢さんのお隣にいる坊ちゃん。三日前のことじゃったが、彼に売ったのは二十七センチ、宿り木で出来たそれなりに弾力がある杖じゃ」

 

 チラッとノエルの方を見れば、正解と云わんばかりに頷く。

 

「おっと、年寄りの長話に付き合わせる所だったな。ではエバンズさん、杖腕はどちらで?」

「杖腕? 利き手なら左手だけど……」

「では左腕を伸ばして。そうそう」

 

 言われるがまま、左腕をカウンターの上に伸ばす。

 老人はマリアの肩から指先、手首から肘、肩から床と様々な寸法を採った。しげしげとオリバンダーの動きを観察しているマリアに、壁に寄りかかっているノエルが暇つぶしにと自分の知っている知識を教えた。

 

「マリア、オリバンダーの売る杖は一本一本が芯を持っている」

「芯……?」

「ああ。俺なんかだと不死鳥の尾羽が使われている。他にも一角獣のたてがみやドラゴンの心臓の琴線なんかが有るが、決して一つとして同じ物は存在しない唯一無二の杖なんだ。魔法使いにとって杖とは命を預ける相棒のようなものであり、だからこそ誰もが大事に扱う。基本的には最初に購入した杖を生涯大切にする」

「その通り。流石に博識でいらっしゃる。ではエバンズさん、これをお試し下さい。ツタの木に一角獣のたてがみ、長さは二十五センチ。手に取ったのなら、振ってご覧なさい」

 

 言われるがまま、杖を振るってみる。

 途端に階段に積み上げられた箱が雪崩を起こし、老人は直ぐに杖を取り上げた。マリアは怒られるかもしれないと考えたが、老人は気にした様子もなく次の杖を取り出してカウンターの上においてみせた。

 

「今度はハシバミとドラゴンの琴線、二十八センチ。弾力がある」

 

 今度は振り上げる前に、取り上げられてしまった。

 そうして何本も何本も杖を試していくが、一向にマリアの杖は見付からなかった。やがて試し終わった杖の山が形成されだし、もしかしたら自分の杖は出てこないんじゃないだろうかと考え始めた頃だった。

 

「マリア、一つ助言しておくぞ。魔法使いは確かに杖を選ぶが、それと同時に杖もまた自分の主を選んでいるんだ。杖は主人の想いに全力で応えるからこそ、他人の杖を使っても決して最高の力を発揮することは出来ない」

「杖が、主人を選ぶ……」

「試しに意識を集中してみるといい。それに杖が応えてくれる筈だ」

 

 助言に従い、そっと目を閉じた。

 この建物の所狭しと置かれた数千数万とある杖の中に、自分の相棒がいると信じて。

 

「―――そこの箱」

 

 マリアは棚の中にある一箱を指さした。

 オリバンダーは言われるがまま、指定された箱を取り出すとカウンターの上に置いた。

 

「これは紫丁香花の木とケンタウロスの尻尾、三十センチ。しなやかで強い」

 

 手にとった瞬間、それは確信へと変わった。

 マリアの気持ちに応えるかのように、杖の先から出た虹が薄暗い店内を照らした。そして祝福するかのように雪のような結晶が、ひらひらとマリアの頭上へと舞い散った。オリバンダーは「ブラボー!」と叫び、ノエルも拍手を贈った。

 

「あの、ありがとう」

「素晴しい。まさか自ら杖を見付け出してしまうとは……偉大な魔女となることでしょう」

「……はい」

 

 ピンと来ないマリアは曖昧に返事する。

 それから杖の代金七ガリオンを支払い、オリバンダーのお辞儀に送られて二人は店を出た。通行人の少なくなったダイアゴン横丁を元来た道へと歩き、壁を抜けて薄暗いパブへと戻る。大通りへと出たところでマリアは空が茜色に染まっていることに気が付いた。どうやら杖選びに思っていた以上に時間が掛かっていたようだ。これでは今から帰っても夕食までに間に合わない。日に一度の貴重な食事を抜く羽目になってしまう。

 

(いや、走れば間に合うかな?)

「もうこんな時間か……折角だし、何か食べていくか」

「ボク、こっちのお金持ってない」

「奢ってやるから気にすんな。っても、大した物は買えないがな」

 

 二人は近くのバーガーショップにて軽めの夕食を購入した。ジャンクフードと云う物の存在を知っていたとて、こうして口にするのは初めてだったマリアは一心不乱に、その小さな口でバーガーにかぶりついていた。そんなマリアの様子をぼんやりと眺めながら、「小動物みたいだな」とノエルは思った。

 

「っと、そうだ忘れるところだった」

 

 孤児院の側の公園にてゴミを捨てる。

 別れる直前のところで、ノエルは封筒をマリアに手渡した。

 

「ほれ、ホグワーツ行きの切符だ」

「九月一日、《キングズ・クロス駅》――11時発」

「あの孤児院から駅まではちょっと遠いが、心配する必要はない。じゃあ九月に会おう」

 

 ポンポンとマリアの頭を叩き、ノエルは夜の闇へと消えていった。

 大荷物を抱えて戻ったマリアをロージャーが怒鳴りつけたが、そんなことよりも本当に魔女になれることへの興奮から大して気にならなかった。荷物を部屋へと運び込み、ベッドへと寝転んだマリアは改めて渡された切符を眺めた。

 

(あれ?)

「9と4分の3番線?」

 

 切符には確かにそう書かれていた。

 奇妙だとは考えたが、思ったよりも疲れていたマリアは直ぐに夢の世界に旅立った。

 

 

 

--ノエル・M・ルカニア--

 

 そして来る九月一日。

 ホグワーツ行きの特急が出発する日の朝、九時を回る少し前にノエルはマリアを迎えるべく孤児院へと訪れていた。ローブや教科書など必要なものが詰まったトランクケースを引っ張ている姿は旅行でもしているように見えるが、顔には呪術風の奇妙な模様を刺繍されたアイマスクが装着されていて明らかに浮いていた。

 彼が使っているのは只のマスクではなく、魔力を封じ込める特殊な文字が描かれていた。普段は感情が落ち着いていれば良い《魔眼》だが、何しろホグワーツは全寮制の寄宿学校(ボーディングスクール)なので、寝食を共にすればルームメイトと衝突することも一度や二度ではないだろう。そうなった時、如何にノエルの精神が達観しているとは云え、いつ暴走するとも分からない。友人を呪い殺したいなどとは思わないので保険のために用意したのだ。

 そうした準備をして孤児院のドアを叩いたのだが。

 

「……? いない?」

 

 ノエルの問いに返したのは、孤児の一人だった。

 見間違いでなければ、目の前にいるのは初めて訪れた際にマリアを呼んでくれた子だ。

 

「うん。朝早く、出てった」

「そうか……分かった。ありがとうな」

 

 パタンッと扉が閉じられる。

 そして一人残されたノエルは頭を抱えた。

 

「ヤベェ、どうしよう」

 

 マリアが何処にいるのか想像はつく。

 おそらくは渡しているチケットからキングズ・クロス駅に向かっているはずだ。無表情でボーっとしているように見えるが、マリアの頭の回転が速いことは分かった。放っておいたところで同じ列車に乗る魔法使いを、自力で見つけて同行しているに違いない。しかし、だからと云って放置していい理由にはならない。

 それにしても。

 

「なんで一人で行ってんだよ。俺が案内するって説明を……したよな?」

 

 一ヶ月近く前のことなので、覚えてない。

 何は兎も角、今は早いところマリアを見つけなければならない。

 

「仕方ない……クラウス」

 

 周囲に人影がないのを確認し、それを呼び寄せる。

 

「及びでしょうか、若様」

「クラウス、今すぐにキングズ・クロス駅に向かってくれ。そこでマリアという少女がいるかどうか確認してきてほしい。特徴は真っ黒な髪に虹彩異色の瞳、明らかに栄養失調による低身長。もし無事にホグワーツ特急に乗り込んでいるなら構わないが、間違って別の列車に乗り込もうとしていたら止めてくれ。念の為言っておくが、マグルが多いからくれぐれも気を付けてくれよ。ついでに他の魔法使い族にも見つからないように」

「畏まりました」

 

 了承した従者は姿を消した。

 このまま待っていても仕方がないので、ノエルも荷物を抱えて駅へと移動を始めた。

 

 




ライラックには幾つかの花言葉があります。
例えばフランスでは青春のシンボルとして親しまれ、『青春の思い出』や『大切な友達』といった友情を重んじる花言葉があります。
ですが、他の花がそうであるように、ライラックも色に応じて意味が異なります。
紫色のライラックは『愛の芽生え』や『初恋』として知られています。

果たして、少女に与えられたのは――何色のだったのか。
友情か、それとも愛情か。

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新たな出会い

今回、新しく15名の方にお気に入り登録をして頂きました。(23日付け)
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春夏秋冬雨霰様、星蕾様
登録していただき、ありがとうございます。
もし登録したのに名前を挙げられていない方がいらっしゃいましたら、報告ください。
そうならないよう気を付けていますが。

では、本編をどうぞ。




 正しく、ノエルが孤児院を訪れていた頃。

 彼の予想通り、マリアは一人でロンドンの街中を目的のキングズ・クロス駅を目指――さずにブロック塀の上に腰かけていた。時間に余裕があるとは云え、会社や学校に向かう人でごった返す通りを眺めているのは、単純に教科書や制服で一杯になったトランクを引っ張るのに疲れたから休んでいたのだ。

 

(もう少ししたら、駅に向かおう)

 

 ふぅ、と一息つく。

 普通に歩けば一時間と掛からない距離であったが、同年代の女の子と比べても非力なマリアでは重たいトランクを引っ張るのはかなりの重労働となっていた。最近はロージャーが何かと仕事を押し付けてきたので多少なりは筋肉が付いたかと思ったのにとマリアは考えいるが、そもそも筋肉を作る上で必要なタンパク質やビタミンB6――十分な食事や栄養を取ってないのだから土台無理な話であるのだ。

 

「……友達、できるかな」

 

 『If you don't have a true friend,(真の友をもてないのは、) you are miserably lonely.(まったく惨めな孤独である。)

            If you have no friends, the world is merely wasteland.(友人が無ければ世界は荒野に過ぎない。)

 とは、誰の言葉だったろうか。

 人によっては友達を沢山作りたいと考えるかもしれないが、控え目に言っても人付き合いが得意ではないマリアとしては真に信頼出来る友達が何人かいれば十分だと考えていた。出来るかどうかすら怪しいのだけれど。

 

「っと、そろそろ行かないと」

 

 ぴょん、と塀の上から降りて歩き始める。

 休憩を挟んだおかげか、気持ち的に軽くなった気のするトランクを引き摺りながら歩いたマリアは十五分程で目的のキングズ・クロス駅へと到着した。大きな荷物と一緒にいるマリアを心配して親切な人が何人か話し掛けてきてくれたおかげで、迷わずに着くことができた。途中、何やら息を荒げながら近付いて来る男性がいたが、その方はマリアに接触する前にお髭の素敵な紳士の方に連れ去られていたりした。

 

 閑話休題。

 駅構内へと入って少しして、マリアは手頃なベンチに腰掛けた。

 

「さて……どうしよう?」

 

 ポケットから切符を取り出し、マリアは首を傾げた。

 ホグワーツ行の列車が発車するホームは9と4分の3番線だが、案内図を確認した限りでは駅内にそのような半端な数字のプラットホームは“存在していない”のだ。考えられるのはマグルに見付からないように偽装が施されていることだが、そうなるとホームの場所を知らないマリアが自力で辿り着くことは困難なことだ。

 暫らく考えた末に、マリアは自分と同じように列車に乗る魔法使いを探すことにした。幸いにもホームの大凡の検討は付いていたので、見るからに大荷物を抱えた人物を見付けて後を追えばいい。場合によっては声をかけてしまえば、何とかなると考えていた。マリアは人間観察が得意だったので、ゆっくりと探すことにした。

 

 

 

 人間観察を初めてから、そろそろ十分が過ぎようとしていた。

 その間、大荷物を抱えた子供が一人だけいるのを不審に思った駅の職員に声を掛けられもしたが何とか適当に誤魔化すことができた。実年齢以上に幼い――顔立ちもさることながら、平均以下の低身長――ので、酷く誤解を受けたが何とかなった。そうした苦難(?)を乗り越えた末に、マリアは目的の一団を発見した。

 

「あれだ、間違いない」

 

 彼女の視線の先には、見るからに怪しい人たちがいた。

 九月に入ったとは云えまだ残暑の厳しい中、先頭を歩くは真っ黒なローブを身に纏った紳士風の男性。その後に続き婦人と思しき女性と、沢山の荷物を乗せたカートを押したオールバックの少年が歩いている。

 

「まったく、ここは相変わらずマグルが多いですわね」

「やはり、ドラコは格式あるダームストラングに通わせるべきだったか」

「それでは家からでは遠すぎます。それに、ホグワーツは私たちの母校ですのよ」

「母上の言う通りです。父上、安心してください」

 

 やはり、魔法使いで間違いなさそうだ。

 マリアは彼らが9番線と10番線の間のホームにある四本ある柱の前から三番目の位置で立ち止まったタイミングで、追い付いて後ろから声をかけた。

 

「あの、すみません」

「おや小さなお嬢さん、私たちに何か用かね?」

「ぼく……わたしも、ホグワーツへの新入生なのですが、列車の場所が分からなくて。もし良かったら教えて頂けませんか?」

 

 礼儀正しくお願いする。

 初対面の相手に対する処世術ぐらいマリアとて承知していた。

 

「ふむ……ご両親は一緒ではないのかね?」

「はい。両親は私が小さい頃に亡くなったと聞いています」

「失礼ながら、魔法使い族だった分かるかな?」

「そうだと、わたしのところに来た先生は仰っていました」

「先生の名前は覚えているかね?」

「スネイプ教授です」

 

 ほう、と男性は頷く。

 実はスネイプ教授は男性がまだ学生だった頃から付き合いのある後輩だ。例えダンブルドアの命令だったとしても、わざわざ彼が足を運んだということは親はグリフィンドールではないだろうと男性は推測した。

 

「お嬢さん、お名前を伺っても宜しいかな?」

「マリア、マリア・エバンズです」

 

 何処か聞き覚えのある家名に、男性は首を傾げる。

 男性が記憶の海を旅している間、婦人が前に一歩出て挨拶をする。

 

「初めまして、マリアさん。私はルシウス・マルフォイが妻のナルシッサと言うの。そしてこっちにいるのが、貴方と同じで今年からホグワーツに入学することになっている息子のドラコよ」

「ドラコ・マルフォイだ。宜しく」

「宜しく」

 

 差し出された手を握り返す。

 簡単ながら自己紹介が済んだところで、ナルシッサは説明を始めた。

 

「マリアさん、あちらに見える柱がホグワーツ特急が発車するホームへと続く私たち魔法使いだけのゲートです。柱しか見えないでしょうが……ドラコ、先に手本を見せてもらえる?」

「はい、母上」

「なら私がドラコに付き添おう。ナルシッサは、そちらのお嬢さんを」

「ええ、分かりました」

 

 ドラコはルシウスと並ぶと、目的の柱目掛けて勢いよくカートを追い出した。ぶつかると思われたカートはしかし、まるで水面に波紋を起こして消える雫のように中に入っていった。一瞬のことでマグルは気付いていない。

 

「さあ、次は私たちの番ですよ。大丈夫、私が付いていますから」

 

 婦人に背中を押され、マリアも走り始めた。

 壁に衝突するような衝撃は感じられず、ほんの一瞬にして真っ赤な列車が眼前に広がった。そのホームは大勢の家族連れでごった返しており、在校生と思しき若者たちは慣れた様子で列車の中に荷物を運び、新入生らしき子供たちは両親との別れを惜しんで話している。

 ゲートを抜けた、少し離れた場所にルシウスとドラコの姿があった。

 

「教えて頂き、ありがとうございました」

「気にしないでくれたまえ。では、私たちは用事があるので失礼させてもらうよ」

「またな」

 

 そうしてマルフォイ一家と別れる。

 独りになったマリアは特に挨拶をする相手もいないので、早々に列車に乗り込んだ。出発まで時間があるとは云っても誰もが早めに行動していたようで、殆どのコンパートメントが満席状態となっていた。なのでマリアは空いている席を探して後ろの方へと進んでいき、ようやく最後尾に位置する車両の後ろから二番目に無人のコンパートメントを発見した。

 早速、荷物をコンパートメントの上にある荷物棚に上げようとして問題が発生した。

 

「と……届かない」

 

 突然だが、マリアは非常に小柄だ。

 マリアと同年代の少女ならば平均的に見ても140cm台なのだが、マリアの身長はそれよりも頭一つ分――とはいかないまでも十センチ以上は低いだろう。おまけに非力ときては、どだいマリアには無理な話だったのだ。

 いっそ、投げてしまおうかと本気で考えていると。

 

「そのまま腕を下ろさないでね」

「え……?」

 

 ぐいっ、と後ろからトランクに手が伸ばされた。

 どうやら誰かが困っているマリアを見かねて手伝ってくれているようだが、相手の人も同性らしく余裕とはいかず何とか二人掛りで荷物を棚へと押し込んだ。

 

「あの、ありがとう……」

「気にしないで。困っていたみたいだから……あら、貴方」

 

 俯き気味にお礼を言ったマリアは、聞き覚えのある声に顔を上げた。

 そこにいたのは気の強そうな茶色の瞳、量の多い縮れ毛をした茶色の髪。マリア以上に容姿に関して無頓着なのか、その髪は手入れされておらずボサボサである。彼女は一か月前、《マダムマルキンの洋装店》で話し掛けてきた女の子だ。

 

「やっぱり! あの時の子ね。良かった、知っている人がいて」

「うん……久しぶり」

「ねぇ、私もここに座っていいかしら? まだ席が決まってなくて」

「いいよ……」

 

 彼女の荷物もまた、マリアの時のように上に積む。

 それから互いに向かい合うようにして座り、自己紹介を行うことになった。

 

「私はハーマイオニー・グレンジャー。マグル生まれの魔女よ」

「マリア……マリア・エバンズ。一応、純血の魔女……みたい」

 

 そうして互いに握手を交わす。

 この時、マリアがハーマイオニーに抱いたのは苦手だなという印象だった。しかし、後に初めて出来た親友として友情を深めていき、大人になってからも関係が続いていくとは、この時はまだ思いもしなかった。

 

 




私は小学校の頃に出来て、今も交流のある友人は片手で数える程しかいません。
流石に互いに大人になって会う頻度は少なくなりましたが、今でも都合さえつけば集まって一緒に遊んだりしています。やっぱり幾つになっても、友達と遊ぶのは楽しいものですね。私はそれを、宝物と思っています。

因みに、作中のはイギリスの哲学者「フランシス・ベーコン」の言葉です。

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ホグワーツ特急

今回、新しく五名の方に登録して頂きました。
弁慶さん様、アーゴット様、朱麗シュリ様、ゲーム中毒様、reonrein様
この場を借りて、御礼申し上げます。

因みに、前話と同じサブタイトルですが、色々と考えて前話を変更して今回の話のサブタイトルとしました。理由としては単に、前話がそんな列車が舞台ではなかったからです。
では、本編をどうぞ。


 時刻は十一時となり、ホグワーツ特急は出発した。

 家族と別れを惜しんで窓から顔や手を出していた子供たちも、十分もすれば中に引っ込んで同じコンパートメントにいる子とお喋りに興じ始めた。しかしマリアのいるコンパートメントは他に反して静寂に包まれているが、別に険悪な空気が流れている訳ではない。

 単純に、マリアもハーマイオニーもお喋りではなかったのだ。

 寧ろ二人共、読書に精を出す方が好きだった。

 

「……………」

「……………」

 

 互いに無言のまま、ひたすら読書を続ける。

 本を読み始めてから三十分が過ぎた頃、コンパートメントの戸が叩かれた。

 

「失礼、ちょっといいかな」

「あ、……?」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げたマリアは、思わず首を傾げた。

 色素の抜け落ちた様な真っ白な髪と耳を打つ声からノエルと判断したが、しかしその顔には半分以上を覆う奇妙なマスクが付けられていた。おそらく本人で間違いないだろうが、この一ヶ月の間に怪我でもしたのだろうか?

 

「あなた……何?」

 

 見るからに怪しい人物に、ハーマイオニーは警戒心を顕にする。

 

「俺はノエル。二人と一緒で今年からホグワーツに通う新入生だ」

「私はハーマイオニーで、こっちの娘はマリア。それで、一体何の用かしら?」

「ああ、ちょっとマリアに言いたいことがあってな」

 

 そう答えてから、ノエルはマリアの方を見た。

 いや、見たといっても目が見えないので顔を向けたと云った方が正しいか。

 

「どうか、した?」

「どうかした? じゃないだろう。何で先に駅に向かったんだ」

「? よく、わからない」

「………俺、一か月前に案内するって言ったよな?」

「ううん……言って、ないよ」

 

 思わぬ返しにノエルは固まり、ややあって深くため息をついた。

 

「すまん。本当なら俺が駅まで案内する予定だったんだ」

「気に、しないで」

「いや、保険をかけたとは言え下手したら辿り着けない可能性もあったんだ。となれば何らかの品を………っと、丁度いいものが来たな」

 

 ふとコンパートメントから通路のほうを向いたノエルが何か見つけた。

 暫くすると、カートを押しながら感じの良さそうな魔女がマリアたちのいるコンパートメントの前で立ち止まった。

 

「何かいかが?」

「マリア、好きなものを頼んでいいぞ。そっちの、グレンジャーも良かったらどうぞ」

「あら、私もいいの?」

「ああ、別に構わない。子供の小遣いで買える良心的な値段だ」

「………ノエル。殆ど、残ってないよ」

「え?」

 

 ノエルがカートを覗き込んでみると、空っぽになっている箇所が多かった。彼らがいるのは全体から見て後ろに位置する車両なので、もしかしたら此処まで来る間に売り切れてしまったのかもしれない。

 

「本当だ。これは……」

「ごめんなさいね。一つ前の車両で、殆ど買い占めちゃった子がいたの」

「相当な量が用意されていたと思うのだが?」

「そうなのよ。わたしもそう言ったのだけど、大丈夫だって聞かなくて」

 

 魔女と話をしつつ、マリアは相手のことを考えた。

 おそらくは突然、大金を手に入れた子供が食べ切れもしないのに大人買いしたのだろう。

 

「だから、残っているのはこれぐらいなの」

「それなら私は……この百味ビーンズにするわ。マリアは?」

「ボクは……蛙、チョコ?」

「蛙の形をしたチョコだ。見た目は兎も角、味は問題ない」

「なら、それで……」

「後、四人分のカボチャジュースも頼みます」

 

 四人? とマリアは首を傾げた。

 そう思っている間にもノエルは手早く会計を済ませ、代金と引き換えに品物を受け取る。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 ノエルは品物をマリアに渡し、コンパートメントを出て行く。

 少しして戻ってきたノエルは何やら包を一つと、一人の男の子を連れて戻ってきた。子供らしくふっくらとした顔立ちをしているが、自信なさげに視線を右往左往させる。

 

「ノエル、その子は誰?」

「こいつはネビル。同じコンパートメントになった新入生だ」

「は、はじ、初めまして。ネビル、ロングボトム……です!」

 

 どこかおどおどとした様子で挨拶をする。

 

「これも何かの縁だと思ってな、折角だから連れてきた」

「うぅ~、僕はいいよ。三人で楽しんで」

「ネビル。もう少し自分に自信を持て。お前の婆さんもそう言ってただろう?」

「そ、そうだけどぉ」

 

 何処までも頼りなさげだ。

 そんな彼を尻目にノエルはマリアにハーマイオニーと並んで座るように頼むと、空いた席にネビルと並んで腰を下ろした。それからマリアに預けていたかぼちゃジュースの瓶を受け取り、それをそれぞれに手渡した。

 

「では、今日という日の出逢いに感謝を込めて――乾杯」

「「「乾杯」」」

 

 カチャンと軽い音を立てて瓶がぶつかる。

 くいっと飲んでみたマリアは、一口だけにして静かに瓶の栓を閉めた。

 

(これ……不味い気がする。匂いはシナモンが強いし、味は……何これ?)

 

 結論、美味しくない気がする。

 自分だけが可笑しいのかと思っていると、ノエルが何やら膝の上で何かしている。

 

「何、してるの?」

「流石に飲み物だけじゃ味気ないからな。用意しておいたものがあるんだ」

 

 ノエルは杖を取り出すと、軽く包みを二度叩いた。

 すると手乗りサイズだった包みは二周りは大きくなり、包み紙を外せば中から出てきたのは僅かに湯気が立つアップルパイだった。それを四等分すると、用意しておいたナプキンに載せて三人へと配った。

 

「うわぁ! 美味しそう!」

「出来立てを魔法で保存しておいたから熱いぞ」

「これ……ノエルが、作ったの?」

「楽しみの一つ程度には覚えたが……まぁ、お店の味には負けるがな」

「そんなことないよ! これ、すっごく美味しいよ!!」

 

 そう絶賛するのは、既にパイを食べていたネビルだった。

 折角出来立てを魔法で保存されていたのだから、冷めてしまっては申し訳ないのでマリアとハーマイオニーもパイにかぶりつく。

 狐色に焼かれた生地はさくっとした歯ごたえをし、砂糖で煮詰まれたリンゴは少し熱かったが程よい甘さと酸味が口の中に広がってくる。初めて食べたアップルパイの味に、マリアは目を見開いて驚いた。

 

「本当に美味しいわ。お店で出せる味よ!」

「お世辞でも嬉しいよ」

 

 この歳でこの腕前、大したものと云える。

 ノエルのパイのおかげでネビルも緊張が解れたのか、それから四人は談笑を楽しんだ。

 

 

 

「っと、もうこんな時間か」

 

 腕時計で時間を確認したノエルがそう呟く。

 ふと車窓へと視線を向ければ、気が付けば外は夜の帳が既に降りていた。もうそんなに時間が過ぎたのかと考えていると、頭上に設置されたスピーカーから声が響いてきた。

 

――当列車はまもなく、終点のホグズミード駅に到着します。

 生徒の諸君は制服に着替え、列車が止まりましたら荷物を置いてホームに降りて下さい。

 

「ネビル。俺たちもそろそろ戻って制服に着替えよう」

「う、うん。そうだね」

 

 そう言ってノエルとネビルはコンパートメントから出て行く。

 残されたマリアとハーマイオニーも急いで指定の制服に袖を通すのだが。

 

「……………」

「あら、マリア? 何かあったの?」

「………ブカブカ」

 

 そう、マリアの制服は小柄な彼女の体躯に比べて大きかったのだ。

 おかげで腕を下ろせば手は完全に隠れ、前に伸ばしたとしても指の第二関節から先しか顔を出せていない。これでは服を着ていると云うより、服に着られているようで落ち着かない。おそらくこの制服を仕立てたあの魔女は、マリアがこれから成長することを鑑みてわざと大きめに作ったと思われる。しかし 栄養不足による発育不全のマリアは、同年代の子供と比べても一回り以上も小柄で最低限の肉しか付いていない。加えて外であまり遊ばなかったので日焼けしておらず、スカートと黒のハイソックスの隙間から覗く白い肌――所謂、絶対領域が眩しく思わず視線が吸い寄せられてしまいそうになる。そして大きめに作られたローブの袖から白魚のように白い指先だけが見えている萌え袖状態も気になる。

 

「うー……スースーする」

 

 初めて履いたスカートの頼り無さに、マリアは違和感を覚える。

 孤児院ではもっぱら履いていたのは裾が擦り切れたジーンズばかり、女の子らしい服など着たことすらない。これでは下手に走ろうものならスカートの中身が見えてしまうではないか。

 

「……大丈夫、かな?」

「大丈夫よ。とても可愛らしいわ!」

 

 ハーマイオニーに褒められながらも、マリアは落ち着かなかった。

 ふと外へと視線を向けてみれば、いつの間にか外には夜の帳が降りていた。なので分かり辛いものの、汽車が徐々にながら速度を落としているのが分かった。それから暫くすると、ガタンッと大きな音を立てて汽車は完全に停車し、荷物はそのままで構わないらしいのでマリアたちは同じようにローブに身を包んだ生徒たちに習って下車を始める。

 薄暗いプラットホームに降りると、汽車の先頭側に壁があることに気が付いた。

 

「マリア、あれは壁じゃないぞ」

 

 傍にいるノエルが、そう教えてくれる。

 目を凝らしてよく見れば、壁だったと思ったものはとても大きな人間だった。おそらくマリアの倍以上の身長があり、目の前に立とうものなら首を思いっきり反らさなければ顔を見上げることができないだろう。

 

「あれはホグワーツの森番を務めるハグリッドだ」

「森番?」

「分かりやすく云えば、森の管理人だ」

 

 そうなのか、とマリアは納得した。

 ハグリットは新入生たちが全員いることを確認すると、目印になるようにランタンを高く掲げながら先頭に立って誘導を始めた。どうやら新入生は在学年とは別ルートでホグワーツに向かうらしいが、どうにも目の慣れぬ夜道を歩くのは難しく、周囲でも滑ったり躓いたりしながらも険しく狭い小道を下って行く。聞こえるのは梟の声ばかりなので、誰もが不安な気持ちを抱きながら黙々と進んでいく。

 

「みんな、ホグワーツがもうすぐ見えるぞ」

 

 ハグリットの声に顔を上げてみれば、狭い道が急に開けて大きな黒い湖畔に出た。

 その湖の向こう岸には高くそびえ立つ崖と半ば一体と化している大きな城が闇に浮かんでいた。てっきりマグル界における校舎のような物を想像していたマリアは、まさかホグワーツが城だった事実に驚いていた。

 

「四人ずつ、ボートに乗るんだ!」

 

 そう言ってハグリットは岸部に繋がれた小舟を指さした。

 どうやら城の下まではボートで移動するらしく、マリアはノエルと列車で知り合ったハーマイオニーとネビルの三人と一緒になってボートへと乗り込んだ。すると、誰もオールに触っていないのにまるで意思があるかのように独りでにボートは城へと針路を取った。

 

 

 




今回は準主役級のネビルに登場してもらいました。
ハリポタの一巻を読んだ頃は、まさか未来の彼があんなにも人して成長して活躍するとは夢にも思いませんでしたよ。いや、そもそも脇役の一人としてしか見ていませんでしたね。
聞けば、ネビルが選ばれていた可能性もあったとか。
彼が人として成長していく物語もまた面白いかもしれません。

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組み分け帽子

これにて今年度最後の更新となります。
十月から始まったハリポタ前作のリメイク版ですが、前作から続けて読んで下さっている方、気になってクリックしてくれた新規の方と多くの方に読んで頂けて嬉しく思います。これからも更新を絶えず続けていきたい所存です。
では、良いお年を。

本編をどうぞ。


 新入生たちは湖を渡りきると、ボートから降りて歴史を感じさせる長い石段を登ってホグワーツ城へと入っていく。全員が中に入ると背後で門がひとりでに閉じたが、何故か前に進む気配がなくその場で止まってしまう。何事かと様子を伺っていると、背伸びをして前を見ていたノエルが口を開いて教えてくれた。

 

「どうやら、ハグリッドとはここで別れるようだ」

「案内、するのは?」

「別の魔女……おそらく先生の一人だろう」

「皆さん、これより私が案内します。付いてきなさい」

 

 前方から嗄れた老女の声が響く。

 すると新入生の列は再び動き始めて城の中を進んでいき、大きな階段を登ったところで正面の大扉ではなく脇にある空き部屋へと新入生たちを誘導した。てっきりそのまま入学式が行なわれるとばかり思っていた生徒たちは不思議そうに近くの生徒と首を傾げていた。

 

「先ずは皆さん、ホグワーツへの入学おめでとうございます。私は本校の副校長を務めますマクゴナガル、変身術の授業を受け持ちます。間もなく新入生の歓迎会が行われますが、大広間の席に着く前に皆さんが所属する寮を決めます。寮の組み分けの儀式は、これから始まる学校生活に大きく関わってくる大切なものです。勉強をするのも、寝起きするのも、自由時間を過ごすときにも関わってきます」

 

 ふとマリアはノエルから聞いたホグワーツのことを思い出した。

 ホグワーツの歴史という本にも書かれていたが、ホグワーツに通っている生徒たちは例外なく四つある寮のどれかに所属することになる。それぞれに輝かしい歴史があり、どの寮も偉大な魔女や魔法使いを多く輩出してきた。無論、ただ所属するだけではなく、ホグワーツは各寮による対抗戦を行っている。これは各寮に所属する生徒の日頃の行いにより点数がプラスされて最終的にその年の学期末に総合点で順位が決定する。優勝した寮には優勝杯が送られ、生徒はこれを手にすることを名誉としている。

 なので年を越した辺りから、優勝杯を今年こそは手に入れようと上級生たちは躍起になっていく。これに伴い、学校全体がピリピリしていく。

 

「準備が終わるまで、皆さんは出来るだけ身なりを整えておきなさい」

 

 そう言って先生は退出した。

 扉が閉まるのと同時に新入生はざわざわと近くにいる生徒と話を始め、人によっては身嗜みを整えようとしているのが散見された。そんな中、マリアは軽く制服を整えると側に立っていたノエルに話しかけた。

 

「ねぇ、ノエルは……儀式の内容、知ってる?」

「さてな……ただ難しい物じゃないはずだ」

「どう、して?」

「考えても見ろ。ここに集められた新入生全員が魔法界出身というわけではなく、中には魔法とは無縁な世界で生きてきた者も少なくはない。それに購入した教科書類に目を通した奴がどれだけいるよ? そんな状況で試験的なことをしようものなら明らかに差が生じてしまう。これから七年間も過ごすことになる大切な寮決め。となれば考えられるのは厳格な方法による選定――おそらく本人の資質が問われるんだろう」

 

 確かに、彼の言うことは尤もだ。

 マリアはそう感じたし、どうやら周囲で聞き耳を立てていた生徒たちも同様のようだ。

 

 

 

 待つこと十分。

 マクゴナガル先生が部屋へと戻ってきた。

 

「さあ、準備が整いました。二列縦隊で付いて来てください」

 

 新入生たちは言われた通りに縦に二列作ると、先生の後を追って大広間へと入っていった。

 大広間には並行して並べられた四つの長テーブルは優に五十メートルはあり、そこには既に先輩にあたる在校生たちが期待に満ちた表情を浮かべながら新入生を待っていた。そして各テーブルの上には寮のシンボルたる旗が吊るされており、右から順に赤い布地に金獅子が描かれたグリフィンドール、明るい緑みの黄の布地に灰色の穴熊が描かれたハッフルパフ、青い布地に鈍い銅色の鷲が描かれたレイブンクロー、そして緑色の布地に銀色の大蛇が描かれたスリザリンとなって並べられている。

 

「見て、マリア。天井素敵じゃない?」

「うん……すごい」

 

 天井の光景に、少女たちは興味を惹かれていた。

 本来ならアーチ状の天井が見えるはずだが、天井は黒い夜空となり満天の星が光り輝く舞台へと魔法により変えられていた。ハーマイオニーはプラネタリウムみたいだと思ったが、生憎と孤児院暮らしでそんなものを見たことも聞いたこともないマリアは感心していた。それと同時に“これが魔法なんだ”と実感した。

 

「これ、どういう魔法なんだろうね?」

「ああ。これは確か、天井をスクリーンとして、頭上の夜を投射しているんだ。だから今見えている満天の星は、外に出て空を見上げれば見ることができる。それ程難しい魔法じゃないから在学中には出来るようになるよ」

「ノエルは………何でも、知ってる?」

「何でもは知らない。寧ろ知らないことの方が多くて、気付かないことの方が圧倒的にある。だからこそ“悲劇(・・)”は二度と繰り返さない」

「……ノエル?」

「いや、待て……俺は、何を言って?」

 

 自らの言葉に、ノエルは困惑していた。

 おそらく無意識に出た言葉だったのだろうが、自分自身で理解できなかった。

 そんな彼にマリアは声を掛けようとして―――歌が、聞こえてきた。

 

――私はきれいじゃないけれど     人は見かけによらぬもの     私をしのぐ賢い帽子

 あるなら私は身を引こう     山高帽子は真っ黒だ     シルクハットはすらりと高い

  私はホグワーツ組み分け帽子     私は彼らの上をいく     君の頭に隠れたものを

 組み分け帽子はお見通し     かぶれば君に教えよう     君が行くべき寮の名を

 

 グリフィンドールは優希を胸に悪を討つ     勇猛果敢たる騎士が進む王道

 ハッフルパフは忠実さと心優しさを宿す     謹厳実直なる学士が歩む雲路

 レイブンクローは知識と機知を友とする     洽覧深識なる修士が赴く道筋

 スリザリンは目的を貫くに手段を選ばぬ     神機妙算たる策士が往く経絡

 

 かぶってごらん―――恐れずに!     興奮せずに―――お任せを!

 君を私の手にゆだね―――私は手なんかないけれど―――だって私は考える帽子!

 

 歌が終わり、やや間を置いて拍手喝采が起こる。

 ノエルの方に集中していたマリアは突然のことについて行けず、それでも周りに合わせてパチパチと手を打ち合わせながら首を傾げていた。彼女は気付いていないが、実は今のは大広間の奥にある教員用テーブルの前にある背の高い椅子に置かれたボロボロな――相当年季の入った古びたとんがり帽子だ。

 

「ではAから順に名前を呼ばれたら椅子に座り、帽子を被りなさい」

 

 どうやら組分けの儀式が始まるようだ。

 一人一人前に出る以上は必然的に注目されることになるのだが、目立つことを好まないマリアとしては避けたかった。しかしここで彼女一人が不満を漏らしたところで状況が変わらず、逆に目立ってしまうことになる。

 なと彼女がそんなことを考えていると、遂にマリアの番が回って来た。

 

「エバンズ・マリア」

 

 名前を呼ばれ、マリアは前へと進み出る。

 静まり返る観衆を意識しないようにしながら、マリアは少し高めの椅子に座って帽子を被った。

 

《成る程、今年は難しい子が多いようだね》

「―――っ」

 

 何処からともなく、声が響いてきた。

 誰、と一瞬焦ったが、直ぐに声が鼓膜を響かせてないことに気が付いた。

 

《さてさて、君は何処に入れたら良いやら?》

「……………」

《うーむ、これはまた難しい。才能だけ視るのなら、間違いなく偉大な者に比肩する。しかし他人を信頼することを忌避し、親しくなった者にも心の内を見せようとはしない。例え他人の屍を踏み越えても同情や哀れみを抱くことはない。悪く云えば臆病でいて残酷だが、大切なものの為に闘う勇敢さもある》

 

 よく見ている。

 確かにこの帽子の言葉は、マリアのことを理解していた。

 

《君は……ご両親が、憎いかい?》

 

 憎い? 自分を捨てた親が?

 そんなこと……考えたことすらなかった。

 どうして置いていったのかと云う疑問はあったが、別にそれ以外には何もなかった。そもそも名前はおろか顔すら知らない相手を、どう憎めというのか。マリアにとって親など、所詮は血の繋がった他人でしかない。

 

《………成る程》

 

 マリアの沈黙をどう取ったのか。

 帽子は独りごちると、そして高らかにスリザリンの名を告げた。

 

「……ありがとう」

 

 思わず、そう呟いてマリアは帽子を脱いだ。

 そしてスリザリン側からの拍手喝采を受けつつテーブルへと向かいながら、マリアはチラッとグリフィンドールの方を向いた。そちらには既に先輩たちに混じっていたハーマイオニーが、ショックを受けたような表情を浮かべているのが見えた。おそらくは折角出来た友達と離れてしまったことへの哀しみだろう。

 何やら後ろ髪を引かれるような感覚がするが、マリアは構わずスリザリン席に座った。

 暫らく組み分けされていく新入生を眺めていると、見覚えのあるプラチナブロンドの髪をオールバックにした少年がマリアの向かいの席に座った。それはキングズ・クロス駅にてマリアが出会ったあの時の男の子だった。

 

「また会ったね。同じ寮に慣れて嬉しいよ」

「……宜しく」

「そうだ。コイツらの紹介もしておこう」

 

 そう言ってドラコ・マルフォイは自分の両側にいる二人の少年を指さした。

 

「右のこっちがビンセント・クラッブで、左のがグレゴリー・ゴイルだ。僕たちの両親が知り合いだったから、ホグワーツに入学する前からの付き合いなんだ。悪い奴じゃないけど、難点は少しおつむが悪いことだな」

「宜しく、マル、フォイ………クラッブ、ゴイルも」

 

 握手を交わし、視線を帽子の方に向ける。

 それから特に問題もなく組み分けはされていき、ネビルはハーマイオニーと同じでグリフィンドールに配属された。後は件の“英雄”や燃えるような赤毛の男の子もまた、グリフィンドールになったがマリアには関係ない話だ。

 そうして遂に最後の一人を迎え、それが見覚えのある白髪だと直ぐに気が付いた。

 

「ルカニア・M・ノエル」

 

 名前を呼ばれ、最後の一人が前へと進み出た。

 家名がLから始まるのにTやWよりも後なことに疑問を感じるが、それ以上にこの場にいる生徒たちの注目はノエルの顔へと集まっていた。何しろ顔の半分以上を奇妙な模様が描かれたアイマスクで覆っているのだから当然だ。マリアも見た限りでは、あのアイマスクには覗き穴のような物は見当たらなかった。

 

《おや、また来たのかい?》

「また? それはどういう意味だ?」

《少しばかり変わっているが、魂に変わりはない》

「どういう……」

《再会を喜びたいところだが、君の道先を決めなければ。何処へ往くかね?》

「それは貴方が決めることだろう?」

 

 まるで選べと言いたげな帽子に、ノエルは返す。

 

《かつては光の中にいるべきと思ったが、結局は失敗だった訳だ》

「かつて? 貴方は俺を知っているのか?」

《なら過去の過ちを繰り返さぬよう、私が導こう》

 

 何を、とノエルが尋ねるより早く、帽子はスリザリンの名を告げた。

 帽子を取りながら心の中では疑念を抱きつつ、ノエルはマリアたちのいるスリザリンのテーブルに向かった。

 

「一緒になったね」

「ああ、そのようだな」

「マリアの知り合いなのかい? 初めまして、僕はドラコ・マルフォイだ」

「ノエルだ。マリアとは……顔見知りかな?」

 

 質問に疑問で返しつつ、握手を交わす。

 新入生の組分けも終わったことにより帽子は片付けられ、やがて校長アルバス・ダンブルドアの挨拶が行われた。その内容はとても独創的なものだったので、新入生はあまりの突飛な挨拶に呆然としたが、在校生や教職員たちは慣れたものらしく、拍手し歓声を上げていた。何は兎も角、歓迎会は始まった。

 ダンブルドア校長の魔法により先程まで空となっていた食器類が、色とりどりなご馳走や飲み物で一杯になっていた。見れば上級生たちは待っていましたと云わんばかりに料理に手を付け、やや遅れて新入生たちも食事を始めた。マルフォイは気品ある食べ方をし、クラッブとゴイルは見た目通りの大食漢らしく両手に違う料理を鷲掴みしながらがっついている。ノエルもマイペースながら確実に食べ進んでいたが、マリアは明らかに遅かった。

 

「凄い、量だね」

「まぁ食い切れない量ではあるな……取り敢えず、奪い合いにはならないから安心してたべろ」

「………うん」

 

 気付かれていた。

 マリアは自分の皿に料理を盛ると、料理に舌鼓しながらも周囲を警戒していた。別に意識してそうしている訳ではなく、無意識の内に料理を“奪われないよう”に気をつけていたのだ。もし彼女の皿に手を伸ばそうものなら、おそらくは握り締めたフォークかナイフにより手の甲を突き刺されたことだろう。

 卑しいと思うかもしれないが、そうしなければならなかったのだ。

 孤児院は経営の関係で贅沢は出来なかったが、食事はきちんと出ていた。しかしロージャーが管理するようになってからは、もはや子供同士による奪い合いが発生した。マリアよりも幼い子供も少なくはなかったが、飢え死にした子も何人も見ていた。情けを掛けなかったのかと考える人もいるかもしれないが、もしそんなことをすれば死んでいたのはマリアの方だ。何より他人を気にするなど余裕のある人間の行動だ。

 

「今すぐに慣れろとは言わん。けど、ここでぐらい食事を楽しめ」

「……楽しむ?」

 

 マリアの感覚からすれば、食事を楽しむものではなかった。

 けれど、ああ確かに……前院長がいた頃は、みんな笑っていた気がした。

 

「………」

 

 それからデザートも食べ終えると、歓迎会も終わりとなった。

 新入生たちは各寮の監督生が引率することとなり、マリアたちはスリザリン寮のある地下へと階段を降っていった。そして地下牢の奥、湿ったむき出しの石が並ぶ壁の一角にスリザリンの寮の入口はあった。

 

「いいか、新入生。ここがスリザリン寮へと通じる扉だ。ここを開けるためには毎回合言葉が必要となるが、これは二週間ごとに入れ替わる。新しい合言葉は談話室の掲示板に張り出されているから確認しておけよ。今週の合言葉は、“選ばれしもの”だ」

 

 ゴゴッと音を立て、壁に隠された石扉が開いた。

 扉を抜けた先には細長く天井の低い談話室となっており、部屋の壁と天井は荒削りの石造りで丸い縁がかったランプが天井から吊るされている。よく見れば壁際にある暖炉には壮大な彫刻が施されている。

 

「奥の螺旋階段を上がった二階から入れるのが男子部屋、女子はその更に上だ。言っておくと男子が女子階に上がろうとすると階段がスロープになって滑り落ちるから気を付けろよ。荷物は部屋に運び込まれてある」

 

 監督生の号令で、新入生は解散となった。

 誰もが満腹感から夢見心地となり、特に談話室に残ることもなく各部屋へと別れた。

 寝室には緑の絹の布掛けがついたアンティークの四本柱のベッドが壁際に沿って計六つずつ置かれており、ベッドカバーは銀色の糸が刺繍されている。天井からは銀のランタンが吊り下げられていて、緑色に燃える炎が灯っている。

 

(ここからボクの魔法への一歩が始まる、か)

 

 自分のベッドに寝転がり、ぼんやりと天蓋を見つめる。

 緊張していたのものあってか、マリアの意識は速やかに闇に沈んだ。

 

 




夜々様、夏季様、蒼介様、AN様、caligula様、主はきませり様、Sun様、西行妖様、ザッフィー様
弑識様、リリルクス様、Lazy様、+ただの+様、涼夜様、穹海様、ピコニャン様、undine様
エクシア00様、アリスの黒猫様、神道司様、弁慶さん様、白クロ月様、LAVANCLE様
霊長類人科モンゴロイドオス様、シルヴィア様、子狐久遠様、だーまん様、爆発美学様
mallow様、ミタさん様、リーチF様、igniz0430様、でかず様、緑縁雪様、@そら様
アーゴット様、空日様、犬井様、隼人様、ぺにー様、邪王心眼様、三角屋根様、真竜様
Sama L様、黒瀬様、多田様、8の字様、抹茶菓子様、いつき3322様、岩チャン様、アルアジフ様
新鮮な鳥頭様、リセル316様、そこにいるだけの存在様、Shupy様、あきぽにょ様、クリシェ様
カゲウス様、なるなるなろう様、紅風車様、リベレーター様、紅ークレナイー様、tknrdv様
ありす٩(ˊᗜˋ*)و様、けん鯨様、ハイジ007様、エビにぎり様、nirvana様、ぷう助様
麦のホップ様、ハガルヘツォーク様、風剣様、鍬形丸様、楽餓鬼様、黒い蓮様、人形柱様
USIWAKA丸様、Lqte様、アングレカム様、蒼い空様、ヨシフ書記長様、かずとさん様、流 龍馬様
オリゴデンドロサイト様、jenwark様、裏訃塔様、きんぴら@山田様、FoolishCoffin様
KYDF様、GP00様、7010様、石の騎士様、りーな13様、カンナヅキ ミレイ様、狩る雄様
飛燕神様、jin(^-^)様、マダオex様、GN-XX様、むそう様、hedwig様、tanken様、痛い人様
batikuma様、レーザーよ永遠なれ様、魁華様、ロジオン様、yude様、朱麗シュリ様、るみあ様
ho-netto様、おタカさん様、リュー@受験生様、汰華盧顧様、C6H2OH(NO2)3様
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拙い作品ではありますが、宜しければ最後までお付き合い下さい。

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魔法薬学の授業

今更ではありますが、新年明けましておめでとうございます。
今年も、宜しければ私の二次創作にお付き合いください。

早速ですが皆さんはご存知ですか? 生ける屍の水薬の材料の花言葉。
アスフォデルはユリ科の植物で、天国に咲く不死の花とされます。「私は君のもの」「後悔」
ニガヨモギは楽園から追放された蛇が這った跡に生える多年草。「離別」「不在」「恋の悲しみ」
まるでスネイプ先生を現したかのような植物ですね。

では、本編をどうぞ。


 新学期の歓迎式から数日が過ぎた。

 ホグワーツにおいて生徒が受ける授業は大きく分けて二種類あり、八つの必須科目と四つの選択科目が存在する。ただし三年生までは選択科目はなく、なのでマリアたちが受ける必要があるのは必須科目だけとなる。

 即ち変身術、薬草学、魔法史、呪文学、闇の魔術に対抗する防衛術、天文学、魔法薬学。

 それから一年次にのみ受講する、飛行訓練となっている。

 

「ひー、ひー……!」

 

 だが、新入生が苦労するのは授業ではない。

 見ての通りホグワーツは古城に幾多もの魔法が掛けられた校舎だ。城というものは内部はとても広くなっていて、幾つもの廊下と階段が設置されている。例えば上に上がる為の階段も廊下の端っこから端っこに作られている。これは敵が攻め込んできた際、簡単に攻略されない為に工夫されたからだ。

 おまけに授業で使う教室は毎回別の場所となっている。

 だから何かの授業で四階に居たとしても、次の授業では地下まで降りなければならない場合も出てくる。なので授業が終わってものんびりとはしていられず、大抵は次の教室に移動してから思い思いに休憩したりする。慣れてくれば時間配分や近道なども分かり、余裕のある行動が取れるようになることだろう。

 しかし、新入生にはまだ無理な話だ。

 となれば授業が終わる度に、新入生は次の教室に急いで向かわなければならない。

 必然、新入生に求められるのは知識や魔法ではなく体力となる。

 

「ぜぇ、ぜぇ………も、もう、無理」

 

 それ故に、マリアは息も絶え絶えになっていた。

 マリアはその特殊な生活環境から同年代の女子よりも小柄で、日々の食事すら満足に取ることができない状態にあった。人が体力作りをする上で資本となるのだが、マリアはその肝心な段階で十分な栄養を摂取できていない。言ってしまえば運動しようにも、運動できるだけの体力も肉体も出来上がっていないのだ。

 

「マリア、一先ずそこに座って休もう。まだ時間はある」

 

 勧められるがまま、廊下に設置されたベンチに腰掛ける。

 呼吸を整えつつ隣に座ったノエルをのぞき見れば、彼も走っていただろうが呼吸は乱れていなかった。男の子だから体力が女の子(マリア)よりあるのかもしれないが、なんだか負けているようでいい気分ではない。

 

「マリアはもう少し体力をつけた方がいいな」

「………うん、遅刻は、いやだ」

 

 授業に遅刻する新入生は実際、何人かはいる。

 その殆どが道に迷ってしまったり、あるいはのんびりし過ぎて間に合わなかったのどちらかだ。

 先日は変身術に遅れてきた男子生徒二名――片方は英雄、もう片方は赤毛――が、「道に迷って遅れました」とマクゴナガル先生に言った際には、「では貴方たちを地図に変えましょうか?」と注意されていた。

 おそらく冗談だろうが、誰も地図にはなりたくはない。

 

「次は……グリフィン、ドールとの合同授業」

 

 最近になって知ったが、グリフィンドールとスリザリンは致命的に仲が悪い。

 いや、他のハッフルパフやレイブンクローの二寮とも仲が良いとは決して云えないが、ことグリフィンドールに関してはそういう次元の問題ではなく、もはや水と油―――不倶戴天の敵といった間柄と云っても過言ではない。

 この理由としてはスリザリンが目的遂行の為なら手段を選ばない狡猾な寮であるのに対し、グリフィンドールは卑怯を忌避して正義や勇気を尊ぶ寮だからだ。客観的に見て、この二つの寮は光と闇のような間柄にある。

 つまり、どう足掻いても相容れぬのだ。

 そんな二つの寮が一緒に授業をすればどうなるか?

 考えるまでもなく、答えは明白だ。

 

「……………」

 

 マリアとしては別にどちらでも構わない。

 個人的に云えば友人のハーマイオニーと一緒に授業を受けられて嬉しいが、かといって露骨に彼女と一緒に居れば色々と言ってくる輩が出てくる。別にハーマイオニーと友人であることを恥じることなど何もないが、これから七年間も過ごす学校でそうなっては生活しづらい。なので普段はあまり必要以上の接触はお互いに避けようと、ハーマイオニーから申し出があった。そう言われてはマリアも無碍にできず頷いたが。

 

「そろそろ移動するか」

「うん……」

 

 呼吸も落ち着いてきたところで、二人は次の教室へと移動した。

 

 

 

 次の授業は魔法薬学だった。

 場所はスリザリン寮からほど近いくある地下牢を改造した教室だ。元は地下牢だっただけあって教室はとても不気味で、光源がロウソクの火だけなので薄暗いのも拍車をかけている。それこそ肝試しで来るような場所に思える。

 そんな教室にはテーブルが間をあけて二列に並べられており、向かって右側がスリザリン、左にグリフィンドールと分かれている。まだ十分前だと云うのに、既に殆どの生徒が席について待っている状態だった。これは魔法薬学の教授であるスネイプ先生が厳しい人だと先輩から聞かされているからに他ならない。

 ノエルの隣に座って待っていると、授業開始のチャイムと同時にバンッ、と音を立てて扉を開け放ったスネイプ先生が、カツカツと靴を鳴らしながら教室に入ってきた。そうして教壇の前に立つなり教室を見回しながら出席を取ったが、ハリーの名前まで来たところで止まった。

 

「あぁ、さよう……ハリー・ポッター。我らが新しい――スターだね」

 

 スネイプ先生は猫なで声でハリーにいう。

 それが決していい意味ではなく嫌味であることは明白だったので、ハリーは顔をしかめた。

 

「このクラスでは杖を振り回すようなことはしない」

 

 そう言って、スネイプ先生は生徒に杖を仕舞わせた。

 魔法薬学についてまだ理解していない生徒たちは、杖を仕舞ってどうするのか疑問を抱いた。

 

「このクラスでは魔法薬調剤と微妙な科学、そして厳密な芸術を学ぶ」

 

 その疑問に答えるように、彼は演説を始めた。

 前半は授業の説明であったが、後半からは生徒を馬鹿にしている内容にも取れた。

 

「ポッター!」

 

 説明が終わるなり、スネイプ先生はキツく叫んだ。

 冷たく見下ろす先生の瞳には、憎悪にも似た感情が揺らいでいるのが見えた。

 

「アスフォデルの球根の粉末に、にがよもぎを煎じたものを加えると一体何が出来るかね?」

 

 突然の質問に、ハリーは戸惑った。

 今までマグルの世界で生きてきた彼には、そもそもアスフォデルというのが何の植物なのかさえ皆目検討もつかなかった。思わず隣に座る親友のロナウド・ウィーズリーを見たが、お手上げらしく首を横に振っていた。そんな彼らの後ろの席に座るハーマイオニーが、高らかに手を挙げているが無視される。

 

「分かりません」

「チッ、チッ、チ……有名だけではどうにもならんらしい」

 

 スネイプ先生は口元で、せせら笑っていた。

 その言葉を耳にしながらマリアは、随分と意地の悪い質問だと思った。彼女の記憶が正しければ質問の内容は教科書の最後の方に記されていたし、何より実際に作るのは六年生になってからの難しい魔法薬だ。つまりこの内容を知っているのは、マリアやハーマイオニーのように事前に教科書を読破している生徒に限られる。

 

「では、もう一つ聞こう。ベアゾール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

「分かりません」

「授業の前に教科書を開こうとは思わなかったのかね、ミスター・ポッター?」

 

 ハリーは俯き、堪えるように握りこぶしを作る。

 その様子にマルフォイたちは身を捩って笑い、他のスリザリン生もクスクスと笑っている。笑っていないのは同じグリフィンドール生と、ノエルとマリアの二人だけだった。

 

「では最後の質問だ。モンクスフードとウルフスベーン、この二つの違いとは何か?」

「分かりません。僕よりハーマイオニーが分かっているみたいですから、彼女に質問してみたらどうですか?」

 

 ハリーは落ち着いた口調で言い返した。

 それにスネイプ先生は不快そうに眉をひそめ、ハーマイオニーを座らせた。

 

「全く話にならんな。では、ミス・エバンズ……君は答えられるかね?」

 

 その一言に、誰もが固まった。

 今にも笑い転げそうだったマルフォイでさえ、目を見開いて驚いていた。

 マリアはどうすべきかと隣にいるノエルを一瞥すると、彼は何も言わず頷いた。

 

「どうだね?」

「……アスフォデルとニガヨモギを合わせることで睡眠薬となり、その強力さから別名“生ける屍の水薬”と呼ばれています。作用が強いので少しでも配合を間違えると、服用者は永遠に目覚めることはありません。

 次にベゾアール石は山羊の胃の中から取り出せる結石のことです。萎びていて茶色いので石と言うより、干からびた内蔵のようにも見えますが、その効能は大抵の薬に対する解毒剤となるので重宝されています。

 最後にモンクスフードとウルフスベーンに違いはなく、どちらも同じ植物です。これは別名をアコナイトとも呼ばれていますが、トリカブトのことを意味します。特徴的な花を咲かせ、根には毒があります」

 

 そこまで一気に話し、マリアは大きく深呼吸した。

 実を言えば普段から流暢に話そうと思えば出来なくはないが、それをすると非常に疲れるのでいつもはトーンを落としてゆっくりと喋っているのだ。実際、あまり喋らずに生きてきたので会話が苦手ではあるのだが。

 

「………どうやら、きちんと教科書は読んでいるようだな。さて諸君……何故彼女の答えをノートに取らんのかね?」

 

 その一言に、一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音がした。

 誰もが先ほどの内容をメモしていく中、スネイプ先生はハリーが無礼な態度をとったとしてグリフィンドールから三点減点し、逆にマリアは想像に反して完璧な回答をしてみせたのでスリザリンに五点加点された。

 

「では授業に戻ろう」

 

 スネイプ先生は二人一組を組ませ、おできを治す簡単な薬を調合させた。

 マリアは席の関係上、隣に座っていたノエルと組むこととなったが、二人とも教科書の内容は覚えていたので順調に調合を続けた。しかしスネイプ先生はお気に入りであるマルフォイ以外の生徒全員を注意して回り、二人のところにも来た。とは言っても軽く指摘された程度で、他の生徒ほど厳しくはなかった。

 

「ぎゃああああああっ!!」

 

 それは突然だった。

 殆どのグループが薬を完成させた頃、地下牢一杯に強烈な緑色の煙が吹き上がり、シューシューという大きな音が広がった。どうやらネビルが一緒に組んでいたフィネガンの大鍋を溶かしてしまったらしく、こぼれた薬品が石造りの床に広がっていき、それを見て生徒たちは慌てて椅子の上に避難した。

 だがただ一人、ネビルだけは逃げ損なっていた。彼は大鍋が溶けた際に跳ねた薬を被ってしまったらしく、肌が露出している部分にはおできが容赦なく吹き出し、痛みにうめき声をあげていた。余りにも状態が酷かったので誰もが顔を背けていた。

 

「馬鹿者!」

 

 スネイプ先生が怒鳴り、杖をひと振りしてこぼれた薬を取り除いた。

 それから机の上に散乱した材料を一瞥してから、スネイプ先生はネビルに追求する。

 

「大方、大鍋を火から下ろさない内に山嵐の針を入れたな」

 

 それは答えを求めての問いではなかった。

 しかし鼻までおできが広がっているネビルはシクシクと泣くばかりで、どうやら調合に失敗してしまったことと、フィネガンの大鍋を溶かしてしまったのがよほど堪えたようだ。これではどうしようもないと思ったらしく、スネイプ先生はフィネガンにネビルを医務室へと連れて行かせた。

 二人の姿が地下牢から出て行くなり、先生はハリーの方を向き静かに口を開いた。

 

「ところでポッター。針を入れようとしたロングボトムを何故止めなかった?それとも彼が間違えれば自分の方がよく見えるとでも考えたのか?」

「なっ、僕は……!」

「グリフィンドールより、更に二点減点する」

 

 それは余りに横暴でしかなかった。

 理不尽さにハリーは反論しようとしたが、ウィーズリーが直前にそれを制した。ここでもし反抗しようものなら、また何かしらの理由をつけて寮から点が引かれる可能性があったからだ。入学して一週間足らずで既に五点も減点されているのだ、これ以上は今後の生活に支障を来たす恐れがあった。ハリーにもそれはわかったので、歯がゆく思いながらも口を閉ざした。

 その後は何事もなく授業は進み、ハリーは友人を連れて早々に教室を出て行った。

 

「ポッターは災難だったな」

「う、ん……」

 

 相槌を打ちつつ、マリアは疑問を抱いていた。

 ネビルが山嵐の針を先に入れた件、グリフィンドールから点が引かれるにしても厳罰対象となるのは組んでいたフィネガンのはずだ。にも関わらず、選ばれたのはハリーだった。フィネガンがネビルと一緒に教室を出て行ったから?

 いや、それを指示したのはスネイプ先生だ。

 つまりスネイプ先生はハリーを罰するために、フィネガンを行かせたと考えられる。とするとハリーはこの一週間でスネイプ先生の機嫌を損ねるような真似をしたのか。あるいはそれ以前に何らかの因縁でもあるのか。他人のことなので詮索しても意味はないと判断して、マリアはお昼を食べに大広間へと向かっていった。

 

 




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滲み出す違和感

平成30年が始まって、早一ヶ月。
時間が経つのが年々早く感じるようになってきました。
同時に、毎年この時期になると寒さをより感じるようになった。
風邪、引きそう……。

では、本編をどうぞ。


 魔法界における移動手段は幾つかある。

 例えば、魔法使いにとってお馴染みの箒や、ドラゴン等の魔法生物に乗って移動する方法。

 例えば、乗用車やバイク、果ては馬車や帆船に魔法をかけて空を移動する方法。

 例えば、定められた時間に、定められた場所に到着できる瞬間移動の魔法。

 例えば、ネットワーク化された魔法使いの暖炉を行き来する魔法薬。

 例えば、特定の場所から姿を消し、別の場所に出現する魔法。

 大体はこんなところだろう。

 さて、そんな中でホグワーツでは魔法使いにとって必須とも言うべき箒を使って空を飛ぶ方法を勉強する。習うといっても魔法使いにとって学ぶべきは他にも沢山あるので、勉強するのは一年次のみとされている。マグルで例えるのなら自転車の乗り方を教わるようなものなので、そこまで授業する必要性がないのだ。

 だからか、それほど不安そうな生徒はいない。

 ………いや、一人だけいた。

 

「……………」

 

 表情は相変わらずの無表情。

 しかし額には薄らと冷や汗が伝い、よく見れば顔色も何処となく悪い。

 

「マリア、大丈夫か?」

「………何が?」

「いや、顔色が悪いぞ?」

「………気のせい」

 

 と本人は否定するが、いつも以上に不健康そうだ。

 何処となく、不機嫌そうにも見える。

 

「もしかして……怖いのか?」

「怖い? ノエル、一体ボクが何を恐れているっていうのさ。何の確証もないのに、勝手に決め付けないで欲しいな。そもそもさ、魔法使いは箒で空を飛ぶものだなんて今時マグルですら信じちゃいないよ。ボクからしたら箒で空を飛ぶなんて正気の沙汰じゃないね。何でって? あんな安全ベルトも何もつけずに空を飛ぶなんて、落ちたらどうするのさ? なに? 万が一に落ちたとしても冷静に対処すれば怪我をすることなく地面に着地できる? ありえないよ。普通はそんな高い場所から落ちたら恐怖心で一杯になって、頭の中が真っ白になって地面に叩きつけられちゃうよ。知ってる? 300メートルの高さから空抵抗を有するボクたちぐらいの重さの物体が自由落下する場合に掛かる時間は、僅か十秒ほどなんだよ? たったそれだけの時間しかないのに、落ちてる人間が対処できると本気で思ってるの?」

「……………」

 

 早口で捲し立てられる。

 普段見ないマリアの様子に、思わずノエルも呆気にとられる。

 

「つまり、ボクは箒に乗ることに何ら意味を見いだせない」

「あー……うん、解った」

 

 どうやら、相当怖いようだ。

 確かに、何の訓練もなく生身の状態で宙に浮けば恐怖心を抱くのも無理はない。

 

「まぁ、考えすぎるなよ」

「………」

 

 そうこうしている間にも、二人を含めたスリザリン生たちは中庭に到着した。

 見上げた空は何処までも続く青が広がっており、時折吹く心地よい風が頬を撫ぜる。こんな天気に飛んだのなら、何処までも飛んでいけそうなくらい気持ちの良い日だった。飛行訓練するには申し分ない天候なことに、マリアは内心悪天候でなかったことを嘆いていた。雨でも降っていれば中止になっていただろうに。

 今日の授業はグリフィンドール生との合同であったが、中庭に先に着いたのはスリザリンが先だった。中庭には既に二十本もの箒が芝生の上に向かい合うように並べられている。棒は所々変色していて先端の方も少しボサボサとした感じが否めないが、それだけ多くの生徒たちに大切に使われてきた証拠だろう。マリアには箒の善し悪しは分からないが、そのことだけは分かった。

 スリザリン生たちは並べられた箒の片側に立って待っていると、少ししてグリフィンドール生たちが姿を現して残っていた箒の列の側に立った。

 そうして待つこと数分後、フーチ先生が現れた。

 

「全員揃っていますね。では、右手を箒の上につき出して、“上がれ”と言ってください」

 

 言われるがまま、全員が一斉に叫ぶ。

 マリアは小さいながらも上がれと言うと、直ぐに箒は飛び上がって彼女の右手に収まった。両サイドにいるノエルとマルフォイも同様らしく、箒を手にしていた。よく見れば一度で箒を手にできた生徒は少なく、大半の生徒の足元で箒は右へ左へとコロコロしていた。やがて全員が箒を上げることに成功すると、今度は跨ぐように指示してきた。スカートがめくれないように注意して跨ぎながら、マリアはこうしているとおとぎ話に出てくる魔法使いのようだと思った。実際、彼女は魔女なのだが。

 

「私が笛を吹いたら地面を蹴ってください。箒を左右にぐらつかないように押さえながら二メートルぐらい浮上し、それから少し前かがみになって直ぐに降りてきてください。いいですね、笛を吹いたらですよ。一、二、さ――」

 

 三の合図で笛を吹こうとした間際。

 極度の緊張感からか、あるいは無事に飛び上がれることへの不安からか、あるいはその両方だったのか。笛の音よりも早く、ネビルが地面を蹴って飛び上がってしまう。紐で引っ張られるように昇っていく。

 

「こら、戻ってきなさい!」

 

 フーチ先生の大声をよそに、ネビルの箒はどんどん上昇していく。どうやら箒を上手く制御できていないのか、彼は今までに感じたことのない高さに顔を真っ青に染め、声にならない悲鳴を上げていた。高度が五メートルに差し掛かった頃、遂にバランスを崩してしまい、箒から放り出されて真っ逆さまに地面へと落ちていく。そうして大きな音を立ててネビルは芝生の上に落ちてしまい、誰もが言葉を無くし辺りは静まり返った。

 やがて呻き声が聞こえてきたところで、顔を真っ青にしていたフーチ先生が駆け寄って容態を確認した。

 

「良かった。手首が折れただけですね」

 

 その言葉に、誰もがホッとした。

 フーチ先生は痛がるネビルを立たせると、医務室へと連れて行く事を告げる。

 

「それと、誰も動いてはいけません。もし勝手に箒を使って飛ぼうものなら、冬休みを迎える前にホグワーツから出て行ってもらいますからね」

 

 そう言い残し、医務室へと向かった。

 ふたりの姿が完全に見えなくなったところで、マルフォイが笑いだした。

 

「アイツの顔、見たか? あの大マヌケ」

「止めておけ、マルフォイ」

「何だ、ルカニア。アイツの肩を持つのか?」

「そうは言ってないが、陰口を叩くものじゃないと言っているんだ……ん?」

 

 と、そこでノエルが何かを見付けた。

 拾ってみれば、それは白い煙のようなものが詰まった――テニスボールほどの大きさをした硝子玉だった。それはネビルが今朝、祖母からふくろう便にて受け取っていた「思い出し玉」と呼ばれる代物だ。これを持っていると何かを忘れていた場合、中の煙が赤色になって教えてくれる。ただし忘れているのを教えてくれるだけで、具体的に何を忘れたかは不明なままだ。役に立つかどうかは定かではないので持っている人は多くはいない。

 ジッと眺めていると、煙が白から赤へと変化していく。

 

「ルカニア! それを返せ!」

「ポッター……これは、お前のものか?」

「違う。それは……ネビルのものだ」

「そうか。解っ――マルフォイ」

 

 放ろうとしたノエルのてから、マルフォイが横取りする。

 いつも通りの意地悪な笑みを浮かべながら、マルフォイは手にした思い出し玉を高々に持ち上げて観察する。赤色だった煙が元の白色へと戻っていく様が見える。

 

「マルフォイ、それをこっちに渡せ」

「ふんっ………それじゃあ、後でロングボトムが取れる場所に置いておくよ。そうだな、木の上なんてどうだ?」

「それを渡せったら!」

 

 ハリーが飛びかかるも、ヒラリと避けてマルフォイは箒に跨った。

 そうして慣れた様子で飛び上がると、姿勢を維持したまま高度を上げて先ほどのネビルと同じぐらいの高さにて止まった。

 

「ポッター、ここまで取りに来いよ」

 

 それは明らかな挑発であったが、ハリーはそれに乗った。

 マルフォイと同じように箒に跨ると、周囲の制止を無視して地面を強くけって飛び上がる。初心者らしく不安定であったものの、きちんと体制を維持したまま高度を上げる。

 

「マルフォイは兎も角、ポッターも素質があったのか」

「どうかしたの、ノエル」

 

 隙を見てハーマイオニーと話していたマリアが近付いて来る。

 どうやら騒ぎを聞きつけ、こちらに来たようだ。

 

「ああ、あそこを見てみろ」

「………何してるの、あの二人は?」

 

 見上げたマリアは眉をひそめる。

 

「んー、ネビルが落とした物の争奪戦……と言ったところか?」

「くだらない。先生に見付かったら怒られるのに」

 

 呆れた様子で呟く。

 面倒を起こすのは構わないが、自分を巻き込まないでくれ。

 そう言っているように聞き取れるが――。

 

「マリアはどうする?」

「……放っておけば、いいと思う」

「そうか。なら――何で“箒に跨って”いるんだ?」

「え―――」

 

 言われて、マリアは初めて気が付いた。

 いつの間にか手にしていた箒に跨っており、いつでも飛び上がる準備をしていた。

 おそらくノエルに止められなければ、自分は今頃地を蹴って飛び上がっていたことだろう。

 

「な、んで……」

 

 分からない。理解不能だ。

 

「一先ず、箒から手を放しておけ」

 

 言われるがまま、箒を掴んでいた手を放す。

 トサッと軽い音を立て、箒は芝生の上に落ちた。

 

「どう、して……ボクは」

 

 しばらくの間、マリアは呆然としていた。

 その後、マルフォイが投げ捨てた硝子玉を曲芸じみた動きでもって回収したハリーは中庭に現れたマクゴナガル先生により連れて行かれ、戻ってきたフーチ先生は既に事情を聴いていたのか特にハリーが不在なことを気にした様子もなく授業を再開した。最初は簡単な上昇と下降の基礎を繰り返したが、残り十分ほどを自由に飛行することを許された。とは言っても十五メートルほどの高さまで昇ったりしていた。

 

 




マリアは別に高所恐怖症ではありません。
誰だって幾ら下が河だとしても、紐無しでバンジーなんてやりたくないのと同じです。下手したら水面に身体を叩きつける羽目になります。
突然ですが、来月は仕事の関係で投稿ができないかもしれません。出来れば一回は投稿したいですが、わかりません。
ちょっと時間が足らないので、後書きも急ぎ足です。
すみません

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An anathema

お久しぶりです。約一ヶ月ぶりの更新です。
言い訳をさせてもらえれば、暫らく出張で出掛けていて手元にパソコンがない状態でしたので執筆ができませんでした。スマホでも閲覧等はできますが、流石に執筆だと感覚が違うので私はできません。

では、本編をどうぞ。


「……………」

 

 人気のないスリザリンの談話室。

 その一角で、マリアは椅子に座りながらぼんやりと新聞を眺めていた。しかし彼女が新聞を読んでいないことは、一時間以上も同じ見出しを見ていることから直ぐに分かる。更に顔を見れば焦点も新聞には合っていない。

 何やら考え事のようだ、それも相当な。

 

「……あの時ボクは、何故」

 

 彼女が頭を悩ませているのは、今日の自らの行い。

 マルフォイとハリーの二人が授業の最中に言いつけを破って勝手に箒を使って飛んだ時、マリアは何故か箒に跨ってそれを止めようとしていた。確かにフーチ先生から勝手に箒に乗れば退学と警告を受けていたのだから、マルフォイを止めようとしたのではと考えるのが自然。しかしあの場において、退学する危険性が高かったのはマルフォイよりもハリーの方だ。

 マルフォイは純血の名家の子息であり、父親はホグワーツの理事も務めている。つまり息子が何か不祥事を起こしたとしても、金と権力でもって揉み消すことは容易。汚いかもしれないが、これもまた事実なのだ。

 対してハリーには何もない。確かに闇の帝王を打ち破った英雄かもしれないが、言ってしまえば彼にはそれしかない。強力な後ろ盾がある訳でも、上に意向に意見出来るだけの権力も財力も何も持ってはいない。

 例えネビルの持ち物を取り返そうとしたとして、挑発に乗って箒に乗ったのは事実。

 となれば、マリアはハリーを助けようとしたとも考えられる。

 

「ボクが、ポッターを?」

 

 それはあまりに不自然だ。

 別にハリーと親しい訳でもなく、そもそも話したことすらない。

 

「分からない……何で、ボクは」

 

 幾ら考えたところで、答えは出ない。

 湧き上がる不快感を振り払おうと、マリアは目の前の新聞に視線を落とした。

 

「グリンゴッツ銀行に……強盗?」

 

 その見出しに、マリアは眉をひそめた。

 前にノエルから聞いたが、グリンゴッツに強盗に入るような魔法使いはいないと。

 あらゆる金銀財宝が手に入る可能性と自分の命を天秤に掛ければ当然の選択だ。無論、中には危険を冒してまで富を得ようとする者もいるだろうが、あの銀行には死ぬよりも恐ろしい呪いの仕掛けが山ほど用意されているらしい。

 

「でも失敗している」

 

 記事によれば、事件が起こったのは今から一ヶ月以上も前。

 それは奇しくも7月31日、マリアの誕生日だった。全くの偶然だろうが、自分が生まれた日に強盗が銀行を襲っていたと思うと何だか嫌な気分になる。しかし幸いにも、どうやら強盗が襲った金庫は既に空だったらしく、労力に見合うだけの成果を得られなかったようだ。

 

「犯人は一体、何が欲しかったんだろう……」

 

 単純に金銭なら、他の金庫を襲えばいい。

 それすらせず撤退したのは、追っ手が迫っていたからなのか。

 あるいは、狙っていた物が“唯一無二”だったのか。

 

「グリンゴッツは魔法界で一番安全な保管場所。そこが襲撃されるのを予期して事前に持ち出したんだとして、次に持っていくのは何処になるんだろう。前にノエルからそれっぽいことを聞いた気がするけど……」

 

 何だったか。

 と思い返していると、スリザリンの談話室に誰かが入ってきた。

 

「ノエル。随分と遅かったね?」

 

 戻ってきたのは夕食の後、姿を消していたノエルだった。

 

「ああ、マルフォイがまた何か企んでいたみたいだからな。調べてた」

「マルフォイ? 彼ならさっき、意気揚々と部屋に戻っていったよ?」

「だろうな」

 

 頷いて返し、ノエルはマリアの向かいに座った。

 事情がよく分からず、ぐいっと身を乗り出してマリアは訪ねた。

 

「マルフォイはポッターに決闘を申し込んだんだ。今夜、トロフィー室でだ」

「え、トロフィー室でならもう出ないと間に合わないよ?」

「アイツに行く気はない。ポッターは罠にかけられたんだ」

「どういうこと?」

 

 よく分からず首を傾げる。

 おそらく件の英雄とその友人はマルフォイとの決闘を果たすため、言われた通りに深夜に寮を抜け出してトロフィー室に赴くだろう。だが幾ら待とうともマルフォイは姿を現さず、それを知らずに待っていればマルフォイが用意した誰か――生徒を罰せられる教職員がトロフィー室を訪れて彼らを発見することになるだろう。

 そうなれば必然、規則を破った彼らは例外なく罰せられる。

 グリフィンドールからの減点。更に悪ければ退学だ。

 

「ふーん、そうなんだ。けど、ボクには関係ないね」

 

 そう言って席を立つ。

 歩き出した彼女の腕を、ノエルは椅子に座ったまま掴む。

 

「……待て。何処へ行くつもりだ?」

「何処って、部屋に帰って寝るつもりだけど?」

「ほう? なら、何で“出口に向かっている”んだ?」

「え……あれ?」

 

 言われてみれば、確かにマリアの足は階段とは反対側に向いている。

 このままノエルに止められなければ、無意識に寮から出て行っていたことだろう。

 

「ま、また……何で?」

「これで二回目か………お前、魔法を掛けられているな?」

「ま、ほう……?」

 

 それは、どういうことなのか。

 言葉の意味を訊ねるより早く、ノエルはマリアを残して部屋へと駆け上がっていく。残された少女はどうしたものかと考えていると、それほど時間を置かずノエルが何やら救急箱のような物を持って戻ってきた。

 

「何、それ?」

「これは道具等に掛けられている魔法の度合いを図る物だ」

「え、何でそれを?」

「マリア。端的に言って、お前は呪われている。いつなのかは知らないが、何処かの誰かにそうなるよう魔法か魔術を掛けられたんだ。確認するが、身に覚えはないな?」

「う、ん……ないよ」

 

 話をする傍ら、ノエルは慣れた手付きで準備を進める。

 詳しい作業は分からないが、何やら試験管に水や粉末を幾つかを混入し攪拌する。

 

「よし、出来た。マリア、ここに血を三滴ほど入れてくれ」

 

 さも当然のように小刀を差し出してくる。

 普通の女の子なら怖がるところだが、マリアは特に気にせず指先を軽く切りつける。小刀を鞘に収めてから滲んできた血を、ノエルの持つ試験管に垂らす。試験管の中身を慎重にかき混ぜながら木箱へと小刀を戻す。

 

「これで中身は化学反応を起こし、すると水の色が変化するんだ。例えば人体に対して何ら害がなければ白色となり、軽度な呪いならば青色、危険な魔法や闇の魔術は赤色となる。さてと、そろそろ水の色が変化するぞ」

 

 試験管の中身は―――黒く変化(・・・・)していた。

 これが何を意味するのか分からずマリアは首を傾げ、ノエルは険しい表情を浮かべていた。

 

「ねぇ、これどういうこと?」

「………マリア、魔法は永遠ではないことは知っているな?」

「え、うん。フリットウィック先生が言ってたから覚えてるよ」

 

 魔法は永遠ではない。

 どれほど素晴らしい魔法でも、強力な呪いでも時間が経てば効果は徐々に薄れていく。別の魔法が当たろうものなら効果が失われる場合もある。例えば空飛ぶバイクや車があったとしても定期的に魔法をかけ直す必要があるのだ。例えば二十世紀を代表する偉大なる魔法使い-アルバス・ダンブルドアをもってしても不可能なのだ。

 希にだが、永続的に魔法が続く代物も存在するが。

 

「それが、どうかしたの?」

「マリア、確かにお前は呪われている。それも極めて厄介――これは呪詛だ」

「呪詛?」

 

 聞き覚えのない言葉だった。

 魔法に魔術、呪いなら散々耳にしたが、それは聞いたことがない。

 

「魔法使いは強い恨みや未練を胸に秘めたまま死ぬと、その間際に放たれた魔法は異常な程の魔力を得て強く残る。本来なら一時的なものが、憎悪や執着の対象へしがみついて離れなくなる。これを俗に――呪詛と言う」

 

 あまりのことに、言葉を失う。

 どうして自分が呪詛とやらを掛けられなければならないのか。

 自分が世界一不幸などと傲慢にも思ったことはないが、これはあんまりではないか。

 もしこの世界に神様が実在するのなら、どうして自分にばかりこんな辛い目に遭わせるのか。

 

「……………」

「マリア、残念ながら今の俺ではお前の呪いは解けない。解呪の方法を調べるとしても相応の時間が掛かることだろう。だが、決して手がない訳じゃない」

「………え?」

「手元にはないが、実家に呪いの効果を弱める道具があった。それを持っておけば、今後何か起こったとしても無意識に引っ張られる心配はなくなる筈だ。気休め程度でしかなく、装着中は魔法の効果が弱まる」

 

 それは闇に差し込む一条の光。

 儚いものだったが、マリアにとっては十分だった。

 

「それでもいい。抑えられるなら何でも構わない」

「……解った。次に帰省する時に取ってくる」

「分かった。待つ」

 

 帰省できるのはクリスマス。

 まだ何ヶ月かあるが、気を付けていれば耐えるのは容易だ。

 この日、マリアは久しぶりに晴れやかな気持ちで眠りに就いた。

 

 




久しぶりにポケモンに手を出してみました。
ウルトラサンですが、何だか仕様が昔と違っていて困惑するばかり。ポケモンのタイプ等もさる事ながら、見た目が変化しすぎじゃないですかね? いや、ロコンやサンドみたいのは別にいいんですが、ゴローニャのあの髭は何!? ブーバーンなんかあれ、完璧にデ○デ○王だよ!
色々と変化したポケモン世界についていけない、私。

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ハロウィンの夜

今話で早くも11話目。
前作だと、一章が大体10話ぐらいで終わっていたので変な気分です。
まぁ、一つの話の文字数を以前の半分ぐらいにしたのだから当然ですか。
果たして章を完結させるのに何話費やすことになるのやら。

では、本編をどうぞ。


 ハロウィン、あるいはハロウィーン。

 元々ケルト人の間では一年の終わりは10月31日と考えられており、この夜は夏の終わりを意味するのと同時に冬の始まりでもあった。死者の霊が家族を訪ねてくると信じられ、時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、焚き火を焚くことにより魔除けを行っていた。

 しかし現代では宗教的な意味合いは失われつつあり、一般的な家庭ではカボチャの中身をくり抜いて代わりに蝋燭を立てた「ジャック・オー・ランタン」を作ったり、魔女やお化けに仮装した子供たちが家々を訪ねてお菓子を貰ったりする民間行事となっている。因みに家を訪れた際には家主に対して『お菓子か悪戯か(Trick or treat)』と唱える。

 

「――という訳だ。分かったか?」

 

 そう説明し終えたノエルは一度話を切る。

 年間行事の一つに数えられるハロウィーンは今時の子供は勿論のこと、人と接さず山の中で育ってきたノエルでさえも内容ぐらい知っている。しかし、ここにおいて唯一の例外とも云うべき少女が一人だけ混じっていた。

 

『ねぇ、ハロインって何?』

 

 云うまでもなく、マリアのことだ。

 彼女とて十月の終わりに何やら魔女やお化けの仮装をした子供たちが夜に出歩いていること自体は孤児院の窓から見て知ってはいたが、それが何を意味しているのかは知らずにいた。一度だけ院長のロージャーに訊ねた時には、「あれは子供を誑かす悪い大人の策だ」と聞かされて決して参加することを許されなかった。その言い分を信じていた訳ではないが、自分には関係ないと思って特に気にしていなかった。

 しかし幾ら興味がなかったとは云え、食べることが何よりも大好きなクラッブやゴイルならいざ知らず、他の生徒まで朝から何処か浮き足立っていれば気にはなる。だからこそ、授業が自習になったタイミングで訊ねることにしたのだ。

 因みにマルフォイたちも話を聞いていたが、彼らではダメだった。

 

『ハロウィーン? 仮装する日だな』と、マルフォイ。

『ハロウィンはお菓子を貰える日だよ!』と、クラッブ。

『お化けの格好でイタズラが許される日だね』と、ゴイル。

 

 どれも間違ってはいないが、断片的過ぎた。

 そこで白羽の矢が立ったのがノエルな訳だが、気付けばハロウィーンの起源などを教室の前に出て全員の前で説明する羽目になっていた。幸い(?)なことに教室にいるのはスリザリン生だけなのだが、どうしてこうなったのか。

 ハロウィーンの当日に、何をやっているのだか。

 そんなことを考えている間に授業は終わり、皆が待ちに待ったハロウィーンのご馳走を食べに大広間へと向かっていった。スリザリンのテーブルにていつものように五人集まって座り、宴が始まるのを待っていたマリアはふとグリフィンドールの席を見たことで気が付いた。

 

「ハーマイオニーが、いない?」

 

 友人のハーマイオニーの姿が何処にも見当たらない。

 特別な用事でもない限りは生徒は基本的に夕食に出席するが、もしかしたらハーマイオニーのことだから図書館で調べものか勉強でもしているのかもしれない。同じ寮生ならば情報は直ぐにでも入ってくるのだろうが、生憎と二人はスリザリンとグリフィンドールという敵対する寮にそれぞれ属している。なのでこういうとき、互いに意思疎通が出来るような魔法か道具があったら便利だなと思わずにはいられない。

 

(……今度調べてみよ)

 

 そして校長が挨拶をし、金色の皿に乗ったご馳走が出現する。

 始まった宴に誰もが我さきにと料理を皿によそっていた丁度その時、大広間の扉を勢いよく開け放ってクィレル先生が全速力で飛び込んできた。いつも何処かおどおどとしていたが、今はそれ以上に恐怖で顔が引きつっていた。大広間にいる誰もが何事かと見詰める中、クィレル先生はダンブルドア先生の席の前まで駆け寄ってきて息も絶え絶えに口を開いた。

 

「と、トロールが……地下室に………お知らせしなくては」

 

 とまで言った所で先生は意識を失った。

 一瞬の静寂の後、大広間は混乱する生徒たちにより大パニックとなった。下級生などは悲鳴を上げながら逃げ出さんと扉へと殺到するが、大広間の扉の前は大渋滞を起こす。怪我人が出かねない状況の中、ダンブルドア校長は杖の先から紫色の爆竹を何度も爆発させることで、ようやく生徒たちを落ち着かせる。

 

「監督生よ、直ぐに自分の寮の生徒を引率して寮に帰るのじゃ」

 

 重々しい校長の言葉に、各寮の監督生は直ぐに行動に移す。

 我関せずといった様子で食事を続けていたノエルとマリアも他の生徒に習って席を立つ。ぞろぞろと自分たちの寮へと戻らんと生徒たちは移動する中、最後尾を歩いていたマリアは突然の腹痛に足を止めた。

 

「うっ……拙い」

 

 マリアはその感覚を知っていた。

 先ほどまで平然としていたマリアの顔が、血の気の失せた真っ青へと変わっていた。

 これまで数え切れないほど感じてきたそれ―――尿意だ。

 スリザリンの寮までは普通に歩いて十分ほどだが、現在の混雑状況だと軽く倍は時間が掛かってしまうだろう。ハッキリ云ってそこまでトイレを我慢できる余裕はない。ここから一番最寄りの女子トイレにだったら急げば五分と掛からない。

 

「……背に腹はかえられない、か」

 

 既に列から離れていたのもあり、マリアは女子トイレへと向かった。

 

 

 

 人気のない廊下を、マリアは小走りで進む。

 避難の指示が出ているのに単独行動を他の寮の監督生や先生に見つかっては面倒なので、出来るだけ物音を立てないように廊下を進んでいく。幸いにも誰にも見付かることなく、マリアはトイレにたどり着くことが出来た。

 

「ふぅ……」

 

 一番奥の個室に入り、いざ用を足そうと下着に手をかけて。

 

(あれ、何か急に悪臭が………)

 

 まるで汚れた靴下と、掃除をしない公衆トイレの臭いを混ぜたような悪臭だ。これがマグル界にあるトイレならいざ知らず、このホグワーツで清潔が保たれていないトイレはない。ならばこの臭いは何処から来たのか。マリアが臭いの正体に気付くよりも早く、今度はヴァーヴァーという耳障りな音が響いてきた。

 

(何か……いる!)

 

 個室の扉の向こう、得体のしれない何かがいる。

 そっと屈んで扉の下の隙間から覗き込んでみれば、二つ挟んだ向こうの個室に女子生徒の足が確認できる。そしてもう一つ、入口の方にコブだらけの平たい足が見える。マリアは咄嗟に、それがトロールだと気が付いた。

 地下室にいる筈のトロールが上の階、それも女子トイレに入ってきたのか。

 いや、この場において理由などどうでもいい。

 問題なのは、如何にして気付かれずにやり過ごすかだ。

 

「あ……っ!」

 

 そう考えていると、女子生徒が個室から出てしまった。しかし直ぐにトロールに気が付いたのか恐る恐る後退り、急いで先ほどまでいた個室へと逃げ込み屈んだ。まるで頭を守るような体制に気付き、マリアも慌てて頭を抱えた。

 ズガァッンと音を立て、木製の衝立が破壊される。

 マリアのいる個室までは届かなかったが、どうやらトロールがトイレを破壊したようだ。

 

「きゃあああああっ!!」

「えっ、ハーマイオニー!?」

 

 襲われた女子生徒は、友人のハーマイオニーだった。

 ハーマイオニーも声が聞こえたのか、バッと顔を上げてマリアの方をみた。

 その顔は恐怖に青ざめており、瞳には涙を浮かべていた。

 

「ハーマイオニー、こっちに!」

 

 その言葉に、ハーマイオニーは必死になって動いた。ほふく前進するかのように、個室と個室を隔てる敷居の下にある僅かな隙間を這って移動する。幸いにも十一歳という小柄な体躯のおかげで何とか通れていた。

 その間にもトロールは構わず、その手にした巨大な棍棒を振り回す。二撃目で五つあった個室の壁は全て破壊し尽くされてしまう。それまでには何とかハーマイオニーはマリアの所まで辿りつけたが、逆に云えば追い詰められたのだ。

 初めて目にした怪物を目の前に恐怖し震え、ハーマイオニーは自分よりも小柄な少女の身体に必死になってしがみついた。そんな彼女を安心させるようにマリアは抱きしめ返し、間抜けな表情でこちらを覗き込んでくるトロールを見据えた。

 

「死ねない……こんな場所で、死んでたまるか」

 

―――ならば、どうする?

 

「抗う……最後まで、諦めない!」

 

―――では、行動するのだ!

 

「ルーモス――マキシマ!!」

 

 杖を引き抜き、間髪入れずに呪文を唱える。

 杖先からは強烈な閃光が放たれ、至近距離でそれを直視したトロールは顔を押さえながら後ろに下がった。視界が灼かれたことに悶え苦しみ、突然五感の一つを奪われたことへの混乱から適当に棍棒を振り回す。

 マリアは咄嗟に目を瞑って顔を逸らしたので、視界がぼやける程度で済んだ。

 

「ほら、立って! 逃げるよ!」

 

 ハーマイオニーの手を引き、何とか立たせる。

 足元に転がる個室の残骸に足を取られないように気を付けながら、トロールから逃げようとトイレから出ようとしたタイミングで誰かが突入してきた。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 何とかぶつかるのは避けられた。

 女子トイレに入ってきたのは眼鏡をかけた男の子と、赤毛の男の子だった。

 

「ハリーっ、ロン!」

「ハーマイオニー! 良かった、無事だったんだね!」

「二人共、どうしてここに……」

「君が心配で探しに来たんだ!」

「えっ、そうなの?」

「歓談中のところ申し訳ないけど、早く逃げないと……!」

 

 その時、耳を劈くような咆哮が響いてきた。

 思わず身をすくめて振り返ってみれば、どうやら視界が回復したらしいトロールが怒りに目を血走らせながらマリアたちのことを見据えていた。怒っている、それも半端じゃないほどに。殺意を漲らせている。

 ずしんっと音を響かせ、トロールが一歩を踏み出す。

 

「拙いよ、完全にキレてるよ」

「ボクが合図を出したら、三人とも全力で走って逃げるよ」

「合図って、いつさ?」

「今!」

 

 マリアの号令に従い、四人は同時にトイレから飛び出した。

 無論、獲物を仕留めんとしてトロールもまた全力で四人を追いかけ始めた。

 

 




今回はちょっと半端ですが、前後編に分けさせて頂きます。
はてさて、暴走状態のトロールから四人は無事に逃げ延びられるのか。
そして、マリアが耳にしたあの声の正体とは。

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One must draw the line somewhere.

注意、今回はR-18に近い表現が含まれます。
R-15のタグは付けていますし、私としても大丈夫だとは考えています。
ただ人によっては不快に感じられるかもしれないので、場合によってはトロールを倒した辺りで飛ばしてしまった方が良いかもしれません。

では、本編をどうぞ。


 人気のない廊下を、四人の少年少女が駆け抜ける。

 必死に走りながら後ろを振り返れば、ほんの十メートルも離れていない距離には無骨すぎる棍棒を振り回して廊下に置かれた装飾品や床の大理石を砕き、目から殺意を溢れさせながらトロールが駆けている。もし追い付かれようものなら、問答無用でその棍棒で薙ぎ払われ、象のように巨大な足でもって踏み砕かれることだろう。

 故に、四人とも決して速度を緩めない。

 それが即ちに、自らの死へと直結すると理解しているからだ。

 だが――。

 

「ど、どこまで、走ればいいのさ!」

「分かんないよ、そんなの!」

「兎に角、死にたくなかったら走りなさい!」

「も、もう、限界……」

「マリア、頑張って!」

 

 四人とも、体力が限界に近かった。

 彼らはまだ11歳の子供、それも特別な訓練をしていた訳ではない。それもあんな化物に襲われているのだから、精神的にも追い詰められていた。その中でマリアが根を上げているが、他の三人も似たような状態だった。

 それでも走り続けて三度目かの角を曲がった時のことだ。

 

「むっ、マリア。ようやく見付けたぞ」

 

 そこにいたのは、ノエルだった。

 どうやらマリアがいないことに気付き、わざわざ探しに来たようだ。

 

「早く戻…………おい?」

 

 廊下の真ん中に立つノエルの両脇を先ずは少年二人が駆け抜け、続いてハーマイオニーとマリアもまた立ち止まることなく素通りする。あまりのことに唖然とし、ノエルは振り返って首を傾げて四人の動向を伺った。

 

「貴方も早く逃げて!」

「逃げるって、何から………」

 

 そう答えながら視線を前に戻せば、今まさに怪物が廊下の角を曲がってきた。

 それで自体を把握したノエルもまた方向転換し、全速力で前を走る四人の後を追った。

 

「お前ら! 何をどうしたらトロールに追われるんだ!?」

「仕方ないだろう! ハーマイオニーが襲われてたんだよ!」

「アイツ、ブチギレてるぞ! 何をした!?」

「ぼ、ボクが、極光で目を焼いたの」

「そんなことしたら、誰だって怒るわ!」

「今はそんなの後回しよ! それより、どうやって逃げるか考えないと!」

 

 ハーマイオニーの言葉は最もだった。

 ここでマリアを責めたところで状況が打開される訳もなく、ならばそんな余計なことに労力を割くぐらいなら生き延びる為の手立てを探したほうがずっとマシだ。かといって、妙案がポンと出てくれば誰も苦労しない。

 

「次は、どっち!?」

「次の角を左だ!」

 

 先頭を走る赤毛の男の子の先導で五人は走る。

 だが、その選択が誤りであったことを彼らは直ぐに気付いてしまった。

 

「しまった、行き止まりだ!」

 

 闇雲に走っていた結果、彼らは逃げ場を失った。

 向かう先は袋小路の行き止まり、引き返そうにも直ぐ後ろには怪物が迫っていた。

 

「ど、どうしよう!?」

「そこの教室に入れ、早く!」

「ダメだ。鍵がかかってる!」

「退いて! アロホモラ!」

 

 メガネの少年を押しのけ、ハーマイオニーが魔法で鍵を開ける。

 五人は急いで教室に入って閂をかけたところで、ようやく五人はひと安心した。一般的にトロールは低脳なので、廊下に誰もいないとなれば簡単に見失ったと判断して別の方向へと向かうことだろう。

 

「ふぅ……アロホモラって?」

「基本呪文集の第七章、鍵を解錠する呪文よ」

「でも、これでやり過ごせるよ」

「そうだな……っと、来たみたいだ。全員、物音を立てるなよ?」

 

 息を潜め、耳を欹てれば廊下を歩くトロールの足音が聞こえてくる。

 のしのしと歩みながら五人を探しているのが壁越しに感じられ、もし物音一つでも立てようものなら如何にトロールと云えど気取られてしまう。そのことに戦々恐々しながら早く諦めて去ってくれと願っていると、それが通じたのか、トロールが踵を返して去ろうとしている足音が聞こえてきて何人かが安堵した。

 まさに、その瞬間。

 

 

 ポトッ。

 と何の因果か、一匹の子グモが赤毛の少年の手の平の上に落ちてきた。

 実は彼は今よりも幼い頃、お気に入りだったテディ・ベアを実兄の悪戯により大きな蜘蛛へと変えられたことがあった。その時の経験はそのままトラウマとなり、五年以上たった今でも彼は大小問わず生きた蜘蛛が大の苦手だ。

 つまりは――。

 

「ひっ、うわああああっ!」

 

 大声を上げて飛び上がり、手の上の蜘蛛を弾き飛ばした。

 突然の凶行に他の四人は驚いたが、問題はそうではなかった。

 

「バカっ、そんな声を出したら――」

 

 ノエルが言いかけた瞬間、教室の扉が外から破壊された。

 砕かれ飛散する扉の残骸の向こうには、妙に目だけを光らせた怪物が彼らを見据えていた。

 

「前の扉から――早く!」

 

 五人は慌てて前の扉から逃げようとしたが、それを察したのか、それとも単なる偶然なのかトロールが弾き飛ばした机が障害物となって戸の前を封鎖してしまった。こうなってしまえば逃げ道はたった一つ――トロールの背後にある出口のみ。

 しかし、今のトロールの隙をついて逃げるのは至難。

 かといって戦おうにも、彼らが覚えているのは魔法の初歩の初歩のみ。

 こうなっては恐怖に震えながら、先生たちが駆けつけてくるのを祈るしかない。

 

「………手を拱いている暇はない、か」

 

 だが一人、違う人物がいた。

 ノエルは他の四人とは異なり、異様なまでに落ち着きを払っていた。

 まるで、目の前にいる怪物など存在していないかのような冷静さを見せている。

 

「四人とも、今すぐ目を閉じて屈んでろ。俺がいいと言うまで決して顔を上げるな」

「な、何を一体――」

「死にたくなかったら従え!」

 

 静かに、それでいて反論を許さない声が響いた。

 四人は言われた通りにその場に屈んで目を閉じた。

 

「――エマンシパレ」

 

 それは聞いたことない呪文だった。

 続けて、まるで縛られていた何かが解かれるような衣擦れの音が聞こえてきた。

 

 

 “蛇よ、絡み付け”

 

 

 微かにだが、そんな言葉が耳に届いた。

 その直後、ズシンッと重たい何かが落ちたような音と振動が伝わってきた。

 

「……もういいぞ」

 

 恐る恐る顔を上げてみれば、そこには倒れたトロールの姿があった。

 先程まで大暴れしていたのが嘘のように、まるで石像にでもなったように動かない。

 

「な、何をしたの……?」

「少し麻痺させただけだ。三十分もすれば動き出す」

 

 アイマスクを直しながらノエルが答える。

 そこへバタバタと慌ただしく何人かの人物が教室に踏み込んできた。先生たちだ。

 おそらく情報通りに地下に向かった後、トロールがいないことに気が付いて上まで探しに来たのだろう。そして先ほどの物音を聞きつけて、ここに駆けつけたのだ。先生たちは先ず倒れているトロールを見てぎょっとし、続けて傍にいる五人の生徒の存在に気がついた。クィレル先生が情けなくひーひー言うのを尻目に、マクゴナガル先生はずいっと前に進み出て五人を睥睨した。

 

「一体全体、あなた方はどういうつもりなんですか?」

 

 それは冷静ながら怒りに満ちた声だった。

 明らかにマクゴナガル先生はこの場に五人がいることを怒っている。

 

「実は、その……」

「先生、これには事情が……」

「どのような事情だったのか、納得できる物を聞かせない」

「マクゴナガル先生。彼らは……私を助けに来てくれたんです!」

「ミス・グレンジャー? それは、どういう意味ですか?」

 

 驚いた面持ちで、先生はハーマイオニーをみた。

 

「わ、私がトロールを探しに来たんです。私、一人でやっつけられると思い上がって。誰の手も借りずに倒すことができたら、みんな私のことを認めてくれるって思ったんです! 色んな本を読んでいたから、その……トロールのことも知っていましたから。けど、それは酷い勘違いだと痛感しました。すみませんでした!」

 

 そう言って頭を下げた。

 まさかハーマイオニーがそんなことを言い出すとは思わず、誰も言葉が出なかった。

 

「もし四人が駆け付けてくれなかったら、私は今頃トロールに殺されていました。本当は誰か一人が先生を呼びに行くべきでしたが、そのときは私を助けることに必死で……」

「ミス・グレンジャー……もしその言葉に嘘偽りがないのなら、貴方には失望しました。自分がどれだけ危険な行為をしたのか理解していますか? もし四人が間に合わず、貴方が命を落としていたらご両親はとても悲しまれることでしょう」

「……はい」

 

 ハーマイオニーは項垂れる。

 赤毛の少年が思わず口を開いたが、それはノエルにより阻止された。

 もしここで何か言ってしまえば、ハーマイオニーの行為を無駄にすることになるからだ。

 

「ミス・グレンジャー、グリフィンドールからは5点減点します。怪我がないのなら今すぐに寮に戻りなさい。今頃、生徒たちが中断したパーティーの続きをしています」

 

 ハーマイオニーが頷くと、他の四人へと視線を向けた。

 

「言っておきますが、五人とも生きていることは奇跡です。幾ら同じ学友を助けるためとは云え自分たちの行いが、如何に無謀だったかを忘れてはいけません。ですが、危険を承知で危険なトロールに立ち向かった勇気は賞賛に値します。一人5点ずつあげましょう。このことは私の方からダンブルドア校長に伝えておきますので、帰ってよろしい」

「いや、ルカニアとエバンズは残りたまえ」

 

 と、スネイプ先生がノエルとマリアを呼び止めた。

 二人は先生に連れられて教室を出ると、地下室にある彼の担当である魔法薬学の教室の隣にある私室へと案内された。扉が閉まったところで、スネイプ先生は二人へと振り返った。

 

「さて、先ずは何故お前たちがあの場にいた?」

「それは、ボクが……急にトイレに行きたくなったんです。寮まで我慢できそうになかったので。ノエルはそんなボクを心配して探しに来てくれたんです」

「………そうか。ならば、あのトロールを倒したのは――ルカニアか?」

「はい。俺がやりました」

 

 先生は予想通りの返答に、重々しくため息をついた。

 どうやらスネイプ先生はトロールを倒したのがノエルだと気づいていたようだ。

 

「言っておくが、お前たちの行動は決して英雄的なものではない。それを自分は英雄だの勇敢だのと勘違いするではない。また寮に戻らなかったことは減点の対象だが、これはトロールを倒した功績を鑑みて不問とする」

 

 もう帰ってよいと許しが出たので、二人は部屋を後にした。

 二人は並んで寮へと進んでいると、ふと思い出したようにノエルはマリアをみた。

 

「ところでマリア」

「なに、ノエル?」

「その……トイレは、間に合ったのか?」

「―――――」

 

 ビクッとマリアの身体が震えた。

 そうだ、余りに目まぐるしい出来事に忘れていたが、自分は尿意をもよおしていたのだ。

 まるで忘れていたのが嘘のように、それは存在感を明らかにしていた。

 

「あ、あ……のえ、る」

 

 前屈みとなり、顔を赤らめる。

 それで事情を察したのか、ノエルも硬直する。

 

「いや、マリア……ちょっと待て」

 

 例えるのなら限界寸前のダム。

 既に壁面には無数の亀裂が走っており、いつ決壊してもおかしくない状況。

 

「ここは拙い! 近くのトイレまで運ぶから我慢を!」

「も、もう……無理」

 

 我慢の限界だった。

 本人の意思とは無関係に流れ出したそれは、貯めてたのもあり一気に流れ出した。

 

「あ、ああ―――」

 

 少女の足元に水たまりが広がっていく。

 

(すまん、マリア……無力な俺を許してくれ)

 

 ノエルに出来たのは、ただ背を向けて耳を閉ざすことのみだった。

 

 




トイレを我慢して涙目になり、プルプル震える美少女。
いい、と思ってしまう私は紛れもなくHENTAIなのでしょうね、きっと。
よく分からない、という方はPixivにて「おしっこ我慢」と調べて下さい。

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全にして個、個にして全

今年も始まって早4ヶ月。
何だか年を取るごとに、時間の過ぎる感覚が短くなっていく。
そして不意に、自分は何をしているのだろうかと考える瞬間がある。
あー、可愛いことイチャイチャしたい。

では、本編をどうぞ。


 はぁ、と寒さで吐き出した息は白く染まる。

 ホグワーツは周囲を山々に囲まれた場所にあり、校舎から見える大きな湖は凍てつき冷たい鋼のように張り詰めている。厚みとしては数十センチにも及び、その上で多少暴れまわったところで割れはしないだろう。流石にこの時期になると昼間ですら外気に触れれば肌寒く、当然ながら日が落ちれば寒さは一気に増すことになる。

 

「うぅっ、寒い」

 

 廊下を歩く足は、自然と早る。

 本来なら寮に帰っていなければならない時間帯に、マリアは一人で校内を歩いていた。

 向かう先は職員室、用件のある相手は魔法薬学のスネイプ先生。理由としては図書館にて借りていたジグムント・バッジ氏の著書、『魔法薬之書』の内容で分からないところが合ったので聞くためだった。時間を考えれば明日にするか、あるいは物知りなノエルに訊ねるという手もあったが今回はそうしなかった。前者は単純に気になって寝れそうになかったから、後者に至っては聞こうにも聞けない状況にあった。

 彼はマルフォイから貰ったものを食べて、カナリアに変身してしまったのだ。どうやら『カナリア・クリーム』なる悪戯用のクリームが塗られていたらしく、それに引っかかったノエルは喋られず澄んだ美しい声でさえずるしか出来なくなった。下手人いわく、暫くすれば元に戻るとのことなので今は大人しく談話室でさえずっている。

 つまり、マルフォイが悪い。

 

「あれ、誰もいないのかな?」

 

 職員室のドアをノックしてみるも、反応はない。

 先に訊ねた地下室にある魔法薬学の教室には先生の姿はなかったので、てっきり職員室にいるとばかり思ったのだが。いや、もしかしたら何らかの作業に集中するあまり、ノックの音が聞こえなかったのかもしれない。

 そう思いつつ、ドアを少し開けて中を伺ってみると。

 

「先生……いたけど」

 

 中にはスネイプ先生の姿のみが見える。

 しかし何らかの作業に従事している様子ではなく、先生はガウンを膝までたくし上げて顔をしかめていた。目を凝らせば、片方の足がズタズタになって血だらけになっていた。まだ傷が塞がっていないのか、傷口からは鮮血が流れている。

 拙い物を見た、と思ってドアを閉めようとしたが。

 

「誰だ、そこにいるのは!?」

 

 気配を感じたのか、スネイプ先生がドアの方を睨む。

 気付かれた以上は仕方がないと、マリアは大人しくドアを開けて中に入る。

 

「エバンズ!」

 

 スネイプ先生は慌てた様子でガウンを戻し、足を隠した。

 

「エバンズ。こんな時間帯に何故、寮から出ているのかね? 事と次第によっては、如何に我輩の管理する寮の生徒とて罰せなければならない」

「すみません。読んでいた本の中で分からない場所があったので、先生にお尋ねしようと思いました」

「……ルカニアに尋ねなかったのかね?」

「ノエルは、その、ちょっと話せない状況でして」

「………吾輩も今は手が離せない。質問なら明日答えるので、今日はもう帰りなさい」

「分かりました。おやすみなさい、先生」

「ああ、良い夢を」

 

 会釈し、職員室から出る。

 スリザリン寮へと戻る途中で管理人のフィルと鉢合わせたが、スネイプ先生の元に包帯を運ばなければならなかったらしく、急いでいたので夜に寮を抜け出していることを見逃された。そうして寮へと戻る道すがら、ふとマリアはあることが気になった。

 

「あんなに酷い怪我なら、保健室に行けばいいのに」

 

 保健医のマダム・ポンフリーなら、あっと言う間に怪我を治してくれるだろうに。

 そうせず、わざわざ包帯を巻くのは怪我をしている事実を他人に知られたくないからだろうか。

 

「………事情はどうあれ、早く良くなるといいな」

 

 先生を思いやり、マリアはそう呟く。

 寮へと戻ってきたマリアを出迎えたのは既に人に戻っていたノエルだった。彼はしなやかで細長い胴体に短い四肢をもち、鼻先がとがった顔には丸く小さな耳がある見覚えのない真っ白な毛並みの小動物(オコジョ)の首根っこを掴んで持ち上げていた。差し出されたオコジョを受け取り、「好きにしていい」と言われたので思う存分撫で回すことにした。女子寮側に連れて行こうとしたが、抵抗した末にマリアの手から逃れて男子寮へと逃げていった。

 余談だが、翌日マルフォイの顔色は極めて悪かった。

 

 

 

「え、スネイプ先生が?」

 

 ある日の放課後。

 いつものように図書館に来ていたマリアは、そこでハーマイオニーからそう告げられた。

 

「ええ、私も信じられなかったけど、事実なのよ」

 

 グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合のことだった。

 試合の最中、ポッターの乗る箒がまるでロデオマシーンのように激しく震え、彼を振り落とさんと異常な軌道をとっていた。それが呪いによるものだと考えたハーマイオニーが競技場内を双眼鏡で見渡せば、スネイプ先生がポッターから目を離さず絶え間なくぶつぶつと何かを呟いているのを見付けた。

 そこでハーマイオニーが機転を利かせ、気付かれないようにスネイプ先生のローブの一部を燃やしたのだ。これにより妨害は成功となり、箒の制御を取り戻したポッターは金のスニッチを掴み取ることでチームを勝利に導いた。

 

「………正直に言えば信じられないかな。別にハーマイオニーを嘘つき呼ばわりするつもりはないけど、幾らポッターを毛嫌いしているスネイプ先生だからってそんな生徒を危険な目に合わせるようなことをするとは思えないよ」

 

 確かにスネイプ先生には不公平な所がある。

 特にグリフィンドールに対しては顕著であり、何かあれば直ぐに減点してくる。

 

「話は変わるけど、クリスマスも近いのに何をそんなに調べているの?」

 

 平行線になると思ったのか、マリアは話題を変えてきた。

 対面に座るハーマイオニーの周りには棚から引っ張ってきた分厚い本が何冊もつまれていた。

 

「実はある人について調べているの。ニコラス・フラメルって名前に聞き覚えはない?」

「ニコラス・フラメル?」

 

 訊ねられ、マリアは思考を巡らせた。

 ハーマイオニーもさる事ながら、マリアも図書館にある本は入学して以来それなりの数を読破している。マリアの場合は勉強や興味の持ったもの以外だと生きていく上で役に立ちそうなタイトルを見つければ目を通すようにしているが、残念ながらそれらしき人物には覚えがなかった。そもそも名前だけでは探すのは難しい。

 

「ちょっと覚えがないかな。他に何か特徴的なものはないの?」

「ええ、名前しか分からなくて。出来れば休暇に入る前に見つけておきたかったのだけど」

「ハーマイオニーは帰省するの?」

「ええ。マリアは帰らないの?」

「んー……特に必要性はないかな」

 

 元より、帰っても居場所などない。

 どうせロージャーにこき使われるのが目に見えているので、帰省する気は最初からなかった。

 

「それより、準備は済んでるの? 休暇は明日からだよ?」

「あっ! フラメルのことに夢中になってて忘れてた! 急いで準備しないと!」

 

 ハーマイオニーは大慌てて本を片付けると、図書館から飛び出していった。

 それと入れ違いになる形で入ってきたノエルは、マリアに気付くと先ほどまでハーマイオニーが座っていた席に腰を落とす。

 

「ハーマイオニーが何やら慌てた様子で出て行ったが、どうかしたのか?」

「帰省する為の準備を忘れてたから、今からやりにいったんだよ」

「あー、成る程」

 

 納得し、ノエルは懐から取り出した古い手帳に目を落とす。

 いや、眼帯のせいで実際のところは分からないが、顔の向きからしてそう思える。

 

「ねぇ、前から気になってたけど……眼帯しているのに、見えてるの?」

「ん? ああ、見えてるぞ。これは只のアイマスクじゃなくて魔法具の一つでな、付けていても周囲がきちんと見えているんだ。周囲からは見えないがな」

 

 分かりやすく例えるのなら、マジックミラーだ。あれは入射してくる光の一部のみを透過して一部を反射させることにより、明るい側からは鏡に見えるのに暗い方からは向こうが見えている仕組みになっている。

 

「初めて会った時は付けてなかったよね? なのに今はどうして?」

「……ちょっと俺が他人と“目を合わせる”と面倒なことになりかねないんだ。あの時は急いでいたから忘れたんだ」

「そうだったんだ。あっ、ノエルはニコラス・フラメルって名前に聞き覚えある?」

「ニコラス・フラメル? ああ、『賢者の石』の創造した人のことだろう」

「なにそれ?」

 

 ノエルはため息をこぼし、説明を始めた。

 錬金術とは物質のあらゆる構造を解き明かし、それらを以って新しい物質を生みだそうという学問を指す。人間を含め世界とは不完全に満ち溢れているから、より高みを目指すべく完全なるものに到達することを目的としている。

 その中でも賢者の石とは錬金術における至高の物質。鉛や錫などの卑金属を黄金に変え、不治と呼ばれる病も如何に死に瀕した傷をも瞬く間に癒し、薬として飲めば決して老いることも死ぬこともない肉体を与える。無数の名前を持ち、形状についても諸説ある。錬金術師の至上命題はこの石の製造と、それによる金の錬成である。

 

「フラメルはこの石を製造した現存する唯一の錬金術師だ。錬金術に携わる者なら誰もが知っているぞ」

 

 それがどうした、と訊ねられる。

 マリアは正直にハーマイオニーに聞かれたことを伝えた。

 

「アイツ、錬金術に興味でもあるのか? 因みにフラメルはダンブルドアの友人らしい」

「へぇ、そうなんだ?」

「今は忙しいだろうから、後で時間があったら教えておいてやれ」

「うん、そうする」

 

 そのまま二人は思い思いに時間を過ごした。

 

 




もし貴方が賢者の石を手にしたら、どうしますか?
その力をもって、苦しんでいる人たちを癒し救う聖人になりますか?
その力をもって、巨万の富を生み出して贅沢三昧な大富豪になりますか?
その力をもって、死も老いも知らぬ仙人になりますか?
私は――。

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クリスマス

本当なら2日に投稿する予定でしたが、勘違いで間違えました。
それと本来ならもう少し長くなる予定だったのを、執筆可能時間を鑑みて丁度よい所で切って投稿することにしました。おそらく、そうしなければ次の投稿が来月になりかねなかったので。

では、本編をどうぞ。


 そうしてクリスマス休暇が始まった。

 ホグワーツに在籍している生徒の殆どが休暇を楽しむべく、ホグワーツ特急に乗って実家へと帰省していた。しかし強制ではなく希望制なので、一部の生徒は帰らずにホグワーツに残って冬を過ごそうとしていた。マリアもまた後者に当たり、彼女は人気のない談話室にて図書館で借りてきた本を読んでいた。

 他の学生は同じ寮生と一緒にチェスなり外で雪合戦などをして過ごしているが、マリアには生憎とその手の遊びを一緒にする相手はいない。同じスリザリンの女子生徒はマリアとどう接したらいいのか分からず、他の寮に至ってはスリザリンという理由で忌避されてしまっている。

 だが、決してボッチではない。

 

「流石に、誰もいないと……肌寒いな」

 

 普段は喧騒とした談話室も、今は静寂に包まれている。

 聞こえてくるのは暖炉で燃える薪が立てるパチパチという音とページを捲る音のみ。

 

「……ノエル、まだ帰ってこないかな」

 

 現在、友人であるノエルもまた寮にはいない。

 彼は荷物を取りに行くために帰省しており、本人が云うには今日中には帰ってくるとの話だが。もう夜の19時を過ぎてしまっている。

 

「どうやって帰ってくるのかな? ………あれ?」

 

 と考え込んでいると、急に暖炉の火が燃え上がった。

 誰も新しい薪を投入した訳でもないのに、炎は独りでに勢いを増していた。

 何事かと見詰めていると、炎をかき分けるように中から人が出てきた。

 

「……ノエル?」

「ん? ああ、マリアか。ということは、ここはスリザリンの談話室か」

 

 ふぅっ、と荷物を置いて手近の椅子に座る。

 状況がよく分からないマリアは本を置くと、ノエルの近くに移動する。

 

「ノエル、どうして暖炉から出てきたの?」

「魔法使いの家の暖炉はネットワーク化していて、『煙突飛行粉(フルーパウダー)』を用いることで任意の場所に移動できるんだ。ただネットワークは魔法省に常時監視されており、ネットワークに組み込まれていない暖炉は利用できない」

「じゃあ家からホグワーツに移動してきたの?」

「いや、俺の家は繋がってないから漏れ鍋から飛んできた」

「そうなんだ。用事は済んだの?」

「ああ、必要なものは取ってきた……悪い、疲れたからもう休むわ」

 

 ノエルは反動をつけて立ち上がると、荷物を持って階段を上がっていく。

 マリアも適当に時間を潰し、適当なタイミングで部屋へと戻っていった。

 

 

 

 翌朝、マリアが目を覚ますとベッドの足元にはプレゼントが堆く積み上げられて山を形成していることに気が付いた。それが何であるのか最初は理解できなかったが、意識がハッキリすると直ぐにそれがクリスマスプレゼントだと察した。

 無論、マリアはこれまでにクリスマスを含め、誕生日にも贈り物を貰ったことは一度としてなかった。よく「良い子にしていたらサンタがプレゼントをくれる」という話を聞くが、マリアは幼くしてサンタクロースなる存在が架空であることを理解していた。夢も希望もあったものではなかったが、それが現実だった。

 だからこそ、プレゼントが贈られたことが信じられなかった。

 

「誰からだろう……」

 

 プレゼントの前に腰を下ろし、一つずつ手に取る。

 最初に手にしたのは白色の包装紙に緑色のリボンが施された箱、中にはお洒落なティーカップとソーサーが一組入っていた。素人目に見ても高価な代物なのが分かり、落とさないように慎重に箱に戻してから差出人を確認すれば、贈り主は友人のマルフォイだった。

 

「嬉しいけど……何処で使おう?」

 

 一先ず置いておき、次のプレゼントに取り掛かる。

 ハーマイオニーからは羽ペンとインクのセット、クラッブとゴイルはお菓子の詰め合わせ。後は名も知らない男子生徒たちからのプレゼントが混じっており、どうしてかと思わず首をかしげた。

 

「あれ、ノエルから……ない」

 

 何度見直しても、ノエルからのプレゼントはない。

 別に約束をしていた訳ではないので仕方ないが、やはり貰えないのは哀しい。

 

「………ご飯、食べに行こう」

 

 落ち込んでいても仕方がないので、私服に着替えて部屋を出る。

 何処か重い足取りで階段を下りてゆけば、まるでマリアを待っていたかのように私服に着替えているノエルが談話室にて立っていた。

 

「おはよう、マリア」

「うん、おはよう」

 

 無表情って便利だなと、マリアはこの時思った。

 でなければ今頃、己のタイミングの悪さに頬を引きつらせていたことだろう。

 

「後五分遅かったら、夜にしようと考えてたんだが」

 

 どうやら後五分遅ければ、鉢合わせずに済んだらしい。

 思わず、運の無さに嘆きたくなる。

 

「メリークリスマス。これは俺からのプレゼントだ」

 

 差し出されたのは、細長いケース。

 受け取って蓋を開けてみれば、中に入っていたのは銀色に輝くチェーンの付いた小さなペンダントだった。シルバーのクロスの中央には、小ぶりながらも煌くエメラルド色の宝石が嵌め込まれていてるのが分かる。

 

「前に約束した品だ。これを身に付ければ、呪詛は多少は弱まる」

「ありがとう。あの……付けてもらっていい?」

「ああ」

 

 ノエルはペンダントを受け取ると、チェーンの留め具を外してマリアの首に回す。

 カチッと留めれば、くるっと回ってマリアはノエルの方を向いた。

 

「………どう?」

「似合ってるよ、マリア」

 

 褒められ、顔が熱くなるのを感じる。

 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ノエルは話を切り出す。

 

「悪いがちょっと出掛けてくる。調べ物だが、遅くなるかもしれない」

「? 解った」

 

 ポンポンと頭を撫ぜ、ノエルは荷物を手に部屋を後にする。

 

 

 

 スリザリン寮を抜け出したノエルは、真っ直ぐに上を目指した。

 目的の部屋の前に立つと、彼は注意深く周囲に人影やゴーストがいないことを確認してそっと扉を押し開けた。僅かに開いた隙間から身体を擦るように室内へと入り、開けた時と同様に音を立てないように戸を閉める。

 これで第一条件はクリアだ。

 

「さて、入口は……あそこか」

 

 扉を潜って目の前にある、大きな手洗い台。

 人がいないことは確認済みだが、念の為にと杖を手に洗面台へと静かに歩み寄る。

 台の前に立ち、空いた手で蛇口の周囲を触れば蛇の刻印がされているのが分かる。試しにハンドルを捻ってみるも、壊れているのか蛇口からは水は出てこない。

 

「これだ、間違いない」

『そこにいるのは、誰?』

 

 咄嗟に杖を構える。

 人の気配はなかったのに、確かに声が響いてきた。

 しかし、杖を向けた先には人影はなく、何かが動いた形跡もない。

 

「………気のせい、か」

『ばあっ!』

「っ!」

 

 振り返った直後、目の前に少女の顔がドアップで出現した。

 反射的に後ろに飛んだノエルは、その半透明な少女(・・・・・・)が愉快そうに笑っているのを見る。

 

「はぁ……ゴーストか」

『そうよ。私の名前はマートル、ここに住み着いている亡霊』

「ここって……トイレに?」

『ええ。かれこれ50年になるかしらね。それで、貴方は女子トイレ(・・・・・)で何をしているの?』

 

 暫し考えた末、ノエルは素直に答えることにした。

 ゴーストは基本的に死んだ時の状態を保っている。このマートルと名乗った亡霊は見た目からして十代半ばから後半、その瞳から察せられるように好奇心旺盛だろう。なのでここで無碍に扱おうものなら、自分のことを言い触らす可能性がある。

 この時のノエルの考えは、ある意味で当たっていた。彼女は『嘆きのマートル』と呼ばれ、数いるゴーストの中でもトイレに住み着いている奇妙な幽霊だ。彼女は癇癪持ちであり、事あるごとに騒ぐので女子生徒たちの間では有名だった。因みにノエルは警戒していたが、ここを利用しようと考える生徒は殆どいない。

 リスクは出来るだけ避けるべきだ。

 

「俺はこの父の手記に書かれた場所を探りに来た」

『ふーん……それが、何で女子トイレに繋がるわけ?』

「違う、逆なんだ。元は入口があった場所に、女子トイレができてしまったんだ」

『何で?』

「詳しくは知らないが、マグルの文化を取り入れた結果らしい」

『それで? あんたはそれを調べて、どうするつもりなの?』

「さてな。正直、奥になにがあるのか皆目検討もつかん」

『そうなんだ。まぁ、いいわ。用が済んだらさっさと出て行きなさいよ』

 

 そう言い残し、マートルは去っていった。

 一先ず邪魔されずに済んだことに安堵し、ノエルは再び作業に取り掛かった。

 

「さて………――“開け”」

 

 ノエルから発せられた音に反応し、手洗い台が時計回りにスライドしていく。そのまま床の中へと収納されていき、そこに現れたのは――孔。

 覗き込んだ所で底など見えないほどに、暗く昏く冥い孔。

 

Und wenn du lange in einen Abgrund blickst,(おまえが長く深淵を覗くならば、) blickt der Abgrund auch in dich hinein.(深淵もまた等しくおまえを見返すのだ)

 

 とある哲学者の言葉。

 鬼が出るのか蛇が出るのか、ノエルは意を決して孔へと飛び込んだ。

 

 




最後に書いたのはフリードリヒ・ニーチェ著の「善悪の彼岸」に出てくる一文です。
最初にこの言葉を聞いたときは意味が分かりませんでしたが、ある程度大人になってから改めて考えてみて、その通りだと思いました。

必死に怪物を倒そうとする己は、相手から見れば自分を殺す怪物。
正義とは悪であり、悪もまた正義である。
「戦争はどちらにとっても正義である」とは誰の言葉だったでしょうか。

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過去からの遺産

気付けばもう六月。
もうじき鬱陶しい梅雨が始まり、それが終わったと思ったら茹だるような夏が始まってしまう。主は夏より冬派の人間なので、ぶっちゃけた話、溶けてしまいそうです。いや、暑いのが苦手なのもありますが、それ以上にノーパソの排熱がやばくなるのが面倒です。
過去に二代目のPC(現在は三代目)が暑さのあまり、二度落ちました。それ以降は起動しているとキュィィィィンンッ、ガガガッという音が聞こえてきます。動かす上では問題ないけどうるさいことこの上ない。
水着? 海……遠いです。

では、本編をどうぞ。


 それはとんでもなく長い滑り台だった。

 何か目安になる物がある訳でもないので不確かではあったが、滑っていた時間から鑑みてかなりの距離を落ちた筈だ。それでも続く孔に、実は終わりなんてないのではと疑い始めた頃、唐突に滑り台は途切れてノエルは何かの上に落とされた。

 

「あだっ!」

 

 衝撃はともかく、何か硬い物が臀部に当たる。

 孔の底には光源が一つとしてないので何も見えないが、どうやら今居る場所はそれほど広い空間ではないようだ。しかし足を動かす度に聞こえてくる、この妙にカラカラとした音の正体は何なのだろうか。

 

「ルーモス!」

 

 杖を掲げ、光の呪文を唱える。

 暗闇を切り裂く閃光に一瞬目が眩んだが、暫くすると光にも慣れて来たのでようやく今いる場所を確認することが出来た。やはり滑り台の出口はそれほど広い場所ではなかったが、問題は自分の立っている足元だった。

 

「うわぁ、これは流石に予想外」

 

 足元に広がっていたのは無数の骨。

 それも十や二十では済まず、おそらく数百はくだらないだろう。落ちている骨の形状や大きさからして餌食となっているのは、ネズミといった小動物の物と推測できる。牛のような大型の物はそれほど多くはない。

 

「これがクッションになっていたのか……複雑だ」

 

 良かったと思う反面、やるせない気持ちになる。

 兎も角、ノエルは思考を切り替えると奥へと続く水路へと進んでいく。

 パイプを触ってみて分かるが、どうやらここは鍾乳洞を加工して作られた水路のようだ。その証拠に途中から水路は途切れているが、壁の質感は同じだった。おそらく元々ホグワーツの地下にあった鍾乳洞を加工し、この場所を造ったのだろう。

 道なき道を進むこと一時間が過ぎた頃、ようやく奥へとたどり着いた。

 最初は行き止まりかと思ったが、近付いて触ってみれば目の前の壁が今までの鍾乳洞とは材質が異なることに気が付いた。表面には二匹の蛇が絡み合った彫刻があり、蛇の目には輝く大粒のエメラルドがはめ込まれていた。

 

「“開け”」

 

 低く幽かな音が響く。

 絡み合っていた蛇はまるで生を宿したかのように分かれ、両側の壁にあった穴の中へとスルスルと滑るように見えなくなった。そうすると壁に真っ直ぐな亀裂が走り、観音開きの門となってノエルを誘うように奥への道を開く。首筋に冷や汗が伝わるのを感じ、ノエルは深く呼吸をして奥へと入っていった。

 

 

 

 門の奥は、これまでと景色が一変していた。

 床は磨き上げられた大理石が細長い通路を奥まで伸び、その両端には蛇が絡み合った彫刻が施された石の柱が上へとそびえ、アーチを平行に押し出した形状をした天井からは妖しい緑がかった照明が空間を照らしていた。

 明かりが不要となったので杖先の光を消すも、直ぐに反応できるよう仕舞わず奥へと進む。

 何処かで水が漏れているのか、あるいは地下水が流れ込んできているのか、大理石の床は所々が水浸しとなっていた。自分の歩く音だけが反響する中を前へと突き進み、やがてノエルは最奥へとたどり着いた。

 

「これは……顔か?」

 

 そこにあったのは、巨大な人の顔をした石像が鎮座していた。

 おそらくはこの部屋を設計したであろう人物をモデルにしているのだろうが、ノエルとしてはあまりセンスがいいとは思えなかった。この空間の彫刻品や壁の装飾からも分かる通り、かなりの純血主義者であったことは間違いないようだ。

 

「生前に会えたとしても、共感はできなかっただろうな」

 

 生憎と、純血に何ら興味はない。

 

「さて……“スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまへ”」

 

 ごごごっ、と音を立てて石像の口が開いていく。

 口が開ききれば、奥からズルズルと音を立てながら何かが這い出てきた。

 

「“我を目覚めさせし者よ”」

 

 這い出たのは、巨大な大蛇だった。

 人を丸呑み出来てしまいそうな程の巨体、その長い胴体で蜷局を巻きながらこちらを見下ろす。

 

「“我は毒蛇の王、バジリスク。サラザール・スリザリンの残せし遺産なり”」

 

 常人には聞こえない音が響いてくる。

 重みのある荘厳な声となって、ノエルの鼓膜を打ってくる。

 

「“新たな継承者よ、命じるがよい。我は汝の命に従う”」

「“いや、特にはないかな”」

「“何? ならば何故、我を目覚めさせたのだ?”」

「“目的としては確かめたいことがあったからだ”」

 

 そう答えると、ノエルは頭の後ろに手を回した。

 バジリスクが見詰めていると、しゅるっと眼帯を外してみせた。

 

「“何を! 我の眼には貫いた者を即死させる死の呪いが!”」

「“心配ない。俺も、同じものを持っている”」

 

 そう言って見返す瞳は、金色の輝きを放っていた。

 バジリスクの瞳を直視しても、ノエルが命を落とすことは決してない。

 何故なら、彼もまた――。

 

「“我と同じ、直死の魔眼!”」

「“そう。これが、俺に掛けられた呪い”」

 

 ノエルもまた、見た者を殺す瞳を持っていた。

 これが生まれつきなのか、それとも後天的な理由かは定かではない。これはホグワーツにおいても極秘に数えられ、知っているのは校長であるダンブルドアと寮監のスネイプの両名だけに限られている。

 

「“さて、これで俺の目的も果たされた。バジリスク、お前に一つ問いたい”」

「“何をだ、継承者”」

「“おそらく、お前は生まれた時からここに閉じ込められていた筈だ。ならば外へ出たいと思ったことはないか? 誰に憚ることもなく、外を歩いてみたいと願ったことはないか?”」

「“我はここで生まれた。そしてここで死ぬであろう”」

 

 バジリスクの瞳には諦めの感情があった。

 たが、それと同じで憧れの色も混じっているのにノエルは気が付いた。

 

「“今すぐには無理だが、お前を外に連れていけると言ったらどうする?”」

「“不可能だ。これまで誰一人として、それを成し遂げた者はいない。ここで朽ちるのが定めなのだ”」

 

 誰一人成功者がいないのは、当然のことだった。

 この秘密の部屋を創設したサラザール・スリザリンを始め、ここを訪れた継承者たちは軒並みバジリスクを偉大なる創始者よりもたらされた、純血以外の魔法使いをホグワーツから排斥する道具としか見ていなかったからだ。

 

「“俺ならば出来る。いや、俺にしか出来ない”」

「“何故……そこまで我に拘る?”」

「“同じだと思ったからだ。だから俺はお前に手を差し伸べる”」

 

 後はお前次第だ、と。

 ノエルは手にしていたアイマスクをまた付け直す。

 

「“やはり我はこの城から出るべきではないと考える。しかし――もし、外に出ることが許されるのなら創造主が生きた世界を見てみたい。あの方が仰るように、本当にマグル生まれの魔法使いは淘汰されるべき存在なのか見定めたい”」

 

 バジリスクの言葉を聞き、ノエルは微笑う。

 来た道を真っ直ぐに辿っていき、あの長い長い坂道を上昇の魔法(アセンディオ)でもって最初の女子トイレへと戻ってきた。昇る為の魔法は何となく覚えておいたものだが、こんな形で役に立つとは思わずひと安心した。

 

『アンタ、戻ってきたのね』

 

 振り向けば、あのゴーストが見下ろしていた。

 

「ああ。何とか死ぬことはなかったよ」

『ふーん。それで? 孔の底には何があったのよ?』

「単に何処までの深い下り坂があって、そこの奥には大昔の爺さんが残した自画像があった」

『何それ? じゃあそこはナルシストが隠したプライベートルームだった訳?』

 

 嘘は言っていない。

 ただ単に、恐ろしき怪物(バジリスク)のことを伝えなかっただけだ。

 

「そういうことだ」

 

 開いていた孔が閉じ、元の洗面台へと戻っていく。

 

「これは秘密にしておいてくれ。偉人の名誉の為にも」

『別に言い触らす気はないわ。そんなくだらないものなら』

 

 つまらないの、と言い残してマートルは去っていく。

 

「さて、あいつの為にも頑張りますかね」

 

 新たな目標を得たノエルは、心機一転して前を向く。

 因みに完全な余談であるが、スリザリン寮へと戻ったノエルは出迎えてくれたマリアより「何か下水道みたいに臭い」と言われたのが思いのほかショックだったらしく、着ていた服は即効で洗濯した上で魔法で臭いを消滅させた。そして全身は擦りすぎたせいで真っ赤になってしまった。

 そんなやり取りもありつつ、クリスマスの夜は過ぎていった。

 

 




今回は前作で書かなかったバジリスクとのやり取りを上げました。
バジリスクとノエルの初めての出会い、そして隠されていたノエルの瞳の正体が明かされました。前作では言ったと思いますが、ノエルは瞳をある程度は制御できるのでハロウィーンに出てきたトロールを痺れさせる程度で済ませています。

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回っている歯車

突然ですが、今月末から半月ほど出張のため出掛けます。
なのでPCにも触れないので、また投稿がストップしてしまいます。
仕事で忙しいのも事実ではありますが、最近は昔ほど書けなくなっています。
一週間投稿とか、よくやりましたよね私も。
あー、昔にもどりたい。

では、本編をどうぞ。


 冬休みが終わり、新学期が始まった。

 とは云っても何か事件が起きる訳でもなく、平穏な日々が続いていた。

 しかし復活祭の休みが恙無く過ぎたぐらいから、ハーマイオニーの様子がおかしなことにマリアは気がついた。いや、確かに学期末試験の十週間以上も前から試験に向けて試験範囲の内容を暗記しようとしたり、杖の振り方を練習している姿を目撃した生徒が何名かいたが、誰もが真面目な彼女のことだから試験が心配なのだろうとあまり気にしなかった。

 だが、マリアだけは異変を感じ取っていた。

 

「何か……隠し事をしている」

 

 おそらく、ポッターとウィーズリーも一緒だ。

 彼らは最近、森番であるハグリッドの小屋に頻繁に足を運んでいた。三人は森番と親しくしていたので自然なことではないかと思うかもしれないが、それにしても赴く頻度が以前よりも増しているのだ。時間を潰すために訪れるなら兎も角、今は次々と出される宿題に殆どの生徒が大変な思いをしているのに。

 確実に、あの森番が関わっている。

 

「ノエルはどう思う?」

 

 対面に座る彼へと訊ねる。

 ぼんやりと雑誌を眺めていたノエルは気だるそうに返事をする。

 

「あー、そうだなー……最近、ハグリッドはやたらとブランデーを購入しているな」

「ブランデー? ナイトキャップでもしてるのかな?」

「あいつらが何をしているのか、知りたいのかい?」

 

 そこへマルフォイが話に加わってきた。

 彼は何かを知っているのか、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。

 

「僕は知っているんだ。あの四人が何を企んでいるのか」

「マルフォイ、勿体ぶらずに言ったらどうだ?」

「ドラゴンさ。パッと見だったが、あれは間違いない」

「ノエル……ドラゴンって、普通に飼っていいの?」

「三百年ほど前にワーロック法により特別な資格を持つ者以外は、如何なる理由があろうとドラゴンの飼育は禁止されている。これは誰もが知っているものであるし、普通に考えれば誰も危険生物を飼おうなんて思わない。何しろドラゴンを手懐けるなんて、どだい人間には不可能なんだ。品種にもよるが基本的にドラゴンは凶暴で、個体によっては人間を食おうとする」

 

 そんな生物をホグワーツの敷地内で飼おうと云うのか。

 おそらく主犯はハグリッドであり、ハーマイオニーたちは巻き込まれたのだろう。

 

「それで? マルフォイはどうするつもりなんだ?」

「そんなの決まっているだろう。このことを公表して、ポッターを退学させてやる。ついでに目障りなウィーズリーやマグル生まれ(ハーマイオニー)も一緒に追い出すのさ!」

「言っておくが、そう上手くはいかないぞ。今発表したところで、捕まるのは精々ハグリッドぐらいなものだ。例えあの三人が関わっていたとしても、実際に違法であるドラゴンの飼育を行っているのはハグリッドだからだ」

 

 三人も無罪とはならないまでも、軽い罰則程度だ。

 子供ということで情状酌量の余地ありという判断はされるだろう。

 

「む、それもそうか。だったら、どうすればいいんだ?」

「あー……ドラゴンの種類が分からないから断言できないが、一ヶ月と経たずあの小屋じゃ隠すのは不可能になる。となれば広い場所に出さないとならないが、森には固有種やケンタウロスなんかも生息しているから無理。となれば何らかの方法で外部に引き取ってもらう筈だ」

「外部? ………そうか、ドラゴンキーパーか!」

 

 ドラゴン使い、文字通りドラゴンを使役する者たち。

 魔法省より正式に認可された職業であり、魔法界では数少ないドラゴンと関わる仕事。

 

「間違いないだろう。どう連絡するかは知らないが」

「クックク、覚悟しろよポッター!」

 

 高笑いすると、マルフォイは意気揚々と階段を駆け上がっていった。

 

「……上手くいくと思う?」

「さてな……」

 

 そこで話題は終わり、それぞれの作業に戻った。

 

 

 

 それから数週間後、大事件がおきた。

 寮の点数を記録している大きな砂時計、グリフィンドールの得点を表示していた時計の中身が昨日より150点も減少していた。これを目にした生徒たちは、これは掲示のミスだと思った。誰だって一晩にして自分の寮の点数が150点も減らされるとは誰も思うまい。

 誰もが首を傾げる中、ある噂もまた広まっていた。

 曰く、“あのハリー・ポッターが、何人かの馬鹿な一年生と一緒に何かをやらかした”と。

 人気の的であり、賞賛の対象であったポッターは一夜にして罪人へと転落した。同じ寮生のみならずレイブンクローやハッフルパフの生徒ですら彼を嫌悪して聞こえるように文句を言い、逆にスリザリンはすれ違う度に拍手と感謝を送っていた。彼にとって救いだったのは同罪だった友人がいたことと、試験が近かったことだろう。

 遠目からでも落ち込んでいるのが一目で分かるポッターの様子に、マルフォイは少し不満そうな目で見詰めていた。

 

「ふんっ、あいつを退学に追い込めなかったか」

 

 昨夜、マルフォイは管理人のフィルチに密告をした。

 その言を信じたフィルチは授業以外では立ち入り禁止の一番高い天文台で、就寝時間が過ぎた深夜に寮を抜け出していたポッターとハーマイオニーの二人を発見した。その道中に廊下を歩き回っていたネビルも発見できたのは幸運なことと云えた。

 流石にドラゴンのことは信じてもらえなかったが、深夜に寮を抜け出していた三名をマクゴナガル先生は強く批難して罰則を与えた。一人50点、つまり三人合わせて150点もの点数をグリフィンドールから引かせたのだ。フィルチがもう少し早く天文台へと赴いていれば、ドラゴンが虚言ではないと信じて貰えたのだ。

 

「それは残念だったな……所で、我が寮からも50点ほど引かれているのだが?」

「っ!」

 

 ノエルの問いに、マルフォイは顔を逸らした。

 生徒の殆どが150点も引かれたグリフィンドールの砂時計に視線を向けたが、見ればスリザリンの砂時計も昨日より50点も減少している。他の寮生はスリザリンのことなどどうでもいいので気にしていないが、在寮する先輩たちは気付いて首を傾げていた。

 

「とちったな?」

「………」

 

 無言は肯定を意味していた。

 あの夜、マルフォイはフィルチがちゃんと二人を見付けられるのか見届けようとして寮から抜け出てしまったのだ。どんな理由があろうと例外ではなく、マルフォイもまた50点の減点と罰則を受けることとなってしまった。

 

「それで、何か言うことは?」

「……寮の点を減らしたことは、悪いと思っている」

「反省してるなら責める気はない。次からはもう少し後先考えることだ」

「ああ、分かっている」

 

 ばらされないと安心したのか、マルフォイはホッとした様子で紅茶を飲む。

 そんな彼を尻目にノエルは席を立って大広間を出ると、そのまま校舎から出てしまう。もうじき午前の授業が始まってしまうと云うのに、彼は構わず中庭を抜けて広大な森の手前にある石造りの小屋を訪れた。

 力強く木の扉を叩けば、扉は内側へと開いた。

 

「誰だ? ん? おっ、ノエル!」

「久しぶりだな、ハグリッド」

「どうしたんだ、こんな時間に。もうすぐ授業が始まっちまうぞ」

 

 注意するも、ハグリッドは嬉しそうに笑っている。

 あまり知られていないが、ハグリッドとノエルは昔からの知り合いだった。ノエルからすれば今よりも更に子供の頃から接点のある数少ない大人(?)の一人だ。ハグリッドはよくノエルに魔法生物を見せていた。

 

「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな。確認した直ぐに行く」

「そうか? それで、俺に何が聞きたいんだ?」

「ハグリッド、ポッターたちが罰せられたのは、お前がドラゴンを飼っていたのが原因だな?」

「うっ、それは……何処で聞いたんだ?」

 

 明らかに、ばつが悪そうだ。

 ハグリッドは昔から危険な珍獣や猛獣ほど飼いたがる傾向があり、それも自分の好きなものは自分の友人も好きだと考えるタイプなのでノエルも迷惑を被ったことは一度や二度ではない。ハッキリ云ってハグリッドの持ち込む案件は面倒が多い。

 

「そんなことはどうでもいい。単刀直入に聞く。ハグリッド、ドラゴンを何処で手に入れた?」

 

 ドラゴンの飼育もそうだが、卵の保有も禁止されている。

 過去にある魔法使いが手に入れたドラゴンの卵を、知り合いに売りつけたことがあった。既に死んでいると聞かされた男は卵を家宝にしようと屋敷の中に飾ったが、実は卵の中のドラゴンは死んではいなかった。そして男が出張中に幾つかの偶然が重なり、雛は孵ってしまった。雛は屋敷の中に保存されていた食料を貪り、男が屋敷に帰ってみればドラゴンはもはや魔法使い一人の手には負えない程にまで成長していた。

 直ぐにも魔法省から人が派遣され、大事には至らなかった。

 しかしこれ以降、生死問わずドラゴンの卵も条約に付け加えられた。

 

「一ヶ月ぐらい前の晩だったか、俺は用事を済ませた帰り道に『ホッグズ・ヘッド』ってパブに立ち寄ったんだ。カウンターに座って一杯目を注文したところで、隣に座っとったマントを着た男が話し掛けてきた。そいつとは話のウマが合ってな、色んなことを話しながら飲んだ」

「ドラゴンの卵はそいつから?」

「ああ。俺がドラゴンがずっと欲しかったと話して……それから、あんまり覚えとらん。何しろ次々に酒を奢ってくれてな。ちょっと、記憶が曖昧になっとる。そんで、そいつがドラゴンの卵を持っとるって話してきた。だが持て余しているらしく、手放したいが扱いに困っとるっと言ってきた」

「それで、自分が引き取ると?」

「おお、そう伝えた。だが飼えなきゃダメだと渋ってきたから、俺はそこで言ってやったんだ。フラッフィーに比べりゃ、ドラゴンなんて楽なもんだって。そしたらトランプ勝負で勝ったら譲ってやると答えた」

「フラッフィーのことも教えたのか?」

 

 フラッフィーはハグリッドが飼っている三頭犬の名前だ。

 ハグリッドの小屋を優に超える体躯をしており、その見た目通り非常に獰猛なので興味本位で近づいた者は、その爪牙の餌食となるだろう。しかし主人の命令には忠実であり、例え空腹で目の前に肉が置かれていても許可が降りるまで我慢し続ける。

 初めて見たときは、ノエルも恐怖のあまり失神しかけたほどだ。

 

「ああ。奴も興味を持ったからな、話を聞かせてやった」

「それでトランプに勝ち、卵を貰ってきたと」

「その通りだ」

「………………」

「どうかしたのか?」

「いや、何でもない。最後に一つ、フラッフィーは今何処に?」

「ホグワーツにいるぞ。今はちっとばかし、ダンブルドア先生に預けとるが」

「そう……解った」

 

 ハグリッドに別れを告げ、城の方へと戻っていく。

 何か自分の知らないところで動き始めていると、ノエルは理解した。

 

 

 




今回はドラゴンの件でした。
ハリポタ一巻を読んだ時から思いましたが、何故ハグリッドが責められなかったのか納得がいきませんでした。しかも森に見回りに行く際にもマルフォイに対して、「悪いことをしたら償いをしないといけない」と言っていましたが、じゃあアンタはどうなんだよって思いました。尤もらしいことを口にしていますが、元々の原因はお前だろうと思いました。
正直に申しましょう。
私、ハグリッドのことが一巻から嫌いでした。
まぁ、だからこそ前作のラストがああなったのですが。

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Curiosity killed the cat

ようやく出張から帰って来れました。
まぁ、中国地方に行けたのは良かったけど、休日返上での半月以上の連勤はやはり精神的に宜しくないですね。肉体的に動かせるけど、気持ち的にだるくなってきますね。獺祭、美味しかったなぁ……。

閑話休題。
気が付いたら梅雨が明け、もう夏が目の前まで着ている。
夏、暑い、アイス、両涼み、水着……はっ、水着!
いや、駄目だ……幼女(マリア)では犯罪になってしまう。
もっと成長してからでないと……成長?

では、本編をどうぞ。


 学期末試験まで残り一週間となった日の夜。

 いや、もはや日付も跨いだので深夜と呼んだ方が正しいだろう。当然そんな時間帯となれば夜更かしでもしてない限り、生徒たちは自分の部屋にて寝床に横たわって夢の中を揺蕩っていることだろう。

 ノエルとて、それは例外ではない。

 彼もまた他の生徒と同様に、眠りの底へ沈んでいた。

 のだが。

 

「―――、―――!」

 

 無粋にもそれを遮る者がいた。

 何かを叫びながら、ゆさゆさとノエルの身体を揺する。

 そんな状況下でも寝続けられる程、無神経ではなかった為、ノエルの意識は急速に浮上していく。

 

「起きてくれ、頼むから!」

「……う、あ……何だ?」

 

 重たい瞼を持ち上げれば、目の前にいたのはマルフォイだった。

 薄暗いのと寝起きだったので確証はなかったが、自分を起こそうとしているマルフォイの表情は随分と焦っているように見える。普段のマルフォイしか知らなければ驚くだろうが、本来の彼は厚顔不遜な臆病者だ。

 おそらく、何か怖い思いでもしたのだろう。

 

「何だマルフォイ。人を叩き起こして」

「も、森に、化け物がいたんだ!」

「森? 化け物?」

 

 はて何だったか、と頭を掻く。

 やはり寝起きだった為か、ノエルはそれを思い出すのに暫しかかった。

 

「………ああ、森に行ったのか」

 

 今夜、マルフォイは先日の罰則を受けに行った。

 夜の二十三時に玄関ホールに来るように呼ばれていたのだが、どうやら向かった先はホグワーツの裏にある広大な森だったようだ。しかし、そこが決して只の森ではないことは今年入学した一年生ですらよく知っていた。

 そこは『禁じられた森』、ユニコーンやケンタウロスといった多種多様な魔法生物が生息している場所だ。当然、独自の生態系を形成しているのでホグワーツの教員ですら生息している個体を把握しきれていないので、基本的に生徒の立ち入りは禁止されている。

 

「何で森に入ったんだ?」

「あ、ああ。実は……」

 

 マルフォイはゆっくりと事情を説明し始めた。

 ここ最近、森に生息するユニコーンが何者かにより襲われる事件が発生しているらしい。なのでマルフォイたちに科せられた罰則は傷付けられたユニコーンを見つけ出して保護、場合によっては犯人を見つけ出して捕まえることだった。

 そして捜索を初めて一時間が経った頃、ユニコーンを見つけることができた。

 ただし、状況は最悪だった。

 発見したユニコーンは既に息絶え、その血を啜る化物だった。

 マルフォイは即座に方向転換して逃げ出したので、それ以上のことは何も知らない。ただ一緒にいたポッターは、偶然にも通りかかったケンタウロスにより命拾いをしたようだ。しかしこれ以上は危険と判断し、夜の探索は終わりとなった。

 

「あ、あれは吸血鬼にちがいない!」

「吸血鬼に襲われ、殺られるほどユニコーンはやわじゃないぞ」

 

 何より、吸血鬼は一角獣の血など飲まない。

 そんな“罪深いこと”など、如何に血を欲する鬼とて決して行わないのだ。

 

「じゃあ、あれは何だったんだ!?」

「落ち着け。今夜見たことは忘れるんだ。そして寝ろ」

「……わ、解った」

 

 マルフォイは素直に布団に入ると、心身の疲労からかあっと言う間に眠りに就いた。

 それを見届けたノエルはため息をこぼすと、頭を掻いた。

 

「ユニコーンの血? そんなの誰が飲むってんだ」

 

 まともな神経をしていれば、誰もしない凶行だ。

 ユニコーンはこの世界において、最も純粋で、最も無垢な生物だ。その角や血液、果ては鬣の一本一本にさえ強力な魔法特性を有している。なので何らかの魔法薬の材料や杖の芯として用いられるが、その血を口にする者は誰もいない。

 その血は死の眼前に控えた者さえ、一時的に生き存えらせる。しかしそれはユニコーンを殺すという無常を行わなければならず、口にした者はその瞬間から呪われ、生きながらにして死に瀕することとなるのだ。故にユニコーンの血とは奇跡の妙薬ではなく、飲んだ者を死へと追いやる劇薬でしかない。

 そんなものを、誰が好き好んで口にする?

 例え一時的に生き存えて、その先に何を求める?

 マルフォイの話では、事件はこれが初めてではなかったとのこと。

 

「死に瀕しながら、ここに留まっている?」

 

 何故か―――何かを求めているから。

 何を―――死すら覆す妙薬を。

 

「あー……駄目だ。情報が足りない」

 

 謎を解く為のピースが不足している。

 おそらく、それは重要なパズルの一角の筈だ。

 

「……仕方ない。タイミングを見てダンブルドアに訊ねてみるか」

 

 今は目の前に迫った試験に集中しなければ。

 そう思いながら、ノエルはベッドの上に寝転がって目を閉じた。

 

 

 

 瞬く間に日は過ぎ、学期末試験は始まった。

 夏が眼前に迫っていることを誇示するかのように茹だるような暑さの中、大教室にてカンニング防止の魔法がかけられた特別な羽ペンを手にして生徒たちは汗を流しながら問題用紙と向き合って必死に解いていた。

 実技も然り、生徒たちは暑さと緊張に板挟みになりながら試験をこなしていく。

 妖精の魔法の試験では、パイナップルを机の端から端までタップダンスをさせられるかを一人一人見られ。

 変身魔法の試験では、ねずみを「嗅ぎたばこ入れ」へと如何に美しく変えられるかを判定され。

 魔法薬学の試験では、「忘れ薬」を作る内容では必死に思い出そうとする生徒をスネイプ先生が後ろから監視していた。

 

「あー……ようやく、終わった」

 

 最後の試験を無事におえ、マリアは一人廊下を歩いていた。

 「鍋が勝手に中身をかき混ぜる大鍋」を発明した風変わりな老魔法使いたちに関する論文を書く内容だったが、ハーマイオニーと一緒になって想像していた狼人間の行動綱領や熱血漢の反乱などの内容が出なかったのは幸いだった。他の生徒は知らないが、少なくともハーマイオニーとマリアの二人は特に苦労することなく書き終えることができた。

 試験から解放された生徒たちは思い思いに休息していた。

 

「ノエル、どうしたのかな?」

 

 隣にいない友人を思い、マリアはため息をこぼした。

 試験が終わるなり、彼は確認したいことがあるといって何処かに行ってしまった。ハーマイオニーもポッターたちに連れて行かれてしまったので、夕食までの残り時間を何処かで潰そうと考えて宛もなく歩いていると。

 

『我が忠実な下僕よ。首尾はどうだ?』

「万事、問題ありません。ご主人様」

 

 曲がり角の向こうから、声が聞こえてきた。

 片方は聞き覚えがあるが、もう片方は嗄れていて聞き取りづらい老人のものだった。

 誰だろうと思いながら角を曲がるも人影はなく、何処だろうと周囲を見渡せば直ぐ近くの部屋の扉が僅かに空いているのが見える。普段なら無視するが、何故かマリアは気になってしまい扉の隙間から中を覗き込む。

 

(あれは……クィレル先生?)

 

 あのターバンは間違いなくクィレル先生だ。

 しかし居るであろう相手の姿は、どういうわけか見当たらない。

 

『最大の障害であるダンブルドアは魔法省に呼ばれて行った、そうだな?』

「ええ、その通りで御座います。どうやら“アレ”の安全を確認の為のようです」

『クックク、天は俺様に味方したようだ。今夜、ダンブルドアはホグワーツにいない!』

 

 謎の声の主の高笑いが響く。

 どうやらクィレル先生たちは何かを画策し、それを今夜実行するつもりのようだ。

 

(これは……拙いな)

 

 何を企んでいるかは分からない。

 しかし、総じてそうした者は計画がバレて失敗しないように動くだろう。となれば秘密を知ってしまった者を見つけたらどうするか? 口封じに殺すか、あるいは捕まえて何処かに隔離しておくかの二択だ。

 後始末が楽なのは後者だが、後々を考えれば楽なのは前者だ。

 クィレル先生が生徒を手に掛けるとは思わないが、この謎の声の主は分からない。

 ならば気づかれぬ内に逃げるが吉と、そう思い一歩を踏み出した――。

 

『ようやく、このヴォルデモート卿が蘇るのだ!』

 

 その、寸前で。

 耳を打った言葉に、己の意思とは無関係に足は止まった。

 

(今のって、どういう……)

 

 思わず足を止めたのが悪かったのか。

 魔法によりピカピカに磨き上げられた床の上を靴底がキュッと音を立てた。

 

「誰だ!」

 

 物音に気付いたのか、クィレル先生が扉へと飛んでくる。

 教室の扉の前では隠れる場所も逃げる時間もなく、マリアの目の前で扉が開かれた。

 

「ミス・エバンズ!?」

「ど、どうも、こんにちわ……いい天気ですね、先生」

 

 何とか話を反らそうと試みる。

 クィレル先生も、目の前のマリアに戸惑っている様子だった。

 これなら、あるいは逃げ出すことも――。

 

『何をしている、捕らえるのだ』

「っ、………御意、我が主」

 

 クィレル先生の手が伸びてくる。

 ああ、これは今日の晩御飯はお預けかなとぼんやり思いながらマリアの意識は闇に沈んだ。

 

 




という訳で、マリアちゃんは捕まりました。
一巻にてダンブルドアが都合よくホグワーツから離れた理由ですが、尤もらしいのが上役が賢者の石が盗まれることを心配して呼び出したのではないかと考えたからです。てか無用心すぎるんじゃないかと思いますね。
あんな、子供でも解けてしまう障壁で何が防げるというのか。

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一学年の総復習

第一章も終わりまで後多くて二話ほどでしょうか。
去年の十月から投稿を始めたので、章を終わらすのに一年近く費やしてる。
やばい。これ、終わるのに何年掛かるのか。

あ、本編をどうぞ。


 消灯後、静まり返ったホグワーツ。

 その一角を、まるで音を消すようにして進んでいたのはノエルだ。

 無論、こんな時間に寮を抜け出しているのを先生や管理人に見付かれば罰則は免れない。そんな危険を犯してまで外にいるのは、未だに帰ってこないマリアを心配してのことだった。どういう理由からか今日の最後の試験の後から見当たらず、ルームメイトの女子生徒に訊ねて見ても誰も行方を知らない。

 もしや体調が悪くなって医務室に運ばれたのかと心配したが、それも違っていた。

 では彼女は今どこにいるのか?

 

「あー、何してるんだろう……」

 

 自らの行動を思い返し苦笑する。

 確かにノエルはマリアに対して何かと面倒を見てきた。

 ダンブルドアに頼まれたから、同じ寮生になった知り合いだから。

 幾つか理由はあれど、校則を破ってまで行動する自分に驚きを隠せない。

 

「………猫だ」

 

 目の前の曲がり角から、茶縞色の毛並みをした長毛種の猫が現れた。

 ミセス・ノリス、ホグワーツの管理人たるアーガス・フィルチの愛する相棒だ。

 

「こんばんは、ミセス・ノリス。すまないが、ミス・エバンズを見てないだろうか?」

 

 ダメ元で訊ねてみる。

 そんな質問に猫が答える訳もなく、暫くするとぷいっと向きを変えてしまう。

 

「まぁ、そうですよねぇ………あ、これどうぞ」

 

 そう言って差し出したのは、煮干しだ。

 知れば意外に思うかもしれないが、実はミセス・ノリスには賄賂が有効だ。普段なら彼女は夜中に出歩いている生徒を見かけたらフィルチに知らせてしまうが、こうして煮干しや鶏ささみといった猫が好むオヤツを貢ぐと見逃して貰えるのだ。ただしオヤツがお気に召さなかった場合には食われた上で報告される。

 今回はセーフだったようだ。

 

「とっとと見つけないと……あ?」

 

 歩き出すと、何やら怪しげな一団を発見する。

 首を傾げつつも、彼らの後を追ってノエルもまた階段を登っていく。

 

 

 

 たどり着いたのは、四階の禁じられた廊下だった。

 立ち入り禁止に指定されているだけあって人の侵入は殆どなく、床には目に見えるほどに埃が層を形成している。壁や天井を見ても城内に住み着いている蜘蛛が好き勝手に巣を張っているので廃墟のような雰囲気となっている。

 ノエルも来るのは初めてだが、追いかけていた三人は既に廊下にいない。

 

「………奥か」

 

 足元を見れば、奥へと続く足跡を発見する。

 興味本位から付いてきたが、流石にこれは見逃すわけにはいかない。

 さりとて見捨てることも出来ないと、ノエルはローブの内から小さな水晶を取り出す。

 

「クラウス。聞こえているか、クラウス」

『――お呼びでしょうか、若様』

 

 水晶に声をかければ、やや遅れて返ってくる声があった。

 それはノエルの持っている水晶と対となる石を持つクラウスへと通じる単発の通信具だ。

 

「ダンブルドアに今から言うことを伝えてくれ。

“ポッターたちが禁じられた部屋に入った。これから連れ戻す為に俺も部屋に突入する。”」

『畏まりました。確かにお伝えします』

 

 ブツッと通信が切れ、水晶は音を立てて砕け散る。

 埃の上に残る四つの足跡を追って、ノエルもまた奥へと進んでいく。通路の奥には鍵の掛かっていない扉が一つだけあり、軽く押すだけで簡単に開いてしまう。ぎぎぎっと音を立てながら扉は開いて中に入る。

 部屋の中に居たのは床から天井までの空間全部を埋めるほどの巨体の犬。大きさもさる事ながらそれ以上に驚愕なのは、犬には頭が三つもあることだ。三つの鼻がヒクヒクと動き、血走った三組の目の全てがノエルへと向けられる。こんなものに噛み付かれでもすれば、一発で身体を食い千切られてしまうだろう。

 そんな怪物犬を前に、ノエルは落ち着いていた。

 

「ああ、ここにいたのか。フラッフィー」

 

 ノエルが名前を呼べば、怪物犬は大きく一声してぐいっと顔を近づけて来る。互の関係を知らぬ者が見たのならば間違いなく、自分が食われることを想像しただろう。しかしノエルは冷静さを失うことなく、突き出された大犬の鼻先を撫でた。

 

「久しぶりだな、元気にしてたか?」

「バウッ!」

 

 ご機嫌な様子で三頭犬は吠える。

 構ってもらおうとグイグイと顔を押し付けてくるが、如何せんサイズが大きすぎる。どうやら元のサイズのつもりでやっているようだが、体格も重量も差がありすぎてノエルはどんどん押されていく。

 

「ちょっ、ストップだフラッフィー。悪いけど、今は遊んであげられないんだ」

「くぅん」

「ごめんな。元のサイズに戻ったら遊んでやるから」

 

 そう言うと、名残惜しげにフラッフィーは後ろに下がった。

 自由になったところで改めて室内を見渡すも、今しがた自分が入ってきた扉以外に出入り口の類は見当たらない。ならば上か下かと視線をやれば、フラッフィーのすぐ傍の床にある仕掛け扉を発見する。徐に開けて覗き込んでみれば、底が見えないほどの暗闇が広がっていた。これが初回なら躊躇するのだが、以前同じような体験をしていたノエルは何でもないかのように穴の中へと自らの体を投じた。

 時間にして一分ぐらい落下していただろうか、ドシンと奇妙な音を立てて何か柔らかい物の上に着地した。薄暗いので確証はないが手触りからして植物だろうと推測しながら四つん這いになって動こうとすると。

 

「足が動かない?」

 

 足を見れば、長い蔦が足首に絡み付いていた。

 引っ掛かったのかとも思ったが、明らかに意思を持って締め付けている。

 

「ん? ………げっ、『悪魔の罠』かよ」

 

 どうやら只の植物ではなかったようだ。

 悪魔の罠は長い触手をゆらゆらとさせた醜い植物。この植物は自分に触れた対象に長い蔓を巻きつけて手足の自由を奪い、やがては絞め殺して自らの養分とする。パニックを起こして蔓から逃げようともがけばもがくほど、蔓は固く締めて付けてくる。

 捕まった時の対処は身動きしないか、あるいは――。

 

「こっちは急いでいるんでな。太陽の光(ルーマス・ソレム)

 

 構えた杖先から、眩い光の塊が放たれる。

 悪魔の罠は暗闇と湿気を好み、反対に炎や光を嫌うので対処は容易い。

 

「よっと」

 

 悪魔の罠を抜け、地面の上に降りる。

 そして奥へと続く石の一本道を杖の明かりを頼りに進んでいけば、前から柔らかく擦れ合う音や鈴の音のような音が聞こえてきた。周囲に警戒しつつ通路を抜ければ、狭い通路から打って変わって天井の高い部屋へとたどり着いた。

 室内には宝石のようにキラキラとした無数の鳥が部屋いっぱいに飛び回っていた。どうやらこちらへの攻撃意思はないらしく、部屋の向こう側にある分厚い木の扉に近づいてみても襲ってくる気配はなかった。

 

「むっ、開かない」

 

 扉には鍵が掛かっており、開錠の呪文も意味を成さなかった。

 しかし手段がないわけではないらしく、その証拠に先に来ている人らの姿が見当たらない。

 

「ヒントがあるとすれば、あの鳥ぐらいだが………おや?」

 

 頭上を飛び回る鳥を注視すれば、それに気が付く。

 それは鳥などではなく、まるで妖精のような半透明な美しい羽を生やした鍵だった。

 どうやらあの無数に飛び回る鍵の中から正解を探さなくてはならないようだが、一個一個確認していたのでは時間が掛かりすぎる。壁際には箒が何本か立て掛けられているが、そんな面倒なことをするつもりはなかった。

 

「これぐらいの老朽なら平気か―――粉砕(レダクト)

 

 杖先を鍵穴へと向けて唱える。

 バキンッと音を立て扉を固定していた鍵の部分だけ粉々に砕け散る。

 これで問題なしと、これを罠を仕掛けた人物が見れば卒倒してしまうような方法を用いてノエルは三番目の部屋をクリアした。もし扉と対を成していた鍵に意志があれば、乱暴な目に合わずに済んで良かったと胸をなで下ろしただろう。

 次の部屋にあったのは大きなチェス盤だった。入口側には黒い駒が立っており、それら全てがノエルよりも大きくて黒い石で出来ていた。反対側には同じサイズの白い駒が見える。どうやら今度はチェスゲームのようだ。

 

「成る程。これで勝てないと前に進めないと」

 

 ノエルの独り言に、近くにいた黒のナイトが頷く。

 仕方がないと諦めて黒のナイトと役を交代すれば、白からの初手でゲームは開始された。

 

 

 

「ふむ……チェックメイトだ」

 

 25手目にして白のキングは詰みとなった。

 どうやら難易度としては然程高い訳ではなかったらしく、苦労することなく勝利できた。

 乗っていた黒の馬から飛び降りて奥へと向かおうとしたところで、ノエルはチェス盤の外に何やらこの場に似つかわしくない物があることに気がついた。近付いて確認すれば、盤外には倒れ伏す赤毛の少年の姿があった。

 

「赤毛……ウィーズリーか。犠牲になったのか」

 

 周囲に他二人の姿はない。

 どうやら仲間を先に向かわせる為に、自らが犠牲になったようだ。

 念の為に状態を確認すれば意識がないだけで、頭部のコブ以外に酷い怪我はないようだ。しかしこのまま放置するのも可哀想であり、どうしたものかと考えていると奥へと続く扉が開いて誰かが戻ってきた。

 

「ハーマイオニーか」

「ノエル! どうして、貴方がここに?」

 

 戻ってきたのは、ハーマイオニーだけだった。

 彼女もまたウィーズリーと同じように煤けており、慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「お前たちを見付けたから連れ戻す為にここまで来たんだ。それとウィーズリーだが、どうやら気を失っているだけのようだ。詳しくはマダム・ポンフリーに診てもらってからだ」

「そう……よかった、ロン」

「それで? 何でお前たちはここに侵入したんだ?」

「そうだ! 聞いてノエル、大変なのよ!」

 

 ハーマイオニーは事情を説明した。

 三人はある理由からホグワーツに『賢者の石』が隠されており、その石をスネイプ先生が狙っていることを知った。そしてダンブルドア校長が不在なのを聞き、石が奪われるとしたら今夜と思ってここまでやってきたとのこと。一番信頼できるという意味でマクゴナガル先生に相談してもこれ以上の介入を禁止されただけだった。他に頼れないのなら自分たちで石を守るしかないと意気込んだが、奥まで行けたのはハリーだけだった。

 

「スネイプ先生ねぇ……」

 

 俄かには信じられない。

 スネイプがダンブルドアを裏切るとは、ノエルには思えなかったからだ。

 

「いや、真偽はどうでもいい。ハーマイオニー、すまないが俺は奥に進む。一応ダンブルドアには俺の方から連絡を飛ばしてあるから、ここでウィーズリーの様子でも見ていてくれ。余裕があるならコイツを連れて地上に戻れ」

「分かったわ。気をつけてね」

「ああ、任せろ」

 

 ハーマイオニーはこの時、ある可能性を口にしなかった。

 ノエルの不安を煽りたくなかったという善意からの行動だったが。

 それが良かったのか悪かったのか、それは誰も知らない。

 

 




一応、ネット上にあるフリーのチェスをしました。
相手はNPCで難易度も低めでしたので、今回のゲーム結果は以下の通りです。
1.d3d5、2.e4dxe4、3.dxe4Qxd1+、4.Kxd1Nc6、5.Be3Nf6、6.Ne2Nxe4、7.Nec3Bf5
8.Nxe4Bxe4、9.Nc3O-O-O+、10.Ke1Bxc2、11.Be2e6、12.Rc1Bg6、13.f3Bd6
14.h4Bg3+、15.Bf2Bf4、16.Be3Bxe3、17.h5Bxc1、18.b4Bd2+、19.Kd1Bxc3+
20.Bd3Bxd3、21.g3Bf5+、22.Kc1Rd2、23.g4Rc2+、24.Kb1Rb2+、25.Ka1Rxb4#

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Possessed Man

連日投稿になります。
時間がある内に執筆しており、出来れば一章を終わらせます。
ああ、時間が足らないしパソコンが排熱でやばい。

閑話休題。FGO、水着ジャンヌが当たりました。

では、本編をどうぞ。


「これは、どういう状況なんだろうな?」

 

 最深部へとたどり着いたノエルは目の前の光景に首をかしげた。

 天井が高いだけのそれほど広くない部屋は壁そのものが発光しているのか、光源がないにも関わらず空間は見渡せる程に明るかった。そんな部屋の中央には金の装飾豊かな枠にはめ込まれた背の高い見事な鏡と、その前に立つボロボロなポッターと彼の腕を掴んで鏡に押し付けているクィレルの二人だけ。聞かされていたスネイプ先生の姿は部屋を見回しても何処にも見当たらない。

 

「これはこれはミスター・ルカニアじゃないか。どうしたんですか、こんな場所まで」

「ああ、クィレル先生。実はうちの寮のマリアがまだ帰ってきてなくてね。知りませんか?」

「ミス・エバンズですか。彼女なら私の教室にいますよ。運の悪いことに私とあの方の会話を聞いてしまったのでね、邪魔されないように眠ってもらっているよ」

「そうですか。なら良かった」

「さあ、早く戻りなさい。今は見逃しますが、次は罰則を与えますよ」

「それは怖い。では先生、また明日」

「ええ、よい夢を」

 

 そう言って踵を返すノエル。

 その後ろ姿に呆然としたポッターだったが、直ぐにハッとして声をあげた。

 

「ま、待ってくれ! お前、僕たちを助けに来てくれたんじゃないのか!?」

「いいや、別に。言ったように俺はマリアを探していただけだ。ここまで来たのは規則を破って禁じられた部屋に入っていくお前たちを見かけたから、連れ戻そうと思ったが……こうして先生と一緒にいるんだから必要あるまい?」

「こいつは! 賢者の石を奪おうとしてるんだぞ!」

「それが?」

「それがって……状況が分かっているのか!?」

 

 声を荒げるポッターに対し、ノエルはため息をこぼした。

 

「別にクィレル先生が石を使って不死身になろうと興味はない。不老不死(そんなもの)を好き好んで背負うとする人にかける言葉なんてないよ。ああ、ウィーズリーとハーマイオニーは俺が地上に連れて帰るから安心しろ」

「そうじゃない! こいつは、賢者の石をヴォルデモートに渡す気なんだ!」

「彼は十年前にお前が倒したじゃないか。死人に石をどう扱えと?」

「ああ、それは違うよミスター・ルカニア。あの方はここにいる。私の傍に常におられる」

「……先生。疲労のあまり幻覚でも見えましたか?」

「クックク。ならば見るがいい!」

 

 クィレルはポッターの腕を離すと、ターバンを解き始めた。

 しゅるしゅるとターバンは外されていき床に落ちると、顕になったクィレルの頭は随分と小さく思えた。そしてクィレルはその場でゆっくりと体を後ろ向きにした。

 現れたそれを目の当たりにしたポッターは悲鳴を上げかけ、ノエルは目を細めた。

 クィレルの後頭部にはもう一つの顔があった。顔のシワなどから、かなりの高齢だ。

 

「ハリー・ポッター………そして、ノエルよ」

 

 嗄れた声が、囁くように言葉を発する。

 竦み上がっているポッターは恐怖で縛られた足を何とか動かそうとしている。

 

「クィレル先生、随分と悲惨な状態ですね。聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院してはどうです?」

「相変わらず口が回るな。このヴォルデモート卿を前にしていると言うのに」

「貴方が彼の有名な闇の魔法使いですか。それにしては随分と惨めな姿をしてますね?」

「忌々しいが……貴様の、言うとおりだ。この身は……もはや影と霞に過ぎず、こうして誰かの体を借りて……初めて形になることができる。この数週間は、忠実なクィレルが森の中で、わしのためにユニコーンの血を飲んでくれた……おかげで、わしは強くなれた」

 

 ああ、だから先生は体調が悪そうだったのかと今更ながら気付く。

 

「そして、命の水さえあれば……わしは自身の体を創造することができる! だから――」

 

 そこでヴォルデモートはポッターの方を向いた。

 ポッターは咄嗟に、ポケットの中に入っているものをズボンの上から押さえた。

 

「その賢者の石を、寄越すのだ」

「い、嫌だ……」

 

 じりじりと後ろに下がる。

 

「無駄なことはよせ。命を粗末にするでない」

「あれだけ虐殺してきた帝王のセリフとは到底思えないな」

「あれは、愚かにもわしに歯向かったからだ。わしに従えば、安息を与えてやると言うのに」

「代わりに下僕となれと? 毎日を死んだように生きるのが幸福だと?」

 

 すっと杖をヴォルデモートへと向ける。

 

「………わしに、歯向かうと?」

「少なくとも、そこにいるポッターは同意見みたいだぞ」

 

 見ればポッターも敵意丸出しの目をしていた。

 数的に見れば二対一とこちらが有利に思えるが、子供と大人では同等とは云えない。

 

「……そうして貴様は、またしてもわしに逆らうのか?」

「生憎と俺の意志は俺が決める」

「よかろう。ならば二人まとめて死ぬがいい! クィレル!」

 

 主の命に、下僕が飛びかかってくる。

 どうやら対して魔法も使えないポッターを後回しにしても問題ないと判断したのか一直線にノエルに向かって飛び掛ってくるが、ただ杖を構えることもなく真っ直ぐに突っ込んでくる相手に遅れるノエルではない。

 

沈黙せよ(シレンシオ)!」

「――!」

 

 だがクィレルは杖なしで魔法を放ってきた。

 声を封じられては呪文を唱えることはできず、その隙に組み付いたクィレルにより手から杖を弾かれてしまう。ノエルの上に馬乗りになると、クィレルはノエルの顔を殴りつけ始めた。子供と大人では体格も力も劣っているのでノエルではクィレルを押し退けることはできず、ただ防御に徹するしか出来ずにいた。

 

「や、やめろ――っ!」

 

 それを止めようと、クィレルにポッターがタックルをする。

 横合いからの衝撃にノエルの上から転げ落ちたクィレルは、血走った目でポッターを睨むとその頬を殴り付けた。そして尻餅をついたポッターにのしかかると、両手を首にかけた。何とか逃れようと首を締めてくる右手を掴むと――。

 

「ぎゃあああああああっ!」

 

 クィレルが絶叫を上げて飛び退いた。

 ポッターが咳き込みながら見上げれば、クィレルの左手は赤く焼けただれ、右手に至っては手首から先はまるで石化したように砕けていく。両腕に走る痛みと激痛に、クィレルは目の前の見たこともない魔法に混乱しながら悲鳴を上げた。

 

「私の手が! なんだ、この魔法は!?」

「愚か者め! 魔法でさっさと殺すのだ!」

「させるか!」

 

 呪いを放つ直前、倒れていたノエルがクィレルの足を払った。

 そのまま前のめりに転ぶクィレルの顔面へと、待ち受けていたポッターの両手が触れた。

 

「ああああああっ!!!」

 

 ポッターに触れられた箇所は右手と同じように土気色となり、ドサッと床に倒れた衝撃により全身が跡形もなく砕けてしまう。その場にはクィレルが身に纏っていたローブと、小山となった灰のみがその場に残された。

 

 

 

 ドサッと音を立ててポッターが倒れる。

 痛む身体を引きずって確認してみれば、どうやら気を失っているようだ。呼吸は正常なので一先ず命に別条はないようだが、見た目に酷い傷がないならば気絶した理由としては疲労か緊張の糸が切れたかのどちらかだ。

 

「結局……取り越し苦労だったのか?」

 

 思わずため息をこぼし、その場に座り込んだ。

 当初の目的であるマリアの居場所が解っただけ良かったと思うべきなのだろうか。

 そんなことを考えていると、ポッターの直ぐ傍に何やら血のように赤い石が転がっているのが目に入った。何気なく手に取って眺めてみる。手にしてみると分かるのだが、触れているだけで心地よい温もりが石から伝わってくる。

 

「これは……」

「それが、賢者の石じゃよ」

 

 扉の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 振り返ってみれば、そこにいたのは想像通りダンブルドア校長だった。彼はノエルの直ぐ傍まで歩んでくるとその隣に腰を落とした。

 

「これが噂に名高い賢者の石か……随分と小さいんだな」

「真実とは大抵、そんなものじゃよ。人は自然とそれへのイメージを捏造する。例えば不老不死を与えてくれる聖杯の話を聞かされた者は、その殆どが聖杯を美しい装飾が施されている荘厳な形をイメージするじゃろう。しかしそれは仕方のない話なんじゃ。大抵の物語や伝承などは筆者により大なり小なりの改変が施されているからの」

「本当の姿は、実際に目にしないと分からない」

「そういうことじゃ」

 

 手の中で石を転がしながら、ノエルは口を開く。

 

「随分とボロボロじゃのう?」

「ちっ……クィレルに殴られたんだ。おかげで口の中も切れた」

「ほっほほ、災難じゃったのう」

「災難なのは死んだクィレルの方だろう」

 

 チラッとクィレルだったものを見る。

 これではまともな葬儀など執り行うことは出来ないし、親族がいたとしても二度と彼の顔を見ることは叶わない。

 

「ああ……とても残念なことじゃ。一年ほど前から様子がおかしいとは思っておったが、よもや頭部にヴォルデモートを寄生させておったとは思わなんだ。闇の魔術に関心を持っておったのが仇となってしまったのかもしれん」

「もう真実は闇の中か……それで、石は今後どうするんだ?」

「破壊することにしたよ。フラメルとも話し合ったが、それがより良いと思ったのじゃ」

 

 ヴォルデモートの企みは失敗した。

 しかし賢者の石が今後も存在する以上、また狙ってくる可能性は高い。今回は運良く守りきることができたが、ヴォルデモートが次に準備を整えた上で襲撃してきたら奪われない保証は何処にもない。であるならばいっその事、石を破壊してしまった方が確実ではある。

 

「成る程………砕けろ(フェネストラ)

 

 ポイッと頭上に放り投げ、呪文を唱える。

 それだけで錬金術の集大成と云うべき奇跡の結晶体はいとも容易く砕かれ、さながら東の国で有名な空に咲く火の華のような、何処か幻想的な光景となって石は細かい欠片となって弾けるように周囲へと散る。

 

「……さて、そろそろ地上に戻るとするか。ハリーはわしが連れて行こう」

 

 ダンブルドアが杖を一振りすると、ポッターの身体は独りでに浮かび上がる。

 そうして出口へと向かうダンブルドアの背中を見ながら、ノエルはある疑問を口にした。

 

「ダンブルドア……あんた、全部知ってたな?」

「………」

「今日、クィレルが賢者の石を奪いにここに来ることを。そしてそれを阻止するべく無謀にもポッターたちが禁じられた部屋に入ることも、全て」

「ほぅ……どうして、そう思うのかね?」

 

 ダンブルドアの声色はひどく落ち着いていた。

 

「ここまで来るときに設置された守りは全部で七つ」

 

 第一の門、三つ首の番犬フラッフィー。

 第二の門、スプラウト先生の悪魔の罠。

 第三の門、フリットウィック先生の空飛ぶ鍵。

 第四の門、マクゴナガル先生の巨大チェス盤。

 第五の門、クィレル先生の門番トロール。

 第六の門、スネイプ先生の魔法薬による論理パズル。

 第七の門、ダンブルドア校長のみぞの鏡。

 

「この内、二から五までは一年生でも突破できるレベル。そしてポッターたちはハグリッドと交友があるから、フラッフィーについて聞き出せる。魔法薬もハーマイオニーのように頭の回る人間なら解くことができる。そして最後の一つ………みぞの鏡については、おそらくポッターはあの鏡について事前に知っていたんじゃないか?」

「素晴らしい。九十点といったところじゃな」

 

 ほぼ満点だと、ダンブルドア校長は微笑んだ。

 

「クィレルの様子がおかしいのは気付いておったが、よもやヴォルデモートに憑かれているとは予想外ではあった。

 

あの鏡から石を取り出すのは、心から石を見つけることを望んだ者だけなんじゃ。それを使用することを考えた者には、命の水を飲んで不老不死を得ている姿や石ころを黄金に変えて巨万の富を得ている姿だけしか見えない」

「ポッターは純粋に石を見つけることを望んだか」

「そういうことじゃ。さて、ここまで推測した君はわしが何を望んでいると思うかね?」

「………ポッターの成長か」

 

 普通の学校生活では経験しないことを体験させる。

 それが死と隣り合わせのような状況から生き延びたときの精神は以前よりも高くなる。

 

「ダンブルドア、一体ポッターに何をさせる気なんだ?」

「今はまだ……わしの口からは何も言えぬ」

「そうか……最後に一つ、ヴォルデモートと俺は接点があるのか?」

 

 闇の帝王が死んだのは十年も前。

 つまり会っていたとしても、その時ノエルはまだ一歳の赤子だ。

 しかし、あのヴォルデモートの発言は違っていた気がする。

 

「それも、答えられぬ」

「………はぁ、秘密主義なじいさんだ。だから腹黒いって言われるんだ」

「ほっほほ」

「ハゲロ(ボソッ)」

 

 小さく悪態をつき、ノエルもまた出口へと向かう。

 途中、待っていたハーマイオニーとウィーズリーを回収して一行は地上へと戻った。

 

 




今更なんですが、これハリーたちが失敗したらどうするんでしょうね?
試練のつもりが失敗して死亡、あるいは恐怖と責任感に耐え切れず何もかも投げ出して逃げ出してしまったらダンブルドアはどうしたんでしょうね? まぁ、前者の場合は監視しているでしょうから死ぬ前に救出するでしょうが。
メタい話、そんなことはないでしょうけど。

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一年の終わり

連続投稿も、今日で一先ずの切りです。
これで一章も終わりましたが、二章も出来るだけ早めにしたいと思います。
ただ間は空くとは思いますので気長に、それこそ頭の片隅程度に覚えておく程度で思い出した時に確認する程度でお願いします。

では、本編をどうぞ。


「………」

「すー……すー」

 

 片や、心地よさげな寝息を立てる少女――マリア。

 片や、不機嫌そうに腕を組んでいる少年――ノエル。

 

「人が大変な思いをしていたと言うのに、こいつは……」

 

 さて、どうしてくれようか?

 幾ら腹が立つとは云え、女の子に手を挙げるのは男として最低だ。

 

「………ふむ」

 

 腕を解き、すっと手を伸ばす。

 そして少女の小さな可愛らしい鼻をきゅっと摘み、残りの指で口も抑える。

 当然、鼻と口を塞がれては呼吸などままならず、マリアの表情は徐々に苦しげに眉をひそめていき手や足をバタバタとさせる。あまりの息苦しさにマリアが飛び起きるのと同時に、塞いでいた手を離してやる。

 

「はぁ! はぁ! ……の、ノエル?」

「おはよう。寝坊助」

「何で女子寮に……見付かったら怒られるよ?」

「一先ず、周りをよく見ろ」

 

 マリアは言われた通りに辺りを見渡し、首を傾げた。

 スリザリンの女子寮で眠っていたつもりが、目覚めたら見知らぬ部屋にいたのだ。

 

「ここ、どこ?」

「寝る前のこと思い出せるか?」

「……試験を終えて、廊下を歩いていたら声が聞こえてきて……教室を覗いてみたらクィレル先生が誰かと話していて、それが先生に見つかって………あれ?」

「お前はクィレルに眠らされたんだ」

「そうなんだ……あれ、ノエルは何でここに?」

 

 マリアの柔らかな両頬を摘み、左右に引っ張る。

 

「お前が、帰って、こないから、俺が、探しに、来たんだ!」

ほへんなはい(ごめんなさい)

 

 両頬が引っ張られてていて、口が言うことを聞いてくれない。

 

「お前危うく死にかけたんだぞ? わかっるのか」

いひゃい、いひゃいっへ!!(痛い、痛いって!!)

 

 最初は手加減していたが、徐々に込められる力は増していく。

 痛み自体は大したことはなくとも自然と目に涙が浮かぶ。

 

「ったく、気をつけろよ」

 

 ぱっとマリアの両頬から手を離した。

 頬を抑えながら口をへの字にしながら、むっとした表情でノエルを睨んでいる。

 

「……ノエル、随分とボロボロだね?」

 

 よく見ればノエルの顔には治療の跡が見てとれる。

 経験したことがあるからこそ分かるが、ノエルの傷は殴られたことで出来たものばかりだ。

 

「何かあったの?」

「……後で話すよ。それよりほれ、替えの服持ってきたから着替えとけ。あっ、ちゃんとお前と部屋が一緒の女子に頼んだからな。誓って、俺は中身を見てないからな」

 

 外で待ってる、とノエルは部屋から出ていく。

 いまいち状況が掴めないが、兎も角着替えを済ませようとベッドから起き上がろうとしたマリアは何か小さな物が落ちることに気が付く。手に取ってみれば、それは直径二センチほどの赤色をした水晶か何かの破片のようだ。

 ぼんやりと眺めていると思ったより先端が尖っていたのか、プツッと皮膚を裂いて摘んでいた人差し指に刺さる。

 

「……痛い」

 

 傷口を見れば、僅かに血の玉が浮き出ていた。

 消毒のために人差し指を咥えていると、廊下から声が響いてくる。

 

「おーい、まだかー?」

「もう少し待ってて」

「了解」

 

 急いで着替えを済ませようとして気付く。

 今し方拾った欠片、怪我をした時に落としたとばかり思ったが見当たらない。

 

「………まぁ、いいか」

 

 この時、マリアは気付かなかった。

 人差し指にできた小さな傷、それが既に完治していたことを。

 

 

 

 それから三日後、長かった一年が終わろうとしていた。

 ノエルたちが大広間に着くと既にパーティーの準備は整っており、生徒の殆どが集まっていて一年生などは今か今かと待ちわびていた。しかし二学年以上の生徒の表情は暗いのに対し、スリザリン生だけは上から下まで意気揚々としていた。

 それはスリザリンが七年連続での寮対抗杯を獲得したからだ。無論、パーティーの最中に校長より正式に発表されてからだが、ここまで来ては今更開いた点差を覆すのは難しい。過去に結果が覆ったことは一度としてない。

 

「さて、また一年が過ぎた!」

 

 全員が揃ったところで、ダンブルドア校長が朗らかに話を始めた。

 内容としては在り来りなもので、その最後には各寮が今年一年間に獲得した点数を告げた。

 

 四位:グリフィンドール  312点。

 三位:ハッフルパフ    352点。

 二位:レイブンクロー   426点。

 一位:スリザリン     472点。

 

 結果から分かる通り、スリザリンが今年も優勝した。二位であるレイブンクローとも四十点以上もの大差、最下位のグリフィンドールとはポッターたちが150点を減点されてなかったとしても勝利は揺るがなかった点差だ。

 だが、今回は違っていた。

 

「しかし、つい最近の出来事も換算線といかんのぅ」

 

 ダンブルドア校長の突然の発言に、大広間から音が消えた。

 一度態とらしく咳払いをしてから校長は再度口を開いた。

 

「では駆け込みの点数を幾つか発表しよう。先ずはロナルド・ウィーズリー、その類まれなるチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに五十点を与える」

 

 一拍の間を置き、グリフィンドールから歓声が上がった。

 高が五十点で何を喜んでいるとスリザリン生たちが思う中、ノエルだけはこの後の展開を容易に想像できた。

 

「次にハーマイオニー・グレンジャー、冷静に真実を見抜く目と高い論理力を有することを称えグリフィンドールに五十点を与える」

 

 段々と、スリザリン生に戸惑いが生じた。

 敏い者は既に、ありえるかもしれない未来に青ざめていた。

 

「三番目はハリー・ポッター、その恐怖を克服する勇気と素晴らしい精神力を称え、グリフィンドールに六十点を与える」

 

 これでグリフィンドールの点数は472、スリザリンに並んだ。

 

「さて、勇気にも色々とある。敵に立ち向かって往くのも勇気ならば、味方の前に立ち塞がるのもまた勇気じゃ。そこでわしは、ネビル・ロングボトムに十点を与えたい」

 

 そしてグリフィンドールが上回った。

 六年にも渡って続いたスリザリンの連勝記録をグリフィンドールが打ち破ったことに、グリフィンドールだけでなくレイブンクローとハッフルパフもまた同じように喜び喝采を上げた。

 

「最後にノエル・ルカニア。規律を破っても仲間を救いにった功績を称え、スリザリンに十点を与えたい」

 

 大広間の空気が止まった。

 グリフィンドールは計170点を与えられ、スリザリンよりも十点上回った。

 そしてノエルが十点を得たことにより、グリフィンドールとスリザリンは同点となった。

 つまり。

 

「おや。これでは同率一位が二組みあるの。では飾りを変えねばあるまい」

 

 ダンブルドア校長の一声で、大広間の飾りつけが半分変わった。

 スリザリンを示すグリーンの生地に銀の蛇を半分残し、残りは赤地に金の獅子となった。

 

 

 

 

「一年……長いようで短かったかな」

 

 談話室の一角にて、そうため息をこぼす。

 傍らには既に荷造りを済ませたトランクが置かれており、いつでも帰る状態にあった。

 一年間のホグワーツでの寮生活も今日で終わり、明日からは夏休みが始まるのだ。大半の生徒が一ヶ月以上の長い長期休暇を喜んでいたが、マリアはあの孤児院に戻らないといけないのかと考えて憂鬱な気分になっていた。出来ればホグワーツに残っていたいが、規則でそれは許可されていないので出来ない。

 

「友達の家にでも泊まりに行けばいい」

 

 同席しているノエルがそう返す。

 

「友達? ………ハーマイオニーの家か。うー……」

 

 泊めてもらえれば確かに嬉しい。

 おそらくハーマイオニーなら喜んで泊めてくれるだろうが、長期間となれば迷惑になる。

 

「後は、漏れ鍋なんかどうだ? あそこの二階、宿泊施設があるんだ」

「それも手かな……」

 

 ぐでっとテーブルに突っ伏す。

 一度だけ彼女が育った孤児院を訪れたことのあったノエルは、マリアがあそこに戻りたくないという気持ちが分からなくもなかった。なので自分の家に招待しようかとも考えたが、あんな辺鄙で危険が外を歩き回っているような場所に好んで来たがる酔狂な人間もいないかと判断して誘うことは止めておいた。

 

「さて、そろそろ時間だな。行くか」

「………うん」

 

 他の生徒たちが動き出したのに合わせ、二人もまた寮を後にする。

 一年近く前にホグワーツに来た時と同じようにホグワーツ特急に乗り込んでいく。出発するまでの暫くの間、ぼんやりと外の景色を眺めながら夏休みのことを考えていると何かの雑誌を読んでいたノエルが不意に声をかけてきた。

 

「そういえばマリア、お前の誕生日はいつだ?」

「え? 7月31日だけど……それが?」

「プレゼントを贈るからに決まっているだろう?」

 

 何を当たり前のことを、とノエルは首を竦める。

 マリアは誕生日を祝られたことは一度たりともない。そもそも誕生日自体も自分が生まれた日程度にしか認識しておらず、だからプレゼントのことで一喜一憂する子供の気持ちが毛ほども理解できなかった。

 

「でも、ふくろう便は使えないよ?」

「心配するな。何もふくろうだけが魔法使いの連絡手段じゃない」

 

 そう得意げに答える。

 変にあの院長を刺激しないでほしいな、と思いつつまた窓の外に視線を向ける。

 出来ることなら何事もなく、新学期を迎えたいものだとマリアは思った。

 

 

 

 ―――  第一章:完  ―――

 

 




唐突に、ノエルとマリアのニヤニヤを書きたくなりました。
私の感性がどうなっているかは兎も角として、男の子と女の子がこうイチャイチャしている光景を書きたいと思っています。まぁ、まだ幼いので微笑ましい程度でしょうが。どうでしょうか?

単独で禁じられた部屋を突破するノエル。
最後まで行き着いてヴォルデモートとも戦ったのに、貢献度は十点程度。
多分きっと、もっと評価されても良いと思ったりします。

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